ファンタジーっぽい作品を創作するスレ 2

このエントリーをはてなブックマークに追加
558創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:12:47.31 ID:kS7LVKNN
 
559創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:14:16.67 ID:qKtbsPmW
第六章 〜再決戦〜

チェズニーは父と共に初めてナグディシス戦に出向いた生き残りである。苦楽を共にしてきた友であり、父代わりでもある。
マーズ四世は率直に疑問を投げかけてみた。
「チェズニー。父上の遺言なんだが…。ナグディシスを救いなさいと言う意味が未だにわからずにいる。チェズニーは何か知ってるかい?」

チェズニーは遠い目をして流れる雲を眺めている。
「正直わからない。何故先代がリン様…いえマーズ四世に伝えようとしたのか…。
しかしマーズ四世の父上、先代はとても慈愛にあふれたお方。
もしかしたらナグディシスを救う事がひいては人類の為なのかもしれないと私は最近思い始めているんだ」
チェズニーは続けた。
「人は弱い。力はあってもね。もしかしたらナグディシスも弱い存在なのかもしれない。
『ナグディシスを救いなさい』という言葉の真意は、もしかしたら『ナグディシスの心を解きほぐしてやれ』という事なのかもしれない。」

マーズ四世は軽くショックを受けた。考えもしなかった。
ナグディシスの心の中…。

ナグディシスを救う事が正義。救う事が責務。

マーズ四世もチェズニーと同じく流れる雲を見上げた。


再戦の日が来た。
再びナグディシス王国に攻め入り、攻城戦の開始である。

魔法戦士の疾風王マーズ四世
戦士チェズニー
変化士のブレイド
そして新たに、凍結魔法の使い手でイヌ族のメーベル・モンブラン
更に隣国フレンセ帝国からの応援で結界師のシャルル・シャルドーレを迎え、
5人の精鋭隊を筆頭にサグナダージ軍兵7万、フレンセ軍兵5万、合わせて12万の大部隊を引き連れ決戦に臨んだ。
560創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:15:31.27 ID:qKtbsPmW
12万の部隊は無尽蔵に思えたミストトルーパーを次々と撃破。
更には黒の塔と呼ばれる巨大な塔の上に置かれた水晶を破壊。
ミストトルーパー達は一気に弱体化し、ナグディシス城を約10万の兵で取り囲む事に成功

残るは攻城戦とベイラとナグディシス討伐である。
城に侵入し、5人はベイラと対峙する。

マーズ四世はベイラに問いかけた
「今回の戦い少し趣が違う。私は父の遺言どおりナグディシスを救う事にした」
言葉を続ける。
「正直に言う。ベイラ。そなたからは邪気が感じられないのだ。何故にナグディシスに付き従う?答えよ!」

ベイラは答えた
「私は魔導追求のみを拠り所に生きてきた人間だ…いやもう人間ではないがな」
「ナグディシスの持つ『魔王の心臓』私の左腕の『魔王の心臓』これが私には必要だったの。真理を求める為にね…」

マーズ四世は問うた
「ベイラよ。そなたにとって善とは何ぞや!悪とは何ぞや!」

ベイラは答えた
「善も悪もみな平等よ。」

マーズ四世は首をかしげた

ベイラは続ける
「善と悪、有と無、光と闇、創生と終焉。森羅万象全ての対極の彼岸では全てが一つの真理で統一されているの…」
「私が求めているのは真理」

マーズ四世は理解に苦しんだ。
「意味がわからぬ。では真理とやらを求めるなら罪もない人々の命を奪う事もいとわぬと申すか!」

ベイラは口角を上げて答えた
「……必要ならば」
ベイラは続けた
「しかしマーズ四世。あなたがナグディシスを救うと言うならナグディシスのもとへおいきなさい。
ナグディシスは強すぎる。しかし誰にもわからない闇を心に抱えている。その呪縛から解放すればあるいは…」

その時シャルルが叫んだ
「マーズ四世!ベイラの思躁術です!!!惑わされてはなりません!!!」
561創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:15:33.85 ID:RLmv1cg0
:
562創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:15:54.81 ID:kS7LVKNN
 
563創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:18:44.27 ID:gWxQk6+N
ベイラは言う
「思躁術など使っておらぬが…。フフ…やはり戦いは避けられぬか…
マーズ四世よ。とにかくナグディシスのもとへ。」

マーズ四世はナグディシスの玉座の間に走った。

灼熱魔法を得意とするベイラ。
メーベルの禁忌呪文『凍てつくトゥグートッカ』これは究極の氷結呪文で、
物理的にはあり得ない−七千度という極低温を発現する。
バングルに仕込んだ紺碧のエリクシルを使用したコルト言語魔法の一つである。
これによる灼熱の相殺をおこない、加えてシャルドーレによる17層にも及ぶ魔法結界により、超高熱にも対処できる

ベイラは数々の灼熱呪文を詠唱したがあらゆる呪文が霧散する。
結界と凍結呪文が功を奏した。

ベイラ討伐も間近である

「くっ!…まだ未完成…しかしアレを使わざるを得ぬか…!!!」
ベイラはとてつもない魔法を行使した。

『太陽の欠片』

コルト言語魔法を応用した複合魔術(クロティマギア)である。
4人は超電磁結界に封じ込められた。
そして左腕のナグディシスの心臓からの全ての魔力を熱躁術によって超電磁結界内全ての分子を暴走させたのだ。

その温度、実に数千万度
『凍てつくトゥグートッカ』の温度は−七千度。17層の魔法結界でこの熱量に対処できるのか。

超電磁結界が消え去りプラズマ光が辺りを照らす。

中心部には4人。
なんとか超高熱に耐えたのだ。


ベイラの全魔力を持ってしても4人を倒す事は出来なかった。
『太陽の欠片』が未完成な呪文故に熱量が足りなかったようだ。

ベイラが口を開いた
「見事。4人の勇者たちよ。…しかし私はまだ死ぬわけにはいかない」

そう言うと右手にはめたマルダディウスの指輪にそっと触れた。ベイラの身体が青白い光に包まれる。

チェズニーが叫ぶ
「いかん!テレポートだ!ベイラを逃がすな!」

ベイラが呟く
「4人の勇者よ。マーズ四世のもとへ向かいなさい。」
そう言うと光と共にあっと言う間にベイラの姿は消えた。

ベイラを逃がしたものの辛うじて勝利した。
「ナグディシスを救う…か。」
チェズニーが皆に言った。
「行くぞ!玉座の間へ!」
564創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:20:05.80 ID:gWxQk6+N
場所は変わり、玉座の間…

「久しぶりだなマーズ四世。ずいぶんと成長したな。」

マーズ四世は問うた
「ナグディシスよ。もう止めないか。これ以上民を苦しめるな」

「俺は全世界の奴らに絶望を与えたい。ただそれだけだ」
血走った目には狂気すら感じる。

マーズ四世は語る
「何故そのような理不尽を望む?人々を苦しめる事に何の楽しみがあ…」
ナグディシスは言葉をかぶせてきた
「意味がわからんわ!お前たち人間と俺とで何が違うというのだ?
お前は王国で蝶よ花よとぬくぬくと暮らしてきたんだろう?世の中には絶望が満ち溢れているんだよ!」
言葉を続ける
「理不尽な行いがお前の知らない所でたくさん起こってるんだよ?箱入り息子は世間を知らんのか!
これはいかんな!もうちょっと世間ってものを知らないといかんな!」

是非もなしである。やはり討つしかないのであろうか。

「俺が教えてやろう!絶望をっ!」

ナグディシスは体術も剣術も知らない。只々、魔力の塊での殴打、魔球弾射出という原始的な独自の戦闘法。
一方のマーズ四世は精巧無比な剣術に加えトリッキーな体勢からの斬りかかり。変幻自在の太刀筋。
爆風によるブーストで筋力を上回るスピードを出して攻防する。

前回は圧倒的戦力差で敗北したマーズ四世だが今、ナグディシスを押している
気のせいか悲しげに見えるナグディシスの顔…

闘いながらマーズ四世は言う
「ナグディシスよ!そなたは苦しんでいる!邪悪さの裏に心の闇を抱えている。一体お前は何者なのだ」

防戦していたナグディシスが声を荒げる。
「何を…お前に何がわかると言うんだ!」
ナグディシスの暴走した魔力で吹っ飛ばされるマーズ四世。更に魔球弾を右足首に受け、足首が消失した。
そして壁に激突するその刹那、シルフが壁に高圧のエアクッションを生成。緩衝材となり激突を免れた。
そのまま地面にずり落ちるマーズ四世。あわやの瞬間だった。

激痛に耐えながらも意識を失わずナグディシスと向き合う。
マーズ四世は語りかけた。
「うくっ…き…貴様に伝えなければならない事がある…わが父マーズ三世が私にいまわの際に残した言葉…。
ナ、ナグディシスを救いなさいと…」

マーズ四世は続けた
「ナグディシス!私はお前を救いに来た!」

ナグディシスは顔を歪めた。
「…俺を救う?命乞いか?」

ナグディシスは益々顔を歪めた。
「…人間風情が。性根の腐った人間風情が何を言うか!」
この言葉がナグディシスの逆鱗に触れたようだ。魔力の暴走が数倍にも跳ね上がっている。
ナグディシスの目から涙が見える。
再び戦い始めるも右足首を失ったマーズ四世は防戦一方に。完全に押され始める。

「もういい死ねっ」
565創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:20:10.29 ID:kS7LVKNN
 
566創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:21:04.86 ID:gWxQk6+N
マーズ四世は死を覚悟した。父の遺言を成就する事はできないのか。

その時である。
城が轟音を上げ激しく揺れる。

壁が崩れ始め、爆音とともに壁に穴が開いた。
埃まみれの中、ナグディシス以外の威圧感を感じる。
壁の穴から金色の二つの眼が光る。何かいる。

埃が晴れてきたその時、壁の穴から巨大なドラゴンが上半身をのぞかせていたのが見てとれた。

「…ドラゴン?」

「我はゼーラゴン。万物を超越せしモノである」
「ぬしら人間共の縄張り争いなどには全く興味はない。だがナグディシス。いやムグルよ。
そなたにはいささか興味があってな。忘れてしまった事を思い出させてくれよう。マーズ四世も聞きたかろう?」


ゼーラゴン。
ラダリウムという星が生まれた時から存在したといわれているドラゴンを超越したドラゴンである。
時には隕石落下を阻止し、数千万の民の命を救ったかと思うと、
同時代に歴史上、悪名を残した独裁者や凶悪犯達を大量に召喚し、人々を戦乱の渦に巻き込んだりと
支離滅裂な行いをする。要はラダリウムの中で遊んでいるのである。

魔王ナグディシスをムグルと呼んだゼーラゴン。ナグディシスは顔をしかめた。
「…は?ムグル?ナニをいってる!俺の名前はナグディシスだ!魔王シェリー・ナグディシスだーっ!」
ナグディシスはゼーラゴンに魔球弾を放ったが全くダメージが無い。無いどころか届く間もなく霧散した。

意に介さずゼーラゴンは言う。
「見せてやろう。真実を」
567創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:22:15.33 ID:RLmv1cg0
:
568創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:22:27.61 ID:gWxQk6+N
第七章 〜ナグディシス〜

時はさかのぼり白歴1159年

ナグディシスは魔王を名乗っているが、正確には魔王では無い。
魔界生まれの魔物では無く、元はヒュノム族の奴隷。つまりは只の人間だったのである。
生まれながらに、奴隷の家系であり、物心ついた頃には既に身売りされ、重労働を課せられていた。

この時の名は‶ムグル″

ここは城塞都市ミカゲにあるミカゲ石鉱所

ムグルは幼少期からミカゲ石鉱所での強制的な重労働に加え、面白半分の体罰や拷問という、
気が触れんばかりの地獄のような毎日を過ごしていた。
しかし、彼の精神を支えていたのは飯場で働いていた、とある人物の存在である。

その人物の名はシェリー・ナグディシス。無垢で可憐な17歳の少女である。

奴隷の恋愛は厳禁とされていたが17歳になったムグルはシェリーと恋に落ちていた。
ボロ雑巾のようなムグルをシェリーは一生懸命支え、時には命すら顧みず彼を守っていた。
過酷な日々を心折れることなく過ごせていたのは紛れもなくシェリーがいたからである。

そして事件は起こった。
ムグルは産まれてこの方、菓子という物を食べた事が無い。
それを聞いたシェリーはムグルに焼き菓子を作って食べさせてあげようと考え、少ない賃金の中から、飯場で少々の小麦と砂糖を購入。

しかし購入先の店の売り子ラードは、常々売上金を着服していた。
着服が店主にばれそうになった事を恐れ、事もあろうにシェリーにその罪をなすりつけたのである。

シェリーは焼き菓子を作り、喜びいさんで二人の秘密の場所でムグルと会った。
と、その時…

「シェリー・ナグディシスだな!そっちはムグルか…こんな所で密会かっ!」
いきなり自警団4人に取り囲まれ、二人は窃盗、密会、奴隷恋愛の罪を着せられた。
シェリーはムグルの目の前で自警団の男たちに惨殺された。
あまりにもむごい仕打ちである。

その時…ムグルは壊れた。

ムグルの全ての物。ムグルの全ての世界が音を立てて壊れてしまった。

ムグルは自警団4人を殺害。シェリーが作ってくれた焼き菓子の入った麻袋を持ち、ミカゲ石鉱所から逃亡した。

「…魔界に行こう」
569創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:23:17.04 ID:gWxQk6+N
魔界がどこにあるか、現代のラダリウムの科学力ではわかっていない。但し、そこかしこに魔界の入口が存在する。
ムグルは無学ではあったが戦士並の体力と力は持っていた。
木の根やつるを食べ、生き延び、魔界へと旅立つ。
そしてムグルは偶然にも稀少な薬『魔神の胆汁』を手に入れたのである。

『魔神の胆汁』とは、飲めば魔王クラスの魔力が手に入る薬である。
但し、負の感情を持たない者、また持ち合わせていても足りない者が飲めば、
死よりも恐ろしい魂の消失、世に言うロストを引き起こす。この世からもあの世からも消え失せてしまうのである。
魔界の住人でさえ、飲みほした者は過去数人。その全てがロストしている。
憎悪、恨み、妬み、全ての負の激情が人類に向けられていたムグルになんの躊躇も無かった。
魔王になれると言われている『魔神の胆汁』を飲みほしたのである。

その瞬間ムグルの身体を発狂せんばかりの激痛と感情のうねりが襲った。
その激痛と感情のうねりはおよそ100年続いた。
意識を失うことも、死ぬ事すらも許されず、およそ100年続いた。

そしてようやく治まった。

右手には何故持っていたかすら忘れた麻袋。中には腐った焼き菓子が。
おもむろにそれを頬張った。

自分の名前すら覚えていない。しかし何故か自分がシェリー・ナグディシスだと思った。


「…俺…は…ナ、ナグディシス…。シェリー…ナグディシス」


魔王が誕生した。
世界の全てを憎み、欲する、絶望の魔王ナグディシスが誕生した。
570創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:23:39.81 ID:kS7LVKNN
 
571創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:24:15.67 ID:gWxQk6+N
第八章 〜救い〜

ゼーラゴンは父マーズ三世にナグディシスの生い立ちを教えていた。
父は優しすぎたのだ。
ナグディシスとまともにやり合えず、討ち死にしてしまった。

奴隷時代の事。自分がムグルという人間だった事。そしてシェリーの死
ナグディシスの心の中に全ての記憶がゼーラゴンによって甦った。
ナグディシスの心の叫びはマーズ四世にも同じく心に伝播した。

「おおおおぉぉぉーっ!!!」
泣き崩れ絶叫する魔王ナグディシス。

ただ立ちつくし、ナグディシスを見つめる事しか出来ないマーズ四世。

ゼーラゴンは語る
「黄泉の国からムグルに伝言がある。シェリーからだ。」

ナグディシスはとっさにゼーラゴンの方を向いた。

ゼーラゴンは続ける
「ムグルありがとう。愛しています。」
「以上だ」

ナグディシスは問いかける
「ゼーラゴン。お前の力で俺の魂を消失させる事は出来るか?」

ゼーラゴンは語る
「可能だ。しかし断る」

マーズ四世はナグディシスに話しかけた
「ナグディシスよ。貴殿は魔王などではない。人間なのだ。貴殿は紛れもなく血の通った誇り高き人間だ」

ナグディシスは突然口に手をズブズブと入れ始めた。
そしてえづきながら三つの臓物を引きずりだした。ビチャっと音を立てて床に落ちる四つの臓物。
『魔王の心臓』だ。ナグディシスは両の手に黒い霧を集め四つの『魔王の心臓』を握りつぶした。
『魔王の心臓』はサラサラとした赤黒い砂に変わった。
ナグディシスはマーズ四世に言った
「さあ今のうちだマーズ四世。俺の首をはねろ!」

たじろぐマーズ四世。

床に落ちた赤黒い砂はうごめき始め、再び四つの心臓に姿を変えようとしている

ナグディシスは叫んだ
「早くしないか!心臓が再生する!頼む!俺を救ってくれ!」

一瞬の躊躇の後、剣を構えナグディシスの元へ走る。
「うぉおおおおおぉぉぉ!!!」
咆哮するマーズ四世
572創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:24:50.84 ID:gWxQk6+N
横一文字に剣をふるいナグディシスの首をはねた。

「そう…それでいい…ありがとう。マーズ四世…」

ナグディシスの身体から、赤黒い砂と霧が一気に噴き出した。
あたり一面砂煙に覆われたが、その真ん中で金色に光る一つの光球

ナグディシスの身体が優しい光に包まれる。
「マーズ四世。俺のようにはなるな…さらばだ…」


光の球となったナグディシスは轟音を上げ天高く舞い上がり光の柱となって、やがて消えた。

「ナグディシス…」
ナグディシスを討った。マーズ四世はとうとう魔王ナグディシスを討伐したのである。
「終わったか…」


ゼーラゴンが語る。
「ナグディシスは黄泉の国へ旅立った。そこで今まで犯した罪を償う事になる。」
「さて…、マーズ四世よ。そなたも殺してやろうか?父上に会いたかろう?」

マーズ四世は言った。
「私には民を守る責務があります。その申し出、お断りいたします」
「ゼーラゴン。感謝いたします。私ではどうする事も出来なかった」

ゼーラゴンは言う。
「礼には及ばぬ。人間を玩具にするのが我の楽しみであるからな。さらばだ」

そう言ったかと思うと、百数十メートルの巨体を翼が持ちあげて、悠然と姿を消した。

「マーズ四世−っ!」
4人が駆け寄ってきた。

マーズ四世は語る。
「終わったよ。全て終わったのだ。」
4人は歓声を上げ、マーズ四世に抱きよった。
マーズ四世の心は勝利の喜びと、えもいわれぬ悲しみが交錯した複雑な感情を抱いていた。

そして大きく開いた壁の穴から太陽の光が差し込む。
夜が明けてきた…
573創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:25:01.46 ID:RLmv1cg0
:
574創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:25:38.46 ID:gWxQk6+N
第九章 〜凱旋〜

ナグディシスが討伐されたと全ての兵に知らせられた。
約十万の兵は地響きが鳴り響くかの如く歓声を上げ、皆の無事、勝利を讃えあった。

マーズ四世は涙にむせびながらも朝日を背に、兵たちの前で高々と拳を上げた。

帰国後、祝勝会が国を上げて行われた。数十年の長きにわたる戦争がここに終結したのだ。

そしてナグディシス王国はミランダル共和国に名を変え、大統領選挙を行うそうである。
被害は甚大であったが、隣国や国連からの援助もあり、国家再建の光に民は希望を見出しているそうである。


「父上…全てが終わりました。」
夕焼け眩しい中、マーズ四世は父マーズ三世の墓前に立っていた。この時32歳。
父マーズ三世の遺言「ナグディシスを救いなさい」という言葉を成し遂げたのだ。
そしてマーズ四世は父の器の大きさを改めて感じ取っていた。

そして…
そっと墓前に手製の焼き菓子を供えた。

後の数百年、サグナダージ王国は隣国ミランダル共和国、フレンセ帝国共々、
友好関係良好のまま繁栄の一途をたどったという。
575創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:26:08.58 ID:kS7LVKNN
 
576創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:28:06.98 ID:c/wb1Sv5
終章 〜贖罪〜

ベイラは走っていた。
先程の戦いで全魔力を失ったのでこの数カ月は魔法が使えない。

魔王ナグディシスの死を感じ取ったベイラはナグディシス居城地下迷宮を走っていた。
ナグディシスが救われた。ナグディシスが黄泉の国へ旅立った。

左腕に融合したままの『魔王の心臓』は『太陽の欠片』を行使しても、
ナグディシスが死んでもなお元気に脈打っている。

延々と続く地下迷宮をさまよいながら走った。
泣きながらベイラはぽつりと呟いた。
「真理の追究。本当にそれが私の贖罪なのか…」

その後、数百年の間、ベイラの姿を見たものはいない。





終わり
577創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:30:18.15 ID:c/wb1Sv5
以上です
連投お目汚し失礼しました

処女作の三文小説ですが読んで頂いた方ありがとうございます
ご意見ご感想など頂けたら嬉しいです
578創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:33:37.70 ID:kS7LVKNN
おつ
579創る名無しに見る名無し:2014/03/17(月) 03:41:35.69 ID:c/wb1Sv5
>>578
ありがとうございます
580創る名無しに見る名無し:2014/05/22(木) 21:39:07.34 ID:TLQFgiEO
日テレショク低原価大理テレビ問題ニューヨーク塩素ヤーホーどん 拘置ニュース沖縄牛ライス北京ダウ問題分

日テレショク低原価大理テレビ問題ニューヨーク塩素ヤーホーどん 拘置ニュース沖縄牛ライス北京ダウ問題分

日テレショク低原価大理テレビ問題ニューヨーク塩素ヤーホーどん 拘置ニュース沖縄牛パイン北京ダウ問
581創る名無しに見る名無し:2014/06/02(月) 22:09:03.31 ID:e2w4jFzo
文房具たちによるファンタジーストーリーです。
 2分20秒間の作品です。
  ↓  
http://youtu.be/0Lrp7JWkWOs
582異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/15(日) 20:12:55.45 ID:jxCsSyGe
ファンタジー要素少なめの現代超能力バトルものです。
投下します。
583異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/15(日) 20:13:42.48 ID:jxCsSyGe
時は現代。
ここは、『超能力』が身近なものとして存在する、とある並行世界の一つ。
これは、その世界で生きる、とある『超能力者』達の物語。


第1話「危険なかほり」
584異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/15(日) 20:18:25.11 ID:jxCsSyGe
極東の島国にある世界有数の巨大都市、その名も『ヤマトシティー』。
そのとある大通りでは、先程から道をあてもなく行く一人の若い男が注目を集めていた。
ナイフのように鋭い切れ長の目に、凛とした眉、整った鼻筋、引き締まった頬……。
なるほど、顔を構成するパーツは確かにそこそこの優良品揃い。人の目を引いたとしても、別段不思議ではないかもしれない。
だが、実際のところ、人々が注目していたのは、そんな恵まれた顔立ちなどではなかった。
というのもその男、頭の先からつま先に至るまで、とにかく異様だったのだ。

地毛なのかそれとも染めたのかは定かではないが、頭髪は燃えるような赤一色の無造作な半オールバック。
背中に般若の刺繍が入ったボロい藍色の道着に袴、汚れた草履という悪趣味全開の服装。
そして黒い眼帯に覆われた左目に、肩口から先が無い左腕……。
(おいおい……抗争に明け暮れたヤクザ物か?)
(単なるコスプレでしょ?)
(キッモ! 死ねよ!)
(目を合わすな。何されるかわかんねーぞ)
普通の風貌さえしていれば、周囲も先天的な障害者か、あるいは過去に事故か事件に遭った不幸な被害者かと考え、
己の中に潜在的に存在する差別的意識を表に出さないよう努めたことであろう。
しかし、まるでどこぞのファンタジー世界から飛び出してきた浪人のような奇天烈なファッションをしていては、
周囲が悪い方へと物事を解釈し、ひそひそと不快そうに囁き合ってしまうのも無理は無いと言えた。
(フン……)
男は、そんな人々のしかめっ面を流し見ては、フッと鼻で笑みを零す。
まるで芝居がかったリアクションが大好物の中二病患者のようだが、
その目には、単なる中二病患者には決してない、獲物を定める猛獣のような、鋭くかつ不穏な光が確かに宿っていた。
(…………)
男は、それに気がついた者がいるかどうか、人々の表情に微妙な変化がないかを注意深く観察する。
しかし、やがてどうやらいないことを確信したのか、ケッと不満をあらわすように小さく吐き捨てた。
(どいつもこいつも見た目にばかり気を取られ、殺気なんぞに気付きもしねぇばかりか、大した『気《パワー》』も持ってねぇ……。
 要するに、ここにいる奴らは揃いも揃って雑魚ばかり……)
心底落胆したというように、男の目から見る見る内に殺気とその鋭い眼光が消え失せて行く。
「ふぅ」
それが完全に消えた時、男は溜息をつき、そして己の興味を遥か遠方に存在するまだ見ぬ人々へと向けていた。
それは男の妄想でも、思い込みでもない。
確かに男は、五感では感じ取れない場所にいる人間の存在を、明確に把握することができていた。

何故そんなことが可能なのか?
それは男が人間離れした『超感覚』を持っているからに他ならない。
空間を乱雑に行き交う電波を無線がキャッチするのと同じように、男の持つ五感を超えた感覚機能が、
人が無意識の内に垂れ流す『気』を──空間に漂う目には見えない『気配』をキャッチしているのだ。
それも一つや二つではない、数百、数千、いや数万という膨大な数の気配を。
無論、そんな芸当は今も昔も普通の人間にできることではない。
そう──人間離れした力を持った存在、俗に言う『超能力者』でもなければ。

(──……ッ!!)
ぼんやりと前を見据えながら、あてもなく道を進んでいた男がその足を止めたのは、溜息をついてから二十秒ほど経った時だった。
「……ほォ?」
閉じきっていた唇から思わず声を漏らした男は、目を夕暮れを迎えつつあった西の空に向けて、一つしかない拳を固く握り締めした。
そして何がおもしろいのか一人くつくつと笑い出した。
周囲の人間は誰もが一層キワモノを見るかのような苦い顔をしたが……それはほんの一瞬に過ぎなかった。
その場にいる誰もが、次の瞬間、その顔を一斉に凍りつかせて、絶句したのだ。
「いやがった……。ククク、やっと一人、見つけたぜェ……!」
男が、どす黒ささえ感じさせるような狂気を顔に張りつけたかと思えば──
ダンッ、と大地を蹴り、高々と空中にその身を舞い上がらせて、やがて西の彼方に消えて行ったのである。

あまりにも突飛な光景に、人々はしばし、狐につままれたような顔をしながら無言で西の空を見上げていたが、
「あ、あいつ……」
やがて我に返った一人が、その静寂をこう打ち破った。
「あいつ『異能者』だったのか……!」と。
585創る名無しに見る名無し:2014/06/15(日) 20:19:11.50 ID:QIHRnaFg
紫煙
586異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/15(日) 20:37:52.79 ID:jxCsSyGe



「がは……」
「ぐぐぐ……」
夕闇迫る空の下、とある路地裏から響き渡る苦悶の声。
そこでは紺のブレザーに身を包んだ数人の少年達が、口から鼻から血を流して地面に蹲っていた
「俺の目の前で女一人に囲み喰らわすなんてふざけたことしやがって。これに懲りたら二度と悪さすんじゃねぇぞ!」
そんな彼らを見下ろす形で仁王立ちしたのは、中肉中背の体に黒の学ランを纏った、
少々長めの黒髪を逆立てたヘアスタイルが特徴的な一人の少年であった。
「っざけんじゃねぇぞ……! 底辺の『市高《いちこう》』の分際でっ……俺達を……っ! ただで済むと思ってんのかっ、ああっ!?」
すると、地面に蹲るブレザー集団の一人である茶髪の少年が、腫れ上がった頬を押さえながら立ち上がり、その彼に向けて声を荒げた。
「あ〜あ、嫌だねぇ。私立のエリート制服を着てるってだけで威張っちゃってよぉ」
しかし、それに肩をすくめて言い返したのは黒髪少年ではなく、その彼より一歩後ろの位置に陣取っていたもう一人の少年であった。
黒髪少年と同じ学ランを着て、一部分だけに白髪が集中した癖のある黒のロン毛を軽く後ろに流したヘアスタイルをしたその少年は、
呆れたように髪をかきあげて言葉を続ける。
「確かにおたくらの学校はレベルが高いんでしょうけど、質はピンからキリ。
 だから実際におたくらは底辺のはずの俺達にボコられたんでしょう? 制服だけで自分が強いって思うのはどうなんだろうねぇ?」
「っ! てめぇ……!!」
今にも襲い掛からんとばかりに凄む茶髪だが、黒髪少年を前にしてはどうすることもできないのを知っていた白髪混じりの少年は、
全く怯む様子もなく逆にふふん、と鼻で笑って怒気をいなす。
「どーせカリキュラムについていけなくなって途中で脱落した単なるエリート崩れでしょ?
 さっきから使ってる『一次異能』だって全部中途半端じゃない。その様子じゃ『二次異能』だって持ってないんじゃないの?
 それだとちょっと俺達の相手にはなれないんだよな〜、残念ながらさ〜」
「ぐっ……! さっきから聞いてりゃ……!」
痛いところを突かれて、茶髪は白髪混じりの少年の表情に一瞬、焦りのようなものを浮かべさせるほど、その顔を怒りで沸騰させるも、
「なんだ? まだやんのか?」
と、黒髪少年に凄まれては、結局、怒りを押し殺すしかなかった。

「まだ文句があるならいつでも俺のところへ来な。この『連城光太郎《れんじょうこうたろう》』、逃げも隠れもしねぇからよ!」
ビシ、と親指で自分を指しながら啖呵を切る黒髪少年、連城光太郎に、茶髪とその仲間達は口々に叫ぶ。
「ち、ちくしょう……! 覚えてやがれ!」
そして、蜘蛛の子を散らすように我先にと路地裏の奥へと去っていった。

最後の一人の後姿が完全に視界から消えたところで、残された二人は互いに顔を見合わせ、やれやれ、と肩を竦める。
「カラオケ行くはずだったんじゃなかったっけぇ? 光太郎ォ? 夕方になると混むから早く行こうって言ったのお前だぜぇ?」
「じゃあ見て見ぬ振りをしてりゃ良かったのかよ? 女が一人絡まれてたんだ、放っとくわけにはいかなかったろ?」
「だからだなぁ、こーゆーのは警察の仕事なんじゃないかね? 毎度毎度こんなことに首突っ込んでよぉ、いずれ死んじまうぞ?」
「そん時はそん時だよ、博士」
特に思いつめる様子なく、そうなったら本望だといわんばかりにけろっとして言い切る光太郎に、
博士こと『平々博士《ひらたいらひろし》』は、はぁ、と大きく溜息をついた。
(全く、こいつと一緒にいると命がいくつあっても足りねぇよ……)
光太郎と博士は小さい頃からの幼馴染である。
故に、光太郎の困ってる人間を放ってはおけない、そんな正義感の強い性格が今に始まったことではないのも知っているし、
そんな人間と一緒にいる人間の苦労がどれほどのものかも、身に染みて知っている。
なのに、気付けばいつも彼と一緒にいるし、彼が関わろうとすること全てに、自分もついていってしまっている。

「博士こそお節介も程々にしたらどうだよ? 大体、『トラブルは御免だ』っていつも自分で言ってるだろ?」
光太郎はその原因が生来のお節介焼きの性格にあると解釈しているようだが、
「わかってンだよ、自分だってさ。……でも、わかんねーけど、気がついたらお前の後をついてってるんだよなー」
当の博士自身はそれに対し首を捻る。
よくは言えないが、自分でも気がつかない『何か』を光太郎から感じていて、無意識の内にそれに惹かれているのではないか──
そんな気がしてならなかったからだ。
587異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/15(日) 20:52:58.42 ID:jxCsSyGe
「ま、何だっていいけど……」
いい加減、不良達の血の臭いが立ち込める辛気臭い路地裏からは出ようぜ。
そんなことを言うように踵を返した光太郎だったが、博士はそこで一瞬、彼が呆れたような半目で自分を流し見たことに気がついた。
「ん?」
「何だっていいけどさ、お前、さっきの茶髪に『俺達にボコられた』って言ってたろ? 俺の記憶が確かならお前、何もしてなかったよな?」
博士にも、自分が喧嘩に参加した記憶はなかった。
なので博士は、パチンとフィンガースナップして、茶目っ気たっぷりに言い放った。
「その通り! 俺はただ見てただけ! よくまぁ細かいところに気がついたもんだ! 褒めてつかわす!」
勿論、そんなことを言われて大げさに喜ぶ奴はいない。
が、光太郎も特に怒ったりすることなく、ただただ苦笑いを浮かべて頭を掻くだけである。

「いつものことだけどなー。見てるくらいなら少しは加勢してくれてもいいんじゃねーの?」
「知ってんだろ? 俺ぁ喧嘩が苦手でね。見るだけなんだよ」
「向こうだって『異能』を使ってきたんだ。お前も自分の『力』を使えば、ああいう連中の一人や二人、返り討ちにできると思うけどな」
「お前と一緒にすんなって。俺は根っからの平和主義者だし、なにより、俺の『力』はお前と違って喧嘩向きじゃねーのよ」
「……まぁ、『力』云々はともかく……お前の言う平和主義者ってのは、単に臆病を言い換えただけだろ?」
「ああ、そうとも言うな」

きっぱりと、それもどこか自慢げに聞こえる科白に、光太郎はいよいよ盛大に溜息をついて、次いでむしろ褒めるように呟いた。
「博士らしいぜ」
博士は、いやーそれほどでも、と茶目っけのある人間らしくオーバーに照れてみせたが、
(……?)
次の瞬間には、顔を真顔へと戻していた。
光太郎の僅かな表情の変化。それもマイナスな気持ちに傾いている時のそれに、気がついたからである。
「……光太郎、これからどうする?」
だから博士はまず彼の意思を確認することから始めた。

「──悪いな、博士」
光太郎は直ぐに答えた。
「ちょっと用を思い出しちまった。もうカラオケも混んでるだろうしよ、また明日にしねぇか?」
あたかも、うっかりしてたぜ、とでも言うように苦笑する光太郎を見て、博士は
(なるほど……)
と心の中で冷静に頷きながら、顔には如何にもガッカリしたという表情を浮かべてみせた。
「なんだよ〜、話が違うじゃね〜か、えぇ〜?」
「悪い悪い。“一人で行かなきゃならねぇところがあるんだ”。じゃ、また明日学校でな!」
「おう、気ィつけてな」
人気の無い路地から、今度は更に人気のなさそうな郊外へと向けてそそくさと走り去っていく光太郎の後姿を見送りながら、
博士は光太郎が最後に言い残した言葉を咀嚼する。

『一人で行かなきゃならねぇところがあるんだ』
本人が気がついているかは定かではないが、光太郎が一人でと言う時は、本当にヤバイ事に首を突っ込もうとする時なのだ。
「……『危ねェから絶対について来るな』ってことだろ?」
相手が不良だとか、チンピラ相手だと分かってる時は、『ちょっと行って来る』がお約束である。
実際、先程叩きのめしたブレザー集団に絡みに行った時もそうだった。
一人と限定しないのは、要するに、喧嘩が苦手の博士がついて来ても、自分なら守れるという自信があるからこそ。
「大丈夫、行かねぇよ。ヤバイ事は御免だし、なにより……足手まといがいちゃお前だってヤバイんだろうしな……」
光太郎と博士は『異能者』と呼ばれる、世間一般で言うところの『超能力者』と呼ばれる存在である。
しかし、その両者では多くの決定的な違いがあり、その一つが『能力者の気配を感知する能力の有無』であった。
光太郎はその能力を持っているが、一方の博士にはないのだ。
だから光太郎は博士に気取られず、強いパワーを持つ存在に気付くことができた。
用を思い出したという取ってつけたような理由を敢えて用いたのも、だからこそなのかもしれない。

「……ったく、他人様のことにわざわざ関わろうとする、お前の方がお節介じゃねーか。
 明日とか言ってたが、どこまで信じられるんだよ……。朝一番のニュースになってなきゃいいが……」
光太郎の安否を気にしつつ、どこか他人事のように言葉を紡ぐ博士だったが──……
実はこの時、既に『ヤバイ事』が自分自身にも迫りつつあった事を、彼はまだ知る由もなかった。
588異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/15(日) 20:59:08.81 ID:jxCsSyGe



博士と別れてからの光太郎は、とにかく早かった。
普通、人は徒歩で目的地に行こうとすれば、どうしても道をその二つの足で駆けていかなければならない。
目的地が直線距離にして1kmの場所にあっても、その間に人家があり公共施設があり川があったりすれば、
道はその分うねった造りとなり、実際に移動する距離は間違いなく直線距離よりも遥かに多くなるものだ。
つまり、移動に時間がかかるということになる。
しかし、光太郎はその常識を無視する移動術によって、驚異的な時間短縮に成功していた。

光太郎が道に選んだのは、なんと建物の屋根だったのである。
ヤマトシティーは総人口1500万人を超える大都会。どこを見ても人工建築物で溢れている。
彼はそれに、目的地までほぼ『一直線』に突き進めるルートを見出したのだ。
それはすなわち、屋根から屋根へ、ほとんど一定の間隔で設けられたそれらに飛び移るというもの。
常人にとっては困難なれど、常人とは違う『力』を持つ異能者たる光太郎にとっては、筆記試験の問題を解くよりも楽な作業だ。
(そろそろだ。確かこの辺りで“二つ”の大きな『気』が一瞬膨れ上がって、そして直ぐに片方が弾けて消えたんだ)
光太郎の脳内では、感じ取った二つのパワーが風船にイメージされていた。
針のついた二つの風船が一気に膨らみ、互いを突き刺そうとしたが、一瞬早く片方が相手を突き刺して破裂させた。
破裂が死を意味しているとなると、事は重大である。
そして現状、その可能性は高いと言える。実際に消えた方の気配は、今も尚、依然として完全に消えたままなのだから。
(気の大きさからしてどちらも俺と同じ、異能者に違いねぇ。だが、問題はそのどちらかが異能を使ってコロシをやったってことだ。
 異能を使った犯罪……そんなもんは毎日、どこかで必ず起きてる。今に始まったことじゃねぇ……)
目的地近くまで辿り付いた所で、光太郎は足を止め、近くに怪しい奴はいないか、変わったところはないかを確認する。
(けどよ──……)
キョロキョロと見回す目。それを、ふとある一点にピタリと止めるまで、そう時間は要さなかった。
そこは、危険ということで関係者以外立ち入り禁止となり、既に作業時間外ということもあって、全く人気が無くなった解体途中の古ビル。
次の瞬間、光太郎は何の躊躇もなく、そこへ向けて大きく跳躍していた。
勘ではない。確かな臭いを感じ取ったからだ。
常人よりも五感が強化された、異能者だからこそ嗅ぎ取ることができる、微かな『死の臭い』を。
(──全員とは言わねぇし、そんなのは無理だってのわかってる。が! 俺は助けたいんだ。一人でも多くの人間を……!!)
生きててくれ──。
頭ではその可能性は極めて薄いことが解っていながら、それでも光太郎は奇跡を信じて暗闇の中を必死に目を凝らす。

「っ!?」
しかし、奇跡などというものは、やはりそう都合よく起きてくれるものではない。
臭いを頼りに消えた『気』の大元を探し続けた光太郎を待っていたのは、見るも無残な厳しい現実であった。
「くっ……」
ビルの外壁に寄りかかる形で座り込んだ一人の大男。
それが、酔っ払いが寝ていたり、休憩していたりを意味するものではないことは一目瞭然であった。
何故ならその大男は、腹にぽっかりと大きな『穴』を開け、大量の血を周囲に撒き散らしていたのだから。

(遅かった、か……!)
恐怖に顔を引きつらせ、目をひん剥いたまま絶命したその様を目の当たりにして、光太郎はギリリと歯軋りする。
被害者は全く面識の無い、見ず知らずの男である。
普通であれば遺体を見た瞬間に腰を抜かすか、慌てふためいて警察に通報するかのどちらかであろう。
しかし、光太郎の内にあったのは動揺ではなく、人を惨たらしく殺害するという狂気を持った犯人に対しての怒りであった。
(ちくしょう! 誰がこんな酷ェことを……!)
男の気配が消えて直ぐに犯人と思われる気配も消えたが、現場を見るに相討ちになったとは考えにくい。
となれば、犯人はまだ近くに必ずいる。
理の当然、というようにすぐさまそんな確信めいた思いを抱いた光太郎は、己が持つ力の一つである『探査能力《グラスプ》』を発動する。
すなわち、気の探査を開始する。
589異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/15(日) 21:13:24.41 ID:jxCsSyGe
「…………っ!」
ところが、彼は数秒と経たぬ内にそれを中止してしまう。
「……そう…………たっ……ま…………た……」
ビルの影。少し離れた敷地内の死角となった場所から、ぼそぼそっとした声を耳にしたからである。
(まさか……)
接近を気取られるといけない。そう思って気配を絶って近づいたのが功を奏し、犯人の探査能力に引っかからなかったのか。
それともたまたま近くを通りかかり、何らかの事情でここに立ち寄った無関係の一般人なのか。
いずれにしてもその声の持ち主は光太郎の存在には気付いてはいないようであった。
「……」
抜き足差し足忍び足……音を殺し、息を殺し、己の存在感を極限まで殺して、光太郎は一歩ずつゆっくりとその場所へ歩み寄る。

「……ど……かに……ていた……か?」
近づく度に明瞭なものとなって聞こえてくるその声は、どうやら男のものであるらしい。
しかも、疑問系の科白から推察するに、誰かと会話しているようだ。
(気配は一つ。ということは、電話か)
そう分析しながら、尚も近づく光太郎だったが、
「……惚けるな、俺の『念話通信《テレパス》』が届く場所にいたならば、こうして電話などしていない。
 …………フン、まぁいい。『周波数』を誤っていた、そういうことにしておこう」
更に声が明瞭に聞こえる位置まで来たところで、思わず足を止めた。
中性的までとは表現できないものの、余りに端正な美声であった為、
一瞬、男と推察した己の判断が誤りであったのかと錯覚してしまい、思わず行動にも迷いが生じてしまったのである。
しかし、光太郎がその迷いを断ち切るまで、時間はかからなかった。

「いずれにしても、『仕事』は終わった。『依頼』通りターゲットは『始末』しておいた。これから俺も戻る」
大男の殺害が、己の犯行である事を匂わすような科白。
それが鼓膜を打った直後、光太郎は怒りを火山のように爆発させて、止めていた足を一気に加速させた。
「──待てェッ!!!!」
地面を蹴る力強い足音、そしてキレのいい怒声が、男にもようやく背後にいる光太郎の存在を認めさせるが──
「!?」
振り向いた男がその時見たものは、怒りに満ちた光太郎の姿などではなく、
己を焼きつくさんとばかりに向かってくる真っ赤な『火炎』であった。
「──っ!」
その先端が死角をつくっていた植木の幹に触れると同時に、火炎の威力が周囲に拡散──
不意を突かれた男が己の置かれた状況を理解し、我に返ったというように息をついた頃には、火の海は辺り一面に広がりきっていた。

「一応……一つ、確認しておくぜ?」
激しい炎熱で障害物を排除し、男と直接視線を交える状況を作り出したところで、光太郎は再び足を止めて言った。
「あの大男を殺したのは、てめぇだな?」
ほぼ九割九分、間違いないと確信したその思いを、100%にするだけの確認作業。
とはいえ、そろそろ初夏だというのに、全身をフード付の黒マントですっぽり覆い隠した如何にも怪しいといった出で立ちに──
なにより、火に囲まれながらも悠然とした態度を崩さぬその非常人っぷりを目の当たりにしては、もはや回答は無用であった。
「しらばっくれんなよ? この状況下で少しも動揺する様子がねぇお前は、どう見ても普通じゃねぇ……。
 マントの下の顔と体を、ぶるぶる震わせてるようにも見えねぇしな」
睨みつける光太郎に、男は手にする新型の携帯電話──今、流行のスマートフォンというやつ──を懐に仕舞い込むと、
溜息をつくように小さく鼻息を漏らし、
「…………なんだ、お前は?」
と、その透き通るような声を以って訊き返した。
「俺は『市立ヤマト異能高校』に通う二年、連城光太郎──」
光太郎はその質問に、清々しいほどまでにはっきりと、包み隠さず素直に答えると──
開き切ったその掌から紅蓮の火炎を生み出しながら、こう続けた。

「お前のように『力』を弱者に向ける野郎が、許せねぇ男だ!」
590創る名無しに見る名無し:2014/06/15(日) 21:14:20.01 ID:QIHRnaFg
紫煙
591異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/15(日) 21:14:27.03 ID:jxCsSyGe
敵意を剥き出しにしたその科白は、事実上の宣戦布告に他ならなかった。
「俺はお前と戦う理由はないんだがな」
挑戦状を叩きつけられた側の男は、乗り気じゃないというように早々に己の両腕をマントの下に仕舞い込むが、
「見逃せ、ってか? ……ざけんじゃねぇ!!」
だからといって今更光太郎が止まるわけもない。
光太郎は、生み出した火炎を握り閉めて拳に宿すと、それを右ストレートを打ち込む動作と同時に解き放って、啖呵を切った。

「てめぇの都合で奪われた命に、ワビいれさせてやるぜ!!」


【つづく】
592異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/15(日) 21:19:22.64 ID:jxCsSyGe
第一話はこれで終了です。
これからも暇を見て投下していきたいと思いますので、よろしくお願いします。

それと支援に感謝!
助かりました。
593異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/26(木) 23:14:23.26 ID:2DCV3ahX
第二話投下します。
594異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/26(木) 23:15:56.08 ID:2DCV3ahX
甘党を唸らせる、口いっぱいに広がる甘味。
ゴクゴクと喉を鳴らせば、喉いっぱいに広がる程よい炭酸の刺激。
そして、最後に訪れる心地の良いゲップの瞬間。
博士は、その快感を求めて、光太郎と別れた路地裏近くにある小さな自販機まで来ていた。

お金を入れ、商品のボタンを押し、取り出し口まで落ちてきた缶を拾い上げる。
そうなれば後は飲み口のタブを開けて中身を喉の奥まで流し込むだけ──
なのだが、至福の瞬間を心待ちにしていたにしては、博士の表情は冴えなかった。
「……業者の野郎、間違えやがったな」
それもそのはず、博士が手にした缶には季節外れの『おしるこ』の文字がでかでかとプリントされていたのだ。
しかも、本来ならジュースや冷たいお茶を入れる冷蔵スペースに入っていたから、キンキンに冷え切っている。
「初夏だから冷やしておきましたよってか? アホか!」
おしるこというものは温かくしたものを冬に飲むから美味いのであって、
初夏だからとはいえ冷やしたものを飲んだところで美味いはずもない。
仮に美味かったとしてもそれは所詮キワモノに過ぎず、そもそも飲みたかったものが炭酸飲料である以上、
これはこれでいいか、などと博士が割り切れるはずもなかった。
「ったく……二度とこのメーカーのやつは買わねーぞ!」
とはいえ、自腹を切って買ったものを、開封もせずにゴミ箱に捨てるほど徹底して怒れるわけでもなかった博士は、
ぶつくさと文句を垂れながら蓋を開けて、ぐいっと中身を煽った。

「ブゥーッ!!」
しかし、折角口の中に流し込んだそれを、盛大に噴き出してしまったのはその直後だった。
ドゴォンッ! と、突如として目の前の道路の一角から爆発が起き、その部分のアスファルトが木端微塵に弾け飛んだからである。
「…………」
唖然、というのは正にこのことであったろうか。
声も出せず、動くこともできず、ただただその爆発の中心点に目が釘付けとなる博士。
ガランと、まだ中身の入ったおしるこ缶が地面に落ちる音が響き渡ったが、今の彼にはそんなもの聞こえてはいなかった。
缶を落とした、という認識すらなかったであろう。
595異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/26(木) 23:17:18.00 ID:2DCV3ahX
「……チッ! スマートに降りるつもりが力の加減を誤ったぜ。俺もまだまだ未熟ってわけか」
そんな博士を我に返したのは、もくもくと舞う粉塵の中から発せられた一人の男の声であった。
(え、えっ……?)
それは錯覚ではない。
ぎょっとして目を凝らした博士には、確かに粉塵の中に映る人のものと思われる黒い影が見えていた。
「ま……マジ?」
驚きの色の中に、明らかなる不安の色を滲ませて、今起きたことが現実なのかと自問するように博士は呟く。
それに対しての自答はなかった。いや、必要なかったのだ。
粉塵が晴れると、そこには夢でも幻覚でもない、確かなリアリティを持った存在が佇んでいたのだから。
「まぁいい。手掛かりを見つけた事で取りあえずはよしとするぜ」
男と視線が合う。瞬間、博士は嫌なものを見たように顔を引きつきらせ、「げっ……」と唸る。
彼は所謂『超能力者』と呼ばれる特殊な部類に入る人間に違いはないが、
漫画によくある拳法の達人のように、人の目を見ただけでそいつの善し悪しを見抜く、そんな技術を持っているわけではない。
しかし、雷が落ちたような、あるいは地中の不発弾が炸裂したような、あまりに普通ではない派手な登場をした人間の瞳に、
素人目にもはっきりとわかる得体の知れない不穏な光が宿っていれば、そのリアクションも致し方ないと言えよう。

「場所はここに間違いはねぇ。だとすれば、後は“貴様がその気の持ち主であるかどうか”だ」
特徴的な赤毛と眼帯、そして浪人のような薄汚れた着物を着た男が、アスファルトのど真ん中にできたクレーターの中で独りごちる。
その意味深な言葉を耳にして、博士は咄嗟に辺りをキョロキョロと見回すも、周囲には他の第三者の姿も、気配もなかった。
「えっ……? お、俺ぇ……?」
貴様とはつまり自分のことか。確認するように己を親指で指して、男に裏返った素っ頓狂な声を出すが、
「人違いだろうが何だろうが構わねぇ。折角見つけた手掛かりなんだ。俺は、やるだけだ」
男はその返答とも単なる一人ごとともつかぬセリフを吐いて、博士に向けてゆっくりと前進を開始する。
(おいおい、まさか……!)
俄かに現実味を帯びてきたキナ臭い嫌な予感。
それが100%の確信に変わったのは次の瞬間──男が袖の下から出した右手を、博士に向けて開いた時であった。
ドンという大砲を撃つような音と共に、見るからに攻撃的な意思のこもった『漆黒の光球』がその掌から放たれたのだ。
(ま、マジかよ!? こいつ……俺を殺す気だ!!)


────第2話「それは正体不明の強敵で・前編」────
596異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/26(木) 23:23:10.31 ID:2DCV3ahX
 
 



「おおおおおぉぉぉおっらぁぁぁぁぁぁああああああああああああああっ!!!!」

雄叫びをまるで推進力にしているような勢いで、空中を一直線に突っ走る紅蓮の火炎。
それは正しく光太郎の怒りを具現化したものに相違ない。
触れた者を一瞬にして焼き尽くす地獄の業火──という凶悪無比なものでこそないが、
直撃すれば瞬時に抵抗力を奪われ病院送りは間違いないレベルの膨大な火炎。

その威力を知らなくとも、目の前から炎が向かってくるとなれば、普通の人間であればまず間違いなく躱そうとする。
(右か左か、それとも上か! いずれにしても躱すその瞬間を俺は見逃さねぇぞ!)
だからこそ、光太郎も威勢よく右手で火炎を放つその一方で、密かに左手に火炎を込める。
どの方位にせよ、相手が避ければその方向に第二撃を放つことができるし、
仮に相手が躱しながら反撃してきてもそれを相殺、迎撃することが可能になるからだ。

それは単純だが、妥当かつ無難な読みと言える。
しかし逆を言うならば、結局のところ光太郎の誤算は、妥当かつ無難な想定しかできなかった点に尽きると言えよう。
「っ……!?」
光太郎が思わず息を呑んだのは、予想に反して躱すどころか、その場を微動だにしなかった男が、
防御態勢も取らずに迫り来る火炎を堂々とその身に受けた直後だった。
本来なら男を中心に燃え上がるはずの火炎が、バシュゥ! という音を発して瞬時に消滅してしまったのである。
指一本動かさずに無力化されるなど、光太郎にとって想定の範囲内であるはずもなかった。

「火炎を操る能力……。これがお前の『二次異能』、それも恐らく『一次発展型』……『発火能力《パイロキネシス》』か」
感嘆するわけでも、貶すわけでもなく、抑揚のない声で光太郎の異能を分析する男は、無傷そのものであった。
その余りに平然とした、どこか機械的に見える程の落ち着きぶりは、光太郎の背筋に冷たいものを走らせた。
(炎を防いだ……、いや……これは『掻き消した』のか……?)
炎を無力化させる手段として代表的なものは、水による鎮火であろう。
仮に男が水を発生させたなら、火炎をその身に受けて無傷で済んだのも、炎が消えた点も説明がつくわけだが──
光太郎にはそれが正解ではないという確信があった。
炎との接触の瞬間、全身から、あるいは空中から水を発生させたなら、その瞬間を見逃すはずはないという自信があったし──
なにより、高温度の熱と接触した瞬間にあるはずの、水蒸気の発生がまるで無かったからだ。

「くっ!」
動揺を隠せずとも、負けじと火炎を溜めていた拳を開き、人魂のような炎の塊を顕現させる光太郎を見て、
男は盛大に溜息をつきながら、まるで大人が子供に諭すような口調で言う。
「何度やっても無駄だ。殺気もなければ威力もない火炎など、いちいち避けるに値しない」
「……つまり、お前の方が実力は上ってか? 舐めんなよ……いつまでも上から目線で余裕こいてると、痛い目見るぜ?」
「ありえないな。何故なら、“火炎そのもの”が俺には通用しないからだ」

ハッタリだ──。光太郎は初めそう思ったが、直ぐにいや──と打ち消して、思考を切り替えた。
(実際にあれだけの火炎を瞬時に掻き消すような奴だ……。少なくとも炎に対して有効的な『何か』を持っているに違いねぇ。
 そう、『何か』……今の俺にはそれすらも見当がつかねぇ状態だ。悔しいが……確かに現状では奴のほうが一枚上手!)
人は光太郎を好意的に評す時、よく『誰よりも強い正義感を持った熱血漢』と言い、悪く評す時は『直情沸騰型の単純馬鹿』と言う。
光太郎自身、それらを否定したことはなく、むしろ確かにそうかもしれないと、素直に受け止めてきたくらいであったが、
実際のところ彼の一番の長所は、本人でも気がついていないそんな素直さなのかもしれない。

ただし、それが彼に『分が悪いので後退』という選択肢を選ばせるといえばそうではなく、
「だったら、俺がお前に火傷を負わせた第一号になってやる! このままおめおめと引き下がれねぇんだよ!」
『例え不利でも、全力で戦い抜く』を選ばせるところが、熱血漢と評される彼の心根らしいところであろうか。

「…………やれやれ、そうくるか」
しかし、彼の性格など知る由もない男にとっては、光太郎など口では説得できない諦めの悪いウザイ奴でしかない。
男の方針が、説得で後退を促すものから暴力による強制排除に転換するまで、時間はかからなかった。
597創る名無しに見る名無し:2014/06/26(木) 23:33:06.93 ID:2PvgIIU9
しえん
598異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/26(木) 23:34:05.08 ID:2DCV3ahX
「ならば仕方ない。俺も自分の身を守る為に、降りかかる火の粉を振り払わなければな」
それは相変わらず抑揚のない、それでいて言葉の端々に明確な殺意が滲んだ寒気のする声だったが──
(っ!?)
己の背筋をゾッとさせる原因がそれだけではないことに、光太郎は直ぐに気がついた。
突如として、自分の口から吐き出される息が『白く』変化したかと思えば、空間にチラホラと季節外れの『雪』が舞い始めたからである。
つまり、周囲の気温が極端に下がり始めたことに気がついたのだ。
(馬鹿な! 今は初夏だぞ! こんな……)
余りに季節外れの現象に驚きを隠せない光太郎であったが、それでも理解は早かった。

「っ! そうか! これがお前の……!」
それに対する明確な回答は無かった。いや、そもそも求めてなどいなかったと言ったほうが正しい。
きょろきょろと忙しく動かす視線、それを男へと戻した時、彼の口元が微かに弧を描いたのを見て全てを察することができていたし、
なにより、男の全身から放射状に発散される冷たい青みがかった『気』の存在を目撃していたのだから。
(自分の気を『冷気』に! 俺の火炎が消滅したのは凍りつくような冷気で瞬時に熱を奪い去ったからか!)

「悪く思うな。元はと言えばお前が仕掛けた戦いだ」
「なっ……!」
光太郎は男の背後の空間を見やって、心底ゾッとした。
いつの間にか、とてつもない数の巨大な『氷柱』が、そこに群れをなして滞空していたのだ。
それが光太郎を抹殺する為だけに用意された飛び道具であることは明白であった。
「死ね──『アイシクルブラスト』──!」
告げられる非情な死刑宣告。それに合わせてミサイルのように一斉に発射される氷の凶器。
(『念動能力《サイコキネシス》』による遠隔操作だとすると──いや! そんなこと考えている暇はねぇ!)
考えることはあった。敢えて思いを巡らす必要性も感じていた。
しかし、光太郎はそれらを全て脳の片隅に排除すると、左手に現した火球を素早く右拳に移して、
再び虚空にストレートパンチを打ち込んで叫んだ。

「うおおおおおおおおおッ!! 『ボーライドナックル』ゥウウウウッ!!」
それと共に拳から掌大の大きさの『火球』を散弾のように射出して。
放たれた火球は流星のような尾を引きながら弾丸並のスピードで氷柱と激突し、
その度に、ボン! と爆発しては、氷柱もろとも塵と化して消えていく。
通常の火炎のように、接触した物質をただ炎上させるのではなく、自ら炸裂して一気に木端微塵にする火炎爆弾だ。
それに光太郎はボーライド、消失の瞬間に爆発する性質を持つ流星の名をつけた。

利点は一度で複数射出、及び連射が可能な点で、欠点は命中率が低い点。
もっとも、狭い空間に飛び道具が大挙しているような今の状況では、命中率の低さなど大した問題ではない。が……
(くっ……! 『アイシクルブラスト《氷柱の風》』とはよく言ったもんだぜ……!
 恐らく冷気で大気中の『水分』を氷結させて作ったもんなんだろうが、次から次へと出てきやがる……!)
砕いても砕いてもその後ろから新しい氷柱が続々と飛んできてはキリがない。
ぶっちゃけ火球を一つ生み出すだけでもかなりの燃費な光太郎にとって、深刻なのは正にその点。
勿論、氷柱を生み出し続ける相手も、同じようにそれだけエネルギーを消費していることは疑いなく、
そういう意味では条件は五分には違いないのだが……。

「……」
光太郎とは違い、先程からうんともすんとも言わず、ただただ無言で氷柱を送り出す男に特に変化は見られない。
実際は疲労の色を見せていても、フードを深く被っているから単にそれが見えないだけなのかもしれない。
だが、もしそうでなく、本当に連続した氷柱の生成など屁とも思っていないとするならば、とても対等とは言い切れない。
(エネルギーの総量にかなりの開きがあるってんなら、ヤベェ……! このまま撃ち合いを続けてても、いずれ追い込まれるのは俺の方だ!)
胸の奥を焦燥感がじわじわと焼き焦がしてくる。
落ち着け、焦るな──光太郎はそう言い聞かせながら懸命に目の前の凶器を叩き落し続けるが、
「──ぐぅ!」
乱れかけた精神がミスを生み、とうとう左肩に氷柱のヒットを許してしまう。
氷柱の先端が深々と突き刺さり、貫通し、傷口がどくどくと真っ赤な血を噴いた。
「うっ──おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
光太郎は痛みを振り払うように叫び、自由の利く右手で火球を一気に連射する。
しかし、一度リズムを乱したツケは、途方もなく高かった。
599異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/26(木) 23:45:38.33 ID:2DCV3ahX
「うっ! ぐぁっ! がっ……!」
右上腕部、左前腕部、左太股部と次々にヒットを許し、光太郎は全身を駆け巡る激痛に思わず目眩する。

(やられて……たまるかよぉおおお!!)
それでも戦いの意思をまるで揺るがさなかったのは生き抜こうとする生命の本能か、それとも意地か。
いずれにしてもとどめを刺さんと容赦なく群がってくる氷柱の軍団を睨みつける光太郎の目には、
かつてないほどの強い眼光と覚悟に満ちていた。
「まだだァアッ!!!!」
雄叫びを挙げた光太郎は次の瞬間、驚くべき行動に出る。
火炎を溜めた右拳を自らの後方に引いたかと思えば、それを今度は前に向けて放つのではなく、
なんと大きく横に旋回させてから己の胸に思い切り叩きつけたのである。
しかも、右拳に宿っていたのはボーライドの火球。
「ぐっ!!」
接触の瞬間、激しく弾けた火球が、光太郎の肉体を突き刺さった氷柱もろとも破壊し、内臓を圧迫して吐血を齎す。
しかし、それが単に自爆を企図したものではないことは、男の目にも一目瞭然であった。
何故なら、爆発によって光太郎の全身が真後ろに大きく吹っ飛んだばかりか、
放射状に満遍なく広がった爆発が多くの氷柱を巻き込み、一気に飛散させたからである。

(──っ。自らを撃って距離を広げ、しかもこちらの攻撃も同時に遮って流れを止めた)

──いや、狙いはそれだけではない。
男がそれに気がついたのは、吹っ飛んだ先に着地した光太郎に目を向けた、正にその時であった。
「なに?」
そこにあるはずの光太郎の姿がなく──代わりに自分の背後で、彼の声がしたのだ。
「後ろだよ!」
振り向き、そして視認させるその暇も与えんと、光太郎は紅蓮の火炎を宿した威力抜群の拳を男の頬目掛けて繰り出す。
(とらえた!)
虚を衝いた完璧なタイミング。外すことなどまず有り得ない。
光太郎の経験上、それは間違いなく会心の一撃が確定したパンチであった。
ところが──
「っ!?」
柳に打ち付けたような妙な手応えが、光太郎を絶句させた。
気がつけば拳の先には男の姿がなく、男が被っていたフードの切れ端だけが火炎の熱で焦げ付いていたのだ。

(躱した? しかしどこに──)
「残念だが、俺もスピードには自信があってね」
その時、慌てふためく光太郎を嘲笑うかのように、背後から声が響いた。
自分がしたのと同じように、真後ろに回ったパターンが頭に過ぎった光太郎は、咄嗟にその場から飛び退きつつ、声の方向に視線を送る。
すると、予想外の遠く離れた位置に、男は立っていた。フードのおよそ半分を失いながらも、依然として正体を掴ませない姿で。
(速ェ! いつの間にあんな位置まで! ……って、待てよ)
着地して、光太郎は男の尋常ならざる身体能力に驚くと同時に、一つの疑問を頭に浮かべる。
やろうと思えば無防備な体勢の自分に至近距離から攻撃することができたはず。なのに、なぜそれをしなかったのか──と。

「……こちらに向かっているのはお前の仲間か? 随分と用意周到だな」
疑問を見透かしたように男が言うが、勿論、光太郎には仲間を呼んだ覚えはない。
だが、確かに気を探ってみると、覚えのない大きな気が一つ、こちらに向かって急接近していた。
(博士、じゃねぇ……。あいつには俺の気を探る力は無いはずだし、なにより……これは博士にしてはデカすぎる気だ)
謎の接近者。敵か味方かわからない、正体不明の第三者。それも気の大きさかしてかなりの実力者。
それが何者なのか個人的には興味のあった光太郎であったが、
「まぁいい。元々、俺が望んだ戦いではないし、これ以上の面倒に巻き込まれる前に去るとしよう。命拾いしたな」
「なっ……逃げる気かてめぇ!」
踵を返し、素早く建物の屋根から屋根へ飛び移って逃走を謀る男の姿を目の当たりにしては、悠長に構えるわけにもいかず、
「くそ!」
結局、後ろ髪を引かれる思いで後を追うのであった。

「俺の仲間じゃねぇーっての! 待ちやがれ!」

【つづく】
600異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/06/26(木) 23:51:08.39 ID:2DCV3ahX
これで第二話は終わりです。
第三話はまた近く投下します。
今夜も支援ありがとうございまいた。
601異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/07/03(木) 21:23:39.09 ID:Fzp1bbt+
第三話投下します。
602異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/07/03(木) 21:32:45.92 ID:Fzp1bbt+
「どわっ!?」
がむしゃらに体を捻って、博士は放たれた黒い光球を紙一重のタイミングで躱す。
その瞬間、頬を掠めた光球の圧倒的な存在感が、彼の全身を戦慄させた。

いや、彼を本当の意味で恐怖させたのは、あるいは次の瞬間であったろうか。
「──げぇっ……!」
博士は唸った。
自分の代わりに光球の接触を許した自販機が、──ドズン! と凄まじい重低音を鳴り響かせ、粉砕されてしまったのである。
(な、なんだ!? まさか……爆発した!?)
火薬を炸裂させた時に起きる特有の黒い煙とキナ臭さこそなかったものの、
見るも無残なスクラップと化した自販機を見やった博士には、男の放った黒球が即座に爆弾にイメージされていた。
(こいつ、テロリストかぁ!?)
だからといって、時代錯誤な着物姿をした赤毛頭の男からテロリストを連想するのは如何がなものかと思うのだが……
まぁ、博士にとって危険人物である事実に変わりは無い以上、イメージのお粗末さはこの際、些細な問題と言えるだろうか。

「よく避けた……とは言わねぇぜ? 今のは“避けさせてやった”んだからな」
ジャリ、と草履を履いた足を一歩前に踏み出しながら、再びその右手から黒い球を出現させる男を見て、博士は後ずさる。
「これで俺の力は解ったはずだ。さぁ、貴様もそろそろ見せてみやがれ、その力をなァ」
「ちょっ……おまっ……こちとらいきなり襲い掛かって来られてわけがわかんねぇーって……」
「でないと──死ぬぜ?」
「人の話を聞けよッ!! ──って!」

必死の突っ込みも空しく、容赦なく放たれる第二段の黒球。
触れれば自販機と同じ運命を辿ることは疑いなし。
かといって避けても、第二段、三段といった調子で立て続けに撃ち込まれれば、ジリ貧になるのは目に見えている。
故に博士が出した結論は『逃げる』、であった。
(冗談じゃねぇ! こんな奴に関わってられるかよ!)
踵を返し、一気にトップ・ギアに入れた快足を以って大地を駆け抜ける。

「ひぃいええええええええええええええええっ!!」
爆音と爆風を背に疾走するその姿は、さながら火線の真っ只中を突き進む勇敢な兵士のよう。
だが、口から飛び出るその声は勇敢とは程遠い悲鳴であり、
敵の男にもこれが『戦術的撤退』などではない、単なる『敵前逃亡』に過ぎないことは一目瞭然であった。

「──馬鹿が」
手から第三段、第四段……第十段までの黒球を射出したところで、男は吐き捨てながら大地を蹴る。
傍目から見れば、それは人がその場で軽くジャンプする程度のステップだった。
「逃がしゃしねェよ」
しかし、それでも彼の身は、弾丸の如く路地を行く博士の遥か前方へと容易く躍り出て、
「いぃっ!?」
博士の足に、急ブレーキをかけさせた。

全力疾走したにもかかわらず、あっという間に追い抜かれてしまった事実は、博士にとって大きなショックであった。
逃げ足には自信があった、そのせいでもあったが、何よりこれで『逃げる』という手が使えないことが証明されてしまったからだ。
それはつまり、この先博士が生きて帰宅するには、男を実力を以って倒すしか方法がないということ。

(なんてスピードだ……! こいつ、黒球の異能を使いながら、『身体補正』の異能もこれだけのレベルで使えるのかよ……!)
言い換えれば、この現状は絶体絶命。
既に博士は、どう逆立ちしたって勝ち目など1%もないことを悟っていた。
爆弾も男の見せた動きも、それだけの実力差があることを思い知らせるには十分であったのだ。

「……くっ」
後ろで連続してあがる炸裂音。
男の動きに意識を集中させながら、恐る恐る後ろをチラ見すると、そこには破壊し尽くされた変わり果てた路地が広がっていた。
コンクリートやアスファルトで固められた頑丈な空間の至るところに穿たれた巨大なクレーターが、博士の顔面に冷や汗を浮かばせる。
「……フッ、期待外れだったか? 貴様、マジでビビりっぱなしじゃねェか……本当にただの雑魚だったのか?」
こうなるとプライドも糞もない。悔し紛れに否定することだってできない。
博士は不良相手にしたように飄々と言い返そうとはせず、だから人違いだって言ってんだろ、と居直ったように叫んだ。
いや、実際は叫ぼうとして、言えなかったのだが……。
ビビり過ぎたせいか声が出ず、できたことといえば戸惑うだけであったのだ。
603異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/07/03(木) 21:36:01.34 ID:Fzp1bbt+
(ちきしょお、声が……ッ! た、頼むから落ち着け、落ち着けって俺!)
言い聞かせた程度で動揺が鎮まるならば苦労は無い。
「ケッ、雑魚と強者の気を取り違えるとはなァ。やはり、俺もまだまだ未熟ってわけか……面白くねェぜ」
男の手からこれまでよりも一回り程大きい黒球が生み出され、周囲の空気がかつてないほどに張り詰める。
殺られる──。
不良やチンピラ相手には感じたことのないリアルな死の予感が、戦慄を超えた麻痺となって博士の全身を駆け巡った。
もはや博士は声を出すことも、その場から一歩も動くこともできなくなっていた。

「貴様に恨みはねェし、雑魚なんざ踏み潰したところで自慢にもなりゃしねェが、これも運命ってやつだ」

(あっ、あっ……あっ……)
震え慄くこともできずにどこか呆けたように見える顔でじっと立ち尽くす博士に、男は哀れんだ目を向けるが──
「まぁ取り合えず、死ねよ」
その奥底には、裏腹な無関係な人間の命など屁と思わない一種の『狂気』が、確かに見え隠れしていた。

「恨むなら、手前の『弱さ』を恨むんだな──」

圧倒的存在感を放つ黒球を制御するその手が、高々と掲げられ──そして振り抜かれる。
瞬間、博士は己に迫る恐怖を直視できず、思わず目を瞑った。
(────ッ!!)

しかし──……人生、どんなところから不運が来るかわからなければ、どこから幸運が転がり込んでくるかもわかったものではない。
幸運があれば不運もある、その逆も然り。
博士にとっての不運が狂気を宿した着物男との遭遇と言えるのならば、
彼にとっての幸運とは正に、男がターゲットとする強者が、この近くに存在していたという事に尽きるであろう。

「……?」
これまでの激しさとは打って変わっての、しーんとした奇妙な静けさ。
黒球が放たれる際にあるはずの、独特な射出音がいつまで経ってもしない事に違和感を覚えた博士は、ふと目を開けた。
「……これは」
するとそこには、神妙な表情をしてあらぬ方向に視線を向ける男の姿があり、
(な、なんだ……?)
それを不思議に思っていると、やがて男は、ニィと口元を歪めて、何が面白いのかくつくつと笑い出した。
いつの間にか彼の手の上にあるはずの黒球は消えていた。
それが博士に対する敵意の消失をも意味していたことは、博士も直ぐに理解することができた。何故なら、

「そうか……ククク、俺が感じたのは『こいつ』かァ……!」
男はその言葉を残して、一気に闇夜の空に舞い上がり、どこぞに飛んで行ってしまったからである。
「…………」
博士はしばし、ぽかんとしていたが、やがて気が抜けたようにへなへなとその場にしゃがみ込むと、消え入りそうな声で独りごちた。

「た……たすかった……」


────第2話「それは正体不明の強敵で・後編」────
604異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/07/03(木) 21:49:16.73 ID:Fzp1bbt+
 
 



「ハァ! ハァ……!」
光太郎は焦っていた。
逃走した男をしゃにむに追い続けて既に十五分が経過している。
にもかかわらず、男を捕まえるどころか、あろうことか男の姿を見失ってしまったのだ。

「ちっくしょう! 完全に気配を絶ちやがった! どこに消えやがったんだ!」
男の気配を探ってみても反応は無い。
ならばと己の両の目を頼りに夜の闇を、または街頭やネオンサインの光の下に目を凝らすが、一向に見つからない。
人に聞き込み調査をしようとも、そもそも人気が無いのでそれもできない。
もっとも、人気があろうとも、素顔を見たわけではない以上、マントを脱ぎ捨てられて人混みに紛れられたらそれこそ探しようが無い。
要するに打つ手なし、である。
「くそ……!」
更に探すこと五分。ここに至って光太郎は、ようやくそれを受け入れて立ち止まる。
額に浮かんだ汗を拭いながら、息切れする口から真っ先に吐いた言葉は、己の不甲斐無さに対する怒り。

体力には自信があった。足の速さにも自信があった。そしてなにより、肉体を強化する己の異能にも自信があった。
事実、学校での体力測定では、成績は常に学年トップクラス。格闘演習では表彰も受けたことがある。
喧嘩だって負けたことはほとんどない。相手が何人いようが己の両拳だけで打ちのめしてきた実績がある。
なのに、今回の闘いでは傷一つ負わせることもできず、おまけにあっさりと逃げられたのでは、悔しくないはずがない。

人によっては、「敵の方が一枚上手だった」などと割り切ることができるかもしれない。
だが、光太郎にとっては正にそこが深刻なのだ。
依頼で人を殺める危険人物が、それもかなりの使い手が、檻に入れられることなく街に潜伏しているという事実。
次の被害者は自分の友人かもしれない。そう思うだけで光太郎は背筋に冷やりとしたものを感じる。

「……そんなことはさせねぇ!」
あくまで可能性に過ぎない。しかし、1%でもその可能性がある以上、それを防ぐ手立てを講じるのが光太郎という人間。
だから必死に考える。

一番確実なのは、やはり見失った危険人物の居場所を探し当て、直接叩くこと。
しかし、一人で探すのには限界がある。この街は途方も無く広く、その総面積は東京23区のおよそ1.5倍はあるのだ。
偶然の再会を信じて毎日パトロールしたって時間の無駄でしかない。
それに探すと言ったって、素顔は結局わからずじまい。性別こそ一度は男と断定はしたが、今となってみればそれもどうか。
そうなると確定した情報は『冷気、あるいは氷を操る異能の持ち主』、『少なくとも光太郎以上の身体能力の持ち主』の二つとなる。
はっきり言って少ない。余りにも情報が不足している。

(犯人像が絞れてる……とは言えねぇな。この情報だけで正体を割り出すのはやっぱ難しいだろうが……)
それでも、光太郎は僅かな望みを見据えて、前を向く。
広大な闇夜の中に垂らされた細い一本の糸を探り当てる、そんな無謀な試みを成功させてくれそうな人物に心当たりがあったからだ。
(……どーだろうな)
なのに、どこか微妙に浮かない顔をするのは、内心ではその人物にあまり頼りたくはないからだろう。
とはいえ、心当たりがその人物だけな以上、四の五の言ってはいられないのも確かだ。

「まぁ……一か八か、やらねーよりはいいだろうぜ」

明日の朝一番で訪ねよう。そう決心しながら、光太郎はとぼとぼと自宅へ向けて歩き出した。
605異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/07/03(木) 21:56:09.89 ID:Fzp1bbt+
 
 



一方その頃、博士の前から飛び去り、夜空の彼方に消えた着物男は、己が目指す目的地に達していた。
そこは光太郎と正体不明のマント男が闘り合った、あの解体途中の古ビル。

「チッ……! 途中で気配が消えやがったと思っていたら、案の定、去った後だったか」

近づけば離れ、そして消える強者の存在。
それがもどかしいというように男は頬を強張らせ、歯軋りし、道端に落ちていた石ころを蹴りつける。
「……ほう?」
だが、八つ当たりを受けた石がビルの壁面に叩きつけられ、跳ね返って地面に落ちたその時だった。
男は石が落ちた調度その場所から、慣れ親しんだ臭いがすることに気がつき、その表情を一転、神妙なものへと変えたのだ。

「……」
そして歩み寄り、『それ』を間近で見下ろして、口元を歪に吊り上げた。
「抵抗した跡がほとんど無ェところをみると、一瞬だったてことか……」
幾千もの戦闘を重ね、結果、今や嗅いでも何も感じなくなった人の死臭。
立ち込めるその臭いのど真ん中でゴミのように打ち捨てられた腹に大穴の開いた無残な死体。
その体つきと人相、そして血塗られたズボンの間から見え隠れするピストルの存在から推察するに、
生前はボクサーかあるいはレスラー崩れのチンピラかヤクザと言ったところであろうか。

もっとも、男に言わせれば異能者であればピストルを持った常人など倒せて当たり前。
だが、その男から見て、この死体を作った人物は正に、己が追い求める強者に違いなかった。
「ほんの少しの殺気、その余韻すら残さねェこの殺し方……! ククク、こりゃ相当の使い手だ……!」


「逃がさねぇ! 決して! こいつは、俺の獲物だ……!!」
男には既に、確信に似た予感があったのかもしれない。
くるりと踵を返す彼の目は、この正体不明の殺人者との闘いをはっきりと見据えているかのように鋭く、そして愉悦に満ちていた。

【つづく】
606異能世界 ◆.JzssiMRjs :2014/07/03(木) 21:57:16.00 ID:Fzp1bbt+
これで第三話は終わりです。
また近い内に投下します。
607異能世界 ◆.JzssiMRjs
って、確認したら本文では第二話になってました。
第三話の間違いですので訂正します。