新漫画バトルロワイアル第11巻

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521創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 16:12:03.96 ID:Xi0gC73z
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522消灯ですよ ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 16:12:41.17 ID:XJyfX1IU
放送の前から覚悟はできていた。
無差別日記をコピーしたコピー日記が、役目を果たしていなかったのだから。
天野雪輝がもういない今、自分の指針が全てなくなってしまった事を理解する。

……あるいはこの為だったのか。
この為に、鳴海清隆は自分を招き――、天野雪輝を見殺しにさせたのかもしれない。
何故なら、あの邂逅の中で自分は余裕というものを少なからず失っていたのだ。
仮に逐一無差別日記をコピー日記で監視出来ていたなら、メールなりで雪輝を死の縁から救い上げる事が出来たかもしれない。

だが、それは果たされなかった。
全ては後の祭りだ。

だから、これから如何に自分は動くべきか。
それが何より重要だ。

――自嘲する。
ああ、こんな時でも自分は探偵なのだと、それを自身に思い知らされた事に。
愛しい誰かを失ったというのに、それでも自分は真実を追い求め、状況を打破しようとしているのだ、と。
感情に身を委ねて自棄になっても何一つ世の歯車は動かないと、残酷なほどにそれを理解しているのだ。
悲しみも後悔も、後でいい。
何ができるのか、何をすべきか。それに注力する。

『僕にとっての勝利とは……何だ?』

先ほどこの島に帰還した時に呟いた言葉を、改めて考える。
元々自分は、“神”との直接交渉を念頭に置いて行動していた訳だが――、

最初の邂逅は、勝利とはとても言えなかった。
何処まで自分の言葉が刃として突き刺さったのかさえ、分からなかった。

それも当然だ。
相手の勝利条件もこちらの勝利条件も、朧な霞の向こうにしか見えないのだから。

……ただ、先ほどの対峙で得られた確証が一つある。
“神”鳴海清隆は、初めからテーブルに着いていたのだ、という事だ。
如何にして交渉の場に招くか、などという下準備をする必要などない。
むしろ、そもそもから彼は、待っていたのだという印象さえ受ける。
こちらがその場所に至る資格を得るまでを。

まさしく掌で踊っていたのだと、重い敗北感に打ちのめされそうになる。
そして――、それを待つことしかできない“神”は、何を思って座しているのだろうと哀れにさえ思う。

断言してもいいだろう。
この催事に集められた人間に、鳴海清隆の排除による勝利は存在しない。
一切合財、ありとあらゆる可能性の粋を集めても、だ。
鳴海清隆は言っていた。

『私がここで君の銃弾に斃れる可能性もあったのかもしれない。
 私がこの先の未来を見ずに済む可能性もあったのかもしれない』

アンラ・マンユはいつしか打ち倒されなくばならない。
それを望んでさえいるのだろうか。
だとすれば、“神”の排除さえ“人”の敗北だ。
523創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 16:13:59.25 ID:Xi0gC73z
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524消灯ですよ ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 16:14:35.80 ID:XJyfX1IU
神様同士が殴り合って、気持ちよくケリを付け合って、消える間際の誰かが胸をそらして勝利を誇る。
――そんな英雄譚、ご都合主義は、おそらく“神”にだって叶えられない。
この物語はきっとそんなにカッコいいものじゃあない。
誰から見ても不幸で、推測される未来すらも無残なものだ。

そんなセカイで、誰が、何をすれば勝利になるのだろう。

どんな条件を突き付ければ交渉を勝ち取れるのか。

……難しく考える必要はない。
基本の行動理念に立ち返ればそれでいいのだ。

この世界では死は大した意味をなさず、蘇生さえいとも容易く行われる。
ならば、やはりやるべき事は変わらない。
自分は天野雪輝の為に動く。
最終的に彼の幸福な生が勝ち取れればそれでいい、その為に情報を集め、探偵として行動するのだ。

それだけに、この誤算は少々厄介だ。
鳴海歩は自分を死んだと思い込んでいるはずだ。
だからこそその仲間と思しき東郷達をやり過ごすつもりでクリマ・タクトの蜃気楼を用いやり過ごそうとしたのだが。

……まあ、こうなってしまったら仕方ないだろう。
可能な限り情報を収集し、またこちらからも拡散させる方向にシフトする。


「……さて。とりあえず――、」

口にしようとしたところで、事の歯車はまた一つカチリと音立て動く。


「ごめん、もう大丈――、」

視線の先には割れた額から赤い血流し、こちらを見上げる少年一人。

「アンドウ!」

金髪金目の少年が胸を撫で下ろすのを見て、事態を把握。
成程先ほど何やら騒がしいなと思ったが、大方この少年が石段から転がり落ちたのだろう。
宵の口とて辺りは真っ暗お先も真っ暗、道を踏み外すのも致し方なし。

「……情報交換を、と思ったのですが、どうやらそちらの方を優先した方がよさそうですね。
 この暗さでは治療にも手間取ります。
 あちらの方に社務所がありましたし、そちらの灯りを使ってちゃんと傷を見た方が良いでしょうね。
 消毒薬程度なら探せば見つかるかもしれませんし……」

踵を返して歩き始める。
が、

「……どういう真似です?」
525創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 16:15:11.62 ID:Xi0gC73z
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526消灯ですよ ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 16:16:11.10 ID:XJyfX1IU
「ボディチェックをさせてもらう。
 こちらに敵対する意図はないが、お前が罠を仕掛けている可能性も否定できない。
 大人しく従わなければ、情報は拷問して吐かせる」

なるほど、そういう手合いかと理解。
そうと分かれば事は単純だ。必要以上にこちらの持つ道具の情報を与えれば、その対価の分だけ向こうは協力的になる。
そして、その通りになった。

――ここで彼らは待ち人をしていたらしいが、どうやら邂逅の気配は未だない。
待ち人はなんと、鳴海歩。
色々思う所はあったがひとまず置いておくことにした。
彼ら曰く、電話連絡を取ろうとしたものの返事は無しの礫らしい。
……おそらく、彼らがかけた電話番号は無差別日記のものだからだろう。
雪輝が死亡した今、あの我妻由乃が他人の電話を気にするとも思えない。
ならばと再度社務所に誘えば、向こうも容易く受諾する。

歩き始めれば、少し間を置いてついてくる気配。
主導権はこれで握れた。
さて、これからどう動くか。

ぺろりと口の端を舌で舐め、探偵は己の道を行く。


**********


社務所の一室に入るなり、秋瀬或と名乗った少年が窓へと突き進んだ。
どこからともなく取り出したガムテームをつかって、引いたカーテンを端から端まで固定していく。
どういう意図か、なんと東郷までも無言でそれに追随している。

「……何やってるんだ?」

頭に疑問符を浮かべながらエドが尋ねたところ曰く、

「いえ、光が漏れないよう目張りをね。
 ここは島の中央でしかも高台ですから、普通に灯りをつけたらとても目立ちます。
 気休めではありますが、交戦の可能性はできる限り避けておきましょう。
 この部屋だけなら大した手間もないですしね」

「成程な」

頷いてどっかと座りこむ。
次いでおずおずと隣に安藤が腰を下ろしたところで、秋瀬或の作業は完了したようだ。
壁を伝って回り込みがてら電気を付け、外に出て行く。
少し辺りの様子を見てきます、そう言い残して。
光が漏れていないか確認をしに行ったのだろう。
その間に光源の下で、安藤の傷の具合を確認する。

「いや、平気だよ。出血の割に傷そのものは大したことないと思う」

本人の言の通りではあったが、念のためだ。
持ち合わせのものや社務所の道具で軽く手当てをし、一息つく。
527創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 16:17:13.55 ID:Xi0gC73z
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528消灯ですよ ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 16:17:42.88 ID:XJyfX1IU
「ん……?」

座りなおしたとたんに、懐で蠢く物一つ。
携帯電話の振動――即ち、メールの着信だ。

眉をひそめて取り出し、確認してみれば。

「……キンブリー」

言葉の端が震えているのを押し隠す。

『Sub:掲示板の書き込みを見ていただけたでしょうか?

 こんばんは。
 こうして連絡を取るのは初めてですね。
 ゾルフ・J・キンブリーです。

 掲示板に書き込んだ通り、私は何人か死んだはずの参加者がこの会場へと戻っているのを目撃しました。
 その事と合わせて、是非貴方とこの催事について意見を交換してみたい。
 このメールを読んだら、C.公明からの招待状に従い、競技場へと来ていただけないでしょうか。
 《神》の情報を手に入れ、共にこの戦いの行く末を考えようではありませんか。

 P.S.ウィンリィさんも誘っておきました。
 すっぽかされたとしても、彼女は私が保護いたしますのでご安心を。
 ただ――万全を期されるのであれば、やはり貴方自身が彼女を守ってあげたほうがよろしいかと。』

「どういう事だよ……」

意図せず口にした言葉が案外大きくて、はっとして辺りを見回す。
……大丈夫だ。あの怪しい秋瀬或とやらはまだ帰還していない。

「ど、どうしたんだ?」

ビクビクと怯えたように見える目線で安藤が仰け反る。
そこまで怖い顔をしているのか、と自問し、そうかもしれないと内心で肯定する。
一瞬どう応対すべきか悩んだが、これで十分だろうと無言で携帯電話の画面を安藤へと向けた。

「これは……」

安藤はギラギラと目を開け、ねぶる様に文面を確認している。
それを余所に、一人エドワードは拳震わせる。
このメールアドレスへの連絡は分かる。
セキグチイマリへの連絡用とはいえ掲示板に既に書き込んで示しているのだから、それを利用されたのは不思議ではない。
そして、こんなことをわざわざするのは間違いなくキンブリー本人だとも、確信できる。

……だが。
だが何故、ウィンリィの名をキンブリーは持ち出した?
もういないはずの彼女の名前を、どうして使う?
529創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 16:18:27.90 ID:Xi0gC73z
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530消灯ですよ ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 16:19:25.33 ID:XJyfX1IU
メールの意図が、見えない。
……いや、見ようとしていないのか。そう自覚できる。
彼女の事を騙るなら、絶対に自分を敵に回すと分かっているはず。
なのにわざわざこんなメッセージを伝えてくるのは、

「ウィンリィさんが……本当に蘇ったんじゃないか?」

全くの平坦な声で、予め用意されていたセリフを吐きだすかのような調子で。
いつの間にかすぐ近くまで擦り寄っていた安藤が、人形めいた動きで目と目を合わせてきた。

声が、出せない。威圧感ある静寂が、エドワードの体を縛る。
ほんの数瞬だったはずなのに、まるで数日間窓も扉もない部屋に閉じ込められていたような錯覚を得た。

「アンドウ、お前……」

声を絞り出すと共に、唾を飲み込んだ。
……目の前の少年は兄弟を失ったばかりなのだ。
こんな文面を見たら、考える方向性など一つしかない。
先ほどの対応のまずさに舌打ちをする。
こんな文面一つに動揺させられて、まともな思考能力を喪失してしまった自身が情けない。

……だが。
帰る返事は、エドワードの想定に収まらない。
安藤は微笑さえ浮かべ、こう告げた。

「はは、潤也を甦らせようなんて……、いや、ちょっとは考えたよ。
 けど、エドは賛同しない。そうだろ?」

「そ、れは……」

絶句。二の句が継げない。
そう、それが自分だ。命を弄ぶという禁忌を……だれよりも知っているからこそ、許せない。
例え大切な人を甦らせることを、何より望んでいたとしても。

それを、ようく分かっているよとばかりに安藤は肯定した。
まるで、自分の心の奥底さえ何もかも掬われているかのようだ。

「そうだろ?」

念を押される。
強く。強く。
硬質の白面を被っている様に、その表情の奥に潜む感情が見えない。

「そうだろ?」

3度、繰り返した。今度は笑みを、完全な無表情に変えて。
未知というシンプルな恐ろしさが、ここにある。

本当にこれが、あの安藤なのだろうか?
目の前に居る男は、エドワードの自己欺瞞さえ許さない。
531創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 16:20:36.80 ID:Xi0gC73z
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532消灯ですよ ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 16:20:56.45 ID:XJyfX1IU
「けど、さ。蘇ってしまったものはしょうがない……、それもまた、確かだよな」

ああ、そうだ。考えないようにしている事さえほじくり返される。
もしキンブリーの言が本当だとしたら。
あの鉄と油のにおいのする少女は、禁忌さえ踏み越えてここにいるかもしれないのだ。

だから、とその次を考えようとして、

「だから……」

安藤の言葉が、それを遮る。
だから、何なのか。
一拍置いて、安藤に花開くように苦笑が戻った。

「だからさ、もし本当にウィンリィさんが蘇ってしまったのなら、早く助けてやらないと。
 俺はさ、エド達“も”無事にここから脱出して欲しいって、本気でそう思ってるから」

――そこに、嘘偽りは何一つ感じられない。
心配と、慈しみと、羨望とがない交ぜになったやさしい言葉。
本気で彼が、そう思っている事が伝わってきて。
だからエドワードは――、

「……お前、今、何を」

この殺し合いの場に招かれて以来最大の戦慄を、抜き身の刃のようにその身に差し込まれた。
この男を――なにか、根本から見誤っていたのではないか?
一瞬言い淀んだその先に、本当は、何を言おうとしたのか?

考えても答えは出ない。出してはいけないのかもしれない。

「……そろそろ、いいでしょうか?」

戸口から掛けられた声に、安堵の溜息を吐くのを自覚した。
キンブリーの事も、安藤の事も、今は二の次だ。
とりあえずは目の前の事を処理しなければ。

「ああ。んじゃ、始めようぜ。……あんたは何を知りたいんだ?」

睨みつけるは、檜の柱に背を預けた秋瀬或。
シニカルな笑みを浮かべた探偵は、両手を挙げて迎え撃つ。
優位は己にあるのだと誇示せんばかりに。

「その前に、1つこちらについての情報をお教えしましょう」

「……?」

いつの間にか二人の中間地点に座していた東郷含め、全員が秋瀬或に注視。
それを心地よくさえ感じている表情で、鷹揚に“探偵”は告げた。

「――僕は、この殺し合いの主催者“神”に接触しました」
533創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 16:22:04.57 ID:Xi0gC73z
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534創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 16:30:21.47 ID:c6mEfp+H
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535消灯ですよ ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 16:51:50.04 ID:XJyfX1IU
「……っ!?」

場の空気が凍る中で、支配者は存分に余裕を持って語らうのだ。

「錬金術、について。
 ――知っていることを、全て教えて頂きましょうか。
 代わりに、“神”に立ち向かうための知る限りの全てを伝えましょう」

「……目的はなんだ?」

苦虫を噛み潰したかのようなエドワードに、秋瀬或は禁忌を大胆綽々に詠う。


「全ては雪輝君の、蘇生のために」


**********


秋瀬或は、命を弄ぶ気でいる。
その意味を知る自分には、到底許しがたいことだ。
……しかし。今はそれ以上に、打倒せねばならぬものがいる。

「鳴海、清隆……か」

……全ての元凶。そうでなくとも、今この状況を作り上げた人物の名を、エドワードは噛みしめるように反芻する。

「鳴海の予想が最悪の方向で当たった……って事か」

隣の安藤が一人ごちた誰かの名前。
その意味の裏側にあるものを思い浮かべるも、エドは首を振る。
残り少ない人員の中、不用意に人を疑えば集団は瓦解するだけだ。
あまりにもあからさま過ぎるこの“配置”はむしろ疑ってくれと言わんばかりで、踊らされるわけにはいかないと心に誓う。

……が。

「それとも……、鳴海自身も、黒幕の一味?」

――面識のある安藤自身こそが、そんな爆弾を静かにぼそりと呟いた。
安藤は気付いているのだろうか。
場に身を置くものが皆、その言葉の一言一句を聞き届けていたことに。

「思えば、あいつはいつもそうだった。
 自分を全く頼りにしてるようには見えないのに変に堂々としてて……。
 そうだ、絶対に奪えない、安全この上ない支えがいつもあいつをそんな態度にさせてたように見える。
 もしかして何か後ろ盾でもあったからじゃ……。
 考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ」

ボソリ。ボソボソ。
ボソボソボソボソ、ボソボソボソリ。
ブツリ。ブツブツ。
ブツブツブツブツ、ブツブツブツリ。

割れた額を押さえつつ、目血走らせて淡々と。
536消灯ですよ ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 17:04:49.73 ID:XJyfX1IU
別に、不自然な思考でもないし、それに思い至って動揺するのも理解できる事だ。
ことに、弟の死を告げられてから情緒が不安定気味な安藤のこと。
こうなってしまったとしても、おかしいことではない。そのはずだ。

……けれど。
どうしてかエドワードは、いや、秋瀬或でさえ。
目の前の弱弱しい少年から発される威圧感に動く事が出来なかった。

結局。

「それが“神”鳴海清隆だというのがお前の推測か?」

事態を動かすには、最も実戦経験豊富たる東郷に頼らざるを得なかった。

「い、いや……。そう断定した訳じゃないし、したくもないよ。
 ただ、鳴海が仲間だって思考停止してたら、本当に大切な何かを取りこぼして、救えなくなるんじゃないかって。
 あいつ自身もそんな事を言ってたしな」

まるで、何かに取り憑かれていたかのようだ。安藤の表情が柔らかいものに崩れる。
いつの間にか止めていた息を気付かれぬようにゆっくりと吐き出すと、どちらからともなくエドと或は互いを見据え、頷き合う。

「興味深い話ですが、ひとまず置いておきましょう。
 少なくとも彼を今疑っても得るものはありません。
 それより、僕はこちらについて詰めたいですね」

くるくると秋瀬或が掌で弄ぶのは、彼自身の体験に基づく考察に加え、エドワードから聞き出した錬金術やこの島についての考察さえ記したメモ帳だ。
分かりやすく要点を押さえ、しかし過不足なくエドの言質をまとめたそれは、錬金術の解説書として優れているだけでなく、この島や催事について調べるものなら誰でも欲しがるレベルのものだろう。

秋瀬或は、巧みだった。
こちらが秘しておかねばと匿っていた情報さえ根こそぎ持っていく有様で、
こと交渉という点においてはエドワードの数段上の手練手管を持っている。
おかげで伏せておきたい情報まで話さざるを得なかったが、しかしこの少年の視点から自分の意見を
検証した時に何が得られるか、それを話し合ってみるのは興味深かった。

しかし、その直前。

「……ちょっと、いいか?」

だいぶ赤く染まってきたタオルを取り替えようとしながら、安藤がエドワードたちの方を向く。
額を切ったからか傷の割に出血量が多いのだろう。
一旦タオルを膝の上において、怪訝な目線を向けるエドワード達と目を合わせた。

「えっと……、今の話で思い出したんだけど。
 すっかり忘れちまってたけど、鳴海が来ていないか確認したいんだ。
 俺が転んじまったせいでこっちまで来たけど、元々は放送頃に集合って話だったんだよ。
 ……もし鳥居の辺りで待たせちゃってたら、なんて思ってさ」

「……そういや、そんな話だったか」

一人頷くエドワード。
なるほど、確かにこの神社に来たのはそのためだった。
安藤の滑落による手当や秋瀬或との邂逅と、目の前にある事の処理ばかりに気を取られていたが、
鳴海歩を一人放置しておくのはいささか危ない。
537消灯ですよ ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 17:06:36.32 ID:XJyfX1IU
「ことこの事態に至っては、彼は間違いなくキーパーソンですしね。
 やれやれ、もう少し偽装を続けたくはあったんですが……仕方ありませんか。
 それに、彼の頭脳は類稀なる武器なのも確かです」

偽装? と少しだけかわいらしく首をかしげる安藤の疑問に答えず、秋瀬或は一人勝手に納得する。

「この中で彼と直接面識があるのは安藤さんと東郷さん、お二人でしたね。
 僕が行ってもいいのですが、顔を知られているあなた方が迎えに行くのが余計なトラブルも生まないでしょう」

そのまま或が視線だけを東郷、次いで安藤へと順繰りに回すと、頷き応える影一つ。

「……わかった、行ってくる」

ゆっくりと曲げていた膝を伸ばし、立ち上がろうとする安藤。
が、しかし。

「お、おいアンドウ!」

かくりと、力なく膝が折れた。
ここで一息ついたからだろうか、どうやら力がだいぶ抜けてしまってるらしい。
面目なさそうな苦笑を浮かべるも立ち眩みを起こしているようで、すぐにうつむき頭を押さえたまま動かない。
駆け寄ったエドワードを手で制したままのポーズで固まる安藤に向け、無言で待っていた東郷が一人声かけた。

「……俺が行こう。
 放送以後のお前はまともに集中できていない。不慮の事態にはとても対応できないだろう。
 秋瀬或も、エドワード・エルリックを逃すつもりがないようだ。
 鳴海歩と今後の依頼についての話もしておきたいのでな」

返事を待たず木戸の向こうへと身を翻らせる東郷。
はっと顔を上げ、その背を追いかけようとして安藤はしかし、尻もちを衝く。
本当に申し訳なさそうな顔を形作り、曰く。

「……分かりました。お願いしま……ぶっ」

頷いた拍子にたらりと一筋、安藤の頭から血が流れて口元へと入り込んだ。
俯いていた間に溜まったのだろう、抑えた手の間から血糊でも仕込んでたのかと思うほどに多くの量の血が顔全体を濡らしていく。
鉄臭い味に思わずむせて、

「えっほ、げほっ! ……ぺっ、ぺっ!」

タオルを持った手を口元に当てる。
咳き込みながらも口の中の血を吐きだすそのさまはどことなく滑稽で愛嬌があって。

「まったく……なにやってんだ」

はは、と小さな笑いが部屋に満ちる。
……と。
引き戸の前で手を伸ばした状態で、東郷が一言何かつぶやいた。

「…………き」

「……ん?」

何か、大切なことだろうか。
いぶかしむ表情でエドワードが様子を伺えば。
聞いたこともない声量で、東郷が思いきり叫びを挙げた。

「巨乳大好き!」
538創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 17:07:28.36 ID:c6mEfp+H
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539消灯ですよ ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 17:08:09.49 ID:XJyfX1IU
途端。

咲いた。

「……は?」

何だ。
何が咲いたというのだ。
主語がないし、脈絡もない。ないない尽くしの破綻した文章である。
だがしかし、それがこの場にある唯一にして純然たる真実だ。

エドの天地がひっくり返った。
頭蓋に爽快に痛快に衝撃が走る。
床に思いっきり打ちつけたのだと気付いたのは、秋瀬或が自分の上に圧し掛かっていると理解した後だった。
先ほどまでの余裕の笑みは、とうにその顔から消え失せている。

そしてまた、咲いた。
真っ赤な花びらが舞っている。

今度は笑みどころか顔半分が消え失せた。
下顎が吹っ飛んだ。
自分の上からもんどりうって転がって、体が一息に軽くなった。

ようやく音が耳に届く。
理解はさらにその後で。

――目の前で東郷が死んだ。
秋瀬或も虫の息。

銃声が響いている。
それが東郷の脳天と或の顎をフッ飛ばしたのだと頭に入ってきたのは、
訳の分からない東郷の叫びから僅かに10秒後の事だった。

そして、その10秒で十分だった。

何もかも。

……何もかも。


**********


外へとエドワード達が駆けて行く。
それでいい。
銃撃が止んだとはいえ、あの正確無比な“壁越し”の奇襲が次に来れば、逃げる手段はない。
このままでは攻撃のタイミングも全く読めず、襲撃者を特定することも不可能なのだから。

自分とした事が、と思う。
集団のリスクマネジメントを気にするあまり、己自身への対処が遅れるとは。
540創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 17:08:16.33 ID:c6mEfp+H
支援
541創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 17:10:05.05 ID:c6mEfp+H

542消灯ですよ ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 17:10:23.26 ID:XJyfX1IU
見届けたと同時、意識が混濁するのを秋瀬或は自覚する。
顎が吹っ飛んで数秒後、胴体部がごっそり抉られた。まるでチーズみたいに穴ぼこだらけ。
自分の一部だったタンパク質が血煙となって、鉄の匂いが室内に充満する。
不思議と、痛みは感じない。
ただ力が入らず――地面とお友達になっているだけ。

『何故なら秋瀬君、君は数奇な運命の元に生まれた因果律の申し子だからだ。
 君だけが不確定因子を持っていたからだ。
 だがやはりそうはならなかったらしい。
 運命の歯車は全てを轢き潰す。機会はいつだって一度きり。
 箱の中の猫は観測された』

機会はいつだって一度きり。
ああ、そうかと秋瀬或は自覚する。

『僕にとっての勝利とは……何だ?』

そんな事はもう、考えるだけ無駄だったのだ。
自分の役割はあの時既に終わっていたのだから。

最終部は近く、己の退場を以ってまた一つ幕が上がる。
もはやカーテンコールまで、この場で演ずる理由はない。

でも、けれど。

……まだ生きているのだ。
まだできる事があるのだ。
まだ成せることがあるはずなのだ。

現況を分析し、事態を考察せよ。
後に繋がるものを残せ。
それが探偵の義務であるのだから。

幸い、被弾個所は顎部と消化器系のみ。
失血死は免れ得ないが、即座の生命活動停止には繋がらない。
遅々として死が訪れるのを待つというのは恐怖ではあり、一般人ならすぐに死ねないという不幸にしかならないが――、

「今の僕にとっては、何よりの幸運だ」

そう呟きたくても、その為の器官は既に存在していない。
苦笑しようとして、やはりそれも不可能な事に気がついた。


――銃声がまた、耳に届いた気がした。


**********


秋瀬或に庇われた。
あそこで体当たりを食らっていなかったら、自分が間違いなく死んでいた。

「ちくしょう、ふざけんな……。ふざけんなっ!」

「エド……」

すぐ後ろに安藤の駆ける足音が付いてきているのに安堵して、しかし目尻が熱くなる。
543創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 17:12:12.68 ID:Xi0gC73z
支援
544消灯ですよ ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 17:12:26.89 ID:XJyfX1IU
……相容れないと、そう思った。
自分の命すら駒として、掛け金として、まるでゲームの商品のように雪輝とやらを生き返らせようとする。
情報を得る為に手は組んでも、仲間とは到底思えない――そうだったはずだ。

感情論だ。分かってる。
向こうは庇ったつもりなどおそらくはないだろう。
あの、まったく隙というもののなかった東郷の突然の死。
それに呆けて動けなかった自分。
そのままでは的になるだけだったのを、とっさに地面に引き倒して被弾面積を低下させた。
次に自分がそれをしようとして不幸にも命中した――向こうからしてみればそんな辺りだろう。

偶々自分がそこにいただけだ。

だがそれでも――許せなかった。
自分が、そして達観したような秋瀬或の瞳が、まるでまた会いましょうと、来世を確信しているかのように思えて。

グッと拳を握る。
煮えたぎるような感情が体の中に満ちていて、まともに考える頭が今はない。
だからその悔しさをバネに変えて、今はただ走る。
走って、走って、走って。

――山の中腹あたり、だろうか。
森の中にぽっかと浮かんだ、月辺りに照らされる空間。
水の流れる音だけが唯一響く――川辺だ。
そこまでたどり着いたその時に、膝ががくりと崩れた。

「……ちくしょう……」

倒れた拍子に、地面を殴る。
込み上げてくる何かを力に変えて、何度も、何度も。

繰り返すエドの傍に、少し遅れて追い付いた安藤が静かに近づいた。
痛ましげな目を向けて、今にも泣きたそうな本気の表情で声を絞り出す。

「エドの……せいじゃない。あれは、誰にも防げない。
 運命だったんだ」

苦しみに彩られながら、それでもエドを労わるのが伝わる優しい言葉。
だが、エドはそれを受け付けない。受け入れられない。

「運命、だって?」

視線だけで猛獣すら殺せそうな瞳だった。
そんなものは認められない。認めてはいけない。
運命なんてものに責任を押し付けるのは唯の逃避だと、エドワード・エルリックは知っている。
びくりと安藤が震え、のけぞる。
一歩後ろに足を退き、しかし安藤は踏ん張った。
息を吸い、目と目を合わせ、エドに思い悩んでほしくないとそれだけを伝える意思で以って。

「…………。ああ、俺とおまえだけが助かるって、運命だ」

それを口にした瞬間だった、
安藤が、ゴブリと血を吐いた。
545創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 17:12:32.77 ID:c6mEfp+H
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546創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 17:13:41.18 ID:c6mEfp+H
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547消灯ですよ ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 17:14:30.07 ID:XJyfX1IU
「…………! アンドウ!」

――肝が冷えた。
またか、またなのか。
自分の手から零れていくものはどれ程多く、守れるものはどれ程少ないというのか。

「……大丈夫だ。あの銃には……一発も当たってないよ」

駆け寄るエドを手で制すると、袖で口元を拭いながら安藤が虚ろな笑みを浮かべる。

「ただ……、ちょっと、無理しただけだ」

元々体調不良を訴えていたのに加えて、弟を喪失した精神的ダメージと滑落による負傷。
加えて目の前での惨劇だ。
一般人も同然の安藤には、あまりにも過酷すぎたのだろう。
けれど安藤は、空っぽであっても笑みを浮かべる。
そんな状態にあってなお自分を気遣う彼の今の心境を推し量ることは、エドには不可能だった。

歯を噛みしめ、言いたかったことをすべて飲み込む。
そのまま音を立てて地面に座り込むと、静寂だけが辺りを満たす。

「お前だけでも……助かってよかった」

呟きですら、やたらに大きく。
……そこは静かで、寒かった。

ぽっかとあいた林冠の隙間からは、禍々しいほどに黄色い月が自己主張をしている。
月蝕は、近い。

「……ごめんな、どうやら診療所まで向かってる余裕は無さそうだ。
 ここからなら、病院の方が近い。そこで簡単な治療でもできないか試してみよう」

立てた予定はあまりにもあっさりと、全て瓦解した。
ただでさえ秋瀬或との邂逅で時間を費やしたのだ。
東郷が死んだ以上、旅館やデパートを調査するには残された人も時も余りにも心許ない。
こうなれば、ぶっつけ本番でCの企みに介入するしかない。

その意見に、安藤も頷いてくれた。
ただ、少しだけエドの思惑とは違った形で、だったが。

「妙な儀式で……この島の全てがおかしなことに使われるかもしれないんだろ?
 そいつを利用できないか?」

「どういう事だ?」

危うい笑いだった。
なにか、そう。
……大切なものを掛け違えてしまったものの見せる笑みだった。
たった今起こったばかりの事が、安藤を決定的に変えてしまったかのようで。
548消灯ですよ ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 17:16:09.92 ID:XJyfX1IU
「……お前の錬金術で、その儀式を逆に……俺達の仲間の蘇生に使ったり、とか。
 東郷さんや秋瀬、潤也……他にも俺たちに協力してくれる仲間を増やすにはそれが一番だ。
 こんなくだらない理不尽な企みで命を落とした人や、大切な人を失った人……、その悔しさや、悲しみを、癒すことだってできる。
 いや、誰かが誰かを殺したこと全てをなかったことにして、水に流すことだってできる!
 賢者の石みたいな増幅器があれば、お前ならできるんじゃないか?」
 
「お前……、自分が何を言ってるのか、分かってるのか?」

「……秋瀬だって、言ってたじゃないか。
 大切な奴を生き返らせる……って。
 その思いや願いは絶対に無駄にしちゃいけない。
 誰かを大切に思う事がいけないだなんて、そんな事は絶対間違ってる。だろ?」

笑っている様にも無表情にも見えるその顔は、月明かりに照らされても口元しか見えない。
どんな目でこんな狂ったことを語っているのか、エドワードは想像したくもなかった。

だから。

「なあ、そんな簡単に生き返らすとか、殺すとか……、そんな風に気易くいっていいことじゃねえんだよ。
 正気に戻れよ、自分がどれだけおかしいこと言ってんのか……ちゃんと気付けよ。
 これまでに俺たちが背負ってきたものを、全部、全部だ!」

有無を言わせず歩み寄り、そして。

「全部投げ捨てる様な事を……言ってんじゃ、ねぇーッ!」

全力で、安藤の横っ面をひっぱたく。
いい音がした。

失ってなおその身に付いたままの、生身の左手で。
相手が病人だなんて、関係ない。
ただ、虚勢を張って強がって、それでももう二度と過たせないために。

茫然と、茫洋と、茫々と。
頬を押さえて安藤がエドワードを見上げている。

……悔しかった。
この少年に、こんな思考をさせてしまうに至った自分の無力さが。
だからこそ、その怒りを全て元凶へ向かう憤怒と変える。

「どいつもこいつも簡単に死にやがったり生き返りやがったり!
 挙句の果てには、お前やアキセたちまで甦らすだの、馬鹿な事をほざきやがる!
 こんなに簡単に人の魂を……弄びやがって!」
549創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 17:16:29.90 ID:Xi0gC73z
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550創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 17:16:43.38 ID:c6mEfp+H
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551消灯ですよ ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 17:18:12.47 ID:XJyfX1IU
命が、軽い。
命とは……こんなものだったろうか。

「いいか? 返事はいらない! 届かなくたっていい、刻みこんでやる!
 この場所にいる全員にも、雲の上から俺達を眺めて楽しんる奴らにもだ!
 命を……ッ、たった一つしかない命を! かけがえのない、受け継がれてきたものを! 人の尊厳を!
 一体なんだと……思ってやがる……っ!」

           とぅるるるるるるる。

そりゃあ、もちろん。

           たぁん。

「え……?」

こういうものだと思っている。

「……あ、れ?」

世界が、傾く。
尻もちを吐いた。
腹に手を当てる。
ぬるりと、暖かい感触がした。


「エドォォォオオオオオォォォォっ!」


安藤の叫びが、やけに頭に響いた。
痛いほどに。
552ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 17:20:31.04 ID:XJyfX1IU
――暗闇に満ちた視界に、一筋の切れ間が走る。
頬が、冷たい。
体の感覚が失せている中で、その冷たさが最初に感じた現世とのよすがだった。

平衡感覚がおかしいと気付いたのは、次第に体に血が巡ってくるのを理解してからだった。
何故頬が冷たいのか。
ずっと地面に触れてれば、熱を吸われるのは道理だろう。
要は自分は地面に突っ伏しているのだと、やっと分かった。

意識して息を吸うと、咳き込んだ。
喉にドロリとした粘性の高い唾が溜まっている。
吐き捨て、痛めないようゆっくりと気道を確保する。

どうやら長いこと倒れていたらしい、立ち眩みを起こさないよう少しずつ四肢を動かして、硬まった体を馴染ませていく。
首を動かすと、頸椎が痛いくらいにごきりと鳴った。

「……づ、……っ」

意を決し、ゆっくりと体を立ち上げていく。
腰から上を起こしたところで静止。
……思ったより視界がぶれる。
落ち着くまでは、このままでいた方がいいだろう。

頭を押さえながら、ようやく周囲の様子を全く伺っていない事に気付き、戦慄。
無防備な自分に呆れ果てる。
辺りを探るも、物音や気配は何処にもない。

……どうやら、自分は一人だけのようだ。
そう、辺りには誰もいない。
たった一人でここにいる。
当然だ。
――仲間はもう、いないのだから。

込み上げてくる何かをこらえ、歯を食いしばる。
今成すべきことは、鋼の意思持て前に進むこと。それだけだ。

最後に覚えている感覚は、腹部への激痛だ。
銃撃してきたのは誰だったかは、あまりに唐突過ぎて確認する暇もなかった。
間違いなくあれのおかげでこんなところで寝る羽目になったのだろう。
放送の後だった事だけは、色々な意味で助かった。

理解できないのは、何故自分が生きているのか。
止めを刺さずに襲撃者が去った。
……何故だ?
考えるも、情報が足りな過ぎて現状では何とも言えない。
そんなことにすら頭が回らないくらい今の自分は思考能力が低下している。
不味い傾向だ、と思う。

とりあえず、ここにこのままじっとしている訳にはいかないだろう。
軽く体を探る。
……腹部に軽く手当てをすれば、どうにか動くだけなら問題ないと判断。
必要な分だけ、必要な事を。
553創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 17:20:40.36 ID:Xi0gC73z
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554創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 17:20:43.34 ID:c6mEfp+H
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555ギャシュリークラムのちびっ子たち ◆JvezCBil8U :2011/07/25(月) 17:22:43.74 ID:XJyfX1IU
向かうべきはと思いを馳せれば、神社だと記憶は告げている。
手短にインターネットで現況を確認すれば、もはやここで出来ることもなく。
ここでどれだけ時間を浪費したのかは、分からない。
ネットを見る限り、C・公明こと趙公明とやらが何かを企んでいるのが見て取れた。
そちらを確認しに行きたいというのが本音ではある。
……けれど、あれから何も連絡を入れていないのだ。
たとえ、もう誰もいないのだとしても、行く義務が自分にはあるだろう。

もし誰かいるならば、色々なことを伝えなくてはいけない。
その一念で体を動かして森の中をひた進む。
幸いなことに神社は近い。
労せずして、そこに辿り着くに至った。

「……これは」

悲劇にして喜劇の、現場に。
全てが終わった夢の痕が転がる中、残されたモノを受け取る影一つ。


――そして彼は、鳴海歩は、思索に沈む。
この場で何が起こったのかを。


**********


やあ、こんにちは。……もうこんばんはになるのかな?
愚弟がここを探っている間、少し話でもしようじゃないか。
ああ、この着ぐるみは気にしないでいい、ただの趣味だよ。

いや待ってくれ、行かないでくれないかな。
私も軟禁されているとこう、退屈なんだ。
何かしていないとどうにも持て余すんだよ。
持て余すのが何か、聞きたそうな顔をしているね。

……そりゃ、残念。
とは言え、君も知りたくはないかい?
何故こんな事態になってしまったのか、裏では何が起きていたのか。
私ならすべて語ることができる。
ふふふ、聞きたくないのなら帰ってもらっても構わな――、

本当に帰らないでくれ。
全くノリが悪いね。人生を少しでも楽しもうとする気概を持たなきゃ。

うん、こうしよう。
君にはここに至るまで起こった出来事のうち、いくつか断片を見てもらおう。
ただし、それは断片だ。起こったことの全てを語る訳ではない。
無論、少し考えれば何が起こったかは十分に分かるはずではあるけどね。
それを考える楽しみ、というのは、中々乙なものだと思わないかな?


**********
Fragment T -The root-

【A-3/水族館/1日目/午後】

『簡単なことですよ。無い物は――作ってしまえば良いのです。それこそが、我々錬金術師の本分なのですから』

受話器向こうの男の嘯きが、一人の男の耳朶を打つ。

「現実には、お前も鋼の錬金術師も賢者の石の作成には至っていないはずだ……」

――ゴルゴ13、東郷。
彼の投げかけた言葉はしかし、相手を追求するためのものではなかった。
そこに込められた意図は、確かなる道程を確保するためのハーケンだ。
何のためか?

……無論、神とやらを屠るための。

そして――、

【しかし、護衛任務とは己の持つ技能の全てを護衛対象に見られる事である。
 そしてゴルゴ13は己の手の内を知る人間を、決して生かしてはおかない。
 つまり、“護衛対象”の脅威となる外敵が全て排除され、契約自体が無効化されたその時、“護衛対象”はゴルゴ自身の手によって排除される。
 いずれ殺す人間を、全力を持って守る。
 この矛盾に満ちたゴルゴの行為は、あるいは神の調和を覆すためにゴルゴ自身があえて作りだした“破局点なのだろうか。 】

そして、彼自身が彼自身であるための。

『ええ、そうですね。実際に作るには、当然ながら十分な設備が必要です。それと、材料も。
 そして鋼のでは――性格上、賢者の石を作ることは不可能でしょう。
 まあ設備の方は賢者の石が一つ手に入れば楽に造れるのですが』

おあつらえ向きと言わんばかりに、それさえ今は彼の手にある。
これは作為か、偶合か。

……作為だろう。
しかし、賢者の石の作成による状況の打破はエドワード・エルリックには不可能と、ゾルフ・J・キンブリーは断ずる。
果たして、どうしてか?
……大凡の予想はつく。しかし、不確実な情報には頼らない。
話を促す。

『それでまあ、折角ですので、貴方には材料の確保をお願いしたいのです。無論、無理にとは言いませんが……。
 何、こうして私に連絡を取ったということは、貴方も完全な独力での事態の解決が可能だとは考えていないのでしょう?
 それなら、私の依頼は貴方の行動の妨げにはならないと思いますよ』

「……材料とは何だ?」

キンブリーが明々白々に事態を悪化させる人物であるのは承知の上。
しかし、鳴海歩やエドワード・エルリックのような善人とは違い、誰よりも具体的なプラン、そしてその為の何らかの絶対的な根拠を備えているのは確実である。
ならば、選ぶべき道は如何か。
向こうの要望にて、それを決する。
『賢者の石の材料は――』

程なく、全ては合点のままに。

『――生きた人間です』

内心、頷く。
エドワード・エルリックの行動に全て説明が出来た。
なるほど、それでは迂闊に動く事は出来まい。

そして、キンブリーが嘘を吐く理由もない。
もともとこちらから持ちかけた交渉だ、それを鑑みれば向こうもこちらとの取引を望んでいるという事だろう。
ならば、取るべきはシンプルだ。
キンブリーとの協調をメインプランとしつつ、スペアとして鋼の錬金術師を確保しておくのが望ましい。

……だが、今となっては大きな枷が一つある。
当初としては鳴海歩とのラインとして大きな価値があったものの、“あれ”はもはや自分の行動を制限するだけのものだ。
鳴海歩から提供された情報分の働きはしたと自負している。
腹話術とやらのリスクも鑑みれば、これ以上の依頼継続は自分に益をもたらしはすまい。
幸い、次の放送時には鳴海歩との邂逅が叶う。
その時点で契約の更新を確認し、十分な対価がなければ依頼を完了させれば良いだろう。

……尤も、だ。
鳴海歩の死亡などで契約の終了を決着できねば、どうするべきか?
いや、それについてはそもそもの契約内容に違わねば、それで良い。

『この、安藤の殺害を試みる何者かが存在する場合、そいつの戦闘手段を始末してくれ』

鳴海歩の依頼内容は、これだけだ。
即ち、相手から戦闘する手段さえ奪えば後はどうなっても構わない。
それ以前に、あれの生死さえ問われていない。
あれは護衛と受け取っていたようだが――、実質、そんなお優しい代物では全くないのだ。

つまり。
つまりだ。

“戦闘を目的としていない何らかの手段で、【結果的に】死亡したとしても契約内容には全く違反しない”のだ。
たとえどれ程、死亡の確率が高くとも。

そしてキンブリーは“生きた人間”を必要としている。
その目的たる“賢者の石の錬成は、誰がどう考えても戦闘のための手段とは言えない”。

新たに別の人間を掻っ攫うよりも、手間も時間もかからない。
一挙両得の解決法がそこにはある。


「――その依頼を引き受けよう」


そしてこの事が、彼の進む道を決定づけた。
ただし――この時点ではまだ、事態は流動的だった。


**********
Fragment U -The fatality-

【F-5/神社入口/一日目/夜】

LEDの人工的な光が一人の少年の顔を照らし出す。
その顔が青白く染まっているのは、何もその光の色でも不健康さからでもない。
自らの運命が致命的にどうしようもないという絶望。
それがただ明文化されただけでこうも恐ろしいとは思わなかった。
……長くないという事など、分かり切っていたはずなのに。

「DEAD、END……」

石段の一番下に突っ伏したまま、安藤は“その文面”の、最後の一文だけを読み上げた。
読み上げて、しばらくは空を見上げて、動かなかった。

月が掴めそうだと、状況にそぐわないロマンチックな詞が浮かぶ。
そんな事を思っていないと――押し潰されそうだった。

駄目だ、と思う。
もう、どうしようもない。

大切な弟の死に、このままでは駄目だと痛感した。
……許せなかった。
弟を助けるどころか死に目に駆けつけてやれない自分が情けなくて、悔しくて。
今もまた、ただ圧し迫る制限時間に怯えるだけで、短い命を刻一刻とすり減らしていく。
全力を持って事態を打開する、せめて自分の今できる事で皆の助けとなる。
そうしなければ、弟に示しがつかないと思った。

だから、何でもしようと誓った。
偶然とはいえあの2人から少しでも離れたこの期を最大に活かして、禁忌の道具に命を吹き込む。
殺人という名を冠した、否定されるべき、忌むべきものでも躊躇わない。
己の命というリスクなど、とっくに背負っている。
どんな卑劣な手でも、使おうと思ったのに。

なのに、この様だ。

……すぐ傍にいる人間が、敵だと知った故。
そして、その人間を強く知るが故。
絶望の二重螺旋は、ただひたすらに安藤を打ちのめす。

それでも、諦める訳にはいかないのだ。
勇気を出す。
……このまま、みすみす殺される訳にはいかない。
むしろ、こうして知る事が出来たのは唯一といっていい幸運である。
通常、この“殺人日記”による予知では自分自身に関する予知は不可能だ。
だがたった一つだけ、その例外がある。
――DEAD END。
死の直前の状況だけは、自分の周囲が分かるのだ。
……あの男が明確な敵である“奴”と手を組んだと判明した今、放置しておくわけにはいかない。
手が、震える。
ガチガチと歯の根が噛み合わず、涙がボロボロ零れてくる。
みっともない。
人殺しという、最低な手段に既に手を染めているのに。
だから絶対に、躊躇いなんて許されないはずなのに。

それでも――無理だった。

ぽろりと、掌から携帯電話が零れ落ちる。

自分は、命を助けてもらったこともある人間を殺そうとしている。
たったそれだけの楔が心に食い込んで、あんまりにも痛かった。

未来に裏切るのは相手だ、と、己を納得させようとする。
けれど、『まだ』彼は裏切ってないじゃないかと、現在の事実が妥協を許さない。

そして、先に裏切る重みに、安藤は耐えられない。
それは人の正しい在り方として、あんまりにも当然のこと。
そうまでして自分が助かる価値はあるのかと、安藤の劣等感は運命の甘受さえ認めつつあった。


そう、この時までは。
この囁きが、耳に届くまでは。


虫が飛ぶような音が聞こえた。
びくりと震え、顔を上げる。
……携帯電話が、振動していた。

のろのろと手を伸ばし、液晶を開いて確認する。
そこには。

「……メール?」

ぱかりと開くと、着信を示すアイコンが点灯している。
特に何も考えず反射で操作し、中身を表示。

「え……?」

記された内容と、送り主の名を見て硬直。

……ああ、この男は。この名前は。

決して、決して許してはならないのだと。妥協してはならないのだと。
この男と、それと手を組むことを選んだかつての同志を葬る事に躊躇をしてはならないのだと。

ただそれだけが、折れた心に浸透していく。
ぽっかりと開いた空洞に入り込んで、代わりの柱となっていく。

触れてはならない場所に踏み込んだ報いを。
――カチャカチャと。
まるで、雑然としていたパズルが4隅を見つけた途端一気に組み上がっていくように。
思考そのものが一気に整然としていくのを感じ取る。

それは飛躍。それは超越。
あるいは、覚醒という陳腐な表現を使ってもいいかもしれない。

何か大切なものが終わり、そして何か恐ろしいものが始まったのだと、自覚する。

やらねばならない事は、シンプルだ。
その為に考えろ考えろ、マクガイバー。
ヒーローは悪を許さない、子供だって知っているとてもシンプルな絶対の真理。

神殺しの刃が、血に浸って錆びていく。
……否。
血を吸い練り込み、魔剣と化す。


実に頭の中がクリアだ。
爽快ささえ感じる。
まるで因果そのものを俯瞰しているかのようだ。

無表情で、高速に携帯電話を打鍵する。
手っ取り早い自己保存の手段は即ち、裏切り者の始末。
つい数十秒前まであれほど重く、動かなかった指先は軽快にリズミカルに。
一切合財の躊躇いなく、蛇口を捻って水を出すこと並みにあっさりと。

あの殺し屋への、完璧なる殺害計画書が提示された。

……だが。

「駄目みたい、だな」

それでもDEAD ENDは変わらない。
裏切り者は始末する。裏で手を組んでいるはずの錬金術師と邂逅する未来はない。
なのに、だ。

何故か?

『安藤――は正体不明の襲撃者に心臓を狙撃され、死亡する。DEAD END』

……一応、あの男はボディガードとしての役割を果たすつもりではあったようだ。
おそらく、裏切りに気付かない振りをしていればこの謎の襲撃者とやらからは本来は身を守ってくれたのだろう。

ボディガードを始末しても、始末しなくても訪れる不可避の死。
正体不明の何物かが自分たちをこれから襲撃するという、暗澹たる未来。
八方塞がり、どん詰まりの四面楚歌だ。
本来なら、回避したと思った未来が結局手詰まりであったことに打ちひしがれるべき状況。
だと、いうのに。

「…………」

顔色一つ変えず、安藤は淡々と打鍵を再開する。
頭の回転が速くなったのは、何かをごっそりと落っことしたからなのかもしれない。
そんな事を心の片隅で思う。
次に試したのは、あの錬金術師の殺害計画だ。
が。

『安藤――は趙公明の攻撃による全身圧壊で死亡する。DEAD END』

「…………」

どういう事だ、と疑問に思うが、答えはきっとシンプルだ。
あの錬金術師と趙公明――神の一派は、手を組んでいる。
ぞくりと、体が震えた。

……繋がった。
なるほど、あの掲示板への書き込みやボディーガードの裏切りの理由、全てに合点がいった。
神に繋がる直接的なラインが存在したのだ。絶対的な後ろ盾が、存在するのだ。
一気に、視界が広がった気がした。
これだ。
これを追っていけば、全てを解決することが出来る。
……そんな錯覚さえ、抱く。

だが駄目だ、まだ自分の死は回避できていない。
この運命を覆さなければ、この情報も全て無駄になる。

目が、血走った。ギラギラと輝きを増す。

戦力を整えていない状態でのキンブリー一派との接触は駄目だ。
殺人日記に『一人しか殺害対象に指定できない』という制限がある以上、同時に多人数を相手にするのは詰みとなる。
現状であの錬金術師には最低でも趙公明と裏切り者という二人が付いている以上、各個撃破せねばならないのだ。

即ち、裏切り者があの錬金術士と直接接触する前に、始末をつけねばならない。
だが、そのままでは正体不明の襲撃者とやらから身を守る術がない。

どうする?
……どうする?

この夜闇の中、精確に心臓を貫く狙撃の腕前。
この謎の襲撃者とやらは、どうやら相当腕が立つと推測できる。
殺人日記でこの襲撃者の始末が出来ればいいのだが――、
肝心要の名前が分からない。

ならば、と名簿を引っ張り出して片っ端から殺人計画を立てようと考える。
もう残り人数は少ない。生存者に総当たりすれば確実に未来が変わるはずだ。
変えられたはずだ。

……しかし。
支給品一式を失った今、それを叶えることはできない。

怯えに呑み込まれそうなのを、ぐっとこらえる。

考えろ考えろマクガイバー。
そうだ、足掻け。
出来る全ての試みを尽くし、決して最後まで諦めるな。
未来の情報は少しずつでも、確実に手に入れている。
それは自分だけの、エドワード・エルリックや鳴海歩でさえ手に入らない大いなる武器だ。
掻き集められるもの全てひとしなみに掻き集めろ。
偽名と分かっている関口伊万里以外の、知っている生存者全てについて殺害を試みる。
たとえそれが、己を仲間と呼んだ人物であっても。

実際に殺す訳ではない。
ただ、仮に殺すことになった場合、どんな状況であるのか。
その上で自分が死んだ時、どんな環境に置かれているのか。
それを調べる、ただそれだけだ。


そして、事態は動きだす。
ある人物の名前を指定した時、殺人日記が吐き出した情報が。

エドワード・エルリックでもリン・ヤオでも我妻由乃でも秋瀬或でも、誰を指定しても未来は変わらない。
あの男に裏切られて錬金術師に殺される、DEAD ENDの文字の前にはいつもそれだけが浮かんでいる。
けれど、けれど。
たった一人だけ、ノイズと共に文面が変わった。
死の運命は覆らない。けれど――、


『安藤――は仲間と共に麻酔銃で動きを封じられ、カノン・ヒルベルトに銃殺される。DEAD END』


「……カノン・ヒルベルト」


かすれた声で、その名前を読み上げる。
これまで予知した未来で全く関与しなかった、新たなる登場人物が、今ここに。

そして、その死がカノン・ヒルベルトを舞台に上がらせる為の鍵となる、最重要の登場人物は。

「鳴海、歩……」

思い出す。
それは、鳴海歩が名乗った偽名のひとつ。
何故だ?
何故、そんなものがここに来て浮上する?

このことから推測できる事は、2つ。
カノン・ヒルベルトという人物は、鳴海歩の知己である。
彼の事情に深く踏み込んだ人物なら、おそらくは――ブレード・チルドレンとやらの関係者か。
鳴海歩が語ったブレード・チルドレンそのものであるなら、なるほど、危険な存在であっても不思議ではない。

そして、だ。
鳴海歩が死んだ途端に姿を現すという事は。
この人物が、どこかからか自分達を――或いは、鳴海歩を監視しているのだ。
きっと、今もまさに。
563創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 17:35:30.74 ID:c6mEfp+H
支援
唾を呑み込む。

鳴海歩の構図の話が本当なら、絶対に殺せないはずの鳴海歩を殺した場合、興味を持って接触してくるのは道理ではある。

そして。
残り人数が少なくなってきた中で、自分たちか鳴海歩か――おそらく後者――を悠長に監視している参加者がそう何人もいるとは思えない。
十中八九、狙撃で自分を殺す謎の襲撃者とやらはこの人物だろう。
自分達と鳴海歩は、もうすぐ合流する。監視されているのがどちらであろうと、関係ない。
その上でボディガードを始末した場合、残る自分が消されるという寸法だ。

……口の端が、上がるのを自覚した。
名前さえ分かれば後は怖くない。
カノン・ヒルベルトの殺害計画を――、

そこまで考え、しかしふと思い止まる。

……駄目だ。
あのボディガードやカノンの始末だけなら簡単だ。殺人日記の殺害計画を頼りにすればいい。
だが、それではエドワードの信頼は勝ち取れない。
自分がエドワードに疑われることがあってはならない。
何故なら、エドワードに全く咎めるところはないからだ。
そして、その力は自分にはない、代わりのないものなのである。

事態の打破が見えたところで、ようやく周囲の事まで気を配る余裕が出てきた、と苦笑する。
……ただ、その場その場を乗り切ればいいというものではない。

そして、気を配るのはエドワードだけではない。鳴海歩も同様だ。
このまま鳴海歩と呑気に合流する訳にもいかないだろう、どうにかして彼の行動を妨害する必要がある。
ただし連絡手段が今はない。
ならば、どうする?

もっともっと自然な形でこの状況をどうにかせねば。
そして、自分がそこに関与していることを、悟られてはならない。
もっと言うなら、殺人日記の使用さえ見られてはならないのだ。
アドリブでの計画の変更は許されない。
偶然ではあるがようやく手に入れた、誰からも邪魔の入らない単独行動、それが今だ。
だからこそ、この機で始まりから終わりまでを見通さなくては。
あまり遅くまで時間をかけては、上のエドワードたちも様子を見に来るだろう。
全てを迅速に練り上げる。

考えろ、考えろ、考えろ。
考える、考える、考える。

……そして、閃いた。
そう、まさしく古典的な漫画のように、電球の灯りを灯すように一瞬で。
565創る名無しに見る名無し:2011/07/25(月) 17:38:55.87 ID:c6mEfp+H
支援
そうだ、何も二人ともを始末する必要はない。
むしろ利用してやればいいのだ。戦力は限られている。有効に使えるならそれが一番だ。

殺害対象にカノン・ヒルベルトを指定。
――鳴海歩を交えた邂逅から、交渉による戦闘の回避。
そしてその後に、単独での呼び出しから殺害までの、一挙手一投足が事細かに表示される。
だが、その大部分はどうでもいい情報だ。
肝心なのはほんの一部分――呼び出し、ただそれだけ。

そこには、未来にて最初の邂逅で得るはずの、簡潔なメールアドレスが表示されている。

――ある世界、ある一点で、天野雪輝が未来から銀行の金庫の暗証番号を拾ってきたように。
安藤はカノン・ヒルベルトのメールアドレスについてそれを行った。

さて。
カノン・ヒルベルトは麻酔銃を持っているらしい。
鳴海歩には死んでほしくない、しかしこのまま合流してもらうのも少々不味い。
ならば、最初に依頼したいことは1つだ。

カノン・ヒルベルトが思った通りに動いてくれるかどうかが心配だ、と思ったが、大した問題でもない。
手先で携帯電話を操作し、対象をあの男へと再度戻す。
そこには、カノン・ヒルベルトも交えた上での新たなる殺害計画書が事細かに記されていた。
なにせ、『完全なる殺害計画書』だ。共犯者とどう交渉すべきかさえ、しっかりと記載してくれている。

熟読する。
……エドワードと合流する以上、これからしばらく殺人日記を確認することはできない。
後はぶっつけ本番だ。

煌々たる月明かりの下――、

安藤はそして、送信ボタンを静かに押した。
指先は震えながら、しかし淀みは全くなく。


たったひとつの冴えたやりかた、と信じたら、何があろうと貫き通す。
ありとあらゆる現実を踏み越え、傷つき、軋もうと、一歩一歩を踏みしめて。
この道の先の困難を知っていても、それでもいつか、望む先へと手を届けよう、と。


**********
Fragment V -The downfall-

【F-5/研究所/1日目/夜】


硬質な反響音と蛍光灯の白光が、その空間を定義する。
カツカツ、コツコツ、カツ、コツコツ。
人工的で精緻な建造物の暗がりは、誰か通れば勝手に気ままに姿消す。

――浮かび上がる影一つ、病的にさえ思わせる青白さで照らし出される。

「……さて。これで侵入できる場所は――全て確認できたかな」

かつてのカノン・ヒルベルトの残骸は、ふ、と人の好きそうな笑みを掲げて独りごちた。
この研究所の地理、構造、そして設備については、ほぼ把握したと言っても良いだろう。
いざとなれば籠城にさえ使えるかもしれない。
とはいえ、手元にある研究棟のカードキーで入れる領域に限ってではあるのだが。

「一番の収穫はこれ、かな?」

手元に持った一枚のペラ紙を弾くと、虚ろな笑みを強くする。
それはいつか秋瀬或が島中にばら蒔いたFAXであり、即ち、この殺人機械がインターネットという凶器に接触してしまった事への証左であった。

――殺人機械は情報の海に接触し得た知識を反芻し、必要な情報のみを抽出する。
Blogから得た鳴海歩のスタンスや掲示板の管理人と思われる結崎ひよのの事などを解析しつつ、しかし最優先とした知識はそのどちらでもない。
“探偵日記”を名乗るものにより得た、携帯電話の有用性だ。

拍子抜けするほど簡単に見つかった銀色のそれは、現在カノンの胸ポケットで沈黙を守りながらも確かに鎮座している。

「なるほどね。こんなものがあったなら、集団行動のメリットは薄いか……。
 歩君があの死にかけとだけ行動を共にしていた理由が分かったよ。
 ……集団自体が形成されないなら僕自身が集団を内部崩壊させるプランは修正する必要があるね」

口調だけは嫌々そうだ。が、しかし声色も表情も、まったくもって平坦なもの。
薄ら笑いのままに、無垢ささえ伴って首を傾げる殺人機械。

「さて、どうする?」

その時だった。
“未だ誰も番号どころか存在さえ知らないはずの”その胸の携帯電話が振動した瞬間は。


**********
Fragment W -The legacy-

【F-5/神社/1日目/夜】


探偵、秋瀬或は最後まで己であり続ける。

動かない体で這いずりながら、漸進する。
顎に食らった一発は平衡感覚をかき乱し、一歩の距離がまるで千里の砂漠のようだ。
明滅する視界は切れかけた電球のように次第に弱々しく灯りを落としていく。
躙る。
躙る。
……躙る。
手を伸ばし届いたモノを引き寄せ確認する。
安堵。

……取り落としたこのメモ帳は被弾もしていないし、血に濡れてもいない。
これを使えば、受け取るべきものへと繋げるはずだ。

気になるのは、と脳内で前置きし、思索する。

攻撃が正確すぎたこと。

東郷の訳の分からない叫びはこの際置いておく。
理屈の分からない事を考えるのには残された時間はあまりに少ない。
ただ、とにかく、あれが攻撃の合図だったのは間違いないだろう。

……しかし、だ。
窓さえ完全に目張りし、外部からは内部の状態が把握できないこの社務所の壁越しに、どうやって正確な銃撃が可能だったのだ?

何らかの手段――そう、たとえば首輪探知機の様なものがあったとして、それで場所を把握した?
否だ。
だとするなら、あまりにもタイミングが良過ぎる。
ならばそもそも、東郷の叫びと言う合図すら必要ないのだ。
偶然の一致と片付けるには余りにも馬鹿馬鹿しい。
……目張りをした以上は、この建物に自分たちがいる事は夜闇の中ではまず分からない。
そして、ここに入る時にも誰かに見つかるようなヘマはしなかった。
自分が一人外に出た時もまた同じくだ。
となると、自分とエドワードが交渉をしていた最中に、襲撃者は確信に基づいてここに近づいたことになる。
自分たちがここにいるという、確信を。

更に言うなら、襲撃者の攻撃手段がそもそもおかしいのだ。
壁越しの銃撃、などというこちらの正確な所在を知った上でもまともに命中するかも分からない方法だ。
そんな事をするよりもこの社務所の入口の見える位置に陣取って、こちらが出てきた時に攻撃を加えればいい。逃げ道をほぼ塞ぐことができる。
にもかかわらず、襲撃者は確信を以ってこちらを攻撃したのだ。
自分たちがここにいるという、確信を。
……確信とは、どういうものか。
それは、絶対に正しい情報があるからこそ成り立つものだ。

絶対に正しい情報とは、何か?
“必ず実現する”情報を手に入れる手段を、秋瀬或は知っている。
この島に生き残っている、誰よりも。

……この襲撃を実行するには、“内部の状況を把握できる”何某かが外の誰かに合図する必要がある。
そして、襲撃者が壁越しの銃撃などという胡乱な攻撃手段をとったのは、『それしかできなかった』からしか考えられない。
何故、壁越しの銃撃しかできなかったのか?
単純だ。
“それしか与えられた情報がなかった”からだ。
……正確な情報をすべて伝えれば、“自分ごと殲滅される”可能性もある。
しかしこの手段ならば、“襲撃者と何某かが互いに顔を知られることなく”事を済ませることができる。
お互いのリスクを低減した上で、メリットを共有することが可能なのだ。

自分を消した理由は――おそらく、こうした推測が可能だからだろう。
手引きをしたという事実を特定される訳にはいかないからこそ、ついでとばかりに葬ったのだ。

――これができる人物は、そしてそれを可能とする手段は。

……頭が、ぼんやりと霞がかってくる。

伝えねばならない。

伝えねば。


伝えねば――、


そして、出来れば。
自分の愛する者が、幸福な人生を再度送れるよう――取り計らってもらいたい。
それだけが心に残る最後の、


**********


さて、こんなところかな。
後は君たちのお察しの通りだ。
私の暇つぶしに付き合ってくれてありがとう。

全ての種は放送の前に全て撒かれていたという事さ。
破綻は必然だった。
こういう形でなくとも、いずれは……ね。

ほら、そろそろ現在も動き出す頃合だ。
知りたいのだろう? 果たして、彼らは今どうなっているのかをね。
行ってきたまえ、そして見届けるといい。

ああ、また私の暇つぶしに付き合いたいと思ったなら、いつでも来てほしいな。
歓迎するよ。


**********


570この病は死に至らず ◇JvezCBil8U代理の代理
座り込んでいることさえできなかった。
力が入らず、勢いよく上半身が地面に倒れ込む。
エドワードの体から抜け出ていくのは、きっと、目に見えるものだけではない。

薄れていく意識の中で、安藤が何かを言いながら駆け寄ってくるのが見えた。
心配するな、と言おうとして、胃の奥からこみ上げてきた血がごぼりと口から洩れる。

「やべぇな……、死ぬかも」

そんな呟きすら、溢れる血は許さなかった。
体そのものが冷えていく。
痛みさえいつの間にか消えていた。

色々なものが眼前をよぎっていく。
昔の記憶、今の記憶。
ずっと隣を歩いていた弟。
取り戻したかった母。如何とも形容しがたい、父。
師匠からの虐待の日々や、旅の中で出会った人々。
敵として戦った人も、人でなくとも人らしかったものも、己の中にしっかりといる。
遡る時間の中には、特に忘れがたい思い出が焼き付いている。
禁忌の日。燃え盛る家。決意の朝。
踏み出した足と手は鋼に包まれていた。

虚ろな目で、視線を動かす。
……ああ、そうだ。
この足と手で、ずっとこの道を歩んできた。
この足と手が、ずっとこの背を支えてくれた。

金色の髪が、目の前でなびいた気がした。
その笑顔を救わなければならない。

終わる訳にはいかないと、酩酊する頭でそれだけを形を確かにする。
けれどこのままでは助かるまい。
きっとこの体の死は免れ得まい。

さあ、どうするエドワード・エルリック。

損傷した肉体というハードが、まともな思考を許してくれない。
……だが、それがどうした?
答えは既に己の内にある。

この島は、ありとあらゆる物質的なモノと数多の魂で編み上げられた巨大な錬成陣だ。
安藤はそこに、三次元の座標という新たな視点を組み込んでくれた。

……だが、本当にこの錬成陣はそれだけか?
形あるものに、囚われ過ぎていたのではないか?

錬成陣の本質とは、情報の配置だ。
何処に何があるか、それを以って意味を形作る事でこの世の真理を教え説いているものだ。

……ならば。
形など、物質的な場所など、それに代わる媒体があれば、意味をなさないのではないか。
覚束ない手で、ゆっくりと懐に手を入れ、取り出す。
大丈夫だ。
幸いこれは、壊れていない。
携帯電話を手にエドワードは、咳き込まぬようゆっくりと息を吐く。