【押忍】時間を自発的に区切ってうp【激熱】part.2
真っ青に晴れた空を見上げるたび、時々怖いと感じる事がある。
吸い込まれそうな青。
いつか重力がなくなって、みんな空に落ちていったら、なんて彼女に言ったら。
「飛べばいいじゃない」
「そんな非現実的な」
僕は呆れ顔で言い返した。
「普通の人は飛べやしないよ」
彼女は僕の言葉を聞いているのかいないのか、鼻歌交じりで僕の先を歩いていく。
せっかくの休日だというのに、休めもせず散歩に付き合わせられている。
まぁ、それが僕の仕事であり、任務なのだろうけど、彼らは元気がありすぎて困る。
地元のローカル線の、線路沿いの坂を歩く。
格子状に絡まったフェンスに指を絡めながら、彼女は言った。
「人って、飛びたがりじゃない?」
「唐突だな」
「高いタワーを造ったり、飛行機で世界一周したり、飛び降り自殺したり」
彼女は指先でフェンスに絡まった細い蔦を引っ張っていた。
「どうしてそこまで空に近づきたがるのかしら?」
「さあね」
興味ないように言うと、彼女もフェンスから指を離し、すました顔で僕の前を歩いていった。
僕らは歩き続ける。気まぐれな彼女の後を追うのは、案外楽しかった。
「あれは何?」
彼女が指差した先には、電波塔。
ただし、ボロボロに錆びたその姿は、すでに機能を失っていた。
「懐かしいな。僕が小学生の頃できた電波塔」
「登れる?」
「さぁ?登ってはいけないとは言われたけれど」
僕らは二人でその塔の根元に近づく。
大きな南京錠の鍵がかかっていた。
「無理みたいだ」
「無理じゃないわよ」
彼女は鍵を蹴りつけた。
普通の人の動きだったのに、威力が違った。
扉が粉砕され、中へと吹き飛んでいった。
「おいおい」
「螺旋階段になっているわね。それじゃ、あなたは階段でいきなさいな」
そういう彼女は僕を残して行ってしまった。
「やれやれ。後で修理の報告をしなきゃな」
手帳にボールペンでメモをしながら、僕は螺旋階段を上っていった。
鉄で出来た螺旋階段は、歩くたびに軋み、そのたびに僕は立ち止まって落ちないかと心配した。
埃が舞う塔内部は、小さな窓から差し込む光で照らされていた。
大きな塔の内部には空虚が満ちていた。
彼らは廃墟や、人が忘れられた場所を好む。
だから、少しだけ心配する。
彼らの望みは、僕らが居なくなることではないのかと。
この世界から。永遠に。
「遅い」
背中を向けたまま、彼女は僕に言った。
しばらくその姿に見とれる。
風になびく、純白の翼。
彼女は人ではなかった。
「普通の人は飛べやしないよ。誰も。君みたいに」
くすくすと笑う彼女の隣に、僕は腰を降ろす。
「さっきの答え」
「何?」
「人はどうして空に近づきたがるのかっていう話」
「ああ、あれね」
「僕たちの中には、非日常に憧れてしまう自分がいるんだと思う。だから、異質である空間に身をおきたいと願うんじゃないのか?」
「そうね。それもひとつの答えだと思うわ」
足元に広がる世界は、確かに僕の生きている世界なのに、ミニチュアを見ているみたいでどこか変だった。
「さて、そろそろ行くわ」
「もう時間なのか?」
「ええ。あなたとはもう、二度と会うことはないかも」
そのまま翼を広げて、電波塔から飛び降りる。
風を受けて、彼女は飛翔していった。
その白い翼が輝いて遠ざかるのを見て、僕は独り言を呟く。
「人になりたがる天使か。まぁ、今のところ、彼らが僕らを滅ぼすことは無さそうだな」
遠ざかっていく彼女の姿を見て、もしかしたら鳥は地面を走れる僕らに憧れることもあるのかもしれないと考えていた。