1 :
創る名無しに見る名無し:
ジャンルは問わない
サイコ、特撮、SF、ホラー、オリジナル、二次創作、フィギュア、イラスト、テキスト、動画、どんとこい
サーバー整理で消滅した前スレの再生にござる。
……再生怪獣みたいなスレですから、どなたさんも肩ひじ張らずにどうぞ。
2 :
創る名無しに見る名無し:2010/09/15(水) 00:50:29 ID:L8wwPyAg
| ̄|
[ ̄  ̄ ̄| __ __
 ̄| | ̄| | 丶丶丶丶/ ̄|
|_| |__| l二二二__ノ
// 三=― 三==− \ __,,l l_ ,,
_ _ / 丶\ 丶−−= 二 三\ \ | / ≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪'''ヽ0 》 /(
\. γ o;;;;;;;)````ヾヾ``````ヾヾ``````ヾヾ`````
>>1乙≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪Д0》/'''´〉;:〉 / (
`゛ ≪::::::[,,,,...,、、、、、、ヾヾ、、、、、、丶丶、、、、、、ヾヾ、、、 ̄  ̄≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪コ0》,,ヽ:;ヽ,,,/::///‐―)
 ̄/≪;;;;;⊃;;;;;⊃\ ヾヾ // −−= 二 三/ | \\ 三=― (――/l;:v;:v;:v;:v;:v;:l ―――)
( 丶,,,,,/;;;;;;;;;;;;;;( ヽ //丶:v;:v;:v;:v;v/_\\/ _/l
丶_;;;;(;;;;;ハ;;;;;) V <w/ 丶w>\;:_;:V _;:/
4 :
1:2010/09/15(水) 23:11:41 ID:KMC9R9VZ
>>3 感謝。
過去スレは発見できませんでした。でもまあ、私の駄文っきゃ投下作は無いから、前スレは無くてもいいかなと…。
重ねて感謝です。
とりあえず体長5mのヒグマ。
そういうユーマいたなw
リンゴ→ゴジラ→ラッパ→パセリ……
リンゴ
バラ科の果樹。
神話におけるリンゴ(その1)→知恵の木の実
ユダヤ神話における知恵の木の実は、西洋絵画においては一般にリンゴとして描かれる。
知恵の木の実をイブに食べるよう唆したのはサタン(悪)。
←ギリシャ神話における知恵の付与者はプロメテウス(善)。
赤い木の実を食べるのは、人にとって果たして善だったのか?それとも悪だったのか?
神話におけるリンゴ(その2)→黄金のリンゴ
テテュスとペーレウスの結婚式に招かれなかった不和の女神が、腹いせのため式場に「手紙」つきで放り込んだ。
手紙に描かれていたのが「この中で最も美しい方へ」だったため、ヘラ、アテネ、アフロディーテの三女神が争い……結果としてトロイア戦争が勃発する。
進化の車輪を回すのは神の手なのか?それとも悪魔の手なのだろうか?
……どっちかというと、ここよりSF板っぽいか?
神は停滞を望み
悪魔は進歩を望むような気がする
神にとって人間は愛玩動物であり
変わる事なく神を慰める事が存在意義
悪魔にとっては神を貶める為の道具であり
神を超えるように囁きかける
科学とは知恵の実にして悪魔であり
科学に魂を売り渡した人間は神の寵愛を捨てた
先駆者を超えようとする者の常として
人は神の御技を模倣し遂には生命を生み出した
神の慮外であるそれは怪物と呼ばれる事となる
むしろ"神"と呼ばれるものこそが、人類の生みだしてしまった最大の怪物であろうよ
前スレの整理消滅の時点で途中になっていた「人を呪わば」の続きを投下するのが本来の形なんだろうけれど…。
あれはとっても異常な話なんで、新スレ冒頭の投下には相応しくないかと。
そこで…もっとまっとうな怪獣ものの駄文を先に投下してみましょう。
その次に「体長5メートルのヒグマ」が大暴れする話を、アーネスト・シートンの「灰色熊の一生」とか「タラク山の大熊」みたいな動物文学にならないよう注意しながらデッチ上げ(笑)。
さらにその次あたりで、変化球として「人を呪わば」を投下したほうがベターでしょうなぁ。
それでは「まっとうな怪獣」もの駄文、さっさと投下開始。
「…働けど、働けど、わが暮らし楽にならざり…か…。ごめんよカアチャン。今夜も飲んじまったよぉ」
横須賀の路地裏をゆく酔っ払い。
したたか酔っているが、かといって千鳥足からはまだ遠い。
男の給料では、千鳥足になるまで酒を飲むのは不可能だ。
「……お?…おおっと、いけねえや」
肩を激しく震わせると、彼はそそくさとズボンのチャックを下ろし、四つ角の電信柱へと向きを変えた。
ドボドボと音がし、男の足元から湯気が上る。
その時だ。
かくんと肩が落ちた男の傍らを、音も無く人影が行き過ぎた。
「…お?………お!?おおおおおぉっ!??」
手元が狂いションベンをズボンにひっかけてしまったが、そんなこと全く気にならない。
何故かといえば……いま通った女がたしかに全裸と見えたからだ。
それもすこぶるつきにグラマーの。
「あ……あの、あの、あのちょっと…」
思わず声をかけてしまってから、男は「もの」が出しっ放しであることに気付き、あわててしまい込むとチャックを上げた。
そのあいだにも、全裸の女は暗い路地をヒタヒタと歩いて行く。
「ちょっと待って…」
男は女を追いかけると、酔った勢いとスケベ心に励まされ、相手の剥きだしの肩に手をかけた。
そのときになって、初めて男は気がついた。
(………舞妓さんなの?)
女の頭が日本髪でも結い上げたような奇妙なシルエットを描いているのだ。
…女がクルリと振り向いた!
「………う…うあああああああああああああああああっ!」
男が恐怖の悲鳴を上げる!
同時に、圧倒的な潮の臭いが辺りに溢れた!
…そして彼は、白い光に飲み込まれていった。
「赤い鳥飛んだ/A級戦犯」
「おい、いったい何が起こってんだと思う?」
「え?何かあったの?」
大学に顔を出すなり、朝子は知り合いの男子学生に呼び止められた。
「おいおい知らないのかよ。いまたぶん世界中がこの話題でもちきりだぞ!」
「だから何があったってゆうのよ?」
朝子は「苦学生」という絶滅危惧種に属していた。四畳半一間の下宿にはパソコンはおろかテレビも無く、もちろん新聞もとっていない。電話代がもったいないから携帯電話も極力使わないようにしていた。
「この情弱女!ドけちライフもたいがいにしろよな」
もう降参だと言うように両手を上げるアクションを挟んで、男子学生がつづけた。
「昨日の夜、また出たんだよ!ゴジラが!!」
「え!……え?えええええええっ!?」
大袈裟でなく朝子の目が丸くなったる
「またゴジラが来たの!?」
「こんどは横須賀だってよ。でもいったいぜんたいどうしちまったんだろうな。だってよ……」
朝子は相手の話も終いまで聞かず、脱兎の勢いで校舎を飛び出した。
朝子は相手の話も終いまで聞かず、脱兎の勢いで校舎を飛び出した。
こういうとき、彼女の行く先は決まっていた。
「おばちゃん!シャケ定お願い!それからテレビ点けていい?」
「そろそろアンタが来る頃だと思ってたよ」
テレビが見たい時、朝子は大学近くの定食屋に行っていた。
幸い時間が半端なせいで、他に客はいない。
朝子はリモコンのスイッチを点けると遠慮なくボリュームを大きくした。
『……繰り返しますが…』
チャンネルを操作する必要はなかった。
原爆投下直後の広島のような世界をテレビはすぐさま映し出した。
『…御覧のように横須賀の町は壊滅状態です。市街地はゴジラの熱線によって瞬時に焼き払われてしまいました。ではスタジオにお返しします』
場面は東京キー局のスタジオにかわった。
局の男性アナウンサーと評論家らしい男性が2人。それからどういう理由で呼ばれたのか判らないが、巨乳系グラビアアイドルも端の方に座っている。
『でも、どうしちゃったんでしょう?』
コメントの口火を切ったのは、意外にもグラビアアイドルだった。
『ゴジラってこれまでずっと私たち人間と上手くやってきてたのに。なんで急に町を襲いはじめたんでしょう?』
『現在のゴジラの個体は…』
局アナの仕切りも待たずに喋りだしたのは著名な怪獣評論家だった。
『……現在の個体は、かつてベビーと呼ばれ、いちどきは人の手によって育てられたこともある個体です。それが、親ゴジラがメルトダウンに伴い放出した放射能を全て吸収して成獣となりました。
ですから、もともと人間に対しあまり敵対的ではない。…というより、友好的とすら言える個体だったのです』
(そうだ。だからあの人もGフォースを辞めたはず)
朝子は、自分の目の前にシャケ定食が現れたのにも気がつかない。
(それなのに…それなのに何故?)
『……あのベビーが我々の町を襲うなんてことが…』
『しかし先生!』
局アナの厳しい口調は世論を背景にしたものだった。
『…ゴジラの襲来は一月ほど前の札幌に続いてこれで二度目です。我々人間とゴジラとの間にあると思われていたある種の信頼関係など、幻に過ぎなかったのではないでしょうか』
『今回の事件で不思議なのは…』
もうひとりの男は話題からいって軍事評論家らしかった。
『……ゴジラが横須賀の米軍基地を素通りしていることです。あそこには原子力空母が停泊していたのに、何故かゴジラは手を出しませんでした』
『ということは先生。ゴジラはエネルギーを求めて出現したわけではないということですね?』
『そう断定して差支えないでしょう』
(それじゃ、あの人が間違ってたってゆうの?)
テレビを見ながら、朝子は心の中で自問自答していた。
(ゴジラと戦って、ゴジラを理解し、最後にはゴジラを愛していたあの人が…)
…シャケ定食はいつの間にか冷たくなってしまった。
14 :
創る名無しに見る名無し:2010/09/25(土) 23:23:59 ID:JwzqYKnO
「…おう情弱女、やっぱり来たか」
定食屋でたっぷり1時間半も粘ったあと、朝子は大学の二年先輩である男子学生を空き教室で捉まえた。
結城佑。
経済学部の4年生。
ボサボサの髪とこけた頬、そして小さめの吊り目が、貧乏神みたいな雰囲気を醸し出す。
友人からは「何を考えているのか判らない」と評される男だが、この就職氷河期にとっとと内定決めたという噂だから、案外しっかりしているのだろう。
朝子と違い携帯やパソコンにも普通に触れているので、当然情報も早い。
今も携帯のディスプレイと睨めっこをしているところだった。
「佑さん!ひどいですよ!テレビはみんな『ゴジラをやっつけろ!』ってばかりで」
「今度で二度目だからな」と佑。
「…札幌の時は深夜だったんでゴジラそのものの目撃情報もなかったけど、横須賀じゃバッチリ姿も確認されちまってるしな。悪者にされんのも仕方ないよ」
「でも…」
「それより大事なのはだ…ゴジラが何の目的で札幌と横須賀を襲ったのか?ってことだぞ。まぁこれ見ろよ…」
朝子の鼻っ先に、佑は携帯を突き付けた。
「ゴジラ好きって奴は別にオマエだけじやないんだ」
「わ、私は別にゴジラ好きってわけじゃ…」
そう反論しかかったところで、朝子の声がすとんと消えた。
ディスプレイに表示された、あるフレーズが目に止まったからだ。
『ゴジラは怪獣Xと対決するため…』
『ゴジラは怪獣Xと対決するため…』
「た、佑先輩!ここに書いてある怪獣Xってゆうのは?!」
「読んだ通りさ。怪獣Xってのは未知の怪獣って意味だよ」
佑はふらりと席を立つと白墨を手に黒板の前に立った。
「前のゴジラ。つまり横須賀を襲ったゴジラのオヤジが日本を襲ったパターンは三つだ。第一は…」
佑は黒板に大きく@と書いた。
「エネルギーの補給。つまり核施設の襲撃だ。オヤジ・ゴジラが最初に日本上陸したときの目的もこれだった。二番目はベビーの救出。オヤジ・ゴジラはベビーを助けるためデストロイアと交戦している。そして三番目は……」
朝子が頷くのを確認すると、佑はひときわ大きくBと書いた。
「三番目は……敵怪獣との戦闘目的の上陸!ゴジラはビオランテやスペースゴジラと戦うため、日本に上陸している!」
「そっか!」
朝子の表情が明るくなった。
「今回の上陸だと、@とAはあり得ないですよね!ってことは三番目、つまり敵怪獣と戦うため、ゴジラは札幌と横須賀に現れた!だから人間と敵対してるわけじゃないんですね!!」
「あんまり喜びすぎんなよ」
今にも踊りだしそうな朝子に、佑は静かに釘を刺した。
「問題は、怪獣Xなんて誰も見てないってことだ」
佑は再び携帯を朝子の鼻っ先に突き付けた。
「今朝からオレは、ゴジラファンの開いてるHPやブログ、ツイッターにずっと目を通し続けてる。けども、札幌からも、横須賀からもゴジラ以外の怪獣の目撃情報はあがってきてない」
「…そうなんですか」
「そもそもゴジラに認識されるほどの怪獣が、人間には全く気付かれないなんてことはちょっと考え難い。朝子もそう思わないか?」
>>10 5mのヒグマの話、タイトルは
「マイティージョーvs大五郎」なんてどうでしょう?
興業と研究を兼ねて日本に連れて来られた巨大ゴリラの
マイティージョーがマタギ十数人を殺した巨大ヒグマの
大五郎と闘うみたいな。
>>17 最初に考えてたのは「ハニーゼリオンを食べて巨大化した熊」と「青葉クルミを食べて巨大化した猿」が対決するウルトラQ話でした。
ただ、どっちも毛が生えてるから絵柄的に判り難いかとも。
一方を毛の無い生物にした方がベターなんでしょうが、鱗系だとTレックスか蛇になってしまう。
いっそ先史時代の化け物熊でもだそうかとか…。
しかしマイティージョーとかコングの続編だとか、随分詳しい方ですね。
普通の人なら「コング」は知ってても、続編は知らんでしょ?
こういう方がいらっしゃるなら、昔「特撮板」で書いてた怪獣GP(グランプリ)みたいな話も書いてみようかな。
それともカルティキVSウランVSブロブのドロドロぐちゃぐちゃ対決とか。
いっそジョゼフ・ペイン・ブレナンの「スライム」や「吸血鬼ゴケミドロ」もまぜて、収拾つきかないくらいドロドロぐちゃぐちゃに(笑)。
その日以来、しばしば例の定食屋でテレビ前の特等席に陣取る朝子の姿が見られるようになった。
『これまでこのゴジラは、ベビーあるいはリトルと呼ばれ、私たち日本人から特別な扱いを受けてきました』
札幌、横須賀と相次いだゴジラの襲撃は、日本全国に恐慌を巻き起こした。
デストロイアとの対決以後、ゴジラが日本近海に現れることは皆無となっていた。
そしてたまたま外洋航路の船舶がゴジラと遭遇してしまったような場合でも、ゴジラの方から距離をとり、船から遠ざかる様子が報告されていた。
…そんな状態が20年以上続いていたのである。
そのため、かつて対ゴジラ戦のスピアヘッドを務めていたGフォースは度重なる予算削減の末に解散。
メカゴジラやモゲラといった対ゴジラ兵器の開発計画はすべてキャンセル。
対デストロイア戦で活躍した冷凍光線砲が、「防災用」との名目でかろうじて装備継続されるだけとなっていた。
つまり、いま「ゴジラと戦え」と言われても、日本は事実上の丸腰状態になっていたのである。
『……私たちはゴジラとの関係を見直さなければなりません。政府は直ちに……』
「……バッカみたい」
唇を尖らせて朝子は呟いた。
「その政府が、事業仕訳でGフォース廃止にしたんじゃない」
朝子は数年前ニュースで見た「Gフォースは廃止と決定します」と宣言した女性議員のことを思い出した。
その彼女が今の内閣総理大臣であることは、朝子にとって皮肉としか言いようがなかった。
「あのときGフォースを廃止しなきゃ今だって……」
そのとき、テレビの向こうのスタジオがにわかに慌ただしくなった。
アナウンサーの顔色が変わり、視線がカメラを離れた。
何者かの指示を受けている!
朝子は悟った
「…またやって来たんだわ!」
カメラの前を堂々と横切って、スタッフがアナウンサーの前に一枚のメモを置く。
それを読み上げるアナウンサーの声は、明らかに上ずっていた。
『ゴ、ゴジラが、ゴジラが三度現れました!』
ハア…ハア…ハア…
男は走っていた。
ハア…ハア…ハア…
気管が笛のように鳴り、横っ腹にズキズキと痛みが走る。
一瞬、男はこれまでの不摂生を悔いたがもう遅い。
…カツ!…カツ!…カツ!
鋭いヒールがオフィスビルの磨かれた床に鋭い音を刻む。
…カツ!…カツ!…カツ!
特に急いているようには聞えない。
にもかかわらず、靴音はさっきよりも大きくなっている。
……男との距離は明らかに狭まっていた。
悲鳴を上げたいが、そのため必要な呼気は、もう彼の肺には残されていない。
ひぃぃぃぃぃ…
泣くような呻くような声をかろうじて絞り出すが、それに応える者は誰一人いない。
この広いフロアーに、生きている人間は彼一人しかいなかった。
初めてスレを拝見させていただいたのですが、
RPGのモンスター辞典みたいな流れかと勝手に思って
書いたのでそれを。
////////////////////////////////////////
名称:弱り女(よわりめ)と祟り女(たたりめ)
攻撃方法:精神攻撃(呪いの言葉)
弱点:物理攻撃
耐性:魔法耐性あり
出現場所:森林地帯
出現率:ごく稀
解説:必ず、二匹一組で出現する。
サメザメと泣いている方が弱り女、
ものすごくこちらを睨んでくる方が祟り女である。
森ガールズとも呼ばれる。
二匹とも凄い勢いで呪いの言葉を吐いてくるので注意。
このモンスターに出会った冒険者は鬱になる前に、
仲間の僧侶に賛美歌を歌わせるか、読経してもらった方が良い。
弱点は物理攻撃。見習い騎士程度の腕前でもあっさり
消滅させることが出来る。ただし、後味は悪い。
魚神(うおみかみ):体長50mの巨大魚。超能力を持つ。
天魚神(あめのうおみかみ)と地魚神(つちのうおみかみ)の2匹いる。
天魚神は金色のコイ。空を飛び、暴風雨を呼び、雷を起す。
地魚神は黒いナマズ。水の底で体を震わせ地震や津波を起す。
23、24氏は、以前特撮板のウルQシナリオスレでプロットを提案してくれた方じゃないですか?
24の内容は読んだ覚えがあります。
たしか……「木神」も23、24氏のプロットだったはず。
実は24の魚の設定も、妖怪的な超能力からSF・生物学的設定に変更して駄文化してまして…。
ウルQシナリオスレに投下した「一万年に一度の」って駄文がそうでした。
魚の怪物を一万年に一度地上に出て来る巨大ゼミに変造したわけです。
怪物に関するレスであれば、絵であろうと設定であろうと、あるいは粗々のプロットであろうと構いません。
条件は「怪物」に関するものであること。
ただそれだけです。
私が怪物ものの駄文書いてるのは、この分野が特に敷居が高いからというだけです。
オレのお母ちゃんは怪物だぁぁぁぁっ…ってレスでセーフです(笑)。
>>25 >>23を書いた者ですが、
>>24氏と別人ですよ〜。
(特撮板にもほとんど行かないです)
私の方は設定が少しふざけていますし、特撮とはまた
別のノリ(RPG+不謹慎ネタ)だと思いますし。
(死にたくない!)
経理部で見た光景が脳裡をよぎると、自己保存の本能が男の足に鞭を振るう!
…がしかし!
男の中年太りした肉体は、ついに限界を超えた。
足がもつれ、上体が泳ぐ!
「ひぃぃ」
短い悲鳴…というより、か細い呼気を放って男は前のめりに倒れた。
冷たいフロアにしたたか顔を打ち付けるが、そのフロアは迫りくる靴音を男に容赦なくつきつける。
啜り泣きながら四つん這いの姿勢になると、男は「営業部」と書かれたドアを押し開けて中へと這いずり込んだ。
定食屋のテレビが、現場からの中継画面に切り替わった。
『ゴジラです!ゴジラがみたび!それもこんどは白昼堂々と、我々の前にその姿を現したのです!』
交通状況を取材するため偶々現場上空にあった報道ヘリのカメラが、旧江戸川に沿って内陸へと北上する黒い巨体を捉えていた。
『いま、ディズニーランド横を通過しました。このヘリからも園内を逃げ惑う人々の姿が見えます。…あっ!』
アナウンサーの叫びとともに、京葉線と首都高湾岸線が一気に突き崩された。
まさに「脇目もふらず」という様子で、内陸へと内陸へと、ゴジラは突き進んでいく。
「まさか…」
呟く朝子の口からご飯粒が飛んだ。
「……またXが現れたっていうの!?」
部屋の一番奥にある「部長席」の影に男が身を隠すと、ほとんど間をおかず、さっき入って来たばかりの「営業部」と書かれたドアが、軋みながら開いた。
恐る恐るデスクの下から伺うと……見えたのは真っ赤なハイヒールだ。
…同時に、室内になにかの香りが漂い出す。
男のつけるオーデコロンではない。
女性のつけるようなフローラルの香り。
甘い香りが部屋に満ちるのを待つかのように、しばし戸口で立ち止まった後、赤いハイヒルは再び歩き出した。
ズシッ……ズシッ……
足音が不自然に重い。
デスクの下から見える範囲より上は、いったいどうなっているのか?
しかし男に、それを確認する勇気など無い。
ズシッ……ズシッ……
赤いハイヒールは、並んだデスクの下をひとつひとつ確認しながら、男の隠れる部長席に近づいて来る。
(どこか、どこかに隠れないと!)
男は、自分の姿が少しでも隠れるように、背後の窓際に押しつけられていた大きな肘掛椅子を自分の方に引き寄せようとした。
無駄な足掻き……どころかそれは最悪の行為だった。
わずかに動いた拍子に椅子の高い背がクルリと回って、背後に隠されていた見慣れた顔がが、男の方に倒れ込んで来た。
(……ッ!?)
営業部長の半紙のように白くなった顔!
その蒼白の顔で、涙のように流れる深紅のライン!
「ひ!ひゃあああっ!」
思わず跳ね起きると、男は後先考えずそこから逃げ出そうとした。
そして、すぐそこで待ちかまえていた相手の、広げた触腕の中に、自ら飛び込んでいってしまった。
……旧江戸川を遡上してきたゴジラが浦安駅一帯を完全に灰と化したのは、それから五分後のことだった。
>>25 「俺の母ちゃんは怪物だぁ」で、フと思いついた。
ホエールマン
マッコウクジラの遺伝子を組み込まれたバイオ兵士。
身長2m級の巨漢。能力は、まず怪力。機関車を軽々と受け止める。
そして跳躍力。あの巨体で水面から何mも飛び上がるジャンプ力を
受け継いでおり、4〜5階建てのビルの屋上位までは一っ飛びで行ける。
また、大きく一回息を吸い込めば、そのまま数時間息を止めていられる
肺活量も水中は元より毒ガスが充満している中で行動するのにも役立つ。
そして何より特筆すべきは超音波。マッコウクジラにはコウモリやイルカ
の様に超音波を発生させ、それを聞く事で見えない場所に有る物を把握
する能力が有るが、コウモリやイルカと違うのは音波衝撃波を狩りに使う
と言う事である。ホエールマンにもこの能力が有り、暗闇で行動できる
のは勿論の事、衝撃波で重戦車を破壊する事も可能。その正体は最重要
国家機密のため常に迷彩服と迷彩柄のヘルメット、そしてゴーグルと
軍用フェイスプロテクターで身を固め、更に変声機で声も変え金属音の
ような声で喋る。声まで変えるのは、実は彼女の性別を隠すため。
ホエールマンは女性である。その普段の姿は商店街で普通に生活する
優しく、人なつっこく、そそっかしい肝っ玉母ちゃん。彼女を知る全て
の人たちは誰一人、彼女がホエールマンとは夢にも思ってはいない。
怪獣はかっこいい!
すごいかっこいい!
あさぎとくるまでおでかけします
ぶーん
ホエールマンの役、ぜひ京塚昌子にやってもらいたいなぁ。
その日の午後3時、朝子が吉祥寺駅の改札を出ると雨が降り始めていた。
「あらぁー、傘もってないよ。どうしよう」
彼女の財布には、往復の電車代+αの小銭しか入っていない。
ちょっとだけ困った顔をするが、駅前で落ち合うことになっている佑が傘を持ってくることを期待して、どうしようかと考えるのは止めた。
もし佑が傘をもっていなかったら……などとは考えない。
「佑先輩…まだかなぁー」
電車で一本の場所をゴジラが襲ったせいか、駅前だというのに人影は疎らだった。
佑がやって来たらすぐ気がつくだろうが、しかし何処にもあの「貧乏神」と評される独特の風貌は見当たらない。
なおも朝子が辺りをキョロキョロ見回していると、偶然同じく辺りを見回していた女性と目が合ってしまった。
(…あれ??この人どっかで…)
見覚えのある顔だった。
年のころは30後半か?40は超えていないと思う。
化粧っ気は全く無く、髪も短くカットされ、チャラチャラした印象は無いが、やや吊り気味の大きな目がとても印象的だ。
(……なのに……なんで?)
女性の顔には「影」が落ちていると、朝子は感じた。
日差しとは関係ない「影」。
祖母が癌だと宣告されたとき母の顔に見たものと同じ「影」が…。
……この人だれだったっけ?
…何を心配してるの?
…何を苦しんでるの?
視線を逸らすこともできないまま戸惑う朝子に向かって、女性はニッコリ微笑むと、口を開いて白い歯を見せた。
「…あの、もしご存知だったら場所を教えていただけませんでしょうか?」
「いやあ、ビックリしましたよ。朝子だけだと思って迎えに行ったら、もうひと方いらっしゃったんで…」
駅前で見知らぬ女性に声をかけられてから十数分後、朝子と佑、そして件の女性は、三人で佑の父がやっているラーメン屋のカウンターに並んで腰を降ろしていた。
暖簾は引っ込めて準備中の札を下げたので、不意の来客に邪魔されることもない。
「……昼少しすぎに電話があってな。オレに会いたいと。それでココに呼んだんだ」
カウンターの向こうで、鼻の横を掻きながら佑の父は言った。
「ほんと、無理言ってすみません。でも相談できるのはもう少佐しかいらっしゃらなくて…」
「少佐ってのはよしてくれ。もう10年以上も昔の話だ」
三人の「キャスト」が言葉を交わすのを、朝子はまるで映画の観客になったような気分でただ見つめていた。
佑の姓が「結城」だというのは知っていたが、名前が晃だとは知らなかった。
結城晃。
元Gフォース所属の少佐。
モゲラに搭乗し、福岡でスペースゴジラと対決した男だ。
そして駅前で合った女性は…。
見覚えがあったのも道理だった。
三枝未希。
やはりGフォース所属のエスパー。
そして、子供のころからの朝子のアイドルといっていい女性だった。
「…でオレに相談したいことってなぁ、いったい何だ?」
「実は……私の娘が……あ、申し遅れましたが私、Gフォースを辞めてから…」
「おお!結婚したのか!そりゃそうだな。オマエみたいな別嬪を世間の男どもが放っとくわけがねえや」
恥ずかしげに一瞬俯くと、未希は持っていた手提げ鞄の中から一冊のクリアファイルを取り出した。
「娘が……今年で4歳になるんですが……ひどく魘されるんです。それがみんなゴジラの襲撃があった夜ばかりで」
「うなされる?」
晃の眉がわずかに吊り上がった。
「娘さんもしかして……」
「そうです。かつて私がもっていた力を受け継いでいるようなんです。それが今日の昼、幼稚園から急の呼び出しがあって……」
「娘の、恵美の通う幼稚園から電話があったのは正午少し前ごろです。
とるものもとりあえず、私は幼稚園に駆けつけました。」
『あの、ご連絡いただいたんですが、娘になにか?!』
『ああ、恵美ちゃんのお母さんですね。どうぞこちらに…』
「担任の先生に案内された部屋で、娘は疲れ切ったように眠っていました」
『二三分まえに、やっと落ち着いたところです』
『あの、いったい何があったのでしょうか?』
『それが…クラス全員で絵を描いていたんですが、突然に……』
「…突然悲鳴を上げたかと思うと、椅子から転げ落ちたのだそうです。
床を転げまわりながら目の前で両手を闇雲にふり回して……何か目の前にある物を遠くに押し退けようとするような仕草だったと、先生はそうおっしゃいました」
『恵美ちゃんのバニックが他の子にも伝染して、たちまちクラス全体がパニック状態になってしまいまして。それでこの部屋に恵美ちゃんを……言葉は悪いですが『隔離』したんですが…』
「私が来る少しまえ、パニック状態は始まった時と同じく、前ぶれもなしに突然治まったのだそうです。そして急に…」
『一緒にもって来てあったクレヨンと画用紙を掴むと、急に絵を描き始めたんです』
『恵美が?絵を??』
『はい、なんだか怖いくらいに一心不乱に。赤いクレヨンを掴んで絵を』
「そして先生は、娘の横にあった一冊のスケッチブックを取り上げると、私に向かって開いて見せたんです。それが……」
そう言って三枝未希は、クリアファイルの中から二つ折された一枚の画用紙をとりだした。
「それがこの絵なんです」
未希が「絵」だと言わなければ、その場にいた誰もがそれを「絵」とは思わなかったに違いない。
真っ赤なクレヨンが、幼い子供の必死の力で、画用紙いっぱいに塗りたくられていた。
何重にも円を描いてグルグルと。
「なんだこりゃ?」
最初に口を開いたのは佑だった。
「…太陽か何かですかね??ほら、子供はお日様を描くとき、よくこんなふうに描くでしょ?」
「そんじゃ恵美ちゃんは、太陽が怖くってパニくったとでも言うのか?このバカ野郎め」
「でもオヤジ、この絵が、パニックの元凶を描いたものとは限らないんじゃ?」
「いいえ、私は少佐のおっしやられる通りだと思います」
未希の口調は、静かな確信に満ちていた。
親としての確信ではない。元Gフォースメンバーとしての確信だ。
「恵美は、それを絵に描くことで、心の中から恐怖を追い出したんだと思うんです」
「するってぇと……」
晃はどこからかジッポのライターを取り出すと、カチッと火ぶたを開いた。
「やっぱりゴジラが浦安襲った事件と、関連ありって考えなきゃならんだろうな」
「そ、そうか!」
ここで初めて、興奮気味に朝子が口を開いた。
「佑先輩!ほら、あれですよ。あの未知の怪獣X!ゴジラは怪獣Xと戦うため、浦安に現れた!そして恵美ちゃんはテレパシーで怪獣Xの存在を感知したんです!そうに違いありません!!」
鼻息粗い朝子の視線を受けながら、しばらくのあいだ佑は腕組みし何か考えているようだった。
それを見ていた晃の目が、次第にすうっと細くなった。
「おい佑。おまえ、何か心当たりがあるんじゃねえのか?」
「………ちょっと待ってて…」
佑は、短く言い置いて一旦店の奥に引っ込むと、しばらくしてノートパソコンを手に、再び姿を現した。
「……携帯の画面より、こっちの方が皆で見られるから…」
ぶつぶつ言いながら、佑の指がキーの上で踊った。
「…朝子、おまえをウチに呼んだのは、これを見て、2人でオヤジと相談したかったからなんだ。」
「…まあ見てよ」と言いながら佑は、晃、朝子、そして未希の方にディスプレイを向けた。
「………た、大量……大量殺人!?」
「そうさ朝子……」
『ゴジラに破壊されたばかりの浦安で、恐ろしい犯罪が発覚したらしい
熱線の直撃を受け跡形も無く破壊された商事会社ビルの地下室から、女性ばかり7人?の遺体が発見された。
人数に?マークがついているのは、遺体の損傷がひどすぎるためだ。
奇妙なのは、遺体の損傷がひどいにも関わらず、現場に血痕が殆ど見られないことだ。
遺体が一人であれば、別の場所で殺害の上でこの地下室に運び込んだと考えられただろう。
しかし7人?もの人数の遺体を、発見現場に白昼運び込むのは不可能だ。
そのため現場では、吸血鬼か?との声すら囁かれている。』
「……たまたま地下室だったから死体が焼かれずに残ったんだ。もっともネットの書き込みじゃ鵜呑みにはできないけど……」
「でも先輩!」朝子の鼻息がさらに粗くなった。
「その情報と、それから恵美ちゃんの話、ちゃんと辻褄が合うじゃないですか!」
朝子は、佑から鉛筆を借りるとラーメン屋のメニューを裏返してタイムテーブルを書き始めた。
「いいですか?幼稚園から電話があったのはえーと……」と朝子。
未希が直ちに答えた。「正午少し前です。」
「パニックが始まったのは?」
「…その十分ほど前でしょうか」
「ってことは、11時50分ごろですよね」
「ゴジラの出現を防衛省が確認したのは12時08分32秒だ…」
ネットで確認しながら佑が言う。
「……そして浦安が焼き払われたのが約10分後の12時18分と」
「恵美ちゃんのパニックが治まったのは?」
「…私がタクシーで幼稚園についたのが12時半少しまえの25分ごろでしたから…」
「その数分前なら、12時20分ですね……」
タイムテーブルが出来上がると、それまで腕組みしながら見守っていた晃が、ゆっくりと口を開いた。
「……確かに時間的には……合うな」
「でしょ!でしょ!でしょ!吸血怪獣Xが出現して、ビルの地下室で人が殺される。
それを恵美ちゃんがテレパシーで感知。怖くてパニックになる!」
興奮気味の朝子の言葉に、落ち着いた声で佑も続いた。
「…その一方ゴジラも敵の存在を感知。そいつごと浦安の町を焼き払った。怪獣Xが死んだか逃げたかしたんで、恵美ちゃんもパニックも治まったというわけか…」
「まあ待て。結論を急ぐな」
晃は、開かれていたジッポの火ぶたをパチンと閉ざした。
「その考えにゃあな、ひとつ大きな問題があるぞ。いいか?恵美ちゃんがXとかいう怪獣を感知したのは未希譲りのテレパシーだ。だがな、ゴジラはなんでそいつのことを感知できたんだ?」
「だっかっらー、さっき言ったでしょ!お父さん!テレパシーですよ、テレパシー!」
一音一音区切って言った「だっかっらー」と部分が勘にさわったか、晃の目がにわかに細くなった。
「…そういうのをご都合主義って言うんだ。第一オメエみたいな小娘に『お父さん』なんて呼ばれる筋合いはねえぞ」
「でもそう考えるとスッキリするじゃないですか」
「便秘じゃねえんだから、無理やりスッキリするこたねえんだ!」
「ア、アタシ便秘なんかじゃありませんっ!!」
便秘という発言が図星だったのか朝子までヒートアップしてきたところで、仕方ないというように佑が割って入った。
「まあまあ、オヤジも朝子も落ち着いて…」
「だいたいテメエだ!佑!!なんでこんな便秘女なんか店に連れて来たんだ!」
「あっ!また便秘って言ったぁ!!」
「やっぱり図星だったか。この便秘女子大生め!」
もう収拾はつかない……と、佑が諦観したそのときだった。
……くすくすくす……けらけらけらけらけら…
笑い声が晃と朝子のあいだに水をいれた。
……未希だった。
子供のことで悩みを抱えていた一児の母が、少女のように笑っている。
それまで顔にさしていた影も、笑いによっていっとき吹き払われていた。
「……お二人ともなんだかとっても楽しそうですね。ホントに今日が初対面なんですか?」
「あ、あたりめえだ」「もちろんですっ!」
「そうなんですか?初対面どころか、私にはまるで親子みたいに見えるんですけど…あれ?」
何かに気づいたらしく、未希はハンドバッグを引き寄せた。
…微かに電子音が聞える。未希は中から携帯をとりだした。
「……義理の母からですわ。恵美のことをお願いして此処に来たんですけど……まさか恵美に何か!?
警察署の前にオリーブドラブの高機動車が止まると、野戦服姿の長身の士官が降り立った。
「わざわざご足労ありがとうございます」
出迎えらしい背広姿の中年男が頭を下げる。
石を刻んだような顔の男だ。
カリフラワーのような耳、ぐローブのような手、そして蟹のような体躯が、この男が柔道の猛者であろうことを語っている。
「陸上自衛隊一等陸佐、黒木です」
「千葉県警の森田です」
事務的に挨拶を済ますと、2人の男は建物の奥へと並んで歩き出した。
「わざわざ大佐殿……いや、自衛隊の階級では一等陸佐ですか、そのような方においでいただけるとは思いませんでした」
「ゴジラ対策は我々にとって最重要任務ですから」
打ち解けた雰囲気を作ろうとする警視庁の男に対し、黒木は事務的な態度を崩そうとはしない。
「…ところで、浦安で発見された死体に不審の点があると電話で伺いましたが?」
浦安にあった商事会社ビルの地下で発見された遺体は、明らかにゴジラによるものではなかった。
こうした場合、変死の疑いあるに遺体は通常の手続きに従って警察へと引き継がれる。
だが今回は、事件を引き継がれた千葉県警から、再び事件発見者たる自衛隊へと連絡が入ったのだった。
「そのことなんですが……正式な検視はまだなんですがあまりに異様なので…。詳しい点は監察医の先生も交えてから……」
森田は足を速めて地下への階段をおりると、幾つもの角を右に左に曲がった挙句に、一枚のスチール製ドアの前に黒木を案内した。
「ここです。ここなんですが……ん?どこいったんだ?」
「どうかしましたか?」
「いや…事件が事件なんで、ここに張番の警官が置かれてたはずなんですが…」
森田の言を裏付けるように、ドア横には折りたたみ椅子が置かれているが、座っている者はいない。
警官らしい慣れた仕草で、椅子の座面に手を触れると森田は呟いた。
「…温かいな。少し前まで座っていたようだが…あとでとっちめてやらんと…しかし…」
ブツブツ言いながら軽く首をかしげると、森田はドアノブに手をかけた。
「さあどうぞ…」
「先生!……土井先生!」
ドアをけるなり、森田は大声で室内にいるはずの医師の名を呼んだ。
「土井さん?土井先生!!……まさか土井先生、張番の警官と駆け落ちでもしたんじゃないだろうなぁ」
おどけたことを言いながら、森田の姿勢がわずかに低くなった。
「……失礼ですが森田警部…その医師は女性ですか?」
「土井先生はたしかに女医さんですが、それが何か?」
「いや、ちょっと想像しただけです。張番の警官は男でしょうから、それと駆け落ちするなら……」
「なるほ……」
「なるほど」と言い終える寸前で、壁にでもぶつかったように森田の声が急停止した。
部屋の奥、被いをかけられて幾つもの死体が乗ったストレッチャーが並んだその向こうから、何かがゆっくりと這い出してきたのだ。
……手だ。
…蝋のように白い手だ。
白い手に爪だけがマニキュアを塗ったように赤い。
同時に、室内に甘い臭いが微かに漂い出した。
大蜘蛛の脚のように、指をくねくねと動かしながら、白い手はゆっくりと這い進んだ。
手首のあたりまで這いだしたところで、手は這うのを止めると、森田と黒木に向かって、艶めかしく指を動かした。
……いらっしゃい
…さあこっちへ…
いつの間にか甘い香りは勢いを増し、物質的な圧迫を感じるほどになっている。
直感的に黒木は悟った。
張番の警官の運命を。
これを書くとき念のためwikiで調べると、結城晃の階級は「少佐」となっていた。
陸自なら「三佐」または「三等陸佐」だろうと思いながらも、「少佐」を踏襲。
しかし…平成ゴジラシリーズでも「一佐」「三佐」の階級名を用いているものもあって結構デタラメ(笑)。
統一しなきゃならんなぁ…と思い、今回から正しい階級に修正を図っております。
それが森田の「大佐…いや自衛隊の階級では一等陸佐ですか」という説明的なセリフなわけです。
「……下がってください」
森田に声をかけると、黒木は野戦服の下に手を突っ込んで黒い自動拳銃を引き出した。
「あんた帯銃してたのか!?」
驚く森田。当然だ。自衛隊員といえども、作戦行動区域外での帯銃には特別な許可が要る。
「下がれ!」
もう一度繰り返すと、黒木は、白い手の主が盾にしているストレッチャーを拳銃でポイントしながら、自らもじりじりと下がり始めた。
真っ赤な爪の手も、それまでとは逆の指づかいでスルスルとストレッチャーのうしろへと下がっていく。
「森田さん!ドアまではあとどれくらいありますか?」
ストレッチャーを睨み据えながら黒木が尋ねる。
「5メートルぐらいですか?しかし…」
…そのとき!
ストレッチャーに載せられた死体が、ぐるりと回転してストレッチャーの向こう側に落ちたかと思うと、次の瞬間、黒木と森田めがけ、大きな物体がもの凄い勢いで吹っ飛んできた!
とっさに床に転げてかわす黒木!しかし森田は直撃を受け、もんどりうって転がった!
背後を素早く一瞥すると、すっとんできたのはストレッチャーに載っていた死体だ。
(ヤツじゃない!それでは!)
ガシャン!
音に反応し、黒木は素早く視界を前へと戻すと、ストレッチャーの上に飛び上がっていたモノが黒木めがけて飛びかかる!
正確に狙っている余裕はない!
バ!バ!バン!
音が繋がって一つに聞える三連射!
45口径の弾量がものを言った!
黒木まで僅かに届かず、白衣を纏った人体が床へと落下!
すかさず踏み込むと、黒木は躊躇なく相手の胸部に残弾5発を叩きこんだ!
遊底が後退したまま止まり、激しく痙攣して人体が動かなくなった。
遊底が後退したまま止まり、激しく痙攣して人体が動かなくなった。
倒れているのは土井とかいう女医に違いない。
右肩側に大きく傾いた顔が着弾の苦悶によって大きく歪み、胸は全く上下していない。
死んだと見てとった黒木は、背後に転がったまま動かない森田のもとに駆け寄った。
「森田さん!森田さん!!」
……呼びかけに応えるように、警官の口から呼気が漏れた。
「大丈夫ですか森田さん?立てますか?」
言葉の代わりに、起き上ろうとする仕草で森田が応えた。
「………なにがあったんですか?黒木一佐??」
「説明はあとで……それより早くここを出ましょう」
森田に肩を貸して立ち上がらせると、黒木は例の鉄製ドアに向かって歩きだした。
一歩……二歩……
三歩めを踏み出そうとしたとき、背後からカチカチカチという音がするのに黒木は気がついた。
カチカチカチカチ…カスタネットを連打するような乾いた音が響き渡った。
音は、死んだと思った女医の口から鳴り響いている。
「ま、まだ生きているのか!」
予備弾倉までは持っておらず、森田も完全には回復していないという状況では勝負にならない。
「森田さん!急ぎます!!」
視界の隅で、弾痕の広がる女医の上体がむっくり起き上がるのが見えた。
同時に女医の口がバックリと、耳までどころか肩口まで裂け、その中に匕首を並べたように牙が突出。
白衣の裂け目から、棘だらけの触手が数本、奔流となって吹きだした。
「バケモノめ!」
飛び跳ねるように残りの距離をクリアすると、森田をドアから放り出した。
背後では甘い香りが再び勢いを増し、のたくるものが床を叩く音が迫る!
蔓のようなものが背中に触れるのを感じながら、間一髪黒木はドアの隙間から廊下に滑りだすと、入れ替わりにフルーツ缶のような形状の物体を室内に放り込んだ!
「くたばれ!」
スチールのドアが耐えられるか否か?
それは全くの賭けだ!
一瞬の後、ドアの隙間から閃光が迸って激しい震動が建物全体を襲った!
「ゴジラみたび襲来!こんどは浦安!!」
「こっちは『次は東京か?問われる政府の責任!」
「首相、Gフォースの再編を示唆」
報道機関の目が焦土と化した浦安に集まる一方、隣接の警察署地下で発生したボヤ騒ぎは、ほとんど耳目を集めることはなかった。
一部の知性派軍事オタクが、警察署のボヤ程度の騒動に除染装置搭載の73式トラックが現れたことに首を捻っただけに終わる。
浦安襲撃の一週間後になって、内閣総理大臣は緊急閣議を招集。
札幌・横須賀・浦安に対する緊急復興支援対策、そして対ゴジラ防衛組織、いわゆるGフォース再編に関する法律案が閣議決定された。
報道機関はこぞって政府の対応の遅さを激烈に避難した。
もしいまゴジラが襲ってきたらどうするのかと。
丸腰のままで怪物を迎え撃つつもりなのかと。
しかし幸いなことに臨時国会召集までのあいだ、ゴジラは日本近海に姿を現さなかった。
「政府、なにをグズグズやってるのかなぁ」と朝子。
ご贔屓の定食屋のカウンター席に、朝子と佑が並んで腰をおろしていた。
2人の見上げるテレビが映し出しているのは、他愛もない主婦向けの情報番組に過ぎない。
「浦安を襲ってから3か月、ゴジラは日本近海から姿を消してるからな。おまけに……」佑が理屈っぽく応える
こちそうさまと言い置いて客の誰かが出ていくと、2人に紛れて店内に入りこんだ落ち葉が吹きこむ風にカラカラ音をたてた。
狂った夏は立ち去ったが、続いてやって来た秋は夏とおなじく狂っていた。
夏の狂気は猛暑とゴジラ。
秋の狂気は気温の乱高下と円高だった。
「1ドル……78円でしたっけ?」
「78円47銭」
「……ゴジラに襲われてるのになんで円高になるの?」
「そんなの知るかよ」
社会が最も恐れているのはゴジラから、目前に迫った空前の円高不況へとシフトしてしまっていた。
Gフォース再編法の執行に必要な予算承認は円高対策のため消し飛んでしまい、うやむやのうちに継続扱いとなってしまっていた。
「Gフォースが立ち上げられたとき、日本はまだバブル景気の勢いが残っていたからな。
メーサー光線車?はい10台ね、スーパーX?一台でいいの?…ってな調子さ」
手を伸ばして佑の皿をとると、朝子は自分の皿に重ねて横に置いた。
「バブル景気ってすごかったんだなぁ。アタシ子供だったから覚えてないけど……」
「まあ、幸いいまのところ何か起こる気配も無さそうだけどね。小高さんからも連絡は無いし……」
「小高さん?」
「旧姓三枝さんだよ。いい加減覚えろよ朝子」
小高未希、旧姓三枝未希とは、「また何かあったら連絡する」と約束し別れて以来、音沙汰ないままだった。
「恵美ちゃんも、もう怖い夢は見なくなったんだね」
……もうゴジラは来ないな。
……あれはたまたま虫の居所でも悪かったんだよ。
……他に金が必要なところもあるしね。
……なにより選挙の票にはならんからな。
諺通り喉元過ぎて熱さを忘れた日本に、四度目の襲来の日は間近に迫っていた。
今度の舞台は東京。
キャストはゴジラと、そしてもう一匹。
悪夢のダブルキャストであった。
その夜、都内にある商事会社の経理で働く田中有子は、月締め作業のため部下3名とともに社に残っていた。
「……ったく政府はなにやってんのかしら」
数次を見ているとおもわずボヤキが口から洩れた。
と、いっても手元に上がってきた数字にはまだ円高の影響は出ていない。
数字が変わってくるのは3か月程度先、つまり年度末決算の前ぐらいだろう。
昨年度は数次のやり繰りでなんとか黒字決算にできたが、今年はどうだろうか?
もし赤字に転落するようなら、会社は人員整理に踏み切るかもしれない。
……暗澹たる予感に気分が落ち込む。
「係長。考えたって仕方ないですよ」
社歴で2年下の境がデスクから立ち上がり、給湯室へと向かった。
彼女は正社員としての社歴は下だが、アルバイトとしての社歴を加味すれば田中の1年先輩ということになる。
そのため、田中にとって境は何かと頼りになる存在だった。
「……さてと」給湯室から境の声がする。
まずガス湯沸かし器を点火する音がして、つぎに金属のガチャガチャいう音と陶器が触れ合う音が続くと、他の2人も作業の手を止めて椅子で背伸びを始めた。
境はいつも絶妙なタイミングでティータイムを入れてくる。
それに今朝彼女は、ショルダーバッグ以外に紙袋も抱えて出社してきたから、お茶以外にも何か用意があるに違いない。
……案の定、境はお茶を配り終えると給湯室に引き返し、再びおぼんを手に戻って来た。
「田舎から送ってきたんですけど、よかったら……」
「あら?境さんって東北の人だったっけ?」
「いえ、田舎は箱根です。色だって白くないっしょ?」
しえん
あ……私の駄文は気にしないで怪物系の話題であればどんどん投下して下さい。
くくりは「怪物」というだけです。
それから「熊」の方もちゃんと作ってます。
普通ならヒグマにするとこなんですが、いっそ意表を衝いてツキノワグマでもいいかなと(笑)。
「……判りました。直ちに出頭します」
短く応えて、黒木は受話器を置いた。
時刻は未明の午前3時。
要件は市ヶ谷への緊急出頭命令。
時刻からして、不法帯銃の問責などでないことは言うまでも無い。
ではいったいなんのために?
(やはり……来たのか)
自分が呼びだされる理由などいちいち聞かなくとも、黒木には判っていた。
先方よりさし回された車で出頭すると、防衛省は、昼間と変わらぬどころか、昼間以上の稼働状態になっていた。
玄関口で待ち受けていた尉官の敬礼を受け建物地下の一室へと案内される。
なかで黒木を待っていたのは、三つ星と二つ星、2人の将官だった。
「米国から?…外交ラインを通してでしょうか?」
「両方だよ黒木一佐」桜星二つの将補が答えた。
「米大使館と横須賀基地の両方だ。根拠は、偵察衛星の観測した海水温度の上昇と海中の放射能反応。そして作戦行動中の原潜による聴音だ」
「場所は?」
「衛星が捕捉したのは南硫黄島の北東約300キロの地点、日本時間の昨日20時18分。米軍はそこから原潜による追尾を試みたが、およそ5キロほど北上した地点で目標を見失ったそうだ」
「南硫黄島の北東300キロ……そこから北上するということは……」
黒木の口元が、内心の覚悟により微かに引き絞られた。
「そのとおりだよ黒木一佐。日本だ。奴が日本近海に侵入してきたのだ」
ゆっくりかぶりを振ると、桜星三つが静かに立ち上がった。
「黒木一佐、これより君への謹慎命令を解き、直ちに新設Gフォースの指揮を執るよう命令する。ゴジラの四度目の襲来から、日本の国土を守るのだ」
背骨に電気が走ったように、瞬時に黒木は直立不動の姿勢をとった。
「了解いたしました」
(アイツは昨夜20時の時点で東京からおよそ1000キロの地点にいた)
黒木は作戦室の大マップに×印を書きこんだ。
(もし直線的に日本上陸を目指すなら移動速度から逆算して……)
過去のデータにおけるゴジラの移動速度ならコンピュータで調べるまでもない。
黒木は記憶していた数値をいったん電卓に打ち込んだが、思い直したようにすぐクリアした。
(……違う、これは陸上でのデーターだ。海中ならもっとずっと速い)
山根博士の分析によれば、ゴジラは海中での生活に適応した生物であり、そのため海中での最大移動速度は陸上でのそれの二倍を超えると考えられた。
黒木は改めてゴジラの海中移動速度を打ち込なおした。
(約……一週間か)
時間の無さに慄然なり、黒木は自分が陣取る「作戦室」内を見渡した。
変化する況を刻々と映し出す大型モニターは無く、代わりに壁に大版の地図が張り出されていた。
コンピューターが設置されるのは明日以降。どこかの部署で余った機材が回されてくるに違いない。
7年ぶりに返り咲いたGフォース指令の地位は寒々としたものだった。
スーパーX、スーパーX2、メカゴジラにモゲラ、すべて開発・建造中止。
メーサー光線車は9年前の排ガス規制時に全て廃車。
海水温の温度差や微量放射能からゴジラの移動を追尾する監視衛星は、太陽電池パネルの老朽化により機能低下をきたしたまま放置されていた。
今回のゴジラ接近も、米国が連絡してくれなければ全く気付かなかっただろう。
だが最も深刻なのは、人員の問題だった。
機材なら作ればよい。自前で作れなければ、余所から買ってくればよい。
要するに「金」の問題だ。
しかし「人」はそうはいかない。
組織が一つの有機体として臨機応変に活躍できるようになるには、「時間」がかかる。
そして「時間」だけは「金」で買うことができない。
それに……今回黒木が対処すべき相手は、ゴジラだけではないのだ。
(なんとしても……なんとしてもアイツの目標地点を正確に割り出さなくては……)
黒木翔が眠れぬ夜を過ごした翌日……。
結城晃は、馴染み客の会話を聞くとは無しに聞きながら、ラーメンの上にチャーシューを手際よく並べていた。
「しっかし今日はよくヘリコプターが飛んでるよな。おれ、さっきので4機目だぜ」
「おれなんか5機目だよ」
「どっかで事故でもあったのかな?」
「ヘイ!チャーシューメンお待ちっ」
「おっ!来た来た」
待ちかねたように割り箸を割る客に、晃はさりげなく尋ねた。
「お客さん、いまヘリがどうとか言ってましたよね。そのヘリ、どっちの方角から飛んできましたか?」
「オレが見たのは……たしか北からだったよなぁ」「オレのは千葉の方からだったけど」
「そんなにアッチコッチから来て、なにウロウロしてやがんでしょうね」
へへへと作り笑いしながら、晃は厨房に引っ込んだ。
朝焼けの空を横切って南へと飛び去るヘリの姿は、晃自身も目にしていた。
型式はおそらくシーホーク。
対潜哨戒任務を目的に開発された機種だ。
(北から飛んできたのはたぶん「首都防空の要」入間基地、千葉から来たのは木更津の第一航空団だ)
寸胴鍋を見つめる晃の目がたちまち細くなる。
入間基地は航空自衛隊。それに対し木更津の第一航空団は陸上自衛隊の所属なのだ。
(陸自と空自のヘリが、そろって太平洋で空のお散歩か?……賭けてもい!海自のヘリだって絶対出撃してるぜ。目的は……)
元Gフォース所属の兵としては、理由など考えるまでもない。
(あいつが戻ってきたんだ)
「あっ!!」
そのとき、さっきの客が突然小さく叫んだ声で、晃は現実に引き戻された。
「儲けぇ!チャーシュー一枚多い!」「オレは二枚も!!」
(ち、ちくしょう!結城晃、一生の不覚!)
実にささやかな「一生の不覚」だった。
佑は、その日も夜遅くなって帰って来た。
「……帰ってやったぞオヤジ」
「なんだ帰ってきやがったのか、このバカ息子」
……と返って来るのがいつものパターンだが、その夜は何故か違っていた。
「おう、お帰り」
「……なんだよ優しくなりやがって、気持ち悪いな」
「気持ち悪いって言われてもなぁ……」
ニヤニヤ笑いを浮かべながら、晃は唐突にきりだした。
「と、ところで佑。おまえも、来年、卒業なんだから、今年あたり……卒業旅行でもしてきたらどうだ?」
「そ、卒業旅行?」
佑は内心の動揺を隠しながら、旅行パンフレットの入った肩掛けカバンを無意識に後ろに隠した。
「……ま、まあそれなら考えてないこともないけど……」
「おっ!そうかそうか、それなら善は急げだ。これからスキー旅行にでも行ってこい」
「初雪だって降ってないってのに、いったいどこのスキー場が開いてるってんだよ」
「スキーがダメなら……そうだな!紅葉狩りはどうだ?」
「スキーの次は紅葉狩りかよ」
「山はいいぞ。紅葉に温泉に鍋料理!寝酒で一杯、寝起きで一杯!」
「…オレをアル中にしたいのかよ」
「そうだ!なんならあの便秘女も連れてってやれ。ほらいわゆるその……婚前交渉ってやつだ」
「な、なんてこと言い出すんだよ、このバカおやじ!それにそれを言うなら婚前旅行だろが!」
「婚前交渉するために婚前旅行するんだから同じことだろうが。それにどうせオマエだってもう、やっちまってるんだろ!」
「や、やってなんか……」
「…お?赤くなりゃあがったな!よし、この父さんの目を真正面から見て『やってません』って言えるか?言えるか!?このスケべ小僧!!」
「オ、オヤ、オヤジがさあ、どうしてもって言うからさァ……」
朝子との旅行。
それはもともと佑自身も考えていたことではあったのだが……。
晃の申し出を渡りに船として、思い切って佑は、朝子に話をもちかけてみた。
朝子の答えは二つ返事だった。
「…いいよ。ちょうどアタシ、前から行きたかったトコあったんだ」
「前から行きたかったトコ?それって……」
そしてその三日後、佑と朝子は、そろって箱根登山鉄道の客となっていた。
「このお寺が、朝子の行きたかったトコなわけ?」
箱根登山鉄道の箱根板橋絵茎で下車。
東海道新幹線に沿って東京方面に戻り、それがトンネルになってしばらくした辺りから東海道新刊線を離れて更に100メートルほど。
閑静な住宅地のただなかに、その寺はあった。
ミミズクの彫られた石碑の下部に、「伝肇寺」とある。
「でん……けいじ?」
「でんじょうじって読むんだよー」
季節はずれの暑さに汗を手で拭いながら、佑は山門を見上げた。
「門……閉まってるな」
「奈良や京都の観光化されたお寺じゃないからねー」
そう言いながら、朝子は手ぬぐいを取り出して佑に手渡した。
「このお寺にいったい何の用があったんだ?」
「あたし子供のころね……自分のことが大嫌いだったんだ」
「へえー、いまの朝子からは損像できないな」
寺に隣接する幼稚園から聞える子供の声に促されたのか、朝子の視線が、ずっとずっと遠くを見るような気配になった。
「アタシね……自分が嫌で嫌で仕方なかったの。親にも、先生にも、友達にも好かれてないと思ってて……」
「いわゆる『みにくいアヒルの子症候群』って感じか?」
うん…と、小さく朝子は頷いた。
それとこのお寺と、どういう関係があるんだ?と佑は思ったが、それを口にするべきではないとも感じていた。
(きっと朝子にとっては、とっても大事なことなんだ)
だからこのまま、余計なことは聞かないで朝子の話を聞いていよう。
そう考え、佑は山門の石段に腰を下ろした。
すると、無言のままに朝子も佑の隣に腰を下ろした。
「このお寺にはね。北原白秋の歌碑があるの。歌碑っていっても短歌じゃなくて、童謡なんだけど……」
そして朝子は、微かな声で歌いだした。
「赤い鳥、小鳥、なぜなぜ赤い、赤い実を食べた」
「それで終わり?ずいぶん短い歌だな」
「うん、そうだね。でもその代わり、何番もあるんだ。白い鳥とか青い鳥とか」
「随分安直すぎないか?」
もういちど「うん、そうだね」と相槌をうって、ケラケラと明るく朝子は笑った。
「アタシ子供のころね、なりたかったんだー、赤い鳥に」
一方……息子の佑が朝子とともに列車の客となったころ……
壁の時計を見上げて「……そろそろいいか」と呟くと、ためらいがちに結城晃は受話器を上げた。
しばしの呼びだし音のあと、先方でも受話器がとられ、軽い息遣いが聞こえてきた。
「……ああ……オ、オレです……じゃなかった、結城です。結城晃ですが……三枝……じゃない、小高さんは……」
すると受話口からクスクスという聞き覚えのある笑い声が聞えてきた。
「『じゃなかった』とかいうのばっかりですね、少佐。私、未希です。」
相手の明るい声にほっと安堵の息をもらして晃は言った。
「あの……いま、ちょっといいかな?」
「時間なら、いま恵美を幼稚園に送ってきたばかりですから大丈夫ですよ。」
そして…ここまでの明るい声に微妙な影がさして未希は言葉を続けた。
「恵美の夢の件ですね」
「実は……そうなんだ。恵美ちゃんは……その……なんだ、いま夢は……」
「見ていません」
「いや、それならいい。それなら安心だ。それじゃ……」
相手の返事にほっとして電話を切ろうとした晃だったが、受話器からすがるように未希の声が追いかけてきた。
「夢は見ていないんですけど、気になることがあるんです。少佐、これからお会いしていただくわけにはいきませんか?」
娘の恵美を幼稚園に迎えに行かねばならないため、その日は晃の方から未希のところに出かけることになった。
待ち合わせの喫茶店に晃が入っていくと、未希は既に四人掛け席についており、隣の席にはどこかの和菓子屋の紙袋が置かれている。
「あ、お待ちしてました」
晃が向かいの席に腰を下ろすと、ウェイトレスがやって来るのも待たずに、未希は要件をきりだした。
「あの、今日いらしていただいたのはこれを見ていただきたいからなんです」
早口で言いながら、未希は紙袋から数枚の画用紙をとりだした。
「……これが電話で言ってた……」
「娘の、恵美の描いた絵です」
「ちょっと見せてもらうぞ」
晃は画用紙の天地を自分の側にすると、改めて絵に視線を落とした。
四角い枠の中に、四角い枠が描かれ、その中にもいくつか四角いものが描かれている。
「なんだこりゃ?抽象画か??」
次の一枚は……もっと意味不明だった。
絵の上?と思しき側から首吊り縄のようなものがいくつも並んでぶら下がっている。
黒いマッチ棒のようなものがいくつも、まっすぐなもの、右に斜めのもの、左に斜めのものとでたらめに重なりあっている。
「その絵は……さっき見ていて気がついたんですけど、満員電車じゃないでしょうか?」
「満員電車?……ああ、この首吊り縄は吊輪か」
晃の「首吊り縄」という大声に、客の何人かが振り返った。
「これが満員電車の絵だってんなら、さっきの絵だって何かの風景ってことになるな」
晃は三枚目の絵に眉寄せた。
「これは………蝋燭か?」
黒く塗られた中、大きな柱のようなものが描かれている。更によく見ると、蝋燭のまわりには四角い枠があり、基部にも何か箱状のものが描かれて、黄色い点々がいくつか散らされていた。
「これもよく判りません。最初はホタルの飛ぶ野原に置かれた蝋燭かなって……」
「……随分無理やりな解釈だな」
四枚目はやはり「蝋燭」の絵だった。ただし三枚目とは多少アングルが変わっていて、四角い大枠が無くなっている。
「蝋燭シリーズ第二弾だ。知らない人間に聞かれたら、変なシリーズと勘違いされるな」
にっと歯を見せて笑いながら晃は絵から視線を上げたが、未希は全く笑っていなかった。
ネタの選択を間違えたかと晃は後悔しかかったが、未希が笑わなかったのはそのためではなかった。
「あの少佐、次の、次の絵を御覧になってください」
「つ、次か?次の、次の絵だな。はは…」
照れ隠しに笑いながら五枚目の絵を広げた途端、晃の笑が瞬間に引っ込んだ。
「こ、こりゃあ……」
「一週間ほど前からです。恵美がこんな絵を描きだしたのは……」
未希の声が、母としての不安に震えている。
五枚目の絵……。
マッチ棒のような人型が何人も横倒しに描かれた上に、真っ赤なクレヨンが力いっぱいに塗りたくられていた。
「黒木一佐、Gは発見ポイントより全く動く気配はありません」
「……引き続き監視を続行せよ」
腕組みし両目を閉じたまま黒木一佐は命じた。
いまよりちょうど二日の前。
海自・空自に加え海保のヘリまで動員した一大捜索の結果、房総半島の洲崎と三浦半島の城ケ島を一直線で結んだラインの、ど真ん中からやや三浦半島よりの場所でついにゴジラは捕捉された。
これより少しでも北上されれば、海運の要衝浦賀水道、そして東京湾内である。
被害を最小限に食い止めようとするならば、Gフォース指揮のもと全戦力をもってゴジラを叩くべきでだ。
だが、ゴジラはそこですでに二日も動きを止め、黒木率いるGフォースもじっと静観に努めるばかりだった。
「監視を続行します」
女性士官の鈴木が黒木の命令を復唱すると、モニターを睨みながらオペレーターの豊原二尉が言った。
「……動きませんね」
鈴木と豊原も黒木と同じく元Gフォース隊員だ。かつて鈴木がスーパーX2のオペレイターを、豊原がガンナーを務めてゴジラとの実戦経験もある。
Gフォース解隊後、豊原は陸自、鈴木は空自所属となっていたのを、上層部に無理を言って黒木が引き抜いたのだ。
無言のままの黒木に対し、豊原は更に続けた。
「本当に攻撃しなくてもよろしいのでしょうか?これ以上こんな状態がつづけば政府も……」
「わかっている」
動かぬGフォースにしびれを切らし、政府が上層部にやいのやいの言ってきているのは、黒木も小耳に挟んでいた。
「……いまは待つしかないのだ。」
「しかし……」
「今回ゴジラは殆ど一直線に現在地点まで進出してきた。つまり今回は、東京湾から上陸可能な場所に出現する可能性が高いということだ……」
眠るように閉ざされていた黒木の両目が、うっすらと開いた。
「……ゴジラの憎む存在。札幌、横須賀、そして浦安に出現した怪物。アナザーワンの今回の出現地点は、おそらく東京だ」
「……東京」
鈴木が呟いて息を飲んだ。
「しかし一佐……」
モニターから顔を上げ、豊原が振返った。
「警視庁および神奈川・千葉・埼玉各県警のどこからも、連絡は入っていません。『事件』『大量殺人』のワードで独自に情報検索もかけていますが……」
「なにも引っかからないか。」
「はい。……検索ワードを変更してみますか。」
豊原はまず検索ワードから「大量」を削除し検索してみた。
「当然ながらヒットは多いですが……みんな普通の殺人事件ですね。不審なものは特に見当たりません……」
「その検索でヒットするような事件なら、警察が既に把握しているはずなのでは?」
「それでは……」
鈴木の指摘を受けて、豊原は再度検索ワードを変更した。
「今度は『殺人』を削ってみます」
豊原の指がキーボードの上で踊り、「事件」「大量」で実行キーが打たれた。
「こんどはもっと関係無さそうな事件ばっかりですね。タバコが100カートン大量盗難とか、何故か伊豆でリンゴが豊作とか……ん?これはなんだ??」
目に止まった事件の全文を、豊原は改めて呼びだした。
「……京急本線の同一車両内で5人の乗客が倒れ、病院に搬送されたそうです。他にも8人の乗客が体調の不良を訴えていると……症状は……貧血?」
貧血の語に、鈴木も思わずモニターから視線を引き剥がした。
「確か浦安で発見された死体も確か血が……」
「……5人のうち2人は……重態!?」
瞬間!黒木が動いた!!
「豊原!」
「はい!」
「問題の列車は、何時、何処からスタートしてどの駅で停車したのか。沿線地域で何か事件が起こっていないか。それから救急搬送された患者の容体。直ちに情報収集せよ」
黒木一佐と結城晃がそれぞれのルートで怪獣Xに迫っていたころ……。
結城佑と朝子は、再び箱根登山鉄道に乗り、ロープウェイへと乗り継いで目指す芦ノ湖へと辿り着いていた。
晃のとってくれた宿に荷物を下ろすと、2人は軽装になって湖のほとりを散策してみることにした。
ただ湖の畔を散策と言っても、芦ノ湖は間近まで山と森が迫っているため、畔をグルリと歩いて回ることはできない。
宿を出ていくらもいかないうちに、2人の歩みは森を抜けてきた車道によって遮られてしまった。
「どうする?戻ろうか?」
「うーん……」
しばし小首を傾げたあとで、朝子は答えた。
「もうちょっと行ってみようよ。ほら、車道の向こうにもまだ歩けそうな道もあるし」
「もうちょっと行ってみようよ。ほら、車道の向こうにもまだ歩けそうな道もあるし」
朝子の言うように、確かに車道の向こう側の森の奥にも道は続いていた。
ただこれまで歩いて来たような、観光客用に整備された道ではない。
林道と言うほどではないが、限られた地元民の生活道という感じの、自動車一台がやっと通れる程度の道だった。
「なんか結局行き止まりになるんじゃないか?それとか、高圧線の鉄塔に行きつくだけとか……」
「いいじゃん、それでも。行こ行こ!」
朝子は左右からの車を素早く確認すると、佑を置いてさっさと向こう側に、独り渡ってしまった。
「お、おい!」
しかし朝子は佑の声など耳に入らぬ様子で、どんどん道の先へと進んでいく。
「ちょ、ちょっと…」
以外に途切れぬ車の流れに佑がもたついている隙に、道のカーブのところで朝子の姿は
とうとう見えなくなってしまった。
「おい朝子まてよ!」
なんとか車道を渡ると佑は大声で呼びながら朝子を追いかけた。
車道の湖側から覗き込んだときは暗いと感じた道だったが、いざ踏み込んでみればそれなりに日もさし込んでいて、思ったほどには暗くない。
だが、佑の呼ぶ声に応ずる声は無かった。
「……いい加減返事しないと、オレ怒るぞ!」
胸に微かに兆しかけた不安を打ち消すようにさらに大声を上げると、佑はついさっき朝子の姿が見えなくなったカーブまで走っていった。
カーブの向こうに出てみると、道はさらに20メートルほど行ったところで逆方向にカーブしながら登り勾配になっていた。
カーブのイン側には大きな木や下草が茂っていて、その向こう側はやはり見えない。
「朝子……」
今度は掠れるような声で言うと、佑は全速力で駆けだした。
次のカーブを曲がると、更に勾配を増した小道を息を切らして一気に駆け上る。
そのとき、揺れる木々のあいだに、真っ赤な何かが輝くのが見えた。
(赤い鳥……)
朝子に教わった童謡がふと頭をよぎる。
(飛んでいるのか?赤い鳥が!?)
枝葉のあいだに見え隠れする赤い鳥?…に導かれるように、佑は道を外れ、生い茂る灌木をかき分け進んでいった。
(朝子……)
「アタシ子供のころね、なりたかったんだー、赤い鳥に」
朝子の言葉が不意に脳裏を掠めた瞬間、灌木の茂みは突然終り、タスクの目の前にはポンと開けた土地が広がっていた。
開闢地のど真ん中に、幾百という真っ赤な実を実らせて、とてつもなく大きく大きなリンゴの木が聳えている。
そして下に立つ三人の男女。
そのうちの一人が振り返った。
「なんでそんな変なとこから出て来んのよー」
朝子だった。
一口ガリリと齧ったリンゴを手に、白い歯を見せて朝子が笑っていた。
相変わらずゴジラと静かに睨み合いを続けていたGフォースが、突如としてトップギアでの疾走を開始したのは、一本の電話からだった。
「黒木一佐、警視庁から電話です」
手真似で「回送せよ」と合図を送ると、一泊おき呼吸を整えてから黒木は受話器を取り上げた。
「はい……お電話代わりました。黒木です」
「私は警視庁の岸田といいます。……いいや、挨拶は抜きでいこう。たぶんアンタの探してた事件が出たぞ」
「なんだと!」
黒木は、ヘリ部隊にゴジラを捜索・監視させると同時に、東京・千葉・神奈川の警察には「不審死や大量殺人が発生した場合、すぐ連絡がもらえるよう手配をしていたのだ。
黒木は会話が部下たちにも聞えるよう、電話をスピーカーモードに切り替えた。
「事件があったのは東京都大田区大森。大森警察の目と鼻の先だ。」
豊原が直ちにパソコン画面に作戦マップを立ち上げた。
「……現場はメゾン大森。4階建てのマンションだ。建物の南北両側に二本の階段があって、それを挟む形でそれぞれの階に2部屋の玄関が向き合っている。その北側の階段に面した8部屋が全滅だ」
岸田警部の連絡によると、発見したのは地区の民生委員の女性だった。
問題の階段の2階に独り暮らしの80歳になる老女がおり、それを尋ねたところが呼び鈴を鳴らしても返事が無い。
心配になった民生委員が管理人と共に部屋のカギを開け中に入ったところ、血塗れの部屋で首が皮一枚を残して殆ど切断されかけた老女の遺体を発見したのだ。
「呼ばれて行った若い巡査が機転のきく奴で助かったぜ。
サイレン鳴らしてパトが来たってのに、階段の他の部屋の連中が何の反応も示さないのは変だと思ったって言うのさ」
「……まさに勲章もんだな」と黒木。
「死体の状態をいちいち説明する必要はねえだろ。市川のと同じさ」
「何か他に特徴的な点は?」
「それをいま言おうと思ってたとこさ。まず8部屋ともドアに鍵がかかっていた」
「ということは、犯人は何処から……」
「たぶんベランダだ。それらしい痕跡もあった。次に妙なのは血が少ないってことだ」
「しかしさっきアンタは部屋が血塗れだったと……」
「たしかに部屋は血塗れだった。だがな、人間一人をバラバラにしたら、部屋は血塗れなんてもんじゃすまねえ。だいたい人間の体重の2/3は体液、つまり血なんだぜ」
「それでは血が少ないということは……」
「食肉処理みたいに血抜きでもしたか、あるいは吸血鬼みたいに吸ったかだな」
ついにGフォースは「アナザーワン」、朝子たちが言うところの「怪獣X」の痕跡を捕まえた。
場所は大田区大森の国道15号に産業道路が合流する三角地帯。そして最寄りの駅は大森駅。謎の貧血が多発した京急本線の駅だった。
警察の更なる調査により、203号室に住む母娘のうち38歳になる娘の遺体だけが見当たらないことも判明した。
この行方の知れぬ娘こそアナザーワンであると判断した黒木一佐は、近接戦闘ユニットの編制を指示する一方、更なる情報収集に当たらせるため、副官格である豊原二尉を現地に派遣した。
「あ、失礼ですが」
岸田がいるという3階の部屋の前で、豊原は若い私服刑事の誰何を受けた。
「陸自……Gフォース所属の豊原です」
「これは失礼しました」
若い刑事は、陰惨な現場には不似合いな笑顔を見せた。
「まるでモデルみたいな方だったので。もっとごっついゴリラみたいな方が見えるものとばかり……」
「ありがとうございます。それより岸田警部は?」
「この部屋ですが……」
と言って若い刑事は304と表示された部屋をしめした。
「でも入るのは止めた方がいいですよ。警察関係者も、三人そこで……」
豊原は、踊り場に誰かの吐しゃ物が三つあったのを思い出した。
「だから……」
「重ねてありがとうございます。しかし任務ですから」
相手に謝意を示しつつも、豊原は302号室へと入っていった。
数秒後、真っ青な顔で口元を抑え、転げるように豊原は駆け出して来た。
そして、踊り場の吐しゃ物は四つになった。
「おい凍条!」
302号の中からどなり声が聞えてきた。
「Gフォースが来ても、中にゃ入れるなって言っといただろうが!」
「遠路はるばるお疲れさん。オレが警視庁の岸田警部だ。この昼時に車で都内の移動は大変だったろ」
岸田と豊原は場所を変え、今は3階と4階の間の踊り場で顔を合わせていた。
「いえ、警視庁が先導のパトカー出してくれましたから。……それより警部、さっき……何をしてられたんですか?」
豊原はついさっき302号室で目にした光景を思い出した。
しゃがんだ姿勢の警部が豊原の方に顔を上げた拍子に、彼の体に遮られていた物が、豊原の前に露わになった。
……切断された女性の生首だった。
「おい、また顔色が悪くなったぞ」
豊原の様子を窺いながら、岸田は質問に答えて言った。
「あんた、プラモデル作ったことあるかい?」
「プラモデル??」
「Aの18とかBの2とか記号が振ってあってよ。それを所定のトコにくっつけてくと、戦車とか飛行機とかができるアレさ。あれの組立説明図を作ってたのさ」
つまり警部は「バラバラ死体の組立説明図」を作っていたらしい。
胸にこみ上げる酸っぱいものを意思の力でねじ伏せながら、豊原は更に尋ねた。
「それがこの事件となにか?」
「なにか……おかしいみてえな気がすんだ」
肩越しに302号室を顎でしゃくって警部は言った。
「他の7部屋も似たようなもんだが、この部屋だけ被害が特に酷でえ。それで刑事のカンが騒ぐんだ。何かこの部屋には秘密があるってよ。まあ、あくまでオレのカンだがな。なにか違うんだ。最初は部品が足りないと思ったんだが…」
「でもその……つまり……『部品』は揃っていたんですよね」
豊原にもようやく、さきほど岸田がやっていたことの意味が無理解できた。
「ああ、部品はちゃんと揃ってた。あの部屋に住んでたのは4人家族だったらしい。
おい凍条!そんなトコでくつろいでねえで、オマエが調べたことをこのGフォースのアンちゃんに話してさし上げろ」
「はいただいま」
さっきの若い私服がメモを取り出しながら階段を上がって来た。
「この部屋に住んでいたのは戸主である47歳男性、42歳の妻、17歳の長女3人です。他に長男もいますが、今は大阪の会社に勤めており、ここには住んでいません。電話でですが無事も確認できました」
「つまり、昨夜302号で寝起きしていたのは3人だったということですね?……それでその……『部品』は……」
「男の首が一つに女の首が二つ、手首が六つ、胴体も三つってな具合に全部な……お、おいおいアンタ、ホントに大丈夫か?」
同じ相手を追うGフォースと警視庁。
Gフォースは基本的に軍事組織なので巨大生物の相手はお手の物だが、人の中に紛れる術を知るアナザーワンが相手では勝手が違った。
一方、警視庁の猟犬たちは人を追うには長けているが、それがひとたび人ならぬ正体を露わにすれば、瞬時に手に負えないものへと変わる。
両者の協力無くして、作戦の成功はあり得なかった。
「つまり二尉殿……この事件のホシは人間じゃなく、ここで殺しをやったあと、京急の車内でもつまみ食いをやらかしてると、そういうことなんだな?」
「そうです警部」
「だったら……かなりマズイぞ」
「何かマズイんですか?」
これだけの規模の殺しをやって、おまけに移動経路でも事件を起こしてるなら、オレたち警察やアンタらGフォースに尻尾を掴まるのは時間の問題だ」
「そうだと思います。自分も今日明日にはアナザーワンを……」
「ちがう!明日なんてねえんだ。判んねえか!?」
警部は拳銃の銃口のように人差し指を豊原に突き付けた。
「もうバレても構わねえから、そいつは派手に動き出したんだ」
「バレても構わない??」
「そうだ!ソイツはな、明日と言わず、今夜にでも動きだすぞ」
ハッとして豊原が腕時計に目を落とすと、短針はまもなく二時になろうというところだった。
「Gフォースさんよ、正念場だぜ。遅くとも10時間かそこらの内に、アナザーワンとかは必ず動く」
「課長……田中課長」
自分の名を呼ぶ声に、経理課長の田中有子はハッと我に返った。
随分なんども名を呼ばれていたらしく、課員の女の子が全員田中の方を見ている。
「課長、大丈夫ですか?」
境康子が心配そうに覗きこんでいる。
「……ううん、だいじょぶ、だいじょぶ。ちょっとぼんやりしてただけだから……」
時計を見上げると、もう短針は二時をいくらか回っていた。
ぼんやりしていたのは15分ぐらいか?
働き過ぎなのかな?…と思った。
そういえば、どうやって家を出たかも、どうやって会社までやって来たのかもよく覚えていないほどだ。
でもその割には、体には疲れは感じられない。
むしろここ何年もなかったほど元気なくらいだ。
すると、外聞を憚るように境が田中に顔を近づけ言った。
「この部署は田中さんが頼りなんですからね」
いちおう武藤という男性の経理部長がいるにはいるのだが、仕事は100%部下に丸投げという、全くの役立たず男だった。そのため密かに部下からは武藤でなく無能部長とよばれていた。
「ねえ、誰かお茶入れてきてくれない?」
境が言うと、若い茶髪の女子社員が目をくるくるさせながら給湯室へと走って行った。
「さ、お茶して気分が変わったら、もうひと頑張りいきましょ」
「そうね。この仕事だけは、明日に回すわけにはいかないものね」
そう、明日にまわすわけにはいかない。
明日なんてもう……
何故だか、そんな思いが田中有子の脳裏をよぎって消えていった。
パタパタ
,.-‐- ., `ヽ,. .,/´ ,. - ‐ - .,
(;;◎;;;( (;))`(O$O,,)´((;) );;;◎;;)
'ヽ;;;;(´ :(;;;;;:ミ:::::彡:;;;;;): `);;;;;;ノ
ヽ;`ヽ );;;;;〈;;;;;;;〉;;;;( ノ´;;/
γ´ ̄:ヽ:::ノ ̄`ヽ´
`ー ´ `ー ´
八岐九尾(やまたのきゅうび)
体は九尾の狐。首から上は八本の蛇が生えている。
続きマダー?
木星クラゲ
木星のガス雲の中を漂って生きる浮遊生命体。
光合成で栄養補給するが一応動物。直径約2km。
まだ規制継続中?
73みたいな文句を書き込んでは「規制中」と拒否され続けて、はや一カ月以上。
やっと復活か……。
ついでと言ってはなんですが、72の「木星クラゲ」でこんなお話は如何か?
「Tzitzimitl」
日本初の木星探査衛星「ミサゴ」が7年におよぶ宇宙漂流の末、地球に帰還する。
宇宙研究開発機構は太平洋上で「ミサゴ」のカプセルを回収。
カプセル内には「ミサゴ」には、シューメーカー・レビー第9彗星が1994年木星と衝突した際、衛星軌道上にまで舞い上げられた物質の収容が期待されていた。
しかし、胸を張って記者会見を行った宇宙研究開発機構からは、その後半年近くたっても何の発表も為されなかった。
移り気な世間が「ミサゴ」のことを忘れかけたころ事件が起こる。
宇宙研究開発機構の実験棟で火災が発生。
研究室一つが灰になっただけでなんとか火災は消し止められた。
だがその直後、研究員が別棟の一室から飛び降り自殺しているのが発見される。
窓が開いたままの部屋には遺書らしきものはなかったが、ただ一言だけ「Tzitzimitl」という言葉が、ホワイトボードに殴り書きされていた。
警察と消防は、火災発生に責任を感じたことが原因の投身自殺と推論するが……。
やがて火災は失火ではなく放火であった可能性が高いことが判明する。
宇宙研究開発機構での火事騒ぎと相前後して、地球では電波障害と日照不足が頻発するようになる。
原因は全く不明。
やがて沖縄基地から飛び立った米軍のブラックバードが太平洋に墜落するという事件が発生する。
墜落寸前パイロットは「ジェリー・フィッシュ」と叫ぶように通信してきていた。
75 :
74のつづき:2010/12/23(木) 23:24:09 ID:Re+185y+
やがて……地球に降り注ぐ太陽光線の減少が、著しくなりはじめる。
各地の天文台による観測の結果、原因は宇宙空間に漂う巨大な物体によるものと判明。
ついに全ての事実が一つに繋がって、真相がその巨大な姿を現した。
自殺した研究員の書き遺した「Tzitzimitl」とはアステカ神話の太陽に戦いを挑む夜の神であって、日食・月食も司る魔神のことである。
研究員は「ミサゴ」のカプセル内からある生物を発見していた。
それは元来木星のガス雲に住む微生物で、僅かな太陽光を頼りに命を繋ぐだけの存在にすぎなかった。
ところが地球のような太陽光線の豊富な環境に置くと爆発的に成長することが判明。
研究室の放火は、突如爆発的な増殖を開始したこの生物を殺すためだったのだ。
彼は飛行データの解析により、地球に帰還した「ミサゴ」の外部にもこの微生物が付着していたらしいことを突き留めていた。
「地球オゾン層により地表に降り注ぐ太陽光は大きく減殺されています。しかしこの研究員が『ツィツィミトル』と呼んだ生物が宇宙空間に留まっているとすれば、地表の何倍もの太陽光を餌にできるんです。判りますか?この意味が!?」
いま宇宙空間にあって、地球に降り注ぐための太陽光を横取りし、地表を闇に閉ざそうとしている存在こそこの生物であり、墜落したブラックバードのパイロットが「ジェリーフィッシュ(=クラゲ)」と呼んだ怪物であった。
太陽を奪われ、次第に寒冷化する地球。このまま氷河時代の訪れにより滅びるのか?
いや、それより先に農作物の全滅によって餓死するのか?
地球と太陽のあいだから木星クラゲ・ツィツィミトルを排除すべく国連は核ミサイルによる攻撃を計画するが……。
……と、まあこんな話はどうでしょ?
なんだか「ドゴラ」のリメイクみたいな感もありますが(笑)。
インカやマヤの神話が引かれるからイタリア映画の「カルティキ」っぽくもあり。
工夫のしどころはモンスターの退治方法ですなぁ。
「いえ……おっしゃられることは判りますが、まだそのタイミングではありません」
黒木が電話で話している相手は、彼をGフォース指令に任じた例の陸将補だった。
「いま住民に避難命令を出しても意味はありません。避難民とともにアナザーワンが移動すればゴジラもそれを追っていくだけです。
それに避難命令によって住民がパニックを起こせば、アナザーワンに狩場を提供することにもなりかねません。そうなれば、最悪、東京で二匹の怪獣が激突することになります」
しばしの沈黙……なんとか今度も相手を納得させることができ、黒木は強張った手つきで受話器を置いた。
黒木をせっつく陸将補の背後には当然もっと上の階級の者、そして防衛大臣をはじめとする政治架たちがいる。
彼らは、自分たちの無能無策を棚に上げ、国民に発表できる「判り易い成果」を求めていた。
「どこだ!どこにいるんだ!?」
胸の内を思わず口に出していたのは、黒木の焦りの現れだった。
目の前には、30分ほど前、豊原が伝送してきた女の写真があった。
『黒木一佐、いまお送りしたのが例の203号室から消えた女の顔写真です』
「間違いないか?」
『間違いありません。203号室にあったアルバムに貼られた複数の写真から、近隣住民に頼んで現在の姿に最も近いものを選んでもらったものです』
「わかった。念のため豊原二尉は引き続き現場に残り、警察と協力してこの女の行方を追ってくれ」
『了解です』
こうして黒木が組織内部の力学に神経をすり減らしているあいだにも、警視庁および隣接する各県警が、「203号室から消えた女」を探し出すべく一斉に動いているはずだったた。
警察署と全ての派出署を空にして、駅前で、商店街で、役場でローラー作戦が展開され、
星のつくホテルから木賃宿にいたるまでが警察官による立ち入り調査の対象となっていた。
「……どこにいるんだ!?」
黒木の唇から、もういちど呟きが漏れた。
作戦室のデジタル時計は既に3時半を表示していた。
警察の指摘を待つまでもなく、黒木も山は今夜だと確信していた。
(ヤツが動き出す前に我々の手で仕止めなければ!ヤツがおおっぴらに動き出せば、それを察知したゴジラも来る。最悪、本当に……)
都内で怪獣同士が激突する。
それだけはなんとしても……。
そのとき突然、モニター画面に張り付いていた女性士官の鈴木が黒木の方を振返って叫んだ。
「黒木一佐!ゴジラが動きだしました!」
「とうとう東京湾に侵入して来たか」
「いいえ、東京湾侵入コースではありません」
「なに!?東京湾に入ってこないだと!?」
「はい、ゴジラは伊豆半島にぐんぐん接近しています」
そのころ……
東京での騒ぎも知らず、朝子と佑偶然行き当たった果樹園で、経営者の夫婦とすっかり話しこんでしまっていた。
「すみません。いきなりお邪魔した上に御馳走にまでなっちゃって」
呆れる佑を尻目に、またも朝子は袖まくりした剥き出しの腕をリンゴに伸ばした。
もう5切れ目か6切れ目だ。全部つなぎ合わせれば、確実にリンゴ一個分をオーバーしているだろう。
「でもビックリしましたー。箱根でこんなに甘いリンゴがなるなんて」
「まあ無理ないでしょうね」
弘西と名乗る経営者の男性が笑って答えた。
年のころは四十になるかならぬかだろう。
顔と半袖シャツから伸びた腕は農業従事者らしく真っ黒に日焼けしているが、指は細く繊細で、土いじりよりも楽器の鍵盤かパソコンのキーボードの上にある方が似合いそうに見えた。
「普通、伊豆半島と言ったらミカンを思い出すでしょうから。伊豆でリンゴなんて……」
「そうですね」
弘西同様剥き出しの腕で、佑は額の汗を拭いながら言った。
「普通リンゴと言ったら、青森とか……寒い地方ものですから」
「しかしいまリンゴが栽培されている地域ではいずれリンゴがとれなくなります」と弘西。
さっき頬張った一切れがまだ口に入っているというのに、朝子はもう次の一切れに手を出した。
いい加減にしろよと朝子を横目で睨みつつ、佑は応じた。
「地球温暖化ですね。本来台湾あたりにいるなんとかいう蝶が日本に定着して今は神奈川あたりまで生息域が広がってるとか」
「ツマグロヒョウモンのことですか?それならもう神奈川どころかもう茨城まで進出してますよ」
「茨城まで……」
「そのうち青森でミカンがとれ、このあたりでもデング熱が流行するようになります」
「……やれやれですね」
「でっもぉ!」
2人して眉を寄せあう男どもの深刻さを吹き飛ばすように、朝子はピョンと跳びはねると、佑が止める間もなく今度は両手に一切れづつリンゴを掴んで言った。
「温暖化に負けちゃダメなんですよねー。このガッツ・リンゴみたいに!」
さっき弘西がリンゴを取り出した箱の表には、真っ赤な文字で次のような言葉が躍っていた。
『温暖化なんてぶっとばせ!ガッツ出せ日本!ガッツ・リンゴ!!』
「ガッツ・リンゴですか。変わった命名ですね」
佑もリンゴに手を伸ばしながら言った。
「もともとの名前の部分は別として、新種を命名するとき、イチゴの『あまおう』だとかブドウの『きょほう』みたいに濁音はあまり使わないんじゃないですか?」
「そうですね。『津軽』とか『長十郎』なんて命名もありますが、濁音のイメージは『フルーツ』というよりはどちらかというと『怪獣』なんでしょうね」
真っ白な歯を見せて、弘西は笑った。
「でも濁音や小さな「っ」は聞く人に強いインパクトを与えることができるんです。そして今の日本に必要なのは……」
「力強さ……ですか」
手にしたリンゴを一口咬むと、佑の口の端からもみずみずしい果汁が溢れ、甘酸っぱさがいっぱいに広がった。
「うまい!」
思わず佑は小さく叫んでいた。
「植物のリンゴだってこんなに頑張ってるんだから、僕ら人間も頑張らなきゃいけませんね」
無言のまま満面に笑みを浮かべると、弘西はリンゴの巨木をふりあおいだ。
「そうなんです。この木は本当に頑張っているんです。どんなに酷い目にあったって……」
「酷い目に?」
「ええ……」
そして弘西は小さくつけ足した。
「…家内と同じです」
そのとき事務所のドアが開き、弘西の妻・由梨香が盆を手に戻って来た。
「カット・リンゴばかりじゃ飽きたでしょ」
「でもオマエの持って来たのだってアップル・パイじゃないか」
「あらいいじゃない。少しは目先が変わるから」
二人のやりとりを見て、結婚して何年ぐらいになるんだろうかと、佑は思った。
長袖のブラウスを着ているせいもあってか、由梨香の方が夫より多少落ち着いた印象だが、
弘西夫妻のやりとりは、どこか新婚カップルのような感じがあった。
(自分もこんなふうに……)と思いかけ、(おい!いったい誰とだよ!)と佑は自分で自分に突っ込んだ。
そんな佑の目の前で、朝子がアップル・パイに一番槍をつける。
「いっただきまーす!」
「おい、いい加減にしろよ!」と佑。
「いいんです。ご遠慮なさらないで」
由梨香が笑いながら、アップルパイを載せてきた盆に、今度は空いた皿を重ねていった。
そのとき佑は、由梨香が左袖の下にだけ、薄いリストバンドのようなものをしているのに気がついた。
(テニスでもやってるのかな?でもなんで左にだけ?)
一方朝子はといえば、パイの横の方からはみ出しかけたリンゴを中に押し戻そうと悪戦苦闘しながら、それでも食べるのを止めようとしない。
一噛みするたびどこかからはみ出すリンゴとモグラ叩きを続けている。
苦戦ぶりにクスクス笑いながら、由梨香も指さしてアドバイスした。
「ほら右から出てきましたよ。……あ!今度は反対側から」
「ごひょーりょふはんへゃひまふ」
……どうやら「ご協力感謝します」と言っているらしい。
そんな調子で一切れ目のパイをなんとか食べ尽くすと、二切れ目に挑戦するまえの食休みといった感じで朝子は由梨香に尋ねた。
「あの由梨可さん」
「なあに?」
「お子さん何人いらっしゃるんですか?」
瞬間、夫の顔に影がさしたと、佑には見えた。
「子供?私たちの?」
しかし、微笑みを切らさずに由梨香は朝子に答えた。
「たくさんいますよ。長女は北海道、次女は神奈川、三女と四女は東京なの」
「ええっ!」
目をまん丸にして朝子は驚いた。
「すっごい子だくさんなんですね!アタシびっくりしちやいました!」
「このバカ女!」
思わず佑は朝子の後頭部に突っ込みを入れていた。
「リンゴのことに決まってるだろ」
とうとう由梨香は、肩まで震わせ笑いだした。
「……とても楽しそうね。この子も笑ってるわ」
由梨香はリンゴの巨木を見上げ、そして朝子に向かって囁くように言った。
「あなたにも……聞えません?」
「え?何がですか??」
朝子は耳をすましてみたが、聞えるのは森の向こうから響く役場のサイレンのような音だけだった。
「なにか……警報みたいなのなら聞えますけどー」
「聞えないのね。聞えないなら……別にいいの」
そのあとも、リンゴの木の下で四人の笑い声が、何度も弾けては空へと消えた。
太陽は中天を大きく過ぎ、西の森へと近づいていた。
午後4時10分。
作戦本部から「小田原に向かい特殊部隊と現地合流せよ」との指示を受けた豊原は、現場を離れる旨話すため、岸田警部を探していた。
「凍条さん。警部はどちらに?」
「警部なら例のパズルの真っ最中ですよ。……呼んできましょうか?」
「……お願いします」
部下が室内に向かって声をかけると、横町のコンビニから帰って来たとでもいうような様子で岸田警部は修羅場から現れた。
「おうGフォースの、何かあったようだな」
「はい、実はゴジラが動きました」
「……あんたが言うところのアナザーワンを見つけたってことか。……で、ゴジラはどこに来るんだ?ここか?」
「いいえ、ゴジラは東京湾に入らず、伊豆半島に接近しつつあるそうです」
「伊豆半島??」
警部の片眉がピクンと痙攣するように跳ねあがった。
「はい。当然アナザーワンの潜伏先も伊豆にいるはずなので、陸自の特殊部隊がヘリで急派されました。それからゴジラ上陸阻止のため空自も……………警部?どうかされたんですか??」
豊原の話しに、警部は納得がいかないらしい。
しきりに首をひねったり、顎を左右に動かしたりし始めたのだ。
「あんた、さっき言ってたよな。バケモノが京急でもつまみ食いやらかしたってよ」
「はいそうです。しかしそれが何か?」
「向きが合わねえじゃねえか。貧血患者が出たのは上り線。でも伊豆方面なら下り線だぞ」
「しかしゴジラは……」
警部は豊原に反論の機会を与えるつもりなどさらさら無いらしい。
噛みつくような顔を豊原にぐいっと迫らせ、警部は一気にまくしたてた。
「それからもう一つ!この怪物は人食いだ。だからエサの豊富な都会に潜んでやがった。けどよ、伊豆ってのは小田原あたりを除きゃあ、みんな河口にへばりついたような小さな町ばっかりだぞ。
何が嬉しくて、この怪物はそんなとこに行かにゃあなんねえんだ!?」
相手の勢いに半ば以上気押されつつ、やっとの思いで豊原は問い返した。
「あの……それでは、それでは警部は……」
「その伊豆のヤツ、オトリじゃなきゃあいいがと、オレは思うぜ」
同日午後4時半過ぎ、結城晃は店舗兼自宅へと戻る電車の座席にひとり揺られていた。
小高(旧姓三枝)未希が帰った後も、落ち合った喫茶店でコーヒーを4杯御代りして粘った晃だったが、未希の娘・恵美の書いた絵を解釈することはできなかった。
(こんななぁ、佑のヤツに頼めば一発なんだが……)
しかし、息子の佑に頼むわけにはいかなかった。
頼まないと決めていた。
これ以上、佑をこの怪しい事件に関わらせたくなかった。
ヘリ部隊の動きから「ゴジラ東京上陸」と読んだ上で、旅行を理由に佑を都内から追い払ったのはそのためだ。
(恵美ちゃんのテレパシーは、札幌、横須賀、浦安ときて、どんどん怪獣Xとの接続が強まってるみてぇだ。と、なるとXが動き出す日は近い。最悪……今夜あたりが……)
思い余って晃はポケットの携帯を取り出したが、またすぐにしまってしまった。
(いや、Gフォースにも頼めねえ。そんなことしたら、未希を裏切ることになっちまう)
未希が、自衛隊や再編なったGフォースには連絡せず、OBである結城晃に連絡してきたのは……。
(娘の恵美ちゃんを、自分のようにしたくなかったからだ)
未希の青春時代は、Gフォースに所属する一種の「生物兵器」として費やされた。
そのこと自体に、悔いはないと未希は言う。
しかし、それを一人娘に、それも幼稚園に通っているような幼い娘に求めるような親などこの世にいるだろうか。
だがもし未希の娘に、母に匹敵するほどのテレパシー能力があると知れれば、無慈悲な国家は一切の容赦なく、母と娘を引き裂いてしまうに違いないのだ。
(い〜やダメだ!Gフォースの力も借りらんねぇ!この件は、なにがなんでもオレ独りで解決しにゃあなんねえんだ!)
………だが。
晃の堅い頭では、幼稚園児の描いた絵は前衛芸術そのものだった。
かろうじてそれらしく思えるのは「満員電車の絵」だけで……。
「はあぁぁぁ…」
眉を「ハ」の字に寄せた晃の唇から情けないため息がもれた。
(だめだ、どうしても判かんね)
晃は口をだらしなく開けたまま、カクンと首を後ろに倒した。
自然、視線が高くなり、向かいの窓が目に入る。
あの喫茶店で「首吊り縄」と見えた吊輪の向こうに、電柱や踏切、商店に住宅、さまざまな物が飛び去っていく。
(パトカーのサイレンがいやに煩いな……)
そんなことをぼんやり考える晃の耳に車内アナウンスが次の駅の近いことを告げ、そして駅前再開発中のビルが視界に飛び込んできた。
上層階のみ骨組みを露出したビルの最上部に、大きなクレーンが据え付けられている……。
(……あれは……)
その瞬間!結城晃は理解した!!
恵美ちゃんの絵の意味を!
そして、まさに今夜、惨劇が起こる場所を!!
時計の針が午後5時を回ったころ……。
豊原はまだ大森の殺人現場にとどまっていた。
これは明らかな命令違反であり、もちろん懲罰の対象となる行為である。
それでも彼が小田原へと向かわなかったのは、彼自身が小田原への転身に疑問を感じていたからに他ならなかった。
(警部は言った。「この部屋は何かおかしい」と。何が、いったい何がおかしいんだ??)
もう惨死体に尻ごみなどしてはいられなかった。
ゴジラが動き出した以上、アナザーワンも動き出しているに違いないのだ。
(いったい何がおかしいんだ!?)
それが判れば、それさえ判れば……。
何がおかしいんだ?
いったいなにが!?
「おいいいのかGフォースの兄ちゃん。命令違反で馘首になって、恩給ふいにしても俺は責任もたねぇぞ」
心配する警部の言葉に耳も貸さず、豊原は殺人現場となった203号室へと踏み込んでいった。
(……玄関には内側からしっかり鍵がかけられていたが、チェーンは施錠されていなかった。それから……)
靴脱ぎには男性用の黒い皮靴とスニーカー、そして若い女性用の小さめのハイヒールとサイズが一回り大きいパンプスが並び、全く荒らされていない。
風呂場と脱衣場。洗濯機前も奇麗なものだった。スーパーで買ったらしい男物の安物シャンプーと高そうな女物のシャンプーそしてリンスが奇麗に並んでいる。
状況が一変するのは居間からだった。
何かが這いずったような血の跡が、床から壁に、そして天井にまで、うねりながら続いているさまはまるでムンクの絵「叫び」のようだ。
そして床一面には、バラバラになって散らばる………
「うっ……」
胸に湧きおこる嫌悪の念に思わず叫びだしそうになり、豊原は目を閉じ歯を食いしばって俯いた。
そしてそのまま耐えること数秒……。
やっとの思いで瞼を開くと、視界のど真ん中にあったのは被害女性の左足首だった。
足の指が人差し指の側に大きく曲がって、指の付け根が内側に飛び出した特徴的な足が、血の気を無くし、ビニール製品のようになって転がっている。
(外反母趾か……)
つまらぬものに気をとられてしまったことに、思わず豊原は苦笑した。
彼が昔つきあっていた女性が外反母趾だったからだ。
(あいつ外反母趾のこと気にしてて、それなのにハイヒール履くの止めなかったよな。自分でもハイヒールは外反母趾の原因だって知っていのに。それは……)
そして、ふっと豊原の顔から表情が消えた。
84 :
「赤い鳥とんだ」:2010/12/24(金) 00:17:32 ID:kvhBJmV4
首をかしげつつ玄関に戻ると靴箱を覗き、そして振り返ると豊原は警部に訪ねた。
「すみませんが、この家の女性の背丈はどれぐらいだったかご存知ですか?」
「データはまだ揃ってないが、ちょっと待て……」
そう言うと警部は寝室に引き返し、衣装戸棚の扉を開けた。
「……ズボンの裾丈やベルトの位置にもよるが……このサイズなら、ざっと見積もって170前後ってとこだな」
「……そうだったのか!」
言うが早いか豊原は玄関に取って返すと、そこにあったパンプスを手に居間へと引き返した。
「いいですか警部。オレの元カノは外反母趾だったんですけど……『だったらハイヒール履くのを止めろよって』オレがいくら言ってもきかなかったんです。
何故って彼女は背が低かったから。150そこそこしかなかったんです。それでハイヒールを履くのを止められなかった……」
「そうだ!それだ!!」
バンと両手を打ち合わせて警部も叫んだ。
「そもそも背の高い女は、逆に高いヒールの靴なんて履かねえ……ってことは!?」
そして次の瞬間、警部の血相が変わった。
「おい凍条!ぼんやりしてねぇで…………おい凍条!凍条!?どこ行きゃがった!?」
すると階段を一足飛びに駆け上がる足音とともに、玄関口にいたはずの凍条が息せききって駆け戻って来た。
「どこ行ったって……203号室に決まってるでしょ。ほら、ありましたよハイヒール。履かせてみますか?」
「そんなこと試さなくたって判る!」
警部が鉄拳を玄関の壁に叩きこんだ。
「死体の移動だ!オレたち警察が捜し回っている203号室の女は、ここ302号室でバラバラにされていたんだ。人食い怪物なのは、この302号室の女だったんだ」
「それじゃ伊豆でいくら探したって捕捉できるわけ……」
「伊豆の話だって怪しいもんだ。オレは本庁に連絡する!凍条は……おい、いったいどこに電話かけてんだ?」
人差し指で〈ちょっとまってください〉と警部に合図し、しばらく凍条はじっと携帯に耳を当てていたが、やがて諦めたようにスイッチを切って言った。
「この家は夫婦共働きで妻も仕事に出ていますからね。それでダメもとで妻の勤め先の会社に電話してみたんですが……誰も出ないんです」
「その勤め先ってのは何処にあるんだ!?」
「田中有子の勤め先は東京都墨田区………」
そのとき豊原の公務用携帯に着信が入った。
『豊原二尉、いまどこにいる!?』
黒木一佐だった。
「……実は自分は……」
『細かい事情はいい。それより、一刻も早く東京へ戻れ!Gが反転した。東京湾侵入コースだ!!』
「なんだと!?なんで陸自の部隊まで伊豆に移動してるんだ!?」
作戦室に黒木の怒声が響き渡った。
突如東京湾侵入コースに戻ったゴジラを迎撃するため陸自部隊の展開を命じたところが、頼みの部隊は既に伊豆方面に移動中だったのだ。
「ゴジラの伊豆上陸阻止は空自だけで行うことになっていたはずだ!陸自に移動命令など出していないぞ!」
「それが……」
応える鈴木一尉も困惑を隠しきれなかった。
「……防衛大臣命令だったそうです」
国民……というより選挙民に対するアピールという政治的理由から、黒木の知らぬ間に地上部隊までもが動かされてしまっていたのだ。
「バカな!」
黒木は両手でデスクを激しく叩いた。
「伊豆半島は地勢的に地上部隊の展開には適していない!海岸沿いの道路や尾根道に部隊を入れたら身動きとれなくなる!だから航空勢力だけでということになっていたんだ!!」
やっとの思いで気を取り直すと、改めて黒木一佐は鈴木に尋ねた。
「至急地上部隊を呼び戻にはどれぐらいかかる?」
「部隊は既に横浜を過ぎ、先頭は既に真鶴道路に入っているそうです。いまから呼び戻しても2時間以上はかかるかと……」
「ではゴジラの東京上陸に間に合うのか?!」
「不可能です。間に合いません。ゴジラの移動速度が予測データの倍以上です」
「ば、倍以上だと!」
黒木は思わず絶句した。
ゴジラの東京上陸は確実だ。
しかしそれを迎え撃つ戦力は、かつてのスーパーXやメーサー光線砲車はおろか、通常兵力すら揃わないというのだ。
迫り来る巨獣の猛威の前に、首都東京は裸同然だった。
ゴジラの東京上陸が時間の問題となっていたころ……。
電車を乗り継ぎ、乗り越して、乗り間違えまでした挙句、元Gフォース隊員結城晃が目指す駅の改札を通ったとき、時刻は既に5時半を過ぎてしまっていた。
(どこの入口から出るのが一番近いんだ?)
一瞬案内図を探して立ち止まったが、すぐにそんなこと調べる必要など無いと思いなおした。
地上に出さえすれば、「それ」は一目で目につくはずだった。
(……間に合ってくれよ)
祈る思いで地下道の階段を駆け上がり地上に飛び出すと、「それ」はまさに目の前だった。
未希の娘が描いた三枚目と四枚目の絵。
大きな柱のようにも、蝋燭のようにも見えるもの。
夜空をバックにそそりたつ首都東京の新たな象徴……東京スカイツリー。
「こっから先はあの絵が頼りだ……頼む!オレを導いてくれ!」
晃は未希の娘が描いた絵のうち、四枚目を取り出した。
(間違いない。この絵の通りだ)
巨大な柱か蝋燭と見えたのはスカイツリー。
下に飛ぶホタル?と見えたのは、周囲の建造物の窓明かりだ。
(次は……こっちの絵だ)
晃は、今度は構図的には似通っていて、ただし周囲に四角い大枠が描き込まれている三枚目の絵を取り出した。
(この四角い枠はきっと窓枠だ。この絵はどこかの建物の窓から見たスカイツリーに違いねえ!つまりその部屋に……)
Gフォースが「アナザーワン」と呼び、佑と朝子が「怪獣X」と呼ぶ存在がいるに違いない!
晃は、スカイツリーの見え方、それから低層の建物の僅かなディティールを頼りに、その建物を必死に探しはじめた。
結城晃が業平橋駅の改札を通る15分ほど前……。
りりりりん!……りりりりん!
経理課の境芳江は、壁越しに聞える呼び出し音に気がついた。
総務課の電話が誰も出ないまま鳴り続けになっているのだ。
(なんで誰も出ないんだろ?)
基本的に総務が無人になることはないし、どうしても無人にしなければならないときは、経理課に一言かけたうえで、外線電話を転送することになっている。
しかし今は、そうした手順が守られないまま、総務が無人になっているらしい。
(変ね……)
やはり呼び出し音に気付いたらしい同僚の女子社員に目配せすると、課長の田中有子に
「ちょっと見てきます」と言い置いて、境は席を立った。
境が廊下に出ると同時に、いったん途絶えていた呼び出し音がまた鳴りだした。
思わず足を速めた境は、「総務課」と表示された隣室のドアに手をかけた。
無人化とは思いつつも、コンコンと短いノックの後、「失礼します」と断ってドアを開ける。
微かに香水のような香りが漂う室内には、やはり誰もいない。
就業時間は一応五時までだから、さっさと退社してしまったのかとも思ったが、よく見るとデスク上でパソコンが起動したままになっている。
境は眉間に皺を寄せ首をかしげた。
パソコンを起動したまま席を立つのはご法度!…と、先日も総務がメールオールで、もう何度目かの通知をだしたばかりだ。
その総務で、パソコンがログオフされぬまま無人となっている。
(なんでログオフしてないのよ……)
そんなことを考えながら境は受話器に手を伸ばしかけたが、彼女の指が触れるか触れないかのタイミングで着信音は鳴り止んでしまった。
電話が鳴り止んでから改めて室内を見渡すと、おかしな点はログオンしてままのパソコンだけではないことに境は気がついた。
パソコンの前には数字の書かれた台帳が開いたままになっていた。
背表紙を見なくとも、境はそれが源泉徴収兼用の賃金台帳であると知っていた。
(あり得ない……あの台帳を開きっぱなしで置いてくなんて……絶対あり得ない)
そして境は、室内の様子が子供のころ読んだある船の話に似ていることに気がついた。
それは……「マリー・セレスト号」。
境の背筋を嫌なものが、ついっと走った。
だが、境はまだ知らなかった。
「マリー・セレスト号」のようになっているのは、総務の部屋だけではないことに。
総務課の様子を不審と感じた境は、すぐさま隣の経理課へととって返した。
「田中課長!総務に人が誰もいないんですけど……」
「……なんか変なんです」と続けようとしたところで、境の言葉が急に途切れた。
総務のドアを開けたとき微かに感じたのと同じ甘い香りが、もっと濃密に漂っている。
(さっきはこんな香しなかったのに……)
ただ、総務と同じなのは香りだけだ。
総務は完全に無人だったのに、ここ経理課では田中課長が独りデスクに座っている。
気を取り直すと、総務の状況を報告すべく境は田中のデスクの前まで進み出た。
「課長、隣の総務に誰もいません。パソコンは点けっ放しだし、業務書類も出しっ放しなんですが、誰もいないんです」
「……境……さん」
ゆっくり上げた田中の顔を見て、境は薄気味の悪さを感じた。
顔色が紙のように白い。
それなのに唇は血のように赤い。
その真っ赤な色が、唇からゆっくりと尾を引いて滴り落ちた。
(はっ!?)
思わず身を退く境の目の前で、田中有子はスローモーションのように立ち上がった。
「思い出したの……」
田中の口から、掠れるような声が漏れる。
「…えっ!?」
「思い出しちゃったの……忘れてたこと……なにもかも」
田中は左右にユラユラ揺れながら、デスクのサイドを回ってこちらにやって来る。
「私がやったの……全部わたしがやったの……夫も、娘もぜんぶ……」
(逃げなさい!はやく!!)
境の心の中で、原始的な何かが叫んだ。
しかし境がしたのは逃げることではなかった。
「や、や……やったって……何を?」
すると……顔は境の方に向けたまま、すうっと左手を上げ、事務室の片隅を指さした。
(……はああっ!)
声は出なかった。出たのは肺に残った空気を残さず吐き尽くすような吐息だけ。
さっき総務の様子を見るので離席したとき、目配せを交わした同僚の女子社員が、そこにいた。
耳が肩に密着するほど首を傾け、糸の切れた操り人形のように絡まって、こんがらがって、放り出されて……。
そばに行って確かめるまでもなく、明らかに死んでいた。
(あれをやったの?あれを田中さんがやったの??)
脳が認識を拒絶する。
(そんなそんなそんな、そんなことは……)
馬鹿のように茫然と見つめる境の目の前で、田中の目から真っ赤な涙が一筋流れ落ちた。
「境さん……逃げて」
口では「逃げて」と言いながら、田中の足が一歩二歩と踏み出した。
「に……げ……て……」
途切れ途切れの言葉とは裏腹に、田中はジリジリとデスクを回って境の方に近寄って来る。
田中の事務服の下で、なにかが蠢いている。
ヘビのような何か。芋虫のような、触手のような何かが。
「に………げ………」
(誰か、誰か……)
逃げたいのに足が動かない。叫びたいのに声が出ない。
(誰かお願い!助けて!!)
甘ったるい臭いが濃密さを増した瞬間、田中の事務服を突き破り、うねる何かが境めがけて飛びだした!
触腕のような何かが、境めがけて空をうねった!
「……あ」
だが…
境が(もうダメ…)と思った瞬間、四角い見慣れた物体が宙を舞って田中の上体に叩きつけられた!
グアシャン!っという音!
触腕もろとも田中の体が悲鳴一つあげず、事務机の向こうに倒れて消えた!
「おいだいじょぶか?」
男のゴツイ掌が、肩越しに伸びてきて境の手を掴んだ。
「走れねえなら引き摺ってくぞ!!」
結城晃が叫んだ次の瞬間、彼が叩きつけたパソコンのディスプレイが、マッチ箱のように軽々と放りあげられ、天井に激突!
つづいて課長席の上から左右から、ニシキヘビのようなものが噴き出すように現れた。
「や、やべえっ!」
小柄な境を半ば抱えるような姿勢で晃は身を翻すと、「経理課」と書かれたドアから廊下に飛び出した。
ドアを出て左に折れ、総務のドア前を抜ければ一階に下りる階段がある!
(ここは三十六計逃げるに……)
ところが!ズズーーンという鈍い響きがして階段へと続く廊下の壁が一気に崩れ落ちた。
行く手を塞ぐ瓦礫に埃!その中に甘い香りとともに二足歩行の影がよろめき現れた。
「……なんだありゃあ?!」
……僅かのあいだに、田中有子は著しい変化をきたしていた。
床を踏みしめているのは人間の足だが、上体はゴリラのように肥大。
アポドーシスで萎縮した腕の代わりに、無数に棘の生えた触腕が数本、でたらめな配列で生え出ている。
人形のように表情を失った顔に走る真っ赤な涙の跡。
口からはカーブを描く牙が覗き、そのうちの一本は自らの下唇を突き破って伸びていた。
その口が、晃と境の見ている前で、自らの頬と唇を引き千切りながら肩口近くまで一気に裂けた!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ」
口や喉ではなく、直に胸郭から轟く叫び。その声に共鳴したか、ビル全体がビリビリ震動する。そして……怪物はゆっくりと晃たちの方に向き直った。
「…こうなりゃしょうがねえ!上に逃げるぞ!」
結城晃と境の二人が、逃げ場の無い上階へと追い上げられていたころ……。
凍条の運転するパトカーが、サイレンの雄叫び凄まじく都内一般道をひた走っていた。
「はい!はいそうです!自分もいまパトカーで……」
「所轄に連絡して近隣住民の避難誘導を……大至急です。おそらく事件は既に……」
覆面パトカーの中で豊原の声と警部の声が交錯しこだまする!
「まずいですね」
ハンドルを叩いて凍条が言った。
「帰宅ラッシュにぶつかってます。いくらサイレン鳴らしても交通渋滞じゃどうしようも……」
「そんな!なんとかならないんですか、警部!?凍条さん!!?」
豊原の声は悲鳴の色を帯びていた。
「さきほどの黒木一佐の話だと、アナザーワン討伐の特殊部隊はもう小田原を出発しているそうなんですが……」
「……連中を乗せた大型ヘリの降りられる場所が無いってわけか」
「双発の大型ヘリではその辺の空き地に下ろすわけにはいきません。だいいち都内にはそもそも空き地なんて……」
「皇居にゃ降りられませんかねぇ?」と軽く言う凍条の後頭部をゲンコで殴ってから警部は言った。
「まあ焦るなよGフォースのダンナ。とりあえずこっちで時間稼ぎぐらいはやってやるからよ」
93 :
「赤い鳥とんだ」:2010/12/30(木) 00:19:32 ID:wAtojUS+
足がもつれ気味の境を引き摺って、結城晃は三階への階段を上って行った。
「おい姉ちゃん。このビル、何階建てだ?」
「ご、5階建てです」
「非常口は?非常階段どこだ?」
「あ、ありません」
「な、無い?!非常階段が無えってのかよ!」
「だってこのビルもとは古い倉庫だから……でも屋上まで行けば、確かロープで降りられる仕掛けが……」
「緩降器か」
緩降器とは滑車などの仕組みにより、一定速度で避難者を下にロープ降下させる避難具だ。
「よし!それなら屋上まで一気に行くぞ」
ようやく足がまともに動くようになった境を連れて、結城晃は屋上へと急ぐ。
その背後で甘い香りが一層濃さを増し、ガリガリと何かを削る音が上がって来た。
足音はもう人間のものとは聞えない。
象か熊のような重量のある動物が歩くようなズン……ズンという重低音に、ギシギシという床の鳴る音が伴奏を奏でる。
(鉄筋コンクリートの床が悲鳴あげてやがる!)
相手がいまどんな姿をしているのか、もう想像もつかない。
ただひとつハッキリしているのは、もし捕まれば命は無いということだろう。
2階……踊り場を抜けて3階。
静まり返った3階フロアーを横目に4階へ。
途中の換気用小窓に赤いライトがちらつき、どこかでいくつもサイレンが鳴っているのが聞える。
途中階段に積まれた段ボール箱を障害物がわりにぶちまけると、次は5階。
しかし、5階を目前の踊り場で、突然晃は足が縺れて肩口からもろに壁にぶつかった。
痛みより先に頭をよぎったのは(やべっ!?もう膝に来た)ということだった。
ラーメン屋という立ち仕事で足腰はなまっていないと思い込んでいたが、「立っている」のと「階段を上る」のとは別なのかと思い知らされる。
その背中に、甘い香りが物質的な圧迫感をもって粘りついてきた。
ズシン!という足音は、すぐ下の4階からだ。
死がすぐそこままで来ている!?
もうここまでなのか!?
……しかし!
「も、元Gフォースを……舐めんなよォォ!!」
目の玉をひんむき、鼻の穴を無様におっぴろげて、晃は必死に姿勢を立て直した。
晃の誇り。
元Gフォースの誇り。
それはいまつれているこの中年OLを命に代えても守りぬくことだ。
「があああああああっ!」
境の手を改めて握りなおすと、晃はラストの階段を一段抜かしで駆け上がり、そのままの勢いで屋上への扉を押し開けた。
「うわっ!?」
白い閃光に、いきなり晃は目を射られた。
ローターの唸りをあげ、屋上より10メートルほどの高さでヘリがホバリングしている。
「早く!こっちへ来るんだ!」
スピーカーの声に促され、晃たちはヘリの真下へと駈け寄った。
同時にヘリは慎重に降下を開始し……コクピットのドアが開くと中の男が、口径の巨大な小銃を取り上げ、滑らかな動作でフォアエンドを前後させるのが見えた。
(ショットガンか?)
そしてその大砲のような銃口は滑らかな動きで結城たちの方に!
「バ、バカ野郎!オレたちはバケモンじゃね……」
「バケもんじゃねえ!」と、結城が言い終わるより早く、銃口がカチッと赤い光を放った!
「光が音より早いってこと、あの時ほどよく判ったこたぁねえよ」
後日、結城晃はそう述懐した。
大砲のような巨大な銃口が赤く光り、次の瞬間、猛烈な勢いで巨大な弾丸が飛び出した。
ズドンという音が聞えたのはさらにその一瞬後。
秒に満たない一瞬の現象が、晃にはそのとき確かにコマ落としの映像で見たのだという。
銃口から飛び出したのが散弾であれば、晃と境はもちろんただでは済まない。
だが、銃口から飛び出したのは巨大なスラッグ弾だった。
銃弾というより砲弾に近いそれは、晃と境の間を突きぬけると、2人がいま飛び出してきたドアの中に飛び込んだ!
ギェェェェェェェッ!
四角く切り取られた闇の中から噴き出す怒声!
ヘリの男は構えた姿勢のまま素早く第二弾を装填すると、狙いをつけながらヘッドマイクに叫んだ。
「屋上が狭すぎてこれ以上ヘリを下ろせられない。無理でもなんとか乗り移ってくれ!」
「わあったぁ(判った)!!」
晃は境を連れて駈け寄ると、赤ちゃんを高い高いをするように彼女の体をさし上げた。
「足はオレの肩に!手はヘリの……」
ヘリの男は続けざまに二弾、三弾を発射すると、素早く銃を置いて身を乗り出し、境の手を掴んだ。
「次はアンタだ!」
そのとき、一段と激しい怒声が上がると、階段室の中から軽トラックほどもある生物が飛び出してきた!
四弾目を装填しながらヘリの男が叫んだ。
「10ゲージのスラグを三発もぶち込まれて、まだ動けるのか!?」
頭部は完全に前後に裂け分かれてしまっていて、その裂けめ一面に匕首のような牙が並んでいる。
膝が逆関節になったように見えるのは、踵から前が以上に伸びたため、足首が膝のような場所にきているためだ。
上体には腕は無く、その代わりに無数に棘のあるニシキヘビのような触腕が数本、なんの規則性もなく生えていた。
そしてその触手の間に埋もれるように、白い人間の乳房が二つ……。
それがこの怪物の中に残された、唯一の人間の欠片、田中有子の存在証明と言えるものだった。
ランディングギアに肘をかけぶら下がっていた晃が下から必死に叫んだ。
「オレをぶら下げたまま上がれえっ!」
ヘリの男は「了解」とも言わず、パイロットに命じた。
「上昇!」
機体はすぐさま上昇を開始!
その反動でランディングギアにか噛めっていた肘が滑り、晃は両手の握力だけでぶら下がる状態になった。
その晃の足に、屋上の怪物から触手が!
「うわっ!」
その晃の頭のすぐそばで、四発目の銃声が轟いた!
ドコーン!!
10ゲージのスラグ弾が、晃を逃すまいと伸びあがった怪物の触腕をちぎり飛ばした。
いつのまにか、ぶら下がった晃の手のすぐわきに、ヘリの男の靴がある。
「くたばれバケモノめ!」
続けざまの五発目は、赤い双葉のように前後に開いた怪物の口に!
灰色のコンクリートの上に、緑色をした怪物の体液が飛び散った。
それでも、この怪物は倒れない。
…がこのとき、境を乗せ晃をぶら下げたヘリは、怪物の触手の届かぬ高度へと逃げ切ってしまっていた。
ヘリから見下ろすと、周囲の道路は赤色灯でいっぱいだった。
結城晃の視線を察し、ヘリの男が言った。
「交通規制と付近住民の避難誘導です」
「いや……助かったぜ。あんたGフォース?それとも自衛隊か?」
「いえ、自分らは……」
ヘリの男は上着のポケットから黒い手帳を取り出した。
「……警視庁です」
「警視庁!?あんたポリ……いや、警官か!だが、ありバケモノは、警官の手に負える相手じゃ……」
「もちろんそれは……」
そのとき、いま脱出したばかりのビルの玄関先に、赤い警告灯を回したマイクロバスが何台も停車するのが見えた。
「……来たか。SAT(=Special assult team)の連中」
呟くとヘリの男はマイクのスイッチを入れた。
「ヘリの南です。要救助者二名。………敵を仕留めようとは思わないでください。
自分が10ゲージのスラグを5発ぶち込みましたが効いた様子は………はい、以上です」
目の前にいない相手に対し敬礼すると、ヘリの男は交信を終了した。
「SATはアキュラシーAW50を持ってきているはずですが……」
「対物狙撃ライフルか。……効くと思うか?」
ヘリの男はすぐさま首を横に振った。
「いいえ。でも時間稼ぎなら十分こなせるはずです。近隣住民が避難を終え、Gフォースが現着するまではなんとしても我々が」
「……はい了解です」
交信を終えヘッドホンを外すと、振り返って鈴木は言った。
「黒木一佐!SATがアナザーワンと交戦状態に入ったそうです!」
「SAT?……警視庁のSWAT部隊か。しかし警察の装備では……」
「はい、向こうは時間稼ぎと近隣住民の避難誘導だと言っています。だから一刻も早くGフォースをと……」
「我々の部隊はいまどこまで来ている!?」
「陸上部隊はまだ都内にも入れていません。ヘリの強襲部隊は20分ほどで現着します」
「あと15分か…」
黒木は正面の壁に掛けられた時計に目をやった。
(15分保ってくれ!頼む!)
そのとき豊原と交代要員のオペレイターが席から立ち上がると大声で叫んだ!
「黒木一佐!ゴジラが上陸します。上陸地点は、都内墨田区お台場!」
東京湾が、黒い山となって盛り上がりながら、お台場めがけて押し寄せた。
黒い山は、護岸にぶち当たって夜目にも白い白い波がしらへと姿を変えると、まず居並ぶ巨大な倉庫群を一撃のもとになぎ払った。
そしてほとんど勢いを衰えさせることなく、一気にりんかい線までもひと飲みに。
続いて第二波、第三波!そして第四波!……いや、最後のそれは波ではない。
波と見紛う勢いで上陸した「それ」は、そのまますっくと二本の足で立ち上がった。
ゴジラ、遂に東京上陸!
ビルより大きく、夜より黒い巨獣は、そのままひとときたりとも休むことなく、内陸部に向かって猛然と前進を開始した!
計画なら、上陸時の大波をやり過ごした後、戦車と自走榴弾砲を中心とする機動部隊が沿岸まで一気に前進。ゴジラを迎撃するはずだった。
だがその迎撃部隊は、多摩川すら越えていない。
Gフォースの迎撃態勢は完全に後手に回っていた。
「鈴木!ゴジラの進行方向は?」
「予想通り首都高深川線に沿って北上しています。業平橋のアナザーワンまで一直線のコースです」
「やはりか……」と言ったきりそれ以上何も指示を出さない黒木に対し、鈴木は指示を仰いだ。
「黒木一佐、迎撃は!?」
「ゴジラに構うな!アナザーワンさえ倒せば、ゴジラは自分から海に戻る!」
「しかし……」
「ただでさえ分散している兵力を、更にゴジラとアナザーワンに分散するのは愚策の極みだ!いまはアナザーワンの討伐に全力を尽くすべきときだ」
すると別の士官が驚いたように黒木に振り返った。
「一佐殿!たったいま空自のイーグルがゴジラと交戦状態に入ったそうです!」
「な、なんだと!?」
ドゴン!と轟く銃声は小銃というより大砲に近い。
それにダダダダダという誰にもイメージし易い機関銃の音が続く。
そしてもう一度、ドゴン!という轟き。
ゴジラがお台場に上陸したころ……SATは、アキュラシー対物ライフルと89式自動小銃のコンビネーションで、アナザーワンに挑んでいた。
威力はあるが反動も大きくボルトアクションということもあって連射速度が低いというアキュラシーAW50の弱点を、ハチキュウの3バーストでフォローするフォーメーションは合理的だったのだが……。
(な、なんで倒れん!?)
指揮官の額を冷や汗が伝った。
交戦場所が五階廊下のため一時に投入できる火力に限りがあるとはいえ、12.7ミリ弾を弾倉が空になるまで打ち込んで倒れない敵というのは、彼の想像力の限界を超えていた。
アキュラシーの12.7ミリとハチキュウの223を続けざまにぶち込まれながら、アナザーワンは全く倒れる気配を見せていなかった。
それどころか、怪物は触手で壁を打ち、無数に生えた棘でカベのコンクリートを深く抉りながら、SAT部隊に一歩二歩と向かってくる。
肩口に天井を向いて大きく開いた口から、舌のようなものかチロチロのぞき、緑色の粘液が溢れて怪物の肩を濡らした。
「(オレたちを食う気か!?)……こ、後退!」
トリガーに指をかけ、銃口を相手に向けたまま、交戦距離を保とうとSAT隊員らはジリジリ後退する。
…が!
それまで探るように壁をのたくっていた触手のひとつが、突然マムシのように電光石火の勢いでSAT隊員の一人を襲った!
「あ……」
悲鳴は一瞬で途切れた。
大蛇のような触腕はSAT隊員に巻き付くと、瞬時にその体を己の肩口に開いた牙の並んだ口へと放り込んだ。
断末魔の痙攣が手にしたハチキュウのトリガーを引き、壁!天井!床!天井!壁!壁!天井!と223がばら撒かれた。
そのオレンジのマズルフラッシュと怪物の緑の唾液、そしてSAT隊員の赤い血潮が
入り混じって、ありふれたオフィスビルの廊下に前衛芸術のごとき世界を現出させた。
「う、撃て!」
指揮官が悲鳴のように叫ぶが、あまりの光景に動顛した隊員はアキュラシーのボルトを
まともに操作できない!
「くそっ!」
指揮官はあわてて自分のMP5を構えたが、彼がトリガーに指を描けるより早く、目の前にいたはずの部下が瞬間に姿を消した。
残っているのは彼の持っていた対物ライフルと……グリップを握りしめたままの彼の手首だけだった。
100 :
創る名無しに見る名無し:2011/01/01(土) 13:05:10 ID:HvOI2MRW
::|
::| 彡ミ彡ミミミ
::| 彡;;;;;;;;;;;;;;;;;ミミ
::|__ミ ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;1_
::|::: V ヾ;;;/ |/| ノ^^^r
::|::: V l_フ;;;;;;;;ノ
::|::: __,,,,, __ ノ;;;;;;;;;;/ あけましておめでとうだ
::|;;;) ヾ__・ノ ヾ9ノ !;;;;;;;;ノ みんなもちろん餅食ったよな?
::|ノ ∧ ハ ノ--´
::|::: l |__人__ノ | ヽ.
::|;;;__ヾヽノ;;ヾl;;;レ_ノフ__!.
::|;;; !;;;! ! ! !;;! l.
::|;;;__!;;;!___!_!_!;;!__|
::|^l;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;l
新年あけましておめでとうございます。
この手の駄文を書きながら新年を迎えるのももう6年ぶりぐらいか?
長くてどうもスミマセン。
急いで終わらせます。
警察による通行規制をフリーパスで、一台のパトカーがSATの前線指揮所前に滑り込んで来た。
降り立った男はヘリの男の上司らしかった。
(こいつらも警察か……くそっ!Gフォースは何やってやがるんだ!?)
いらいらしながら結城晃が、いまも銃声の絶えないビルに目をやっていると……。
「結城三佐?……そうだ間違いない!結城三佐ではありませんか!」
聞き覚えのある声に振り返ると、パトカーから降りたもう一人の男が晃に対し敬礼の姿勢をとっていた。
「おまえは確か……」
「Gフォース所属、豊原二尉であります!ところで結城三佐は何故この場所に?」
「あ……いや、あのその……色々とあってな。それからオレはもうとっくに退官してんだから三佐は止めて、『結城』って呼んでくれ」
「判りました。それでは……結城さん、あれが問題のビルですね?」
「ああそうだ。いまも警視庁の特殊部隊がバケモノと交戦中だが……」
「警察無線のやりとりで聞きました。苦戦しているようですね」
「ああ、ついさっきも……」
晃が言いかけたそばから、銃声を圧する獣の咆哮と人の絶叫が響いてきた。
「畜生!また殺られたぞ!Gフォースは何やってんだ!?モタモタしてると警視庁の奴ら皆殺しにされちまうぞ」
「ええ、それならもうそろそろ到着するころなんですが……」
「そろそろ来るだと?」
晃は道路まで出て、四方の道を見まわしたが、それそらしい車両はどこにも見当たらない。
「おい豊原、そんな車両どこにも見えねえぞ、何処にも」
「車で来るわけでは………あ!ほら『結城さん』。来ましたよ。あれです!」
豊原が指さしたのは空だった。
最初は小さな点だったものが大きさを増すともに、ゴウゴウと重奏を奏でるツインローターの轟音も頭の上から降りかかって来た。
「チヌークか!しかし何処に降りるつもりだ?」
「ヘリは降りませんよ」
「降りないって……まさかファストロープ降下か!?」
巨大輸送ヘリの降下が止まると、後部ハッチが口を開け、一本のロープが戦場となっているビルの屋上にするりと降りた。
「無茶だ!屋上は狭いし、ビル風だって強いんだ!一歩間違えば転落死だぞ!」
「それでもやるしかないんです!」
ふり仰ぐビルの屋上に、完全装備の隊員が次々とファストロープ降下していくのを見つめながら、豊原は言った。
「黒木一佐は、ゴジラの札幌襲撃の段階で疑っていたのだそうです。何か、ゴジラ以外の怪物が一枚咬んでいるのではないかと」
「ああ、それなら佑も……佑ってのはオレの息子なんだが……ヤツも言ってたな。怪獣Xがいるんじゃないかってよ」
ビルを見上げたまま豊原は頷いた。
「その通りです。それで黒木一佐は横須賀襲撃の直後、直ちに現地に入ると同時に、地元神奈川県警ともコンタクトをとったのです。その結果、横須賀で血なまぐさい事件が起こっていたことがわかりました」
「血なまぐさいだと?」
「ええ……場所が、ゴジラに焼き払われた地域から僅かに外れていたのは幸いでした。おかげで現場がそのままだったんです」
「小銃班、機関拳銃班の背後まで後退!」
命令とともに弾薬を打ち尽くしたハチキュウ装備の隊員が素早く後退。
入れ替わり前面に立ったSAT隊員5名は、一斉に手にしたMP5のトリガーを引いた。
タタタタタタタタタタタタと5丁の機関拳銃が同時に火を噴いた。
だが、発砲音が軽快なら、薬きょうが床に落ちる金属音も軽かった。
対物ライフルや自動小銃が効かない相手に、MP5の拳銃弾9ミリ・パラベラムが効くわけもなく、怪物の前進をわずかに遅らせる程度の効果しかない。
「このバケモノ、なんとしてもビル内に足止めするのだ!」
指揮官も自らのMP5のコッキングハンドルを引くと一斉射撃に加わった。
「現場は横須賀近くのホテルでした。関西からやって来たサラリーマン風の男が、チェックイン後部屋から電話をかけ、さらにその15分後、若い女がやって来たそうです」
「いわゆるその……春を愛する人は〜春を売〜る人♪ってヤツだな」
ニコリともせず無表情のまま頷くと、豊原は話を続けた。
「女が来てから30分後、監視カメラの映像で部屋のドアが開けっ放しになっているのに、ホテルの従業員が気がつきました。それで不審に思って中に入って見ると……」
その後の展開は、晃にも容易に想像がついた。
「男が死んでいました。バラバラにされ、血を抜かれて。そして女は姿を消していたんです」
ブンッ!
機関拳銃の弾幕を抜け、風切り音とともに怪物の触手が槍のように伸びると、最前列の隊員の胸板を貫いた。
ごふっ!
一固まりの鮮血を吐いただけで、SAT隊員は宙を舞って引き寄せられると怪物の口の中へと消えた。
「くそっ!くそっ!くそっ!」
悪態をつきながら空になった弾倉を交換しようとした隊員も、続いて同じように消えた。
三人目と四人目は団子のように一本の触手で串刺しに。
拳銃弾による弾幕などものともせず、怪物はSATの防衛ラインへと近づいてくる。
「オレが死んでも町には出さん!」
SAT指揮官は自身の殉職を覚悟した……そのとき!
怪物の背後の階段からSAT隊員とは違う、迷彩服の男が飛び出した。
男の背中には小型のボンベ上のものが。
(あれは火炎放射……)
迷彩服の男が、手真似で(伏せろ!)と合図!
それを目にしたSAT隊員が反射的に床に身を投げた直後、迷彩服の男の手元から真っ赤な炎の舌が伸びた!
炎を浴びた怪物が背後の敵へと向きを変えたとき、SAT隊員たちの背後の階段から、やはり迷彩服を着た一段が駆け上がって来た。
「あとは我々が……」
「……敵の触手は見た目の三倍近くまで伸びます。警戒してください」
「情報提供感謝します」
簡潔な「引き継ぎ」を交わすと、下から来たGフォース部隊も火炎放射器を構えて前進した。
そして背中を向けている怪物に向け、紅蓮の炎が噴き出した!
「横須賀の怪物は、この消えた女であると、黒木一佐は考えられました。それで一佐は……」
そのとき、ビルの窓にパッ!パッ!っと間をおいて二回、赤い光が見えた。
「火炎放射器。効くはずです。黒木一佐は、警察の地下死体安置所で怪物に遭遇したとき、熱手榴弾で息の根を止めたそうですから」
「…なるほど、一佐はその事態を予測していたってわけか」
「はい」
ビルの窓に、さっきの二回よりもっと明るい赤がひらめき、それはそのまま消えなくなった。
「ヤツを焼き殺せばゴジラも……」
「なんだってぇ!?ゴジラも来てやがんのか!?」
「辰巳ジャンクション付近に上陸して、ほぼ一直線にこちらを目指しているそうです。でも……」
……ビルの窓ガラスが割れ、真っ赤な炎が噴き出した。
「勝負あったようですね。もう大丈夫だと思います」
ほっとしたように豊原は言った。
「……あれは怪物を火葬する炎です」
だが、本番はこれからだった。
「すっかり遅くなっちゃったね」
「おまえが長居するからだろ。少しは遠慮というものを覚えろ」
お台場にゴジラが上陸し、業平橋でGフォース+SATチームが新怪獣に戦いを挑んでいたころ……。
佑と朝子は、やっと弘西のリンゴ園を後にして旅館へと戻って来たところだった。
「でも……あたしもあんな風になれるのかな?……あのご夫婦みたいに」
突然の展開で、どぎまぎしているのを努めて悟られないように、佑は応えた。
「…ナんだヨ藪から棒に」
「……セリフが棒読みだよ」
「………」
「焦ってんの見え見えだね。でもいいんだよ、あたしのこと、そんな風に考えてくれてなくったって」
朝子の演技も、佑に劣らずひどかった。
「あたし、望まれて生まれて来たわけじゃないんだって……」
「…え?」
「小さいころ、お母さんに何度も言われたんだ。オマエなんか産むんじゃなかったって……」
「なんてそんな……」
「……そんな酷いことを」と佑が続けるより早く、朝子は言った。
「いいの別に。だってあたし、小さいころ可愛くなかったし、いまだって可愛くないし……だから平気だよ。佑があたしのことどう思ってくれてたって……」
なんでそんな酷いことを言われたのか?
朝子と母親のあいだになにがあったのか?
疑問は次々と佑の胸に浮かぶが、応じる言葉は何故か見つからない。
佑の沈黙をどう受け取ったのか?
辺りがすっかり暗くなっているため、朝子の表情を窺うことはできなかった。
「だからね、あたし、小さいころから夢見てたんだ。
ずっとずっと、アパートの窓から空を見上げて。
赤い実を食べて、赤い鳥になること。
赤い鳥になって家をでていくこと。」
(それでだったのか……)
佑は初めて知った。
朝子がいまどき珍しい苦学生のような生活をしていた理由を。
朝子は、すっかり暗くなった空を見上げて、節をつけて歌い始めた。
「赤い鳥小鳥、なぜなぜ赤い?赤い実を食べた」
歌う朝子と黙したままの佑が並んで旅館に入って行くと、いきなり従業員に呼び止められた。
「ああ、どこにいらっしゃってたんですか?お客さん、東京の方でしたよね?東京がいま、エライことになってるんですって!」
「見て佑!」
慌てて部屋に戻った朝子がテレビをつけると、映し出されたのはフジテレビだった。
『……繰り返しますが、本日午後5時40分ごろ、江東区辰巳にゴジラが、ゴジラが上陸しました。これはフジテレビ社屋屋上からの映像です』
……地上照明のため真っ暗にはならない東京の夜空を、漆黒の影が横切って行く。
シルエットは明らかにゴジラだが、その進行速度は意外なほど早い。
『上陸当初は首都高深川線に沿って進んだゴジラでしたが、潮見運動公園付近で首都高を離れると、以後はほぼ真北に向かって進行を続けています』
「真北?真北っていうと……」
「ちょうどビッグツリーの方角だわ。つまり……その方角に怪獣Xがいるのよ」
『……ゴジラの進行方向にあたる東京ビッグツリー付近では、現在警視庁のSATとGフォースが共同で作戦行動中であり、それとの関連も一部で指摘されております』
「SATってなに?」
「警視庁の対テロ強襲部隊のことさ。それがGフォースと一緒に動いてるってことは……」
「Xよ!きっとXと戦ってるんだわ」
『…では、業平橋からの中継です』
テレビの画面は赤色灯がやたらと目立つ町中へと切り替わった。
『……はい。業平橋の現場です。ごらんのとおり道路は警察によって完全封鎖され、付近住民にも避難誘導が図られております
SATとGフォースが作戦中のビルはこの通りのほぼ真正面、地上5階建てのオフィスビルですが……あっ!いま、真っ赤な炎が窓から噴き出すのが見えました!情報によりますと、SATは大型ライフル、Gフォースは火炎放射器を装備しているとのことで……おや?』
現場からレポートしていた記者の声がと止まった。
あたりのビルから次々に照明が消え始めたのだ。
『これはいったい……どういうことでしょうか?この停電は……』
ここで現場からの中継が不意に途絶え、同時に画面はスタジオに戻った。
「…えっ?」
突然朝子は呟きを洩らすと、背後の窓に視線をやった。
「どうかしたのか?朝子??」
しばらく闇を見詰めたあと、首をひねりつつ朝子は言った。
「いま…なんだか歌が聞こえたような気がしたんだけど……」
背後からの二度目の火炎放射を受け、怪物がそちらに向きを変えた。
するとその背中めがけ、三度目の火炎が迸った。
「このまま前後からの挟み撃ちでヤツを焼き払う。止めは熱手榴弾だ。ありったけぶち込むぞ」
「……了解です」
Gフォースうち、一隊はファストロープ降下した屋上から直接、もう一隊は屋上から更に地上までロープ降下して下から、怪物を挟みうちすべく展開していた。
SAT相手に凶悪なまでの強さを誇った怪物も、対怪獣戦装備のGフォース相手では勝手が違う。
廊下の中央部分で怪物は火だるまとなって荒れ狂い、戦いの主導権は完全にGフォースが握っていた。
巨大な触腕も完全に炎に包まれ、火竜のように壁を削り、床を打つ。
赤い炎の中、怪物が牙を咬み鳴らすシルエットが踊った。
「そろそろ決めるぞ」
隊長が合図すると自動小銃装備の隊員が静かに前進した。
その手にした銃は、SAT装備の国産品ではなかった。
米国製M4カービンで、しかも銃身下部の箱状のものはM203グレネードランチャーだ。
暴れる怪物が壁に体を打ちつけるたび、ビル全体が震動して、天井から埃やゴミ以上の物体がバラバラ落下し、Gフォース隊員たちの上にも降りかかる。
だが、そんなことで集中を切らされるような落ち込たちではない。
「撃てっ!」
重い衝撃とともに、正確な弾道を描いてグレネードが飛んだ!
ドンッ!!
閃光!そして爆発!
直撃によりもんどり打った怪物は、近くのエレベータードアにぶち当たると、そのままエレベーターシャフトへと転げ落ちた。
「いまだ!シャフト内にありったけの熱手榴弾をぶちこめ!」
廊下に残る火勢をものともせず、2隊のGフォース隊員がシャフト前に殺到!
めいめいが、手にした缶詰のような手榴弾を、怪物の落ちた奈落の底へと放り込んだ!
前線指揮所の豊原と結城からも、ビル内でひときわ激しい閃光が走ったのが見てとれた。
「……熱手榴弾です」
「あの様子だとずいぶん使ったな。一二発じゃねえぞ」
「いずれにしろ。アナザーワンは仕留められました。あとはビル内の検証作業ですが、結城さんにもお手伝いいただけますか?」
「……『いただけますか?』なんて言いやがって、拒否なんかさせさてもらえねえんだろ」
苦笑しながら、伸びをして豊原は言った。
「まあ、そういうことなんですが」
「判ったよ。協力すればいいんだろ?協力すれ……ん?……あれ、どうしたんだ?」
すっと上げた結城の指さす方で、不規則に瞬いて信号機の灯火が消えた。
信号機だけではない。
街灯が、ネオンサインが、同じように光を瞬かせたかと思うと次々消えてゆく。
「どういうことだ?豊原。なんで電気が消えるんだ??」
「……ま、まさか……」
そのとき、豊原や結城の足元がおおきくグラリと揺れた。
「ま、まさか!まさか、まさか、まさか!!」
………そして戦場となったビル全体を下から持ち上げるようにして、地の底から巨大な生物が姿を現した!
『ゴジラの上陸目的ですが……………え?……あ、回線が復旧したようですので、カメラを業平橋に戻したいと思います。中継の……』
アナウンサーの呼びかけが終わるのも待たず、画面がスタジオから業平橋に切り替わった。
レポートも忘れ、カメラに背中を向けたまま立ち尽くす現地レポーター。
その肩越しに、ビルが地面からぐんぐんせり上がって行くのが見えた。
「なにが起こってるの?佑」
数メートルほど地面からせり上がったところで、ビルはガラガラと音を立てて崩れ落ちると、現地は一瞬もうもうたる土埃に包まれた。
そして………その土埃を突き破るように、鱗と棘に覆われた生物が巨大な姿を現した。
「あの怪獣、見たことある!ねえ佑!あの怪獣、あたし、見たことある!」
「そうか。そうだったんだ。なんでオレはこれに気がつかなかったんだろう。あいつは、あいつの名前は……」
怪物は、ワニのような口を上下に大きく開いた。
だがそれだけでは終わらない。上下に開いた口が、その状態から更に左右にも展開したのだ!
匕首をずらりと並べたような口からどっとばかりに蒸気が噴き出す。
上下左右、四方に開いた口で、怪物は咆哮を夜空に向けて解き放った。
あたり一帯をビリビリと震わせて、朗々と……。
「佑!あれが、あれが本当に怪獣Xなの!?」
「そうさ朝子。怪獣Xの正体はビオランテ。ビオランテXだったんだ」
「思い出すんだ朝子。いつだったか、オレのバカオヤジの店で話したことを」
「思い出せって?いったい何を??」
「ほら、オヤジが言ったじゃないか。どうやってゴジラは怪獣Xの出現を感知できたのかって」
「……あ、そういえばそんなことが……」
「そのとき朝子は答えたじゃないか、テレパシーで感知したってさ」
『その考えにゃあな、ひとつ大きな問題があるぞ。いいか?恵美ちゃんがXとかいう怪獣を感知したのは未希譲りのテレパシーだ。だがな、ゴジラはなんでそいつのことを感知できたんだ?』
『だっかっらー、さっき言ったでしょ!お父さん!テレパシーですよ、テレパシー!』
ようやく朝子も、そのときのやり取りを思い出した。
「そうよ!そうだわ!そうだったのよ!あのときもっとよく考えていれば……」
「そうだったんだよ。答えは最初から判り切ってたんだ。ゴジラは自分の同族や亜種の怪獣であれば、相当の遠距離からでも感知できる。つまり怪獣Xの正体はスペースゴジラかビオランテでなけりゃならない」
「つまり……新種のビオランテってことなのね」
ビオランテXが「新種」なのは、単に口の開き方だけではなかった。
月に向かって一声吠えると、ビオランテXは「立ち上がった」。
二本の足で、しっかり大地を踏みしめて。
その脚は、ゴジラというよりも、人間のそれに酷似していた。
「黒木一佐!豊原二尉から連絡です。業平橋に巨大生物が出現。新型のビオランテであるとのことです」
「やはりヤツだったのか」
デスクをバンと平手でたたくと、黒木は直ちに指令を発した。
「空自に対し航空攻撃要請!ただし、間違ってもビッグツリーには当てるな」
ギェェェェェェェェェェェェ!
天を仰いで再び一声吠えると、周囲が一瞬暗黒に包まれた。
そして……街に照明が戻ると同時に、怪物の全身から大蛇のような触手が、噴き出すように生え伸びた!
やや括れた胴に幅広の腰から生えた二本の足というアウトラインは怪獣というより巨人に近い。
上半身には腕の代わりに大蛇のような触腕が左右に並び、更にその上にはX状に開いたワニのような頭部が……。
そして触腕の表面に、茨のような棘がニョキニョキ姿を現した。
それがこの怪物の一応の完成形のようだった。
「豊原!あのバケモノ、なんでこんなに急にデカくなりやがったんだ!?」
「きっと電力です!巨大化する直前も、それから今もヤツが変異するときこの辺が暗くなったでしょ!おそらく地下ケーブルか何かから電力を吸い上げてるんです」
「なんてこった!東京都の電力を吸い上げてるってのか!」
「電力供給源は原発だけでも4基。もしヤツがその全てのエネルギーを動員できるのなら、エネルギー総量はゴジラを大きく上回ります」
大小の棘が無数に生えた巨大な触腕の一本が、手近にあった10階建てビルを一薙ぎになぎ払った。
「こ、後退っ!後退っ!!」
警察とSATの生き残りが一斉に後退。
付近住民の避難誘導は既に終わっているのが幸いだ。
「豊原!重火器部隊はいつ来るんだ!?」
「戦車隊ならあと数時間は来られません!」
「なんだと!」
「でも航空攻撃なら……」
そのとき、ジェットエンジンを響かせて、2機のイーグルが夜空を切り裂くと、Xにミサイルを叩きこんだ!
「お!来た来た来たぁ!来たじゃねえかよおい!……って、でも、いくらなんでも来るのが速すぎねえか、豊原??」
「あのイーグルはX攻撃のため出撃した機体じゃありません。あのイーグルは……」
鋭い旋回を決めるとイーグルは今度はXの巨体にバルカンを叩きこむ!
しかし、Xはイーグルを相手とする気配を全く見せない。
Xは、ゆっくりと南に向きなおると、X状の口を開いて三度目の咆哮を放った!
ギィエエエエエエエエエエッ!
すると……
グオオオオオオオオオオオッ!
Xの高音域の咆哮とは対照的な、重低音の雄叫びが返って来た!
「こ、この叫びは!」と結城。
呻くように豊原も言った。
「さっきのイーグルはゴジラ迎撃に出た機体です。来たんです!来てしまったんですよ!ゴジラが!!」
Gフォース作戦室のにわか仕立てのモニターに、強襲部隊を輸送したヘリからの中継画像が送られてきた。
スカイツリーをバックにビオランテ。
臨海部の高層ビル群を背にゴジラ。
二匹はまだ一つの画面には収まっていない。
鈴木があくまで冷静に、観測状況を読み上げる。
「二匹の距離は……約500。ビオランテの武器はまだゴジラには届かないはずです。
しかしゴジラの熱線は……」
そのとき、別の士官が思わず席から腰を浮かして叫んだ!
「あっ!背びれが光った!」
ゴジラの背びれが白く輪郭を描いた直後、ゴジラの口から青白い閃光が迸った!
黒木も叫んだ。
「熱線でアウトレンジする気か!」
一方の画面から放たれた熱線は、一瞬の後、もう一方の映像へと飛び込む!
そのとき、ビオランテを写していた映像が、陽炎のように奇妙に揺らめいた。
「曲がった!?」
ビオランテめがけて一直線に突き進んでいたはずの熱線が実際に捉えたのは、ビオランテの左後方100メートルほどのところにあるオフィスビルだった。
「黒木一佐!いま確かにゴジラの熱線が!」
「ああ、オレも見た。たしかに熱線の軌道がひん曲げられるのを」
ビルの谷間にいる豊原と結城からは、ゴジラが熱線を吐く様子そのものはもちろん見えない。
だが、夜空を一瞬切り裂いた閃光が、標的に目一有する寸前、奇妙に軌道を変えるところはハッキリ目にすることができた。
「おい豊原?いまのは何だ?何があったんだ?」
「きっと電力を使って一種のパワーフィールドを張ったんです。気がつきませんでしたか?熱線が曲げられる寸前、やはりあたりの照明が急に消えたでしょう?」
「熱線が効かねえとなると、次は怪獣どうしの肉弾戦か!こらエライこったぞ!」
一発目の熱線が外れたことが信じられなかったのか、ゴジラは軽く首をかしげるような仕草をすると、更に二発目の熱線を放った。
白熱する光の奔流が夜景の海を横切って一直線にビオランテに迫る。
すると見渡す限りの夜景が一瞬闇へと転じて、熱線はまたも闇のなかで天の川のようにカーブを描いた。
作戦室のモニターを見ていた鈴木が叫んだ。
「あ!スカイツリーに当たる!?」
モニター画面の中で、熱線はスカイツリーを僅か右にかすめると、東部伊勢崎線と京成押上線をひとまとめに火の海へと変えた。
「ヘリからの連絡によると、押上と東駒形で大規模な火災が発生。海風に煽られ延焼の危険があるとのことです」
「ヤツを片付けるのが先だ」
「ヤツとは、ゴジラですか?それとも……」
「新型ビオランテの方に決まってる!航空攻撃はビオランテのみに集中!ゴジラの攻撃を援護するよう伝えろ!」
「Gフォースがゴジラを援護するんですか?」
「そういうことだ!」
熱線が効かないことを確認すると、ゴジラはビオランテに向かって猛然と前進を開始した。
それを迎え撃つというより、迎え入れるように触腕をいっせいにもたげるビオランテ。
ビルを蹴散らし地響きを立て接近するゴジラ。
その震動だけで、辺りの建物のガラスが割れ、瓦が落ち、壁に亀裂が走る。
ビジラとの距離が半分ほどにまで縮まったところで、それまで「]」型に開いていたビオランテの顎のうち左右の部分が閉じ合わさった。
かまわず突進するゴジラ!
さらにビオランテの頭上に、新手のF15イーグルが次々出現!
ゴジラと呼応するようにビオランテへとダイブを開始した!
すると……ビオランテは上下開きの形になった顎を上に向け、前後左右に大きくゆさぶりながら、緑色の霧のようなものをゴウゴウと音を立てて吐き出し始めた。
ビオランテの周囲に緑の雨が降りだす……。
モニターを見ていた黒木が叫んだ!
「まずい!イーグルを退避させろ!」
彼の目の前のモニターでは、緑に染まった一帯から濃密な蒸気が立ち上り、ビルが、駅舎が、歩道橋が、みるみる姿を変えていく様が映し出されていた。
「あれは溶解液だ!20年前、若狭でも使ったやつだ。あれに触れたら鉄やコンクリートでも……」
「間に合いません!一機突っ込みます!」
鈴木の悲鳴と同時に、回避しきれなかったイーグルが緑の雨にの中に突っ込んだ!
突っ込んだが……突っ込んだだけで地上に墜落せず、二次被害も発生させなかった。
地表に届くまでにF15Jイーグルは、跡かたも無く溶けてしまっていたのだ。
緑の雨は、一帯の建造物を、木造といわずコンクリートといわず区別なく溶解させ、業平から横川にかけての一帯を一面の泥地へと一変させた。
敵との間に遮るものが無くなったと見るや、ゴジラは猛然と前進速度を上げると、臆することなく緑の雨へと突っ込んだ。
玄武岩のような黒い体表からたちまち白い煙が上がると、ゴジラは僅かに目を細めたように見えた。
だが!怪獣王はその足を止めるどころか、より一層スピードを上げた!
ゴジラとビオランテ、2匹の距離が100メートル以下まで一気に詰まる!
するとそれまで上下に開いていたビオランテの顎が、左右開きの形に組み変わった。
緑の雨が降り止んだ。
いれかわりに、回復していた周囲の照明が再び暗黒に飲まれ、そして……。
クワガタのように横一文字に開いた顎から、幾筋もの閃光が連続的に放たれた!
白い火花が散り、もんどりうって倒れるゴジラ。
そのすさまじい衝撃で、歩道橋が落ち、かろうじてバランスを保っていたいくつかのビルが呆気なく倒壊した。
その瓦礫を跳ね飛ばしながらコジラが立ち上がりかけるが、その前足に、ビオランテの棘だらけの触腕が素早く巻き付いてもう一度引き倒した!
そして脚に!首に!胴に!
ビオランテの触腕が次々襲いかかる。
真っ黒いゴジラの皮膚に、真っ赤な筋が幾つも走り落ちた。
鋼鉄より堅いはずの巌のごときゴジラの皮膚はさきの緑の溶解液によるダメージを受けている。
その弱った皮膚に、ビエランテの触腕に生えた無数の棘が穴を穿っているのだ。
不快なほど女性的な所作でビオランテは、苦痛に身悶えするゴジラに歩みよると、顎を再び上下開きに組み変えて夜空を仰いだ。
顎がガクガク音をたてて震え、口の中から緑の霧が沸きだした。
触腕で動きを止められたゴジラの上に、再び緑の雨が降る!
ゴジラの体表からまたもや蒸気があがり、棘によって穴をあけられた箇所からは
沸騰したようにブクブク泡を噴き出した。
「おい豊原!チ、チビが殺られちまうぞ!」
「チビって……あれがチビだったのはバース島にいたころでしょ。いったい何年前の話ですか、結城さん!」
「そんなことより、チビが……」
そのとき豊原の肩に後ろからがっしりした手がかかった。
「おう、Gフォースの」
「なんだ警部、まだいらしたんですか。もうこうなったら警察の出番は……」
「出番は無えってか?ところがまだあるんだなこれが……まあ、これを見てみろよ」
警部は小脇に挟んでいた地図をとりだした。
「この赤線のところはな、このあたり一帯の共同溝が走ってるトコなんだ」
「共同溝と言われると……」
「共同溝ってのはな、上下水道とか電話線とかのライフラインが集中的に走ってる地下溝のことさ」
「……ということは……そうか!」
「ここにミサイルでもぶち込めば、この辺一帯が停電になるってことさ」
手も足も、そして尻尾までもビオランテの触腕に抑え込まれ、身動きもできないゴジラの上に、凶悪な緑の溶解雨が降り注ぐ!
だが己を溶かしたむせかえるよう蒸気の中で、ゴジラの目はいささかも闘志を失ってはいない。
勝利の凱歌を上げるように、ビオランテXは星を仰いで溶解雨を降らしている。
蒸気越しにその姿を捉えるや、ゴジラの体全体が白い光を放った。
エネルギー体放射!
ギェェェェェェェェェッ!
悲鳴を上げつつビオランテXは、後ろざまに数十メートルほども吹き飛ばされ、その触腕も、あるものは千切れ、あるものは破裂して飛び散った。
力無く巻き付いた触腕の残骸を払いのけて、ゴジラは立ち上がった。
ビオランテXも、千切れた触腕の残骸をぶら下げて立ち上がる。
ゴジラのダメージは見るからに大きい。
ゴジラ細胞がいかに不死身のごとき再生力をもつといえども、それはあくまで「時間をもらえれば」という条件つきだ。
戦闘中にみるみる再生が進むようなものではない。
しかし、一方のビオランテXはというと、既に触腕の再生が始まっていた。
再生能力では、首都東京の電力を吸い上げているビオランテXの方が明らかに上だ。
「見たかGフォースの。コンセントを抜かねえことには、あのバケモンは殺れねえぞ」
「ありがとうございます、警部」
礼を述べると豊原は携帯を取り出しGフォース作戦室を呼びだした。
ゴジラの背びれが白光を放つのと同時にビオランテXの顎が左右に開いた!
ビオランテXの横開きの顎から電撃!
ゴジラの口からは熱線!!
至近距離からの熱線と電撃の正面衝突による大爆発は、一瞬辺りを真昼に変えた!
凄まじい衝撃に、二匹の巨獣も後ろざまに吹き飛ばされた。
その体勢から先に立ち上がったのはゴジラだった。
中腰のままゴジラの背びれが光り、口からまたも熱線が放たれた。
パワーフィールドを張るべくビオランテXは再生なった触腕をもたげたが一瞬だけ遅い!
直撃寸前に軌道を反らし熱線の直撃こそ免れたが、その負荷で再生されたばかりの触腕が燃え上がった。
勝機と見たか、ゴジラは足場を固め、軽く息を吸い込むんで胸を反らした。
……そして背びれが光る!
そのときビオランテXの顎が「X」字型に全開になった!
溶解液と雷撃の同時発射!
後の先をとったビオランテXの顎から、緑色の閃光がゴジラめがけて迸る!
危険を察知したゴジラが、熱線放射直前に素早く体を横に捻った。
そのゴジラの左肩に緑の閃光が炸裂。
数万トンに達する巨体が、その衝撃で独楽のように回転して吹っ飛んだ!
なおも立ち上がったゴジラだが、ダメージの大きさは歴然だった。
背中の中央部分の背びれが数枚、焼き切られたように無なくなっていた。
左肩からは黒い煙がブスブスと上がり、左腕は力無くだらんと下がったままで、姿勢も大きく左右に揺らいでいる。
それでもなお、戦おうという姿勢を崩さないゴジラに向かって、ビオランテXはまたも「X」字型に口を開けた!
ダメージの大きいゴジラに、二発目を回避するのは無理だ。
闇の中、緑色の光が「X」の文字を描きだす……。
そのときだった!
緑の溶解雨を避けるため上空高く退避していた空自のイーグルが、ほとんど直角に近いほどの急角度で、怪獣同士の戦場に飛び込んできた!
「ミサイル発射!」
イーグル部隊の放ったミサイルの標的はビオランテXではない!
全機一斉に放ったミサイルは、ビオランテXの周囲に巡る主要幹線道路に次々火柱を上げた!
緑の閃光発射!
だが二発目は、ゴジラに命中寸前、空中にたち消えた!
「よし!コンセントは抜いたぞ」と豊原。
結城も叫ぶ「一発で決めろよチビ!」
二人の声が聞こえたはずはない。
だが、ゴジラは結城に言われた通り「一発で決める」つもりだった。
ふらつく体を両足と尾で支え、再び胸を反らすと……背びれの白光抜きで特大の熱線が噴き出した!
断末魔の叫びを上げるいとまも無く、ビオランテXは一瞬にして木端微塵となっていた。
ビオランテXを滅ぼすと、傷だらけの体を引き摺るようにして、ゴジラは太平洋へと去った。
帰りは、行きと全く同じルートをとったので、それ以上被害が増えることはなかった。
一部のゴジラファンは、これをもって「ゴジラが人間に極力被害を及ぼさないようにした結果だ」と主張した。
また「ゴジラが来なければ、新型ビオランテによってもっと大きな被害が出たはずだ」とも主張した。
もっとも、例えゴジラがそうした配慮をしたのだとしても、実際に発生した被害額は数千億円にも及ぶと試算されたのだが……。
そんな世間の話題とは別に、Gフォースは新たな危機の解消に向け動き出していた。
124 :
創る名無しに見る名無し:2011/01/21(金) 23:56:23 ID:V0wGQZGm
ビオンテXが滅ぼされてから僅かに一時間ののち……。
結城晃はGフォース本部で黒木一佐と向きあって座っていた。
別室では、豊原二尉が境芳江から情報収集を行っているはずだった。
「……まずは……我々が持っている情報を開示しましょう」
その方がフェアでしょうからと続けながら、黒木は立ち上がるとデスクの上にノートパソコンを置いてディスプレイを結城の方に向けた。
「御覧のとおりです」
上目遣いで覗きこんだ結城の目にまず最初に止まったのは、場所と名前の羅列だった。
札幌…………不明
横須賀………花岡正美(出張コンパニオン)
浦安…………不明(浦安商事営業部受注課所属の誰か)
市川警察署…土井節子(監察医)
業平…………田中有子(業平産業経理課課長)
「……なんだ、この、名前は?」
「それぞれの事件で怪物と化したと思われる人間です」
「なんだとぉ!?」
思わず立ち上がった結城と入れ替わりに、黒木は折りたたみ椅子に腰を下ろすと、背もたれにどっと体を預けた。
「これは私の個人的な想像ですが……今回の事件は復讐だと思うんです。ビオランテの復讐だと」
「いまからざっと20年前、ヒトとバラとそれからゴジラ細胞の結合体としてビオランテは作り出されました」
「ああ、それはオレも知ってる。一応は元Gフォースだからな」
「若狭でのゴジラとの最終決戦のあと、ビオランテの中にあった『ヒト』が失われました」
背もたれに背中を預けたまま、疲れた顔で頷くと、黒木はじっと目を閉じ、自分が見たもの、あるいは見たと思ったものを思い出した。
光の粒子となって天に消えるビオランテ。
その中に一瞬浮かび上がる女性の面立ち。
「……自身を構成する三つの要素のうち『ヒト』を失ったことでビオランテはビオランテでいられなくなった。しかしこの地上に『ビオランテだったもの』、あるいは『ビオランテの欠片』が残されていた」
「つまりその『ビオランテの欠片』がこの事件の真犯人ってことか?」
「私はそう思っています。見てください結城さん。名前が判っている限り、怪物化したのは全て女性です。それから個人名は特定できませんが、市川の事件でも候補者は全員女性です」
「女性?女ばかりってのは……そうか!」
疲れた顔で、黒木は縦にかぶりを振った。
「ビオランテの三要素のうち、失われた『ヒト』とは白神英理加という女性だったからです。失われた要素を取り返すことで……」
黒木はゆっくりと目を開くと、結城の顔を真正面から見据えた。
「……失われた『ヒトの女性』を取り戻すことで、ビオランテは完全な復活を遂げようとしている。それが、私の考えです。で……結城さん、今度はアナタのカードを晒していただけませんか?」
黒木は、なぜ警察やGフォースよりも早く、結城が業平の現場に居合わせたのかということを尋ねていた。
だがそれに応えることは、小高未希の一人娘恵美のESP能力について明かさねばならない。
しかしそれでは、未希の信頼を裏切り、幼い恵美を兵器として国家に売り渡すことになってしまう。
不貞腐れたワルガキのような顔で、床を見つめることしかできない結城に向かって、口調を変え改めて黒木はきりだした。
「……結城さん、アナタにそれを喋ることのできない理由があるということは、私もだいたい察しがついています」
「………」
「その理由が無ければ、自分から現場に乗り込んだりせず、さっさと我々に連絡してくれたでしょうから」
「……」
「アナタがどういう人物なのかは、よく承知しているつもりです。
でも結城さん、考えてみてください。いま我々かやっているのは、咳が出たから止めるというレベルの対症療法にすぎません。
根源であるはずのビオランテの欠片そのものを滅ぼさない限り、危機は永遠に終わらないんです」
「……うああっ!」
突然大声で叫ぶと、結城はデスクに何度も額を叩きつけた。
「畜生!畜生!畜生っ!オレはどうすりゃいいんだよ!?畜生!畜生!畜生!!」
結城の脳裏で、一般人としての幸せを掴んだ未希の笑顔と、業平橋で目にしたばかりの惨状が入れ替わり立ち替わりして場所を争った。
室内に、ゴン!ゴン!ゴン!という鈍い音が、なんども何度も続いた。
「畜生!畜生!畜生!」
もうこれ以上犠牲者は出したくない。
でも……自分も人の親として、娘の幸せを願う未希の思いは痛いほど判る。
その心が引き裂かれる痛みに比べれば、額の痛みなど痛みのうちに入らない。
「畜生!いったいオレはどうすりゃいいんだよ!」
そのとき不意にがちゃりとドアの開く音がした。
「……ありがとうございます。ほんとうに、ほんとうにありがとうございます、結城一佐」
聞き覚えのある声に結城が顔を上げると……涙でかすむ視界に未希が立っていた。
幼い少女の手をひいて……。
「ありがとうございます、結城一佐。でも、もういいんです」
未希もまた涙声になっていた。
「ど、どうしたんだ未希!?なんでここに来ちまったんだ?ここに来ちまったら恵美ちゃんのことが……」
「……はい、それは判っています。判っていますけど、でも……」
結城晃と小高(旧姓三枝)未希のやりとりを耳にしただけで、黒木には全ての察しがついた。
「そうか、その子がESPで怪物の存在をキャッチしたのか」
かつての上官の方に向き直ると、改めて未希は頭を下げた。
「……はい」
「そしてここGフォース作戦室に、しかもこんな夜中にやって来たというのは……」
黒木の声のトーンが一段下がった。
「……また新たな怪物の動きをキャッチしたということだね」
「な、なに!」
服の袖で涙を拭いていた結城も、思わず顔をあげた。
「また幻視があったのか!」
小さく、しかしハッキリと首を縦に振ると、未希は下げていた紙袋から一枚の画用紙を取り出した。
「……これです」
それは……真っ黒な木の絵だった。
曲がりくねった枝が画面いっぱいに広がり、そのいたるところに赤い丸が描かれている。
よくみるとその根元に、小さな人影らしきものが四人、描かれていた。
「この赤いのは……バラか?ビオランテならバラのはずだが……」
「……わかりません。わかりませんけど……」
黒木の問いに対し首を横に振ると、結城に向かって未希は言った。
「結城さん、この絵を描いてるとき、恵美が妙なことを、何度も何度も繰り返し言ったんです」
「妙なこと?……恵美ちゃんは、いったいなんて言ったんだ?」
「おねーたんいっちゃだめ」
「お、おねーたん?」
「それから『おねーたんあぶない』とも……」
「おねーたん?おねえたんって言っても、恵美ちゃんは確か一人っ子じゃ……」
「結城一佐!これは私のカンなんですけど、恵美の言う『おねーたん』って、ひょっとして朝子さんのことなんじゃ……」
そのころ朝子は……懐中電灯を手に、夜の山道をあのリンゴ園目指して歩いていた。
>>124 他に住人が最低一人でもいるとわかり励みになります。
長くなってすみません。
話はここまでで約3/4が終わりです。
ここからは一切のネタバラシと……大オチです。
オチがついて、他に誰も描く人がいなければ、課題作6メートルの熊が登場する「冥獣」の投下を開始します。
130 :
創る名無しに見る名無し:2011/01/25(火) 00:33:29 ID:labPZwqj
wktk
ビオランテX対ゴジラ戦の実況中継に決着がつき、それぞれ風呂にはいったあと、しばらくは二人の間に微妙な空気が流れた。
『でも……あたしもあんな風になれるのかな?……あのご夫婦みたいに』
『…ナんだヨ藪から棒に』
『……セリフが棒読みだよ』
『………』
『焦ってんの見え見えだね。でもいいんだよ、あたしのこと、そんな風に考えてくれてなくったって』
……旅館に戻る直前でのやりとりがこの空気を作ったのだと考えた佑は、それ以上無理なやりとりを続けるのを諦め、さっさと寝ることにした。
二人関係性を修復するのは時間しかないと考えてのことだった。
だが、この微妙な空気の原因は、二人のやりとりだけでは無かったのだ。
「……ごめんね」
一日さんざん歩き回った佑が静かな寝息を立て始めたのを見定めると、朝子はそっと呟き部屋を出た。
途中、非常灯の傍に接地されていた懐中電灯に気がついたのは幸いだった。
街灯があったのは湖畔とそれを回りこむ車道までで、車道を渡った先の森の中は全くの闇に閉ざされていたからだ。
夜の車道を駆け足で渡ると、朝子は懐中電灯を点けた。
それからは、行く手でチロチロ揺れる僅かな明かりだけを頼りに、未舗装の生活道を朝子は上って行った。
『あなたにも……聞えません?』
『え?何がですか??』
『聞えないのね。聞えないなら……別にいいの』
(あのとき由梨香さんには何が聞えていたんだろう?)
揺れる丸い明かりを見つめながら、朝子は考えていた。
たしかあのとき、由梨香は朝子に「あなたにも」と話しかけた。
……ということは、由梨香には何かが聞えていたはずなのだ。
(ひょっとして……それはアタシが聞いた「歌」とおなじものなの?)
朝子が聞いた歌、あるいは聞いたと思った歌。
それは言葉に頼った歌ではなかった。
微かな、それでいて力強いある種のイメージの送信。
それは、「生きて!」というメッセージだった。
昼間歩いてもかなりあった道のりだが、夜、それも明かり一つない森の中ということもあって、朝子にはかなりの長さに感じられた。
もう湖畔にひろがる街の明かりはもちろん、月星の明かりすら頭上に生い茂る枝葉に隠れ、
てしまった。
試しに顔のすぐ前に自分の手をかざしてみるが、全く見えない。
それでも朝子は、懐中電灯の明かり一つを頼りに闇の中を進んでいった。
どうしても由梨香に尋ねたかったから。
翌朝まで待てないほどに。
『オマエなんか産むんじゃなかった』
かつて母の吐いた一言は、いまも朝子の耳に残っている。
こころの傷は、いまもじくじくと血を滲ませている。
そして胸の痛みは、その言葉を投げかけられたあの日のままだった。
(だから、佑ともあんなやりとりを……)
(言うべきじゃ、口にすべきじゃなかった……)
そんな思いに苛まれながら怪獣X=ビオランテXとゴジラの対決をテレビで見ていたとき、
不意にあの「歌」が聞えて来たのだ。
「生きて!」
『オマエなんか産むんじゃなかった』
「生きるの!」
『オマエなんか……』
「生きるのよ!」
『……産むんじゃ……』
「生きていくの!」
一時、「歌」と「言葉」は争ったが、やがて勝利したのは「歌」の方だった。
いつしか胸の痛みは消えていた。
だから朝子はいま、暗い森の道を一人歩いてゆかねばならなかった。
明日の朝、新しい自分になって佑と会う、そのために。
………道が覚えのあるカーブにさしかかった。
これを曲がれば、あとは急こう配の上りだ。
佑のように森の中をショートカットすればかなり近道になるかもしれないが、夜の森に踏み込むのは避けるべきだろう。
そんなことを思いながら、樹間ごしにリンゴ園のある方を眺めたときだった。
闇夜に明滅する朧な赤い輝きに、朝子は気がついた。
赤い光を見たとき、朝子が最初に連想したのは「ホタル」だった。
それほどその光り方、明滅のしかたはホタルそっくりだった。
しかし伊豆半島がいくら温暖だといっても、一月のさなかにホタルの飛んでいるはずがない。
それにホタルであれば光はふらふら移動するはずだが、その赤い光は全く動いていなかった。
(なんだろう?)
目は赤い光の方に向けたまま、朝子は足を速めてどんどんと坂を上って行った。
赤い光はどうやらリンゴ園の中で明滅しているらしかった。
最初は見上げる角度だったのが、坂を上りリンゴ園に近づくにつれて、見上げる角度はどんどん小さくなっていく。
そしてリンゴ園の前に立った時、赤い光は朝子の目の前いっぱいに広がり、頭上高く聳え立っていた。
「……えっ?……これって……リン……ゴ?」
言葉が思わず口をついていた。
たたわに実ったリンゴの実、そのひとつひとつが、芯からぼんやりと赤い光を滲ませていた。
その光の中、枝を広げたリンゴの巨木全体もぼんやり浮かび上がっている。
朝子はリンゴ園の門を潜ると、リンゴの巨木に向かって、吸い寄せられるように歩いて行った。
あのとき聞いたと思った「歌」は聞こえない。
そのかわり、風も無いのに、葉がざわめく音がして、枝がぎいぎい鳴っていた。
実が明滅するのに合わせて、見上げる高さの木全体が、大きく体を揺すっていた。
朝子の足の下で、踏みしめる地面の底で、何かが身じろぎするのが感じられた。
リンゴの巨木が泣いている、怒っている、叫んでいると、朝子は感じた。
そう、まるで人間のように。
(でも……でもそんなことって?)
そのとき、リンゴの巨木の前で立ち尽くす朝子の頭上で聞き覚えのある声がした。
「いらっしゃい。朝子ちゃん」
「あのクソバカ息子!なんで電話に出ねえんだ!」
自分の携帯に向かって、結城晃は毒づいた。
晃は息子の佑を朝子とともに旅行に出した。
だが、行く先が伊豆であることまでは聞いていたが、伊豆のどこに行ったのか?宿はどこなのか?まるで聞いていなかったのだ。
「くそ!もう一度だ…」
「待ってください。今度は私がかけてみます」
焦って操作をしくじる結城に代わって、未希が自分の携帯を取り出した。
彼女の携帯にも、何かあったときの連絡先として佑の携帯の番号が登録されていた。
「……だめです少佐。ひょっとしてもう寝てしまったんじゃ?」
「んなバカな!婚前旅行に行って、こんな時刻に寝てるヤツなんかいるもんか!オレだったらもう朝までガンガン……」
未希の冷たい視線に気づいた結城が慌てて口をつぐむのと同時に、ドアが開いて境のところに行っていた黒木一佐が戻って来た。
「ああ未希、どうやら今度も君のカンが当たったようだ」
「それでは!?」
「業平の事件の生き残りの女子社員に、伊豆について何か心当たりはないか聴いてみた。するとな……その生き残りの境という女子社員、神奈川県箱根町の生まれだと言うんだ」
『伊豆ですか?それだったら私、箱根町の出身ですけど』
『箱根町?』
『ええ、芦ノ湖の近くです。このあいだも実家に帰って…………』
『……実家に帰って、それからどうしました?』
『それだけです。特には何もありません。お土産にリンゴを貰って……会社で課のみんなと食べました』
「芦ノ湖!」
未希がハッと息を飲んだ。
「そうだよ三枝、芦ノ湖だ。20年前、ビオランテが初めて出現した場所だ」
「いらっしゃい、朝子ちゃん」
朝子が声の方を見上げると、リンゴの巨木から朝子の頭上へと伸びた大枝に、一人の女性が腰かけていた。
「……由梨香さん」
2メートルほどの高さから、由梨香は身軽に飛び降りた。
「いらっしゃい……こんな時刻にいったい何の御用?」
「あの……アタシ何か歌のようなものが聞えた気がして、それでここに来たんですけど……そんなことより、いまのは何ですか?
このリンゴの実の光は?!枝のざわめきは?!地面の下で何か動くような感じは?!」
「そう……聞えたのね、アナタにも」
混乱気味の朝子に、由梨香は疲れたような頬笑みを返した。
「判ったわ。全部教えてあげる。私についてらっしゃい。長い話になるから」
由梨香は朝子に背を向けると、事務所の方に歩きだした。
「……朝子さん……だったね。歓迎するよ」
事務所では由梨香の夫、弘西浩二がパソコンに何かを打ちこんでいるところだった。
「歌が聞こえた人間で、ここに来たのは君がはじめてだ」
朝子や由梨香が説明しなくとも、弘西は全てを承知しているようだった。
夫の肩越しに、パソコンの画面を覗きこんで由梨香は言った。
「どんな調子?」
妻の方に優しい笑顔を向けて弘西は答えた。
「上々だよ。全国から引き合いが来てる」
「あの……何を話しているんですか?」
「僕らの子供、ガッツ・リンゴの出荷状況の話だよ。朝子ちゃん」
パソコンの前から立ち上がると、弘西は窓辺まで行きカーテンを開けた。
窓いっぱいに見えるリンゴの木は、いまも赤い光に包まれている。
「以前、リンゴの産地が台風にみまわれたとき、枝から落ちなかったリンゴに受験生が飛び付いたことがあったろ?朝子ちゃんは若いから知らないかな?」
「それって確か……『落ちないリンゴ』っていうゲン担ぎですよね。テレビで見たことあります」
「それと同じさ。不況にあえぐ日本だから、温暖化に負けない強いリンゴが求められるのさ。ゲン担ぎとしてね」
窓の外でリンゴの実は、弘西の話に相槌を打つように明滅を繰り返していた。
事務所の床越しでさえ、地下で蠢くものの気配も感じられる。
「…でも、でも、あのリンゴの木はどう見たって普通じゃないです!?そんなものを日本中にバラ撒くっていうんですか!?」
弘西が妻の方に目をやると、由梨香は静かな微笑みで応えた。
妻に頷き返して、朝子の顔に視線を戻すと弘西は言った。
「そうさ朝子ちゃん。あのリンゴは普通じゃない。あのリンゴはね……」
続く弘西の言葉を耳にしたとたん、朝子は部屋の温度が急激に低下したように感じた。
「あのリンゴは……ビオランテなのさ」
部屋の空気が……凍りついた。
「ビオランテ!?」
朝子の声が1オクターブほど跳ねあがった。
「でもビオランテはバラなんじゃ!?」
「命というものはね、朝子ちゃん。僕等が考えているより、ずっとしたたかなんだよ」
リンゴの巨木を写す窓にもたれ、弘西は朝子の方に向き直った。
赤い光に輪郭を縁取られた、弘西の影は語り続けた。
「20年前、ビオランテが消滅すると、当時の防衛庁は若狭とここ芦ノ湖周辺を徹底的に焼き払い、除草剤を散布しようと計画した。何故だか判るかい?」
「それは……ビオランテが植物だからですね」
影が頭を縦に振った。
「植物であるからには、種や根からビオランテが再生してしまうかもしれない。だけど、この計画は実行直前、環境庁と環境保護団体から横槍が入ったんだ。許しがたい環境破壊だと、地球に対する犯罪だとね」
「でも……ネットや本では『掃討作戦が徹底的に行われた』と……」
「もちろん掃討作戦はあったよ。若狭と芦ノ湖周辺に自衛隊員を展開させて、バラや野バラ、それから棘のある植物を片っ端から引っこ抜かせたんだ」
弘西の影は、おかしくてたまらないというように笑った。
「バラっぽく見える植物を片端から引っこ抜いたんだよ。バカみたいだろ?彼らは知らなかったんだ。バラ科の植物には、何があるかなんてね」
「じゃあ……見逃してしまったんですね」
「そうだよ。脳味噌まで筋肉でできている奴らには、目の前にあるリンゴの木が、実はバラの仲間だなんて判らなかったんだ」
思わず立ち上がりかけた朝子の肩に、そっと由梨香の手がのった。
「落ち着いて朝子ちゃん。まだお話は終わってないわ」
事件の焦点は芦ノ湖周辺にある!
朝子が弘西夫妻の話を聞かされていたころ……。
黒木一佐とGフォースは、急速に事件の核心へと迫っていた。
「黒木一佐!」
別室で情報収集にあたっていた豊原が作戦室に入って来た。
「横須賀事件の花岡正美、浦安事件の関係者、それから土井監察医には、芦ノ湖周辺の縁故はありませんでした。ですが……」
「『ですが』…何だ?」
「花岡正美の携帯のアクセス履歴に、あるリンゴ園の記録がありました」
「リンゴ園?リンゴ園なら東北だろう。それが芦ノ湖とどういう……」
「それがこのリンゴ園、箱根町にあるんです」
「箱根にリンゴ園だと?!」
「はい、それでこのリンゴ園のHPを調べてみたんですが、札幌事件の一週間ほど前、札幌市内で開催された関東物産展に商品を出展していました」
「土井監察医と浦安の事件ではどうだ?」
「直接の関連は見つかりませんでしたが、やはり事件の一週間ほど前、錦糸町で開かれた物産展にこのリンゴ園が出品していました。ですから……」
「わかった。もういい」
両手でバンとデスクを打って、黒木は立ち上がった。
「豊原二尉!大至急強襲部隊を編成し、現地に向かえ!」
「了解しました!」
「……知恵の木の実の神話を朝子ちゃんは知ってるかい?」
弘西浩二は、ダンボール箱の中からリンゴを取り出して言った。
「……旧約聖書……ですね。エデンの園にあったって……」
「それじゃトキジクノカクノコノミは?」
「……それは」
朝子が顔を横に振ると、弘西は手近にあった紙切れに「登岐士玖能迦能木実」と書いて見せた。
「垂仁天皇が田道間守(たじまのもり)に探させたと言う、食べると不老不死になれるという神の果物、神果だよ、し*ん*か」
「その話は知りませんでした。でも……それがビオランテとどう関係があるんですか?」
話の内容が迷走しているように感じ、朝子は混乱していた。
「知恵の木の実」も「登岐士玖能迦能木実」も、どちらも神話の存在だ。
二つの神果が話題に上がる前は、外のリンゴの巨木が「ビオランテ」であるという話だったはず。
(でも……二つの神話とあのリンゴは何か関係があるはずよ)
「知恵の木の実」を口にし、人は獣と分かたれた。
「登岐士玖能迦能木実」は、口にした者を不老不死とするという。
朝子は頭の中に、弘西の言葉が不思議な響きをもって木霊のように繰り返された。
神の果物……「神果」……しんかだよ……しんか……しんか……しん……
そして朝子は、目を大きく見開いた!
「進化だわ!」
「ご名答。やっと辿り着いたね。正解に」
弘西が、にわかに饒舌になった。
「進化はね。突然変異によっておこるんだよ。それじゃ突然変異は何によって発生するのか?
この突然変異を起こさせる物質ないし状況を変異源と呼ぶんだが、ある種の放射線やウイルスの感染など色々な説があるんだ。
僕はそうした変異源に関する学説に、一項目加えることを提案したい。
『知恵の木の実』と『登岐士玖能迦能木実』のような神果をね」
食べた者を進化ないし変身させる果物。
神果は進化……。
弘西の話は、おそろしい結論へとひた走っていた。
「それでは朝子ちゃん。僕からの最後の問題だ」
弘西は、手にしていた「ビオランテのリンゴ」を、朝子の目の前のデスクに置いて言った。
「『知恵の木の実』を食べた猿は人に、『登岐士玖能迦能木実』食べた人間は不老不死の存在に進化する!
それでは、ビオランテの実を食べた人間は、いったい何に進化すると思う?」
朝子は思わず吐き気を覚えた。
胃がでんぐりがえる。
自分が口にしたものを、吐きだしてしまうために。
「……どうやら判ったようだね」
真っ青に変わった朝子の顔を見ると、弘西は自ら回答を口にした。
「ビオランテのリンゴを食べた者は、動物と植物を超えた存在に、ビオランテになるんだ」
(アタシは今日、このリンゴをいくつ食べちゃったの!?)
できることなら全部吐き出してしまいたい。
できることならだが……
真っ青になり床に向かって体を折った朝子の背中に手を置いて、由梨香が優しく言った。
「大丈夫よ朝子ちゃん。あなたは変身しないから」
「……え?」
涙顔を上げた朝子に、弘西も笑って言った。
「ごめんごめん、怖がらせ過ぎちゃったね」
「それじゃ……いまの話はウソ?」
「いや、ウソじゃないよ。でもね朝子ちゃん。ビオランテのリンゴを食べた全ての人間が、ビオランテになるわけじゃないんだ。……と言うより、ビオランテに変身するのは極々一部なんだ。人間にはDNA修復機能があるからね」
「でもアタシ……その……歌みたいなものを……」
「それなら私もしょっちゅう聞いてるわ。でも私、あの実、食べてないのよ」
由梨香はハンカチを取り出して朝子の頬の涙を拭いながら言った。
「それに……あれはアナタのことを自分の子供だとは言ってないわ。だから大丈夫。変身するのはあの木の子供だけだから」
「……え?」
朝子には、由梨香の言っていることがさっぱり理解できなかった。
まるで由梨香は外のリンゴの木と話ができるようなことを言っている。
だがすぐに、朝子はさきほどリンゴ園に着いたとき、由梨香がどこで何をしていたかを思い出した。
由梨香はリンゴの大枝に腰かけ、幹に頬を寄せていなかった。
まるでリンゴの木の囁きに耳傾けるように……。
「由梨香さんは……あのリンゴの木……ビオランテと話ができるんですか?」
「そうよ」
「じゃあ由梨香さんはGフォースの三枝未希さんみたいなESPなんですね」
「いいえ。それは違うわ。私にはテレパシー能力なんてないわ」
「でもそれじゃなんで……」
どこか悲しげな笑みを浮かべると、由梨香は言った。
「それはね。私とあの木が……姉妹だからなの」
豊原率いる強襲部隊と結城晃を乗せた兵員輸送車が、芦ノ湖目指して東名高速を突っ走っていた。
吠えるようなエンジン音に負けじと無線係の兵が叫んだ。
「……豊原二尉!本部から回送の電話です!」
「よこせ!」
ヘッドセットを耳に当て、「はい、豊原です」と言うと、帰って来たのはぞんざいな返事だった。
『おうGフォースの、まだ仕事中みたいだな』
「お互い様です警部」
『はは、お互い因果な商売だ。ところでよ、例の件だが調べがついたぞ』
「もう判ったんですか?自分はてっきり明日になるかと……」
『警察をバカにすんなよ。……ネタをばらすと、公安部に記録があったのさ』
「公安に記録がですか?弘西夫妻の?」
『ああ。あんたの言うリンゴ園の経営者夫婦だが……亭主の弘西二にはなんの記録も無かった。あったのは女房の由梨香の方だ』
「左翼活動歴かなんかですか?」
『そんなんじゃねえよ。弘西ってのは亭主の姓でな、結婚前の姓は沢口ってんだ。だがな、由梨香にはもうひとつ前の姓があった』
「もうひとつ前の姓?姓が二度変わってるんですか?」
『そういうことだ。いいか?よく聞けよ。弘西由梨香の生まれたときの姓はな、白神だ。
弘西由梨香は、ビオランテを作った白神源壱郎の末娘。白神英理加の妹だ」
141 :
創る名無しに見る名無し:2011/02/05(土) 10:33:11 ID:dzXe1rr/
「なに!?リンゴ園の経営者の妻が、白神博士の娘だと!」
『警視庁公安部の記録にあったそうです』
「なんてことだ……」
豊原からの連絡を受け、黒木一佐は思わず絶句した。
(そうだ!20年前、オレはその娘に会っている)
かつて黒木は、白神博士狙撃の現場に居合わせた人間の一人として、三枝未希らとともに博士の葬儀に列席していた。
(……あれは雨の日だった)
白神博士は妻とは死別しており、娘の英理加もサラジアでのテロで命を落としていたため、喪主は故人の父が勤めるものと黒木は思っていた。
だが、実際の葬儀で形式的に喪主を務めたのは、まだ小学校の5〜6年かせいぜい中学生ぐらいの少女だったのだ。
少女も、それから少女の抱える父の遺影も、等しく雨に打たれていたが、それより過酷だったのは、報道陣の浴びせかける情容赦の無いフラッシュの嵐だった。
週刊誌は早くも新怪獣と白神博士の研究を結び付け、「狂気の科学者」「命を弄び、自ら神になろうとした男」と書きたてた。
少女は大犯罪者の娘にして、怪獣の妹にされてしまったのだ。
(報道陣に未希が食ってかかった……「ビオランテをつくったのは確かに罪だと思います。でもそれはあの子とは関係ありません!」と……しかし……)
黒木に、そして未希にも、できることは何もなかった。
ただ、嵐が過ぎ去るのを祈ってやること以外には…。
(そうか、あの子なのか……必死に耐えていたあの子が)
そして、私人としての顔から軍人としての顔に戻ると、乾いた声で黒木は命じた。
「豊原二尉!ビオランテは白神英理加の遺伝子を求めている。そうであれば、姉妹であり遺伝子的に近いはずの由梨香は最も危険な存在になり得だろう」
『……はい』
終いまで聞かずとも、豊原は黒木の命令を理解した。
「身柄の拘束に応じない場合……弘西由梨香を射殺せよ」
「父と姉がサラジアに渡ったとき……まだ小学生で病気がちだった私は、父方の祖父母のもとに預けられたの」
遠く悲しげな目で、由梨香は語り出した。
「祖父母はとても優しかった。でも、私は待っていたの。父が私を迎えに来てくれる日を」
(父と姉?サラジア!?それじゃあ由梨香さんは!)
「毎日郵便受けを覗いていたわ。父や姉からの便りを待って、でもそんな私に届いたのは……」
20年前。
緑深い夏の盛り。
部活動帰りの少女。
「おじいちゃん、ただいまー!おばあちゃん、ただいまー!」
しかし、少女のあいさつに返事は無かった。
祖父母はどこかに出かけたらしい。
「暑い…」
カバンを下ろすと、細い二の腕で汗を拭う。
そのとき少女は、下ろしたカバンの横に放り出されている新聞に気がついた。
サラジアで爆弾テロ。
日本人一名が死亡。
名前は……
「……白神……英理加!?」
夏の暑さを、少女は急に感じられなくなった。
「姉は死んだ。殺されたの。サラジアで」
由梨香の静かな声が途絶えた。
事務所内で聞えるのは、稼働中のパソコンのクツクツという呟きだけだ。
それから、窓の外にゆっくり目をやると、由梨香は再び話し始めた。
「テロ事件で帰国した後も、父は私を引き取りに来てはくれなかった。私は祖父母の元でそのまま暮らしていた。父が迎えに来てくれるのを待ちながら」
父の迎が迎えに来てくれるのをじっと待っていた由梨香と。赤い鳥になって家から逃げ出す日を夢見ていた自分と。
……どこか似ていると、朝子は感じていた。
「ある夜私は夢を見たの。不思議な夢。真っ赤なバラの花園に、独りポツンと姉が立っているの……」
「……まるで天国のような一面のバラ。
なのにの真ん中に立っている姉の顔はなんだかとても悲しげで……私に向かって何か言っているのだけど、口の動くのは見えても、声は全然聞こえないの。
真っ赤なバラの怪物がこの芦ノ湖に姿を現したのは、その翌朝のことだったわ。
私、直感したの。
あのバラはお姉ちゃんだって」
やがてバラの怪物は現れたゴジラと対決し、熱線を浴び炎上。
再度出現した若狭では、ゴジラをエネルギー切れにまで追い込む激闘を繰り広げる。
そしてその直後、サラジアの工作員の放った凶弾が、白神博士の胸を撃ち抜いた。
「私は一度失った姉を、もう一度失ったの。そして今度は父も……」
悲しみに耐えるように由梨香が押し黙ると、重荷を変わって背負おうとするように、夫の浩二が代わって口を開いた。
「まだ小さかった由梨香にとって、ここまででも十分以上な打撃だっただろう。でも、由梨香の苦しみはそれだけでは終わらなかった。いや、むしろここからが本番だったんだ」
(どこかで音楽が聞える……この曲は……………………)
しばらくグズグズしてから、布団の下から手を伸ばし佑は携帯を開いた。
表示された名前は……小高未希。
「あっ!」と叫んで佑は布団から跳ね起きた。
恵美ちゃんにまた何かあったら連絡してくれと言っておいたが、その「何か」が起こったに違いない!
慌ててボタンを押すと、向こうも全くの前置き抜きだった。
『あ!よかった出てくれて、佑くんよね!』
「もちろんです!それよりこんな時間に電話してこられたってことは、また恵美ちゃんに!?」
『そうなのよ、泣きながら絵を描きだしたの。大きな真っ黒い木に赤いクレヨンで丸がいくつも描いてある絵で……』
(……えっ!)
『それでね、佑くん。絵を描きながら恵美が何度も繰り返すの、おねえちゃんあぶない!おねえちゃん、いっちゃだめ!って』
「おねえちゃんって…………まさか!?」
驚いて隣の掛け布団を撥ね退けると、そこに朝子はいない。
(きっとあのリンゴ園だ!恵美ちゃんが描いた絵は、あのリンゴの木なんだ!)
『ねえ、佑くん!…………聞いてるの!?』
未希が携帯で叫ぶが、それを聞く者は誰もいない。
旅館の浴衣に上着を羽織っただけの姿で、佑は既に部屋を飛び出したあとだった。
規制継続?
おお、解除か。それでは再開……。
妻・由梨香に代わって、浩二は静かに言葉を続けた。
「義父の葬儀が終わって祖父母が最初にしたことは、由梨香の姓を母方のものに変えさせることだった。こうして由梨香は、白神由梨香から沢口由梨香になった」
「それは……由梨香さんを世間から守るためですね」
「そうだよ」
「引っ越しも2回して……学校もわざと家から遠いところを選んで寮に入って……。でも結局わかっちゃうんだってさ。虐めも酷かったみたいでね」
『死ね!怪獣女!』
『ねえ、由梨香の父さんって、あの白神博士なんだってホント?』
『あんた、バケモンの妹なんだってね。ってことは、アンタもバケモンってことでしょ』
『ほらほら、あれがあの……』
『おら、この化け物!さっさと正体現せよ』
『死ね!死んじゃえ!』
『親の因果が子に報い〜生まれ出て来たこの子でござ〜い』
『おまえの親父は犯罪者だ!犯罪者の子も犯罪者だ!!』
『やいビオランテ女!犬とか猫とか食べてんのか?』
そして机に彫り込まれた「バケモノ」の文字
「僕と出会ったのは東京でだった。人の数も動きもむやみに大きい東京だったら、誰も由梨香のことなど気付かない……そう思ってのことだったんだって。ところが……ね」
「由梨香が二十歳になったころのことだよ。どこかのおせっかいなヤツが、由梨香のこと
をネットに載せたのさ」
「ネット?パソコンのネットにですか??」
「ただの噂なら、何時かは忘れられるかもしれない。でもネットに載ってしまったら忘れられることはあり得ない。検索すれば出て来るんだからね『生きてちゃいけない人』って……」
「そんな酷い!酷すぎます!!そんな人訴えちゃえば……」
だが、そう言いかけて朝子も気がついた。
訴訟すれば、裁判所に行ったり弁護士を雇ったり……なにより人目を引いてしまう。
「できることは何も無いんだよ。この社会は、そういう社会なのさ」
そのとき朝子は、弘西浩二の瞳の中にある、暗い影に気がついた。
由梨香は怪獣女とののしられた。
その由梨香と心を通わせた浩二もまた、重い荷物を負わされ生きて来たのではないか?
「生きてちゃいけない人」というレッテルを貼られた者同士として。
「……ネットには、白神源壱郎の娘でありビオランテとなった白神英理加の妹、白神由梨香が生きていること。姓を沢口に変えていることまで載っていた。
由梨香は言ったよ。
『私は何も悪いことなんてしてないのに。私って、生きてちゃいけない人なの?!』ってさ。
虐められ続けて、逃げ続けて、隠れ続けて……もう由梨香は疲れ切ってしまったんだ。
それで……そんな彼女に僕は言ったんだ。
僕の姓になってくれないかって……」
白神から沢口へ。そして更に沢口から弘西へ。
もう一度姓を変え、引っ越して住所も変えてやり直す。
いままでのように独りではなく、二人で。
「けっこう僕って最低だろ?好きな女の子の弱みにつけこんで、嫁さんにしちゃったんだからさ」
茶化すように言った浩二の手に、そっと由梨香の手が重なった。
「この人と出会って、私、生きていけると思えるようになったの」
夫の手に自分の手を重ねたまま、由梨香は静かに語りだした。
「大学で遺伝子工学を専攻していた関係で、夫は神奈川県のある農業法人に就職したの。
だから住所も東京から相模原に引っ越して……。
東京に比べたら相模原は田舎だったけど、でも私はとても幸せだった。
普通の主婦。普通の妻。普通の暮らし。
やがて夫の子供を身籠ったころには……」
(子供を身籠った?でも二人に子供は……)
「……子供を身籠ったころには、白神の名も、ビオランテも、どこか遠くに行ってしまったと思えるようになっていたの。ところが……」
夫の浩二がギュッと目を閉じ、顔を気持ち俯けた。
「健康保険の手続きの関係から、私の名前が知られてしまったの。そして、その病院には沢口由梨香が白神由梨香であることを知っている人がいた……」
「三か月検診で病院に行った時だったわ。ナースセンターで看護士が声を潜めて話しているのが偶然聞えてしまったの」
『ねえ、あの弘西由梨香って人のこと聞いてる?』
(えっ?)
『聞いた聞いたぁ!あの人って、白神博士の娘なんだって!?』
『そうなのよ!あのビオランテ創った白神博士の……』
「私、思ったの。やっぱり捕まってしまったって」
もう振りきれたと思った過去の悪夢がいきなり霧の中から現れ、かぎ爪で由梨香を捕えたのだ。
「その場から逃げようとして振り返ったら、ちょうど病室から出て来た女の看護士と目があったの。ピタッと動きを止めて上目遣いに見返すその目が、彼女の考えていることを語っていた……。
(この人も知っている!)
私、何か声を上げていたんじゃないかと思う……別の病室から若い看護士が顔をのぞかせたかと思うと、慌てたように手で口を覆ったわ。
(この人も知っている!)
気がつくとナースセンターのカウンター越しに、二人の看護士が顔を出して私を見ていた。
その口元が、声を出さずに『ビオランテ』と動いたとき、知らぬ間に私は走り出していたわ」
怪獣女!
(この人も知っている!)
ビオランテの妹!
(あの人も知っている!)
犯罪者白神の娘!
死ね!
死んでしまえ!
(この人も!あの人も!)
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……
(あの人もこの人もその人もあの人も、みんな知っている!!)
会う人、すれ違う人、医者、看護士、患者……。
全ての人が、昨日までとは違った視線を由梨かに浴びせかけて来た。
そして、病室からトコトコと歩きだしてきた小さな子供が、由梨香を指さして言った。
「ねえママ、この人……」
「お、お願い……もう許して……」
突き付けられた子供の指から逃げようと、由梨香は思わず後ずさりした。
一歩……二歩……三歩目には、由梨香の体は宙にあった。
「気付いていなかったけど、後ろ、非常階段だったのね」
朝子は思わず息を飲んだ。
「私の、そして夫の子供は流産してしまったわ。それに私はその事故で、二度と子供を産めない体になってしまったの」
「私は白神源壱郎の娘。生きていちゃいけないと言われるなら、私はもう生きていくことを諦めるわ。でも、私と浩二の子供まで生きていちゃいけないの?」
由梨香は、黒い瞳をまっすぐに朝子へと向けた。
「私は死んでもいい!だけど、あの子は生きさせてあげたかった……」
由梨香が泣きだすのではないかと、朝子は思った。
だが由梨香の瞳からは、一粒の涙も流れ出さなかった。
……涙はとうに枯れてしまっていた。
「子供に、それから夫にも申し訳なくて、私はそっと家を出た。
あてどもなく電車に乗って、気がついたら、この芦ノ湖まで来ていたの。
きっと姉さんが呼んでくれたんだと思ったわ。
英理加姉さんが二度目に死んだこの湖で、私は姉さんの後を追おう。
そう思って私は、夜になるのを待って山に入って行った……」
湖に向かって冷たい風が吹き、木々の枝葉がザワザワと揺れる。
茂みの中を得体の知れぬ生き物が駆け抜け、どこかの梢でフクロウが啼いた。
湖畔の町灯りも、湖を周回する道路の外灯も、もう見えない。
行く手を照らすのは、頭上から射し入る月灯りだけ。
原始の時代と変わらぬ闇夜が、由梨香の周りを支配していた。
けれども由梨香は闇に恐怖してはいなかった。
そんなものより、白神の家族を許さないこの国の社会の方が、千倍も恐ろしく、万倍も呪わしかった。
折よく目についた切り株の前に腰を下ろし、背中を預けると、由梨香はそこまで下げて来たコンビニの袋から、ひと振りのカッターナイフを取り出した。
チャキチャキと音を立て鉄の刃を滑り出させると、黒染めされた刃に月明かりが落ちて冷たく光った。
それを逆手に持ちかえると、ためらうことなく由梨香は左の手首に突き刺した。
鋭い痛みのあと、温かなものが腕を流れ伝っていく……。
由梨香の人生を地獄に変えた血であったが、それはとても温かさを覚えるものだった。
(……温かい。人間の血って、こんなに温かいものなんだ……)
自分に辛く当ってきた人々にも、こんなに温かな血が流れていたんだろうかと考え、そして自分に流れる白神の血を思った。
(さようなら浩二さん……ごめんなさい)
そして更に深く切り裂こうと、由梨香はカッターナイフを握った手に力を入れた。
そのときだった!
シンデハダメ……
(えっ!?)
シンデハ、死んデハだメ。いきテいテ。生きていクの……
「……その声は??」
死んではだめ!生きていくの!
闇の森の奥から突然届いた「生」のメッセージ。
それは由梨香の知っている声。
姉の英理加の声とそっくりだった。
「そして声を辿って……私はあのリンゴの木の前に立っていたのよ。来て、朝子ちゃん」
由梨香は朝子に促すと、先にたって事務所を出た。
外では、あのリンゴの木が実を明滅させながら、由梨香と朝子を待っていた。
「姉さんは若狭での対決でゴジラを退け宇宙に散華した……。世間ではそう思っているわ。でも、それは正確ではないの。ごく一部だけど、この木にはバラ科植物としての属性の他に、ゴジラと、それから英理加姉さんも、ごく一部ではあるけれど残っているのよ」
「……それじゃ由梨香さんに呼びかけたのは」
「きっと姉さんね。死のうとしていた私に『死なないで、生きていて』って……」
リンゴの木を見上げて微笑むと、由梨香は朝子に振り返った。
「朝子ちゃん。だからあなたも、生きていくのよ」
「えっ!?でもアタシ……」
別に死のうとなんて……と言おうとして、朝子ははたと思い当たった。
本当に死のうとしていなかったんだろうか?
『……でもいいんだよ、あたしのこと、そんな風に考えてくれてなくったって』
ほんの何時間か前、朝子が佑に言った言葉だ。
『オマエなんか産むんじゃなかった』と、母にそう言われた日から、自分のことを「愛されない子」「生きていちゃいけない子」だと感じていたのではなかったか?
ならば、それは心の自殺だ。
初めて朝子は理解した。
白神の家族でもない自分に、なぜビオランテの歌が聞えたのか?
朝子の両目から、恐怖や悲しみによるものとは、全く違う涙があふれ出した。
「アタシが心の底で自分のこと、愛される資格の無い子、生きてちゃいけない子だと思ってたから。だからこの木の歌が聞えたんですね。生きていてって……」
朝子に向かって、姉妹のように由梨香は微笑んだ。
「そうよ。だからアナタは生きていくの。勇気をもって。きっと佑くんが助けてくれるわ」
「許されざる命なんてものはもともと存在しないんだ」
妻の肩に手をかけて浩二も言った。
「この世に生を受けた存在には、生き続ける義務。どんなに辛くても生きようと必死にあがく義務があるんだよ。君にも、由梨香にも。そしてビオランテにもね」
「それで二人はこの木のリンゴを全国に!」
「そうよ。私たちは、ビオランテが生き残る手助けをしているの」
「で、でもそのリンゴを食べると、何万分の一かの確率でビオランテになる人が!」
「いや、ビオランテになるということと、怪獣になるということは同じじゃないんだ」
「え?で、でもビオランテっていうのはあの……」
「ビオランテ=怪獣で、怪獣を倒すためにゴジラが来ると、朝子ちゃんはそう考えているんだろ?」
「違うんですか?」
「逆だと僕は考えている。ゴジラが殺しに来るから、生き残るために対抗上怪獣化するんだよ」
敵対する怪獣がいるから、ゴジラがやって来る。
それが朝子や佑の考えであり、Gフォースの考えでもあった。
だが浩二は言う。
それは逆だと。
ゴジラが来るから、対抗上怪獣化するのだと。
確信に満ちた口調で、浩二は続けて言った。
「最初のビオランテは生物学的に非常に不安定な生物だった。しかし時間は生物を安定的な方向に進化させる。動物界と植物界、自然界と人間界を繋ぐ橋としてビオランテは進化の道を辿っているんだよ」
「それをゴジラに邪魔させるワケにはいかないの。それで私たちは……」
そのとき、浩二が何かに気付いて森に目をやった。
次の瞬間、朝子の方に顔を向けると、何か言おうとするように浩二が口を開きかけた………が!
バンッ!という炸裂音と殆ど同時に、浩二は背中から地面に倒れ込んだ。
「ど、どうしたの?何があったの??」
突然の出来事に朝子は茫然と立ち尽くした。
朝子と由梨香の足元に横たわる夫・浩二の胸元に、みるみる真っ赤な丸が広がってゆく。
「バカめ!何故撃った!」
若い男の声がするのと同時に、リンゴ園の正面玄関、裏側、そして銃声の聞えた森の斜面側の三方から、迷彩服の男たちが次々姿を現した。
正面から来たグループの先頭切って駆けて来た男=豊原二尉が、浩二の上に屈みこむなり肩越しに衛生兵を呼ぶと、次に森の斜面から来たグループに向かってもう一度叫んだ。
「誰が撃った!?射撃許可は出してないぞ!」
「し、しかし、この男に気づかれたので……」
班長らしき男が上ずった声で応える。
「……もし、もしこの男がビオランテを出せば我々など……」
「このバカ者めっ!」
だが、兵たちはバカでも臆病でもなかった。
それどころか中央即応連隊から選りすぐったレンジャー資格保持の兵たちなのだ。
しかしそんな精兵にとってさえ、業平橋に現れたビオランテは恐怖以外のなにものでもなかった。
その恐怖が引き起こしたのがこの事故だったのだ。
「…くそったれめ」
豊原が歯咬みしながら目を落とすと、衛生兵は顔を上げてはっきりと首を横に振った。
胸に真っ赤な花を咲かせて、次第に冷たくなっていく夫を見下ろし、由梨香もまた冷たく凍りついていた。
泣き叫びもせず。
夫の遺体に取り縋って取り乱しもせずに。
由梨香は、ただ無表情に立ちつくしている。
「あなた……」
由梨香の唇から、微かな呟きが漏れた。
「……やっぱりこうなってしまうのね」
静かに膝を折ると、由梨香は夫の手をとって胸の上に組み合わせた。
「……殺すなら、私を殺せばいいのに。夫や、私たちの子供でなく、私を殺せばいいのに……」
静かに呟く由梨香の言葉に、朝子はハッとなった。
(…まさか!?)
慌てて浩二の手元に目をやると、その手は空になっている!
「お願い姉さん。私に力を貸して……」
祈るように呟きながら、由梨香は手にした何かを口元へと運んだ!
夫の胸元に広がるのとそっくりな、真っ赤な丸いものを!
事務所で浩二が弄んでいたビオランテのリンゴは、妻の手へとその所在を移っていた!
「由梨香さん!止めて!!」
しかし朝子の叫びもむなしく、由梨香はリンゴをガリリと噛んだ!
瞬間!
夜の闇に衝撃が走った。
155 :
「赤い鳥とんだ」:2011/02/19(土) 23:58:50.10 ID:c80V/gGX
由梨香の白い喉をリンゴの果汁が伝わり落ちたそのとき、第血が身悶えし、森の木々が悲しみの叫びを上げた!
人の知ることのできない深淵から来る悲しみが、圧倒的な力で人たちに襲いかかる!
兵たちは咄嗟に地べたへと身を投げ出し両手で自分の耳を覆うが、そんなことで悲鳴を閉めだすことはできなかった。
何故ならそれは、耳からではなく、人の脳髄に直接注ぎ込まれていたのだから。
地面に転げまわる兵士の中で、由梨香と朝子のただ二人だけが静かに立っていた。
「由梨香さん……なんでこんなことに」
朝子がそう口にした途端、森の悲鳴が止まった。
「朝子ちゃん……あなたは逃げて」
呟くように由梨香は言うと、夫・浩二の傍らに腰を下ろした。
「……もうこれで、ぜんぶお終いにしちゃうから」
由梨がが言い終えるのと同時に地面のいたるところが盛り上がると、土跳ね飛ばして有刺鉄線のような棘の生えた根が次々飛び出して、自衛隊員に次々襲いかかった
「そ、総員退避!」
横殴りに打ちかかって来た「根」を辛くも交わすと、豊原は大声で次々指示を叫んだ。
「リンゴ園から各自脱出せよ!」
最初の二三秒で既に半分以下まで頭数を減らしていた兵たちは、各自発砲しながらバラバラにもと来た方へと走り出した。
しかし、その行く手からも有刺鉄線の「根」が次々飛び出してきた!
「由梨香さん!!」
もう一度と朝子は叫んだ。
だがもう由梨香はなんの反応も示さない。
夫の上体を両膝の上に抱き起こし、その顔に自分の頬を重ねた姿勢のまま、彫像のように弘西由梨香は動かなかった。
「おい便秘女!」
覚えのある声がして、ごつい男の手が朝子の肩にかかった。
「なにもたもたしてやがんだ!さっさと逃げろ!!」
ラーメン屋の白い前掛けはしていなかったが、その声は、佑の父、結城晃に間違いなかった。
「な、なんでここに!?」
「畜生!なんでオレは今晩こんな役ばっかしなんだ!さっさと走れ!この便秘女っ!」
結城晃が朝子の手をとって走り出すわきを、小銃を手の豊原が援護しつつ並走するかたちで、三人はリンゴ園の入り口をいっさんに駆け抜けた!
入り口を抜けるとき朝子は一瞬だけ由梨香を振返ったが、リンゴ園の中にはのたうつ無数の根が見えるだけだった。
156 :
創る名無しに見る名無し:2011/02/20(日) 00:01:04.21 ID:/hVsj/BI
変換ミス発見。
一行目の「第血」は、もちろん「大地」の間違いにござる。
すみもうさん。
いつのまにか辺りは、血のような深紅の光に塗り潰されていた。
驚いて振り返ればリンゴ園の真ん中で、リンゴの巨木がその実の放つ輝きのなか真っ赤に燃え上がって見えた。
「リンゴの木が怒っている……」
「なにをつまらねえこと言ってんだ、この便秘女!」
「足を止めないで!このままAPC(=兵員輸送車)まで走ってください!」
豊原の怒鳴り声を合図に、三人は再び駆けだした。
あとに続く者は一人もいない。
リンゴ園を生きて出られたのは彼らだけだ。
豊原らが坂の下り口に達した時、リンゴ園の正面ゲートがロケット花火のように夜空高くに吹き飛んで、棘だらけの巨大な根が地下から姿を現した!
生え並んだ棘は、有刺鉄線どころか手槍か日本刀のようで、しかもその先端にはワニのような口が開いている!
目の無い頭部は、地上で一瞬あたりを探るような動きを見せたが、すぐさま転げるように坂を駆け下る人間にピタリと向きを合わせた。
水が流れるような滑らかな動きで、ワニ口の根が三人を追う!
(……来たかっ!?)
背中に感じた一種の風圧に豊原は反応した。
朝子の手を引き走る結城の肩を右に勢いよく突き飛ばすと、その反動を利用して自らは左に体を投げ出した!
豊原の体の、風を感じられるほどすぐそばを、巨大なワニ口がすり抜けた!
「うお!?なんだいまのは!?」
「リンゴ園からの追手です!」
一方、間一髪で獲物を逃したワニ口は、辺りの木々の梢を超える高さまで一気に伸びあがると、逆落としに襲いかかって来た。
(狙いはオレかっ!)
一瞬手にした自動小銃の銃口を上に向けかけたが豊原だったが、すぐにそれを放り出して横っ跳びに跳んだ!
豊原の放った小銃を小枝のように噛み砕いて、ワニ口はそのままの勢いで地面深くまで突き刺さった。
「いまだ!死ぬ気で走れえっ!」
前を駆ける結城と朝子に叫びかけると、豊原も腰の9ミリ拳銃まで放り出して駆けだした!
最後の武器まで自ら放棄したのはワケがあった。
豊原には、この命賭けの鬼ごっこの、天王山が見えていたのだ。
(多少は蛇行しながらも、山道は基本的に直線だ。だが傾斜が緩やかになる手前で、道は大きく右にカーブを描く!)
カーブのイン側は灌木が生い茂り、人の通り抜けを妨げている。
だが、あのワニ口の根には、そんなことは関係ない。
もし豊原ら三人がカーブを曲がったところで、根にカーブをショートカットされて前に回りこまれれば……。
(カーブまでにどれだけ間を開けられるかが勝負だ!)
つんのめるような姿勢で坂を転げ落ちる三人!
豊原の前を行く結城らがカーブを曲がって見えなくなったところで、背後からガラガラと土砂の崩れる音が聞えた!
(もう出てきたのか!)
振り返れると、ワニ口は再び木よりも高く伸びあがっていた。
その狙う方向は……豊原ではない!
(くそっ!)
その瞬間、豊原は兵士として自分の為すべきことを為した。
「おいバケモノ!オレはこっちだ!!」
肺腑の中の空気総てを使って豊原は絶叫した!
たちまちワニ口が向きを変えると、豊原めがけて鉄砲水のように滑り落ちて来た!
濡れて光る牙が視界いっぱいに迫るっ!
(こんども、こんども避けられるかっ!?)
だが、今度は避けきれなかった。
結城の足元で、道は山道というより林道といった感じの緩やかな傾斜に変わっていた。
微かにだが、樹間を透して湖畔の明かりも見えている。
APCの待機地点まであと少し……。
だがそのとき、自分たちが駆け抜けたカーブの向こうでまず豊原の絶叫、続いて木々をなぎ倒すバキバキという大きな音が聞えた。
(まさか……まさか豊原が!?)
駆け続けつつ耳を澄ましても、豊原の軍靴特有の足音は聞えない。
その代わり聞えて来たのは、毒蛇のたてる威嚇音のようなシューシューという音だった。
「おい便秘女!」
「ア、 アタシは便秘なんかじゃ……」
「オレに何があっても止まるんじゃねえぞ!」
(豊原が現役として義務を全うしたんなら、オレはOBとしての義務を全うしてやる!)
「老兵は死なず。ただ消えゆくのみ」という言葉が頭をよぎり、口の端に思わず苦笑いが浮かんだ。
(……オレは「消えゆく」ってワケにゃあいかねえか)
木々をなぎ倒すバキバキという音、シューシューという威嚇音がどんどん迫って来る!
振り返れば、すぐそこに巨大なワニ口が迫っているに違いない!
そのとき!
前方の闇の中から、いきなり人影が飛び出した。
「お、おめえはっ!?」「朝子!」「佑っ!」
地獄の一丁目での、親子の、そして恋人どうしの再会だった。
「こんなトコにいったい何しに来たんだこのバカ息子め!オレたちの後ろにゃあ……」
…と、言いかけて、結城はハッと気付いた。
恐る恐る振り返っても、すぐそこまで迫っていたはずのワニ口の根がいない。
(どうしたってわけだ?……………まさか……)
そのとき、佑のやって来た方向から、迷彩服の男がバラバラと姿を現した。
本部との連絡および警備のためAPCに残った兵たちだ。
先頭の兵が驚き顔で言った。
「他の者たちは!?」
「……全滅だ。それより…………ヤツが来てるんだな」
「ご存知なんですか!……さきほど本部より連絡が入りました。太平洋に出ると思われていたゴジラが突然向きを変え、こちらに向かって猛進しているとのことです!」
「チビの……ゴジラの到達予想時刻は?」
「いまごろは、沿岸に達しているものと。上陸してしまえば、あとは山一つです」
待機していたAPCの前で元来たリンゴ園の方向を振返ると、山火事のように付近の森や山並みが真っ赤に照り映える中、幾つも触腕のようなものが揺れているのが見えた。
その一つ一つが、例のワニ状の口のある根に違いない。
結城の見ているまにも次々と数は増してゆき、まるで記紀伝説のヤマタノオロチが現代に現れたかのようだ。
「あ、あれが……ビオランテ!?」
神話的光景に兵士らはそう言ったきり言葉を失った。
「そうだ」
いかめしい顔で結城が応じた。
「あのリンゴ園の地下は、バケモノみたいな根の巣窟だったんだ」
「それじゃオヤジ!まさか……まさかあのリンゴの木が……」
「リンゴ園のど真ん中に立ってるバカデカいリンゴの木が、ビオランテだったんだ!」
「そんなバカな……」
「それより、とばっちりを喰わねえウチにさっさとここを離れるぞ!ゴジラが来る前に……」
そのとき、朝子が東の山並みを指さして静かに呟いた。
「……もう来たわ」
それまで鎌首もたげ、てんでにユラユラ揺れていた無数の根が、右に倣えするようにいっせいに向きを変えた。
一瞬の後、朝子の指さす山の稜線の一点が、朝日の登らんとするかのように白く縁取られた。
だが、朝日が上るにはまだ数時間はかかるはずだ。
「……や、やべえ!?全員伏せろ!」
声を限りの結城の叫びに、全員が反射的に倒れ伏すのとほとんど同時に、朝子の指さした方角の山が……爆発した!!
山を形作っていた木が!岩が!土砂が!
道路を作っていたコンクリートが!アスファルトが!
総てが粉みじんになり、決壊したダムのように噴き出す!
そしてその中を貫いた一筋の白熱光線が、待ちかまえるバケモノの根の群落へと突き刺さった!
……またも爆発!!
Gフォース強襲部隊に圧倒的な力を見せつけた怪物の根が、一瞬で吹き飛ばされ、焼き払われ、真っ黒な炭へと変えられた!
箱根ターンパイクの走っていた山地は熱線によって奇麗に抉りとられ、その断面部分が赤い炎で、夜の世界に鮮やかな「U」の字を描いている。
そしてその燃える「U」、アルティメットの「U」を入場ゲートに、夜より黒い巨大な姿が悠然と芦ノ湖側に地響きたてて踏み込んで来た!
「チビめ!横着してショートカットルートなんか作りゃがって!」
「は……はやくここを離れないと!」
ゴジラというまだ既知の部類の怪物の出現で、Gフォースの兵たちもやっと我に変えることができた。
「本部指示で、湖の北側を巻いて三国山に向かいます。急いで乗車してください」
相手が巨大なせいで、走るAPCのハッチからも、二体の怪物の次第に距離をつめていく様子がハッキリと見てとれた。
「業平橋のときとは違う……」
二匹の怪物を睨み据えて結城は言った。
「……こんどは電源が無え。パワーなんたらは張れねえぞ。チビの熱線は防げねえ」
正体を現したリンゴの木は、元の高さより三倍ほども高くなっていた。
いや、「高くなった」というより……というより、地下に隠れていた部分が地上に現れたのだ。
ゴジラの最初の一撃で地上に出ていた根の大半は焼き払われていたが、ビオランテそのものの息の根はまだ止まっていない。
ゴジラが湖畔に到達するや、鈴なりになったリンゴの実が怪しく明滅した!
なにかの気配を感じて一瞬足を止めるゴジラ。
その直前の地面から、鋭い槍のような根が幾筋もゴジラめがけて突き出された!
しかしゴジラは、身を翻してゴジラはこの第一波の攻撃を回避すると、同じひと続きの動きで尾を振りまわし、続く第二波、第三波の攻撃を払いのけた!
「うまいぞチビ!」
思わず結城がガッツポーズを作る。
「それ以上は近づくな!そこから熱線で決めちまえっ!」
ゴジラは両足を踏ん張ると、尾も使ってがっしりした三点支持の体勢を作ると、おもむろに大きく息を吸い込んだ!
リンゴの実の明滅サイクルが短くなり、地の底から新たなワニ口や槍状の根が次々立ち上がるとゴジラめがけて殺到!
しかし、それらがゴジラに触れるよりも一瞬早く、ゴジラの口から白熱線が噴き出した!
ゴジラまでほんの数メートルというところで、ビオランテの根は一瞬にして焼滅!
そしてそのまま熱線は、リンゴの木へ、親木のビオランテへと光の軌道を描く!
「やった!」
それまで燃えるような光を放っていたビオランテは、ゴジラの熱線で本当に燃え上がり、
伊豆山中の夜空を赤く焼いた。
巨大な松明となって………。
勝負あったと、朝子以外の誰もが思ったそのとき!
芦ノ湖の湖面が激しく波立ったかと思うと、新たな怪物がその奇怪な姿を現した!
161 :
「赤い鳥とんだ」:2011/02/25(金) 00:19:26.94 ID:hWz5N3C4
「な、なんだありゃ!?」
「花獣形態じゃない!植獣形態のビオランテ!別のビオランテだ!」
「首が……、首が上下に二つあるぞ!」
新手の怪物出現を目の当たりにして、APCの内部が驚愕の声で満ちた。
芦ノ湖から出現した新たなビオランテは、業平橋に現れた個体とは明らかな違いがあった。
「X」状の口を持つのは同じだが、通常の頭部とは別に、体の中ほどの部分にも、やや小さな頭部があったのだ!
炎上したリンゴの木に赤々と照らされ、新たなビオランテは「X」状の口を開いて悲しげに一声鳴いた。
「泣いている…………ビオランテが……泣いている」
新手の怪物を無言のまま見詰めていた結城晃は、朝子を振返った。
「あれは………」
静かに頷く朝子の頬を、涙が伝い落ちた。
「おい、朝子どうしたんだ?あのビオランテがどうしたって言うんんだ?」
「佑……あれは、あのビオランテはね……由梨香さんよ」
「な、なんだって!?」
驚いた佑の視線が、朝子と怪物とを何度も行き来する。
「体の真ん中にあるもう一つの首は、きっと産んであげられなかった由梨香さんの赤ちゃんへの想いが形になったんだわ」
「ま、まさか……そんなことが」
「あのビオランテは、由梨香さんの悲しみの姿なのよ!」
新型ビオランテ、ビオランテXX(ダブルエックス)は、下に並んだ二つの首をXに開いて、もう一度泣いた。
それは、たった一人の姉の死を悼む、弔いの歌だった。
皆を乗せたAPCは、337号に上がると三国山を回りこんだところで停車。
サイドドアが開くと同時に、結城晃、佑、そして朝子が次々と飛び出した。
薄原をかき分けて進むと、そこは怪獣同士の対決を一望できるポイントだった。
芦ノ湖に出現した、二つの頭部と二本の腕、そして二本の足をもつ新たなビオランテ=
ビオランテXX。
その悲しみの唄が湖水を渡ると、唱和するかのごとく森はざわめき、山は木霊を返す。
一瞬忌々しそうに顔をしかめたゴジラは、いきなりノーモーションで白熱線を放射した!
手当たり次第の熱線が、辺りの森を焼き、山を打ち砕いてゆく。
敵の味方は敵!敵に和する者は敵!
破壊の神に加減は無い!
ただ奪い!叩きつぶし!殺し尽くすのみ!!
「チ……チビ」
自分の知っているバース島での姿とは、あまりにかけ離れた今の「チビ」に、結城晃はそれしか口にすることができない。
湖の東側を火の海にすると、ゴジラの矛先がついにビオランテXXに向けられた!
一瞬息継ぎすると、段付きで太さも勢いも増した熱線がXXに突き刺さった!
一秒……二秒……三秒……熱線がXXを捕え続ける!
……だがしかし、XXは爆発もせず燃え上がりもしない!?
佑が驚き指さした。
「見ろオヤジ!下の頭が熱線を喰ってるぞ!」
佑の言うとおり、下腹部にあるもう一つの頭がX状に口を開いてゴジラの熱線を吸収しているのだ。
「んなバカな!」と晃。
「赤ちゃんが、お母さんを守ってるんだわ」と朝子も叫ぶ。
ビオランテXXは全くの無傷のままに、ついにゴジラの熱線が止まった!
口の端を歪めて猛々しい白い牙を見せると、波しぶきをあげて敵の待つ湖水に踏み込むゴジラ。
そのとき下腹の頭が口を閉ざすのと入れ替わりに、上の頭部がX状に顎を開いて、真っ赤な溶岩のような熱線がゴジラに向けて噴き出した!
Gフォース隊員たちが驚きの声を上げた。
「ビ、ビオランテが熱線を!?」
「さっき下の頭が吸収した熱線を、上の頭から吐き出してるんだ!」
赤い熱線はゴジラにまともに炸裂!
巨体の倒れる衝撃が山体に走り、何箇所かで土砂崩れが起こった!
そのもうもうたる土埃ごしに、立ち上がりかけたゴジラめがけ、槍状の根が次々襲いかかる!
一本目と二本目は左腕で払いのけ、三本目は右手で掴み留め引き千切った!
すかさずXXの放った二発目の赤い熱線は、姿勢を落として回避!
四本目、五本目は空いた左腕で、六本目の根は右手で払いのける。
だがついに!剛腕をかいくぐった七本目の根が、巨獣の右脇腹に深々と突き刺さった!
グオウッ!
白い牙の間から一瞬苦痛の呻きが漏れる。
突き刺さった根を左手で引っ掴んで強引に引き抜くと、丸く開いた傷口から真っ赤な血が噴水のように流れ出した。
手負いのゴジラに、またも槍の波状攻撃が襲いかかる!
第一波は左腕の一振りでなぎ払ったが、その直後、第二波がゴジラのその左腕に殺到し、うち一本が手の平を表裏に貫通!
更に第三波が、ゴジラの右大腿に突き刺さり、左脛を深々と抉ると、さしものゴジラもついにズシンと片膝を湖水につけた!
業平橋の戦いでの傷も癒えぬゴジラに、さらに二本三本と槍の根が突き刺さる!
広大な湖面は、夥しい流血により一面真っ赤に染まった。
ゴジラの動きが完全に止まった。
山林に燃え上がる紅蓮の炎。そしてゴジラの大量の流血により、芦ノ湖一帯は赤一色の世界に変わっていた。
相手の動きが完全に止まったと見るや、XXはX状の顎を上下開きに変えると、真っ赤な霧をゴウゴウとゴジラに向け吐きだし始めた。
霧を浴びたゴジラの体表からたちまちブクブク泡が生じ、黒煙が沸き起こる!
「溶解液だ!」
「業平橋のときよりも威力が格段に強いぞ!」
「ここも危険です!結城さんたちもAPCに戻ってください!」
しかし、結城晃は避難を促す兵の手を払い除けた。
「いや、まだだ!まだ終らんぞ!」
「しかしもうゴジラは……」
「20年前、オレはヤツの親父と戦った。だから判る!ゴジラって生物は、あんなもんじゃ終わらねえ!」
結城の胸に、MOGERAに搭乗してゴジラ対スペースゴジラの戦いに参戦したときの思い出が蘇った。
「あのときだって、敵の力は圧倒的だった。…けどな、結局勝ち残ったのはゴジラだ。だから……だから今度だって……」
溶解液の雨のなか、ゴジラがゆっくりと立ち上がった。
体は自身の流血で真っ赤に染まり、XXの放った根が銛のように幾本も突き刺さっている。
その深紅が、月星の明かり以上の輝きを放ちはじめた。
「エネルギー体放射か!?」
「ちがうぞ佑!あれはバーニングゴジ……」
そのとき、晃らの目の前で深紅の輝きが猛烈な速度で頂点へと上りつめた!
「メルトダウンかっ!?」「爆発する!?」
隊員らが身構えた瞬間、ゴジラの口がXXのそれをはるかに上回る深紅の輝きに満ちた!
即座にビオランテXXの下側にある頭部が吸収せんとX状に顎を開く!
同時にゴジラの口から、真っ赤な熱線がドリルのように錐揉みしながら噴き出された!
XXは真っ向からこれを受け止めた!
「バーンスパイラル熱線だ!」
興奮気味に結城晃が喚く!
「ヤツの親父がメルトダウンしかかったときだけ使えた最大火力だぞ!」
「それじゃオヤジ、もしこれも凌がれたらゴジラは……」
これを凌がれたら、ゴジラの勝ちは無い!
XXが今度も熱線を受け止めたと見るや、ゴジラはさらに熱線の出力を上げた!
メルトダウン寸前の高熱にゴジラの全身が太陽のように輝き、突き刺さっていた槍根は瞬時に焼き尽くされ溶解液も蒸発!
あまりの熱線の出力に、ゴジラの巨体が大地に深い溝を刻みながらジリジリと退がって行く!
湖上をよぎる熱線の熱量に、湖水からもうもうたる水蒸気が上がりはじめたときだった!
熱線を吸収していたX状の顎から、受けきれなくなった熱線が外に噴き出した!
「みんな伏せろっ!」
結城らが大地に身を投げた直後、熱線を吸収していた下の頭部が爆発四散した!
ギェエエエエエエッ!
よろめき湖中へと崩れ落ちるXX。
熱線放射を止めるとゴジラもがっくり片膝をついたが、体の真っ赤な輝きが消えると、すぐさま立ち上がって熱線放射の体勢に入った!
ゴジラの口から放たれたのは、通常の青白い熱線だ!
しかしXXには、もうこれを無効化する手段は無い!
応戦せんと吐きだされた溶解液と槍根を行がけの駄賃に焼き尽くし、熱線はそのままビオランテXXに炸裂した!!
……ビオランテXX。
弘西由梨香は、姉と同じく芦ノ湖で、炎の中にその短い命を終えたのだった。
業平橋と芦ノ湖での事件の翌日……。
全国に配送されていたガッツ・リンゴは警察によってひとつ残らず押収された。
また試食などの名目でそれを口にしていた人間は、合法・非合法あらよる手段をもって追求され、問答無用で超法規的に身柄を拘束された。
「身柄拘束を受けた」という事実は、その者に、かつて弘西由梨香が貼られたのと同じレッテルが貼られることを意味している。
そして、朝子と佑もその中に含まれていた。
事件の一ヶ月後、結城晃は、防衛省管理の医療施設で、黒木一佐と対面していた。
「……災難だったな」と結城。
黒木が応えた「まあ予想された展開です」
政府は被害拡大の責任を、Gフォース指令の黒木一人に負わせていた。
「地上部隊を右往左往させた挙句、肝心の戦闘に間に合わなくさせたのは、アンタじゃなく政府のバカどもだろうが。そもそもGフォースを解隊したんだってヤツらが……」
憤懣やるかたない様子で言いつのる結城の鼻先に、静かに手をかざして黒木は制した。
「最初から判っていたんです。彼らは、自分らの不手際を隠すためのスケープゴートを必要としていた…」
「それじゃアンタは……」
黒木のさばさばとした表情は、政府与党からの非難の矢面に立たされている人間だとはとても見えなかった。
「スケープゴートでも、なんでもよかった。謎の怪獣の脅威から国民を守れさえすれば、その後自分がどう言われようと。……ところで結城さん、ここに自分を訪ねてみえられたのは佑くんの件ですね?」
結城について来るよう促すと、黒木は先に立って応接ロビーを出た。
造花が飾られ、窓から明るい日の光が差し込むのは施設の表側だけだった。
少し奥に入っただけで窓には鉄格子が嵌り、ガラスも鉄線入りの曇ガラスに変わった。
警棒を装備しただけの警備員が立つゲートを抜けると、裏にはすぐにもう一つのゲートがあり、ここにはカービン銃装備の歩哨が立っていた。
「最初のゲートは見せかけか……」
そっと囁く結城に、黒木は前を見たまま無言で頷いた。
通常警備のゲートの背後に隠れた、小銃で警備された本当のゲート。
そのことが、いまいる施設の性質を無言のうちに語っていた。
元Gフォース指令にしてここの施設長たる黒木の先導無しに結城が入ることは不可能なのだ。
もし無理矢理に押し通ろうとすれば、射殺されることも覚悟せねばならない。
……ここはそういう施設なのだ。
「捕虜収容所ってとこか」
「ここはあくまで急ごしらえです。本施設は一カ月後もっと内陸の……」
(……仮でこれなら本施設はどうなるんだよ……)
結城がそう考えていると、それを読みとったかのように黒木が言った。
「本施設はBSL4をクリアする我が国で三番目の施設になります」
BSL4=バイオセイフティーレベル4。
かつてはP4と言われ、天然痘やペスト、エボラウイルスなど最凶のウィルスや細菌等を取り扱うための施設である。
「本施設では、収容者はすべて地下40メートルの地下部分に入れられることになるでしょう」
黒木と結城は建物裏の回廊を抜けて、背後に立つ別棟に入った。
「ここから収容棟です。周囲を囲む壁の高さは5メートル。壁の内側に張られた有刺鉄線には高圧電流。要所には監視塔も置かれ、脱走を試みる者は誰何無しに問答無用で射殺しろと命じられています」
「捕虜収容所どころの騒ぎじゃねえな」
「政府は、リンゴを口にした者のビオランテ化を……と、言うより、ビオランテ化の責任を問われることを恐れています」
「でも被収容者には男も混ざってるじゃねえか。ビオランテになるのは女だけなんだろ?」
「そうです。しかしそれは科学的に証明されたワケではありません。あくまで自分の推論であり、弘西浩二の見解に過ぎないのです」
「しかし科学的証明ったって……」
そこで結城も気がついた。
ビオランテのリンゴがゴジラに焼かれ、植獣ビオランテXXも滅びたいま、ビオランテ化の科学的解明など不可能に近い。
つまり政府の意向は……
「……収容されたら、死ぬまで出られねえんだな?」
「そういうことです」
(捕虜収容所どころの話じゃねえぞ!)
結城は顔が引きつるのを感じた。
(ここは……墓穴だ。ビオランテの実と関わった人間を埋葬するための墓穴だ!……だが、なんで黒木はこんな場所までオレを……?)
そのとき突然、目の前を行く黒木の背中が止まった。
ぶつかりそうになり慌てて結城が脚を止めると、目と鼻の先に、いつの間にか振返っていた黒木の顔があった。
「結城さん……」
……それはとても低い声だった。
「……佑くんと朝子さんをここから助け出してくれ」
「な、なんだと!?」
「1時間ほどまえ、Gフォース本部から連絡がはいった。海中をゴジラ来る。進路から見て、目標はここである可能性が高いと」
「チ、チビが来るのか!」
頷く黒木の顔は真っ青だった。
低い声のまま、掠れ掠れの声で黒木はつづけた。
「……ゴジラ接近の場合、本部指示によれば我々は……被収容者を全員抹殺することになっています」
このスレ終わったと思ってた
スレは終わっとらんが、この話はもうじき終わるぞ。
170 :
{:2011/03/04(金) 22:01:01.25 ID:GR2zJnti
廊下をカツカツという足音がやって来た。
医療スタッフではない。医療スタッフならゴム底の靴を履いているからだ。
(靴底が堅い。軍靴……軍人だな。でも……足を引き摺っている。ここに足を怪我した兵なんていたか?)
奇妙に感じて、結城佑は拘束室のベッドから身を起こした。
脚を引き摺る靴音は、長い廊下をカツカツとやって来る。
監視カメラに一瞬視線を走らせると、佑はベッドから滑り降りてドア前に立った。
足音は確たる意志を示すようにまっすぐやって来ると、佑の閉じ込められている部屋の前で止まった。
直後、カツンと聞えたのは衛兵が踵を合わせた音だ。
「………だ」「しかし黒木一佐の許可が無ければ」「許可なら……」
名乗った名前は聞き取れなかったが、目の前のドアから錠前を回す音が聞える。
ほとんど1週間ぶりに、ドアが開くらしい。
ドアが錠が開くのと同時にガスッという鈍い音が聞え、ドアが開き始めるなり隙間から迷彩服の兵の体が部屋の内部に倒れこんできた。
(うわっ!)
思わず佑が飛び退くと、監視役の兵よりも年配の私服姿の男が部屋に滑りこんで来た。
「……結城佑くんだな?」
「は、はい」
「君と朝子くんを助けに来た」
「あなたはいったい?」
「オレは豊原、元Gフォース所属で君の父さんの知り合いだ」
「と、豊原って、たしかあなたは……」
豊原二尉は……生きていた。
リンゴ園からの脱出行で、結城晃と朝子を逃がすため自らオトリとなった豊原は、襲ってきた根を避けきれず、数十メートル以上も森の奥へと弾き飛ばされた。
しかし、ギリギリのところで牙にはかからなかったのだ。
「死中に活ってヤツさ。それよりさっさとここを脱出するぞ。もうじき処刑部隊が来る」
衛兵が倒され無人となった廊下に滑り出すと、豊原は佑に短く言った。
「監視カメラは気にしなくていい」
「でも……」
「オレの仲間が撹乱をしかけてるし、それに予想外の展開だがゴジラがこっちに向かってる。つまり誰も監視カメラなんか見てないってことだ」
「ゴジラが!」
「そうだ。問題は、ゴジラがココに来るなら、ココでB化が起こってる可能性があるってことだ。そしてB化の危険があるのは……」
「女子収容区画だ!……朝子が危ない!」
豊原の手引きで佑が拘束室を脱出できたころ……。
結城は逆上して思わず黒木の襟首に手をかけた!
「ゴ、ゴジラに襲われ易いようにだと!?ま、まさかそんな……」
ビオランテの実を口にした者は、何時ビオランテ化するか判らない。
そもそもビオランテ自体が危険な存在だし、それを滅ぼしにゴジラもやって来る可能性を考えれば、危険は無限大だ。
対策としては、被拘束者の「処分」が最も簡単だが、法律的にそれは不可能。
しかし、「死ぬまで拘束」する場合、拘束用施設の建設および維持・管理に法外な費用がかかる。
最も簡単な対策は……。
「逆転の発想だよ結城。ゴジラが襲ってきても被害の少ない場所に施設を置いて、ゴジラがやって来るのを待つ。上手いことゴジラが被拘束者を皆殺しにしてくれればそれで万々歳。それが政府の考えなんだ」
「それでこんな伊豆半島の端っこに拘束施設を置いたのかっ!ふ、たざけるな……」
激昂して大声を出しかけた結城の口を、素早く手で塞いで黒木は言葉を続けた。
「いまオレの仲間が被拘束者を全員救出させるべく動き出している。だからアンタは佑くんと朝子さんを……」
そのとき、黒木の言葉を遮って、頭上のスピーカーから男性の野太い地声が響きわたった!
『緊急事態!緊急事態!第3区画でB化発生!警備兵は全員完全武装の上急行せよ!』
172 :
創る名無しに見る名無し:2011/03/11(金) 17:19:23.76 ID:A7kcIn4W
age
>>172 保守ありがとう。
ゆきがかり上、他のスレで書き込みを多くしていたのでちょっとお留守に……。
しかし今回の地震被害を見ると……痛ましいな。
もうすぐ春とはいえ、東北はまだ寒い。
家財を失い、寒空に立ちすくむ心の寒さはいかばかりであろうか?
次に書くのは、人の温かさが感じられる話にしよう。
『緊急事態!緊急事態!第3区画でB化発生!警備兵は全員完全武装の上急行せよ!』
自動小銃を抱えて奥の建物へと走る迷彩服姿の兵士たち。
逆に奥の建物から半狂乱の態で逃げてくる男女の纏った白衣には、赤い血糊の点が散っていた。
行く手から、バリバリッ!という自動小銃の発射音が断続的に聞こえてきた。
何丁もの自動小銃が一斉に火を吹いている。
更にもっと低く太いドスンという音。
続いて床を伝わる振動。
少し間が開いて、男の声で短い悲鳴が聞えた。
もう豊原や佑に注意をはらう者など一人もいない。
突如発生したB化
そして迫り来るゴジラ。
二つの危機を前に、「施設」は完全なパニック状態に陥っていた。
「どうしてもついて来るのか佑くん?」
「……ここでついて行かなかったら、僕、朝子を裏切ったみたいになっちまうんです。あの夜だって……」
佑の言う「あの夜」とはリンゴ園が炎に包まれ、ビオランテとゴジラが芦ノ湖畔で対決した夜のことだ。
「あの夜、僕があんな煮え切らない態度をしていなければ、朝子はあの夜リンゴ園には行かなかった……。それに旅行に誘ったのだって……」
「わかった、もういい」
前方から目を離さないまま、豊原は佑の言葉を遮った。
「……あの様子だとB化は2階で発生してるようだな。朝子くんが拘束されているのはデータによると302号室だ。オレから離れるなよ」
這うような低い姿勢のまま、豊原は猫のように動き出した。
無人の検問を突破すると、銃声が急にクリアになった。
ここからは狂乱の支配する戦場なのだと、佑は思った。
「まずはこっちだ」
連れだって小走りに行く黒木と結城の傍らを、さっき検問に立っていた兵士が全力疾走で追い抜いて行った。
小銃はもう肩に下げられておらず両手に抱えられており、銃口は水平になっていた。
「兵士は全員B化に対応するため、発生区画、たぶん第三区画に向かったはず。千載一遇のチャンスです」
ひとめを気にするのを止め、黒木は全力で走り出した。
「チャンスだと?」
結城も走るスピードを上げて黒木に追いつくと、並走しながら結城は聞いた。
「……いったい何のチャンスだ?」
「被拘束者を脱出させるんです」
「な、なんだと!」
「我々兵士は国民の盾となり剣となるべきもの。その我々が、国民に対して銃を向けることなど決してあってはならない」
「だ、だがよ、B化が起こってるんだろ?!ビオランテになるかもしれねえんだろ!?」
「ビオランテになるというのなら、ビオランテになってから倒すだけです。ビオランテになる前は、やはり我々が守るべき『国民』です」
応える黒木の脳裏にあったのは、20年前見た光景。
雨の日の葬儀。
容赦無いマスコミの視線に耐える少女の姿だった。
(あのとき……私があの少女を守れていれば、いまのこの事件はおこらなかった)
キッと歯を食いしばると、黒木は一層スピードを上げた。
「……こんどは絶対に守ってやる!」
「え?いまなんて言ったぁ?」
「……ただのひとりごとです」
黒木の目指す先は、拘束施設の中央管理室。
正面ゲートを開くには、ここを押さえる必要がある。
ただし、この部屋までが無人になっているはずは無い。
黒木はショルダーホルスターから9ミリ拳銃を抜き出すと、素早い手つきでスライドを引いた。
中央管理室のドア前で後を止め、黒木は息を整えながら監視カメラへと目をやった。
手はず通りなら、Gフォース本部のコンピューターから侵入した鈴木が、監視カメラを撹乱させているはずだ。
それに、B化発生とG襲来のWパンチとあっては、大人しく監視カメラを睨んでいる所員がいるとも思えない。
服装の乱れを手早く整え呼吸も落ち着くと、黒木は結城に(隠れていろ)と合図してポケットからチェーンに繋がれたカードキーを取り出した。
B化が発生すれば中央管理室のドアは一般キーでは開かない。
だが、黒木の持つ管理者キーであれば別だ。
軽いモーター音とともにドアが左にスライドすると、室内の兵士3人が一斉に強張った顔を向けた。
「B化発生の状況について報告を……」
事務的な口調を装いながら、3人の方に歩きかけた黒木の足が突然止まった。
監視カメラの画面には、所在なさげに鼻クソをほじる結城の姿がハッキリと映し出されていた。
「監視カメラが……生きている!?」
「ついさっきまでは何も写さなくなっていたのですが……」
3人のうち、もっとも位階の高い兵士が申し訳なさそうに一歩前へと進み出た。
「……そうか、しまった」
こちらに向かって来るゴジラが、Gフォース本部との間のラインを破壊したに違いない。
そのため本部から鈴木が仕掛けたはずの撹乱が、解除されてしまったのだ。
拳銃を抜いて勝負をしかたとしても、3対1ではオチは見えている。
「……オレを逮捕するか」
肩の力を抜き、黒木はため息をついた。
…バシュッ!!……ドサッ
目にもとまらぬ速さで叩きつけられ、壁に真っ赤な血の跡を残したのは、自動小銃を握ったままの兵士の腕だった。
銃声は、もうすぐそこで聞える。
辺りに漂う甘い臭いは、大森の殺人現場で、そして芦ノ湖のリンゴ園で嗅いだのと同じものだ。
Bはすぐそこにいる!
豊原はそっと腕を伸ばして、目の前に転がるもげた腕から小銃を素早く奪い取った。
「ここはオレが抑える。佑くんは上に行って朝子くんを助け出せ。彼女の部屋は三階の一番奥。他の部屋は空き部屋だから無視していい。そしてこれが……」
豊原は黒木から渡されていたカードキーを佑に手渡した。
「たのむぞ」「……はい」
短い返事を残し、佑は三階への階段を駆け上がった。
(朝子!待ってろよ!!)
手すりに縋るようにして、佑は非常階段を駆け上った。
身柄を拘束されて以来、全く運動をさせてもらえなかったため、久しぶりの運動に脹脛が悲鳴を上げるが、休んでいられるわけもない。
前門の虎と後門の狼!
迫り来るGと、階下で荒れ狂うB!
時間は殆どないはずなのだ。
178 :
「赤い鳥とんだ」:2011/03/16(水) 23:46:04.07 ID:lkHQDXBB
ドアの向こうにひっくりかえっていた患者搬送キャスターを押しのけると、佑は廊下に転げ出た。
廊下には兵士も職員も誰もいない。
階下での銃声や爆発音が木霊す廊下には、何かの記録票が華吹雪のように舞い散っているだけだった。
「あ、あさこぉ……」
佑の喉から絞り出されたのは酷い掠れ声だった。
廊下を進みながら改めて息を吸い込みなおすと、今度こそ大声で、佑は叫んだ。
「朝子!!助けに来たぞーー!」
……返事は無かったが、目指す一番奥の部屋で、何かが動く気配が確かにあった。
「朝子ぉ!逃げるんだ!ここから!!僕と一緒に!!」
ドアに柔らかなものがぶつかる音がして、懐かしい声が返って来た。
「佑!?本当に佑くんなの!?」
「あったりまえだろ!!」
カードキーが通され扉が開くと、柔らかな体が佑の腕に飛び込んできた。
「佑くん」「朝子!」
一瞬だけ、石のように堅く抱き合うと、佑は目の前の朝子に言った。
「ゴジラが来てる。それから下の階じゃビオランテも。急いで逃げなきゃならないんだ。走れるかい?」
……佑の見ている前で、朝子が花のような笑みを浮かべた。
この世のすべての願いがかなったというような幸せの頬笑み。
もう何も思い残すことは無いというような……。
そして静かに朝子は、そっと佑から体を離した。
「ダメ、私は行けないわ」
「な、なんでだよ朝子?なんでダメなんだ!?」
「その代わり……佑くんにお願いしたいことがあるの。一生のお願いなの!」
「いきなり、な、なにを言い出すんだよ!?」
静かな微笑みを浮かべたまま、朝子は一歩二歩と後ずさった。
「佑くん……アタシなんか助けに来てくれて、本当にありがとうね」
朝子の頬を涙が伝った。
同時に……朝子の白い脚の間から、真っ赤な筋が、矢のように流れ落ちた。
179 :
「赤い鳥とんだ」:2011/03/17(木) 23:47:38.50 ID:y8cwHTGx
「黒木一佐殿、もうしわけございませんが、アナタを逮捕します」
中央管理室の二尉は黒木に改めて言い渡した。
黒木の拳銃は警備兵の一人の手の中に。
そして黒木の隣には、不貞腐れ顔の結城晃がいた。
「……アナタの行為は自衛隊法第……」
兵士は定式通りに続き、兵士たちの前では、幾つものモニターが第三区画での戦闘の様子を複数のカメラから映し出していた。
胸部の前から二本、背中の左側から一本、棘だらけの触腕が生えた人型の怪物が、赤一色のモニター画面の中で荒れ狂っている。
その足元には、マネキン人形の部品のようなものが散乱し、人員被害の大きいことを物語っていた。
「……あれがそうか」と黒木。
結城がつづけた。
「……オレが業平橋で出くわしたのと同じタイプだな。怪獣化されると厄介だぞ」
「その心配はありません」
現役と元の一佐二人を相手に、警備兵の言葉は礼を失さない。
「黒木一佐はご存知でしょうが、ここには対応できる武器があります」
画面にも、その武器が登場した。
兵士たちが後退し、入れ替わりに姿を現したのはなんとも奇妙な「車両」だった。
幅広なキャタピラの割に車体の狭い、乳母車大の無人車両が二台。
前の車体には巨大な機関砲が機関部を露出する形で搭載され、後の車体はその弾倉部らしきものを搭載。
二台は可動関節で連結されているらしく、さらに給弾ガイドが二台を接続していた。
「おい黒木、なんだありゃ!?」
「米国から輸入したタロンをタンデム連結して、ブッシユマスターと弾倉を搭載したものだ」
「対B化人間用のロボット兵器です」
モニター画面にロボット搭載のカメラ映像が映し出されると、警備兵の視線も自然とモニターに集まる。
黒木と結城がこっそり視線を交わしたのにも、誰一人気がつかない。
警備兵らの注視のもと、短めの接地長によるギクシャクした動きでロボットはBへと接近すると直ちに攻撃を開始した。
画面からは聞こえてこないが、現場では甲高いモーター音と全く切れ目の無い発射音が連弾を奏でているに違いない。
最大発射速度一分当たり最大225発の25ミリ焼夷榴弾が土砂降りの雨のように怪物を打ち叩く。
ロボットがBを完全な細切れの消炭にするまで、30秒とはかからなかった。
「……終わりました。圧勝です」
警備兵が満足げに漏らした。
そのとき、非常階段を捉えた監視カメラの画面の端にそれは現れた。
180 :
「赤い鳥とんだ」:2011/03/17(木) 23:55:24.11 ID:y8cwHTGx
「……あれは?………被拘束者か?だが、被拘束者は既に……」
警備兵が思わず疑問の言葉を漏らした。
非常階段の上段部に現れたのは、真っ白い脚。
若い女の裸足だった。
白い肌に、真っ赤な線が幾筋か、直線的に走っている。
何者かの出現を感知したロボットが、機関砲塔を180度旋回させると、搭載カメラの映像にも映し出された。
だが……画面が酷く乱れて、クリアな映像が得られず、階段を下りて来るのはどうやら全裸の女性らしいとしか判らない。
突然!何かを感知したロボット兵器が、猛然と射撃を開始した!
10秒……20秒……30秒………今度の射撃は長い。
視界はたちまちモウモウたる発砲煙に包まれ、中央管理室のモニターに表示された「残弾数」はみるみる下がっていく。
そしてついに「残弾表示」が0になった。
「……殺れたのか?」「もちろんだ。残弾が0になるまでブチ込んで、殺れないわけが……」
それまで黙りこんでいた警備兵たちが堰をきったように喋り出した直後。
ロボット兵器搭載カメラの画面が猛烈にブレたかと思うと、いきなり暗転して何も写さなくなった。
「ま、ま、まさか……」
真っ暗になった画面を前に警備兵三人が茫然となった瞬間、黒木と結城が襲いかかった。
黒木の手刀が飛び、結城が吠える!
そして奇襲戦闘数秒……黒木が一人倒すあいだに、結城が二人を倒せたのは、やはり実戦経験の差によるものだろう。
中央管理室はあっさり黒木と結城の占拠するところとなっていた。
「これでやっと豊原が佑くんと朝子さんを外部に連れ出すことができるようになりました」
ただちに黒木は施設を封鎖する一切の警備設備のスイッチを切った。
「そんじゃあ、さっきの新型Bの相手はゴジラに任せて、オレたちもこんなトコさっさと……」
そのとき……………ドーーーン!
施設全体が、地震のように大きく揺れた。
「まさかこの震動は!?」
黒木は必死に制御デスクにしがみつくと、モニター画面を外部監視用カメラ画面へと切り替えた。
施設のぐるりを囲む森越しに、黒い巨大な姿が聳え立っていた。
「チビめ、もう来やがったのかよ!」
「チビめ、もう来やがったのかよ!」
モニター画面に向かって白い牙をむく黒い巨獣!
するとそれに呼応するように、施設全体がグラグラと揺れ始めた。
「こ、この震動は!?」
「……この揺れ方は……チビじゃねえぞ!」
巨獣の足踏みなら縦揺れだが、建物の震動は横揺れだ。
モニター画面で見る限り一番揺れが激しいのは第三区画で、壁に亀裂が走り天井パネルや照明器具が次々落下、あちこちから火花が散って煙も上がっている。
そしてさっきの新型Bの姿はどこにも見えない。
「……Bが巨大化してやがるんだ!チビと戦うために!」
「巻きこれる前に脱出するぞ」
「佑たちは!?」
「心配するな、豊原がついてるはずだ!さあ行くぞ」
二人は中央管制室を飛び出すと、震動の一層激しくなった廊下を落下物を避けながら駆け抜けた。
途中の窓から見えた第三区画の建物は、建物全体が中央部分で真っ二つに裂け、中から火山のように白い煙が沸きだして、断続的に閃光も放っていた。
一方、大きく間をあけた巨大な縦揺れも、一歩一歩と距離を詰めて来る。
それは最終決戦へのカウントダウン。
ゴジラ対ビオランテの7度目の、そして最後の戦いが始まろうとしていた。
「……おい黒木!あ、あれを見ろ!」
施設を見渡すことのできる小高い丘に登ると結城が指さした。
右には海からやって来たゴジラ。
左手には真っ二つに割れて煙を上げる第三区画の建物が見えた。
その建物一面にひび割れが走って崩れ落ちたかと思うと、中から真っ赤な丸いものがグングン膨れ上がりながら現れたのだ。
「なんだよ?あ、あの赤い丸いもんは?」
「……わかりません。卵、なのか……」
陽光に神秘的な輝き放つ、信じられないほど巨大な「ルビー」……。
ドクン・ドクン……物体の放つ脈動が一時辺りを支配し、ゴジラすらその前に脚を止めた。
結城が「物体」の頂を指さした!
「あ!黒木!見ろ!あれを!あの一番上んトコを!」
グングン高さを増しながら伸びあがっていた「深紅の卵」の上端に、柔らかな「ほころび」が生じたのだ!
牙むくゴジラの目の前で、「深紅の卵」の上部に生じた「ほころび」は、すうっと静かに下端へと至り……そして……あとは一気に花開いた!!
「卵なんかじゃない!あれは蕾だ!巨大なバラの蕾なんだ!」
驚愕の声を上げる黒木一佐の目の前で、花開いたバラの中から、巨大な生物が優雅な動きで立ち上がった!
丸い腰に、たわわな乳房。そしてなだらかな肩。
現れた巨大生物は、体色こそ植物のような緑だったが、不吉なほど人間に似ていた。
……と、いうより、新型ビオランテはある人物とそっくりな姿をしていたのだ。
「な、なんだとぉお!?」
今度は結城晃が叫ぶ番だった。
「あれは……あれは、便秘女!朝子のヤツじゃねえか!!」
新型ビオランテは静かに口を開くと、ずらりとカミソリのように鋭利な牙が並んだ口で、叫んだ!
「アナタヲ ココヨリ サキニ ユカセルワケニハ イカナイ!」
宣戦布告を受け、白い牙を剥くとゴジラもひと声大きく吠えた。
決戦のゴングは鳴った!
人そのものの姿に、無数の茨と真っ赤なバラの花ビラを纏う異形のビオランテ=ビオランテXXX(トリプルエックス)。
植物の女神は真っ赤な花ビラの翼を広げると、重力を受け付けないかのように空へと浮かび上がった。
思わず結城が言った。
「朝子のヤツが……鳥になった!?」
タンポポの綿毛のように空中に漂うXXX。
これを撃ち落とさんと、背ビレを光らせ熱線を放つゴジラ!
しかしその命中寸前、XXXはすべての花ビラを閉鎖しスクリューのように回転!
花ビラのシェルターで熱線を弾き飛ばすと、そのまま深紅の砲弾となってゴジラに突進!
黒い破壊神を体当りで突き倒すと再び花ビラを開放して、茨の触手を次々と繰り出した。
有刺鉄線のような触手が、ムチとなって巻き付き、レイピアとなってゴジラの体に突き刺さる。
さらに、真っ赤な花ビラが燃え立つように赤く輝いたかと思うと、花ビラ全体から赤い稲稲妻が幾条もゴジラへと迸った。
ゴジラが苦悶の叫びを上げる。
だが、攻めているXXXの顔も苦痛に耐えている。
それを見上げる結城の顔もまた苦痛で歪んでいた。
「その顔は……命を削って攻撃してるってのか!?でも、何故だ朝子!?何のためにオメエは……」
それまで全開だったXXXの花ビラがゆっくりと閉じ始めた。
それに伴って、深紅の稲妻も次第に一本に収束してゆく。
「見ろ!結城さん!凹面鏡みたいに稲妻を一箇所に集中させる気だぞ!」
茨で繋がれたゴジラに最大出力で収束稲妻を放つ!
標的はゴジラの心臓!!
XXXの顔がいっそうの苦悶に歪む!
そのときゴジラの背びれがフラッシュのように光った!
攻撃は最大の防御!至近距離からの熱線放射!
しかも、茨を繰り出しているのでXXXは花ビラのシェルターを閉じられない!
キャアアアアッ!
まともに食らった熱線でXXXは後ろざまに墜落!
ゴジラを縛した茨もその勢いで総て引き千切れた。
形勢逆転!
再度フラフラと浮かび上がったXXXに、ゴジラは更なる熱線を放つ!
またも花ビラを全閉鎖し防御態勢にはいるが、既に受けているダメージが大きい。
熱線を食らうと、受けきれずに大爆発をおこして花ビラが何枚も飛び散った。
衝撃でバランスを崩し墜落しかけたのを、なんとかだけは体勢は立て直せたXXX。
だが、すでに勝負はついていた。
184 :
「赤い鳥とんだ」:2011/03/26(土) 23:01:26.90 ID:y8uWxuhw
「おい!朝子ぉ!」
声を限りに結城が叫ぶと、声のする方にXXXは目をやったように見えた。
「もうダメだ!チビにゃあ勝てねえ!だから、いまはともかく逃げるんだ!」
しかし……。
植物の女神は微かな笑みを返と、わずかに顔を横に振った。
そして……XXXはゴジラに向かって猛然と空を走った!
細い両腕でゴジラの首にしがみつき首筋にキバを立てると、残った総ての花ビラをゴジラを抱きしめたままにスルスルと閉鎖!
ゴジラと自分を飲み込んだまま巨大なバラの蕾となると、ドリルのように回転しはじめた!
土煙を立て大地を震動させながら、あっというまに地の底へと姿を消すバラの蕾。
数秒ほどは激しい地震ともに、土や岩石が柱となって吹きあげられていたが……。
ドーーーーーーーーーーーーン!!
それまでとはケタ違いの震動とともに、炎の柱が地の底から立ち上がった!
赤い赤い炎の柱が。
「あ、朝子のやつ、チビと相討ちなのか!?」
「いやゴジラが死んだという確証はない。だが、ビオランテの方は……」
「で、でもよ黒木、どうして朝子のヤツがビオランテになったんだ!?
弘西夫婦は、朝子はビオランテにゃなゆんねえって言ったんだろ!?」
「判らん!施設での検査でも朝子さんにビオランテ化の兆候は全く見られなかった。
彼女に見られたのはただ……」
そのとき、森の下生えを掻き分け、傷だらけの男が二人の前に倒れ込んで来た。
「結城さん!黒木一佐殿!」
「と、豊原じゃねえか!」
結城は駈け寄ると倒れかかった相手の体を受け止めた。
「どうしたんだそのザマは?佑はドコだ?一緒じゃねえのか?」
「そ、それが……佑くんは……」
……その数分後、黒木に結城、そして豊原の三人は、運よく無事に生き残っていた「施設」の車を走らせていた。
「……なんて迂闊だったんだ!」
ハンドルを握ったまま黒木一佐は顔を歪ませた。
「検査官の一人が言ったんだ。朝子くんにB化の兆候は見られないが、妊娠初期のような変調が観察されると。
もちろんその調査も行なったが、妊娠は確認できず、結局は想像妊娠ではないかということだった。しかし……」
助手席でダッシュボードの装置をあれこれ捜査しながら、絶句した黒木に変わって豊原が言葉を繋いだ。
「……しかし朝子さんは本当に妊娠していた。佑くんの子を。そして、その受精卵にビオランテのリンゴが作用したんです」
「なんてこった……」
後部座席で、結城晃はくしゃくしゃの顔を手で覆った。
「ゴジラの標的は佑と朝子の……。それで朝子は子供を佑に託して……。二人を逃がすためにゴジラと戦ったのか……」
指のあいだから涙が流れ出た。
「たのむ!佑!せめてオメエだけは無事でいてくれ」
「……一佐殿!うまくいきました!」
センターコンソールのはめ込み式ナビに、自車とは違うもう一つの表示が現れた。
「佑くんは、裏口に止めてあったコレと同じタイプの車で逃げています。前方に表示されているのが……」
「佑の車か!」
後部座席から晃が乗り出した。
「あのバカ、どのへん走ってやがんだ!?」
「たいして
「離されてはいません。精々10分か15分でしょう。向かっている先はこのコースだと…………そうか!芦ノ湖です!」
「しかし……」
ハンドルを握ったまま、険しい目つきで黒木が言った。
「……我々にも捕捉できたのだから、Gフォース本部にも佑くんの動きは捕捉されていると考えるべきだろう。本部からの追手がくる前に、なんとしても佑くんの身柄を確保しないと……佑くんの命が危ない」
黒木がアクセルを床までベタ踏みすると、三人を乗せた車がガクンと段付きで加速を開始した。
物語は、すべての起点となった芦ノ湖へと回帰しようとしていた。
187 :
創る名無しに見る名無し:2011/04/05(火) 09:30:07.11 ID:ilxg8L5Y
保守します。面白い
まだ規制継続?
キキキキィィッ!
タイヤが鋭く鳴って重い車体が横滑りしかかるのを、強引にカウンターを当て立て直す。
グリーンに塗られた旧型パジェロは、ゴジラ接近警報のため殆ど車の走らなくなった道路を疾風のように走り抜けていった。
限界ギリギリの車速でカーブに飛び込んではこれをクリアすることで、佑の運転する前車との距離はかなり詰まってきていた。
だが、伊豆スカイライン・熱海峠を抜けて20号に入ったあたりかから一般車両が増え、思うように走れなくなってきていた。
「ナビの表示だと、直線路なら視界に入って来てもいいくらいなんですが」と豊原。
「湖までは?」と結城。
「…数分で到着……あ!いま向こうの山にヘリが」
「ああ。オレにも見えた。本部からの部隊だろう。…とばすぞ!」
20号に入って抑え気味にしていたアクセルを黒木がベタ踏みすると、ディーゼル特有の排気ガスを煙幕のように吹上げながら、車は再び加速を始めた。
「あっ!見えた!」「オレにも見えたぞ!!」
豊原と結城が競うように叫ぶ!
林間の長い直線路奥ののカーブに、三人の乗るのと同じ色の車が左に消えたのだ!
「町の方には降りないのか?あれだと湖の西側の高地だぞ」
疾駆する車のフロントガラスから、佑の車が消えたカーブの上空で緑のヘリが同じ方向に旋回するのが見えた。
「いまのは本部からのヘリだ。着陸できる場所を探してるんだ。たぶん佑くんは車を降りたぞ」
ほとんど速度を緩めぬまま、佑の車を追ってカーブをきると、林は突然途切れ、一面枯れ草が茂った野原になっていた。
その枯れ野原横の僅かな空き地に、陸自パジェロが突っ込むように止まっていた。
前車の後部バンパーにぶつけるように車を降りると、まずは結城、続いて黒木と豊原が飛び出した。
「佑ぅぅぅぅっ!このバッカ息子ぉ!!どこにいるんだ!とっとと返事しやがれーーっ!」
結城が、枯れ野原を掻き分けて必死に進むと、枯れ草色が真っ黒な炭の色に変わり、とたんに視界が開けた。
結城晃の立つところから、数ルートルほど高くなった湖の上に突き出た断崖の上に佑はいた。
「こ、このバカ息子!そんなトコで何してやがんだ!とっとと降りてこい!」
父親の声に息子は振返った。
白い布切れに包まれたものを大事そうに胸の前に抱えている。
追いついてきた黒木が、努めて落ち着いた声で尋ねた。
「佑くん、その抱えているものは……朝子くんの子だね?」
佑は静かに頷いた。
「僕と、朝子の子だ」
「そんな所にいないで、ここまで降りて来るんだ。我々は君の敵じゃない」
「そ、そうだ佑!そんなトコに突っ立ってねえでさっさと降りて来やがれ!」
「……できないよクソオヤジ。だって降りてったら、この子、殺されちまうじゃん」
「けどよ、降りて来なけりゃテメエまで……」
「そんなことわかってるさ。でも……約束したんだ。朝子と。この子を芦ノ湖に返すって」
佑は胸に抱いた赤子に優しい視線を落とした。
「朝子は……この子を生かすために命を賭けたんだ。だから今度は僕が……」
「んなバカなこと考えてんじゃ……」
そのとき、断崖下手の藪が微かに揺れて、細長い棒状のものが突き出された!
「危ない狙撃だ!」「佑伏せろ!」
黒木の声、結城の叫び、そしてバムッ!という自動小銃の発射音がいっしょくたになって湖上に鳴り響いた!
「……佑っ!!」
……運が良かったと結城晃は思った。
弾は外れたのだと。
銃声のあとわずかのあいだ、結城佑は何事も無かったように立っていたからだ。
だが、次第に前のめりに傾き始め……。
自分と朝子の子を抱いたまま、結城佑は、断崖の下、芦ノ湖湖面へと一直線に落ちていった。
結城佑の死体は、半日にわたる捜索のあと芦ノ湖から引き上げられた。
その顔は、朝子との約束を果たせたからか、とても穏やかだったという。
二人の子は、いまも見つかっていない。
青い鳥は幸せの鳥だという。
では、朝子にとっての赤い鳥とは……どんな鳥だったのだろうか?
「A級戦犯/赤い鳥とんだ」
お し ま い
191 :
創る名無しに見る名無し:2011/04/07(木) 19:21:42.61 ID:TKHqtTD0
やれやれ、やっと終わった。
長い話なのでどこかでカットしようと思ったが、結局殆どカットはしませんでした。
何年か前「産み捨てられ、死亡する赤ん坊を助けるため、とある自治体が『赤ちゃんポスト』を作った」という報道がありました。
このとき、「親と子の絆の物語」として粗筋を考えた駄文3作のうちの一つです。
暫く様子を見て、他に投下作が無ければ「冥獣」投下を開始するつもりでしたが、長文を投下するためアクセス規制?を受け易いようです。
あるいは投下を見合わせるかもしれません。
ながいあいだ、ありがとうございました。
一度の投下が多量になり過ぎないよう、ボチボチ投下開始しますか。
では……「冥 獣」
193 :
「冥 獣」:2011/04/08(金) 19:12:52.81 ID:d86Mc/0O
後ろに続く与一に手真似で「動くな!」と命ずると、熊笹の藪に向け、伍平は静かに鉄砲を構えた。
与一には、父が何を狙っているのか、まるで判らない。
ただ父の尋常ならざる気配が、何かとてつもない危険の迫っていることを感じさせる。
笹藪の上を風が一撫でした瞬間、伍平はズドン!と鉄砲を撃った。
ドサッ…
笹藪の中で、なにか大きなものの倒れる音。
物音がしたのはそれきりだった。
しばらく慎重に様子をみてから伍平は立ち上がると、笹藪を押し分けた。
押し倒された熊笹の真ん中で死んでいたのは真っ黒い一頭の熊だった。
「……ツキノワだ」
名マタギとして近隣に知られた伍平の神技は、笹藪の影に隠れた熊を、その目で見ずして仕留めていた。
「痩せてるな」
獲物を調べた伍平が呟いた。
その年は梅雨が長く続いて夏になっても気温が上がらず、里は記録的な大凶作に見舞われていた。
里と同じに、山も苦しいに違いない……与一がそんなことを考えていたときだった。
熊を調べていた伍平が、傍らに置いてあった鉄砲をやにわに取り上げたかと思うと、数メートルむこうの下生えめがけて引き金を引いた!
ズドン!
今度の獲物は小さな悲鳴をあげた。
伍平が止めるより先に与一は駆け付けると、下生えの影を覗きこんだ。
194 :
「冥 獣」:2011/04/08(金) 19:14:50.83 ID:d86Mc/0O
血を流し虫の息で転がっていたのは、まだ幼い小熊だった。
的が成獣でなかったせいで、伍平の放った弾は、小熊の頭に手酷い傷を負わせただけだったが、死ぬのは時間の問題だと与一には見えた。
「こりゃあもうダメだなぁ」
息子の肩に手を置いて、伍平が言った。
「さっきの熊、ありゃあ母熊だぁ。子供ばっかじゃ生きてはゆけん。おまけにその傷だぁ」
伍平は息子に言い聞かせるように呟くと、腰に下げていた山刀を握った。
「トドメをくれてやらにゃあなるめえよ」
「待ってくれ父っちゃ!」
与一は父の腰に縋って必死に押し戻した。
「なして止める?トドメを刺さしてやらんと、無駄に長く苦しませることになるんじゃぞ」
「………」
「オマエのすることは、優しいようで、実んトコとっても残酷なことなんだぞ。判るか与一?」
与一が祖父の腰に巻いていた腕を下ろすと、伍平は山刀を手に、瀕死の小熊のもとへと戻って行った。
……だが
「……熊が、おらんようになったぞ」
「えっ!?」
死を待つばかりと見えた小熊だったが、最後の力を振り絞って逃げたらしい。
ずるずる続く血の跡を辿っていくと、岩陰にポッカリ口を開けた真っ暗な穴の中へと消えていた。
「ブス穴に落ちよったか。ここに落ちたら人でも獣でも命は無え。畜生のくせに、自分で死を選ぶとはのう」
見上げると、晩秋の陽光を背に、父の姿が暗い影になって与一を見下ろしていた。
「冥 獣」
195 :
「冥 獣」:2011/04/09(土) 19:13:16.65 ID:/z8V64En
「僕らが今いるところは……ブス谷だ!」
「ブ、ブスですって!」
腰を降ろしていた木の切り株から藤谷美穂が立ち上がると、男子学生の尾上勝也はすかさず反撃した。
「なんだ藤谷、自覚あるんだ。自分がブスだって」
「な、なんですって!」
なんとも子供っぽい言い争いに、男性スタッフは笑みを浮かべたが、女性ディレクターの椎名は呆れ顔でそっぽを向いた。
一行は地方UHF局の番組「残すべき日本の自然」撮影隊だった。
リーダーはディレクターの椎名弥生にカメラマンの国井と音響の吉田。
撮影クルーとしては小編成だが、懐の厳しい地方局としては精いっぱいのところだ。
更に撮影クルー以外に、解説役として大学准教授の篠原亮介、更にはマッドサイエンティストの呼び声も高い万石先生。
さらに篠原のゼミから尾上と藤谷が自主参加していた。
東北の寒村、明戸村を日が出るかどうかの時刻に出発してはや午後2時。
めざすは特殊な植物群落で有名な錦平。
しかし途中でどう間違えたのか7人は道を間違え、見知らぬ谷間へと迷い込んでしまっていた。
196 :
「冥 獣」:2011/04/09(土) 19:20:41.67 ID:/z8V64En
「おい藤谷!ブス谷ってのはオマエのことじゃなく、オレたちのいるこの谷のことだよ!」
「そんな名前の谷があるわけないでしょ!」
「それがあるんだ、藤谷」
二人の指導教官である篠原亮介はケンカに割って入ると、ペンと手帳を出して「附子」と書いた。
「『附子』というのはトリカブトの根から採れる毒のことで、古典的な猛毒なんだ」
「でも先生!」
教室でもないのに、篠原にむかって藤谷は手を上げた。
「トリカブトってのはあの頭巾みたいな形の花ですよね。でもここにはトリカブトなんて全然……」
「それは、だ……」
すると、尾上から地図を受け取って眺めていた万石が顔を上げた。
「いやあ……この地図を見る限り、『ブス』の正体はトリカブトじゃあないと思いますねぇ」
「ほほう、さすがだな。地図から読みとったか」
万石は手にしていた地図を、藤谷にも見えるよう地面に広げた。
「今朝出発してきた明戸村にも秘湯ってのがありましたよね。地図によるとこの辺りは火山帯のようですから……」
「もう判っただろ?藤谷」
学生二人を交互に見やってから、一拍おいて篠原は言った。
「ブス谷の『ブス』の正体とは……火山性の有毒ガスだ」
197 :
「冥 獣」:2011/04/09(土) 19:23:21.30 ID:/z8V64En
「火山地帯には、ときに有毒ガスが発生する場所がある。日本で有名なのは殺生石だが、アメリカだとイエローストーン国立公園内にもそういうところがある」
「篠原先生!」
またもいちいち手を上げて藤谷が発言の機会を求めた
「その有毒ガスって、どのくらい危険なんですか?」
「那須の殺生石は、かつて『鳥獣これに近づかば、たちどころに命失う』と言われたが、現在ではそこまでの危険は無い。
イエローストーンの死の谷だと、毒ガスが薄まったので調査したところ、巨大なハイイログマの死骸が数頭見つかったという記録もある」
「ハイイログマ!」
藤谷と違って、尾上はいちいち手を上げたりしなかった。
「ハイイログマってグリズリーですよね?あんなデカいのでも死んでたんですか!?」
篠原が頷くと、尾上はおりから辺りに漂い始めた霧を気にして、辺りをキョロキョロし始めた。
「ちょっと待ちなさいよ」
篠原に対する時とは打って変わったぞんざいな調子で、藤谷は言った。
「いまもここが危ないってんなら、先生たちがあんなにノンビリしてるわけないでしょ!
すこしは考えなさいよ」
「う、うるさい!」
ケンカが再開しそうな雲行きになってきたところで、またも篠原が割って入った。
「いまでは此処も危険は無さそうだが、ガスの溜まっていそうな所には入らない方がいいだろうな。ほら、ああいう所だ」
篠原は岩陰に開いた穴を指さした。
崖にポッカリと大きな洞穴が開いていた。
「これは……開いたのはごく最近みたいですね。穴の淵には草も苔も生えてません。土の色も変わってますね」
「……そのようだな万石」
洞窟のまわりを調べると篠原も言った。
「あそこに転がってる岩がたぶん此処を塞いでいたんだろう。だがしかし……」
あたりの地面を眺めて篠原は首を捻った。
「あの岩はなんで動いたんだろうなぁ……」
「篠原先生!」
藤沢が例によって手を上げた。
「ここになんか足跡みたいなのがあるんですけど」
198 :
「冥 獣」:2011/04/09(土) 19:34:00.55 ID:/z8V64En
「……足跡みたいなのがあるんですけど」
「足跡?」
万石と篠原、それからディレクターの椎名が、藤谷の指さした地面にそろって屈みこんだ。
一昨夜降った小雨に叩かれ、すっかり消えかかっていたが、そこにはたしかに何かの窪みがあった。
「ずいぶん大きいですねー。これ、ホントウに足跡ですか?」
「こういう方面はオレは判らん。どうだ万石?これは足跡か??」
うーんとしばし首を捻った万石だが、窪みの寸法を測ると首を横に振って立ち上がった。
「いや、これは足跡なんかじゃないですね」
「その根拠は?」
「大き過ぎるんですよ。もしこれが獣の足跡だとすれば、考えられるのは熊なんですが……」
万石は窪みの上にもう一度屈みこむと、こんどは他の三人にも見えるように巻き尺をあてた。
「北海道のヒグマだって、脚の横幅はせいぜい20センチ前後です。でも御覧の通り……」
窪みの上にあてた定規は、少なく見積もってもそれが40センチを遥かに超えることを示していた。
「もしこれが熊であるならば、途轍もないサイズのモンスターってことになりますね」
「っていうと万石先生」
窪みと万石の顔を交互に眺めながら尾上が尋ねた。
「これが熊だとすれば、どのくらいの大きさになるんですか?」
「体長なら6〜7メートル、体重は……そうですねぇ数トンというところでしょうか?」
答えを聞いて尾上はゲエッという顔をしてみせた。
「熊の最大種はホッキョクグマとヒグマです。しかしこの二種は遺伝子的にはごく近縁で自然交雑も発生していますから、事実上同一の種と言ってもいいかもしれません。
しかしその最大個体でも、大きさで3メートル強。重さでは1トン前後までです」
「つまり生物学的には、これは動物の足跡であるはずはないと、そういうことなんですね」
発見者の藤谷としては少し残念そうだった。
「まあしかし……動物の足跡でなくてよかったな」
篠原が藤谷の肩を叩いて言った。
「山小屋までの道が判らないと最悪野宿だ。どんな動物だろうと、その辺でウロウロされたら気分は良くないからな」
「でもこの地図だと……」
万石に代わって地図を見ていた椎名が言った。
「……この谷の奥に錦平まで上がれる道があるみたいですね。
霧も濃くなってきたみたいだし、逆戻りしてたら撮影時間が無くなっちゃいますから、こっち行きましょう」
ディレクターの椎名が歩き出すと、国井と吉田もそっちへと歩き出し、結局引っ張られるように、篠原と藤谷も谷の奥に向かって歩き出した。
万石だけは、暫く洞窟と、それを塞いでいたと思しき大岩と、それから地面に残された窪みを
何度も何度も眺めていた。
「……まあ、そんなワケはないか」
自分に言い聞かせるように呟くと、万石も谷の奥へと先行する三人を追って行ってしまった。
199 :
「冥 獣」:2011/04/09(土) 19:41:38.90 ID:/z8V64En
このとき万石が、いつものように納得いくまで調査と監察を続けていたならば、自分たちに迫る危険に気付いていたかもしれない。
洞窟からいくらも離れていない藪の中には、銃身が「く」の字に折れ曲がった猟銃が転がっていたのだから。
200 :
「冥 獣」:2011/04/11(月) 21:41:44.31 ID:+AcIBtDq
谷の奥へと向かう道を小一時間ほども行ったところで、地図を片手に先頭を進んでいた尾上が驚きの声をあげた。
「お?!……篠原先生!見てください!あれ、家じゃないですか??」
「……本当だ。たしかにあれは家の屋根だ」
枯れた蔦が幾重にも絡まった木々の向こうに、板葺きの三角屋根が頂をのぞかせていた。
それも一軒だけではない。
山道の果てで一行を待っていたのは、十を超える一群の家々だった。
多くの家は、土壁が崩れて内部の格子が露出し、まるで巨大な獣の屍のように見えるが、中には、まだ家としての機能をギリギリ保っているものも残っていた。
「これは……」
朽ち果てた臼や、車輪の片方とれた大八車を眺めながら篠原が言った。
「ここは廃村だ。尾上、地図には何か載ってないか?」
「地図には……何も出ていません」
家の中に踏みこんだ万石が、中から何かを拾って戻ってきた。
「その地図は2010年版ですが、この集落は……もっとずっと前に放棄されたようですね。ほら見てください」
万石はボロボロに風化した何かの紙束を見せた。
若い藤谷や尾上にはそれが何だか判からなかったが、年配のカメラマン国井はピンときたようだった。
「古い電話帳ですね……随分分厚いなぁ。最近は電話帳非掲載の番号が増えたからもう、それに比べるとペラペラですよ」
水分で完全に張り付いてしまっていてページをめくることはできそうになかったが、表紙にはかろうじて「1967」という数字が読みとれた。
「いまから40年以上前か……」
「ストレートにそうだとは限りませんよ、篠原さん。古い電話帳を使い続けてたのかもしれませんから」
「たしかにそうだな……しかし……」
自分でも廃屋の一軒を覗きながら、篠原は首をかしげた。
「鍋や釜もそのまま残ってるぞ。村を棄てたのは判るが、なんで家財道具を持っていかなかったんだ?」
篠原の問いに対する答えは、思いもかけない方から返ってきた。
「持っていくヒマなんて無かったのさ」
201 :
「冥 獣」:2011/04/11(月) 21:44:12.85 ID:+AcIBtDq
思いがけない声に7人が驚いて見つめる中、廃村の奥から男はやって来た。
山の日差しと、風と落ち葉とが作った陰影が、深く刻み込まれた顔。
落ち葉や枯れ枝を踏んでいるはずなのに、殆ど音を立てない足運び。
服装こそ7人と同じような登山装束だが、都会からやって来た登山愛好家ごときでないことは明らかで、おまけに右肩には年季の入った鉄砲を担いでいた。
「あの、私たちは……」
椎名が前に進み出ると、一人一人をざっと紹介してから改めて尋ねた、
「いま、持っていくヒマが無かったと言われましたが、いったい何があったんですか?
箪笥みたいな大きな家具だけでなく、湯呑のような小さな食器まで朽ち果てるにまかされてます。
そんな小さな食器すら持ち出せなかったなんて、ちょっと考えられないんですけども……」
「……熊さ」
山の男は静かに答えた。
「熊が出たんだ。もう42年も前の話だ」
そう言いながら、男はうち捨てられた家々を眺め渡した。
「オレは、多々良与一。この村の生まれだ。ヤツが現れた時、オレはまだ6つにしかなってなかった」
202 :
「冥 獣」:2011/04/11(月) 22:48:45.84 ID:+AcIBtDq
「42年前、寒い夏だった」
手近にあった古い臼に腰を下ろすと、遠い目線で多々良与一は語りだした。
「里も酷かったが、山も酷かった。人は余所から物をもってくることもできるが、獣はそうはいかねえ。
猪や猿、鹿が、村の畑まで降りてきて畑の作物を喰い荒した。
たくさんの村人が畑で獣に出会い、棍棒を振り回したり、石を投げたりして自分と家族の食い扶持をなんとか守ろうとした。
そんなとき、ヤツらが来た。
大きなツキノワだ。
知ってるかもしれんが、ツキノワの喰いもんは殆どが植物だ。
シカやイノシシなんて、たまたま死んでんのを見つけでもしねえ限りは喰わねえ。
だけんど、その年、山は痩せきっていて、冬越しの食いだめしなきゃならねえときに、山にゃ食えるもんはなんにも無くなってたのさ」
「……それで熊がこの村に?」
暗い表情で、与一は椎名に頷きかえした。
「まじいことにその熊はメスで、まだ子供を連れてたんだ。
自分の分だけじゃねえ、子の分まで喰いもんをなんとかしなきゃなんなかった母熊は、まず村の畑に手ぇ出したんだ。
そんでもって、村の衆がなけなしの作物を駆りとっちまって畑にも喰いもんが無くなっちまうと……」
都会から来た一同が思わず身を固くした。
話の展開はもう見えている。
食べ物が無くなって追い詰められた末に母熊が手を出すものは……。
「最初に殺られたのは、村の外れに住んでた、オレより一つ上の太吉っていう男の子だった。
その晩、村では寄り合いがあって、太吉は独りで留守番してたんだ。
そのとき、エサを漁りに家ん中まで入ってきた熊と鉢合わせしちまったのさ。
悲鳴を聞いて村の衆が駆け付けたときにゃあ、家ん中はだあれもおらん。
ただ、血いの跡だけが、点々と藪の中まで続いとったっつぅ話だ」
与一が言葉をきると、廃村の中を一陣の風が吹き抜けた。
ヒイイッと泣く風が、いまから42年まえの秋、村に木霊した子供の悲鳴とダブッて聞える。
女子学生の藤谷美穂が思わず両手で耳を覆うと、尾上が藤谷の肩に手をかけた。
「警察には?警察には知らせなかったんですか?!」
「椎名さんといったよな?もちろん知らせたさ。でも、あのころにゃこの村はおろか、下の明戸にも駐在はおらんかった。
それにこの村のもんは、里の連中からは白い目ぇ向けられてたんだ。
結局、オマワリなんてなんの役にも立ちゃあしねえ。
里からやって来て、五〜六分もいただけですぐ帰っちまってよ……次が殺られたのはその翌朝よ。今度はお天道さまが上ってる時間さ」
203 :
「冥 獣」:2011/04/13(水) 23:47:05.83 ID:hN/8JiKQ
「村は震え上がったよ。
なにせこの山んなかだ。
外に助けを呼んでも間に合わねえし、そもそも外の奴らは助けになんか来ちゃくれねえ。
逃げられるもんは身一つで逃げた。
村に残ったなぁ、年寄りや病気の家族を抱えて逃げらんねえもんだけだ」
外の世界から見捨てられたこの集落に取り残されたのは、子供や病者、老人だったのだという。
「あの、与一さん……」
思い余ったように藤谷美穂が口を開いた。
「与一さんは……そのときどうされたんですか?」
「オレか?……父っちゃは村一番の鉄砲撃ちだったが、そのときゃ山に入って留守。
それに母ちゃんは、病気で寝たきり。
だからオレは、母ちゃんといっしょに、ボロ家ん中に閉じこもるっきゃなかったさ。
けども……閉じこもるって言ったって限度がある。
それに母ちゃんは病気ときた。
閉じこもって6日目に、とうとう母ちゃんの薬が切れた。
思い余ったオレは、その日、母ちゃんを一人残して、明戸めざして家を出た」
いまから42年前、都会から来た7人が半日近くかかった山道を、6つの男の子が一人で踏破しようとしたのだ。
「無謀だ……」
音響の吉田が思わず呟いた。
「6つの子供に行ける距離じゃない。それにもし途中でその熊に出会ったら……」
「ああ、会ったよ。クマになら」
こともなげに与一は言った。
「ヤツはきっと村の周りで待ちかまえてたんだろうよ。
オレの跡をこっそりついて来てたのさ。
もしあのとき、帰ってきた父っちゃと運良く出くわさなかったら、オレも親子の熊の腹ん中に入ってたろう」
「じゃあ熊は?」と椎名。
「父っちゃが仕留めたよ。一発で」
悲惨な物語の終幕はいささか呆気ないものだった。
「命が助かって、ホントによかったですね」
「ありがとうよ。都会の姉ちゃん」
「それで、お母様は、いまも?」
「ああ、母ちゃんなら今もオレのことを見守ってくれてるよ。この村の隅からずっとな」
204 :
「冥 獣」:2011/04/13(水) 23:51:23.21 ID:hN/8JiKQ
42年前の話が終わると、今度は与一が尋ねる番だった。
「ときにアンタらはこの滅びた村に何の用だ?」
「あ、あの私たち……」気を取り直したように椎名が答えた。
「この谷を抜けて錦平まで行く途中だったんです」
「錦平だと?」
与一の両眉が寄って、眉間に縦の皺を作った。
「……それなら悪いが、道が違うぞ。この谷の奥にゃあ錦平まで行ける道なんて無え」
「ええっ!?で、でも……」
椎名は、道中たびたび目にしていた地図を与一に示した。
「……この地図だと、たしかにこのブス谷の奥に、錦平まで上がれる道が!」
だが、与一は示された地図に目をくれようともしなかった。
「たしかに昔は、この村から錦平を抜けて四方津に行ける道があったさ。
けどもそりゃあかなり昔の話だ。今は肝心の村がこの有様だろ?」
「それでも、獣道くらいはあるんじゃ……」
「オレみたいな猟師が使うような道ならあるにはあったさ。だけどそれも、10年ばかり前の土砂崩れで、すっかり潰れて埋まっちまったてな。もう人の通れる道じゃあなくなっちまってるよ」
「それじゃ私たち錦平へは……」
「谷を出て、百生の分岐まで戻るしかねえな。けども……」
与一は、谷底から狭い空を見上げた。
外の世界なら、太陽は地平からまだ随分上にあるだろう。
だが、急峻な斜面に東西から挟まれた谷底の村では、太陽は早くも山の端に辿りつこうとしていた。
「この村の夜は、余所より脚が速えぇ。もう30分もすりゃあ暗くなるだろう。
それにこの辺は、夜から朝にかけて霧が濃くなる」
与一の言葉どおり、立ち込め始めていた霧は、どんどん濃さを増しつつあった。
「まあ、悪りぃことは言わねえから、村のどっかの家で一晩やり過ごしてから出直すこったな」
205 :
「冥 獣」:2011/04/14(木) 19:32:39.48 ID:rjcVokNl
都会から来た7人は、与一から「長の家だ」と紹介された廃屋で夜を過ごすことにした。
そこは「長の家」と言われるだけあって、集落で唯一の二階家で、壁や柱も他の廃屋と比べればしっかりしていると見えたからだった。
もう何十年も火の気の無かった囲炉裏に炎が戻り、部屋の中まで流れ込んだ真っ白な霧を、赤やオレンジ色に染め上げていた。
囲炉裏の周りには缶詰と携帯用インスタントコーヒーを入れたカップが並び、死んだはずの家は一夜限りの蘇生を果たしていた。
夜が更けるにつれ、最初のうちは一固まりだった7人も、自然と大学の教官2人に学生2人、そしてテレビ局の3人に分かれて座るようになっていた。
206 :
「冥 獣」:2011/04/14(木) 19:36:52.17 ID:rjcVokNl
「なあ万石、与一さんの話、オマエどう思う?」
囲炉裏の火を見つめながら、声を潜めて篠原は尋ねた。
「人食いツキノワグマの話ですか?いや……なんとも……」
これも炉の火から目を離さないまま、万石も答えた。
「ツキノワグマももちろん人を襲うことがあります。しかし人食いグマだったという報告は皆無ですね」
「では……オマエはあの話が眉つばだと?」
「ウソだとは言いませんが……ただ妙なのはあの話だけではありませんよ」
万石は幻惑するような炉の火から目線を引き剥がすと、今度は天井にわだかまる闇を見詰めて、目をしばたたかせた。
「奇妙な地域です。篠原さんは気がつきませんか?」
「……というと?」
「地名ですよ」
万石は荷物の中から手帳を取り出すと、余白に辺りの地名を書きあげていった。
「まずは明戸、附子谷、それから与一さんの話にも出て来た四方津、少し離れたところには歌詠っていう山もあるみたいですね」
「……何が言いたいのか飲み込めんのだが……」
「一種の駄洒落ですよ。いいですか?」
万石はひと通り記した地名の右に「→」を書き、更に別の言葉を書きたしていった。
「明戸(めいど)は冥土(めいど)、附子谷(ぶすだに)は毒谷、四方津(よもつ)は泉津平阪(よもつひらさか)……。
歌詠(うたよみ)は黄泉(よみ)の頭に「歌」をくっつけただけなんじゃないでしょうか?」
メモを眺めて篠原も眉を寄せた。
「毒だの黄泉だの……ずいぶん不吉な名詞がならんだな」
「この手の地名の中心が、地図を見る限りこの村なんです」
「つまり、ここが地獄の中心ってことか?」
「まあそういうことになりますか……」
天井を見上げたまま苦笑すると、更に万石は続けた。
「もうひとつ奇妙なことは、この集落と明戸との関係です」
「それはオレも気がついた。いくら疎遠だからといって、熊が暴れてるのに助けもださないなんてことはあり得んだろ?」
「……これから述べることは私の妄想に過ぎないんですが……ここはある種の神域だったからじゃないんでしょうか?」
「しんいき?……神の支配地という意味の神域か?」
「そうでなければ、魔域なのかもしれませんが。いずれにせよ、ここは忌避された土地だったんじゃないでしょうか?」
207 :
「冥 獣」 :2011/04/17(日) 20:06:28.44 ID:AMU+x9Fy
「魔域?忌避された土地?……なんだか面白そうな話ね」
万石と篠原の話す言葉を聞きつけ、興味をもった椎名がそちらに加わろうと腰を上げると、カメラマンの国井が音響の吉田の耳元にそっと顔を寄せた。
「おい吉田」
「……な、なんだよ国さん、急に?」
突然国井に耳元で囁かれ、おもわず吉田は身を引いた。
「あのよ……トイレ、どこにあるんだ?」
「トイレ?」
「明るいうちにオマエ、トイレ行ったろ?どこにあったんだよ、トイレ」
「んなもんココにあるわけねえだろ。40年も前に人がいなくなった村だぞ」
「そっか……じゃ、野グソするっきゃねえか」
「でっかい方かよ。……野グソなら遠くでしろよ。臭ったら承知しねえぞ」
「椎名さんに怒られっからな」
ニヤニヤ笑いながら国井は腰を上げた。
「おい待てよ国さん。外は真っ暗だ。懐中電灯でも持ってかないと……」
「忘れたか?オレにゃコイツがあるんだよ」
国井は小型手持ちカメラを吉田に示すと、そのまま廃屋を出て闇の中へと溶けて行った。
208 :
「冥 獣」 :2011/04/17(日) 23:24:32.44 ID:AMU+x9Fy
「両先生、なんだか面白そうな話ですね。私も混ぜてもらえませんか?」
「聞えてたのか椎名さん。構わないけど、藤谷には聞えないよう頼むよ。あの娘、結構怖がりだから」
篠原に促され、椎名も二人と並んで腰を下ろすと壁に背中を預けた。
「マイキってセリフが聞えたんですけど、マは魔物の『魔』でイキは地域の『域』ですか?」
万石が「そうです」と言うと、頭の中で言葉を探しながら、椎名は言った。
「私の記憶だと……古い日本では仕事で山に入る人々を特別視するようなことが少なくなかったんじゃなかったでしたっけ?」
「よくご存じですね」
「以前取材で……」
「なるほど」と、万石は頷くと、さきほど篠原にも説明した地名の件を椎名にも説明した。
「つまり、昔から忌み地だったから、明戸の住民は助けに来なかった」
「へえ……なんだか怖い話ですね。地方に行くとまだあるそうじゃないですか。
『憑き物すじ』とか言って、町中からアンタッチャブルになっちゃうって家族が」
日ごろから色々とテレビのネタ探しをやっているだけあって、椎名は意外に物知りだった。
「……あんな感じでこの村が差別されてて、それで人食い熊に襲われてるのに助けに来てもらえなかったなんて……」
「いや、案外そんな土俗的な理由だけじゃないかもしれんぞ」
辺りを窺うような素振りを見せると、声を一層低くして篠原は言った。
「なあ万石。さっきオマエが見つけた電話帳なんだが……」
「ああ、篠原さんも気付いてましたか」
「え?気づいてただの、電話帳だのって、今度はいったい何の話なんですか?」
万石が無言で〈どうぞ〉と促したので、今度は篠原が説明役になった。
「ここまで来る途中、オれたちは一度もいわゆる文明の痕跡と出会わなかった。
それこそゴミ一つ、紙きれ一枚すら」
「そうですね。だからこそ、此処で村を見て、私はとても驚きましたけど」
「でもそれっておかしいじゃないですか椎名さん。だって、電話帳があるなら電話があるはずだし、電話があるなら電話線が無きゃおかしい」
椎名はそのとき思わず「アッ」と言って、慌てて口を押さえた。
「椎名さんも判ったようだな。電話線があるなら、電柱かそれに代わる物があったはずだ。でも、そんなもの此処まで来る途中には何も無かった……」
篠原は更にいっそう声を落とした。
「オレは……あの電話帳は、この村の者が、下の明戸あたりから盗むか、あるいはゴミの中から漁ってきたものじゃないかと思う」
209 :
「冥 獣」 :2011/04/18(月) 19:28:42.21 ID:bdHCMcGV
そのころ……「長の家」を出た国井は、もうそろそろ村外れか?という辺りにまで足を延ばしていた。
生来用心深いたちの国井だったが、「ちっぽけな村」という認識と「暗視装置付きカメラ」の存在が、彼を大胆にさせていた。
「いや、ホントに真っ暗だな。カメラ無しじゃなんも見えねえや」
ワザと聞えよがしに大声で言うと、国井は暗視モードのカメラを目にあてた。
たちまち黒一色の世界からボンヤリしたモノトーンの世界が現れる。
顔の前からカメラをどかすと、世界は即座に闇に帰った。
肉眼で僅かに識別できるのは、谷の出口方向を眺めるときだけで、その方向ならば谷が開けているため夜空を背にシルエットが浮かぶからだ。
今も試みに視線をその方角に向けると、廃屋の屋根らしき隆起が三つと、木々の梢が数本、
「U」の字に区切られた夜空を背にして見えた。
「……ほんっっと、まっ黒けのけだ」
カメラを再び顔の前にもってくる。
「…………ん?」
国井の口から呟きが漏れた。
「一つ……二つ……」
そしてカメラを左から右に動かしながらもう一度……。
「一つ……二つ…………やっぱり二つだ。三件目の屋根が見えたと思ったけど……」
手前の二件はそのままだが、一番谷の入り口側に見えたと思った、丸屋根が見当たらない。
「どっかに歩いてったか?……まさかな。ハハハハ……」
空々しい声で笑うと、国井は冒険をこれで切り上げることにした。
「さてと、さっさとクソして帰ろ」
カメラを傍らの石の上に置くと、国井は慌て気味にベルトを緩めようとした。
バックルをガチャガチャいわせて外すと中腰になりながらズボンを膝まで降ろす。
そして、しゃがみながら何気なく視線を上げたとき、国井はあることに気がついた。
いくら数えても見つからなかった丸屋根のようなシルエットが、いまはある。
それもさっきよりもずっと近くに。
「ま、まさか!?」
背筋を冷たいものが走った。
慌てて立ち上がろうとする国井だったが、ズボンが膝に絡んで横ざまに倒れ込んでしまった。
その拍子に手が触れて、置いておいた石の上からカメラが落ちた。
210 :
「冥 獣」 :2011/04/18(月) 19:32:21.15 ID:bdHCMcGV
「この集落はとても貧しかったんで、より豊かな……と言っても比較の問題とは思うんですけど……明戸の村人から白い目を向けられるような行為があったと?」
「あくまでオレの個人的な推論だけどね」
ふうん…と言いながら、椎名は腕組みした。
「万石先生のお考えは民俗学的なアプローチ。篠原先生は社会学的なアプローチというわけですね。
微妙な問題ではありますけど……とても興味深いですね。
ついでにちょっと取材しとこうかな……」
壁から背中を離すと椎名は吉田を呼んだ。
「吉田くん!……国さんは?」
「ちょっとヤボ用で……」
そのとき、外の闇の底で、男の叫びが木霊した!
211 :
「冥 獣」 :2011/04/22(金) 23:40:08.96 ID:ZwlnOVvz
「いまの悲鳴は!?」
「聞くまでも無いでしょ、吉田くん!ここにいないのは国さんだけなんだから!」
懐中電灯を点けた椎名を先頭に、6人がどやどやと闇の中に飛び出した。
「国さぁん!」「国井さん!」
懐中電灯の灯りが光の棒になって闇の中に右往左往するが、照らし出されるのは死んだ家々ばかり。
「国さんどこなの!?」「国井くん!」「カメラマンさーん!」
「畜生!なにやってやがんだよ!」
早口に悪態をつくと、懐中電灯振り回して吉田が飛び出した。
「おーーーーーーーい!国さーーーん!どうしたんだよーーーー!返事しろよーーーーぉ!」
すると突然!
数メートル先、闇の中に人の顔が現れた。
「国……さん?でも……なんで逆さまなんだ?」
闇に浮かんだ国井の顔は真っ白で、しかも上下が逆さまになっている。
「なにやってんだよ、国さん?」
戸惑いながら吉田が前に踏み出しかけたとき、ガッシリした手が彼の肩を掴んでゆっくり後ろに引き戻した。
多々良与一だった。
「……大きな声を出すな。皆もそのままゆっくり後ろにさがれ」
「な、なんだよ急に!?」
「いいからさがれ!」
低い声でもう一度命じると、与一は肩に下げた水平二連の猟銃を降ろした。
とたんに吉田が口をつぐんだ。
猟銃を下ろすというその何気ない動作が、言葉以上の力をもって、都会から来た者たちに何かを伝えたのだ。
しんがりの与一も、銃口で国井の顔の1メートルほど上をポイントしたまま、ゆっくりと後ずさりしてゆく。
上下逆さまの国井の顔は、ジリジリ遠ざかっていく仲間の姿を、闇の中から恨めしそうに見つめていたが、皆との距離が倍ほどまでに開いたとき、急にふっと見えなくなった。
「………ハッ!?」
後ずさる皆の脚が止まった。
代わってその場から遠ざかる何かの足音が、闇の奥から聞えて来た。
ズシリ……ズシリと腹に堪える足音が聞えなくなるまで、その場を動ける者は誰一人いなかった。
212 :
「冥 獣」:2011/04/26(火) 22:18:40.86 ID:YcK4IWFB
(あれ?ここは……)
藤谷美穂は壁土の崩れ目から洩れる朝日に目を覚まさせられた。
昨日拍まるのは、去年のフィールドワークでも世話になったことのある山小屋のはずなのに、いまいるのは「小屋」どころか全くの廃屋だ。
そして美穂は、不意に昨夜の出来事を思い出した。
闇の中の悲鳴。
逆さまになった国井の顔。
そして遠ざかっていく重々しい足音……。
「あっ…」美穂の口から恐怖の吐息が漏れると同時に、彼女のすぐ右側で声がした。
「目ぇ、覚めたか」
今の今まで自分が尾上の肩に頭をもたせかけていたことに気付き、驚いて藤谷は身を離した。
「やれやれ助かった」
首をグルグル回して尾上が言った。
「ずいぶん長いことオマエの枕がわりにされてたからな。いい加減肩がおかしくなりそうだった」
「……悪かったわね」
尾上にもたれていた右肩からゴミを払う仕草をすると藤谷は立ち上がった。
「ここは……思い出した。長の家の二階ね」
「忘れてたのかよ藤谷。あのあと『一階は危ないから』って言って二階に移動したんじゃないか」
「……で、他の皆は?」
「万石先生と与一さんは、僕が目を覚ましたときにはもういなかった。篠原先生と椎名さん吉田さんは……」
そして尾上は一階を指さした。
「なんでもいいから武器になりそうなものを探すって」
言った傍から階段のギシギシ軋む音がして、篠原ら三人が上がってきた。
「こんなもんならあったぞ」
篠原らは戦利品を床に並べ始めた。
鉈に斧、包丁、鎌、鍬……。
どれも日用品や農具ばかりだ。
本来的な意味での「武器」は一つも無い。
尾上と篠原が顔を見合わせていると、壁の崩れ目から外の様子を窺っていた吉田が小さな声で叫んだ。
「あっ!二人が戻ってきた」
213 :
「冥 獣」:2011/04/26(火) 22:59:17.98 ID:YcK4IWFB
「犯人は熊ですね。間違いありません。足跡がハッキリ残ってましたから」
昨夜、国井が襲われたとき辺りは全くの闇に包まれていたため、「敵」の正体は人とも獣とも全く見当がつかなかった。
だが、相手の正体が判らないことには、実の守りようも無い。
それで万石は、夜が明けるのと同時に、危険を承知で昨夜の現場へと引き返していたのだ。
「熊というからにはツキノワグマか」
少し安心したようすで篠原は言った。
「ヒグマだったらシャレにならんが、ツキノワクマなら偶然出くわしてアチラさんを驚かせでもしない限り、こっちを襲って来るようなことは……」
「それがそうでもないんですよ。信じられないのは、まず大きさです」
万石はデジカメを取り出すと、撮影したばかりと思しき写真を篠原に見せた。
「昨日洞窟の近くで藤谷さんの見つけた足跡らしきものも、おそらく同じ獣によるものでしょう。あれは雨に打たれてかなり崩れてしまっていましたが……」
万石の写真は地面に印された足跡を明瞭に映し出しており、上に置かれた巻き尺は、足跡の横幅が50センチを軽く超えるものであることを示していた。
「ヒグマの足跡だって、この半分程度ですよ。ここまで巨大だと、もう猛獣というより怪獣ですね」
「あの……万石先生、どのくらいの大きさなんでしょうか?」
「さて、5メートルか6メートル。あるいはもっとかも……」
わきでやりとりを聞いていた吉田が「ひっ!?」と短く悲鳴を漏らした。
「そしてそれ以上に厄介なのは……ここからの話は私より猟師の与一さんにしていただいたほうがいいでしょうね。……与一さん?」
何か考えている様子で、万石に名前を呼ばれるまで与一は話もろくに聞いていないふうだった。
「……与一さん!さっき私にしてくださったあの話を……」
「ああ、わかった」
大儀そうに首をひねると、単刀直入に結論から与一は喋り出した。
「このバケモノグマは人食いだ」
「人食い」という言葉に、たちまち藤谷が真っ青になった。
「足跡を観察すれば、ケモノがそのとき何をしていたのか読みとれるのさ。
このバケモノグマは、小刻みな足取りで木や廃屋の陰を辿りながら国井に接近。
最後の10メートルほどは一気に歩幅が大きくなって、その先にあったなぁ派手な血だまりだ。
一目了然ってヤツだろ?
このバケモノは、人間と偶然出くわしたから殺しちまったんじゃねえ。
最初から、獲物として狙って襲ったのさ」
「と、いうわけで、現場近くにあった石垣の残骸の裏で見つけたのが、このカメラなんですが……」
片手に下げていた国井のカメラを指さした。
カメラの筺体にも薄黒く変色しはじめた血痕が点在し、持ち主に何が起こったのかを無言のうちに語っている。
「どうも録画状態になってるみたいなんですが……。椎名さん、録画された内容はどうすれば見られるのか、教えてくれませんか?」
214 :
「冥 獣」:2011/04/27(水) 23:14:22.62 ID:5v4O1LnQ
「そっか、あのとき外は真っ暗だったからこれで暗視したのね」
血痕を気にすることなく、椎名は「再生ボタン」を押すと、昨日昼間に撮ったこの村の風景が映し出された。
「……昼間の部分は、関係ないから飛ばしますね」
昼間の録画分は殆ど無く、椎名が早送りすると画面はすぐに暗視モードの画面になった。
カメラが横倒しになっていたため、最初のうちはどういう状況なのか判り難かったが……。
しばらく見ていると、それが国井であると気付いた。
肩と首がちょっとあり得ないような角度になっている。
「……あきらかに折れてますねえ……」
……脛骨が。
そしてその上に覆いかぶさるようにしていた物が、画面の下側に向かって不意に顔を上げる。
その「顔」に一同息を飲んだ。
砕けた陶器……あるいは地震によって生じた断層か?
体毛の無いひっつれたような傷が上から下に、地割れのように走っている。
左右の目も対照位置から顕著にずれ、カメラに向いた左半面は、「顔」というより「顔の残骸」、「顔の廃墟」に過ぎなかった。
熊は、国井の足のあたりに喰いつくと、180近くある体を軽々と逆さづりに吊りあげて、ゆっくりと画面の範囲から姿を消してしまった。
熊が写っていたのは、僅かに数秒程度だった。
「……見たか?あの頭を?」
しばしの無言のあとで……呪縛を破るように篠原が口を開くと、他の皆も一斉に喋りだした。
「あれでも熊なんですか!?まるで溶けかかったアイスクリームみたいな頭でしたけど」
「あれじゃ、あれじゃまるで熊のゾンビだ」
「昨日の夜、あんなお化け熊が私たちのすぐそばにいたなんて」
椎名、吉田、尾上がてんでにしゃべり散らすなか、貧血でもおこしたように藤谷が
崩れ落ちた。
215 :
「冥 獣」:2011/04/29(金) 00:11:56.11 ID:7GvA1HAD
「心配はいらないよ。脈はしっかりしてるし、体温もだいじょぶそうだ」
失神した藤谷を看ていた篠原が戻ってきた。
横になった藤谷の傍の壁には、尾上が背中を預けて座っている。
「しかし、あの顔にはまいったな。……藤谷が気を失っても仕方ないよ」
「いきなり見せちゃったのはマズかったですね。……うかつでした」
万石は寝ている藤谷の方に短い視線を投げると、声のトーンを一段落とした。
「ところで篠原さん、例の人食いバケモノグマのことなんですが……」
「ああ、それなら俺も考えてたことがある。あのカメラに写っていた熊は、本当に国井さんを喰うために襲ったのかな?たまたま卒中か心臓発作で倒れたところを……」
「偶然通りかかった熊が偶々襲ったと?」
「ご都合主義的な解釈だとは思うが、しかし人食いのツキノワグマなんて……そもそもツキノワグマは……」
「おっしゃられたいことは判ります。ツキノワグマは本来雑食、それも植物食の割合がかなりに昇りますね」
「そうなんだ。それに今は芽ぶきの季節だ。どんどんエサが現れて来るこの時期に、なんにを好き好んで人間なんかを……」
「まさにその通りですね。普通のツキノワグマが、しかもこの時期に人間を獲物としておそうなんてことは二重の意味であり得ないでしょう。しかし……」
「……しかし??」
「この村には現れたそうじゃありませんか。人食いツキノワグマが、42年前に」
216 :
「冥 獣」:2011/04/29(金) 00:17:37.34 ID:7GvA1HAD
「42年前??ああ、この村を廃村にまで追い込んだという熊か。でもソイツは、与一さんのお父さんに撃ち殺されたんだろう?」
「確かに母熊は殺されたそうですね。でも……昨日の話では小熊の方がどうなったのか判らなかったんで、改めて与一さんに伺ってみたんです」
「小熊だって?」
「そうです小熊です。与一さんの話だと、小熊は頭部に銃弾を受け瀕死の傷を負ってから、ブス穴に落ちたんだそうです」
「頭部に銃弾!?」
一瞬篠原の声のオクターブが跳ね上がり、それから藤谷の方を気にして再び声を低くした。
「まさか万石、それじゃオマエ、あのバケモノ熊は!?」
「話が飛躍しているという批判なら、私は甘んじてお受けしますよ。しかし……」
万石は顔の前に人差し指、中指、薬指を立てた。
「私が、あのバケモノ熊の正体を、42年前の小熊だと推論する理由は三つあります。
一つは、篠原さんも御覧になった頭部のもの凄い傷痕です。
それから二番目に、人食いであること。
小熊のころに山が痩せていて本来の食物は得られず、最後には人間に手を出しました。
その結果として、小熊は人間をエサとして認識するようになった」
「待てよ万石。そう結論を急ぐな」
次第に早口になりはじめた万石を制すると、篠原は多々良与一に尋ねた。
「与一さん、確認したいんですが、その小熊はブス穴に落ちたんですね?」
与一が頷くと、篠原は万石を振返った。
「あそこに堕ちたんなら、まず絶対に助からない。何年か前、検知器をブス穴の一つに下ろして調べてるんだ。
地上こそガスの濃度は下がったが、地下にはまだ強烈な濃度の有毒ガスが滞留してるんだ。あの中に落ちたんなら、熊どころか象や恐竜だって命はないよ」
どうだ?という篠原の顔を、真正面から見返して万石は言った。
「それこそが、あのバケモノ熊の正体を42年前の小熊だとする、三番目の理由なんです」
217 :
「冥 獣」:2011/04/29(金) 00:21:34.04 ID:7GvA1HAD
「42年前、頭部の銃傷のため、小熊は殆ど死にかけていました。そしてその状態で有毒ガスの蔓延するブス穴へ……。
銃殺刑+ガス室行き、いわば二重の死刑執行です。普通に考えれば当然命はありません。けれども、この小熊は、この二重の死刑によって却って命を長らえたんじゃないでしょうか?」
「なにが言いたいんだ万石!?さっさと結論を言えよ」
「ブス穴に落ちたとき、小熊は文字通り生死の境を彷徨っていたんです。そのせいで小熊はブス穴の有毒ガスを少しづつしか吸い込まなかった」
「……ま、まさか、そんなことが」
「しかも、小熊の脳のは凄まじい損傷を受けていた。そのことによるホルモンバランスの崩壊。それから長いあいだ吸い続けた有毒ガスの副作用で、あのような恐ろしい怪物へと暴走的成長を遂げた」
「それじゃ万石、あのバケモノ熊はどうやってブス穴から出て来たって言うんだ?この辺に点在してるブス穴は大きなものでもせいぜい直径……」
しかしそこまで反論しかけたところで、篠原はハッと目を見開いた。
「そ、そうか……昨日のあの洞窟。それからの大岩……。あれを、あれを押しのけて出て来たのか。地獄のブス穴の底から」
「そうですよ篠原さん。そして……覚えのある最後のエサ場であるこの村に戻ってきたんです。覚えのある最後のエサを狩るために」
そのとき、階下に降りていた椎名が青い顔で上がってきた。
「篠原先生!万石先生!大変です!吉田くんが独りで逃げだしちゃったみたいなんです!!」
218 :
「冥 獣」:2011/04/30(土) 00:04:22.09 ID:CM+U83Tb
(明戸まで下りきるか?それとも桃生から錦平に上って山小屋から無線で助けを呼んでもらうか?まあ状況次第だ)
吉田は、昨日辿ったばかりの道を必死に逆行していた。
別に恐怖にかられて自分勝手に闇雲な逃亡を企てているわけではない。
女を二人も連れての移動は無理と判断しての単独行動だった。
(昨日は、桃生の分岐から二時間半ぐらいだったはずだ。それに今度は下りだ……へっ!楽勝だぜ!!)
学生時代にはローバー所属で100キロハイクにも参加した経験がある。
だから、まだまだ体力には時半があった。
もちろん途中の用心は怠りない。
熊は、万石の話を信用すれば、ほとんど幼稚園バスなみの大きさのはずだから、近くにいれば気付かないはずはない……吉田はそう考えていた。
もしバケモノ熊に出くわしたなら、そこここに点在するのが見える巨木のどれかによじ登るつもりだった。
熊は幼獣のうちなら木にも登れるが、成獣になれば体重がありすぎて登れなくなる。
以前取材した自然番組で、猟友会の人間がそう話しているのを聞いた覚えがあった。
それに、吉田は「バケモノ熊とは出くわさない」と踏んでいた。
(昨日見たあの洞窟。あれがきっと熊の根城に違いねぇ)
吉田もまんごくと同じく、バケモノ熊はあの洞窟からやってきたと考えていた。
しかし、昨日洞窟前にいたとき、一行はバケモノ熊には襲われなかった。
(……だから、こんども昼間のうちにあの前をこっそり通り抜けさえすれば、きっとバケモノ熊とも出くわさねえで切り抜けられるはずだ!)
腕時計に目をやると、廃村を抜けだしてからまだ20分ほどしか経っていない。
昨日は、洞窟から廃村まで小一時間かかったはずだから、洞窟前にさしかかるにはまだ30分ほどかかるはずだった。
(危険地帯にはまだ早いか。警戒緩めて、すこしスピードを上げてみるかな?)
そんなことを考えているとき、辺りの景観とは場違いな色彩が目についた。
219 :
「冥 獣」:2011/04/30(土) 00:07:38.14 ID:CM+U83Tb
黄土色と茶色、そして灰色に黒……一応迷彩柄なのだが、デザートパターンなので日本の山野では帰って目立つ……。
そしてその上に真っ赤な雲型が追加され……。
「あれは……」
思わず吉田は口に出していた。
「……昨日、国さんが着てたズボンだ」
思わず駈け寄ると、それはズタズタに引き裂かれていて、しかも……中身があった。
「ひっ!?」
思わず吉田はその場に尻もちをついた。
同時に、これもまた以前の取材で猟友会の人間が言っていたことを思い出した。
『クマはエサを一度に喰わないで、とっておくことがある。そんなときは、絶対にそのエサに手出ししちゃダメだ』
(や、やべっ!)
吉田は尻もちをついた姿勢のまま、慌てて辺りを見回した。
熊はエサに対する執着心が強い。迂闊に被害者の遺体を収容してしまったため、それを取り返しに村まで襲撃してきた事例すらあるのだ!
(こ、これがここにあるってことは!?)
……バケモノ熊は、洞窟まで戻っていない。
そのとき、吉田の前方20メートルほどのところにあった笹藪が、こちら側に一斉に押し倒された!
(で、出た!)
笹藪の向こうから現れた物を目視確認するまでその場にとどまるほど、吉田は馬鹿ではない。
座った姿勢からコメツキムシのように跳ね起きると、かねて目星の巨木めがけ、脱兎の勢いで駆けだした。
ふしくれだったその幹は、歳ふりて大人数人がかりでも抱ききれないほど太く、その大枝はゆうに7〜8メートルはあろうという高さに張りだしていた。
(マイクロバスみたいにデカい熊だって、あそこまでよじ登れりゃあ手は出せねえぜ!)
幹に這った蔦草も頼りに、一気に高枝までよじ登る!
1メートル、2メートル、3メートル!
猿には及ばないまでもかなりの速さだ。
体力自慢はウソではない。
目標の大枝に足をかけるまで、所要時間は一分とかからなかった。
(へっ!どんなもんでい!!)
思わずドヤ顔になりかけたとき、背中から射しかかっていたはずの太陽がふっと何かに遮られ、思わず吉田は振返った。
(……マイクロバスじゃねえ。こりゃ……都バスだぜ……)
振返った吉田の目と鼻の先にあったのは、斜めにずれた二つの目、それから腐肉のような臭いを放つ剥き出しの黄色い牙だった。
220 :
「冥 獣」:2011/05/08(日) 19:42:59.98 ID:UcBYLSEK
「まさか吉田くんが皆を見捨てて一人で逃げるなんて!」
「待つんだ椎名さん。まだ吉田くんが一人で逃げたとは……
取り乱し気味の椎名を、篠原がなんとか落ち着かせようとしていると、階下に降りていた万石が二階に戻って来た。
「吉田さんが独りで行ったのは間違いないですね。でも、皆を見捨てて行ったわけではないですよ。ほら、椎名さん、アナタあてのメモがザックに留めてありましたよ」
椎名に手渡すと、万石は篠原にメモの内容を話して聞かせた。
「……つまり吉田さんは、皆のためにブス谷を独りで突破して助けを呼んで来るというのか」
「提案しても『危険だから』と止められるのが判っているから、こっそり独りで脱出したんでしょうね」
万石と篠原のやりとりを聞いていた椎名が突然身を翻した。
「わ、私、吉田くんを連れ戻しに行ってきます!」
「待つんだ椎名さん!吉田さんがここを出たのはどれぐらい前なのかも判らないんだ。いまから闇雲に追いかけても……」
そのとき、壁の崩れ目から外を窺っていた与一が、ゆっくり立ちあがった。
「オレが行くよ。連れ戻してくりゃいいんだな」
椎名、万石、篠原そして尾上の視線が集まるなか、壁に立て掛けてあった猟銃を肩にかけると与一はもう一度言った。
「……連れ戻してくりゃあいいんだな?」
「し、しかし多々良くん…」
「オレのことなら気にするこたぁねえよ。どうせオレとは因縁のある相手だ……」
片手を振って篠原の言葉を制すと、与一は独りで階段を下りて行った。
「……すごいもんですね」
与一の姿が見えなくなると、感心したように尾上が漏らした。
「……体重移動なんですかね?階段が軋まなかった」
221 :
「冥 獣」:2011/05/08(日) 19:45:35.25 ID:UcBYLSEK
腕時計を見てから、尾上は天井を見上げた。
少しまえは天井の破れ目から日の光は西の壁ギぎわの床に落ちていたが、いまは床の真ん中あたりになっている。
与一が吉田を追って出て行ってから、もう15分ほどが経過していた。
「吉田さんを追いかけて与一さんが?」
意識は取り戻したがまだ血の気の戻らぬ藤谷に、努めて陽気な口調で尾上は答えた。
「ひょっとすると、二人でこの谷を脱出したんじゃないかな?与一さん、この谷。詳しいんだろうから」
「……そ、そうかもしれないね。吉田さんたちが明戸で助けを呼んでくれれば……」
弱気な声で藤谷は言うと、微かにコホッと咳き込んだ。
「水……飲むか?」
「もう飲んじゃったんだ。私のぶん」
「そんじゃオレのを飲めよ」
「尾上はどうすんの?」
「たしか……」
尾上は、昨日村に初めて入ったときのことを思い出した。
「……村の入り口あたりに古い井戸があったんだ。あれがまだ生きてたら……」
「外にでちゃ危ないよ」
「大丈夫だよ。だって与一さんが行ってからたいして時間もたってないし、村の外に出るわけじゃないから大丈夫さ」
ちらっと篠原の様子を窺うと、地図を広げて万石や椎名と何か話しをしていて、尾上と藤谷のやりとりが耳に入った様子はない。
藤谷を振返り、口の前に人差し指を立てて合図すると、空になった藤谷の水筒を手に尾上はそっと階段を下りて行った。
222 :
「冥 獣」:2011/05/10(火) 23:14:51.43 ID:Ay3OfQWF
二階からは判らなかったが、村に出てみると早くも霧が漂いはじめていた。
しかし、見上げてみれば太陽は山の端からずいぶん離れていて、日が落ちるまでには十分以上に時間がある。
(オレによりずっと先に与一さんがいるんだから、熊はこの近くにはいないはずだ。
それに5メートルぐらいもあるんだから、近くに居て気がつかないワケなんてないよな)
恐る恐る見渡せば、様々な朽廃状況を示す家々と、じわじわそこに喰い込んで来る谷の草木……。
巨大な生物の存在する兆候は特に見当たらない。
(それにどうせ村の中、走れば3分とかからない場所だしな……)
心の中で自分にそう言い聞かせると、尾上は廃村の中を歩きだした。
とうに崩れはてた家畜小屋か物置。
板壁一枚残っていない、柱だけの小屋。
昨日通った道は、草茫々のなかに埋もれながら、消え消えに続いていた。
村の中心?に立つ巨木を回りこんだとき、巨木のわきから西側の崖の方にと続く小道があるのに、尾上は気がついた。
(……この道だけは雑草が少ないぞ、誰か歩いてるのか?)
脚を止めてそちらに首を伸ばすと、他と違って殆ど草の生えていない小さな開けた場所があった。
その中央、谷の西側から伸びる陰とまだ光の射している辺りの境界に、ボロボロに風化した縦長の石が、大きいのと小さいのと、二つ並んで立っていた。
草に埋もれた中には他にもいくつか石が立っているのが見えるが、大小二つの石の周りだけは、雑草が生えていない。
都会育ちの尾上にも、それがなんであるのかは一目で知れた。
(……墓だ)
223 :
「冥 獣」:2011/05/10(火) 23:39:49.92 ID:Ay3OfQWF
そこは、見捨てられた村の見捨てられた墓場だった。
尾上は、昨日の与一と藤谷のやりとりを思い出した。
『それで、お母様は、いまも?』
『ああ、母ちゃんなら今もオレのことを見守ってくれてるよ。この村の隅からずっとな』
(……そういうことだったのか)
人が踏みしだいた跡のことも、墓石の周りに雑草が生えていないことも、尾上には合点がいった。
(与一さんが、お母さんの墓を守りに来ているんだ。だから……)
そのとき、なにげなく上げた視線の果てに、尾上はそこにいるとは想像もしていなかったものを認めた。
(……よ、与一さん?)
廃村の墓地の果て。
折れた柱や壁板が、まるで塔婆のように並んだ辺り。
15分以上も前に吉田を追っていったはずの、与一の背中がそこにあった。
魔法にかけられたように、一瞬の動作を停止した姿勢で、人形のように立ち尽くしている。
(ま、まさか!?)
15分も前に長の家を出たはずの与一がまだ村の中にいる理由は、バケモノ熊との遭遇しか考えられない。
慌てて尾上は、与一の視線が捉えていると思しき辺りに視線を飛ばした。
与一が見ている方角は、村のなかでも家屋の朽敗がことのほか酷く、原型をとどめているものは一見もない。
その向こうには段々畑だったらしい狭い段差が連なり、それぞれがそれぞれの雑草を生え茂らせていた。
茂みはそれなりに深いものだが、数メートルら達する巨獣が姿を隠せるほどのものではない。
(……じゃあ、なんで与一さんはあんなところに……)
そのとき、いましがた尾上がやって来た方角で人の気配がした。
(誰だ?!)
振返ると、まだ青い顔の藤谷だった。
「尾上くん、やっぱりダメだよ。危ないよ。早く先生たちのところに……」
微かな、蚊の鳴くような声だったが、起爆剤となるには充分だった!
「雑草を追い茂らせた段差」の一つが、突然に獣の唸りを放って「爆発」した!
224 :
「冥 獣」:2011/05/11(水) 23:12:53.70 ID:PuqugBrW
グゥオーッ!
獣の雄叫びとともに「緑に包まれた段差」の一つが動き出した!
(み、緑色!?)
土石流のように途中の廃屋や立木を木端微塵に粉砕しながら、緑の巨獣が突進してくる!
標的は、尾上だ!
「尾上くん!」「逃げろ藤谷!」
振返って叫ぶ尾上の背景で掘立小屋がもう一軒、マッチ細工のように吹き飛んだ。
身を翻して逃げ走る尾上と藤谷。
だが、後から迫るダンプカーのようなバケモノ熊は、巨体に似合わず驚くほどに速い!
板塀を、墓石を、そして大小の木々を、積み木のようになぎ倒しながら、バケモノ熊はどんどん獲物との距離を詰めて来る!
しかし、絶体絶命の尾上とバケモノ熊との間に、小柄な影が音も無く割り込んだ!
さっきまで見えない敵と睨みあっていた、多々良与一!
バケモノ熊との距離は三メートルと開いていない!
だが与一は、怪物の眼前に飛び込んだ時すでに、12番水平二連の狙いを点け終えていた!
「くたばれバケモノ!」
二つ並んだ銃口が二つ同時に火を噴いて、熊殺しの一発弾が二発並んで飛び出した!
バケモノ熊の頭部が左から右にガクンッ!と跳ねて、赤いものが花火のように飛散った!
「よ、与一さん!」
叫ぶ尾上の目の前で、確実に1トンを越すであろう巨体が、多々良与一めがけて崩れかかってきた。
横っ跳びに与一がかわす!
肉の雪崩が大地に崩れ落ちる衝撃が廃村を揺さぶり、さらに何軒かの廃屋が瓦礫と変じた。
もうもうたる砂塵の中、ゆっくり立ち上がった多々良与一がまず視線を送ったのは、仕留めたばかりのバケモノ熊ではなく、いまも彼を見守ってくれていた、懐かしい母の墓だった。
225 :
「冥 獣」:2011/05/14(土) 23:52:55.88 ID:6xsRBjmE
「こ、これが熊なんですか!?」
地面に倒れた熊の巨躯を見るなり、呻くように椎名は言った。
騒ぎに気付いて駆け付けた篠原、万石、椎名が目にしたものは、「野生動物」の領域を遥かに逸脱した「山の魔物」だった。
都バスほどもあろうかという巨体。
頭だけでも軽自動車ほどもあるように見える。
もつれ合い、絡み合った体毛は、「毛」というよりも「鱗」か、あるいはある種の裸子植物の「葉」のようだ。
そして怪物の体色はというと、正月の餅に生え広がった青カビのような、病的な緑だったのだ。
灰色がかった緑、青っぽい緑、そしてところどころ黄土色の斑紋が浮かんだ緑……。
そんな怪物の体で緑色をしていないのは、熟れ崩れた柿の実のような頭部に穿たれた、深く大きな傷跡だけ。
42年前、父伍平が負わせた傷と、それに重ねるように与一が叩きこんだ二発のスラッグ弾の弾傷だった。
「……なんてヤツだ」
怪物熊の姿を目の当たりにして、さすがの篠原も青ざめていた。
「まるで迷彩だ。これじゃあ近くに隠れていても気づくのは無理だな。しかし万石……」
腰が抜けた尾上に手を貸しながら、篠原は万石の方を向いて尋ねた。
「……ツキノワグマの体毛ならふつうは黒だろ?ヒグマだって茶色だ。緑の体毛なんてあり得るのか?」
「考えられるのは……地下世界で何かの地衣類にとり憑かれたか、あるいは火山ガスに含まれる硫化水素の影響かもしれませんね。まあ、現段階では断定できませんが……。与一さん、歩けますか?」
突っ込んでくる熊を間一髪かわしたときに痛めたらしく、与一は顔をしかめていた。だが、それでも与一は、差し出された万石の手に首を横にふると、双連の猟銃を杖代わりによろめきながら立ちあがった。
「これでバケモノもいなくなった。オマエらも安心して谷を抜けられるはずだ。さあ、荷物をとってくるがいい。この村で、もう一晩過ごしたくはないだろ?」
この廃村には一分一秒でも居たくないのは皆同じだった。
既に時刻は真昼をとうに回っていて、日のあるうちに明戸に戻るのは厳しい時間だったが、与一の言葉をしおに、都市から来た一行はどやどや「長の家」へと引きかえしていった。
226 :
「冥 獣」:2011/05/14(土) 23:55:18.81 ID:6xsRBjmE
「椎名さん、カメラと録音機材はどうしますか?」
「……国さんと吉田くんの私物はとりあえず置いていってもいいんですけど……」
篠原と椎名のやりとりを小耳にはさみながら、尾上は藤谷のザックを左肩にかけ、さらに自分のザックにも手を伸ばした。
覗き趣味でもあるのか、万石は、あちこちに開いた壁の穴から村の四方を眺めるのに余念がない。
まだ脚が痛むのか、与一は苦しそうに背中を壁に預けていた。
「与一さんは……」
すまなそうな表情の藤谷を敢えて無視しながら、尾上は与一に尋ねた。
「……与一さんは吉田さんを追いかけたんじゃなかったんですか?それがなぜあんなところに??」
脚が痛むのか、与一は苦しそうに背中を壁に預けていた。
「……村を出るまえ、必ず顔を出すところがあってな。ところが……の前に立っていると……」
別れを告げたか?それとも加護を祈ったか?
与一は母の墓の前に行ったのだろう。
そして何かを感じたのだ。
「……親子二代の狩人の感ってヤツですね」
「父っちゃあだったら、あのバケモノが姿を現すまえに仕留めてたさ」
かつての父の姿を思い出したのであろう。
与一が一瞬だけ遠い目線になった。
「父っちゃあなら……な」
そのとき、あちこちの穴から村の様子を覗き見ていた万石が、半分裏返りかかったような声で「うわっ!」っと悲鳴を上げると、皆の方に振り返った。
「く、熊の死骸が!無くなってます!」
「な、なんだと!?」
叫び返した与一が、背中を壁から離しかけた瞬間!
地震のように家が揺れ、バリバリという音といっしょに、与一の姿が背中を預けていた壁ごと一瞬でかき消された!
227 :
「冥 獣」:2011/05/17(火) 23:01:54.80 ID:WJpB/tpF
地震のように家が揺れ、バリバリという音といっしょに、与一の姿が背中を預けていた壁ごと一瞬でかき消された!
バラバラに打ち壊され砕き散らされた壁とは反対の側に、尾上たちは反射的に身を寄せた。
壊れた壁の向こうから、卵の腐ったような臭いがドッと流れ込んで来た。
「そ、そんなバカな……」
反対側の壁に縋る姿勢で、篠原は驚愕の目を見開いた。
「……至近距離から二発、それも頭部に打ち込まれたというのに……」
ギザギザに打ち壊された土壁の向こうに見えたのは……緑の壁。
そして左右が極端な段違いにズレた双眸。
その左目の上には、たしかに熊殺しのスラッグ弾が穿った弾痕があった。
「……このバケモノは、何故死なないんだ?」
篠原が最後の一言を叫びきるのと同時に、天井の一部が木端微塵に吹っ飛んだ。
その一撃を皮切りに、「長の家」は続けざまの衝撃に包まれた!
大砲で撃たれているように、天井が、壁が、床が!怪物の剛腕の一撃に次々吹き飛ばされていく!
邪魔な床や壁を消し飛ばし、打ち壊して、バケモノ熊が「長の家」に押し入って来る!
「は、入って来た!」「先生!下に逃げましょう!」「いや!階階下に降りたとしても、そこはバケモノ熊の足元だ」「それじゃ逃げ道無しなんですか!?」
「ま、待ってください!」
万石は肩のザックを放り出すと、張り付いていた壁から背中外した。
「ずっと覗いていたんで気がついたんですが、この壁、もうボロボロなんですよ。だからこうすれば……」
いったん壁から1メートルばかり距離を開けると、万石は目をつぶって肩口から壁にぶつかっていった!
「やああっ!」
巻き起こる埃と、飛び散る壁土!
そしてみんなのいる場所よりもずっと下の方から万石の声が聞えて来た。
「ほら!皆も早く!!」
崩壊寸前の土壁は、細身の万石の体当りにすら耐えられなかったのだ。
「早く!急いで!!」
バケモノ熊の攻撃の前に、ついに心柱や大梁までが悲鳴を上げだした。
「みんな万石に倣うんだ!急げ!」
篠原の声に、まず椎名が反応した。
続いて篠原が三メートルほど下の地面へと踏み出した。
「さあ、だいじょうぶだ藤谷!飛び降りてこい!」
「篠原さんと私が下で受け止めますから早く!!」
先に飛び降りた万石と篠原が促す。
しかし、藤谷は顎を引いて顔を横に振りながらあとずさりした。
「わ、わたしダメです」
「勇気を出せ藤谷!」
必死に励ます尾上のすぐ後ろで、奇妙に人間的な「ヒギィィィッ」という音が長い尾を曳いた。
「心柱が折れる!?藤谷!は、はやく……」
「ダメです篠原さん!崩れますよ!私たちも早く離れないと!」
長い悲鳴が、ある瞬間を境に絶叫へと転じた。
ベキ!ベキ!ベキ!ベキ!
バリ!バリ!
「藤谷!」「お、尾上くん!」
そして、猛烈な土埃と木端くずが舞いあがって、梁が、柱が、床が、そして天井が、なにもかも一切合切が一気に崩れ落ちていった。
228 :
「冥 獣」:2011/05/17(火) 23:10:13.93 ID:WJpB/tpF
『こっちだ!このバケモノ熊め!!』
(いまの声は……?篠原先生??)
真っ暗な闇の中、覚えのある声を聞いたような気がして藤谷は意識を取り戻した。
「し、しの……」
とたんに、誰かの手が藤谷の口を押さえ、耳元でシィッという沈黙を促す合図が囁かれた。
「気が……ついたか?」
耳元で囁く声は尾上だった。
「私たち……どうなっちゃったの?」
「覚えてねえのか?バケモノ熊が襲ってきて、与一さんがやられて……それで家がまるごと潰れちゃったんだよ」
「せ、先生たちは?」
わからないと言う意味で、尾上は首を横に振った。
「でもオレたちがこうして生きてられるのは、たぶん先生たちのおかげなんだよ。瓦礫の下でオレ聞いたんだ。バケモノ熊を自分のほうに引きつけようとして篠原先生の叫ぶ声が」
『こっちだ!このバケモノ熊め!!』
(……じゃあ、あの声は本当だったんだ)
「……バケモノ熊は先生の方に行ったんだと思う。オレがなんとか瓦礫の下から自力で這いだしたとき、熊も、先生たちもいなかった。それでオレはオマエを助け出して、この祠みたいなトコに隠れることにしたんだ」
「ほこら?」
「うん、村の奥……オレたちのいた長の家からもたいして離れてないトコさ」
改めて藤谷は自分のいまいる場所を見回してみた。
祠というと、連想するのは木造建築だが、見まわす限り、目に入るのは黒い岩肌だけだった。
「ここ、ほんとに祠なの?」
「巌窟寺院みたいなヤツじゃないかな?よく判んないけど、入口には牢屋みたいに太い木の格子が組んであってさ、しめ縄の切れ端みたいなのがボロボロになってぶら下がってたんだ」
229 :
創る名無しに見る名無し:2011/05/24(火) 01:32:50.49 ID:wAVxr7XQ
素晴らしい……
231 :
「冥 獣」:2011/05/24(火) 23:28:34.67 ID:sRGHqB4t
「入口には牢屋みたいに太い木の格子が組んであってさ、しめ縄の切れ端みたいなのがボロボロになってぶら下がってたんだ」
「しめなわって……横綱土俵入りなんてときにつけてるアレ?」
「みたいなもんかな?」
洞窟の奥から目を凝らすと、深さを増した霧を背景に、何かの切れ端がぶら下がっているのが藤谷にも見えた。
「しめ縄なんて……」
『……ここは忌避された土地だったんじゃないかと思います』
「あっ!」っと思わず声を出しかけて、藤谷は慌てて自分の口を手で塞いだ。
「どうしたんだ藤谷?」
「昨日の夜、万石先生が篠原先生と話してたの。小さな声だったんでよく聞えなかったけど、忌避された土とか魔域だとか……」
「〈まいき〉って……ああ、魔物の領域って意味の魔域か?でも言ったのは、あの万石さんだろ?気にすることねえよ」
「でも……」
恐る恐る藤谷は、洞窟の奥を透かし見た。
「しめ縄」から連想される、祭壇とか御神体のようなものは何一つ見当たらない。
ただ、墨を流したような奇妙に物質感のある闇が、どんより溜まっているだけだ。
不安な思いで藤谷が入り口の方を見つめていると、右に座っていた尾上がにわかに腰を上げた。
「ちょっと待っててくれっか?」
「待ってろって……?尾上くん、どこかに行くの?」
「おまえの気がつくの待ってたんだ。だって気絶したまま放っとくなんてできないし……」
尾上は胸ポケットの携帯を取り出してライトが点灯することを確かめた。
「……この洞窟の奥、調べてみたいんだ」
「えっ?こんな気味の悪い洞窟を?」
「だって、ひょっとしたら村の外に通じてるかもしんないじゃん」
村にはまだあのバケモノ熊が居座っているかもしれない。
そんな所に、武器も持たずに出ていくのは自殺行為だ。
「もし村の外に通じる出口があったらさ、あのバケモノ熊を出し抜けるかもしれないからさ」
藤谷に半ば背を向け、尾上は「待ってろよ」とだけ短く告げた。
前夜の万石らの話は、実は尾上の耳にも入っていた。
ただ男性である尾上の注意を惹いたのは、土俗的な万石の説ではなく、犯罪の臭いを指摘する篠原の意見の方だった。
(篠原先生の言われたように、この村が何か違法な行為に手をつけていたとすれば?)
尾上の内心の問いに、同じ尾上の内心の声が答えた。
(その違法な行為の中心は、きっとこの洞窟だ!)
男の子特有の好奇心が、尾上を洞窟の奥へ奥へと促していた。
(この洞窟が何か犯罪と関わっているなら、秘密の抜け穴とかだってあるかもしれないぞ)
そのとき、尾上の後ろで藤谷が立ちあがった。
「尾上くん待って!私もついてく。だって、こんなトコに置いてかれるの怖いもん」
232 :
「冥 獣」:2011/05/25(水) 23:50:00.34 ID:1eyym3ra
「足元気をつけろよ。滑るみたいだからな」「うん」
奥に入ると、足元の岩は何かヌルヌルするものに覆われるようになり、尾上と藤谷は、自然と手を繋ぐかたちになって進んでいった。
10メートルも進まないうちに、尾上の疑問は確信へと変わっていた。
奥に行っても洞窟は、狭くならなかった。
いやそれどころか、尾上には広さを増しつつあるように思われた。
(……この洞窟は自然にできたもんじゃない。足元が平らすぎる。まるで鉱山みたい…)
そのときだ。
「尾上くん!あれ見て!」
短く叫ぶ藤谷は、岩壁に向かって突きつけるように自分の携帯をかざした。
「……やっぱりそうだ」
藤谷の携帯が作る、小さな小さな光の中にあったのは、地衣類に覆われた岩壁にある小さな出っ張りと、そこからしたたり流れて固まった蝋涙だった。
「やっぱりだ。誰かがここで何か作業をしてたんだ。気がつかなかったけど、ここまで来るあいだに、他にもあったはずだよ」
「でも、『何かしてる』って、いったい何を?」
「うーん、偽札製造とか、鉄パイプ爆弾とか」
「……この村で?」
藤谷に言われるまでもなく、そんな類の秘密ではないと尾上も思っていた。
「聞かれたから言ってみただけじゃん……。でもさ、前にも人が入ってたことが判ったんだから少しは安心したろ?」
「うん、少しは尾上君の言うこと信じていいって気持になれた」
軽愚痴をたたけるようになった藤谷に、尾上もすこしホッとできた。
「んじゃ、もうちょっと奥まで行ってみようか」
……返事は無い。
返事は無いが、繋いだ藤谷の手が一層強く握り返してきたのを、OKのサインだと尾上は理解した。
「怖くなったらすぐ言えよ。すぐ引っ返してやるからな」
「そんなこと言って、ホントは自分が怖いんでしょ」
すこし普段の二人に戻れた気がして、先を行く尾上もいくぶんだが明るい気持ちになれた。
「さ、行こか」
なにも見落としたくなかったので、足元や前方ばかりでなくもっと広い範囲に携帯をかざしながら、二人は歩きだした。
携帯をかざしながら、尾上は心の中で前夜小耳に挟んだ篠原の言葉を反芻していた。
『オレは……あの電話帳は、この村の者が、下の明戸あたりから盗むか、あるいはゴミの中から漁ってきたものじゃないかと思う』
(廃村の住民が明戸でドロボウをやってたんなら、盗んだものは何処に隠してたんだ?
警察や明戸の人間が来たとき、見られちゃマズイものを隠してた場所は?)
尾上の中では、とっくにその答えは出ていた。
(答えは此処だ!この洞窟だ!岩牢みたいにして、しめ縄まで吊り下げて、ごまかしてたんだ!きっと!!)
蝋涙の跡から少し行くと、それまで滑らかだった足元に変化が生じ始めた。
中央部分は同じだが、壁との境になる辺りに、大きな突起が見て取れるようになったのだ。
丸太か枕を転がしたような形状が殆どだが、中には三角形に飛び出しているものもある。
「尾上くん……何あれ?あのデコボコしてるの……」
「鍾乳石……かな?」
「石筍?……でも……そもそもここって鍾乳洞なの??」
「うーーん……」
首を捻ると尾上は、それまでよりも大きな範囲で携帯を振り回した。
「やっぱり鍾乳洞には見えない……」
そして……何気なく振り回した携帯の灯りが、一瞬何かを照らし出した。
「お、尾上……君。い…ま…の…は?」
「………………」
尾上は、震え始めた手で、恐る恐る灯りを「それ」があったところへと戻した。
「それ」は、尾上の予想だにしていなかったものだった。
床から伸びた棒状のものの先端に、細い枝が五つ…………。
「それ」は明らかに、人間の手の形をしていた。
「あ、あれは……………」
続く「手だ」という言葉を、尾上はどうしても口に出すことができなかった。
藤谷も、尾上の手を痛いほど力をこめ握っている。
「手」の存在が、それまで目にしていたものの意味を一変させてしまったのだ。
(あ、あれが「手」だってんなら……)
さっきの「三角形にとびだしているもの」は膝だ。
そして丸太や枕を転がしたような形状のものは……。
(鍾乳石なんかじゃない!)
地衣類に包まれ岩壁と一体になっているが、岩壁際の隆起はどれも人の形をしている!
尾上と藤谷は、闇のわだかまる洞窟で、無数の死骸に囲まれていたのだ。
(このもの凄い数の死体はいったい!?)
そのとき尾上の脳裏に、村で目にした風景がフラッシュバックした。
草に埋もれたいくつかの石。
村の墓だ。
(そうだ!……「いくつか」だ!「いくつか」だけ!「いくつか」だけしか墓が無かった!)
村にあった墓はこの村にとって本当の墓ではない。
万石の言う「忌み地」。
そして篠原のほのめかす「犯罪」。
その正体がこれなのだ。
いま尾上と藤谷のいる場所こそが、この村の、本当の墓場なのだ!
「きゃああああああああああああああああっ」
突然堰を切ったように藤谷が悲鳴をあげると、握っていた尾上の手を放し、洞窟の出口に向かって闇雲に走り出した。
「ま、待てよ藤谷!!」
234 :
「冥 獣」:2011/06/04(土) 23:28:00.94 ID:nV4c1bhB
「きゃああああああああああああああああっ」
「待てよ藤谷!!」
出口に向かって駆けだした藤谷を追って尾上も駆けだしたが、ぬめる岩に足を滑らせた拍子に、したたか膝を打ち付けてしまった。
「痛てっ!…ま、待て藤谷!外に出ちゃだめだ!」
洞窟の外にはまだバケモノ熊がいるかもしれない。
そんなところに駆け出したりしたら自殺行為だ。
「待つんだ藤谷!」
もう一度呼ぶと、痛む膝を引き摺りながら尾上は藤谷の後を追った。
だが、気がつくともう藤谷の足音は洞窟に木霊していない!
(まさかもう洞窟の外に!?)
藤谷の姿は洞窟入り口の木格子前まで来ても藤谷の姿は無い。
「ふ……」
バケモノ熊に気付かれる危険を冒して藤谷と叫ぼうとしたとき、藤谷の姿が目にはいった。
格子の向こうは、もはや廃村ですらなくなった「村」が霧に沈んでいた。
視界の効く限りでは、原型を留めている建物はもう一軒しか残っていない。
格子の向こう側、数メートルのあたりに藤谷が立ち尽くしている。
(早く中に呼び戻さないと……)
尾上が格子に手をかけたとき、一軒だけ残った廃屋の影がユラリと……動いた!
(バ、バケモノ熊!)
霧の海を回遊する深海魚のように、バケモノ熊が音もなく移動しているのだ。
石を投げれば届くほどの距離にソレがいる!
235 :
「冥 獣」:2011/06/04(土) 23:36:31.50 ID:nV4c1bhB
石を投げれば届くほどの距離にソレがいる!
藤谷もソレに気付いていないはずがない。
目前にした恐怖に、一歩も動けないのだ。
何かを探すように首を左右にしていた熊が、やがてゆっくりと藤谷の方に近づいてきた。
小熊のころ受けた傷の上に、新たな傷を上書きされたその顔は、もはや熊の顔ではない。
……霧が動いた。
尾上と藤谷の方にむかって空気が動き、洞窟のなかまで胸のむかつくような臭いが這い寄って来た。
まだ藤谷は動けない!
(殺られる!)
イチかバチか!?飛び出そうとしかけたそのとき、何かが尾上の足を止めた。
恐怖ではない。
篠原ゼミでのフィールドワーク参加は今回で三度目。
そのわずかな経験が尾上に「待った」を掛けている!
「考えろ!」尾上の心のどこかで篠原の声がした。
(そうだ!考えるんだ!)
(臭い!鼻が腐ってもげそうなほどの悪臭が漂って来る)
(藤谷とバケモノ熊との距離はもう3メートルもない)
(藤谷!死ぬな!)
(与一さんは微動だにしない姿勢でバケモノ熊と睨みあっていた……)
(藤谷は何もないところに突っ立っている)
(霧が動く!悪臭が強くなる!もう吐きそうだ)
(「な、なんだと!?」与一さんが叫んだ直後、バケモノ熊は襲ってきた)
そして尾上の耳に、またも篠原の声が蘇った。
「こっちだ!このバケモノ熊め!!」
尾上の耳に自分の身を呈してバケモノ熊をおびき寄せようとする恩師の声。
そして……尾上は気がついた!
(がんばれ藤谷!そのままじっとそうしているんだ。そうすればヤツは……)
236 :
「冥 獣」:2011/06/06(月) 22:53:48.53 ID:00YmceH4
自分が今いるのは、死体で一杯の洞窟だ!
あれもこれもそれも、岩壁際の隆起はみんな死体なのだ!
そう気付いたとたん、藤谷は我を忘れて悲鳴をあげ、出口めざして駆けだしていた。
ソレがいるのに気がついたのは、ぬめる岩床に足を滑らすこともなく、破れた木格子を抜け、霧の漂う村に飛び出したあとだった。
麻痺したように脚が動かない。
舌が口蓋に貼りついて声も出ない。
霧の中を動く影に気付いた瞬間、塩の柱になったように、藤谷は身動きひとつできなくなっていた。
獲物の存在に気付いているのか、熊の顔は藤谷の方に向いている。
そのせいで、熊の顔に刻まれた凄まじい破壊の跡が良く見えた。
(た……たすけ……)
心の中で、心の中だけでそう叫びかけたとき、バケモノ熊が大きく口を開いた。
口の中の舌はボロギレのようにズタズタで、金属的な青と緑青の斑が浮いている。
そして舌を左右から挟むキバは、異様に発達して長い。
風が藤谷の方に吹いているせいで、むせかえるような口臭が押し寄せて来て、胸の奥からに何かがこみ上げてくる。
意識が遠退きかけ、足元がふらついた。
(ぁぁあ………)
はっと気がつくと、熊の巨大な顔が目の前にきていた。
手を伸ばせば間違いなく熊の顔に届くだろう。
耐えがたいほどの濃厚な悪臭。
段違いにズレた左右の目が、藤谷の顔をじっと見つめている。
(篠原先生……尾上くん……)
……どれだけそうやって睨みあっていたのかは判らない。
(蛇に睨まれた蛙は……そのあとどうなるの?)
見当違いな疑問が藤谷の脳裏をよぎったとき、熊の視線が藤谷から外れた。
熊は藤谷に後を向けると、ゆっくり、ゆっくりと霧の海の底へと引き上げていった。
たぶん……熊がいなくなってからまた気を失ったんだと藤谷は思った。
気がつくと、また自分は洞窟で仰向けに寝かされていて、間近から尾上の顔が見下ろしていた。
「よかったな」とも「だいじょうぶか?」とも言わず、いきなり尾上は言いだした。
「わかったぜ藤谷!あのバケモノ熊は目が見えないんだ」
237 :
「冥 獣」:2011/06/06(月) 22:58:53.89 ID:00YmceH4
「与一さんは鉄砲で撃たれたあと、子熊がブス穴に落ちたって言ったよな。覚えてるか?」
藤谷の返事も待たず、尾上は言葉を繋いだ。
「きっと鉄砲で撃たれたせいで、子熊は何も見えなくなってたんじゃないかな。それでブス穴があるのにも気がつかなかったんだ」
尾上の声は囁くようでありながら、秘密を看破った男の子特有の熱を帯びていた。
「落ちた先立って殆ど光が差さない世界だろ。だからあのバケモノ熊はたぶん嗅覚と聴覚に頼って行動しているんだ!」
藤谷もついさっき目にしたばかりの「顔」を思い出した。
生きているとは思えない顔のなかにあって、熊の目も死んだ魚のようだった。
「壁越しに襲われる直前、与一さんは大きな声をだしていた。
篠原先生が叫んだとき、バケモノ熊は僕らを放って先生たちの方に行った。
判るだろ?藤谷!風下にいて音も立てなけりゃ、あの熊には気づかれないんだよ」
「そ、それじゃ尾上くん。私が助かったのは……」
つい数分まえの遭遇が藤谷の脳裏に蘇った。
あと一カ月もすれば「あのとき心に刻まれた恐怖」もまざまざと蘇ってくるようになるだろうが、幸い今は、まだそれはない。
バケモノ熊の方から押し寄せて来る耐えがたい悪臭のなか、彼女は金縛りにあったように指一本動かせなかった。
「な、わかったろ、藤谷?風下にいて身動きひとつしなかったから助かったんだよ」
「……そうなのね。……………そうだわ!そうなのよ!霧なのよ!」
自問自答を繰り返しながら、藤谷の瞳が生気を増しはじめた。
「わかったわ!そうなのよ!霧なのよ!!」
「わかったって……霧が何なんだってんだよ?」
「わからない?尾上くん!あの熊が出て来るとき、いつも霧が出てるでしょ?」
「そういえば……」
「なんだか気味が悪いなって思ってたんだけど。そうなのよ!別に妖しいことなんて無かったんだわ!」
「独りで納得してないで、オレにもちゃんと説明しろよ!」
すると、尾上の鼻に自分の鼻がくっつくぐらいまで顔を近寄せて藤谷が言った。
「日が沈むか陰るかして山から海の方に風が吹きだすと、ブス谷の奥から霧も出て来るのよ!ね?判ったでしょ??ブス谷の奥から風が吹くのよ!」
「……あ!」
今度は尾上が相手の説に納得する側だった。
「そ、そうか!ブス谷の奥から吹く風が、霧と、それからオレたちの臭いをヤツのところに運んでたのか!」
238 :
「冥 獣」:2011/06/06(月) 23:30:19.10 ID:00YmceH4
その夜一晩を、奥に死体の転がる洞窟で耐えた二人は、翌日霧が晴れるのを待って、ブス谷の奥へと出発した。
霧が晴れているあいだは、風は谷の入り口から吹いていて、村は風下になっているから
バケモノ熊に臭いを嗅ぎつけられる心配はないと考えての行動だった。
目指すは、谷の奥。
風が変わって霧が漂いだすまでには、8時間以上あるはずだ。
そのあいだに、錦平までなんとか強硬突破してやろうという計画だった。
まともな道は無くとも、それだけ時間があればなんとかなるだろうと……。
ただ、若く経験の浅い二人は、まだよく知らなかった。
山の気象の怖さというものを……。
239 :
「冥 獣」:2011/06/07(火) 23:46:39.62 ID:pvkGKrtA
「ねえ尾上くん。やっぱり篠原先生たちを探した方がよくない?」
先を行く尾上は、足を止めるのはおろか、振返りもしなかった。
「その話なら、昨日の夜、何度もしたろ」
篠原、万石、それから椎名は生死すら定かでなかった。
しかし、バケモノ熊が何処に陣取っているかもわからない以上、名前を大声で呼んだり、廃村中を探し回るわけにはいかない。
更にマズイことには、尾上も藤谷も、バケモノ熊が「長の家」を襲ってきたとき、水と食料を失ってしまっていた。
「もうこれ以上、村に留まることはできなかったんだ。藤谷だって昨日の夜は納得してたじゃないか」
背中補を向けたままそう言うと、尾上はよっこらしょと倒木を乗り越えから、後ろの藤谷に手を差し伸べた。
「さ、掴まれよ」
「………蒸し返してゴメン」
「いいよ。気にしなくても。それより急ごう。ちょっと時間がかかり過ぎてるから」
風に臭いを運ばれる危険こそ無いといっても、バケモノ熊が具体的に何処にいるのかはもちろん判らない。
運悪く足音を聞かれたりすれば即アウトだ。
それで細心の警戒を払いながら村を行っかねばならず、結果廃村を出るだけで予想外の一時間以上を費やさねばならなかった。
さらにそこからは、道なき道どころの騒ぎではなかった。
雑草・灌木が生い茂っていて、そこここに倒木や左右の谷からの落石がころがっていて、いまさっきのように、尾上が手を貸さなければ藤谷独りでは100メートルと進めそうにない状態だったのだ。
「風が変わるまで、あとどれくらいあるんだろう?」
時間の経過を測ろうとするように、尾上は空を見上げた。
ブス谷の奥にあって南北の崖は傾斜を増し、ところによっては激しいオーバーハングを見せて空へと喰い込んでいる。
(空は青い。霧も出てない。大丈夫だ。風が変わるまでまだ何時間かある)
内心の焦りを見せないよう、空を見上げた姿勢のままで笑顔を作ってから、尾上は藤谷に言った。
「だいじょぶみたいだ。さ!行こうか」
尾上の目に映ったとおり、たしかに霧の立つ気配は無かったのだが……。
このとき、大陸から張り出した寒気団の切れ端が、この辺りの山地へと迷い込もうとしていたのだ。
風が変わるまで、実はもういくらも時間はなかった。
240 :
「冥 獣」:2011/06/11(土) 19:28:47.61 ID:vZ77E6qK
洞窟の奥から万石が青ざめた顔で戻ってきた。
「……いや、たまげましたね。奥は……まるで死体安置所でしたよ」
尾上と藤谷が出て行ってから30分ほどたって……篠原、万石、そして椎名の三人が洞窟へとやって来たのだった。
「それでは万石。ここが……例の場所か??」
「いや、篠原さんそれは……」
そのとき椎名が小さな声で「あっ!」と叫んだ。
「篠原先生!万石さん!これを見てください」
椎名の指さすさき、洞窟の片隅に溜まった泥に、真新しい靴底の跡が印されている。
一目見るなり篠原が断言した。
「……モンベルのトレッキングシューズ。藤谷のものだ」
「藤谷さんがこの洞窟に?じゃあ尾上くんは?」
「たぶん一緒でしょう」と万石。「藤谷さん独りなら、まだこの洞窟にいたでしょうから」
「では万石、二人はいま!?」
「たぶん風がブス谷の奥に向かって吹いているうちに出発したんでしょう」
「オレたち同様、バケモノ熊が盲目なのに気付いたな。さすがはオレのゼミ生だ。しかし、だとすると二人の向かった先は……」
「当然風下の方角、つまり谷の最奥部ですね」
万石が答えると篠原がチッと短く舌打ちした。
「そりゃまずいな、谷の一番奥には……」
「ええ、そうです篠原さん。あなたの言う『例の場所』があるとすれば、それはブス谷の一番奥だと思います」
241 :
「冥 獣」:2011/06/11(土) 19:39:54.89 ID:vZ77E6qK
倒木を乗り越え、あるいは下を潜り、萌え始めた草木を掻き分けて……尾上と藤谷はようやくブス谷の終点へと辿りつこうとしていた。
踏みしめる土が湿り気を増し、湿地に見られるような植生が現れはじめたころ、左右から迫る崖は互いに距離をつめあったかと思うと、大きなカーブを描いて一本に繋がった。
小さな弧を描くポケットになって、ブス谷は終わっていた。
「やっと着いたぜ……」
尾上は藤谷の手をとって傍らに引き寄せた。
「……ここがブス谷の終点だ」
242 :
「冥 獣」:2011/06/12(日) 23:53:54.38 ID:EgSVwyli
ブス谷の終点……。
そこは、20メートルほどの断崖が屏風のように連なって行く手を塞ぐ、ポケットのような場所だった。
断崖の中央部から流れ落ちる小さな滝は、はるばる錦平から流れ下って来た水で、「屏風」の足元に狭い湿地を作りだしている。
そして湿地と屏風の合わさる部分、自動車ほどの巨岩が幾つも突き刺さるように転がっているのは、多々良与一の語った「10年ほどまえの土砂崩れ」の痕跡なのだろう。
「見ろよ藤谷」
尾上が崖の一角を指さした。
「地層が殆ど縦になってるぜ。地層が褶曲してるぜ。土砂崩れって言うより、大きな岩のブロックが、地層の境目で崩落したんだ。だからあんなに大きな岩が……」
「それより尾上君。錦平への登り口は?」
「そうだった、そうだった」
頭を掻いて舌を出すと、尾上は足元を気にしながら湿地をまくように断崖の足元へと近づいて行った。
「だいたい昔の山道とかは少しでも楽に行けそうなトコに出来るもんなんだ……」
ブツブツ独りごとを言いながら歩いていた尾上の足が突然止まった。
尾上の目の前。
があった。
藤谷独りでは無理だろうが、成人男性の尾上なら登れぬものではない。
まず尾上が上って、それからロープを、ロープが無ければ植物の蔦でもいい、それを下ろせばいいだけだ。
脱出路は、すぐそこにある。
「よかったぁ……」
藤谷の顔に安堵の笑みがひろがった。
だが……尾上はなかなか動こうとはしない。
「ねえ?どうかしたの尾上くん。早くこんなトコから逃げようよ」
「変じゃないか藤谷……」
「……え?」
「変じゃないか藤谷。だって、だってさ、与一さん言ったじゃないか。『猟師の自分でも通れない』って。でもそれ、ウソじゃねえか」
「あ……」
藤谷の目がはっと見開かれた。
(そうよ、私も与一さんがそう言うの、確かに聞いた……)
『オレみたいな猟師が使うような道ならあるにはあったさ。だけどそれも、10年ばかり前の土砂崩れで、すっかり潰れて埋まっちまったな。もう人の通れる道じゃあなくなっちまってるよ』
『それじゃ私たち錦平へは……』
『谷を出て、百生の分岐まで戻るしかねえな』
(でも……ウソだった。道とは言えないけど、でも通れないほどじゃ……ない)
そのとき、藤谷の困惑気味の瞳が、断崖の崩落部分に開いた、狭い亀裂の存在に気づいた。
243 :
「冥 獣」:2011/06/21(火) 19:50:28.53 ID:NKEBiKJD
「尾上くん、見て。ほらあれ……」
崖から崩れ落ちた軽トラックほどもある岩石が、小さな滝壺をまるまる押しつぶしている。亀裂は、巨岩の陰にひっそりと口を開いている。
指さしながら藤谷は、言いようの無い不穏を感じていた。
(与一さんは私たちに、谷の奥には道は無いと嘘を言った。それは私たちを、谷の奥に行かせたくなかったから……)
藤谷のうなじを冷たい汗がつたう……。
(それじゃ、谷の奥に行かせたくなかった理由は?)
それは……いま彼女が指さしている亀裂にあるのではないか?
そのとき、藤谷の隣に立っていた尾上が、断固とした足取りで元滝壺だった湿地へと足を踏み入れた。
「ちょっと待っててよ」
「……えっ!?尾上くん何処行くの??」
聞くまでも無い。
「なかを見て来る」
応えながらも、尾上は足を止めない。
「与一さんはウソをついてまで、オレたちをここに行かせまいとした。その理由は……きっとあの亀裂の奥にあるような気がすんだ」
トレッキングシューズの中に水が入るのも気にせず、尾上はジャバジャバと水を蹴立てて亀裂へと近づいて行った。
(崖が崩落する前、亀裂は岩の陰か何かで、もっとずっと目立たなかったんだ。それが岩が崩れたんでこんなに目立つように……)
岩に手をかけ、亀裂の中に体を滑り込ませると、尾上は携帯のライトを点けた。
思った通り、狭いのは入り口だけらしい。
奥は意外に広いようだ。
その証拠にライトの届く範囲が限られ、視界の大部分は闇に沈んでいる。
(まさかこの洞窟も……)
死体安置所同然だった廃村の洞窟が思い出され、思わず唾を飲んだとき、バシャバシャという水音がして人の気配いが近づいてきた。
「尾上くん!」
「待ってろって言ったろ?」
「でも…怖いし」
「……じゃあ離れんなよ」
廃村の洞窟を探検したときのように、手を繋いだ二人は携帯を掲げる尾上を先頭に亀裂の奥へと歩を進めた。
「あ…あれ?もう行き止まり??」
尾上が拍子抜けしたように言った。
亀裂の奥は、ドーム状の広間のような空間で終わっていた。
何処に携帯を向けても亀裂や枝道は見当たらない。
「なんだ……なにも無いや」
全部自分の取り越し苦労だったと、考えすぎだったのだと思って、携帯をかざしていた腕を下ろしたとき、尾上はあることに気がついた。
(まっ平らだ。自然洞窟の足元がこんなに平らなんてことがあるのか?)
244 :
「冥 獣」:2011/06/21(火) 23:27:23.43 ID:NKEBiKJD
尾上は携帯のライトを自分の足元に向けた。
彼の立っている場所は、洞窟らしいでこぼこした岩になっている。
しかしそこから1メートルも行かないところで、でこぼこした足元は、線でも引いたように、平坦な「床」に一変していた。
岩肌が「床」に一変する境界は、ライトで照らし確かめるとドームの中央部分に直径10メートルほどの範囲で広がっている。
その形は………ほぼ円形。
測量して確かめることはできないが、尾上の目には殆ど真円と見えた。
「尾上くん……真円で平らなんてこと、あるの?」
「………」
平らな円の中には、何か線のようなものが幾筋も走っているが、携帯のライトでは照射範囲が狭すぎ、それが何なのかまでは読みとれない。
線とは別にところどころにヒビもはいっていて、そこからは蚯蚓腫れのように地衣類のようなものが盛り上がっている。
「あの苔かカビみたいなのは……」
廃村の洞窟に放置されていた死骸を覆っていたのと同じものか?
確かめてみようと、尾上が一歩足を踏み出したときだった。
「それ以上前に行くな」
背後からの声に尾上と藤谷が振返ると、外から射し入るボンヤリした光を背に人影が立っていた。
手には猟銃。
人影は、聞き覚えのある声でもう一度言った。
「それ以上それに近づくな」
乾いた声で、尾上は応えた。
「……死にたくなけりゃ近づくなってことですか?与一さん」
245 :
「冥 獣」:2011/06/22(水) 22:46:52.65 ID:tDQBusUX
「…いや、死ぬより恐ろしいことになるから、近づくなってことさ」
「死ぬより恐ろしい?その鉄砲で撃ち殺されるよりも?」
うわずった声で応じながら、さりげなく藤谷を自分の背後に回らせる尾上を見て、与一のシルエットは笑ったように見えた。
「なんだ、オレがオマエらを撃ち殺すと思ってるのか?」
「ち、ちがうんですか?だって僕らは、与一さんの隠してた村の秘密を知っちゃったんですよ。与一さんがウソをついてまで隠そうとしてたのは、こ、この場所なんでしょ?」
「……まだ子供だと思ってたのに、意外と察しがいいな。だがな、だからといってオマエらを殺そうとは思わんぞ。」
「…ほんとですか」
「どうしても秘密を守りたいんなら、オマエらを止めたりはしない。むしろ、黙ってそのまま行かせるさ。そうすれば……」
「……そうすれば?」
「オマエたちも秘密の一部になる。オレとおなじくな」
与一は、小脇に抱えていた鉄砲の台尻をストンと岩床に落とすと、自分もどっかと腰を下ろした。
「明戸の奴らは昔からオレたちの村を嫌ってた。鬼の棲む村だって言ってな」
「鬼の棲む村?!」
与一の話に耳を傾けながらも、尾上は視界の隅で逃げ道を探した。
しかし、唯一の出口である亀裂の前には、与一のシルエットが座りこんでいる。
「山姥とか山爺の伝説。聞いたことあるか?」
「山中に住んでいて、人をとって喰う人型の魔物のことですね。女性が山姥。男が山爺」
「よく知ってるな。そのとおりだ、ブス谷の村には、何年か、あるいは何十年かに一度、山姥や山爺が出るんだ」
「村って……あの廃村にですか!?」
「大抵はひど年寄りだが、中には若いヤツがなることもある」
(「なる」だって!?)
尾上は、「村に山姥が出る」と聞いた時、それは「村が襲われる」という意味にとっていた。いまの与一の口にした「なる」という言葉が、それを一変させてしまった。
「ちょ、ちょっと待ってください。いま与一さん、『村人がなる』っていいましたよね?それって、あの……」
「別に難しい言葉じゃねえだろ?言った通りの意味さ」
246 :
「冥 獣」:2011/06/22(水) 23:40:15.57 ID:tDQBusUX
「山奥で、貧しくて、喰えなくって……そんなとき、こんな村じゃどんなことするのか?知ってるだろ?」
姥捨て、子殺し、孫き……少ない食い扶持を守るため集落構成員の頭数を意図的に減らす悲しい習俗だ。
「オレたちの村も同じだったのさ。
「で、でも与一さん、山爺とか山姥ってたしか……」
「人食いだ」
与一はさらりと応じた。
「何年もまえに捨てられた爺さんが一人、村に舞い戻ってくると、てめえを捨てた息子夫婦に喰いつきやがった。
悲鳴を聞きつけた村の衆が、手に手に鉈や天秤棒持ってかけつけて、人食い爺さんに打ちかかった。
ところがこの爺さん、斬ってもぶっ叩いても死なねえ。死んだみてえに見えても、しばらくすっと息を吹き返しちまう。そんで、始末に困った村の衆は……」
尾上の背中で藤谷が息を飲んだのが判った。
(…そうだあそこだ)と、尾上も悟った。
「村の洞窟に閉じ込めたんですね?与一さん」
「打っても斬っても死なねえが、さすがに不死身ってわけじゃなかった。もっとも飢え死にさせるまでにゃ随分時間もかかったらしいが……」
打っても死なないバケモノ……与一の昔語りが、昔語りには聞えない。
そんなバケモノを尾上と藤谷は知っている。
「……恐ろしいのは、そんなバケモンが村に出るのは、それが最初で最後じゃなかったってことだ」
与一の語るところによると、谷の奥に捨てられた老人が何年かして人食いになって戻ってくる事件が思い出したように繰り返されたのだと言う。
「そんで、こりゃあ谷の奥になんか悪いもんがあるに違げえねえってことになってな。
村で一番の豪胆なヤツが鉈と手斧を両手にもって、谷の奥、姥捨て場のさらにそのまた奥まで分け入ったのよ。
谷の一番奥で男が見つけたのが、バケモンになりかけの婆と、オレたちのいま居るこの洞窟だったってわけさ」
247 :
「冥 獣」:2011/06/25(土) 09:07:56.88 ID:wkio91Ib
「男が見つけたとき、バケモンになりかけの婆さんは、そこに湧いてる苔だか黴だかを……そらそこのそれだ」
……と言って与一のシルエットは尾上の後の岩床を指さした。
「その薄気味悪りい緑色のヤツを、掻き集めて貪り喰ってたそうだ。
姥捨てされ、飢えに追い詰められた年寄りどもは、そんなもんにまで手を出してたのさ。
男は、酷い傷を負いながらも、なんとかバケモノになりかけの婆を叩っ殺した。それから……」
与一は人差し指で床を掻き取る仕草をしてみせた。
「なんの気なしの仕草だった。もちろん婆みてえに口に入れたわけじゃねえ。けどよ、村に戻ったころ、男の傷はすっかり治っちまってたそうだ」
与一の語る昔話を聞くのは二度目だった。
最初は42年前村を襲った「人食い熊」の話。
こんどはもっと古い、やはり村を襲った「山爺、山姥」の話。
二つの話の間には、おそらく100年以上の開きがある。
しかし尾上には、二つの話が不吉な連鎖を形作っていると思えた。
バケモノ熊がバス並みの大きさなのは、おそらく万石の言う通り、脳の損傷と有毒ガスの相互作用なのかもしれない。
しかし、バケモノ熊のあの異常なほどの不死身ぶりは?
そんな想いを巡らせていると、つい数分前の与一の言葉が不意に蘇って来た。
「オマエたちも秘密の一部になる。オレとおなじくな」
(オレの予感が当たっているなら………は、はやく逃げないと!)
248 :
「冥 獣」:2011/06/25(土) 09:10:30.68 ID:wkio91Ib
尾上の焦りなどおかまいなしに、与一の話は奇妙に熱を帯びはじめていた。
「……男は小躍りしたとぉさ。そりゃそうだ。あの緑んのを傷口にほんのひと塗りするだけで、どんな酷い傷でも治っちまう。山の神様からのお恵みだと思ったろうよお」
嫌な笑いを挟んで、与一の影はつづけた。
「……怪我しても、こいつを塗りゃあ治っちまう。軽い傷ならあっというま。死ぬほどの傷だって半日もすりゃあ自分の足で立って歩ける魔法の薬だぁ。
……男は自分の見つけたもんを、自分だけの秘密ってぇことにした。
『薬』を見つけてから暫くして、男の暮らし向きが目に見えて楽になった。
何をやったて稼いだのかだって?
悪りいが、そりゃあ判んねえ。
子孫のオレにも判んねえなぁ。
何故かって、それを教えて来る前に男は山爺になっちまってよ。テメエの息子に殺されちまったからなあ!」
そこまで一気にまくしたてると、与一の影はいったん喋るのを止めた。
肩が小刻みに震え、同時に胸が激しく上下し、膝の上に置いた手の指が断続的に痙攣を繰り返す。
まるである種の熱病に罹っているようだ。
何かの発作を抑え込もうとするように深い呼吸を何度も何度も繰り返したあと、消耗しきった声で、再び影は話しはじめた
「……いま思えば、とっとと此処を封じるなり、焼き払うなりすりゃよかったんだ。
けど、そうしなかった。理由は判んねえ。
そんなこんなで、そのときから此処は、オレたち多々良の血筋の者が守り続けて来た。
42年前、人食いグマが出たときも、父っちゃは、ここに、この穴に来ていたんだ。
そして父っちゃは考えてた。
これを病気の母ちゃんに使ったら、ひょっとすっと良くなんじゃねえかってな」
山爺、42年前の人食いグマ、病床に伏せる与一の母、瀕死の小熊、そして「父っちゃ」こと伍平と与一少年。
尾上ははっとした。
(………そうだったのか!)
病気の妻のため、伍平はこの洞窟から「緑のもの」を持ち帰った。
そして病床の妻から人食いグマのこと、薬を貰いに与一少年が明戸に向かったことを聞き、急ぎそのあとを追う。
そして……。
絞り出すように与一が言った。
「あのバケモノ熊は、オレが作っちまったんだ」
249 :
「冥 獣」:2011/06/26(日) 19:09:11.96 ID:P3T5IR+V
息子の手をひき村に戻ると、伍平は自分の家の戸を引き開けた。
『おい!戻ったぞ!大丈夫だ!与一は、無事だ!』
手荒く戸を引き開けた拍子に、二間しかない狭い家がギシリと揺れた。
伍平の声に応えたのはそれだけだった。
『………花代?……………………花代?!』
息子の手を振りほどくと、土足のままで伍平は家に駆け上がると、妻の横たわる寝所の破れ襖を引き開けた。
伍兵が最後に目に洲た姿勢のまま、妻はまったく動こうとしない。
息子と、息子の跡を追った夫の無事を祈る姿勢のままで、母は独り息絶えていた。
『こうして与一は無事じゃったというのに!?何故おまえが!?……死なせぬ!死なせはせぬぞ!!』
すでに冷たくなり始めていた妻の体をかき抱くと、五平は腰の物入れ袋から紐で縛られた貝殻を取り出した。
生きているならいざしらず、死んでいるものにまで効果があるかは判らない。
だが、それでも伍平は賭けてみようとしたのだ。
『これを使えばよくなる!これを使えば傷も病気も治るのじゃ!』
しかし……貝を閉ざした紐を解こうとした伍平の指が止まった。
妻の指先から一枚の紙切れがこぼれおちたのだ。
焚きつけの隅を引き破った紙きれには、細く、しかしはっきりした妻の筆致で、短い最後の言葉が記されていた。
『あるがままに……』
それは妻の最後の意思。
不自然なやり方に頼ってでも妻の命を長らえようとする夫への、明確な拒絶の意思表示だった。
手から貝殻がポトリと落ち………それきり伍兵は自分の持ち帰ったもののことを忘れてしまった。
幼い息子がそれを拾っていようとは、もちろん思ってもみなかった。
あいかわらず変換ミスが多いな。
もうちょっと落ち着いた環境で構成したいもんだ。
……もっとも落ち着いて変換ミスするだけかもしれんが。
さても語るべきことはほぼ語り尽くした。
あとはラストまで一気だな。
251 :
「冥 獣」:2011/06/27(月) 23:32:21.29 ID:+Y0H/Ru3
「父っちゃの話を信じていたわけじゃない。父っちゃ自身だってどこまで昔話を信じていたか……けども、オレはあの小熊がかわいそうでならんかった」
少年与一は重ね合わせていた。
母に死なれた自分と、伍平に母熊を殺された小熊と。
「オレは、泣いている父っちゃを家に置いて、小熊の落ちたブス穴に走ってかえると、貝殻の紐を解いて、祈る気持ちで穴の中へと落したんだ」
与一のシルエットは両手で顔を覆った。
手の形が、素手ではなく、厚い手袋をつけているようなのに尾上は気づいた。
「……おれの懺悔につきあってくれてありがとうよ。さあ、オメエたちはさっさと行ってくれ」
「…よ、与一さんは?」
「オゥレは……オレは、この手でヤツを倒す。倒して、自分のしたことの落とし前をつけるつもりだ」
そして与一は、もう行け!と手を振ると、腰を上げ道をのいた。
「あの与一さんも私たちと…」
「いいんだ!行くぞ藤谷!!」
「で、でも!?」
これ以上ここに居続けることはできない!
状況の見えていない藤谷を強引に引き摺って、尾上は亀裂をくぐった。
「…………え!?」
短く叫んだきり尾上は言葉を無くした。
亀裂の中にいたのは10分にも満たない時間のはず……。
それなのに……。
亀裂から出てみれば、ブス谷は一面の霧の海へと変じている!
そして……乳白色の淵の底から、巨大な影がゆっくりと浮かび上がってきた。
「尾上くん!洞窟に引き返そうよ。熊は大きいから入ってこれないかも?」
「ダメだ藤谷!あそこにはもう戻れない。何故って…」
そのとき、二人が後にしてきたばかりの亀裂の奥で、ケダモノの咆哮が轟いた!
252 :
「冥 獣」:2011/06/28(火) 23:42:59.68 ID:Y+AWUOKQ
「いまの声はっ!?」
背後で轟いたケダモノじみた雄叫びに、尾上と藤谷が思わず振返ると……。
乳白色の霧を引き裂いたように黒々と口を開けた亀裂の中から、一匹の生物が飛び出した!
ギラついた狂気を宿す双眸に、剥きだされた黄色い犬歯。
正月の餅に広がったカビを思わせる皮膚の色。
顔から首にかけ濃緑色の線が葉脈のように走り、右脇腹には肋骨が露出するほどの惨たらしい傷痕が乾いていた。
節くれだった右腕には手斧。
左手には銃身の二本並んだ散弾銃。
『オレは、この手でヤツを倒す』
それが42年前の自身の過ちに対する、多々良与一の「おとしまえ」だった。
「そ、そんな!?そんなことって!?」
「バ、バカ、近寄っちゃだめだ!」
我を忘れた藤谷が「山爺」に駈け寄ろうとしたとき、怪物の目から一瞬だけ狂気が消えた。
山爺が与一に戻る?
だが次の瞬間、怪物の目に先ほどまでのものとは比べ物にならぬ、深紅の怒気が蘇った!
袋小路の谷間に木霊す、慟哭の雄叫び!
そして山爺は、伝説の大マシラのように空中高く飛び上がった!
尾上と藤谷を軽々と飛び越えてその向こう側に!
バケモノ熊の待つ向こう側に!!
253 :
「冥 獣」:2011/07/02(土) 23:34:46.33 ID:sVfqMs1u
立ちすくむ尾上と藤谷の遥かに上を、山爺と化した与一は飛んだ!
『山爺や山姥を殺すには、首を刎ねるしかねえ』
『ほんとか父っちゃあ?』
『古い言い伝えだ。いいか与一!絶対忘れちゃなんねえぞ』
もう与一には、「父っちゃあ」が誰なのかも、与一とは誰なのかも判らなくなっていた。
ただひとつ、バケモノと化した彼の心にハッキリと残っていたのは……。
(ソウダ、クビダ!)
跳躍の最高点で、与一は古手斧を巣城高くに振りあげた。
(クビダ!クビダ!)
ギエエエエエエエエッ!
奇声を上げ、バケモノ熊目掛けて落下する与一。
しかし、これまでただの一声も放たなかったバケモノ熊が、霧笛のような野太い声で吠えると後足二本で立ち上がった!
そして剛腕一閃!
橋の橋脚ほどもある腕が、襲いかかる与一の体を迎え撃った!
ガシッ!!という硬質の音と、ズバッという鈍い音が交錯!?
衝突の直後、与一の体と何かもっと小さなものが吹き飛んだ。
小さなものとは、手斧の一撃で断ち切られた、熊の前足のバットほどもある指一本。
一方、与一の体はゴムマリのように撥ねて飛ぶと、呪われた亀裂の走る岩塊に叩きつけられ、そして溜まり水の中にうつ伏せに落ちた。
尾上が手で抑える間もなく、思わず藤谷は叫んでいた。
「与一さ…」
そのとたん、バケモノ熊が仁王立ちしたまま顔をそちらに向いた。
歩道橋以上の高みから見下ろす、顔の残骸。
なにものも映すことのない目が、二人の上にじっと注がれる。
そしてボロ布のような耳が、尾上と藤谷に狙いをつけるように二つ並んだ。
(動くな藤谷!音さえたてなきゃ……)
バケモノ熊は鼻孔をひくつかせ、口の端を歪めると匕首を並べたような歯列を剥きだした。
(だ、大丈夫だ!音さえ、音さえたてなきゃ……)
しかし…だらりと下がっていた熊の右腕が、突然横に大きくバックスイングをとった!
(…ダメだ、気付かれてるっ!)
横殴りの一撃が尾上と藤谷を襲う!
そのときバケモノ熊の背後で、一筋の水柱が立った!
人間であれば全身の骨格が粉々になったであろう攻撃を受けてもなお、与一は死んでいなかった!
バケモノ熊同様の呪われた不死身さでもって、高々と飛び上がると、与一はバケモノ熊の後ろ頭に古手斧の一撃を叩きこんだ!
ゴォォォォォォォォッ!
バケモノ熊が怒声を放つ!
熊の頭と首の境目辺りに錆びた鉄の刃が柄まで喰い込んでいる。
だが、バケモノ熊もまだ死なない。
硬皮獣の毛皮は、ちょっとした防弾チョッキ並みの防御力を有している。
ましてやこの熊、並みの熊ではないのだ!
首の後ろに手斧の柄をのぞかせたまま、バケモノ熊は手斧の柄を掴んでぶら下がっている与一を振り放そうと、凄まじい勢いで暴れだした。
254 :
「冥 獣」:2011/07/02(土) 23:39:11.80 ID:sVfqMs1u
「ふ、藤谷!逃げよう!このスキに!」「でも、逃げようったって何処に逃げれば?」
そのとき、谷の下手の流れに沿って茂る紫色の花群の中から見知った男が顔を出すと、谷の右側に指をさした。
「尾上くん見て、篠原先生よ!」
「右に行けっていうのか?」
ゴガアアッ!
バケモノ熊の叫びが再び谷に木霊した!
散弾銃の銃身を口にくわえ、バケモノ熊の首から突き出た手斧の柄に右手を、熊の左耳に左手を掛け、与一はまだ熊にとり縋っていた。
右に左に上に下に!
バケモノ熊が首を振りたて荒れ狂い、巨岩や崖に自分の体を叩きつける!
縋りついた与一の体は濁流に飲まれた木端のようだ。
しかし与一は、振りほどかれるどころか、散弾銃を咥えてジリジリと熊の頭部ににじり上がって行く。
「な、なんですか篠原先生、そのカッコは?」
恩師らと再合流を果たした藤谷が、いちいち手を上げるのも忘れて発言した。
「ああ、このフラワーアレンジか」篠原がバツの悪そうに笑った。
篠原と万石、それから椎名は、頭と言わず首と言わず、全身を紫の花で体を飾りたてていたのだ。
「これは、万石発見の秘密アイテムだ」
自分の着けていた花を幾つか尾上に手渡しながら、万石も言った。
「廃村は何か恐ろしい秘密を隠していました。ならば、村にはその秘密を抑える方策も持っていたんじゃないかと……。
長の家から眺めていて気付いたんですが、村の西側の流れには今も菖蒲が沢山自生しています。それから……尾上くんは知ってますか?菖蒲には邪気を退けるとか、鬼女がこれを嫌うという伝説が……」
「そ、それより尾上くん!藤谷さん!」
万石の長広舌を椎名が遮った。
「あの、あの恐ろしい戦いはいったい?!」
255 :
「冥 獣」:2011/07/02(土) 23:43:46.87 ID:sVfqMs1u
ガアアアアアアッ!
バケモノ熊が崖の岩壁へと巨体を躍らせた。
一度!二度!そして三度目に、首から突き出していた手斧の柄がボキッと折れ、与一の体がまたも空を舞った。
バシャン!
敵の落下した溜まり水に、バケモノ熊もキバをむき飛び込むと、パワーショベルのような前足を立て続けに叩きつけた。
激しい水しぶきに、バケモノ熊の緑の巨体すら一瞬見えなくなる。
「与一さんは!」「殺られたのか!?」「み、見ろあれを!!」
またも仁王立ちになったバケモノ熊のキバに、ぼろ布のようなものがぶら下がっている!
一噛みに噛み殺さんとするバケモノ熊の牙に、与一が手を掛け、踏み止まっているのだ。
右足はねじ切られ、左足も踏み潰されてもはや「足」の形はしていない。
だが、与一はただ喰われまいと踏み止まっているわけではなかった。
熊が後足でたちあがる勢いを利用して、与一は自分からグワッと開いた熊の口の前に身を乗り出すと、散弾銃を手にキバのならんだバケモノの口の中へと自分から飛び込んだ!
グワシャッ!
熊の口が閉じ、既に十分以上に破壊され尽くした下半身が赤と緑の体液を辺りにぶちまけつつ食いちぎられ落下。
同時にズンという爆発音とガキンという金属同士の衝突音!
そして、バケモノ熊の首の中に完全に埋没していたハズの手斧の刃が、緑の砕片とともに熊の後首からクレー射撃の的のように飛び出した!
身を隠していた岩陰から、篠原が思わず立ち上がった。
「熊の口の中で、頸椎目掛けて発砲したのか!」
外から手斧をぶち込まれていた首に、中からスラッグ弾二発の同時発射。
古い鉄の刃と新しい鉛の弾による、内と外からの挟み撃ち……。
篠原、万石、椎名、そして尾上と藤谷の見守る前で、仁王立ちしていたバケモノ熊がゆっくりと崩れ落ちた。
体は後に。
頭は……慣性の法則により前に。
大小二つの水しぶきが上がった。
256 :
「冥 獣」:2011/07/02(土) 23:48:12.22 ID:sVfqMs1u
バケモノ熊は、死んだ。
こんどこそ、間違いなく死んだ。
ブス谷での恐怖のときは終わったのだ。
「……やっと……おわったんですね」
小さく呟いて椎名が腰を落とすと、尾上と藤谷もつづいて座りこんだ。
「そうですね。みんな終わったんですね。バケモノのような熊も、恐ろしい伝説も、みんな全部……」
「いや藤谷、まだだよ。まだ終ってはいない」
驚き顔で見上げる尾上と藤谷に、篠原は落ち着いた静かな声で言った。
「キミたちの見たというあの亀裂の謎を明らかにするまでは、総ては終わらないんだ」
「で、でも先生!」
亀裂に向かって歩き出した師を追い、慌てて尾上も立ち上がった。
「与一さんはアレに触れてはダメだと……」
「なにを言い出すんだ尾上?怖いから、危ないからでは、学者とは言えないぞ」
「でも、先生。与一さんは命をかけてまで……」
………そのときだった。
平成23年3月11日14時46分18秒。
総ての秘密を飲み込む、マグネチュード9.0の超巨大地震が襲った!
「A級戦犯/冥 獣」
お し ま い ?
257 :
おまけ:2011/07/02(土) 23:52:49.39 ID:sVfqMs1u
走る!走る!走る!必死に走る!
崖の間に挟まれた隧道を、息を切らして必死に走る!
村からのただ一つの出入り口「明戸橋」めざして、彼は死に物狂いで走っていた。
その後から、彼を追いかける者たちの足音と野犬のような唸り声が、雪崩となって追って来る。
捕まったら最後だ。
顔見知りの郵便配達が生きたまま引き裂かれ、文字通り喰いちぎられる様が、ありありと目に浮かぶ。
(畜生!いったいなんでこんなことに!?)
いまや後ろから感じられるのは足音や唸り声だけではない。
脚が地面を蹴る震動や、血なまぐさい息の臭いまで感じられるようになってきた。
追手との距離は間違いなくつまってきている。
(だ……だめだ、もう追いつかれる!)
そしてついに、必死に逃げる彼の肩に追って来る者の指が食い込んだ!
「た!助け……」
そのときだった!
……ズウンッ!という突きあげるような突然の震動!
バランスを崩しつんのめった拍子に、彼の肩から追手の指が外れた!
「ひ、ひいいっ!」
そして逃げる者と追う者の上に、左右の崖から大小の岩がガラガラと崩れ落ちて来た。
西暦2011年3月11日14時46分、北関東および東北地方太平洋岸をマグネチュード9.0の大地震が襲った。
橋は落ち、道路も寸断され、明戸村は外界から完全に切り離されてしまった。
「明戸村奇縁」
クサリガマラス
上半身カマキリ、下半身サソリ。
259 :
創る名無しに見る名無し:2011/08/22(月) 23:54:38.83 ID:9yZHZgON
現在FBIのチーム数名を一人で動かしてるので、こっちはちょっと休憩。
人間の「怪物」が出て来る話を片付けたら、「明戸村奇談」で再開の予定。
261 :
創る名無しに見る名無し:2011/09/03(土) 05:13:48.59 ID:U2GSncKb
やったーFAINALじゃないですかー
263 :
創る名無しに見る名無し:2011/09/19(月) 00:52:18.84 ID:02oK+7PH
264 :
創る名無しに見る名無し:2011/09/23(金) 03:47:02.00 ID:SWQN7rCU
かわゆす
266 :
創る名無しに見る名無し:2011/10/10(月) 02:12:06.51 ID:q8vk1suR
試しに一話だけ前置き投下。
2012年8月初旬 三重県鳥羽市答志島
町の外れの林は夜の為か人通りは少ないし、島民自体はそこまで多くない。
珍しく、背広を着た歳は三十後半〜四十前半の大男が携帯をいじっている。
「俺に任とけ言っとるやろ。…あ?またかけ直す。」
男は、林の先にいる老人がこちらを見つめている事に気づく。
携帯をゆっくりきると、
「何見とんのや。文句あんのか?あぁ?」
と睨みを利かせ怒鳴るが老人は黙ったまま近づいて来る。
「ふ、ふっふざけんなや!?ぶっ殺すぞ、ハゲ。」
怒鳴り声を聞くと、老人はうすら笑いを浮かべる。
すると、真っ赤な血と共に光に包まれて老人は消えた。
男は戸惑いを隠せず、町に向かって走り出した。
ガサガサと草むらが揺れる音が聞こえると、男はもう走れない程の恐怖で失禁する。
何かがいる。
「うあああああああああああああああ!!!」
翌日、菅島と答志島を合わせて200体を越す惨殺体が発見された。
お?投下者が現れた。歓迎歓迎。
掲示板対応の文章だから私のより読みやすいですねぇ。
がんばって完結までもっていってください。
私も今別スレに書いてるのが完結まじかなんで、267氏が完結するころには、ここに投下できるようになってると思います。
がんばってください。
270 :
267:2011/10/14(金) 07:41:26.13 ID:kp+xUmGh
>>269 実はと言うと、自分も別スレでロワをしていて続きを書けるかどうか…
DTの方も楽しみにしています。
271 :
『愚者』:2011/10/14(金) 20:49:18.72 ID:zMr6afFr
2012年8月2日 三重県津市 県立津南高等学校
「怪獣?ふざけとんの。ウチは遊んどる暇は無いん。」
高瀬渚は、割れて飛散した窓ガラスを片づけながら機嫌悪そうに口を開いた。
「高瀬ェ〜絶対おるって、本当にマジ…だから信じてくれへんかなぁ〜。」
そう甘えるように言うと、城崎瑛人は175を越す身長を起こすように立ち上がる。
「アホっちゃうの!?キモイ!!!こっち来たら、痴漢って叫ぶでな!!!」
「そこまで言わんでもええやんかぁ〜。なぁマーくん。」
「俺は、あるよ。」
「何が?」
「怪獣って奴に興味が。」
元サッカー部FWの真崎了はその低いで語りかける。
同時に、授業の始まるチャイムが高らかに鳴った。
272 :
『愚者』:2011/10/14(金) 21:36:45.04 ID:zMr6afFr
2012年7月30日深夜 三重県尾鷲市床梨村派出所
『どうなっとる!?漁港と連絡がつかへん!!』
「とりあえず、落ち着くんや。回線か何かの故障とかが原因の筈やろ。」
『何やこれ…ひっいぃぃぃ…グチャン…ザーザー(ノイズ音)』
赴任して9年以上になるベテラン駐在は危険を察知した。
震える手で、腰に携えたニューナンブを抜きドアを開く。
住宅地の周辺である辺りは不気味なほど静まりかえっておりやはり異常だと感じる。
思いの他に重く感じた拳銃を思わず、床に落としてしまい拾おうと屈む。
そういえば、自転車で見回りに行った若い巡査が一時間程帰ってこないことに気付く。
異常なくらい、今まで感じたことのないくらい、心臓が鼓動している。
トイレに入ったまま出てこない青年がいきなり心配になり地面を蹴り、走る。
「おい!!!!大丈夫なんか!?おい、返事してくれへん!!!!」
大声で叫ぶと、便所のドアの隙間から真っ赤なドロッとした液体が染み出ている。
怖くなり逃げ出しそうになった心を押さえながらもドアを蹴り破った。
激臭が立ちこめていることに気付くと、不気味な肌色と桃色の塊が転がっていた。
273 :
『愚者』:2011/10/14(金) 22:15:24.42 ID:zMr6afFr
2012年7月31日正午過ぎ 三重県尾鷲市床梨村
「おうぇぇぇ!!!ゲホッゲホッ‥‥ハアハア。」
「佐古。おまえ何時まで、新人気分なんだ、ハァ〜?それとも本庁に帰るか!?」
佐古鮎子。階級は巡査長だが警視庁で失態を犯し、左遷されてきたダメ刑事。
そして、先輩で警部補の毛利辰彦。欠点は三十路で短気で皮肉で筋肉頭。
「ったく、俺も暇じゃねぇんだ。ゲボの処理ぐらい一人でしろ‥‥まったくな。」
「すみません。私…」
遺体の数は、59体。被害者の多くはが30歳未満で損壊が醜く吐く警官も少なくはない。
「鋭利な刃物でグシャってか。まるで喰らいついたみたいな傷だな。」
「生きた人間を喰らいついって…おうぇぇぇぇ!!!」
「あぁ!!!お前…俺の靴に吐いたな!!!高かったんだぞ。」
嘔吐物まみれの革靴を脱ぐと、力一杯、鼻を摘むが臭いは嗅覚に達する。
「す、すみません…。」
「佐古ぉ!!!!!すみませんじゃねぇぞ!!!何しやがる!!!わざと吐きやがったのか!?」
勢い良く靴を投げ捨てると、
靴は転がりながら、小さな洞穴に落ちる
「んだ、この穴?」
「やめましょうよ先輩。」
「ゲロ吐きは黙ってろ!!!!」
274 :
『愚者』:2011/10/14(金) 23:08:44.63 ID:zMr6afFr
洞穴は鑑識が気付かない程度の大きさだが、力を入れると崩れ落ちる。
入り口の大きさとは違い、軽トラックが普通に通れるぐらいの広さだった。
中にあったのは、抉ったらしい内蔵などの臓器にぐちゃぐちゃな頭部で佐古が吐いたのは言うまでもない。
洞穴は、まだまだ行き止まりは無いようなので二人の刑事は地上に戻る。
「まるで…化けモンが喰いにきたみてぇだな。」
「い、いやですよ…化けモンなんて…怖いです。」
「馬鹿か?例え話だ。」
話を切り割くようなヘリの音と共に県警の銃器対策部隊が果敢に現れる。
ヒーローは遅れてやってくるという言葉のように果敢であったが惨場を見て姿はガラリと変わった。
「三重県警銃器対策部隊中西喜一です。」
「尾鷲市警察警部補の毛利辰彦です。こちらが、佐古鮎子巡査長です。」
「どうもよろしく。ところで洞穴というのは何ですか?」
「死体まみれの便所みたいなクソ溜の穴です。」
「ほぉ、それは楽しみだ。」
中西喜一は古参の一人で地方に置いておくのはもったいない人材で優秀。
だが、何かわからない洞穴に突入したことはない。
ようやく、毛利を含む地理に詳しい刑事三名と警官二名、隊員二十名があの穴に入る。
275 :
『愚者』:2011/10/15(土) 12:41:35.55 ID:NW/kyi2P
洞穴の中は異臭が立ちこめ、損壊の酷い遺体が無惨に転がっている。
かなりのスペースで横幅は大男がが四人ゆとりを持って通れた。
闇の先に行き止まりはなく、作りも荒くて、炭坑跡でも無いであろう。
もしかすれば激臭の元は鉱山の有毒ガスなのかも知れないと感じたが言い出せない。
突然、中西が異常を察知し片手を上げて「止まれ」の合図を送る。
「ぎゃああああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!!!」
多量の血が飛散すると中西の首が吹き飛び、持っていた短機関銃が暴発する。
「撃つな!!!同士討ちになる!!!」
刑事が叫ぶが、今にも発狂しそうな隊員達は聞く耳を持たず次々に闇へと発砲!!
同時に前列にいた銃対の隊員の体が引き裂かれる!!!
「馬鹿野郎!!!!鉱山ガスに引火するぞ!!!!!」
もう遅い。
数百発を超す発砲と跳弾による同士討ちと謎の襲撃により半数以下に削られた。
「発砲を止めて、後退…ぐぁぁっ!!!!」
警官が殉職すると同時に謎の襲撃者の姿はようやく見えてきた。
焦げ茶色に光った外骨格に、刃のように鋭い爪、生臭く鼻の曲がりそうな異臭。
爆音と共に、身に感じたものは焼き尽くされそうなほどの熱風だった。
276 :
『愚者』:2011/10/15(土) 13:14:15.30 ID:NW/kyi2P
「…がはっ…ゲホゲホ…畜生!!生きている奴はいるか!?」
…キリキリキリ…そんな不気味な音が聞こえた。
あの爆発で、化け物が生きているとは到底考えられないはずだったが…
ボロボロになった懐中電灯が大量の生きていた、襲撃者を照らす。
まるで、それは巨大化し凶暴になった蟷螂のように見えて目を疑った。
落ちていたSIGを拾い上げると頭部めがけて銃口を向けると引き金を引く!!!
カチッカチッと不運な音が聞こえると、腹部に衝撃が走り、後ろに倒れた。
「!!」
「せ、先輩…早く逃げましょう。早く。」
「佐古!!!ついて来やがったのか!!!このバカが!!!」
「すみません。」
蟷螂はとてつもなく早く、走っても逃げきれるというものではなかった。
そんな恐怖を切り裂くかのように一発の乾いた銃声が洞穴の中に響く。
背後にいた蟷螂の頭部が吹き飛び、後ろに仰け反り少し怯んでいる。
「こっち!!!こっちに来るんや!!!来んと死んでまうぞ!!!」
声の方にいたのは自衛隊の隊員、構えているのは自動小銃で威力も強い。
「アンタは誰だ!?」
「そんなモンどうでもええ!!!早く来い!!!」
277 :
『愚者』:2011/10/15(土) 15:52:04.59 ID:ZHyE6Ezq
「ハァハァ…た、助かった…。」
どれだけ走ったのだろうか?何十キロも走ったように息が上がっている。
地上に出れたが、林ばかりでここが三重か和歌山かさえも分からない。
「陸上自衛隊が何故ここに?」
「キギョーヒミツや。」
「ふざけていたら死ぬぞ。」
ニューナンブを陸自の青年の眉間に突きつけて相手より先に牽制する。
「別に撃ってもええよ。弾、出ぇへんよ。それ。」
「カチッ」と軽い音が鳴り青年の大きな笑い声が辺りに響き渡った。
「イヒヒヒ。うけるわぁ〜。自己紹介、遅れとったな。ワシは諏訪悠摩。」
「ふざけてんじゃねぇぞ!!!」
毛利は素早く殴る体制へとかわり、体重をかけて諏訪の左頬に狙いを定める。
右手を力強く突き出したが、空振り体勢を崩すと腕を掴まれそのまま宙に舞った。
「刑事サンって、ホンマに単純でうけるわぁ〜。」
「う、動かないで下さい。う、うっう撃ちますよ。」
「ハイハイ度が過ぎました。すんまへんわ。」
「安心しや、蟷螂の化けモンは光浴びると死んでまう。」
「あの怪物の正体は、いったい何ですか?」
「キギョーヒミツや。」
278 :
『愚者』:2011/10/15(土) 16:25:43.65 ID:ZHyE6Ezq
2012年8月2日放課後 三重県津市 県立津南高等学校
「なんでウチまで参加なっとんの!?」
「ええやん、別に。暇人誘って何が悪いんや?」
「アンタと城崎と莉子は暇人だとしてもウチは違うわ!!!」
(サラッと傷つくなあ。)(俺そんな印象かよ。)(私、暇人と思われとんのや…。)
城崎は炭酸飲料を飲み干すとペットボトルをごみ箱に投げ捨てる。
「先月、尾鷲の炭坑で機動隊が全滅したらしいんや。」
「全滅?」
「数日で答志島65名、菅島138名、尾鷲59名、機動隊の小隊規模で25名。」
「ホンマにおるってことなん?アホっちゃうの。」
「何でも死にすぎだ。」
「うん…確かに…。」
「やってられへん。ウチは帰るでな!!!」
「おい…ちょっと待ちや。」
279 :
『愚者』:2011/10/15(土) 17:03:45.01 ID:ZHyE6Ezq
2012年8月3日午前7時前 三重県名張市
『三重県松坂市堺町で36名が惨殺体で発見されました。』
パンを口に運ぶ手が止まり動揺を隠せずに床にガラスのコップを肘で落としてしまう。
『イサカトオルさん イムスンヤンさん ウエハラヒデキさん ‥‥‥』
『サカイマリさん サニー・ウィリアムさん シノギトモミチさん ‥‥シロサキエイトさん‥‥ 』
“シロサキエイト”というワードが頭の中でぶつかりながら砕けた。
「城崎が死んでもうた‥‥」
まだ何も理解は出来ておらずただ、流れる死亡者の名前を話す声を聞いている。
携帯のバイブがなると同時にヨロヨロと立ち上がりふらふらと歩きながら携帯を取る。
『高瀬!!!ニュース見てるか!?』
「‥もうた‥‥城崎が死んでもうた‥‥。」
『落ち着け!!!莉子とも連絡がつかないんだ!!!』
死んだ。友達が死んだ。
目からは遅れてやってきた涙が頬を伝わり床へと落ちる。
悲しいという感覚より、に何が起きているかわからない感覚のが大きい。
『知事の命令でとりあえず学校は休校らしい。今から松坂に向かってくれないかな?』
「‥分かった‥‥。」
280 :
269:2011/10/15(土) 23:43:09.27 ID:iXYkvXbm
>>267 …これは驚きました。私の別スレでの駄文を御存じでしたか。
「冥獣」に続く予定だった「明戸村縁起」の前に「旅する死神」を挟んだのには理由があります。
「明戸村縁起」に「旅する死神」の冒頭に登場させたウォレス大佐の部下「サージ」を登場させるつもりだったからです。
つまりバケモノグマの出て来る「冥獣」と「旅する死神」は同じ世界。
ついでにいうとミリタリー系創作スレに投下した「ツーツーツツーと」も設定上は同じ世界です。
伊上に殺しを依頼している国家機関の人間が、怪物スレの「桜の木の下には」に登場した岸田警部の同僚という設定ですね。
だから、いずれチャールズ・ハーパーかディミトリィあたりを日本に呼んでこようかと思っていますし、日本政府派遣の殺し屋として伊上亨をロスに上陸させてやろうかとも思っています。
上手くいけば、世界観が広がるんですが……。
追記、もし継続が難しくなったらその旨書き込んでください。
穴埋めでもなんでも作って投下します。
281 :
『愚者』:2011/10/16(日) 09:11:30.96 ID:jma7ilXZ
2012年8月3日正午 三重県松坂市境町
高瀬の心のダメージはとてつもなく大きい。
何を聞いても黙ったままで、下手すれば廃人になるのかと思ってしまうほどだった。
普段から無口の真崎は慰める言葉が見つからない。
乗客は皆無に等しく、静まり返った車内にサイレンだけが鳴り響く。
バスはそんなムードを良くしようとしたかのようにバス停の停留所をアナウンスする。
背広を着たサラリーマンが降りるのに続き、二人は料金を入れて降りた。
バス停のある桜公園にも、遺体が発見されたのかパトカーや救急車が止まっている。
城崎が語った怪獣による惨劇は、また起きたしまったのだろうか?
城崎の家の前には、何台もの車が止まっていて何処からか、泣き声も聞こえた。
警官や鑑識官がまだいて中に入れる状況ではない。
「瑛人は!!生きてますよね!!ねえねえ!!!嘘なんですよね!!!!」
「君ら瑛人君のお友達かな?」
刑事ですと言わんばかりに茶色のコートを着たパーマ頭の男が話しかけてきた。
「はい…。」
「瑛人君、変わったことしてへんだかな?」
「"怪獣"。」
「"怪獣"?ゴジラやガメラのとかの怪獣?」
>>280 そこまで、考えていたのですか。なかなか面白そうです。
DTの方も頑張ってください!!
「嘘だと思っていますか?」
「そないな事なら、僕も信じへんよ。やけど、嘘やとは思わん。」
刑事は胸ポケットから携帯の番号の書いてある名刺を取り出すとおもむろに渡す。
「僕の名前は手塚。またなんかあったら電話してな。」
手塚刑事は一礼すると、どこかへと消えていった。
真崎は名刺をポケットに突っ込むと、黙りっぱなしの高瀬の方を見る。
どうやら、城崎の家には入れないようで、連絡のつかない羽鳥莉子の心配をした。
ニュースの死亡者リストには載っていなかったが、心配な心境にある。
「莉子の家ってこの辺だったよな。」
「うん…そうやな…。」
相変わらずの反応。
二人はしばらく歩き続け、何台かのパトカーとすれ違う。
『羽鳥 考太
路子
莉子』
城崎の家とは対象的に莉子の家は誰もないかのように静まり返っている。
「莉子、大丈夫かな?」
窓からのぞき込む人影を見ると一時期は安心する。
窓の中には天井からロープの輪も確認できた。
「大変や…莉子死ぬつもりなんや!!!」
ようやく口を開いた、高瀬の顔には悲しみは消えていた。
284 :
『愚者』:2011/10/16(日) 12:43:01.92 ID:jma7ilXZ
鍵の掛かっていない玄関の扉を勢い良く開けると二階から椅子の倒れる音が聞こえる。
まだ間にあう、と一方的に決めつけて土足のまま階段をかけあがっていく。
元FWの右足が部屋のドアを蹴り破る!!
高坂は天井から、悲惨にもてるてる坊主のようにぶら下がっていた。
「ば、バカ野郎!!!」
ロープは契れ、莉子は床に叩き付けられた。
「…私見たんや…。」
「何を見たんだ!?」
「城崎君の家…城崎君が…喰い殺されているところ…。」
「誰に喰われたんや!!!」
「蟷…螂や…。」
285 :
『愚者』:2011/10/16(日) 13:13:17.44 ID:jma7ilXZ
2012年8月2日 尾鷲の山小屋
「菅島がやられてもうたか…北上しとんなぁ〜」
新聞を片手に諏訪は悠長にコーヒーを飲んでいた。
「いい加減、家に帰してくれねぇかな。殉職扱いで退職金が下りねぇんだよ。」
「それはまだ無理やなこっちゃの。ワシの居場所がバレてまう。」
「ったく、てめぇの都合で人を監き……
乾いた音が森の中に響きわたると、すぐに銃声だと判断できた。
諏訪の持っていたマグカップが破裂するとコーヒーと血が飛び散る。
「伏せるんや!!!狙撃手が狙いを定めとる!!!」
「クソッ!!!てめぇ、いったい何なんだよ!?」
「キギョーヒミツや。」
「佐古は?佐古!!!」
諏訪の制止を振り払い毛利は立ち上がって走り出す。
それと同時に、血が飛散して毛利は食器棚に叩き付けられながら倒れる。
「アホう!!!ドアホォ!!!」
「クソ野郎…こんな位…。」
「動くんやない!!!今度こそ、死んでまうぞ!!!」
「佐古が…佐古を…助けねぇと…いけないんだ…。」
三発目の銃声が鳴り響くと銃弾は液晶テレビの画面を軽々と貫通させる。
同時に、毛利は立ち上がり重傷を負っているにも関わらず走り出す。
286 :
『愚者』:2011/10/16(日) 16:34:18.76 ID:jma7ilXZ
数十分前
朝の光が眩しく、佐古はベットから起きあがる。
そして、目を覚ますかのように、耳を引き裂くような銃声が突然、鳴り響いた。
危機感が脳に伝わり、背筋がゾワリと凍り付くような感覚に陥る。
「せ、先輩?先輩、どこにいるんですか?」
震える声を抑えながら、恐怖心に染まりながらも出せるだけの力で叫ぶ。
「も、もう嫌だ…。」
毛布を被りながら立ち上がると、ドアを開き今にも転けそうな足で走る。
「佐古!!!クソ…あのバカ!!!」
腹部からは出血が酷く、息も上がり下手をすればその場で倒れるかも知れない。
「待ちや。外まで追いかけるつもりやろ。」
「残念だがてめぇの忠告は聞かねぇぜ…。」
「使い方は知っとるやろ。」
諏訪は、ポケットからトカレフを取り出すと毛利に渡す。
貰ったトカレフを握りしめると、出口に向けて走り出そうとした時、
「周りには、兵士がおる。やから、絶対に死ぬんやない。そして生きてあおや。」
「分かっているさ。」
諏訪には悪いが嘘を言った。
(てめぇこそ死ぬなよ。)
突入しようとした兵士の頭部を撃ち抜くと山道を駆け降りていく。
287 :
『愚者』:2011/10/16(日) 17:49:43.99 ID:jma7ilXZ
しばらくすると、64式小銃で武装した若い兵士に出くわしてしまう。
無情にも戸惑う彼を無視し足に銃口を向け、ゆっくりと引き金を引く。
「やめろ!!!」
喚き叫ぶ兵士の武器を奪い取ると顔を小銃で殴り付ける。
『第三班、突入します。』と無線から連絡が聞こえた。
「死ぬなよ。諏訪。」
呟きながらも出せる精一杯の力で山道を駆け降りていくが体力は持ちそうにない。
岩場に人影を感じ、拳銃を抜いて警戒をした。
「せ、先輩!!!良かったぁ。」
「このバカ野郎!!!勝手に外に飛び出しやがって!!!」
叫ぶと同時に、背後に人がいるという感覚が伝わる。
「動くな。動くたら撃つ。」
突きつけられているのは、ライフルの銃口だとすぐに判断出来る。
「何者なんだ?」
「黙…パン!!グシャ
背後にいた兵士が倒れたのはすぐに分かる。
「間にあったんやな。」
「諏訪、コイツらいったい何者なんだ!?」
「自衛隊ってとこやな。」
今回は"企業秘密"ではない、つまり諏訪が重い口を開いたのだ。
「脱走兵のワシは殺されてまうんや。」
288 :
『愚者』:2011/10/19(水) 16:26:51.43 ID:ORzSWPUd
2012年8月3日 終電
狂気は確実に自分の中で次々と侵略している。
両親が外に出ている莉子を一人にするのは駄目なので、高瀬は莉子の家に残った。
莉子の口から発せられた"蟷螂" "ザリガニ" "怪獣"のワードを考えている。
城崎が話していた怪獣というものは本当に存在することになるのか?
…何で死んでしまったんだよ、城崎。
列車がトンネルに入るといきなり電気が消えて辺りがパッと暗くなる。
数人乗っていた客も戸惑いを隠しきれずに大声を出したり、立ち歩いた。
電気が消え困惑している乗客を無視するかのように電車が減速しながら止まる。
車掌の大量の血液が窓を真っ赤に染めると、悲鳴や嘔吐する声が聞こえた。
「う…うぅ…うぁ…どうなっているだよ!?」
連動したかのように、窓が割れて、窓際で立ちすくむ青年が車外に引きずり出された。
続いて後続車両に向かった数名が車両の間の通路で車外へと掘り出される。
最前列の車両にはもう他の乗客がいない。
天井から響いている、ガンガンという物音に体中が凍り付くように震え上がった。
車外からは悲鳴とうめき声が鳴り響き、首のもげた死体がドアに激突する。
289 :
『愚者』:2011/10/19(水) 17:07:07.66 ID:ORzSWPUd
窓が次々割れると"怪獣"の正体がようやく確認できるとその姿に息を飲む。
上半身が蟷螂、下半身は蠍の激臭を放つ奇怪な化け物がそこにいた。
右手に付属している鎌には乗客と思わしき死体の目玉がグシャリて貫いている。
…キリキリ…
《…死にたいか…》
どこからか聞こえた声。
いや、音なのかも知れない。
「俺を殺すのか?」
《…狼狽えるな餓鬼…》
事態を切り替えるべく先に動いてきたのは怪物の方。
それをギリギリ避ける!!!
もう最悪の状況で武器を持たない少年は何が何でも走り逃げるしかない。
サッカー部元FW、五十メートルを六秒台前半で走ったこともある脚で逃げる。
ただ死にたくないという葛藤が、脳裏に巡っていた。
車両の窓からは次々と怪物たちが入り込んでくる!!!
一匹が飛びかかる。
間一髪!!!
生き残った少女が消火器で怪物の頭を勝ち悪る。
「高瀬!?高瀬!!!」
高瀬渚。一人の少女は、消火器を怪物に投げつけると窓の外に飛び込んだ。
続くように真崎も飛び込む。
直後に特別急行車両が激突!!!
追突された二つの電車はバラバラに吹き飛ぶ車両に吹き飛びながら、爆発する。
290 :
『愚者』:2011/10/20(木) 20:18:48.88 ID:WuEQZpy0
2011年3月11日13時過ぎ 福島県
「イヒヒヒ。やから、それはキギョーヒミツや。」
諏訪悠磨二等陸尉は時折、ふざけた態度をとるが正義感が強く優秀な兵士。
彼の小隊もまた、福島の土地に召集された。
一時間以内に任務は原発を制圧し、原子炉をメルトダウンを起こさせる。
もちろん警備と職員は過激派の犯行に見せかける為と目撃者を消す為に皆殺し。
武器も、89式小銃ではなくAK47やトカレフなどで武装している。
車は黒いバン。バンの持ち主は戸籍上は無職の女で病死したことになっているらしい。
諏訪にも正義感があるが、昇進という欲に負けてしまい挙げ句の果てに参加した。
(こんな事してもええんか?)
欲望という名で押さえ込んでいた感情がついに口からはみ出し叫ぶ。
「こんな事してもええんか!?おかしい事に気づけや!!!」
バンの中にいた無表情で兵士が諏訪の方を向く。誰の心にも届いていない言葉。
「黙れ。諏訪。」
今までの性格とはまったく違う冷たい声を発する小隊長。
同時にコルトがバメントの45口径の銃口が諏訪の額に向けられている。
「アンタも墜ちたんやなぁ、禿げ隊長サン。」
291 :
『愚者』:2011/10/22(土) 11:24:45.54 ID:PbCy8AjZ
その時だった。
立っていることもままならない程の揺れを感じ倒れる。
「何をした!?」
目の前の隊長が銃口を遠ざけると、ポケットのナイフを太股に刺す。
拾い上げた拳銃で、二名の兵士を射殺すると暴発し、運転手の頭部が吹き飛んだ。
そして、走っていたバンが、コントロールを失い暴走してトラックに激突し大破した。
何人かは事故の瞬間に死亡し、ほとんどの兵士は気絶し倒れている。
逃げるチャンスではあった。
走った。ただその時、走る。走ることしか出来ない。
経歴もライフルもプライドも何もかも、道端に捨てた。
午後二時、福島県に忘れもしないその瞬間が訪れる。
292 :
『愚者』:2011/10/25(火) 18:23:30.74 ID:iHq2umQY
『愚者』の作者ですが、ロワスレが停滞しているので少し中断します。
中途半端になってしまい本当に申し訳ありません。
ロワの方が落ち着けば、また書きたいと思います。
293 :
創る名無しに見る名無し:2011/10/25(火) 22:29:54.56 ID:M1jKF3GM
>>293 了解。
FBIの話も一応完結させたことなので、ピンチヒッターに入ります。
ただ当初予定の作だと「愚者」を再開させ難くなりそうなので変更。
「愚者」に対応した作としてリライト品ですが「聖なる夜に首吊りを」を投下します。
「愚者(フール)」に対する「吊られた男(ハングドマン)」ってタロットカード繋がりです。
では……投下開始。
「おい横田!さっさとやれよ。おまえのとばっちりで残業するのは御免だからな!」
「…はい」
班長が舌打ちして背中を向けたあと、「……んっと使えねえな」と呟くのが聞えました。
しかし横田くんはというと、班長の言葉に反発するどころか(ほんとそうだよなぁ)と受け止めていたのだす。
本当のところを言うと、横田くんが特別に使えないというワケでもありません。
工場での働きぶりを示す数字は、ごく平均的なものでした。
何故彼は、いわれのない非難に甘んじているのでしょうか?
このお話は、そんな横田くんの日常から始まるのです。
「聖なる夜に首吊りを」
「あ、あのぉ……横田ですが、また何かありましたでしょうか……」
横田くんが半年間働いていた自動じゃ工場の人事担当に呼び出されたのは、イヴの日の午後3時のことでした。
「君との雇用契約のことなんだけどね…」
「あ、はい、わかりました」
「おい、まだ何も言ってないぞ?」
言われなくとも判っていました。
横田くんは仕事を馘首になってしまったのです。
住み慣れた社宅からの退去には一週間の猶予がもらえました。
社宅の自室に戻った横田くんは、茫然と立ち尽くして部屋の中を見まわしました。
(家財道具は……)
ブラウン管式の中古テレビに箸と湯呑。
それから三つに折りたたまれた寝具一式。
パソコンなんてもちろんありません。
携帯で用が足りるから固定電話も置いてありません。
家財道具はそれだけでした。
部屋は奇麗に使っていたので、掃除は雑巾がけ程度で済むでしょう。
がらんとした部屋が、今の自分を体現しているようで、横田くんは暗澹たる思いにとらわれます。
頭を振って暗い想いを無理矢理追い払うと、横田君は畳んだ敷布団の上に腰を落としました。
(一週間もいらないな……布団は捨てちゃえばいいし。持ってかなきゃいけないのは……)
横田くんの目が中古テレビのところで止まりました。
今では、スイッチをいれても砂の嵐だけで番組を受信できないテレビ。
買ったときから故障がちだと判っていたテレビでした。
それでも横田くんがそのテレビを買ったのは、ビデオ機能がついていたからでした。
ビデオがあれば、好きな怪獣もののビデオを借りて見られます。
職場の同僚に「いい年して」と言われても、レンタル店の女の子に笑われても、これだけは止められません。
横田くんは特撮オタク。いわゆる「特オタ」という種族でした。
両膝をついた姿勢で、横田くんはテレビににじり寄りました。
故郷を離れて友人もおらず、もちろん彼女もいない横田くんにとって、そのテレビだけが友人であり恋人でした。
(……これだけは持っていかないと)
しかし横田くんは、テレビを持ち上げようとしてあることに思いあたりました。
これからしばらくは、預金を取り崩してカプセルホテルに泊まるか最悪野宿するしかありません。
そんな生活のお供としては、横田くんのブラウン管式テレビは明らかに重すぎました。
(これも捨ててかなきゃいけないのか)
そう思って樹脂の外装を撫でていたら、横田くんの視界が急に滲んできました。
解雇を告げる言葉すら諦観をもって受け止められた横田くんだったのに。
それは彼にとっても思いがけない涙でした。
どれだけ特撮番組が好きだったのか、横田くんはいまさらながら気づかされました。
さよならウルトラマン。
さよなら戦隊。
××少女も、○○ライダーもさようなら。
そんなことをお葬式の経文のようにモゴモゴ呟きながらテレビを撫でさすっていると……。
知らないうちにスイッチに触っていたらしく、何時の間にかブラウン管が光を放っていました。
しかもここ三カ月はビデオ以外何も写さなかったというのに、粗い画面ではあるけれどちゃんと番組を写しだしています。
(あれ?変だな、写ってるぞ??)
画面の前に回ってみるとやっていたのはニュース番組で、報じていたのは……。
「火の海です!東京は火の海です!!」
横田くんの耳にアナウンサーの悲鳴のような声が飛び込んできました。
297 :
創る名無しに見る名無し:2011/10/26(水) 00:01:12.03 ID:2lvjPEAB
横田は他人事なのでテレビのニュースを聞き流した。横田はそれよりも明日からの生活に悩んでいた。
「東京は火の海です!」
アナウンサーは馬鹿のように同じ言葉を繰り返していました。
もっともテレビが写しているのは真っ黒な煙ばかりで、炎はその奥に閃いて見えるだけです。
それよりも横田くんの目をひいたのは、黒い煙の真ん中で旋回している「灯台」のようなものでした。
黒煙の海のただ中に高くそそり立ったそれは、遠く近くに強烈な閃光を放ちながらゆっくり旋回を続けていました。
「どこかで見たような光線だなぁ………もしかしてアレは」
そのときアナウンサーが初めて違ったセリフを口にしました。
「これまで幾度も我々人類を救ってくれていた光の巨人の必殺技が、いまこうして我々の上にふるわれているのです!」
「なんだって!?」
言葉では驚いているようでも、心の中では既に気づいていました。
「灯台」が放っているのは、光の巨人の使う必殺光線に間違いなかったからです。
「でも、それじゃいま東京を焼き払っているのは、あの光の巨人だっていうのか?」
テレビの報道によると、「それ」が突然現れたのはその日の昼過ぎのことでした。
世田谷区内のマンション建設現場に「それ」は忽然と現われました。
空から降って来たとか、地の底から現れたとかを見た者は誰もいません。
12時少し過ぎ、近くのコンビニまで弁当を買いに行った作業員たちが戻ってみると、
ともかく「それ」は存在していたのです。
「オ、オ、オレたちが飯買いに行くときゃよう、なんにも無かったんだよぉ!」
現場作業員は血走った眼でカメラに向かってまくしたてていた。
「で、買いもんして現場にもどってみっとアレじゃねえか。全然仕事になりゃしねえ。そんでもって呉作の野郎がよぉ……」
この建設現場はマンション建設反対派による嫌がらせにたびたび晒されていました。
そのため作業員たちは、現場に突然出現した物体も、反対派による新手の嫌がらせとしか考えなかったのです。
作業員たちは公的機関に届け出ることすらせず、極めてイージーに現場レベルで対応しようとしました。
つまり、重機を使っての解体です。
でも、それはおよそ最悪の対応方法でした。
「呉作の野郎がパワーショベルの腕をアレにぶっこんで、そんでもってグリグリとやったのよぉ。したらよう!」
謎の物体の中からパワーショベルのアームによく似た肉質のアームが伸び出すと、パワーショベルを一打ちに叩きつぶしたのです!
破壊はそれだけでは終わりませんでした。
驚く作業員たちの見ている前で、肉質のアームが次々と物体内部から伸び出したかと思うと、手当たり次第近くの家々を壊し始めたのです。
知らせを受けた警察と防衛軍が出動してきたとき、アームの数は十数本を数え、物体の周囲半径200メートルほどがすっかり整地されてしまった後でした。
防衛軍の航空機は直ちに物体へのミサイル攻撃を開始!
しかしその数秒後、物体が形状を変化させました。
肉質のアームはすべて無くなって、代わりに大小の筒が無数に突き出した姿です。
その総ての筒から、防衛軍機が放ったのと同じようなミサイルが飛び出しました!
「為す術無し」とはこのことです。
防衛軍機は物体から雨あられと発射されたミサイルによって悉く撃ち落とされてしまいました。
そればかりではありません。
物体は防衛軍機を壊滅させるだけに飽き足らず、周囲の住宅へも次々ミサイルを撃ち込み始めました。
そのとき!これまで何度も我々を助けてくれてきた、あの光の巨人が現れました。
だれもがこれで事件は解決したと思いました。
光の巨人が謎の物体をやっつけるにちがいないと。
拡大する被害を目にした光の巨人は、直ちに両の腕を十字に組みました。
あらゆる物質を破壊する、必殺光線の構えです!
あらゆる敵を倒してきた必殺光線が、謎の物体に降り注ぎました。
たちまち天地を揺るがす大爆発!
しかし、いったん吹きあがった爆発の炎がフィルムの逆再生のように戻り始めたかと思うと、巨大な人型へと収斂しはじめたのです。
一瞬の後、光の巨人と向き合っていたのは、光の巨人の醜い戯画のような怪物でした。
そして怪物は光の巨人に向けて、光の巨人がやったのと同じように両腕を十字に組み、同じような光線を発射したのです!
光線の破壊力そのものは同程度でした。
しかし光の巨人には活動時間の制限があります。
結局光の巨人は破れ、かき消すように姿を消てしまったのです。
光の巨人を倒すと、怪物は必殺光線を四方八方に放ち始めました。
まるで巨大な灯台のように、怪物の放つ必殺光線は東京の市街を舐め尽していきました。
横田くんがテレビで見たのは、ちょうどその光景だったのです。
その日の夕方、それまで名無しの権兵衛だった物体にマスコミによって名前がつけられました。
「完全生命体」と……。
横田くんは、解雇されたことも、寮を退去しなければいけないことも忘れ、中古のテレビにかじりついていました。
いつしか横田くんは、テレビに向かって呟いていました。
「やれ!もっとやれ!」「残らず灰にしてしまえ!」と。
完全生命体の放つ光線が中継カメラを真正面に捉え、アナウンサーの奇妙な声とともに中継が途絶すると、右手で思わずガッツポーズをきめていました。
これまで、この国やこの社会に、自分の居場所は無いんだと、横田くんは思っていました。
会社や周りの人たちに従順な態度をとっていたのは、自分が弱いからだとも思っていました。
横田くんは、秘めていた怒りを完全生命体の破壊行為に仮託していたのです。
中継画面が途絶えても、横田くんはしばらく画面を見つめていましたが、画面がスタジオに切り替わったところでチャンネルを変えました。
スタジオからの中継なんかに興味はありません。
横田くんが見たかったのは、彼を拒絶した世界を完全生命体が破壊し尽くすさまだったのです。
破壊のシーンを求め、横田くんはテレビのチャンネルを切り替え続けました。
しかし、完全生命体の光線は各局の中継カメラを次々捉えたため、現場からの中継を放送する局は間もなく一社も無くなってしまいました。
けれども、完全生命体の破壊を見たいという欲求は強くなる一方です。
とうとう横田くんは、完全生命体による破壊を、自分の目で見たいとまで思うようになっていました。
「政府発表によると、完全生命体は国道246号沿いに破壊の限りを尽くしつつ前進。
渋谷を焼け野原に変え、国会議事堂を破壊すると皇居を前に突如進路を変え、現在は東京タワーを目指して前進中とのことです」
「皇居前でコースを変えて東京タワーを目指すか。怪獣映画の王道だな」
ニヤリと笑うと、横田くんはテレビのスイッチを乱暴に切りました。
ついさっきまでは恋人のように思っていたテレビだというのに、今はなんにも感じません。
いまの恋人は「完全生命体」でした。
そして横田くんは、これから恋人に会いにいくのです。
頭の中で大まかに辿るべき道筋を入れ、上着を着て僅かばかりの現金をポケットに入れると、横田くんはすっかり暗くなっていた戸外へと飛び出していきました。
近くの駅で自転車を盗むと、避難民でごったがえしているはずの幹線道路を避け、横田くんは東京タワーを目指しました。
避難民を見かけたのは最初の30分ほどだけで、あとは一般人はもちろんのこと、警官や防衛隊員にも会いません。
最初は奇妙に感じましたが、そのワケはすぐに判りました。
あるところから町並みが、まるでナイフで削ぎ落としたように無くなっていたのです。
あの必殺光線の威力に相違ありません。
あまりの威力に鉄やコンクリートまでが一瞬に蒸発してしまったのでしょうか?
ともかくある一定のラインから向こうが、何にも無い灰の海になっていたのです。
「何にも無い……からっぽだ……」
横田くんのつぶやきが、木霊も返さぬ何も無い空虚な世界に吸い込まれていきます。
何にも無い空っぽの世界の遥か向こうに、クリスマスツリーのように聳えるシルエットは東京タワーです。
「あれがまだ建ってるってことは、アイツはまだ着いてないな」
完全生命体は皇居を前にコースほ変えたそうなので、この何にも無いエリアも「L」字を描いているはずです。
「ショートカットするならタワーに直進だな」
コースは決まりました。
完全生命体に先回りです。
「空っぽ〜の、カラカラだぁ〜」
おどけた調子で歌うと、横田くんは何にも無い領域へと自転車を乗り入れてゆきました。
舗装のアスファルトまできれいに無くなっていたので、何にも無い領域を渡りきるのに随分時間がかかってしまいました。
でも自転車を走らせにくい代わりに、目の前で赤に変る底意地の悪い信号や意地悪くクラクションで威嚇してくる車もいません。
横田くんにとってこの何にも無い、SF的世界の自転車旅行は意外に快適でした。
(そろそろこの景色ともお別れか)
行く手に普通の町並みとの境界線が見えてきたときも、横田くんは名残惜しいくらいでした。
境界線の向こうはハイカラなマンションや邸宅の並ぶ麻布、芸能人も通う六本木。
どちらも横田くんとは無縁の世界。
横田くんをあざ笑ったり無視したりする人たちの世界です。
「ここも焼けちまえばいいのに……」
呟くと同時に、横田くんは腕を十字に組んでいました。
「しゅばばばばばぁぁぁぁん!」
完全生命体になったつもりで、横田くんは麻布・六本木に必殺光線の照準を合わせていました。
「しゅばばばばばぁぁん!」
(燃えろ!燃えろ!燃えちまえ!!こんな街!こんな社会!こんな国!!みんな燃えちまえばいいんだ!!)
照明が消され、まるで巨大な墓石のような高層ビルにも容赦なく必殺光線は向けられました!
「しゅばばばばばぁぁぁぁぁん!!」
そのとき、気まぐれに向きを変えた夜の風が、横田くんの耳にクスクス笑う声を運んできました。
子供じみた行為を見られてしまった…。
バツの悪い想いをしながら、横田くんは声のした当たりを見まわしました。
……なんで今まで気がつかなかったのでしょうか?
幼稚園ぐらいの幼い女の子が一人、熊の縫いぐるみを抱えてしゃがんでいます。
ケラケラ笑いながら、女の子は横田くんに聞いてきました。
「おにいちゃん、いま、なにやってたの?」
(やっぱり見られてた!)
横田くんは耳まで真っ赤になりながら、横田くんは答えて言いました。
「お、お、おに、おに、おにいちゃんはね……」
緊張のあまりついどもってしまうと、女の子はそれまでよりもっと笑いだしました。
「変なの、変なの」
そしてケラケラケラケラケラ笑い。
女の子の屈託の無い笑い声を聞いていたら、笑われている横田くんもなんだか可笑しくなってきました。
「おに、おにおに、おにぃ…」
今度はワザとです。
でも女の子は、まえよりもっと笑ってくれました。
「変なの、変なの〜」
「そうだよね。変だよね。おにいちゃん何だか変だよね〜」
そして横田くんもつられて笑い出しました。
女の子と横田くん。
二人の笑が重なると、横田くんは心が軽くなるのを感じました。
ひとしきり笑ったところで、横田くんは女の子に尋ねました。
「ねえお譲ちゃん。キミ、こんなトコでなにやってるの?」
「パパとママ探してるの」
「パパとママを探してる?」
「わたしにまってなさいっていって、おばあちゃんのうちにいったの」
「おばあちゃんのいえに?……」
いやな予感がしました。
でも横田くんは女の子の続きを聞かないではいられませんでした。
「わたしまってたの。そしたらね、ぴかぴかって、ひかったの」
やはりそうでした。それは横田くんの想像したとおりの結末でした。
「ぴかぴかってしたらね、おばあちゃんち、なくなっちゃったの。ぱぱもままも、いなくなっちゃったの」
予想されたとおりの結末を耳にした時、横田くんは眩暈を感じて二三歩あとずさりました。
テレビにむかって「みんな灰にしちまえ!」と叫んだとき、横田くんはそこで焼かれている人たちのことは知りませんでした。
……いや、本当に知らなかったのでしょうか?
大好きな特撮番組には、怪獣や怪人の犠牲になる人々がちゃんと描かれていたハズです。
そして、そこで灰になる人々のことを意識していれば、「みんな灰にしちまえ」なんて、横田くんは言えたでしょうか?
(なのにぼくは……言ってしまった)
「やれ!もっとやれ!」
「おばあちゃんち、なくなっちゃったの」
「残らず灰にしてしまえ!」
「ぱぱもままもいなくなっちゃったの」
横田くんは不意に激しい吐き気を覚えました。
腹の底の方で何かが暴れています。
突然、足元の地面が揺れ、空がグルグル廻りだしたような気がして、横田くんは四つん這いになってしまいました。
そうしないと、空に落ちてしまいそうな気がしたからです。
「クソったれだと思ってた」
しがみついた地面に向かって、吐きだすように横田くんは叫びました。
「クソったれだと思ってた!こんなクソったれな世界、無くなっちまえばいいと思ってた!!でも本当にクソったれだったのは……」
激しい嘔吐とともに、横田くんは腹の底に溜まっていた何か悪い物を一気に吐き出しました。
「ボクだったんだ!本当にクソったれだったのは、ボクだったんだ!!」
胃の中身を総て吐きだし、涙や鼻水でぐちゃぐちゃの顔で横田くんが立ちあがると、女の子はいなくなっていました。
(きっとボクの醜態にビックリして、どっかに行っちゃったんだな)
自嘲気味の笑みを浮かべて袖口で口もとを拭うと、横田くんは改めて六本木の街に目をやりました。
っきと同じ街なのに、いまは全く違って見えます。
横田くんと同じ「とるに足らない人々が一所懸命に生きている街」。
さっきの女の子のような子供たちが住んでいる街。
ありのままの普通の街が、横田くんには見えていました。
そして横田くんは、今度はいままで超えて来た「何にもない世界」を振返ってみました。
さっきまではSF的不思議世界と見えたのに、今はただ空っぽなだけです。
あらゆる努力が無駄になった世界。
一切合切を否定する空間。
そこで威勢をはっているのは虚無だけです。
「ボクは……間違ってた」
横田くんの胸に、それまでとは違う思いが、敢然と燃え上がりました。
「ボクもあの女の子も、みんな生きているんだ。生きてるものは虚無なんかに負けちゃいけないんだ!」
生きているもの、この世にあるもの、そのすべてをあざ笑う「虚無」。
さっき横田くんが吐きだしたものの正体こそ、彼の心に巣食っていた「虚無」だったのです。
「ウルトラマンが、仮面ライダーが僕にくれた力。『夢見る力』で完全生命体をやっつけてやる!」
住民はおろか警察官すら逃げ去った六本木の街は死んだように静まり返り、横田くんのこぐ自転車のペダルの音がビルの谷間に木霊しています。
自転車のスピードが上がるにつれ、横田くんのノウミソもぐんぐん回転を上げていました。
防衛軍も、光の巨人も勝てなかった完全生命体。
しかし、子供のころから特撮番組ずきで、その影響で神話、伝説、SF、ホラー、ミステリーまでも片端から読破してきた横田くんです。
テレビで見た断片的な情報だけで、横田くんにはもう完全生命体の攻略方法が見えていました。
(ヤツは仕掛けられた行為をコピーして返す。だったら作戦は簡単だ!無力化してしまう行為をコピーさせればいい!)
目の前で「歌をうたう」「音楽を奏でる」「眠る」……そんな危険の無い行為をコピーさせれば、完全生命体は無力化できるはずです。
問題はそのあとです。
何かの拍子にまた攻撃的な行為をコピーしてしまうかもしれません。
だから完全生命体の無力化は、永久的なものでなければ……。
片倉町の交差点を抜けたころには、横田くんは完全生命体対策を完了していました。
(コピーさせて永久かつ完全に無力化できる行為ってのは……あれだ。あれしかない)
条件の一つは「とても高い木か塔のようなものがあること」。
その点で完全生命体が目指しているという東京タワーは完璧なロケーションです。
それから「縄」が一本。
これは完全生命体があの不思議な力でなんとかしてくれるでしょう。
横田くんが使う縄は、シャッターを開けっ放しで無人になっていた電気店から「延長コード6メートル(お徳用)」を拝借することで解決しました。
更に運のいいことに、その店のレジ横から簡易脚立も見つかりました。
これでひと通りの準備が整ったことになります。
あとは如何にして完全生命体に見られる範囲に侵入するかですが……。
(なにも問題無い。東京タワーのそばでただ待ってればいいんだ)
でも待ってください。
完全生命体がコピーした必殺光線は途轍もない射程を誇ります。
もし横田くんが完全生命体から見える範囲に入るまえに、完全生命体が必殺光線を放ったら!?
何もできないうちに横田くんは蒸発してしまうかもしれません。
でも横田くんは少しも心配していませんでした。
(東京タワーはずっと遠く、完全生命体からでもとっくに見えてるはずだ。それなにの必殺光線を撃ってこないってことは……)
自転車をこぎながら横田くんはニヤッと笑いました。
(完全生命体は光線なんかでじゃなく、腕力で東京タワーを壊したいんだ)
特撮映画じゃあるまいし…と、横田くんが思ったときです!
さほど遠くないところで、ガラガラと建造物の崩れる音がして、鈍い震動も伝わって来ました。
(虎ノ門あたりの高層ビルだ!それならヤツはもう近い!)
桜田通りを抜けて瑠璃光寺の角を曲がると、東京タワーはもうすぐそこでした。
地響きがどんどん近くなってきます。
もう一刻の猶予もありません。
大急ぎでタワーの根本にある木々の中から枝ぶりのいい木を見立てると、その大枝の下に脚立を置いて、電気コードを投げ掛けました。
完全生命体の歩く地響きはますます酷くなり、脚立の上での作業も容易ではあれませんが、でもあと少しです。
枝に掛けた延長コードの端をもう一方に結び付けました。
そして残った部分で、脚立に立った横田くんの顔に前に輪を作ります。
(なかなかの出来栄えだな)
横田くんが顔の前の輪を眺めていると、東京タワーの向こう側の梢越しに巨大な人型の影が現れました。
完全生命体です!
「…わっ!?」
始めて間近に見るその姿に、横田くんは思わず脚立の上から落ちそうになりました。
テレビで見たときは遠いうえに黒煙が邪魔でよく見えませんでしたが、タワー越しにそそり立つその姿は……。
槍に刀、サーベルにハルベルト、そして鉄砲……。
あらゆる武器を体から無数に生やしたその姿は、「軍神」あるいは「破壊の神」そのものでした。
目の前に下がった輪に捕まって必死に脚立の上に踏み止まると、横田くんは完全生命体に向かって大声で叫びました!
「やい!完全生命体!!ボクが見えるか!!」
完全生命体の動きが、ぴたっと止まりました。
(見ている!間違いなくヤツは見ている!!)
心臓がバクバクいうのを意識しながら、横田くんは完全生命体を必死に睨みつけました。
虚空の高みから見下ろす完全生命体の真っ赤な目を見返すと、鼓動は一層激しくなります。
(…………やっぱ……だめかもしんない)
元来へたれな横田くんです。
こんども弱気の虫が泣きだしました。
(ボク、やっぱりだめ……)
そのとき……
「変なの変なの」
そしてクスクス……
あの女の子が此処にいるはずありません。
しかし空耳であっても、女の子の笑声を耳にすると横田くんは心臓の鼓動が落ち着いて行くのを感じました。
さっきまでと違うとても落ち着いた心で、横田くんは目の前に下がった輪を見つめました。
(あの子とあの子がこれから大きくなっていく世界を守るため、ボクは絶対にやり遂げなくちゃいけないんだ!)
横田くんが完全生命体にコピーさせる行為。
完全生命体を永久かつ完全に無力化させる行為とは……。
横田くんは脚立の上でつま先立ちになり、電気コードの輪の中に首を突っ込みました。
(完全生命体よ!ボクの死をコピーしろ!)
(完全生命体よ!ボクの死にざまをコピーしろ!)
完全生命体の前で首を吊り、死という状態をコピーさせる。
それが横田くんの作戦でした。
もちろん首吊りなんかで完全生命体が死ぬはずはありません。
しかし、死をコピーしているのであれば、他の行為で上書きされることはあり得ません。
大事な命を捨ててみせることで、完全生命体を完全に無力化する。
それが横田くんにできる、唯一の罪滅ぼしだったのです。
(「残らず灰にしてしまえ」……ボクが叫んじまったとき、あの火のなかには死んでいく人たちがいたんだ。
あの女の子のパパもママも、それからおばあちゃんも、みんなあの火の中で死んでいったんだ)
横田くんは心の中で、笑顔の女の子に向かって言いました。
(ごめんな。本当に、ごめんな)
電気コードの輪を通して横田くんが見上げると、東京タワーからぶら下がった巨大な輪に首を通した完全生命体の姿がありました。
(……引っ掛かってくれた)
もう迷いはありません。
足場の脚立を蹴り倒せば、女の子の住む世界は守られます。
不思議に満ち足りた一瞬……横田くんは、自分を取り巻く世界が色合いを変え、自分に手を差し伸べてくるのを感じました。
いままでは冷たい拒絶しか感じられなかったというのに……。
(……いや違う!拒絶していたのはボクの方だったんだ)
自分から手を差し伸べればよかった。
それは単純な真理でした。
みんな、手を差し伸べられるのを待っている。
自分からは手を差し伸べないままに。
だからいつまでたっても、手を差し伸べられることが無かった。
(ありがとう、みんな)
輪を首にかけたまま、横田くんは夜空を見上げました。
寒空に散らばる一面の星々。
そのぐるりを囲むように枝を差し交わす冬枯れの木々。
(なんて奇麗なんだろう。地球って、奇麗な星なんだなぁ)
…そしてガンッ!
横田くんは、力いっぱい脚立を蹴り倒しました。
脚立を蹴った直後の、一億万分の一かの無重力の瞬間。
それから体が落下を開始する直前、横田くんの視界は目まぐるしく変転しました。
星空、タワー、完全生命体、冬枯れの木立、星空、完全生命体、タワー、少女……
(えっ!?いま…)
確かにあの子を見た……そう思った次の瞬間。
ドスンッ!!
「ぐうっ!?」
息が詰まりそうな衝撃とともに、横田くんは背中から地面に落ちていました。
(し……しくじった!?)
作戦失敗!
横田くんの体重を支えきれなかったのか?
電気コードが途中で切れてしまったのです。
彼の涙は、背中の痛みによるだけではありませんでした。
(完全生命体は!?)
死をコピーさせるのに失敗した以上、完全生命体は再び大破壊を始めるはずです!
……しかし……
涙目で見上げる横田くんの前に立っていたのは、完全生命体ではありませんでした。
いや完全生命体のはずです。
だって、完全生命体が立っていたはずのところに、同じように立っているのですから、それが完全生命体でないはずありません。
「あれは……いったい?」
口をぽかんと開けたまま、横田くんは背中の痛みも忘れて立ち上がりました。
彼の前に立っているもの……それは白く輝く姿でした。
長い髪も、ゆったりした衣も、そして迎え入れるように広げられた両手も、すべてが白く輝いています。
そして男のようにも女のようにも見える優美な顔は、優しい微笑みに満ちていました。
「その姿は!?…ま、まさかカ…」
光る姿はあいまいに頷くと、輝きながらゆっくりと宙に舞い上がり……一瞬、目も眩むほどに輝きを増しました。
光が消えた時、それももう姿を消し去ったあとでした。
それがいなくなったとき、すべては元に戻っていました。
破壊された街も、灰となった人々も。
いや、そればかりではありません。
横田くんはいまでもあの寮に住み、あの工場で働いています。
完全生命体の最後の変身。
あれはいったい何だったのでしょう?
総てを無条件に愛することをアガペーというそうです。
横田くんは首吊りする瞬間、このアガペーを得た?
そして横田くんのアガペーをコピーした結果、完全生命体は「それ」へと進化したのでしょうか?
それとも……完全生命体とは、人を試すため「それ」が変身した存在だったのでしょうか?
完全生命体が去ったいま、確かめる術はありません。
ただひとつ確かなこと。
それは……横田くんはこの世界のことがいまでも大好きだということです。
心の底から、大好きです。
A級戦犯/「聖なる夜に首吊りを」
お し ま い
313 :
創る名無しに見る名無し:2011/11/01(火) 19:07:04.13 ID:4B6S15z6
「吊られた男」の駄文、これにて投下完了です。
元は特撮板に投下されたものですが、創作・発表板に投下するにあたって全面的にリライトしました。
中断している「愚者」とタロット繋がりということで笑って許してください。
様子をみて、「愚者」が再会しないようであれば、予定通り「明戸村縁起」の投下を開始します。
では……。
314 :
創る名無しに見る名無し:2011/11/02(水) 04:28:37.24 ID:ViPIgC4f
ウルトラマンマックスにいたなこいつ
315 :
創る名無しに見る名無し:2011/11/02(水) 08:34:24.66 ID:PwnHFm9x
>>314 ウルトラマンマックス第15話「第三番惑星の奇跡」に登場した完全生命体イフですね。
イフ出現から光の巨人=ウルトラマンマックスとの対決までの経緯は全く同じ流れです。
「第三番惑星の奇跡」は特撮板でも信奉者が多い作品なので、まだ見たことない人は、よかったら是非……。
後半の流れはエルクマン・シャトリアンとかエーベルスの「蜘蛛」とかの流れですね。
お話しのポイントは、今つらい思いをしている人たちへの応援ということなんですが……。
最初に投下したころと比べても、経済状況はあまり好転していませんね。
みんな、もうちょっと頑張ってみようよ、という意味もあって再投下してみました。
こんなスレあったんだな
「赤い鳥とんだ」 を今やっと読み終わった。前々から「ゴジラの二次創作って少ないな〜」と思ってて切望してたのもあるけど楽しめました。
奇しくもゴジラの誕生日だったみたいだけどこれも何かの縁か
次作も面白そうなのでのんびり読ませていただきます。
317 :
創る名無しに見る名無し:2011/11/04(金) 23:06:02.05 ID:Ve5FEpYD
>>316 ゴジラの二次創作なら、エヴァンゲリオンと対決させるスレもありますよ。
書いてる人は多分スレ立て主だと思うけど、意欲は立派。
自分でも長いのを何本も完結させてるから判るけど、ともかくスタミナが要ります。
だけど、彼は完結させられるんじゃないかな?
私もゴジラの二次創作なら、特撮板に投下するつもりで準備したネタが3つばかりあるんで、チャンスをみてどれか落してみましょう。
それともSF板の「ゴジラとガメラをSF的にクロスさせろ」スレに落して評判良かったのをリライトするのもいいかも。
ま、どっちにしても明戸村の話を投下開始→完結させないことには……。
それでは、なにも無いようであれば、明日から「冥獣」の続編、「明戸村縁起」の投下を開始します。
319 :
「明戸村縁起」:2011/11/06(日) 09:43:32.48 ID:wiXiWXYQ
走る!走る!走る!必死に走る!
崖の間に挟まれた隧道を、息を切らして必死に走る!
村からのただ一つの出入り口「明戸橋」めざして、彼は死に物狂いで走っていた。
その後から、彼を追いかける者たちの足音と野犬のような唸り声が、雪崩となって追って来る。
捕まったら最後だ。
顔見知りの郵便配達が生きたまま引き裂かれ、文字通り喰いちぎられた様が、ありありと目に浮かぶ。
(畜生!いったいなんでこんなことに!?)
いまや後ろから感じられるのは足音や唸り声だけではない。
脚が地面を蹴る震動や、血なまぐさい息の臭いまで感じられるようになってきた。
追手との距離は間違いなくつまってきている。
(だ……だめだ、もう追いつかれる!)
そしてついに、必死に逃げる彼の肩に追って来る者の指が食い込んだ!
「た!助け……」
そのときだった!
……ズウンッ!という突きあげるような突然の震動!
バランスを崩しつんのめった拍子に、彼の肩から追手の指が外れた!
「ひ、ひいいっ!」
そして逃げる者と追う者の上に、左右の崖から大小の岩がガラガラと崩れ落ちて来た。
西暦2011年3月11日14時46分、北関東および東北地方太平洋岸をマグネチュード9.0の大地震が襲った。
橋は落ち、道路も寸断され、明戸村は外界から完全に切り離されてしまった。
「東関東大震災異聞/明戸村縁起」
320 :
「明戸村縁起」:2011/11/06(日) 09:46:23.08 ID:wiXiWXYQ
………
……
…………
「あのー……ちょっと休みませんか〜?」
青息吐息だった小此木がとうとう弱音を吐いた。
撮影兼録音係である小此木は機材の保管ケースを背負っていた。
「立ちなさい!道はあとちょっとよ!こんなとこで休んでてどうすんの!?」
「こ、こんなの……道じゃないっすよ〜」
「美川さん、休みましょう」
下草を掻き分けて、先頭を歩いていたガイド役の市役所職員狸鼻も戻ってきた。
「……小此木さんのその様子じゃ……」
「それなら先に行きます!私ひとりで!」
レポーターの美川玲子は口を「へ」の字にして、さっさと一人で歩きだした。
「…猛烈ですね」と狸鼻。
「いつものことです。でも、あのくらいじゃないとこの業界じゃ……。それに消息不明になってる撮影班に、美川さんの親友がいるんですよ」
消息を絶っているのは「残すべき日本の自然」撮影隊。
メンバーはディレクターの椎名にカメラマンの国井と録音係の吉田。
更に、アドバイザーとして大学准教授の篠原と万石。
さらに篠原のゼミから二人の学生も参加しているという。
撮影班は震災前3/9の明け方、明戸から錦平を目指して山に入り、そのまま消息を絶ってしまっていた。
レポーターの美川と撮影兼録音係の小此木は、被災状況の取材と併せ、消えた撮影班の消息を掴むべく、踏み後も絶えた山道を明戸村目指して進んでいた。
保管ケースの負い革を肩にかけ直して、小此木はよろよろ立ち上がった。
「…まってくださいよ〜」
右に左に大きく揺れる肩が、小此木の疲労を物語る。
「待って……ください……よ〜〜」
「……テレビってのもぉ、大変な業界だなぁ」
呆れたような狸鼻の呟きにこの地方独特の間延びしたような方言が混ざった。
321 :
「明戸村縁起」:2011/11/06(日) 09:51:27.55 ID:wiXiWXYQ
しばらく美川を追って行くと、山道は二手に分かれていた。
「美川さ〜ん!どっち行ったんですかー?」
左の緩やかな下り道は、草に埋もれているがまだ踏み痕が見分けられる。
右の道は人の通る道にはまるで見えない。
道として使っているのは、獣だけだと小此木には思えた。
しかもその道の行く手からは、轟轟と水の落ちる音がしている。
美川の通った形跡はそのどちらにも無かった。
しばし迷ったすえに小此木は、多少はマシに見える左の道へと行きかけた。
そのとき、小此木のいる場所よりかなり下手の方から美川の声がした。
「小此木さん!私なら右の道よ!まさか左に行ったんじゃないでしょうね?!」
(ひゃっ!間違えた!)
慌てて分岐まで戻ると、狸鼻が笑って待っていてくれた。
「そっち行ったら、歌詠(うたよみ)経由で錦平です。でもこの時間じゃどっかで野宿必至ですよ」
「うわー、そりゃ危なかった」
荷物を背負い直すし、小此木は右の獣道へと美川を追っていった。
その様子を笑って見送りながら、狸鼻は軽く首をかしげた。
「……普通は左に行くと思うけど……」
独りごとを呟きながら、ガイドの役目を果たすべく狸鼻も美川を追っていった。
>>321 もしかして、昔にゾンビスレに投下した人かな?
323 :
「明戸村縁起」:2011/11/06(日) 19:37:25.43 ID:wiXiWXYQ
轟く水音に向かって行くと、獣道は高さ15メートルほどの屏風のような断崖で途切れていた。
巨岩にぶち当たり砕け散る急流は祭川にちがいない。
小此木が恐る恐る下を見ると、人一人がやっと通れる程度の急峻な道があり、下から見上げる美川の姿があった。
「怖がんないで降りてきなさい!」
……吊りあがったまゆ毛が見えるようだ。
「柳眉を逆立てる」という特別な言い回しがあるくらいで、美人が怒ると、平素が美しいだけに却って怖い。
それにだいたいにおいて美川はいつでも怒っている。
崖の上で小此木がおろおろしていると、たちまち怒声がとんできた。
「さっさと来るっ!!」
命の危険に対する恐怖より、美川に対する恐怖の方が勝った。
(……南無八幡大菩薩!)
小此木は覚悟を決め、崖に貼りつくようにして断崖の道を降りていった。
彼が下まで着いたのを確認すると、狸鼻もするすると器用に降りてきた。
「いま下った崖が、この辺でいうところの『鬼の屏風』です。村道が生きてればこんな苦労しなくてもいいんですけど」
「地震が無けりゃ、こんなド田舎まで来やしないわ」
冷たく言い放つと、美川は小此木に休む時間も与えずにまた歩きだした。
「美川さ〜ん、ホントちょっとでいいから休みましょうよ〜」
「休みたいんなら村についてから休みなさい!どうせもうあとちょっとなんだから」
美川の言ったとおりだった。
狭い河原を超えて再び獣道へと入り……7〜8分も行くと、茅葺屋根が見えてきた。
324 :
「明戸村縁起」:2011/11/06(日) 19:40:03.88 ID:wiXiWXYQ
「やったー……村に着いた」
人家を目にして安堵の声を漏らす小此木。
しかし狸鼻は気の毒そうに顔を横に振った。
「村はまだこの先です。あの家はたしか……」
狸鼻の話しがまだ途中だというのに、美川はとっとと茅葺屋根に向かって歩き出した。
軒先で屋根に目線を走らせちょっと顔をしかめると、ためたらう様子も無く美川は戸口を引き開けた。
「ごめんください」の声は、家の中に入ってからだ。
「わたしたち横浜のテレビ局の者ですが、どなたかいらっしゃいますか?」
雨戸の閉まった家の中には微かに酸っぱい臭いがした。
小物はみんな床にぶちまけられ、箪笥がそれの置いてあったとは思えない場所でひっくり返っている。
しかし、マグネチュード9.0で揺さぶられたにしては、家屋そのものは気丈に踏ん張っているようだった。
「……この家、崩れませんかー?」
小此木は戸口より中には入ってこない。
「大丈夫よ。この辺は雪の重みに耐えるように柱が太い造りなの」
美川は平然と更に奥へと入って行くと、奥の間の襖を引き開けた。
酸っぱい臭いが激しくなる。
臭いの元は、この寝間らしい。
寝間も惨状は表と変らなかった。
ただ生活用具の代わりに、布団がめちゃくちゃになり、布団の綿が散乱している。
その一枚をとり除けた狸鼻が「うっ!?」と呻いて顔をしかめた。
布団の下には緑色の吐しゃ物が溜まっていた。
こちらも顔をしかめながら美川が指摘した。
「……間違いなく廃屋じゃないわね。誰かがゲロッてるから…」
「ここには確か……」
鼻を抑えながら狸鼻が言った。
「……60ぐらいの男性が独りで住んでたと思います。きっと明戸の村役場にでも避難して………あれ?美川さん、どうかしたんですか?」
美川は床に散乱した布団の一枚を指さした。
「……見て、狸鼻さん。このひっかき傷みたいなの、どうしてついたのかしら?」
布団は何か正体の判らない動物に引き裂かれ、痩せた綿が引き摺りだされていた。
「地震で布団がこんなになるなんてないわよね」
「猿の仕業じゃないですか?喰い物目当ての」
「猿にしては爪の間隔が大きいわね。ほら……」と言って美川はひっかき傷に手を当てた。
「…ね、私の手よりも大きいわ。こんな猿、この辺にいる??」
引っ掻き裂きの間隔は、美川の手よりずっと広い。
「……まさか……熊?」
狸鼻が首をかしげたとき、戸外で獣の叫びが轟いた!
325 :
「明戸村縁起」:2011/11/06(日) 19:42:23.64 ID:wiXiWXYQ
「な、なんなのいまの叫び声!?」
「僕にもわかりませんね。あんな声、これまで聞いたことは……」
語尾を濁しながら家の外に出ると、狸鼻はあたりの様子に耳を澄ませた。
その様子を、素早く取り出したカメラで小此木が追う。
四角く切りとられた画面の中で、狸鼻が耳を澄まし、辺りの様子を窺う。
「いま……この山のどこかで、聞いたこともないような叫び声がしました」
フレームの中に美川が入って来て、不安げな表情をつくった。
「家の荒らされ方からすると、何か危険な動物がうろついているのかもしれません」
映像の中での美川は、知的で優しい女性に見える。
決して男の同僚を頭から怒鳴りつけるような女には見えない。
やがて狸鼻は、首をかしげかしげ戻ってきた。
「熊や猿のいそうな気配は無いみたいですね」
「狸鼻さんは、さっきの声が熊や猿のものだと?」
「鹿じゃありませんからね。それにこの辺は雪が深くなるんで猪はいないんです」
「……消去法による推論なんですね」
「まあそんなトコです……でも、他に心当たりの動物なんていないでしょ?」
狸鼻の説明だと、声の主の正体はおろか、聞えた方角も判らないという。
「村に急ぎましょう。ここからならあと10分かそこらで村の端に着けます」
>>322 あのスレは全く機能しないで消滅しましたね。
あっちには「Tウィルスを使う」って縛りがあったんで、提案の形でさわりだけしか投入しました。
そもそも「Tウィルス」なんてものは、ゲームを成立させるための方便としてでっち上げられたものなんで、後生大事に有り難がるのもどんなものかと。
日本人なんだから、日本を舞台にするだけじゃなく、日本固有のものを新しく作っちゃった方が面白いんでないの?…というのが個人的な考えでした。
それででっち上げたのがこの明戸村です。
前々投下の「冥獣」で明戸村、錦平、附子谷、歌詠、四方津。
更に今回、祭川を追加しました。
総ての命名は……
明戸=冥土
附子谷=毒谷
歌詠=黄泉の頭に歌をつけたもの
四方津=泉津平阪
祭川(「まつりかわ」ではなく「さいかわ」)=賽ノ河
錦平以外は地獄絡みの命名です。
「冥獣」で与一の語る、附子谷の廃村に伝わっていたという「姥捨て」と「捨てられた老人が山爺、山姥に変る伝説」が、今回の駄文では現実になります。
途中で美川に吐かせる予定の、あるセリフがこの駄文のキモなんですが……はたして上手く吐かせられるでしょうか?
327 :
「明戸村縁起」:2011/11/07(月) 23:08:13.01 ID:AhCUf+B5
それ以後は怪しい声を聞くこともなく、美川ら三人は明戸村に辿り着くことができた。
だが………。
美川は板の柱に手の平を当てて軽く押してみた。
(家は……無事ね。崩れ落ちる気配は無いわ。それなのに……)
家は全くの無人だった。
親子が住んでいたらしい屋内には、大人用や子供用の家財道具が散乱していた。
それからさっきの家と同じような大小の吐しゃ物の溜まりもあった。
(死体が無いってことは、住人は生きてるハズ。それなのに、なんで片付けしたあとが無いの?)
マスコミのはしくれとして、美川は知っていた。
大きな災害に見舞われると、かえって人は日常の作業に拘ろうとする。
それは日常の行為によって非日常のストレスを回避しようとする、心の平衡作用だ。
それなのに、この明戸村では何かで断ち切られたように、ある一点から日常が断絶していた。
(……それにここにもあのゲロのあとが……集団食中毒でも起こってたっていうの?)
首をかしげつつ戸外に出ると、田んぼを挟んで向かいの家から狸鼻が出てきたところだった。
「タヌさん!そっちは?!」
まず首を横に振ると、狸鼻はあぜ道を走って来た。
「やっぱりいませんね」
違和感を募らせた小此木が、またカメラを取り出した。
「まさか……地震でみんな死んじまったとか?」
「んなわけないでしょ!」
言い返す美川の声が怒気を帯びて、小此木は思わず首をすくめた。
「タヌさん、そっちにゲロは?」
「ありましたね」
「集団食中毒でもあったんでしょうか?」
うーんと唸りながら状況を手帳にメモると、狸鼻は言った。
「……まずは役場に行ってみましょう。そうすれば何か判りますよ」
「さあ行きましょう」と、用水路に沿って狸鼻が歩き出したそのときだった。
どこからかエンジン音が聞えて来たかと思うと、あっというまに耳を聾する轟音にまで大きくなった。
「なんすかー?この音―?」
「ヘリだわ!きっとかなりの低空よ!」
美川が言い終えると同時に、山間の細長い空を灰色のヘリが横切った。
「自衛隊でしょうか?!」
「違うわタヌさん!あれは米海軍よ!マークが見えたわ!!」
山に入るまえ、耳にしたニュースによれば被災地救援のため米空母やって来たという。
「空母ロナルド・レーガンの艦載ヘリだわ!」
「そうか!米軍ですか!あの方角だと小学校の分校の方ですね」
「きっと降りるつもりね。あれが降りられるような開けた場所は、分校の校庭ぐらいっきゃないから」
「それであんなに低く飛んでたのか。美川さん、小此木くん、僕らも行ってみましょう!」
328 :
「明戸村縁起」:2011/11/07(月) 23:09:24.88 ID:AhCUf+B5
「ほら見えた!あれが分校よ!」
美川の指さす方、木々の間に古びた横長の屋根が見えた。
「ホントに近道だったみたいですねー。びっくりしましたー」
「明戸は狭い盆地を中心にして、そこから山の谷沿いにX字型に広がってるのよ。
だからXの先端部分の行き来なら、村の中心をとおってる村道より、山の部分をショートカットした方が速いのよ」
地図を広げ、それが分校に間違いないことを確認して狸鼻も驚いていた。
「それにしても、ドンピシャリの場所に出て来られるなんて驚きですね。まるで地元の人なみだ」
「…………地図で見てピンときただけよ!さっさと行きましょう。ここは学校の裏手だから。ヘリが降りてるはずの校庭は正面よ!」
「ちょ、ちょっと待ってー……」
美川が勇んで学校まで降りようとしたとき、突然小此木が呼びとめた。
「なに?なんか用なの!?」
邪魔されムッとして美川が振り向くと、小此木はカメラの撮影済み映像を確認してるところだった。
「何なのよ!?さっさと言いなさい!」
「だからちょっとまって……あ……………やっぱりそうだ」
「何がやっぱりなのよ!さっさと言わないと……」
言葉の怒気が高まるのを感じ、慌てて小此木はカメラを差し出した。
「これ見てくださいー。さっきヘリが上を通過したとき撮った分なんですけどー」
さすがプロと言うべきか……完璧なピントで、灰色のヘリが四角い映像の対角線を横切るっていた。
「このヘリはー……」
「知ってるわよ。映画で見たから。ブラックホークでしょ?!」
「いえ、空母ロナルド・レーガンの艦載ヘリなら海軍バージョンのシーホーク……」
美川は小此木が飛行機オタクだったことを思い出した。
「同じもんでしょ!そんなのクソオタクじゃなきゃ判んない…」
つまらんことに拘るな!と美川の怒気がヒートアップする。
ところが、いつもならすぐ引っ込むハズの小此木が珍しく美川に言い返した。
「美川さん!お願いですから聞いてください!!」
329 :
「明戸村縁起」:2011/11/09(水) 18:40:12.66 ID:WWkkVsWl
「美川さん!お願いですから聞いてください!!」
「えっ…?」
「艦載ヘリだからシーホークでなきゃおかしい。なのにー、あのヘリはブラックホークなんです!」
「そりゃどういうことです?」
驚き顔の美川に代わって、狸鼻が聞き返した。
「狸鼻さん。この映像を見てください………あ、ほら、ここです、この場面……」
小此木は、ヘリが画面中央を僅かに過ぎたところで映像を止めた。
「……シーホークならー、尾輪は複列でなきゃいけないんです。なのにこの機体……」
「なるほど一個だけ。一列だ。尾輪が一列なのはブラックホークなんですか?」
小此木が頷いた。
「だからー、あのヘリは変なんですよ。ロナルド・レーガンの艦載ヘリのはずは……」
「それじゃあ、あのヘリは何なんだ?」
「とにかく……」
分校の方に冷めた視線を送りながら美川が言った。
「……真正面から行くのはよした方がいいわね。まずはこっそり近づいて、様子を見てみましょ」
330 :
「明戸村縁起」:2011/11/09(水) 22:28:51.66 ID:WWkkVsWl
村里には降りず、山裾の木々の影をつたうようにして、美川らは分校正面に回り込んだ。
校庭中央にはやはり例のヘリが駐機していて、米兵がヘリの周りに支援物資らしきダンボール箱を積み上げている。
「……やっぱり米軍ですよ。村を救援にわざわざ来てくれたんだ」
「タヌさん、待って!」
茂みから出て行こうとした狸鼻を、カメラ越しに観察していた美川が強引に引き戻した。
「このカメラで見てみて!望遠にしてあるから!機内のラックのところを!!」
「機内のラックですか?」
カメラの扱いに慣れない狸鼻は、目指すポイントに視界をあわせるだけで少しかかった。
「……ええと……機内の……ラック……機内の……ラック……機内の……あ……見えた」
そしてすぐさま狸鼻の声色が一変した。
「銃が積んであるじゃないですか!被災者救援っていっても、日本国内に自動小銃なんて持ち込めるんですか!?」
「だから奴らは米兵じゃないのよ。米兵のカッコしてるけど。ヘリだってどっかから調達してきただけだから型式が合わないのよ」
「そ、そんなことって……じゃあ奴らは何が目的でこの明戸村に!?」
「見当つかないけど、でも被災者救援じゃないことだけは間違いないわね」
「……それじゃ犯罪……」
藪の影で、狸鼻は更に姿勢を低くした。
「それだけじゃないわ。轟音たててヘリが村に降りたっていうのに、なんで誰も出てこないの?」
狸鼻がはっと目を見開き、改めて分校のあたりを見回した。
「地震のあとだから学校は休みでも不思議はないわ。でも、なんで誰も出てこないの?
いくらなんでも不自然過ぎるわ!」
狸鼻が呻くようにもらした。
「……なんてことだ」
彼の目的は震災で連絡のとれなくなった明戸村の被災状況を確認することだった。
ところが肝心な明戸には人の気配が無く、おまけに自動小銃で武装したニセ米兵まで現れた。
事態はとっくに狸鼻の処理可能範囲を超えていた。
狸鼻は携帯を取り出そうとしたが、東北太平洋岸全体がアンテナの立たない領域になっているのを思い出した。
「すみませんが……」
意を決したように、狸鼻が口を開いた。
「僕は急いで山を降りて、市の方にこの異常な事態を連絡してこようと思います。美川さんと小此木さんはどうされますか?」
「あ、あのボクも……」
「私たちはここに留まってヤツラの様子を見張ってるわ」
か弱い小此木の声は、美川の声にかき消されて狸鼻の耳には入らなかった。
331 :
「明戸村縁起」:2011/11/09(水) 22:31:25.86 ID:WWkkVsWl
200メートルほど向こうの藪をじっと見つめる「上官」に兵の一人が尋ねた。
「全く妙な村っすね。人っ子一人出てこねえ…………………?サージ?何か気になることでもあるんすか?」
サージと呼ばれた男は、彼方の藪から視線を外さず言った。
「……言葉づかいに気をつけろ。兵士の喋りらしく聞えんぞ」
低い声に含まれた微かな殺気に、ニセ兵士は直ちに言葉を改めた。
「何か気になることでもあるのでしょうか?」
「だれか見てる」
「…は?」
「あの藪から誰か見てる」
「オレ……自分には何も見えませんが?」
「……ラーデン、二三人連れて行け」
「イエッサー。気づかれないよう迂回して接近します。ポルステン!スロータン!バレット!一緒に来い!」
332 :
「明戸村縁起」:2011/11/09(水) 22:42:18.18 ID:WWkkVsWl
(くそ……迷ったぁ……)
美川の真似をして山に入った狸鼻だったが、たちまち道を見失ってしまっていた。
(美川さん、なんであれほど正確に分校裏に出られたんだ?)
行けども行けども同じような木、同じような下繁が続く……ように見える。
(とにかくいったん里に下りっかぁ)
村の者でもないのに里山部に入ったのは失敗だったと考え、狸鼻はともかく傾斜を下っていくことにした。
藪を掻き分け下ること数分……。
「やぁ!見えたぁ!!」
ともかく下ると方針が決まれば、所詮は里山。
村が見えるのはすぐだった。
低木の枝の間に、赤く塗られた屋根がのぞいている。
村の建築物の殆どは瓦屋根か茅葺だ。
板金屋根でしかも赤となったら、それは郵便局以外にはあり得ない。
(随分村の中心よりに出ちまったなぁ。でも、まあいい。郵便局からなら、道は判るしぃ)
安堵しつつ狸鼻は、郵便局の裏手に降りた。
ここにも、覚えのある酸っぱい臭いがする。
ただ……それと併せて微妙に金臭い臭いもした。
(こんな臭いは……)
山間部でなく沿海部の人間である狸鼻がまず考えたのは、ある種の魚の臭いだった。
こんな山奥に、なんで魚の臭いが??……と、狸鼻は郵便局の表側に回った。
正面入り口の短い階段に男が倒れていた。
頭を下にして、辺り一面どす黒い血に染めて。
333 :
「明戸村縁起」:2011/11/09(水) 22:44:29.29 ID:WWkkVsWl
「お、おい!しっかりしろ!!」
口に出してから、どう考えても遅いと狸鼻は気がついた。
一面に広がった血はとっくに乾ききってどす黒く変色している。
首にはギザギザの傷が広がっていて、ここは見慣れない緑色に変色していた。
「あのニセ米兵どもがやったんだなぁ!?」
思わず大きな声を出すと、ドアが開きっ放しの郵便局の中から誰かの呻く声が聞えた。
「誰かいるのかっ!?」
思わず階段を駆け上がると、局内は書き物台もひっくり返り局内は備品も用紙も散乱して乱雑を極めている。
白やピンクの用紙の上に点々と散っているのは乾いた血痕だ。
「どこだ?どこにいる??」
……何を言ってるのかは全く判らないが、呻き声は接客カウンターの向こうから聞えてくる。
「そこかぁっ!」
カウンターを廻り込みそこにあった緑の吐しゃ物を飛び越えると、事務員姿の女がうつ伏せに倒れていた。
ただ建物正面の男性とは違いこちらは生きていて、緑の吐しゃ物のなか、立ちあがろうともがいている。
「だいじょうぶか?」
狸鼻が女に手を差し伸べた。
女が顔を上げ、反射的に狸鼻は手を引っ込めた。
(な、なんだ?この顔は……)
吐しゃ物にまみれた髪の毛の下には黴たような緑の肌。
その真ん中で黄色い目が光っている。
上下の犬歯が異様に伸びているせいで口元は引き攣り、左頬には外の男の首にあったような、ギザギザの傷口が開いていた。
説明できない衝動にかられ、狸鼻がその場を飛び退いた直後、女が突然手を伸ばして空を掻いた!
狸鼻は、動物的な直感とか第六感というものを信じる男だった。
そしてそれはいま彼に「逃げろ!」と強い調子の警告を放っている。
その場でクルリと向きを変え、狸鼻は一目散に郵便局を飛び出した。
正面の階段を一気に飛び降りたとき、狸鼻は、仰向けに死んでいた男の目が自分の動きを追ったのに気づく。
死んでいたはずの男が、ゆるゆると体を起こす!
(な、なんなんだ!?何が起こってるんだぁ!?)
誰かが悲鳴を上げていた。
気がつくと、それは自分の声だった。
>>317 今「冥 獣」読み終わった…ってちょうど今やってるのこれの続編ですかい
他のは置いといてこっちを先に読ませていただくとしますか
しかし人が怪獣と化してしまう話は何ともやるせない気持ちになりますな、それが自らの意志でだと特に。
…こんな薄っぺらい感想しか出てこない自分が情けないw
>エヴァンゲリオンと対決させるスレ
むしろ創作版の存在を知ったのはあのスレが検索に引っかったおかげだったり
勿論あちらも読ませていただいてます
自分は書かないので意識してませんでしたが一本書き上げるだけでも大変な事なんですね
しかしゴジラだけでまだ3つもネタを持ってるとは…楽しみにしてますので無理せず頑張って下さい
335 :
「明戸村縁起」:2011/11/11(金) 22:34:26.07 ID:OrFeNyqa
郵便局から飛び出して村道を駆けると、そこ此処でよろめき立ち上がる姿が見えた。
(なにが!?なにがおこってるんだぁっ!)
村で唯一の雑貨店の雨戸がガタンと外れ、顔見知りの老婆が現れる。
口から緑の唾液を垂れ流しながら……。
田んぼの向こうの藪から、郵便配達の男が這いだす。
首、顔、手足がギザギザの傷だらけだ。
狸鼻には、何がそんな傷をつけたのか、もう察しがついていた!
(噛み傷だ!あれはイヌみたく噛みつくんだ!)
狸鼻の悲鳴が引き金になった!
死んでいた村が、蘇った!!
336 :
「明戸村縁起」:2011/11/11(金) 22:36:56.69 ID:OrFeNyqa
「……あ!?……いまー、何か聞えませんでしたか?」
「バ、バカッ!見つかるでしょ!?」
身を潜めていた藪影で小此木が立ち上がりかけるのを、美川が引き下ろした。
だが………。
二人の背中で声がした。
「……オイ、ソンナトコデ、ナニィシテル?」
「あっ!ニ……」
振り向きざま小此木が「ニセ米兵」と言いかけたところで、美川が彼の後頭部を素早くひっぱたいた。
「やっぱり見つかっちゃいましたね」
美川は素早く営業用スマイルを作った。
「私たち横浜のテレビ局の……」
美川が差し出した名刺を、ニセ米兵が受け取った。
(作戦成功!)
心の中で、美川がペロッと舌を出す。
相手が帯銃していないのを、美川は素早く見てとった。
帯銃していないということは、相手はまだ米兵のフリをしているのだ。
そう考えた美川は、自分たちが「相手がニセ米兵とは気づいていない」フリをすることにしたのだ。
「テレビプログラムデスカ……」
「震災で孤立したこの村の取材に来たんですけど、あなた達が来たんでアメリカさんの活動をこっそり取材しちゃおうって……」
美貌とスマイルと舌先三寸で、世を渡って来た美川だった。
ニセ米兵=ラーデンは信じたように見える。
「バレちゃったんなら……正式に取材申し込みしたいんですけど……」
「シュザイハ……」
そのとき!
獣のような叫び声が立て続けに上がった!
「い、いまのは!?」「さっきの声よ!」
「サッキノコエダト?」
「実は、あなた達が降りて来るすこしまえに……」
美川が離れ家でのことを話しかけた時!
分校へと続くつづら折りの下に、美川らの目にする最初の一匹が姿を現した!
337 :
「明戸村縁起」:2011/11/11(金) 22:38:50.71 ID:OrFeNyqa
「……Greenthings……」
低く呟くと、サージは両目に双眼鏡をあてたまま、脇に控えた兵に命じた。
「総員戦闘準備。ヘリを守れ」
「了解!……ファン・リーテンに連絡は?」
「必用無い。ヤツなら銃声がすれば判る」
ニセ米兵らによってヘリの武器ラックから次々と軍用自動小銃が持ち出された。
「映画とは違う。ゾンビみたいにただ頭を撃っても奴らは死なん。脳幹を狙撃するか、正確に当てる自身が無ければ指きりバーストで首を撃ち飛ばせ!」
サージから指示が出る間にも、ニセ米兵たちは銃を手に、片膝つきの射撃姿勢に入った!
「奴らの唾液、血液にはある種の病原体が含まれている。間違っても噛まれるな!」
一匹だった緑のバケモノはこのときには十数匹以上にまで増えていて、口々に喚き声を上げながら分校目指し狂ったように坂を駆けあがって来ていた!
つづら折りの折り返しなど関係無しに、首をふりたて、緑の唾液を飛ばしながら!
「接近戦になったら銃床で殴れ!素手で殴るのはいかん。拳が切れればそこから感染する!」
怪物の最初の一匹が、柵を越えてついに校庭に駆けこんだ!
「では………」
緑のよだれの糸を引き次々と怪物が校庭になだれ込む!
サージの右手が翻った!
「……撃てっ!」
怪物が射列から数メートルにまで迫ったところで、遂にニセ米兵たちの銃が一斉に火を吹いた!
338 :
「明戸村縁起」:2011/11/11(金) 22:40:31.41 ID:OrFeNyqa
「なんですかー!?あの……緑のゾンビみたいなやつらは!?」
「見ればわかるでしょ!野良着や割烹着!みんなこの明戸の村人よ!」
小此木にそう答えながら美川は、日本語を操れるニセ米兵が「Greenthings」と漏らすのを聞き逃さなかった。
(グリーンシングズ?……「緑のやつら」ってどういうこと?こいつら、何か知ってるのね!)
銃声が間断なく響き、分校校庭は白い発砲煙に包まれていた。
グリーンシングらを迎え撃ったニセ米兵たちの腕はかなりのものだった。
駐機したヘリの前、横一列に射線を敷いて一歩も引かない。
映画でみるような無駄なフルオート射撃をするような兵は一人もおらず、セミオートでのか指切りの三点バーストで、突進してくる怪物をマシンのように撃ち倒していく。
指揮官一人だけは、大型拳銃で火線を抜けた敵を個別に仕留めていた。
だが、怪物は村の中心部から次々押し寄せて来る。
「凄い!あいつら緑のバケモノをやっつけちゃいますよー」
「判らないわ。バケモノの頭数は最悪1000人以上いるのよ」
「ナンダッテ!?」
二人の背後で仲間とバケモノの戦闘を見ていたラーデンの顔色が変わった!
「…1000ニンダト!?」
「あの山……緑のバケモノは、この明戸の村人よ。村民人口は1123人。もしその全員がバケモノになってるなら……」
「ナンテコッタ!」
ラーデンの顎がガクンと落ちた。
339 :
「明戸村縁起」:2011/11/11(金) 22:42:20.80 ID:OrFeNyqa
走る狸鼻のはるか後方で、立て続けに破裂音が聞えた。
(ニセ米兵どもだ!撃ちまくってるぞ!)
しかし後ろを振り返る余裕は無い。
いまも狸鼻の後からは、バタバタいう足音や犬のような唸り声が追ってきているのだ。
(……距離が詰められてる?!)
追いすがる足音は、次第に大きく、次第にはっきり聞えるようになってきていた。
それに彼がどこかの家の前を駆け抜けると、中から直ちに唸り声がして、追手の数が増えてゆく!
いまも狸鼻自身が中を見分したはずの家から新手のバケモノが二匹、飛び出してきたばかりだ。
(あんときゃ何処に隠れてたんだよ畜生!)
田んぼの横のあぜ道から里山に入り、道は小道から獣道へと変って、最初に見た廃屋のわきへ。
そしてそこからは下りに入り、ついに祭川の河原に辿り着いた。
後は「鬼の屏風」を上って……ところが!
「お、鬼の屏風が!崩落してる!」
屏風に例えられる切り立った岩盤が、ちょうど道の部分から断ち割ったように崩落している。
つい一時間ほどまえ、狸鼻が美川や小此木と降りてきた崖道は、ただの垂直な岩壁へと姿を変えていた!
行くべき道を見失った狸鼻の背後から、夥しい数の唸り声が迫って来た。
340 :
「明戸村縁起」:2011/11/13(日) 08:39:33.47 ID:YvgFiajQ
「……美川さんー!見てくださいよ」
小此木が覗いていたカメラを美川に手渡した。
「え?見ろって何を………ああっ!」
偶然美川がカメラを向けた中で、銃弾を浴びて倒れていた緑のバケモノが体を痙攣させながら起き上った!
「生き返った!」
「ナンダト!?…ヨコセ!」
美川からカメラをひったくったラーデンは、己の目にしたものに「Shit!」と悪態をつくと、仲間の米兵に何か言い、更に美川らにも命じた。
「ホンタイト、ゴウリュウスル!オマエタチモ……」
「待って!あなたたち、あそこに行こうっての?!そんなの無茶よ!自殺行為だわ!!」
「ワレワレハヘイシダ!センジョウリダハ……」
そのとき、美川らのいる辺りより少し上手の藪がざわめいて、一匹のケダモノが飛び出すと、ニセ米兵の一人に飛びかかった!
「ウワアッ!」
「ス、スロータン!」
バケモノと組み討ちする兵士にバレットが駈け寄ると、バケモノの後頭部に逆手で持ったナイフを叩きこみ、ぐいっと捻った!
「ギェェェェェッ!」
バケモノが体を逸らして呻き声を上げると、その口の中に白く光るナイフの切っ先が見えた!
両腕を後ろに回して相手を掴もうとするが、ニセ米兵がバケモノの髪の毛を掴み、更にナイフを抉るように動かすと、緑のバケモノはついに動かなくなった。
ナイフが突き刺さったままバケモノの体を横倒しに退かすと、下の兵士は緑の液体に塗れてはいるが、目立った外傷はないようだった。
しっかりしろと、バレットが手を差し出した。
「ダメダ、バレット!」
思わずラーデンが叫んだが…遅かった!
体を起こすなり、ソロータンは差し出された仲間の腕に噛みついた!
「グアァッ!」
予期せぬ展開にニセ米兵の一人、ポルステンが思わず後ずさる。
その背後からもう一体!
新たな緑のバケモノが山猫のように飛びかかってきた!
ソロータンの悲鳴や、バレットの叫びが、分校に押し寄せてきたバケモノの一部に届いてしまったのだ。
更に数匹のバケモノが、彼女らの身を隠していた藪に向かって突進してくるのに、美川は気がついた!
「Shit!Shit!Shit!Shit!!」「あわわわわ!」
「小此木!逃げるわよ!さあアンタも!」
美川は、同僚小此木とニセ米兵ラーデンを引き連れて、里山のさらに奥へと身を翻した!
341 :
「明戸村縁起」:2011/11/13(日) 08:41:17.61 ID:YvgFiajQ
雑草の茂る段差を上り、木々のあいだをジグザクに抜け、狭い沢を飛び越える。
里山の雑木林を駆け抜ける美川の足取りに迷いは無い。
後を追う小此木とラーデン!
更にその後から野犬のように唸る影が二つ!藪も雑木も無視して、ほぼ直線的に追って来る!
追手の吐息までが感じられた瞬間、ラーデンがすぐ前を行く小此木の肩からカメラケースをひったくると、背後の吐息目掛けて横殴りに叩きつけた!
…ガキッ!
思いの外硬質な音がしたのは、カメラケースが相手の犬歯とぶつかったからだ!
直近の追手を殴り倒すと、返す力でラーデンはカメラケースを、続く追手の顔面に叩きつけた!
カメラケースと衝突した顔を軸にして、バケモノの体が逆上がりでもするように回転し、頭から落ちた!
その顔に、ラーデンが右軍靴の堅い踵を渾身の力でたたき落とすと、左の靴をバケモノの後頭部に支点としてあてがい、更に右靴をバケモノの顎にかける。
そしてその体勢でツイストを踊るように……。
……グギッ……
鈍い音がして首が関節構造上あり得ない角度で曲がり、バケモノは動かなくなった。
(…モウ、一匹ハ!?)
振返ったラーデンの視界に、いままさに飛びかからんとするバケモノの姿がはいった。
(…シット!)
組みつかれる!…と思ったとき、バケモノの後ろで、太い木の棒が大上段に振りかぶられた!
バケモノがラーデンに飛びかかるより、美川が棒きれを力任せに振りおろす方が一瞬速かった。
「がああああっ!」
背後からの攻撃にバケモノが振返ろうとした瞬間、ラーデンの両手がバケモノの顎と頭頂部にかかる!
ボキッ!
今度は腕を使った頸折りだ。
「サア……」
棒きれをポトリととり落した美川にむかって、ラーデンは言った。
「……グズグスシテナイテ、ニゲルゾ」
だが……それまで三人の先頭きって走っていた美川が、ただ立ちつくしたまま動こうとしない。
美川は、ラーデンが最初に倒したバケモノをじっと見下ろしている。
そのバケモノは女で……役場の事務員のように腕カバーをしていた。
仰向けに倒れたわきに、小さな縫いぐるみがストラップに繋がれた携帯電話が落ちている。
美川の目は、その上に釘づけになっていた。
「オイ……」
おいどうしたと言いかけたそのとき、三人が来た方の藪から、ケダモノの呻く声が聞えて来た。
(…Shit!)
ラーデンは無言のまま美川の腕を掴むと、引き摺るように駆けだした。
342 :
「明戸村縁起」:2011/11/13(日) 08:43:12.28 ID:YvgFiajQ
「落ち着いて、一匹ずつ仕留めていけ!」
兵たちに檄を飛ばしながら、サージは火線を突破したバケモノ=Greenthingsの顎の下に50AE弾を叩きこんだ!
着弾の衝撃がバケモノの首を、皮一枚残して粉々に千切り飛ばした!
サージとニセ米兵らの猛射は次々と緑のバケモノ=Greenthimgsを撃ち倒していく……。
分校が狭い谷間のどんずまりにあり、敵の進入路が一方に限られるという地の利もあって、
ニセ米兵はバケモノの突進をなんとか抑え込めていた。
しかし配下兵士の射撃は上官サージほど正確でないのか、一度は倒されても再び立ち上がるバケモノが目立つ。
さらに新手のバケモノも村の中心部から続々と詰めかけていた。
………さしものニセ米兵たちも、次第に押され始めた!
当初は30メートル以上あった交戦距離が20メートルほどまで縮まったところで、ついにサージが叫んだ。
「現在の交戦距離を保ちつつ、総員、ヘリを盾にする位置まで後退!」
支えきれないと見たのか!?
横一列の隊列が射撃を継続しながらヘリに向かって収束してゆく。
それに釣られるようにバケモノたちの突進方向もヘリに向かって収束!
そのとき!
閉ざされていたヘリの側面ドアが開放された!
「撃て!」
サージの怒号とともに、ヘリ内部から立て続けに白煙が迸った!
発砲音よりガシャッという重い作動音の方が目立つ射撃だったが、その破壊力は、軍用小銃など足元にも及ばなかった!
口径40ミリの高性能乍約弾が、ミドリのバケモノを吹き飛ばす!引き千切る!すり潰す!
Mk19オートマチックグレネードランチャー。
その威力は、あまりに非常識で、非日常的だった。
343 :
「明戸村縁起」:2011/11/14(月) 18:44:11.80 ID:54KZCoGn
校庭前まで前進した兵がサージを振り返って叫ぶ。
「クリアです」
発射速度毎分300〜400発、有効射程は1500メートル。
オートマチックグレネードランチャーの降らす榴弾の雨は、ヘリ前20メートルから分校の建つ谷の入り口までを完全制圧していた。
「…あたりまえだ」
憮然と呟くと、サージはヘリの荷室内にしつらえられた「武器」に目をやった。
「まさかアイツを使わねばならんとはな……」
明戸村の状態は、ここへの途上に聞いたファン・リーテンの言葉を思い出した。
『危険なのはサージ、漏洩だよ』
『漏洩…つまりは変異の発生ってことだな?』
『そうだよ。そして変異は汚染の時間が長いほど大きくなる』
(どうやらこの村は全滅か。汚染がはじまったのは……)
頭の中で、サージはカレンダーを遡った。
(最大遡ったとして……震災前日か)
もし、汚染発生がそれ以前だったなら、震災以前に東北地方は地獄となっているはずだった。
(……それなら汚染開始から3日だな)
サージは自分らが撃ち倒したバケモノを見渡した。
犬歯は長くなり、全身に緑の血管が浮き出ているが、外貌ははっきりと人間を留めている。
(変異が小さいな……ってこたぁ、漏洩はつい最近か?………いや、待てよ?)
もっとよく見ると、すべてのバケモノに銃弾や炸裂弾による以外の古い深手がある。
(こいつらは、第1次汚染じゃない。1次汚染の奴らに殺られた2次汚染者だ。だから変異は初期段階……)
サージの表情が厳しくなった。
(この村のどこかに、第1次汚染のバケモノが居やがるのか!)
そいつの変異がいったい何処まで進んでいるのか?
さしものサージもでくわしたくない相手だ。
「総員集合!」
サージが大声を張り上げた。
「学校校舎内に簡易防衛線を設定し、ファン・リーテンらの帰還を待つ!」
344 :
「明戸村縁起」:2011/11/14(月) 23:01:07.10 ID:54KZCoGn
気を取り直した美川は、ものも言わずに雑草の茂る段差を上り、木々のあいだをジグザクに抜け、狭い沢を飛び越えていった。
そのあとをラーデンと小此木も黙ったままついてゆく。
手入れのよくない林道に出て、そこからさらに岩場をよじ登った岩棚で、やっと美川は足を止めた。
「ここならたぶん大丈夫よ」
へばる寸前だった小此木は、その場に尻から崩れ落ちた。
「大丈夫ってことはー………あのバケモノ………もう来ないって………ことですか?」
「カメラ持って、そこの突き出た岩から腹這いになってみて」
小此木が、言われたとおりのかっこうになってみると、自分達の上がってきた林道はおろか、渡った沢や超えた倒木までがよく見えた。
「ここなら、バケモノが近寄って来ても、すぐ気がつくだろうってことよ。はい、それじゃ小此木くん、見張りお願いね」
おとなしく小此木が見張り番につくと、美川は別の突端に腰をおろした。
そこからは、ほんの微かにだが、樹間ごしに明戸の村を目にすることができた。
「オマエ……」
ラーデンが美川の隣に片膝立てた姿勢で腰を降ろした。
「オマエ……コノ村ノ人間ダナ?」
見張り役の小此木が驚いて思わず振返った。
「あのー、その外人さんの言ったこと、本当なんですか?実は僕もちょっとは……」
「……気がついてたってたわけ?」
小此木が頷くと、美川は苦笑してみせた。
「バレバレってことか。上手く誤魔化せてたつもりだったけど……」
口ではそう言いながらも、実は、バレてよかったと美川は思っているように見えた。
だが、続いたラーデンの問いに、美川の顔が強張った。
「サッキノ、バケモノハ、オマエノ知ッテル人間ダッタンダナ?」
それからたっぷり10秒以上、美川は何も答えなかった。
答えたくないとか、答えがみつからない……というレベルではなく、言葉そのものを忘れてしまったように、美川の視線は木々のむこうにあるはずの村の上を彷徨いつづけた。
そして………突然、美川の口から言葉がこぼれだした。
「携帯についてた縫いぐるみは、むかし私があげたものなの。あの子の名前は、名越花代。年が一緒で、附子の出だってことも一緒。そんでもって村を出ようって決めたのも一緒だった。結局、明戸を出られたのは私だけだったけど……」
345 :
「明戸村縁起」:2011/11/14(月) 23:04:32.12 ID:54KZCoGn
「……村ヲ出ヨウトシタ?」
「もう何年も前の話よ……」
目線は村の方に据えたまま、美川は語り出した。
「明戸って、あのとおりのド田舎だけど、あのころだってやっぱりド田舎だった。花代も笑ってたわ。きっと江戸時代だってド田舎だったのよって」
そう言いながら美川も笑ったが、その笑みには微かな苦みが混じっていた。
「ド田舎トイウ、単語ノ意味ガ、ヨク判ラナイガ、ソレデ、村ヲ出ヨウト、シタノカ?」
美川は笑って、頸を横に振った。
「ド田舎だから村を出ようとしたわけじゃないわ。私と花代が村を出ようって決めたのは、私たちが余所者だったからよ」
「余所者トイウノハ……outsiderトイウコトダナ」
「私の親と花代の家族は、元はこの明戸より更にずっと山奥にある附子谷の集落に住んでたらしいの。
でもそこで何か恐ろしいことが起こって……」
『熊だ!熊だよう!でっけえ熊が出たよう!』
『靖江んトコが襲われただぁ!』
『も、もうこんなトコにゃ暮らしていけねえよぅ!』
「……それで一家で明戸まで逃げてきて……そのまま明戸に住むようになったのよ」
「ブス谷ノ……集落トイウノハ、villageトイウヨリ、hamletカ?」
「附子の者は、明戸では忌み嫌われていたの。毒の湧く谷のもの、山姥・山爺の子孫って言われて……」
明戸の者にとって、明戸は冥府の扉。
附子は冥府の中心だった。
「さすがに石ぶつけられたりはしなかったけど、それは明戸の人にとって、附子の者が人間以下だったから。住まわせてもらえるだけで、私たちは幸せと思わなきゃいけなかったの」
「ジャパンハ豊カデ幸福ナ国ダト思ッテタガ……」
ラーデンのセリフを、美川は鼻で笑い飛ばした。
「だから……私と花江は、義務教育を終えるのと同時に、二人して村を出ようって約束したのよ。でも……待ち合わせしたバス停に、花江はとうとう来なかった。さっきのが……」
美川はすこし言葉につまった。
「……さ、さっきのが20年ぶりの再会よ」
いつのまにか、美川の頬を涙が流れていた。
そして美川は……いきなりラーデンの方を振返ると、流れる涙もそのままに、キッとばかりに睨みつけた!
「さあ!私もこうやって正直に話したんだから、アナタも正直に話してよね!ニセ米兵さん!!」
346 :
「明戸村縁起」:2011/11/17(木) 22:19:56.22 ID:/qwiYODT
「アナタも正直に話してよね!ニセ米兵さん!!」
「えーーーーーーーっ!」
小此木が驚いて振返った。
「ニセだって気がついてること、バラしちゃうんですかー?!」
ニセ米兵だと気づいてることが相手にバレたら、命まで含めてマズイことになりそうだ。
だからこそ咄嗟に美川は、「ニセだと気づいてない」フリをしたはず。
にもかかわらず、それを自分からバラすということは?!
「だって意味無いじゃない」
涙を流したまま、美川はしれっと言い返した。
「私たち、この人たちが銃を撃ちまくるとこ見ちゃってるのよ?なのに、『ニセ米兵だって気がついてませ〜ん』なんてフリ、続けられると思うの?!」
「あ……」
小此木を黙らせると、改めて美川はラーデンをキッと睨みつけた。
「それじゃ、まず、名前からお願いするわ」
それは美川と小此木にとって命の駆け引きでもあった。
銃こそ持っていないが、このニセ米兵は素手でも十分以上に強い。
それはさっきのバケモノとの戦いでも明らかだった。
その気になれば、格闘技……というより「殺し合い」のキャリアの無い日本人二人を殺すことなど、このニセ米兵にとってわけもないことだろう。
だからこそ、美川は自分から勝負に出たのだ。
「話して!」
涙の跡もそのままに、美川はラーデンに迫った。
「さあ!話して!!」
しばしラーデンは、美川の視線を睨み返したが、やがて自分から視線を外した。
「ヤハリ……ドコノ国デモ、女ハ、強イナ」
ふっと笑った顔に、バケモノとの格闘時に見せた殺気は微塵も見えなかった。
347 :
「明戸村縁起」:2011/11/17(木) 22:21:38.27 ID:/qwiYODT
「俺ハ、ラーデン。俺ノ名ハ、ラーデンダ」
すると、カメラの望遠機能で辺りを見張っていた小此木が言った。
「美川さーん、そのラーデンっていうの、たぶん偽名ですよー」
それは美川も考えないではなかった。
「小此木くん、なんで偽名だって思うの?」
「この人がラーデンでー、あと仲間にソロータンって人がいましたよねー。あとバレットって人も。
ラーデンとソロータンは機関砲、バレットは対物ライフルの名前なんですよー。だから残りの一人はエリコンかボフォース……」
ラーデンが、やれやれというように苦笑した。
「ラーデン、ソロータン、ポルステン、バレット。察シノトオリ、ドレモ、偽名ダ」
「名前聞かれて偽名で答えたってことは、本名はNGなワケね。ま、それでいいでしょう。
どうせ名前聞いたのは、どう呼びゃいいのかってことで聞いただけだから……」
うしろでずっこける小此木は無視して、改めて美川は話しかけた。
「じゃあラーデン、こっからいよいよ本題に入らせてもらうけど……」
美川は足を胡坐に組み直し、ずいっと尻を擦らせ相手との距離を詰めた。
「グリーンシングズってなに?」
「………話シテヤッテモ、イイガ、聞ケバ、タダデハ、スマナクナルゾ」
美川ははっきりと頸を縦に振った。
「……ソウカ」
ため息ひとつついただけで、ラーデンは語り出した。
「コトノ始マリハ、トアルPlanthunterノ、持チ込ンダ、奇妙ナ標本ダッタソウダ……」
348 :
「明戸村縁起」:2011/11/17(木) 22:23:48.52 ID:/qwiYODT
「サージ!簡易電気柵の設置、完了しました!」「林間への赤外線センサー設置、終了です」「地雷敷設終了!」
指揮官であるサージのもとに次々報告が来た。
「しかしサージ……」
足元で電気柵への送電ケーブルを繋いでいた兵士が尋ねた。
「これほどの防御態勢をとる必要があるのですか?さっきは後れをとりましたが……」
「今度は大丈夫だと言いたいのか?」
サージは、それ以上は話さなかった。
話したところで相手が信じるとは思えなかったし、もし信じたなら、恐怖のあまり戦闘にならないだろう。
(オマエらは、アレを見ていない)
……………
………
………
「ラボで面倒が発生したようだ」
サージの前に立って歩く「聳え立つ壁」は、プロレスラーと並んでも巨漢でとおるような大男の白人だった。
190を軽く超える長身に、120キロ以上はある体重。
両サイドを残し禿げ上がった頭部とは対照的に、豊かな顎鬚が顔の下半分を飾る。
そして深く落ち窪んだ明るいブルーの目。
それがサージの上官であるバーナード・ブルータス・ウォレス大佐という男だった。
サージやファン・リーテンを含む仲間はウォレスを「カーネル」と呼び、敵は「ブルータル」ウォレスと呼んだ。
「ラボで面倒というと漏洩ですか?しかし、漏えいで我々にお座敷がかかるとは?」
カーネルに代わり、サージと並んで歩くもう一人の男が答えた。
「例の『緑のヤツ』ってことだよサージ」
男の名はファン・リーテン。
オランダ系イギリス人。
身長は175そこそこで痩せ形。
肉薄の高い鼻がワシのくちばしを想わせる。
高く秀でた額の上に、オールバックに撫でつけた灰色の髪。
深く抉れた頬とも相まって、その風貌はピーター・カッシングそっくりだ。
「『プロフェッサー』のいま一番お気に入りのオモチャが、何か面倒を引き起こしたのさ」
「さすがはファン・リーテン。とっくにお見通しのようだな」
輪郭のはっきりした発音で、『カーネル』は言った。
「ただの有毒物質や細菌の漏えいで我々が呼ばれることはない。我々が呼び出されるのは……殺しだ」
349 :
「明戸村縁起」:2011/11/17(木) 22:25:26.75 ID:/qwiYODT
カーネルが立ち止まった。
その目の前には、青ペンキで塗られた金属製の扉。
見掛けは裏口か通用口なのだが、その扉こそサージたちが常々「石棺」と呼んでいる建物の、ただ唯一の出入り口だった。
サージ、ファン・リーテン、そして彼らに続く10人の兵たちの方に振返ったとき、カーネルの双眸は冷たい鋼の色を湛えていた。
「漏洩発生と同時に、石棺はオートロックされた。それ以後侵入するのは我々が初めてとなる。我々の任務は、感染対象の処分だ」
この場合「感染対象」には当然人間も含まれている。
だが、いちいちそんなことを確認するような者は一人もいない。
「交戦時の注意事項については……ファン・リーテン、説明してやってくれ」
カーネルに軽く会釈すると、咳払いしてから痩せぎすの男は口を開いた。
「感染のメカニズムは、狂犬病をイメージしてもらうと判り易い。
感染者が口から垂らす唾液、傷口から流れる体液が体内に入ればほぼ確実に感染する。
『体内に入る』とは、唾液の滴る口で噛みつかれる、緑の体液が滴る爪で引っ掻かれるといった判り易い事象だけではない。
たとえば相手を素手で殴ったとき、その拳の皮膚に裂傷などを生じていればアウトだと考えてもらいたい」
「…ってこたぁつまり」
サージが口を開いた。
ファン・リーテンの話しを中途で遮っていいのは、カーネルの他はこのサージだけだ。
「……接近戦は極めて危険というこったな。で、倒すにゃどうすりゃいい?」
「脳幹部を破壊する。ただ頭を撃つだけではダメだ。本物は映画やゲームに出て来るゾンビほどか弱くはない」
「しかし、敵がこっちを向いてるとき、脳幹は頭の後っかわだ。正面から正確に射抜くなぁ……」
「そうだねサージ。しかもこの場合相手は動いている。そんなヤツの脳幹を正面から撃ち抜くのは、キミやカーネルでもなきゃ難しいだろうね」
兵たちに軽い動揺が生じたと看て取ると、両眉をひょいと吊り上げてファン・リーテンはつけ足した。
「脳幹を狙撃できないなら、次点の対策として頸を切ればいい。こっちなら簡単だろ?」
「よし!諸君!」
ファン・リーテンやサージのやりとりを笑って見ていたカーネルが、ここで口を開いた。
「……指切りの三点バーストを敵の頚部に叩き込め。それなら頸を切断するのと同じことだ。……それでいいだろう?」
カーネルが顔を向けると、芝居がかった身振りでファン・リーテンが頷き返した。
「よし、それでは諸君!いざ行こう!……地獄へ!!」
カーネルは、石棺のロックを解除した。
………
350 :
「明戸村縁起」:2011/11/17(木) 22:27:02.83 ID:/qwiYODT
「……石棺ニ入ッタ男ハ13人。生キテ出テキタノハ、カーネル、サージ、ファン・リーテンノ、ソシテ俺ノ4人ダケダッタ。
カーネルハ、石棺内部ノ総テヲ焼キ払イ、グリーンシングズヲ、滅ボシタ。
シカシ、サンプルマデガ失ワレタノデ、研究用ノ新タナサンプルガ必用にナッタ……。
トコロガ、大地震ト津波ノアト、現地ニ派遣シタ、エイジェントトノ、連絡ガトレナクナッタ。
ソコデ、空母ロナルド・レーガンノ災害派遣ニ、便乗スル形デ、我々ガ派遣サレタノダ」
「グリーンシングズ……緑色のバケモノ……」
美川は短く呟いたきり黙りこんだ。
「あの……」
美川の様子を気にしながら、小此木が口を挟んだ。
「……それって染るんですかー?」
「噛マレタリ、引ッ掻カレタリスレバ、ウツル」
「ひぇっ!?」
「ソレダケデハナイゾ。バケモノノ返リ血ガ、体ノ傷口ニ着イテモ、ウツル」
俯いてもの想いにふける様子だった美川が不意に顔を上げた。
「ねえラーデン、それ食べても感染するの?」
「ソレガオソラク、最悪ノ、感染経路ダ」
ラーデンは更に低く声を潜めた。
「血液経路デノ感染ハ、変異発症ハ速イガ、変異ノ巾ハ小サイ。ダガ、消化器官カラ感染スルト、変異速度ガ遅イ代ワリニ、変異ノ巾ハ桁違イニ大キク……美川!?ドウカシタノカ??」
ラーデンが総てを言い終えぬうちに、美川がすっくと立ち上がったのだ。
「ねえ小此木くん!?覚えてる??あの最初の家よ!祭川を越えたところで、私たちが最初に見つけた家!」
「もちろん覚えてますけどー、それが何か?」
「思い出しなさい!あの家の様子よ!緑のゲロはあったけど、血痕はどこにも無かった……ってことは!?」
「血液経路以外デ、感染シタ奴ガ、居ル可能性ガアルナ」
「こうしちゃいられないわ!小此木くん行くわよ!ラーデンもついて来て!」
「つ、ついて来てって、いったい何処行くんですかー?」
美川はザックを肩に背負い直し、早くも岩棚の降り口に手を掛けていた。
「附子には人が山爺や山姥に変身するっていう伝説があったの。それから、鬼を見張る『鬼守』の家系もあったわ。その血をひく人がいまもたぶんこの明戸に住んでいるはずなのよ」
「判りましたー!その人の家に行くんですねー?それでその人、なんて名前なんですかー?」
「多々良伍平さんと与一の兄ちゃんよ」
351 :
「明戸村縁起」:2011/11/19(土) 19:15:28.00 ID:GFvi0YUZ
寂れた寒村の里山はろくに山掃除もされないせいで、ただの森林に還ってしまっていた。
そのため、土地勘のある美川の先導があってなお、三人の歩は遅々として進まなかった。
「附子の集落には、村人が山爺や山姥になる伝説があったの」
「その山爺だかが、あのバケモノだってんですかー?」
「伝説だと、山爺や山姥になると牙が伸びて緑の涎を垂らすっていうから、間違いないと思うわ。さ!早くしないと暗くなる前に、多々良さん家に着けないわよ!」
「だったらなんでこんなに遠回りするんですかー?!」
ひときわ大きな声でそう言った途端、小此木の脳天に美川のゲンコツが降って来た!
「声がデカい!」
「す、すみませんー」
「遠回りしてんのは、村のなか通ったらバケモノやニセ米兵に見つかっちゃうじゃないの!」
何時の間にか、ラーデンはニセ米兵とは別扱いになっている。
ラーデンの方も何故か仲間と合流するとは言いださず、美川のあとに従っていた。
「でも美川さん!その多々良さんとかんトコに行くんじゃなく、村の外に連絡した方が……」
「そっちならタヌさんがやってくれるわ。私たちはタヌさんが応援連れてきてくれたときまでに、出来るだけの情報を集めとかなきゃなんないの!」
村に入る道が立たれていて狸鼻が村から出られなかったことなど、美川はまだ知らなかった。
「多々良の家は村の西側、附子谷に向かう途中にあるわ。村の中心を抜けないで行くには分校脇を抜ければいいんだけど……」
「ソノルートハ、止メタホウガイイ」
久しぶりにラーデンが口を開いた。
「爆発音ガシタカラ、オートグレネードヲ使ッテ、制圧シタニ、違イナイ。ソレナラ、分校周辺ハ、対グリーンシングズノ、厳重ナ警戒ガ、敷カレテイルハズダ」
「だからこうして、遠回りだけど東回りで行ってんじゃない」
「美川さーん!ほら、あれ見てくださいー」
大きな声を出すな!と言われたばかりなのに、また小此木が素っ頓狂な声を放った。
「道です!それも舗装された道ですよー!」
ボカッと小此木にまず鉄拳制裁を加えてから、美川は言った。
「あれが村道。村と外とを繋ぐメインロードよ。少し行けば明戸橋があって、それを渡れば……」
そのとき、不意にラーデンが美川の口を後ろから押さえた!
「……!?」
「黙ッテ、姿勢ヲ、低クシロ……」
相手の言葉が含むある種の臭いを、美川は敏感に感じ取った。
衣ずれの音すら立てないよう細心の注意を払って、美川は灌木の影にそっと膝まづいた。
……最初は何も感じなかった。
しかし、そのまま数分ほどそうしていると、美川にもラーデンが警戒する理由が判ってきた。
(臭いだわ!あの緑のゲロによく似た臭い……でもなんでこんな人気の無い所であの臭いが?)
352 :
「明戸村縁起」:2011/11/19(土) 19:16:40.99 ID:GFvi0YUZ
(臭いだわ!あの緑のゲロによく似た臭い……でもなんでこんな所であの臭いが?)
更に気がつくと、辺りには小鳥一匹いなかった。
小鳥の囀りどころか、風も無いので葉擦れの音すらしない。
カラッ……カラカラカラッ
そのとき、山の静寂を破ったのは小石の転がる音だった。
カラカラカラッ!
(……また余震!?)
美川が最初に考えたのは、3/11の余震だった。
(……いいえ、ちがうわ。地面は全然揺れてない。それじゃ今の小石の転がる音は……)
すると今度はもっと大きな石……そして更に大きな岩が……と、岩の動く音が連鎖した!
こんども確かに地面は揺れていない!
最後にかなり巨大な岩がガラガラッと転がる音がして、そのあと辺りは急に静かになった。
やがて、美川らのいる場所からずっと下手の村道の辺りで、再び音が聞えて来た
今度の音は、さっきまでの音ほど軽くはなく、リズミカルでもない。
(岩が転がってる音じゃない。転がるんじゃなくって、引き摺るっていうのか……押しのけるみたいな……)
何かがいるのは間違いない。
村道を這いずっているらしい「それ」は唸りもしなければ、吠えもしなかった。
それ以上に奇妙なのは、村道の周囲の木々の揺れかたからして「それ」はかなりの大きさのはずなのに、樹間に姿が全く見えないことだった。
(まさか……透明なんてことが!?)
そのとき美川の耳元でラーデンが囁いた。
「ココハ、行ケナイ。他ノルートヲ、探ソウ」
ラーデンの囁きに従い、三人はじりじりと後退していった。
「それ」の姿は最後まで見えなかった。
353 :
「明戸村縁起」:2011/11/19(土) 19:17:45.70 ID:GFvi0YUZ
「……まずいわね」
村道から充分に後退した森の中で、美川はどっかと腰を降ろして胡坐になった。
「多々良さんトコに行くには……村の中央を抜けるか……いまさっきの村道を横切る……最後がここまで来たコースを逆に戻って分校近くを抜ける……この三つしかないんだけど……」
「サッキモ言ッタガ……」
ラーデンはまだ村道の方を気にしていた。
「……分校ノ近クヲ、抜ケルノハ、自殺行為ダ」
「でもー、村の真ん中通るのも自殺行為ですよねー。バケモノがまだいるかもしれないしー」
「じゃ、小此木くん、人柱のつもりで村道まで戻ってくれる?」
「そ、そんなぁー!人柱だなんて、美川さん冷たすぎ……」
そのとき、ラーデンが音も無く村道の方に向きを変えた。
森の木々が枝を揺らしているが……体に感じるような風は吹いていない!
………ピシッ……
地面に落ちた枯れ小枝の弾ける音がした。
ピシッ!
……また音がした。
ピシッ!……ピシッ!
枝の揺れと音とは、ゆっくり近づいてくる
だが、近づいてくる物の姿は見えない。
「ひょっとしてー、村道から追っかけてきたとかー?!」
「…ソノヨウダ」
やがて……三人の見つめる方、十数メートルのところに立っていたクヌギの巨木が、メリメリと音をたて倒れかかって来た!
「見えませんー!?木しか見えませんですー!?」
「そんなバカな!?」
チッと舌うちしてラーデンは言った。
「コノママ、コノ森ニ居ルノハ、危険過ギル。里ニ降リヨウ!」
354 :
「明戸村縁起」:2011/11/20(日) 19:30:14.30 ID:PWOrtepf
追ってきた「見えない何か」を遠巻きに回避し、美川らは息を切らして明戸の里へと降りて行った。
「あれが仙岩寺、この明戸のたった一つのお寺さんよ。お寺っていっても神仏混淆だけど」
美川の指さす先の山の中腹に、崩折れかかった鐘撞堂が見えた。
「あそこの境内を抜けるのが錦平に通じる登山道への近道なの。問題は、村役場の近くを抜けなきゃいけないってこと」
「え!?」…と大きな声を出しかかり、慌てて小此木は自分の口を押さえた。
「……役場って、普通は村の真ん中にあるんじゃないんですかー?でも村にはバケモノにが……」
「ニセ米兵さんたちが、かなりやっつけてくれてるはずよ。たぶん……」
「たぶんなんて、そんな心許ないこと言わないでくださいよー」
「イヤ、タブン彼女ノ言ウトオリダロウ。奴ラハ、音ニ集マッテ来ル。銃声ハ、村中ノ、グリーンシングズヲ、呼ビ集メタハズダ」
「……だから、村にはバケモノはいない?」
「居ナイトマデハ、言ワナイ。我々ヲ追ッテキタ、モンスターノヨウナ、未知ノ怪物ガ、潜ンデイルカモシレナイカラダ」
「そんなあー」
まだ泣きごとを言いたそうな小此木の脳天に、また美川のゲンコツが降った。
「そんなに怖いんなら、アンタだけここで待ってなさい!私は独りでも行くんだから!」
鋭い口調で宣言すると、美川はさっさと斜面を下りだした。
美川は「独りでも」と言ったが、そのあとをラーデンもついていく。
こうなると……小此木に選択の自由は無かった。
「ま、まってくださいよー。僕も行きますー」
355 :
「明戸村縁起」:2011/11/20(日) 19:31:53.56 ID:PWOrtepf
ラーデンが遮蔽物の殆ど無い畑を這う姿勢で横切って行くのを、美川らは雑木林と畑の際々で見ていた。
「……だいじょぶですかねー?」
言葉で答える代わりに、美川はゲンコツを使った。
里が見える場所まで来たら、いっさい口をきかないのが約束だった。
もし近くにバケモノがいて気づかれれば、あっというまに二匹三匹と増えていくだろうからだ。
ラーデンは畑を無事横切りその向こうの農道も越え、更に向こうの低い垣根に張り付いた。
垣根の向こうには庭がひろがり、さらにその向こうには木造平屋建ての民家がある。
雨戸をたてまわす形式の古い民家だが、雨戸は開かれていて家の中まで見渡せた。
美川のところから見る限り、薄暗い家の中に動くものは見えない。
美川が見つめていると、垣根を背にラーデンが振り返った。
手の平を下にしてそれを地面近くで上下させてから、手の平を上に返してゆっくり指を動かした。
(「姿勢を低くして、慎重に来い」ってわけね)
まず美川が四つん這いの姿勢で木陰から滑り出すと、極力低い垣根に隠れるよう心がけて畑を横切りラーデンの傍らについた。
垣根の隙間から伺っても、民家の中に動きは無い。
続いて小此木が樹間から飛び出したが、小太りのうえカメラケースも背負っているので、動きがとてもぎこちない。
それでも姿勢を低くしようとする努力が、足のもつれとして現れるのはすぐだった。
(こ、このアホ!)
心の中で毒づく美川の目の前で小此木が派手にすっ転び、音をたててカメラケースが転がった。
その途端!民家の中で何かが動いた!
356 :
「明戸村縁起」:2011/11/20(日) 19:34:21.84 ID:PWOrtepf
薄暗い室内で雄叫びが上がり、正面大窓のガラスが庭に向かって砕け散って、庭に飛び出したのは白髪の老婆だった。
長い犬歯を剥き出し緑の涎を垂らしながら、血走った目を左右に走らせた老婆は、畑に腹這いになった小此木に気付くと、再び村中に轟くような絶叫を上げた!
(や!やばいっ!!)
年老いた姿に似ぬ激しさで、土を蹴立てて一直線に老婆が走り出した!
倒れ込んだまま小此木はまだ動けない!
(殺られちゃう!)
意味不明なことを狂ったように喚き散らしながら、老婆は美川らが身を隠す生垣を飛び越えた!
そのとき、美川の頭上で棍棒のようなものが振り回された!
生垣を飛び越えたところで、バケモノ老婆は地面に叩き落とされた!
バケモノを叩き落とした大型シャベルを手に、素早くラーデンが駈け寄る!
唸り声を上げ立ち上がろうとするバケモノの胸を足で踏みつけ大地に固定すると、手にしたシャベルの刃を逆手に持って振りかぶった!
「うわっ!」
思わず美川が両目を閉じる!
ガッ…シュッ!
鉄の歯が固いものにぶち当たる音と、土に突き刺さる音が続いた。
「シッカリシロ、美川!」
ラーデンの声に目を開けると、既に勝負はついていた。
「小此木モ、早ク!」
しかし、農道の下手と上手、その両方でけたたましい叫び声が上がった!
下手の農家から二人、上手の農家から三人のバケモノがころげ出ると、脱兎の勢いで三人目掛け走り出しす!
「シマッタ!」「うわあ!挟みうちですよー!」
「二人ともこっちよ!」
退路無しと見えたそのとき、美川は迷わず老婆が飛び出してきた民家へと駆けこんだ!
357 :
「明戸村縁起」:2011/11/20(日) 23:27:38.86 ID:PWOrtepf
「こっちよ!」
美川は躊躇なく他人の家に土足で踏み込んだ。
「こ、こんな家に立て篭もりですかー?!」
「んなことするわけないでしょ!」
美川は、テレビの置かれた居間を突っ切って廊下に出ると迷わず右に折れた。
「この辺の家の造りは、どれも似たようなもんなのよ!」
廊下から玄関に出ると、玄関横の曇りガラスの前を何かが慌ただしく横切った。
「そっちじゃない!」
玄関にカギをかけようとした小此木を怒鳴りつけると、美川は廊下を玄関とは反対の方に折れた。
簾の下がった狭い入口をくぐるとそこは台所。
嵌ったガラスの向こうが明るいのは裏口だ!
しかし、美川が手を掛けたのはガラスの嵌っていないもう一つの扉だった。
「裏口から逃げるんじゃないんですかー?!」
さっき通ったばかりの居間で、唸り声とともに何かが倒れる音がした!
追ってはもうこの民家の中にまで入って来ている!
「アンタは黙ってついて来なさい!」
美川が開けた扉の向こうは農機具置き場も兼ねた車庫で、黄色いバンが止まっている。
「やっぱりあった!」
「で、でもキーは?」
「この村じゃ、車のキーなんて……」
美川が手を掛けると、車のドアはそのまま開いた。
ハンドルのコラムにはキーが刺さっている!
「……見てのとおり、射しっ放しが常識よ!」
「ヨシ!ミンナ乗ルゾ!」
台所との間仕切りのドアがガクンと開きかけたが、ラーデンが肩をぶつけて押し返すと、素早くドアノブの下に持ってきたシャベルを突っ込んだ!
運転席に美川、小此木は助手席!
ラーデンはいかにも兵士らしく後部ハッチを開けるとそこに飛び乗った!
「イイゾ!出ロ、美川!」
「オッケー!」
美川がギアをドライブに入れると同時に、つっかい棒のシャベルがとんでバンの車体にガツンとぶつかった!
車庫から飛び出す黄色のバン!
その正面にバケモノが一匹飛び出した!
「止メルナ!轢ケ!!」
ラーデンが叫び、美川はブレーキに置きかけた右足をアクセルに戻すと、力一杯踏み込んだ!
ガンッ!
車体が大きく揺れ、右のミラーがもぎ取れた!
358 :
「明戸村縁起」:2011/11/22(火) 23:51:20.77 ID:Qocga02x
民家を飛び出した黄色いバンを数人のバケモノが追って来るが、バンとの距離は次第に開いていった。
しかし追ってくる怪物の叫びが呼び水になって、行く手の道からは更にバケモノが飛び出してくる!
「絶対ニ、止マルナ!」
バンの荷室から更にラーデンが叫ぶ。
「数匹以上ニ、獲リツカレタラ、車ゴト、ヒックリ返サレルゾ!」
しかしハンドルを握る美川に、いちいち応える余裕は無い。
眦決してハンドルを右に左に切り戻しつつ、たいして広くもない村の道をただ突っ走って行く!
右から飛び出したバケモノを左にかわした瞬間、左側面が木製の電柱に激しく接触!
ガリガリガリッ!
「うおっとぉ!?」
助手席の小此木が悲鳴を上げ、左ミラーも吹き飛んだ。
接触で電柱が傾き、反動で車が撥ねて、車に縋りつきかけたバケモノを吹っ飛ばす!
さらにそのままの勢いで、車の正面に飛び出した割烹着姿のバケモノ女も跳ね飛ばした!
ボゴンッ!という鈍い音とともに細かくヒビが入って、フロントガラスが丸く凹んだ!
「前が見えない!?」
「退ケッ!」
後席背もたれを乗り越えたラーデンが、運転席と助手席のあいだから長い脚を飛ばしてフロントガラスを蹴り破る!
「…サンキュー!視界良好!」
確かに視界は良好だが……前から来るバケモノに対しノーガード状態だ。
小此木の座る助手席側も、電柱との接触で既にガラスは無い。
おまけにボンネットからは、微かに白い蒸気が噴き出し始めた。
「…ラジエターが壊れたっぽいわね。動かなくなるまえに、村を横切っちゃうわよ!」
「そ、そんな無茶なー!?」
しかし、小此木の抗議は美川の耳を左から右に素通りした!
「突撃レポーター!美川弓子!いっきまーーす!!」
美川はハンドルを村の中心部、村役場の方へと切った。
359 :
「明戸村縁起」:2011/11/22(火) 23:52:43.76 ID:Qocga02x
「美川!トモカク飛バセ!」
「言われるまでもないわよ!!」
「奴ラガ、エンジン音ニ反応シテ、表ニ出テ来ル前ニ、走リヌケルンダ!」
魔窟と化した村を、メチャメチャに壊れたバンが白煙を巻きながら疾駆する!
ガラスが半分方無くなってやたら風通しのよくなった車内にも白煙が流れ込んで、素通しなのに前が見えない!
「うおっ!どひゃっ!うへっ!?」
「小此木!うるさいっ!!」
車の中にもたちこめる白い蒸気の向こうから飛び出してくる人影を、カンだけのハンドル捌きで猛然と突破!
サイドに取りついたバケモノにはラーデンが軍靴の踵ぶち込んで突き落とす。
「あ!いまのは!」
白煙の向こうに見覚えのある赤い標識が飛び過ぎた!
「郵便局です!マークが見えたー」
「……道まちがえた」
「んなアホなぁ!」
小此木の鼻っ柱に左裏拳をお見舞いすると、思い切りよく美川はハンドルをきった!
「あ!」
(やっちゃった)と美川は思った。
鈍重なはずの黄色いバンが、滑らかな挙動で回転する!
そして水蒸気の向こうから、雑草の生えた石垣が急に!!
「ごめん!ドジったぁ!」「あわわわ!?」
ヘッドレスト越しに後席からラーデンが腕をのばし、シートベルトをしていない美川と小此木の肩口を抑えつけた。
クワシャンという思ったより軽い音がして車が石垣に突っ込んでから、続いて車体後部が何かにぶつかり回転が止まった!
車の動きがとまるより先に、ラーデンは後席ドアを蹴り開けていた!
「降リロ!」
まず美川!続いて小此木を前席から引き摺り降ろす。
車の向こうからはバケモノが!
「走レ!必死ニ!」「う、うわああああ!」「こら小此木!騒ぐんじゃないっ!」
ひと固まりに走る三人!
車から十数メートルほど離れたとき、ボンネットから噴き出し続ける水蒸気の中から、先頭のバケモノが飛び出した!
三人の姿をみとめ、唸り声とともに道を塞ぐ車の上に飛び上がった!
「き、きたーーっ!」
目薬のCMのように小此木が叫んだそのとき!
漏れたガソリンに電装系の火花が引火!
車が大爆破!
黄色いバンは、一瞬で真っ赤な炎に包まれた!
360 :
「明戸村縁起」:2011/11/23(水) 22:45:32.72 ID:tloZyv1k
ラーデンが瞬時に二人を追い抜いたので、美川と小此木がそれを追う形となって、三人は駆けた。
いま三人の行く手には、前方にバケモノの姿は無い。
だが車の爆発音は、あたりじゅうのバケモノを呼び寄せるはずだ。
事実、四方の家々の中から立て続けにケダモノの雄叫びが沸き上がった!
(……アソコト、アソコハ×!)
ラーデンは山野を行く狩人のように、声のした方角を正確に特定した!
(アソコモ×!アッチハ……○!)
先頭のラーデンがスパッと右に折れブロック塀の小道に飛びこむと、美川と小此木も盲目的にこれに追従!
最後尾の小此木がブロック塀の影に飛びこむのと入れ替わりに、バケモノの一群が現れたが、それらは吠えたけりながら燃える車の方に駆けて行った!
黙れ!と警告されなくても、誰も何も言わない。
石垣を廻り込んだ向こう側からは、鼻を鳴らし歯ぎしりする音がはっきりと聞えてくるからだ。
石垣を挟んで、バケモノの一群は燃えるバンに、ラーデンに美川と小此木は反対の方に進んでいく。
石垣の裏側、チェーンの切れた自転車やシートの切れたバイクの転がるやせ地を行くと、三人はコンクリート造りの箱のような建物の裏口に出た。
息を潜めて美川は言った。
「村でたった一件のコンクリートの建物。関川ガソリンスタンドだわ」
「営業は……ずいぶん前に止めてるっぽいですねー」
「私が子供のころでも店主はけっこう年くってたから……」
そう言いながら美川が錆びたドアノブに手を掛けると、裏口に鍵はかかっていない。
ただ鍵は掛っていないけれども、蝶番が酷く錆びているらしく、容易には開いてくれない。
無理に開けようと力をかけると、ギギィィッと耳障りな音が空気を軋ませ、美川は慌ててドアから手を離した。
「……どうする?」
美川がラーデンを振返りかけたとき、三人の左右から鼻をならす音、粗い息が聞えた!
いまの音を耳にしたバケモノが石垣の裏まで回り込んで来たのだ!
「(マズイ!)美川!音ニカマワズ、押セ!!」
美川だけでなくラーデン、小此木も錆で縞模様になったドアに押しかかった!
蝶番の悲鳴がギギからガガに変って、裏口はゆっくり開き始めた!
しかし左右からの気配も鼻息から喚き声となり、どんどん近付いて来る!
「美川!入レ!」
ようやく開いたドアの隙間にまず美川が、続いて小此木が体を割り込ませた。
「美川さん!引っ張らないでください!痛い!痛いですー!」
「泣くな、小此木!!オマエが抜けないと、ラーデンが通れねえんだよ!」
「ぎ!?ぎゃああーーーっ!」
あちこちに擦り傷つくって小此木がドアの隙間を抜けると、同じ隙間をラーデンが楽々抜けた!
「コンドハ、閉メルゾ!!」
ラーデンと小此木が体重を預けると、軋み音をたてドアが閉じる!
「ミ、美川!ロックダ!」
言われるまでも無いと美川がロックに手を伸ばす。
しかしそのとき!ドーンという衝撃とともにドアが数センチも押し戻された!
「うわっ!?」「負ケルナ!押シカエセ!」
ドアの縁に、爪の剥がれた緑の指がかかった!
361 :
「明戸村縁起」:2011/11/23(水) 22:47:12.67 ID:tloZyv1k
緑の指を目にした小此木が悲鳴を上げた。
「ぎゃあ!?は、入ってくるぅーー!?」
「いちいち騒ぐなっ!」
美川は足元に転がっていたドア止め代わりの煉瓦を拾うと、躊躇うことなく緑の指に叩きつけた!
「どっかいけゴラァ!」
ぐぎゃっ!という悲鳴で指が引っ込んだ瞬間、ドアが閉まり、同時にラーデンがロックをかけた。
バン!バン!バン!バン!
向こうでは狂ったようにドアを乱打するが、ドアは鉄製だし、ロックも鉄板を曲げたものなのでちょっとやそっとでは壊れる心配は無さそうだ。
一安心して、ようやく周りを見回す余裕ができた。
美川らが逃げ込んだのはガソリンスタンドの倉庫らしい。
いちおうは屋根もあり、開きっ放しの狭い天窓から光も入って来る。
ガソリンが入っていたらしい錆びたドラム缶が一つ。
それからポリタンクもいくつか転がっているが、そのどれの上にも埃が厚く積もっている。
埃は床にも絨毯のように積もっており、長いこと誰も入って来ていないのは明らかだった。
ドアは……今も向こうから乱打されているものと、それから部屋の反対側にもう一つある。
入って来たドアはゴツイ鉄製で室内側にロックがあるが、もう一つのドアにはロックどころかドアノブも見当たらない。
「なんで何にもついてないんですかー?」
「向こうからだけ開閉するドアだからよ。もしあれに向こうから錠が掛ってたら……」
……美川らは袋のネズミということになる。
ラーデンは何もないドアの表面に両手をあてた。
軽く押すとドアは2〜3ミリほど動くが、そこでガクンと動かなくなる。
「だめってことですかー?」
たちまち小此木が泣き顔になったが、ラーデンは黙ったままドアの上から下まで手の平を這わせていく。
ドアの上部と下部の方が、中央部より動き巾が僅かに大きい。
「……他愛ナイ、ロックダナ」
表情を変えずに二三歩退くと、ラーデンは右足を振りあげドアに叩き込んだ!
ブチッでもバキッでもない音をたてて、ドアは開いた!
「助かったぁ……」
ふらふら外に歩き出す小此木……。
しかし……これまで聞いたことの無いような凄まじい咆哮が、突如として小此木を襲った!
362 :
「明戸村縁起」:2011/11/24(木) 19:59:30.37 ID:Mc6wGrJq
「ストップ!」の声より早く、小此木の襟首が掴まれてガクンと引き戻される。
そのほんの鼻先で、長い犬歯が凄まじい勢いで噛み合わされた!
吐き気を催す呼気に襲われ、小此木は一瞬意識が遠退いた。
「小此木!しっかりしろ!」ガキッ!「ぐえっ!?」
美川の顔面キックが、小此木の意識を呼び戻した!
「小此木!立て!」
立ちなさいではなく、立てと言うのが美川らしい。
倉庫の外は狭くはない中庭で隅には貧相な柿の木が生えていて、そこに一匹の雑種犬が繋がれていた。
「…うわっ!」
その姿を目にした小此木が改めて飛び退いた。
体毛は斑に抜け落ち、両目は目ヤニで塞がって、口の端には乾いた泡がこびりついていた。
体は大型犬クラスの大きさなのに、首輪が不釣り合いに華奢で、首が括れるほどに狭く喰い込んでいる。
そして口からは、緑の涎が滴っていた。
「近寄ルナ!変異シテル」
「あの首輪、なんであんなに喰い込んでるの!?」
「元ハ、ズット小サナDogダッタンダ。ソレガ、感染ニヨル変異デ、アノ大キサニ!」
首輪のサイズはもとのままに犬が大きくなったため、首輪が首に食い込んでいるのだ。
しかし普通であれば窒息しているはずの状態で、犬はいっそう凶暴に吠えかかってくる。
「……チエーンノ、長サニ、気ヲツケロ」
犬は鎖いっぱいの長さで斜めに後足立ちになり、猛烈な勢いで吠え続ける!
「チェーンノ、長サノ中ニ、絶対入ルナヨ」
犬を繋ぐ鎖はかなりの長さだが、壁に背中を貼り付かせるように行けば、ギリギリで中庭を横断して母屋の裏口の前まで行ける。
まずはラーデン、続いて美川、最後は一番臆病な小此木の順番で庭を越える。
危険慣れしているラーデンは、目前で吠えたける犬に一歩も足を止めることなく、母屋の裏口前に辿り着いた。
油断なく戸を開け、素早く中を見回す。
(問題ナサソウダナ……)
ラーデンは美川らの方に振返った。
「二人トモ早ク……」
そのとき、何もいないと見えた暗がりの片隅から、突然何かが跳ね起きた!
363 :
「明戸村縁起」:2011/11/24(木) 20:01:43.57 ID:Mc6wGrJq
「グオオオオオオオオオオオオオッ!」
屋内から飛び出してきたバケモノに踊りかかられ、ラーデンは仰向けの姿勢で中庭に倒れこんだ!
その頭のすぐうえ、わずか数センチのところには吠えたける変異犬!
体の上には残り僅かな白髪を振り乱す緑のバケモノ!
ラーデンは両手でバケモノの首筋を掴みなんとか噛みつかれまいと距離をとるが、その動きのせいで体の位置がずれ、次第に感染犬との距離が近くなっていく!
「Shitttttttt!」
そのとき壁を背にした美川が叫んだ!
「関川伊佐巳さん!」
ハッとしたようにラーデンの上でバケモノの動きが止まり、視線が美川に移った。
「灯油、1リットルだけお願いしまっす!」
老バケモノの上体が伸び、何かを思い出そうとするように視線が宙を彷徨う……。
「ヨ、ヨモ……」
その瞬間、ラーデンは下から殴りつけると素早くバケモノと体を入れ替えた!
そしてバケモノより先に立ちあがると、まだ中腰だったバケモノの頭を左足で
石垣に固定!
素早く左足を除けると同時に、腰の回転で右足の踵をバケモノの眼窟の辺りに叩き込んだ!
メキッ!と音のしたとき、美川が顔をそむけるのを、ラーデンは見逃さなかった。
「……サア、早クコッチヘ」
動かなくなった老バケモノから目を背けつつ美川がラーデンの傍に駈け寄ると、小此木もこれに続く。
だが……庭の片隅で突然メキメキという音が聞えた!
吠え猛るバケモノ犬の動きに、鎖を繋いだ柿の木が傾き始めたのだ!
いっそう猛り狂うバケモノ犬!
さらに傾きを増す柿の木!
美川らと小此木のあいだにあった僅かばかりの安全地帯は完全に無くなってしまった!
364 :
「明戸村縁起」:2011/11/24(木) 20:05:55.13 ID:Mc6wGrJq
「小此木っ!人生最大の勝負のときよ!死ぬか生きるか!?根性出しておっ走りなさいっ!!」
「い、いやですー!」
そのとき、いつのまにか母屋に入っていたラーデンが、卓袱台抱えて戻ってきた!
足二本を両手で持つと、卓袱台を盾代わりにバケモノ犬の前に立ち塞がった!
「イマダ!走レ!」
「うわあーーっ!」
目をつぶって小此木が僅かな距離を駆け抜けると、ラーデンも卓袱台をバケモノ犬に叩きつけて裏口まで後退!
そのときついに、柿の木が根元から折れた!
メキメキメキメキメッ!
「シ、閉メロ!」
ラーデンとバケモノ犬。
追うものと追われる者のあいだの僅かにな距離で、裏口はバタンと閉じた!
素早く美川が錠を下ろすと、ラーデンがダメ押しとばかりに近くの棚を裏口扉の前に動かした。
「コレデ一応ノ安全ハ、確保デキタナ」
さしものラーデンも少しばかり堪えたようすだったが、息を整えると美川に尋ねた。
「サッキ美川ハ、アレ……アノ老人ヲ、イカワ・イサミト呼ンダガ、知ッタ相手ダッタノカ?」
「………ええ、そうよ。知ってる人だったわ」
足元を見つめたまま美川が答えた。
「このへん冬、寒いから、子供のころよく灯油を買いに来てたの。おっきなポリタンク下げて。だけどお金が無かったから、買うのはいつも1リットルだけ」
『関川のおじさん。灯油、1リットルだけお願いしまっす!』
「そうしたら、おじさん、ムッとした顔で、よく作業服のポケットから飴出して私にくれたわ。
汚いポケットだから、私、ホントは嫌だったんだけど……」
視線を上げると、美川は懐かしいものであるかのように、部屋の壁にそっと指を触れた。
「附子者だった私のことなんて、村じゃ誰一人、気にかけちゃくれなかった。だけど関川のおじさん、私のことちゃんと知ってた、まだ名前も覚えててくれた……」
ラーデンはあの老いた変異者が美川の呼びかけに対し「ヨ、ヨモ……」と口走ったのを思い出した。
「美川弓子ってのはいわゆる芸名よ。ホントの名前は、四方寿美枝。四つの方と書いてヨモ」
不意に美川はラーデンらに背中を向けて笑い出した。
「バカだな私は。関川のおじさん、私のことちゃんと知ってたんだ。あの飴だって、きっと私のためにワザワザ用意してくれてたんだ。それなのに私は………私は……」
美川が振返った。
笑って、同時に泣いていた。
「……汚いからって、おじさんが見てない所で、あの飴、捨ててたんだ。作業服だから汚いの当然なのに」
美川は、笑って笑って、そして泣き続けた。
「明戸村の奴らなんて、みんなクズだって思ってたけど、考えてみりゃあ、私だって相当なクズだよねぇ」
笑って笑って笑って、そして、泣いて泣いて泣いて泣き続けた。
しまった、ドジった。
レス番363に出て来る元ガソリンスタンド店主は、構成当初は「井川伊佐巳」という名前だった。
ところが「井川」だと発音が「美川」に似ていすぎる(ikawaとmikawa)ので、「関川」に変更。
更に、子供のころの美川が、大人である関川を「関川伊佐巳」とフルネームで呼ぶのはおかしいので、「関川のおじさん」に再度変更。
ところが364のラーデンのセリフを直すの忘れてしまった(苦笑)。
美川にとって「大嫌いな故郷」が、次第に違って見え始めるっていう重要なパートだったんだけど、ドジってもうた。
お詫びのうえ、訂正します。
366 :
「明戸村縁起」:2011/11/25(金) 23:44:12.94 ID:Y1DOY/gk
ラーデンの読みどおり、村のバケモノは大半が分校正面でニセ米兵らに倒されたようだった。
さらに残りのバケモノが、関川ガソリンスタンド中庭裏口と爆発炎上するバンの回りに集まったらしく、美川らはそれ以上バケモノとはでくわさないで、目指す仙岩寺まで辿り着くことができた。
「なんとか到着ね」「命からがらですー」「気休メダガ、門ヲ閉メテオコウ」
寺の門は、寒村の古寺にしては板材も厚くしっかりしていた。
バケモノの攻撃に晒されてもある程度までは耐えてくれそうだった。
門を閉じて閂を通すと、ラーデンは振り向いて言った。
「随分シッカリシテイルナ。マルデ城塞ダ」
小此木も持参した地図を指さした。
「場所も変ってますよー。普通なら村の鬼門だからこっち、北東に置くはずですよねー?
でもこのお寺さんは村の北西。裏鬼門なら南西のはずだしー」
「…封じてるものが北西にあるからよ」
「北西にあるー?……いったい何を封じてるんですかー?」
「附子谷よ」
ぶっきらぼうに答えると、美川はさっさと話を切り上げ、本堂への石段を足早に上がって行った。
367 :
「明戸村縁起」:2011/11/25(金) 23:47:05.33 ID:Y1DOY/gk
石段を上がり切ると、まず目に着いたのはあの荒れ果てた鐘つき堂だった。
ラーデンが後ろから美川の手をとって止めた。
「なに!?」
「……見ロ」
ラーデンは鐘つき堂の片隅を指さした。
緑の吐しゃ物があった。
……例のバケモノ、変異者がいるということだ。
自然そこからはラーデンが先頭になり、慎重に寺の境内を進んでいった。
すると………。
本堂の傍でラーデンの足が止まった。
「……………」
「どうかしたの?」
ラーデンに代わって小此木が小さく声を上げた。
「……あ!?美川さん、聞えませんかー?」
「何が?」
「何がって……ほら、耳を澄ましてくださいよー」
言われるままに美川も耳を澄ますと、閉ざされた扉のあいだから、ポクポクというどこか丸みを感じさせる音が聞えて来る。
「木魚を叩く音だわ。まさか和尚さん、無事だなんて!?」
「……シカシ、此処ニハ、感染者ガ居タハズダ。無事ダナンテコトハ」
「でもあれは間違いなく木魚を叩く音よ!きっと感染した人は和尚さんに気がつかなかったんだわ!」
制止のため横に伸ばしたラーデンの腕をくぐると、美川は本堂正面の階段を駆け上がった。
「マ、待テ!美川!!」
ラーデンの警告も耳に入らず、美川は本堂の扉に手をかけた。
「(まさかまだ良庵和尚が住職やってるなんてことは……)すみません!」
キイッという乾いた軽い音がして、本堂の扉は開いた。
こちらに背を向け木魚を叩き念仏を唱えるのは、美川も覚えのある姿だった。
「良庵和尚さま!」
木魚を叩く手はそのままに、念仏だけがピタリと止まった。
368 :
「明戸村縁起」:2011/11/25(金) 23:48:41.70 ID:Y1DOY/gk
「………その声は……………」
たっぷり十秒以上間をおいてから、和尚は続けて言った。
「…………四方の寿美枝ちゃんか?」
「そうです!」
美川は思い出した。
仙岩寺の良庵和尚は、「村の人のことなら、死んだじいさまから生まれたばかりの赤子まで、知らないことはない」と言われていたことを。
声を聞いただけでも、いや、足音だけでも、それが誰なのかすぐ判ると言われていたことを。
「20年ぶりに帰って来ました。私、四方寿美枝です。おひさしぶりです……」
そのとき、本堂に上がろうとした美川の肩ごつい手が捕えた。
ラーデンが耳元で囁いた。
「行ッチャダメダ!見ロ!アノ手ヲ!!」
「…………………あっ!」
囁く声の指摘するものを見て、美川は思わず息を飲んだ。
木魚を叩く撥(バチ)を握る手の指は、関節部分が変形し節くれだって、甲には太い血管がうき上がっている。
そして血管の色は……緑だった。
「そうじゃ………その人の……言うとおりじゃ。寿美枝ちゃん………ワシに近付いちゃあいかん」
木魚を叩き続けながら和尚は言った。
「近づいたら……寿美枝ちゃんにどんな悪さするか……わからんのじゃ」
「お……和尚さま……」
「いま……こうしておってもな……ワシの胸んなかは……口にだせんような……あさましい欲望で……もし木魚を叩くのをちょっとでも止めたらぁ………ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」
美川の見ている前で、和尚の後ろ姿が激しく痙攣を始めた。
激しく震えながら、それでも木魚を叩く手は止まらない。
やがて……痙攣は治まり、再び和尚は口を開いた。
「……寿美枝ちゃんのお連れさん……ひとつ……ワシの願いをきいて……きいてくれんかのう」
「言ッテクレ。何ガ、願イダ?」
「その辺に……ほ……包丁が落ちて……おろう?」
和尚の言うとおり、本殿の片隅にどこにでもある古びた包丁が転がっていた。
「それ……で……ワシを……ワシを……ワシワシワシワシワシワを………………………こ、殺して……欲しいんじあ」
ラーデンは包丁を拾いあげた。
「………美川、外ニ行ッテロ」
「……………」
美川が無言で外に出ると、ラーデンは本殿の戸を閉めた。
「……すまんのう……自分では……ようできんのじあ……南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥………」
本殿の扉が再び開き、ラーデンが現れた。
「サア美川。先ヲ急ゴウ」
369 :
「明戸村縁起」:2011/11/26(土) 23:56:59.74 ID:avP/JzL/
季節は早春の三月。まだこの辺りでは雪の舞う時期だ。
まして山の奥とあっては、平地よりも夜の足は速い。
明戸村を出て山道へと入った美川たちの上に、はやくも巨大な夜の影が舞い降りていた。
「急ぎましょうよー。暗くなっちゃいますよー」
「大キナ声デ、喋ルナ。森ニモ、バケモノガ、イルカモシレナインダゾ」
暗がりの中、小此木が慌てて口を押さえた。
森の奥は一足早く闇に飲まれている。
その奥で、闇の中で、あの姿の見えないバケモノが這い寄っているかもしれない。
身震いすると、小此木はカメラを取り出し暗視モードに切り替えた。
冬枯れの森のなか、生き物の気配は………
ふうっ……安堵の息を吐いて小此木はカメラを下ろした。
(何モ、見アタラナカッタヨウダナ。ダガ、シカシ……)
ラーデンは考えた。
これまでこの明戸の村で出くわしたバケモノは、人と犬の変異。
だからあの姿の見えない存在も、何かの変異種と考えられる。
だが、居ながら姿の見えない変異種とは?
(カメレオン?……マサカナ)
こんな寒い地域にカメレオンがいるはずがない。
歩きながらラーデンは頭を振った。
それでは………いったい何が変異したバケモノなのか?
そのとき、先頭を行く美川の足が止まった。
「見て、あれよ」
山道の登り口あたり。
藍色の空を背景にして、山の輪郭が赤い光の先で描かれるその中に小さく特出して、多々良の家は建っていた。
370 :
「明戸村縁起」:2011/11/26(土) 23:58:30.60 ID:avP/JzL/
(夜が来たか)
分校の窓から、サージは明戸の森を眺めていた。
部下の兵たちは、既にぬかりなく配置についている。
赤外線と音響センサーもすでに作動し、周囲の森と校庭に電子の目を張りめぐらしているし、要所にはクレイモアまで配置した。
だから、彼らが遅れをとるような事態は金輪際あり得ない。
しかし………サージは事態を楽観してなかった。
『おい、まさかそんなものまで持ってけってのか?』
ファン・リーテンが指向性対人地雷の積み込まで指示するのを見て、サージは思わず声を上げた。
『アフガニスタンにでも戦争しに行こうってのか?』
『サージ、「石棺」で我々が戦ったのは、人とモルモットの変異体の二種だった』
『ああ、そうだ。「石棺」一個をお釈迦にしたが、なんとか片付けたぞ』
『もしこれから赴くアケドで漏洩が起こっているなら、事態は「石棺」よりも厄介だ。
なんといっても野外だからね。どんな変異体が出て来るか、想像もつかないから』
(おまえの言うとおりだ、ファン・リーテン。ここは、何が出てきてもおかしくはねぇ)
サージたちの倒した変異者は一次変異者の犠牲になった二次変異者に過ぎなかった。
もっとも変異が蓄積しているはずの一次変異者はどこに潜んでいるのか?
それから人間以外の変異体が存在するのか?
(考えても仕方ねえ。どうせ夜が訪れれば、どっちの答も判るだろうよ)
サージはそう確信していた。
(……今夜が山だ)
371 :
「明戸村縁起」:2011/11/27(日) 00:00:16.72 ID:N329oLV2
多々良の家は、「家」というより「小屋」と呼ぶのが相応しかった。
明戸と附子谷を結ぶただ一つの山道を見下ろす高みで、吹きつける北風にガタガタ震えていた。
夜が近いというのに明かりは……ついていない。
小屋が間近になったところで、さりげなくラーデンが美川の前に出た。
暗くなっても明かりをつけていないということは、誰もいないか、さもなければ闇に潜む者がいるかだ。
ラーデンはフラッシュライトのスイッチに指を添えると、そっと小屋に近づいていった。
小屋の周囲には特に異常な気配、特に、例の緑の吐しゃ物の臭いは無い。
血の臭いも、唸り声もしない。
閉ざされた扉の向こうの様子をちょっと伺ってから、、ラーデンは勢いよく扉を開け放った!
同時にスポットライトが、既に真っ暗だった小屋の中に丸い光の円を落とした!
光の円の中に、男が座っていた。
つかれたように背中を丸めて。
男は顔を上げると、牙を剥くでもなく、唸りもせずにじっとラーデンを見返した。
ラーデンの後ろで、美川が息を飲んだ。
「た、多々良の伍平じいちゃん!無事だったのね!」
372 :
「明戸村縁起」:2011/11/28(月) 23:37:24.51 ID:PNwETIE7
制するラーデンの腕を振り切って、美川は男の前に出ると両膝ついて腰を下ろした。
「伍平さん。判りますか?わたしのことが?附子の寿美枝、四方寿美枝です」
「ヨモ・スミエ……………おお!思い出した。四方の照之と松代んとこの一人娘か、よう戻ってきたな」
「おひさしぶりです」
美川は三つ指ついて古風に頭を下げた。
「……大きゅうなったな。松代が生きてたら……」
「それより伍平さん!」
美川は尻をずらして、更に伍平との距離をつめた。
「村の様子を御存じないんですか?」
「村の様子?………村でなにかあったのか?」
「実は……」
ニセ米兵のこと、それからバケモノに変異した村人のこと。
美川は村で見てきたことのあらましを伍平に話して聞かせた。
「山爺、山姥が明戸に……」
「そうなの。それから山爺以外にもなんだか判んない見えないバケモノもいて…」
「そうか……」と言ったきり伍平は黙りこんだ。
そしてなにを言うでもなく、なにをするでもなく、ただじっと座りこんでいる。
そんな様子を見ていて、美川は次第に不安になってきた。
(伍平じいちゃん、ひょっとしてボケかけてるとか?)
俯いた伍平の顔を美川は下から覗きこんだ。
「あの……伍平さん。与一兄ちゃんは何処居んの?」
「与一かぁ……」
ふっと顔を上げると、伍平は家の中を見回してから、急に思い出したように言った。
「そうだ、与一はいんかったんじゃ。ワシが戻って来たら、与一はいんかった。何処にいったのか、ワシにも判んねえ」
「そんなぁ!」
美川は途方に暮れた。
附子の「鬼守り」多々良伍平に尋ねれば、何か対策が見えると期待していたのに……。
肝心な伍平はこのありさまで、息子の与一は行方が知れないというのだ。
「あの日、カカアの墓に花でも供えてやろうと、村の墓場に行ったんだが……」
「村?……明戸じゃなく附子のですね?でも地震あとの山道は危なくはなかったですか?」
「地震?なんじゃそれは?」
「3日前の大地震ですよ」
「3日……前の??」
伍平の表情に嘘は無さそうだった。
「あの……(そうだわ)」
レポーターの職業的直観で、美川は質問の方向を変えた。
「伍平じいちゃん、お墓に行ったのは何日?」
「墓参りに行ったのは……昨日のことだから……7日のことじゃ」
「7日っていうのは……それじゃもちろん今日は3月8日なのね?」
内心の驚きを表情に出さないのは、職業的訓練のたまものだ。
(なんてことなの!今日は3月13日なのに……)
多々良伍平の脳内では、3月7日からの5日間がすっぽり抜け落ちていた。
373 :
「明戸村縁起」:2011/11/28(月) 23:44:05.88 ID:PNwETIE7
訛りのある伍平からの聞き取りは、ラーデンの日本語ヒアリング能力では手に余った。
老人の相手は美川に任せると、ラーデンは窓を被う板戸をそっと持ち上げた。
(雲ガ厚イナ。月ガ……見エナイ)
西日を背にしていた多々良の家もいまは闇に飲みこまれ、外の景色を見ようとすれば僅かな星明かりだけが頼りだ。
上って来た山道を見下ろすと、雲が厚いのかわずかな星明かりすらささず、明戸の村は全き暗闇の底にあった。
民家も、田畑も、あぜ道も、そして分校の校舎も、墨を流したような夜の底にどっぷり沈みこんでいる。
しかし、ラーデンは知っている。
それは夜歩くということを。
374 :
「明戸村縁起」:2011/11/29(火) 23:11:03.27 ID:I9e1a2DE
明戸村分校、屋根の上、東の端……闇の中で囁く声があった。
「おいラリー」
「……その名で呼ぶな!モーゼル!」
………………
「……おいワルター」
「なんだ?」
「ちょっと見てくれないか?右手の森の奥に、斜めに二股の木があるだろ?そのあたりだ」
「……」
ワルターと呼び直された男は、手にした狙撃銃のスコープを言われた辺りに向けた。
モーゼルの暗視装置は赤外線を照射してそれを緑に画面処理して見るタイプだ。
だから赤外線の届かないエリアを見ることはできない。
しかしワルターが手にする狙撃銃の暗視スコープは、物体自身が放射する遠赤外線を見るパッシブタイプなので、投光の効かない木々の向こう側まで見ることができるのだ。
ワルターはまず言われた辺り、それからその左右とスコープをひと通り向けながら、相棒に尋ねた。
「なにも見えない。ただ木があるだけだ」
………………
あるはずの返事が無い。
「どうしたモーゼル?なぜ黙ってる?!」
返事の代わりに、相棒のいる辺りから聞えて来たのはゴボゴボという何かが泡立つ音だ。
映画やゲームであれば、ワルターはそのまま為す術も無くモーゼルのあとを追うことになるだろう。
しかし現実の兵は、映画やゲームの出来あいのキャラとは違った!
ワルターは屋根の傾斜に身を投げ出しながら、音のする方に銃口の向いた一瞬のチャンスで引き金を引いた!
375 :
「明戸村縁起」:2011/11/29(火) 23:18:55.47 ID:I9e1a2DE
続けざまに二発の銃声が夜の静寂を破った!
(いまの銃声は!)
サージの耳は、銃声は減音弾なので狙撃銃、一発目は屋根の西端、二発目は同じ東端だが地上からだと告げた。
(ルーフE班はモーゼルとワルター!狙撃銃はワルター!モーゼルは殺られたか!?)
矢継ぎ早にサージは指示を出した。
「トンプソン!ルーフE班を呼び出せ!ガーランド、センサー反応は!?」
「赤外線、感無しです!」「ルーフE班応答ありません!」
「なんだと!」
サージはトンプソンから無線のマイクをひったくった。
「ルーフE班!返事をしろ!ルーフE班!!……くそっ!」
マイクを無線手に投げ返すと、サージは「全員持ち場を離れるな!」と命じて窓際に走ると窓を開け放った。
「全員持ち場を離れるな!」
(たぶんモーゼルは殺られた…だがワルターは!?)
そのとき減音された三発目の銃声が耳に飛び込んだ。
「ワルター!」
サージの緑に調色された視界に、スコープ付き狙撃銃を手にした兵が入った。
減音弾はプレッシャーが低いので自動装填が効かない。
兵は屋根を見上げて必死に遊底を操作しながら、後ろ向きにどんどん校舎から離れていく。
「それ以上校舎から離れるな!それ以上離れると地雷に…」
ズーーーン!
爆発とともに兵士とその片足が別々に吹き飛んだ。
「ワルターッ!!」
サージが叫ぶのと殆ど同時に、吹き飛ばされた兵の上に何かが「飛び降り」た!
(……ワ、ワーウルフ?!)
欧米人の感覚からすれば、それを「ワーウルフ=人狼」と表現したのは当然だろう。
日本人であればそれは、もっと簡潔に「鬼」と表現したはずだ。
緑の画面に踊る緑の鬼。
それは、サージの最も恐れていた相手。
グリーンシングズの第一次感染者に間違いなかった。
376 :
「明戸村縁起」:2011/11/29(火) 23:21:12.77 ID:I9e1a2DE
風に、鈍い、詰まった感じの音が混じったのをラーデンは聞き逃さなかった。
(弱装薬ノ弾ノ発射音。狙撃銃ダ)
銃声がしたのは村の方……つまり分校だ。
(奴ラガ……来タ)
377 :
「明戸村縁起」:2011/11/29(火) 23:25:31.98 ID:I9e1a2DE
「サージ!」
指揮官の背後でセンサーを睨んでいたガーランドが叫んだ。
「センサー感あり!」「場所は!?」「校舎西側の森の中です!」
叩き付けるに窓を閉めると、サージは無線手トンプソンに怒鳴った!
「ルーフE班と校舎内E班に接敵を伝えろ!」
「了解!……ルーフおよび校舎内E班!東側森より何物かが接近中!警戒せよ!繰り返す!!東側森より何物かが……え!?なんだと?そんなことがあるもんか!」
「いったいどうしたんだ!?」
「それがサージ!校舎内E班ドラケンの言うには、森の中には何も見えないと!?」
「…ガーランド、センサー反応は!?」
「継続しています。どんどん接近してまもなく森の際に!」
そのとき無線手トンプソンの顔色が変わった。
「あ……!グリペンが何か叫んでいます。それからドラケンも!」
だしぬけに校舎東側でバリバリバリバリというフルオート斉射が始まった!
そして…ズンという校舎全体を揺るがす震動、それからバキバキメキメキという木材の砕け割れる大きな音!
文字に出来ない男の絶叫は、それの始まったときと同様、だしぬけに終わった。
「校舎内E班!校舎内E班!!」
トンプソンは無線に叫び続けるが、どう考えても返事があるとは思われない。
「て、敵はセンサー領域を突破!」
センサー画面がガーランドが振返った。
「もう位置は不……」
不明と言いかけてガーランドの顔が凍りついた!
(……いちいち確認するまでもねえわな…)
軽く小首を傾げると……サージは電光の早さで腰のデザートイーグルを抜き放ち、振返ることなく背後のガラス窓に50AEの巨弾を続けざまに発射!
ガラスに貼りつくようにして歯を剥きだしていたワルターの顔面を半分方ぶち砕いた。
「各自防御戦闘開始!!」
サージが吠えた!
378 :
「明戸村縁起」:2011/11/30(水) 22:39:28.33 ID:tpW2DXHg
それまでの三発とは違う、発砲音が立て続けに響き、以後は銃声がひっきり無しになった。
(通常装薬ダ……乱戦ニナッタカ。兵タチニハ、カワイソウダガ、生キ残レルノハ、サージダケダ)
ラーデンも参加した「石棺」での戦闘。
そこで見せたサージの強さは異常なほどだった。
(彼とファン・リーテンの強さはゲームのキャラクターそこのけだ)
「ラーデンさんー、窓、閉めませんかー?」
うしろで小此木が情ない声をあげた。
「…寒いですー」
(マアイイ。情勢ハ判ッタ。変異者ノ集団ハ、分校ヲ襲ッタ。少ナクトモ、今夜ハ此処ニハ来ナイ……)
ラーデンは窓被いの板をそっと閉じた。
そのとき…いくままさに閉じようとする瞬間、ラーデンは窓の外に何かの気配を感じた。
(ナニッ!?)
ラーデンは再び板を持ち上げた!
………
…………
……
……………
日本人とはケタ違いに夜目の効くラーデンですら、外の闇に何かを見出すことはできない。
しかし彼のシックスセンスは、十数メートル向こうの林の中に、何かがじっとうずくまっていることを知らせてくれた。
バリバリと連続して遠い銃声は続く。
しかし心やすからぬその存在は、闇の中じっとそのままそのままに動かない。
「…ラーデン?」
気がつくと美川が傍らにやってきていた。
「……なにか気になることでもあったの?」
そう言うと美川は窓被いの板に手をかけ、大きく持ち上げた。
「……なにも見えないわよ……小此木くん、カメラ暗視モードに切り替えて渡してしてくれる?」
手渡されたカメラを美川が覗いたとき、外にいた「存在」は逃げるように立ち去ったあとだった。
379 :
「明戸村縁起」:2011/12/06(火) 23:06:23.98 ID:vbooTap5
校内東端で叫び散らしていたM16が沈黙するのと同時に、野太い絶叫が響いた。
「(校内E班は殺られたな。屋上班は……)トンプソン!校内W班と正面口班を二次防衛線に後……」
しかしサージが「後退」を命じるより先に、分校内西端でもガラスの割れる音と激しい銃撃が始まった!
同時にM4小脇にセンサー班ガーランドが叫ぶ!
「学校正面に反応多数!村からの感染者です!」
「かまわん!そっちは放っておけ!クレイモアが始末してくれる!」
サージが怒鳴ったそばから、分校校庭前面で立て続けに爆発が起こった。
一基あたり700個の鉄球の嵐が、前面から押し寄せる変異者を、一瞬にして挽肉に変える!
さらに校庭周囲には電気柵。
柵を突破されても、そこから先には例のオートグレネードが着陣している。
まともに考えれば突破は不可能だ。
(変異度の低い奴らはどうでもいい!問題は高レベル変異者だ!いったい何匹いるのか!?)
銃を手にサージが廊下に飛び出そうとすると、トンプソン、ガーランドも続いて席を立ちかけた。
そのとき!爆発するように部屋の窓ガラスが砕け飛び、緑色の何かが飛びこんで来た。
「うああっ!」
ガラスの雨に打たれ血まみれで倒れ込んだトンプソンの上に、緑のものが顔を伏せると、トンプソンの悲鳴がゴボゴボと泡立つ音に変った。
「バ、バケモノめ!」
ガーランドの抱えるM4が火を吹き、トンプソンと「緑のもの」、区別なく銃弾が撃ち抜いた!
「バカ!無駄弾撃たず、ちゃんと狙え!」
トンプソンは死んだ。死因は噛み裂かれた喉の傷か?それとも全身をハチの巣にした銃創かは判らない。
しかし、「緑のもの」は顔を上げ、邪魔したな!というようにガーランドを睨み返した!
「ししし、死ね!死ね!死ね!」
ガーランドは機械的にトリガーを引き続けるが、もう一発も弾は出ない!
ボルトは既に後退位置で停止している!
キシャー!
ヘビのような威嚇音を放って「緑のもの」はガーランドに飛びかかった!
ドムッ!
鈍い発砲音ともに「緑のもの」の頭部が爆ぜた。
「……バカめ!脳幹を狙えと命じただろうが!」
ザージの放った一発で、「緑のもの」は後頭部下方から緑の粘液をダダ漏れさせ動かなくなっていた。
僅かな照明のもと、明らかになったその顔は……。
末期梅毒患者のように鼻の軟骨部分が腐り落ち、同様に耳も後頭部と癒合したようになっている。
唇は千切れたか腐ったか、ともかく無くなっていて、露出した歯は並びがぐちゃぐちゃになって長大さと鋭さを競っていた。
そして指は長く太くなって、爪が平爪からネコのようなギ爪に変形しかかっている。
「(……変異度が大きい。こうなるともうミュータントだ……)校内西班らと合流するぞ!」
「はい!」
「それからトドメを忘れるな!」
「は、はいっ!」
サージが廊下に飛び出すとガーランドはトンプソンの躯に銃口を向けたが、自分の銃は弾切れになっているのを思い出した。
足元には死んだトンプソンの銃が、一発の弾も撃たないまま転がっている。
(こっちを使うか)
ガーランドは死者の装備に手を伸ばした。
「悪いが……使わせてもらうぜ」
銃のスリングに指がかかったそのとき、死者がガバッと跳ね起きると、ガーランドの腕に掴みかかった!
380 :
「明戸村縁起」:2011/12/06(火) 23:08:08.57 ID:vbooTap5
「ひゃあああああああああっ!うわっ!わあああああああああああああっ!」
(なにっ!?)
いま飛び出したばかりの部屋から悲鳴が上がった!
振向くより早くサージは部屋の出口に銃口を向け引き金を引いた!
巨大な自動拳銃がグローブのような手の中で踊り、部屋から飛び出してきた頚部をあらかた吹き飛ばす!
(…こいつはトンプソンか)
部屋に飛びこむと、ガーランドが血の海でもがいている。
「サ、サージ……助けて……くださ……」
「判った。口をあけろ」
……ドムッ!
サージは眉一つ動かさず、部下の開いた口の中に巨弾を撃ち込んだ。
(くそっ!これじゃ石棺のときと同じじゃねえか)
立て続けだったクレイモアの爆発音が止まって、いきなりカシャカシャという機械的作動音の目立つ発砲が始まった。
クレイモアのフィールドが突破され、オートグレネードが吠え始めたのだ。
しかし不思議なことに、変異者がよくあげる唸り声が聞えない。
(……高レベル変異者か!?)
Mk19を設置した校舎正面にサージは駆けた!
381 :
「明戸村縁起」:2011/12/06(火) 23:10:28.17 ID:vbooTap5
オートグレネードの発射と爆発音が……着弾と爆発音の変化が状況の切迫化を冷酷に伝え来る!
その間も、敵は唸りもせず、叫び声も上げないが……その代わり、歌うような……泣くような詠唱が微かに聞えてくる。
オートグレネードの発砲音にM4のそれが加わった直後、サージの行く手で悲鳴の輪唱が響いた。
輪唱に、あの奇妙な詠唱が唱和する。
なむなんみだぶう……なむなんみだぶー……なんみだぶー……
「なにっ!?」
壁にぶつかったようにサージは止まった。
校舎入り口の側から人影があらわれたのだ。
なむなんみだぶー……なむなんみだぶー……
詠唱は人影が唱えている。
人影は、つるつるのはげ頭で日本のブッディストが着る「袈裟」を纏っていた。
「なむなんみだぶー………殺してもろうとうて、首切ってもろうたのに………それでも………死ねんのじあ……」
それは、仙岩寺住職・良庵和尚の変わり果てた姿だった。
ラーデンや美川らと会ったころはまだ「人」の姿を留めていたが、いまはバケモノ以外の何物でもない。
殺してもらうため、ラーデンに頼んで切断してもらった首は、縺れ合い蠢き続けるい紐状のものが束になって体と接続されている。
「いまのおシトらぁも………わじうぉ………殺ジてはくれんかった………アンタはどうガのぉ」
和尚の首代わりを演じていた紐状のものが、突如鞭のようにのたうち始めた。
「……Ok!come on!!」
首の鞭がカメレオンの舌のように襲ってきた!
382 :
「明戸村縁起」:2011/12/06(火) 23:15:19.90 ID:vbooTap5
村から離れた多々良伍平の小屋で、ラーデンは外の音にじっと聞き耳をたてていた。
(オートグレネードノ爆発音ガ止ンダ。防衛線ハ完全ニ突破サレタ……)
そっと振返ると、小屋の奥ではまだ美川の質問が続いていた。
問いただす美川に対し、答える伍平は甚だしく歯切れが悪い。
「ぷらんとはんたあ?」
「てんぷらの一種じゃないわよ、伍平おじいちゃん。プラントハンターってのは、珍しい植物なんかを探してる人のことなの」
プラントハンター。
直訳すれば植物狩人。
主に18世紀から19世紀ごろの英国や西欧に、世界中歩いて珍しい植物を探し回る人々がいた。
それがプラントハンターである。
蘭ハンターのように美しい花々を探す者もいれば、薬効のある植物を探す者もあった。
開国期の日本にも多くのプラントハンターたちが訪れている……。
「…要するに、花やなんかを専門に探しとる人のことなんじゃな?」
美川が頷くと、五平ははじめて合点がいったという顔をした。
「祭川の鬼の屏風、おじいちゃん、もちろん覚えてるわよね?」
「あ……おお、もちろん……覚えとるぞ」
「村からあそこに行く途中、藁葺屋根のちっちゃな家があるけど、あの家が鍵だと思うの。おじいちゃん、何か心当たりない?」
美川の目の前に、荒れ散らかった家の中のまざまざ蘇った
雨戸が閉め切られて家の中は滅茶苦茶。
奥の寝間に散乱した布団の下には、緑の吐しゃ物があった……。
「あの家よ!絶対まちがいないの!あれが、ニセ米兵のボスが言ってたプラントハンターの…」
「でも美川さんー」
そのときビデオカメラの撮影済み映像をチェックしていた小此木が口を開いた。
「これ、あのときとった映像なんですー。今の話しで気になって調べてみたんですけどー」
小此木は美川にカメラを手渡した。
「…ね、資料とか標本とか、なんも無いんですよねー。研究してたってんなら、ほら、あるでしょー?普通―、そういうのがー」
「……そうね。たしかに何にもないわ……」
「あそこは寝るだけのトコなんじゃないですかー?標本とかなら、どっか別のとこなのかも」
あり得る話だった。
(明戸に来たとき村役場あたりから紹介されたのがあの藁葺屋根の家。
でも調査対象が定まってからは、もっとそこの近くに根城を移したのかも……)
そして……不意に美川は思い当たった!
「附子谷だわ!きっとそうよ!人がバケモノになる伝説は附子の村が舞台だったんだもの!もう一軒小屋があるとしたら、それは附子谷以外にはありえないわ!」
「そうです!きっとそうですよー!」
窓辺で美川と小此木のやりとりを耳にしていたラーデンも、そのとおりだというように頷き返す。
「附子谷よ!附子谷に行かなくっちゃならないんだわ!でもどの辺りに……」
プラントハンターがいわば「前線基地」を置きそうな場所に考えをめぐらせながら、何気なく美川は視線をあたりを見回した。
そのとき……
(……ん?)
伍平がとまどうように視線を逸らしたのを、美川は見逃さなかった。
(どうしたっていうの?……伍平じいちゃん、まさか……)
383 :
「明戸村縁起」:2011/12/10(土) 23:37:29.63 ID:7a+HEM3o
(…来たっ!)
咄嗟の回避直後、ヒュンッと風切り音がして背後の板壁に穴が開いた!
切断された頭部と体を繋ぐ無数の紐がカメレオンの舌のように伸び、手槍のように突き刺さる!
(兵どもはこれで殺られたのか!)
首代わりの「紐」が次々唸る!
暗がりから来る触手の回避は、100%のカン頼みだ!
「なんまーだぶー」
ヒュンッ!ヒュンッ!
「…Shit!(くそっ!)」
右に左に回避するサージ、右に左に穴が開く!
(くそ!とっとと片付けねえとまずいぞ)
分校校舎のいたる箇所で銃声や悲鳴が上がるが、その割合は「銃声>悲鳴」から「銃声<悲鳴」へと傾いていた!
正面校庭の向こうからは複数の唸り声が近づいてくる!
このまま回避で粘っても、他のバケモノが集まってくれば多勢に無勢。
(……確実にアウトだぜ!)
「なまだだぶー」
「Shut up!(黙れっ!)」
バケモノ僧侶の首の紐がざわめいた瞬間、紐が伸びるより早くサージが引き金を引いた!
ドムッ!
銃口が撥ね、50口径12.7ミリの巨弾が唸りを上げる!
標的は、バケモノ僧侶の頭部だ!
しかし!?バケモノ僧侶は自分の頭部を両手で掴むと、天井近くまで放りあげた!
(な、なんだと!?)
50AEのハイパワー弾は虚しく空を切った!
バケモノ僧侶が再び頭部を両肩のあいだに置くと、頭部は牙を剥いて狂気じみた笑みを浮かべた。
「……なままんだぶぶー」
(…ならこれでどうだ!)
サージは
僧侶の笑みは哄笑となり、首代りの紐状のものが一斉にワサワサと蠢き始めいた。
(……こりゃやべえな)
そう思ったそばから、バケモノ僧侶の首回りがエリマキトカゲのように翻った!
同時にサージはバケモノ僧侶の足元に手榴弾を放ると左にダッシュ!
サージを追うように、ブスブスとクギの刺さるような音が機関銃のように追って来る!
384 :
「明戸村縁起」:2011/12/10(土) 23:39:12.00 ID:7a+HEM3o
バケモノ僧侶の攻撃を間一髪振り切って、サージは手近の教室に飛び込んだ。
そこは児童数減少でできた空き教室だった。
学童用の椅子も机も無く、教卓も無い。
部屋の片隅に外された教室ドアの片方が立て掛けてあるだけだ。
(……適当な広さだな。ここで、殺るか)
サージの腹が決まったとき、開いたドアのすぐ向こうに、ますます非人間的になった詠唱が聞えた!
「なんなんなんだだあぁぁぁぁ……」
バケモノ僧侶が戸口から入って来る!
左手の中指一本を天に向け突き立てると、サージはバケモノ僧侶の頭を右手の拳銃でポイントした。
すかさず頭部を両手で掴むバケモノ僧侶。
また頭部を外して弾丸を避けるつもりだ!
しかし……右手の拳銃はオトリにすぎない!
バケモノ僧侶の目が右手に集まった一瞬、サージは背中にまわした左手で手榴弾の安全ピンを抜いていた!
「……Present for you!」
ニヤリと笑って相手の足元ジャストに手榴弾を転がすと、サージは立て掛けられた教室ドアを盾にして身を伏せる!
「…な、なんまい……」
ドーーーーーン!
………
爆発!衝撃!それからシェルター代わりの扉の上に、何か重い物が次々ぶつかってきた!
シェルター代わりの扉を押し除けたサージの目に最初に入ったのは、天井に開いた穴から覗く夜空だった。
ハゲモノ僧侶の体は手足もバラバラなって教室の隅に散らばっている。
頭は黒焦げで、わけの判らない詠唱もしなくなっていた。
(首を切断されているのに、何故コイツは滅びなかったんだ?)
不審に思いサージがバケモノの体に近寄りかけたとき、すぐそばの廊下で、バケモノの唸り声がいくつも上がった!
もう一発の銃声も聞こえない。
この分校にいる生きた人間は、明らかにサージだけだった。
(……ここは撤退して、ファン・リーテンと合流するっきゃねえか)
都合よく壁に開いていた大穴に身を潜らせると、サージは呪われた村の闇へと姿を溶かし込んでしまった。
385 :
「明戸村縁起」:2011/12/11(日) 20:19:34.88 ID:F3icFxf7
サージの去った明戸分校にちらちらと白いものが舞い始めた。
獲物を求めてうろつく影は、人に似て、しかし人ではない。
中には米兵の軍装を纏った者もいるが、火器を持たず、ただ血走った眼を闇に走らせるばかり。
真っ暗な分校正面口で、そんな元ニセ米兵の感染者がヨロヨロ立ちあがった。
まだ変形していない歯から、緑の涎の最初の一滴を滴らせているのは、バケモノに転生してからまだ間が無い証しだ。
元ニセ米兵の新米バケモノは、朧に残った生前の記憶に導かれたか、サージの陣取っていた司令部に足を引き摺り進んでいった。
だが新米バケモノは、司令部に辿り着く前、爆発でメチャメチャに壊れた教室前に差し掛かったところで、足元に転がった「手首」に気がついた。
新米バケモノは「手首」を拾いあげると迷うことなく齧り付いた。
だが、齧り付いたところで新米バケモノは、それが「手首」だけどはないことに気がついた。
「手首」の切断面に、細長い紐のようなものが何本も繋がっている……。
「…?」
新米バケモノが不審の目で「紐」を辿りかけた時……教室の中からもう一方の手首が飛んできて新米バケモノの頭を引っ掴んだ!
「ん、んが?!」
ブリッツヘルムごと新米バケモノの頭は、卵のように握り潰された。
闇の教室で瓦礫の中から、あまりにも人間離れしたシルエットが立ちあがった。
「……なぁんぶぁぁだぁぁ……」
386 :
「明戸村縁起」:2011/12/13(火) 23:36:07.70 ID:YtIHvNHh
まだ暗いうちに多々良の小屋を出てから、はや3時間……。
美川ら三人に多々良伍平も交えた附子谷へと向かう山道には、薄っすらと白い雪に覆われていた。
「なんでこんなに早くから出るんですかー?寒いしー、まだ真っ暗…」
小此木のボヤキに、鉄拳をもって美川は答えた。
「附子にはこのくらいに出発したって、着くのは昼過ぎになっちゃうのよ!」
明戸村と附子の集落との間は、慣れた者でも3時間以上かかる。
余所者ならば、未明だちで昼ごろ着と考えておかねばならない。
「だから、例のプラントハンターが明戸と附子のあいだを毎日往復していたはずは無いの!村と附子のあいだのどこかに、足場を持ってたはずなのよ!
それにラーデンが言うには……」
『明戸分校ノ部隊ハ、未明マデニ、壊滅シタヨウダ』
『あの部隊が?でも昼は……クレンザー?電子ジャー??』
『…オートグレネードランチャー』
『そ、そうよ、そのなんたらランチャーであの大群をやっつけたんでしょ?』
『ヤツラハ初期変異者ダ。初期変異者ナラ、怖クハナイ。ダガ美川、覚エテイルカ?
森デ我々ヲ追ッテキタ、アノ見エナイ怪物ヲ』
『覚えてるわ。私たちのことを追っかけてきた怪物ね』
『変異ガ進メバ、ドンナ怪物ガ、出現スルカ、判ラナイ。ソンナ奴ガ、ドレクライ、イルト思ウ?』
それは美川にとって想像すら不可能な問題だった。
『アノ見エナイ怪物ハ、明ラカニ我々ヲ、シバラク、追ッテキテイタ。ソレナノニ、昨日ノ夜、襲ッテコナカッタノハ、キット分校ノ方ニ行ッタカラダト、思ウ』
美川は、見えない怪物と出会った森から多々良の家を直線で結ぶと、分校の近くを通ることを思い出した。
『判ったわ。あの怪物はきっとまだ私たちを追って来ているんだわ。分校はたまたまその進路上にあったから……』
『ソウイウコトダ、美川。ダカラ我々ハ、一刻モ早ク、此処ヲ出ナクテハナラナイ』
(あの怪物、姿は見えないけど、動くスピードはそんなに早くないみたい。だから私たちがチャッチャと行けば、追いつかれる心配は……)
だが、美川たちを追っているのは、「見えない怪物」だけではなかった。
殿を務めていたラーデンが囁いた。
「…皆、身ヲ隠セ!小此木、カメラヲ、貸シテクレ」
小此木から受け取ったカメラを、ラーデンは器用に操作した。
「………美川、見ロ」
387 :
「明戸村縁起」:2011/12/13(火) 23:38:02.04 ID:YtIHvNHh
渡されたカメラは既に最大望遠になっていた。
「見エルダロウ?ホラ、我々ガ15分ホド前ニ、通ッタバカリノ、峠カラノ、下リ道ダ」
言われた辺りにカメラを向けると……動くものがあるのに美川は気がついた。
(………あれは?)
峠の辺りに丸い物がチラチラ動いている。
それがだんだんとせり上がって……。
美川の口から思わず呻きが漏れた。
「……げっ!」
峠を越えて現れたのは……顔だった。
鼻や耳の軟骨が剥落し、唇が腐り落ちた口から緑の涎にまみれた牙を剥き出し、真っ赤な目を辺りに走らせながら、それは次々現れた。
「……判ルダロ、美川。我々ヲ、追ッテ来テイル」
「雪が降ったのもマズイわね。私たちの足跡追ってきたんだわ」
「アノ調子ダト、アト15分モスレバ、追イツカレルダロウ」
「……じゃ、どうすれば?」
「コチラニ有利ナ場所デ、私ガ迎エ撃ツ。オマエタチハ、先ニ行ケ」
「そんな!」
美川の見ている間にも、峠に現れたバケモノの頭数は二ケタに達していた。
変異の度合いも、きのう森で戦った2匹とはまるで違う。
「無茶よ!それじゃまるっきりの捨石じゃないの!」
「兵ニ、捨石ナドトイウ言葉ハ、無イ」
「でも…」
納得しない美川を、ラーデンは冷静さをもって制した。
「有利ナ場所デト、言ッタダロウ。別ニ、イマスグトイウワケデハ、ナイゾ。ソレニ……」
ラーデンは山道の右手に広がった森を指さした。
「アノ森ニ入レバ、足跡モ追イ難クナルダロウ。アトハ、ソレカラダ」
そして、青い顔の小此木、それから蝋のような顔色の伍平にも彼は言った。
「急グゾ!」
ラーデンの声に三人は一斉に森へと駆けだした。
388 :
「明戸村縁起」:2011/12/13(火) 23:39:03.05 ID:YtIHvNHh
「道を外れたのは正解だったですねー」
小此木の声に緊張の色は消えていた。
山道を外れ、森に進路をとってからおよそ30分。
追って来る変異者はいまのところゼロだった。
運のいいことに森の植生は原始のものでなく、かつて植林された杉が中心だった。
杉は常緑なので冬にも葉を落とさず、そのため地面にも足跡の残るほどの雪は積もっていなかった。
一方マイナスの点は、手入れが悪いせいで倒木が多く、30分歩いてもあまり先へは進めていないことだった。
つまり追っては、「姿が見えない」といっても「完全に振り切れた」というわけではない。
「木のせいで地面に雪が無いですからねー。足跡だって残らな……」
「小此木!黙れ…」
美川が言い終えるより早く、近くで「ガフッ…」という鳴き声のような吐息のような音がした!
4人の顔が一斉に同じ方に向く。
全員凍りついたように動かない。
そのまま目だけキョロキョロ動かす状態で5分は経った。
しかし音はそれきりで、落ち葉を踏みしだく音や、落ちた小枝を踏み折る音もしない。
「…………何も、いませんよー」
緊張の切れた小此木が呆けた声で言ったとき、何かが茂みの向こうから飛びだして倒木の上に踊り上がった!
「あ、あいつはっ!」
それは……旧関川ガソリンスタンドの裏庭で飼われていた犬だった。
首が異様に細いままなのでそれだけは判る。
しかし地面から肩までの高さが、1.5倍ほどになっている。
全身の毛は抜け落ち、裸になった皮膚は潰瘍のようなもので大小の斑に覆われている。
緑色の牙は、先史時代のサーベルタイガーのように長かった。
倒木の上でバケモノ犬は鼻づらを高く上げ、大きく鼻を鳴らした。
獲物の内心の恐怖を、嗅ぎ取ろうとするかのように……。
389 :
「明戸村縁起」:
バケモノ犬とラーデンが同時に跳んだ!
バケモノ犬の標的は伍平を跳び越してその向こうの小此木!
しかしラーデンの軍靴が、空中でバケモノ犬の顎をとらえた!
ガシッという硬質な音がして、両者ともにもんどりうって地面に落ちた。
横合いから仕掛けた分、立ち上がるのはラーデンの方がわずかに早い!
跳ね起きるバケモノ犬を前に、ラーデンが中腰の体勢から腰を捻った。
腰の回転に少し遅れて右足踵がスレッジハンマーのようにブンと唸りを上げる!
跳びだしかけたバケモノ犬が踏み止まった!
すると…単純な回転動作の途中から、ラーデンは上体を大きく仰け反らせた!
右足の描く回転面の角度が変わる!
水平回転から上下の回転へ!
バキッ!
軍靴の踵が杵のように叩きつけられ、バケモノ犬の頭部が地面にめり込んだ!
さらに叩きつけた脚をそのままにして相手の頭を押さえつけると、ラーデンはバケモノ犬の不釣り合いに細い首に左のトウキックをぶち込んだ!
一度!二度!三度めにメキッという音がした。
(次デ、フィニッシュ!)
だが、ラーデンの左足がそれまでより大きくバックスイングをとった瞬間、右足の下でバケモノ犬の頭がグルンと捩じられた!
「…Shit!」
軸足を攫われ、枯葉舞い上げ地面に転がるラーデン!
転がりながらも相手との距離をとって、隙の無い動きで素早く立ち上がった!
(頸ガ、折レタセイデ、固定ガ甘クナッタカ……デモ……)
頸が折れている以上、勝負はついているはず……ラーデンがそう考えたとき……。
枯葉の海の中、身を伏せていたバケモノ犬が突然立ち上がった!
「あ……あぅうー」
小此木が呻き声を漏らした。
四足を伸ばし立ち上がった反動で、細首で繋がれた頭部が振り子のようにプラプラ揺れている。
頸骨は完全に折れているようだ……が、頭部の重さで引き延ばされていた頸の皮下で、むくむくと奇妙な蠕動が始まった。
皮下でモグラか地虫が這いまわるような動きはあっという間に頸全体に広がって……。
すでにバケモノだった犬が、更なるバケモノへと変異を始めた!