VOCALOID関連キャラ総合スレ7【なんでもアリ】

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17A sort of short story
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男が、コクピットから夜空を見上げている。
頭上には、大きな惑星が青く輝いている。

航行時間が重なったため、宙港上空に待機を命じられたのだった。
反重力エンジンのみに切り替え、高度を保ちながら、彼はぼんやりと考える。


宇宙への憧れは、子供の頃から抱いてきた。
スペースシップのクルーは、勇敢で華やかな職業だった。
彼はその職に就くためなら、あらゆるものを犠牲にする覚悟があった。
そして念願のライセンスを手に入れ、彼は宇宙船乗りに――


宇宙船乗りには、なった。
安全な航路を毎日行き来するだけの。
冒険などというものとは程遠い、「仕事」をしている自分がいる。

――これが、オレの成りたかったものだったのか? 憧れの職業だったのか?

この職に就いた頃、彼はいつも不満を感じていた。
はじめの頃こそ、いつかクルーになるため、と自分にいい聞かせた。
これは、いわゆる『下積み』なのだ、と。

けれど、現実にはひどく理不尽な事が多くあった。
取引先の都合で、必死の思いで届けた品物を、また持ち帰らされることがある。
距離を考えずに時間指定をしてくるなど、ひどく無茶な要求をしてくる得意先もある。

しかし彼はいち従業員でしかない。
先方にペコペコし、ガキどもにバカにされ、オバハン連中には判ったふうな口を利かれる。

スペースシップ・ライセンスは、決して容易く取れるものじゃない。
けれど、“運転手”はいつだって、会社の代わりに客のご機嫌取りをしなければならない。
『スペースシップのクルー』は、思い描いていたものとはまるで違っていた。

彼の求めるものは、そこには無かった。
いや、もう何処にも無かったのだ。

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18A sort of short story:2010/08/21(土) 18:29:40 ID:QW0uXbDA
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技術が進歩した現在、有人での惑星探査など、時代遅れでリスキーなものでしか無かった。

有望な惑星は予め電子的に徹底的に調査する。
次の段階は、調査済みの惑星へ様々なアンドロイドを積んだ探査船を送ることだ。
データがほぼ出揃い、安全が担保されて初めて、有人探査船のお出ましとなる。

既に安全が99.9%保証された「新天地」へ、人類は完全装備で乗り込むのだった。


『意思疎通できる地球外生命体を求めて当て所もない宇宙航海』など、もはやひと昔もふた昔も前の
ロマンチシズムでしか無かった。

そんな任務に、厳しい訓練などあるはずもない。
「人類未踏の地への初登頂」は、航空宇宙物理学もよく知らない大企業のお偉方か、
あるいはその家族なんかが、虚栄心で手に入れる立場に成り下がっていた。


冒険とはおよそ無縁の退屈な業務に、もう毒づく気もない。
何も感じないよう、心を麻痺させてルーチン・ワークを繰り返すだけ。

彼は心のなかで呟く。

――オレは一体、何をしているんだ……?


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19A sort of short story:2010/08/21(土) 18:30:29 ID:QW0uXbDA
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その時だった。

耳に、聴き覚えのあるメロディが飛び込んできた。
通信アンテナが、タキオンかなにかを拾ったかも知れない。
とっさに、ボリュームを上げる。

規則正しく機械的に打たれるバスドラム。
シーケンサーが、フレーズを少しずつ変化させながら反復する。
ヴォコーダーの向こうに、聴き覚えのある声――。


――あの歌だ。「初音ミク」だ。

この間のフリーライブの時に見た、歌う少女。
そしてその時に聴いた曲。

どこから流れているのか……
しかし、そんなことよりも彼は曲に聴き入っていた。
聴いているうち、なぜだか胸がドキドキしてくるのを感じた。

――遠い昔……、似たような感覚を覚えたことがあった気がする……


♪ ♪ ♪
20A sort of short story:2010/08/21(土) 18:31:47 ID:QW0uXbDA
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夜空を見上げる男の傍らで、その横顔を見つめる少女。

彼は得意気に、ライセンスが取れたことを話している。
傍らの少女は相槌を打つ一方で、時折寂しそうな表情を見せた。

彼は、彼女のそうした仕草に気づかない。
見える星を指さし、探査船のクルーになったらどの星に行きたいか、という話を続けている。


彼は、故郷の星を離れたがっていた。
発展性を失い、人々が離れ、衰退の一方を辿るその星を、彼は棄てようとしていた。
星に残る人間は、古い物事にしがみつく愚かな連中だと考えていた。

「ね、」
少女が彼に問いかける。

「他の星を探して、遠い宇宙を旅して……もう、帰ってこないつもりなの?」

「惑星探索なんだから、当然じゃんか」
彼が即答する。

少女はその後、
「わたしは……この星が好き。嫌なこともいっぱいあるけど、この星を離れるのはイヤだな」

ひとりごとのように言った彼女の言葉を、彼は黙殺した。


♪ ♪ ♪