http://ncode.syosetu.com/n3930p/ 小説家になろう 上級読者
携帯の画面に西日が差し込み反射してメールの文字が見えなくなった。校門に背もたれていた私は軽く舌打ちをして携帯を閉じ、
顔を上げると、校舎は夕焼けで赤く染まっていた。
時計塔を確認する。もう少し待たねばならない。まだ家に帰る時間ではない。ホッと胸を撫で下ろした時、吹奏楽部がG線上のアリアを演奏し始めた。
二階の音楽室から荘厳なメロディーが学校を包み込む。都内屈指の実力だけあって音に歪みがない。澄んでいる。
私は顔を顰めた。何故こんな悲しい曲をこんな寂しくなる時刻にいつも演奏するのだろう。人を悲しくさせる為に生まれて来たようなアリアの旋律を私は憎んだ。この曲を聞くといつも死にたくなる。土足で心の奥深くに踏み込まれ、陵辱された感覚に苛まれる。
吹奏楽部が毎日最後の音合わせに演奏する楽曲アリアは、学校中の生徒へ部活の終了を知らせる時報でもある。
演奏が終わって暫くすると沢山の生徒が下校を始め、私の前を通り過ぎて行く。
中学生のように……いや見栄はよそう。小学生のように小柄な私の姿が珍しいのか自然と注目が集まる。
大人っぽく見せる為に髪を脱色して軽く茶髪にしてみたが、まるで効果がないようだ。化粧をすればこの童顔も少しは大人びて見えるのだが、それでは学校に来れない。
俯いて彼らの視線を逸らし、やり過ごして、そして下校する生徒も疎らになった頃「ゴメン! 遅くなって」と息を切らせ俊夫が駆けつけて来た。
「待っただろ?」
ハァハァと中腰になって息を整え微笑んだ俊夫は、少しおどけて手を合わせ、私に謝った。
「いいよ、気にしないで、君を待つの好きだから」と、私は答えたが、本当のところは『いいよ、気にしないで、もっと遅くていいのに』だった。
そもそも君でなくても誰でもいいの。家に帰るのを遅らせる理由が出来ればそれでOK。家に帰えるのが嫌だから街で時間を潰すってのはリアル過ぎて駄目。いつか本当に自殺してしまう。
だから君を待つって理由で時間を潰してるだけなの。利用してゴメンね俊夫君。だから君は私に謝らなくていいんだよ。幼馴染の俊夫と一緒に家に帰るのは小学校や中学校の時から続いてることで、それが高校生になっても続いてるだけ、それだけのことなんだ。
勿論、そんな言葉が私の口から出ることはなかった。
好きだからって私の言葉に照れたのか、俊夫は少し顔を赤らめて「そ、そう」と微笑んだ。
綺麗だなとそんな彼を見て思う。顔が整ってるし、身嗜みも完璧で清潔感はあるし、声は澄んで落ち着いてるし、身長だって高いし、何より自分のように心が歪んでない。
でも私は好きという感情を彼に対して持てなかった。持ちたくなかった。
私は恋愛を意識し始める年齢になると、自分の心を覗かれることを酷く怖れるようになった。心の美しい人なら相手に知られる程、関係が深まり愛が生まれるのだろうけど、
私のように心の穢れた人は相手に知られる程、嫌われてしまうだけではないか。
自分を変えればいいとポジティブに考え実行しようとしたこともあった。でも駄目だった。どう変わろうとしても心の奥底で、それはお前ではなく偽りの自分だという声が聞こえた。
確かにそうだ。私は恋愛なんて出来るような人間ではない。彼が本当の私を知れば幼馴染の関係すら壊れると思う。一人は寂し過ぎる。俊夫にはいつまでも私に都合の良い友達でいて欲しい……。
だから私は今まで一度も彼に何かを頼んだことがなかった。何かを頼めば何かを頼まれることもある。少しずつ距離が縮まってしまう。
でも今日はどうしても彼にお願いしたいことがあった。