panneau氏、ありがとうございます。
このままじゃ寂しいと思うので、昨年自分が書いたまま放置してたSSを投下。
http://www16.atwiki.jp/hinomotooniko/pages/157.html の続き。
決して新作長編ではありませんのでご了承あれ。
(1/2)
寝そべると、くしゃりと鮮やかな葉っぱの絨毯が音を奏でた。
紅葉山に広がっていた朝霧の露だろうか、葉っぱはひんやりと冷たく、火照った全身の熱をそっと吸いとってくれる。
空は青い。雲一つなく青い。夏のように群青色をしているわけでも、冬のように白んでしまっているわけでもない。青を眺めて、僕は身体を宙に浮かすような気分に浸る。
とさり、と葉の潰れる音がする。
僕の隣で 鬼子おにこさんが横になって空を眺めていた。ん、と身体を伸ばしている姿がなんともいえない艶めかしさを薫らせる。
「はぁ、軽い運動のあとの伸びって、格別ですねえ」
気持ちよさそうにため息を漏らしているけれども、僕は違った。確かに気持ちはいいけども、とてもじゃないけど格別だなんて言える気分じゃない。
「二日間走り続けてあとの軽い運動、ね……」
運動不足の僕にとっては……いや、例えマラソンのランナーだとしてもさすがに四十時間耐久ランはキツイのではなかろうか?
もう息も絶え絶えで、吸っても吸っても酸素が結びついてくれない。
「ふひぁ〜」
鬼子さんに擦りつくように 小日本こひのもとが寝転がった。こちらは休む暇なく睡魔と戦っている。
おかしい。わけが分からない。
人外の存在にわけも何もないのだろうけど、とっくに合理化されてしまっている僕のような下級の神にとっては、人外な人体構造に困惑するばかりだった。
「はぁ……はぁ……」
と、僕と同じように息切れして肺をひゅーひゅーと鳴らす存在がいた。
「か、観念したか、姉ちゃんよぉ……」
ヒワイドリ君だった。
そう、こいつのせいで……こいつらのせいで、僕らは延々と走り続けられたのだ。
逃げに逃げ続けた結果、ヒワイドリ一族を少しずつ脱落させることが出来たものの、ヒワイドリ君だけは僕らの逃避行に――鬼子さんのお尻にしっかりとくっついてきたのであった。
「……逃げようと思えばあと二日は逃げられますけどね」
「マジかよ……」
マジかよ、はこっちのセリフだ。これ以上走ったら天ツ神の住まう世界へ引っ越せざるをえなくなる。
「でも、あなたはヤイカガシさんとも仲が良さそうですし、もし宜しければご一緒に旅をしませんか?」
その一声に、ヒワイドリ君に圧し掛かる疲労の荷は全て吹き飛んでしまったようだ。
「鬼子ルート来たぜええ!!」
何を言っているんだ、この卑猥な鳥は。
「宜しくね! 鳥さん!」
小日本がひょこりと起き上がり、結んだ髪を揺らした。
「おうよ! っしゃあ、早速だが乳の話を――」
白鳥は、即座にその小さな胸を見つめる。
「――十年後、しようじゃないか」
「じゅーねんご?」
「ああいや、なんでもねえ、なんでもねえんだ」
「むぅ、きかせてくれないといじわるするよ!」
ぱっと桜を散らして立ち上がった小さな女の子は、てこてことヒワイドリ君を追いかけはじめた。
幼い子に優しいのか、胸が小さな子にはそのような雑言は慎むのだろう。
きっと、小日本とヒワイドリ君はいいコンビを組むことになるんだろうなと、一人心の中で呟いたのだった。
(2/2)
「鬼子さん、その、ヒワイドリ君と一緒に旅をしちゃっていいんですか?」
どうも無意識に敬語を使ってしまう。あんなに鬼を疎んでいたはずなのに。
とにかく、僕の友人は小日本に対しては害のない存在でいられるだろうけど、鬼子さんに対してはその卑しい気持ちを爆発させるだろう。
「大丈夫ですよ」
返事はあっけないものだった。
「もし身の危険を感じたら、萌え散らせてあげればいいのですし」
と、空の薙刀で僕を一突きし、あどけなさの残る笑顔を見せた。
……萌え散らせちゃかえって逆効果だってことは先の戦いで証明済みのような気がするけど、その指摘をする気はなかった。
「それに、ヒワイドリさんから単に逃げただけではないんですよ。寄りたいところがあったから、そのついでに逃げてきたって言ったほうが正しいのかもしれません」
「寄りたいところって言うのが、ここなんです――ここなのか?」
しばらくの間はいつも通りを意識して話そう。別に敬語を使っちゃいけないってことはない。だからこれはきっと僕のねちっこい、ハリボテの自尊を保つためなのだろう。
「うん。もう少し歩いたところだけど」
小日本がヒワイドリ君を捕らえた。暴れる鳥の首を掴み、ぶんぶんと振り回す。小さな子どもは何事にも本気で取り組む。その意味を何となく理解した。
「あ、思ったんだけど――」
ふと、疑問に思っていたことを口にする。
「小日本の恋の素を使えば、一瞬でここに着けたんじゃ」
瞬間移動の能力。あれさえあればどんなところにでも、文字通りひとっ飛びで行ける。ヒワイドリ群も撒くことが出来て、一石二鳥ではないか。
鬼子さんが少し難しそうな顔をした。神器の解説ほど難解なものはないとある神は語る。単純な神器でさえも、人間が全てを語るならば生涯をその神器に捧げなければならないほどなのだから。
「ヤイカガシ君、あのね、恋の素はどこでも瞬間移動出来るってわけじゃないんですよ。あれはこにぽんと縁を結んだ――つまり、友達になったものの所へ向かうものなんです。
確かに目的の場所にこにぽんが縁を結んだ方がいます。でも、あの、着地するときにその方の家を壊しかねませんから……」
ああ、と合点する。あんなものが屋根にでもぶつかったら、きっとその家は粉砕炎上してしまうだろう。この山が黒い炭の山になってしまう可能性も考慮しないといけない。
「ヤイカガシさんは、ヒワイドリさんと一緒に旅するのは嫌ですか?」
「そうじゃないけど……」
むしろ嬉しい。知り合いがいると言うのはとても落ち着く。でも、絶対鬼子さんに迷惑をかけてしまう。それだけは避けたいところだった。
小日本が振り回していたヒワイドリ君が宙を舞う。どうやら手を滑らせたようだった。
そんな微笑ましい光景を見ていると、どうも自分の考えが馬鹿馬鹿しく感じられるようになってきた。
「私は、どんな縁でも大切にしていきたいと、そう思っているんです」
どこかで聞いたことのある言葉だった。僕はただぼんやりとその話を頭の中でお手玉のようにくるくると回していた。
さらり、という音と共に、隣の少女は長い黒髪を揺らして起き上がる。
「さあ、行きましょう。もう少し歩かないと」
「あ、ねねさま待って!」
「おいおい、どこ行くんだよ!」
三つの声と、三つの足音が通り過ぎる。桜の女の子と白い鳥の戯れ事が終わると、木々の葉が擦れる音とヤマドリの鳴き声が世界を支配した。
……ああ、小日本が言ってたことを思い出した。せっかく会えたのに別れるのなんて嫌だ、か。この二人は縁をとても大切にしているんだ。
神器を使う鬼と、神器を使う人間の子……いや、そもそも少女は人間なのであろうか?
「おいヤイカガシ! ふけこんでねえでとっとと来いや!」
鳥の友人の叱咤で我に返る。そうだ、そんなことはどうでもいい。
今は、みんなと一緒にいられる、それだけでいいじゃないか。
獣の遠吠えが聞こえた。物騒なアヤカシに食べられる前に、早く合流してしまおう。
あ、ルビ設定のまま落としてしまったorz
こんな歌麻呂ですが、これからもよろしくお願いします……。
>>52-54 歌麻呂さんの小説は、ふんわりきめ細やかでいて、すっと頭に入ってくる文章で大好きです。
そういえば、少年じゃない日本狗の出てくる続編もありませんでしたっけ?
>>55 ありがたいお言葉です……恐縮です。
>少年じゃない日本狗
ええ、
>>52-53の短編の続きに青年なわんこが登場しますが、
そこまで投下するとキリがなくなってしまうので自重しました。
(あれ、知ってるってことは、以前に投下してましたっけ? うう、記憶が……)
今作ってる長編小説『【編纂】日本鬼子さん』は
今週中に連載をSSスレ、pixiv、TINAMIらへんで
同時に始めようかと思っていますが、
執筆ペースと相談しながら決めます。
投下間隔も一週間を予定してますが、どうなることやら……。
57 :
みずのて 1/3:2011/08/04(木) 01:13:33.72 ID:Vm2WbjGk
避難所的なスレから転載させていただきました。転載元はこちら↓
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/14480/1309582556/8-12 ------------
某月某日。あの日は暑かった。
ボクはなんだってこんな川辺にある木の影でこんな手記をつけているんだろう。
原因はわんこの奴だ。何でも、その日ご主人様にヒマを出されたとかで
「こんな時のアイツらは無理についていこうとするとぜってー『わんこデリカシーがない』とか
ヌカしやがんだよ。だからさ、ちょっと遊びに行こうと思ってよ。穴場があんだ。付き合え風太郎」
それで巻き込まれるボクもいい迷惑だ。ボクが空を飛べるからって、便利な足みたいに使わないで欲しい。
・・・まあいい。ここは涼しい。川の上流の方では滝が大量の水を落として大きな滝壺ができてる。
「まいなすいおん」をたくさん出しているに違いない。
周囲は山奥と呼ぶにはそれほど鬱蒼としていなくて、涼しい風が通り抜け蒸し暑さやヤブ蚊のような
不快なものもない。それなのに人の気配が全くない。確かに穴場だ。
川の流れが手前に来る頃には川の深さは程よい浅瀬になっていて、わんこがふんどし一丁で
魚を捕まえようと走り回ってる。
よくもまあスタミナが持つものだ。ボクは一足先に木陰で一休みだ。
「おっしゃぁあ!夕飯、3匹目ぇ! お〜い、もうギブアップか?バテるのはえ〜ぞ〜〜!」
君をぶら下げてここまで飛んできたんだ。休ませてくれ。
しかし・・・ホントに元気だ。あれだけ肉体派なのにボクが会得できなかった風遁の術をいくつか
モノにしただなんて、信じられない。ボクだってかなり勉強したはずなのに・・・
・・・胸の奥がチリッと疼く。・・・わかってる、ツマラナイ嫉妬心だ。ボクがわんこに優っている所なんて
せいぜい、この空を飛べる翼と頭でっかちなオツム位だ。あいつは素直に褒めてくれるけど、
ボクにいわせれば屈託の無いあいつの方がよっぽど凄い。ちょっと折れたり濡れたりすると役にたたなくなる
翼と物を一寸たりとも動かせない知識だけあってもそんなに自慢になるわけでもないや。
ヒヤリ
そんなとりとめのない事を考えていたら、不意に首筋をゾクリとしたものに撫でられた・・・気がした。
滝壺の冷気とも明らかに違う。ハッと気がつくと、わんこが滝壺に向かって走ってゆく所だった。
「おいっ!そっちは危ない!早く戻って!」
思わず、手にしたメモ帳を放り出し、あいつを呼び戻そうとする。
「ははっ、またいつもの心配性かよ?ダイジョウブ大丈夫!今、でっけぇ得物とってくっから!」
構わず、滝の方へ走ってゆくわんこ。もう水は腰の辺りまで来ている。
違う。違うんだ。この冷気は明らかに異常だ。あいつは気がつかないのか?
それに滝壺というのは小さくても見かけよりずっと危険な場所であることもあるのに。
ボクがあわてて駆け出したのと悪い予感が当たったのはほぼ同時だった。
58 :
みずのて 2/3:2011/08/04(木) 01:15:35.62 ID:Vm2WbjGk
「うぉ!なんだこれは!」
一瞬、滝の向こうに女性の顔の陰が見えた?と、思った次の瞬間、
滝壺の方から水でできたような無数の『手』が湧きでて、わんこを一瞬で捕まえてしまった。
いつもは俊敏に動く彼も腰まで水に浸かっていればその機動力も無意味だった。
───ぼうや・・・・───
ひどく、細く、哀切な呟きがかすかに聞こえたような気がした。
「っ!? あれは・・・水引鬼っ!!」
何らかの事情で赤子と母親が滝壺で入水自殺した女性が鬼と化したもの。だが、無垢な赤子に対して赤子と共に
死を選ぶような親が一緒に涅槃にゆけるはずもなく・・・・結果、赤子の魂と引き離され未だ現世で自分の子どもを探し求め
次々と子供を水に引き続けさまよう鬼と化した霊。人間界のにゅーすでほうどうされる、水難事故の何割かはこの鬼の仕業だ。
くっ!ここに人の気配がなかったのはそのためだったのかっ?!
「くそっ!この、放せ!ぐぼっ!がぼっ!」
滝壺に近かった為、振りほどいても振りほどいてもわんこに幾重もの水の手が巻きついてゆく。
そして、だんだんと滝壺の奥へとひっぱられてゆく・・・・
た、大変だっ!スグに助けないと!
さっきまで休ませていた翼をバサッと広げる、自信はないけど、空からなら掻っ攫うように引っ張りあげれば
助けられるかもしれない。
「バカっ ボゴ・・・ヤメろっ!来るんじゃねえ!おめえまで・・・ぶゎっ・・・引かれる・・・・」
こちらの意図を察したのか溺れかけながらも制止するわんこ。ゴウゴウと流れ落ちる滝の音の向こうからでも微かに聞こえた。
だからって、そのまま見捨てられるわけないだろっ。震える手で懐から護符をつかみ出す。
何度練習しても起動しなかった風遁の術の符。
「ぼ・・・ボクだってっ。ボクだってぇ!!」
何度も練習してきた為かこんな状況でも呪はスムーズに口からまろび出た。術が起動したのか考えもせず、翼で空を蹴り、
わんこに向かって突進する。
ゴウッ
突風が吹き荒れ無数の水の手がトンネルを形作るように道を開けた。その中を遮二無二飛びわんこまで到達する。
「つかまれっ!わんこっ」
いつもはバカでかい百鬼辞典を背負うための紐、頑丈さは折り紙付きだ。
今思い返せば、水の中のあいつを引き上げる時によく翼が折れなかったものだ。
なんとか、水から引き上げ、滝壺から・・・いや、女の陰がうっすらと浮かんでいる滝から逃げるように離れようとする。
────ぼうや・・・まって!─────
さっきよりもハッキリと呼び止める声が聞こえる。背筋をぞくりと戦慄が駆け上がる。振り返らなくても何故か分かる。
滝の向こうにクッキリと白装束を着た長い髪の女の陰が浮かび上がっているのだ。
59 :
みずのて 3/3:2011/08/04(木) 01:27:20.83 ID:Vm2WbjGk
「疾っ!」
片手で印を結び、先の突風を今度は自分の翼を舞い上がらせるように制御する。
その大雑把な制御の強い追い風が自分の翼を今にも折らんばかりにキシんだ音をひびかせる。
ここを切り抜けられるなら後でモゲたってかまうもんか。だから今だけでいい。もってくれ。
だけど、そう祈ったのもつかの間、ガクンと上昇が止まる。ヒンヤリとした冷たい手がボクの右足を掴んでいる。
ゾッ!としながら思う。
捕まった!もうだめか・・・・そう、諦めかけた─────
キンッ
一閃が疾ったのはそんな時だった。足をつかんでいた手は急に水に戻り、その勢いで『水の手』達から急速に離れ・・・
いや、放り出され、勢い余って近くの木立につっこんだ。
「まったく、また女性絡み?地蔵様のおっしゃるようにアナタには女難の相があるみたいね」
女性の、それもとても綺麗な声が聞こえた。滝の向こうから聞こえる声とは明らかに違う。
見ると、赤い紅葉模様の着物を着た女性が何か長物を持って、滝壺近くにある岩の上に佇んでいた。
さっきまで無数にあった『水の手』はどこにも見当たらない。
「うっせ。なんでおめーがいンだよ」
一緒に木の枝にひっかかったわんこがブスッと不貞腐れた声で返事する。
「鬼は鬼門からやってくるものよ。どこからだろうと・・・ね・・・・・さて」
そう呟くと長く漆黒の髪をひるがえし、滝の方へ向き直る。滝の奥にはまだ白装束を着た女の陰が居る。
彼女は岩の上から滝の向こう側へと語りかける。さして大きな声でもないのに滝の水音でもよく通る澄んだ声。
「あなた。いくら待っても、坊やはもういないわよ。時間はかかるだろうけど、祠で祀るから、
罪と穢れを落としてから坊やに会いにいったらどうかしら?」
───ぼうや、アタシのぼうや、返せ、返せ返せ〜〜〜〜〜〜────
またもや、滝壺から無数の『水の手』が湧き上がる。今度は彼女を包囲しながら集まってくる。
彼女が肩に担いでいた長物は薙刀だった。それをポンポンと軽く動かしてため息をつく。
「やっぱり、説得は無理。かぁ。じゃあ、ちょっと荒っぽくいくけど、ガマンしてね」
60 :
みずのて 4/3:2011/08/04(木) 01:28:16.16 ID:Vm2WbjGk
ギ
彼女が得物を構えただけで周囲の空気が一変した。周囲から襲い掛かった『水の手』は薙刀の一閃であっさり水へと還る。
そして、彼女は岩の上から滝へ向かって跳躍した。
「萌え─────
────散れっ!!」
その瞬間、ボクは目を疑った。女の陰ごと、滝が切れたのだ。いや、今思えばそれはただの錯覚だったのかもしれない。
ハッと気がつけば、周囲の背筋が寒くなる冷気も消え、例の紅葉模様の着物の女の人も岩の上にたったままだった。
今はこっちを向いてゆるりと微笑んでいる。
そうだよ。滝の水が切れるなんてこと、あるわけがない。きっと気の迷いだ。
でも、ボクはそのときつい、口走ってしまったんだ。
「か・・・カッコいい・・・」
ポクッ
「痛いっ!な、なんだよ」
間髪いれず、わんこがつまらなそーな顔してボクを殴った。
「うっせ、何でもねーよ」
ブスッとした顔で返事された。こんな時にツッコむと本気で怒るからボクはこの時殴られ損だと思った。けど違ったんだ。
後で聞いた事によると、彼女が彼のご主人様らしい。
・・・・あーーーそうか。彼は彼で大変なんだ。それからだろうか。ボクの胸の中のチリッとしたのが起きなくなったのは。
きっと、わんこはわんこで足掻いてて、ボクとあんまり変わらないんだってわかったから。
あのヒト(鬼だけど)と比べたら、ボクもわんこもあまり変わらないんだろう。
だから、まあ、休みの日の憂さ晴らし位はつきあってあげるのも悪くないか。
──終──
3スレで終わるはずが、改行規制により4スレに分割せざるをえなくなりました。すみません。
こちらも避難所的なスレから転載させていただきました。転載元はこちら↓
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/14480/1309582556/16-35 ------------
月明かりが煌々と照らす明かりの下、犬は歩いていた。大きな犬だ。首には黒く光を失った数珠がまかれている。
それ以外に何の特徴もない。その犬が周囲の匂いをかぎまわり、主の姿を探し求めている。あたり一面瓦礫の山だ。
周囲は焼け焦げた匂いが充満していた。大規模な爆発により周囲のコンクリート・アスファルトは所々剥がれ、
飛び散り、焼け焦げて異臭を放っている。時折、熱された石が犬の足の裏をジュウと焼く。
しかし、犬はそんなことに全く頓着しないで一心不乱に探し続ける。すでに身体のあちこちはススに塗れている。
どこからか緊急車両のサイレンの音が近づいてくる。
不意に、犬の鼻がピクリと動き、焼け爛れた瓦礫の山に駆け寄るとその下に駆け寄り掘り起こそうとする。
ガリガリと爪を立て、大きな瓦礫がいくつも転がりだす。
その先にあったのは・・・・主がつけていたはずのススだらけの般若面とその下に広がる真っ赤なシミ・・・・
犬は天に向け高く長く吠えた─────
数時間前、そこは廃工場だった。人気のないエリア。ぼんやりとした街灯が誰もいない路地を照らす。
周囲は寂れた廃工場・倉庫群が並ぶ。時々消波ブロックに波が砕ける音と船の汽笛がどこからか聞こえてくる。
海の近くにあるこの場所は都心に近く、かつては一大工業地帯を建造する計画がたちあげられていた。
しかし。それは様々な要因により破棄せざるをえなくなってしまった。
そして使い道がないまま、今日まで放置されていた……はずだった。
そんな廃工場の一角には不似合いな黒塗りの高級車が数台乗り付けた。
車から出てきたのは黒スーツを着た屈強そうな男達。周囲をガッチリ固めながら後部座席のドアを開く。
「先生、到着しました」
男達に囲まれるようにして狡猾そうな男が一人出てきた。大仰そうに周囲を見回す。
「本当にここなのかね?」
ひとりごちる。男達は無言で彼を誘導する。
彼は金にモノを言わせたやり方で強引に事を運ぶやり方で悪名が知れ渡っている政治家だった。
他の男達はそのボディガードだ。
そして、そんな彼らを出迎えるように廃工場からでてきたのはこれまたこの場にそぐわない白衣の老人。
ワシ鼻でいかにも研究者といった雰囲気を醸し出している。猫背のまま頼りない足取りで
男たちの前に歩み寄るとワシ鼻の下のヒゲをモゴモゴさせて言う。
「ようこそお越しくださいました。こちらです。どうぞ」
両手を白衣のポケットにつっこんだままそう告げると、返事も待たず工場の暗闇に姿を消す。
男は言葉だけ丁寧なつっけんどんな対応にやや不満そうにしながらも、後に続き工場内に姿を消した。
内部は剥き出しの裸電球が一つだけ灯され光源になっている。そんな光りの中に浮き上がる景色。
所々剥がれたコンクリートの床は埃とオイルが混ざって積もり、錆びた工具が無造作に転がっている。
工場の片隅には盗まれてきたとおぼしき小型のスクーターが分解途中で放置されている。
周囲には潰れかけた空き缶やお菓子の袋が散乱しそこに埃が積もっている。その様子はどう見ても廃工場だった。
先ほどの白衣の老人はそんな景色のなか、配電盤らしきボックスの前でやはりポケットに片手を入れながら、
男達がやってくるのを待っていた。
じっと値踏みするような視線を男たちに向けたまま、無言でたたずんでいる。
こんな寂れた場所に呼び出された男がつっかかる。
「それで、こんな所が本当に研究所なのかね?博士」
傲慢な調子で、言葉を続ける。
「全く、こんな場所くんだりまで出てきておふざけではすまないんだぞ。
分かっとるのかね?君にはいくら投資したと思っている?!」
唾をとばさん勢いでまくし立てる。そんな物言いにも慣れているのだろう。博士と呼ばれた男は特に気にした
風もなく、ポケットの中で何かを操作する。すると、配電盤に偽装していたボックスが開き、
地下への階段が現れた。
「どうぞこちらへ。研究の成果をお見せしましょう」
男達は他、黒服の男達ともども、博士とともに地下への階段へとおりていった。
階段の先にあったのは最新鋭の研究設備。リノリウムの廊下を明るい照明が照らし、清潔で清浄な空気。
そして薬品の匂いが漂う空間だった。そんな空間を歩きながら博士と呼ばれた男は解説を続ける。
「先だって、やっと完成した所です。実用化までやや調整が必要ですがあと一つ条件が揃えば起動できるでしょう」
博士の横を歩きながら、その言葉にもふん、と鼻を鳴らしただけで興味がなさそうな男。逆に、先ほどまでの
無表情ぶりはどこへやら、やや興奮ぎみに研究成果を話す博士の言葉にも冷淡に応じる。
「君の研究が成功するのは喜ばしい事だろう。だが、わしの役に立つかどうかは別問題だ」
水をさされ、やや冷静に博士がこたえる。
「そうですな。・・・ちょうどいい。成果の一部をごらんにいれましょう」
黒服の男達をともない、二人は廊下を歩いてゆく。そのうち、左右に分厚いガラスで区切られたゲージの
ようなものが配置されている所にでた。だが、中にあるのは赤茶けた土が盛られているだけのように見える・・・
「これが?!ただの土くれではないのかね?」
博士は答える。
「いえいえ。これはまだ初期の頃で見た目では分かりません。もう少し先に進めば目に見えてわかるように
なるかと」
その通りだった。何の変哲もない土くれがいずれモゾモゾと動き出したりフルフルと振るえるものが増えてきた。
さらに中には顔のようなモノを備えて明らかに動き回っているものまで出てきた。
その様子に男はだんだんと薄気味悪そうになってきた。
「これが・・・研究の成果だと?」
「ええ。人の『念』を込めやすくした土・・・我々は『念土』と呼んでいますが、これらをもっと人の思念に
強く反応するように、念を強く焼き付けられるように成分を調整しました。
これらは一般的にいわれる『負』の想念に特に強く反応するようです。これらの研究が巧くいけば、
人の想念を思うように操ることも可能になるでしょう。
それこそ、先生の説得に応じないものを従わせたり・・・ね」
今までの無愛想さがうそのように饒舌に語る博士。それには応じず、あくまでぶっきらぼうに返す男。
「当然だ。そうでなければ、投資した意味がない」
歩いていくうち、ゲージの中の存在・・・ただの土くれであるはずのモノはますます不穏さを増し、
中にはゲージ身体を打ちつけるもの、無数の顔とおぼしきものが蠢き、うめき声をあげるものがでてきている。
それに伴い、分厚いガラスゲージにはホログラフィー……だろうか?
不思議な幾何学模様が投影されるようになってきた。その不思議な模様に対し、男が質問する。
「一体、これはなにかね?」
「フィクションに登場する妖怪を封印するお札はご存じですかな?これはその応用です。
原理は不明ですが『念・想念』を押さえ込むのにそれなりに有効ですので。
それと、こちらのもう一つの模様ですが・・・
これも表示していないといつの間にか種もないのに発芽してただの土くれに戻ってしまうものでして」
博士が示したもう一つの模様は知る人が見れば『気配消し』の呪符だと分かるだろうが博士は知らない。
解析は後回しにしているのだ。利用できるなら理屈などどうでもいいというのが基本姿勢だ。
世の中には解き明かしたい謎が多すぎる。
「ふん。科学至上主義みたいな君がよくまあ、こんなオカルトを信じたものだ」
「なに、このノウハウを提供してくれたのは共同研究者の彼の専門分野でして。互いに役に立つ間は何でも
利用するのが我らの主義です」
「なにっ?!他にもこのことを知っている者がいるのか?!」
「心配はいりません。彼奴も私と同じく科学に魂を売り渡した者。孫娘を生かすため人の道を踏み外しました。
今は私と研究データをやりとりしておりますが、先生の事は知りませんし、いざとなればその孫娘を
押さえてしまえばどうとでもなるでしょう。先生の御力があれば造作もないこと。そうでしょう?」
「ふん。わしにかかればどうにでもなる。だが、可能なかぎり面倒事はなしにしてくれ」
「もちろんですとも」
やがて二人は厳重そうな鉄製の扉の前にやってきた。
「ここです。ここが研究の最たるものが納められています。ごらんになられますか?」
「当然だ。何のためにここまでやってきたとおもっとる」
それを受け、博士はいくつものセキュリティカードを取り出し、幾重にもかけられたパスワードを入力。
しばらくして何重にも閉じられた隔壁が開き始める。その先は・・・・広いがシンプルな筒状の空間のようだ。
吹き抜けの空間につきでた通路のような足場が部屋の中央まで続き、中央付近で少し広くなっている。
入り口からだと空間と通路しか見えない。
「どうぞこちらへ。」
博士が男たちを伴い、突き出た通路の先端まで歩いてゆく。
その突き出たような足場の先、下を見下ろすと、大量の赤い土がうごめいていた。
ただ、今までの赤土と比べて量と様子が尋常じゃない。生き物のように蠢き、うなり、まるで世の中のものすべてを
恨んでいるかのようなうめき声を常にあげている。
「君、これは一体?!」
普段は強気で振る舞っている男もさすがに動揺していた。無理もない。モゾモゾと動く大量の土の表面に
怨念めいた顔が一つ一つ浮かび上がり、時々得体の知れない形状の手だか触手だかを上方の自分らに向けての
ばしてくる。そして、それぞれの顔がおおぉおぉぉおぉお・・・とうらめしげに、苦しげに声をあげているのだ。
虚空に向けて。
「これが、様々な怨念を凝縮した『怨念土』です。様々な場所から人の『想念』を集め、ここまで育て上げました。
ただ、この状態では様々な思念が入り乱れるだけで方向性が決まっておりません。まともな形にならないのです。
そこで、先生にあと一つだけ協力をお願いしたいのですが・・・」
いいつつ、博士が軽く腕を振ると天井から輪のついた紐がスルスルとおりてきた。
「なんだと!こんなものの為に金を出せというのか?!それこそ馬鹿げとる!わしは出さんぞ!」
「いえいえ。資金ではありません。そんなものより、この思念体の塊に方向性を与えるだけの強烈な自意識が
必要でして。───────そう、例えば・・・あなたの野心が最適なのです」
その言葉とともに、近くにおりてきた輪をぐい、と引く。その途端、足下の床が消えた。あっという間もなく
落下する男たち。博士は引いた紐にぶら下がる形で宙にとどまった。よく見ると、袖の中にカギ爪が
仕込まれていて、輪にひっかける形で身体をつり下げていた。
今まで乗っていた足場はまるで支えなどなかったかのように落下した。最初からそうなるような構造で、
彼がぶら下がっている紐一つで折れ曲がるようになっていたのだ。一瞬で男達は土に飲み込まれた。
「き、貴様っ!・・・あぶぅ」
そこまで言って政治家だった男は黒服の男達とともに恨み言さえ残せず土に飲み込まれ、練り込まれた。
「・・・・さて、これでうまく起動すればいいのだが・・・・」
紐にぶら下がったままひとりごちる博士。やがて、足場がゆっくりと戻ってきた。
わざわざこのことのためだけに用意された仕掛け。すべて最初から計画に折り込み済みだった。 野心が強く、
資金力を持つ者に話を持ちかけ、資金と、献体を確保する。これが初めてではない。が、まだ上手くいかないまま
これだけの規模になってしまっていた。 以前は前は飢えた野生動物を幾度か投入してみたこともあった。
しかし、やはり互いに干渉しあって確固とした方向性は定まらなかった。
戻ってきた足場に足をつけ、データを確認しようとモニタールームに戻ろうと歩き始めた時、明確な声が響いた。
「おのれぇぇぇえええええ」
ハッとなり、身をのりだして下をのぞき込む博士。今までてんでバラバラに蠢いていた赤土が一つの顔を
形作り、こちらをみあげていた。一際大きな鬼の顔の眼窩には青白い燐光が灯り、博士を凝視している。
いつもの冷徹なまでの冷静さをかなぐりすて、興奮気味に叫ぶ博士。
「ハッ、やった。やったぞ!ついに成功だ!」
だが、研究者にありがちだが彼は失念していた。その礎となった男の事を・・・成功した時のリスクを・・・
政治家だった男の野心はそのままこの巨大な赤土に宿り、恨みと怒りを博士に向けたまま動き出した。
その身体には未だ無数の顔が浮かびあがり、恨み言をうなり続けている。
しかし、そのケタ外れに強い自意識が一つの巨大な鬼の姿にイビツながらも固定していた。
その巨大な土の塊をその強欲さに見合う巨体で博士に襲いかかった。
その数分後、この研究施設は壊滅した。
ピクッ
夕食の後、ゆったりした時間帯。お茶を煎れようとしていた鬼子の手が止まった。
いつもの紅葉模様の和服姿。片時も手放さない般若面を頭の横に装着している。長い漆黒の髪をもつ鬼の娘。
頭に生えた小さな2本の角が何かの気配を察知して疼く。
妹分のこにぽんはTVに登場する芸人に「これツマンない〜」と桃色の着物をバタバタさせながらツッコミを
いれている。そういいながらも最近入ったばかりのTVにかじりついてる。
ここしばらくは、鬼子の家も人間の某友人のおかげか、いかにも旧・日本家屋。といった風情から脱却しつつある。
不要品だなんだといいながら、型遅れの電化製品やら漫画やら便利なものを持ち寄ってきてくれるのだ。
・・・とはいえ、鬼子が必要だと感じるものはそう多くない。これもこれもと勧めて来る友人にそれは無用だと
断るのは少しばかり心が痛む。
それでもいくつかは考えもしなかったものもあり、これはと譲り受けるのにはTVのようなのが多くなっている。
・・・特に豊胸グッズに心が動かない訳ではなかったが、人間向けの物が鬼の娘に通用するかわからない上、
不要品ということは・・・それはともかく。
「わんこ」
そう呼ばれている犬耳の少年。鬼子の声にいつもなら必ずぶっきらぼうにぶーたれる彼。
小日本と共にあぐらをかいてTVを観ていた彼の耳がピク、と動いた。それだけで鬼子の意志をくみ取る。
自称、ひのもと家の番犬。兼、居候。
「あーそーいえば、田中から新しい「でーぶいでー」借りてきてたんだった。おい、こに、観っか?」
「ホント?!観るみる〜〜でもなんでもっと早く思い出さなかったのよ〜わんこ〜」
いいかげん飽きてきたTV番組を見てて損したとばかりに責める小日本にわんこはいつもの調子で答える。
「あーワリ。ついうっかりな」
そういいながら、赤い着物の懐からディスクを取り出し、DVDも再生できる旧型のゲーム機にセットしはじめる。
そんな会話に鬼子も加わる。
「あら、それじゃあ、この前借りたのは返さないと。この時間なら何とか間に合うしね。ちょっといってくるわね」
それを聞いた小日本は不満そうだ。起きだして、鬼子の袖にまとわりつく。
「えー?ネネさまも一緒に観ようよ〜〜〜?」
一人で観るのはつまらないとばかりに鬼子を引き留めようとぶら下がる。
「ごめんなさい。早めに戻るから。わんこの背を借りればスグ戻ってこれるし。
あ、そうだ。帰りがけ「こんびに」で何か買ってくるから。何がいい?」
「あ、アタシ『銀のフォーク!』」
聞かれてもいないのにちゃぶ台の上で丸くなっていた猫、ハンニャーが顔を上げ答える。
鬼子はちろ、と目をやり、目で「(こにぽんの事、しっかり見てなさいよ)」と念を押す。
ハンニャーはわかってるってとばかりにウィンクを返す。
一方、小日本は、ぬ〜と、不満顔になり、やがて、ん〜と、ん〜と、悩みはじめた。
その末、「ぶらっくさんだー!」と、最近お気に入りのお菓子の名前を挙げた。
そんなやりとりをしているうち、
「ほら、セットできたぞ。見ンだろ?」
わんこがメニュー画面を示し、コントローラーを差し出して来た。わんこは何だかんだいいながら、面倒見がいい。
TV画面にはちゃんとアニメタイトルの「再生」の部分にカーソルがあっている。
「んじゃ、ちょっといってくるわ」
小日本にコントローラーを渡し、とっとと外に出ていった。
「それじゃ、すぐ戻るわね」
小日本の手が袖を離れたのを見逃さず、スルリと離れわんこの後に続いた。
その後ろでは
─────金欠戦隊カネネンジャー
「非情!タイムサービスの罠!肉類が売れ残ってない!タンパク源の補充は誰の手に!」───────
早速DVDの再生が始まっていた。
ドロン
そんな音とともにハンニャーが人の姿をとった。本来は可愛げのない猫又だが、人の姿をとると
年齢不詳の妖艶な美女になる。着物をゆるりと着こなす姿からは小憎たらしい猫の姿が本性とは思えない。
もっとも、人の姿になっても、猫の耳と二股に分かれた尻尾はそのままだが。
そして、いつもなら鬼子が座るだろう座布団の上にあぐらをかいてすわる。小日本の隣。
イイコイイコするように小日本の頭をなでた。
「いいコね。よく我慢したわ」
頭を撫でられているこにぽんはいつもより少し寂しそうだ。画面をみながらぽつりと呟く。
「だって、ダダこねてもネネ様を困らせるだけだもん。だったら、気づかないフリして送り出すのが
いい女の条件だっていったの、ハンニャーじゃない」
そういう横顔はなんとなく泣くのを堪えているようにも見える。
ふ、とハンニャーの口元が緩む。
「そうね。あなたはいい子よ。あなたは間違いなくイイ女になれるわ。
・・・・さぁて、一緒にこれ、観てあげる。鬼子の代わりにはなれないけど、ね」
──────────────────────────
鬼子が外に出た時には玄関先に巨大な犬がたたずんでいた。
首に首輪ではなく大きな数珠のようなものをかけている事と人が乗れるほど巨大な事を別にすればよくいる雑種だ。
実はこの姿がわんこと呼ばれていた少年の本当の姿だ。
さっさと乗れとばかりに頭を振る。ヒラリと鬼子が飛び乗った瞬間、矢のように疾りはじめる。
「まったく、この気配はこの前の所ね。いつの間にこれだけ大きなものを」
疾走し躍動するわんこの背にしがみつきもせず、かるく数珠に手を添え横座りしたまま呟く鬼子。
かつて、幾度かニンゲンが心の鬼とおぼしきものを作ろうとしている所に乗り込み、手遅れになる前に
萌え散らした事があった。ここ暫くはその気配が起きることもなかったので、もう諦めたのかと思っていたが
そんな事はなかったようだ。
人の心が生み出す鬼を人によって御せる道理はないだろうに・・・
巨大な犬は鬼子をのせたまま疾る。山を下り、森を抜け、民家の屋根を渡り、ビル群をも走り抜ける。
相違をズラした一種の『異界』を走っているためか鬼子達に気がつく人間はいない。
場所は確か、街外れの倉庫街・・・廃工場の集まっている地域の地下。
あそこなら多少の荒事も人目につかないだろう・・・・そんな目論見をもっていたが甘かった。
──────────────────────────
現場に到着した時、目にしたのはビル数階分かはあるだろう、とても巨大な赤鬼だったのだ。
オオオォォオォオォォォォ・・・・・
赤鬼といってもほとんど全身がドロドロした赤い泥のようなものが人の形をとって動いているだけ。
といった感じだ。
しかも、体のあちこちに顔のようなモノが浮かんでうめき声をあげては消えていく。恨みのこもった声を
上げては他の顔に塗りつぶされる。まだ不安定のようだ。
そんな状態のまま、手当たり次第に周囲の施設を破壊している。手近な支柱に腕を叩きつけるとズブリと支柱が
腕に飲み込まれる。そのまま力任せに引きちぎるとガラガラと崩れる。
以前潜入した研究施設はほぼ破壊され、周囲には偽装された廃工場があったと思えない程、地下に瓦礫の
空間ができあがっていた。
ひとしきり破壊した後、壊すものがなくなったんだろう。赤鬼はその瓦礫の空間から這いだそうとする。
・・・その視線の先には人の街があるだろうネオンの光が広がっていた。
「そこの者、まちなさい!それ以上進むことはまかりなりません!」
倉庫の上、わんこの背から鬼子は赤鬼に呼びかける。
巨大な赤鬼はギョロリ、と虚ろな眼窩の奥に灯る青白い眼光で鬼子を睨み、次の瞬間、問答無用で攻撃してきた。
巨大な腕を振り上げムチのように振り下ろす。わんこはさっと跳びのきその攻撃をかわす。
ドロの手は倉庫の屋根にベチョリとたたきつけられ、バキバキと毟りとり、そのまま租借するように取り込んで
しまった。
「ダメね。話が通じない所かちゃんと自我がハッキリしているかも怪しい状態みたい。よくもまあこれだけの
想念を一つに結びつけたものだわ」
ブルッ、と犬の耳が動く。「それでどうすんだ?」と、聞いているのだ。 鬼子はすぅ、と一息吹い、命を発した。
「わんこ」
一言、名を呼んだだけだが、事は足りた。
わんこは鬼子を背にのせたまま次々と周囲の屋根を渡り、手近のもっとも高い煙突を駆けあがった。
そのまま巨大鬼の頭上を飛び越えるようにジャンプ。
そこから、いつの間にか背の上に立ちあがった鬼子がナギナタを構え飛び降りた。
耳元をびゅうびゅうと風が抜け重力に引かれ体が落下する。赤鬼がぐんぐんと近づいてくる。
鬼子のツノがぐぐっとせり出し、目が釣り上がり、瞳が紅く燃える。
そのまま紅葉を撒き散らしながら高速落下した。
「萌え・・・・
一閃っ!
散れっ!」
落下の勢いのまま肩口から脇下まで一気に切り裂いた。
オォオォオォォォォオォオォオオ!
巨大な鬼が吠えた。切り傷に沿って次々と木の芽が芽吹く。いつもなら、このまま一瞬で若芽が葉となり
紅葉と化し、萌え散るのだが・・・しかし。
木の芽は紅葉する間もなくドロドロとした表面の流動物に飲み込まれて消えてしまう。
与えた斬撃によるダメージもあまりないようだ。腕が切り落とされてもおかしくないがそんな様子さえない。
落下してきた鬼子を建物の壁を蹴り先回りしたわんこが受け止め、跳躍する。その直後、赤鬼の腕がわんこの
居た場所を直撃し、その場所をむしりとる。
「ダメね・・・だが足止めだけでも・・・・わんこ!」
その声を受け、片耳だけ動かして応じた後、赤鬼の両足をイッキに駆け抜ける。
斬っ
斬っ!!
オオォォォオォォォオ・・・・
すれ違いざま、両足に斬りつける。多少は効果あった。
斬り裂かれた両足にさすがの赤鬼もたまらず膝をつく・・・・が、
暫くすると切り離された足がドロドロと集まり再びゆっくりと立ち上がりはじめる。
「やはり。切り離されても、合流する以上、結果は同じか」
チラリと周囲を見回す。今までの攻防で、飛び散った赤鬼の断片が散らばっている。
(チッ、あれだけ切り刻まないと行動不能にすることは難しいか)
だが、そんな事は事実上不可能。幸い、今までの攻防で赤鬼の移動は止まっている。
少しの間だけだが、人間の街へ向かう心配はない。が、このままではジリ貧になることは目に見えてる。
「てれび」に登場する鉄砲みたいに飛ぶ発破(ミサイル?)があればと思うが、無いものねだりをしても仕方ない。
これはそろそろ”異界”に通じる陣を施術し、そこに誘導した後、延々行動停止するまで斬り続けるしか
テがないか・・・しかも寸刻みで。それには結界師の白狐の手を借りなければならなくなるが、
そのような事は本意ではない。それに作業の果てのなさに気が重くなる。
いっそ、人間が作り出した業、たまには人間に丸投げしてしまおうか?
などと、物騒な考えまで浮かびだした頃・・・・
「はははは!ほら、ここに居た、我がトサカに感知できぬ乳はない!」
思わず、胸元を隠す。聞き覚えのあるこの声は・・・
「でゲス、でゲス。やっと追いついたでヤス!毎度のこととはいえ、置いてきぼりはひどいでゲス!
あと、もうちょっと膝をこっちに向けてくれれば・・・もう少しでもう少しで見られるでゲスのに」
続いて聞こえてきた声に思わず足を閉じて裾を押さえる鬼子。
「あなたたち・・・こんなときに・・・・」
みれば、赤鬼が通った足跡、触れたところは無差別に毟りとられ地面が剥きだしになっている。その最寄りの穴。
そこから珍妙な生き物が二匹、顔を出している。
魚みたいな顔とその上にのっかっているニワトリを思わせる生き物。ヒワイドリとヤイカガシだ。
どこへいってもこのナマモノ達はついてくる。そういえば忠実な臣下みたいに聞こえるが、
する事はセクハラばかりなので救いようがない。
幾度シバキ倒しても全く懲りず、こうやって戦場までつきまとってくるのだ。
「イラついてるときに変な茶々入れるな。迷惑だ」
きっと、今の私は極低温の視線を放っているんだろうなと鬼子は思う。こんな非常時にこいつらは・・・・
「ああ・・・その目で罵って踏んづけてほしいでゲス・・・ぐぇっ」
とりあえず手近な瓦礫を投げつけて戯言を封じた。その一連の動作に容赦はない。
「でで、で、今度の鬼はどんな輩なのであろ?」
二つ目の瓦礫を持ち出したのを見てヒワイドリがあわててまじめな質問をする。
地中を進んできたため詳しく知らないのだろう。ヤイカガシは土の中を移動する特殊能力がある。
「あれよ」
おおざっぱに示すとそこには、再び背を向け街へ向かって歩きだした巨大な鬼の姿があった。
今のやりとりで貴重な時間を浪費してしまったようだ。
鬼子を見失ったのか端から興味をもってないのか、足が再生した後は目下、興味を引きそうな街に向かっている。
その巨大な姿にアングリと絶句する二匹。
「『みさいる』だ!みさいるをもってこーい!」
「『ばーずぅか』でも可でヤス!なんでゲスかこの怪獣映画は?!」
ダメね・・・この2匹も田中さんの「あにめ」に影響を受けてる。さっきまであまり人のことを
言えない感想を持っていたのに呆れる鬼子。
「もしくはガスタンクでの大爆発でゲス!くる途中にそれっぽいのがあったでヤス!」
「そういえば、途中、方向を確認する為に時々地中から顔を出したが、ガス漏れしていた所があったな。
臭くてかなわんので、すぐにひっこんだが」
「?!ちょっと待ちなさい?!それ、どこのこと?」
この辺りは廃工場ばかりで、大して使われないうちに遺棄された場所だと思っていたのに、
ガスがあるのかといぶかしむ。
実際には地下に研究施設があったが、そこの為にガスをはじめとするライフラインが存在していたことを
鬼子達は知らない。研究施設内部だけでなく、廃棄施設に偽造されていた部分も実際には使われていたのだ。
・・・・もっとも、制御・メンテナンスは極力地下から行える構造になっており、外から見たらとても
機能しているようには見えないのだが・・・・
「すぐそこに案内なさい!」
何とかなるかもしれない。そう、思い始めていた。
夜。街中。とうに日が沈み、街の夜の顔が目を覚ましていた。公共交通機関は岐路についた会社員や夜の街に
繰り出す遊び人や暇人を乗せて走る。道は車で溢れ光の洪水を生み出し、ビル街はネオンサインで彩られている。
そんな中を縫うようにして疾る異形の陰があった。
人の歩く歩道、車の走る車道、並木道の木、ビルの谷間。
馬数頭分の巨躯であろうか。蜘蛛のように複数の足を巧みに動かし、道無き道、時にはビルの壁を何の
苦もなく移動している。SFだったら『多脚砲台』という表現がぴったりくるだろう姿。
しかし、その上に乗っているのは砲台ではなかった。それは甲冑姿の武者の上半身に酷似していた。
そして、鬼火を思わせる青白い光が複数、周囲を囲むように常に旋回している。
そんな異様な存在が街中を移動しているのに人々は全く気がつかない。
まるで存在などしていないかのだ。そして甲冑姿の武者に付き従う赤と白の人影が二つ。
白い方は寄り添うように。もう片方の赤いほうは、子供のように騒いでいた。
「ははは!スゲーやお師匠さま!オレも修行したらこんな風になれるのか?!」
赤い方はカン高い声でずっとはしゃぎ続けている。赤い袖なしの衣を纏い、腰には妙な刀を差している。
太刀にしては短く脇差しにしては長い。その上サヤが丸い筒状だ。
短くバサバサの髪と端がボロボロな赤い着衣で声も見かけからも性別は伺い知ることはできない。
少年といわれれば少年のようだし、少女といわれても違和感がない。
そして、不思議なことに身体は武者の身体と見えない糸で結びついているかのようにどんなに激しく動いても
一定距離を保ったまま離れない。
「ちょいといいかげんになさい、カイコ。いつも言っているでしょう。黒金様に対する口のきき方に
気をつけなさいと。あなたの師である以上に我々天魔党のお守り方、侍部門の当主でもあらせられるのよ」
そう窘めるのは白いほうの影。女、両肩を露出した肌も露わな花魁姿。しかし、顔は能面の憎女の仮面を
かぶり表情は見えない。が、声を聞くかぎり面白くないだろうことは想像に難くない。こちらは武者の脇に
ひしとしがみつき、一寸たりとも離れまいとしているかのようだ。
「へっ、だったら、お師匠様のお手を煩わせず、自力で移動するなりしてみろってんだ。
跳んで移動するたびに片腕で抱えられて、キャッわたし恥ずかし〜ってか?!」
からかうような声で自分の肩を抱き、くねくねと身体をくねらせて挑発するカイコ。
「っ!!んなっ!こ、ここ、このっ小僧!」
ミエミエの挑発にあっさりひっかかり言葉を詰まらせる女。
その時、重々しい声がこの諍いを断ち切った。
「跳ぶぞ」
次の瞬間、巨体が宙を舞う。
「キャッ」
白い影の女はひしっとしがみつき、
「うわわっ」
赤い影は急に引っ張られる様子に背をのけぞらせる。
構わず、次々とビル群の間を縫うように跳び、いくつものビルの谷を越えた後、ひときわ高いビルの上で
停止する。眼下には星の海のようにネオンに光る街並みが広がっているが、武者の目が向いているのはもっと
海のほう、灯りのない暗いエリアを注視している。
「この先か・・・お憎」
「ハッ」
請われて、女は懐から呪符をとりだし、呪を紡いで起動する。
符は赤い燐光を発し、少しずつ燃えながらほとんど明かりのない小高い丘に向けて飛んでいった。
「ふむ。気配は向こうからするが卦の方向はあちらか・・・ならば従うのが筋であろうな」
武者の表情は甲冑の奥なので伺うことはできないが、落ち着いた思慮深い声で結論づける。
「黒金様がお決めになったのなら従いますが・・・私は好みません。あのような胡散臭い輩が立てた卦など」
「だな。なんかヤな感じがする。でも、あんた、そいつらの教示を受けといて言うかぁ?」
憎女の面がキッと言い返すその前に武者の声が割って入った。
「よさぬか。こうやって役に立つ以上、お憎が必要である事は変わらぬ。おかげで我々は民草に混乱を招かずに
行動ができるのだ」
『天魔党に力をもたらす存在の誕生』そんなお告げがあったのは二人が「うさんくさい」と評する呪術専門部門、
『翁』が立てた卦によるものだった。
今こうして、武者に付き従うお憎という女、黒金の為なら命さえ厭わぬと言う気性の持ち主だ。
今、気配絶ちの呪符によっって周囲の人間に存在を悟られないのも『翁』に教えを請い、
呪術の一端を学んだからに他ならない。
基本中の基本、呪符を起動させるだけの技術。たったそれだけの事を学ぶだけでも『翁』に頼る事が
どれだけ危険な事か。
・・・そして、彼女は武者の為なら例え命を対価にすることさえ厭わない気性なのだ。
そして、『翁』相手にどれだけの対価を払うことになったのか。決して口にしないだろう。
「黒金様・・・なんともったいないお言葉」
先ほどの刺々しさとはうって変わって忘我の声でつぶやく女。
カイコの方は何とも形容しがたいような、理解しがたい表情をしている。毎度のこととはいえ、この二人の
こういう事は理解できないでいる。
ともかく。
「そろそろ刻も惜しい。いくぞ。二人とも用意をしておけ」
「ハッ」
「あいよ」
この一行が目的地に着く少し前、海の近くで大規模な爆発が巻きおこった。
「─────────萌え散れ!」
幾度目だろうか。この巨大な敵に対して切りつけたのは。
戦いは消耗戦の体を成してきていた。
腕を伸ばせば腕を斬り、足が市街地へ向けば足を斬り。
いくらかドロの様な赤土は飛散するものの、大半は流れて合流し、また再生する。
機動力と体力を誇るはずのわんこも息があがってきている。幸いなのは何度攻撃しても敵の視界から外れれば
途端に興味を無くし、一息つくことができるくらいか。
だが、逆に言えば、思うように誘導したければ常に攻撃して興味を引き続けなければいけない。
周囲は長い攻防の末、あちこちの地面、建物がむしりとられて、ひどいあり様になっている。
目的の場所まであと一息──────
「よし、準備できたでヤス!急いで離れるでゲス!」
アスファルトやコンクリートが剥がれた地面の一つからヤイカガシが顔を出し合図をよこす。
それと同時に誘導した先のガスタンク。その周囲に設置された明かりが巨大鬼を照らし、または点滅しはじめた。
鬼子がこの場所へ誘導・時間稼ぎしている間にヒワイドリがガスタンクにでたらめにライトを設置したのだ。
この巨大な鬼は考える力はなく、とにかく興味を引く方に引き寄せられていく。ならば、その性質を利用して
ガスタンクに取り付けられればどうにかなるというのが今回の作戦だ。
後は、このタンクに取り付いた所を遠距離から鉄の棒でも投擲し、タンクをぶち破れば自然と火花が散り、
ガスに引火・爆発するだろう。
ヒワイドリは俊足だ。点灯するライトの電源を入れた直後に安全圏に離脱しているはずだ。
目論見どおり、巨大な赤鬼は自分の身体には大きすぎるタンクに取りかかり、取り込もうとしはじめる。
「それじゃあ、離脱するわよ。わんこ」
それを聞いてわんこは一声、吠えた。途端、首に巻いた数珠の一つが光り、風の術がわんこと鬼子を包む。
この数珠はある程度簡単な術を込めておくことができる。今までの攻防でも幾度も緊急回避に役立っていた。
だが、今の術で最後だ。わんこは風の術に乗り、この場所からいっきに離脱しようとした。
しかし、次の瞬間、二つ予想外の事が起こった。
一つは、鬼子たちが安全圏に達する前に予想より早く巨大鬼がタンクを破壊、その瞬間、照明の火花が散り、
大爆発を起こした。
もう一つは、わんこが風の術で加速しはじめた瞬間、赤鬼のカケラ、とはいっても、一抱えくらいはある怨念を
宿した土が鬼子の足に絡み付き、わんこの背から引きずりおろしたのだ。
わんこがその事に気づくもすでに遅く、風の術と爆風にどうすることもできず、安全圏まで押し流された。
その後ろで鬼子は爆風に飲み込まれていった。
天地を揺るがすような大爆発。タンクに充填されていたガスは予想以上の効果を生んだ。
当然、それを貪欲に取り込もうとしていた巨大な赤鬼は爆発四散した。
その不安定な身体は爆発の衝撃と大小の破片に引き裂かれ、うちいくらかは焼き尽くされたが、
中には念を内包する性質のまま広範囲に飛び散ったのもあった。後にこの土が原因で日本の各地で心の鬼が
実体化する事件が頻発するようになる。
それはともかく。
その巨大な赤鬼、その核の部分は死んだ訳ではなかった。爆風に煽られ、巨大な赤土の固まりとして、
とある山頂に着地していた。山といっても分類としては丘に入るだろう。
昼間なら手近な散策スポットになるくらいの高さ。
その上空をいくつもの木の枝にぶつかり、土の固まりをまき散らしながら減速してベチャリと地面に落ちた。
しばらくしてモゾモゾと動き出す。
ズボッ
土の固まりから人の手が突き出た。
赤土をかき分けでてきたのは人、しかも青年の姿をしていた。表面上は。
「んだぁ?くそっ、やっと自由に動けるようになったと思ったらここはどこだ?つか、俺は誰なんだよ?」
荒っぽいしゃべり方だが、顔はそれなりに整っている。
ただ、ドロの中にいたため、全身・髪ともにべったりと赤い土にまみれていた。
青年はさっきまで巨大な赤鬼の中から外を見ていた。意識もあった。しかし、身体を自由に動かせなかった。
幾重もの想念がひしめきあい、絡み合った濁流の中ではいくら足掻いてもあの巨体を御することは
不可能だったのだ。ひときわ強い自意識が勝手に身体を動かし、短い復讐を終えた後は貪欲に周囲のものを
取り込んで行くのを眺めているだけだった。
だが、やっと今回、バラバラに吹き飛んだおかげで自由に動けるようになった。
赤い土の固まりから立ち上がる。身には何も纏っていない。精悍な体つきだが、一つだけ人間と違う所があった。
海蛇を思わせる黒と黄色模様の長い尻尾が生えているのだ。
それをピシャリと一振りして周囲を見回す。
どうやらここは山というか丘の頂上らしい。人の気配はない。
「ま、適当な所からカブるものかっぱいでみっか」
そうつぶやくと、手近に資材置き場らしきものがあることに気がつく。
何かの資材を積み上げているようだ。ボロボロのブルーシートが掛けられている。
「お、ちょうどいい。とりあえずはこれでいっか」
ブルーシートを剥ぎ取ろうとしたそのせつな・・・
「ひゃあ?!」
唐突に悲鳴のような声が上がった。
「あン?『ひゃあ』?」
資材の間に潜り込み、眠っていたのだろうか、気弱そうな瞳が彼を見上げていた。
─────「ここか、例の場所は」
符は赤い鬼火が目的地に着いた途端、燃えつき、消滅した。 どんな事態にも対応できるよう、二人の従者は
武者の巨躯から降り、周囲を警戒するように見回している。黒金と呼ばれた男も今までの異形から人の姿に戻った。
それでも、ツノが生えた甲冑姿は異様な威圧感がある。
「一応、結界を用意しておくか。お憎!」
「ハッ」
呼ばれ、懐から複数の呪符を取り出し宙に放つ。起動した符は青白く光りながら周囲をゆっくりと旋回しはじめる。
これで、この呪符の内側のものの気配は周囲に察知されることはなくなる。
しばらくして、何かの言い合うような声と足音が聞こえてきた。
「え〜ん、とにかく、下ろしてください〜」「うるせえ!」
ピシャッ!
「ひゃんっ!ひ〜〜ん、また叩いた〜ヒドいです〜」
「うっせ、まだ叩かれ足りねーのか」「ひーん、とにかく、ごめんなさい〜〜」
気配を隠す様子は全くないようだ。無防備にもこの結界内に入ってきてからこちらに気がついた。
「あん?なんだあ?オメェらは?珍妙な格好しやがって」
「いや、さすがにおめぇに言われたくねぇよ」
カイコがストレートな感想を返す。荒っぽい言葉遣いをしているのは先ほど土から出てきた青年だ。
はぎ取ってきたボロボロのブルーシートを身体に適当に巻いている。
さらに珍妙なのは肩越しに何かを運んでいるようで、白く円錐状の細長いものをつかんで背負っている。
肩越しに見えるのはなにやらモコモコした白い山っぽいものが二つ。それが、もう一人の声の主らしい。
お憎が余計なことを騒ぎ立てる前に手で制し、黒金は話を切り出す。
「我々は天魔党。鬼の国の遣いよ。これはと思うものを我が党に引き入れている。我らがここにいるのも今宵、
この場所にて我が党に有益な者が現れるとの卦が出たため、迎えにきた次第だ」
「へぇ。そりゃつまり俺がその『てんまとう』とやらの有力株って訳だ。光栄だねぇ。よく知んねぇけど」
片眉をあげ、軽く応じてくる。
「さてな。実はおめーの背負ってるソイツの事かもしれねーぞ?」
カチンときたのか、カイコが意地悪そうにいう。
「あ?こいつがか?さっき、その辺で拾った」
片腕でぶら下げてるのを軽々と前に持って掲げた。それは少女の姿をしていたが、人間ではなかった。
頭からはウサギを思わせる耳が二つ生え、胸と腰、そして手足もウサギのそれを思わせるふわふわな毛で
包まれていたが、何よりも異様なのは青年に逆さ吊りで運ばれていた事だ。
本来尻尾があるだろう場所にツノが生えていて、そのツノを片腕で持ち上げられているため、あられもない格好で
武者達の前にさらされていた。
「フエ〜ン、恥ずかしいです〜〜とにかく下ろしてください〜〜」
逆さ吊りのまま、赤面した顔を両手で覆い、半泣きで訴える。
「だから、うるせぇつってんだろ」(ピシャッ)
青年の尻尾が容赦なく、少女の尻をひっぱたく。「ひ〜ン、トニカク痛いです〜」
さっきの会話を聞く感じ、どうやらこの短い間に何度も同じ事をやり取りしてきたようだ。
「で?俺をその『てんまとう』に勧誘しようってんの?それともコイツか?俺が拾ったんだ。やんねーぞ?」
黒金が答える
「さてな。どちらかまでは卦には出てなかったからな。だが、我が党はこれより国盗りを始める。
そんな小娘をいたぶるよりも我らが手勢になった方が有益だと思うがな」
ピク、と青年は反応する。
「・・・それは面白いのか?」
「それは貴様次第だな」「ふん・・・・」
手に娘をぶら下げたまま、沈思黙考する青年。ふと、何か思いついた顔になり、返答する。
「いいぜぇ。入ってやっても。ただし、一つだけ確認したいことがある」
ニヤアといった笑みを浮かべる。
「ほぅ、なんだ?」
「あんたさぁ・・・・強ぇえんだろうなあ!」
手に持った娘を放り出し、青年は黒金に飛びかかった。
「きゃんっ!」
地面に放り出された娘の悲鳴を合図に二人の戦いが始まった。
青年の上半身が一瞬でワニに変貌し、武者に襲いかかる。
「黒金様!」お憎が声を張り上げる。
上半身を食いちぎられるかと思いきや、ガッキとワニの上顎と下顎を受け止める武者。
「お贈!手出し無用ぞ!それとカイコ!」
「あいよ!」
カイコは呼び声に応じて腕を一振りする。
途端、周囲を回っていた気配消しの呪符が見えない糸に引かれるように範囲を広げる。
二人の戦場を広げたのだ。
今までよりもより広い範囲で呪符は戦場を巡りはじめた。
「ひ〜〜ん、トニカク痛いです〜〜」
放り出された娘は伏せた姿勢で打った腰をさすっていた。その前に憎女がスッと立ちはだかる。
「ほらほら、こんな所に居たら黒金様のお邪魔にもなるし、アナタもとばっちり受けるわよ?
私の後ろにさがってなさい」
「ひぇえぇ〜〜トニカク怖いです〜〜」
そういいながら、お憎の後ろに隠れ伏せたまま頭を押さえ込む娘。
その間にも青年と武者の戦いは白熱していく。
上半身ワニの姿に変貌した青年は、武者に上顎と下顎をつかまれ剛腕で引き裂かれた。が、次の瞬間、
巨大な熊の姿になり鎧武者を叩き飛ばす。
武者は、近くの木に叩きつけられたもののダメージを一切感じさせない動きで体制を立て直すと抜刀する。
熊が再び飛びかかるとたちまちのうちに両腕を断ち切り、首をハネた。
斬り飛ばされた部分は赤い土くれにもどって飛び散った。
しかし、熊の胴はそのまま巨大な大蛇になり、鎧姿に巻き付いた。そのままギリギリと締めあげる。
すると、今度は武者の背から虫の羽が生え巻き羽撃く。周囲を圧する音とともに2つの巨体は空高く
舞い上がった。2・3回振り落とそうと飛び回るが大蛇は離れない。最後には自分の身体ごと手近な岩に
叩きつけた。 たまらず離れた大蛇は今度は鷹の姿になり武者を追うように空中に舞い上がった。
そのまま飛びかかると思いきや、頭上にまわりこみ急降下し、獅子の姿となり頭上から襲いかかる。
「おいおい、何だアイツ、本当にお師匠様と互角じゃないか?」
カイコが驚いたように空中から落下しながら続く戦いを観て感心した声をあげる。
ムッとしたようにお憎が口を挟む。
「そんな訳ないじゃない。黒金様が遅れをとるはずがないわ。あれはあのイケ好かない男の実力を測っているに
きまっているわよ」
「へいへい」
「トニカク早く終わってください〜怖いです〜」
のんびり戦況を見続ける二人に反して憎女の後ろで頭を抱え込んでブルブル震えて見ようともしない娘。
元々小心なのだろう。
その間にも青年は幾度か姿を変え鎧武者を攻撃し、武者の方でも攻撃を受けては変貌した相手を斬り伏せて
いった。やがて、巨大な虎の姿となり、鎧武者の胸を装甲ごと斬り裂いた。青年は一端動きを止めると爪についた
血をベロリと舐める。 そのままだと言葉を発する事ができないのか、爪を伸ばした状態のまま人の姿に戻る。
「いいねぇ。アンタ、凄くいい。だけど、そろそろお開きにしようぜぇ。アンタのハラワタごとさぁあああ」
そう叫ぶと爪を剣のように長大に伸ばして振りかざし、今まで変身したどの動物よりも疾く、武者に突進する。
一方、胸を切り裂かれた鎧武者も流血しながらもダメージを受けたとは思えないほど静かに刀を構えていた。
「よかろう。ならば受けてみよ。我が奥義、暗黒雷光!」
全身からいっきに妖力が吹き出し、刀に集中する。そして刀に集まった妖気は暗黒の雷となって一瞬で敵を貫いた。
───────「くっくっくっ・・・・」
青年は笑っていた。愉快でたまらないというように。
先ほど受けた黒い雷鎚は胸を穿ち、青年を数メートルも吹き飛ばしていた。身体からは血のように見える、
赤いドロの様なものが流れ続けている。地面は吹き飛ばされた青年によってえぐられた跡が残り、
まだシュウシュウと煙をあげている。青年の身体は藪に突っ込んだ状態で停止していた。
「気は済んだか」 武者が前に立ち問う。
「ああ、アンタとなら退屈せずに済みそうだ」「そうか」
武者は手を振り、カイコに合図する。
「しかし、黒金様っ!この者は・・・・!」危険です、と憎女がいいつのる。
「よい。決めた事だ」「・・・・!はっ、そうおっしゃるのであれば」
納得していないのだろう。渋々といった感じで引き下がる。
「さあ、どいたどいた!ほらアンタ。手当すっから身体起こして!」
カイコがお憎を押し退けるように青年の前に出た。いわれた当の本人はキョトンとした表情だ。
「あン?手当て?」
「そうだよ。妖怪や鬼ならまだ余裕あるだろうけど、人間なら死んじまうような大けがだぜ、それ」
青年は自分の胸に開いた穴を見つめ、グリグリと指先でホジり始めた。穴からおびただしい量の赤いものが
流れ出る。しかし、痛みを感じていないようだ。
まるで自分の身体にできた珍しいデキモノをいじっているような風情だ。
「おいおい、その身体はまだ安定してねぇみたいだからそうイジるんじゃねーよ。じっとしてな」
そう言うと、腰に差している刀を鞘ごと抜いて目の前にもってきてから抜刀した。
だが、鞘から現れたのは刀身ではなかった。シュルシュルと螺旋状に現れたシルクのような白い帯のようなもの。
それが意志を持った生き物のように青年に巻き付きはじめた。
「お、おいおい。ちょっとまて」
「言ったろ。アンタの身体はまだ安定しきってないんだ。
応急処置ついでにしばらく全身を固定する。おとなしくしてるんだな」
たちまちのうちに白い帯で全身を巻かれ、やがてでっかい繭のようになる。
「よし、一丁あがり。どうだい、お師匠さま?」
武者に向かって得意げに報告する。武者はしばらく繭の糸を何カ所か引いてチェックした後・・・
「腕をあげたようだが、まだまだ甘いな。細部の癒着をもっと均一にせねば長くは持たぬ」
「ちぇっ。お師匠はやっぱり手厳しいや」
カイコは武者の変身した一形態・蜘蛛の糸を繰る技を継承する弟子だ。そして、現在、糸を操る業を修行中。
この糸は様々な性質を持たせることが可能な為、応用が効く。修行の意味も込めて今回、同行させたのだ。
「済んだのなら撤収するぞ」「あいよ」
武者の身体がまた変貌する。足が無数にある巨大な姿だ。
「おいおい、まぁだ、んな隠し玉もってたのかよ」
「ま、お師様が変身して戦ったのなんてひさしぶりなんだ。アンタだって充分スゲーよ。
傷が治ったらまたリベンジすりゃいいだろう」「およし、カイコ。煽るんじゃないよ」
憎女がたしなめる。
「よせ。それより早く準備をせぬか」
いつもの諍いを制し、出立をうながす武者。
「へーへー。こっちはもう済んでいるよ」
カイコはさっきの妙な刀(?)を鞘に納め、腰に差した。 ぐい、と何かを引くしぐさをすると、その場に居る全員が
武者の身体に引き寄せられる。
「ちょ、ちょっと。コラ!!」
憎女も武者の身体に引き寄せられ、抗議の声をあげる。
「今度は定員が多いんだ。文句は受け付けねぇぞ」
カイコの見えざる糸で武者の身体に各々が固定されたのだ。
「ひーん、何で私まで〜〜放してください〜」
その声には武者が答える。
「ここでの戦いは少々派手に過ぎた。気配を消していたとはいえ、長居すると異変を察知した『鬼を祓う者』が
やってくるだろう。それでもいいのか?」
「ひ〜〜ん、それは嫌です〜〜」
そうして、巨大な虫と化した武者は一行を乗せ帰還を開始した。
──────ガスタンクの爆発は思いの外大規模だった。
周囲はあらゆるものが破壊され、あちこちから余熱による煙がシュウシュウと立ち上っている。
ほかにも上の方に舞い上がって落ちてきた瓦礫、地面に食い込んだままの瓦礫が焦げて転がりわずかに残った火が
チロチロと燃え続けている。
そんな焼けた地面をものともせず進むものが一人・・・いや、この場合は一匹というべきか。わんこだ。
爆発が収まり、風の術が解けた頃、すぐに戻ってきたのだ。
戻ってきたといっても、周囲の様子は爆発により一変している。匂いも消し飛んでしまった状況では
ちゃんと元の地点に戻ってこれたかは疑わしい。地面の匂いを嗅いで、主の痕跡を探しては移動するを繰り返す。
だが、今のところそんな気配は見つからない。
移動しては地面の匂いを嗅ぐ、移動しては匂いを嗅ぐ。そろそろ嗅ぎなれた土の匂いに近づいてきた・・・はず。
だが、彼女の、主の気配は見つからない。しかし、不意に突き刺すような生臭さが脳天を直撃した。
間違いない。ヤイカガシの異臭だ。どうやらここが例の場所付近らしい。近くに般若面と怨念土の残滓も
見つかった。だが、主の匂いは見つからない。
あの爆発で消し飛ぶようなヤワな主ではない。そう思い、周囲を嗅ぎ回る。焼けた鉄片を鼻でどかし、
足の裏を焼く鉄板や足の裏に刺さる焼けた鉄片には目もくれず、鼻腔内粘膜を焼くかのような異臭から主の臭いを
さぐりあてようとさまよい歩く。
永遠に近い短い時間。やがて気力と時間に限界が来る。
人間が騒ぎだしたのだ。人間にこの姿を見られる訳にはいかない。わんこは焦燥にかられて吠えた。
長く遠い遠吠え。とたん、すぐ後ろでカラリと瓦礫が崩れた。
「!!」
ほかの所でも瓦礫は崩れている。だが、何か意図的なものを感じ、その瓦礫に駆け寄る。
「わんこでヤスか。手伝うでゲス」
聞こえてきたのはヤイカガシの声だ。
「鬼子の腕が瓦礫に挟まって動けないでゲスこっちで示す鉄柱を抜いてほしいでヤス」
いわれた鉄柱をみたがなんてことのないものだった。よくわからない。
これくらいのものなら簡単に抜けそうなものなのだが・・・
「今、鬼子はあっしの神通力で地面に潜っているでゲス。もし、少しでも離れようものならたちまち生き埋めに
なってしまうでガス」
そういうことか。とりあえずニンゲンの車の気配が近づいてきている。あまり時間がない。
その鉄柱をひきぬいた。
とたん、また地面が爆発した。いや、爆発ではなく吹きとんだのだ。そして、夜の月の明かりの中に広がる黒髪、
月を背後にナギナタを手にわんこの主が復活した。
「ふぅ、やっと抜け出られた。助かったわ、わんこ。それとヤイカガシ」
あの爆発の際、まだ近くにいたヤイカガシがとっさに鬼子を地面の中に引きずり込んだのだ。
当然、地面の中にも熱と衝撃は来るが、直接爆発を受けるよりはずっと影響が少なかった。
しかし、この辺りの地下にはヤイカガシが通り抜けられないものも多く存在する。
とっさに地下に引き込んだはいいものの、ヤイカガシが抜けられないものの一つ、鉄のパイプが鬼子の右腕に
ひっかかり、抜け出せなくなったのだという。般若面を回収し、身支度を軽く整えた姿は特に怪我もないようだ。
「さて、人が近づいて来ているみたいだし、さっさと退散しましょ。二人には特にお礼をしなくちゃね。
あとヒワイドリもか」
が、わんこはプイを横を向き、さっさと乗れ、とばかりに耳で鬼子にうながす。式神のプライドとして、
この程度で恩に思ってほしくないのだろう。
鼻先や足の裏は相当焼け爛れているだろうに、何でもないことのように振る舞っている。
「さて、あっしもそろそろいくでガス。この辺りの地面は泳ぎにくいでガスからお先に失礼するでヤス」
とぷん
瓦礫をかきわけ、水に潜るように地中に消えるヤイカガシ。
こっちもだ。いつもはことあるごとにパンツを寄越せ寄越せとうるさいのに、こういう事で要求することはしない。
気になるから聞いてみたいが、普段そんなこと聞こうものならホントに下穿きを渡さなくてはなりそうで
怖くて聞くに聞けない。何かそれなりにこだわりでもあるんだろうか?
・・・と、そろそろニンゲンの乗った車が近づいてきた。
緊急車両と思しきサイレンが聞こえてきている。時間がない。撤収しよう。
それと「こんびに」と・・・・「どらっぐすとあ」で火傷に利く塗り薬やおみやげを買って帰らないと。
本当は歩いて帰りたい所だが、足を火傷していてもわんこの足の方が早いし、なによりも彼のことだ。
気遣われていると知ったらひどく怒るだろう。
さて、わんこに火傷の薬を塗る口実をどうしようかと思案しながら、鬼子は背に乗り、その場を撤収した。
──終──
・・・・という事で、おもいっきり天魔党のキャラを使った話を作ってみました。ついでに、以前チロっとだけでた
鬼土(きど)の設定を少し改変して使わせてもらいました。チョット思いついただけなのに、やたら分量がデカくなるのは
私の悪い癖です。改めないと・・・・それでは失礼します。
【編纂】日本鬼子さん序「どうしてなの……」
一の一
間に合った。
間一髪だ。
どうにか鬼の一撃を防ぐことができた。
薙刀で鬼を振り払い、距離をとる。相手の姿は黒く、まるでそこだけに夜が訪れているようだった。まるで遠近感を感じさせない。ただその輪郭のない黒い頭に生えた角だけが夕陽を浴びて黒光りしている。
無言の雄叫びをあげ、獲物の邪魔をした私を威嚇していた。
夕暮れの山間、そこに広がる畑、この時間……。戦いたくないところに鬼が現れてしまったのは運がなかった。
鬼が踏みしめた畑は邪気によって穢されてしまっている。私には対処のしようがない。
やっと大きくなってきたほうれん草も、これではもう食べられない。
日が沈んでしまえば、闇に染まりきった鬼と戦うのは困難を極める。
この鬼は、夜や闇や影に関係した神さまが堕ちてしまわれたのだろうが、今この段階で特定する呪術や観察眼は持ち合わせていない。
それから、
「ああ、ああぁ……」
私の背後で腰を抜かしてしまっているのは、仕事帰りの農夫だろう、帰り道で鬼に出くわしてしまったようだ。
この方に怪我をさせないように戦わなければいけない。逃がしてあげたいけれども、
敵に背を向けるほど私は愚かではないし、そうでなくてもその役は不適任なんだから。
そう、私一人では、何もできない。
もしも、こんな自分に生きる価値があるのだとしたら、
「黒き鬼よ、あなたを散らしてあげましょう」
鬼と戦って、あるべき姿に還してあげるしかない。
挑発に乗った鬼が闇夜の腕を振りかざした。とっさに防御の構えをとり、頭上で受け止める。
まるで大岩を持ち上げているような重みが両腕にのしかかる。押しつぶされそうになるけど、
こういった力任せな鬼はいたるところで出くわしてきたし、その度に散らし、浄化してきた。
力を受け流すように薙刀で払いのける。五尺ほど離れた地面に腕が振り落とされ、耕された土が邪気を含んで飛び散った。
ごめんなさい、と心の中で呟きながら影の鬼の懐に潜り込む。
隙は一瞬だけしか見せないから、合掌はできない。
だからせめて、あなたを――
「萌え散れ!」
一閃。
上下に裂けた鬼が声にならない叫びを上げる。罪の意識を抱きつつ、薙刀に付いた邪気を振るう。
同時に背後の鬼が影となって四散した。こうして、元のおられるべき場所へと還ってゆく。
鬼の正体は「影」の神さまの一柱であったようだ。
二の二
薙刀を神さまの元へお返しし、振り返る。
そこにあるのは黒く穢れた畑と、尻餅をついたままでいる男だけで、もう鬼の姿は見当たらない。
「あの……」
「来んな!」
男に声を掛けたか掛けないかの、ほんの一瞬の出来事だった。
陽は山に入り、カラスの群れが列をなして秋の山へと飛んでいる。
風は畑の実りを揺らし、足元に広がる穢れはただじっとそこにあり続けていた。
男は私を拒絶していた。
「おめえらが、おめえらが畑を荒らしてっから、みんな苦しんでんだ! 許さねえ、許さねえ!」
そう……だよね。
私も同類、なんだよね。
「同族殺しめ! 俺もやんのか? やんならやれ、どうせ飢えて死んじまうんだ! さあ、さあ!」
私の頭には、角が生えている。
さっきの鬼と同じ、醜い角が。
ただそれだけの理由で、人々は恐れおののく。
ある人々は「鬼が来たぞ」と叫んで逃げまどい、
またある人々は敵意を見せない私を見て「父を返せ」と「子を返せ」と涙を流しながら怒鳴り喚く。
ただ角があるだけで。
「殺せ、さあ殺せ!」
ときには、彼のように気の狂った人を目の当たりにすることもある。
でも、私の取る行動はただ一つ。
人々に背を向け、静かに立ち去る。それだけ。
金切り声を背に受けながら、歩く。
「どうしてなの……」
ぎゅっと、手のひらを握りしめて、過去を思った。
遠くから列をなしていたカラスの声が聞こえる。
本当は分かってる。こんなこと、考えたって意味のないことだって。
涙が穢れきった地に落ちる。
でも、問い掛けに答えてくれる人なんて、どこにもいなかった。
明日あたり、一話を更新したいと思います。
それ以降は一週間ペースの連載で続けていきたいと考えてます。
まあ、そんなこんなで、宜しくお願いします。
>>83 楽しみにしてます。
というか週一ペースは凄いですね。
鬼土は色々応用利きそう。なかなか面白い設定でした。
書き込みテスト
歌麻呂さん、いよいよ長編がスタートしますね。
鬼子の根本と成りえる「鬼」という性にあえて含みを入れて
最初から表現するなんてチャレンジャーですね。今後の心の中の葛藤が
どう展開していくか楽しみにしています。
私は初心者なので、人の文章にあれこれ言える立場ではありませんが、
私のSSを読んでくれた人からある言葉を頂きました。
「強調したい場合は除きますが、同じ言葉を近い所であまり使わないほうがいいですよ」と。
これは私自身の勉強の為と思い、その方は教えてくれました。
歌麻呂さんの物語に入る前の序章の文の中で気になる所がひとつ。
>相手の姿は黒く、まるでそこだけに夜が訪れているようだった。まるで遠近感を感じさせない。
という文章の「まるで」がひょっとしたらそれに当るんではと。
強調の為、使っているのであれば私のレスはスルーしてくださいね。
勝手な妄想の黒い鬼(勝手に目も解る様にしてしまいました)
http://dl6.getuploader.com/g/oniko3/181/oni01.JPG
勝手な妄想の黒い鬼(勝手に目も解る様にしてしまいました)
私も「勝手」を続けて使ってみました。
勝手な妄想の黒い鬼(表現には無いですが、目も解るようにしてみました)
個人的妄想の黒い鬼(勝手に目も解る様にしてしまいました)
勝手な妄想の黒い鬼(目も解る様にしてしまいました)
上記3行の方が読みやすい・・・かな??
素人考えでした。すみません。
皆さんありがとうございます。
一週間ペースでやってけるかは不安ですが、なんとか身を尽くしてやってみようかなと。
ありがたいことにイラストやら「序」の修正すべき部分もあったようで。
TINAMI、pixiv版の方は訂正しておきました。
では一話目、始まりです。
【編纂】日本鬼子さん一「そういうことじゃなくてさ」
九の一
この日、アタシは悩んでいた。周囲からすればたいしたことのない話なんだろうけど、
自分にとっては今後の人生の方向を決定づける重大な選択を強いられているんだと思っている。
我をとるか、乳をとるか――。
うん、正直冷静に語ってしまうと実に下らない。だから少し強引に事のあらましを話しておきたい。
あれは朝目が覚めたそのときだった。
「……乳について語りてえ」
開口一番、最悪だ。女性の部位は分け隔てなく愛する……というか、木を見て森を見ないようなことがないように
心がけていたはずなのに、今朝のアタシときたらこれだ。こんなのでは世間から失笑を買われかねない。
とにかく、突如として胸語りの衝動にかられたアタシは貴重な高校生の夏休みを利用し、この猛暑の中、
本屋――主に同人誌を取り扱ってる店――へと赴いた。地元にはないので三十分電車に揺られて近くの大都市に着く。
このときも、目に行くのは女性の胸ばかりだった。確かに日頃落書きみたいなイラストを描いてるためか、
きれいな人がいたら参考がてらに目が行ってしまうのは認めよう。
でもこんなエロオヤジみたいな視線で人を見たことなんて一度もなかった。
おかしい。
何かがおかしい。
でもその原因がわからない。昨晩兄貴の作った三時のおやつっぽい夕食にいちゃもんをつけたからだろうか。
それとも姉貴とのコスプレ談義が白熱を極め、四時間も盛り上がってしまったからだろうか。
いや、そのあとで見た夢が原因かもしれない。
紅の和服に長い柄の武器を持ったコスプレ少女が悪を蹴散らす、そんな夢だったんだけど。
……どれも理に適っていない。そんなささやかな出来事のせいで価値観を変えられてたまるか。
しかし現に価値観がすっかり変わってしまった自分に戸惑っている。同人誌を前にして、手先が震えているのが分かる。
どうしても胸に力を注いでいるクリエイターの作品に手を伸ばしてしまい、いつものように内容を吟味することはなかった。
そりゃ、目の保養になるんだからいいかもしれないさ。
でも、もしそれだけの理由で享用してしまったら今までのスタンスはどうなる?
クオリティを二の次にしてまで、無秩序の奈落へ突き進む必要があるというのか?
語弊があるといけないので、蛇足に一つ言いたい。乳漫画だとしても、乳に愛がこめられている作品ならいい。
そういう話は、自然と話もすっきりしていて、読了したときの気分は実に爽快だ。
アタシの言いたい「無秩序の奈落」ってのは胸をまるで道具のように使い、
それで読者を釣ろうとしているような、そんな卑怯な作品のことを言っている。
まあ、結局アタシは後者の誘惑に乗って軍資金を使い果たしてしまったから、偉そうなことは言えないんだけど。
そんなこんなで、いくつもため息をもらしながら地元に戻ってきた次第だ。
九の二
やっぱり、何かがおかしい。
道端ですれ違う女性の胸を見て、反射的に手が動いてしまったこともしばしばで、危うく犯罪になりかけたこともあった。
落ちつけ、まずは心を落ち着かせてみよう。
そういうときは、外で読書をするに限る。まあ読書といっても同人誌なんだけど。
地元で有名な八幡宮に足を踏み入れる。真っ赤で巨大な鳥居をくぐると、多くの人で賑わう路地が一直線に続いていた。
……いや、さすがに鳥居や本宮の真ん中でルツボを取りだそうなどという気はない。
有名な神社だけど、一ヶ所だけ、人気がなく木陰もあって風通りもいい格好の読書スポットがあるんだ。
本宮へと続く大石段の手前を左に折れる。林の中の小道に入ると、人々の賑々しい声は背丈のある木々に吸い込まれていった。
聞こえるのは砂利を踏みしめる音とアブラゼミの鳴き声、木々を掠める風の音だけだ。そして苔の付着した石鳥居をくぐる。
祖霊社。
アタシの隠れ家に着いた。
吹き抜けの寂れた社へと続く砂利の路を歩く。左右にはカドの欠けている灯篭が並んでいた。人は誰一人としていない。
手近な灯篭に腰を下ろす。緑に包まれた空気をしばし味わいたかったが、待ちきれずに混沌たる書を開いた。
「ふむ、よい乳だ」
よくない。内容なんて崩壊していて、ただ胸に全ての画力を注いでいる漫画を見たって
面白くないのに、何がアタシをここまで暴走させるんだろう。
「何、読んでるんですか?」
「『魔王少女マオ☆まお』のパロだよ。いやあ、表紙買いって怖いわ」
そんな雑談を交わしながらページをめくる。
「えと……あの、かわいい絵ですね」
「だろう? こいつが生きる原動力なんだから」
いや、違う。アタシの原動力は乳ではない。なのに、まるで誰かがアタシの口を操作して勝手に喋らせているみたいだった。
「あ……」
小さな悲鳴を耳にする。いかがわしいコマのあるページに到来したのだ。
頭上で木が大きく揺れた。風が吹いているのだろう、葉っぱの擦れる音が境内を包む。
遠くの方では鳥が鳴いている。近くに巣でもあるのだろうか、餌を求めるヒナの声が飛び交う。
しゃわしゃわしゃわ……。蝉の鳴き声が、一段と大きくなった。
――あれ、なんか、おかしくないか?
恐るおそる漫画から目を離す。そっと視線を前へ向けた。
そこには、深紅の着物を着た女性が、困惑した表情を見せ、アタシをじっと見つめていた。
九の三
死んだ。
ああいや、これはつまり身体的生命活動の停止を意味するんじゃなくてですね、
ほら社会的抹殺を今まさにここで宣告されちゃったことに対する激しい動揺やら衝撃やら日常崩壊やらバチ当りやら悟りやら、
その他諸々やらに関する数多のほとばしる熱いパトスを端的に述べたものであって、
つまりアタシはもうお嫁にいけないんだという古典的諦めをかの三文字で表そうとしたわけですけども、
そもそもアタシみたいな輩を嫁にする野郎なんてどの次元探そうともいないっつーか、
むしろこっちが○○は俺の嫁って宣言したいクチだしうんぬんかんぬん。
まて、落ち着け自分。今自分が呼吸をしているのかどうか把握できる程度の冷静さを取り戻そう。
「あの……」
「ななななんだイ?」
声が上ずっている。愛想笑いを浮かべようにも、頬が歪んで愛想もなければ笑いもない。
気持ちの悪い汗がにじみ出ていて、もう「にげる」のコマンドを連打したかった。
「え、えと、落ち着いて下さい」
和服の少女が、言葉を選び選び口にする。初対面の彼女から心配されているようじゃいけない。
まだ社会的抹殺から逃れる術はある。深呼吸をして、そっと同人誌をカバンに収めた。
と、ここでようやく目の前の少女の黒髪から人間のものとは思えない二本の角が生えていることに気が付いた。
それに加え、リボンを結ぶ感覚で般若のお面を側頭部からぶら下げていた。
よくよく見れば、この少女だっておかしい。
確かに境内で同人読んでるアタシよりかは遥かにマシかもしれないけど、
暑苦しい紅い着物とか、熱心に読書する人に声を掛けちゃうところとか、常識外れだと思わないかい?
いや、待てよ……?
もしかしたらこの子は同志なのかもしれない……
いや、「同じ志」とはいかなくとも、「同じ類」とは言えるのではないだろうか?
この子はコスプレイヤー説、浮上。
ならば、警戒しなくても特に問題ないだろうし、いやむしろ友好関係を築くのが紳士淑女の礼儀というものだ。
わざとらしい咳払いをし、握手を求めるために手を伸ばした。
「アタシ、田中匠(たなかタクミ)。君もよくここに来るの?」
少女はしばらく呆然とアタシの手を見ていたが、そのうちふっと、緊張した顔をほころばせ、満開の笑みに転じた。
「ひ、日本鬼子です! 初めてで、その、宜しくお願いします!」
一気にまくしたてた少女は、そのまましがみ付くように握手した。アタシの手よりも少しだけひんやりとしている。
「ひのもと、おにこ?」
変わった名前だ。日本という苗字もさることながら、鬼子……鬼の子だ。
そんなひどい名前を娘に付けた親の顔が見てみたい。
九の四
「変な、名前ですよね」
自虐的な笑みを見せる。やはり自分の名前にコンプレックスを持っているみたいだった。
うつむく彼女の角が目に入る。
ああそうか、と疑問に合点がいく答えが浮かんだ。
「日本鬼子」っていうのはコスプレしてるキャラの名前なんだ。
日の出を背に歩む、角の生えた少女……いいじゃない。
「アタシはその名前、好きだけど」
「ほ、本当ですかっ? は、初めてです、褒めて下さるなんて……!」
目をキラキラと輝かせる。「鬼子」に扮した少女はまるで自分の名前を褒められているかのように喜んでいた。
「もっと、日本さんのこと、知りたいなあ」
未知の作品に対する知的好奇心が口に出る。
少女ははっとアタシを見つめた。希望に満ちた眼差しが日射しのように注がれた、
と思いきや、ふと悲しそうな顔をして目線を灯篭に移してしまった。
「田中さんは、私のこと、怖がらないんですか?」
「まさか」
コスプレイヤーに鬼はなし、と自称コスプレイヤーの姉貴は口癖のように言っていた。
コスプレはそのキャラクターを思う気持ちがないと演じきれない。だからコスプレイヤーは思いやりを知っている。
それに、帯の上に乗った形のいい乳。偉人は口を揃えて「貧乳美乳巨乳合わせてそれ即ち正義なり」と言っていたではないか。
……これは失言だった。
とにかく「日本」少女は即答に半ば驚いた様子だったけど、小さく頷くと真剣な面持ちで口を開いた。
「鬼を祓っているんです。人々の心に棲まう、鬼たちを」
「鬼が、鬼を?」
興味深い設定に鼓動が大きくなる。
「鬼といっても悪い鬼ですよ? 人に害を為さない鬼もいれば、ちょっぴりイタズラ好きなだけの鬼もいるんです。
もちろん、国一つ滅ぼしてしまうような鬼もいるんですけど」
悪い鬼、かあ。
今朝見た夢を思い出す。悪の化身を華麗に蹴散らす少女の夢だ。
まるで、アタシの夢がそのまま作品になっているような、そんな不思議な感覚にとらわれた。
「なんか、面白そうだね」
日本さんの臨場感溢れる戦闘シーンを見事なコマ割りで進められたら、読むだけでときめいてしまいそうだ。
「面白くなんて、ないですよ」
アタシの静かな躍動とは裏腹に、和服少女は盛り下がる一方だった。
ここって、一緒に盛り上がって、意気投合する感じの場面じゃないの?
少女は俯き、そして祖霊を祀る神社を見つめた。その横顔は、どこか遠い過去を眺めているようにも感じられた。
「なら、なんでコスプレしてるの?」
……こんなこと、訊いちゃいけなかったのかもしれない。
この瞬間、アタシの日常は崩壊してしまったのだと、第六感が知らせている。
「こす……? あの、こすぷれって、なんですか?」
九の五
思えば疑問は山のように存在していた。
なぜ、この子はアタシに声を掛けたのか。モラルがないように思えたが、
その身に染み込んでいる立ち振る舞いや着物の着付けを見ればむしろその逆だとすぐに分かる。
沢の流れるような黒い髪、般若の面から滲み出る千年紀の色映え、
素人目にも分かる、市販の浴衣とは別次元のやわらかみと深みを兼ね合わせた着物……。
ここまでキャラクターとユニゾンできる人なんて、コミケのどこを探したって見つかるわけがない。
「鬼子」という名前。その名に対するコンプレックス。彼女の設定をまるで自分の宿命のように語る口振り。
「私のこと、怖がらないんですか?」の一言だって、よく考えてみればおかしい。
そして「鬼子」の輪郭を垣間見た夢や、制動しきれない乳に対する強い情熱……アタシ自身もおかしい。
今まで気にしなかった――いや、目を背けていた違和感がここに集い、巨大な仮説が誕生した。
アタシたちは、「日本鬼子」を、誤解しているのではないか。
「君は……君が日本鬼子、本人なんだよね?」
「はい」
「『日本』さんを扮しているわけじゃないんだよね」
「はい」
勘違いしていた。
この子はコスプレイヤーなんかじゃない。
鬼を祓う、鬼だったんだ。
「鬼は、嫌いですか?」
その言葉は震えていて、アタシのことを……いや人間を怖がっているようにも思える。
確かに「鬼」という概念については、文化的に「嫌いだ」という答えがひっつくのは仕方のないことだろう。
でもこの子は「鬼」を祓う鬼だ。
その勇ましい姿を想像して、憧れを抱いたのは確かだし、それは今でも変わらない。
……いや。ちょいと待たれよ。
そもそも鬼は存在しない。神もいない。
だからこそ灯篭に腰掛け、境内で同人誌を読もうなどという背信行為ができる。
なら「彼女は鬼である」と考えるよりかは
「彼女は鬼の外見をまねた人間である」と思うのが理屈に合ってると思わないか?
となると彼女は鬼でもなく、またコスプレイヤーとも言い難い。
いわゆる重症中二病患者の疑い出てくる。
リアル中二病ほど痛々しいものはない。
けれども、もし「日本」さんが本当にいたとしたら、それは一期一会なんていう騒ぎじゃない。
文字通り夢にまで見た、正義のヒロインじゃないか!
九の六
「日本さん」
だからアタシは、一つの賭けに出た。
実に滑稽でありながら、最も有効的な賭けだ。
「鬼祓いをさ、今ここでやってみてくれないかな?」
鬼なんていないんだから、鬼祓いだってできるわけがない。
「もし鬼を祓えたら、私のこと嫌いになるんですか?」
「いや、むしろできなかったら距離を取らせていただきたいというか……」
もちろん、中二病的な意味で。
「わかりました」
彼女はなぜか嬉しそうに頷いた。
胸が、きゅん、と締めつけられる。
普通の中二病なら、ここで待ったを掛けるはずなのに。
――もしかしたら。
角の生えた少女は般若のお面を手に取り、それを自身の顔に近づけた。
にわかに風が吹く。
その風が少女を包み込むと、ふわりと紅葉が舞い上がった。まるで幻を見ているみたいだった。
紅葉はどこから来たんだろう……そんなことを思った瞬間、
胸から強烈な衝動が全身を駆け巡り、全ての思考が遮断された。
ただ、ただアタシは……。
少女の胸に目が行く。ただそれだけを見ていたかった。
あわよくば、それを語り尽くしたい。この身を尽くしてでも、語り尽くしたい!
心が暴れる。まるで身体の内側で大嵐が渦を巻いているようだ。
乳、乳、乳……。
暴走を止めるには般若から視線を逸らせばいい。そう本能は指令を下しているんだけれども、
もう窮極的真理の証を目の当たりにしてしまった今、逃れる術は一つとしてなかった。
――乳、乳、乳!
四肢がはち切れ、胴は爆ぜるのではないか。
もう全てを投げだして悲鳴を上げてしまおうか……そう思った、そのときだった。
アタシは、全ての苦しみから、解放された。
九の七
胸の中の乳語りの衝動が、身体から抜け出てきたような、そんな気分。
思わず力が抜け、砂利の地面にへたりこんだ。
自由だ。もう、気持ち悪い思考に至らなくて済むんだ。
そんな安息な日々が、再び訪れ――なかった。
「乳の話を、しようじゃないか」
謎の台詞を耳元で囁かれる。鳥肌が立ち、全身が硬直した。
そこには、鶏に似た二足歩行の生命体がいた。
「な、なにこれなんなのっ?」
逃げようにも、腰が抜けて力が入らない。
「ふむ、嬢ちゃん、オメェとはいい乳の話ができそうだぜ」
「しゃ、喋ってるーっ?」
なんだ、なんなんだ「コレ」は!
こんなのが、現実にあっていいものなのか?
「おいおい、このオレを知らねえったあ、よっぽどの田舎モンみてえじゃねえか。
ま、そいつはそいつで面白ェからいいんだけどよ。つーことで、出会った印に一杯乳を肴に呑もうじゃないか」
赤眼に赤鶏冠、白い羽毛に包まれた三十センチほどの生き物は実に饒舌だった。もう何を言ってるのか頭に入ってこない。
「ひの、ひのもとさん……!」
戸惑いなんて隠せるわけがない。もう死に物狂いで日本さんに助けを求めた。
彼女は両手を伸ばし、何かを呟いていた。
何をマイペースに! そう言おうとしたとき、少女の前に長身の棒のようなものが……いや、これは薙刀だ。
彼女の身長を優に超す薙刀が生み出されていた。
もう、中二病とか理屈的とか、そういった考えは遠く異次元へと飛ばされていた。
日本鬼子だ。そう思った。
正真正銘、彼女は日本鬼子だ。
「あなたに憑いていたのは、心の鬼の代表格、ヒワイドリです」
日本さんは薙刀を構え、呟いた。
「この子に憑かれると、ひ、ひ……卑猥なことばかり考えるようになります」
日本さんの顔が赤くなる。なんて純情な心の持ち主なのだろう。こっちまで恥ずかしくなってくる。
「いいねえ鬼子。オメェの恥じらいのこもった『卑猥』ってワード、最高に――」
ズドゥッ!
「でも、もう大丈夫ですよ」
九の八
さっきまですぐ横にいたはずの心の鬼が見当たらない。
さきほどのあらぬ音と関係がありそうな気がしないでもないけど、あえて気にしないことにしよう。
ヒワイドリという鬼に憑かれていたから、今日は変な衝動に駆られてばかりいたのか。
実にしょうもない鬼だ。確かに迷惑だしお金の無駄遣いをしてしまったわけだけど、
別に命を狙われたわけでもないし、誰かを死に至らしめるわけでもなかった。
危うく電車内で痴漢をはたらき、法的に拘束されかけたけど。
あと、角がなくても鬼と呼ばれるらしい。アタシたちの考える妖怪みたいなものも鬼として考えていいのかもしれない。
日本さんが血振りをすると、薙刀が紅葉となって消えた。
「あの、田中さん」
面と向かった日本さんを見上げると、彼女が、手を差し伸ばしてきた。
「お友達に、なって下さいませんか?」
「……え?」
拍子抜けたお願いに、思わず耳を疑ってしまった。
真剣そのものの表情からそんなことを言い出すとは思いもしなかったというか、唐突というか……。
「だ、だめですよね? 私、鬼ですし」
「いや、まだ何も言ってないんだけど」
「なら、お友達になって下さるんですね!」
日本さんの眼が輝く。
「えーっと、そういうことじゃなくてさ」
なんというか、日本さんってちょっと世間知らずだよなあ。
立ち上がり、スカートに付いた泥を払う。
友達、という言葉が嫌いなわけじゃない。
ただ、それを口にすることがおこがましく思えてしまって、気が引けてしまうんだ。
「友達ってさ、『友達になろう』って言ってできるもんじゃないと思うんだよね。
一緒にいて、話して、少しずつ相手のことが分かってきてさ、嫌なところを見つけちゃっても、
それでもやっぱり一緒にいてもいいなって思える存在……っていうのかな?」
歯切れの悪いことを言ってしまった。慣れないことを言うもんじゃない。
「ま、ぶっちゃけ兄貴の受け売りだから自分自身よく分かってないんだけどさ」
照れ隠しに笑ってみるけど、きっと頬がひきつってると思う。
そもそも兄貴のお説教の中で語られた話じゃないか。もうずいぶんと昔のことで、何で叱られたのかは忘れちゃったけどさ。
「……田中さん」
「ん?」
「だながざん……」
「え、ちょ、なんで?」
日本さんが、泣いていた。アタシに手を差し伸べたまま、大粒の涙を拭うことも忘れ、
しゃくりあげ、肩を震わし、唇を噛みしめ、ひたすらに泣いていた。
九の九
「だながざん……わだじ、こんななのに……ずびっ、すごいです、大切にじでぐれて……」
砂利の上に滴が落ちた。
すごくなんて、ないさ。アタシなんて中途半端なオタクでしかないし、これといって何の役にも立たない。
アタシを助けてくれた日本さんのほうがずっとすごい。
ってことを言いたかったけど、相手が泣かれてちゃ言っても通らないような気がする。
「日本さん」
宙ぶらりんの手を握り締めた。やっぱりひんやりとしている。きっと心があたたかい証拠なんだろうな。
「助けてくれてさ、ありがとう」
アタシはやると決めたらとことんやる女だ。
「お礼しようにも金欠だから何もできないけどさ、行きたいトコあったら、一緒に行こうよ」
だから、日本さんが友達になりたいっていうんなら、その地位に就けるようにやってやろうじゃないか。
「なら……私のおうち、来てくださいますか?」
鼻声のささやかな要望に、アタシは得意顔で頷いてみせた。
「いいよ。どこなの?」
すると、日本さんは祖霊社の方を指差した。なるほど、北東にあるんだな。
ちょうど山があるから、その山の中に住んでいるのかもしれない。
「祠の中です」
アタシはやると決めたらとことんやる女だ。
いや、でもしかし。
――冗談きついっすよ、日本さん。
>>57-61 おおお! 風太郎くん!
そうか、わんこの隣にいるからこそ、そういう悩み事を持ってるのか。
風太郎くんならきっとそんな悩みを持っているに違いない!
各キャラクターが活き活きしてて、情景が輝いて見えました。
というか、うまーく短くまとまってて羨ましいです……!
>>62-79 その発想を下さいw
鬼子さんて何にでも合うんだなあ……と思いましたよ。
自分の中じゃ鬼子さんの世界なんて
「日常」か「昔の日本」に限られちゃってるわけですが、
ちょっとSFが混じっててもとてもしっくりしてて驚きました。
個人的には、それまで異質の雰囲気だったのが
5/17でストンと現代文明に呑まれつつある日本家の日常に転換する場面。
あの展開はうまい! 思わず唸ってしまいましたよw
イイ感じだな。SSスレ
期待してるぜぇ。
>>90-98 これはw 以前の長芋マンガを見てるとさらに楽しく読める構成w 田中さんこんな風に思ってたのかw
(※注意:創り手ごとに解釈は違います。逆に受け取り手も色々な解釈で楽しめるのが鬼子世界です)
見方を変えると全然違う側面が見えてくるというのも面白いな。みずのて、わんこ視点もイケるか?
「みずのて」「闇の邂逅」「【編纂】日本鬼子さん」
・・・急にレベルが上がったって思うのは私だけ?
短編小説
『心の鬼とは』〜ある田舎町での話し〜
山間にひっそりたたずむ小さな田舎町。人通りは少なく、自然が織り成す音だけが漂っている。
夏の日差しを浴びて、強く輝く水溜り。今朝まで雨が降っていたようだ。
その上を飛び跳ねながら走り回る一人の少年がいた。
頭は丸坊主で、黒光りするほど焼けた肌。
7歳くらいと思われるその少年は、年齢に似合わず筋肉質な体つきをしていた。
毎日、近くの山や丘を駆け回り遊んでいるのだろう。
「お〜い、健太ぁ〜。手を合わせにいくぞ〜」
遠い所から、少しか細い声が聞こえて来た。
「じっちゃ〜ん。今日も行くのかぁ〜?」
大きな力強い声で、健太はそう答えた。
声をかけてきた人は、この村に住む老人。健太のお爺さんだ。
父親と母親は、遠くの街まで出稼ぎに出てるので、お爺さんが預かってるのだ。
「なぁじっちゃん。聞こう聞こうと思ってたんだけどさぁ」
健太は、お爺さんの所まで走って行ってたが、息一つ乱れていなかった。
おもむろに手を繋ぐ2人。健太は、繋いだ手を大きく振り元気良く歩いている。
お爺さんは、少しよろけながらも笑顔で一緒に歩いていた。
「なんじゃい?聞きたい事って」
「あのさぁ、何で毎日毎日神社へ行くの?」
口を尖らせながら言う健太の表情からは、神社へ行くより遊びたいと読み取れた。
お爺さんは、笑顔で小さく深呼吸する。
「心の鬼って知っとるかぃ?」
「心の鬼〜〜〜?何それ?」
「運動会の駆けっこで、負けたら健太はどう感じる?」
「そんなの無い無い〜。いつも一番だから」
負けず嫌いで、運動能力抜群で、勉強嫌いの健太は、
言葉だけではなく、目を大きく見開いてそう言った。
お爺さんは、繋いでいた手を離し健太の頭の上へ乗せた。
『心の鬼とは』2
「神社で、手を合わせながら教えたるわぃ」
「なんだよ、もったいぶって・・・」
神社は近くにある。セミの鳴き声で覆い尽くされた境内に、
小さな賽銭箱があった。
お爺さんは5円玉を二つ取り出し、一つは健太に渡し、もう一つの5円玉を
『ポン』とその賽銭箱に入れた。
健太もお爺さんにつられ、5円玉を投げた。
2人は目をつむりながら手を合わせる。
「健太。もしじゃ、もし駆けっこで負けたらどう感じる?」
「ん〜〜〜。嫌な気分になる」
健太は手を合わせながら目をつむっているのだが、退屈なのだろう。
たまにチラチラとお爺さんを見ている。
「嫌な気分だけなら大丈夫なんじゃが、そこから相手を叩いてやろうとか、
虐めてやろうとか思う心が出て来たら、それが心の鬼なんじゃ」
「え?じゃぁどんな形をしてるの?」
「形などありゃせんわぃ。相手を落としいれようと思う心が鬼なんじゃ」
健太は頭を傾け、キョトンとしている。
意味があまり解っていないのだろう。
手を下ろしたお爺さんは、健太の方を見て笑顔になった。
「まぁえぇ。こうやってお参りしていたら、邪気が祓われるからのぅ。
心の鬼も出てこれまいて」
そう言い、お爺さんと健太はまた手を繋ぎ、楽しそうに帰って行った。
そう、昔の人は邪気を祓う為にお参りしていた。そして各地で開かれるお祭りも
邪気を祓う為の行事なのだ。
忘れてはいけない事・・・。しかし、それらを伝えられない状況が現代にはある。
お爺さんと健太が去った神社に、季節にそぐわない一厘の紅いもみじが漂っていた。
おわり
心の鬼も民間に浸透している・・・・なんという共存関係・・・
>>102 お、面白い読み方をしてますねw ありがとうございます。
視点を変えるのは書く側としては大変ですけど、
インスピレーションがびんびん湧いてきて楽しいですよね。
>>103-104 おお! こういう作品待ってました!
視点を変えるってさっき言いましたけど、
まさにこれ、視点の大きな飛躍じゃないですか!
自分にも発想はありましたけど(という言い訳をしつつ)、
書くまでには到れませんでした。
心の鬼のイメージが固まりましたよ。ええ。
>>56 あれ、たしかにSSスレには出てないような…?
どこで読んだんでしょう(笑)
ヤイカガシがかなり警戒してるので、正体は何だろうと思ってました。
>>57-60 みずのて
夏に涼しげな小編、ありがとうございました。
わんこから見ると、鬼子さんはこんなに大きく見えるんですね。
心細そうな鬼子さんもいいけど、頼れる背中の鬼子さんも好きだな。
そうそう、滝を通して女の姿がぼんやり見えるというなら、
「陰」じゃなくて「人影」の「影」では?
>>62-79 闇の邂逅
す、すごーい…なんという充実のプロローグ。
翁とお憎の関係とか、ヤイカガシが報酬を要求しないとか、細部に鮮やかな作りこみがなされてるのもにくいっ。
鬼の中の人はヌエさんですよね。彼(彼女)のどこか分裂した性格と能力は、たしかにこの出自なら納得かも。
>>90-98 「そういうことじゃなくてさ」
私も、鬼子さんの生真面目で天然に見えちゃうところが、長芋さんの鬼子さんを思い出しましたw
あと、心の鬼に取り憑かれたときの感覚や行動がリアルで、思いつかなかったけどありそうだなー!と。
形式も手伝ってか、文章がリズミカルで、とっても読みやすかったです。
>>103-104 心の鬼とは
鬼子は直接出てこない、こんな切り口もいいですね。あと健太かわいいぜ健太。
除夜の鐘で払う百八の煩悩も、心の鬼みたいなものなのかな。
↓の通り絵師としてはこれは描かねば…!という事になってるんで、ちょっと本スレで宣伝してくる
ラフ程度ですがご容赦を。とりあえず"みずのて"から。
>>103 貴方も含め尋常じゃ無いクオリティになってる。
いやぁ、クオリティが高くなってきて活気が出てきていいですね。
創作の原点ここにありって流れの様な気がす。
鬼子ワールドってこうでなくっちゃね。
く、レベルが高い所にしかも続き物を投下するのは気が引けるが
オレの心はシャボン玉で生産が幾らでも聞くので、投下させて頂きますね!
――人と共に歩みはするが、決して人と交わることはない。
それが掟であり、そしてそれこそが両者の均衡を崩さないための唯一の方法である。
しかし、それが崩れたのはいつ頃だろうか?
我らはじっと人を見てきた。いつしか人はそれに気付きはしたが、ずっと沈黙を保っていた。
だが、先に均衡を破ったのは”人”なのだ。我らはその問に答えただけである。
名も無き古き鬼――
――我々は努力している。どうにかして人と共存できる道がないのかと。
一部の若い鬼達や、未だに過去の掟に縛られている老鬼達はこう言っている。「人が始めた戦争だ」
もちろん彼らが始めた戦争ではない。ましてや、この行動を戦争とは言えない。静かな侵略だ。
人の心に入り込み彼らを戦わせる。それがいかに愚かで、浅はかな考えなのかは彼らはまだ気付きはしない。
だから、我々は人と共に生きる道を選ぶ。彼らの中にも優しく接してくれるものがいるからだ。
いつの日か互いに姿を表し、共存している未来がある事を願うばかりである。
とある城の元警備兵――
――いつからだろうか、人が怖いと思ったのは。
――いつからだろうか、人を恨むようになったのは。
――いつからだろうか、人を……手助けしようと思ったのは。
心地のよい陽の匂いがする。 言葉にするのは難しいけれど、きっとその意味はわかるだろう。
だって、誰もが……始めて嗅いだ時にふと懐かしいと思ってしまう匂いなのだから。
「ん……」
朝、目が覚めるとまず目に入ってきたのは……鶏の臀部……
なにがどうなってるのか分からないが、とりあえず払いのけることにしよう。
それにしてもなんでこんなところで、しかも私の体の上で寝ているのだろうか。
「せいっ!」
「いだっ!?ってうえあああぁああぁぁ……」
臀部のふさふさとした毛を握ると、力いっぱい縁側の外へ向けて投げた。
手元にはふさふさとして臀部の毛。尾毛というのが正しいのだろうか。
投げた鶏は木々の中へ。そして手元にはふさふさした尾毛。
この毛の使い道を十秒くらい考えてみたが、さっぱりと思い浮かばない。
とりあえず、その毛を縁側の際に添えてから話し声がする居間へと向かうことにした。
「婆様!」
「よく眠れたかい鬼子?」
「はい!」
「へぇ、その子が例の子か。ずいぶん大きくなったねぇ……」
……上座に座ってあぐらをかいている、狩衣を来た男が茶を飲みながらこちらを見て喋りかけてきた。
「誰ですか!貴方は!」
まるで掴んだ棒の先を男に向けるように構える。
すると、先端部から紅葉が寄り集まったように薙刀が姿を現す。
「やめなさい!」
「でも婆様……」
「この人はね」
「いや、いいよ。私自身が自己紹介しよう。二回目のご対面だね、鬼子」
「二回……目?」
「そう、二回目。君を助けた時と今日だよ。私の名前は安倍晴明。邪険にしないでくれると嬉しいかな」
そんな……私を助けたのは婆様じゃなく、この人?
ううん、違う。この人じゃない。だってハッキリと覚えてるもの。看病してくれていた婆様の姿が!
「助けたってアンタ……結界の中にこの子を運んできただけじゃないか」
「なっ!?仕方ないだろう、彼女を追ってきた陰陽師を返さなくちゃならなかったんだから」
「また、アンタの所の警備隊だろ?まったく、厄介だねぇ……」
「そういうなよ。アレでも居なくちゃ都を守れないんだから。それと、話の続きだが……」
「明日、都に行かなくちゃ駄目なんでしょ?さっき聞いたよ」
え?婆様がこの場所を……出る……?
どうして?婆様をここに閉じ込めたのは人間なのに!そう思うと、誰が最初に助けたのかという疑問は
どうでも良くなり、ザワザワと心の奥から黒い、ドロっとしたものが混み上がってくるのが理解できた。
だけど、感触はすぐに失せ私は質問を投げかけることにした。
「婆様、一体どういうことなんですか?都に行くって……」
「それはね鬼子」
「いや、それも私が話そう」
男が、こちらを向いて座りなおし真剣な顔をして何かを言おうと視線を泳がしている。
先ほどまでの少しふざけているような顔ではない。
「……時が来た、とでも言えばいいのだろうか。彼女に尋問の命令が出た」
「そんな……どうして!?」
「都に、鬼が出た。心から入り込み、疫病をもたらす鬼だ。手引きしたのが、彼女ということになっている」
「婆様は一度も外には……!」
「気付いたかい?君が外に出たからだよ」
その後、晴明と名乗る男性から全ての事を聞いた。
私が村人から逃げている途中、緑色をした武者が後をつけていたこと。
私の姿が婆様ととても似ていたということ。そして、私が都に向けて無意識に走っていたということ。
これまで、どういう立場で婆様が生活していたのか全て話してくれた。
そして、その間……婆様は一言も喋らず、うつむいたままだった……。
私は……何も知らなかった。
自分が何処から来て、どういう目的で育てられていたのかということさえも。
いやぁ、スレのレベルが上がって上がってどうすればいいのかわからなくなってきましたよ!
だけど諦めない!ということで今回はコレにて終わりです。
以下、感想。
>>57-60 もう、滝壺のある所にイケナイ。
夏にぴったりな話ですね。ていうか水引鬼こえええよ!
この鬼子さんも、スタイリッシュアクションとかかっこいい動きしてくれそうで良いです。
次回作が楽しみ。
>>62-79 いいですねぇ……いいですねぇ!!
分量は多いけど、続きがドンドン気になる仕様!そして擬音の描き方。
これは是非とも、今後の活躍に期待でっす!
>>90-98 天然!この一言に限ります。
そして、鬼の描き方が絶妙。さすがは歌麻呂さんといったところでしょうか。
田中さんにはこれから度重なる不運が待ってるでしょうねww
>>103-104 間接的に鬼子が良い存在として描かれているのがいいですね。
鬼の描き方も、誰もが一度は経験し通ったであろう気持ちを使っている所が
にくいですねぇww
運良くレベルを下げてた人達だけ抜けて、意識や能力の高い人のみが残ったからね。正直この点は荒らしに感謝だ。
後で加筆修正に戻るとか言ってたが、この状況を維持するためにも彼の仕事が順調に忙しくなり創作へは戻らない事を祈ろう。
短編小説
『心の鬼とは』〜ある少年の話し〜
「学校に行くのが嫌だ」
俺の心はそう叫んでいた。
朝、自分で布団をたたむ。そして目障りな奴等から離れ、無言で朝食を取る。
独りで着替えて、ボロボロになったランドセルを肩に担ぐ。
【ギギー・・】
玄関の古びたドアを開ける度にこの音がする。嫌な音だ。
そして、児童養護施設を出て、寂しく学校に向かう。
これが最近の俺の日常だ。
「健太君。給食袋わすれてるよ」
後ろから走ってきた施設のおばさんが、怖々その袋を俺に渡そうとしている。
俺は、施設のおばさんを睨みつけ、手をはたく様に給食袋を奪い取った。
気に入らない表情をしてやがる。施設のババア共は皆同じ顔を俺に向ける。
5年生になった俺は・・・・・独りぼっちになっていた。
3年ほど前、俺の両親は交通事故で死んだ。
唯一身寄りのある人間は、田舎に住むじっちゃんだけだ。
しかし、そのじっちゃんも俺の両親、息子夫婦を亡くしたショックで、
身体を悪くし入院生活をしている。
学校に着いた俺は、ランドセルを置いて直ぐにベランダに出る。
したい事が何も無いし、騒がしいクラスの奴等の顔も見たくないからだ。
「お、ボロボロになった服を着てる健太がいるぜ。あいつ臭いから皆近づくなよ」
同じクラスのお調子者が、俺にそう声を投げつけて来た。
俺は・・・・・
無意識にそいつを殴っていた。鼻から、口から血を流していたが、
それでも俺は殴り続けた。
担任の先生が飛んで来て、俺を止めようとしている。理由も聞かずに・・。
最近の先生は、生徒に手を上げない弱虫ばかりだ。
その代わり、俺を見下す目をいつもしている。
俺は先生の手を振り払い、その担任を殴りつけた。
正気に戻った俺は、警察署にいた。
児童養護施設で働くおばさんが、俺を引き取りに来ている。
そのおばさんが俺に向かって何か言ってるが、何も聞こえない。
手で耳をふさいでる訳では無いが、何も聞こえないのだ。
そう、嫌な事があるといつも何も聞こえなくなる。
「健太君。お爺さんが危ないんだって。一緒に病院へ行きましょ」
そんな言葉が俺の心に突き刺さった。
俺は、おばさんからお金をもらい、独りで病院へ向かった。
3年ほど前までは良く行っていたが、最近は半年ほどじっちゃんの顔を見ていない。
電車を何度か乗り継ぎ、14時頃、じっちゃんが入院している田舎の病院に着いた。
じっちゃんが居る個室の前で、顔や手に付いた友達の血を拭った。
会うのは半年ぶり。何故か直ぐ部屋には入れない。入ってはいけない様な気さえした。
>>116 そんなに粘着しなくとも、作品自体は一切受け入れられてないから安心しろ。
古人攻撃繰り返し続けてるんじゃねーよ。
病室のドアが勝手に開いた。中に居た病院の先生が、ドアを開けたのだ。
俺が突然の事でビックリしていると、その先生が俺に向かって言った。
「健太君、来てたんだね。ドアの外で気配がしたから」
俺は、その先生に背中をそっと押され、じっちゃんが寝ている側まで連れて行かれた。
俺の目に飛び込んで来たじっちゃんは・・・・・半年前のじっちゃんでは無かった。
「いつもいつも自慢してたよ、健太君の事。思いやりがあって優しいし、
人一倍力持ちな君は、虐められてる友達を助けたりってね。
お爺さんはもう先が短いから、何か言葉をかけてあげて」
そう言って、先生は病室を出て行った。
俺は・・・・・手を繋ぎ、元気に遊んでいた時の事を思い出しながら、ジッとじっちゃんを見つめていた。
病室に入ってから1時間くらい経っただろうか。
じっちゃんが、弱々しく目を明けた。
「じ・・・じっちゃん・・・」
俺は、半年振りに会ったじっちゃんに、それしか言えなかった。
じっちゃんは何か言いたげに、口を動かしていたが、言葉は出てこなかった。
うつむいたままの俺の頭を、じっちゃんが【ポン】と叩いた。
言葉を喋れない弱々しいじっちゃんが、震える手で軽く叩いたのだ。
その瞬間、ぼくが心の奥底に溜め込んでいた物が、一気に涙となり溢れ出てきた。
ぼくは、そのまま病室で泣き続けた。
じっちゃんが亡くなった日の夕方、ぼくは久しぶりにとある神社に来ていた。
良く知っている神社。その前で手を合わせながら、その場にうずくまりながら、独り泣いていた。
「萌え散れ」
何処からかそんな言葉が聞こえた様な気がした。
ぼくは顔を上げて回りを見渡したが、誰もいない。気のせいだったんだろう。
そう思い、また顔を下に向けると、淡く光る紅色のもみじが沢山落ちていた。
とても綺麗なもみじだ。ぼくは、その綺麗なもみじを一輪手に採った。
すると、じっちゃんが死ぬ前に口を動かしていたが、言葉にならなかった事が
心の中に【スゥーーー】っと入ってきた。
「健太、やんちゃしとるそうじゃのう。どれ、ワシが殴ったるわぃ。
どうじゃ?痛かろうて。手という物はなぁ友達と遊ぶ為にあるんじゃ。
今叩いたワシの手はな、本当は健太と手を繋ぐ為にあるんじゃぞ」
解っていた。だからぼくは、病室で涙が溢れ出たんだ。
今までで一番痛かった。じっちゃんが叩いたのは、頭では無く心を叩いてたんだ。
そして、この神社に来たのも偶然ではない。
じっちゃんが背中を押して、連れて来てくれたんだ。
通夜や、葬式が終り、またいつも通り児童養護施設と学校との行き帰りが始まった。
身寄りの無い今のぼくの周りには、いつもと違い、沢山の友達がいる。
おわり
>>117、
>>119 このやろう。泣かせやがって。この、泣かせやがって
健太ぁあーー!(つдT)
でもなんか、ちょっと元気でる話だったな・・・
>>119 レスするつもりは無かったけど
どうしてくれるんだよ。思わず泣いちゃったじゃねーか。
健太の
>>103とのギャップが悲しすぎなんだよ。
環境が悪いほうに激変すると誰でも心の鬼が現れるって
悲しすぎだよ。
おぉう、闇の邂逅、思ったより感想が来ててビックリ。あれだけ長いのを読んでくださった方みなさん。
そのキッカケになる転載をして下さった方、本当にありがとうございました。一人ひとりにお礼レス付けたい所ですが、
今回はキャラの元ネタばらしをば。主要キャラは説明不要ですが、今回取り上げたのは・・・
>>107 >鬼の中の人はヌエさんですよね
うぉ、バレテーラ。敢えて名前ださなかったのに・・・今回、転載許可いただいたのを貼りはり。
ヌエはロダにアリマシタ。
ttp://dl7.getuploader.com/g/oniko3/136/nue.JPG2011 なんか、色々変身絵とか見た気がするけど、見つからなかったデス。あと、あの話に登場した動物変身は
黒金蟲に斬り殺されたので再変身できないという作中設定。
トニカク娘は、兎に角というそうです。
ttp://p.tl/i/20253053 カイコは・・・・あれ?見かけたはずですが、見つからないや。どこでみかけたんだっけな?
そのうち創作者さんが上げてくれるに違いない(プレッシャーw
ただ、話を作るにあたって、色々と設定を捏造してますので、創作者さんのキャラと大幅に違う場合が多々あります。
ご了承下さい。それでは失礼します〜
思った以上に感想が膨らんでしまいました。
もっとまとめる力が欲しい。
>>113-114 鬼はまず相談所へ!
恥ずかしながら未読でしたので、昨日今日で一話から読みました。
正直、今まで読んでなかったことを悔いておりますw
こんな面白い話が書かれていたとは! 特に一話、二話とこの八話が面白い!
何が面白いって、大人な落ち着きのある鳴木さんの語り口調と、
夜烏賊と日輪の語り合いにクスっとくるんですよ。
海外コメディ風のギャグと、地の文が自分に合ってました。
これからの展開に期待です!
>>117 >>119 『心の鬼とは』〜ある少年の話し〜
これが……成長ってやつなんですねえ。
「健太、やんちゃしとるそうじゃのう。どれ、ワシが殴ったるわぃ。
どうじゃ?痛かろうて。手という物はなぁ友達と遊ぶ為にあるんじゃ。
今叩いたワシの手はな、本当は健太と手を繋ぐ為にあるんじゃぞ」
言葉が沁みるっていうのは、きっとこういうときに使うんでしょうね。
たった四スレという短い物語なのにすっかり萌え散ってしまいました……。
125 :
創る名無しに見る名無し:2011/08/12(金) 10:57:50.40 ID:URlpfEyI
>>118 そういえばそうだったな。早く綿抜鬼も消えれば良いのに。
せっかく排除出来かけてたグロ属性戻すとか、身勝手な基礎提案抜きでも存在そのものが害悪だわ。
【編纂】日本鬼子さん一「そういうことじゃなくてさ」
九の一
この日、アタシは悩んでいた。周囲からすればたいしたことのない話なんだろうけど、
自分にとっては今後の人生の方向を決定づける重大な選択を強いられているんだと思っている。
我をとるか、乳をとるか――。
うん、正直冷静に語ってしまうと実に下らない。だから少し強引に事のあらましを話しておきたい。
あれは朝目が覚めたそのときだった。
「……乳について語りてえ」
開口一番、最悪だ。女性の部位は分け隔てなく愛する……というか、木を見て森を見ないようなことがないように
心がけていたはずなのに、今朝のアタシときたらこれだ。こんなのでは世間から失笑を買われかねない。
とにかく、突如として胸語りの衝動にかられたアタシは貴重な高校生の夏休みを利用し、この猛暑の中、
本屋――主に同人誌を取り扱ってる店――へと赴いた。地元にはないので三十分電車に揺られて近くの大都市に着く。
このときも、目に行くのは女性の胸ばかりだった。確かに日頃落書きみたいなイラストを描いてるためか、
きれいな人がいたら参考がてらに目が行ってしまうのは認めよう。
でもこんなエロオヤジみたいな視線で人を見たことなんて一度もなかった。
おかしい。
何かがおかしい。
でもその原因がわからない。昨晩兄貴の作った三時のおやつっぽい夕食にいちゃもんをつけたからだろうか。
それとも姉貴とのコスプレ談義が白熱を極め、四時間も盛り上がってしまったからだろうか。
いや、そのあとで見た夢が原因かもしれない。
紅の和服に長い柄の武器を持ったコスプレ少女が悪を蹴散らす、そんな夢だったんだけど。
……どれも理に適っていない。そんなささやかな出来事のせいで価値観を変えられてたまるか。
しかし現に価値観がすっかり変わってしまった自分に戸惑っている。同人誌を前にして、手先が震えているのが分かる。
どうしても胸に力を注いでいるクリエイターの作品に手を伸ばしてしまい、いつものように内容を吟味することはなかった。
そりゃ、目の保養になるんだからいいかもしれないさ。
でも、もしそれだけの理由で享用してしまったら今までのスタンスはどうなる?
クオリティを二の次にしてまで、無秩序の奈落へ突き進む必要があるというのか?
語弊があるといけないので、蛇足に一つ言いたい。乳漫画だとしても、乳に愛がこめられている作品ならいい。
そういう話は、自然と話もすっきりしていて、読了したときの気分は実に爽快だ。
アタシの言いたい「無秩序の奈落」ってのは胸をまるで道具のように使い、
それで読者を釣ろうとしているような、そんな卑怯な作品のことを言っている。
まあ、結局アタシは後者の誘惑に乗って軍資金を使い果たしてしまったから、偉そうなことは言えないんだけど。
そんなこんなで、いくつもため息をもらしながら地元に戻ってきた次第だ。
↑投稿ミス。申し訳ないです……。以下二話本編です。
【編纂】日本鬼子さん二「せーの、で行こうか」
十二の一
「日本さん。アタシは別に疑いたいわけじゃないんだ」
「はい」
「祠が異次元への入口で、日本さんがアタシたちと違う世界に住んでるってのも、
ギリギリアウトな展開だけど、まあ許容範囲をしようか」
「はい」
さも当然だ、と言った口調に調子が狂う。
現在アタシたちは祖霊社の賽銭箱の向こう側、社の奥にある祠まで入ってしまっていた。
床や壁なんてない祖霊社は、腰下ほどの背丈の木柵を超えてしまえば、楽に祠まで行けてしまうのだ。
いやいや、さすがにこれはバチ当りすぎだろ、と思った。
でも既にバチ当りな行い(灯篭に腰掛ける、境内で卑猥な同人誌を読む等々)をしているので、なんかもう自暴自棄になっていた。
まあここまでのことを「許容範囲」としていい。問題はこれだ。
「本当に、さっきの合言葉、言わなくちゃいけないの」
「はい」
合言葉。
これがなんというか、おぞましくてたまらない。
「私たちは――鬼も神さまも、人々の感情が命の源なんです。合言葉は感謝の気持ちを表してるんですよ」
人間の言い分を言いたくても屈託のない笑顔を見せられたら閉口するしかない。
「か、神さまにしては、えらく腰の低い発想だね……」
神さまが「感謝の気持ちを表す」なんて想像もつかない。
「時代が時代ですから」
時代、ねえ。
祠を開ける。中には石が置かれていた。紅葉の模様が彫られていて、
その表面は修学旅行のとき訪れた北野天満宮の臥牛像みたいに黒光りしていた。
「なら、そうだね、せーの、で行こうか」
意識的に明るい声を出した。鬼子さんが頷く。
石に手を触れ、二人で息を合わせた。
せーのっ、
――ごちそうさまでした!
いやいやいやいや、やっぱおかしいでしょ! 雰囲気ブレイキングだよ! 神さまが人間喰ってる図しか想像できないよ!
とまくしたてる間もなく、天と地が逆さまになる錯覚に陥った。
上の方へと引き上げられるような感覚。方向感覚を失い、激しい酔いに襲われる。もうこうなると何も考えられない。
「足が地につかない」って慣用句を発明した人もきっと同じ経験をしたんだろう。
まあ、そんなうまいことを考える暇もなく、そろそろ胃の中のモノがこんにちはしそうになる寸前、上昇は終了した。
すっと地面が現れてきて、不意を打たれたアタシたちは地べたに転げ落ちた。
「しょ、食後一時間はしないほうがいいね……」
「そ、そうですね。私も慣れてなくて」
日本さんの顔が青い。アタシも同じくらい青いと思う。
同人誌ついでに道草を食ってたらアウトだった。よくぞ軍資金を全部使ったぞ過去のアタシ。
って、お金を使い果たしたのはアタシじゃなくて、アタシに憑いてた心の鬼――あの変態ニワトリじゃないか。
そう思うと、感謝したら負けな気がした。
十二の二
「田中さん、見て下さい」
明るく振舞う日本さんの声に、ゆっくり顔を上げてみた。
紅葉の林の中だった。全ての葉が紅に染まっている。
まるで夏ではない。
山の奥みたいだけど、湿気は不思議と感じられず、木々をすり抜ける肌寒いそよ風が日本さんの黒い髪を揺らした。
この場所だと日本さんのきれいな髪がより強調される。
「私の、おうちです!」
幹と幹の隙間から黄金色の茅葺き屋根が見えた。それを見た途端、吐き気なんてものはすっかり治ってしまった。
懐かしい、と思った。祖霊社にも負けない古めかしい姿をしているけど、
でも庭に出された竿竹や井戸の前に置かれたタライみたいな生活感が、どこかあたたかい。
こんな家、小学校の「せいかつ」の教科書でしか見たことないのに、どうして故郷に帰ってきたような気分にさせるんだろう。
日本さんの背を追いかける。小屋の周りは拓かれていて、白みがかった下草が切り揃えていた。
小屋の脇には畑があって、大根が植わっている。
南からの日射しがやわらかい。
ここは秋なんだ。なんで季節が違うのかは分からないけど、とにかく、こっちと向こうは別々の世界だってことだけは分かった。
でもこの世界を満喫するのはまだ早い。
それは、この世界へ渡る少し前に遡る。
「会ってもらいたい方がいるんです」
数刻前、祖霊社の前で日本さんはこう切り出した。
「般にゃーさんと言って、神さまに御使いされてる方なんですけど」
「はんにゃー?」
般若のいかめしい顔を思い浮かべた。
「はい。千年以上生きてらしてる猫又さんです」
般若顔の老猫が脳内で漂う。
「とても気まぐれなんですが、きれいな大人の女性の姿に化けられる、素晴らしい方なんですよ」
老猫がOL風の女性に変身する。
もちろん、顔は般若顔だ。
「……行きたくない」
「え?」
「だって怖いもん。般にゃーさん絶対怖い」
「こ、怖くないですよ! とっても優しい方で、尊敬できます!」
とっても優しい顔をする妖怪般若女をイメージする。
「余計怖いわ!」
「えっ、そんな……。で、でもお願いします! 一生のお願いです!」
「小学生か!」
「じゃ、じゃあ石鹸付けます! あ、ティッシュもいかがですか?」
「新聞の勧誘か!」
……と、懇願に懇願を重ねられた結果、仕方なしに受け入れ、今に至る。
十二の三
想像してたような毒々しい世界ではなくて良かったけども、まだ完全に安心しきったわけではない。
「ねねさま!」
小屋からはつらつとした声がした。
恐怖の般若顔がよぎり、反射的に体を縮こめた。
……小さな女の子が飛び出してきた。桜色の浴衣から花びらを散らしながらこちらに向かってくる。
この子の周りだけ春がやってきたみたいだ。桜着の女の子もまた日本さんと同じように角を生やしている。
まだ生えたてなのか、日本さんのような厳つさは感じられず、むしろ愛着が湧く。
女の子はちっこい腕でギュッと日本さんに飛びついた。
「えと、この人が……般にゃーさん、なの?」
「まさか、違いますよ」
日本さんはほほえんで桜の小鬼の髪を撫でた。そのたびにアホ毛がぴょんぴょん跳ねる。
「この子は小日本です。みんなからは『こに』とか『こにぽん』って呼ばれています」
「こにぽんだよ!」
女の子はツインテールの髪をぴょこんと揺らし、お辞儀をした。
それからの満開の笑顔に、アタシは震える何かを感じ、お持ち帰りしたくなる衝動に駆られた。
「アタシ、田中匠。よろしくね、こにぽん」
「うん! よろしくー」
裾から桜を舞い散らしながらぴょこんと跳ねる。目を細め、口をやんわりを開けた屈託のない笑顔――輝かしいにぱにぱスマイルに射抜かれた。
だめだ、アタシロリコンになる。
この笑顔を見たら大きなお友達がたくさんできてしまう。
危険すぎる。この笑顔は危険すぎる。軽く人を殺せる。歩く殺人兵器だ。見たら悶える、触れたら死亡。
でも、でも。
もう一度だけ、こにぽんのあどけない様相を顔だちを見る。
初対面のアタシに対する無防備な笑顔。大人の嫌なところなんてきっと何もかも全部知らない。天真爛漫、純粋無垢。
もうダメ、抱きしめる!
そのときだった。
「小日本に触れるな、人間!」
小屋からの怒鳴り声に、アタシは硬直した。次こそ般にゃーか? いやでも声が妙に男の子っぽい。
振り向くと、ズカズカと歩いてくる袴の少年がいた。
いや、頭に茶色い獣耳を付けているから、人型の犬か狼か、もしくはコスプレイヤーだ。
とにかく八重歯を剥き出しにした少年が明らかな敵意、もとい殺意を持って向かってきている。
決意に満ちた眼差しは確実にアタシを八つ裂きにする気満々だった。
これ、ちょっとヤバいんじゃない?
十二の四
でも、その幼い顔のせいで孤狼の威嚇がただ何かをガマンしているようにしか見えない。
本気の噛みつきと見せかけて甘噛みでもしに来るんじゃないかと思ったのがいけなかった。
「か、かわいい……」
口は正直だった。
「な、なな、何言ってんだよ!」
犬っころが明らかな動揺を見せた。
「こ、小日本に触れでもしたら、すぐにでも噛みつこうとしてんだぞ!」
「うん、その反応がかわいいんだよ」
「ばっ……!」
ダメだ、反応が理想すぎる。
このままじゃ心の鬼がいなくてもショタコンになってしまう!
般にゃーの存在なんてどうでもいい。
こにぽんやらこの犬っこやら、この世界最高じゃないか!
「わんこ、田中さんは警戒しなくても大丈夫よ」
わんこくんは不服そうだったけど、日本さんの言葉に従い、しぶしぶ威嚇をやめた。
「紹介しますね、この方は人間の田中匠さん」
「人間の紹介なんていらねえよ」
この少年くんは人間嫌いらしい。なかなか面白そうじゃないか。
「で、こっちが守神見習いのわんこです」
「み、見習い言うな!」
「なまえはまだない、だよ!」
「おいこら、ウソ吐くな小日本! 俺の名前はな――」
「と、こんなふうに、少々生意気なところもありますけど、宜しくお願いします」
「鬼子! ムシすんなっての! つか、今のわざとだろ!」
名前は結局知らずじまいだけど、特に問題はなさそうだ。
とりあえずこの元気坊主は守神としては見習いだけど、いじられにおいては一級の神である、ということが分かった。
「よし、じゃあ友情の証に紅葉饅頭、買ってきて」
郷に入れば郷に従え。人間が神をパシっていいのか分からないけど、多分慈悲深い神さまなら許してくれるだろう。
「はあ? ワケわかんねーよ! 自分で買い行け!」
懸命に唸ってる姿が逆にかわいい。本人が一丁前と思ってるから余計にそう感じる。
「あ、そういえば私、ようかんが食べたかったんです」
ふと思い出したように日本さんが口を挟んできた。ファインプレーだとしか思えない。
「こにはおだんご!」
こにぽんが元気よく手を上げた。
「う、く……。チ、チクショー! あとで絶対金払えよな!」
絶対だかんな! と捨て台詞を残し、半泣きのまま駆け去ってしまった。
うん、奴はいじられ神であり、パシられ神だ。これから大いに崇めたてまつってあげよう。
十二の五
「あ、こにぽん、般にゃーは?」
忘れてていいものを。条件反射で周囲を見渡してしまう。
般若面を探すも、日本さんの頭に乗っかる般若しかなかった。あれはもしやアタシたちを監視してるんじゃなかろうか?
「はんにゃーはね、さっきどっかいっちゃったよ」
こにぽんが恐怖解消の魔法をかけてくれた。
ああ、もうこにぽんは鬼なんかじゃない。天使だよ。
「ごめんなさい。お出かけ中みたいで……」
アタシの安堵のため息を何かと勘違いしたのか、日本さんが申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいよ。またいるときにでも呼んでくれればさ」
自分の顔がニヤけてる自覚はある。でも直そうとしたら多分余計に顔が歪むからあえてこの笑顔に似合う台詞をついてしまった。
「あの、お茶出します。わんこが帰ってきたら、一緒にお菓子を頂きましょう」
般にゃーという未だ見ぬ恐怖の存在がいないのであれば、ここは楽園同様の世界だ。
静かだし、涼しいし。それに空気もきれいだし、紅葉もきれいだ。
「アタシ水汲んでくるよ」
「そんな、私がやりますから、上がっててください」
「いいっていいって。一回井戸汲みやりたかったんだよ」
彼女の制止を振り切る。この辺りから離れないでくださいね、と背中から忠告された。
残念ながらアタシに迷子属性は備わっていないので林の方へふらふら行ったりしないし、
この余裕が何かのフラグであるわけでもない。
現代文明の魔窟で生まれ育ったあたしにとって、水汲みなんて初めての経験だ。
この井戸は、となりのトトロでメイとさつきが汲んでいたポンプ式の井戸はなく、
ただ滑車に吊るされた釣瓶を投入して引き上げる質素なものだった。
縄の付いた桶を井筒に投じる。ぼちゃり、という音が反響して耳に届いた。
縄を引くと、思った以上の重みがかかり、腕が持っていかれる。これを上まであげなくちゃいけないのか。
蛇口ってのはすごいよ。ありゃ魔法具だ。その代わり、井戸から汲みあげた水ってのは重みの分だけありがたみがあるんだろう。
この水で淹れたお茶は、多分どんなお茶よりもおいしいに決まってるさ。
「最後の、ひと踏ん張りだ」
気合を入れ、縄に全体重を乗せると、ついに釣瓶が姿を現した。
「やった! 合いたかった、会いたかったぞ!」
「へぇ、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
目と目が合う。
井戸水に浸かった、謎の生物と。
十二の六
桶の中のそれは魚の姿をしていた。しかし魚にしてはあまりにもアンバランスな顔かたちで、しかも手足が生えている。
某落ちゲーのすけとうだらの青魚版をリアル描写したような姿をしている。
手は柊の葉っぱを模しているのか、尖った指先と面積のある水かきを持っていた。
いや、ここまででも気色悪いが、問題はその生臭さにある。
真夏の炎天下、浜に打ち上げられたイワシとサンマの腐敗臭を十倍に濃縮させたものよりも強烈だと断言できる臭さ。
某落ちゲーのゾンビさんだって苦笑いモンだ。
「ど、どちらさまでしょう?」
待て、慌てちゃダメだ。こっちの世界にしかいない希少種だったら丁重にもてなさなくちゃいけないと思うんだ。
「パンツ、よこしてくれるのかい?」
気色悪い魚に扮した変態を桶ごと地面に叩きつけた。
「丁重にもてなさくちゃとか少しでも考えたアタシがバカだったよ!」
何が希少種だ。こんなのすぐにでも根絶やしにすべきだ。
「ぼくのどこが気に食わないのさ」
「なんかもう……色々全部だよ!」
鼻息が荒いとか表面がぬるぬるとかもあるけど、井戸にひそんでいたこと自体が最悪最低だ。
せっかく水を汲み上げたささやかな達成感を噛みしめようと思ってたのに、それだってぶち壊してくれた。
「色々じゃあ救いようがないね。というわけで、生のパンツを――」
桶で思いっきりそれを殴った。そりゃもう、一発でばたんきゅうさせる程度の力量で。
「それ以上言ったらぶん殴るよ?」
「てて……もう過去のお話になってる気がするんだけど」
勘違いしないでもらいたい。アタシは基本温和な性格だ、と思ってる。
この前怒ったのは半年前、姉が勝手に制服を着て遊んでたときだ。
それがこのザマである。この変態青魚は「生理的に受け付けない」という最悪のカテゴリーに分類するしかないようだ。
「あ! ヤイカちゃんいじめちゃだめ!」
無性にもう一発桶を入れようかと思ったそのとき、小屋からこにぽんがやってきた。
「こにさん……」
脚の生えた魚が助けを乞うようにこにぽんに近寄る。わんこさんがいたら即刻噛み砕かれる事態だよ。
「ヤイカガシはね、神サマなんだよ!」
こにぽんはアタシを戒めるように言った。
「わるい鬼をよせつけない、すっごい神サマなの!」
「それ、ホント?」
こにぽんは頷いた。どうみても「これ」はヒワイドリよりもよっぽどタチの悪いと思うんだけど。
「当り前さ」
ヤイカガシが自慢げにぬるついた胸を突きだした。奴が動くと臭いも動く。思わず鼻をつまんでしまった。
「君たちの世界でも、節分にイワシの頭を戸口に差すだろう? それはぼくを祀ることで邪気から家を守れるからなんだよ」
確かに、この臭いのする家に入ろうなんて気は起きないな。
「うん、アンタはすごい神さまなのかもしれない。でも、正直この水は飲みたくないね」
「なんで?」
こにぽんは不思議そうに頭を傾げた。ツインテールとアホ毛がぴょこんと揺れる。
「ヤイカちゃんは、お水をけがしちゃう鬼から井戸を守ってくれてるんだよ?」
「マ、マジすか」
「それにね、お水ににおいはつかないし、ヤイカちゃんとなかよしになれたらね、においも気にならなくなるんだよ!」
もしかしたら、この変態生足魚はアタシの想像を遥かに上回る高性能ゴッドなんじゃなかろうか?
問題は、どうしても好きになれる気がしないってことだけだな。
十二の七
仕切り直して水を汲み、難なくお茶は出来上がった。
こにぽんの言った通り、風味がヤイカガシの体臭によって害されることもなかった。
アタシと日本さんとこにぽん、それからヤイカガシと、お茶の間で一服しながら雑談をした。
「この世界って、神さまと鬼さんみたいのしかいないの?」
あのわんこですら神さまの端くれだって話を聞いて、そんなことを尋ねてみた。
「ちゃんと人間もいますよ。この山には住んでませんけど」
山にも里山のような山と、霊山みたいな神の宿る山があるようで、後者のような山には人は踏み入らないらしい。
この山の持ち主が般にゃーだっていうから恐ろしい。
人間がこっちにもいるってのは、アタシらの世界にも神さまがいるのと同じことなのだそうだ。
「ほとんどの神サマが信仰を受けられなくなってしまわれているので、風に漂う木の葉のような存在になられていると聞きました」
と、日本さんは苦笑い混じりに言っていた。
まあアタシが神さまに敬語を使ってないトコからして、神さまなんて死んじゃってるも同然なんだろうなあ。
季節のズレについては、日本さんもわからないらしい。
「ウラシマ効果……じゃないよね?」
「大丈夫ですよ。浦島太郎は男の子ですから」
あの、そういう問題じゃないすよ日本さん。
他にも、色々な話をした。
「鬼子ォ! 乳の話でもしようじゃないか!」
この世界ではもう何年も鬼を萌え散らしてきたって話をしていたら、ヒワイドリが縁側から押し入ってきた。
ヒワイドリのような、人間の根本的な部分にひそむ心の鬼はいたるところに棲まっている。
これからもお世話になりそうな気がしてならない。
「はいはい、一昨日しましょうね」
日本さんはお茶を一口飲み、ヒワイドリの誘いを華麗にスルーしていた。
「ケッ、最近釣れねえなあ。最初ンころはあんなに恥じらってたのによ」
「今でも恥じらいますが、一本調子だから同じ逃げ道を行けばいいだけなんですよ」
「ほぅ」
日本さん、敵に塩送ってどうすんのさ。
「よっし田中ァ! 代わりに乳の話をしようじゃないか」
「ア、アタシに振るなよ!」
いくら都会育ちといっても、ナンパなんて一度もされたことがないから対処方法が分からない。
ナンパされる程度の顔で生まれたかったなと、初めて平凡な顔を後悔した。
「いいじゃあねえか。ちょっとだけ、な、ちょっとだけだからよ」
「それはちょっとじゃないって言ってるのと同じだよ!」
そりゃ、軽い猥談程度ならアタシだってできる。
でもこいつは酔ったオヤジと同じテンションだから、もう何をされるのか分かったもんじゃない。
「ヒワちゃん、こににならいっぱい話していいよ!」
アタシの動揺を知ってか知らずか、こにぽんの和やかな笑顔が小屋を包み込んだ。
「こ、こににゃあ、ちと早ェと思うぞ?」
「はやくないもん! こに、もうじゅうぶん、オトナ、だよ!」
板の胸を張るこにぽんに猥談鶏は焦りを見せた。
どうも、この心の鬼は単なるケダモノではなく、礼をわきまえた紳士として見なしてもいいのかもしれない。
十二の八
と、庭の辺りが騒がしくなる。
「おぉぉまぁぁえぇぇらあぁぁぁっ!」
怒鳴り声がしたかと思うと、買い物を終えたわんこが部屋に乗りこんできた。
「鬼子と小日本の視界に入るなと、何遍言ったら分かるんだ!」
元気な奴だ。肩で息をしながら鶏と魚に声を張り上げている。
「あ、わんわんおかえりー」
一方、室内はほんのりな空気が漂っている。少年は構わずヤイカガシとヒワイドリに迫った。
「ヒワイもヤイカも、手ェ出してねえな?」
「オレはただお茶をご馳走になってただけで、別に乳についてベラベラ話して鬼子の困り顔を堪能してたりなんかしてねえぜ!」
「ぼくも、田中さんから助けてくれたこにさんの優しさに甘えてやわらかほっぺをすりすりなんかしてないから安心していいよ」
うん、確かに二人とも言ってることに間違いはない。
でもこれ、絶対わんこで遊んでるよね。
「あ、そうだ、アタシの紅葉饅頭」
歯茎を見せて威嚇するわんこの横顔を見て、最重要事項を思い出した。
「こにのおだんご!」
「ようかん、ありましたか?」
わんこが明らかに不愉快な眼差しを向けるも、膨らんだ麻袋をちゃぶ台の中央に置いた。
「小日本、お団子だ。ちゃんと三色、桃白緑だからな」
「わーっ! わんこ大好き!」
「鬼子のようかんは……悪い、栗味しかなかった。一応季節に合ってるとは思うが、許せ」
「あ、栗ようかん食べたかったんですよ」
なんという雑用魂だろうか。些細な心掛けが行き渡っている。
「それから田中、お前の紅葉饅頭。……うめーと思う」
わんこが笹包みを寄こした。
「え、あ、ありがとう」
あれほど人間を嫌ってたのに、アタシの分まで買ってくれた。
これがわんこ流の友好の証なのか? そう思うと、思わず顔がニヤけてしまう。
「オレのおっぱいプリンはどこだ?」
「縞パンは買ってきてないのかい?」
「お前らは自分で買え! そして二度と来んな!」
わんこの気苦労を見ると、将来胃潰瘍を患いそうな気がしてならない。
「ほう、生意気言うようになったじゃないか」
ヒワイドリがあからさまな挑発をする。
「鬼子の素っ裸見ただけで真っ赤になるひよっこ坊主が」
「そ、それとこれは話が違うだろ!」
わんこの顔が赤くなる。かわいい奴め。一方日本さんは冷たい視線を二人に投げかけていた。
「わんこ、もしかして……見たの?」
「みみ、見てねえよ! 見てねえから!」
わんこが口を開きかけたヒワイドリのくちばしを抑え、言い訳を放った。そういうお年頃なのだろう。
「ヒワイのそういうヨコシマな考えが嫌いなんだよ! 鬼子をそんな目で見るな!」
「ならば、拳で語るしかねえみてえだな」
ヒワイドリが翼の手で宣戦の体をとった。
「やってやろうじゃねえか!」
わんこ坊主も負けじと拳を胸の前に突きだした。
「戦うなら外でやって下さいね」
『応ッ!』
日本さんの無関心な注意に、二人は息をぴったり重ねて返答し、ぱたぱたと庭に下りた。
仲がいいんだか悪いんだか。
十二の九
「というかさ、あのナリで戦えるの?」
ヒワイドリを指差し、鬼子さんに訊いた。
わんこの身長は目測百五十センチ代である一方、ヒワイドリの体長は三十センチ程度だ。
仮に変態鶏が太極拳の師範代だとしても、五倍の体格差を覆すことは無理だと思う。
「ヒワイドリは人型に変身できるんです」
「人型ァ?」
わんこと対峙するヒワイドリを見る。
「なに、擬人化したら五十代前半のバーコードオヤジにでもなるの?」
というか、それしかイメージできない。
「いいえ。二十歳ほどの青年です」
「まさか、似合わないよ」
日本さんのほうをちらと見て、それから庭に視線を戻すと、
ヒワイドリは成人の日特番で警察沙汰を起こす、常識をわきまえない赤髪白袴姿の新成人的な輩に成っていた。
「イケメンかよ!」
「どうだ、この姿で乳の話をしてやろうか?」
「されてたまるか!」
イケメンはイケメンでも、残念なイケメンだ。こっちの方がまだ気が楽だからよかった。
心身ともにイケメンだったらの野郎はアタシの天敵だからね。
わんこと擬人化ヒワイドリは二メートルの間を置き、睨み合っていた。動いた方が負けなんだ。
今紅葉の枝が静かに燃えようとしていた。風に揺れる樹から一葉の火の粉が舞う。
火の粉は風の流れに身をまかせ、やがてわんことヒワイドリの間にふわりと落ちた。
その瞬間だった。
「タァッ!」
アタシがまばたきをしたその間に決闘は急展開を迎えた。わんこが先制攻撃を仕掛けたのだ。
わんこの裏拳が繰り出される。アタシの目に負えないスピードだ。そしてそれは――、
そのときには、ヒワイドリがわんこを背負い投げていた。
犬っころは地べたに大の字になって転がっている。一方擬人化した心の鬼は興味なさげに敗者を見下していた。
「終わりか、青二才め」
「まだ終わってねえよ、変態」
のらりとわんこが立ち上がる。細いなりの割にはタフみたいだ。
「……ヒワイドリは、ああやってわんこを鍛えてあげてるんですよ」
湯呑を手にした日本さんが外を眺めながら呟いた。
わんこの肘打ちをかわしたヒワイドリが首筋めがけてチョップを繰り出す。
それを腕で防ぎ、左の裏拳打ちで反撃する。
はたから見れば喧嘩にしか見えないけど、二人にはそれ以上に得るものがある戦いなのかもしれない。
喋らなければ擬人化したヒワイドリの心もイケメンじゃないか。喋らなければ。
十二の十
「ねねさまぁ」
こにぽんのふやけた声がした。わんこたちにばかり目がいっていて、彼女のことを忘れかけていた。
「あらあら、眠くなっちゃったの?」
「うー……」
目を閉じまいとする努力は認めるが、頭を上下に揺らしている。
すっかり睡魔にやられてしまっているようだ。
「すみません、ちょっと寝かしてきますね」
こにぽんを抱きかかえ、鬼子さんは立ち上がった。
この子はわんことヒワイドリのひと騒動にも動じずオネムになったのか。
寝る子は育つ……って、このことわざをこにぽんに使っていいんだっけ?
もっとちっこい子に使うイメージがある。
「ヤイカガシと仲良く待っててくださいね」
そう言って鬼子さんは部屋を出ていってしまった。
「二人きり……。仲良くしようね」
「つか、アンタまだいたんだ」
「ゲヒッ、やだなあ」
下品な笑い声だ。どこからその効果音を出しているんだろう。
贅肉のようなエラをヒクヒクさせ、人間のようにお茶を飲んでいる。
気持ち悪くてしょうがないし、においも強烈だからせっかくわんこが買ってくれた饅頭が台無しだ。
そのわんこはと言うと、依然ヒワイドリと拳を交わしていた。
見た感じわんこは劣勢だけど、体力はまだまだ残っているようにみえる。
小屋の中は気まずい空気が漂っていた。
ヤイカガシが頭部に付いている大きな目をきらきら輝かして話題を待ち望んでいる。
ムシだ、ムシしよう。
「アンタはさ、どーして日本さんに魅かれたワケ?」
意思とは裏っ返しに尋ねかけるアタシがいた。
原因はたぶんツッコミ気質のせいだと思う。何だかんだで見捨てられない性格なんだよなあ。
というか、こんな質問一択問題じゃないか。
「やっぱ、パンツ目当て?」
付け足すと、ヤイカガシはゲスゲスと気味悪い声で笑った。
「まあ今となっちゃあそうだけどさ」
こいつ、女の敵だ。
こいつ、女の敵だ。
大事なことなので、二回でも三回でも言ってやろう。こいつ、女の敵だ。
「でもね」
女の敵が続けた。
「鬼子さんに抱いた最初の気持ちは、憧れだったんだ」
憧れ。
なんか、どっかの誰かさんが抱いた日本さんへの第一印象と似ている。
十二の十一
「強くて、カッコよくてさ。ぼくなんて名ばかりの神だけど、とてもやさしく接してくれたんだ。
そのとき思ったんだよ。ぼくなんかじゃ一生かけても、何代かけても及びはしないってね」
ヤイカガシはぽつりぽつりと呟いていた。
「でも、せめて彼女のように生きたい、生き様に近付きたい……そう思って、鬼子さんのお供になったんだ。
一緒に旅をしたりもしたよ。懐かしいなあ」
アタシに言ってるんじゃなくて、自分に問いかけているようだった。
懐かしい、と口にできるくらい、ヤイカガシと日本さんは長いこと一緒にいたのだろう。
「田中匠さん、と言ったね?」
「はい」
「君を見ていると、鬼子さんと初めて出会ったころを思い出すよ。あのときの新鮮な志を持ってたときをね。
ぼくには鬼子さんの隣に立つことはできなかったけど、きっと田中さんなら並んで歩けると思う」
ヤイカガシが深々と頭を下げた。
「鬼子さんを愛する一人として、一緒にいてあげてください。宜しく頼みます」
「や、やだなあ。なに? パンツがないまま三分経つと禁断症状出ちゃうクチ?」
ヤイカガシの奇行に、戸惑いを通り越してすらりと冗談が出てしまう。
「まあ、そんなとこだね」
相変わらず拒絶反応を起こしてしまう笑い声を上げる。
けど、部屋にはお茶のほのかな香りが漂っていた。
鬼子さんの隣がどうしてアタシなんだろう……。
「さて」
アタシの疑問を置いてけぼりにし、ヤイカガシは庭に降りた。
「わんこさんの相手でもしようかな」
そうぼやくと、彼はたちまち姿を変え、百八十センチの身長を得た。
見た目は二十代前半の美男子侍といったところだ。
深藍の羽織と薄藍の胴着、黒染めの馬乗袴を身に付けている。長髪を柊の髪留めで結っていた。
「す、すごい……」
知らぬ間に立ちあがっている自分がいた。
「げへ、驚いて思わず立ち上がっちゃったときのパンツ、欲しいねえ」
「あげるか! アンタの株大暴落だよ!」
爽やかすぎる美青年スマイルにツッコミをかましてやった。
「参戦するよ」
腰に差された刀を抜き、ヤイカガシはそれをわんこに向けた。
「な、卑怯だぞ!」
「大丈夫、いつもみたく峰打ちでやるからさ」
「そーじゃねえよ! 二対一だろうが!」
「わん公、オメェ本番が全部一対一だと思ってんのか?」
擬人化コンビに挟まれたわんこが唸りだした。
「チ、チクショー! 二人まとめてかかってきやがれ!」
遠吠え空しく、案の定変態コンビに散々に叩きのめされている。
わんこのその真っ直ぐなトコ、嫌いじゃないよ……。
十二の十二
――そんなこんなで日本さんちの初訪問は終わった。
楓の巨木に半分めり込んでいる紅葉石に触れると元の世界に戻れるらしい。
合言葉は行きとは逆で『いただきます』だ。採用理由は『ごちそうさま』と同じなので省略する。
省略したって私見は変わらない。
うん、やっぱおかしいよ、この合言葉……。
φ
おかしい。
何かがおかしい。
何がおかしいって、そりゃあの田中って人間の行動やら無知っぷりやら、言動やら……あいつの全てがおかしい。
特に俺や鬼子に対する態度が人間の常識をぶっ壊してくれている。
神を畏れていない。鬼をも恐れない。
そんな人間見たことがなかった。
しかし、その田中はもう紅葉の刻印がなされた大石の先にある世界へ行ってしまった。
「なあ、鬼子」
あいつがこの世界に来てから、ずっと胸中で渦巻いていたものを問いかける。
「あいつにまだ何も言ってないだろ」
「何って、なにをですか?」
また誤魔化した。
鬼子は自分の過去の話になるとからくり人形のような反応をする。
いつものやわらかい日差しのような温かみを遮断し、白んだ紅葉のような雰囲気で接するんだ。
「こっちの人間が、鬼をどういう目で見てるかって――」
「田中さんには、関係のない話ですよ。この世界の人間とは、会わせませんから」
即答だった。答えをあらかじめ準備しているってことは、それ相応の覚悟があるんだろう。
でもそんな覚悟、いくら俺でも許せるわけがない。
「あのな、そんなのボロが出るに――」
「わんこ、いいですか?」
また遮られた。こういうことになると鬼子は決まって頑固者になる。
「田中さんは、『向こうの世界の案内人』なんです。
向こうで戦いに巻き込まれることはあっても、こっちの世界で戦いに巻き込まれることはないんですよ?」
「どうして……そんな冷めた嘘つくんだよ」
「嘘じゃありません」
違う。
そんなの鬼子の本心じゃない。こんな枯れ紅葉みたいな鬼子が言うことが本当なわけがない。
ならどうしてそんなことを言うんだ。そんなこと……。
「鬼子……まさかお前、ただ単に自分の境遇を知られたくないからじゃねえよな?」
一瞬、ほんの一瞬だけだったが、鬼子と視線が合った。
「言ったはずです。田中さんには関係のない話だと」
誤魔化した。自分の過去を知られたくないから田中にそれを隠そうとしている。確かにこっちの方が理に適っているようだ。
でも、どうして?
どうして嘘まで吐いて、田中って人間を擁護するんだよ。
分からねえ。分からねえよ、鬼子……。
140 :
創る名無しに見る名無し:2011/08/13(土) 12:00:58.42 ID:94mRkIQ5
>>125 しかもコイツがゲーム制作を引き継ぎも無しに、途中で投げ出して逃走したのが今回間に合わなかった最大の理由だら?
なんでそんなクズに甘い対応したり擁護する奴がおるん?もう二度と戻れない様にするのが当然でしょう。
あんな駄作ではなく、まともな長編作品を投下出来る人が既に来られているんだし、アレの残した汚れは一切不要だよね。
>>140 >しかもコイツがゲーム制作を引き継ぎも無しに、途中で投げ出して逃走したのが今回間に合わなかった最大の理由だら?
全然関係ありません
こういった憶測による書き込みこそ不要です
>>140とか
個人攻撃して人の心を突き落とすのもいいかげんにしようね。
あなたの心にはどんな鬼が棲んでいるのかしら。
103さん、ほんとにおつかれさまです…。
あなたの作ったものは、ちゃんとぷろじぇくとに織り込まれてますから。
>>128-139 なんというインパクトw やっと汲み上げた水の中にヤイカガシが居たら、ワタシなら即、井戸の底に叩きこんで
縄を切りますw
・・・ナニヤラ、きな臭い伏線が入ってきた様子・・・・さぁ、どうなる?
>SS書きとして挑戦バカさんの作品に一言言わせてもらうと、
>1、「」の前に発言キャラの名前でセリフを出しているが、そもそもそのキャラの個性が分からない。
>2、同様に、「」の前のキャラって誰だっけ?ってなるほど多様性に走りすぎている。
>3、ドタバタ模様を書きたいんだろうが、文章自体がドタバタである。
>5、重層的な背景を匂わせているが、回答を出していない。
>6、誰とは言わないが、どこかのSS書きの作品を規定の事実として書きながら、その味わいや雰囲気を壊す方向で書かれている。
>7、残念ながら、先の国防省氏と同じように、文章の読ませ方が下手過ぎる。(書き手の脳内妄想は「」文だけでは読み手に伝わらない)
粘着された時の番人さん、一話として強引に奪われ追放された観光課さん以外にも被害者の方がいるの…?
こんな非道い人を擁護してしまうなんて、スレ住人がどこか歪んでいる気がして嘆かわしいわね。
>>144 これ以上、SSスレを荒らさないでください。
彼もとい彼女は働く力の方向が間違っていただけです。
それでいいじゃないですか。過去のことを掘り返してグチグチ言わないでください。
>>126-139 今回は、鬼子ファミリーのどたばた具合と微妙な力関係(笑)が分かって面白かったです。
般ニャーさんはどんな風に出てくるのかしら。
あ、視点変更ってわんこ視点への切り替えですよね。
頻繁でもないし、口調ですぐ分かったんで問題なかったですよ。
鬼子さんの住む世界は、鬼の力も神の力も強くて、人間もそれをおそれている世界。
田中さんの住む世界は、鬼も神も存在が絶えだえになっている、現実世界と近い世界。
鬼子さんは、誰かに対等に仲良くしてほしかったから、鬼を恐れない田中さんを必要とした。
だけど、自分の過去を知られたとき、そして鬼の力が田中さんに及びそうになったとき、
鬼子さんは田中さんに鬼の恐さを教えざるを得なくなる。
そのときの葛藤やいかに!
…てな感じで、長芋さん漫画やおによめでの華陀さん漫画のテーマにつながるわけですね!
と勝手に先走ってみる。
間違ってたらすみません(汗)
147 :
創る名無しに見る名無し:2011/08/15(月) 12:52:06.61 ID:Wevf34BO
>>145 本当にそう思う。もうこれ以上荒らされないためにも、過去に彼が出した作品やらの事は忘れようよ。
基礎案(アニメ風?)、綿抜鬼、柚子、忍者小日本、オシリスキー…他にいたっけ?
これらの利用と基礎案の提案は一切本スレ・SSスレにおいて禁止、触れる人は荒らしへ加担していると理解して欲しい。
非道いかもしれないけれど、もうこれ以上荒らされたくは無い。なんで一人のせいでこうもグチャグチャにされなきゃならないんだよ…。
>>147 賛成。もうこれ以上荒らしが発生する状況を放置は出来ない。
もし彼が戻ってくるなら、反省して荒らしの標的とはされない題材で書くと期待。
本当に鬼子関連で創作したい人だったら、その位理解してくれるはず。
実は荒らしも本人だったら知らないけれど。
そんな事より尻の話をしようじゃないか。
>>147 賛成はできないなぁ。
荒らしに攻撃されたらその作品には触れちゃだめ、っていうなら
荒らしの標的にされたらもうおしまい、っていう状況を作っちゃうよ。
でもまあフトモモの話をしようじゃないか。
152 :
創る名無しに見る名無し:2011/08/16(火) 12:40:53.43 ID:d7nDO7vH
そうだよな。スレが活気づいて自分の作品が埋もれるのが相当嫌で、自演を繰り返しているんだろうな、綿抜鬼の人は。
もうこれ以上荒らされないためにも彼の作品群や、彼を擁護する荒らしには一切触れない様気をつけないと。
元ネタにあんなグロ要素利用して、呪術の真似事で鬼子プロジェクトを潰そうとしていたんだね…ビックリだよ。
じゃあ決まりだね。彼の作品に触れる荒らしも、彼をダシにスレを荒そうとする荒らしも、
どちらも一切触れないという事で良いでしょう。綿抜鬼は人気だったけどしょうがないよね。
そもそも「荒らしは一切スルーでお願いします」はスレ入口での、
鬼子ちゃんとの最初のお約束。それが守れていなかったのは反省すべきだね。
あと呪詛云々はさすがに違うと思うぞ。自演はしていただろうけど。
じゃあ決まりだね(キリッ
毎度のこと名無しさん乙。議論所でやれ
自転車で一泊二日の東京湾一周の旅から帰ってきた歌麻呂です。
得るものはあった、はず。
>>143 さすがヤイカガシ、みんなの嫌われ役ですねw
きな臭い伏線、どうなるんだろうなあ……。
>>146 視点変更の件了解です。
これからも分かりやすい視点変更を心掛けて行こうと思います。
>長芋さん漫画やおによめでの華陀さん漫画のテーマにつながるわけですね!
基本ミメーシスは避けてるつもりですが、どうなることやら……。
どう転ぶのか、自分でも楽しみだったりしますw
これわまた・・・・ワタヌキが魅力的に見えるSSを書きたくなる流れに!?
今まで特に意識してなかったけど、何か考えてみようかしらんv
スルーされるなら好きにできるよねw もっとも、R-18 R-18Gルールは守った上でねv
よっしゃ!!じゃあ中国人を惨●し続けていた綿抜鬼が、日本のオタクと出会って、
その暖かさやキモさに触れたり会話している内に、自らの過ちに気付いてゆき、
悔い改めて浄化され、自分と同様邪気に憑かれた人々を祓う『日本鬼子』へと変身する話がようやくかけるな!!
やはり政治系統と切り離しては、このコンテンツは意味をなさないからね。
ああ、なんだ。どうりでタイミングが良いと思ったら本スレ115の人か。
綿抜鬼を潰して自分のキャラをねじ込むか、出来なければ逆に利用してどちらにせよ政治系OKとさせる。
そのためにここまで粘着していたんだね…。外部でも平気で鬼子を石原憎しのマスコットに利用しようとしてたけど、
一体何の恨みがあってスレ潰し・主旨改変にここまで力を注げるの?またID変えて逃げるんだろうけど、私には理解出来ないよ。
おまいら最低限のルールはまもれや。それ前提でなければ綿抜鬼おしは意味ねえぞ
>>160 115
今回は勘弁してやれ。前のと違ってそっち方面はやらかしてねえだろ。あとそれ半分以上は妄想じゃね?
ちゃんとした根拠や証拠がねえならあんたがバカにしている奴以上の糞野郎に成り果てるぞ
短編小説
『心の鬼とは』〜ある女子大生、夏美の話し〜
今年の春から大学生となった夏美は、独り暮らしをしながら自由に学生生活を堪能していた。
今は夏休みなので、朝から夕方までアルバイト。夕方からは大学で知り合った新しい友達と
夕食会や飲み会、またはコンパやクラブで朝までGO〜っと毎日忙しい日々を送っていた。
今日は一人で“こみけ祭り”。友達には、まだ自分の趣味を教えてないみたいだ。
何故なら、【漫画大好き!】と言う事にちょこっと恥ずかしさが残っていたようで、
言い出せずにいた。夏美は、会場の前でチラッと空を見て溜め息をついた。
「あぁ〜、エネルギーポイントが吸い取られていく〜」
夏の太陽が自分だけに降り注ぎ、体力を吸い取っている様な感覚に陥りながらも、
ユックリと会場に向かい足を進めていた。会場内に入ると、体が勢い良く回復していく。
「あぁ〜回復呪文が充満スペースに到着〜」
実際には、だた冷房が効いているだけなのだが、夏美の脳内解釈では回復呪文なのだろう。
好きなサークルのブースに行っては、目を輝かせて物色&お喋り。
時間が経つのも忘れて、キョロキョロと歩き続けていた。
楽しい時間を過ごしている時は、歩く時間が勿体無いので、
必ず早歩きで目的の場所まで行き、うだうだやっているのだが、
今日は、何かが違う。足が非常に重いのだ。
この会場に入ってから5時間が経った。昼食も取らず歩き回る事はいつもと同じ。
しかし、体が非常にだるくて足が重い。
体の調子が悪くなってからは、目的も無く、ボーっとホールの中をさまよっていた。
「お嬢ちゃん」
何となくそう呼ばれた気がしたので、ふと顔を上げてブース内を見た。
その中は、テーブルが一つ置いてあるだけ。
夏美は一度、手で目を擦り、もう一度ブースの中を見た。
すると、そのテーブルの真ん中に小さな青色のぬいぐるみが置いてある。
この会場内でテーブル一つとぬいぐるみがひとつのブース・・・。
テーブルには、張り紙がしてある。
【ご自由にお持ち帰り下さい】と。
それに、夏美の後ろを歩いている人達は、このブースに気付いていない様にもみえる。
変だなと思いブースNOを見ると、北地区オ-25と書いてある。
「北地区?ここって西と東しか無かったはずなんだけど・・・」
と思いながら、隣のブースを見ると東地区イ-34bと書いてある。
「やっぱり東地区だよね。表示が間違ってるんだわ」
隣の東地区イ-34bのブースを外から覗いてると、誰かが椅子に座りながらうなだれていた。
「横スクロールがぁ・・・」
とか何とか言っているその男性の手には、北地区オ-25に置いてある青いぬいぐるみと
同じ物が握り締められていた。
夏美は、他の人も貰ってるし、それに後一つしかテーブルに置いてなかったので、
とりあえず、その青いぬいぐるみを持ち、自分のBAGの中に入れた。
体調が優れない夏美は、そのまま家に帰りベッドの中に入った。
まだ夕方5時過ぎくらいだったが、夏美は深い眠りについた。
【コン・・・コン・・・】
夜中の2時を少し回ったくらいに、小さな音が原因で夏美は目を覚ました。
まだ寝ぼけた状態だったので、目を少し明け、天井を眺めていた。
【コン・・・コン・・・コツン】
また小さな音がした。
音のする方に顔を傾けようとしたが、何故か首が動かない。
【あれ?】と思い、今度は手を持ち上げようとしたが・・・動かない。
「な・・何これ・・・。もしかして・・・金縛り??」
そして・・・ユックリ・・ユックリと足首が締め付けられる。
そのまま・・・足がベッドに沈み込む様な感覚に陥った。
夏美は悲鳴を上げようとしたが、声も出ない。
身体から冷や汗が流れ始めた。
足首を締め付けていた何かが、今度は膝辺りを締め付けている。
夏美は・・・ユックリと自分の顔を持ち上げると少しだけ動いてくれた。
そして、そのまま自分の膝辺りをそっと見てみると・・・
白くて・・生ぬるく濡れた手が夏美の膝を押さえ付けていた。
【キャアアアアアアアァァァァァーーー】
声にならない心の叫びを出した夏美は、そのまま気絶してしまった。
「なんだ。また休胎鬼(きゅうたいき)でゲスか。
さっきの男と同じでゲスね。散らさずこのままにしとくでゲス」
部屋の中からそんな声が聞こえてきた。誰の声なのか、何処から聞こえるのか。
夏美は、気絶しているのでこの声は聞いていない。
翌朝の7時30分頃、夏美は猛烈な暑さにさいなまれ飛び起きた。
エアコンをつけずに寝ていたので、汗だくになりながら目を覚ました。
そして、辺りを見回すが、誰も居ない。
「フウ・・・怖かった・・・。金縛りって始めてだわ」
と溜め息を付き、部屋の中の空気を入れ替える為に、ベランダの窓を開けた。
「あれ?お気に入りのパンツが無くなってる・・・」
皆さんは金縛りにあった事があるだろうか。
学校のクラブ活動が忙しい、受験勉強や会社の仕事が山済みで寝る暇も無い。
そう・・身体の異常を示すサインが金縛りで、動けなくなるのは良い事なのだ。
そんな時は身体を休め、ユックリしていれば自然に治っていく。
しかし、本当は心の鬼が身体を動けなくしている事に誰も気付いていない。
昔の人達が、金縛りと言う言葉に置き換えて、心の鬼の存在を打ち消したのかもしれない。
“休胎鬼(きゅうたいき)”は、身体を酷使している人に取り付きやすい。
そして、取り付いた人の身体を動けなくして、体力を回復させる心の鬼なのである。
本当は・・・「心の鬼」と一言で表す事は出来ないのかもしれない。
おわり
言い忘れてました。
頑張れ横スクメンバー!
くれぐれも“休胎鬼(きゅうたいき)”に取り付かれないように
睡眠をとって下さい!
>>162〜164の
時の番人さんへ。
金縛りが実は心の鬼だったなんて、
なんと言う展開なんだw
>>103,104,117,119は時の番人さんが書いたんですか?
なんかよく分からないけれど、綿抜鬼の人って既に鬼子プロジェクトから引退した人なんでしょう?
本人が主旨に反しない使い方なら大丈夫と権利放棄もしていた気がするし、作品自体が他の作品群に埋もれるなら問題は無いよね?
もし綿抜鬼がグロ系統で許せないなら、対抗する別キャラを用意したら良いのに、叩いている人はどうしてその努力をしないの?
また使ってくれと本人が出てくる事は無いなら、一度超えたら大丈夫なのに使わせない事だけ求めるのは何故?
擁護している人も作者が叩かれてるからと、キャラ事持ち上げようとしている感じなのはなんか違う気がする。
提案されたけれど無視されているキャラなんていくらでもいる。じゃあ自演して自分のキャラや自身を叩けば無視されないなら、
綿抜鬼の人が自演してないとしても同様の手段をもって、無理矢理キャラの押し込みは出来てしまいますよね?
もしそれで明らかに政治系のキャラや主張をねじ込まれたら?そもそも普通に『主旨違いですよ〜』と説明しているのに対して、
『このスレにはこんな荒らしがいるのか!』なんて愚痴ると共に自演したりや仲間を呼んだりで、
主旨を変えるまで粘着されたらどうするの?荒らしの対象になったと感じたら、作品も思想も内容問わず全力で守り持ち上げるの?
でもその状態って自演だか本当の荒らしだか分からないレスが渦巻く、異常なドロドロした様相をずっと続ける事になるよね?
正直終わりが見えないやり取りに辟易してるんだが、誰か真面目に答えて欲しい。
とりあえず乳を揉みたい。…じゃなかった、作品の内容や質のみで勝負して欲しい。
キャラもセットで排除されようとしていたら真っ先に擁護するよ綿抜鬼。
つかさ、生みの親は引退宣言して消えたけど他の人が取り上げて作ってる状態だろ。綿抜鬼。
しかも主なイラストはスレ外で見る事の方が多いしし。ここで騒いでいる奴は何をそんなに焦ってるんだろうねえ。
文字ネタで推すならSSやなんかでないとノイズで終わるだけだろうに。否定している人が一番印象を強くしてないか?
皮肉にも否定派が一番綿抜鬼を推している状態w
引退かどうかなんて、契約でもしてるわけじゃないんだしどうでも良いけどね。
むしろ、前に鬼子作品を投下していた人たちにはどんどん戻ってきて欲しいくらいなんだけどw
あと、綿抜鬼ネタがよく投下されているのは、最初に提案したネタ自体よりも
それを受けて描かれた最初の絵が良かったからだと思う。
それに、さすがに同一人物が延々持ち上げてたら誰だって不審に思うでしょ。
綿抜鬼の場合は、ほぼ鬼子関係で投下実績がある人達が支持しているじゃん?
さすがにそういう人たちが政治系のキャラまで支持するとは思えないし、
荒らし側が、自分が押したいキャラを定着させるほどの作品を上げるような仲間を呼び寄せられるとも思えない。
はっきりいって
>>166の後半はいちゃもんにしか見えない。
引退じゃなくて休止宣言(最短12月復帰)だろ?一話含め加筆修正に戻るとも言ってたし。
誰だよ、引退なんて言ってる奴は。そいつが真犯人(もしくはその一味)じゃね〜の?
スレチ覚悟。
そういえばこっちに投下してなかったような気がする童謡風定型詩。
書いたのは今年の7/9のことです。自分を鼓舞するためのうた。
【童謡:紅あさやけ】
一、
もみぢの風吹く朝の陽を
背に負ひうつるは
鬼のかげ
二、
世のなか暗しと嘆けども
やさしく散る葉に
和やぎつ
三、
こゝろの鬼らを萌え散らす
たたかふ宿世は
いつからか
四、
もみぢの風吹く朝の陽が
在るを忘れじ
君が胸
現代語訳
一、
紅葉の風が吹く日の出を
その背中に負って映るその輪郭は
鬼の姿をしている
二、
人々が今の世の中を暗い暗いと嘆いても
鬼子の萌え散らした、しとやかに散る紅葉に
人々はなごやかになったのだ
三、
心に棲まう鬼たちを萌え散らす
そんな鬼子の戦う因縁は
いつから始まったのだろうか
四
紅葉の風が吹く日の出が
あるのを忘れてはならない
朝の陽はいつでも君の胸に
SSスレでやる話しじゃないよね。ごめんなさい。
どうせ荒らしてる側は避難所来ないんで、これで終わります。自分の言いたい事はただ一つ。
『荒らしはスルーして、みんな作品の投下とかで楽しもうぜ〜。個人の思想や過去とか、興味無いよ』
>>171 自分が見たのはコレだけど、さすがに犯人とは違うでしょ?本人に聞かないと分からないけど、普通の認識違いだと思う。
>Saki_Ohenri @johgasaki HNですよ〜。自己を卑下して、そういう名前をつけられていました。
>鬼子の基本ストーリーに「無謀にも挑戦する」から、という理由だそうです。後に分かった事ですが、
>一番最初にワタヌキを考案した人でもあります。その後、荒らしに標的されたので今は引退宣言をされています。
>1日前
>詳細
>>162-163 金縛り!
そんなところに鬼子さんのいる世界の息が
感じられると思うと胸がアツくなりますね。
機会がありましたら、ぜひ本物の『お祭り』も行ってみると
より臨場感ある作品になるかもしれませんねえ。
(もう行ったことがあるんでしたらすみません……)
しかし、北地区ってなんだったんだろう……。
でもこのこと考えたら休胎鬼に憑かれそうな気がして恐ろしいですね。
夏にちょうどいい、冷え冷えになる作品でした! 面白い!
【編纂】日本鬼子さん三「歓迎されてる……のか?」
十の一
「なかなか面白い子を見つけたじゃない、鬼子」
老いた楓の大樹の上から聞き覚えのある声がした。
「は、般にゃーさん! いらしてたんなら言ってください」
般にゃー。
ここ一体を統べる白い猫又だ。猫の姿だと顔が般若面のようにひしゃげるため、そう自称している。
「何度も言ってるけど、改まらなくていいのよ」
苔に覆われた幹を飛び降りると同時に人間で言えば三十路前後の女性に成った。
反射的に目を逸らす。着物に収まりきらない大きなふくらみに惑わされないためだ。
いわゆる成熟した大人の女性ってヤツだが、しかし般にゃーの実年齢は誰も知らない。というか、知ったら否応なく殺される。
――と、般にゃーがメガネ越しに睨んできたので、無駄な考えはここまでにしておく。
「わたしがいないほうが、ありのままの貴女達を観察出来るでしょう? ……って気紛れよ」
彼女がそっと微笑むと、鬼子は顔を伏せて顔を赤らめた。
もうからくり人形の鬼子じゃなかった。
「で、どこ行ってたんですか?」
「高天原よ」
高天原(たかまのはら)は紅葉里から遠く離れたところにある、高貴な神さまがお住まいになる聖域だ。
鬼子は当然のことながら、俺やヤイカのような下々の神ですら伺うことは許されない。
「アマテラスサマとお茶してたの」
般にゃーは大御神様のお供ができるくらい貴い身分なのか? まったくその気配が感じられない。
例えお茶をしたことが冗談だとしても、御名を拝借した冗談を言えるんだから、たいそうな身分であることに違いはない。
「ホントはもっとゆっくりしていく予定だったんだけど、急用が出来ちゃってね」
般にゃーは帯から煙管を取りだし、煙草に火を点ける。急用で戻ってきたとは思えないゆったりとした調子で煙を吐いた。
「越沢(こえさわ)の村に鬼が出たわ」
「越沢って……すぐふもとじゃない」
山林を走って二時間のところのある村だ。この周辺は般にゃーの結界で鬼の侵入はないと思ってたから、俺も鬼子も驚いた。
「いい? 被害はその村だけに留めなさい」
なら越沢村はどうなってもいいのかよ、とは思わない。
そんなこと思ってる暇があったら戦いに向けて気を集中させる方がいい。ここにいる誰もがそう思っている。
冷酷になってしまったわけではない。未熟な自分が悔しくて仕方がないんだ。
なにせ、俺たちには空間を渡る術を持っていない。
鬼を祓うために二泊三泊は当たり前だ。その間に暴走を続ける鬼は容赦なく村を滅ぼしていく。
現地に駆けつけたら、家も畑も穢された村で鬼がのびのびと人間を喰らっている場面を幾度見たことか。
そういうこともあって、今回は何としてでもヘマをしないよう鬼子の援護しなくてはならない。
「わんこ、こにを起こしてきて」
「おう」
小日本は一度寝るとなかなか起きない。でも今日という今日は容赦せず叩き起こそう。
そう決心して小屋へと向かう。
十の二
「小日本、起きろ」
手荒く襖を開ける。
「おうわん公、オメェも目の保養に来たか」
「むっつり助兵衛だねえ。時間差とはさすがだよ」
さきほど拳と剣を交えた同志が、今や幼き女子を囲んで宴に勤しむ変態野郎となり下がっていた。
怒りが上昇していくにつれてヤイカの悪臭濃度も上昇する。
「お前らな……」
二匹の首根っこを鷲掴み、縁側に出る。
「二度と来んなって言ってんだろうが!」
見ないなと思ったら何してやがるんだ。もう会うことがないよう祈りを込め、秋空の先までぶん投げてやった。
仕切り直して、小日本の眠る部屋に戻る。今の騒動にも動じず、すやすやと寝息を立てて目覚める気配はない。
「起きろ」
涎を垂らし眠りこける小日本の肩を揺らす。
「ふにゅ……」
寝言で返事をされる。
「鬼が出たんだ。早く出ないと」
もう一度揺する。
「ねむいのらぁ」
反応に意識が宿っているようにも思えるが、八割方夢の彼方を漂っているようだ。
緊急事態でもなおのんびりな小日本にため息が出る。
「……まりゃまりゃ食べられるよぅ」
八割じゃない。十割食いもんの夢の中だ。寝ぼけてやがる。
俺が団子を買ったせいなのか? くそ、田中の奴が使いっ走りにしたからこうなったんだ。覚えてやがれ。
でも、実に幸せそうな寝顔だ。口をもぐもぐして、にへらと破顔させる。
不覚にも言葉を失ってしまった。
こんな幸せそうな小日本を強制的に現実へ引き戻してしまっていいのか?
小さな幸せをぶっ壊していいのか?
幸せってのは、小さければ小さいほど、それを潰すのに覚悟が必要になる。
「寝るなら、俺の背中で寝ろ」
「……ふぁあい」
ふわふわとした手つきで瞼をこすり、身を起こす。多分寝たまま無意識にやってるんだと思う。
一つ大きなあくびをし、「ん」と両腕を前に出した。このまま背負えってことだろう。
まったく、ワガママなお姫様だよ。
小日本の武器である「恋の素」を帯に付けてやる。恋の素は幸せと縁と結ぶ鈴で、鳴らすと穢れを浄化させる効果がある。
それから角を隠すために笠をかぶらせる。布団を引っぺがし、小日本を背に負った。
「いららきましゅ」
「イデデッ! それ髪の毛だ!」
後頭部で結った髪束に喰いつきやがった。なんて食い意地を張ってるんだよこのお姫様は。
十の三
庭には藤紫の装束の般にゃーと紅葉の着物の鬼子が準備を終えて待っていた。
鬼子は瞳はいつもより鋭いものとなり、紅に燃え上がらせている。
鬼の中には、姿を変えることで力を増強させたり、特性を得たりする。
俺たちは通常の姿を『生成(なまなり)』と呼ぶのに対し、変化した姿を『中成(ちゅうなり)』と呼び分けている。
「行ってらっしゃい、三人とも」
般にゃーが煙草を吐く。
「来ないのかよ」
「貴方たちだけでなんとかなるでしょう?」
「あのな……」
「それとも、わんちゃんはわたしの力がないと鬼子を守りきれないのかしら?」
そう言われると言い返そうにも言い返せない。般にゃーは俺の性格を見通している。
ただただ悔しかった。
「そんなワケで、わたしはお留守番してるわ」
お気楽に言ってくれる。
まあ、それが般にゃー流の激励だってことは承知してるんだけどな。
φ
鬼子とわんちゃんとこにちゃんが紅葉の森に消えるまで、わたしはずっと三人のうしろ姿を見送っていた。
結界の内側で鬼が出没するとなると、敵は冒涜された神ではなく、人間の心から生まれた鬼である可能性が高い。
心の鬼は先日鬼子一人で戦った「黒い鬼」のような腕っぷしは持ってないけど、それを補う独自の特性を持っている。
慣れてない相手だから、苦戦するかもしれないわね。
人間の心ほどフクザツなもんはない。長いこと「あっち」と「こっち」の人間を観察して導き出した結論だ。
あのコたちは心の鬼と戦う経験があまりにも少なすぎる。
「鬼子、アンタには辛いことばかり任しちゃってるわね」
いくら煙を吸ったって、この罪悪感が癒えることはない。アマテラスサマが仰ってたことを考えると、肺臓に穴が空きそうになる。
「神々に気付かれずに勢力を拡大させる鬼の集団がいる……か」
異変、と思うにはオオゴトだけど、最近どこか違和感のようなものが猫ひげを伝って感知していた。
そもそも、鬼は集団行動の出来ない問題児ってのがわたしたちの通説だった。
互いにいがみ合い、殺し合い、本能の赴くままにふらふらして落ち着かない。
例外は鬼子とこにちゃんだけ。
それなのに、いきなり国規模の集団が出現するなんて信じられない。
天変地異だと慌て者の神々が喚いてて呆れるけど、同時に鬼子たちに対する期待と疑念が一層増しているのも確かだった。
鬼にあらずは鬼は祓へじ。もうそんなことしか神は言えない。
アンタたちの神話はどこへ行ったのよ。
十の四
φ
針葉樹とシダの森を駆ける。人間のいる場所には近付かないよう尾根伝いに村へと向かった。
苔に呑まれ、朽ち果てた倒木を飛び越え、奔放に伸びる蔓の輪をくぐる。
「ん……どこ?」
背中の小日本がもぞもぞと動き出した。目が覚めたらしい。
「山を降りてるところだ。鬼が出た」
「……ん」
小日本はそれっきり何も言わず、おとなしく乗っかってくれていた。
辺りは鬱蒼としていて薄暗い。霊域の近くだからか、樹から見下ろすサルやリスの眼光に意思が宿っているようにも感じられた。
風を裂く鬼子の後ろ背を追う。
いつか、俺が鬼子の前を走ってやる。黒髪なびく背中にのしかかる荷を、少しでも担いでやりたい。
小日本だって背負って走れるんだ。そのくらい屁でもない。
「森、抜けますよ」
鬼子の合図と同時に視界が開ける。西の空の大きな月が俺たちを出迎えた。
絵画のようなうすら雲が掛かる望月は、どこか引き込まれてしまう魅惑があった。
「あれ、見てください!」
鬼子が指差す方向が赤く揺らめいていた。畑の向こう側に群立する民家の方から赤い火が立ち昇っている。
「行こうぜ!」
鬼の仕業だったら今すぐにでも食い止めなければならない。鬼子は頷く間もなく走りだした。俺もその背を行く。
畑に足跡を残し、全力で足を動かす。早く、一秒でも早く。
揺らいだ目先の小屋が徐々に大きくなっていく。畑から小道を横切り、茅葺きの家を横目に炎の元まで急ぐ。
熱気が伝わる。走れ。息が荒くなる。走れ。鼓動が大きい。走れ。もうすぐそこだ。走れ!
鬼子が立ち止まる。
そこには。
「いねぇーつけばぁー」
……そこには、かがり火を囲うようにして踊る村人たちの姿があった。
陽気に歌を詠い、気持ち良さそうに酒を呷り、飯を貪り食っていた。
小日本を下ろしてやる。そして、脱力した。
なんだこの宴は。この村の祭はこの前の収穫祭をやったばかりじゃないか。
「君らは旅人か?」
村人の一人が声を掛けてきた。鬼子がびくりと身体を硬直させ、村人を凝視する。とっさに俺が鬼子の前に出る。
「……狛犬様ではございますまいか。それに笠をかぶれる桜着の小童……そちらの紅葉着の乙女は角の生えた、鬼と見受けるが」
耐えろ。歯を食いしばり、相手の出方を窺う。
叫ぶか、嘆くか、狂い笑うか……。
「なんと面白い組み合わせであることか。さあ、今日は祭ぞ。共に騒ごう」
酔いの回った豪快な笑い声を上げ、ばしばしと頭を叩かれた。
神に触れるなんて禁忌でしかないが、無礼講というものなのだろう。
堅苦しい祭は嫌いだからこのくらいがちょうどいい。
……が、感触は不気味で仕方がない。
十の五
「こちらに来なさい。共に呑み、共に語らうもまた一興」
上機嫌な村人に付いていく。太鼓の音は鳴り響き、どやどやとあちこちから声が湧いている。俺たちを見て挨拶してくれる人もいた。
「歓迎されてる……のか?」
少なくとも、鬼子を見て悲鳴を上げる人間がいないのは確かだ。
「こに、おまつりだいすき!」
小日本はぴょこぴょこと跳ねていた。しかし、俺は素直に喜ぶことができるほど純情ではない。
「そうでずね、わだじもだいずぎ……ずびっ」
「って、泣いてたのかよ鬼子!」
思わずツッコんだが、気持ちは分からなくもない。鬼子、祭に行くことが夢だったもんなあ。
だけどよ、俺たちがこの村に来た理由、忘れたとは言わせないぞ。
鬼祓いに来たんだ。
なのに、鬼が見当たらないなんておかしい。こりゃ一筋縄ではいかないかもな。
「なあ、オヤジさんよ」
「どうなされた」
「最近この村に鬼は出なかったか?」
「鬼? ああ出ましたぞ」
あまりにも素っ気なく言い放つもんだから、軽く聞き流してしまうところだった。
俺の中で緊張がはしる。
「そこにいる、かわいい鬼さんがね」
そう言って、男は一人わっと笑った。
「鬼子のことじゃねーよ!」
「可愛いって、そんな……」
「鬼子も照れるなっ!」
涙で赤くはらした目を細め、鬼子は笑っていた。
こんな笑顔、いつぶりだろう。最低でも俺たちの前じゃ絶対に見せない。
「ねねさま、こに、おどりたい!」
「そうね、踊ってらっしゃい。周りの人に気を付けてね」
「うん!」
二人はすっかり祭の気分に浸ってしまっている。
「しあわせをーおすそわけー」
謎の節を付け小日本はくるくる回る。鈴がりんりん鳴り響くたび、季節外れの桜が散っていた。
「他には見なかったか?」
仕切り直し、村人に尋ねた。
「見ておりませぬ。おかげさまで今年は豊作です。ご覧くだされ、このアワの山を!」
村人は祠の前にある粟の山を自慢げに見せつけた。
しかし、その山は庭園の砂山程度のもので、とてもじゃないが一年を乗り切れるような量ではないし、粒もやせている。
……そもそも、なんで『粟』なんだ。
「オヤジさん、米はどこだよ」
「米? そんなもの作っておりませぬぞ」
「はあ?」
何を言ってやがる。作ってないわけがない。有力者に収めるものは米と定められているんだから。
……そういや、先の収穫祭で越沢村は不作だったのを思い出す。
何が豊作だ。嘘吐き男め。
十の六
「わんこ、見てください!」
「なんだよ」
鬼子に肩を叩かれ、振り向いた矢先、その光景に言葉を失った。
「ぽろぽろふわふわこにっぽーん!」
まるで、演壇の一点に集まる灯火が小日本を照らしているようであった。
そして、そのまばゆい円状の地から、黒い斑が浮き出ていた。
しばし幻想に包まれた舞姫に見とれてしまった。それは俺だけでなく、村人たちも同じだった。
照らされる円状の地面、黒い斑模様……。
そうだ、ここは舞踏場じゃない。現実はそんなきらびやかではなく、もっと残酷だ。
「鬼子! これは鬼の仕業だ!」
ようやく確信が持てた。そもそも森を抜けたときにおかしいと思えなかったのがいけなかった。
「なんで、もう夜になっちまってるんだよ。出発したときはまだ南に陽があったのに、どうして満月が西に傾いてる刻になってんだよ」
暗いのは穢れのせいだ。この村全体を包み込む穢れで夜だと勘違いしていたんだ。
そして穢れを生み出した鬼は先日戦った『影の鬼』のような神様が堕ちて生まれたものではない。
人間の心に棲まう鬼が力を溜めに溜め、村全体を巻き込むまで成長してしまったものだ。
鬼の餌は男の言動、村人の行動からして『嘘』だろう。
すると奴の正体は――、
「心の鬼は月に偽装している!」
「はいっ」
鬼子の目が真っ赤に燃え上がる。薙刀を編み出し、空高くへと跳躍した。
月に模した鬼が、危機を察知したのか、偽装を解き、姿を現した。
嘘月鬼(うそつき)。薄黄の岩石質の球体に二本の角が生えており、目と口を思わせる三ヶ所の窪みがある鬼だ。
心の鬼は鬼子の突きをかわすも、石突で叩き落とされる。そのまま鬼子も着地した。心の鬼が隠していた太陽が姿を見せる。
黒、黒、黒。土も家も人も。黒、黒、黒。
般にゃーですら気付かないほど僅かな邪念がここまで村を蝕んでいたなんて……。
ただ一点、小日本の周りを除いて村は全てが穢れに呑まれてしまっていた。
「こに、邪気祓いお願い!」
体勢を整え、鬼子は再び嘘月鬼との間合いを詰める。
人間どもの悲鳴が湧き立ち、逃げ惑う。ようやく彼ら自身の姿を自覚したようだ。嘘を吐き、人を、自分を騙し続けた結果がこれだ。
「さくら咲け咲けーめばえ咲けぇ」
不穏な気配の漂う中で、小日本だけがいつまでも潔白だった。幼い少女が舞えば舞うほど、周囲の穢れが清められる。
鬼子と心の鬼の戦いは一方的だった。擬態という特性を見る限り、戦いを好まない鬼なのかもしれない。
薙刀の切っ先が嘘月鬼の背を掠る。奴の動きを崩すにはそれで十分すぎた。
「萌え散れ!」
心の鬼に斜めの直線が引かれると、岩石のそれは紅葉を舞い上げ、ずるりと巨体を滑らせた。
裂けた嘘月鬼は委縮し、最終的には消え失せた。
村の穢れも恋の素の舞で祓われ、元の姿を取り戻しつつある。
一件落着、といったところか。
多分、勧善懲悪の物語だったら、ここで話は爽快に幕を閉じるのだろう。
十の七
「おお、お、鬼だ! 鬼だあ!」
俺たちを案内してくれていた村人が奇声を上げ、鬼子を指差した。明らかに恐怖の対象として捉えられていた。
「何言って……あなた、私たちを歓迎するって、言ってましたよね?」
鬼子の瞳に戸惑いの念が窺える。
「嘘だよ! そんなもの、嘘に決まってるではないか!」
村人は目を大きく見開き、口をだらしなく開け、今にも気を失いそうだった。
鬼祓いの姿のままでいる鬼子に気付いた他の村人も悲鳴を上げ、家の中に入ろうとする。
しかしその家の中は穢れに満ちていて、混乱を生み出した。
「不作でもう生きてゆけぬ現実を見たくなくて、我が身に嘘を吐いた。他人に嘘を吐いた。
やがて嘘に嘘を重ね、止むことを知らず……だからといって、村のみんなを巻き込む道理がどこにある?
鬼め、苦しむのはおれだけでよかろうに! 返せ! おれらの村を、返せ!」
心の鬼は人間の負の感情に芽吹く。先の見えない不安や絶望が「嘘」の鬼に成ることだってある。
だから心の鬼を宿した人間を一概に責めることはできない。
でも、
「わたしのおうちをかえして!」
かつん。
鬼子の般若面に小石が当たった。投げたのは小日本ほどの背丈の娘だった。
黒染みの目立つ家に佇み、涙を浮かべた目に迷いはなく、きりりと鬼子を睨んでいる。
慌ててその母と思しき女が娘を庇うように抱きしめる。
心が苦しくなった。
鬼子はきっと、俺の苦しみどころじゃない。
鬼子は薙刀を高天原に収めると踵を返し、無言で森へと足を運びだした。
「二度と来るな! 穢れ者!」
今度は大柄の男が石を投げつけた。こぶし大のそれは鬼子の帯に命中し、彼女は膝を着いた。
「テメ……ッ!」
怒りが込み上げてきた。すぐにでも人間の分際に跳蹴りを喰らわそうと地面を踏む。
「め! わんこおすわり!」
小日本が俺と男の前に立ちはだかった。とっさにしゃがみこんでしまう。
むっと頬をふくらませ、袖を広げる小日本の後ろでひそひそと村人が囁いている。
本当に小さい声だから、人の耳を持つ小日本には聞こえないだろう。
「あの子、鬼に魅入られちゃったのよ」
「憐れな。狛犬様もどうなされたのか」
「凶兆じゃ、凶兆じゃあ」
深くも考えずに言霊はきだしやがって。
俺も言えたもんじゃないから、ここは黙って小日本の手を取った。
「……行こう」
チクショウ。
何が鬼子を守るだ。
石っころから守ってやれることすらできないくせに。
……チクショウ。
十の八
鬼子は腰を押さえながらも、一歩一歩地面を踏み締めていた。
どうして鬼子は、ここまで苦しみ抜くんだ。
身体も精神も傷付き果ててもなお前進をやめることはない。
「もうさ、鬼祓うの、やめようぜ」
分かってる、こんなの責任転嫁でしかないと。
でも、もう耐えきれないんだ。
鬼子のつらそうな顔を見るのが。鬼子のつらそうな顔をひた隠しにする顔を見るのが。
「感謝のかの字もねえしさ、くれるのは石ころばっかりじゃねえか。こんな見返りのないことやったって、意味ねえよ」
こう言うしか救う術の見つからない浅はかな俺をぶん殴ってやりたかった。
「わんこ」
鬼子が口を開く。
「あなたは将来、何になりたいの?」
その口調はやわらかくて、あたたかいものだった。
操り人形じゃない。生身の鬼子の声だった。
「い……一人前の、里山守だよ」
鬼子のようなやさしさを持つ守神になれたらどんなに素晴らしいことか。
そう夢見た俺だが、その意志は折れそうになっている。
里山守ってのはつまり、人間を守る神だ。
俺が守る人間とやらは、果たして守るに値する存在なのか?
「そのために今、何してる?」
鬼子の問いに人間不審の念を一旦隅に置く。
「守になるための……修行だよ」
「私がしてることも同じことよ。こにぽん、畑の邪気も祓っておきましょう」
「うん!」
小日本が畑で舞踏する。
同じこと……。石をぶつけられても、貶されても耐え忍ぶことが修行だっていうのか?
分からん、全く分からん。
「めばえ咲けぇ!」
黒く汚染された土壌が潤い満ちた耕作地に変わる。そしてそのやわらかい土から芽が生え、成長する。
「みんな、ウソつきだったんですね……」
秋の夕暮れ、鬼子が独り言を呟いた。
ああ、そうだな。
鬼子だって嘘吐きだ。俺だって嘘吐きだ。
どうして本音でぶつかり合えないんだろう。どうしてこんな悲しくなるんだろう。
分からん、全く分からん。
唯一分かるのは、俺たちの戦いはこれからも続く、ということだけだった。
きっと、永遠に。
十の九
φ
日本さんたちと出会った翌日、アタシは再び都市へと赴いた。
いや、決めつけないでもらいたい。アタシだって同人誌を買う以外の目的で電車に乗ることだってある。
今日のおでかけの目的は他でもない、日本さんとこにぽんへのプレゼントを買うためだ。
別に地元で買ってもよかったんだけど、質を求めるならば、大きな店へ行ったほうがいい、との判断でだ。
結局お金がなくて安物になっちゃったんだけどね。
帰りの電車を降り、古めかしい時計塔のある駅舎を出ると、空もいい感じの橙色に染まっていた。
駅前の青いイチョウ並木を歩く。
人々で賑わってはいるが、相変わらず道路はボロい。観光で生きてる町なんだから、歩道をもう少し広げてほしいもんだ。
などと詳しくもない地方自治に対して愚痴を思っていると、どこからか聞こえる女の子の泣き声に気付いた。
花の香に誘われる蜂のようにその声の元へと足が進む。
そこには、ボロ生地が重ねられた黒い浴衣の女の子が大声で泣き喚いていた。
青白い肌はどこか不健康で、帯まで届くツインテールの髪はぼさぼさしている。
無意識に日本さんの髪と比べてしまうけど、アレは特殊で、こっちがいわゆる普通の髪だ……と思いたいが、
多分この子の髪はあまり洗われてないと思う。
何より目を惹いたのは、つぎはぎだらけのクマのぬいぐるみだ。
少女はその片手を握りしめているが、首はだらりと垂れ下がり、足は地面を引きずって泥まみれになってしまっている。
街路を行く大人たちは小さなSOSを完全に無視し、通りすぎていく。
そりゃ、仕事は忙しいだろうし蒸し暑い日が続くから面倒事は避けたいってのが常だろうさ。
でも、世間ってのはこれほど冷たいもんなの?
暑いから冷たくしようとかデタラメ考えてるんなら、アタシは世間ってのをぶっ飛ばしてやりたい。
だから、女の子と同じ目線になるようしゃがみこみ、枝毛だらけの髪をそっと撫でてあげた。
「キミ、迷子になっちゃったの?」
できる限りやさしい声で語りかける。ぶっちゃけこういう場面に出くわしたことがないからアドリブ全開だ。
見切り発車というものだろうが、乗り掛かった船ともいう。
「……はい」
陰湿な口調だけど、見た感じの歳にしては礼儀よく返事をしてくれた。今どき珍しい子だなあ。
「お母さんかお父さんはいるの?」
ふるふる、と首を横に振る。一人のようだった。
「おうち、どこだかわかる?」
「大きな神社の近く……」
大きな神社。言うまでもない、祖霊社のあるあの八幡宮だ。
駅からだと歩いて数十分のトコだけど、子どもにとってその距離は国と国を跨ぐような長さになる。
同時に八幡宮はアタシの家の方角でもある。
「じゃあ、お姉さんと一緒に行こうか」
女の子はこくり、と頷くと手を差し伸べた。二人で手を繋ぎ、歩きはじめる。
「ここまで、一人で来ちゃったの?」
「はい」
「どっか、行きたいトコがあったのかな?」
「いいえ、ただちょっとお散歩をしてたら、いつの間にか知らないところまで来てしまったんです」
「そっか……」
二人で歩く大路は、どこかゆったりと時が流れているようだった。
女の子の歩幅で歩いているからかもしれないけど、不思議と懐かしい気分がしていたからなのかもしれない。
185 :
避難所より転載:2011/08/19(金) 01:20:09.07 ID:L+6q05hL
十の十
「あ、そのぬいぐるみ、すごく大事そうにしてるね」
「ワタシの『オトモダチ』ですから……」
ギュ、と玉だらけのぬいぐるみを抱きしめた。
「その子の名前はなんて言うの?」
「名前ですか? 名前は……」
自然と会話が弾んだ。
女の子はおとなしい子だったけど、居心地の悪い空気は感じられなかった。
質問に「わからない」という答えを出さないはっきりした子だからなのかもしれない。
口数は少ないけど、聞き手としての素質があった……なんて評価する立場の人間じゃないけど。
「あ……」
日も暮れ、一番星が見えだす頃合に女の子は立ち止まり、上を向いた。アタシもつられて上を見る。
大きな赤い鳥居が目の前に立っていた。その圧倒的な存在感に言葉を失う。
「おねえさん、ありがとうございました」
ぺこり、と手入れの不届きな長髪を揺らした。
「いやいや……というか、もう暗いし、家の前まで送ろうか?」
「いえ、ここまで来れば大丈夫ですから」
子どものクセに遠慮をわきまえている。十年前のアタシにこの子を見習えと言ってやりたいね。
「あの、名前、教えてくれませんか?」
ぬいぐるみを抱きしめ、女の子が訊いてきた。
初めて向こうから話しかけられたからちょっと驚いたけど、それ以上に嬉しい気持ちの方が強かった。
「アタシ、田中匠。男の子っぽい名前だけど、中身は純情乙女なんだ」
純情乙女と書いてオタクとルビ振ってやってください。
「田中さん……」
女の子は名前を小さく呟き、よれよれのクマのぬいぐるみを差し出した。
「これ、もらってくれますか」
「え、でもそれ、『お友達』なんでしょ?」
こくり、と頷いた。そんなの受け取れるハズない。
「田中さんはお友達だから、きっとワタシの『オトモダチ』も大切にしてくれると思いますから。それに――」
すっと、息を吸う。
「その子を渡しておけば、またいつか会えそうな気がして」
「友達」という言葉を聞いて日本さんにお説教した言葉を思い出した。
一緒にいて、話して、少しずつ相手のことが分かってきてさ、嫌なところを見つけちゃっても、
それでもやっぱり一緒にいてもいいなって思える存在……っていうのかな?
また同じことをこの子に言いそうになったけど、この子に言っても仕方ない。
それにこの子とは随分前から親しくしていたような、そんな気がした。
「……そうだね」
だから、彼女からぬいぐるみを貰うことにした。彼処に修繕痕がある。長いこと一緒にいたことが実感できる。
「それでは、田中さん、また遊びましょう」
そう言って、女の子は手を振り、雑沓へと溶け込んでいった。
……今更だけど、彼女の名前を聞きそびれちゃったな。
でも、根拠もなくまたすぐに会えるような気がしていた。
「あっ」
帰り路を歩こうと思ったそのとき、思いがけぬ忘れものに気が付いた。
わんこのプレゼント、買ってないや。
>>185 転載乙。・・・でも、まとめる人が後で歌麻呂さんの作品を抽出しやすいように
どこかに「歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg」を入れればもっといいんじゃないかな?
嘘月鬼・・・ほんの一時とはいえ、鬼子を喜ばせたと見るべきか、それとも上げて落としたと見るべきか・・・・
破滅するまで現実逃避させる鬼・・・恐ろしすぎる。
あと、にげてー田中さんにげてー
はんにゃーが神代クラスになってる Σ(゚д゚ ) いったい、実年齢はいくつなん・・・・あ、はーい。誰だろ。宅配便かな?
>>186 嘘月鬼、登場させるのかなりビクビクしました。
まあこんな感じで、これからも私なりの心の鬼を
いくつか登場させていきたいと思います。
そうそう、般にゃーの年齢はですn……おや、庭が騒がしいぞ?
>>175-185 むむむ?人間は、鬼のことや鬼子のことをどう認識してるのかしら。
自分の心が鬼を生むことがある(今回なら自分の嘘が嘘月鬼を生んだ)と分かってるのかな?
鬼子が人に仇なした鬼と戦っている姿を見てなお、鬼子が直接的な災いの元だと思うのかな?
(形だけの感謝さえなく、すぐに石を投げて追い出そうとするほどに)
鬼同士の共食いとでも思っているのか、それとも「鬼」全体に対する怒りの八つ当たりなのか…。
読解力がなくてすみません…。
そういえば、小日本は武器だけは代表デザインと違うんですね。
たしかに穢れを祓うのが彼女の能力だとすれば、鈴だけで充分かな。
わんこがそのまま背負ってるから、帯の真後ろにでもつけるのかな?かわええのう。
わーたんが礼儀正しい女の子でびっくりです。こういうのもいいね!
田中さんは、鬼子の家に行ったから、わーたんが「見えちゃった」のかな。
あ、おうちが神社の近くにあるってことは、その辺に天魔党のアジトでもあるのかしら?わくわく。
小日本のスポットライトから穢れが判明するところの描写、最初はうまくイメージできなかったけど、
二度目に読んだときは、なんて鮮やかな映像なんだろうとはっとしました。
あと、
「アマテラスサマが仰ってたことを考えると、肺臓に穴が空きそうになる。」
この憂鬱と悲しみの感じ方が、誇り高い般ニャーらしくて好きです。
>>188 おそらく、「自らの心から生まれた鬼」は認識してないと思われ。誰だって自分の醜い部分は直視したくないもの。
そんな時、目の前に異形の娘が居る。こんなに攻撃しやすい対象はないとおもわれ。
これがゴツいオッサン鬼でバカでかい金棒をもってる異形の鬼だったら逃げ惑うだけだったろうな。
旅行から帰ってきました。
>>188 >>189 感想・解説ありがとうございます。
作中の謎は作中内で明らかにさせていこうと思いますが、ちょっと伝わらなかった部分があったようなので、
補足を兼ねて今までの「鬼」についてのおさらいをば。
>人間は、鬼のことや鬼子のことをどう認識してるのかしら。
鬼子さんたちのいる世界の人間は
「心の鬼」「序に登場するいわゆる『黒い鬼』のような神が穢されて生まれた鬼」「鬼子さんや小日本」を
すべて同一の「鬼」として認識しているようです。
序の農夫、三話の村人や村人の男の反応を見ると、どれも同じような言動をとっています。
「ある人々は(中略)叫んで逃げまどい、またある人々は(中略)怒鳴り喚く。(中略)気の狂った人を目の当たりにすることもある。(序、二の二)」
という鬼子さんの語りと、わんこの「叫ぶか、嘆くか、狂い笑うか……(三話、十の四)」という語りから察するに、
やはり「人間はどの鬼も同じ『鬼』として見なしている」と鬼子さんたちは認識していることが伺えます。
>自分の心が鬼を生むことがある(今回なら自分の嘘が嘘月鬼を生んだ)と分かってるのかな?
一話で田中さんが「おかしい。何かがおかしい。でもその原因がわからない。(九の一)」と述べているように、
感情(または理性)の暴走に違和感は感じるが、それが心の鬼であることには気付いていないみたいです。
憑かれたほうとしては、なんか変だけど自制がきかない……という心情ですかね。
>鬼子が人に仇なした鬼と戦っている姿を見てなお、鬼子が直接的な災いの元だと思うのかな?
思っている可能性が高いです。
無論鬼子さんを見直す人もいるでしょうが、大半の人間が「心の鬼」「神が堕落した鬼」「鬼子さん」を同一視しているため、
鬼子さんも災いの象徴として見なしているようです。
>鬼同士の共食いとでも思っているのか、それとも「鬼」全体に対する怒りの八つ当たりなのか…。
「そもそも、鬼は集団行動の出来ない問題児ってのがわたしたちの通説だった。互いにいがみ合い、殺し合い、本能の赴くままにふらふらして落ち着かない。(三話、十の三)」
般にゃーの認識は神さまもそうですが、人間や鬼子さんたちもそういう認識だと推察されます。
とりあえずこれは「補足」です。読者さんの「解釈」の手助けになれたら幸いです。
作者自ら物語の「解説」をするのは最大のネタバレになると思いますんで、そういうことは作中内でほのめかしていきたいと思ってます。
何か疑問になる部分がございましたらぜひ書きこんでください。
「補足」出来るところはしますし、補足できないところもこれからのストーリーに役立てられますんで。
>>188さん
>>189さんの意見、大変参考になりました、というか、ごちそうさまでしたw
>>189>>190 説明ありがとうございます!
たしかに、自分の心の鬼なんて、無意識に気づくまいとしてそうですもんね。
鬼子ちゃんは下手に具体的で可憐なだけに、スケープゴートとして攻撃されちゃいがちなのかな…。
鬼子や小日本が鬼を退治したり穢れを祓ったりしてるのに犯人扱いされることとか、
「十の七」での村人の言ったことの意味とかがよく分からなかったんですが、
おかげですっきりしました。
今回の事件では、村人たちは嘘月鬼に憑かれていたので、
鬼の存在も穢れに包まれていることも認識していなかったんですね。
嘘月鬼が倒されたことによって、初めて穢れを認識した。
ちょうどそこに鬼の一種である鬼子がいた。
だから、混乱の中で穢れと鬼子を結びつけてしまった。
(鬼子に対し「歓迎する」と言ったせいで、鬼子が家の中を穢したと思った)
嘘月鬼…厄介で恐ろしい鬼ですね。
あ、嘘月鬼がというより、心の鬼一般でそうなりそう…。
心の鬼を祓うって、本人に心の鬼を認識させない限り、逆恨みされる危険があるのか。
かといって、本人は頑として気づこうとしないかもしれないし、
本人の心の安定のためには心の鬼を見せないほうがいいことだってあるもんね…。
鬼子ちゃんが優しいほど傷つく。
うわー因果な仕事だ…。
鬼が絡んだ話って『結局、一番恐ろしいのは人間でした』で決着するのが王道なんだよね・・・個体レベルでは鬼には敵わないんだけど・・・
いつだったか、「鬼切丸」ってマンガでも主人公の鬼が「だから鬼は人間にはかなわないんだよ」みたいな事いって完結したような・・・?
その時はある人間が愛する人を救う為に自ら命を捨てた事に対して「理解できない」といった鬼(一応人間の味方)に返した返事だったかな?
194 :
索引的なもの:2011/08/25(木) 00:13:37.55 ID:8u0oizeD
>>194 まとめ乙です。
これがあると解り易くていい。
【編纂】日本鬼子さん四「日本さんがかわいいから」
八の一
「ひっのもっとさーん、あっそびーましょー、石っこ手合わせいっただっきまーす」
さすがに『いただきます』の合言葉だけだと不憫だから序詞的なものを付けて紛らわしてみた。
相変わらず吐き気を催す急上昇な移動だけど、紅葉林の涼しい気候に心が安らいだ。
アタシたちの世界じゃ夜でも三十度越えが続いてるけど、こっちは半袖だとちょっと肌寒く感じるくらいだ。
……紅葉の季節って、もっと寒かったような気がする。気候や環境が根本から違うのかもしれない。
「あら、人間のお客様なんて何百年振りかしら」
凛とした艶めかしい女性の声が出迎えてくれる。知らぬ間に、眼鏡と藤色の振袖の似合う女性が佇んでいた。
美しい銀髪の頭に猫耳がついている。うん、多分コスプレじゃないね、こっちの世界の化け猫さんなんだろうね。
……ん? 化け猫?
「えと、あなたは?」
口走っちゃったけど、アタシはこの人の名前を知っているような気がする。
「猫又よ。般にゃー、とみんなから呼ばれてるわ」
般にゃー。
アタシの直感は当たった。あの恐るべき般にゃーが目の前にいる。着物から二つに分かれた尻尾があった。
すみません般にゃーさん、あなたと会うまで、恐ろしい怪物か何かと勘違いしてました。
百聞は一見に如かずっていうか、アタシたちの世界の定規でこっちの世界の物事を測っちゃいけないみたいだ。
さて、日本さんはどこにいるんだろう。
「鬼子なら小屋にいるわ。いってらっしゃい」
一瞬心を読まれたような気がしたけど、アタシがこの世界に来る用事なんて日本さんくらいしかない。
「般にゃーさんは一緒に来ないんすか?」
「呼び捨てでいいわよ。敬語も堅っ苦しいからナシで。ほら、行きなさい。今から一服するんだから」
なんというか、テキトーな猫又さん……猫又だ。
胸元からキセルを取りだす様が実にエロチックだった。
とにかく……日本さんから聞いた通り、きまぐれな人(猫又?)だってことは分かった。
自分勝手というか、自由奔放っていうか、うん、ある意味猫みたいな性格だわ。
「ひっのもっとさーん、あっそびーましょー」
玄関の前で、小学坊主よろしく声を上げる。するとすぐに中が慌ただしくなる。
ドタバタって音、初めて聞いた。マンガの世界に入り込んでしまったような錯覚がする。
ぴしゃり、と引き戸が開かれる。見えたのは角ではなく、不機嫌そうにぴくぴく動くわんこの耳だった。
「何しに来た、人間」
その口振りは耳以上に不機嫌なものだった。
「何しにって、日本さんと遊びに行こうかなって」
「鬼子はいない。帰れ」
わんこの気迫に押され、思わず帰ってしまいそうになる。
「何言ってるの、わんこ」
日本さんが土間に下りてきた。慌てて雪駄を履いたようで、カラコロと三和土(たたき)を蹴っていた。
わんこは舌打ちをし、日本さんに玄関を譲った。
「いらしてくれたんですね!」
わんことは裏腹に嬉しそうに出迎えてくれる。尻尾があったら全力で左右に振ってると思う。
「えと、お茶淹れますから。上がって待ってて下さい」
「あ、今日はそのために来たんじゃなくて――」
既に片足を床に踏み入れている日本さんを呼び止める。
「もし用事がなかったらさ、アタシんトコの世界の紹介がてら、買い物とかどう……かな? お金はアタシが出すし」
そのために親からムリ言ってお小遣いを前借りした。この夏はバイトやんないとダメかもしれないなあ。
日本さんの瞳が輝きだすも、すぐにかげってしまう。何か心に残ってるものがあるみたいだった。
八の二
「あの、待ってください。般にゃー、ちょっと来てくださいますか!」
紅葉石の埋まる巨木に背を預ける般にゃーを呼ぶ。彼女の耳がかすかに動いたけど、般にゃーは気ままに煙をふかしていた。
「もう、般にゃーさん、たばこなんて吸ってないで早く来てください!」
うん、マイペースにもほどがある。帯に吊るした灰吹にタバコを落とすと、ようやく歩きだした。
「なに?」
明らかに不満げだ。わんこを絶する不機嫌ぶりだ。
大人の光沢を持つ般にゃーだけど、こういうところはちょっと子どもっぽい感じがする。
「あの、今日田中さんと一緒に向こうの世界に行ってもいいですか?」
「勝手にすればいいじゃない」
TASさんも驚きの即答っぷりだ。
「行くならこにぽんも連れてってやりなさい」
そう付け足し、般にゃーは猫又に姿を変え、縁側へ行ってしまった。
なるほど、猫又んときは顔が般若になるのか。
「こに! お出かけですよ! お出かけ!」
日本さんが珍しくはしゃいで居間へと上がっていった。よっぽど嬉しいみたいだ。
「……って、俺留守番かよ!」
わんこが一人嘆いていた。
「アレ? 女の子三人とデートしたかったの?」
「デ……! ち、ちげーし! 誰が人間の分際と一緒に人間の世界をうろつくかよ!」
思った通りの反応が返ってくる。やっぱわんこはいじりやすい典型だな。
「日本さんとこにぽんだけならよかったの?」
「そ、そうじゃねえよ。人間は嘘吐きだから、鬼子たちが騙されるんじゃねーかと心配なだけだ! お前がいなきゃ万事解決なんだよ!」
うん、ならなおさらデートに付いてったほうがいい気がするけどスルーしてあげよう。
「田中さん田中さん、あの、どちらの着物で行けばいいですかっ?」
「こにのも選んでー!」
鬼子さんは、マツケンがサンバしちゃいそうな黄金にきらめく和装と、総重量ン十キロはあろう十二単を持っていた。
こにぽんはこにぽんで、一方は桜色の浴衣で、もう一方も桜色の浴衣だった。ぶっちゃけ違いの識別できない。
「あの……いつも通りでいいからさ」
『はいっ!』
二人は声を合わせて頷いた。二人の輝かしい笑顔に苦笑するしかなかった。
「あ、そうそう、これ渡すの忘れてた」
昨日買った贈り物を日本さんとこにぽんに渡す。
「……麦わら帽子?」
「うん、着物に合うのって何かなーって思ったんだけど……」
女性着物に帽子の装備は原則的にないけど、二人の素朴で純然とした日本さんとこにぽんを思うと、
このアクセサリーは十二分に合うと思う。本当はクローシュとかキャスケットとか買いたかったんだけど、
当時お金がなかったから仕方がない。なら都市に出ないで地元で済ませればよかったじゃないか、と今でも思っている。
「あ、わんこくんのプレゼントはないよ?」
「わかってるよチクショウ!」
言い返してくるわんこにいじられの神だってことを自覚してるみたいだった。
「あ、でも紅葉饅頭のお返しに、なんかお土産に買ってきてあげよう」
「は?」
「サブレーがいい? それとも渋めに畳イワシとかどうよ?」
「知らねえよ!」
と口先では反抗しているものの、尻尾はぶんぶん振っている。まったく、かわいすぎて困っちゃうね。
「ほら、日本さんも――」
日本さんの手を握ってやった。
「泣いてないでさ、ほら、今日は思いっきり楽しもうよ」
「はい……ずびばぜん……」
帽子をあげただけでこんなになるとは、正直予想してなかった。
八の三
「あれ、あれはなんですか!」
八幡宮の鳥居を前にして日本さんが興奮気味に尋ねてきた。
「へんなのー!」
こにぽんも嬉しそうにはしゃいでいる。
「ただの車だよ」
当然だけど、アタシが向こうの世界の常識を知らないように、日本さんたちもこっちの世界の常識を知らない。
「馬や牛はいないのに、どうやって引っ張ってるんですか?」
「あー、科学の集大成的な?」
ごめん、アタシの知識じゃ説明しきれないよ……。
まあそんなわけで、日本さんとこにぽんとウィンドウショッピングを楽しんだ。せんべいやタイヤキを一緒に食べたりした。
今は店の庇に設けられたベンチに腰を下ろし、小休憩がてらアイスクリームをなめている。
さっきから食べてばっかいるのはこにぽんのおねだりによるものだ。
日本さんは「すみませんわがままな子でして」と謝り倒してたけど、まあルイヴィトンをねだられているわけではないし、
三人分のお金で小腹も満たされて、さらにこにぽんの笑顔が買えるってんなら安いものだ。
「つめたくておいしいね!」
「もう、ほっぺた付けちゃって」
呆れながらもこにぽんの世話をする日本さんも見られて安らげる。一石三鳥じゃないか! もうおつりが来ちゃうくらいお得だよ。
「こにね、おだんご食べるー!」
アイスを食べ終えたこにぽんは意気込み、立ち上がった。
「もう、食いしんぼうなんだから。すみません、田中さん、こにったら……」
「元気で何よりじゃない」
お団子くらいわけない。ま、次の野口で財布中隊所属野口分隊全滅のお知らせなんですけどね。
アタシたちは再び歩き出す。背丈の大きな松の並木を左手に、アブラゼミの不協和音と歩道から放出される熱気を浴びながら、
日本さんと雑談に興じていた。暑いね、から始まり、向こうの世界の夏もこのくらい暑いのかとか、着物って暑そうだよねとか、
そういうヤマもなければオチもない、でも充実したひと時を送った。
ただ、日本さんは終始そわそわしていて落ち着きがなかった。
「田中さん、なんか私たち、じろじろ見られてる気がするんですけど」
言われてみれば、確かにすれ違う人たちがほんの一瞬だけこちらに視線を移している。
正確に言うと、みんな日本さんのことをチラ見していた。
「もしかして、こにや私が鬼だってこと、気付かれてるんじゃないでしょうか……」
日本さんは麦わら帽子を目深にかぶり、アタシの後ろに隠れてしまった。こにぽんも真似して日本さんの腰元にぴたりとついた。
鬼子さんの言動に半ば呆れ、半ば和んだ。
「そんなわけないって。日本さんがかわいいから、みんな一目見ちゃうんだよ」
そう言うと日本さんの後ろからぴょこりとこにぽんが顔を覗かせた。
「こにもかわいい?」
「あたぼうよ。かわいすぎて、にぎにぎぎゅうぎゅうしたくなっちゃうよ」
こんなかわいい子がこの世界にいるわけがない。向こうの世界で慈しまれたからこそ誕生した奇跡の子だ。
あわよくば自分の妹にしちゃいたい。
「……わ、私のこと、本当に可愛いって思ってくれてるんですか? ウソじゃ、ありませんよね?」
一方日本さんからはまさかの念押しをされた。日本さんがナルシスとでないことくらい知ってる。
なら、どうしてこんなことを言ったんだ?
……そんなの、決まってる。
「日本さんがどう思ってるかは知らないけどさ」
一呼吸おいて、アタシはそう切り出した。
「もっと自分に自信持ってもいいと思うよ」
八の四
「でも……」
躊躇する日本さんはやっぱり日本さんらしくなかった。
「だってさ、アタシの中にいた鬼、祓ってくれたじゃん。それきっと、すごいことだと思うよ」
まるでガラスの針に触れるようにおそるおそるモノゴトに触れながらも、
決して立ち止まらずに歩き続けるのが、アタシの中の彼女だった。
「だからってさ」
日本さんの手を、そっと握りしめた。
「一人で全部抱え込まなくたって、いいんじゃない?」
ヤイカガシの言ってたことがよぎる。
――ぼくには鬼子さんの隣に立つことはできなかったけど、きっと田中さんなら並んで歩けると思う。
ヤイカガシは日本さんの荷を負いきれなかったのかもしれない。神さまであるヤイカガシですら。
いつから鬼を祓い続けているのは分かんないけど、今に至るまでずっと、日本さんはたった一人で志を守り抜いていたんだ。
その途方もない力の源は、一体何なのか。その源は今もなお枯れずに湧いているのか。
「だから、アタシも何か力になれたらなーって思ってたりしちゃうワケですよ」
その「何か」がなんなんのか、自分でも分からない。
というか、それが分からなかったから、ヤイカガシも鬼子さんを支えることができずに終わってしまったんだと思う。
「田中さんて、人の心を読む能力、持ってますよね?」
「ないないないない、なにその中二病設定」
「……チューニビョーセッテー?」
「うんごめん、なんでもないんだ」
沈黙が続いた。夏ってのはセミの鳴き声みたいにどこまでも続いているようで、入道雲は日射しを受けて濃淡を作っていた。
アイスなんて舐めても涼しくなれるわけないのに、どうして人はアイスを舐め続けるのだろう。
「私、田中さんと出会えただけで嬉しんです」
アイス論が茹だる頭で展開されかけたそのとき、日本さんが小さな声を漏らした。
「そんなこと言ってくださる人、他にいませんでしたから」
ヤイカガシ、君は日本さんのために何をしたんだ。カウント入れられてないぞ。
「もし田中さんと会ってなかったら、私、心が折れてました」
「そんな、大ゲサだよ」
うん、大ゲサだ。アタシは神か仏か何かか。
「いいえ。田中さんがいてくれるだけで、私たちは本当に救われてるんですよ。ね、こにぽん」
「うん!」
と、こにぽんが大きく頷いた。そこまでリアクションを取られると、もう日本さんの言葉を信じるしかないような気がする。
「あ、おだんごー!」
こにぽんが髪を揺らす。その先には明治四年創業と謳われた老舗和菓子店があった。
こにぽんの眼がきらきらと輝きだし、アタシたちを置いて駆けだした。
「あ、こにぽん待って! 急ぐと危な――」
「ひゃあ!」
時すでに遅し。走るこにぽんがケータイを操りながら歩く壮年男性にぶつかってしまった。
「いてえな、このガキが」
口、悪いな……。
というか、児童レベルの子に接する態度じゃない。
「ご、ごめんな、さい」
こにぽんはすっかり怯えきってしまった。
「君、保護者どこ?」
「ごめんなさい……」
「いいから保護者どこ?」
無感情の事務的な冷たさがアタシにまで伝わる。うん、こいつはトラウマできるね。
八の五
「私が保護者です」
こにぽんの両肩に手を添え、日本さんは果敢にも壮年を見遣った。アタシは普段の慣習から一歩も動けずにいた。
「あのさあ、ガキが騒がしいとさあ、周りが迷惑になるんだわ」
最近の親はよお、なんにも分かってねえんだよな、視野が狭いっつーのうんぬんかんぬん。
ケータイをぶらぶらさせたり、間延びした口調でぼやいたりするのはわざと怒りを買うようにしているのだろう。
「親がガキなら子もガキガキガキ。こいつぁ日本も終わりだな」
「すみません」
「あーあーあーあー、謝ることしか能がねーとか。ったく、これだからガキはよお」
うわあ、大人げない。こりゃ嫌な人とぶつかっちゃったな。
というか、こにぽんのやわらかタックル喰らっただけで激怒する人もいるんだな。世間って広いよ。アタシだったらご褒美なのに。
「あの、本当にすみませんでした」
歩く人たちは中年の怒鳴り声に反応して一瞥するけど、心持ちはみんな同じで、
完全にモブキャラとか、通行人ABCD……として舞台の袖へと去っていった。浦島太郎も電車男もいやしない。
そりゃ自分だってこの場をスルーしたい。面倒事は極力避けるのが現代人の生きる知恵だし、アタシは主人公って役じゃないもん。
でも、日本さんはこういうトラブルの対処なんて何一つとして分かっちゃいないと思う。
「あの、私、何でもしますから!」
言わんこっちゃない。そんなこと言ったら奴の思うツボじゃないか! 中年オヤジはにやりと片側の口角を上げた。
こういうガラじゃないけど、致し方ない。
「ケータイいじりながら道歩いてる誰かさんも、能がないような気がするんだよなー」
だから、聞えよがしに独り言をぼやいてみせた。
「……あン?」
案の定、矛先がこっちに向けられた。
「お前、何こいつの肩持っちゃってんの?」
あらまあ視野がお狭いようで。
恐縮にございますが、事が起こる前からこの場におりました田中匠、そこにいる二人の友達でございます。
うん、思った以上に喰いついてくれた。
「つーかさー、最近イラついてんだわ。ウゼー上司とウゼーバイトにサンドイッチされちゃってんの。
おまけに今日はウゼー親子とウゼーゆとりだよ。マジでなんなの? ふざけんのも大概にしろよテメエ!」
ギャ、逆ギレかよ! いきなり唾飛ばしながら怒鳴られたよ! マジでなんなのはこっちのセリフだよ!
こりゃもう戦略的撤退が最善というか、それしか残ってないように思われる。
「日本さん、こにぽん」
二人にだけ聞こえるよう囁き、彼女らの手を取る。
そして、一目散に逃げ――られなかった。
キレオヤジに押さえられたワケじゃない。日本さんの動かざること山のごとし。紅の着物を着た彼女が動じなかったんだ。
「これは心の鬼の仕業です」
「え、ちょ、こんな人、どこにだっているじゃん!」
何をどう思ってそう決定されたんだよ。ワケが分かんないよ!
「こに、田中さんをお願いします」
「はい!」
しかも、アタシは守られる側かい! こんなちっこい子に守られるなんて思わなかった。
いや、まあ戦いの経験があるんだろうから……って、それつまりこにぽんも日本さんと一緒に鬼と戦ってるってことなの?
「こそこそ話しやがって。いい加減にしろよ!」
顔面真赤にさせてほざく男に、鬼子さんは般若のお面を自らの顔にかざした。
あのときと同じだ。アタシの心に鬼が宿ってしまった、あのときと。
男が悶絶する。当時のアタシと同様に、胸を押さえ一歩、二歩と後ずさる。そして彼に憑いていた心の鬼が離脱した。
八の六
「キテマス! キテマス!」
うわ、なんか元郵便局員で手品とかやっちゃいそうな黒ずくめサングラスの芸名が本名の逆さ読みしてそうな心の鬼が出たよ!
なにこの第二のユンゲラー事件勃発させる気満々の鬼は! 唯一の違いはおでこから飛び出た二つの角だけだよ!
つか、心の鬼ってどこか抜けてるところあるよね。まだ二体しか見てないから確信めいたことは分からんけど。
「日本さん! 早くやらないと色々ヤバいよ!」
このままじゃあ、色んな意味で消されるぞ! と思って彼女の背中に声援を送った。
すると日本さんは――日本さんはなんと、敵に背を向け、目を大きく見開いてアタシを見た。
「しまった」と顔に書いてある。
「キテマスッ!」
鬼の手から『怒』の字の刻まれたハンドパワー、もとい波動弾が発射された。
背を向ける日本さんに直撃する直前、光弾は鈴の音と共に桜の花びらとなって散った。
「えへへー」
こにぽんがにこりと笑い、手に持つ鈴をりりんと揺らした。こにぽんが守ってくれたのか?
奇想天外の連続に頭の整理が追い付かない。
「おい、見ろよあれ」「なんだ、特撮か?」「3Dもここまで来たか……」「チゲーよ、イリュージョンだよ」「修羅場なう」
ざわめきがざわめきを呼び、外野が騒がしくなる。いまやアタシたちの半径二十メートルに野次馬たちの輪ができていた。
なあ観客さん、これ冗談でなく危ないと思いますよ……?
「日本さん、さっきの攻撃、喰らったらどうなんの?」
心の鬼がハンドにパワーを溜めている。けど日本さんはアタシたちの前に立ち、奴を睨みつけるだけで薙刀を出そうとはしなかった。
「怪我はしないと思いますが、鬼の性質上、怒りっぽくなると思います」
「それヤバいじゃないっすか!」
うん、あの攻撃を『反対に怒りだす力』という意味を込めて反怒(ハンド)パワーと命名しよう。
そんであの鬼の名前はその姿と台詞と反怒パワーを手から発射するから鬼手枡(きてます)にしようか。
って、そんなのんきでいられるか!
「日本さん! どうして戦ってくれないのさ!」
心の鬼が再び攻撃をするも、こにぽんのチートな謎防御によって無力化される。鈴を持つこにぽんの額から汗が滲んでいる。
暑さのせいもあるだろうが、結界みたいのを作るのに何らかの力を使うのは間違いないだろう。
こんな消耗戦じゃきっと勝てっこない。
「キテマス!」
「……いんです」
鬼手枡の一撃で日本さんの言葉が掻き消されてしまった。
「え?」
長い髪をなびかせ、彼女は振り返った。
「怖いんです! 私の中成に……戦う姿になったのを見たら、田中さんきっと怖がります!」
それは、意外な答えだった。
「私は、人間じゃないんです。異形の存在です。
その違いを知ってしまったら、きっともう今までのように私を見ることなんて、できないです」
日本さんは鬼の子だ。今は帽子をかぶってるから見えないけど、その中には確かに鬼手枡の角と同じものがある。
鬼ってのは人を襲い、苦しませ、痛みつける。そういう恐るべき姿、人間を苦しませるあらゆるものを具現化した存在だ。
般にゃーを般若姿のOLだと勘違いしたように、戦う姿の日本さんを恐怖の対象として見てしまうかもしれない。
それでも、アタシは――
「なーんだ、そんなこと気にしてたの?」
そうやって、暗雲を笑って吹っ飛ばすことができた。
八の七
波動が注ぐ中、アタシは妙に落ち着いていられた。
いつこにぽんが限界に来るかもわからないのに、どうしてこう穏やかにいられるんだろう。
「簡単に言わないでください! 私は、私は――」
「かわいいなあ、日本さんってば」
「えっ……」
自ずと口から出てきた「かわいい」という一言だったけど、
それはたぶん、日本さんにとってはずっとずっと大きな意味を持っていたんだと、あとで思った。
「じゃあさ、なんで鬼からアタシを救ってくれたのさ」
「そ、それは田中さんが脅したから」
そうだったっけ? でも今は当時を振り返る必要なんてない。
「アタシはさ、人の見方って変わっていいと思うんだ」
日本さんの「中成」とやらの姿を見て、日本さんの印象がプラスになるのかマイナスになるのか、
もしくはゼロのまんま変わんないのかなんて、分かりっこない。
「極悪非道だと思ってた悪者がさ、実はめちゃくちゃいい奴で、株が急上昇ってこと、よくあるじゃん?
そういうバトルもん、アタシにとっちゃあご馳走っすよ」
多分こんな話をしたって日本さんの頭上にハテナマークが浮かぶだけで終わりだろう。でも人と人の関係って、そーゆーもんでしょ。
第一印象から二転三転四転するのが当たり前なんだよ。衝撃が来て、動揺して、それから少しずつ消化して……。
そういうのを経て、親友になれたらいいな――なんてね。
「あの、私ってやっぱり極悪非道に見えますか?」
「いやいやいやいや! 違う、違うって! 例えだからね、例え!」
うん、説教じみたこと言うからこうなるんだ。
「とにかく、アタシはキャラに深みが増していくのは素晴らしいことだと思うわけ。
日本さんにとっては見せたくないことでも、アタシにとっては新鮮で、カッコいいことに見えるかもしれないじゃん。それとも――」
反怒パワーが炸裂し、花びらになる。
「ねねさま、もう疲れちゃったよぅ」
こにぽんの声。
アタシはちょっとだけいたずらっぽく笑ってみせた。
「日本さんが退治してくれるのは、アタシに憑いた心の鬼限定なのかな?」
「……私が助けるのは」
大風が吹き荒れ、どこからともなく紅葉が舞い上がる。本能的な恐怖に鳥肌が総立ちになった。
日本さんの角が伸び、麦わら帽子を八つ裂きにする。さよなら、アタシの二九八○円。
風に躍る紅葉が集約し、まがまがしい薙刀が姿を現した。
そして、日本さんは隈取の内に燃やす紅の眼差しをちらりと向け、言った。
「鬼たちに苦しむ、人々です!」
日本鬼子は、風を薙いで地面を蹴った。物理法則無視の初速度。
「キテマス!」
鬼手枡の波動を両断すると、それは紅の葉となり舞い上がる。野次馬たちの拍手が大いに湧きおこる。
日本さんはそのまま心の鬼との間合いを詰め――
「萌え散れ!」
まるで居合演舞を見ているようだった。鬼手枡にはメの字の斬れ込みがなされていた。
血振りをし、石突でアスファルトを叩くと、心の鬼は数多の紅葉に生まれ変わり、上昇気流に乗って大空へと消えた。
通行人たちのテンションは最高潮に達し、英雄日本鬼子の元へと駆けだした。
アタシたちにとって、鬼の角は単なる装飾に過ぎなかった。
「カッコいい……」
心の言葉が洩れ出る。日本さんの戸惑いぶりを見ながら苦笑し、アタシも日本さんの元へと駆け寄った。
八の八
「田中さん、今日、本当に楽しかったです」
別れ際の祖霊社で、日本さんはまだ興奮冷めやまぬといった様子だった一方、こにぽんはくたくたに疲れ果てており、
日本さんの背で寝息を立てている。アタシたちを懸命に守ってくれたんだ。今日のMVPはこの隠れた英雄さんに渡したい。
あのあと野次馬の収集を付けるのに結構な時間がかかってしまった。
特に日本さんへの質問責め(手品のタネを教えろが大半)に苦労した。
アタシの言い訳スキルが足りなかったら日付が変わってたと思う。警察事にもならず、日暮れ前に済ませられたのは奇跡といえよう。
それから鬼手枡に憑かれたあの中年男性が全力で謝りにきた。
今回の騒動は職場の人間関係にイライラを糧に心の鬼が育ち、暴走した結果会社をクビにされた矢先の出来事だったようだ。
団子をたくさん買ってくれ、平謝りをしまくってたけど、
心の鬼に憑かれた経験のあるアタシとしては、彼に何かしてあげたい衝動に駆られていた。
心の鬼は人生をかるーく台無しにさせる力がある。
全ての鬼がそうじゃないとは思うけど、一般的にイメージするような金棒持ってブンブン振り回す鬼なんかよりずっと残酷極まりない。
彼が最後に言った言葉を思い出す。
「色々事情があるようだから、君たちのことについては何も訊かないよ。
でも、これだけは言わせてくれ。君たちのこと、絶対に忘れない。ありがとう」
何もしてないアタシですらグッとくるものがあったんだから、日本さんはもっとずっと心を揺れ動かされたに違いない。
大粒の涙をぼろぼろと流し、日本さんは子どもみたいにしゃくりあげ、おぼつかない言葉遣いで、
「私こそ、これ以上嬉しいことはありません」と言った。
「あの、あの! また来ていいですか?」
それからずっとこの調子だ。
アタシが日本さんトコの世界を気に入ったように、日本さんもこの世界を気に入ってくれたみたいだった。
「いつでもおいでよ。今度はおごれないと思うけど」
「大丈夫です。心の鬼、たくさん祓いましょう!」
好戦的すぎるぜ、日本さん!
そうして、また会う約束をした日本さんとこにぽんは元の世界へと戻っていった。
すごく疲れたけど、心は満ち足りていた。
でもね、これで ハッピーエンドじゃないんだ。それどころか、エピソード・ワンはまだ始まってすらいない。
アタシはただ浮かれてただけだった。
日本さんの弾けるような笑顔はアタシが作ってやったんだぞって、きっと心のどこかで思ってたんだろうね。
まだアタシは日本さんの身にまとわりついて離れない、悲しい宿命ってのを知らなかったんだ。
だって、アタシはまだ日本さんのこと、ちっとも知らないんだから。
ただの人間。
日本さんを見知ってるただの人間という立場に、変わりはなかった。
>>194 索引お疲れ様です。
これからもっともっと鬼子さんの世界が深まっていったらいいですね。
wwww慶事に金色のキモノwwwやっぱりキタwwwwてか、よりにもよって今回の心の鬼はコレかよ!
「キテマス!」
「クンナ!」
毎度毎度、ありがとうございます……励みの言葉って格別ですよ。
本当に嬉しいです。こればっかしはどんな言葉を用いても表しきれません。
>>206 これをなしに鬼子さんは描けまい、というわけでリスペクトさせていただきました。
毎回心の鬼はwikiから適当に漁って、魅かれたものをチョイスしています。
しかし、心の鬼やら鬼子いろは歌留多やら、wikiはインスピレーション・ファームですよ、ええ。
>>207 >>208 「だが断る! 反怒パワー!」
>>202 田中サン、相変わらずのメタ発言w ホントにただの一般人か?そのウチ直至の魔眼とか開眼しないだろうなw
直至の魔眼:元ネタを直接見通す能力。世界を終わらせる魔王・チョサクケーンを呼び寄せる危険を孕む。
>>211 お疲れ様です。
次スレ、次々スレのほうの整備もありがとうございます。
>>210 直至の魔眼w
開眼させられるようにがんばりm(ry
意地でも月曜日に【編纂】の五話を投下したいのですが、
現状ではなんとも言えませんね……。
今日中に初稿が仕上がったら安心なんですが。
>>212 >開眼させられるようにがんばりm(ry
ダメー!開眼させちゃだめーーー!!
謳はれる UTAU鬼子の 歌の音に 歌麻呂魅入る 歌へざるほど
【訳】うああああ、やべえええ、もう何も考えられないよ!
お久しぶりです、UTAU鬼子のCDを求めはるばる池袋まで行ってきました、歌麻呂です。
その場で歌を作ろうと思ったんですが、それどころじゃありませんでした。
えー、お知らせが三つあります。
まず、前回26日(金)に更新した「【編纂】日本鬼子さん四」の誤字についてです。
冒頭
「ひっのもっとさーん、あっそびーましょー、石っこ手合わせいっただっきまーす」
さすがに『いただきます』の合言葉だけだと不憫だから序詞的なものを付けて紛らわしてみた。
この「いっただっきまーす」「いただきます」ですが、
正確には「ごっちそっさまー」「ごちそうさま」でした。
誤字というか私の誤解でした。申し訳ございません……。
二つ目に、「【編纂】日本鬼子さん五」についてです。
先程脱稿しました。遅筆で申し訳ないです。
ひとまずこのまま
>>196の通り明日月曜日に投下してもいいのですが、
熟成も推敲も満足にできないまま投下しても苦笑しか頂けないと思いますので、
九月十日(土)に投下しようと思います。ご了承ください。
最後に、五話投下後についてですが、しばらく連載をとめて、執筆に専念しようかと思います。
ひとまず二〜四週間ほど執筆期間を設けて、
三話分ほど余裕を持たせてから再開したほうが良質なものを提供できると思いますので。
うーん、まだまだ精進ですね……。
【編纂】日本鬼子さん五「鬼子は鬼子、俺は俺だ」
八の一
「あー! こにぽん、私のプリン食べたでしょ!」
般にゃーの座学を受けていると、隣の部屋で鬼子の悲鳴が聞こえた。
「たーべてないよー!」
「ほっぺに付いてるカラメルはなんですかっ?」
いつもこの調子だから、もう慣れたもんだ。
でも、鬼子は変わった。
鬼手枡を祓い、大量の団子をお土産に持って帰ったあの日から、鬼子は明るくなった。
本来のおしとやかさを残しつつ、田中の明るさを写し取ったような、そんな感じだ。
「わんこ、聞いてるの?」
般にゃーの一言で現実に引き戻された。
「ふふ、鬼子のことでいっぱいなのね」
「ち、違う!」
まるで想い人のように言うもんだからつい反抗してしまった。般にゃーはしめたとばかりに勝ち誇った笑みを浮かべる。
「いいわ、今日の講義はこれで終わり。甘えてらっしゃい」
「あま……す、するかそんなもん!」
なんで甘えなくちゃいけないんだ。
確かに鬼子たちの部屋に行こうとしてはいるが、これは鬼子と小日本の仲裁に入るためであって、決して甘えるためではない。
最近、鬼子は田中の住む世界に行ってばかりいる。俺たちといる時間より田中といる時間の方が多いような気もする。
「もう、あのプリン、せっかく田中さんがくれたのに……」
まあまあ、喧嘩はよせよ。よし、襖を開けたら、穏やかにそう言おう。
そんなことを思って、引き手に指をかけ、引いたそのときだった。
「ねねさまなんて、きらい!」
俺の脇を小日本がくぐり抜け、部屋を横切る。
「お、おい小日本! どこ行くんだよ!」
土間に下りた小日本が応じるわけもなく、外へ飛び出してしまった。
あいつがこんなことで家を飛び出すなんて初めてだ。
というか、何に腹を立てて出てっちまったんだ。怒られたからなのか? それとも、そういう年頃なのか?
「早く追いかけねえと」
ともかく、このまま紅葉林を抜けられたら危ない。いたずら好きな神がそこらかしこで待ち受けてるんだから。
「わんこ、様子見てきてくれる?」
「おう! 任せとけ!」
意気込んで身だしなみを整える。待ってろ小日本、必ずお前を連れだしてやるからな。
「……って、鬼子は追いかけねえのかよ!」
思わず場の空気に流されそうになった。なんで第三者の俺が行かなくちゃいけないんだよ。
「私は……」
鬼子が口ごもる。そうなったら、もう言わなくても分かった。
「心の鬼祓いか。向こうの世界で」
しばしの沈黙ののち、鬼子は頷いた。
思わずため息が出る。小日本が逃げ出した理由が分かったからだ。
「祓うのは別に構わねえけどさ、小日本のことも、ちゃんと構ってやれよ。あいつには鬼子しかいないんだから」
小日本を包み込んでくれる存在は鬼子だが、鬼子を包み込んでくれる存在はどこにもいない。
今まで一人であがき続けてきたんだから、今の小日本の気持ちだって分かるだろ。
「……はい」
鬼子を説教するなんて不思議な感覚だ。でも最近の鬼子は、変なところで抜けてしまっている。目覚ましには丁度いいだろう
「小日本は俺が連れてかえしてやるから、鬼子はそのときの言葉を考えとけよ」
そう言って、俺は玄関を出た。
八の二
φ
天候、晴れ。風向き、北西からの微風あり。
現在鬼子さん、こにさんは朝食の後片付けを、わんこと般にゃーは鬼に関する講義中との情報。
朝ごはん前に洗われた洗濯物はまだ生乾きの状態にある。
パンツ狩りにはこれ以上ないほど恵まれている機会だ。
物干し竿に掛かった鬼子さんのパンツを目の前にし、触れる前にまず鼻を近付ける。
人間はなんと素晴らしいものを発明したのだろう。神さまだって偶像を崇拝したくなることくらいある。
洗いたてではあるが、かすかに鬼子さんが残っている。鬼子さんが穿いていたんだ。鬼子さんの一部を形成していたんだ。
純白に輝く真珠の温もりに触れる。繋がる。今、ぼくと鬼子さんは繋がっているといっても過言じゃない。
なぜなら、パンツは体の一部なんだから。それからおもむろにそれを頭にかぶせる。窮極的な合体だ。
鬼子さんがぼくの頭を締めつけている。絶頂だ。僕は絶頂に達しようとしていた。
「ねねさまなんて、きらい!」
カタルシスの寸前、小屋からの悲鳴じみた大声に、全ては現実に帰した。
気付かれたか? いや――まて、焦るな。鬼子さんの姿も、わんこの姿もない。つまり半殺しにされる危険もないってことだ。
小屋からこにさんが飛び出てきた。僕のことは目もくれず、林の方へ走ってるのが見えた。
最近、山に住む神さまや鬼たちたちのいたずらの度が過ぎているような気がしてならない。
こにさんが襲われたら大変だ。経験的に危機を感じた僕は、こにさんを追いかけた。
「どこへ行くんだい?」
紅葉の支配する領域でこにさんに追い付いた。楓と楓の狭間から神々の巣窟である原生林が見え隠れしている。
びくりと体を緊張させたこにさんは、ほんの少しだけ足を止めるけど、すぐに逃げ出そうとする。とっさに彼女の細い手首を掴んだ。
これで、わんこに言い訳ができなくなるな、なんてことを片隅で思うも、すぐにその思いは爆ぜ失せた。
こにさんが泣いている。目も頬も真っ赤にさせ、大粒の涙を垂れ流しにし、呼吸ができないほどしゃくりあげている。
「ヤイカちゃんは……」
じっくり七秒かけて、僕の名を紡ぐ。
「こにのこと、連れてかえそうとしてるの?」
なぜそんなことを訊かれるのか、詳しい事情は知らないけど、ある程度推察するくらいはできる。
「家出、するつもりなのかい?」
こにさんがぼくのようすを窺いながら、ゆっくりと頷いた。そこからは嘆願の視線を感じられる。
こにさんの成長を応援したいぼくとしては、家出はさせてあげたいところだった。というか、こにさんの好きにさせてあげたかった。
「向こうは、危ないところなんだよ?」
でも、リスクを考慮するとそれは難しい。ぼくが付いていけば多少の鬼払いにはなるだろうけど、それだって高が知れている。
それでもこにさんは大きく頷くだけで、頑なな意志を曲げようとはしなかった。
「それでも、行くのかい?」
頷く。しゃくりを耳にして、ぼくは困り果てた。鬼子さん譲りの頑固さで、こうなると絶対に譲ろうとはしない。
「話は聞かせてもらったぞ、お二人さんよぉ」
その声は――顔を上げる。
紅葉の枝の上に、ヒワイドリ君が立っていた。よかった、ヒワイドリ君がいれば大丈夫だ、なんて根拠のない確信を抱く自分がいる。
とう、と声を出して枯葉の地面に着地すると、白い羽をぴしりとこにさんに指した。
「嬢ちゃん、家出がしてえんだってな」
「うん……」
こにさんの涙も、少しずつ引いてきている。ヒワイドリはいたずらするときの笑みを浮かべた。
「オレたちだけが知ってる秘密基地、教えてやろうか?」
ヒワイドリ君がぼくに目配せする。オレたち『だけ』という秘匿感。秘密基地、という童心を震わせる響き。
教えてやろうか、という隠密さは冒険の予感をにおわせる。そして同時に、安全性もないがしろにしない心配り。
こにさんは一瞬にして泣きやみ、涙で輝いた瞳から熱い視線をぼくの友人に向けた。
「うん、こに知りたい!」
あんなぐしゅぐしゅだったこにさんを笑顔にさせるヒワイドリ君の天性に、ぼくは脱帽する。
こりゃ、あとで乳の話を語ってあげないといけないね。
八の三
基地までの道のりは、信じられないほど穏やかなものだった。鬼はおろか、神さまも、獣も姿を現さなかった。
遠くの方で狼の雄叫びが聞こえたけど、ぼくらを襲うことはなかった。意気地のない狼もいたもんだ。
ぼくらの秘密基地に辿り着いた。崖をくりぬいて作った洞窟がそれだ。苔生した巌で洞窟を塞いでいる。
ぼくとヒワイドリ君と、この地で知り合った三人の心の鬼とで作った語り場だ。
こにさんにはまだ早い場所だけど、荒ぶる神がうろついている今日この頃、秘密基地はここ一体で二番目に安全な場所だといえる。
「オレだ、入れさせろ」
ヒワイドリ君が乱暴に巌を叩く。
「これはこれはヒワイドリ卿、合言葉を言いたまえ」
洞窟から反響する声が聞こえる。
「分かってんなら言う必要ねえだろうがよ」
「何を言うか。君をヒワイドリ卿に酷似した化物と見なしても良いのだぞ」
「あーはいはい、わあったよ。『父上、桃色のパンツ』」
ぶっきらぼうに答える。ぼくもヒワイドリ君の気持ちはよく分かる。
わざわざよわっちいぼくたちの秘密基地を荒らそうなどと思う鬼や神さまなんて、どこを探したっていやしないんだから。
無駄に壮大な音を立てて、大岩が動く。そもそもこの巌だって必要あるのかも疑わしい。
地鳴りじみた起動音で妖怪がやってきたらどうするんだって思う。
「ようこそ、我が秘密基地へ」
我がっていうか、我らが秘密基地でしょ、と心の片隅で呟く。洞窟の入口でこげ茶色の大鳥が出迎えてくれた。
ヒワイドリ君より一回り大きくて、その声はハイカラって言葉が似合う紳士の声だった。
彼はぼくとヒワイドリ君を交互に見て、それから間に挟まれたこにさんを凝視する。
「そちらの小さな淑女はどちら様かね?」
「おお、紹介するぜ。オメエら、新しい仲間だ」
ヒワイドリ君の一声で、洞窟の奥から心の鬼が二匹現れる。
一匹は若葉色の小さな鳥で、ハイカラな茶色い大鳥の半分程の体長しかない。
もう一方は抹茶色のカエルで、ぼくと同じくらいの背丈を持っている。
「小日本ですっ! こにって呼んでね!」
自分を紹介したくてたまらなかったのか、こにさんはぴょこんと浴衣を揺らしてお辞儀した。
礼儀正しいというか、ぼくらにとってのご褒美というか。
しかし初めて会った心の鬼にも臆しないこにさんは、見た目以上に肝っ玉が据わってるのかもしれない。
「ほう、なかなかよい名であるな。私はチチメンチョウだ」
「よろしくね、メンちゃん!」
思わず失笑してしまった。
上品で教養があって礼儀正しい男チチメンチョウさんが「ちゃん」呼ばわりされるだなんて、誰が想像しただろうか。
チチメンさんはわざとらしく咳払いをする。
「こに君、君の成長には期待しているよ。その胸に大志を抱いて精進したまえ」
チチメンチョウさんは、一見穏やかな様子を醸し出しているけど、身ぐるみを剥がすとそこには巨乳原理主義者の面相を見せる。
今のだって、胸の成長を遠まわしに祈願しているんだ。
「先生! それは間違ってます!」
小さな鳥が待ったをかけた。身なりは小さいものの、声は澄んでてはつらつとしていた。
「小日本さんはそのまま成長してくれればそれでいい! その胸だって、この手に収まるくらいで充分だ!
わざわざ大きくなる必要なんてない!」
「チチドリ君、淑女を前に騒ぐとは品がないとは思わんかね?」
「あ、すみません、先生」
チチドリ君は無乳貧乳の大人が大好きな心の鬼だ。
極論ばかり言うのはちょっと困るけど、チチメンチョウさんを先生を慕っているからか、とても礼儀正しくて優しい。
巨乳派のチチメンさんと貧乳派のチチドリ君、それから両乳派のヒワイドリ君は、乳を愛し、敬い、語り尽くす三鳥だ。
ぼくから言わせてみれば、巨乳も貧乳も変わらないと思うんだけど、三人にとっては大きな違いがあるらしかった。
八の四
「チチドリちゃん、こに、おっきくなったらいけないの?」
こにさんが疑問を投げかける。
「なに、気になさらずとも結構」
その返答は、チチドリさんよりチチメンチョウさんのほうが早かった。
「こに君の胸は大きくならねばならぬ理由があるのだ。幼女の胸は皆平たい。
それはその小さな胸に明日への希望という名の種が植わっているからなのだよ」
「小さい子の胸が小さいのは当然です、先生」
「なんだね、その無粋な言い方は」
「無粋も何も、僕はただ真実を述べたまでです。真実ほど美しいものはありません」
「真実だけで未来は語れまい。こに君の将来もまた然り」
特にこの師弟は暇があれば乳についての熱い議論を交わしている。ぼくらと出会う前からこの習慣は続いているらしい。
二人には呆れるときもあれば、関心することもある。今みたいに、こにさんに構わず論を展開しちゃうのは呆れるけど、
一方でチチメンさんの知識の層には感服する。自他共に紳士と認める理由の一つだ。もちろんもう一つの理由は変態だからだけど。
そんなチチメンさんに喰いつくチチドリ君の姿勢もまた敬意を表したかったりする。
「オマエが小日本か」
討議に置いてけぼりになったこにさんのもとに、抹茶色の蛙が寄り添ってきた。
「うん、カエルさんの名前は?」
こにさんは首を傾げて尋ねる。
「……ふむ」
吟味するようにこにさんのある一点、浴衣から覗かせる細い腿に視線を注がせている。
「いい、太ももだな」
「ひゃぅっ」
まずい、と思ったときにはもう遅かった。
カエル――正式名称モモサワガエル――がこにさんのやわい太ももに手を差し伸べてしまった。
「なにしてんだモモサワァ!」
三つ鳥の蹴りがモモサワ君に直撃し、彼は洞窟の奥にまで吹き飛んだ。
「テメェ、オレたちの条例を忘れたとは言わせねえぞ」
「幼女に抱くは誠意のみ。性意を抱くはこれすなわち罪悪なり」
「モモサワは直接的なんだ! 間接的な魅力を分かってない!」
みんな紳士を自称することだけはあった。そんな三者からモモサワ君はいつも散々に叩かれる。
「こに君、心に怪我はないかね?」
紳士的に振る舞うチチメンさんがこにさんの前でひざまずいた。
「こには平気だよ。でも、カエルさんがかわいそう」
「……天使だ」
モモサワ君がわざとらしくよよと崩れ、泣きだした。
こにさんの、自分のことよりもまず他人の心配をする姿が、鬼子さんのそれと重なる。
「その慈悲、よもや、こに君はかの鬼子嬢と面識があるのかね?」
それは初対面のチチメンさんも感じたのだろう。というか、ぼくとヒワイドリ君がこにさんを連れてきたところで勘付いてたと思う。
「ねねさまはねねさまだよ!」
「鬼子はこにの目標にしてる人だもんな!」
ヒワイドリ君は、きっと無意識に、いや誇りを持ってそう言ったに違いない。
「それはいけない。鬼子さんの胸は大きすぎるんだ!」
でも、今のこにさんにとって、それはあまりにも重すぎる一言だったんじゃないかと思う。
「チチドリくん、いい加減犯罪者予備軍みたいな戯言はよしたまえ」
こにさんの顔が曇りだす。
「は、はい、先生、気を付けます……」
こにさんの変化に気付いたのは、ぼくだけだった。
八の五
「こには、こには……」
幼い声が震え、小さな肩が震えだす。そして、こにさんは泣きだした。ふええ、ふええと、混沌とした泣き声だった。
「ねねさまぁ、ねねさまぁ」
鬼子さんが恋しくなったのだろう。こにさんが完全に一人立ちするにはまだまだ時間がかかるようだった。
家出は自立の一手段ではあるだろうし、こにさんも無意識的にそれを知っててやったんだと思う。
きっと一人でやっていけると、家を出る直前までは確信していたに違いない。
でも、まだまだこにさんは甘えたがりの年頃なのであった。
φ
正直、ヤイカガシの力を甘く見ていた。奴の鬼を追い払う悪臭に、ほとんど邪気の宿していない弱い鬼たちが逃げ出し、
憂さ晴らしにと俺へちょっかいを出してくるんだ。羽虫みたいなものなので、
素手で追い払ってしまえばそれでいいんだが、なにしろ量が量だ。
俺の尻尾に群がる童部のように追い払っても追い払っても新手がやってくる。その姿を見た神に笑い飛ばされる。屈辱だ。
「わんこのしっぽをもーふもふ、わんこのしっぽをもーふもふ」
いまだ尻尾にまとわりついて離れない小鬼たちが変な節をつけた唄をうたっていた。
こうして俺をいらつかせ、その感情を養分に生きながらえる。
まったく惨めな姿ではあるが、元々は木か、苔か、蔦を見守る神だったのだろう。
木一本一本、葉一枚一枚に神は宿っているくらいだから正確な神の判別はできない。
最近鬼が増えてきたという噂は聞いていたが、まさかここまで増えてきているとは。
ヤイカガシの臭いを追ってここまで来たが、鬼と戯れる間にすっかりあやふやになってしまった。
巌の突き出た崖の下ですっかり行方を失ってしまう。この辺りでぱったりと気配がなくなっている。
転落でもしたのかと焦心して周囲を見渡すが、ここは比較的平坦で足を滑らせる場所もなかった。
なら、小日本はどこへ行った?
「にげろ、にげろ、たべられちゃうぞ、かくれろかくれろたべられちゃうぞ」
尻尾についていた鬼たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。俺だけが場に残ってしまった。
「堕つべし、いざや堕つべし……」
泥の上を歩くような、粘り気のある足音を聞いて、反射的に汗が滲み出てきた。
背中から感じる強烈な怨念で、金縛りにあったように足が硬直する。
――臆するな、俺!
鳴き声も足音も怨念もどうした。そんなもの、単なる誤魔化しでしかない。
と思って振り返ったところで、前言を撤回したい。目の前には、青緑色のざらついた肌をした神さまがいた。
樹齢二百年を優に超すスダジイの守神の圧倒的な存在感に言葉を失う。葉は全て抜け落ち、太い幹から大枝を伸ばしており、
たくましい根を四方八方に広げている。幹のうねりがどこか口と目を思わせる。
俺さえもこの御老樹の神さまを見て畏れおののくんだから、人間が見たらどう思うのだろう。
「神でありとも、得るもの有らず。鬼にしあれば、得るものこそ有れ」
しかし、その言葉はまるで神々しさのかけらもない。
小賢しい小鬼どもと同類であることは容易に分かった。
「主、日本家の供人狛と見受く」
深い彫りから覗かせる瞳孔に射抜かれまいと、俺も奴を――神さまをやめた輩に敬語を使う必要もない――睨み返した。
「わしと共に邪念を吸うものとして生きよ」
「断る。なんで神さまが鬼にならなくちゃいけねえんだよ」
不穏な空気が強くなる。
もしも――小日本の行方がぱったりなくなってしまった理由がこいつのせいだったら……。
いや、殺されたとか喰われたとか穢されたとか、そういう負の感情は抑えなければならない。
短気な俺がどれほど自制できるか知らないが。
八の六
「尊びの言葉を知らぬ狗神よ。日本鬼子に仕える主が何故理解を示さざるか」
「鬼子は鬼子、俺は俺だ」
鬼子が神さまに憧れを抱いたことは一度たりともない。どんなに人間から貶められようと、
鬼の姿を悔やんで負け言をこぼしたりはしなかった。だから俺も、信念を曲げずにここまで来られたんだ。
「さならば、大御神は何故日本鬼子に鬼祓いを任せたもうたのか」
「鬼子は鬼だが、人間の心を持った鬼だからだ!」
「否、否なり」
「なにが違うんだよ! 鬼子は鬼子だ!」
鬼子は特別な鬼だ。他の鬼と同じ捉え方をされると耐えられなかった。
ただ欲望のままに活動する鬼なんかと同一視されてたまるもんか。
「鬼祓いを任せたもうたのは、神より鬼が圧倒的に強きことが故なり。
今の世は嬉しみ、喜び以上に、悲しみ、苦しみのほうが遥かに多し」
「嘘だ。分かりきった嘘を」
人々は神さまに感謝する。豊作のとき、人と結ばれたとき、新たな命が芽生えるとき……道端で銭を見つけたときだって感謝する。
でもそれは一方で、不作のとき、縁が断たれるとき、命が奪われるとき、銭を失くすとき……
そういった鬼のもたらす災いへの恐怖の裏返しでもある。つまるところ、人間が神さまを崇めれば崇めるほど鬼も力を付けていく。
でもそれは均衡の取れた力だ。神さまの力が一ならば鬼も一。神さまが百なら鬼も百。そうやって八千代の時を過ごしてきたのだ。
「確かに、この世のみであらばわしらの常識は罷り通ろう」
憎しみに染まった老樹の鬼が空気を揺るがした。
「しかれども、重要なのはむしろ異なりの世の民なり。若き神よ、承知しておるか、世は二つの世に分かれておると」
異なりの世なんて言葉は初めて聞いたが、あらかた予想が付く。田中匠のいる世界。人間が神さまを信じなくなった世界だ。
でもそっちの世界とこっちの世界に、何の関係があるんだよ。
「神も鬼も、養いはこの世の民の情念よりも、異なりの世に住まう民の情念に傾いでおる。喜ぶべきことを当然のものと見なされ、
責任のみが課され、苦しみもがき続ける。即ち、苦しみの裏は苦しみなり。左様なる人間どもの住む世に神鬼は根を伸ばし、念を吸う。
神を信じぬ、嬉しみを忘れた民に、神が養いを得ることが出来ようか」
根を伸ばす? 念を吸う?
俺たちは、田中のいる世界の人間から力を蓄えていた?
なら鬼子が最近田中の世界に通いつめてるのは、ただ田中と一緒にいたいからではなくて、
向こうの世界の人々を苦しみから解放させるためなのか? 喜びをもたらして、神さまの力を増やそうってのか?
分からん。わけが分からん。頭が追い付かない。
「しかし、主は全てを理解する必要などなし。鬼は神に勝る。さのみ心に刻め。堕つべし、いざや堕つべし」
「堕ちてたまるか!」
こんなとき、鬼子がいたら。
きっと、大御神さまの力を得た薙刀「鬼斬」を使うまでもなく、邪念を取り祓うに違いない。
なにせ、奴はまだ鬼に堕ちて間もない、鬼の中では最弱の鬼なのだから。
でも、今の俺にはその対処すらできない。所詮、俺には知恵というものが足りないのだ。
自分の無力さに打ちひしがれると、常に故郷のことを思い出す。
いつもつるんでた風太郎の影響を受けていればよかった。あいつは鬼の名や性質をこと細やかに記憶していた。
汚らわしい存在に向かい合うあいつのことをよく思わない神さまもいたのに、それでも風太郎は自分の道を極め続けていた。
あいつ内気だったから馬鹿にしていたが、今思えばその知識の一割でもかっさらいたいくらいだった。
そうすれば相手の泣きどころを見つけ出して、鬼化の進行を食い止められるかもしれないのに。
今の俺にできることはなんだ?
戦うこと。それだけだった。
小日本の泣き声が聞こえていたことにすら気付かず、拳一つで老樹の鬼に立ち向かっていった。
八の七
小日本が泣いている。遠のいた意識の中で、ようやく自制を掛けられなかった自分に気が付いた。
「いい? 鬼と向かうとき、一番大事なのは感情よ」
心に住まう般にゃーが教えてくれる。
「本当は、薙刀なんて振るいたくないんです。そんなことしたって、怖がられるだけですから」
遠い昔、鬼子が口にした言葉が頭の中を漂った。
「だめ! みんななかよくするの!」
いつも通りの小日本が俺を戒めてくれた。
なんで、言われたことを言われた通りにできないんだろう。みんな言ってたじゃないか。戦うのは最善の手ではないと。
まだ小日本の泣き声が聞こえる。
俺、鬼子たちの足手まといじゃねえか。
無謀な戦いに挑んで、迷惑掛けるだけだ。スダジイの老樹の神さまと喧嘩したところで、
勝てる見込みなんてないことくらい明らかだろうに。そんなことすら考えつかない視野の狭さを恨みたい。
俺には、鬼子の支えになる素質なんて、ねえんじゃないのか……?
小日本が泣いている。いい加減泣きやんでくれ。眠るに眠れないじゃないか。俺は不貞寝がしたいんだよ。
「わんわん、起きて、起きてよう……」
小日本は決して笑おうとはしなかった。ぐずついた表情のまま立ちすくんでいる。
小日本の笑顔を見て眠りたい。いっそ惨めな俺を笑い飛ばしてくれでもしたら、すとんと落ちることができるのに。
待て。
心を落ち着かせる。
起きて?
俺は起きてるはずだ。
「わんわん、わんわん……」
悲しい呼び声に、俺は意識を取り戻していた。
「わんわん!」
眩しさに目の奥のほうが痛む。最初に映ったのは、大粒の涙を浮かべながらも、満面の笑みを咲かせる小日本だった。
無言で胴着に抱きついてきて、涙と鼻水と唾液をぐしゅぐしゅと擦りつける。
そうされてやっと自分がシダの上に横たわっていることに気が付いた。
「しんじゃったかと思ったんだからぁ……すっごい、すっごいしんぱいしたんだからぁ……!」
幼い声が紅花染めの衣を震わせる。
「心配したのはこっちのほうだ。ったく、勝手に家飛び出しやがって」
「ごめんなさい、ごめんなさあい!」
あぐあぐと大声でむせび、衣の湿った感触が肌にまで達した。
湿り気と共に、小日本の小さな温もりも感じる。
なだめるために、そっと小さな頭に手を載せた。
やわらかい。
生きている。
ここは、夢じゃないんだ。
八の八
現実味を帯びていくにつれ、気を失った瞬間と夢との境界があやふやになってきた。老樹の鬼と会ったこと、奴の言ったこと……。
「鬼は……鬼はどこだ?」
あわよくば、全てが夢であってほしい。
「ヒワちゃんとヤイカちゃんが、たおしちゃったよ」
洞窟のほうを指さす。洞穴の横に大岩が据わっている。ヒワイドリとヤイカガシ、変態語り仲間の三匹もいる。
この洞窟はいわゆる五変態の魔窟で、大岩はさしずめ混沌の鍋蓋といったところか。
小日本と関わらせたくはなかったが、今は俺たち二人の空間に立ち入ろうとはしていなかった。
「そっか……」
なら、小日本の身は安全だろう。五変態の脅威は捨てきれないが、少なくとも堕ちた鬼に襲われる心配はない。
ヒワイドリもヤイカガシも、小日本に仇なす輩は本気で潰すだろうし、何より俺よりずっと強い。
つまりスダジイの鬼は存在した。
――神も鬼も、養いはこの世の民の情念よりも、異なりの世に住まう民の情念に傾いでおる。
――鬼は神に勝る。さのみ心に刻め。
奴の言葉も、ちゃんとあったのだ。
「わんわん」
自我を保っていられるのは、小日本がそこにいるからだ。涙の跡が目じりから頬を伝い、顎にまで伸びていた。
涙を枯らすまで泣いてくれたんだ。幼い顔をしているくせに、愁いを含む複雑な表情は信じられないほど大人びていた。
しばらく世界が止まっていてくれ、と月讀さまに願い奉ろうとさえ考えた。
「ねねさま、こにのこと、キライになっちゃったのかなあ」
でも、やっぱり小日本は小日本だった。鬼子と同じ宿命を背負いながらも幸せな日々を過ごしている。
鬼子のことが大好きで、まるで本当の姉貴のように慕っている。わがままで、世間知らずで、でも核心を突いたことをたまに口にする。
そんな小日本らしい疑問だった。
「鬼子はお前のこと、いつだって好きだよ。今までだってそうだし、これからもな」
「ほんとに?」
「ったりめえだ。俺たちの鬼子だぞ?」
ただ、俺たちの「たち」が一人増えただけだ。
それだけなんだ。
「そうだ、今度鬼子と一緒にシロんち行こうぜ」
「シロちゃんち?」
「おう。俺も白狐爺に鍛えてもらいてえし」
「ケンカはだめだよ」
喧嘩、ねえ。
「そうだな、喧嘩は駄目だな」
つい今朝までの俺なら、喧嘩じゃねえよ、と自分を通そうとしただろう。でも、もうそんなことを言える立場じゃない。
「喧嘩にならない極意を学びに行く、これならどうだ?」
「うん! いこういこう!」
小日本が笑った。
今日初めて見る笑顔だった。
こいつは、なんとしてでも鬼子を説き伏せねえといけないな……なんてことを思って、俺は身を起こした。
>>215 枕詞は大学受験程度の知識しかなかったりするので、結構ほしかったりしますw
そういうのをまとめた何かがあると歌詠うのに便利だったり。
とりあえず乙!!
今回も美味しかったわー。
感想の続きはまた後で失礼。
なんだ、このキレイなヤイカガシはw 他の鬼どもも紳士しかいねぇwwww
わんこはどの世界にいっても平常運転だなw
この世界の鬼と神って人間でいう「いい人」と「悪い人」位の違いしかなさそう。
>キレイなヤイカガシ
まさしくwwwわりと好きなんだがどうしようww
>>217-224 久々に鬼子SS読ませて頂きました。
月並みな感想ですが、読みやすく内容も濃くていつもながら脱帽します。
もっと材料にできるような、具体的な感想書ければいいんですけどね。
>>226 お粗末さまでしたwこれからもお口に合うよう努めて参ります!
>>227>>228 ヤイカガシの人気に嫉妬w
次回のヤイカガシの活躍ぶり、ご期待ください。
>>229 ありがとうございます。毎回毎回矛盾を指摘されないかヒヤヒヤわくわくしております。
こちらこそ、毎話一万文字前後の長文にお付き合いして下さる読者さんに脱帽しっぱなしですよ。
皆さんの感想も創作する上での大切な糧になってます。
感謝してもしきれませんよ、ええ、本当に。
>>230 何となく共有しているイメージを的確に拾える方は、基本的にお話作りも上手いので羨ましい限りです。
理論と想像力が綺麗に結びついているとでも言いましょうか・・・私も精進しないと。
232 :
229:2011/09/14(水) 09:55:52.06 ID:UaG/BLnY
>>230 普段SSはあんまり読まないんですが
「大御神は何故日本鬼子に鬼祓いを任せたもうたのか」の理由が
「鬼は神に勝る」から、というのが引っかかりまして。
全部読んで「大樹の神」の言ってる事が別に真実でもなんでも無いというのが分かった次第でして。
にしても「鬼子が何故鬼を祓うのか」っていうのが
改めて「それが鬼子だから」以外の答えって見付からないなと思いました。
逆説的に、条件さえ満たしていれば様々な姿形の「日本鬼子」がいるのかも知れないし
「鬼子はいつの時代のどこにでも存在し得る」というのはそういう事なのかも知れませんね。
>>231 ありがたいお言葉です。
自分も立ち止まらないでもっともっと精進しないといけませんね。
>>232 >全部読んで「大樹の神」の言ってる事が別に真実でもなんでも無いというのが分かった次第でして。
む、気になります……。もし宜しければその理由もお聞かせ願いたいです。
こういう意見が連載停止中にあってよかった……。
じっくり読んで下さってて、本当に嬉しい限りです。
234 :
229:2011/09/14(水) 14:29:10.24 ID:BiQWlsOq
>>233 大した事じゃないんですが、仮に「鬼は神に勝る」として
「何故鬼子なのか」っていう理由にはならないと思うんですよ。
神に勝るような強力な鬼と対峙するならば
それ相応の力を持った鬼でないと務まらないはずで、
あるいはそれが鬼子ひとりでなくてもいい。
鬼子ひとりに任せられているのなら、鬼子は「強力な力を持った鬼」という事になり
人間と容易に関われるような存在ではなかったはず。
「鬼子でなくてはならない」理由があるとすれば、
今度はわんこの言うような「人の心を持った鬼だから」という理由も
その必然性のひとつになってしまう。
人の心を持たず、ただ魔を滅する「鬼神」は他にいくらでもいますし
そういった「専門職」に任せた方がより確実ですからね。
大樹の神様の言う事には、一面的には真実かも知れないし、違うかも知れない。
彼はそうだと思っているかも知れないけど、現実とつき合わせていくと
少なくとも矛盾や綻びが見えてくる。
そのへんも「堕ちた存在」っぽくて逆にリアリティあるなと思いました。
>>234 わざわざご返答ありがとうございます。
興味深い考え方ですね。本当に参考になります。
というか、自分が心配していたほどひどいものではなくて良かったです。
むしろある程度自分の書きたいことが伝わっていて安心しました。
(と同時に自分が未熟だってことを再確認出来ましたし)
宜しければ、これからも自分の編纂作業を見守って下さると嬉しいです。
>>217-224 「でも最近の鬼子は、変なところで抜けてしまっている。」
田中さんやわんこ視点が多かったからか、揺れ動く鬼子さんはなんだか掴みどころがないように感じられます。
そういうHAKUMEIっぽい鬼子さんも好きだけど、いつか鬼子主観の部分も出てくると嬉しいな。
パンツ狩りのヤイカガシの心理描写は、彼史上最強のエロさですね。
ギャグを超えてエロいとは…なんときれいなヤイカガシ!
小日本が泣きながら抱きついてくるところも、まるで自分の腕の中にぐしゃぐしゃに泣く幼女の頭を見下ろしているかのように想像できました。こういう手触りもいいですね。
「幼い顔をしているくせに、愁いを含む複雑な表情は信じられないほど大人びていた。」とかもずるいぞ!w
五変態の部分はもう声と映像が浮かびまくりw
しかもそれっぽい新たな台詞を開発するとは、さすがSS書きさんです。
わんこにとって故郷はさぞかし懐かしいのでしょう。安らぎがこちらにまで流れてきました。
風太郎、いつか参加するかもしれないかな?
それとも話に出てきたりして関係性を見せるだけってのもアリな気もしますね。
六話脱稿しました。ひとまず八話までストックしてから再連載しようと思います。
>>236 >いつか鬼子主観の部分も出てくると嬉しいな。
基本鬼子さんとこにぽん視点のシーンは出さないようにしてますが、いつかやってみたいものです。
ただ、そうなるとどうしても編纂から創作の汁が滲み出てしまうそうで不安だったりします。
>パンツ狩りのヤイカガシの心理描写は、彼史上最強のエロさですね。
そう言って頂けると恥じらいを捨ててまで挑んだ甲斐があったってものです。よかった……。
>五変態の部分はもう声と映像が浮かびまくりw
ありがとうございます。でもモモサワさん成分が極端に少なくなってしまったのは今後の課題です。
遅筆な私ですが、本当に、皆さんのお言葉が励みになってます。
正直もっと冷遇されるもんだと思ってたので、本当に嬉しいです。
皆さんのためにも早く更新したいのですが、今しばらくお待ちくださいませ。
七話脱稿しました。
八話はまだ起稿すらしていませんが、こちらの予定上
『【編纂】日本鬼子さん』は10/4(火)から連載を再開しようと思います。
ストーリーが進むにつれて私の創作色が一層表に滲み出てしまい、
不安ではございますが、今度とも努めてまいりますのでよろしくお願いします。
>>238 熟成ですね。楽しみにしてますー。
そういえば【編纂】だから自分のカラーを出さないようにしてるんですね。
ストーリー運びや描写が巧みなので、逆に認識してませんでしたw
面白さのためにある程度は仕方ないと思いますよ。これまでの盛り込みが見事すぎたとも言えますし。
240 :
歌麻呂:2011/10/04(火) 14:17:11.82 ID:GUrlD4Qv
コテハンとsageつけ忘れました、すみません。以降本編。
【編纂】日本鬼子さん六「その志、忘れるでないぞ」
八の一
定時になっても日本さんが来ない。
こんなの一度たりともなかった。いつもは集合時間の三十分前には来てるのに、どうしたんだろう。
初めてこっちの世界で待ち合わせをしたときは三時間も前から待ってたっていうのに。
そんなやる気を出すのはコミケの日だけで十分だよ。
というわけで、日本さんを迎えに紅葉林に赴いたワケだ。久しぶりに来たら、ちょっと肌寒さが増してきた気がするけど、
紅葉は相変わらず落ち着きのある茜色の葉を付けていた。風が吹くとちらほら葉が舞うけど、しばらく盛りは続くみたいだった。
「ひっのもっとさーん、あっそびーましょー」
おなじみの文句を口ずさみながら庭を通る。しかし、いつものようなドタバタと床板を鳴らす返事は聞こえない。
その代わりに――といってはあまりにも奇妙だったけど――玄関にヒワイドリとヤイカガシが縄で束縛され、吊るされていた。
晒し首というか、ならず者の末路というか、そういうプレイというか、新手の嫌がらせというか……。
なんにせよ、無視するのが最善の策みたいだ。
「鬼子ならいないぜ?」
「うわあ!」
戸に手を掛けたそのとき、白い鳥の姿をした罪人が喋りだした。
ついさっきまで死んだようにくたばってたヒワイドリがいきなり動きだしたもんだから、思わず声をあげてしまった。
「ひ、日本さんがいないって?」
高鳴る鼓動を抑え、荒くなる呼吸を整えながら言葉を繰り返す。あー、今になって気付いたけど、
こっちの世界で鬼が現れたのかもしれない。最近アタシたちの世界で鬼を祓ってばかりいたから、こっちの事情をすっかり忘れていた。
ヒワイドリがニタニタと汚らしい笑みを浮かべる。
「連れてってやろうか?」
「え、鬼を退治しに行ってるんでしょ?」
「んなワケねえよ。鬼子は遊びに行ってんだ」
日本さんが遊びに行ってる? アタシの約束をほっぽり出して?
「どうだ? こっちの世界を散策する。面白そうじゃねえか」
何の理由もなく約束を破るはずがない。きっと何か裏があるに違いない。
……裏。
いや、そもそも企んでるのはヒワイドリなんじゃない? きっとこの誘いは悪魔の囁きなんだ。
「で、でもヒワイドリ君」
もう一方の吊るしあげが横から加わる。
「今日鬼子さんたちは、こにさんとわんこ君と水いらずのお出掛けなんだよね? 邪魔しちゃ悪いよ」
どうも鬼子さんが出掛けたことは本当らしかった。
すると昨日鬼子さんが帰ってから決まったからアタシは知らずじまいだったのだろうか。
どこか腑に落ちないけど、二人の会話から推測するとそういう経緯らしい。ヤイカガシも仕掛け人だったら話は別だけど。
別だったら別で、卑猥な展開を狙ってるんじゃないかと疑わなくちゃいけない。
「水いらず? んなことどーでもいいんだよ! 早く仲直りさせねえとメンドクセーんだってんだ!
水いらずの旅なんざ、いつだってできんだろうがよ!」
仲直り? 誰と、誰が?
「おい田中ァ!」
怒鳴るような名指しを受け、自然気をつけをする。
「縄ほどけ。んで乳の話をしろ!」
「ハアァ?」
この変態は何を仰せられてるんでございましょう!
「乳話を聞きゃあオレの同胞が寄ってくっから、みんなでアンタを担いで連れてってやんだよ!
それからな、オメェはこにに謝れ。鬼子がオメェの住む世界を気に入っちまったから、こにがヤキモチやいて家出しかけたんだよ」
家出? まあ確かに最近日本さんはアタシとずっと一緒にいたから、こにぽんが寂しくなるのも分かる。でも家出をするなんて考えもしなかった。とにかくヒワイドリは何としてもアタシを連れていきたいようだった。
というか、ヒワイドリがこんな本気になって説得してる姿を初めて見た。
もしかしたらヒワイドリとヤイカガシの言ってることは本当のことなのかもしれない。
八の二
まあ、別に行ってもいい。というかこにぽんに嫌われたら三日間ひきこもると思う。
ひきこもりたくないし、こにぽんに嫌われたくもないけど、でもまだ首を縦に触れない理由があった。
「二つだけ質問に答えてくれる?」
中指と人差指を立てると、白鳥姿の鬼は「あたぼうよ」と頷いた。
「一つ目、なんでアンタたち、縛られてんの?」
二匹の顔色が変わる。この様子だと、何か思い出したくないものでもあったんだろうなあ。
「こにさんの家出の手助けをしちゃったんだ」
ヤイカガシがアタシの様子を窺いながら口を開いた。
「チチメンチョウさん、チチドリ君、モモサワガエル君のいるところに行こうって言ったんだ」
チチ、チチ、モモ……。あらかたどんな輩なのか想像がついちゃうから困る。そりゃ縛り上げの刑に処されるわ。
「でも、仕方ないよ。こにさんはああ見えて頑固だから、止めても目を盗んでどっか行っちゃうと思うから……。
紅葉林の外は危ないし、ならいっそ保護者同伴で家出しちゃったほうがいいと思ったんだ」
「テメ、それオレの提案じゃねえか! なに自分が考えました、みてえに言ってんだよ!」
どちらも保護者というか誘拐犯といったほうが近いけど、理には適っていた。
あとから考えていいか悪いかはさておき、少なくとも嘘ではない可能性は高い。
まあ、ぶっちゃけこの質問はあまり重要じゃないんだけどね。
「じゃあ二つ目だけど――」
むしろこっちが本題だ。
「縄をほどいてから乳の話をするんじゃなくて、乳の話をしてから縄をほどくって形にしてくれる?」
「ど、どっちでもいいだろうが!」
「いや、これだけは譲れないね!」
奴をフリーのまま乳を語ったら何をされるか分からない。アタシの貞操絶対死守防衛のため、ここは引けない。
「アタシとしては、別に今日は帰ってもいいんだよ? 日本さん、久しぶりの休暇なんだし、ゆっくりしていってほしいよ」
「……チッ」
エロ鳥め、わりと本気だったな。
「しゃあねえ、乳の話だ。オメェ自分の乳に自信はあるか?」
ヒワイドリは半ばヤケクソに話題を振った。自分の胸を見る。
誇れるワケもない、主張すらしない慎ましやかなふくらみがそこにある。
「自信はそりゃないよ。でも別に劣等感抱くほどじゃないなあ。むしろ、動きやすいから疲れにくいし」
「ほう」
ヒワイドリは目を丸くして頷いていた。アタシがフツーに話しちゃってるのに驚いているみたいだ。
まあ、この胸とも長年の付き合いだしね。多少の恥じらいを拭い去れば普通に語れますよ。残念でしたね。
「でもオレの同胞がアンタに憑いたときは巨乳の念が強かったみてえだが?」
「あー、そういうのあるかもしんない」
日本さんと出会ったあの日を思い出す。確かにあの日、胸の大きな女性に視線がいってたと思う。
「憧れはあるよ。アタシにはないもの持ってるんだもん。基本どんなサイズも好きだから、そんな強い憧れでもないけど」
客観的に見る大きな胸は女性としてすごく魅力があるけど、主観的に見れば、
そんなの重くて肩が凝って大変だと思うから、実はあまり羨ましいと思ったことはない。
ぺたんことかまな板とか呼ばれたことがあったら、もう少し羨望の情は強かったんだろうけど。
「どんな胸でもイケるクチか! くうっ、オメェみてえな同志を欲してたんだよ!」
ヒワイドリの瞳が子どもみたいにキラッキラ輝かせるほど、喜びと興奮を兼ね揃えた眼をしていた。
「チチメンもチチドリも、乳のこと分かってるフリしてなんも分かっちゃいねえんだよ」
なんたらかんたらと、ぐちぐち心の鬼が毒をばら撒いていたものの、しばらしくて再び顔をこちらに向ける。
八の三
「サンキュー田中、いい乳の話だったぜ。さあ、縄をといてくれ。今なら仲間を呼べる」
ヒワイドリの感謝を耳にして、こっちまで嬉しくなる。まさか心の鬼に心を清められるとは思いもしなかった。
ごちゃごちゃに結ばれた縄をほどいてやると、間もなく片方の羽を挙げた。
瞬間、背に数多の視線を感じる。考えたくもないし、振り向きたくもない。
でも、頭の中でその情景が簡単に想像できてしまうから勘弁してほしい。
ドドドドド――という芝を駆ける雪崩のような音で地面が揺れる。玄関の戸がガタガタ言いだしはじめ、
ぶら下がりのヤイカガシが振り子時計みたく時を刻む。
「乳だ祭だ語って聞かせ! 乳の話をしようじゃないか!」
B級ホラー映画並みの恐怖を感じさせるものが地鳴りと共に近付いてくる。
あまりの怖さに我慢できなくなり、音の鳴るほうへ顔を向けてしまった。
その瞬間、体長三十センチの雪崩に足をすくわれる。幾百のトサカと羽に流され、
気付いたら中央で担がれているベニヤ板のような神輿に載せられて正座していた。
「どうだ、オレたちの卑猥神輿は! 鬼子行直通だぜ!」
隣には(どのヒワイドリも同じ姿だから推測だけど)日本家に入り浸っているかのヒワイドリがいる。
「そのネーミングセンス、どうかと思うよ」
戸惑いを通り越して、アタシはいたって冷静なツッコミをかましていた。変態鳥は笑って答えない。
「あの、ぼくは?」
玄関で放置されているヤイカガシが大声で叫ぶ。
「オメェは留守番でもしてろ! 般にゃーいねえんだし」
「ひ、ひどい……!」
ヤイカガシの縄もほどくべきだったんじゃないか……? なんてことを思ったけど、そんな後悔は即座に取り払われた。
何故なら、卑猥神輿は思った以上のスピードを出して吹っ飛んだからだ。
初速度とかそういう物理法則をムシしたぶっ飛びようだ。考えるヒマなんてどこにもない。
ぶっちゃけ、生きて辿りつける自信がありません。
φ
冬の気配を感じさせる北風に潮の香りが混じるこの村の門をくぐる。門前と物見櫓の防人が訝しげに俺たち一行を睨んでいるが、
もう慣れてしまった。普段は人々で賑わっているであろう大通りにも人はどこにも見当たらない。
廃村、というわけではない。そいつは家屋の内から突き刺さる恐怖と興味の視線を感じれば分かる。
こんな真昼間から静まりかえってしまうのは、俺たちがこの村の門とシロの家を往復する間だけだ。
何度も出入りしてるし、俺たちに害はないと分かっていながら
――奴らが本気で怖がってんのか習慣でこわがってる振りしてんのかはしらねえけど――ぱったり人がいなくなってしまう。
シロの家は海から少し離れた丘の頂にある。真っ赤な鳥居をくぐり、急な長ったらしい階段をのぼり、再び朱色の鳥居をくぐる。
俺たちが来たからだろうが、境内は静寂に包まれている。
がらんどうの敷地を見渡せば、その広さが途方もないことだってのが分かる。
拝殿へ続く砂利道を歩く。さすが人間の信仰を多く受ける稲荷一派の社だ。面積に加え、遠く見える社殿の厳かさは息をのむほどだ。
そして足元に荘厳さとはかけ離れた狐耳の巫女娘がうつぶせに倒れていた。たばねた稲穂色の髪と尻尾がだらりと垂れ下がっている。
「おい、起きろ、馬鹿」
足で奴の横腹をつつく。
「あっ! わんわんダメだよ! けっちゃダメ!」
蹴ってない。起こしてるんだ。
こいつがどうして境内のど真ん中で倒れてるのか予想してやろう。まず、村の門番が俺たちを目撃する。
そしたら村全体に知らせるために法螺貝やら狼煙やらをあげるだろう。そいつを耳にした、目にした村人が
避難所であるこの神社へ逃げ出す。こいつはその波にもみくちゃになる。でも鬼が鬼子だという知らせが訪れるや否や、
今度は逆に一斉に境内から飛び出していく。騒動の中でこいつは躓き、人間どもに踏み潰されたんだろう。
人間だったら圧死だが、神さまの端くれであるこいつはかろうじて気絶で済んだ……つまりそういうことだ。
八の四
「うう……」
狐娘がもぞもぞと動きだす。俺のつつきで意識を取り戻したらしい。
「シロちゃんおはよう!」
その挨拶はどうかと思うが、しかし実に数ヶ月ぶりの再開に小日本は嬉しそうに飛び跳ねている。
「こにちゃん? あれ、わたし確か……」
奴がこの稲荷神社の見習い巫女のシロだ。きっとこいつの天然ぶりに勝る奴はいない。
俺はまだ数回しか顔を合わせてないが、名高き白狐の劣等生と認識している。
「気絶してたんだろうよ。ったく、お前は実にのろまな奴だな」
「あ、わんこさんも」
「あのなあ、だから俺の名前は――」
「それに、鬼子さん! どうしたんですか皆さん揃って」
なぜみんな俺の名を知ろうとしないんだ。名前を言えない呪いでもかかってるんじゃないかと疑ってしまう。
鬼子がシロに手を差し伸べる。奴は感謝の意を述べ、その手を借りて立ち上がった。
「こにぽんにも護身用の武器が必要かと思って」
「あー、最近物騒ですもんね」
鬼子の台詞は俺の受け売りだ。小日本に戦いを経験させたくはないが、万が一ってときがある。
嘘月鬼や昨日のスダジイの鬼のように般にゃーの領域内でも鬼は出没したんだからな。
この神社の宝物庫に行けば身を守れるものもちゃんと備わっているだろう。
――というもっともな理由をつけて、シロの家へ遊びに来たのだった。
昨日の今日でやってきたのは小日本のおねだり駄々捏ね地団太の三連技による成果だ。
「とにかく、立ち話もなんですし、上がってください。おじいちゃんも会いたがってますから」
拝殿脇にある稽古場に向かう。そこの二階がシロと白狐爺の生活の場となっている。
鬼子と小日本とシロの談笑しながら歩き、俺はその後ろに付いていた。
昔、小日本と鬼子はこの神社で暮らしていたらしい。
らしい、というのは詳しいことは知らされていないからだ。鬼子は極端に過去を語りがらないし、シロも白狐爺も教えてくれない。
シロの背が伸びたな、とふと思った。小日本の背丈より鬼子のほうに近付いている。
そんなシロはどこか嬉しそうに近況を述べていた。尻尾を左右にせっせと振っている。
まったく、犬じゃねえんだし、もう少し大人しくしてくれてもいいじゃねえか。
引き戸を開けると、稽古場に銀髪の老人の姿があった。俺たちに背を向け、達筆な字の記された掛け軸に正座している。
「じじさまー!」
小日本が草履を脱ぎ散らかして、どたどたと床を駆ける。電光石火だった。
鬼子もシロも俺も、抑える間もなくつむじ風のように白狐爺の元へ突撃する。
「えいっ!」
小日本が飛び付く。シロが顔を覆う。鬼子が謝罪の体勢を取る。そして、白狐爺は――、
「おお、こにか。大きくなったのう」
年老いた白狐は全身で衝撃を受け流し、穏やかな口調で背中の小日本に語りかけていた。
もう御老体ではあるが、あらゆる体術や武術を会得しているからこそ耐えられたんだと思う。
「こに、もうオトナになれた? オトナになれた?」
小日本は大人に憧れている。正直、俺には信じられない。大人なんて卑怯で卑屈で小癪な奴らばかりじゃねえか。
どこに憧れる要素があるってんだよ。
「そうじゃの……」
白狐爺はしばらく考えるふりをする。その顔は孫を見る綻んだ顔だった。
「まだまだ、じゃな」
「えー、なんでなんでー」
神聖な稽古場を礼もなく駆けだして白狐爺に飛びついたからだろうが、と心の中でつっこみを入れる。
爺さんは何も答えなかった。というより、鬼子が割り込んできたから答えるに答えられなかった、というのが正しいだろう。
八の五
「お爺ちゃん、ごめんなさい。こにぽんたら……」
鬼子と白狐爺の会話を聞くと、よく耳がぴくりと動いてしまう。どこか違和感があるんだ。
たぶん白狐爺のことを「お爺ちゃん」と呼ぶからだろう。親密さを感じるはずなのに、どこかよそよそしいんだ。
「いいんじゃよ。元気がいっぱいそうでなによりじゃ」
平謝りする鬼子を慈しむように白狐爺は微笑んだ。
二人は師弟の関係でもある。鬼子に薙刀術を指導したのは白狐爺だ。
どれほどの期間鍛錬を積んだのかは定かでないが、教授の上手さは一級ものだ。俺にも戦い方の極意を存じているに違いない。
「じじさま、なんでこにはオトナになれないの? ねえ、なんでなんで?」
小日本の質問責めを受けるも、白狐爺はちっともうろたえることはなかった。
と、瞬間視線が俺を貫いた。
本当に寸刻だったから気のせいかとも思った。白狐爺の視線は既に小日本へ注がれている。
「ふむ、あとで教えてあげようかの」
「えー、今しりたいのに」
「お団子、食べるかい?」
「うん、こにだいすきー!」
刹那の間に小日本の関心を逸らした。言葉の居合だ。
「シロや」
「は、はい!」
シロは俺と並んで玄関に立ち尽くしていたが、白狐爺に呼ばれて気をつけをした。
「二人にお菓子を出してやりなさい。お茶淹れるときは火傷に注意するんだぞ」
「は、はいっ!」
隣の見習い巫女は一つ意気込んで階段を上った。
「へぶっ!」
袴を踏み、段上で盛大に転んだ。
一段一段が高いこの家屋の階段は、きっと「何事があろうとも、常に心を落ち着かせよ」という戒めが込められているに違いない。
鬼子は白狐爺に一礼し、小日本の手を握る。小日本はおだんごおだんごと節をつけて歌い、飛び跳ねながら階段へと向かっていた。
「さて、お主は団子より稽古がしたいと顔に書いておるようじゃが」
見透かされていた。先程の目があったその一寸で俺の心境を全て見破っていた。
「どれ、わしが相手してやろう。如何様な稽古がしたいのかな?」
多分、少し前の俺だったら、返事の代わりに戦う構えを取っていたことだろう。
打ち負かしてやる、なんて幼稚な感情に任せて突撃していたかもしれない。でも今や戦う以前に降伏していた。
「戦わないで勝つ方法を教えてほしい」
白狐爺が初めて驚きを見せた。でもすぐに和やかな顔に戻る。
「昨日、鬼と出くわして、戦って、負けた。いざってときになると、考えるより先につい手が出ちまう。
今までの自分のままじゃ、駄目なんだと思う。それで、鬼子が薙刀を振るうのは最後の手段だって言ってたのを思い出したんだ。
俺、鬼子みてえな戦い方をしてみたいんだ」
しわくちゃの、彫りの深い眼が、一言一句洩らさず聞き取ろうとしていた。ときおり頷いて、述べ終えたあとで頭を撫でられた。
何もしてないのにご褒美を貰ってるみたいでむずがゆかった。
「相変わらず生意気な口をきくのう」
そう言ってふぉっふぉと笑われた。顔が火照ってくるのが分かる。何か言い返してやろうと思ったが、その前に白狐爺が続ける。
「じゃが、心意気はまっすぐ育っておるようでなにより」
少し褒められるだけで嬉しくなってしまうのが癪だったので、釣れない顔をする。それが精一杯の抵抗だった。
「じゃが」
その一言で空気が一変する。
「わしがその稽古を付けることは出来ぬ」
八の六
「な、なんで――」
「なぜなら」
白狐爺の声は決して大きくない。囁きと言ってもいい。それなのに、俺の反論を封じるには充分すぎた。思わず後ずさってしまう。
「あれは鬼子が培ってきた心なのであるからな。それに、今のお主には合わぬじゃろう」
合わない。それってつまり、俺には才能がないってことなのか?
だってそうだろ?
俺の唯一の支えである、憧れである存在と同じ高みに行けないなんて言われたら、あとはもう絶望するしかないじゃないか。
「よいか、戦うことは、生きることじゃ。戦う道は、生きる道じゃ。鬼子の道は鬼子のものであるし、お主の道はお主のものである。
お主が鬼子の培った道の上で戦おうなど、それこそ宿世が許さぬというものじゃ。お主はお主の道を究めるが良い。
そのためにも大いに悩みなさい。苦心して見つけだしたものこそ、真の生きる道じゃよ」
きっと白狐爺の言ってることは正しい。同時にとてもありがたいお言葉だってことも分かる。
でも、今の俺には、それすら老人の言い訳にしか聞こえなかった。
「なら俺は……俺はどうすればいいんだよ。俺の道なんてとっくに否定されちまってるじゃねえか」
「否定なんて、されてはおらぬよ。ただちょっとばかし、道に迷っておるんじゃ。大切なことよの」
白狐爺は相変わらず物静かで、諭すようで、小さい子に物語絵巻を語り聞かせているようだった。
「お主と初めて会ったときのこと、今でもはっきり覚えておるよ」
もう四年前になる。俺が鬼子に仕えようと決心してすぐのことだった。
「わしが鬼子に近付いただけで、お主はこう言ったんじゃ。『俺の飼い主に手を出すな、鬼子は俺が守る』とな」
ガキだったころの俺は、白狐爺を敵と認識し、牙を剥いて威嚇したんだった。あの頃は鬼子だけだった。
「あれから、お主の道は始まったのではなかったのかな?」
鬼子に助けられ、鬼子と共に旅立ったあの日。
確かに今の俺はあのときから始まった。
鬼子は俺が守る、か……。
その志が、知らぬ間に独りよがりな考えに変貌してしまっていたのだろうか。
強くなりたい。
いつの間にか、そんなことしか考えてなかったような気がする。
「おじいちゃあん! おじいちゃんおじいちゃん!」
物思いの邪魔をしたのは階段を慌てて降りるシロだった。
「なんじゃ、もっと静かに急げんのか」
「そんな、無茶言わないでください!」
慌てず、焦らず、急げってことか。
「それより助けて下さい、こにったら宝物庫に行きたいって聞かなくて……」
遅れて小日本と鬼子も稽古場に戻ってきた。ここに来た名目をうやむやにしていたのが気に入らなかったのだろう。
こりゃもう、お団子より先に宝物庫に行くしか解決の術はない。
「すみませんお爺ちゃん。あの、こにぽんに護身用の武器を下さいませんか?」
鬼子も小日本の性格を承知しているみたいだった。
「遊んで怪我しないように、危なくなくて安全なものがいいんですが……」
いや、それ武器じゃねえよ、玩具だよ。と言いたいが、そんなこと言ったら面倒なことになるからやめる。
白狐爺は一息ついて、小日本を手招きする。
「よし、こにが大人かどうか、すぐに分かる武器をあげよう。じじさまと一緒に行こうか」
「ほんとっ? いくいく!」
鬼子の元を離れ、とてとてと白狐爺の元へ駆け寄る。
白髪の老人が小日本を抱き上げると、桜着の少女は実に嬉しそうな笑みを漏らした。
やはり、ここが小日本の故郷なんだな、なんて思った。
……そうして、小日本の過去についても、俺はほとんど何も知らないことに、今更気付くのだった。
八の七
初めて来る場所だった。位置としては拝殿の地下辺りだろう。
中はひんやりとしていて薄暗いが、牢獄のような淀みは一切感じられなかった。
宝物庫は神器マニアの白狐爺が集めた使い手のいない神器を納めている倉庫だ。神器と言っても大層なものではない。
人間にとってはえらくありがたいもんかもしれないが、神さまにとっての神器集めは骨董品集めのようなものだ。
ちなみに鬼子の薙刀もこの倉庫にあったものらしい。般若面と小日本の恋の素はまた違った経緯で賜った神器なのだが。
提灯が神器の林を掻き分ける。柄杓のようなものから、膠(にかわ)状の歪んだ人間の顔を縫い合わせたような物体まで、
実用性のありそうなものから何に使うのか理解不能なものまで所狭しと陳列されている。
「おったおった」
提灯をシロに預け、白狐爺は乱雑に立てかけられた長物たちから、一際長い刀を取り出した。
目測四尺八寸。小日本の身長は無論のこと、俺の身長とほとんど大差のない見事な野太刀だった。
「霊刀『御結(おむすび)』じゃ。ほれ、鬼斬に似て長くて格好良いであろう?」
黄金色の頭と鍔、漆塗りの鞘、藍色の鞘はきっと俺が生まれるより何百年も昔から呼吸をしているのだろう。
その深みに、言うまでもなく小日本の瞳は輝きだした。
「じじさま、もっていい?」
当然とも、と白狐爺がそれを少女に与えた。爺さんが手を離すと、小日本は体勢を崩して刀に振り回される。かなり重いらしい。
それでも懸命に足を踏ん張り、丸太を持つようにして御結を抱きしめる。
「じじさま、ぬいて、いい?」
平然を装おうと努力しているのが丸見えで、思わず顔が綻んでしまう。
「よいとも、何事も挑戦じゃ」
白狐爺は自分で言って、自分で頷いていた。小日本は張り切り爪先立ちになって鞘を抜こうとするが、びくとも動かなかった。
「貸してみろよ」
小日本の力じゃ抜けないのだろう。御結を奪い取る。なるほどこれは重い。こんなもの俺でも扱えないと思う。
「あー、それこにの! かえして!」
小日本の訴えを無視し、鯉口を切ろうとする。
しかし、鞘はびくともしなかった。錆ついているとかそんなちゃちなもんじゃない。
刀自身が抜かれるのを拒んでいるような、そんな感覚だった。
「わんこ、返してやりなさい」
時間切れだった。悪戦苦闘しても抜けない。悔しいが持ち主に刀を戻さなければならない。
再びバランスを崩す。白狐爺がそれを支えた。
「こにや、御結はの、大人にならなければ抜けぬのじゃ」
「じゃあ、こにはやっぱり、コドモなの?」
少し寂しそうな顔をして呟く小日本に、白狐の老人は優しく微笑んだ。
「落ち込むことはない。その刀はわしでも抜けぬ」
「じじさまもコドモなの?」
素朴な疑問に、ふぉっふぉという笑い声が蔵に響いた。
「それはな、大人になったお主にしか抜けぬ。
その代わり、抜くことが出来ればお主の心に宿る力を最大限引き延ばすことが出来よう。そういう刀なのじゃよ」
そう言って、小日本の帯に結ばれた恋の素をほどき、鞘尻に結び直した。しゃりん、と鈴が揺れる。
「こには、皆が仲良しになれたら良いと言っておったな?」
「うん! こにはね、みーんなおともだちがいいの!」
その嬉しそうな喜びに溢れた笑顔を見て、白狐爺は大きく頷いた。
「その志、忘れるでないぞ。ほれ、万歳」
桜色の振袖が揺れ、花びらが舞う。白狐爺は下緒を肩から斜めに掛け、胸の前で緒を結んだ。
背中の長ったらしい刀が左右にぐらぐら揺れる。平衡感覚を養うにはうってつけだな。
八の八
「あの……」
今まで口をつぐんでいた鬼子が申し訳なさそうに質問する。
「抜けないまま鬼に出くわしたときはどうすればいいんでしょう?」
自己矛盾な注文をするのはきっと小日本のことが心配で仕方がないからなのだろう。
そんなこと分かってる。分かってるけど、少しは自重しようぜ……。
「もしものときは、鈍器として使いなさい」
「うん!」
鈍器って、身も蓋もねえなおい。
小日本の元気な返事に、背中の刀が暴れる。危うくシロの顔面にぶつかりそうになった。
ある意味、不意打ちを不意打ちで反撃する可能性を秘めていた。
しかし、一つだけ心残りがある。
――それはな、大人になったお主にしか抜けぬ。
まるで、小日本が生まれるよりずっと前から、小日本に仕えるためだけに鍛錬されたのだと言っているようなものじゃないか。
なあ、白狐爺、それってどういう意味なんだよ……。
しかしその問いをする機会は、もう来ることはなかった。
外から法螺貝の警報が鳴り響いたんだ。
「鬼じゃ」
静かな面持ちのまま白狐爺は大きな老白狐の姿に変化した。
「シロは避難しに来た民を誘導せい。こにはこの社をしっかり守るんじゃ」
「はいっ」
「こに、がんばる!」
手短な指示に二人は頷いた。
「鬼子とわんこは付いてきなさい。何があろうとも、村の域には入らせぬぞ」
「応ッ」
「わかりました」
俺と鬼子は頷き、そして獣の姿に成った白狐爺の後に続く。
疑問は山ほどある。鬼子のこと、小日本のこと……。でも今は四年前の自分の言葉だけを反芻していた。
――俺の飼い主に手を出すな、鬼子は俺が守る。
まだまだガキんちょで、声変わりもしていなかったあの頃の自分は、ただただ、懸命にそのことだけを考えていた。
>>239 ちゃんと熟成できてたらいいんですが、やはり反応は気になるところです。
この作品は編纂、ということなので、極力オリジナルの設定を盛り込まないよう心がけてはいます。
(過去の作品群の読みが足らずに結果オリジナルが滲み出てしまった箇所もありそうですが)
ええもう精進いたします。
>>241-248 お疲れ様です!
いや、もうホント「しっくりくる」って感じですね。
鬼子創作の王道、というか。
自分なんか邪道もいいとこ邪道のモノしか創作出来ないんで、
ここまで巧く中道を行かれるとちょっと悔しいくらいですw
>241-248
乙〜 色々登場したな〜 やっと登場させたのはシロか狐じーさんかどっちだっ?!
白狐といい、ハンニャーといい、神代の世代が割りと多いな?! 案外ハンニャーと白狐も面識あったりするのか?
それはともかく、わんこもなんというか下手すりゃ主役張れそーだな〜
ヒワイ、その程度の乳の話でも寄ってくるのか?!感知能力パネェっ!?田中さん身の危険を感じて
ヒワイが拘束されている時に〜とかいってたけど、群れて顕れるなら意味ナイヨっ!見方を変えればそれ神隠し!
田中さんの明日はどっちだっ?!
シロちゃんはわんこ以外でもヘマやってぶっ倒れてツンツンされてそーだっ!主に木の小枝とかでW
>>241-248 今回も楽しかったです!!
ヒワイドリは(人にとりつかない限り)直接的な行為には及ばない輩かな、と思ってましたがww
まあ年頃の女の子が警戒するのは分かりますわ〜。
あと卑猥神輿が面白すぎるw似たようなのがかるたの絵にありませんでしたっけ?
白狐爺ちゃんの只者じゃなさに、物語世界の奥行きを感じます。
あと、シロの天然っぷりが微笑ましくってにやにや。
なんというか、歌麻呂さんの小説って、絵が思い浮かぶ描写ですよね。
御結の描写もいいですねー。
鈴が代表デザインの定位置についた!とか、大人こにぽんかっこよす!とか、一気に妄想が膨らみました。
あと、御結がわんこでも扱いづらそうな重い刀ということで、
そんなのを背負いっぱなしで戦えるのかなと要らぬ心配をしてしまいました。
鈍器wにしたって隙ができそうですし…。
まあ逆に言えば、これで体力を鍛えられるのかも。
そうそう、「俺の唯一の支えである、憧れである存在と同じ高みに行けないなんて言われたら」
のところで、「みずのて」のわんこが浮かびました。
何かを必死に追う姿って魅力的で、それを憧憬の念で見上げる人だっているんだよね。
そういうこと、わんこ本人には見えていないんだろうけど、そこがいい。
次回は実践篇の予感…って、鬼が卑猥神輿だったらどうしようww
それともわんこの過去篇かな?いやーさらに青いわんこも見てみたい!
・・・ん?あれ?読み返していたら狐爺、こにぽんの刀見っけた時、「おった、おった」言ってるのな。
「あった」の方言にそういうのあるのかな?それとも人格でも宿っているのかな?あの刀
わわ、こんなに感想をいただけるとは……! 恐縮です。
>>250 しっくりきますか、安心しました……。
でも個人的には、いわゆる邪道な鬼子さんの世界のほうが力強い魅力を感じますね。
いつかその魅力も伝えられたらいいです。
>>251 シロちゃんも白狐のじっちゃんも登場させたかった、というのが正解ですw
>ヒワイが拘束されている時に〜とかいってたけど、群れて顕れるなら意味ナイヨっ!
田中さんもその数と迫力に驚いたそうです。
シロちゃんにはこれからもドジさせていきたいですねw
>>252 卑猥神輿はいつか見たイラストを参考にさせていただきました。感謝と尊敬の念を。
>歌麻呂さんの小説って、絵が思い浮かぶ描写ですよね。
『日本鬼子』を知らない方にもわかりやすいよう心がけているので、そう仰ってくださると励みになります。
ひとまずここで忠実に代表デザインのこにぽんが誕生しましたかね。
>>188さんお待たせしました。よろしくお願いします。
>>253 メタなことはあまり言いたくありませんけど、
その部分は「おったおった」と「あったあった」でかなり迷いました。
しかし「人格でも宿っている」ですか……なるほどそういう手もありますねw
せっかくここまで続けておられる事ですし、各一話(又は一レス)ごとに挿し絵を入れて整頓しては?
基礎・紹介用の作品が欲しいと言われて久しいけど、その候補として充分だと思うのですが。絵も付けば更に分かりやすいかと…。
もし自力で描けなくても、親しい絵描きさんがいらしたら頼んでみたり、pixiv等で頼めそうな人を探したり…。
本スレでお願いって手もあるだろうし、確かツイッターで依頼募集中な鬼子描いてる方(炭素さんだっけ?)もいらした気が…。
あ?自分?自分は絵描きでないです。ド下手でございます。余計なお節介で申し訳ございません。
さ、挿し絵とは何と恐れ多い提案を……っ!
そうですね、鬼子さん初見の立場の視点で考えてみれば、
イラストがあると視覚的にも華やいで読者さんも見やすいと思います。
自分も若葉マークの方たちを対象に書いている(つもり)なので、この提案は嬉しいです。
ですが、うーん、なんていうんでしょう。
『【編纂】日本鬼子さん』を書いている身として、
頼んだり募集したりするのがさしでがましく思えて仕方ないんですよね。
そう思う理由は山ほどございますし、
いちいち述べてたら行数オーバーになりうるのでここでは割愛しますが。
私のチンケな落書きでも、「廃墟の月」でも、音楽でも、動画でも、感想でも、
何かを生み出すってのはかなりの体力を使うわけでして、
とてもじゃありませんが、こんな私の口からお願い申し上げることなんてできませんよ。
しかしイラストかあ……。頂いちゃってる姿想像するとニヤニヤが止まりませんねw
しかしようやくSSスレ4が流れたな…。
せっかく異常な荒らしの作品が全部流れた事だし、綿抜鬼って薄気味悪いキャラも掃除して欲しかったり。
あれを見るたびに『もしかしてSS書きはみんな自演してるんかな?』なんて思い出して不安になり、作品を純粋に楽しめないから。
>>挿し絵
逆に考えるんだ・・・イラストにSSつければ完璧じゃね?
絵、つけてもらったお礼ではないけど、書いて描かれてなら何度かあったな。あれはあれでオモシロかった。
互いに気に入ったらかく。って姿勢だったのがよかったんだろうけどね。
>>258 そ、そいつは完璧ですね!
夏だ水着だ関連のイラストにSSつけた例もありましたし、
過去のものをあされば素晴らしいものがたくさんありますよね。
面白い! と思えたら書く。そうやって作られた作品ほど力強いものはないですね。
>>257 賛成。あんな荒らしの残した垢が未だにそこかしこにあるのは、鬼子プロジェクト最大級の汚点だわ。
たとえ周りに甚大な迷惑をかけても、作品やアイデアとして面白ければ何やっても良いというなら、
多人数によるプロジェクトとして進めていく事なんて出来ないだろ。もしもっと大きい事(アニメ目指すとか)やりたいなら必須の措置かと。
>>260 じゃあ決まりだな。
奴の作品はSS・キャラ含めて全て完全に封印、外部等で知らずに使っている人がいたらスレ住民で注意を促す形で。
スレ住民による最低限の自治も出来ていないなら、鬼子で創作や販売する周辺へすらも迷惑がかかる。
自演をしている疑いが大きいから、同情誘う奴には耳を貸してはならない。同情による助長がここまで蝕む結果を招いているからな。
【編纂】日本鬼子さん七「朗報だ」
八の一
鳥居をくぐり、階段を八段飛ばしで雪崩れるように駆けおりる。鬼はあらゆる獣と同様、腹を空かせたときが一番獰猛になるのだ。
街道に出る。人々でごったがえしていた。進行方向は俺たちの逆で、社へ向かっている。
ほぼ音に近い速度で屋根を超え、防人のみとなった門に到着した。俺たちの存在に気付いた門番が重々しい門を開ける。
環濠と明日葉畑と逆茂木と防砂林に挟まれた道の遠方から大量の砂埃を飛ばす白い平板のようなものが向かってくる。
「相手の勢いを利用するのじゃ」
背中には千の命がある。小日本とシロもいる。一撃の戦い。一瞬の交わりで勝利は決するだろう。
自然拳に力が入ってしまう。こういうときこそ気を落ち着かせなくちゃいけねえってのに。
長大な鬼が近付く。しかしその輪郭がはっきりするにつれ、一体だと思っていた鬼が小さな鬼の群だということに気付いた。
馬鹿な、鬼が群れて村を襲うなんて聞いたことないぞ。
飢えた鬼が何体も集まったんなら、村を襲うより先に共喰いを始める。みんなで仲良く「お食事」なんて考えられん。
いや、そもそも群棲となると短期決戦は臨めない。
敵は五十、いや百は優に超えている。対して俺たちは三。どうやって戦えばいいんだよ。
うろたえに相手は躊躇してくれるわけもなく、距離は刻一刻と近づいてくる。
しかし、個々の鬼の姿を見えるようになるなり、俺の――いや俺たちの抱いていた動揺は驚きと呆れへと急転したのだった。
「あとで小言を言わねばなるまいな」
白狐爺がひとりごちた。
地鳴りが聞こえ、地面が縦に揺れる。
そして、『心の鬼』の大群は俺たちの目の前で停止した。
「あれ、お出迎え……にしては、あまりよくない空気だね」
そいつの正体は、大量のヒワイドリと、そして真っ青な顔をした田中匠だった。
φ
地震雷火事親父といえば恐ろしい四天王として名高いけども、アタシはあえてここで違う説を提示しようと思う。
「親父は地震・雷・火事の力を持ち合わせてるんじゃねえの説」と名付けておこうか。
「この、うつけ者が!」
その怒鳴り声に大地は揺れ、稲妻はほとばしり、そして激昂する身体から目に見えない炎がこうこうと燃えあがっている。
うん、あながちアタシの仮説も間違ってないんじゃないかと思う。
「お主、どれだけの民を恐怖に陥れたのか、わかっとるのか!」
真っ白い巨大なキツネが赤いトサカのヒワイドリをかんかんに叱りのめしていた。
日本さんに怒られても平然としてるヒワイドリも、さすがに応えてるみたいだった。
「日本さん、あの怖いお爺ちゃんキツネ、人間の姿になれちゃったりする……んだよね?」
みるみる生気を奪われている心の鬼をよそに、そんなことを訊いた。というか、そもそも喋ってる時点で普通の動物じゃないけどさ。
「ええ、そうですけど、何か気になるんですか?」
「いや、別に」
感覚がどんどん適応しちゃってる自分に苦笑いする。
日本さんの影響なのかよく分かんないけど、最近あっちの世界で幽霊みたいのを目撃しても、
神さま的な何かなんだろうと括ってムシして終わっちゃうんだよね。慣れって怖いわ。
「何しに来た、田中匠」
わんこ坊主が雑談に加わる。
そう言えばなにしに来たんだっけ。こにぽんに謝る……のはヒワイドリが言ったことで、自ら提案してはない。
受動的にこんな場所まで来ちゃったんだと今更実感する。
「あ、そっか、ごめんね、日本さんとこにぽんと水いらずだったのに」
まあ、今こにぽんの姿は見当たらないんだけどね。多分このデカイ門やら板塀やらトゲトゲしたワナみたいのやらに
囲まれた村の中にでもいるんだろう。とりあえず、アタシの立場は冷やかし以外の何者でもない。
そのとき、門が内側から開かれた。
八の二
「白狐様!」
息も絶え絶えの鎧姿の男性が這い出るように門から現れた。
侍……というにはあまりにも簡素な防具だ。まあ見張りさんにしてはそれなりによさげな装備だと思う。
こっちの世界で見た初めての人間だった。
「鬼です! 海に鬼が打ち上げられてます!」
落ち着いた雰囲気が一変した。日本さんもわんこも、当然アタシも、言葉を失う。
「……動きはどうじゃ?」
ただキツネのじっちゃんだけが淡々と状況確認を続けていた。
正直、結構な罪悪感を抱いてしまう。日本さんたちが一匹の鬼を祓うのにどれだけの集中力を使うのかはよく知っている。
伊達や酔狂で鬼子さんと心の鬼祓いをしてきたわけじゃないから、それくらい分かる。
一度気を抜いてしまってから、再び集中力を高める困難さだって、身に沁みるほど知ってるんだよ。
アタシたちのとんだ茶番のあとで、もし凶暴な鬼が出没したとしたら……。
「畜生、何もかも鬼子のせいだ!」
鎧の男が突然日本さんを睨みつけた。
「貴様が、貴様が鬼を呼びだしたんだな! この村を滅ぼすために、裏切るために!
あのときからそうだ! 俺は、俺は貴様を恨んでいる、憎んでいる!」
今、アタシの何かが崩れたような気がした。
それを無理やり言葉に表すとすれば多分「日本さん神話」のようなものだと思う。アタシの中の神話が解体されていく。
あの言葉を思い出す。
――怖いんです!
――私は、人間じゃないんです。異形の存在です。
その違いを知ってしまったら、きっともう今までのように私を見ることなんて、できないです。
鬼手枡との戦闘を目前に、日本さんは中成になることを恐れていた。自分が鬼であることを気にしていた。
どうしてあんなに怖がっていたのか、その根本的な意味を今まさにアタシは理解した。
「ますらおの民よ、やめなさい、単なる偶然じゃ。その怒りこそ、鬼の拠り所となるぞ」
白狐さんが男をなだめ、たしなめる。でも焼け石に水と言うか、男の怒りが静まる気配はなかった。
「白狐様の仰る事はなべて正しいです。
しかしながら! 何故穢れ多き鬼をお庇いになられるのですか! 彼奴らが来やがる度に我々は――」
「慎みなさい、守神様すら彼奴と呼ぶか」
守神の見習いわんこは、ただ俯き、尻尾を硬直させて拳を震わせていた。
アタシは、何もできなかった。俯くことも震えることもできず、ただ茫然としていた……んだと思う。
「失礼、つかまつりました」
腰を直角に曲げる。鎧の擦れる音がした。怒りを極度に抑えているのか、棒読みの謝罪だった。
「物事の内を視る眼を養いなさい。左様に努めればお咎めは無しじゃ」
「勿体無き御言葉」
「匠さんや」
「は、はい」
ほとんど何も耳に入ってこなかったけど、白狐おじいさんの呼びかけだけはなぜかすんなりと耳の奥にまで届いた。
「ヒワイドリを連れて社に行きなさい。ますらおの民や、丁重にこの乙女を案内せい」
鎧の男は無言で歩きだした。慌ててその後ろを歩く。
多分、この人はアタシの想像以上に疲れているんだと思う。そして、日本さんはもっともっと疲れてるに違いない。
でも余裕なんてちっともなくて、門をくぐる前に能天気な笑顔を見せることすらできなかった。
というか、ちょっと怖かった。
日本さんがどんな顔をしてるのか、見たくなかったんだ。
八の三
φ
なんてことはない。
鬼子が貶されることだって、俺がそのとばっちりを受けることだって、実によくあることだ。
だから俺は気にしてない。気にしないよう励んでいる。
実のところ、あの人間を喰い殺してやろうかと思った。
鬼子への暴言もさることながら、白狐爺の面前で無礼をはたらいたことで頭に血が上りそうになった。
――その怒りこそ、鬼の拠り所となるぞ。
この一言がなかったら、確実に俺の牙は赤く染まっていた。あの人間に向けた言葉は、俺に向けられた言葉でもあった。
爺さんのおかげもあって俺はなんとか堪えることができたものの、鬼子はまた違う傷を負ったに違いない。
田中に一番見せたくなかった姿を見せちまったんだ。あの何も考えてなさそうな田中も心理的な強い影響を受けたに違いない。
今の鬼子の精神状態で鬼を祓えるのか?
いや、鬼子は俺が守ってみせる。例え鬼子が戦えない状態でも、その分俺が動けばいい。
防砂林を超え、砂浜に行き着いた。空は厚い雲に覆われ、海は風に煽られ白波が立っていた。
そして、波打ち際に鮫のきぐるみのようなものがうつ伏せに倒れていた。
奴が堕ちた鬼なのか心の鬼なのかは定かでないが、後者だったら鬼子の弱った精神につけ入らせないようにしなきゃいけない。
「私が祓います」
薙刀を取り出し、一歩二歩と砂を蹴った。
「お、おい、大丈夫かよ」
心配で、ぴくりと足が動いてしまう。
鬼子に付いていくべきか、鬼子に任せてここで待つか……。
「わんこや」
俺の僅かな動揺を白狐爺は見逃さなかった。
とどめられるのか? きっとそうだろう。
「鬼子に憧れとると言っておったな?」
それは稽古場でのことだった。白狐爺は覚えてくれていたんだ。
「行ってきなさい、しっかり学びとってくるんだよ」
それはとどめの言葉ではなかった。
俺の背中を押してくれたんだ。
「はいっ!」
腹から声を出す。白狐姿の爺さんは目を細めて頷いた。
鬼子の足跡を二歩分飛ばして追いかける。潮風に揺れる黒髪が近付く。それから息を整え、鬼子の隣で歩幅を合わせた。
瑠璃色、なんて洒落た言葉は似合わない。真っ青な鮫が半ば波に呑まれつつ打ち上げられていた。
胸びれが人間の腕の形をしており、尾びれの根に鮫肌の獣の脚が生えていた。鬼子は気を失った鬼の前で屈みこんだ。
そのとき、鮫の鬼がビクリと痙攣し、しゃちほこのように顔をあげた。
「ち、血いぃっ!」
鬼子を目にした途端絶叫し、立ち上がっては釣り合いを崩し、波打ち際でおぼれていた。
鮫の姿をしているくせに、泳ぎはあまり得意じゃないのかもしれない。いや、単に混乱してるだけだな。
まあ、つっこむべきところは他にもある。
「血? 血って、どこにあるんだよ」
「ひい」ならまだ分かるが、明らかに「血い」と言っていた。
そういう言葉しか喋れない鬼なのかもしれないが、こんな怖がりな鬼は初めて見た。
「……へ?」
鮫の鬼がえらを激しく開閉しながら鬼子を見つめる。
「すす、すまんよぉ。あ、慌ててたもんだから、てっきり紅葉柄のそいつを勘違いしちまったんだべさ」
と、奴は鬼子の衣を指差した。確かに、言われてみれば血潮と勘違いしないでもないが、さすがに無理があるような気もする。
八の四
「お、怒らねえでくれ。間違ったのは謝るから、怒らねえでおくれよ」
鮫の鬼はさめざめと――決してだじゃれではないが――すすりはじめた。なんというか、いちいち行動がおかしくて笑えてしまう。
負の思考を持つ鬼は心の鬼である可能性が高いと般にゃーが言っていた。今回の場合は心の鬼で間違いないだろう。
「私は、怒ってなんていませんよ」
鬼子が口を開いた。
それは、まるで耳元でささやいているような、子守唄のような声だった。
「鬼さんは、私のこと、怒ってるように見えましたか?」
「それは……見えねえけどよ、そ、その手に持つもんはなんだべ? おっおっ、おらを、きるっ、斬る気けえ?」
どもりながらさすその指は目で見えるほどに震えていた。
しかし、言ってることはつまり、薙刀を捨てろ、ということだ。
鬼の前で武装を解除するということは、相手に首根っこを掴ませる行為と等しい。
「あ、ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの。薙刀はここに置いておきますね」
しかし、鬼子はそんな行為ですら平然とやってのける。背中側の浜に鬼斬を置いたのだ。
「ふ、ふかひれ……」
わなわなと震える鮫の鬼をよそに、鬼子はちらりと俺に目配せする。
信頼されていた。
だから、俺も鬼子を信じるために、「もしものこと」がないように、心の鬼に対する敵意を最小限にまで抑えるよう試みた。
「あなたは、とても繊細な心をお持ちなんですね。
私を見て驚いてしまったことに深く心を痛めて下さいました。相手のことを思いやれる、優しい心の持ち主です」
心の鬼はほんの少しだけ頬を緩ませるが、すぐに青ざめた表情に戻ってしまう。
「そんな褒めちぎられるもんじゃあねえよ」
それはなんとも言えない悲しみを帯びた顔だった。
「なんもしてねえのに、人間はみんな怖がって仲間外れにするんだ」
きっとそれは、この鬼の宿命なのだろう。怯えきった姿は人間の恐怖や不安が具現化したものなのだ。
恐怖に毒された人間が恐怖の権化と仲良くなろうというほうがむずかしい。
「おらなんてどうせ必要ねえ存在なんだ。だから、山から身投げすればいいと、おらなんか死んじまえばいいと思ったんだ。
でもな、崖っぷちに出た途端怖くなっちまって、代わりに海で身投げしたんだ。溺れて、流されて、そしたらおめえらがいたんだべ」
臆病なくせに実に切実な口振りだったから笑いを堪えるのに必死だった。
しかし、こんな滑稽な鬼ではあるが、嘘吐鬼のように人間の感情を吸い取って具現しているんだ。
完全に気を抜いたら奴の邪気に一瞬で呑まれてしまうだろう。
「やっぱり、優しい心の持ち主ですね」
そう鬼子は切り返した。
「でも必要なくなんてないです。私には必要なんです」
鬼子の心の中には、もう鬼を祓おうという考えはないのかもしれない。
あるのはただこの鬼を慈しむ心だけだ。同じ鬼として生きる存在として、心を砕いているのだ。
「なあ、どうしておめえは、そんなあったけえんだ? こんなおらをどうして見捨てようとしねえんだ」
「私が、日本鬼子だからです!」
その凛とした訴えが海岸に沁み渡った。波の打ち寄せる音がしばし場を繋いだ。
「ひのもと……そっかぁ、おめえ、お天道様なんだなあ。あったけえわけよ」
「いいえ、あなたと同じ、鬼の子です」
そう、鬼子は神さまではない。人間の心を持つ鬼に過ぎない。
「いんや」
青ざめた鬼は、ゆっくりと首を左右に振る。
「おらにゃあ、敵いっこねえベよ」
俺もそう思う。
八の五
田中の前で貶されて、それなのにこうして心の鬼と接することができる。
……いや、違うな。
そんな鬼子だからこそ、こうして接することができるんだ。爺さんが言ったことを思い出す。
俺が鬼子に追いつけないってことの意味が分かったような気がする。
けど、だからこそ、鬼子の前に立って戦いたい。
「青鮫なんて名前、おめえみてえな大層なもんじゃねえもんなあ。生まれから違うんだぁよ」
青鮫と称する心の鬼は、再びよよと泣き崩れた。
「あの、もし宜しかったら――」
鬼子が、一歩歩み寄った。
「私と、お友達になって下さいませんか?」
それは、鬼子の切実な願いでもあった。今この場所に恐怖というものはどこにもなかった。
「おめえと友達になれるってんなら、そ、それ以上の幸福はねえべ」
青鮫の涙の粒が大きくなる。
「でもよ、おめえも鬼なら、そいつはできねえ話だってんのも、分かってんだべ?」
「はい」
心の鬼は、自身の抱く根本の悩みが解かれたり最大の欲求が満たされたとき――要は存在価値を否定されたとき――に浄化される。
鬼斬は強制的に存在価値を否定する武器だから鬼子はあまり使いたがらないんだ。
本当は、今回みたいに願いを叶えさせてやって、出来る限り否定される感覚なく祓ってやるのが鬼子の本望なのだ。
青鮫は恐怖にさらされることなく誰かと仲良くなりたかったのだ。だから鬼子と友になれば、その願いは叶うことになる。
「友達にはなれねえが、いい夢見させてもらったベ。ひのもとさんさ、おらぁ、幸せもんだよなあ」
青鮫は、さめざめと身を震わせ、やがて静かに消えていった。
「私も……あなたと友達になりたかったです」
友達になれたと思ったその瞬間、友達は姿を消してしまう。
そして、心の鬼と向き合うってことは、心の底から接していかなくちゃならない。上辺っ面の言葉では響いてはくれない。
鬼子は今まで、どれほどの鬼に涙を捧げたのだろうか。
やはり憧れてしまう。優しくて、あたたかくて、そして強い。
でも学ぼうと思えば思うほど、鬼子は俺なんかとは全然違う世界に住んでいるような、そんな気がしてならなかった。
「辛かったろう」
人間の姿に成った白狐爺がやってきて、そっと鬼子の髪を撫でた。ぽろぽろと滴を輝かせる鬼子は無言で爺さんを抱きしめた。
肩を震わせる。白狐爺はしわくちゃの手で、やさしくやさしく、撫で続けていた。
波がしぶきをあげる。いつか、俺が白狐爺の代わりに鬼子の全てを受け止めることができたら……。
そのとき、白狐爺の手が止まった。俺の耳も異音を感知する。白狐爺につられるように防砂林を見た。
黒装束に、角を生やした深緑の深編笠のような頭部、真っ赤な一つ目をぎょろりと光らせ、はさみ型の手を動かす。
「またかよ、チクショウ」
拳を構え、応戦体制に入る。ヒワイドリ、青鮫、そしてこの鬼。今日に入って三度目だ。
こんな立て続けに鬼が現れることなんて初めてだったが、今度の鬼は知能の低そうな鬼であると見た。
さすがにもう鬼子はぼろぼろだ。俺が奴を退治してやる。
意気込んだそのときだった。
防砂林から、更なる鬼が現れた。先鋒から甲乙丙丁……合計四体の群だ。
黒ずくめに深い笠姿、同族の鬼は明らかに俺たちを仕留めんとしていた。
「嘘だろ?」
ヒワイドリの群体とは違う。奴らは意識的に陣形を組んでいる。二体が前方に立ち、他の二体がそれぞれ斜め後方に位置している。
鬼は集団行動のできない低脳な奴らなんじゃないのか?
般にゃー、言ってることが違うじゃねえか。
八の六
「鬼子とわしで迎え撃つ。わんこは不意を打たれぬよう辺りを警戒しておれ」
そんな。
鬼子はまた戦うのか?
でもそんな道徳めいた考えに囚われてはいけない。今はただ戦うことに集中するしかないんだ。
鬼子は浜に置かれた鬼斬を掴み取り、鬼の一撃を立て続けに防ぐ。
「どうして……どうして戦わなくちゃいけないの!」
汗なのか、波しぶきなのか、何なのか、紅葉と一緒に滴が舞った。
敵は無言で攻撃を仕掛け続けた。まるで感情というものを知らないのか、大きな目玉で鬼子を睨み続ける。
戦う理由なんてまだ分からねえけど……。でも多分、俺たちは戦い続けなくちゃいけないんだと思う。
でもそいつは答えなんかじゃない。答えにしてしまったらただの殺戮兵器になっちまう。
とにかく、今の使命は鬼子と白狐爺の護衛だ。気をできるだけ鎮め、全神経を八方に広げる。
薙刀の交わる音、白い砂が辺りを舞う。背後の海鳴りに白波が返答する。
巨大な肉が叩きつけられる音は白狐爺が大外刈りを決めた音だ。
波の音が大きくなる。
それはほとんど直感といってもいい。海の鼓動が不自然に早まったような気がして、とっさに振り返った。
黒ずくめの鬼が二体海から現れていた。甲乙丙丁戊己。これで六対三だ。
「不意打ち組か、上等じゃねえか!」
こういう奴らには威風堂々と正面からぶつかるに限る。
肝っ玉で負けちまったら、完全に手玉に取られる。遊撃は先制攻撃が命だから、そいつを潰せば数の不利はある程度補える。
一体の攻撃を右手で掴み取り、もう一体の平手打ちをかわした。かわしたほうの敵の背中に回し蹴りを入れる。
その勢いを利用し、攻撃を受け止めた方の敵を踊らせ、みぞに肘をめり込ませた。鬼は仰向けに倒れ、痙攣する。
これでしばらくは動けないだろう。
海にいたからか、挙動が遅い。海に身を隠し、襲うという手としてはいいが、損害をまったく考慮してない。
「来るなら六体まとめてかかってきやがれ!」
不意打ちするには人数が足りない。よろめきながら立ち上がった鬼の懐に入ろうとしたそのときだった。
奴の背が、薙刀によって貫かれた。
黒ずくめの鬼はのたりと倒れると、風に吹かれる砂のように姿を消した。
そして新しく視界に入ったその景色に、鬼子がいた。
砂浜に埋もれるようにして倒れる、鬼子が。
「鬼子ォ!」
ほとんどつまづくようにして駆けだした。
砂を蹴りあげるのも束の間、後頭部に激しい衝撃が奔る。魂が前後に揺さぶられる錯覚に加え、意識が遠のいていく。
すぐ隣に敵がいるのにさえ気付かないなんて。
うつけ者だった。本当に、俺って奴は、周りが見えないうつけ者だ。
ぼやける視線の先に白狐爺がいる。何かを呟いていたような気がする。
その指先から三尺ばかりの結界をいくつも生み出していたような気がするが、もう俺は浜に伏していた。
チクショウ……。
自分自身すら守れねえで、鬼子が守れるかよ……。
八の七
φ
「こにぽん、だからごめんねって、本当にさ」
「ふーんだ、タナカなんてキラーイ」
「こにちゃん、許してあげようよ。田中さんすごく反省してますよ」
「やっ!」
「弱ったなあ……あ、そうだ、こにぽんにお土産があるんだった。ほら、プリンだよ」
「ほんとにっ? タナカ、だいすきー!」
「早っ! 変わり身早っ!」
「あ、でも……このぷりん、ねねさまにあげるの。こに、食べちゃったから」
まったく退屈な偵察だ。
天井裏から童女の会話を聴くだけの簡単な任務なのだが、簡単すぎて寝不足の自分には過酷すぎる。
上が最重要任務と銘打ったクセに、実につまらんものだ。
まあ見張りなんてどれもつまらんものだから仕方ない。
最初聞いたときは面白そうな任務だと思ったんだけどなあ。
『鬼を祓う鬼がいるみたいだ。ミキティ、よろしく頼む』
部下を愛称で呼ぶなんてセクハラだ。そりゃくノ一として本名で呼ばれるよりかはましだけど、正直やってられない。
まあ上司の愚痴はいいとしよう。どうせ任務を放り出して遊んじゃってるんだろうし、そういう人なんだと諦めている。
問題はこの連れだ。
「くくく、さあ烏見鬼(おみき)、どの奴に願望鬼を憑かせれば良いかな?」
青狸大将(あおりだいしょう)の下品な笑い声と口臭はいくら修行を積んでも耐えられるものではない。
奴は現在私の元に配属されている荒廃衆と呼ばれる鬼の武装集団の長だ。願望鬼と呼ばれる心の鬼に毒された集団で、
体の一部を誰かに憑依させ、願望の赴くままに操作することができる。青狸大将は部下全員に自身の願望鬼が宿ってると言っていた。
願望鬼の特質が偵察向きだと「忍」に置かれているけど、正直使えない。
大将ですら私語ばかり口にするは、音は立てるは、腹の出てるはで、本物の「忍」だったら存在全てを消し去ってやりたいくらいだ。
まあ彼の従える悪の手先鬼(てさき)は敵の誘導に使えたから、まだ捨てるには惜しい。
こうして結界の張られた社に潜入できたのも村の外で老白狐らとたわむれて時間稼ぎしてる奴らの手柄だ。
今回は『鬼を祓う鬼』に近い存在に願望鬼を潜ませ、『鬼を祓う鬼』の情報を得ることが目的だ。
憑かせるといっても心を操らせることはしない。発信器、盗聴器として心の鬼を利用する。偵察向きというのは、そういう理由なのだ。
憑かせる対象を吟味する作業に移る。
「あれ、その刀おニュー?」
「えへへー。れいとうおむすび、だよ!」
「冷凍おむすび? 解凍おむすびとペアなのかな? で、そいつで鬼たちをスバババって一刀両断しちゃうわけか」
「こに、退治したりなんかしないよ! こにはね、みーんなに『めばえ咲けぇ』ってしたいの!」
この部屋にいる田中と呼ばれる人間、こにと呼ばれる小さな鬼、シロと呼ばれるまだ弱い狐神(しかし込み上げる素質を感じる)が
『鬼を祓う鬼』に近い存在であることは会話から容易に理解できる。
感情に富む小さな鬼にまず魅かれた。しかし、恐らくこの三人の中で最も『鬼を祓う鬼』の側にいる存在であると推察する。
『鬼を祓う鬼』も初耳だが、これほど感情豊かな鬼も見たことがない。まるで欲望を感じないのだ。
だが『鬼を祓う鬼』に近すぎるのもいけない。憑けたとしても、かすかな邪気を感じ取られて祓われる危険があるからだ。
似た理由で若き白狐の神にも憑けるのは難しいだろう。狐はすさまじい霊力を持つ。
だから、かすかな邪気を発しているだけで気付かれるか、それ以前に憑けない可能性が高い。
「……人間だ。田中と呼ばれてる人間に憑かせなさい」
八の八
鬼を恐れない人間なんて珍しい。それに霊力がなければ勘付かれる可能性もずっと少なくなる。
青狸大将がにまりと黄ばんだ歯を見せつけ、それから悪臭を伴う息を吐き出した。藤色の煙が天井をすり抜けて部屋に侵入する。
「くくく、無事憑依完了だ。それから――」
声が大きい。私は黙って天井裏から抜ける道を引き返した。
「朗報だ、『鬼を祓う鬼』が倒れたぞ」
思わず青狸大将を見る。悪の手先鬼に憑いた願望鬼からの速報だ。
「我が手先鬼も皆討たれたようだが、『鬼を祓う鬼』とそいつに従う狗畜生を負傷させ、
白狐のジジイは霊力をふんだんに使ったおかげでもう使いものにならねえようだ。
報酬の方、ご検討願いたいところだな」
金に五月蝿い輩だ。眠い頭にがんがん響く。
「傷? 負わせて当然だ。討ち取らないと話にならない」
青狸大将の舌打ちを流しつつ屋根に出る。厚い雲に覆われた空が広がっていた。
早く上に報告して寝てしまおう。そう心に決め、社を発った。
私たちの故郷、天魔党の国へ。
>>263-270 お疲れ様です!腐れ荒らしがチョイ役に使って汚した『青鮫』を作品に登場させ、
しっかりと見せ場を作って下さるなんて、なかなか粋な計らい、お見事です!
天魔党にも繋がる話すらも出てきた事ですし、これが何人かが求めていた『紹介用』鬼子で大丈夫かと。
ようやく荒らしの呪縛から解かれようという時に、素晴らしい作品を拝めて眼福です。
>>271 作品で勝てないからって、外部まで粘着して時の番人さんを潰した奴とは全く違うよな。
本物はキチンと作品で圧倒してなお、自身としては寡黙で多くを語らない。
何度となく言われてきた『グダグダ言わずに作品で魅せろ』をまさに実践なされてるのが素晴らしい。
麻呂さんズはゲーム絵放棄されて泣かされつつ、それでも作成を投げなかった音麻呂さんに続いて、
歌麻呂さんも荒らしに苦しめられたSS書きの方々に、挫けない希望の光を見せてくれていると思う。
あのクソ荒らしは許せないが、ちゃんと禊ぎを済ませさえすれば、みんなで乗り越えていける気がしてきたわ。
>>272 本人は時の番人さんへの粘着についてはやってない(別の人物だ)って言ってたよ。一応補足。
>>269 青「ミキティもその刀おニューだもんね〜」
鳥「次 無駄口きいたら今度こそ殺すぞ」
というやり取りを幻視した。
にしてもすげえ取り合わせですな…
>>273 やめてくれよ…他にもあんな気持ち悪い粘着荒らしがどこかに潜んでいるとか、想像しただけでも吐き気がする。
ただでさえ奴が反省したフリだけして、未だに居座ってる可能性もあるのにそれより非道い状況とか気が狂いそうだわ。
創作しながら荒らしていたのは奴だけ、他には荒らしはいない、綿抜鬼はネット上から全て消す。それで良いじゃないか。
良くはねーなー。私はキャラとしては気に入ってるからにゃー。
もう済んだことじゃないの。ちょいと粘着しすぎだぜ。
>>263-270 乙です。まさかのミキティ参戦!
あのキャラとかこのキャラとかも出てくるのかなぁ?
先が楽しみです。
>>276 ぶっちゃけどっちが粘着してたんだか、って話なんだけどな…。
例えとして適切かは解らないけど『あたしは市橋が格好良いと思うから』とか言って、
傍聴席から黄色い声援送りながら著書やその他グッズを振り回す女性がいたら、遺族はかなり苛立つと思うんだが。
もしそういう状況になったら、本屋に並ぶ著書すらも憎悪の対象になる事は理解出来ないかな?
キャラクターには生命が無いし、筆を折られたのも最後はご本人の判断だって?
そうかもしれないけど、『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』となってしまう心情を理解するのも優しさだと思うよ。
そして今回の場合、本当の加害者が誰かは解っているんだから。
活気あるコメントたち……恐縮でございます。これからも邁進していきたいですね。
今後の展開に関しては答えられませんが、答えられる範囲で返事をさせていただきます。
>>271 どのキャラクターも主人公として輝かせられるよう心がけています。
青鮫や青狸大将やミキティもそうですし、鬼手枡もモモサワガエルもモブのおっちゃんも、
私にとっては大切な鬼子さんワールドの住人ですからね。
>>274 二人らしい会話ですねww
はたしてミキティに安息の日々は訪れるのか!?w
二人に加えて願望鬼と青鮫、手先鬼……。正直、今回新キャラを登場させすぎたなあ。
>>276 ありがとうございます。
お目当てのキャラを登場させることができたら幸いです。
まあ、登場させるキャラクター選択はほとんど私の独断と偏見なんですけどw
先々週あたりから申しておりますが、
これから少しずつ私の独創的なものが増していくと思います。
>>271さんらの仰る『紹介用』としてふさわしいかどうかは、
この物語がきちんと幕を閉じて、それから腰を据えて話し合っても遅くはないと思います。
個人的な心情としては、毎週毎週危ない綱を渡ってる感覚なんですよw
というわけで、作者めの戯言でございました。
皆様コメントありがとうございます。感想も指摘も叱咤も激励もみんな栄養です!
>>278 全て書かれた後での判断との事ですが、勝手ながら期待しております。
もしあなた様までがあの荒らしやその一味…綿抜鬼派とでも呼べば良いでしょうか?
彼らに毒されてしまったならば、鬼子スレは荒らしが大手を振って自演や粘着を行う地獄絵図となるでしょう。
あなた様が鬼子スレ存続の最後の希望です。どうか忌まわしい荒らしの作品を全ての記録と記憶から完全に消し去って下さいませ。
綿抜鬼に関しては第三者がデザインを起こされ
多数の人にも人気があり描かれてるのは事実だからにゃー。
何かしら不快な思いをされてきたのだろうが
だからといってそれらを全て否定するのは如何なものか?
しかも流れに関係なくほじくりだして主張するのはどうかと思いますぜ。
あと書き手に強要も余り感心しないなぁ。
う〜ん、この話題は避難所向きだにゃー。何でしたら避難所で議論しましょう。
>>280 『期待しております』が強要に見えるなら、荒らし養護派は救いようが無いですね…。
キツい言い方になりますが、流石人の気持ちを理解出来ない、楽しければそれで良い快楽主義な方々だと感心してしまいます。
それに避難所がほぼ機能停止している中で、一体向こうで何を話すというのか、全く理解しかねます。
また荒れてれば面白い・賑わってると思ってる、釣りの人でも呼び寄せられれば良いと考えられているのですか?
>>281 いたずらにこのスレを汚すよりイイんじゃな〜い?
>『期待しております』が強要に見えるなら
そこじゃねーですよ。とりあえず避難所いきましょ。
あさがねの土はうたてしはる水の田に植わる穂の実り見てうたてしことといかで思はん
あるゆゑは人にやあらむいもにこそあるゆゑあるをつづりたしかな
久しぶりに歌ってみました。相変わらず腰の折れたものですけど。
やっぱり歌はフィーリングとイマジネーションですね。
>>282 前に居たSS書きの話だからこっちでやりたいんじゃね?
どっちにしろ汚してるんじゃなくて、汚れを消そうと思ってるんだろうから移動はしないでしょ。
>>281 なぁ、残念だがどう言ったってこいつらはオモチャを捨てないよ。それを見た人がどれだけ悲しもうともな。
荒らしの残骸ですら、面白いと思えば何でも貪り喰らうように利用する。
死肉を漁るハゲタカやハイエナ、シデムシみたいな奴らの吹き溜まりが2chだぜ?
良識ある行動を求めた所で、誰一人耳を貸さないし無駄な労力だよ。
もう腐ったものをどうにかしようと必至にならずに、諦めた方が身の為だよ。
人の心なんざどうやったって変えようが無い。クズはクズでどうやったって更生はしないのさ。
そもそもどんな状態なら満足するのかが分からんし。
対象者とその痕跡を全て自分の視界から消してくれ、って言うんなら
「あんたが目を閉じればいいじゃん」としか。
しかも自分では具体的に何かする訳でもなく、せいぜい愚痴を垂れ流しては
他人に「何とかしてくれ」と丸投げじゃあ
仮に共感する人がいたとして力貸してはくれんでしょ。
ていうか、
「気に入らない作品があるから、それの上をいく作品を創作してやる」じゃなく
「気に入らない創作物を消す」って発想は創作板としてどうかと。
わーたんが嫌ならもっと魅力的なヤンデレキャラをぶつけようとか
そういう考えは無い訳?
>>285 本当に人の心情を理解出来ない方々ですね。
私自身の力不足は痛いほど理解しておりますし、歌麻呂さんに頼りきりなのも申し訳なく感じております。
ですが、時の番人さんのような文才のみならぬ多才な方でさえ、筆を折られるほど味方も無く皆に追い込まれる状況で、
無才で孤立無縁の者が戦ったところで、何を変えられるのでしょうか?屍を増やせと願われているのですか?
荒らしに叩かれているからと面白半分に持ち上げられた作品を、荒らしが自演と解ったため扱わない。これのどこがおかしいのですか?
あなた様の住む世界ではドーピング検査にかかった選手の記録すら、通常の記録として平然と並べ立てられ、
どんな不祥事を起こした企業や芸能人であっても、大手を振って活動を出来るのですか?理解に苦しみます。
>>284 例え荒らし相手でも屍肉を漁る…なんともおぞましい話です。綿抜鬼はそんなスレ住民の狂気の象徴なんですね。
これではやはり『ひのもとおにこ』ではなく『リーベングイズ』だったと言わざるを得ないと確信します。
敵兵すら兵器開発の材料とした731部隊と同様のやり口を、創作活動の中とはいえ第二次大戦の反省も無く続けているのですから。
私も含めた日本人はまさに人面獣心、鬼と呼ばれても何も返せないのが当然の存在だったと、改めて理解致しました。
『初期の志を忘れてはならない!』と何度となく来られては追い返された方もいましたが、スレ住民全体で応えていたのですね。
もう日本人に絶望しました。これからは腐ったモノには近づかないよう、静かに暮らします。失礼しました。
不躾な願いですが、どうか時の番人さんが無事戻られる状況になりますように、それだけは願います。さようなら。
>>286 時の番人さん、もうとっくの昔に戻られてるけど…w
>>194 さようなら。とりあえずしばらく頭を冷やしな。
鬼子ちゃん創作が本当に好きだったら、またいつかおいで。
>>287 戻られてるだけで、結局以前の作品は未完のままだけどな。
もしかしたら
>>286が作品の続きを楽しみにしていた読者・ファンかもしれない。
荒らしの作品はそのまま愛されているのに、ぜひ続きを読みたい作品が途切れたままなら、
結構複雑な気分だと思うぜ?頭を冷やして意見に耳を傾けるべきは一体どっちだろうね。
【編纂】日本鬼子さん八「もみじはなんで散っちゃうの?」
十の一
いわゆる日常的な平穏ってものは案外あっさりと奪われてしまうらしい。
戦いがすぐ近くで繰り広げられていたのに平穏っていうのはおかしいかもしれないけど、
じゃあシロちゃんやこにぽんと雑談に興じていたのを、平穏と言わずになんと言えばいい?
でも、そういうものは、この世界において実にもろくて、崩れやすいものなんだとやっと実感することができたのだった。
鬼にやられた。わんこは帰ってくるなりそう声を張り上げた。あわてて出てみると、
日本さんを背負い、白狐の爺ちゃんの肩を担いだわんこがそこにいた。ひたいから血を流す犬ころの姿を見て、
自分の体が青ざめていくのがわかる。シロちゃんが小さな悲鳴を上げ、こにぽんがあたしの裾をぎゅっと握りしめる。
傷ついたわんこの代わりに日本さんを背負おうと思って手を伸ばしても、吠えて拒むのだった。
それからうわ言みたいなことを言って、わんこは倒れてしまった。
今はそれぞれ別の床で休ませている。シロちゃんは白狐爺を、こにぽんは日本さんを介抱している。
「お茶淹れたよ」
そしてアタシは元気のない元気坊主の相手をしているワケだ。
「人間の淹れた茶なんて飲めるかよ」
弱ってるクセに、意地だけは変わらない。包帯を巻いた頭を外に向けたままふてくされている。
外では何やら人々が集まってお経じみた合唱が行われている。怪しい儀式で枯渇した白狐爺の力を満たそうとしているらしい。
「あの連中を黙らせろよ。昨日から休みなしで眠れねえし、気が狂っちまう」
「はは、そりゃ同感」
湯呑の載ったお盆を置く。立ち上る湯気が渦を巻いた。
「このお茶さ、アタシだけが淹れたんなら別に飲んでくれなくて構わないけどさ、こにぽんとシロちゃんと一緒に淹れたんだよ」
お茶を渡すと、わんこはしぶしぶ受け取り、息を吹きかけた。
しばし小波に揺れる水面を眺め、一口飲む。それからまた湯呑の中のものを見つめていた。
「……チクショウ」
考えていることが口から洩れているような、そんな訴えだった。
若々しい悔しみに懐かしさのようなものを感じる一方で、自分を追い込む痛ましい姿に心が苦しくなる。
「アンタはよくやったよ」
わんこの「チクショウ」みたいに、アタシも口から言葉が滲み出ていた。
「よくねえよ」
「シロちゃんから聞いたよ、後ろから叩こうとしたヒキョーな奴らをボコボコにしてやったんでしょ? しかも二人相手とか、お見事としか言いようがないね」
「見事なもんじゃねえよ。鬼子も守れねえし、自分も守れやしねえ。あまつさえ白狐爺もだ。……こんなのってねえよ」
わんこって、こんな弱音をはくような人だっけ? なんか、こういうのを見ると、
ケガしたりカゼひいたりしたくないなあ、なんて思う。わんこの弱音はケガやカゼみたいなものなのだ。
「やれやれ、まったく、男なら堂々としてな! 見てよ、アタシの堂々っぷり!」
無い胸を張って言ってやった。当然冷ややかな目で見られる。
「お前は馬鹿なだけだ」
湯呑を投げるように置き、布団をかぶってしまった。
たぶん、わんこの言う通りなんだろう。日本さんのことを差別する人がいる。その人を見たときのわんこの表情から察するに、
差別は日常茶飯事なのだろう。日本さんはそのことをひたすらに隠そうとしていた。
もしかして、アタシが知っちゃったから、日本さん鬼に負けちゃったんじゃ……。
そういう妄想全部、知らないフリして、とぼけちゃって、鈍感な仮面をかぶっている。
でも、それはそれでいいんじゃないかと思ってる。
だってさ、こーゆー空気、好きじゃないもん。
十の二
ふすまが開いた。見るとこにぽんがしゃくりを上げながら立ちすくんでいた。
「なあおい、どうしたんだよ」
がばりと上半身を起こしたわんこを見るなり、こにぽんはとてとてと駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。
「わんわんは、変わったりなんかしないよね? わんわんは、こにのこと、ずっと好きだよね?」
アタシは何も語らず、じっと二人を見つめていた。
「な、何言ってんだよ。俺はその……俺のままだよ」
アタシのことをちらりと見て、少しあわてた様子でつぶやいた。
「ねねさまはね。やっぱりかわっちゃったの。ねねさま、なんにもこたえてくれないんだよ?
ぷりんのことも、たべてくれないんだよ? わんわん、ねねさまのおはなし、きいてあげて。ねねさまつらそうなの。だから……」
きっと、今のわんこじゃイエスと言えないだろう。いつもならハッタリだとしても自信を持って頷くだろうが、
先の戦闘で色々とキズを負ってしまっている。わんこのことだし、ほっとけばそのうち元に戻るだろうけど、
今日本さんのトコに行ったらキズが膿んでしまうかもしれない。日本さんの心をえぐることになるかもしれない。
アタシは、立ちあがった。
「代わりに行ってくるよ。わんこは安静にしてなくちゃダメだからね」
「ほんとにっ? タナカ、行ってくれるの?」
こにぽんは真っ赤にさせた目を潤ませながら訊いてきた。
「当然よ。こにぽんはわんこと一緒にお留守番ね」
日本さんトコへ行くのは、一つはわんことこにぽんのためだ。悲しそうな顔をしてるのをほっとけるわけないじゃないか。
でも本命の理由は二つ目にある。
どうして、黙り続けるんだ。こにぽんがせっかくプリンをあげるって言ってくれたのに、
ありがとうのあの字もないってどういうことなのさ。
「……田中」
わんこがアタシの名を呼ぶ。
「鬼子はな、今まで一度も鬼に負けたことはなかったんだ。だから俺みてえな立場の気持ちなんざ、ちっともわかっちゃいねえんだ」
ほとんどグチのようなものだった。羨ましいのと恨めしいのがごっちゃになってまとまらないんだろう。
「だから、鬼子をこれ以上引きこもらせるようなことがあったら、俺は本気でお前を噛み殺す」
「おーこわいこわい」
「な……、俺は本気だからな!」
本気だってことくらいわかってるさ。だからこそ、アタシは茶化してやってるんだ。
しっけてるなあ、というのが第一印象だった。キノコでも生えるんじゃないの?
そんな冗談みたいなことを考えてしまうほど日本さんの部屋はジメジメしていた。
日本さんは布団にもぐってピクリともしなかった。角だけ飛び出ているのがちょっとほほえましい。
「ひっのもっとさーん、あっさでっすよー。正確にはひっるすっぎでっすよー」
無反応。となるとここは興味を持ってもらえるような話題を立て続けにぶっ飛ばしながら、
日本さんの睡眠(または狸寝入り)を邪魔するのが最適のようだ。
「起きたら朝日を浴びる! 一日の始まりと言ったらこれっしょ!」
テンションを一人あげつつ、雨戸を引き開けた。まぶしい南の光が差し込み、布団がちょっとだけ動く。
「はい、布団ボッシュート!」
それから掛布団をはがす。不意をつけたようで、あっけなく布団を奪うことができた。
寝巻の浴衣姿の日本さんは縮こまった様子で、必死にまぶたをつむっていた。反抗期の寝ぼすけ坊主みたいで、なんか和んじゃうね。
ああ、そっか、今まで反抗しようにもできなかったんだもんなあ。
「日本さん、起きてるのはわかってるんだぜ? おとなしく目を開けるんだ!」
立てこもった犯人を相手する刑事風の口調で説得するが、
止まれと言って止まらないドロボウのように、日本さんも目を開けるのを拒んでいた。
「さもなければ――」
両手の指関節を動かし、ウォーミングアップを始める。
「くすぐりの刑に処する!」
アタシは無防備な日本さんに飛びついた。木綿の浴衣の上から腋や横腹を揉みくだした。
十の三
「ひゃ、あっ!」
日本さんの躰は、さっきまで布団にくるまっていたからか、とてもあたたかかった。
頬や腕、胸、お腹、腿、どこを撫でてもつまんでもやわらかい。こんな華奢な肢体で薙刀片手に舞い踊るんだから不思議だ。
「た、たなかさ、ぁ、んっ、や、やめ……ん」
「だがやめぬ!」
暴れないよう両手首を掴み、空いた手でその白桃を弄りまわす。脚と脚とが絡み合う。
日本さんの息が近い。寝起きのまなこがとろりととろける。薄紅色の頬、ぬれる唇、艶めく黒髪の芳潤。
「鬼子ォ! 田中ァ! オレも混ぜろおぉ!」
そして釣れるのは、白い淫らな鳥だった。
『お引き取り願います』
鬼子さんと一緒に奴を外に放り投げた。儀式中の人々が悲鳴を上げた。
その瞬間、アタシと日本さんは、初めて心から交わり合うことができたのだった。
いや、ただくすぐっただけですけど。
「田中さん、な、なにするんですか……!」
息を荒げる――アタシも似たようなもんだけど――日本さんの機嫌はある程度治ったみたいだった。
「心配でさ、お見舞いなかったから、代わりに」
「代わりに、じゃないですよ、もう……」
呆れられつつも、満更ってわけでもないみたいだった。でもその深い瞳に陰りがあるのは変わらない。
「なんかさ、悩んでることあったらさ、今すぐにでも相談に乗るよ。今すぐに」
あえて唐突に本題へ移る。そうしないと、面と向かって話せないような気がした。
日本さんは何も答えなかった。こんなすぐに自分の心の内を語るような人じゃないのは重々承知している。
「今回の鬼は、強かったみたいだね。っていうか、卑怯者ども、みたいな?」
敗北の記憶を引っ張り出すことに躊躇はあった。日本さんの反応は無言だった。
「今回は負けちゃったけどさ、みんなが無事でなによりだよ。また次にさ、リベンジ果たそうよ」
「田中さんは――」
ここで日本さんの口が開いた。
「田中さんはまだ、私のこと、友達だって思ってくれてますか?」
その問いかけに、アタシはちょっとだけ懐かしい気分に浸ることができた。
「お友達に、なって下さいませんか?」と緊張をあらわにお願いされたあの日がずいぶん昔のことに思えた。まだ一ヶ月も経ってないっていうのに。
「アタシは、いつもと変わらないよ」
「戦いに負けてしまってもですか?」
「生きてさえいてくれれば、それでもいいよ」
「負けたら、駄目なんです!」
私の言葉を遮るように、日本さんは声を張り上げた。
圧倒されてしまったアタシはしばし日本さんを見てまばたきするほかなかった。
努めて落ち着いた口調で続く。
「私は、強い鬼でいなくちゃいけないんです。絶対に負けない鬼でなくちゃいけなかったのに……」
鬼子さんの言葉から、まるで大木の根っこみたいにしっかりとした信念が見て取れた。
でも、鬼子さんは再び黙りこくってしまった。
日本さんはまだアタシに話したいことがあるはずなんだ。
聞いてみたいけども、でも本当に聞いてしまっていいものなのだろうか?
聞いたらその瞬間、二人の関係は壊れてしまうんじゃないだろうか?
そんなセリフを、いつか日本さんのほうから聞いたことがあった。
そう。
日本さんは、アタシを試している。
夕方の更新は以上。
この続きおよびTINAMI版、pixiv版の投下は夜になってからになります。
ご了承くださいませ。
うおう、鬼子にとって「鬼を祓う」のってそんなに深刻な事だったんかい?
なんか今まで見てきた創作物群からはちょっと想像できないぜ?
設定の核心部分まで踏み込んでいきそうですな。期待。
そして田中、何で手馴れてるんだw
「流石にただ者ではない」という片鱗を見た気がする。
続き。
十の四
アタシを友達だと思ってくれているから、アタシがどこまで近付けるのか試しているんだ。
自分をさらけ出すことに、どれだけ勇気がいるんだろう。
たぶん、友達を作ることなんかよりずっとずっと、桁違いの勇気を使うことだと思う。
アタシにできるのは――、
「日本さんが話したいのなら、ちゃんと聞くよ」
その小さな背中を支えてやることだ。
「……ありがとうございます」
このあとで、何が起こるのかはわからない。アタシたちは、そういう綱の上を渡っているんだから。
平穏なんてすぐに崩れ去ってしまうような世界で生きてるんだから。
「田中さんと出会えたのは、きっと何かの縁なんだと思うんです」
全てを受け入れよう。
「私が常に勝ち続けなければいけない理由を、鬼を祓う理由を、私の過去を、話しておきます」
日本さんのお話を聞き終えたあとで、アタシは驚くかもしれない。
あるいは、なんだそんなことか、と拍子抜けするかもしれない。
でも、それを乗り越えて受け入れることが、支えるってことなんだ。
そっと、息を吸う。
やさしく息をはいた。
日本さんの物語が、始まった。
「六年前のあの日が来るまで、私は人間だったんです」
φ
「お母さん、もみじはなんで散っちゃうの?」
「そうね、あんなにきれいなんだもの、散っちゃうのはもったいないって思うわよね」
「うん」
「でもね、紅葉が散るのは、紅葉の神様がわたしたちのくるしいこと、かなしいことを散らしてくれるからなの。春になったらね、散らしきったもみじの木から、うれしいこと、たのしいこといっぱいの若葉が芽を出すのよ」
六年前の秋のことだった。
父は私が生まれて間もなく亡くなってしまったけれど、国境の山の恩恵と父の遺した畑のおかげで、
母と共に貧しいながらも幸せな生活をしていくことができた。当時遊ぶことが大好きで、国境の山はお庭だった。
友達と木登りしたり、虫取りをしたり、山頂まで駆け上がったりしていて、今では考えられないくらい、お転婆な小女時代だった。
あの日は長く続いた秋晴れが終わり、冷たい風の吹く曇りの日だったのを覚えている。
私は日課の薪拾いに出かけていて、冒険がてら山の頂まで登って一休みしているときだった。
隣の国の山裾から恐ろしい姿をした鬼が向かってくるのが見えた。疾風みたいな速さで馳せるので、
私は慌てて山から下り、母に知らせた。すると母は大きな釜を持って外井戸まで私を連れていった。
お母さんがいい、と言うまで釜の中に入ってるのよ。
もう母の声は思い出せない。でも、そんなことを言っていたのは記憶に残っている。
私は怖かった。自分がお釜の中に入れるかどうかじゃなくて、この中に入ってしまったら、
もう一生母と会えなくなるんじゃないかと感じたのだ。だから反抗した。あれが最初で最後の反抗だった。
私は親不孝だ。最後の最後に哀しい顔をさせてしまったんだから。
十の五
お母さんね、――には、たくさんの人を幸せにできる芽を持ってると思うの。みんなね。
つらい、くるしい、かなしいって泣きたいこと、たくさん持ってるでしょう? でもちょっとしたきっかけで、
私たちはみんなしあわせな気持ちになれて、笑顔になれるの。立派じゃなくていい。
でも、――の芽が、みんなを笑顔にしてくれたら嬉しいな。
もう、母の輪郭もおぼろげだし、母がつけてくれた大切な名前も忘れてしまった。
でも、紅葉を見るたびに、この言葉だけははっきりと思い出すことができる。紅葉は母と私を繋げるものなのだ。
私は母の言葉に胸をときめかした。あの時、鬼に食べられてしまっておしまいだと思っていた私にも未来があることを、
未来に向かって歩いてもいいってことを、許してくれたみたいで、すごく嬉しかった。
体を折りたたんでお釜に入ると、母は縄で縛って井戸に下ろしてくれた。身動きが取れなくて、痛くて、怖くて、一人きりで、
探険するときの興奮はすぐに失せてしまって、だんだんと心細くなってきた。でも不思議と鬼への恐怖はなかった。
母が守ってくれるから、と根拠のない自信で心は埋め尽くされていた。
明日友達となにして遊ぼうか、そんなのんきなことを考えだした、その時だった。
井戸の外から、稲妻のような地震のような大きな音がして、すぐに女性の叫び声が聞こえてきた。
音は井戸の中で反響に反響を重ねる。
それきり、だった。
もう何の音も聞こえない。
急に孤独を感じる。これ以上膝を抱えて待っていても、母は迎えに来ないのではないか。
頼れる人はいなくなってしまったのではないだろうか。これからぬくもりに触れることはないのではないか。
あのすまし汁は二度と食べられないのではないか……。
お腹が減ると、余計に寂しさがこみ上げてくる。
それからどれだけ「お母さん」と呼び続けただろう。我に戻ったのは、お釜がごとりと動き出したときだった。
お母さんは鬼に殺されてなんかいない、生きてるんだ。何事もなく鬼が通り過ぎていって、引き上げてくれてるんだ。そう思った。
でも、母の「もういいわよ」の声はどこからも聞こえてこない。それどころか人の気配が一向に感じられなかった。
それなのに、お釜は上下に揺れ続けている。
鬼に見つかったんだ。息を殺してさらっておいて、鬼のすみかで戦利品とばかりに私を食べようとしてるんだ。
ただただお母さんお母さんと連呼して、助けて助けてと祈り続け、こわいこわいと頭を抱えたその瞬間、違和感を覚えた。
頭に、何か固いものが二本生えていたのだ。しばらくいじると、それが角だってことがわかった。
鬼と成っていた。
どうしてそうなってしまったのか、今でもわからない。
母への思いが鬼にさせたのか、お釜の中に入っていたから鬼になったのか……。
今度は自分が怖くなり、外に出たくなった。これ以上釜の中にいたら、私は心まで鬼になってしまいそうな気がした。
母の言いつけなんてどこかへ飛んでしまうくらい怖かったのだ。
ふたを押し開け、生まれたばかりの仔馬のようにふらついて倒れこむ。そこはもう夜で、井戸の中ではなかった。
河原の草原で、山と山に挟まれた渓谷だった。上流の空が煌々と赤く燃えていた。
故郷は鬼に滅ぼされ、私はきっとその最期を見届けていたのだ。
でも、周りに鬼の姿はなかった。私は鬼に連れられてここまで来たわけではないようなのだ。
だとしたら、どうして見知らぬここまで来てしまったのだろう。
そんなことを思ってお釜をみると、どういうわけかお釜に手と足が生えていて、ひょこひょこと飛び跳ねている。
私の強い祈りを受けて神さまになったのか、例の鬼の邪気を受けて鬼になったのか、
それとも神さまでも鬼でも人間でもない存在に変貌したのか……。とにかく鬼になってしまった私に心があるのは、
お釜が私のことを守ってくれたからなのだろう。でも私は混乱していて、鬼や神さまの知識もなかったので、
ただただ不思議だなあ、と思うばかりだった。
きょとんとしている私を見て、お釜は意気込んで渓流に飛び込んだ。何をするつもりなのかわからなかったけど、
川から上がったそれを見て、納得すると同時に仰天もした。お釜の中にはお腹の膨れた鮎がたくさん泳いでいたのだ。
お釜に顔があったらしたり顔をしているようで、きっとほめられたかったんだと思う。
山菜と朽ち木を取ってきて、ご飯を作った。ずいぶん久しぶりだった。
塩気がなくておいいくなかったけど、お腹はいっぱいになれた。
でも母の味を思い出して悲しくなって、その日は泣きながら草を枕に眠りについたのだ。
十の六
こうして、私は鬼として日々を過ごすようになった。
鬼を自覚したのは初めて村を訪れた時の人々の対応を見てからだ。
鬼の子だ、鬼子だ。
自分は忌み嫌われる存在なのだそうだ。冬が来て、食べるものが少なくなって、雪が降ってきて、寒くて、
里へ降りざるを得なかったときは、そんな罵倒を受けながら、お祓い程度のお米と、塩と、大量の孤独感を持ち帰ったのだった。
鬼子だ、鬼子が来たぞ。
いつしか私は鬼子と呼ばれるようになった。一度も来たことのない村でもみんなが口を揃えて私の名前をさらしあげる。
悪い噂ほど、早く世間に広まりやすい。噂の対象になって初めてその本意を理解できるなんて、なんだかとても皮肉なものだった。
何度か訪れた村に再び足を踏み入れなければならないときがあった。吹雪いていて、
空腹で最寄りの村もなかったから、無理を承知で食べ物を少し分けてくれるよう頼むためだ。
でもその村は荒れ果ててしまっていて、見るも無残な光景が広がっていた。小屋は一様になぎ倒されており、
がれきに押しつぶされた大人の周りに集って、涙を涸らしてもなお泣き続けている子どもの姿があった。
堕ちた風の神さまの仕業だった。ある意味で、初めて鬼の被害をこうむった村を目撃したのだ。思わず踵を返し、走って逃げる。
あの子たちはこの世の中で生き抜くことができるだろうか。そんなの、答えは決まっていた。だから余計に辛かった。
鬼を倒せる力があったら。自分の無力感、同族嫌悪、そんな自己への嫌悪。
私って、なんなんだろう。
笑顔の葉っぱを芽吹かせてほしい。そう母は言ってたけど、私を見る人々はみんな、顔はこわばり、瞳孔は見開いている。
私なんて、私なんて……!
でも、それでも人を襲うことはしなかった。それをしたら、きっと最後に残された大切なものまで失ってしまうと思ったから。
別にそんなもの、全てを私の中の鬼に委ねてしまえばすぐに楽になれるのに。自分勝手とか、わがままとか、そういうのじゃない。
――春になったらね、散らしきったもみじの木から、うれしいこと、たのしいこといっぱいの若葉が芽を出すのよ。
世の中の色々から歯向かおうとしている自分がいると同時に、母が遺してくれた最後の希望を追いかけてみようとも思っていた。
その一環だったのかもしれない。里山から村を覗いたときに、
家々からもれるあたたかい明かりを見て、私はそれらの家族の幸せを祈り続けた。
わらぶきの 下でなごやぐ 親と子の 喜び萌えよ 悲しみよ散れ
私の力はとても及ばないけれども、どうか鬼に襲われることなく、私みたいに鬼になることもなく、幸せでいてください。
感謝なんてされなくていい。日常を、日常のまま暮らしていってもらいたい。第二、第三の『鬼子』が現れないように。
十の七
寒さが一層厳しくなってきても、お釜を連れて川を下り続けた。体力も精神も尽きようとしていた夕暮れに、
神さまの集団にお会いした。私みたいにみすぼらしいお姿をしていたから、
きっと信仰や感謝をほとんど受けなさらない神さま方なんだと思う。でも飢えてる様子はなく、ずいぶんと穏やかなお顔をしていた。
おや、見慣れない顔だ。
もしや、人間の噂に聞く鬼子と、なんだ、釜か。
鬼のクセに邪気が感じられんな。
感じられるのは、さしずめ空腹感ってとこだな。
彼らは私をおちょくりはしたものの、貶すことはなさらなかった。
いや、敬語なんて取り払ったもいいような気がする。この方々にはどこか親近感を感じさせる。
腹ペコ鬼子さんに、オレたちのバイブル、中ラ連を紹介するぜ。
「ばいぶる」も「ちゅうられん」も意味がさっぱりだったけど、この神さまたちみたいに陽気な気分にさせるものだったら、
喜んで行きたいものだった。人間だったころみたいに、楽しみで満ち溢れていたとしたら。
中ラ連ってのはな、中央ライス連合の略だ。ライスってのは西の最果ての国の言葉で……米だったか、飯だったか、
とにかく腹いっぱい飯が食えるんだ。俺たちビンボーな神や鬼を憐れんだ大神サマの恩恵よ。ありがてえ。
ご飯というものは、人間の思いが詰まっているから、鬼や神さまにとっても栄養満点らしい。
ご奉納のお米やお酒も、そういう点では間違いではない。
神さまや鬼たちが一列に並んで配給を待っている。
なんでえこの長さは、異常じゃねえか、
と神さまの一人がつぶやいた。それに、元々の気質だかどうだかは定かじゃないけど、
行列をなす神鬼からぴりぴりとした空気が伝わる。神さまたちに連れられて中ラ連の厨房へ向かった。
連合と聞いて大きな施設を想像したけど、実際は人力車に食材と調理器具を積んでいるだけの質素なものだった。
いいから米を出せっつってんだ、さあ!
アンタも鬼の自覚があるんなら、いい加減聞き分けな。道中釜が壊されちまったんだ。生米は食えないものが多いから
そのまま出すのは不公平になっちまう。釜新調したらすぐ出直してやるから、今日のところは菜っ葉で辛抱してくれることを願う。
短気な鬼と、中ラ連の料理人が口論をしていた。十数名の外野もああだこうだ声を張り上げていて、騒然としていた。
あの、もしよろしければ、なんて言うまでもなかった。手と足のあるお釜が意気揚揚に(声こそ発さないものの)名乗りを上げたのだ。
料理人と短気な鬼の間に立ち、自らふたを開け、銀色の中を指さす。
アンタで米を炊け、と?
お釜はこくこくと頷き、飛び跳ねた。料理人は確認するように私を見る。どうぞ使ってあげてください、と頭を下げた。
あの日以来、お米らしいお米を炊いてあげてなかったから、お釜は早くしろと言わんばかりに、煤けたかまどの穴に飛び込んだ。
久しぶりのご飯は甘くて、いい香りで、全身が溶けてなくなってしまいそうな感覚をもたらした。玄米に味噌と少しの菜っ葉という
貧しい食事だったけど、本当に、涙が出てしまうくらいおいしかった。おいしかったなんて言葉にできないほどおいしかった。
神さまや鬼たちが解散した後も、私はここに留まっていた。特に理由はない。
あるとすれば、久しぶりに誰かの笑顔を見ることができた気持ちを噛みしめていたんだと思う。
十の八
アンタ、色々大変なんだってな。
料理人の彼は川で調理器具を洗いながらつぶやいた。
辛いときは、俺の米を食え。飯がありゃ幸せさ。うまそうに食ってくれりゃあ俺も幸せになる。
お釜は自分で自分の手入れをする。意外と綺麗好きみたいで、丁寧に汚れを洗い落としていた。
熱心に包丁を磨く背中を見て、私は決心した。
もしよかったら、あのお釜あげます、
料理人の手が止まる。
私からお釜をなくしたら、たぶん生きていくことはできないだろう。
でも、それでいい。自分じゃ何もできないけれど、私の何かを誰かに託すことはできる。
私じゃ力足らずだから、力のある誰かに私の思いを渡せばそれでいいんだと、そう思った。
アンタ、こんな噂を知ってるか?
手は止まったまま、でも振り向かずに尋ねられる。
この川を下りきった河口の村の噂さ。その村を治める白狐が、まるで人間みてえな小鬼をかくまってるって話だ。
今度は私が停止する番だった。
私と同じ境遇の人間がいるの? にわかに信じられない事態だった。会ってみたかった。
会って、共有できるものは共有したかった。私の心から生きることへの諦めの念は消えてなくなっていた。
諦めてしまうことをとどめさせてくれたんだ。私の思惑を見破っていたんだ。
そんな予感が頭をよぎると、たちまち目の前の背中がたくましく思えてきた。
礼を言われる義理はねえ。俺たちに何の違いもねえんだよ。アンタは兄弟なんだからな。
彼はそう言ったきり沈黙を続けた。
別れ際、お釜に名前を付けた。中ラ連の彼の助言もあって、かまどで炊かれるのが大好きな鬼という意味を込めて、
かまど炊鬼(かまどたき)と名付けた。ちょっとおかしな名前だけど、手足の生えたお釜はとても気に入ってくれたみたいだった。
旅が始まる。一人で見知らぬ土地を歩いたことなんてなかった。海までの道のりは長かった。いくつもの村と町と国を越えた。
何度石を投げられたかわからないし、いくつひどい言葉を塗りつけられたかわからない。目が合っただけで幾人に逃げられたのか。
どれくらい挫けかけたことだろう。でも料理人が配給してくれた煎り米をつまむたび、前へ前へ進もうという気になるのだった。
川は少しずつ広くなっていく。雪は徐々に解けていく。風に流されてきた潮を香りに気付くときには、もう桜が満開になっていた。
春だ。
河口の村は、今まで見てきたどの町や国よりも立派な塀が築かれていた。鬼の侵入を防ぐもので、隙間はどこにもない。
道の先に大きな門が待ち構えていて、その前に白い髪の老人が立っていた。
お主が来るのを待っておった。
十の九
遥か昔から到来を予測していたかのような口ぶりだった。
お主にしか出来ぬお守を頼みたいのじゃ。
そう言って重々しい門の中へ私を引き連れた。されるがままに動くしかなかった。
こんなごくごく普通に接せられるのは鬼になって初めてだった。
だからこの老人を疑った。狡猾な企みは私は騙されるんだと。でも抵抗はしない。すべてを受け入れる。
人一人いない整備の行き届いた街道を歩き、村はずれの神社に到着する。
おじいちゃん、大丈夫でしたか?
ぱたぱたと箒を持った巫女姿の女の子が――薄黄色の髪から獣の耳を生やした子が――駆け寄ってくる。
大丈夫じゃ。それよりシロや、旅人さんをあの子のところまで案内してやりなさい。
老人がそう言うと、シロと呼ばれた巫女はびくりと体を震わせ、私を見た。
その眼に緊張の情は混じっていたけれど、恐怖の情はちっとも感じられなかった。
シ、シロです。
はにかみながら少女は会釈した。
あなたの名前はなんですか?
私は――
言いかけて気付く。私の名前はなんなのだろう。
もうそんなもの、忘れてしまったような気がする。とても、とても大切なものだったけど、
幼いころ大切にしていた木彫り人形みたいに、知らず知らずのうちにどこか暗い所へしまいこんでしまっていた。
不思議とむなしさはなかった。
ああ、えと、そ、そういうことってありますよね。わたしもど忘れしちゃうことありますよ。
ほら、昨日の夕ご飯何食べたっけとか、部屋片付けなさいっておじいちゃんに言われたこととか。よくありますよ、ね?
だから、何としてでも私を肯定しようとする小女の言動が、なんだかおかしかった。
肯定しているように見えて、的外れなことを言ってるのもなんだかくすりとくる。
十の十
大きな社の脇にある小屋に入る。中は広い板張りの稽古場になっていて、指先が痛くなるくらい冷たかった。ひたひたと中を渡る。
裏庭から元気な鞠つき遊びの声が聞こえる。
あんたがたどこさ、肥後さ、肥後どこさ、熊本さ、熊本どこさ、せんばさ……。
私とはもう縁のない世界からの歌声に聞こえた。そんな日々がつい半年前まであったことがまるで夢みたいに感じる。
裏庭の童女は鞠をつくたびに頭の両側でゆわえた短い髪束が揺れた。
背を向いていて、黄色い帯は身長の半分はあろう蝶結びで締められていた。
あの子、あなたと同じ鬼に成った子なんですよ。
えっ。
思わず声が漏れ出ていた。
だって、だってあの子は……。
こにちゃん、おいで、紹介したい人がいるの。
待ってください、私はまだ、心の準備が……そんなこと、言えるわけがない。緊張してたんだから。
童女は振り返る。
まるで相縁に魅かれあうように目と目が合う。
「ねねさま!」
頬をさくら色に染め、屈託のない無邪気な笑顔を満開にさせた。
私の記憶に、鮮やかな色が宿ったのは、このときだった。
裏庭の桜は、華々しく咲き誇っている。
使命というよか、強迫観念?人々に必要とされる為に続けなければいけない。的な?
・・・・青鮫相手のときも、ひょっとして上手く行かなかったらズンバラリンしてたんだろうか・・・
そう思って青鮫の所読み返すとなんか薄氷を踏む気持ちになる。もし上手くいかなかったらテンパって・・・?
いや、むしろ過去に上手く行かなかったパターンがかもしれない
>>294 感想ありがとうございます。
核心部分に触れてしまうからこそ、じっくり彼女とお話したいと思います。
※なお田中さんは特殊な訓練を受けています。
304 :
302:2011/10/18(火) 22:22:45.53 ID:uHJ7hSqB
ぐお、
>>294への返事を書いたと思ったら
>>295-301が続いてた。何をいっているのかわからねーが(ry
……割り込まずに済んでよかったと考えよう。ウン
というかまさかの中ラ連や釜炊鬼まで登場?!
中ラ連はまさかだったなぁwww
歌麻呂さんそうとうディープなスレ住人だなあ。
>>288 毎回標的は『綿抜鬼』ばかり。ひょっとして狙いは忍描いた人含め劇団の皆さんなのか?そう疑ってしまうよ。
確かオシリスキーもネタ出ししてたと思うけど、消せという人はそれに対してほぼ言及しないしね。
もう作者としてどうしても許せないなら、第三者の関わってない彼のSSのみを外せば良いやん。
そのくらいが落とし所だと思うけど、どうなんだろうか?
もしどうしてもSSすらも残したい、という方がいれば理由も聞く必要はあるかもだけど。
>>303 お疲れ様です!なんか変なのに教祖と崇められてる感じですが、
挫けずラストまで描かれる事を願っております。正直可能なら紹介用作品としての完成も求む…。
皆さん感想ありがとうございます。両手を合わせてから拝読させていただいております。
>>305 ディープなのかライトなのかよくわからない立場にいると自分では思ってますw
何しろ半年間のブランクがありますからね……。
>>306 ええ、ここらへんは潔く料理をさせていただきます。申し訳ないです。
この場面が編纂の第一関門だと思ってます。大切な部分であるだけに。
>>307 挫けることは今のところないと思います。こちらの事情で更新が遅れる可能性はありますが……。
紹介用作品に値するかどうかは皆さんのほぼ一致した判断によりけりでしょうかね。作者が決められる次元の話じゃありませんよ。
これからの更新ですが、十一月はやや不規則な更新になる予定です。
10/25(火) 九話
11/1(火) 十話
11/8(火) 十一話
11/15(火) おやすみ
11/21(月) 十二話
以後、基本的に毎週月曜更新になると思いますが、
十二月は個人的な事情により更新が不規則になるかもしれません。
ご了承くださいませ。
じゃあ次の次の日曜日、30日までで決を取ろうぜ。そしたらみんなが納得した紹介用作品になるでしょ?
自分は歌麻呂さんの作品で賛成。細かい所までスレ内部のネタを拾われているし、
あとは挿し絵とか(ロダからアドレス引用でも良い)だけあれば、十分に理解を助ける作品だと思うから。
『鬼子が心の鬼を狩る理由』とか作者により変わる部分については、注釈だけ付け加えれば問題無いと思う。
投票方式はコテ付きでのみ1票にカウント、保留は無しの賛成と反対のみで理由を書きたい人は書き、
荒らしに対する以外個人への中傷は禁止でどうでしょうか?まあ投票方式も案でしかないですが、
今からやったら11月1日の鬼子誕生日に間に合うから良いかと思うんだけれどな〜。
あの荒らしの作品をSSまとめに入れて良いかについては知りません。まとめて下さっている方の独断でも良いとは思うし、
もし消すなら容赦なく綿抜鬼もオシリスキーもまとめて消す位でないと、いくらでも荒らしが湧く気もするし…。
【編纂】日本鬼子さん九「だから、あなたを――」
十の一
どうにか状況理解に努めようとしたけど、私には到底難しい話だった。ありえないことが起こりすぎている。
何もかも私とは隔離された世界にあるみたいで、気付かない間に夢の中を彷徨っているんじゃないかって思ってしまう。
「旅人さんも、せりと菜の花のおひたし、どうぞ」
呆けている間に茶の間にあげられていた。円い食卓に狐耳の巫女が作ったらしい品々が並んでいく。湯気立つ五穀米のご飯、
おひたし、明日葉と大根とサクラマスのあら汁、白うどのきんぴら……。実に質素な、でも私にとっては実に豪華なものだった。
「さあ召し上がれ。お百姓さんや漁師さんの思いがぎっしり詰まってますよ」
「こに、きんぴらだいすきなの!」
「こには好き嫌いがなくてよろしい。それに比べてシロは……」
「うう、ひじきはぱさぱさしてて気持ち悪いんです。だって海草ですよ? なんで水気がないんですか!」
どうしていいのかわからなかった。
私という異物が混入しているのに、まるで何年も前からこの座布団が私の定位置であるような穏やかな時間が過ぎる。
「旅人さんも食べなさい。長く苦しい旅じゃったろう、遠慮なんてせずに腹を満たすがよい」
「あ、はい」
お茶碗を持ち、五穀を箸にのせ、口にする。ほのかな生命の薫りが口いっぱいに膨れ、甘味が舌を強く刺激した。
噛みしめるほどに大量の唾液が舌の裏側から分泌される。呑み込む前に次を求めた。箸を茶碗の中に突き入れ、
すくい出す間もなく口の中に放りいれる。奥歯でふっくらと炊き上げた穀物をすりつぶす。粘りと共に、秋の穂の香が鼻を通り過ぎた。
菜の花のおひたしを箸で挟むと、口の中がじゅわりと溶けだして、もう何も考えられなくなった。
あっさりとした苦味に塩味が加わり、五穀米の歯ごたえと合わさって絶妙な協和を連ねた。
喉を鳴らし、あら汁にかぶりつく。
重ね塗られる度に深みを増してゆく漆器のお椀のように、あらゆる味が交わっては響き、さらなる高みへと昇華していく……。
気が付けば、涙が出ていた。きんぴらを口にいれると、ちょっとだけしょっぱかった。
それでも私は食べ続けていた。無心になりながらも、どこか遠くのほうで自分の半生を疾駆していた。
「……つらかったです」
まぜこぜになったものを呑み込んで、私はそうつぶやいた。
「ねねさま、よしよし」
小鬼の子が、私の頭をやさしく撫でてくれた。幼い、やわらかい手だった。
気持ちの整頓がついてから再び箸を動かす。
少しずつ色々な話をした。私自身の話もした。語れば語るほど胸がずきずきと痛む。みんな、嫌な顔せずに聞いてくれた。
狐の耳を持つ少女はシロと名乗った。かの有名な稲荷一族の末裔らしい。まだ駆け出しの巫女で、祭祀はおろか
呪術すらできないみたいだけど、親身に話を聞いてくれる。歳も近そうだ。ただ、不器用なのか、
言うこと言うことが一言多かったり二言少なかったりする。でもだからこそウソのつけない純朴な女の子だってことが容易にわかる。
それからこ白髪で身のこなしが落ち着いている老人は
彼女の祖父にあたる(のか師匠なのか両方なのかは曖昧で謎に満ちていたけど)白狐爺だ。それが本名でないことはすぐにわかった。
でも真名は簡単に明かしてはいけないものなんだ。本当の名前は自分自身の命に匹敵するものなんじゃないかと思う。
「それで、この子は――」
「こには、こにだよ!」
紹介が待ちきれなかったのか、こにと自称する小鬼の子がぴょこりと短いお下げを揺らした。
自分の名前を自慢げに、誇らしげにしている。そう感じた。
「はい、とりあえずそう呼んでますけど……」
シロがお茶を一口飲んだので、私はご飯のおかわりをいただいた。こにが進んでしゃもじを握る。
「もしかして、こにちゃんと会ったの初めてなんですか?」
「ええ、そうですけど、どうしてですか?」
「いや、ほら、こにちゃん、あなたのこと『ねねさま』って呼んでたじゃないですか。
わたし、てっきり生き別れた姉妹が感動の再会を果たしたんだとばかり……」
さすがにシロは誇張しすぎているけれども、でも不思議なことに、再会を果たした、というのはどこか共感するものがあった。
鬼の人なんて今まで見たことすらないし、私に妹は存在しないけど。
十の二
「あ、『こに』っていうのは『小鬼』を短くしただけのもので、本当の名前はわからないんです。
こにちゃん、記憶をなくしちゃってるみたいで」
記憶を? そう私は繰り返して、こにの背中を見た。何もかもが小さかった。
肩も、腕も、腿も、足の裏も。触れたらすぐに壊れてしまう。そんな使い飽きた表現が的確だった。
「こにはな、村の民に拾われたんじゃよ。たらい舟に布を被せたものの中に入って泣いておったそうじゃ」
シロの代わりに白狐爺が口を開いた。口を湿らせるためにお茶を一口飲んだので、私はあら汁を二口で飲み干した。
「わしが直々向かったら、皆鬼の子だと喚いておってたがな、言ってやったよ、
この子はわしが引き取ろう、とな。昨年の秋のことじゃ」
汁を吸った大根を呑み込む。
秋。私と同じだ。
「どうして引き取るようなことをしたんですか?」
はっとなってこにを見た。こには首を傾げて不思議そうに私を見ていた。胸をなでおろし、せりに箸をつける。
「目が澄んでおったからじゃ。これほど澄んだ者が悪さなどするはずもなかろうとな。
わしらがちゃんと育ててゆけば、必ずや善き心を持った鬼となろう。そう確信した。それから――」
白狐爺がお茶目な笑みを漏らした。
「わしのかわいい孫娘が増える。理由としては、それだけで充分じゃよ」
老人が子どもに戻ったような、そんな無邪気な笑顔だった。こにもまた笑っていた。
同じ宿命を背負っているはずなのに、どうしてこの子はここまで無防備な笑顔を振舞えるのだろう。
「お主も、ここでしばらく暮らしてみるのはどうかね」
唐突にそんな提案を出されて、思わず声を上げてしまった。白狐爺は真剣な眼差しをしている。逆らえない眼差し。
でも、そう安々と頷けるほど私は気楽な精神を持ってはいない。
私の瞳はもう濁ってしまっている。人には語れないような惨たらしい現場に何度も居合わせた。
人々の苦しいこと、辛いこと、悲しいことを全て背負い込んで、あるいは受け止めて、今の私は存在している。
受け止めること、それが私の生きる意味なのだ。
だから人々は私を見ると逃げてしまう。私が穢れているから、近寄ったら穢れが移ると恐れて。
「お主は、人々を苦しめる鬼を祓いたいそうじゃな。しかし、そのためには並々ならぬ努力と精神と体力が必要じゃ。
それだけではない。鬼を打ち祓う武器があらねばお主の身は守れぬし、武器を扱う術を習わねば刹那に喰われてしまう」
箸とお茶碗をちゃぶ台に置く。ことり、と小さな音がした。
「ここにはお主の必要としているものを満たせる場であると思っておる。それでも何か言いたげな顔をしておるが」
言いたいことは山ほどある。
「どうして……こんな親切にしてくれるんですか。私を引き取ってもいいことなんてないのに」
それが本音だった。別にひねくれているわけではない。白狐爺とシロに対する疑いがちゃんと晴れてなかったのも一つの理由だが、
それ以上に二人とこにを心配する気持ちのほうが強かった。私といたら、きっと三人を不幸にしてしまう。
私は疫病神と同じようなものなんだから。この村の人々に恐れられて、
白狐爺たちの信仰が失われてしまったら元も子もないと思うのは私だけなのだろうか。
「いいことがない? 逆じゃよ。よいことだらけじゃ」
白狐爺はあのお茶目な笑顔をもう一度私に見せた。
「まず第一にわしにかわいい孫娘が――」
「それ、こにときにも言ってました」
「よいではないか、孫は幾人おっても足らんよ。それに、シロにお姉さんができる。
喜ばしいことじゃ。まだシロは至らぬことが多すぎるからの」
「あー、おじいちゃんわたしのこと全然信用してませんね!」
シロがふくれっ面になった。
「そういう口は夜一人で用を足せるようになってからにしなさい」
「な、なんてこというんですか!」
「こにはできるよー!」
「ひええっ? う、うそ言ったらいけないんですよ!」
それはまるで自然な流れの中にいるようで、私が答えを出すより前に、答えは決まってるみたいだった。
十の三
「あ、あの、びゃ、白狐……」
「お爺ちゃん、でいいよ」
不思議なことに、それはどこか初めて耳にした言葉みたいな、そんな感触だった。
「お爺ちゃん、私、ここで暮らしてもいいですか?」
私もこの輪の中に入ることができたらいいな、なんてことを思った。
「ほ、本当ですかっ?」
「やったぁ!」
シロとこにが喜んでくれている。私は、二人を喜ばせることができたのだ。
「それでは、これからもよろしくお願いしますね、えっと……」
嬉しそうに尻尾を振るシロが言葉を詰まらせる。
「名前、ど忘れしてたんですよね、思い出しました?」
ど忘れなどではない。本当に忘れてしまったんだ。
もう人間だったころの記憶なんてほとんど覚えていない。私が人間だった証なんて……。
鬼として生きるのだ。受け止めろ。そう誰かが耳元でささやいている。鬼として、蔑まれて。
「――鬼子」
私は呟いた。声が小さすぎて、うまく伝わらなかった。
「鬼子です。私の名前は、鬼子なんです」
「でも、それ……」
「いいんです」
シロの言葉を断つというよりかは、私の過去を断つように、あるいは受け入れるように即答した。
鬼子として生きよう。私が鬼子なら、こにはこにだ。こにが鬼子になることはない。
『鬼子』に貶す意味は消え失せた。鬼子は、私を指す言葉なのだ。
「鬼子、ふむ、悪くない名前じゃ。鬼子、鬼子」
白狐爺……お爺ちゃんは宝の地図のばってんを記憶するように、何度も何度も私の名前を口ずさんだ。
「ねねさまー!」
こにの挨拶はあらかた決まっている。鞠があればそれを庭に放り投げ、私の懐に突撃するのだ。
やわらかな感触に思わず抱きしめる。シロのお下がりを身にまとい、あんず色の頬をこすりつけていた。
本能的にこの子の髪を撫でてあげる。気持ちよさそうに目を細め、口元を緩めていた。
薄い皮をかぶった角が生えていた。この子は私と一緒なのだ。一緒なのに、こうも違っている。
この子には疑うという術を持ち合わせていない。
「鬼子さん、ごご、ごめんなさい!」
こにと遊んでいたシロが慌てて駆け寄ってきた。
「もう、鬼子さん見つけても突撃しちゃダメだって言ってるでしょ? まず気を付けをして、両手をお腹の前で重ねて、
相手の足元を見るくらい丁寧に腰を折るんです。朝だったらおはようございます、お昼だったらこんにちは――」
「シロちゃんつまんなーい」
「あの、別にそこまで仰々しくしなくても……」
「ふええっ? そ、そうでしたか? でもおじいちゃんからそうしなさいって……」
たぶんそれは参拝者へのお辞儀の仕方だろう。こになら突撃挨拶のほうがまだ似合っている。
十の四
「そろそろ休憩しましょうか。鬼子さん、冷やし飴にしますか? 飴湯にしますか?」
「こにはひやしあめー!」
ちょっとだけ戸惑った。そんな食べもの、食べたことがない。でもきっと二人はたくさん食べたことがあるんだろう。
まるで私だけが阻害されているような、そんな気がする。
「もしかして、飲んだことありませんでした?」
「飲む? 飴を?」
「水飴を溶かした水に生姜のしぼり汁を入れた飲みものなんです。ひんやりしてておいしいんですよ。
お湯で溶いたのが飴湯で、こっちは体の芯からあったまります」
シロはうっとりと目を細めた。そんな幸せそうな顔をしてしまうほどおいしいものなのだろうか。
シロだけじゃなかった。こにもまた頬を染め、日向ぼっこしてる猫みたいに口を開けている。
尻尾があったらのらりくらりと振られているに違いない。
「シロとこにったら、本当の姉妹みたい」
ちょっとだけ冗談めかして、くすりと笑った。
シロは私が笑ったことに驚いた反面、安堵した表情をした。
「私も冷やし飴にしようかな」
「了解しました、お姉ちゃん」
シロもまたそう冗談っぽく言って、縁側に上がった。
「シロちゃんとこにはね、ほんとうのしまいじゃないんだよ」
こにはなお幸せそうな顔をしたまま、まるで紋白蝶が舞い踊ってる様を嬉々として語るように、自分を語った。
「こにね、川のうえのほうでうまれて、ここまできたの! こにね、ずーっとずぅーっとひとりぼっちだったんだよ?」
こには記憶を失っていると聞いたし、お爺ちゃんが引き取ったってことも知っている。
でもこには完全な「孫」として引き取られたわけではなかった。ちゃんと自分の境遇を教えてもらっているんだ。
「でもね、でもね、今はちがうの。シロちゃんもじじさまも、カゾク、なんだよ! こにの、たーいせつなカゾクなの!
ねねさまも、だいすきなカゾク! こにね、みーんなのことがだいすき!」
家族。心の中で呟いた。家族。大好きな家族。家族のように接してくれるシロやお爺ちゃん。
わらぶきの下でなごやぐ家族のぬくもり。どこにもいない、お母さん、お父さん。家族。
「お待たせしました! 冷え冷えですよ!」
シロが作ってくれた冷やし飴は、冷たくて、喉がくるると言って、甘くて、ちょっぴりしょっぱかった。
武器をもらった。
薙刀『鬼斬』。鬼を斬ることに特化した薙刀で、欠けることもなく錆びることもない神器だ。
神器といってもほとんど人の目につかなかった代物のため、神話や民話として語られることなくこの場に収まっている。
いつかの時代にもこの薙刀を使って鬼を祓っていた存在がいたのかもしれない。
柄を握りしめるとずしりと重かった。
薪割り用の斧を振るったことはあったけど、薙刀はそれ以上に姿勢を落とさないとすぐ体勢が崩れてしまう。
最初は素振りですら鬼斬に振り回される有様だった。
でも薙刀の扱いに慣れていくと、自分の肩から指先までの神経が切っ先まで伸びて結ばれているような感覚を持てるようになった。
「天下無敵、という言葉がある」
打ち合い稽古の最中にお爺ちゃんは平然と言ってのけた。私の繰り出す突きも払いも巻き落としも全て防がれる。
「間違ってはならぬぞ。天下無敵は天下に敵がおらぬことではない。天下に敵を作らぬことじゃ」
おじいちゃんの小太刀さばきは清流のようだった。長さの不利を微塵も感じさせない。
「お主が一人を敵と判断すれば、その判断の領域は徐々に拡くなる。
好まざる者に霧粒ほどの小さな恨みを持てば、いつしか親しき者を敵と見なしてしまう日が訪れよう。
さすれば、残された道はただ一つ、自己をも敵と見なすのみ。それはすなわち――」
袈裟斬りをかわされるや否や、小太刀が薙刀を絡ませ私の胴に入った。
「戦場では死を意味する。他殺ではない、自殺じゃ」
十の五
お爺ちゃんは息をついて木刀を帯に挟んだ。確かに私は殺されていた。
長物はそれだけで優位に立てるけど、橋かかられるともう逃げられない。お爺ちゃんは少しの隙すら本気で喰って掛かるのだ。
「敵を特定する者の世界は、敵で満たされておる。
やがてはすれ違う人も、触れるものも、食べるものも、空気ですら潜在的な敵となる。わかるかね」
なんとなくわかるような気もするし、わからないような気もする。今、お爺ちゃんにお腹を打たれたから痛いけど、
この「痛み」やそれを与えた「相手」を敵視しちゃいけない、恨んじゃいけないってこと……なのだろうか?
「敵を作らない方法なんて、あるんですか?」
「もちろんとも」
おじいちゃんは振り返り、しわがたくさんの笑顔を見せた。
「相手と自分を一体化させればよいのじゃ」
言ってることがよくわからなかった。その反応が面白いのか、お爺ちゃんは楽しげに頷いていた。
「相手がいて初めて自分が生成される。相手の嬉しいこと、喜ばしいこと、悲しいこと、苛立たしいこと……
そういったものを受け入れて初めて自分を成り立たせるようなものの観方じゃよ。言葉で述べるのは実に難しい話になるんじゃがな」
しかし……とお爺ちゃんは続けた。
「お主の生き様は、それに通ずる何かがあるのではないかな」
少しだけ昔の自分を振り返った。
お爺ちゃんの言葉は哲学的で難しかったけど、きっとお腹が痛くてもその「痛み」を受け入れなさいってこと……
いや、私の「痛み」だけじゃない。それはきっと相手の「痛み」まで呑み込んでやっと成立するんだと思う。
「ねねさま、じじさま、ごはんだよ!」
階段の上からこにの声がする。思想なんて遠い彼方のぶつであることが容易にわかるような、そんな無邪気な声だった。
「鬼子や」
薙刀を立てかけ、階段へ向かう途中でお爺ちゃんに呼び止められる。
「こにがあれほど笑顔でいられる理由を知りたいと思ったことはないかの」
思わず私は振り向いた。そこには老けこんだしわの多い白髪の人が立ち尽くしていた。
背筋に冷たい汗が垂れる。同族として、ずっとずっと知りたかったことだった。
でもお爺ちゃんのほうから不意に投げかけられると急に腰が引けてしまうのだ。
私が臆病だから……いや、違う。臆病なのは、お爺ちゃんのほうだった。
「申し訳が立たぬの、わしもまだ成長せねばならぬのじゃよ」
「いえ、お爺ちゃんは充分立派です」
嫌味でも皮肉でもなんでもない。私は心の底からお爺ちゃんのことを慕っていた。
「いや」
首を横に振った。
「弟子から学ぶことも多くあるんじゃよ、鬼子」
それは独り言だった。私に向けられたものじゃなかった。
「こにはな、外の世界を知らない」
語りだした深い彫の瞳は天井を見つめていた。
「わしが引き取ってから、こには一度も外に出ておらん。わしは恐れたんじゃよ、鬼というものをな。実に愚かなことじゃった。
民の恐れに晒されれば、こには傷つき、邪気で満たされ、人々に害なす鬼に成ると考えた。
しかし、お主を一目見て、わしの考えは外れていたのだと気付いたんじゃ」
人々に忌み嫌われたとしても、人を食らうような鬼になるとは限らない。
私のように理性を保持し続ける鬼はいる。お爺ちゃんですら、そのことに気付かなかった。
それじゃあ、私みたいな鬼はずっと存在しなかったの? 私は歴史から見ても、特異な存在であるということなの?
立てかけられた鬼斬を見る。ねえ、と心の中で問いかける。あなたの古い主人様は、どんな方だったんですか?
「これがわしの限界なんじゃよ。こにを匿うことでしか守れぬのじゃ。あわよくば――」
お爺ちゃんの視線が、天井から移って私に向けられる。
「孫には広い世界を見せてやりたいのう」
――こにね、川のうえのほうでうまれて、ここまできたの!
もしかして、おじいちゃんは……。
夕方の更新は以上。
この続きおよびTINAMI版、pixiv版の投下は
例のごとく夜になってからになります。
ご了承くださいませ。
続きの十の六
桜の春は散り、木蓮の春へと移り変わった。紫陽花と共に梅雨が訪れ、そして夏が音を立ててやってきた。
やがてひぐらしの物悲しい声に思いを馳せているうちに残暑は過ぎ去っていて、気が付くと群生する彼岸花が一斉に
鮮やかな血の色をした花を咲かせる。人々が絶叫と共に天へと伸ばす手のひらみたいで、私は直視することができなかった。
金木犀の香りが漂いだしたけど、すぐに嵐が来て流れてしまった。
でもしばらくもしないうちに木々は色を改め、あっという間に紅葉の季節になった。私の季節がやってきた。
お爺ちゃんは一つの季節に一度、多いときは月に一度くらいの間隔で鬼退治に出陣していた。
シロは祭壇へ赴き、折鶴を折ってそれに祈りを籠めていた。
「わたしはまだ何もできないひよっこですから」
そう言って力なく笑う。シロにはまだ制御できないという理由で大幣(おおぬさ)も振れないし、
力がないので弓も引けない。でも、お爺ちゃんの無事を祈る気持ちは誰よりも強かった。
もどかしかった。まだ未熟な私は鬼と対等な戦いすらできないだろうし、
お爺ちゃんの戦う姿をこの目に焼き付けて学びたかったけど、村人が混乱してしまうのでそれすらできなかった。
「次はねねさまのばんだよ?」
裏庭でこにと遊ぶことが、私の役目だった。
それから紅葉も散って、冬がやってきた。今年もたくさん雪が降った。枝と木の葉の布団で眠ったこと、お腹が減って
凍え死にそうだったこと、熾火が私の魂なのだと錯視したこと、吹雪で倒壊した家屋につぶされて息絶えた人々のこと……。
私は、ぬくぬくと冬を越してしまっていいのだろうか。こうしている間にも、
寒さや飢えに苦しみながらも生きながらえている人たちがいるのだ。
戸惑っている間に春が来た。あのとき憧れを抱きながら眺めたぬくもり中に、今の私はいた。
毎日がありきたりで、どこまでも幸せだった。でも本当にここは私の居場所なのだろうか?
もちろんこの場所を嫌ってるわけでもないし、お爺ちゃんやシロやこにを避けたいと思っているわけでもない。
どうしても疑問を抱いてしまうのは誰かのせいではない。宿命のせいなのだ。
きっとここに留まってはいけないのだ。帰る場所は、ここじゃない。
なら、帰るところはどこなの?
わからない。
……いや、本当はわかっているのだ。答えは一言で済むくらい簡単なものなのだ。それはそう――
法螺貝が鳴った。
「おにっ!」
こにが小さな悲鳴を上げる。
考えの糸が切れた。
何よりもまずこにの安全を優先しないといけない。
稽古場の二階、こにの個室に向かう。一階は避難しに来る人々でいっぱいになるのだ。
部屋から外を見た。鬼が来る凶兆なのか、西の空が黒い。お日様は十分高いところにあるし、空も青く晴れ渡ってるはずなのに、
西の地では地面まで光が届かないらしい。光を吸い取ってしまう鬼だろうか。いやそれにしては様子がおかしい。
鬼である私にはわかる。今まで経験したことのないほどの邪気が、村と社を囲う二重の結界をすり抜けてぴにぴりと背骨を振るわせる。
「こわいよ、ねねさま」
その異変をこにも感じ取っているのだろう。私の裾を掴んで離さない。
私だって怖かった。何が怖いとか、そういうことじゃない。本能的な死の恐怖だ。
ああ、私もこの村も、死んじゃうんだなっていう、諦観の境地に至ってしまっている自分に対する恐怖だ。
その鬼は、まるで山だった。山が音を立てて村を呑み込もうとしているようにも見える。
自暴自鬼(じぼうじき)。暴走を続けた心の鬼の末路に成る鬼だ。私がぬくぬくと暮らしている間に、
鬼は行き着くところまで成長してしまったのだ。おそらく奴は自身を保てなくなり、
時を待たずして崩れ、消え去ってしまうだろう。でも村に着く前に自壊する保証はどこにもない。
これをお爺ちゃん一人で倒せというの……? そんなの無理だ。無理に決まっている。
ならどうする。このまま指をくわえて身を委ねなくてはいけないのだろうか。
「ねねさま……」
こにが私を見つめていた。
十の七
決心する。
この子のために、私は抗おう。諦観の僻地から抜け出すために。
「私、鬼を祓ってくるね」
裾を握り締めるこにの手をやさしくといてあげる。
「やだっ!」
でも、こには頑なにこれを拒んだ。ぶんぶんと首を左右に振り、私の腕を幼い胸の中に収め、離さなかった。
「ひとりはやだよ……」
このとき、私はようやく二の舞を演じていることに気がついた。お母さんと同じことをしようとしている。
そんなことをしたら、こにが第二の『鬼子』になってしまうのではないだろうか。それだけは阻止したい。
「なら、一緒に行く?」
こにを守って、村も守る。
それが私の生きる道なのだ。
「うん、行くー!」
満面の笑みが咲いた。
神社から西の門に向かうまで、かなりの時間がかかってしまった。屋根の上を駆け抜ける術はまだ習ってなかったし、
鬼斬を持ってこにと一緒に走るのは容易なものではなかった。空気のかげりが徐々に染まっていく。生ぬるい風は、
流れの止まった川の水に浸かっているような気分にさせる。雄叫びが想像以上に大きい。すぐ近くにいる。この門のすぐ先に。
「開けてください、お願いします」
門の前で臨戦態勢に入っている防人に声をかける。
振り返った防人はいらついた顔をしていたけど、私を見るなりすっと顔の色が青白くなった。
「鬼、鬼子ッ!」
槍を突きつけられる。そのへっぴり腰の姿を見て、勇壮でないとか女々しいだとか、
そんなことはちっとも思わない。ただ私の自己同一性が洗練された、それだけ思った。
私ばかりを見ていて、足元にいるこにの存在にすら気づいていないみたいだった。
「おじい……白狐爺の手助けがしたいんです。あの方一人で太刀打ちできるような鬼じゃないんです!」
「き、貴様、白狐様が負けるとほざくか! この村を幾百とお救いになられたことすら知らぬ卑しい奴め。
あの巨大な鬼と共謀していることくらい俺にも分かるわ!」
この人は私のことを理解しようとする気はちっともないみたいだった。
私がどんなに心を開こうとしても、人々は心を開いてはくれない。それとも、自分がまだ開き足りてないのだろうか。
「村から去れ。いや、世から去るのだ! そうだ、俺の手でやってやろう。そうすれば俺が英雄だ」
一歩、二歩と防人がにじり寄ってくる。口元は歪んだようにほくそえんでいて、瞳孔は見開いていた。門の裏側から咆哮が聞こえる。
気が動転してしまっているのだろう。幾度となく見てきた人の姿だけど、だからといって慣れるようなものじゃない。
褄下でこにを隠すように立ち、千鳥足の防人を凝視する。
再び門外から低いうなり声がした。休む間もなく火薬の爆裂するような音がするなり、門が叩き壊された。
「じ、じじさま!」
がれきと共に、お爺ちゃんが石ころみたいに跳んできて、私たちの前で止まった。
「お主ら、伏せい!」
お爺ちゃんの断末魔の矢先、雷神様が怒り狂うように門柱が軋みを上げた。
途端に柱は霧がしぶきを上げるみたいに粉砕した。左右に建てられた物見櫓も倒壊する。私はこにを抱きしめて、縮こまっていた。
横目で様子を窺う。今さっきまで門であった場所に巨大な垢だらけの贅肉がじわりとにじり寄ってきている。
体長は私の三倍はあるだろう。横幅はそれ以上にある。お爺ちゃんはいつもいつも、こんなのを相手に戦っていたのだ。
私はこんなのと戦う術を一年間学んできたのだ。でも稽古場と戦場とではわけが違う。
鬼は息を吸うだけで隙間風のような不気味な音を奏でる。吐き出す息は粘り気のある疾風だった。
胸の奥でどろりと濁った渦が巻きだした。防人が苦しそうに呻き声をあげる。
十の八
鬼になって初めて会った人間の顔を思い出した。
「鬼の子だ! 鬼子だ!」
あの耳をつんざく悲鳴が頭蓋骨を内側から蹴りつける。あれから私はちっとも変わってないのではないか。
どんなに努力しても、もう人間だったころの平穏には戻れない。私は鬼なんだ。鬼の子鬼子。笑顔なんてとっくに忘れてしまった……。
もう、自分なんて。
お爺ちゃんが立ち上がった。羽織は彼処を切り裂かれ、袴は赤く染まっている。鬼は棍棒のようなイボだらけの腕を振り上げる。
お爺ちゃんは傷だらけの腕を持ち上げ、呪を詠唱すると、指先に光が集中し、一直線に自暴自鬼の額を貫いた。鬼の首はのけぞり、
その勢いに任せて巨体は音を立てて倒れた。続けてお爺ちゃんの指から球状の結界が生み出され、私たちを包み込んだ。
私の心を蝕んだ自暴自棄の心が、一瞬にして浄化された。
「鬼子や」
切り傷だらけのお爺ちゃんが私に笑顔を見せた。びっこを引いて近づき、私の頬に触れた。お爺ちゃんの手は硬くてあたたかかった。
心の鬼に支配されかけていたんだ。
「修練の続きじゃ。そこの自暴自鬼を祓いなさい」
でも、悪夢から覚めても、現実はあまりにも重くて、押しつぶされそうだった。
「あんな大きな鬼、勝てっこありません」
私はまだ一度も鬼を祓ったことがないのだ。
相手はお爺ちゃんが苦戦するほどの強敵で、初陣にしてはあまりにも大きすぎる関門だとしか思えない。
「強さは見た目の大きさではない。心の大きさじゃ。お主の心は誰にも負けぬ。一番大切にしてきたものじゃろう?」
このことについて否定はしない。私は誰よりも多くの人々の思いを授かってきた。
でも、それでも私は踏み出すことができなかった。飛び立つ寸前の雛が、巣のふちで立ち尽くしてしまうように。
「大丈夫じゃ。わしがついておる。奴の毒はまじないで封じたから、遠慮せんで宜しい」
そう言ってお爺ちゃんは茶目っ気たっぷりに指で円を描いてみせた。
戦うお爺ちゃんは若々しく見えた。そのすぐ隣で、こにが心配そうに私を見ている。
ずず、と地滑りのような音と共に、なれの果ての鬼が身を起こした。お爺ちゃんの光弾一発で失せるほどやわではないようだ。
鬼斬を一振りし、成れの果ての鬼と相対する。次の標的と認識した鬼は棍棒の腕を振り下ろした。思った以上に速度がある。
遮二無二なってよけて間一髪だった。雪駄一足分先に、地面に半分めり込ませた巨大な蕪のような拳があった。
少しでも回避が遅れたらと思うとぞっとした。
もう一方の棍棒が横払いに跳んでくる。とっさに薙刀で受け止めようとするけど、そんなもので威力を殺せるはずもなく、
矢のように自身が地面すれすれを滑空した。後ろ受身の態勢をとり、三回転してようやく停止した。
頭がくらくらする。全身が爆風を受けたように痛いけど、折れたところも脱臼したところも見当たらない。
走った。早く応戦しないと、次はお爺ちゃんたちに拳が落とされてしまう。鬼の前で構えると、まは棍棒を振り上げた。
瞬間を見計らって右に避ける。雪駄二足分先に盆地が生まれた。
ほとんど間をいれずに薙ぎ払いを繰り出してきたので、巨大な腕の射程外へと脱した。
技の種類はあまり多くはないようだ。でも懐に入って斬りつけようにも刃が届かない。
有効範囲内まで踏み入れることが困難を極めた。このまま持久戦に移ったら、体力のない私が不利になるのは確実だった。
「鬼子、自己を見失うでないぞ! 戦いとは自分と向き合いことなのじゃ」
お爺ちゃんの声がする。そんなことを言われても自分と向き合う前に相手と向き合わないと生命の存亡にかかわる。
鬼は口から蒸気を吐き出し、威嚇した。漆塗りの栂を掻ききむしるような悲鳴に聞こえた。
まるで、何かを嘆いているようだった。
再び鳴き声を上げる。
ク・ル・シ・イ。
自暴自鬼ははっきりとそう痛みを叫んでいた。
「あなたは……」
雄叫びが大地を揺るがせ、木片が小刻みに震える。
十の九
クルシイ、ツライ。
私の生き写しを見ているようだった。私の、醜い部分だけが蒸留されて塊になったものがそこにあった。
「苦しかったですよね、辛かったですよね」
いぼつき棍棒が振り下ろされる。攻撃は外れた。私一人分先にめり込んだ拳はあった。
ダマレ、オマエニナニガワカル。
もう一方の拳も振り下ろされた。それも見切った。両手でじゃんけんするように、動きがよくわかった。
自己というのは、自暴自鬼のことなんだ。私は自暴自鬼で、自暴自鬼は私。
敵なんてどこを探したって存在しない。お爺ちゃんはこのことを言いたかったんだ。
鬼の成れの果てが下ろしたいぼ棍棒に乗り、そのまま頭部に馬乗りした。振り落とそうと躍起になるが、私だって必死だ。
一体化する。
「何もかも、わかります。私もあなたと同じ鬼ですから。でも、もう疲れたでしょう? ゆっくり休みたいでしょう?」
そう語ると、自暴自鬼は抗うのをやめた。二人の鬼の息遣いだけが聞こえる。
……アア、ツカレタヨ。
鬼はすべてを堪忍したような、そんなやさしい口ぶりだった。
「あなたの苦しいこと、辛いことは、全部私が背負います。だから、あなたを――」
お母さんのことを思い出した。正確にはお母さんが言っていた言葉だったけど。
私は紅葉なんだ。誰かの苦痛を背負って散っていく紅の一葉なんだ。
喜び萌えよ、悲しみよ散れ。
鬼斬を振り上げた。
「――萌え散れ」
自暴自鬼が一刀両断されていく。鬼は抗うこともなく、自らの定めを受け入れていた。
アリガトウ。
消え失せる間近、穏やかな春風のどこかから、そんな声が聞こえた。
「ねねさま!」
こにが駆け寄ってきた。私は黙ってその小さくて大切な存在を抱きしめた。
祓ったんだ。今になってようやく実感が追いついた。私は生きている。
「おじいちゃあん! おじいちゃんおじいちゃん!」
慌ただしい声が村からやってきた。シロだ。右手に大幣を持ち、左手に梓弓を持っている。
鬼が門を越えた知らせを聞いて飛んできたのだろう。鬼から村を守る神さまとして、誇るべき志をちゃんと持っているのだ。
お爺ちゃんはふっとやわらかな笑みを浮かべ、愛おしい孫を抱きしめた。
シロはえぐえぐとしゃくりを上げて泣いていた。怖くて怖くて仕方なかったのだろう。
十の十
「きょ、狂言だ! これは狂言だ!」
防人は腰を抜かしたまま叫んだ。
「お、鬼め、化けの皮を剥がしやがれ! まだ俺たちを騙す気か!」
怨みに満ちた罵り言をぶつけられる。でも結局私の立場は何も変わっていなかった。鬼は人間から忌み嫌われる。単にこの人が
恩知らずなだけとも言えるけど、私はそうだとは思えなかった。その眼には、二匹の鬼が殺し合いを繰り広げていたようにしか
映らなかったのかもしれない。同族殺し、そして勝ち残った鬼が人間を殺戮する権利を得るのだと。
「あのデカブツはこの鬼が呼び寄せたんだ! 綿密な策略を立てていて、またすぐしたら狂言で、新手の鬼がきっと来るぞ!」
防人の言っていることは支離滅裂で、感情に言動が支配されてしまっていた。
「わかりました。この村を離れます」
だから私はそう断言した。シロが唇を噛み締めていて、お爺ちゃんは思慮深く頷いていた。
「ねねさま……」
袂を掴んだこにが哀願の眼差しを向ける。でも私の心は決まっていた。
これ以上ここにいたら、村の人たちに迷惑をかけてしまうだろうし、匿ってくれているお爺ちゃんやシロも困らせてしまう。
「その鬼、さては猊下(げいか)がお引取りになられた鬼子だな!」
きっともう、このままじゃいけないんだと思う。これでは何も変わらない。
いや、今私が行動しようとしていることをしてもなお、世の中は変わらず動き続けるのかもしれないけど。
「白孤様のもとに置かれても、穢らわしさは抜けていないようだな」
「この子に穢れはありません」
私ははっきりと口にした。
「それも全て私が受け持っています。私が、私の名前が鬼子ですから。この子の名前は鬼子ではありません」
鬼と罵倒するのであれば、それは全て私への罵倒だ。この子に一切の蔑みも認めない。私がその全てを負って生きる。
私にはその覚悟があった。
「紛らわしい名前しやがって……」
泥だらけの頬骨に汗を滴らせる。歯軋りの音がここまで届いた。
「ねねさま、いっちゃうの?」
こにの不安が見て取れる。お爺ちゃんを見た。何もかも、お主の意に委ねる。無言で物語っていた。
「こに」
膝をたたんで、こにと同じ視線で澄んだ眼を見つめた。世界が大きく、広く見えた。
「私と一緒に、行く?」
そう、問いかけた。
「うん、いくー!」
笑顔。
まるで、これから起こることなんて何一つわかっちゃいないような、そんな笑顔だった。
でも、それがこにらしかった。私みたいなほほえみしかできなくなってしまったら、それはきっとこにではなく、鬼子なんだろう。
手をつなぐ。その手はとても小さかった。これからも守っていかなくちゃいけない。たくさんのことから、この身を尽くしてでも。
「鬼子さん! こにちゃん!」
シロの震えた声が凛と響いた。
「どんなことがあっても、ここが二人のおうちです! いつでも待ってますから、
ずっとずっと、待ってますから! わたしも一人前になれるように頑張ってますから! ですから、ですから――」
「シロちゃん!」
こにがぴょこりと飛び跳ねた。
「またまりつきしてあそぼ!」
その喜々とした声にシロの瞳が潤みだした。お爺ちゃんは春の青い空を見上げ、防人は抜け殻のように私たちの別れを眺めていた。
一歩、二歩と歩き出して、戦場の痕を越えた。
「絶対ですよ、約束ですよ!」
シロは声が掠れるまで大声を上げ続けていた。私たちも手を振りしきって、やがて前を向いた。
道の先には、茜色の空が続いていた。
>>310-322 乙です!!かなり深いところまで踏み込んでいきましたね!!
「鬼子の初心を忘れないようにしたい」という歌麻呂さんらしい
メッセージ性を強く押し出した内容でいいと思います。
まあ、そこに拒否反応する人もいるとは思いますが
それを言ってしまうとどんどん鬼子がぼやけていってしまいますしね。
>>323 遅くなりました、ありがとうございます。
メッセージなんて強く押し出したつもりはなかったんですが、
どうも出してるように映ってしまったみたいですね。
まだまだ成長していかないといけませんな。
>>286 綿抜鬼のデザイン描かれた方が『もうこの子はオリジナルでいきます』ってさ〜。
良かったね。もう鬼子とは無関係だって事だろうよ。今度からはこちらで使われたらデザイナーの方自身が怒ってくれるだろうね。
久々に来たんですが綿抜鬼(の人)って何か問題あったっけ?どうしてこうなった?
そのキャラと同じくなかなかの暗黒面を醸し出すキーワードになってるのかなぁて思って、>綿抜鬼
グロに耐性がないヤツが毛嫌いしてて、それを人に押し付けようとしていると思っておけばいい。
実際には大幅に違うが、ほじくり返すと場が荒れまくるので好奇心を抑えて貰えるとみんな助かる。
328 :
326:2011/10/30(日) 01:18:01.19 ID:SZoUOaH4
>>327 そ、そうか。食い付いてごめん。教えてくれてありがと
七面倒くせぇ話なんすなぁ…
…七面倒…‥七面鳥…乳面鳥…‥
…っハッ!(゚д゚;)
おっぱいっていいよな・・・(巨乳に限る)
チチドリ「…」
ほい。ちょいと投下に使わせてもらいますよっと。
───なにかおかしい。
鬼の娘ひのもとおにこはそう感じていた。最近できた人間の友人、田中 匠(たなか たくみ)の様子が変なのだ。
・・・ひょっとして、また何らかの心の鬼に憑かれたのか?と、疑いもしたが、彼女の放つ気配は至って正常
──何をもって正常とするかは省くとして───だった。
それでも、時々目が遠くをみていて、何か迷っているようにみえる。話しかけてみると、はっと我に返ることも
多々あった。しかも最近になってますますその頻度が増えてきている。彼女はしょっちゅう学業以外にも創作活動を
続けていて、「ネタ」なるものに苦慮しているときなどよくそういう状態に陥る。だとしても、今回のはまた妙に
長引いている。あまりにも頻繁なのでそれとなく聞いてみたこともあった。
「田中さん、最近おかしいですよ?何か困った事でもあったんですか?」
と。
その時は
「アハハ。いやだなあ。ひのもとさん。そんな訳ないじゃん。考えすぎだって。
ここの所、仕上げなきゃいけない原稿が多くってさー」
と、うやむやにされてしまったのだが・・・
・・・私はそんなに頼りないのかしら。確かに心の鬼を祓う事しか能がない。だけど、今まで色々と悩みや愚痴を
相談してくれていたのに。こういう時、田中さんと私の住む世界が違うんじゃないかと、一人置いていかれた様な
うすら寒い孤独感にさらされてしまう。
田中さんの感じている悩みを理解しきれていないのではないかと。
「ねねさま?」
膝の上の小日本が怪訝そうに問いかけ、ハッと我に返った。いけない。私まで同じようになってはこの子にも
心配をかけてしまう。
「あ、ううん。えぇと、『よし、オレたちもケンカってやつをしてみようじゃないか。アカオニはいいました』」
読みかけの絵本を再び読み始めた。
───そういえば、田中さんとはケンカしたこと、なかった。やっぱり、色々とガマンしていた事があったの
だろうか?愛想をつかされてしまったのではないだろうか?
絵本を読んでこにを寝かしつけた後、天気がいいので洗濯物を干しながら、つらつらとそんな事を考えていた。
なんだか、考えれば考えるほど心の奥のモヤモヤが大きくなってくる。
「わんこ」
指示を出す時の声音でわんこに話しかけた。彼は今、ぶすっとした顔で、それでも家事を手伝ってくれている。
「おう」
こう言うとき、いつもはぐだぐだグチグチ言う時と違って素直に指示を聞いてくれる。
「田中さんを見張ってて。何かあったらすぐ知らせて」
「はぁ?何かって何だよ?もうちっと詳しくいってくれよ。そんだけじゃ何に気ぃつけりゃいいかわかんねーぞ」
思いがけず、いつもとは違う反応が返ってきた。無理もない。私もよくわからないのだ。
「ま、いいけどよ。何かあったら知らせりゃいいんだな」
私が口ごもっている間に、そう返事し、洗濯物の入ったカゴをその場に置いて、わんこは姿を消した。
===================================================
───数日が経過した。わんこの報告は毎度あまり代わり映えしなかった。たまに捕まってモフられたとボヤいた
こともあったが、聞く限りは普段と変わりなかった。
「ねねさま、ねねさま〜今、欲しいものな〜に〜?」
こにが、無邪気に話しかけてきた。私は田中さんの事に気を取られたのもあり、繕い物の手を止めずにぼんやりと
「そうねえ。そろそろ冬も近い事だし、炭の備蓄が心配ね」
と、答えていた。そうだそろそろ冬支度も考えないと。少し早いかもしれないが白狐様の所に顔を出しておこう───
「こんにちは」
私は白狐様の稲荷神社を訪れた。声を掛けたのは、鳥居の下ではき掃除をしていた見習い狐のシロちゃんだ。
巫女さんの格好をして、いつも境内の掃除などをしている。
一応、人間界にも、人間向けの神社があるらしいが、こちら側は狐の一族が営んでいる神社だ。そのため、私たちは
様々なモノをこの神社を通じて用立てて貰っている。
「ひゃわわわわっ?!お、お、お、鬼子さん?!」
「?」
潜在力はあるのに、ちょっとあわてんぼさんで、気苦労が絶えないと白狐様は苦笑しながら語ってらしたっけ。
それにしても、不意の訪問とはいえ、驚きすぎではないかしら?いつもは明るい笑顔で出迎えてくれるのに・・・
なんだか動きもぎこちない。あわてた様子でパタパタと駆けていって・・・コケた。
金色の稲穂を思わせる髪の毛から狐の耳が、腰からは狐の尻尾がぴょこんと飛び出して動揺っぷりが見て取れる。
何だか大慌てで白狐様を呼ぶ声が響いているのだが・・・
私、何かしたかしら?
シロちゃんの慌てっぷりを諫める声が奥の方で聞こえた後、白狐様が落ち着いた様子ででてきた。
私はいつもどおりに挨拶をし、今日の用件を申し上げた上で、一体何事かと尋ねてみた。
「なに、不肖の孫がまた仕方のない勘違いをしただけじゃ。それより、冬支度の事だったの。事前に用意して
あるから、後で若いものに届けさせよう」
「? ありがとうございます」
珍しい。こういった手続きを白狐様じきじきになされるなんて。いつもはシロちゃんを通じてお願いするのに。
・・・そういえば、あれ以降、シロちゃんは引っ込んだまま、顔を見せていない。ひょっとして私、避けられてる?
「あぁ、シロの奴は先程遣いにやった。今日は遅くまで帰らぬじゃろう。スマンな。せっかく来て貰ったのに」
私の表情から読みとったのか、すかさずそんな事をおっしゃった。
「あ、い、いえ」
なんだか釈然としないまま、神社を辞した。
===================================================
───田中さんが私に告げる。
「ごめん。やっぱり鬼は気持ち悪いや」
───シロちゃんが嫌悪の眼差しをむける。
「鬼は怖いです近づかないで欲しいです」
───わんこが愛想が尽きたとばかりに吐き捨てる。
「けっ、なんでこんなのを主に選んだんだ、俺」
───ヒワイドリとヤイカガシさえ、何故こんなのを付け回していたのかと責め立てた。
───胸に深々と矛が突き立てられた。
「けっ、汚らわしい鬼なんぞ、とっとと消えてまいな。明日からウチの天下やっ!げひゃひゃひゃっ!」
角張った面を着け、ドリルのようなお下げをした女の子が底意地く哄笑した。
「!!!!!っ!」
がばっ!と、身を起こした。周囲は真っ暗だが、外から朝の気配が伝わってくる。もう少ししたら明るく
なるだろうか。誰かどこかでたき火でもしているのか・・・遠く竹が火で破ぜるような音や犬が吠える声が聞こえる。
「ゆ、夢?」
部屋は底冷えがするような寒さに満たされているにもかかわらず、全身に嫌な汗をかいていた。
ここ永いこと見ていなかった、ひさしぶりの悪夢だった。
───そうだ。かつて私はヒトリだった。それが今はこにが居る。わんこという居候も増えた。白狐様は良くして
下さってるし、田中さんは人間で初めてのお友達だ。他にもいろんなヒトタチに良くして貰っている。
私はいつの間にかこんなに恵まれていたのだ。元々は得られると思いもしなかった諸々のもの・・・
・・・わかってる。どんなに永く続いても、必ず終わりがある。それでも、私はただこの『今』を大切にしたい。
その気持ちですべて受け入れよう。一日一日、一秒一秒を大切にして。例え友達に別れを告げられる事になろうとも。
そして、わんこが『田中が大切な用があるから来いってさ』と、呼びに来たのはその日の夕方だった───
===================================================
──そして、私はこの戸の前に居る。大分、夜もふけた。わんこに山道を案内され、見慣れない獣道を通って、
ここにやってきた。方向感覚には自信があったが、あちこち振り回されてここがどこなのかいまいち分からない。
途中からはわんこに手を引かれての山道を移動していた。目の前にある戸は見たことがあるようなないような・・・
だが、いざ戸の向こうに友人が居ると思うと、やはり足がすくんでしまう。
目の前の戸からは・・・いや、建物からは鬼子の心を写したように一切、灯りが漏れてこない。
ああ、覚悟したつもりでもやはり怖い。
嫌われていたらどうしよう。
怖がられていてらどうしよう。
愛想をつかされていたらどうしよう。
そう、思いながらも、ここ暫く会えなかった友人の声を欲する心が、手を先に伸ばした。
ガラッ
パンッ パパン! パパパパパ〜〜〜ン!!!
「?!?!」
一斉に目と耳から激しい刺激──音と光が襲いかかり、何が起こったか分からなかった。
『「『「お誕生日おめでとう〜〜〜〜〜〜〜〜!!」』」』
「へっ?」
その時の私は呆けていたと思う。さっきまで真っ暗だった室内はやけに煌びやかに飾り立てられていた。
中には様々なえぇと、田中さんの「まんが」の中でしか見なかった色んな扮装をした・・・・いろんな人達が
紙吹雪と紙テープをまき散らした円錐状のモノを手に笑っている。
「いやぁ〜〜実はさ、鬼子さんの誕生日、わかんないっていうから、今度みんなでコッソリ準備して、
ひのもとさんを驚かせようって事になっちゃってさ〜〜」
みんなの真ん中で三角帽子をかぶって、何故か鼻メガネをつけた田中さんが仮装の向こう側からいたづらっぽい目で
事情を説明してきたが、私はまだよくわかってなかった。
「で、まあ、折角だからアタシとひのもとさんが出会った今日って事にしようかなって。だけど、ひのもとさんって、
無欲なタチだからね〜プレゼントをどうしようか、バレずに会場用意するのはどこがいいかって色々ハードル
高くてさ〜」
ゆっくりと、本当にゆっくりと、状況が頭に入ってくる。ここ、白狐様の神社にある建物の一つだ。
「そしたら、結局、白狐様の手を煩わせるまでになっちゃってね〜思いがけず、大げさになっちゃった。
しまいには境内にある建物まで借りることになっちゃって、本当に申し訳ないっス」
「なになに、この子の友人の頼みじゃ。これくらいでいいのかと申し訳ない位じゃ」
何と、白狐様まで、あの三角帽子をかぶって、微笑んでいる。同じように横で微笑んでいるのはシロちゃんだ。
「本当にあの時はビックリしましたよ。まさか準備の真っ最中に当の鬼子さんがやってくるんですもの」
「だけど、方向幻惑の結界に闇の結界。いくら何でも奮発しすぎだろうが。ジジィ。このニンゲンはそこまで
大層なモンまで計画してたわけじゃねぇだろ」
わんこだ。
「ま、ええやないの?そんだけ意表を突けたみたいやし。ほれ見てみい。鬼子のヤツ、鳩が水鉄砲食らったような
顔しとるやないか」
そう言って笑っているのはついなちゃん。
「豆鉄砲」誰かが突っ込んだ。「やかましっ!」
「こにはね〜さっきまで知らなかったんだよ〜このまえ、わんこに鬼子の欲しいもの聞いてくれって言われた時も
わかんなかったんだもん!いってくれたら、こにも何か準備したのに!」
「こにに話したら全てバラしてしまうでゲス」ヤイカだ。
「そうそう。だから直前まで伏せるしかなかった。許せ」ヒワイドリまで。
状況が徐々に頭に染みこんできた壁にかけられた「鬼子ちゃんお誕生日おめでとう」の垂れ幕。
そうか、これは私の為に用意されたものなんだ。───わたしだけのために
「ひ、ひのもとさんっ?!」
田中さんのうろたえた声が響き、ざわ、と会場全体がざわめいた。
いけない。ホントはこの空気を壊したくないのに、この温かい空気を湿らせたくないのに
目から次々に留められないものが溢れ出ていた─────
──無礼講だった。最初思わず泣いてしまったけど、後はものっすごい馬鹿騒ぎ。まるでさっきの湿っぽさを
吹き飛ばそうとしたかのように。まわりはもう、シッチャカメッチャカだ。
「やーみんなエネルギーが有り余ってたね〜」
疲れたって感じで田中さんが横でグッタリしている。・・・ニンゲンの田中さんが何であの騒ぎで生き残れたのか
今でも疑問だ。みんな普通のニンゲンとは一段違う所で大騒ぎしていた。きっと白狐様が守ってくださったんだろう。
さっきまでの嵐のような大騒ぎは夢かと思ったが、手元に残ったみんなからの贈り物が夢でないと保証して
くれている。今はもう、みんな引き上げて、ほんの少しの間、田中さんと私だけになった。
「あ、じゃあ、さっき渡しそびれたから。はい。私から」
そういって田中さんがかわいらしくリボンで飾ったプレゼントをくれた。
「わあ、ありがとうございます。・・・これは・・・」
「うん。カイロ。ひのもとさん所って、炭火があるんだよね?冬は寒いそうだから、コレの中に火のついた炭を
入れておけばあったかいかなって」
そのカイロを入れておくカイロ入れはクマさんをあしらっていた。きっと田中さんが手作りしてくれたんだ。
それだけでじんわりと胸の奥があったかくなってきた。あと、目の奥も。
「ありがとうございます。大切に。大切にします」
新たに増えた大切な御守をきゅっと握りしめ噛み締めるように呟いた。
「アハハ。これだけ喜んでもらえたら、作った甲斐があったな〜ってね」
田中さんはポリポリと頭をかき、照れくさそうに微笑んだ。
遠くから私たちを呼ぶこにぽんの声が聞こえてきた。
「お、そろそろ二次会の準備ができたようだね?さ、いこ!ひのもとさん!」
「え、あれだけ騒いでまだやるんですか?!」
「もっちろん!さいくよ!立ったたった!」
そうして私たちは、次の大騒ぎの場所へ田中さんに引っ張られるカタチでこの会場を後にした──
──終──
337 :
鬼子の誕生日:2011/11/01(火) 19:43:55.80 ID:YGiqoU01
>>332-336 という訳で、一周年記念で『鬼子の誕生日』SSを創らせていただきました。
急ごしらえで色々読みづらい所はご容赦を〜
作中では「田中さんと鬼子が出会った日」を誕生日にして祝ってしまえ!というノリでこんな話になりました。
描写にない面子も実は色々と参加しておりますが〜書いていたらもっと長くなっちゃうのでそれぞれ脳内補完よろしくです。
それでは〜〜
『鬼子の誕生日』の感想も書きたいんですが、
「【編纂】日本鬼子さん」の投稿数ギリギリなので数時間後に! すみません!
【編纂】日本鬼子さん十「みーんな、なかよしだもんね!」
十の一
「貴女が鬼子ね」
油蝉の不協和音の中で、白い猫耳に眼鏡が印象的な背の高い女性に声を掛けられる。
ちょうどやまめをしとめ損ねたところだったので、恥ずかしいところを見せてしまった。
白狐の村を発って一年と三ヶ月が経った。その経験から察するに、どうも鬼や神さまからは偏見を抱かれていないようだった。
もちろん性格的に気に入らない、女のくせに、みたいな見られ方をされることはあったけど。
あれからもときどき中ラ連のお世話になるけど、私もこにも仲良く語らうことができていた。
「頼むから俺は祓わないでくれよな」と冗談めかして言う鬼さえいた。中ラ連に縋る鬼は、
私が祓うような獰猛で凶暴な鬼から日々怯えて生活する鬼がほとんどなので、私たちはむしろ憧れの対象でもあった。
有名になるのは恥ずかしかったけど、でも貧しい鬼や神さまからの激励が鬼を祓う力の源になったのは確かだった。
そんなこんなで、猫耳の女性を見た。今まで見たことがないほど耽美な白い衣をまとっている。焼き付けるような日差しの中、
女性は分厚い衣装で直立している。こには川岸で水遊びを楽しんでいた。
「あの、あなたは――」
「ソレ、何に使ってるのかしら?」
私の質問を完全に無視して、女性は鬼斬を指さした。
「一応、銛の代わりですけど」
女性が顔を覆い、盛大な溜息をついた。
「驕れる神器も久しからず、ね」
でも私たちにとって鬼斬は命の源だった。獣を狩り、肉を裂き、枝を削る。
柄が長くて料理には不便だけど、慣れればどんな包丁よりも扱いやすかった。
「まあいいわ。アマテラスサマから伝言預かってるから」
面倒くさそうに白雪の髪を掻き、豊満な胸元から巻物を取り出した。
「ちょ、ちょっと待ってください! あ……いえ、お待ちいただけませんか?」
天照大御神さま。神々しく輝くお天道様で、とてもじゃないけどこんな私がお会いしていいようなお方ではない。
なんと申せばいいのか、なんと反応し奉ればいいか、この泥だらけの着物で無礼はないものなのか、
そもそも振る舞いに非礼があるんじゃないのかとか、一気に頭の中があらゆるもので埋め尽くされた。大洪水だ。
ちゃんと敬語を使わないといけない。
「えーっと」
かの御神さまのお使い様は待って下さらなかった。
「『吾者聞八百万神鬼祓之噂。汝鬼子見、勅言』……はあ? ダメダメ、こんなの千年前でも理解できないわ」
私は理解できない部類に分けられるけど、高天原の由々しい大神さまの方々なら、容易にご理解あそばせなさいますのでしょう。
「こにと一緒に犬神さんの里へ行って、心の鬼を祓いなさい。それが使命よ」
大御神さまのお使さまはそう威勢よく仰せになられた。
「あ、ああ、あの、このような不束者のわたくしめでございますが……」
「世間知らずな貴方に、二つ世渡りの術を教えとくわ。一つ、下手な敬語を使わない。二つ、私に敬語を使わない」
でも……と戸惑った。ここまで縛られていない神さまを、しかも大御神さまをさん付けで
親しげに呼び表してしまう神さまなんて見たことがない。お怒りを買われないのだろうか。
いやそれよりも、そんなお方とこんな世間の最下層の鬼の子が対等に話してしまったら罰が当たるに決まってる。
「いいからそう話しなさい。本来神さまってのは誰とでもフレンドリーなのよ」
「は、はあ」
ふれんどりいってなんなんだろう。
「ねねさまー、この人だあれ?」
遊び飽きたこにがやってきた。麻の着物は腰から下が水に浸ってしまっており、その手にはつるつるの小石が握り締められていた。
誰と言われて、ようやくふりだしに戻ることができた。
十の二
「それでその、あなたの名前は?」
「あら、言ってなかったかしら?」
もう何も言うまい。この人は気まぐれを煮詰めたような性格なのだ。
周りの人たちを振り回しに振り回しても、当の本人は何の自覚もないのだ。
「みんなからは般にゃー、と呼ばれてるわ。貴女達もそう呼んで頂戴」
般にゃー。その名前の由来はどこから来たのだろうか。
般若と関係があるのは確かみたいだけど、猫又の女性と何の因果関係も見出せなかった。
「ああ、そうそう、これ忘れてたわ」
彼女は懐から般若面を取り出した。
「般にゃーの般若、と仮称しておきましょうか。究極的真理を悟った瞳孔を観れば、
心の鬼はたちまち人間から引き出されてしまうわ。またその口はよろずの神々と通じていて、貴女の戦いをサポートしてくれるはずよ」
その深く濃い檜から掘り出された芸術に、私までもが魅入られていく。触れると胸が高く脈打った。
般若が目撃してきた多くの事象が逆流して私の延髄を刺激する。神の息吹を感じた。
「それから、そっちのおチビちゃんにはこれね」
般にゃーは谷間から鈴を取り出した。りりん、と癒される響きが蝉の豪雨をすり抜けて鳴り渡る。
こぶし一つ分ほどの大きな鈴だった。
「なにこれー!」
こには鈴を帯に結んでいる般にゃーに尋ねた。実に嬉しそうな問いかけだった。
「ふふ、これは恋の素。その音色には穢れを清める力に加えて、神と鬼を、鬼と人を、人と人を、あらゆるものを縁で結んで……
そうね、みんなが仲良しになれる魔法の力がつまってるの」
「みんな、みーんな、なかよしだもんね!」
こにはぱしゃぱしゃと飛び跳ねる。般にゃーはちょっと不快そうな顔をしていたけど、割かし気にしていないようだった。
「それじゃ、行ってらっしゃい」
行く。犬神さまの里へだ。この川を上ってしばらくしたところにそんな里山があると中ラ連の常連さんが噂していたのを思い出す。
あの村から人の気配が感じられなくなってしまったどころか、犬神さまの一族の知らせも途絶えてしまったという話も耳にした。
噂なんて当てにならないものがほとんどだけど(鬼子が人を襲う、なんてその最たるものだ)、
生まれたからにはそれなりの理由があるのだろう。
「あ、ちょっと待ちなさい」
薙刀についた水を振り払い、こにと一緒に里へ向かおうとしたところで呼び止められる。
「その薙刀、わたしが預かっておくわ」
どこにでもあるような、何度も見たことのあるような、そんな里だった。山に囲まれていて、田植えをして間もない青々とした稲が
見渡す限りに広がっている。その中から素朴な藁葺き屋根の民家が点々と生え伸びている。
あぜ道は真ん中だけ申し訳ばかりに裸の地面が見えるけど、あとは大葉子や狗尾草が悠々と陽射しを浴びて背伸びをしていた。
でも、どこか陰気くさい。人の姿もなければ、鳥や蝉の鳴き声すらしない。植物の天下だった。
この場所に来た理由なんて、少し考えればわかることだった。
畏れ多くも大御神さまがご命令なさったんだから、それ相応のゆえんがあって当然なのだ。
試練なのだ。
鬼斬なしで、心の鬼を祓う。不可能な話ではない。しかし、相手がおとなしい性格でという前提の話になる。
閉ざされた胸の内を心を砕いて開いてやらなければならない。しかも穏便に。
無理やりこじ開けようものなら心の鬼は暴れだし、おそらく私はそれに呑みこまれてしまうだろう。危ない綱渡りなのだ。
十の三
現在、神さまと鬼の勢力は徐々に鬼のほうが優勢になっているらしい。
堕ちてしまわれる神さま、荒ぶる国ツ神の邪鬼化、そういうものが増えてきているのだ。
「わたしはあまり隠し事したくないし、別に隠せといわれてないから言うけど」
薙刀を託したあとで、般にゃーが二本の尻尾を振って囁いた。
「アマテラスサマは貴女を利用するつもりなのよ。鬼の力を弱める道具として、貴女を駒として選んだってこと」
鬼で、神さまと敵対しているわけでもなく、強くて、鬼を祓う道理がある。般若面は私を後援してくださる半面、
私が神さまに刃向かおうと思えばいつでも潰すことができる、いわば悟空の緊箍児(きんこじ)なのだ。
散歩紐をつけられた私ほど適材な駒はどこを探したっていないだろう。
「それが嫌ならちゃんと言いなさい。わざわざわたし達のメンドーな問題に顔出さなくたっていいんだから」
上にはわたしから言っておくわ。貴女は今まで通りの生活を送ればいいから。と般にゃーは付け足した。本来なら大御神さまの勅に
逆らうことなんてできないのだろうけど、この女性がそういうのであれば、そんなあり得ないことも叶ってしまうような気がした。
でも、私には断る理由なんてなかった。鬼を祓う鬼、それが私なんだから。
承諾した私は連れ添いのこにと一緒に犬神さまの里へと赴き、今に至るのだった。
「おなかへったー」
こにがお腹をぐうぐう鳴らして、そんなことを言った。
口から言葉を発しているのか、お腹から言葉を発しているのか微妙なところだ。
「そうね、早く犬神さまのところでご飯にしましょう」
民家から食材を分けてもらいたかったけど、塩をまかれるのが関の山だし、そもそも人がいない。
そのくせ廃村のように荒れてるわけでもないし、鬼に襲われた形跡もなかった。
おかしい。何かが変だ。今までの鬼とはわけが違う。
「ねねさま! あれ!」
こにの指の先には、あぜ道で倒れている若者がいた。慌てて駆け寄り、口に手をかざして息を確かめる。
「う、あ……」
意識もちゃんとあるようだった。
「大丈夫ですか? 怪我、ありませんか?」
身体を起こしてあげたいけど、また嫌がられるからそれはできない。ただ見守ることしか術はないのだ。
「め、めん……めんどくさ」
若者は、掠れた声でそう呟いた。
「めん? な、なんですか? もう一度言ってくださいませんか?」
「いやあ、二度言うとかほんと面倒なんで」
だらだらと断られた。
変だ、確実に変だ!
「犬神さまの元へ急ぎましょう」
「でも、このひと……」
のっぺりと気持ちよさそうに日向ぼっこしている若者を一目見る。
「この方は好きでやってるの。大丈夫、行きましょう」
こにの手を取り、走った。
犬神神社は山にへばりつくように建てられた神社だった。
社はお爺ちゃんの神社の蔵と同じ程度の大きさで、やっぱりどこにでもあるような村社だった。
しかし、どこか異変を感じる。じわりじわりと体の一部分が吸い取られていくような、そんな気分がした。
その気配のほうへ、一歩、また一歩と前進する。
こにがぎゅっと私の衣を握りしめた。私だって何か確実的なものにすがりつきたかった。
十の四
本殿の裏側に綿のような老犬と、茶色い髪に紅の道着を着る少年が寝そべっていた。
おそらくは般にゃーの言っていた犬神さまなのだろうが、見る影もないだらけようだった。
「わんこの神サマ、だいじょうぶ?」
こにが齢のいった犬神さまの元に駆け出した。
しゃらんりんと鈴が鳴る。すると大の字に寝そべっていた老犬さまが身を震わせ、起き上がった。
「た、助かったわい」
ついさっきまでの怠惰な姿は微塵も感じられない。
神さまの威厳がひしひしと伝わってくる。この寸刻の間に何が起こったのだろうか。
「お嬢ちゃんのおかげじゃ。その鈴が『さぼテン。』の物臭な邪念を追っ払ってくれたんだよ」
「こにのおかげっ?」
こにの目がきらきらと音を立てて輝きだした。この一年と三ヶ月の間、こには人がケガをしていても、
鬼が暴れていても、私の裾をつかむことしかできなかった。どれだけもどかしい思いをしていたんだろう。
「うちの大馬鹿者が心の鬼を宿してしまっての、その邪気が村全体を覆ってしまったんじゃ。
気付いたころにはワシ一人でどうこうできる事態でなくなってしもうた」
そう言って、竹林の前でだらだらと尻尾を垂らし、肘を枕にして眠りこけている少年を指さす。
歳はシロと同じくらいだろうか。シロのぱたぱたと慌てて駆ける廊下の音を思い出した。
「……私が代わりに祓います」
頭に提げた般若面を手にし、犬耳の生えた少年の前に立つ。
「気をつけい。輩から出るさぼりの念に呑まれると、たちまちやる気を削がれるぞ」
犬神さまの忠告を聞いて、心の中で頷く。確かに武器がない今、鬼に攻められたら一巻の終わりだ。
でも鬼を祓う要領は武器のあるなしにかかわらず、さして変わらない。薙刀を振るうか、言葉を操るか、その違いだけだ。
般若を顔にかざし、お面を通して少年わんこの瞼を射抜いた。禍々しい気配に気づいたのか、わんこが片目を開ける。
その途端少年は眼を見開いた。こうすることで心の鬼と宿る身を分離させることができる
……はずなんだけど、いくらたっても心の鬼は姿を見せなかった。おかしい、般にゃーから聞いた条件は全部揃ってるはずなのに。
「……めんどくせ」
そう少年は呟いた。
「こいつから離れんのもかったりーわ」
いや、違う。正確には少年に憑いた鬼が呟いているんだ。よく見ると、とげのないさぼてんが少年の背中から見え隠れしている。
その姿を見るだけで気だるくなり、激しい無力感に苛まれた。
私がここにいる必要性が見いだせなかった。そもそも私ってなに? みんなに嫌われてる。
そりゃ神さまや鬼の一部からは好かれてるさ。でもそれが何になるの? どんなに頑張っても人から認められることはない。
鬼という分類から脱することはできない。人の友達がほしい。でもそんなの不可能だ。じゃあ私は何のために鬼を祓ってるの?
いいや、面倒くさい。考えるのが面倒だ。
立ってることも面倒で、つまらない世界を見るのも億劫で、外界と接するのもかったるい……。
「ねねさま!」
りんりん。
恋の素の音色で我に返った。冷や汗が全身から噴き出した。危なかった。もう少しで心を奪われてしまうところだった。
「ねえわんわん、こにといっしょにあそぼうよ!」
こにが鈴を鳴らしながら近づいてくる。
いつもなら鬼に近づかせないけど、恋の素がある今、こにが近くにいてくれたほうが安心だった。
「遊ぶ? めんどくせ」
少年に憑いたさぼてんの鬼が答えた。鈴の音を聞いても反応はちっとも変わっていない。
十の五
「えー、あそぶのたのしいよ?」
こにが残念そうにうなだれた。犬の少年はそっぽを向くのも面倒みたいで、焦点の合ってない目で神社の先を眺めていた。
「そりゃ楽しいさ、でも意味はない。体力の無駄遣いなんかしてられっか」
「ムダなんかじゃないよー!」
こには無理やり少年を引っ張って走り出した。
「おい、何すんだよ」
「かけっこ!」
こにが嬉しそうに走る。少年は引きずられるままに走った。恋の素がやさしい音を響き渡らせていた。
おいかけっこをして、だるまさんがころんだをして、かくれんぼをして、鬼ごっこをした。
少年から「さぼテン。」が離れることはなかったが、少しずつ目に生気が宿りだしていた。恋の素の影響だろうか。
いや、きっとこれはこにの素質なんだと思う。こにの周りは、いつだって明るく照らされているんだ。
西の空が色つきはじめた。一通り遊んだあとで、私たちは鳥居の前の階段に座って休憩した。
犬神さまは鳥居の上で見守っていて、こには遊び疲れたのか、私の膝の上で寝息を立てている。
「俺、やっぱり何やってもうまくいかない駄目な奴なんだよ」
そう耳の生えた少年は語った。
「いくら勉強したって風太郎に勝てないんだ。村ん中じゃかけっこで右に出る奴はいないけど、
誰にも褒められやしない。地蔵師匠はもう相手にすらしてくれねえ。だったらかけっこだって疲れるだけだ、めんどくせえ」
風太郎というのが誰なのかはわからないけど、地蔵師匠というのはおそらくあの犬神さまのことだろう。
心の鬼は突発的に宿ってしまうこともあれば、あらゆる状況が重なって形成してしまうこともある。
地蔵さまは少年を良くない目で見ているみたいだけど、全部が全部少年のせいではないような気がした。
「そのかけっこだって、お前に負けちまった。俺なんかどうせ……」
「いいえ、あなたは足も速いですし、体力だってありますよ」
「嫌味かよ」
そう言って少年はふてくされた。長い長いため息をもらす。
「嫌味なんかじゃないです。私があなたくらいの頃は足も遅かったですし、体力もみんなよりありませんでした。
だからあなたが私と同じ歳になったときは、きっと私なんかよりずっと足が速くて、体力もあるはずですよ」
「そういうもんなのか?」
「でも、努力はしないとだめですよ?」
「努力、か」
少年は仰向けに倒れこみ、鳥居を真下から見上げていた。
しばらくして、少年の体から心の鬼が抜け出てきた。
「さぼテン。」が静かに消えていく。
「俺、もう少し頑張るよ。かけっこも、勉強も」
「応援してますよ」
くりくりとした、情熱に満ち溢れている少年の瞳を見て、私は安堵のため息をもらした。
祓えたんだ。
武器がなくても、祓うことができる。
心の鬼と真剣になって向かい合うことができれば、鬼はちゃんと心を開いてくれるのだ。
「ふむ。やはり主が鬼子だったか。鬼を祓う鬼という評判は聞いておったわい」
地蔵さまが鳥居から飛び降り、少年の脇に着地して私を見上げた。
「ワシが唐突にもこんなことを頼むのはまことにおこがましいことではあるが」
そう先に述べて、寝転ぶ少年の頭に前足を乗せた。幼いながらも立派な男の子らしい額が露わになる。
「この世間知らずな馬鹿者わんこを、旅の供にしてやってはくれんかの」
十の六
「はあっ?」
犬耳の生えた少年ががばりと上半身を起こした。
騒ぎを耳にして、こにが寝ぼけた眼をこすりはじめる。
「なんだよいきなり! わけわかんねえ!」
私としては仲間が増えることにさほど抵抗は感じなかった。
少年は活発だし、ある意味野生的でもあったから、自給自足の生活を苦とはしないだろう。
いや、それ以上に、村へ降りて人々から食材を分け与えてもらうこともできるようになる。大歓迎だった。
「わんわん、よろしくね!」
こにも同感のようだ。
「わんわん言うな! 俺には歴とした名前があってな――」
「鬼子さん、ワシは思うんじゃよ」
「言わせろよ!」
あえて言わせなかったんだろう。真名を知らせるというのは自身を拘束させることに等しい。
地蔵さまは少年を縛らせたくなかったんだ。それは私のことを恐れているからなのだろうか。
「この村は狭すぎるからの。わんこにはもっと広い世界が似合うじゃろう。
しかし辺境の地で育ったもんじゃから、あまりにも物事をわかっとらんのじゃ。
どうか、世の中が井戸ではなく、こやつが蛙ではなく一匹の孤高な犬であることを教えてやってほしい」
「師匠……」
少年の真名を語らせなかったのは、ここが少年の故郷であることをはっきりさせるためなのかもしれない。
どれほど荒れ狂った旅路であっても、絶対的な安定のある場所があるとないとでは大違いであることは、私が一番知っている。
私が真名を知ってしまったら、ある意味で故郷を失ってしまうことになる。
油蝉の合唱が響き渡っている。その隙間から奏でられているひぐらしが、どこかもの悲しさを膨らませているように感じられた。
それからしばらく犬の少年は鳥居の先にある神社を見つめていた。長いことそうしていて、それからおもむろに立ち上がった。
「風太郎に伝えておいてくれ。お前なんか比にならないくらいたくさんのこと学んで帰るってな。
邪主眠(ジャスミン)の姉ちゃんにも、他の犬神にも、村のがきどもにも、それから……」
言い終える前に少年は言葉をつぐみ、空を眺めた。この村はきっと、大切な思い出がたくさんある場所なんだ。
ちょっぴり、羨ましい。
「鬼子さん、こにさん、わんこをよろしく頼むぞ」
そう犬地蔵さまに任された。
わんこをよろしく頼む。
私は、少年のことをわんこと呼ぶことにした。
「ふーん、そーゆーこと」
般にゃーの感想はあまりにもあっさりとしていた。私たちの紀行もわんこの同伴にもまったく興味を示さない。
まだ青い紅葉の山の奥に般にゃーの住処はあった。
でもほとんど使われてる形跡はなく、雑草だらけの庭と荒んでしまって久しいぼろ小屋があるばかりだった。
「命令を達成したらこの家を譲れってアマテラスサマが仰ってたわ」
どうせ使ってないし、そろそろ掃除しないとって思ってたからちょうどいいわ、なんてのんきなことを般にゃーは言っていた。
貰う側としてはひしひしと感じる面倒事にため息が出てしまうけど、でも屋根の下で眠れるんだからそれくらいどうにでもなる。
「当分わたしの指示に従ってもらうわ。……上に立つのってキライなのよね。
ま、テキトーにやらせてもらうから、そこんとこよろしく」
確かに般にゃーは上司という役柄は似合わない。何にも縛られずに彼処をぶらついてるほうが割に合ってるような気がする。
十の七
それから鬼斬を返してもらった。般若面でいつでも鬼斬を預けたり引き出したりすることができることを教えてもらった。
地味だけど、今まで薙刀のせいで人々に恐怖を上乗せしてしまったことが多々あったので、この機能は重宝しそうだった。
「最後に、アマテラスサマから贈物があるわ」
「お、贈物……って、え、ええっ? そ、そんな畏れ多い」
高天原を治める超が付くほどの大御所さまが、底辺の鬼に何を渡すというのだろうか。
こんな広い敷地を頂いてしまって、おまけに贈物ときた。
般にゃーが巻物を取り出し、広げた。
「まず鬼子のほうね。『日本の姓を賜えん。鬼の子よ、鬼うち祓え。我が日本よ』だって」
韻律の付いた歌が贈られた。形のないものだったから、はじめは何をもらったのかよくわからなかった。
「貴女に『日本』の姓をあげるって言ってんのよ。アマテラスサマも大胆ね」
ひのもと……ひのもと、おにこ。頭の中で繰り返す。日本鬼子。
天照大御神さまの下で鬼を祓う鬼の子。
それが私の名前だった。あらゆる感情が入り混じって、なんと申し上げればいいのかわからなかった。
「こには? こにのもあるの?」
「もちろんよ。『小日本の姓を賜えん。小鬼の子、鬼子を支えよ。我が小日本』だって」
同じように韻と律のついた歌が贈られる。
こひのもと。それがこにの姓になった。
「般にゃー、こひのもとって、どーゆーカンジつかうの?」
「小さいニッポンって書くのよ。せっかくもらったんだから、大切にしなさい」
「うん! えーっと……こに、こにぽん、だね!」
こにぽん。その愛くるしい響きとこにの笑顔が絶妙に合っていた。小日本、こにぽん、こにぽん。忘れないよう頭に刻み込む。
「そうそう、もちろんそこのわんちゃんにはないわよ? アンタは予定外の存在なんだから」
「わかってるよ、おばさん」
あ。と私の口から言葉が漏れてしまった。慌てて口を押さえる。
「おばさん……?」
般にゃーがぽそりと呟いた。ぴくりと小じわが増えたような気がして、そして……。
その後、わんこは三週間ほど、般にゃーの話題に触れると禁断症状を起こすようになった。
なぜそうなったのか、それは推して知るべきことだろう。
φ
日は暮れて、窓の先から星がちろちろと輝いていた。白狐爺の霊力を養うお祈りはまだ続いている。
「これが私の過去で、同時に鬼に勝ち続けなければいけない理由でもあります」
長い、長い語りだった。途中で鬼子さんが物語る理由を忘れてしまうくらい、壮大で、心魅かれるお話だった。
「私は鬼を祓わなくちゃいけないんです。それが存在意義なんです中途半端に独りでなくなってしまった私は、
もう邪鬼のように自分を棄てて暴れることもできないんです。鬼になれない鬼なんですよ。日本の姓を授かってから四年が経ちました。
ひたすら鬼を祓い続けて、人々からは恐れられて……もう、何のために戦うのか、
何を守って、何を消し去ろうとしているのか、わからなくなっちゃいました」
日本さんはそう言ってほほえんだ。身震いするほどおそろしく悲しい笑みだった。
「私ってなんだろうって問いがあったら、鬼を祓う鬼だって、そう答える他ないんです。
元々私なんて存在しないほうがいいんですから。鬼に負けてしまっては……鬼を祓えなかった私はただの鬼です。ただの厄病です。
それ以外、何もありません。明日、大御神さまに奏上します。私を否定してくださいと。私をこの世から――」
「そんなの、ないよ!」
感情に任せて立ち上がっていた。
十の八
「なんなのさ、自分勝手すぎるでしょ!」
「それなら!」
日本さんも負けじと声を張り上げる。
「……それなら、田中さんには説明できるんですか。どんな鬼でも祓うことができて、それを大御神さまにも認めてもらえて、
母から人の嬉しいことや楽しいことを芽生えさせられるような人になれと言われたのに、祓えなかった鬼がいる自分に気付いて、
こにぽんを守ることができない可能性を叩きつけられて、人々の喜びを奪い去ってしまいそうだった私が
今もなお生きてしまっている理由を、息をしている理由を、田中さんは説明できるんですか?」
卑怯だ。そう思った。
アタシは人間だ。ついこの間までこっちの世界のことなんて何一つ知らなかった人間だ。
平凡で並々の生活を営んできた高校生にすぎない。
それでも、言わなくちゃいけない。
「そりゃもちろん……」
言葉に詰まる。
ダメだ、止まっちゃいけない。考えろ。
日本さんの存在意義。難しいようだけど、どこかに答えはあるように感じる。そしてそれをアタシは持っている。
心の隅っこのほうで丸まってるような気がする。でも、それを拾うことはできない。拾える距離まで潜りきれていないんだ。
外のお経がうるさい。
あの連中を黙らせろよ、わんこのいらだった声が反響する。同感だよ、はは。誰か爆弾でも投げ込んでくれないか?
考えがあともう少しでまとまりそうだったのに、思考はほどけた書類のようにばらばらと混沌の中へと散らばっていく。
もう元のまとまりには戻れない。
「もちろん……」
嘘だ。自分には日本さんを納得させられるだけの経験と論理展開能力と語彙が備わってないんだ。
アタシの存在意義すら今まで考えたことすらなかった。
そんな人間が他人の存在意義について述べようと空っぽの頭をひねろうったって、
おからを絞って何も出ないのと同じように、妙案の一粒すら滴り落ちてくることはなかった。
「やっぱり無理なんですね。田中さんにも答えられない」
「そんなことない!」
ただのハッタリでしかないことはアタシも日本さんもわかってる。
でもここで屈することはできなかった。
屈してしまったら、もう二度と日本さんと会えなくなるんじゃないかって、そう思った。
「日本さんは……」
でも、限界だった。針金みたいな強度しかないアタシには、日本さんの巨大な道のりの一部ですら代われるものじゃなかった。
「日本さんは……」
諦めよう。
アタシじゃダメだったんだ。
――アタシなんかじゃ。
「ねねさまは、ねねさまだよ!」
襖がぴしゃりと音を立てて開かれた。
こにぽんが、そこに立ち尽くしていた。
十の九
「こに、むずかしいこと、わかんないよ。でも、ねねさまがいるから、ねねさまはねねさまなの!
いなくなっちゃったら、こに、さびしいもん!」
こにぽんが日本さんのところまで歩み寄って、その白くて小さな両腕で日本さんを包み込んだ。
「タナカだって、わんわんだって、シロちゃんだって、じじさまだって、ヒワちゃんだってヤイカちゃんだって!
みーんなみーんな、ねねさまのこと大好きなの! ねねさまはみんなの心の中にもいるんだから!
いなくなっちゃったら、こに、ヤだよ……。いなくなっちゃったら、いなくなっちゃったら……!」
「こにぽん」
日本さんが涙ぐむ女の子をそっと抱きしめた。やさしくやさしく、母親のようなぬくもりがそこから感じとれた。
「こめんね、こにぽん。そうだよね、独りじゃないって、こういうことなんだよね。
戦い続けなくても、変わらないものはあるんだよね。こんな私でも、好きでいてくれてる人はいるんだよね。
今だって、これからだって……」
簡単な話だったんだ。経験だとか、論理展開能力だとか思考だとか、
そんなワケのわからないことで悩む必要なんてどこにもなかった。
誰にだって言えること、当たり前のことだった。
「ねねさま、いたいよぅ」
「あっ、ごめんね」
抱擁を解放し、やや間を置いてからこにぽんの髪を撫でた。
こにぽんは雫を拭うと、腰につるしてあった巾着を開けた。
「これ、ぷりん。食べたらケガもなおるから」
「うん、ありがとう」
アタシは主役ってガラじゃない。
アタシはただの語り部で、
舞台の真ん中に立つのは紛れもなく日本さんとこにぽん、
この二人なのだ。
十の十
φ
「――という次第でございます、蟲武者卿」
青狸大将の長々しく荒々しい報を聞き終えた。奴からは天魔党の四天王を前にしても揺るがぬ強い意志を感じる。
激しい野望だ。今は我々に付き従いているものの、そう長くない頃に謀反を起こすであろう。
しかし奴に憑く願望鬼は実に巧みな隠密として利用できる。利用し尽して、状況を見て斬り捨てるのが適切である。
「ご苦労であったな」
偶然ではあるが、『鬼を祓う鬼』の素性が明らかになった。噂からして興味深いものがあるが、
奴について知れば知るほど魅かれるものがあった。探究心は膨れるばかりだが、我は学者ではない。一人の武人である。
無駄な情報は混乱を招く。なれば願望鬼は別の任務に活用させたほうが有益であろう。
「人間田中がこことは別の世の者であると申したが、それは真か」
「真でございます、蟲武者卿」
得意顔で奴は述べた。
「ならばその者の身を用いて異なりの世を渡り、彼方で我が天魔党の助けとなる鬼を探せ。無論相応の報酬は約束しよう」
「くくく、わかっておるではございませぬか」
裏のある笑みを見せ、青狸は退出した。
奴の場合、裏があることが容易に解せるからまだ扱いに苦労することはない。
「お憎(おぞう)、我等も出陣するぞ」
「戦ですか。何処へ」
我の率いる『侍』の第二位である彼女は常に我の傍らに控えている。彼女は片膝を立て、大きな櫛を挿した頭を我に見せ、
微塵も動じない。忠誠を誓ったお憎は我が命令には全て過不足なく任務をこなす。己を知り、相手を計りて戦に臨むため、
損じても被害は最小限に留めることが出来る。我が『侍』の参謀として言うべきことはない右腕である。
彼女は実に頼もしい。だが完全に心を開き切って寝首を掻かれて終劇という事態にもなりかねん。
どうも奴は我に対して激しい感情を抱いていることは確かなのである。
「城下だ。城下へ親征する」
「城下ですか。……じょ、城下ですか? 黒金蟲様」
彼女には予想外の目的地なのだろうが、我は長らく秘密裏にこの作戦を練り続けていた。
「そうだ、『甘味処ねむしや』に二十の兵を連れて向かおうと思う」
「しょ……将軍おはぎを討つのですね」
「如何にも」
物分かりの良い副官だ。
『ねむしや』は一月前に開店したばかりで、なんでもおはぎがこの世のものとは思えぬ程の美味であると評判なのだ。
立ち上がり歩き出すと、お憎もまた立ち上がり、後を歩く。
『甘味処ねむしや』のおはぎを我等が領主様にも献上したく存ずるが、今は果たせぬ所望である。
ああ、我が領主様よ、其方は何処へ行かれたのか。
我等の勢力は増しに増してあるが、統べる者がおらぬ今、どうして国を治めることができようか。
長き目で見れば、我等のみで治めることなど不可能なのだ。
『侍』『忍』『陰』『局』の四党がいかに優秀であれども、大壺の底から徐々に腐敗が生じが如く、分裂は止む無きことなのである。
統治には天性が必要なのだ。総指揮を執る大老様にも無く、当然のことながら我等にも無い。
存在そのもののみで人を惹きつけ、心酔させるだけの才能、少々の荒事でも、其の者の言葉であるだけで従えてしまうほどの力は、
行方知らずの領主様のみが有す。我等は領主様への絶対的な忠誠心によりて成り立つのだ。
城を出、丘の下に広がる街を見渡した。所狭しと立ち並ぶ瓦屋根。そこには往き交う鬼等で賑わいているのだ。
時の流れがを実感する。荒地だったあのころにここまでの活気を想像出来ただろうか。
我が故郷なのだ、この天魔党の国が。
領主様よ、其方さえおれば、必ずやこの国を理想郷へと変えてみせましょう。
先代の領主様からの悲願を、いざ叶えて見せようぞ。
>>332-337 シロちゃんかわいいよシロちゃん!
いやあ、和みましたなあ。
誕生日は無礼講! やっぱ鬼子さんたちは無礼講が似合いますね。
個人的には悪夢の中に登場した
角張った面を着け、ドリルのようなお下げをした女の子の台詞がお気に入りですwげひゃひゃひゃっ!
>>332-337 >>338-348 お二方とも乙です!!
折りしも鬼子の存在意義について触れる内容でしたが
SSの中の鬼子さんは「それだけで存在を肯定してくれる」人がいて
ちょっぴり羨ましいです。
現実世界に「鬼子(おにご)」として生まれた者の末路は
結局どこにも居場所がなく、誰からもその存在を肯定されず、省みられる事もなく
神を憎み鬼を憎み、人を憎みきって
森羅万象を呪いながら死んでいくより他は許されないものです。
そして我々はそれを「むごたらしい」とは決して感じないものなのです。
彼らが血を吐いて発した呪詛を鼻で笑い
その死骸をゴミのように蹴り飛ばすのです。
人おそろし、人おそろし。
>>350 福助だっけ?あれも水頭症だかの『鬼子』として親とは似ず生まれてきた子供ですよ。それをきちんと愛でている。
あなたの仰る事はどうにも激しい偏見に塗れている様子ですが、そんな調子で人生楽しめていますか?
他にも異形として生まれつつ、愛される者達は大勢おります。もう少し日本等の文化を勉強なさって下さいね。
>>338-348 おーこれで今の鬼子さんの完成ですか〜ん・・・変身や紅葉散りはまだ顕現してないんだっけ?
こにぽんの刀は・・・前に譲り受けたばっかりだってことは暫くは鈴だったんだな〜
あと、蟲武者wwww あれだけ重々しく振舞っておいて、結局甘いものカヨ!!
これがはろいん効果というものか・・・・w第一部完結という位置づけなら、次は蟲武者がちょこれーとに遭遇、
追い求める話になるんかな(そんなわけあるか)
そしてやっぱりわんこwwww
>>351 そういう君はどうなんだ。毛色の違った奴を受け入れる事ができるのか?
>>353 なんで自分の偏見が受け入れられないからって個人攻撃に走るのかね…。
あなたの言い方を借りれば、その毛色の違う者がどう行動してたかで個々に変わるんじゃね〜の?
『自分は虐げられた過去があるから優遇されて当然だ』なんて態度なら、煙たがられて疎遠にはなるだろうし、
変われる部分は変えたり、相手の事も尊重出来る人なら普通に受け入れられるでしょうよ。
一か零かで全てを受け入れられないなら何もかも拒絶しているのと同じだと言うなら、話にはならないと思う。
そこは集団でも個人でも変わらないでしょうよ。集団の方が確かに異物排除へ動き易いだろうけど。
ヒントとしては『こぶとりじいさん』やらでも読んでみれば?それでも理解出来ないなら知らない。
>>354 そういう君はどうなんだ。
周りに合わせて上手い事立ち回って受け入れられてる方なのか
それとも異物として拒絶されてる方なのか。
言ってる事は正論だと思うけど
歪な感情が言葉の端に滲み出てるぜ。
ひょっとしてあんたも「こっち側」の人なんじゃないの?
>>355 ID変わってるけど、
>>353の人と同じ人?だとしたらわざわざ変えた理由が解らんが…。
まああなた様がどちらよりの人か解らんが、少なくとも自分は一応受け入れられてる側なんかもしれん。
というか個人の事例は正直問題じゃないし意味がないとも思っているんだが、どうやっても伝わらないのかな?
あとコミュニティーへの参加如何を『上手く立ち回った』結果と考えてたら、しんどくはないですか?
合わない人は合わないんだし、参加するために小手先で自分を変えても、無理が祟って楽しめないと思うんだが…。
自分で個人事例は意味がないと言いながら矛盾するが、私も異質な部分があるとは言われてきたしリア充系とは全く合わない。
けれども水が合う場所や人なりは探せば見つかるし、逆に自分が好んだ場所や人とどうやっても合わない時もある。
そんな時に大変な労力をかけて相手側を変えようとすれば、逆に溝を深めて対立するばかりではあったが、
自分が多少変わるだけで面白いように嵌る場合も、どうにも変えようが無いから離れた場合もある。そして労力は必ず自分が変わる方が小さい。
最初から『異質だから』と完全に拒絶される事は少なかったし、変わるのが無理なら新しい場所や人を探せば見つかると思うんだが…。
歴史とか詳しくなくて経験則でしか表現出来なくて申し訳無いけど、北風と太陽が似ているだろうか?
【業務連絡】
>>348歌麻呂さん、次回分からSSスレ5の方へ御投下頂きたく。
当スレは現在481KB。もう放っといても落ちます。
11/8(火)に十一話を投下できると思います。
>>350 乙ありです。
これからも色々ありますけど、よろしくお願いします!
>>352 黒金蟲様はいついかなる状況においても全力を捧げるのです。格好いいですよねw
第二部、という明確な枠は特に考えていないんですけど、まあどうなっていくのか、私も楽しみですw
>>357 了解です。ついに5の領域に足を踏み入れることになるんですね……。
胸が熱くなると同時に緊張もします。
当初予定では、次に妄想しようずスレを使用する予定になっていた筈ですが、
該スレは現在別の流れになっている様なので、勝手ながら
>>357にてスレ誘導致しました。
panneau氏からの了解は頂いておりませんが、問題は無いものと思っております。
もし拙い場合はコメント頂ければと。
次スレも盛り上がる事を期待しております。
(鬼子SSスレの一ファンより)
お久しぶりだす。まず、旧トリで。
>>361 お疲れ様です。ID:nzxEZH4zです。勝手なスレ誘導、失礼しました。
スレ埋めならお付き合いします。
最近調子は如何ですか? SSスレまとめは一休みの様ですが。
IDが変わらないうちに新トリで書けば、更新完了のはず。
>>362 >勝手なスレ誘導、失礼しました。
いえいえ、全然問題無しです。
「妄想しようず」はさわ◆UyqHobCEwYさんたちが使ってるんで、次スレSSスレ5は当然の流れかと。
26に正規のてんぷら貼ってきたんで、次スレリンクはこうですか。
【長編SS】鬼子SSスレ5【巨大AA】
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1312089400/26- 22からというのはあまりにも半端な気がしたので、ちょっと調整しましたが、必要なかったかも。
>最近調子は如何ですか? SSスレまとめは一休みの様ですが。
・スレまたぎの大物の処理で悩んでるうちに怠惰モード発動。
・ヶヶtt嬢以来の声個板の騒動をニヤニヤしながらROM、怠惰さらに悪化。(週刊ミューレweb版はとっととラスネタ出せよぅ。)
・一周年が近づいてきたので、「何頁かあげつつ、コメントをだす」と思ったものの、なんやかんやで間に合わず。
てなかんじです(・ω<)
「とりあえずスレ単位ぶった切りで出して、あまりひどいようなら後から修正」という方針は決めたので、今日から手をつけて来週までに大物三つ(国防省さん、モエチリさん、GOGO)は上げます。(さあ、言い切っちゃたぞ)
>スレ埋めならお付き合いします。
SS4が480k越え+1週間以上放置で圧縮落ちしたので、埋める必要自体は無いですが、関係のある雑談でしばらく使ってても、板的にはそんなに問題ありというわけではなさそう?
>>363 そうですか、色々あって大変な様ですね。
先ずはお体を大事にして、ご活動の方を頑張って下さい。
SS5スレへのテンプレ貼り乙です。問題無いと思います。
スレ埋めはやっちゃって良いと思います。この残量では大物の投下には
不安でしょうから。
スレまとめ、予想通り苦慮されているようですね。
それで提案なのですが、国防省のものに関しては、まとめから外すというのは如何でしょう?
かなり楽になると思います。
アレは未完ですし無題ですし、なんせ書いた本人として恥ずかしいからです。
御一考頂ければ、というか是非お願いします。
しまった、コテ忘れでした。失礼しました。
>>364-365 おわぉ。国防省さん本人かよ。ああ、びしくりすた。
ええと、これを機に今一度SSスレまとめの基本方針をば。
・目的は「紹介」よりは「アーカイヴ化」。
・なので、作品評価などを一切考慮せずスレに上がったものはすべて、著者本人の意志が確認されない限りwebページ化する。
・プロジェクト的に非推奨と思われる一部作品についてはrobots.txtと<meta />タグで「検索避け」を行いa、正規indexからのリンクは張らないb。
・作品テクストについては編者の専ブラdatから起こし、明らかな間違いや著者本人の意志によるものを除き修正せず、修正する場合編註を打つ。
a:「行儀の悪い」検索エンジンは無視するので万全ではない。
b:正規indexから非推奨用indexへのリンクをどうするかは未定だが、アーカイヴなので今のところは張るつもりでいる。
今のとこ明確に意識してるのはこんなとこで、この場合「著者本人の意志」がトリップで確認されたのでアップロードしません。
(トリップが「完全な本人証明」にならないのは確かだが、言い出すとキリがない。)
お詫び
実は、プロンプトからの"ftp> mput"でほいほい"y"押してたら未整形版を間違って上げてしまってまして、「その内ちゃんとしたの上げるし、indexからのリンク張ってねぇからいいや」でさっきまでwebに上がってました。ほんとにすんませんm(_ _)m
>>366 そこまで吃驚されなくともw
>この場合「著者本人の意志」がトリップで確認されたのでアップロードしません。
有難うございます。
これで気が楽になりました。いやホント良かった(恥)。
実はpanneauさんに提案するタイミングを計っておりました。
他の書き手の皆さんに見つかり難く、且つ確実にpanneauさんに会える時を。
それはやはりスレが落ちる寸前だろうと。
確信は有りませんでしたが、こうしてやり取りが出来た事は正に僥倖です。
>(トリップが「完全な本人証明」にならないのは確かだが、言い出すとキリがない。)
では、スレ埋め雑談の代わりに、ネタばらしを。
鬼子とは何か?
端的に言うと、それを提示する為のお話でした。
本スレの最初の頃(多分2番目だったかと)に、『鬼子と小日本は元々一つだった』
という書き込みが有りました。
それに何かピンと来るものがあり(panneauさんには分かって頂けると思います、
この書きたくなる衝動)、アウトラインを考察してみました。
1:鬼子と小日本は元々一つの存在/人格だった
2:それは人格の内面と外面とに分かれた
3:内面は人格の本音、外面は社会的な外皮を表わした(鬼子のツノや般若の面はその象徴)
4:分かれた理由は、自身を認識する外部が二種類あったから(中国と日本)
5:鬼子と小日本が合体する(元に戻る)と力の制限が無くなるので、自身は禁忌と思ってる
ここら辺は、スレが創発板に来た頃からの、スレ全体を覆う通奏低音の様な
感じの認識であったかと。
故にそれを表現するには、第三者視点で語るのが適当で、且つスレの熱い盛り上がり
を反映する為からも、現実世界での話しにする必要が有りました。
(
>>367の続き)
更に、エロゲとかで多用されている、主人公の一人称による文体。
これがもっとも読み易いものだろうと。
米国の登場人物は、安直に俳優や女優の名前をそのままパクリました。
但し、ケンは某中堅男性向けブランドの名前です。
そんなこんなを二日間くらいで決めて、早速書き始めました。
正直、スレの熱気に中てられていました。
なんせ一発目は、宣ブラの書き込み窓に直接でしたから! 今にして思えば、
そんな急ぐ必要はこれっぽっちも無かったんですがw
スレのパーティーな雰囲気を出す為に、スレを話に絡ませようと努めました。
しかしこれが思ったよりずっと難しい。
書き込みの内容やコテ名を出せば容易でしたが、勝手な引用は顰蹙をかう為、
突っ込んだ表現は出来ませんでした。
あと、ライブ感を出す為に、積極的に時事ネタを織り込もうとしましたが、
これは嫌う人が多かった様で、途中でやらない事に方針転換しました。
それでもスレは盛り上がってる為、それに負けじとろくすっぽ読み返しもせず
即アップを繰り返しました。それ故、オカシイところが満載です。
(SIG SAUER P250に所謂メカニカルな安全装置は有りません。
これだけは絶対間違えちゃいけないと思ってたのですが、まんまとやってしまいました(大恥))
(
>>369の続き)
その後、スレの流れが特に萌えの方向に流れ始めたのに合わせるのと、
話自体のテコ入れの為、舞台を日本に移し、キャラを増やしました。
ここら辺はそこそこ好評だったと記憶しています。
もう夢中で書きました。その最中は楽しかったです。
アップ後に乙とかGJとか書かれると、天に昇るような心地でした。
その後なんやかんやありつつ、小日本の代表デザイン決定に合わせて
お話を終わらせるべく書き込みを加速させました。この頃にはキャラが勝手に
テキストエディタ上で動いてくれまして、寧ろ押さえるのに一苦労でした。
ただ、唯一の誤算としては、決定しそうな小日本のデザインにツノが有った事です。
それは、自分の書く話とスレの現実との決定的な乖離を示すものでした。
このキャラの内面にツノは欲しくない。
でないと、話のオチ(鬼子の内面=小日本と知った登場人物が、彼女を
頼りないと思いつつ、では自分はどうなんだと内省する)がつかない。
いや、デザイン自体は可愛くて素晴らしいものなのですが。
折りしも避難所では、SSに関する書き込み(主に否定的)が増えており、
元々、止めろと言われれば即止めるつもりで始めた故、アップを停止しました。
その後、避難所が荒れた際に、場を鎮める目的で脱退宣言をして現在に至ります。
以上がネタバレ、というか単なるグチっぽい昔話です。
……そろそろ突っ込みを期待しても宜しいでしょうか?
以上で本人確認の用は足りると思いますが……
レス無し。ぐぬぬ、これが放置プレイという奴でしょうか?
私の専ブラは、今現在このスレのデータ量が492KBであると表示しています。
あと8KB。
panneauさんの書き込みが無いのは、単に興味が無いか用事で手が離せないか
だと好意的に解釈しましょう。
ただ、このままでは非常に恥ずかしいので、とっとと埋めてしまおうと思います。
では、普段は荒れそうなので書き込めない様な話題を。
先ずは日本狗からw
私は、日本狗はキャラの一角に立たせるべきだと思っていましたし、今でもそうです。
小日本の投票が決まって日本狗はどうするとなった時、結局、その要を認めずと
なったワケですが、その時のスレの雰囲気からして、狗は鬼子たちとは別の存在
なのではないかと(参加者の多くが)思われてるのではないかと判断しました。
それ故、鬼子や小日本が人の認識の段差から生まれる量子状態の何かであるのに対し、
狗は明確に狛犬(の霊体)だと発想しました。
また性別はオスいや男性。年齢は壮年(年齢が近いと恋愛感情を想起される為)。
そうしないと、キャラ全体の中で鬼子が一番の年嵩になってしまい、BBAの有り難くない
称号も頂く事になりそうだった為です。
単に過疎ってるだけかと。
しかしここで問題が発生しました。
『狛犬は一対である』
しかも片方は犬でもう片方は獅子だとする認識が一般的だとか。
ググってビックリしました。両方犬だと思ってた……
そこで急遽相方の設定をを犬から獅子に変更しました。
元々ネット上の虎を作ったのは、2000年のリストラで左前になったCIAであり、
その運用はウィキリークスの創始者(をモデルとした人間)という設定。
獅子はその創始者のペットで、主人の社会に対する怒りを代弁するべく、
元の霊状態に戻ってから、ネット上で色々と超常的な現象を起こしている、と。
しかし、そこまで設定してからハタと気付きました。
『いくら米国とはいえ、個人的にライオン飼ってる奴は居ねえ』
いや、金持ちの中には物好きな奴が居て、ライオンの二三十頭を個人で飼ってる
かもしれません。
しかしそれは決して一般的な話ではありません。
このままでは狗/獅子の絡む話は、一気に現実味を失ってしまう。
(いや、元々現実味の欠片も無い話なんですがw)
>>372 一般的な話じゃないですけどチワワ500匹以上を飼っていた所があるとか。
日本だって蛇を飼っている家があるのですからライオンを一頭飼っている家があっても不思議じゃないでしょ。
まだ2ダース前後となると、さすがにそれはねーよ、ってことになりますが。
>>371 う、まさか最初からずっと……?
勘弁してくださいよ(泣
と言いつつあと6KB
どこだったか。動物園よろしく猛獣を無許可で飼育していて、自殺する前に街中に猛獣放って死んだおっさんいたなー
>>373 >>375 おお、援軍到着? 助かります、いやマジで。
現実のウィキリークスの創始者がそうであった様に、物語の中でも
この創始者の家庭は母子家庭で、決して裕福なものではなかった、
という設定でした。それで母の死を境に、社会に対する義憤を抱き、
獅子がそれに呼応するという構図。
故に、獅子は創始者の傍に寄りそう存在でなければならなかったのです。
では狗を米国側にするか?
しかしそれだと獅子が日本側に来てしまい、ますます有り得ない話に。
そんなこんなでもスレは進行していったので、まあ犬だった、と強引に
設定して、書き込み続けたんですが……
評判は芳しく無かったです。やはり設定はキチントしなければダメですね。
>>374 うん。あれからスレを離れる人が増えたようだ。一生懸命荒らす粘着なんかもずっといたしね。というか、今もいるみたいだし。
そんな訳で過疎り気味。
>>377 古株さんですね。なんと言うか、お久しぶりです。
私もSSスレだけは見続けてきたのですが、ひと頃程には過疎ってる感じは
無い様に見受けますが。
なんせ歌麻呂さんの存在がでかい。
彼の頑張りにおんぶに抱っこってのも情けない話ですが、それでも彼の作品が
一段落付くまでは安心していても良いのではないかと。
あ、もちろん他の人の投下を制限するものでは有りません。
寧ろどんどん参加して欲しいのですが。
ああ、あと粘着荒らしにも困ったものですね。
しかし最近はネタ切れなのか、簡単に尻尾を出すようになって来てて、容易に
スレ住人から見切られるようになっていませんか?
荒らしを退治するには、それを無視して余りある作品投下だ! とか根性物の
ノリで行くと、読者を増やす事には繋がっても、同時に荒らしをも呼び込む結果と
なり、私が書いていた頃の再現になってしまうかもと。
何事も程々が良いのかもしれません。
無論、現状の投下数も決して健全だとは思っていませんが。
分かりやすくはなったけど、隠れるたり紛れ込む木がなくなって見分けやすくなった。みたいな所もあるかと。
・・・スレ伸びてると思ったら粘着がフィーバーしているだけだったでござる的な。
>>380 >粘着がフィーバー
確かにwあれは笑えるwww
ただ、荒らし対策は他のスレでも頭痛のタネの様で、困ってるところが多いようです。
それらは、今後避難所とかで話し合っていくべき内容でしょう。
もっともその避難所では、SSスレが荒らしを追い出したと、褒める書き込みが有ったようですが。
まあ、書きこむ事を物理的に止めない限りは止まらないでしょうから、ほっといて作りたい話つくるのが一番かと
さて、あと2KB弱でこのスレともお別れです。
そこで最後の〆は、私の様な外部の人間でなく、今現在鬼子で頑張っていらっしゃる
方にお願いしたいと思います。
去年の今頃の様な熱さは無くとも
去年の今頃の様な大人数で無くとも
鬼子を楽しみ拡げていく事の妨げにはならないと
私はそう愚考します
最後になりましたが、日本鬼子、一周年おめでとうございます。
>>383 国防省さん、お疲れ様です。
自分はこれからも精進して参りたいと思います。
とは言いつつ、年末にかけて忙しくなるので、更新が不定期になるかもしれませんが、
どうか生暖かい目で見てやってください。
本当に、先代の作品がなくては何も出来ないような私と私の作品ですが、
これからも、もしよろしければ、色々とご指導のほうお願いします。
「【編纂】日本鬼子さん」がどこまで続くのかは私もまだ把握しきれてはいませんが、
短くても今年度中は続くと思います。
(もしかしたら二周年のときもまだ書いてるかもしれませんけどw)
まあ、私は私なりに、ほんのり書いていきますので、
SSスレ5になっても、なるべくグダグダなお話を作らないよう努めてまいりますので、
面白かったら感想をください。つまらなかったらつまらないと言ってやってくださいw
あ、【編纂】日本鬼子さん十一は11/8(火)に更新予定です。ドキドキ。
あり、もう499kByteですか。