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慣れないスーツ姿に身を包み、指定された場所に向かう一人の男。
「ここか……」
ごくり。その男は思わず唾を飲み込む。
「しかしいきなり監督をやれだなんてな」
それを告げられたのは三日前だった。
前の監督が体調不良で辞任する事になり、急にこの男に仕事が回ってきたのだ。
男の名前は栗田永一。甲子園で優勝し、プロ野球の老舗球団東京ガイアンツにドラフト
1巡目で指名され入団、だが度重なる故障で一軍での登板の無いまま十年が過ぎ昨年の秋
に現役を引退した。
小さな頃から野球しかしてこなかった栗田に他の仕事をする当てもなく、プロに入って
以来の貯金を切り崩しながら生活をしていた。そんなある日、元所属球団から突然連絡が
入ったのだ。
「栗田君、監督をしてくれないか」
一瞬耳を疑ったが、その後の説明でさらに驚いた。
「東京シャイニングヴィーナス……ですか」
その名前には聞き覚えがあった。今から十年ほど前に華々しく開幕した女子プロ野球の
チームだ。ちなみに東京ガイアンツと同じく読読新聞社が親会社である。
指導者の経験など無かった上に女子プロ野球という未知の世界。
だが、栗田に迷いは無かった。
しかし、道に迷ってしまった。
「1時間の遅刻か……初日からこれじゃあ先が思いやられるな」
宮城県えびの市総合運動公園。ここが東京シャイニングヴィーナスのキャンプ地だ。
もちろん東京ガイアンツのキャンプに比べると寂しい雰囲気は否めないがそれなりに
見物客も来ているようだった。
「遅れてすいません。栗田です」
「ああ、お待ちしてました。どうぞこちらへ」
栗田は球団スタッフの男に案内され、野球場の中へと向かった。