ファンタジーっぽい作品を創作するスレ 2

このエントリーをはてなブックマークに追加
4271/5 ◆ea7yQ8aPFFUd
その物語は、勇者の敗北から始まった。

「・・・もう・・・駄目・・・だ・・・。」
全身を傷だらけにし、その場に倒れ込む男。
体からは多量の血が流れ出し、呼吸は乱れ、そして意識は朦朧とし始めていた・・・が、
男は火事場の馬鹿力とでも表現すべき未知の力を自身の腕に集め、その体を起こしにかかろうとしていた。
そんな光景を敵対する女ヴァンパイアはあざけ笑う。
「馬鹿じゃない?体力も魔力もゼロのあなたに何が出来るって言うの?」
「『出来る』・・・じゃない・・・『成し遂げる』・・・ん・・・だ・・・。」
最後の力を振り絞って立ち上がり、そして足元に落ちた聖剣を握りしめる男。

だが、男が『成し遂げられた』のはここまでであった。

「さようなら、勇者・・・今日からあなたは、私の下僕となるのよ。」
そう言って、立ったまま硬直する男の前にゆっくりと現われる女ヴァンパイア。
そして、自身の口元に生える大きな牙を露わにすると、それを男の首元へと突き刺すのであった。

こうして、勇者の伝説は終焉を迎え、男は単なるヴァンパイアの奴隷となった。

「・・・わ・・・た・・・し・・・は・・・御主人様の奴隷です。何なりと御命令を!」
先程までの荒々しい口調から、まるで召使いのような丁寧な口調へと変わる男。
それと同時に、男の体から流れていた血は消え、
全身の傷はまるで地面を整地したかのように一瞬にして消えてしまった。
「ホーッホッホッホッホ!良い気味だわ・・・我らがヴァンパイア族の宿敵だった勇者が・・・
 今!私の奴隷と化してるなんて・・・笑わずにはいられ・・・。」
高笑いして感情を高ぶらせる女ヴァンパイア・・・であったが、
その笑い声は彼女自身の腹から聞こえて来た大き目の腹鳴にかき消され、それと同時に彼女は冷静さを取り戻すのであった。
「・・・あら・・・そういえば、お腹空いたわね・・・そうだ!」
何かを思いついたのか、突如大きな羽を広げ、その羽で男を包む女ヴァンパイア。
次の瞬間、彼女の体は一匹の小さな蝙蝠と化し、その体を上空へと舞い上げるのであった。

・・・それから20分後。

「・・・さあ、着いたわ!」
蝙蝠から再び本来の姿へと化す女ヴァンパイアと男。
彼女らが辿り着いた場所は、ある城のキッチンであった。
4282/5 ◆ea7yQ8aPFFUd :2012/06/10(日) 22:12:45.85 ID:6e5mUgug
「ご主人様・・・いかが致しましょう?」
女ヴァンパイアに問いかける男。
「簡単よ、今からそこの氷室にある食材を使って、私においしぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い料理を作りなさい!
 聞くところによると、勇者一族は武芸や魔術だけじゃなく、料理にも長けているって噂じゃない?
 せっかくだから、『勇者流』の料理を振舞って頂戴よ!!」
「かしこまりました。」
そう言って、氷室へと入っていく男。
一方の女ヴァンパイアは、男の料理の様子を見たいらしく、その場で腕組みをしながら男を待っていた。
「・・・お、来たわね?それじゃあ、一品目は?」
「ハッ・・・まずはニンニクとカツオのカルパッチョを・・・。」
「ちょっと待て!」
そう言って、近くにあった長ネギで男を殴る女ヴァンパイア。
「クジョッ?!どうされました?」
「『どう』も『めん』も『こて』もあるかっ!ヴァンパイア一族が総じてニンニク駄目なのは周知でしょ!?」
「あ・・・じゃあ、別のにします・・・。」
そう言って、再び氷室に入る男。
「・・・お、早いわね。今度は?」
「では改めまして・・・前菜はウナギの蒲焼きと短冊切りの山芋をバジルソースで和えた、
 イタリア風トロロ汁を・・・。」
「再び待て!」
そう言って、またしても長ネギで男の頭を殴る女ヴァンパイア。
「フカヤッ?!な・・・何を・・・?」
「あなた、ヴァンパイア族とライバル関係にある勇者一族なのに知らないの?!
 我々ヴァンパイア族は・・・ニンニク!ウナギ!!山芋!!!それに・・・蜂蜜にスッポンにマムシ!!!!
 そういった・・・いわゆる、人間界における『精の付く食材』は御法度なの!!!!!」
大声をあげる女ヴァンパイア。
一方の男は、まさかの答えに驚きの表情を見せていた。
「・・・え?!そうだったんですか?!」
「そうよ!我々ヴァンパイア族は元々、心臓が強靭に出来ているから人間以上の身体能力を得てたのは良いけど・・・
 その分、血の消費は早すぎて・・・だから、人間から血を度々拝借してたの。
 それなのに・・・こんな精力の付く食材を食べたら、どうなると思う?!
 強い心臓はさらに鼓動を増し、血の消費は早まり、遂には自め・・・つ・・・。」
突如として倒れ込む女ヴァンパイア。
「!・・・ご・・・御主人様!!」
急いで、女ヴァンパイアの体を抱き上げる男。
彼女の顔を見ると、その表情はまるで生気を失ったかのように青ざめていた。

女ヴァンパイアは男への怒りから心臓の鼓動を強めてしまい、必要以上の血を消費・・・
結果として、貧血と引き起こしてしまったのであった。
4293/5 ◆ea7yQ8aPFFUd :2012/06/10(日) 22:17:06.52 ID:6e5mUgug
「・・・ん・・・ふぅ・・・あれ・・・ここは?」
目を覚ます女ヴァンパイア。
周りを見回すと、そこは彼女の寝室であり、その側にはウトウトと船を漕いでいる男の姿があった。
「・・・!・・・何、コイツ・・・人の・・・うん?」
眠りこける男の姿を見ておもわず殴りかかろうとする女ヴァンパイアであった・・・が、
彼女は自分のベッドの側にあった皿を見て、その拳を宙空に留めるのであった。
「これは・・・?」
何気なく、皿のふちに残った液体を指ですくい、それを舐める女ヴァンパイア。
その味は、今までに味わったことの無い・・・そして、感動せん程の美味であった。
「・・・ん・・・あ・・・御主人様!」
目を覚ました女ヴァンパイアに気付き、大声をあげる男。
「ちょっと・・・うるさい・・・んで、このスープは何?」
「あ・・・これはですね、ほうれん草とレバーで作ったポタージュです!」
「ほうれん草と・・・レバー・・・?」
「ハイ!御主人様が貧血で倒れられたので、血となる活力源を・・・と思いまして・・・
 失礼ではありましたが、寝ている口元へ流させて頂きました。」
「流す・・・って・・・どうやって?」
「・・・。」
「正直に答えろ。」
「・・・口移し・・・です。」
すぐさま、何故か近くにあったネギを手に取り、男の前に仁王が如く立ち上がる女ヴァンパイア。
「あんたねぇ・・・主人のファーストキスを奪う奴隷がどこの・・・世界に・・・?」
震えながら怒りの声をあげる女ヴァンパイアであったが・・・目の前の男を見ているうちに怒りの気持ちが消え始め、
それどころか今まで感じたことの無いような気持ちが彼女を包み始めた。

そうだ・・・勇者一族にファーストキスを奪われた者は・・・その勇者に恋心を抱く・・・
まさか・・・私・・・こんな奴隷に・・・こ・・・こ・・・恋?!

女ヴァンパイアの頭の中を駆け巡る『恋』、そして『LOVE』という2つの言葉。
その瞬間、彼女の心臓の鼓動は最高潮に達し・・・再び貧血状態となった。
4304/5 ◆ea7yQ8aPFFUd :2012/06/10(日) 22:19:48.58 ID:6e5mUgug
「・・・あ・・・ら・・・?」
「!・・・御主人様!!」
倒れこむ女ヴァンパイアの体をすぐさまキャッチする男。
一方の女ヴァンパイアは、男のスープの効果か、軽い貧血で済んでいた。
「大丈夫ですか?!」
女ヴァンパイアに顔を近付ける男。

その表情は、女ヴァンパイアにとっては勇ましく・・・たくましく・・・そして、魅力的に映っていた。

「え・・・あ・・・ちょっと!」
男を突き放そうと腕を伸ばす女ヴァンパイア・・・であったが、貧血のために力が出ず、
さらに腕を伸ばしたことで男に『握って欲しい』と捕えられ、
男の空いている方の手の暖かさが彼女の冷たくなった手を介して体へと届けられた。
「ちょっと・・・ちょっと・・・。」
困惑する女ヴァンパイア。
一方の男は彼女にこう迫った。
「御主人様、お願いがあります!私は、かつては勇者一族の中で最も『医食同源に長けた戦士』と称された男!!
 その御主人様の貧血気味の体質・・・私に・・・一生かけてでも治させて下さい!!!」
「何言ってるのよ・・・これは体質じゃなくて、ヴァンパイアの宿命・・・治せる訳無いじゃない。」
「いえ・・・やらせて下さい!きっと・・・いや、必ず治します!!御無礼なお願いではありますが・・・よろしくお願いします!!!」
「・・・じゃあ、ある条件をのんだら、その願いをOKしてあげる。」
「ハッ!何でも言い付け下さいませ!!」
「私と結婚して。」
「了解いたしま・・・ウェッ?!」
「『一生かける』んでしょ?だから・・・一生側にいて・・・。」
男の腕の中で、顔を赤らめながら告白する女ヴァンパイア。
一方の男は、多少の戸惑いがあったものの、再び彼女の手を強く握って返答した。
「喜んで・・・私は御主人様の愛の奴隷となります!!」
「・・・受け入れてくれるのは良いけど、ちょっと離れて。」
「・・・はい?」
「あなたが私の腕を握ると・・・またドキドキしちゃうじゃない・・・。」
4315/5 ◆ea7yQ8aPFFUd :2012/06/10(日) 22:23:16.15 ID:6e5mUgug
「・・・それからどうなったの?」
布団の中で、子供が母親に聞く。
一方、今までの話しを子供に伝えていた母親は、子供の頭をさすりながらこう答えた。
「その後ね、勇者の男の努力で女ヴァンパイアの貧血体質は治り・・・ふたりは人間と変わらない、
 ごく普通の愛を交わせるようになったの。」
「それでそれで!?」
「それと同時に女ヴァンパイアは気付いたの・・・勇者だのヴァンパイアだの争うなんて馬鹿げてる・・・ってね。
 だから、ふたりは駆け落・・・遠くの土地へ旅に出て、結婚して、子供を授かって・・・。」
「それでそれでそれで!?」
「・・・後は、あなたが知っているはずよ。さあ、お休みなさい。」
「・・・?うん・・・おやすみなさい!」

「・・・寝たのか?」
母親の背後から聞こえてくる、子の父親の声。
「ええ、ちょっと時間掛かっちゃったけどね。ところで・・・仕込みは済んだ?」
「ああ・・・特に、レバーの下処理はバッチリさ!何せ、『ほうれん草とレバーのポタージュ』はうちの主力商品だからね!!」
「あなたって、本当に仕事の手際が良いわね。」
「そりゃそうさ・・・君は僕の御主人様であり、僕は君の愛の奴隷・・・主人の命に従うのが奴隷の鉄則さ!」
「・・・『愛の奴隷』か・・・『奴隷』と名乗るワリには、昔と比べて馴れ馴れしい口調になったけど・・・
 まあ、いいわ。とりあえず、私達も寝ましょう?明日も早いし・・・。」
「ああ・・・。」
そう言って、ふたりは奥の寝室へと消えていった。

名も知らぬ土地の、名も知らぬ森の中に建つ一軒のレストラン。
そこには『ほうれん草とレバーのポタージュ』だけでなく、『医食同源』を基とした料理が並んでいる。

だが、そのレストランの経営者の正体がかつて勇者一族のひとり、
そしてヴァンパイア族のひとりであったことは誰も知らない・・・。

おわり

----------------------------------------------------------------------------

以上です。
失礼しました。