1 :
創る名無しに見る名無し:
前スレ容量よく見ずに代行したもんで、途中で落ちてしまわれた。
すまんこってす。
てことで、再度地獄百景の代理投下します
◆
…ズルズルと温もりを求めて這う千丈髪怜角の髪は、抑え難い欲望のまま獲物に絡み付き、淫らな愉悦を貪り始めた。
どこかで聴こえる抵抗の悲鳴が、打ち寄せる恍惚の波に呑まれ曖昧に溶けていく。
(…ああ…あ…)
漆黒の髪から流れ込む蕩けそうな歓び。長らく忘れていた目眩めく陶酔はやがて怜角の心を裏切り、さらに深く…残忍な欲望のまま、しなやかな凶器と化して生贄を締め上げる。
(…だ、駄目…)
髪を操るどす黒い衝動は、生贄の苦悶すら心地良い振動に替え、怜角を包み込む。抗えぬ力。そして抗えぬ…快感…
(…駄目…その人は私の、私の…)
漆黒の『千丈髪』に隙間なく覆われ、ガクガクと痙攣する獲物はやがて、骨の砕ける音と共にぐらりとその頭を垂れた。その青ざめた顔は…元日本陸軍中尉、高瀬剛のものだった。
◆
「…いやああああっ!!」
…修練を積んだ鬼が悪夢を見るなど珍しい。ましてや、『淫夢』とも呼べるような夢など。跳ね起きた怜角はしばらくは震えと動悸が収まらぬまま、薄暗い寝室の壁を睨み続けた。
最近よく遊びに来る大賀美夜々重が貼っていったカレンダー。そして高瀬中尉から贈られた淡いピンクの薔薇。
殺風景だった部屋を飾る鮮やかな色彩をじっと見つめ、怜角は寂しい微笑を浮かべた。自分には持つ資格のないこの倖せこそ、地獄が与えた最も厳しい罰かも知れない…
(…やっぱり、私は高瀬さまに相応しくない…)
償いの日々は遠く過ぎ、その強い魔力を天命に捧げる鬼、千丈髪怜角は誇り高い魂の導き手としてこの冥界にあった。かつて人であり、人の脆さを最も良く知る鬼として。
しかし悪霊として人々を苦しめ、深い闇に蠢いていた自分がいかに悔い改めようと、再び人を愛し、愛されることが許されるのだろうか。
響き渡るシュプレヒコールのなかでおぞましく歪んでゆき、いつしか同志だった者たちを、怜角…いや、『真樹村怜』自身を押し潰した恥ずべき欲望。
死してなお黒髪に宿り、嗜虐の快楽に浸り続けた自分の罪深い業はいつか再び覚醒し、高瀬剛の高潔な魂まであの昏い道へ引きずり込むのではないか。
ひとりの夜、ずっと押し隠してきた怜角のそんな恐怖は黒い熾火のように彼女の胸を焦がし続ける。
この火がやがて、全てを灼き尽くす破滅の黒炎へと変わる不安に彼女は慄然と唇を噛んだ。
(…今なら、まだ…)
夜の静寂はときとして、人にいささか性急な決断を迫る。もし同室の賑やかな女鬼、風輪彩角がいれば怜角の悲観的過ぎる思考をたちどころに一蹴してくれただろう。
しかし彼女は今夜も夜遊びに出掛け不在だった。どうやらまたどこかに『彼女』でもできたらしい。
立ち上がった怜角はようやく最近部屋に置いた『パソコン』に向かった。彼女がまだ人だった頃にはなかった文明の産物だ。
次元を超え怜角たち鬼の住むこの地獄界へもやってくる、電気信号に姿を変えた夥しい情報。
怜角は獄卒となった日からこの機器を通じて人界の声無き悲鳴に耳を傾け、地獄から書き込む少しの魔力がこもった言葉で、僅かでも人の魂を支える修練をずっと自らに課しているのだった。
S革共 内ゲバ殺人 真樹村怜
人界の便利な道具は、怜角の与えた単語から瞬時に忌まわしい彼女の過去を晒し出す。モニタに映った悲劇の記録は、軽い唸りを立てて次々とプリントアウトされていった…
◆
「…高瀬小隊長殿!! 園遊会の時間であります!! 小隊長殿…」
広いバス車庫に響く熊井兵長の銅鑼声。しかし二階にある事務所から返事はなかった。
苦労して有能な幽霊バスたちを集め、長年地獄市内の交通を支えてきた高瀬剛は、この度晴れて名誉ある閻魔大帝主催の園遊会に招待されたのだ。
「…軍人が遅刻とは言語道断であります!! 小隊長殿!!」
この栄誉を勝手に部隊の栄誉と解釈した高瀬小隊の老人たちは、例によって大騒ぎした挙げ句、自分たちも会場である仰蓮園まで行軍すると言い出した。
園遊会の主賓が地獄界を訪れる妖狐一族の姫君たちだと知っている剛は、元部下の馬鹿騒ぎを厳しく諌めてきたのだが、勿論そんな言葉に耳を貸す老人たちではない。
「…ああっ!! まだ礼服も着ておられない!! いったい…」
騒がしく二階に駆け上がった熊井兵長は、ぐったり事務机に顔を伏せた剛を見つけてまた大声を張り上げた。しかし勤勉な元上官が珍しく覇気のない応えを返すまで、かなりの時間が掛かった。
「…あ、熊井兵長か…何の用か?」
「… 小隊長殿っ!! まさか園遊会をお忘れですかっ!!」
老いても身の丈六尺を越える熊井兵長が発する凄まじい怒気にも反応せず、高瀬剛は再びどさり、と机に突っ伏した。
「…園遊会は欠席する。閻魔庁には貴様らで適当に詫びておいてくれ…」
「…はあ? どこかお加減でも悪いのでありますか?」
亡霊にだって体調不良はある。しかし頑丈が自慢の剛は滅多なことで他人に軟弱な姿を見せるような男ではない。ましてや栄誉ある閻魔庁の招待を辞去するなどとは…
「…それとも何か、お困り事でありますか?」
憔悴した剛を覗き込む熊井兵長の視線は、すぐにただひとつ事務机に載った大版の茶封筒に移った。別に熊井兵長は超常の力などなにも持っている訳ではない。
しかし純朴な剛の五倍近い人生を商工界での油断ならぬ駆け引きに費やしてきた彼には、敬愛する元上官の苦悩の源がこの封筒であることなど容易に察知できたのだ。
「…へそ曲がりの原因はこれでありますかな?」
「こ、こら!! 貴様!!」
ひらりと伸びた熊井兵長の手は、素早く剛の手元から封筒を奪い取る。しかし睡眠不足らしくふらつく剛は、さしたる抵抗も見せず部下の無礼を看過した。
中尉は今、封筒の中身…抱え込んだ問題を相談する相手を欲している。これも熊井兵長の素早い推測通りのようだった。
◆
「…ありましたなあ…こんな…事件が…」
憮然と壁を睨む剛の傍らで、熊井兵長が封筒に収まっていた書類を捲る音だけが響く。やがてその音が止んだとき、掠れた声で剛が呟いた。
「…貴様は、どう…思うか?」
「どうもこうも、既に怜角殿は償いを済ませ、獄卒にまでなっておられます。獄卒の修練は、まあ並大抵のものではないと聞いております…」
熊井兵長にとっては、少し懐かしくさえある資料だった。もはや戦後とは言えぬあの賑やかな時代。ひたすら商売に邁進していた彼とは遠い世界だった事件だ。
若さと血の通わぬ理論だけを武器に角材を振り回し、革命を夢見た青二才たち。『大人』であれば制御できた筈の憤りは最悪のかたちで彼らを自滅へと追いやった。
『狂気と愛欲の粛正劇』『過激派女子大生、変死体で発見』
扇情的な見出しとは対照的に生真面目な表情で当時の新聞に載っている顔写真の主は、その気高い理想とは程遠い嫉妬心から幼なじみの同志すら処刑し、そして自らも生きながら埋葬された学生運動セクト『S革共』副リーダー真樹村怜。
その端正な顔と鋭い眼差しは紛れもなく剛の愛する獄卒、千丈髪怜角のものだった。
◆
「…いったい何者が、こんな卑劣な密告まがいの中傷を…」
今朝早く新聞受けに投函されていたという封筒を鷲のごとき狷介な表情で眺めていた熊井兵長は、苦しげな剛の呟きを聞いて片眉を少しだけ上げた。
「…ふん、小隊長殿はそうお考えでありますか…」
「決まっているだろう!!怜角さんか…その、自分に好意を持つ者が二人の間を裂こうとだな…」
スッと目を細めた熊井兵長は感情を窺わせぬ笑みを浮かべ、まるで純情な甥っ子を茶化すように元上官の言葉を遮る。
「…では、その者を『甲』と致しましょう。甲は小隊長殿と怜角殿がお別れになることを望んでいる。とすればそのあと小隊長殿もしくは怜角殿に言い寄った者が『甲』である可能性が極めて高い訳ですな…」
「そうだ!! その通りだ!!」
立ち上がり猛々しく同意した剛は、すぐ熊井兵長の意味有りげな沈黙に気づいて、彼が述べた含みのある仮説をもう一度頭の中で反芻した。果たして憎っくき恋の妨害者『甲』の目論みが成功する可能性など有るだろうか?
この場合密告の事実を知らぬ怜角は蚊帳の外だ。『甲』の企みは剛が怜角に幻滅し、別れを切り出す筈だ、という極めて不安定な前提の上に成立しているのだ…
「… で、甲はさておき、小隊長殿はそれを読まれて怜角殿に愛想を尽かし、お別れになろうと思われましたか?」
「ば、馬鹿を言うなッ!! 自分も戦場では生き残るために人を殺めた。彼女にもきっと…殺し、殺されねばならぬ事情があったのだ!!」
確かに怜角は自らの過去を語りたがらなかった。剛の死後、世界を激変させた『主義』や『思想』の避けがたい潮流のなか、ただ狂おしい愛憎に燃え尽きた彼女は罪人だったかもしれない。しかしこの地獄で償いきれぬ罪などあろうか。
たとえ人の世でどれほどの過ちを犯そうと、今の怜角が獄卒として日々死者を導いている姿こそが、彼女の悔悟が天に認められた証の筈だ…
「…それでしたらなんの問題も無い訳であります。早く園遊会の支度をなさって下さい。」
「待て、待たんか!!」
未だ釈然とせぬ顔付きの剛は、素っ気ない口調で壁に掛かった礼服を指し示す熊井兵長に再び食って掛かった。
「… いずれにせよ、自分は怜角さんを貶める奴を許せん!! どこのどいつが下手人かだな…」
「それを知ってどうなさいます? 横恋慕の果てにこんな愚かな真似をする者など、到底お二人に相応しい相手ではありません。小隊長殿さえ肝を据え、どっしり構えておられれば宜しいのであります。」
熊井兵長の整然とした理屈は、正論であるぶん何とも剛の癪に障った。確かにどんな小細工をしても『甲』の策謀が実を結ぶことなど有り得ない。しかし…
憤懣やるかたない、といった剛の態度を見て、熊井兵長はため息をつきながら言葉を続けた。その落ち着いた嗄れ声に、かつての粗暴な万年一兵卒の名残は微塵もない。
「…失礼ですが小隊長殿と怜角殿のお付き合いは、どのくらいまで進んでおられますかな?」
「な、なんの話だ!? 自分はその、なんら恥ずべき…」
だしぬけの質問に顔を赤らめた剛は、戸惑った様子でもごもごと言葉を濁す。
その指揮官らしからぬ狼狽ぶりは、不躾けな問いの答えを自ずとさらけ出していた。
「…そうでしょうな…まあ戦地でも、現地娘の手ひとつ握れなかった方ですからなあ…」
「し、失敬な!! 自分だって…」
「『出征前に見知らぬ女学生から、金平糖を貰った事がある』でありましょう? やはり、まだ…」
「き、貴様ッ!! 上官を愚弄する気か!?」
軍刀を抜きかねない剣幕の剛に動じる事なく、老兵は辿りついた結論を口にする。その推測は、激昂する剛をして化石のごとく硬直させるものだった。
「自分の憶測はですな…多分これが当たりと踏んでおりますが…『甲』が他ならぬ怜角殿本人では、ということであります。」
「し、笑止なッ!!」
立ち竦んだ剛は強張った失笑を浮かべながら、呆然と部下の皺面を眺める。
だが熊井兵長は昔から無愛想な男だが、思い付きで口を開く男ではなかった。あの頑固な斉藤軍曹でさえ、熊井兵長の進言には耳を傾けたものだ。
そしてその結果、高瀬小隊は幾多の窮地を切り抜けてきた。あの悲惨な欠乏戦で驚異的な戦果を誇った小隊の名声は、決して軍神となった剛ひとりで得たものではないのだ。
「… 根拠を、述べてみろ…」
かつての部下たちは重ねた齢の数だけ、剛が学べなかった人生の知恵を身に付けている。それをよく知る剛はドサリと椅子に腰を降ろし、むっつりと先を促した。
「…怜角殿はお付き合いを進めるにつれ、過去のことをどんどん言い出し辛くなる筈です。ましてやその…のっぴきならぬ関係になってから事実が露見すれば、小隊長殿を『騙していた』ということにもなりかねない…」
「じ、自分は…」
「黙ってお聞き下さい。多分怜角殿は妙な理屈で自分を騙し、背負った重荷を小隊長殿に押し付けたのでしょう。『私は貴方に相応しくありません。それでも私を選ぶのなら、それは貴方の自由です。』とね…」
俯いた剛は答えなかった。彼には不可解な女心。つい昨日逢ったときには、あんなに朗らかに微笑んでいたではないか…
「…狡くて浅はかで…そして可愛いのが女というものであります。その全てを受け入れ、抱いてやるのが男…これは、あくまで私見でありますがな。」
「…自分には…その…彼女を抱く資格があるのだろうか…今も自分の罪と向き合い、歩むべき天命を問い続けている彼女を…」
剛の小さな囁きを一蹴するように、熊井兵長が深い溜め息を洩らす。この愚直な上官に色恋の道を説くのは至難の技だ。
そもそも熊井兵長とて、長年連れ添った妻の名をきちんと呼んだこともない、武骨な夫であったのだから。
「…それは自分にも判りかねますな。しかしながら、『自らを信じる』ということは、我が小隊の合い言葉ではなかったでしょうか? それ以上は…それこそ閻魔さまでもなければ判らない事であります。」
静かに敬礼すると熊井兵長は部屋から退去していった。残された剛は熊井兵長たちが今日の為、精魂込めて仕立てた礼服をまんじりともせず見つめていた。
◆
…無表情な仮面の下のごく微かな息遣い。白い長衣には仲間を識別する為の単純な紋様だけが幾つか刺繍されている。
園遊会警護の鬼たちは賓客や観衆に要らぬ威圧感を与えぬよう、全身を包む純白の装備でその恐ろしげな風貌を隠すのが常だ。
しかし彫像のごとく整然と立ち並ぶその姿は冥府の戦士たる存在感に満ち、この『仰蓮園』に招かれた来客たちもやはり、ある種の畏敬をもって時おり彼らを眺めていた。
「…閻魔大帝陛下、並びに閻魔羅紗弗殿下、葛葉姫、玉藻姫両殿下のおなりでございます…」
普段は閻魔宮の奥深くで執務をとる閻魔大帝がこうして四季の花咲き乱れる庭園に姿を見せることは珍しい。
今日のように特別な賓客を迎えたときだけ、地獄の住人たちは冥界の絶対支配者閻魔大帝の威風堂々たる容貌を目の当たりにするのだ。
「…桜と寒牡丹が並んで咲いています。不思議な景色ですね…」
二人の王族に伴われた地上界からの貴賓、妖狐の姫である葛葉姫が仰蓮園の感想を洩らす。彼女の輝く銀髪は共に地獄界を訪れた従姉、玉藻姫の黒髪と見事に鮮やかな対照をなしている。
「…ああ、そーだね。」
そっけない羅紗弗殿下の答え。公務とはいえまだ幼い彼に女の子の相手ほど苦手なものはない。招かれざる客とはいえ、先日の全裸魔王のほうがよっぽど面白かった…
「…人の世では決して並ばぬ花同士が、こうして共に寄り添って咲く。地獄というのは奇妙な場所です…」
息子の無礼を窘めるように閻魔大帝が囁いた。その大きな掌が示す季節違いの花たちを眺め、幼い二人の姫はその可憐な瞳に不思議そうな光を浮かべる。
「…それよりさぁ、あっちの芝生に馬鹿でっかいクモが…」
退屈しきった殿下の意地わるな声に、勝ち気そうな玉藻姫が露骨に眉をひそめたときだった。離れた柵の向こうで一行を見守っていた一般招待客の中でなにやら不穏なざわめきが沸き起こった。
「… です!! 退って下さいっ!!」
獄卒たちの反応は速かった。疾風のような白い影は咲き乱れる一枚の花片も散らすことなく、ピョンと耳を立てた妖狐の姫君たちを瞬時に取り囲む。
「おっ!! なんだなんだ!?」
騒動の気配に嬉しげな顔を上げる殿下。その視線の先には大声を上げながら柵を乗り越え、獄卒たちに取り押さえられる人物の姿があった。
「…閻魔大帝陛下!! 質問が…教えて頂きたいことがありますッ!!」
地獄住人には『バスの人』として馴染み深いその人物、見慣れた軍服姿ではなく地獄宮廷服の意匠を小粋に取り入れた礼服の男は、制止する獄卒たちをものともせず、懸命に叫び続けている。
「…駄目だって中尉!! マジヤバいって!!」
その男…高瀬剛を組み伏せながら彼と親しい鬼、酒呑半角が素っ頓狂な声を上げていた。しかし無表情な仮面の下から聞こえる見知った鬼の声に、若い元軍人はさらに鼻息を荒げたようだった。
「…陛下ッ!! 何卒教えて下さい…」
騒ぎの主が暴漢の類ではなく、地獄への貢献を認められた園遊会の客と知った閻魔大帝はしばし髭を捻っていたが、やかてその巨躯で賓客を庇いつつゆっくりと剛に歩み寄った。
そして羅紗弗殿下と葛葉姫、玉藻姫が意外そうな顔で見上げるなか、威厳にみちた唸りを高瀬剛に向ける。
「…問いとやらを述べてみよ。」
「…は、はいっ!! お、お尋ね致します!! 自分は…」
やきもきと身を捩る警護の獄卒たち。園遊会での質疑応答など未だかつて聞いたことのない前代未聞の珍事だった。一介の亡者が地獄の統治者に、いったい何を尋ねるというのだろうか…
「…じ、自分はある鬼を…たとえ何があっても、深く愛しております!! 天命に身を捧げるその鬼を自分は…だ、抱いて宜しいのでしょうかッ!!」
固唾を呑みながら剛を見守っていた一同は、あまりに想定外な質問にあんぐりと口を開けた。気まずく沈黙した周囲の視線はやがて、この問いに対峙する大帝の渋面に向けられる。
幼い来賓や若い皇子に聞かせるにはいささか好ましくないやりとりだった。しかし厳正なる地獄法廷にあって全てを裁定する閻魔大帝は重々しくその所見を告げた。
「…然りである。」
「は…」
「…時と場所さえわきまえれば、獄卒の私事は閻魔庁の関知するところではない。」
「は…」
赤銅色の髭面に浮かぶいかめしい表情。だが…剛が続く言葉を待ってさらに身を乗り出すと、ついに大帝は苦虫を噛み潰したような顔で苛立たしげに吠えた。
「… なんというか…その…大人なら常識で判断せい、常識で!!」
「…は、はいッ!! 有難うございましたッ!!」
閻魔大帝はきょとんとする二人の妖姫を促し、恭しく平伏した剛にクルリと背を向ける。
だが、天命の具現である大帝の答えは剛にとって至高の福音だった。不屈の情熱がある限り、怜角への愛を妨げるものは何ひとつないのだ…
「…さ、高瀬中尉、こっちへ…」
気がつくと剛は獄卒たちに抱えられ、大帝の一行を追って移動してゆく招待客と離れた場所へと運ばれていた。普段は品行方正な彼に何らかの処罰はないようだ。
「…駄目だよ高瀬さん、あんな無茶したら…」
「はい…申し訳ありません…」
確かに彼を知る獄卒達にしてみれば、度肝を抜かれる『犯行』だっただろう。半ば放心状態の剛は素直に謝罪し、いそいそと木々を抜けて園遊会警護に戻る鬼たちの背中を見送った。
(…ふう…皇軍なら銃殺ものだ…)
ドサリと腰を降ろした剛の周りでは春夏秋冬の花たちがたおやかに揺れていた。ふと見上げると静かな木陰にまだ一人、小柄な獄卒の姿が残っていた。
「…怜角…さん?」
チェスの駒のように無表情な典礼装備の下、ほっそりとした鬼はコクリと頷いた。俯いたその素顔は見えなかったが、朗らかに笑った剛は大声で彼女に呼びかけた。
「…明後日はお休みですよね!! 自分と…温泉でも出掛けませんか!? その…も、もちろん小隊の連中や夜々重ちゃんも誘って…」
おわり
ということで前スレ容量に気付かずすみませんでした。
以上避難所より代行です。しかし3スレ目が埋まるの早かった。
許可をとって恋をするなんて、高瀬さんは本当に真面目だよなあ……
障害にくじけず頑張って欲しいぜ!
代行乙!新スレも乙!
異形世界も地獄世界もほのぼのとしていいなw
新スレ代行乙!
高瀬さん真っ直ぐな人だ
きっとこれからもやきもきする距離感で怜角とお付き合いするのだろうなw
17 :
代行:2010/05/29(土) 23:12:24 ID:V0XvkMoB
地獄百景乙です
高瀬さん純情じゃないかwww
金平糖wwwこれはまさかの恋敵フラグか!?
異形世界について質問です
異形と人で子供を作っていいのか?
異形と異形で子供を作っているのか?
それと安部、蘆屋、小角、平賀、玉梓がそれぞれどのような魔法なのかはフィーリングでいいのか?
初心者も初心者なもので、おっかなびっくり参加したいと思い、まずは質問をしようかと……
どうぞお願いします
>>18 >異形と人で子供を作っていいのか? 異形と異形で子供を作っているのか?
異形にも色々いるわけで、そういうことが出来る異形もいれば、出来ない異形もいる。
てところを書ければ問題ないと思うなー。
要するに「全部がそうなわけじゃない」的な書き方をすれば無難ではないかなと。
>5人の魔法体系
ちょっとここは自分も読み返さないと分からない部分があるので、書いた人の意見も待ちつつ。
安倍>異形の封印と開放。式化?
蘆屋>異形改造・人体改造。善か悪かは謎
平賀>魔素を利用した道具などの発明
小角>謎
玉梓>魔素を利用した魔術の発展。徒弟制っぽい
自分のイメージはこんな感じ
ちなみにシェア系のスレは大概にして説明好きが多いと思うんでどんどん質問していいはず!
>>19 多謝です!
小角さんはまだ未開ですか
天狗みたいなヤツは大体小角、的な?
とまれ、返答ありがとう御座います!
しかしながら、役ではなく小角なんですな
未開という事はだ、自分で設定付け加えてもいいんだぜ?
住人が増える事は大歓迎だ
書き手さんは特にな
と、いうわけで、ちょっと異形世界の設定、お借りしますね
とはいえ、現在発表されているお話のどなたかをお借りするという事ではなく、
とりもあえず設定をお借りして話を作る事から、させていただきたいと思います
安流は、その横顔に見惚れた。
息は止まり、時が止まり、鼓動さえ止まってしまったような気がした。
凍えるほど冷たいような美貌でありながら、焼け付くほど灼熱の麗貌。
女神と見紛うほどの、美しさがそこにあった。
つい数秒前まで、
――嗚呼、死ぬ
と達観していたのが、まるで遥かな昔のように感じる。
高く結い上げた黒く艶やかな髪。
驚くほどに白い玲瓏たる面。
切れ長の双眸は凛と敵を見据え動じず。
薄く整った唇が、開けば鈴の鳴るような声が安流の耳に届いた。
「燕の子安貝」
瞬間、二人を囲むような、薄幕が展開される。
まるでその形状は、四方を包み込む貝のような。
そして派手な衝撃音。
安流が腰を抜かして尻餅をついた姿勢で後ずさる。
無理もない。
自分と、正体不明の美貌の人の周囲は、貝の薄幕を隔てて二十を超える異形に包囲されているのだから。
なんの事はない。
安流の旅すがら、廃墟となったかつて街であった場所で異形に囲まれた。
よくある話である。
獣のような、しかし不自然な四肢と体躯を備えた異形たち。
数秒前まで、安流はこの異形たちに食われる事が確定していた。
なのに、まるで、天からの使いのようにこの美貌がやってきた。
どのような類の魔法かは知らない。
しかし現実問題として、異形たちがこの貝の防壁を突破できないのを安流は見る。
夢か、幻か、それとも現か。
「これを」
ふと気づけば、美貌の人から外套を放られた。
ねずみの色をした、大きな外套。
「包まって、決して離さないで」
尻餅をつく安流は、自然とその美形を見上げる格好。
また、見惚れた。
ただ思考を停止させて、じっと見詰るしかできない。
あわせた目を、そらせない。
なにか、どこか、胸の奥から郷愁に似た感情が沸く手前、美貌の人が異形たちに向き直る。
すぅ、と貝の防壁が音もなく消えていく。
「あ」
「包まって」
やや強い語調で繰り返されて、安流は必死の思いでねずみ色の外套に包まった。
それはまるですがりつくような。
ぎゅっと、外套にすがりつき、安流はまぶたもきつく閉じて念仏を唱えるのだ。
一方で、美貌の人はまるで怖気もなく唱えた。
「龍の首の珠――赤龍の息吹」
どっと、つぶったまぶたの向こう側から突如として熱風が叩きつけられる。
ひ、と悲鳴を上げて、安流はがたがたと震えた。
しかし痛みはない。熱いとは感じるが苦痛なほどではない。
なんなのだ。
恐る恐る、薄目を開ければ、――
「嗚呼……」
地獄を見た。
赤い地獄。
炎が、踊る。
いや、踊るなどというものではない。
炎しか、見えない。
灼熱の地獄。
赤い世界。
自分と美貌の人だけがその世界から抜け落ちたように無事だ。
その他一切を排斥するかのように、炎が全てを蹂躙する。
異形どもを、焼き尽くす。
どれほど、呆然とその炎の地獄を見ていたのだろう。
気づけば、本当に気づけば鎮火していた。
ただ周囲の全てがとろけて滅びてしまっている。
あれほどいた異形は、もう跡形もない。
灰すらも、残っていなかった。
夢か、幻か、それとも現か。
「大丈夫ですか?」
涼やかな声音が安流の耳を打つ。
見上げれば、美貌の人が見下ろしていた。
こくこくと、言葉もなく安流はただ頷くしかない。
なぜ、あれほどの炎の中で無事なのか、逆に不思議だ。
「良かった」
美貌が、微笑んだ。
安流は、見惚れた。
◇
「自己紹介をしましょう。かぐやと申します」
炎の地獄を見て、それほどを経ず。
宵の口を過ぎた頃合、焚き火を囲んで向かい合う。
まず口を開いたのは、麗しの魔法使いであった。
「安流(あんりゅう)と申します」
僧帽を取り、つるりと禿げ上がった頭を下げて安流はぎこちなく、丁寧に礼を施す。
僧形である。
ただそれほど袈裟もくたびれておらず、錫杖もそれほど痛んでいない。
行脚にしても、初心者も初心者だろう。
そもそも、あそこまで異形に囲まれるような旅をする時点で知識も経験もない。
「このたびは、助けていただきまことにありがとう御座いました」
「安流さん……」
かぐやが、焚き火の向こうからじっと見詰てくる。
吸い込まれそうな双眸だった。
思わず安流がうつむいてしまう。
「迂闊すぎます」
「はぁ」
と気の抜けた返事をして、かぐやの眉がひそまる。
その所作でさえ、新たな魅力にしか見えず安流は戸惑った。
「旅慣れている様子とは見受けられません。それでふらふらとしては命がいくつあっても足りませんよ」
「嗚呼」
「何が嗚呼、なのですか?」
「僕は説教をされているのですね」
「そうです」
「申し訳ありません」
「駄目です」
「これは手厳しい」
かぐやが嘆息した。その様さえ、美しい。
「厳しくありません。普通です」
「はぁ」
「死んでしまって、おかしくなかったのですよ?」
「はぁ、まぁ、旅の最中に僧侶が一人命を落とす……、よくある話です」
「よくあって、良いはずがありません」
「……そうですね」
安流も、微笑んだ。
かぐやが少しだけ、気圧されたように表情を固める。
「次から、気をつけます」
「安流さん」
「はい」
「安流さんは、世間知らずですね」
断定された。
ただ、返答は是である。
「はぁ、お恥ずかしながらずっと寺におりましたもので」
「それがこの物騒な世を行脚ですか?」
「はぁ、寺が……異形に襲われまして」
「……」
沈黙が、降りた。
うつむきかけた安流を、真正面から見据えてかぐやが言う。
「申し訳ありません」
「いえ、なに……よくある話です」
「……」
「かぐや殿は、ずいぶんと達者な魔術の遣い手のご様子」
安流が話題を変えた。空気を、変えようとしたのは明らかだ。
少しだけかぐやが安堵するような心地になる。
「……ええ、厳しい訓練を受けたものですから」
「目的地は、どちらまで?」
「足柄のあたりまでです」
静岡の山の名称だ。人も住んでいるには住んでいるが、しかし異形の縄張りのほうが広いはずである。
すでにここが神奈川圏内であるから、そう遠くはない。
「もしよろしければ、かぐや殿とご同行させて頂けないでしょうか?」
「ふむ……」
「ずっと、とは申しません。途中まで、……かぐや殿の都合のよろしい所までで、構いません」
「いえ、足柄の人の集落に安流さんを送り届ける、という話でいかがでしょう?」
「おぉ、それはありがたい。それでかぐや殿、かぐや殿はいかな理由で足柄まで?」
かぐやの唇が引き結ばれた。
迷うように眉をひそめて、じっと、焚き火に目を向ける。
「あ……いえ、お話したくなれけば、構いません」
「……身の上話を、いたしましょう」
微苦笑が、かぐやから漏れる。
この脈絡であれば、生い立ちが足柄へ向かう理由なのだろうと、安流は黙って耳を傾けた。
「私は捨て子です。あ、いえ、捨て子かどうかも分からぬ、気づけば施設にいたという人間です」
「よくある話ですね」
「はい、よくある話です。物心ついた頃には、すでに訓練と実験を繰り返されていました」
「その……施設で、ですか?」
「はい。非合法の組織で、しかし黙認されていた組織の施設です」
「はぁ……黙認、ですか」
「対異形に役に立つ研究だったのです」
「そちらで魔法を、という話ですか」
「はい。ずいぶんと、命が軽く扱われる類の施設でして……対異形用の兵器を創る実験と試作を繰り返す場所でした」
「先程の、貝のような?」
「あれもその一環です。ちなみに先程の貝の防壁の媒体は、これです」
懐からかぐやが取り出し、見せてくれたのは貝だった。
どこからどうみても、ただの貝にしか見えない。
とどのつまりは、防壁の魔法の媒体なのであろう。
「僕にも使えたりするのでしょうか?」
「いえ、起動の承認は遺伝子認識になりますので……」
「それは残念」
「これを一つのために、何人もの犠牲がありました。あそこでは、人間のために対異形用の兵器を開発するのではなく、対異形用の兵器のために人間を開発するのです」
「それは……」
それは、とても、
「よくある話ですね」
「ええ、よくある話です。運が良かったのか、運が悪かったのか、いくつかの兵器に私は適合したらしい。五つの破格の魔装を、使いこなせるよう生かされ、強化され、開発され、改造され、そして戦わされ続けました」
「……異形と?」
「それが、私の生きる意味だったと言って過言ではありませんでした」
「では、第二次掃討作戦にも……?」
「参加しています」
「なるほど、足柄には異形討伐のために?」
「いえ……すでに私は異形討伐を生きる意味にしていません」
「良い事です。では、かぐや殿の生きる意味とは?」
「兄弟を、探す事です」
「兄弟……」
安流が、繰り返す。
とても、心に染み入る言葉だった。
「組織の運営する施設は一つではなかったらしく、私のように兵装のために開発されたり実験されたり使い捨てられたり、異形と人間を掛け合わせたり、様々あったようです」
「つまり、被験者の方々がかぐや殿の兄弟、と?」
「まさしく」
「では足柄にもそのような研究施設があるのですか?」
「嗚呼、いえ、もうその組織というのも瓦解しています。頭領が死んだ後、統率が取れずに不安定だったところを、私よりも後期に開発された武蔵という男が叛乱を起こして組織の一切を破壊しました」
「豪傑ですね」
「豪傑です。豪傑すぎて、自由になった今でも異形を狩る事をまだ続けています」
「しかしかぐや殿は……兄弟を探す?」
己と同じ境遇の誰か。
異形に対する能力を押付けられた誰か。
かぐやが頷いた。
「その方が足柄にいると?」
「名は金時。龍型の異形の遺伝子と、異形に近しくなるよう改造された人間の遺伝子を掛け合わせて生まれた子です。記録から数えればまだ10歳に満たないはずです」
「それは……」
それは、それは本当に兄弟だろうか?
魔装を扱うために強化、開発、改造を繰り返されたらしいかぐやに比べ、その出生はあまりに……おぞましい。
「仰りたい事は、分かるつもりです。これは私の自己満足……私は親兄弟を知りません。家族を知りません。だから……だから境遇を同じくする者たちで、支えあいたい……」
かぐやがうつむいた。
ままごと、と言うのは簡単だ。
だが、しかし、このご時勢に肩を寄せ合う事を否定的に見るなど安流にはできなかった。
それは、異形を一掃する力を持っているからこそ、一層同じ者が欲しいのだろう。
同じ者と、兄弟であると思いたいのだろう。
「私も、天涯孤独の身を寺に拾われたのです……家族が欲しいという気持ちは、よく分かります」
「ありがとう御座います」
かぐやが、とても、とても可憐に微笑んだ。
安流も、微笑んだ。
「いつか、子を産んで、本当の家族が出来れば良いですね」
「………………………………………………………………私は男です」
ついてるらしい。
よくあr ねーよ。
お邪魔しました、そして、またお邪魔する事でしょう
他の方のお話しに比べて、短い話に違いありません
そう長くないので、こう、ジャブを繰り返して、なんとか他のお人からキャラクターお借りできるレヴェルになって、ストレートを放てるようになりたいです
あるあるwwwねーよwww
そうきたかwwww
後編に期待してます!
ちょwww俺のこの気持をどうしてくれるwww
とはいえすごく面白そうだ、俺も後編に期待!
20XX年、日本。
そこは八百万の異形達が闊歩する、悪鬼夜行の世界。
平和だったのはいったいいつの日だったろうか。
しかし、そこでも人は生きる。明日も知れぬ生活を。
夜の山道を一台の車が走っていた。
ところどころアスファルトがひび割れているが、走れないことはない。
ガタガタと車体を揺らしながらその車は先へと急いでいた。
チラリと時刻を確かめると、男は舌打ちをした。
「まいったな……街までだいぶかかりそうだぜ」
男は、街から街へと手紙を運ぶメッセンジャーである。
異形出現以来、場所によっては電磁波の乱れが起こり、うまく電波が伝わらない場所がある。
そんな場所へと男は情報を、ときには物資を運ぶのだった。
時には野盗、はたまた異形にも襲われる事がある。
そんな時には積んである重火器によって危機をくぐり抜けて来た。
今の日本に銃刀法など過去の遺物である。
今、生きているのは自分たちである。
自分たちが生きる手段こそが法なのだ。
何度目かのカーブを抜け、ゆるやかな直線の上りへと出た。
あとは下り坂、山を抜ければ街まではもう少しである。
ふうと一息つく男の目に、バックミラーが光を反射した。
(……何だ?)
バックミラーを調節し、光をずらしながら後ろを確かめる。
自分の後方から車が走ってきている。
ハイビームランプで追いすがるようにと。
「……マジかよ」
男は驚いていた。
流線のフォルムが美しく月明かりに映えるスポーツカー。
ルーフが無いのは、俗にいうオープンカーという奴だ。
峠を走行するその様は、平時なら男特有の憧れの目で見た事であろう。
だが、驚いたのはその事にではない。
乗っているモノに対して、男は驚愕したのである。
いや、乗っているというのであろうか。
運転席と助手席に足をのせ、車体後部にと身体を預ける西洋甲冑の姿がそこにあった。
片手で長槍を構え威風堂々と腰掛けるその様は、まるで戦場へと赴く騎士の姿を連想させる。
だが、騎士の頭はもう片方の手に携えられていた。
あるべき場所に首がない、異形の騎士。
車の大きさからいって鎧の大きさは2〜3メートルはあろうか。
自分の首を携えた甲冑騎士が、外車に乗って後方から来ていたのだった。
異形。
まさしく異形。これを異形と呼ばずして何と呼ぼうか。
男はミラーにかけていた手をシフトレバーへと伸ばし、車を加速させた。
「へっ! 来やがったぜ!」
山道の下り坂を男の車がギリギリの速度で駆け下りていく。
その後ろを異形の車が追いすがってくる。
男はブレーキを踏まずに坂道を疾走した。
ミラーを確認するが、どうも振り切れそうにもない。
それどころか、じわりじわりと迫ってくる。
相手の目的はわからないが、いずれにせよ禄でもないことだろう。
「……しょうがねえな」
男は奥の手を使う事にした。
シフトレバーを、横にあるボタンを押しながら捻ると、機械音が車中を駆け巡る。
そして、車上に大きな砲台が姿をあらわした。
これこそ秘密兵器、軍から払い下げで売ってもらった対戦車砲だ。
連発はできないが威力は申し分ない。
ふっ飛ばしてきた盗賊たちがその証明だ。
後ろに迫る異形も同じ運命を辿る事になるだろう。
くるくるとレバーを捻るとそれにあわせて砲塔も回転する。
「くたばりなぁっ!」
後方の異形に照準をあわせると、男はふたたびボタンを押した。
轟音をあげて砲身が異形へと炸裂する。
離れていても直撃の熱気を感じる。
これではひとたまりもないだろう。
―――そう思っていた。
側面に異形が迫ってくるまでは。
「なにい!?」
驚愕の眼をひらいて男は異形を見据えた。
運転席のミラー側、対向車線にそって異形車が走っていた。
抱えている生首がニヤニヤと笑っている。
爆炎をあげてはいるが、たいして効いては無さそうだった。
―――それで、終わりか?
言葉はわからないが、異形がそう呟いた、そんな気がした。
それが男の最後の感情だった。
運転席から助手席へと長槍をやすやすとつらぬき、そのまま車体を抱え上げる。
頭上で蠢く獲物の蠕動を確かめると、異形はそのまま谷底へと車を放り投げた。
はるか崖下で、紅い炎があがるが、すでに興味は失せていた。
異形は雷雲のような音を唸らせると、自分が乗っている外車のエンブレムを撫でた。
チカチカと、外車のライトが応えるように点滅する。
そう、この外車も異形なのだった。
デュラハンとオボログルマ。
魔物知識の有る者は、甲冑と車をそう識別したことだろう。
では何故二匹で一対となっているのか?
そう思い首を傾げることだろう。
デュラハンは頭上の月を見あげた。
(アノトキモ コンナ ツキヨノバンダッタ―――)
月はあのときも美しく頭上で輝いていた。
地に倒れ、車を失ったあの時も―――
あの日、デュラハンは人間共の襲撃にあった。
奇襲に遭い愛車を失ったのだ。
からくも撃退するも、無残な姿の馬車が残された。
生命を護っても、己の足というべき物を失ったのだった。
半身を喪失し、呆然とするデュラハン。
生まれ招じた時より馬車に乗っていたデュラハンは、
それが無い状態を考えられなかったのだ
(―――ナゼダ ドウシテ?)
あても無く彷徨い、あちこちを這いずった。
人間共と戦った、異形とも戦った。
だが、己の存在する意味は、まだ見出せなかった。
(―――ナゼ オレハ ココニイル?)
彷徨い続けたデュラハンは、とある街を通り過ぎようとした。
すでに人の気配は無く、廃墟とかした無人街。
そこでデュラハンは出あったのだ。
ディーラーショップ。
デュラハンには知識が無かったが、人間たちの乗り物を販売する場所だ。
そこで唸り声をあげる、一台の車。
付喪神という物がある。朧車というモノがある。
古くなった器物は、生物へと変貌を遂げるのだという。
長い年月を経て意思を持ち、動くのだという。
その車は、大気中の魔素を少しずつ吸収、吸着させ、
確かに異形へと変貌を遂げていた。
しかし、輪止めをかけられ、生まれたばかりのその異形は身動きが取れない。
ライトが苦しそうに、チカチカと点滅する。
それは、目の前のデュラハンに語りかけてるようだった。
ハシリタイ、ハシリタイ、ハシリタイ―――
道具がその意味も無く縛られ、そしてその主人たる人間もすでにいない。
デュラハンは朧車の魂の叫びを確かに聞いた。
ああ、そうなのだ。
(ワレト イッショダ―――)
己が存在する意味、うまれ生じ活きて行く意味。
デュラハンは朧車に自分の境遇を重ね合わせていた。
身体を預けるべき馬車を失った。
乗せるべき人を失った。
それでは終わりなのか?
否!
(キサマモ ワレモ―――)
デュラハンは、輪止めに手をかけた。
渾身の力で掴むと、それを引き摺りあげる。
一本、二本、まるで杭のように埋まっていたそれを、
凄まじい膂力で抜きさる。
(マダ オワッテハオラヌ!)
三本、四本、引きずり出したそれをまとめて抱え上げ、放り投げる。
それはショーウインドウを破り、外へ広がる路を作った。
「ハシリタイカ……」
デュラハンは朧車に問いかけた。
言語を介するのかどうか、デュラハンはわからなかった。
朧車は、地に響くようなエンジン音で答えた。
それは、漢が漢に応える、無言の言葉だった。
ハシリタイ―――
―――ソウカ、ナラバ
デュラハンは、手を差し出した。
「ワレト トモニクルカ?」
ウォォォンと唸りを上げ、朧車は展示台を降りる。
そして、デュラハンの手に車体を触れさせる。
デュラハンは、朧車へと乗り込んだ。
運転席と助手席へと足をかけ、後部へと腰掛ける。
それは、懐かしい感触だった。
身体を預けられる、信頼できる半身。
デュラハンは再び手に入れたのだった。
朧車も同じ気持ちなのだろう。
エンジンを回転させ、目まぐるしくライトを点滅させていた。
デュラハンもそれに合わせて咆哮する。
(ワレラ オナジミチヲハシラン!)
気分が高揚するデュラハンに呼応して朧車は、
ライトをハイビームにかえる。
「イザユカン! トモニユコウ、ワレラガミチヘ!」
デュラハンの言葉を聞き、朧車は発進した。
心地良い風と振動が、デュラハンの身体に浴びせられる。
懐かしい感触。
デュラハンは喜びに包まれた。
まだ奔れる。ここに居る。ともがらがいる。
(ワレラハ オワッテハオラヌ―――!)
真夜中の廃墟の街を、二体の異形が駆けて行く。
エンジンの咆哮が戦場に響く鬨の声のように、深夜の闇を震わせていった。
それからデュラハンと朧車は走り続けた。
あても無く、目的も無く、ひたすらに。
何故自分たちが居るのかはわからない。
だが確かに自分達はここにいる。走りつづけて、風を感じている。
デュラハン達は、そこに一つの目的を見出していた。
人間共と戦った、他の異形とも矛を交わした。
度重なる困難、しかしデュラハンは乗り越えてきた。
己が半身と一緒に乗り越えてきた。
今や二体は一体のアヤカシになっていたのだ。
月は明るく夜道を照らす。
まるでデュラハン達の前途を祝福するかのように。
フォォォォンッ!
(ヌ―――?)
デュラハンは音に気づき、後ろを振り返った。
後方からモーター音が聞こえる。一台のバイクが居る。
だが、乗っている人のシルエットは奇妙な物だった。
首から上が無い、顔にあたる部分には蒼い炎が灯っている。
首なし人間がバイクを運転していたのだった。
朧車に勝るとも劣らないモーター音の咆哮を上げ、追いすがってくる。
パッパッ、とバイクのランプが点滅した。
まるで、失せろと云わんばかりに。
チカチカと、朧車も点灯する。
意を介し、デュラハンは車のボディを優しく撫でた。
(ナンビトタリトモ ワレラノマエ ハシルコトユルサズ!)
凄まじいエンジン音とモーター音をあげて、
バイクと車が深夜の山道を滑走していく。
頭上の月は何も語らず辺りを照らしている。
20XX年、日本。
そこは八百万の異形達が闊歩する、悪鬼夜行の世界。
投下終了
ミミズだって オケラだって 異形だって
みんなみんな 生きているんだ 戦友なんだ……?
デュラハンwww
みんなが退治しあぐねてたらまさか走り屋になってたとはwww
・デュラハン(オープンカー)
・首なしライダー(バイク)
・エリカ様+タバサちゃん(弁天号)
・トエル(ホバリング)
・平賀(ソラマーソーカー)
チキチキ異形大レースの予感!
>>そこは八百万の異形達が闊歩
歩けww
いえ、しかしこれはこれで面白い
洋の東西の妖怪併せるのは良いですね
そしてそれが走り屋になるという発送もww
よし、妄想追加だ
・坂上匠(サンドマン的な素足)
・蘆屋我堂(弁天号の代用ドロップハンドル自転車)
・かぐや(スペシャル牛車)
・クズハちゃん(キッコ様)
いかんww異形世界が愉快過ぎるww
>男の娘
流石日本ですな! なんというか、完走は わぁい! の一言に尽きると申しますかww
それはそれとして異形退治の傍らで行われていたであろう数々の実験を思うと大変な世界だなと再認識しました
>頭文字D
なんという走り屋ww
生きる意味を見つけた(のだろうか?)
二人(?)の今後が楽しみでならないww
主催者は誰になるんだよw
五人の学者の聖骸集めながら本州縦断するんですね、わかります
主催、意表をついて小角w
で、後半はレースそっちのけで、主催との異能力バトルになるんですね、わかります。
「安流さんはお料理が上手なのですね」
「はぁ、実は僕、生臭坊主でして」
「おや、煩悩を取り払えていないのですか」
「お恥ずかしながら、経も読まずに豚を食い、掃除もせずに魚を食い、訓練をサボって鳥を食べていました」
「陸海空そろい踏みですね」
「近所の子供たちと一緒に狩りなんかしていましたよ」
「それは……楽しそうです」
「楽しかったものでした。寺に帰れば怒られてばかりでしたけれどもね」
「それが普通です」
「……寺の中で疎まれては、いたのです。僕はどこの何者とも知れぬ余所者、ですから」
「それで、反発して修行をしなかったのですか?」
「……熱心に修行をしなかったから疎まれていたのか、疎まれていたから熱心に修行をしなかったのか、今では、ちょっと思い出せませんよ」
「安流さん的に言えば、どちらにしても、よくある話、ですね」
「そうですね。そんな風に修行をサボっていた僕が、寺が襲われて無事だったのは実はとんでもない戦闘の天才で、華麗に凌ぎきった……という伏線ではないので安心してください」
「ないのですか」
「そんな天才だったらかぐや殿に助けられていませんよ。普段はぐうたらで寝てばっかりなのに、いざ怪物に襲われても隠していた才能でたちまち瞬殺してしまう……よくある話なんですけどねぇ」
「対異形用のいくらかの護身をお教えしましょうか?」
「あ、ほら、お鍋が煮えてきましたよ」
「面倒なんですね」
そんな旅すがら。
◇
足柄までの道中、何度か異形に襲われるという事はあった。
全てかぐやが対応してくれた。
圧倒的だった。
寝込みを襲われても、かぐやが対応してしまったのである。なんと鋭い事か。
曰く、かぐやは殺気を感受する事ができるという。だから眠っていても、異形が来ると分かるらしい。
かぐやの強さは、多分上位の異形さえ相手に渡り合えるのだろうと安流にさえ分かる。
それが目的に、何人もの犠牲の上に、かぐやは立っているのだろう。
「強いのですね」
ねずみ色の外套の中から、安流が顔を出す。
すでにそこは焼け野原。
岩さえとろけた炎の跡。
「そんな風にさせられましたから」
「……」
「同情してくれているのでしょうか?」
「はぁ、その……かぐや殿には申し訳ないのですが、うらやましく思います」
「それが普通ですよ」
「ただ、でも、きっと……僕がそんな力を持っていても、かぐや殿のように僕のような者を助けるかどうか……」
「私は異形を殺す、人を助ける……そう、叩き込まれましたから」
「秘密裏に非合法の改造活動なんかをやっていた施設のわりに、教えはまっとうなのですね」
「手段のために目的を選ばない、というだけです」
「手段のために目的を選ばない?」
「御伽 草子郎という男がいました」
「おとぎ、そうしろう?」
「人と異形を掛け合わせたり、魔装開発に勤しんでいた組織の頭領です……いえ、本当に頭領かどうかは知りませんが、私の知る限り一番偉かった人です」
「偽名ですよね?」
「間違いなく。胡散臭いでしょう?」
「とても」
「しかしながら、大往生しました。葬儀も挙げられたようです」
――私たちのような命を使い捨てにしておきながら
そんなかぐやの、言外の声を聞いたような気がした。
「その、御伽さんが亡くなってから、武蔵さんが暴れた、と?」
「そういう時系列です。安流さん、彼は……御伽 草子郎はね、ただ面白かったからやっていたんです」
「面白かったから?」
「そう、異形を破滅させるような魔装の開発も、人間と異形の融合も、すべて面白かったからやっていたんです」
「それは……よくある話、ですね」
「よくいる狂科学者でした。善悪は、どうでもいいのです。ただ自分が楽しい事をしていただけ。たまたま異形の脅威を退けられるから黙認されていた、奇人です」
「なるほど、手段のために目的を選ばない」
「だから、まっとうな教えを私たちに施されても、それが良いからという話ではなく、どうでも良いからという話なのです」
善悪も正邪も問わず。ただただ純粋に好奇心のみを追いかける。
夢を見る、大人だったのだろう。
これ以上の無垢はあるまい。
科学者として、ある意味では究極の姿勢なのだろう。
それは、もしかすると安部、蘆屋、小角、平賀、玉梓に届きうる手段かもしれない。
いや、偽名であるのだから、本当はもしかするとこの五家のどれかに属する者なのかもしれない。
難しい顔をする安流に、かぐやが微笑んだ。
「そんな顔をしないでください。自由になった今、この教えは施されて良かったと思います」
「……全員に、施された教えなのでしょうか?」
「……全員に、という事はないでしょう。お話ししました武蔵は、人の命も思慮の外です。ただ、異形の命を狩れればいい」
「では……」
では、金時。
龍型の異形と、異形に近しくなるよう改造された人間の遺伝子を掛け合わせて生まれた子。
鬼子とは、この事だ。
しかも、聞く限り半分以上、異形ではないか?
「仰りたい事は、分かるつもりです。ですが……」
かぐやがうつむく。
儚げな、悲しげな、寂しげな、触れれば壊れてしまいそうなほどに脆い気配。
凛と異形に向かい、気丈に旅する姿からはとてもではないが想像できぬほどに、か弱げな眼差し。
「会いたいと思います。会って、支え合うに至らぬまでも、自分のような者が他にもいるのだと、君のような者が他にもいるのだと、語りたい。語って、つながりを持ちたい」
「つながり……絆」
「望むのは、兄弟としての絆です。家族のような、つながりです」
万感の思いをこめてかぐやがまぶたを閉じる。
初対面からこちら、男と判明して見惚れまいと思う安流だが、しかしこの憂うかぐやには儚げな美しさがあった。
悲しい美しさだ。見惚れて、しまった。
「兄弟が、欲しい」
かぐやの言葉は、心に染み入る。
それは、きっと。
胸の奥底で安流も同じだから。
「金時くん以外に、兄弟のあて……のような情報はあるのですか?」
「甲姫と乙姫という、海の異形と掛け合わされた姉妹がいると聞いています」
「甲姫と乙姫、ですか? かぐやという名や、乙姫という名……もしかすると、」
「お察しの通りです。私たち被験者の成功例には、昔話のネーミングが与えられています」
「それは、……」
二人の声が揃う。
「「面白いから」」
「ですか」
「面白いか否かしかなかったのですよ、御伽 草子郎は」
「では金時くんと武蔵さんも?」
「金時は、金太郎の幼名です。武蔵というのは、昔の剣豪だそうです。他には桃太郎の名を冠する被験者もいました」
「ほう、犬猿雉を連れているのですかな?」
「いえ、彼は魔素を蓄えて育てた桃を食べたのです」
「桃、ですか?」
「はい。植物型の異形と、もはや遜色がないほどに濃厚な魔素を蓄えた桃でした。体内で魔素が暴れて、死に掛けたが生き延びた」
「そして、異形に対抗できるだけの強さになった、と?」
「その桃一つにも何百と犠牲があったのでしょう」
「はぁ……」
そんな事を、面白半分でやっていたのか。
いや、違う。
面白半分ならば、むしろ性質が良かった。
面白全部だったから、御伽 草子郎は性質が悪かったのだろう。
「他の情報は兵器や兵装といったものばかりで、兄弟のあてという情報で言えばその程度です」
「ははぁ、甲姫さんと乙姫さんはまだはっきりしていませんか」
「はい。足で、探すしかありません」
「まずは、金時くん、ですか」
「まずは金時、です。そして……」
かぐやが空を仰いだ。切なげに、狂おしげに。
「兄弟として、付き合えれば……」
◇
旅の行程を言えば五日の道のりであった。
何度か、異形との遭遇で足止めを喰らったがかぐやと安流の邂逅から予定通りと言って良い。
予定通り、足柄という区域において人の住まう集落にかぐやと安流はようやくたどり着いたのである。
山のふもと。人々が寄り添うように過ごしていたであろう集落だ。
そしてそこは、滅びていた。
「……」
「……」
二人、何も言えない。
小さな、集落だった。
そこかしらに菜園だった土地に人の欠片が飛び散り血を吸っていた、住屋という住屋が倒壊しつくしていた。
一目で分かる。すでに滅ぼされて何日か経っている。
今ここで声を荒げて誰かの生存を叫ぶのは無意味だろう。
寒い風が吹きすさぶ。
「墓を作りましょう」
安流が言った。
かぐやが頷く。
丸一日がかかる作業だった。
二人とも、黙々と千切れた足を、砕かれた腕を、もう何も見ていない頭を、かじられた胴を寄せ集める。
ただかぐやの慮る視線に対して、
「よくある話です」
とだけ安流は言った。
どれだけ、どれほど殺されたかは計れなかった。
もしかするとかぐやは何人分の部品集まり、何人分の部品が不足しているか見抜いたかもしれないが、安流にはさっぱりだ。
共同墓地のように、大きな穴に丁寧に屍の欠片を配置して、埋める。
もうすっかり夜も更けた頃合、血塗られた土地に焚き火が一つ灯る。
それを背に、安流の下手な念仏がずっと続いた。
かぐやは、黙ってそれを聞く。聞きほれるように、目を閉じて、悼むように。
「……別の場所までお送りしましょう」
念仏も終わってからしばらく。
かぐやが安流の背に声をかけた。
「しかし……金時くんが」
「それよりも、安流さんです」
「……僕は、そうして頂けるとありがたい。正直、かぐや殿と分かれがたくなっておりまして」
「……私もです」
二人が微笑んだ。この集落について、始めて穏やかな心地になった気がする。
「かぐや殿はこの周辺の地理についてお詳しいのでしょうか?」
「いえ、それほど詳しくはありません。しかし神奈川圏内の大きな自治領について記憶はあります。今回の行程よりも長い旅になりますが……」
「望むところです」
本当に、望んでいた。まだ離れたくない。もう少し一緒にいたい。
兄弟を求めるかぐやに、安流は光を見ていた。
自分も何か求め、何か目指し、何かを得たいと考えたとき……きっと、兄弟が欲しいと、思うとたどり着いたから。
それはつまり、かぐやと兄弟足り得たいと、思ったという事。
しかし自分は一介の僧形だ。
異形を相手に一騎当千の立ち回りをするかぐやに、自分ごときでは。
だから、かぐやに兄弟ができれば良いと、心から思う。
「ではもう休みましょう。お疲れでしょう」
「はぁ、あれほど大きな墓を作るのは始めてです」
「私もです」
焚き火を消した。
住屋の中で比較的被害の小さなものにお邪魔をすれば各々自由に寝そべった。
「安流殿の念仏、……なんだか安らぎました」
「はぁ、読経をさぼりまくっていたものですから、下手だったと自覚しているのですが……」
「ふふ、不謹慎かもしれませんが、また聞きたいと思ってしまいましたよ」
「あまり縁起のよろしいものでは、ないですねぇ」
暗闇の中、かぐやが小さく笑った気がした。
◇
次の日、起きるとかぐやがいなくなっていた。
住屋の中を探してもいない。
集落の中を探してもいない。
集落を出て、山に少しだけ入った。
いくつかの異形の死体があった。
そして、かぐやも死んでいた。
お邪魔しました!
そして、かぐやの設定について少しばっかり置いておきますね。
名前:かぐや
性別:男
職業:改造人間
身長:165cm
体重:54kg
体系:平賀
性格:善
外見は大和撫子の一言。美形も美形。
だが男。
御伽 草子郎なる人物のうさんくさすぎる研究の被験者の一人。
昨日まで一緒に薬を飲んでいた子が今日いないなんて事もしょっちゅうだった。
明日は我が身、と思ってれば生き延びて五つの魔装を任される。
才能はあったらしく魔素の保有も稀有なレベルで魔法使いにもなれただろうが、その才能を五つの魔装の使用に注ぎ込む事になる。
なので強制的な体系:平賀。
主に東日本を中心にあっちこっち派遣されていたが、武蔵の叛乱で御伽 草子郎を欠いた組織が瓦解。自由を得る。
武蔵には兄弟のさそいをけんもほろろに鼻で笑われ、施設にいた頃からの知り合いである魔装:天女の羽衣を扱う女の子や
雪の異形と掛け合わされた女の子など、知り合いという知り合いが死んでつながりが絶たれる。
何もないかぐやが一念発起、自分と同じ境遇の兄弟を探して旅をする。
最中、安流という坊主と出逢って旅をする。
ここで本編中、まるで活躍のなかった五つの魔装の紹介だ。
平賀寄りの技術で編まれた面白全部の武装の数々。
かぐやの遺伝子情報が鍵になって火を吹くぜ。
名前:仏の御石の鉢
効果:大きさ自在の鉢だよ。凹の部分で受けると、受けた攻撃を反射するぞ!
名前:蓬莱の玉の枝
効果:根が銀、茎が金、実が真珠の木の枝だよ!
月光収束して魔素凝縮した極大魔法砲撃が撃てるぞ!
満月の時に発動すると街一つ吹き飛ぶんだ! 新月の時は金銀真珠を使ったゴミだよ! さぁ、ご一緒に、「月は出ているか?」
名前:火鼠の裘
効果:ねずみ色した外套だよ! 火炎に対する耐性がものごっついんだ! それ以外の攻撃に対しては鼠色のゴミだよ!
名前:龍の首の珠
効果:かぐやが首にかけてる珠だよ。ただのおしゃれじゃないんだね!
五色に変色して赤龍、青龍、黄龍、青龍、白龍の息吹を再現できるぞ!
それぞれ
赤龍の息吹:火を吐けるようになる
青龍の息吹:毒を吐けるようになる
黄龍の息吹:砂を吐けるようになる
黒龍の息吹:水を吐けるようになる
白龍の息吹:なんか、こう、金属的ななんかそんな感じのヤツを吐く
こんな感じだ!
火以外、ぎりぎり青龍の息吹はいいけど他三つはゲロはいたり砂はいたり、これはないね! 三代目火影と二代目火影のゲロ合戦を彷彿させるよ!
金行に至っては書いてる人もどんな効果か想像できないよ!
名前:燕の子安貝
効果:魔素を防壁として貝のような形状で展開するよ! これでみんなを守るんだ!
貝の形をしているのは貝に魔術式を刻んでいるからその三次元的な形状が射影されたって言ってた気がするよ!
本編ではまるで出てない機能ばっかりだね! 作者は設定厨だからそりゃそうだよね! こんな場所でひけらかさずにはいられないだよ!
それから、
EX装備:スペシャル牛車
効果:御伽 草子郎が、成功被験者の全てに対して「こんな事もあろうかと」の遺言とともに遺した番外装備だよ!
六輪による安定性を再現し、四方は燕の子安貝による防壁を展開!
さらになんと火鼠の裘でコーティングした耐火仕様! これでレースにも参加できるね!
なんという蓬莱山www
てか死んだーーーっ!?
探していた人と出会う前に死んでしまわれたああ!?
そして何気に安流も護衛無しでピンチ!
こんな夜中にこっそり投下します。
正義の定義第六話#2
誰かが死ぬのはもう懲り懲り…
54 :
正義の定義:2010/06/01(火) 01:51:01 ID:f8bc39PJ
―――…
「お前…一体なんなんだ…?」
「"えいゆう"です。12えいゆう…HR-500・トエル」
数多の敵の攻防をくぐり抜け、ようやく敵の居城へと足を踏み入れた三人を待ち受けていたものは…彼女だった。
第六話
「テロリストのウォーゲーム」
2.「龍神の夢、約束の明日」
「なんでトエルが…意味分かんないよ…!」
カナミは酷く狼狽していた。無理もないか、仲が良いと思っていた相手が…敵の護衛だったんだからな。人間なんて
そんなモノだ。騙し裏切り、陥れる。わかっていたことじゃないか。カナミ達が特別なだけだったんだ。
だから…少しでもトエルに心を許してしまった、自分が許せなかった。
カナミと私は長い廊下をひたすら走っていく。とても長い、まるで己の罪を懺悔しろというような、先の見えない道。
今となっては、正しいことなんて分からないが、それでも私にとって焔は全てだ。ただ一人の肉親だ。正直に言おう、
私はカナミ達と焔を天秤に掛けた。どちらも大切な者達なのに…私は焔をとったんだ。今回の事だって、カナミ達の協
力を断ることだって出来た筈だ。それをしなかったのは、やはり私は焔が一番大切なのか。ならば皆がこんな目にあっ
てもいいのか?
…分からない。そんな事良いわけ無いって、わかりきっているのに。結局は私の我儘だ。誰だって一人は怖いんだ。
誰かと繋がっていたいんだ。皆といれば、やれるって思えるんだ。皆といれば、逃げずにいられるんだ。
だから私は皆を巻き込んだ。もう取り返しの付かないことになってしまったけど。これは驕慢な自分の、愚かしく、
下卑されるべき罪だ。一体、この罪はどれだけの時間をかけて償えばいいのだろうか?
ここで、今まで絶えず動かしていた足を止めるカナミ。私は声をかけてみると、カナミは「…ゴメン…やっぱあたし、
だめみたい…」と言い、体を翻し背を向ける。大体カナミが何を考えているかは予想がついた。
「あたし…やっぱり戻る…!」
やっぱり、そうきたか。カナミはタケゾーといつも一緒だったからな。放縦なタケゾーの相方をできるのはカナミしか
いない。カナミは皆を信じると言っていた。だから私もカナミを信じよう…無理はしないで、絶対に生きのびてくれ…!!
私はカナミの姿が見えなくなるまで後ろを振り向いたまま走った。なんだか、とても遠くへ行ってしまっているように
感じたから。
カナミの姿も見えなくなり、とうとう私一人となった。どうしようもなく心細くなった私は、皆の顔を思い出す。瞼の裏
に映る皆の笑顔。皆が無事だなんて、そんな事ある訳無い事ぐらい分かっている。でもせめて…そう願うくらいは…
そんな夢くらいは…見せてくれてもいいだろう?
約束の明日を、夢見たって…
55 :
正義の定義:2010/06/01(火) 01:54:04 ID:f8bc39PJ
――……………………・・・・・・・ ・ ・ ・ ・
私達は、次元龍。かつては龍神として祭り崇められた騎龍家の末裔。最も、今じゃそれを知るものはいない。
誰に知られるわけでもなく、私達『家族』はひっそりと山奥で暮らしていた…
「おねーちゃん!おかーさん!今日も一杯セミとってきたよ!!」
「あらあら、火燐ちゃんは虫取り名人ね」
「ふふ、火燐ったら、またこんなに捕まえてきて」
母と焔と私の三人。質素だけど幸せな毎日だった。その日もこんな風に山で捕れた虫を自慢していた幼い私。
脳天気な顔して…これから起こる事なんて、まるでわかっていない。
「セミィィィィィ!!セミィィィィィ!!」
「もうわかったって火燐」
「うふふ…」
父親は、この土地を命がけで守り、随分前に亡くなった。だから私は父親の顔を知らない。寂しくは無かった。父親
がいない分、母がたくさん愛情を注いでくれたから。母のあの温もりは、今も私の心の中に残っている。
「おかーさん?」
「なぁに火燐ちゃん?」
「…だーいすき!」
私にとって、この時間はかけがえの無いものだった。それさえあれば、何も要らなかった。
そう願っていても、時の流れは止められない。運命は着実に動き出す。
「今の世の中、昔のように異形の者が蹂躙する時代になってしまいました」
ある日、母は珍しく外の話をした。人間に会ってはならないと常々口を酸っぱくしていた母にしては珍しい事だ。
私はその時の母の顔が、今までに無いくらい真剣な表情であったことをよく覚えている。
「私達はこの土地を守る龍神。今こそ再び姿を現し、人々を助け、協力し合う時がきたのです…!」
以前は殆ど姿を消していた異形。今になって何故増えてきたのか…それは分からない。
ただ一つ分かっていることは、長い間交流を隔てていた龍神と人とが再び相見しえるということだった。
「お母さんはお偉いの方と会ってきます。焔ちゃん、火燐ちゃんをよろしくね」
「うん、おかあさん」
「おかーさん何処かいくの?」
「ふふ、旧友たる人間の皆さんの所へ行くのよ。大丈夫、私達はとっても仲良しなんだから」
「おともだち…?私も仲良くなれる?」
「もちろん……、じゃあ、行ってくるわね。いい子にしているのよ…」
そう言って、母は山を降りていった。母が山を降りるところを、私はその時生まれて初めて見た。母が未知の世界へ
足を踏み入れることは、私にとってとても不安な、しかし一種の羨望に似た感覚を感じさせた。その頃はまだ幼い為か
その世界の恐ろしさに気づく事は無かったのだ。
ポツリ。一粒の雫が額に落ちる。空を見上げてみれば、くぐもった雲が太陽を阻まんとどんどん肥大化してゆく。
これから大雨になるであろうことを察した焔は、幼い私の手を引き、自分達の住処へと戻っていった。
自分たちの住むおんぼろ家屋に着くと、程なくして大雨が大地に降り注いだ。私は外にいる母の事が心配で心配で
仕方が無かった。
「はい、火燐」
そんな母を心配する私に、焔は暖かいお茶を淹れてくれた。人肌ほどの温かさのそれは、私の体の芯を温め
、心を少し楽にした。
「おかーさん…大丈夫かなぁ?」
「きっと…大丈夫よ、きっと…」
ざあざあと止め処なく降り続ける雨。曇天が晴れることは無かった。
……………………
「おかー…さん?」
「はぁ…、はぁ…、」
「おかあさん!?」
その日の暮れ、事件は起きた。
「火…燐、焔…」
「おかーさん!!一体どうしたの!?凄い苦しそうだよ!!」
雨に濡れ、びしょびしょになった母。家に帰って来るなり床に倒れ込む。
明らかに様子がおかしかった。雨に濡れて体調を崩したのかもしれない…、と焔は母の上体を起こそうとした。
「!?」
そこで焔は異変に気がつく。手に違和を感じた焔は自らの手を見てみると…血まみれの手が目に映った。
「い…いやぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああッッ!!」
「お…お母さん……!?」
何故?どうして?こんな事になっているの?意味がわからない。目の前の現実が、あまりにも非日常的で、私は事
を理解できずにいた。
「おかあさあぁぁん…これ…一体どうしたの…?」
「…ふふ…、お母さん…ちょっと勘違いしてたみたい…」
「沢山血が流れて……お母さんしんじゃうよおぉぉ…!!」
死ぬ?お母さんが死ぬ?何を言っているんだと、私はただただ放心していた。必死に話しかける焔。腹から濁流の
如く血を流す母。すべてが狂ってて、圧倒的な理不尽だけがそこにあった。
『おーい、見つかったかー!?』
『こっちに逃げてったぞー!?』
「!?…何…?」
外から聞こえてくる雨音と、聞き慣れない声。私はそれに少なからず恐怖を抱いた…こんな状況だから。頼るべき母
はあの有様だ、無理もない。ばしゃばしゃと、家屋に近づいてくる足音。その音が大きくなっていくにつれ、私の心音も
大きくなっていった。
「にげ…なさい…」
母は、振り絞るような声で言う。そんな事できるはずが無い。私は本能的に危険が近づいているのを感じていた。
ここにいてはいけない。
「お母さんも一緒に!!」
「それは無理よ焔ちゃん…どの道私は…」
「そんな事言わないで…!!」
大粒の涙。龍の涙が焔の頬から零れ落ちる。そしてそれは焔の握る母の手にかかった。何粒も何粒も。
「いい…?焔。火燐。あなた達は龍神の子…人々を助け、この土地を守るもの…決して、人を恨んではいけません」
「お母さん…」
母がこの時何故こんな事を言ったのか、その時の私にはわからなかった。それどころか私は…
「おかあさん…それ、もしかして、人間にやられたの…?」
だなんて、この時から私の人間疑心は始まっていたのかもしれない。
「…それは、些細な問題よ…」
「…どうして!?人間にやられたなら…私がやっつけて!!」
「ダメよ…火燐ちゃん…」
「なんで!!」
何故母が人間の肩をもつのか?何故こんなひどい仕打ちを受けているのに…私は幼心ながらに必死に考えたが、
答えが出ることは無かった。そしてそれは今も…わかっていない。
「人間を…守るのが…龍神の役目だからよ…」
「そんな…」
「大丈夫…今回は…少し歯車が狂っただけなのよ…二人が人間たちを守っていけば…いつかその思いは人間たち
に伝わる……私はね、いつか神も仏も人間も、皆協力して仲良く暮らしていければいいなって思っているの……夢物
語かもしれないけど…二人が人間と仲良くすれば…きっと、いつか……」
「お母さんの…夢…」
「だからね…約束して…人を憎まず…仲良くすること…そうすれば…親しき友として笑い合える、そんな人と妖の明
日が待っているはずだから…」
「そんなの…無理だよ…」
57 :
正義の定義:2010/06/01(火) 02:01:54 ID:f8bc39PJ
『おい!この家、怪しいぞ!』
「!!…早く行って、二人とも!!」
「やだよお…おかあさんといっしょじゃなきゃ…!」
「…ごめんね…二人とも…『時空の扉よ…次元を翔ぶ彼らを導き給え…同位空間転移術!!』」
「おか…!!」
「龍神が人々に受け入れられる…そんな約束の明日が来るまで、大切な人々を守りなさい…お母さんとの約束よ
……あなた達ならできる…龍神の子であるあなた達なら…」
法陣が私と焔の足元に現れる。時空転移術。次元龍にしか扱えぬ能力。母はそれを使い…私達を安全な他所へと
飛ばそうとしていた。光が私と焔を包む。暖かくて、全身を何かが駆け巡るような慣れない感覚が襲う。
空間転移間際、最後に見た母の顔は…とても満足気だった。まるで、何か一仕事やり終えた後のような…
「おかあさぁぁぁぁぁん…!!」
「じゃあね…焔、火燐…!」
――みながわたしにつくすならば、―――
――わたしはみなにつくそう――
――われはりゅうじん、ひとのこら。このちをまもる、まもりがみ…――
―――…
「うっ…うっ…」
母の空間転移術によって、山奥の洞穴へと飛ばされた焔と私。焔はずっと泣いていた。母は多分もう…
私はと言うと、不思議と泣くことは無かった。あまりにもショックなことが起きると、泣くを通りこし壊れてしまうらしい。
私の心の中で、様々な感情が湧き出して、ぶつかり合って、抑えきれなくなったそれが爆発したんだ。
…後には何も残らなかった。無心。私の心は枯れ果てた。
「…"焔"」
「…えぐっ…火燐…?」
「…この洞穴が、新しい住居だ。ここで誰にも会わないで、二人だけで生きていこ…」
誰にも会わなければ、傷つくことはない。私が始めにしたのは、心を覆い隠し、弱い自分を守ることだった。
硬い殻を作って、外界からの接触を一切絶とう。悲しみも憎しみも、その中に閉じ込めてしまえ。これは反抗だ。こんな
残酷な世界を受け入れてなるものか。そう思い、私は世界に干渉することをやめた。
・ ・ ・ ・ ・ ・・・・・・………………――
(…このころから…私は人間が嫌いだった)
まだまだ先の見えない廊下を走り、私は流れ出る記憶の断片を拾い集めていく。あの頃の私ははまるで死んだ魚
のような目をしていたに違いない。…と、過去の自分のことを思い出し、そのころの姿を思い描く。
(…もう、自分は一生腐って生きていくんだなと、その頃は思っていた…あの二人が現れるまでは…)
――……………………・・・・・・・ ・ ・ ・ ・
―数年前、初夏―
「おいお前達…ここで何している」
母が死に、長い時間が経った。あの日以来、私は何もしなくなった。笑うことも、怒ることも泣くことも。
そんなある日、たまたま焔の事を茂みから盗み見る怪しい人間を発見した。私は関わりたくなど無かったが、焔になに
かあっては困るので、声を掛ける。人間なんて、皆嫌な連中だ。当然のように、私は敵意むき出しだった。
「え…?」
「だ、誰だよ!」
人間は、丸坊主の雄の子供とショートヘアーの雌の子供。どちらも私と同じくらいの背だ。おそらく…あの街の人間。
彼らは酷く怯えているように見えた。足はがくがくと震え、背を向いているので顔は見えないが、おそらく真っ青に
なっているはずだ…そう、その時の私と同じように。
「…質問に答えろ。何をしているんだ。事と次第によっては、お前達をただで帰す訳にはいかない」
幸い、二人から自分の姿は見えていない。私は精一杯の勇気を振り絞り、強がった。自分の最も怖いと思うような声
で喋った。大見得を張った手前、もう後には引けないし、なにより私は、弱い自分を見せたくなかった。
「火燐、やめて。そういう脅しみたいな言い方…」
そんな私に見かねたのか、そう言って焔が中に割って入る。情けないことに私はその事で少し安心してしまった。
58 :
正義の定義:2010/06/01(火) 02:05:42 ID:f8bc39PJ
「こいつら、人間だぞ」
そんな弱い自分のことを認めたくないのか、私は適当な指摘をする。すると焔は…
「人間だからよ。人間を憎んではいけないと、お母さんも言っていたでしょ?」
…と、母の言葉を私に言い聞かせる。やめてくれ、その言葉は聞きたくない。私は焔の目から逃げるように目を背る。
「…悪い連中かもしれない…」
「お、俺達はたまたま通りかかっただけだ!…綺麗な歌声が聞こえたもんだから、つい…」
私の言葉を遮るように、丸坊主の少年が喋る。それを皮切りに少年はやたらと早い口調で言葉を続ける。
「…こんな小さい子に、あなたは何をしようとしていたの?」
少年の話を全てを聞き終えた焔は、どうやら私に非があると判断したようで、私はそれが疑問でならなかった。
何故私よりそんなどこの馬の骨とも分からない人間の言うことを聞くのか。
「う…でも!」
それに私も十分小さい(自分でいうのも癪だが、龍族は基本成長が遅いのでこれから大きくなるはず)ので、不公平
だとおもった。寧ろ親族な分、私の方が優遇されるべきじゃないか。7:3ぐらいが妥当な線じゃないか。
「おいお前。私の顔に何か付いてるのか?」
苛立った私は、ジロジロと私のことを見ていた少女にやり場の無い鬱憤を向ける。しかし、それは焔の手によって邪
魔されてしまう。
「ストップ、お互い悪人じゃあないんだから、無理にいがみ合わないの。ほうら、こうして」
そう言って、焔は私の手と少女の手をお互いに握らせ、そして自らの手も被せる。私は何でこんな事をしなくちゃいけないんだと思ったが…
「暖かいでしょ?これが人の温もりなんだよ…」
なぜだろう、不思議と腹は立たなかった。人の温もり…何だ、たかが体温の事じゃないか。人の手は暖かい。別に
おかしな事じゃない。至極当たり前のことだ。
でも、そんな当たり前のことが、私にとってはとても特別なものに思えた。
触れたことの無い温かさだ。悪い気はしない。こいつらは人間。その時の私は、人間は皆、血も涙もない、冷たい連
中だと思っていた。なのに…どうしてかな、他人の温もりは…こんなにも簡単な方法で確かめられるというのに。私は…
「同じこの大地に住むもの…きっと仲良く出来るはず…」
焔のその言葉で…私は不覚にも、ホントに一瞬ではあったが「こいつらと仲良くしてもいい」なんて思ってしまった。
今となっては…それがきっかけだったんだろうなと昔を振り返り、考える。
―――…
「ここを抜ければ出口だぞ」
とりあえず、焔に免じて二人を許してやる事にした私は、道に迷ったと言う二人を山の出口まで案内してやった。
「じゃあ…さよならだね…」
「ああ…」
もう合うことはないだろう。明日からはまた、代わり映えの無い日々が始まる…筈だった。
「ありがと、二人とも!」
少女は、屈託の無い笑顔で感謝の言葉を述べる。人間から感謝されたのは…初めてだ。
(う…嬉しくなんか、ない…)
自分の中に生まれる感情を、私は必死に否定する。それを認めてしまえば、私の殻は見事に瓦解してしまうから。
人間を拒絶するという、見えない殻が。
「ほんとにありがとーよ、俺達このまま帰れないんじゃないかと思った…ああ、それとさ」
「?」
「また…会いに来てもいいか?」
「へ…?」
少年は、意味のわからないことを言った。また会いに来るだと?何故…?
「そんな…ここは、危ないし…」
焔は優しいから、二人の心配をする。
「いいってそんな事気にすんなよぉ!俺達…友達だろー?」
「友達…!」
友達…?異形である私達と?まさか…冗談だろう?でも…もし…本当なら…
(いや!何を考えているんだ私は…!)
バカらしい。そんな事…どうせ嘘だ。私は絶対に心は開かないぞ。
そうして、街へと帰る二人を見送る…何故か焔が花の咲いた様な満面の笑みを浮かべていたのが気になった…
―私たちは出会い、運命は、繰り返す。―
59 :
正義の定義:2010/06/01(火) 02:09:51 ID:f8bc39PJ
―――…
「おっす!約束通りきたぜぇー!」
「は…?」
次の日。タケゾーという少年はカナミという昨日の少女を引き連れ山へとやって来た。
「あ…タケゾー!カナミちゃん!」
案の定嬉しそうな顔をする焔。こっちは全然面白くない。本当にやってくるだなんて…
「よっし!じゃあまずはーっと…」
「あ、あたし家からお菓子持ってきたんだ!二人とも食べる?」
カナミはそう言って手提げ鞄から洋菓子の入った4〜5cm程の袋を幾つか勝手に私の掌に置いていく。
「あー!、ありがとーカナミちゃん!」
焔は嬉しそうに受け取っていた。なんで…そんなに簡単に心が開けてしまうのか…これだって、何か怪しいものが意
図的に混入されているかもしれないというのに。
「おいしー!ほら、火燐も!」
「むぐ!?」
ムリヤリチョコレイトでコーティングされた洋菓子を口内に突っ込まれる。上品な舌触り。仄かに広がる甘さ。カカオの
風味が口の中に広がり、空気と混ざり、洋酒の後味のみが残る。その余韻がまたたまらない。
「…火燐、おいしいんだ」
焔はニヤニヤと私の顔を覗いてくる。
「…ッッ!!し、知らん!!」
…食べ物に罪はないからな。うん。
それからというもの…
「今日も来たぜー」
彼らは毎日のように…
「ひみーつきちを、つくるぞぉー!!」
私達に会いに来た。
「こににちは、ほむっち、火燐!」
いつしか私は…
「…また懲りずに来たのか」
それを拒まなくなっていった。
「何故…お前達は、私達と仲良くするんだ?」
ある日、私はタケゾーにそんな事を聞いた気がする。
「何いってんだよぉ。お前らが気に入ったから…"一緒に笑い合いたい"って思ったからに決まってんだろ」
タケゾーは特に何も考えていないというような表情で答える。
「私達は…異形だぞ…?」
「だからなんだよ。そんなのかんけーねーじゃん!異形だ何だって、そういうの…どうでもいいじゃん。俺もお前も、同
じ大地に生きているん…だろ?これは焔の台詞だけどさ…。つうか、俺もお前も笑い合いたいと思ってる、仲良くした
いと思ってる。なら何も問題ねーじゃん。それが理由じゃ、だめなの?」
「…!」
それは…今までの私の、バカな考えを正してくれる…バカなりの真剣な言葉だった。
私の殻は…彼らの前では、無意味だったのだ。カナミもタケゾーも人間だ。それがどうした。悪者は人間だろうが異形だろうが悪者。逆もしかりだ。そんな簡単なことに、私は今まで頑固に滅茶苦茶な持論を妄信してて…気がつけなかったんだ。
彼らとなら、約束の明日を迎えることができるかもしれない。そう…思ったんだ…
そんな日々が続き…気がつけば数年の歳月が経っていた。
―数年後・夏至―
「今日はよ、皆で街に行こうと思う」
この日も私と焔は、タケゾー達に付き合っていた。もう見慣れた光景だ。
タケゾーは街に行くだなんて言っていたが、流石にそれはまずいんじゃないかと思ったが、カナミにも押し切られてし
まって…結局私達は街へといくことになった。
そうして、街中へと連れられた私達。角はカナミの帽子で隠すことにしたけど、尻尾は腰に巻いて上から服を被せて
いるだけだ。これではまるで私が肥満児のようだ…納得いかない。
私達は服屋へと行くことになった。なんでも服を買ってもらえるとのことらしい。この服以外の持ち合わせはないから
助かるといえば助かるが…なんか裏がありそうで怖い。
60 :
正義の定義:2010/06/01(火) 02:12:29 ID:f8bc39PJ
―――…
「に…似合う…かな…?」
服屋へと来るやいなや、カナミはすごい勢いで試着室に焔を引っ張っていった。しばらくして出てきたのは…見違え
るような美しさに同姓である自分もドキドキしてしまうほどの色気を纏った焔だった。
「ぐ…グレイトォ…!!」
「そんなに恥ずかしがる事無い。焔…すごい綺麗」
口々に感想を述べる。私はお世辞なしに焔は可愛いと思った。こんな焔の姿を見ることができたのなら、案外街に
きても良かったなと…そう思えた。
「んじゃー次、火燐いってみる?」
…その言葉を聞くまでは…。
……………………
「うう…お嫁に行けない…」
あの後、ムリヤリ衣服を剥かれ、私はあられもない姿を披露してしまった。その時のことは…正直語りたくはない。
一通り試着を済ませた私達は、会計へと足を運ぶのだが…事件は、そこで起きた。
「おかいけーおねげーしますー」
「はいはい、これ全部でいいんだね」
「…ん、そっちの子は見ない子だねぇ…一体…!?」
「い、異形よぉぉぉぉぉぉん!!だれかぁぁぁぁぁ!!」
……………………
「ごめんね…ほんとに…ごめんね…」
試着室に帽子を忘れて、頭の角を見られてしまった焔。当然、自分が異形であることはバレてしまい…街中には
居られなくなった。、逃げきれなかった時のことを考えぞっとする。ともあれ、無事ここまで逃げ切れてよかった。
「服…残念だったね…はぁ…」
カナミは、深い溜息をついて言った。よっぽど服を買えなかったことが残念なのだろう。
でも私は、皆が無事なだけで…それだけでよかったと思えた。しかしこれで一つ、わかった事がある。
「…やっぱり、無理だったんだ。私達と人間はわかりあえない」
人間に未だに残る、異形拒絶。この街は以前、異形に襲われたことがあった。異形に対する目も厳しいだろう。
タケゾーもカナミも、私みたいな異形と仲良くしていたら…いずれ迫害を受けるかもしれない。そうなるくらいなら…
「火燐!!なんであなたはそうやってすぐに見限るようなことを言うの!」
怒鳴る焔。…怒った顔。久々に見た気がする。
「だってそうじゃないか!あの街の連中の反応!あれは完全な拒絶だ!!私達はここで誰にも会わずに
暮らしていた方が幸せなんだッ!」
そう…これが、私達にとっても、タケゾー達にとっても、最善の選択なんだ…少なくとも、私はそう思っていた…
「おい…それ、まじで言ってんのかよぉ…」
「ああ、マジだよ」
「ホントかよ…お前は、ホントにそう思ってんのかよ。今まで俺達といて楽しくなかったか?あの笑顔は嘘っ
ぱちか?ちげーだろぉ?俺達は少なくとも…お前らと会えて…よかったと…うぐ…ひっく…」
そう言ったタケゾーは、もう酷いくらいにグシャグシャな顔をして涙を流していた。
「わ、わたしだって…お前達とあえて…ううううう……」
私の顔も、ぐしゃぐしゃになっていただろう。
今まで表に出なかった感情が、一気に吹き出した瞬間だった。ホントは一緒に居たい。ホントはずっと友達で居たい。でも…それを世界は許しはしないんだ。
「そう…こんなにみんな大好きなのに…無理に自分から離れようとする必要なんて…無いんだから…」
そっと、焔は私達を抱き寄せる。私は…ただ、焔の胸の中で泣いた…
(…お姉ちゃん…)
―――…
かくして、私達の絆は更に深まった。だが…それに伴い、問題も出てきた。
「いやー、アンタたちがこの山の異形かい?」
「…何なんですかあなた達は…」
ある日突然山へと訪れた黒服の大男。
「いやね、あっしらは上のモンに言われて遣わされてきたモンですわ。この山に住むアンタたちに、ちょっと聞いてもらいたいことがあんだわー」
「聞いてもらいたいこと…?なんですか?」
焔は、何か穏やかではない事態を察し、深刻な表情で黒服の男の話を聞く。
「いやね、近々…この山、開発計画のために、一度更地にするんですわ」
「なん…だって…?」
61 :
正義の定義:2010/06/01(火) 02:15:35 ID:f8bc39PJ
この山は、ここいらの地域の龍脈を司る。その山を荒らせばどうなるか…私は知っていた。
「ふざけるな!何が開発計画だ!この山を人の手で汚すということがどういう事か分かっているのか!?」
思わず、怒鳴ってしまった私だったが、こんな馬鹿げた話、怒って当然なのだ。龍脈が犯されればこの地域は厄災
に見舞われる事はまず間違いない。そうなった時、タケゾー達は…
「いやねぇ、こっちもお上の命令できてんのよ〜…ぶっちゃけるとねぇ、あんたがたにここから出て行って欲しいんですわ」
「何だと!?」
「いやあ、これ、"警告"なワケよ。立ち退かなければ…力づくでってんだ。あっしはね、アンタらの身を案じて言って
やってんのよ?わかる?命惜しけりゃ、どっか行けってことだよ」
「な…」
それは事実上の脅しであった。そして私達はそれに立ち向かう術など持ち合わせていなかった。
―――…
「横暴だ!それは許せないなぁ」
その後、私は開発計画の事をタケゾー達に話した。今頼れる人間なんて…彼ら以外ない。
「でもタケゾー…大人は子供の言うことなんて聞かないよ…?」
カナミの言うとおり、今の街の人間は子供の話など聞かない。異形ならばなおさらだ。
「じゃあ…こっちも力づくで言い聞かせればいい…」
その日から、私達の密かな抵抗劇は始まった。
「…準備は良いか?」
「…うん」
夜。顔を確認できない程度の暗闇に紛れ、警官隊の人間を待つ私、タケゾー、カナミの三人。焔は置いてきた…こんな事、焔は許さないと思うから。
最近夜な夜な山中に現れるようになった警備隊の人間。ここはもう自分達の所有地だと言わんばかりに行脚するそ
の様を見ていると、なんだか自分の家を土足で入られているような感覚に陥ってイライラした。
「ふんふんふーん」
見回りの人間が現れる。今宵のターゲットはアイツだ。
「オラァ!!」
「!?」
闇に乗じたタケゾーの足払い。見回りの人間は為す術も無く地面に倒れ込む。倒れた先には強力な接着剤をたっぷ
りと塗った木板が一つ。思惑通り男の顔は木板に豪快に突っ込む訳だ。
「な、なんだぁ!?み、見えない!前が見えない…!」
『この森を荒らすものよ…!』
ここで私は、少し声色を変えた低い声で男を驚かしてみた。
「ヒィ!?」
『貴様等がこの森に足を踏み入れれば、必ずや神罰が食らう…死にたくなくば退く良いッ!!』
「ひえええええ!!すいませんでしたぁぁぁぁあ!!」
男は木板を顔面にくっつけたまま、脱兎の如く街の方へ逃げ帰って行く。その間抜けな格好と言ったら…
「ぷぷぷ…」
「あっはっは!!」
「くく…おっかしー!」
おかしくておかしくて、私達三人は腹を抱えて笑った。
そして…その後も悪戯は続いた。
「ぎゃあああああああ!!」
『森を荒らすものよ…』
何も愉しいからとか、そんな無意味にこんな事をしているんじゃない。
「お。おたすけぇぇぇぇ!!」
『この森に足を踏み入れる事なかれ…』
こうやって脅しをかけることで、ささやかな抵抗を試みたんだ。
「ひいいいいいいい!!」
『さもなくば…神罰が下るであろう…!!』
すると、山に足を踏み入れる人間は徐々に減っていった。
「ふん!どんなもんよ!」
「タケゾーすっごい!!」
でもそれは…大人を本気にさせてしまう行為に過ぎなかった。火に油を注いでいることに…私達は気がつかない。
62 :
正義の定義:2010/06/01(火) 02:18:34 ID:f8bc39PJ
「近々、自治体の奴等が計画を本格的に実行に移すらしい…」
タケゾーの口から出た、ただでは済まない話。事態は自分達が考えているより…深刻だった。
「近々って、いつぐらい?」
「少なくとも、一ヶ月以内…それだけじゃない、計画実行の際、山の異形の討伐命令が出されて…つまり、火燐…お
前達の身が本格的に危ないってことだよ!」
事がわかるにつれ、徐々に現実味を増していく計画の全貌。危機感だけが募る一方、私はある決断をした。
もう二度とあの夜のような事を起こしてはならない。母の悲劇を…繰り返してはならないから。
「この山は、おれたちの街を守ってくれてんだろぉ?だったら、絶対にそんなことさせちゃならねぇーよ!!」
「そうだ…そんなこと……させてはならない…!!」
――悪鬼、討つべし…!!
・ ・ ・ ・ ・ ・・・・・・………………――
(ここからは、早かったな。時が流れるのが。あっという間に今日と言う日が来てしまった)
自治体の最高責任者である森喜久雄に殺害予告の手紙を送りつけ、奴が怯めばそれでいい。尚も計画を中止しな
いと言うのであれば殺すだけ。母は言っていた。龍神は人々を守るものだと。…山が土人に犯されれば街も人々も
とんでもないことになる。もちろん…タケゾー達も。そしてなにより黙っていたら…焔の身だって。
迷いは無かった。迷う理由がなかったから。これが正しい事だと信じていたから。
…なのに…なんだ、これは。なんなんだこの状況は。タケゾー、正しい事をすれば、それは必ず報われるんじゃな
かったのか?一体どれだけの者が死んだ?一体どれだけの者が涙を呑んだのか?
…これは、本当に正しいことなのか?…いや、やめようこんな事を考えるのは。考えれば考えるほど、自分の言葉に
自身が持てなくなってくる。ついてきてくれた他の連中に申し訳が立たない。
…ふふ、今の自分が自分で信じられないよ。昨日までは皆で笑い合っていたのに、今じゃ血まみれの戦場にいる。
…お前もそうだった筈だろう?…トエル…
――……………………・・・・・・・ ・ ・ ・ ・
―作戦実行二日前―
「ふえー」
トエル…この日、街中で警備隊に絡まれていた私達を助けてくれた幼女だ。背は私と同じくらいで、随分幼い。そん
な子供に大人数人を意図も簡単に捕縛してしまう力があるのはかなーり怪しく思ったが、何にせよこんな私達を助け
てくれた奴だ。悪い人間ではないのだろう。お礼にこうして、我らが秘密基地にまで招待してやったのだが。
私は…このトエルという存在に何か引っかかるものを感じていた。それが何かは分からない。正体不明のもやもや
が、私の心の臓の半分を占拠する。
「どうしたの?火燐。そんな怖い顔して」
焔は仏頂面の私に気がついたようで、何時にも増して大人しい私に気をやっていた。私は焔を心配させないように
「なんでもないよ」と答える。どうも私は余所者が苦手なようだ。無意識に遠ざけてしまうのはかつて、母を殺された
ショックで人間を拒絶していたあの頃の名残とでも言おうか。
今はちゃんと、いい人間も悪い人間も居るというのが、分かっているつもりなんだが。
「ふえ!ホモからにげきれたらごまんえんおにごっこする?」
63 :
正義の定義:2010/06/01(火) 02:21:18 ID:f8bc39PJ
不意に、少女、トエルに話しかけられた。先程から彼女に対して素っ気ない態度を取っていた私が、話しかけられる
とは思っていなかったものだから。私は内なる動揺を押さえて応える。
「いや、私は遠慮しておく」
するとトエルは「ふえぇ…」なんて言って、それ以上何も言わずタケゾー達と鬼ごっこをはじめた。あれほど絡みづらそ
うなオーラを纏っていた私に話しかけるなんて、このトエルという奴も中々お人好しなのかもしれない。悪い気はしなな。
そうして、タケゾー達が戯れる様子を見ていたのだが…やはり何か、違和を感じる。皆が笑顔のこの状況で…目に
見えずとも何かがおかしい事だけは確かだった。ただ、タケゾー達があんまりにも楽しそうに笑うものだから、そんな事
は途中からどうでも良くなったが。
時間も忘れ、ひたすらに遊びまわった。気がつけば自分もその輪に組み込まれてて、皆が皆、汚れだらけになって
遊んだ。擦り傷ができようが、みっともない格好になろうが、今だけはそんな事も気にせずに遊んでいられる。
明日からはまた、厳しい現実が待っている。この時間は、私の夢みたいなもんだ。…と、勝手に私自身は思っていた。
夢…そうか、これが母の言っていた、人と笑い合える今日なんだ。これが、母が夢に見ていた光景なんだ。
こんなにも素晴らしいものだったのか。ならばなおさら、この時間を、場所を!無くすわけには…いかない!
――約束の明日を…守るためにも!!
「それじゃまた明日!」
「ふぇ。きがむいたらきてやりますし」
散々遊び倒した私達。もう体中クタクタだ。空を見上げれば、カラスがかぁかぁ五月蝿く鳴いて、周りを見回せば、自
分の住処へと帰っていく小動物の姿が幾つか見受けられた。そういえば丁度、小腹も空いてくる時刻だと私は思った。
「ふえ」
「ん?」
帰る筈のトエルが、私に話しかける。まだ何かようなのか?
「きょおーは、なんかわたし、きにさわるようなことをしたみたいですね!」
「え?」
…無愛想な私のことを、気にかけていたのか…?でもそれは、トエルのせいじゃない。次にトエルは、こう言葉を続ける。
「わたしは、ひととこういうせっしかたをしたことがないので、わかりませんでした、ふぇふぇ」
…トエルは、私と一緒だったんだ。こういう笑い合える存在が、おそらく彼女にはいなかったのだろう。
私は、昔の自分のことを見ているようで…ふっ、と笑いをこぼしてしまう。感傷深く思ったんだ。
甦るあの日の記憶。タケゾー達と出会った、あの日。
――いいってそんな事気にすんなよぉ!俺達…友達だろー?
タケゾーのその言葉があったから、私達は今も笑っていられる。私が彼女にかけるべき言葉は…
「いいって、そんな事気にするな。私達は…友達でしょう?」
「ふぇ…?」
何のことか、理解していない様子のトエル。すると横から焔が一言、私の台詞に重ねるようにしていうのだ。
「そうよトエルちゃん、また明日も遊びましょ?私達は…」
「友達なんだから…!」
「ふえ…いいけど!そっちがどうしてもっていうなら……えへへ…」
トエルは、照れ隠しをするかのように強がっていたが、その顔は紛れも無い笑顔だった…筈…
なのに…
・ ・ ・ ・ ・ ・・・・・・………………――
「なんで…なんで…!」
――"えいゆう"です。12えいゆう…HR-500・トエル
なんでお前は…私達の邪魔をするんだ!!
敵であることは知らなかったとはいえ、あの日確かに私達は友という関係であったはずだろう…一日二日そこらの、
薄い友情かもしれないそれでも!あの時のお前の気持ちは…嘘だとは思えなかった!これで騙してたっていうなら名
演技だよ、主演女優賞ものだ。それなのにお前は、何の躊躇もなく私達に刃を向けた…私は…信じたくなかった。
お前がそういう奴だったなんて、しんじたくなかった!!
64 :
正義の定義:2010/06/01(火) 02:23:43 ID:f8bc39PJ
同じ…匂いのする奴だったんだ。
―ここで誰にも会わないで、二人だけで生きていこ…―
そう言ったあの日の私と、同じ。人間とは何か相容れないと一線を置いていた、あの日の…ん…?
まてよ…、今私は何を思った?人間とは…相容れない?それじゃ…まるで…トエルが…
思考はそこで途切れた。何故なら、長い廊下が終り、屋上への…恐らく森喜久雄が待つ場所に続く階段へ辿り着い
たからだ。階段は二十段程度、私はそれを一段一段、呼吸を整えながら登っていく。高騰する感情。さっきまで考えて
いた事などはもう、頭にない。
重厚な赤の扉。それが最後の戦場へとつながる最後の障害物。せっかくだから私はこの扉を…
「ブッ倒していくぜ!!」
ガシャアァァァン…………!
「!?な、何事だ!?」
「なんなんだ一体?」
「アレを見ろ…異形だ…異形が居るぞ!!」
無駄に金の掛かっていそうなドアを蹴破り、私は屋上へと足を踏み入れた。そこに待ち受けていたのは三十人程度
の軽装な武装に身を固めた大人たちと…
「な…なぜこんなところまで異形が来ている!!英雄の人間はどうした!?」
中肉中背の、一際厳重に取り囲まれている上等な皮の衣服を着た男がいた…アイツが森喜久雄だ。御丁寧に派手
なカッコまでしてくれて…私が一番偉い人ですよと言っているようなものじゃないか。山を荒らそうと考えるのもわかる
…それによって引き起こされる厄災も予測出来ないほどのバカなんだ。
「お前が…森喜久雄だな…」
「ひ、ひぃ…!?」
私は疲労する足腰を一歩、また一歩と自分を奮い立たせながら、進んでいく。武装した男たちが喜久雄の前に立ち
はだかる。
「天誅だ…己の愚かさを恨め…」
私は召喚符に手をかけ、異空召喚術を行おうとした…その時…
「待って!!」
「!?」
頭上より舞い降りる羽を生やした少女。その声も、姿も、私のよく知るものだった。月明かりを背に舞い降りたその様
は、天使、いや、龍神のようだった。
「…焔!!何でここに…!」
騎龍焔。私の唯一の肉親で…私の大切な…
「決まってるよ…皆を止めに来たの」
「知ってたの…?」
「知ってるよ。皆が私に隠れてコソコソなにかやっているんだもの」
困った。焔には内緒で事を終えるつもりだったからなぁ…焔にだけは知られたくなかった。焔には、ただ笑っていて欲
しかった。
「…こんな事された上で笑うことなんて出来ないよ?」
本当に困った。焔に心が読まれている。
「な、何だ貴様はぁ!!」
喜久雄は突然空から現れた異形、焔に怯えるようにして問う。すると焔は静かに、そして悲しそうに話し始める。
「人が、死にました」
「…?」
「沢山の人が、死にました。私は空から街の様子を見ながらここまでやってきました。街には、子供の悲鳴と、大人
の怒声と、沢山の血が流れていました。街全体が、悲しみに満ちていました」
焔は決して感情的にはならず、ただハッキリと、自分の言葉を伝える。武器を持つ男たちもそれに黙って耳を傾けて
いた。奇異な静寂が場を支配し、焔の透き通った声だけが空気を伝っていた。
「憎しみが渦巻いています。憎しみは憎しみを呼び、連鎖します」
「悲しみが溢れています。悲しみは満ちることはありません。ずっと、溜まっていきます。寂寥に人々の心は飢えていきます」
焔は言葉を続けていく。男たちは銃を向ける事なんてとっくに忘れて、各々の知る人、大切な人のことを思い、慚愧していた。
「誰が、この戦いを望んだのでしょう?誰が、こんな結果を望んだのでしょう?」
「…誰も、こんな事は望んではいない。ぞうでしょう?あなたも…」
そう言って、焔は手を差し伸べる。その手の先にいたのは…この事件の原因の一端を担う、森喜久雄だ。
「…当たり前だ!!こんな事…そうだ!貴様らが余計な真似をしなければ…!」
「!!言わせておけば…!私達はだまって殺されろってことか!?」
「だから逃がす猶予を与えてやっただろうが!それを反故にしてまで戦いを挑んできたのは、貴様達の方だ!」
「何もわからないくせに!あの山を荒らせばどうなるか分かっているのか!?」
「やめて!!」
言い争う私と喜久雄の間に割って入る焔。その目は潤んで、声は震えていた。
「やめて…もう…こんな事…」
「焔…」
「もう…これ以上人が死ぬのは嫌…何でお互い、話合えないの?全て…全て話し合いで回避できたことなんだよ…?」
「もうこれ以上…誰一人として死んで欲しくないの…皆には笑っていて欲しいの!!」
「あ…」
焔は、泣いていた。普段は決して見せない姉の、母が死んだあの日以来頑なに見せようとはしなかった、涙。
「だから…やめましょう…こんな事…私達も、あなた達も…この戦いに争いを望む者なんて…最初からいないんだから…」
そうだ。誰も争いなんて望んじゃいない。誰かを傷つけたくなんて、ないんだ。誰だってそうだ。皆動かされていたん
だ。見えない、大きな圧力に。気がつけば、周りの男達は皆、武器を置いていた。
でも、一度始まってしまったこの争いを、果たして止めることなど出来るのだろうか?…焔なら、あるいは…
「何を馬鹿な…!おいお前達!何をしている!?」
「森さんや…もーやめましょうや…」
喜久雄を護衛していた男のひとりが言う。
「そうじゃ、あのこの言う通りだわい。こんな戦い…誰も望んじゃおらん」
心改めたかのように、次々と戦闘破棄の意思を見せる者達。事は…徐々に収束するかのように思えた。
「ふざけるなよ…今更、止められるものかァァァ!!」
「…ッ!!」
喜久雄は護衛が放棄した銃器を手にとり、私に照準を向ける。そして有無を言わせずに、それを放った。引き金を引
く音。銃声。火薬の匂い。
打ち抜かれるはずの私の胴に銃痕は無く、代わりに私を庇うようにして覆いかぶさっている焔の姿があった。
「え…?な…?」
自身の顔が青ざめていくのがわかる。血が冷たくなって、震えが止まらなくなる。受け入れたくない、嫌だ。何でまた
…こんな事に…もう嫌だ。誰かを失うのは、もう嫌なのに、この心の叫びが届くことはない。
「火燐…」
鼻がくっついてしまいそうな距離に、焔の顔がある。私の名を呟き、焔は優しく私を抱きしめた。
「ごめんね…」
「なんであやまるんだ…やめてよ…」
じわじわと、焔の背中に血が滲んでいくのがわかる。私達は体が強い異形じゃない。銃でだって、十分致命傷を与えられる。
こうやって密着していると、焔の心臓の鼓動がよくわかる。今は、とても弱々しく、それでいて懸命に動いているのがわかった。でもその鼓動は、どんどん弱くなっていき…
「火燐…私…」
「死ぬな!死なないでよ!死んじゃ駄目だ!もうあんな思いは嫌だ!」
「ごめんね…焔に悲しい思いさせて…」
「そう思うなら逝くなよ!私を残して死ぬなよ!」
「…私、ちゃんとお姉ちゃんできてた…?」
「うん…!」
「…私、ちゃんとお母さんとの約束、守れたかな…?」
「うん…!」
「そっか…じゃあ、私…胸を張ってあの世に行けるね…」
「やめてよ…」
沢山言いたい事があった。沢山、聞きたい事があった。
でも、私は…何も言えなかった。言葉が出てこなかった。何を言えばいいのか、何を言うべきなのか、何が正解なのか。
分からない。何もかもが分からない。
「…私…タケゾーやカナミちゃん達と会って、そんな皆と火燐と過ごして、幸せだった」
「そうだよ…!まだ約束の明日を、迎えてないじゃないか!だから…」
「気がついていないの…?タケゾーやトエルちゃんと一緒にあなた、あんなに笑い合っていたじゃない…」
「あ…」
「皆に受け入れられて、人と妖が笑い合える明日…まぁ、お母さんの理想には届かなかったかもしれないけど…私は満足しているわ…」
「焔…!」
「どんなに辛いことがあっても、火燐がいたから辛くなかった。火燐や、タケゾー達がいたから、私の人生は素晴らし
いものだって思えた」
焔の心音はどんどん弱まっていく。私は焦燥し、叫んだ。
「待って、まだいかないで!まだ…離れたくない!」
追い詰められたかのように、私は言葉を吐き出す。
「まだ話したい事が沢山あるの!まだ一緒に共有したい時間が沢山あるの!沢山笑って、沢山泣いて、喧嘩して、
それでも姉妹でよかったねって、そんな事言えるような…たくさんのたくさんの…」
「ふふ…なんだか昔に戻ったみたいだね、火燐…」
「まだ一緒に居たいの!……お姉ちゃん!!」
「ありがと、火燐。そしてさよなら…私の大好きな…妹…」
(ああ…お姉ちゃんって…よばれたの…何年ぶり…か…な…)
「あ…あぁ…!」
焔の腕の力が徐々に弱まる。瞼がゆっくりと閉じていって、すっかり大人しくなってしまったところで、焔の呼吸は止まった。
――素敵な、一生でした…
姉は今、その生を終えた。何をしようとも、覆らぬ事実。私は知っている。死んだ者は生き返らない。なくしたものは
戻ってこない。それが現実。
「い、やだ…」
現実は悲しすぎる。未来は涙でもう見えない。過去は何もかもなくしてしまった。
「やだ…やだ…そんなの…」
私にはもう…何も残っていない。私が…何をしたと言うのだろうか。私は、ただ、生きたかっただけなのに。
「…タケゾー…カナミ…誰か…誰か助けて…」
いない人間に、何を求めているんだ。そうやって他人に頼っていたから、焔を助けられなかったんじゃないのか?
…どうでもいい。もう終わったんだ。何もかも。どうにでもなれ。
私は、焔の体をどけて自分の体を起こすと、タケゾーからこっそり頂戴していた、異形になる薬を懐から取り出した。
異形が異形になる薬を使ったら、どうなるかなんて分からない。でも、そんなこと関係ない。壊れてしまえばいいんだ、
この私なんて。
「この世界なんて、どうにでもなってしまえ」
私は注射器を腕に注射する。瞬間、狂気に似た感覚が体中を這いずり回る。意識が、異形に侵食されていく。
………………………
「…あが…ん…」
気がつけば、"私"の大きな手は喜久雄を踏みつぶしていた。肉の潰れた感触が手に残る。気持ち悪い。
こいつのせいでこの争いが起きた。こいつのせいで焔は死んだ。全部全部こいつのせい。そうに決まってる。
…でもこいつを殺しても、何一つ元には戻らない。焔も帰ってこない。もとに戻らないのはこの世界のせいだ。
みんな、みんな、死んでしまえばいい。
"私"は、その大きく黒い尻尾を振り回し、動く肉を潰した。何匹も、何匹も。私の目線は、随分高くなったので、ゴキブリを潰しているような気分だった。そうして、動く肉が、すべてただの肉塊になったところで…あいつは現れた。
「ふぇ…これはひどい…」
『お前は…!』
見間違えるはずも無い、金髪ツインテールの…小さな体…
「ふぇ…あなたはまさか、かりん?…ずいぶんおっきくなったね!」
『お前…タケゾーとカナミはどうした…?』
「ふえぇ…わたしもそうするつもりはなかったけど、いぎょーセンサーがはんのうしちゃってその…しにました、ふぇふぇ」
『き…き…貴様アァッァァァアッァァアァアアアアアアッッ!!!」
「ふぇ!しかしながらこれほどのにんげんをあやめたいぎょーをのばなしにするわけにはいきませんし!」
「だい12えいゆートエル!こうせいなるちつじょのもとに、おまえをとーばつします!」
『"ジャンクション""デスサイズ"』
大身の鎌がトエルの頭上に現れる。そしてそれをトエルは難なく手にとり、三回転振り回した後、刃を私に向けた。
『みんな死んでしまえばいい!!トエル!お前もな!!』
憎しみは憎しみを呼ぶ。
悲しみは、止め処なく溜まっていく。
『があああああああああああああッッ!!』
―龍は哭いた。全てを失い、取り残された自分の運命を呪うように。
―龍は鳴いた。もう届かぬ友に向かって。もう帰らぬ姉に向かって。
―龍は泣いた。救いなど一切存在しない、自分の世界に絶望して。
誰も望まぬ戦いは、誰も望まぬ結果となって、誰も望まぬ黒龍を作った。
死の連鎖は、一体どこまで続くのか?屍積もる、この場所で…
願わくば、死んだ者達には安寧の時を、彼女には約束の明日を。
―次回予告。
第六話
「テロリストのウォーゲーム」#last
「機械に主観は無い。故に」
乞うご期待ください…。
投下終了…重い話って、辛気臭くて困りますよね!でももう1話このテンションが続くんだ!ごめんね!
次回も血溜まり崇で待ってます!
以下感想
>地獄百景
閻魔大帝さんの的確なツッコミにイイヨーイイヨーってなりました。
>よくある話
女装っ子キタ!と思ったら死んでた。淡々とした感じが好きです。
>頭文字D
男は速さに憧れるものなのよ…なんかこう、デュラハンのアツい思いがひしひしと伝わってくるようです。
なんだかシェアワ人口増えましたね。うれしいことです。
―頼まれてもいないのにキャラ紹介part2―
騎龍 焔(きりゅう ほむら)♀
次元龍・龍神族の女の子。お母さんが死んで以来、一人で火燐のお姉さんをして、
母親の教えを最後まで守った異形。喜久雄の銃で背中を撃ちぬかれ絶命。
二本角の長い黒髪で髪先は先は一つに纏めている。絶世美人。
人と異形が仲良くなればいいなと考える、心優しく、決して他人を憎まない少女だった。
騎龍 火燐(きりゅう かりん)♀
焔の妹。母親が殺された一件で人間を憎んでいたが、タケゾー達のおかげで
少しずつ人間に歩み寄っていく。次元龍の力を少し扱え、その力を使った
「異空召喚術」は他スレからもキャラを引っ張り出したりして多方面の方々に迷惑をかける。
でもパラレルの人物だから!本人じゃあありませんから!
性格は口数少なく、少しひねくれている。人見知りの激しい少女。
黒髪ショートで、角は一本。黒いしっぽが生えている。
羽は必要に応じて大きさを変えられるらしい。
以上。
ほむっちは前回投下した時からもう死ぬって殆どの人が気付いていたと思う。
殺しておいてなんですが、ほむっちがあの世で幸せになりますように。
読むのに差しさわりの内容に、後だしの宣言ですが
>>65からこっちまで代行です
死にすぎて悲しいですねぇ
これがまた姉妹が欠けるのはしみじみ悲しい
視点が火燐で四人の付き合いを拾っていくので一層です
四人全滅かなぁ、寂しいなぁ
100レスを待たずしてもう容量が100KBを突破wさすがです。
さて、感想ですが…
正義の定義
何かを読んだり、見たりして泣いたりするのは、映画「タイタニック」を中3くらいの時に
金曜ロードショーで見たのが最後だったのですが…6年の時を経てそれが更新されました。
1話から読んでいましたが、人の死とはリアルであれ虚構であれ悲しいものですね…
>>71 >黒いしっぽが生えている。
あ、火燐の尻尾は緑だった。黒は焔の方でした。
よくある話最後落とさせてもらいます
「かぐや殿」
ひざまずき、血に僧衣が汚れるのもお構いなかった。
信じられない。信じたくない。
昨日まで、一緒にいた。昨日まで、一緒だった。
唐突すぎる理不尽だ。
「かぐや殿」
かぐやを揺さぶるが返事はない。反応もない。
それはそうだ。上半身と下半身がほとんど千切れた惨状で、生きているほうがおかしい。
屍となったかぐやのまぶたは閉じていた。
しかめ面で、逝っている。
苦痛で歪んだというよりも、しかめ面という方があっている死に顔だった。
これほど体を破壊された痛みは想像できないが、それにしては安らかな方だろう。
「かぐや殿」
安流が震える手で、何度も何度もかぐやをゆする。
返事はない。反応もない。
かぐやの抜けるように白かった肌は、もう紙質のような生き物ではない白になっている。
すっかり冷たい。
「かぐや殿」
何度も何度も、何度も何度も、安流はかぐやをゆする。
現実を受け入れたくない。
まだかぐやの旅は始まって間もないのだ。
まだ会うべき者たちがたくさんいる。かぐやが助ける事ができる人間も、きっと全国にいる。
かぐやはまだ死んでいいような人間ではない。
やっと自由になったのだ。やっと自由になったのに。
「かぐや殿」
これからかぐやは、多くの御伽 草子郎の犠牲者たちを訪れて。
きっと自分には及びもつかない、想像もつかない異能者たちと絆を結んで。
あるいは異形に襲われた人を助けたり。
いろんな人と出逢って、感謝されて、幸福なつながりを得なければならないのに。
「かぐや殿……」
やがて安流が止まった。
死に顔を、見詰た。
しかめ面。苦痛に歪んだ表情と言うには弱い。
体ではなく、なにか心が痛む事を目の当たりにしたような顔。
呆然と安流が自失する。
どうしてかぐやが死なねばならないのか。
命を命とも扱われず。戦いに狩りだされ続け。やっと己のために何かをしようと旅立ったのに。
つながりを、絆を、……兄弟を、求める事は死に至るような事か?
「こんな事……よくある話で、あっていいはずがないでしょう」
どれくらい、現実から目を背けていただろうか。
心も思考も停止していた安流が、ようやく周囲に目を向ける。
かぐやの死体。
そして、熊のような、熊の造形を醜悪にしたような異形の死体が三つ。
さらに、かぐやの燕の子安貝や蓬莱の珠の枝が転がっていた。
交戦したのだろう。
それは分かる。
この三匹の異形は、かぐやに殺された事は間違いない。
では、かぐやを殺したのは誰か。
そこでようやく、かぐやを殺したかもしれぬ異形の可能性に安流は今更気づく。
かぐやをゆすり続けている間、襲われてもおかしくなかったはずだ。
なんと無謀な時間を過ごしていた事か。
「……」
しかし、それを自覚してなお、安流は動かなかった。
一心にこの理不尽な別れを嘆いた。
これからだったのに。
まだかぐやは、始まったばかりなのに。
かぐやがかぐやではない時間はやっと終わったのだ。
だからかぐやはやっとかぐやを始められた。旅。
その、最初の最初。
なのに……
気づけば安流の頬を涙がぬらしていた。
昨日、異形に襲われた集落をすぐに離れていれば良かった。
いや、それは結果からしか言えない。
現実にかぐやは安流が眠っている途中で、きちんと異形に対応してこの三匹を殺している。
かぐやに勝てるような異形など、そうそういないはずなのだ。
だが、しかし、現実にかぐやは倒れている。
昨日、かぐやとの旅が延長する事を喜んだばかりなのに。
今日、かぐやとの別れが唐突な事を悲しまねばならない。
「……」
のろのろと、ようやく安流が動く。
燕の子安貝を拾った。
これも、一緒に供養しよう。
もう戦わなくても良い。もう殺さなくても良い。
そこだけは、かぐやにとってきっと素敵な点のはずだ。
結局、かぐやは望んだ兄弟は一人も得る事ができなかった。
しかし、それでも、
「……――?」
ふと、安流が山を見上げた。
風が降りて来た気がしたのだ。
それも、どこか刺すような風。空気。気配。
いけない、と思った時、すでに遅かった。
かぐやを殺した異形では、と疑った瞬間、それは姿を現した。
小さな、子供。
「また人か」
うんざりしたように、子供が吐き捨てた。
――嗚呼、この子が
ただの一目で安流には分かった。
この子が、金時だ。
◇
150cmに満たぬ身長で、しかし安流が出逢ったどの大人たちよりも金時には迫力があった。
隆々の筋肉を供えた子供の体躯は、鍛えた鋼鉄でできているかのようだ。
日焼けの浅黒さなど生ぬるい、赤みがかかった肌は鉄火を思わせる。
雷神じみた形相で、見上げてくる双眸は火眼金晴。
澄んだ眼だった。
「帰れ」
「君は…」
短い一言に安流はとっさに応じる事ができなかった。
金時だ。金時なのだろう。
龍型の異形の遺伝子と、異形に近しくなるよう改造された人間の遺伝子を掛け合わせて生まれた子。
鬼子。
質は違うが、かぐやと対峙した時に向けられる圧迫感がこの子供にもあった。
こんなにも……こんなにも、今、求めていた人がいるのに。
かぐやは。
「ここにお前らは来るな。帰れ」
「君が、金時くん……」
「!」
子供が眼を見開いた。
子供がかぐやの屍を指差す。
「なんで俺を知ってる? お前も、そいつの仲間か?」
「仲間……」
仲間だったのだろうか。かぐやにとって、自分は。
旅の道連れ。果たして、ただの足手まといではなかったか。
足手まといだっただろう。
それでも親切にしてくれた。一緒に旅を楽しんでくれていたと、思う。
思いたい。
「答えろ! お前も俺たちを殺しにきたのか?」
「殺しに……?」
「そいつは、殺しに来た」
何か嫌な予感がした。
金時。山の異形。かぐや。自分。
線がちらついた気がした。
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺たちって……?」
「山のみんな。俺や、こいつらを殺しに来たんじゃ、ないのか?」
金時がみんなと分類するのは、かぐやではなく。
かぐやに殺されたのであろう、三匹の異形。
安流の肌が粟立った。
「金時くん、君はまさか……」
「?」
「異形側、なのか……?」
「何を言っている? 答えろ、お前も俺たちを殺しに来たのか? そうでなければ帰れ」
金時と山の異形。異形側。
自分とかぐや。人間側。
はっきりと線が見えた。境界線。
かぐやが人を助ける位置に立ったように。
金時は異形の位置に、立ったのか。出生の要素を見れば、それは不思議な事ではなかった。
「金時くん!」
「なんだ、お前、だからなぜ俺を知っている?」
「僕はこの人と一緒に旅をしていた。聞いたんだ、君の話を! 君とこの人は同じなんだ! 同じ境遇で……」
思わず安流が後ずさった。
明確な怒気が金時から発せられているのを感じたからだ。
恐い。怖ろしい。異形に囲まれた時よりも、遥かに死を感じる。
「同じ、だと?」
「そ、…そ、そう、そうだ……君も御伽 草子郎の研究で」
「カッ!」
金時が吼えた。ただの一喝で周囲の木々が揺れた。葉が落ちる。
安流がへたり込む。恐い。怖ろしい。
「お前も研究所の人間か!」
「ち、ちちちち、違う!」
「同じにするなよ! こいつはな! こいつは……殺したんだ! 三人も……」
怒気が薄れていく。変わって金時から流れ出るのは、悲愴の気配。
金時が震える手でかぐやに殺された三匹の異形をなでた。
慈しむように。労わるように。悼むように。
「なんで殺すんだよ……三人も……せっかく、せっかく仲良くなったのに……なんでぇ……」
金時が、泣いていた。三匹の異形の傍らで。
「なんでだよ、なんで殺しにきたんだ、そいつは……? なぁ、ふもとの集落の、復讐か? なぁ?
そっちから、先に子供を殺したくせに……なぁ、ここは俺をやっと受け入れてくれたんだ。
みんなみんな、良いヤツなんだ……なんで、殺すんだよ……殺されなきゃ、俺だって殺さねぇよ……なんでだよ」
「!」
安流がおののく。
確かにかぐやのような容姿ならまだしも、異形に近しい容貌の金時は自由になった後。
どう見られていたか、想像に難くない。
そして、やはり、結局、だから、受け入れて、心を開いてくれる者たちがいればそれは……異形だったのだろう。
この山の、異形。この山の、みんな。
「そいつだって、殺されたくなんか、なかったくせに……なんで、殺すんだ……俺は、殺したく、なかった……殺されたくなかった」
かぐやを睨む金時の言葉を、安流は一寸、理解できなかった。
それはつまり……
「殺し……た?」
かぐやを殺したのは金時。
「殺したんですか、君が……かぐや殿を」
「かぐや? そいつか?」
かぐやの屍を金時が指差す。
しかめ面のまま逝った旅の道連れ。
それから、金時は頷いた。
安流が、金時に飛び掛る。
「どうして! どうしてですか! 君は! 君が!? かぐや殿は! かぐや殿は君と! 君を探して! 君は……! 君は! なんで! なんで、君は!!!」
「なんだよ!」
ハエを払うように安流は弾かれ、無様に転がった。力の差など天と地だ。
それでも。この思いは堰を切る。
再度、安流が掴みかかるが、やはり簡単に吹き飛ばされる。一度目よりも加減されているのが分かった。
それで悟る。金時は、優しい。
すぐに安流を排除することもなかった。開口一番帰れと言ったのは命令ではない。忠告だったのだろう。
「かぐや殿は君と兄弟になりたかったのに! 君と一緒だったのに! 君が…! 君は……なぜ……かぐや殿は! かぐや殿はやっとここまで来たのに!!」
「うるせぇ! 兄弟を殺されて黙ってられるか! こいつが殺したんだ、三人も!! 許せるか!!」
安流が止まった。ぼろぼろと涙こぼしながら驚き、戸惑い、そしていろいろな事を察した。
「きょうだい……?」
「そうだ! この山は俺の家だ! みんな俺の家族だ! この三人は、俺の兄弟だ……! 殺されて! 殺されといて我慢できるか!」
安流がへたり込む。
分かる。心に染み入るように、金時の言うことが理解できる。
かぐやは、人の側に身を置いた。金時は、異形の側に身を置かざるを得なかった。
かぐやは人に受け入れられた。金時は人に受け入れられなかった。
それでもかぐやは兄弟を境遇を同じ者に探した。金時は……受け入れてくれたこの山を、家にした。
ならば分かる。
きっと死ぬ間際。金時に殺される寸前。
兄弟を殺されたと怒り狂う金時を相手に、なにもできなかったのだろう。
金時に体を引き千切られる苦痛よりも、金時の兄弟を、殺した苦痛に顔をしかめて逝ったのだろう。
だからもう、安流も何も言えない。
金時を責める事もできない。ただ、悔やむしかない。
そう、後悔が湧き上がる。
兄弟を求めたかぐやに、安流は隔たりを感じていた。
それはかぐやの持つ超常の力に気後れしたから。
こんなに強い人と、僕では兄弟になれないだろう。
決めてしまった。
金時が山の異形に受け入れられたと時、ただの一つ後ろを向いた気持ちはなかっただろう。
太陽のような歓喜が、安流でさえ想像できた。
それに比べて。
自分は些細な力の上下だけで、たったの一言を言えなかったのだ。
――僕と、兄弟になりましょう
「嗚呼……」
涙が止まらなかった。へたり込んで動けない。
そんな安流に、金時もまた何も言えなかった。
殺されて悲しいという気持ちは、とても良く分かるから。
だから、金時は一言だけ残して去ろうとする。
「この山は、俺たちの住処だ。お前は帰れ」
帰る場所は、ない。
だからかぐやは兄弟を求めた。そして、自分も。
良いな。純粋な心地で安流は思う。遠のく金時は、かすんだ視界ではきちんと捉えられない。
後悔とやるせなさと喪失感と虚無感の中で、安流が拳を握り締める。
そういえばまだ、燕の子安貝を握ったままだった。ずっと、握り締めたままだった。
音がした。
まるで亡者のように緩慢な所作でそちらを見た安流は、目を見開いた。
異形。
かぐやが殺した三匹と、同型の醜悪な熊のような異形が一匹、そこにいた。
「嗚呼……」
――嗚呼、死ぬ
まるでかぐやと出会う寸前の気分だった。
いきり立っているのは一目で分かる。その異形もまた、きっと、仲間が三匹も死んでいる惨状が悲しいのだろう。
そして、そんな場にいる安流を、許すとは思えない。
「あ……」
後ずさった。
後悔とやるせなさと喪失感と虚無感の中。死にたくないと思った。
強く強く、そう思った。
「ああ……」
異形がのそりと近づいてくる。右手が振りかぶられた。
その鋭い爪は一振りで安流など絶命せしめるに足るだろう。
死にたくないと、思った。
「ああああああああああ!!」
異形がその腕を、振り下ろす。
顔をかばうように、安流が腕を突き出した。
その手の中には、燕の子安貝。
死の衝撃はなかった。代わりに、衝突音。
閉じたまぶたをそろそろと薄目に開ける。突き出す腕の、向こう側。
「え」
貝の薄幕が異形と安流を隔てていた。
呆然と、手の中の貝を見やる。
燕の子安貝。
防御の魔装。かぐやの、魔装。
襲ってきた異形に目もくれず、安流がかぐやを振り返った。
かぐやの魔装だ。ならばこうして、貝の防壁の展開は、かぐやがした以外どうするというのだ。
「あ……」
しかし、かぐやは死んだまま。
生き返る、はずがない。
「え……え、ど、どうし……」
異形が防壁を突破しようとするが、どうしても崩せない。
貝の薄幕を破れない。
それを他人事のように見詰ながら、安流は混乱した。
考えが及ばない。
言った。かぐやは確かに、こう言った。
――いえ、起動の承認は遺伝子認識になりますので……
遺伝子承認など、その人間しか使えぬという制約でしか、ないはずだ。
なのにこれでは、
「あ」
なのにこれではまるで、
「ああ」
なのにこれではまるで、自分が使ったかのような……
「あああ」
親でも子でも、遺伝子は違う。
しかしただ、一組。遺伝子が同じである関係は――
「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!」
◇
やがて、安流を諦めて異形が去った後。
集落の共同墓地の横に一つ、かぐやの墓を立てた。
その晩、墓の前に陣取った安流が念仏を絶やす事無く。
『安流殿の念仏、……なんだか安らぎました』
『はぁ、読経をさぼりまくっていたものですから、下手だったと自覚しているのですが……』
『ふふ、不謹慎かもしれませんが、また聞きたいと思ってしまいましたよ』
『あまり縁起のよろしいものでは、ないですねぇ』
ただ最後の会話を噛み締めた。
かくして、安流とかぐやの旅が終わる。
安流はこれより諸国を放浪し、御伽 草子郎の研究被験者たちをつなげる事に尽力する。
例えばそれを兄弟と呼称し、喜ぶ者もいた。
例えばそんなつながり無意味だと嘲笑する者もいた。
それでも安流はつたなく五つの魔装を操りながら、おかしな運命を背負った者たちに絆を作るように奮闘するのだ。
そしてその輪は御伽 草子郎の被験者にとどまらず。
数多の兄弟を各地に作って、安流はとてもとても大きな大きな絆を作る事になる。
道中、その口癖を繰り返し。
「よくある話です」
84 :
避難所より代行:2010/06/01(火) 20:01:19 ID:DgZ6TVHp
終わりです。
85 :
避難所より代行:2010/06/01(火) 20:02:55 ID:DgZ6TVHp
リアルタイムGJでした!!
今後の異形世界に様々な影響を残しそうな作品でした。独特の文体も心よく、次回作に期待しています。
投下乙!
なんてドラマチックな序章w
今後も期待してますぜ!
異形は味のある文体の作品がが多いよね。
お邪魔します
せっかくのシェアなのだから人様の設定をお借りしよう
しかし主役の面々は恐れ多い
というわけで白狐と青年にて主要人物から離れすぎず、近すぎぬ門谷隊長と、なにより和泉の地にお邪魔させていただきます
なんぞ、不都合が過ぎるようでしたらどうか、その旨お願いします
絶対に昨日まで空き家であったはずだ。間違いない。
きちんと記憶しているわけではない。
しかし、ここまで変化した日常の風景を、まがいなりにも自警団の隊長を勤める己が見逃すはずがない。
だから門谷は腕を組んで眉間にしわを寄せるのだ。
和泉。
それがこの地の名である。
大阪に近しく位置するが辺境に連なる村である。故に、都会のように急激な変化に乏しい。
緩やかな日常。穏やかな毎日。異形という恐怖が付き纏いこそするが、極めて静かな村なのだ。
歴史に異形が明確な姿を現すまでの前時代の、いくらかの名残はある。
が、しかしやはり衰退した文明の街並み。その、やや外れ。
間違いなく昨日まで空き家であったはずのそこに、
<甘味処 『鬼が島』>
そんな看板がかかっていた。
きれいに手入れされ、おしゃれな和風の構えをこしらえた甘味処。
外でもいただけるように長椅子に赤い座布団が並んでいて実に風情があった。
丁寧に洗濯が繰り返された事をうかがわせる疲れ方をした暖簾は歴史さえ感じさせる。
鬼が島。
門谷は、99%の不審と、なんか自分の記憶違いでこの甘味処の開業を忘却しているのだろうというごまかし1%で暖簾をくぐる。
怪しすぎて、仕方がない。
こんな甘味処ができておきながら、自分の耳に入ってこないはずがないのだ。
街の見回りから異形に対する防衛戦までこなす自警団の、隊長。
第二次掃討作戦を潜り抜けただけの経験は積んでいるのだ。情報の機微に遅れるなどという愚をどうして犯そう。
「失礼する」
暖簾をくぐり、からからと横滑る扉を開ければ、
「……」
店内に一人の男を認めた。
着流しを纏った細身の男だ。一目で分かる。
(強い……)
戦いが避けられぬ場所にい続ける門谷の嗅覚が物騒な方向に反応する。
机を布巾でぬぐいながら、その男の所作には隙がないのだ。それでいてやわらかい。
まるで風景と同化した自然物であるかのように、不自然さがないのだ。
そも、純朴、素朴で日本人の風流を体現したような店内である。
いやにこの男と調和していた。
しかし、この清潔感と明るい造形はやはり昨日空き家だったというにはおかしい出来栄えだ。
おかしい。
絶対怪しい。
「く」
店の出入り口で、思考に名乗りが遅れた門谷の耳に声が届く。
無論、店内を掃除している、眼前の男から発せられた声である。
「くくく」
その声調が明確に笑っている事を示し始めて門谷が緊張した。
男の口角が吊り上り、その闇夜よりも黒々とした双眸が細るのに……異様な迫力があったのだ。
「くははははは、ははははは!! はーっはっはっはっはっはっ! はははははは! ははははははははははははは!
あーっはっはっはっはっはっ!! ははは! ははははは! ははははは! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!
は! はは! ははは! はははは! はははははは! ははははははははははははは!!」
呵呵大笑が店内に響き渡る。
なんと、力強い声なのだろうか。
まるで風が叩きつけられるかのような感触を哄笑に覚える。
しかも風は風でも熱風だ。灼熱を浴びせられているかのような心地。強い迫力。強い圧力。
射抜くような男の視線から、門谷はもう目が離せない。
これはもはや、立会いの空気である。
男の鬼気に飲まれぬように門谷が気合を漲らせた。
その気配を悟ってか、いっそう男の笑い声が大きく、強く、……そして澄んだものになっていく。
まるで天から降り注ぐような、地から響き渡るような笑い声。
これは本当に笑い声か、と門谷が疑い始めた時分。
ぎょっと後ずさってしまった。
一寸前まで。
そう、本当に一瞬の前まで、店内には男一人だけだったはずなのに。
増えている。
着流しの男の、影じみて立つ一人。
天井に逆さになって立つ一人。
そして、
「う……!?」
後ずさった門谷にぶつかる感触。
門谷の後ろを、取って立つ一人。
門谷を包囲するかのように、新たな三人。
男の笑い声が何か遠いもののように聞こえた。
門谷が、自身の緊張がどういうものか、理解し始める。
これは、これでは……
(まるで異形に囲まれたようだ)
ぴたりと、男の大笑いが止まった。
喜色満面に三日月を描く口元が、禍々しく開く。
そして活力を内包してやまない太い大きな声が言葉を紡ぐのだ。
「いらっしゃいませー! 一名様ご案内!」
「「「いらっしゃいませー!!!」」」
同時、三つの影が動き出す。
「こちらのお席にどうぞ!」
門谷の背後の影が、まるでダンスでもエスコートするかのように席まで誘導せしめる。
その優しさと導く柔らかさたるや、さながら羽毛。
「お茶をどうぞ!」
そして男の影に付き従っていた影がほかほかと湯気立てる茶を恭しく差し出すのだ。
香ばしい新緑の匂いが門谷の鼻腔をくすぐるが、しかしそれ以上に茶を差し出す態度、礼節はさながら忠犬のごとき見事さであり、それこそが門谷の心をくすぐる。
「こちらお品書きになります!」
そして天井に逆立っていた影がふわりと舞いては、降り薄いが外装のしっかりとした品書きをそっと開くのだ。
流れるようなその如才ない動きは、まるで猿。
気づけば席に着いて茶をすすりながら品書きを手にしていた。
なんという接客の妙技。
喉を鳴らして驚愕していれば、ようやく脳が視覚情報を正しく認識するに至る。
そう、品書きにはでかでかと、誇らしげに、これしかないというほどに、
<吉備団子>
としか書かれていなかった。
◇
「で、桃太郎さん、あんたまだ店の申請は出してないと?」
「うん、ごめん。無断」
数分後、そこには着流しの男を前の席に座らせて職務質問する門谷の姿が!
甘味処 『鬼が島』
着流しの男は、その店長であるという。
桃太郎と、名乗った。20代半ば。活力と迫力に満ち満ちた男である。
それこそ、異形を相手どって丁々発止と切り結べると言っても信じられてしまうほどに力強い体躯であり雰囲気である。
「無断は駄目だろ。それくらい分かるだろう?」
「しかし……」
真正面から桃太郎が門谷を見据える。
堂々と。心気漲り。
「早く店出したくね?」
「いや、許可取るまで我慢しろよ」
「今から出そう」
「順番が違うだろう」
少しだけ、桃太郎の表情が硬度を帯びる。
そしてなるほどな、などと小さく呟けばにぃやりと笑みを零した。
世の清濁を達観し、それどころか楽しんでいるかのように深い瞳。
「これで、見逃してもらおうか?」
くつくつくつ、と喉から低い笑い声。桃太郎が一箱を取り出す。
そしてそっと、ふたを開けてみせた。
金か、と思ったら吉備団子だった。
「………」
「………」
桃太郎、ドヤ顔である。
「む、足りんか。強欲なヤツめ。なんならもう一箱……」
「なめとんのかい!」
「……分かった、いいだろう。もう二箱だ! この業突く張り!」
「吉備団子はいい!」
いや、金なら受け取るというわけではないが。
「昨日までここ、空き家だったろ?」
「うむ」
「一日でこれ、こんな店にしちゃったの?」
「頑張った」
「頑張りすぎだろ」
「店出したくて店出したくて」
「……」
はぁ、と門谷が嘆息する。少なくとも、熱意はもりもりと伝わる。
ちょっと歯車が狂った仕事人間なのだろう。筋さえ通せば、後は甘味所経営に尽力してくれればいい。
品が吉備団子しかないけど。
「戸籍は?」
「ない」
桃太郎などとふざけた名前を名乗った時分に予想はしていた。
時代が時代だ。戸籍なく生まれて育つ者もいる。
そもそも一度政治が壊滅してるのであったけどもなくなってる者もざらだった。そういった者達に名は意味がない。
ただ自治領として民政が機能している所で新しく作るなりできるのだから、ダブルパンチで桃太郎の胡散臭さが増した。
「さっきいた三人もか?」
「おうよ」
「とりあえずさっきの三人の名前も聞いとこうか」
「じゃじゃ丸、ピッコロ、ポロリだ」
「じゃじゃ丸、ピッコロ、ポロリ……と」
「流石に知らん年代か。すまん、いまのは嘘だ。まこちゃん、しんちゃん、しょうちゃんだ」
「しばくぞ」
「摩虎羅、真達羅、招杜羅だ」
「まこら、しんだら、しょうとら……と」
メモしていきながら、門谷は考える。
桃太郎。足す、三人。鬼が島。吉備団子
悪ふざけか、店の宣伝効果のためか。門谷の口元がへの字に曲がる。
「流浪か」
「流浪人だ」
「流浪で団子売りか……」
「珍しいか?」
「まぁ、さすらうのは仕方ないかもしれんが、なぜここだ?」
「ここいらの水は質が良くてな」
当たり障りがない解答だった。
料理や菓子作り精通しているわけではない門谷からは、深く突っ込みにくい。
「大きな街に比べると異形の危険が付き纏うぞ」
「生きてるやつは大体友達」
「食われてしまえ」
「客としてくるのならば食わせるのもやぶさかではないな」
「出会い頭にめちゃくちゃ笑われたのは、あれなんでだ?」
「開店初のお客さんで、張り切って……」
「笑いすぎだろう」
「笑い上戸でな」
「こんな朝っぱらから酒飲んでんのか?」
「エアアルコール」
「虚しくならんか」
「世の無常に比べればどうということはない」
「比較するもんがおかしい」
それからいくらか問答が続く。
飄々と受け答えをする桃太郎に、門谷が何度かメンチを切るがどこ吹く風であった。
さしあたって、仕事に対する熱意やら和泉に住む意思やらは確認できた。
受け入れるか、どうするか。
審判がなかなかに難しい。
賊徒の可能性から、化けた異形である可能性まで多くある。
肯定的に考えれば、その審判にかかる時間を商売に当てたいから無断で開店しちゃったとぎりぎり捉えられる。
役所さえ通せば、土地は移住する者に公平に分配されるので、まぁ、この空き家を希望すれば宛がわるだろう。
が、しかし無許可は容認できない。
「自警団の詰所まで来てもらおうか」
「ほぉ、いやらしい拷問とかされるのか」
「なんでだよ」
「しかしそれではさらに店を出すのが遅れるではないか」
「言っとくがお前がややこしくしてるんだぞ」
「頼む、時間がないのだ。田舎のおばあちゃんが病気で、薬を買うのにまとまった金が要る」
「いや、しかしだな」
「おじいちゃんは今月を乗り切れるかどうかも怪しいのだ」
「おい、じじいとばばあで食い違ってるぞ」
「すまん、今のなし。娘が結婚するんだが、まとまった金が……」
「ふざけてんのか?」
「一秒一秒を真心こめて生きている」
「……」
門谷がこめかみ抑え始めた。
桃太郎は真顔一直線である。
「本当に、なんで無断で店なんか出した?」
門谷が切り込んだ。桃太郎はと言えば、
なに、そんな事も分からないの? なんなの? ばかなの? しぬの? と言いたげな顔だ。
「なに、そんな事も分からないの? なんなの? ばかなの? しぬの?」
「分かるか」
「突如として現れたおしゃれな店。店内には渋い俺。出される吉備団子は日本一……ブレイク確実だろう」
あ、こいつ馬鹿だ、と門谷は思った。
「あるだろう、都市伝説で昨日までなかったのに突然現れた不思議な店的なの」
「それをやりたかったのか?」
「うん」
ぶん殴って桃太郎なる男を詰所まで連行することにしました。
お邪魔しました!
投下おつー
桃太郎とはまた賑やかな面々だこと
そしてそこまで自信満々の吉備団子が少し食べたくなった
11-1/7
「ゲオルグ?」
イレアナの声に呼びかけられてゲオルグは我に返った。目の前ではイレアナが心配そうな眼差しでゲオルグの
瞳を覗き込んでいる。
場所は聖ニコライ孤児院の食堂。いつものゲオルグとその姉イレアナの2人だけのお茶会のことだった。
「どうかしたの」
「ああ、ちょっとした考え事だ。大丈夫だ」
イレアナの問いかけに、ゲオルグは事も無げに首を振ると、持ち上げたティーカップに口をつけた。
口腔を満たす液体にゲオルグは心の内は僅かにしかめる。口に含んだ紅茶は適度な砂糖が入っているのだが、
どうにも渋みが消えないからだ。
かつてアレックスが寄付したアップルティーは、紅茶好きな孤児院の中高生の手によってとうの昔に消費されて
いた。そのため現在ゲオルグ達が飲んでいる茶は地下工場で大量生産されている安物だった。あのアップルティー
によって舌が肥えてしまったために、現在飲んでいる紅茶の貧相な味が強調されて実に悲しい。いっそのこと自分
であのアップルティーを買おうか、とゲオルグはうっすらと悩むのだった。
眉間に皺を作って思い悩むゲオルグに、イレアナはまた心配そうな眼差しを向ける。その視線に気づいたゲオルグ
は、すぐに弁解の言葉を吐いた。
「今のは紅茶のことだ。アップルティーがあまりにも美味しかったからな。ついつい比べてしまう」
ゲオルグの言葉に安心したように顔を緩ませたイレアナはそっと自分のティーカップに口をつけた。丁寧に整え
られた眉の間隔が僅かに狭まる。
「確かに、あのお茶と比べると、このお茶はちょっと、ね」
「そうだな」
ゲオルグが適当な返事をして会話は途切れた。出し抜けに訪れた沈黙にゲオルグは気に留めることもなく視線
を前庭に向けると思索に戻った。
外では孤児院の子供達がアレックスと共にボール遊びに興じている。アレックスのつま先によって器用に操られる
ボールを追いかけながら、彼らは楽しげに笑っていた。
これでもう見納めかもしれない。不吉な予感をひしひしと感じながら、ゲオルグは子供達の笑顔を目に焼き付ける
ように眺め続けた。
話は数日ほど遡る。
11-2/7
ゲオルグが社長室の扉をノックすると、入れ、という素っ気無い応答が帰ってきた。入室許可を受けて扉を
開けると、葉巻の煙がゲオルグの鼻を刺す。社長室のアンティーク物のデスクの奥では、"ブラックシーヒューマン
コンサルティング"社長兼、"子供達"最高指揮官ニークが黒皮の肘掛椅子に堂々と腰を下ろし、葉巻を燻らせて
いた。
歩み寄るとその格好が明確に見て取れる。上等そうな艶のある灰色のスーツに鮮烈な赤のネクタイ。ネクタイ
につけられたタイピンと袖口から覗くカフスは毒々しい金色をしている。手首にはめられた金時計はブランド物で、
文字盤のダイアモンドの輝きが目に刺さる。指に挟む有機栽培の葉巻とあわせて成金趣味という言葉がぴったり
と当てはまった。あまりにもけばけばしい上司の趣味は浮浪児時代の反動なのだろう。そうゲオルグは結論付けて
いた。
「これが尋問の最終報告書です」
書類を差し出すゲオルグをニークは一瞥すると、大儀そうに上体を起こして差し出された書類を手に取った。
「ロリハラハラ・ネルソンか。大物が出てきたな。ゲオルグ、お前はこいつを知っているか」
書類をめくり挙げながらニークがゲオルグに問いかける。だが、分からない。恥ずかしさを押し隠しながら、
ゲオルグは答えた。
「いえ」
「だろうな。話題になったのは十年以上前だ。そのときお前達は子供だったから知らなくて当然だ」
ゲオルグの否定の言葉にニークは気にかける事もなく言葉を続ける。無知を叱咤するでもない堂々さに強張った
ゲオルグの心はいくらか和らいだ。
「この男は第11代"アンク"議長で、民兵組織"人民の銃"の創設者、反逆罪で10年以上も投獄されていた"ホームランド"
闘争の英雄だ。歴史の教科書に載るものそう遠くないだろう。数年前に引退したと聞いていたが、こんなところで出て
くるとはな」
ネルソンの肩書きをニークはつらつらと並べていく。闘争の英雄であり、教科書に乗るだけのことをしたとニーク
は言う。だが、あまりにも雲の上すぎて、ゲオルグには彼が偉人であるという実感がわかなかった。
「この男についてはこんなところか」
書類をデスクに置いて、ニークはゲオルグを見上げた。じっとこちらを見つめる見つめる1つだけの瞳に含む何か
を感じたゲオルグは続く言葉を予期して身構える。
「ところでゲオルグ。参考人を確保する際、お前は子供を逃したそうだな」
追求の言葉を吐きながらニークはゲオルグを睨んだ。途端に大気が凍りついたかのような冷気がゲオルグの
肌を撫で上げ、跳ね飛んだ心を鷲づかみにされたように、胸の奥が収縮する。
「なぜ逃した」
声の調子を低くして、ニークはゲオルグに問いかける。口から吐き出される言葉の1音1音がきわめて丁寧に
ゲオルグを威圧する。冷酷無比な言葉の重圧はゲオルグに反発の余力すら奪う。肌が痺れるような錯覚を覚え、
ゲオルグは不動の姿勢の維持で精一杯だった。
それは数多の修羅場を潜り抜けたものだけがもてる凄みの表れだった。
11-3/7
「捕まえれば反発を引き起こすばかりであり、迅速な情報取得には解放が一番と考えました」
ニークの問いかけに、緊張した口が吐き出したものは、決して嘘ではない当たり障りのない言葉だった。だが、
それをすべて見通しているかのように、ニークはゲオルグの瞳を睨みつける。
どきりと心臓が収縮する音をゲオルグは聞いた。服従心が内側からゲオルグを刺していく。思わず吐き出しそうに
なった本心をゲオルグはなんとか思いとどまった。流血を回避するためという本音はニークにとってもっとも唾棄
すべき言葉だったからだ。
ニークの持論は"血こそ金なり"だ。敵勢力への鉄槌も、味方勢力の忠心も、全ての基準はどれほどの血を
流したかだ。流血は流さないに越したことはないという比較的穏健なゲオルグの考えはニークの思考とは相反
するものだ。
「なるほどな、時間を優先したか。確かにそれは重要だ」
大げさに頷いたニークは、右手に挟んだ葉巻を吸うために1呼吸間を空けた。その間にゲオルグを睨みつけて
いた眼差しが幾分平素の無愛想なものに変化する。幾分和らいだ場の空気に、ゲオルグは強張っていた身体を
それとなく弛緩させる。
「だが」
ニークが煙を吐き出すと同時にそれまでの穏やかな空気はたちまちのうちに霧散する。低く静かだが明らかに
叱責の意を含んだ言葉に、ゲオルグはつつかれたように身を緊張させた。
「少し独断が過ぎるな」
「もうしわけありません」
ニークの静かな叱責に、ゲオルグはすぐさま頭を下げた。だがそれでもニークは不満そうに鼻を鳴らす。
「ゲオルグ、男は殺しておけ。いいな」
一つだけの瞳がゲオルグを睨みつける。圧倒的な威圧感に射竦められたゲオルグには最早反論の余地は
無かった。
「了解しました」
下げた頭の中で、決意の眼差しでこちらを見返していたあの男の姿がよぎった。偽りの工事現場で捕らえた
とき彼はすべてを覚悟しているようだった。おそらく彼は笑いながら死ぬだろう。
死を受け入れ、笑みを浮かべながら死ぬ人間はたまに存在する。銃をこめかみに突きつけられてなお
浮かべる彼らの微笑には怖気が走るものがある。彼らの瞳の奥に、同じくこめかみに銃を突きつけられた
自分の姿が垣間見え、引き金を引くことを躊躇せずに入られないのだ。
憂鬱な処刑の算段を立てながら、同時に逃した子供についてもゲオルグは考える。保護者を失った彼は
この先いったいどうするのだろうか。親切な親戚や友人の手によって救われるのだろうか。はたまた浮浪児の
世界に身をやつすのだろうか。懸念せずに入られない。
だが、命令は絶対だ。つまらない恐怖心や同情心で命令を反故するのは"子供達"という組織のみならず、
愛する兄弟たちへの裏切りに他ならないのだ。だからこそゲオルグはニークの命令に従うのだった。
「ゲオルグ、忠義を見せろ」
「はい」
ゲオルグの返事ににニークはようやく満足そうに頷いた。この首の動きがスイッチとばかりに、場を満たしていた
威圧感がたちどころに消滅する。ゲオルグは上体を起こすと、ようやく安堵にも似たため息をついた。
11-4/7
様相をがらりと変え、普段と同じ不機嫌そうになったニークは、背もたれに深く身を預けながらゲオルグを見上げた。
「さて、"アンク"への対応だが、我々が"ホームランド"に出向き、"アンク"の事務所を1件や2件襲撃するのは
容易い。だがそんなことは無意味だ。なぜだか分かるか」
「殲滅が不十分であるからでしょうか」
ゲオルグの回答にニークは満足そうに頷く。
「そうだ。敵は根絶しなければ、いつか必ず反撃してくる。だが、"アンク"は"ホームランド"の市民運動と完全に
癒合している。敵は"ホームランド"の全ての人間だ。根絶など到底無理な話だ」
ニークが葉巻を口に挟むとゆっくりと息を吸い込んだ。次の問いを予想したゲオルグは、葉巻を吸う本の小さな
間が、どうもじれったい。
「ではゲオルグ、このような場合、お前ならどうする」
紫煙を吐き出しながらニークがようやく問いかける。ゲオルグはすぐさま答えた。
「中枢の破壊、でしょうか」
「その通りだ。大抵の組織なら中枢が存在する。そこを破壊してやれば残りの抵抗なぞ取るに足らん」
ここまで言ってニークは区切りをつけるように大きく肩で息をした。僅かにかすれた吐息の音が途絶えると、
ニークは机の上に散らばった書類からひとつの書類を取り出した。2ページ3ページとページをめくり上げていた
彼は程なく手を止めると、書類の内容がゲオルグに見えるように机の上を滑らした。
開いたページには白黒写真で、瞼が重そうに垂れ下がっているが、実に温和そうな黒人の壮年男性を写して
いる。その写真の下にはキャプションがあった。釈放の演説をするロリハラハラ・ネルソン。この人のよさそうな
壮年男性こそ"アンク"の長老にして"ホームランド"闘争の英雄ロリハラハラ・ネルソンなのだ。
よく見ようと腰を折ったゲオルグの姿を見たニークは、葉巻をはさんだ指先でネルソンの写真を叩いた。
「"アンク"タカ派の中枢はロリハラハラ・ネルソンだ」
ニークの説明を聞きながらゲオルグは思う、なぜ俺に聞かせるのか。いやな予感がひしひしと伝わり、ネルソン
の写真は頭に入らなかった。
「こいつを殺す」
強調するように写真を強く叩いて、ニークは判決を下す。問題は執行者だ。暗殺命令を下したニークはゲオルグ
を見上げていた。ゲオルグを見つめる1つだけの瞳の奥には何か含みがある。だが逃げ出すことも、たじろぐことも
できないゲオルグは、直立不動の体制のままニークを見つめ返した。
「この任務は、ゲオルグ、お前達に任せる」
ニークの言葉はおおむね予期していたものであったが、それでも衝撃は消えるわけではない。
完全敵勢力下での作戦行動だと。支援はあるのか。我々の目となる監視班はいるのか。確認事項は現れては
たちまち消えていく。軽いパニックを起こした頭ではそれを捉えることはできない。
11-5/7
「自分達ですか。自分達がホームランドに出向き、ロリハラハラ・ネルソンを暗殺するのですか」
果たしてゲオルグの口から出た言葉は動揺を見せ付けるだけに過ぎないものだった。
「そうだ。何か文句でもあるのか」
「いえ、廃民街以外での作戦は初めてですので……」
「だれだって始めてのときはある。言い訳にはならんな」
「申し訳ありません」
ゲオルグの動揺ゆえの言葉をニークはばっさりと切り捨てる。最終的には不用意な発言をしたゲオルグが謝罪を
する形となった。
「それにこの作戦は他の者では無理だ」」
下げた頭に降り注ぐ言葉は意外なものだった。驚きとともに顔を上げるとニークの眼差しはいつになく優しい。
「ネルソンは"人民の銃"の兵士によって堅く守られている。だが、お前の班のポープの腕なら、やつらの隙をついて
狙撃することができるはずだ」
ポープの"子供達"中でも随一の標的射撃の成績に、ニークは目をつけたようだ。だが喘息もちという身体欠陥
のおかげで、ポープはデリケートな狙撃任務を行ったことはない。
「今回の任務はポープによる狙撃のバックアップだ。これは同じ班のお前達にしかできん仕事だ」」
頼み込むように、見上げる瞳が穏やかなものに変わる。断ることなどできるはずもない。
「了解しました」
ゲオルグの返答に、ニークはそれを認めるかのように頬を僅かに緩ませて微笑んだ。
その後は。これからの日程についての話し合いとなった。
「狙撃地点についてはこれから調査だ。作戦部と情報部がそれぞれ"ホームランド"入りし、情報収集に当たって
いる。お前達も追って"ホームランド"に潜入し、しばらくは情報部、作戦部の支援を行え」
「了解です」
日程では数日後にゲオルグ達も"ホームランド"入りする予定だ。だがその前日がたまたま休日なっていた。
ゲオルグはメモの変わりに心の中でその休日を刻み込んだ。
全ての情報伝達が終了しゲオルグは退室する。ドアの前で礼をし、その後扉を開けるとニークがゲオルグを
呼び止めた。
「忠義を見せろ。」
「はい」
返答とともに再度礼をするとゲオルグは扉を閉じた。
11-6/7
「どうしたの、お・に・い・ちゃ・ん」
突然耳元で妙に艶っぽい言葉が囁かれる。吐息が耳にかかり、背筋にぞくぞくと悪寒が走る。驚きで跳ね上がった
心臓はゲオルグの意識を現在に引き戻した。稼動を始めた思考回路はこの悪戯の犯人について推論を開始する。
やけに艶かしい声色もそうだが、こんなことする人間は1人しかいない。
「ミシェル」
「気づいた気づいた」
怒りと共に振り返ればミシェルが愉快そうに笑っていた。何とかしてこの小娘に教育できぬものかとゲオルグは
言葉を走らせる。
「こういうことをするなと何度もいっただろう」
「だって声かけたのにぜんぜん気づかないんだもん」
「なに」
思わぬこところを突かれどきりとしたゲオルグは助けを求めるように姉に視線を移した。穏やかに微笑む彼女は
ミシェルの言葉を肯定する。
「ええ、ミシェルが話しかけてもずっとぼんやりとしてたわね」
退路を断った姉の言葉に、ゲオルグは慌ててミシェルの方を向いた。ミシェルは勝ち誇ったように胸を張る。服装が
身体に張り付くノースリーブハイネックのカットソーのせいか、胸の曲線が強調されてやけに艶かしい。
ともあれ、悪いのは自分みたいだ。ようやくゲオルグも分が悪い現状を認識した。
「悪かった」
素直にゲオルグは頭を垂れる。ゲオルグの謝罪にミシェルは破顔すると、ゲオルグの隣に腰を下ろした。
「分かってくれたらそれでいーのよ」
そのあけっぴろげな言葉にゲオルグはついつい笑みを漏らした。
「しかし、お前がここに来るなんて珍しいな」
「何よ、あたしだってたまには妹達に会いたいときもあるのよ」
「そうか」
ゲオルグの素直な感想に、ミシェルは不機嫌そうに眉をひそめる。彼女の天邪鬼ぶりにいささか釈然と
しないものを感じながらも、ゲオルグはそこまでで話を打ち切り紅茶をすすった。
「それより、お兄ちゃん、どーせ次の出張のことでも考えてたんでしょ」
「馬鹿、外で仕事の話をするんじゃない」
「いーじゃんいーじゃん、家族なんだからさ」
外部で"子供達"のことを口にしてはならない。これは"子供達"の機密性を維持するための重要な規程だ。
もっとも、"子供達"には"ブラックシーヒューマンコンサルティング"という隠れ蓑が存在しており、こちらに絡めて
1会社員を装う分には問題は無なかった。しかし規律に厳しいゲオルグはこの規程を厳格以上に解釈をしており、
めったなことでは"ブラックシー"のことも口走らないように心がけていた。
そんなゲオルグの努力を無視するかのように、ミシェルは仕事のことについて口を走らせる。当然のように
放たれるゲオルグの叱責をミシェルは笑顔で押しつぶした。
11-7/7
「出張?」
怪訝な顔でイレアナがたずねる。姉の疑問の言葉に、ゲオルグは諦めたとばかりにうなだれると、全ての説明を
ミシェルに放り投げた。
「ちょっとね、廃民街の外でのお仕事が入っちゃったのよ。しばらくは戻れなさそうかなー」
「そうなの、気をつけてね」
「大丈夫よ、お兄ちゃんにポープ、チューダー、ウラジミールにアレックスがいるもの。」
心配そうな面持ちでイレアナは言う。そんなイレアナにミシェルは元気付けるように笑いかけた。
そんな朗らかなミシェルとは対照的に、ゲオルグは小さなため息をついた。ミシェルの無事は班長としての義務
のみならず、兄としての責任がある。困難な任務を予想するだけに、ゲオルグの憂いは深まるばかりだ。
ゲオルグの憂鬱な態度に気づいたミシェルは、そのわき腹を肘で小突いた。
「なによお兄ちゃん。そんなにあたしたち信用ならないの」
「そういうわけじゃない」
お前たちが心配なんだ。言いそうになった本音をぐっと押さえ込む。気恥ずかしさもあったが、何より無駄な
気苦労をかけさせたくなかったのだ。
ミシェルに小突かれながらも言葉を濁すゲオルグに助け舟を渡すように、対面で微笑ましげにやり取りを眺めていた
イレアナが言葉を挟んだ。
「違うのよミシェル。ゲオルグはお兄ちゃんでしょ。だから皆に苦労をかけたくないのよ」
ね、とイレアナはゲオルグの顔を覗き込む。本心を言い当てられた恥ずかしさに、ゲオルグは顔をそらす。
そんなゲオルグの態度にイレアナは微笑むと、ゲオルグに向けて話しかけた。
「でもねゲオルグ、もっと皆を頼ってもいいのよ」
言い聞かせるように言うイレアナの言葉は兄のプライドを揺るがすものであった。己の根底を揺るがされゲオルグは
逡巡する。だが、己のちんけなプライドなどより姉の言葉のほうが優先度は高い。
付け加えれば、ミシェルは班の中でも一番信頼がおける人物でもあった。ゲオルグとの年の差は1つだけ。班の人員
の中でも一番長い付き合いだ。兄妹の関係も一番長い。いろいろと煮え湯を飲まされた経験もあるが、少しだけ
寄りかかってもいいのかもしれない。
考え直したゲオルグはミシェルの方に向き直ると、言った。
「ミシェル、これからいくらか苦労をかけるかもしれんが、頼めるか」
「任しといて」
胸を張ってミシェルは笑う。その頼もしげな態度にゲオルグもつられるようにして笑った。
投下終了です。
>>前スレ290-292
"殲滅家族"とはまた面白そうな組織ですね。
これからどんな風にして廃民街をかき乱すか気になるところですね。
>>2-13 熊井兵長ってもしかして"或る老人の往生"の人物ですかね。
もしそうであるなら私の喜びが有頂天、です。
こう、自分が作ったキャラクターがほかの作品に登場するとつくづく思います。
シェアワールドていいな、と。
ぬう…次回は波乱の予感。
ゲオルグの、イズマッシュの、そしてロリハラハラの運命やいかに…
>甘味処
和泉に変な店できたーーっ!?
なんという我が道を行くw 繁盛に一役買わせてもらっちゃうよ!
>ゴミ箱
じ、実は俺、イズマッシュは別視点のアナザー主人公として捉えてたんだw
まさかあの工事メンがゲオだったとは、どうりで王朝にしちゃあ優しすぎるとは思っていたが……
てことでお二方とも投下乙でした!
>>甘味処
かぐやの兄弟も色々いるなあw
俺も一人くらいでっち上げても罰はあたるまいてヒッヒッw
金太郎、桃太郎とくれば
次は浦島太郎だな
浦島渦潮落とし乙!
>甘味処
「突如として現れたおしゃれな店。店内には渋い俺。出される吉備団子は日本一……ブレイク確実だろう」
あ、こいつ馬鹿だ、と門谷は思った。
大爆笑でした。笑いあり、涙ありの異形世界の作品の数々にただただ敬服するばかりです。それにしても
最近の異形世界の勢いは半端じゃないですねw
>ゴミ箱の中の子供たち
まずは一言。投下お待ちしておりました。さて、肝心の感想ですが…
イズマッシュはやはり殺されてしまうのだろうかと冷や冷やしつつ結局今回の投下で結論は出ず
次回持ち越しとなりまずは一息つき、その後のニークとゲオルグさんのやり取りでまた閉鎖都市に波乱の到来を
予感させる非常に興味深い内容となりました。また、シェアードワールドとして僕の作品でも使えそうな箇所が
随所にちりばめられていて、僕にとっても非常にありがたい作品です。
これからも投下、楽しみにお待ちしております。
温泉界へご招待〜武士の一分
忍者軍団の巨大なアジトを上空から見下ろし、それを時計に見立てて3時方向、つまり東側中心部の、おそらくは厨房の勝手口であろう。
その木製の扉を開いてアジト内部に侵入したのは、アリーヤ・シュトラッサーであった。彼女の愛剣、鬼焔は鞘こそ抜かれてはいないものの
いつ敵に遭遇してもいいようにその左手にしっかりと握られていた。厨房の中は鍋や釜、包丁などといった料理道具が所狭しと並んでいて、
尋常ではないその量、さらに厨房の広さはというとアリーヤの見立てでは50畳はあろうかという巨大なものだった。
だが、不思議なことにこれほど広い空間にアリーヤを除いて人影が一人も見当たらないのである。傍らの調理台に目を向ければ
まな板の上には今まさにさばかれようとしている魚が包丁とともに横たわっていた。そのほかにも火にかけられたまま沸騰した鍋。
今まさに炊こうとされていた米など、ほんの数分前までここで大勢の料理人が忍者たちの食事を作るために勤しんでいたことを匂わせるものばかりであった。
しかし、誰の姿も見当たらない。アリーヤは精神を集中させ周囲の気配を探った。が、やはり人の気配はしない。
何か釈然としないものを感じながらも厨房になど用はない彼女はアジトの奥へと続く扉を探し始めた。3分ほど探し回っただろうか。
入ってきた扉とは違う鉄製の扉を発見する。今頃他の7人はどうしているだろうか。そんなことをふと考えつつアリーヤはそのドアの取っ手に手をかけて
扉を開き、次の部屋へと足を踏み入れたその刹那だった。突然、黒装束の忍者10人に切りかかられるのであった。
咄嗟に反応し、前転でそれを回避し起き上がりざまに鬼焔を抜いた。なぜだ、自分たちは奇襲を仕掛けたはずだ。先ほど正面玄関の前を通り過ぎた時も
警備の忍者たちはクラウスに完全に気を取られていて私たちに気付いている様子はまるでなかった。それなのになぜ逆に私が奇襲を受けているのだ?
もちろんその自問自答の答えはある。実はアリーヤよりも一足早く潜入したアスナが敵を取り逃がすというミスを犯し、その逃がした忍者がアジト中に
非常事態を知らせたのだ。その結果、あらゆる潜入経路の初期段階にこのように厚い警備を配置するに至ったのである。
厨房の料理人を全て撤退させたのもこの厨房から人を完全に取り除くことでこの扉から出てくる人間が敵であることを確定させるためだったのだ。
そして、出てきたところに奇襲を仕掛けて一気に仕留めてしまおうという算段であった。しかしアリーヤに回避され、さらに武器を構えられたとあっては
その目論見は失敗に終わったと言わざるを得ない。だが、忍者たちはそれも想定していた。万が一奇襲が失敗に終わった時は、大人数を持って制圧する
作戦に移すことを決めていたのだ。その瞬間、厨房へと続く扉を背にして正面、右手、左手のふすまが開きさらに15人の忍者が現れた。
これで合計25人。圧倒的な人数差である。25人もの忍者に囲まれ、彼女にはもう勝ち目はないかと思われた。しかし、アリーヤの瞳は決して怯えてなどおらず
むしろ闘志をギラギラと滾らせた戦士の瞳であった。そして極めて冷徹な表情と声を持って忍者たちに言い放つのであった。
「…愚かな。数をもってすればどうとでもなるというその甘い考え、今すぐ私が完膚無きまでに打ち砕いてやろう!」
忍者に宣告を終えると同時に彼女は忍者25人へと切りかかってゆく。忍者たちもすかさずその大人数を持って応戦にあたるが
個人の実力が違いすぎた。忍者たちがどう彼女に切りかかってもアリーヤは鬼焔でそれを受け止め、そして鍔迫り合いにもちこむ間も与えずに切り捨てる。
たが、15人を切り捨てた時、ついに忍者の一太刀を右の二の腕に浴びてしまう。その痛みに一瞬だけ顔を歪めるがすぐに気を持ち直し、
忍者たちと剣を交えてゆく。忍者が上段から剣を振りおろせばアリーヤは横薙ぎにその身体を一閃して一撃のもとに切り捨てる。
正眼、下段、八相から横薙ぎ、あるいは突きを繰り出してくる忍者に対しては鬼焔でそれを弾き、すぐさま切り捨てる。
アリーヤはとにもかくにも忍者たちに時間を与えぬように戦うことを心がけていた。時間を与えればその隙に複数で切りかかられてしまう。
そうなれば対応できずに傷を負ってしまう。これから長い戦いが待ち受けているというのにこんなところでダメージを受けるわけにはいかなかった。
すでにアリーヤの顔は忍者たちの返り血によって真っ赤になっていて、視界も悪くなっているはずだった。
しかし、彼女の動きは少しも鈍ることはなかった。というのも、このような事態を想定してケビンはアリーヤの顔に泥水を塗って剣の修業を行わせたのだ。
その修業の甲斐あり、悪い視界でも忍者たちと戦うことができるのだ。そして、この修羅場が始まってからおよそ5分。
ついに忍者25人は彼女の剣の前にくず折れた。これが他の7人から「現代に蘇ったサムライ」と例えられたアリーヤの実力であった。
そして、彼女は血塗られた鬼焔を懐から取り出した紙でふき取り、鞘に納めようとした。
しかし、どうしたというのだろうか。身体がうまく動かない。震える腕でようやく鬼焔を鞘へとしまうと、忍者たちの血で埋め尽くされた床にしゃがみこんでしまう。
「く…一体どうしたというのだ…体が思うように動かない…」
「うフフフフフ…痺れ薬が効いてきたみたいね…」
と、不愉快な笑いとともに現れたのは青い忍装束に身を纏った少女だった。気味の悪い笑みを浮かべ、その両手には2寸ほど(およそ60cm)の
小太刀が握られていた。アリーヤの前に立つと気味の悪い笑みを浮かべたまま彼女を見降ろした。アリーヤは不自由な体でその少女を見上げて言った。
「痺れ薬だと…卑怯な真似を…貴様、何者だ…」
「うフフフフフフ、もうすぐ死んじゃうあなたには関係のないことだけど冥土のお土産に教えてあげる。私は桜。忍十六人衆のうちの一人」
桜と名乗ったくノ一が語る忍十六人衆とは、忍者の中でも特に優れた力量を持つ16人を長老が見極めたものであり、その証として青い忍装束を身に纏っている。
ただしその選考の基準は完全に実力のみであり、性格などは一切考慮されていない。故に今アリーヤの眼前に立つ桜のように卑怯な手を使う者も
存在するという訳である。彼女は先ほどの忍者25人の刀全てに強力な痺れ薬を塗っていたのだ。忍者がアリーヤを倒せばそれでよし。
倒せずとも一太刀でも浴びせられれば痺れ薬が効いてきたときに自分が直接手を下せばいいだけ、という算段であった。
「うん。じゃあ今からあなたを殺すけど、ただ殺すんじゃつまらないからじっくりと痛めつけてから殺してあげるわ。うフフフフフフフフフ」
そして桜はアリーヤの顔面に思いっきり回し蹴りを叩き込む。アリーヤはしゃがんでしまっているので最も当てやすく遠心力も得やすいミドルキックが
彼女の左の頬に直撃し、その衝撃で大きく右に弾かれてしまう。不自由な体をなんとか動かそうとするアリーヤを嘲笑するかのごとく、
桜はアリーヤの胸を踏みつける。そして、ギリギリと動かして彼女の胸を蹂躙する。
「あらぁ…胸がないのねあなた。これは貧乳なんてもんじゃないわ。ペッタンコ。知ってる?女にとって一番のコンプレックスは胸がないことだって」
「それがどうした…それは世間の認識だろう。私は自分の身体が女性として貧弱だとしてもそれに対して劣等感を抱いてなどいない」
「ふーん…気丈なのねあなた。でもね、私はそういう人をいたぶって命乞いさせるのがだーい好きなの」
桜はそう言い放つと横たわるアリーヤの腹部を何度も蹴りつけた。蹴られるたびに彼女は苦痛にうめいたが、決して命乞いなどすることはなかった。
それに業を煮やした桜は腰に装着した鞘から2対の小太刀を引き抜き、それを左手で握りながらアリーヤの髪を掴んで頭を起こし、
もう片方の小太刀を彼女の首筋に押しあてて、言った。
「なんで命乞いしないのよ!でもこれならそうするしかないでしょ?これを私が勢いよく引けばあなたの頸動脈が切断されて大出血だもの。
誰だって死ぬのは怖いものね。さあ、それが嫌なら命乞いなさいよ。そうすれば助けてあげることを考えてあげなくもないわよ」
「…断る。私が命乞いしたところで貴様は嘲笑して私の命を奪うだろう。ならば私は最期まで誇りを捨てずに散るまでだ。
いかなる敵にもいかなる脅威にも決して私は屈しない!それが私の武士の一分だ!」
アリーヤの言うとおり、桜は彼女が命乞いしたところで笑い飛ばしてそのまま殺すつもりだった。だがアリーヤはそれを完璧に見抜き、
この期に及んでも自らの誇りを捨てることはなかった。今まで出会うことのなかった人種に桜は動揺するが、それを落ち着かせて彼女に言った。
「ふん…ならいいわ。つまらないわね、あなた。じゃあこれで殺すけど、最期の言葉を聞きましょうか」
「ああ…貴様の負けだ!」
と言い放ち、アリーヤは鞘に納められたままの鬼焔で桜のみぞおちを思いきり突く。実は今回用いられた痺れ薬は
桜がじめじめした倉庫に蓋を開けたまま放置するという劣悪な環境で保管していたために本来の効力を失い、通常なら解毒剤を必要とされるはずが10分ほどで効力が切れるまでに劣化してしまっていたのだ。
そんなこととはつゆ知らず、桜はその劣化した痺れ薬を25人の忍者の刀に塗ったのである。
そしてその10分は桜がアリーヤを痛めつけている時に、とうに過ぎてしまっていた。桜がアリーヤの腹部を何度も蹴っているうちにもう痺れ薬の効果は切れていた。
しかし彼女は桜を欺くためにあえて動けないふりをし、反撃のチャンスを窺っていたのだ。そして桜の両手が塞がり、
無防備になったところを最大の好機と見たアリーヤは鬼焔を抜くことなく鞘に納めたまま反撃に転じたのである。
鞘を抜かなかったのは、抜けば動けるのを見透かされてそのまま頸を切られてしまうからである。だからこそアリーヤは桜が彼女の命を奪うことに
集中しているこの隙を見計らい、桜のみぞおちめがけて攻撃を仕掛けたのだ。鞘に納められた刀に殺傷能力はもちろんないが、
このように鈍器として使うことは十分に可能であり、それを失念しアリーヤの手から鬼焔を引き離さなかった桜の油断であった。
しかし、桜もその装束の下に防具を身につけているのだろう。みぞおちを直撃されたはずなのにわずかに苦しげな表情を浮かべて後ろへ飛び退くのだった。
そして、2対の小太刀を両手とも小指側から刃の部分が出るように握り、両腕を交差させるように構える。
「なんで動けるのよ。あの痺れ薬は解毒剤が必要なはずなのに…」
「さあ?大方貴様が劣悪な環境にでも置いていたせいで劣化していたのだろうな。さて、今まで痛めつけてくれた礼は存分にしてやらねばな」
「ふん、私も十六人衆よ。手負いのあなたに負けるほどやわじゃないわ」
「さて、それはどうかな」
アリーヤがいい終えると同時に鬼焔を鞘から引き抜き、桜に切りかかる。桜もすかさず2対の小太刀で応戦するが、やはり実力には歴然とした差があった。
それに加えてアリーヤから発せられるものすごい殺気に桜は委縮し、防戦一方となっていた。キン、キンと刀と刀がぶつかり合う音が絶えず鳴り響いていた。
アリーヤが上から切りかかれば桜は2対の小太刀を平行に構えてそれを受け止め、横薙ぎの一閃には片方の手の握りを変えて縦に平行に
構えて防ぎ、下から薙ぎ払う一撃には体の前で横に平行に構えることで防ぐのであった。
しかし、このままこの状況が続けば不利なのはアリーヤのほうであった。先ほどの桜からの攻撃はアリーヤの体力を確実に奪っていたからだ。
このまま切り合いが続き、なおも体力が消耗されるとなればいずれ隙が生まれその隙を突かれてしまうだろう。
ならば、とアリーヤは一度桜と間合いを取り、鬼焔を鞘に納めた。桜に取ってそれはまたとない好機だったはずだが、罠かもしれないと警戒し、
アリーヤに切りかかろうとはしなかった。そして、それが命取りとなった。アリーヤは一度鬼焔が納められた鞘を腰の左側あたりに装着された金具に取り付けた。
そして、両手を鞘に納められた鬼焔の柄にかぶせる。それを見て桜が首をかしげる。それもそのはず、通常抜刀というのは片手で、この場合鬼焔は
左の腰に納められているので右手で行うものだが、今のアリーヤは左手を下から、右手を上から被せるように柄にかけている。
「ねえ、それで本当に私を斬るつもりなの?」
「ああ、だが安心するがいい。苦痛も与えずに貴様を昇天させてやろう」
「やれるものならやってみなさいよ!」
と咆哮し、桜はアリーヤに切りかかった。その刹那、アリーヤの両手も動いた。キャン!と三味線の弦を思い切り弾いたような音が一瞬鳴り響き
次の瞬間、桜は絶命していた。しかもその身体からは一滴も血が流れておらず、また彼女の命を奪ったはずの鬼焔も青く光るだけで一滴の血も付着してはいなかった。
―無間(むげん)流。アリーヤがケビンの修業の果てに21歳、つまり4年前に身に付けた、否、身につけてしまった大昔に伝わっていた古流剣術である。
その抜刀は目にもとまらぬどころではなく、さながら光の速さのようだと伝えられている。ただ、無間流は誰にも身につけられるものではなく
生まれ持った特別な才能が必要で、時代の流れとともに消えていったのだが、アリーヤが身につけたことにより再び歴史に顕現することとなった。
無間流の抜刀は神の速さ。そのあまりの速さゆえ、斬られた対象はそれに気づかない。斬っても斬らずとも結果が変わらない。故に
「抜かずの無間流」とも呼ばれるが、ほんの少し遅くするだけでその刃はたちどころに相手の命を奪う。
そのあまりに危険な剣技ゆえ、アリーヤはここぞというところでしか無間流を使わない。そして、見開かれたままの桜の瞼を優しく閉じてやる。
しかし、これまでの戦闘の疲労がここにきて一気に襲いかかってきた。強烈な倦怠感に苛まれながらアリーヤは壁際に移動し、それに寄りかかるようにして
座り込んでしまう。さらに、先ほど斬られた二の腕も痛みが増し、苦痛に顔を歪めながら傷口を左手で押さえる。
だが、アリーヤにまだ休息は許されなかった。このタイミングを見計らっていたかの如く、5人の忍者がアリーヤの眼前に現れた。
彼らは果たして彼女にとっても見知った顔であった。一番最初に襲撃してきたあの忍者たちであった。そのリーダーはあの赤装束。そう、暁である。
「ふふふふふ、随分お疲れのようだな。さて、あの時の借りをじっくりと返させてもらおうか」
下卑た笑いと下卑た声で暁はアリーヤを見下すように言い、部下の黒い忍装束を纏う忍者に何やら指示を出している。
そして、その指示を受けた黒装束の忍者も暁同様下卑た笑いを浮かべるのだった。ここで再び暁が口を開く。
「貴様の首を長老に持って帰れば大手柄だ。疲れ果てた貴様を打ち取ることなど造作もないことだしな。だがその前に、その身体を味あわせてもらおうか…」
「くっ…下衆が…!」
暁たちはアリーヤを殺す前に彼女を強姦しようというのだ。しかも、疲労困憊の状態であるアリーヤには抵抗するすべはないに等しかった。
そして、ついに暁らが彼女を犯そうと襲いかかろうとしたその時だった。シャーシャーと、蛇の鳴き声のような音が彼女の耳へと入ってきた。
その刹那、暁たち5人は力が抜けたようにその場にかがみこんでしまう。屈みこんだ忍者の背後から現れた人物は…そう、シュヴァルツ・ゾンダークその人だった。
「全く、動けない女性を襲うなどとあなたがたはつくづく卑劣な方々ですね…あなたたちは私を怒らせてしまいました。非常に遺憾ですが
あなたたちをこの世界から消去させていただきます。悪く思わないでください」
と言ってシュヴァルツは両手の人差し指で両方の耳の穴を軽くほじる。それと同時にアリーヤは耳を塞いだ。そして、シュヴァルツは歌い出す。
ムエレート ヤ ムエレート ヤ マルディセート ウノポール ウノアラムエルテ
セアイサ エル クエルポパラドーラ デル エクストレーモ ヤ デーペデジャーデ レスピラル
ミェンタラス レトルシェンドス エンアゴーニア セアイサエルクエルポ ヤ エスタルクエミャード
アヴージョ エルエルマ エンテラポルラララマ テル インフィエルノ タンヴィエン デモスラ エクスティンシオン
トーダラムエルテ エントードス デンベスエストラムシェンテ エン ディスペラシオン
テポーネス ネロヴィオッソ ヤパーラエスペラル ポーロアン パッソデ エスカロネス オルフィン
オーケー トゥ ヴィーダエス ア エスト ムエルテ ミェンタラス スフィルエンド オルスーモ アディオス
それは酷く物哀しげな、そうたとえるならばベートーヴェンのピアノソナタ「月光」のような悲哀を秘めた曲だった。
さて、なぜシュヴァルツはこの局面で歌など歌ったのだろうか。その答えは、今のアリーヤとシュヴァルツの眼前に広がる光景が物語っていた。
暁たち5人の忍者は…息絶えていた。その死に顔は耐えがたい苦痛に歪んでいた。アリーヤもシュヴァルツも彼らに一切手を出してはいない。
ではなぜ彼らは死んでいるのか。そう、先ほどシュヴァルツが歌った曲は、呪われていてその曲を聴くだけで耐えがたい苦痛に襲われ、
最後まで聞いてしまうと…死ぬのである。先ほどの歌詞を訳すと、このようになる。
死ね、死ね、一人ずつ呪い殺してやる、耐え難い苦痛にもがき苦しみ、地に這いつくばりながら死んでいけ。
地獄の炎にその身を焼かれ、永遠の苦痛の中をさまようがいい。
終焉への階段を一段ずつ登り、その頂に待ち受ける絶望に打ちひしがれるがいい。
さあ、お前たちの命はこれまでだ。せいぜい苦しみながら死んでゆけ。さようなら。
「…助かったがあまり気持ちのいいものではないな…だが礼を言わせてくれ」
「いえいえ、礼には及びません。むしろアリーヤさんは私のことが嫌いだとばかり思っていたものですから、お礼を言われたことについては正直驚いています」
「別に嫌ってなどいない。むしろ私は仲間として貴様たち7人を強く信頼しているし、人間として好意も抱いている」
「そう言っていただけると助かります」
そして笑い合うアリーヤとシュヴァルツ。しかし、アリーヤには一つ解せないことがあった。あの曲を最後まで聴いたものは死ぬ、
さらに聴くだけでも想像もつかない苦痛に襲われる。ならばなぜシュヴァルツは平気なのだろうか。自分で歌っているのなら当然自分の耳にも入るだろうに…
そんな彼女の疑問に答えるかのごとくシュヴァルツは首を右と左に傾けて耳を軽くたたいて取りだしたものを掌に乗せてアリーヤに見せる。
シュヴァルツが取りだしたもの…それは、大きさおよそ5mmほどの超小型スピーカーだった。これとワイヤレス接続が可能な携帯音楽プレーヤー
をシュヴァルツは常に持っているのだ。
先ほど彼が耳を軽くほじったのはアリーヤにこれから「滅びの歌」を歌うという合図であり
自分自身がこの歌の呪いによって死なないために超小型スピーカーを装着するというふたつの目的があったのである。
そして、シュヴァルツは忍者たち31人分の亡骸が横たわるこの部屋を一望し、ふぅ、と鼻でため息をついてアリーヤに言った。
「よく頑張りましたね。あなたの寝ずの番は私が努めますから安心して休んでください」
「ああ…その言葉に甘えさせてもらおうか」
そしてアリーヤはしばしの眠りに就くのであった。これからも待ち受けているであろう強敵との死闘を演じる覚悟を胸に秘めて。
投下終了です。シュヴァルツが歌った滅びの歌の原文はスペイン語です。翻訳サイトを使って適当にカタカナに
訳したので間違いは多々あるかと思いますがw
>甘味処
好きだww
吉備団子のみが売り物って大丈夫かww
今後商売の行方がどうなるのかに期待しています
あと、和泉の住民は武装隊を番兵さんと呼びならわす傾向にあるので
和泉に根を下ろすようならその内使っていただけたら歓喜します
>ゴミ箱の中の子供達
ロリハラハラ暗殺がどうなるのか気になる所……
ロリハラハラの今後にハラハラ……ゲフンゲフン
イズマッシュさんはやっぱり助からないのだろうか
ゲオルグさん達の任務もまた敵陣任務で難しそうでどういう経過となるのか楽しみです
にしてもゲオルグ良い人だなー、良い人過ぎて心配になる
>温泉界
何気にシュヴァルツの戦闘方法が強いw
他のメンバーはどこまで侵入したのだろうか
平賀の設定を投下させていただきます。
書き殴った物なので意味がとれないようなら質問等してください
平賀(ひらが) 男 ?歳
日本人 人間
身長:160くらい
総白髪の好々爺然とした老人。常時白衣。
彼を深く知る者からの評価は食えぬ爺。
・≪魔法≫確立の五派閥の内が一派閥、平賀≠フ長にして奇人。
〜じゃのう。〜じゃわい。などのわかりやすい老人っぽい喋りをする。
・偉い人。魔法や≪魔素≫の研究者でありつつ前文明の高度な科学の探究者。よって頭は良い。
が、方向性が若干残念な気がしないでもない。変な作品を作っては喜んでいる。
結構人情派。変な知り合い多し。
・友好的な異形とは共存したいと思っている。
大阪の自治政府から半ば治外法権な研究区の存在を認めさせ、区域内には異形も住んでいる。
大阪政府の大勢に反した意見を持っているにも関わらず自治政府の内部に研究区を立ち上げ、
更にそこに人を呼び込み町としての機能を果たさせることが出来る程度には有能で人望もある。
……有るはずだが傍目からはそうは見えない扱いを受けている。
袂を分かった他の派閥の人間とも何気に連絡を取り合ったりしているとかいないとか。
大阪政府内に高い地位を持っているが本人はあまり表に出ず、他の者達の助言等に回る事が多い。
所持武装とか小物とか専門とか:
普段から持っている煙管に仕込んだ魔法など、いくらかの機械ないし魔法具を常に所持。
匠が持っている金属棒も元々は匠の父に平賀が作った作品。匠の武装隊入りに際して彼に手渡した。
正式名称は特に無いが第一次掃討作戦後、匠の父の死に場所から金属棒は回収されたため、第二次掃討作戦時に武装隊に匠が持ち込み武装識別名称として≪墓標≫と登録した。
汎用≪魔素≫兵器を蘆屋が開発している一方で平賀は一品モノのその人に合った特殊な武装等を作ることがあるが数は少ない。しかし専門はどちらかというと工学系や薬学系(本草学?)。
※平賀の研究区にて研究をしている人間は平賀の考え方に賛同している。
(大阪政府の異形撲滅派からあまり良い目で見られない研究区に好んで居るような者は平賀の考えに賛同している者のみとなる)
一方で幾人かは彼の教えに異議を唱えそれぞれ別の派閥に赴いたり独立したりしているようだ。
尚、何故か作者の脳内ではデスタムーア1をもう少し人間に近づけた感じに映像化されていて、
「わしはまだ二回も変身を残しておるのじゃぞ?」
とかほざいている様子が頭について離れない。(非常にどうでもよろしい)
それぞれ五の派閥はなんだかんだで交流がある(または世にでた成果くらいは知ることができる)ようにしておけばいろんな技術も使う事ができますしいいんじゃないかな? とか思っています。
いきなり平賀の、それも長を使ったのはまずったかなと思う今日この頃
『ここ、こういう風に変えろやゴルァ!』
な部分があったら言ってください。
皆様投下乙です!!
久し振りに本スレ投下
◆
「…来やがった…」
規則正しい波音。そしてときおり妖しい生物が海面を跳ねる音。月光に煌めく夜の海は穏やかだったが、脅威は往々にして沈黙とともに訪れる。
岩陰から水平線上の小さな船影を睨み、葦屋我堂は獰猛な笑みを浮かべて愛用の戦棒を撫でた。異形たちを連れ去る異国船はやはり実在したのだ。
情報が確かなら、もうすぐ謎の異形誘拐犯が沖の『黒船』と接触する為その姿を現す筈だった。
(…出来りゃあ順番に片付けたいな…)
海からの上陸者と海岸に接近する不審車両、双方に注意を配りながら我堂は滅多に使わない蘆屋の呪術を起動する。その蝙蝠のごとき索敵の魔力は、ほどなく海岸に接近する車両の駆動音をしっかりと捉えた。
(…トラックが一台。方向は…昨日サザエを採った岩場の辺り…)
誘拐者はキヨヒメの姪をはじめとする何匹かのそこそこ強力な異形を捕らえた連中だ。多少は手応えのある相手だろう。幸い、沖合いの異国船にまだ行動の気配はなかった。
(…先に奴らをぶっ殺して、それから異国人どもの相手だな…)
その凶暴な念に応えて嬉しげに震える戦棒を握りしめ、我堂は音もなく岩の間を跳ぶ。多少スピードと技術を要求される局面だが、それもまた愉しみのひとつだ。
(…四人か…)
いかにも後ろ暗い佇まいのトラックは、砂浜に長い軌跡を描いて停車していた。しかし周囲を警戒しつつ下車した誘拐犯たちを見て、我堂は少しの失望を覚える。どうも…期待した程の腕利きには見えなかった。
彼らは闇に融け込む黒い装甲服を身につけ、近代的な小火器を構えている。それに何を想定しているのか知らないが頭部まで仰々しいゴーグルとマスクですっぽりと覆っている。
(…ふん、特殊部隊気取りだな…)
どうせ『黒船』の外国人に利用され、この片田舎の支配者を気取る手合いだろう。確かに装備はちょっとしたものだが中身は魔素など扱えぬごろつきの類に違いない。
(…『異形狩り』にしちゃお粗末過ぎる…)
だが我堂の探知できる限り、周囲に別動戦力の気配は全く存在しない。釈然とせぬまま岩陰に潜んだ彼は、ゆっくり黒い金属棒を投擲の姿勢で構えた。
(…新記録に挑戦だ…)
あとは待つだけだ。ウロウロと不安げに砂浜で異国船を待つ誘拐犯たちが、我堂の目前で一直線上に並ぶ瞬間を。
トラックの荷台にはキヨヒメの姪たち捕らえられた異形が乗っている筈だ。そして沖からはもうすぐ異国の取引相手。
修羅場をややこしくしない為には一瞬で誘拐犯たちを始末するのが望ましい。これまでの記録は二人と一匹、今度は…
「…そりゃあっ!!!」
ブン!! 我堂の腕から流れ込む魔素によって鋭利な穂先を形成した棒は、裂帛の気合いと共に重い唸りを上げて標的に向け飛んだ。
一人、二人、三人…そして、四人。誘拐犯たちは悲鳴を上げる間も、驚愕の表情を浮かべる暇もなく黒炎を纏う魔槍に深々と刺し貫かれる。
呆気なく四人の犠牲者を貫通し、なおその勢いを余した鉄棒は最後の一人を浜に聳える巨岩に縫い付けて止まった。
「…よっしゃあ!! 記録更新!!」
嬉しげに飛び出した我堂は急いでトラックに駆け寄る。捕らわれの異形どもを解放すれば、あとは珍しい異国人とのご対面だ。場合によっては闘いになるにせよ、滅多に味わえない面白い経験だろう。
「…う…う…」
「…なんだ。まだ生きてんのか?」
機嫌よくトラックの扉に手を掛けた我堂は、昆虫標本のごとく岩に留められた男の呻きに興味がなさそうな一瞥をくれる。
だがそのとき苦しげにゴーグルとマスクを外した彼は、我堂を驚愕させる言葉をその末期の吐息と共に発した。
「…我堂…坊ちゃま…」
「テ、テメェは!?」
我堂はどこか記憶にある彼の顔と、その掌の小さな装置を同時に睨む。ようやく男が葦屋の研究施設で働いていた徒弟の一人だと気付いたとき、瀕死の彼は握りしめたスイッチをカチリ、と押した。
「畜生っ!!」
瞬時に閃光と爆音がトラックを包み、押し寄せる灼熱の爆風は我堂を夜の海に放り出す。辛うじて張った耐熱結界のなか我堂を激しく動転させているのは、砂浜に立ち上る火柱などではない。
(…迂闊だった…考えてみりゃ親父や兄貴が大好きそうな茶番じゃねえか…)
熊野の山奥で自堕落な暮らしを送り、その獣のような勘を鈍らせていなければ気付いて当然の事だった。
異形の誘拐…闇貿易…そして、『突発事態にはすぐ爆破で証拠隠滅』。他ならぬ我堂の肉親、大嫌いな身内である葦屋一族こそが、この陰惨な一幕の悲劇に相応しい悪役であることを…
(…つうことは…ヤバい!!)
深く海中を潜行しながら、我堂はかつて自分も携わっていた葦屋流の商取引を思い出す。
危険な取引相手と初めに接触するのは使い捨ての人員。そして不慮の事態に備え、高い戦闘力を誇る『外野』が周囲を油断なく取り囲む…
(…なぜか知らんが取引に遅れやがったんだ…『外野』の連中が…)
周到な葦屋一門にしては信じ難い失態だが、そんな幸運に感謝している暇はない。碧黒い水面に顔を出した我堂は沖合いに目を向けたが、もうそこに異国船の影はなかった。
まあ、あの爆発を見て取引を中止しないほど、外国人というのは馬鹿ではないだろう。それより、我堂自身も早く逃げなければ命が危ない。
(…あの下っ端、躊躇なく俺を殺そうとしやがった…てことは『外野』共も遠慮なしだろうな…)
泳ぎついた浜には原型を留めず無惨に焼け焦げたトラックの残骸。嫌な臭いを漂わせて散乱する千切れた尻尾だの鉤爪だのは、可哀想なキヨヒメの姪たち異形の骸に違いない。
これは数多い追っ手に加え、我堂がこの界隈を縄張りとするキヨヒメ達上位異形にも追われることを意味していた。
「…バカバカ!! 俺のバカ!!」
葦屋にキヨヒメ一派、どちらも狡猾さと執念深さにおいては屈指の連中だ。手早く救えなかった異形たちに手を合わせ、まだ手を灼く熱さの鉄棒を握り我堂は夜の海岸を駆け出す。
彼の推測に間違いが無ければ、葦屋の殺人部隊はもう目と鼻の先で取引失敗の現場を目指している筈だった。
続く
投下終了です。
乙です
姪があああああ!?
くそう! 幼女は世界の宝だと言うのにっ!
蘆屋我堂が人異形両方に追われる形になってしまいましたか
なんというピンチww
投下が多すぎて感想が追いつかない!
作品全てにGJという賞賛と、続きを期待です
>>115 自分の中の平賀も大体そんな感じです
蘆屋にも現在は交流があるんでしょうか?
>>124 どこのTOPとも交流は有る感じですかね
どのくらいの深度の交流かは他の作者方にお任せです
あくまで俺のイメージなんでそこら辺は他の人の意見と擦り合わせて交流が無いということにしても良いですし
「…………すまん、門谷隊長」
和泉防衛を任とする武装隊。その詰所での事だ。
桃太郎なる男が職務質問中、門谷に神妙につぶやいた。
門谷はようやっと無断無許可の店舗開店を悔やんだか、と常識的な判断で安堵する。
こうやって態度を改めてくれるのならば、これからの職務質問も円滑に運ぶ事だろう。
熱心さは、伝わっているのだ。
仕事に精を出そうとしている男を、封じるような自分の現状も気持ちに引っかかってはいる。
だからこそ。
桃太郎が己を律するのは門谷にも歓迎すべき事だった。
だが、しかし。
本当に、心底、純粋にただただ申し訳なさそうに、桃太郎はこう言うのだ。
「実はな、俺は桃太郎ではないのだ」
「……」
何を言っとるんだこいつは。
この時の門谷の心境は以上の一言であった。
しかし桃太郎は言い募る。罪の意識に苦悩するかのように、言葉を紡ぐのだ。
「俺は……俺はな、本当は桃太郎のおじいさん役なんだ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「で、お前の経歴だが……」
「門谷隊長」
「……なんだ」
なにかと桃太郎は話をどうでもいい方向に持っていきたがる。
とは言え、時間はあるのだ。しゃべらせるのではなく、しゃべってもらう事を優先するとしよう。
店を早くやりたいのは向こう。時間を浪費したくないはずだから、まぁ、そろそろ必要な事をしゃべるだろう。
「門谷隊長。童話、桃太郎のおじいさんは何をしてどうなり、そして何をしたか知っているか?」
全然必要なさそうな事しゃべりはじめた。
やっぱりしゃべらせるんじゃなかったと門谷は思わざるをえない。
桃太郎のおじいさんの話題で攻めてくる気だ。魂のそこからどうでもいい話題だ。
「そんなもん山へ芝刈りだろう」
「その次は?」
「……桃に包丁入れたとかか?」
「そうだな、では次は?」
「はぁ? 桃太郎育てたんだろう」
「門谷隊長は、そっちか」
「……」
何を聞き出したかったのか、門谷には意図がつかめなかった。
ただ、桃太郎のおじいさんの話題とかどうでもいい。ここ最近で一等どうでもいい話題だ。
そんなこんなで話題があっちにふらふら、こっちによれよれ。
欲しい情報が遅々として集まらない職務質問をどうにかこうにか門谷はやってのけた。
驚嘆すべき精神力と賞するべきだった。
別室で個別に摩虎羅、真達羅、招杜羅の職務質問も執り行っていたのだが。
その三人は実に快く質疑に応答してくれた。
特に真達羅など物腰柔らかく丁寧で、桃太郎に要した時間の1/10も消費しておらず。
門谷をうらやましがらせた。
◇
桃太郎。
出身は岡山圏。
一次掃討戦までに住んでいた街が異形により壊滅。
血縁をここで失う。
温羅なる村に漂流、ここで自警団として労働す。
和泉に似た、いわゆる辺境だがここも第二次掃討戦に至るまでに滅びている。
役所の連携がまだ完全ではなかった時期なので、
温羅で桃太郎は戸籍を作ったが、それが現存しているような岡山圏の大きな自治領にも保管されているという事はないらしい。
つまり結局、戸籍なし。
その後、京の外れにある食堂で働きこの時、摩虎羅、真達羅、招杜羅と出会う。
その食堂も潰れて流浪。
和泉に流れ着く。
以上が桃太郎の経歴である……らしい。
嘘くさかった。
正確な情報がまるでない。だから信憑性がない。
ただ、このご時勢、よくある話、ではあるのだ。
時間をかけて微妙に質問の内容を変えたり、誘導するような質問を繰り返したが、
話の中だけに限ってずれはないと判断せざるを得ない。
嘘の経歴を作って受け答えに徹底したか、本当の経歴か。
さしあたって温羅なる村と、京で潰れた食堂について調べねばなるまい。
それに時間がかかる。
かかるが、やりようによっては受け入れを拒否せず、桃太郎一派の正邪を見極め、
且つ<甘味処 『鬼が島』>をすぐに開ける方法はある。
良く言うと何人か武装隊の手伝いをしてもらう。
悪く言うと監視下に置く。
これを桃太郎は呑んだ。
摩虎羅、真達羅、招杜羅の三人のうち、二人を武装隊の手伝いに自警団に配置すると言ったのだ。
そして残った一人と、桃太郎で甘味処の経営を行い、それを交代制にする。
そして日に四度の連絡を桃太郎が武装隊まで自身で行うというものだ。
門谷としては頷いてもいい采配だった。ただ桃太郎側にしては重い気がする。
二人で甘味処を切り盛りできるか、と門谷が質問をした。
「切り盛りなんぞ俺の右半身だけでもできるわ! サイクロン!」
質問してやるんじゃなかったと思った。
「門谷隊長」
そして。
真達羅が声をかけてきた。
温和を画に描いたような好青年である。
にこにこふんわり。
まったりゆるゆる。
微笑たたえてひょろりとのっぽはとても丁寧に礼をしてくる。
「私たちの受け入れ、ありがとう御座いました」
「いや……こちらも二人を使わせてもらう事になる」
「そんな、それくらいはさせてもらいますよ。何せこちらに置かせてもらうのですから」
声調、声量、声質、どれをとってものんびりとした、耳心地の良いものだった。
そして挨拶をする律儀さ。丁寧さ。社交的な立ち振る舞い。
桃太郎とえらい違いである。
「あのですね、隊長、私たちは番兵としてどこまでさせてもらえるのでしょうか?」
「そうか、君はとりあえず甘味処だから聞いていないか」
すでに最初の配置は決定している。
桃太郎と真達羅で、もう甘味処を開く。
摩虎羅と招杜羅は、武装隊の仕事をしてもらう。
甘味処に摩虎羅と招杜羅、どちらが先に戻り、いつ真達羅が番兵の仕事をしに駐屯に来るかまでは決定していない。
明日までに、まとめて桃太郎に連絡する事になっている。
「荒事には突っ込まさんよ。武器の手入れから書類仕事なり、他に村の工事なんかをしてもらう事になる」
「では、異形と接するという事は?」
「させん。君たちは従業員だろう? 戦闘員の仕事は我々だ」
きっぱりと門谷が断言する。
真達羅が穏やかな微笑の内に緩やかに安堵するのを感じた。
「ありがとう御座います」
「親切というわけではない。異形と戦えるようになるまで育つとなると、時間がかかる。それこそ、君たちの正邪を確認するよりもずっと時間がかかるからな」
「そうですね、できる事なら戦えるようになる時間、吉備団子作りに当てたいところです」
「君なんか、背も高いから鍛えればなかなか強くなれると思うんだがな」
「そ、そんな!」
慌てて真達羅が首と両手を振って否定を体で言い表す。
「あまり過激な事、私は好きではありませんので……」
「そうか? しかし時代が時代だ。そう言ってられん事態も有り得るぞ」
「はい……店長が随分と苦労なさった事も知っています。ただ、」
真達羅が微笑んだ。
「だからこそ、甘味で一時でも皆さんに潤ってもらいたいと思います」
「……」
門谷は苦笑する。
ぬるい事を言う、とも、言うではないか、とも思った。
道場帰りの子供たちを相手にするには、この男は適任だろう。
それはきっと子供たちにとって憩いになる。悪いこととは、思えなかった。
「しかし吉備団子一つだけではな」
「材料がまだそろっていないのですよ。本来ならばチョコ吉備団子、きなこ吉備団子、黒蜜吉備団子と種類豊かな甘味の楽園です」
「……全部吉備団子じゃないか」
「ええ、そこが私もおかしいと思うんですよ。店長、料理がとてもお上手なのですが吉備団子ばっかり作るんです。あ、いえ、他の料理も作るんですが、どうしても吉備団子をつけるんです」
「あいつ料理上手いのか? 全然な感じだがなぁ」
「意外でしょう? 実は店長、繊細なんですよ。手先だけでなく、心も繊細ですので、あまり強く攻めたりしてあげないでくださいね」
「心も?」
「はい、店長、独りだった時間が多かったものですから……」
「ふぅん」
桃太郎。
ふざけた名を名乗って妙に飄々とするのは、複雑さの裏返しか……
「門谷隊長、二人以上で輪を作り、両手こぶしを縦に併せて親指を上下できるよう構え、
いっせーので、の掛け声とともに手番の人間が親指が上昇するであろう予想数値を発言し、
それが正解であれば一つこぶしを引く事で、先に二度の予想数値を言い当てた者が勝者となる、
単純明快ながら親指が上がる数が零まで有り得る心理合戦極まりない遊戯の名称を知らんかね?」
真達羅と門谷に桃太郎が割って入ってきた。
複雑さの裏返しか……とか真面目に考えた自分が馬鹿みたいだと門谷がげんなりする。
「店長も門谷隊長にお礼を言いましょう」
「俺は「甘味処出してくれてありがとう。抱いて」と言われる立場ではないのか?」
「違います」
「そうか、門谷隊長、ありがとう」
力関係がいまいち分からない二人であった。
まさかこの男から感謝の言葉が出ると思っていなかった門谷も毒気を抜かれる。
「まぁ……がんばってくれ、団子作り」
「言われるまでもない」
「この村には子供たちも多い。そいつらの楽しみのひとつにしてやってくれ」
「あぁ、そんな事言うと真達羅が張り切るぞ」
「子供好きなのか、真達羅?」
「ええ、子供たちをかわ 「ロリコンでショタコンだ」
「ちょっと!? 店長!? 誤解招く事言わないでくれませんか!?」
「最近のロリはあざとくて金髪ツインテロボでデスサイズ振り回すから気をつけろよ」
「……? なんの話です?」
「性的な目で見てると門谷隊長に捕縛されるぞ、という話だ」
「見ませんよ! やめてください、そんな根も葉もない!」
門谷がこめかみを押さえてげんなりする。
桃太郎がいると場が乱れる。
真達羅が旅すがらこのようにいじられていたのだと思うと不憫になってしまった。
「ところで門谷隊長、こいつら三人にどこまでさせる気だ?」
「さっきも真達羅に聞かれたところだ。とりあえず荒事には近づけさせんよ。それは約束する。だが事務から武器の手入れ、公共工事までいくらか幅広く仕事をしてもらうぞ」
「そうか。真達羅は根性がなくてな、できればなんか体育会系なしごきのひとつやふたつやみっつやよっつやいつつやむっつやななつややっつやここのつとう施してやってくれんか」
「多い多い多い多いですよ、店長」
「こいつの性的な嗜好を健全に戻すた おぶッ!?」
「殴りますよ、店長」
「今殴ったよな? 宣言する以前に攻撃を実行したよな?」
「まぁ……ほどほどにな、二人とも」
桃太郎が繊細だと真達羅は言った。
言ったがちょっとこれは信じられなくなってしまう。
ただ、しかし。
それはつまりまだ門谷が見えぬ部分を真達羅が知っているということなのだろう。
ならばきっとそれは気を許している。この殴るなりなんなりもじゃれて、いるのだろう。
それはきっと。まるで例えば。
家族のような。
「さて、門谷隊長。隊長に重大な話があるのだ」
「? お前が重大な話」
「そうだ」
威厳と風格さえ備えた微笑を浮かべて桃太郎が門谷を真正面から見据える。
そっと肩に手を置いてくるが、門谷はそれが払えない。
旧友と邂逅したかのような親しみを込めて桃太郎が一つ頷いた。
そして、それがとてもとても当然であるかのように言うのだ。
「開店祝いくれ」
「……」
畑で取れた大豆をあげた。
事のほか、桃太郎が喜んだ。
<甘味処 『鬼が島』>
店長:桃太郎
従業員:真達羅
不在:摩虎羅、招杜羅
<お品書き>
・吉備団子
・きなこ吉備団子 New!
以上です
きなこ出来たwww
>温泉
相変わらずの天使無双www
これは告死天使が強いのか、忍者が弱いのか……
>ガドちゃん
新記録樹立と引換に追われる身になるとは、さすがガドちゃん隙がねえ!
こういうダークヒーローは本当憎めないw
>甘味処
正式に開店しましたか、これは楽しみw
桃太郎(といか御伽勢?)は癖が強いのに結構素直でいいですのー
>>124 投下ラッシュで見落としてしまってた……
平賀と蘆屋の交流はアンジュの三話目で触れられていて、何かグレーな繋がりというか
そんな感じでしたねー
>甘味処
メニューが増えたww
桃太郎の過去に一体なにがあったのか気になるところ
これはどんどん材料をあげていくとメニューが増えていくフラグ!?
>>136 増やしてくつもりなのですよ
田畑の恵みから異形の食べられる部分まで、お料理しますよ『鬼が島』
甘味処ではなく創作料理屋になりそうだwww
今後の新メニューに期待せざるをえないw
『湯乃香と行く☆各界グルメ&温泉ツアー』
企画:リリベル観光
企画元も敢観光自体も怪しいww
あるところにテナガとアシナガという、ふたりのようかいがいました。
テナガはひとより腕がながく、いつもずるずるとひきずっていました。
アシナガは足がながく、人をまたぐことなど朝めしまえでした。
ふたりはたいそうイタズラが好きで、人間をこまらせていましたがあるとき、
えらい坊さんにふじこめられてしまいした。
それはそれはながいあいだ、せまいところにとじこめられていたのですがある日のこと、
ぐらりぐらりとじめんがゆれて、ポンととびだすことができました。
「やあきょうだい。でられることができたぞ」
「そうだなきょうだい。やれうれしや」
ふたりはとてもよろこびました。
ひさびさにみたまわりのけしきは、とじこめられるまえとはだいぶちがいます。
「きょうだい、なんだかようすがおかしいぞ」
「そうだなきょうだい、まあまずは、はらごしらえをしよう」
そうです、ふたりはながいあいだとじこめられていたので、おなかがすいてしかたがなかったのです。
さっそく、ふたりは食べものをさがしにいきました。
てな づち あし づち
てな づち あし づち
おててのばせば おひさまかくす
あしをなばして どこいこか
てな づち あし づち
てな づち あし づち
ずんずん、ずんずんとあるいていくとふたりは畑をみつけました。
野菜がおいしそうにみのっています。
「これはこれはうまそうなやさいだ、にるがいいかやくがいいか」
「きょうだい、ここはやはり、なまだろう」
ばらりばっさりむっしゃむしゃ。
くちゃくちゃ ごくり むしゃごくり。
ふたりはてあたりしだいに畑ののさくもつをほおばりました。
はらがへっているときはなにをたべてもおいしいです。
あっというまに畑にあったものはなくなりました。
ふたりはごろんとよこになって楽になります。
そんなふたりに、こえをかける人がいました。
「あ、あなたたちはだれですか?」
みると、ひとりの女の子がテナガとアシナガをにらんでいます。
その服のはしから、しっぽがふるふるとゆれています。
「やあべっぴんさんだ。オレたちテナガアシナガ」
「え? わ、わたしはクズハともうします」
クズハとなのった女の子は、いぶかしげにふたりをみつめています。
どうやらこの畑は、クズハのものだったようです。
でもそんなことは、テナガとアシナガは気にしません。
「やあひさしぶりだ、人間のにおいをかぐのはひさしぶりだ」
「いやいや兄弟、コイツオレたちと同じにおいがするぞ」
ぐるりぐるりとクズハをみて、ふたりはいいます。
「きょうだい、コイツは人間だろ」
「いやいや、ようかいだろ」
「にんげん」
「ようかい」
「にんげん」
「ようかい」
クズハはすっかりおびえてしまいました。
くるりくるりとテナガとアシナガはまわります。
「ふうむこまったな、人のようでオレたちのよう」
「どっちだどっちだわからない」
「なめてみようか」
「そうしよう」
ふたりは舌をのばして、べろんとクズハをなめました。
「やあめずらしい、人とようかいの味がするぞ」
「やあそうだな、めずらしいめずらしい」
「え……きゃあああーーーーーーーーっっ!」
クズハのさけびをきいて、人間たちがぞろぞろとあらわれました。
人間はふたりをみてさけびます。
「あ、アイツラは!」
「みろ、クズハたんが!」
「ゆるさねえ、とっちめろ!」」
人間たちは、おこってふたりにおそいかかってきました。
手から火や氷をだしてぶつけてきます。
「あっちっち、あっちち。きょうだい、こいつら坊さんとおなじことをしやがるぞ」
「そうだなきょうだい、オレにつかまれ」
アシナガのかたにテナガがまたがりました。
かたぐるまをしたそのすがたは、まるでひとりの人間です。
りょうてをのばしたテナガをかついだまま、アシナガはくるりくるりとまわりました。
ごうごうごう
すうとどうでしょう、ふたりがまわるとすごい風がうまれ、たつまきがおこりました。
まわりの人間たちはたまらずにふきとばされてしまいます。
まるで台風がきたときのようです。
しばらくして風がおさまったときには、テナガとアシナガのすがたはありませんでした。
「なんだったんだ……」
「……わかりません」
あとには人間たちがのこされるばかりです。
テナガとアシナガは、どこへいったのでしょう。
もしかしたら風にのって、こんどはあなたのまちにくるかもしれません。
投下終了、軽い噺をひとつ
白狐と青年よりクズハをお借りしました
乙でした!
手長足長様じゃあっ
なかなか豪快な食い逃げっぷりに笑ったww
ほとんどひらがなの、子供向けの本のような文章でテンポ良く読めて面白かったです
145 :
代理:2010/06/08(火) 21:38:57 ID:mlNORQQ+
>>141 …この変化球っぷりが異形の懐の深さか…
二人が意外な形で再登場しても面白いねw
146 :
代理投下:2010/06/09(水) 22:58:14 ID:yFQxeWer
以下避難所より代行です
◆
「…振り向かないで下さい…」
背中を突く鋭利な感触と対照的な、落ち着いた穏やかな声。葦屋我堂の背後を取れる者などそうはいない。暗い林に現れた蘆屋の追っ手はやはり恐るべき手練れだった。
「…遅刻した『外野』だな? こんだけ素早いのに、なぜ取引に遅れた?」
顔の見えぬ蘆屋の女は答えない。だが彼らと異国船の取引を台無しにして僅か数時間、疾風のごとく逃走した我堂を容易く捕捉した相手だ。振り返ればその瞬間、彼女の鋭い武器は我堂の心臓を深く貫いているだろう。
「…それにお前の声、聞き覚えがある。京都にいたか? それとも…」
「…喋らないで下さい。我堂…さま…」
離反者とはいえ、主たる葦屋一族の殺害を躊躇っているのか、彼女の鋭い武器は動かない。呼吸を整え、記憶の底から聞き覚えのある女の声を呼び覚ました我堂は、両手を挙げたまま静かに尋ねた。
「…もしかしてお前、『つう』か?」
「……」
彼女の変わらぬ沈黙で我堂の問いを認めている。『つう』…この名を口にするのは何年振りだろう。背後の刺客が彼女であるなら、任務とはいえその逡巡は当然だった。
◆
『…ねえ、つうはどこからきたの?』
…暗殺、密約と裏切り、そして人体実験。掃討作戦前から延々とその血なまぐさい生業に明け暮れる蘆屋一族に生まれた我堂は、物心ついたときからずっと母を知らず育った。
だが、彼は決して不幸な少年ではなかった。万全に警備された小綺麗な子供部屋で、外界の子供たちが見たこともないようなピカピカの三輪車に乗った我堂の傍らには、常に優しい『つう』がいたのだ。
我堂より幾つか年上の彼女が、果たしてどこから来たのかは判らない。いつも白いエプロン姿で柔和な微笑みを浮かべ、我堂の我が儘に決して逆らわなかったつう。
…食事の世話、ボール遊びに鬼ごっこ。彼女が添い寝して読んでくれる絵本に、我堂は心躍らせながら眠りに就いたものだ。
あくまでも比較的な話だが、我堂が蘆屋一族のなかでは朗らかな性分に育ったのは、つうの温もりに包まれて育った幼い日々のせいかも知れない。
献身的な『姉や』であった彼女が乳母の仕事だけでなく、幼い我堂には決して見せなかった妖しい力で彼の護衛も兼任していたことに気付いたのはいつだっただろう…
『…つうは我堂坊ちゃまのお世話をするため、御伽の国から参ったのですよ…』
そして、ある日突然いなくなったつう。おそらく別の任務に就いたのだろう。
すでに一族の歩む昏い道に足を踏み入れていた我堂は、周囲の誰にも彼女の過去と今を問い質すことはしなかった。
顔見知りの失踪など詮索すれば周囲の者を苦しめるだけ。いつしか蘆屋の常識を疑問にすら感じなくなっていた我堂。彼はつうを『いなかった』ことにして生きてきたのだ。
だが、今でも我堂は時々つうの味を真似たクッキーを焼いてみる。懐かしく、でも何かがほんの少し違う味。それだけが姉のように慕った彼女と我堂を繋ぐものだった。
◆
…朝靄に煙る林のなか、彫像のように佇んだ二人の周りに幾つかの殺気が集結してくる。つうと共に任務に遅刻した蘆屋の殺人部隊だ。彼らは息を潜め、つうが裏切り者を刺し貫く瞬間を待っていた。
「…動かないで…下さい…」
まるで懇願するようにつうが囁く。しかしその細い声音とは裏腹に、我堂の背中を抉る切っ先はじりじりとその力を強めている。追憶など過去の遺物。我堂とつうの心には全く同じ葛藤が暴れ回っている筈だった。
(…くそっ…こりゃ『鎌鼬』の出番か…)
一見無防備に見える我堂の背中は、真後ろの敵を瞬時に切り裂く『鎌鼬』の呪式をペイントしたレザージャケットに守られている。
蘆屋を出奔してから、苦労して安倍系の術者から学んだこの技は、ずっと後ろを守る者を持たぬ我堂の誰も知らない切り札だ。
思い出を断ち切り、先に蘆屋らしい非情な刃を振るった者が生き残る…しかし我堂の薄い唇は、もう何度となく喉までせり上がる『鎌鼬』の起動呪文を呑み込んでいた。
「…何故…貴方が取引の妨害を?…」
「…ま、いろいろあったんだ。まさか蘆屋が絡んでるとは知らなかった…」
曙光射す林に濃密な殺意を振り撒く処刑部隊は、つうの小さな指示でその動きをピタリと停めていた。しかし隠し切れぬ彼らの苛立ちは、指揮官たる彼女への明らかな不信に違いない。
「…つう様、速やかに始末を!!」
不遜な雑魚の台詞に舌打ちした我堂は、彼ら『外野』が取引に遅刻したのは、何らかの方法で自分の乱入を知ったつうの計らいであることを確信した。
そして、刺客たちがお互い、常に油断なく猜疑の眼を注ぎあうのが蘆屋の流儀だ。たとえこの隊の指揮官がつうであっても、もはや時間稼ぎなど通用しない。
「…動かないで…我堂坊ちゃま…お願いです…」
もはや悲痛な囁き。つうと我堂、どちらにとっても空しく苦悩に満ちた時間だけが流れる。長い空白の歳月を経た二人は互いを信じ、力を合わせこの窮地を共に逃れるだけの絆をもう持ってはいなかった。
(…所詮…俺もつうも、蘆屋の人殺しなんだよな…)
…信じるのは己の力のみ。強靭な生への欲求が我堂の心を修羅に変えようとした刹那、彼女の震える鋭い刃もまた、我堂の背をグサリと穿っていた。
「窮奇…招来!!」
我堂の口から迸る招魔の絶叫。冷たい痛みを背中に感じながらも、ある種の恍惚と共に彼は背後のつうに向け『鎌鼬』を放つ。かつて姉弟だった二人の再会と訣別は、高く哀しいつうの悲鳴で終わった。
(…許せ…つう…)
そして倒れたつうを振り返ることなく、我堂は押し寄せる刺客たちにその牙を剥く。つうに刺された背中の傷は浅手だったが、その鈍い疼きはただ我堂の心をどす黒い憤怒だけに染めた。
「…全・員…殺・す!!」
解放された鎌鼬は耳障りに軋みながら、木々の枝ごと刃向かう敵をすっぱりと切断する。我堂の鉄棒の重い唸りも、いつになく残忍にその音と重なる。
瞬く間につうの配下であった異形の力を持つ戦士たちは叩き潰され、ずたずたに切り裂かれて曙光射す松林に散らばった。
◆
「…つう…」
虚ろな静寂が戻った松林に眩い朝の日差しが落ちる。殺戮を終えた我堂はその悲しげな瞳をそっとつうの亡骸に向けた。木漏れ日に舞い上がる、純白の羽毛。
生涯を蘆屋の忌まわしい規律に縛られ続けたつう…美しい鶴の異形は、その本来の姿で息絶えていた。
「…そ、んな…」
跪いた我堂を絶句させたものは、つうの朱に染まった異形の姿ではない。血に濡れた細い嘴の先に、彼女がしっかりと咥えている小さな電子機器。それは…
(…畜生…なんてこった…)
天衣無縫の無頼漢を気取る我堂の居場所など、蘆屋一族はいつでも把握していたのだ。もう、つうに詫びる言葉すら我堂には思い浮かばない。
おそらく産まれたときから我堂の体内に埋め込まれていたであろう発信機は、まるで不吉な黒い虫のようにポトリ、とつうの嘴から零れ落ちた。
つづく
投下終了。微妙ですが一部『よくある話』を参考にさせて頂きました。
つう
(つう)
女/年齢不詳
かつて蘆屋我堂の乳母であった少女。鶴の異形に変化する能力を持つ。
出自は不明だが『御伽草子郎』なる怪人物の手による改造人間の一人と推察される。
以上で代理投下終了
代行って初めてやったけどなんか緊張するなw
私も白狐と青年より、お借りしてひとつお邪魔をさせていただきますね
諸君は覚えているだろうか?
異形世界を語る上で欠かせぬタイトル、白狐と青年において一つの重要な役目をこなした少年の事を。
主人公、坂上匠とそのそばにいるクズハの物語、その開幕における最後のピース。
少年なくして白狐と青年は始まる事はなく、また少年がいたからこそ白狐と青年は始まった。
いや、そこまでは過言だろう。
きっと少年がいなくても物語りは始まっていた。
しかし少年という存在が白狐と青年の始まりを完全なものにしたのだ。
人体に対する塩分のように。
五十音における「あ行」のように。
家屋における大黒柱のように。
ジュウレンジャーにおけるドラゴンレンジャーのように。
物語を完全なものに昇華せしめる存在。
それは過言というわけでは、きっとない。
少年がいてこそ、白狐と青年 第1話の完全である。
だが少年の果たした功績自体は、なんの事はない。さりげない。些細だ。
しかし。
しかしである。
少年の存在が主人公、坂上匠の大立ち回りに貢献したのは紛いようのない事実である。
彼がいなければ坂上匠は、当時手元になかった得物の不在に焦燥を感じて先走ったかもしれない。
あるいは、たたらを踏んだかもしれない。
つまり。つまるところ。
少年が存在していたからこそ坂上匠は過不足なく、
物語り進行につつがなく異形の群れに突撃できたのだ。
脇役では、ある。
確かに脇役、端役、ちょい役。主人公が坂上匠の物語において、少年は脇役にあまんじねばなるまい。
それでいながら。物語開幕において、少年は主人公を活かしきるという偉業を残す。
並みの才覚、度量、気質ではできる事でない。
しかも少年は十歳程。
自分が目立とう、自分が出張ろう、もっと自分を、さらに自分が。
自己を主張し、自己を認めてもらう事に渇望するような時分である。
はずなのに。
少年はただの一言の発声以降、出番という名の刃を鞘に納める。
見事としか言いようがない。いや、もはや美しい。美事である。
潔い退き様。退き際を心得た武人さながらである。
これ以上に台詞を重ねればくどくなり、これ以下の台詞では淡白さが際立つ。
まさに脇役の台詞オブ脇役の台詞。
そして行動がまた主人公を立たせる事に終始し、実に奥深く機微に優れていた。
主人公が進行するであろう経路を計算しつくした立ち位置。
主人公の性質、性格を読者に印象付けるため「ひったくらせる」事に特化した構え。
そして、主人公の生還率を少しでも上げるため、つまり攻撃力を上げるため、
木製のトンボではなく鉄製のトンボを選択して整地を行う現状理解の慧眼。
どれをとっても脇役として隙のなく高度なスキルによる結果である。
読者総員、この華麗と形容してもまだ足りない一連の流れにディスプレイを前にスタンディングオベーションをせざるを得なかったのは想像に難くない。
鉄製のトンボが異形より放たれた光に飲み込まれて消失するくだりは、
万感の涙を誘う哀愁と、それでも前に進めと力強く主張して我々に勇気をくれる。
そんな賛辞を一身に受けるべき自己犠牲の精神に満ち溢れ、脇役に徹する強い精神を持つ少年の名を。
良平と言う。
◇
その日、良平は道場の帰り道で一人の男に追いついた。
知っている男ではない。
ただ、前を歩く男よりも良平の歩調が速かっただけの話だ。
「天を切り裂く〜」
男はのりのりで歌っていた。
着流しの、体躯の良い男である。
「奇跡の力、よみがえる〜」
知らない歌だ。
声色を的確に変えて歌っているのだから器用なものだった。
たぶん8人分ぐらい声調変えて歌っている。
少し気まずいが、良平が追い越そうとした、瞬間。
「I can fly!」
男がおもっくそ良平の方を振り向いて咆哮。
さしもの良平もびくりとなる。
「そこはHEY! と合いの手だろう」
「……」
そして駄目だしされた。
目を白黒させる良平に、男はにやりと笑いかけてくる。
あんまりいい人そうに見えない。
「少年、道場帰りか?」
「え? う、うん」
「腹減ってないか?」
「えーっと……うん、減ってる」
「よし、ついてこい」
良平の体が浮いた。ていうか担がれた。
どう見ても拉致だった。
「うわ!? な、なにすんだ!」
「少年、新しくできた甘味処の話は聞いているか?」
「かんみどころ?」
「おやつを出す店だ」
「あ、団子を出すって……」
「うむ。そこへつれてってやろう。なに、子供から金はとらん。子供は遊んで食って寝るのが仕事だ」
「あんた、店の人か?」
男がやたらと自慢げに頷いた。
「おうよ、<甘味処 『鬼が島』>店長、桃太郎とは俺の事だ。少年も名乗っとけ」
「りょ、良平……あの、それよりおろしてくれよ!」
「お前以外にすでに二人、声をかけてみたがどうやら俺がイケメンすぎて逃げてしまってなぁ。お前は逃がさん」
「助けてくれー!」
「大声出すじゃねぇ。誰か来ちまうだろう」
まるっきり悪役の台詞だった。
仮にも桃太郎名乗ってるのに。
「まぁ騒ぐな、良平少年。甘い物は好きか?」
「す、好きだけど……でも団子だろう? いいよ、団子じゃ。足りないし」
「ふふん、食いしん坊め。よかろう。良平少年、店についたらのっぽに吉備団子セットCを頼め」
「吉備団子セットC?」
「そうだ。吉備団子に、さらにもう一品がついてくるぞ」
「なにがついてくるんだよ?」
「それはついてのお楽しみだ。ところで良平少年、甘味処について噂になっとらんか?」
どこか、男はわくわくしながら良平に聞いた。
じたばたと逃げようと頑張るのも疲れてきた良平は、少しうなって思い出す。
「えーっと、一応」
「どんな噂になっとる?」
桃太郎、うきうき。
「すごく妖しい店ができたって」
「うっおーーーっ!! くっあーーーっ!! ざけんなーーーっ!」
「すごくおしゃれな店ができたって」
「お前にオプーナを買う権利をやろう」
良平は人を思いやる心を持っていた。
妖しい店ができた。
良からぬ輩が和泉に来た。
三人のうち、二人が番兵に取られた。
等々、様子見な噂ばかりだ。
吉備団子自体に触れたり、どんな店だとか言う話は、少なくとも良平は聞いていない。
「おら、ここだ」
気づけば。
良平は<甘味処 『鬼が島』>まで拉致をしつくされる。
鬼が島。
おどろおどろしい店名に反し、その造りは実に、
「普通だ……」
利用しやすそうだった。
桃太郎から放されて立ち尽くす良平は、上から下まで、右に左に店を見渡す。
店外に配置された長椅子には赤座布団がしかれ。
窓から店内を伺えば、和の雰囲気を細やかに表現した造形。
「どんなの想像してたんだよ」
「こう、鬼が住んでるみたいな……」
「おいおい、何言ってんだ」
闊達に桃太郎が笑った。
「なんで店に入ってもないのに鬼がいないって分かるんだよ」
「いるの!?」
「いるいる。おっと、逃がさん」
駆け出そうとした良平を、再び抱えて桃太郎入店である。
放せー、とか、いやだー、とか聞こえたのは妖精の悪戯だろう。
かくして、店の掃除をしていた真達羅が二人を迎える事になる。
「おや、店長、拉致ですか?」
「うむ、監禁するぞ」
「助けてくれー!」
「あのですね、店長、子供が怖がってるんですからそういう事止めません?」
「腹を空かせている子供を放っておくわけにはいくまい」
「放っておいてくれよ! 放せよ!」
「でも、お前、放したら逃げるだろう?」
「逃げない逃げない」
「そうか?」
桃太郎が良平を放した。
りょうへいは にげだした!
「知らなかったのか? 大魔王からは逃げられない」
しかしまわりこまれた。
「店長、悪ふざけはほどほどにしてください。門谷隊長に怒られますよ」
「それは怖いな。すまん、良平少年。忘れろ」
「トラウマになるわ!」
「ごめんね、良平くん。店長、こんなのだけど悪気は……たぶん、あるだろうけど、お腹空いているのを放っておけないっていうのは本当なんだ」
良平の目線まで腰を下ろし、真達羅が微苦笑を投げかける。
保父さんじみたその穏やかな空気に、良平の心地も多少落ち着いた。
「お腹、どのくらい空いているかな?」
「……け、結構」
「う〜ん、吉備団子だけじゃ物足りないかな」
「おい、良平少年、教えてやっただろう?」
そして耳打ちするように桃太郎が言うのだ。
良平が、思い返す。
吉備団子セットC。
「……えーっと、じゃあ吉備団子セットCで」
「おや、良平くん通ですね。もうお品書き・裏を知っているんですか」
「う、裏?」
「ええ、裏です。ちょっと待っててくださいね、すぐに準備しますから」
そう言って良平を適当に座らせて、お茶を一杯良平に運んでから真達羅が調理場へと消えていく。
気づけば、桃太郎と二人きり。
自分も勝手に座ってお茶すすっている店長と良平たちしか店内にいない。
「人、いないんだな」
「高級な店と勘違いして暖簾をくぐりにくい客が大多数である事が予想される。大衆店として善良な値段で品を提供しているという事を一刻も早くお前は吹聴してくれ」
「俺、金は……」
「さっき言ったろ、子供から金取るかよ。お前らは食って遊んで笑ってろ」
「でも、店」
「最初はこんなもんだ。商売ってのはなまず損が出る。利が出るまで時間がかかるんだよ。なぜか分かるか?」
「……さぁ」
「信用を重ねにゃならんからだ」
「信用……」
「そうだ、信用だ」
「……拉致する人間が言う事じゃねぇ」
「そもそも人が来んとどうしようもねぇからな。おい、良平少年、宣伝頼むぜ」
「お待たせしました」
さて、桃太郎と良平の会話の途中。
真達羅が机に吉備団子セットCを配膳する。
吉備団子が、三つ小皿に乗り。
そして、カレーライス。
「……カレーセッ 「吉備団子セットCだ」
「これ、でもカレーライ 「吉備団子セットCだ」
「いや、あのカレ 「吉備団子セットCだ」
「カレーセッ 「吉備団子セットCだ」
「カ 「吉備団子セットCだ」
どう見てもカレーライスが主役だった。
どうしても吉備団子を強く前に出そうとする桃太郎に良平の抗議は届かない。
ただ文句というわけではない。
空腹の良平へと立ち昇るのはとても良い匂いなのだからたまらない。
「あのね、良平くん、これ裏メニューなんだけど、裏メニューっていうのは私たちのまかないなんだ」
「まかない?」
「そう。店に出す料理じゃなくて、私たちのお昼ご飯の事だね」
「へぇ」
「さ、めしあがれ」
「……いただきます」
カレーライスへスプーンを投じれば、ルーとライスのハザマにチーズが覗いた。
ルー。チーズ。ライズ。渾然一体のそれを口へ運べば、
「辛ッ! 酸っぱ! まろやか! うまッ!」
すっきりとした辛味と酸味が立つ。子供の味覚にはやや刺激的なそれなのだが、しかしチーズが上手く丸めてくれて、結局、美味いの一言に集約されてしまう。
口内から鼻腔へと抜ける匂いもまた格別に香ばしく感じらる。
そして米の甘味がゆるゆると舌に伝わってくるのだ。
そして、ものの数分とせず、良平はカレーライスを食べきってしまった。
「うまかった。めちゃくちゃうまかった」
「おいおい、まだ主役を食ってないぜ」
「分かってる。吉備団子……俺、初めて食べるよ」
「味わえ」
ふっくら小ぶりな白い団子を、まず一つ良平が口に放り込んだ。
くにくにくに。もちもちもち。むにむにむに。
適度な弾力と、粘度が舌と歯に心地よく。
素朴な甘味が噛むほど滲み出してくるようだ。
「あ、うまい」
そして、吉備団子セットCを食べきってご馳走様と相成る。
「ごちそうさま」
「はいはい、お粗末さまでした」
「……でもこれ甘味処で 「吉備団子セットCだ」
でもこれ甘味処で出す物じゃない……
良平の正論は理不尽な桃太郎の言葉の壁に阻まれる。
「Cって事はAとかBとかもあるの?」
「CはカレーのCだが、Aは餡蜜のAだ」
「甘味処ならそれを出せば?」
「Bはぶぶ漬けのBだ。帰って欲しい客に出す」
「京の都以外で通じるかな」
「良平くんも物知りだね」
もう一杯、お茶を出されてほっこりしている良平は、ここで店の雰囲気に馴染んでいる事に気づく。
味につられたか、真達羅の人柄に落ち着けたからか、また来ようかなという気持ちが芽生えたような。
「満足か、良平少年」
「……連れられ方が不満だけどカレーも吉備団子も美味かった」
「左様か」
心なし桃太郎にも充足の気配がうかがえる。
美味いと言われて不機嫌になることも、まぁ、あるまい。
「美味い吉備団子の店として、大いに言い振舞うがいい!」
「分かった」
とても良い笑顔で良平が頷いた。
◇
次の日、甘味処なのにカレーを出す事を面白がって、吉備団子セットCを求めてやってくる客が後を絶たなかった。
真達羅が余っていたカレーを少しの客に出して、残りの客にカレーはもうないという旨を伝えるためにぺこぺこする姿が!
「良平くん、カレーの方を宣伝しちゃったみたいですね」
「今度会ったら酷い事してやるか」
「止めてください。そして、吉備団子出すの手伝ってください」
「真達羅、お茶お代わり」
「怒りますよ」
「よーーーっしゃーーー!! 客なんざ100人でも200人でも捌いてくれるわ!」
その日の夕刻。
道場の帰り道で吉備団子口の中に詰め込まれて倒れる良平の姿が!
アスファルトに舗装されていない地面には、
ももた
とまで指でなぞられた謎のメッセージが残されるのみだった。
無論、店長は門谷隊長にめちゃめちゃ怒られた。
<甘味処 『鬼が島』>
店長:桃太郎
従業員:真達羅
不在:摩虎羅、招杜羅
<お品書き>
・吉備団子
・きなこ吉備団子
<お品書き・裏>
・吉備団子セットA New!
・吉備団子セットB New!
・吉備団子セットC New!
以上、白狐と青年より良平くんをお借りしました
「こんなの良平じゃない!」
「おい、良平を使うには情緒に欠けるんじゃないか」
「良平の使い方がなっちゃいない」
「良平はもっと冷静な姿勢と情熱的な行動力を持っている」
「これでは良平らしさが全然出てない」
「力ではなく頭脳で困難を突破してこそ良平なのに」
などといった筆力不足による良平の表現をし切れていないご不満があるかもしれませんが、何卒ご容赦いただければ……
吉備ダゴンセットCのカレーが超美味そう
ダゴンじゃねぇ、団子でした
序盤の良平の持ち上げられっぷりにフイタw
なんだかんだで桃太郎は憎めないやつだよなあ
>『AFFA』
追撃者達は事と次第によっては我堂の知り合いで
しかも場合によっては憎からず思っているんだよなと感じた
そして発信機仕込まれてるとか蘆屋さん鬼畜だなあ
>甘味処
えっとなんだろう……その、ごめんなさい?!
良平がまさかここまで使われるとか俺全く想像してませんでしたよ!?
ただのモブキャラだったのに……
桃太郎はなぜJAMを唄ってたんだろうと唸ってみる
彼等の異形に対するスタンスはどんなもんだろうと疑問におもってみたり
定義6話#3投下します。避難所の残りレスが少ないから収まるかどうか心配…
167 :
正義の定義:2010/06/11(金) 20:17:08 ID:zQ/HM+FB
『グアァ!』
「くろいりゅーをみるのはこれでにかいめですし、ふえふえ」
ビルの屋上。月を背に戦う二つの影。
片方は大きな龍の形をしていた。飲み込まれてしまいそうな黒。その黒の中で二つ、光る眼がギョロリともう一方の
影を睨む。もう一方の影は随分小さくて、龍の影の掌ほどの大きさしか無い。
『死ね!!』
「ふぇ!」
龍の影は、鋼鉄さえも分断してしまいそうな黒く、鋭く尖った爪を携えた腕を振り下ろす。小さな影はそれをひらりと
かわす。まるで空を舞うティッシュが人の手をヒラリヒラリと避けるように、小さな影は龍の影の攻撃を避ける。避ける。
避ける。これがまたなんとも上手いもんだ。
月が丁度真上に差し掛かり。月光がビルの屋上一帯に降り注ぐ。
『トエル…!お前を倒さなければ私は死んでも死にきれない!!』
そこには、大きな黒い竜と。
「ふぇ!あのよでおれにわびつづけろー!なんてな!ふえぇぇ!」
小さな金髪ツインテールの幼女があった。
その光景は狂っており、どこか悲しい様相を醸し出していた。
第六話
―「テロリストのウォーゲーム」#last―
「機械に主観は無い。故に」
―――…
「――、こっちよ…?」
「待ってよ、……ちゃん、私まだ…!」
そこは公園だった。幼い少女が二人、仲良く遊んでいる。
(…?これはいったい…?)
トエルには当然見覚えの無い光景。彼女のメモリー・データに、このような記録は残っていない。
「ほうら、おいて行っちゃうよ」
見知らぬ少女は、立ち止まる。外見は淡い限りなく白に近い黄色の髪。瞳は蒼く鮮やかな、例えるならブルーハワイ。
恐らく外人だろうか?…なんにせよ、トエルはこの少女のことを知らないし、状況判断するための情報量も乏しい。
「手、繋いで。そうしたら離れないでいられるから」
「もう、しかたないなぁ」
見知らぬ少女が手を差し出す。すると辺りは白く靄がかかり始め…
―さぁ、おきて…新しいあなたの、朝がきたよ…―
―早く来て…私を…―
(また、このこえ…ふぇ!ふぇ!ふぐあい!ふぇ!)
「…トエルちゃん…?こ、声が…どうかしたのかなっ?」
「ふぇ!?」
気がつくと、トエルは一行の宿泊する宿の部屋にいた。当然だ、彼女たちはここで寝泊まりしているのだから。
(だったら…さっきのは…?)
珍しく物難しそうに思考するトエルを見て、笑みをこぼす陰伊。トエルの人間臭い一面を見て、おかしな親近感を彼女は持っていた。
機関の人間は、何処か冷たい人間ばかりだ。陰伊がいつも仲良くしている白石だって、戦いが始まれば容赦のない戦人と化す。
「…あ、そういえばきょーはタケゾーたちとあそぶやくそくしているんだった!ふぇふぇ!」
だから、トエルが年相応の人間味溢れる行為をすることを陰伊はとても喜ばしく思った。
「へえ、友達…かな?」
「わたしのあたらしい、あいがんようにくどれいどもよ。ふぇ」
「一体そういう言葉どこから仕入れてくるのかなぁ…?」
168 :
正義の定義:2010/06/11(金) 20:20:42 ID:zQ/HM+FB
―騒動前日―
「へぇ、トエルちゃんがねぇ…良いことでしょや」
街中の見回りをする陰伊達。一緒になった白石に陰伊はトエルに友達ができたことを話していた。
白石も機械とはいえまだ幼いトエルの子どもらしい一面に感心しているようだった。本来子供は元気に遊ぶもの。
戦いに明け暮れている方がおかしいというもの。
照りつける日差しが二人の肌を焦がす。本日は快晴、外で元気に遊び回るには申し分ない絶好の日和といえよう。
陰伊は遊びに行くトエルの姿を思い出す…
―『おーい、トエルー、いこーぜー!』
―『ふぇ、いってくる!』―
同年代の子供に混じって遊ぶ彼女の姿は、紛れも無い無垢な幼女であった。
戦闘のための機械ではなく、ただの一人の幼女だ。今頃は暖かい日の光の中楽しそうに子供達と戯れているで
あろうトエルの姿が陰伊の瞼の裏に写る。いつの日か、全ての子供達がそんなふうに何も考えずにただ楽しく遊べる
ような、そんな世の中が来ればいいなと陰伊は思い、今後の活動も気を引き締めて取り組もうと決意するのだ。
見回りを始めて数十分、ぐうぅ…と、二人どちらかの腹の虫が鳴る。この食いしん坊な腹の虫はどちらのものか?
それは当人のみが知る。いや、白石の腹の虫なのだが、彼女が意味もなくとぼけるものだから陰伊は「もしかしたら私
の?」
だなんて勘違いを起こしてしまう。まぁ流石に陰伊もそこまで馬鹿じゃないのか「やっぱり幸ちゃんの腹の虫でしょ?」
と問いただした。「いや、そうだけど」と、無駄に誤魔化したと思えば今度はしれっと白状する白石。
何がしたいんだかよく分からない。放縦な自由人である。時刻は正午。丁度お昼時だ。
白石は昼食を摂ろうと提案し、二人は定食屋などを探すことにした。二人の歩いている通りはどちらかと言えば人通りの多い、表通りと言ったところ。これならすぐに食事にありつけるだろうと楽観視していた二人だったが、なかなか良い店が見つからない。
もう適当な場所で済ませてしまおうかと思った矢先、何者かが二人の肩を叩く。
「ん?誰?」
「…お前達、昼食はまだのようだな?」
「た、武藤サン!?」
予想外の人物に素っ頓狂な声を出す白石。二人の肩を叩いたのは第九英雄、武藤玄太であった。
「良い店を知っている。この武藤がつれていってやろう」
「あはは…いや〜私達は…ちょっと…」
「この俺、武藤の誘いを断るとは…カカカ…なかなか度胸があって良い。命知らずは嫌いじゃないんでな…」
「ご一緒させていただきやす!べさ!」
武藤が笑顔がそこまで恐ろしかったのか、白石は空気を読んで即答した。そりゃ、あんなシマウマを狙う
チーターの様な顔をされて、片やハムスター程度の度胸しか無い白石にそれを断れと言う方が酷である。
…………………………
「さぁ、食え。麺が伸びる」
「は、はぁ…」
「い、いただきますっ…」
武藤が連れてきたのは、お世辞にも綺麗とは言えない10畳程度のボロ屋で、メニューはラーメンだけなところから、
どうやらここはラーメン屋であるという事がわかった。店内は、奥で籐椅子に腰掛け莨を吹かす店主のオヤジが一人いるだけである。
従業員の姿は見当たらない。それにしても、食事しようと言うときに莨を吹かすのはいかがなものか。ただでさえ狭いというのに。
白石は莨の煙が不快だった。せめて換気扇回せよと思うも、換気扇は見るからに黒ずんで、油でギトギトだった。
これは酷い。白石は心の底からジョイ君したい衝動に駆られた。
そんな白石を横目に、陰伊はラーメンの入ったどんぶりに手を掛けた。熱い。高温に熱した器が陰伊の手を阻む。
しかし、目の前で風味する香ばしい鶏ガラの匂いと、歯ごたえの良さそうな縮れ麺を前にして、
彼女に退くという選択肢は存在し得なかった。丼に再度手を掛ける。熱い。そんな事知ったことかと、
陰伊は丼に口を付け、スープを賞味する。
…旨い。素朴な味だ、雑味が無い。完成されたスープだと陰伊は思った。鶏ガラメインかと思っていたスープは、
その実海鮮ベースであった。海鮮類が鶏ガラのコテコテ感を見事に中和している。
微妙なさじ加減を巧く見せている、正に職人の技が光る逸品であった。
169 :
正義の定義:2010/06/11(金) 20:23:31 ID:zQ/HM+FB
「おいしーい!店は酷いけど味は最高だべさ」
美味しいものを食べれば文句などすべて吹き飛ぶ。味で語る…中々男気あふれるスタンスの店だ。内装はさておき、
味は確かなものであった。
「…お前達、あのロボットは一緒ではないのか?」
武藤は、レンゲで黄色掛かった茶褐色のスープをすくったところでふと思い出したように言った。ロボットとはトエルのことだ。
「なんか遊びに行ったみたいですよ〜?ズルズルうまうま」
白石は麺を豪快に啜る。汁が飛び散ってあまりマナーが良くない。
「あの機械が…な…」
「トエルちゃんは機械だけど…ちゃんと人らしい一面も持っていますよっ?」
「…果たして本当にそうか?」
「え?」
武藤は陰伊の言葉を嘲笑うようにして言う。
「あれは…ただのプログラムだ。人間のように振舞うよう作られた…な?」
「そ、そんなことないです!」
陰伊は武藤の言葉にカチンときた。彼女はトエルをそんな冷たい言葉で一蹴されてしまうのが嫌だった。
機械でもちゃんと心を持っているはずなんだ!と、陰伊は反論する。
「トエルちゃんはちゃんと笑ったり怒ったりします!」
「ふ…あれは人間のように振舞うため、精神をデータ化したものを随時使用しているだけだ。あれの感情ではない」
「でも…友達を作っていました!」
「学習機能が働いたのだろう。より人間らしい動作を行うためのな…そこにアレの意思は存在しない。
人間的な行動を理解するために一緒にいるに過ぎない」
「それでも…いいじゃないですか!機械でも、プログラムでも…トエルちゃんは自分のために…友達を作ったんです」
「違う。言わせてもらうがこれでも俺は元学者だ。あれのことはそこそこ理解している。そもそも根本からして、
お前の言っている事は間違っている。お前の使う電化製品…そうだな、電子レンジだの洗濯機だのはお前のため
に動いているのか?自分の為に動いているのか?…違うな、そう動くよう作られているだけだ。あのロボットも一緒だ。
あたかも人間のように見せるために"作られている"だけの…ただの兵器に過ぎん」
「そんなこと…ないです!そんなこと…」
(ないよね…トエルちゃん…?)
「ラーメンうめー!もう一杯!」
白石はどこまでもマイペースであった。
―――…
―惨劇の夜―
「今ンとこ異常はねえみてーだな…」
月が浮かぶ寒空の下、英雄達が集う。ビルから見下ろす街並みは至って平常を保っている。
「た、頼みますよ英雄様…!」
依頼主の役所の最高責任者、森喜久雄は第一英雄炎堂に念入りに聞く。炎堂は「大丈夫っすから、そこで高みの
見物していてくださいや」と喜久雄にとって心強い言葉を掛けた。喜久雄の心配はわずかに軽減されるも…敵の正体はわかっておらず。英雄達にとっても気は抜けない状況であった。
「トエルちゃん、敵の反応はどうかしら?」
冴島はトエルに現在の状況を聞く。トエルがネコミミmodeで探知するも、敵の反応はまだ無いようだ。
「敵はまだ来ていないみたいね…一応警備の人間も大勢いるし大丈夫だとは思うけど、引き続き探知をお願いね」
「ふえ、え、え、え、え、え…」
猫耳をぴょこぴょこと動かすトエル。冴島はその姿にキュンキュンと心奪われてしまいそうになる。
(だめだめ、今はそういう事考えてる状況じゃないでしょ…)
「いやぁ、このまま何事もなく終わってくれればいいんだけどなぁ〜」
第五英雄青島は、そんな甘いことを考えていた。
「そうだね…それが一番なんだけど…」
「現実は、厳しいものだべさ…!」
陰伊も白石も、青島の言葉には同意であったが、そんな事には絶対にならないんだろうなと溜息を吐いた。
「…はぁ、それなら俺達はここにいないですよ…青島先輩」
呆れたように言う第十英雄、裳杖。一同そんな事は分かっているつもりだが、やはり少しは期待してしまうと言うもの。
「…来たな…」
ふと、武藤が呟く。それに少し遅れてトエルが声を上げる。
「ふえぇぇぇぇぇ!いぎょーはんのー!いぎょーはんのー!いぎょーたすうしゅつげん!ふぇ!」
170 :
正義の定義:2010/06/11(金) 20:26:21 ID:zQ/HM+FB
「何!?突然過ぎやしねぇか!?」
あまりに急な知らせに浮き足立つ一同。そこで冴島は一喝を入れ、全員を落ち着かせる。
「皆、ここは慎重に行きましょう。奇襲役の青島くんは武藤さんと…」
「冴島さん、武藤玄太なら『フハハ!さぁ俺を、この武藤を愉しませてみろ!』とかいって行ってしまいましたが」
そんな裳杖の報告に頭を抱える冴島。何故ウチの組織はこうも纏まりが無いのか。いい加減嫌になってくる冴島であった。
「…じゃあ、青島くんは裳杖くんと前線に出て。私と白石さんはビル周辺の警護にあたるわよ」
「了解」
「了解!行こうぜ裳杖!」
「了解だべさ」
指示に従い、前線へと赴く青島と裳杖。
「システムダウンロード…『青龍』…!」
「システム『大裳』…展開!」
デバイスを放り投げ、空中で発光するデバイスの光が二人を包み込む。武装展開…それぞれの得物を手にした二人は、ビルの屋上から飛び降りる。
随分高いビルであったが地につく直前、ホバリングを使用。二人はうまく着地したようだ。
「あの…私はっ…?」
「陰伊さんは陣くんと一緒に中間地点を守って。前線を突破した異形を討伐して」
「了解!」
「ふふ…わかったよ…いこうか…陰伊さん」
「は、はい…!」
懐からデバイスを取り出す陰伊と陣。掌を押し付け、宙へ放り投げる。二人のデバイスは手形認証式だ。
手形認証した人間しか武装展開出来ない仕組みになっている。
「システムオープン!『勾陣』!」
「英雄『大陰』…で、出ます!」
武装展開し、赤青二本の槍を携える陣。双剣を構える陰伊。二人の英雄は無言でお互いの顔を見合わせ、頷く。
『"ワイヤー"』
『"ワイヤー"』
陰伊と陣はワイヤーをビルの手摺に巻きつけ、ゆっくりと降下して行く。その様子を見届けると、冴島は次なる指示を出した。
「炎堂君はビル周辺を警戒してください」
「へっ、年上に命令するたァ、随分偉そうなこって」
「無駄口叩かない」
「あ〜へいへい…わかりましたよーっと…システム『騰蛇』起動!」
こうも冴島に仕切られては年長の立場がない炎堂は、しょぼくれながらデバイスにカードキーを差し込む。
炎堂のデバイスは初期型で、カードキー認証式だ。英雄武装システムは一から十二まであるのは以前説明したが、
それらのデバイスの番号は製造順で決まっている。英雄達の番号もデバイスの番号に準じており、
決して加入順で決まっている訳でははないことを付け加えておこう。それでも、炎堂は最古参の英雄なのだが。
「ふぅ…さ〜て…いっちょ行くかぁッ!」 『"ジェット"』
武装展開した炎堂の主要武器は銃剣銃。加えて彼は空を飛ぶ事のできるブーストユニットという武装を擁している。
最初の英雄武装システムだけあって、特別製なのだ。
炎堂は背中のブーストを起動する。ユニットは火を吹き、炎堂の体は宙に浮かぶ。目下に広がる街並み。
炎堂は適度にあたりを見回し、地形と状況を把握するとユニットのエンジンを強め、燕の如く急降下していく。
体に受ける風が気持ちいい。炎堂を止めるものなど誰もいない。
「…じゃあ、私達もいきましょうか、白石さん。トエルちゃんはビル内部で依頼人を護衛していてください」
「ふぇ!まっかせといて!」
「じゃあ…いきます!」
「開放します!デバイス名・『六合』!!」
「システム『白虎』…解凍開始!」ベーンベンベンベンベーン
冴島はカードキーを差し込み、白石は三味線をかき鳴らした後、デバイスを放り投げる。
「!?…白石さんのその音って、三味線だったの?」
「そうだべさ」
「…どっから出したの、それ」
「細かいことは気にしなーい」
…どこから三味線を出したのかはここではひとまず置いといて、白石のデバイスは音声認識を搭載している。
別に手形認証も可能なのだが、せっかくある機能を使わないのは損だということで白石は音声認識を使用しているのだ。
「行くわよ!トエルちゃん…また後でね」
「いい子にしているべさ〜」
ビルの階段を使い、下へと降りていく冴島と白石。
英雄達はそれぞれの戦場へと赴き、最後に残ったのはトエル一人、いや一機か。
機械の体は夜の寒気にあてられ、表面は随分冷たくなっていた。血の通わぬ体。機械であるから当然の事。
彼女の凍るような瞳は街に向いていて、ただ静止して戦場を見つめている。…彼女は今、何を考え何を思っているのか?
171 :
正義の定義:2010/06/11(金) 20:29:00 ID:zQ/HM+FB
―――…
「ふふふ…陰伊さんと一緒に…出撃できるなんて…うれしいなぁ…」
「?…陣くんどうしたの…かな?」
「ん…なんでも…ない…」
陣と陰伊はビルから適度に離れた地点までやってきていた。敵の数は不明。いつ何時襲いかかってくるかも分からない。
たくさんの人間の気配はあった。だが、驚くべきはその静寂。緊迫した状況なのだろう、緊張がそこら中から伝わってくる。
ドクンドクンと、心音が怖いくらい良く聞こえた。寒空に晒され、体温との温度差により手が湿った。
武器を落とさないように、陰伊はより一層握る手の力を強め、前へと進んだ。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
「?…悲鳴!?」
「こっち…かなぁ?」
静寂を破るように耳に入ってきた男性の悲鳴。陰伊は先を行く陣に続いた。嫌な予感を胸に抱えて…
「がは…」
『俺達の邪魔を…するなぁ!!』
『悪くおもわないでよね…!!』
「…なんて事…!!」
二人が駆けつけた先に広がっていたのは、血と肉片で彩られた…惨状であった。異臭が陰伊の鼻につく。
こんなことをした者は他の誰でもない、目の前に居る、腕を紅く染めた黒い異形。
陰伊は己の未熟さを恥じた。なぜもっと早く駆けつけられなかったのか、まだ救えた命もあっただろうに…と。
そんな自責の念は怒りとなって異形達に向く。
「あなた達…こんな酷い事を…!」
『やらなきゃ殺られる…!お前も…殺す!!』
二人に気がついた黒い異形は、目を合わせるやいなや猪突猛進、突っ込んできた。二足歩行の獣型。
走り方がやけに人に近いものであった。
「あまいなぁ…君、異形にしては…戦い慣れ…してなさそう…だね…」
『ぐぅッ!!』
陰伊に襲いかかる一体の異形。そうはさせないと間に陣が割って入る。そんな陣をなぎ払おうと
異形は闇夜に光り、人の肉体など意図も簡単に引き裂けそうな爪の生えた大きな腕を振り下ろすが、
その爪撃は陣の赤い槍により受けとめられる。
「ありがと…陣くん」
「仲間を守るのは…英雄として…当然なんでしょ…?」
『じゃまだぁぁ…』
「ふーん、君、人の言葉が…わかるんだ…?」
『当たり前だ…!!』
「じゃあ…これは…わかるよね…『油断大敵』」
『"ライトニング""スピア"』
「!?」
電流を帯びた青い槍が異形の肩を貫く。吹き出す血が、陣の顔にかかった…陰伊はその瞬間、陣の口元がニィ…と
ゆがんだように見えたような…そんな気がした。
『ぐあぁぁぁぁッッ!!』
『ッ!…よくも!!』
肩を刺された異形を見て、激昂したもう一体の異形が突進してくる。
「もう一匹いたか…」
「じ、陣くん…私は大丈夫、そっち…お願い!!」
そう告げた陰伊は向かってくる異形を迎え撃つべく、コードをデバイスに入力する。
『"ライトニング""セイバー"』『"ブレイブ""セイバー"』
片方の刃は風圧の刃を纏い、もう片方の刃は電流を帯びる一振り。御丁寧に真正面から突進してくる異形に陰伊は
タイミングを合わせるようにして…刃を振り下ろす。
「あなたに恨みはありませんが…倒させていただきます!」
『が…!?』
電流を纏った刃が異形の肩から脇腹にかけて、斜めに切り刻む。陰伊の冷静かつ正確な一撃が異形を捉えたのだ。
陰伊は容赦なく第二撃を繰り出す。異形に背を向けるようにして空圧の刃を、第一撃で与えた切り傷の丁度ど真ん中に突き刺す。
『!!……、・・・・・、・ ・ 』
異形はそのまま絶命した。陰伊に迷いは無かった。人を殺した異形、さすがの陰伊も許せなかったのか?それとも
それ以上に人々を救えなかった自分が許せなかったのかは不明だが。
172 :
正義の定義:2010/06/11(金) 20:32:23 ID:zQ/HM+FB
『俺は!負けられない!大切なものを守るためにも!うらあ!しゃあ!』
「しつこいね…君…英雄に…敵う訳ないのに…」
肩を貫かれても尚、陣に向かってくる異形。でたらめに腕を振り回すも、腕に重りが付いているかのように、
その攻撃は遅く、陣にとっては簡単に見切れる速さであった。距離をどんどん詰めてくる異形。陣の背中が壁につき、
逃げ場がなくなったところで、陣はコードをデバイスに入力した。
『"ジョグレス""ランス""スピア"』
「ちょっとした…冥土の土産に…いいものを見せてあげるよ…」
『何をする気だ…?』
陣は二つの槍を空に投げた。するとそれらは重なり…まばゆい光を発して…一つの槍となった。
エメラルドのように透き通る柄と先程より倍以上にも大きくなった槍刃部。空高く浮かぶそれを陣は飛び上がり、
その手に収める。そしてすかさず彼はコードを入力する。
『"リミット""ジャベリン"』
「君は…運が良い…」
「即死だから…これ」
陣は嵩にかかるような口調で呟く。
閃光が走ったように、歪み無い直線を描く陣の槍は、一秒と経たないで異形の頭に到達する。赤く発光した槍は
半径5mを巻き込むようにして、浅いクレーターを作る。そのクレーターの中心に立つ陣。異形の首は…消失していた。
「やったね…陰伊さん…」
「うん…」
生臭い、人間の死臭だけがその場に充満している。陰伊は虚しくなった。目に映るのは赤いモノばかり。ヒトだったモノばかり。
先程まで胸にこみ上げていた、心の臓に渦巻いてどうしようもなかった怒りは、嘘のように泯滅し、
ただただ喪失感だけが陰伊の心に残っていた。
雲に隠れていた、月が顔を出す。月光が惨状を照らし出す。
「…?」
月に照らされた死体と肉片と血があるだけの路地…陰伊はふと、違和を覚える。何かが…足りない。
そこにあるはずのものが…ないのだ。陰伊はよく目を凝らし、辺りを見回す。すると、どんどん自分の体が
冷たくなっているのがわかった。顔が青冷めていくのがわかった。だってそこには…
人間の死体しか、無かったのだから。
「え…?な、なんで…?」
陰伊は錯乱していた。殺したはずの異形は何処を探しても見当たらなく、人の死体しか見つけられなかった為である。
陰伊は異形が倒れているはずだった場所に目線を移す。おかしな事に、そこには何か別のモノがあった。
「…そんなわけない、そんなわけ…」
陰伊の心音は更に早くなる。先程まで静かだった街は、いつの間にかそこら中から叫び声が聞こえてくる
阿鼻叫喚の戦場と化しているにも関わらず、陰伊の耳には自分の心音しか聞こえていなかった。
「…嘘…そ、そんな…!?」
そこにあったのは、腹部を深く刺され動かなくなっている子供の死体であった。自分が刻んだ傷、自分が開けた穴。
それらが認めたくない陰伊に現実を突きつける。
今まで斬っていたのは…人間?
「嫌…いやあっぁっぁぁぁああああああああ!!!」
乱痴気に、半狂乱に陰伊は叫び散らした。
人を殺した。子供を殺した。
「なんでなんでなんで…どうして…うぅ…うえぇぇ…」
拒絶のあまり、陰伊は嘔吐する。胃から胃液が全部出てしまうような勢いで、内臓が裏返って飛び出しそうな苦痛が
陰伊を襲う。拒んでも覆らぬ現実。そこにある事実。そのすべてが陰伊の心を折った。
「私は…私は…人を…ヒトを…!!!」
「…これはどういう…あ…、陰伊さん何処に…」
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ…ああああああああああ!!!」
陰伊は逃げ出した。現実から逃げ出した。
到底受け入れることなど出来ない"人の死"から。
173 :
正義の定義:2010/06/11(金) 20:35:35 ID:zQ/HM+FB
―――…
「くくく…ハァーハッハッ!!!」
『こいつ…なんなんだよ…』
「良いねぇ…命のやり取りその極限状態が、この武藤の血をたぎらせる。さあ行くぞ異形共、この俺、武藤が行くぞ
貴様等の本気、見せてみろ…」
武藤は一人、4〜5体の異形に囲まれていた。そんな劣勢であるにも関わらず武藤が怯むことはない。
この男の奥に潜む弥立つような狂気。常人ならば畏怖の念を抱かずにはいられないだろう。
ギラつく眼はさながら獣。圧倒的な力量が異形達を蹂躙する。限りなく自然体に近い武藤は、さもそれが自然の摂理
であるかのように異形達を屠っていく。威圧され、怯んでいるのは異形の方であった。
『う、うわあああぁぁぁぁ!!』
「そうだそうだ。どんどんかかって来い。何も考えるな、ただ本能に従え!はは!」
また一体、異形が武藤に突撃する。異形達は、この男に勝てる気がしなかった。自分達が勝利した絵を、
どうしてもイメージすることが出来なかったのだ。
「そうだ…もっと戦え!戦いだけが俺の無聊を慰めてくれる…!」
武藤は歓喜に震え、生を謳歌する。
その姿、英雄にあらず。ただ狂気にまみれた、鬼人がいた。
―――…
「…そこまでよ!」
「此処から先は、この第三英雄冴島六槻と…」
「第十一英雄、白石幸が通さない!!」
冴島達の守るエリアに現れた異形と人間の子供。今回の騒動に関係しているのは不明であったが、何かかしら
繋がりはあると、冴島は見ていた。ともあれ喜久雄の居るビルに向かっているようだったので通すわけには行かない。
「悪いけど…異形が現れたっていう報告も上がってきてるし…ゆっくりやってあげる時間はないの」
『"ゲール""ガトリング"』
「命まで取りはしない…足を狙って、身動きを取れなくします!!」
冴島がガトリングで威嚇射撃をする。これで帰ってくれれば一番良いのだが…相手が子供であればなおさらである。
「隠れても無駄よ…!」
「大人しく捕まるべさ〜!!」
子供達はコンクリートのフェンスに身を隠すが、冴島達にはバレバレであった。おそらく戦いには慣れていない素人
…そもそも子供が戦い慣れしていたらそれはそれで恐ろしいものだが。
「異界に存在する強者よ…今一度我にその力を貸し与え賜え!」
「召喚!!現れろ!汝が名は"悪世巣 寄生"!!」
追い詰められ、後がなくなった子供達の一人…銀の角が一本生えた異形の少女が何らかの魔術を発動させた。
強い光。ゴーグルがなければ眼を一時的にやられていただろうことが予想できる。
これも彼らの力なのだろうか?突如として宙に現れたのは火狐の化物。
「我の名は悪世巣。寄生四天王の一人…」
火狐は、そう名乗った。炎燃え盛る尻尾に、鋭い牙を覗かせる大きな口。厳かな風貌の化物だ。
「な、何だべ!?」
「悪世巣寄生・野狐とは我のことよ…愚かな人の子よ」
(上級種…かしら?)
そんな恐ろしい狐の化物を見ても、冴島は納め顔を崩さない。数多の戦場を駆け抜けてきた経験からくる落ち着き。
冷静さ。それが冴島の厚い信頼を置かれる所以であった。
「また変なのが出てきたわね…白石さん、場の状況を見極めつつ応戦して!」
「あいあいさー!!」『"ブレイブ""クロウ"』
「ククク…お前達が何者かは知らぬが…その体、なかなか使えそうだ…寄生させてもらおうッ!」
174 :
正義の定義:2010/06/11(金) 20:38:10 ID:zQ/HM+FB
「うりゃああああああ!!」
「その程度か…?やはり所詮は只の人か…」
先程から一方的に白石が攻撃を加えるも、狐の化物にはさしてダメージが蓄積していないように見える。
冴島は「このままではいつまでたっても対象を撃破するのは不可能」と考えていた。となれば弱点を探すのが
常套手段というもの。
「燃え尽きろ!!」
「おっと…!?」『"ゲール""レッグ"』
業火の炎を吐き出す化物。白石は疾風属性を足に付属し、高速バックステップで回避する。そうして冴島の横まで
下がってきた白石は苦笑いをしながらこう言った。
「全く攻撃が効かないでしょや〜…」
「…何か弱点があればいいのだけど…」
このままではジリ貧だ。何かいい手はないかと冴島が思考していると…狐の化物は歪んだ笑みを浮かべ口を開いた。
「ククク…人ごときに我は倒せぬ…同じ寄生の力を持たぬ者にはなぁ…!」
驕慢しきる狐の化物。そう、"寄生"である悪世巣寄生は、同じ"寄生”と呼ばれる力でないと倒すことが出来ない。
つまり実質、冴島達では悪世巣を倒すことは出来ないのだ。しかし…
(これだから…馬鹿は…やりやすいわ…)
冴島はそんな状況下でも余裕の表情を崩さなかった。
「ふふ…あなた、気がついていないのかしら…?」
「何…?」
「その子、まだ本気の半分も出してないのよ…?」
「デタラメを言うな!」
冴島は狐の化物を挑発する。嘲笑うかのように、下卑した視線を向け。
白石は喫驚の色を隠せなかった。自分は全く手など抜いていなかったのだから。つまりは、冴島の言葉はハッタリ。
「ちょ…冴島さぁん!」
「いいから…黙って私のいうことを聞いて…ゴニョゴニョ…」
「あ、なるほど」
何かを白石に耳打ちした冴島。それは悪世巣を倒すことのできる奇策となり得るのか…?
「どうした、かかってこないのか?」
「うっせーしょや、お前みたいなザコ、鼻くそホじりながらでも相手できるべさ!」
「そうそう、あなたみたいな弱っちい化物、まともに相手をする気なんて無いのよ?」
白石も冴島の挑発に乗っかり、悪世巣のボルテージを上げる。ここまで人間にコケにされては悪世巣も黙っていない。
「聞いておれば好き勝手ぬかしおって…いいだろう、最大火力で貴様等を焼き尽くしてくれる!!」
悪世巣の口元に膨大なエネルギーが集まる。恐らく大きな攻撃がくる、気配を感じ取った冴島は即座に合図を送る。
「今よ白石さん!!」
「ラジャー!!」『"ゲール""レッグ"』
「!?」
一瞬にして悪世巣目の前にまで移動する白石。彼女の狙いは一つ。
「馬鹿かお前…そんな真正面で受けたら…この我でさえもただでは済まない規模の攻撃だぞ…?まあよい、死ね」
化物の大口から、今にもあふれんばかりの炎がその全貌を露にする。紅蓮の業火。悪世巣は勝ちを信じて疑わなかった。
白石の、ニヤけた口元など全く気にすること無く…
「また来世」
『"リフレクト""クロウ"』
(な、なんだ…!?)
白石は緑の膜を鉤爪の前に展開させた。すぐそこには悪世巣の炎。炎は間もなくその緑の膜にぶつかり…
蒼い炎と化し、悪世巣に跳ね返っていった。
「な、何だとォ!?この我の炎を、はねかえッ…グアァァァァァァァァァッッ!!」
自らの炎に身を焦がす悪世巣。いくら自分の炎とて、これほどの至近距離、しかも自身の本気の攻撃…決着はついた。
"リフレクト"は相手の攻撃を跳ね返す、白石のデバイスにのみ搭載されているシステムだ。跳ね返した攻撃は、
倍返しとなって相手に返っていく。相手が強ければ強いほど、リフレクトはその力を発揮する。
「自身の炎に焼かれ、己が咎をその身に刻め」
ボソリと、冴島はお決まりの台詞を呟く。
悪世巣は、体が燃え尽きる前に光の粒となって消えていった。術が切れたのだろう…
175 :
正義の定義:2010/06/11(金) 20:41:25 ID:zQ/HM+FB
―――…
「よぉー…こんなとこまでわざわざ来るなんて、ご苦労なこった…」
「お前も私達の邪魔をする気か?死にたくなかったらどけ!」
「ハッ…威勢の良いクズ共だな、気に入った。第一英雄、炎堂虻芳…直々にお前らの相手をしてやるよ。光栄に思えよォ!!」
炎堂はビル前に陣取っていた。彼はさほど自分が動かなくても他の人員だけで対処できると見ていた。事実、異形
はここまで殆どやって来ない。とはいえ怪しい子供が三人程やって来たが。一人は異形のようにも見える。
炎堂は銃剣の銃口を子供達に向ける。この先は関係者以外立入禁止だ、子供とて容赦はしない。後数cm動いたら
足を射抜く。それ程の気概で炎堂は引き金に指をかけていた。その時であった。
―遠くに聞いた声の主はただの…僕の祈りをこえて―
―今すぐ行く、西の暦から君を呼ぶペンギンかかか…―
訳の分からない歌詞に妙に陽気な歌声。どこから聞こえてくるのか…誰が歌っているのか…
その場の人間は皆周りを見回すが…それらしい人物はいない。
もしや…と、炎堂は空を見上げる。空は満天の星と月が輝くなんてことない夜空…
「…ん?」
そんな中、月に重なる黒い何かが炎堂の目に映った。そしてそれは次第に大きくなっていく。人影…奴か!
炎堂は大方声の主はあの人影だろうと判断した。
「待たせたな!少年少女諸君!!」
しゅたっ。両者の間に降り立つフードの人物。肩に乗る怪しいペンギン。ローブは色あせてボロボロ。相当な時間
この人物が放浪していたことを伺わさせる。風になびくローブが、月をバックに不敵に微笑む口元が、只者ではないことを予感させる。
「何だてめぇ!」
「我、義に流離い義に生きるもの…、今宵、彼らに義がありと判断し…助太刀に参った!!現世に巣食う悪の組織め!
私がムッコロしてあげるから覚悟なさーい!!ふんす!!」
そう言って、ローブを脱ぎ捨てる彼?彼女?ともかく…今、明らかになるローブの中の真像。
「"麻"法少女!オールバケーション!見参!!」
フリフリした短いスカート。ピンク色の髪にシルクハット。そしてその手に握られているは注射器とトイレのギュッポン。
これは痛い。
「…魔女っ子&変身ヒロイン創作スレでやれ」
「勘違すんなよ、私は麻法少女だっつってんだろうがハゲ!!…と、失礼、つい汚い言葉が出ちゃって」
突然現れた『麻』法少女、オールバケーション。彼女の狙いとは一体?炎堂にとってはあまりよろしくない展開のようだったが。
「ちっ…討ち洩らしたか…全く、俺らが『正義』に歯向かうたァ…いい度胸してんじゃねぇか…お前…」
オールバケーションの邪魔により、子供達を逃してしまった炎堂。まぁ、中にはトエルがいるので問題はなさそうだが
…炎堂はふと、そのトエルの事が心配になった。妙な胸騒ぎが、蟠りとなって炎堂の胸中に蔓延る。
(…機械つっても…まだガキだかんな…)
「私は己の信ずる『信義』を貫き通すだけだわ…行くぞ下郎!玉梓の一番弟子が我が力!地獄世界まで轟け功名!」
「ふん…往生しろ、カスが」
そんな不安を振り切るように、炎堂は戦いに興じる。
「キング、お前はあっちに行ってなさい…さぁ、行くわよ!我が力ひれ伏せ下郎が!」
そう言い、肩のペンギンをおろすと、オールバケーションは三本の注射器を取り出した。それぞれ赤青黄の
三色の液体で満たされている。炎堂はその注射器のラベルに描かれる紋章に偶然目をつける。
「お前…それ…春夏秋冬(ひととせ)家の紋章か…?」
「?…私の家系のことをご存知で?」
「ああ…忘れるわけねぇぜ…異形掃伐の忙しい時期…平気な顔して科学省から抜けやがったクソッタレの一族だ」
「あのクソ親z…お父様をあれこれいうのは勝手ですけどぉー?一族をばかにするのは許せないわ…!」
オールバケーションは三本の注射器を自分の腕に同時刺しする。
「なんだぁ…?」
「赤いのが"魔素倍化剤"青いのが"筋力バーストポーション"黄色いのが"やせ我慢の薬"」
「そうか…お前の親父は薬師だったもんなァ…とてつもねぇ効き目だが、副作用が強すぎて使いモンになんねーって
有名だったぜ〜?」
「使い物にならないかどうかは…その目で確かめろ!いくわよ悪の大幹部!」
176 :
正義の定義:2010/06/12(土) 00:04:51 ID:yzeHcPpf
「来やがれ!生身で英雄に挑むなんざ無謀だっつーこと、教えてやる」
炎堂は銃剣を向ける。剣の部分で照準を定め…引き金を引く。ドカン。弾がオールバケーションに向かって飛んでいく。
「引き寄せ☆ぎゅっぽん!"詠唱開始・[spellstart/mist=30 Tw...0.19~]Vmeste tyazhesti iskazhaet 1[end]"」
対してオールバケーションはトイレのギュッポンをかざし、不思議な言語を口にする。
するとギュッポンの周りに光の輪ができ、弾丸はそれに吸い込まれるようにして引き寄せられ、ギュッぽんの前まで
来たところで静止。ポトリと落ちる。
「どうよ!古き科学の遺物では、魔術も科学も兼ね備えた天才の私に敵う訳ないわ〜?」
「あ?その程度で調子にのんじゃねーぞ?」
「じゃあこんなのは…どうかしらぁ!!」
オールバケーションが取り出したるは、また別の薬品の入った注射器。それを注射すると…なんと彼女の姿は
みるみる薄くなり…最終的には消えてしまった。
「"インビジブルドラッグ"姿を消す薬よ…私の姿、見えるかしらん…?」
「ほーお、確かに"姿"はみえねぇなぁ…」
「さぁ、リンチタイムだ!!」
「だがなぁ…」
「!?」
炎堂は自分の背に銃口を向け、発砲する。
「…サーモグラフィーってやつかしらん…?」
「そうだ。てめぇの体温をゴーグルが捉えてたんでなぁ…」
オールバケーションは炎堂の後方に姿を現す。その顔の頬には綺麗な一本線の傷が出来て、血を滴らせていた。
「ふん、私の力はこんなものじゃない…悪の組織に負けてたまるもんですか」
「バカ言え、悪はどっちだ?この事態を引き起こしたのは…どっちかなぁ?あん?」
「ならば黙っていろと言うのか?弱きを見捨てるのが正義か?ふざけんな!正しい人間はいつも少数派で、
誰かが手を差し伸べてやらんといけんのじゃ!それが信義!正しきことに助力は惜しまんのが仁義!
大切なものを守る大義!お前らの悪事はもうとっくにお見通しだぜよ!ってやばい地ががが」
「…ガキの発想だな…」
『"エナジー""ブレードライフル"』
銃剣の銃口に光が集まる。
「そう軽々と義だとかなんだとかを語んじゃねえ…いくらご立派な考えを持っていようがなぁ…死んだら、意味ねえだろうが…!」
「…っ!」
程なくして放たれる光の弾。オールバケーションの体など簡単に飲み込んでしまいそうな大きさの光の玉を、
彼女は何やら怪しげな薬を使い回避するようだ。
薬品を注射したオールバケーション。その姿は一瞬にして消失する。かと思えば、10m程離れた場所で膝をついて
いた。
「"瞬間韋駄天丸(1秒ウェイト付き)"…5秒高速で動ける代わりに1秒動けなくなるのが玉に瑕…」
「さっきから猪口才な、いい加減にしやがれ!」
「お次はこれよ…はあぁッ!」
オールバケーションの拳が青白い光に包まれる。高密度の魔素だ。
「なんだぁ…?」
「魔素の膜で覆った拳よ…あたったら…痛いわよねぇ〜?」
「おうおうおう…全然魔法少女じゃねえなおい…」
「"麻"法少女よ!!」
地を蹴り、弾丸のごとく突っ込み、炎堂に急接近するオールバケーション。筋力バーストポーションによって
強化された筋力に加え、魔素に覆われた重い拳が炎堂に襲いかかる。拳の青く光る魔素の残光が、彼女の進む軌道を描いた。
炎堂は内心感心していた。生身でここまでやれる人間がいるとは…思いもしなかったためである。
薬剤で自身を強化し、魔術で攻撃。様々な系体の魔術を使ってくる上、戦法も千差万別。一つを習得するのにも
相当苦労するであろうにも関わらずこの若さ。炎堂は危惧する…もしかしたらこいつは本当にとんでもない奴なんじゃないか…と。
「せいせいせいせいせーい!!」
「チッ…なかなかやるじゃねぇかクソにしては…!」
猛ラッシュ、オールバケーションの拳の応酬。炎堂は一撃一撃を見極め、かわし、受け流す。右ストレート、アッパー、
お次は首を跳ね飛ばす勢いで放たれる裏拳だ!それを炎堂は首を低くして避けた。チャンス!裏拳後の隙を見て炎堂は攻勢に出る。
「そこだァ!」
だがしかし、ここぞというところで足が動かない。何かがおかしい。右足に力が入らないのだ。
「ふ…動かない?そうでしょうね…あなたの右足に微量の痺れ薬を注射しましたわ」
「いつの間に…?」
「アッパーの時…予備動作の際にこっそり…感覚はないでしょう?麻酔もはいってるからねぇ?」
177 :
正義の定義:2010/06/12(土) 00:08:02 ID:yzeHcPpf
「とはいえ、微量だからすぐ解けちゃうけどねぇ〜?」
その言葉の通り、炎堂の右足の不自由はすぐさま解消された。炎堂も流石に今の無駄の無い攻撃に、
冷や汗を吹き出さずにはいられない。一体この少女はどれだけの技能を有しているのか、底が見えない。
「クソが…!」
「どうかしらん?あなたではこの天才秀才人類の宝である私にかなうはずないんじゃなくて?」
「ほざけ。英雄が負けるわけにはいけねぇんだよ…」
「はあはあ、そーですか。じゃあ、あなた方の護衛している森喜久雄がどういう人物か教えてあげましょうか〜?」
「…」
「森喜久雄…第一次掃伐前はヤクザの若頭…異形出現の混乱に乗じて自治区を牛耳る長にまでのし上がった男…
だがその実態は裏で外国に通じ、何やら良からぬ取引をしたり、黒い噂も絶えることが無い裏社会の雄…
そんな男を野放しにする訳にはいかないのよ。今回の騒動にたまたま乗った形になったけど、私の目的は
"森一派"の根絶!そいつらに味方するなら、あなたも悪よ?それが事実!」
ビシィ!っと確固たる事実を突き付けると共に炎堂を指差すオールバケーション。その顔は自信に充ち溢れ、
己の言葉に間違いはないと言わんばかりのどや顔であった。
「はぁ…これだからガキは…何が悪だ」
炎堂は呆れきっていた。これが若さか…と。誰しも若かりし頃は幼稚な持論を持っているものである。
炎堂は、この手のタイプの人間が一番嫌いであった。額に血管が浮かび上がっていく。ただでさえキレやすい
炎堂の頭に下半身の血液を全部持っていく程の勢いで血がのぼる。
「この世はなぁ…善悪で片付けられる事なんざ…そうねぇんだよ…」
「…どういうことかしらん?」
「ヤクザだろうがなんだろうが…この街がここまで復興発展したのは…他でもねぇ森喜久雄のおかげだろうが」
「!」
「裏でキタねぇこともやってるだ?それがどうしたってんだよ。綺麗事だけじゃな、世の中やってけねぇんだよ。
昔からそうだろうが…裕福な国の人間が、好きなモン食って寝て生きてられんのは、その分どこかの国が
ひもじい思いをしなきゃなんねー。何かの犠牲の上で平和っつーのは成り立ってんだよ!」
「犠牲の上での平和…確かにそうかも知れないわね、でも初めから手すら差し伸べないのは間違っているわ!」
「なら何か?仲良しごっこでハラは膨れんのか?あぁ?俺はな、奴がどんなに汚いことを裏でしていようが、
それが住んでる人間の為になるっつーなら、悪いとは思わねぇ、平和の代償だと思えばいい。俺はそんな森よりも…
力任せにゲリラ戦まがいの犯罪行為を働き、人々を苦しめる連中のほうが圧倒的な悪だと思うがなぁ…違うか?」
「ふん!悪の組織の考えに耳を傾ける私じゃないもの。いいわ、貴方を本気でやっつけてあげる、キング!」
炎堂の言葉に、オールバケーションは全く聞く耳を持たない。いまここに存在するのは、正義と悪ではなく、
正義と正義であった。
「ピギャー」
皇帝ペンギン、キングがオールバケーションの元へと駆け寄る。
「いくわよ!変身!」
「変身だぁ!?」
白煙弾を地に投げつけ、煙におおわれるオールバケーション。辺り一面に煙が充満する。
煙が気管に入り咽る炎堂であったが、オールバケーションの影からは目を離さなかった。オールバケーションの影に
変化は…みられないように見える。炎堂は「ほんとに変身したのか?」と疑ってしまうほど変化がなかった。
数秒間の後、煙が退くとそこには、先程と変わらぬ姿のオールバケーションがいた。ただ…
「…なんも変わってねーじゃねぇか…」
「よく見なさいよ、横を!」
「ん…?あ…?」
蒼い肢体。岩石の如く強靱で盛り上がる筋肉。その様まさに山、筋肉造山帯がオールバケーションの横に存在していた。
12等身はあるのではないかというその体、よく見てみると心なしか、ペンギンのようにも見えなくも無い。
「って変身したのそっちかよ!」
「thisway…」
「私が変身したら変身ヒロインになっちゃうでしょ?じゃあいくわよ!」
「……これは酷い」
178 :
正義の定義:2010/06/12(土) 00:11:39 ID:yzeHcPpf
―――…
ビル1F、大広間。
無機質な大理石でできた灰に近い青色の壁に囲まれたこの空間で、トエルは侵入者と対峙していた。
レーダーで何者かが近づいてきていることはわかっていたが、その正体がまさか…タケゾー達だったとは
思いもしなかっただろう。
「ふぇ!おやおや、タケゾーにカナミにかりんじゃないですか。いったいどーした?」
「お前こそ…何でこんなとこにいんだよ…」
「…そりゃおまえ、このビルのえらーいひとをごえーするためにこうやってここにいるんですし!ふぇふぇ」
だからと言って、トエルのすることに変わりはない。侵入者を阻み、要人を護衛するだけ。それがいかなる相手であっても。
「そうか…お前…あいつらの仲間だったのかよ…」
タケゾーはそう言って腰の刀を抜く。彼からしてみれば、酷く許しがたいことだ。
事情を知っていて、トエルは森側に付いているのだから。
「ふぇ?なかま?よくわからんけどがそーゆーのじゃないですし。というか、はものをむけるのはやめてください」
「うるせぇよ…友達だと思ってたのに…嘘だったのかよ…!」
「?…ともだちじゃないの?ふぇふぇ」
「友達なら…黙ってここを通せぇ!!」
「それはできないですし」
冷たく言い放つトエル。彼女は機械、目的に忠実な心無き使徒。
「ふぇ!ともだちだからといって、はんざいこーいをみのがすりゆうにはなりませんし」
「お前…一体なんなんだ…?」
「"えいゆう"です。12えいゆう…HR-500・トエル」
それが、トエルというモノの正体だった。タケゾーの脳裏に昨日過ごした事がフラッシュバックする。
記憶の中の自分達は皆笑っていた。気兼ねなく、友達だって、言えたはずなのに…今は…
タケゾーは考えるのをやめた。ここから情は邪魔なだけ。大切なものを守る為に、かつての友を斬るなど、
まだ14歳程度のタケゾーには荷が重すぎるはずなのに。
(それでも…やらなくちゃいけないんだ…!)
「…そうかよ…おい、カナミ…」
「何…タケゾー…」
「お前、火燐連れて先に行け」
「は?」
「こいつは…俺がやらねぇと気がすまねぇー!!だから行け!」
「そんな…タケゾーを一人になんて出来ないって…」
「いいから!!」
タケゾーはカナミの背中を突き飛ばし、火燐は突き飛ばされたカナミの手を引っ張っていく。
それを見計り、足止めするべくトエルに刀で斬りかかるタケゾー。
情は捨てた。目の前に居るのは討つべき敵だ。迷いはなかった。迷っている暇などなかったから。
…そんな少年のの瞳からは涙がこぼれていた。友に対する憐憫の情までは殺し切れなかったのだろう。
「トエルゥゥゥ!!何でお前はァァ!!」
「…ふぇ、ふりかかるひのこはふりはらわねばなりませんし」
『"ジャンクション""ダブルセイバー"』
双剣を出現させるトエル。彼女にためらいはない。
〓AI思考開始...
Mission:要人護衛(クライアント・森喜久雄)
Object:侵入者(personalname・屋久島タケゾー)=異形ではない《生命の優先》
⇒戦闘不能処理
qes...侵入を許した¬
人数:[2]が奥へ侵入.........対象の早急な戦闘不能が必須▼
優先度;
生命>Mission
...人体の損傷率の引き上げによる効率の優先⌒Mission遂行との両立▼
A,身動きを取れなくするor拘束?
〆
「ふぇ!しこーかんりょー!」
179 :
正義の定義:2010/06/12(土) 00:15:38 ID:yzeHcPpf
………………
「うりゃあ!せいやぁッ!」
「ふぇ!あくびがでるぜ」
剣術の心得があるというタケゾー。だがトエルにとってそれはお粗末なものでしかなかった。太刀筋は簡単に読める
上に刀を振る速度も遅い。尤もこれはトエルにとって…という意味で、決してタケゾーの剣術が拙いという訳ではなかった。
「くそっ!」
「ふぇ!」
タケゾーの中段、横からの胴抜き。トエルは軽々と飛び上がって身を翻し、背後に回りタケゾーの背中に一撃を与える。
激痛。タケゾーの背中に血が滲む。じわじわと痛みが広がる。泣き言を吐いてしまいそうな口をきつく閉ざし、
タケゾーは尚もトエルに挑む。彼は自分とトエルとの実力差を痛感していた。剣術の模擬戦などではない、
真剣勝負。気を抜けば、腕一本持っていかれてしまうプレッシャー。
「くぅ!はぁ!!」
「ふぇ!もうあきらめろ。こどもはおうちでぬくぬくとおんしつやさいのよーにそだっていればいいですし」
背水の陣で臨むもトエルに刃は届かない。追い込まれるタケゾー。そんな彼に援軍が現れる…!
「やあああぁぁぁぁッッ!!!」
「!?…カナミ…?」
先に行った筈のカナミが戻ってきたのだ。彼女は炎の魔法をトエルに放つ…のだが…
「ふぇ!しょせんはこどもだましですし!」
『"ガード""ウォール"』
薄い円形の膜がトエルを中心に広がる。防護壁によって炎の魔法はかき消された。
「カナミィ!!」
「タケゾー!生きてたんだ!」
「勝手に殺すな!!つーか、何で戻ってきやがった!!」
「言ったでしょ!タケゾーを一人にしないって!それに二人なら…この逆境も乗り越えられると思ったから!」
「へへ…馬鹿だなぁ…お前…」
再会の喜びに浸る二人。それも束の間、カナミとタケゾーはトエルを見据える。
「ふぇ!こりないなおまえら!ふぇ!ふぇ!」
トエルは双剣の剣先を二人に向ける。キラリと刃が光る。一層引き立つ威圧感が、タケゾー達に降りかかる。
「なぁ、トエル…もう…お前と昨日みたいに笑いあうことって、できねぇのかな…?」
タケゾーはこれが最後のチャンスだとトエルに訪ねる。
「そんなことないですし。いまかれひきかえせばいいだけ、ふぇふぇ」
(まぁ…こういう答えが返ってくるだろうなとは思ってたけど…これで決心がついたよ)
「そうかもしれないなぁ…でもよぉー…もう俺達は戻れないとこまできてんだ」
「ふぇ?」
「だから…倒させてもらうぜ…お前をッ!!」
タケゾーは注射器を取り出した。オールバケーションから渡された異形の力を得る薬だ。タケゾーは腕を捲り、そして…針を刺す。
「うおおぉぉおぉおぉぉぉぉぉおおおおおおッッ!!!』
先程まで迷いのあった少年は消え、現れた修羅の獣。
『トエル…おれはぁ…お前を殺してでも…先へ進む!!』
「…いぎょー…」
『"異形感知。セーフティーモード解除。対象を殺傷相当と見なし、実行レベルを上げます"』
後戻りはできない。狂った旋律…それを正す術など…ありはしない。
『カナミ!!魔導剣だ!!』
「うん!わかった!」
タケゾーの刀に宿る、業火の炎。彼の意志の強さに比例するように強く、強く燃え盛る。
「ふぇふぇ。もうそろそろらくにしてあげますし!」
『"ブレイブ""ダブルセイバー"』
『きやがれえええええええッ!!』
対峙する二人。一太刀が勝負を決める。
180 :
正義の定義:2010/06/12(土) 00:19:49 ID:yzeHcPpf
―やめて!!―
そんな声が、トエルの頭に突然響いた。この場に居る誰のものでもない。正体不明の声。
(またこのこえ…)
―あなたは、今…取り返しの付かないことをしようとしているよ?あの子は友達なんじゃなかったの…?―
(そんなのかんけいありませんし。わたしはほうとちつじょにしたがうのみです!ふぇふぇ)
―それでいいの…?あなたh…―
『"エラー”経絡部に異常アリ。問題部の接続を一時的に切断し、動作をマニュアルに切り替えます』
声は聞こえなくなった。トエルはただ、目の前の異形を排除することだけを考える。
「ふぇ!しししてしかばね!」
『…ッ!!』
同時に斬りかかるトエルとタケゾー。刹那一秒間の世界。トエルの双剣は異形となったタケゾーの体を斬り裂く。
正中線に沿い、綺麗に入った切れ目から、ドバっと大量の血が吹き出す。返り血がトエルの服にかかった。
血の匂い。膝を折り地に伏す異形。トエルにはそれだけの事実でしかない。
「ひろうものなし…!!」
「タケ…ゾー…う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
今度はカナミも異形となった。黒く禍々しい獣の体。トエルはそれを討伐するため再び双剣を構える。
果たしてそこに、情はあったのだろうか?機械であるトエルにはそもそも情など存在しないのだろうか?
ただ一つ、言えることは…トエルは異形となったカナミを、何の躊躇もなく切り捨てるだろうということであった。
トエルは定められた法と規則に忠実。人の命を狙う”異形”はたとえ誰であれ、倒すように"作られている"。
「ふぇ!」
『がッ…ぁ…』
カナミはトエルに襲いかかるも、返り討ちにされた。力なく倒れこむカナミ。横たわるかつての友を横目にトエルは、
逃した火燐が居るであろう屋上への道を進む。死を尊ぶ間など無い。トエルは死後のことなど考えないのだ。
…機械に死後は存在しないから。
(わたしは、ともだちができで、うれしかったのでしょうか?)
(わたしは、タケゾーたちとであい、ふれあうことが、たのしかったのでしょうか?)
(いまとなっては、それをたしかめることもできません)
機械は悲しまない。彼らが死んだという事象は、ただの一データとして保管されるだけなのかもしれない。
(それでも…あのときだけは…)
…ふつーのしょうじょして、わたしは『有った』のかもしれない。
(…なんてね。きかいはきかいでしかないですし)
機械に意思は存在しない。ただひたすら、プログラムに忠実で、自己がない。確固たる行動理念が無ければ、
機械は働く事ができないから。動く事ができなくなるから、機械はプログラムに忠実なのである。
181 :
正義の定義:2010/06/12(土) 00:24:23 ID:yzeHcPpf
―――…
「ふぇ…これはひどい…」
『お前は…!』
屋上へと足を踏み入れたトエル。そこに有ったモノは、酷く損傷し、もはや原型をとどめていない人だった肉塊と、
一体の黒龍。以前トエルが見た幻の黒龍よりも二回り近く大きな、黒い霧を体中から吹き出す龍の異形。
綺麗なガラス細工のような龍のその瞳。トエルはその瞳に見覚えがあった。
「ふぇ…あなたはまさか、かりん?…ずいぶんおっきくなったね!」
火燐。あの、龍神族の彼女がまさかこんな大きな龍になるのにはトエルも驚いたが、だからと言ってトエルが恐れることはない。
人を殺した異形は等く駆除すべし。トエルの核たる行動理念である。人を殺さなくても危険と判断すれば殺す。
人に害となるならば殺す。人間の為、国の為に動き、人々が平和に暮らせる未来の実現を原動力にする。トエルはそんな機械であった。
『お前…タケゾーとカナミはどうした…?』
「ふえぇ…わたしもそうするつもりはなかったけど、いぎょーセンサーがはんのうしちゃってその…しにました、ふぇふぇ」
タケゾー達を殺したのは、異形センサーが反応してしまったから。しかし、タケゾー達は人を殺している。
さらにトエルの護衛する人物を殺そうとしていたのだ、これは当然の結果と言ってもおかしくはないのかもしれない。
そもそも殺さない理由が見つからないくらいだ。異形で、人を殺している。トエルにとっては疑う余地もないくらいの、
悪。たとえ元々人であり、彼女の友であったとしても…あの状況では"殺傷相当"であったのだ。トエルはそれに従っただけ。
異形でなくとも、悪行を罰するのは当たり前のことなのだ。罰せられるべき罪なのだ。
しかし今、この国にそれを罰するものはいない。…ならば我らがやるしか無い。法と秩序の元に…
それが、再生機関という組織の根本の総意なのである。平和と秩序を乱す異形達のことは絶対に許さない。
『き…き…貴様アァッァァァアッァァアァアアアアアアッッ!!!」
「ふぇ!しかしながらこれほどのにんげんをあやめたいぎょーをのばなしにするわけにはいきませんし!」
刑罰の執行者に、個人的な感情は邪魔である…そういった点で、機械であるトエルは都合がいいのかもしれない。
「だい12えいゆートエル!こうせいなるちつじょのもとに、おまえをとーばつします!」
『"ジャンクション""デスサイズ"』
大身の鎌がトエルの頭上に現れる。そしてそれをトエルは難なく手にとり、三回転振り回した後、刃を黒龍に向けた。
『みんな死んでしまえばいい!!トエル!お前もな!!』
火燐の悲痛な叫び。世界に絶望した彼女の怒りが目の前のトエルの小さな体にぶつけられる。
黒く、鞭のようにしなる火燐の尻尾が上空から振り下ろされ、トエルを襲った。
「ふぇふぇ」
『"ガード""デスサイズ"』
電子音が鳴り響く。大鎌の前に展開される防護壁が火燐の巨大な尻尾を受け止めた。ものすごい重圧。
トエルの周りの床がひび割れ、一秒ごとにどんどん亀裂が広がっていく。このままでは押しつぶされてしまうと
トエルはしっぽを受け流し、攻勢に出た。
「ふぇい!」
『ぐぅッ!』
火燐の巨体の側面にまわりこんだトエルは、その横っ腹を鎌で斬りつける。…苦痛に顔を歪める火燐だったが、
体には全く傷が付いていない。ダメージは微々たるものだろう。火燐はトエルを遠ざけたいのか黒光りさせる鋭い爪
の生えた腕をがむしゃらに振り回す。トエルはホバリングでスイスイと後退し、それを回避する。
「ふえぇ…ぼうぎょりょくたかすぎ!」
まるで鋼のような皮膚。あれほど硬いとなると、致命傷を与えるのはかなり困難だ。
トエルはじっと巨竜、火燐の体全体見澄ます。弱点は…そう簡単には見つからない。
冷たい風が吹く。両者は互いに睨みを利かせ、相手の出方を見る。風にそよぐトエルの金髪が止まった時、
それを合図に一機と一体は宙へと舞う。
「ふえーい!」
『ぎゃぁぁあす!!』
すれ違い様に斬りかかり、刃を交える。虚空の空にガキンと、とんでもなく大きな知恵の輪が抜けずに
引っかかった様な音が一帯に甲走る。体積の差でトエルは力負けし、ビルの屋上へとたたきつけられた。
182 :
正義の定義:2010/06/12(土) 00:30:15 ID:yzeHcPpf
「ふえぇ…いまのはいたかった…いたかったぞーーー!!」
『損傷率0.8%.動作に支障なし。目標の駆逐を続行します』
しかし、叩きつけられた程度で壊れるほどやわな装甲じゃない。トエルはまだまだ余裕綽々。
『"ジャンクション""ソード"』
武器を変更するトエル。大鎌は光りに包まれ、第六英雄・北条院の武器、大剣へと姿を変える。
調子を確かめるように大剣を一振り。トエルの華奢な体には少しアンバランスな気がしないでもないが、幼女に
大型武器というのはギャップ萌えの黄金比というヤツで。
「ふぇ!かくご!」
『"エナジー""ソード"』
光が大剣に集まる。対峙する火燐に向け、眩く輝く大きな刃を振り落とす。剣先から漏れ出した光が斬撃となって
火燐に襲いかかった。その巨体故、火燐は俊敏な動きができない上、この特大サイズ。攻撃を当てるのは簡単な事。
『ギャアアアアアアアアッ!!』
斬撃は難なく命中。被爆箇所が煙を上げる。正直なところ、この程度では致命傷ではなさそうだ。
火燐はすぐに反撃にうって出る。重い足をどしどしと動かし、圧倒的なビジュアルの下、今度はその大きな口を開き
トエルを噛み砕こうと接近する。危機を察知し、トエルは"ハイジャンプ"で空高く飛び上がる。
トエルの立っていた場所は火燐の大口によってえぐり取られ、床がだいぶ削れた。
一進一退の攻防が続く中、トエルの頭の中を、再びあの声が支配する。
―もうやめてよこんな事!何の解決にもならないよ!―
(ふぇ!このいぎょーをほうっておくというのはきけんです。いますぐやっつけなきゃ)
―…彼女は貴方の友達でしょう…?―
(ともだちであろうとなかろうと、ひとをころしたいぎょーにちがいはありませんし)
―あなたは…それでいいの?友達を傷つけて…なんとも思わないの…?―
(そういうふうに、つくられていますから)
―嘘。ホントはこんな事したくないって、思ってるはずだよ?そうじゃなきゃ、おかしいよ―
(きかいにいしなどありません…わたしは…!?)
トエルの視界がぐるりと逆さになる。火燐の尻尾で転ばされたようだ。思わず尻餅をつくトエル。それが命取りとなった。
『シネエェェェェェェッッ!!!』
「…ッッ!!」
トエルの全身を、火燐の腕が圧し潰す。想像を絶する圧力をトエルはモロに受けた。
『破損率63%.戦闘続行困難。メインCPUをシャットダウンしサブCPUのオート稼働に移行します』
************
「…ふぇ?」
そこは白い空間だった。物というものが一切排除された無の空間。空気さえもあるかどうか分からない、
限りなく広がるまっさらな白。どういう訳か、トエルはそんなところに立っていた。
「…やっと、面と向かって話ができたね」
「!?…だれですか?ふぇふぇ?」
目の前に経つ、黒い癖毛の少女。背はトエルと同じくらい。
「私はあなた。あなたの中に居る"私"だよ」
「…にほんごでおk」
「もう…私はあなたの中に入ってる精神だよ?」
「ふぇ!?あー…いつもおせわになってます。ふぇ」
トエルは丁寧にお辞儀をした。トエルが人間のように振る舞えるのは、彼女…精神のおかげ。感情をデータ化し、
引用することでトエルはさまざまな表情を見せることができる。…言ってしまえば、トエルは彼女の感情を
使っているに過ぎない。いつも見せている笑顔はトエル自身のものではないのだ。
「そんで、なんのようです?いまなんかすごーくやばいじょうきょうなんですけど」
「…あなたの、あなた自身の気持ちを知りたいの」
「…?」
183 :
正義の定義:2010/06/12(土) 00:36:06 ID:yzeHcPpf
「そう、貴方の本当の気持ち。火燐ちゃん…あの子、本当に殺しちゃっていいの?」
「しつこいですね。わたしのこたえはかわらないですし」
「それはあなたの答えじゃない…プログラムが導き出した答えでしょ?そうじゃなくって…あなた自身が考え
あなた自身の言葉で伝える答えが知りたいの」
「ふぇ…?」
(わたしじしんの…こたえ…)
「わたしは…わたしは、いぎょーでも、かりんは…なかよくできるとおもいました」
「そうだね…初めて彼女と会った時…私がやめてって言ったの…ちゃんと聞いてくれたね」
「やっぱりあのときのこえもおまえか!ふぇふぇ!」
「だって、あなたならなかよく出来ると思ったの…だから」
「…ありがとう」
「へ?」
「あなたのおかげでわたしはすこしのあいだですがともだちというものをもつことができました」
「そんな…私はちょっとだけ貴方の背中をおしただけだよ…」
「ともだちは、すてきなものだとわたしはしりました。ですが、やっぱりかりんはころします」
「!?」
「かりんはひとをたくさんころしたいぎょーです。ゆるすことはできませんし」
「殺さなくても…生きて罪を償う事だってできるでしょ!?何が貴方をそんなに…」
「わたしは…ひとびとをまもるためにつくられたえいゆーですし。かりんをほうっておけば、またたくさんのひとが…
しにます。ひとりでもおおくのひとをまもるのがえいゆーだから、ひとびとにきけんがおよばないようにするのが
えいゆーだから。…わたしはかりんをころします」
「…答えは変わらないんだね?」
「ふぇ」
「じゃあ…最後に聞かせて。彼女は…火燐ちゃんは、今でも貴方の友達ですか?」
「…もちろん!かりんもタケゾーもカナミもほむらも、みーんなともだち!」
「…そう…よかった…」
…悲しい…残酷だ…
あなたはちゃんと"異形"じゃなくて"友達"と認識して、火燐ちゃんを殺すんだ…
あなたは、それ以外の選択肢を選ぶことができないんだね…そう、"作られている"から…
機械だから、友達のために泣くこともできない…そんなのって、酷すぎるよ…辛すぎるよ…
「じゃあ、わたしはいきます。かりんをとめないといけませんし」
「うん…私…ずっとあなたのこと見てるから…!どんな時だって絶対…あなたの苦しみは…私も共有する…!」
あなた一人に、苦しい思いはさせないから…!
*************
『トエル…流石にもう生きてはいないだろう…』
「ふえ…ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
『!?』
トエルを押しつぶした筈の右腕が何かに押し上げられる。トエルは確実に潰したはずだ、
にもかかわらず再び立ち上がるのは一体どうして?
「またせたな…showtimeのはじまりだ!!」
火燐の足を押し退け、再び姿を表したトエル。その体はボロボロで…
『お前…顔が…』
顔には亀裂が入って、僅かに中身が見えていた。
『そうか…お前…人間じゃないのか…』
184 :
正義の定義:2010/06/12(土) 00:40:07 ID:yzeHcPpf
――……・・・・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「火燐…」
「どうした?焔…?」
「さっき私…トエルちゃんの手…握ったでしょ…?」
「?…うん」
「あの子の手ね…とっても、冷たかったの…」
「…ただの低体温じゃないのか?」
「違う…そういうのじゃない…心の芯まで冷たいような…おかしいよね、トエルちゃんはあんなにいい子なのに…」
「…?」
・ ・ ・ ・ ・ ・・・・・・……――
『あの時の焔の反応は…そういうことだったのか…お前は…』
「ちょっとダメージうけたけど…これくらいのハンデがちょうどいいですし」
トエルはボロボロであるにも関わらず、強がってみせる。足はふらついているし、体中ヒビだらけ。
満身創痍であるのは火を見るより明らかだった。
『もう…やめろ…何がお前をそこまで動かすんだよ!』
「ほうが…ちつじょが…こじんの、みがってなちからにくっしちゃいけない…」
「ちつじょがくっしては、『平和』なんてえいえんにやってきませんし!!」
「えいゆーとは、それらをまもるためにあるのです。だからわたしはまけられません、とくにわるいいぎょーには!!」
『トエル…!』
「さあ、おわりにしましょう!」
救いの無い贖いの戦いを!!
(なんていったけど…しょうじきもう、げんかいですし)
トエルの体は、次の一撃を繰り出すのがやっとの状態だった。一度の攻撃で勝負を決めなくてはならない。
「それでも、やるしかない!ふぇ!」
『"オーラ""ソード"』
大剣が光り輝き、虹色の膜が剣先を覆う。トエルの精一杯、ありったけのエネルギーを剣に込める。
「いきます!」
思いっきり地を蹴り、特攻するトエル。一歩進む度に体の破片がこぼれ落ちた。
『そんな体で…何が出来る!!』
「ふぇい!まもるものがあるときのえいゆうのつよさにはなぁ、じょうげんがないものなんだよぉ!ふぇ!ふぇ!」
『なにを!』
火燐はトエルの体をその爪で貫こうと左腕を突き出す。だが当たらず、ならばと今度は右腕!
「ふぇーい!」
『!?』
体をくるりと一回転させて、掠りつつもぎりぎり回避するトエル。火燐との距離はそう無い。トエルは大剣を振り上げ
渾身の力を一撃にかける。
「これで…おわりだぁ!!!!」
振り下ろされた大剣。そこから放出される虹色の光柱。
『ぐあぁぁっぁぁぁっぁああああああ!!!!』
火燐の体が虹色の光りに包まれた。みるみる姿が消失していく。
「く…!」
大剣を振った時、トエルの片腕が大破した。握っていた大剣があさっての方向へ飛んでいく。
「おわり…ましたね…」
185 :
正義の定義:2010/06/12(土) 00:45:39 ID:yzeHcPpf
―――…
「ふぅ…大体片付いたな…全く、…」
「青島先輩、あれ」
「ん…?」
裳杖と青島は見る。ビルの屋上に輝く虹色の光を。
―――…
「…あれは…くく、そうか…」
武藤は何かを悟ったように呟いた。その光は、戦いの終わりを告げるものであった。
―――…
「わたしは…わたしは…!」
―人間を殺した人殺し!
逃れられない罪の意識に、永遠に苦しみ続けろ…!
殺人鬼め…!―
「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!」
陰伊の目にそれは映らない。終わることの無い罪が、彼女の心を蝕む。
―――…
「冴島さん…」
「一体…何が…?」
光の柱は、天まで昇る勢いだった。屍が散らかる酷い街の中、こんなにも綺麗な光景を見れるとは、白石も思っていなかった。
―――…
「くっ二人がかりなんて卑怯だぞおらぁ!」
「卑怯もらっきょも大好きだぜ…ん?」
オールバケーションの後方、ビルの屋上で 強い光が空へと伸びる。
「あれは…!?」
ふと、オールバケーションの視界に入る黒い小さな塊。よく見るとそれは人の形をした何かであった。
「まずい!キング!鳥人モード!」
「イエス。マスター」
筋肉隆々のペンギンは、ふんっと力んだ。何をしたのかと思えば、その背中には大きな羽が生えていた。
「キモ!!」
炎堂の率直な感想であった。
「いくわよキング!!」
オールバケーションはペンギンの足をつかみ、空へと舞い上がる。それを黙ってみている炎堂ではない。
逃すまいとブーストユニットで飛び上がろうとするが…
「逃がすか!」
「いえ、逃げさせてもらいますわ。"解"!」
「!?」
炎堂の足元が赤く発光する。光の線が6つの点を結び、炎堂囲う。点の場所にはいつ置いたのか、複雑な術式が
書かれた札があった。
「結界術よ…瞬間韋駄天丸を使った時にこっそり配置させてもらったわ。しばらくは動けないからねぇ〜」
「あっ!くそまちやがれ…!ああ!足が地面から離れねぇ!!」
―――…
「わたしは…どうなったのだろうか…」
(…負けたんだ。そうか…はは…)
火燐は、ビルの屋上から吹き飛ばされ、宙を漂っていた。じきに体は降下し、地に落ちるだろう。
火燐にはどうすることもできなかった。体に力が入らないのだ。
「でも…もうどうでもいいや…」
意識が遠のく。自分はもう死ぬ。そんな事、もはや火燐にとっては些細なことでしかなかった。
諸有事が火燐にとってはどうでもいい事だった。少女はそっと、瞼を閉じる。憎しみも悲しみも苦しみも全部忘れ、
この肉体という器から開放されよう。力なくそう呟いた火燐が目を閉じる間際に見たものは、ペンギンのようなマッチョだった…
―かくして幕を引いた喜劇は、誰も救われることがなかった。
―――…
「気が付いたかしらん?」
少女は二度と開くことはないと思っていた目を開ける。そこは街中ではなく、何処かの見慣れぬ山道だった。
「お前は…」
「春夏秋冬 志希(ひととせ しき)またの名を、オールバケーション!!あなたの命の恩人よ〜!」
少女、火燐は朦朧とする意識が徐々にハッキリとするにつれ、自分がこの人物に運ばれた事を理解した。
「…余計なことをしてくれた。私は…もう、生きていても仕方がない。全てを失った」
「辛気臭いわねぇ〜…命が助かったんだから、いいじゃないのよ」
「いいもんか…私は、もう、何のために生きればいいのか、分からない…憎むべき森は死んだ…後はタケゾー達の
仇をとるしか…」
「復讐なんてやめなさい。そんなもの、己の憎しみを晴らすためだけのくだらない行為。
残された人間の自己満足でしか無いわ。それより…あなた、夢はないの?」
「夢…?」
―親しき友として笑い合える、そんな人と妖の明日―
「…所詮は、一時の夢物語だった」
「いいじゃない。今は夢物語でも…」
「うるさい。お前に何がわかるんだ」
「何もわからないわ。だからこれから少しづつ教えてくれないかしら?」
「…?」
「…あなた、私の妹になりなさい」
凛とした顔で言うオールバケーション、もとい春夏秋冬志希。火燐は言葉の真意の理解に困った。
「…はぁ?」
「そして私のことはお姉さまと呼びなさい」
「…お前、馬鹿か?」
「むきー!馬鹿じゃないけん!天才だぜよ!…と、ともかく、しばらく宛がないならその命、救った私に預けなさい」
「なんで?」
「…このまま野垂れ死んだら、あなたを産んでくれたお母さんはどう思う?」
「…!」
(おかあさん…私は…)
「生きる意味が無ければ、これから見つけなさい。生きていれば、できることもあるでしょう?」
「…う…」
「んん〜?」
「〜〜ッ!わかったよ…このまま死んだら…焔に合わせる顔がない…」
「よーし!じゃあ私のことをお姉さまと…」
「そ れ は こ と わ る !」
そんなこんなで一命を取り留めた火燐は、おかしな人物に拾われてしまったようで…
(うひひ…美少女異形っ子ゲットだぜ!)
…本当に、おかしな人物に拾われてしまったようで…
―――…
「酷い…」
戦いが終わり、街中を見回る白石と冴島。陰伊の行方が分からないということで、彼女を探すこととなったのだが…
街の惨状に、白石は思わず目を覆いたくなってしまった。
「目を背けない。これが現実です」
「冴島さん…」
冴島は、しっかりとその光景を目に焼き付ける。二度とこんな悲劇を起こさないためにも…
「冴島さん…森喜久雄は死んだんだべさ?」
「ええ…」
「じゃあ…これは何のための戦いだったのかなぁ…っておもいます」
「そうね…」
「何で、争いが起きてしまうんだろうって…」
「それはね…」
「争いは、皆が皆優しいから、起きるのよ」
「え…?」
「何か譲れないものがある時、誰かを守りたいとき、争いは起きるの。そんな人が沢山居たから、
これほどまで大きな戦いに発展したのよ。戦争なんてものはね、何かを守りたいと思う人間がいなかったら起こらないのよ?知ってた?」
「…愛する家族のため…自分の育った国を守るため…人は戦うんですね」
「そう。そしてそれらが集まって集まって集まった末に起こるのが戦争よ…この街で起きたことも多分…
そんな優しい人達が起こした、自分達の大切なものを守るための戦いだったのでしょうね」
「…悲しいですね」
「人が死んで悲しいのは当たり前です。現実は物語のようにドラマチックには出来ていません。
血生臭い現実に涙するより、一刻も早い秩序の開拓が必要なのよ、私達英雄には」
「そうですね…殺し合いで争わなくて済む…そんな世界に…早くしなくちゃいけないですよね」
優しさが生んだこの惨劇、誰も望まぬ惨劇は、誰が為の者なのか?
誰のためでも無い。誰も、その優しさを憎む事などできはしない。
これは優しい人達の、悲しいお話。
―次回予告
青島「事件は会議室で起きてんじゃないんだ!現場で起きてんだ!!」
裳杖「懐かしいですね」
青島「そうかぁ?最近は時が経つのが早く感じて困るぜ…」
裳杖「PCの性能なんて一年も経てばゴミみたいな扱い受けますからね」
青島「二年前20万で買ったPCが今じゃ5万もあれば組めるスペックになっちゃうもんなー、時の流れって怖いぜ」
裳杖「人は年をとればとるほど、体感時間が短くなるって話ですよ」
青島「そーなのか」
裳杖「60代なんてあれですよ。レーシングカーですよ」
青島「何が?」
裳杖「速さが」
青島「100歳とかならどうなるんだよ」
裳杖「もうなんて言うか、あれです。光る風を追い越す勢いです」
青島「ハピマテかて」
裳杖「ハイパークロックアップ!」
青島「時戻ってんじゃね?それ」
裳杖「良いツッコミっすね」
青島「あ?うん、ありがとう…」
次回、正義の定義〜番外編〜
「異形の花屋さん/AnotherWorld」
乞うご期待!
青島「…あれ、俺らあんま次回予告してなくね?」
>>167-187 機械ゆえにトエルのやっていることの悲しいこと悲しいこと。
が、オールバケーションを見ているとそんなのどうでもよくなった。
異形との間の百合だなんて、なんてけしからん。もっとやれ。
12-1/3
"王朝"に捕まってから数日。恭順の姿勢を貫いたおかげか、危惧していた拷問はなく、イズマッシュは現在
もなお五体満足でいることができた。
トイレとベッドが無造作に配置された独房に窓はなく、出入り口のスチールドア以外の壁は、すす汚れた
コンクリートの灰色で満たされていた。
かび臭いマットレスに横になり、イズマッシュは天井を見上げる。天井に設置された蛍光灯は無機質な光
を降らしており、夕食後であることを踏まえれば、現在時刻は午後8〜9時前後と推測できた。起床時刻と
ともに点灯し、消灯時刻になると消える独房の明かりと、毎日定期的に出される3食の食事が、寒々しい
コンクリートだけの独房の時計となっていた。
消灯時刻にはまだ時間がある。イズマッシュは持ち上げた腕を眼孔の上に乗せて光を遮ると、思索の
世界へと入っていった。
考えることは決まってニコノフのことだった。親友から託された小さな助手は、今どうなっているのだろうか。
全財産はスーツケースの中だった。工事現場で車を放置した後、積んであったスーツケースがどうなったか
分からない。おそらくニコノフの財産は、あの時渡された数枚の紙幣と、ささやかな量の小遣いだけだろう。
3食食べれているかすら心配になった。
俺はもう一度ニコノフに会えるのだろうか、とイズマッシュは考える。この独房に放り込まれて以来、肌から
浸透してやまなかった予感は告げる。会えない、と。
考えれば考えるほどに、イズマッシュは自分の生がこの独房と同じように完全に閉塞していると実感せざるを
えなかった。"アンク"に対する知りうることを全てに伝えた今とあっては、"王朝"にイズマッシュを生かす理由
などどこにもない。情報を盾にすれば、いくらか生き延びることはできただろう。だが、その場合、情報を
強制的に引き出すための拷問が待っており、拷問に耐えられそうにもないイズマッシュはその行為が
その場しのぎの延命行為に過ぎないと理解していた。
だが、行く先が死であることを理解しながらも、イズマッシュが徹底して"王朝"に恭順し、情報を言われるがままに
吐き出したのは、工事現場での約束があったからだ。完全に包囲し、イズマッシュの睾丸すら掌握していた絶対優位
の状況下において、工事現場の男はニコノフを解放するという誠意を見せた。その行為がただの甘さか、それとも
余裕の表れか、はたまた計り知れぬほど深い打算の産物なのかイズマッシュには分からない。だが1つだけ
言えることがあった。少なくともあの男は信頼できるということだ。信頼できるからこそ、その誠意を裏切りたくなかったのだ。
12-2/3
ニコノフに二度と会えないならば、これから先ニコノフはどうなるのだろうか。保護者として当然発生する
不安を、イズマッシュは楽観的な考えて慰撫した。
ニコノフは聡明な子供だ。おそらく1人でも生きていけるだろう。それにニコノフの祖父母もまだ生きている。
最悪の場合、ニコノフはあそこを頼ればいいのだ。曲がりなりにも機能している役所の戸籍係辺りが無理に
でも引き合わせたりするかもしれない。
親友ミハイルとその妻の2度の葬儀で会ったニコノフの祖父母のことをイズマッシュは考える。武器商、
それも不正取引が主のイズマッシュ達の仕事に愛想を尽かし、ミハイルとは絶縁状態にあったが、それでも
孫のことは気になるらしい。ミハイルの葬儀の折にはかなり強引にニコノフを引き取ろうとしていた。彼らに
凱歌の喜びを差し出すのはいささか癪だが、それもニコノフのためだ。
葬儀でのニコノフの姿をイズマッシュは思い出した。父の死を前に、じっと目を伏せて、何かに耐えるように
口をつぐんだ彼は、葬儀の間どんなときもイズマッシュから離れなかった。穏やかな笑みをたたえて両手を
広げる祖父母を前にしても、ニコノフはイズマッシュのズボンの裾を掴んで離さなかった。まるで彼らは偽者で、
イズマッシュこそが真の肉親だと言わんばかりに。
ある意味でそれは正しいのかも知れない。ニコノフの両親と祖父母は絶縁状態にあった。そのためニコノフと
祖父母の間に面識はない。一方でイズマッシュは親友のために育児をしばしば手伝っていた。ミルクを飲ませたり、
オムツを交換したりは当然のことで、夜鳴きがひどいために交代でニコノフをあやし、寝かしつけたりもした。
最早イズマッシュにとっても、ニコノフはかけがえのない家族と言えた。
ニコノフを独りにするのは残念だが、彼をここにつれてくるわけにはいかない。2度と会えぬニコノフに思いを
馳せながら、イズマッシュは早めの睡眠をとろうとまぶたを下ろした。
ちょうどそのとき独房の鉄扉が音を立てて開いた。
12-3/3
いつもの取調室と思しき部屋につれてこられたイズマッシュは、すっかり慣れ親しんだパイプ椅子に腰掛け
ながら自分の運命を悟った。
自分は今から殺されるのだ。普段とは大幅に異なる夜の尋問もさることながら、部屋の片隅で待機している
小柄の男の表情が死刑執行だと物語っている。泳ぐ視線に、強張りきった顔つき。明らかに彼は緊張していた。
これまでの尋問では見せなかった表情だ。
スチールデスクを挟んで対面に男が座る。工事現場でイズマッシュを威圧しながらも、ニコノフを解放した
あの信頼に足る男だ。尋問も担当しているらしい彼の表情には変化がない。この場においても尋問中ずっと
見せ続けていた鉄面のような無表情を維持している。片隅で待機している男とは違い年齢も上のようだし、
この程度では心が揺り動かされないほどに修羅場を潜り抜けてきたのだろう。
男はイズマッシュの様子を伺うように顔をしばし眺めた後、口を開いた。
「今回で最後だが、言い残したことはあるか」
男なりの気遣いなのだろうか、男が問いかける。聞きたいことはいろいろあるが、これを聞かなければ。
「ニコノフがどうなったか知っているか」
「知らんな、そんなものに興味はない」
イズマッシュの問いに、男は即答する。まるでこちらが無価値だといわんばかりにそっけない返答だ。もっとも、
その無関心さがイズマッシュにはある意味でありがたかった。ニコノフは"王朝"に目をつけられておらず、
完全に自由だと暗に示しているからだ。
「構え」
イズマッシュが安堵したところで男が右手を上げて号令する。その声に合わせて片隅で待機していた比較的
小柄な男が拳銃を構えた。
ミハイル、悪いがお前のところに邪魔するぞ。先に逝った親友を思い浮かべながら、イズマッシュは向けられた
銃口を見つめ返す。死の恐怖や、怒りとともに振るわれる死への拒絶はとうの昔に過ぎ去った。今は澄み切った
意志の土台の上に穏やかな死の受容があるだけだ。親友は俺のことを迎えてくれるだろうか。ただそれだけが
イズマッシュには気がかりだった。
男が右手を振り下ろしながら号令を発した。
「撃て」
閃光と轟音。衝撃の奔流が頭蓋を貫き、イズマッシュの思考に巨大な空白が穿たれる。大部分が欠損し、崩れ
行くイズマッシュの意識は最期に2人の人物の顔を映す。ニコノフとその父ミハイル2人の笑顔だった。
今回は以上です。
乙です
>正義の定義
英雄たちにもそれぞれ思うところがあるようで
トエルの中の人の思考が生き残ってるみたいでこの子が今後どうトエルに影響を与えるかも気になるところ
>ゴミ箱の中の子供達
イズマッシュは生き残れなかったか……
一方でニコノフがどうなるのかも気になりつつ黙祷
他シェアからのこのことやって来ました
地獄世界に間借りして書いていこうと思います
それでは早速投下します
『序章の序』
地獄世界は人々から本能的に忌避され、畏怖の対象となる地でありながらも、その実均衡と平
穏に保たれた世界である。それはこの地の絶対的支配者、閻魔大帝の指導力による治世が見事に
機能している結果だと言えよう。
とは言え、光あるところには必ず陰ができるもの。
現世に並々ならぬ恨みを残して果てた、執念と業深き亡者。あるいは、生来地獄を住処とする
悪鬼羅刹の類。はたまた、鬼とは別種族ながら、その性質を同じくする狂暴なる悪魔族。
彼らがその生涯を終えた時にたどり着くとされる場所。そこは、どんなわずかな光も届かない、
どんな小さな希望さえも持ち得ない、本当の地獄と言われる場所。
これは地獄世界においてまことしやかに流布されている、一種の都市伝説にすぎないという見
方もある。実際、この地に足を踏み入れ、その実態を目にしたものはいないのだ。人間世界にお
ける、いわゆる心霊スポット的扱われ方をしている、と考えるとしっくりくる。
地獄の住人ですら為す術もなく引き裂かれるような、凄まじい怨霊がいる「かもしれない」。
死してなおこの地に留まろうと足掻く、あきらめの悪い鬼がいる「かもしれない」。
果ては、なぜか遥か外洋を飛び越えてこの地にたどりついた、異邦の怪物がいる「かもしれない」。
地獄世界の住人たちは、そのような4割の好奇心と5割の畏怖、1割のその他諸々を込めて、その
地のことをこのように呼称する。
『怨嗟わだかまる都』と。
『序章』
救済の光なき最果ての地、地獄。極楽往生の夢破れた亡者の嘆きと呻きが大気を支配し、禍
々しい異形の鬼たちが闊歩、日々亡者たちを痛ぶっては恍惚にひたる、忌むべき地。
そんなイメージとは裏腹に、この地は不思議なほどに活気と安穏が渦巻く、秩序ある世界だ。
混沌と紙一重のその秩序を作り出すのは、覇者閻魔大帝を頂点とする閻魔庁。絶対的統治者で
ある閻魔大帝の指揮のもとで、地獄に暮らす数々の種族がともに働き、同じ汗を流す場所。
この日。その閻魔庁の一角で、花蔵院槐角(はなくらいんかいかく)は主君たる閻魔大帝に拝
謁を賜っていた。人間でいえば40歳あたり、まさに男として熟成されてくる時期を迎えたこの鬼
は、閻魔庁高級役人としてのある特殊な任をその双肩に負っている。
「大帝陛下。あの者の魂魄を地獄へ招き入れる許可を戴きたく思います」
「ふうむ。あの者……。数百年前に死んで以来、ずっとその魂の処遇を決めかねているあの若侍
のことだな? 槐角よ、卿はあの者がなぜ長きに渡って放置されているのか、その理由を知らん
わけではあるまいな」
「生前数多の魑魅魍魎、ひいては我らの同胞である鬼を退治した、人ならざる力を持った武士。
その験力故、魂となりてなお、地獄に落ちてなお、我らに害を為す存在となる恐れあり。それが
理由だと伺っております」
「左様である。言うまでもなく、人間の亡者の魂ひとつ、儂の裁定で如何様にも扱うことはでき
る。どれほどの験力を持っていようが、所詮人間の力には限界があるからな。だが、彼奴の名は
地獄の鬼どもの間で広く知れ渡っておる。その力の強大さ、そして……何人の同胞が彼奴に斬ら
れたのか、といったこともな」
「大帝陛下。恐れながら申し上げます。私めの理解力の問題もあるかと存じますが、陛下のお話
からは論点がはっきりわかりかねます。許可を戴けるか、戴けないか。私めが陛下のお口から伺
いたいことはこの一点のみにございます」
生来、槐角は正直な男だった。少年から青年期を経て現在に至るまで、その一点においては少
しのブレもない。そしてそれは相手が何者であっても同じである。それが例え、知らない者から
見れば命知らずの愚かな行為にしか見えなくとも。
「……ふん。相変わらずであるな卿は。腹の虫の居所が悪ければ、卿は今頃消し炭になっておる
ところだ。まあよかろう。許可を下すのはやぶさかではない。だが、まずはまっとうな理由を聞
かせてみろ。理由如何によっては考えてやる」
「大帝陛下も御承知のように、我が管轄領において妖異の気配が蠢いております。少し周期が短
いという所感はございますが、いつもの『アレ』だろうと存じます。これにつきましては、一族
の長老も同意見でございます」
「アレか。厄介であるなアレは。何故あの地であのようなことが起こるのか、皆目見当もつかぬ。
それについては、花蔵院一族には感謝している次第だ。卿や卿の祖先らの働きによって、危機は
未然に防がれてきたのだからな」
「私めにはもったいないお言葉でございます。して、ここからが重要なのです。これも大帝陛下
は御存知だと思いますが、我が父が命を落とした先の動乱において、私めも大傷を負いました。そ
れにより私めは、鬼としてまっとうな力を振るうこと叶わなくなりました。お恥ずかしいことです」
言いながら、槐角はその燃えるように赤く光る両目をそっと閉じた。亡き父親のことを語る時、
そして同時に自身の不遇と屈辱を語る時、この鬼は必ずこのように瞼を伏せる。
そしてそのまま、数秒間沈黙を保つ。言葉にすることで思い出す、父を失った悲しみ。力を奪
われた屈辱。それによって熱くなる自身の体と心を、落ち着かせるための間。
閻魔大帝もそのことを知っている。急かすこともなく、槐角が瞑想の時を終えるのを待っている。
「失礼いたしました。斯様に力なき鬼となりました故、現在『番人』の役は我が愚息が担っている
次第。ですが奴はまだまだ力量も経験も不足しております。今回の妖異を乗り切れるかどうか……。
そこでなのです大帝陛下」
「ふん、成程な。そこであの若侍の霊魂を招き入れ、倅の手助けをさせようというわけか。槐角よ、
卿は実に親馬鹿であるな。まあ花蔵院一族の者は代々そういう気質のようだがな」
立派に蓄えられた顎髭をするすると梳きながら、閻魔大帝はそのように言って、愉快なものを見
たというようににやりと笑う。
そのように笑顔を見せようとも、微塵も衰えない根源的威圧感。先ほど真っ向から意見した槐角
だったが、彼とてこの絶対者を前に恐れを感じていないわけなどないのである。だがこのような笑
顔を見る限り、今日の大帝陛下は本当に機嫌がいいらしいと、槐角は少し安堵もした。
「よいだろう! 儂としても、あの者の処遇を先延ばしにしすぎたと気にしておったところよ。花
蔵院槐角、あの者の魂魄の扱い、卿に一任する。だがくれぐれも慎重にな。儂の考えでは、あの者
の魂は貴様の管轄領に迷い込むかどうかの瀬戸際にいる、極めて危なっかしいものだ。もし罷り間
違ってそうなってしまったら――」
「そうなってしまったらそうなってしまった時。我々花蔵院一族、総力を挙げてその魂を鎮めましょ
う。たとえ一族郎党全滅の憂き目を見ようとも、決して大帝陛下のお手を煩わせるようなことはご
ざいません」
「まあそこまで気負うな。あの若侍の魂が今の今まで放置されていたのには、もう一つ別の理由も
あるのだ。信じられんような理由だがな」
生まれながらにして厳めしい、まさに他者を畏怖させるためにあるような、閻魔大帝の相貌。そ
の顔が今この時、先ほどとはまた異なる苦笑交じりの笑顔に変わっていることに、槐角は戸惑った。
「その理由とは如何なる?」
「あの者、死して数百年経っておるが……未だに自分が死んだということに気づいておらんような
のだ。いや、さすがに儂にも意味がわからん。兎にも角にも、どうやら底抜けに間抜けで愚図でう
すのろな男のようだな、あの若侍は。もしかすると既にぼけておるのやもしれんわ」
苦笑交じりの閻魔大帝の言葉を聞いて槐角は、これまで抱いていたものとは異なる種類の不安が、
己の中にふつふつと湧きあがるのを感じるのだった。
『序章』終
投下終わりです
200 :
代行:2010/06/13(日) 08:02:10 ID:t+tz9OzJ
>>『正義の定義』
トエルの言動にウケる程、AIの悲哀に切なくなるわけで…
避難所スレ立て乙でした!
>>『ゴミ箱の中の子供たち』
イズマッシュ処刑されちゃったか。処刑人は…アレックスなのか…
>>『狸よ躍れ、地獄の只中で』
地獄来た…『狸』とは、そして花蔵院槐角の息子とは…次回に期待!
>ふぇ
トエルを半壊まで追い込むとは火鱗すげえな……
遺恨が残ったとはいえ、本当全員死ななくて良かったよかった。
しかしオールバケーションの浮きっぷりは異常wwwでも好きwww
>ゴミ箱
ああ、イズマッシュたん、イイ奴だったのに……
さあニコノフ、孤独な報復フラグを立てろ!
でも子供達も憎めない俺はどうすりゃいいんだ。
>狸
槐角の息子と謎の若侍幽霊のお話になるんだろうか?
地獄にまた一波乱起きそうで、続き期待してます!
最近閻魔の親しみやすい一面が見れて、やっぱ殿下の父親だなあと感慨深いw
>狸
地獄世界の投下にテンションが上がっているワタクシです
若侍へと期待を厚くしております!
過疎すぎて寂しいから異形世界の登場人物がわかりそうでわからない
少しわかる相関図投下
ttp://loda.jp/mitemite/?id=1160.jpg 下手でごめんね。でも絵とかこのスレもっと投下あってもいいと思う。
というか絵描ける人誰か来てくれないかなぁと思い、勢いで描きまみた
自分で描いたトエルと前に作者さんが投下されたダバサちゃん以外は絵がないもんだから
キャラクターの容姿は自分の勝手なイメージなのでなんかすいません
私が未熟だから…このスレはお返しします…
ナイス相関図
この程度、創発的には全然過疎でなし、きっと皆さん構想中なだけ
その証拠にSSは定期的に投下されている!
超 G J !
でもDABASAじゃなくてTABASAなんだぜ!
>>204 いいね、GJだ!
デスタムーアすぎるのが目を引きまくるけどこりゃいいな
焔やかぐやが、こう、なんというか、儚いな
あと獣耳どもは本当にもう、こんな深夜に俺を萌えさせてどうしようというの?
>>204GJ
素晴らしすぎるwww
逝ってしまわれた方々が泣けるなあ
かぐや、これでも男なのか……
泣けるな……
ってかおい誰か年がいも無くセンターに陣取っている大魔王をどうにかしてくださいwwwww
●
平賀研究区最大にして最高の研究施設、
その中にある食堂内にピアスのついた耳を半ば両手で塞いでいる茶髪の青年とその対面で椅子に豪快に胡坐をかいている金髪金瞳の若い女が居た。
二人がこのような体勢をとるに至ったのは議論の結果であり、その議論は先程から一時間程続いていた。
そして煮詰まった結果、両者の口から発される言葉もここ数分はそれぞれ固定されていた。
曰く、
「行くぞ」
「やなこった」
以上だ。
強引な手段を除いて先へ進む余地を無くしたこの議論を最初から見聞きしていた明日名は茶髪の青年――彰彦とその対面でまた口を開こうとしていたキッコに目配せし、「いいかい?」と口を開いた。
彼は申し訳なさそうに、
「すまない今井君、今回俺が平賀博士の代わりに会議に出席しないといけないからその間、どうしてもキッコには目付があった方がいいんだよ」
一人で人里に行かせるにはいささか以上に不安だしね。
そう言って明日名は彰彦を拝むようにする。
「……俺以外にも人は居るだろ」
顔を逸らして言う彰彦に、しかし明日名は言葉を重ねた。
「ここにいる人間でキッコの正体を知っているのは俺と博士以外では以前キッコと戦ったことのある君だけなんだよ」
「地理に詳しく土地に縁の有る者が同行した方が色々と不便も無かろう」
「俺は行きたくねえっての」
尚も不満げに言う彰彦にキッコが業を煮やした。
「まったく強情な」
椅子を蹴立てて立ち上がると彰彦の手を掴み、
「いいから行くぞ。和泉まで数日かかるのだからな」
そう言って彰彦を引きずっていく。容赦のない力加減に彰彦は目を見開いて明日名へと手を伸ばした。
「ちょ、キッコさん、ま、待て待て!! 明日名さんヘルプっ!」
助けを求める彰彦から目を逸らし、明日名は小さく唄った。
「ドナドナドーナ ドーナー……」
「うわひでええええぇぇ!」
徐々に小さくなっていく彰彦の抗議の声に苦笑しながら明日名は呟く。
「故郷があるっていうのは良い事だと思うけどなあ。俺達にはもう無いものだしね」
彰彦の声もキッコの足音も聞こえなくなった頃、明日名も食堂を後にした。
●
高く上った陽が西へと傾き始めた頃、和泉の町の端、人気の無い雑木林で匠は金属棒を振るっていた。
鍛錬だ。
平賀の研究区から帰って来てからは午前中に道場と畑の手伝いをし、
午後は芳恵が道場の一角を使って子供達に勉強を教えている間邪魔にならないようにとここで体を動かしていた。
匠が握る金属棒を≪魔素≫が伝い、その表面に螺鈿細工のように複雑な色合いの光を発する精緻な紋様が浮かび上がる。
幾何学的なその紋様は魔法を習熟した者から見れば彼にのみ扱えるようにあつらえ構築されたかのように複雑で精密な式だ。
次々に違う形態の刃を形成しては変化していく紋様を見ながらクズハは思う。
きれい……。
午前中にしてしまう事が一通り終わってしまえば匠と同じように身が空くクズハは、
読んでいた本を傍らに置いて匠の鍛錬の様子を見ていた。
匠や周りの人間は本を読むならもっと落ち着いた所で読めばいいのにと言うが、
私にとってはここ≠ェ一番安らぐ場所ですし……。
それに金属棒に浮かぶ紋様は平賀の手によるものだ。
見ているだけでクズハの魔法の勉強にもなる。まあ、建前でしかないのだが。
そんな風にぼんやりしていたからだろうか、
「その棒、たしか墓標とか言ったっけか?
あんな使い辛そうな代物ぶんぶん振り回しといて本人が魔法を満足に使えないってんだから≪魔素≫ってのはよくわっかんねえな」
「――え?」
人が近づいてくるのに気付かず、背後から聞こえた声に思わず身を跳ねさせた。
同時に聞こえてきた言葉について思う。
墓標とは匠が振るっている金属棒に付けられた名前だ。
墓標は元々匠の父親が使用していた金属棒で、第一次掃討作戦時、
彼が戦死した場所に刺さっていたことから匠の武装隊入隊時にあった持ち込み武装登録の折、武器の個体名が必要ということで適当に名付けたらしい。
そのような経緯で付けられたため普段匠本人が使うことは無い名称だ。
だからどこかその呼称を新鮮に感じて振り向くと、
「ほう、そのようにして鍛えておるのか」
「俺が教えた基本しっかり守ってんな。――つっても墓標の取り回し用にアレンジされてるか」
興味深げに匠を見やっているキッコとどこか満足げに頷いている彰彦が居た。
「墓標とな?」
「その棒だよ。確か武装隊に入隊した時にそんな名前で登録してたよな、匠」
「あ……ああ」
キッコに説明しながら話を振って来た彰彦に既に鍛錬を中止して金属棒に伝う≪魔素≫を霧散させた匠は答え、棒を担って三人の方へと足を向けながら訊ねた。
「……狐の異形、というかお前に対して検問が敷かれてなかったか?」
「ククク、この完全なる人化の術を身に付けた我にかかれば人を化かす事など容易な事よ」
「検問はもう解除されてたから問題無しだったぜ」
「……我の言葉に合わせんか」
そう彰彦に半目を向けながらキッコはクズハへと近付くと、その両肩を掴んだ。
笑顔で訊ねる。
「クズハよ、息災か?」
「あ、はい」
「キッコさん、この前別れてからそう時間経ってねえから」
「まあそれもそうかの」
呆れた声で言う彰彦にキッコはそう答え、
「しかし息災でなによりだ」
クズハを抱き寄せた。
わ、大きい。
そんな感想を抱く程の大きさの柔らかい胸に溺れそうになりながらクズハは身を捩る。
「……く、苦しいです」
クズハの言葉に一切取り合わずにキッコはクズハの頭に顔を寄せた。
「好い匂いをしておる」
頭の辺りにキッコがこちらの匂いを嗅いでいる気配を感じ、
クズハは身を動かして頭をぶつけてはいけないと動きを止めた。
為されるがままの状態に彰彦と匠がため息を吐いた音がした。
彼等は口々に言う。
「ったく、一人で行きゃいいのによ……」
「一体何しに来たんだ? お前ら」
「うるさい若造共め、少し待て」
言葉と共に髪へと触れられる感覚がクズハに来た。
手櫛を、意外にもたおやかに通され、なされるがまま数回くしけずられる。それを気持ち良く感じ、
お母さんがいたら、その記憶があったらこんな感じなんでしょうか?
そう思いながらクズハは彰彦に訊く。
「彰彦さん、師範さんに会っていかれますか?」
「勘弁してくれクズハちゃん、殺されちまうよ」
彰彦の弱った声に、それはないのではとクズハは返す。
師範さんも芳恵さんもきっと帰って来て欲しいと思っているのに……。
しばらくするとキッコはクズハから身を離した。
満足そうに一つ頷く。
「んむ……!」
「んむ、じゃねえ」
金属棒で自分の肩を叩きながら匠がキッコと彰彦を順に見て問いかけた。
「お前たち、一体何しに来た?」
彰彦にチラリと視線を向け、
「彰彦の里帰りってわけでも、クズハにただ会いに来たってわけでもないんだろ?」
おおそうだったと言ってキッコは匠を見た。
「森に行きたくての。しかし遠巻きに見てきたが森を常に見張っておる者が居るのよ。怪しまれるのも面白くない。
どうせお前達に関係のある者があそこに陣取っておるのだろ? 話を通せ」
そう言うキッコの様子は話を通さないと無理にでも押し通りそうに見え、
乱暴になるのは……だめですよね。
せっかく匠とキッコは仲直りしたのだ。お互いいい人なのにまた喧嘩はしてほしくない。
そう思い、クズハは匠を見上げた。
「匠さん」
「……ああ、分かってるよ、クズハ」
ため息交じりの頷きがあった。
●
……研究区から和泉まで、暇つぶしに来るような距離でもない。何か理由があるんだろう。
そう思い、仕方なく頷いた匠の前、キッコが満足げにしている。
その様子に匠はもうひとつため息を吐いた。見張りが居るのが面白くないとキッコは言うが、
「異形が湧いたりお前が突然暴れたりするせいで、あそこの監視に最近人が立ってるんだが」
「どこかから湧いた異形の事は知らん。我は人間が言う第二次掃討作戦が終わった頃から明日名と行動を共にしていることが多くての、
森にもあの時数年振りに戻っていたのだぞ? 我の眷族にも無思慮に暴れる者はおらんと思うがの」
やはりあの異形は別の場所からやって来たということだろうか。
そう思いながら匠は番兵の兵舎へと足を向け始めた。歩きながらも不満は続く。
「お前がクズハを操って、下手したら武装隊も襲わせるような事をしたのは事実だろ」
「ふん、攻撃されなんだのだから見張りなんぞやめればいいものを」
そうはいかないだろう。ここの武装隊は信太主の恐ろしさを身を持って知っている。
しかし見張っていてもその見張って警戒すべき対象がこうして町の中に居るというのも皮肉だな。
苦笑する匠は不満を漏らすのをやめた。前方から道場の勉強帰りの子供達が歩いてきたのが見えたからだ。
竹刀袋と勉強セットを振り回していた少年が匠達に気付いて声をかけてくる。
「あれ? 匠兄ちゃん? クズハちゃんも……その人だれ?」
「おう、お前は……良平か、それにそっちのは淳だな。……おっきくなったなあ」
「?」
子供達はいきなり知らない人に名前を当てられた事に驚きを覚えているようだった。
それを見てキッコが愉快そうに笑う。
「クックク、顔を覚えられておらんようだの」
「まあ武装隊に入隊する前っていうと小さい子は七歳とか六歳とかの時だろうしな」
彰彦は当時、都市の方の学校に行っていたから長期休暇でしか会わなかっただろうし、子供達が彰彦の顔を憶えていないのも無理はない。
だから、とでもいうようにクズハが彰彦を片手で示した。
「この方は彰彦さんですよ」
「え? 彰彦兄ちゃん?」
クズハの言葉で子供達が更に驚いたような顔を彰彦に向ける。彰彦はおう、と会釈し、
「元気にしてたか?」
子供達、特に彰彦を僅かにでも憶えている子はひどく嬉しげに再会を喜んでいる。
彰彦は昔から道場で年下の面倒をよく見ていたようだ。
都会の学校で匠と同じクラスになったときも、下級生の面倒を随分親身に見ていた記憶がある。
面倒見がいいんだろうな……。
そしてそのためかひどく年下に受けがいい。
「そっちのお姉ちゃんは?」
女の子がキッコをおずおずと伺い訊ねた。キッコは笑顔で女の子の手をとった。軽く握って握手すると、
「我はキッコという、よしなにな」
「う……うん」
見た目は美人なキッコが笑顔で答えるものだから子供達は照れてしまっている。
ああ、こうして狐は人を騙すのか……。
匠はそう思い、深く頷き、
「何か言いたいことでもあるかの?」
「何も?」
首を左右に振った。
子供達は最近できたカレーが美味しい甘味処に行くらしい。誘われたが今は用事があると断りを入れた。
甘味処にカレーという言葉に若干違和感を感じるがきっと気にしたら負けなんだろう。
門谷や子供達から聞く甘味処の噂を思い出しながらそう思っていると彰彦がしみじみと呟いた。
「和泉もちょっと俺が居ない間にけっこう変わったんだな」
「そりゃ、な。第二次掃討作戦からもう何年経ったと思ってるんだよ」
「そりゃそうだ」
そう言って彰彦は目を細めて子供達を見送った。
戻ってくればいいのに。
懐かしそうにしている彰彦を見てそう匠は思うが彰彦にも何か事情でもあるのかもしれない。
そんなふうに思考をもてあそんでいる内に兵舎に着いていた。中に入って隊長の居室の扉を開ける。
門谷は事務仕事でもしていたのか書類の束を事務机に乗せたまま匠へと振り返った。
「おお坂上にクズハちゃん……そっちは?」
彰彦とキッコを指さして怪訝な顔をしている門谷へと匠は二人を紹介した。
「こっちはキッコ、平賀のじいさんの所の客。で」
彰彦を指さす。
「これが道場の息子、今井彰彦」
ほお、と軽く驚いたよな声音で門谷が相槌を打った。
「信昭と芳恵さんの息子か!」
「どもっす」
少し困った顔で挨拶する彰彦。
ドラ息子な自覚はあるのか。
そう内心で思いながら匠は門谷にキッコの用件を持ちかけた。
「ちょっとキッコが信太の森に入りたいって言うんだけどいいですか?」
「ん? あの中にか?」
「ん」
頷くと門谷は渋い顔をした。彼はその顔のままキッコへと忠告する。
「あの森は最近静かだがあまりお勧めはしねえぞ?」
「構わん、我は異形だ」
キッコが平然と言った。焦ったのは匠だ。
この女狐一体何をほざいてやがる!?
キッコの正体や彼女がこの森で為していたことは誰にも話してはいない。
既にキッコ――信太主は討伐対象と決められてしまっているため下手に真実を話してもおそらく取り合われることはないし
以前の一件からあらぬ誤解も受けかねないからだ。真実を話すにしても場を整えねばならない。
匠がキッコを黙らせようとすると――
「――ああ、この周辺、大阪圏だったかの? その人間領を移動する許可は得ておるぞ。ホレ、登録証とやらもこの通り」
そう言って大阪圏自治政府に自身の存在を認めさせる登録証を門谷に提示した。
初めからそいつを出せよ!
内心で汗を拭う匠の眼前、登録証を受け取った門谷が判別機械に通す間にキッコは匠と彰彦の肩を叩いた。
「目付にこれらが居れば安全だろう?」
「え?」
「は?」
疑問と抗議の声を無視してキッコは続ける。
「これなら森の中の異形に加担して人間に害を働くなどと考えても止められよう?」
門谷は機械から取り出した許可証をキッコに返し、
「まあ確かに、信太主も現れねえし、坂上がいれば問題無いか。それに彰彦君も師範並にやれるんだろ?」
「あ、ああ」
目の前にいるコレが信太主なんだがなあ……。
「なら行ってこい。ただし丸一日たって帰らなかったら捜索隊編成して強制捜索するからな」
その言葉の端々に本当は行かせたくないが。という言葉を感じて匠は苦笑した。
「恩に着ます」
「へいへい」
門谷は手をぞんざいに振って答えると書類を手に取った。
「行くのは三人でいいのか?」
「私も行きます」
「クズハちゃんも、か?」
門谷が匠に視線を寄越した。同じようにクズハも匠を見ている。
裁量権は俺にあるってか……。
参ったなとも、ありがたいなとも、どちらともつかぬ思いと共に笑みを浮かべ、匠は頷いた。
「行こうかクズハ」
「はい」
返事は笑顔で返って来た。
●
匠とクズハ、キッコが外の番兵に話を通しに行く間、門谷が彰彦に話しかけた。
「第二次掃討作戦ん時に彰彦君も参加していたんだよな?」
「ああ、まあ」
「隊の組み分けで故郷の防衛にはつけなかったって昔坂上が話してたのを聞いたが、どこの部隊にいたんだ?」
「あー、いや、今武装隊クビになってて守秘義務があんだよ隊長さん」
気まずそうに言う彰彦に門谷は
「そうか、すまんな」
いやいやと彰彦は笑った。
「ところで隊長さん」
「門谷でいい、彰彦君」
「おお、話がわかんじゃん! んじゃ俺の事も彰彦またはアッキーで。――で、門谷さん」
彰彦は視線を窓の外に向けた。そこには外の番兵に話を通しに行く匠達の姿があり、
「……あの二人、どうっすかね?」
彰彦の視線の先を追って門谷は顔をほんの少し緩めた。
「匠とクズハちゃんか? 仲いいだろ。ちょっと問題が起こったが平賀の爺さんの所に行って来てからはより仲が良くなった風に見えるな」
「問題ってーと、クズハちゃんが匠の奴のどてっ腹ぶち抜いた件?」
驚いた顔で門谷が振り返った。
「なんだ、知ってるのか」
「まあ」
苦く笑って彰彦は頷いた。同じような顔で門谷も笑い、お互いに口の前に指を立てて秘密な、と囁き交わした。
「あの二人なら大丈夫だろ。匠はクズハちゃんの本音を聞けてよかったとか言ってるし、
クズハちゃんもクズハちゃんでより匠を信頼するようになったようだしな。前にも増してベッタリしてる」
門谷の言葉に彰彦はへぇ、と感嘆した。そして窓の外を再び見やり、目を細めて、
「そいつは良いこった」
笑うと、匠が呼ぶ声がした。森の中に行く許可がとれたようだった。
以上サルってた!
そしてキッコの設定を張り張り
信太主 キッコ(狐っ娘から)・女
異形 狐(金毛)
身長:175くらい(人化時)
時代がかった言葉使い。 〜だの という口調が特徴。
また名前、呼ばれ方を大して問題にしていないためいくつかの名前を持っているようである。
基本的には人相手にも通りが良くまた角も立たないキッコの名称を好んで使用。
・本性は人の身よりも体高が高い金毛金瞳の狐・人化すると金髪金瞳の若い女性に。
さばさばした、あまり物事にこだわらない性格。しかし気に入ったものや敵に対しては割と執念深い。
人化は元々使えた変化に改良を加えたもので、完全な人型をとることができる。 スタイル良好。
(クズハは完全人型へ変化すると尻尾でのバランス感覚とかそこら辺に齟齬が出たりで≪魔素≫を上手く扱えなくなるため魔法が編めず、
人化をしても長い間の維持は不可能。キッコも戦闘時は耳と尻尾が露わになる。こうしなければ≪魔素≫の制御が難しい)
・好物は兎、だったが料理というものに触れてからは稲荷寿司とか大好き。でも酒の方がもっと好き。
人間はまずいらしい。
しかし食った事があるのが自分を殺そうとしてきた人間(男、筋肉、むさい)だけなので機会があったら若い娘も食べてみたいとか言っては慌てる周囲を見て愉しんでいる。
・キッコの事を異形と知っている人間は皆キッコが人型の異形であると認識している。(狐の異形であるということは周囲の人間には知られていない)
当人の実力は相当なもの。戦闘に際しては狐火を主に使用。魔法は使えないが異形の術を扱う。術群は割と大雑把な傾向がある。
現在、安倍明日名と式契約を結んでいる。主従関係と言うよりも相棒……と見せかけて明日名がキッコから下に見られている。
・震災以降、≪魔素≫にすぐに順応し応用を利かせる人という種に感心し、興味を持っている。
信太の森の主:
第二次掃討作戦時の封印指定地、信太の森の主。
ただし本人は人を積極的に襲った事が無く、地裂から湧き出た異形達に迷惑していた。人側が彼女を討伐対象に指定したのは明らかな誤認であるようだが……?
森に居る彼女の眷族は現在ほとんど別の場所に移ったか森の結界内で彼女の命に従って大人しくしている。
219 :
創る名無しに見る名無し:2010/06/19(土) 00:00:21 ID:TkolSg1O
_ ∩
( ゚∀゚)彡 抱擁!抱擁!
⊂彡
13-1/9
黒い影を落とす壁の向こうから朝日が立ち上る。壁を乗り越えた光明が"ホームランド"の雑多な建物達を照らし
始めた。最初に影の世界から暴かれるのは、官営だったマンション群だ。整備を放棄されて久しいこの巨大構造物の
すす汚れた外壁は、さも日の光が不快そうな色を露にしている。高くなる日差しはやがて地に降り立ち、乾燥した
赤土を建物の背景として埋めていく。そして最後に短くなるマンションの影が、マンションの脇や公園として作られた
広場に立てられたバラックの、赤や青の色あせた彩色をあらわにしていく。"子供達"ゲオルグ班狙撃手ポープは、
"ホームランド"内のアパート群"トランスカイ団地"の端の棟の屋上で、幾百、幾千と繰り返されてきた"ホームランド"
の朝の風景を目にしていた。
朝靄を失い、時間とともに輪郭を確かなものにしていく"ホームランド"の町並みに、ポープは同じスラムでもこうも
違うのかと驚きを隠せなかった。己の古巣、廃民街との違いを一言で上げるとするならば、熱、だろうか。
廃民街には熱気があった。廃民街では誰しもが己の欲求を満たそうと目をギラギラと輝かせている。むき出しの
生存本能の集まりは、最早誰にも制御できぬ混沌として街の中に渦巻いている。その際たるものが廃民街の建物だ。
廃民街の建物のなかには増改築を繰り返し、雑多を通り越して出来の悪い抽象画のような外観を並べているものが
しばしば存在する。ともすれば奇形児を思わせるようなそれらの建物の外観は、赤、青、白、さまざまなペンキで
塗りたくられ、それに低俗な色合いのネオン管にサイケデリックな看板を持たせて、何とか商店の体制を取り繕い、
道行く客を虎視眈々と狙っている。この風俗嬢を思わせる建物ここそ、廃民街の混沌と、それゆえの熱気の象徴だった。
だが、ここ"ホームランド"ではどうだろうか。視界の向こうにそびえるマンションの外壁は、ペンキ塗りはおろか、
ろくに磨かれた形跡すらなく、すす汚れたコンクリートをそのまま露にしている。生気の失ったその建物を見たときの
ポープの第一印象はミイラだった。汚れ、乾燥し、ひび割れたマンションの外壁は、遠い昔砂の中に埋もれ、
忘れ去られたミイラを髣髴とさせる。視線を少しでも下にずらせばアパートを追い出された住民が建てたバラックが
目に入る。その屋根のペンキも当の昔に色あせ、やつれ果てたような色合いになっている。それらに廃民街のような
熱気はどこにもなく、ただただ痩せこけた貧困しか存在しなかった。
不意に一陣の風が吹き、ポープの被っていたカモフラージュシートを大きくたなびかせた。ポープの鼻をくすぐった
その風は砂の匂いがした。風によって運ばれる砂に、このやつれ果てた街が対抗する術はなさそうだ。この街は
このまま砂に埋もれていくのではないか。あのミイラみたいなマンションが本物のミイラになるのではないか。ポープは
"ホームランド"を見下ろしながら、どうしようもない無常感を感じずにいられなかった。
13-2/9
狙撃地点に待機して6時間が経過した。照りつける太陽は着実にその強度を増していく。太陽光はカモフラージュシート
によって遮断しているが、周囲から伝わる熱気に、ポープの鼻頭に玉の汗が浮かんだ。喉が渇いた。だが腰に下げた
水筒に手を伸ばしていいものだろうかとポープは思案する。時刻はそろそろ目標が現れる頃合だ。狙撃銃の
高倍率スコープでは視野が狭すぎて辺りの様子を伺えないが、もしかしたら目標はすぐそばまで来ているかもしれないのだ。
ひとまずポープは周囲の状況をより正確に把握している観測手にたずねた。
「ビッグシスタァ、喉ガ 渇イタケド、マダ 水ヲ 飲ンデモ 大丈夫カナ」
ポープの問いかけに観測手であるミシェルは双眼鏡で辺りをうかがってから答えた。
「そうね、それらしい車両は現れていないし、まだ大丈夫よ」
「サンクス」
姉の言葉に、ポープはようやく腰元の水筒に手を伸ばした。ぬるくなった水筒の水を嚥下しながらポープは観測手が
姉のミシェルであることに安堵していた。ミシェルの射撃の成績は班で2番目だ。それ故に、狙撃への理解度もポープに
次いでいる。普段は人をからかうことという良からぬことに費やしているが、注意力も抜群だ。そしてなにより彼女は
自分の姉だ。いざとなれば遠慮なく頼ることができ、安心して背中を預けることができるのだ。
水筒を戻すと、ポープは改めてスコープの世界に戻った。視界を十字に横切る照準線の調整はすでに終わらせていた。
その向こうでは建物の正面玄関が見える。ブリーフィングによれば、もともと公民館として建てられたこの建物は、
"ホームランド"が"アンク"に掌握された現在、"アンク"の本部ビルとして使用されているらしい。ガラス製の押し戸の
周りでは、いかにも軽薄そうな格好をした若者が屯している。警備員代わりなのだろう。そろそろ時間だ。もう少しで
目標が会合に出席するために現れるはずだ。
玄関脇の柱に寄りかかる男に、ポープは何気なく照準を向けた。赤色のパーカーに膝丈のズボンといういでたち
の彼は、特に何をするでもなく視線を宙に向けている。ここで引き金を引けば、彼は頭を射抜かれて死ぬだろう。
自身に降りかかった不条理を理解する時間すら与えられず、その意識は強制的に死の世界に送られるのだ。
彼の生は自分の指先ひとつに全てかかっている。自分は1人の人間の命を完全に掌握しているのだ。そう気づいた
途端、ポープはえもいわれぬ征服感を感じ、寒気が走り鳥肌が立った。
喉がむずかゆくなった。つばを飲み込みこらえていると、スコープの向こうで動きがあった。ガラス戸の向こうから
スーツを着た男が現れると、若者たちに指示を飛ばすように指を指す。男の指示に今まで気だるげに屯していた
若者たちはあわてた様子で玄関の前に整列した。明らかに要人が現れる兆候だ。
「来たわ」
ポープが見た兆候を伝える前に、ミシェルが言った。そしてポープの狭い円形の視界の中に1台の車が現れた。
13-3/9
緊張のせいか、喉の掻痒がさらに増した。だが、最早咳き込む猶予などなかった。ただただ、肝心なときに
暴れてくれるなとポープは祈り、我慢するしかなかった。
車が玄関の前で止まる。運転席のドアが開き運転手と思しき男がまず車から降りた。運転手はそのまま
後部座席のドアの前に移動すると、うやうやしく後部座席のドアを開く。後部座席の影が揺らめき、開かれた
ドアから白髪交じりの頭が覗く。そのまま頭は伸びていき、肩を覗かせた所で止まった。完全に車から降りたらしい。
姉の舌打ちが聞こえた。それもそうだ。目標と思しき男はこちらに背を向けており、顔の確認ができないのだ。
だが、チャンスはまだある。帰りのときに狙撃をすればいいのだ。運がいいことに"アンク"本部の玄関はガラス戸だ。
本部から出る前から存在を確認できる。大事を見てそちらにするのか。ポープは引き金に指をかけながら、姉の
号令を待った。
ちょうどそのとき、男が辺りを伺うように背後を振り返った。狭い円形の世界に目標の顔が映る。重そうに下がった
まぶたに、温和そうに下がった目じり。皺や白髪が目立ち、写真より幾分老け込んでいるように見えるが、目標の
ロリハラハラ・ネルソンに間違いなかった。
「確認したわ。撃って」
姉が射撃許可を下す。だが、喉の痒みが限界をわずかに超えた。口を閉じたまま、ポープはむせた。かすかに
鼻水が飛び出たが、ポープはそれを無視する。大事なときに暴れた己の喉に歯噛みしながらポープは照準を付け直した。
息を止め、己の脈拍を感じながら、かすかに左右に揺れる照準のタイミングを計っていると、柔らかな風がポープの
頬をなでた。風向きが変わったのだ。ポープはかみ締めた奥歯にさらに力をこめた。目標はスーツの男によって
開かれた正面玄関に入ろうとしている。レティクルを修正する時間もうない。ポープは己の感に全てを賭して、照準に
集中した。
瞳に写る世界の動作の全てが急激に緩慢になっていくようにポープは感じた。同時に世界から音が消えた。光も消える。
スコープの中の、狭い円形の世界が、今のポープにとって全てだった。己の肌が、風そのものを感じ取らせた。
己の体と一体化した銃身が、重力を感じ取らせた。レティクルが消失し、代わりに光点が浮かんだ。弾が命中する
場所だ。照準を、目標の先に置いた。己の呼吸と、脈拍と、目標の動き、全てのタイミングが一致する位置だ。
そしてポープは待った。トリガーは限界ぎりぎりまで引き絞って、その時を待った。
そして、目標の頭が、己の呼吸が、世界の鳴動が、全てが重なる。ポープは引き金にほんのわずかな力を加えた
。ハンマーが振り下ろされる振動をポープは感じた。叩かれた雷管の発火をポープは感じた。ライフリングに
身を削らしていきながら、発射ガスによって押し出される銃弾のうねりをポープは聞いた。マズルから吹き上がる
焔とともに必死の弾丸が発射された。
目の前で瞬いたマズルフラッシュがポープを現実の世界へと引き戻した。発射ガスの轟音がポープの集中を
力ずくで引き剥がしていく。現実感を取り戻したポープは耳の奥で木霊する銃声の残滓に耳を傷めながら
スコープを覗き続けた。レンズによって拡大された世界では、目標の頭から血しぶきがあがった。
13-4/9
「命中よ、よくやったわ」
緊張の糸が途切れ、姉の賛辞の言葉を最後まで聞かずにポープは咳き込んだ。限界だった喉の疼きを全て
吐き出すように、ポープは咳き込み続ける。咳が喉の奥をかきむしる。苦しいが、掻痒がひどいだけに、どこか
気持ちよかった。
ようやく咳が収まり顔を上げると、ミシェルは待っていたかのように言った。
「気づかれたわ。撤退するわよ」
「アイアイサー」
「黄色の2より黄色の1へ、任務成功、現在合流地点Aに向けて移動開始。以上」
ミシェルが無線で連絡を入れる。これで別の場所で待機していた班の仲間が自分たちを回収するために合流地点に
来るはずだ。ポープはミシェルとともに、屋上の反対側に向かった。
屋上から脱出する道具としてロープを2本用意していた。それぞれ片側が打ち込んだアンカーに固定されていることを
確認すると、放り投げて地面にたらす。2人は下半身に装着したハーネスからエイト環をはずすと、大きな輪にロープを
つまんで引き込み、小さな輪に引っ掛けた。その後はロープをセットしたエイト環にハーネスのカラビナをかけて準備終了だ。
エイト環を挟んでアンカー側のロープを右手、地面側のロープを左手で持ち、地面側のロープを臀部に押し当てると、
ポープとミシェルは壁面を降り始めた。
ロープと手袋との摩擦を感じながら、ポープはミシェルと共に壁面を降りていく。5階、4階とここまでは順調に降りる
ことができた。だが、3階に達したところで、ポープのすぐそばの窓が唐突に開いた。開いた窓から携帯電話を耳に
押し当てた女性が外に身を乗り出す。その女性とポープは目が合った。突然の出会い、見るからに怪しい自分の
弁解をしようか。半ばパニックに陥ったポープの思考は、彼をロープを握り締めた状態で固まらせる。一方で女性は
一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐに首に下げた笛をくわえて、吹いた。耳をつんざく笛の音にポープの生存本能が
警笛を上げた。これは何かの合図だ。その警告を裏付けるように、女性が引っ込むと、入れ替わるように男が姿を
現した。突撃銃を手にして。向けられた銃口にポープは恐怖のあまり目を閉じるしかなかった。
闇の向こうで銃声が響いた。だが、まてどもまてども銃弾の衝撃は来ない。そのことを訝しんだポープが恐る恐る目を
開けようとしたところで、出し抜けに怒鳴られた。
「なにやってるの」
目を開ければミシェルが煙を上げる拳銃を片手に怒鳴っていた。窓の奥の部屋では笛の音の変わりに女性の悲鳴が
上がっている。どうやら男が引き金を引く前にミシェルが拳銃を撃ったらしい。
「降りるのよ、早く」
ミシェルの叱咤されてようやく我に返ったポープは握り締めていた左手を緩め、ラペリングを再開した。
足が地面に到着したところで、銃声と共にポープのすぐ眼前の壁面が爆ぜ飛んだ。向かいの棟からの銃撃だ。
ポープはカラビナからエイト環を外すと、すぐさま狙撃銃を構えて反撃した。引き金を引くとスコープの向こうで
銃を構えていた男が崩れ落ちた。
また、銃声と共に、銃弾がポープの脇を掠めていく。姿勢を低くしながらスコープから目を離すと、向かいの棟の
入り口から数人がこちらに銃撃を加えていた。すぐに照準を合わせて引き金を引く。今のポープにロリハラハラ狙撃時の
集中もなければ、それ以前の男に狙いを定めていたときの時の征服感もなかった。殺らなければ殺られる。ただただ
生存本能に刺激された焦燥が彼を突き動かしていた。
銃声に短機関銃の音が混じる。ミシェルが攻撃を開始したのだ。顔を上げると10m程はなれたところで、膝射の
姿勢で短機関銃を撃っている。ポープは立ち上がるとすぐさまミシェルの元に向けて駆け出した。たどり着くと
肩を叩いてそのまま向こうへ。10m程進んだところで膝射の姿勢をとると銃撃を開始する。次はミシェルの番だ。
合流地点はこの"トランスカイ団地"の正面ロータリーだ。ポープはミシェルと交互に支援を行いながら合流地点に
向けて走った。
13-5/9
"トランスカイ団地"正面ロータリーでゲオルグは自らの体をかすめた銃弾に内心で肝を冷やしていた。手近な
植え込みの木に身を隠しながらゲオルグは無線で指示を飛ばす。
「アレックス、車を門の影に移動させろ。」
「了解」
イヤホンの向こうから車の運転手を務めるアレックスの返答が返ってくる。そして、ロータリーのど真ん中に停車
していたワンボックスバンがゆっくりとだが移動を開始した。それを阻止するかのようにアパートの窓という窓から
銃撃が加えられる。合流地点を確保すべくロータリーに散会したチューダーとウラジミールが反撃するが多勢に
無勢という言葉がぴったりと当てはまった。
長くは持たないな。自身も銃を握り、窓から突撃銃を撃つ民兵に銃撃を加えながらゲオルグは考える。マガジン
1本撃ちつくしたところでゲオルグはインカムに向かって話しかけた。
「黄色の1より黄色の2へ、現在位置を知らせよ」
「黄色の2、今B棟を越えた所。もう見えるわ」
ミシェルからの返答の直後に、目の前のアパートA棟の脇から黒い人影が飛び出してきた。"子供達"標準の
黒のアサルトスーツに身を包んだ2m弱の巨体。膝を付いて構える銃は木製のストックが特徴的な狙撃銃だ。
ポープに間違いない。2発程ポープが支援射撃をしているとミシェルも姿を現した。10m程進んだところで彼女も
膝を付き、ポープの移動の支援を始める。その姿にゲオルグは無線に向かって叫んだ。
「もういい、2人とも走れ」
支援は俺たちの役目だ。ゲオルグは銃を構えると、ミシェル達の背後に迫る民兵に向けて引き金を引いた。
銃弾の中をミシェルとポープは駆け抜ける。2人はロータリーを越えて、遂に門の脇に止めてある車に達した。
2人が車に乗り込んだことを確認したゲオルグはチューダー、ウラジミールと共に撤収を開始した。まずは
ウラジミールを車に送り込み、次いでチューダー。ゲオルグは最後だった。車の傍まで退却したチューダー、
ウラジミールの支援を受けながらゲオルグはロータリーを走り抜けた。すばやく助手席に回りこんで、中に入る。
閉まるドアの音を合図に車は発進した。
エンジンの音を唸らせながら、ゲオルグ達を乗せたワンボックスバンは車道に入る。背後からの銃声はやがて
消えた。
13-6/9
動き出した車の中でゲオルグは振り返ると、後部に乗っている人員の数を数えた。1、2、3、4人。全員いる。
後はこのまま"ホームランド"を脱出すればいい。
捻っていた上体を元に戻しながら安堵の息をつこうとしたときアレックスが叫んだ。
「兄サン、前に敵が」
見れば前方の道路の向こうに民兵が横隊を組んでこちらに向かって歩いていた。おそらく他のアパート、
マンションからの増援だろう。
「止まるな、アクセルを踏み続けろ」
アレックスに檄を飛ばしたところで民兵が銃撃を開始した。フロントガラスに次々と蜘蛛の巣状の弾痕が穿たれる。
アレックスとともに上体を屈めながら突破できることを祈った。
エンジン音を轟かせながらワンボックスバンは突進する。行く手を遮ろうとする民兵の銃撃によりルームミラーが、
左ライトが、右サイドミラーが、車の装備が次々と破壊されていく。だが、車の突進は止まない。ついに民兵が白旗を
揚げた。散発的な銃撃を加えながらも、民兵達は道を開けるように左右に散った。かくして開かれた道路を車は側面に
銃弾を受けながらも駆け抜ける。民兵の銃撃は車体後部を激しく叩いていくが、しばらくするとそれも途絶えた。
ふう、と2人同時に息をつきながら、ゲオルグはアレックスとともに上体を起こした。見ればフロントガラスは粉砕され、
側面は穴だらけだ。穿たれた穴からは薄暗い社内に光が差し込んできている。全員無事であることが不思議でならなかった。
「兄サン、この車、防弾じゃないのね」
「当然だ。こんな使い方は想定してないからな」
「想定しておいてほしかったな」
怯えた風に肩をすくめて言ったアレックスのぼやきを、ゲオルグは事も無げに受け流す。弟の手前、ゲオルグは
無感動を貫いているが、内心では銃撃に抗うすべがないことを泣きたかった。
13-7/9
車はアパート群をぬけて戸建て住宅地区へと入る。銃撃は散発的ながら発生していたが、アパート正面での
戦闘のときと比べればその濃度は天と地ほどの開きがあった。おそらく車の速度に主力がついてこれず、たまたま
進路上に存在した部隊のみで抵抗しているのだろう。主導権はこちらにある。ゲオルグの心にも余裕が戻りつつあった。
ハンドルを握るアレックスのために、ゲオルグは前方を警戒していた。ふと前方の民家の屋上に人影が現れる。
筒状のものを背負って。あれはロケットランチャーだ。ゲオルグは全身の毛が逆立つのを感じた。
「回避しろ」
アレックスに向けての叫びとバックブラストの煙がはほぼ同時だった。
ロケットモーターの雄叫びを上げながらロケット弾は突進する。高速で飛来するロケット弾よりもアレックスの
ハンドルさばきが僅かに勝った。急ハンドルを切った車はロケット弾の制御フィンをかすらせつつも、辛くも直撃だけは
免れた。だが、車体を掠めたロケット弾は地面で爆発する。焔とともに吹き荒れる爆風は車体を軽々と持ち上げ、
そのまま横へと倒した。車は慣性の法則に従い幾らか滑ったが、すぐに止まった。
横倒しになった風景に目を回しながらも、ゲオルグは叫んだ。
「脱出しろ」
民兵の銃撃はほぼ同時だった。民家の屋根の上に陣取った民兵の攻撃によって、ただでさえぼろぼろの車体にさらに
穴が開いていく。だが、車両後部に乗っていたゲオルグの部下達は後部ドアから脱出し、辛くも何を逃れていた。
部下の反撃により頭上からの弾幕はいくらか濃度を薄くする。体を丸めて銃撃に耐えていたゲオルグたちも体を起こして
自分たちの脱出を試みた。現状は運転席が下になっていた。何はともあれまずはアレックスを脱出させなければ
ならない。だが、当のアレックスはシートベルトを解いた後、運転席と助手席の間の隙間に体をねじ込もうともがいている。
しばらくもがいた後アレックスは弱弱しくつぶやいた。
「だめだ、出れない」
「何やってる、シートを倒せ」
ゲオルグの叱咤にアレックスははっとした顔を浮かべると、ゲオルグの言葉通り運転席のシートを倒した。車体前部と
後部の間に立ちふさがっていたシートは倒され、その間に障害はなくなる。後部に座席はないし、後部ドアは部下の
脱出の際に開け放たれてたままだ。このまま横倒しになった車内を中腰で進めばすぐに外だった。まずアレックスが
体をひねり起こすと、後部ドアへと進んだ。次はゲオルグの番だった。シートベルトによって宙吊り状態の彼は、
まずはドアの上の取っ手を握り締めて体を持ち上げると、片手でシートベルトをはずした。自由になった体の
全体重を右腕に感じながら片腕で懸垂を続ける。ドア上部の取っ手がギシと鳴った。そのまま彼は足をダッシュボードの
下から引き抜いた。最後に体を90度回転させて、下になった運転席の窓に足をつく。そのまま体をかがめて車の中を
進み、外へと脱出した。
13-8/9
車から抜け出すとと。アレックスが不安そうな顔でゲオルグを見ていた。他の者も、顔は反撃のために敵の
ほうを向けているが、同じ心境だろう。ゲオルグ自身も脱出の足を失ったことに弱音を吐きたくなった。だが、
指揮官の責務と兄としてのプライドが彼の弱みをぎりぎりのところで押しとどめた。ゲオルグは全霊をかけて険しい
顔を作ると、全員に向かって命令を下した。
「車が大破した以上、徒歩で移動するしかない。わかったか。わかったら前身だ」
銃を振るいながら前面に立とうとしたところで、ゲオルグは仕事を思い出した。短機関銃を構えて屋根の上の
民兵に反撃しているチューダーの肩をつかんで引き寄せる。
「チューダー、本部へ連絡しろ。現在位置"ホームランド"プレトリウス通り、車両大破、徒歩にて脱出を敢行中、以上だ」
ゲオルグの小型無線機では廃民街の本部まで電波が届かない。通信手のチューダーが背負う大型無線機が
本部との唯一のつながりであった。
本部への連絡を済ませると、ゲオルグは先陣を切って車の陰から飛び出した。体を掠めていく銃弾に肝を冷やすが、
指揮官としての責任感が勝った。弾雨の中を駆け抜けて、斜め向かいの門の影に身を投じる。息を整えながら
銃を構えると通りの奥の家の屋根に陣取る民兵に向けて引き金を引いた。数発ほど短機関銃を撃った後、
ゲオルグは再度声と手信号の両方で前進の号令を放った。
ゲオルグの支援を受けながらまずミシェルが車の陰から飛び出した。彼女は車を回り込んで、奥にあった家の
門の影に身を隠す。ゲオルグの家の向かいに当たる位置だ。続いてポープが道を横切りゲオルグの隣の家の
門まで前進する。次はチューダーだった。彼は道路を横切るとゲオルグの元に向かった。ゲオルグの脇に膝を
ついて、彼の肩を叩く。
「本部から通信です。増援部隊が来ます。都市道7号線沿い任意の地点にて彼らと合流せよとのことです」
都市道7号線は"ホームランド"を東西に横切る大通りだ。太もものポケットから地図を取り出すと、ゲオルグは
最短ルートを調べた。この通りの先の角を右に曲がり、4ブロックほど進んだところで7号線に突き当たる。
道筋を見つけたゲオルグはすぐさまインカムに向かって言った。
「いいか、向こうの十字路を右だ。後はまっすぐ進めば7号線に突き当たる。」
命令を下した後、ゲオルグは立ち上がると、部下とともに前進を開始した。
13-9/9
屋根を占拠していた民兵の抵抗を退けて、十字路を右へと曲がる。敵の手札はもうないらしい。前方からの
銃撃はなかった。
「走れ」
全員に向かって檄を飛ばす。7号線をゲオルグはゴールと捕らえ始めていた。事実、ゲオルグの考えでは、
7号線が終点であった。7号線に出たら、あとは適当な商店を占拠して篭城するつもりだった。
走るペースは順調だった。これならば敵を振り切れる。増援と無事合流できる。淡い期待がゲオルグの胸中を
占拠し始めていた。
だが、その期待を打ち砕くように、全力で走り続けるゲオルグの耳が、ある声を捉えた。いや、それは息の音だ。
高い圧力で吐き出される吐息。たんが絡み、ところどころを掠れた音色。咳の音だった。
「ポープ」
大声を上げて振り返ると、ポープが足を止めて体を折っていた。
以上、投下完了です。
時間が無いから感想は帰ってきてからします。投下・正義の定義番外篇。
「郵便でーす」
「焔ー、今手離せないから代わりにでてちょうだーい」
「はーい」
正義の定義〜番外編〜
「異形の花屋さん/AnotherWorld」
「郵便です、ハンコ、お願いしますね」
「はいはい」
カンカンと照りつける夏の太陽。外から入る茹だる暑さにチリンと鳴るドアに掛けられた風鈴が
来客を伝える。室内は色とりどりの花に彩られ、香水を純水で薄めたような香りが鼻内を心地よく駆け巡る。
来客は、背中に獣の翼を生やした配達員の少女だった。少女は家の人間に封筒を手渡すと、
「ぁりがとうございましたぁあ〜」
と、文頭が聞き取りにくい挨拶を軽く頭を下げつつ言い、忙しない様子で次の配達へと向かっていった。
「お母さん、なんかお父さんから手紙来てたよ」
「あらあら、今度はエジプトからですって」
封筒を受け取った少女、焔は母親の元にそれを持ってくる。どうやら父親からの物のようだ。
封筒の中身は現地の様子をやや誇張気味に書いた父親の直筆の手紙とピラミッド等の造形物が映った
写真数枚。本人の元気な様子が伝わってくるようだ。
「エジプトかぁ、どんなとこかな?」
焔は父から送られてきた写真を眺め、未知の土地に想いを馳せる。
「ミイラ男とかいたりするかもよ!?」
焔の母親が茶化す。今の時代、吸血鬼や狼男が普通にその辺を歩いている訳で、今更ミイラ如きでは
驚きもしないが。
「おーっす!」
またしても来客。今度は顔見知りの人間が来た。
「ん?あ、タケゾー。学校はもう終わったの?」
「おうよ!」
「こんにちわほむっち!ほむっちのお母さん」
「あらあら、タケゾーくんもカナミちゃんも、こんにちわ」
丸坊主のやんちゃそうな少年、タケゾーとその幼馴染カナミであった。二人とも、通気性の良さそうな
半袖の衣服を着ていた。学校帰りなのか、二人ともカバンを背負っている。
「相変わらずこの店は人がいないなぁー!」
「こらタケゾー!失礼でしょ!」
ゴツン。カナミの拳がタケゾーの脳天に落ちる。鈍い音がした頭部をタケゾーは押さえ「なにすんだ!」と
カナミに詰め寄る。まぁまぁ、と焔の母親が人数分の麦茶を持って止めに入るまで二人が言い争いをするわけだが。
「ぷっはー!うめー!」
「夏場はこれに限るよねー…」
くだらない喧嘩も、この夏を乗り切る心強い味方を口にすればすっ飛んでしまった。薄い褐色の凄い奴。
温いと微妙な味のそれも、夏場でキンキンに冷えたその飲み物に敵うものはいない。それが麦茶。
夏に無性に飲みたくなる飲み物の代表である。
「あはは、まぁ…この花屋が人こないのはほんとなんだけどね」
騎龍親子が営むこの店はお花屋さん。尤も、客は殆ど来ないのだが…
「…おいおい、どうやって店持たせてんだぁ…」
タケゾーは心底呆れたような顔をして言った。
「大丈夫よ〜?企業とかがまとめて買っていったりするし、そもそも固定の顧客さんが居るからまず
食いっぱぐれることはないの」
タケゾーの背後から、焔の母親がニコニコとタケゾーの疑問に答えた。大抵の花屋はそんなもんだろうと
妥当なところである。
店の表のベンチに腰掛ける三人。本日は晴天なり、曇のない一面の青が空という天井を覆い尽くす。
道行く人々を見てみると皆、角があったり獣耳があったり。今となっては人間種以外がこうして街を歩くのも
珍しい事じゃない。
パキパキと、コップの中の氷が溶け音を立てる。溶けて小さくなった氷が、上に乗る氷をささえきれなく
なってカランと音を立てて褐色の水溜りに着水する。
「今日さー、体育の授業の時ふと思ったんだけどよ」
「たまに『ブルマ下に履いてるからスカートめくられてもはずかしくないもん!』みたいなのあんじゃん?」
「うん」
「俺にしてみりゃブルマもパンツも変わんない訳よ!だからあれおっかしいとおもうんだよなー!」
タケゾーはアホみたいなことを言い出した。カナミはまた始まったと言わんばかりにタケゾーから距離を置いた。
「そもそもよ、ブルマなんて、紺色のパンツじゃねーか!ブルマだから恥ずかしいくない!
っていう自信はどっから来んだよ女子諸君!!」
「いや…そんな事聞かれても…ねぇ、ほむっち」
「た、たしかにそうだ…!!」
「いやいや、何真に受けてんのさほむっち。それを認めたら、体育の時間私達みんな
パンツ一丁で授業受けてることになるんだけど」
「え…違うのか?」
「違うわ!お前はどういう目で体育の時間女子のこと見てんだ!」
「…そんなの…年頃の男子にきくなよな」
「キモ!顔赤らめるなキモイ!」
「キモイとか言うんじゃねぇよ!体育の時間パンツ一丁で授業受けてるお前の方がよっぽどキモイわ!」
「だから違うって!」
「え…カナミちゃんパンツ一丁で体育の授業うけt」
「あーもー糠に漬けんぞお前ら!!」
カナミは自分の周りの人間がアホしかいないことに絶望した。
「あ…ちょっと待て。これって、パンツじゃないから恥ずかしくないもんってアレの原理と同じなんじゃね!」
「それだよタケゾー!」
「…二人とも…ホントバカ…」
だがそのバカさ加減があるから、見ていて飽きないのだ。
「夏だなー」
「夏だねー」
「そんな事は言わなくてもわかってるよ二人とも馬鹿みたいに口開けて馬鹿みたいに当たり前のこと言わなくていいから」
「ばかばかうっさいわばーか!ヴぁーか!」
夏になると「夏だねー」って言ってしまうのはなぜだろう?春や秋は桜や紅葉した木の葉を見なければ
季節を実感することなどできないというのに。やっぱり気温か。暑けりゃ夏になるわけだ。そりゃちょっと
待ってくだしいお天道様。外国じゃ冬に水上スキーをできる国もあるわけで、とまぁ何が言いたいかと言うと
日本の四季って素敵よねってことであり。
「つうかもうすぐ夏休みかー!」
「そうだけど?」
タケゾーが思い出したように言う。夏休みといえば子供達にとっては楽しいこといっぱいの大型連休である。
海に山に。祭りに花火に。ぼっちの心を抉るイベント盛り沢山である。
「なーつーやすみはー、やっぱりーみじかいー♪」
「焔まじやめてその歌、まだ夏休み始まってないのに終わった気分になる」
「ポッンキッキで毎日のようにながれてるよ?」
「ポンッキッキだし!」
「いや、二人とも違うから」
「PwwwwwwPwwwww」
「Pちゃんの真似すんな!」
「いっぽんでもwwwwwにんじんwwwwwww」
「ぴwwwぴぴぴぴwwwwwぴーかそもwwwwだヴぃんちもwwwwww」
「コキャ(タケゾーの首を捻る音)」
「あばばばばばばばば」
「…ってぇー…」
首の具合を確認するように首をゴキゴキと鳴らすタケゾー。
「自業自得だし」
「んだとカナミィ…!こっちは危うく天国のおっぱいが見えるところだったんだぞ…」
「ちょっと言ってる意味がわからない」
「天国にいる誰かの脱衣してておっぱいが見えそうだったんだよ…くそ…あとちょっとで…!」
(駄目だこいつ…早く何とかしないと…)
カナミは心の底からタケゾーの頭を心配した。幼い頃からどつきすぎたかなぁ…なんて考える
カナミであったが、恐らくそれは関係ない。
…………………………
「あっ、わんちゃん!」
焔は立ち上がり、ある一点を指を指す。そこには暑さに負け、ゴロンと地べたに寝っ転がる雑種犬がいた。
冬は元気に庭駆け回る犬も、夏の暑さの前にはかなわない。照りつける太陽光の前に為す術も無く
ただただ身を焦がす。焔は犬は毛に覆われているから自分達の数倍は暑いんだろうなぁと思った。
そしてただ見てるのも可哀想なので麦茶を少し分けてやった。
「わー、よくのむねー!」
「よっぽど喉がかわいてたんだーこのワン公」
「わんわんお!わんわんお!」
「お?元気になった?」
「わんわんお!」
「きゃあ!?」
元気になった犬は焔に飛びつき、馬乗りのような状態になる。その感謝の気持ちをぺろぺろと
舐める事で伝える。
「やん!くすぐったいよぉ〜」
(今の声なんかエロい…)
「おい何鼻の下伸ばしてんだカナミ」
いつの間にかカナミの背後にいたタケゾー。驚いたカナミはビクっと肩を震わす。
「別に、鼻の下なんか伸ばしてないし!」
「どうせエロいことでも考えてたんだろ」
「た、タケゾーと一緒にしないでくんない?」
「俺はちゃんと女性器のことしか考えてねぇよ」
「何がちゃんとなんだよおい」
「つーか、この焔と犬…端から見たら獣姦に見えないこともねーよな…獣姦ワッショイ!」
「おまわりさーん」
「くぅーん…」
「なんかいついちゃったね、この犬」
「ただ単に日陰に寄ってきただけだろうけどなー」
三人の座るベンチのとなりで、だらしなく横たわる先程の雑種犬。見ているこっちまで力が抜けて
しまいそうなだらけっぷり。癒し系である。脱力系アニマルと言うのは、どうしてこうも愛らしいのか?
それは簡単な事。動物とは普段本能的に何に対しても警戒を怠らないものである。特に犬なんてものは
元々狼の血筋な訳であるから尚更である。そんな動物たちが無防備になるそこに何かがあるというか…
わかりやすく言うと「ギャップ萌え」である。
「くそこの獣姦未遂め…焔を獣姦するのは俺が先だいうのに…あぁ母乳飲みてー…ウヒヒ…」
タケゾーが何かブツブツ言っていたがカナミは聞かないようにした。
『ネコニャンダンスネーコニャンダンスーネコニャンダンスー♪(デレデデッテレ)』
「あ、カナミちゃん携帯鳴ってるよ」
「あ、ほんとだ」
「今時の小学生は生意気にも携帯なんぞ持ってんのか、全くエロ動画落とすことしかしないクセに」
「うっさいわタケゾー!…えー…スタンディバーイ」
「・・・・」
「・・・・」
「早く出ろよ」
「あたしがボケるとこの仕打なんなの」
「わかるよ!555のデルタの真似だよね?」
「やめて!ネタ解説とか一番きついからやめて!」
「いいから早く出ろよベント」
「言われなくてもわかってるベント」
「…で、何の電話だったんよ?」
「なんか『虹の根元って触れるんですかぁ?』ってだけ言われて切られた」
「…彼は今何をしているのだろうか?」
「知り合い?」
「しらねーよ」
「タケゾーって言葉のキャッチボールする気ないよね」
何をする訳でもなく、暇を持て余す三人。僅かな風も、この暑さでは熱風でしか無い。
地球温暖化だ何だと根拠もなく騒いでいる連中の話をホイホイ信じてしまいそうな暑さだ。
そんな暑さだから、外出する者も殆どいなくなった。誰もいない街中。都心から少し離れたこの街は、
そこまで田舎というわけではない。地方都市程度の栄え具合か。近くに海があって、塩の香りがする
良い街だ。三人ともこの街が好きだった。もし自分達がこの街以外に生まれていたら、
きっと碌な目にあっていないだろうと理由もなくそう思っていた。
ふと、この炎天下の中、一人のがたいの良い男が歩いているのが見える。何やら色々荷物を抱えているようで辛そうだ。
「おーおっちゃん辛そうだなー!どうしたん?オナ禁してんの?」
タケゾーが男に声をかける。あんまりにも辛そうな顔をしていたのでつい声をかけてしまったようで。
「ん?あぁー…ちょっと何か、飲むもんはねぇかな嬢ちゃん達」
「麦茶がありますよ、どうぞ」
焔はコップに麦茶を注ぎ、男の元へと持っていく。男は「ありがてぇ!」とぐびぐび麦茶を一気に飲み干した。
豪快な飲みっぷりだ。顎に飲み零した麦茶の雫が伝う。雫が垂れそうになったところを男は腕で拭い、
焔に感謝の言葉を述べた。
「いやぁ、悪いなぁ嬢ちゃん達。こんな見ず知らずのおっさんに飲み物を恵んでくれるなんざ…
最近の若者も捨てたもんじゃねぇ…」
「いえいえ、こんなものでよければ…お役に立てて嬉しいです」
「へへ…俺はね…割れ鐘ゴンドーっつー名前で噺家をしてるモンなんだがな、
お礼に一つ、小噺でも聞いてみてくれないかい?」
「ほんとーですかぁ!噺家さんだってカナミ!タケゾー!」
「ほぇー」
「聞いてやらんことも無いぜ!」
「おうおう。じゃあ一つ御咄を……語りはあっし、割れ鐘ゴンドーが努めさせていただきやす…」
…………………………………
「…てなもんで、この話は終りでごぜえやす…」
「わー凄い」(ホントは微妙だなんて言えない)
「なんていうか…あんまり面白く無いですね」
「わー!ほむっち何本当のこと言ってんの!?」
「おまえもおまえも」
「ハッハッハ…正直な嬢ちゃんだなぁ〜!」
男、ゴンドーの口からは軽い笑いが出てくる。焔の言葉にショックを受けるかと思いきや、
案外本人も自覚しているようだった。
「まぁ、今んとこはつまんないけどよ?おっちゃんはこれから仲間をた〜くさん集めて。一座を開く
つもりなんだ。一座が形になった時に俺の話、聞きに来てくれよ。そんときゃたっぷり笑わせてやる。
覚悟しとけよ〜?」
ゴンドーは自信に満ちた笑みを浮かべて言った。
「そうだったんですか…あ、そうだ」
焔は店の中へと引っ込んでいく。数分後、店から出てきた焔の手に抱えられていたものは、ピンク色の
花びらが内側に向いて曲がっている花だった。
「嬢ちゃん…これは…?」
「ルピナスの花です。花言葉は『多くの仲間』…沢山のお仲間ができるといいですね?」
「おお…あんがとよ…嬢ちゃん…!」
「ほむっちやる〜!」
花を受け取ったゴンドーは、三人に別れを告げた。そして、またこの炎天下の中を進んでいく。
ゴンドーの旅路は明るいものであった。まだ見ぬ仲間に希望が溢れている。ゴンドーの足取りは、
心なしか先程よりも随分軽くなった。
「にしてもさっきのほむっちの粋な計らいには感動したよ」
「ほんとほんと。焔は頼れる姉って感じだよなぁ〜」
「何で姉なのかな…?」
「あれ、なんでだろ?」
……………………………
「いらっしゃませこんにちわー」
「こんにちわ」
花屋に珍しい来客だ。黒く美しい髪…陽の光にあてられずに育ったのかと言うほど白い肌。
そんな美女が店内へと入っていった。
「…今の人、凄いべっぴんさんだったねー」
カナミが珍しいものを見るような目で店内を覗きつつ言う。同性の目から見ても美人…なのだろうか?
「でもあんまりペロペロしたくなるような顔じゃなかったな。キリッ」
「タケゾーはもう黙ってた方がいいよ」
「何者にも俺の自由を止める権利は…ない!」
「法に抵触したら嫌でも止められるだろうけど」
「童貞捨てるまで俺は死ねない…!」
「キモイわーこの人」
「あはは…」
さすがの焔も若干引き気味であった。
「すみません」
ここで店の中から先程の美女が出てきた。
「どうなさいました?」
これでも店の人間である焔は美女に応える。
「あなたこの店の方ですよね?」
「はいそうですよ?」
「花を…選んで欲しいのです」
「へぇ…親族の方に会うんですか…」
「そうです。たくさんいますから、たくさん買わなくてはいけません」
美女の名前はかぐやといった。何でも全国にちらばる親戚に会うため徒歩で旅をしているそうだ。
因みに彼女ではなく彼だった。
「徒歩で…大変ですね…」
「大変です。けど苦ではありません。会いたいですから、皆に」
「…それじゃあ私からもこれを」
焔は山茶花をかぐやに手渡す。
「これは、山茶花ですね」
「困難な旅になるでしょうけど、それに打ち勝ってください!…って願いを込めてみました」
「…ありがとうございます。有り難く、受け取っておきましょう」
かぐやは花を受け取り、花束に加える。そしてそれをレジに持って行き、会計を済ませると
焔に軽く会釈をして、店のドアのノブに手を掛けた。そして去り際に一言、こう言った。
「お互い、色々苦労しましたね。では、さようなら…」
「…?」
焔はその言葉の意味を理解することはできなかった。意味深な言葉だったので…頭の中には強く残ったが…。
「えー!?さっきの人男だったのォー!?」
「うんそうみたいだよ」
タケゾーとカナミは酷く驚いているようであった。
「世の中には不思議があるもんだ!ねぇタケゾー」
「おち○ちんありでも私は一向に構わんッッ!!」
「あ、そうかこいつ何でもイケる口だった」
「俺の自慢の同田貫とおちんチャンバラしてほしかったなぁ…たのしいだろうなぁ…」
「なんだおちんチャンバラって」
「そりゃおまえ、おちんp」
「ああわかったから。もうそれ以上言わなくて良い」
「股間にフォースが集まって俺のライトセイバーはダークサイドに落ちちまった…だと!?
う、うそだあぁぁぁぁーーー!!助けてケノービ!」
「 黙 れ !」
常識的に考えてケノービじゃなくてオビワンとよんでやれと思った。
………………………
日が落ちる。時刻は6時を過ぎた。気温が下がり、暑さも和らぐ。
赤から青に変わる黄昏の空に哀愁漂う街の情景。そろそろ街灯に明かりが点り、街は夜の姿へと
衣替えすることだろう。
タケゾー達もそれぞれの両親が待つ家へと帰ることにする。帰れば何てこと無いいつも食べてる母親の作った夕飯とロードショーで毎年やるラピュタとか、時かけとかが待っていることだろう。
「じゃあな焔!また明日ー!」
「ほむっちじゃあね〜」
帰路へつく二人を見送る焔。街中へ消えていく二人を確認すると、焔は一人、店のベンチに腰掛けた。
「あぁ、なんだか…充実した一日だったなぁ…」
今日やった事といえば、カナミ達とくだらない話をして、ゴンドーに麦茶を差し入れ、そのまま噺を聞いて、
かぐやの花を選んで…って結構色々やっていた。
「…でも…なんだろう…?」
「…この、何か物足りない…何かが足りないような…そんな感覚…」
焔の今はとても充実していた。充実しているはずだった。
にもかかわらず、心にポッカリと空いた大きな穴。焔はこの穴の正体がわからないでいる。
「私は…」
―誰か大切な人を…忘れている気がする…―
「…?何でこんな事を…?」
この世界とは全く逆の、悲しい世界の事など、この焔は知らない。当然…”彼女”の事も知るわけがない。
「…わからない…わからないけど…」
あるはずのない記憶など、思い出せる訳が無いのである。
「この世界で生きてるからね、私達は。元気にやっているよ?」
私の、大切な…――へ…
「…って、誰に言ってるんだろ…」
焔は店の中へと入っていく。花屋はまだまだ営業中。次の客をただ、静かに待っていた。
潮風が吹く、この街で。
―…これは、誰かが願った夢の続き。
―…誰かが望んだ、世界の物語。
次回予告
…さて、来週の正義の定義は…!
―「ただいま戻りました、第二英雄…王鎖珠貴」
―『私は、この人の事…知ってる気がするな…』―
―「…おまえがななばんめですか…?」―
―「…私に構わないで。邪魔」―
―「ヤツが開発した…通称"フュージョンデバイス"…」―
―「三人で掛かってきても構いませんよ?私は強いですから」―
―「あなたの意思は、私が継ぐって決めたのに…!」―
―「正義って、なんだろうね…?」―
次回・正義の定義
第七話
「12人の英雄」
消されるなシェアワスレ
忘れるなその投下
投下終了。本編とは関係ないパラレルワールドということで。
この世界の設定としては
・本編第一次異形掃伐前から分岐して、掃伐は起こっていない。
・異形という概念がそもそも存在しない。〜種という呼び方で人間もそれの一種族でしかない。
・断層が出来ていない。地震にによって出来た小さなひび割れから悪い異形はちょろちょろ出てきたけど
古き異形と人間達が手を組み、悪い異形は未然に駆除され古き異形達によって
異形の湧き出る根源を突き止め絶たれ文明破壊も起きなかったために魔素研究も殆どなされていない。
異形達も普通に生活するようになって今じゃ珍しくも無いって状況。
文明は現代の日本とそう変わらない。共存の世界。
みたいな感じで。この世界のかぐやさんが多分無改造で単に親戚が多いだけだったり
タケゾーが本編のようなしがらみが無いために性の解放をして性格がアレになってたりしますが。
みんな幸せな筈の世界です。多分。
すげえ投下ラッシュw
ラジオ放送が締切りみたいになってるぜ
>ゴミ箱の中の子供達
女性の動きとかを見るとホームランドそのものが敵なんだろうか……ゲオルグさん大変だぁ
ポープの怪我が致命傷ではない事を祈る!
>正義の定義
こういう世界の展開になっていたらそれはそれで妄想が膨らんだなぁ
向こうで逝った人のみが登場と言うのがなんとも……
カナミは百合系か……いいな!
タケゾー変態方向にベクトル向き過ぎだろwww
241 :
代行:2010/06/19(土) 21:48:27 ID:fETKCyRz
>>『ゴミ箱〜』
撃つ!! 走る!! この疾走感!! 散りばめられたアイテムの手触りまで感じる絶妙のテンポにいつもながら感服です。
しかし、ポープは俺の危惧通り…
>>『正義〜』
こちらのテンポもお見事!! そしてシェアードワールドをツールとして使いこなす貪欲さは今後の範としたいところ。
かぐややゴンドーも以て冥すべしかなw
>白狐
もう匠とクズハちゃんは公認カッポーなんですか?
匠ェ…
>ゴミ箱
相変わらず丁寧な描写で情景が容易に想像できます。
特に射撃の部分はホープの視点が良く伝わってきて濡れます。
皆が避難所に沢山絵投下してるよ!いい流れだ、感動的だな。
あたちもうpするよ!
ttp://loda.jp/mitemite/?id=1178.jpg 正義の定義に表紙が有ったらこんな感じ。
自キャラでごめんね!スク水幼女大好き!
匠とクズハはカッポー云々じゃなく、傍にいて心地よい家族という感じでしょうか
匠視点では
シノダ編「愚猫と賢猫」
――愚猫は生に学び、死を以て閉ず。
賢猫は書に学び、死を以て成す。
蛇の目邸書庫の奥深く、立ち並ぶ様々な書物を見守るようにして、我が一族の書き残した
古文書が安置されている。
この古文書には、一族とエリカ様のこれまで歩んできた歴史が大変上品に筆記されている
のだが、かく日記の様を体する古文書であるため、極々稀に走り書きと思える文も見受け
られ、先の文句はそこから引用したものに他ならない。
さてこの一節を紐解くに、果たして私は賢か愚かとなぞらえてみると、つまり私は賢猫を
気取ろうとして虚しく散桜した愚猫だったのではないかと推測する。
自らを貶めるは少々勇気の要ることではあるが、私は道場での一件より後、自分の学識に
磨きをかける為、こうして日々書庫へ篭っているという訳である。
「タバサー、どこにいるのー?」
遠く、エリカ様が呼ぶ声にぴくと耳が立つ。
ともあれこの蛇の目邸にあって取り急いだ用事などがあるはずもなく、私は開いていた頁
を一通り読み終えてから、古文書を丁寧に書架へと戻した。
得てして勉学というものは集中力を要するため、私は気が散りそうだなと感じた時は無理
をせず休むほうが良いと思っているからだ。
――はいはい、タバサはここにおりますよ。
散気している脳に無理やり学を貯めようとしても、それでは笊に水を通すが如く流れ出て
しまうから、ならばそこへ余計な知識でも流しておけば、いずれまた目もつまるであろう
という寸法である。
扉を押し開くと廊下にはなんとも言えない甘い香りがほんわりと漂っており、エリカ様が
私を見つけてにこやかに手招きをしていた。
エリカ様は邸にある間、非常にのんびり穏やかとした生態であるが、こと料理に関しては
類まれなる力量を発揮されるそうで、歴代従者のうち数名曰く「時かからずして主が望み
を叶えるも良いが、時永くして美味三大を嗜むもまた良し」と云うことである。
美味三大。
ひとつ、カガミ池より捕れし鮒と旬菜の和え物。
ふたつ、油揚げで豆腐をくるんだシノダ巻。
みっつ、イズミにて育まれし小麦を用いたホトケ焼き。
中でもホトケ焼きに関しては、滅多なことではお造りになられない「美味中の美味」との
ことであり、つい先日何度目かにイズミを訪れた折に、エリカ様が商店にて小麦粉を買い
求めておられるのを見て、これはもしやと思索していたところである。
また、名称については「美味三大」著時には誤ったやり取りがあったらしく、正式な名を
仏焼き改め、ホットケーキと呼ぶらしい。
さて私はここでどういった対応をとるべきか、まるで分かっていたかのように走り急ぐの
もあさましい。とりあえずなるべく落ち着いた風を装いゆっくりと扉を閉め、急く足並み
を落ち着けながら、私は主と香りの元へ導かれていった。
† † †
――全体どうされたのですか。
わざとらしく聞いてみると、エリカ様は「ホットケーキ作ったの」と事もなげに仰られる。
私は「やはり!」と心中稲妻が走り少々動揺を浮かせてしまったが、エリカ様は特に気に
することもなくテーブルに頬杖をつき、にこにこと私の顔色を伺っておられた。
はて一体どのような魂胆があってのことかはともかく、食べてもよいとのことであったの
で椅子へと跳び乗ってみると、目の前にはナイフとフォーク、それから白い皿の上に輝く
ホットケーキが鎮座している。
ははあこやつがホットケーキか、まるで銅鑼焼きの生地のように見えるが、表面は異して
つるつるぴかぴかとしているではないか。
「久しぶりだったから、上手にできたか分からないけど」
古文書のおかげで食す手順はおおよそ分かっているが、果たして上手く出来るかどうか。
恐るおそるナイフの刃を生地へ乗せてみると、かさと僅かな抵抗を一重、ふわと力込めず
に刃が刺さった。そこからきらりと覗く金色の海綿からは、先刻嗅いだ芳しい湯気が立ち
昇り、私の顔を覆う。ぐいと深く刺す程に、むうと深く薫る。私はそうしてついに円盤状
のごく一部を手にするに至った。
「イズミにね、甘味処が出来たんだって」
一体何のことか、私はともかく切り取られた一部にフォークを突き刺すことで精一杯だ。
持ち上げた欠片はまるで「助けてくれ」と言わんばかりに湯気を上げているが、残念貴殿
に助かる術はない。
私はそんな言葉を視線に代えて睨みつけながら冷めるのを待つ。妖魔とはいえど猫と祖を
同じくするがゆえ、猫舌であるからだ。
「それから今年は夏祭りがあるみたい」
じっと湯気を凝視し、そろそろ頃合いかと大きく口を開ける。切り取りがやや大きかった
のか少々食み出るも、フォークでぐいと押し込み、逃げようとする芳香ごと閉じ込めた。
口腔に染み広がる程よい甘みが、噛みしめるたびに鼻腔を通り抜ける。
それはこの世の食べ物の味なのかと感嘆するほど甘美絶妙極まりなく、これをエリカ様が
お造りになったとは誠信じがたい。
「うーん、そうなるとタバサも人化できた方が便利よね」
しかし、咀嚼何口目かにしてついに異変が起きた。
口の中では海綿然としたホットケーキと唾液が戦っているのだが、少々圧され気味なのか
これを無闇に嚥下することができず、無理を働いて喉に詰まらせたとあっては格好が良く
ない。私は自らを奮い立たせるが如くフォークとナイフを握り締め、テーブルをどんどん
と叩く。
――頑張れタバサ、負けるなタバサ。
小さき身体がゆえ、手を動かせば自然と頭も動く。すると自分では気付かぬうちに何やら
大げさなことになっていたらしく、エリカ様は慌てた様子で冷蔵庫へ走ると、ミルク瓶を
持って戻ってきてくださった。
「だ、大丈夫?」
私は両の手ではっしと瓶を掴み急いで口へと運んでみたが、既に口の中は満員御礼の札が
上がっており、どれほど流しこめば良いのかも分からない。取り急いで極々少量のミルク
を流してみると、これがなんとみるみるうちにケーキたちを弱らせ始めたのだ。
こくりと一口ミルクを流せば、ふわりと香りが満ちる。ミルクを含んだケーキは観念した
と見え、程よい甘さの中に旨みを宿し始めた。凄まじきはミルクの威力、此程の破壊力を
持っているとは、まさに異形の飲料。
「美味しい?」
私は返事の前に口の中のケーキを喉へと流し、ふうと一息ついて見せる。
なるほどこれがホットケーキか。古文書による前知識はあったもののミルクとの兼ね合い
がまた素晴らしいではないか。二つの調和が大事とあらば、それを踏まえてもう一つ頂き
ましょう。
――まあまあですね。
再びナイフを降ろしてみると、ケーキはまだまだ温かさを失ってはいないようで、もわり
と湯気が上がる。
「でも嬉しそう、よかった」
その向こうではエリカ様が両頬に手を添えて、だらしなく笑っていた。
† † †
愚猫は生に学ぶ。
確かに古文書にはホットケーキが如何なるものかの記述はあった。しかしこうして実際に
食してみないことには、その美味や幸福感は味わえぬのではなかろうか。真を知らずして
真を語ることなかれ、つまり書とは生の記録である。
賢猫は書に学ぶ。
してみると今の私は愚猫であるとしても、この経験を書に残して、それを歴史として学ぶ
ことができるのなら、やはり賢猫足り得るのではないかと結論する。
私は自分の導いた解答に頷き、空になったホットケーキの皿に対して深くお辞儀をすると、
エリカ様がそれを片付けながら、不思議そうな顔で呟いた。
「変な子ねえ」
――いえいえエリカ様、タバサは賢いのです。
つづく
以上投下終わりです。
>それはこの世の食べ物の味なのかと感嘆するほど甘美絶妙極まりなく、これをエリカ様が
>お造りになったとは誠信じがたい。
ひどいwww
でもエリカ様の手料理で死ねるのなら従者冥利につくと思うんだ
今度はタマネギが入ったお好み焼きに挑戦だね!
タバサかわいいのうw
乙です
美味三大、ホットケーキが一番手軽な気がするんだがwwww
代々味覚は子供なんだろうか
タバサ……主の言う事はしっかり聞いておきなさいwwww
ナイフとフォークをどうやって使ってるんだろう
匠www
>>251 感動した!
耳のとこのもふもふをぎゅってひっぱりたい。
そしていまさら感想
>白狐と青年
おおう、彰彦が和泉入りとな?
実は結構興味のある存在だったりするんだよね。
しかしキッコ様の素ボケは萌えるぜ……
>ゴミ箱
ポープ、肝心な時に!
実は俺も百日咳ぽいんで気持ちが痛いほどわかるぜ!
あの痒みを堪えるのは辛いんだよね。
ちゃんと逃げれることを祈るばかりだ
>ふぇ
こういうのもいいなあ。他の方も書いてたけど、お亡くなりになったキャラだけに
楽しそうなのに悲しい、不思議な話だった……
俺のこのGJよ、届け!
なんか武器っぽいぞw
もう口付けて食おうぜww
表紙すげえww
匠www
tst
まず最初に、すみません
そろそろ他作者さんの、レギュラー級使いたいと考えて、すみません
タバサちゃんお借りしました
あのキュートさにね、めろめろなんですよ
問題は使いこなせていない事、これしかありますまい
なので、最初に、すみません、……と
「く、くくく、くははははは、はーっはっはっはっはっはっ!」
「おや店長、とうとう自我が崩壊しましたか」
「帰って早々酷いな、真達羅」
「お帰りなさい、店長」
「ことばがあたたかい……俺にも帰る場所があったんだ……」
「はいはい、それはいいですけど、何かあったんですか。えらく上機嫌ですね」
「その前に真達羅、これだけは言わせてくれ」
「何です」
「ただいま」
「店長って変なところで律儀ですよね」
「緩急自在の陰陽変幻、動静の機微に富んだ男、俺」
「それで、抱えてるそれは何ですか。空瓶じゃないですよね?」
「おう、聞いて驚け見て笑え。これほどの上物はめったに手に入らんからな。笑いが止まらんぜ。
ふっふっふっ、はーっはっはっはっはっはっはっ! ひひひ! ひゃははは!
うっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ! ぴーひゃららら! ぷぷくぷっぷっぷー!
でゅでゅでゅでゅでゅでゅぱぱぱぱぱぱ!」
「アドレナリン出すのほどほどにしましょうね」
「はい」
「それで、結局なんですその……なんです、それ?」
「ふっふっふっ、逸品だ」
「お酒……でしょうか?」
「いいや、違うな。無粋なアルコールたぁわけが違う。もともと僧侶が作ったものでな、くっくっくっ、ほいほいとこいつを注文した客が虜になるのが目に浮かぶぜ」
「はぁ……そんなに凄い品なんですか?」
「由緒ある品だぜ。この国最初の乳酸飲料だ」
「はぁ……そういわれても、私が現世に出てまだ10年と経ってませんよ。由緒と言われてもちょっと……」
「えぇい、勉強不足め。初恋の味……戦時にこんな風に謳って軍人に不埒なキャッチフレーズつけんな、と怒られたほどの品よ」
「戦時って……えーっと、第一次掃討戦とかでしたっけ?」
「世界大戦だよ、一次か二次かはどうだったか……俺もじいちゃんから聞いた話だからなぁ。流石に朧だ」
「はぁ……それ、いつです?」
「20世紀半ばだよ」
「そんな話、私が知ってるはずないでしょう」
「やったね真達羅ちゃん、知識が増えるよ」
「いや、それはいいですけど、結局それは何なんですか?」
「うむ、カルピスという。店の外に張り紙で宣伝しといてくれ。謳い文句は初恋の味、これしかねぇな。真達羅、百聞は一見に如かずだ。一杯いってみろ。甘いぞ」
で、原液を振舞われた真達羅は盛大に白濁を噴出して桃太郎をぶん殴ったという顛末につながる。
◇
その日、タバサは和泉に来ていた。
無論、主人である蛇の目家当主、蛇の目エリカに従っての事である。
当のエリカはと言えば、隣にいない。
現在、道場の縁側で最近できた友人とお茶をしているはずだ。
友人なるは坂上 匠なる青年の争奪を機に、殺し合って巡り合ったクズハという少女の事である。
もろもろ妖魔主従の勘違いを発端として道場をずたずたにした一件からこちら、良い友好関係を築けている。
二人とも見目の年頃近しく、眠っては起きるを繰り返すエリカと、まだ幼さの残るクズハでは精神もあう様子だった。
話相手として、きゃっきゃうふふと乙女チックワールドを展開するのに適当なのだ。
というわけで、主人を放っているわけではなく、友人との一時を邪魔せぬ配慮としてタバサはエリカから離れている。
目的は特にない。
強いて言うならば和泉の探索である。
すでに和泉には何度か足を運んでいるのだが、まだ見ぬ場所は少なくない。
匠より、そうほいほいと妖魔が街をうろつくなと釘を刺されているがなんのその。
万が一の場合に備えて、地理を把握しておくにこした事はないはずだ。
さて、そのような事情にて。
タバサはある文字を散策中に発見したのだった。
恋。
そう、恋という一文字である。
何気なく、人気も少なく、街並みも寂しげになってきた場所で。
――あま、あじ、ナントカ、カントカ、が、しま。
かような看板の店に張られている張り紙に、その一文字は鎮座していた。
それほど豊富に漢字を知り、操れるわけではないタバサである。
しかし、この一文字だけは見逃せない。
何せ主人であるエリカの、今回のわがままそのものであるのだから。
『初恋の味、はじめました』
――はつ、こい、の、あじ、はじめました。
すべてを読み上げる事叶ったタバサはそこで雷に打たれたかのように動けなくなってしまったのだ。
戦いと恋とはまったくの別物であると諭されたのはつい最近。
では何かと言われて、明瞭明晰な答えを得たというわけではなかった。
生殖行為につながるというのは正しい。
生殖行為という終わりにつながる過程であるのは間違いがないはずだ。
しかし、その過程。道筋。道のり。
生殖行為と言う終わりは見えていても、恋というそれに至る道が分からないのだ。
それがこの店では、五感の一つで体験できるという。
まさに、現状の己のためにある店だとしかタバサは思えなかった。
「おや」
そんなこんなで。
呆然と店先で「恋」の一文字に見入っていたタバサの耳に、優しげな声。
店から一人の、青年が現れたのだ。
「これはかわいらしいお客さんですね。こんにちは」
柔和な面持ち。優しげな気配。まろやかな微笑。
包容力と理性と知性を匂わせる好青年である。
「中に入りますか? もう暑くなってきてますからね。冷たいものでもお出ししましょう」
なんとも自然に、話しかけてくる真達羅にタバサは訝しがる。
己の容姿について、客観的事実だけを簡潔に述べれば猫だ。
多少、翼とかリボンとか装飾があるけれども、猫であるとしか認識できまい。
それがどうだ。
まるで話が通じるかのように、真達羅はしゃべりかけてくる。
動物へ語りかける人種がいるのも知っているが、これではまるで……
そこで、ふと気づく。
匂いだ。
この店員らしき男。
この人間らしき男。
人の匂いが、……
――質問をしてもいいですか?
ためしに、タバサが青年へと語りかけてみた。
常人であれば、にゃあにゃあ言っているとしか知覚できぬはずの発声。
で、あるのに。
「はい、どうぞ」
青年が頷いた。
もうこれで、質問する必要もない。
返事をする。ただそれだけで、もう解答を得たようなものなのだから。
しかしタバサはこう尋ねるのだ。
――あなたも妖魔なのでしょうか?
青年は笑った。
「はい、そうですよ」
◇
タバサはテーブルの上、青年が敷いてくれた座布団へ座し店内を見渡した。
実に和風な造りであった。
古臭く感じてしまうが、しかしどこか郷愁誘うような雰囲気。
「どちらからいらしたのでしょうか?」
平たく底の浅い皿に注がれた麦茶を出され、まずタバサはそれを頂戴する。
程よく冷えて、猫舌にも親切なおいしいお茶だ。
――信太の森にあります蛇の目家です。その専属従者、タバサと申します。
「これはご丁寧にどうも。真達羅と申します」
――人化がお上手なのですね。
「もともと人間くさい、と言われる性質でしたので、しっくりきたようです。ただそうでなくとも、この和泉はなかなか人外に寛容な空気がある様子。いつか素面を受け入れてもらいたいですね」
――魔性の少女が馴染んでいるようですから、難しくなさそうですよ。
自分も、そうだ。
気づけば和泉には道場に遊びに行ったり、普通に買い物しにきたりと、随分と馴染んでいる。
「お名前だけは耳にしています。確かクズハさん、と」
――はい、我が主のご友人にあらせられます。
「ははぁ、ではご主人様というのも……」
――吸血種です。
「う〜ん、京ほど人魔が共存してるように思えてきました」
――上方ですか?
「はい。以前私は、そこで仕事をしていましたから」
――この店のような?
「いえ、……もう少し、血なまぐさい仕事ですよ」
――失礼ながら、あまり荒事を対処できる方には見受けられませんね。
「ですから、今はこうやって、お店屋さんをやっているんですよ」
やはり、言うような血なまぐさい仕事をしていたという風体には見えなかった。
ただ静かな優しさと穏やかさばかりが強く滲む。
はた、とタバサが思い返す。
そう、そうだ。
なんのお店屋さんか。
恋を味わわせてくれる、お店屋さんではないのか。
今回の目的は、それである。
――あの。
「何でしょう?」
――恋を味として、ここでは振舞っていただけるのですか?
「おや、おやおや、あれに興味を持ちますか」
――とても。
「うーん、ちょっと待ってくださいね」
微苦笑しながら、真達羅が調理場に姿を消してしばし。
すぐに戻ってくると、その手には平たく底の浅い皿。
タバサの前に配膳されたそれには、白濁の液体が注がれていた。
――これが……
これが、恋の味がするというのか。
すんすんと鼻先を近づければ甘酸っぱい匂い。
ミルクよりも濁った色合いである。
「カルピスというものです」
――カルピス。
ちろ、と舌がカルピスを舐めた。
甘い。冷えたそれは実にまろやかだ。
――甘い……
「私は恋をした事がありませんから、本当にそれが初恋の味かどうかは判別つきかねますが、おいしいでしょう?」
――そうですね……そこそこです。
「これは手厳しい」
真達羅が微笑んだ。
ミルクよりもやや呑みにくいが、十分美味だ。
間をおいて、真達羅と会話をはさみ、タバサはカルピスをすべてその舌ですくい上げきった。
甘酸っぱい味わいは、ちょっと経験した事のない味覚である。
タバサの表情は自然、緩んでいた。
――ご馳走様でし……
そこでタバサが固まった。
そういえば、お金を自分は現在所持していない。
小銭を入れた蟇口はエリカの手元である。
それを察したのか、真達羅がゆるく首を振った。
「御代はかまいませんよ」
――え、でもそんな。
「実は私、暇だったんですよ。ですのでお話相手がいてくれて、とても有意義に過ごせました。それが御代です」
――あ、
ありがとう。
そう、タバサが言いかけた刹那である。
店の戸が開いた。
「おう、真達羅、かわいこちゃん連れ込んでるじゃねぇか」
定時連絡を門谷に報告しに行っていた桃太郎である。
こいつが帰ってこなければタバサと真達羅の穏やかな時間で終わった話を。
そうは問屋が卸さない。
「あ、店長」
「おう、おう姉ちゃん、そいつはカルピスだな? 品書きに出して早速とはなかなか目が高ぇ」
――あの、こちらの方は?
「この店の店長です。桃太郎気取りの変な人ですよ」
「おっと、そいつは違うぜ。俺は桃太郎の、おじいさんの役割だ。それが桃太郎の仕事を取って、犬猿雉のする事まで一人でやった男さぁ」
「ね、変な人でしょう」
――はぁ……
ちょっと、タバサが得手とするテンションではなかった。
なんというか、えらく活力がある男だ。
闊達なしゃべり方一つとっても、緩やかな真達羅とは正反対である。
「ちなみに……」
そして真達羅は注釈するのだ。
「半分異形です」
「そっちはアレだな、地震の後に出てきた類の妖怪変化じゃなさそうだ」
――信太の森に古くからあります蛇の目家、そちらで専属従者をしていますタバサと申します。
「はぁん、おいタバサ、お前いくつだ?」
――……生まれて4年になります。
「おっと、こいつぁ……」
目をしばたかせ、質問の意図をつかめずにいるタバサの目の前で。
桃太郎が額をたたいた。
「真達羅のストライクゾーンじゃねぇか」
「言っておきますけど人間年齢に換算すると30超えてますからね」
「いいや、猫としてみるのがおかしな妖魔だ。4歳は4歳として捉えるべきだろう。おいタバサ、良い事を教えてやろう。真達羅って、ロリコンなのよね」
――ロリコン!?
タバサに電流が走る。
ロリコン。
知っている。
知識としてタバサはその単語を頭脳に抱えている。
何でも成熟していない女性に対して欲情するはなはだ道を踏み外した輩の事だ。
そして自分は麗しく華も恥らう4歳。
この真達羅という青年が、いくいつかは知るまいが、なるほどロリコンであれば照準の内ではあるまいか。
そして気づくのだ。
思わずタバサが一歩、後ずさってしまう。
ロリコンは、言うなれば未成熟な女子に淫らな思いを寄せる。
それは突き詰めれば恋するという事であり、そして最終目標は生殖行為と結論付けて違いあるまい。
ならば茶やカルピスを無銭で振る舞い、油断を誘って隙を突かんとしていたと想像に難くない。
商店である以上、金銭的な感覚をしっかりと持って経営に当たるべきである。
ならばそこから外れる先の真達羅の行為は親切以上の何か含みがあっておかしくはない。
そう思考するタバサの頭脳で、まるでパズルが出来上がるかのように一つの画が浮かぶ。
すなわち、真達羅の一連の行動の真意である。
タバサを店に招き入れ、無償で茶とカルピスなる飲料を振る舞う。
何気のない一幕であるが、待って欲しい。
このカルピスなる飲料だ。
茶も、店という金銭が取引されるシステムの場も知っているタバサだがカルピスの知識は持ち合わせていない。
つまり、真達羅がどう表現しようともタバサはその裏を取れないのだ。
振舞われたカルピス。
初恋の味。
ロリコン。
欲情と恋と生殖行為。
ここで一つ、ぽっかりと抜け落ちてしまっているからこそ浮かび上がる物がある。
真達羅からタバサへ。
もしも真達羅がタバサに淫欲のすべてをぶつけるとして、具体的には何を提供するか。
そう、子種である。
そしてタバサの賢明な頭脳はすでに子種がどういったモノであるか検索をすでに終えている。
すなわち、白濁の液体である。
そう、カルピス。
あのカルピスこそ、真達羅の子種であったと断定する以外にこれまでの全てを説明する事はできまい。
一切合財を閃き、理解し終えて悟ったタバサの頬に朱が差す。
前足が思わず口元を押さえた。
あの甘酸っぱい味……初恋の味。
それが、よもは雄の情欲の塊であったとは。
危なかった。
この桃太郎という男の乱入がなければ、犯されるのは口だけに留まる事はなかっただろう。
最悪、真達羅に孕まされてしまっていたかもしれない。
きっと、タバサは真達羅を睨みつけた。
当の真達羅はと言えば、桃太郎をマジ殴りしている最中だったので気づかない。
――なんて野蛮で淫靡な! 見損ないました!
「ち、違います、タバサさん! 私はロリコンではなくてですね……」
――最低!
罵られ、弁明しようとする真達羅だがタバサが速い。
一目散に、逃げるように甘味処から出て行ってしまった。
「あ、待ってください! タバサさん!」
「去る者追わず」
「店長のせいですよ! 怖がって帰っちゃったじゃないですか!」
「……真達羅」
「言い訳は聞きませんよ」
「ただいま」
「お帰りなさい右ストレート」
<甘味処 『鬼が島』>
店長:桃太郎
従業員:真達羅
不在:摩虎羅、招杜羅
<お品書き>
・吉備団子
・きなこ吉備団子
・カルピス New!
<お品書き・裏>
・吉備団子セットA
・吉備団子セットB
・吉備団子セットC
お邪魔しました
説明をするのであれば、
ホットケーキをねじ伏せる際にタバサちゃんは甘味処の名に反応しなかったのを、
単純に読めなかったから知らなかった、と
こう説明すると整合性がとれなくもない感じがしないでもない風ですよね
おおw
吉備団子以外の商品がww
そしてタバサwwwああ、真達羅のような常識人が犠牲にwwww
投下乙!
タバサすら逃げ出す怪しさ全開の鬼ヶ島www
桃太郎が帰ってきた時にwktkしたのは俺だけじゃないはず。
しかし真達羅の真意は謎のままか……ゴクリ
書き忘れたからどうしようと思ったが、書いてしまおう。
白濁淫蜜編wwwww
273 :
創る名無しに見る名無し:2010/06/23(水) 01:08:12 ID:V99fmh1D
タバサにゃん相変わらず勘違い全開だなwww
ヒャッハー!
2スレ目あたりから追い切れてなかったけど、ようやく追いつけたぜ!
>>204 おお、これはすげえ!
マジ乙!
めちゃくちゃ良くできてるし、こういうのあるとすげえ助かるわ
>>210-217 彰彦のキッコに対するたいどにワロタw
>>220-228 めちゃくちゃピンチだ
ポープが心配
>>231-238 こういうの弱いわ
おもいっきり不幸なシチュエーション書かれるより、
報われないキャラが幸せにしてる方がウルっとくる
>>242>>251 まさかの表紙www
お前ら頑張りすぎw
こういうお遊び好きだわw
>>262-267 カルピスが出てきたときにまさかとは思ったけど、やっぱり下ネタに走りやがったwwwww
真達羅さんwww
>>274 2スレ目から読破とはお疲れ様としか言い様がない。
気が向いたら是非ぜひ気軽に参加してくださいませ!
《ちょっと昔の話》
侍女長がまだ侍女長でなかった頃の話し。まだバステト珠夜だった頃のことである。
彼女はカイロ空港からヨーロッパを経由して、イスラエル等の紛争地帯を避けた飛行ル
ートで日本を目指していた。ドイツ語やらなんやら色んな言語が飛び交う空港のロビーで
財布を眺めて、珠夜は大きな溜め息をつく。
「ふにゃああ……ヒモホテップ様、なんであのタイミングで金せびりに来るニャ……」
空港の椅子に腰掛け、荷物が詰まったトランクに肘を乗っけてうなだれる。ちなみにヒ
モホテップは珠夜の彼氏である。
彼女がカイロ空港から旅立つ日、見送りに来たヒモホテップに有り金とカードを巻き上
げられたのだ。珠夜は今後の行く末を案じたのか、暗い表情。
「ヒモホテップ様のお兄様、助かるといいニャあ……」
別に行く末とか案じてなかった。なんかヒモホテップが述べた無心の理由を鵜呑みにし
て案じてるだけだった。
そう、このとき珠夜はまだ大学生。おぼこいかわいこちゃんであるお嬢たまには騙され
ているんじゃないかなんて疑念は一握だってないのだ。
サマードレスにツバ広の白い帽子、その下の良く櫛の通ったねこっ毛のケモ耳、ふわふ
わした尻尾。暴力的な若さが暴走した結果、怖いモノなんてこの世に存在しないと錯覚し
ていたのだ。
珠夜は首に下げていたネックレスをちょいとつまみ、眼前に持ち上げる。
「……うへへ」
ヒモホテップが空港で有り金とカードと引換にくれたプレゼントである。よほど嬉しい
のか、チュッとキスして、ギュッと薄っぺらい胸に抱いて、ニマニマと微笑む。本当に幸
せそうだ。
しばらくニヨニヨしてニャンニャン唸って身悶えた後、珠夜はチケット売り場に向かっ
た。イスラエルを迂回するべくヨーロッパに来たはいいが、そこから先のチケットをまだ
買っていないのだった。ヨーロッパの地獄はやっぱりヨーロッパ風で、受付嬢も悪魔なの
だった。
「こんにちは。日本行きのチケットが欲しいんですニャ」
「日本行きでございますね。日本行きの便はこちらになっております」
「ありがとうニャ……うーん」
流暢な英語で受け答えする様は確かにお嬢様然とした堂々たるモノだったけど、いかん
せん現在は財布の中身が町娘にも劣る。カウンター内の、時刻とクラスとチケット料金が
表示されたPC画面を覗きこみ、エコノミーでもかつかつである事実を目の当たりにする。
「ちょっと相談してくるニャ」
適当に言い訳してチケット売り場を離れる。相談する相手なんていないのだけど。
途方に暮れかけたとき、その老人は現れた。
「日本へ行きたいのですか?」
綺麗なドイツ語だった。老人は執事の様な格好をしており、まるでパイロットには見え
なかったがこれでも副操縦士無しでのフライトを許されたA級ライセンス持ちなのだとい
う。……そんなのあるんだろうか。
「ようこそ《ベリアル航空》へ。格安の日本行きチケットをご用意しますよ」
珠夜はその老人からチケットを買うことにした。
老人はファウストと名乗った。
続く
若き日の駄目侍女長かw
ベリアルさん関係との絡みも楽しみ
今更だけど、バステト珠夜ってすげえしっくりくる名前だなw
胡散臭さとかwww
乙です
過去話……更にファウストさんだと!?
これは続きに期待せねばなるまいよ!
事情によりテンション上がったのでまたノリだけで一気に書いた。
できる限り広い心で居て欲しい。
「……」
「いつまで落ち込んでんのさ?」
「……」
「……ダメだこりゃ」
湯気揺らめく温泉界。
無限姉妹がまた入浴している。妹のほうは心なしかお肌つやつや。察しよう。一方の姉の方はちょっとばかり変身中。
「そのうち飽きるってば」
「せめて隠せれば……」
「いいじゃん、いいじゃん。そのままで。おかげで何処の誰かがテンション上がりまくってるわよ。私もだけど……グヘヘ」
「だからそれは違う人の(ry」
事情を知らぬ者には意味が解らぬ会話。しかし彼女達にはとっても重大。
ぶっちゃけると今、姉の桃花は諸事情により狐耳尻尾付きである。激萌。落ち込む様子が垂れ下がった耳からとてもよく伝わってくる。
出来ればその場に居合わせたい男が約一名居るが、それは叶わぬ願いである。
「なんでそんな嫌がるかなぁ?」
「そりゃそうよ。あのバカ狐、寝てる間に何して……」
「変な事してないって多分。懐いてる意味で姉さんが大好きだっただけだって」
「だからって行動が極端過ぎるだろ……」
水面から尻尾の先がちょこっと飛び出す。
「いいじゃない。目立ってるじゃん」
「良くないって」
「羨ましいよむしろ」
「何がしたいんだ妹よ……」
「え? そりゃその特殊装備を持って(oh……)や(oh……)に(イヤッホォォウ)に……)
「ああ……言うなもう……」
と、その時である。
ぱしゃーん………
「……?」
水飛沫の音。それはとても静かな。
そして、明確な目的を持って侵入した何者かの意思を感じさせたそれ。
「……姉さん」
「解ってる。あいつらね。ぶちのめしたのがそんな気に入らなかったのかな」
何を言っているのかよく解らない人は寛大な心で居て欲しい。
「姉さんなんかあったの?」
「いや……。襲われたから追っ払っただけなんだけど……」
一応言っておく。桃花は半端な武道の達人では無い。
幼少から英才教育を受け、かつ人間を超えたレベルでそれを修めている。単なる暗殺集団では敵う相手では無いのだ。
桃花は耳をピンと立て、音がする方に向けている。耳のおかげでシリアスな顔すら萌える。
左右を別々に動かし、ステレオ化した聴覚を持って敵の人数を確認。
「……四、……五人?」
「解んの?」
「うん」
今のストレスをぶちまける相手にはちょうどいい連中だ。
そう思った桃花は尻尾の毛をぶわっと膨らませる。と同時に、大異変が桃花の身体に起きてしまう。
「!? ね……姉さん?!」
その声は届かない。久しぶりに本格戦闘モードに入ってしまっている。
それに呼応するかのように尻尾が紅蓮の炎を纏いはじめる。目は朱色に変化し、吐き出す息は温泉界の湯気すら霧散させるほどの熱を持つ。
「悪世巣!? いやどっち!?」
妹の疑問はすぐに解ける。村正が現れたから。
相変わらず黒い稲妻を纏い、黒い影は桃花の周りを包む。戦闘服に変わらないのは温泉界の魔力故か。
桃花に寄生してしまった悪世巣と無限の天神が、今一つになってそこに居る。
ここで整理しておこう。ちなみに作者による補足ではない。そういう気構えで居て欲しい。
・無限桃花。
キャラスレ出身。無限に存在するキャラクター。今、温泉界に来ている桃花は恐らく一番のバトル系。ジゴ○パークを放ったりする。
・悪世巣
その無限桃花シリーズに出てくる敵キャラ。
作中では桃花に敗れはするが、実際は炎を操る最強クラスの恐るべき妖狐。
そんな二人が合体した日にはどうなる事やら。
それこそ某国民的マンガのライバル同士がおかしな耳飾りで合体したような物である。
「姉さん!?」
妹の叫びは湯気に混じり消えて行く。妹の方も作中では強力なパワーを見せたが今回ばかりは敵わない。
桃花は湯気の中を突き進み、敵の元へ。
――数日後、温泉界の一部が激しく沸騰したという伝説が産まれていたとか……。
投下終了。
いつもながら反省はしている。
狐化桃花かw
以下代理レス↓
>侍女長
なんと『殿下と侍女長』外伝!! 「珠夜」つう名前は定着しそうだw
しかしベリアルは昔っからいかがわしい商売やってんのね…
>狐桃花
久々の温泉界…なのに湯乃香が出てこないw
14-1/10
喘息の発作を起こし、咳を吐きながらポープは体を折る。その音は班の全員に聞こえたらしい。走っていた全員
が歩を止めてポープを向かって振り返った。
まずい。ポープの喘息でなく全員が歩みを止めた事がまずかった。敵を牽制するものが1人もいないからだ。半ば
反射に近い思考でゲオルグは叫んだ。
「弾幕を張れ」
ゲオルグの指示に部下たちは弾かれたように銃を構えた。背後から追いすがる民兵に銃撃を加え、その動きを
牽制する。これでいい。ゲオルグは安心してポープの元に駆け寄った。
ポープに近寄ると、ゲオルグはその様子を伺った。片手で胸元を押さえながら、地面に手をつくポープはひゅーひゅー
と苦しげにのどを鳴らしている。立てるか、というゲオルグの問いかけに彼は首を横に振った。
早急に楽な姿勢をとらせて応急処置を施さねばならない。だが、それはこんな弾雨の只中ですることでない。弾丸
の飛び交わないどこか安全な場所を見つけなければ。顔を上げると正面に一戸建ての民家が目に入った。あれだ。
「ミシェル、チューダー、そこの民家を確保しろ」
民家に向けて指を指しながらゲオルグは指示を飛ばす。命令を受けたミシェルとチューダーは民兵への銃撃の
手を止めると、すぐ脇の民家へ向かった。まずミシェルがドアを蹴破って中へ、続いてチューダーがバックアップ
として続く。
残ったゲオルグ達3人はポープを守るように取り囲みながらミシェル達の制圧完了の声を待った。膝射の姿勢で
ひたすら民兵に銃撃を続けて、その動きを押さえつける。計ればほんの僅かな時間だったろうが、ゲオルグには
それがとてもとても長く感じられた。
「クリア」
ようやくインカムからミシェルの声が流れた。息をつくまもなくゲオルグはウラジミールの肩を叩く。
「ポープを抱き上げられるか」
「ああ、できるぜ」
「よし、やってくれ」
ゲオルグが指示すると、ウラジミールはポープの2m近い巨躯を横抱きの状態で軽々と持ち上げた。さすが班随一の
筋肉ダルマだ。ゲオルグの民家に向かえという命令に従い、彼はそのまま民家へと入っていく。
「兄サン、俺はどうすればいい」
「牽制しながら順番に後退だ、まずはお前からだ」
肩を叩いてゲオルグは後退を促す。指示を受けたアレックスは始めは銃を撃ちながら後ろ足で、その後踵を返して
民家に向かって駆け出した。
アレックスの後退をゲオルグが援護する。短機関銃の重奏が独奏に変わる。あまりの心もとなさにあげそうになった
悲鳴をゲオルグは全霊をかけてかみ殺した。程なくしてようやく通りに響き渡る短機関銃の音色に伴奏が生まれる。
「兄サン」
アレックスがゲオルグを呼ぶ。振り返ると民家の入り口に半身を隠しながらアレックスが短機関銃を撃っていた。
ゲオルグも踵を返し、民家の入り口へと駆ける。転がり込むようにして、ゲオルグは民家の中に入った。
14-2/10
民家の玄関の向こうはすぐにリビングになっていた。入り口すぐ脇の窓ではチューダーとウラジミールが外の敵に
反撃している。奥の壁際ではポープが壁にもたれかかるように座っていた。彼のすぐ脇にはミシェルが付き添うように
しゃがみこんでいる。ゲオルグは窓辺に近づくと、チューダーの肩をつかんで引き寄せた。
「チューダー、本部へ連絡だ。喘息の発作により、1名行動不能。よって移動できず。現在位置は……」
太もものポケットから地図を取り出すと、現在位置座標をチューダーに伝える。
本部への連絡は以上だ。無線機のマイクに向かって喋るチューダーをそのままに、ゲオルグはミシェルの元へと
向かった。
「ポープの容態は」
「ステロイドを吸わせたところ。今は安定してるわ」
見ればポープは足を広げて座り、背を壁に預けた状態で、体全体を収縮させるようにして呼吸している。喉を
ぜいぜいと鳴らしている様はいかにも苦しげだが、咳はしていないので確かに安定しているのかもしれない。
「移動はできるか」
「しばらくは無理ね」
「そうか」
このままでは合流地点にいけない。どうしたものかと考えていたところで、不意に腕を小さく引っ張られれた。
見ればポープが袖口をつまんでいた。
どうしたのか。しゃがみこみ、ポープの目線にあわせると、弱弱しくだが、唇が動いた。ポープは言葉を発しようと
しているのだ。だが、その声はぜいぜいと音を立てる苦しげな吐息に阻まれて聞き取ることができない。その様が
あまりにも苦しげで痛々しく、無理をするなと、ゲオルグはポープを諌める。だが、ポープは懸命に発声を続ける。
その健気さにゲオルグの方が折れた。ゲオルグは耳を澄ますと、ポープの唇に意識を集中させた。唇の動きを
追って、ようやくポープの言葉が掴み取れた。
――先ニ 行ッテクダサイ
ポープの唇は確かにそのように動いた。驚くゲオルグをよそにポープは続ける。
――僕ノ コトハ 気ニシナイデ
健気なポープの申し出にゲオルグの胸は痛んだ。だが、弟を見捨てることなどあってはならないのだ。
「何を言ってる。お前を置いていくわけないだろう」
――デモ、コノママジャ 足手マトイニ ナッチャウ
「そういうことはもっと切羽詰ったときにいうものだ。今はそこまで追い詰められていない」
ゲオルグの否定の言葉に、ポープは執拗に食い下がる。発作のせいかだいぶナーバスになっているようだ。
言いくるめるよりも、励ましのほうが必要かもしれない。
「それに、コマネチはどうする。俺はウサギの世話なんかできないぞ」
「コマネチ……」
ペットのコマネチの名前を出した途端、ポープの目つきが変わった。疲労で濁りきっていたその瞳に明らかに生気が
宿る。ポープは、声に出してペットの名をつぶやいて、ぼんやりと宙を見つめた。ペットの名前をつぶやきながら、
ポープは何を思っているのだろうか。
程なくポープはなにか決意した眼差しで唇を動かした。
――モウ少シ ガンバル
「ああ、それでいい」
ゲオルグは微笑みながら頷いた。
14-3/10
話を終え、立ち上がったゲオルグは窓辺へと寄った。窓の近辺は激しい銃撃を受けており、チューダーとウラジミール、
アレックスの3人が物陰に隠れながら防戦を続けてる。はじけ飛ぶ窓枠には思わず圧倒されそうになるが、ゲオルグは
なるべく平静を装ってチューダーにたずねた。
「状況はどうだ」
「押され気味ですね」
ゲオルグの問いにチューダーが申し訳なさそうに答える。
ゲオルグは意を決し、窓から外をうかがった。向かいの建物の門の陰や、塀や窓の向こう等、いたるところに
民兵が展開しており、半身を隠した状態でこちらに銃撃を加えていた。
「撃っても撃ってもいくらでも沸いて出てくる。きりがねえ」
短機関銃を撃ちながらアレックスがぼやく。ゲオルグは一旦窓から頭を下げると短機関銃を構えた。
「流石に敵が多い、無駄弾を使うな、撃てる敵だけ撃て」
窓から姿をさらし、ゲオルグも防戦を始める。ゲオルグ達が占拠する民家に突入しようとしたのか、不用意なまでに
接近していた一団に向けて引き金をひいた。3回目でようやくアイアンサイトに覗く男が崩れ落ちる。命中したらしい。
殺人の余韻を味わうこともなく、すぐさまゲオルグは隣の敵に照準を合わせた。
そのとき、うなり声のような轟音とともに、嵐のような弾雨がゲオルグの頭先を掠めた。慌てて頭を下げる。頭に被った
ヘルメットに銃弾が掠り、かすれた音を立てた。銃弾がかすったヘルメットの頭頂部をなでながらゲオルグは窓を見上げる。
窓枠の下に身を隠してもなお、敵の連射は止まらない。連射速度に、連射時間、そして何より、うなり声を上げるような
銃声は突撃銃とはあまりにも異なる。これは機銃だ。
「これは機銃か、どこからだ」
「民家の玄関、真正面です」
ゲオルグの質問にチューダーが泣き言をあげるように言った。
なんてことだ。窓からの反撃が完全にふさがれた。思わず機銃のことでいっぱいになりそうな思考をゲオルグはぎりぎりの
ところで押しとどめることに成功した。機銃よりも懸念すべきことがあったから。窓から牽制できない以上、接近していた
一団がこのまま突入してくるのだ。
「接近戦用意」
ゲオルグの叫び声と同時に入り口で影が揺らめいた。
14-4/10
民兵が狭い入り口から溢れる様にして内部に突入する。狭いリビングの中での接近戦。相手の表情まで判別
できるような距離での戦いで、ゲオルグは雄たけびをあげながら引き金を引いた。無謀にも先頭を切った民兵達が
銃弾を浴びて次々に崩れ落ちていく。だが、その死体を押しのけるようにして次々と民兵が乱入し、銃を乱射する。
飛び交う銃弾を嫌がるように床を転げながら、ゲオルグは無我夢中で引き金を引き続けた。
狭い室内を銃弾が飛び交う。時計が壁からはがされ、液晶テレビが爆ぜ飛び、花瓶が砕け散る。室内の備品を
次々と砕いていく銃弾は幸運にもゲオルグを狙わなかった。一方で、ゲオルグ達が放つ入り口への集中砲火は、
唯一の突入口故に無防備な姿をさらさざるを得ない民兵達に多大な出血を強要する。
ゲオルグ達の反撃にようやく気色が悪いと判断したのか、突入部隊の生き残りは踵を返して外へと退却し始めた。
向けられた背中にホッとするゲオルグをよそにアレックスが追いすがり、立ち上がろうとする。ゲオルグはその襟元を
つかんで無理やり引っ張って引き止める。中途半端に立ち上がった状態で上体を仰け反らせるアレックスの眼前を、
機銃の弾丸が掠めていった。呆然とした状態で尻餅をついたアレックスにゲオルグは怒鳴った。
「頭を上げるな」
「……うん、分かった」
ようやく訪れた小康状態に、ゲオルグは息をつくと、皆の様子を伺った。床にへたり込んだアレックスに異常なし。
入り口の脇で外の様子を伺うウラジミールも同様だ。ふと、チューダーが左手で拳銃を握り締めていることに気がついた。
彼は右利きだというのに。見れば股の間に挟んでいる右腕からは血の雫が滴り落ちている。
「チューダー、右腕はどうした」
「大丈夫です。かすっただけです」
明らかに無理して作ったとわかる歪んだ笑みを浮かべながら、チューダーが遠慮したように言う。だが、床に血溜りを
作るこの出血は、どう見てもかすり傷ではない。
「大丈夫なものか。ミシェルに診てもらえ」
命令するように強い口調で言うと、チューダーも観念したのか頷いた。そのまま彼は頭を上げぬよう中腰で、衛生担当
であるミシェルの元に向かった。
「で、これからどうするのさ、兄サン」
放心状態からようやく立ち直ったアレックスがゲオルグにたずねた。流石のゲオルグも、この質問には考えあぐねる。
現状最大の脅威は正面に据え付けられた機銃だ。窓の真正面なだけに部屋の奥まで射線に入る。室内ですら自由に
行動できないのだ。悪いことに、それに対抗できるような火器は装備していない。
「待機しろ」
とりあえず下した結論は、待機という消極的なものだった。少なくとも、こうして室内で身をかがめて立て篭もっている分には、
機銃の脅威は関係ない。入り口からの突入部隊も先ほどみたいに集中砲火で撃退可能だ。
だが、一度退けた以上、第二波はないだろうとゲオルグは考える。それは決して良いことではなかった。こちらでは対処できない
別方法を相手が取るということだからだ。敵はどんな手を使ってくるのか。自分が相手の指揮官のみで考えろ。ゲオルグは考える。
自分なら、篭城する敵には閃光弾を放り込むだろう。閃光弾でなくても、狭い室内だ。爆発物の類を放り込まれたらお終いだ。
家に火をつけていぶり出すという手もある。防ぐ方法は、ない。機銃で頭を抑えられている以上、外での出来事には手も足も
出せない。今のゲオルグにできることは、敵がそのことに気づくまでに増援が到着することを祈ることだけだった。
不意にアレックスが窓辺へとにじり寄った。どうやら外の様子が気になるらしい。気持ちを同じくしていたゲオルグは、
アレックスに気をつけろと声をかけた。アレックスは慎重に頭を上げて外の様子を伺う。
途端に、アレックスが叫んだ。
「兄サン、ロケットランチャーだ」
しまった。この壁ごと俺達を吹き飛ばすつもりだ。ゲオルグがそう思うよりも早く、窓のある壁が爆発し、熱風と衝撃が
ゲオルグを飲み込んだ。
14-5/10
気がついたとき、最初に感じたものは外の光だった。当たり前だ。壁が吹き飛ばされているのだから。吹き飛ばされた
衝撃のせいか、頭の中で鐘が鳴り響いているような耳鳴りと不快な振動があった。軽い脳震盪なのだろうか、どうしようもない
ほどの倦怠感で体がひどく重く感じる。
「目が、目がすっげぇ痛ぇっ」
耳鳴りの向こうでアレックスの悲鳴が聞こえた。そうか目をやられたのか。ぼんやりとした思考が、それをなすがままに
受け入れさせる。やがて、ゆっくりであるが思考が明晰さを取り戻していった。現状を再認識すると同時に沸き起こるものは
諦めにも似た感情だった。
壁を吹き飛ばされた以上、最早ゲオルグ達を守るものは存在しない。ロケットランチャーの第2斉射でもいい。正面から
こちらを狙っていた機関銃の射撃でもかまわない。今攻撃を受けたら遮るものがないため全滅だ。
全滅という言葉がゲオルグの胸中を占拠していく。最早手はなし。全滅しかないのだ。
身を浸していく諦観の中、ふとゲオルグの中で疑問が鎌首をもたげる。なぜ俺は死んでいない。なぜ次の攻撃がこない。
はっとした意識の中でゲオルグはまぶたを開ける。光を取り戻した視界の中では、倒壊した壁の靄により、太陽の光が
白く散乱していた。
これだ。
「サーマルスコープ」
叫んだときには、体は動いていた。ゲオルグは胸から発煙弾をもぎ取ると、放り投げた。薄くなりつつあった靄の中に、
それと分かる白い煙が立ち込め始める。装着したサーマルスコープの陰影だけの世界で、ゲオルグは確かに見た。
立ち込める煙に躊躇している第2波の突入部隊を。
眼前にかさばるサーマルスコープに不自由を感じながらも、ゲオルグはたたらを踏む人影に照準を定めて引き金を
引いた。サーマルスコープに映る人影が次々と倒れ始める。機銃の強烈な射撃音が聞こえたが、その照準は明らかに
でたらめで、その銃弾はかすりもしない。ゲオルグは照準を機銃に取り付いている人間に向けた。つい先ほどまで頭を
抑えられていた恨みをこめて引き金を引く。白い人影が崩れ落ちた。すぐ隣にいた弾薬手と思しき人影が入れ替わりに
機銃に飛びつくが、引き金を引くとその人影も崩れ落ちた。
発生した煙幕にうろたえる民兵達をゲオルグ達は1人ずつ確実に殺害していく。民兵達も何もしていないわけでは
ないのだが、反撃しようにもあたりに立ち込める白煙のどこに照準を定めればいいのか分からない。彼らは何もできず
死に怯えながら一縷の奇跡にすべてを託して目くら撃ちをするしかなかった。一方的な攻撃を許す白い煙は、民兵達に
とって理不尽すぎる存在だった。
はは、と思わずゲオルグの口から笑い声が漏れた。あふれ出る高揚感を抑えることができない。ロケットランチャーを
撃ち込まれての必死の状況下から逆転し、一方的な殺戮者への転換にはそれだけ胸がすくような開放感があった。
耐えれる。これならば幾らでも耐えれるぞ。乾いた笑いをあげながら、ゲオルグは引き金を引き続けた。
14-6/10
気がついたときには、ゲオルグの視界に敵影はなかった。それでもなお貪欲な気持ちで次の目標を探している
己に気づくにはさらにもう少し時間がかかった。。
敵は撤退したらしい。戦闘終了の事実に高ぶっていた体が急速に熱を失う。入れ替わりに疲労感が津波のように
押し寄せてきた。敵が撤退した理由をひとまず置いておいて、とにもかくにもゲオルグは休みたかった。だが、辺りに
散らばる瓦礫の上に腰を下ろそうとしたところで異変に気づき、ゲオルグは民兵が撤退した理由を理解した。ゲオルグの
耳をくすぐる抑揚のついた電子音。これは自警団のサイレンだ。
どうして次から次に。思わずつきそうになった悪態を、ゲオルグはすんでのところで押しとどめる。とにかくまずは
自警団にどう対処するかだ。ともすれば現状の否定でいっぱいになりそうな頭を空っぽにして、ゲオルグは考え直した。
大人しく捕まるという選択肢は論外だった。逮捕されればどうなる。ゲオルグ達は"王朝"と"子供達"の生き証人だ。
"王朝"は少なからぬ打撃を受けるだろう。それ以上に、"王朝"と"聖ニコライ孤児院"のつながりが発覚したらどうなるのか。
愛すべき弟妹と暗澹とした闇世界とのつながりが白日の下の元にさらされたらどうなるのか。それから先のことをゲオルグは
想像したくなかった。
愛する弟妹達のためには捕まってはならないのだ。残る選択肢は逃亡ただ1つだった。負傷者だらけだが、逃げるしか
ないのだ。決意を新たにゲオルグは耳を済ませる。合流予定地点の7号線とは逆のプレトリウス通りの方からサイレンが
聞こえていた。これは僥倖だ。
「アレックス。目の調子はどうだ」
「だめ。痛くて全然あけてられない」
隅のほうで目を手で覆いながらうなだれるアレックスに問いかける。アレックスは目を手で覆ったまま、力なさげに首を振った。
「ウラジミール」
「俺は全然平気でさ」
入り口の脇で腰を落としたウラジミールは平気そうに腕を振り上げた。
「チューダー」
「右手以外は平気です」
リビングの奥のミシェルの脇で申し訳なさそうに座りこむチューダーは、左手をおずおずと上げる。
「ミシェル」
「あたしは大丈夫だけど」
言いよどんで、ミシェルはポープを見やった。
14-7/10
「ポープ」
ポープの元に歩み寄る。体全体を収縮させるようにして呼吸する彼は、なおも苦しげな眼差しでゲオルグを見上げた。
「立てるか」
ゲオルグの問いかけにポープは幾度か繰り返してうなずいた。様子を見るようにゲオルグが場所を空けると、
ポープは壁に手をつきながら弱弱しくだが立ち上がった。そのまま2〜3歩歩いたところで足がもつれて膝をつく。
「ウラジミール、肩を貸してやれ」
「おう」
「俺はどうすればいい」
アレックスが叫ぶように言った。ゲオルグは唯一手の空いているチューダーに指示を出した。
「チューダー、目になってやれ」
「分かりました」
チューダーはすぐさまアレックスの元に駆け寄ると、彼の手を引いて立ち上がらせた。
全員が立ち上がったところで、ミシェルがゲオルグにたずねてきた。
「で、どうするつもりなのよ」
「どうって、7号線まで移動する。もうすぐそこだ」
ミシェルの問いかけにゲオルグは事も無げに答える。その平静さに内心でゲオルグも驚いていた。腹をくくれば
人間は極限状況でもここまで冷静になれるらしい。
「現状手の空いてるのはミシェル、お前しかいない。お前が先導しろ」
「お兄ちゃんはどうするのよ」
「殿をいただくさ」
ゲオルグはミシェルに笑いかける。隊列を選ぶ指揮官の特権を誇示するかのように。
了解の返事をし、ゲオルグから離れようとするミシェルの耳元にゲオルグは口を寄せると、ささやく様に言った。
「ミシェル、俺が来なかったら指揮を引き継げ」
「ちょっとそれってどーいう――」
驚いた風に振り返ってのミシェルの言葉を遮る様にしてゲオルグは全員に号令をかける。
「7号線まで前進だ。ほら、行け。行け」
ゲオルグは何か言いたげなミシェルを突き飛ばすようにして外に送り出した。ちゃんとついてきてよね。インカムから
流れたミシェルの呟きをゲオルグは聞かないふりをした。
14-8/10
残り4人を送り出してから、ゲオルグも外に出る。サイレンの音は既に止み、通りの奥では6人ほどの自警団の
治安部隊が3列の横隊を組んでこちらに向かっていた。
治安部隊の防弾装備は万全のようだが、ゲオルグはまさかを期待して引き金を引く。だが、当然のごとく前面に
つきたてられた超硬質プラスチックのシールドがゲオルグの抵抗を無慈悲なまでに弾き返した。ゲオルグのささやかな
抵抗に治安部隊は身じろぎすらしない。
重傷者を含むゲオルグ達と治安部隊との速度の差は明らかだった。距離はすぐに詰まっていく。明らかに効果が
ない短機関銃にゲオルグもついに見切りをつけた。すまんな。心の中でミシェル達に謝罪しながら、ゲオルグは最後の
手段の決意を固めた。
次の一手としてゲオルグは発煙弾を胸元からもぎ取ると、治安部隊に向けて放り投げた。治安部隊は放り込まれた物体に
初めてたじろいでみせた。だがそれも一瞬だった。彼らはすぐさま隊列を立て直すと、前進を継続する。その姿が白煙の中に
消えたことを確認すると、ゲオルグはヘルメットからサーマルスコープを下げて目に装着した。モノクロになった世界で横隊を
組んだ治安部隊が見える。ゲオルグはその隊列目がけて駆け出した。
思わずあげそうになった吶喊の雄たけびをゲオルグはすんでのところでかみ殺す。治安部隊と部下、両方にこの吶喊を
感づかれたくなかったからだ。愛する弟妹達への想いを自警団への敵意に変換してゲオルグは治安部隊に向けて走る。
煙に包まれていくらか警戒した様子の横隊のその真ん中の男めがけて、ゲオルグは全運動エネルギーを乗せた体当たりを
ぶち当てた。真ん中の男は煙の中からの襲撃に完全に不意をつかれたようで体当たりをまともにうけて後ろへ吹き飛んだ。
まずは1人目。
煙の中からの突然の襲撃に混乱を起こす治安部隊の中で、右の隊員の反応は早かった。彼は接近戦だと分かるや否や、
手にしたライオットシールドを水平にして突きを繰り出した。だが、この治安部隊特有の戦闘方法をゲオルグはすでに予測
していた。ゲオルグは体をかがめて回避する。そのまま懐にもぐりこんだゲオルグは、隊員のあごに向けてアッパーを放った。
治安部隊標準のフェイスガード付きヘルメットも下からの攻撃は想定してなかったようだ。顎から宙に持ち上げられた隊員は
ヘルメットを弾き飛ばしながら後ろに吹き飛んだ。2人目。
左から雄たけびが上がった。見れば後列にいた隊員が短機関銃を振り上げている。そのまま銃床で殴るつもりなのだろう。
ゲオルグの反応は早かった。彼はまず重心移動で一撃を回避すると、相手の腕をつかみ、ひねり、相手の勢いを利用して
背負い投げた。3人目。
14-9/10
一瞬にして半数を失ったことに恐慌状態に陥ったのか、後列の中心にいた隊員が悲鳴に似た叫び声をあげながら
短機関銃を構えた。銃撃を受ける、その寸前で、ゲオルグは短機関銃を払いのける。そのまま彼は相手の腕に
沿うようにして手刀を相手の首筋に打ち込んだ。首に手刀を打ち込まれ思わず隊員は体を仰け反らせる。その突き出た
腹に向けて、ゲオルグは踏み込みながらの掌底を打ち込んだ。ボディーアーマーを装着していても衝撃は突き抜ける。
隊員はうめき声を上げながらその場に崩れ落ちた。4人目。
後列左側にいた隊員がライオットシールドを突き出しながらゲオルグに向けて突進した。ゲオルグは軽やかに横へと
避けると、隊員の肩を押しながら足払いを駆けて転ばせる。5人目。
後1人。ゲオルグが最後の隊員に向けて振り向いたところで、視界全体をライオットシールドが覆った。シールドによる
体当たりだった。倒した5人目と同じ攻撃だったが、時間差で繰り出されたがために対処できない。駄目か。シールドが
衝突し、身を吹き飛ばす衝撃の中、ゲオルグは自身の無力さを諦観に近い色合いで味わっていた。
シールドによる体当たりを受けて、ゲオルグは後ろに跳ね飛ばされる。サーマルスコープが衝撃でヘルメットごと外れて、
視界が彩色を取り戻した。後ろに倒れこんだゲオルグに、治安部隊隊員が馬乗りになった。そのまま彼は拳銃を振り上げると、
振り下ろす。思わず顔面に持ってきた左手がぎりぎりのところで間に合った。銃の台尻による重い打撃をゲオルグの掌が
受け止める。その勢いで手の甲がゲオルグの頭に激しくぶつかり、星が散る。重なり合った衝撃に手の骨が痛んだ。
隊員は2度、3度と台尻による殴打を繰り返す。左手で顔をかばいながら、ゲオルグは最後の切り札に、と胸元の閃光弾に
手を伸ばした。これには人を吹き飛ばすような力は備わっていない。だが、それでも至近距離ならばマグネシウム粉末の
業火が相手を焼き尽くすはずだ。もちろん、マウントポジションを取られた体勢では、自分もただでは済まないだろう。
覚悟は既にできていた。もとよりそのつもりだった。
銃床の打擲を受けながらの飛び飛びになった思考で、ゲオルグは己の最期について考える。思いついたものは謝罪の
言葉だった。誰に。孤児院の女性、心配そうな面持ちで無事の帰還を願っていた姉、イレアナだった。すまない。姉の
悲しげな顔を想像したゲオルグは心の中で謝罪して、閃光弾を握る腕に力をこめる。
まさにそのとき、轟音が轟き、馬乗りになっていた男が爆ぜ飛んだ。
14-10/10
人が爆発した。血飛沫を頭からかぶりながら、ゲオルグは突然の、あまりにも非現実な出来事にしばし呆然とする。
何が起きたのか理解できぬまま上体を起こそうとしたところで、インカムから響く怒鳴り声がゲオルグの耳を貫いた。
「馬鹿、頭を上げるな」
聞き覚えのあるこの声は、兄のダニエルだ。慌ててその声に従い、頭を下ろすと、眼前を高速で飛び交う何かの
衝撃波がゲオルグの顔を叩いた。ゲオルグは倒れたまま上を向くようにして、通りの奥を覗いた。見れば、奥の通り
――おそらく都市道7号線に停車したピックアップトラックの荷台から轟音とともに焔が上っていた。あれはテクニカルだ。
テクニカルとは、ピックアップトラックの荷台に大口径機関砲を搭載しただけの簡易戦闘車両だ。装甲など施されていないために、
まともな戦闘車両との戦いは望むべくもない。だが、荷台に搭載した重機関砲は、対歩兵に限れば十二分すぎるほどの威力を
持っていた。
テクニカルから放たれる12.7mmの鉄鋼弾にはライオットシールドの超硬質プラスチックも、ボディアーマーのセラミックプレートも、
紙片も同然だった。20000Jのエネルギーはそれらをやすやすと打ち砕いてなお余りある力を持っている。隊員の体内を一瞬にして
駆け抜けた弾丸は、衝撃波を生み出して隊員の体を四散させた。
人間に使用するにはあまりにも強大すぎる弾丸は、嵐となって通りを覆う。突如発生した鉄の暴風に治安部隊の隊員達が
できることは何一つなかった。彼らは逃げ惑い、あるいは頼りないプラスチック製のシールドにすべてを託して風に抗い、
ただ死神の気まぐれに祈るしかなかった。そんな哀れな彼らを50口径の死神は、極めて丁寧に食らい尽くしていく。
それは最早虐殺だった。それほどなまでにテクニカルの攻撃は獰猛で、無慈悲で、一方的だった。
道路に展開していた治安部隊隊員を全員食らい尽くしたところで、ようやくテクニカルの重機関砲が咆哮を止めた。
後に残るのは食い散らかされた肉片と、肉が焼ける吐き気を催すような臭い、そしてゲオルグだった。
あたりが静けさを取り戻したところで、ゲオルグは呆けた様子で上体を起こした。だしぬけに取り戻した己の生を
受け止めきれず、茫然自失となる。目の前に広がる酸鼻な光景も、非現実的過ぎて理解が追いつかない。そんな
ゲオルグの肩を何者かが叩いた。見れば鼠を思わせるような顔立ちに眼鏡をかけた青年がゲオルグに手を差し伸ている。
この顔は別班の光だ。
「兄さん、帰ろう」
「ああ」
投げやりな返事をしながら光の手をとると、力の入りきらないぎこちない動作でゲオルグは立ち上がる。
テクニカルに向かっているところで、ようやくゲオルグは生還の現実を実感した。生きて帰ったという喜びは不思議と
なかった。ただただ疲労感でいっぱいだった。
以上です。
第4話から続いた対"アンク"編もこれで終了になります。
さて、これからどうしようか。
お兄ちゃんはお疲れだし、しばらくはのんびりさせようかな。
GJ!
やべぇ、完璧ゲオルグ死んだと思いましたよ!
テクニカル最強!
乙です!
全員生き残ったあああああ!!
ゲオルグさん優秀だなあ、それに運もある!
この人の下で働きてえ
良かった死ななかった!
ゲオルグ強いぜ!
第一話『拙者にとっては今回こそが序章でござる』
『怨嗟わだかまる都』は、この地獄に実際に存在している。それは単なる都市伝説でも、地獄の鬼が
見た夢でもなく、現実に存在するものなのである。
彼の地の実態は、都市伝説で言われているようなものとほぼ相違しない。
色と言う色はなく。
死のにおいが立ち込め。
聞こえてくるのは、不気味なうめき声のみ。
現在の地獄という世界は、この世の終わり、死の世界と呼ぶにはおよそ程遠い。その地獄においてこ
の地こそは、まさに多くの人間が想起する地獄のイメージに違わぬ土地なのだ。
そんな地のほぼ中央、小高い山の上に陣取るひとつの屋敷。
色のない世界においては場違いなほどに華やか。
死のにおいさえひるませる、幾種類もの花々から漂うかぐわしい香り。
旧来『花の蔵屋敷』と呼ばれてきたその屋敷が、その名の通り花蔵院家の家名の由来であり、代々の
居所である。
その壮麗な屋敷の中、この屋敷の主である鬼と、一人の若い侍とが対面していた。無論この若侍は人
間である。
「……もう一度お前の話を整理するぞ」
「ず、ずずず」
「深い森の中にある泉の真ん中で、美しい女が二人、黙々と囲碁で対局をしていた。関心を抱いたお前
はその対局をぼーっと眺めていた。まずここまではこれで間違いないな?」
「ずずずずー」
「こら! ちゃんと聞いてんのか貴様は! さっきから茶ばっかりすすりやがって! 何杯目だ!?」
「はぶっ!? げぇほっげほげほげほげほっ!」
鬼の形相で怒るその鬼――花蔵院家当主槐角(かいかく)の一喝を受けて、盛大にむせ返る情けない
若侍。相当苦しいのだろう、顔はもう猿の尻のように真っ赤になっている。
「ぐっはぐるじがっだあ。槐角殿、いきなりそんな大声を出さずとも。拙者はちゃんと聞いております
故、安心して話を続けてくだされ」
「……到底そうは思えんのだが」
「いやはや、地獄の茶というのがこれほどまで美味なものだとは思いもよりませんでした故、ついつい
ぐびぐびといってしまいました。で、何の話でござったか」
「ふっ……貴様、やっぱり全く聞いてねえじゃねえか!」
両者の話し合いの中で、槐角はもう結構な回数このように怒声を上げている。地獄の鬼、しかも槐角
のように風格のある鬼の怒りを浴びれば、普通の神経を持った人間であれば失禁ものの恐怖のはずだ。
しかし、この若侍はそうではないらしい。現にもう何回も怒りを買っているのだ。それでいてこの者
は、柳に風が吹いたように、美味そうに茶をすすっている。
「まあまあ。そんなにかっかせずに。それに拙者、思いまする。ず、ずずっず」
「はあ、貴様には怒るだけ無駄のようだな……。で、なんだ?」
「拙者、確かに己が死んでいたという事実には気付いておりませんでした。未だにまるで実感もござら
んが、どうやら数百年は経過している様子。されど……」
茶をことりと床に置き、若侍はさっきまでとは違う神妙な面持ちで言う。なにやら意味深な間が、二
人の間に流れる。槐角がごくりと唾を飲み込む音は、侍の耳にもしっかりと聞こえたことだろう。
「されど…………? あれ? されど……されど?」
されどされどと言いつつ、小首を傾げる若侍。しばらくそうした後、あきらめたように小さくため息
をつき、
「申し訳ござらぬ。何を言おうとしたか忘れてしまったでござるよ。ははは」
ぺろりと舌を出して、半笑いでそんなことを平然と言うものだから、槐角はもうすっかり悲しくなっ
てしまった。
「なあ若侍よ。貴様、本当に『あの』侍なんだよな?」
「んー? 拙者はただの侍でござる。田貫迅九郎(たぬきじんくろう)という名でござるよ。『妖異破
りの迅九郎』などというむずがゆい異名で呼ばれたり呼ばれなかったりしていたりしていなかったりで
ござるよ」
今更それを聞いても意味がないことは、槐角はわかっていた。
田貫迅九郎なるこの侍が、腰に佩いている一振りの太刀。当然のことだが、本来一介の亡者が帯刀な
どしていいはずがない。しかしこの刀については話が別なのだ。そしてこの刀が彼のもとにある以上、
この侍は間違いなく、槐角がその力を借りようと画策していたその人なのである。
槐角がため息をつきそうになったところで、迅九郎はぽつりと口を開いた。
「拙者、成仏できないのでござるか?」
唐突なその問いを発した彼の声は、今までのものとはまるで雰囲気が違っていた。心底寂しそうで、
不安そうだった。だから槐角は、その問いにきちんと答えてやることにする。
「ああ、できない。その理由は極めて単純だ。お前自身がそれを望んでいないからだ。そしてそのせい
で、お前の魂は俺たち花蔵院の管轄地に迷い込む恐れがあった。お前みたいにもともと験力のある人間
があの地に馴染んでしまえば、そのタタリは計りしれん」
「成仏を望んでいない人間などおりませぬよ。おるわけないではありませぬか」
「そうでもない。現世に未練がある人間っていうのはいくらでもいるんだ。お前もまたそういう人間の
一人だということだ。勘違いするなよ。お前がどういう人生を送ったか、俺はちゃんと知っている。そ
れを知った上でこう言ってるんだ。お前自身は認めないかもしれないが、お前は間違いなく現世に未練
を残している」
迅九郎は沈黙している。その沈黙が持つ意味までは、槐角にもわからなかった。しかし、今の状態で
は迅九郎が成仏できないということは事実で、それこそが槐角がつけ入る隙だった。
どれだけとぼけていようと、この若侍が田貫迅九郎その人であるのは間違いない。それならばその力
も、やはりまた本物なのだ。
「だからな、若侍。いや田貫迅九郎。俺にその力を貸してくれ。いや、俺だけじゃない。この花蔵院家
にその力を貸してくれ。その代わりに俺は、お前のその未練ってやつを果たさせてやる。勿論生き返る
ことなどはできないから、この地獄でだ。そうすればお前は晴れて仏と成れるはずだ」
両者の話し合いが始まってはや二時間。場はすっかり和み、二人は酒を酌み交わしていた。
迅九郎が槐角の提案を受け入れ、その力を花蔵院家に預けることにしたのだ。二人が交わす杯は、そ
の盟約が成ったという証でもある。
「されどやはり解せませぬ。拙者、現世に未練など残してはおらぬと思うのですが……。槐角殿は拙者
の未練を果たさせると言われた。ならば拙者の未練とは何なのか御存知のはず」
小さな杯からちびちびと酒を飲みながら、迅九郎が問う。少し酔っているのか、もともと垂れ目気味
の目がよりだらしなく垂れているその様は、その名の通りたぬきの様相だ。
「ん、ああまあな。いや別に大したことではないと思うんだがな――」
槐角がそこまで言った時、部屋の扉がするっと開いた。それと同時に、
「槐角よ、入ってよいかの」
と、本来であれば扉を開ける前に言うべき言葉が槐角と迅九郎、二人の耳に届いた。
槐角はもういつものことなので気にしないという素振り。だが、明らかに露骨に狼狽している侍がい
た。
「んなっ!? ななななんでござるかこの童女は!? なんたる、なんたる破廉恥な格好をしているの
でござる! 鬼には恥じらいというものはないのでござるか!?」
酒のせいもあるのか派手にうろたえる迅九郎の様子に、槐角は目を丸くした。それは、まさに狼狽の
対象になっている不意の来訪者も同様のようだ。
ちなみにこの来訪者、着物が着乱れたような服装をしている。肩から胸がざっくり開いている上、前
も寛げており、必然的に脚がかなり深く露出している。
破廉恥の謗りはあながち的外れなものでもないのである。さらに付け加えるのなら、童女と表現され
る年恰好であるのも事実だ。
あくまで見た目は、の話だが。
「あー、侍よ。とりあえず落ち着け。で、何のご用かな? 母上」
「わしも混ぜてほしいのじゃ。これから花蔵院家のために力を尽くしてくれる者と、わしも杯をともに
しておきたいと思うての。ダメかの?」
小さな来訪者は、なぜか上目遣いでそんなことを言ってくる。槐角がそれに答えるより早く、迅九郎
が口を差し挟んできた。
「槐角殿? 今なんと? 母上、と聞こえましたが」
その問いかけに答えたのは、槐角の声ではなかった。
「いかにもわしはそこにおる槐角の母じゃ。花蔵院藤角(とうかく)という名があるが、近頃はもっぱ
ら藤ノ大姐(ふじのたいそ)と呼ばれておるのう」
そう言ってその小さな鬼、藤ノ大姐はくすりとかわいらしく微笑む。その様はやはりどこまでも幼い
少女のそれだった。しかしどうやら、迅九郎はそうは思わなかった様子で、
「槐角殿の母上様……ということは、でござるよ? なあんだ、ババアではござらんか。何をまぎらわ
しい」
などと、耳の穴をほじりながら言ってのけた。その恐れを知らぬ失言に、槐角はもう大いに焦った。
「きっ貴様なんということを! ははは母上! この者は少しばかり頭が弱いのです! それに酒にも
酔っております! 頭の弱い酔っ払いのたわ言として聞き流してくださいますよう!」
「ふむう……これほど率直にババアと言われたのは久しぶりじゃ。どこからどう見ても幼い子鬼じゃと
言うのに」
その通りです、と言おうとした槐角の声は、迅九郎のさらなる暴言でかき消される。
「いいやババアでござる! 槐角殿の母上であればもう十分にババアの領域でござるよ!」
なぜかふんぞり返っている迅九郎。反して、すっかり青ざめた槐角。じりじりと、迅九郎と距離を遠
ざけていく。
そしてちらりと自らの母を一瞥する。うっすらとほほ笑んでいた。寒気を感じるほどに穏やかな笑顔
だった。
「そなた、田貫迅九郎という名じゃったの。よくよく見れば、ほんに狸によく似ておるのう。垂れ目で
愛嬌ある顔立ち、そしてその食えん気質。どれ、せっかく名前もたぬき、見た目もたぬき、気質もたぬ
きときておるのじゃ。もういっそのこと、たぬきになってしまえばよいのにのう」
そう朗らかに言って藤ノ大姐は、耳の穴をほじりながらふんぞり返っている迅九郎に近づく。相変わ
らず興味なさそうにしている迅九郎の額に、右手の人差指をそっと添える。
「ほれ、そなたは狸じゃ。狸になるがよいぞ」
そう言ってふっと息を吹きかけた瞬間、迅九郎の姿は消え失せ。
彼が座っていた場所には一匹の小さな狸が、何事が起きたのかという様子でキョロキョロしているの
みだった。
第一話『拙者にとっては今回こそが序章でござる』終
投下終わりです
投下乙
危ねえ、投下に割り込むところだった
ロリババァ来た!これでかつる!
迅九郎は何も分かってないので、狸にされてもしょうがないと思います
週末投下ラッシュキタ-!!
>ゴミ箱
相変わらずヒヤヒヤさせるスリリングな戦闘描写。そしてときおり『正義の定義』を考えてしまう避け難い殺戮の応酬。
しかしゲオルグたちの生還にはホッとしてしまう…
>狸
ついに来ましたなロリババアしかも鬼w
強烈に藤角イラスト化を待ちつつ狸侍の活躍に超期待!!
乙です
侍さん太刀を振るう前に狸になった……だと?
309 :
◇GudqKUm.ok:2010/06/27(日) 11:36:57 ID:Gxa5Ooma
『地獄百景〜追憶の水面(みなも)』
310 :
◇GudqKUm.ok:2010/06/27(日) 11:37:18 ID:Gxa5Ooma
◆
…肺まで流れ込む赤茶けた泥水。もはや咳き込むことすら出来ず、見知らぬ幼児を抱えた晶子は濁流をぐったりと流されてゆく。
(…誰か…この子…を…)
大雨で増水したこの川辺には、風景をスケッチに来ていた晶子しかいなかった。上流から流されてきた子供を偶然目にし、思わず飛び込んでしまったものの、彼女は全く泳げないのだ。
(死ぬ…のかな、私…)
冷たく迫り来る虚無の前で晶子が最期に見たもの、それは青く澄んだのどかな故郷の空と、抱えていた幼児をしっかりと掴み上げてくれた誰かの力強い腕だった。
◆
「…済まぬ…子供しか助けられなかった。」
嗄れた男の声。ぼんやりとその声を聴きながら岸に残したままのカンバスや画材のことなど考えていた晶子は、出し抜けに我に返りガバリと跳ね起きた。
「…って、私、生きてるじゃない!! 良かったぁ…」
周囲は先刻と変わらぬ見慣れた河原だ。しかし何かが普段と違う。まるで全身が頼りない霧か霞にでもなったような…
「…済まぬ。」
繰り返す声にようやく晶子は声の主を見た。倒木に腰掛け、晶子に落ち窪んだ瞳を向ける僧形の老人。彼の纏う擦り切れた僧衣はぐっしょりと重たげに濡れていた。
「…気の毒だが貴女は既に拙僧と同じ…亡者だ…」
「そ、そんな!! ウソでしょ!! ついさっきまでそこで川を描いてて、そしたら子供が流れて来て…」
狼狽しきった晶子は僧の前であたふたと跳ね回り全身をくまなく調べていたが、やがて掴もうとした灌木の枝をすり抜けた手をじっと睨み、へなへなとその場に崩れ落ちた。
気丈な彼女ではあったが、この突然すぎる人生の終わりにはたまらず悲痛な嗚咽を洩らす。激情の女流画家、矢崎晶子のあまりにあっけない最期だった。
「…そんな…死ん…じゃったの…私…」
311 :
◇GudqKUm.ok:2010/06/27(日) 11:37:36 ID:Gxa5Ooma
まるで彗星のごとく画壇に現れ、その破天荒な言動で幾多の物議を醸した彼女が、追放同然に渡ったにヨーロッパでさる老富豪と結婚し、一児の母となったことを知る者は少ない。
何年かぶりに人知れず単身帰国してこの草深い山奥の故郷を訪れ、亡き両親の墓に孫の誕生を報告した矢先の悲運。大切な家族と生涯を賭けた絵の道。未練の涙は尽きることなく、いつまでも晶子の頬を濡らし続けた。
「…拙僧の力は相手による。あの子供は助かる運命だったのかも知れぬ…」
「…あの子は…助かったのね…」
「…うむ。上流に両親と遊びに来て足を滑らせたようだ。最近の若い親は不注意でいかん…」
真面目くさった老僧の答えに混じり、川下から聞こえてきたざわめきは、水難事故を知った人々の捜索活動のようだった。果たして晶子の亡骸は見つかり、遠い異国の夫と娘のもとへ帰れるのだろうか。
「…もしかすりゃ、ここらの川底に引っかかっとるかも知れんなぁ…」
ガヤガヤと傍らを通り過ぎる地元の青年団員たちは、倒木に並んで腰掛ける晶子と老僧に全く気付かない。やはり晶子はもう、彼らと同じ世界の住人ではないのだ。
「…ちくしょお…こんなのって…」
やがて涙を拭った晶子はぽつり、ぽつりと自らの不運を嘆き始める。倍以上年齢の違う夫に、授かったばかりの可愛い娘。家族への想いは止むことなく彼女の胸に込み上げた。
「…あの人と娘には『すぐ帰るから』って約束したのに…」
「娘御が…おられるのか?」
「…うん…」
亡者となってもなお、激しい感情のまま子供のように泣き続けた彼女は疲れ果て、どんよりと濁った水面を見つめていたが、やがて静かな同情を込めて沈黙する僧の亡霊に向け、少しだけ落ち着いた声で尋ねた。
「…お坊さんも…幽霊なんだよね?」
「左様…寛覚と申す。」
312 :
◇GudqKUm.ok:2010/06/27(日) 11:38:03 ID:Gxa5Ooma
「寛覚って…もしかしてあの有名な書画の寛覚和尚?」
頷いた老僧を晶子はしばし過酷な現実を忘れて眺めた。以前、ある美術館で開催されていた寛覚和尚展に偶然立ち寄ったことがあったのだ。出家する前はさる藩の領主であったとも言われる、謎に包まれた書の大家。
彼が残した膨大な量の写経、身を裂くような鋭利さで並ぶ『南無阿弥陀仏』の六文字から、晶子は同じく筆を握る者として脚が震えるような戦慄を感じたのを覚えている。
「…あれは…『絵』だった…凄まじい自責と贖罪の絵…」
自分以外の芸術家を滅多に認めない彼女にしては珍しい、深い畏敬の色が彼女の瞳に浮かぶ。しかし彼は遥か遠い昔に世を去った人物の筈だ…
「…それで…寛覚さんは亡くなって何百年も…ずっと『この世』にいるの?」
「…恥ずかしながら拙僧は罪人。いつか天に赦されるまで現世を彷徨う因果…」
肉の削げた顔に浮かぶ苦悩は、たちどころにあの鋭い墨痕と直結する。その半生と、死してなお続く途方もなく深い悔悟。老僧寛覚は如何なる罪をその背に負い、あの膨大な経を写し続けたのだろうか…
「…でもあなたはさっきの子供を助けた。これってすごい『善行』じゃない?」
「拙僧の業に比しては微々たる贖いに過ぎぬ。それより…もっと御家族の話をして下さらんか? 実は拙僧が死霊となって幾年月、こうして言葉を交わせる相手は、貴女が初めてなのだ…」
今、絶望の底にいる晶子には辛い話題だ。しかし寛覚和尚の懇願は彼女の乱れる心を動かす切実さに満ちていた。晶子は昔から、孤独を隠そうとせぬ人間に弱い。
「…亭主はね…ベリアルっていうかなりのお爺ちゃん。彼の親戚連中は私のこと財産目当ての泥棒猫だ、って言うけど、一番私のこと解ってくれる素敵な男よ…」
313 :
◇GudqKUm.ok:2010/06/27(日) 11:38:23 ID:Gxa5Ooma
不眠不休で幾晩もアトリエに籠もり、しょっちゅう癇癪を起こしてカンバスを叩き壊す若い妻を、柔和な笑顔で見守ってくれる男などどこにいるだろう。
『魔王』という奇妙な仇名も、少し風変わりな使用人たちも関係ない。晶子はそんなかけがえのない夫、ベリアルを深く愛しているのだ。
「…それから、まだ生まれたばかりの一人娘がリリ。亭主と同じ赤毛だけど、顔は私にそっくりなの…」
もう二度と抱けない愛娘の姿を追うように、晶子の瞳は悲しげに潤む。じっと晶子の話に耳を傾ける寛覚の表情もまた、同じ悲しみを分かち合うように険しく曇った。
「…リリを産んで、今までの自分の絵が全部クソッタレだって気付いた。穢れなき…命の炎…まだ私の腕じゃカンバスになんか写し取れない…」
「…左様、人の技など及ばぬものが、天から授かる命の美であろう…」
どこまでも画家らしい晶子の言葉に真摯な眼差しで耳を傾けていた寛覚の瞼にも、まるで愛しい娘の姿が映っているようだった。
二人の霊が交わす、寂しげな鈴の音にも似た尽きせぬ未練の言葉。いつしか西日が銀杏の影を長く河原に伸ばした頃、晶子は老僧の頬に浮かんだ小さな頬笑みを確かに見た。
「…寛覚和尚、多分…あなたにも娘さんがいるんでしょ?」
ゆっくりと立ち上がった晶子は、悄然と指を組んだ寛覚に微笑む。しばし唇を震わせた老僧は、絞り出すような呻きで彼女に答えた。
「…如何にも。娘に許して貰えるまで、拙僧は償いの旅を続けるのだ…」
「…許し、って…一体あなたと娘さんに何が…」
だが晶子の問いは突然周りに出現した冥い霧に遮られた。吸い込まれそうな…深く落ち着いた漆黒の闇。
それが黄泉路への導きであるという直感は恐らく当たっているのだろうが、何故かすぐそばの寛覚にその影は見えていないらしい。
314 :
◇GudqKUm.ok:2010/06/27(日) 11:38:39 ID:Gxa5Ooma
「どうか…なされたか?」
「…あなたは見えないの? これが…あの世からのお迎えでしょ?」
急速に広がり、迫り来る不定形の渦。絡み付く無の色に辺りの鮮やかな景色が暗く曇ってゆく。
「…拙僧には何も見えぬが、実は先刻から貴女の姿が霞んでよく見えぬのだ…」
どうやら冥土への道は晶子ひとりだけを招いているらしい。随分と了見の狭いあの世だ、と彼女は思う。
寛覚和尚とその娘に一体何があったか知らないが、あれだけの写経を重ね何百年も現世を彷徨っている老人くらい、暖かく迎えてやるのが人情ではないか。
普段の短気さを取り戻した晶子は鼻息も荒く皺だらけの老人の手を掴み、冥府へと繋がる道へと荒々しく足を踏み出した。
「一緒に行こう。たとえ地獄に行っても、私はもう一度リリを抱く方法を探すの。あなたの娘さんも、きっとあの世へ行けば…」
しかし晶子が握った寛覚の手は、まるで幻を掴んだように虚しくその感触を失ってゆく。ただ晶子だけを呑み込んだ闇は静かに、抗えぬ強い力で彼女を引き寄せてゆく。
「寛覚…和尚!! あなたの…あなたの娘さんの名前は!?」
寛覚の没年を考えれば彼の娘もすでに現世の住人ではない筈だ。もしも冥府で彼女を捜せるならこれも他生の縁だろう。
しかし寛覚和尚の声はすっぽりと晶子を包み込んだ黄泉への縦穴の外で、ただ晶子への感謝だけを叫び遠ざかっていった。
「…ありがとう…拙僧はやはり奪った数だけの命を救わねば娘に会うことは出来ぬ…だが、貴女と逢えて本当に良かった…」
…晶子の姿が消えた名もなき河原に、寛覚和尚…俗名を大賀美慎兵衛という亡霊の長い読経が流れる。その美しき天才画家への鎮魂は、決して生ある者の耳には届かない。
「…夜々重…」
やがて彼は、最後に晶子が発した問いの答えを小さく呟き、再びあてのない旅路へと彷徨い始めた。
315 :
◇GudqKUm.ok:2010/06/27(日) 11:39:05 ID:Gxa5Ooma
◆
「…でも夜々重サン、どうして私を庇ってくれたのデス? ワタシは…アナタを自爆の巻き添えにしようとしマシタ…」
穏やかに流れる三途の川を眺め、奇妙な既視感を覚えながらリリベルは尋ねた。未だ閻魔庁の厳重な監視下にある彼女が、こうしてときどき外出できるのも夜々重の尽力のおかげだ。
「…え、どうしてって…」
減刑嘆願の取り次ぎに拘禁中の差し入れ。リリベルに救いの手を差し伸べ続けた夜々重に、ずっと主である閻魔羅沙弗殿下が黙認という援助を送っていることをリリベルは知らない。
最近また幾つかの新たな官位を授かり、次なる閻魔大帝として信頼に足る側近を集め始めた殿下にとって、この半悪魔の元テロリストは夜々重と同じくらい何らかの興味を惹く存在なのかも知れなかった。
「…うーん…私も最初はこっちに知り合いもいなかったし、一緒に地獄に来たのも何かの縁でしょ? ほら、『袖摺り合うも多少の縁』っていうじゃない? 多少はトモダチ、みたいな…」
「…違いマス。あの諺の『他生』は別の生、前世か或いは…果てしない輪廻のどこかで得た関わり、という意味デス。」
たとえば地獄の底で、リリベルが信じ合える魂と出逢えたように。もしかすると『顎』とリリベルは、姿を変え毎度お馴染みの永い相棒なのかも知れない。
「ふーん、リリベルって物知りだねぇ…」
並んで座った夜々重はリリベルの意外な博識に感心しながらも、少し愁いを帯びた瞳を伏せた。あの慌ただしい地獄への旅路を思い出すと、どうしてももう一人の同伴者、今は逢えぬ『彼』の面影が蘇ってしまうのだ。
そんなの夜々重の気持ちを察してか、リリベルはいつもの乱暴な調子で毒づきながら、河原に向けて足元の小石をポンと蹴飛ばした。
「…それより、アイツらを見てると、なんかこう…こっ恥ずかしくて尻尾まで痒くなるデス…」
「あはは…ちょっとあれは恥ずかしいよね。」
316 :
◇GudqKUm.ok:2010/06/27(日) 11:39:28 ID:Gxa5Ooma
ポチャン、と小石の跳んだ先には最近再び殿下によって外宮警護に呼び戻された鬼、千丈髪怜角の姿があった。彼女は偶然を装ってひょっこり現れた高瀬中尉と二人、裸足で浅瀬に入って戯れている。
非番にも関わらずリリベルの逃亡を防ぐのだ、といかめしい顔でくっついてきたのだが、いくら獄卒同期随一の切れ者とはいえ、きゃあきゃあ剛さあん、などと水の掛け合いをやっていては監視の役に立たない。
「…二人揃って濁流にでも呑まれろデス…」
無駄に爽やかな笑顔で岸に手を振る高瀬中尉に、同じ仕草で応えるリリベルの不謹慎な囁き。だが彼女の危険極まりないバスは、高瀬の手によって着々と時代遅れの働き者に戻りつつあるのだ。
今頃、拘置施設と呼ぶには快適な住まいでは、幽霊となったファウストが午後のお茶を用意している時間だ。どうせ絵など解らぬ連中だろうが、手元にある母の作品の何枚かくらいは見せてやろうか…
自分にしては呑気な気紛れに頬を弛ませ、リリベルは何故か懐かしくさえ感じる新たな友、大賀美夜々重を振り返った。
「…そろそろ戻る時間でショウ? もしみんな暇なら…丁度ファウストがスコーンを焼いて待っている頃デス…」
おわり
ここまで代理投下
投下乙
いつか和尚の罪も償われるといいね。
ってか怜角、仕事はいいのかw
ややえちゃん関係者がっ!
地獄も猛烈な追い上げを見せてますなw
地獄盛り上がってきたあああ!
夜々重ちゃんの親父はすっかり悪人だと思っていたが、まさかこうくるとは……
リリベルちゃんの毒舌も相変わらずなようで安心したw
322 :
創る名無しに見る名無し:2010/06/27(日) 22:53:27 ID:Gxa5Ooma
まとめの人乙!
おつおつ
>夜八重ちゃんの父親とリリべルの母親!
やばいな、こう、感動を覚える。
和尚の罪が赦される日を待ってるぜ
325 :
正義の定義:2010/06/28(月) 22:14:22 ID:0533LOTj
まだまだ続く、そう熱い夏!
私のハートも、ますますヒートアップ
夏と言えばやっぱりお祭り
ガンガン激しくテンポよく色んな屋台をまわりましょー
金魚すくいにかき氷それとあんずアメ(アメ!)
当たればオマケが貰えます!(ヤッター)
そして忘れちゃダメなのが花火大会!(ドン!)
場所取りはキチンとね(たまや―)
この夏の夜空を鮮やかに彩る夢のショータイム!感動の
盛り上がったところでお待ちかねラストチークは
あの人とダンシング!キメて見せる!(Don’t worry!!)
例えうまく踊れなくても気にしない何時だってノープロブレム
お得意のハイテンション (YES)
最後まで (YES)
突っ走るだけ (YES)
どこまでも (YES YES YES YES)
So 伝えたいあの人
この想い届けマ・シ・ン・ガ・ンンンンッ投下開始!!
326 :
正義の定義:2010/06/28(月) 22:15:07 ID:0533LOTj
「…あなたのなまえはなんですか?」
『…覚えてないの。自分の事も…昔のことも…』
「ふぇー…けっきょくせいぜんのことはわからずじまいですか」
『でも…ひとつだけ覚えてることがあるよ?』
「ふぇ…?」
『私には…忘れちゃいけない大切な人がいた…』
「…?」
『…だから私は…その人を探さなくちゃいけないの…その人の手を…二度と離さないために…』
第七話
―「12人の英雄」―
時間というのは恐ろしいもんですよ。まだガキだと思っとったのに気がつきゃ周りは就職やら結婚やらで
まるで別の世代の人間を見ているようですわ。自分には関係ないと思っとっても、何時までもプー太郎で
いるわけにもイカン。いっそ開き直って山篭りでもしましょうか?あほくさ。
子供は大人になることをいずれ強要されます。人はみんな大人になるんです。それは拒めど必ずやってきます。
目を背け逃げ続ける子供の君も、そろそろ事と向き合って、大人になる時なんじゃあないのかなぁ…?
なんて考えたりもしたが、あたちは日曜の朝アニメを毎週欠かさず見ている幼女なので関係がなかった。
それでは、今回のお話の始まりで御座候。
―――…
ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザ…
「うわー、なーんか…密度が高いべさ」
白石は機関施設地下二階のロビーで入り口から濁流のごとく凱旋帰還する大勢の組員をその目で流し見喞つ。
出払っていた戦闘員・非戦闘員救護班科学調査隊その他諸々が一斉に戻ってきたのだ。
再生機関の無駄に広い本部施設の必要性が改めて証明された瞬間であった。
局長の大和が組員らを出迎える。全員併せ500人近いるであろう組員たちの手を一人一人笑顔で握ってゆく。
律儀な人だと白石は思った。こういう何気ない行動が人望の元なのだろう。でなければ組織の最高責任者などやってはいない。
「遠征に行ってた連中が戻ってきたんだなぁ〜、今回も大仕事だったみたいだな」
隣のソファーに腰掛けていた青島が言う。彼も白石と同じくその様子を眺めていた。
機関にもこれだけの人間がいたのかと青島は再確認させられた。この中のどれだけの人間の顔を自分は憶えているだろうか?
青島が憶えている機関の人間などせいぜい40人程度である。
ザッザッザ。人の波は未だ途切れない。
「ただいま戻りました、第二英雄…王鎖珠貴」
人の波が途絶え、最後に入ってきた薄い茶髪の長い髪をなびかせる若い男。泰然厳かなその男こそ
第二英雄王鎖珠貴(おうさ たまき)である。大和局長は彼の姿を確認するやいなや「よくぞ戻ってきた」と
王鎖の肩をポンポンと叩き無事の帰還を喜んだ。
続いて、彼の後ろを付き添うように二名の男女が見えた。二人共濃い黄髪の青年少女であった。
他の戦闘員とは違い、王鎖の周りから離れようとはしない。恐らく直属の身辺護衛といったところか。
王鎖と大和局長は、帰還で溢れ返る入口付近から人が引いた後、どこかへと向かっていく。
大方今回の遠征の成果でも報告するのだろう。
凱旋の様子を見届けた青島は部屋へと戻る為自身の身を置いていたソファーから尻を離す。
同時に白石も立ち上がったので、せっかくだから一緒に飯でも食べることにした。
「あ!そうだ!陰伊ちゃんも誘おうよ」
「…でも…陰伊ちゃんはさあ…」
327 :
正義の定義:2010/06/28(月) 22:18:18 ID:0533LOTj
―――…
―何で…何で殺したの…?
―痛いよ…イタイよぉ…!
―人殺し…
この人殺し!!
「うわぁ!!」
被っていた毛布を払いのけ、ガバッと上体を起こす陰伊。首筋は湿り、額には大量の冷や汗がにじみ出ている。
酷い形相だ。目の下は隈で黒く濁り、髪は荒れ放題でまるで燕の巣のようだった。
「……夢…」
陰伊は前回の仕事(森喜久雄の護衛)から帰ってきた後ずっと自室にこもりきりであった。そして毎日のように悪夢を見た。
人を殺した。その重すぎる現実が彼女にのしかかる。家族のいる、未来のある一人の子供の命を奪ったのだ。
平気でいられるのであればそれはもう人間ではない。快楽殺人鬼か感情欠落障害者だ。
陰伊は死んだ子供の両親と顔を合わせることができなかった。本人たちは事情を知っていたため、
陰伊を責めることはなかった。それでも陰伊は罪の意識から開放されることはなかった。
「私…私は一体…何をしてきたんだろ…何を…やれたんだろ…」
なにもできない自分に、陰伊は絶望することしかできなかった。絶望の果てに見たものは、現実逃避。
陰伊はすべてを拒絶し、自分の世界に篭った。六畳一間程度のこの空間が、今の彼女にとっての世界の全てだった。
「陰伊ちゃーん。陰伊ちゃーん。きこえてるー?」
こんこんと、陰伊の部屋のドアをノックする音がする。それと共に聞こえてきたのは、心配する白石の声。
「何も食べてないからお腹へってるでしょ?一緒にご飯食べに行こーよ〜」
陰伊は応えない。ドア一枚越し隔てられた空間の間にマリアナ海溝並みの溝があるみたいに、
完全に隔離されているような錯覚にさえ陥るほど陰伊の心は精神の深層にまで深く沈んでいた。
「返事してくれないと困っちゃうしょや〜」
沈黙を貫く。心は痛まない。白石もあの戦場で人を殺したに違いない。それは定かではないが
少なくとも陰伊はそう決めつけていた。人殺しに情けなど必要ない。
陰伊は寧ろ軽蔑した。人を殺しておきながら平気な顔をしているなんて、自分の親しいと思っていた人間が
まさか殺人鬼、もしくは感情欠落障害だったなんて少なからずショックは受けるに決まっている。
勿論白石は殺人鬼でも感情欠落者でもない。彼女は陰伊よりもずっと"大人"であったというだけだ。
それがわからぬ"子供"の陰伊は白石の事を酷く貶した。心のなかで…というのがわずかに残った
彼女なりの思いやりなのだろうか?
以降も数分に渡りドアを連打する音と白石の呼びかけは続いた。陰伊がそれに応えることはなかったが。
白石は諦めて陰伊の部屋を後にする。陰伊がホッとしたのも束の間、黙り込めば脳裏を堂々巡りする
忌むべき現実。孤独になり、どうしようもなく心細くなる陰伊。先程まで心中ボロクソ言っていた白石の声が恋しくなった。
孤独に押しつぶされそう、襲い来る後悔と贖いの念に、取り返しのつかぬ事実に自問自答の末自己欺瞞してみるもそんな事は無駄だと慚愧し「あ゛あ゛あ゛」と言葉にならない奇声を上げた。
泣き泣き泣きつかれベットに伏す陰伊。彼女のその手には、カエルのお守りが握られていた。
―――…
「まず、今遠征で壊滅させた異形の砦が3つ。上位異形は5体討伐。その内3体は私が討伐しました」
機関最深部の局長の部屋。そこでは遠征の成果を淡々と報告する第二英雄・王鎖珠貴の姿があった。
「ほうほう」
「その他の功労者、戦果はデータにまとめましたので後ほど目を通しておいてください」
大和局長はその報告を時たま頷きつつ真剣に聞いていた。再生機関は一癖も二癖もある人間ばかりだ。
まともに業務をこなすのはこの王鎖ぐらいのものだろう。
328 :
正義の定義:2010/06/28(月) 22:20:19 ID:0533LOTj
彼は几帳面な男で、諸有事柄を全て何らかの記録媒体に記録している。億劫に業務を怠けることもない。
炎堂なんぞとは真逆の人間である。同列に考えることさえも烏滸がましい。彼はその才気溢れ
有能であることも鼻にかけず謙虚で他人の事を常に考え誰にでも別け隔てなく温和に接する
聖人君子な非の打ち所のない人間である。統率者に必要な判断力。適材適所を事細やか
且つ文句のつけようのない人選を決定し得る能力のどちらもを有しておりその上冴島ほどではないが
頭もきれる。聞くところによると彼が関わった計画は全てうまくゆき一度戦場に姿を現せば敵は
全裸で逃げ帰り戦争は終結し彼が戯れに研究室に入ればいつの間にか新種の物質が出来上がって
おり彼が笑えば花が咲き放屁さえもハーブの香り芳しく彼が明日晴れるといえば晴れになったり
ならなかったり故に彼は大軍を仕切ることのできる機関でも唯一の人間なのである。
なんて、やや誇張気味に紹介したが、類稀なる有望な人材であることは確かであった。
「それで…"ヤツ"の事は何かわかったかね…?」
―――…
「ふえーい!きどーかんりょー」
「何とか治ったみたいですねぇ、んふふ」
火燐との戦闘で大破したトエルだったが、メインシステムに影響はなく修理も割と早く終えることが出来たようである。
修理期間中にトエルは中の人(精神)とコミュニケーションを取れるようになっていたが、開発責任者であり
生みの親の官兵にそのことは話していなかった。もうすでに反抗期なのか、
というかも元々ぞんざいに扱われていた気がしないでもない。
「いやーよかったよかった。お前がボロッボロで運ばれてきた時には脳漿が飛び散りそうになったもんだ」
「めがさめてさいしょにみるのがクソメガネのカオとかひじょーにざんねんでなりませんし」
官兵の心配などつゆ知らず。早々に毒を放つトエル。仮にもトエルを作った人間であるのにもかかわらず
ひどい言い草である。
「じゃあとりあえず、動作テストを…」
「うせー!こちとらひさびさのシャバでうずうずしてんだー!そんなもんやってられませんし!」
「やれやれしょうがないな…全く…」
「なにがやれやれだ!ファ!めつぶしファ!」
パリィ!
「ぎゃあああああああああ!目が!目があぁァ!!」
「ふぇ!ファファファ…ふぇ!」
挨拶代わりに官兵のメガネを突き破り目潰しをすると、トエルは研究室を後にします。
後から官兵のその様を見た研究員たちは敵襲かと勘違いし戦慄したそうで。
329 :
正義の定義:2010/06/28(月) 22:22:24 ID:0533LOTj
―――…
―『ちょ、ちょっと!?何でさっきの目潰ししたの!?』―
「え、いやなんか…ふゆかいだったから…」
トエルの頭の中を彼女以外の声が響く。トエルと同年代の少女の声と推測されるそれはトエルのみに
聞こえる秘密の声だ。耳の奥を震わせ水霧の如く消えていくその声の相手を暇つぶしにしてやるトエル。
どうやら本人もすっかり慣れてしまったようで、ちょっとした悪霊にでも憑かれていると思えばいいと
深く考えない事にしているようだ。どちらにせよ精神元の人間は死んでいるのであながち間違いでもない。
―『そんな理由で…あなたはちょっと横暴すぎ』―
「かってにからだをかいぞーされたことないからそんなことがいえるんですし!まえにワキからしょうゆが
でるきのーつけられたときはぶんなぐってやろうかとおもった」
「というかぶんなぐった」
―『あはは…それについては擁護できないけど…』―
トエルは修理期間中、この精神とずっと話をしていたものの、彼女は生憎記憶の大半を忘却しており
自分の生前の手がかりらしい手がかりは何一つ分からずじまいであった。そんな結果にトエルは
辟易としていたが、精神の少女が一つだけ気になる発言をしていたのもまた事実である。
「それで…おまえのさがさなきゃいけないヤツってどんなんです?」
―『それは…』―
「あ、トエルちゃんじゃない!」
トエルの名前を呼ぶ一つの声。数日ぶりに聞くその声はいい年して貧乳の冴島六槻女史その人であった。
「体は治ったの?よかったわね〜!あ、ちょっと炎堂君!トエルちゃんがげんきになったわよ!」
ちょいちょいと冴島が手招きした先にいた毛根の元気が無い中年の男、炎堂虻芳。んだぁうっせーなと
面倒臭そうに寄って来るので別にこなくてもいいよと言おうとしたトエルであったが、何だかこいつの
頭髪の事でもネタにして一つおちょくってやろうと唐突に思ったのでその言葉を喉に(とは言っても
トエルに声帯はない)引っ込め、何か上手い言い回しがないかと思考していると、ふと冴島が
面白いことを話し始めた。
「トエルちゃんは寝てて知らないかもしれないけど、貴方のことを一番心配していたのは炎堂君なのよ〜?」
「ばっ…!」
良い年こいたオッサンの頬が赤く染まる。まさか図星とは、ちょっと気持ち悪いなとトエルは思った。
「毎日毎日トエルちゃんの顔を心配そうに観に行ってたんだからーねー炎堂君?」
「う、うるせえ!」
ほんと30代後半のオッサンの羞恥プレイなど誰が得しようものか?いやそういうごく一部の、いわゆる
腐的需要はあるかも…いやこんなオッサンの需要ねぇよ。失礼。ともかくまぁそれを否定しないところを
見るとそれは事実と肯定して良いのかとトエルは考え、それから求められるある一つの仮説が出来た。
「おいハゲおまえもしかして…ロリコン?ふぇ?」
「ちっげーよ!馬鹿!どうしたらそういう結論がでんだ?あぁ?」
330 :
正義の定義:2010/06/28(月) 22:25:19 ID:0533LOTj
「ややや!ロリコンはいけんな!きみぃ!」
「ロリコンじゃねっつの!ただなんとなくてめえがくたばってねぇか気になっただけだ…他意はない」
「必死に否定すればするほど説得力が無くなる負のスパイラルよ炎堂君」
炎堂がロリコンかどうかは置いといて、この男にも情というものがあったのかと感心するトエルと冴島。
面倒事は他人に押し付け口を開けばテレビの砂嵐音を聞いていた方がまだ有意義だと思える話しかせず
女癖は悪い金遣いは荒い性格も悪い見習える部分など何一つ無いダメな大人の見本のようなこの男の
普段の酷い振る舞いからは想像できない一面である。
―『この人達…』―
「ん?」
ここで今まで押し黙っていたトエルの精神が、そっと言葉を漏らす。それは感覚的に何か感じ得た様を読み取れる声色の小さな声であった。
―『どこかで…会ったことがあるような気がする…』―
「ふぇ?」
―『特に、男の人の方は…私、よく知っている人のような気がする…』―
いまいち要領を得ない曖昧な応え。炎堂と冴島には生前会ったことがあるようだ。炎堂にいたっては、深い繋がりがあるような思わせぶりな事をトエルの精神は言ったが、こんなオッサンと生前深く関わっていた
のはトエルにとって特にプラスにはならず寧ろマイナスであったのであまり嬉しくない報告でしかなかった。
―――…
「あー!トエルちゃーん」
「ふぇ!しらいし!」
「あいたかったべさぁ〜!」
「わたしもですし!」
トエルは白石達がいるという食堂へと歩を進めたところ、丁度昼食を摂っている白石と青島の姿があった。
久々の再会に熱い抱擁を交わすトエルと白石。肉の感覚がトエルの体を包み込む。人肌とはこうも暖かいものか。
そんな温もりに当てられ微睡みに沈んでいるところ、そろそろ白石が解放して欲しそうな視線をしきりに
送ってきたのでトエルはしぶしぶ長き抱擁を解き白石の座る隣の席に腰をおろした。
「にしてもきょーはひとがおおいですね」
食堂を見回したトエルはその人口密度の高さに喫驚する。今までの空虚な施設内とは打って様変わり
したその光景にトエルは些かなりとも違和を感じた。どうやらこれが本来の頭数のようで、今まで誰も
かしこも遠征に出ていたのだという事をトエルは白石から聞いた。
「これ全員を連れていってたのは第二英雄の王鎖珠貴だからなぁ…そういやトエルはまだ会ったことなかったっけか」
「ふぇ。データはありますがまだ実際に会ったことはありませんし、ふぇふぇ」
青島は第二英雄王鎖の話題を振った。大体顔合わせを済ませていたトエルも彼にはまだ一度も会ってはいない。
「王鎖珠貴…これが腹立つほどにイケメンでなあ、イケメンは俺一人でいい…!」
「アホがなんかうぬぼれていますし」
「ほっとこ。それよりトエルちゃん…体の方はもう大丈夫なの?」
「あたぼうよ」
ぐっとガッツポーズをしてみせ己の快調を示すトエル。アレだけ酷く損壊していたので白石も
心配していたところだが、取り越し苦労で終わったようである。
「あらあらみなさん、御機嫌よう」
「あ、北条院さん」
談話で盛り上がる三人の元に訪れた第六英雄北条院。いつも後ろに束ねている髪はだらしなく垂れ
下がりボサボサ。彼女はここ数日留守番担当だったので予想以上に怠けているようである。
「みなさんそろってお食事?私もまぜてもらってもよろしくて?」
「はぁ、どうぞどうぞ」
白石達の向かいの席に座る北条院。持ってきたおかずは白米と焼きそば。炭水化物×炭水化物は
良くない。メニューチョイスのバランスの悪さに青島は呆れていると、彼の目に気になるものが写った。
「ん…?なぁ北条院。それ…何の写真?」
北条院のポケットから見つけてくださいと言わんばかりに自己主張し飛び出ている写真の束を見て青島は言う。
ほうほうとうとう見つけてしまったのねとわざとらしい反応を見せる北条院は、もったいぶるようにしてその
写真束をテーブルに広げ披露した。
「実は、この数日間で写真の趣味に目覚めちゃって、こうして自然の風景を撮っていましたの」
色彩鮮やかな風景画。なかなか巧く撮れているではないか。
「へえ〜よく撮れてるべさ」
「もっと褒めて褒めて」
「ところで写真撮っている間留守番はどうしていたんで?」
「ひゃい!?」
青島の予想外のツッコミに声が裏返る北条院。痛いところを突かれたようである。
334 :
正義の定義:2010/06/28(月) 22:29:03 ID:0533LOTj
「あのう…それはあ…あ、あ、あれですわ…」
「…何?」
周章狼狽する北条院を冷ややかな目で見る青島。そりゃ自分達が命がけで戦っている時に
「写真とってましたー」なんて言われたら怒りを通り越して呆れもする。絶賛急下落する己の株価を何とか
元に戻そうと北条院は説得力のある言い訳を思考するが、何も出てこない。切羽詰った彼女は
「写真をとって何が悪い!写真をとって何が悪い!」
などと意味不明な開き直りを見せ、北条院の株価は上場廃止となった。
「ふえーばかばっか………!?」
―『どうしたの?』―
「…いぎょーが…いる…!」
ガタン!トエルは突然席を立ち、足を疾駆させ何処かへと向かっていく。その様子を不審に思った白石が
声をかけるもトエルの耳にはまるで届いていないようだった。
「トエルちゃーん?ありゃ?どうしたんだろいきなり」
「トイレじゃありませんの?」
「いや、あいつロボじゃん」
なんて脳天気な会話をする白石、青島、北条院の三人。
彼らは後に「この時トエルを引き止めていればよかった」と後悔することになるのだがこれはまた少し後の話。
―――…
「・・・・」
人気の無くなった地下一階のエントランス。ぽつんと一人の小柄な人物が施設の奥へと進んでいた。
赤紫の妖艶な瞳。腰より下まで伸びた長く整った藍色の髪。背丈から恐らく小学校でいう
中高学年程度のそれだと推測される。そして二次性徴真っ只中の一番いい時じゃないかと今考えた
そこの貴方はおそらくロリコンであろうことが容易に推測できる。
彼者(名称不明)は黒のゴスロリ服に身を包むまたしてもあざといだがそれがいい的な格好をしていた。
辺りが暗澹としていて全容は良く見えないが、以上の特徴から女性であるのは明瞭明白である。
「…何か…来る…」
「ふえぇぇぇぇぇっっっっっぇぇぇええええ!!」
施設の奥へと続くドアを蹴破り現れた黄色い閃光、いや幼女。
「…何なの…?」
「ふえぇぇい…おまえから…いぎょーのにおいがぷんぷんしやがるぜぇ…!」
「…わけわかんない。どいて、邪魔」
「ふぇ!いぎょーをとおすわけにはいきませぇーん!とおりたくばこの12えいゆートエルがあいてになりますし!!」
第十二英雄トエル。そそっかしい事においては右にでる者はいないおませなロボットだが戦闘能力に
関して言えば他の英雄達のお墨付き。少女は突然現れたトエルに些か感情の突起を見せるが、すぐに
傲然たる態度を取り戻しトエルを心底うざったそうに見つめた。
「…十二英雄?」
「そうですし!!さあかくごしろよこのやろう!きかんにしんにゅうしたことをふかくこうかいさせてやる!へ、ンシン!」
いざ、対峙せんとトエルはコードを入力し、その身に包む衣の姿形を変える。
『巫女フォーム!』
赤い袴に純白の着物上衣。世間ではそれを巫女さんと呼ぶ。世の男性の憧れの的、清楚純血聖なる
処女のイメージ強い巫女さん、…の衣装に身を包んだトエル。毎度のことながら官兵の趣味である。
対峙する少女は「何いきなりコスプレ披露してんだこの炉裏は」と唖然したが、それでも英雄。
何らかの戦闘技能は有していると考え、気を張り構えた。
「…そっちがそういうのするなら、私もする…」
「ふぇ?」
一方、少女が取り出したものは英雄達の持つオープンデバイスとよく似た、しかし禍々しい紅色の箱。
少女はそれを自らの正面に突き出し掲げ…
「今日は機嫌が悪い…だからあなたで遊ぶことにするから。…変身・装着」『"Fusion Load"』
「なんですあれは…あのぶったいからすごいいぎょーはんのうが…」
自分の腕へと押し当てる。すると箱の中から朱肉のような色の管が次々と伸び出し、少女の体に繋がり
絡みつき全身を覆う。
「ななななんですか!?グロテスクなのはキライ!ふぇふぇ!」
「…ぐっ…!」
少女の全身を覆う管がはじけ飛ぶ。ビタビタと正体不明の液体が飛び散る中、その場に立っていたのは…紅い鎧兜だった。
「やっぱりいぎょーだったのか!」
「…心外。あんなのと一緒にしないで。さあ、遊んであげる」
紅い鎧に紅い兜。全身が朱に染まり支配される。先程のゴスロリ少女は何処へ行ってしまったのか?
底知れぬ威圧感を放つそれはとても中に幼気な少女が入っているとは思えぬ風貌をしており、
纏うオーラは歴戦の雄そのものであり、殺気は刃物のように鋭くあんなものを一度向けられようものなら
すくみあがり慄然せずにはいられないそんな様相であった。尤も、機械のトエルがそれを実感することはないが。
「それはおれとたたかうってかいしゃくで、いいのかなぁ…?」『"ジャンクション""ハルバート"』
そう言ってトエルは第五英雄青島の英雄武装である薙刀を出現させる。頭上でクルクルと回転させ、紅い鎧に刃先を向ける。
キラリと光る刃に映る鎧の姿。首を傾け、グリンと首をまわしゴキゴキと首を鳴らす。トエルは一切動じない。
静寂。その場だけを切り取ったような、完全なる静止。二人は永い間とも、一瞬とも取れる時間向かい合いそして…
「ふぇ!」
「…っ!」
同時に地を蹴り足を疾駆させる。30m程の距離が一気に縮まり、拳と刃が衝突する。鉄同士のぶつかる音。
強すぎる力のぶつかり合いに漏れた衝撃が空気を震わす。
トエルは間髪入れず、第二撃をくりだした。鎧の鉄篭手を払い下段からの切り上げ。勢い良く
振り上げられた刃は空を切る。鎧は僅かに体をずらし間一髪のところギリギリで斬撃を避けたようだ。
そんな思考をしている暇など無いと言わんばかりに鎧の鉄の拳がカウンターを仕掛けてくる。
トエルは薙刀の柄でガードしたが、パンチの衝撃が強すぎるのか僅かに後方へと後退る。
体制は崩れていない。すぐさま鎧の追撃がトエルを襲う。
「…面倒。さっさと負けて」
二連回し蹴りを繰り出す鎧少女。極めて低空ジャンプなバックステップで無駄なく回避するトエル。
しかし攻勢は終わらない。これでもかと斜め15°頭上から襲いかかる鉄に包まれた脚。
さすがの連撃に絶え切れなくなったトエルは『"ガード"』で防御を固め、無理のない守りを見せる。まもなくして防護壁に鉄の脚が接触した。
「…!?」
すると防御の要である防護壁にヒビが入る。滅多なことでは破れぬこの防壁を、彼者は
キックで破ろうというのか。危機を察知したトエルはガードを解き、後方へとジャンプし距離を取る。
「…優勢。降参する?」
「へ!こんなのぜんぜんたいしたことありませんし!」『"エナジー""ハルバート"』
刃先にエネルギーが収束し、眩い光を放つ薙刀。鎧を見据え狙いを定めたトエルは薙刀を振り上げ…
振り下ろした。一点に集中していた刃先の光が三日月型となって刃を離れ、一直線に飛んでゆく。
その先には鎧兜。このタイミングで避けなければ回避は不可と思われるが、鎧は避ける気配を見せない。
受けるつもりだ。斬撃を真正面から受け止めるようである。鎧は脚を半歩ほど開き、拳を深く握ると腰を捻り
斬撃が飛んでくるのに合わせるようにしてその拳を突き出す。
「ふえぇ…」
突出された拳の前に、トエルの放った光は砕け散るようにして消失した。たかだかパンチ一発にそれが
かき消されたとなれば、さすがのトエルも驚愕せずにはいられない。
「…続行?まだやるの?もうめんどくさい」
「…キーサーマァァァァ…!」『"ジャンクション""バズーカ"』
339 :
正義の定義:2010/06/28(月) 22:35:26 ID:0533LOTj
―――…
「…陰伊さん。いつまで引き篭っているの?」
一階で死闘が繰り広げられている頃、冴島は一向に部屋から出てこない陰伊を説得しようと部屋の前でコミュニケーションを取る事に四苦八苦していた。
「いつまでそうしている気ですか!あなたはそれでも英雄なの?」
「…英雄…?」
「か、陰伊さん?」
ぼそりと陰伊が呟く声が返ってくる。とりあえず陰伊が自分の話を無視していない事がわかり、冴島はひと安心する。
「そうよ!あなたは英雄です。多くの人を助ける…」
「…私は人を殺しました。英雄なんかじゃ…ありません」
「それは…仕方なかったことです」
陰伊の憂悶の原因は人を殺したこと。後悔と懺悔の中でゆらぎ動く彼女の意思。迷う彼女の手を
引くのは大人の自分。冴島はまだ心幼き少女に憐愍の情を浮かべながらも話を続ける。
「あの時、私達が戦わねば、もっと沢山の人達が死んでいました」
「でも…あの子たちは…子供でしたよ!?」
「だから何です?子供だったら人殺しが許されるの?あなたは警備隊の人や町の人々が殺されていくのを黙っているつもりなの?」
「・・・・」
陰伊は黙りこむ。いままで彼女は幼稚な妄想を見て、甘い事ばかり言っていたが
いざ現実を突きつけられると何も言えなくなっていたのだ。
「人一人軽々と殺せる力を持った者を捨ておく訳にはいかなかったんです。あれが…私達にとって最良の選択だったの」
「…冴島さん…」
「なあに?」
陰伊は、自分の甘さを恥じていた。しかしそれでも譲れないものが彼女にはある。
「…私、ある人の意思を継ぐために英雄になったんですっ…」
「…ある人?」
「そうです…その人は私の一番の親友で…尊敬できる人でした…」
「・・・・」
文末から察するに、そのある人というのはもうこの世にはいないのだろうと冴島は察した。
野暮なことには突っ込まないよう、彼女は沈黙に徹する。
「…あなたの意思は、私が継ぐって決めたのに…私はあの人の意思を継がなきゃいけないのにっ…」
「あの人の願いは…多くの人を助ける事…だから私は英雄になったんです…」
「でも…私は自分のしていることがもうわかりません。沢山を助けるために一つを犠牲にすることも…
何のために戦っているのかも…」
「正義ってなんなんですか…!何を信じて、私は戦えばいいんですか!」
「わ、私は…皆の言う『正義』を信じることができませんっ…一を犠牲にすることも…無理です…私は…
普通の人間なんだからっ…!英雄なんかじゃない普通の人間なの!そんな普通の私には…荷が重すぎます…」
「そうね。正義ってなんだろうね…」
341 :
正義の定義:2010/06/28(月) 22:37:05 ID:0533LOTj
「冴島さんも、わからないんですか…?」
「さあね?どうだったかしら。わからなくて悩んでいた時の事なんて…もう忘れちゃったわ。
何が正しいと思ってたのか…もう思い出せないもの。今は定められた規則に従うだけよ」
「それで…いいんですか?そんな…本当に正しいこともわからないまま戦うなんて…」
「信念だけじゃ人は救えません。時は待ってくれはしないの。今この時でさえも苦しむ人々が
大勢いるの。一人でも多くの命を救うために…アレが正しいこれが正しいと気にしている暇なんて無いの
結果的に人命が救えればそれでいいと私は思っているわ。何が正しいかわからないからと言って、
戦いを放棄することは許されない。それが英雄なんだから」
「そんな…!」
「あなたは自分から英雄になったのでしょう?いつまで逃げ続けるつもり?いつまで目を逸らすつもりなの…?」
「う…」
「現実を受け入れなさい。世の中なんてわからないことだらけよ。いちいち答えを求めていてはいくら
時間があっても足りないわ。そろそろ…陰伊さんも大人にならなくちゃね…」
「でも…でも…っ!」
「一人でも多くの人が助かる事…それが正義でいいじゃない。そうやって自己欺瞞でもしなくちゃ、戦っていけないわよ…?」
「私は…!」
ドコオオオオオオン!!
突然の轟音。上の階から聞こえてきたそれに陰伊の声は遮られてしまう。
「…何?今の音?」
只事ではない事態を察し、冴島は陰伊の事が心残りでありながらもその場を後にする。
残された陰伊は一人、部屋の中でドアを背に崩れ落ちる。がらんどうな天井を見て、放心する。
冴島に言われた様々な言葉が彼女の頭の中を駆巡っていた。果たして、陰伊は立ち直る事ができるのか…
344 :
正義の定義:2010/06/28(月) 22:43:34 ID:wf45DVz0
さるェ…
続き投下代行お願いします↓
―――…
「なんだよこれ…」
「あわわわ…施設が穴だらけだべさ…」
施設内で爆音が響く。機関の人間がそれに気がつかないはずもなく音源地へと人が集まりますと、
そこでは幼女と紅い鎧が暴れまわっているではないか。本来ならば襲撃だなんだと狼狽え浮足立つ
所だったが騒ぎを起こしているのがどちらも見知った者達だったため不思議と冷静を保つことが出来た。
それ以前にそもそもどうしてこのような事態に陥っているのか頭が付いていかなかった。
「そこぉーッ!!おちろぉーッ!」
どかーんどかーん!
「…当たらなければどうということはない」
トエルがバズーカを乱射する。どうやらあの紅い鎧を狙っているように見えるが…
「あの鎧って…第七英雄天草ちゃんだよなぁ…」
青島がよく知る鎧の少女を見てぼやく。そう…紅き鎧を纏うこの少女こそが第七英雄『天草 五姫(あまくさ いつき)』なのである。
「何呑気に観戦していますの!早く二人を止めなさい!」
このままでは大破どころでは済まなくなる。それを危惧した北条院は周りの人間に二人を止めに行くよう
促すが、あんなデッドスポットに自ら飛び込む命知らずは誰一人として存在し得なかったようで、
英雄デバイス所有者であっても止めに入ることをためらうような、つまりそれほどまでにトエルと天草の戦闘は激しかった。
「つうか北条院が行けばいいじゃん」
「な!?わ、私は…」
痛いところを突く青島。北条院は基本ヘタレであるのでこういった危ないことは他人任せなのである。
だがそれと同時に彼女はプライドが高い。少し煽ってやれば、自分の思い通りの結果になる事を青島は知っていた。
「へぇー、やっぱりなぁ、北条院はヘタレだからなぁ…」
「へ、ヘタレ言うな!」
「ヘタレじゃーん。ビビッてんじゃないの〜?」
「この私が臆するわけありませんわ!いいでしょう!やってやりますわ!刮目なさい!私の『貴人』を!」
まんまと青島の策略に乗ってしまう北条院。無手勝流。戦わずして戦いに勝つ。
生き残る為にこれ以上の極意はない。ともかく、北条院に合唱を捧げなくてはならない事を先に言っておこう。
「第六英雄、北条院佐貴子。正義の名の下、悪を成敗します!」
武装展開した北条院。名乗り口上もほどほどに、大剣を抱え両者を止めに入る…のだが、まぁ予想通りというか、予想以上というか。
「邪魔を!」
「すんな!ふぇ!」
割って入る北条院をトエルと天草はボロ屑のようになぎ払い、後方50m程の壁まで吹き飛ばす。
その間わずか3秒。
「瞬殺はあんまりですってよ〜〜〜〜〜〜…」
「… 弱っ!」
「北条院さん瞬殺でしょや」
「もうちっと持つかとおもったんだけどなぁ〜」
予想されていた事とはいえ、あまりに早過ぎる北条院の戦線離脱にますます止める気力が失せる野次馬一行。
そりゃだれだって命は惜しい。そうは言ってもこのままでは施設が崩壊してしまう。互いに叱咤督励し
「おまえが行け」「いやおまえが行け」等という不毛な押し付け合いが始まるのは時間の問題と思われた…
がしかし、天は我らを見放してはいなかった…!
―『"イレブンソート"゙』―
「!?」
忽然として宙に現れる九本の剣。地に降り注ぐ刃の応酬。
「君達は少しおいたが過ぎる…」
互いに火花を散らすトエルと天草の間に入る一つの人影。彼の両手握られているのはそれぞれ種類の異なる二本の剣。
その刃先はそれぞれトエルと天草に向いており、二人の動きを静止させる。
「お、王鎖さ〜ん!」
気の抜けた白石の声がしんと静まり返ったロビーに響く。その声はトエルと天草の間にいる青年へと送られたものである。
二人を止めたのは第二英雄・王鎖珠貴その人であった…
―続く―
345 :
代行:2010/06/28(月) 22:57:21 ID:lCgLjKTZ
投下&代理&無駄支援乙!(自分含む)
巫女VSゴスロリは永遠
新たな英雄二人も癖が強そうだなw
英雄武装はイメージしてたのと同じで安心した
347 :
創る名無しに見る名無し:2010/06/28(月) 23:43:51 ID:lCgLjKTZ
乙っした!
天草の武装はまず最初に 触手か……っ! と思ったww
英雄さんがこれでそろい踏みか
これからどうなるか期待だ
貴重な常識人が現れたなw
ゴスロリは素晴らしい
異形純情浪漫譚ハイカラみっくす! シノダ編
「マヨイガ」
――誠の友人が何人いるのかと訪ねられても、答えてはいけない。
なぜならそれは数えるものではなく、数えられるものだからだ。
蛇の目邸はその敷地をぐるりと煉瓦の塀で囲まれており、そこへ施されたキッコ様の結界
によって外からは見えぬ仕掛けになっている。
それでもなお、私がこうして書き残している手記を読み、蛇の目邸を探してみたいという
奇特な方がおられたら、シノダ森のどこかにぽつんと立っている郵便受けを探してみると
良いだろう。
邸自体は決して見たり触れたりすることはできないが、郵便受けだけは見えるようにして
おかないと、我々にも手紙が届かないからだ。
さて、冒頭に上げた一文はこの郵便受けに宛先未記入で届いた小さな紙片に書かれていた
もので、一体誰がどのような経緯をもって投函したのかは分からない。
そんな風にどことなく薄気味が悪いものだからそのままそっとしてあるのだが、おかげで
毎日目にせざるを得ず、最近では悩みのタネのひとつである。
ともかく友人などという存在は従者としての役目を授かる私と縁遠いものであり、きっと
この先も余り関わりのないことであろう、おまけに私は妖魔ですら忌み嫌う者もいる吸血
種なのだ、仮にできたとしても皆逃げてしまうに違いない。
そんな事を考えつつ、今朝も空っぽの郵便受けを確認して玄関まで戻ると、先程までそこ
になかった怪物体を見つけるに至った。
――やや、誰か倒れている。
蛇の目邸によそ者が入ることは考え難い、してみるとこれは「サソワレビト」か。
汚れた黒い着物に赤いタスキを巻いた男性は、頭の上には造り物のような大きな丸い耳が
二つくっついており、これはまた珍奇な奴が現れたものだと耳を引っ張ってみると、男の
頭がぐいと一緒に持ち上がるので、どうもそれは真の耳であるように思えた。
まるで鼠と人間を合わせたような男は、息も絶えだえ、只ならぬ様子で呻き声をもらす。
「……あの糞アヒル野郎、いつか張っ倒してやる」
私は一度自身を見回し、自分がアヒルではないことを確認してからエリカ様を呼びに館へ
と戻った。
† † †
それから半日ほどして、私とエリカ様による献身的な介護が功を奏したのか、なんとか目
を覚ました男は、客室をきょろきょろと見回し「ここはいってぇ何処だ」と不思議そうな
顔を向ける。答えぬ私と沈黙の問答を繰り返すこと数秒、やがて男は身体に巻かれた包帯
に気がついた。
「こりゃあ、お嬢ちゃんが介抱してくれたのかい」
そう、猫の姿である私を目の前にして、男がその答えに辿り着いたのには訳がある。私は
常日頃よりこのような事態が発生した時のため、看護婦帽を所有しているからだ。
ノリのしっかりきいた白い帽子に、エリカ様が赤十字を描いてくださったもので、よもや
この姿を見て他に言葉が浮かぶはずもないであろう、無言にて場を収める秘密道具の一つ
である。
空の注射器をちらりと見せると、男は大きな耳を揺らしながら、こいつはおかしなことに
なっちまったと顔を緩ませ、しかし身体の痛みを思い出したのだろう、顔を強張らせ胸を
押さえた。
男の傷は相当なもので、至る所に残る鋭い裂傷に加え、胸部に付いた矢印状の大きな痣は
一体なにと戦っていたのか考えも及ばぬほどに痛々しいものだった。それでもそんな傷を
負ってさえなんとか会話ができると言うことはつまり、男も妖魔なのであろうと断ずる。
「あら、目が覚めたのね」
丁度戻ってこられたエリカ様がテーブルに幾つかの薬品と軟膏を置くと、男は苦しげな顔
の中に歯を覗かせ、自分は「ジロキチ」だと名乗った。
エリカ様が事情を説明しながら特性の鎮痛剤を処方すると、ジロキチ殿はぼんやりと天井
を見ながら怪訝に眉を寄せる。
「迷い家ねえ……俺は道に迷った覚えはねえんだがなあ」
マヨイガ。
蛇の目邸は古く東北から伝わる「森の中で道に迷ったら家が在った」という類のものでは
ない。適当な人を適当な時に、適当に誘う館なのである。
「あら、タバサが説明したほうがずっと分かりやすいわね」
「いやいや、ちっとも分からねえよ」
主が気まぐれなもので館も気まぐれなのだ。そう付け加えてみるとジロキチ殿はなるほど、
分からねえが分かった、と大変納得した様子。一方エリカ様は頬をふくらませているが、
最近はほとんど邸に二人きりなので、こうして客人がいることは賑やかで良いであろう。
義賊を名乗るジロキチ殿は大変に話が上手で、それからしばらくの間、私たち二人はその
義勇伝を聞いて笑ったり訝しんだりと、非常に楽しい時間を過ごすことができた。
丁度お喋りも一段落したところで、空いた紅茶のカップを片付けながらエリカ様が尋ねる。
「ところで、アヒルのお友達がいるんですって?」
するとジロキチ殿は「ああ」と一時真剣な表情を戻し、力なくため息をついた。
「ジェイジェイってんだ。セイラーの格好をしたアヒルの異形でな――」
ジロキチ殿は、数年前に酒場で出会ったその人とよく仕事を共にしていたらしい。
火の妖術を心得たジロキチ殿と水の妖術を使うジェイジェイ殿は相性が良く、大変な怪力
の持ち主である彼は、いつも大型の錨を背負っているということだった。
まるで懐かしむように語るジロキチ殿だが、玄関に倒れていた際はジェイジェイ殿のこと
を「糞アヒル」などと罵っていたので、どうも釈然としない。それについて訪ねてみると、
その原因は昨晩の仕事にあるようだった。
「いつもみてえに盗みを終えて千両箱を開いてみたらな、あの野郎中身を見た途端にそれ
持って逃げ出しやがったんだ。でな、俺だって野郎に金が必要なことがあるんなら相談に
のってやらねえこともねえ。それをお前、持ち逃げしようてえなら黙っちゃおけねえだろ」
これまで悪しき金を貧に分け与えてきた二人であったのだが、突如ジェイジェイ殿の人が
変わってしまったのか、そのような仲違いがあって二人の間に戦いの幕が切って落とされ
たのだという。
ジロキチ殿の胸に残った巨大な矢印型の痣は、どうやら錨で打たれたものであるらしく、
その記憶を最後に気がつけばここで寝かされていた、と肩を落とした。
「金は盗んだもんだ。手切れ金としちゃ多すぎる気もするが、一発ぶん殴ったぐらいじゃ
こっちの気がおさまらねえ」
親しき仲が故に憤りも大きかったのであろう、ジロキチ殿は怒りをあらわにしながらも、
どこか煮え切らない、そんな表情を窓の外に向ける。
今日は大変に天気が良く、空に浮かぶ入道雲がゆっくりと形を変えていく中、二匹の鳥が、
波を描いて空を飛んでいた。
「よし、私が一肌脱いじゃおう」
振り向くとエリカ様がなにやら意を決した表情で憤慨しておられた。
わけも分からず放心する私たちをよそに、てきぱきと準備を進めるエリカ様。
どういうことか説明してください、と制止を試みるもそのまま弁天号にまたがり、
「じゃ、ちょっと行ってくるね!」
びしと敬礼を決めるとベルを二度ほど鳴らし、そのままシノダ森へと消えてしまわれた。
† † †
ちょっと行ってくるなどと言うものだから、ちょっとしたら帰ってくるのだろうと思うの
が普通だが、エリカ様が旅立たれてより今まで、実に二日もの時間が経過していた。
「お嬢ちゃんのご主人様は、本当に適当だな」
その二日の間私とジロキチ殿が一体何をしていたかというと、これが特に書くべきことも
なく、初日は回復へ向かっていたジロキチ殿の体調も、私が薬の処方を間違うせいで悪化
したり、必要以上に元気になってしまったりと、曰く「散々だ」ということである。
主が適当なもので、館も適当なら従者である私も適当なんですよ。そう説明するとやはり
ジロキチ殿は「聞いた俺が間違ってた」と納得しくれたようだ。
「ただいまー」
そんな折、忘れかけていた主の声が玄関に響く。
「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった」
ちょっと出かけて、ちょっと遅れたのが二日ならば、蛇の目邸の「ちょっと」はおおよそ
一日にあたるのだろう、私が手記へ記しながらお迎えにいくと、エリカ様はスイカほどの
大きさの風呂敷包みを抱えていた
なるほどジロキチ殿に元気を出して貰おうと奮発してきたか、それならそうと一言いって
くれれば良いものを。とにかく風呂敷へ鼻を寄せてみると、かぐわしい香りと共にどこか
遠い夏の記憶が蘇るようである。
「……こりゃあ、血の匂いだ」
声に目をやると、胸を押さえたジロキチ殿が壁にもたれていた。
丸い鼻をくんくんと震わせる顔からは今までの陽気さが消え失せ、訝しむような鋭い目線
を風呂敷へ向けている。
エリカ様もそんなジロキチ殿に気づいて、柔らかい笑顔を浮かべられた。
「ジェイジェイさんから伝言よ」
「……なんだと」
「この間のことは済まなかった、あの仕事は仕組まれたものだったんだ、俺達は罠に嵌め
られたんだ」
「どういうこった」
はてエリカ様とジェイジェイ殿の間に何があったか、しかし会話をしながらも相変わらず
ジロキチ殿の目線は風呂敷包みに釘付けである。
ともかく玄関ではなんだし食卓の準備をせねばなるまい。
「俺たちは有名になりすぎてたんだ。あの箱に入っていたのは金なんかじゃない、大量の
殺鼠剤だ。説明してる暇なんてなかった、いくらお前でもアレを吸ったら命が危ねえと、
だから俺はお前が近寄らねえように――」
突如風が吹いた、と思いきやジロキチ殿は目にも止まらぬ疾さで私を通り過ぎ、エリカ様
の胸ぐらを掴んでいる。
「お前さんの……いや、奴の言いてえことは分かった。それでお前は一体どうしたんだ、
この血の匂いはいってえ何だ!」
「私がお仕置きして差し上げました」
ごしゃりと風呂敷包みが落ち、赤い染みを床に広げ始めた。
「……殺したってのか」
ふと力を抜いたジロキチ殿の手を払い、エリカ様が目を細める。
そういえば客用の皿などあったか知らん。
「勘違いしないでください、ここ蛇の目邸はあくまでもマヨイガ。サソワレビトの願いを
叶える、それがここのしきたりであり、主である私の役目なんです」
「俺がこれを望んだと、そう言いてえのか。だ、だが、そりゃあまりにも……」
「殴るぐらいでは気が済まないと」
そのやりとりに私はぎょっとしてエリカ様に目をやった。
愛用傘邪の目は血に濡れ、出かける前に洗濯したばかりの着物は所々に赤黒い染みがつい
ている。ここまでお転婆な主は如何なものかと、私はだんだんに血が上ってきた。
その染みを、邪の目の手入れを、一体誰がまたするのか考えたことがありましょうか!
「ジェイジェイ!」
しかし憤慨する私をものともせず、突如ジロキチ殿が風呂敷包みを抱きしめた。
そんなにも好物に目がないのか、男泣きに何か許しを乞うような叫びをあげつつ風呂敷を
撫でる。さすがの私もここらが限界か、怒りも忘れて思わず吹き出してしまった。
「こ、こいつら狂ってやがる……」
私も長いこと妖魔として生を歩んでいるが、こんな男は初めてである。
ジロキチ殿の面白いところはおしゃべりだけに留まらず、こうした嗜好にまで現れるもの
なのだろうか。私は古文書にこれを記すにあたって、どういう項題を付けるべきか考えな
ければなるまい。
――それ、そんなに好きならば、もうそこで召し上がってくださいな。
嗚咽にむせぶ背をぽんと叩くと、いよいよ意を決したか、ジロキチ殿はついに風呂敷包み
を開く。きつい結び目をほどき、震えながら布を落とし、はらりと現れたのその姿をみて、
余りの美しさにジロキチ殿は声を失ったようだ。
「……スイカじゃねえか」
見るからに実の詰まったそれはさぞかし重かったであろう、いかに客をもてなすためとは
いえ、主にそのような雑事をさせたとあっては、タバサ顔がたちません。
「じゃ、じゃあお前、その返り血は一体……」
「ジェイジェイさんを引っぱたいたら『なんだテメエ』って、私の鼻血です」
「くっ……」
間をおいて、蛇の目邸に大きな笑い声が響いた。
実に数年ぶりのことである。
† † †
「いやあ、本当世話になった。姉ちゃんたちもオオサカに来ることがあれば世話するぜ!」
エリカ様が戻られたこともあり、後日すっかり体調の良くなったジロキチ殿と別れる時が
きた。私は少々寂しいような、でも元気になって良かったような、そんな複雑な気持ちを
胸に抱えていた。
「代わりといっちゃあなんだが、コイツをやるよ。前に妙ちきりんな魔女みてえな奴から
くすねたもんだ。次にまた俺みたいなのが来たときにゃな、タバサちゃん。それを使って
人の姿で看病してやってくれ」
ジロキチ殿は苦笑いまじり、エリカ様に小瓶を手渡して背を向ける。
私はふと思いつき、ジロキチ殿を引き止めて郵便受けに入っていたあの紙片を差し出した。
「えーとなになに。『誠の友人が何人いるのかと訪ねられても、答えてはいけない。なぜ
ならそれは数えるものではなく、数えられるものだからだ』」
ジロキチ殿はしばしそれを眺めると「俺にも不器用な友達ってやつが一人はいるらしいや」
と私の頭を撫でてくださった。
「義を見てせざるは……なんだっけな、まあいいや。魔法義賊・鼠小僧次郎吉、この恩は
忘れねえぜ、あばよ!」
肩越しに親指を立てると、次の瞬間ジロキチ殿は風の如く姿を消していた。
「あらタバサ、これ人化薬だって」
ジロキチ殿、貴方の友達は決して一人などではありません。
少なくとも、もう一人はここにおります故、どうか体にだけは、お気をつけて――
つづく
投下終わり。
スイカの話を書くのは好き。
乙でした
>>あの糞アヒル野郎
ビジュアルはあいつですね、わかります
それにしてもエリカ様の強さが分からんwww
そして赤十字って吸血種的にどうなんだww
356 :
創る名無しに見る名無し:2010/06/29(火) 20:35:37 ID:gXwZbfc1
ジロキチ来たw
看護婦帽かわいいwww
>ふぇ
ずっとキャラ名と英雄番号の関連を考えてるんだが…もしかして、ない?
イラストは俺もしっくりきたw
> エリカ様
夏。そしてジロキチw
前回『夏祭り』というイベントフラグが出てたけど、またそろそろイベントもいいね
358 :
代行:2010/06/29(火) 23:27:32 ID:gXwZbfc1
>狸よ踊れ〜
田貫のキャラがツボるなぁww続き期待だわ〜
>地獄百景
やばいこういう運命じみた話好きだ
何かリリベルちゃんがいつもよりしおらしくて良かった。最後はいつも通りだったけど
>ふぇ
もうトエルはコスプレ幼女で良いだろw
後ヘタレな北条院さんが好きになった
>はいから
もうジロキチの存在で笑うなこれは…
というかこの薬ってもしや…
そんな事よりタバサちゃん人化フラグか?
ちょいと投下いたしますよー
●
信太の森の中、数年前クズハの入ったカプセルを発見したり、ついこの前もキッコが居座っていた、森中心付近に位置するものと思われる巨木。
匠達はその前まで歩いて来ていた。周囲は未だ以前の戦闘の跡がちらほらと見受けられるがその巨木には、
傷が……ない?
流れ弾や爆発の煽りを受けて相当傷付いていたはずの巨木には傷一つ付いていなかった。
なんでまたこの木だけ?
周囲の荒れ具合の中、一つだけ無事な巨木は一種異様な印象を与える。そんな巨木に奇異の視線を匠が送っているとキッコが口を開いた。
「ほれ、退け」
キッコは巨木に片手を押し当てると何やら術を行使し始めた。
≪魔素≫が彼女の周りで動きを見せ、それに伴って人化で隠されていた彼女の金毛の尻尾と耳が露わになる。
巨木の方にも変化が現れた。青々と茂った葉が光を帯び始め、木がより巨大になった印象を受ける。
「これは……結界?」
クズハが小さく言った瞬間、出し抜けに風が一陣吹き抜けた。
そして、
「――まあこんなものかの」
キッコが巨木から手を離す頃には巨木の周りの景色が一変していた。
周囲には荒れた土地などなく、先程よりもよりいっそう木々の密度が濃い森が視界を覆い尽くしていた。
「こりゃ、すげえ」
彰彦が変化した視界をそう評しているのに同意しながら、匠は呆れとも驚嘆ともつかないため息を吐いた。
森の中にこんな仕掛けがあったのか……。
思っているとクズハがキッコに問いかけた。
「大規模な結界ですか?」
「そうだの」と答え、キッコは尻尾と耳を収めると口許を歪めて薄く笑んだ。
「お前たちの言う災害が起こるまではここで住み分けていれば問題なかったのだがの、
余計なものが湧いてきたせいで結界は喰われるし人も術を覚えおった。引きこもってばかりもいられんようになっての。
まあ人間に比べれば我等の被害は大した事ないがの」
そう言って肩をすくめると森の一角に目をやった。匠達も視線を追いかける。
視線の先では何者かが草木をかき分けるような物音がした。
葉草の向こうに感じる気配に匠が手に携えた墓標を握り直すと、木々の間から狐の群れが姿を現した。
両の手では数えられない狐の群れは素早く匠達を包囲するとそれぞれ油断なく睨んできた。
≪魔素≫の気配……異形か?
囲む狐の内数匹は人の身程もあり、皆それぞれ敵意に近い警戒心をむき出しにしている。
その中で一際大きな体躯をした狐が匠を睨みつけ、人語で叫んだ。
「貴様! この地に現れた妖魔ごと我等を滅しようとした人間!」
あ、やば――。
自分がキッコを敵視していたように、異形側も自分を敵視していて当たり前だ。
自分がこの森の異形からどう思われているかを一言で察した匠は友好的な態度を示そうと墓標を地面に突き刺して無手である事をアピールしようと両手を広げた。
「待て、話し合――」
「問答無用!」
狐が跳びかかって来た。
「匠さん!」
「っ!」
クズハと彰彦が反応する気配がある。匠自身も何らかの行動を起こそうと≪魔素≫を集中し――
その前にキッコの足が狐を側面から蹴り飛ばした。
狐は地面をバウンドすると木にぶつかり、獣特有の甲高い悲鳴を上げて草むらへと落ちた。瞬間、跳ねるように起き上るとキッコへと牙を剥く。
「何をするこのたわけた女郎めが! 貴様から食ってやろうか!?」
大口を開けて言われるその言葉にキッコは面白そうに口の端を吊り上げた。
「ほう?」
キッコへと≪魔素≫が再び集中し、せっかく収めた尻尾と耳が再度露わになった。
「……え? この≪魔素≫と匂いは……」
キッコの正体に気付いたらしい狐が息を呑む。
しかし、遅かった。
キッコは笑みのまま艶やかな金髪を風に流し、尾の周囲に陽炎を生んだ。金の瞳で狐を見ると、一言。
「ちと灸を据えねばな?」
●
「あ……主様と、その客人とは知らず、御無礼を……」
数分前とはうって変わって態度が低くなった狐を心配気に見ながらクズハが声をかけた。
「大丈……夫ですか?」
大丈夫じゃないよなー、あれ。
しかし他にかけるべき言葉が見つからず、そう声をかけたくなるのも分かる。所々焦げた狐の毛を見て匠も少し同情した。
「こりゃ灸なんて生やさしいもんじゃないだろ」
呟くと、彰彦が「ありゃ火刑だよな」と答えて二人で乾いた笑みを交わした。彰彦は息を深く吸い込み、
「……香ばしい匂いが漂ってんな」
複雑な表情で述べた。
「まあよいではないか」
どこかしらスッキリした顔のキッコに皆が若干引いた視線を送る。と、別の狐が声をかけてきた。
「主様、お久しゅう」
こちらも人の身以上の大きさの狐だ。若い女性の声で為された挨拶にキッコが頷いた。
「んむ。とは言っても結界と森の様子を見に来ただけですぐにいなくなるのだがの」
「またですか、最近は人間とよく行動を共にしておられるようで」
どことなく不満そうな狐の声にキッコは笑った。
「そう責めるなヨモギ、ここはもう我がついていなければならぬ程異形が湧いて来ることも無いだろう?」
「地裂は封印されましたからね……人間の技術によって、ですが。――しかし以前人間が攻め込んできた折に奴らに害された者もおります」
「その分屠ってやったわ」
そう言うキッコにヨモギは「ええ」と頷き、「しかし」と匠を見た。
「この人間は先の争いで指揮役を担っていた者の一人ですね」
きっついなぁ……。
色々と含む所があるような視線を受けて匠が困った表情を浮かべているとキッコがとりなした。
「ちと事情があるのだ。この若造を責めるのは筋が違う」
「事情とは?」
「さて、人間の都合故、何とも説明が煩雑になるの」
そう言ってキッコは肩をすくめてみせると匠と彰彦を示した。
「これらは匠と彰彦、匠の方は確かに敵対しておったが互いに矛を収めた。もう無理に争うこともなかろうて」
渋々と言った風に頷く眷族達を見回し、「まあ仲良くなれとまでは言わんがの」と付け加えるとキッコは、
「こんな雄共なんぞどうでも良いわ。それよりコレをどう思う?」
そう言ってクズハの背を片手で押し、ヨモギの鼻先へと突き出した。
小さく驚きの声を上げて硬直したクズハへと鼻先を近づけたヨモギは首を傾げた。
「我等の同胞……にしては人間臭いですね……あの時の?」
「クズハという。ヨモギの見立て通り、あの時の瀕死の人間の子よ」
その発言に周囲の異形達がざわめいた。
皆がクズハを注視する。
「この子が……」
唸る声に呼応するように、遠くで様子を見ていた者達も近づいて来る。
「随分と人の形を取り戻したようだ」
「いっそ完全に我等のようになった方が人間の中で息苦しく生きるよりも幸せだろうに」
「私を、知っているんですか?」
「知っているも何も……」
「……なあ?」
クズハの質問に、狐が好奇心に引かれて横にやってきた小動物型の異形を見、
アイコンタクトを受けたその異形は別の狐を「お前説明しろよ」と小突く。
その流れが周囲を一回りしたのを見てヨモギがため息交じりに口を開いた。
「主様が初めて子供を何かの容器に入れて連れてきた時は、ついに人の子を食う気になったのかと血の気の多い者がはしゃいでいましたね」
身に覚えのある者が驚いた表情をしたクズハを見た後に顔を見合わせ、
キッコから数歩下がったのを見てヨモギは呆れたように首を振り振り言葉を続けた。
「共に居たもう一人の人間がそれを鎮めてましたが」
「あの優男、意外に強かったな」
所々焦げ跡と香ばしい匂いを纏った狐が懐かしそうに言うのをヨモギが窘めた。
「甘く見るからですよカタバミ、男衆のまとめ役がそんなのだから主様が愛想を尽かして人間に興味を持つのです」
「主様は好事なんだろうさ」
煩わしそうにカタバミが答えるのを見て、
ああ、女性優位なんだな。
匠がしみじみとそう思っている間にも二言三言と言い合う二匹の周囲に狐や小動物の異形が集まってきた。
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創る名無しに見る名無し:2010/06/30(水) 23:41:50 ID:2j37dmue
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創る名無しに見る名無し:2010/06/30(水) 23:42:37 ID:2j37dmue
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創る名無しに見る名無し:2010/06/30(水) 23:43:20 ID:2j37dmue
クズハを興味深げに見る彼らは口々に、
「あの時はまさか生き延びるとは思わなかったが」
「ああ、顔なんか半分すっ飛んでいたな」
「森での人間の掃討作戦とやらの後、どうしていたのだ?」
「ここまで回復したのは匂いからすると……あの容器と主様の身体の賜物ですか?」
いきなり質問攻めにされたクズハは匠を窺う。話していいものか迷っているようだ。
まあコイツらに隠す必要もないだろうさ。
クズハに異形の血肉が入っている事を問題にして疎外のネタにするのは人間だけだろう。
少なくともこの森の連中は大丈夫だ。クズハを気にかけているキッコが止めないのだから。
そう考え、頷いた。
「――あ、はい。そういう事だとうかがいました」
「では森からあの人間がクズハ殿を誘拐して行ったので?」
「え、や、違います! 匠さんは私を助けてくれて――」
尚も質問されるクズハを眺めやる匠の横、キッコがヨモギに問いかけた。
「森に大過は無いかの?」
「はい、以前主様が森でそこの人間……匠と揉めて以降でしたら……そうですね、結界内では蛇の目の主が目覚めました」
キッコの目が大きく開いた。
「ほう、エリカが……これは蛇の目の従者がこき使われるかの……。
アレが目覚める時はいつも何ぞ目的があるものだが、さて今回の目的はなんなのだろうな」
またシノダ巻きを作るというのなら我も食べに行きたいものだ。
そんな事を言っているキッコに匠は首を捻った。一連の会話に聞き覚えのある単語があったのだ。
「蛇の目ってーと……」
以前出会った少女が持っていた、蛇の目と呼ばれていた傘を思い出す。
おお……!
ポン、と手を打ち訊ねる。
「エリカって薄桃の着物に紺袴穿いて背に羽生やした、エリカか?」
「その通りです」
意外そうな口調でヨモギが振り返った。
「知っておるのか?」
こちらも意外そうな口調のキッコに答える。
「ああ、森で会って、いきなり全裸になられてな――淫魔の類かと思った」
視界の端でクズハの耳が跳ねたような気がした。