皆さま投下乙です。後々ガッツリ読んで感想書かせて頂きます。
自分も投下します。題名は夏の思い出です
854 :
創る名無しに見る名無し:2012/07/07(土) 23:41:46.17 ID:uoofJVf1
出張で電車に揺られながら、私は外の景色へと目を向ける。見渡す限りの、真っ青な海。太陽光が反射しては、キラキラと光が踊っている。
こんな海を見つめながら、私は幼かった日の事をそれとなく思い出していた。そう、あれはまだ小学生だった頃。
私がまだ、人との付き合い方やら世の中への処世術やらを知らず、一人で悶々としていた頃の、話だ。
職業柄転勤が多い親の都合で、私は何度も小学校を転校しては、見知らぬ土地での生活に順応せざる負えなかった。
幼いながらもそれなりに親に対して理解を示していた為、文句だとか不満を言う気は起きなかった。
だが、友達とかが出来る前に学校を変わってしまう故に私には友達と呼べる存在が居なかった。遊ぶ時はいつも、一人ぼっちで。
確かアレは五回目の転校だったかな。潮の香りがくすぐったい、港町へと引っ越して来た時の事だ。
転校性が学校の人気者になる、みたいな描写が創作では良くあるがあれは嘘だ。子供達は自分達にとって珍しいモノに対して様子見する性質がある。
だからか、誰もが私に対して遠くから見ているだけで声を掛けてこようとしない。何か声を掛けてきても、短い挨拶だけだ。
やはりここでも、私は孤独なのだろうか。ま、仕方ないか。私は一人、自虐交じりの溜息を吐いた。
学校から帰ってきて、私は宿題とかする気が起きずに町を探索する事にした。
港町であるだけあり、全体的に魚屋さんが活気づいていた。というか、右も左も大体魚を売っていた。
特に見る物もなく、どうしようもない為海を見に行く。早大に寄せては反していく波のさざめきは、見ているだけで癒された。
「君、見ない顔だね」
ふと、後ろから声を掛けられて私は振り向いた。
肌を綺麗な小麦色に焼いて、長い黒髪をポニーテールに結いでいる……Tシャツに短パンという、ラフな姿の女の子がそこに立っていた。
声や外見が可愛い、いや、とてもかわいい女の子が、小さく首を傾げながら、私の事を覗きこんでいる。何て可愛らしい動作なのだろう。私は自己紹介しようとするが。
「あ、あの、その……」
駄目だ、どもって言葉が出てこない。こんなんだから友達が出来ないのだ。
どもるというかキョドっている私に、女の子は何かを感づいたのかにこっと笑うと、強引に腕を掴んでいった。
「おいで。町を案内してあげる」
そうして私はされるがまま、女の子に連れられて町を歩く事になった。
女の子はその外見そのままの活発な話し方で、色々な事を教えてくれた。この近くで良く取れる魚だとか、猫が良く集まって集会している場所だとか。
今考えると有益な情報なのかは些か疑問の残る事ばかりではあるが、それでも当時の私は熱心に、女の子の話を聞いていた。
初めての感覚だった。普段は人の話をじっくりと聞いていたいなんて思う事はあんまり無いのに。
私は、女の子の話をじっくりと聞きこんでいた。その横顔をずっと、眺めていたいと思っていた。
夕方になって、女の子は別れる間際に自分の名前をヒバリと僕に教えてくれた。ヒバリ、良い名前だ。
それから僕とヒバリは学校を終わってから度々会う様になっていた。
本当に他愛もない、海で水を掛け合ったり、猫の行方を追って路地裏を駆けたりと深い意味など無い遊びを私達は毎日行っていたと思う。
でもそれが良かった。例え他人から見て何の意味もない遊びだろうと、私にとってはヒバリと過ごせる。時間を共有できる。
それだけが意味を成しているのだから。ヒバリと居れる、その時間が私にとって最高の時間だった。
これが初恋だと気づける程、私はまだませては無かった。ただとにかく、ヒバリの事が好きだった事だけは覚えてる。
いつ頃だっただろうか、駄菓子屋で同じ味のカキ氷をシャクシャクと嗜んでいると、ヒバリは私に七夕祭りの事を教えてくれた。
各々で叶えたい願いを書いた短冊を持ってきて、大きな笹へとぶら下げるのだとか。
私達はそこで、それぞれ短冊に願いを書いて夜、その大きな笹の下で待ち合わせる事にした。そしてどんな願いを書いたかを見せあいっ子しようと。
私は勉強の事も放り投げて、その願いを考える事に頭のリソースをつぎ込む事にした。
願わくば、ヒバリと同じ願い事にしようと。前もって願いを聞くんじゃ駄目だ。「偶然」願いが重ならないといけない。
一体どんな願いをヒバリは考えるのか、考えて考えて、考え抜いた。そうして、七夕祭りの当日。
私は心を震わせながら、夜空を派手な花火が照らしている中、笹の前へと一心に走った。
約束の時間に遅れないように必死に、必死に走った。途中で転んでひざに軽い擦り傷が出来ても、構う事無く。
そんな私を、ヒバリは腕を大きく振って嬉しそうに笑いながら待っていた。
私も出来る限りの笑顔で、ヒバリへと駆け出した。
「待ってたよ、銀河」
「ごめん、ヒバリ。待たせちゃって」
「ううん、全然大丈夫」
ヒバリは色んな意味で名前負けしている私の名前を、しっかりと言ってくれる。
空を眩く照らす花火が美しい。そんな空の下で天高く茂っている笹の前で、私とヒバリは見つめ合う。
そうだ、短冊に書いた願いを言わなければ。そうして私は、持っている短冊を読み上げる為に掲げる。
ヒバリも持っている短冊を掲げる。そして小さく頷いて、一呼吸入れて、私達は同時に願いを、言った。
「ずっと一緒に、居られますように」
――――――――同じ、願いだ。私は思わず小躍りしそうになる。まさか本当に願いが重なるとは思いもしなかった。
ヒバリも驚いているのか、口をポカンと開けている。が、次第に頬が緩みだすと、とても嬉しそうに、笑った。
まるで、花火の音が私達を祝っている様だ。私は気恥ずかしさを感じながらも、ヒバリに対して秘めていた決意を、明かす。
小学生が必死に考えた、粗末ながらも心の籠った言葉を、言い放つ。
「あの……あのさ、ヒバリ。も、もし、ヒバリが良かったら」
「僕とこい、こいび、恋人になって下さい!」
言った。正直恋人という言葉の意味は良く分からない。分からないが、男の子が女の子を好きになった時に、言う言葉という事だけは分かっていた。
ヒバリは僕の言葉に、ポカンとしている。ポカンとしたまま、苦笑いを浮かべて、言った。
「恋人、恋人って、銀河」
「ボク、男の子だよ?」
あれから数十年の時が立った。あの日以降、私はヒバリとは疎遠になった。私自身が別れたかったわけではない。
親の都合でまた転校する事になったのだ。転校する日、ヒバリは私に会いに来てはくれなかった。
まぁそれはそうだろう。あの衝撃の告白の後、私は号泣しながらその場から全速力で逃げ出したのだから。
あの頃の私にはまだ、性癖を自ら開発できる程の寛容さも、女の子みたいな男の子を愛せる度胸も無かった。
しかし妙に勇気が付いたというか、男でも女でも隔てなく、会話できる様になっていた。
それから人気者とまではいかないが、転校先でもそこそこに友人を作れる様になった。色々な物が剥がれて角が取れたというか。
そういう意味では、私から人見知りの壁を取ってくれたヒバリには感謝している。
もし彼女、いや、彼に出会わなければ、私の人生にこうして、光が差してくる事は無かっただろうから。
ふと、誰かが前の席に座ってきた。程良く焼かれた小麦色の肌に、真っ白なワンピースが眩く生える。
ワンピースと同じく真っ白な帽子から、サラサラと伸びている黒髪が麗しい。一体どんな美人さんだろうか。
少しだけ助平心を隠しつつ、私は声を掛けてみる事にした。
「綺麗な海ですね」
私の声に、その人は俯いていた顔を上げて、答えた。
「えぇ。この海を見ていると、好きだった人を思い出します」
「好きだった人……ですか?」
「はい。凄いカッコいい名前の人で、銀河っていうんです」
「ヒ……バリ……?」
了
投下終わりました。無駄にポニーテール男子まで入れたら偉い事になっちゃいました
皆は無理矢理全部のお題を組みこもうとしちゃ駄目だよ!んじゃ!
くそっ!ポニテ男子のせいでアマズッペェ感じがドリフ状態になっちまってら!
ポニテ男子ちくしょう!
ポニテマッチョこの野郎!
マッチョは関係ないだろwww
860 :
◆luBen/Wqmc :2012/07/09(月) 21:21:34.40 ID:3XyqHZVt
こんにちは。恐ろしく短いものを置いていこうと思います。
咄嗟に書いたらここまで短くなるとは……
星の降る海を翔ける僕は、一筋のながれぼし。
無限に広がる暗黒の海、綺麗に広がる白い星々。
どこか遠くのいつか昔に聞いた深海の景色に似ている。
きっと、宇宙はどこにでもあって、太陽と月と地球もその数だけあるんだ。
試しに宙返りをしてみる。
もしかしたらそれにビックリした世界が丸ごとひっくり返ってしまうんじゃないかって。
……そんなこともなくてちょっとガッカリした。
世界って、なんでこんなに暗いんだろう。
世界中の光が負けてしまっている。
多分、全部集めてポニーテールみたいに一つに束ねても、白髪の様にその光の中には翳りがあるのだろう。
けど。そんなことでも無駄ではないのかもしれない。
人がみな美しく、気高く、誇りあることを分かち合えますように。
天の川へ、当たり前の、お願い。一年一度の逢瀬の前に。
読む読む言ってて中々読めてなかったでござる
皆投下乙です
>>839 何と言うカオス、なんという一発乗りw
何気に最初の描写が色々と危ういようなw
こんなノリなのに最後がブラックで意表を疲れた、うむブラック
>>843 七夕ネタらしくほっこりとした作品でした
はしゃいでる子供達の様子が目に浮かぶ様で和みますw
こういう七夕を過ごしてみたいな……
残り作品はまた後ほど
指を詰めて、そこで思い止まった。
果たして、エンコくらいでカタがつく話か?
無理だな。
俺は逃げることに決めた。
詰めた指を焼酎のコップに落として、冷蔵庫に叩き込む。
冷蔵庫のドアにメモ書き。
「落とし前、こいつでどうか御許しください」
そんなことを書く。
もう、わけがわからん。
俺はマンションを飛び出し、車に乗り込む。後部座席にはポニーテールの女性が一人。
親分の娘さんで、今は首についた指の形の痣が原因で息をしていない。
ようするに俺が殺しちゃったんだが。
あまり経験のあるヤツァいないだろうが、死んだ女を車に積んどくのはなんとも気味が悪い。
車を飛ばして海岸にいき、サックリと砂をほっかえす。
肉みたいにだらんとした女の死体を穴に放り込む。
あんなに揉みたかった乳が、挿したかった穴が、なんとも気味の悪い塊になっちまったもんだ。
人間は死んだら終わりだな。
そんなことを思いながら、女のパーツで一番魅力的だったポニーテールに、するりと指を通す。
良い手触りだった。
匂いを嗅ぐ。
良い匂いがした。
不覚にも、何かが反応した。ナニかが。
俺は辺りを見回す。
誰かが居るなんてはずがない。
埋める場所を探すために、川原で花火大会をやっていることを確認してして、海が一番閑散とした時間を選んだのだ。
俺は車にとって返し、刃物を探した。
あるじゃないか、さっき指を詰めたドスが。
砂浜に半分沈めた女を引きずり出し、その黒髪を、じゃぎり、ぞり、ぞりぞり。
馬の尾を手にして。
俺は、「これが欲しかった」のだと気がついた。
香港へ向かう飛行機のなか、俺はポケットから黒い糸の束を取りだし、ゆっくりと嗅ぐ。
指と日本での暮らし。
代価に得たのは良い匂いのする女の髪。
なぁんだ、安いものじゃないか。
親父がおふくろと別れたとき、おふくろはこんな髪形をしていたっけ。
おりゃ、マザコンだったのか。
「ふふふ」
俺は黒い糸の束に頬を寄せ、ひたすらに香りを嗅いだ。
今までの苦労が、拾うところのないクズみたいな人生が、全部一辺に報われた気がした。
日本では過ぎた七夕が、アジア圏では別の日取りで祝われるときく。
アジアの七夕に願おう。
沢山の黒髪に出会えますように、って。
終わり
>>863 何者だろうが、人の子かあ。
>>864 こんなところでお会いするとは。
おんにゃのことマシンの組み合わせは正義や!
866 :
創る名無しに見る名無し:2012/07/15(日) 22:09:58.02 ID:OsML1eRK
どしどし投下が来てるようで、必ず感想を書きますゆえ。書きますゆえ……
aaa
868 :
◆8wF3RAxbLo :2012/07/16(月) 23:04:32.67 ID:ckIAvX+b
今書いてますが、長くなってしまいそうです。
できるだけ短くします。
869 :
創る名無しに見る名無し:2012/07/17(火) 03:32:11.83 ID:t+ZYbrnt
あと4日しかないを
870 :
◆8wF3RAxbLo :2012/07/19(木) 23:58:35.95 ID:l3P+MqnZ
テーマは「海」でよろしくお願いします。
871 :
◆8wF3RAxbLo :2012/07/20(金) 00:00:09.43 ID:4SScLFUD
潜水倶楽部
第1章 入部
鈴木健は大学1年生。
住む部屋を決め、田舎の友人に別れを告げ、
憧れていたキャンパスライフを開始した。
サークルは何に入ろうかと考えたが、なかなか決まらない。
入学式の日、大学構内をうろうろしていると
いろいろなサークルの面々が大きな声を上げて
新入生を呼び込んだりビラ配りしたりしている。
サッカー、野球、テニス。
ありきたりなのには入りたくない。鈴木健はそう思っていた。
だから、そこの君、と呼び止められても立ち止まらなかったし
目の前に出されたビラも基本的に受け取ろうとしなかった。
一つのサークルが目に留まった。
数人のサークルメンバーが大きな看板を高くかざして、声を上げていた。
「潜水…倶楽部?」
看板には潜水倶楽部と大きな字で書かれていた。
白地に水色の字だった。
字の色は水をイメージしたのだろうが少し読みにくい。
最初は、広告を作るセンスがない奴らだと思ったが、その読み取りにくさゆえ
新入生はじっくりとその看板を見てしまうので、そういう意味では
彼らはよく考えてあの看板を作ったのかもしれなかった。
大学構内の自販機で買ったウーロン茶を飲みながら
そのサークルの動向をベンチに座って遠目に見ていた。
最初は、その名前から水泳同好会とかそういう類いのサークルだと
直感したが、彼らの体つきを見るとそうでもないようだった。
むしろ彼らは文科系サークルのように見えた。
一体何をするのか。水に潜るというからにはそれなりに体力がいりそうなものだが。
「さっきからずっと見てる」
一人の女性が鈴木健の隣に座り、突然声をかけてきた。
「あ、あのサークルが気になって…」
鈴木健は動揺した。
高校時代ろくに女子と話をしたことがなかった。
それが突然華やかに着飾った素敵な女子大生に至近距離で
話しかけられたものだから思わず声が裏返りそうになった。
「新入生?あのサークル気になるの?」
「うん。何のサークルなのかなって…」
「あたしあのサークルのメンバーなんだよ。来なよ。みんな良い人たちだから」
手を引かれ、鈴木健は立ち上がり、看板を掲げるメンバーの方へ近付いていく。
女性は振り返って言った。辺りではサークルの新メンバー獲得のための騒がしいやりとりが
続く中、彼女の声はその音質に何の欠損も持たず、ほとんど直接鈴木の耳に入ってきた。
「あたしは林由美っていうんだ。3年生だよ。よろしく」
「俺は鈴木健って言います。よ…よろしくお願いします」
「あははははっ。やだなあ、鈴木君カタいよ。気楽に気楽に。そんなゆるいサークルだから」
サークルのリーダーにあいさつをして、鈴木健はその日からサークルの一員となった。
872 :
◆8wF3RAxbLo :2012/07/20(金) 00:01:17.46 ID:4SScLFUD
第2章 新歓コンパ
朝早く1通のメールが入っていた。
その日は、時間割の組み方等についてオリエンテーションが行われる日だった。
朝ご飯は何も用意していなかった。
適当にリンゴ2、3個かじってアパートの部屋を出た。
メールの内容は次のようなものだった。
「キャンパス近くの居酒屋○○屋で新歓コンパやります。
ぜひ来てください」
潜水倶楽部の副部長からだった。
まだサークルの活動内容は具体的に知らされていなかった。
鈴木が知っていたのは「楽しい」とか「ゆるい」とか
活動についてのメンバー個人の抽象的な感想だけだった。
実体のないサークルかもしれないと思った。
名前ばかりのサークルで、学校からの援助金
(そういった制度があるのか鈴木はよく知らなかったが)をもらい、
仲の良い者だけで適当に飲食を楽しむだけの幽霊サークルかもしれないと考えた。
あるいは、怪しいマインドコントロール系のサークルかもしれないと思った。
何らかの形でサークルのメンバーを洗脳し、高価な壺とか買わせるのだ。
世間の事情をよく知らない男子学生を美しい女性が勧誘するなどして…。
新歓コンパで十分に見極める必要があると鈴木は考えた。
教授の退屈な説明が終わり、学内をうろうろしていると、声がかかった。
「鈴木君!」
見ると潜水倶楽部の部長と副部長だった。
どちらも残念ながら美女ではない。というか女性ではない。残念ながら。
部長はやせている。眼鏡をかけていてやせている。
副部長も眼鏡をかけている。そして少し太っている。
「何か予定あんの?」
部長が聞いてきた。
「いえ…特にないです」
「ボウリング行こうぜ」
副部長が提案した。
「ええ、でも僕…」
鈴木は少し表情を曇らせて応じた。
「何?やったことないって?」
副部長が聞いた。
「いえ、ガーターが多いのでちょっと」
鈴木が言うと、
「ガーター、ガーター心配ガーター!」
突然、大声で部長が言った。
通りすがりの学生数人が目を見開いて振り返った。辺りは静かになった。
鈴木は彼が何を意味してそのような発言をしたのか理解できなかったが
副部長は笑い転げんばかりに受けていた。
「あー何してんの?3人とも!」
後ろから心地よい声がして、鈴木が振り返ると
そこにはやはり林由美がいた。
彼女はその日も美しかった。そして素敵な匂いがした。
「ボウリング行こうと思ってたんだよ」
「あたしも行く!」
「オッケーじゃあ3人で行こうぜ」
「あれ?鈴木君は行かないの?」
「いや、行くよ」
「ふざけんなよてめー!」
「まあいいじゃんいいじゃん。多い方が楽しめるって」
そんなやりとりを経て4人はボウリング場へ行った。
実力は均衡していた。誰が上手いということもなく、
100〜120のスコアで4人は激戦を繰り広げた。
1ゲーム、2ゲーム、3ゲーム、4ゲーム…
あっと言う間に消化した。いや、あっと言う間に感じたのだ。
873 :
◆8wF3RAxbLo :2012/07/20(金) 00:03:39.96 ID:4SScLFUD
「ストライクだ!」
鈴木が興奮状態で林由美との何度目かの
ハイタッチをしようとしたときだった。
「あ、やべーわ、新歓コンパの時間過ぎてたわ」
部長が言った。
「マジで?今何時?」
副部長が聞いた。
「8時だ」
部長が腕時計を見て言った。
「何時からの予定でしたっけ?」
鈴木が聞いた。
「6時だな」
副部長が携帯電話を見ながら言った。そして、
「あ、やっべー、着信めっちゃきてる。メールも全部シカトしてたわ」
「延期ってことでいいんじゃない?他の部員とか新入生にはメール一本流しときなよ」
林由美が言った。
「そうだな」
副部長はかちかちと携帯電話を操作してメールを送信し終えると
一件落着と言わんばかりにパチンと大きな音を立てて携帯電話を折り畳んだ。
「いいんですか?こんなんで」
「いいんだよ」
部長と副部長が同時に言った。
「うちはゆるいサークルだから」
林由美はあきらめの極地のような笑みを浮かべて言った。
いいのだろうかこんなので。鈴木は思った。
「せっかくだし、飲みにいこうよ。新歓コンパの代わりってやつ?
みんな財布にはそれなりにゲンナマ入れて来たんでしょ?」
林が提案した。
「まあな。行くか、じゃあ」
部長が言った。
4人で近くの居酒屋で酒を飲んだ。
鈴木にとっては、生まれて初めての酒だった。
自分が酒をどれほど飲めるのかも分からない状態で飲んだ酒。
ビールは苦かったし焼酎はめまいがするほどきつかった。
でも楽しかった。こんなに楽しい日は今まで人生で数回しか
味わったことがないようだった。
874 :
◆8wF3RAxbLo :2012/07/20(金) 00:04:57.36 ID:4SScLFUD
第3章 活動案内
新歓コンパは延期ではなく中止になった。
ボウリングの帰りに酒を飲んでいたとき副部長が言い出した。
もうこれを新歓コンパにしてしまおう、と。
うん、うん、と部長と林由美が同調している合間に
彼は部員全員に新歓コンパの中止を告知するメールを送ってしまっていた。
翌日、目が覚めると鈴木健は自室のベッドで寝ていた。
何がどうなって、この状態に行き着いたのか
はっきりと覚えていない。だが、帰れたのでよしとした。
何となく携帯電話を見ると、副部長からメールが入っていた。
「今年度、第1回目の活動をします。参加する人はメールください」
とのことだった。どんな活動をするかも分からないのに
メールくださいも何もないだろうと思ったが、
参加すると返信した。とりあえず行ってみる
そんなチャレンジ精神を今ここで持つことができず
この先どうするんだという気持ちが彼を追い立てた。
1分も待たずにメールが返って来た。
受信したメールを開封する前に着信があった。
林由美からだった。昨日の夜連絡先を交換していたことを
おぼろげながら思い出した。胸の奥から幸福感が湧いてきた。
「はい、鈴木です」
「おはよー、昨日は結構飲んでたね。大丈夫?」
「はい…まあ、少し気持ち悪いかな」
「ところで、参加するんだ。活動に」
「はい。どんなことするのかなって思って、気になって」
鈴木は思いどおりに話せない自分がもどかしかった。
「わかった、あたしも行くよ」
「…で、何するんですかね?それだけ気になって」
「行ってからのお楽しみってやつだから」
「行ってから…いつ、どこへ行けばいいんだろう?」
「メール届いてたでしょ。それ見てみて」
「ああ、はい、そうなんですね」
電話は切れた。もう少し雑談でもして楽しみたいと思ったが
活動するときどうせまた会えると思い、考えないことにした。
メールの中身を確認した。
次の日曜日の朝早くに学校からそれほど遠くない場所にある
港に来いということだった。
875 :
◆8wF3RAxbLo :2012/07/20(金) 00:05:35.24 ID:4SScLFUD
第4章 潜水活動
約束の時間、約束の場所に鈴木はいた。
海をぼんやりと眺めていた。
風の音が心地よかった。
「鈴木君、こっち」
20メートルほど離れた場所に林がいた。
付いていくと、長身でひげ面の男が立っていた。
今まで見たことのない部員だった。
「こちら、スペシャル顧問の池田さん」
「どうも…」
ゆっくりと、少し頭を下げて鈴木に挨拶した。
「よろしくお願いします」
この池田という男はどんな人物なのか。危険なのか穏やかなのか
それとも双方の性質を併せ持っているのか。外見からでは
分からなかった。
「さあ乗って」
案内されたのは巨大な潜水艇だった。
「これに…乗るんですか?」
「そうそう、これでね、潜るの。それが私たちの活動」
「部長も副部長もいないですね」
「あの人たちは来ないよ。潜るの好きじゃないみたい」
「潜水倶楽部なのに潜水が嫌い…」
「変でしょう。でもそれが許されちゃうのがこの部のいいところかもね」
「ますます分からなくなりましたよ。この部のことが」
「私も分からない。なんで君がこの部に入ったのかもよく分からない」
「考え出すと、分からないことだらけだ」
「そうだよね、あははは」
「いいから早く乗ってくれないか」
池田が言った。いきなりの怒り口調に驚いて
林も鈴木も口をつぐんでしまった。
「エンジン…かけるよ」
池田が言うと、潜水艇は動き出した。
沖へ沖へと向かっていく。小声で林が鈴木に話し始めた。
「池田さんいい人だから。悪い人ではないんだ。
だから休日のこんな時間に潜水艇に乗せてくれる訳だし」
「今日は林さんと僕だけなのかな。参加者は」
「そうだよ。参加者ゼロのときもある」
「そういうときは活動中止?」
「うん。でもね、池田さんは潜る」
「一人でこの潜水艇に乗るんだね」
「そう」
「潜って何するんだろう?」
「何もしないよ。潜るだけ」
「退屈じゃない?」
「楽しめるかどうかは自分次第」
876 :
◆8wF3RAxbLo :2012/07/20(金) 00:06:06.99 ID:4SScLFUD
「そろそろ潜るから」
池田がぼそりと言うと潜水艇は潜りだした。
深い海の底へ。沈んでいく感覚が確かにあった。
息が詰まる。日常の地上から離れていく。
常識が非常識に、現実が虚構になってしまうような気さえした。
「大丈夫?」
「う…うん」
林が心配して声を掛けた。
潜水艇は海底にたどりついた。
水深何メートルなのだろう。鈴木には想像する余裕もない。
生身では到底来ることができない場所にいるというのは確かだった。
「ほらほら、見てよ」
林が小窓を覗いて言った。
不思議な風景が広がっていた。
もう戻ることができないほど遠い場所へ来たような気がしたが、
潜水艇のライトが照らす先に広がる風景は
案外身近に感じられるものだった。
まるでどこかの砂漠のようだった。
「池田さんってね、大学10年生なんだよ」
林のその一言を発端に海底でくだらない冗談の応酬が始まった。
「いやいや、試験なんてあってないようなもんだったから!」
池田は話に一度火がつくと止まらなくなる性格のようだった。
このような深海で自分は何をやっているのだろうと
一瞬冷静に考えかけたが、そのときを楽しむことにした。
「あ、ほら、見て」
小窓を指差して林が言った。
「何?」
「またいるよ」
「いる?何が?」
「あれ」
鈴木は林が指差す方を見た。
そこには明らかに人工的な構造をもつ物体があった。潜水艇だった。
「あかん!見たらあかん!」
突然、大声で池田が言った。
「何か別の潜水艇があるんですよ、何なんですかあれ…」
「見たらあかん!」
池田は玉のような汗を額にいくつも浮かべて声を張り上げた。
林は何も言わず不満そうな顔で潜水艇の床をただじっと見ていた。
「今日はこれで終わりだ。胸くそ悪い…」
ぼそりと池田は言って、潜水艇を浮上させた。
浮上してからも、池田と林はずっと不機嫌で、
どうすればいいのか鈴木は分からないまま、
その日は別れの挨拶をすることもなく現地解散となった。
ん?終わり?
続きが…
皆さん、今月もありがとうございました!
878 :
創る名無しに見る名無し:2012/07/21(土) 13:48:14.56 ID:mX7dy/J0
879 :
創る名無しに見る名無し:2012/07/22(日) 23:08:46.34 ID:IkVbefgf
みなさんおつかれさでした
880 :
創る名無しに見る名無し:2012/07/25(水) 05:43:10.63 ID:DKc+eI0A
そろそろお題でも決めましょうか。
「真夏」
「怪談」
「夏休み」
「8月」
881 :
創る名無しに見る名無し:2012/07/26(木) 23:24:48.10 ID:o+6Vl2xw
大会スレからの退会
882 :
創る名無しに見る名無し:2012/07/29(日) 09:01:55.40 ID:ixX0ZeH6
>>861 『世界って、なんでこんなに暗いんだろう。 世界中の光が負けてしまっている』って、セリフがなんかずきりと刺さる。
もうみんな飽きた?大体いつも夏ぐらいになると閑散とすんだよな。
ソウハツミンは意外と夏充。
884 :
創る名無しに見る名無し:2012/07/31(火) 22:09:19.06 ID:w/a14pWI
飽きるなんてとんでもない。
お題カモン!作品カモン!
885 :
創る名無しに見る名無し:2012/07/31(火) 22:48:21.96 ID:5LpPLRch
お題上に出てね?
886 :
創る名無しに見る名無し:2012/08/01(水) 10:11:18.87 ID:g6yaT3gM
いま書いてるとちゅー
夏だったらしい。
向日葵が弁慶みたい立ち尽くして果て、朝顔が絡んだ縄みたいに乾燥する、夏だったらしい。
木々が送電線みたいに叫んで、でもそれは樹の声じゃなくてセミの恋歌で、夏だったらしい。
夏が、確かに存在したらしい。
雪が降っている。
ガスマスクと一体型の防護服を着こんだ人が、積もった雪に線量計をかざす。
針が振れて線量を示す。
人体に影響を及ぼす線量か?誰も知らない。浴びたことの無い人は、もはやほとんどいないのだから。
「夏は、暑かったんだよ」
おじいさんは、孫に夏の思い出を語った。
癌に侵されたおじいさんは、腹水が溜まってはち切れそうな腹を揺らして、しんどそうに夏を語った。
「暑くて暑くて、本当に嫌いな季節だったな」
夏を嫌うおじいさんは、そう長くない内に亡くなった。
夏を語るものが、その家から消えた。
夏を語り死んだおじいさんの孫は、夏を見たことがなかった。
夏なんて、もう無いんだから、どうでもいいや。
そうやって忘れていた。忘れることにしていた。
ある日、夏を忘れた少年が、夏を忘れた高校生になったころ、夏を飼っている女の子に出会った。
生徒の被爆を減らすため、全地下施設になった学校でのことだ。
「きみ、夏を飼ってるの」
「ええ」
「へぇ…」
「興味がおありかな」
「うん、あるね」
夏を飼う少女は、親が研究者だとかで、自宅に夏を飼う施設を設けているのだった。
季節を飼う?どういうことだろう。
全人類が住む地下世界に縦横無尽に敷設されているリニア幹線に乗り、少年は夏を飼う少女に導かれ、彼女の家へ行き夏への扉を開けた。
扉のむこうには、夏が広がっていた。
咲き誇る向日葵が、蔓をまく朝顔が、喚きたてる蝉が、酸っぱいような枯れたような、夏の土のにおいが、部屋中に溢れていた。
温室に大量の暖房設備を導入し、冬に閉ざされた世界に、夏を飼っているのだという。
「わたし、線量義士を目指してるの」
「へぇ…僕のじいちゃんも線量義士だったよ。地域観測官」
「知ってたわ。だから家まで呼んだのだもの」
彼女は線量義士になり、赤道上に残っていると言われている、本物の夏を見に行きたいのだという。
「でも、女性は義士になれないはずだろ」
「いいわよ、わたしは気にしない。子宮を切り取って胸でも削げば女性だなんて誰も思わないわ」
「はは、すごいなキミ。僕も義士を目指してるけど、胸を生やして性器切り取れって言われたら考える」
「覚悟が足りないんじゃない。あなたはどうして義士になりたいの」
「僕は…じいちゃんみたいに、なりたいかな。仕事して、仕事しながら、前のめりに死にたい」
夏を飼う少女は、少年を、ジッと見た。
「覚悟のある目じゃないわ、夢を見てる目。考え直したほうがいいわね。さぁ、もう両親が帰ってくるわ、今度は夏の話、聞かせてね」
少年は家路についた。
暖かく調整されている地下住居施設までの道が、やけに寒く感じた。
地表には今も、寒々とした雪が降っているはずだ。
夏は、もはや、彼女の家くらいにしか、もしくは赤道上くらいにしか、残っていない。
宇宙軌道配置型原子炉建造計画、プロメテウス計画。
一度は頓挫したその計画が、とある地震災害を機に再始動し、人々は二つ目の太陽を産み、空に浮かべた。
太陽は上手く機能した。
様々な人が新たな太陽を欲した。
太陽は、みっつにもよっつにも増えた。
ある日、太陽になるはずだったひとつが、花火になった。
花火になった太陽の欠片が、別の太陽まで花火に変えた。
地球上から、安全な屋外が消え去った。
大気から降り注ぐ放射性物質を沈澱させるために、科学者達は地球のあらゆる活火山を噴火させた。
雨を降らすため雪を降らすため毒を洗うため。
人工的に氷河期を呼び、核物質を大気から除く試みだった。
季節が、地球から消え去った。
八月の日本国内は第二冬期にあたり、比較的暖かく気温は零下五度もあった。
第二旧暦では春夏秋冬の夏という時期で、『夏滴る』と呼ばれるほど温暖で湿潤だったそうだ。
暦が冬々々々に変わって早六十年。夏を知る人は年々減っていっていた。
「夏はどんなものなの」
暑かったよ。プロメテウスが翔ぶ前なんか、温暖化って呼ばれて、都会では40度近い気温がザラだったさ。
少年はなんとなく、祖父との会話を思い出した。
おわり
人は神になれない。それでも、生きろ
乙です。
891 :
夏休みに24時間どころでは済まない募金活動をする話:2012/08/12(日) 19:15:38.02 ID:tQ/lCK0e
想い人に声を掛けられた。
夏季補習の閑散とした教室に残っていた、ただそれだけの時間が、想い人と僕のランデブーポイントとなった。
「きみ、なんで補習うけてんの。頭良いんでしょ」
「ん、いや、これはその、ヒマだから」
黒髪をポニーテールにまとめた少女が、午後の日を浴びながら僕に話し掛ける。
「ヒマなんだ。ヒマで学校来てんだ」
「うん、そう」
「実は私も、補習受けなくても良い点、採れてんだ。でも、出席がたりねーんだ」
知ってる、いつも貴女が来ないかな、って学校来てんだもん。
なんて言えるわけもなく、黙って聞く。
「学校で先生の話しきいてじっと座ってっと、良いのかなって思っちゃうんだ。
将来ってずっと遠くにある気がしてさ、そこまで歩いていくにしろ走っていくにしろ、座ってるだけで辿り着ける場所ではないんじゃねーかって。
で、座っててもやってくる未来なんて、誰かが散々コース取りし終わったあとに残った、あまりもんなんじゃねーかなって思っちゃうんだ」
「……座って勉強するのも、コース取りの努力のひとつじゃないのかな」
「そのコースの先に何がある?学者?先生?コームイン?インテリ奥様?おもしろくなさそう。この後予定ある?」
「別にないけど。ヒマだし」
「じゃあ募金活動しない?いや、しろ。大切な夏をヒマだなんて言って浪費する奴に募金活動を拒む権利はない」
「な、なんだよ募金て。箱もってタチンボなんてヤダよ」
「いや、募金してもらう」
「い、いくら?」
「残りの夏。全部」
「……は?」
僕は二日後、発展途上国に到着していた。
「青年海外協力隊って知ってるだろ?きみは欠員補充枠に見事滑り込んだわけ!わーぱちぱちぱち!はいじゃあスコップ持って!」
「な、なにをすれば良いの?」
彼女は黒々と渇いた発展途上国の大地をニッコリ微笑んで指さした。
「ディギンインザストリート。これから皆さんには井戸を堀ってもらいます」
「い、井戸堀だって?」
「そ。机に向かって百年前に完成した知識なんか掘り返してるより、よっぽど大切なこと」
夏休みの後半二週間をまるごと『募金』して僕の人生は大きくレールを外れてしまった。
休み明けのテストは散々だったのに英語だけは必要に駈られて利用しただけあって高得点で理系か文系か迷っていた進学先が文系に決定した。
「やぁ、今度は冬休みにやろう。『募金』」
「…僕はあなたの行動が受験生のものとはどうしても信じられない。僕は推薦もらったけど、あなたは入試間近なんだが」
「いーのいーの。落ちないし。きみに合わせて選んだ大学だし」
募金はいいものだ。黒髪の彼女が出来た。
終わり
892 :
偏差値40の夏休み:2012/08/14(火) 00:29:12.12 ID:AV8527Ud
男子高校生が夏休みの校舎で漫画を読んでいる。
銀の匙。
荒川弘の描く農業高校漫画だ。
高校生は読み終わった漫画を、ポーンと投げ出す。
教室の後ろに設置された背の低いロッカー上に、ばさり。
高校生は、ぐいっと薄緑色の"作業服"の袖を捲る。上下とも作業服だ。
もう一人、上着だけ作業服の高校生に話しかける
。
「なぁ、俺らにもそろそろブームきても良くね」
「ミリだしょ。地味やもん、俺らのやっとること」
「はぁー?お前のは地味やけど、俺の割りとデカイ機械使うんやぞ。アスコーマーチみたいなのをもっと機械科にクローズアップしてやな」
「ダッラおめー、わかってねぇな!ガスクロの機械超デケェんやぞ?見てこいや化学科の機器分析室」
そう、彼らは工業高校生。
学ラン放り、作業服を身に纏う技術者の、職人の卵達。
「ガスクロなんか使わんやろお前らの競技。尿漏れみたいなガラス管こちょこちょやっとるだけやがい」
「っさい。あいつにはビュレットっていう名前があんがや」
「その点、俺のは旋盤つこがい?多少は派手で、見た目にも楽しいはずなんにな。誰か漫画化してくれんかな。デザイン科に頼むか」
「無理やって。あいつらもデッサン課題出とるし。D科のツレ必死こいとったもん」
「あのブッサイクな娘か」
「お前今酷いこと言ったぞ。後で薬品庫来い。焼き入れるわ、硝酸銅で真っ黒にする」
「上等や、機械室来い。アーク溶接すっぞ」
「まてっ!火力が強すぎるやろ!硝酸銅ではアークに敵うはずないがい!」
「どうでもいいけどそろそろマジで実習室行かんけ。桜井先生キレるとやばいやろ」
「あー、そうやな。行くか」
工業高校は馬鹿でクズの集まりで熱意の欠片も無いところだと思われている。
実際そんな面もあるが、熱い面も、少なからずあったりする。
「技能五輪、本番近いな。頑張れよ薬物中毒」
「薬品やダラ。お前もしっかりやれや、鉄屑まみれ」
「私立工(しりこう)にだけは負けんぞ」
「そうやな。県工(けんこう)魂見せてもろわんなんな」
拳骨合わせて、二人はそれぞれの実習室へ向かう。
工業の夏は(意外にも)熱い。
終わり
893 :
わんこ ◆TC02kfS2Q2 :2012/08/17(金) 00:09:25.70 ID:TUKd9A3k
びたーな「真夏」のお話、投下します。
894 :
早紀姐さん。 ◆TC02kfS2Q2 :2012/08/17(金) 00:09:56.13 ID:TUKd9A3k
いつもの人が来た。亨のバイト先の居酒屋には毎週同じ時間決まっていつもの人が来る。
若いスーツ姿の男女を三、四人引き連れていつもの決まった席で、ささやかな飲み会を仕切る若い女性。竹を割ったような明るさに、
誰もみな慕ってついて来たんだろう。まだ大学生である亨にも、何となく社会の仕組みが見えてきたような、そんな一団だった。
亨がつき出しを席に運ぶと、否や「生三、烏龍茶一。串盛り四人前、シーザーサラダでよろしく!」とメニューを片付けながら
彼女は注文をしてきた。若い男子がおてふきを破りながら「早紀姐さん、毎度ながら仕事早いっすね」と笑っていた。
この夏を消費する思いで亨はオーダーを持ち帰りながら、背後から聞こえる早紀姐さんの声に一人励まされているつもりだった。
早紀姐さんはみんなの輪の中心だった。愛嬌のある笑顔に下品に成りすぎない突っ込み、そして思わず会話に加わりたくなるような
ネタ振り。早紀姐さんの周りにはいつも人が集まっているように見える。店員の立場ながら亨は早紀姐さんのことを気にしていた。
早紀姐さんの席の生ビールは亨の後輩である美里が運んだ。亨より年上でどこか冷めたところのある後輩だ。なので厨房奥では
あまり美里の周りには人が集まらない。ただ確実に仕事をこなすので、店員の誰もがつかず離れずの距離を置いていた。
重いジョッキを運んだ後なので手が痺れたと厨房奥に隠れて一休みしながら美里は亨にぼやいた。
「あの人、結婚出来ないよね。多分」
暖簾の隙間から美里は冷めた目で一団を覗いていた。
亨はまるで自分自身のことを突付かれたかのような反射で美里に食いかかった。
「……あんま、そういうことは」
「やっかみと思うなら、それで結構よ。わたしはそんな女だから」
美里は痺れた手の平を親指で抑えてマッサージしながら亨に話を続ける。合間合間に幸せ逃げるため息。
「『仕事が出来て結婚出来ない』か『仕事が出来なくて結婚出来る』の二択。両方なんかとれっこないね」
亨よりたくさんの人間を見てきただけあって、夢見る男子には美里の言葉が重い。
早紀姐さんがオフィスで颯爽と歩くと、誰もみなキーボードを叩く手を止める。
早紀姐さんがデスクに座ると、誰もみな気を引き締める。
早紀姐さんが会議を仕切ると、誰もみな活気づく。
そして、就業時間が過ぎると誰もみな早紀姐さんについて行く。
一団の中にはおろしたてのスーツに身を包んだ亨の姿。
亨の自分勝手な幻想ははた迷惑な妄想に成り下がった。
「ほら、とーる先輩。お客さんが手を挙げて呼んでますよ」
自分がスーツではなくTシャツにエプロン付けたバンダナ姿だったことで亨は我に返った。
乾杯を上げる声が店内を賑やかす。チンと鳴るジョッキがまるで縁側の風鈴に嫉妬して張り切っているようにも聞こえる。
ささやかな暑気払いと意気込んだ、ビールジョッキ片手の早紀姐さんは真夏を跳ね飛ばす。そして彼女の遠慮ない呑みっぷりに
亨は自分の仕事を忘れかけて、背中を美里に突付かれた。
895 :
早紀姐さん。 ◆TC02kfS2Q2 :2012/08/17(金) 00:10:26.96 ID:TUKd9A3k
オーダーを受けに行くと早紀姐さんの席は綺麗に皿が重なり片付いていた。
「片付け上手は仕事上手」。以前に聞いた美里の言葉がふと亨の手を止めた。
夏の盛りも衰えないある日、早紀姐さんは若い男女を引き連れて亨の店にやって来た。ただ、引き連れてと言うよりも若い男女に
連れられてと言うべきか。それでも早紀姐さんはいつものようにあっけらかんとして、てきぱきと宴を仕切っていたが、ずっと彼女を
一人の客として見続けている亨が感じるには、随分とやけっぱちな振る舞いに見えて仕方がなかった。
「すいません!とりあえず生三、烏龍茶一。串盛り四人前シーザーサラダでよろしく!」
オーダーを間違えないようにメモを取っていると、亨の耳の扉に早紀姐さんの声がノックする。
気が散らないように閉じたはずなのに、かえってノックの音が邪魔をする。
早紀姐さんはふっと糸が切れたように愚痴愚痴愚痴とこぼしだした。
「男がなんだよぉ。ただ、年度の上半期終わるまで会えないってだけなのに、他の女作るなー」
大人には大人の事情があるのかと、遠い将来に恐怖し、近い将来に希望を見た亨は厨房に戻り、こっそりと早紀姐さんの様子を
美里に伝えた。美里は表情を変えずに洗い物の手を止めて、亨には背中を向けて淡々と返事を返した。
「ね、言った通りでしょ。ああいう女は男運ないって」
「美里さん!」
「分かってますって。女の子は女の子の嫌な所しか見ないし、認めないし」
一瞬、美里と亨の間に沈黙の空気が流れたが美里が置いた皿の音が時間の針を動かした。
亨が飲み物を早紀姐さんのテーブルに運んだとき、早紀姐さんは若い男子をデコピンしていた。飲んでもないのに、
既に出来上がっているように見えた。
亨が再び厨房に戻ると、美里の飼い犬のように側に現れて、ぼそりとこぼした。
相変わらず美里の周りには亨以外の人は居なかった。その分、亨は遠慮なく無駄口を叩くことができる。内容はどうにせよ。
「ということは……。ぼくにもチャンスがありますよね」
ほれ。この程度だ。
美里は表情を変えることなく亨の話の続きを待った。
「フリーですよ、あの人」
「は?ばかじゃないの?さ、さ。仕事仕事!」
早紀姐さんのジョッキはいつもの夏を吹き飛ばす為ではなく、苦い思い出を癒す為にチンと音を立てていた。
おしまい。
896 :
わんこ ◆TC02kfS2Q2 :2012/08/17(金) 00:11:00.94 ID:TUKd9A3k
投下おわりです。
897 :
創る名無しに見る名無し:2012/08/20(月) 13:25:17.84 ID:nzhzKrOS
898 :
創る名無しに見る名無し:2012/08/22(水) 02:50:13.10 ID:+o99IXHw
わんこさんの書く社会人哀愁あるあるは重みがあるなぁ。ホントに居そうこういうひと。
さぁーて9月のお題カモンぬ!
『9』
『九月』
『台風』
とりあえずこのへんか?!足したかったら足してちょ
つかそろそろ容量がいっぱいですな
900 :
創る名無しに見る名無し:2012/08/27(月) 23:47:29.60 ID:7/2Maax1
滑り込みになるのかならないのか、投下します
ネタは怪談で
こんな真夏の暑い日は怪談話でもして涼まないか? と友人の森田から電話が掛かって来た。
どうやら俺を含めた数人を家に招いて、怪談大会だのなんだので騒ぎたいらしい。最初は正直面倒臭いなと思った。
しかし大学は夏休みだし、バイトもやってないからどうせ暇だろ? と図星を突かれてしまった為、行かざるおえない。
まぁ、どうせ夜になってもある程度暑さは続いているだろうし、時間だけは有り余ってるから行ってやろうと考えなおす。
森田に指定された時間帯は夕方六時ごろ。築何年か分からないボロアパートの軋む階段をよっこらせと一歩づつ昇っていく。
少しだけ廊下を歩き、あいつが待っている部屋のドアノブを握る。緩々としていて今にも落ちそうなドアノブを回す。
ドアは開いていて、奥の四畳半から森田がおー待ってたぞと気さくに声を掛けてきた。森田の周囲には、既に先客がいる。
大学でいつも一緒にいるお馴染みの面子だ。新鮮味もなにも無い。お前らも暇だな。
靴を脱いでお世辞にも綺麗とは言えない玄関から廊下を抜けて居間へと着く。
「遅かったな。どこで道草食ってたんだ」
よっこいしょと座って胡坐を掻いた俺に、森田が興味深々といった表情で尋ねてきた。
俺は頭をポリポリ掻きながら誤魔化す事も無く淡々と答える。
「何となく遅れただけだ。別に理由はねえよ」
「そうか。まぁ良いや。ちゃんと怖い話持って来てんだろうな?」
正直そんなの持ってきてない。精々時間が潰せたら良いな程度で来たからな。
ま、もし俺の番が回ってきたらよくある都市伝説なり幽霊話なり適当に取り繕えば良いか。
特に深く考える事無く、俺は適当な相槌を打ちつつ答える。
「あぁ。それなりのを」
「それなりにか。楽しみにしてるぜ。じゃあ最初誰が話す?」
森田がそう言いながら周りの面子をキョロキョロと見回す。
別に期待してないがそれなりに長いのを頼むぜ。田辺、岸田、南……ん?
あれ? 俺は一寸目を擦る。あれ、顔馴染みの面子が揃っている筈だが、一人。
一人、見慣れない奴がいる。こんな夜だってのにクソ暑い中真っ黒な長袖の服を着ていて、顔が髪の毛で隠れて見れない。
誰だコイツ。森田も田辺も他二人もこいつがいるのを当り前の様にしてるが、俺、コイツを大学内で見た事も話した事も無いぞ。
「おいおい、お前ら黙ってないでトップバッター飾れよ。何の為に集まったんだよ」
何故だか怖い話を話そうとせずに田辺達は黙ったまま俯いている。
そんな田辺達にへらへらと笑い掛けている森田。んで、森田の方を向いている無言の貞子ヘアの誰か。
つうか本当に誰だよコイツ。俺はどうしても気になってしまい、森田に聞いてみる事にする。
もし本当の所会っていて俺が忘れているだけなら、謝ってすむのだが。
「なぁ森田。話の腰折って悪いんだけど、この長袖着てる人を紹介し……」
「しょうがねえな。じゃあ俺から先に話してやるか」
俺の質問を遮る様に、森田が自ら率先して、怖い話を話始めようとする。
おい、ちょっと待て。お前の話を聞かない訳じゃないが、どうしても気になって参るんだよ。
悪いなと思いつつも、俺は強引に貞子ヘアが誰なのかを聞こうと声を掛ける。
「森田悪い、その話の前にこの人を紹介してくれないか?」
「数日前、俺は田辺達と一緒に肝試しに行ったんだよ。肝試しに」
な……何だお前? 森田は俺の話を遮るどころか、聞こうともせずに勝手に話し出した。
お前そんな失礼な奴だったか? 暑さのせいか俺の頭はイライラで沸騰しそうになる。
まぁ良い。良いさ。そんなに話したい内容なら話せばいいさ。俺は黙って聞いてやるよ。
だけど最後まで聞いたらちゃんと俺の質問に答えろよこの野郎。俺は両腕を組んで、不本意ながらも森田の話を聞く事にする。
つうか肝試しってお前ら俺の事誘わなかったよな。クソッ、誘えよ馬鹿野郎。
「それで心霊スポット行って、何か出るかなぁと思ったんだけど全然出てこなくてな。
何だつまんねえって事で適当に遊べるところ行こうぜって事でその場を後にしたんだよ」
あれ、もう帰っちゃうのか? 普通そこで何か起こってるから怖い話が始まるんじゃないのか?
拍子抜けしつつも、若干先が気になる。にしてもさっきから田辺達の様子が妙だ。変に額にタラタラ汗掻いてる。
暑いは暑いけど汗掻く程じゃないだろ。俺全然汗掻いてないぞ。どうでも良いけど。
「んで、街へと向かってる最中に妙な奴を見掛けてさ。暗闇の中に紛れるみたいに真っ黒な服着てる変な奴でさ。
気味わりいなと思いながらも通り過ぎたんだよ。それで、早く街に行きてえなと思いながら車飛ばしてたらさ」
まさかそいつがいたとか陳腐な事言うなよ。分かりやす過ぎるだろ。
「またそいつがいたんだよ。うわっ、マジかよと思いながらまた通り過ぎたんだよ」
麦茶吹いた。麦茶飲んでないけど。で、いつになったら怖い話になるんだよ森田。
「疲れてるんだろうなぁ、俺と思いつつゾーッとしてさっきに増して車飛ばしたんだよ。
でも何度通り過ぎてもいるんだよ、そいつ。まるで俺達を待ち構えてるみたいに」
ん? 何となく空気が冷たくなってきた。茹だる様な暑さだったのに、急に空気がヒヤヒヤとしてくる。
奇妙な肌寒さに俺の全身の毛が僅かに逆立っている。一体何なんだ、この冷たさは。ふと、視線が貞子ヘアへと向く。
……奴を見た途端、俺の毛が一気に逆立った。奴は、笑っている。髪の毛の中から見える、紅い唇がニタリと笑っている。
「俺は気でもおかしくなったのかと思ったよ。隣とか後ろに座ってる田辺達も顔が青ざめててさ」
気が付けば、俺は森田の話にじっと耳を傾けている。身動きが取れないというか、身体が勝手に固まって、森田の話を聞こうとしているみたいだ。
頭の片隅でほんのりと、目の前の鬼太郎ヘアの正体が何なのかが分かって来た気がする。つまり奴の正体は……。
「もうそこからは覚えてないんだ。とにかく夢中になって全速力で家に帰ったよ。んであいつの事を忘れようとした」