1 :
創る名無しに見る名無し:
2 :
前スレの続きから:2010/06/30(水) 23:53:52 ID:wLYKOsMD
「それは微妙に羨ましいな……なんかお前異形に効くフェロモンとかそんな感じのもの出してんじゃねえか?」
しみじみと彰彦が半目で言うのへ匠は思う。
そんなに羨ましがられるようなことも無かったぞ……。
なにせ、
「大変だったんだぞ? 出会ってその直後にいきなり戦ったりその後も道場に殴り込みかけてきたりと割と派手な奴だったし。
恋と戦いを混同したりしてたりとかしてたな。そのせいで初恋の君がどうたらこうたら――」
「でもエリカさん、最後には分かってくれましたよ?」
クズハがやはり聞こえていたのか控えめにフォローを入れてきた。
話をぶった切るタイミングで。
彰彦がクズハの方を見て苦笑しながら訊いて来る。
「いや、全裸が見れりゃどんな苦労にも釣りがこないか?」
「そうなんですか?」
「こねえよ……」
そういえばコイツはそういう奴だった。クズハも悪い影響を受けなきゃ良いが……。
そう匠が彰彦による影響を憂いていると、キッコが可笑しそうに笑いだした。
「ハハッ! エリカの今回の目的はそこら辺か! これは蛇の目の従者も苦労するのぉっ!」
キッコの突然の笑いにギョッとしながら匠は思う。
恋と戦いの繋がりが目的なのか? 哲学だな。
それはあのタバサとかいう猫も大変だと匠は内心同情する。
ひとしきり笑うと「まあそれは良い」と言ってキッコはカタバミに問いかけた。
「結界外の様子はどうだの?」
「はい、相変わらずです」
「……そうか」
言葉と同時、キッコの雰囲気が変わった。
4 :
創る名無しに見る名無し:2010/06/30(水) 23:55:12 ID:2j37dmue
匠はクズハと顔を見合わせ、共にキッコへと視線を向けた。
「相変わらず出自不明の者共、異形が出るということだの?」
「左様で」
カタバミが答え、ヨモギが補足した。
「それも複数種が、統率された動きで森を通過して行くように」
「そうか……」
「どういうことだ?」
匠の問いにキッコは顔を向けた。
「第二次掃討作戦、それ以降この森から出てくる異形は皆、森を通過点にしている出自不明の者ということだの」
「それは大体分かってる。お前たちが和泉に出て来てた異形とは違うというのはなんとなく分かる」
少なくともこの場の者達は人語での話が通じる。和泉に現れていた者達は皆半ば本能にのみ従っているような者達だった。
にも関わらず妙に統率された動きを見せている。
まるで知性のある者のような動きに匠も以前疑問を持った。
匠は何者かが統率しているものだと思っていたが、その何者かの最有力候補は今目の前で異形達についての情報を眷族から聞きだしている。
裏に何かが居る……ということか?
思い、問う。
「何か知ってるのか?」
「いや、推測の域を出んような事よ――」
キッコがそう答えかけ、ピクリと顔を上げた。
「出おったか」
「キッコさん、出たって?」
「異形です。結界の外に複数」
彰彦にヨモギが言う。
「人間の町を襲いにでも行くんだろう」
カタバミの言葉に匠が反応した。墓標を握り込むとキッコに言う。
「倒してくる。キッコ、結界外に俺を出してくれ」
「俺もちょっと見てくるわ」
「私も行きます」
彰彦と、異形に質問攻めにされていたクズハが手を挙げた。
「――ああ」
一瞬躊躇いつつ匠は頷き、
「では我について来い。――お前たちはここに残っておれ」
眷族をその場に残したキッコに従い、巨木に触れた。
以上です
前スレ内で収まると思ったんだけどなぁ
見通しが甘かった。
以下、門谷設定投下
門谷義史(かどや・よしふみ) 男 43歳
日本人 人間
身長160後半
・短い黒髪を刈り込んだ精悍な顔つきの壮年の男。
・自治組織の擁する武装隊のうち和泉警備の一隊の隊長。現地の人間は武装隊を親しみを込めて番兵さんと呼ぶ。
匠とは第二次掃討作戦時からの知り合い。信太の森封印作戦時は彼が部隊の隊長で匠が副隊長をしていた。
さばさばした人柄、第二次掃討作戦時に信太の森封印に関わった部下を多く手元に置いている。
第二次掃討作戦時の実績、彼自身の人柄両面から部下からの信頼は篤い。
・異形と仲良くしている匠を疎む事もなく、むしろ信太の森で殿を務めてもらった事の恩からかなり好意的。
・≪魔素≫を戦闘で戦力として運用できる程の量を持ってはおらず、銃弾など、外部の≪魔素≫を使用した兵器か、≪魔素≫を使用しない兵器かで戦うことを主にしている。
ぶっちゃけ無手での戦闘はあまり強くない、武器があるとまあそれなり。
投下乙
キッコの折檻が半端じゃねえwwwwww
スレたて乙!
お供の妖狐しかも二匹とはおまえおれをころすきか
ガドちゃんあたりと因縁があるんだろうなあ。
さておき、穏やかでない流れですが自分は納涼の準備をしてよいのだろうか
>>8 >>穏やかでない流れですが自分は納涼の準備をしてよいのだろうか
大丈夫です! (ちょっと外と町の一部が騒がしくなるけど無問題です)
ガドちゃんあたりとの因縁は……AFFAの作者さんのみぞ知る……!
>>10 GJ
いやもう描いていただけるのになにを迷惑などと言いましょうや!
あと個人的には天草ちゃんは変身途中のちょっと淫靡な(脳内妄想)情景をきぼ――
表紙シリーズいいねー
しかしなんかホラーチックな感じwww
申し訳ございませんこのような出来で。
寧ろ他の人が書いてください的なホント
こんな絵でも支援になればいいんですけどね、
スレの活性化につながれば幸いですよ。
>>10 GJだ!
かーわいーなークズハ
そして良いゴスロリだぜ天草っち
シノダ編3 「ココロとカラダ」
――鳥は自由に空を飛べるが故、飛ぶことの自由さを知らない。
蛇の目邸に従事するものとして一日にすべきことは数多くあるが、その中のひとつに中庭
花壇の水やりが挙げられる。
たかが花の水やりごとき何を大げさな、と思われる方も多いだろうが、蛇の目邸に至って
はそこに咲く花が通常であるわけもなく、エリカ様が薬事に使用する妖花の世話と言えば
その大事が分かるであろう、此度冒頭に取り上げた一文は、この生意気な妖花が漏らした
嫌味である。
確かに妖花から見れば私は自由に見えるのだろうが、不服そうに水やりをする姿を指して
「あなたは幸せを見失っているわ」とでも言いたいのか。しかしこいつが生きながらえて
いるのは私がいてこそで、こちらからしてみれば「花草歩けぬが故、不幸に出くわさず」
といったところである。
たとえば先日イズミを探索していたときに出会った、シンダラと名乗るあの男だ。
無垢な私を笑顔で油断させておき、自らの子種を飲ませるという鬼畜にも劣る幼児性愛者。
すでに日も経ち悪阻もないので、孕んだということはなさそうだが、ことが事だけに結局
エリカ様にも報告できずにいる。
(これはかわいらしいお客さんですね)
あの男が放った忌々しい言霊は、まるで呪詛のように頭から離れることなく、ふとした時
に蘇っては、爽やかな笑顔が脳裏をかすめるのだ。私はそのつど首を振り、騙された自分
を戒めることを怠らない。
(これはかわいらしいお客さんですね)
数日前にジロキチ殿と別れてからこれまで、私は少々よそものに気を許しすぎていたかも
しれない。世は常に善悪入り乱れているのをすっかり呆けていた。そうした判別もできぬ
うちは人をやすやすと信用するのは控えねばなるまい。
(これはかわいらしいお客さんですね)
――いや、だが待てよ。
善悪の判別を試みるに、私は一つの可能性に突き当たる。
はて本当にシンダラは悪意を持っていたのだろうか、特に「かわいらしい」という部分。
シンダラは本当は善人だが、何かそうせざるを得ない事情があって幼児性愛者を名乗って
いたのではあるまいか。思うに不治の病に寝伏す両親のためとか、大きな夢を実現させる
ためだとか、他の誰かに操られていたとも考えられる。
そうした真相が何かは分からぬが、どちらにしてもシンダラ殿にとって私はかわいらしい
のか、そうでないのかはやはり気になる。今度もう一度行って確かめねばなるまい。
「あら、今日は機嫌が良さそうね」
――ひっ!
不意に聞こえたエリカ様の声に、大きく跳ね上がったジョロが水を撒き散らす。
陽射しを浴びた飛沫には、小さな虹がかかっていた。
† † †
「ほら、この前ジロキチさんがくれた薬なんだけど」
テーブルの上へ小瓶を置くエリカ様は、珍しく小さな丸メガネをお掛けになっていた。
別段目が悪いわけでもないのだが、特に薬事をなさるときはこの丸メガネを掛けることが
多いようで、ここのところ随分部屋に篭っていると思ったがその薬を調べていたのだろう、
相変わらず柔らかい微笑みを浮かべたまま、向かいへ腰を掛ける。
人化薬と書かれた小瓶の中には小さな錠剤が詰まっており、聞けばそれ一粒でおよそ一日
の間、人間の姿をとれるということらしい。
人化というのはすべからく妖力の大きなものこそ扱えるべきで、私のような小間使いから
してみれば身にあまる夢のような薬だ。
とはいえ私は猫の姿であることに不満はなく、長年そうやって暮らしてきたものだから、
今更人間態をとったところで不便が増すような気もする。
今はナイフやフォークを持つこともできるし、水やりのジョロを持つために二本脚で歩く
こともできるのだ。思いつく利点といえば、エリカ様のように調理や薬事のために器用を
こなせるぐらいであろう、私は腕を組み、考えを巡らせてみる。
「人の姿になれれば、イズミの納涼祭に行けるわよ」
――はあ、納涼祭ですか。
私には友達もいないし、そういったものを楽しめる立場にもない。
仮にそこで楽を得たとしたら、私はきっとまたそれを味わいたくなる。瓶に詰まった薬は
膨大であるように見えるが、確実に有限なのだ。妖花の愚痴ではないが従者たるべきもの
現状に幸せを見出せねばこの先やりきれない。タバサ贅沢に反対です!
「でも人化したタバサはきっと可愛いと思うんだけどなあ」
しかし、その一言が私の決断を覆した。
短く儚い決意であった。
† † †
エリカ様によれば、人化する時には身体の大きさも変化するため、床で飲んだほうが良い
らしく、何かあっても私がついてるから大丈夫よと言って屈み込むエリカ様の前、薄緑の
錠剤を口に含み、水を煽る。
しばし間をおいて、はて何も起きませぬ、とエリカ様に目を戻すも、じわじわと下腹部に
熱が生じ始めた。まるで体中の毛が縮んでいくかのようなむずがゆさに支配され、思わず
倒れこんだ床はひんやりと硬い感触をしていた。
程なくして全身をめぐった奇妙な感覚が収まると、エリカ様がぱたぱたと走り去り、また
ぱたぱたと戻ってくる。その手には手鏡が握られており、嬉々とした顔を私へ向けた。
「じゃーん! これがタバサちゃんです!」
――これが。
鏡に映っていたのは、人間でいえばまだ幼い少女であろうか。長く伸びた黒髪に包まれた
白い顔がきょとんとしていた。
――私ですか?
目線を鏡から身体へ下ろす。と、おかしな事に気がついた。
胸や下腹は確かにつるつるした肌になってはいるが、ちょうど太腿より下だけ、大きさは
身体に相応しくもなぜか猫のままである。人化といえば人間の姿であろうものだが、なに
やら他にもおかしな点が見受けられた。
「あら、変ねえ」
薬瓶の注意書きを見ながらエリカ様が首をひねる。
私はそれでもまあとりあえずと立ち上がってみた。するとどうだろう、今まで培ってきた
猫態での二足直立がそのまま活かせるではないか。尻尾でバランスを取るのも容易なれば、
ぽこぽこと調子よく歩くこともできる。
やや、これは格好は悪いが都合が良い。床を踏みしめてみると安定もしているようだし、
長い腰巻でも穿けば見えぬであろう。
――あ。
はたと気づいて手のひらに目をやると、そちらは猫ではないらしく胸を撫で下ろす。
床に置かれた手鏡をおぼつかない動作で掴み、もう一度顔をよく見ると、やはりここにも
おかしな点がある。なぜか耳も残ったままなのだ。
きゅ、と顔に力をいれると耳はぱたんと閉じる。
ふう、と力を緩めると耳はまたぴこんと立つ。
私はその有様をエリカ様に伝えようと、何度かそれをして見せてみたのだが、突如として
大笑いを始めたので、これに関しても諦めることとした。
「とと、とにかく……これで明日は納涼祭の出店許可を――」
言いかけて再び吹き出すエリカ様をよそに、私はいつもと違う高さから望む景色を見回し
てみる。普段は踏み台を使って開け閉めしていた窓も背伸びするだけで届く、窓を開ける
と冷たい風が顔の肌をくすぐった。
「声もだせるわよ」
――声ですか!
そうか、声か。エリカ様に向き直り、何度か咳払いをしてから息を大きく吸う。
心の言葉を身体から放て、声よ出ろ!
「エリカ様!」
「なあに」
「返事と共にエリカ様が柔らかく閉じた目を向ける。これが、これが私の声なのか。中々
凛としていて素晴らしいではないか。これならイズミへ行っても人と意志の疎通をはかる
ことが出来る。いやひょっとすると友達さえできるかもしれない」
「……ちょ、ちょっとタバサ?」
「私はこの時ほど蛇の目邸に――いや、エリカ様に仕えて良かったと思ったことはない、
薬に頼ってのこととはいえ、そうでなければ体験することすらできないものなのだ。気が
つけば瞳の下をくすぐる感覚が走る。これは涙、涙が肌を伝うのをこうして感じるのか。
私は思わず窓の外に顔を出す。空よ、雲よ、風よ、聞け――これがタバサの声ぞ!」
「あなた、思ったこと全部口にでてるわよ」
「シンダラ殿! 貴方はこんな私の声も可愛らしいと思ってくれますか!」
「タバサ……」
つづく
投下終わり。
夏祭りイエー
タバサwww
思った事全部喋るなw
思考が駄々漏れになった……だと?
これはこれでいろいろと波乱が起きそうwww
主にシンダラさんにwwww
人化キター。タバサちゃんカワイイなぁ〜
友達100人出来るかなだねタバサちゃん!
22 :
創る名無しに見る名無し:2010/07/04(日) 23:50:21 ID:rOz6mMmI
猫耳尻尾幼女とな
>>18 地の文章全部言うとかクソワラタwwww
太腿から下だけであれ、ケモナーの僕にはこのタバサちゃんはご褒美です
24 :
代理レス:2010/07/05(月) 00:19:11 ID:3Y2/tHOR
秀逸な技法でタバサの愛らしさがまた急上昇www
25 :
創る名無しに見る名無し:2010/07/05(月) 00:29:32 ID:ALjWWO2B
お前等が猫耳少女好きなのはよくわかった
タバサにゃんケモ脚!ひゃっほい!
もうかわいらしさが止まるところを知らないぜ
タバサのセリフをどんな声で脳内再生すればいいのかわからんw
口調は固いけど、やっぱり幼女ボイスなんだろうか…
さてこの流れを止めるようで若干気が引けますが、前スレ300-304の続き
を投下します
第二話『鬼婆と鬼ババとは似て非なるもの也。鬼ババとは単なるババアな鬼のことでござる』
かぐわしい花々の芳香に満ちた、花の蔵屋敷の一室。質のよさそうなふんわりとした布団の上で、
なかなか寝付けずにいる迅九郎は、もう何度目かわからない寝返りを打った。
「……息つく暇もない一日であったな」
この日彼は、思いがけず地獄の住人の仲間入りを果たした。現世において『死んだ』という実感も
持たないままに。
その上、『実はお前が死んでから数百年経っている』などと、まったく理解を越えることを言われ。
その意味がわからないにもかかわらず『死んで数百年気付かないなどあり得ない。どこで何をして
いた』と問い詰められてしまった次第だ。
「そんなこと、知ってどうなるのであろう。それがわかれば拙者は、成仏できたりするのであろうか」
つまるところ迅九郎にとって大切なのは、その一点だけだった。
なぜ自分は成仏できないのだろうか。現世に未練など残しただろうか。そんなはずはない。あんな
人生に、残す未練などあろうはずもない。
「なんちて、柄にもなく思案などしてみたが、阿呆な頭でどれだけ考えてもわからんものはわからんしな」
振り切るようにそう言って、また寝返り。生来能天気で、楽天的な性格の侍である。考えてもしか
たないことは考えない。考えてわからないことには、考えなくても答えがわかる日がいつか必ず来る。
そんな思考の持ち主なのだ。
「しかしまさかな。一日の終わりに狸にされてしまうなどとは思いもよらなかったな」
それが、今日というめまぐるしい一日を締めくくる、最も衝撃的な一件だった。つい数時間前の出
来事である。あの後なんとか人間に戻してもらえたのだが、なかなかに厄介なことになってしまった。
本当のところ、迅九郎は未だに納得がいっていなかった。
「だって、あの槐角殿の母上様であろう? 立派なバ……い、いかん。これは禁句であった」
槐角の母である藤ノ大姐(ふじのたいそ)が迅九郎に行ったのは、半永久的に継続する呪いの類だっ
た。この呪詛は迅九郎が「ババア」、あるいはそれに近い発言をすると効果を現わす。そしてその効
果のほどは先刻の通り、迅九郎が子狸に変化してしまうというものだ。
「解呪の祝詞、なんであったかな。あんな長ったらしい文句覚えてられんよ。明日紙にでも書き起こ
してもらわねば。あーあ、面倒なことになったなあ」
恨みごとを言っている間に、迅九郎はようやく眠気を催してきたのを感じた。おとなしく目をつむ
れば、さっきまで寝付けなかったのが嘘のように、すとんと眠りに落ちた。
「……よく食べるのう、そなた」
迅九郎が地獄の住人となって初めて迎える朝、花の蔵屋敷の食卓。あきれたような声を上げる藤ノ
大姐の視線の先には、凄まじい勢いで飯を胃袋へとかきこむ迅九郎の姿があった。
口の中に溜めこんだ飯とおかずを茶で一気に流し込み、答える。
「いやはや、お見苦しい姿をお見せし申し訳ござらぬ。地獄の飯というのがこれほど美味なものだと
は思いもよりませんでした故、ついついがつがつといってしまいました」
「ふふ、そうかそうか。別に咎めはせぬよ。好きなだけ食べるがよい」
「はい! 好きなだけ御馳走になりまする! では、ご飯のおかわりいただきとうござる!」
元気よくそう答えて、藤ノ大姐に向かって茶碗をビシッと差し出す。すぐさま給仕の使用人がかけ
よってくるが、
「よい、よいのじゃ。まったくふてぶてしい狸じゃのう。現当主の母たるわしに、よもやご飯の給仕
をさせようとは」
藤ノ大姐はそれを制し、迅九郎が差し出した茶碗を受け取って、そこにご飯をてんこ盛りによそっ
た。
それを恭しく両手で受け取って、迅九郎。
「ああ、これは大変失礼を致した。そんなことには考えも及ばず、拙者はまことに浅慮でござった。
大姐様によそっていただいたこの飯、一粒一粒噛みしめながら食しまする」
「ふむ、よい心がけじゃ。味わって食べるがよいぞ」
誇らしげになって、満足げに鼻を鳴らす藤ノ大姐。妙なところで生真面目な迅九郎は、神妙な面持
ちで上品にご飯を口に運んでいる。
そうして食べる速度を遅くしたことで、迅九郎はようやく気付いたことがあった。
「大姐様、槐角殿の御姿が見えませぬが」
「なんじゃそなた、今頃気付いたのか」
「恥ずかしながら、今の今まで飯を食うことに夢中になっていたというか集中していたというか熱中
していたというかで、槐角殿の在不在はまるで意識の外でござった」
「……槐角は飯以下か。まあよいがの。槐角は一足先にご飯を食べて、閻魔庁へ向かったのじゃよ」
「閻魔庁……ああ、槐角殿の仕官先でござるな。そうかそうか朝早くから大変でござるなあ……?」
迅九郎はふと、唐突に疑問を持った。この食卓には席がたくさんある。そもそもこの相当広そうな
屋敷に、まさか槐角と藤ノ大姐、二人しか住んでいないのだろうかと。その疑問を大姐にぶつけてみ
ると、
「いいや、そんなことはないぞ」
とそっけなく返された。それ以上はあえて聞かないことにして、迅九郎は昨晩寝付く前に考えてい
たことを、忘れないうちに頼んでみることにする。
「大姐様、そのう……」
「ん? なんじゃ?」
「昨日の件なのですが」
「ふむ。わしがそなたにかけた呪いのことかの」
「いかにも。それで、もし拙者がまた狸になってしまった時のために、あの解呪の祝詞を紙に書き起
こしていただければなーなんて思っていたりするのです」
また狸になる、つまりまた藤ノ大姐をババア呼ばわりするのが前提の話である。それ故おずおずと
低姿勢で切り出す迅九郎に、藤ノ大姐はふむうと顎に指を添えながら視線を向けてくる。
その装いは昨日と同様、着物を適当に着つけたようなしどけないもので。迅九郎の中ではもう鬼の
女性は破廉恥な服装を好むものという勝手極まりない思いこみが固まりつつあった。
女鬼全てを敵にまわしそうな妄想を迅九郎が広げるさなか、藤ノ大姐は
「ふう、まあ仕方ないかの。ほんにあれはちと長いからのう」
などと言いながら、心なしかうきうきと書をしたためてくれた。
『花蔵院に咲く美しく麗しい藤の方 嗚呼何卒この身の愚かさをお赦し下さい
御身の御髪は どれ程上質の絹も敵わぬ滑らかさ
御身の御肌は どれ程丹念にこねた餅も敵わぬ瑞々しさ
その御姿は まさにうら若き童女
嗚呼何卒 我が身の愚かさをお赦し下さい 我が身の浅はかさをお赦し下さい』
改めて文字で見せられるとなんと寒気のする文言かと、迅九郎は愕然とした。そもそも迅九郎は相
変わらずこの見た目童子な鬼を内心ババアだと思っているわけで、この文言はその内心に真っ向から
反する内容だ。
「まあ流石にそうそうないと思っておるが、もし何か間違ってそなたがまた狸になったような時は、
その祝詞を心の中で唱えるのじゃ。そうすればそなたは人間の姿に戻ることができるからの。まあ、
流石にそうそうないと思っておるがの」
くどい。このくどいところもいかにもババアだ。密かに思ったが、口に出すとまた狸になってしま
う。そうすればこの思ってもいない藤ノ大姐への美辞麗句をつらつらと暗誦せねばならない。気が滅入る。
「大姐様。わざわざ紙に起こしていただき恐悦至極にござる。これで拙者、気軽に本心を口に出すこ
とができまする」
藤ノ大姐の表情がピクリと強張ったような気がしたが、丁重に礼を言っているのにそんなはずない
だろうと思い直して、迅九郎はご飯てんこ盛りの茶碗に再びを手をつけ始めた。
第二話『鬼婆と鬼ババとは似て非なるもの也。鬼ババとは単なるババアな鬼のことでござる』終
投下終わりです
狸侍め、俺もババアにご飯よそってもらいたいぜ畜生!
ロリババアは良い。実に良い。
しかし祝詞長いとかが問題じゃねぇなw
35 :
創る名無しに見る名無し:2010/07/05(月) 08:28:07 ID:ojZ+c9GI
投下乙!
地獄の今後は期待大だなこりゃ
ババアかわいいよババア
乙!
解呪自分の事褒めすぎだろうww
38 :
避難所より代行:2010/07/05(月) 17:35:06 ID:hLhxarbq
>>『狸よ躍れ〜』
狸化の解呪が可能とは…そして地獄はなんでも旨いのを把握w
しかし、このスレ本当に軽妙な名文書き手が多いな
>狸
飄々としたキャラがいいねえ
しかし妙にババアと相性よさそうだなw
その日、いつもどおり桃太郎が番兵へと定期報告がてら摩虎羅と招杜羅をおちょくって、
<甘味処 『鬼が島』>へ帰ってきたところ。
見れば、屋外に設置した長椅子に座り真達羅と見知らぬ老人が談笑していた。
さしあたって業務中の怠慢という事で真達羅に減点7万点を桃太郎が脳内のマル秘手帳に記しながらふと気づく。
――本当に、あの老人を見たことはないか?
自然、速足になりながら、よくよく老人の顔を観察する。
既視感。
いや、違う。
明確にあの顔を知っているわけではない。
似ている。
そう、似ているのだ。
桃太郎の知っている何かと、あの老人の顔が。
おぼろな記憶を探る。
10年前。
20年前。
30年前。
もっと深く、もっと遠く。
20世紀だった頃の記憶まで。
焦燥さえ覚えながらさらに足取りは速くなる。
真達羅と老人も、桃太郎に気づいた。
桃太郎は見やってくる老人の顔を、はっきりと、真正面から捉える。
霞がかかった追憶がいくつもよぎる。
どれかは、きっとあの老人の顔にかすっているはずだ。
どれだ?
いや、現在からでは、きっと遠すぎる。今の自分は、三度目の人生と言っていい。
だから、誕生から登っていく。
生まれる。
幼児から。ほとんど覚えがない。いくらか両親と戯れた記憶が泡のように浮かんでは消えていく。
その思い出たちさえ霧の中のようにかすんで色あせてしまっている。
それでもきっとこちらからの方が近い。
この辺りだ。
この、成長の通り道にきっと答えがある。
近づいてくる老人の顔。
それとともに、洪水のようにまだ成人もしていなかった頃の記憶が溢れる。
染み渡る。
そろそろ真達羅と老人に声も届く距離。
切羽詰った、真に迫る表情に訝しげな様子だ。
だから真達羅は思わず、声をかけられずにいた。
一歩。一歩。近づくにつれて桃太郎は思い出す。
――そうだ、まだ大地震なんか起こっていなかった頃、ゲ−ムの中で……
立ち止まる。
見上げる老人。
見下ろす桃太郎。
「思い出した」
桃太郎が開口一番、感慨深そうに言葉を漏らす。
ぴくりと老人の片眉が上がった。食えなさそうな、老人だ。
「デスタムーアだ、このじいさん。デスタムーアにめちゃくちゃ似てる。おい、真達羅、お前どうやって配合したんだよ、コラ。お前、こんなの配合したら俺がデスピサロのレシピ発見しても目立たねぇだろうが!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「真達羅」
「……なんです」
「ただいま」
「お帰りなさい」
◇
「ほう、つまりじいさんは風の噂でこの甘味処に興味持ったから来てみた、と?」
「うむ、そういう事じゃな」
「感心なじいさんじゃねぇか。そういう行動力を昨今の若者にも持ってもらいたいね、俺は」
「異形が出るかもしれん昨今に無茶言うのぉ」
さて、初対面にあんまりと言えばあんまりな挨拶の後、桃太郎も長椅子に座して吉備団子ほお張っていた。
従業員の怠慢には厳しく、己の休息には甘く。
暑くなってきたこのごろ、冷たい茶をすすりながら老人と談笑である。
「それでどこから来たんだよ、じいさん。納涼祭にも来れる範囲かい?」
「平賀の研究区じゃよ。納涼祭には来たいのぅ」
「あー、あっこか。あれだろ、異形と仲良しこよしの」
「そこじゃな」
「ふぅん、それじゃ、じいさんも平賀の身内とかそんな類かよ」
「ま、そんな所じゃな。あんまりほいほい動き回るなと言われておるんじゃがな、こんな甘味処ができたと聞いて、来んわけにはいくまい」
「偉い! よし、じいさん、もっと食え吉備団子。なに、俺のおごりだ。土産も包んでやるからもって帰れ」
「豪気じゃのぅ。そんなんで経営は大丈夫なんかい?」
「趣味でやってるようなもんだ。経営なんざ実のところどうでもいいんだよ」
「そういうもんかの」
「そういうもんだよ」
ずず、と並んで茶をすする音。
昼を少し過ぎた頃合である。
人が来るのははまだ少し時間が経ってからだろう。
真達羅が店内でお昼ご飯を食べているように、家々で昼食の時間である。
「君は腹は減っとらんのか?」
だからだろう。
帰ってきて、吉備団子くらいしか口にしていない桃太郎に老人が言った。
「あぁ、小食なんだよ。吉備団子ぐらいでいいんだ、俺は」
「でかい図体しとってのぅ」
「ほっとけ。俺より、じいさんは飯食ったのかよ」
「もう食ってきておるよ」
「そうかい、また今度来るときはあののっぽか、糞真面目なガキか、不良がいるからお品書き・裏でも注文するといい」
「ほぅ、裏メニューというヤツじゃな?」
「おうよ、ABCとあるから好きなの選べ」
「それぞれ何が出てくるんじゃ?」
「Aが餡蜜、Bがぶぶ漬け、Cがカレー」
「甘味処で出てくるもんじゃないのが混じっとるのぅ」
「どれも美味いぞ」
「今度来るときが楽しみじゃな」
なんともゆったりとした時間の流れであった。
ここ最近は、このくらいのんびりとしているが、それでもなおこの老人との談笑に時間の流れが緩やかに感じる。
きっと、同じくらいの年齢であるからだろう、と桃太郎は思う。
どこかで、何かの因果が狂っていれば、否、何の狂いも生じていなければ、しわくちゃのまま、腰も曲がって。
なんとも、遠くまで来たものだ。
皿に手を伸ばすと、吉備団子ももう食い尽くしてしまっていた。
「おう、じいさんもっと食うか?」
「いや、もういいわい。この茶を飲んだら帰るとしよう」
「そうかい、なら真達羅に土産を包ませよう」
その桃太郎の言葉が聞こえたのだろう。
店内で真達羅が動く気配がした。
ずず、と並んで茶をすする音。
「もう一度聞こう」
うすらぼんやりと青い空見上げてる桃太郎の隣。
老人が真剣味を帯びるのを桃太郎が感じた。
「君は腹は減っとらんのか?」
「……ボケたか、じいさん」
「明晰じゃよ、桃太郎くん」
「…………減ってねぇよ」
「そうか、なら、いいんじゃ」
ゆっくりと、桃太郎が隣に座る好々爺を見やった。
のらりくらりとした雰囲気。人のよさそうな気配。
桃太郎が、緊張しはじめる。
腹具合を尋ねられる、その意味。
それは、栄養を取っているかという事につながる。
そして、桃太郎の栄養は――
いや、それ以前に、平賀の研究区の人間であると老人は言った。
平賀は桃太郎一派の関わりと遠い。と、思い込んでいた。
……それは油断ではないか?
「緊張しなさんな」
「!?」
なんら、空気変わらず老人が茶をすする。
「君の事は、知っている」
「……何の事だ」
「クズハという名の少女を、知っているかね?」
異形の少女らしいが、実際に見てはいない。しかし知ってはいる。
気おされながら、桃太郎が頷いた。
どこかこの老人には底知れなさがある。それは不気味さであり、神秘性だ。
まるで魔人じみた、仙人じみた。
「どんな少女か、聞いておるかのぅ?」
「異形の女の子だろう」
「元人間じゃ」
「!?」
桃太郎が立ち上がる。
それは。
それでは。
「座りなさい」
「……お前、誰だ?」
「ま、座って話そうじゃないか」
気持ちに整理もつかぬまま。
桃太郎が再び座れば老人が口を開いた。
「クズハくんは身内みたいなもんでのぅ。実はいろいろと調べたんじゃ」
「それは、まさか俺につながる……いや、逆か。そのクズハってのは、まさか俺の続きという事か?」
「明確につながっているかは、分からんがのぅ。似ておるんじゃよ」
ゆるやかに、老人は笑った。
いや、本当に笑った、のだろうか。悲しさが、桃太郎には察せた。
「クズハくんはの、異形に瀕死にされてしまった身じゃった。そこを移植によって命をつないだ」
「……異形の、移植か!」
「そうじゃ」
「似ているな、俺と……いや、違うな。決定的に違う所がある」
「クズハくんは動物型の異形を移植に、君は……」
「植物型の異形を」
自然、桃太郎が茶飲みを握る両手に力がこもる。
「お前は……誰だ……?」
「平賀、と言えば分かるかの」
「…………」
大きく、桃太郎が息を吐く。
納得せざるを、えまい。
「道理で」
「ふふふ、真達羅くんたちについても、知っておるぞい。十二騎で百鬼夜行を食い止めたとか」
「なぁ、俺や真達羅たちが異形だって事は……」
「分かっておるよ。君たちが、明かすべき事だ」
「……明かすべき、事なのかなぁ」
「君たちが決める事じゃな」
桃太郎がまぶたを閉じる。
異形の力を振るい、恐怖された事もあるが感謝された事もある。
しかし異形の側面をさらした時、恐怖された事しか、己にはない。
自分の食事のおぞましさは十分すぎるほどに自覚している。
きっと、誰もが拒絶する。
「クズハって女の子に移植を施した輩については?」
「残念ながら、研究施設は崩壊済でのぅ、辿れなんだ」
「……その研究施設ってのは、」
「御伽 草子郎とつながっていたかどうか、かのぅ?」
「その名前も知ってたか」
「わしら魔法体系を確立した五つの名が表とすれば、御伽というのは裏の一人じゃな」
「あんたらは理論で魔素を制御しようとした。だが御伽 草子郎は一から十まで実験だ。人体を使うこといとわない、な」
「だからこそ、わしの耳にも届いた。それでのぅ、クズハくんに移植を施した者たちと御伽がつながっているかどうかと言えばじゃが、これが分からん」
「……そうか」
「わしも御伽 草子郎を疑ってのぅ。その名前から調べていくうちに君を知った」
「御伽印としちゃ、初期組だからなぁ、俺ぁ」
「長く、戦ってくれたんじゃな」
「決めたんだよ、俺が桃太郎の代わりになるって……いや、桃太郎だけじゃねぇ、犬、猿、雉の分も戦うってよぉ……」
妻が先立ち、息子たちも異形が這い出てきた地震で死んだ。
生まれて間もなかった孫が冷たくなっていくのを忘れていない。
そして一次掃討戦に至る前。異形に殺されかけた記憶。
死の淵を救ってくれたのは御伽 草子郎。
安部、蘆屋、小角、平賀、玉梓ら五つの名前が魔法体系を確立する以前。
魔素と定義されてこそいなかったが賢者たちは「何かがある」と察してはいたのだ。
それが、人に合うと御伽 草子郎は理解した。
もともと医療の関係者だったのか、生物に精通していたのか。
詳細は不明だ。
だがしかし、異形と人に関して天才的だったのは間違いない。
そして、悪魔的だった。
作品と称して数々の異形に拮抗する存在を生み出す事になる。
そのあるいは実験動物として扱われ、そのあるいは戦った。
『俺は、植物の異形を植えられたのか』
『そういう事。よく適合したな。被験者の中で一番体力なさそうで一番死にかけてて一番年取ってたのに』
『全部解消したな』
『まさか若返るとは俺も思ってなかった。面白いな』
『面白くねぇよ』
『そうだ、桃太郎ってのはどうだ?』
『……何がだ』
『これから名乗れよ。桃っぽい異形と掛け合ったんだ。お似合いだろう』
『なんでだよ』
『その方が面白ぇ』
『……馬鹿野郎。桃太郎ってのはな、流れてきた桃を食って若返ったおじいさんとおばあさんとの間にできた子だ』
『お、そっちの説を取るか。それじゃ、お前は、』
『そうだ。俺は、桃太郎のおじいさん役だな』
『もう一人、婆さんで適合する奴探してくるか』
『馬鹿野郎。必要ねぇよ』
『うん?』
『若返ったんなら、俺が戦えばいいだろう。桃太郎に出番は回さねぇ。俺が桃太郎の分まで……いや、犬、猿、雉の分まで戦えばいい事だ』
『言うねぇ』
『言うよ。俺に至るまで、何人と失敗して死んでるんだろう?』
『百人単位だな』
『桃太郎や、犬、猿、雉だけじゃねぇ……そいつらの分まで、戦ってやるよ』
桃太郎は、戦った者。
生き延びて、若返り、選んだ道は戦うこと。
二次掃討作戦まで、ずっと。
それは息子たちが、孫たちが死んだ記憶の恐怖から。
これ以上、次の世代につながる者たちが少しでも死なずにすむように。
今度こそ、自分が先に死ぬために。
結局、桃太郎は今日まで生き抜いた。
「よく、戦ってくれた」
「……よせよ。食事事情も、あったんだ」
「それでも言うさ。君は人のために戦ってくれたんだ。ありがとう」
「……」
心に染みた。
戦ったことに対する感謝なぞ、期待すべきではないのだから。
おぞましい食事の絡んだ、殺戮に感謝されるべきではきっとない。
だから、桃太郎のおばあさんの代わり。
吉備団子を食わせる事で人に感謝される事を期待した。
まさかその旅の最中でこんな言葉が、かけられるとは。
「これで聞くのは最後だ、桃太郎くん」
「……」
「お前さん、腹は減っとらんのか?」
桃太郎が、笑った。
「腹ぺこだ」
◇
「人は見かけによりませんねぇ」
平賀の帰った甘味処で。
長椅子に腰掛けたまま桃太郎はまだ茶をすすっていた。
その隣には真達羅。
「まさか平賀の天辺とはな」
「それだけ店長、危険ですもんね」
「あぁ、ありゃ俺の食事について心配してる」
「私も怖いですよ、店長の食事は」
「……すまん」
ぽつりと、桃太郎が漏らした言葉は真摯であった。
真達羅が、目を見開く。
「店長がそんな事言うなんて」
「おかしいか?」
「はい」
「…………さらにお前は減点3万点だ」
「何をですか!?」
茶が、尽きた頃合。
「クズハ、か……」
異形を移植した者。
会っておきたいと思い始める。
「大将」
さて、そんな一時に。
一人の男が現れる。
精悍な青年であった。
太くたくましい四肢に、みなぎる活力がひしひしと伝わる双眸。
とんがった風貌の、不良っぽさが残った青年だ。
その名は、摩虎羅。
「おう、どうした。仕事サボって」
「出たぜ」
真達羅と桃太郎が、その一言に過敏に反応する。
鬼気が滲んだ。
場に漲るのは緊張感。
「招杜羅が張ってる。すぐ来てくれ」
出た。
異形が、出た。
もう番兵は出動している。
そこまででは摩虎羅が報告に来ることはない。
問題は、逃げた異形がいるかどうか。番兵の討ち漏らしがあるかどうか。
招杜羅は番兵が討ち漏らした異形の追跡。
そして、それに合流すれば桃太郎の、
「久々の、食事だな」
<甘味処 『鬼が島』>
本日休業
不在:桃太郎、真達羅、摩虎羅、招杜羅
<お品書き>
・吉備団子
・きなこ吉備団子
・カルピス
<お品書き・裏>
・吉備団子セットA
・吉備団子セットB
・吉備団子セットC
お邪魔しました
何かあると匂わせて笑いで油断させ、物語に引き込むとは素晴らしい引っ張りwww
御伽も会話だけ見る分には悪いヤツに思えないところもまた。
投下乙した! 続き超期待!
乙でした
桃太郎のまさかの正体に驚いた
普通の食事はやっぱりだめなんだろうか
50 :
創る名無しに見る名無し:2010/07/06(火) 21:42:08 ID:ny2ndOkx
相関図からネタ持ってくるとはwww
裏メニューはもはや裏でもなんでもなくなってるなw
と、いつものギャグかと見せかけておいてシリアス展開
平賀のじいさんあいかわらず大物だな
デスタムーア吹いたw
今回は桃太郎の裏事情が結構語られたね
これから大きく話が動きそうで楽しみ
以下避難所より代理投下
地獄百景『鈍色の繭』
◆
「… 遠い所をお運び頂き申し訳ありません…」
「…よい。」
深々と頭を下げる獄卒隊副長、蒼燈鬼聡角の言葉を遮り、少女はむっつりと扉をくぐった。ここは閻魔庁の鬱蒼たる中庭に聳える特別棟、限られた獄卒幹部しか入室を許されぬ警戒厳重な一室だ。
「…して、『奴』は?」
自らの倍を越す体躯の鬼たちに向けて、少女はぶっきらぼうな問いを発する。芳しい花の香りを纏う彼女の髪からも、ちらりと短い角が覗いていた。
「…は、このままでは恐らく肉体の再構成に失敗し、消滅するのみかと…」
恭しく少女を案内しながら答える聡角は獄卒隊随一の知略家だ。彼が少女…ほかならぬ師、花蔵院藤角の助力を乞うなど珍しい出来事だった。
『藤ノ大姐』として知られる鬼、未だあどけない童女としか見えぬ花蔵院藤角は聡角の示す先に安置された球体を見上げる。脈打つ幾つかの管に繋がれた楕円形のそれは、柔らかく透き通った卵にも似ていた。
「…よく見えぬ…」
「しょ、少々お待ちを…」
藤角の呟きに獄卒のひとりが慌てて踏み台を運ぶと小さな女鬼はちょこんと台に登り、かつての友、『我蛾妃』の繭に険しい顔を寄せた。
「…自ら魂を圧縮する際に、何らかの手落ちがあったのでしょう。羽化出来ぬままで腐り始めました…」
無言で繭を睨み続ける藤角の眼には正視に耐えぬ物体が映っていた。凶悪な女妖我蛾妃…その今は無力な幼生は虫とも人ともつかぬ奇怪な姿で薄い膜のなか呻吟している。
濁った粘液のなかで捻れ絡み合う昆虫の脚と、苦悶を表情を貼りつけビクビクと痙攣する嬰児の顔。策に破れちっぽけな毒虫として捕らえられた彼女の、自業自得とはいえあまりに哀れな姿だった。
「…殿下は?」
師の質問の意味をしばらく思案し、聡角は低く答えた。我蛾妃の魂を滅さぬことは閻魔羅紗弗殿下、すなわち次なる地獄界の意志と協議した結果のものだ。
今は自領に暮らすかつての師を急いで呼び寄せたのも、この悲惨な境遇から地獄界の仇敵、我蛾妃を救う為なのだから。
「…殿下は私に全てを委されました。師よ、我蛾妃を助けることは可能でしょうか?」
いつになく無口に不気味な繭を見つめ続ける師の心中を察し、聡角もまたしばらく唇を閉じた。
混沌と無秩序を信条とし、宇宙の理を否定する為に暴虐の限りを尽くした我蛾妃と、厳粛な法の守護者花蔵院一族の藤角が親しい友であったことを知る者は少ない。
そしてまた幾多の仲間を失いながらも我蛾妃を捕らえ、永遠の虜囚として地獄の塔に封じたのがこの『藤ノ大姐』であることも。
「… 退っておれ…」
重い呟きとともに藤角の小さな掌が、我蛾妃の病める繭にそっと触れた。
◆
「…しょせん宇宙など汚物の堆積、生命などそれにたかる蠅に過ぎぬ…」
幾千の罪無き魂を喰らい、その不浄な生を長らえ続けた我蛾妃の言葉だ。だが藤角の知る限り、彼女は生まれ落ちたときからこの信念を持っていた訳ではない。
妖蝶の変異種として生を享け、幼くして輝くような美貌と類を見ない魔力を備えていた彼女。野辺を舞い遊ぶには余りに桁外れの力は、遠く藤角の暮らす冥府の地にも届いていた。
まだ魔と人の境すら曖昧な昔、腕白で好奇心旺盛な少女だった藤角が我蛾妃を訪ね、二人が親しい友となるのに時間は掛からなかった。
光溢れ、花咲き乱れる地上の世界と同じくらい自由闊達で無邪気な妖蝶の姫に、若かりし藤角はたちまち魅了されたのだ。
『…地上は良いな…明るくて、賑やかで…』
『…いや、まだまだこの世界にも昏い場所がある。まあそのうちに妾が、全てを眩く照らしてみせるがの…』
我蛾妃の言葉は偽りではなかった。遥かな高次で世を司るという神仙たちより、地の底で厳格な戒律を守る藤角たち鬼よりも、彼女は迅速かつ大胆に人界に平安をもたらしたのだ。
天災や疫病を容易く退け、まだ未開の山野を闊歩していた野蛮な魔を一瞬で滅する彼女は、まさに人々が想い描く『女神』だったかもしれない。
朝露の雫を浴びて虹を追い、壮麗な夕日を並んで眺めた二人の遠い日々。しかしその平安は長く続かなかった。無尽蔵とも思える我蛾妃の魔力は、その成長と共に危険なものとまでになったからだ。
地獄界に座し、ただ罪のうち生を終えた魂を迎え入れることが果たして鬼である自分の唯一の務めなのか。全ての鬼が直面するその苦悩は、藤角にとって我蛾妃のかたちをしていた。
『…蛞蝓神たちにも幾らかの理はあった!! 一族に至るまで皆殺しにする必要はなかったであろう!?」
『…お主ら鬼が世の為に働こうとせぬからじゃ。天命、とは怠け者にはまこと都合の良い言葉かも知れんの…』
藤角の額をチョンと小突き、傲慢な笑みで彼女を見下ろす我蛾妃の肉体は、すでに妖艶な女の色香を備えていた。同族たちを臣下に従え、『我蛾妃』を名乗りだしたのもこの頃だ。
それからひとつの世紀を終えずして恐怖の象徴となったその名。彼女が正義の旗印のもとに次々と起こした戦はいつしか無慈悲な殺戮の舞台と化し、地獄界からの調停者として再び我蛾妃の前に立った藤角は、旧友を蝕む狂気の源を見たのだった。
『…天は…天は呆けておるのか!? 地の底で安穏と暮らす貴様ら鬼どもが若さを失わず、いつか全能の神ともなれる妾が老いてゆくなど…おかしいではないか!?』
妖蝶は魔物としては短命な種だ。その美貌と魔力の絶頂を超え、早過ぎる肉体の衰えを感じた我蛾妃は無慈悲な宇宙の摂理に憤怒していた。
世界を美と調和に導く理想の力が、脆く儚い器に宿る不条理…宇宙に法など無い。その憤りは鬼としても稀有な存在、年経てなお瑞々しい肌と快活な瞳を失わぬ友に向けられたのだった。
『…見ておるがよい藤角、愚かな天が妾を誅せるか、ひとつ試してみようぞ…』
さらに幾年月、菫色の瞳にただ虚無を映し、虹色だった羽根を暗褐色に染めた魔物は、天を冒涜するためだけに虐殺を繰り返し、抑え難い羨望のまま地獄界を憎悪する人喰いと成り果てた。
生き長らえる為に夥しい魂を啜る『邪神』の名すら相応しい魔物と、地獄界の長きに渡る闘い。迷える心の隙を我蛾妃に魅入られ、無明の闇へと堕ちた鬼も数え切れない。
だが我蛾妃の信じがたい蛮行に天は怒りの鉄槌を下さず、ただ人と鬼と魔物だけがその血を夥しく流した。それでも自分が天を疑わなかったのは何故だろう、と藤角はいつも思う。
もしかすると誰にも窺えぬ天命の執行者として、揺るぎなく寡黙に討伐の指揮を続けた閻魔大帝の姿こそが、藤角にとっては唯一確かな『天』の姿であったのかも知れない。
『…役にも立たぬ家来共をみな喰ろうてみたが…それほど若返った気もせぬ。藤角、貴様を喰えば少しは精気もつこうかの…』
戦慄すら感じさせる退廃の美に包まれて決戦地に立った我蛾妃の前には、数百年を経て変わらぬ姿の藤角がいた。突き刺さる嫉妬、憧憬、悲嘆…そしてもはや我蛾妃にとって血肉の殆どを占める憎悪。
もはや馴染み深いその全てを静かに受け止めた藤角は、遠い日の可憐な妖蝶を想い出すように眼を閉じると、恐るべき禁断の技で旧友をしっかりと封印したのだった。
『…行こうぞ繭姫、我が故郷、地獄へ…』
◆
…サクリと繭を破って歪んだ幼体に触れた藤ノ大姐の指を、聡角たち獄卒は固唾を呑んで見守る。この偉大な鬼がいかなる想いを秘めて眼を閉じ、複雑な術式を諳んじているのかは長年彼女に師事した聡角にも判らなかった。
「ク…ゥ…」
藤ノ大姐の指先で醜い幼体が鳴く。たとえ短くとも、健気に羽ばたく蝶のごとくただ一度の生を全うしていれば、今頃彼女はまた生まれ変わり、軽やかに地上を舞っていたかも知れない。
(…そうではない…我らがかつて姉妹であったことも、こうして再び向かい合うことも全ては天の意志。繭姫…いや我蛾妃よ、そなたもまた天の愛し子…)
誰にも聴こえぬ心の呟きと同時に藤ノ大姐は小さな吐息を震える肉塊に吹きかけ、長く複雑な『変形(へんぎょう)の術』を終えた。
「おおっ!?」
彼女が裂けた繭から抱き上げたもの、それはぐっしょりと濡れ、力なく額の触角を垂れてはいるものの、確かに規則正しい呼吸を繰り返す愛らしいひとりの幼女だった。
「…どのように育つかは判らん。しかしこやつは幼くとも我蛾妃、くれぐれも注意を怠ってはならぬぞ…」
獄卒たちの驚きに混じる喜びの色を戒め、藤ノ大姐は眠る幼児をそっと寝台に降ろした。つかつかと立ち去りながらも、どこか切なげな師の様子に、蒼灯鬼聡角は少しだけ首を傾げる。
「…お疲れでしょう。あちらに部屋を用意してあります。お帰りまでお休みに…」
「… いいや、城もずいぶん久しぶりじゃ。色々と寄りたい所もあるゆえ、誰か付き合いってくれんかの…」
涼やかな少女の声。悪戯っぽい微笑みを浮かべて弟子を見上げる藤ノ大姐の顔はもう、聡角のよく知る気紛れな師のものだった。
おわり
以上代行終了
避難所の流れを見てて、あのばあさんがどうなるのかと思いきや
まさか我蛾妃を出してくるとはw
地獄キャラの見事な掘り下げっぷりに乾杯!
60 :
創る名無しに見る名無し:2010/07/07(水) 19:40:22 ID:rpLQ3Whg
投下&代行乙
我蛾妃にはそんな過去が…
投下そして代行乙です
まさか我蛾妃と絡ませてもらえるとは…
ありがとうございます!
聡角のお弟子さん設定も後々しっかり使わせてもらいますね
地獄は意外なキャラにつながりを持たせてくるな
ババアと聡角とか、とても師弟には見えんw
「よーし、みんな生きてるな」
和泉を守護する防壁の向こう側。
武装隊をまとめて門谷が一息をつく。
異形の襲撃に対して迎撃をまさに済ませた時分である。
武器の点検から負傷者の把握をして、第二波の有無を確認してから開門を促す。
班分けをして、負傷者を含めて先に詰め所へ帰る者はそこで戦闘終了である。
が、まだ過半数の緊張は解けていなかった。
これから和泉周辺を警邏、本当に異形を退けたかの確認に赴かねばならない。
というのも、最近の異形の襲撃に纏まりがあるからだ。
統率が取れているといっていい。
集団一つを凌いだからといって油断はできなかった。
そしてもう一つ。
四匹を、逃したのだ。
明確に追撃するつもりはないが、少なくとも周囲に潜伏して再度襲われるのは避けたい。
「第五班まで出発するぞ」
信太の森にまで、足を運ぶ事になるだろう。
かすかに。
この時からすでに門谷は嫌な予感がしていた。かもしれない。
なにか、関わりたくないような人物が関わりたくないような事やってその尻拭いをせにゃならんような気が……していた。かもしれない。
◇
森を走っていた。
信太の森である。
イヌ科の猛獣じみた異形。
和泉を襲撃し、そして逃げ延びた四匹のうちの一匹だ。
他の三匹とはすでに散り散りである。
木を縫うように、追ってくる者から逃げ続ける。
本能の赴くまま逃げていた異形であるが、途中で気づくのだ。
追ってくる人数が増えている、と。
最初は一人だった。
ずっと一定距離のままついてくるのだ。
つかず離れず。
うっとうしい事この上ない。
しかし一人だから、と追跡者を攻撃する気にはなれなかった。
分かるのだ。
恐ろしい相手だ、と。
だから逃げ続ける。
がむしゃらに森の中を駆け抜けた。
振り返る余裕もない。
そしてそんな遁走の途中に異形の耳は、追跡の情報をしっかり捉える。
追う者が増えているのだと、分かる。
もはや恐怖しかなかった。
自分では足元に及ばないと生命の本能が告げるのだ。
そんな化け物が複数。
つかず離れず……で、あった追跡の音が消えた。
同時、森の拓いた場所に出る。
荒れた地だ。
第二次掃討作戦で荒らされたこの森には、多々傷ついたままの状態の場所がある。
そこに一人の男が立っていた。
人だ。
飄々とした、体躯の良い男。
しかし体躯が良いと言っても猛獣じみた異形と比べるべくもない。
異形は駆ける速度も落とさずに、男へ突っ込んだ。
追跡者の音が消えても安心できずに不安に苛立ち、立ちふさがるのは弱そうな人間一人。
そう、明らかに弱そうだ。
まるで脅威を感じない。
だから、男へ異形が牙を突き立てるのは自然な事だった。
男と異形がすれ違う。
ごっそりと、肩口から腕を食いちぎって異形が駆け抜けた。
男はおもちゃのように吹っ飛び転がる。
噛み千切った傷は肺も露出させんとするものだったが、必殺にまで至っていない。
どうでもいい。
それよりも追跡者の不安がまだ残っている。
食いちぎった腕を牙で破いて骨を噛み砕く。
そのまま駆け抜けようとした時、
「いただいます」
男が言った。
瞬間。
異形の口内から枝が伸びた。いや、枝ではない。根だ。
微細に分岐し伸び育っていく植物の、根。
口内から溢れたと思えば、異形の四肢に絡みつき胴に巻きついていくではないか。
驚き、足を止めた異形だがすでに身動きできぬほどに根の捕縛は強靭だ。
なんという成長の速度か。
まるでそれは、異形を土壌として育とうとする……樹。
口内から溢れているという事は、すでに体内にまで根はその侵食を進めている。
異形の体内構造という体内構造を侵し、そして吸い上げて成長していくのだ。
この樹に囚われたとてすぐに死にはしない。
緩やかな、しかし伸びやかな成長の末に樹が実をつけるまで死ねないのだ。
もがき、苦しむ異形を、男は冷めた目で見ていた。
そしてその傍らには、真達羅。
「割と小物ですね」
「食えるだけ有難ぇよ」
「……そうですね」
異形の命を吸い上げてつける果実こそ、桃太郎を生き永らえさせる無二の栄養である。
もう異形は根に埋もれてしまい、全容が見えなくなってしまっていた。
それでもはみ出た四肢が痙攣してまだ生きているのが分かる。
おぞましいものだった。
そして、貪欲だ。
真達羅さえも捕らえようと根が伸びてくるのだ。
それを、手刀で全て切り払う。
伸びてきた根を切断せしめる真達羅の手刀は無論、魔素の強化に依る。
桃太郎に移植されたこの樹の異形は、一定量以上の魔素保有する生命に寄生してその命を吸い上げる。
そして吸い上げた命に応じた果実をつけるのだが、寄生する生命が零になった時がこの樹の寿命でもあるのだ。
つまり、イヌ科の猛獣じみた異形を食いつくし、果実をつけた時が樹の滅びの時。
だからより一層、長く存在するため、樹はより多くの異形を捕らえようと根を伸ばすのだ。
しかし一定量以下しか魔素を持たぬ者は見向きもせず、根の中にもぐりこんだとしてもその命を吸い上げられることもない。
桃太郎には根が一切伸びてこず、真達羅ばかりを狙うのはこのためだ。
問題は、
「招杜羅と摩虎羅、上手くやってくれてっかなぁ……」
この森。
信太の森。
狐の妖魔の住処で、この樹を開放してしまう事。
樹は、寄生する魔性が多ければ多いほどに成長していく。
異形を捕らえれば捕らえるほどに、加速度的に、偉大に、おぞましく大きくなっていくのだ。
第一次掃討作戦において、この性質を利用して千に届く異形の大群を一夜にして滅ぼしている。
山を二つ、巻き添えに飲み込んで。
だから、正直な話この森で「食事」はしたくなかった。
狐を巻き込んでしまう可能性が嫌でもちらつく。
だから樹の監視には真達羅一騎を置いて、招杜羅と摩虎羅は周辺の警戒だ。
原住する狐の魔性が近づく事ないように。
できる事ならば、もう少し場所も獲物も選びたかった。
だがしかし。
すでに桃太郎は限界だった。
もはや子供よりも肉体的に衰えてしまっている。
良平とケンカして負けてしまうであろうほどだ。
それを見越して、和泉という体を落ち着かせる場所に来た。
そして、異形を待った。
和泉に頼らず、旅すがら樹を寄生させる異形を探す事もできただろう。
だが万一。
旅の途中で桃太郎の体力が尽きるのを懸念した。
「久しぶりの、食事だ」
ごっそりと、疲れを滲ませて桃太郎が息を吐く。
眼前には、樹として形づいてきた自分の分身と、その根をことごとく切り落とし寄せ付けぬ真達羅の姿。
ぴくり、ぴくりと、樹の半ばに流動がある。
まだ中の異形は生きているのだ。
死にたい気分だろう。
しかし死なせてやれない。
もどかしさか、哀れみか、はたまた自己嫌悪か。
気持ちが沈んでいた頃合。
「!?」
「!?」
景色が歪んだ。
一陣、風が吹く。
「これは……!」
「結界!」
風が止めば、景色が変わってしまっていた。
そして明らかに先程までは感じなかった気配が周囲に満ちている。
木々や草々から、こちらを警戒して覗き込んで来るのは――狐。
「お前ら逃げろ!!」
「来ないでください!!」
樹が、根が、真達羅にだけでなく四方八方へと勢いよく伸びていく。
本能的に、ほとんどの狐たちはそれを逃れ、あるいは真達羅が切り落とし、また実力ある狐は焼いてしまう。
だが、
「しまった!!」
捕らえられてしまった狐も数匹。
予想外だった、というのは言い訳だろう。
この信太の森についてもっと調べていれば結界について思い当たっていたはずなのだ。
蛇の目邸。
古くから信太の森に鎮座するこの迷い家は結界によって姿をくらましている。
これを知っていれば、信太の森中央の巨木他、各所が結界によって守られていると予想はきっとついていた。
「さっきの結界をもう一度張ってください!」
真達羅が、叫ぶと同時。
人のよさそうな穏やかさが根こそぎ消えた。
そして存在感が爆発的に増したと思えば、両腕が伸び体が膨れていく。
みるみると異形の本性に戻っていけば、家屋にさえ匹敵するほどに巨大な怪鳥が姿を現した。
森の木々をいくらか薙ぎ倒して翼を広げれば日の光が翳ってしまうほどに大きい。
羽ばたく。
大規模な暴風がそれで起こるという事はなかった。
代わりに、狐たちを捕らえた根の全てに局所的な竜巻が複数発生、狐たちを開放する。
自由になった狐たちは即座に離脱するのを確認してから桃太郎が叫んだ。
「もう一度さっきの結界を張れ! 説明と侘びは後でする!」
景色がまた歪んだ。
樹は再び狐たちを捕縛しようと動くが、その数も少ない。
それ以上に、正体を暴いた真達羅にばかり根が伸びるのだ。
再び結界が張られれば、もとの拓いた荒地に戻る。
そこに、
「な、た、大将、なんだ、どうなってんだ?」
「これは結界で御座るか!」
摩虎羅と招杜羅がいた。
「食事」中に消えた桃太郎と真達羅を不審に思って来てくれたのだろうが、間が悪かったとしか言えないだろう。
「そこを離れろ二人とも!」
摩虎羅と招杜羅のいた位置は。
樹の蠢く位置と近すぎた。
瞬く間に根は摩虎羅と招杜羅を捕らえて飲み込んだ。
「摩虎羅! 招杜羅!」
怪鳥が再び羽ばたいてはピンポイントに風を竜巻きは幹をずたずたにする。
が、それで摩虎羅と招杜羅を露出させるよりも再生の方が速い。
「やっべ……」
二騎を飲み込み、明らかに樹が太く大きくたくましくなってしまっている。
摩虎羅と招杜羅は樹の養分として上等すぎるのだ。
不都合すぎる樹の成長に、桃太郎が樹に飛び込んでいく。
根が絡まり、蠢き波打つ中へと男一人がすぽん、と進入してしまったのだ。
数秒の間をおき、摩虎羅が樹から放り出される。
「摩虎羅! 無事ですか!?」
「クソッ! 不甲斐ねぇ!」
次いで樹が脈動したかと思えば、内側から剣のような爪が突き出された。
そして樹の幹を引き裂き魔犬が顔を出す。
爛々と血走った双眸覗いたかと思えば咆哮と共に飛び出してくるではないか。
真達羅よりも一回り小さいが、堂々たる威容。
招杜羅の本性である。
摩虎羅の脱出が速かったおかげで自力で抜け出せたと悟った時、三騎が青ざめる。
「店長!」
「大将!」
「主殿!」
桃太郎が中に残ったままだ。
もはや周囲のどの樹よりも健やかに育った樹は迂闊に手が出せない。
そして、何よりも大きな問題は、
「……いかん! 果実が…!」
高く高くに桃のような果実が生り始めた事だ。
あの果実が熟し、完成する事で樹は寿命を迎える。
普通ならばようやくそれで「食事」の終わりになるのだが、桃太郎が中にいるままではまずい。
例えば魔素を一定量以下しか保有していない人間が樹の中にもぐりこんだまま果実が生れば、
樹が滅びた後でも特に問題ない。
しかし桃太郎が中にいるまま、果実が生ってしまうと桃太郎まで一緒に滅びる。
桃太郎から生まれた樹でも、ここまで育ては樹の方が支配力は上なのだ。
「大将! 大将! 大将!!!」
焦燥に駆られて摩虎羅も大猿の本性を現す。
森の木々と引けを取らぬほどの背丈の妖猿へと変じて咆哮。
白いきらめきを十爪に宿して樹の幹を切り刻む。
自然界において切断できぬ物なしと思わせるほどの十条の軌跡は、
しかし樹の半ばまでしか断ち割れなかった。
どころか、たちどころに傷は根に埋まり、根は活発に三騎を絡めとろうと蠢くのだ。
「クッ……成長させすぎた……!」
摩虎羅と招杜羅から一時的であれ魔素を吸い上げた樹は大きくなりすぎた。
三騎をして手加減の余地少なすぎる難敵と化している。
怪鳥、妖猿、魔犬の正体を現した三騎が樹を滅ぼそうと思えばできるだろう。
しかしそれでは駄目なのだ。
桃太郎を、救わねば。
気づけば、果実がそろそろ完成しそうになってしまっている。
「い、いけない!!」
真達羅が、躊躇なく樹に飛び込んだ。
己の命を滋養として、樹を生き永らえさせるために。
怪鳥が根に絡まり、少しだけ飲み込まれたかと思えば翼が広がる。
そしてもがきながら怪鳥の頭も出てきた。
「店長に呼びかけても返ってきません!」
「……まさか気絶してるで御座るか!?」
「やべぇ……! やべぇぞコレ!」
真達羅を捕らえてますます樹が巨大に成長してしまう。
その根は妖猿と魔犬をして捌くのが難しくなってきた。
しかもそれだけではなく、これまで樹が反応できていた範囲外で様子を観ていた、
狐たちへとその太くたくましい根を伸ばし始める。
とりあえず実力ある妖狐らばかりらしく、狐火やまやかしで凌いでくれているがいつまで持つか……
「貴様ら、いったいコレは何なのだ!?」
怒りを乗せて、狐の一匹が根をかわしながら叫びを上げた。
ひときわたくましい妖狐だ。
この狐たちの中でのリーダー格か何かだろう。
「妖怪食べる樹だ! すまん、下手こいて厄介な事になっちまった! 逃げてくれ!」
「もう逃げてる! それよりアレは何とかできるのか!?」
「……できない」
「貴様!」
「頼みがある! 人間だ! 人間を連れてきてくれ……!」
「人間だと……?」
狐が根を焼きながら訝しがる。
現世の樹木の類ではないあの樹は絡みつきこそすれば離すのに厄介だが、
根を掻き分けて進入する事も実は容易である。
問題は樹が一定量以上の魔素保有者を捕らえるという事。
しかし逆に一定量以下の魔素しか持たぬ者は相手にしないのだ。
だからほとんどの人間であれば樹に出入りする事さえ可能なのである。
異形が樹に捕らえられその命を吸い上げられるのを引き離すのは難題かもしれないが、
現在人間程度にしか魔素を持っていない桃太郎はそもそも根に捕らえられているというわけではない。
一般的な成人男性であれば楽に桃太郎を剥離せしめる事ができるだろう。
「そうだ、とりあえず男! 誰もでもいいから頼む! 連れてきてくれ!」
「……分かった。いいだろう」
「一生感謝する!」
もはや他の木々の倍ほどの高さで、その背丈に相応しい太さと化した樹に妖狐が背を向け駆け出す。
一方、なんとか深くまで飲み込まれぬように真達羅はもがき続けていた。
しかしそれも目に見えて衰えている。
「真達羅! 代われ、俺が入る!」
「いや……今私が出ても根を捌ききれる自信がない。現状維持だ」
明らかに声音が細っていた。
このまま消耗が続くのは明らかに危険だろう。
「……招杜羅! 真達羅と俺が代わる! お前だけで根を裁けるか!?」
「するしか御座らん!」
「よく言った!」
妖猿の姿がゆらめいた。
摩虎羅に充実していく魔素が白い光となって蜃気楼のように空気を歪ます。
白光を纏い、妖猿が樹へと突っ込んだ。
絡みつかんと触れた根がのきなみ爛れて滅んでいく。
爪を立てて樹を抉り、怪鳥の胴を掴めば摩虎羅が力任せに引っ張り出す。
白光に当てられて、まるで錆びるように朽ちていく樹から真達羅の姿があらわになっていく。
ぶちぶちと嫌な音を立てて根を千切り、開放と同時に招杜羅の方へとぶん投げた。
ずしん、と森の木を何本か巻き込みながら怪鳥の巨躯が横たわる隣。
魔犬が震えて魔素を全開に吠えた。
耳をつんざく咆哮を浴び、真達羅を追い招杜羅を狙う根がみるみる枯れていく。
「人が来るまで持たせろ!」
「承知!」
白光が止んだ妖猿が樹に沈んでいく。
◇
「……なんだ、ありゃ」
門谷は呆然と森を見上げる。
視線の先はみるみる育つ巨木があるのだ。
不自然すぎる成長を見せる巨木に、逃がした異形を追跡していた班の隊員はざわめいている。
進んで調べるか戻って構えるか。
門谷が決断をするより先に。
木々の向こうから灯りがやってくるのが見えた。
「待て、撃つな」
「実に都合よく人のいたものだな。しかも先の争いの指揮者の一人とは……」
狐だ。
銃を構える一人を制する門谷たちを前に、堂々と姿をさらした。
「丁度いい。貴様ら、あれを止めるために来てもらおうか」
「……あの樹の事か?」
「そうだ。どうやら人間でなければ止められんらしい」
「あれは何だ?」
「こっちが聞きたいぐらいだな。テンチョウだとか、タイショウだとか、アルジドノだとか呼ばれていたが……心当たりはないか?」
「………………………………………………………………」
頭痛がした。
心当たりはある。
「よし、分かった。行こう」
「……素直だな。一応、緊急事態らしいが、そんなにすんなり信じていいのか?」
「構わん。多分知り合いのアホだ」
異質な輩だとは、予想がついていた。
それだけで、あんな怪異を起こすと言われて信じよう。
これでも第二次掃討作戦を戦い抜いた兵だ。
予想の上を行かれても揺るがない程度に鍛えられている。
狐が元来た道を辿り、門谷もそれを追った。
「迷惑な知り合いだな、人間」
「まったくだ」
「……? どういう間柄の知り合いだ」
「……客と店長」
「人間はよく分からんな……」
「俺もあいつがよく分からん」
全速の疾駆をもってすれば、そう時間がかからず件の現場に辿りつく。
途中、何度か恐ろしい獣の咆哮が聞こえたが、まぁ、つまりそう言う話なのだろう。
部下たちを置き去りにしてしまいはしたが、緊急事態らしいので仕方あるまい。
森の拓いたそこで門谷は見た。
そびえ立つ雄大なる巨木を。
横たわる怪鳥を。
襲い来る樹の根を迎撃しつくす魔犬を。
そして、樹に埋もれてもがく妖猿が、
「か、門谷隊長」
自分の名前を呼ぶのを。
「俺だ、摩虎羅だ!」
門谷が眼を見開いて一寸止まった。
そして狐が己を捕らえようとする根を焼く横で、
「仕事をサボって何しとるか!!」
怒った。
「………………すんません」
「あのアホもいるんじゃないのか?」
「樹の中で御座る! 門谷隊長!」
「うお!? お前もしゃべれる異形か。まさか招杜羅か?」
「………………仕事サボって申し訳御座らん」
「お前ら異形だったとはなぁ。まぁ、ある程度は疑ってたが……それで、あの樹はなんだ?」
「妖怪を食う樹で御座る! 主殿はあの樹の中で意識を失って御座る! 人間しか、助けられんので御座るよ、門谷隊長!」
「……なるほど、そういう話か」
狐や招杜羅に木の根が延びるが、自身には音沙汰ない事を含めておおよそを門谷が把握した。
騙して門谷以下、班の全員を取って食おうとするには、招杜羅と摩虎羅の必死さが伝わってくる。
もう、桃太郎、真達羅、招杜羅、摩虎羅は和泉の住人だ。
ならば。
「中に入れるんだろうな、これ」
番兵が助けてやらねば誰が助けてやると言うのだ。
<甘味処 『鬼が島』>
本日休業
不在:桃太郎、真達羅、摩虎羅、招杜羅
<お品書き>
・吉備団子
・きなこ吉備団子
・カルピス
<お品書き・裏>
・吉備団子セットA
・吉備団子セットB
・吉備団子セットC
普通
匠(イケメン)→何かしらに捕らわれてるのを助ける→クズハ(美少女)
甘味処
門谷(おっちゃん)→何かしらに捕らわれてるのを助ける→桃太郎(じじい)
猿か犬を美少女にしていれば……orz
お邪魔しました
「泉に落ちたのは、このか弱いクズハでしょうか?
それとも狐を食らっている手長でしょうか?」
「そこ!そこでぐったりしている狐っ子!」
「正直なあなたには、この手長と、足長をつけましょう」
「の〜〜〜〜」
乙
>狸
藤のババ様がまさかの我蛾妃の知り合いとは……
やっぱり年齢的にババアなんだなぁと再確認しました
>甘味処
おおう、植物で寄生ですか、なかなかエグイ能力だ
そしてこの後に展開されるであろうおっちゃん達の濃厚な(ry
植物系でおぞましいということである程度予想はしてたけど、遥かに上回ってたw
そんな桃太郎を大切にする三匹と、一体どういう繋がりがあるのか気になるねえ
そして門谷さんの心の広さに漢を見たw
76 :
避難所より代行:2010/07/08(木) 18:28:49 ID:tz21UDZ/
>>『甘味処〜』
三獣がバビル二世の下僕みたいでやたらかっこいいw
しかし『何かしら』って…
すげぇ!ダブルブリッドみてーだ!
《ちょっと前の話》2
太陽が天頂にいたる頃。
インド上空9300メートルを飛行機は順調に航行していた。
小型の個人用ジェット機の運転席で、ファウストは如何にも容易く操縦桿を操っている。
その隣、副操縦士の席には、“縛られて猿轡をされた”バステト珠夜の姿。
うーうーと呻く珠夜を尻目に、ファウストは手馴れた手つきでパチパチパチと自動操縦
に切り替えるスイッチを操作した。インカムに向けて「ベリアル航空666便、自動飛行
に入る」とか管制局に報告して、ヘッドセットをおいてしまう。
そうして手が空くと、初めて珠夜に向き直った。
「事実を誤認してしまうような真実とまったくの嘘には明確な違いがあると言います。
私は確かに事実を誤認させる真実を述べました。謝罪いたします。実のところ、日本へは
向かいますがそれはまだ先の話なのです」
そこまで喋って、彼は言葉をきる。
コクピットと客室を分けるドアが開き、スチュワーデスの格好をした悪魔が入ってきた。
珠夜は、やれ天の助けだとばかりにもがいてスチュワーデスに自らの存在をアピール。
スッチー悪魔は珠夜に気がついた。が、
「あら、ファウストさん、その子が今回の収穫ですか。上物そうですね」
「でしょう?きっと良く燃えますよ、ははは」
なんて談笑している。
くっそーこいつらグルかニャ。
ちゅーか、しかも今もしかして燃やすとか言った?わたしピンチにゃ?!
珠夜の内心を知ってか知らずか、ファウストはスッチーが運んできた食事を上品に食べ
始める。カイロ空港でヒモホテップに金を巻き上げられてからほとんど何も食べていない
珠夜の腹が、機内食のいい香りに刺激されクルルルと鳴った。
ファウストはそれを聞いて珠夜を見る。
珠夜は視線をそらし、恥ずかしくて赤くなった。
「お客様、お腹が減っているようでございますね。何かお召し上がりになりますか?」
「……むぐぅ」
ファウストの気遣いに、珠夜はちょっと迷って、でも割とすぐに頷いた。結構腹ペコな
のだった。
ファウストがさっきの悪魔スッチーを呼び、珠夜のために料理を運ぶよう依頼する。猿
轡は外してもらえたけど、さすがに手足の拘束は解いてもらえなかった。どうやって食べ
ようかと珠夜が考えていると、スッチーがスプーンで料理をすくって、アーンしてくれた。
「はい、ネコさん、アーン」
「にゃーん。ぱくっ、もぐもぐ……にゃる、なかなかおいしいニャ」
珠夜が縛られたまま旨そうに機内食を食べるのを見て、ファウストは苦笑し、「肝の据
わったお方だ」なんて感心した。
「お客様は、バステト珠夜というお名前なのですよね?」
ファウストが聞いて、それに答える珠夜。
「そうニャ。太陽神ラーの娘ニャ。もっと丁重に扱うべきなのニャ」
「へえ、ラー……ってエジプトの最高神じゃない!? 本当なのネコさん? はいアーン」
「にゃっふっふっ、うそ偽りなき事実ニャ。にゃーん、むしゃむしゃ」
スッチーが驚き、しかし話半分でご飯を食べさせつつ話しているので、いまいち緊張感
がない。
「ところで、何で私はつかまったのかニャ? あなたたち、私のお父さんがお偉いさんだっ
て知らなかったみたいニャけど」
「ああ、それはですね──」
珠夜の質問にファウストが答える。
「──あなたを“爆弾”の材料にするためです」
その返答に、さすがの珠夜も息を呑んだ。
「にゃ、ニャんですと……!」
「はい、アーン」
「ちょ、今大事な話してるニャ。やめ、むぐぐ、もがもが……」
緊張感は保たれない。
続く
暑さでss書く用のノートPCのHDが地獄送りになりました……
続ききたー!
侍女長大物じゃねえかwwww
そしてこの素直さというか、あどけなさというか……
とにかくGJ!
82 :
創る名無しに見る名無し:2010/07/08(木) 21:53:44 ID:h5tGAe88
>>72 桃太郎恐ろしす
それにしても門谷隊長はいつも大変だなぁ
>>80 おもいっきりピンチだwww
ここからどう切り抜けるのか期待
うちのノートPCさんもよく電源ぷっちんしてくれます
乙です
って爆弾の材料ってww
珠夜の明日はどっちだww
《七夕の狐》
今日は七月七日。
「彦星と織り姫は、実在するのだぞ?」
キッコがクズハに、そんな事を教えた。
時間の流れに打ち勝って、長年語り継がれた物語は、
その物語自体が、一種の付喪神になるのだという。
彦星も織り姫も、七月七日のこの日だけ、実在するのだという。
天の川には、一年に一度だけ、橋が架かる。
彦星と織り姫の、ほんの少しの逢瀬のためだけに、星々が道を譲る。
相思に恋慕を交わす男女が、互いに彼岸を目指して、歩む。
夏の陽炎を編み上げたような、不確かで、不明瞭な、願いの足場を。
魔素と言うものは人の“思い”によって力を成す。
だから、人が星空に、短冊に願いを託すこの日、莫大な量の魔素が、空にたゆたう。
魔素は空に浮かんで、宇宙(そら)まで達して、幾億の星々に語りかける。
「二人に、ちょっとだけ、時間をあげてくれませんか」と。
星々は語らない。
けれども、彼らはそんなに意固地じゃない。
魔素はゆっくりと星々を動かし、二人の男女の、逢瀬の橋を紡ぐ。
夏の陽炎を編み上げたような、不確かで、不明瞭な願いの足場を。
織り姫は、橋の下が透けた、不明瞭な願いの足場に、足を竦ませる。
遠く下の方に、青い地球も見えている。
織り姫が、まいってしまって顔を上げると、もう、
橋の半ばまで歩いて来て居た彦星が、優しくほほ笑んでいる。
大丈夫。
怖くないよ。
彦星の励ましに答えて、織り姫は歩みだす。
踏み締めると、橋の下の景色が、打たれ水面のように、ゆらゆらと揺らいだ。
不確かな橋が、やはり怖い。
織り姫は駆けた。
橋の中心で、彦星に抱き留められる。
願いは叶った。
一年にたった一度きりの、短い、とても短い、再会。
夜が開けるまで、二人は語らい、橋の下に広がる天の川を見下ろし、星の流れに戯れる。
やがて、地球が回り、七月七日の夜が、くるくると行ってしまう。
橋は、両岸から、砂の城が波にさらわれるように、さらさらと融けて行く。
またあおう。
またあいましょう。
二人は緩やかに抱き締めあって、橋が消えるのを見ている。
橋が消えると、抱き合ったまま、天の川に吸い込まれた。
じゃぶん。
瞬間、二人は青い燐光となって、散り散りになってしまう。
「……哀しい御話ですね」
「いや、物語は自らの変わらぬ姿に誇りを持っておる。
変わらぬさまが、変わりゆく人の世に残り続ける事を、誰より喜んでおる。
物語の付喪神だから、もちろん悲哀や悲恋を描くものもあるが、
人々に感じ入られる事を、何より喜んでおるのよ」
「へぇ、そうなのですか」
「七夕の魔素は、人間の願いや思いによって集まる。
その思いや願いが織り姫と彦星の物語を紡ぎ、
余った分は実際に願いや思いの実現に当てられるそうだ」
「七夕ってすごいんですね」
「特に縁結びに力を発揮するらしいの」
「へぇ」
「クズハ、ちゃんと祈っておくのだぞ」
「……何をですか?」
「んー?なんだろうな。ははは」
狐につままれた思いを抱くクズハであった。
終わり
>七夕
クズハたんとキッコ様のこういう話もいいねえ
なんだかほのぼのした。
乙です!
なんといいますか、自分の未熟な子たちを使ってくれて
書き手冥利に尽きます
無断で借りちゃってすみません
クロスって楽しいですよね!
15-1/6
戦いは終わった。ささやかな休息の後、ゲオルグは平静な日常に舞い戻った。
時刻はそろそろ日付が変わる頃、"ブラックシーヒューマンコンサルティング"の事務所の一室で、ゲオルグは
日々の書類仕事を黙々とこなしていた。
メールの宛先よし。電子ペーパー上に起動されたメーラーの入力ボックスの内容を確認したゲオルグは、そのまま
送信ボタンをタッチペンで叩いた。入力ボックスが閉じて、入れ替わりに送信完了ダイアログが表示される。メール
送信終了だ。OKボタンを叩いて閉じると、どこか疲労感を感じ、ゲオルグは息をついた。
今日は1週間続く夜勤の第1日だ。前日までの休日で生活リズムは調整したつもりだが、まだ体は夜型になりきれていない
らしい。まだ課業も半ばというところだが、軽い眠気とともに、僅かだが目が痛んだ。目頭を揉むが解消されそうにない。書類は
朝までに書き上げればいい。適当なところで中断して、地下の"カルパチアシューティングクラブ"のトレーニングルームで目覚まし
がてらの運動でもするか。こり始めた肩を揉みながらぼんやりと考えていると、対面の席に座っていたアレックスが話しかけてきた。
「兄サン、ちょっといいかな」
机から身を乗り出して、ゲオルグを見つめるその眼差しはどこか不安げだ。もっとも、その目に、この前の戦闘の後遺症は
見られない。アレックスの目の傷は多量の粉塵が目に入ったものだった。そのため治療は洗浄と目薬の点眼で事足りた。
手首を撃ち抜かれ、人工骨の埋め込みと再生軟骨の移植の手術の後、右手をギプスで固めたチューダーとは違い、
特に後遺症もないので、厳しい任務の後だというのに夜勤に借り出されているのだ。
「この前の戦闘で、自警団員も死んでるよね。身内がやられたんだし、自警団も本気出さないのか、ちょっと心配で」
どうやらアレックスは今更になって逮捕が怖くなったらしい。いつになく神妙になったアレックスにゲオルグは笑いかける。
「お前はニュースを見ていないらしいな。あれは全てロリハラハラ・ネルソンのせいになった」
ゲオルグの言葉にアレックスは目を丸くする。なんでというアレックスの問いかけに、ゲオルグは、さあな、と頭を振った。
15-2/6
「まあ、団員を殺され、その犯人に逃げられたのでは面子が立たんのだろう。それは"アンク"も同じだ。隠居状態とは言え
影響力のあったネルソンを殺されて、犯人には逃げられたのではこっちも面子が立たない。両者の利害が一致したのか、
公式声明では一切合財ネルソンとその取り巻きの民兵組織"人民の銃"のせいになっていた」
チューダーの病院の手配があったため、ゲオルグが自警団の公式声明を聞いたのは翌朝のことだった。BGM代わりに
テレビをつけっ放しにしたまま、地下生活に備え私物をまとめているときに流れた自警団の公式見解に、ゲオルグは思わず
手を止めてテレビに見入ってしまった。
「やつが"アンク"主流派に対し反乱を起こし、"ホームランド"を戦場にした。自警団と"アンク"は協調して鎮圧に当たった。
その過程でいくらか死傷者がでたが、ネルソンの死亡で全ては解決された。めでたしめでたし。というわけだ」
ネルソンは強硬路線を唱え続け、主流派から乖離しつつあった、テレビに引っ張り出された解説員はしたり顔で解説していた。
瞬く間に構築された虚構にゲオルグは唖然とするしかなかった。
「俺達は"ホームランド"にいなかった。それが自警団の見解だ。だから何も恐れる必要などない」
もちろん、公式見解の裏で心ある自警団員が真実を追って動いているのは容易に想像できる。だが、正規のバックアップが
ない彼らにどれほどの調査ができるのか。平素から自警団を軽蔑しているゲオルグも流石にこれには同情したくなった。
「でも、沢山の人に見られてるし、もしかしたらってないかな」
それでもアレックスは不安そうにゲオルグを見上げて食い下がる。だが、アレックスの不安をゲオルグは一笑に付した。
「いくら人が見ていようと、記録されなければなかったことと同義だ。俺達の存在は記録されなかった。そういうことだ」
納得がいかない風なアレックスは、そうなのかな、と呟いて机に戻った。それでも不安げにペンを回すアレックスを無視して
ゲオルグは自分が発した言葉について考えていた。
記録されないことはなかったと同義。証拠を徹底的に摘み取ってやれば、事実はなかったことになるのか。証人さえいなければ、
過去は消し去ることができるのか。思考が深みへとはまるちょうどそのとき、ゲオルグを現実にとどめようとするかのように電話の
ベルが鳴った。
15-3/6
場所は廃民街の飲み屋街。そこに開いている王朝系列のぼったくりバーで、酔っ払いが酒の値段が高いと騒いでいるのだという。
ぼったくりバーなのだから何をかいわんやなのだが、呼ばれたからには出動せねばならない。呆れ半分で気乗りはしないものの、
ゲオルグは件のバーへと向かった。
飲み屋街に到着したゲオルグはバーへと続く地下への階段に降りていった。付き人権運転手のアレックスは車に待機させ、
代わりにポープとウラジミールが一緒だ。どちらも体格は立派で、外見は実に厳しい。2人で左右から挟んでやれば、大抵の
人間は怯えて大人しく料金を支払うのだ。今回もこれが通ればいいのだが。ぼんやりと願いながら、ゲオルグは怒鳴り声が
漏れるバーの扉を押し開いた。
中に入ると、カウンターに身を乗り出して、今にも店主につかみかからんといった剣幕で男2人が怒鳴り声を上げていた。
店内の座席には他にも客が入っており、大声でわめき散らす男たちに不安そうな視線を向けている。
「ビールとウィスキーで何でこの値段なんだよ。何で、何でこんなにするんだよ。俺たちはビールとウィスキーしか頼んでないっての。
なのにこれっておかしいだろうよ」
「まあまあ、お客さん落ち着いて、あ、ゲオルグさん、こちらです」
怒鳴り散らす2人組をなだめていた店主がゲオルグたちに気づき、生気を取り戻した様子で手を振る。ゲオルグは男たちに
近寄るとポープを右に、ウラジミールを左に展開させた。
「おう、なんだお前ら。やる気か。上等、かかってこいやぁ」
威勢よく声を上げる男たちの目は完全に据わっている。身長は2人ともゲオルグより高く、身に着けたシャツの上からでも
分かるほどに筋肉が自己主張している。この立派な体格が彼らの自信の根源らしい。ポープとウラジミールの威圧も効果が
なさそうだ。
ならば別の手を打つまでだ。作戦を早々に変更したゲオルグは無表情を保っていた顔の筋肉を緩ませて営業スマイルを作った。
「私は責任者代理のゲオルグと申します。とりあえずここでは他のお客様の迷惑になりますので、奥で話をしましょう」
相手を刺激しないよう慎重に腰に手を回して、2人を奥へと押し出していく。男たちは戸惑いを見せたが、ゲオルグの有無を
言わさぬスマイルに気圧されたのかバックヤードに向けてすんなりと歩き出した。
開かれたバックヤードの扉の奥に男たちを押し込んでいく。ポープとウラジミールを先に中に入らせながら、ゲオルグは店主を
呼んだ。
「水を用意してくれ」
バックヤードの奥に聞こえるように少し大声で店主に指示する。同時にゲオルグはスーツの内ポケットから手のひら大の紙袋を
取り出すと、店主に向けて差し出した。説明もなく差し出された紙袋に店主はただ、にやりと頬を吊り上げて受け取った。
15-4/6
バックヤードの奥の事務室へとゲオルグは入っていく。事務室の応接用のソファーセットでは、すでに男2人がソファーに窮屈そうに
座っていた。ポープとウラジミールは肘掛の後ろに立ってゲオルグを待っている。ゲオルグは2人を立たせたまま肘掛に腰掛けた。
「水を飲んで、すっきりしてから話をしましょう」
程なくして水が配られると、ゲオルグが音頭をとってコップに口をつける――つけるだけで、決して口に含まない。飲んだふりだが、
効果はあったらしい。対面に座っている男たちは顔を見合わせると、そろってコップの水を飲み始めた。しめた、とゲオルグは
心の中でほくそ笑んだ。
先ほど店主に渡した紙袋の正体は睡眠薬だった。配る水の中に混ぜるように暗黙の内に指示したのだ。量はごく少量だが、
同じ催眠作用を持つアルコールと併用すれば、危険なほどに効果を発揮する。後は吸収されるまでの時間の問題だった。
「どのようなお酒を飲まれたんですか」
「まずビールだろ。それを2〜3杯引っ掛けた後に、ウィスキーを……」
勤めて穏やかにゲオルグは男たちと会話を始める。世間話やくだらない話を交えてできるだけ長く、料金の話になりそうになったら
意図的に話をそらして、時にはおだてあげてゲオルグは会話を引き延ばす。明らかな時間稼ぎの話術だったが、酔っ払いには
効果があった。もう2度目3度目ですらなくなった話題を男たちは機嫌よく話していく。素面のゲオルグにとってはただの苦痛でしか
なかったが、ゲオルグは辛抱強く睡眠薬が効果を発揮する時を待った。
かくして、きっかり30分後には男たちは高いびきをかいていた。軽く頬を叩いても、彼らは応じない。完全に眠りに落ちたようだ。
ゲオルグは営業スマイルと解いて普段の仏頂面に戻った。
表情を戻したゲオルグは黙って男の体をまさぐっていく。程なく男のズボンのポケットから財布を見つけ出した。中を調べると
都合よくクレジットカードと身分証が入っている。ゲオルグは店主を呼ぶと、そのクレジットカードで料金の精算を指示した。
サインはゲオルグが、わざと乱雑な字で酔っ払いを装って記載する。これで終了だ。財布を元のポケットにねじ込むと
ゲオルグは大きく息をついた。
「裏口から運び出して、適当なところに捨てておけ」
ポープとウラジミールに指示を出す。それぞれ肩と足を持ち上げて、男を裏口へと運ぶ2人を、ゲオルグは気だるげに見送った。
15-5/6
時は進み、時計の針は午前8時を指し示す。人々が新たな1日の始めるころ、夜勤だったゲオルグの長かった1日がようやく
終わりを告げた。ぼったくりバーの一件の後も酔っ払い同士のつまらない諍いの仲裁に借り出されたゲオルグの疲労は
頂点に達していた。
「じゃあ、おやすみ、兄サン」
「ああ、おやすみ」
アパートへと帰宅したゲオルグは、隣の部屋のアレックスに就寝の挨拶を交わすと、あくびをかみ殺しながら自分の
部屋に入った。白を貴重とした壁紙に、ベッドとパソコンデスクが配置されたシンプルな室内は、カーテンが締め切られており
薄暗い。ネクタイを緩めながらゲオルグは入ってすぐ脇のユニットバスの戸を開けた。
洗面台のカランをひねる。蛇口からほとばしる流水に手を当てると、ゲオルグは安堵したように息をついた。流水で軽く手を
すすいだら、石鹸をつけて本格的な洗浄だ。手のひらで石鹸を伸ばすと、手のひらでくるむようにして手の甲を洗っていく。
手の甲の次は指先だ。指を互いに引っ掛けるように左右の手を組み合わせてたら、互いの指の付け根部分で指先を洗っていく。
それを終えたら指の間だ。指の間兄指を入れると、左右交互にこすって洗っていく。最後は手首だ。左右両方の手首を泡の
ついた手でしごいて、丹念に洗っていく。
泡でとことん汚れを浮かした手に流水をあてる。流れていく泡とともに己の心の垢までもが流れ落ちていくような錯覚を感じ、
ゲオルグは開放感に己の身を弛緩させた。丁寧な手の洗浄は、ゲオルグにとって心の洗濯と同義だった。
すすぎを終え、タオルで丁寧に水気をふき取った手に、手洗いの最後の仕上げにと、ゲオルグは洗面台の脇に設置してある
アルコール消毒液を噴霧する。左右にあわせて2度噴霧すると、手のひら同士をこすり合わせて、アルコールを手全体に伸ばしていく。
揮発するアルコールのひんやりとした感覚が、どこか心地よかった。
手洗いを終えたゲオルグは休息をとろうと洗面所から出ようとした。だが、洗面所のドアノブに手をかけたとき指先にぬめりけを
感じたゲオルグは、慌てて手を引っ込める。手のひらとノブを交互に観察する。ドアノブはすでに乾いていたが、手のひらはまだ
アルコールが乾ききっていない。ぬめりはおそらくこの乾ききっていなかったアルコールのせいだろう。何も気にするようなものではない、
はずなのにゲオルグの心臓は早鐘のように強く鳴り響いていた。気にする必要はない。ゲオルグは自分に言い聞かせる。だが、
言い聞かせば言い聞かすほどに先ほどのぬめりけが気になって仕方がない。手はまだ汚れている。手は洗ったばかりで自分でも
馬鹿馬鹿しいと思うのだが、そんな思考が強迫的なまでにゲオルグの心中を占拠していく。
疲れているな。己の強迫観と付き合って長いゲオルグは、手が綺麗か汚いかという二元論から逃げるように、自身の疲れ具合
について考え始めた。
初めて人を殺したときに汚れた己の手のひらを思いだす。それ以来、ゲオルグは自分の手が汚れているのではないかという
強迫観念にさいなまれることとなった。ひどいときには1日中洗面台から離れることができなかった強迫観は、現在は大分よくなり、
手洗いの頻度も1日2回で済むようになった。だが、それでも疲れているとこうしてたちまち理性を押しのけて自己主張を始める。
手洗いを再度行っても、強迫観念が取り除かれることはない。むしろ洗えば洗うほどに、気になってならないのだ。だから。
このようなときゲオルグは、別のことを考えて気が落ち着くのを待つのだった。バスタブに腰掛けて、ゲオルグは適当に
明日のことでもぼんやりと考えていた。
15-6/6
洗面所から出れたのは10分後のことだった。すでに疲労困憊だったゲオルグは早々に着替えを済ませると、倒れこむように
ベッドに入った。夕食にとサンドイッチを買ってあったが食欲が湧かない。ただただゲオルグは眠りたかった。
ベッドの上で、体の力を抜いたゲオルグは、重くなったまぶたを下ろして己を眠りの世界へと誘う。暗闇の世界で、うとうとしかける
ちょうどそのとき、電話のベルが鳴った。
何でこんなときに。重い体に鞭を打って体を起こすと、ゲオルグはパソコンデスクでアラームをあげる端末を手に取った。
通話ボタンを押して、端末のスピーカーを耳に押し当てる。マイクに向かってもしもしと声をかけると、スピーカーから返事が
返ってきた。
「もしもし、ゲオルグかい」
しわがれた老婆の声が耳に押し当てたスピーカーから流れる。この声は孤児院のエリナ院長の声だ。孤児院で何かあったのだろうか。
軽い胸騒ぎとともに、何事かとゲオルグは院長にたずねた。
「イレアナがね、倒れたんだよ。だから来てくれるかい」
「なんだって」
姉が倒れた。驚きがゲオルグの眠気を吹き飛ばした。
以上です。
乙でした
後ろ暗い組織同士の抗争の真実は闇の中へと葬られましたか……
身を隠さなくて良い分ゲオルグさんにはありがたいのかな
そしてイレアナ姉さんに何があった?! 心の清涼剤的彼女はあああああ?!
投下させていただきます
●
結界外に出たキッコは先立って感知した異形達の姿を見る。
獣や、造形を著しく崩した人間のような容姿をしているそれらは以前自らがクズハの意志に介入した折にもチラとその姿を見かけた事のある者達だ。
キッコの姿を認めて敵意を示すそれらに対して彼女は訊ねた。
「我の痕跡でも探りに来おったか?」
異形は答えず、ただ破壊衝動に衝き動かされて殺到してくる。それを確認し、
「言葉を持たぬか失ったか……」
言いながら、目前に迫った口ばかり大きく単眼が不格好に辺りを見回している四足の異形の顎へと下方から右足を突き刺した。
悲鳴も無く宙に飛ばされたそれに蹴り足を引き戻したキッコは片手を差し出し、
「消えよ」
腹から瞬時に焼き滅ぼした。
余熱を帯びる腕を軽く払って二匹目を狩る為に地を蹴る。
駆けて来ていた異形は逆に目前に跳ね飛んできたキッコに驚き身を避けようとし、
巨大な妖狐の姿を露わにしたキッコの前脚に踏みつけられた。
人化に使用していた≪魔素≫の残滓を身に纏った大妖狐は身震いを一つし、異形の首元を噛み千切った。
……不味い。
口の中の肉にそう感想を抱き、血を噴き出して痙攣しているものには見向きもせずに三匹目へと目を向けたところ、銃弾が彼女の視界の端の異形を撃ち抜いた。
「キッコさん絶好調じゃん」
彰彦がジャケットから抜いた左右の拳銃から微かに≪魔素≫を感じる硝煙をたなびかせている。
「不味くてやる気が多少萎えたがの」
口の中の肉片を吐き捨てる。隣で匠が墓標を叩きつけて異形の頭を砕いた。
彼は異形の群れを確認して眉を詰め、唸る。
「この複数種混ざった群れ……和泉に現れていた異形と傾向が同じだ」
「さて、どこの阿呆が率いておるのやら」
言いつつ尻尾に纏わりつかせた≪魔素≫を尾を振り抜いた勢いで放つ。
雷撃混じりの熱波に姿を変えたそれに焼き崩される異形へ目もくれずに次の獲物を狩ろうとするキッコの耳に音とも声ともつかぬ響きが聞こえ、異形達の行動に変化が現れた。
突然彼女らの周囲から身を退いたのだ。
●
響きは銃を抜く彰彦と同じ位置で魔法の陣を組んでいたクズハの耳にも届いていた。
「これは?」
響きが聞こえた途端退いた異形達は森の木々の間からこちらに先程までと変わらぬ害意を向けてきている。
陣に手を加えて中距離を穿つように異形に土塊の杭を打ち込みながら匠を見ると、匠は訝しげな顔で独語していた。
「――退いた?」
言いながら警戒の気配を漂わせて数歩後退する匠に銃撃を続けていた彰彦が言う。
「さっきまでいきり立ってたくせにな、一体なんなんだ?」
「いきなり何かが聞こえた途端にですね」
クズハが二人に半ば確認のように言うと、二人は不可解な顔をした。
「何か聞こえた……か?」
「いや、特には……クズハ、何を聞いたんだ?」
「――え?」
匠さんも彰彦さんも……何も聞こえていない?
耳には未だに響きが木霊している。どういうことだろうか? そうクズハの脳裏に疑問が浮かんだ瞬間キッコが大声で告げてきた。
「人には聞こえぬ響きぞ! 気を付けよ!」
キッコの叫びと共に耳に来る響きの調子が変わった。同時、異形達の動きに変化があった。
退いていた異形がひと塊になって突撃してきたのだ。
キッコと匠が突撃する一群に打撃を加えるが、
「っ!」
「このっ」
己の身を顧みない突貫に異形の群れはその数を大きく減じながら尚も直進を続けた。その狙いと思しきものは、
結界の木……!
背後にある結界の支点となっている木を意識してクズハは新たに陣を組みあげる。
役に立たなくちゃ……!
どこか脅迫観念じみたそれを行動の原動力として完成した魔法を前方の一群へと放とうとした瞬間、
耳に響き続ける響きの調子がまた変わった。
「避けよ!」
「クズハ!」
キッコの警告とそれに数瞬遅れて事態を察知した匠の逼迫した叫びが飛んだ。
クズハの耳はそれらの声が飛んできたのより更に一瞬遅れて、異形達の突撃音に隠れるようにして聞こえる葉鳴りの音を聞いた。
クズハから見て左方、森の木々の陰から異形が飛びかかって来たのだ。
奇襲。
身を避けようとする間にも迫る剛毛の猿のような異形の爪に、いけないと瞬時の思考が走り身を固めた時、クズハは弾き飛ばされた。
「っ、彰彦さん!」
クズハを肩からの体当たりで弾き飛ばした彰彦は奇襲を仕掛けてきた異形の一撃を片腕で受け止めた。もう片方の手に握った銃を異形の顔面に突き付け、
「――ってぇよ馬鹿野郎」
引き金が引かれた。
奇襲をかけようとした異形の顔面が≪魔素≫込みの銃弾で粉々に吹き飛び、前方から追っていた異形の一群を匠の墓標が成した大刃が側面から両断した。
●
ひと通り異形を斬り払った匠は周囲を警戒しながらキッコに聞く。
「異形は」
「もうおらんの、響きも消えた。今回はこれで最後だろうて」
「そうか……」
墓標の刃を≪魔素≫の破片へと解体する砕音が森に木霊した。
思わず息を吐いて身体の緊張を解くと、匠は彰彦に何度も頭を下げているクズハに声をかける。
「クズハ」
「――あ、はい」
跳ねるように振り向いたクズハの表情にはどこか気後れしたような色がある。
彰彦が匠を見て参ったとジェスチャーするのに苦笑し、
「大丈夫か?」
「はい……あの、ごめんなさい。今度はもっと上手くしますから……」
気後れの原因はやはり先程の戦闘らしい。
「気にすんな。ありゃ敵さん天晴れだわ」
彰彦が言うが、なにもクズハに対するフォローというだけでもないと匠は思う。確かに敵ながら天晴れとでも言うべきかもしれなかった。
彼等の先程の動きは……。
あれは間違いなく作戦、だったな。
作戦行動をとってくる異形との戦闘は第二次掃討作戦中、ある程度の社会をテリトリー内で形成していた上位の異形達がよく行っていたので未経験というわけでもない。
しかし、
まさかあの本能剥きだしの異形達がそれをやってくるとは……。
キッコが驚いていたのを見るにつけても珍しい事だと分かる。
指揮をとっていた存在が相当な実力で、力で彼等の本能を超越して従えたってことだろうか。
そう考えながら異形の一撃を受けた彰彦の腕へと目を向ける。
「彰彦、お前腕は大丈夫か?」
「ああ、大丈夫大丈夫」
森に入る為に持ってきたという長袖には多少穴が空いてはいるが、
彰彦はそんなものはどこ吹く風でなにやら熱心に倒した異形を観察しながらひらひらと手を振ってみせた。
彼はそれにしても、と身を逸らせて異形の観察を終えると、
「あの特攻が囮だったとはな」
「ああ、それこそ生存本能完全無視の突進で驚いた」
答え、そういえばと聞きそびれていた事を訊ねる。
「クズハ、それにキッコも。何か聞こえたって言ってたけど」
クズハがはい、と応答する。
「なにか、響きのようなものが聞こえてきました。その響きの調子が変わるごとに異形達の動きが変わっているように感じましたけど……」
そう言ってクズハがキッコを見ると彼女も同意する。
「うむ、何かしら指示を出しているようであったな。人には聞こえぬ音域での指示だったようだが」
キッコの言葉に匠は確かに彼女等が響きと表現する現象は何も聞こえなかったと頷いた。
指示を出しているのは特殊な音域を発することができる異形か……。
それがここ最近和泉周辺に出没する異形達の大将だろうかとあたりを付けていると、≪魔素≫がキッコの周りに集中するのを感じた。
「――さて、大体森の様子も掴めたの」
目を向けると、人化を果たして髪を払い、尻尾と耳を隠したキッコは匠達を振り向いた。
「満足した。和泉に戻るぞ」
「ん? いいのか? 日が落ちるまでもう少しあるぞ?」
「構わぬ、それにヨモギは我にも小言をよく言うでな。最近構ってないから余計に言われそうだて、カタバミ相手にガス抜きしてもらわねば」
そう言ってキッコは匠に背を向け、和泉に向かって歩いて行った。
研究区からわざわざやって来てもう満足とはいささか早すぎはしないのか。
匠はそう思うがキッコは何か口直しが欲しいとぼやいている。
アレの考える事はよくわからん……。
考えるだけ無駄なんだろう。
匠はそう結論し、森を歩いて行った。
103 :
白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/07/10(土) 19:58:36 ID:buxkrDzk
投下終了
次回甘味処にお邪魔させていただこうかと思います。
何かあれば言ってください
時間軸的には一応前回の甘味処さんの投下の、後の話になるんじゃないかと思います。
>>89 >>無断で借りちゃってすみません
とんでもない!
ほのぼのしくて癒されました!
森の愉快な仲間達設定
ヨモギ
信太の森内キッコの結界に居る異形達の女衆まとめ役
冷静
カタバミ
信太の森内キッコの結界に居る異形達の男衆まとめ役
けっこう荒っぽい。そしてヨモギやキッコに頭が上がらない
>子供達
ゲオルグって色んなことやってるのねw
いつも頼りになるのに、心の弱さを見せられると、ぐっとくるもんがあるねえ
>白狐
キッコ様は足技が得意なのか……w
異形たちへの指令がどこから来てるのか気になるぜ!
107 :
代理:2010/07/12(月) 02:32:23 ID:Ru4dCNIn
>『ゴミ箱〜』
日常茶飯事であろう情報捏造に、いい意味で肩透かしな酔客の処理。こういう『静』の描写が見事なんですわ…
>『白狐〜』
そろそろ悪役登場か!? 異形クロスもますます賑やかになってきたなw
そしてまとめの方乙です
109 :
正義の定義:2010/07/12(月) 22:46:28 ID:zzT7gwoD
「ひゃっひゃっひゃ…なんだここ…?地下に人間が沢山いるぞオ〜!」
「久々にごちそうタイムといきますかア〜アハッアハッアハッ!」
第八話
「LOST WORD」
おやまあ、あなたもココアですか、奇遇ですね。いやはや、深夜はやっぱり胃に優しいココアに限りますな。
こんな夜中に、貴方はどちらへ?はるばる北国から?それはそれは、ご苦労様です。
それにしてもあれですね。今や季節の節目節目の改編期の真っ只中。
新しいものへと無理矢理シフトチェンジさせられている空気が滲み出るような。
そんな雰囲気を感じませんか?
何をそんなに急かすのか?まだ前期アニメも消化していないでしょーに。人はそう簡単には変われない。
変化を嫌う人もいるだろう…しかして!人は変化せずにはいられないものなんです。
己の内なる変化に戸惑えど、人は嫌でも変わっていく…要はその変化を受け入れるかどうか。
え?そうなの?そうなんです!ある種、はじめてお股に毛が生えてきた時の心境を思い浮かべていただきたい。
…正にそれですよ!変化は突然やって来ます。戸惑うこともあるかもしれない。でも、やっぱり気が付いた
頃には受け入れるしか選択肢がないという場合が圧倒的多数を占めるのでどうしようもないんですねぇはい。
……おやおやもうこんな時間ですか、それでは私は次の電車に乗らなければなりませんので…ごきげんよう……
―――…
「ふぇ…?なんだキサマァ…?」
「君が12番目か。まさかこんなに幼いとは……いや、機械に年齢は関係ないか……」
「…不快。邪魔しないで」
「そうはいかないな。英雄同士の闘いを黙って見ているわけにはいかない。君達、無駄な事はやめなさい」
血気滾る一人と一機を止める一人の男。手に負えぬ状況の中舞い降りた救世主のその姿は、
正に「英雄」の名に相応しきものに見えた…
「…興冷。部屋に帰る」
刹那の攻防に突如として介入した第二英雄王鎖珠貴。両手に小冴えた二振りの剣がトエルと天草の動きを牽制する。
自身にとって面白く無い展開になってきたと感じた天草は一言呟くと、腕のデバイスを外し、
紅き鎧が粒子状にサラサラと解けていく中、王鎖の事を厭うようにして去っていった。なんとも専横な初登場であった。
天草の様子を見て、王鎖も武装を解除する。解除した武装は光となって一点に集まり、
見慣れた黒い箱へと姿を変える。
何はともあれ、騒動は無事収束。敵襲でもないのに一階本部は嵐がさった後のごとくズタボロで
コレを補修する人間が哀れでならない。注意すべき相手は味方の中にいたというわけか。
「…おまえだれだ?いきなりわってはいってきやがってふぇふぇ」
一頓挫後、突如現れた王鎖に警戒するトエル。面識がないので警戒するのは当然だった。
トエルは礼儀を知らないロボ幼女なので初対面の相手に無礼な態度を取るも、王鎖は決して怒らず、寛大な心で応える。
「私が第二英雄……王鎖珠貴だ」
「ふぇ?おまえが?」
「そうだ。君のことは局長から聞いている…我らの技術力の集大成。人間の人間による人間のための夢機械」
「ふえぇ…よせやい、てれる」
小っ恥ずかしいという仕草を見せるトエルに王鎖は驚愕する。まるで人間だ…と言わんばかりの顔である。
「人間の科学はついにここまで来たか…素晴らしいな」
王鎖思わずそう、感嘆の声をあげる。人間の積みあげてきた物、自分達が創り上げてきたものがこのような
形になっていくのは中々感傷深いものがあるのだろう。しかし、そんな事など当の本人であるトエルは知る由もなかった。
110 :
正義の定義:2010/07/12(月) 22:46:57 ID:zzT7gwoD
「王鎖さん、ご苦労様です〜」
「全く、君達……何故彼女達を止めなかったのです?おかげでこのフロアは酷い有様だ」
「面目ない…」
騒動が収まり、一段落したところで他の英雄達、白石・青島は王鎖のもとへ労いの言葉を掛けに行くも早々
に的確な指摘を受け反論の言葉も出ない様子。そりゃあんたは平気だったろうけど自分達が止めに入ったら
確実に腕一本は持って行かれるレベルですって…と、いうのが白石達の本心であったが、
王鎖に何を言われるかわからないので黙っていたとか。
「君達は弛んでいるな。よし、折角の機会だ…私が直々に稽古をつけてあげよう」
どっちにしろ面倒なことを言われるのには変わりないようであったが。
「王鎖さんと稽古とか…マジきついっす」
青島は王鎖の提案を聞いて、呟かずにはいられなかった。機関でも随一の実力を誇る第二英雄・王鎖。
対して強さに順位をつけると自分は下から数えたほうが早いという青島。一応己の力量は理解している
ようで、とてもじゃないが王鎖の相手など青島はしたくなかった。
「お、王鎖さんも帰ってきたばかりでおつかれでしょう?そんな俺達の為にそこまでしてもらうなんて悪いですって…なあ白石?」
「そ、そうだべさ〜!」
なんとか王鎖との稽古を回避したい二人はあくまでも建前上は王鎖の体を心配してという理由で上手いこと
断ろうかと話を合わせていたが、王鎖の「私はここ数年疲労を感じたことはない」という一言で無残ににもその
目論見は水泡とかしてしまう。
「さあ、君達は地下訓練場へ向っていてくれ。私もすぐに行く」
「とほほー」
「くはぁ〜…あんまりだぜ……おら、北条院、お前いつまで壁に埋まってんだ、行くぞ」
トボトボと訓練場へと向かう白石・青島と先程まで埋まっていたため事情を把握出来ていない北条院。
北条院に限っては色々ご愁傷さまとしか言いようがない。悪い事というのは連鎖するものなのです。
「ふう…このフロアは後で戦闘員達に直させるか…ところで…トエル…だったかな?君は」
「ふぇ!」
「…君は……何故天草くんと戦闘行為に及んでいたのかな?」
事情がわからず仕舞いでは困る。事の発端位は知っておきたいと思った王鎖トエルに動機を聞く。すると
トエルからはこんな答えが返ってきた。
「ふぇ?あいつからいぎょーのはんのうがしたから!とゆーか、あいつほんとにえいゆーだったの?」
「天草くんから……異形の?」
(彼女は人間のはずだ……一体どういう事だ…?)
―――…
「誰も……いないよね…?」
どんなにモノを口にしていなくとも、溜まるものは溜まるし出るものは出る。生きている限り老廃物は
溜まるもの。したがって、篭っていた陰伊がトイレに行く為、部屋から出る事は何らおかしいことではない。
陰伊は誰とも会いたくないのか、人気が無い事を確認し廊下へと用心深く足を踏み出す。
廊下に出た陰伊は前後に人がいないか警戒し、トイレへとそそくさと向かっていった。
廊下は数m毎に鏡が設置してあり、歩くごとに己の酷く消沈した顔が写る。
何故自分がこんな事をしているのかと陰伊は己が情けなくなった。今の惨めな状況が、
罪の意識に苛まれ沈んだ陰伊の気持ちをさらに沈め、彼女の心はもはや底着き。気分はさながら深海魚。
暗くて寒くて、虚脱感だけが体を支配する。
「何やってるんだろう……私」
「これからどうすればいいんだろう?」
「私に……何が出来るんだろう…」
陰伊は手違いとは言え、殺意を持って人を殺した。彼女の中で"人殺し"とは到底償いきれぬ罪として存在している。
消えることはない罪に、陰伊は絶望していたのだ。優しすぎる彼女の事だ、罪の意識は
尚更重くその身にのしかかっていることだろう。
―そろそろ…陰伊さんも大人にならなくちゃね…
冴島の言った言葉が陰伊の頭を過る。先のことは、英雄としてその役目を全うしたの上での事故だったと、
割り切らなければならない事なのかもしれない。
しかし陰伊には……そう簡単に納得出来るものではなかった。
思考が堂々巡りする中、陰伊はトイレの前までたどり着いていた……
「キヒヒヒ…」
111 :
正義の定義:2010/07/12(月) 22:47:21 ID:zzT7gwoD
―――…
「かくして、王鎖さんのスパルタ指導を受けるため私達三人は地下訓練施設へとやってきた訳です」
「おい白石。誰に向かって話してんだよ」
「無駄話はやめなさい。訓練とは言え気を抜いてはいけない」
白石の説明よろしく、王鎖の突発的な思いつきで演習を行うこととなった白石・青島・北条院の三人。
色々異議申し立てたいところではあるがこの王鎖という男にはなんとなく逆らえなかった。そもそもからして
この王鎖に物言いできる人間はそう多くない。彼が特別えらい人間というわけでは断じて無いのだが。
「一体この状況はどういう事ですのかしら?」
「北条院さん語尾がおかしい」
先程頭を強く打ち付けられたのが堪えたのか、北条院の呆けが著しく顕在化する。もともとネジが数本
緩んでいるような頭をしている北条院だが、言語にも異常が出ているのはさすがに打ちどころが悪かったのかもしれない。
「私語は慎むこと。なんだ?まずは北条院君からか?」
「だから、何の話……だっピ?」
「コロコロでまだ連載してんのかなあれ」
「……ふざけるのはやめなさい」
「北条院さん、演習するんだよ今から」
「あひんっ…そうだったのぉぉぉぉぉ!?」
何だか面白いことになっている北条院。白石としては非常に絡みづらい事この上なく。
「今度はみさくら語ですか。ちょ、誰か何とかしてー」
なんて助けを求める始末。
「ここまで口調がアレになると誰かわからなくなるな」
「青島くんは口調の特徴とか無いから特に分かりにくいよね」
「そんな事言ったらお前の"だべさ"とか"でしょや"とか不自然だろうが」
「人の口調にケチつけるのかなぁ…?良くないな…そういうの…」
「しゅごいのおおぉぉぉぉぉぉ!!」
「君達、ちょっと…頭冷やそうか」
―頭冷やしタイム―
「すいませんでした」
「ですわ」
「だべさ」
「では気を取り直して、北条院君からか」
「……演習って、一体何をするのです?」
王鎖に名指しされ、一歩前に出た北条院はそんな疑問を王鎖にぶつけた。
「演習と言ったらやることは一つ、戦闘訓練だ」
「せ、戦闘訓練っ!?」
何をそこまで驚くことがあるのか、王鎖は小首を傾ける。戦闘自体あまり好きではない北条院は、
こんな事なら部屋で写真の整理でもしていればよかったと悔いたが、後悔先立たず。開き直った北条院は
やああぁぁぁぁってやるぜぇ!ヤリパンサー!と言わんばかりに息巻き、血気に疾り武装展開した。
ヤリパンサーと言うのはラムネ世代。だからなんだって?特に意味はない!
「第六英雄、北条院佐貴子。正義の名の下、成敗します!」
「お前にゃ無理だ北条院」
茶茶を入れる青島のことなど無視して、北条院はいざ参らんと大剣を振りかざす。相手は機関で最も強いと
言われている王鎖だ。小心者の北条院がビビっていない訳がない。しかしこうも青島に馬鹿にされては彼女の
自尊心が黙ってはいなかった。
「……君は…ちょっと私の相手には不足だな」
「へ?」
「ふむ、君の相手は私の部下にしてもらおう。一真、一菜!」
王鎖が誰もいない廊下奥の暗がりに向かって名前を呼ぶ。よく目を凝らすと、暗がりには二つの人影が
蠢いているのが確認できる。
暗がりから出てきたのは二人の男女。先程、王鎖の後ろをぴったりとくっついていた黄髪の二人組だ。
「平民一真(ひらたみかずま)只今参上しました!隊長!」
「平民一菜(ひらたみかずな)同じくさんじょうしまっした!たいちょー!」
「へ…あ…?」
突然現れた二人が何を意味するのか。北条院は普段使わぬ頭を捻り、状況を整理する。
"君は私の相手には不足"と言われ、"この部下に相手をしてもらおう"と出てきたのがあの黄髪の二人組で
つまり私(北条院)じゃ王鎖さんの相手をするのは弱すぎるから代わりの相手を……
「プライド崩壊!!」
112 :
正義の定義:2010/07/12(月) 22:47:42 ID:zzT7gwoD
明らかに自分の力を過小評価されていることに気がついた北条院はテンションだだ下がりでリストラされた
中年サラリーマンのごとく負のオーラを纏いだした。正直、評価されるほど能力が高いわけでもないが。
「君には私の直属の護衛……平民兄妹と戦ってもらう。彼らの腕は私も買っている」
「……いくら王鎖さんのお墨付きでも、英雄デバイスの相手にはなりませんわ。舐められたものです!」
英雄デバイス……機関が開発した最新鋭の戦闘兵器。その力を身を持って知る北条院は王鎖に忠告する。
「ふっ……それなら心配には及ばない。一真、一菜、見せてあげなさい」
王鎖の一声により、平民兄妹は懐から黒い小箱を取り出す。瞬間、北条院の顔色が変わる。当然といえば
当然。英雄デバイスは十二個しか無いはず。しかし二人が手にしているそれは?見紛う事無き英雄デバイスであった。
「どういうことですの……それは!」
「俺から説明しますよ、オープン!」『"セットアップ"』
オープンデバイスと同じように発光したそれは、宙を舞い……武装となって一真の体に装着される。一見、
オープンデバイスのような外面をしているようだが…?
「これは『汎用デバイス・量産試作型』、英雄デバイスの機能軽量版です」
「試作……量産!?」
北条院だけではなく、白石や青島もその事実に驚く。英雄デバイスがよもや量産されていたなどとは
知りもしなかったためである。
「とはいっても〜…まだまだ試作段階だし、量産しているわけじゃないけどね!オープン!」『"セットアップ"』
妹の一菜も武装展開し、その身を無骨な武具で固める。ここで一つ注釈を入れておこう。英雄システムと
異なり、彼らの汎用デバイスにはメイン武装が存在しない。代わりに"カッティングトリガー"と呼ばれる拳銃に
小ぶりな刃物が装着された武器が備わっている。その上オープンデバイスの機能もそこそこ実装
されてはいるがほぼ下位互換な出力効果となっているようだ。そんなかんじらしいよ!
「まあ劣化模造品って所……ですの?」
「その劣化模造品の力……見てみるかい?」
対峙する両者。準備は整い、後は戦闘開始の合図を待つばかり。
「彼らを甘く見ないことだな。武装解除させるか参ったと言わせれば勝負有りだ。では、早速始めなさい!」
「あら、私を甘く見ないで欲しいですわね?コレでも私、"英雄"ですし?」
―戦闘開始!!―
「行くぞ!一菜!」
「うん!お兄ちゃん!!」
「……え?ちょっとまって二人相手なn」
カッコつけた手前、北条院が一層ヘタレに見えました。
―――…
(……鬱憤。イライラする)
施設内を無意味に徘徊するゴスロリ少女、天草。彼女には謎が多い。
天草は一人でいることが多く、その心の中は誰にも明かさない。
(だれか遊んでくれないの?つまんない)
機関でも特に異質な彼女は決して集団に馴染むことは無い。正義のために戦うこともない。
「……っ…」
ここで、何かを察知した天草は立ち止まる。懐のデバイスが震える。狂い、疼く。侵食された本能が告げる。
―異形が現れた―
「……好機。丁度暇だったし」
「行きましょう。餌の時間よ『天后』…」
そう言って、天草は足取り軽く闇へと溶けていく。彼女の姿はもう見えない。
113 :
正義の定義:2010/07/12(月) 22:48:03 ID:zzT7gwoD
―――…
「はぁ!せいッ!」
「うおっと!」
「大丈夫お兄ちゃん!?」
ぐるんぐるんと振り回される大きな剣。いかんせん大きすぎるため太刀筋が分かりやすい。
北条院もその事を痛感していた。戦闘を開始してから数十分は経つが、自身の刃が平民兄妹に当たる
気がしない。おもしろい程よく避けられる。
「ありゃー……だめだめだな北条院」
北条院の戦いっぷりに、青島は思わずそう言葉をこぼさずにはいられない。怠けてきたツケである。
「五月蝿いですわ!今から巻き返すところなんだから見ていなさい!」
『"オーラ""ソード"』
このままではいけないと危機感を顕にする北条院。攻勢に出る為、コードをデバイスに入力する。
電子音と共に発せられる青き光。それは北条院の大剣の刀身を包み、さらに巨大な刃と化す。
「どうです!」
「さらに大きくしてどうすんだよ……」
「くらいなさい!!」
ぐあっと、振り下ろされる蒼き刃。平民兄妹は後方へと後ずさり回避する。そして間を置かず北条院に
向かって射撃を行った。
「!?」
無駄のない動きに焦る。訓練された動きだと、北条院には思えた。
そしてそれは北条院の思い過ごしなどではなく、本当にこの二人、平民兄妹は数多の特訓を乗り越えてきた
精鋭である。それくらいの力量がなければ、とても王鎖の護衛など務まらないのだから。
「一菜!?ケガはないか!?」
「大丈夫だよお兄ちゃんっ!」
「あーよかった!それじゃあこのまま一気にカタをつけるぞ!」『"ラピッド"』
「うん!」『"ラピッド"』
コードを入力し、北条院にむかって駆け出す二人。矢の如しスピードを誇る特攻に北条院は内心動揺しつつも
大剣で迎え撃つ構えを取った。迫り来る二つの影。息を飲みその影を睨む。北条院の取る行動は一つ、前後
への回転斬り。二人という利点を彼らが活用しないわけがないと北条院は踏んでいた。となれば前後からの攻撃が濃厚であると考えた為である。
…しかしその考えも、突然に響くアナウンスによって無駄となってしまう。
『全戦闘員に告ぐ全戦闘員に告ぐ!侵入者反応有!異形である可能性大!直ちに索敵行動へと移行してください!繰り返します―』
「なんだ…?」
本部施設全域に流れるアナウンス。それは王鎖達の演習を止めるのには十分なものだった。
「侵入者……ですって?」
「何かヤバげじゃねぇ?」
「でしょや」
相変わらずボケーっとしている白石たちとは相反し、王鎖は何時にも増して顔を強ばらせ、平民兄妹に指示を
出していた。アナウンスを聞いて半ば条件反射的に瞬時、適切な判断をするところはさすがとしか言いようがない。
「演習は中断だ。悪い鼠が迷い込んだらしい」
「でしょうね」
「私たちは早速侵入者の捜索に当たる。君達も各自行動に移ってくれ」
「ふぁーい」
「おいーっす」
王鎖から演習中断の旨が伝えられ、白石と青島は一安心して返事をする。王鎖と戦うくらいなら異形と戦った
方がマシなのだろう。
「……ふ、ふん!全く、あと少しで勝てるところでしたのに」
冷や汗を拭い、作ったような残念顔で言う北条院。そんな彼女のある一点を見つめ、白石と青島は「ああ…
これは負けていたな…」と呆れるのだった。
「さ、なにをしていますの!私たちも行きますわよ!」
そう言った北条院の下半身は、パンツ一丁であった。
114 :
正義の定義:2010/07/12(月) 22:48:26 ID:zzT7gwoD
「はぁ……」
トイレの鏡に向かって溜息をつくのは陰伊女史か。その億劫な表情が彼女の心理状況を物語っている。
苦悩に縛られ重くなった心の蟠りを吐き出すように深い溜息を出そうと彼女の心は一向に晴れることはない。
「私は……私がわからない……何をすべきなのか…わからない……」
ただひたすらに繰り返される自問自答。答えのでない自らへの問いかけに、苛立ちだけが募る。
「もういっそ……死んだら楽になれるかな……?」
―「いいねぇ!そうしなよ……」―
「!?……誰ッ!」
自分以外誰もいない筈のトイレに響く他者の声。陰伊は一気に警戒を強める。声の主は何処だと陰伊は室内
全域を見回すが……それらしき姿はない。
「ど、何処?……出てきなさいっ!」
「ここだよ」
「ッ!?」
耳元で声がしたかと思い、陰伊は後ろを振り向こうとするも、自身の首が何かに掴まれていて振り向くことができない。
腕だ。紫色の腕が陰伊の首を掴んでいる。そしてその腕は、鏡の中へと繋がっていた。
「か……は……!?」
「ひっひっひ…くるしいか?おりゃおりゃ!」
首を締める腕が片手から両手へ増える。ギリギリと締められる己の華奢な首に危機を感じる陰伊。
抵抗しようと手を振り回すも相手には当たらない。何故なら陰伊の首を締めている紫色の腕の持ち主は、
鏡の中に居るのだから。
「おでの名前は紫鏡……どうしてこんな事になってるかワカンネだろ?おでは鏡の中を移動することがデキンダヨ」
「な……!?」
「このままおとなしくおでに喰われろヤ?アハハハ!」
首を締める力が一層強くなる。落としにかかっているようだ。それを分かっていて、陰伊は抵抗をやめた。
(ああ……ここで死ぬのかな……でも…もういいや……死ねば……許してもらえるよね……)
「ごめ…なさい…おと…さん…あかあ…さん…」
ごめんなさい……陰伊…三……!
陰伊の大事にしていたカエルのお守りがポトリと床に落ちる。そんな時だった。
「ちょおおおおおおっとまったあああああああ!!」
『"ブレイブ""クロウ"』
鉤爪が、トイレの鏡を割る。紫色の腕はいつの間にか陰伊の首から消えていた。
ふと、目の前の少女と目が合った。そこには、陰伊の見知った顔があった。
「幸ちゃん……!」
「助けに来たべさ」
白石幸。第十一英雄白石幸である。
陰伊はすぐにでも「ありがとう」と言いたかった。しかし先程まで無視していた手前、素直になれない。
「な、なんで助けに来たの…っ!別に……あのまま死んでも……」
これでは感謝どころか、その逆だ。
「……陰伊ちゃん」
「……な、なに?」
「馬鹿っ!大馬鹿者!」
「っ!?」
「愚か者!未熟者!世間知らず!自意識過剰!社会不適合!被害妄想!」
「…………」
「クズ!ゴミカス!ゴキブリ!ビッチ!ゴキブリ!ビッチ!ゴキブリ!ゴキブリ!ビッチ!」
「ちょっとそれ言いすぎじゃない」
「うん言い過ぎた」
115 :
正義の定義:2010/07/12(月) 22:48:57 ID:zzT7gwoD
「……何で、死んでもいいなんて言うのさ?」
白石は陰伊に問う。その言葉の真意はなんなのか、白石には判りかねた。
「私は……人を殺したんだよ……生きている価値なんて無いよ……」
「そういうこと……陰伊ちゃん?死んだからって罪は消えないよ?」
「じゃあ……どうしろっていうの!?わ、私にはこれしか……!」
「逃げるつもり?」
「逃げる…?」
「逃げてるだけだよ、それは。死んで楽になろうだなんて……ホント甘いよね陰伊ちゃんは」
「そ、そんな事思ってない!」
「思ってるよ。陰伊ちゃんは現実と向きあおうとしてない。嫌なことから逃げるのが許されるのは子供の間だけ」
「陰伊ちゃんはいつ大人になるの?」
「!!」
陰伊の肩がビクっと震える。まるで自分の心臓を掴まれているような感覚に陥る。
白石はまっすぐと陰伊の瞳に目を合わせていた。幼子を叱る母のように。きびしい目で。
普段とは対照的な白石の様子に、陰伊は戸惑っていた。白石のこんな顔、陰伊は見たことがない。
陰伊には、今の白石が自分よりも遥かに大人に見えた。それと同時に、己の幼さを実感した。
「人はいつか、変わらなくちゃいけない時があるんだべさ……陰伊ちゃん」
「ひ、人はそう簡単には変われないよ……私はどうすればいいのか……わかんないよ…」
「それは……」
「いーっつまでくっちゃべってんのかなぁ!?アア?」
そう言って廊下の鏡の中から現れる紫色の皮膚の異形"紫鏡"。針のように先の尖った人差し指をゴムの
ように伸ばし、白石を襲う。白石のゴーグルに紫色の物体が一直線に伸びてきているのが映る。
白石は目を見開き、感覚を研ぎ澄まさせる。単調な動きだ、白石にはそれの動きが手に取るようにわかった。
「寧ろ何で今まで待っててくれたのか疑問なんだけど〜!そおいッ!」
「うギィ!?」
白石の目の前まで来たところで、異形・紫鏡の人差し指が切り落とされる。緑色の血飛沫があがる。
自若とした、確実に見切った一撃。いつものおちゃらけた白石の顔は、もう何処にもなかった。
「ヤッてくれるじゃん……!」
人差し指を切り落とされ苦痛に表情を歪ませる紫鏡は逃げるように鏡の中へと引っ込む。
白石はすかさず腰のハンドガンで鏡を射ぬいた。
「やったしょや?」
「それって生存フラグだからさぁマジデぇ〜」
別の鏡から上体を覗かせる紫鏡。そこからまたしても指を伸ばし、白石の肩を掠める。
「くっ…!」
「まだまだいくぜえぇぇぇぇ!!?」
調子づいた紫鏡は攻撃の手を強める。鏡から出て白石の身を切り裂いては鏡にまた戻る。
ヒットアンドアウェー、効果的な戦法だ。別名チキン戦法。しかしこれで白石が攻撃できない事もまた事実。
「うぐ……!卑怯でしょや……!!」
「卑怯もらっきょも大好きだぜええええ!!」
攻撃はどんどん激しくなっていく。どんなに切りつけられても、血反吐が出ても、白石は決して膝を折らなかった。
「幸ちゃん……!」
(私は…何のために英雄になったの?……あの子との約束を守るため……だったかな……?きっかけは
そうだったかもしれない……何が正しいのかわからないし……どう罪を償っていけばいいのかもわからないけど…でも…!)
「うあッ!?」
一方的にいたぶられていた白石は紫鏡の強力な一撃により陰伊の横まで吹き飛ばされた。
衝撃のあまり、武装も解けてしまう。
陰伊の足元に転がる白石のオープンデバイス。そのすぐ近くでキラリと何かが光った。それは陰伊の大切な
カエルのお守りだった。
それを見た陰伊は何かを決心したかのような真剣な面持ちとなり、お守りと白石のデバイスを拾う。
「陰伊……ちゃん?」
「幸ちゃん……私、もう逃げない」
強く、自分に言い聞かせるように言う陰伊。瞳に宿る光が、意志の強さに反映されより一層輝きを増した。
「私は今でも何が正しいのか、正義がなんなのかよくわからない。……でも、変わらなくちゃいけないんだ。
弱いままの自分じゃいられない」
「戦うのは嫌だ……また誰かを傷つけてしまうかもしれないから…でも…それ以上に……」
―目の前で誰かが傷ついているのを見たくない!!―
「英雄『大陰』・『白虎』…出ます!!!」
116 :
正義の定義:2010/07/12(月) 22:49:16 ID:zzT7gwoD
二つの黒い箱が宙を舞う。
眩い光が、陰伊を包む。熱くたぎるような強い光。内なる闘志が燃え上がり、純血の血流が脈打つ。
魂の慟哭。敵を討ち滅ぼさんと鼓動が高鳴る。
武装展開。光が収まり、装備に身を包んだ陰伊の腕に握られていたものは、いつもとは違う三枚刃の双剣。
「か、陰伊ちゃん……何か武器いつもとちがくない?」
「喧嘩って言うのはね……ノリが良い方が勝つんだよ(CV.関○彦)」
『"ブレイブ""ダブルセイバー・トリブルブレイド"』
そう言い陰伊はコードを入力する。三枚刃の双剣が振動する。
「はああああぁぁぁぁぁッ!!」
怒声と共に斬り込む陰伊。等間隔に立て掛けられた鏡に写る陰伊の姿は徐々に速度を増して、鏡に写る
時間が約一秒未満になったところで陰伊は紫鏡に斬りかかった。
「無駄だねッ!!」
紫鏡は余裕の表情を浮かべ、鏡の中へと入っていく。
「逃がさない!!」
陰伊はハンドガンで紫鏡の入った鏡を射抜く。しかしそれでは紫鏡を倒すことはできない。
調戯うように紫鏡は他の鏡から顔を出す。今度はそっちかと陰伊が射抜く。するとまた紫鏡は別の鏡……
この流れが数十回繰り返された。
「陰伊ちゃん……(ホントはどうするかわかってるけどお約束的に)このままじゃ埒があかないべさ」
そもそもこの手の相手の攻略法となると手段も限られてくるわけで、白石も薄々陰伊のしていることに気がついていたが。
「まぁ見てて。私の作戦はもう成功してるよ」
とまぁ、ノリに乗っている陰伊に水を差してはいけないと黙っておいた。
『"ゲール""ダブルセイバー・トリプルブレイド"』
「くっくっく……次はこっから顔出してやるか……!」
陰伊の背後の鏡から攻撃を仕掛けようと鏡の外に上半身を出す紫鏡。彼は確実にやれると思っていた。
その心中は張り裂けそうなほど興奮しており、快楽の堤防が正に今決壊せんとしているところだった。がしかし!
「そこだっ!」
「何ぃ!?」
陰伊は振り返りざまに紫鏡を一閃する。なんかお約束な流れになってきたよっ的な確変タイムである。
「ぐあぁぁぁぁぁっ!?貴様ァ!何故おでが後ろから出てくると……!?」
「あなた……馬鹿だよね。最初に"鏡の中を移動できるって"自分の能力をばらしちゃうなんて……」
「ぐっ…!」
「幸ちゃんと貴方の戦いを見てて疑問があったの。そしてそれは実際に戦うことで確信に変わった!」
「貴方は、鏡に写った鏡にしか移動できない!!」
陰伊は確固たる事実を紫鏡に突きつけた!
「だから貴方の移動できる範囲を徐々に減らすため、誘導しつつ鏡を割っていったの。もう貴方は逃れられない!観念しなさい!」
「く……畜生!!ここは逃げるが勝チィ!」
「甘い!」
紫鏡が動くよりも早く、陰伊の刃が紫鏡を斬り裂く。紫鏡は壊れたラジカセのような情けない声を発し、
鏡の中へと沈んでいった。
「……やったね、陰伊ちゃん」
「変われたかな……私?」
陰伊は白石に聞く。自分から見ただけじゃ変化はわからない。白石は答える。見たままの、ありのままの答を。
「変わったよ。見違えた」
人は変わらなくてはいけない。だが、変わることが正しいというわけじゃない。
(正しいことなんてわからない…だけど…)
「今自分にできることを、やっていきたいんだ」
「陰伊ちゃん……」
「これが人殺しの償いになるかわからないけど……何もやらないよりはマシだと思うから……私は、苦しむ人々の為に戦う!」
(……もう逃げない…そう、決意したんだから!!)
117 :
正義の定義:2010/07/12(月) 22:49:37 ID:zzT7gwoD
―――…
「はあ、はぁ……何だってんだよ…!?」
満身創痍ながらも、紫鏡は生きながらえていた。惨めに敗走する中、内なる憎悪だけが増幅する。
「くそーー…アイツウ……今度会ったら…!!」
「……無理。二度目はない」
「!?……誰だお前は!?」
紫鏡の前に立ちふさがるゴスロリ少女・天草。その手に握られている紅いデバイスが禍々しく光る。
「…雑魚に名乗る名前なんて無い。変身・装着」
『"Fusion Load"』
朱肉に覆われる天草。しばらくしてそれを突き破るようにして現れる紅い鎧。
「今日はイライラするから、貴方で遊ぶことにする」
「な……お前……!?」
「ねえ、これ、あなたに耐えられる?」
『"Predation Load"』
くぐもった声がどこからか発せられる。瞬間、天草の左腕が肉の管に包まれ、獣のものとも昆虫のものとも
つかぬ大きな口へと変化する。紫鏡はその身の毛もよだつ風貌に声を上げそうになった。だがその声を上げる
口には既に肉の管が巻きついており、声が出せない。そしてその管は天草の左腕の口の中へと繋がっていた。
「……っ…!?ッ…!!」
「『天后』の糧となれ」
―――…
「天草くんについて?」
「ふぇ!」
天草との戦闘後、気にかかることがあったトエルは大和局長にそのことを尋ねていた。
「なぜ……天草くんの事を?」
「あいつ、いぎょーのはんのうがしましたし!」
「なるほど、そういうことか……ふむ、君には彼女の事を離してもいいかもしれないな」
「ふぇ?」
「まず、天草くんののデバイス。あれは"奴"が開発した…通称"フュージョンデバイス"……成長するデバイスだ」
「せい…ちょう?」
―――…
ぐちゃ……ぐちゃ……
「雑魚。全然強くなった気がしない」
血肉を啜り、紫鏡だったものを喰らう天草の左腕。
「これじゃあ全然足りない。もっともっと、強くならなくちゃ」
その様相は、異形そのものであった。
…かくして、十二人の英雄が舞台にあがり、いよいよ物語は次の局面へと移行する。
はてさて、彼らを待ちうけるものとは……?
続く
118 :
正義の定義:2010/07/12(月) 22:49:58 ID:zzT7gwoD
―次回予告―
……姉さん、事件です。
「火燐たーーーん!!」
「うせろ!」
私、変態に拾われてしまいました。
「火燐たんは……生理とか、まだなの……?」
「……何でそんな事聞くんだ…?」
「え…だって経血……あ、やっぱなんでもない」
「経血!?一体何するつもりだよ!!」
毎日のように節操の危機を感じています。
「私天才ですから!!パンツぐらい被るわぁ〜!」
「そんなに被りたきゃ自分のパンツかぶれよ!!今すぐ私のパンツを脱げ!」
それでもなんとか、人並みに生きています。
次回。正義の定義・第九話
「超弩級変態魔法少女ひととせたん!春夏秋登ー場ッ!!」
はっぴーらっきーみんなにとーどけ!!
投下終了。最近色々忙しくて投下ペースが落ちている気がする。
以下キャラ設定
王鎖 珠貴(おうさ たまき)♂
《第二英雄・齢(25)
使用デバイス・【朱雀】
国のために正義を貫く愛国者。お固い性格で、冗談が通じない。人望厚く、部下に慕われる
良い上司。みたいな人。茶髪の長髪。整った顔立ちで女性組員からの人気も高い。
異形を心から憎み、人々が安心して暮らせる世の中を作るため日々尽力する。
ちなみに、隊を率いることの出来る人間は彼だけである。
武装は【イレブンソード】。11本の異なる剣を浮かせたり飛ばしたり自在に操る事ができる。
平民一真(ひらたみかずま)♂
《王鎖直属護衛・齢(20)
使用デバイス・汎用デバイス(試作型)
王鎖の護衛。深く王鎖の事を慕う濃い黄髪の青年。シスコン。
平民一菜(ひらたみかずな)♀
《王鎖直属護衛・齢(16)
使用デバイス・汎用デバイス(試作型)
王鎖の護衛。ちょっぴりやんちゃで好奇心旺盛な黄髪の少女。ブラコン。
大和局長(やまときょくちょう)
《最高責任者・齢おそらく60以上
再生機関立ち上げ当初から期間の要職に就くエライ人。長いヒゲが特徴。
戦国武将のような顔立ちの男。機関内のまとめ役だが最近勢力が分断し始めてとても苦労している様子。
基本異形に対していいイメージは無いようだが、無闇な異形の殺戮は好まない。
駄文長文御免
ここまで代理投下
乙でした
天草の立ち位置にwktkしてます
昔の夢だ。
いわゆる神の視点。
自分がいる、と桃太郎を薄らぼんやり記憶の中の自分を見つめる。
対するは二刀流。
御伽の国の、最後の作品。
最強。
武蔵と呼ばれた男。
桃太郎から、切り出した。
手を上げる。
『よう』
『よう』
『めちゃくちゃだな、ここ。加減ぐらいしろよ?』
『いや、局所的な地震と台風と津波と自然発火が不幸にもいっぺんに起こってな。いつも善行を積んでいる俺以外何もかも壊れて全員死んだ』
『まぁ、お前が暴れたら自然災害みたいなもんだからな。いや、前、クレーターみたいな穴開いてたな。やったな宇宙災害クラスじゃねぇか』
『俺にも人権を認めてくれ』
『勝ち取れよ……いや、お前は、お前だけは、お前だけが、御伽の籠の中で勝ち取ったんだな……』
『謙遜するな、お前も俺と同格さ。ケンカするならお前だといつも思ってた』
『お前の方が強いよ』
『お前の方が長いよ』
『ずっと戦い続けては、いたな』
『じじいが頑張ったもんだ』
『だからこれにて頑張るのはお仕舞いだ。団子でも売って暮らすさ』
『第三の人生だな。俺はこれから人生が始まるぜ、大先輩』
『目的は?』
『戦う事』
『何と?』
『強い者』
『いつまで?』
『いつまでも』
『なぜ?』
『そりゃ、お前、決まってるだろう、』
声がそろう。
『『面白いから』』
『さしあたって北に行く』
『何か狙いがあるのか』
『御伽噺の真似して生まれた俺たちだ。本物に挑んでやろうじゃねぇか』
『本物?』
『白面金毛九尾の狐』
『殺生岩のアレか』
『皮剥いで土産にしてやるよ』
『青森でリンゴ採ってきてくれ』
『自分で作れよ、果実』
『必要最低限しか、もう作らん』
『恐いか?』
『いや、恐くはない』
『ほう?』
『三人、ついてきてくれるやつらがいるんだ』
『どいつもこいつも、群れるのが好きな事だ。鶴女は子供に情をかけすぎ、女男は俺と兄弟になりたいとよ、笑わせる』
『つうとかぐや……まだ生きていたか』
『どうでもいい。そして、お前も異形と群れるか』
『お前と違ってみんな弱いのさ』
『謙遜するな、と言った。龍種相手にバチバチやったんだろう?』
『俺が異形の天敵ってだけだ。例えば機械でできた戦闘幼女が襲ってきたら死ねる』
『天敵なのに異形とつるむか』
『俺も異形だ』
『お前は人だ』
『なら、あの三人も人さ』
『なぜ、寄り添う』
『弱いからだ』
『強弱は問題ではないな。思いの問題だ』
『なら当人にしか計りしれんぜ』
『聞かせろよ』
『…………家族をな、もう一度欲しいと思った』
◇
「おい! おい!」
天を衝かんばかりに成長した樹。
今なお、自然界に存在しえない速度で健やかに、伸びやかに大きくなる根元から。
一人の男が這い出ててきた。
いや。
二人だ。
「桃太郎以外にも誰かいたぞ!」
片や和泉武装隊、通称番兵筆頭。
隊長、門谷 義史。
そしてもう片方は。
干からび、ひなびて痩せ縮み、枯れ木よりも枯れた――老人の姿。
赤子よりも軽い、もはやミイラと見まがうしなびたその男を担いで、門谷は出てきたのだ。
「……主殿!」
「た、大将!」
「店長!」
「何ぃ!? これが?!」
いまだ奮闘を続ける魔犬が明らかな喜色を声に滲ます。
同じく、倒れ付す怪鳥も。
樹に埋もれ、もがく妖猿も。
水分という水分を失い、腕も細り、肉が削げ、髪もなくなったしわくちゃのソレ。
人と認めるにも難儀してしまう。
それが、あの活力にあふれた桃太郎だと。
「うははは、うははははは! 良し! 良し! 隊長、一生感謝する!」
「いや、しかしお前……これじゃあ」
「心配御座ざらん。本来の年齢に追いついただけで御座る」
「後は、……後はあの果実を……!」
怪鳥が身を起こす。
そして、妖猿が、見るからに消耗した疲労の顔つきなのに無上の喜びを咆哮に乗せるのだ。
「もう、キモイ吸収される必要もねぇ! 招杜羅、実ぃ頼むぞ!」
「承知!」
妖猿が、一層激しく身をよじる。
そして耳をつんざく裂帛の気合と共に、右腕を根の束縛から解き放ってみせた。
五指に……五爪に、荘厳な白いきらめきを宿し。
樹に突き立てた。
光が広がる。
まばゆい、白い光。
息を呑むほどに美しいのに、その光源に裂かれる樹が朽ちていく。
まるで錆び、壊れていくように。
散々の労力を果たし、それでもなお適わなかった樹の脱出をそれで簡単に妖猿は成す。
樹が震える。
まるで摩虎羅を吐き出すように。
それでも光は止まない。
錆びていくように、樹が腐り爛れ……滅びていく。
「俺はもういい。あいつらにも食わせてやれ」
「しかし……」
「今回はほとんどがあいつらの生命だからな。返してやってくれ」
「……承知」
招杜羅が、他の二騎へと駆けよれば。
桃太郎は門谷たち武装隊の面々へと向き直るのだ。
ほとんどの武装隊員の眼から、いろいろな感情がよく分かる。
「さて、何から話したものかな」
「お前らの経緯だ」
無論、応じるのは門谷だ。
桃太郎が頷いた。
「俺は一次掃討作戦よりも以前に死にかけていてな、そこを変人に助けられたんだ」
「変人?」
「まぁ、いわゆるマッドサイエンティストと言うと分かりやすいか。その時分で俺はすでにじじいでな」
「……さっきの干からびていたような、か?」
「あぁ、あれぐらいが実年齢だと思ってくれて多分問題ねぇくらいだ。で、そのマッドサイエンティストにな、植物の異形を移植されて生き延びた」
「移植だと?」
「移植だ」
「待て、一次掃討作戦より以前の話なのだろう?」
「そうだ。無論、魔素に対して理論も論理も確立されていない。異形は正真正銘の正体不明」
治療と言うには無謀が過ぎる。
そしてざわつく武装隊たちを見渡し、桃太郎は皮肉そうにこう言った。
「……だからこそ面白い」
門谷が目を丸くする。
「はぁ?」
「と、そのマッドサイエンティストは言っていたよ」
「狂ってるな」
「まぁ、俺はそれでそれで一命取り留めたわけだがな。しかもそれだけじゃなく、若返りまでしてな。以降ずっと異形の討伐やってた。さっきあの三人が滅ぼした樹、あるだろう」
「あれが、お前に移植された植物の異形か」
「そうだ。あれはどうも異形を食う異形らしくてな、二次掃討作戦までずっと戦いっぱなし……いや、食い散らかしてきたわけだ」
「異形の天敵というわけか、お前は」
「もともと、それを狙って移植がされたわけじゃないんだがな」
「摩虎羅たち、……あの三人については?」
「一次掃討作戦の後に出てきた異形でな。人間に好意的な異形で徒党を組んでいた中の三人だ」
「京都のようにか」
「もともと、各地を転々としていたのが、集まってできた徒党らしい。最終的には京都の一角を十二人で守護するに落ち着いていたな」
「……各地を転々としていた理由は、やはり、」
「そうだ、人に好意的だと言っても信じられなかったからだ。あいつらにとって京は天地だった」
「お前と会ったのも京か」
「ああ、共同戦線を張った間柄でな、二次掃討作戦が終わって、……目的がなくなってな。団子売り歩く俺のぶらり旅についてきた」
「……その、理由は?」
少し、桃太郎が考える仕草をした。
そしてまだ怪鳥と妖猿は横たわったままなのを確認したのだ。
「……家族だ」
「……ん?」
か細い声であった。
元の活力精力を取り戻した桃太郎にあるまじき、小さな声音。
もう一度、桃太郎が真達羅たちが横たわっているのを確認して、
「あいつらとはもう、家族みたいなもんだから、だ」
照れを隠せずこう言った。
「……そうか」
「なに笑ってやがる」
「お前のそういう表情は、始めて見るな」
「恥ずかしがり屋なんだよ」
「厚顔のくせによく言う」
桃太郎が笑う。
門谷も笑った。
さて、存在感が二つ、増す気配。
見やれば真達羅と摩虎羅が人の身に化けていた。
怪鳥の本性、妖猿の正体と比べて随分と縮んだが、しかし分かる。
疲労困憊してた先程よりも圧倒的に元気になっている事が。
桃太郎が作る果実は異形にとって極上の栄養だ。
異形そのものを果実に変えているに等しいのだから当然と言えば当然なのだが、
桃太郎以外の異形が摂取しても問題ない。
この性質を利用し、かつて瀕死の真達羅たちを、自分を後回しにして完全に回復せしめている。
これもまた真達羅たちが桃太郎を慕う理由の一つだろう。
三騎がそろって桃太郎の後ろに控えた。
桃太郎の頭が下がる。
同じく、三騎も。
「最後に迷惑をかけた。そして、……俺の命を助けてくれて感謝する」
「最後……?」
「和泉に来たのはな、割りと体力がカツカツだったからなんだよ。それもさっき戻った」
「……つまり」
「また旅に戻るさ」
「……行く先は」
「さて、な。言ったろ、真達羅たちは最初転々としてたって。それと同じさ」
「何? 待て、それじゃあ、お前ら、異形だから、旅してるってのか」
「そうだ」
「なぜだ?」
「異形だから、だ」
「そうじゃねぇ。なぜ京に留まってない」
「……いろいろあってな。真達羅たちの仲間に龍がいる。こいつが二次掃討作戦中に暴走してな、俺が封印はしたがいずらくなっちまったんだ。留まっているのは封印を見ている虎だけだ」
「……なぜ、和泉に留まらねぇ」
「異形だから、だ」
「理由にならねぇ。おい、なぜ俺がお前を助けたか分かるか?」
「番兵だから、だろう」
「そうだ。番兵だからだ。番兵は誰を守るか、分かるか?」
「……身内だ」
「つまりお前らは、もう身内だっつってんだよ」
桃太郎が、目を閉じる。
三騎は口を挟まない。
「異形は…… 「もう、一組いるんだよ、和泉にゃ」
「……クズハという少女か」
「そうだ。その娘とな、ある男が家族なんだよ」
「……聞いてはいる」
「血じゃねぇつながりだ。むしろ、血を流してできたつながり……お前らも、そうだろう」
「そうだ」
「分かるか。もう、そんな土台がある。お前ら一人二人増えて、問題あるかよ」
「あるだろう」
「和泉ナメんじゃねぇ。誰が隊長をやってると思ってる」
うつむく桃太郎の顔は、しかし穏やかだった。
「こいつらは、和泉にいてもいいのか」
「ああ」
「俺は、和泉にいてもいいのか」
「ああ」
「……俺は 「そろそろ、うぜぇぞ、おい。お前は誰のおかげで助かった」
「隊長だ」
「なら、恩人の言う事ぐらいは真に受けとけ」
桃太郎が笑った。
「そうだな」
<甘味処 『鬼が島』>
本日休業
不在:桃太郎、真達羅、摩虎羅、招杜羅
<お品書き>
・吉備団子
・きなこ吉備団子
・カルピス
<お品書き・裏>
・吉備団子セットA
・吉備団子セットB
・吉備団子セットC
ここまで代理投下
129 :
代理:2010/07/13(火) 23:31:45 ID:M9XwQnX0
>『正義〜』
紫鏡…古式ゆかしい悪役タイプの異形だ…
無理しないペースで連載頑張って下さいね。
>『甘味処〜』
武蔵の本格参戦は!? そういえば金太郎なんかも再登場してほしいな…
暴走した龍やらなんやらの記述がとても気になりつつ乙でした
131 :
創る名無しに見る名無し:2010/07/15(木) 00:36:56 ID:y6e1E/iq
おい静かすぎるだろ息してるのかお前等
なんか今日は板全体がめちゃくちゃ過疎ってた気がする
133 :
創る名無しに見る名無し:2010/07/15(木) 00:47:45 ID:y6e1E/iq
雨か
たまにこういうことがあるんだよね
皆計ったように何も書きこまないんだもんな
136 :
創る名無しに見る名無し:2010/07/15(木) 00:50:55 ID:y6e1E/iq
こんな日は早く寝るに限る
tst
右手に海を。
左手に山を。
そんな地方の漁村の事。
海に沈みかけた太陽半分が揺らめくようにとろけて茜。
夕刻であった。
逢魔ヶ刻に、さしかかろうという時分。
夕餉の支度をあるいは終わらせ、休まるような時刻である。
しかしその日、小さな漁村は騒ぎになっていた。
住民のある五人が高熱で倒れてしまったのはつい数日前。
今日、その全員が全員、亡くなってしまったのだが、……不気味な事が起きた。
消えたのだ。
遺体の五体全部が。
小さな村の事である。
なんとも気味の良くない事件という事で遺族だけに留まらず、村の住民が総出で探した。
しかし一向に見つかる気配なく、日が傾いてきたというわけである。
心当たりがないでもなかった。
山の中にある廃屋。
ここに最近誰かが寝泊りしている様子なのだ。
しかも、二人。
いや、人という単位であっているかどうかは分からない。
異形が居ついたのではないか。
そう村の間で断定されていた。
廃屋を覗き込んだ者がいて、寝込んでいた人影の頭に角が生えていたと言うのだ。
また、近づこうとする村人に、
「近づかないでください」
と見知らぬ少年が忠告に現れたと言う。
瞬きする間に、その少年も幻であったかのように消えたというから不思議である。
そして、決定的なのは。
二人が廃屋に居ついた時期と、五人が高熱で倒れた時期が重なるのだ。
無論、一日二日、前後して倒れる者もいた。
だがしかし、このタイミングは、無関係では有り得まい。
廃屋に打って入ろうと言う者もいたが、ほとんどの村人は戦々恐々とするばかり。
武器を手に取ろうとした者たちも、もうすぐ夜になるから明日にしようと及び腰が言う説得に応じる始末。
みんながみんな、恐いのだ。
そんな時。
一人の少年が、村に訪れる。
廃屋に近づくな、と忠告してきた少年とは違う。
旅慣れたような、少年である。
結局、遺体は見つからぬまま。
例えば、あるいは、もしかすると遺体が勝手に歩き回っていたとすれば、
逢魔ヶ刻であるのに村人たちはそんな怪異に出逢う事もできなくて。
魔に逢う時刻。
村は少年と出逢った事に相成る。
◇
「ミサキという女性はまだ村にいますか?」
大人びた少年であった。
妙にくたびれた旅装束。
腰に小槌を引っさげた、童子と言ってもいいような、少年である。
もうそろそろ夜になる。
なのにたった一人で山を通って村まで来たのだろうか。
「ああ、あの子か。あの子はもういないよ」
準備していた葬儀も、送る遺体がなければどうしようもない。
だから葬儀を中断するために、その処理で村のあっち行ったりこっち行ったりをしていた竜二郎だが、
少年を無視することなく丁寧に応じてやった。
ちょっとした休憩と、ミサキという少女について自分も気になっていたからだ。
「昨日までいたんだけどね、間違いないよ。もういなくなっちまってる」
「そうですか」
やはり大人びた様子で礼をする少年に、竜二郎は訝しく思う。
昨日までこの村に滞在していた少女の名がミサキである。
気さくで明るい、十代も半ばの女の子。
旅すがらだと言い、村に滞在していたが一週間もいなかったはずだ。
そもそも地方の寂れた漁村である。
旅人自体が新鮮で、快く受け入れた。
しかし不審に思うのは、女の子の一人旅であると言う。
聞けば、親戚の所へ行くために海沿いに旅しているらしい。
このご時勢に危険が過ぎると心配げな声を誰もがかけたが、そのたびミサキは大丈夫だと明るく笑っていた。
根拠のない自信だ。
今まで無事だったのは運がよかったからにすぎまい。
村の全員がそう思い、また旅立とうとすれば引き止めようと決めていた。
そして、五人が高熱で倒れ、死に至るどたばたの内に消えていた。
引き止められる事を懸念して黙って消えたか。
ミサキに遅れて廃屋に住み着いた異形が恐くて消えたか。
はたまたミサキが遺体消失の犯人だから消えたのか。
いろいろ言われているが、真相は分からない。
そして入れ違うように現れたこの少年。
どういう関係であるのか、竜二郎でなくとも気にかかる事だろう。
「君はミサキちゃんの親戚か何かかな?」
「弟に、なります」
「名前は?」
「豆蔵」
自嘲……したように竜二郎は見えた。
まるで自分で自分を皮肉るような調子。
弟。
豆蔵。
本当だろうか。
少なくとも見た目は似ていない。
「ふぅん……離れ離れになってしまって追いかけているのかい?」
「そんな所です。姉はどちらに行きましたか?」
「いや実は黙って出て行ってしまってね、行き先も親戚の所としか聞いていないんだよ」
「……そうですか。有難う御座います」
話は終わった。
と、言わんばかりに踵を返す豆蔵に、竜二郎はそれを引き止める。
「ちょっと君、まさかこれから……」
「追いかけます」
「止めなさい! この頃は山に異形もいついてしまったみたいなんだ。絶対に村を出てはいかん!」
「異形が? 山に?」
「そうだ。どっちから来たか知らんが、襲われずにこの村まで来れて君も運が良かったな。半分民宿になってる黒崎さん家に行くと良い。葬儀の準備にいろいろ使われていたが、部屋ぐらいは空いているだろう」
「葬儀ですって……?」
豆蔵の表情が強張った。
今の今まで子供に似合わぬ理知的な雰囲気から、身構えるような緊張が匂う。
「何人……何人お亡くなりに?」
「……五人だが」
違和感。
普通、葬儀と聞いても一人死んだと思うのが普通ではないか。
何ゆえ、複数が死んだと考える。
「ご愁傷様です。それで……黒崎さんのお宅はどちらに行けば?」
そして。
また豆蔵に大人の気配が戻ってくる。
道を教えてもらうと、少年はやはり丁寧な礼を竜二郎に施し、もうすっかり暗い道を歩き出す。
◇
豆蔵は歩く。
村の道ではなく。
山道を。
いや、山道でさえなく獣道。
竜二郎から道を尋ねた次の日だったり、もうすっかり平和を取り戻した時期……というわけではない。
黒崎家に、辿り着き、通り過ぎ、村を出て。
つまりは夜道の獣道である。
すっかり日も暮れ暗いというのに、うっそうと茂る木々に視界はほとんど封じられたに等しい。
にも関わらず。
豆蔵はどんどん山を進んだ。
まるで見えているかのように。
実際、豆蔵が木々に足を取られたり、幹にぶつかったりする事はなく。
子供ゆえの身長と小柄だからと言って苦戦する事はなく。
歩き慣れているように山の奥へ奥へ、深くに深くに。
とは言え子供の歩みである。
歩幅の小ささはいかんともしがたい。
驚嘆すべき歩調を以ってして山を制さんとする豆蔵であるが、中腹に至るまでに随分と時間が経た。
そして足が止まった。
人の通った跡を見つけたのだ。
無論、それだけでは別段注意するに及ばない。
もふもとの村は漁村ではあるが山の恩恵を預かる事もありえるだろう。
しかし、この歩き方、草々の分け方。
まるで子供が通ったかのような跡。
「……」
気になった。
興味がわいた。
ミサキの前に、異形を片付けるつもりで踏み入った豆蔵である。
もっと巨大な足跡があるとばかり思っていれば、真逆の跡。
異形だろう。
と、直感する。
自然、腰の小槌を握り締め、跡を追った。
程なく。
灯りが見えた。
廃屋である。
か細い火を灯しているのだろうが、こうまで暗くては嫌でも分かる。
草木をかきわけ、廃屋が設置されるに適した拓けた山の半ば。
少年が立っていた。
「近づかないでください」
涼やかな声が豆蔵に届く。
品の良さそうな少年であった。
大人びて固くとっつきにくい豆蔵に比べれば、物腰柔らかな立ち振る舞い。
にこやかな表情で廃屋を守るように立ちふさがる。
「お前、異形か?」
豆蔵が言った。
立ちふさがる少年と実に対照的に、憮然とした態度。
応じる少年は悠然。
「そうです、僕は異形です。だから子供は帰りましょう」
「帰る家、ねぇよ」
「ならばふもとの村まで送りましょう」
「旅立ったばっかりだ」
「ならば山の向こうまでお送りしましょうか?」
「いや、いいよ」
「そうですか。では、道中お気をつけて」
「まぁ待て。お前らに用がある」
「どういった用件でしょう?」
「村の人が恐がってるみたいでな。お前らを殺しておこうと思う」
豆蔵が小槌を振りかぶる。
少年が上品に笑った。
「無理です」
瞬間、大人さえも一息に叩き潰せそうな巨大な槌が少年に振り下ろされた。
大槌である。
轟と少年に豆蔵が振り下ろしたのは、見紛う事無く巨大な槌。
先程まで、つい先程まで小槌であったに関わらず、いかな不思議か丸太じみた槌となってしまっていた。
ずしん、と少年に落ちた槌が止まった。
少年が止めた。
細く見えるその両腕で。
「へぇ」
「へぇ」
「大きさ自在の魔法の槌ですか」
「打出の小槌って言ってな」
「大きいですよ」
「じゃあ打出の大槌」
「適当ですね」
「作り主が面白半分に作った物だからな」
「よく持てますね。重くありません?」
「こっちの台詞だ。よく止めたな」
「見た目はこうですが、異形ですから。実はですね、僕とっても大きいんですよ」
「……奇遇だな」
「槌のお礼に、面白いものをお見せしましょう」
「……いや、いい。面白いって理由はもうお腹一杯なんだよ」
豆蔵がうんざりするのも構わず。
少年から漂う迫力が増していく。
まだ十歳やそこいらに見える小柄が、圧倒してくるような圧力を放つ。
ぐ、と大槌が押し返される感触。
それと共に少年の肉体が膨れ上がる。
津波のように魔素を撒き散らして、立ち上がる気配。
大槌が弾かれれば月に照らされ。
廃屋さえ凌駕する巨大な猪が豆蔵を見下ろしていた。
「でけぇ……!」
「降参してください」
「ふ、くっくっくっくっ、くはははは、はははははは!」
「……?」
「おい、豚野郎! でかくなれるのはお前だけじゃねぇ!」
ずしん、と大きな槌を地に叩きつけて豆蔵が呵呵大笑。
大見得を切って槌を頭上で振り回す。
するとどうだ。
少年の体躯がみるみる大きくなっていく。
健やかに四肢が伸び、たくましい青年の肉体へと変貌していくのだ。
筋骨隆々に育った大人の姿で大槌を背負い、凛と猪を睨みつける。
「そして、槌の大きさもお前を潰すぐらいのでかさにできるんだよ、猪お化け!」
風を切って……否、風を叩いて槌を振りかぶれば、なるほど、みるみる巨大さを増していく。
確かに、猪の異形を叩き潰しえる巨大さだ。
「いいか猪、村を脅かす異形は許さんと思っていたがもうどうでもいい」
「殊勝な心がけでしたのに」
「それよりも何よりも子供だったのがでかくなって強くなるって言うのが許せねぇ。パクってんじゃねぇよこのパクリ野郎!」
「言いがかりじゃないですか!?」
打出の大槌が勢い良く振り下ろされた。
◇
がらりと廃屋の戸が開けば、しんどそうな鬼が出てきた。
鬼である。
頭に角。
間違いのない、鬼であった。
しかし一般の成人男性ほどの身長で(角除く)、人を取って食ってしまいそうなほどに凶悪な相貌でもない。
そしてなにより、酷く弱った様子である。
まるで高熱に中てられているような。
「瓜坊」
「あ、駄目だよ寝てなきゃ!」
瓜坊と呼ばれた巨大な猪が心配げな瞳でたしなめる。
巨猪の威容ではあるが、その双眸には優しさや理知が宿ったままである。
「それ、何だ」
「えーっと、異形の恐怖を挫かんと奮闘する槌戦士……?」
「逆に挫かれてるってどうよ」
「いや、どうと言われても」
そこにはボロ雑巾のようにボコボコにされて少年の姿に戻ってる豆蔵の姿が!
もう二度とパクリなんて言わないよ。
「やっぱりもうちょい人里離れた所が良かったみたいだな」
「でもじゃっくんの体力が……」
じゃっくん。
この鬼の呼称である。
鬼ではあるが、この鬼、正確には天邪鬼と呼ばれる異形である。
故、あまのじゃく→じゃく→じゃっくん。
一方、巨猪の異形は瓜坊と呼ばれているわけだが、
あんまりと言えばあんまりな呼び方で、仲良しこよしと言えば仲良しこよしな呼び方であった。
「結構治った、もう大丈夫」
「嘘ばっかり」
「天邪鬼だからな」
「それじゃあやっぱり駄目なんじゃない。ほんとじゃっくんって……」
「……おい、瓜坊」
体調を崩したじゃっくんを寝かせようと、瓜坊がなお言い募ろうとする途中。
じゃっくんが山のふもとを指差した。
いくつもの灯りが揺れていた。
火で道を照らして非難しているのか、火を焚いて一塊になっているのか。
間違いなく村の人間が恐れているがありありと分かった。
「あちゃ」
「派手にやってたからな、お前ら」
「僕じゃなくてこの人がズンズン地面を叩くから」
「どっちでもいい。頃合だ。これ以上村の人らを恐がらせてもいかんからな、山の向こうまで場所を移そう。お前、その姿のまんまで派手に跳べよ」
「うん、じゃあ掴まって」
弱った体でじゃっくんが瓜坊にしがみつき。
「……待て。そいつも連れて行くのか?」
見れば、巨猪が器用に豆蔵を抱え込んでいるではないか。
「え、うん。旅の途中みたいだから、山の向こう側まで送ってあげておこうかなって」
「お人良しめ。殺しにかかってきた相手だろう」
「でもそれは村の人たちのためだったし」
「パクリがどうたらって聞こえてたぞ」
「……出発進行ー」
家屋ほどの大きさで、なお身軽く巨猪が跳躍してみせた。
巨猪の姿のままできる限り木々を傷つけぬように移動せんとする配慮だが、
夜の暗がりでも村人たちにはっきりと山を去る姿を見せ付ける意味合いを作っている。
少しだけ村がざわつくような気配を瓜坊は背中に感じ、あっという間に山の反対へと躍り出てしまった。
そしてふもとまでたどり着けば。
じゃっくんと豆蔵を寝かせて、瓜坊は少年の姿に再び変じてまた山に戻ってしまった。
「起きてるんだろう」
じゃっくんが火をおこしながら横たわる豆蔵に声をかける。
「バレバレか」
豆蔵が起き上がる。
バツ悪そうな、居心地悪そうな顔であった。
「お前ら、いい奴だな」
「……何がだ」
「村の人たちへの配慮だよ」
「恐がられるのは、仕方ねぇよ。だからそれなりには対応するさ」
「二つ、お前に謝る」
「?」
「すまん、殺そうとした」
「いいよ、瓜坊に返り討ちにされたし。で、もう一つは?」
「お前の高熱についてだ」
焚き火ができた。
豆蔵の、大人びた顔が照らされる。
じゃっくんの疲労した顔も。
「いや、お前のせいじゃないだろう、これは」
「いや、俺のせいなんだよ」
「……話してもらおうか」
「お前、ミサキって女の子に会わなかったか?」
「ミサキ?」
「十代半ばで髪が長くて……」
「あぁ」
気だるそうに、じゃっくんが思い当たる。
そう、この熱が出る直前。
瓜坊と二手に分かれて食料を集めていた時分。
一人、女の子に会っている。
「名前までは知らんが会ってるな、その子に。いや、会ったと言っても、ちょっとお互いに姿が見えたってだけだ。喋ってもねぇ」
「そいつに移されたのさ」
「……病気をか? んな馬鹿な」
「そういう風に作られた女だ。七人に感染させて遺体を乗っ取るミサキ。俺はこいつを追っている」
「追ってる?」
「殺し損ねたんだよ、俺はこいつを。だからお前が感染させられたのは、俺のせいだ。すまん」
豆蔵の態度は真摯だ。
真剣だ。
疑う気には、なれない。
「……も、ちょい詳しく話を聞かせろ。いや、待て、瓜坊がすぐに帰ってくる。それから聞かせろ」
程なくして。
瓜坊が戻ってくる。
高熱にうなされる一人の坊主を抱えて。
以上です
金太郎じゃなく……このハゲの再登場で申し訳ない
変わった文体だな
豆蔵達のキャラが好きだから続きが楽しみ
御伽勢の中でぬ〜べ〜的に俺のトラウマな七人みさきさんがログインされましたか!
続きを待ってます!
>『大は小を〜』
七人ミサキとはまた異形新基軸…
シェア怪談イベントとかも面白いかもw
あー、怪談大会開いてタバサちゃんや北条院のお嬢さんをおっかなびっくりさせてー
しかしタバサちゃんは恐いの平気そうだ
やってしまえばいいじゃない!
152 :
創る名無しに見る名無し:2010/07/18(日) 18:01:01 ID:vdUZ41x8
温泉界があればなんだって・・・!
153 :
代理:2010/07/18(日) 21:49:11 ID:ZB0xy7dT
◆
「…これこれ四畳半怜角、あの看板に書いてある『べるぎいわっふる』とは何じゃ?」
「…千丈髪怜角です。ワッフルというのは…まあ洋菓子の一種です。」
怜角は騒がしい子供が苦手だ。それにわがままな年寄りもあまり好きではない。しかし今、彼女が背負っている重い輿にはその二つの見事な複合体がどっかりと鎮座している。
『藤ノ大姐』こと花蔵院藤角。怜角は師である蒼灯鬼聡角のさらに師にあたるというこの子供のような女鬼を背中に担ぎ、かれこれもう半日、賑わう週末の地獄中心街を歩き回っていた。
「ふむ…試しに食してみようかの…」
怜角の災難が始まったのは早朝だった。外宮警護の交代でいそいそと獄卒詰め所に戻った彼女は、上司でもある蒼灯鬼聡角の呼び出しを受けた。夜勤明けの召集はたいてい碌な用件ではない。
久しぶりに早く退庁して休日を恋人と過ごす予定だった怜角の不吉な予感は的中し、ひょっこり自領から出てきたこの童女じみた鬼のお供という、迷惑極まりない延長勤務を言いつけられたのだった。
「…いやいや、やはり昼食は蕎麦がよいな。どこか旨い蕎麦屋はなかったかの…」
彼女…大師匠とでも呼べばいいのだろうか、とにかく藤角自体はそれほど重くはない。だいたい昔から大師匠などというものはチビと相場が決まっている。
しかし怜角がその両肩に担ぎ、藤角が居心地よく座っている大層な輿が途方もなく重い。ふんだんに頑丈な黒壇を使い、金箔で花蔵院の家紋などあしらったむやみに豪華な輿の裏には『寄進 閻魔庁獄卒隊有志一同』と書いてあった。
遥かな昔、藤角が獄卒隊を除隊したときに贈られたものらしいが、もし有志の連中に会う機会があれば嫌味のひとつでも言ってやろうと怜角は決心していた。
154 :
代理:2010/07/18(日) 21:49:43 ID:ZB0xy7dT
(…だいたい最近聡角さまはひどいよ…私にばっかりこんな雑用言いつけて…)
黙々と指示通り歩く怜角の憂鬱などどこ吹く風、この年経たおてんば少女は閻魔庁周辺の知人友人のもとを底知れぬタフさで廻り続けている。隠居した老鬼や弥生、縄文級の大亡者たち。その度繰り返す果てしない昔話に、怜角は地獄近代史にかなり詳しくなったほどだ。
「…昔は朱天楼の最上階に『針山』というそれは旨い蕎麦屋があったのじゃが…」
「…火事で焼けちゃったんですよね。今より百万倍立派だった『昔』の朱天楼。」
「その通りじゃ!! なんじゃ今のあの下品な建物は!? 昔の朱天楼はもっとこう、優雅で…」
輿の上で藤角がぴょんぴょん騒ぐたび肩に食い込む革紐が痛い。これだけ元気溌剌なら歩けば良いと思うのだが、都合のいいときだけ年寄りになるのも憎たらしい。
「…いかんいかん、年を取ると愚痴っぽくなる。環状線怜角よ、とりあえず次は酒呑の爺いにでも会いにいこうかの…昼飯くらい出るかもしれぬ。」
「…扉が、閉まりまぁーす…」
もはや名前を訂正する気力もなく、怜角はまたとぼとぼと雑踏のなかを歩きだした。
◆
「…ふう…思うたより味は落ちておらなんだの…」
ちゃんと新築の朱天楼でも営業していた『針山』で大江山酒呑一族の総帥酒呑老と歓談し、蕎麦をご馳走になった二人の鬼は再び地獄の街を歩いていた。
機嫌よく喋りながら怜角の背に揺られていた藤角は、やがて満腹と『針山』で出された酒のせいか、うつらうつら居眠りを始めている。
そっと振り返って彼女を眺めた怜角に、その愛らしい寝顔は無邪気な少女にしか見えなかった。滑らかな頬に長い睫毛。健やかな香りまでがほんのりと甘い子供のものだ。
155 :
代理:2010/07/18(日) 21:50:08 ID:ZB0xy7dT
どっさりと買い込んだ土産物に埋もれ、気持ち良さそうな寝息をたてる年齢不詳の大師匠。ようやくとりとめのないお喋りから解放された怜角は肩をすくめ、よいしょと輿を担ぎ直した。
(…寝てりゃあ可愛いんだけどね…)
我ながら少し僻みっぽいな、と反省しながらも、気がつくとこのところの激務に溜め息が出る。やはり同じ新人獄卒でも胡蝶角や半角のような名門の鬼には、いかに公正な聡角とはいえこんな雑用は命じにくいのだろうか…
(…子守りなら私より胡蝶角の方が向いてるのに…)
先日殿下直々に抜擢された外宮警護班でも怜角は事実上守りの要だ。いくつかの事例で立証された広範囲で正確な彼女の防御力は、外宮に住む閻魔殿下とその従者を完全に守り抜く。
新編成での警護訓練と通常の研修業務。それだけでも同期の倍近い労働量なのに、僅かな余暇にまでこんな子守まがいの雑用とは…
正直なところ外宮警護班には足手まといな古参隊員も多い。いっそデートがふいになるなら彼らにこのお気楽珍道中を任せ、最新情勢に基づいた実戦演習でも行うほうがどれほど有意義か知れない。
(…私の試案通りなら一分、いや四十秒で全ての侵入者を殲滅出来る…)
気が付くと地獄市街を一周した怜角は閻魔庁に続く大通りに佇んでいた。丁度よいタイミングでむにゃむにゃと目覚めた藤ノ大姐が呟く。
「…そろそろ閻魔庁に戻ろうかの…」
「は、はい。承知しました。」
眠たげな藤角の声に怜角はほっと微笑んだ。やっと任務は終了、今ならまだ高瀬中尉と浴衣選びに衣料街を廻り、『いすぱにあ』での夕食という予定に間に合う時間だ。
「…千丈髪怜角よ。こちらが近道じゃ。」
藤角の厳かな声に、颯爽と大通りを急ぐ怜角の脚がピタリと止まった。確かに藤角の指し示す先、寂しく薄暗い路地は閻魔庁へと至る坂道だった。
(…忘恩の…坂…)
156 :
代理:2010/07/18(日) 21:50:26 ID:ZB0xy7dT
この雑多な建造物に挟まれた狭い登り坂が、まっすぐ閻魔庁東門に続いていることは怜角も知っている。しかし彼女は地獄に暮らし始めてからずっとこの有名なこの坂を避けてきた。
現世でその恩を返せなかった相手、もう詫びることも、感謝の言葉を伝えることも出来ない遠い者たちの面影が、行き交う人々の姿を借りて現れるという『忘恩の坂』。
人界で幾多の過ちを犯し、親しい者に別れも告げられぬまま地獄へ導かれた魂のひとりとして、出来れば避けて通りたい坂道だった。
「…はい、藤ノ大姐さま…」
また微睡んでいるのだろうか、それっきり輿の上から藤角の言葉はない。ゴクリと唾を呑んだ怜角はやがて、しかたなくその脚を路地の方角へと向けた。
◆
黙ったままの藤角を乗せた輿が坂の石畳に長い影を落とす。怜角はなるべく行き交う人の顔を見ないよう眼を伏せて歩いたが、何故か路傍の小石すら後ろめたい感情、胸の疼く古い記憶を呼び覚ました。
それは長い贖罪の日々と鬼としての過酷な修練を経ても変わらぬ人間、真樹村怜の記憶。久しく忘れていた物悲しい感覚に彼女は思わず視線を上へと向ける。
だがこんなとき、魂の揺るぎない礎として怜角を力付けてくれる閻魔庁の姿は坂の頂きに隠れて見えず、ただ虚しく彷徨う彼女の視界には狭く長い坂道と、ひんやりと暗い路地に坐る一人の老婆だけが映った。
(あの時の…お婆ちゃん?)
にわかに蘇る瞼の痛みは生前、初めてデモに参加した時の記憶だ。握りしめた角材の硬い感触。世界を変えようと立ち上がった真樹村怜の初陣はあの夜、一発の催涙弾であっけなく終わったのだった。
『…大丈夫かい!? お嬢さん!?』
157 :
代理:2010/07/18(日) 21:50:51 ID:ZB0xy7dT
機動隊の恐ろしい咆哮に追われ、狩られる獣のような恐怖のまま逃げ込んだ見知らぬ民家に老婆はいた。何ひとつ問わず、ただ灼けるように痛む眼を洗い、冷やしてくれた彼女。
曲がった腰と丸く結った白髪頭は間違いなくあの夜、見ず知らずの物騒な女学生を一晩匿ってくれた親切な老婆だった。背中の輿のことすら一瞬忘れ、怜角は老婆が腰掛ける縁台に走り寄った。
「お婆ちゃん!! 私…」
しかし顔を上げ、首を傾げる老婆は全くの別人だった。怜角が確かに見た恩人の面影は微塵もない。ようやく眼の痛みが収まった夜明け、感謝の言葉も告げずこっそり逃げ去った忘恩を償えることはもう無いのだ。
(…あのとき、愚かにも私は『人民の為に闘う者を暇な年寄りが助けるのは当然』なんて思った…)
険しい眉を上げた怜角の脳裏に、黙々と地道な職務に就く仲間の姿が映る。日夜慈仙洞で幼児の世話に励み、必要とされれば危険な任務にも臆さず身を投じる胡蝶角。
同期の彼女が茨木の家柄を鼻にかけ、勤めを選り好みしたことがあっただろうか。後輩である怜角に警護指揮を委ね、その補佐に尽力する外宮警護隊の鬼たちが、そのことに不平を漏らしたことがあっただろうか。
(…私は…また同じ道を歩こうとしていた…)
ここは忘恩の坂。慄然と立ち竦む怜角の傍らを次々と懐かしい顔が通り過ぎてゆく。過激な政治活動に傾倒してゆく彼女に最後まで忠告を続けてくれた恩師や友人、親類たち。
大義と信じた闘争が若さゆえの熱病めいた幻想だったと気付いても、真樹村怜は二度と彼らの元へ帰らなかった。革命の夢から程遠い場所で哀れな骸と成り果ててもなお、自らを滅ぼした傲慢を改めようとはしなかった。
(…常に最も弱き者の下僕として生きよ。)
澱んだ怨念の底から真樹村怜の正しき魂の欠片を懸命に掬い集め、千丈髪怜角として再び光射す道を歩ませてくれた師の言葉だ。
158 :
代理:2010/07/18(日) 21:51:10 ID:ZB0xy7dT
華々しい戦功や名誉とは無縁の場所にあるその道は、全てから学び、惜しみなく施す者だけが歩める道。そのことを忘れた鬼は偏狭な正義を振り回す、愚かで危険な魔物に過ぎない。
(…先生…みんな…叔父さんたち…)
仄暗い坂道を、怜角の改悛を拒絶するように行き交う人々は、かつて同じ教えを真樹村怜に説いたのではなかったか。ずっと昔、もうどんな謝罪も届かない遠い遠い過去に…
(…もう遅すぎるけど…有難うございました。この身が無に還るまで、決してあなたたちの教えは忘れません…)
いつの間にか怜角の震える肩には小さな掌がそっと置かれていた。もう届かない彼女の悔悟を聞き届け、全てに代わって赦しを告げる藤ノ大姐の優しい掌。
そして怜角には解っていた。この忘恩の坂で最後に自分が見なければならないもの、決して涙を流すことない鬼の眼にしっかりと焼き付けておかねばならないもの。
ここは忘恩の坂。ゆっくりと振り返った真樹村怜が遥かな坂の下に見たもの、それは丸めた体をしっかりと寄せ合い、遠ざかってゆく両親の寂しげな背中だった。
「…それでよい。我が孫弟子よ…」
◆
「…怜角!? こんな所にいたのか!!」
不意に馴染み深い声が眩しい坂の頂きから響いた。やっと長く急な路地は終わり、すぐそこに見慣れた閻魔庁の巨大な東門が見える。
「聡角さま!?」
駆け寄ってきた声の主、蒼灯鬼聡角の姿は穴が開くほど眺めてもずっと聡角のままだった。ようやく坂の幻から我に返った怜角は深い安堵のため息を洩らす。
159 :
代理:2010/07/18(日) 21:51:36 ID:ZB0xy7dT
「…休日に済まなかった、ことのほか評議が遅くなってな。代わろう。」
聡角は藤ノ大姐を乗せたままの輿を怜角から受け取り、馴れた手つきで軽々と背負った。いったい何人の鬼が、この輿に小さな師を乗せ様々な道を歩んできたのだろうか。その長く誇り高い系譜に連なった者として、怜角は改めて己の傲りを恥じた。
「…御一緒できて光栄でした。藤ノ大姐さま…」
「おお、大儀であったの。しばし待つがよい…」
ガチャガチャと輿の中を引っ掻き回して墨と筆を捜し出し、半紙に文字をしたためた藤ノ大姐は勿体ぶってそれを怜角の前に広げた。流麗な書体だったが…なにやら達筆過ぎて読みにくい。
「…『チオ髭蕪ノ冷魚』、でしょうか?」
「馬鹿者。『千丈髪藤ノ怜角』じゃ。藤角の名はまだまだ譲れぬ故、まあ今はこれで我慢するがよい。」
「…あ、有難うございます…」
輿が小さく揺れているのは、二人のやり取りを聞いた聡角が珍しく笑っているからだろうか。
悦に入る藤ノ大姐の顔と思いがけず与えられた『藤』の一字を代わる代わる見つめる怜角は、まるで祖母と妹が同時にできたようなむずがゆい嬉しさに戸惑い続けた。
おわり
乙です
おお?! ロリバ藤ノ大姐様まさかここら辺全部承知の上の行動か?
流石年の功……流石太祖様だな
怜角さん強いんだなぁ
投下乙です!
藤角の年寄りな面が憎たらしくてしかたないw
>「…扉が、閉まりまぁーす…」
怜角さん無理ノリw
>ふぇ
平民兄妹の強さからいって王鎖がどんなもんか気になるねえ
陰伊ちゃんも復活したようで安心した!
>甘味
くそう、弩ロリの俺としたことが男同士の友情にうっかり胸が熱くなっちまったぜ……
和泉から出るってくだりに本気で心配した俺は一体。
>大小兼
豆蔵のすかしっぷりに盛大にワロタw
最後の坊主はあいつか、まさかこんなとこでとばっちりとはw
>百景
どんだけ達筆なんだよw しかしそこがまた目に見えるようでいいw
藤角は鬼の中でも屈指の喰わせ者だなあ
藤角を積極的に使ってもらい、ありがとうございます
また藤角が早くもイラスト化、ありがとうございます
見事なぺったんこでしたねw
自分でも描いてみようと思ったけど、着物が描けんということで
断念した
さてそんなわけで
>>29-32の続きを投下します
第三話『ところで地獄に野生の狸は棲んでおるのでござろうか』
「花蔵院に咲く美しく麗しい藤の方 嗚呼なにとず……な・に・と・ぞ! この身の愚かさをお赦し……
かあぁーっもう! なんでござるかこのうすら寒い文言は! こんなのを諳んじるなぞ無理でござる!
拙者思ってもおらぬことは口に出せない素直で真っ直ぐな侍でござる!」
たらふく朝飯を食べた後、迅九郎は自室として宛がわれた和室にあぐらをかいて、藤ノ大姐から渡
された解呪の祝詞を暗記しようとしていた。していたのだが、もう諦めかけている。
迅九郎にとって藤ノ大姐はあくまで槐角の母という認識であり、その事実はそのままそれ相応の年齢
の女性だという帰結を導いている。その外見については、彼の中では一切意識の外なのだ。これは一面
には底抜けに愚かに見えるかもしれないが、一方で相手の本質のみを見ているということでもある、と
言えなくもない。
「外見がどれだけかわいらしい童女であろうが、中身はおババ様でござってあぁあぁぁやっちゃっ――」
ドロン、という古風な音がして、迅九郎の身が一瞬で縮んでいく。後には小さな狸が残されるのみだ。
(やってしまった……。「おババ様」でも駄目なんでござるか。じゃあなんて呼んだらいいんでござる?)
小奇麗な和室の畳の上で、一匹の子狸が小さくなってしょぼくれている。目の前にある祝詞を心の中
で唱えればすぐに迅九郎に戻れるのだが、そうする気配もなく、ただしょぼくれている。
(そもそも拙者、なんでこの家に召されたのでござろう。槐角殿は早速姿が見えぬし、おババは何も語っ
てくれぬし。わけもわからずいきなり狸にされただけではないか)
子狸は心中でそのように、ぽつぽつと愚痴った。ぼんやりと視線を巡らせる。何を見ているわけでも
ないようなその目はしかし、ある一点でぴたりと止まった。
彼が普段腰に佩いている愛刀。本来ただの亡者にすぎないこの侍が、特例で携帯することを許された
もの。慣れない四足歩行で、ひょこひょことその刀に近づいていく。
(我が剣、童子切よ。お主の主は狸になってしまったぞ。なんとも情けないことでござろう?)
そう語りかけて、しんみりとする子狸。祝詞を読み上げて人間に戻ればいい話ではあるのだが、やは
りあの寒気のする祝詞を上げるのは抵抗があるらしい。
子狸がどれほどの間そうやってたそがれていたのか。いずれにせよその湿っぽい静寂は、不意の大音
声で破られることになった。
「旦那様! 旦那様ァ! 大変ですニャ! 鬼婆ですニャ! 鬼婆が出ましたニャ! 旦那様ァ!」
聞いたことのない声、そして喋り方だった。まあ迅九郎の地獄歴からしてそれは当然なのだが、それ
は実に甲高くよく通る質で、特徴的な喋り方だった。
兎にも角にも、ただ事ではなさそうだ。そう感じた迅九郎は、素早く部屋を飛び出していた。無論、
子狸の姿のままで。
「今日は槐角は閻魔庁へ出向しておるでの。仔細はわしが聞こう」
勢いよく飛び出してみたものの、声の発信源がどこだかわからないので適当に走っていると、藤ノ大
姐の声が聞こえた。速度を緩めて、とととっと小走りで近づく。
「ん? おやおや、かわいらしい狸がおるわ。しかしおかしいのう、この屋敷で狸など飼うてはおらな
んだはずじゃが」
寄ってくる子狸に気付いた藤ノ大姐は、くすりと愛らしくも意地の悪い笑顔を口の端に浮かべて白々
しく言った。
迅九郎は迅九郎で、もしかしてこのおババは呆けておるのかなどと、見当外れで不遜な感慨を抱いて
いた。
藤ノ大姐の言葉を受けて、そこにいた第三の人物がその口を開く。
「ホントだニャ! 野良狸ですかニャ? まったく厚かましくて図々しい奴ですニャ!」
甲高い声と特徴的な口調。そしてその口調にぴったり一致する姿。正確には「人物」ではなかった。
(にゃにゃにゃんと! 猫が喋っておる! 化け猫の類か? しかしいずれ失礼な化け猫でござるな)
なぜか口調に感染しつつ、軽く立腹した迅九郎は、狸の姿のままで怒ってみることにする。その感情
は体毛を逆立て、フーッという唸りを上げるという形で体現された。
「おお、こわいこわい。子狸が怒っておるわ。険呑じゃアカトラ、逃げた方がよいかもしれんのう」
「ニャハ! ですニャですニャ! ニャー、狸さんこわいニャー、ニャんてニャんて」
どうやらまるで小馬鹿にされただけで終わったらしい。慣れない姿での全力疾走もあり、迅九郎はな
んだか疲れてきていた。こてんとその場に小さくうずくまる。その様子に、藤ノ大姐はふうと小さな息をついた。
「まったく大したたわけ者じゃの、そなたは。今回は急ぎじゃ。特別に許してやろうぞ」
優しく言って、藤ノ大姐は子狸の額に軽く指を添えた。ふっと息を吹きかける。昨日迅九郎に行った
のと同じこと。しかし今回ばかりは、その効果は逆になった。
「ニャ!? に、人間!?」
アカトラと呼ばれていた化け猫が大いに驚いている。そしてまた。
「た、大姐様? 戻してくださったのでござるか?」
迅九郎も驚いていた。
「今回だけじゃ。急ぎがあるからの。その代わり後でちゃーんと祝詞を読み上げさせるから、そのつもり
でおれ。わしの目を見ながら心を込めて音読するのじゃ。よいな?」
迅九郎は絶句した。頼みもしないのに人間に戻されたかと思えば、あのうすら寒い祝詞を音読。成程、
確かにここは地獄でござるなと、そこはかとなくずれた実感を抱いた。
「い、今はそれは置いておきましょう。それよりも、一体何事が起こったのでござるか」
「そうそれニャ! 大姐様、鬼婆が出たんですニャ!」
「何、鬼ばむぐぐう」
鬼ババ、と言おうとした迅九郎の口は、藤ノ大姐の小さな手に塞がれた。
「そなたはいっそ喋らんほうがよさそうじゃ。黙っておれたわけ者。ふむ、鬼婆か。やはりあの手合い
の執念は凄まじいということかのう」
顎に指を添え、藤ノ大姐は思案する。しばらくそうしていたが、ひとつ露骨なため息をついて言う。
「まったく面倒じゃのう。本来なら槐角か蓮角あたりがやるべきことじゃというに……。ま、仕方がないの。
どれ、アカトラよ。ちと鬼婆の出現地に案内するのじゃ」
「た、大姐様が出向かれるんですかニャ?」
困惑するアカトラの言葉を受け、藤ノ大姐はちらりと迅九郎に視線を送った。
「本来ならこやつ一人で行かせたいところじゃ。しかしこやつにはまだ何の説明もできておらんでな、
そんな者を一人で向かわせるのは流石に酷というもの。ま、わしは単なる付き添いじゃ」
「……あ! もしかしてこの狸野郎が噂の侍なんですかニャ? なるほど合点わかりましたニャ!」
一人で勝手に納得しきって、化け猫アカトラは屋敷の玄関と思しき方向へ一目散に駆けていった。
それを見送った後、藤ノ大姐はこくんと小さく頷いて。
「聞いておったのう、狸侍よ。さ、すぐに支度をするのじゃ。そなたは稀代の妖怪退治屋じゃったそう
じゃが、流石に刀も持たずに死合はできぬじゃろう?」
そっけなく言って、迅九郎に背を向ける。
迅九郎はと言えば、正直まったくと言っていいほど状況を飲み込めていなかった。美味い朝飯をたら
ふく腹に収めて寛いでいたかと思えば、突如現れた口を利く化け猫。その化け猫が語るに、鬼婆が出た
とか。そして今、刀を持て、支度をせよと鬼ババに言われているところ。
なんとかそこまで整理したところで、背中越しの鬼ババの声。
「そなたは疑問に思っておるのじゃろう? 己はなぜここにいるのか、己はここで何を為せばよいのか」
「……仰る通りにござる。狸にされるためにここにいるのかと真剣に悩みかけておりました」
それは本心だった。真剣に悩みかけていたことも含めて本心だった。
「ふむ、ならばもう一度言うぞ。支度をするのじゃ、今すぐに。そなたの胸につかえる疑問、わしに
ついてくれば必ず晴れるからの」
振り向きながらそう言った藤ノ大姐の声音は、あくまで年恰好相応ながら、有無を言わせない威厳
も備えていて。
ああ、これが年季を重ねた鬼ババの迫力か、などと恐れ知らずな感慨を抱きながら、迅九郎は刀を
取りに自室へと駆けるのだった。
第三話『ところで地獄に野生の狸は棲んでおるのでござろうか』終
投下終わりです
そろそろ話を動かさなければと思いつつ、ついババアとの絡みが長くなるという
ババァに罵られたい
新キャラはぬことな?
迅九郎含めてキャラがみんなかわいいなw
狸かわいいよ狸
いいね!
祝詞となえたいよババァかわいいよババァ
そしてアカトラかわいいよアカトタ
さぁて、しかし名刀出してきましたな
乙です
迅九郎さん頑固だなwww
音読ぐらいいいだろうにwwwww
そして投下します
●
和泉に戻ると出迎えには門谷義史隊長その人が出てきた。
彼は匠や彰彦の服についた血痕を見て気遣わしげに声をかけてきた。
「異形でも出たか? 血が付いてるぞ」
「何匹かでましたけど見当たる限りは全部倒しました。和泉まで異形がやって来ることはとりあえず無いんじゃないかと思います」
答えた匠に「そういうのは俺達の仕事なんだがな」と門谷はため息交じりに呟いて、
「すまんな」
「いや、まあそこまでつらい相手でもなかったから」
「それにしたってあれにゃ驚いたけどな」
彰彦が苦笑気味に言う。
確かに……まさかあそこまで頭がまわるとは思わなかったな。
森の異形達の行動を振り返る。あの作戦は、その指示を下したのはどこの誰で目的は一体何なのだろうか。
そう考え込んでいると門谷が書類を手に摘まんでヒラヒラと振りながら言ってきた。
「何にせよ報告書を書くからいろいろ話してもらうぞ?」
「はいはい」
めんどうだなー。
そう匠が思っていると、呼応したかのように後ろの方で我関せずと畑の方を眺めていたキッコが口を開いた。
「構わんが、それをここでやる必要があるのかの?」
「ん? どういうこった?」
門谷にうむ、と頷いてキッコは傲然と告げた。
「我は腹が減った」
ああ、そういやさっき異形食おうとしてたな。
思い出していると門谷がこめかみを揉みほぐし始めた。
「あのな……お前は異形で、いくらここが異形に甘いと言ってもいきなり押しかけて事情聴取何ぞ始めたら向こうさんにかかる迷惑がだな――いや」
「いや?」
クズハが首を傾げる。門谷は何度か一人で頷きを繰り返し、
「ああ、いや、うん、問題無い。迷惑をかけてもまったく良心が痛まない店に一つ心当たりがあった」
●
匠達が連れてこられたのは和泉の少し端の方、子供達が最近食べに行っている事が多いという甘味処、鬼が島≠セった。
そういえば初めて来るな……。
そう思いながら見る鬼が島≠ヘ道場の子供達に聞いた通り、名前の割には普通の構えの店だった。
外でも食べ物が食べることが出来るように長椅子が出ており、入り口には暖簾がかかっている。
子供達によるとこの店の店長が桃太郎と言う名で、あやかっているのかどのメニューにも吉備団子が付いて来るのが特徴らしい。
で、
「よう桃太郎、カレーセット――吉備団子抜きで」
「カレー追加でもう一つ」
「なんか腹にたまるもんくれ!」
「じゃあ私は……吉備団子を」
「肉はないのかの? 肉」
「そこの四人! ここ一応甘味処だからな! それも吉備団子メイン! 分かってる?!」
門谷隊長を先頭にそれぞれ注文したら呆れた調子で店の人らしい着流しの男から文句が返って来た。
そう言われても良平が大絶賛してたのがここのカレーだからなぁ。
正直吉備団子とカレーは一緒に食べるもんじゃないだろうと匠は思いながらなにやら店側と言い合っている門谷に常連なんだろうかと思いつつ、
「店長が普段迷惑をかけるからそんな注文を受けるんですよ」
店の奥の方から背の高い従業員らしき男が現れた。
え? と着流しの店長、桃太郎が男を振り返り、
「迷惑かけたこと……? あったっけ?」
この店長も間違いなくいい性格してるな。
そう匠が思っていると門谷が手を挙げて背の高い男を見た。
「真達羅、Bセット一つ、吉備団子無しでコイツに」
ちなみにBセットはぶぶ漬けに吉備団子が付属したものだ。
京都の風習ではぶぶ漬けは「てめえコレ食ってさっさと帰れ」というのをオブラートに包んだ感じの意味をもつらしい。
カレーが出るCセット、ぶぶ漬けのBセット。それに餡蜜のAセット。
いずれもこの甘味処の裏メニューらしいがよく広まっている所を見る限り裏である意味があるのかは謎だ。
「おいおいそんなツンデレ反応されたって俺は落とせな」
「はいはい、じゃあ用意してきましょうねー」
「あ、おいこら真達羅! 貴様そこのおにゃの子がかわいいからってフグッ――」
何か鈍い、打撃音のような音が聞こえて、同時に匠は子供達から聞いた事前情報をもう一つ思い出した。
食い物はともかく店員はおかしいと口々に言ってたっけな……。
程なく運ばれてきた食事を食べながら門谷が対面に座る形になった他四人へと森で戦った異形達の事を聴取する。
妙な統率性について話が及んだ時、「最近多いな、またあの狐か?」とぼやいたがキッコは気にしていないようだ。
彼女は事情聴取ガン無視しして出されたカレーを口に運ぶと、
「おお、思ったより美味いのう」
カレーの味がお気に召したようで食が進んでいる。
「吉備団子の代わりに福神漬とかあると尚よしだな」
「彰彦、お前福神漬派か? 俺はラッキョウ派なんだが」
「……お前ら少しは俺の書類業務に協力する姿勢を見せたらどうだ?」
門谷が不満げに言うがキッコも彰彦もとり合う気がないらしい。仕方なく匠が事情聴取に戻って門谷の相手をしているとクズハが給仕をしに来た真達羅を窺い見た。
「……あの?」
「あ、はい。何か?」
「いえ……ずっと私と、それにキッコさんを気にしてらしたようなので」
その言葉に真達羅はああ、と呟き何事か応答をしようとして、
「ああ、コイツはロリコンだからな」
裏から飛んできた桃太郎の言葉に真達羅へと匠は目を向けた。一方言葉を止められた真達羅は厨房へと振り向き、
「ちょっと黙っててください店長。あ、ちょっとそこの方、あまり怖い顔をしないでください」
なんやかやと言い合っている店長と従業員を横目にクズハは向かいの席に座って書類になにやら書きこんでいる門谷を見た。
「隊長さん、この方達は」
「ああ、大丈夫だ。何かあればすぐに檻ん中にぶち込む準備はできてる」
「いえ、そうではなくて……」
チラチラと厨房の方を見ては口ごもるクズハの皿の上にある団子に目を向けながらキッコが言った。
「あれは異形ではないのかと、そうクズハは言いたいのだろうて」
「異形?」
「あの店員の兄ちゃんたちがか?」
へぇ、と彰彦が感嘆する。匠も人間のように見える彼等に浅い驚きを抱きながら門谷へと訊ねるような視線を向けた。
もしこの事を門谷隊長が知らなかったらそれはそれで問題だけど……。
視線の先の門谷は書類に向かって「あーもうこれでいいや」と独り言を呟いて顔を上げ、
「奴らが異形なのは番兵側も承知済みだ」
「そうなのか?」
厨房の方を見ると真達羅が会釈を返してきた。肯定ということだろう。
道場の子供達か門谷さんからクズハの事を聞いていて気になってたって所か?
随分人そのものに見えることから本人達からの申し出があったのだろうと匠が思っていると、
「まあ臭いが人のそれと違うしの。匠、お前も≪魔素≫を注意深く探ってみるといい、人のそれと多少違いが見てとれるはずだの」
キッコが空になった自分の皿にスプーンを放りこんだ。「それはそうと」と厨房を見やり、
「そこの、あまり森で暴れるな? 眷ぞ――知り合いにまで種を播くのなら」
茶を啜って自然な動きでクズハの団子を手にとり、
「最近我も雑食でな、果実もその根ごと喰らうぞ?」
笑みで言った。
真達羅の奥の方から桃太郎の声が返って来る。
「ああ、分かってる」
「ほうかほうか」
「なんだ?」
桃太郎の返答に上機嫌で人の団子をぱくついてるキッコに匠が疑問の顔を向けるとキッコは、
「まあ、大したことではないの」
小気味よく笑って匠の皿の団子にも手を伸ばしてきた。
はぐらかされた……か?
方々に迷惑をかけてないだろうなと団子を奪い返しながら不安に思う。と、「邪魔するぞ」という男の声が店内に響いた。
「あ」
その声は聞き覚えのある声だ。そしてその声の正体に気付いた彰彦が「げ」と心底嫌そうな声を上げて席の奥の方へと身を伏せて隠れる。
入り口から入ってきた男は今井信昭、道場師範にして今井彰彦の父親だった。
彼は店に足を踏み入れると匠と門谷の姿を確認して大きく手を振って、
「おう匠、門屋さんもここに居たか。彰彦らしき人間を見たって子供らが言ってたがお前達見なか――」
歩み寄ってきたところで動きがピタリと止まった。身を伏せている彰彦の姿を認識したらしい。
匠は信昭の目が厳しくなり、こめかみ辺りに青スジが浮かぶ。
うわぁ……。
そんな感想を心中に抱きながら匠はクズハの手を引いて粛々として席から離れた。彰彦が察して何らかの反応を示そうと口を開き書けた刹那、
「彰彦てめえ……っ」
拳骨が彰彦にぶち当たった。
「ロクな連絡も無しにこの数年なにしてやがったぁ!」
肉を打つ音と共に彰彦の肺から空気が押し出されるような悲鳴が聞こえる。
続いて信昭の逆の手が、こちらも拳の形で振り下ろされた。
それをギリギリのところで避けた彰彦はテーブルの下を転がって門谷の横に立ち、
「っ痛〜、てっめえ連絡はしてただろうがクソ親父!」
起き上って抗議をしようとしたその顎を先程外れた方の拳が捉えた。
信昭は足が地を離れて空に打ち出される彰彦に向かって走り込み、
「一方的な知らせを連絡たあ言わねえんだよドラ息子がぁ!」
華麗な飛び蹴りが腹に決まって彰彦が床に激突した。そこから信昭は寝技に移行して息子を締めあげていく。
「匠さん、あの、止めなくていいんでしょうか?」
クズハが袖を引いて訊ねてくる。
匠は他の人間を置いてきぼりにして展開されているその光景を見て、
「う〜ん……」
ギブとかタップとか聞こえてくる気がするけど……まあ、
「自業自得だろ」
吉備団子を食いながら答えた。横ではキッコがいつの間にか彰彦の分の吉備団子を食いながら楽しそうに「ホレ彰彦、抜けだしてみせい」とのたまっていた。
しばらく彰彦は父親との感動の再開を拳で存分に味わっていた。
●
ひと通り彰彦を折檻し終えた信昭はいろいろ文句を呟きつつ店の払いを迷惑料と言い置いて多めに払って店を出て行った。
去り際に「晩飯の時分には帰ってこい」と言っていた辺り、彰彦が帰って来て結構嬉しいんじゃないかと匠は思いながら鬼が島≠ゥら退散した。
「あたたた、――くっそあの野郎」
「だ、大丈夫……ですか?」
「死ぬ……」
関節を鳴らしながら彰彦が疲れた声を出す。
「随分と一方的に殴られてたな」
匠が苦笑で言うと彰彦は殴られた跡の残る顔を向け、
「そりゃいくらクソ親父相手とはいえ銃突きつけるわけにもいかねえだろ。そもそもアレに銃が効くかどうか怪しいしな。年食ってもやたらと元気で困る」
「拳で立ち向かえよ」
「んー? それこそ現在の道場主様に敵うかよ」
そう言って自嘲気味に笑う彰彦の肩を門谷が叩く。
「ははは、連絡もろくにとってないんじゃ殴られても仕方ねえな、彰彦」
「わぁーってるよ」
嫌そうな口調で答える彰彦を笑って門谷は流した。
門谷は報告書を上に回すなどの仕事があるとのことで兵舎の方へと戻っていった。
それを見送ってさて、と匠は来訪者二人へと問いかけた。
「それで彰彦、それにキッコも。これからどうするんだ? 研究区に戻るのか?」
問いかけに二人は顔を見合わせ、少しの間を置いて、しかしはっきりとした答えが返された。
「いや、しばらく和泉に留まろうと思うておる」
「そうなんですか?」
クズハにキッコが腕組みしつつ頷いた。
「んむ、ここは居心地が良いからの。――と、いうわけで道場だったかの? クズハの所に泊まらせてもらうぞ」
「え?」とクズハが匠を伺い見た。
「いきなりで大丈夫でしょうか?」
匠もクズハも和泉では師範の道場の空き部屋や離れを使わせてもらっている身分だ。
あまり無茶な事は言い出しづらいということはある。しかし、
どこか別な場所に泊まられて変な騒ぎを起こされても困るしな……。
それに師範たちは悪い顔はしないだろう。その程度には人柄を把握している。だから、と頷くと、
「たぶん、言えば分かってくれるだろ」
「決まりだの」
キッコはそう言ってクズハに部屋の様子等を訊き始めた。
親子か姉妹のような二人を見ながら匠は彰彦に、努めてなんでもない事のように訊いてみる。
「で、お前はどうする?」
「あー、どうしたもんかな……ここの友人共もほとんどは平賀のじいさんの研究区か墓の下だしなぁ」
そう言って先程門谷が去って行った方、兵舎の方を見て、
「兵舎にでも泊まらせてもらおうか。空き室くらいあんだろ」
「んー、正式な番兵以外があそこに寝泊まりするのはどうなんだろうな。……俺が借りてる離れならどうだ?」
「ん? 離れか?」
「居心地はいいぞ。数年住んだ俺が言うんだから間違いない」
あまり拒絶全開なのもよくないだろう。そう思って言うと、彰彦は割と好意的な反応を示した。
「そいつはいいな」
「じゃ、決定ってことで――と、そうだ」
言いながら、声をひそめる。
「ん?」
怪訝な顔を向けてきた彰彦に探るように言葉を投げた。
「お前、どこか身体壊したのか?」
彰彦は呆れたような変な顔で「はぁ?」と応答した。そのままの顔で、
「なんのこっちゃ?」
「ああ……森での戦闘もそうだけどさ、お前なんで後衛に回ってたんだ?」
「そりゃ前衛担当の化け物が二人もいたからな。別にどっこも壊しちゃいねえよ?」
この通りなにも壊れちゃいないと地面を飛びはね、
「それにほら、森であのムカつく異形に噛まれた傷すら今は無いぜ」
そう言ってずいと二の腕を見せつけてきた。
その鍛えられて引きしまった筋肉が鎧っている腕には確かに傷など残っていない。
それを見てとって匠は頷いた。
「そうか……」
彰彦はあーあー、と両の腕を浅く広げて掌を肩の横で上向けながら肩をすくめて、
「お前はそんなとこばっか気にすんだな。なんだ? 実は野郎もイケるとか言うんじゃないだろうな、引くぞ?」
やれやれだぜ、と首を振ると、
「もっと見とくべき事あると思うぜ?」
そう言って前方、クズハとキッコを見た。
またあんなことにならないようにってか?
匠は視線の先を追ってそう思い、
そんなことは、
「分かってるさ」
答えた。
「そうかねぇ」
彰彦が笑み混じりで言うのを聞いて、
うわなんだろコイツさっきから……殴りてえ。と匠は割と本気で思った。
●
信昭と芳恵には彰彦は離れで野郎同士合宿気分を味わうと言う事で話を通した。
敷地に入れるなとか言われない辺り、やっぱり拒絶する気は無いんだよな。
黙認。と状況をそう評して匠は離れまで彰彦の分の寝具を、
クズハは本宅の方に借りている部屋にキッコの分の寝具をそれぞれ探していた。
「彰彦さんはなんでここに戻ってきたくないんでしょうか?」
「さて、なんでだろうな」
分からない。ただ理由と繋がっていそうな違和感を感じた事はあった。
ついさっき森で噛まれた腕になんの傷も無いのは治癒系の術を使っていたのだろうけど
……一定の力しか出せない小口径の銃をメインに使うっていうのはあいつのスタイルに合ってないな。
以前の彰彦は巨人種相手にも素手でやれたはずだ。ならばどこかを壊したのかと思ったのだが、
本人否定してるしなぁ……。
「本人が言ってくれない事にはどうにもな」
ため息交じりに言うとクズハもぽつりと答える。
「そうですか……」
「気になるか?」
「はい……ご迷惑をおかけしましたし、もし彰彦さんがここに帰って来る事を心のどこかで望んでいらっしゃるのならなにか力になれないかな、と」
「そいつは俺も気になるな」
部屋の入り口から声が聞こえた。そこに居たのは、
「師範」
「師範さん」
「クズハちゃん悪いな、あの馬鹿のこと思い煩わせて」
クズハが持ったキッコの分の寝具を受け持ちながら信昭は苦笑する。
「いえ……あ、ありがとうございます」
「いいってことよ」と答えて寝具を肩にまとめて乗せて部屋の出入り口へと歩いて行く。その途中、
「なあ、匠」
「はい」
「あの馬鹿はどうしてる?」
「文句言いながら離れに落ち着いてます」
「そうか、ならいい」
背を向けたまま発された言葉はどこか嬉しげに聞こえた。
●
道場の外、門柱に背を預けながらキッコはテイクアウトした吉備団子を口に運んでいた。
「異形がいるとか、随分と森好き勝手にされてんじゃね?」
逆の門柱に背を預けた彰彦が空を見たまま言葉を発した。
「ただ通り過ぎる者にまで手は出さんのでな、まあアレは礼儀がなっとらんが……彰彦よ、あの異形をどう思った?」
質問には考えるような間が挟まり、
「ああまでなっちまっちゃあな……でも、ああ、同じ感じがしたな……」
「そうか」
では、と言って串を木に投擲し、
「確定かの。味もそのような感じであった」
「また……特殊な確認の仕方をしてんのな」
苦笑で言って、
「キッコさん。あいつら、何が目的だと思う?」
「信太の森に居るという事は、我を仕留めそこなった事に気付いて来たか……いや、それにしては和泉に来るのはおかしいか」
考え、「憶測以上の事は分からんのう」と息を吐き、
「いずれにせよ、ようやっと尻尾を掴んだのだ……本体まで食いちぎってくれるわ」
「尻尾切り離されなきゃいいけどな」
「ふむ?」
キッコは彰彦を見て不審げに首をかしげてみせた。
「えらく食いつくではないか?」
「あー、ま、な」
応じて彰彦は腕を掲げて示して見せた。参った、という眉尻を下げた表情が闇の中キッコの瞳に映り、
「匠の野郎変な所ばっか鋭くてな」
「クッカカ、いつまで隠しておくつもりなのかの」
「うるせえ、俺にもいろいろと考える事があんだよ」
答える間に匠とクズハの呼ぶ声が聞こえた。寝床の準備が出来たようだ。
「行くかの」
「あいよ」
二人は門を潜った。
夜はひとまず問題を覆い隠し、穏やかに更けていった。
投下終了です。
鬼が島°yび桃太郎と真達羅をお借りしましたぁ
ここまで代理投下
GJです!
鬼が島連中、使っていただき……嬉しいですね、これ、まこと感謝ですよ!
彰彦とキッコ様、何かといい掛け合いですよね
もうちょっと彰彦はダメージ少ない人生だったらよかったけれども……
ストーリーにかかわるところでも大きなダメージがある様子で
「じゃっくん、お坊さん拾ったよ」
「捨ててきなさい」
「いや、待て」
小さな少年が高熱にうなされる坊主を運んでくるの図。
駆け寄ったのは豆蔵である。
近づいて顔色を見やればはっきり分かる。
「……こいつも会ったな、ミサキに」
「ミサキ?」
「おい、話してもらうぞ、俺の熱について」
意識を失っている坊主を横に寝かせて。
じゃっくん、瓜坊、そして豆蔵が座す。
年端も行かぬ少年二人と鬼。
なかなかに誤解を招く取り合わせであった。
「まずは自己紹介だ。俺は豆蔵という。一応、人間だ」
「俺は天邪鬼」
「僕はじゃっくんと呼んでいます」
「どうとでも呼べばいいさ」
「僕はもともと名前の概念がありませんので、ある薬師の方に毘羯羅という名をいただいたんですよ」
「俺は瓜坊と呼んでいる」
瓜坊。
猪の赤ちゃんをこう呼んだはずだ。
今の姿こそ良家のお坊ちゃんと言われて頷ける涼やかな少年。
「……」
「何か?」
しかし先程の廃屋を越す巨大な猪の正体を思い返して豆蔵は納得いかなげに毘羯羅をしげしげと見つめた。
「いや、なんでもない。それよりもミサキだ」
「女性の名……ですよね」
「そう、言ってみれば生物兵器だな」
「はぁ?」
ミサキが女性であるのは分かる。
そして女性は生物だろう。
さて、兵器とはまた突拍子もなく、また物騒だ。
「ヴァンパイアウィルスは知ってるか?」
そしてさらに、豆蔵の発言は飛ぶのだ。
天邪鬼も毘羯羅も小首をかしげるしかない。
「吸血鬼が眷属を増やすための?」
「そうだ」
「おい、それとどう話がつながるんだ」
異形。
その中において吸血種も存在は多数確認されている。
そして、伝承における眷族の増やし方。
すなわち「血を吸われた者も吸血鬼になる」という話の裏づけ。
そこにヴァンパイアウィルスなる存在を豆蔵は聞いている。
これは、豆蔵の作り主の勝手な呼称かもしれないし、正式名称かもしれない。
しかし、伝説や恐怖譚の内に留まらずはっきりと存在するものだ。
とどのつまりは吸血種の体内に存在するウィルスが対象に転写される事により、
その吸血種と同じ遺伝情報で肉体が作り変えられるというもの。
むろん、吸血種の全部が全部このウィルスを保持しているというわけではない。
しかし存在するヴァンパイアウィルスの中には、
ウィルスを保持する吸血種が感染対象の精神を支配してしまうタイプさえあった。
このタイプとミサキは深く関わる。
「それを改良して……いや、何か偶発的に保持できるような研究の糸口を掴んだ馬鹿がいてな。それでできたのがあのミサキという生物兵器だ」
「……」
「……」
「もう詳しく話す」
「そのヴァンパイアウィルスと俺の熱がどう関係する」
「お前は今、品種改造されたヴァンパイアウィルスに蝕まれている」
「何?」
「じゃあ、放っておくとじゃっくんも吸血種になるんでしょうか?」
「いや、ならない。高熱でまず死ぬ。まぁ、死ぬと言うのは正確ではなくてな。もっと正しく言うと乗っ取られるんだよ。死体がミサキの支配下に置かれると考えて問題ないし分かりやすい」
「おい、俺はその女に触れてもないぞ?」
「出会っただけでもう感染しちまうのさ。まぁ、誰を感染させるかはミサキが選べるらしいがな」
「駒の選別ができるわけか」
「そうだ」
「駒に代用が利くのは厄介だな」
「まさしく。お前が壊れても、また別の人間なり異形なりに改造ヴァンパイアウィルスを感染させ、殺し、支配下に置けるんだ」
「支配下に置いて……異形を殺し、異形を殲滅する兵器……という事でしょうか?」
毘羯羅と天邪鬼の表情に硬度が増していく。
一方で豆蔵は苦い顔になっていく。
あんまり思い出したくない事を思い出して喋っているからだ。
むかつく作り主の話。
この世のアホの結晶なのに天才的な英知を持ち合わせた男。
「作り主が生きていた時はとりあえずそんな感じで機能してたんだがな、死んでからは暴走の一途だ。人間にもウィルスを感染させている」
「だから止めようとしているのですね」
「そうだ」
「俺はあとどれくらい持つ?」
「その様子ならまだ一週間は大丈夫だろうが、すぐ治せるから安心しろ」
「どうすればいい?」
「運動」
「……」
「……」
「まぁ聞け」
胡散臭がられた。
まぁ、当然と言えば当然だ。
「いいか、ウィルスにかかった者は魔素を強制的に増やされる」
「それで体調が崩れるのか?」
「そうだ。高熱が出るのは無理な魔素の生産のせいだ。で、ウィルスが魔素を作るためには、そもそも魔素が一定量体内に存在してなきゃならん」
「つまり、魔素をがんがん使っちゃえばいいんですね」
「その通りだ。寝込んで体を休めてるのはこの場合逆効果なんだよ。お前、魔法は使えるか?」
「少しだけなら」
「よし、ならどんどん魔法使って魔素出し切れ。そしたら格段に治りが速くなる」
「いまさらだけど、看病してた僕には感染しないのでしょうか?」
「しねぇ。普通のウィルスは、体内でどんどん増えていくんだがな、この改造されたヴァンパイアウィルスは増殖しねぇんだ。だから増殖して他人に感染するって話にゃならねぇん」
「ミサキから感染させられたウィルス分だけ死滅させりゃいいってわけか」
「そうだ。魔素を生産する事で生き続けるウィルスだから、魔素が空っぽにならすぐに死んでいく。調子に乗って魔法使ってみろ」
それならば試してみようか。
とばかりに天邪鬼が意識を集中させる横。
毘羯羅は難しい面持ちだ。
「これで感染が拡大していくタイプだったら、とんでもない生物兵器でしたね」
「ミサキ一人に対して、その支配下に置けるのは七人までと決まってるんだ」
「七人?」
「そう、それが操れる容量の限界らしい。魔素を増やして殺して、魔素が凝った死体は生前よりも強く機能する。外道な兵器さ」
「ミサキ本人も強いのですか?」
「ヴァンパイアクラスにしたい……ってのが作り主の希望だったらしいが、そこまでは無理だったみたいだ。まぁ、異形とバチバチやりあえる程度には強いがな」
ぼ、と毘羯羅の隣で火が上がる。
焚き火ではなく、天邪鬼の魔法によるものだ。
「いつもよりも楽に魔法が使えるな」
「結構寝込んでいたんだろう? なら随分な魔素が蓄積されてるはずだ」
「……ミサキさんを止める方法はないのでしょうか?」
「殺すしかないな」
「……そう、ですか」
殺さずに止めるが最上。
そう言わんとする毘羯羅の心情は豆蔵にも分かる。
「同情の余地はねぇ。作り主が死ぬ前からそもそも手綱握れなかった事がしばしばあった」
「……その、作り主という方はどのような方だったのでしょう」
「御伽 草子郎という名……多分偽名だろうが。一言で言えばマッドサイエンティストって所か。生粋のアホのくせに天才って生まれてこなければ良かった類の人間だ」
「御伽ですって!?」
思わず毘羯羅が立ち上がる。
「知ってるのか?」
「お名前は、桃太郎という方からうかがっています! では、先程豆蔵さんが青年にまでなったのも……魔法ではなく人体改造で!?」
「なにぃ!? お前、桃太郎さんを知ってるのか!」
「やっぱり豆蔵さんもご存知でしたか!」
「御伽 草子郎に改造された中じゃ初期組なんだよ! 憧れの人だよ! 強く優しく義に厚く、清廉潔白、品行方正、正しい者の味方をしてどんな悪にも屈さず戦う武人だって聞いてる!」
「……う〜ん」
あんまりそんな感じじゃない。
毘羯羅の知ってる桃太郎は悪戯好きな飄々とした男だ。
違う桃太郎さんだろうか?
「あの、桃太郎という名で他にも改造された方っています?」
「いや、一人だけだぜ」
「そうですか……」
どうやら同一人物らしい。
多分間違った情報を豆蔵は得ているのだろう。
仲間の一騎など、ロリコンとずっとなじられてるし、豆蔵の言う人物像は当てはまるまい。
「お前、桃太郎さんをどこで知ったんだよ」
「京の近くのある村の防衛を助けていただきました」
「……本当に人間よりな異形なんだな」
「争うより仲良くした方がいいでしょう」
「もっともだ」
毘羯羅の隣で今度は天邪鬼が氷を現す。
それをうなされている坊主の額に乗っけ、皮肉げに笑った。
「甘い話だ」
「じゃっくん」
「いや、実際は天邪鬼の言うとおりだぜ。山小屋にちょっとこもったけで恐がられる」
「ここまで国が荒れてしまえばな」
「荒らしたのは僕やじゃっくんじゃないのにね」
「……もはやそういう問題ではないな、瓜坊」
「じゃあどういう問題なのさ」
「違う種族が同じ国に混ざっている、という問題だ」
「種族?」
「人間は俺たちを異形と一つにくくるだろう。俺と毘羯羅で比べても違うもんだが、まぁ、それはいい。異形とひとくくりにして考える。問題は人間と異形が同じ国でやっていけるかどうかだ」
「異形が人を食べちゃうかも、って事?」
「違うな。そんな原始的な話ではない。人間は異形に抗せる。俺を恐がるとか恐がらないとかの問題の向こう側さ」
毘羯羅が小首をかしげる横。
豆蔵の表情は険しい。
なんとなく、天邪鬼の言いたい事が分かる。
しかしまだなんとなくだ。
掴みきれていない。
だから豆蔵は搾り出すようにこれだけ言った。
「土地……か?」
天邪鬼が頷く。
「物理的な話をすればそうだ。大枠で言えば国だな」
「なんとなくお前の言いたい事が分かってきた気がする。つまり50年先を見据えた話だな?」
「そうだ。人間の自治体一つ一つは小さな国。異形も異形で、集団を作っている者たちが多々いる。これも国。これから時間と共に数は減って、一つ一つが大きくなっていく」
「自治体と言っても連携もすれば合併もするからな」
「そうやって大きくなっていけば人も順調に増える。国が大きくなる。土地が要るようになる」
「その国の成長の中に異形の居場所が残っているかどうか、だな」
「そうだ」
「え、残ってないの?」
毘羯羅がマジでという顔だ。
「もともと日本にいた数が取り戻ったとしよう。その数に俺たち異形の数が合わさる。それを抱え込めるかどうかだ」
「抱え込めないの?」
「知らん。ある世代で融和しても、次の世代で決別するかもしれん」
「……見えない話は、ここらにしようか」
豆蔵が嘆息した。
霞がかかったような未来の話だ。
それよりも見なければならないものは今にある。
「そうだな、まずはミサキだ」
「豆蔵さん、ミサキさんの目的は何なんでしょう?」
「異形を殺して回る事なんだがな、集団を作っている異形に襲撃を仕掛けてるってのが分かってる」「集団、ですか?」
「そうだ。だから次の目的地にゃ検討がついているんだ」
豆蔵が地面に簡単な地図を描いてみせる。
大まかな福井と京都。
現在地は福井。
そして、京都の北……日本海に一点を作った。
「異形が出てきた地震で起こった地殻の変動。こいつできた新しい島と、その一帯の地方だ」
「あ、知ってます、確か……浦島!」
浦島。
京都圏の北部に位置する地方の名称である。
その範囲は主に日本海の島々を中心とし、沿岸の漁村も含まれている。
この島々というのが少々特殊で、
異形出現の原因となった地震による隆起で現れた島なのである。
そして現在、いくつかの島では異形が多々纏まっている暮らしているはずだ。
「異形だけで纏まってコミュニティーを作ってる。おそらく次の狙いはここだ」
「……豆蔵さん」
じっと、毘羯羅が地図を凝視したまま、硬い声。
天邪鬼は、また魔法で火を出しながら口は出さない。
毘羯羅が何を言おうとしているのか察して、それに何か言おうとも思わない。
「この件、僕も手伝います」
「……実はその言葉、期待しててここまで説明した」
「ミサキさんは不当すぎます」
「俺もそう思う」
「じゃっくん、いいですよね?」
「俺は役に立たんぞ。弱いし」
さて。
豆蔵、毘羯羅、天邪鬼。
奇妙に三人が一丸となった頃合。
横になっていた坊主が身をよじる。
天邪鬼が魔法の火をかき消すと。
坊主が眼を醒ます。
「う……ここ……は」
「おはようございます、意識ははっきりしていますか? ご自分の名前、言えます?」
「僕は……」
坊主は身を起こす。
そして表情が火に照らされて、坊主がとんでもなく消耗しているのが良く分かる。
削げた頬。
どす黒い顔色。
飛び出しているかのように血走った眼球はぼんやりと。
焦点を結ばぬ眼で毘羯羅がいる辺りを見た。
乾いた唇が動く。
「あんりゅう……安流です」
「安流さん。できれば横になっていた方がいいですよ。随分と高い熱です」
徐々に、安流が視界が明瞭になっていく。
それにつれて、きちんと毘羯羅を見る。
火を見る。
そして、
「ひっ……!」
天邪鬼を見て後ずさる。
毘羯羅がなだめるように安流の肩に手をやる。
「大丈夫です。噛み付いたりしません。彼、大人しい異形です」
「食う気ならもう食ってるってのは分かるだろう?」
「あ……はぁ……」
どうにか安流が落ち着いて。
四人が焚き火を囲む。
「俺は、豆蔵と言う。安流、あんたの熱はちょっと他の病気と違う理由でな。だが心配するな、治るもんだ」
「はぁ……豆蔵くんは、医療関係の?」
かすれた声。
ここに来て。
豆蔵も、天邪鬼も、毘羯羅も。
安流の疲労困憊の様子をおかしく感じ取る。
「……いや、そういうわけじゃねぇ。だが、えーっと、そうだな、俺の身内が移しちまったんだミサキという女とな、あんた会ってると思うんだが。十代半ばで長い髪の女だ」
「はぁ……あ、ええ、ええ、覚えがあります。道中、声をかけた覚えがあります」
「そいつからちょっと病気が移っちまったんだよ。ちょっと変な病気でな、魔素が勝手に体にたまっちまう。なぁ、あんた魔法は使えるか?」
「……!!」
安流が息を呑む。
顔が歪む。
体が震える。
落ち窪んだ眼窩の双眸には……恐怖。
かちかちと、安流の歯の根が合わなくなるに至り。
豆蔵も、天邪鬼も、毘羯羅も。
決定的に安流に不審を抱く。
「おい」
「は、はい……」
「あんた、何だ? 何か恐い事でもあったのか?」
「……は、はぁ……」
安流がうつむく。
少しの間。
誰もが黙り込む。
焚き火の爆ぜる音ばかりが耳につく中で。
安流が重い口を開く。
「人を……人を……殺してしまいました……」
「それは……」
毘羯羅がなんとも言えぬ顔になる。
豆蔵と、天邪鬼には表情がない。
「不可抗力で殺してしまったのでしょうか?」
「不可抗力……」
「誰を、殺してしまったのですか?」
「…………賊徒の類でした……しかし……」
一層、安流の顔が歪んでいく。
泣き出してしまいそうになる。
「しかし……ぼ、ぼ、僕は……あれは……あれじゃ……やりすぎ……」
「落ち着いて、安流さん、分かりました。まずは落ち着きましょう、すみません、忘れたい事ですよね、立ち入って尋ねすぎました」
「わ、わすれ、忘れられ、れない……んです……夢に、ずっと夢に……起きてても見える……ひめ、悲鳴が……き、きき、聞こえ……て、僕は……」
「どうやって殺した?」
「豆蔵さん!」
「お前は優しくしすぎだ。明らかにおかしいだろう、この坊主」
「いや、そうですけど……しかし本人がこんなに怯えているのに」
がたがたと震える安流が、意を決したように。
袈裟の内側に手を入れれば。
首飾りが表れる。
透明な珠がつながった。
豆蔵が、飛び掛る。
安流の乱暴に胸倉を掴んで叫んだ。
「てめぇ! これをどこで拾った!」
「ひぃ……!」
「ま、豆蔵さん!」
「答えろ! どこで拾った! おい! 答えろ!」
「豆蔵さん! 落ち着いてください! 乱暴はいけません!」
「か、かぐ……かぐやと言う人が!」
「お前……会ったのか?」
ようやく豆蔵の力が緩む。
ほうほうのていで豆蔵の手から逃げ、安流が息も荒く。
ついに、泣き出した。
「か、かぐや殿を……ご存知なのですか?」
「……俺は、かぐやの兄弟みたいなもんだ」
「! で、では、まさか……御伽 草子郎の!」
「知ってるのか!?」
「き、聞かせていただいたんです、かぐや殿に。かぐや殿の経歴を」
「……それで、かぐやはどうしてる? なぜお前が龍の首の珠を持っている」
「な、」
安流が流す涙が。
一層増していく。
か細い声。
「亡くなりました……かぐや殿は」
「嘘……だろ……」
豆蔵の膝も折れた。
呆然と自失して。
唇がわななく。
「嘘だろ……? なぁ? おい、あいつが死ぬかよ」
「ほ、本当です。金時という子に……殺されて……」
「金時!? 最後期の……!」
「かぐや殿は、ばらばらになった御伽 草子郎の被害者とつながりを持ちたいと願って……」
「それで、金時に会って……殺されたのか……?」
「そう、です……」
また沈黙が降りてくる。
毘羯羅も、天邪鬼も、何もいえない。
毘羯羅はいたわるように二人を見比べ。
天邪鬼は関するつもりないようで、黙りこくったまま。
「それで」
豆蔵が言葉を搾り出す。
「お前は……なんなんだ?」
「僕は……僕は、」
安流の涙は止まらない。
それでも。
強い意志覗かせてこう言った。
「かぐや殿の……兄弟です」
「兄弟……」
「かぐや殿は……兄弟が欲しかったのです。だから御伽 草子郎の被害者とつながろうとしていました」
「それで……結局殺されたのかよ……」
豆蔵がうつむいた。
毘羯羅が、おそるおそる声をかける。
「それで……安流さん、その珠は何なのでしょうか?」
「……これは……」
「魔法の媒体だ」
安流が怯える中。
豆蔵が代弁する。
豆蔵には、もう察せた。
安流がなぜこんなに怯えているのかを。
「それで、火や毒を吹けるようになる」
「これも御伽 草子郎の……?」
「そうだ。こいつを使うために調整された奴の名前がかぐやって言う男だ……おい、安流、お前……これを使ったんだな?」
「……はい」
「これで、人を殺してしまったな」
「……はい」
「使いこなせなかったな」
「……はい」
「恐いか、その魔装が」
「……はい」
仏の御石の鉢。
蓬莱の玉の枝。
火鼠の裘 。
龍の首の珠。
燕の子安貝 。
五つの強力な魔装のためにかぐやは強化、改造されている。
それを。
素人が上手く使えるはずがないのだ。
ではどうなったか。
中途半端な、虐殺、殺戮、破壊があったのだろう。
そしてそれは安流の心には酷い毒だ。
大きく、豆蔵が息を吐く。
厄介事が増えただけか。
それともこの出会いは大きな縁か。
「お前のその熱について詳しく話そう。お前と……かぐやについても、話を聞かせてくれないか?」
以上です
いまさらですけど
「よくある話」
「甘味処」
と同じ書いてる人なのでトリップつけますね
且つ、出てくる奴らにつながりがあったりします
今回の「大は小を兼ねる」とかモロですし
真達羅「御伽シリーズだけじゃなくて私の昔の仲間も出たりしますね! もっとも半分以上考えてませんけどね! そして、この場を借りてmGG62PYCNkさん、店長をぶん殴る機会、ありがとうございました!」
196 :
代理:2010/07/20(火) 21:24:36 ID:M97gSXKP
感想いいかな?
>狸よ〜
『童子切』とはまた物騒なアイテムがw
そろそろ狸侍も地獄で派手な立ち回りを見せてくれるか!?
>白狐〜
ゲスト溶け込み過ぎw
やっぱりこれがシェアワの魅力か…
>大は〜
かくして収斂してゆく御伽の物語…
それぞれ簡潔なのに奥行きのある構成には驚く。
草子朗関係者に一気につながりが出来たな
異形が集まって暮らしてる島ってどんな感じだろう
乙です
御伽関係者が集まってるとは
そして安流さんはこれからかぐやの魔装をどう使いこなしていくのかにも期待
焚き火が爆ぜる音。
虫の鳴く音。
風の音。
半月は高く空に昇り、もうすっかり夜も更けた。
焚き火を囲むのは三者。
毘羯羅、天邪鬼、豆蔵。
安流は横になって眠っている。
いろいろな話をした。
まずは豆蔵が安流にミサキを話す。
御伽 草子郎を知っているだけに、安流の理解は早かった。
そして、治癒の方法。
安流にとって、これがとても簡単だがとても難しい。
かぐやの魔装を用いれば一発で治る。
しかし。
それを用いる事を忌避する現在。
どうしたものか。
そして安流が語りはじめる。
かぐやと出会った事。
かぐやが死んだ事。
金時と出会った事。
人を殺した事。
高熱という体調不良なのを押して、訥々と安流は語ったのだ。
毘羯羅が何度かブレイクを入れようとしたが結局しゃべりきる。
朦朧とする意識の中。
しゃべらずにはいられなかったように。
そのさなか、安流は何度も何度も感情を表に出した。
吐露した。
溢れたのだ。
せき止められないでいた。
それは寺をなくした時の悲しさであったり。
かぐやと出会った時の衝撃であったり。
かぐやと別れた嘆きであったり。
金時と出会った時のやるせなさであったり。
人を殺した時の恐れであったり。
それからずっとつきまとう魔装への怖れであったり。
「かぐや殿が兄弟を欲しいと話していた時、漠然と僕もそうだと思いました……
それから、龍の首の珠を使った後……
かぐや殿が兄弟を欲しいと言った心がやっと分かりました。
恐い。
恐いんですね……この魔装。
止めてくれる人、見てくれる人……となりに誰か、いて欲しく、なるんですね……」
弱々しく、か細く、小さな声で安流は途切れ途切れに語った。
結局、しゃべれるだけしゃべって安流はダウンした。
天邪鬼が魔法で作った氷を額にのっけて眠ってから。
毘羯羅が次に語った。
別に人間に友好的でもなんでもなかった頃。
だからと言って異形として何者かと連れ合うでもなく。
そんな一人旅の途中、ある人間の薬師に出会ったり。
その薬師に惹かれてついてったり。
人の道を説かれたり。
名前をもらったり。
薬師を慕って強い異形が集ったり。
集った異形で薬師の村を護ったり。
真達羅のせいでピンチになったり。
「毘羯羅……とか真達羅とか、覚えにくいし言いにくいな」
「猪羅とか鳥羅とかでいいよ」
「ああ、そりゃ分かりやすい」
桃太郎と出会ったり。
「まだ御伽 草子郎が生きていた頃のはずだな」
「豆蔵さんたちも、各地に派遣されていたんでしょう?」
「ああ、あっちこっち行ってた。もっとも拘束されて戦場まで運ばれて放り込まれてただけだけど」
結局、薬師が殺されたり。
そのおかげで仲間の龍が暴れ狂ったり。
それを止めるまでに住人にも被害がいくらか出たり、村が壊滅したり。
新しく村を造っても龍が暴れた手前いずらくなって旅に出たり。
その旅すがらに天邪鬼に出会ったり。
「お前ら二人、まだ組んで日が浅いのか」
「もともと俺も、その薬師に命を救ってもらった事があってな。その縁だ」
「じゃっくん、割と顔広いんですよ」
「瓜坊は世間知らずだな」
「だからこうやって旅してるんじゃないですか!」
豆蔵が次に語った。
とは言え、生きている大半の時間。
施設に閉じこめられていた豆蔵である。
あまり話す事はなかった。
せいぜい、殺した、殺せなかった、殺された、殺されかけた。
こんな話ばかりだ。
ただ、仲間の話を。
御伽 草子郎の被害者、被験者の話をする時。
いくらか安らかな表情であった。
「桃太郎さんもその中の一人ですね」
「そうさ、まだ生きてる御伽 草子郎の被害者ん中じゃ一番古いんじゃないかな」
「他に、どんな方が?」
「牛若と鬼若ってのもいるな。牛若が小角の術に特化させられた奴で、鬼若は鉄を食う異形の遺伝子と人の遺伝子混ざって生まれた奴だ。牛若は今一緒にミサキを追ってる」
「え?」
「俺、牛若、すずめって三人で追いかけてるんだよ、ミサキを。だがお前らに会う前にすずめってのがちょっと痛手を負ってな。牛若が看病、俺が先行してんだよ」
「そうでしたか。仲間がいたんですね」
「御伽 草子郎が死んで……正直一人だったらしんどかっただろうがな、牛若、すずめがいてくれて助かってる」
「だから、安流さんのお話に出てきたかぐやさんも、兄弟を欲しがったのですね」
「ああ、かぐやの気持ちは分かる。よく分かる。しっかりと、つながりを俺も作りたいと今更気づいたよ」
「……すずめさんもまた、御伽の?」
「そうだ。こいつは体をいじられ、安部の魔法に特化させられた女の子だな。ただ、ちょっと障害が残っちまってな、しゃべれなくなっちまってんだ」
毘羯羅が苦い顔をする。
しかしながら、御伽の手にかかったほとんどが死人廃人。
言葉を失うだけですんでマシだと考えるべきか。
「ついた二つ名は舌切りすずめ」
「悪趣味なネーミングですね」
「御伽 草子郎の墓の場所分かったら一緒に叩き壊しに行こうぜ」
「桃太郎さんも呼びましょうね」
それから。
最後に、天邪鬼が語る雰囲気だったけど。
「もう夜遅い。寝ろ」
と、はぐらかされた。
もっとも、これが女の子集合の姦しパジャマパーティならまだしも、
割と血なまぐさいのも混じる昔話大会なので深く突っ込まずにみんな横になる。
横になってから。
「豆蔵」
天邪鬼が口を開く。
「どうした」
「お前はかぐやが兄弟を欲しいと言った心が分かると言ったな」
安流は寺を無くして兄弟を欲しく思った。
いや、兄弟でなくてもいい。
共に過ごす者をぼんやり夢見た。
そしてかぐやの形見。
魔装に対する恐れから、となりに誰を欲しく思った。
二度。
最初は寂しさから。
次は恐怖から。
では、かぐやは?
「言ったよ」
「詳しく教えろ」
「……俺たちは、中途半端な化け物もどきだ。人外奇形の見た目の奴だっていた。
そいつらが、人の海にまぎれるのは難しい。だから、寄り添おうとしたんだろう」
「ではかぐやも異形の見目だったのか?」
「いや、美形だった。ぶっちゃけ、人の街でも暮らしていけたはずだ。ただ、かぐやは優しかったんだよ。
だから、俺たちが固まろる土台を作ろうとしたんだと思う。俺だって背格好が一向に変わらねぇんだ。ガキの見た目のままずっと変わらねぇ。多分、村で暮らしても気味悪がられるだけだ」
「……なるほどな」
「だがあの坊主はそういうわけじゃねぇ。かぐやの形見は俺が引き取るから、高熱さえ引けば後は普通に生きていけばいい」
「聞くかな。かぐやに随分執着していた」
「だが魔装を恐がってもいるからな。俺は丁度いい引き取り手だろう。ここが手放す機会だ」
「……どうかな」
「なんだ、手放さないって言うのか?」
「多分だがな……もっとも、あの坊主がやりたい事をも少し詰めて聞く必要がある」
「だから別に、兄弟でも家族でも、村で作ればいいだろう」
「そこだ」
「どこだよ」
「……明日、本人俺が本人に尋ねるさ。そこでな、豆蔵、お前に頼みたい事がある」
「なんだよ」
「ちょっとした芝居をしてくれ」
◇
日が昇り。
安流が重いまぶたを開ければ天邪鬼が火を見ていた。
「よう」
「おはよう御座います」
二人きりである。
毘羯羅と豆蔵、二人の少年の姿はない。
「あいつらは朝食調達だ。山に行ってるよ」
「そうですか」
「お前、腹は?」
「減ってはいますが……」
「食えんか」
「はい」
ほどなくして、ウサギを手に豆蔵が。
五本足で眼が八個あってぬめぬめして「ぎゃぎゅぎょー!」と鳴く小型の異形を手に毘羯羅が。
それぞれ戻ってくる。
「瓜坊はそれ山に返してこい」
朝食はウサギだけと相成った。
首を落とす、皮をはぐ、肉を削ぐといった生々しい調理。
しかし割りと生臭坊主だった安流の事、特に気にせず。
木の枝に刺して塩を振り、焚き火であぶるが三人分だ。
やはり安流は食べられそうにない。
「安流」
さて、肉を噛みながら。
豆蔵が切り出した。
「かぐやの形見を俺が預かろう」
「……」
「昨日話したように、ミサキのウィルスは魔装を使えば楽に治せるが……今のお前には酷だろう。なら、危険物は今俺が預かっておいた方がいい」
安流がまぶたを閉じる。
もどかしげに。
やるせなげに。
「安流、お前の目的は何だ?」
「……」
「安流」
「兄弟を、欲しいと思っています」
「ならば、異形を相手取るような武具もいらんだろう」
安流が、眼を開ける。
言うか、言うまいか。
そんな迷いがなかった。
「僕は……人も、異形も、あなたたちさえつなげたい」
「……つなげて、どうする」
「すれ違いを無くす」
「すれ違い?」
「かぐや殿と金時くんが出会い、結局殺し合いをしました。金時くんを受け入れた山を、……金時くんの家族を手にかけたからです」
「おい、坊主、武具を手放さないという事は、だ」
天邪鬼が口を出す。
毘羯羅は、空気に和気がないのを察しておろおろしはじめた。
「ナイフを喉元に突き付け合って話し合うわけか?」
「違います。僕は両手を挙げます。相手のナイフを全て……受け付けない自衛です」
「相手は疑いと恐怖しか持つまい」
「時間はかかります」
「……今の日本を、お前はどう捉えている?」
「どう……と言われても。まだ混乱してますよ。二次掃討作戦が終わっても落ち着いたというわけではない」
「戦国だ」
「え?」
「今はな、戦乱だよ。この国は割拠しているのさ」
「……分かる、気はします」
「気がするだけだな。もっと煮詰まればこの国はどう転ぶかまるで暗闇の中。無論、戦国だ割拠だとは言え、人同士は自治体の豊かさで競うだろう。
だがその根底は食い合いだ。遠い未来でも確実に、国は纏まらざるを得まい。一つに纏まらないとしても、いくらかの分裂で均衡だ」
安流が押し黙るが、天邪鬼は止まらない。
まるで、攻めるように続けた。
「異形が一個に集って人と拮抗するかもしれん。異形と人が手を取る可能性もある。今は閉鎖したこの国が、海の外から何が来るか予想できるか?」
「……あ、う……」
「その中で……お前が言う事は、不当に暴力を持つ集団を作ろうと言うものだ。人と、異形と、御伽の子らをつなげてどうしようと思っていた?
ひっそりと暮らしたいか? ささやかに寄り添いたかったか? 笑わせる。誰もが思うだろう、何を企んでいるのだ、と」
「……そんな、そんなつもりでは……ただ、僕は全国に散っていても仲間がいると思えれば……」
「そんなつもりではないと主張して聞き入れてもらえるか? 時間をかけるか? その時、時間はあるか? 信じられる事なかったとしたら?」
「……」
「国が穴だらけの現在の日本が永劫続けばお前の夢も叶うだろう。だが変わる。混乱と言うものはいずれ収束してしかるべきだ。
この国の混乱も収束するぞ。収束したその時、収束の途中、お前の夢に居場所はあるかな?」
安流は何も言えない。
見据えていなかった。
見通していなかった。
見越していなかった。
例えば再生機関。
正義の名の下に、異形の討伐を成す機械集団は国の再生をこそ大義名分に集い、戦う。
そこに口をはさめる者はいまい。
求められる暴力を高めているからだ。
例えば平賀研究区。
五つの名前の一つの下に異形と人が共存するそこを確かに疎ましく思う者も少なくない。
しかし手を出せるかどうかと言えば別だ。
求められる技術を高めているからだ。
己はどうだ。
安流は自問すれども、代償行為でしかないと思わざるを得ない。
かぐやを失った過ちを、もう起こさぬよう。
それだけだ。
「分かったら大人しく坊主をやっていろ。かぐやを忘れろとは言わん。だがまっとうに生きろ」
「……できません」
「ならばかぐやの魔装で一生涯殺し合いを続ける事になる。いや、お前は諸手を挙げるだけだったな。
一身にただただ周囲から殺意敵意害意を向けられる日々になる。耐えられるか?」
「それを耐えるための兄弟が欲しいと……」
「作った兄弟もあらゆる者から疎まれてもいいと?」
「違う、僕は……ただ……」
「かぐやの魔装を手放せ」
代わって。
豆蔵が口をはさむ。
ますますおろおろする毘羯羅を、天邪鬼が手で制す。
「それが一番幸せだ」
「……………………できません」
「かぐやは残念だったが、あいつ以外の兄弟を作れ」
「……僕は、かぐや殿の言葉が、忘れられないのです」
「忘れんでもいい。偲べ。お前の夢は偲ぶ事もできなくなるかもしれん……死ぬかもしれん夢だ」
「…………できません。かぐや殿と金時くんのすれ違いを見て、僕だけが平穏なんて……つらすぎる」
「どうしてもか」
「……………………はい、どうしてもです」
豆蔵が腰に下げた小槌を手に取った。
みるみる大きくなっていくそれは、すぐさま人を叩き潰せるサイズと化す。
「なら死ね」
呆然と、打出の小槌が大槌になるのを見届ければ。
豆蔵が振りかぶる。
腰を据えて。
安流に向けて。
「豆蔵さん!」
「よせ」
毘羯羅が疾風じみて止めようとするのを天邪鬼が止める。
安流は、唇を震わせて何も言えずにいる。
「お前は高望みが過ぎている。どの道のたれ死ぬ結果に終わるだろう……どうあっても地獄だ」
「う……ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、く……は、ただ……」
後ずさる安流を、退いただけ豆蔵が詰める。
本物の殺気に当てられて安流の腰は当に抜けていた。
かつて金時と対峙した迫力と酷似している。
本物の気迫。
小さな豆蔵の体から、猛獣以上の脅威を感じる、
気づけば安流は泣いていた。
豆蔵に恐怖したか。
かぐやの形見を手放す事が悲しいか。
ただ。
死ぬことを厭う心では、なかった。
「最後だ。かぐやの形見を手放せ」
手放そうか。
安流が、そう考えてしまう。
国のためではない。
自分のために、つながりを作ろうとしたのだ。
それは不要な混乱さえ招きかねない事。
本当につながりたかったのは、かぐやなのに。
ここで止まらなくても、辿り着くこともない。
心の底から望んだ人は、もういないのだから。
だからやろうとしている事は所詮、代償行為なのだろう。
かぐやを失った過ちを、もう起こさぬよう。
それだけだ。
それ。
だけ。
だ。
違う
それ。
だけ。
は。
それだけは。
それだけは、
「譲れない」
「あん?」
それだけは、譲れない。
かぐやを無駄死ににさせないためにも。
かぐやが生きた意味があるように。
かぐやの心が続いていくように。
「手放せない! 手放さない! 僕は、僕が! つなげる……! 戦乱でも、割拠でも! 必要とされてやる! 手を出させない!」
槌が、振り降ろされ。
安流は、まぶたを閉じず。
涙を流しながら、豆蔵を見上げ続け。
同時。
貝の形の薄幕が。
安流を護るように、現れる。
――燕の子安貝
「……離せよ」
「そうはいきません」
そして、大槌が止まった。
貝の防壁に触れる事もなく。
毘羯羅に止められ。
「いや、瓜坊、もう離していいぞ」
毘羯羅を抑えていた天邪鬼は吹っ飛ばされて転がっている。
身を起こして、それだけ言った。
貝の防壁が溶けるように消えていく中。
安流が、まだ泣きながら。
まだ緊張しながら。
まだ見上げながら。
「芝居だ」
「……は?」
「いや、殺す云々は芝居だから離せって」
「……は?」
「いや、だから殺す云々は芝居だって」
毘羯羅が半信半疑に槌を止める手を離せば、豆蔵も小槌を元に戻す。
本当に。
演技だったようだ。
「安流、平賀に会いに行け」
そして、天邪鬼がこう言った。
まだ訳も分からず緊張したままの安流を豆蔵が立たせ。
「まずは魔装を使いこなせ。俺が言った戦乱とか、兄弟が疎まれるとか、気にするな。まずは力をつけろ。話はそれからだ」
「…………はぁ」
「しゃんとしろ。必要とされてみせるんだろう?」
「あ、いえ、その、それは……」
毘羯羅もそろそろ、あーなるほどー、とか言ってる。
落ち着き始めた安流も、試された自覚が出てくる。
しかしまだ腰が抜けたままだ。
「俺が言った事は、間違っているかもしれんし間違っていないかもしれん。だがまだ時間はある。猶予のようなものが、まだあるだろう」
「……」
「まずはお前が柱になれるだけの強さを得ろ」
「僕が……柱?」
「柱になるならば人間だ」
涙は、流れ続けている。
しかし先程とは違う涙だ。
豆蔵が笑いかけてくれる。
「お前の夢は、きっと叶えるに値する」
「だから安流、まずは平賀だ。かぐやの魔装について、調べてもらえ。どう使えばいいか、把握しろ」
「あ、あのですね!」
ようやく話の流れに追いついた毘羯羅も手を上げる。
「薬畑という村に行くといいですよ」
「くすりばたけ?」
「一次掃討作戦の後の荒地にできた村なんですけど、僕の仲間がいるんです。名前は迷企羅。虎です。虎羅です」
「虎……?」
「はい。唯一、旅に出ていない僕の仲間で、教える事が好きだから、きっといろいろ話をくれますよ。強くなるのがどうとか魔法がどうとか」
「くすりばたけ……」
「名前の通り、薬ばっかり作ってる所です。ただ、新旧あって、古い方の薬畑です。京の南の方にある田舎ですよ」
「ありがとう御座います、寄ってみます」
豆蔵が安流の肩を叩く。
励ますように。
背中を押すように。
「まだ魔装は恐いだろうが、小まめに使って魔素を消費し続けろ。じき、熱は引く」
「……はい」
「俺の仲間をつけようとも思ったが……もう一人で大丈夫だな?」
「……はい」
「さっきの言葉、嘘じゃないな?」
「……はい」
「よし、それじゃあよ、また生きて会うぞ」
「……はい、必ず!」
こうして。
安流は平賀と迷企羅へ進路を取る。
人をつなげられる強さも知識も得るために。
柱になっても折れぬため。
そして。
毘羯羅と天邪鬼、そして豆蔵は京の北の果て。
浦島へと進路を取る。
ミサキを止めるため。
再び会おうと約束をして。
以上です
安流修行編
と見せかけて、和泉とかにこのハゲを出す苦肉の策
今気づいた
私、まだ女の子を自分で出してない
次は……!
次こそは……!!!
ここまで代理投下
211 :
創る名無しに見る名無し:2010/07/23(金) 01:21:57 ID:5HrLEn2H
乙です
安流さんがんばれ!
豆蔵達の進路の先やみさきの事も気になる所です
あ、あと女の子出してないとおっしゃっておりますが……アレです。
自分かぐやさんがこう、なんだ? つまり……わぁい!
212 :
鉄の女:2010/07/23(金) 19:44:34 ID:mSiCe7ln
秋田。
東北地方に座す日本における魔境である。
来訪者には須らく雪と寒風の洗礼を浴びせる北の果てが一角。
生命という生命を拒むがごとき寒冷は圧倒的であり、
乗り越えるために秋田の賢者たちは英知の結晶として米と酒を生み出した。
そんな日本海に面せし米と酒の楽園には、
1980年代後半頃〜2000年代前半頃、
ハタハタを絶滅寸前まで狩に狩った豪傑どもさえ存在していた。
まさに文武のそろい踏み。
あきたこまちなる品種を創造せし聖人を育み。
ハタハタを蹂躙せしめる魔人たちを生み出す。
さらにはなまはげという鬼人さえ抱える鉄壁の布陣。
かような人材がひしめく秋田とて第二次掃討作戦を乗り越えて、
復興の只中、あるいはやっと落ち着いたというのが現状だ。
さて、そんな秋田の片隅に。
むしゃむしゃ村と言う村が存在した。
地震、異形の出現と荒れに荒れた日本において、
中世の文化レベルで村を新たに造る事も少なくない。
そんな村の一つ。
むしゃむしゃ村。
かつての勇猛な武者らを先祖に持つ者たちが起こした村。
その武者が重なってむしゃむしゃ、という呼称であるという説が一割。
そして九割の説は村のみんなが食欲旺盛。
むしゃむしゃ食べるぜ、むしゃむしゃ村。
という感じだ。
むしろこっちが定説だ。
そんなむしゃむしゃ村の住人に彼女はいた。
まるで泥酔してしまっているかのような赤い肌。
きりりと凛々しい双の眼。
男顔負けの逞しい体躯と豊満な肉付き。
長く艶やかな髪を一つにくくり。
鉄がごとき、その女。
鬼若は、そこにいた。
◇
ざく。
鍬を大地に突き刺して。
掘り返す。
なんとも基本的な農作業である。
延々と、もらった畑を耕して。
鬼若は、そこにいた。
213 :
鉄の女:2010/07/23(金) 19:44:52 ID:mSiCe7ln
各所に刀傷をこしらえて、ずたずたの満身創痍で死に掛けていたのが半年ほど前。
むしゃむしゃ村の村人に助けられ、養生したのは三ケ月。
すっかり完治した鬼若だが、行く当てもなく。
結局、村に置いてもらえる事になった。
御伽 草子郎が死に。
鬼若は生きる指針を失った。
指針が欲しくて不安で不安で仕方なく。
生きる方向を教えて欲しい一心で。
武蔵を追いかけ追いついて。
自分で探せと突き放されて。
切り刻まれた半年前。
今、鬼若の心は穏やかだった。
むしゃむしゃ村の片隅に畑をもらい。
土を耕し種をまき。
それは、命と向き合う事だと良く分かる。
土を耕すという一事だけでそうだ。
土も生きている。
呼吸をする。
だから耕してやらねばならない。
いや、それどころか鍬に使う鉄さえ生きている。
鬼若が命を向き合おうと思ったきっかけはむしろこっちだ。
そもそも鬼若は。
鉄を食うのだ。
もともと異形と人の子を作ろうというコンセプトで作られた一人だった。
人の卵と異形の精。
異形の卵と人の精。
いろいろな実験があったらしい。
鬼若は、異形の卵に人の精から生まれたはずだ。
人の姿に準じて生まれたのは、幸いだったと思う。
もっとも、母も父も人の形をしていたらしいから当然と言えば当然か。
ただ、母の特性。
鉄を食う性も受け継いだ。
体は鉄がごとく。
肌の色はもはや鉄火。
無論、鉄以外も食えるが鉄を食うほどに鬼若は力が増すのだ。
鋼鉄を食えば食うほど剛く。
武具を食えば食うほど強く。
だから、最初に農具の声を聞いた気がした。
鉄を食う事無く。
向き合った。
それでどうしたかと言えば、手入れをしてやった。
農具もむしゃむしゃ村で余っていた物だったのだ、随分手入れがされていなかった。
丁寧に、手入れをしてやった。
農具が喜んでいる気がした。
214 :
鉄の女:2010/07/23(金) 19:45:11 ID:mSiCe7ln
次に、土の声が聞こえた気がした。
耕している時。
もっと空気を吸いたいと。
幸い、異形を相手に大立ち回れる豪腕である。
もらった畑が小さかったのもあり、よく耕してやれた。
そして水をやり。
肥料をやり。
畑も美味いと言っているような気がする。
次はまいた種の声が聞こえるのだろうかと鬼若は思う。
畑を任され三ケ月だが、きゅうりがそろそろ食べられそうになってきた。
ただ元気はないように見えた。
そもそも気候に適さないのだ。
魔法で温度を調整して育てている者がいて、種をもらってまいたのだが普通にやったのではいけないようである。
しかしいけないのも実際に育てて見ろ、と言われた。
次はどうしようか。
他の野菜はどうすればいいだろう。
鬼若は考える。
そして気づかない。
田畑と対峙し。
野菜と対峙し。
農具と対峙し。
御伽 草子郎が死ぬまで。
殺す事ばかりに傾倒していた頃を、すっかり忘れてしまっている事に。
そんなある日々の中で。
とある災厄がむしゃむしゃ村に舞い降りる。
◇
「異形だー! 異形が出たぞー!」
大豆の畑に水をまいていた時であった。
村に響く大声に鬼若が顔を上げる。
そして声の方へと駆けるのだ。
他の村人も声の方へ走る中。
鬼若が風のように駆け抜ける。
すぐにどんな異形が出たかは視界に入る。
大きい。
いや、高い。
足が異常に長い男が野菜を貪っているのである。
その足元には異常に手が長い男。
これまた畑を荒らして野菜を食っている。
「やあきょうだい、これはうまいやさいだな」
「そうだなきょうだい、こっちのやさいもうまいぞ」
「おう、あれもうまそうだ」
「おう、それもうまそうだ」
215 :
鉄の女:2010/07/23(金) 19:46:33 ID:mSiCe7ln
テナガとアシナガである。
風を巻いてたどり着いた鬼若はアシナガを見上げて声を荒げる。
「お前ら! 何者だ! 何してる!」
「オレたちテナガアシナガ。お前こそなんだ?」
「鉄のにおいがぷんぷんするぞ」
「半分異形の半分人間だ」
「はんぶん人間か」
「はんぶんようかいか」
「ならば納得だ」
「それは納得だ」
「おい、それより勝手に野菜を食うな。腹が減っているなら頼め。この村の人たちなら快くご馳走してくれる」
半年前。
死に掛けていた鬼若に、村人総出で我先にと体に優しい料理を提供してくれたのを思い出す。
収集がつかなくなってしまったので本当に村人総出で、
「最強の病人食決定戦」なる村人全員参加の料理大会まで開かれた。
そして優勝料理が鬼若に提供される事になったのはまだ記憶に鮮明である。
加えて、鬼若が鉄を食うと知っても、
「むしゃむしゃ村と謳っておきながら鉄をむしゃむしゃ食う発想はなかった」
「まいった! お前はこの村に相応しい!」
「へへ……いい食いっぷりじゃねぇか。ほら、うちの鍋も食いな!」
とむしろ鉄をご馳走してくれた豪傑たちの村である。
「あー! 俺の野菜が!」
「俺の畑が……!」
そして。
テナガアシナガが食い散らかした畑の持ち主たちがようやっと現れる。
すでにいくつもの畑が長い手足に荒らされて。
持ち主たちは愕然としている。
「おい! てめぇら!」
そして、そんな中で畑を荒らされた一人が怒鳴り声を上げる。
「どの野菜が一番美味かった!」
テナガアシナガがきょとんと顔を見合わせる。
「これもうまかったし、あれもうまかった」
「それもうまかったし、どれもうまかった」
「そんな返答、納得いくか!」
「きちんと判定して言え、異形! 俺の野菜のが美味いに決まってんだろ!」
「ざけんな! 俺の野菜だ!」
「君たち、下位争いは止めたまえ、俺の野菜が最強だろう」
「アホンダラ、ボケカスー! 最強は俺の野菜じゃコラダボー!」
鬼若と、テナガアシナガがきょとんとなる。
さて、そんな我が野菜こそが最高であると主張する中。
人の海が割れる。
そして杖をついて現れるのは長老である。
村長且つ、むしゃむしゃ村の生き字引。
216 :
鉄の女:2010/07/23(金) 19:46:59 ID:mSiCe7ln
「長老!」
「村長!」
「……そやつらが畑を荒らした異形か」
老いてなお鋭さを失わぬ双眸の光。
射抜くようにテナガアシナガを交互に認めて。
長老が杖で一つ、地面を叩く。
曲がった腰を伸ばし。
「聞け! 村の者たちよ!」
高らかに。
澄んだ声音を響かせる。
「これより誰の野菜が最強か、この異形らの判定を交えて競いあわん! 全員参加じゃ! 覇を唱えよ! 己が野菜の優秀を証明してみせい!」
ここに、野菜料理大会を宣言せん。
怒号が村に響き渡る。
それは歓喜の歌。
戦う者たちの雄叫びである。
新参の鬼若はノリについていけていなかった。
◇
「さー始まりました、むしゃむしゃ村全員参加、最強野菜料理決定戦。
司会は私、長老の息子、武者小路 清十郎(むしゃのこうじ せいじゅうろう)がお送りします。
さて、ルールは簡単。自分の畑で取れた野菜で料理を作る。これだけです。
ただし、野菜は自分の畑ですが料理人については別に用意していただくのも結構。
ですのでお隣さんどうしで組む、野菜担当と料理担当で家を分けるなんてチームもあるようです。
また、料理人だけ別の村から召喚するという荒業をやってのける家の人もいる様子。
いやぁ、どうですか、本審査員のテナガさん、アシナガさん。
異形という事ですが、お嫌いな野菜なんかありますか?」
「なんでも食うぞ」
「なんでも食うぞ」
「しかしきょうだい、どうしてこうなった?」
「さあなきょうだい、どうしてこうなった?」
「そういう村です。あきらめて審査員やってください。
さて、ここでテナガアシナガ兄弟以外の審査員の紹介です。
この料理大会のためにお越しいただいた高級料理店を主宰されています山原 雄海さん。
新聞社に勤務されている岡山 士郎さん。
お二人はどうも険悪な仲なご様子ですが見て見ぬ振りを貫き通したいと思います。
そして最後はこの方、日本料理界に30年以上君臨してるとかしてないとかなんかそんな感じで、
味王の異名を持つような感じがしないでもない田村 源二郎さんにお越しいただきました。
以上、一切の紅一点の存在を許さぬ審査員陣でお送りします。
さー、そろそろ第一次審査が終わった様子。中継の方に視点を移して見ましょう。
中継の多々良さーん」
◇
217 :
鉄の女:2010/07/23(金) 19:47:13 ID:mSiCe7ln
「はーい、中継の多々良です。全5ブロックで行われた第一次審査も大詰めです。
みなさん精魂込めて作った野菜はそれだけでも美味しそうですが、
とっても素敵なお料理ばかりですよー。
不自然な説明口調になりますがそれぞれ5つあるブロックで十数人が第一次審査を競い、
勝ち抜いた一人が本審査に出場、テナガさん、アシナガさんの兄弟を筆頭に、
どこかで見たことあるような審査員に採点していただく事になりまーす」
「あ、多々良さん、第1ブロックの第一審査が終わったようですが?」
「本当ですね、第1ブロックを勝ち抜いたのは……大畑さんです、大畑夫妻が勝ち抜きました!」
「むしゃむしゃ村でも最も大きな畑を持ち、その畑を耕すためだけに生まれたかのような名前の、
大畑 耕介さんとその奥さんである大畑 妻子さんですね?」
「無理なくとても自然な大畑夫妻の紹介、ありがとう御座います。
あ、第2ブロックも終わったようです」
「おや……彼は、何者でしょうか? 仮面で顔が隠れていますが?」
「あー、飛び入り参加の方です。今回の大会を聞きつけてむしゃむしゃ挑戦状を叩きつけてきた謎の仮面料理人、マスクド・ベジタブルです」
「えー、自分の畑で取れた野菜で料理するルールのはずですが?」
「面白いから村長が参加させました。野菜は村長提供です。文句は父親にお願いします」
「はい、大会終わった後にクソ親父にはきつく言っておきまーす」
「さて、そんなクソ親父さんの姿が第3ブロックから出てきました。長老です。第3ブロックを見事勝ち抜いたのは長老です!」
「親父ーーーー!!!」
「まだまだ若い者には負けん」
「と言うわけでお決まりの台詞をいただいたところで第4ブロックに移ってみたいと思いまーす」
「第4ブロックは強豪がひしめくいているらしいですがどうですか、多々良さん」
「ええ、第4ブロックでは中華の料理人である『鉄鍋のジュン』や、
『特級厨師の資格を持つ中華の番 一(つがい はじめ)』、
フレンチの『味沢 拓海(あじざわ たくみ)』、
何でも作れる『ミスター味っ娘』、
顎が凄い荒石さん、
『OH MY』でおなじみの昆布くん、
寿司職人『ぎらら』、『正太』、『音やむ』、
というどこかで見たことのあるような顔が山盛りのモンスターブロックです」
「ミスターなのに味っ娘ってどういう事ですか、多々良さーん」
「あ、第4ブロック、どうも様子がおかしいです。ちょっと覗いてみましょう……! こ、これは!」
「多々良さん、どうしたんですか、多々良さん!」
「だ、第一次審査員の方々が全員トリップしています! まるで麻薬中毒! あ、今連絡が入りました。『鉄鍋のジュン』事、春海 純(はるみ じゅん)さんのマジックマッシュルームに中てられ、
審査員全滅だそうです。第4ブロック、勝者なしという事でお願いします」
「面倒くさいのでそんな感じでお願いします」
「さぁ、最後の第5ブロックですが……これは!」
「あ、第5ブロック勝ち抜きは……」
「鬼若さん! むしゃむしゃ村に最近引っ越してきました鬼若さんです!」
「いやぁ、これは意外な人が出てきましたね」
「はい、こんなアホみたいな大会しょっちゅう開いてる村の人間よりも経験が浅いのに大したものです」
「これはダークホースですね。では、本審査に出場するのは……」
「大畑夫妻、マスクド・ベジタブル、長老、鬼若、以上の五名になります。
それでは中継の多々良でした」
「はい、多々良さんお疲れ様でーす」
218 :
鉄の女:2010/07/23(金) 19:47:48 ID:mSiCe7ln
かくして最強の称号を求める戦いの渦中へと鬼若は身を投じる。
むしゃむしゃ村において、もっとも経験の浅い鉄の女は。
しかし前を向くしかない。
難敵だらけの本審査。
<最大面積>
大畑夫妻
<謎の仮面料理人>
マスクド・ベジタブル
<長老>
長老
<鉄の女>
鬼若
今、戦いの火蓋が切って落とされる。
続きません
ここまで代理投下
大会部分がカオス過ぎて訳分からんw
221 :
代理:2010/07/23(金) 20:56:32 ID:mSiCe7ln
>>大小&鉄の女
連投乙!
マスクドベジタブルの正体まで予想した俺の立場はw
だがこの人のはいつシリアスなドンデン返しがあるか判らんからな…
村の名前www
って続かないんかい!
鉄の女どうなるよwwwまさに鉄人とかそんな感じかwww
223 :
代理:2010/07/25(日) 19:15:10 ID:RdnmKr4Y
投下しようと思うけど他スレのキャラ引っ張ってきてるんで
事前に確認とかとりたかったけど規制されてて確認取れないYO!
この場合事後承諾でいいのかしら……?
ダメって言われたら対応するんで許してください…。
ちょろっとしか出てこないし、いいよね……?れ、レプリカ設定だし!
投下します。代行おねげぇしますだ……
せいぎのていぎをみているよいこのみんなへ
このはなしには、たさくひんのキャラがちょこっとだけとうじょうするよ
じごしょうだくでごめんね?ほんとすいません。いやマジで。
これもきせいのせいなんですよ。とりあえず、「俺のキャラはこんなんじゃねえ!」
みたいなことがありましたら、wikiに載せる際差し替え等の対応をさせていただきますので
ごりょうしょうください。ほんとうにすみませんでした。ごきぶりとののしってもらってもかまいません。
じぶん、ゴミムシなんで。いやホンと。もうしわけない。えっと……
はじまるよ!!
ttp://loda.jp/mitemite/?id=1265.jpg
―2010夏…
ついに、みんなで世界を創るスレが劇場化決定…?
???「忘れられた世界は、消えてしまうのだ…」
???「ならば世界に焼き付けよう……我らが生き様を!!」
_某日、現代日本。
(忘れもしない、あの日の出来事。
誰にも信じてもらえないけど……俺は確かに、一度死んだ……)
(地獄のバスツアーや閻魔との二者面談。そんな事があった後なのに回帰した日常は驚くほど平凡で…)
桐嶋「信じられないよな……信じられないけど……」
(夜々重……)
桐嶋「……?なんだあれ…?」
『黒い……ドーム!?』
日本の中心部に突如として現れたドーム。通称"閉鎖都市"
???「兄さん、これは一体……?」
???「……”閉鎖都市がどこかへ移動してしまった”みたいだね…」
次々と現れる謎の生命体・異形……
桐嶋「なんだよこいつら…、ば、化物!誰か助けて!」
異形「ギャアアアアス!!」
???「ほう、何やらおかしな事になっておるようじゃな」
???「?…ここは和泉じゃないのか……?」
???「あの…あのお方を助けなくてもいいのでしょうか……?」
全ての世界が一つになったとき、次元をかけた戦いが始まる……
???「忘れられた世界は消滅あるのみ……ならば世界を一つにし、その世界の頂点に
君臨してやろう!!我らは"イレギュラー"忘れられた世界の住人ぞ!!」
果たして世界の運命は?
???「最後に残ったのが温泉界だなんて……ど、どうしよ!?」
???「閻魔ともあろうものが……服を全部剥ぎ取られてしまうとはな……にしてもいい湯かげんだ」
世界を乗っ取ろうと企む、"イレギュラー"の目的は!?
―また、会えたね…
桐嶋「まさかお前……!や…」
物語の結末は…!?
???「ここか?まつりのばしょは………?ふぇ?」
続報を待て…っ!?
「……おい!なんだコレ!」
「?……どうしたの?火燐たん」
「どうした、じゃないだろう……なんだよ最初のは…」
「悪乗りです」
「……呆れた」
「悪い!?」
「二回死ね!」
「んでんでんで?」
「にゃーんて?」
「かまってかまってほしいのー♪」
第九話〜火燐編〜
「超弩級変態麻法少女ひととせたん!春夏秋登ー場ッ!!」
―――…
…冒頭で騒がせてしまったことを諸君らにはお詫びしたい。あれは事実無根の捏造だ。
と、私…騎龍 火燐の口から言わせていただく。冒頭の話はこれにておしまい。おしまいったらおしまい!
「ううん……」
春夏秋冬志希に拾われて数日がたった。私の心は未だに晴れない。
焔……たった一人の肉親だった。もう焔は戻ってこないし、仇を打つ相手は殺した。後に残ったのは
言い知れぬ虚しさと虚脱感。今は、何をするにもやる気が起きない。そんな中、タケゾー達を殺した
奴に対する憎悪は失われる事なく、胸の中で燃え盛っているのがわかった。結局私は何かに怒りを
ぶつけたいだけだ。
…それじゃいけないのに。わかっていても、怒りが収まることはない。復讐は自己満足……あいつ、
春夏秋冬志希は言っていたが、多分間違っていない。だけど…今の私にはそれしか存在理由が見当たらない。
「ん……あ…?」
太陽の陽の光が私の頬を焦がす。小鳥のせせらぎと、光合成する草の匂い。耳から目から鼻から、
朝を構成する要素を感じとる。自分の寝床以外で一夜を過ごすのは久々だったが、それ程寝起きも悪くない。
ぴちゃ…ぴちゃ…
「……?」
寝起きの私の耳に、子猫がミルクを飲んでいるような音が入ってくる。何だ?そういえばやけに下半身がスースーするな……って
「何やってんだおのれは!!」
「ひゃい!?」
私のパンツを脱がし尻尾をしゃぶっていた変態が一人。こいつが春夏秋冬志希だ。
「あー、ごめんごめん。私昔っから寝相が悪くって」
悪びれる様子もなく言う春夏秋冬。そんな滅茶苦茶な言い分がまかり通ると思っているのだろうか?
「寝相が悪い事がパンツを脱がす事の何に関係してるって言うんだ」
「ほら、寝てる間につい無意識にパンツを……ね?」
「寝ながらあんな綺麗に下着をたためるのか」
「……そこに気がつくとは…やはり天才か……」
「……どうせ起きてて普通に下着を脱がしたんだろ?ホントなんなんだお前は」
「いやん、おこらないで火燐たん」
「即腹パン」
「ウグッ!」
もうこんなやりとりも定着しつつあるのが受け入れがたい事実ではある。腹を抑え恍惚の笑みを浮かべる
春夏秋冬を横目に私は朝食の準備をすることにした……
「火燐たん、人を簡単に殴ったりするのは良くないよ!」
大根と豆腐の入った簡易的な味噌汁を作った私は一足先に朝食を摂っていた。後から春夏秋冬も
やってきて勝手に飯盒からご飯をよそっていく。別にこいつの為に作ったんじゃない。ただ作りすぎて
しまっただけだ。
「火燐たん、聞いてる?」
「ああ、うるさいなぁ。飯の時ぐらい静かにしてよ」
「もう、火燐たんたら、何で私にはそう冷たいのよ」
先程から春夏秋冬の奴がなにやら喚いているが、知ったこっちゃない。食事の時ぐらい静かにしたい。
む、この大根……芯がまだ白い。もうちょっと火にかけておくんだった。
ずずっと漆器に満たされる薄黄土色の液体を喉奥へと流しこむ。ふと、横目をやると春夏秋冬は質問の
返事を待っているかの如く熱い視線をこちらに送っているものだから困る。うざい。
ああ……めんどくさい奴だ!私は仕方なく返事を返すことにした。理由なんてこの一言で十分。
「ああもう……それはな、お前が変態だからだよ!」
「ひ、酷い…酷いわあ!よよよ……」
わざとらしくおどけるように悲しみの素振りをみせる春夏秋冬。その実、ちっとも凹んでいるようには見えない。
「まあそれはそうと、冒頭の話題に戻りますけども」
「最初の捏造劇場予告の事か?」
「それ戻り過ぎだから、メタ発言しちゃ『めっ』!」
春夏秋冬は親指を付き出して言う。どうやら私を叱っているようだった。気がつかなかった。
「人を簡単に殴っちゃダメですようって所!火燐たんは女の子なんだから、そんな乱暴な振る舞いしちゃ…」
「……別にやたら他人を殴るつもりはない。ただお前は別だ」
「え、それって……愛されてるって解釈で、いいのかしらん?」
「どう曲解したらそうなるんだよ……お前が殴られるようなことするからだって言いたいの」
「私だって女の子なのに…酷いわ、火燐たん」
むう、それを言われると何だか悪い気がしてくる。さすがに腹パンはやりすぎたかも……
「尻尾もふもふしたりパンツ被ったり頭の角削ったりパンツなめたりパンツ被ったりしてただけなのに!」
「……最初のはまだしもそれ以外は腹パン」
「え、じゃあ尻尾もふもふはしていいの!?」
「即腹パン」
「ウグッ!」
…といったように、ここ数日、春夏秋冬の腹筋の強化に務める日々が続いてはいるが、概ね平和(?)な
毎日を送っている。ただ、ホント春夏秋冬に流されっぱなしだな……とは思う。
―――…
朝食を済ませると、私達は荷物をまとめ、歩き出した。行き先は知らない。春夏秋冬の後に続くだけだ。
昨日は野山を登って中頃まで来た辺りでテントを張り一夜を明かした。今日は下山からのスタート。
下りとあって足取りも軽い。
黙々と山を降りる中、春夏秋冬の背中を見て、私はこいつと出会った時の事を思い出していた……
―『何もわからないわ。だからこれから少しづつ教えてくれないかしら?』―
―『…このまま野垂れ死んだら、あなたを産んでくれたお母さんはどう思う?』―
今なお深く残る春夏秋冬の言葉。この言葉があったから、私はまだ生きていられるのかもしれない。
とはいえ、一体何をすれば良いのかわからない。とりあえずトエルの奴を一発ぶん殴ってからじゃないと
考える気も起きない。
春夏秋冬に拾われた後、私は……自分の事を洗いざらい披歴させられた。母や焔のこと。
そして……あの夜のこと。
「今は休みなさい。あなたには事実を受け入れる時間が必要よ」
すべて話し終えた後に、春夏秋冬はそう言った。事実、その時の私は悲しみなど忘れてしまうほど衰弱
しきっていた。私は沈むように眠り落ちて、春夏秋冬に拾われたその日を終えた。
……翌日。私は春夏秋冬から逃げようとしたが、あのペンギン(今は私の隣を歩いている)が筋肉ムキムキ
になって私の体を担ぎ、半強制的に同行させられるハメになった訳だが。その日は確か春夏秋冬が自分の
事をペラペラと誇張混じりに話していた。何でもこいつは魔素と異形の事を研究しながら各地を渡り歩いている
らしい。人助けは趣味のようなもので「人を助けるのに理由は居るのかい?」という昔のゲームのキャラの
セリフに感化されたからおこなっていると本人は語っていた。
次の日、そしてまた次の日と、私は春夏秋冬に連れられた。この辺りから私の呼称が「火燐たん」になる。
その上なんだかどんどん馴れ馴れしくなっていった。まぁそこら辺はちょっと腹がたったけど、私も一人旅は
心細いし、行く宛があるわけでもないので、仕方なく…いいか?仕方なくだが暫くの間春夏秋冬について
いこうと決め、現在に至るわけだ。
今、私は何をすべきかわからない。だけど、この春夏秋冬志希についていけば……何か見つけられるかも
しれない。そんな気がした。
「ねぇ火燐たん」
不意に春夏秋冬は立ち止まり、こちらに身体を捩った。なんだろう?
「…どうした」
「いや、さっきから私の背中執拗に見つめてるじゃない」
「……気のせいだ」
「…私、火燐たんになら抱かれてもいいわよ?」
「何故そうなる」
「え?私のこと抱きたくてうずうずしてるから私の背中を見ていたんじゃないのん?」
「誰がお前のことなんて抱きたくなるもんか」
「私受けでも攻めでもどっちでもオッケーだし。あ、火燐たんは抱かれる方が良かったかしら?」
…この女、ひとりで勝手に話を広げていきやがる。やっぱり付いていく人間間違えたかも……
―――…
時計の針が丁度正午を差した頃,私達は宿場町へと足を踏み入れていた。必要な物資を購入するために
立寄っただけで、長居するつもりはないようだ。
街に入る前、頭の角をどう隠すか悩んでいた所、春夏秋冬に渡されたのはフードの付いたぶかぶかのコート
だった。これだけ大きければ角も尻尾も容易に隠せるであろうて。これで普段の変態行為が許される訳ではないが春夏秋冬のさり気無い心遣いに私は渋々感謝の意を込めて、
「別にこんなの頼んでないんだからな…」
と、前もって忠告しておきながら「……ありがとう」と、虫の音程度の声でぼそぼそと呟いた。
それ以降の春夏秋冬の機嫌が変に良くて私は違和を覚えた。何やら「ツンデレツンデレ」とか囁いていた
気がするが、ツンデレとは一体なんだろう?
町は至って平凡な宿場町だった。何か珍しいものがあるわけでもない、目を引く建物があるわけでもない
普通の町。でもなんだろう、何かがおかしい。私は鵜の目鷹の目で町を見渡したが、やはりおかしな部分など
見受けられなかった。
「火燐たん、さっきから落ち着きないわよ?どしたの」
「……なんでもない」
さすがにこんなにキョロキョロしていたら怪しまれるだろうか?私は解決しない胸の靄を抱え悶々としていた……
「これとこれとこれは買いね。これは……」
宿場町の露店にて生活物資を買い込む春夏秋冬。店の奥では中年の男がやる気なさそーに構えている。
私は自分の住んでいた場所から出たことがなかった。故に他所での買い物というのは新鮮に感じた。
前にタケゾー達に町へ連れられたことがあったが、その時見たものとはまた違った見慣れぬものがたくさん
置いてある。例えば食べ物。海が近いのか海鮮類が多く目立つ。山に囲まれた私の居た町では魚なんて
それこそ川魚とかその程度で、こんな新鮮な海の幸が立ち並んでいるのは見慣れない光景だ。
昔は全国何処にいても食べ物には不自由しなかったと聞くが、本当なのだろうか?
…なんて、そんな事を考え呆けていると、前方不注意よろしく何かにぶち当たる。
「ほわ!?」
思わず間抜けな声を出してしまう。不覚。
「……ん?おいおい、ちゃんと前を向いて歩きなよ、あんた」
私がぶつかったのは人で、長身の垢抜けた青年だった。ジャラジャラと銀色の飾り物を体中にぶら下げて
いる。とても邪魔くさそう。
「Heyリトルガール!!Youも異形かいHAHAHA!」
そして青年の後ろからひょっこりと現れたのはやけにテンションの高い……なんだこいつは!!トカゲだ!
トカゲ頭!顔がトカゲで体は人間……
「キモッ!!」
「Oh、開口一言目がそれってちょっと失礼なんじゃないか〜い!?これは参ったな……欧米じゃ最も
イカしてる髪型なんだけど」
「おい、髪型とか関係ない!頭の変化が解けてるぞマイティ」
「Ah…?オウ!!なんてこった!でもま、いいじゃないかブラザーッ!どうせ町中にもちらほら異形がいるんだしYeah!」
トカゲ頭の言葉を聞いてハッとする。町に感じた違和感はこれだったんだ。私の町では異形は……存在
そのものが疎まれていたから、町中で見かけることもなかった。だから普通に町中を歩く異形がおかしく
見えたんだ。
「火燐たん〜…ってあら、この方達はどなた?」
買い物を終えた様子の春夏秋冬。そんなのこっちが聞きたい。
「このガールとは今会ったばかりだZE…yeah……」
「ちょっと俺がこの子とぶつかっただけ。俺は旅に必要な物を買い込んでてさ」
そう言うと、青年は両手に下げる袋を見せてきた。中には食料や生活消耗品などがぎゅうぎゅう詰めにされている。
「まぁ旅のお方?行き先は何処へ?」
「ちょっと大阪の方までStay〜にね!」
トカゲ頭は答える。大阪……かの秀吉公の城のあった場所か。私はその土地について詳しくは知らない。
分かる事といえば金城のあった場所だいう事とたこ焼きが美味いらしいという事ぐらいだ。
「あら奇遇、私達も丁度大阪へ向かうところだったのよ」
え?私達も大阪へ向っていたのか?今更ながら目的地がわかったが、大阪とは……たこ焼き食いたいな!
「へー、そうなの?」
「Hey!それならどうだい?大阪まで俺達と一緒に行かないかい?旅は道連れって奴さHAHAHA!」
「良いわね。人が多い方が楽しいし!」
「えぇーッ!?」
なんということだ。青年の方はまだしも、こんなトカゲ頭と一緒に歩くのは嫌だ。そもそも見るからに怪しさ
全開じゃないか。こんな奴と歩いてたら警察に捕まるぞ。
何としてでも同行は避けたい私は断固として抗議した。
「おい春夏秋冬!!私は嫌だぞ!!あんなトカゲ頭と一緒だなんて!」
「Oh、リトルガール……こいつはトカゲじゃなくて、カ・メ・レ・オ・ン・!」
「どっちでもいいわッ!ハエでも食ってろ!」
「うっ……ひどいZE…マミー、マミー!」
「ちなみにこいつの言う"マミー"は母親の事じゃなくて麻美(交際歴三年)という半年前にふられた彼女の名前である」
「そういう事言わなくて良いZE相棒!!!」
どうでも良い暴露がなされている最中、春夏秋冬が私に話しかけてくる。
「いいじゃない火燐たん。トカゲの一匹や二匹」
「嫌だよなんかあれウザイ」
あんなのと四六時中一緒にいたら精神が持ちそうにない。私はけして拒否の姿勢を崩さなかったが……
春夏秋冬がこんな事を言い出すものだから…
「あ、そうか……火燐たんは私と二人っきりになりたいから嫌がっていたのね?」
「んな!?」
「ふ〜ん、そうよねぇ、二人っきりじゃないとできないこともあるしねぇ?」
「Why!?You達そういう関係!?」
「ちょっと理解出来ない世界だね…」
「ちょ、ちがうっての!!そんなんじゃ……」
なんて言ってみても二人は既に私達をそういう目で見ていた。いわゆるイロモノを見るような。なんだよ!!
お前らだって十分イロモノだろうッッ!!
「火燐た〜んぎゅ!」
「こらだきつくな!!ぐッ…!」
「あーもー!わかったよう!!」
結局、私が折れて、4人(と1匹)で大阪まで向かうことになった。
―――…
「へぇ〜、賞金稼ぎなのあなた達」
必要なものを買い終え、宿場町を後にする。また道なき道をひたすら歩くのかと思うと気が滅入る。
春夏秋冬は終始あの二人と会話し続けていた。私は暇だったので春夏秋冬のペンギン(キングという名前らしい)
を抱き上げて弄って遊んでいた。会話には参加しなかったが、聞こえてくる話の内容からお互いのことを話しているであろうことがわかる。青年の方の名前は"胡西久英"(こにし ひさひで)。
トカゲ頭で妖怪変化の異形"Mr.マイティ"と組んで賞金稼ぎをしているらしい。
「そ。でも最近収入も安定しなくて……大阪の方で暫く傭兵でもやってみようかなって思ってさ」
胡西は財布の中身を見て一憂しつつ言った。今の時代、安定した暮らしを得るというのは難しいもの。
「大変ねぇ……」
「それでYou達は何で大阪に!?」
「ああ、ちょっと師匠に会いに行くの」
春夏秋冬は答える。師匠がいたのかこいつには。何だこいつは、肝心な事は何も言わないなこいつ。
きっとこいつの師匠なんだからとんでもない変人に違いない。
「師匠……って?」
私が聞かずとも先に胡西が聞いてくれた。まぁ名前なんて聞いても私がわかるはずないが。
「玉梓っていうんだけど」
「……え?」
胡西達は金縛りを食らったようにその場で固まる。静寂、少しの間の後、二人は一斉に驚く。
「ええええええええええええええええええええッ!?」
「玉梓ってあのおおおおおおおおお!?」
「かの有名な五体系のおおおおおおおおおおおお」
「んほおおおおおおおおおお!!」
「しゅごいいいいいいいいい!!」
どうやら凄い偉い人物のようだ。二人の驚きっぷりから如何に凄いのかが伝わってくる。
……人は見かけによらないんだな……
「まあ天才ですから、私」
謙遜もなくそう言ってしまう辺り、この春夏秋冬という人間がどういう人物なのかがわかる。とんでもない自信家だ。
「YesYesYes!全く驚いたぜ〜Yeah」
「玉梓の弟子凄いですね」
「それほどでもない」
それからというもの、話題は玉梓と言う人の事で持ちきりになった。私は特に興味もなかったので聞き耳を
立てるのをやめる。だって私は玉梓っていう人がどんなに凄いのかわからないし。再び退屈風に吹かれるのみである。
暫く歩いた後、春夏秋冬は「休憩をとろう」と私達を呼び止めた。丁度日も暮れてきた頃だった。
「せっかくだからさ、今日は此処でテントを張ることにしない?」
胡西はそう提案した。今日は随分歩いた、私は異論なく胡西の提案に乗ることにした。春夏秋冬も
賛成しているし、私達の今夜の寝床が決まった。そうと決まれば早速テントを張らなくちゃいけないな。
なんだかんだでこの生活にも慣れ始めてきた。テントだってほら、こんなに早く張れるようになったし。
テントも張り終わり、暇になった私はペンギンのキングと戯れていたけど、飽きてしまった。
「チチチ…」
そんな私の前に現れた茂みからひょっこりと顔を出す一匹のリス。山にいた頃はこれらの動物とも仲が
良かったな……なんて感傷に浸っていると、リスはいつの間にか私の目の前まで移動していた。
「こんにちはオチビさん?どうしたのかな?」
「チチチ……」
そういえばこのリス、あまり見かけない種類だなぁ。白い体毛のリスなんてめずらしい……
それに何かこのリス…様子が変……
「チチチ……ぐ…グアァァァッァァァアァァッァァアアアアアアアア!!!」
「え?」
リスとは思えない鳴き声が私の耳を突き抜ける。一体何!?考える間も無くリスの体の変化に私はただただ慄然とした。
数秒前は愛らしいリスがいたその場所に今いるのは、3mは越そうかという巨体の異形。
まずい、こんな至近距離じゃ魔法を使う隙もない。異空術系も同様、どうしよう……!
「ヂイイイイイイイイイイ!!!」
「やられるッ!」
異形の大きな腕が私に振り下ろされる。もうダメ、私は目を閉じ頭を抱えてうずくまった。
……。
しかし、いつになっても痛みが襲ってくる事はない。私は恐る恐る瞼を上げてみる……するとそこには…
「うちの火燐たんに手出しするなんて……いい度胸してるじゃないのん」
「グガガ……!」
腹部に一発拳をねじ込まれ地に伏す異形と、いつの間にかピンク色のかつら(地毛は茶色)を被っている春夏秋冬の姿があった。
「麻法少女オールバケーション!!火燐たんのピンチに駆けつけ推参仕った!!」
「……そのカツラは必要なのか…?」
「顔は同じでも髪型が違えばバレない変身ヒロインの法則!!」
「バレバレだから。意味ないからそれ」
「グアアアアァァァァ……!!」
茂みの奥から聞こえてくる複数の声。どうやら異形は一匹じゃなかったみたい。
「おいお〜い……これは一体どういう事だZE!?」
「どうやら……囲まれたみたいだよマイティ」
胡西達もやってきて状況確認。私達は異形に囲まれたようで、四方から聞こえてくる鳴き声に警戒しつつ
どうするかを話しあう。
「数は……ざっと10〜20ってところかしらん?」
「その程度なら、やっつけられそうかな」
泰然とそう言ったのは胡西。よほど自分の腕に自信があると見た。
「結構多いわよ?」
「やれるさ。これでも俺達は賞金稼ぎ、だろ?マイティ」
「YesYesYes!さあ、今宵もCarnivalの始まりだ!!変化!!」
トカゲ頭は飛び上がりクルリと一回転宙返りすると、ボフンと煙をあげる。その煙の中から出てきたものは
柄の長さが人の身長ほどある戦斧だった。
「さ、行こうか」
『it's show time !!』
戦意を察したのか、茂みからぞろぞろと現れる異形達。胡西は戦斧を握り、軽くステップを踏みつつ
その集団へと立ち向かっていった。
「さて、私達も……あ、火燐たんは私の後ろに隠れてて良いのよ」
春夏秋冬は私を気遣って言ったのだろうが、私としては舐められてる気がしてならない。
「……さっきは不意を突かれただけだ。自分の身くらい自分で守る…」
「無理はしないでね?危なくなったらすぐお姉様に言うのよ、"お姉様"に!!」
お姉様の部分を強調する春夏秋冬。誰が言ってやるものか。私は異空召喚を行うため術符を懐から取り出す。
「異界に存在する強者よ…今一度我にその力を貸し与え賜え!」
「召喚!現れろ!汝らが名前は…」
「"人食いミルカ"!」―【学園同士で戦争するスレ/魔法少女孤独系】―
「"ジョン・スミス"!」―【シェアード・ワールドを作ってみよう/なんでも屋シリーズ】―
「"岬 陽太@夜能力"」―【チェンジリング・デイ/月下の魔剣 】―
「…夢の叶う場所に行くんだ。邪魔するなら……喰うよ?いいの?」
「さて、いくら払う?」
「俺の名は岬月下!神に、天の宿命に叛く男!今日異世界で死ぬ事が、神の定めた宿命ならば…
叛いてやるさ!その宿命!!」(きまった…!)
光が収束する。現れたのは大きなマントを羽織った少女、ガタイの良い古ぼけた外套を纏う男。そして、
なぜか大根を構える少年であった。
「……一人スカか。なんか大根持ってるし」
「おい、スカって誰のことだよ!そしてこれはレイディィィィィッシュ!!」
訴える大根少年を無視しつつ、私も戦闘態勢に入る。一応龍なので少しの魔法と火を噴く位はできる。
「火燐たん凄い!!こんな事出来たんだ〜!」
「ふん、異空術の一つだ。異世界の影を映しとり、具現化する……それが異空召喚術」
「へえ、私も負けてられないわね、行くわよ!キング!」
「変身!!」
春夏秋冬がキングの体に注射器を刺す。すると、メキメキと餅が膨れ上がるように肉体が盛り上がる。
筋肉集合体。八頭身ムッキムキになった気持ち悪い生物が出来上がった。
「this way…」
「さー!行くよ!!信義の鉄拳!受けてみよ!」
春夏秋冬は青白い光を拳にまとい、気持ち悪くなってしまったキングと共に突っ込んでいく。
個人的にキングは変身する前の方がいい。
「私も……行くかな…」
私は流されるままに戦いの渦中へと飛び込んでいく。あの夜から何かが吹っ切れてしまったようだ……
戦うことに抵抗はなかった。
―――…
「風よ、集り穿け」
年代物の外套を纏う男はそう呟き、風の刃を作り出す。その刃は洋槍の様な形状となり異形達に降り注ぐ。
「ギャオオオオオオッ!?」
異形の集団は吹き飛ばされ散り散りになった。そんな異形達を今度は無数の虫が群がり襲う。
「…!?……ッ!…ッ……」
おぞましい光景だった。虫が引いた後、そこにあったものは無残な異形の亡骸。
虫達が戻帰る先に立ち尽くす一人の少女。虫達は彼女の体へと入っていく。
「うぐ……!」
「くらえ!!アクアニードル!!」
大根少年は手から大量のウニを放出する。異形達は美味しそうにそれを味わっていた。新鮮魚介類を提供してどうする。
「何…?アクアニードルが効かないだと……!?馬鹿な!?」
「……馬鹿はお前だ」
呆れた。相手を満足させてどうする。大根少年は「いやまて!いい考えがある!」とか抜かしているが……
この手の発言をして成功した例を見た気がしない。
「閃いた!こいつを特と味わうんだな……サブマリン・クラッシャー!!」
少年の手からまた何かが放たれる。先程の攻撃で味を占めていた異形達は口を開けてそれを捕食する。
食べ終われば当然次はこちら。異形達は少年の方へと駆けていく。マズイな。
いよいよ異形達が少年を捕食範囲に捉えたその時、異変が起きる。
「が…ガアアアアアァァァ…!!」
「え?何?」
突如として苦しみだす異形達。その横では得意気に笑みを浮かべる大根少年がいた。
彼は計画通りと言わんばかりに語り始める。
「かかったなアホが…生のフグを食べるなんてそれこそ自殺行為……!はじめのアクアニードルはいわば
これを仕掛けるための前フリだったんだよ……!」
「……え?フグの毒って異形に効くのか?」
私は思わずつっこんでしまった。
「……そこは強力な毒を持ったフグってことにしとけよ」
「そもそもフグ毒ごときで倒せるのか?」
「たまたまあいつらの弱点がフグ毒だったんだよ……」
「何その都合の良い解釈。というかぶっちゃけ作戦なんて考えてなかっただろ?」
「細かい事うだうだ言うなよ。そんな事一々言ってたらチェンジリング世界じゃやっていけないぜ」
「ここはチェンジリング世界じゃないし」
―――…
「なんとか片付いたみたいね……」
そんなに強い連中じゃなかったせいか、ものの数十分で異形は撃退できた。
私が召喚に使った術符が空気に溶ける。それに続くように、私が異世界から召喚した住民達は徐々に
その姿を光に変えていく。
「ここでもなかった……夢の叶う場所なんて、ほんとにあるのかな…?」
「さて、次の依頼に向かうとしよう…」
「そういや今回レイディッシュ使ってねぇ……」
一言づつ言い残して消えていく異世界の住人たち。なんか濃いメンツだった。
「それにしても……この大根はどうしましょ」
春夏秋冬はあの少年がだしていった大根を手に取りそう漏らす。捨てればいいんじゃないかな。
「Yeah!せっかくだから味噌煮込みにでもしようZE!」
食うんかい。
―――…
「ゲップ」
「こらキング。お行儀が悪いわよ」
異形を撃退した後、私達は何事もなかったかのように夕飯の支度をし、ご飯を美味しく頂いた。
あんな事があった後でもこうして春夏秋冬達が平然としていられるのはやはり慣れているからだろうか?
ちなみにあの大根は味噌漬けにして食べた。これが意外とうまかったな。
「Oh…マイティもう食べられない〜……いやぁ旨かった!HAHAHA!」
「やっぱり、食事は人数が多いほうが楽しいね」
トカゲ頭も胡西も満足そうに言った。私は違ったな。一人で食べたほうが良い。焔のいない食事なんて……
「どうしたの?火燐たん」
意気消沈する私に気が付いたのか、春夏秋冬が私の顔を覗き込む。やば……もしかしたら泣いてたかも!
泣き顔見られるのは嫌だ!私は慌てて顔を両手で覆った。
「……火燐たん、ホームシック?」
「違うけど……似たようなもん。私にはもう帰る場所なんてない。焔は……もういないから」
「お姉さんの事が恋しくなったのん?」
「……別に」
と言いかけた時、私の頭を抱き寄せる春夏秋冬。唐突すぎてびっくりした。心音が高まる。暖かい。
人肌のぬくもり。体越しに伝わる心臓の鼓動。私は自然と瞼を落とした。くやしい、こんな奴で……
「私は貴方のことまだ少ししか知らない。けど、悪い子じゃないってことはわかるわ。
苦しかったら泣いていいのよ?我慢する必要なんてないんだから」
こんな奴で、焔の温もりを思い出してしまうなんて。
焔はよく、私が不安になったらこんな風に抱きしめてくれたっけ?あの優しさが蘇る。瞼の裏に映るのは
今は亡き姉の顔だった。
「くそっ……何でおまえなんかで…ひぐッ…焔の事を思い出すんだよぉ…!」
「いいのよ、今は私のこと……"お姉様"って、呼んでも…」
「ど…どうせお前……それを言わせたいだけなんだろ……ぐじゅ…ズズズ…」
「そそそそんなことないわよお!!」
明らかに吃音気味であった。でも今はそれでいいよ。私は弱い。弱いから他人のぬくもりを感じていなきゃ
駄目なんだ。不安になるんだ。そんなんだから、焔を守れなかった……
私は……!
「落ち着いた?火燐たん」
「ああ……」
年甲斐もなく泣き面を見せてしまった私。今は恥ずかしくてまともに春夏秋冬の顔が見れない。
「へぇ〜、らぶらぶだね」
「らぶらぶです」
「Crazy!同性愛はいけないなぁ〜非生産的な!」
「何故そういう方向へ行く!お前ら全員!」
好き勝手言われてたみたいだから声を荒らげてみた。そしたら「いつもの調子に戻ったね」って、春夏秋冬が
言うものだから参った。ホント、私の事気にかけてるんだか、ただの変態なのか良く解らん奴だ。
―――…
食後、何をする訳でもなく焚き火の前に集まっていると、胡西が口を開いた。
「そういえば、最近異形達がおかしな動きをしてるみたいだね」
「あぁ、知ってるわよ。変に統率の取れた異形達」
話題になったのは最近の異形。私達古き異形とは異なる存在。日本全土を暗中跋扈する獣。
それらは基本、群れであることはあってもせいぜい20〜30程度の集まりが関の山。しかし最近は、100程の
集団も珍しくはなくなってきているという。知能が低い下級異形が大多数を占める中、そんな大軍を
纏めることなどあるのだろうか?自然と群れができてもその規模に達するとは到底思えない。
「なんでも、意図的に統率している者がいるって噂さ。あくまでも噂だけどね」
そう言い、胡西は焚き木に新しい薪をくべる。火は火力を強め、胡西顔が火に照らされる。その表情は真剣そのものだ。
…もしそんな、異形を統率している人間がいるとすれば、一体何が目的なんだろう?考えても答えは出ない。
「ここだけの話、近いうちに何か大きな事が起きるわ」
春夏秋冬は、半ば確信じみた言い方をする。
「……どうしてそんな事が分かるんだ?」
私は春夏秋冬に問う。こいつが何を知っているのか、聞いておかなければならないような気がしたから。
「裂け目の結界が、弱まってきてるの」
「……裂け目?」
「知ってるでしょ?今の日本に変わってしまった元凶……異形が溢れるようになった断層のことよ」
「……Why!?なんだって!?そりゃまじかよ!?」
衝撃の事実にトカゲ頭が飛び上がる。少しオーバーな気もしたが、飛び上がりたくなる気持ちもわかる。
「ええ、知り合いに裂け目を観測している人がいるんだけど……目に見えて、確実に結界が弱まっているって」
「そんな……どうして?」
「さぁね?私は専門家じゃないもの。ただ……妙なのよね」
「?」
「あの結界、数年前までは後500年は解けないって言われてた強力なものなの。それに定期的に補修もしているはず」
「え?じゃあ……それってまさか…」
「「何者かが……結界を破ろうとしている?」」
トカゲ頭と声がハモった瞬間だった。
「わからないわ。現地の人は色々探っているみたいだけど原因も不明だし、どちらにせよこのままでは結界
は破れるわ。……なんとなく嫌な予感がするのよねぇ、何かが起きる、そんな胸騒ぎがね……」
「結界が破れたら……どうなるんだ?」
恐る恐る私は聞く。春夏秋冬は少し遠くを見つめ、何か遠い未来を見透かすようにこう言った。
「そりゃあ、異形が溢れて、戦争が起きるわね」
「戦争…!!」
タケゾー達がいた街で起こったようなことが、全国で起きるって言うのか?罪もない焔のような異形、
タケゾーやカナミの様な人間がまた生まれるのか!?そんなの……そんなの絶対に…!
「許せない……!」
二度と繰り返しちゃいけないんだ…あんな事!
「まだ何もわかってない。わからなすぎて不気味なくらい。だから私たちは大阪へ行くのよ。師匠なら何か知っているはず。事の全容に少しでも近づけるなら……良いんだけど」
「何だか凄いスケールの話になってるZE」
「定職探ししてる俺らとはまるで別次元の話だね」
「そうだったのか……」
「ん?火燐たん?」
私のやるべきことが、見つかりそうな気がする。お母さん、焔…死んでいった皆……私は、
みんなの死を無駄にはしない!
「春夏秋冬、その異変に黒幕は居るのか?」
あの夜起きた事は、既に手遅れだった。でも今回は違う。まだ何もわからないけど、時間はあるんだ。
「どうかしら?……火燐たん、首突っ込むのやめるなら今のうちだけど?」
何が待っているか、まだわからない。
「ここまで話しておいてそれはないだろう……春夏秋冬」
どんな困難が待っていようと、私はこの生命を賭けて挑もう。
「火燐たんを危ない目に合わせるのは気がひけるけど……火燐たんがしたいなら、好きにすればいい」
「行こう、大阪へ……!」
何一つやるべきことなんてわかってないけど、私の生きる意味は見つけ出せた気がする。
もう二度と、あの血塗られた夜にこの空を明け渡さない!それが私の、存在理由だ!
―――…
「いやー、着いたねぇ大阪!」
数日後、順調に旅路を進む私達はついに大阪へと到着した。長いような短いようなそんな道中であった。
「ふう、君達ともここでお別れだね」
「あ、そうねぇ」
胡西達は大阪で傭兵になるのが目的だったな。数日間共にしただけあって、少し名残惜しい。
今となっちゃこのトカゲ頭もなかなか愛嬌があるように見えてきた。
「Yeah!マイティ達は大阪にいるZE、何か手を貸してほしいことがあったらいつでも呼んでくれよブラザー!」
「それじゃ、また」
「近いうち、どこかお食事にでも行きましょ」
「Yes!」
そうして、胡西達とは街中で別れた。今生の別れって訳じゃない。またいつでも会えるさ。
同じ街にいるんだから。
「さてと……私達も行きましょうか?」
「そうだn…」
ぐうぅぅ〜……
「はて?」
参った。せっかく気合いれていこうと思った矢先、これだ。
「火燐たん、お腹へってるの?」
「う……うるさいうるさい!!お前の師匠に会いに行くんだろ?えっと……玉梓だっけ?」
「そんな急がなくていいのに。火燐たんか〜わいい」
そういって、春夏秋冬は両腕を広げてダイブしてくる。なんと言う狩人…その目は獣そのものだが。
私は為す術も無くがっちりと春夏秋冬に抱きしめられる。
「こ、こらやめろ!くるしい!!」
「よいではないかよいではないか!!」
「はーなーせー!!」
拝啓姉上様。
私はあなたの分まで頑張ってみようと思います。
なので、貴女はあの世で見守っていてください。
「この世界で生きていきます。私は。まだまだ不安だけど、以前のように笑える日が来るかもしれません」
私の大切な、お姉ちゃんへ。
「この気持ち、届いたかな?」
「火燐たん独り言?」
「な、なんでもない!!」
まずは小さな一歩から始めよう。最初にすべきは春夏秋冬の師匠探し!
「さあいくぞ。こんな事してる場合じy…」
ぐうぅぅ〜…
「……の前に腹ごしらえね。火燐たんは何が食べたいの?」
「……たこ焼き」
十分過去とは向き合ったから。私はもう立ち止まらない。いつかみんなの過去が報われる未来を信じて…
正義の定義・第九話〜火燐編〜
―了―
〜次回予告〜
地震による地盤沈下により半分が水没してしまった都市「水萌」
そこでは毎年一度だけ、土地神を鎮めるために行う祭典「声魂祭」があります。
美しい歌声を披露し、土地神に捧げるこの儀式……しかし今年は何やら不穏な予感。
歌い手が次々と"声"を奪われる謎の怪事件がおきているのです。英雄達はその怪事件に挑みます。
次回・正義の定義第十話
「サイレント・ウンディーネ」
正義の定義も十話目です。実質十話以上あるけどね!
春夏秋冬「にしても、タイトルは私なのに中身はまんま火燐たんが主役だったね」
火燐「まぁね。そもそも6話の時点でお前登場してるのに『春夏秋冬、登場』っておかしいだろ」
春夏秋冬「ノリだよ!!」
火燐「またそれか」
次回へ続く!!
252 :
正義の定義(代理):2010/07/25(日) 19:45:40 ID:RdnmKr4Y
投下終了。まず一言。
借りた作品の作者様方、マジでごめんなさい。
チェンジリングは避難所にでも一言入れときゃよかったって今更ながら気がつきました。
ほんと不快な思いをされたならば早々に対応させていただきますので
村八分だけは勘弁してください。
あと冒頭の劇場化とかネタだからね!別にアレのSSとか書かないからね!
以下キャラ設定
胡西 久英
22歳 ♂
Mrマイティとコンビを組む賞金稼ぎ。シルバーが大好き。体中にジャラジャラぶら下げている。
Mr.マイティ
♂
妖怪変化の異形。変化しすぎて元の姿が思い出せなくなったのでカメレオン頭の姿に落ち着いてる。
武器に変身して胡西と共に戦う。
この話投下した後の反応が怖い。
支援の方ありがとうございました
以下感想
火燐ちゃんが無事に生きていけそうでほっとしてます
春夏秋冬に歪められなければいいけどwww
結界はどうなるのだろうかそして玉梓はいったいどんなキャラだろうか
火燐たんかわいいよ火燐たん
以下避難所から代理
なるほど、火燐の召喚魔法はディエンドや鳴滝の召喚のようなもんか
ともあれ、四季の人の下とシリアスの差が激しすぎるw
とりあえず火燐ちゃんが持ち直したので良し!
お久しぶりです。先日怪談の話が持ち上がったようですが、僕はその手の話が大好きでして、
3世界のキャラクターを大勢お借りしまして百物語をやりたいのですが、どうでしょうか?
百物語とは、百本の火を灯した蝋燭を用意して、集まった人数がそれぞれ怪談を語り終えるごとに
蝋燭の日を消して、百話目を語り終えた時、何らかの怪異が起るというもの、または百話目そのものが
怪異であることもある。
いいんじゃないかなぁ……
16-1/11
「ごめんなさいね、ゲオルグ」
すまなさそうに謝る姉のイレアナの姿に、ゲオルグは脱力の息を吐いていた。
姉が倒れたという急報に急いで駆けつけてみれば、姉は自室のベッドの上で穏やかに微笑んでいた。話を
聞くと、どうやら風邪か何かで熱を出し、それでも無理に体を動かそうとしてめまいを起こしたらしい。大事で
なかったことの安堵と、心配が肩透かしで終わったことによる脱力が、ゲオルグに一際大きなため息をつかせた。
もっとも、姉のいくらか上気した顔に、テンポが遅れた受け答えと、体調が悪いことには変わりなさそうだった。
「今日はしっかりと体を休めること」
「分かったわ」
イレアナが微笑みながらの頷きに、ゲオルグは笑みを返す。
イレアナとのやり取りを終えたところで、ゲオルグは脇から声をかけられた。声の主はゲオルグをここに呼び出した
張本人であるエリナ院長だ。
「ちょっといいかい、ゲオルグ」
いったい何だろうか、とゲオルグが視線を向けると、院長は申し訳なさそうに話を続けた。
「イレアナが倒れて手が足りないんだよ。孤児院の仕事を手伝っちゃもらえんかね」
孤児院の手伝いを院長は願い出る。なんだそんなことが、と考えていたゲオルグに拒否する理由はなかった。
「ああ、構わないが」
特に深く考えることもなくゲオルグは手伝いを引き受ける。だが、承諾の言葉を最後まで言い終えたところで
ゲオルグははたと気づいた。俺、夜勤明けだ、と。現在の疲れ具合から、ゲオルグは自分の体力の限界を演算する。
計算結果は、そう長くはもたな――いいや、大丈夫だ。芳しくない推測を、ゲオルグは慌てて打ち消した。すでに
承諾してしまった手前、後には引けないというのもあったが、もっと厳しい状態に耐え抜いた経験がゲオルグの
楽観論を後押しした。"子供達"の教育隊にいたころを思い出せ、とゲオルグは過去を思い返す。半年に及ぶ
新兵教育の総仕上げに行った100km行軍と総合攻撃演習、あれは辛かった。重い装備を背負って丸2日都市西部の
丘陵地帯を輪を描くように歩き続け、へとへとになったところで教官相手に戦闘演習だ。100km行軍の方は足にできた
豆が潰れて、後半は一歩踏み出す度に涙が滲み出た。総合攻撃演習にいたっては記憶は殆ど定かではない。ただ、
やけっぱちになって、大声を張り上げながら無我夢中で突撃したことを覚えている。これに比べれば、夜勤明けで
ここの手伝いなど取るに足らないのだ。そう自分に言い聞かせて、ゲオルグは己を奮起させた。
「じゃあ、いってくるよ」
「いってらっしゃい、ゲオルグ。でも無理だけはしないでね」
ゲオルグを見送る姉の眼差しは、どういうわけかどこか心配そうだった。
16-2/11
屋上の扉を開ける。太陽光がゲオルグの徹夜明けの目を刺した。吹き抜ける風は清涼感に満ちていて心地いい。
屋上のコンクリートの床面に抱えていた洗濯籠をおろすと、ゲオルグは手で影を作りながら空を見上げた。視界全体を
突き抜けるような青が覆う。雲ひとつない陽気。絶好の洗濯日和だ。沸き起こる開放感にゲオルグは体を伸ばして
関節を鳴らした。
姉の代わりとして孤児院の仕事を手伝うことになったゲオルグに割り振られた仕事は洗濯物だった。たかが
洗濯といえど、孤児院全体になるため、なかなかの量になる。洗濯機から取り出したばかりの湿った洗濯物を
屋上に運ぶのも、1つや2つなら楽なのだが、実際は輸送を待つ籠が後4つ、稼働中の洗濯機がさらに4つある。
全体を考えると結構な大仕事だ。
さてやるか、と己を張り切らせるように呟くと、ゲオルグは洗濯物とともに持ってきた洗濯紐を持ち上げた。
屋上に立てられたポールに手際よく洗濯紐を渡していく。全ての洗濯紐を張り巡らせると、ゲオルグは洗濯籠に
詰まった洗濯物に手をつけた。軽く払って皺を伸ばすと洗濯ばさみを使って一つずつ紐にかけていく。
混在する洗濯物をシャツはシャツ、タオルはタオルとご丁寧に紐ごとに仕分けていくのは中々楽しいものだ。
洗濯する紐に下がったシャツやタオルが風に吹かれてはためく音も、味わい深い。仕事の中に楽しさを見つけ、
上機嫌で洗濯物を干していると、不意に背後の屋上の扉が開く音がした。振り返ってみれば2人の少女が
こちらに向かって駆けていた。
「ローゼにクララ、どうした」
ゲオルグの前で止まったローゼとクララは、大きな瞳でゲオルグを見上げると言った。
「ゲオルグお兄ちゃん、干すの手伝うよ」
「てつだうよ」
思っても見なかった支援要請に、ゲオルグの頬はついつい緩んでしまう。期待できらきらと輝くこの眼差しで
見上げられて拒絶などできるものか。
「手伝ってくれるのか。ありがとう。」
穏やかに微笑んで、ゲオルグは小さな助っ人2人を受け入れた。
では、何を頼もうか、とゲオルグが考えようとしたところで、ローゼとクララは洗濯籠に向かって駆け出した。
洗濯籠に取り付いた彼女達は中に詰まった洗濯物をそろって掘り返し始める。やがてローゼがクララの手伝いを
受けながら1枚のシャツを掘り起こした。ローゼの手伝いを終えたクララは脇に置いた小箱からハンガーと洗濯ばさみを
拾い上げる。双方手に持つべきものを持ったことを確認すると、そろってゲオルグの所へパタパタと足を鳴らして
戻っていく。はい、と差し出された洗濯物に、ゲオルグは随分手馴れているなと内心で感心していた。
「ありがとう、しかし、いつも手伝っているのか」
「うん、あたし、いつもお姉ちゃんの手伝いしてるの」
「クララもしてるよ」
「そうか、それは偉いな」
洗濯物を受け取りながら、ゲオルグは2人の言葉に目を細める。1度皺を伸ばすように払っていると、2人は次の便のために
洗濯籠へと向かっていった。その後姿を微笑ましく見送ると、ゲオルグはシャツをハンガーで洗濯紐に吊るした。
ゆっくりと上っていく太陽に、洗い立ての洗濯物が眩しく輝く。屋上を吹き抜ける風に、洗濯物は気持ちよさそうに
はためいた。今日は洗濯物がよく乾くだろう。
16-3/11
太陽は天頂に達し、思い思いに遊んでいた子供たちは食堂へと集まっていく。その流れに逆らいながら廊下を
進むゲオルグの手には湯気が立ったスープを乗せたお盆があった。
姉の部屋の前に立つ。お盆を片手で支えると、ゲオルグは空いた片手でドアをノックした。間を空けずに、どうぞ、と
声が返ってきたので、ゲオルグはドアノブをまわし、部屋に入った。昼の日差しが差し込む明るい室内は桃色の
小物で小奇麗にまとめられており、女性らしい可愛らしさを感じる。朝は感じる余裕がなかったが、女性の部屋に
入っているのだとゲオルグは実感した。
お盆を持ったままゲオルグはベッドに歩み寄る。ベッドの上の姉イレアナは、上体を起こしてゲオルグを出迎えた。
「体調はどう」
「少し寝たせいか、大分良くなったわ」
「それは良かった」
イレアナの容態が良くなったことに、ゲオルグはほっとする。朝、上気していた顔も、現在は大分赤みが引いている。
熱も下がっているのかもしれない。
安堵しながらゲオルグはベッドの脇の化粧台にお盆を乗せた。
「お昼、シモナ姉さんがチキンスープを作ってくれたから」
「持ってきてくれたのね。ありがとう」
イレアナの笑みにゲオルグは微笑を返す。食事の輸送はこれで終了だ。それじゃあ、と声を交わしてゲオルグは
踵を返す。すると背後から、ゲオルグ、と呼び止められた。何事かと振り返ると、イレアナが口を大きく開けていた。
「あーん」
食べさせてくれ。そういうイレアナの意図をすぐさま理解したゲオルグは呆れ果てる。いい歳して何をやってるんだ。
雛鳥のごとく口を開けたままの姉を無視して、ゲオルグは踵を戻す。背を向けると背後から、待ってぇ、と語尾を
延ばした声がゲオルグを引き止めにかかった。不機嫌さを露にしながらも、ゲオルグは再度振り返る。ベッドの上の
姉は先ほどとは打って変わって口を閉じ、悲しげに眉をひそめていた。
「駄目?」
上目遣いでじっと見つめるイレアナの眼差し。そんなに悲しげな目で見つめられたら、断りきれない。ため息を1つつくと、
ゲオルグは化粧台の椅子に腰を下ろした。心の中でゲオルグは悪態をつく。まったく、女ってずるい。
「今日だけだからな」
「やったぁ」
花が咲いたような笑顔とともに手を広げて喜ぶ姉にゲオルグは思う。この人は本当に病人だろうか。ともあれ
承諾してしまった手前、もう引っ込みはつかない。全てを諦めて、ゲオルグはお盆に乗せたスプーンを手に取った。
未だ湯気が立ち上るスープにスプーンを入れて、スープを掬い上げる。このままでは熱いだろうと、息を吹きかけて
冷ましてやる。ここまで気が回るのはいったい何の性だろうか。自問自答しながらゲオルグは、だんだん自分が
恥ずかしくなった。だが――
そろそろ頃合だろう、とゲオルグは息を吹きかけるのを止めて、にこにこと微笑みながら待っている姉に視線を向けた。
「ほら、あーん」
いたってぞんざいにゲオルグは言う。そんなゲオルグにイレアナは何も言わず笑顔のまま口を開けた。大きく開いた
彼女の口の中にゲオルグはスプーンを差し入れる。程よくスプーンが口内に入ったところでイレアナは口を閉じた。
スプーンを通して伝わる舌の蠕動を感じながら、ゲオルグは閉じた口からスプーンを引き抜く。やや間を空けて、
イレアナは小さく喉を鳴らすと、微笑んで言った。
「美味しい」
――イレアナの浮かべる幸せそうな微笑み。それを見ていると、ゲオルグは身に降りかかった不条理全てを許せる気になれた。
16-4/11
昼食の時間は過ぎ去り、太陽は緩やかに下降を始める。子供達は思い思いに遊びを始め、ゲオルグはそのお守りを
指示された。転んで膝をすりむき泣き出した子供に絆創膏を張ってやり、玩具の取り合いから始まった喧嘩を割って
入って仲裁してやり、足元にまとわり着いて本を読んでとせがまれれば言われるがままに本を読み聞かせてやる。
次々に起こるトラブルと、次々にねだられる子供達の要求をゲオルグは懸命にこなしていく。目が回るような忙しさの中
ゲオルグが気がついたときには午後3時を回っていた。
3時のおやつというものはこの孤児院でも有効だ。子供達はおやつを食べるべく皆一様に食堂へと向かっていく。
孤児院の幼児用読書室で子供達がいなくなったことの静けさに、ゲオルグはようやく息をついた。
子供達はおやつの賞味中だ。その配膳と後片付けなどを考えれば30分は戻ってこないだろう。ようやく手に入れた
自由時間。ゲオルグはどこかでゆっくりと体を休めたかった。だが、それよりも気になることが1つあった。疲れた足で
向かったところは孤児院の宿泊棟。人気のない廊下を進んだゲオルグは、程なくある一室の前で立ち止まった。
姉イレアナの部屋だ。昼はかなり調子よさそうにしていたが、体調を崩していることには変わりない。姉の様子が
気になってならなかった。
入る前の礼儀として、ゲオルグは当然のごとく戸を2度手の甲で軽く叩く。合板が響く軽い音が静かな廊下に響いた。
そのままの体制でしばしゲオルグは待つ。だが、返事は返ってこない。不審に思いゲオルグはドアを再度、やや強めて
ノックする。だが、これも返事が返ってこない。耳を澄ますが物音1つしない。どうしたのだろうか。逡巡したゲオルグは、
程なく失礼を承知でドアノブに手をかけた。そっとドアを押し開いてゲオルグはイレアナの部屋に入る。静まり返った室内を進み
ベッドに歩み寄れば、果たしてイレアナはベッドの上で静かに眠っていた。
眠っていただけか。イレアナの寝顔にゲオルグは安堵の息を漏らす。途端に、疲労がゲオルグを襲い、体が急に重たくなった。
おぼつかない足取りのゲオルグは、傍の化粧台の椅子に腰を下ろした。大きなため息をついたゲオルグは、そのまま特に
見るものもないので、イレアナの寝顔をぼんやりと眺める。かすかに聞こえる呼吸音を聞きながら、穏やかなイレアナの寝顔を
見ていると、どういうわけかゲオルグもまた穏やか気持ちになれた。ほのかに香るイレアナの香りにかつてその胸元に
逃げ込んでいた頃の記憶が刺激されたのか、どうしようもないほどの眠気がゲオルグを襲う。抗うことを早々に放棄した
ゲオルグは5分だけ、と心の中で言い訳をして、瞳を閉じた。
16-5/11
眠りの中、ゲオルグはイレアナに抱かれる夢を見ていた。どうしようもない無価値感に苛まれ、イレアナを頼ったころの夢だ。
夢の中でゲオルグは当時と同じ少年に回帰していた。身を包む暖かさに、鼻腔をくすぐる甘い香り。そして何より頭を優しく
撫で上げる手の心地よさ。ゲオルグは至福だった。
だが、ちょっとまて、何かおかしくないか。どことない違和感が、幸せに浸っていたゲオルグを呼び起こす。辺りに漂う姉の匂いに
問題はない。頭を撫でる手の温もりは確かだ。だか、姉はどこだ。どういうわけだか、傍で優しく抱いてくれているはずの姉が見えない。
途端にゲオルグは理解した。これは夢だと。それから後は早かった。根底が否定された至福の世界はたちまち崩れ落ち、掻き消えていく。
夢は終わり、覚醒へ。掻き消えた夢と入れ替わるようにして視界に光が差し込んでいく。眠りの底から急浮上したゲオルグの意識は、
そのままの勢いで眼を開かせた。
最初にゲオルグの目に飛び込んできたのは白い布の塊だった。次に感じたものは体の違和感。どういうわけか膝をついた状態で、
柔らかい何かに己は突っ伏している。息とともに吸い込んだ空気は女性特有の甘い香りがする。そして――なでなで。何者かに頭を
撫でられている。
「あら、起きた」
上から声が降ってきたので顔を上げると、上体を起こしたイレアナが優しげな微笑を浮かべていた。なでなで。ゲオルグの頭を
撫で上げるこの手の主もイレアナのようだ。
ここまでしてようやくゲオルグは現状を把握した。寝ぼけていたのか、どうやら自分は姉のベッドに突っ伏した状態で眠ってしまった
らしい。そしてどうやら先に起きたらしい姉に頭を撫でられているのだ。姉に恥ずかしいところを見られた。慌ててゲオルグは背筋を
伸ばすと、頭に乗せられた手をふるい落とそうとする。だが、軽く頭を振るうと、イレアナは悲しげに眉をひそめた。
「撫でられるの、嫌?」
嫌……じゃない。むしろ心地良い。この心地良さを断れない自分がゲオルグは悔しかった。だが、だからといってゲオルグは
自分が、もっとして欲しい、と臆面もなく言える年齢だと思っていない。己の欲求とプライドで板挟みになったゲオルグは、
気恥ずかしさで視線を脇にそらしたが、頭はなすがままに任せた。そんなゲオルグにイレアナは、ふふっ、と楽しげな声を漏らす。
「ゲオルグは頑張り屋さんだもの、ご褒美を上げないとね。でも、その前に――」
やけに中途半端なところで言葉を止めると、イレアナはゲオルグの頭を撫でていた手のひらの動きを止める。何をするつもり
なのだろうか。イレアナの行動を訝しみながらゲオルグは急に動きを止めた腕を見つめる。イレアナは手のひらをゲオルグの
額まで滑らせると、中指を折り曲げて親指に引っ掛けた。1〜2秒溜めて、イレアナは中指を弾いた。弾かれた中指はゲオルグの
額とぶつかり、コツン、と音を立てる。つまりはでこピンだった。しかし、なぜでこピン。やはり、女性の部屋に黙って入り込んだのが
悪かったのか。突然のでこピンに、驚きのあまり硬直するゲオルグに、イレアナは弾いた箇所を指先でさすりながら、唇を尖らせる。
16-6/11
「無理しちゃ駄目って言ったよね、ゲオルグ」
確かにそんなことを言っていたな、とゲオルグは朝の会話を思い出す。特に気にも留めていなかったが、それが理由で
自分はでこピンされたのというのか。思いもよらぬ理由に唖然とするが、それでも納得がいかず、ゲオルグは食い下がる。
「別に無理なんかしていない」
「嘘、顔に出てた。疲れてる、って」
そんなに自分は疲れた顔をしていたのだろうか。自分では確認できないところを付かれ、戸惑うゲオルグにイレアナは
言葉を続けた。
「それに、疲れてない人は居眠りなんかしないわよ」
言いながら、イレアナはゲオルグの額を2〜3度突っついた。流石のゲオルグも、これには何も言えなかった。ただ俯いて、
押し黙る。そんなゲオルグにイレアナは笑いかけた。
「疲れたら、疲れたって言っていいのよ。ゲオルグ」
幼子に言い聞かせるように、イレアナはゲオルグの瞳を覗き込む。イレアナにここまでされれば、ゲオルグは頷くしかなかった。
「分かった」
「良く出来ました。はい、ご褒美。良い子、良い子」
不承不承頷くゲオルグの頭を、イレアナは満面の笑みで撫でる。イレアナに頭を撫でられながら、ゲオルグは何か
釈然としないものを感じていた。何だろう、男として何か大切なものがなくなった気がする。えもいわれぬ喪失感に、
心の奥底で燻る言葉にもならない不満のような何か。思考の隅でちらつくわだかまりをゲオルグは感じたが、頭を
慰撫する心地良い手のひらの感触と、幸せそうなイレアナの顔を見ていたら、そんなことはどうでもよくなった。
そのままゲオルグは頭を撫でるイレアナの手のひらに身を任せていた。だが、程なく重要なことを思い出し、
心地良さで細めていた目を見開いた。そうだ、無断進入のことを謝らないと。
「姉さん」
「えっ、何」
改まった面持ちでゲオルグが顔を上げると、イレアナは驚いたようで、撫でていた手を離した。姉を戸惑わせて
しまったことに罪悪感を深めつつ、ゲオルグは頭を下げる。
「勝手に部屋に入ってすまない」
俯いたまま待っていると、頭に手のひらの感触が戻る。そのまま――なでなで。頭を撫でられた。はっとして
顔を上げると、イレアナは可笑しげに微笑んでいた。
16-7/11
「そんなことだったの。別に気にしなくていいのよ」
許されたことにゲオルグはほっと息を吐く。そんなゲオルグにイレアナは、それにね、と言葉を続けた。
「起きたときゲオルグがいて、お姉ちゃん、とても嬉しかったのよ」
嬉しい?とゲオルグは思わず聞き返す。たとえ姉弟の間柄であれ、イレアナは妙齢の女性に違いないのだ。
勝手にプライベートを侵犯されれば、いい顔なんてしないのでは。そんなゲオルグの当惑にイレアナは笑顔で
返答する。
「うん、嬉しかった。だって、1人っきりで部屋にいるのはとてもとても寂しいもの。そこに誰かいれば、ただいてくれれば、
それだけで安心出来るのに、でも誰もいない。それってすごく悲しいことだと思うの」
穏やかに話していたイレアナの声が、悲しげに震える。イレアナの言葉につられるように、この部屋の中でポツンと
1人ベッドに横たわる彼女の姿を想像したゲオルグは、どうしようもなくやるせない気持ちになった。その悲しみは
顔にまで出ていたらしい。ゲオルグの表情の変化に気づいたイレアナは、にっこりと花の咲くような笑みを浮かべた。
「だからね、目が覚めて、すぐ傍でゲオルグが眠っているのを見たとき、お姉ちゃんはね、すっごく嬉しかったの」
ゲオルグの頭を撫でながら、イレアナは呟く。ありがとね、ゲオルグ、と。イレアナの微笑みにゲオルグは胸の奥で
燃えていたやるせなさが救われた気がした。いや、気ではなく、自分が彼女を救ったのだ。そう実感すると、なんだか
とても誇らしい気分が半分、残り半分はなぜかどうしようもなく恥ずかしかった。だからついついゲオルグは視線をそらす。
するとイレアナはそれが可笑しいのか、ふふっ、と声に出して笑った。何が可笑しい、とゲオルグは不愉快な気持ちをこめて
イレアナを見つめると、イレアナはばつが悪そうに微笑んだ。ゲオルグの頭を撫でる手が優しげなものから、慰撫するようなものに
調子を変える。
「ごめんね、よしよし。でも、別にゲオルグが可笑しくて笑ったんじゃないのよ。」
どうだか、と心の中で呟いて、ゲオルグは姉をにらむ。イレアナは微笑を浮かべたまま言葉を続けた。
「ただ、ゲオルグって昔と変わらないなぁ、って思っただけよ」
思っても見なかった言葉にゲオルグは方眉を吊り上げた。自分は昔と変わらない。本当にそうなのだろうか。
己の半生を軽く振り返える。昔は守るべきもののため、ない力を振り絞り、精一杯背伸びをし続けていた。
だが今ではどうだろうか。己の体躯と力は見違えるほど大きくなり、背伸びをする必要がなくなったため、
しっかりと地に足をつけた考えが出来るようになった。つまり成長したのだ。だから、今の自分は過去の
自分とは同じ線上には存在すれど、明確に異なっている。そうゲオルグは思えた。だからゲオルグはイレアナの
昔と変わらないという言葉が理解できなかった。どこが変わらないのか、どこが昔のまま成長していないのか。
訝しむゲオルグに、イレアナは笑いかける。
「覚えてる? 私たちがすごく小さかった頃のこと。ゲオルグはそうね、まだ学校に通っていなかった頃かな」
記憶の大逆行を迫られ、ゲオルグは当惑する。流石に幼少の頃となれば記憶は大分あやふやだ。無理に
引っ張り出そうとするが、思い出は楽しかった、暑かった、といった漠然とした印象しか思い出せない。いや、あんまり、
とゲオルグが言葉を濁すと、イレアナは少しだけ残念そうに眉を下げた。それでもすぐにイレアナは気を取り直したように
話を続けた。
16-8/11
「じゃあ、そのころお姉ちゃんはとても体が弱くて、何かあるとすぐ熱を出して寝込んじゃう病弱さんだった、
てことは覚えてる?」
イレアナの言葉に、記憶の鍵がぴたりとはまったのか、今度はゲオルグも思い出せた。確かに当時のイレアナは
体が弱く、やれ遠足だの、やれ運動会だの、やれテストだの、なにかイベントがあるたびに、体調を崩し寝込んでいた。
テストは別にしても、遠足や運動会は兄姉達がそろって楽しみにしていただけに、可愛そうだと思ったことが印象に
残っている。
「その頃はね、寂しかったし、苦しかった。でもそれ以上に悲しかった」
イレアナの湛えていた笑みが消える。当時を思い出したのか、その表情は痛々しいほどに悲しげだ。イレアナの
吐露は終わらない。
「同じ部屋の皆は楽しそうに遠足に行ってるのに、私だけ部屋に1人ぼっち。耳を澄ませば、外から弟妹達の声が
聞こえるけども、それは壁の向こうで全然届かない。まるで私だけ世界から捨てられた気がして、私だけ世界から
拒絶された気がして、だからお姉ちゃん、すっごく悲しかった」
当時のイレアナを想像し、ゲオルグもまた悲しい気持ちになった。悲痛に歪むゲオルグの顔に気づいたらしいイレアナは、
それまでの悲しみを打ち消すように顔をほころばせた。
「でもね、そんなとき、いつもゲオルグがきてくれた。それでね、ずっと傍にいてくれた。1日中ずっと。お姉ちゃん、
すっごく嬉しかったなあ」
嬉しそうに話すイレアナの思い出を聞きながら、ゲオルグはかつて自分が行った献身的な看病の理由を思い出した。
たまたま当時のゲオルグは保健係であり、それも学校に行かない幼児組の保健係の中で最年長だったため、院長から
イレアナの看病を命令されたのだ。看病とは何をすればいいのか。何も知らぬ当時のゲオルグの問いに院長は答えた。
ずっと傍にいてあげることだよ。当時のゲオルグは愚直さのあまり、それを言葉通り解釈した。かくしてゲオルグは
イレアナが体調を崩すたびに、丸1日彼女の傍に付き添ったのだった。他の兄弟と遊べなくて残念、という当時の
率直過ぎる感想をゲオルグはイレアナに伝えるべきか迷う。逡巡した後ゲオルグは言うのを思いとどまった。
思い出は美しいほうがいい。つまらないことで思い出を傷つけるのは野暮なものだ。
16-9/11
「ありがとうっていうと、恥ずかしそうに目をそらすの。あの頃とちっとも変わらないのね」
可笑しそうにイレアナは微笑む。記憶にない過去を晒されたゲオルグは、恥ずかしくなって視線をそらした。
これではドツボだ。ゲオルグは思うが、恥ずかしさには耐えれない。ふと、ゲオルグの頭を撫でていたイレアナの
手のひらの動きがまるで慰撫するかのように小刻みなものに変わる。
「恥ずかしかったのね、よしよし。でもねゲオルグ、そんな照れ屋なとこもお姉ちゃんは好きよ」
微笑とともに投げかけられたイレアナの言葉に、ゲオルグは自分の耳まで熱くなったように感じた。恥ずかしさのあまり
押し黙ったゲオルグに、イレアナはふふっ、と笑いかける。ゲオルグの頭を撫でる手の動きが、また優しく穏やかな
動きに変わった。
「ありがとね、ゲオルグ。いろんなことしてくれて。お姉ちゃんね、ゲオルグにはすっごく感謝してるのよ」
「そんなことない」
照れ隠しで、ゲオルグはイレアナの言葉を否定する。そんなゲオルグにイレアナは優しく言った。
「ううん、してくれたよ、いろんなこと。頭に乗せたタオルがぬるくなったら取り替えてくれたし、お姉ちゃんが暇だって
言ったら絵本を持ってきてくれた。ご飯だって食べさせてくれた。それにね」
イレアナが、ゲオルグの頭を撫でていた手の動きを止める。全てを忘れたかのようにうっとりと微笑んで、
イレアナは続けた。
「ぎゅっ、てしてくれた」
「ぎゅっ?」
出し抜けに現れた擬態語の意味がわからず、ゲオルグは聞き返す。
「手のひらを手でぎゅっ、て。眠っても調子は悪くなるばかりで、それでもう駄目なんじゃないかって思って、
すごく不安になるときがあったの。辛くて、苦しくて、とてもとても心細かった。だから、傍にいてくれるだけじゃ
我慢できなくて、お姉ちゃんね、手を伸ばしてゲオルグに頼んだの。ぎゅってして、って。そしたらゲオルグは
嫌な顔ひとつせずに手をぎゅって握ってくれた。お姉ちゃん、1人じゃないんだなって思って、すっごく安心したなあ」
思い出を呟きながら、イレアナは嬉しそうに目を細める。イレアナの幸せそうな顔に、ゲオルグは過去の自分を
褒めたくなった。偉いぞ。心の中で呟いて、ゲオルグもまた頬を緩ませた。動きを止めていた手が、またゲオルグの
頭を撫で始める。その心地よさにゲオルグは目を細めて、イレアナの手の動きに身を任せた。
16-10/11
イレアナに頭を撫でられゲオルグはこの上なく幸福だった。この時間が永遠に続けばいいのに。柄にもなく
ゲオルグは思う。だが、何気なく覗いた腕時計がゲオルグに現実を教えた。時刻はそろそろ4時になろうとしている。
長居のしすぎだ。己の失敗に心の中で気落ちしながら、ゲオルグは立ち上がる。頭から離れるイレアナの
手のひらが名残惜しい。
「すまない、もう行かないと」
ゲオルグの言葉にイレアナは、そう、と呟いて肩を落とした。イレアナの残念そうな姿に、ゲオルグも胸を痛める。
そのままゲオルグは別れの挨拶を切り出そうとしたところで、イレアナな顔を上げた。
「じゃあ最後に1つお願い、いいかな」
「何?」
ゲオルグが聞き返すと、イレアナは手を伸ばした。
「ぎゅっ、てして」
手を握ってほしい。そんなイレアナの願いにゲオルグは微笑んで頷く。今度はこちらの番だ。今まで貰い受けた
温もりの感謝をこめて、ゲオルグは両手でイレアナの手を包む。するとイレアナは嬉しそうに微笑んだ。
「一緒。あの頃と」
イレアナの呟きに微笑を返すと、ゲオルグは手に力をこめた。
ゲオルグにとって過去の自分は弱者の象徴だった。だから成長しなければ、自分を変えていかなければ、と
ゲオルグはいつも思っていた。だが今ゲオルグは思う。変えてはいけないものもある、と。イレアナを想う
この気持ちだけは絶対に変えてはいけない。手のひらを通して伝わるイレアナの温もりを感じながら、
ゲオルグはそう決意するのだった。
16-11/11
夕日で赤く染まった孤児院の門をゲオルグはくぐる。長かった孤児院の手伝いもようやく終わったところだ。
これからさらに夜勤があることを考え、ゲオルグの気はめいる。だが、落ち込んだ気持ちに気づいたゲオルグは、
しっかりしろ、と自分を鼓舞しながら帰り道を歩いた。
孤児院の塀に沿ってゲオルグが歩を進めていると、角から現れた2人の人影が声を上げた。
「あ、お兄ちゃんだ」
上がった声は爛漫そうな少女の声だ。
「モニカと――」
人影の片方はハイスクールの制服に身を包んだモニカだった。目を輝かせた彼女をそのままに、ゲオルグは
その背後に立つもう1人の人影に視線を向ける。
「――ドラギーチか」
ドラギーチはゲオルグの視線を嫌がるように半歩後ろに下がった。ゲオルグ達への嫌悪感は未だに健在なようだ。
ドラギーチのあからさまな拒絶の態度に気づいていないのか、モニカはゲオルグに歩み寄ると口を開いた。
「こんなところでどうしたの」
「ああ、姉さんが倒れたから孤児院の仕事を手伝ってくれと言われてな」
「そうなんだ。朝、大変だったもんね」
納得したように、モニカは繰り返し頷く。程なくモニカは何かに気づいたように顔を上げた。
「ねえ、お兄ちゃん。あたしが倒れたら、お兄ちゃんはきてくれる?」
「見舞いくらいなら行くが、それがどうかしたのか」
ゲオルグの言葉にモニカは笑顔を作った。
「ううん、なんでもない。ただ聞いただけ」
じゃあね、とモニカは別れの挨拶を告げる。ゲオルグもそれにあわせて片手を挙げると2人の脇を抜けて家路に着いた。
尻尾を振る子犬のようなゲオルグお兄ちゃんを書きたかった。
理想とは幾分違ったものになったが後悔はしていない。
>>255 百物語とは面白そうですね。
ゲオルグお兄ちゃん達はご自由に使用してくださって大丈夫ですよ。
おつです!
イレアナさんなんという愛らしさ。ヤバい、俺の中の何かがやばい
ゲオルグ兄ちゃんの反応もまたかわいらしくてたまらんのうwww
お邪魔します
浦島。
京都圏の北部に位置する地方の名称である。
いわゆる田舎の事だ。
一応は、沿岸に存在する小さな漁村を称しているのだが、
もっぱら「浦島」が指すのは島々であった。
この島々というのが少々特殊で、
異形出現の原因となった地震による隆起で現れた島々なのである。
人の住めないような小さな島から集落をいくつか作れそうな大きな島まで。
20世紀以前の地図には描かれていないそれらには、
やはり20世紀以前には存在していなかった何者かたちが暮らしていた。
異形。
浦島は、異形の住処であった。
とは言え、だからどうという事も実はない。
人に襲いかかる事もなく。
ひっそりと。
まるで外界と関係を絶っているかのように。
異形たちは浦島に閉じこもっているのだ。
それが不気味だと言う者もいる。
何を狙っているのか分からないのが恐い、と。
今まで静かでも、そろそろ暴れ出すやも、と。
その一方で。
来るならば来いと身構える者たちもいる。
ただ、攻めるには不利すぎた。
浦島の武装隊とて海上、海中での戦いを熟知しているが、
攻勢で海の異形と争うには人員も装備も足りない。
異形の住む島へ上陸、戦闘ではあまりにリスクが大きすぎた。
だから、身構えるに留まっている。
もともとは浦島を拠点に人に攻めてくる異形たちもいて、
それを第一次掃討作戦で壊滅させている。
今、浦島に住み着いている異形はその後に集まった者たち。
一向に人に牙を剥こうとは、してこない。
だから身構えるに留まらざるを得ない。
今日も武装隊が海上での訓練をしていた。
数隻の舟がまとまって動く様はなかなかに壮観だ。
そして、その向こう。
かすんで見える、いくつもの島々。
浦島。
武装隊の訓練も、そこに住む異形たちに対する威嚇の意味合いを含むのだろう。
ぼんやりと、名無しは波打ち際でそんな戦闘訓練を眺めていた。
名無し。
それが彼の名前である。
いや、名前はない。
だから名無しだ。
だから名無し、と呼ばれている。
他に、権兵衛だとか名無しの権兵衛だとか太郎だとか。
どうとでも呼ばれた。
どうでもよかった。
名無しが名前。
両親は知らない。
気づけばこの村にいた、としか言いようがなかった。
村に参加しているような、していないような。
村の範疇に入るような、入らないような小さな掘っ立て小屋で暮らす。
名無し。
毎日毎日、釣りなり漁なりをして暮らす青年である。
今日もまた釣りをしていたわけだが、なんとも芳しくない結果に終わった。
小物ばかりがかかり、大きくなったらまた来い、と海に返してやる事数度。
結局、ボウズで帰路に着く。
まだ家には干物があるので食糧事情は不自由していない。
そんな帰路の途中。
武装隊の海上訓練を眺めていれば。
ふと。
誰かが歩いてくるのが分かった。
女だ。
道筋は村の進路。
こんな田舎に何のようやら。
そう思っている名無しを、通り過ぎ、ず。
「こんにちは」
挨拶。
年の頃、20そこそこ。
肩の辺りでそろえた髪。
柔和な表情。
落ち着いた美人である。
「おう」
「ここの村の人?」
「そうだ」
「漁師さんですね」
「今日はボウズだがな」
「毎日大漁とはいきませんか」
「世の中そう都合よくねぇよ」
「異形が住んでいるのでしょう、あの島に」
「…・…そうだ」
「そのせいですか?」
異形も魚を食う。
魚の姿や生態に準じるような異形も多い。
いや、陸上の異形の種類よりも、
もしかすると海の異形のほうが種類が多いかもしれない。
ただ、
「一概にそうは言えねぇよ」
文明が衰退する以前の人間の魚の消費量を上回ってはいないと言われている。
異形が食うよりも魚の繁殖の方が多いらしい。
今日ボウズなのは、ただの運だろう。
「たまにちっちぇえ魚みてぇな異形がかかってビビるがな」
「そうですか……」
女が肩を落とす。
がっかりしているの、だろう。
「なんだ、なんで残念がってやがる」
「……異形のせいじゃないんですか?」
「はぁ?」
「異形を殺せば、平和になるんでしょう?」
「何言ってやがる」
「あの島に住んでる異形、いなくなった方が良いんじゃないんですか?」
「……まぁ、そうだな」
それは間違いない。
村の人々は浦島にいる異形が恐い。
武装隊もきっと恐いのだろう。
そして、名無しも恐い。
見えないというのは恐い。
じっと息を潜めているのは恐い。
海を隔てているが、海洋に適した異形たちにとっては道のようなものだ。
襲ってくるつもりになれば迅速だろう。
人は海を克服する事はできる。
しかし海に適合する事まではできない。
それと比べれば海の異形は縦横無尽。
この土地で暴れた時。
それを思うと恐い。
「そうですか」
名無しの言葉に女がにこりと笑った。
ホッとした様にも見えた。
「お前、一人旅か?」
「はい、そうです」
「危ねぇな」
「フフフ、皆さん必ずそう仰るんですよ」
「……どっから来たんだ」
「えーっと……南、から、です」
「? ふぅん、村になんの用だよ」
「姉妹を見つけに、ですかね」
「名前は?」
案内でもしてやろう。
そう、思っていた名無しだが。
「ミサキです」
結局、苗字を教えてもらう事もできず。
だから村の誰を訪ねてきたかも分からず。
その日はミサキを見送るだけとなった。
◇
次の日。
名無しは舟の修理をしていた。
ここ最近、時間が空けば舟をいじっている。
どうせ襲ってくる事はないだろう、とタカをくくって沖合いにまで漁に出る者もいるのだ。
恐い事は恐い。
しかし、手を出してきたと言う例はない。
だから麻痺した感覚はつい、舟まで出す。
名無しもまた、そんな一人である。
無論、あまりに浦島に近づきすぎるのは禁止されていた。
武装隊もパトロールをしている。
だが幸い、舟を出して帰ってこなくなった者もまだおらず。
また仲間内で島に近づいて漁をしようと、話が上がっている。
そんな仲間の中でも、木を切ったり型抜きをするのが上手い者から木材を引き取り。
その帰り道。
ひび割れたアスファルトの、かつて道路であった道を。
歩く少女を見かけた。
「こんにちは」
村の者ではなかった。
年のころは10代半ば。
長い髪。
溌剌とした笑顔は爛漫を画に描いた様だ。
「おう」
「ね、ね、村の人?」
「そうだ。なんだお前、一人旅か?」
「えへへ、一人一人」
「……最近は女の一人旅が多いのか?」
「へ、そうなの? う〜ん……知らないなぁ」
「で、お前も姉妹探しにこの村に来たクチか」
少女がびっくりしたように口に手を当てた。
「わ、わ、じゃあもう別の子着てるんだ。早いよぉ」
「あぁ、なんだ、つまりお前がミサキの知り合いか?」
「うん、そう。私もミサキ」
「も?」
にっこり笑って自分を指差す少女。
「同じ名前なのか?」
「うん、そう。おんなじ名前で七人集まってさ、姉妹を探してるの」
「……はぁ?」
ちょっと良く分からない。
昨日のミサキと今日のミサキ。
別の人間が同名と言うのは、ある事だろう。
しかし別の人間が同じ姉妹を持つとはどういう事だ?
「……昨日のミサキとお前は、同じ姉妹を持ってるのか?」
「うん、そうだよ。昨日のミサキと私が探してる姉妹は同じ姉妹!」
「……じゃあ昨日のミサキとお前はどういう関係だ?」
「う〜ん……仲間、かな!」
元気良く今日のミサキが笑った。
名無しとしてはあまり要領を得たとは言えなかった。
ただ、まぁ、ミサキという同じ名前の二人が、知り合いの姉妹を訪ねて来た。
そういう事なのだろう。
「ね、ね、あの島にさ、異形がいっぱい、いーっぱいいるんだよね」
そして。
今日のミサキが遠くを指差す。
海の向こう。
浦島を指差す。
「あぁ、いるいる。めちゃくちゃいる」
「じゃあさ、あの島の異形がいちゃみんな困るよね?」
「困るって言うか困ってるな。恐いんだよ、あそこに異形が固まってるってのが」
今日のミサキが大いに頷く。
満面の笑みで。
納得しているような。
欲しかった回答を得たような。
「何が嬉しい」
「困ってる人を助けられるから、かな」
「はぁ?」
まるで。
ひまわりのような笑顔だった。
今日のミサキが歯を見せて笑い、名無しは少し気おされた。
年不相応な、凄みを垣間見た気がする。
それから足取りも軽く今日のミサキが村の方へ向かっていく。
昨日のミサキと合流できるだろうか。
薄らぼんやりと考えながら、村に外れた位置の我が家へ名無しは戻る。
◇
次の日。
名無しは浜で衣服を絞っていた。
舟が転覆したのである。
修理して、海へ漕ぎ出した舟は海の荒波に揉まれてあえなく撃沈。
ひーひー言いながらどうにか舟を浜まで引っ張り上げた後。
名無しは服を絞っていたというわけだ。
どうやら船底を改良したのがまずかったらしい。
思っていた以上にスピードが出て舵も利かなかったのだ。
ピーキーな仕様にチューンナップした舟が己のテクニックを上回るポテンシャルを秘めてしまったらしい。
これをチューンダウンすべきか。
乗りこなせるようになるべきか。
思い悩んでいた時の事。
波打ち際に沿って二人組みがこちらに向かってくるのが分かった。
今度は少年の二人連れである。
「こんにちは」
品の良さそうな方の少年がにこやかに挨拶をしてきた。
「おう」
「村ってこの先ですよね?」
「そうだ……お前ら、二人で旅してるのか?」
「いえ、もう一人いるんですけどちょっと別行動です」
「危ねぇよ」
「ふふ、そうですね。でも村まで辿りつけましたから」
「女子供だけで旅すんの、流行ってんのか?」
名無しの言葉に。
少年が二人とも、その表情を固くする。
「……最近、女が一人でこの村に来なかったか?」
「あぁ、昨日と一昨日にミサキってのがな」
劇的に、少年たちが息を呑むのが分かった。
「もう村にいるんですね?」
「多分な。姉妹を探すっつってたから、合流してるんじゃねぇの? お前らもミサキの仲間か」
片方の少年が皮肉げに笑った。
「そうだな、まぁ、俺はミサキの仲間だよ」
「じゃあお前の名前もミサキか?」
「いや、俺は豆蔵。こっちは瓜坊」
「と言うのはあだ名で毘羯羅と申します」
「ふぅん……」
「教えていただいてどうも有難う御座いました。僕たちは村に急ぎますので、これで失礼しますね」
それから。
明らかに焦った様子で。
少年二人は村へ走り出す。
その疾走は風のようで。
子供の脚力には見えず、名無しを驚かせた。
◇
次の日。
「こんにちは」
またか。
と名無しは思った。
振り返ればそこに女がいた。
20も半ばだろうか。
長い髪。
大人びて艶やかな印象が強い女性だ。
「……おう」
釣りをしている最中であった。
釣り糸を垂らし。
波を見つめていた時分。
「お前もミサキか?」
冗談半分で言った。
「ええ、そうよ」
当たってた。
何がこの村で起ころうとしているのか……
などと大層に考えながら名無しは村の方角を指差す。
「あっちが村だ」
「あら、親切に有難う」
妖しささえ含んだ笑顔だった。
つい、見惚れそうになる。
今日のミサキもすぐに村に行かず。
「あの島に異形が住み着いているのね」
対岸。
向こう側。
浦島を細い双眸で眺めながら今日のミサキも名無しに言った。
尋ねるというよりも。
知っている事をただ口にだしただけのようだ。
「そうだよ」
「異形はいない方がいい?」
「そりゃ、そうだろ。いつ襲われるか分かったもんじゃない」
「そう」
また今日のミサキも笑んだ。
三日前の落ち着いたミサキと違う笑顔。
一昨日の元気一杯なミサキと違う笑顔。
ただ、どこか、似た気配を孕んでいるような。
気がしないでもない。
名前が同じだからだろうか。
「いったい後何人いるんだ、ミサキって。お前で三人目なんだけどよ。この村にミサキ集めてどうするつもりだ?」
「全員で七人よ」
「あぁ、一昨日のミサキが七人つってたな。多いよ」
「ふふ、足りないぐらいよ」
艶やかに名無しに微笑みを残して。
今日のミサキも村の方へと歩き出す。
なんとなく、その背中を眼で追った。
単純に、今までのミサキで一番美人だったからだろう。
釣竿を上げて。
餌の有無を確認して。
もう一度、今日のミサキへ視線を戻すと。
首が。
舞っていた。
ごろん。
生々しい落下音と、転がる音。
おもちゃのようにミサキの首が舞い、落ちて、転がり。
その隣。
いつの間にか誰かがいた。
ミサキの首を刈った張本人。
刀を提げた。
美貌の剣人。
波の音。
潮の匂い。
美しい剣士。
ミサキの首。
ぐらりと、ミサキの体だけがようやく傾き。
首から血が噴出して。
名無しにかかる。
「う」
首だけになったミサキと眼が合い。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
名無しが腰を抜かして絶叫。
静かに剣士が近づいてくる。
凛々しげな眼差し。
古風な装い。
長い髪を結い。
堂々としたその様はまるで侍。
「すまない、驚かせてしまった。だがミサキが一人だけ……こんな機会を逃したくは無かったのだ」
「な、なに、な、お、ま、な、おま、お、おおあ、あああうう」
「落ち着いてくれ。私は牛若という。訳あってミサキという名の女を殺すために追ってる」
「ミ、サ……キ」
「そうだ。さっきの女はミサキという……そうだな、人間の皮をかぶった兵器だ」
名無しはまだ落ちつかない。
人殺しを前に落ち着けない。
そんな名無しの背をさする手の感触。
びくりと振り返れば、少女がいた。
心配げな面持ちで覗き込んでくるのは、まだ10になるかならぬかという可憐な女の子。
「その娘はすずめという。安心してくれ。君に危害を加えようとは思っていない。ただミサキを追っているだけなのだ」
涼やかな声色で牛若がゆっくりと、名無しを落ち着かせようとしゃべってくれる。
徐々に動悸も治まってきた。
警戒は、まだ解けるはずもない。
「聞いてくれ。ミサキという女は危険で、野放しにはできんのだ。信じてくれとは言わん。ただ、」
爆音。
言葉の途中。
真剣な表情で、真摯に話をしてくれていた牛若の。
上半身が吹っ飛んだ。
横殴りに、何か巨大な物が牛若の上半身を巻き込んで通り過ぎたのを名無しは見た。
びちゃびちゃと、血と臓物と骨とが。
名無しの顔に降り注ぎ。
牛若の下半身の向こう側に。
巨大な槌を持っていた、筋骨隆々な青年の姿を見た。
「ーーーーーッッッ!!!」
今度は悲鳴にならなかった。
牛若のあたたかい肉片をかぶり、まだ下半身の臓器がうごめくのを目の当たりにして。
名無しは半狂乱になって逃げようとする。
牛若の死体から。
牛若を殺した大槌を持つ青年から。
とにもかくにもその場を離れたい。
まるで悪夢から醒めたい一心。
ただ牛若を殺した青年は、一歩。
すずめに近づいた気がした。
真相はどうでもいい。
恐い。
訳が分からない。
死にたくない。
いや、殺されたくない。
心が恐怖に塗りつぶされる中。
大槌を振りかぶる青年へ。
巨大な、見上げるほど巨大な猪が豪快に突進、乱入してくるのを目の当たりにして。
名無しは気絶してしまった。
以上です
あ、牛若の設定おいておきますね
名前:牛若
性別:女
職業:改造人間
身長:173cm
体重:55kg
体系:小角
性格:中立
外見は美貌の剣士。
女の子にきゃーきゃー言われそうな美男子に見えるけど女。
御伽 草子郎なる人物のうさんくさすぎる研究の被験者の一人。
昨日まで一緒に薬を飲んでいた子が今日いないなんて事もしょっちゅうだった。
明日は我が身、と思ってれば生き延びて驚異的な身体能力と小角の魔法を習得するに至る。
天狗じみた身体能力による軽やかな身のこなしを立体的に使いこなし、三次元的に戦闘を組み立てる。
山や谷、森といった高低のある場所において無類の強さを発揮。
加えて小角の魔法による変則遠隔攻撃も可能で一対一ならば鬼のように強い。
素早いだけで攻撃が軽い。
身のこなしは凄いけど防御がおろそか。
という事も無く、刀の攻撃力は異形を一太刀で切り殺すわ、
肉体強化に次ぐ肉体強化で鋼のように体は強いわ、
反射神経すごいわ敏捷性果てしないわでタイマンでは絶対に相手にしたくない筆頭。
御伽 草子郎の作品の中でも大半の者が相手にならぬ強力無比な一騎当千である。
御伽 草子郎存命中、牛若の攻撃を受けきって重症にならなかったのは唯一鬼若のみ。
他にも牛若に勝利こそしている者はいても手痛いダメージを負っている。
武蔵を除けば、御伽の被害者における剣士の最強である。
御伽 草子郎の死後、豆蔵、すずめらと固まって放浪。
その最中にミサキの被害を察し、追うことになる。
豆蔵とすずめのまとめ役をし、実質的な三人のリーダー。
強さだけでなくみんなを引っ張るリーダーシップに人を思いやるやさしさも、未来を見据えた厳しさも持つという、頼れる男として実に申し分ない逸材である。
女だけど。
ミサキを追う最中、すずめが感染、高熱の看病をして豆蔵を別れていたのを浦島で合流する手はずであったところであった。
乙
名無しがとんだとばっちりだ……
浦島以上に御伽組の内戦が激しいじゃないですかwww
282 :
創る名無しに見る名無し:2010/07/27(火) 23:19:04 ID:V1wSvceY
怒涛の展開すぎるw
名無しはどうなるのか…
284 :
創る名無しに見る名無し:2010/07/31(土) 12:56:47 ID:KGS/KDKP
更新乙です
スクショの会話www
285 :
創る名無しに見る名無し:
移転完了したみたいね