以前刑部が見せた足運びを少しだけ意識して入り口から無音で距離をとった。
強く息を吸う。高ぶる心臓は一瞬で静かな歯車と化して――
「そこで……止まって下さい」
労わりや思いやりといった正の感情を全て敵意に置き換えた、他人に脅威を感じさせる声。
自分自身で驚いてしまう、姉が聞けばきっと悲しむだろう声。
『……』
効果はあった。足音も扉越しで止む。更に足は数歩下がり、手は柄に触れて力が込もる。
『……ふむ。よかった、毅然とした声もちゃんと出せるんだね』
『変な虫くらいあしらえるよう、しっかり鍛えてきましたから』
「え」
全く動じた様子はないその声は、まさか。
想像した正体に驚かされて張り詰めた糸が切れ、動揺と喜びの溢れる心に従って扉を開け放つ。
「あ……」
高野晶と刑部絃子。強い孤独を感じた自分にとって、二人はなじみの深い顔だった。
□ □ □
事情はある程度分かっている。知りたいだろう疑問も答えられる。
そう言われた八雲は最初は戸惑うが、やがて二人に従うことを決めた。
決め手となったのはサラの姿を見た両名の反応である。
叫んだりはしないものの、普段の表情を崩し悲しみをしかと露にしてくれたから。
任せて欲しいというので刑部に頼むと、高野に促されて保健室を外に出る。
他の仲間を案内すると言われて付き従うままに廊下を進んでいた。
「部長、ありがとうございます。私一人だったらきっと……本当に、助かりました」
「……巷に雨が降るごとく。私達は部員と部長、でもその前に友達だからね」
「――はい」
安堵を見せる八雲に高野は内心で謝罪した。
先程の声で察したのだ。この心優しい後輩は、優しい友人の優しい妹は、日常と大きくかけ離れた決意を持って扉の前に立っていたと。
サラをあらゆる厄災から――止むを得ないと表現される事象からさえ護ろうとして、その全てを気負っていたと。
だが自分達が来たためにもう大丈夫という安心を与えてしまった。なのでそれを詫びる。
いくら自分達でも人の傷を癒す魔法はない。容態について詳しくは残った刑部が診ているだろうが、恐らく――。
「私達は今、結構な集まりになってるの。ハリー君と種田さん……昼に会ってるわよね。それに私達のクラスの砺波さんに……花井君」
「え……」
さっと表情に影がさす。
花井には悪いが、八雲が反応したのは彼ではなくハリーと種田なのは明らかだった。
最後の一人、播磨拳児についてはわざと抜かす。
まだ到着していないだろうし、何よりせめて最後にいいニュースが残されていたほうが幸せだから。
「……ねえ八雲。サラは貴女に何か言った? こういうことがあった、とか」
「いえ……気にはなりましたが、それどころではなくて……」
「そう」
ぴたり。薄暗い曲がり角のあたりで足が止まる。後ろをついていく形だった八雲も合わせ止まった。
すう、と高野は強く息を吸い振り向くと、後輩の両肩をそっと抱くように掴む。
窓から少し遠ざかればそれだけで表情もはっきりしない。だが真剣な瞳で射抜かれていることを八雲は自覚した。
「部長……?」
「サラについて、落ち着いて聞いて欲しいことがあるわ。先に言うけれど皆がそれを信じてるわけじゃない。
分校に来た目的の一つはそれを確かめる事。平瀬村で一体何があったのかをね」
「は、はい……」
ただ事ではない雰囲気に八雲も緩みかけた気を引き締める。
高野はゆっくりと一つずつ、雪野の死、種田の証言、サラの容疑について語りだした。
□ □ □
ハリーと種田、それに花井の三人は校内の手近な一室にいた。
錆付いてもう閉じれないだろう折りたたみ式の机。それらが四角形の卓となりパイプ椅子が転がっている。
ひび割れ歪んだ黒板には微かなチョークの跡。しかし書かれていた内容を読み取ることはもうできない。
会議室だったのだろうそこは校舎の他の場所と同じく殺風景だが一つの特徴があった。
それは面積のわりに窓が広いこと。おかげで互いの喜怒哀楽くらいは見て取れる。
分校は結局、誰かが来たのは間違いのない状況だった。
刑部が荷物を運ぶのに利用したストレッチャー、どこへ消えたと思っていたそれが壊れた状態で放置されていたのだ。
誰かというのが八雲もしくはサラである可能性は極めて高く、二人ともに関わり深いのは高野、刑部、花井の三人。
話し合うには同性がいいだろうということで捜索は茶道部の役割になり、残った彼らはその結果を待っていた。
「……」
ぎぎぎぎぎと錆びた金属のきしむ音が立つ。
数少ない椅子の上に座り体を前後させているのは種田。
デジタルカメラや食料などの入ったリュックを卵を抱える親鳥のようにしかと腕に抱いている。
(どうしよう……どうすれば)
その脳は、不安な仮定を生み出しては不安を煽るという不毛な行為に専念していた。
探しに行った高野達が今は何をしているか、誰と話しているか、どこまで知ってしまったのか。
もしサラを発見すればその怪我に驚くだろう。そして当然理由を聞く。雪野についても否定されるに違いない。
そうなれば矛盾を解決すべく今度はこちらを問い詰めてくる。その時に一体何を言われることか。
嘘を認めたりなどしないが、それでも暴かれてしまったらどうすればいいのか。
「種田さん、疲れているのでしたら眠ってもかまいませんよ? 移動前に起こして差し上げ――」
「いっ、いいっ!」
壁にもたれリラックスしているハリーと何故か正座して目を瞑っている花井。
種田は二人に対しても不思議そうな目で見てしまう。実際に不思議だったのだ。
何故――まるで安心できないのかと。この二人が味方してくれるなら怖いものなどないはずなのに何故、と不思議だった。
心細さは精神の安定を求めて口を開かせる。
「ねえハリー君……信じて、いいんだよね? 信じてくださいってさっき言ってたよね!?」
「イエス、オフコース。私を信じてくださイ」
ハリーの滑らかな言葉。それを聞いて彼女はようやくほっと安堵の息を吐くことができた。
そして覚悟を固める。もう発言を取り消すなんてことは考えない。退路は断たれたが大丈夫、信じてくれる人が――
(……あれ、何か変じゃない? 私をハリー君が信じて欲しいのに、ハリー君を私が信じるんじゃ結局)
「――ム。来たようですね。数は……二人ですカ」
ぱたぱたと早足の気配を感じ、孤狼の瞳はつけなおしたサングラスで隠れてしまう。
『信じる』という言葉に対する食い違いを認識しかけたところで彼女の猶予は終わりを告げた。
(……いいわ。来るなら来なさいよ、一年生なんかに私は負けない!)
足音は慌てている。きっとサラ達と出会ってしまって話を聞き、その足ですぐさま真偽を確かめにきたのだと種田は思った。
□ □ □
「本当に……本当にそれは、サラだったんですか?」
「そうだよ。サラちゃんだったよ」
「……そんなはずは……信じられません……ありえない……」
強い声が響いていた。
認めないという拒絶の声。
ありえないと全身全霊で切り捨てる声。
大の仲良しに被せられた、いわれのない濡れ衣を否定する声。
記憶として残すにさえ値しない、突飛すぎる話を退ける声が響いていた。
「あの村で、とても悲しい残酷なことがあったのは……信じます。
でも、それが……サラなんて。どうしてそうなるんですか? どうして……っ」
強さの後にはそれ以上の弱さが溢れていた。
近しい存在を中傷された悔しさに声は涙ぐみ双眸は熱いもので滲んでいく。
高野は極力八雲を傷つけぬよう温かな膜で包むように事件を伝えていた。
しかし目撃者であり誰よりも公平に語るべきだった種田はその上から刃を差し込んだのである。
昼にも聞いた悪しき物語――それを更に改悪したものを八雲は否定していた。
「でも、私は見たもん。人違いなんかじゃない。あれは確かにサラちゃんだった」
「サラが……サラが今、どんな状態にあるか、知ってるんですか……!?」
「――え、えぇと? ど、どうしたの?」
切なく霞む語尾を聞けば、種田であってもさすがに気の毒だという気がなくはない。
だが彼女は気をつけて取り扱わねばという観念もありここで答えてはいけないと発言を濁す。
控えているだろう言葉はまさかそんな! という風に受け取らねばならないと考えていた。
「どうしてかは知りません……でも、とても酷い怪我をしていました……立つことだって、できないほどの……」
「け、怪我!? そ、そうなんだ。私達、全然知らなくて……ご、ごめんね」
「……」
急ごしらえの台本通り、種田は驚いたふりをした。
『衝撃の事実』に花井らはさぞ戸惑ったことだろう。その心に隙ができた一瞬が好機。
すかさずサラ達を気の毒に思い、失言を反省したように見せれば自分への印象はぐっと良くなる。
周囲に混乱と希望が同時に起きることを期待していた。少し引いて仲間達の表情を伺い――
「ね、皆も驚いた…………あ、あれ……ねえ…………皆?」
言葉がない様子といえばそう。だが花井も高野もハリーも呆然としているのかと言われれば違った。
用意された場面で役者達が監督の思ったとおりに動いていない場違い感。
それが自分に向いているのだと種田はようやく知るに至る。
「どしたの……ね? さ、サラちゃん……雪野さんを殺したサラちゃんが――」
「今も苦しんでいるのに……そんなことは、とても無理です……」
「あ……う……」
生まれた戸惑いと八雲に詰め寄られたことで、おぞましい言葉は徐々に途切れていく。
話を信じ込ませようと慎重に進めていた種田の心の手綱が緩んだ。
そうなれば最後、憎悪の意思を根幹とする言葉はまどろっこしい回り道などしない。
天秤は一気に傾き、本能が目指す核へと直進するのみだった。
「じゃあ……殺したときはまだ余裕あったんだよきっと。ほら火事場の」
「違います……違う……!」
きゅっと締まって強張るのは美しく整ったものであるはずの八雲の頬とその上縁。
可憐な唇からの息遣いは荒く、細い肩の位置が高くなり、柔らかな指先は硬く握られた拳を形作る。
一時は収まりかけていた感情――それが急激に膨張し少女の中で臨界さえ迎えようとしていた。
「種田君、もうやめてくれ。これ以上は僕も辛い」
擦り切れそうな声の八雲と突然甘ったるく残酷に傾く種田。二人を見ていられなくなった花井が静止する。
彼は焦慮の連続で耳を塞ぎたいに違いない八雲の気持ちを考えていた。だが――
「……花井君、私とこの子どっちを信じるの?」
「なっ」
矛先を返し逆に花井をたじろがせる種田。
これは垂れ降ろされた最後の糸。そんな内心の焦りが彼女を見境なしに仕立てていた。
熱弁を振るい今一度主張を繰り返せば、誰かの心を少しでも惹きつけることができれば、まだ信じてもらえると信じているのだった。
(それに、八雲ちゃんさえ私がやったのだとまだ知らないみたいだし……!)
どうしてか肝心のそれが伝わっていない。なので余計に喧伝するなら今のうちだった。
後でサラから聞いて矛盾が生じたとしても結局物証はない。
印象一つ、話の順番一つで人は評価を逆に違える。
明らかになる前に心寄せてもらえれば、もしかしてと思って貰えれば、
灰色のドローくらいには持ち込める――荒唐無稽な魂胆で彼女は邪悪な嘘と続けていた。
「花井先輩は……否定しなかったんですか? もしかして、と思っているんですか……? 部長も――」
「! それは」
「八雲」
「……失礼、します」
「ちょ――」
心に響くことが多すぎた。それらは全て杭を打ち込まれる痛みをもたらすだけ。
それならと八雲は話を打ち切って部屋を出ようとする。
「待ってよ、話はまだだから。あの留学生が雪野さんを殺したのなら――」
だが種田は追いすがった。好機に見えたのだ。
自分から花井や高野へ温度差を作った八雲、その背は逃げる者のそれでありこちらの旗色は良し。
手を伸ばし肩を掴む。そのまま自分のほうを向かせようと力が篭められた。
「! 待って――」
その時に高野が止めようとした相手は果たして誰だったのか。
しかし間に合わない。待てという種田の命令に八雲が先に答えてしてしまったから。
それは傍観を決めていたハリーさえ驚かされ、そして子供さえ分かる返答だった。文字通り種田の世界をひっくり返す荒療治。
「――」
「へっ!?」
種田が声を出したのは八雲に何か言われたわけではない。
彼女の目に残っていたのは振り向きざまに掴まれた自分の手。
そこからの不可視の力に足が浮き、遠心力を感じ、視界が線になったかと思うと流れていく。
次の瞬間、下からの強い衝撃に意識が貫かれ世界が白く弾けとんだ。
「がっ――!?」
数秒後、焦点が戻った彼女の目の前にあるのは小汚い木の板。舐めれそうなほど近くにある床木。
逆立ちになったつもりもないのにどうしてと、答えが届かぬうちに種田は手首が少しだけ捻られるのを皮膚の感触から悟る。
地面に面する顔と体に反し、捕まった片手だけが重力に逆らう方向へぐいと伸ばされた。
彼女が一瞬で想像したのは――丁度部屋に詰まれている折りたたみ式の机の足。
その関節部を、力ずくで逆方向に曲げるイメージだった。
「な――ぁっ、あい゛だだだっ!」
「八雲君!」
人体のつくりに逆らおうとする力を察知し、それをやってはいけないとする本能からの警告。
同時にやってきた激痛――落雷を受けたようなそれに種田は獣の悲鳴で叫んだ。
絶叫と花井の声が重なるとふっと肩から先が軽くなる。べたんと落ちて胴体は完全に地に這い蹲る格好をとった。
解放されても酔いにも似た気持ち悪さがその頭から抜けない。揺らされた脳への衝撃が彼女の気分を蝕む。
「ううぅ……痛いよ、気持ち悪い……はあっ、はあっ…………こ、この!」
苦痛が引いて入れ替わるように寄せてくる怒りの波動。
種田は千切られるかと思った腕を抱きしめ指の動きを確認しながら、首だけを動かし八雲を睨みつける。
睨まれた八雲も表情は硬く凛然としていて、二人を諌めようとした花井と高野もすぐには言葉が出せないでいた。
「ヤクモ。貴女の大切な友人を侮辱した事、皆を代表してお詫びさせて頂きたい。
そしてどうやら彼女は大変な状態にあるようですね。一刻も早い回復をお祈りしまス」
「――っ!?」
だがあえて外野に徹していたのが功を奏し、八雲の作った空気をかき混ぜようと素早く試みるハリー。
顔は同世代の異性らに見せる甘いマスクではない。サングラスをしているが、人を率いて責を背負うものの表情だった。
「……そうですか。それでは……」
「ですが私としては否定して頂き助かりました。種田さんの見たものが真実か、実のところ確証がなかったものデ」
「そんな、ハリー君!」
暴力を振るわれた私を無視して何を。種田は唐突に思えた彼の変化に抗議する。
嘘をついているだ信じてもらえる状態にあるはずだから。
「何でそんな……『私を』信じてくれるんじゃ」
「ハイ。『私を』――『ハリーマッケンジーを』信じてください。ところで――サラの怪我を教えて下さらなかったのは、ホワイ?」
「! な、なんで? し、知らない……知らないっ! 私は……知らなかったよっ」
「おぉ、なるほど知らなかった……まあいいでしょう。本人から聞けばはっきりしまス」
「っ!」
あがきを見せた種田だが、その死刑宣告を前に絶句した。
こうなる前に行動を起こすべきだと後悔し、そして自らがずっとハリーに見守られていたのではなく監視されていたと理解が追いつく。
目の前に音立てて迫ってきた破滅に口も体も動かない。
その心臓だけがエンジンでも入っているように激しく高鳴っていた。
燃費は悪いのか何もしないまま喉の奥は乾ききり、次から次へと顔を伝う汗にジャージのじっとりした重さを自覚する。
「それは……私が聞いておきます……」
「あ……あ、ああっ」
この状況で公になれば。崩壊の二文字がその脳裏をよぎる。
最悪を避けるにはサラの口を封じるしかないがそれはもう魔法が使えたらというに等しい。
それを自覚すると種田の膝が目に見えない圧力に折れかけて、頬を重たい汗が流れていく。
「待ってくれ八雲君。頼みがある」
パッと種田は顔をあげた。まだ味方だろう人がいることに気付いたから。
だが――全力で縋らせて欲しい相手が見ているのは、足元ではなく正面の少女。
「サラ君に、会わせてくれないだろうか。実は……彼女と僕は、お互いが島で最初に出会った相手だったんだ」
チャラッ。花井の掲げた手にある手錠の残骸が擦れて音を立てる。八雲はハッと表情を変えた。
□□□
「最初に……それなら……っ」
堪えるように息が吸われる。それだけで空間にひずみが生まれたように思った。
一緒にいながらどうして。一体何をしていた。そう言いたげな色が切れ長の瞳に宿り、そして自分を射抜いていく。
睫毛の先までが気が通っているように心なしピンと張っていた。
ミステリアスで誰とも違う異質な雰囲気を持つ八雲だが、彼女が他人を責める思考をしないはずないのだ。
彼女は人一倍の感情を、多くの人が共感できる人間らしさを持っている。
今しがた種田にしてみせたように、大切な人のため、譲れないものの名誉のために、暴力であっても
思い知らせてやりたくなるのがその代表例。決して特別な人間ではない――それだけなら。
「サラ君のことは……僕のせいだ。彼女に誓った僕がそれを護らなかったせいだ。
今の質問に答えるなら、僕は種田君の話をまさかとは思っても、それは違うと否定することはできなかったよ」
「……そうですか」
失望が隠し切れない八雲の反応は当然だった。
自分は、聞いていたはずなのに。
たまたまその場にいたに過ぎないかもしれないが、サラが話してくれたというのに。
人に自分のことを話すのは知って欲しい意思の表れだ。知って、助けて欲しいということだ。
聞く側がそれを受け取らず、自分の都合だけを投げ返せばそれは不幸を作り出す。
「だからこそ謝らなくてはいけない。何かが解決するものではないと分かっている。
約束を破った男が何を今更だ。だが、どうか頼ませて欲しい」
「…………それは、サラのためですか? それとも……花井先輩が自身を納得させるため、ですか?」
「両方だ。分けて考えるなどできない。しかしきっと自分のためと聞こえただろう。だからこれを見て欲しい」
壁に寄せてあった自らのリュックの口に手を入れる。
中から取り出したのは特別に目を引くものではない。それは矢神の男子なら誰しもが持っていて当然のもの。
「ほら、ここに名前があるだろう。途中で拾った僕の制服だ。拾ったというのは、実はこれは僕がサラ君に押し付けたものなんだ」
「え……」
「夜は寒いと思ってね。もう少し詳しく言うと、これは村からこの分校に繋がる道の途中に落ちていた。
刑部先生達と合流したあたり……つまり君が先生と別れ、サラ君と出会った場所の近く……でいいと思う」
八雲に返事はない。当時は気が回らなかったがあったかも――と考えているためだろうか。
何にせよ高ぶった感情を持続できないでいるようだった。そのことが人を思いやる優しい心こそが彼女の本質だと感じさせてくれる。
「都合のいい考えだが、きっとサラ君は僕のおせっかいな気持ちを汲んでくれたんだと思う。
最後まで預けた制服を持っていてくれたんだから。邪魔で煩わしいと思ったなら捨ててしまえばよかっただろうに。
優しさを残してくれた。ならばそれに報わなければ。どうだろう……これはサラ君に会わねばならない理由として不適切だろうか?」
「先輩……」
知らないものを見せられてどうしていいか分からないと、表情が曇り鋭さが乱れていく。
だが、室内から空気が流れていくのは感じた。
風はない。ならば気のせいだろうか――いや違う。
はっきり口にできたおかげか自分の胸中は新鮮な空気を詰めたように清清しい。
空気が流れていったと感じたのは、だからだと思った。自分の右往左往の心が向き合う決意で定まったからだと。
その場を支配していたもの――八雲からの張り詰めた緊張感が中和したように感じる。
「……失礼なことを口にして……すいませんでした」
「! では」
「はい。実はサラも……先輩のことを気にしていましたから」
「そうか……八雲君、ありがとう!」
がばっと大きく頭を下げて、勢いそのままに土下座する。
これ以上の感謝の表現は知らなかった。幼馴染が見ていればみっともないから止めろというところだろうが。
驚かせてしまったのか目を何度も瞬かせる八雲。何故か視線は自分の顔より上を向いている。
「……正直、ですね」
「ん?」
「今、少しだけ……いえ。なんでもありません……」
□□□
いくつかの要素は、結局どれひとつとして予想を超えることも期待を逸れることもなかった。
結成直後の大事な時期とはいえ少々慎重に事を運びすぎたかと、ほぼ決した情勢を見つめハリーは判断を下す。
種田は故意にとは言わないが雪野美奈を殺している。
もし彼女でないのなら――必要ないのだ。
ことさら分校を避けようとしなくていい。
行くと決まって怯えに近い不安を見せなくていい。
サラの犯行をやっきになって信じさせようしなくていい。
途中の『拾い物』いや『落し物』も、サラが犯人とするには不自然であることを示唆していた。
あとは彼女の証言を待つのみ。
望むのは種田に殺されかけたこと、雪野を殺していないことの二点。
前者はデジタルカメラの記録を公開すれば言い逃れはできず、
後者は嘘と隠し事をしていた種田に自然と疑惑が行くだろう。
処遇については――最もチームの益になる形をとればいい。
「……私もいいの?」
「はい……サラも会いたがっていると思いますから」
八雲については高野、花井がうまい具合に落としどころを見つけてくれた。
自分はそう良い印象を持たれていないだろうがサラを尊重している限り障害にはならない。
花井も折れた骨を繋げることに成功している。覇気が戻り力強さが感じられた。
「では我々はここで待機している。移動することになったら及ばずながら手を貸そウ」
道中での高野の話によれば、周防美琴も分校に来る可能性が高いという。
既に二人を手にかけた天王寺がついてきたとしても、自分が始末をつければいいに過ぎない。
良い風が吹いているのが実感できる。真夜中なのに疲労を感じないのがいい証拠だった。
「あ、あの……サラちゃんの、こと」
「少ししたら私が戻ってくるから。それまで種田さんはここで待ってて」
最後、執念にも似た食い下がりは高野が抑えた。
鋭い彼女のことだ、種田がもう詰んでいることを十分に理解しているだろう。
今の声で足を止めかけた八雲も特に何も言わずそのまま部屋を出て行く。
「フム。ジャッジは下る、カ」
「ひっ――」
締めくくりのつもりでそんな表現を発した。
それを聞いた種田がぺたんとその場に座り込む。もう精神の均衡を図る手段がないことを示していた。
できるのはそう――逃れられぬ破滅に頭を抱き全身を震わせるだけ。
枯れ気味の、短い悲鳴を上げながら。
□ □ □
歩けば意外と大きく音が鳴る廊下。窓からの淡い光が薄い影を幾重にも生み出し像を結ぶ。
幻聴や錯覚の手助けとなるそれらは夜の学校の雰囲気を煽り立てる一要素。男女が並び歩くシチュエーションとしては悪くない。
ありがちな展開としては不安に飲まれて口数が減るか、それとも気を紛らわそうと饒舌になるかのどちらかだろう。
他にもあるかもしれないが、全く意に介さず話をするのは珍しいに違いにない。今の自分と八雲のように。
「今鳥先輩とは……どうでしたか? 別行動をとったのも、もしかして……」
「それは違う。サラ君と楽しそうに喋っていたし、面倒は嫌という理由であるがあいつは女の子と喧嘩などまずしないよ。
それに……うまくいえないが、あのときは普段の無責任な様子と違ったんだ」
会議室から離れて少し、八雲からの質問に受け答えする。
この島で誰と出会ったのか? トラブルの気配があったか? 本人の様子は?
次々と口をついて出てくるそれらは結局一つのこと――即ちどうしてサラがこんなことに、の一点に集約することができた。
「では……種田先輩とサラの間に……何か、ありませんでしたか?」
「……君も知ってのとおり、確かに種田君はサラ君に不信感があったようだ。
しかし僕がいた間は、特に。話を聞くにも、見てのとおり彼女は冷静になれないようで」
未だかつて、ここまで彼女に耳を傾けて貰えた経験もなければできるだけ黙っていたいと願った経験もない。
責任を放棄した報いだろうか。サラへ凶行に及んだのは種田かもしれないという話は未だ切り出せないでいた。
思い切りを悪くさせている原因はここまでの八雲とのやりとりにある。
彼女の小さな口を開く言葉はその全てがサラに関わりのあった人間一人一人を確かめるもの。
(八雲君……だがそれは君に一番……)
悲しかった。八雲のほんのり朱色だった瞳には今、赤黒い小さな種火が宿っている。
それはやがて彼女に最も似つかわしくない色をした炎――猜疑心や憎悪と呼ばれるものへと変異するに違いない。
言葉は普段どおりでも負の感情が膨れればそれは不可視の糸となり束となり、五体に繋がり支配下に置く。
先程の種田にしたような仕打ちはその片鱗だ。俗っぽく言えばキレたという表現になるのだろうが
八雲の場合は熱しやすく冷めやすい瞬時の暴走などではないように見える。
前もって思考とイメージを積み重ねていて、しかるべき時を待ち意図した上で力を振るう――そう見えたのだ。
力任せで同体重の相手を投げることはできないし、背中からではなく頭から落とすのは技量が求められる。
もっとも、それができる人間は意図的に狙わない限り避けてしまうもの。なので相手を考慮しない意味ではキレた、というのも正しいが。
「些細なことでも構いません。先輩、何か心当たりは……?」
「あ、ああ……そうだな、ううむ……種田君か……」
どれだけ頼まれても首を縦に振る気は起きなかった。
知っていること全てを話せば八雲はどうするのか、それは分からない。
だが彼女がどんな手段に出ようとも、それは果たしてサラの望む形なのだろうかと疑問だった。
もうすぐ再会できる少女のイメージが二の足を踏ませている。記憶の彼女が自分を止めてくれている。
(今更にしてサラ君のことを第一に……か。花井春樹、お前が最初からそれができていれば……くっ)
きりのない後悔を強引に振り切る。サラは告げたくないと思っているのだ。
そもそも八雲があれこれと聞いてくること自体、何も知らされていないこと自体がそれを証明している。
やはり勝手に自分が教えるのは憚られた。
「種田さん、何だか落ち着いていられないみたいだったわね。仲の良かった塀内さんを失って、次に雪野さんも」
「……辛いのは分かります……でも、だからといって、サラを悪く言うのは……間違っています」
「そうね。ごめんなさい八雲。私達もあまりクラスメイトの彼女に強く言えなくて。でもサラのことは信じているわ」
「はい。先輩達の立場も……分かっている、つもり……です」
考え込み口数の減った自分の代わりを高野が自然に勤めてくれた。
彼女にはなんとなく今の苦悩が伝わっているような気がしてならない。
それは、自分もなんとなく彼女の仮面の下の思考が分かる気がしたからだった。
彼女――高野晶は何を考えているのか。ヒントとなったのはその視線。
普段から鋭くはあっても冷たくはなかったはずのそれ。よく自らに向けられていたので違いが分かる。
では一体誰に。種田か? 違う。答えは――――誰でもない。
(なんとなくだが……)
高野が眼光で射抜こうとしているのはもしや彼女自身、なのではないだろうか。
ハリーも彼女も機会はあったろうに八雲に肝心なことを伝えなかった。
自分はサラへの配慮に加え自らに人を断罪する資格があるのかという理由もあるが、二人は問われる立場にない。
にも関わらず黙っているということは、サラ本人に語らせるのがベストと思っているためだろう。
そうすると高野が自身を睨む理由は、命の危うい後輩さえも思考という歯車に組み込んでいるから――という説明がつく。
本当は効率や打算なく全力でサラの味方をしたいのではないだろうか。
「……ここにサラ君が」
「先に私と八雲が入るから。花井君は声をかけたらね。さて……先生、いらっしゃいますか?」
ノックと同時に高野が自分と八雲の間に割り込んでくる。
ああ、と室内から声がして灰色の扉が音を立ててゆるゆる開かれた。
「……」
二人が中へ入り廊下に一人きりになる。
会議室からこちら、そう距離はないのにずいぶんと長い廊下だった気がした。
■■■
想像していたのは少しだけ幸せに近づいた光景。
親友が落ち着いた呼吸で眠っていて、それを優しい視線が見つめている。
欠けた白磁のような顔は血色がよくなり生きる息吹が感じられて――。
「あ……眠れなかったの?」
「少しは、寝たよ。今は……先生に包帯を、っ、取りかえて……」
「だめ……無理しないで……」
しかし短い時間でそう状況は改善されない。
世界にそんな甘い作用はなく、不幸は重なりこそすれ終わってはくれない。
今更なことを努めて受け入れようとしながら無二の相手をそっと伺う。
気を引かれたのは扇のように広がり波打つエメラルドの海。
部屋を出た頃と違う。髪が解かれて中途半端な状態から自由に解放されているのだ。
それは彼女のとっておきの変身方法。その外見を無邪気な少女から目が眩むほど麗しい高潔な聖女へと押し上げる効果がある。
(だけど――)
自分は知っている。本当のサラ・アディエマスはもっと美しいことを。そして知っているために気付いてしまう。
頭髪の僅かな乱れが、端々の張りの弱さが、色白の肌に脂汗で吸いつく様が。
繊細でありながら瑞々しかった髪の毛の一本一本、それらの鮮やかさに濁りがあるのが――目に付いてしまうのだ。
視線を逸らすと解かれた包帯が束となってベッドの脇に積まれていた。それらの色は悪い。少なくとも白ではない。
自分が使用したものは新品とは言えなかったがそれでも汚れてはなかった。
変色の原因を思うと容姿の変化と伴ってひどく心細く感じる。
「勝手ですまないね。だがこんな環境では清潔さが大事だ」
「いえ……」
その代わりというか――喋る間も続く刑部の手の動きは見事だった。
細い指一本一本が独立して動き、小指と薬指さえも別々に動いて布を留め隙間をつくり包帯を通していく。
教師として技能を修めただけとは思えない、非常に慣れた手つき。
変なところで膨らんだり曲がったりせずサラの白い肩から手首までを違和感なく整えていた。
焦っていたのもあるのだろうが、自分よりよほど丁寧で適切に処置されたのだと一目で分かる。
手錠もうまく避けていてもう一方の腕や首元の結び目も無駄がなく美しい。おそらく服の下もそうだろう。
それは、刑部の表情に出ない慈しみの想いが感じられて嬉しかった。
包帯の先端が丁度結び目となったのを見て話しかける。
「先生、ありがとうございます。サラ……具合は……どう?」
「……少しは、かな。あのね……話は、聞いたよ」
「え……」
「私があらかじめ頼んでおいたの。先生なら誤解なく話してくれると思ったし」
驚くも、それは有効な手立てだとすぐ納得する。
刑部絃子という人の授業やその話はやや淡白であるものの理解しやすい。
今の話にしても口下手な自分がやるよりよほど不要な不安を与えずに済む。
自分でさえ胸に直接刃を突き立てられた気分なのに、下手な説明を受けては本人ならどう感じることか。
「サラ、大丈夫だよ。私も強く否定しておいたから」
らしくもなく、自信いっぱいの声を出しているのが分かる。
少し変に見えたかもしれない。けれどそれでいい。こんな酷いものはないという話なのだから。
話にもならないというくらいに言っておくのが一番いい。
「……」
なのに、どうしてサラは硬い表情の仮面を被ったままなのか。疑問が生じる。
今まで真剣な話をしたときだって、その丸くつぶらかな瞳が鋭くなるなんてことはなかったのだ。
人工的な沈黙と停滞。それは硬い鉄の障壁を何枚も間に挟まれたようだった。
ふと、茶道部員しか室内にいないせいか部活動の日々を連想する。
普段のムードメーカーはサラだった。黙しがちな自分はよく何か言ってくれるのを待ったものだ。
彼女が話題とするものには楽し嬉し恥ずかしがよく混ざっていた。
勉強のことだったり、クラスの出来事だったり、遊ぶ約束であったり、
日本の感想だったり、教会の子供達だったり、男の人の――あの人と自分との間柄だったり。
「――」
日常を思い起こすと急に懐かしさがこみ上げてきた。合わせてサラの沈黙の殻が開くのが見える。
なので、そんな場合ではないのに、つまらない嫌疑などよりいつもの雑談を期待してしまった。
「――違うよ八雲。私が殺したの」
テレビの話でも、占いの話でも、テストの話でも、他の友人達との待ち合わせの話でもない。
沈黙の殻は静かに開かずガラスのように破られる。
「この怪我はね。そのときに雪野先輩につけられたものなの」
その時感じたものは――虚脱感、でいいのだろうか。
胸の奥で今まで響いたことがないぐらい大きな音が脈打って、衝撃はさざ波のように広がって次の瞬間には抜ける感覚。
激しい風の中に飛び込んだような、緩やかな水の中へ沈んでいくような矛盾した心の境地。
見える色全てが白と黒に分けられる。目に見える線は形を失っていき、曲がったり折れたり他を飲み込んだりを
ただひたすらに続けていった――。
■■■
――――――――――――――――――――――――
(『種田君がサラ君を? ……とんだ火種だな。だが君らはどうしてそれを黙っているんだい?』)
(『誰が雪野さんを殺したのか。灰色の内に種田さんを吊るし上げても意味が薄いので』)
(『本当にサラ君が雪野君を――つまり種田君は冤罪だとしたらチーム結成早々にとんだ過ちをしてしまうと。
しかし種田君の様子からするとどうやら……』)
――――――――――――――――――――――――
それは酒や煙よりも強く喉に残った、保健室に向かう途中の高野との会話。
一度は接触した生徒の暴走――そして理不尽な犠牲者はよりによって直接の教え子だっだという。
どんな引き金よりも重く感じ、銃を置いて治療をしていた間もその事実は腕から抜けずにいた。
しかし――それでもなお自分の認識は甘かったのだと、今の告白は痛感させてくれる。
種田が分校に行くのをひどく拒んでいた理由は一つ。
それは後ろめたいことがあったから。自らのしでかしたことが公になるのを恐れているから。
もちろん動機など不明瞭な部分はあるが――雪野美奈をその手にかけて『しまった』から。
失敗と認識してるからこそ彼女は恐怖している。誰かからの視線を、制裁を、報復を。
憎しみの根源はいつしか留学生にではなく彼女自身になっていた。
(『正当化のため、全てをサラに被せようとしているのでしょうね』)
それさえなければまだ取り返しはついただろうに。
故意でないなら同情の余地はあった。彼女以外にも責任はあった。自分も遠因だ。
だが正直に語ることで許される時間はもう過ぎてしまっている。
サラが証言すれば矛盾が生じ、一つ一つが検証されてやがては嘘と企みを晒し者にされるだろう。
偽証罪の罰として命まではないだろうが、少なくとも今後種田を利用しようという者はいても味方しようという者はいなくなる。
チームからも放り出されるかもしれない。そんな決壊は避けようがないと思っていたために――まさかと、耳を疑った。
「……サ、ラ? ……ごめん、よく……」
八雲の言葉はその中身も含めひどく違和感が強かった。
不自然に途切れているし、そもそもサラは負傷の中でも今ははっきり発声をしていたから。
矢神とは違いうるさい雑音はないのだ。聞き逃すなどありえない。
それに本来の八雲は繰り返し話さなくても大抵の事情は一度で理解してしまう。
確認に時間を使うタイプではない。一年間教室と部活で見てきたのだ、知っている。
なので聞き返すという当然の行為はとても不自然なものに写った。そしてそれはサラも同じようだった。
「八雲らしくないね……私が殺した。そう言ったの」
「――っ」
壊れたスプリングの部分が強くきしみ、ベッドの足が床を滑る。倒れるように八雲が飛びついてきたのだ。
しかし言葉はない。うつむいて、肩が上下し、口が無言で開閉を続け空気をかき混ぜた後、やっと吸い込む音がする。
「どうして……どうして、そんな嘘をつくの? サラがそんなこと、するはずないよ……」
「嘘? ……そっかぁ、あの人は、言わなかったんだ」
八雲は一生を左右する告白をするように重々しく。サラは日常的な雑談を右から左へ流すように軽々しく。
二人の間に生まれた埋めようがなく理解という橋もかからない溝。
心と心の距離が目に見えた気がした。そして二人のそれが離れていくのを目の当たりにした気がした。
自分自身にも絆を信じられる友がいるからこそ、彼女らのズレを正視することが耐え難くなる。
「あの人……それって」
「そうだよ。部長?」
「……ええ。外で待たせてるから。入ってもらいましょう」
あの人という人物に心当たりがなかったのは自分だけらしい。高野に招かれて入ってきたのは花井だった。
その視線はベッドの上で横たわるサラを下から上へ遡り、解かれたウェーブの髪――自分にとっては
高校からの付き合いある彼女を思い起こさせる――で止まる。
「っ……」
傷だらけの肌を見たはずもないが、ただ寝ているわけではないと理解したのだろう。
彼は無言のまま体を硬直させ、ふらりと動いたかと思えば両膝を床につけ、その額が床に平行になるまで下がった。
従弟と同じくらいの立派な体躯が畳まれて小さく見える。
「サラ君……すまなかったっ……」
「どうして、謝るんですか? 手錠を外してからは……私が勝手に、したことです……それより。
私が殺し合いに従う理由を……八雲達に、お願いします。ちょっと、喋ると、辛いので……」
ただならぬ感情の伴う花井の行為はするりと受け流される。
疲労を口にするサラの額には実際拭ってやらねばならない汗があったが、それを口実にとぼけたようにも見えた。
それは願望なのかもしれない。自分のクラスにいじめはないと教師が根拠なく願うような。
いずれにせよ、汗はどこまでもただの汗でしかない。傍で見ても拭ってやっても結局判別はつかなかった。
「……分かった。高野君には繰り返しになるが、これは僕が最初にサラ君に聞いた話だ。八雲君は……特に心して、聞いて欲しい」
「サラの……!?」
「あ、部長はご存知なら、他の人に……私の動機ということで、伝えてきて、ください」
「……ええ」
花井に迷いは見られない。サラの許可さえあればすぐに伝えたいと思っていたのだろう。
高野もサラの頼みを受けて頷くと保健室を出て行く。その間、八雲はただ呆然と立ち尽くしていた。
自分はその少しの時間で教師としてイギリス校より受けていた情報を記憶から引き出し整理する。
「……ショーン……僕はあの男をとてつもない邪悪だと思う。しかし巨大な力があるのも事実だ。
大勢を不幸にする一方で……救われた人間を生み出すほどに。そして、サラ君はそちら側……そんな話だ」
そして、本人を前にして語られるサラという少女のバックボーン。
それを記憶とすり合わせながら傾聴した。
□□□
――言語をどれだけそつなくこなしても。
文化や概念をすり合わせ近い価値観を持つようになったとしても。
生まれが違えばどうしても相容れない部分はある。花井の話はそれを薄まったとしても消えたりはしない現実とする内容だった。
例え全員で生きて帰ったとしても、留学生であるサラはハッピーエンドは迎えられない。
彼女の帰るべき場所は遠い異国の地。この島よりも遥かに彼らの支配下にあるそこは正に人間のビオトープ。
日本人の八雲と英国人であるサラの『故郷』『家族』『思い出』――こういったものはまるで根幹を異する場所にあるのだ。
「……ね? 八雲、そういうことだよ。私は皆の代表なの。教会で一緒に遊んだ子達みたいなのが……大勢、いるの……っ」
それに対し返事はない。八雲は俯いたまま両の掌で髪が浮くほどに目を覆っていた。
暗闇の世界でごめんね嘘だよと悪戯好きな笑顔の光が差し込むのを祈っていた。
けれど本当は分かっている。サラの声は冷たくても決して自然体ではなかったから。
どうしようもない無念と嘆き。やるせなさがあり悔しさがこの上なく込められていたから。
なので真実であることを疑う余地がない。言葉のどこを区切ってみても残酷な事実が顔を突きつけてくる。
「……サ、ラ……っ」
八雲は呟くとそのままベッドに顔を埋める。
細かく震えるなで肩にスプリングが強くきしみ、拳は深く握られてシーツにちぎられそうな皺が生まれた。
ダダダダダダダッ――
悲壮感を踏みにじる激しい音が廊下側から響いてくる。それは駆けるというよりは突進する勢いを想像させた。
ドシンと一際強い音を立てて何かが扉の前で止まるとバシンと乱暴に静寂が打ち破かれる。
「サラ!?」
「っ!」
やってくるや否や目標の名を呼ぶ種田。
声に最も反応したのはサラで反応しなかったのは八雲だった。
湧き上がってきたぞっとする感覚に震えるサラと、顔をベッドに埋めたまま表情を見せない八雲。
唐突な動悸――体に染み付いた恐怖が起こす現象をサラが懸命に押さえ込もうとしても八雲は項垂れたまま頭を上げない。
サラは『自分の目的』を見つめなおしてカチカチ鳴る歯を食いしばり、驚愕の表情で近づいてくる元凶と相対した。
「高野さんから聞いたんだけど……あんた、雪野さんを殺した、って……留学生の命令に従った、って……」
「……はい。そうです、そのとおりです」
「! ――本当に」
種田の顔には大量の汗が浮いていた。その量は単に走った影響だけにはとても見えない。
それらが一斉に砂漠の水のようにさっと引く。不安、衝撃、唖然――――そして最後に歓喜。
コマ送りで見ているように表情が負から正へと変移した。
だがそれは奇怪な現象だった。本当の笑顔とは見る者も幸せな気分にさせるからである。
今の彼女は他者に与える不愉快さをとても拭い去れていなかった。
「……はは……あはは!」
表情に続き声までも。枯れ声がすぐさま水分をたっぷり含んだ滑らかなものに移っていく。
目に見えるはずもない異常な高揚感は一瞬で種田を侵食していた。
会議室で全身に漲っていた絶望と叫喚は雲散霧消し今は微塵も感じられない。
「ほら。ほらほらほらほううぅら! やっぱり私が正しかった! やっと認めたのねこの薄汚い人殺し!」
「……はい」
「やめて……やめて……!」
バシバシと両手を叩き狂騒的に騒ぎ出す種田。
脳をかき乱す騒音に八雲は今度は手で耳を押さえた。だが飛び跳ね罵倒してくる奇声は指の僅かな隙間を縫って入ってくる。
いやいやと八雲の首からが左右に振れて、啜り泣きが漏れ始めた。
彼女は下を向いたまま、サラへの罵りが消えるよう願う。種田とは視線を交わすことさえままならない。
「違う……! サラは」
「ふ、ふふっ。どう違うのよ、本人が言ってることと私が言ってたことがぴったりじゃない!」
「サラは……、サラは……っ」
それ以上言葉はない。自分自身が受け入れられないことを他人に納得させるなど八雲には無理だった。
「……ふん。何よ、人に暴力振るっておいて泣きそうな声で。ごめんなさいなら聞いてあげるわ」
「種田君。よすんだ」
「止めるのは先生ですよ。何で人殺しの手当てなんか? 元気になったらまた誰か狙われるに決まってるのに」
腹立たしい後輩を見下し、種田は矛先を咎めてきた教師に向ける。
目上を相手にしてもなおギラついた視線は失われていない。畏怖どころか軽視するような態度で相対し、横たわるサラを蔑視して指差した。
「なら、安心するといい……」
「――?」
不自然に小さい声に意味が分からず種田は虚を突かれる。
俄然強くなっていた勢いが衰え、激しく動いていた口もつい止めてしまう。
安心すればいいという言葉の意味を考えて――それが改心を指すのだと思い――
「反省なんて無意味ですよ。謝ったって人は生き返りませんから」
気休めにすぎないと断じた。
今の彼女にとって安心とは、どうしてかラッキーな嘘をついている後輩が、気が変わらないうちに喋れなくなることを言うのだ。
「八雲君! 僕達は、今後について相談しておく。すまないがその間、サラ君のことを頼むよ! さあ種田君も外へ出よう!!」
「!? ちょっと花井君、まだこいつらに全然――」
「行こう。先生もどうか!!」
これ以上二人の傍に置いておくことはできない。
花井はとっさにそう判断して大声を出しながら種田の手を引き保険室を飛び出した。
彼女が口を尖らせようが、視界から消える瞬間に八雲らを一瞥しようが全て無視する。
――ばたん
「もう花井君……あのさ、私はあの留学生を助けるのも見逃すのも反対だからね。
八雲ちゃんだってなんか味方しちゃってる雰囲気だしサァ。ねえ聞いてるの? 先生も、どーなんです?」
その後の声も無視して花井は別の事を考えていた。
サラと八雲――地震で地面が裂けるように突然深い亀裂ができてしまった二人。
このままなのだろうか? いや違う。今は急すぎただけに過ぎない。
気持ちがすれ違ってしまったとしても二人なら埋めていけるはず。必要なのは二人の時間。なら自分はそれを手助けすればいい。
手が届かない距離を――少しでも。いや、少しでいい。だからどうか。
花井は保健室から離れる過程でそう願っていた。
サラの突然の発言の真意や自らの感情の着地点もままならぬまま、ただそれだけを真っ直ぐに――願っていた。
■ ■ ■
日本だったら時計の針の進む音がしただろう。
イギリスだったら教会の鐘の音が遠くから響いてくるのだろう。
だがここは日本であってもどことも知れぬ離れ島。廃校の寂れた一室に過ぎない。
自ずから音を立てるものはあるはずなかった。
足音が遠ざかっていき喧騒の気配が消えていく。
立ち込めていた空気の濁りは煙さながらに薄れていった。
混ざり合い、もう違いが分からないほどに辺り一帯に溶け込んでいく。
ゆっくりと顔を傾け、八雲は動かずにいるサラを見つめた。
「サラ……」
二人きりにしてもらえたのが嬉しかった。
黙って我慢していれば過ぎていくわけでもない、勇気を出して前に一歩踏み出せばいいでもない状況。
自分の気持ちだけでも分からなければ、そのための時間が与えられなければ、やがて自分という人間は停止していただろうから。
花井に感謝し、決して長くない時間でも全霊を込めて考える。
心はどうであるのか。どうすべきなのか。どうあろうとしているのか。それは間違ったことではないのか。
繰り返しやがて――泉の波が静まっていく。言葉にできるほどに心が集約されていく。
「今度は取り乱さないから……教えて。本当に……雪野先輩を…………殺したの?」
「……………………うん」
懐かしいものを思い出すようにサラの瞼が閉じていく。
奪った銃で撃った。狙ったわけじゃなかった。距離もあったし脅しだけのつもりだった。それでも命中してしまった。
淡々と記憶が羅列されていく。修飾され生き生きと話されることはなしに、その場に加害者ではなく傍観者としていたかの如くただ静かに。
そのおかげかどうかは分からないが、物語を解いているのと同じで今度は静かに聞き入れることができていた。
サラにとっては一言一言が心身の負担となるだろう、なのに一度は逃避してしまった自分を恥じながら。
優しさに報いたくなって、庇う言葉が喉まで水位を上げる。今にも溢れ出しそうだった。
「サラ……あのね」
「――でもね。私は確かに、殺し合いという命令でも従わなくちゃと考えてた。今も、そうだよ。
だから、神様が……思ったんだろうね。そんなに言うなら、って。偶然とかたまたまとかじゃ、きっとないんだよ」
「あ……」
心を読まれた感覚に息を呑む。
故意ではないから。どうしようもない不幸が。
そんな、真っ先に表に立ちそうな弁明を、サラは静かに否定したから。
自らの罪悪と受け入れられては庇うこともできなくなる。
事実、口にしようとした言葉の中に、何か罪の意識を軽くするようなものがなかったかと言えば嘘だった。
『偶然の連続としかたなかった境遇に追い詰められただけ』
『そんなことをしたくないと必死で抗ったに違いない』
『本当は誰より優しいサラが一番辛かった』
そんな禁句を――相手ではなく自分を慰めるための間違った言葉を――いくつもいくつも思いついていたのだ。
目の前に大切な人がいて傷ついている。耐え切れない苦しさを露にしている。
なのに目をそむけ、与えられた理不尽を嘆き晴らす方法に逃げようとしていた。
もし口にしていたらそれでもサラはにこりと笑って、優しく微笑んでくれただろう。
本意に沿わない慰めの言葉、毒でしかないそれをお菓子のように喜びながら、胸奥の悲しみを包み隠して。
「……ごめんね。私、どうしたら自分が楽になれるのか、そればかり考えてた……」
唐突なことを口走ってしまった自覚がある。どうしてそう繋がるのかサラにはきっと分からない。
案の定、少し困った子供を相手する大人の目を浮かべる彼女。
「……おかしく、ないよ……誰でも、普通は自分のことを、一番にしちゃうよ」
「違うよ。サラは私よりずっと辛いのに……こうして私を慰めてくれてるもの。
なのに私は……サラのこと、ちっとも考えていなかった……」
今に限ってのことではない。
この島に来てからずっと自分はサラのことを考えられずにいた。
それは大変な目にあっていないかとか、自分のように信頼のおける人と出会えたかといった浅い意味などではない。
英国校からの留学生である彼女が同じ英国校の頂点に立つ人間に殺し合いを強要される――その意味を、全く考えられずにいたのだ。
「ごめんね。サラが多くのものに押し潰されてしまいそうだったこと、気付けなくて……」
「……」
「あのね……これからは、ずっと傍にいるよ。先輩達は難しいかもしれない。だけど私は……私だけは、離れないから……」
悲劇を繰り返さないための決意。
ずっと傍にいよう。傍にいるだけでなく力になろう。
もう誰がサラを傷つけたかなど考えない。誰が狙っていようがその全てから護ってみせる。
そしてもし――サラが誰かを傷つけようとした場合。その時は自分が食い止めてみせる。サラが相手でも、いやだからこそ。
「でも……っ、それだと八雲は、部長達と……」
「大丈夫。私がしたいと言ってるだけだから。気にしないで……」
「……」
頼れる彼らは全員で生き残る方法を模索している。その集団にサラがいるのは不都合だろう。
願い出れば力になってくれるかもしれないがこの島から脱出できなくては意味がない。
協力しない申し訳なさはもちろんあるが仕方なかった。
もうサラのことが頭から離れないのだ。
例えどこか安全な場所にいてくれたとしても割り切ることができない。
罰を受けることも罪を背負うことも一緒にするなら、そんな人間が一人はいてもいいのではないか。
「……」
「……サラ?」
決意を語るも――少し前と同じく、沈黙が多い気がした。
傷が痛むので喋れないとかそういう意味ではなくて、考えが別にありそれを伝えるための手段を模索しているように。
口が僅かに開いている。いつの間にか視線は再び何もない宙空を見つめていた。
その雰囲気は、やはりつい先程の衝撃的な発言の瞬間によく似ている。
「八雲は、何でそんなこと言ってくれるの? 私は、全然何も、話してっ、いなかったんだよ?」
「……友達だもの。黙っていたからって、それは悪くも何でもないよ。事情があるんだって分かる――」
「そうじゃないよ」
言葉が途中で刈り取られる。妙だった。サラらしくない。
同じ目線で話してくれこそすれ、意見が食い違うことはあっても跳ね除けるような扱いはしないはずだった。
(え……? 何、これ)
どこかで――声がする。何かが――必死で叫んでいる。
逃げろ――いてはいけない――聞いてはいけない――叫び、いや絶叫が届いた気がした。
「逆だよ。黙ってた、知って欲しくなかったことを『友達だから』なんて言われるのが……ヤな感じだよ」
「――え」
ひそめ向けられた眉。合わせるようにひどく細められた瞳。冷たく澄んでいてそこから伸びる、突き刺さる視線。
眉間に集う皺。硬く閉じられた口と引かれた顎。心なし、膨らんでいる頬。
零距離にあるサラの顔、そこからの情報全てが指し示す感情は――不興。
(どうして……どうしてこんな表情を)
彼女の言葉は温かい。
いつだって自分の望むもの以上の優しさを感じさせてくれる。
太陽に向かって花が成長するように自分はこの一年、それで勇気を持つことができた。
なのに――今の言葉に温もりは全くない。それどころか、伸びた花を根元から凍りつかせる冷たさが感じられた。
「何を……ごめん、よく」
「八雲だって――きっと私や皆に言えないこと、あるよね? お姉さんに言えないことだって」
「っ!?」
「考えてみて。話せないでいたことを勝手に『分かるよ』なんて言われて――気持ちいい?」
「え……そ、それは……」
自分の持つ秘めた能力。それを実は知られていた、というわけではないのはかろうじて分かる。
もしそうだったらどれだけ楽だろう。サラの語っているのはそんな特例ではなくごくごくありふれた一般論だから。
つまり――特別な事情のない当然の禁忌に自分が触れてしまった。そう言っているのだ。
「……ごめんね。でも、友達でも分からないことは分からない。むしろ知って欲しくない、理解して欲しくないことだってあるの。
何でも分かるなんて……逆に重たくよりかかられてる感じで、気持ち悪いよ」
そこまで言われてようやく。
足の下から背を通り、肌の上をとてつもない後悔が駆け上がってきた。
恐ろしいまでの絶望感が全身の神経を焼けた細針のごとく赤く燃え上がらせる。
どうして急に? 先程まではあんなに優しかったのに。頬裏や舌腹の痛みを堪えてまで話しかけてくれた。
その笑顔も今は消えて、困ったというより嫌なものを見る視線をサラはこちらに向けている。
「一緒にいる――か。別に、私は八雲にいてもらわなくたって気にしないよ」
「サ……サラっ!?」
自分の決意は。
サラに抱いた感情は。
その全てが間違っていたのだろうか。
気付いたら熱い涙がぼたぼたと顔を伝っていた。
何が――何が悪かったのだろう。心の触れていけない部分に触れてしまったのだろう。
殴られたわけでもないのに意識が薄れ、景色が歪み、その場に倒れこみそうになる。
「ご……ごめん、なさ……」
「八雲。私を、一人に、させて? もう……休みたい……」
「い……ぁ……」
どうして、と聞く余力もなく。
糸で操られるように自分の体は動いていた。
足は沼に浸かったように重くて一歩一歩が遅い。
さび付いた機械以上にぎこちなく、しかし体は離れたくないという意思よりも一人にさせろという言葉に従っていた。
扉の外に出ると誰かに会った気がしたが霞んでよく見えない。
止められもしなかったのでそのまま動く。足は無意識的にサラから遠ざかろうと外へ向いていた。
分からない――どうしてサラは突然。あれほどまでに怒らせるとは――自分の一体何が悪かったのだろう。
足場が木の板から土の地面に変わる。
だが例え雨が降っていても足取りは止まなかったに違いない。
急激に体から熱が抜けていく。それは未だ流れる大粒の涙からだろうか、幼児のようにスンスンと鳴らす鼻からだろうか。
夜風を受けてそれが乾いていく頃、足の裏の感覚で自分が学校の周囲を、裏手の小さな林をうろついていることに気付く。
丸一日歩いた気分だが実際は十分経っているかどうかなのだろう。
「姉さん……」
姉だったらめげずにサラのところへ行くのだろうなと思った。
けれど、塚本天満のできることを、塚本八雲はできない。姉のできないことに妹は心血を注ぎ生きてきたから。急に真似することはできない。
高野らが心配してるかもしれないがどうしても足が向こうとしなかった。
辺りは植物の影が見えるがほぼ暗闇で、そのまま溶けて消えてしまいたくなる。
そんな衝動に駆られ更に奥へ移動しようとすると――その先から人の気配がした。
「や――っと着いたぜ。ったく、あんな重てえモン運ばせやがって絃子の野郎め」
突然耳に入ってきた音の集合。それらは滑らかに繋がり声となって脳に届く。
実際は聞こえたほどはっきり喋っていないのかもしれないが聴覚が補正をかけていた。
ゆるゆる流れる水の動きをしていた足が止まる。
「……ぁ」
様々な雑念は一瞬の嵐で全て吹き飛ばされてしまった。
まるで魔法だが仕組みが分かるため不思議ではない。何故ならそれは、自分をどうしても惹きつけて仕方のない声なのだから。
「お、伊織悪ぃ悪ぃ。しかしなんだってお前も――ん?」
幽霊のようにさ迷っていた自分は気配もなかったことだろう。
人がすぐ近くにいると気付いたのはとても接近してからで、それはその人も同じらしかった。
自分は纏う雰囲気が陰鬱すぎるほど黒く、彼はその外見が黒く、木などの隠れる場所は多いので
声さえなければ素通りしていたかもしれない。だが出会ってしまった。
□ □ □
(君も……案外不器用なんだな)
扉の細い隙間からそっと保健室内のサラを覗く。
種田を高野らに任せ引き返してきた時、丁度中の八雲がサラに傍を離れないと言っていた。
決意を体言した凛とした声。相手のことしか頭になかったのだろう、足音にも関わらず
自分のことは全く気付いていなかったようだった。
思いのほか溝が埋まりつつあると感じた安心はしかし、その後のサラの拒絶により覆される。
それからも自分はずっとここにいた。涙を隠さず出てきた八雲が自分の前を素通りしてからも立っていた。
後から来た刑部に彼女を任せ、自分はまだ手錠が不可視の鎖で繋がっているかのごとくここにいる。
それには、理由があったから。
(『……ごめん、ね……八雲……』)
哀切な声を――大粒の涙が詰まったサラのむせび泣きを聞いたから。
本人としては誰かに言ったつもりはなく、どうしても堪えきれず漏れ出てしまったものなのだろう。
しかし外にいた自分に届いてしまったのだ。それで考えた。どうしてサラは――泣いてしまうほど本意でないことを口にしたのか。
答えは、そう難しいものではない。彼女が八雲を嫌うなどありえないのだから。
少しの気分で変わってしまう軽いものなら、最後の一人に残すつもりになどなるはずがない。
(だが、僕達が来たことで逆に……皮肉だな)
ここに来る前のハリーの話を思い出す。
教師も生徒も留学生も何もかも、矢神高校の全てを結集したドリームチーム。
一人一人の力が、技が、心が、知恵が、勇気が、一つの目的のために集う。それは純粋に素晴らしいと思った。
自分も全員で協力すべきと考えていたし賛成の意思は惜しまない。理想で終わらず実現させるため協力するつもりでいる。
しかし――この集団はあまりにも巨大で魅力的すぎたのだ。
(八雲君の性格を考えれば、僕達より自分を選ぶと思ったんだな。いや……実際そうだった)
煎じ詰めれば、八雲に火の粉が降りかかるから。味方をすると彼女の境遇が不利になるから。
刑部の元を離れてサラを助けることを選んだ八雲。
友の痛みは自分の痛み。友の苦しみは自分の苦しみ。分かち合って当然、せめて肩くらいは貸してみせる。
きっと二人きりの間にも友情を強め合う儀式があったことだろう。
誰かの血で汚れたその身を抱きしめてもらう――サラとしては良くも悪くもたまらない気分だったに違いない。
(だがそこへ僕達がやってきた。八雲君を決して悪く扱わないだろう顔ぶれ達が)
サラはどう感じたことだろう。
決まっている――八雲には瀕死の人殺しの隣ではなくて、守る力のある大集団に属して欲しいと願ったのだ。
だから全員に事情を伝え自らをごまかしようのない罪人に貶め、その上で八雲を突き放した。
仲違いしたとなれば哀れな子だと同情が集まる。種田から余計な疑いを持たれずに済むし
八雲に離れる理由を与えてやることもできる。
(君達は……互いに互いを思いやりすぎだな)
この正しいだろう予想を手に八雲の元へ走るのはたやすい。しかしそれはやりたくなかった。
悠長なことを考えている場合ではないと分かっているが、本人に気付いて欲しいから。
(周防、無事か? なら、そろそろここへ来る頃か? 僕は正しくあろうとしたが、お前なら僕に何と言う?)
モヤモヤしたものはハッキリさせたいい、とでも言うのだろうか。
自分の想像に既視感を感じ――それは自分が彼女にかけたことのあるものだと気付く。
そのせいもあるのだろうが、余計に幼馴染の存在を懐かしく思った。
□ □ □
凱歌を奏でるようにして戻ってきたのに今の気分は極めて悪かった。
嘘からでた真、サラが雪野を殺した『真実』はハリーらに手痛いショックを与えると思っていたからだ。
都合のいいことを言いながら実際は自分を信じていなかった彼ら。
今度はそちらが呆然とする番だと思っていたのに返ってきたのは――
(『途中で拾ったサラの荷物に入っていたワルサーP99は三発の弾丸が失われていた』)
(『手錠の鎖を外すのにそれぞれ二発で残り一発は不明』)
(『雪野が三発目で殺されたなら話は早いが死体にあったのは刺突の痕であり銃創ではない』)
(『となるとサラは銃を持ちながら雪野を殺すのにわざわざ接近戦用のレイピアを用いたことになる』)
「相当な深手だったでしょうに。とても素早い動きはできないにも関わらず――剣で刺したト?」
「そんなこと言われたって……とにかく、あの子が認めてるならそれでいいじゃない!」
返ってきたのは――たかが銃弾一発のつじつま合わせ。
「まさかあの留学生が嘘をついてるっていうの?」
「少なくとも負傷の原因が雪野さんというのは嘘でしょうね。何故なら犯人は種田さん、貴女ですかラ」
「なっ!? どーして、何かしょうこっ……!」
言葉が詰まる。ハリーの手にあるそれは紛れもなく、大切に大切にと抱えていた――デジタルカメラ。
映し出されているのは自らが撮影したサラを痛めつける過程の記念写真。
二人分の視線が集まるのが分かった。
「し、しまっ……」
ようやく気付く。途中まではしかと抱いていたリュックが手の内から消えていることを。
予想と正反対の報告を高野から受けて我を忘れ自分は保健室に駆け出していった。
地獄から天国、突然すぎる変化を一刻も早く確かめたくて荷物はカメラごと置き去りにしてしまったのだ。
「でも――だから、それが何?」
「……冷静ね。サラについては認めた。そういうことでいい?」
「それが何よ高野さん! 結局私が正しかったんじゃない、あいつは皆を殺そうとしてたんだから!
私がしなければもっと犠牲者が出てた! そうよ、きっとそう……」
本心だった。雪野殺しを転化できた今では写真など今更だ。
両手を横に広げ隠すことなどないという風に主張する。
自分は正しかった。間違いがあるとすればあの場でサラを殺しておかなかったことくらい。
いや、今だって死んで欲しいと思っている。いつ気が変わって前言撤回するとも知れないからだ。
「雪野さんを殺したのはあの子で留学生はやっぱり危険な連中だと分かった。
なのに庇うの? 同情するの? 味方するの? 羽根子は――理由なく殺されたのに!」
「……」
埃っぽい空気をたっぷり吸った自分の声がいつもと違う調子で会議室になり響く。
名前は効果あったのか、ハリーも高野もすぐには何も言ってこない。親友が死してなお助けてくれた気がして嬉しかった。
「……大したものね。少し前までは見てられない程にうろたえてたのに」
「っ!」
「むしろサラに感謝するところ……違う?」
「ど、どういう意味?」
「別に。ただあまり出過ぎないほうがいいと思って。サラが何をきっかけに考えを変えるか分からないから。
……梯子。外されたくないでしょう?」
淡々とした遠まわしな警告に包囲される。
せっかく都合よく変わった状況を甘んじたいなら静かにしていろ。そう言われたのだ。
確かに、どうしてサラがあんな嘘を言ったのか分からない以上何が地雷となるか分からない。
そして高野は自分よりはその理由を知っている気がした。スイッチを変えようと思えばできるのではないだろうか。
「……う……」
高野もハリーもそれ以上何も言わない。
実質自分達をコントロールしているのはこの二人だ。
敵に回したら最後、人間一人を悪役にするくらいわけないだろう。
(ま、まずい……)
孤立する恐怖が蘇りかかる。喉の渇きを思い出す。自らの勢いが衰えていく。
自然と、藪蛇にならないうちに矛先を引いてしまった。勝利の味は全くの幻想であったことを思い知らされる。
「……雪野さんについては『今のままで決着』ということにしてもよいですヨ」
「えっ!? そ、それって」
「動機です。もしわざと殺したのだとしたら……もはや」
淡々と、それでいて膨れ上がる怒気を前にしては最後まで聞く必要もなかった。
だが冤罪である。決して殺したくて殺したのではない。否定したい一心で弾けるように叫んでいた。
「わざと殺すはずないでしょ! 私だって何であそこに雪野さんがいたのか――あっ!?」
「ナルホド」
したりと顎に手を当てて頷くハリー。
この瞬間に、書面に残るどんな契約よりも重い判をしてしまったと思った。
「ち、違……今のは」
「フフ。ひとまずMiss周防や播磨拳児をもう暫く待つとしましょう。
けじめを模索するのは……分校を無事に離れてからでも遅くありませんかラ」
途中で天王寺に襲われて離れ離れになったという周防。
ガソリンを運ばされたため遅れている播磨と彼を手伝うと言った砺波。
彼らが早く来ることを心で願う。しんとした静寂が戻ったため、息苦しさで窒息してしまいそうだった。
□ □ □
落ち込みがちな自分を常に上向かせる高い背丈。
寄りかかりたくなる程に逞しく見えることもあるのに、放っておけない悲壮を纏う不思議な肩。
「お、おぉ……もしや――いややっぱ! 妹さんじゃねーか、探したぜ!」
年中ほぼ同じなのであちこちがほつれて色落ちした黒の学生服。
正月からまた蓄えだした髭と時折透けて奥までを見せるそのサングラス。
「ナーオ」
人見知りする伊織さえが心を許し、動物達を優しく抱きしめる両腕。自らもその温かさは知っている。
一つ一つは恐ろしくも見えるはずなのに、どうしてか愛嬌を感じる顔と全く遠慮のない気さくな態度。
「播磨、さん……」
目の前にいる男性は播磨拳児そのものだった。
こみ上げてくる強い気持ちは親友のことで一杯だった心の模様を変えてくる。
何より思ったのは伝えたいということだった。サラのこと――起きたその全ての悲劇、一部始終を。
解決して欲しいのではない。ただ肩を貸して欲しかった。
ほんの少し甘えさせて欲しい。ほんの少し頼らせて欲しい。ほんの少し、向き合う勇気が欲しい。
かつてないほど彼に何かを求めたくて仕方なかった。
「怪我はねえよな? まあ妹さんのことだから大丈夫だと思ってたけどよ」
気付くと肩に手が届くほどに距離を詰められていた。
すぐ近くにいるということで心はひどく硬くなりし、しかし同じくらい緩みが生まれる。
先程までの負荷と重圧で胸中は変わらず苦しいのに、しかし同じくらい激しく内側から叩かれる。
今の自分がどんなくしゃくしゃな顔をしているか――夜にサングラスなので見えないかもしれないが、恥ずかしい。
「あれ、つーか絃子やメガネの奴らは?」
目が潤む。声だけで心臓が直接励まされたような錯覚に襲われる。
硬く張り付いていた表情は溶けて赤みを帯びるのが分かる。
誰にも会いたくなかったはずなのに彼だけは違った。
会いたくないどころか、傍にいるときに起きるこのつかみ所のない感覚をもっと感じていたいとさえ思ってしまう。
「おっといきなり色々とすまねえ。まあ元気そうでよかったぜ。ああそう、それでだな妹さん――」
その顔にある喜びの表情が嬉しかった。
ほおずきのように頬の色が変わってしまう。閉ざした口が柔らかく綻んでしまう。
限界まで膨らんだ願いが体を動かす。体重の乗った右足が――彼のほうに傾いた。
「お姉さん、知らねえか?」
――足からメリメリと何かが裂ける音がした。
筋繊維が総動員され倒れかけた体を食い止めたのだ。
無理をした反動の痛みを遅れて感じる。ただそんなものはどうでもいい。
体の痛みなど何でもなかった。たった一言だけで――砕かれ消えた憧憬に比べれば。
(私……馬鹿だな)
本当に馬鹿な愚か者。自分の中の誰かがそう呟く。
播磨拳児は塚本天満一人のために。とうに知っていたはずなのに。
どうして彼を絵の向こう側からやってきた存在のように感じたのだろう。まるで子供だ。
脳にしぶかせていた麻薬の霧は一瞬で晴れた。泥酔状態とは先程の自分を指すのかもしれない。
ジリジリと胸を焙る熱は気付けば冷え固まって散っていた。
「ん? 妹さん、どうしたんだ?」
「……」
「妹さん?」
「いえ……姉さん――ですが、すいません。私も探していたんですがまだ。……伊織、おいで」
何でこんな落ち着いた声を出しているのか分からない。
激しい後悔が津波のように何度も何度も心に押し寄せてくるのに。
感情が腕に伝わらないように努めながら愛猫を受け取る。そこで彼が何か片手に握っていることに気がついた。
「よっこらせっと。そうか……妹さんも知らねえか。あ! いやそのあれだ、お姉さんのことは歩行祭を企画したのに
潰されてかわいそうだなってフツーに思っただけなんだぜ? 別にトクベツ――」
そう。彼にとっては別に特別でもなんでもない当然のこと。
勝手な期待をしてそれが外れたからといって悪く思うのは筋違いというものだ。
「待ってよ播磨く〜ん……あれ?」
「! ん、おう悪い。ちょっと離れちまってたか」
彼の後ろ側から女性の声。自分達と伊織だけではなかったのだ。
やっぱり馬鹿な真似をしなくてよかったと、理由を見つけることができて安心した。
回れ右をする彼。当然ながら背を向けられる。早すぎる夢の終わりは少しだけ、本当に少しだけ、残念だが――。
「あ。そーだそれとなー」
遠ざかりかけた顔がこちらを向く。半分ほどが見えるそれは自らの記憶の鍵をカチリと外してきた。
――――――――――――――――――――――――
(『にぎり飯うまかったぜ。サンキューな』)
――――――――――――――――――――――――
離れそうだった心を瀬戸際で記憶の鎖が捕縛する。
思い起こされたのはある夏の日。今よりもずっと山の中、薪拾いの手伝いをしていた時。
その折もこの人は姉のことばかりで自分に興味はなく、けれどしっかりと自分のしたことを覚えていてくれて。
当時は驚くばかりで何も言えず、後で姉と少しだけ口論になったが、今にして思えばあのときの感情は喜びだったのだ。
懐かしい思い出が一瞬で新鮮なものへ色を変える。変わらぬ記憶が形作るのはもう一度という期待感。
僅かに残っていた希望の残照は彼の言葉によって――
「……歩行祭。あれを企画した奴、つまりお姉さんが俺達をここに連れてきた。そして誰かを殺したっつー話があるんだが」
ジュッと音を立てて焼け焦げる。
「――は?」
理解不能。訳が――――分からなかった。
どうしてそんな話が出てくるのか真剣に分からない。だが――
「あ、いやな。そういう奴らがいてな。確かに発端はあの子だが、だからって妹さんは信じねえよなってことで」
だが――大事な人が誰かを殺したなどという毒蜜のかかった悪夢は味わったばかりであって。
なのでおいそれと簡単に扱って欲しくないことを――知らないのだから止むを得ない――理性は喚起する――しかし。
(どうして……今)
それでも、触れられたくない傷を更に広げられた印象を受けてしまった。
姉のことを心配されて、いつもなら大きな喜びの後から少しの寂しさが混ざった気持ちがこみ上げてくるのに。
今に限れば、失意こそあれ喜びなど探してもない。
寂しさなどでは到底済まない底なしの感情ばかりが心を刺す。
「あの……信じるというか……そもそも、どうしてそんなことになるのか……」
「お! 話にもならねえってか。いやさすがだな妹さん。あ、悪い悪い今の話は忘れてくれ。よっしゃざまーみろあいつら、ハハハハハ!」
最愛の人のことであれば否定するのは容易いが、突然の高笑いはやはり意味が分からない。
上機嫌な彼の顔を見ても、どうしてか胸をトクンと叩いてくる感情が生じてこない。
もう世界のルールが変わり、自分の知らないところで大事な概念が改められたのではないか。
そう思ってしまうほどに想いが不可解に変貌していく。
(播磨さん……)
別に嫌いになったわけでも失望したわけでもない。
ただ確かなのは――彼の言葉は今の自分が与えて欲しかったものではないということ。
そして黒とも赤とも分からぬ色で、大事な思い出の一つはぐしゃぐしゃに塗り潰されたことだった。
「塚本君――おや二人も一緒か」
「あ、絃子! これ以上は運ばねえぞ、ああちくしょうめ」
後ろから声がする。心配して追いかけてきてくれたのだろう。
彼が先ほど下ろした重たそうな箱を軽くこついて再度持ち上げる。
その後、ひとまず戻ろうと言われた気がして無言で後をついていった。
□□□
人数が一気に増えた時、警戒したがそれ以上に期待があった。誰かは塚本天満に繋がる情報を持っているだろうと。しかし――
(『今鳥のアホが一人で動いている』)
(『馬鹿な天王寺が錯乱状態で誰彼を殺し周防を狙っている。分校に来るかもしれない』)
(『やかましいお嬢が修学旅行で闘りあったあの男と一緒にいる』)
全て空振り。ララや八雲についても霧の中、天満の無実を晴らす見通しも立たずと散々だった。
その代わりに改めて実感させられたのが自ら場違い感。
ハリーの主張は自己流に解釈すると大集団を結成し悪に立ち向かおう、というものだ。
それは嫌でも『正義の集まり』を連想させ、人を殺した後ろめたさを自覚させてくる。
きっと自分は彼らよりも天王寺に近いのだろう。分校までという条件を口にしたのはきっとその影響に違いなかった。
――――――――――――――――――――――――
(『氷川村に車か……そうか、あのガソリンはそのためのものか』)
(『はい。せっかく運んでもらったのに先生には悪いのですが』)
(『気にしないよ。よし拳児君、分校までということならまず君が運んでくれ。一缶で構わんよ』)
(『っ……今から戻れってか。覚えてろコラ』)
――――――――――――――――――――――――
分校へ中ほど差し掛かり、高野に妙な地図の話をされて。
その直後言いつけられたのは引き返してガソリンを運べという理不尽な命令。
細かい休憩はとったがそれでも夜間歩き続けた体には無視できない負担である。
砺波は協力すると言ってくれたが女に荷物持ちはさせられない。
何故か彼女は色々と自分に気を使ってくれるが――例えば岡を殺したことは黙っていたほうがいいなど――細腕ではどだい無理。
形ばかりの抗議をして引き返し、言われた場所でジェリカンを見つけ再び分校へ向かうこととなったのだった。
このように空回りの連続で辟易していただけに、八雲に会えたのは純粋に嬉しかった。
問題が一つ解決したのもあるし天満について否定してもらえたのは誰が言うより説得力があったからだ。
ジェリカンを地面を下ろし文字通り肩の荷が下りた解放感は格別である。そして気を持ち直す好機に繋がった。
「じゃ絃子。妹さんのことは頼んだぜ」
分校に入り角を曲がったところでそう念を押す。
当初からの義理は果たしたのだ。もう引き止められる理由はないので天満探し再開である。
「君に言われるまでもない。チームのほうは頼れる人材がいることだしね。だが……」
誰も塚本天満を知らないということは彼らの行程上にいなかったということ。
なので島の上半分、ホテル及びその北にある鎌石村を目指すのがいい。
小一時間程休憩したら出発するとしよう。
次々と脳裏に展望が浮かんでいく。
「拳児君。一応聞くが、八雲君に何かおかしなことを言ってないだろうね?」
「ん、どういうことだそりゃ? するわけねーだろ、俺と妹さんは喧嘩したことだってねーんだぜ」
「そうか……気のせいならいいが。彼女は辛い立場だ。君も励ましの言葉くらいかけてやりたまえ」
「? おう。まあ、そんくれーなら」
ちらりと後ろを歩いている八雲に視線をやる。俯いていて表情が見えない。
そういえば彼女の友人にも物騒な話があったがあれは本当だったのだろうか。
「あー妹さん、元気だせ……ぐおっ」
「君という奴は。そのまんまいう奴があるか。本当に……本当に、頼むよ」
わき腹に肘が入る。容赦ない痛みがあった。
だがその鋭さに反して従姉の表情は芳しくない。普段の余裕さに陰りが見える。
なので釈然としないものを覚えるには十分だった。
(『彼女の友達……サラ君は本気で命が危ないんだ』)
(『! ――マジ?』)
内緒話する時の小さな声が耳を掠める。
生命の危機――これまで見た死体と生きて動く自分達の中間点。
知っていた世界はもうないと、嫌でも自覚させる単語だった。
【午前2時〜午前3時半】
【ハリー・マッケンジー】
〔現在位置〕G-03 分校跡・会議室
〔状態〕疲労、休憩中
〔道具〕支給品一式(水:1本、食料:1個)小刀、レイピア(血痕あり、手入れされていませんが突くことは可能)、ショーンの手紙(上)
暗視スコープ(第2世代型。 電池(単一×2)残量:3時間半)
サラの支給品一式(片方のPETボトルには川の水を入れてます)、ワルサーP99(弾数3消費)
最新式デジタルカメラ(沢近とマックス、サラの虐待の記録あり)
〔行動方針〕周防や播磨を待ちつつ休憩、五時までにG-03を出る。東郷達との合流。
〔備考〕ショーンの手紙(上)を読みました。デジカメにある写真を見ました。
サラは嘘をついていて、種田が雪野を殺したと思っています。
【高野 晶】
〔現在位置〕G-03 分校跡・会議室
〔状態〕やや疲労。堂々とサラの味方をせず悪いと思ってる。
〔道具〕支給品一式、鍵の束(直接関係ない鍵も含まれてます)、5箇所のマークの入ったクエスト地図
〔基本方針〕彼らのRPGシナリオに乗るのでガソリンが来たら氷川村へ。天王寺を警戒、周防、サラ、八雲を心配。
ショーンの間抜け顔を見てみたい。
(備考)地図のCの場所はご自由に。又、車の車種もご自由に。デジカメにある写真を見ました。
サラは嘘をついていて、種田が雪野を殺したと思っています。
【種田芽衣子】
〔現在位置〕G-03 分校跡・会議室
〔状態〕疲労。2-Cの瓦解によるショック。雪野の返り血つき。
〔道具〕支給品一式(水:1本、食糧:1個)、革製のムチ
〔行動方針〕とにかく雪野殺しを知られたくない。高野、ハリーに強い不信感があるが逆らえない。
〔備考〕留学生達と沢近がグルだと思っています。
【花井春樹】
〔現在位置〕G-03 分校跡・保健室前
〔状態〕疲労。一連の事件を招いた後悔。
〔道具〕支給品一式(片方のPETボトルには川の水を入れてます)、手錠の片割れ(手首。鎖なし)
〔行動方針〕サラと八雲の関係修復。周防を心配。
〔 備考 〕サラが本心で八雲を拒絶したわけではないと思っています
【サラ・アディエマス】
〔現在位置〕G-03 分校跡・保健室
〔状態〕体力消耗大、ひどく衰弱。全身鞭打ち痕、裂傷あり(手当て済)。制服ボロ。
〔道具〕手錠の片割れ(手首。鎖なし)。
〔行動方針〕八雲が自分の傍にいるのはよくない。高野らに任せる
〔 備考 〕雪野を自分が殺したと思っています。
【刑部絃子】
〔現在位置〕G-03 分校跡・廊下
〔状態〕健康。サラの状態に暗い予感
〔道具〕支給品一式(水:1/2本、食糧:2個)、9mmミネビア自動拳銃(弾数1消費)
〔行動方針〕集団については高野・ハリーに任せて八雲とサラを第一に。教え子達を守りたい
〔備考〕ハリーから手紙(上)の内容を聞きました。
サラは嘘をついていると思っています。種田が疑わしいと思っています。
F-03森の中にガソリン(20リットル*1)が隠してあります。
保健室の医療具は使い切りました
【播磨 拳児】
〔現在位置〕G-03 分校跡・廊下
〔状態〕疲労中〜大、怒り(天満ちゃんが人殺しなんかするはず無い)は八雲に否定されて現在沈静化
〔道具〕支給品一式 食料・水は2人分(岡から回収したもの。食料一つ消費)、田中一也のリック(支給品一式)、ガソリン(20リットル*1)
〔行動方針〕少し休憩し、八雲に声かけてそこからは天満探し。天満にかけられた容疑は解く。ララにもできれば会いたい。
【砺波 順子】
〔現在位置〕G-03 分校跡・廊下
〔状態〕疲労大だが播磨への気力でカバー
〔道具〕支給品一式(水1/2、食料一つ消費)
〔行動方針〕とにかく播磨についていく。播磨のことをもっと知りたい。
襲ってくる人がいるなら容赦しない。播磨に理解のある人には好意的に思う。はず。
【塚本八雲】
〔現在位置〕G-03 分校跡・廊下
〔状態〕鬱状態。サラや播磨のことで激しく動揺
〔道具〕支給品一式(水:2本半、食糧:2個)、脇差
〔行動方針〕サラを護りたい・・
〔 備考 〕ハリーから手紙(上)の内容を聞きました
【伊織】
〔現在位置〕G-03 分校跡・廊下、八雲の腕の中
〔状態〕普通
〔行動方針〕八雲の傍に
以上になります。
次からはもうちょっとコンパクトにまとめることを目指します。
長い話になり読むのも大変だと思います。
ありがとうございます、お疲れ様でした、と言わせてください。
もし感想いただけたら大変参考にさせて頂きたいと思っています。
それでは。
乙でした!
大勢の登場人物を一気に書ききるのは大変だろうなぁ。
八雲が追い込まれる様子と種田の追い詰められっぷり……見事なまでに対照的でワロタww
しかし折角のドリームチームが既に崩壊間近ってのがロワの宿命とはいえ残念ですな。
撃退に成功したのが種田(の悪巧み)だけとは勿体無いw
乙
二日に分けて読んだぜ・・
播磨もうちょっとこう、いいところないもんかねえ。
これからに期待だが
乙
頑張ったのは分かるからテンポよくしような
感想ありがとうございました。
お付き合い頂きとてもありがたいです。
状態表で八雲の水の数を減らして収録しました。
ほ
なんとか年内にあと一本。
天満、烏丸、斉藤、鬼怒川で自己リレーします
99 :
創る名無しに見る名無し:2010/12/25(土) 04:59:01 ID:FDkGShNk
頑張れ
ありがとうございます。投下します。
【ただあなただけを願う】
月影さやかな夜は空気を蒼色でつき混ぜていく。
若草色の地肌はどこまでも続き、守られるように中央に咲くは鮮やかな紅の花。
三色は何度も折り重なると漆黒を生み、世界にその手を広げていた。その真芯に――少女はいる。
「……」
無明に包まれた内面では絶望と自己崩壊が積み重なる。
黒の上に更なる黒を塗り固め、陰の気は本来の形を埋め膨れ上がる。
闇を突き進む黒――しかしそれらを緩やかに薄める存在が少女にはあった。
「からすまくん……」
自然界とは別の黒、人型をとるそれが少女を包む。太陽に巣食う黒点を少しずつ己のものと吸い取っていく。
魂は少しずつ元の彩りを戻していった。やがて落ちる、燃える火のように熱かった瞳からの、湖底の水のように澄んだ涙。
左右に結われたその黒髪も、土色に汚れていた纏う布地も、未だ赤い。
しかし瞳の周りだけは新たな潤いに薄められていく。枯れ果てた嘆きとは全く別の意味を持った涙があった。
「……私のせいだって思ったの。だから、皆に謝らなくちゃって……」
聞かれた訳でもなく、少女は語った。
血の味が染みた口のまま、空洞となった体を愛する男に委ね、塚本天満は静かに語った。
■ ■ ■
最後の思い出作りを最悪の思い出作りに変えてしまった。
尊重されるべき一人一人の未来を閉ざし歪めてしまった。
引き金を引いた自分が恨まれるのは当然。叱られて当然。打たれても命を求められても、それは必然。
「だから償いをしなくちゃって……こんな私でも、頑張れば、皆の力になれる……はずだって」
諦めずに頑張ること。それはあまりに世の中に広く行き渡った概念で、個々に適合する形を得ることは難しい。
しかし自分には妹がいた。挫折も挑戦も失敗も成功も、どんな形であれ受け止めてくれる家族がいてくれた。
彼女を相手に頑張り続けることができたから。どんな結果でもどこかに感謝を見せてくれたから。
今日までずっと――『諦めずに頑張る』を続けることができていた。
「頑張れば、頑張ればって………………でも、だめだった」
まだ何も終わっておらず何も解決していない。
それでも喉の奥からゆっくりと吐き出されたのは諦めだった。
最後まで続けることが許されるのは正しき者だけ。
取り返しのつかないことをした自分にはもう続ける資格がない。
永山の大事な人の代わりになることはできなかった。
無力な自分の謝罪など、石山や沢近は許そうとしなかった。
それだけならいい。自分の愚かしさはそう容易に認められるはずないと覚悟していた。
「でもね、でもね、美樹ちゃんは……」
だが稲葉美樹という少女は救えたはずの命を奪われてしまった。
呪わしい塚本天満という人間を支えようとし、恩を仇で返されるように殺されてしまった。
自分よりよほど生の祝福を得るべきだったのに。
「こんな私にも優しくてね、温かくてね……なのに……なのに」
短い時間でも彼女を通し心は一方的に潤っていた。なのに自分はその礼に命を奪った。
恩知らずもいいところの人殺し――だが新たに増えた十字架はそれだけに限らない。
妹の友人を殺したのだ。守らねば、守ろう、力になろうとしてきた存在の友人の生命を侮辱をした。
絶対にしてはいけない過ち。もう口が裂けても“お姉ちゃんパワー”などと偉そうに口走ることはできない。
それは、人生で培ってきた根幹の大半を消失したことを意味する。もう、なにひとつ、支えとすべきものはなくなった。
「私……ずるいよね? 卑怯だよね? 諦めに、八雲のことを言い訳に使ってるって分かるの。でも、でもね……」
生まれ落ちて十七年、自分にとって妹は決して軽い存在ではなかったのだ。
個々の人間として接すべき部分とそうでない部分を分けて考えるなど到底できる余裕はなかった。
二人きりの姉妹、二人しかいない姉妹、お互いしかない姉妹が器用に生きていくなどできはしない。
いつだって全力だった。いつだって余裕などなかった。いつだって、その全てが八雲のためであり自分のためだった。
お姉ちゃんパワーという妹のために得たはずの柱を塚本天満という人間性の土台に組み入れるのは必然すぎる。
それが連鎖崩壊の引き金になるなど分かるはずなかった。
「私は自分で自分を壊したの……だから、もうだめ。結局何もできなかった……皆に謝ろうとしても……言葉が、ないよ……」
「塚本さん……」
□□□
静かな告白。細大余さずとは程遠く、彼女の辿った一つ一つを理解するにはあまりに情報が不足していた。
しかしそれでもいいと思った。事実の羅列などよりも塚本天満――彼女の感情を受け止めるほうが好ましかったから。
「ねえ烏丸君。ここに来るまでに、きっと誰かに会ったよね? その人は……私のこと、怒ってたよね?」
「それは」
「いいよ、分かるもん。私ね……最初は仕方ないって思ってたはずなんだ。受け入れるつもりだったの。
だけど今は……無理だと思う。できたことが、できなくなっちゃった。逃げ出したいとさえ思っちゃうかも」
「……」
烏丸は野呂木のことを思い出す。
手の届かない黒幕達ではなく無防備な塚本天満へ彼がぶつけた悪意と非難。
あれが特別の例外だったと断言することはできない。
もちろん2-Cの一人一人は本来そんな人間であるはずなかった。
いろんなものになれる、あらゆる道がひらかれている、永遠なれと願える集団。
だけど存在する無数のカードで最悪のロイヤルストレートフラッシュが揃ってしまうこともある。
自分達に配られたのはそんな手札しかない世界。
「仕方ないよね。私が……悪かったんだもん」
「皆の協力があったとはいえ、歩行祭を提案したのは塚本さんだ。だから……否定することはできないと思う」
「……そう、だよね」
抱きしめている上半身がピクンと跳ねて脱力していくのが分かる。
止まりかけていたはずの涙が再び溢れ、のろのろとした声が尾を引く。
彼女の中では悲しむ時間とは残された人生の全てとなってしまっていた。
「私が……歩行祭なんて考えたから「違う」」
「え?」
「塚本さんを否定することはできないんだ」
硬直したままの彼女を見つめる。
紛らわしい言い方になってしまい申し訳なかった。
「僕は歩行祭を影で見ていた分かる。大勢――いや、誰一人欠けずに楽しそうだった。
素晴らしいクラスにふさわしい笑顔があった。2-C以外の二年生も一年生も、先生達だってそうだった。
それは、塚本さんが皆を幸せにしようと歩行祭を考えてくれたおかげだよ。
だから悪いことだったなんて、否定することはできない」
「! ――烏丸……君……」
元々ゼロに近かった距離が更に狭まる。学生服の向こう側から彼女がぬくもりも確認できた。
ありがとう、ありがとう……そんな声と共に涙は一層溢れ続ける。それがとても嬉しくて仕方なかった。
運命の悪意に翻弄された彼女。目の前にいながら何もできないようでは――らしくない感傷だが、男がすたるというものだ。
「美樹ちゃんもね、そんなことを……」
与えてやれた喜びに過去の後悔が追いすがる。まだまだ彼女の心に空いた穴は埋まらない。
それでも今の自分は支えになれたのではないだろうか。閉じかけた感情の弁のいくつかを開いてやることができたのでは。
それを誰かに――同じく塚本天満を愛おしく思っているはずの誰かに、認めて欲しいとふと思った。
例え彼女を裏切ることになろうとも、今この瞬間のことだけは。
□ □ □
はしゃぎまわる一年生を遠目に眺めていた。
放送がありペナルティを宣言されて果たして彼女はどう出るのか。
気付かれない距離から監視する――普通は無理な芸当も今の状況ならできると思った。
真夜中に光源をつけっ放し、そして明らかに周囲への注意力の足らない彼女が相手なら。
声は拾えなくてもオーバーリアクションのおかげで思考は想像できる。
身を伏せて地面に寝転がり、食料に少し手をつけながら、
いかにしてそそられた興味を満たしてくれるのか、楽しみにしながら観察していた。
(でも結局――素直でいいコから死んでいくのかな)
世は無常。騙されるほうが悪く正直者が馬鹿を見る。
それが真実だと、それしかないと背伸びする子供が陥りがちな思考をする。
だって仕方ないではないか。せっかくの仕込みのあまりにあっけない終わり方。
塚本天満は時折クラスを予想外の方向にどっと湧かせる人間だが、それが悪い方向に作用した。
稲葉が死んだのは二人でノートパソコンに何かをした直後。おそらくペナルティを誤ったのだろう。
予想のかなり下を通過されては、いくら絞っても『こんなものか』という感想くらいしか出てこない。
(まあ、烏丸君は私の協力なんてなくても巡り合えたみたいだけど)
意識を切り替える。色恋とは程遠い人生だったが、遠目に見える二人の間にあるものがただの憐憫の情でないことくらいは分かる。
城戸や冴子らの割り切りだらけのそれよりずっと清純なのだろう彼らの心境を汲むのは容易い。
しかし塚本天満は烏丸大路の気持ちを受け入れるのだろうか。自分一人を生かしてもらうことを是とするのだろうか。
性格上は考え辛い。もちろん一般常識のブレーキと天真爛漫な性格が不変とは限らないし、
烏丸は理解されなくても構わないだろうが、手を焼くことは大いに考えられる。
例えば誰かと争うことになったのに間に入って庇われでもしたら、話にならないではないか。
(……あの子の代わりってわけじゃないけど。烏丸君には協力するって言っちゃったしね)
そんな趣味はないと思っていたが、もう少し首をつっこみたいという感情が湧く。ひとまず二人に近寄ることにした。
烏丸には少し前に協力を断られてしまっている。出会い頭に首を絞められる可能性はあったが、それでも。
体を起こして汚れを払い、一歩一歩、抱き合う二人のお熱い空間に近寄っていく。
(塚本さん……泣き止んでるみたい。烏丸君、ちゃんとフォローしてあげられたんだ)
稲葉の死に号泣と失意を繰り返していた塚本天満。
今更照れだしたのかもぞもぞと自分から体を離していく。
そして近くに転がる後輩の死体を見つめ俯くと、パチンと頬を叩いてなにやら烏丸に話しかけていた。
弔ってやらなくては、埋めて供養してやらなくてはとでも言っているのだろうか。だが――彼の唇が上下したその時。
「――――、」
風に乗り、かすかに低音の声が届く。
はっきり聞いたはずの天満の体が硬直するのが分かった。
何やら大事なことを告げたのだろう、急ぎ足で近寄っていく。
だが二人の姿が大きくなって、もう草を踏む音が聞こえるだろう距離に来てもどちらもこちらを向こうとしない。
「……烏丸君……今、なんて……」
空っ風が吹く。声が聞こえる位置にまで来たのは丁度その時。
「僕は塚本さんを助けるために……………………君以外の皆を殺すつもりだ」
決定的な一言。彼はそれを気後れなく恥ずかしげもなく言い放つ。
知っていたにも関わらず、その宣誓に何か壁でも張られたように足が止んだ。
……
…………カチカチ
………………カチカチカチカチ
……………………カチカチカチカチカチカチ
最初、それが何なのかわからなかった。
細かく何かを刻む音。時計の針がとんでもない速さで秒を刻むような音。
「やめて」
驚きも恐怖も行き過ぎれば人を冷静にする。
そんなことを教えてくれる声。同時に例の音が止む。
さっきからのカチカチとしたものは、塚本天満の歯がかち合うそれだったのだ。
背後にまで近づいたが彼女はやはり振り向かない。
きっと頭から抜け落ちてしまっている。
風が優しく地面を撫でて、小さな草葉を涼しげに揺らす光景を。
足元のノートパソコンがずっと出し続けている光と小さな雑音を。
動かなくなった一年生の割れた首輪と、死という自由を与えられたその姿を。
あまりのことに――完全に、考えられなくなってしまっているのだ。
■ ■ ■
私は直前まで確か――こんなことを話していたと思う。
――――――――――――――――――――――――――――
(「ご、ごめんね? 私なんかに触ったせいで汚れちゃって」)
(「え? うううううんん、私は……い、嫌じゃ、なかったから……烏丸君こそ、どうして私を――)」
(「! ……ごめん。こんな事言ってる場合じゃないよね。……美樹ちゃんを」)
――――――――――――――――――――――――――――
一瞬でも烏丸君に甘えていたいと思ったことを恥ずかしいと思った。
私にできることを考えて、今は穴を掘るくらいと力ない結論を出した。
これからどうなるのだろうと不安だったけど、それ以上にもう何をするにも怖かった。
あらゆる気力を奪っていく沼地からずっと出られない予感があった。
――――――――――――――――――――――――――――
(「これから? そ、それは」)
(「え? そんな、『もう十分頑張った』なんて、まだ何もしてない――へ?」)
(「……え? 烏丸君、それってどういうこと……?」)
――――――――――――――――――――――――――――
私の言ったことは思い出せるのに。
烏丸君が言ってくれたことは思い出せない。
すぐ前のことなのに、まるで記憶することを拒否しているようだった。
――――――――――――――――――――――――――――
(「私を、助ける? ……ありがとう烏丸君。すごく……すごく嬉しいよ」)
(「でも……皆の力になってあげて? 晶ちゃんや先生はきっと助かる方法を探してる。私は、私なんか、いいから」)
(「え、違う? ……烏丸君……今、なんて……」)
――――――――――――――――――――――――――――
ようやく理解する。
私は、記憶することを拒否していたんじゃない。
私は、引き出すことを拒否していたんだ。次に続くこの言葉を、どうしてもなかったことにしたかったから。
――――――――――――――――――――――――――――
(「僕は塚本さんを助けるために……………………君以外の皆を殺すつもりだ」)
――――――――――――――――――――――――――――
■■■
カチカチとうるさい口の中や、言うことを聞かず震えだす体が煩わしかった。
『そんなはず』ないのだから。『そんなこと』あるはずない。
すごく恐ろしいことを聞いた気がしたのは自分の妄想。血が暴れそうな震えはただ寒いだけ。
きっと自分の理解が足らないだけだと信じ、あらゆる彼についての知識を動かして安心できる答えを探す。
「やめて」
その結果がこの一言。
ここに至るまで、どういう冗談なのかを頭の中は必死に考えていた。
考えて考えて考えて――――その結果何も見つからず、それを口にせざるを得なかった。
(――殺す? 皆を? 愛理ちゃんを、ミコちゃんを、晶ちゃんを?)
心の中に広い空間が見える。そこには多くの――まだ助かるかもしれない人達がいた。
最初に目についた親友達の笑顔。そして隣にいた烏丸大路という影が、彼女らを一気に飲み込んだ。
(カレリン、今鳥君、花井君、播磨君――他のクラスの子も? 一年生も、先生も?)
自分の周りにいた人達が次々黒い空間に引きずりこまれていく。その度に烏丸大路は大きくなっていく。
サングラスをした一人だけは最後まで強く戦っていたが、それもやがては取り込まれていった。
(そして――八雲を? 烏丸君が、殺す? 何の罪もないあの子の未来を、烏丸君が奪う? 私の――ために?)
最後に自分と、彼と、妹だけが心に残る。最も大きいものは妹であるはずなのに、彼はいまやそれと同じくらい巨大に膨れ上がっている。
空間が歪んで大きく口を開き――妹を、一飲みにした。
「何を……何を言ってるの?」
「……」
黙る必要なんてないはず。少し考えればどれだけありえないことを言ったのか気付けるはず。
「ギャグとしてもつまらないよ。漫画家ならもうちょっと面白いこと言わないと。あ、ほら私ね、結構お笑いにはうるさいんだよ?」
「……」
笑いに使っていい状況じゃない。
空気の読めない自分にだってすぐに気付けるレベルの間違いでしかない。
「だいたいね、真顔で言ったらどんな面白いことでも面白くなくなっちゃうよ。笑いなよ……」
ただし、恐ろしいことであるならば真顔であることは現実味がある。
なので彼の笑顔を思い出しながら、現実の表情に必死で笑いの破片を探していた。
「…………笑って。笑ってよ! すべちゃったっていいよ! 烏丸君なら何言ったってあはは変なのって言うから笑ってよ! ねえ!」
「僕は2-Cを……いや、学校の皆を」
「やめてえっ!!」
ゼエゼエと荒く息をする。喉が張り裂けんばかりの叫びだった。
たった一言で体内の空気全てを絞りつくしたよう。目は大きく開いて大好きな人を睨んでいた。
体の中にあった彼が与えてくれた温もりが冷めていく。寒さが残り体がまた小刻みに震えていく。
握られた指先は彼が抱いてくれた髪をくしゃくしゃにして、顔の皮膚に食い込んでいた。
「ごめん……私が悪かったから。諦めたなんて、そんなこと言わないから。まだ頑張るから……ねえ、ごめんね?」
行き詰った思考は原点に返る。すなわち自分が悪い、という思考。
クヨクヨしている自分の目を覚まさせるためにこんなとんでもないことを言い出した。
聞き分けのない子に躾をする親の気分で彼は自分に反省を促そうとしたのだ。そうだ、そうに違いない。
「……」
「……ねえ」
「……」
「……ねえ!」
しかし――それも却下される。演技ならば崖際で手を離しはしない。離したということは、つまり。
「どうして……どうして意地悪するの……そんなこと言う烏丸君、嫌いだよぅ」
拒絶の言を吐いてうずくまる。頭の後ろに何も答えてくれない彼の視線を感じた。
先程与えられたこの人のぬくもりにそんな意思が隠れていたなど、理解したくもなかった。
「……『意地悪』って、何? 『どうして?』なんて――本当に、分からないの?」
後ろからずぶりと刺された感触に体が反り返る。
自分達しかいないと思っていた。けれど反射的に後ろを向くとそこには見知った相手である鬼怒川の顔。表情はどこか硬く冷たい。
「私と出会ったときから烏丸君はそう言っていた。笑い話なんかじゃない本気の決意。それを肝心のあなたが冗談だと思ってどうするの?」
「え? え? き、キヌちゃん……?」
「男の子が女の子をどうしても助けてあげたいと願う。その理由が塚本さんは本当に分からないの?」
「っ――」
「いいんだ鬼怒川さん。ありがとう……でも、いいんだ」
激流のように言葉を投げられては拾えない。
彼が制止し彼女の勢いはようやく静流となった。
だがその中に――避けていた思考が混じっていたのは、見逃すことができない。
「塚本さん――」
「やめて! やめてよ烏丸君!! 聞きたくない、顔も見たくない、烏丸君なんて知らない!」
何かが手招きする甘い香りを感じ、反射的に愛しい人の全てを拒絶する。
まさかそんな――と。夢を実らせるには努力が必要。何かを得るには何かを差し出さなくてはいけない。
だが最も欲するものの対価が、考え得る最悪の犠牲であるなどと――それを最愛の人からなど聞かされるなどと――まるで地獄だ。
神経を直接削っていく想像を無茶苦茶に否定した。
「知らないよ、烏丸君のことなんて…………いい人だと思ってた。だって、私なんかにも優しくしてくれるんだもん……」
今になって思い出が脳裏をよぎっていく。
同じクラスになれた最初の日、長い長い手紙を読んでくれたこと。
前の席に座れたこと。図書館で初めて名前を読んでくれたこと。
最初の一歩が実った喜びを、その日の晩に妹に語った言葉の端々に至るまで、記憶できるくらい嬉しかった喜びを。
「だけど……だけどね、そんなのってないよ!」
正直参ったと感じたこともある。
自転車の追いかけっこ。トイレの前で本を読まれた。人物画で誤解されたあげく肝心の絵が浮世絵だった。
体操着の上を脱いだ状態で抱きついてしまった日には、どんな顔をして会えばいいのか一晩悩まざるをえない。
失敗を続ける悪い癖は遠足・ラブレターと尾を引いて、友人らに泣きついてみれば何故か違う結論になってしまう。
けれどHRのソフトでは自分の頑張りを励ましてくれたし、失敗したカレー弁当もご飯だけで一緒に食べてくれた。
カレーへの拘りや河童など、少しずつ彼の好きなことに近づけたことがどれだけ嬉しかっただろう。
「もう嫌だよ……嫌いになった。そう、烏丸君なんて大嫌い……会いたくなんてなかったよぅ」
「塚本さん」
「止めて……でも、嘘だっていうなら信じるよ……嫌いになったのも嘘にする……ねえ、烏丸君?」
「……」
返事は無言。おそるおそる上げていた顎は、もう一度がくんと地面を向く。
悪夢を覚めさせてくれるたった一言が目の前の人からは出てこない。
そのまま口だけが何かを諦めきれないというように呟きを続ける。
「歩行祭では皆が笑顔だったって言ってくれたのは、嘘だったの?」
「……違う。歩行祭は、2-Cというクラスの一年間の締めくくりに相応しい、一生の思い出となる催し物だよ」
「じゃあなんで! 楽しい思い出を持って皆と一緒に三年生になったほうが、ずっと幸せだって思えるはずだよ!」
「それは違う。例え歩行祭が最後まで成功だったとしても、僕は皆と一緒に幸せになることはできなかった」
「――転校するから? だから、壊してもいいっていうの!?」
心当たりに顔がぱっと持ち上がる。
学校が変わってしまうから。そこで新しい思い出を作るから、古いものはいらない。
そんな扱いをされたとすれば、悲しくて悲しくて仕方がなかった。
「少し違うよ。例え地球の外へ出ることになったとしても、大事な思い出の跡を濁すなんてことは選ばない。
僕だって……2-Cのことを、忘れたくなんてなかった」
しかし現実は真逆。恐ろしいことを告げていた彼の表情に、諦観とそれでもまだ何か手放せない想いが宿る。
許されざる道に突き動かす原因の根底――それは彼自身にも理由があることを示していた。
「僕……病気なんだ。そして、もうすぐ死ぬ」
「……え……」
話が二転三転し、彼自身何を言っているか混乱しているのではないかとすら思った。
歩行祭を、2-Cを大切なものと認識しておきながらそれを壊す矛盾。
その上に突然『もうすぐ死ぬ』などと言われても理不尽しか感じず絶句しか生まれない。
「お医者様はこう言っていた――」
こちらの動揺や混乱などお構いなしに三つのことを教えられた。
一つ、発病すれば心が機能しなくなるということ。
二つ、症例はあれど治す手段が未だ存在しないということ。
三つ、彼がそれに侵されてしまうのは一年以上前から確定していたということ。
要するに自分の知る烏丸大路の人格は死ぬ。かといって新たな烏丸大路としての道を歩むわけでもない。
人として終わることなく、しかしどこかへ進むこともないとはつまり――『止まる』のだ。
「そん、な……」
諳んじられるほど説明を受けていたのか、家族に何度も説明を繰り返していたのか、話はひどく滑らかだった。
無軌道や無気力といった絶望につきものの感情はそこにはない。本を読むように自身の破滅を語られてしまった。
そのために気付いてしまう。烏丸大路という人間にとって空が青いことも、太陽が昇ることも、死ぬことも、既に決定された同じ事なのだと。
「…………っく……えぇ……」
可能性だとか未来だとか思い出だとか、そんなものは彼は望んでも手に入れることができない。
そして自分は――それを嬉々として語っていた。まるで見せびらかすように。
「えええぇぇ……えぇぇぇん……酷い、酷いよ……今更……そんな……からしゅまくん……」
歩行祭がまだ企画段階の頃、彼はどう思っていたのだろう。
能天気に明るい展望を語る自分が目障りで仕方なかったのではないだろうか。
衝撃の事実が重なる度に、顔の穴全てから液体がぼたぼたと地面に落ちていく。
泣くか、諦めの極まった笑いをするかの二択しかなく、前者を無意識に選んでいた。
「ねえ二人とも。悪いけど、悲しんでる時間はなさそうだよ?」
鬼怒川の声にもすぐには反応できない。
雷が落ちようが地震が起ころうが悔恨の涙を止めることができない。
ただ、それが烏丸大路であれば別。無言のままで、泣き喚く自分の近くに未だいてくれる彼であれば別。
彼がその場を離れていくとすれば顔は動く。
「か、烏丸く――あっ」
追いすがろうとして声が止まり体が固まる。
烏丸といい鬼怒川といい、どうして連続して出会うのか理由が分かった。
それはノートPCのおかげ。光で辺りが明るいせいだと、新たなる登場人物の姿でやっと気付いた。
「よう烏丸に塚本。そして……会えてよかったぜ、おキヌぅ」
鬼怒川と反対方向からやってきたのは、斉藤末男。
機嫌はよさそうに見えて解放的――だが烏丸とは全く別の意味で心を落ち着かないものにさせる。
そう感じる理由はきっと、彼が手にする両刃の斧のせいではない。
投げれば届きそうな距離だからというわけでもきっとない。
ニィッとその口が左右に開く。
(……!)
会ってはいけない。関わってはいけない。
目を背けたくなる程に斉藤の表情自体が邪悪だった。
すぐにでも誰かを殺しておかしくない砕けた笑み。そこは妙に自信に溢れていた。
□□□
観音堂を爆破して東郷を振り切った斉藤は食後そのまま道なり道を直進していた。
既に夜中だったが休もうというプランは思考を掠めもしない。
裏切者の西本や日頃から喧しかった大塚を始末できたことを放送で知り、体に流れたのは激しい生の実感。
今までの死した自分にはなかった快感が漲り、とても睡眠を選べる精神状態ではなかったのだ。
しばらく足の向くままに歩き回っていたところで見つけたのは光。
星がそのまま落ちてきて地面の上で誰かを待つような眩みを感じた。いや――もしかすると既に、自分のためになる誰かがいるかもしれない。
即断即決、迷うことなくミニノートPC目掛けて彼は駆け出し、人影を確認してからはニヤリと笑うとペースを緩め接近していたのだった。
小さな電子機器からの光はそれなりに強い。近づいただけで多くの情報が飛び込んでくる。
血塗れの塚本天満に烏丸大路。付近の重油のような血溜まりに、その原因だろう誰か。
死体など本来は衝撃の最たるものだろうが――その人物がいたためにそれは二の次となった。
「おキヌ……もしかしてお前達三人でつるんでるのか? それにそこで死んでる女は誰だ。塚本がやったのか? やるじゃねえか」
「さ、斉藤君……これ、は……稲葉ちゃんは」
天満はとても事情を説明できる状態になかった。
これ以上ない絶望で己を打ちのめしたはずの稲葉の死。
しかし烏丸との出会いはそれさえも数多くの悲劇の一つに収めてしまいかねないものだった。
耐えられないはずの惨劇が実は序章に過ぎないのだという、最悪の更に底を掘る現実。
心は折れて、既に降参の手を挙げているのに世界の暴圧はいつまでも止まない。
「まあいいぜ。そんじゃとりあえずお前ら――ん? ……烏丸、そりゃなんの真似だ?」
「君をこれ以上近づけさせない」
「……はあ?」
荷物を置き、天満を庇うように立ちはだかってきた烏丸に斉藤は語気を荒げる。
彼にとって烏丸大路は己のスリル感を刺激してくれるイメージと程遠い。
今大事なのは意外とやるタイプなのかもしれない塚本天満と、どういう言葉を聞かせてくれるのかが楽しみな鬼怒川の二人。
なのに興味の無い対象が出張ってきたのだ。しかも自分と違い素手であるくせにここは通さないという気概を添えて。
西本のように怯えるわけでもない態度が余計に気分を害してきた。
「おいおいいきなりなんだ? 早とちりすんな、武器を持ってるからって――」
「大塚さんが言ってたよ。女子を君に近づけてはいけないと」
「! ……はっ、なんだ聞いてたか。観音堂へ行くといいぜ。委員長は西本と一緒にくたばってるはずだからな」
「さ、斉藤君……それって、まさか」
震える声で天満は尋ねた。
どこか当事者である口ぶりの斉藤。この場合の当事者とはもちろん大塚と西本を――
「隠すことでもねえよ。建物の中で固まってたから手榴弾をこう、な」
「そんなっ!!」
「なんだ? そこで死んでる女、塚本がやったんじゃねえのか? ならお互い様だろうが」
「そ、それは……う、うぅ……」
涙ぐむ天満に斉藤は何だそれはと呆れた風に視線を逸らす。
歯牙にもかけていない間近の烏丸を無視し、更に後方にいる意中の少女を見た。
彼女もまた視線に気付き、電子機器の光沢を受け唇がうっすら開く。
「あぁ……私は確かに烏丸君や塚本さんと組んでるけど?」
「やっぱそうなのか。なあ、だったら俺と」
「遠慮しとく」
終わりを待たずして断られたことで斉藤は目を激しくギラつかせた。
歩行祭と変わらぬそっけなさ。自分が別人のように変わったとしても興味は湧かないという宣告を受けたと感じたのだ。
「鬼怒川さん……それは僕に協力してくれるという言葉が、まだ続いているということでいいかい?」
「ええ」
「! そういうことかよ――クソッ」
斉藤は今度こそはっきりと気に入らないという感情を露にする。
好きな異性が別の男と組んでいる。それは生死を賭けたサバイバルにおいては命を預けられる相手ができたという意味だ。
鬼怒川がこんな男に惚れるはずないと理性は言うが、おとなしく理解するなど本能が我慢しない。
そして欲しいなら奪え、許せぬなら壊せという明快な原理が意識を包む。
まず武器を握る手に力が篭った。次に殺意の黒い光で瞳が濁る。最後に口が横に裂けた。
「おキヌ……後でゆっくり話そうぜ。とりあえず邪魔な奴らを片付けるからよ」
「そうはさせない。鬼怒川さん、塚本さんを頼むよ」
「もちろん。でも烏丸君……大丈夫?」
「……」
鬼怒川は珍しく不安が露の表情で烏丸を見た。
それは戦いとは別のことを案じる意味があったのだが――斉藤が嫉妬に燃える瞳で見てもそれを察することはできない。
「おもしれえ……おキヌ見ておけ、俺がどう変わったかな!」
忌々しさを撒き散らし、吠える斉藤。彼は烏丸大路を自身をアピールするための踏み台とみなした。
そこで転がっている女のように、首に斧を叩き込んで血祭りにすればきっと自分の印象も変わる。
そう無根拠に信じて殺気に昂ぶっていく。
「か、烏丸君……」
「……下がってて」
天満の言葉に拘束力はない。烏丸は天満を一瞥だけすると斜め方向に歩いて距離をとった。
斉藤は合わせて体を動かし相対し、握り締めた手斧を肩より上にこれみよがしに掲げる。
そこからすり足でじわりじわりと間合いをつめていく――などの真似はせずに一直線。
突撃の際の叫びが二人の戦いの合図となった。
■■■
「おらぁっ!」
両腕に支えられ、手斧の刃先が風を切る。その少し先に烏丸大路の体はあった。
「うらぁ!」
勇ましい掛け声と共に、容赦なく右から左へ殺意が奔る。
「だあぁっ!」
奥行きを無視して直線で見れば、それは確かに烏丸大路の胴を真横に断つ軌道を描いていた。
「あ、あぁぁ……」
重たいものが空気を切り裂いていく音。それを聞きながら消え逝きそうな声を漏らす。
目の前で始まってしまったのは喧嘩ではなくて命の取り合い。
人間同士の相手を否定するための式典。クラスメイトと最愛の人との間での、2-Cというものを破壊する儀式。
「烏丸君、反撃しないね」
真後ろにいる鬼怒川が呟くとそっと肩に両手を添えてきた。膝の上に重いものが載る感覚。半端に口の空いたそれは自分の荷物だった。
持って逃げろということだろうか。彼女は、彼からの頼みを実行しようというのだろうか。
しかし肩を掴む行為は護るというよりはむしろ逆。ここから逃がさないという意思表示に思えてしまう。
「さっきから避けてばっかり。でも逃げ出すわけでもなく距離は一定。ね、塚本さんは何でだと思う?」
「そ、そんなこと……あっ!」
鬼怒川の質問を無視して叫ぶ。空振りを続けていた斉藤が戦い方を変えたのだ。
まず足元を蹴り上げて土の散弾を烏丸の顔に浴びせた。そして一瞬動きを止めた彼に対してその足元へ蹴りを滑り込ませる。
これまで胴や首ばかり狙われていたせいか、足腰への襲撃へ大事な人の反応が遅れた。
転ぶように後ろへ下がった体へ真上から斧が振り下ろされる。
次の光景を想像した瞬間、全身を流れる血の熱が消えて――
「――やめ」
かろうじて惨劇が回避される。叫び終わるより疾く彼が横へ転がってくれたのだ。
斉藤が大振りを外した隙のおかげで彼も立ち上がることもできていた。
危機が遠ざかり、ようやく遅れてやってくる心臓の激しい鼓動。
痛みさえ伴う衝動に突き動かされるようにして叫んだ。
「やめて……やめてよ! 斉藤君、やめて! どうして、同じ2-Cなのに! 全部私が悪いの、烏丸君のせいじゃないからやめて!」
「うるせえ! お前になんざ聞いちゃいねえよ!」
呼びかけはあっさりと断ち切られる。自分のせいだ、という最初の決意はそよ風ほども影響を与えない。
そして再開される殺し合い。斉藤が叩き殺しにかかりそれを烏丸が回避するの繰り返し。
「なん、で……」
「前はもっと反応早かったのに。あれじゃいつかやられちゃうよ」
「やめて……やめて、よぅ……」
「さっきの続きだけど、どうして烏丸君は反撃しないと思う? どうして動きが悪いと思う? 別に怪我してるわけでもないのにね」
不気味なほどに冷静な鬼怒川が要領を得ない質問を投げかけてくる。
だが彼女のように落ち着いて考える余裕などあるはずない。
「塚本さんを助けるために他の皆を殺すって言ってたのに、あれじゃとても無理。ね、どうしてだと思う?」
だが少し前の恐ろしい宣言と結び付けられては思考が捕まってしまう。
答えと希望と求めて意識が楽なほうへと転がっていく。
「……か、烏丸君は優しいもん。誰かを傷つけるなんて、できっこないから……」
「それは避けるのも苦労してる答えにはならないんじゃない? それに殺さなくても押さえつけて武器を奪えばいいし」
視線を合わせず同じ方向を向いたままの会話。
耳のすぐ傍に鬼怒川の息吹を感じる。人でない何かに囁かれているようだった。
通った声は絡みつく糸と化して鼓膜にいつまでも残り続けている。
肩にかかる手の力は食い込みそうなくらい強く、感じる体温は恐ろしく冷たい。
「……キヌちゃんは、どうしてだと、思うの?」
「あれ、本当に分からない? まあ……案外そういうものなのかな」
「え……?」
戦いは膠着状態に陥っていた。
斉藤は斧を振り上げたまま肩を上下させ呼吸を整えている。
烏丸は視線を彼の体から離さず注視して、必要以上の距離を取ろうとしない。
そのまま斉藤が疲れて動けなくなってくれればどれだけ嬉しいことだろう。
「塚本さんが烏丸君のことを嫌いと言った時のこと覚えてる? あの時、烏丸君の体からすっと何かが抜けていった」
「――っ!?」
「私にはそれが分かった……というか、見覚えがあったの。
病気でもない、そう年配でもないのに活力のないお客さんがたまにいてね。それに烏丸君はそっくりだった。
体が悪いわけでもないのに動きはひどく緩慢で、大切な何かが抜けてしまっている状態よ」
呆然としながら烏丸の背を見つめる。
あの時はずっと泣いているばかりでもう何を言ったのかも覚えていない。
当然――出てきた言葉で彼が何を思ったかなど露ほどにも考え付かなかった。
「私と出会った時、烏丸君は覚悟してたわ。守りたい子に嫌われることも、苦しめてしまうことも。
でもそんな想像よりずっと、見つけたときの塚本さんは酷かった。血まみれで、絶望しきっていて……だから烏丸君は抱きしめた。
本当はそんな情を寄せる真似なんて、予定になかったんだと思う。だって……その後にもう一度、突き放さないといけないもんね」
鬼怒川が言う彼の心境など、半分以上が想像に過ぎない。
先程の逢瀬を見ていたとしても遠くからに過ぎない。けれど、否定できない説得力があった。
自分とて、きっと鬼怒川の立場だったら――彼の心境を客観的に見てしまえば――そう考えていたかもしれないから。
「歩行祭の参加者を皆殺し……それがどれだけ塚本さんを絶望させるかなんて考えるまでもないこと。
烏丸君は最初、元の塚本さんを少しでも取り戻せたのが嬉しかった。だから報われのあった分、矛盾は耐え切れない程になってしまった。
どんなスポーツもそうだけど、メンタルが鈍れば記録は落ちる。病気で死期が迫った人なら尚更、精神状態の影響は強い」
正しすぎる推論は殴られるより強烈だった。
烏丸大路には心がある。素晴らしいものを目にして、或いは見るに耐えないものを見て、
笑ったり困ったり喜んだりする感情が、少し分かりづらいだけでちゃんと持っている。
それを自分はなんとなくでも理解できる――そんな風に思っていたくせに。嫌いだと拒絶するばかりで全く察知することができないでいた。
彼が追い詰められているのは心の問題。一人になっても助けたいという想いと、これ以上悲しませたくないという想いの衝突。それはつまり――
「私の、せい……?」
自分が、塚本天満が弱くて弱くて仕方なかったせい。
それに到達したとたん、睫毛が激しく痙攣し目じりからぼろぼろと熱い雫が降ってくる。
唇はきっと青ざめていてげっそりと頬が細っているに違いなかった。
「そ。歩行祭の責任なんて私はどうだっていいけど、烏丸君が殺されたら塚本さんのせいだと思う。さあ――どうするの?」
粘着性の糸のような声が離れていく。肩の圧力も同時に消えた。
今の自分は自由だった。前へ走ることも後ろへ逃げることも烏丸大路に声をかけることだって可能だった。
「! 殺、され…………嫌、嫌だよ烏丸君。美樹ちゃんみたいにそんな……私は」
「いくぜおらぁぁっ!!」
何かが実を結びそうになる寸前で斉藤が動く。
絶叫し突撃するその姿は間違いなく烏丸大路の命しか見えていなかった。
「死ねえぇぇ――――ってな」
「っ!?」
だが全体重の乗った刃が彼を射程距離に捉える寸前、急遽その勢いが萎む。
自分のみならず構えていた烏丸も虚を突かれたようだった。
思いとどまってくれたのだと思考がまた楽な方向へ傾く。
その代償に、斧の胴が彼の顔を薙いだ音を聞いてしまった。
――ガスッ
「え」
「しゃあっ!」
歓喜の雄たけびが風を裂いて届く。全ての血管が強く脈動しそして凍てつく。
もし――彼の足が地面を踏ん張ることなく柳のように倒れていたら、狂っていたかもしれなかった。
だが飛びのく姿が見れたのが理解よりも早かったので、かろうじて発狂せずに済む。
「ち、腹かよ。まあいい……今のは結構効いただろ?」
当たったのは刃の部分でなくて腹。フェイントは確かに効果があったが勢いを殺し汗で濡れてるだろう手元を乱すことになったのだ。
致命的とはとても言えない一撃と理解した斉藤がすぐさま追撃も振るうも、既に対象は届く位置にいない。
「はあっ、はあっ……逃げるばっかかよ、つまんねえなお前。ちっとはやり返してくるかと思ったが……ふう」
二人は再度、自分を含めて正三角形を描く位置で対峙する。
「あ……あっ……あぁっ……」
あまりのことに言葉が出ない。今の激突は先程よりも危うかった。
次に両者が重なって彼が無事でいられる保障などどこにもない。
斉藤は早くも息を整えだしているというのに――烏丸は未だ棒立ちで、構えさえとっていなかった。
自分が、拒絶してしまったから。病の渦中にある彼の気力を殺いでしまったから。
「ねえ。さっき烏丸君のこと嫌いだって言ってたけど、それでいいの?
眼前に展開される状況に流されきってから事態を理解しても――遅いよ?」
「……私は、私は……でも」
金属的な声が再び囁いてくる。甘い手招きのようにも感じた。
理由はともかく、鬼怒川は甘ったれた愚物である自分へ『あること』を求めている。それは分かる。
だが、それは――。ギュウウと腕に力が篭る。リュックが圧迫するその堅ささえも恐ろしい。
心が凍る。魂が枯れ果てる。今ではない場所と時間へ精神が全力で逃げ出そうとする。
「塚本さん」
「っ、烏丸君!」
混線しかけた意識はその一言で覚醒した。
名を呼んでくれたのは背後の鬼怒川ではない。
拒絶されたにも関わらず、本来は泣いて縋ってもおかしくないにも関わらず、
死という終わりに最も近い位置にいながらにしてなお、自分を護ろうとしてくれている男の子――烏丸大路。
「こんなことになってごめん。もっと僕が強ければ……君の涙を減らすことができるはずだった」
「おいてめえ。どこ向いてやがる」
戦いにおいても呻き声一つなかったのに、突然どうして。
今までは斉藤へ向けられていたはずの視線もこちらに角度を変えている。
「烏丸君……私……私っ……」
「どうかお願いだ。そのまま、僕に構わず逃げて欲しい」
「! だったら烏丸君も――」
「そうすると君が逃げ遅れるかもしれないからだめだ。それに……一度くらい、播磨君のように格好をつけさせて欲しい」
ズキン、と心臓が激しく痛む。高鳴るのではなく痛んだ。
頭の中はぐるぐる回るのではなくてキリキリと圧迫されたように痛い。
何の脈絡も無い突然の痛みは、まるで何かの始まりを告げる合図のようだった。
「『行かないでください お願いします。』だったよね。手紙……凄く、嬉しかった」
鼻がツンと酸っぱいもので包まれる。
驚きに、麻酔をかけられたように体の感覚がなくなっていく。
「前の席にいた君の背中を見つめるのも恥ずかしかった。図書館では驚いたよ。けれど、さん付けでも君のことを呼べて嬉しかった」
夜風に乗る通った声は彼以外の全てを意識から切り離してしまう効果があった。
真っ先に、視界の左右の背景が一本の線と化す。
たった一日で多くの真剣に考えなくてはいけない問題があったはずなのに、彼の言葉はそれらを白く透明に薄めていく。
「たまに一緒に帰るようになったよね。河童が好きなことを伝えたのは君が初めてだ」
思い出を重ねる姿には覚えがあった。
一年前の自分、一年前の彼、少し前の自分、たった今の彼――回想と現実の時間軸が
描点と化しては大きくなって、交互に何度も入れ替わっていく。
「でも僕はこんな人間だから、きっと全てには気付けなくて迷惑をかけてしまったと思う」
心が芽吹く。水も日も空気もいらない、彼という存在がなければ咲くことのない花が狂い咲く。
「病気のことを隠す言い訳に、酷い言葉をぶつけてしまったかもしれない」
違う。それは違う。辛いことが百万回あろうとも、たった一回報われればそれで自分は嬉しかった。
「バンドの練習をいつも見に来てくれた。誕生日を祝ってくれた。お礼にと君の誕生日に家に行っても、突然なのに受け入れてくれた。
大皿の欠片でカレーを食べたクリスマス。二人で練り歩いたお正月に……修学旅行。
多くの思い出を貰えて嬉しかったよ。なのに色々と困らせてごめん」
思い出を貰ったのはこちらのほう。だけど唇は夜気でぴったり張り付いてなかなか開こうとはしない。
顎は上下させるのが困難で、とても重たい岩を動かしている気分だった。
「歩行祭には出ないほうがいい……僕、最初はそう思っていた。けれど今は違う。忘れる前に間に合って、本当によかったと思ってる」
体の至る所がおかしくなったような反応を見せる中、泣き虫の両眼だけは涙を流すことなく彼を捉えていた。
瞳の中に彼の姿が映る。耳の中に音像ができあがる。肌の表面が彼の存在を感じ取ろうと敏感になる。
今なら烏丸大路についてのパズルであれば、目隠ししてもいくらでも完成させられる自信があった。
しかし――彼はどうして土壇場でこんなことを言うのだろう。まるで
「塚本さん」
名を呼ぶ彼の表情は笑っていた。自分の知るどんな微笑みにも勝る笑顔。それが自分のために存在していることが分かる。
もう言葉はいらなかった。顔のほんの少しの動きだけで知りたいこと全てを教えてくれるから。
烏丸大路にとって、塚本天満との思い出は本当に価値ある大切なものだったということを。
自分が嬉しかった時、彼もまた嬉しかったのだということを。
ぐるぐる回っていると思っていた関係は――その実、向き合っていたということを。
(そうだったんだ……烏丸君は)
「……好きだよ」
(一年前――もしかするとそれより前から、私のことを知っていて)
「君のおかげで幸せだった」
(でもそれを伝えられない理由があって――)
「うるせえ! 続きはあの世でやりな!」
(――あ)
非常に耳障りな声が鳴り響き、主の足が弾け距離が詰まる。だが何故かとても緩慢極まりない動きに見えた。
紙芝居の絵が一枚ずつめくられるが如く。足運びの一つ一つが判別できる速さで二人の空間が閉ざしていく。
時の流れがとても遅い。殺意の漲るはずの絶叫は間延びして、欠伸か何かにも聞こえる。なのに動かない彼。
「烏丸君」
鈍い。狂気を宿し迫る人の形をした肉に対しいくらでも対処を巡らせる余裕さえあった。なのに動かない彼。
「烏丸君……」
動かない、否。動けない、烏丸大路。
「烏丸、君……」
なら代わりに――動け。
「烏丸君……!」
動け。動いて。動け動け動け動け動け動け――この体!
「烏丸君!!」
二人の男が引き合う一本限りの命の糸。その間に別の線が飛び込んでくる。
轟音と白光。空の下――満天の星々の中に――赤い飛沫が、ぶわっと混ざった。
■ ■ ■
まさかこういう決着になるとは。
今になって振り返ると間抜けなことに、その可能性を考慮していなかった。
荷物が少し重かったとか硬い音がしたとか、気付けた要素はあったのに。
だが理解は一足遅れ、彼女は一歩先を行っていた。
烏丸のため、塚本天満を追い詰めるようなことを言ったのは自分。毒の言葉で襲い掛かったのは自分。
その目的は彼女に『烏丸君死なないで』とか『負けないで』とか肯定的な言葉を捻り出させる事だった。
(それで烏丸君は覇気を取り戻すと思ってた……ううん、実際そのはず――だった)
あらゆる世界の残酷さから守ってあげたかったに違いない。
見たこともないほど傷つき泣いて、悶え続ける好きな人を前にして迷いの生まれた烏丸大路。
救ってあげたかったのに――追い討ちをかけ、底の底に突き落とす矛盾の重さに彼は気付いてしまった。
冷徹に徹しきれず、体の調子にまで影響を受けたことを情けないとは思わない。むしろ鉄仮面の裏側が見えたようで好感だった。
しかし、それで戦えなくなってしまうのは困る。
稲葉のようにまたあっさり死なれては、まるで自分が死神か疫病神だ。彼のトラックは天満との合流がスタートラインだというのに。
なので彼をコンディション最悪にした責任を取らせるつもりで天満を追い詰めた。
縒りが戻れば彼にも気概が戻り、自分の不意打ちを退けたあの身体能力で斉藤など瞬時に撃退すると読んでいたのだ。
(それがまさか、ね)
石像のように動かなかった塚本天満がその身を呈し――
(斉藤君を殺すなんて)
命を奪うことで救う道を選ぶとは。
その瞬間を確かにこの目で見たはずなのに、倒れる斉藤のくぐもった声は耳の奥で反響してるのに、非現実感が未だ抜けきらない。
例のパソコンのおかげで彼女の姿がよく見える。移動はしておらず座ったまま硬直していた。
両腕はやや弛みを残しながら前へと伸びて、倒れた斉藤とは直線状。
手にしているのは記憶のそれより細長く色も白系だが明らかに拳銃だった。
鼻を突く硝煙は空気の中に、発射時の閃光は瞳の中に、余韻としてまだ残っている。
「塚本さん……?」
最初に動いたのは烏丸だった。語尾は上向き。
彼であっても彼女の行動はひどく疑問に思ったらしかった。
棒立ちのまま、ぎこちない動きで顔だけがこちらを向いている。
「君は、一体どうして」
本心を確認したいのだろう。
これは、果たして本意だったのか。
威嚇のつもりに過ぎず射抜くなどなかったのでは。
いや、そもそも狙いは本当に斉藤だったのか。目的の危険性は烏丸とて引けを取らない。
いっそ自分の手でという救いのない狙いがなかったとは言えない。
もしそうであれば彼はこの場で死を選
「ガァッ!!」
獣じみた叫びと同時に一部の地面が飛び起きる。思考が断ち切られ背が震えた。
(まだ死んでな――)
自分が状況を理解しきるより先に。
またも彼女は一手先を行っていた。
二度目、空気が激しく轟き鼓膜を激しく貫いていく。
■ ■ ■
かつて、海で溺れたときがある。塩っ辛い水をガブリと飲んで肺の奥まで異物感で満たされた。
陸に上がり戻した中身は泡を吹いていて、溺れるとはこういうことを言うのだと実感した。
だが今は陸の上のはず。同じ経験などするはずない――はずだった。
ガブリ、ガブリと肺の奥から液体が出てくる。いくら吐いても収まらない。このままでは息ができない、陸の上で溺れてしまう。
「あ゛……あ゛、ぁ」
指先から徐々に硬くなっていく。神経が通わなくなっていく。
苦しかった。誰かに助けて欲しかった。なので自分は助かると思った。
周りにはそういった情に厚い人間が大勢いるはずだから。
(ああ……そういえば)
自らその可能性を断ってしまった事を思い出し、体を支えていた足からも力が抜ける。
どうっと倒れ伏し、残されたのは漆黒の空と未だ口と鼻から出続ける赤黒い泡。
混じって少し煙臭い気が、胸の奥からの鼓動が小さく細っていきそれどころではない。
体を動かそうにもどうしようもないことを理解してしまい、諦観とともに目を瞑る。
「斉藤、君……」
最期に聞いた自分の名。結局自分はどう変わっても自分のまま……斉藤末男でしかない。
だがそれは不愉快ではなかった。何一つ変わったところを見せられなかったのに悔しくなかった。
名を呼ばれただけで生の実感を上回る満足があった。
幸せは、誰かの命を奪うのではなく、認めてもらうことでしか得られない。
それに気付くのに、ずいぶんと変なことをしてしまったと思った。
「……」
申し訳ないことをした彼らに――あちらで会えるのだろうかと考える。
それを最後に斉藤は、彼自身は誰一人殺していないことに気付かないまま、永遠に息を引き取った。
■ ■ ■
「烏丸君……怪我は、ない?」
「うん」
「無事なんだね?」
「少し斧が当たったけど、刃先じゃないから大丈夫」
「そう………………」
深く吸い大きく吐き、それでいて素早い深呼吸。
それが収まり今度は長い沈黙が続く。星々や神々さえ静止しそうな力のある沈黙。破られた時には世界が一変しそうな予感さえ――
「…………よかった、よぅ」
声は確かに心からの安心と明るい喜びに溢れていた。
新たな命を産み落としたような果てしない慈愛で確かに満ちている。
『確かに』と拘るのには理由があった。あまりにも――表情が不釣合いだったから。
「塚本さん……?」
何も見ていない瞳。連想したのは今まさに蛇に飲まれようとする小動物。
丸く愛らしかった頬が極地の氷壁のように硬く閉ざしていた。
食い縛られた口は沈み行く石をイメージさせる。
塚本天満を今知った人間がいるとすれば彼女の顔に笑いなどありえないと考えるに違いない。
「じゃあ……バイバイ」
初めて手が動く。彼女は持っていた銀色の拳銃を迷うことなく自身のこめかみに突きつけた。
「塚本さん」
「塚本さん、何を」
彼と発声が重なる。思うことは一緒だった。一体何を考えているというのか。
もし超能力があったならその手を止めるよう念じていることだろう。
「私ね。斉藤君が倒れたとき……嬉しいって思ったの。そして立ち上がったときは……『何で?』って思った……」
「っ」
この時点で斉藤を殺したのは本人の意思だと確定する。
自己防衛で既に冴子を殺した自分だが、それでも驚嘆に値する出来事だった。
何事も受身がちだった塚本天満が生んだ空気は、今や上から押さえつけられているように重い。
判決時より圧迫感のある空間――それを支配する権利が彼女一人に集まっている。
「皆に謝らなきゃって思ってたくせに……斉藤君もその一人なのに……烏丸君が助かって嬉しいって思った。
斉藤君を殺しておいて……それで、嬉しいって思ったの。はは……あはは……!」
空が粉々に砕けなだれ落ちてくるように、詰まっていた言葉は一気には地面へ降り注がれた。
「美樹ちゃんみたいにまた大事な人が死ぬのが怖かった……でもそれは言い訳。本当はね、烏丸君の告白が……嬉しかった」
充血した瞳の縁だけがふるふると揺れる。しかし涙は枯渇したように流れていない。
無邪気すぎる歓喜と破滅を理解した絶望。二つの感情が一つの顔を支配していた。
「もう何もできないはずだったのに、烏丸君だと違ったの。引き金は凄く軽かった。
銃なんて最初に島で見たときは怖くて怖くて、絶対に使うもんかってリュックの奥にしまったのに」
声は冷気さえ感じさせるほどに零下。それでいて獲物に喰いついた動物さながらに興奮している。
今の塚本天満は異数の、異世界の、異常な存在だった。かつての彼女とはまるで違う――まるで何かの狂信者。
「安全装置だって外せたよ。忘れっぽいくせにサバイバルゲームで聞いたことをちゃんと思い出したんだもん。
いつもドジばっかりするくせに……それで美樹ちゃんを殺したくせに……烏丸君になったら、しっかりと斉藤君を撃てた」
隙はないと、どこか自信ありげにそして空しそうに塚本天満は教えてくれた。
その姿は風に吹き流される帆。幽鬼と化した表情がここでない遠くを見るものに変質していく。
「やらなきゃいけないことは多くあったのに、それを否定してでも烏丸君のほうがずっと大事だった。
烏丸君が凄く怖いことを考えているのは知ってる。このままじゃ皆が危ないんだって分かる。
なのに、助けたいと思っちゃった……他の人を殺すことが、できちゃった……」
正直者の言葉は迷いがない。嘘や真実の概念も色分けもなく、事実だけを告げてくれる。
即ち、塚本天満にとって本当に大切で夢であり心寄せるのは――烏丸大路ただ一人なのだと。
「今も、後悔してないの。それどころか、嬉しいの。あは、あはは……変、だよね」
彼女の心は既に、どこからは生まれた――おそらく自分が植え付けた部分もある――黒いものに飲み込まれていた。
瞳には黒い霧がかかっていてきっと本来の世界が見えていない。それがきっと涙を止めている理由。
「皆を不幸にしておいて、それでも好きな人が一番大事なんて…………私は、最低の女の子だった。それがわかっちゃったから……バイバイ」
救われた烏丸。救われなかった稲葉と斉藤。選ばれた命と、選ばれなかった命。
その不公平を是正し彼の生を正当化するためと言わんばかりに――塚本天満の指先がトリガーガードの内側に添えられる。
「烏丸君は……諦めないでね。私みたいにちっぽけな人間のことだけを忘れて。助かる方法だってきっと見つかるよ」
「塚本さんっ! それでいいの? あの子は、稲葉さんはじゃあ何のために――」
第三の死体が出来上がる寸前の状況に珍しく声を荒げてしまった。
内容を加味するとどうやら稲葉の死は自分の知らない部分に影響を与えていたらしい。
名前を聞いて、思い出したようにその首が傾けられる。
「美樹ちゃんを殺してしまった時点でもう、私はだめだって思ったよ。烏丸君に逢えて、それが少し伸びていただけ」
失望、落胆、諦め。彼女の中で混じってはいけない感情が混じり、自分の中にまで感染してくる。
言葉をなくす。こんなことは望んではいなかった。
「私に生きてる価値なんてないんだよ。三度目だけど……バイバイ」
その刹那、とてつもなく広く真っ白な空間を知覚した。
精神力と集中力が極限にまで高められると人の感覚は手の届かない範囲にまで広がるという、どこかで聞いた話を思い出す。
そこでは時間は永遠であり一瞬。時間感覚の超圧縮、矛盾さえも許容としてしまうスプリンターの境地。
「塚本さん」
その領域で行動することができたのは、自分ではなく烏丸だった。
だが期待感はない。何を言おうとも無駄だと諦めが強すぎる。
彼が動き二人が重なり、同時に今日で三度目となる死を確定付ける音。斉藤の時と、全く同じ。そして――
「――僕のために、生きて欲しい」
すぐ近くで、烏丸大路の声がした。
「――ずるいよ。困るよ。そんなこと言われたら」
すぐ近くで、塚本天満の声がした。
□ □ □
真横を怒涛が駆け抜けた。髪が後ろに大きくひかれる。
蛋白質が焦げる臭い。頭の側面で何かが切れ落ち、細かいものが風に流されていく。
目は動き世界の姿をはっきり見せて、口は滑らかに開閉して息をたっぷり吸うことができた。
引き金の感触は指先に残っている。大きな音がすぐ近くを通過していった。なのに、私は体に痛みが全くない。
あるとすれば手首の痛みに耳鳴りくらいだろうか――しかし方向感覚が麻痺していてもなお、私は確かなものを感じていた。
冷たい銃を握った手の上からの、烏丸君の大きな手。
生きた温もりを持つそれに、弾丸はぎりぎりで軌道を逸らされたようだった。
僕のために生きて欲しい。だから私に死んで欲しくない。
烏丸君は卑怯だと思った。けれどそれは私も同じ。
もう生きている価値も望みもないと言いながら、未だ烏丸君を好きで好きで仕方ない卑怯者だから。
なのでそんなことを言われれば。新たな生き甲斐を与えられてしまったら――。
「烏丸君のことしか……考えられなくなっちゃうよぅ……」
「それでいいよ。僕は君を救うために皆を殺すから」
「だから……それはやめてって、言ってるよ……っ」
歩行祭と同じ。ただ一緒であればそれでいい。
なのに烏丸君は私をどうあっても助けようとする。
病気という目に見えない鎖に皆も繋ぎ、一緒に果てまで堕ちようとしている。
息がかかる、睫の数も数えられる、今までは考えられなかった距離で見る烏丸君の顔が、そう言っていた。
「やめてよ……お願い。諦めるなんて、言わないから」
私はどこかに残っているはずの大事な気持ちをかき集め言葉にした。
好きな人が大切な人を殺す姿を見るくらいなら頑張れるはず。
思い出同士がぶつかりあって両方粉々になるくらいなら、何だってできるはず。
そう――少なくとも諦めたりなんて、しないはず。
「止めてくれたら私……歩行祭も、皆のことも、病気のことだって…………これからもっともっと頑張――ぁ」
それを言おうとした瞬間、私は見てはいけないものを見てしまった。
もう動かない美樹ちゃんの体。真っ赤だったのに黒ずんできているその体。
それでもう、『頑張れない理由』を思い出してしまった。
一瞬で心に嵐が吹き荒れて、かき集めたものが散っていく。
「…………ごめん。僕はどうしても、塚本さんに生きていて欲しい」
何度目かになる『もうだめだ』だった。
もう烏丸君を止める言葉はない。話し合いがだめなら残るは一つ。
糸が切れたように首が折れ曲がって下を向いた。
「でも……もしも塚本さんが」
銃を握ったままの私の手がどこかへ誘導されていく。
力なく任せていると――銃口は烏丸君の黒い制服の上、左の襟首より少し下の部分で止められた。
それにより、私にとても簡単に止める手段が与えられる。
「僕を許せないと感じたなら……君の手で終わらせて欲しい」
私は驚くことなく――ああやっぱり――とどこかで私はそう思う。考えなかったわけではなかったから。
烏丸君の短い命を更に短くしてしまえば悩みの全てを消すことができるから。
犠牲者は減る。間違いなく誰かのためになり、自らへの罰ともなる行為。
(このままだと烏丸君が皆を……それは私のせい……全部、私の責任……だから、止めなきゃ……)
『皆のために』という焦がれた想いを成就させることが出来る。
大勢の幸せを壊した責任の一旦を負うことが出来る。
指先を少し動かせば、きっと私は『頑張れた』という達成感が与えられるに違いない。
それを八雲とは別の新しい私の支えにして、二歩目三歩目を歩んでいけばいい。
「いつでもいいよ。君になら殺されてもいい。病気で死ぬよりずっとずっと幸せだ。
食事の時でも寝ている時でも、人を殺す時でも病気の後も――君が願うならいつだって。もちろん、今でも」
神様の前での結婚式――神父様のそれよりもずっと揺るがぬ誓いに感じられた。
おかしな話。状況はまるで逆だというのに。神様の前で愛しい人を殺す人間のどこに祝福される要素があるのだろう。
そう、私はここでもう一度人の命を奪わなくてはいけない。そうでなくては許されない。
(愛理ちゃん――ミコちゃん――晶ちゃん――私――)
烏丸君の手が離れていく。私はもう自由だった。
これが最後通牒。二人を殺した時と同じことができればそれで解決。誰かが殺されることはなくなるのだ。
(八雲――播磨、君……?)
私は。大勢の大切な人達のことを考えながら。
(誰か……助けて……お父さん……)
迷わず、銃を握る手を重力に任せて垂れ下げた。
「……できるはずないよ。だって」
私が一番嫌なことは何なのか。最も願うことは何なのか。斉藤君を殺したときに理解してしまった。
壊れてしまった歩行祭より、誰の力にもなれないことより、もう頑張れないことより、人を殺してしまったことよりも――大切なこと。
“好き”――なんて不思議な言葉だろう。希望も幸福も悲願も何もかも、素敵な全てがそこにある。
「私も、烏丸君のことが好きだもん。両想いだったなんて……夢みたい。凄く、凄く嬉しいよ。ずっと傍にいたい……手放したくない」
「…………時間を置いて考え直してくれても」
「ううん」
「……辛い選択をさせてごめん。でも……ありがとう」
醜悪な感情を優先させた私に、烏丸君はそっと微笑んでくれた気がした。
□□□
間があったのは逡巡していたのかもしれないし、単に深呼吸したかっただけかもしれない。
だが意思は示された。決して正常な状態での判断とは言えないが、それでも本心を知るは本人のみ、だ。
一度出してしまった言葉は取り消すことができない。
三十人以上の死刑執行書。全てが知った名、家族のものさえあるというのに、目の前で印が記されていくそれを彼女は止めなかった。
二人も殺せば普通ならきっと良心の呵責で失意の底に沈む。
それでもなお求める価値のある人間が烏丸大路――ということなのだろう。
(……まあ、塚本さんだしまだまだ悩み続けるんだろうけど。でもそれじゃ烏丸君は止められない)
これから彼は大勢を殺す。優しく愚かな愛を受けた今、腑抜けになることは二度とないだろう。
一度折れかけた部位が再び繋がり、心はきっとかつてないほどに硬い。誰の友人や家族であっても確実に殺す。
その過程で愛しい人に協力させる真似はしないだろうが、彼に危機があれば今度は彼女が武器を取るのは斉藤の件で証明済みだ。
自分も友人から攻撃を受け反射的に殺してしまった経験があるせいか、そうだろうという確信がある。
そしてあらゆる他者の都合を踏み躙り、死を積み重ねた先の幸福の道を恋人達は歩む。
(さしあたって私は……協力するって約束したし、三番目くらいには生きていられるのかな。あ、そうそう――)
二人は見つめ合い――ゆっくりと、何かに誓うように顔を近づけていく。
見ていいものではないと目を逸らし視界が途切れる一瞬、二人の顔の一部が重なるのが映ってしまった。
(稲葉さん……これ、あなたの成果なのかもしれないわね)
もう体温の抜けきった彼女への言葉を、私は心で響かせた。
【午前2〜3時】
【塚本 天満】
〔現在位置〕E-07
〔状態〕返り血まみれ。前向きな気力ほぼ0。山越えで擦り傷などの怪我はあるものの即治療が必要なものはなし。
〔道具〕支給品一式(水なし、パン2個)、スタームルガーMkIII(7+1)
〔行動方針〕烏丸と離れたくない。誰にも死んで欲しくない(烏丸の危機に対する反射的な行動除く)
〔備考〕 止められないよ
〔補足〕放送内容は記録していません
【烏丸 大路】
〔現在位置〕E-07
〔状態〕体力消耗、病気がちょっとだけ進行中
〔道具〕支給品一式、参加者の位置情報が表示できるPDA
〔行動方針〕天満を生き残らせる。そのための障害は全力(ただし天満を危険に晒したり直接手を汚させたりはしない)で排除
〔補足〕鬼怒川からミニノートPCについて説明を受けましたが、稲葉のペナルティ・死因については知りません
【鬼怒川 綾乃】
〔現在位置〕E-07
〔状態〕やや疲労、多少貧血気味。 肩の傷は治療済
〔道具〕支給品一式(水:PET1本分、食糧:パン1個)、伸縮式トンファ二本、クナイ一本
※制服は稲葉の毛布代わりに使いました
〔行動方針〕生き死にに関してはさほど執着心なし(反射的な行動除く)。
烏丸・天満と敵対しない限りは協力(優先順位は烏丸>天満)。
【斉藤 末男】:死亡
※支給品一式(食料消費なし)と手斧は死体すぐ傍に転がっています
稲葉の支給品一式(水:1/2、食糧:パン2個半)、ミニノートPC(残り駆動時間:4時間強)はすぐ近くにあります
――残り31名
以上になります。大小微妙な点が多々あるかと思いますが、
・いくら追い詰められても天満が任意で人殺しするなんてことあるのか?
これが一番悩んだ要素で修正や破棄になるかもしれないと考えています。
なのでご意見・ご感想の中で触れていただくと特に参考になります。
それではよいお年を。
このキャラが○○なんてするはずない!なんてロワじゃ通用しないんだぜ
乙でした。天満どうすんの・・・
乙っしたー
天満が烏丸を守るために銃ぶっ放すのはアリだと思う。
ただ、烏丸が天満にいきなり『君以外皆殺しにするから』と言ってのける部分には多少違和感が。
せめて、
烏丸「塚本さんは僕が守る。一人だけしか生き残れないなら僕は君に生き残って貰いたい」
天満「……え、それって………?」
烏丸「……最悪の場合、僕は君以外の皆を殺すことになる」
天満「……!!!」
↓
斉藤来襲
↓
烏丸(野呂木君みたく塚本さんに責任を擦り付ける訳じゃ無い分、戦いにくいな……)
斉藤「おらおらおらぁ!」
鬼怒川「烏丸君の動き、鈍いわね……何故だか分かる?」
天満(そんな……私のせい?)
↓
烏丸、病気の症状から一瞬思考が飛んで隙が生まれる
斉藤「っしゃ、貰ったぁ!」
烏丸「!!」
↓
天満、銃を取って斉藤を撃つ
みたいに、ワンクッション置く形の方が個人的には良いかと。
あと、鬼怒川が天満をやたら追い詰めてるように見えるのは、
『私が悪い』オーラを出してる天満の態度が自己弁護に見えてムカついたのかな、と思ったり。
親友を反射的に手にかけても、言い訳や弁解じみた態度を表に出さなかった
(性格上出せなかった?)彼女との対比が印象的だった。
鬼怒川は狂言回しっぽい立ち位置だな
迷いがなくて自分の生死もこだわりないからとんでもないことやらかしそうだ
あけましておめでとうございます。
感想ありがとうございました。
書いてる時にちょっと抜けてた視点もあってためになりました。
烏丸がいきなり言い出すのが不自然ということで、彼視点の葛藤部分を増やしてみようと思います。
修正版を掲示板に投下できたらまたご連絡します。
思ったより時間がとれなかったので、修正版はもうしばらくかかりそうです。
すいません。
頑張れ
もう今年で3年目か
悪く言うわけじゃないけど
ここまで来ると書く方も読む方も意地しか残ってないなw
3年前ってまだ辛うじてスクランがやってた時に始まったのか<U
少なくともZはまだ連載開始してなかったよね?
確かそのはず。
しかしこのペースじゃいったいいつ終わるのかw
修正は乙
終わる頃にはスクラン社会人編の最終巻が出てるだろうよ
次回作出ているところじゃなくてもう終わってるのか
個人サイトでもここまでやってるのは希だろうな
しかも
>>1としても書く気はまだまだあるみたいだし
まぁ、展開と言うかそういったものにはそこそこ不満と言うか
そういうのはあるけどぜひとも書ききって欲しいな
ほ
応援ありがとうございます。
一ヶ月近く空けてしまいましたが、
>>133の状態でまとめに収録しました。
2月は時間がとれるか怪しいですが、またよろしくお願いします。
ほに
HOSI
生きてる?
まさか・・・
こいつの場合はこれで消えたら死んだと思ってもいいだろうな
・・・何?本当に死んだのかよ
146 :
創る名無しに見る名無し:2011/04/01(金) 04:04:30.64 ID:/jD+C70S
浮上
終了ロワ
◆rJXTlJ7j/U 本当に震災に巻き込まれて死んでしまったのかよ・・・。
そんな生きているなら、返事だけでもしてくれよ。
死んだなんて嘘だろ。
呆気ない幕引きだな
やめるならやめろって言っただろうよ
わろたw
死んでしまったとか生きてるなら辞めるって言うとかどんだけ純真だよw
152 :
創る名無しに見る名無し:2011/06/12(日) 16:17:43.71 ID:PzGjrdw6
あ
153 :
創る名無しに見る名無し:2011/07/19(火) 21:47:31.47 ID:Cj/Tsicr
んx
154 :
創る名無しに見る名無し:2011/07/26(火) 20:07:42.18 ID:G8Wd6bvA
あげ
155 :
創る名無しに見る名無し:2011/10/05(水) 21:53:13.60 ID:i3ABrLTn
mm
156 :
創る名無しに見る名無し:2012/01/23(月) 20:33:37.71 ID:Rgi0WlW5
もうすぐで一年か
157 :
創る名無しに見る名無し:2012/03/31(土) 17:10:44.83 ID:eW5j23Li
あげ
もう終わっているものにしがみつく
見苦しい人間だけが見てるスレだな
159 :
創る名無しに見る名無し:2012/07/02(月) 07:43:12.03 ID:BovNgoep
想いがつまった良スレ
ﻲﻲﻲﻲﻲﻲ
ご冥福をお祈りいたします
三学期たまたま初めて見たんやけど泣けるな
高速道路の東郷が特にかっこ良かったわ
播磨の次に好きになったわ
誰かにこの思いを聞いて欲しくて過疎スレにこんな夜中に書き込んで見た