創作大会しようぜ! 景品も出るよ!

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176上級読者 ◆xQmVoY6/HA
恋愛シナリオ


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携帯の画面に西日が差し込み反射して、メールの文字が見えなくなった。
校門に背もたれていた優子が軽く舌打ちをして携帯を閉じ顔を上げると、校舎は夕焼けで赤く染まっていた。
時計塔を確認する。もう少し待たねばならない。まだ家に帰る時間ではない。優子がホッとしたその時、吹奏楽部がG線上のアリアを演奏し始めた。
二階の音楽室から荘厳なメロディーが学校を包み込む。県内屈指の実力だけあって音に歪みがない。澄んでいる。優子は顔を顰めた。
何故、こんな悲しい曲を、こんな寂しくなる時刻に毎日演奏するのだろう。人を悲しくさせる為だけに生まれたようなアリアの旋律を優子は憎んでいた。
これを聞くといつも死にたくなる。土足で自分の心の奥深くに踏み込まれ陵辱さたような感覚に苛まれる。

演奏が終わって暫くすると、俊夫が「待たせちゃってゴメン」と息を切らせ優子へと駆けつけた。
「いいよ、気にしないで、君を待つの好きだから」と優子は答えたが、正確には『いいよ、気にしないで、もっと遅くていいのに』と思った。
そもそも君でなくても誰でもいいの、家に帰るのを遅らせる理由が出来ればそれでOK。家に帰えるのが嫌だから街で時間を潰すってのはリアル過ぎて駄目。いつか本当に自殺してしまう。
だから君を待つって理由で時間を潰してるだけなの、利用してゴメンね俊夫君、だから君は私に謝らなくていいんだよと優子は内心思ったが、そんな言葉が出ることはなかった。
俊夫と一緒に家に帰るのは小学校や中学校の時から続いてることで、それが高校生になっても続いてるだけ。優子はそう自分の心すら誤魔化すことでなんとか心の平穏を得られた。
「そ、そう……」好きって言葉に俊夫は顔を少し赤らめた。『綺麗だな』と優子はそんな俊夫を見て思う。顔が整ってるし、清潔感あるし、何より自分のように心が歪んでない。
だが好きという感情は持てなかった。幼馴染ということもあるが、相手を思ったり思われたり、何かを要求したりされたりするのが面倒な感情に思われたからだ。

とはいえ一人は寂し過ぎる。

いつまでも優子に都合の良い友達でいて欲しかった。だから彼女は今までに一度も彼に何かを頼んだことがなかった。何かを頼めば何かを頼まれることもあるからだ。
でも今日はどうしても俊夫にお願いしたいことがあった。
「待つのはいいんだけど……ねぇ、俊夫って吹奏楽部の部長だよね?」
「うん、他の部員より上手いって訳でもないんだけど、何故か投票で選ばれちゃって、まぁ、部長と言っても特にやることないから引き受けたんだけどね」
「最後の演奏、いつも曲、アリアだっけ、あれって俊夫の選曲なの?」
「あれは顧問の先生、アニメオタクなんだ、あの曲が流れるアニメが好きで、だから最後に演奏させるんだ」
自分の好みしか興味を示さず、他人に好みを無理に押し付けるのがオタクだ。そういうタイプの人を優子はよく知っていた。だからもう駄目なことは分かったが一応、お願いしてみることにした。
「俊夫、お願いがあるんだけど」
「うん? 何?」
「先生に言ってあの曲を別に変えられないかな? 毎日、最後はあの曲ってどうかなと思うんだ、別の曲も聞きたいかなって」
「……実は以前、吹奏楽の音を合わせるのに不向きな選曲なので変えようって意見が部員の中から出たことがあったんだけど先生がね……。明日お願いしてみるけど無理だろうな」
「そっか、ううん、気にしないで、何となく思っただけだから、じゃあ、またね!」
丁度、いつもの分かれ道になったので二人はそこで分かれた。
優子の足取りが重くなる。自宅の高級マンションの前まで来ると吐き気がしてくる。なんとか我慢して居住者カードをスキャナに通して暗証番号の誕生日を入力した。何故、私は生まれて来たのだろうか。

エレベーターで五階に上がり部屋のドアを開けると優子の母親が鬼の形相で立っていた。
派手な化粧と衣装、キツイ香水、TVドラマに出てくるヤクザの情婦そのままの姿だが、実際、優子の母は四年前に抗争相手の組の幹部を殺して服役中のヤクザの女房で、つまり優子は人殺しの子だった。
「お前なぁ、今日は七時からハイクラスの予定が入ってるから早く帰れって言ったろ?」
「ごめんなさい……お母さん」俊夫との会話とは全く違った可細い声で答える優子。
「化粧はいいから早く着替えて、ヒルトンの1514、これからタクシー呼ぶから、あと今日は厄日だろ?」そういってラップに包まれたピルの錠剤を優子へ投げ付けた。
優子はピルを口に入れると台所へ行き、冷蔵庫から牛乳を取り出してそれを紙パックままゴクゴクと喉へ流し込んだ。