【シェア】みんなで世界を創るスレ【クロス】

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1創る名無しに見る名無し
このスレは皆でシェアードワールドを創るスレです

※シェアードワールドとは※
世界観を共通させ、それ以外のキャラ達を様々な作者がクロスさせる形で物語を進める事です。
要するに自らが考えたキャラが他作者のSSに出たり、また気に入ったキャラを自らのSSにも出せる、
という訳です。

現在すでに複数のシェアードワールドが展開されています。それぞれの世界で楽しんでみたり、新しい
世界設定を提案してみてはどうでしょう。
分からないことはどんどん質問レスしよう、優しいお兄さんやお姉さんが答えてくれるかもしれないよ。
さぁ、貴方も一緒にシェアードワールドを楽しみませんか?

まとめwiki:
http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html

みんなで世界を創るスレin避難所
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/
2創る名無しに見る名無し:2010/04/21(水) 17:27:27 ID:Z+GMOWhZ
うん、容量とかよく分からなくてね……
前スレはこちら
ttp://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1265899908/

悪魔の人のを一からまた代理させていただきます
3代行:2010/04/21(水) 17:28:49 ID:Z+GMOWhZ

悪魔編書けたのでこちらに投下します。

序章 7つの大罪

7つの大罪。現世の中世以降の魔術書の多くはこの7つの大罪のそれぞれに悪魔を割り当てている。
傲慢を司るルシフェル、嫉妬を司るベルゼブブ、憤怒を司るサタン、怠惰を司るアスタロト、強欲を司るマモン、大食を司るモロク、色欲を司るアスモデウス。
これも人間の勝手なイメージかと思いきやあながちそうではない。なんとこの通りなのである。というのも500年ほど前の中世ヨーロッパの時代、
ファウスト博士と契約した大悪魔・メフィストフェレスが現世に召喚されたときにこの魔術書を読む機会があり、『人間風情にしてはなかなか面白いものを書く』と
気に入り、契約満了時にそれを魔界に持って帰ったのだ。悪魔は現世から何かを持ち帰ってきたときに必ずそれを全ての悪魔の頂点、
サタンの目に入れなくてはならないという決まりがあり、メフィストフェレスもその例に漏れず魔術書をサタンの目にかけた。
すると、大魔王サタンもメフィストフェレスと同様にそれを気に入り、この7つの大罪にそれぞれあてがわれている悪魔により一種の議会のようなものを作り
悪魔たちにとっての地獄の在り方や今後の政治(?)方針などを決定しようといいだしたのであった。それまではサタンによる実質的な独裁政権であったが
何万年もの時を経てそれが少々面倒になってきていたのだ。自分を含めた7人の悪魔でいろいろ話し合えばこれまでよりもさらに地獄は悪魔たちにとって暮らしやすく
なるだろうと考えたのである。ただ、この地獄は悪魔たちのものだけではない。閻魔陛下を頂点とした鬼たちと共存しているのだ。
互いに我々こそが地獄の覇者だといがみ合い壮絶な死闘を繰り広げた時代も過去にはあったが、今では和平し共存の道を歩んでいるのだ。
その過程で悪魔たちはサタンを、鬼たちは閻魔陛下をそれぞれ頂点とし、それぞれが決めた法をもとにこの地獄を営んでいくことになったのである。
つまり、悪魔が決めたルールは悪魔にしか適用されず、その逆もまた然りということだ。
こうして、地獄は戦史以来悪魔と鬼は大した衝突もなくそれなりに仲良くやってきて、今に至る。
さて、今日は金曜日、『大罪議会』が開かれる日であった。なぜ金曜日であるかと言うと、イエス・キリストがゴルゴタの丘に磔にされたのが金曜日だからである。
大魔王サタンが悪魔神殿・パンデモニウム内部の会議室へと入ると、そこには他の6悪魔のほかに書記を務めるリリス、メフィストフェレス、バエル、ベルフェゴール、
さらには全ての亡者たちを支配する冥府の女王・ヘルがすでに円卓のテーブルへとついていた。その円卓を時計にあてはめ、12時の位置に議長のサタン、
1時にルシフェル、2時にリリス、3時にベルゼブブ、4時にアスタロト、5時にメフィストフェレス、6時にヘル、7時にモロク、8時にアスモデウス、
9時にバエル、10時にマモン、11時にベルフェゴール、である。
サタンが議長席へと就き、ついに第23465回大罪議会は開かれた。

「さて諸君、早速だが今日の議題である『鬼たちとのさらなる交流の強化』について
 話し合いたい。意見のあるものはどんどん発言せよ」

サタンがいい終わると同時に彼の隣のルシフェルが挙手をする。彼の名はラテン語で『光をもたらすもの』を意味しておりその姿は12枚の翼をもった天使の姿を取る。

「鬼たちの間では閻魔陛下の影響からか最近現世のアニメや漫画の文化が浸透しつつあるみたいだよ。ボクたちもこれにならってみたらいいんじゃない?」

そのルシフェルの言葉にすかさず反論したのはベルゼブブであった。彼はサタン、ルシフェルに次ぐ地位をもつ最高位の悪魔であり、その姿は
羽根に髑髏を浮かばせた巨大な蠅と人とを融合させたような姿である。
4代行:2010/04/21(水) 17:29:33 ID:Z+GMOWhZ
「いくら鬼たちの間で流行っているとはいえ、私たちがそれを迎合する必要はあるまい。それよりも私たちの文化を鬼たちにアピールしてゆくことが肝要かと」
「なるほどね、キミの意見にも一理ありだよベルゼブブ。じゃあ鬼たちにアピールするボクたちの文化ってたとえば?」
「私たちは鬼とは違い現世の人間の召喚によって呼び出される。呼び出した人間たちは私たちの力を駆使して様々な魔法を使う。これだ」
「ケッケッケ。黒魔術って訳かい?いまどきそんなしみったれた文化流行るわけねえだろ」

口をはさんだのは地獄の大侯爵アスタロトだった。地獄の竜にまたがり右手にマムシを握る極めて醜悪な天使の姿をした悪魔である。

「俺様たちの文化っつったらやっぱこれだろうがよ」

と言ってアスタロトは竜の皮でできたカバンからある物を取りだした。それは、瓶に入った透明の液体であった。
酒である。彼は現世の古今東西あらゆる酒を収集しているのだ。そんな彼の一番のお気に入りはフランス・ブルゴーニュ産の『ロマネ・コンティ』である。
だが、陽の光の届かない地獄では原料であるぶどうの生産などできるはずもなく、故に彼は現世から盗み出してきているのだ。

「酒もいいが…やはり食文化こそが最も崇高な文化だろう。悪魔である俺たちには食事は嗜好でしかないが、だからこそ、だ」

次に発言したのはアスモデウス。彼の姿は魔人牛とヤギの頭を持ち、その中央の魔人の頭には金色の王冠が輝いている。脚はガチョウのようであり、
尻尾は蛇となっている。そして手には三角旗と穂先から毒が滴る槍を持っているのだ。
現世のこれまた古今東西のあらゆる国の食文化を取り入れ、毎日3度の食事を何よりの楽しみとしている。そんな彼の大好物は、かっぱ巻きという、
キュウリを酢飯と海苔で巻いた寿司の一種である。口の中に入れた瞬間酢飯の柔らかさとキュウリの食感が奏でるハーモニーの虜になったそうだ。
と、ここで議長サタンが鉄槌で円卓を叩き、場を静めさせる。

「文明に優劣はあれど文化に優劣はない。あらゆる文化も尊重されてしかるべきである。よって、我らの立場としては諸君らが提案した
 文化の全てを悪魔の文化として鬼たちにアピールしていきたい。賛成する者は挙手せよ」

彼の言葉に手を挙げたのは、全員であった。満場一致で可決となり、これらの文化は鬼たちにアピールされてゆくこととなる。しかしもともとは
人間たちの文化だったものだ。それを悪魔が改変すると果たしてどんなものになることやら…
5創る名無しに見る名無し:2010/04/21(水) 17:33:23 ID:Z+GMOWhZ
いろいろドタバタしてしまって申し訳ない
wikiの現行スレの書き換えもしました。


悪魔達が文化にどのような改変を加えるのか、楽しみにしております!
6創る名無しに見る名無し:2010/04/21(水) 23:33:16 ID:9dMQkTuo
名前がいっぱい出て来てるぜー

魔界の悪魔は有名どころだからわかるんだけど、
無限桃花?って御仁を誰か掻い摘まんで御教授願えませんか?
7創る名無しに見る名無し:2010/04/22(木) 02:37:31 ID:7pMQXuLu
無限桃花

黒い刀を持ったおにゃのこ
18歳くらい
ポニテ
日々寄生と戦っている。

創発板のキャラクターみたいな奴?
無限に投下する事をもじった娘で寄生、つまり規制といつも戦ってるって設定
……でいいのだろうか?
8創る名無しに見る名無し:2010/04/22(木) 14:48:32 ID:OdCqzh9w
スレ立て乙です!!
9創る名無しに見る名無し:2010/04/22(木) 18:11:37 ID:Caou0bq7
>>7
なるほど、ハルトシュラーのお友達みたいな感じかしらん
解説ありがとう
10白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/22(木) 23:06:27 ID:7pMQXuLu
なにやら説明文が多い今回
皆様、軽く読み飛ばす感じでお付き合いいただければ幸いです
11白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/22(木) 23:07:52 ID:7pMQXuLu


            ●


 平賀の言葉に匠もクズハも身動きが止まった。
 クズハが元は人間……?
 ただ疑問が匠の思考を埋めていく。そのまま固まっていると肩を軽く叩かれる感触があった。見ると、彰彦が「力抜けよ」と言ってきた。
 一つ頷いて軽く息を吐く。
 俺よりもクズハの方が戸惑ってるんだ。しっかりしないと……。
 隣、硬直したまま身動きがとれない様子のクズハを見てその思いを新たにすると、自分が、そしてクズハが訊きたいであろう事柄について問いを放った。
「どういうことだ?」
 うん、と応えて平賀は説明を始めた。
「今から数年前、ちょうど匠君が武装隊に入隊した頃じゃな。当時は第二次掃討作戦の為の戦力増強にどこもかしこも躍起になっとったのを憶えておるかな?」
 匠は黙って頷いた。
 異形の出現地点と思しき亀裂、そこを封印する技術が確立された事をもって第二次掃討作戦は立案された。
各地の都市・政府はこの作戦の為にあらゆる力を招集し、さながら戦争でも始めるのかという風情だったのを、
そして最終的に行われたのは確かに戦争であった事を匠は当事者として克明に記憶している。
 明日名が言葉を継ぐ。
「そんな折、ある自治都市に異形が侵入した。当時は今よりも異形が跋扈していて、
それこそ他の都市へ移動する事さえ命がけの状態だったし、都市の戦力が第二次掃討作戦の為の準備に招集されていて防備が行き届いていなかったんだ。
 異形は町を散々荒らした挙句、その都市の者によって倒された。甚大な被害を出した上でね」
「その都市には研究施設があっての、異形の犠牲者の中にはそこの職員の家族の小さい女の子もいたんじゃよ。
その子は体が欠損しておってな、見ただけでもう助からんだろうと分かる状態だったそうじゃ。
なんとか破壊されずに生き残った前文明の医療具で瀕死の命は繋いだものの、異形に荒らされ十分な医療設備も無い。
後は異形に襲われたその都市の他の者達と同様、死を待つしかなかった身であったんじゃな。
しかしの、死を待つより他なかった少女の、当時研究に努めていた家族へと声がかかったんだそうじゃ」
12白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/22(木) 23:14:00 ID:7pMQXuLu
「声?」
 匠の疑問に明日名が頷く。
「ある研究機関から、『その少女を助けたければ協力しよう』と」
「研究機関が、ですか? 療法士の方達ではなく?」
 先程からずっと戸惑いを面に浮かべているクズハが小さく零すのに、話者達は一様に頷く。その顔にはどこか続きを言葉にするのを躊躇うような気配があった。
 その気配を感じ取ったのか、キッコがふん、とつまらなそうに息を吐き出して口を開く。
「その研究機関がしていた研究は人体への異形の身体の移植だったようだの」
「人体に、異形のを……か?」
 キッコの言葉に彰彦がうへぇ、と呻く。
 彰彦の反応に小気味よく笑いながらキッコがより詳細な説明を入れる。
「完全に人と異なった容姿ならともかく、我のように人に近い外見へと化生できる者、
元より人に近しい外見の者、それらの者の肉体が移植できるかどうかの実験だったようだの。
 震災と人間が呼んでいる事象が起こった時、我は久しく寝ていたのを目覚めさせられた。
何事かと思えば我のねぐらに出来た亀裂から小うるさいのが湧いていたのでな、それを払いながら住んでいたのだがの、
いい加減うんざりしていた時、我に接触を図ってきた者がおった。そやつらは異形を研究して害なす者どもを祓うと言っておってな。
森を荒らす者たちを一掃するのに使えるのならと思うて体の一部を切り分けてやろうと考えたのよ」
「……そんな話、和泉の自治都市で聞いたことが無いぞ」
 匠が唸りながら言う。信太の森に一番近しい自治都市は和泉だ。
なのにそこにその手の研究員が居たという記録は残っていないし、そもそも信太の森にそんなに頻繁に人が出入りしていたなどという話は初耳だ。
「表には出せない研究だったようだの。――まあ、当然と言えば当然だがの」
 人に異形の体を移植する。たしかに字面だけでも公表するわけにはいかないだろうことが分かる。つまりは人体実験をしていた事を意味しているのだから。
 知らない事も道理……か。
 匠は無言で納得する。
13白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/22(木) 23:17:42 ID:7pMQXuLu
「震災以降、キッコ君は邪魔な異形を追い出す姿を頻繁に目撃されることとなった。
研究者達はどこかからキッコ君の情報を得ていたようでの、さっきキッコ君が言ったような条件でキッコ君の協力を取り付け、
研究の一環として少女の身体へキッコ君の身体の一部を移植したんじゃな」
 瀕死の重傷を負った少女を生命力の強い異形の体が癒すことが出来るのかもしれんということでな。と平賀。
「彼らは被験体を探していたようでな。その結果偶然見つけた被験体が少女だったんじゃな」
「彼女には異形、それも高い知恵のある者、キッコからの血肉が提供された。結果、少女の瀕死の体は無理やりに欠損部分を補填され、その生命活動を取り戻したようだよ」
 しかし、と言葉が繋がる。
「もちろんそんな無茶がすんなり通るわけがなくての。問題が起きたんじゃよ」
「我の血肉が小娘を喰らおうとしたんだの。我の≪魔素≫の侵食を受けて小娘の髪の色が変化し、それを皮切りに肉体が変質を始めおった。その様はあまりに哀れでな――」
 そう言いながらキッコはクズハを見る。
「完全に小娘が食われんよう、我が近くに居て我の血肉の≪魔素≫を抑えてやったのよ。
我は森から出る気はなかったのでな、なにか得体のしれん液体の詰まった入れ物に小娘を詰め込んだものを我の近くに置かせた」
「時間をかけて侵食を宥めていく算段だったようだね」
 なんとか落ち着いた時には一年が経っていたようだよ。
 そう言って明日名もまたクズハへと目を向ける。
「で、そこで第二次掃討作戦が行われたっつーわけだ?」
 彰彦の言に平賀が頷く。
「何か事情でもあったのか、経過を見に来ていた研究員の足が途絶え、キッコ君は人間に討伐対象にされてしまってな。
森での戦闘の余波で少女を入れていたカプセルも壊れてしまったんじゃな。
キッコ君が長く宥めていてくれたおかげで少女の体への侵食が再開される事はなかったんじゃが、代わりに体の方の衰弱が進んだらしくての」
「小娘をどうにかせねばならんと思うてな。連れ出そうとして、行き合ったのが匠、お前達だったんだの。
 正直ヒトの寝床を荒らしにきたお前達は好かんかったが……匠、お前が持っていたあの棒きれ、あれを見ての、
あんなものを作れる人間になら小娘の中で我の血肉が暴れるのを調整することが出来るだろうと踏んだのよ。
幸いにもお前は『異形は全て滅ぼせ』と謳う一派でもなかったようだしの」
 キッコはそう言うと大儀そうに「こんなところかの」と締めくくった。
14白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/22(木) 23:20:49 ID:7pMQXuLu



            ●


 話す事は全て話したといわんばかりに口を閉じたキッコを前に、匠は聞かされた言葉を反芻する。
 異形に襲撃され、重傷を負った少女。それを治す為になされた処置……生きる事が叶わなくなった体を無理に補填した血肉、そしてその経過と結果――
「それで持ち直したのが」
「私……」
 クズハがどこか茫漠とした声で言った。
「当時は違う名前で、違う家族がいたようじゃがの。
――ともあれ、最初からクズハ君の体についてはおかしい点があることは分かっておったんじゃが、キッコ君が明日名君と共にわしの所に現れるまで詳しいことは分からなんだな」
 おかげで大変な事になったみたいですまんのうと謝る平賀。それをキッコが笑った。
「知っておっても同じ事よ。我の血肉がクズハを喰らおうとするのに抗うにはクズハが我の血肉に宿っていた≪魔素≫を逆に喰らい返して己の血肉として完全に取り込む必要があったのだからの」
 外部からの干渉で出来ることはクズハが平賀に預けられた時に既に果たされたとキッコは言う。
「クズハの治療をした研究員は?」
 研究員の居場所が分かればクズハの肉親についても分かるのではないか? そう思い質問してみたが、それには明日名が残念そうに首を振って答えた。
「第二次掃討作戦の余波で研究所は完全に壊れていてね。
キッコからの情報で研究所に赴いてみたけど、データから何から全部消失していた。肉親も行方不明。
記憶を失ってしまったクズハの昔の記憶についても、残念ながらもう分かりはしないだろう」
「そう……ですか」
 気落ちしたような、それでいて安心したようなクズハの声を聞きながら匠は疑問が解けた事を自覚する。
 信太の森でキッコと戦った時に見つけたクズハが入っていたあのカプセルがなんであったのか。
それはクズハ――当時は違う名前の人間の少女――が治療のために入っていたものであり、
クズハを見つけた時に彼女がひどく衰弱していたのは血肉を宥めていたキッコが居なくなったのと、
カプセル――おそらくは生命活動の補助をしていた――が壊れたことが原因。キッコはそれを治療する術を持ち合わせておらず、その場に居た人間に任せる他なかった。
15白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/22(木) 23:21:43 ID:7pMQXuLu
 そして、
「キッコがクズハを操れたのはクズハに移植された血肉が原因という事か?」
 キッコが口元を隠して笑う。
「そうだの」
「なぜあんなことを?」
「戦うということは最も生きようとする力が高まる時でもあっての、クズハの中の我の≪魔素≫を潰すには戦闘状態に追いやるのが一番だったのよ。
まあ、そんな実用的な問題よりも我への誤解やらなんやらに対して溜まっておった人間に対する鬱憤、
それに第二次掃討作戦の時に手傷を負わされた事に対する個人的な怨みの方が大きかったのは否定せんがの。
あの棒きれが調整されて匠の手元に返るまで待ってやったのだ。文句はあるまい。――それに」
 そう言ってクズハを見る。
「我の血肉がクズハの中に残っている間はの、クズハの思念が流れてきておってな。それでついつい誑かしとうなったのよ」
 そう言ってクククと小気味よく笑い、ああ、と付け足す。
「――もうクズハは我の血肉に克ちおったからの、我からクズハに干渉したり操ったりは出来ないだろうて」
「クズハ君が移植されたキッコ君の血肉を取り込むことで人体に移植した異形の肉体の拒絶反応に対する調整も終いになったんじゃのう」
 平賀が太鼓判を捺すように言う。
 それに同意しつつ、キッコがジトっと責めるような視線を向けてきた。
「しかし、保護をしておいて数年が経っておるというに、寂しがらせるとはどういう了見ぞ?」
 信太の森で聞かされた事を言っているのだろう。匠は視線を逸らしてボソボソと言う。
「俺もクズハには危ない目にあって欲しくなくてだな……」
「それで放っておいてクズハを不安にさせているようでは世話無いのう」
「ま、待ってください」
 キッコの意地悪げな声にクズハの制止がかかった。
 クズハは何か言葉を選ぶように数言口の中で何かを呟き、
「あれは、私が勝手にそう思ってしまっただけで、匠さんは何も悪くは――」
「や、正直クズハがあんな行動を起こすまでそんな事にも気づかなかった俺が悪いって事は認めなくちゃいけない」
 あんなにも自分に懐いてくれているのに思慮が足りなかった。匠はそう思う。
 クズハに受けた傷を訓戒にしないとな。
 そう思い、匠は腹にある傷痕に服越しにそっと触れた。派手な傷だ。魔法を用いてもおそらく消えることは無いだろう。それでいいと思う。
 クズハは、そんな匠を見上げて口を開き、
「そんなこと無いです。私が悪いんですよ」
 悄然と言った。
「私が、人でも、異形ですらも無かった……私が悪いんですから」
16白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/22(木) 23:23:48 ID:7pMQXuLu



            ●


「そんなこと言うもんじゃない。ありゃ確かに俺が悪かった」
 クズハに匠が咎めるように言った。
 クズハはいいえ、と首を振る。その様子に彰彦が軽い口調で割り込んだ。
「クズハちゃんもそんなこと気にするこったねえよ。それにどっちかってーとキッコさんの方が化け物チックだし」
「ほう?」
 キッコが彰彦へと視線を向けた。彰彦は慌てて弁明を始める。
「いやいや、元々狐型なのになんで人型にもなれんのさとか考えての結果だぜ?」
「人を化かす化生の話はそれこそ震災の遥か以前からある話だろうて。
我が元より使えた変化よりも人の作り上げた魔法とやらの方がより洗練されてはおるがの。
平賀には感謝せんとならんかの。大狐の姿で居るよりは面倒事が少なそうで助かっておる」
 平賀は「うん、それは良い事じゃの」と言いながらグッ、と親指を立てて見せた。その様子は飄々として好々爺然としたものに戻っている。
「まさに人類の進歩の結果じゃの! いやあ、わしもキッコたんの麗しい姿が見れて眼福じゃっ!」
「良い進化だな、がんばれじいさん! その意気で女体召喚とか出来るような超魔法を!」
 そんな会話が繰り広げられているのをぼんやりとクズハは見ていた。目の前の風景に反応するよりも今は知らされた事を整理することで忙しい。
 と、隣に立っている匠が軽く頭を叩いた。
「いたっ」
「あまり変に考え込みすぎないように」
 クズハを叩いた平手をぷらぷら振りながら匠は「周りを見てみろ」と小さく言う。
 言われるままに周囲に目を向ける。何かを熱心に語っている平賀とそれに乗っている彰彦、それを見て愉快そうにしているキッコと苦笑気味の明日名が居る。
「少なくとも身内は誰もクズハの事を疎んだりしないよ。むしろ社会からとっとと排除されるべきはそこの人類の進歩の方向性を変な方向に定めようとする老人だ」
 呆れたように言う匠に返事をしながらも、クズハは気分が晴れなかった。目の前で交わされる言葉全てが自分の耳だけ上滑りしていくようだ。
17白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/22(木) 23:24:40 ID:7pMQXuLu
 自分が一体どういう存在なのかが分かり、もう自分でもわからないままに操られ、人を襲う事はないだろう事が保証された。
しかし、自身の立脚点が消失してしまった気分だった。
 私は人に異形の身体を移植して中途半端に変質してしまったもの……。
 自分にはこうなる前の、人としての記憶がある筈なのだがこれまでの話を聞く限りではそれを知っているであろう肉親は音信不通で研究所のデータは消えている。
それはもう戻ることはないだろう。その事に特に未練も感じない。
自分の肉親もきっと人ではなくなった自分の姿など見たくはないだろうと思うし、そもそも第二次掃討作戦でこの世からいなくなっているかもしれないのだ。
 人としての記憶も無く、異形としても中途半端、じゃあ私はなんなんでしょうか……。
 自分はこれからなんと名乗って生きて行けばいいだろうか。そう思い、悩んでいると、
「あ」
 突然、何かに思い当たったように匠が声を上げ、クズハを見た。
 気まずそうに言う。
「あー、そう言えばクズハに返事をし忘れてたな」
「……え?」
 首を傾げて匠を見上げるクズハに匠はコホン、と咳払いをして、
「あの時はそのままぶっ倒れて返事をしそびれてたよな。ごめんな」
 謝り、それに対して疑問を差し挟む間を与えずに匠は言葉を口にした。
「俺なんかの傍にずっと居たいと思ってくれるなら、クズハが飽きるまででいいから、居てくれないか?」
 今更ですまんが。と告げられたその言葉にクズハの意識が急に鮮明になった。
 言葉の意味がはっきりと理解される。それは望むならずっと傍にいる事を許してくれる言葉で、
「いいん、ですか?」
「頼んでるのは俺だよ」
 笑って言う匠。でも、と言葉を挟もうとするクズハに匠は言葉を被せた。
「人でも異形でもそれ以外でも、クズハはクズハだからな。確かに話には驚いたけどそんなに気負うこともない。
だいたいこんな世の中なんだしな。多少珍しい出自でもそんなに目立ちはしないだろ」
 そう言って頭を撫でられた。
 広い手の平が頭を包み、髪がやや乱暴に掻き回される。
指に絡む髪の毛や獣の耳を緩く潰される感触、掌から伝わる体温が心地よくて目を細める。
 クズハは自分がひどく嬉しくなっているのを自覚した。そしてその思いのままに頷く。
「はい、傍にいます! ずっと……ずっと!」
「俺の言葉なんてそんな喜ぶ程ご大層なものじゃないぞ?」
 クズハの勢いに面食らった顔の匠。しかしクズハは首を横に振る。

 ――そんなことはありません。私は目覚めてから、あなたにずっと存在を肯定して頂いているのですから。
18白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/04/22(木) 23:29:47 ID:7pMQXuLu

説明くさいような気がしますがご勘弁を
クズハの出生の話となりますかね

それにしてもラジオに取りあげられていてワタクシびっくりですわ!
作品説明何ら問題ないというか俺が自分でするよりも明らかに上手くて感動っす
19創る名無しに見る名無し:2010/04/23(金) 00:04:33 ID:J7OqkkIS
>>18
投下乙でございます(お願い!ランキングのナイスラビット風に)

クズハちゃんの名前を見るたびにどうしてもスパロボのクスハを連想してしまいます。
それはさておきクズハちゃんの最後のこのセリフを見て、これまで僕が出会ってきた数多くの
ゲーム・アニメ・漫画のなかでの総合好きキャラランキング、9位にランクインしました(300位中)
20創る名無しに見る名無し:2010/04/23(金) 17:07:22 ID:RPIBKnKS
イギョー世界良いなー
白狐と青年割とSFっぽい風味が漂ってて楽しそうな世界だ
21創る名無しに見る名無し:2010/04/23(金) 19:29:25 ID:9lwbsC7d
投下乙!
なるほど、クズハたんはこうして誕生(?)したのか……
キッコ様まさかのドナー

というかここ、軽く読み飛ばしたらだめなんじゃw
22創る名無しに見る名無し:2010/04/23(金) 19:46:15 ID:9lwbsC7d
あ、あと「悪魔編」のタイトルとかあれば教えて欲しいです。
一応地獄世界に入れる予定。

ということでお二方さまお返事お待ちしております。
23 ◆GudqKUm.ok :2010/04/23(金) 21:09:41 ID:u1JqjfKs
>>18
投下乙です!!
mGG62PYCNk氏とも絡ませて貰いたいなぁ…と思っていた矢先にこの展開…次回も楽しみにしています!!
そしてこちらもロリ投下『地獄百景』(サブタイトル未定)
長くなったので後半は後日かも、です。
24 ◆GudqKUm.ok :2010/04/23(金) 21:11:44 ID:u1JqjfKs

「…じゃ、また明日ね!!」

小学校の帰り道、友達と別れた由希はいつも通り『ぺたぺた橋』の真ん中から三途の川を覗き込む。ときおりこの橋から見える静かな水面には、遥か現世の光景が幻灯のように映し出されるという。
しかし今日も蒼黒い流れには、交通事故で由希たち三人の子供を一瞬にして失い、激しい苦悩のなかにいるであろう両親の姿は見つからず、由希はポニーテールに赤いランドセルという、ゆらゆら揺れる自分の姿をしばらくじっと見つめていた。

(…元気かな? お母さんたち…)

彼女はしばらく悲しげな眼差しを三途の川に向けていたが、やがて彼女を待つ祖母や弟たち、そしてこの地獄で出来た新しい友達を思い出して快活に駆け出した。さて、今日の寄り道先は…


「…ねえズシ!! しばらく見なかったけど、どこかへ行ってたの!?」

由希が元気よく飛び込んだのは、昔妖精が住んでいたという古い小屋だった。現在の住人…異界から来た風変わりな幽霊ズシは、『家賃がタダ同然』という理由でしょっちゅう天井に頭をぶつけながら窮屈なこの物件で暮らしている。

「…相変わらず狭いなあ…ねぇ、聞いてる?」

ぼさぼさの髪に骨張った身体を包む白衣。無邪気な光を湛えた瞳だけが、彼がまだ青年と呼べる年齢だと告げている。そして今日も彼は一心不乱に、得体の知れぬ魔法装置を組み立てていた。

「…異空間に跳躍する装置の製造及び所持は冥界法で一般霊には禁止されているからして、要するに…」

相変わらずの意味不明の果てしない呟きと、まるでその呟きが物質化したかのような夥しく散乱した殴り書き。また何日も水と『銘菓・鬼寒梅』だけで命を繋いでいたようだ。

「…またお饅頭ばっかり食べてたんだね!? たまには野菜も食べないと、いくらユーレイでも病気になっちゃうよ!?」

25 ◆GudqKUm.ok :2010/04/23(金) 21:13:43 ID:u1JqjfKs
幼くても長女らしい威厳と共に遠慮なく殴り書きの上に尻を据え、由希は眉間に皺を寄せてズシの顔を覗き込んだ。こう見えても由希は、ズシの命の恩人なのだ。

「…あ、ユキちゃんじゃないか。お饅頭を食べないか?」

「……」


…二人の出逢いはかなり前に遡る。下校中、今日のように橋から三途の川を眺めていた由希は、草深い岸に倒れているズシを発見し、慌てて獄卒隊の鬼たちに通報した。
それからしばらくの間、由希はぐったりと連行されていった彼を気に掛ける日々を過ごしたのだが、数日後けろりとした顔で廃品回収業に勤しむズシとばったり街で出くわし、いつしかあれこれ話す仲となっていたのだ。
由希の理解できる範囲の説明では、ズシはどこか別の世界で命を落とし、降って湧いたように忽然とこの地獄に現れた『誤爆霊』という非常に珍しい幽霊らしかった。
とにかく由希にとって、別段閻魔さまのお咎めを受けることもなくのんびりとその日暮らしを続ける彼は、恐ろしげな容貌にも関わらず意外と『ただの大人』である鬼や魔物たちより、ずっと興味深く面白い『友人』であったのだ。


「…でね、そのうえ『チカンジュウ』騒ぎが収まるまで、ずーっとこのヘンなブルマ履かなきゃいけないんだよ!? ねえズシ、聞いてる!?」

「…へえ、収まるまでねぇ…」

学校生活の愚痴をさながら機関銃のようにまくし立てる少女の横で、ズシはズレた相槌をうちながら妙な装置を組み立て続けていた。人間界はおろか、この地獄でも由希が見たこともない機械だ。

「…てゆうかズシ、一体それ何造ってんの?」

「…ああ、高瀬という人に教わったんだ。『勝手にゲヘナゲートを造っちゃいけない』ってね…」

「…はあ?」

「…つまり異空間への移動手段を民間霊が持つことは非常に…」


26 ◆GudqKUm.ok :2010/04/23(金) 21:15:42 ID:u1JqjfKs
やっとまともに由希の方を向いて喋り始めたこの変人は、どうやらガラクタからゲヘナゲートの代替品を造っているつもりらしい。由希は笑いをこらえながら、楽しそうに語るズシの『装置』を横目で眺める。
地獄随一の巨大資本、朱天グループと閻魔庁技術部門が総力を結集した地獄と現世を瞬時に繋ぐ門、ゲヘナゲート。
頻発する物騒な事件さえなければ先週由希たちも社会見学に行く筈だった、天空に鎮座する地獄界最新の名所だ。とても日曜大工で造れる代物ではない。
しかしズシの説明では、魔蛍石と圧力鍋と中古冷蔵庫の部品、それにズシ手書きの呪符から出来た珍妙な『装置』は、そのゲヘナゲートなど及びもつかぬ優れた性能を持っている、という訳らしかった。

「…すなわち、霊体でも物品でもこの装置で取り寄せれば、苦労して危険な異界に出向く必要などないのであるからして…」

…粗大ゴミで造れる、何でも取り寄せる便利な機械。由希はまだ幼かったが、こういう大人の無邪気な夢を壊してはいけないことをよく知っている。明日学校で披露できる面白い話題に頬を緩ませて、由希は大袈裟な歓声を上げた。

「す、すごいよズシ!! 上手くいったら閻魔庁や朱天楼みたいな大豪邸でも買えるじゃない!?」

「…いや、ここを引っ越すつもりはない。それにまだ試運転もしてないし。」

「…あ、そ…じゃあ…」

ガクリ、と脱力しつつ寝転んだ由希は懸命に気を取り直して調子を合わせる。ふと目の前の古新聞一面に大きく載っている、ハンサムな白人男性の写真が彼女の目に止まった。

「…それじゃ、記念すべき第一号の実験台は…こいつだっ!!」

27 ◆GudqKUm.ok :2010/04/23(金) 21:17:09 ID:u1JqjfKs
びし!!と由希の指が押さえたその男、魅力的な笑みを湛えた青年実業家こそ、地獄界に幾多の衝撃を与えたベリアル・コンツェルンの総帥、魔王子ジョーイ・ベリアルの人間界での姿だった。
その辣腕で欧州を席巻した彼は、次にその戦略標的を極東に向け、幾多の破壊工作を地獄界でも行ってきた。例の『閻魔庁爆破未遂事件』も実行犯リリベルの自白により、彼の計画だったことが発表されている。

「…こいつのせいで遠足も社会見学も、ぜーんぶ延期になっちゃったんだよ!? だから地獄堕ち決定っ!!」

『視姦防止ブルマ』丸見えで足をばたつかせる由希を尻目にズシは黙々と機械いじりを続けている。ふと気がつけばそろそろ『ろこ☆もーしょん!』再放送の時刻だ。

「…あ、そういや今日は最終回だっけ…じゃ、私帰るからね!!」

ごん!!とまた鴨居で頭を打ちながら、いそいそとランドセルを揺らし飛び出して行った由希の耳に、ズシの薄い唇から洩れる呟きは届いていなかった。

「…ジョーイ・ベリアル。七十二柱の魔神の一柱ベリアルの後裔にして、魔界権力序列第二十八位。現在の所在地は人間界の…」

28 ◆GudqKUm.ok :2010/04/23(金) 21:20:35 ID:u1JqjfKs

『…ところで、君は葉巻を持ってないかね?』

今年の冥土流行語大賞間違いなしと言われるこの台詞は、公式記録に残る魔王子ジョーイ・ベリアルの地獄における最初の言葉だ。
この台詞を聞いたのは獄卒隊中堅の鬼、六腕山茶角(ろくわん・さざんかく)。『八ツ目沼でヘンな外人の霊が溺れている』という通報で駆けつけた一隊の指揮官だった。

『…ほら、あそこ!!』

通報者である睡蓮の精が得意げに指差す先、ドロリとした沼の中央でもがく全裸の白人男性を見た山茶角は非常にうんざりしたが、見過ごす訳にもいかず部下と共に苦労して彼を岸に引きずり上げた。
そして事情を聞こうと目のやり場に困りつつ男を観察した山茶角は、ようやく驚愕すべき事態に気付いたのである。

『…ところで、君は葉巻を持ってないかね?』

全裸で尊大な問いを発する胸毛男。彼こそ地獄界の仇敵であるベリアル・コンツェルン総帥、憎っくき魔王子ジョーイ・ベリアルその人であった。自分が敵陣の真っ只中に丸腰過ぎる姿で立っていることなどつゆ知らぬ風情だ。

『…もちろん礼はする。とりあえず、落ち着ける場所に案内してくれれば、非常に有り難いんだがね?』

六腕山茶角は手練の戦士だが、慎重な男だった。彼は地獄中の鬼を呼び集めてこの天敵をひっ捕らえたい衝動を抑え、紳士の礼節をもって恭しくベリアルに告げた。

『…畏れながら、ジョーイ・ベリアル殿下とお見受け致します。この度は一体どのような御用向きでこの『地獄界』へ?』

『な、なっ!? 地獄!?』

今度はベリアルが度肝を抜かれる番だった。つい先ほどまで彼は豪奢な屋敷のバスルームで、ベッドに尻尾付き美少女たちを待たせながらのんびりとバスタブに浸っていたのだから。


29 ◆GudqKUm.ok :2010/04/23(金) 21:23:07 ID:u1JqjfKs
役立たずだった義妹リリベル。しかし抹殺するにはなんとも惜しい美貌だ。なんとか連れ戻して、資産損失分たっぷりお仕置きしてやらねばなるまい…
恥辱的な幾多の拷問に心地よく想いを馳せていたベリアルは突然、未知の魔力にがっちり捕らえられるのを感じた。仮にも魔王子の結界内で起こり得る筈のない現象だった。

『なっ!?』

最初は怪現象を訝しむ心の余裕もあった。愛人たちの前で護衛を呼ぶのも無粋な行為だ。しかしベリアルを鷲掴みにした恐るべき力は、魔王子の山ひとつ消し去る程の対抗呪文をもってしても打ち消す事が出来なかった。
たまらず伸ばした魔力の翼はクシャリ、と紙飛行機のように丸められ、もはや恥も外聞もなく晒け出した無尽蔵ともいえる爆発的なベリアルの力さえ、謎の誘拐者は面倒くさそうに払いのける。

『だ、誰か…』

そして、周囲の誰にも知られることなく、ジョーイ・ベリアルの姿は浴室から消滅した。冷たく深い沼で自分が溺れていることに彼が気付いたのは、その僅か数秒後のちの事であった。


…ようやく少し日頃の冷静さを取り戻したベリアルは、自分が平凡な魔物レベルまで能力を喪失している事にも気付いていた。ここは敵の本拠地、対応を誤れば命が危ない…山茶角たち獄卒と対峙するベリアルの背筋が柄にもなく凍り付く。

「いや…その…」

だが彼の奸智に長けた実業家の直感は、山茶角の鋭い視線のなかに隠せぬ戸惑いを読み取っていた。この拉致まがいの召還は閻魔庁の企てではない。ベリアルはそう瞬時に判断し、その命運をとっさに思いついた方策に賭した。

『…閻魔大帝陛下を表敬訪問したい。非公式だが…色々、これまでの不幸な誤解を解きたくてね。』

『…聞いておりませんが。』

30 ◆GudqKUm.ok :2010/04/23(金) 21:24:38 ID:u1JqjfKs
『だから非公式さ。ほら、丸腰で供の者も連れていない。すまんが君たち、案内してくれ給え…』

もしも問答無用で捕縛され、秘密裏に無間地獄にでも投げ込まれてしまえば、いかに魔王子ベリアルとて一巻の終わりだ。
はるばる和解の為に、あえて誠意ある無防備な姿で訪問し、かつ周到な計算も胸に秘めている芝居が現状での特策。威厳に満ちて、かつ優雅に…名も知れぬ不審者として拘束、という展開だけは勘弁だ。
山茶角が躊躇する間にも、ベリアルは目立つ挙動で付近の野次馬に挨拶し、遥かに見える閻魔庁に向けて歩き始めた。

『…さ、行こうじゃないか。服? いい天気だから必要ないさ…』

颯爽と歩を進める、全裸のベリアル・コンツェルン総帥…山茶角は先日の決闘騒ぎでちょっぴり嬉しかったリリベルのオールヌードを思い出しながら、果たして敵前での全裸は彼ら一族の家風なのだろうか、と首を傾げつつ、急いで彼の後を追った。 

31 ◆GudqKUm.ok :2010/04/23(金) 21:30:59 ID:u1JqjfKs
以上、後編に続く…です。
32創る名無しに見る名無し:2010/04/23(金) 21:48:19 ID:RPIBKnKS
地獄の方々は脱げる運命なのかしらwww
殿下も侍女長もリリベルも魔王も脱げまくっとるw
33創る名無しに見る名無し:2010/04/23(金) 22:07:49 ID:9lwbsC7d
投下乙!
そんなお方呼出ちゃだめだろwww
と思ったら次世代ベリアルは案外へたれ気味なのか!?

地獄が脱げるというか、もはやこのスレ(ry
34創る名無しに見る名無し:2010/04/23(金) 22:12:19 ID:mNNlxboj
乙でしたー!
野ww郎wwがww脱wwげwwたwwwww
おーけー、次回でも全裸なままの王子に期待だ!
35創る名無しに見る名無し:2010/04/23(金) 22:21:39 ID:nGGcWdSy
>白狐と青年
人間と異形二つの属性をもつとはクズハちゃん……
でも本当周りが良い人ばかりでなにより
なにげに6人の談話を書き分けてるのが凄い気がする

>地獄百景
視姦防止ブルマにリリベル兄登場となwww
兄は俺も考えていたので、非常に楽しみです
しかし、ろこ☆もーしょん最終回が唐突過ぎて吹いたw
そっちの続きを書けというメッセージなのだろうか……


※一部スレ違いな文が混ざっておりますが、気にせず続きをお楽しみください。
36正義の定義(避難所より代行):2010/04/24(土) 07:41:30 ID:fsq/hGiG
でんせつーのーこんびにー

 さがしにーゆこうー

 でんせつーのーこんびにー

 さがしにー…

 「こ…これは…!」

 一行の前にそびえ立つ、白を基調としたガラス張りの建物。その異常なまでの存在感に力負けし、景観乱れる迷いの森。
 今や見かけることはない、その建物の名は… 

 「わかるんですか!?官兵さんッッ」
 「ああ…これは…『コンビニ』ッッ!!」
 「コンビニッッッ!?」
 「ああ…しかもファミファミいうやつ…だ…ッッッ!」

 「これがこんびに?ふえ?うーん…」

 第三話
     ―『妖怪コンビニ24時/後編』―

―前回のあらすじ
「ふえぇ」って幼女の特権だと思っていたけど違ったんですか!?
幼女あざとい幼女
官兵はいつの間にか変態キャラになってたでござる、かしこ

集落の長に頼まれ、長の娘と森で人がいなくなる原因を探すことになった英雄一行。よくよく考えてみると一話と流れが殆ど変わらねーじゃねーかって。
異形に襲われている幼女を助ける流れなの。最近の幼女は用心無さすぎなの。あ、でも今回は幼女じゃなかったか。まぁあれですよ。
ヒーロー物には必ず都合よく襲われてる人とか怪人とかそこに都合よく現れる正義の味方とかお約束よね。でもこれは、ただ単に被っただけだったなの。
あと今回の森はどこどこだとかは決めてないんだ!ゴメンなさい。世知辛い世の中なの。次の話辺りでなんかかしらのクロスはしたい
…せやけど、それは夢や。

それでは本編。



 「お兄さん…?」
 「あっ、友達の…ですが」
 少女、サキ曰く、この森で行方不明になってしまった「助弐夷(じょにい)」なる人物が友人の兄なのだとか。彼と交流のあったサキは彼の身を安じ危険を
承知でこの森に足を踏み入れ、そして先程のように異形に襲われていたところを陰伊達に助けられた…と言うのが事の顛末だとサキは語る。
じょにいって読むのかこれ、なんだか外人みたいな名前だなぁと白石は感じたようで。何でも昔一時期そういう外人の様な名前をムリヤリ漢字で宛てがい
子供に名付けるというのが流行ったとか。子供の事を考えるなら親の自己満足で名前をつけてはいけないというのに。個性があればいいと言うものではない
…子供が子供を産む時代の悲しき弊害である…。
 「お願いします、私と一緒に彼を探してくださいませんか?」
 サキはこのとうり…、と深々と頭を下げ、潤瞳を見せて懇願する。そんな顔を見せられては白石達断るわけにもいかなくなる。ノーと言えない日本人。
民族柄というのは怖いねえ、義理人情は江戸っ子の証。尤も、陰伊達の中に江戸っ子は居ないのだが。
 「そんなっ、こっちは元からそのつもりでしたよ!」
 という言葉が秒待たずして陰伊の口から出てくる。まったくこのお人好しめと一行は呆れるも皆、彼女の意見には賛同であった。ありがとうございます、と
サキは丁寧にお辞儀をした。
 「いえいえ当然です」
 陰伊は調子のいいことを言う。一行は助弐夷を探すために森の更に奥へと歩を進めていった。

 ふとここで、白石はサキに若干の違和を感じた。彼女の衣服はやけにボロボロだった。裾は擦り切れ、帯はよれよれ。所々布が破れていて慈姑柄の色の
抜けきった着物であった。先程の異形共にやられたのだとしても損傷が激しすぎるだろう。衣服だけボロボロにされるなんていうのもおかしい。此処は一つ
彼女に直接聞けばよいではないかと白石は思案したが、さすがにそこまでデリカシーの無い事は尋ねられない。考えた末導き出された答えは…
「あれはダメージジーンズとか言う昔はやったファッションと似たようなものだろう」
…ああ、これしかないとIQ30もの頭脳を誇る白石はこの違和感に対する理由を自己完結した。
37正義の定義(避難所より代行):2010/04/24(土) 07:45:35 ID:fsq/hGiG
 だいぶ森の奥までやって来た一行であったが、人影はおろかめぼしい手がかり一つでさえも見つける事ができないでいた。今現在もどこかに異形共が
いるであろうこの森でゆっくりとしている暇はないのだが。不意にがさがさと茂みが動く。異形かと構える白石と陰伊であったが、そこから現れたのはリス、
あるいはそれの亜種である動物だった。ふう、と胸をなで下ろす陰伊。ここにあの小心者の北条院がいたならば問答無用で斬りかかっていた事だろう。
そんな小動物に呆気をとられている二人を余所に、官兵達はこの場所に非常に不釣合な建物を発見していた…
 「なんだあれは…?」

―――…

 「これがコンビニかぁ…やってるのかな?」
 陰伊は興味があると言わんばかりに目を輝かせて言った。、遠目に見てもわかるその存在感。滅多にお目にかかれない建物コンビニ。
 「今の時代やってるコンビニなんて…」
 「明かりついてるし、営業中でしょや。ちょっとはいってみよーよ」
 明らかに個人的な好奇心で動く白石。そんな様子を見て困ったような顔をするトエルとサキであったが、何か手がかりが見つかるかもしれないとコンビニ
へ歩いていく陰伊達についていった。
 官兵は一足先にコンビニへと足を踏み入れていた。というのもコンビニをリアルタイムで知っているのはこの官兵だけであるからだ、昔を思い出す懐かしさ
と何故こんなところにコンビニがあるんだという警戒心のせめぎ合いの中、そういえばこのコンビニファ○マなのにファミファミならねえなとかそんな事を考え
ていると店員が挨拶を官兵に向けた。
 「ぃらっしゃいあせぇえええええ…」
 後半が尻上がりのごく一般的な挨拶。コンビニの店員はやけに毛深い、だが脳天の毛が心細い印象の中年の男であった。
 「おおー!なんかすごいべさー!」
 「すごーい!」
 白石達も店内へ入ってくる。コンビニと言うものが初めてな二人は大はしゃぎ。勝手に商品に触っちゃいけないぞと官兵に注意を促される。
年相応の笑顔の少女達がそこにいた。
 「ここ…コンビニですよね?」
 官兵は店員に尋ねる。はい、そうでございますと店員はさしておかしい事など無いかのように答える。いや、おかしいだろうと場の空気に流されそうに
なった官兵は思い直した。店員の男は人の良さそうなふっくらとした顔つきと体つきの中年だった。張り付いたような笑顔が不気味であったが。
遅れてきたサキとトエル。だがトエルの方はあまり興味が無さそうな、つまらなそうな顔をしていた。
 「ふえ、なんだかごっちゃりしているところです」
 「そう?けっこうキチンと商品陳列されていると思うけどなぁ〜」
 トエルはつまらなそうにつぶやいた。白石と感想は違えど、物が沢山あるという事には変りない。店内は週刊誌やカップラーメン。お菓子に惣菜パン。
それらが棚に小奇麗に陳列されているのであった。別に何も面白い光景じゃない。ただ、陰伊達には十分新鮮だった。保温ケースに並べられた
肉まんに食指を揺すられる。「揚げたて」とポップが付けられたフライドチキンの匂いがいたずらに白石の鼻腔内をくすぐった。
 「これかってよー」
 「お金持ってないから!」
 なんて官兵にねだる白石であったが、これは見事に断られたみたい。

 「あ…これは…!」
 サキは店内で何かを発見した。コンビニには似つかわしくない『骨董コーナー』とかいうエリアで見つけた錆びたナイフであった。相当な年代物で、
生産後最低百年は経過しているであろうそのナイフは、サキのよく知る人物のものであった。
 「どうしたんですかっ…サキさん?」
 「このナイフは…助弐夷の…!」
 「え…!?」
 
 「ほほお、それの持ち主のことをご存知なのですか」

 サキ達の背後に現れた中年の男。
 「わっ」
 二人は豆鉄砲を食らった雀のように驚いて振り返る。男の手にはサキが持っていたはずのナイフが握られていた。サキは自分の手からいつの間にか
消えたナイフを奪い返そうとするが男はのらりくらりとかわすのであった。
 「それ、かえしてください」
 「お断りします。店の商品ですので…んふ」
 「私の知り合いのものです」
 「今は私の所有物ですからして。それにこれはほかと違って”特別”ですから」

 店内に不穏な空気が流れる。ゴオォ、と冷凍庫の稼動音だけがその場に響いていた。
38正義の定義(避難所より代行):2010/04/24(土) 07:46:27 ID:fsq/hGiG
 「あなた…一体なんなんですか?」
 陰伊の問い掛けに、男は一考した後こう答える。
 「私は…蒐集癖がありましてねぇ、今も昔ほどではありませんがこういった珍しい品物を集めているのでございます」
 「ここに来た人間の品物を奪って、ですか」
 サキの明らかに憎しみのこもった声。彼女は男をまるで十年来の宿敵、いやもっとかもしれない。それ程の気迫で男を見据えていた。
その様から感じ取れるのは単一の感情などという簡単なものではなく、もっと複雑な、悲しみや怒りやそれに準ずるいくつもの感情…
それがサキの心には渦巻いていた。
 「おや、あなたは何故それを知っているのですか?適度に噂を流した後は皆喰い殺していたのに」
 「喰い殺したって…まさかあなたが行方不明者を…!」
 そう言い、陰伊はキッと男を威嚇するように睨んだ。男はニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。官兵とはまた違う、もっと異質な何か。
陰伊はここで男が人間ではないことを確信した。
 「私はねえ…喰い殺した人間の一番大切なものをコレクションするのが、ねえ、とてつもなく好きなんだ。他者が生きていた、存在の証というものを独占
するのが、個人が凝縮されたそれを見ていると、ねえ、それが狂おしいほど輝いて見えるんですよ。たまらなく奪いたくなる、衝動に駆られるんですよ」
 「…助弐夷のナイフをかえせッ!!」
 「今迄やって来た人達を…喰い殺した罪、重いですよ」
 にじり寄る二人。男は両手を前に突き出して、おおこわい、と言わんばかりの態度で後退した。
 「暴力はいけませんねえ、あ…じゃあこういうのはどうでしょうか?」
 男はポケットからなにやら小箱を取り出す。オモテ面を見て、それがトランプの入った箱であるという事がすぐに分かった。不敵に微笑む男を見て
不快感を露にするサキ。一体トランプで何をするのかと思えば男はこんな提案をしてきた。
 「どうでしょう、ここはポーカーで勝負しては?」
 「ポーカー…?」
 「あなた方が勝てばこのナイフ…そしてここ数カ月に捕まえた人間たちはまだ食べていませんのでそれも開放しましょう…ただし」
 そこで一旦言葉を止め、ゴクリと唾を飲み、ジュルリと舌を舐めずる男。ぞっとするような笑みを浮かべこう言葉を続ける。
 「あなた方が負ければ、あなた方の大切なものを頂戴いたします…どうでしょう?」
 こんな提案、乗らなくとも英雄武装で倒してしまえばすぐだろう。だが陰伊は正々堂々と勝負するのがモットーの人間だ。その上感情的になると頭が
回らなくなってしまうタイプの人間だ。今の彼女に「提案に乗る」以外の返事は存在しなかった。
 「やってやりますよ…!」


 「…もう、どうしてのるの。ばか、ほんとばか!ふぇ!」
 事の経緯を聞いたトエル達は無策に相手の提案に乗った陰伊を責めていた。一番大切なものとして陰伊が差し出したのはオープンデバイス。本人曰く、
カエルのお守りとどっちを出すか迷ったらしい。
 「何故カエルの方を出さなかったんだべさ?」
 白石はこんなカエルの方が大事なのかと思いつつ聞いた。カエルのお守りというか、殆ど蛙の置物であるそれを陰伊はぎゅっと握る。
 「こ、これは駄目!これは…絶対駄目。ほら…勝てばいいんだよ。居場所も分からない捕まった人達も開放されるみたいだし…」
 「そう、うまくいくといいんだけどね…相手はおそらく異形だよ?」
 「わかってますよ、官兵さん」

 「準備はよろしいですかな?」

 男の問い掛けにコクンと頷く陰伊。すると今までコンビニのだったはずの室内はテーブルがひとつあるだけの黒の空間へと変化するのだった。

 「さあ始めましょう、愉しいゲームを」
39正義の定義(避難所より代行):2010/04/24(土) 07:47:24 ID:fsq/hGiG
 「うーん…」
 ポーカー。トランプで行う賭け勝負で最もポピュラーなゲームである。これに挑むは陰伊三。彼女に配られた五枚のカード。
スペード5ダイヤ9ハート3クラブ5スペード9。ツーペアだ。
 「さて、クローズド・ポーカーで5本勝負。ということでよろしいですか?」
 五枚のカードから顔の上半分をのぞかせる男は確認をとる。口元が良く見えないのが余計に不気味さを引き立てていた。
 「…よろしいです」
 同意する陰伊。彼女の横にはベットとしてオープンデバイスが置かれている。負ければ没収…そもそも、これは機関の物なのだが…
 「カードは交換しますか?」
 「一枚交換します」
 陰伊はハートの3を捨て、男は山から一枚のカードを飛ばす。陰伊は飛んできたそれを顔の前でキャッチした。手にとったカードは…クラブの9!
 (フルハウスだ…!)
 フルハウスといえばなかなか強い手だ。これで勝負する事にして陰伊。対して男は手札を変えなかった。
 「オープン!」
 「…!」
 陰伊が手札を晒す。それと同時に男の役も明らかになる。
 「3の…フォーカード…負けた…」
 男の役はフォー・オブ・ア・カインド。フルハウスよりもひとつ上の役だ。でもまだ一回目だと、めげずに二戦目へと挑む陰伊。
 「まずは私の一勝でしたね…では、次へいきましょう…」
 二戦目。陰伊の手札はなんとKのフォー・オブ・ア・カインド。これはよほど運がなければ一発で出ることはない。今度こそ!と、意気込む陰伊だったが…

 「そんな…」
 「フォーエースです。ふふ…」
 エースのフォー・オブ・ア・カインド。KとAではAの方が強い。この勝負も陰伊の負け…。
 ここで白石は「ちょっとおかしいんじゃない?」と抗議をする。なにせ二回連続手札変え無しでこんなにぽんぽんいい訳が出る訳がない。
イカサマしていると白石は踏んだのだろう。
 「ならば、あなた方がカードを配れば、問題はないでしょう?」
 余裕の面持ちで男は答える。彼の妙な素直さを不審に思いながら白石はカードを切る。念のためカードに細工されていないかと確認するが、これといって
細工された痕跡は見受けられない。言い表せぬ違和感に襲われながらも白石はカードを配った。
 三回戦。これで負ければ取り返しの付かないことになる…
40正義の定義(避難所より代行):2010/04/24(土) 07:48:18 ID:fsq/hGiG

 「オープン」

 「ハートの87654!ストレートフラッシュです!」
 「スペード、ロイヤルストレートフラッシュだ」
 「なっ…!?」
 現実とはかくも残酷である。
 「さあ約束です。それをこちらに渡してもらいましょうか…」
 「うう…」
 納得いかないとはいえ約束は約束。だが他は納得するわけがなかった。
 「こんなの無効!なんかおかしいでしょや!イカサマに決まってる!」
 白石は異議を唱える。そうだそうだと同調する周りの人間。しかし肝心のタネが分からない。魔法のからくりがわからなければそれはイカサマには
ならないのだ。ならばイカサマを証明してくださいと一層不気味な笑顔に顔を歪める男。一同が押し黙るそんな中、沈黙思考していたトエルが口を開く。
 「…ふえ!ふえぇ!ほんとにそんなこどもだましでこのわたしをあざむけるとおもうてか!」
 今まで我慢していたトエルは満を持して言い放った。その長いツインテールを得意気に掻き上げた後、勢い良く男を指差し、こう言葉を続ける。

 「おまえがやっていることは、ぜんぶまるっとおみとおしだ!!ふえ!!」

 キリっと、あたかもこの機を狙っていたかのよう。いや、トエルは確かにこの時を狙っていた。何故なら彼女は最初からわかっていたのだ…
"店に入った時点で"全て。心なしか店内でのトエルの反応が薄かった気がするのは気のせいでは無かった。一瞬、男の表情が陰る、がすぐに元の
気持ちの悪い笑顔に戻った。
 「私がイカサマ?どうやったというんです!?」
 男は馬鹿にしたような態度でトエルに問いた。彼女の自信は揺るがない。その目は『真実』のみを映していた。
 「ふぇ!めにみえているものがいつもげんじつとはかぎらない…」
 「!?」
 「これはぜんぶおまえのみせている"まぼろし"にすぎない!ほかのにんげんのめはだませてもこのわたしのめはだませない!!ふえふえ!!」
 ズズーン!そんな効果音がぴったりと当てはまりそうな様相を男は醸し出してた。トエルはこの空間もトランプも全部、男の異形の見せた幻であることを
暴いてみせたのだ。今のトエルは泰山梁木と言えなくも無い。
 「なぜ…わかった…私が幻影を見せる類のモノだと!」
 「なぜもなにも、わたしきかいだからまぼろしなんてみえませんし!きかいはげんじつしかみれませんし。ふぇ」
41正義の定義(避難所より代行):2010/04/24(土) 07:49:19 ID:fsq/hGiG
 「やっぱりイカサマだったべさ!このインチキ野郎!」
 「正々堂々とやったのに…酷いです!」
 「異形相手に正々堂々というのも…私はどーかと思うけどね」

 「ふえぇ!さあかんねんしやがれこのぺてんしやろう!そのどてっぱらにかざあなあけられたくなければなぁ!」
 演技がかった台詞を活き活きと喋るトエル。一度上げてしまったテンションというのはどうにも下げづらい。言わば暴走状態のカタルシスと言うヤツである。
 男はよもや幻を見破られるとは思っていなかったようで、大量に吹き出る汗が彼の動揺を物語っていた。手品のタネはわかってしまえばただのネタ。
詐欺師がトリックを解かれたら、もうただの嘘つきでしかなくなる。
 「くそ…私の秘密がバレてしまうとは…こうなったら…お前達全員…生かしては帰さないぞ!!」
 ずぞぞぞ…、男の周りを黒い霧が覆う。男の姿が見えなくなったと思えば霧の中から黒龍の首が現れた!赤い瞳の黒龍は羽を広げ、霧を払う。
体長20mはあるかと言うその黒龍の強靭な全身が顕になった。男はこの龍に変身したとでも言うのか?
… それにしても20mもの龍が室内に収まるのとかそういうツッコミはなしである。あれだよ!なんか幻でいろいろしているんだよ!そういうことにしといて!
 英雄一行は、これには萎縮せざるを得なかった。スケールが違いすぎる。それでもトエルは腕を組み厳に構えていた。全く怯む様子もない。
 「ふぇ!かんちがいしているみたいだけどあれはただのまぼろし!わたしにこけおどしはつうようしないというのに…おろかなり!ふぇ!」
 「つみもないひとびとおそうあっきめ!このだいじゅうにばんえいゆうがちゅうさつしてくれるわ!ふぇ!」
 先程まで素人だったとは思えない手際でチェンジコードをデバイスに入力するトエル。光を纏い駆ける。走り出した先には黒龍の頭が大きく口を開けて
構えている…が、トエルは全くスピードを落とそうとはしない。寧ろ加速する一方であった。黒龍との距離が近くなるとトエルはぴょんと飛び上がる。
変身が完了しチアコス姿のトエルが黒龍の眉間に急降下。かかと落としを叩き込んだ。
 「ってまた格好変わってるし!」
 そんな白石の指摘に官兵は、んっふと鼻息を鳴らし答える。
 「だってコスチュームはたくさんあった方がいいでしょう!」
 官兵の意味のないこだわり。無駄な努力に一同が冷めながらも、トエルが黒龍を圧倒する様を見ていた。黒龍はただの幻。その実はただの一異形に
過ぎない。当然ながらトエルが遅れを取るはずも無かった。先程の戦闘で既に力の使い方を学習したのか、トエルはこなれた手つきでコードを入力する。
 「ぬぐぅ…」
 『"ゲール""アーム"』
42正義の定義(避難所より代行):2010/04/24(土) 07:50:21 ID:fsq/hGiG
 「ふぇ!ふえふえふえふえふえふえ!ふえぇぇぇぇぇぇ!ふえぇッ!!」
 「うがッ…!」
 拳の応酬。何十発も顔面にパンチを受ける黒龍。意識が朦朧としてきたところを、トエルのアッパーが止めを刺した。
 ズシン。その巨体が地に沈む。するとどうだろう、黒龍が沈んだその場所にいたのはみずぼらしい餓鬼のような異形であった。トエルはその異形に引導
を渡すべく彼の前へと歩み寄った。
 「さぁて…さいごにいいのこすことは?」
 「待ってください!」
 止めに入るトエルの耳に入る少女の声。声の主はサキだった。
 「なんだねアンダーソンくん」
 「こいつの止めは…私に刺させてください」
 そうして、サキは床に転がっていた助弐夷のナイフを手にとる。錆びた刀身に僅かに映る彼女の顔。その顔は酷く悲しみに満ちていた。
彼女の綺麗な藍色の瞳は黒ずんでいた。そして彼女の手は…心細そうに震えていた。
 「ふぇ!いいですとも」
 「ありがとう…」
 異形を見下すようにして立つサキ。その手に握られたナイフがきらりと光る。
 「お前が助弐夷を…」
 「お前…あの男の知り合いか」
 「…ッ!?」
 気を失っていたはずの異形は突然その赤い眼を開き、サキに問いかけた。サキは答えない。
 「答えんか…まあいい。知っているか?すべての原因は奴にある」
 異形は語りだす。まだこの森が危険ではなかった頃の話を。
 「私は当時、骨董品を盗む異形だった。珍しいモノが好きだったからだ。人を襲ったことはあったが、殺しはしなかった…」
 「だがある日、奴は現れた。奇術使いであった奴は私をこの汚い小屋に封じ込め、二度とこの小屋から私を出れないようにした。外に出られなければ私は
餓死するのみだ。そこで私は考えた…珍しい建物になら、人間は興味を持ち小屋に入ってくるのではないか?」
 「私はそれをすぐ実行した。私は幻を操る異形であった。獣に幻を見せても匂いで気づかれてしまうが人間は違った…そうして、私はやって来た人間を
喰らった」
 「仕方ないだろう?これしか方法がなかったのだ。食わねば餓死する…何を隠そう、これの原因を作ったのはあの男だ。あの男が余計なことをしたから
私は人間を喰わねばなれらなくなったのだ。全ては奴が悪いのだ。私はただ生きたかっただけなのだから」
 「それで…助弐夷はどうしたの?」
 サキは異形の顔を見ないようにして言った。だってそこには、醜い笑顔のがあったから。狂っていたのだろう、この異形も。そしてサキも。
 「…事を聞きつけた奴は再び私の前に現れたよ。だけどアイツ…妹の幻を見せたらさ、その…ころっと騙されやがってさ、あ、そう言えばお前昔何処かd」

 ザシュッ

 「だまれ…!」
43正義の定義(避難所より代行):2010/04/24(土) 07:51:10 ID:fsq/hGiG
 異形の額に深々と刺さるナイフ。サキの手により異形は絶命した。傷口からドプドプと溢れる緑色の血が、サキの左手にかかった。
 異形の死により、異形の幻が解除されたのか今まで真っ暗だった空間は打ち解けるように晴れていき、黒い靄が完全に消えるとそこはただの古びた
家屋であった。
 「全部…あの異形の作り出した幻だったんだね…」
 陰伊は先程とはまるで違う周りの光景を見て、そう呟いた。
 「ていうかトエル!あーた最初からわかってたんなら教えてよ!騙されるとこだったべさ!」
 「いや、みせばとかそうゆーのありますし、ふぇ!」
 結果よければ全て良しで済まそうとするトエル。そうは許さんぞとガミガミ言う白石。そんな様子を官兵は微笑ましそうに盗撮するのであった。
 「こらクソメガネ!かってにとるな!」 
 陰伊は辺りを見渡し、チラホラと倒れている人間を発見する。おそらく異形に捕まっていた人々だろう。呪縛が解けたように目を覚ます彼らを見て、
人々の無事を陰伊は確認した。しかし何か足りない気がする。サキだ。先程までそこにいたサキの姿はなく、異形の額からはナイフが抜き取られていた。
 「ふえ!?」
 「ごめんね、ちょっときて」
 妙な胸騒ぎを覚えた陰伊はトエルを連れ、森の中を再び進んでいく。


 「あれー?陰伊ちゃん?トエル?サキさーん?」
 三人が消えてることに気がついた白石は三人の名前を呼んでみるも返事はない。トエルは陰伊が連れていった事は官兵の話によりわかったのだが。
となるとサキは一体どこへ行ってしまったのだろう?白石はやれやれと後頭部をポリポリと掻いた。
 「あのー、私がどうかしましたか?」
 ふと、保護した村人の一人が白石に話しかけてきた。育ちの良さそうな面構えの少女であった。きっと手塩にかけて育てられたんだろうなという事が
ひしひしと伝わってくる彼女が何故自分に話しかけてきたのだろうか?サインでも欲しいのだろうかと白石は思った。
 「私の名前呼んでましたよね?」
 「あ、サキさん?いや、あなたじゃなくってねぇ、集落の長の娘さんの…」
 「え…その集落の長の娘のサキですけど…」
 「…はい?」


―――…

 「ふえー、きょうはもうつかれたです」
 「もうちょっとだから…」
 ネコミミmodeでサキの探索。日は傾きつつある。辺りは徐々に暗くなり始めた。小動物などは既に巣に帰っていることだろう。夜行性の動物は
丁度目を覚まし「たるいけど得物でも狩りに行くか」と重い体を起こしている頃だろう。日が落ちるにつれて気温も下がっていく。冷たい空気が森を徐々に
支配し始めたその時、トエルは立ち止まった。陰伊も足を止める。二人の目の前には人為的に作られたかのような野原が広がっていた。
 「…やっぱり、追いかけてきたんですね」
 そこに…サキはいた。いや、彼女はサキではないのだが…
 「サキさん…一体…何で…?」
 「私は…サキじゃないのです。私はただの名もなき異形です」
 そう言って…サキ…ではなかった、異形の彼女はピョコンと今まで隠していたであろう獣の翼を出した。木の葉などに遮られながらも空から差し込む
光が彼女の姿を照らす。それはなぜだかとても儚く、幻想的だった。
 「あなたは…どうしてそんな嘘を…?」
 そっと尋ねる陰伊。思えばおかしいところはたくさんあった。ボロボロの服や幻を操る異形に対するおかしな言動。
それらが今、陰伊の中で繋がったのだ。
 「私は…生まれた頃から独りでした」
 すっと、木々から僅かに見える空を見上げ、歩き出す少女。彼女がその場から離れるとそこに見えたのは誰かのお墓であった。
 「異形だから人々からは疎まれ、ただ一人、ずっとこの森で暮らしていたんです」
 「そんな私の元に…ある日訪れた方々がいました」
 「それが…助弐夷…さん?」
 はい、と頷く少女。彼女はその時のことを、昨日の出来事のように思い出した…
44正義の定義(避難所より代行):2010/04/24(土) 07:51:59 ID:fsq/hGiG

………………

 『あなた方は…?』
 『俺達は住処をさがして流離う放浪の身。名前は助弐夷。んでこっちが我が妹!』
 『よろしゅうございますー』
 『あなた方は私の翼を見てなんとも思わないのですか?』
 『?何でそんなもん気にする必要がある?なぁ妹』
 『そーそー。かわいいやないですか!うらやましいわぁ』
 『かわいい…?』
 『おう、偉いべっぴんさんだぜ、アンタ』
 『そんなことは…』
 『よーし俺、ここに住んじゃおっかな〜!アンタみたいに可愛い子もいるし!あ、俺強いから、なんか危ない目に遭ったらすぐに呼んでくれよ?』
 『は…はぁ、』

………………

 「その方達は、しばらくして近くの集落に居を構えました。それからというもの…彼らは毎日のように私に会いに来てくださったのです」
 「ずっと独りだった私は…彼らのぬくもりに触れて…初めて生を実感しました」

 「私はあの時確かに、幸せだったと思うんです」

 「幸せ…」
 彼女は異形であった。英雄は異形を倒すもの。陰伊は機関でそう教えられてきた。しかし目の前の彼女はどうだろう?こんな純粋な思いを持つ
彼女が、果たして本当に国を脅かす存在なのだろうか?陰伊は常々機関の問答無用の体制には不満を持っていたが、異形の彼女を見ていると
そのやり方に疑問が出てきてしまう。
 「でも…幸せは長く続きませんでした…」


………………

 『ふふふ…アナタのその髪飾り、珍しい型をしていますねぇ…いただきます!』
 『きゃあッ!』


 『うっ…うっ…』
 『唯一の私物である髪飾りを盗まれた!?そいつは許せねえ!オレがそいつを二度と悪いことできないようにしてやる!』

………………

 「あの時…べつに髪飾りに固執しなければ…こんな事には…ならなかったはず…」
 「助弐夷さんが消えた後…悪い異形と繋がっていると勘違いされた妹さんは、何も悪いことなんてしていないのに…殺されたのです。
これは妹さんのお墓」
 少女は墓の方を見つめる。楽しかったあの日々を思い出すように、穏やかな表情で。

 「私とこっそり会っていたから…そういう勘違いをされたのでしょう。そう…全部…全部私のせいなんです」

 「私が彼らと会ってしまったから、触れ合ってしまったから」

 「そんな…そんなのって、悲しすぎるよ」
 陰伊は言葉を挟まずにはいられなかった。こんなに悲しい現実があってもいいのか?皆が皆、少しずつずれてできた歪がこんなにも酷いなんて。
 助弐夷はただ彼女の悲しむ顔が見たくなかっただけだった。
 幻を操る異形は人から物を奪ったり悪さはしたが人を食らう異形ではなかった。
 村人は自分たちの村を守るためにやっただけだった。

 どうしてこんなに狂ってしまったのだろう?

 どこでここまで狂ってしまったのだろう?
45正義の定義(避難所より代行):2010/04/24(土) 07:52:53 ID:fsq/hGiG

 「私は…存在してはいけなかったのです」

 少女は自らを否定する。それがどんなに辛いことか。
 陰伊は今すぐにでもそれは違うと言いたかった。だが言葉が出てこない。

 「だからせめて…全てを終わらすべく…あの異形を退治出来る人を探していたのです。それが達成された今…私がこの世に存在する意味はありません」
 「そんな事言わないで…!」
 「私はあなた方には感謝しているのです。私のわがままに付き合ってくださって。どちらにせよ、私は永く生きすぎました。この体は何もせずとも…
もうじきに消失します…だから言わせてくださいです…」

 「ありがとうございました…」

 そう言った少女の体は、もう既に半分透けていました。

 「まって…そんなのだめだよ!死んじゃ駄目!」

 「いいのです。この体だって魔素でだましだまし持たせていたのですから…ああ、もう時間のようです…」

 「…願わくば二人のところへ行きたかったけど…無理でしょうね…私は二人と同じところに…行けるような者じゃないから…」

 「そんなことないよっ…」
 陰伊の瞳からは大粒の涙がこぼれていた。不思議そうにそれを見つめるトエル。よく分からないが自分も泣いておこうかとトエルは思ったが、
機械なので涙を流せなかった。

 「ありがとう…まだ私のために泣いてくれる人がいたなんて…本当にありがと…そして…」


…さようなら。


 陰伊は泣きじゃくってひどい顔を上げ、少女の方を見るもそこには何もなく、ただ日の光が差し込むだけだった。

 ふと、墓の方を見てみるとそこには、錆びれたナイフとよく手入れのなされた髪飾りが置いてあった。
46正義の定義(避難所より代行):2010/04/24(土) 07:55:38 ID:fsq/hGiG

 「ねえ…幸ちゃん」
 一連の事件を片付け、集落の長の感謝もそこそこに集落を後にする一行。本部への帰路を走る車内で陰伊は白石に話しかける。何というわけでもなく
ただ無性に陰伊は自分達の事について話したくなったのだ。
 「何?」
 「私達のやってることって…本当に正しいのかな?」
 「どしたのいきなり」
 白石はちょっといつもと様子が違う陰伊を心配する。
 「だって…私達のしている事が原因でもし…もっと沢山の人が悲しむような事になったら…」
 「しんぱいしょうだねぇ、陰伊ちゃんは。陰伊ちゃんは何も考えられないアニマルじゃないでしょ?」
 「…うん」
 「自分が正しいと判断したなら、それを突き通す!それが正義ってモンでしょや!」
 陰伊を元気づけようと明るく振舞う白石。だが、陰伊の心が晴れることは無かった。

 「自分の正しいと思う…正義…そんなの…わかんないよ… わかんない…!」


 オレンジ色の夕日が彼らを乗せた車を照らす。今はそれが一行を優しく包み込んでくれた。嫌なことも苦しいことも全部…


                                                 ―続く―

― 次回予告
ある街の要人が異形に狙われることになった!こいつはたいへんだ!
「大変だべさぁ〜…」
依頼を受けた英雄達は要人の元へと急ぐが、その途中、異形に出くわす…
「全く、ちょっとくらい休ませて欲しいでしょや…」
その正体は!?彼らの運命は!次回は白石ちゃんお休みです!
「まじで!?」
次回「電子幼女は吸血鬼の夢をみるか?」に、乞うご期待!!
47正義の定義(避難所より代行):2010/04/24(土) 08:03:46 ID:fsq/hGiG
投下終了
毎回駄文垂れ流しで申し訳ない。でわでわ
48創る名無しに見る名無し:2010/04/24(土) 08:22:02 ID:fsq/hGiG
>「ふぇ!ふえふえふえふえふえふえ!ふえぇぇぇぇぇぇ!ふえぇッ!!」
>「うがッ…!」

さすがの俺も吹かざるを得なかった
最近は異形側もドラマがあっていいなあと思う
49ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/04/24(土) 13:10:04 ID:tUryWHUJ
7-1/4

 かつてのクラブ"ロッベナイランド"襲撃任務をゲオルグは恐怖とともに迎えた。ワンボックスバンの中
でめったに使うことのないロケットランチャーを担ぎながら、状況開始とともに始まる激しい銃撃戦を想像
したゲオルグの心は恐怖に打ち震えていた。
 だが、指揮官として部下の前で身を震わせるわけには行かなかったゲオルグは代わりに無理やり頬
を吊り上げて笑った。この臆病者め。任務開始を怖れる自分をゲオルグは全身全霊を掛けて嘲笑い、
罵った。心の奥で存在感を放つ恐怖にあらん限りの罵声を投げかける。嘲りの重りをくくり付けてようやく
恐怖を心の奥底に沈めることができたのだ。ゲオルグはいつもこうやって自らを罵倒しながら震えそうな
身体をようやくこらえていた。
 任務終了後もゲオルグは息をつくことができなかった。銃口から迸る硝煙に、高温の鉛塊によって
焦げる肉の臭い、穿たれた傷跡から立ち上るむっとした血の香り。戦場の芳香は幾度となくフラッシュ
バックしてはゲオルグの安寧を奪った。
 嘲りとともに心の奥に沈めた恐怖は爪の音を立てながら、ゆっくりと着実に心の深淵を這い上がる。
惨劇への焦燥にゲオルグの心は緩慢に、されど確実に追い詰められつつあった。
 だが、ゲオルグに迫る恐怖は、アップルティーの芳香とともに溶けて形をなくしていく。ゲオルグを追い
回していた焦燥は子供達の笑い声の中にかき消されて行く。全ての癒しは聖ニコライ孤児院にあった。
 聖ニコライ孤児院の食堂で、姉とともにアップルティーを楽しみながら、ゲオルグはつかの間の安らぎ
のひと時を楽しんでいた。
 不定期にカップに口をつけながら、ゲオルグはぼんやりと外を眺めていた。ガラス戸の向こうの前庭
では、孤児院の子供達が思い思いの遊びに興じている。庭の中心では腕白な子供達がボール遊びに
興じている。端の方に設置された遊具では、皆が順番を守ってを楽しんでいる。庭の片隅の大きな銀杏
の木の下では、少女たちが小屋の掃除のために一時放たれたウサギと戯れている。なんと牧歌的な
光景なのだろうか。
 子供達の楽しげな笑い声を聞きながら、ゲオルグは心が癒されていくのを感じていた。

「ねえゲオルグ」

 外を眺めていたゲオルグを姉のイレアナが呼んだ。会話の始まりの合図だ。恐らくは他愛もない、傍
から見ればつまらない話なのだろうが、姉との語らいもまたゲオルグにとっては重要な癒しだ。ゲオルグ
は持ち上げた顔を机の対面に座るイレアナに向けた。

「この間ちょっとした買い物のために外に出たんだけど、そうしたら変な宗教の人に捕まっちゃったの」
「宗教?」
「コンピュータなんとかって言う、よく覚えてないの、ごめんね」

 宗教の癖にやけに科学的な単語が入っている。だが、この名前どこかで聞いた覚えがあるような。
 特徴的な名前を手がかりにゲオルグは記憶を探索する。すぐに当たりが見つかった。

「救世コンピュータ教会?」

 そうそれ、と指をさしてイレアナは肯定する。その言葉を聞きながらゲオルグは救世コンピュータ教会
の伝道師と出会ったときのことを思い出していた。
50ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/04/24(土) 13:10:47 ID:tUryWHUJ
7-2/4

 任務終了、といっても血を伴う襲撃任務ではなく、詰め所で書類仕事片手に非常召集をひたすら待つ
だけの待機任務を終えた帰り道のことだった。
 突然ゲオルグの目の前に白いオーバーオールを着た初老の男が現れて言った。

「ちょっとそこの市民、あなたは幸福ですか?」

 自分は幸福なのか。突然の不躾な質問にもかかわらずゲオルグが生真面目にも考え始めたのが
悪かった。戸惑うゲオルグに脈ありと判断したらしいオーバーオールの男は、ぺらぺらと喋り始めた。

「私は救世コンピュータ教会の者です。この閉鎖都市では多くの人が自分達に降りかかる不幸を嘆き
 悲しんでおります。なぜ不幸になるのか。なぜ一握りの人間しか幸せになれないのか。それは一重に
 人間の不完全さにあります。そこで、完全な知性をお持ちのコンピュータ様に指示を伺って初めて人
 は皆幸福になれるのです。つまりこれは――」

 とどまることの無い言葉の洪水に、ようやくゲオルグは合点がいった。宗教の人だと。
 もとより無神論者であったゲオルグは伝道師の言葉をさえぎるように、興味ない、という台詞を突き
つけた。冷たい口調に言葉を止めた伝道師の脇をゲオルグはすり抜ける。幸いにも伝道師は後を追って
はこなかった。
 だが、早足に歩を進めて、伝道師の姿が見えないところまで歩いてもなお、ゲオルグの胸には伝道師
の言葉がしこりのように残って自己主張していた。
 自分は幸福なのか。死と隣り合わせの襲撃任務を毎度の如く恐怖し、自らが作り出した凄惨な場面に
毎夜の如く苛まれ、それでもなお自分は幸福だというのか。自問するが、答えは出ない。じわりじわりと
心の奥底で地下水がたまっていくような暗く冷たい感覚をゲオルグは感じた。
 思い出したその感覚を努めて顔に出さないようにしながらゲオルグはイレアナの言葉を聞いていた。
話を聞くにどうやらイレアナは無視を決め込んで退散したらしい。とくにこれといってオチのない話では
あったが共感する部分はいくらかあったゲオルグは適当に相槌を返していた。
 一通り話を終えたところでイレアナがおずおずとたずねてきた。

「ねえゲオルグ、ゲオルグは今、幸せ?」

 自分は幸福か?
 あのとき答えられなかった質問をイレアナが投げかける。どきりとした心臓に、冷たい気持ちが反応
して自己主張した。
 だが、イレアナを見ていれば、答えは考えるまでも無かった。ゲオルグは即答した。

「幸せだよ」

 思えば簡単なことであった。アレックスがいて、"子供達"の兄弟がいて、孤児院の弟妹がいて、姉の
イレアナがいる。自分達を慕う人がこんなにもいて、そして彼らは皆笑顔を見せている。これを幸福と
呼ばずなんと呼ぼうか。

「良かった。私も幸せだよゲオルグ」

 ゲオルグの答えに花が咲いたようにイレアナは微笑んだ。その笑顔の前に、心を侵していた冷たい
気持ちはたちまちの内に霧散した。
51ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/04/24(土) 13:11:27 ID:tUryWHUJ
7-3/4

 お茶会は続き、食堂の中は穏やかな空気で満たされていく。その最中、突如として賑やかな声が食堂
に木霊した。

「あっ、ゲオルグお兄ちゃんだ」

 その爛漫とした声にゲオルグが首を向ければ、食堂の入り口にハイスクールの制服に身を包んだ1組
の男女が佇んでいる。

「モニカとドラギーチじゃないか。お前達学校はどうした」
「今日は試験だから午後は休みなんだ」

 ゲオルグの問いかけに、モニカと呼ばれた女性が駆け寄りながら答えた。ぱたぱたと鳴らされるスリッパ
に合わせて、柔らかいウェーブを帯びたボブカットが揺れる。
 机に到着したモニカはそのままイレアナに顔を寄せる。

「ねえねえお姉ちゃん、ブクリエのケーキ、まだ残ってる?」
「ええ、まだ冷蔵庫の中に残ってるわよ」
「やったー。あたしあそこのケーキ大好きなんだー」

 ケーキが残っていることに喜ぶモニカは二度三度小さく跳躍した。その度にひらひらと髪の毛やスカート
が舞い上がる。彼女の爛漫な行動にゲオルグはそろそろ年相応の落ち着きを持ってほしいと思うのだった。

「ドラギーチも食べるよね」

 踵を返して厨房に向かったモニカは、顔だけを食堂の入り口に向けて、そこに依然として佇んだままの
ドラギーチに話を向けた。
 茶会の人数が増えることを予期して、ゲオルグはカップの皿を少しだけ端に寄せる。イレアナも同様
にカップとともに端に寄った。
 だが、返ってきた言葉は、皆の予想とはあまりにもかけ離れた、刺々しいものだった。

「いらない」
52ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/04/24(土) 13:12:09 ID:tUryWHUJ
7-4/4

「へ?」

 想定外の言葉にモニカは歩を止める。ゲオルグとイレアナは自分の耳を疑うように眉を上げた。
 食堂の入り口で立ち尽くしたままのドラギーチは、まるで自分と他者を隔てていた殻が割られて気に
入らないかのように顔を伏せている。彼の押し黙った口に合わせるように不愉快な沈黙が食堂に沈着
した。
 居心地の悪さを察知したのかドラギーチが再度口を開いた。

「部屋で勉強しているから」

 台詞はそれだけだった。吐き捨てるようにドラギーチは呟くと、モニカを、次いでゲオルグを一瞥して、
不機嫌そうな足取りで食堂から出て行った。全てが終わり、遠ざかっていくドラギーチの足音が聞こえ
なくなったころ、ようやくモニカが呟いた。

「なんなのよ……」

 ドラギーチの意図が分からないと言いたげに、モニカは唇を尖らせた。

「まあ、試験の手ごたえでも悪かったんじゃないか」

 そんなモニカをゲオルグはつとめて穏やかになだめた。不満げにぶつぶつと呟くモニカをゲオルグは
ケーキを餌に励まして、ドラギーチを忘れるように仕向ける。
  ゲオルグはドラギーチの拒絶の理由が分かっていた。一瞥したときに一瞬だけ見せたその瞳で
ゲオルグは理解したのだ。
 ドラギーチのゲオルグに対するその瞳は侮蔑に満ち溢れていた。どぶを這い回るゴキブリを睨むような、
軽蔑の眼差しだった。
 だが、その眼差しををゲオルグは気になどしていなかった。むしろそれはゲオルグにとってある意味で
望んでいることでもあったからだ。
 恐らくドラギーチはゲオルグ達の仕事を知っているのだろう。廃民街の裏側で血と硝煙にまみれながら
殺戮を振りまくこの仕事を。"偉大な父"が必要とすればいかなる非道をも実行する無慈悲な生業を。
全てを知って、ドラギーチは軽蔑しているのだ。
 それでいい、とゲオルグは考える。"子供達"の世界は欲望に溢れた暗い日陰の世界だ。そんな所
にいる人間を軽蔑せずして何を軽蔑しろというのか。軽蔑とは拒絶の現れてであり、ドラギーチはこの
日陰の世界を嫌がっているのだ。それは堅気の世界への第一歩だ。へたに尊敬されて、日陰の世界
に憧れを抱くよりもずっといいのだ。
 それでいい、自分に言い聞かせるようにゲオルグは再度思った。それでいい、自分の中の素直な感情、
彼に嫌われたという悲しさを覆い隠すようにもう一度。
 ほどなく、アレックスとポープが掃除を終えて食堂にやってきた。何も知らない二人の明朗さに、この
場を包んでいたわだかまりはたちまち雲散したのだった。
53創る名無しに見る名無し:2010/04/24(土) 13:29:14 ID:qt5/I0hA
支援いるかな?
54ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/04/24(土) 13:41:53 ID:tUryWHUJ
失敬、今回は以上です。
特に書くこともなかったので放り出したのがいけなかったみたいね。
勘違いさせてすまなかった。
55創る名無しに見る名無し:2010/04/24(土) 14:13:01 ID:qt5/I0hA
いやいや、規制解除で本スレにレスしたくてしょうがないのよw

>>『正義の定義』
確かに「ふえぇ」は定着したなぁw

>>『ゴミ箱〜』
やはりドラギーチは将来、『王朝』に波乱をもたらすのだろうか…

56創る名無しに見る名無し:2010/04/24(土) 15:37:56 ID:vdRb4bHY
乙でした!

>>『正義の定義』
トエルは感情を理解できないのだろうか……

>>『ゴミ箱〜』
子供達を嫌う人間が身内に現れましたかあ
こいつは危険な予感だ
57『地獄百景』 ◆GudqKUm.ok :2010/04/25(日) 01:10:12 ID:Fy8ow0Ei
後編投下
58『無明の岸辺へ』 ◆GudqKUm.ok :2010/04/25(日) 01:13:38 ID:Fy8ow0Ei

『…では、大帝陛下の健康を祝して、乾杯!!』

複雑な視線を注ぐ地獄界首脳に囲まれ、ジョーイ・ベリアルはグラスを高々と掲げた。この急遽準備された晩餐会が始まっても、敵将ジョーイ・ベリアル来訪の意図を看破できる者はいない。
閣僚の中にはあらゆる憶測を一蹴し、彼の即時逮捕を主張する者も少なくなかった。だがしかし、みすみす討ち取られる為に単身、しかも全裸で敵地を訪問する馬鹿が果たして大宇宙に存在するだろうか?
とりあえずは離宮へ賓客として迎え、各界の情報を収集しつつ様子を見る。これが御前会議の末、閻魔庁が下した最終的な結論だった。

『…ベリアル殿下、人間界で御社のタンカーが座礁したとの知らせが…』

ぎこちない会食の間じゅう、ひっきりなしに飛び込むベリアル・コンツェルン受難の知らせ。敏感に首領の失踪を嗅ぎつけた数多い敵対勢力が、泣き面に蜂とばかり攻勢に出たのは明らかだ。

『…おお、ご心配なく。閻魔大帝陛下への拝謁は全てに優先します。下らない雑事は弟たちが…上手く処理するでしょう。』

大帝の鋭い眼光の前では、流石の魔王子も弟たちが致命的な失策を犯さぬよう祈るしかなかった。どうやら恐るべき召還術の正体が、閻魔庁の秘密兵器ではないらしいことがせめてもの救いだ。生きて帰れさえすれば捲土重来の機会はきっとある…

『…我々魔族は、みな兄弟です。私は、不毛な敵対心をまず自ら正したい…』

…後に地獄の住人たちが伝え聞いたところによるとベリアルは、自分の愛情不足が義妹リリベルにひねくれた妄想を抱かせた原因だった、と涙ながらに語り、閻魔庁に全面的な賠償を自ら申し出たという。
ともかく、魔王子ベリアルの土壇場勝負は効を奏した。結局閻魔庁は彼の提示した調停案を受け入れ、不可解で大幅な譲歩に首を傾げつつも、それなりの敬意を払いこの招かれざる客をゲヘナゲートから母国へ送り返したのだった。

59『無明の岸辺へ』 ◆GudqKUm.ok :2010/04/25(日) 01:15:59 ID:Fy8ow0Ei

「…ズシッ!! いるっ!?」

「…ああ、ユキちゃん。お饅頭を食べないか?」

血相を変えて駆け込んできた由希を呑気に迎えたズシは、彼女の尋常ではない様子にも動じることなく、相変わらずの機械いじりを続けていた。

「…お饅頭どころじゃないよっ!! これっ!!」

由希が突きつけたまだインク薫る新聞には、『号外』の迫力ある黒文字とともに局部修正入りで白人男性のヌードが大きく踊っている。『ジョーイ・ベリアル投降』。隠せぬ喜びを湛えた紙面には、一昨日の顛末が詳細に記されている。
だがそんなことよりも由希を激しく動転させているのは、他ならぬ…自分の言葉がこの大事件を引き起こしたかもしれない、という事実だった。

「…あ、上手く行ってたのか…何らかの計算ミスで到着点がズレたんだな…」

…やはりベリアルの地獄堕ちはズシと彼の装置、そして自分の軽率な言葉のせいなのだ…改めて膝を震わせた由希は、当たり前のように頷くズシを茫然と見つめた。

「…やっぱり…」

「…良かった。今から召喚式に不備が無いか再検証するところだったんだ。これで『本番』に取りかかれるよ…」

強張った表情で唸りを漏らす装置を見つめていた由希は、ズシの呟きにびくりと小さな身体を竦ませた。この異世界の魔道士は、昨夜由希が一睡も出来ない程苦しんだ恐ろしい行為を、再び繰り返すつもりなのだ。

「だ、駄目だよっ!! 『本番』って、一体今度は誰を…」

精一杯の大声を上げても振り払えない、目眩がするような戦慄。由希を縛り上げるその感情の中心には天命を冒涜した恐怖よりも…死んでから片時も心を離れない、恋しい両親の姿があった。
試運転で強力な悪魔を容易く呼び寄せた装置だ。もし、由希がズシに頼めば…

60『無明の岸辺へ』 ◆GudqKUm.ok :2010/04/25(日) 01:17:54 ID:Fy8ow0Ei
「…アンジュを呼ぶんだ…」

「…アンジュ…さん?」

聞き慣れぬ名前と差し出された一枚の絵が、由希の思考を現実に引き戻した。しかしズシが描いたと思しき『彼女』の肖像は、ほとんど顔を背けた妙な構図だった。そのうえ全く不必要に緻密な背景がいかにもズシらしい。

「…幼なじみさ。ガミガミ怒るし恐いけど…本当は優しいんだ。」

柔らかくなだらかな肩の線と、意思の強そうなしっかりとした顎…由希を産み、育てた母にどことなく似た女性だった。かつてのズシと同じ世界、すなわち生者の世界に『アンジュ』はいるのだろう。

「駄目だよズシ!! ここは地獄なんだよ!? ここに来る、っていうことは…」

「…なぜ? ここはみんな優しいし、異形も人間も仲良く暮らしている。今アンジュがいるところよりずっと楽しい…」

激しい動悸のなか、突然由希の眼には作業に没頭するズシの横顔が、まるで厳かな神のように見えた。離別の苦しみや悲しみを越えられる、彼の素晴らしい力。一緒に三途の川を渡った幼い弟たちは、母との再会をどんなに喜ぶだろうか?

(…でも…それは…間違ってる…)

「…駄目っ!!」

由希は知っている。同じ地獄の小学校に通う幼くして召された友達はみな、毎日屈託なく遊び、学びながらも、眠りに就く前に必ず枕を濡らしている事を。
もし全ての亡者が未練のままに生と死の厳粛な掟を破り、愛する生者たちを地獄に呼び寄せてしまえば…

「…やっぱりいけない!! アンジュさんを呼んじゃいけないっ!!」

毅然と顔を上げた由希はもう一度叫んだ。しかし、カラカラに渇ききった彼女の喉からは、不思議そうに首を傾げるズシを説得する言葉は滑らかに出て来ない。

61『無明の岸辺へ』 ◆GudqKUm.ok :2010/04/25(日) 01:20:00 ID:Fy8ow0Ei
「…ア、アンジュさんだって…地上に家族がいるでしょ!? もしこっちに来ちゃったら…」

「…彼女は孤児だ。僕と同じように。」

にべもない答え。しかしズシは確かに由希の言葉に耳を傾けていた。彼は類いまれな頭脳の代償に少し…想像力が欠けているのだ。由希は拳を握りしめ、彼の心に届く言葉を必死に探し続けた。

「で…でもアンジュさんは…もしかしたら好きな人がいるかも知れない!!そう、いつか結婚したいなぁ…って思ってる人が!!」

思いつくまま叫ぶ由希の脳裏で、見知らぬアンジュは母の姿をしていた。父と出逢い、結ばれる前のうら若き母の姿。『クラス一の美人だった』という父の言葉は、はたして本当だったのだろうか?

「…もしかしたらもう結婚してて、そう…赤ちゃんがいるかもしれない!!」

虚弱な赤ん坊だった由希。しかし両親は惜しみない愛で、彼女を腕白な小学生へと育てた。始めは泣きながら通ったスイミングスクール。そう、いくら溺れても、決して母に飛び込んでもらう訳にはいかない渾身の力泳を、由希は今なお続けているのだ。

「…それで、それで…また赤ちゃんが産まれて…忙しくて、忙しくて…」

…その弟たちも今は、自分と一緒に『こちら側』の住人だ。由希はもう自分でもなにを言っているのかよく判らなかったが、静かに装置から離れたズシの手は、彼女の震える肩に伸びていた。

「…ちょっぴり家計が苦しくなっちゃって…お仕事へ出るために車を買って、弟たちを保育園に入れて…それ…で…」

ズシの白衣をギュッと握りしめた由希の唇から、絞り出すような涙声が途切れる。…もしかしたら最後の朝、自分たちが車内で兄弟喧嘩など始めなければ、まだ車に慣れない母は運転を誤ることなどなかったかもしれない…もしか…したら…

62『無明の岸辺へ』 ◆GudqKUm.ok :2010/04/25(日) 01:22:20 ID:Fy8ow0Ei
短くても光溢れていた十年の生涯。涙しか呼び覚まさぬ『もしも』を積み重ねても、あの眩しい日々は決して戻らない。
それならば、父母が与えてくれた不滅の魂を遥か再会の日まで磨き、誇らしく輝かせ続けよう…

「…ユキちゃん、僕の想定は、かなり甘かったようだ。視野に入れるべき可能性をたくさん教えてくれてありがとう…この装置は…壊すことにするよ…」

ズシは神ではない。しかし幼い魂の慟哭をしっかりとその心で聴きとった若い魔道士の姿は、あらゆる者が心に描く全能の存在に、とてもよく似ていた。

「…さ、ユキちゃん。危ないから…」

由希を優しく宥めながら、ズシは傍らのハンマーに手を伸ばす。そのとき泣き続けていた由希が、白衣の裾に顔を埋めたまま、小さな囁きを洩らした。

「…ね…ズシ、機械を壊す前にひとつだけ…私のお願いを聞いて…」


…カタカタ…

子供部屋の不審な物音に、佳世子はぼんやりと蒼白い顔を上げた。由希たちとの思い出が詰まったあの部屋に入るのは、この悪夢のような日々で最も辛いことの一つだ。
だが、ひょっとしたら慈悲深い侵入者が、抜け殻のような自分の生を終わらせてくれるかも知れない。
子供たちを失って以来、ずっと続いている耐え難い耳鳴りのなかそう思った佳世子は、雨戸を閉め切ったリビングを亡霊のように横切って、ふらふらと二階にある子供部屋へと向かった。

…カタカタ…カタ…

物音は、軋む階段の音に混じって続く。しかし佳世子の浅い眠りは何度、残酷な幻聴に破られただろう。…由希の、真の、拓の明るい笑い声。
しかし狂ったように彼女が駆け込む薄暗い子供部屋には、いつも寂しげな玩具たちがあの日のまま転がっているだけだった。

63『無明の岸辺へ』 ◆GudqKUm.ok :2010/04/25(日) 01:24:37 ID:Fy8ow0Ei
ドアを開けると佳世子を包み込む、子供たちの甘い匂い。胸を締め上げる、暖かい日差しのような残り香だ。そして彼女の落ち窪んだ目に映る玩具は遠い遠い倖せの化石。その中に、カタカタと震える見慣れた木箱があった。

(…ネズミ?)

由希が幼い頃に買い与え、そのあと弟たちが受け継いだ四角い積み木のセットだ。色鮮やかに五十音が印刷されたこの積み木で、由希はよく弟たちに平仮名を教えていたものだ。
箱の隙間からうっすら洩れる光に佳世子が驚いていると、木箱の振動は唐突に止んだ。
…几帳面だった由希は、いつもちゃんと順番に平仮名を並べ、積み木を片付けていた…膝をついた佳世子がそんな回想と共に手にした木箱は、なぜか驚くほど軽い。

(…由希…)

懐かしい箱の手触り。佳世子はそのとき確かに娘の息遣いを感じた。すぐそこに…由希が微笑んでいるような…
コトリ、と木箱の蓋を開いてみる。するとぴったりと詰まっていた筈の積み木は、たった五つを残して、箱の中から消え失せていた。

『あ』『い』『し』『て』『る』

何処かで、くふふっ、と由希が笑った。日々佳世子も知らぬ新しい世界を切り拓いてきた彼女が、驚く家族によく見せた得意げな微笑み。
子供たちは暗く冷たい世界にいるのではない。少しだけ遠い場所にいて、こうして変わらぬ愛を胸に、佳世子の愛し子であり続けているのだ…
やがて、茫然と積み木の文字をじっと見つめる佳世子の喉から、澱んだ闇を振り払い、冥府にまで轟くような嗚咽が迸る。
…この涙が涸れたとき、由希が残していった五つの積み木が心の穴をぴったり塞いでくれる。そうしたらもう一度立ち上がって、家じゅうのカーテンを全部開けよう…そう佳世子は思った。


おわり
64創る名無しに見る名無し:2010/04/25(日) 02:38:00 ID:+nnc6Fwl
乙でした!
国家の趨勢からご家庭の悲劇まで介入するズシは本当にすごい奴だwww
65創る名無しに見る名無し:2010/04/25(日) 03:49:11 ID:KMHeGr6E
場を沸かせた挙句普通に帰ってく全裸王子の前座っぷりに吹いたw
しかしユキちゃんはほんまエエ子や
66創る名無しに見る名無し:2010/04/25(日) 22:08:52 ID:2cAwGdyD
※現在このスレでは4つのシェアードワールドが展開されています。
 この世界、俺が盛り上げてやろうじゃん!てな方はお気軽にご参加を!

○まとめ http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html
○避難所 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/

○今週の更新
・閉鎖都市
 >>49-52 ゴミ箱の中の子供達 第7話
・異形世界
 >>前スレ488-493 白狐と青年 設定
 >>前スレ498-508 正義の定義 第2話
 >>11-17 白狐と青年 第12話
 >>36-46 正義の定義 第3話
・地獄世界
 >>前スレ512-513 地獄百景 設定
 >>前スレ515-517 地獄百景「胡蝶の夢」
 >>3-4 悪魔編(仮) 序章(NEW!!)
 >>24-30 地獄百景「無明の岸辺へ」(前編)
 >>58-63 地獄百景「無明の岸辺へ」(後編) 
67創る名無しに見る名無し:2010/04/25(日) 22:18:34 ID:Fy8ow0Ei
週間まとめ、そしていつも迅速なWiki更新乙です!!
68創る名無しに見る名無し:2010/04/25(日) 23:37:44 ID:+nnc6Fwl
週刊まとめ乙です!
こうして見ると随分お話が投下されてるな
69 ◆p3cfrD3I7w :2010/04/26(月) 00:35:19 ID:ds822f9l
温泉界へご招待〜暗黒の日曜日〜

忍者軍団の再度侵攻に備えて負傷した湯乃香たち7人の治療に当たるシオンを除いた告死天使の7人は今も厳重に部屋の周囲を警戒していた。
大部隊で攻めてこられたときに一人きりでは対抗できない可能性があるとして
2人組を3組作ることになったのだがそうすると一人あまりが出る。こういう警戒任務の場合グループは多いほうがいいのもまた事実。
そこで、一人余るそのグループには協議の結果シュヴァルツが当たることになった。彼の武器は催眠術・幻術でありこれはたとえ大人数が相手でも通じるからである。
しかし、この世界は湯乃香以外にはどういった構図になっているのかわからない。これでは適切な警備が行えないということで、湯乃香にこのあたり一帯の
地図を書いてもらい、それをもとに警備する地区の割り当てや作戦を検討することになった。単独行動を取るシュヴァルツが万が一危機に陥った時に
ほかのグループがすぐに合流できるように位置関係は明確にしておかなければならない。
さて、残りのグループはくじ引きの結果、クラウス・フィオペア、ベルクト・アリーヤペア、セオドール・アスナペアとなった。
そして、いざ任務開始となった時にリーダーのアリーヤがシュヴァルツにくぎを刺す。

「いいかシュヴァルツ。我らの中で誰よりも冷静沈着な貴様なら心配無用かも知れんが大人数の敵と遭遇したらすぐに撤退して我らに合流しろ。いいな」
「わかっておりますよアリーヤさん。私だってこの短い命をそう簡単に散らすつもりはありませんし、何よりヒカリ様が待っておられますのでね」

そうして任務は開始された。告死天使として任務に就くのは実に2年ぶり、貴族たちを粛清して以来であった。
故に、7人は全員黒装束を身に纏っている。万が一戦闘状態に突入してしまった時にも備え先に紹介した各々の武器も装備している。
こうして7人は先ほど決めた配置の通りに警備に就くことになった。一方その頃、忍者軍団長老より特命を受けたくノ一、朝霧はというと…
すでに湯乃香たちの部屋の天井にて黙々と下の様子を窺っていた。

「暁たちを追い返した告死天使とかいう集団はどうやら警邏にでているようね…ここで降りて奴らを抹殺するのもありだけど今回の任務は偵察…」

そうして朝霧は足音を全く立てずに天井を移動する。天井にところどころ備え付けられた通風口から下の様子を注意深く確認する。
湯乃香たちが傷をいやす大広間を中心としてまず扉の前にクラウスとフィオ。そこからその40畳の大きな部屋の周りを残りの3組が巡回するという
警備体制だった。それを10分ほど覗き込み把握する朝霧。そして、シュヴァルツがその通風口の真下にひとり来た時、彼は巡回のコースを外れて
どこか違う場所へ向かった。ここで朝霧はひらめく。今回の任務は偵察だが、一人くらい殺しても問題はないだろう。自分は最強の忍者なのだから。
私に狙われたことを神に恨みなさい、と朝霧は通風口を降りシュヴァルツの後をつける。彼に気付かれないように慎重かつ速く歩き、その距離をどんどん縮めていく。
そしてついに刀の間合いに入るまで近づき、鞘から刀を引き抜き背後から切りかかった。朝霧の狙いではこのまま一撃のもとに首を落としているはずであった。
しかし…シュヴァルツの首を切り落とすはずの刃は果たしてその彼の左中指・薬指・親指に挟まれ抑えられていた。
さらに朝霧を挑発するように人差し指と小指を立てて左手を狐の顔に見立てる。唖然とする朝霧にシュヴァルツは冷徹に言った。
70 ◆p3cfrD3I7w :2010/04/26(月) 00:37:30 ID:ds822f9l
「先ほどの赤装束といいあなたといいどうやら忍者は卑劣である必要があるようですね…その手の方たちには私も容赦なく行かせていただくを得ないのですが?」
「…いつから気付いていたの?」
「最初からです。だからこそあなたをおびき寄せるために一人こうして別行動を取ったのですよ」
「大した自信ね…だけどこう見えても私、結構強いのよ。素手であるあなたに勝ち目があると思う?」
「ご心配なく。私の武器はこれですから」

と言って彼は何かそうたとえるならば蛇の鳴き声のように言語とも思われない言葉を囁いた。すると突然朝霧の全身から力が抜け、その場にしゃがみ込んでしまう。
それでも刀の柄から両手を離さずにいる姿は健気である。しかしなお蛇の囁きをやめないシュヴァルツの前についに倒れこんでしまう。
朝霧から刀を奪いその刀で彼女を殺すかと思われたが、彼は左手で刀を持ち右手をパチン!と鳴らす。その刹那、朝霧の閉じられた瞼が開く。
なにが起きたかもわからぬまま朝霧は目の前の大男を見やる。

「さて、わかっていただけましたでしょうか。私の武器を」
「…なぜ私を殺さなかったの?情けをかけたつもり?」
「あなたの精神に潜入したときに読ませていただきました。あなたには産まれたばかりのお子さんがいらっしゃいますね。だからですよ」

と、シュヴァルツは左手の刀を柄の部分を朝霧に向ける。困惑する朝霧にシュヴァルツはただ一言言うのだった。

「あなたの物でしょう。お返しいたしますよ。あなたとはまた会うことになるでしょうから自己紹介をしておきましょう。シュヴァルツ・ゾンダークと申します」
「…朝霧よ。朝に出る霧のように姿がつかめないような忍者になって欲しいという思いを込めて私の両親は名付けたみたい。よろしく…とは言えないわね」
「それならば私の名の由来もお教えしましょう。異国の言葉で暗黒の日曜日という意味です。『シュヴァルツ』が暗黒で、『ゾンダーク』が日曜日」

そして、朝霧はシュヴァルツから刀を受け取る。このまま今度こそ切りかかるという考えも一瞬だけ脳裏をよぎったが、すぐに立ち消えた。
自分と自分の子供のことを考えてその命を奪わなかった、そんな優しさを持つ男を殺すのはあまりにも忍びないし、何より背後から切りかかって
殺せなかった相手を正面からどう殺せと言うのか。刀を鞘におさめ、朝霧はその場を走り去った。その後ろ姿を眺め、シュヴァルツは思う。
―私もまだまだ甘いですね。2日後には忍者軍団が総攻撃をかけてくるというのに実力という点でその頂点にいる方を逃がすなんて。
そう、シュヴァルツが先の催眠術で読んだのは彼女に子供がいるということだけではない。2日後に忍者軍団が総攻撃を仕掛けるという情報も一緒に読んだのである。
湯乃香たちの傷が治るのは早くても3日後。さて、どうしたものかとシュヴァルツはみんなの元へと戻るのだった。

投下終了です。彼のように告死天使各メンバーには名前の由来がありますので、こんな風にお話のなかで
明らかにしていきたいと思います。
71創る名無しに見る名無し:2010/04/27(火) 01:40:55 ID:/l4Tin/O
温泉で忍者と革命戦士がガチバトルって、テラカオスでスバらすぃと思います。
水遁(湯遁?)の術とか使うんですかね?w
72創る名無しに見る名無し:2010/04/27(火) 20:00:17 ID:5t14Ff4C
さて、相変わらずタイミングのずれた感想投下

>ゴミ箱
くそう、ゲオたんの気も知らずに!
でも知らなければそういう態度になるのも当たり前なのかもね
つかゴミ箱さんは本当にキャラを増やすタイミングが上手いw

>無明の岸辺
地獄でのベリアル知名度はかなり上がったんじゃないかw
今後の関係がどうなっていくのか気になる
しかしユキちゃんはほんまええ娘やで……

>温泉シュヴァルツ
脱力感を与えたことではなく、結果戦意を喪失させたことがシュヴァルツの本意とみたがどうか!
>たとえるならば蛇の鳴き声のように言語とも思われない言葉
わからんwwww

>避難所482
ロリ姉なにやってんすか、てかほんとまっちゃん誰だよw
代行依頼がなかったのでそういう意図かと思ってるのだけど、必要なら言ってね!
73創る名無しに見る名無し:2010/04/28(水) 17:09:34 ID:WwWAx3ze
乙でした!
総攻撃時の戦いが楽しみでなりませんな!
74 ◆p3cfrD3I7w :2010/04/29(木) 00:35:07 ID:kpUlDwqy
>72
彼の催眠術のイメージとしては、映画「ハリー・ポッターと秘密の部屋」でマルフォイと決闘した
時にハリーが蛇に対して使ったパーセルマウスを想像していただきたいですw
75ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市(代理):2010/05/01(土) 23:06:00 ID:hjYyjCss
8-1/7

 夜の閉鎖都市。子供の就寝の時間を過ぎてもなお爛然と光を放つビルの一室で、ゲオルグは電子ペーパー
と向き合っていた。淡い光を放つ有機EL製のモニタにタッチペンを走らせてなにやら細かい報告書を書いている。
それはひたすらに非常召集を待ち続けるだけの"子供達"の待機任務の一幕であった。

「あーめんどい」

 ゲオルグの対面の机でアレックスが吼えた。彼もゲオルグと同様に電子ペーパーを広げて書類業務だ。有機EL
とにらめっこするのは飽き飽きしたらしい彼はボールペンをくるくる回しながら天井を睨んでいる。

「そういやさ、兄サン」
「なんだ、だしぬけに」

 無視を決め込みひたすら自分の業務をこなしていたゲオルグに突然アレックスが話しかけてきた。

「俺達の肩書きって"ブラックシーヒューマンコンサルティング"の社員だよね」
「そうだが」

 ブラックシーヒューマンコンサルティング。名前だけでも十分に胡散臭いが、実態はもっと胡散臭い。というのも
この会社は"子供達"の隠れ蓑として作られたペーパーカンパニーであり、"子供達"の人員が社員として登録
されているだけで、営業実態はまったくないのだ。

「でも兄サンってたまに孤児院の職員って言うときあるけど、どうして?」

 アレックスの疑問に、ゲオルグはどきりとした。
 規律にうるさいゲオルグは基本的には自分をブラックシーの社員だと名乗っている。だが、時として孤児院の
職員と名乗ることがあった。ブラックシーの社員と名乗れと聞かされ続けていたアレックスが、当の本人が別の
名乗り口をあげているのを疑問に思うことは当然であったかもしれない。
 動揺を収めるように一息ついてからゲオルグは話し始めた。

「孤児院関係の場合だな。わざわざ孤児であることを言いふらすよりも、職員と名乗ったほうが体面も良いし、
 なにより面倒が少ない」

 話しながら、ゲオルグはかつて孤児だと名乗っていたころのことを思い出していた。
 目が変わるのだ。たとえそれまでどんなに親しげに話をしていようと、自分が孤児であることを持ち出すと、会話
していた相手の眼差しが一変するのだ。それは憐れみだった。両親がおらず施設で育ったことへの憐憫の情だった。
 ゲオルグはそれが嫌でたまらなかった。憐憫の眼差しはまるで自分が不幸であるかのように言っているように
思えたからだ。ゲオルグ自身は決して孤児であることを不幸であると思っていないし、孤児院育ちであることを
恥ずかしいとも思っていない。だからこそ、不幸であれ、恥ずかしくあれという世間の押し付けが不愉快でならな
かった。
 だが、一人が抗ったところで世界の常識など変わるはずもない。結局ゲオルグは自らを孤児だと称さないという
形で世間との折り合いをつけるに至ったのだった。
76ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市(代理):2010/05/01(土) 23:07:16 ID:hjYyjCss
8-2/7

「なるほどねー」

 そんなゲオルグの葛藤を知らない風なアレックスはただただ感嘆の声をもらした。その能天気な態度にゲオルグ
の心はいくらか苛立つ。だがそこは大人らしく苛立ちを心の奥に収めたゲオルグは書類仕事を継続した。

「このまえの病院の人たちって本当に告死天使かな?」
「このまえっていつの話だ?」

 唐突に話が変わった。話の内容が見えないゲオルグはアレックスに聞き返した。

「ほらほら、この間の、赤ちゃんが捨てられてたって聞いて、ついていった病院の人たちだよ。なんか集まって告死
 天使がどうの言ってたじゃん」

 ゲオルグの問いにアレックスは空をつつきながら返答する。赤ん坊が捨てられていたというところで、ようやく
ゲオルグは合点がいった。
 ある休日、いつものようになじみのケーキ屋で孤児院のためにケーキを買いにいくと、見慣れぬ一団が深刻
そうな表情で店長と話をしていた。店長とは顔なじみとなっていたが、そこに触れてはならぬデリケートなものを
感じたゲオルグは店長とは距離を置き、不安げな表情を浮かべる店員と適当な言葉を交わしながらいつも通り
会計を済ませようとした。だが、いつもどおりケーキを手にしようとしたところで店長から不意に呼び止められた
のだ。

「赤ちゃんが捨てられてたんです。一緒に来てくれませんか」

 いつになく真剣な表情を浮かべる店長の願いを断れるはずもなく、ゲオルグは赤ちゃんが収容された病院に
向かったのだった。
 かくして到着した病院で店長を含めさらに数を増やした謎の一団は確かに告死天使がどうのこうの話し合って
いた。

「違うだろう。本当だったら"ヤコブの梯子"の人間が放っておくはずがない」

 ゲオルグは頭を振って否定した。
 "ヤコブの梯子"とは閉鎖都市の中心にそびえる、閉鎖都市政庁を内部に納めたハイパービルディングの俗称だ。
表面のミラーガラスによって日の光をきらきらと反射させながら雲を貫いて地にそそり立つ様は、天から伸びる
薄明光線、まさに"ヤコブの梯子"だ。
 文字通り雲の上に位置する政庁ビルの上層部には、閉鎖都市議会議員や政庁役員など俗に貴族と呼ばれる
人々が暮らしている。かつて告死天使によって彼らの多くが殺されており、それ故に彼らは告死天使を恨んでいる
はずだ。だが、閉鎖都市の官僚機構を牛耳る彼らですら捕まえられないのだから、告死天使とは極めて厳重に
隠されている存在のはずだ。自分達がおいそれと知ってしまえるような存在ではないのだ。
77ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市(代理):2010/05/01(土) 23:07:58 ID:hjYyjCss
8-3/7

「そうかなぁ」

 アレックスは唇を尖らせて反論する。しかしゲオルグは興味ないと言いたげにかぶりを振って話を打ち切った。
 ゲオルグは告死天使の存在をそもそも信じていなかった。告死天使がすっぱぬいた貴族達へのスキャンダルも、
ゴシップ誌の与太話と考えていた。理由は一つ。自分達への出動要請がなかったからだ。
 貴族達は毒ガスを持って廃民街の浄化をもくろんだ。その計画は廃民街に根拠地をおく"王朝"にとっても看過
できるものではなかったはずだ。閉鎖都市の地区を丸ごと滅ぼす大規模な計画を"王朝"の情報担当が気づかない
はずがないのだ。そして本来ならば我々"子供達"の手によって計画を頓挫せしめるはずではなかったのか。
 だが、告死天使による殺戮の夜が過ぎても"子供達"に出動命令はおりなかった。情報担当は最後まで貴族達
の企みを見抜けなかった。否、そもそもそんな計画などなかったのだ。ゲオルグは"王朝"の情報網に全幅の
信頼を寄せていた。その情報網ですら捕らえられなかったのならば、それは最初から存在しなかったからに他
ならないのだ。
 しかし、ゲオルグは考える。貴族達への虐殺は事実ではないのか。報道された貴族達の死は告死天使の存在
の証明ではあるまいか。
 えもいわれぬ感覚が、ゲオルグの背中を走った。
 ふと思い至ったゲオルグはタッチペンを滑らせると電子ペーパー上でメーラーを起動した。プルダウンするメール
アドレスをスクロールさせゲオルグはあるメールアドレスを探し当てた。それは孤児院の古い兄弟のアドレスだった。
 アドレスの主はどこまでも素直で、どこまでも不器用で、それでいて勉学の点数はスバ抜けてよい奴だった。
愚直という言葉がぴったりと当てはまる人間だった。自らの長所である勉学に励んだ彼は奨学金を利用して大学
に入り、果ては官僚試験に合格したのだった。現在は"王朝"とは関係のない"ヤコブの梯子"の最下層で、末端
役人として日々まじめに働いているはずだ。
 仮想キーボードを起動し、机上に投影されたキーを叩いてゲオルグはメールの作成を行う。内容は告死天使の
存在の垂れ込みだった。告死天使の会合の情報を虚実とりまぜてでっちあげ、噂話として相手に話す。メールを
書き終え、内容の確認をしているところでゲオルグは自分を突き動かすものの正体を悟った。
 恐怖だ。"ヤコブの梯子"での貴族達を殺戮した圧倒的な実力に対する畏怖と、それだけの声望をもちがなら
存在を感知できないという見えないものに対する恐怖。心の奥地で胡乱な闇をまとい唸り声を上げる恐怖の塊
をまじまじと見つめたゲオルグは息を呑んだ。
 程なくして我に返ったゲオルグは改めてメールを見直すと送信せずに消去した。
 まだだ、まだ怖がるところじゃない。告死天使に手を打つにはまだ早すぎる。彼らと"ヤコブの梯子"の住人とを
互いに喰わせあうのは、彼らが"王朝"、"偉大な父"に牙を向けたときだ。それまでは告死天使は敵ではない。
怖れる必要などないのだ。
78ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市(代理):2010/05/01(土) 23:10:46 ID:hjYyjCss
8-4/7

 メーラーを終了したところでゲオルグはアレックスが押し黙っていることに気づいた。やけに神妙な面持ちで
俯いたまま、机の一点をじっとにらんでいる。

「どうしたアレックス」

 ゲオルグの問いにアレックスの返答はない。無反応であることに心配になったゲオルグがもう一度声をかけようと
思ったところでようやくアレックスは口を開いた。

「ねえ兄サン、病院の人たちが見つけてきた子、捨てられてたっていってたよね」

 机の一点を見つめたまま、アレックスは呟く。

「どうして簡単に捨てられるのかな。子供なんだよ。おもちゃとは全然違うのに」

 吐き出すように語るその内容は、世に対する憤りだった。相手を見失いあてどもなく振り回される怒りの刃に、
ゲオルグは言葉をなくす。
 理由があるのだ、などという当たり障りのない言葉をゲオルグは掛けられなかった。理由がないことなど分かって
いたからだ。孤児院に捨てられるの子供の多くがそうであるように、アレックスがそうであるように。
 アレックスの生は孤児院ではほぼ典型例とも言うべきパターンであった。売春婦が仕事上の理由で孕み、生み、
そして捨てた。それだけだった。そこにドラマチックな葛藤というものは存在しなければ、当然わが子に対する愛情
などという生易しい感情も存在しなかった。売春婦がアレックスを捨てた理由は純粋な経済的な不必要性でしか
なかった。
 つまりは、自分達はデパートで並べられた玩具と大差ない――否。一時的ではあれ人々の欲求をくすぐった玩具
たちと比べれば、自分達は仕事の過程で生まれた産業廃棄物にすぎないのだ。それ故に捨てられるということは
物が下に落ちる重力の理と同じように当然のことなのだ。当然のことであるがために理由など存在しないのだ。
 ゲオルグ達の存在価値の根本を揺るがす現実がそこにはあった。慰めの言葉は全てその冷酷無比な現実の
打ち砕かれて、消えた。掛ける言葉を失い、ゲオルグは己の無力さに打ちひしがれながら押し黙るほかなかった。
79ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市(代理):2010/05/01(土) 23:11:26 ID:hjYyjCss
8-5/7

 沈鬱な空気が室内を淀んだちょうどそのとき、詰め所の扉が大きな音を立てて開いた。

「オーッス。どうしたんだ兄貴、アレックス、なんだか辛気臭いぜ」

 男の何も知らぬ能天気な声が、室内の沈鬱な空気を押し出していく。筋骨隆々で髭面のまるで熊を思わせる
ような大男がそのままどかどかと大きな足音をたてて詰め所に入ってきた。男のまくった袖から覗く汗で輝いた
太い腕に、室内の気温と湿度それと輝度がそれぞれ3目盛りほど上昇したような錯覚をさせる。
 助け舟であり、そうでないような、なんとも複雑な感情がゲオルグの中をよぎる。ともあれアレックスに対しては
しばらくそっとしておくと決めたゲオルグは、何も知らぬ大男に顔を向けた。

「ウラジミールか、なんでもない、気にするな。そっちこそどうした」
「ポープ兄貴の手伝いが終わったんだ。報告書はメールで送ってあるってさ。でさ、兄貴、俺は一息ついていいかい」
「ああ、構わん。適当に休んだら、今度はミシェルの手伝いをしてくれ、地下の倉庫で被服の点検をしているはずだ」
「了解」

 ゲオルグの言葉にウラジミールは軽い喚声を上げ、上腕を振り上げた。丸太のような太い腕をじっとりとぬらして
いた汗が飛び散り、蛍光灯の明かりを反射してきらきらと輝く。
 ウラジミールは筋骨隆々な外見通りの筋トレマニアだ。鉄アレイと鳥ささ身があれば生きていける部類の人間だ。
熊を思わせる濃い髭も相まって、どこからどう見ても30代のおっさんなのだが、これでアレックスとの年の差が1つ、
班で2番目に若いのだから世界は驚きで満ち溢れている。班では突入手を担当しており、重い破城槌や指向性
爆弾を担いで任務をこなしている。
 ウラジミールの底抜けない明るさに頭痛にも似たまぶしさを感じてながら、ふとゲオルグは背後でウラジミール
とは別の息遣いを感じ取った。振り返れば眼鏡の奥で申し訳なさそうに下げた眉が目に入った。
80ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市(代理):2010/05/01(土) 23:12:42 ID:hjYyjCss
8-6/7

「チューダーじゃないか、どうした、何時からそこにいた」
「ウラジミールと一緒に入ってきたんだけどな」

 消え入りそうな顔でチューダーが呟く。その言葉の中に皮肉めいた棘を感じ取ったゲオルグは、気づかなかった
とすぐさま謝った。兄の謝罪にチューダーは気にしなくていいと笑う。だがその笑顔はどこか悲しそうであった。
 眼鏡に長髪の彼は見た目どおりのギークで班の通信手を務めている。大抵のことはそつなくこなし、管理者の
ゲオルグからみれば非常にありがたい人材だが、そつなくこなしすぎる点と、押しの弱い彼の性格が相まって、
しばしば存在を忘れてしまうきらいがあった。自らの存在感の薄さにとうの昔に折り合いをつけた彼は、存在を
忘れ去られても怒ることも嘆くこともせず、こうやってさびしげに笑うのだった。

「で、どうした」
「頼まれてた無線機のことなんだけど、僕じゃあどうしようもならないね。修理班に送らないと」

 通信機材管理も担当しているチューダーにゲオルグは調子の悪かった無線機の点検を依頼していたことを
思い出した。
 そうか、修理班に送らないとだめか。煩雑な書類仕事を思いゲオルグは小さなため息をつく。

「分かった。帳簿の変更と修理の申請、予備機材使用の申請書を書いてくれ」
「分かりました」

 チューダーは頷くと、自分の席につき、引き出しから端末を取り出した。これから電子書類の作成に入るのだろう。
 全ての業務をチューダーに放り投げたわけではなかった。作成した書類の査閲、承認をするのは管理者たる
ゲオルグの仕事だ。それにウラジミールに手伝わせたポープの武器点検の報告書も見なくてならない。ゲオルグ
は増えた仕事を憂い、目頭を軽く揉んだ。
 メールチェックを終え、メールに添付されていたポープからの報告書を読んでいると突如外から乾いた破裂音が
響いた。ぱぱぱぱぱ、と破裂音は連続する。
 これは銃声だ。
 ゲオルグが顔を上げるとちょうど詰め所の電話が鳴った。2コール目に入る前に電話番のアレックスが飛びついた。

「兄サン、西通りのバーが銃撃を受けてるって」

 ゲオルグは躊躇わずに机の脇に設置してある非常召集ベルのスイッチを押した。
81ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市(代理):2010/05/01(土) 23:13:30 ID:hjYyjCss
8-7/7

 ゲオルグたちがバーに到着したときには全ては終わっていた。銃声は夜の闇の中に吸い込まれ、野次馬の
ざわめきばかりが響いている。アレックス以外の部下を散会させ、周囲の警戒に当たらせると、ゲオルグは野次馬
の人ごみに分け入り、件のバーに向かった。バーの壁面はところどころ抉られ、白い建材を生々しく晒している。
窓ガラスは粉砕され道路に飛散した破片はまるで血黙りのようだ。ガラス製だったためか窓と同じく粉砕され、枠
だけが残ったた扉の前では髭を生やした中年の店主が怯えた様子で佇んでいた。ゲオルグが店主に声を掛ける
と店主は安心したように顔を緩ませた。

「何があった」
「突然銃で撃たれたんです。店の前に赤いセダン車がとまったと思ったら、車の窓から銃を向けて、そのままダダダッ。
 驚いて床に伏せていたらいつのまにかどこかにいってしまいました」
「負傷者は」
「いません。客も店員も全員無事です。ただ、店の外装がご覧の通りひどいありさまです」

 話を聞いたゲオルグは死傷者がいないことに安心半分、あきれ半分であった。車内からの銃撃という及び腰の
襲撃には気抜けするほかない。自分達ならば店内に突入し、動くものがいなくなるまで徹底的に銃撃をする、
そうしてきたという自負がゲオルグにはあったからだ。

「兄サン、これ」

 店主から一通り話を聞き終えたところでアレックスが小さい筒状の物を差し出した。真鍮製らしい金色の鈍い
金属光沢を帯びるそれは、薄い筒状になっており片側の端には細い溝が円周上に彫られている。そこを底として
伸びる円筒は上に伸びるにつれてゆっくりと窄まっていた。その収束は先端に近いところで一時強くなり、ビンの
首のような段差を作っている。
 とどのつまりそれは薬莢だった。それもゲオルグ達が普段使用する短機関銃の短く首のない円筒状の薬莢とは
形状を大幅に異なるものだった。

「これって自動小銃のだよね」
「ああ」

 自動小銃を使う組織にゲオルグには一つ心当たりがあった。だが、確定したわけではない。ゲオルグは薬莢を
存在を確かめるように握り締めると、胸ポケットへと滑り込ませた。
 彼方からパトカーのサイレンの音が響く。遅かったなと感慨深げに息をつきながら、ゲオルグはその場を後にした。
82創る名無しに見る名無し:2010/05/01(土) 23:21:34 ID:hjYyjCss
というところで代理投下終了

ゲオルグさん繊細だなあ……色々と思いつめなきゃいいけども
そういえば貴族、というか貧民街以外の閉鎖都市の描写をほとんど見ない
中心街はどのような発展の仕方をしているのかも今後ゲオルグたちが事を進めて行くうちにわかるのかなと期待しつつ
83 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/02(日) 00:42:48 ID:FZo7n4uO
ゴミ箱の中の子供たちについに告死天使登場ですか。感激の極みです。ところで孤児院の子供たちの
年齢層はだいたいどのようになっているのでしょうか?10歳くらいの子供たちばかりなのか
それともモニカやドラギーチのように高校生くらいの子供たちも結構いるのでしょうか?

次の話は告死天使のあるメンバーの心情を孤児院にスポットを当てて描きたいと考えていますので
できるだけ明確にしておきたいのです。
84創る名無しに見る名無し:2010/05/02(日) 07:41:24 ID:rx9GdiBi
代理さん共々乙です!!
おそらくは全シェアで最も非情そうな権力集団『梯子』
果たして三つ巴の決戦は勃発するのか?
85 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/02(日) 22:51:06 ID:FZo7n4uO
書けたので投下しますが、前提条件として2つ挙げておきます。

告死天使たちはゲオルグがクラウスの父の敵だということを知らない。
また、ゲオルグも彼らが告死天使だとは知らない。

温泉界へご招待〜シオン・エスタルク

「それは確かかシュヴァルツ?まあ貴様が催眠術を仕掛けて読んだのであればまず間違いあるまい。まずいことになったな…」

場所は件の大広間。朝霧とのやり取りを終えて戻ってきたシュヴァルツは残りの6人をこの大広間に集めて忍者軍団が2日後に総攻撃を仕掛けてくるという
情報を報告したのである。湯乃香たち7人の傷が癒えるのはどんなに早くても3日後。シオンの話では傷というのは人間が本来持っている自然治癒力で治すものであり
傷薬はそれを手助けしているに過ぎない。これ以上強力な薬を添付すれば身体に却って負担がかかってしまうのだとか。
忍者軍団の全兵力は未知数だがいずれにせよ手負いの7人を守りながらおそらくは数十人を数えるであろう忍者軍団を相手取り戦うのはいかな告死天使といえども
苦戦は必至であった。何より、7人を危険にさらすことになる。しかし、裏を返せば忍者軍団は現在その総攻撃のための準備に勤しんでいるはずである。ならば―

「取るべき策は一つだ。奴らが総攻撃を仕掛けてくる前に我ら告死天使がこちらから出向き叩き潰すのみだ」

攻撃こそ最大の防御。総攻撃を仕掛けられる前にこちらから奇襲をしかけて忍者軍団を壊滅させようというのだ。
幸い、忍者軍団のアジトの場所もシュヴァルツの精神感応により特定できている。湯乃香に温泉界全域を把握できる大きさ6畳にもなる
地図を用意してもらう。現在地である大広間から南東南およそ5km地点に忍者軍団のアジトは構えられていた。
しかしそんな長い距離もこの地図の上ではほんの数センチでしかなく、この温泉界がいかに広大であるかを物語っていた。
その地図をもとに作戦会議を開始する。まず、敵のアジトの位置を地図上に書き記す。奇襲をかけるならば正面から8人全員が突入するのではなく、一人ずつ
別々の場所から侵入し、敵の戦力を分散し各個撃破してゆくのが理想だろうという結論に至った。
だが、もしもこの奇襲作戦が失敗すればいよいよ忍者軍団が総力をあげてこの温泉界を制圧にかかるだろう。そうなれば、いまだ手負いである湯乃香たちは
なすすべもない。しかし、ここで動かなければどのみち2日後に総攻撃を受け制圧されてしまう。ならばたとえこの策が諸刃の剣であろうとも、
今動くしかないのである。アリーヤが告死天使のメンバー全員を集めて円陣を組む。そして、任務にあたる際、事前に必ず行うという儀式を始めるのだった。

「悉く者の創造主たる我らの主よ、主の下僕たる我ら告死天使に主のご加護を与え給え。そしてこの戦を勝利に導き給え。神の御名に」

そしてついに作戦開始の時刻が迫ってきた。戦いの地へと赴く告死天使を温泉界メンバーを代表して湯乃香が餞別する。

「みんな絶対無事に帰ってきてね。みんなが帰ってきたらとっておきの温泉を用意してあげるからね」

そして、握手を交わしてゆく温泉界メンバーと告死天使たち。その中でも敬虔なキリスト教徒であるシオンは握手だけではなく一人ずつ抱擁とともに
彼らの頬に口づけた。天野翔太ら男性陣は彼女のキスに顔が真っ赤になっていた。
彼女がキリスト教を信仰するのには理由がある。彼女の父であるイスカリオテ・エスタルクが狂信的なまでにキリスト教を信仰し、
24年前に産まれた実の娘にキリスト教の聖地、エルサレムの歴史的地名である『シオン』の名をつけるほどであった。
そんな父親のもとで育てられた人間がキリスト教を信仰するのは自然の摂理である。ちなみに父は45歳といまだ存命だが親子関係は破綻してしまっている。
父・イスカリオテは告死天使の一員であるシオンを文字どおり神から遣わされた天使として絶対的に崇拝しているからだ。
シオンと顔を合わせようものなら彼は額を地につけて跪き顔を全く上げようとしないのだ。
86 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/02(日) 22:56:31 ID:FZo7n4uO
シオンはこれについて、

「心の問題は私の医術ではどうにもならないな。シュヴァルツ君にでも治してもらおうか。無駄だろうがね」

と語っている。そんな親子関係に絶望しているシオンには憧れているものが一つある。聖ニコライ孤児院の子供たちである。
彼らはみな孤児ではあるがみな幸せそうに暮らしている。一か月に一度の定期検診に窺う時はいつも生き生きとした子供たちの顔を見ることができ
その様子にシオンの顔もおのずと綻ぶ。そして思うのだ。ゲオルグやイレアナたちという素晴らしい保護者にめぐり合うことができた彼らは本当に幸福だと。
それを証明するものの一つにこんなデータがある。子供たちの健康診断の結果だが、どの子の健康状態も極めて良好なのである。
もちろんたまには風邪をひきシオンの病院にゲオルグやイレアナに引き連れられてやってくる時もあるが、扁桃腺の状態と鼓動を確認し、
あとは風邪薬を処方するだけで1,2日安静にするだけで治るのである。診療も終わり、ゲオルグやイレアナと話す機会がたまにあり、その会話の中でシオンは
ゲオルグもまた孤児であることを知った。しかし、シオンはそんな彼にも一切同情や憐憫を覚えることはなかった。
歪んだ親に歪んだ教育を受けるよりは、孤児院で真っ当な教育や保護を受けるほうがよほどマシだとシオンは思っていたからだ。
彼らなら私のように暗い性格になることはない。告死天使のメンバーにたとえるならばフィオのように明るくその明るさはこのスラム、ひいては閉鎖都市全体を
照らして行ってくれることだろう。その希望の光の源を絶やしてはならないと、あの日、赤ちゃんをゲオルグ達に引き渡した後、告死天使8人だけで集まり
あることを提案したのである。様々な形で聖ニコライ孤児院を支援していくこと、そしてこのスラムが再び有事に巻き込まれた際には全力を挙げて
孤児院を守ること、である。この提案にアスナ、クラウス、セオドール、シュヴァルツ、フィオはすぐに賛同してくれたが、
アリーヤとベルクトは感情移入しすぎだと反論したが、アリーヤは13歳のときに親を殺され孤児になったところをケビンに引き取られ、
ベルクトは11歳の時に親に虐待を受けていたところをケビンに助けられた。そんな自らの過去を思い出し、アリーヤとベルクトも賛成に回るのだった。
具体的な方法として、シオンは子供たちの診察費の全額免除、アスナは自分のケーキショップ、『ブクリエ』のケーキを50%オフ、シュヴァルツは資金援助、
セオドールはブルー・スカイハイの無料ライブと様々な楽器を用いた無料音楽教室、フィオは自警団第一課課長として孤児院の警備、
クラウスはセフィリア、アリーヤ、ベルクトたちと劇を演じることが決まった。ゲオルグにこれらの案を持ちかけたところ、
そこまでしてもらう義理はないと断られたが、シオンたちの師であるケビンは生前聖ニコライ孤児院のことを気にかけていた。そこでシオンはこう切り返すのだった。

「実は今は亡き私たちの大恩人が生前あなたたちの孤児院のことを随分気にかけていたんだ。私たちはその遺志をついであなたたちを助けたいのだ」

シオンのこの言葉にゲオルグも折れ、この提案を飲んでくれた。そしてこれから先これらを実行するためにもこの戦い、絶対に負けられない。

「信頼しているよ。グランシェ、ルシェイメア」

シオン・エスタルク。絶対に負けられない彼女の戦いが、今始まる。
87避難所より代行:2010/05/03(月) 18:31:39 ID:GBFJDHBh
>>83
孤児院では下は新生児から、上は高校、大学までまんべんなく暮らしています。
彼らは全員が"子供達"に編入されるわけではなく、少なくない数が堅気の世界で誠実に暮らしていきます。
また、イレアナのように大人になっても孤児院に残り、職員となって働く子供もいます。
規模は各年代が10人前後でだいたい200人超のわりかし大きな施設になっております。
以上が孤児院の設定になります。
88避難所より代行:2010/05/03(月) 18:35:38 ID:GBFJDHBh
閉鎖都市系、どちらも投下乙です!!
関連して質問ですが、ニコライ孤児院は乳児期から以外の受け入れは可能なんでしょうかね?
89創る名無しに見る名無し:2010/05/03(月) 19:45:47 ID:GBFJDHBh
>ゴミ箱
襲撃の真相が気になる……
告死天使ともいつかカチ合うんだろうなあ

>温泉シオン
なんかシュヴァルツなら親父治せそうな気がするけどw
深刻な展開なのに何故か温泉界というのが良いw
90代理:2010/05/04(火) 00:42:54 ID:8hlwEa2Q
色々仕込みすぎて間があいてしまいました
今回は本当に色々ごめんなさいしなくちゃいけない内容です
それでは投下します。宜しければ代行お願いいたします。
91正義の定義(代理):2010/05/04(火) 00:44:09 ID:8hlwEa2Q
因みに投下は正義の定義です


まえおき

今回の話には「白狐と青年」及び「異形純情浪漫譚」のキャラクターが
出たりでなかったりします。作者様並びに、関係者一同、
深くお詫び申し上げる次第でございます。ほんと私なんぞ書かせて
もらっているだけで多大な迷惑がかかっているにも関わらず今回
このような暴挙に出たのは一体どういう風の吹き回しか嵐山か
私も存じ上げないわけで、酷い茶番になるやもしれませんが、
批判は最後までとっておいてくだせぇ!と言うことで、しがない名無しの
言葉をおわらせてぇいただきやす…
92正義の定義(代理):2010/05/04(火) 00:45:04 ID:8hlwEa2Q
 「なー裳杖」
 「何ですか、青島先輩」
 「…トエルって、やっぱりあの部分も造形されてんのかな〜?」
 「…しょうもない事考えないでくださいよ…」
 「いわば…シュレティンガーの股間…!」


第四話
   ―「電子幼女は吸血鬼の夢をみるか?」―


―前回のあらすじ
オチが
無駄に
重い

日本の偉人…特に世界大戦時代の偉人なんていうのは案外知られていない人が多い。東郷平八郎とか、乃木希典とか。
フィンランドには東郷ビールという東郷提督を讃え作られたビールがある。なぜ彼らが東郷提督を称えるかと言うと
ロシアのバルチック艦隊を圧倒的戦力差の中見事打ち破った事が結果的にフィンランド独立に繋がったからである。
教科書にも載っている人物ですが、2、3行で語られるのはいかがなものでしょうか?乃木将軍のよくぞしんでくれた〜
のエピソードも時代の残酷さを教える良いエピソードなんだけど、行が足りないから気になる人はググッてくりゃれ。つまり今回の話はバルチック艦隊みたいな強大な敵にも度胸と知恵と根性さえあればなんとかなるんじゃね?ってそんな話だよ!

コンビニで異形とポーカーして負けた腹いせにボコったのが前回のお話。村娘の名前が「サキ」だったのは直前にネリコ3やってい
たからだとか。世間では裸族の祭典とか言われてるけど俺は好きだ!そういえばシェアスレのキャラは脱ぐ事が多いって言われ
てるけど、逆に脱がない方がおかしいと考えればどうって事は無かった。裸で何が悪い!その常識という殻を脱ぎ捨てろ!
さぁ、ハリィ!ハリィ!ハリィ!温泉界は君を待っているぞ!葉っぱ一枚あればいい!生きているからラッキーだ!


それでは、今回のお話…
93正義の定義(代理):2010/05/04(火) 00:46:23 ID:8hlwEa2Q


 「今回は要人護衛の大仕事だ、現地で待ってっからよ、さっさと来いよ」
 なんて炎堂からの連絡が入ったのが先刻九時。冴島を中心とした青島、裳杖、陰伊、トエルは夜道を往く。目的地はとある自治体
の主要拠点たる建物。空に浮かぶ下弦の月が紡ぎ出す今宵の夜は、驚くほど静かで不気味だった。ひんやりとした空気が体全体
を包み込む。陰伊は、もっと厚着してくればよかったなと後悔した。
 びゅんびゅんとスケートを滑るように進む冴島一行。今回、車移動ではない理由は彼らの足にある。先日、デバイスのアップ
デートにより「ホバリング」という機能が追加された。何でも地から足を数センチ浮かせる事により、どんな地形でもバランスを崩す
ことなく歩行することができるという機能なのだとか。これを試すために一行は車なしで目的地へと向かっているようで。滑るように
移動する彼らのその様子は、一見してみれば可笑しな、物騒な集団にしか見えない。
 「いやー、結構便利っすね〜このホバリングてやつは」
 青島はホバリングの使い心地に大方満足しているようだ。一度蹴るようにすれば30歩分の距離位は移動できる。これは大変
移動を楽にしてくれるものであった。一方、陰伊はまだホバリングに慣れないのかおぼつかない足取り。膝がギクシャクしていたり
腰が引けたりしている。そんな彼女を心配してか先頭を行く冴島は移動速度を落とした。
 「すいませんっ…どうも動きづらくて…」
 隣にまで下がってきた冴島に陰伊は自分が足を引っ張っていることを謝った。すると冴島は
 「良いのよ。私だってぶっちゃけ転びそうで冷や冷やしているんだから」
…と、フォローを入れてやるのだった。流石にこのメンバーで最年長なだけはある。冴島はニコリと微笑み前衛へと戻っていく。
陰伊は幾分気持ちが軽くなったようで、動きも少し緩やかになった。

 「ふぇー、こんなよるにそとロケとかついてない!」
 「外ロケって…なんだ?」
 「ふぇ!そとロケはそとロケ!ふぇふぇ!」
 移動中、退屈になったトエルは裳杖に話しかけていた。裳杖はそれに片手間程度に付き合っていた。
 コンクリートのひび割れた道を一行は進む。車一つ通ってはいない公道。両脇には山々が広がる。月明かりに照らされて
夜の姿を見せる森林。微量の風が木々を揺らし、なんとも風流な景色を作り出していた。嗚呼、土の匂いがする。葉の青臭い匂いが風に運ばれ、裳杖の鼻を通る。こういうちょっとしたなんてことない場所でも、こんなにも美しく感じる"今夜の月は芸術家だな"
なんて裳杖は呟いていた。それに聞き耳を立てていたトエルは「ナニイテンダコイツ」と内心思った。
 ふとここで、前方を行く冴島が人影を発見する。こんな夜遅くに、こんなところを歩いていては、いつ異形共に襲われるかわかった
もんじゃない、と思った冴島はその人影に近づき声を掛けた。
 「こんな夜中に出歩いていたら、異形の夕飯になってしまうわよ?」
 人影は、男だった。Tシャツジーンズという、シンプルな格好をしている。よく見ると手に鉄の棒っきれのようなものを持っていた。
何処かの部族だろうかと冴島は思った。だって、なんか希少部族とかって棒とか槍とか手にしてるものじゃないですか。こんな
寒い夜にTシャツなんだから、よほどTシャツが好きな民族なんだろう。Tシャツ族といったところ。
94正義の定義(代理):2010/05/04(火) 00:47:15 ID:8hlwEa2Q

 「そんなこと言われてもなー、こっちにも色々あって…、でもまぁ、自分の身は自分で守れるから大丈夫だ…ご忠告どうも」
 男はそんな様子で、冴島に応えた。彼の服は所々破れたりしていた。なるほど、異形と交戦でもした後だったか、中々手練
のようだ。それは結構…だがやはり、夜こんな所を歩くのは感心しない。いくら手練であろうと己の力を過信してはならない。
冴島はそう教えられてきた。誰に?誰だろうね?
 「いくら戦い慣れていても、用心準備が足りないのは軍人として失格よ」
 「俺は軍人じゃない…似たようなものには所属していた事はあるけどなぁ、ってそれどころじゃない。さっさと帰らないと…」
 忠告もろくに聞かないまま、青年は先へと走っていく。冴島は消えていく青年の背中を見て、溜息混じりに一言、こう漏らした。
 「やれやれ…全く、どうなっても知らないわよ…」

 立ち止まった冴島は他のメンバーにここで休憩を取る旨を伝える。ずっと移動していたのでここいらが休憩時であろうと彼女は
考えたのだ。幸いこの辺りは見晴らしがいい。異形が襲ってきても瞬時に対応できるだろう。
 「ふぇ!さえじまさっきのやつはなに!?」
 休憩で各自自由に寛ぐ中、トエルは冴島尋ねた。冴島はTシャツ族と答えたが、トエルのデータベースにそれと一致する情報は
無かった。
 休憩ということで、陰伊は他のメンバーに水筒のお茶を振舞っていた。彼女はこういう事に気が利く。将来はきっと、素敵な
お嫁さんになれるはず。陰伊の煎れたお茶は絶品であった。程よい舌触り、まろやかな味わい。それでいてしっかりと風味が
自己主張している。それもくどくない程度に。
 「うまいぞー!陰伊ちゃん喫茶店開いたら?」
 「そ、そんなっ…それほど大したモノでもないし…!」
 「素直に美味しいと思いますよ、俺は」
 口々に賛辞を述べる他メンバー達。持ってきた甲斐があったというもの。
 「ぶー、きかいはいんしょくができないのさ。ふぇふぇ」
 一名、不満のある者もいたようだが…こればかりはどうしようもない。トエルには乾く喉が無い。減る胃が無い。生前は普通に
モノを口にできたのだろうかと、自分の過去に想いを馳せる。からっぽの思い出を必死に手繰り寄せたが、無いものは無い。
 「ふえー、いいなぁ…にんげんていいなぁ…」

―――…

 「なートエル!お前、股間もちゃんと造形されてんの?」
 「…ッ!ちょっと青島先輩!?」
 休憩も程々、和やかな雰囲気になってきたというのに青島の好奇心に任せた疑問が場を凍らせた。トエルの隣にいた陰伊は
「なに言っているんですか」と顔を真っ赤にしてトエルを青島から遠ざける。無論、保護である。
 「ちょっとした好奇心だよ!良いじゃんロボなんだしさぁ〜」
 全く悪びれる様子のない青島。TPO、時と場所と…というかそれ以前に幼女の股間に興味を持つという事をわきまえて欲しい。
 「良くないですっ!女の子の前で!青島先輩はデリカシィ無いですっ!」
 陰伊は、ただでさえ真っ赤な顔を更に真っ赤。炉にくべ、発火する石炭の如く赤くする。そもそもこれはセクハラじゃないか!?
この事に気がついた陰伊は断固として裁判に持っていく姿勢であったが、この時代、機能している裁判所など無いわけで。
 「こらこら、何児童ポルノに引っかかるような発言してるの?」
 と、ここで、呆れた様子の冴島が青島に忠告する。 
 「今は法に拘束される事はないですから、問題ないっすよ」
 青島はそう答える。彼のサムズアップが眩しい。冴島と陰伊は呆れることしか出来なかった。それが英雄の言う台詞か…と。
 「…俺はもう知らない…」
 裳杖は我関せずといった感じにあさっての方向を向き視線を空に浮かぶ月へと移した。

 「ん…?」

 すると月に重なるように一つ、人の影が見えた気がした。裳杖は見間違いかと一度地に目線を落とし再度月の方を眺めてみた。
…影は見えない。夢か現か、はたまた…なんて裳杖が考えている内に休憩時間は終わり、出発する一行。
一体先程の影は…?一層の不安を抱えながらも、裳杖はその場を後にした。
95正義の定義(代理):2010/05/04(火) 00:48:00 ID:8hlwEa2Q

―――…

 「探したわよ…あなた、どっか行っちゃうんだもの」
 「そりゃ前コテンパンにした奴が追いかけてきたら仕返しに来たと思うだろ普通…」
 月の光が二つの影を照らす。一つは人間の男…先程冴島が会った鉄の棒を持った男だ。もう一つは…紅い紅い、酸化した血の
倍は赤い眼を持ち、その背には黒く禍々しく、それでいて美しい凛とした翼を携えた異形。上級種・吸血鬼だ。
 「この前の逢い引き…とても情熱的だった…さぁ、続きをしましょう?」
 そう言って、吸血鬼は人差し指を桜唇に当てる動作をして見せる。雲中白鶴たる仕草だ。吸血鬼は少女のような容姿をしていた。華奢な体は儚くも艶麗な美貌を放つ着物姿、その様はまさに生き弁天と言ったところ。
 「あれは逢い引きだったのか…?てか、続きってまさか…」
 男の脳裏に先日の出来事が過ぎる。あの時はもう人を襲うなと忠告した筈ではあったが、吸血鬼の様子を見ると、どうも懲りて
はいないようである。やれやれと男は鉄の棒を強く握った。
 「こっちは早く帰らないといけないんだ、クズハも待ってるしな…」
 「クズハ?それは一体…」
 「ん?お前には関係ないぜ、色ボケ妖怪」
 「この…言わせておけば…いいわ、力ずくで吐かせてあげる!!」
 「こい!返り討ちにしてやる!」
 「ふふ、あなたに射抜かれた胸の傷が疼いてきたわ!」 
 バサッ!っと、吸血鬼は背の羽を大きく広げる。対峙する二人。刹那の瞬間、地を蹴りお互いが相見えようとしたその時である。

 『"ワイヤー"』
 『"ワイヤー"』
 『"ワイヤー"』

 「!?」
 吸血鬼後方木々の間の暗闇から伸びてきた三本の糸。それは吸血鬼の腕や体に巻き付き、彼女の動きを止める。
 「な、なんなのこれッ?」
 「ふぇ!くうきをよまずにとつげきするそのどきょうにほれぼれする!」
 「人を襲う悪しき異形め、覚悟しなさい!!」
 『"バズーカ""キャプチャ"』
 暗闇から大身のバズーカ砲を持った女性が飛び出し、網を発射する。思いがけない奇襲に狼狽する吸血鬼、避けようにも手足が
糸に縛られて回避に行動を移すことが出来ない。
 「あら?あらららららら!?」
そうして、吸血鬼は呆気無く網に捕まってしまった…

―――…

 「だから言ったでしょう。こんな夜道を歩いてたら異形に襲われるって、全く…私達が気が付いたから良かったものの…反省
しなさい。そして彼らに感謝しなさい。あなたを助けたのは他でもない彼らです」
 「…あんなのにこんな所で出くわすとは思ってなかったんだけどなー…」
 吸血鬼を縛り上げた英雄一行。冴島は襲われていた先ほども会った青年にガミガミと説教を垂れる。青年は、今日は厄日である
事を確信した。ふと、目線を少し逸らし、冴島の後ろの木に括りつけられた吸血鬼の少女を見てみると…
 「ナンセンスだわ、こんなのは」
彼女は酷く苛立っているようだった。
 「うひゃー、これってヴァンパイア?吸血鬼じゃーん!オレの武勇伝にまた一つ歴史が刻まれた…」
 「ふぇ!おまえひとりのてがらじゃないですし。ふぇふぇ」
 トエルはそう言って作動させていた"ネコミミmode"を解く。要は猫耳を収納したのだ。青島の言う『吸血鬼』が目の前の少女
なのかとトエルは感心する。自分のデータに記録されているモノに比べて随分と可愛らしい容姿だ。一見、美しいだけの少女に
見えるが、異様な存在感を放つ背中の羽が彼女が異形である事を強調する。
 「気を付けた方がいいですよ、それは吸血鬼。夜の帝王だ」
 裳杖は吸血鬼に近づきすぎている青島に注意する。なんかそれじゃあ繁華街を仕切るヤクザの親分みたいな呼び方だなぁと
トエルは思った。裳杖の直喩は一々厨臭い。
 「ところで、どうします冴島さんこの異形」
 裳杖は最年長である冴島に判断を仰ぐ。人を襲っていた異形だ、ただでは済まないだろうが…
 「そうね…、またいつ人を襲うかもわからないから…彼女には悪いけど死んでもらいましょうか…」
 冴島の判断に情は無く、ただ淡々と処分を述べただけであった。冴島はいかなる状況であれ冷静さを欠くことはない。彼女は
既にいくつもの命を奪ってきた身だ。年長の分、他のメンバーよりも多くそれを体感している身。今更躊躇などなかった。
 「待ってくださいっ!」
 判断に納得のいかない少女が一人、声をあげる。
96正義の定義(代理):2010/05/04(火) 00:48:51 ID:8hlwEa2Q

 「そんないきなり…殺すだなんて!彼女には知能があるじゃないですか…話のわからないケモノとは違いますし、きっと何か
訳があったんだと思います!話ぐらい聞いてあげても…!」
 陰伊の性格上、黙ってこれを見過ごす訳にはいかなかった。冴島の判断がおかしいものだとは思っていない。だからこそ陰伊は
意義を唱える。彼女はどこまでも甘くて、無知だった。
 「へぇ、あなた…その言い方だと知能がない獣ならいくら殺しても構わないってふうに聞こえるけど…?」
 冴島は一切顔色を変えずに陰伊の言い分を指摘する。時としてその冷静さはとても冷たく感じられる。彼女は決して冷たい人間
などではない。寧ろ他人のことを常に考えているような温和な人物だ。
 「違ッ…!」
 「陰伊さん、あなたの言いたいことはわかります…でもね、そこの彼女は吸血鬼よ?上級種なの、これがどういう事かわかる?
本来なら見かけただけでも討伐対象モノ。勿論私はそんな無差別なことしないけど…でもね、彼女は人を襲っていた。それは
他の人間にも被害が及ぶかもしれないって事よ。ましてや上級種。拘束している内に殺さないと…」
 これも優しさ故…冴島なりの優しさなのだ。陰伊は世界を知らなすぎる。他者の心に幻想を抱きすぎている。
現実を知らなければこの世の中、生きるのは辛すぎる。そんな思いを胸に秘めつつ、冴島はこう言葉を続けた。
 「なんにしても人を襲う異形であることに変りないわ、事実を直視するべきよ」
 「そんなの、人が死んだ訳じゃないでしょう…もしかしたら彼女に殺す意思はなかったかもしれないじゃないですか!」
 「なぜあなたは可能性の低い『もしかしたら』を優先するの?少しでも人々に危険が及ぶ可能性があるなら、
彼らを守るために私はその異形を殺します」

―それが、英雄というモノなのですから!―

 「…ッ!」

 "現実”を突きつけられる陰伊。これが英雄の現実。それを受け入れるには、陰伊はまだ若すぎた。

 「…納得出来ません…そんなの…」
 以前、裳杖は陰伊の事を甘すぎると言った。陰伊も、自分は甘いのだろうと理解していた。他人に危険が及ぶこと
…それを未然に防ぐのが英雄だ。しかし、異形であるというそれだけで、事を決めつけてしまうというのは我慢がならない。
少数でも、その少しの可能性を陰伊は信じたいのだ。マイノリティであればあるほど、彼らの心の叫びは人に届かないのだから。
それはあまりにも残酷だ。だから陰伊は冴島の現実を肯定する事ができなかった。
 「やっぱり甘いな…この人は、先日の事といい…」
 裳杖はそんな事をつい口に漏らす。この前の事から陰伊は全く学習していない事が嫌でもわかってしまった。
97正義の定義(代理):2010/05/04(火) 00:49:38 ID:8hlwEa2Q

 「あー、ちょっとお取り込み中悪いけどさ…」
 見かねた青年が話に割って入る。
 「何?もうあなた行っていいわよ、今度は異形なんかに遭わないように…」
 「そういう訳にもいかん。一応当事者だし、そもそも助けてもらわなくても、俺は大丈夫だったんだけどな」
 青年が冗談を言っているようには見えなかったが、そんな棒切れで吸血鬼と対峙するなんてアホ臭くてお話にならないだろうと
冴島は思った。確かに自分たちの武装からしたら原始的に見えるかもしれない…実はこれも相当な技術が使われているのだが
冴島の知るところでは無かった。
 「…こんなとはなによ。失礼ね…私が本気を出せば人間など脆い物だわ」
 「しばられてていってもまぬけにしかみえませんし!ふぇ!」
 「でもよ…この子結構可愛くねぇ?異形なのが勿体無いくらいだなぁ〜…」
 「青島先輩は本当節操ないですね…」
 状況はどんどん混沌とし始め、収集が付かなくなってきた。陰伊はこのままではいけないと思ったのか、腹に息を溜め、大声を
出す万全の体制を整える。そしていざ、注目を惹こうと口を開いたのだが…。
 「みなs…」

 ズシィィィィィィィィン……ズシィィィィン………

 「はぇ!?」
 「え?何!?」
 轟音木霊する。何かが近づいてくる音。とても大きなものの足音だ。地面の振動が次第に大きくなり、言い知れぬ圧迫感が
辺り一面に降り注ぐ。

 ズシィィィィン……ズシィィィィン…ズシン…ズ……

 「ふぇ!?ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
 空を見上げて危険を知らせるかのようなふえぇをトエルは発する。一同も見上げてみるとそこには…
 「な、なんだありゃぁ!?」
 青島はそれのデカさに腰を抜かす。
 「まさかあれ…異形ですか!?」
 これから迫り来る危険に不安の色を隠せない陰伊。
 「そのようね…ここはやり過ごした方が」
 「でもあれ、確実にこっち見てますよ」
 冷静に状況を判断する冴島と裳杖。

 …一行が見たものは、自分たちより三回りも四回りも、いやそれよりももっとある大きさの巨人の異形であった。岩の様な体に
戦国武将の鎧。顔は彫りの深いゴツゴツとした仏頂面であった。

 (あれって、さっき私が邪魔だからってけちらした巨人だわ…まさか仕返しに来たの?あれ、これ早く逃げないと…
って拘束されてるんだった!)
 そんな事とはつゆ知らず、一行は迫り来る巨人に選択を迫られていた。
 「やっぱりこっちに来てますよ、どうします?」
 「逃げることはできるけど…ここは一般人もいることだし…」
 ちらりと青年を見て冴島は言った。青年はなんだか馬鹿にされているみたいで腹がたった。「俺も戦える」と主張しても冴島は
取り合わない。普通の異形ならまだしも、あれは手練でも簡単に殺れる相手ではないと判断した為である。
そうこうしている内に、巨人は一行を見下ろせる距離まで近づいていた。
 「やるしかないっぽい!ふえぇ!」
 「行くわよ、皆!」
 「了解」


― 「システム展開!!」―
98一旦CM入りまーす(代理):2010/05/04(火) 00:50:39 ID:8hlwEa2Q

################


え!?あの幼女型英雄ロボがSSPに!?

本編とは関係ない話を八割方話す伺かデスクトップキャラクター
「幼女の定義」!!
オマケ機能に要らない設定や他の作者様の作品(連載作品に限る)あらすじ
がついていたりするぞ!!

β版だから手抜きだぞ!
それだも良ければどうぞ…自己責任です…

http://loda.jp/mitemite/?id=1057

################

CM終わり
99正義の定義(代理):2010/05/04(火) 00:51:56 ID:8hlwEa2Q


 「えいゆうすいさん!ふぇ!」
 「さあ、カッコ良く決めるぜぇ!!」
 武装展開早々、青島は巨人に向かって突っ走って行く。基本武装のハンドガンで牽制しつつ接近。弾は全く効いていない。
 「ちょっと青島くん!先走らないで!」
 注意を促すも青島の耳には全く届かない。青島はコードを入力すると、その手に握られた薙刀を振り切る。
 『"エナジー""ハルバート"』
 「燃えよ『青龍』!」
 「ゴオォォ!」
 巨人は青島の体を掴もうと手を伸ばすが、青島はそれを"ホバリング"を使いスライディングするように腰を低くし、上手く回避する。
頭上間一髪の所を巨人の手が過ぎる。そうして青島は名乗りを上げ、薙刀を振り下ろした。
エネルギーの塊が巨人の異形に向かって伸びていく。程なくしてそれは巨人の体にぶち当たり、爆ぜた。
案外あっさりと命中してしまった訳だが。しかしどうだろう、巨人はピンピンしているではないか。
ダメージも受けていないように思える。攻撃が効いていない事に狼狽える青島。
しかしながらあの攻撃で無傷とは何かがおかしい。
 「あれは魔素で体を覆っているんだ、だからそれを何とかしないと傷は付けられない」
 ふと、冴島の横からTシャツの青年が忠告する。
 「…そんな事、わかっています。君は下がってて」
 そう言うと、冴島は陰伊達に指示を出し迎撃体制に入る。陰伊は右から、裳杖は左から、トエルは正面から"ブレイカー"で魔素の
膜をぶち壊す作戦のようだ。指示通りに陰伊達は定位置につく。
 「魔素を引き剥がした後に私が"グレネード"で討ち取ります。行くわよ!!」
 「ふえぇ!ラジャー!」
 『"ジャンクション""クロウ"』 『"ブレイカ-""クロウ"』
 「了解」
 『"ブレイカー""デスサイズ"』
 「わかりましたっ!」
 『"ブレイカー""ダブルセイバー"』
 各自がコード入力を行い、攻撃の予備動作へ移る。"ブレイカー”は魔素効果を打ち消す効果のある攻撃である。その際金色に
刀身が一時的だが変化するのが特徴だ。何でも魔素を打ち破る物質に化学変化を起こしてうんたらかんたらすげーとの事らしい。
 「今よ!」
 「ふぇ!」
 「行きますっ!」
 「"魔術滅却陣"!」
 一人厨臭い技名を叫んでいる人間がいた気がしないでもないが、作戦に沿い、三人が巨人に向かって飛びかかる。正面のトエルは巨人に叩き落とされそうになる、その瞬間、トエルは巨人の手に足を掛け、"ハイジャンプ"で更に上へと飛び上がる事で事無き
を得た。
 「くらえ!」
 「そこですっ!」
 「終わりだッ!」
 「ゴォ!?」
 それぞれの攻撃が巨人に叩き込まれる。 魔素が散り、無防備になったところを冴島のランチャーが畳み掛ける。
 『"グレネード""ランチャー"』
 「覚悟しなさい、己が咎、その身に刻め!!」
 冴島のランチャーから爆炎弾が発射される。紅蓮の炎が宙を這い、一直線に巨人へと飛んでいった。玉の回りは昼間のように
明るく、高温の物質が弾に内包されている事を物語っている。いくら図体が大きい異形とはいえ、これを食らえば一溜まりもない。
近づきゃたちまち身を焼かれ、当たれば爆炎が骨も残さぬ。
 「…だめね、あれじゃ」
 戦いを見ていた吸血鬼は戦いの戦局を分析する。彼女は悟る、この攻撃は…通らないと。
100 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/04(火) 00:58:08 ID:znHujGVB
支援いたします。
101正義の定義(代理):2010/05/04(火) 01:02:58 ID:8hlwEa2Q

―――…

 「そんな…ッ?」
 弾は確かに巨人に当たった。爆炎弾は巨人のその大きな体を爆炎で包み込んだはず…立っているはずが無い。
…だがそれでは、今自分達の目の前で巨人が立っている事の説明がつかない。
 「マジかよっ!?」
 冴島武装は英雄武装の中でも屈指の威力を誇る。これが通用しないとなれば…戦況は思わしくなくなるだろう。
 「ゴオオオオオオオ!!」
 巨人は反撃に出る。腕を振り上げ、地に叩きつけた。地面が割れ、ちょっとしたマグニチュードを起こす。粉塵舞い、視界が
悪くなる。英雄一同はゴーグルで巨人の位置を瞬時にサーチ。敵の攻撃に備える。
 「見てるだけじゃなくて青島先輩も手伝ってくださいよっ!!」
 緊迫状態の中、呆けていた青島にも支援を求める陰伊。青島はビビりつつも応戦に向かう。一触即発、異形の明確な殺意がひしひしと空気を伝う。それに感づいた青島の手は汗でびっしょりになった。呼吸することさえとんでもないプレッシャーになる状況…
正直、長時間こんな状況が続いたら気持ち悪くなってしまいそう。
 「グゥアアアアアア!!」
 「く、ここはバリアを…」
 『"ガード""デスサイズ"』
 最初に巨人が狙いを定めたのは裳杖だった。それを感じ取った裳杖は瞬時に武器の前にガードを展開する。
 巨人の拳が裳杖を捉える。武器で受けるも、あまりの衝撃に裳杖は後方へ吹っ飛ばされてしまう。
 「ぐっ…!!」
 飛ばされた裳杖は木に激突する。気を失いはしなかったが、攻撃はそこそこ堪えているようである。
 「裳杖君!!」
 「陰伊さん、今は戦闘に集中して!」
 「でも…」
 「死にたいの!?前を向きなさい!!」
 裳杖を心配する陰伊を一喝する冴島。彼女の目には焦りの色が見えた。自分の作戦がうまくいかなかったから陰伊達を
危険に晒してしまっている。自責の念にかられる。最悪、自分が足止めして他の者達を逃がす事も考えた。
 「………ふふん、なってないわね、あなた」
 そんな状況の中、後ろで縛られている吸血鬼が冴島に話しかける。
 「…何が…なってないと言うの?」
 冴島は静かに問いた。今この時間も他のメンバーは戦っている。少しでも時間を無駄には出来ないのだが…
 「何度やっても、あの方法じゃあれは倒せない」
 「…どういう事?」
 「あの巨人の額を見てみなさいよ…」
 吸血鬼は顎でくいっと巨人の額の方を示す。粉塵が捌けていき、視界も随分回復した一帯。巨人の顔もよく見える。冴島は
巨人の顔を凝視してみると、額に光るものが見えた。
 「あれは…宝石?」
 「そ、あれがある限り魔素の衣は打ち破れない。破れても何回でも再生する」
 「じゃあ…あれを壊せば…」
 「でも、はたしてそう簡単にいくかしら?ここは私をかいh…」
 「…それをやるのが英雄です…待ってなさい!!化け物!!」
 巨人に銃弾を浴びせつつ前身していく冴島。上手く口車に乗せて縄をといてもらおうという思惑があった吸血鬼はなぜ人間は
こうも話を聞かないのかと腹を立てた。…とても人の事を言える立場ではないが。
 「皆!!」
 「冴島さん!!」
 裳杖が抜け、陰伊・青島・トエルでなんとか戦闘を持たせていた。冴島の復帰は心強い。一気に皆の士気が高揚する。
 「奴の弱点は額の宝石よ。トエルちゃんは敵を引きつけて!他の者であれに三段攻撃を仕掛けます!!」
 「りょうかーい!ふぇ!おらこっちだだいまじん!!ふぇ!ふぇ!」
 巨人を引きつけるため巨人の目の前に躍り出るトエル。ひょいひょいとうまいこと巨人のパンチを避ける。
即座に物理計算のできるトエルに単純な攻撃はそう簡単には当たらない。
 「じゃあいくわよ!今度こそ仕留めます!」
 「おう!」
 「は…はい!」
102正義の定義(代理):2010/05/04(火) 01:05:20 ID:8hlwEa2Q

―――…

 「ふえぇぇぇえぇえぇぇぇ!!」
 『"ワイヤー"』
 「グゥエ!?」
 しばらく交戦した後、そろそろ頃合いだと思ったトエルはワイヤーで巨人の足を縛る。当然もがく巨人であったが、トエルが
がっちりと締め上げ逃がさない。
 「ふぇ!オラ!オラオラ!ふえふぇ!ふえぇぇぇ!」
 「いい感じね…第一撃!青島くん!」
 「御意!!」
 『"ブレイカー""ハルバート"』
 黄金の刃が闇夜に舞う。月明かりに照らされより輝き増し、一閃の太刀筋となって巨人の魔素を打ち消さん青島は襲いかかる。
 「いっけええええええええ!!」
 「グギャアァァッッ!!」
 切る斬る、斬りつける。これでもかという位、二十数回は斬りつけただろうか?もう魔素は打ち消せているはずだろう…
息切れし始めたところで青島は陰伊へと繋げる。
 「第二撃…あなたに恨みはありませんが…倒させていただきます!!」
 「グアァァ!」
 攻撃の手を休める事なく、続いて陰伊が攻勢に出る。巨人はパンチで応戦するがかわされ、それどころか自分の腕に登られて
しまう。巨人の腕の上を素早く駆けていく陰伊だったが、ここで思わぬ誤算が生じる。
 「しゃあああああぁぁぁぁ!!」
 「!?」
 なんと巨人は口を大きく開き、炎を吐いたのだ。これには堪らず退散する陰伊。髪が僅かに焦げた、間一髪だったようだ。
しかしこれで連続攻撃の連携は崩れてしまった。
 「ああ!また失敗…」

 「あーもう!見てられねぇ!!」

 「え?何!?」

 冴島の横を走り抜ける影。光り輝く棒は持ち主の身の丈以上の長さ。影は飛び上がり、巨人の目線程の高さにまで上昇する。

 影の正体は…Tシャツジーンズカジュアルファッションの青年であった。

 「な…何であなたが…!」
 「おりゃ!」
 光が一層強くなり、槍のような変化を遂げた棒を巨人の眉間に突き刺し、「今だ!」と青年は冴島に叫ぶ。苦しみ暴れる巨人は
額の棒を抜こうとそれを握る。それと同時に、青年が巨人から離れたところを確認した冴島はコードをデバイスに入力した。

 『"グレネード""ランチャー"』
 
 「ああもうとにかく!今度こそ!己が咎、その身に刻め!」

 発射。今度はおまけと言わんばかりにもう一発追加された爆炎弾はドカンと大爆発を起こし、異形の身を吹っ飛ばした。

 ヒュンヒュンヒュン。爆風によって吹き飛ばされた棒は青年の頭上に落下する。青年は予測していたかのように片腕を挙げ、
棒をキャッチする。その背には上半身が吹き飛ばされ、崩れ落ちる異形の姿があった。

 「…なんかおいしいところもっていかれたきがする!ふぇ!ふぇ!」
 「これは英雄の枯渇に関わる問題だクソ!俺よりかっこよく決めやがって!クソックソッ…FUCK!!」

 かくして、無事異形は討伐されたと言う訳だ。
103正義の定義(代理):2010/05/04(火) 01:06:47 ID:8hlwEa2Q

―――…

 「…さっきは色々言ってごめんなさいね、助かったわ」
 「…別にいいって。俺が勝手にやったことなんだし…まぁ、お互い様だろ?」
 戦いが終わればお互いの功績を讃え合うのが正しい英雄の嗜みなんだとか。例によって冴島はTシャツの青年に感謝していた。
 「あの規模の奴は一人でやるのも結構きついからなー、ともあれ、一件落着…か?」
 「そいえば何か忘れているような…」

 「ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 トエルが今日何回目だという奇声を上げる。半ばお約束化してきたこの流れ、良い出来事であった試しが無い。
 「どうしたんだよとえる〜」
 「きゅーけつきいなくなってんすけど!ふえぇ!」
 「え?」

・・・・・・・・・・・・・

 「…もう、助けにくるのが遅いんじゃない?」
 エリカ様は酷くご立腹のようだ。せっかく助けたというのに…感謝される事はあれど怒られる義理はない。
先程まで強く羽の付け根あたりを縛られていたようで、少し飛び方がぎこちないように思える。私の目が届かない所で勝手に無茶
するからこういう事になる。少しいい気味だ。
 「はは、どうにもこうにもお取り込み中のようでしたので」
 私は先程、縄に縛られていた(最初はそういうプレイかと思った)エリカ様を助けた。吸血鬼が人間に捕まるなんて滑稽…
いや、なんて事をしてくれたのだろうか。機を見て(その光景をじっくりと楽しんだ後)救出できたから良かったものの。
この事は日記に書き留めておこうと私は思った。
 「またあの方に会っておられたので?」
 そう問いかけてみると、エリカ様は不機嫌そうに頷いた。よほど人間共に捕まったのが癪だったのだろうか?その自慢の美貌も
額に筋がぴくぴくと浮かんでいては台無しである。折角のお召し物も泥で汚れてしまっているし、まぁ私の仕事が増えるだけだ。
ええそうですとも、私の仕事が増えるだけ。
 「ちょっとした邪魔が入ったのよ…この私があんな恥を晒すなんて、ああもう腹が立つ!」
 今日いっぱいはこの調子だろうか?何にせよ、エリカ様に大事が無くて良かった。明日にはケロっとしているであろう事を祈る。
 ところで私は常々思っていたことがある。エリカ様の意中の雄の名前である。私はあの青年の名前を知らない。エリカ様は
知っているのだろうか?気になった私は「そういえばあの青年の名は…なんでしたか?」と聞きますと、エリカ様は
 「………あ、聞くの忘れてた」
 と、今の今まで忘れていたかのような反応を見せた。…うちの主はどうも抜けているところがあるらしい。
 「…今、失礼なこと考えなかった?」

――とんでもございません。

 闇夜に二つの影。月の光が悪魔のような、コウモリのような…人ならざるシルエットを映し出す。そしてそれは夜の闇へと消えていくのだった…。
104正義の定義(代理):2010/05/04(火) 01:08:38 ID:8hlwEa2Q

・・・・・・・・・・・・・

 「それじゃあ、俺はこっちの道だから」
 「ふぇ!もういぎょーにからまれるんじゃねーぞこら!ふぇ!ふぇ!」
 二手に分かれる分かれ道。英雄一行と青年はここでお別れのようだ。
 「ねえあなた、名前を教えてくれないかしら?というか良かったらうちの機関に入らない?強い人は大歓迎今なら色々特典付きよ」
 「うわ、冴島さんこんなところでも勧誘活動とか抜かりねぇな!」
 「ははは…冴島さんったら……」
 冴島は青年の腕を見込んで勧誘をするのだが。これをこの人がやると見事に怪しい宗教の勧誘みたくなる。
 「いや…やめとく。今は一人守るのに精一杯だからな…」
 「そう…じゃあせめて名前を教えてくれないかしら?」
 

 「…坂上匠…だ」

 「そう、私は冴島六槻」
 「ふぇ!わたしはトエルふぇ!」
 「おれは…」
 「おまえはよんでないさがってろ」
 「ちくしょー除け者にしやがって!俺グレるし!」
 「…も、もう!また冴島さんに怒られるよ二人ともっ!」

 「ふふ…またどこかでお会いできたらいいわね、それじゃ…」

 「ああ…」

 そうして彼らは別々の道を行く。それぞれの物語へと、回帰していくのだろう。このお話はそんな物語同士の、ちょっとした交差
がもたらした、何てこと無い出来事である…

 「また会えたら…か、さあ、早く帰るか。クズハも心配してるしな…」


 一行は道なき道をひたすら進む。思わぬハプニングで大幅にタイムロスしてしまった。
 「ちょーっとやすみましょうやー!冴島さん!」
 「もうちょっと我慢してちょーだい」
 目的地まであと少し。一行は炎堂が待つ自治区へと急ぐのだった…

                                     ―続く―
105正義の定義次回予告(代理):2010/05/04(火) 01:09:39 ID:8hlwEa2Q
―次回予告。
今回は大仕事!敵は町の要人を狙う謎の集団!
「謎だろうが何だろうが関係ないぜえ〜!俺の活躍の踏み台となってもらうだけさ!」
数はこちらの数倍だ!だがしかし、英雄は数には屈しないィ!!
「むしろその方が燃えるってヤツ?沢山の敵を薙ぎ倒すってカッコいいよねぇー」
だがしかし…この案件はそう単純なものではなかった…裏に隠れる巨悪の陰謀…果たして英雄達はそれを暴くことが出来るのか?
「俺が華麗に暴いてみせるぜ!!」
次回、正義の定義第五話「魔法と少女と召喚獣!略して"ととしょ"っておま」乞うご期待!
「次回もいろいろアレな感じが匂ってきやがるぜ!!」

534 名前:正義の定義[sage] 投稿日:2010/05/03(月) 22:50:29 ID:jcY9qTa60
以上です。今回もう何も言うまい…
もうホントすいませんでした…
スレの皆全員に土下座したい。


伺かはダウンロードしたら解凍/ネットワーク更新推奨
106 ◆mGG62PYCNk :2010/05/04(火) 01:11:20 ID:8hlwEa2Q
乙でした!

>NEMESIS
シオンの家族の下りに告死天使が背負った業を見たぜ……
それにしても温泉界、二期はけっこう危なげな世界だなww
どう忍者と戦うのかに期待です


>正義の定義
ゴースト見た。盛大に吹いたWW
トエルが微妙に人と違った感性を持っているあたりに不穏なものを感じとります
英雄同士でも異形の扱いに治外があったりするあたりも今後の展開が楽しみです
要人護衛の依頼が気になるところ

そして、うちの子を使っていただいてありがたいやら恐縮やらで俺は返す言葉もないのですよ
Tシャツ族になったか匠w
も少し小奇麗な服を着せてやらんといかんな。浮浪者になってしまう
107創る名無しに見る名無し:2010/05/04(火) 09:39:17 ID:udqfrmiH
>ふぇ
なんか正義の定義はドクターペッパーみたいな風味があるw
エリカの微妙に弱いところとか、ちゃんと出てて嬉しいなあ。
最初はマジで殺されるのかと思ってハラハラしたけどw
108異形純情浪漫譚ハイカラみっくす!:2010/05/04(火) 10:08:08 ID:udqfrmiH

異形純情浪漫譚ハイカラみっくす! 第5話
「従者とはかくあるべし」



恋に堕ちる、という言葉は重複した使われ方である。
なぜなら恋とは堕落そのものだからだ。

いつもの癖で少々早くに目が覚めた私は、そんな一節(何で読んだかは忘れたが)を思い
出しながら、未だベッドで幸せそうに眠るエリカ様をぼんやりと見ていた。
シーツを顔に擦りながらよだれを垂らし、ずり落ちかけたパジャマから覗いた白い臀部を
無造作にかきむしる。少々鼻を詰まらせているのだろうか、ぷすーという寝息とも鼾とも
つかない音に、窓際にとまっているカラスも怯えているようだ。

こうしてみるとエリカ様のだらしなさもなかなか、これが格式高き蛇の目家当主なのかと
思うと、そのあまりの落差に失笑さえ禁じ得ない。
ともかくエリカ様が恋に堕ちたのは明瞭かつ確実なのであるからして、せっかく早く目が
覚めたのならその恋が成就するよう、ここは従者として一手先を抑えておくべきだろう。

すでに高く昇っていた太陽がこぼす柔らかな光を、レースのカーテンが揺らす。
エリカ様も私も太陽光に弱い種ではないが、月の力を借りないと翼が萎えてしまって空を
飛ぶことができない。加えてエリカ様は通常の動作が非常に緩慢であるので、私ひとりで
行動した方が都合がよいこともある。

私はまだ昨晩出会った青年の香りを記憶していた。あの薄い酸味を帯びた汗の香りは、私
にすらも「男性」を意識させるほど刺激的なものだったからだ。
この香りを忘れぬうちに青年を探し出しておけば、夜にはまたあの情熱的な性行為を見る
ことができる。

そう考えたとたん、私の胸が大きく跳ねた。

続けざま昨晩の光景が白昼夢のように蘇る。あの雄々しく猛々しく、青く煌めく男根。
私はもっとあれを見たいと、もう一度間近で見たいと、そう思っていたのだ。

エリカ様の望んだこととはいえ、高なる胸の鼓動の奥深く、僅かに残る根拠のない罪悪感
が身体を火照らせる。想像するだけで高揚してしまうのは好奇心が故か、それとも単に雌
としての本能なのか、今の私には正しい答えを出す自信がない。
不安にも似た高ぶりを落ち着かせるために何度か深呼吸をして、私はエリカ様が目覚めた
ときに心配なさらぬよう、自慢の達筆でメモを残した。

《あのせいねんをさがてきます、しんぱいないでください たばさより》

どうしよう、もしかすると私はいやらしい子なのかもしれない。


† † †


109異形純情浪漫譚ハイカラみっくす!:2010/05/04(火) 10:10:17 ID:udqfrmiH

所々に残る戦の後を見ながら、シノダ森を2時間ほどかけて歩いて抜けると、丁度小高い
丘から見下ろすように「イズミ」と呼ばれる人間たちの生活区が広がっている。
私はそこで一度腰をおろし、おやつに持ってきたビスケット(茶箪笥にあったものだ)を
ポシェットから取り出して、ひと欠片だけ頬張った。

古文書に残る大震災の後、イズミは町の規模が小さいこともあって、それほど大きな被害
はなかったと聞く。もちろんそれでも決して豊かというわけではないのだが、餓死者まで
出ている大都市と比べれば、かなり恵まれた方ではないだろうか。

青年の香りがそちらに伸びていることは幸いである。蛇の目邸からほとんど外に出ること
のない私だが、以前エリカ様の替えパジャマを購入するためにイズミだけは訪れたことが
あるのだ。

蛇の目邸の書庫に残る「従者指南書」には「人間ヨリノ買物心得」なる項があり、それに
よると例えば人間から物品を購入する際には、これこれこういったものが欲しいと書いた
メモと幾らかの小銭を入れた蟇口を首から下げておれば、人は快く品を与えてくれるとの
ことであった。
当時の私は半信半疑ながらも「うすももぱじゃま」と書いたメモと、金千円を下げて寝具
屋へ行ってみたのだが、そこの店主がまた人の良いもので、二百円ほど足りなかったのに
「べんきょう」ということで千円に負けてくれたのだ。

私は他の妖魔が愚痴にこぼすほど人間が嫌いではない。
それは住み心地の良いシノダ森と、穏やかなイズミの民のおかげではないかと、今は思う。

目を閉じ、鼻をつんと上げ、さらさらと流れる風に心を委ねる。
花の香り、土の香り、石の香り、人の香り。混ざり合ってもなお風情を持った、春の香り。
そんな中、私はあの青年の匂いを嗅ぎつけた。
再び見下ろすイズミの町の中、木塀に囲まれた広い庭を備える民家が目に止まる。

――あそこだ。

私はもうひと欠片ビスケットを喰わえ、丘を走り降りた。


† † †


「ナントカ流 カントカ道場」
辿り着いた門先には、そのように書かれた看板が立てられていた。
そも漢字の苦手な私であり、一体何をしている道場なのかは分かる由もないのだが、とも
かく青年の香りはここが元に他ならない。
木塀の中からは大勢の勇ましい(といっても幼げな)掛け声が響いており、それに合わせ
地面もどん、どんと揺れている様子である。

取り急ぎ青年の存在だけは確認しておかねばと、ぴょんと塀へと飛び上がり、さて青年は
どこかと見回してみると、果たして私はそこに広がる光景に思わず息を呑んだ。

年端もいかぬたくさんの少年どもが息を合わせ、えいやと力強い掛け声と共に、あの男根
(青年のものほど立派ではないが)を振るっているのだ。
一振りひと振り恍惚の表情を浮かべては、ほとばしる汗をきらきらと輝かせ、中には果て
てしまったのか、男根を放り出して大の字に寝そべる者までいる始末。

――ここはまさか、性行為の道場であったか!
110異形純情浪漫譚ハイカラみっくす!:2010/05/04(火) 10:11:35 ID:udqfrmiH

それを理解すると同時に、私はまるで金縛りのように身体が動かなくなってしまった。
全身を電流が駆け巡るような衝撃、それは確実に感じた「恐怖」だった。

このような道場があるとはなんと恐ろしい、我々妖魔を対象にその性的欲求を満たそうと
いうのか。いや、そのように落ち着いて分析している場合ではない。私のように可憐な雌
妖魔がいると知れれば、彼らがどのような行為に及ぶか目に見えている。

いけない、逃げなくては。
幸いまだ誰にも気付かれた様子はない、今ならまだ逃げ出せる。
妖魔とて私も年頃の雌、恥ずかしながら生殖行為に少なからず興味はある。しかし昨晩の
アレを見る限り、私のような非力な妖魔ではとてもでないが耐えられないだろう。

一歩後ずさる。

胸に穴があく程度ならともかく、この人数であっては存在自体が消滅しかねない。
考えれば考えるほど身体が硬直する。だのに私の脳裏には次から次へと犯される自分の姿
が思い浮かんでやまなかった。

一歩後ずさる。

あと少しだ。
と、恐怖と安堵の境を目前に、焦りからなのか、思わずつるりと足を滑らせてしまった。

「ひやあ!」

なんとか滑落を免れ、ふたたび塀の上で身体が強張らせる。
はっと気づいて道場に目を戻せば、ぎらと輝く瞳が一人、またひとりと私に突き刺さって
いく。気付いていない者の肩を叩いてはまた増え、小声で何かをささやいてはまた増える。

――しまった!

「猫だ……」
「猫がいる!」
「本当だ、かわいい!」

間をおかず、少年たちが土煙をあげながらこちらへと向かって走り寄ってくるのが見えた。
抗うことの叶わない性欲の大津波が押し寄せる。逃げる気力を絶たれた私に向かい、塀の
下から伸ばされる無数の手、手。
やがて汗ばんだ指先が身体に触れると同時に、私は意識が遠のいていくのを感じた。

「捕まえた!」

――ああエリカ様、勝手に行動してごめんなさい。タバサはここでお別れになりそうです。



つづく
111 ◆zavx8O1glQ :2010/05/04(火) 10:14:32 ID:udqfrmiH
投下終わりであります。
112代行:2010/05/04(火) 21:00:21 ID:8hlwEa2Q
>>ふぇ
冒頭の乃木大将の逸話と、ドムのごときホバリングがインパクト強すぎw


>>ハイカラみっくす!
蝙蝠猫はタバサちゃんていうのねw
それにしても異形の活況に嫉妬w

そしてWikiまとめも乙です!!
113創る名無しに見る名無し:2010/05/04(火) 21:05:39 ID:8hlwEa2Q
乙です

>>ハイカラみっくす
なんかもういろいろと突っ込みどころが多すぎてどうしたらいいのやらwww
まずまともな資料を見て誤解をとかないとw
子供に捕まったタバサさん、これからどうなるんだろう
114創る名無しに見る名無し:2010/05/04(火) 22:09:57 ID:N5oHnZ1+
※現在このスレでは4つのシェアードワールドが展開されています。
 この世界、俺が盛り上げてやろうじゃん!てな方はお気軽にご参加を!

○まとめ http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html
○避難所 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/

○今週の更新
・閉鎖都市
 >>75-81 ゴミ箱の中の子供達 第8話
・異形世界
 >>95-102 正義の定義 第4話「電子幼女は吸血鬼の夢をみるか?」
 >>108-110 異形純情浪漫譚ハイカラみっくす! 第5話「従者とはかくあるべき」
・地獄世界
 >>避難所492-495 地獄界キャラクター一覧
・温泉界
 >>避難所482 中途半端ロリババアはダメですか?
 >>69-70 温泉界へご招待 〜暗黒の日曜日〜
 >>85-86 温泉界へご招待 〜シオン・エスタルク
115創る名無しに見る名無し:2010/05/04(火) 22:20:31 ID:N5oHnZ1+
>ふぇ
一度に二作品同時クロスとはやるな!
しかし引用「ふぇ」ておまえらwwwいや、好きだけど

>エリカ様
毎度思うが、本当丁寧にお間抜けをお書きになる……
俺はタバサちゃんの心理の奥底に純粋をみた気がするぜ
116ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/09(日) 14:46:52 ID:7rnFbHOj
9-1/6

 閉鎖都市南西部団地通称"ホームランド"に程近い雑居ビルの一室で、武器商サイガ・イズマッシュ書架
のファイルをシュレッダーにかけていた。震える手先で書類をシュレッダーに入れていく様は何かに急か
されているように見える。事実イズマッシュは焦っていた。
 事の発端は数時間前の市営チャンネルのニュース番組までさかのぼる。
 コーヒーの空き缶が過半を占拠する机に足を放り出して、イズマッシュは前日と同じように中古の壁掛け
テレビを見つめていた。テレビもまたいつも通りの定時のニュースを放送しており、やれ中東部商業区で
強盗事件が起きただの、やれ自警団員が盗撮事件を起こしただの、ありきたりでどうでもよい情報ばかりを
垂れ流している。イズマッシュも最早テレビから情報を探す努力を放棄し、タバコをふかしながら放送を聞き
流していた。

「次のニュースです。昨日深夜避民地区の繁華街で銃撃事件が発生しました」

 廃民街であるだけで聞く価値はゼロだ。きっとどこかのイカレポンチがトミーガンでも振り回したのだろう。
 ニュースはまだ始まったばかりだというのにイズマッシュはそう結論付けて紫煙を吸い込んだ。ニコチンの
程よい陶酔の中、他に見るものがないそれだけの理由でイズマッシュはニュースの続きを眺めている。
 テレビの場面はスタジオのキャスターから自警団たちが群がる事件現場へと移った。立ち入り禁止を示す
黄色と黒のストライプのテープや証拠写真を撮るためのフラッシュの瞬き、壁に穿たれた弾痕などを乱雑に
流していく。現場映像としてはどこにでもあるものだ。それ故にそれまでイズマッシュにはなんら感慨もわか
なかった。だがカットがチョークのしるしとともに現場に散乱する薬莢を映したところでイズマッシュは驚いて
上体を持ち上げた。カットはすぐに変わり、二人で話し合いをする自警団員を映す。だが、取扱商品である
がゆえに弾薬に見慣れたイズマッシュにはその一瞬だけの映像でも十分であった。
 トミーガンやその類じゃない。あの薬莢はライフル弾の薬莢だ。それも競技用のものでなく軍用のものだ。
 拳銃弾や競技用ライフル弾を卸している商人はいくらでもいるが、軍用ライフル弾を卸している商人は
少ない。やばいところに卸している商人は片手で数えられる。
 身の危険を感じたイズマッシュはうっすらと埃が被っていた電話を引っつかんだ。
117ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/09(日) 14:47:36 ID:7rnFbHOj
9-2/6

 発信音が3コール目に入ったところで若い女性の声が受話器から流れた。イズマッシュは言う。

「イズマッシュですがネルソンさんはいらっしゃいますか」

 少々お待ちください、と女性の声は答えて、保留の音楽が流れ始める。焦燥感が安っぽいメロディに刺激
されそろそろイライラしかけたところでようやく音楽が止まった。

「イズマッシュ君じゃないか、どうしたんだね」

 朗々とした老人の声が受話器から流れる。温和そうに下がった老人の目尻を思い出し、イズマッシュの心
はいくらか落ち着いた。

「こんにちはネルソンさん。おたずねしたいことがあるのですがよろしいでしょうか」
「ほう、なにかね」
「端的にお訪ねします。昨日発生した廃民街の銃撃事件に"アンク"は、"人民の銃"は関わっていますか」

 早々にイズマッシュは核心に切り込んだ。重要事項をたずねるイズマッシュにここが電話口だという怖れは
なかった。電話盗聴などというあこぎなことを自警団はしないという確信があったからだ。
 軍の堅物は厳罰のみが最大の犯罪予防と信じ、それ以外の犯罪予防に興味なさそうだし、眠らない第3課
には電話網監視に割ける労力がない。悪名高い第2課ならば盗聴も心得ているかもしれないが、管轄が違う。
第2課は企業役員や高級官僚が相手だ。イズマッシュのような泡沫武器商など眼中にないのだ。

「ほぉう、やけに剣呑な話だな。なぜそんな事を聞きたい」
「もし"アンク"が関わっているのであれば、自警団が私のところに来ます。武器の卸し元ですからね。そうなる
 前にこちらも手を打ちたいのです。そのためにもまずは確認が必要なのです」

 イズマ主の質問にネルソンの声色が変わった。朗らかだった声色が今では低く威圧感さえ感じさせる。だが
イズマッシュは臆することなく自分の意を伝えた。自の身の安全がかかっているのだから当然のことだ。
明らかな変化に抱いた確信をひとまず隠しておきながらイズマッシュは言った。
 だが、そんなイズマッシュの必死さを楽しむかのように、受話器の向こうからはほっほっほっ、という笑い声
が漏れる。

「なるほどなるほど、自警団が来る、か。それは一大事だな」

 もったいつけるようにネルソンは一呼吸間を空ける。息を吸う微かな掠れた音をイズマッシュは千秋の思いで
聞いた。
118ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/09(日) 14:48:17 ID:7rnFbHOj
9-3/6

「関わっているも何も、あれをやれと指示したのはわしだ」

 自慢げにネルソンは語る。予感は当たり、これから先を思ってイズマッシュは頭を垂れる。

「そうですか。しかしなぜ廃民街なんかで」

 憂鬱な思考の中でイズマッシュはつい疑問を呟いてしまった。途端今まで落ち着き払っていたネルソンの口調
が荒々しいものに変わった。普段の温和なネルソンを知っているイズマッシュは、その隠すことのない怒りに驚いて
言葉を失う。
 ネルソンは激しい言葉で言う。

「あそこのサンピンヤクザ共は我が同志スティーブ・ビコとその部下を殺し、そればかりかその死を辱めたのだ」

 スティーブ・ビコをイズマッシュは知っていた。取引で幾度か顔を合わせていたからだ。優秀な若手幹部として
頭角を現し、"アンク"長老たちの寵愛を受けた彼は大きな期待を背負って廃民街へ赴いた。そして、そこで
大規模な騒乱を起こし死んだ。
 彼の死は公式では自警団との戦いの果ての名誉の戦死ということになっていた。だが、彼が廃民街に根を張る
マフィア"王朝"の手で殺されたことは公然の秘密であり、"アンク"とのつながりが深いイズマッシュの知るところ
でもあった。もっとも、ビコの死が恥辱にまみれたことは初耳だった。

「辱めたっていったいどんな」
「そんなことも聞きたいか。まあよい、教えてやろう。あろうことかやつらは同志ビコの首を切り取り、宅配便でわし
 の所に送りつけてきたのだ。口の中に詰め込んだメモ書きと共にな。豚をお返しする。豚だと。かつてはわしの
 下で火炎瓶を握り、"ヤコブの梯子"の犬どもに勇敢に戦った同志ビコをよりにもよって豚だと。ああ、思い出す
 だけではらわたが煮えくり返る」

 語気を荒くしてネルソンは語る。受話器を握るイズマッシュは言葉が出てこなかった。生首を送りつける古典的な、
されど鮮烈な脅迫にイズマッシュは衝撃を受けずに入られなかった。

「だが、何より悔しいのは今の"アンク"だ。あいつらは揃いも揃って腑抜けばかりだ。同志の首が送りつけられても
 怯えて何もしないばかりか、中にはあの無法者共に従おうと言う者まで出てきておる。ああ、かつては"ホームランド"
 や、閉鎖都市の全人民のために戦いを続けた闘士達はどこに行ったのか。過去の戦いで散っていった勇士に
 顔向けができず、わしは恥ずかしさで一杯だ。だからわしは"アンク"に見切りをつけた。ビコの弔い合戦はわし
 の"人民の銃"がやる。"王朝"と名乗る帝国主義者どもの血で、ビコの死を贖わせてやる」

 受話器の向こうでネルソンは高らかに宣戦布告をうたった。ネルソンの剥き出しの怒気に、もはやイズマッシュ
は力なく椅子にもたれかかるしかなかった。
 もう十分だろう。イズマッシュはネルソンの宣言に適当な言葉を並べながら慎重に終了の合図を送った。言い
たいことを言ってすっきりしたのか、イズマッシュの言葉をネルソンは驚くほど簡単に承諾する。そのまま2〜3言
別れの言葉を交わしてイズマッシュは電話を切った。
119ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/09(日) 14:49:00 ID:7rnFbHOj
9-4/6

 電話を下ろすとともに、イズマッシュは激しい焦燥に駆られた。
 戦争が始まる。それも相手はこの閉鎖都市で権勢を誇る"王朝"だ。直接の取引がないため詳しく知らないが、
その名声は耳にしている。
 自警団なら何とかなる。袖の下を渡して捜査を待ってもらい、その間に適当な資料をでっちあげて渡せばいい
のだ。だが、手袋を顔に投げつけられて烈火のごとく怒った"王朝"にそんな手は効かないだろう。
 逃げよう。イズマッシュは思った。イズマッシュにとって"アンク"は単なるお得意様に過ぎない。忠義立てする
必要などないのだ。双方に干渉されないどこかで身を隠し、嵐が通り過ぎるの待つのが一番だ。
 方針を固めたイズマッシュは、事務所の中を見渡し、次いで口を開いた。

「ニコノフ」

 事務所全体に響き渡るように呼びかける。程なく隣の部屋の扉が開き、眼鏡をかけたおとなしそうな少年が顔
を見せた。

「なんですかイズマッシュさん」
「ここを出るぞ。貴重品だけまとめるんだ」
「えっ……分かりました」

 ニコノフはイズマッシュの言葉に驚いた顔を見せたが、すぐさま了解の返事をして扉を閉めた。扉の向こうの私室
でニコノフは貴重品を厳選する作業を始ているのだろう。
 かくして脱出の準備が始まった。イズマッシュは危険な取引の証拠隠滅を図るために書架のファイルをシュレッダー
にかけはじめた。
 証拠隠滅作業も半分ほど進み、シュレッダーが放つ紙を裁断する音にイズマッシュがそろそろ飽き飽きし始めた
ころ、部屋の扉が開き、ニコノフが姿を見せた。

「イズマッシュさん、準備、終わりました」
「そうか、じゃあこれをシュレッダーにかけてくれ。俺も自分の用意をしてくる」

 そういってイズマッシュは近くの机に積み重ねたファイルの塊を指差した。高く積み重なったファイルにニコノフ
は目を丸くする。

「これ、全部ですか」
「そうだ」
「分かりました」

 覚悟を決めたように頷くと、ニコノフはファイルの山に向かった。ファイルを開いて中の書類を抜き出し、机の上
に重ねていく。イズマッシュは積み上げられた書類の上に、シュレッダーに入れるために持っていた書類を乗せると、
自分の準備をするために私室へと向かった。
120ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/09(日) 14:49:47 ID:7rnFbHOj
9-5/6

 私室に入ったイズマッシュはクローゼットからスーツケースを持ち出すと、ベッドの上で無造作に広げた。洗濯物
やゴミが散らばる私室の中をぐるりと見渡して思案したイズマッシュは、始めに枕元に設置してある金庫にとり
かかった。かすかに金属がこすれる音がするダイヤルを回して鍵を外し、重い扉を開く。中には札束に手帳や
書類などが詰まれていた。
 まずイズマッシュは手帳を取り出し、ぱらぱらと眺めるとスーツケースに放り込んだ。手帳には取引先の連絡先
などが乱雑な字で記載されている。商売の種だ。スーツケースに入れることに不安を覚えなくもないが、捨てる
わけにも、ここに放置するわけにもいかないのだ。
 次いでイズマッシュは書類を一つずつ確認していく。多くが契約書の類だ。金庫内に放置するわけにはいかない
が、かといって持っていくわけにもいかない。自警団の手入れの恐れがあり、証拠隠滅のために破棄した。そんな
言い訳の言葉を考えたイズマッシュは、後でシュレッダーにかけると決めて書類を金庫の上に乗せていった。
 ふと、書類をめくり上げていたイズマッシュの手が止まった。書類の束に混じって薄い手帳状の物体が混じって
いたからだ。一枚しかないページを開くと写真が貼られており、イズマッシュがぼんやりとした眼差しを向けている。
その脇にはユーリ・オルロフというイズマッシュとは異なる名前が記載されている。とどのつまりそれは偽造された
身分証だった。身分証の下には同じものがさらに4つ重なっている。どれも写真は同じだが、名前や住所は
ばらばらだった。持って行くべきか。持って行くとしたら1つか、全てか。イズマッシュは少し考える。悩んだ末に
イズマッシュは5つ全てをスーツケースに放り込んだ。
 最後にイズマッシュは金庫の中に積まれた札束をスーツケースに乱雑に投げ入れた。金庫の中が空になった
ことを確認すると、分厚い扉を閉じる。
 スーツケースに放り込まれた物を確認すると、イズマッシュはクローゼットに向かった。ハンガーにかけられた
衣類の中から適当に2〜3着選ぶとスーツケースに詰め込んでいく。小棚から下着も取り出すと、これもスーツ
ケースに放り込んだ。
 次は小物だ。イズマッシュは壁際に設置された机に向かう。鍵のかかった引き出しを開け、中につめられた
小切手や日記などをスーツケースに投げ入れていく。全てを片付けると、鍵のかかっていない下の引き出しを
開けた。中には書類やノートなどが乱雑に並んでいる。念のため2〜3冊適当に選ぶと、中を確認した。だが、
どうでもよいものばかりだ。書類を引き出しに戻すと、イズマッシュはそれらをそのまま放置した。
 こんなところか、と一息つこうと顔を上げると、机の上に並べられていた物がライトスタンドの光を反射して瞬いた。
イズマッシュはまぶしさを感じながらもついそちらに視線を向けた。
 それは写真立てだった。赤い木製の写真立ての中では2人の若い男が並んで笑顔を見せている。右側の五分
刈りの頭に精悍そうな顔立ちで、得意げに頬を吊り上げている男が若かりしころのイズマッシュだ。左側の程よく
日に焼け、骨格の目だった厳つい頬を緩ませて白い歯を覗かせて笑っている男は今は亡き親友だった。懐かしい
思いに駆られ、イズマッシュは写真立てを持ち上げた。

「ニコノフは俺が守るからな、ミハイル」

 写真の中の男に向かってイズマッシュは呟く。イズマッシュの覚悟をこめた言葉に、ミハイルと呼ばれた男は
変わらぬ笑顔を写し続ける。過ぎ去りし思い出の世界に浸ったイズマッシュはそのまま写真を眺め続けた。
 いくらかの時間を空けて我に返ったイズマッシュは、写真立てを持ったままベッドに歩み寄った。そして、ベッドの
上で開かれたスーツケースにそっと写真立てを入れた。
121ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/09(日) 14:50:28 ID:7rnFbHOj
9-6/6

 貴重品を詰め込んだスーツケースと共に私室を出ると依然ニコノフはシュレッダーで書類を裁断していた。ただ、
すぐ脇のテーブルに積み重なっていた書類の山は今では大分小さくなっている。
 小さくなった書類の山に金庫の中にあった書類を積み重ねるとイズマッシュは言った。

「全部終わったら言ってくれ。出発するからな」
「分かりました。でもイズマッシュさん、どれくらいの間ここを離れるんですか」
「さあな。しばらくホームランドは荒れる。1ヶ月くらいで済めばいいんだがな」

 不安げにニコノフはイズマッシュを見上げる。イズマッシュはその頭に軽く手を乗せた。

「ま、俺達が狙われてるわけじゃない。気にすることじゃないさ」

 イズマッシュの言葉に、ニコノフは安心したように頷いた。
 シュレッダーをニコノフに任せ、イズマッシュは事務所の奥にある自分のデスクに腰を下ろした。机の上に放置し
てあったタバコの箱から一本取り出すと、そのまま気だるげな動作で火をつける。煙を胸いっぱいに吸い込んだ
ちょうどそのとき、背後から何者かの視線を感じ、えもいわれぬ悪寒が背を走った。
 思わずイズマッシュは振り返り、背後を確認した。背後にはガラス窓しかなく、夜の闇を背景に、室内で椅子に
座わり上体をひねってこちらを向くイズマッシュの姿が反射している。イズマッシュは念のために立ち上がると窓
に寄り、蛍光灯の明かりが入らぬよう手で覆いを作って外を覗いた。窓の向こうでは通りをはさんでうらぶれた
雑居ビルが並んでいる。下ろされたブラインドの向こうから光を漏らしている窓もあれば、明かりが落ち、闇だけを
映す窓もある。だが見える範囲に人陰はない。
 気のせいか。手を下ろし、窓ガラスに映りこんだ自分の顔を見つめながらイズマッシュは考えた。
 程なくニコノフが作業完了の声を上げた。イズマッシュは踵を返すと机の脇に立てかけていたスーツケースを
持ち上げて、事務所の入り口に向かった。
122ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/09(日) 14:51:17 ID:7rnFbHOj
以上です。

>>85-86
孤児院にすごい援助が。
これは告死天使に足を向けて眠れませんね。

>>88
そのあたりのことはあんまり考えていませんでした。
まあ、禁止してるわけでもありませんし、ストリートチルドレンが保護されるというのも、私としてはありだと思います。
もっとも、売春宿から孤児院への産地直送ルートがパトロンである"王朝"の手で整備されいますから、
そういう子は少数派になるでしょうね。
123創る名無しに見る名無し:2010/05/09(日) 17:08:00 ID:ewFqV7uL
ゴミ箱の中の子供達乙です!
戦争が始まりますか! ホームランドに嵐が来ますね!
イズマッシュが狙撃されるのではないかと最後の方ビクビクしましたw
124 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/09(日) 22:19:33 ID:g0DAVKUa
投下お疲れ様です。子供たちも告死天使もこうして廃民街を守るために戦っているのなら
敵対する必要はないんじゃないかなぁと思い始めた今日この頃です。

次の話は、あるメンバーの過去に焦点を当てて描いています。ですが、猟奇的な描写を含みますので
閲覧にはご注意くださいと予め言っておきます。投下までもう少々お待ちください。
125代行:2010/05/10(月) 02:30:43 ID:1teavNeQ
本スレ投下乙です!!
新たなキャラクター、曲者イズマッシュ逃避行の今後は…
126 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/11(火) 22:05:45 ID:eFmB/qo3
NEMESIS 回想〜フィオラート・『S』・レストレンジ

湯乃香による餞別も終わり、いよいよ告死天使8人は戦地へと赴いた。敵の本拠地にできるだけ早く到着するように走ってゆくことになった。
彼らはフルマラソン42.195kmを約2時間で完走することができる。すると一分当たり走れる距離は約350m。アジトまでの所要時間はわずか15分である。
幸いその道中敵に遭遇することもなく、無事に敵の本拠地の50m手前まで接近することができた。いつの間にこんな建造物を作ったのか。
彼らのアジトは巨大な五重塔であった。それもただの五重塔ではない。外壁は漆黒に染められ、長さはどんなに短く見積もっても250m、高さは50mに及び
それは塔というよりもひとつの城のように見えた。その塔の入口付近には警備の忍者が5人配置について周囲を窺っている。
ここで最後の作戦会議を行う。敵のアジトは廊下から突き抜けた先の開けた広場に存在しており警備の目を盗んで侵入するのは困難であった。
そこで、誰かが囮となり警備の目を引き付けその間に残りの7人が敵本拠地に侵入する手筈となった。その囮の役目は協議の結果、
クラウスが担当することになった。彼は脚力を武器にしているだけあり俊足でもあり、100mを10秒フラットで走ることができるのだ。
つまり50m走るのに必要な時間はわずか5秒。忍者がクラウスの接近に気付いた時にはその中の一人は彼の飛び蹴りを食らって気絶するだろう。
突然の奇襲に警備が混乱している隙をつき、残りの7人が別々の場所から侵入して、おそらくは最上階にいるであろう敵の首領を倒すのが今回の目的であった。

「クラウス君、どうか気をつけてね。そして無茶したら駄目だからね」
「フィオこそ、ピンチにならないようにね。『彼』が出てきたりしたら…」
「うん、それは大丈夫だよ。あれ以来『あの子』とはうまくやれてるから」

フィオラート・S・レストレンジ。彼女は告死天使のメンバー8人の中で唯一両親から貧しい中愛情を一身に受けて育てられた少女である。
他の7人は父親、母親片方しかいないか、両方ともいない、あるいは居てもシオンのように歪んだ育てられ方をした者ばかりである。
彼女の名の由来は異国の街、フィオラーノからきている。17年前に彼女が産まれたとき、彼女の両親、アルセリオ・レストレンジとエミリア・レストレンジは
スラムの役所に出生届にその名を記して申請したはずだった。だがエミリアが出生届を役所の受付にて記入している時、彼女の耳にこんな言葉が飛び込んできたのだ。

「おい、そこの『ノート』をとってくれるか」

この言葉に彼女はノをト、と書き間違えさらにそれに気づかずにそのまま係員に申請してしまったのだ。無論そんなことは露知らずの係員は何の異常もない
その出生届をそのまま受理。後から間違いに気付いたがもう後の祭りである。こうして、フィオラート・レストレンジと期せずして名付けられた彼女は
その後の人生を歩んでゆくこととなる。だが、それからしばらくしてまだ赤子の彼女にようやく髪の毛が整ってきたときに両親を愕然とさせる出来事が起きる。
―緑髪症。髪の色が緑になってしまう1千万人に一人の割合で発症する奇病である。隠そうと髪を染色してもすぐに抜け落ちてしまい新しく
また真緑の髪が元の長さまで生えてきてしまうのだ。この病気の患者は悪魔に魅入られたという根拠のない偏見や差別を受けることになる。
しかし、アルセリオとエミリアはそんな世間の目にひるむことなくフィオを表に連れ出しては公園などで幸せな家族の一時を過ごした。
彼女には帽子やフードをかぶせてはいない。それは緑髪を隠すということであり、すなわち偏見や差別の目を恐れることになるからだ。
私たちはそんなものを恐れたりはしないと彼女の緑髪を表に出し続けた。案の定周囲からは偏見や差別の目で見られることになったのだが。
さて、そんな両親に愛情をたっぷりと注がれて育ったフィオは7歳になり、小学校に入学する年齢となったが、ここで両親は随分と迷うのだった。
127 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/11(火) 22:10:19 ID:eFmB/qo3
今まではたとえ偏見差別を向けられても私たちが守ることができた。しかし、学校に行けば私たちの目は届かない。そうなったときにいじめられたりしないだろうか、
と心配になったのである。しかし、結局彼らはフィオを小学校へと入学させた。その理由は、その心配をもとにスラムの小学校へと相談に行ったときに
出会ったある教師にある。フォルノーヴォ・サン・ジョヴァンニというその学校に赴任して5年目の中堅の教師だったが、彼は非常に正義感の強い性格で
差別や偏見をなによりも嫌う性分だったのである。そんな彼がアルセリオとエミリアに言うのだった。

「あなた方のお子さんは私がなにがあろうとお守りいたします。だから安心して入学させて下さい」と。

両親は彼の言葉を信じ、フィオをスラムの小学校、『廃民街第一小学校』に入学させる。入学式当日から彼女は周囲の児童たちからからかわれたり
いじめられそうになったが、フォルノーヴォが即座に問答無用で拳骨という名の雷を落とす。そして彼はフィオの担任教師となり、クラスにあるルールを設けるのだった。このクラスで誰かをいじめたりからかったりする者は
問答無用で鉄拳制裁を与えるというものだった。それから1年、フィオを除くクラスのメンバー34人全員がこのルールに抵触して
彼の鉄拳制裁を受けるのだった。といってももちろん恐怖政治ではなく、よい行いをすれば褒めるなど飴鞭の政策をとったため、児童からの不満も
ほとんど出ることはなかった。それから6年間の小学校生活でフィオも周りの児童と随分と打ち解けることができ、無事に小学校を卒業することになった。
フィオの強い正義感はこのフォルノーヴォから受け継いだものである。こうして12歳となったフィオはそのまま中学校へと進学することになったのだが、
ここで彼女を悲劇が待ち受けていた。中学入学の際、自分がいた小学校の人間が自分のクラスに一人もいないという事態が起こってしまう。
こうして、小学校入学当時と同じようにまた彼女はいじめられることとなる。しかも教師もフォルノーヴォのように正義感は強くなどなく
いじめをみても見て見ぬふりである。さらに中学生となり精神が発達したことでいじめの陰湿さも格段にエスカレートしていた。
もちろん彼女と同じ小学校を卒業した生徒たちが助けてくれることもままあったが、日に日に陰湿さを増すいじめの前には焼け石に水であった。
彼女の机には油性ペンで、『この世から消えろ』『悪魔の子』『存在するな』と言った酷い言葉が一面に書き連ねられていたし、
教科書の類は水洗トイレに破られて捨てられていた。そして、そんな日々が半年も続いた時、ついに事件は起こってしまう。
ある日、彼女の母エミリアが編んでくれたフィオお気に入りのストールが彼女がほんの一瞬目を離したすきに奪われ目の前でズタズタに切り刻まれてしまったのだ。
それを見たフィオはある障害を発症する。解離性同一性障害、俗にいう二重人格である。強い心的外傷から逃れようとした結果、
一人の人間に二つ以上の人格が現れるようになり、自我の同一性が損なわれる疾患のことだ。
これまで半年間蓄積されてきたいじめに対する心の傷が、ストールが切り刻まれたという最大級の心的外傷が引き金となり
一気に解き放たれ、二重人格を発症してしまったのである。『サクヤ』と名乗ったそのもう一人の人格は机や椅子を鈍器として扱い
それを振り回しストールを切り刻んだ女子5人を血祭りに上げるのだった。そのうちの一人は頭を強く殴られ前頭葉に深刻なダメージを負い
植物状態にまで追い込まれた。その後もサクヤは学校を飛び出して暴れまわり道行く人々を悉く傷つけて回った。
そんな『彼』を止めたのが、ケビンである。無事にフィオに戻れたはいいが中学校からは当然のように退学を言い渡され
さらに傷つけた5人の女子生徒の家族から多額の慰謝料を要求されたのだが、これをケビンが肩代わりした。その代償として、フィオを預からせてほしいと
アルセリオとエミリアに申し入れる。1億2千万という多額の慰謝料を負担したケビンの言葉を断れるはずもなく、
アルセリオとエミリアはフィオをケビンの元に託すのだった。これがフィオとケビンの出会いである。彼女は告死天使で最後に加入したメンバーであったが
生来の心優しい性格と愛らしい顔が相まって当時21歳であったアリーヤ、20歳であったシオン、19歳のシュヴァルツ、18歳のアスナ、
17歳のセオドール、16歳のクラウス、15歳のベルクトともすぐに打ち解けあうことができた。
128 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/11(火) 22:12:10 ID:eFmB/qo3
しかし、当時から強力であったシュヴァルツの催眠術・精神感応を持ってしてもフィオの2重人格は治ることはなかったのである。
だが、フィオは自分の2重人格と向きあい、もう一人の人格である『サクヤ』をSとして自分の名前に含め、フィオラート・『S(サクヤ)』・レストレンジと
名乗るようになった。自分を一人の人格として認めてくれたフィオをサクヤは感謝し、フィオはサクヤと脳内で会話することができるのだ。
そこからおよそ2年半ケビンの厳しい修行に耐え、2年前ついにグレイス&グローリーの2丁拳銃をケビンから受け継ぎ、貴族たちを粛清したのである。
その直後、ケビンは静かに息を引き取りCIケールズはジョセフに引き継がれた。それから数日後、ジョセフがアルセリオとエミリアの元を訪れ、
あることを提案するのである。この閉鎖都市でも特に頭のよくまた人格者ばかりを集めた女学院、『聖ヘスティア学院』を受験させてみては、というものだった。
この学院はヤコブの梯子が建てたいわば国立学校であり、故に授業料もそれほど高くはないが、平均倍率20倍と超難関校であった。
そんな難関校に挑戦しても無理だろうと両親は反対したが、フィオは修行の傍ら退学になった学校の授業の代わりにアリーヤ、シオンの告死天使きっての
頭脳派による特別授業を毎日受けていたのだ。
それならば…と両親も渋々ジョセフの提案を承諾したのである。受験まで残り3カ月。フィオの猛勉強の日々が始まった。
講師陣に新たにシュヴァルツを迎え、来る日も来る日も勉強に明け暮れた結果、見事フィオはヘスティア学院の狭き門をくぐることができたのである。
聖ヘスティア学院はその倍率の高さから一学年1クラスしかなく、そのひとクラスの人数は大体30人前後。学院全体を合わせてみても100人程度の学校であり
故にクラス替えはないが、3年間同じ学びやで育つことによって絆を育ませようという目的がある。
だが、明るい高校生活が待っていたはずのフィオだったが、蓋を開けてみたら2度目のいじめの日々であった。
ジョセフの話では人格者ばかりが集まるということだったが、それには少し語弊があった。というのもこの学校を受験するのは、この閉鎖都市の中でも
『上流階級』の令嬢ばかりであり、要するに生徒は世間知らずのお嬢様ばかりなのである。そういった令嬢たちは親の前では社交的に振る舞うであろうが
その目から離れればなにをしているかはわからない。ジョセフはそんな令嬢たちの社交的な一面だけを見て人格者ばかりが集まる、と言ってしまったのである。
そんなところにスラムから一人飛び込んだフィオは彼女たちの『暇つぶし』の標的にされてしまったのである。
しかし、中学の時と違うことが2つある。一つはサクヤの存在である。フィオにはせめて真っ当な高校生活を過ごして欲しいと周囲にいじめられるときのみ
サクヤが表に出てきてそのいじめを一身に受けるのである。

「サクヤ君、ごめんね…君にばかりつらい思いをさせて…」
「気にすんな。俺様のことを認めてくれたお前に出来る恩返しはこれくらいだからな…」

さて、そのようにして2人が奇妙な学校生活を過ごしてちょうど3カ月がたったころ、ついに最悪な事件が起こってしまう。
ある日、授業が終わりフィオが荷物をまとめて自宅に帰ろうとした時だ。いきなり背後からハンカチに染み込ませたクロロホルムを嗅がされ、
昏倒してしまう。そして女生徒5人に拉致されたフィオが向かった先は体育倉庫だった。彼女が目を覚ますと、下着姿にされ両腕が縛られて
天井に備え付けられたフックにそのロープがくくりつけられ、さながら肉屋の肉塊のように吊るされていたのである。
身長150cmほどの小柄な少女は地に足をつけることもできずに全ての重みが縛られた手首にかかりその苦痛にフィオはうめいた。
129 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/11(火) 22:13:52 ID:eFmB/qo3
自分の置かれた状況を理解したフィオは周囲を見渡すとそこにいたのはクラスメートの
女生徒5人。そのうちの一人は…あろうことか学級委員長であった。
彼女の名は高柳明日香。大貴族の一人娘でありそのバックボーンを盾に自分のクラスはおろか学院全体を牛耳る本当に世間知らずのお嬢様だった。
ただ、先日の告死天使による貴族たちの大粛清の手は彼女の両親にも及んでおり、三か月前に彼女は孤児となっていた。
しかし、両親の残した莫大な遺産と会社を引き継ぎ、自分が若干15歳でその会社の会長に就任することでさらに学院における自分の地位を確固たるものにしていたのだ。
しかし、そんな毎日は彼女にとって退屈でしかなかった。そんな折、暇つぶしのためにフィオを取り巻き4人とともに拉致しこの体育倉庫に連れ込んだのである。

「…どうして…こんなことをするの…?」
「アハハ、自分の胸に聞くことね。っていっても出来ないでしょうから教えてあげるわ。実は私たち、今度新しくボクシング部を作ることにしてね。
 でも、道具も何にもない。だから、あなたに付き合ってもらうことにしたって訳。…サンドバッグ役でね!」

と言い放ち、明日香はフィオの腹部を素手で何度も殴り続ける。非力な少女の腕でとは言え、何度も腹部を殴られ続ければさしもの告死天使といえど
苦痛は免れない。ましてや吊るされているのだから。

「あぐっ!ううっ…あうっ!くうぅ…あっ、ああうっ!」

見ていられないとばかりにサクヤが表に出てこようとするが、フィオは殴られ続けながらもそれを拒否した。

(君に頼りっぱなしはいやだから…ボクも耐えてみせるから…!)

2人の人格交代はそれぞれの同意を得て初めてなし得るのだ。今回の場合、サクヤが表に出てこようとしてもフィオがそれを拒んだため、
人格は交代しなかった、という訳である。結局その後明日香を含めた5人にフィオは1時間以上殴られ続け、さらには鞭打ちまで受ける。
ようやく吊るされた状態から解放され、ぱたりとその場に倒れこんでしまう。スパッツとブラジャーのみを身に纏うフィオに制服を投げつけ、彼女を見降ろし明日香は言った。

「いい暇つぶしになったわ。また今度、死なない程度にいたぶってあげるわ。フフフ…アハハハハ!」

そして明日香は取り巻きを引き連れて去って行った。彼女たちの足音が聞こえなくなったことを確認し、フィオは制服のポケットから携帯電話を取り出し、
電話をかける。通話先は…シオンの病院である。時刻は午後5時を回っていた。当時開業したばかりの彼女の病院は午後5時には閉まってしまうから、
もしかしたら出てくれないかもしれない。すがる思いでアドレス帳から『エスタルク医院』の文字を探し当て、通話ボタンを押す。
3回ほどコールしたところで、ガチャという音とともに電話に出た相手は…シオン・エスタルクその人だった。

「ああ、フィオさんか。君から電話をかけてくるなんて珍しいな。何か用事かな?」
「…うん。シオンちゃん…実はね…」
「…バカな。だが君のその声を聞く限り事実なのだろうな。今からそちらに向かうから、そこで休んでいるといい。体育倉庫だね」

と言ってシオンは電話を切った。それからおよそ45分。全身の痛みを耐えるフィオの元についにシオンがやってくる。
よほど急いできたのだろう。彼女は白衣を身に纏ったままだった。スラムから20kmも離れたこの聖ヘスティア学院に45分程度で来ることができたのは
彼女が医者免許だけではなく自動車免許も持っているからである。愛車をかっ飛ばし、超特急でフィオの元へと駆けつけてきたのである。
シオンは床に横たわるフィオの姿を見るなり、絶句した。彼女のシミ一つない白い肌は鞭による切り傷と殴られた跡で埋め尽くされていたからだ。

「これは…酷いな…。ひとまず私の病院に向かおう。フィオさんはそのまま制服を抱えているといい」

シオンに言われたとおりに制服を抱えると彼女はフィオのひざの裏と肩の裏に腕を伸ばし、彼女の身体を持ち上げる。『お姫様だっこ』である。
130 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/11(火) 22:15:09 ID:eFmB/qo3
そのまま体育館を抜け、学院の駐車場に止めてあった自分の車の助手席にフィオを乗せ、運転席に乗り込み車を再び走らせスラムへと向かう。
その道中、シオンは電話で聞けなかった詳しい事情をフィオから聞くことができた。全てを聞き終えたシオンは怒りにギリ…と歯をきしませる。
そして懐から携帯電話を取り出し、電話をかける。その相手は告死天使リーダー、アリーヤ・シュトラッサーである。

「アリーヤさん。アスナさん、セオドール君、ベルクト君、シュヴァルツ君、クラウス君、そしてジョセフさんをを集めて私の病院前で待機していてくれないか?」
「…貴様の声を聞く限りどうやらフィオに何かあったようだな。わかった、召集は任せておけ。それではまた後でだな」

通話も終わり、シオンは再び車を走らせる。そして20分後、車はエスタルク医院前にたどり着く。そこにはすでにアリーヤをはじめとした
告死天使のメンバーとジョセフが集合していた。車を職員用駐車場へと止め、まずは自分が車を降りて助手席のフィオを再びお姫様だっこで抱え上げる。
そして病院入り口前で不安げな表情で集まる7人の前に向かい、フィオの傷を目の当たりにさせる。
その傷の酷さに7人も驚きを隠せない。フィオはその小柄な体を長所とし、クラウスに次ぐ俊足を武器に機動力を持って相手を翻弄し、グレイス&グローリーの
2丁拳銃で確実に仕留めるという戦闘スタイルであり、故にここまで痛めつけられることなど考えられなかった。
シオンが車内にてフィオから聞いた事情を7人に説明する。それを聞いてまたも驚愕の表情を浮かべる7人だったが、そこにいる誰よりも驚いていたのはジョセフだった。

「私が…フィオラートさんのご両親に入学を勧めたりしなければこんなことには…全て私の責任だ…」

しかし彼の言葉を即座に否定する男がいた。セオドール・バロウズである。

「それは違うぜジョセフさん。あんたが入学をフィオの父ちゃん母ちゃんに勧めたのはまだ15歳、告死天使以外の未来があるフィオの、
 その可能性を広げてやりたいっていう優しさからだろう。あんたが自分を責めるってことはそれを否定することになるんだぜ?」

セオドールのその言葉にアスナも即座に同調してジョセフに優しい言葉を投げかける。

「セオドール君の言う通りだよ。ジョセフさんはこれっぽっちも悪くないって!悪いのはそう、その女子生徒たちでしょ?」

立ち話もなんだということでシオンは一同を病院内の休憩室へと案内する。その壁に掛けられた時計は午後7時半を指し示していた。
この病院の看護師6人は今日の仕事を終え、30分ほど前に家路に就き今この病院にいるスタッフはシオンのみである。
フィオをお姫様だっこで抱えたまま7人を休憩室に残し診療室へと向かっていくシオン。そして、診療室にたどり着きフィオに手当てを始める。

「ちょっと染みるが我慢してくれ。しかし…酷い傷だな。傷が全て癒えるのには一月くらいかかるだろうな。包帯を巻かせてもらうよ」
「うん…お父さんとお母さんにはどう説明したらいいかな…きっと心配かけちゃうよね…」
「気にすることはない。私たちのほうから御両親には説明しておくよ。ベルクト君は口がすごく上手いからきっとうまくまとめてくれるだろうさ」
「うん…ありがとう。シオンちゃん…」

頭を除くほぼ全身を包帯で巻かれたフィオは酷く申し訳なさそうな顔でシオンに謝る。シオンはと言うと、フィオのその澄んだ瞳をしばらく見つめ、
そして包帯姿の彼女を抱きしめた。驚いた顔をするフィオの頭をなでる。

「ど…どうしたのシオンちゃん。急に抱きついたりして、照れるよ…」
「すまないがしばらくこうさせていてくれないか。私にも人肌の温もりが恋しくなることがあるんだ…」

その後およそ5分間、シオンはフィオを抱きしめ続けた。そしてようやくシオンは彼女から身体を離すのだった。

「私の我儘に付き合わせてしまってすまなかったね。さあ、今日はもう疲れただろう。病室に案内するからゆっくりと休むがいいよ」

シオンはまたもお姫様だっこでフィオを病室へと連れてゆく。彼女の身体を病室のベッドに横たえ、布団をかぶせる。
131 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/11(火) 22:16:17 ID:eFmB/qo3
「ねえ、シオンちゃん。キリスト教徒の人たちはお休みの時、キスをする習慣があるって聞いたんだけど、それって本当なのかな?」
「ああ、確かに就寝の時母親がわが子に口付けする習慣はあるが…それがどうかしたか?」
「うん、その、あの、ボクにもしてくれたら…なんて」

フィオがその言葉を言い終えるよりも早く、シオンは彼女の唇に一瞬口づけた。彼女の口づけに顔が真っ赤になるフィオにシオンは言った。

「これでいいかな。それではおやすみ、フィオさん」

病室の電気を消し、シオンはそのまま病室を後にする。左手首の腕時計に目を落とすと時刻は午後8時を示していた。
7人が待つ休憩室へと戻り、フィオに処置を施したこと、今は病室で眠っていること、そして傷の完治には一月を要することを報告する。

「一月か…長いな。それにしても許せんのはその女子生徒どもだ。この借りは数倍、いや数十倍にして返してやらねばな」
「え、アリーヤさん、乱暴は…」
「ジョセフさん、我々は仲間をあそこまで痛めつけられて黙っていられるほど寛容ではない。仲間が受けた痛みは我々の痛みでもあるのだ」

アリーヤのその言葉に残りの6人も同意し、頷く。それでもジョセフはなにか言いたげであったがそのまま黙ってしまった。

「さて、我々はこれからこの報復のための作戦計画を練ることになるが…ジョセフさん。そろそろお時間の様子だ。ヒカリお嬢様が寂しがっているだろう」
「そうだね…ヒカリも心配しているだろうから僕はこのあたりで失礼するよ。それじゃみんな、仕返ししたい気持ちは十分わかるけどくれぐれも大事にはしないでね?」

そしてジョセフは自宅へと戻って行った。残った告死天使の7人は早速報復のための作戦を練るのであった。
まずは、日時だがこれは明日の午前8時半に決定。告死天使の黒装束を身に纏い、午前7時半をもってアリーヤとシオンの運転する2台の車にて聖ヘスティア学院に移動。
駐車場に車を止めてまずは放送室を占拠。全校にシュヴァルツの催眠術を放送を通じてかけ、生徒、教員を眠らせたところで目標である1年生の教室へ侵入。
そこでシュヴァルツが一年生のみの催眠術を解き、目覚めさせたところで報復を開始するという訳だ。
これこそ、貴族の大粛清に並ぶ閉鎖都市未曽有の大事件、『聖ヘスティア学院虐殺事件』の計画の全容である。
その準備のために今日はシオンの病院に泊まることになり、明日の報復実行に向け各々の武器を取ってくることになった。
40分ほど経過し、武器と黒装束を取りに自宅に戻ったシオンを除く6人が戻ってくる。鬼焔、ヴォルケンクラッツァー、ボルドー&ブルゴーニュ、
グランシェ&ルシェイメア、アスナのグローブ、クラウスの靴、シュヴァルツの催眠術。明日の虐殺劇を演じる彼らの相棒である。
計画に不備がないか最終調整を行い、全てが終わった時には時刻は午後11時半を回っていた。

「みんな、明日は忙しくなる。病室はほとんど空いているから好きなベッドで休んでくれ。私は自室に戻らせてもらうよ」

そしてシオンは病院の自室へと戻り、残された6人は2階の病室へ向かう。6人が2階へ上がり真っ先に向かった先は、フィオの眠る病室である。
彼女を起こさないようにそっと病室のスライドドアを開き、病室へと入ってゆく。その病室の右端のベッドで全身を包帯に巻かれたフィオが静かに寝息を立てて眠っていた。
その寝顔に6人の顔も綻ぶ。その後、静かに部屋を後にし、空いている病室に入ってゆく6人。こういう場合、男女で部屋を分けるものだがアリーヤが突然切り出した。

「みんなで一緒に寝ないか。さっきの病室、6つベッドがあっただろう。おそらくはどの部屋もそうだろうからたまにはいいのではないか?」

特に反対する理由もなく5人は頷いた。アスナが貞操を気にするかと思いきやこれまで長い時をともに過ごしてきた4人の男がそんなことをするはずがないと
強く信頼していた。故にアスナは即答したのだ。そのままやはり6人用の病室へと入り、6人はそれぞれのベッドへと潜っていく。
後頭部から腰のあたりまで長く垂れ下がったポニーテールをほどくアスナ。彼女はつい先日長年の夢であったケーキショップをオープンさせたばかりだ。
名前は『ブクリエ』。その名前はアスナを含めた四人のスタッフの名前から一文字ずつとったものである。アスナ・オブライエンの『ブ』
クレア・シュタークの『ク』。クリス・ラタトスクの『リ』。そしてシオンの6つ下の妹、シロアム・エスタルクの『エ』である。
132 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/11(火) 22:17:40 ID:eFmB/qo3
やはり彼女の名の由来もキリスト教に纏わるものであり、キリスト教の開祖・イエスが奇跡を起こしたとされる池の名前からきている。
だが性格はと言うとシオンとは正反対で果てしなく明るく、姉妹の中も非常にいい。アスナいわく、『ブクリエの太陽』である。
そんな彼女のことは後に語るとして、6人は眠りに就いた。そして…午前6時半。誰に起こされるという訳でもなく6人は起床する。

「おはようクラウス君。昨夜は…あまり眠れなかったみたいだね」
「うん、全然眠くならなくてね。まあ、女の子たちにきっちりと借りを返して戻ってきたら自宅でゆっくり寝るさ。セフィリアも待たせているしね」
「うんそうだね…でも『サディスティッククラウス』にはなんないでね。あれはあたしもドン引きだったから」

アスナが言うのはつい3カ月前の貴族の大粛清の際、貴族の言葉に逆上したクラウスがまるで無邪気な子供のように笑ってその貴族を嬲り殺しにしたのを
目の当たりにしたことだ。その貴族の顔は完膚無きまでに蹂躙されており生前どんな顔をしていたか全くわからないありさまだった。

「それは小娘たちがどんな対応を俺たちに見せるかによるんじゃないか?泣いて命乞いをするならば全治3カ月くらいまで痛めつけるだけで命だけは助けてやるが」

ベルクトが会話に入ってくる。体操と深呼吸を終わらせ、2人とあいさつを交わす。

「そうですね。ですがプライドの高い彼女たちのことです。おそらく何人かは確実に手にかけることになるでしょうね。非常に遺憾ですが」
「いや、でも全員が全員いじめに加担してたって訳じゃねーんじゃねえの?中には優しい女の子だっているだろうし、助けてやってもいーんじゃねえかな」
「駄目だ。いじめを黙認したというだけで同罪だ。全ての小娘に死の制裁を与える。我々は告死天使なのだからな」

その後、シュヴァルツ、セオドール、アリーヤも加わり告死天使の黒装束に着替えた6人は1階へと降りてゆく。
降りるとすでに黒装束に身を包んだシオンが病院の受付で待っていた。

「腹が減っては戦は出来ぬというだろう?朝食を用意したから休憩室へ来るといい」


シオンに案内され向かった休憩室には、7人分の焼き立ての食パン2枚とスクランブルエッグにベーコン、サラダにオレンジジュースが用意されていた。

「冷蔵庫の中の物をありったけ調理したのだが生憎これくらいのものしか用意できなくてね。口に合うかどうかわからないがどうか食べてくれ」
「ああ、わざわざ気を使ってくれてすまないなシオン。ありがたく頂こう」

席に着き、いただきますの号令ともに食事を始める7人。シオンの料理の腕は告死天使随一であり、医者じゃなく食堂でも十分やっていけると思った6人であった。
そして食事も終わり、壁の時計は午前7時15分を指し示していた。作戦決行まであと15分。その15分間をコーヒーブレイクとし、
ついにその時は訪れた。午前7時半エスタルク医院の2台の車、シオンの所有する4人乗りの普通乗用車2台に乗り込む。
アリーヤの運転する車にセオドール、ベルクトが乗り込み、シオンの運転する車に残りの3人が乗る。
そして、シオンの車が先導し、聖ヘスティア学院へと向かうのであった。車内は沈黙が支配する。病院を出ておよそ45分の間一人も一言も喋らずに
車は聖ヘスティア学院の駐車場へと到着する。時刻は午前8時15分。報復開始まで残り15分となり、7人は車を降りた。
そのまま校舎へと向かい、生徒のロッカーが設置してある登校口ではなく職員や来客が利用する正面玄関から入っていく。
シュヴァルツがその玄関をくぐり受付の職員ににこやかに笑いかけながらあることを尋ねる。

「すいません、放送室はどちらでしょうか?」
「ああ、それならこの先の廊下を歩いた先ですが…なにかご用です…か…」

職員がいい終えるよりも先にシュヴァルツの催眠術によって眠らされてしまった職員。彼の合図で残る6人が土足で廊下へと上がり、50mほど歩いただろうか。
放送室へとたどり着くが、鍵がかかっている。だが、そのドアもクラウスが数歩助走をつけてキックを叩き込むと簡単に破壊されてしまう。
今の音で誰かが来ないかとひやりとしたが職員室や教室はどうやら2階以降にあるらしく誰も降りては来なかった。
放送室へと侵入し放送用の機械の右端、全校放送のスイッチを押すシュヴァルツ。ピンポンパンポーンという間抜けな音とともに全校に流されたのは…
133 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/11(火) 22:19:09 ID:eFmB/qo3
蛇の囁きであった。シュヴァルツによって『精神防壁』がかけられている告死天使のメンバーには効果はないが、おそらく今の校舎内に
起きている人間は告死天使を除いて一人もいないだろう。放送室を後にし、1年生の教室がある2階へと向かう7人。
階段を上り、一年生の教室へたどり着く前に職員室の前を通りその中を覗き込む。するとやはり、全員が机の上や床に突っ伏していた。
そしてついに一年生の教室の前へとたどり着き、7人はその教室へと侵入する。先の職員室と同様、一年生およそ35人は全員催眠状態にあった。
黒板を背にして教卓との間に7人は整列し、シュヴァルツが右手をパチン!と鳴らした途端、起き上がる女生徒たち。
放送を通して突然流された蛇の囁きに意識が遠のき、目を覚ますと眼前にいたのは、黒装束に身を包んだ謎の集団。
状況がまるで理解できていない女生徒たちをよそにシュヴァルツが宣告する。

「はい、目覚めたようですね。では今から『裁判』を始めさせていただきます。裁判官、および検察官は私たち7人。被告、および弁護人はあなたがた」
「な、なにを言ってるの。私たちはなにも悪いことなんて…」

困惑する明日香。ただ、困惑しつつも醸し出すその高飛車なオーラからこの少女こそ高柳明日香であることを察知する7人。そんな彼女の困惑をよそにクラウスが続ける。

「罪状を読みあげます。被告人はこのクラスのフィオラート・S・レストレンジさんを数カ月にわたって精神的・肉体的に凄惨な苦痛を与えました。
 また、被告にも反省や後悔の意思は全く見られず、更生の可能性は極めて低いかと思われます。以上を鑑み、検察としては『死刑』を求刑するものであります」

死刑という言葉に一気に動揺する35人の女生徒達。なおもシュヴァルツは『裁判』を続ける。

「弁護人、何か反論はありますか?」
「あんな屑、いじめたって…」
「判決を言い渡します。主文、被告人を死刑に処する。なお、執行はただ今から取り行います」

明日香の言葉を一方的に遮りシュヴァルツは35人に『死刑』を宣告する。それと同時に懐から武器を取り出し、目に付いた女生徒から殺してゆく。
鬼焔に首を刎ねられ、ヴォルケンクラッツァーで串刺しにされ、グランシェ&ルシェイメアに切り刻まれ、ボルドー&ブルゴーニュで頭が潰れるまで殴られ、
アスナに叩きのめされ、クラウスに蹂躙される。逃げようにもこの教室の扉は一つしかなくその唯一の出入り口はシュヴァルツが制圧しているためにそれも叶わない。
死刑執行からおよそ3分。教室のフローリングのきれいな床は血の海と女生徒達の死体で溢れ返った。だが、唯一残された女生徒がいた。高柳明日香である。
あまりの恐怖にその整った顔は涙でくしゃくしゃになり、立っていることもできずにその場にかがみこみ、失禁までする始末だった。

「…おねがい…なんでもするから…命だけは…助けてください…お願いします…」

そんな明日香の言葉を7人は完全無視し、机を8つ組み合わせて人一人が横たわれる即席のベッドを作る。
その上に明日香の身体を横たえ、シュヴァルツの催眠術によって金縛りをかけて動けないようにする。

「シュヴァルツ君。痛みも感じないようにできないか。叫び声が耳障りだからね。それとクラウス君は口を塞いでいてくれないか」

シオンの言葉にシュヴァルツは再度催眠術を施し、明日香の頬を強くつねる。しかし、明日香は全く苦痛を感じることはなかった。
しかし、意識だけはしっかりしている。これから7人はなにを始めようというのか。シオンがグランシェ&ルシェイメアを手に、明日香に語りかける。

「実は私は医者をやっていてね。職業柄人の内臓などよく目にするが…君は見たことなどないだろう。いい機会だからお見せしよう」

と、シオンは彼女の制服を引き裂き、その腹部にグランシェを当てて、ゆっくりと引き裂いてゆき、その傷口からダラダラと血が流れ出す。
しかし、金縛りをかけられさらに痛覚を麻痺させられた明日香には自分が今なにをされているか全くわからない。
やがて、シオンは開かれた明日香の腹部から褐色の肉塊を摘出し、それを彼女に目の当たりにする。

「さて、これが何かわかるかな。…君の肝臓だよ。肝臓の働きは実に多種多様でね。500以上とも言われているが、こうして見るのは初めてだろう」
134 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/11(火) 22:20:25 ID:eFmB/qo3
そのおぞましさに明日香は絶叫しようとした。しかしクラウスに口を塞がれているためにそれも叶わない。
肝臓を投げ捨て、シオンは解剖を続ける。続いてシオンが摘出したのは…握り拳ほどの二つの肉塊であった。

「さて、今度は分かるかな。君の腎臓だよ。主な働きは血液中の老廃物の濾過。まあ、もうすぐ死ぬ君には関係のないことだがね」

そして腎臓も投げ捨てる。肝臓と腎臓を摘出され通常ならば絶命してもおかしくない状況だがシュヴァルツの強力な催眠術によってその命を繋ぎとめられているのだ。
さらに解剖を続けるシオン。最後に彼女が摘出したのは…真紅に彩られたドクンドクンと脈打つ肉塊であった。

「これは君もわかるだろう。君の心臓だよ。さて、私の理科の授業、楽しんでいただけたようだね。もう時間だからこれで失礼するよ。
それと…最後に一つ冥土の土産に教えてあげよう。君の両親を殺したのはこの私だ。さて、シュヴァルツ君にクラウス君、もういいよ。お疲れ様」

シオンの言葉にクラウスは彼女の口から手を離し、シュヴァルツは催眠術を解いた。その刹那、明日香は一言も叫び声をあげることなく絶命するのだった。
女生徒たちの返り血を大量に浴びたはずの黒装束は…血が全く付着していなかった。
この黒装束は特殊な材質でできていて、液体の全てを完璧にはじくことができるのだ。返り血が全くついていないのはそれが理由である。
ただ、顔や手など素肌が露出している箇所にはいくらか血が付着してしまっていたが。この凄惨な殺し方を目の当たりにした6人は、
旧暦に実在し迷宮入りとなった通り魔事件の犯人、『切り裂きジャック』の犯行方法になぞらえてシオンを
『切り裂きシオン』とあだ名した。そして報復も終わり、教室の時計を確認すると時刻は午前8時45分。シオンによる解剖におよそ10分は
かかったということだ。長居は無用、7人はさっさとその場を後にした。駐車場に止めてある2台の車に来た時と同じように乗り込みエスタルク医院へと
帰ってゆく。シュヴァルツの話ではあの催眠術は放っておいても6時間ほどで自然と解けるものらしい。つまり、今回の事件がニュースになるのは
今日の夕方になるということだ。あのクラスの唯一の生き残りであるフィオの元にもマスコミが殺到するだろうが、
面会謝絶とし、マスコミの取材も自警団の捜査も一切受け付けないという方針を7人は確認した。
さて、聖ヘスティア学院を出てからやはり45分後の、午前9時35分。2台の車は何事もなくエスタルク医院の駐車場に到着するのだった。
車を降り、病院内に戻る。しかし、普段この時間はもう出勤して午前10時の開院に向けての準備を始めているはずの看護師たちの姿が見当たらなかった。

「私の病院は金曜日と日曜日が休診日でね。金曜日はイエスが磔にされた忌まわしい日。日曜日は安息日だからね。
さて、休憩室の隣にバスルームがある。シャワーでも浴びてくるといい」

順番を決めて一人ずつ入ることになった。しかし、みなお互いを気遣い、『後でいい』を連発したためくじ引きで決めることになった。
その結果、クラウス、シオン、ベルクト、セオドール、アスナ、アリーヤ、シュヴァルツの順番となった。

「私はみなさんとは違って返り血を浴びていませんし、これでいいでしょう。2階にいるフィオラートさんと少しお話でもしてきますよ。その前に着替えですが」

と言って2階へと上がるシュヴァルツを見送り6人は休憩室へと向かう。一番最初に入浴するクラウスは休憩室手前のバスルームの更衣室の扉を開き、
みなと別れる。シュヴァルツを除く6人で35人。平均して一人当たり6人の女生徒を手にかけたというのにその1時間後には
何事もなかったかのように風呂に入る。真っ当な人間なら考えられないことだが彼らは告死天使。このスラム、または彼ら自身に仇なす者に死の制裁を
与えるいわば死神の集まりなのだ。そして時刻は午後4時を回った、聖ヘスティア学院一年生全員が何者かに虐殺されたことがマスコミに知れ渡り
休憩室のテレビはどのチャンネルもそのニュースを映していた。聖ヘスティア学園の前には大勢の報道陣と関係者が集まり
騒然としていた。騒然と言えば先ほどから外が騒がしい。クラウスが外へと続く受付に向かうと、どこから聞きつけてきたのだろうか。
ここにも報道陣がわんさかわんさか集まっていた。なにやらわーわー騒いでいてなにを言っているのかも分からない。

「やはり来たか…まああんな下賤な連中の相手をするつもりは私には毛頭ないからね。放っておこう」
135◇p3cfrD3I7w(代行):2010/05/12(水) 01:45:54 ID:yLtQlnVy

受付から出てきたシオンがクラウスに語りかける。そして二人はまた休憩室へと戻っていく。
その後、自警団の懸命の捜査の甲斐なく証拠となる物証も一切発見されず、この事件は闇に葬られることとなった。
それから一月がたち、フィオの傷も癒えた。しかし彼女にはもう戻る教室はない。クラスの人間はフィオを除いて全員が皆殺しにされていて
現在は閉鎖学級、つまり来年また新しく一年生が入ってくるまで一学年ごと凍結しようということだ。
フィオは学校に通えなくなった。そんなある日、フィオの元をある人物が訪れる。当時自警団第一課課長だったアンドリュー・ヒースクリフである。
彼は今回の事件を通してフィオと出会い、シオンの立会いの元病床に伏すフィオに事件の取り調べを行う中でフィオの人となりを知った。
非常に正義感が強いフィオにアンドリューは自警団第一課への入団を勧めたのである。自警団第一課は軍とも呼ばれ、この閉鎖都市から犯罪をなくそうと
志す者たちの集まりである。加えてこれまで長年フィオを苦しめてきた緑髪症もここ2年で患者数が急増。今ではこの閉鎖都市の5人に1人が緑髪症を
患っている。これに対しヤコブの梯子は原因究明に乗り出したが、いまだに原因は分からずじまいである。
ただ、閉鎖都市全体に占める緑髪症患者の割合が20%にも達したこと、加えて研究の結果かろうじて分かった誰にでも発症の可能性があるということを
踏まえ、以前のように偏見されたり、差別されることはなくなっていた。これらを鑑みてアンドリューは今回の話を持ってきたのである。
自分の正義感を生かせる職業に就きたいと考えていたフィオはこの話を承諾。エミリアとアルセリオも娘の大出世に喜び大いに賛同してくれた。
それから一週間後、フィオは自警団第一課に入団するのであった。だが、2度あることは3度ある。今度は『スラムの出身』だということで周囲から疎まれるのである。
要するに、『あんな治安の悪いところで育った人間が治安など守れるものか』という偏見である。しかし、フィオはわずか3カ月でこれを払拭する。まずは彼女が入団して5日後に起きた銀行強盗事件である。
フィオを含む待機中の団員10人に出動命令が下され、現場に急行するとそこには民間人を人質にその首筋にナイフを突き付けた強盗が
銀行係員に金を要求していた。現場の指揮官であり、第一課副課長であったフローライト・リバーが状況を確認する。犯人は一人。しかし、銀行出入り口は
見通しのよいガラス張りで侵入しようとすればすぐに犯人に気付かれてしまう。そうなった場合逆上した犯人が人質にどんな危害を加えるかわからない。
136◇p3cfrD3I7w(代行):2010/05/12(水) 01:46:43 ID:yLtQlnVy
と、ここでフィオがリバーに進言する。

「リバー副課長。ボクに考えがあります。聞いていただけますか?」
「…君の話、聞こうじゃないか。で、考えとは?」

フィオが作戦を語る。まずフィオがこの窓ガラスの向こうの犯人のナイフを狙撃。それに合わせて残りの9人が銀行内に突入。犯人確保、という流れである。

「だがもし失敗したら…」
「大丈夫です。必ず成功させて見せます。ボクに任せてください」

そのフィオの自信を前にリバーも首を縦に振る。そして、団員たちを配置へと就かせるのであった。犯人からこちらが見えないぎりぎりの角度でフィオは
グレイスを構える。そして、射角に入ったところでついにその引き金を引いた。銃口から放たれた9mmパラべラム弾はそのまままっすぐにナイフを直撃し、
その衝撃で犯人のナイフはその手から大きく弾かれる。それと同時に団員が銀行内に突入。犯人を制圧するのであった。
この事件の最大の功労者であったフィオには当時の署長から功労賞が贈られた。その後もフィオは様々な事件の第一線で活躍を続け、3ヶ月後には
自警団にとってなくてはならない存在となっていたのだ。アンドリュー・ヒースクリフも当時の署長から「とんでもない大物を見つけてきたな」と褒められるほどであった。
それから1年と半年がたち、署長が定年のために引退することになり、新しくアンドリュー・ヒースクリフが署長に
フローライト・リバーが副署長に就任することとなった。この結果空席となる第一課課長の席にはアンドリューの推薦の元、フィオが就任した。
しかも驚くべきことに自警団第一課のべ3000人のうち一人として異論は出なかったのである。捜査に当たり様々な支局に赴き、その支局の人間は
フィオの姿、人となりを目の当たりにして彼女を信頼するようになっていたからだ。そして、現在に至る。

「…フィオ。どうしたの?何か考え事をしていたようだけど」
「…え、ああごめんね。それじゃクラウス君、それにみんな!お互いガンバろうね!」
「うん、次は最上階で会おうね」

そして、7人は2年ぶりの任務に就くのであった。果たして、7人の運命は…

137創る名無しに見る名無し:2010/05/12(水) 01:47:24 ID:yLtQlnVy
終了
俺、明日早く起きれたら読んで感想書くんだ……
138創る名無しに見る名無し:2010/05/12(水) 22:40:51 ID:yLtQlnVy
乙でした
なんだかんだで告死天使は暗殺集団、というかマフィアなのだなとアングラな雰囲気を感じました。
139白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/12(水) 22:43:12 ID:yLtQlnVy


            ●


「目覚めたかいの、体は大丈夫じゃろうか?」
「……?」
 白衣の老人の言葉に少女は目を瞬かせた。
目覚めたばかりの倦怠感に包まれた体を起き上がらせ、見覚えの無い老人を数秒見つめ、次に身の回りの物へと視線をさまよわせた。
 自分が居る場所は様々な機械に取り囲まれたベッドの上らしいと少女が認識する間に、
老人は少女が不安に駆られてあちこちを見ていると思ったのだろう、安心させるような笑みを浮かべ、穏やかな口調で言い聞かせるように言った。
「わしは敵ではないぞい。君を健康にしたいと思っておる。異形については分かっていないことが多いんじゃが、君はまた複雑な事情がありそうじゃの」
 言いながらベッドの周りの機械をいじっていく老人。しばらくいくつかの機械を見て、「計器的にはOKっぽいかの」と呟くと少女に向かって訊ねた。
「君は信太の森の中にあったカプセルから見つかったらしいんじゃが、よければそんなところになぜカプセルもろとも居たのか、教えてくれんかの?」
 目に見える君の衰弱以外に何か問題があるのならそちらにも対処したいしの。
 そう言う老人に対して何か答えようと少女は口を開き、
「――……?」
 話すべき事柄が頭に思い浮かばなかった。仕方なしに首を振ると、白衣の老人は何かに思い当たったように呟いた。
「もしや、記憶が無いのかな?」


            *


 窓から差し込んでくる日の光に瞼を震わせ、クズハは過去の夢から覚めた。
 ここは研究所内の居住区にある一室、クズハが以前使っていた部屋だ。
 記憶のほとんどが欠落していたクズハは平賀に自分が発見された時の状況を説明され、
その言葉を諾々と受け入れながら衰弱していた体を回復させていき、やがてこの部屋を与えられた。
140白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/12(水) 22:44:46 ID:yLtQlnVy
 研究区を追われる以前からほとんど私物がない部屋は定期的に手入れがなされているのか部屋の主が居た頃と変わらず綺麗なままだった。
クズハはほとんどない私物の中でも大半を占める本棚へと手を伸ばした。そこには種々の勉強をした時に使った書物がある。
 それらの背表紙に指を這わせ、今の世の中を一つ一つ理解していった頃を懐かしく思い、
魔法を本格的に学ぼうと思った理由が無事に果たされている現状に大きな喜びを感じた。
 と、クズハは窓の外を見た。陽はもう随分と高くまで昇っている。
「あ、昨日の夜、少し遅かったから……」
 そう口にしながらクズハは慌てて衣服に袖を通すと居住区内の廊下を食堂に向けて歩きだした。
 そうしながら昨日の事を思い出す。
 自分の正体、その存在が多くの人に支えられていた事実。これからも自分を認めてくれる人たちの力になりたいという強い思い。
 そして、
 傍にいて良いと言ってくれた……。
 私はこれからこの思いを自らのよすがとしていこう。クズハは思い、自然とその面に笑みを浮かべた。
 自身の回復も完全ではないのに目覚めたクズハの様子を見に来てくれた人。彼女を拾ってくれた人。
 森の中、朦朧とした意識の中で最初に感じた彼の感触を、匂いを、声を憶えている。
「がんばろう、もっと」
 小さく呟きが漏れた。
 食堂の方から彼の声が微かに聞こえて、クズハは銀に陽光を反射する毛が生えた耳をそばだて、小走りに駆けだした。



            ●


「それにしても、人に異形の体を……ねえ」
 呆れたような色を持って発された彰彦の言葉に匠は首を傾げた。
「知らなかったのか?」
 昨日の言動を思い返す限り、匠には彰彦は全て知っているものだと思われた。
 そう告げると彰彦はいやいやと首を振り、
「キッコさんが『全く知らんわけでもないだろうて』って言ってただろ? 
俺はクズハちゃんが元々人間だってのはキッコさんに聞かされて知ってたけどさ、なんで異形として生きてんのかまでは知らなかったんだよ。
俺りゃてっきりキッコさんがどっかで孤児でも拾ってきてこの子は異形に育てられたのだから異形の子よ! とかのたまってるのかと思ってたんだよな」
 おかげで昨日の話にゃたまげた。と茶を啜る彰彦。
141白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/12(水) 22:45:35 ID:yLtQlnVy
 二人は朝食を摂る為に出てきた食堂で鉢合わせしてからずっと昨日の事を話し合っていた。
互いに誰かと話して自分の中で情報を整理したかったのだろう。
 ひとしきり話し終わると彰彦は唐突に訊ねた。
「で? どうよ」
「なにが?」
 せめて主語を言えと返すと、「そりゃ……」と彰彦は何か言葉を探し、
「いろいろと知って、どうなのかってことだよ」
「随分と曖昧だな」
 そう答えながら、匠は彰彦の言葉を思案した。
 昨日、話を聞いてしばらくの間呆然自失としていたクズハを思い出す。
 放っておくとそのまま壊れそうで、つい声をかけずにはいられなかった……。
「……少し、クズハに聞かせるには早かった気がしないでもないかな」
「だろ?」
 我が意を得たりと彰彦。
「もうちょい大人になるまで待っても良いって思ってたんだよ」
 匠はキッコ相手に同じような事を言っていたのを思い出し、確かに……。と思い、「でも」と苦笑した。
「それだとたぶんクズハがまた自分が人を襲うんじゃないかと気にして精神的にきつくなってたと思う」
「キッコさんがクズハちゃんにちょっかいかけなきゃ問題無かったんじゃねえか?」
「それでも俺がクズハを知らないうちに追い詰めてた」
「あー、そういやキッコさん、んな事言ってたな」
「一応クズハには気を遣っていた、つもりだったんだけどな」
 ……難しい。
 思い、深いため息交じりに頭を垂れた。
 空気を変えるように彰彦が「そういえば」とわざとらしく口の端を楽しげに歪める。
「昨日のあれ、面白かったぜ?」
「あれ?」
 さて、何か面白い事などあっただろうか?
 昨日はクズハの事を聞いて色々と精神的に大騒ぎで面白い事は特に無かったはずだ。
 キッコの人化には驚いたが……。
 匠が考えていると彰彦が嬉々として話しだした。
「あれだよ。お前キッコさんとクズハちゃんの事で揉めてたじゃねえか。
クズハちゃんを危ない目にあわせたくなくて寂しがらせてキッコさんに付け込む隙を与えた匠と、保護しておいてその体たらくはなんだと責めるキッコさんの図」
「ああ、あれか……」
 思わず渋い顔をする。
「あれな、家庭を疎かにして姑に叱られてる駄目な男って感じに見えたぜ?」
 彰彦の言葉に匠は渋面を濃くした。小さく告げる。
「……姑怖過ぎだ」
 ちげえねえ、と彰彦が笑い、お、と何かに気付いたような声を上げて手を振った。
142白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/12(水) 22:46:52 ID:yLtQlnVy
「クズハちゃーん」
 彰彦の視線の先に目を向けるとクズハが小走りにやって来ていた。
 小さく息を切らしたクズハは「おはようございます」と頭を下げる。
 少し前に起きたばかりなのだろうか、寝ぐせがついた長い髪が頭の動きに合わせてサラサラと流れる。
「おはよ、昨日は大変だったな」
 彰彦が労うように言う。
「いえ、私はもう大丈夫です。私よりも、宴会の方が大変だったんじゃないですか?」
「あー、あれな……」
 たははと笑う彰彦に匠が半目を向けて深く頷く。
「まったく、飲みたいだけだったろ。お前たち」
 昨日、クズハが笑みを見せたタイミングを見計らってキッコが「匠もクズハも色々と知ったことだしの、記念に宴でもしようぞ」と言い出した。
「二年振りの帰郷祝いも兼ねてじゃな!」
 そう平賀も賛同し、
「キッコ、待つんだ」
「平賀のじいさんもちょっと待て」
「まあいいんじゃねーの? せっかくだしパーっとやろうぜ? パーっと! なっ!」
「……え、あ……はい」
 反対意見はあっさり棄却され、結局なし崩し的にささやかな宴席が設けられていった。
「まあ、そんな派手な宴会でもなかったじゃねえか。匠もクズハちゃんも飲まなかったし」
「規模は確かにささやかだったはずなんだがな……」
 彰彦に匠はため息交じりに返す。
 たった六名、しかも飲む気にはなれなかった匠とクズハ。
飲んだ末に起こる事態を予測していたのだろう明日名の三名は酒には手を出していなかったのにも関わらず、
気が付いたら周囲にはダース単位で酒瓶が転がっていた。
「……キッコ、平賀のじいさん、彰彦のせいで妙に大変だった」
 結局日付が変わるまで酒飲みたちに付き合う羽目になった匠達は朝が遅くなっている。
「そのくらい許せ」
 落ち着いているくせにどこか気位の高そうな声が背後でした。振り返ると笑みを浮かべたキッコと明日名が居る。
「やあ、おはよう三人共」
 それぞれに挨拶しながら困り顔をする明日名。
「昨日は本当に迷惑をかけたね」
「いや、迷惑かけたのはそこの女狐とチャラい野郎だから」
「どこからどう見ても人間の美女に向けて何を言うか」
「俺のどこがチャラいよ?」
「キッコのそれは変化だろ。彰彦はそのチャラチャラしてるネックレスやらピアスやらをどうにかしてから言え」
 えー。と文句を垂れる二人をとりあえず視界から外す。その様に明日名が微苦笑した。
143白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/12(水) 22:47:50 ID:yLtQlnVy
「平賀博士から言伝だ、念のための検査があるからクズハは来るように。とのことだよ」
 検査という言葉にクズハがピクンと反応した。少し硬い声で「はい」と返事をする。
「了解。じゃあ行こうか」
 匠が立ち上がろうとし、
「わざわざ立ち会うようなものでもない。≪魔素≫の流れを見る役をするついでに我がクズハに付き添おう」
 キッコが匠を遮るように言い、そのままクズハの背後まで歩み寄り、その背にしなだれかかって頭に顎を乗せた。
「わ」
「相も変わらず好い感触だの」
 キッコの金髪とクズハの銀髪が混ざる。胸に押し潰されて呻いているクズハを露わにした尻尾で巻きつける。
「えーと、キッコさん、やめてくださいませんか?」
「よいではないかー」
 クク、と喉の奥で笑いながらキッコは機嫌よさげにクズハを撫でまわす。
 見かねて何事か言ってやろうと匠は思い、
「じゃあ、任せようかな。でもクズハが困っているからそれはやめるように」
 今度は明日名に先を越された。
「その間、俺達は外で適当に食べ物でも仕入れてくるよ。坂上君も今井君もそれでいいね?」
 そう言って明日名は匠と彰彦の肩に手を置く。
 匠はキッコにクズハを任せる事に微妙に不服を感じながらも頷いた。
144白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/12(水) 22:54:52 ID:yLtQlnVy



            ●


 平賀の所へと向かったキッコとクズハを見送り、残った男三人は研究区を適当に回っていた。
 商店が軒を連ね、オープンカフェが談笑の場となり、奇態な格好をした大道芸人が相棒の異形と共に珍妙な仕草をしては見物人がそれを囃したてている。
 相変わらずだ。
 昨日も思った感想を改めて胸に抱き、頬を緩めた匠に明日名がすまなそうな顔をして話しかけた。
「すまないね、昨日いきなりあんな話を聞かされて大変だろうに」
 半ば強引に匠達を外に連れ出す形になってしまった事に負い目を感じているのだろうか。
その声音は気遣わしげな色を含んでいる。匠は先程不承不承という雰囲気を表に出してしまったことに少し罪悪感を覚えた。
「いや、まあ……俺自身はそんなに、クズハの方が大変だと思うけど」
「それでも、だよ」
 そう穏やかに言う明日名はとてもキッコと式契約を果たすような豪の者には見えない。
 平賀のじいさんの助手だって言ってたけど……。
 隣でどこの店に行こうかと彰彦と話し合っている明日名はなるほど、確かにいかにも白衣が似合うだろう線の細い、ひょろ長い背格好だ。
研究者である平賀の助手というポジションは収まりが良く見える。しかし、
 腕の傷痕……あれは研究職の人間が負う類のものには見えなかった。
 昨日は他に気を取られて気にしている余裕が無かったがその件に一応の解決が見られた今、彼がどのような人物なのか気になる。
 明日名が匠の様子に気付いたようで視線を寄越してきた。 
「俺の事が気になるかい?」
「……まあ」
「そういや匠と明日名兄さんは昨日が初対面だったんだっけ?」
 彰彦に肯定の意を返すと明日名がやや申し訳なさそうにいいや、と答えた。
「俺の方は信太の森で遠目から匠君たちを見ていたんだ」
「そうなのか?」
 あの場に他の者が居たとは意外だ。
 思った事をそのまま口にすると明日名は苦笑した。
「どんな形であれ極限状態でクズハを戦闘させて彼女の中のキッコの≪魔素≫を食いつぶさせる必要があるとキッコが言った時、
『復讐の機会を与えてくれるか』って本当に愉しそうに笑うものだから嫌な予感がしてね。
やり過ぎないか心配だったんだ。まあ、結局匠君は貫通創もらっちゃったわけだけど」
「ああ、キッコさんが『留飲が下がったざまあみろっ』て大喜びしてた例の……」
 匠の腹の辺りに目をやって感慨深げな彰彦に「あの女狐、そんなに人が重傷負って嬉しいのか」と匠は呻いた。
「まあまあそうツンケンするなよ」
 宥めながら彰彦が明日名を示す。
145白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/12(水) 22:55:47 ID:yLtQlnVy
「改めて俺が明日名兄さんを紹介してやるよ。フルネームは安倍明日名。平賀のじいさんの助手でキッコさんの式契約者。
明日名兄さんは第二次掃討作戦の時に家もろともすっ飛んで路頭に迷っているのを平賀のじいさんに拾ってもらったんだってよ。
今は助手としてキッコさんと一緒に平賀のじいさんの手伝いだ」
「キッコは基本的に町を回って人間観察に勤しんでいるから主に動くのは俺一人になるけどね」
「この通り天性の使われる才能の持ち主だぜ」
 妙に堂々と不名誉な才能に太鼓判を捺して明日名を示す彰彦。
 ああ、掃討作戦に巻き込まれた時に傷を負ったのか。
 匠が内心で頷いていると、明日名は自身の紹介のされ方に困った顔をし、「まあいいか」と表情もそのままに匠に問いかけた。
「やはり彼女を好きにはなれないかい?」
 キッコの事を言っているのだろう。それはすぐに分かった。それ故に匠は数秒考える。
 キッコの事情は分からないでもない……。
 話は聞いた。事情も理解した。今回のクズハの件については少なくとも、もうキッコには恨みを持ってはいない。
 しかし、
「もう殺し殺されという関係にはなろうとは思わない。けど、好きになれるかは分からない」
 信太の森で斃れた仲間を思うと敵意が消えるということは無かった。
「そうか」と答え、明日名は告げる。
「でも、キッコの方は君に散々文句を言いながらも感謝もしているようだったよ」
「感謝?」
 自分達は結局キッコから住処を奪い去ってしまった。そこに感謝される謂われは全く無いはずだが。
 そう思って明日名を見返していると彼は頷き、
「第二次掃討作戦時、クズハが入ったカプセルにまで彼女の炎が及ぼうとしたのを守ってくれた気概、
それに異形の子を屠ろうとしなかったその情。
カプセルを破壊されて衰弱していくクズハを見ているしかなかったキッコにはありがたい事この上なかったようだね」
「キッコが……?」
 そこまでキッコはクズハに情を抱いていたのかと少し意外に思う。
「あれでキッコはクズハの事を気にかけていてね。以前血を分けた妹のようだと言っていたよ。」
「そうか……」
 匠は神妙に頷き、「……ん?」と首を傾げた。
「……妹?」
「娘とか孫とかじゃねえの?」
 彰彦と二人、そう答えると明日名が俯き気味に、
「……本人の前で言ってみるかい?」
 勢いよく首を左右に振った。
「好き好んで地雷は踏みたくない」
「全くだ。でも喋り方は明らかに婆ちゃん的なアレだよな……」
 彰彦の言に一行は声を上げて笑う。
 話し合っているうちに商店が立ち並ぶ通りにたどり着いた。
146白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/12(水) 22:58:09 ID:yLtQlnVy
 個人経営の肉屋、八百屋、魚屋、電気店や工務店などが軒を連ねている。
複数種の食料を買うには一軒一軒店を回らねばならないためスーパーなどの集合店で買うよりも手間がかかるが
一品一品は安く手に入るしその店独自の惣菜も手に入る。
 それに、
「おー、匠ちゃん、帰って来てたってほんとだったんだ」
「荷物もらったぞー、ありがとなー」
「おお、匠。平賀のとこに居るキッコさんってありゃどこの美人さんだ?」
「いや、明日名さんの知り合いなんでそこら辺は詳しくないんだよおっちゃん」
「彰彦よー、とっとと金返せよー」
「気が向いたらな!」
 行く先々で店主や客と会話が弾む。平賀の研究区は匠が暮らしていた土地だ。知り合いもまた多い。
「明日名さん、今日はまた珍しい組み合わせで買い物かい?」
「ははは、まあ男三人、親睦を深めようと思ってね」
「そいつは良いこった」
 そう言って厳つい顔に歯を見せる笑みを浮かべた肉屋の店主におどけて匠が口を開く。
「負けてよおっちゃん」
「バーカ、せめてキッコさんか、匠がいるんならクズハちゃんもいるんだろ? 
どっちか連れてきてからそういうことは言いやがれ。野郎相手じゃあ負けてやる気にならねえよ」
「く、こうなったら今度平賀のじいさんのプロマイドを店先に大量散布して……」
「やめろ、んなことされたら店畳まなきゃならねえ!」
 そんなやり取りをしながら商店を回っていると端々でキッコの名前を聞いた。
「……キッコ、馴染んでるんだな」
 増えていく買い物袋を抱え、匠はしみじみと呟く。
「あれで結構人が好きなんじゃないかと俺は思うよ」
「住処を追われて人嫌いになってもおかしくないと思うんだが」
「キッコさんあんま物事にこだわらねえタイプだからなー。――まあ変なところでこだわって匠みたいにひっでえ目にあったりもすんだけど」
「ひっでえ目に遭ったのは確かだけど、クズハの前であまり腹の傷の事は言うなよ」
 彰彦に言いながら匠は「俺は根に持ち過ぎているだろうか」と小さく漏らす。
「そんなことはないさ」
 明日名は商店街を出る道を先導しながら言う。
「あれは戦争で、君とキッコは敵だったんだ。そしてキッコは君の仲間をどんな理由であれ殺した。
それを割り切ることもないと俺は思う。ただ、キッコの相棒としては、彼女は彼女でクズハを愛おしんでいるという事は分かって欲しいかな。
クズハを操った事に関しても、荒療治だったけどクズハが抱えていた問題を解消するには適した行動だったと俺は思うからね」
「ん、分かった……」
 あの妙な因縁のある異形と、これからどう付き合って行こうか。
 研究所に戻る道すがら匠はずっと考えていた。
147白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/12(水) 22:58:59 ID:yLtQlnVy



            ●


 研究所に帰ると既にキッコとクズハ、それに平賀が待っていた。買い物をしていた時間は一時間程だ。思ったよりも早くに検査は終わったらしい。
「クっズハちゃーん。検査の結果どうだった?」
 彰彦が荷物を放り出しながら訊く。クズハは詳しい事は分からないのかどう答えたらよいものかと迷うそぶりを見せ、その間にクズハの左右から平賀とキッコが答えた。
「体の方は問題無しじゃな」
「≪魔素≫の方も十全よ。問題ないだろうて」
「みたいです」
 ほっとした顔でクズハ。
「おお、そいつはよかった!」
「ああ、本当に良かった」
 あれだけの大騒ぎをしたんだ。それくらいの結果は返ってきてくれないとな。
 そう思いながら匠は安堵の息を吐いた。
「クズハちゃんの件はこれで決着ついたな。匠達はこれからどうすんの?」
 肉屋で仕入れたコロッケを皿に広げながら彰彦が訊ねる。
「適当に町を回って師範や門谷さん、向こうで世話になってる番兵さん達に適当に土産ものでも買って和泉に戻るよ」
 同じく出店で仕入れた惣菜を用意しながら匠は答えた。その答えに彰彦が不満げに口を開く。
「なんだ、もう帰んのかよ」
「無理言うな。もともとここに来た目的はこうして果たされたんだ。それに今は自治政府から出ている中央に来んなっていう圧力に反抗してる状態だし」
 ……あまり門谷さんに迷惑はかけられない。
 今回の件では散々世話になった。あんまりここに居過ぎて政府側から余計な口出しをされるのも避けたい。
 そう考え、はたと気付いた。半ば責める口調で言う。
「お前こそ師範たちの所へ帰れよ。師範たち、あれでけっこう心配してると思うぞ」
 彰彦はケッ、と吐き捨てた。
「心配してる奴が一発殴っとけなんて言うかよ」
「いや、心配してるのは道場の方な」
「ひっでえ!?」
「冗談だよ」
 笑いながら言う。彰彦は乱暴に食べ物に手をつけながら「ともかく、やなこった」と口にした。
「跡取りはどうする」
 師範たちの子供は彰彦一人、切実に師範たちは彰彦の帰りを待っているものと思う。
「匠がやってくれよ」
「俺のは途中から自己流で基本形から外れてるから無理。せいぜいが剣術系の指南と基本の指導くらいだな」
 残念でした。と言ってやると彰彦はそっぽを向いた。
 強情な。
 ヤケ気味に惣菜を頬張っていく彰彦にそんな感想を抱いていると平賀がふむ、と口を開いた。
「彰彦君、一度和泉に戻るかな?」
「そうせいそうせい」
「今井君、せっかく匠君が来て帰るきっかけができたんだ。戻ってみてはどうだろう?」
 年長者三人に言われて彰彦が顔を引き攣らせた。
「あー、じゃあ今度遊びに行くわ」
 そう言うと「俺、ちょいと散歩でもして来る。またな、匠もクズハちゃんも」と言って去ってしまった。
 そんなに道場に帰りたくないか?
 少なくとも匠の記憶の中の彰彦は師範、というよりも道場や流派に対して誇りを抱いているように見えた。
 価値観が変わったのだろうか。それとも……反抗期か?

148白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/12(水) 23:00:13 ID:yLtQlnVy
 いやいやこの年でそれはどうなんだろうと思い、首を振る。すると、
「何を珍妙な顔をしておるか」
 キッコの呆れ顔が目の前にあった。その手に持った更には食べ物が山と積まれている。
「いや、ちょっとな」
「クズハの事かの?」
 実際には違うがそっちも気にならないわけではない。とりあえず頷いておく。キッコは皿の山を高速で崩していきながら、
「昨日の話は他言無用となってるからの。これからもクズハには異形として生きてもらうことになる。多少生きづらいだろうがの」
「まあ、それは仕方ないな」
 下手に事実を話して人と異形の合成体を研究対象にされてもかなわない。
「でも、お前みたいに完全に人の姿をとるというのはどうだ?」
 少なくとも奇異の視線を向けて来る連中からは逃れられるはずだ。しかしキッコは「駄目だの」と否定する。
「完全な状態の人への変化はこれでなかなかにしんどいものなのよ。尻尾でのバランス感覚の維持がままならんし≪魔素≫も上手く扱えなくなる。
我とて長い間の完全人化は難しいし、戦おうとすれば耳と尻尾が勝手に出てきおる。
それに、もし人と偽って生活していてもそれがばれたらどうなる? 騙したなと誹りを受けかねんだろうて」
「……軽挙はできないか」
 しょうがない事と思うが不憫にも思う。クズハが元は人間だと知ってしまえば尚更だ。
 少し暗い表情をしている匠を見かねてキッコが言う。
「心を読めたから分かる事だがの、クズハは匠、貴様に懐いとる……何故か気に食わんがの。今の生活にも特に不満も感じておらん。
今回色々知って憂いも晴れたろう、これ以上を求めることもないだろうて」
「そうだな」と答えながら、匠は改めてキッコを見る。キッコは怪訝な顔をして訊いてきた。
「何か我の顔に付いておるか?」
「いや……クズハの事、よく見てるなと思って」
「何を言うかと思えば、我とクズハは繋がっておったのだ。それも当然だろうて」
「そうか……」
 答え、つと目を逸らす。そして小さく告げた。
「いろいろ、誤解とかで戦って……悪かったな」
 キッコは食べ物をつまむ手を止め、気味悪げな顔をして匠を見た。
「いきなりどうしおった。我は人も、特にお前たちが攻めてきた時の軍人を幾人も殺した。今さら敵意を向けられる事くらい気にせんがの」
「いや、一応、な」
 歯切れ悪く答え、ついでに匠は気になっていた事を確認してみた。
「あの時……掃討作戦の時、信太の森であんたが言ってた守りたいものってやっぱり……」
 言いさしてクズハに目を向ける。キッコも心得たもので小さく頷き、
「初めは小娘に興味も無かったのだがの、ただ我の住処が落ち着く事に繋がるのならばと思うて見ていたら……情が移りおった」
「そうか」
「んむ、まあ、仲良うできるのならばそれに越したことは無いの」
 そう言って小気味よく笑ったキッコを見て、別の卓の惣菜をつまんでいた平賀とクズハが首を傾げた。
「どうかなさったんですか?」
 クズハの問いにキッコは機嫌良く答える。
「いやいや、匠と我とで多少和解というか歩み寄りが成ったようでの」
「それはまためでたいのう」
 平賀が嬉しそうに言い、明日名が口元に笑みを浮かべて頷いた。キッコはクズハを抱き寄せながら、
「うむ、ではそれを祝して――飲むかの」
 懐から酒瓶を取り出しクズハに「飲め」と突き出した。頭を抱えて明日名がとがめる。
「キッコ、またクズハが困ってる。やめておくように」
「なんだ明日名よ、我に口出しするか」
 匠は酒が入る前から酔っ払いめいたキッコの言動に呆れ、しかしただの宴会好きなその姿にまた毒気が抜かれていく思いがした。

149白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/12(水) 23:01:08 ID:yLtQlnVy
2クールくらいの時間を使って1クール(13話)やっと書き終わった!
いやだからどうしたって話ですが。

次回からはまた舞台は和泉に戻ることになるかと思います。

そして時期を逃して今更ですが中途半端にレス返しをさせていただきます。
>>19
クズハの名は葛の葉狐からとってきてます。
ええ、銀髪狐っ娘を描こうと決めた瞬間に思い浮かんだのがこの話だったもので安直に!
あとスパロボのクスハは俺のよm(天魔降伏されました)

>>20
世界観的に前文明が一度潰れたのが近未来的な雰囲気だったのでちょっと科学は進歩していたりすると思ってますが
そこら辺は >>ふぇ の方のを楽しみにしてますww(この引用いいのだろうか)ww
俺? 俺はファンタジーとSFの名を借りた中二を……っ!
150異形純情浪漫譚ハイカラみっくす!:2010/05/13(木) 21:44:58 ID:Bhw8loeR
異形純情浪漫譚ハイカラみっくす! 第6話
「深淵にて」



眼下でうごめく幾つもの手のひら。ひときわ高く伸びた力強い手が私を乱暴に掴む。
木塀からふわと足が離れたかと思えば、すぐさま地面へ押さえつけられ、私は悪意を持つ
無数のうねりに身体を包まれた。

本来人間にとって畏怖の対象たるべきこの私が、今や性欲のはけ口にされようとしている。
いかに私が妖魔の端くれとはいえ、このような大勢の人間に取り押さえられてはどうする
こともできない。
もうダメだ、例えこの場から生還できたとしても、私は一族の名に、いや蛇の目家の名を
も傷つけてしまうことだろう。

「やわらかーい」
「ふかふかだね!」

嘲笑に混じり、卑猥な言葉が私を罵る。朦朧とする意識の中、頭や首、背や腰へと、時に
激しく、時に優しく、今までに体験したことのない波濤が身体を襲った。
きちんと毛づくろいしてきた自慢の毛並み、時間をかけて整えたひげ。今まで積み重ねて
きた私の全てが、人間ごときに踏みにじられ、穢されていく。
屈辱、陵辱、淫辱、あらゆる恥辱がそこにあり、しかし最も恥ずべきは私の身体がそれら
の愛撫を徐々に受け入れ始めたことだった。

――や、やめ……

「ごろごろ言ってる!」
「喜んでるんだよ」

――ないで……

堕ちる、堕ちていく。
渦巻く欲望の撹絆が、深く暗い淫欲の果てへと私を引きずり込む。例えその先に死が待ち
受けていようとも、もはや快楽を止める枷には成り得ない。
私は自分がまだ幼いと自覚していた。幼いが故、淫らな気持ちとは無縁だと思っていた。
ところがそれは大きな間違いだったのだ。

もはや自分がどのような格好をしているのかも分からない中、エリカ様から頂いたリボン
が、はらりと落ちる。

ああそうか。私は汚されているのではない、求められているのだ。

そんな答えに達した時、ふと諦めにも似た笑みがこぼれる。
全てを失い、全てから開放された瞬間、私は闇と溶け、ひとつとなった――
151創る名無しに見る名無し:2010/05/13(木) 21:46:33 ID:Bhw8loeR

† † †


見上げることしか叶わない深き闇の果て。私は遥か上で揺らぐ光の漏洩をじっと見ていた。
やがて光はゆっくりと降り広がり、どこか懐かしい香りとともに私を包む。

「タバサ……」

光の彼方から、エリカ様の声が。エリカ様の温もりが。

「……もう大丈夫だよ」

私を闇の底から、掬い上げる。
焦げ付くようにくすぶっていた陰鬱な気持ちを、置き去りにして。


† † †


突然視界が白く染まり、眩さに細めた目の先が色を取り戻す。
そこはどこかの質素な和室のようで、陽を浴びた藺草の柔らかい香りで満たされていた。
目の前には昨晩の青年が、何故か顔を腫らして仏頂面をしており、その側には見たこと
のない妖狐の少女がこれまた仏頂面で正座をしている。

はて、これは一体どういうことなのか何も思い出せない。記憶の糸を手繰り寄せるも、
それは途中で綻ぶように途切れていた。

「あ、起きたみたい」

聞き覚えのある声と背中を撫でつける感触に目を上げる、と私は自分がエリカ様の膝の上
で寝かされていることに、ようやく気がついた。
きょろきょろと周りを見回す私を見て、青年はため息混じりに何かを言いかけたが、それ
を制して口火を切ったのは妖狐の少女だった。

「とにかく破損した道場の門と、穴ぼこだらけになった敷地は直してもらいますから」

そっと湯のみを置いて目を閉じる少女を前に、しゅんとするエリカ様。
事情は分からないが穏やかでないことだけは確かなようで、よくよく鼻を効かせてみると
どうも何か焦げ臭い。元を辿って目をやると、開けられた襖から覗く広場はところどころ
で焦げた穴が煙を上げており、その向こうに小さく見える門はそれこそ戦でもあったかの
ように崩れ落ちている。

「門を壊したのは確かに私だけど、道場はクズハさんがやったんじゃない」
152異形純情浪漫譚ハイカラみっくす!:2010/05/13(木) 21:48:02 ID:Bhw8loeR

不服そうに口を尖らせるエリカ様に対し、クズハと呼ばれた少女は黙ってずずと茶を含み、
鋭く冷たい視線を向けた。その姿はどことなくあのキッコ様を彷彿とさせるものがあって、
私は首を傾げるばかりである。

それからしばらくクズハさんとエリカ様の諍いは続き、青年も途中で何度か口を挟もうと
していたようだが、それも面倒になったのか外へ出て、私を呼ぶように口を鳴らした。

その時、ほころび途切れていた記憶の端をようやく捕まえることができた。
そうだ、私はエリカ様の恋を遂げさせるべく、この青年の居場所を探しにここへ来たのだ。
でもそれは私の単独行動であったはずで、すると今度はどうしてエリカ様がここにいるの
かが分からない。

「いいご主人様をもって幸せだな、お前は」

青年がぽつりとつぶやく。
言う通り、確かにエリカ様は従者をないがしろにするような悪い主人ではない。が、なぜ
私がお前にそのようなことを改められなければならないのか、と顔をしかめると、それを
察したのか私の身体をひょいと持ち上げ、室内へと向き直らせた。

「大体おかしいじゃないですか、用があるなら普通に入ってくればいいのに」
「それは……だから。そのつもりだったけど、タバサが手籠めにされてたから……私」

よくよく見れば二人の衣服はところどころ破れ、そこから覗いた擦り傷からはうっすらと
血まで滲んでいる。この状況のみを切り取ってみれば、二人の間に衝突があったのだろう
ことは想像に易い。ひょっとすると青年の両頬についたモミジ型の腫れ跡も関係があるの
かもしれない。

「なんですか、手籠めって。門下生に撫でられてただけですよ」
「よ、よくもそんな! それを手篭めって……強姦って言うんじゃない!」
「言いません」

そこまで聞いて振り返ると、青年はうつむいたまま「くく」と笑いをこらえていた。

「いいご主人様だが、少々抜けてる。というかバカなのかもしれん。まあ、お前はここで
何が起きたか覚えてないだろうから簡単に説明してはやるが、愛想つかさないようにして
くれよな、あんなのが野放しになったらまた討伐せにゃならん」

どことなく呆れた笑いを含んだその言葉に、どうやら私とエリカ様は浮いているというか、
何かずれてしまっているような、そんな空気が漂っているような気がしてならない。

私は乾いた瞳をぱちぱちと潤してから青年を見上げ、その言葉の続きを待った。



つづく
153 ◆zavx8O1glQ :2010/05/13(木) 21:50:34 ID:Bhw8loeR
投下終わりです

>ゴミ箱
予期せず巻き込まれた武器商人とは、なんという緊張感。
しかし「イズマ主」には「侍女コンビニ」に近いものを感じたぜ、パパラパー!

>ネメシス
いじめの報復に一学年殲滅だと……
こいつら狂ってやがる!

>白狐
キッコの大食いぶりにシビれたw
なんというか、何をやっても貫禄があるぜ……
154創る名無しに見る名無し:2010/05/14(金) 14:58:35 ID:cWoirxJT
異形はクロス続くなあ・・・
どちらも乙でした!!
155避難所より代行:2010/05/14(金) 21:12:31 ID:fF9xEizb
>>白狐と青年
>>ハイカラみっくす!

どちらも投下乙!!
クズハ、エリカ様、ふぇ(別称トエル)と華やかな異形世界。勢揃いでレッツ温泉界なんて機会はないかねぇw
156 ◆mGG62PYCNk :2010/05/14(金) 23:03:24 ID:/Gojajor
乙でしたー
にしてもいろいろと発言が危ない主従だww
ハイカラみっくす! の作者さん
この話の時間軸って決まってますか?
それとタバサさんってもしかして見た目まんま蝙蝠の翼が生えた猫!?
157 ◆zavx8O1glQ :2010/05/14(金) 23:32:17 ID:p01KEKyC
なんか話が飛びすぎてると反省しつつ

時間軸は特に決めてないですねー、どこかぽっかりはまれば面白いかもしれないけど……
タバサについては、聞かれたからには黙ってられないので自慢の筆を走らせてくるよ!
158創る名無しに見る名無し:2010/05/14(金) 23:44:56 ID:/Gojajor
>>157
了解です
続きをみつつぼちぼちやってきましょう。近くそちらのキャラクターを借りることになるかと思います。
これは期待して待たざるを得ない……!
159創る名無しに見る名無し:2010/05/14(金) 23:52:58 ID:p01KEKyC
はい、ってひとこと言えばいいだけだったのに
5回くらい描きなおしてこの有様

http://loda.jp/mitemite/?id=1078
160創る名無しに見る名無し:2010/05/15(土) 00:13:50 ID:GdIfm5Q/
おおww
猫だww使い魔っぽいww
161sage:2010/05/15(土) 09:11:26 ID:NSI+XEf9
味わい深い過ぎるwww
162創る名無しに見る名無し:2010/05/15(土) 09:21:08 ID:NSI+XEf9
ありゃw
しかしキャラも多くなったし、またイラスト投下も
増えるといいね
163創る名無しに見る名無し:2010/05/15(土) 11:58:15 ID:YvlSdiNL
寄生されない内にふぇ第五話投下
164正義の定義:2010/05/15(土) 11:58:59 ID:YvlSdiNL
 「おー、やっときたか、おせぇぞコラ」
 「途中で色々あったのよ…それにしても…」
 朝日が昇り、蒼天の大空に陽が射した。所は何処、関東地方のとある自治区である。そこそこ人の入りが見られる事から、
復興度の高い地区のようだ。街並みは明治初期と言った、なんとも古めかしい街の景観に、そぐわない形でビルやらがチラホラと
建っている、珍妙な街並みであった。
 過去の遺物…。現在、アレを建てる技術はこの国にはない。なんだか酷くあべこべだ。まるで時代逆行だ。文明開化の音が
聞こえるところまで逆戻りしてしまったかのような家屋の数々が、高くそびえるビルとの対比になっているようで、それを冴島は
可笑しく思った。
 「でもこのアンバランスなけーかんが、わたしのふえぇてぃしずむをしげきすりゅ…ふぇ、かんだ」
 「何言ってんだこいつ?」
 「おもしろいわよねこの子」
 トエルのよく分からない発言に炎堂が呆れる中、現地に到着した陰伊達は先に活動に応っていた白石との再会に浸っていた。
まぁ数日会っていないだけなのだが。
 「陰伊ちゃーん!」
 「幸ちゃん!」
 再会に抱きしめあう陰伊と白石。ごく一般的なアメリカンスタイルの挨拶である。
 「いやー、もうね、炎堂さんと二人だとおっさん臭がひどくてさー、移っちゃいそうだったから陰伊ちゃんに移植するべさ」
 「やーめーてー」
 「おいこら白石!てめぇなんか色々言ってくれてるじゃねぇか!!あぁ!?」

 (はぁ、ほんとにこの人達は呑気だな…)
 裳杖は再開するや否やてんやわんやで酷い陰伊達の様子を見て溜息を吐く。そんな冴えない様子の彼の肩をぽんと叩いたのは…
 「この中でまともなのは俺とお前だけだなぁ、裳杖!」
 「はぁ…」
 ムッツリスケベ英雄こと青島龍太であった。裳杖は自分と一緒にしないで欲しいと心の奥で密かに思った。


第五話
   ―『魔法と少女と召喚獣』…略してととしょ。―


先日、パンツァードラグーンをパンツのゲームだと思っていたボトラー(最近ホースメン寄りになりつつある)の友人が
 「○-saki-とア○ギって真逆の漫画だよなぁー」
なんて事を言ったものだから、私は
 「じゃあア○ギは鷲巣麻雀の最中に濃厚なホモプレイをする漫画なのかよ」
と反論した。確かに顎が鋭利な男しか出てこない漫画ではあるが、決して「んほぉ!顎いいのおお!風林火山噴火しちゃうウウ」
などと言ったりするような漫画ではないことを留意していただきたい。
 「そもそもどうしたらそのような結論になるのか?このマセガキめ、数秒で即強姦すんぞ」
ボトラーはそう言っていた気がする。いや、「数秒で即輪姦」だったかもしれない。兎にも角にも、彼と私の間には決定的な認識の
違いがあったのだ。私は○-saki-を百合漫画と記憶していた。ボトラーは萌え漫画と記憶していた。それだけの違いである。
中身は同じであるのに、人によって認識の違いがあるというのは面白いものだ。モモはガチレズかわいい。失礼。
つまりはそういうこと。例えば、人によっては悪く思える事柄も、別の人間からすれば良い事になり得ることがあったとする。この場合
どちらが正義だとか、どちらが悪だとかは一概に言えない訳で、つまり今回の話はこういうお話です。ガッチャガッチャガッチャ。

―前回のあらすじ
クロス
伺か
>ふぇ

クロスっていってもラクロスとかゼクロスとかク○ノ・クロスとか…いや、あんなゲームは無かった。今の無しね。
とりあえずあんな前回でした。おもしろいですよね、やっぱりこういうのがしぇあわの醍醐味だとあたち、おもうのよ!
ふぇ!もっとさくひんがふえりゅといいね!五月病なんか吹っ飛ばせ!そんなあたちは万年五月病ちゃん!

以下、本編…


165正義の定義:2010/05/15(土) 12:00:27 ID:YvlSdiNL

 「…で、今回護衛する人物はお偉い方だ。お前ら、粗相の無いようになァ」
 区の中心部。廃ビルを再利用して運営している役所の最上階。窓ガラスから外を覗けば、目下に広がるアンバランスな街並み。
そこに今回、炎堂、冴島、陣、青島、陰伊、裳杖、白石、トエル(北条院は留守番。武藤は連絡がつかない)等八人が一堂に会し、
自治体の所長に謁見する事となっていた。所長は最上階の一番良い部屋に居るらしい。所長が居るとされている
部屋はやはり、他所より作りが一段と荘厳であった。扉を前にし、所長はどんな人物なのだろうという各自の推測も程々に、
一同は部屋へと足を踏み入れる。
 室内はアンティークな小物やら観葉植物やらが適度に置かれた面白味のある部屋だった。こういう偉い人の部屋にはよく解らん
抽象絵画が無駄に豪華な額縁に収められ立掛けられていたりするが、この部屋にもやはりそういう額縁がいくつもぶら下がって
いた。トエルや白石は「如何にも裕福な人間が好きそうな部屋だ」と思った。それを嗜む余裕があるのだろう、この部屋の主は。
 部屋の奥には、一面ガラスの下々を見渡せるような壁を背に、広々とした檜のデスクに肘を付き社長椅子に座る中年の男がいた。
おそらくこの男がこの自治区の所長なのだろう。

 「やぁ、どうもどうも。あなた方が再生機関の他の英雄さん達ですか〜、噂は常々聞いておりますです、はい」

 一行の来訪を心待ちにしてたかのような態度で迎える男。次に、男は「自分はこの自治区の統治者である」という肩書きと共に自己紹介をした。
男は肥えた中肉中背。服装は、暑いのかスーツは着ておらず、Yシャツネクタイというクールビズな格好をしていた。
白石はやはり「いかにもな格好だ」と型に嵌り過ぎた男の事をつまらなく思った。ともあれ、この所長はそれなりの暮らしをしている
であろうことが伺える。
 白石は数日前からこの自治区に滞在していたが、所長の男を見るのはこれが初めてである。だからといって、どうと言う訳
ではないが、男の気持ち悪いくらい下手な態度に不信と不快を感じた。なんだかあまり好きになれそうにないタイプの人間だ。
白石の第一印象はあまりよろしくないよう。
 「いやぁ、はるばるこのような場所まで皆様に出向いてもらって、私ゃ感無量です」
 「英雄の仕事ですから。して今回、聞くところによるとあなたが命を狙われているという事ですが…」
 男の世辞も軽く聞き流し、単刀直入に本題へと入る冴島。男の表情が曇る。軽い咳払いの後、男は今回の案件について
話し始めた。
 「そうなんですよ。先日このような脅迫状が送られてきましてね」
 男は檜のデスクの引き出しから一枚のペラ紙を取り出す。その紙には酷く不恰好な文字でこう書かれていた。

 『ワレラ、悪ヲメッシ、正スモノナリ。イッシュウカンゴ宵ノ刻。キサマノ首ヲモライウケル。コレハ天誅デアル』

166正義の定義:2010/05/15(土) 12:01:17 ID:YvlSdiNL

 「ということなんです…実はウチの警備隊も何人かコイツらにやられていましてねぇ、その上正体はわからず…ここは英雄の
皆様方の力をお借りする他無いと思いまして…ええ…来週の宵の刻…これが来たのが五日前ですので…」
 「明後日か…"ワレラ"っつってんだから敵は複数なんだろうな…」
 炎堂は脅迫状を見て苦虫を噛んだ様な顔をする。大人数相手となれば骨が折れる。極力厄介事はパスしたい炎堂であったが
依頼者の手前、本音は胸の奥底へと押し込む事とする。
 「なんでカタカナなの?ふえふぇ」
 「ほら…そこは脅迫文ぽくねぇ?」
 まあお約束ですよそういうのは。そこに突っ込むのはナンセンス。細かいこと気にするべからず。
 「そ、それにしても…この脅迫状からは動機が掴めませんねっ…」
 陰伊にはそれが気がかりであった。殺すとまで言っているのだから、それなりの理由があるはず…
 「おじさん何か恨まれるような事でもしたんじゃない〜?」
 ここで白石は男にストレートな質問を投げかけた。失礼極まりない問い掛けをした白石に拳骨を食らわす炎堂であったが、彼も
それについては情報が欲しかった。首謀者がわかれば事前に事を阻止できるというもの。
 「ちょー!いたいしょやー!」
 「うっせ、お前が失礼な質問すっからだろうが、バーカ。…で、失礼ですけどもォ…そういうことに心当たりは?」
 「…んー、ちょっと思い当たりませんねぇ、さっぱりわかりません」
 男は首を傾げ、両腕で全く分からないというジェスチャーを取る。若干胡散臭く見えるが、これといった反対材料もないので
とりあえずは彼に言葉を信じる事にした英雄達。しかしこうなると結局敵を迎いうつ他なくなる。

 「座して待つ…他無い…まぁ…気楽に待とうよ…僕ら英雄に…敵うものなんて…いないんだから…ふふ…」

 大人しく黙っていた陣が不意に言葉を発する。釣り上がる目と口が、彼の押えきれぬ静かな狂気を表していた。
突然自分の後ろで喋ったものだから、陣の前にいる青島は驚きビクリと肩を震わせた。というか、今まで陣の存在にも気がついて
いなかったようで、陣が声を出したことで初めて青島は陣がいることに気が付いたようだ。
 (いきなりしゃべらないでくれよなー、存在感なさすぎてビビったぜ…)


 「…あぁー、なんかあのオヤジあやしいなぁ…」
 「幸ちゃん…そうやって簡単に人を疑うのは良くないよっ…」
 「みつはすこしひとをうたがうことをおぼえたほうがいいけど!ふぇ!」
 挨拶が終わり、各々勝手に行動しだす英雄達。警戒は怠るなとはいえ、護衛は冴島と裳杖が付いているのでよほどの事が
無い限り大事には至らないだろう。今日明日と名目上は機関活動だが、実質自由である。ともなれば彼らとて人間。少しくらい
息抜きしても罰は当たらないはず。
 「それよりさぁ、せっかくフリーになったんだし、皆で街中見てまわろーよ」
 「いいのかなぁ…?」
 「いーんだよ。ほら、炎堂さんだって…」
 白石はそう言って前方2時の方向を指さす。そこにいたのは若い女衆を連れた炎堂虻芳その人であった。
 「ねーぇ、ダンディーなお・じ・さ・ま・?ちょっといい店があるんだけどよっていかなぁーい?」
 女衆の一人が大胆に開いた服の胸元を親指でクイッと広げ、炎堂を誘惑する。見事に魅了されてしまった炎堂は
 「うへ?まじ?おじさんその店気になってきちゃったなぁ〜」
 なんて言って、真昼間から艶めかしい風俗街へと入っていくのであった。彼のそのニヤケ顔はただのエロオヤジにしか見えない。
あれが英雄とは…認めたくないが事実であるので仕方がない。
 「おっさん…」
 「ほ、ほら、英雄好色って言葉があるし…」
 「ふぇ!ただしイケメンにかぎる!!あれはただのスケベオヤジ!ふぇふぇ!」
 三人は、炎堂にもっと最年長としての自覚を持って欲しいと思いながら、街へと繰り出すのだった…

167正義の定義:2010/05/15(土) 12:04:25 ID:YvlSdiNL

―――…

 「おいしー!もーしあわせだべさぁー!」
 「ホント美味しいよね、この羊羹」
 街中へとやって来た三人。しばらく街を見回った後、空いた小腹を満たす為、喫茶店で軽い食事を摂っていた。
食後のデザートは宝石みたいに透き通った羊羹。口の中でとろける甘味が誠美味しゅうございます。
 「それはわたしへのあてつけですか?ふぇふぇ」
 勿論、トエルは機械なので食べることはできない。やさぐれるトエルの事をかわいそうに思った陰伊は次はトエルの喜びそうな
場所へ行こうと思った。ここでふと疑問が生じる。トエルの喜びそうなものって…なんだろう?…と。
 「くったくったー、つぎどこいくー?」
 「えー?うーんとー…」
 娯楽の少ない時代である。そうそうやることが沢山あるわけでもないし…昔なら「とりあえずカラオケ?」なんて言えたのだが…
 陰伊はトエルに行きたい場所はないかと聞いたが…
 「ふえぇ…おふたりにおまかせしますし」
 と返されてしまう。それもそのはず、トエルはあくまでも機械なのだ。精神をも電子化したトエルに自己はない。彼女の行動は全て
ただのプログラムでしか無い。
 「じゃあ服見に行こ服!おしゃれとか滅多に出来ない時代だし〜!」
 「え、うん…いいけど…トエルちゃんは…?」
 「ふぇ。いいですよ」
 「じゃーけってーでしょや!」
 よほど服を見に行きたかったのか、白石はふわりと足取り軽く二人の前を進む。笑顔が眩しい。白石だって年頃の女の子なのだ。
 「でも…服屋さんなんてあるのかなぁ…ねぇ、トエルちゃん?」
 「ふぇ?あぁ…はい…」
 陰伊のちょっとした問い掛けにも、まるで上の空のトエル。陰伊はトエルが楽しんでいないんじゃないかと心配になった。自分達
より年下(?)であるにも関わらず遠慮なんてされていたら…
 「トエルちゃん、私達に気を使わなくてもいいんだよ…?」
 「そういうわけではありませんし、ふぇ」
 「ほら二人とも〜おいてーくぞー!!」
 トエルは機械…その事をいまいち陰伊は割り切れていなかった。だってこんなにも"人間味"のある表情を見せるトエルのその
顔も言葉も全て"作られたもの"だなんて思えなかった。だから陰伊は普通の人間と同じようにトエルと接する。陰伊は差別をしない
人間だ。良くも悪くも。何が彼女をそうさせているかは分からないが…


 服屋を探し、おかしな街をひた歩く二人。道行く人は着物だ。かと思えばこちらの人は黒のパーカーに灰色のスウェット。まるで
統一感が無い。服装に限ったことではない、人力車に乗る人もあれば原チャリを走らせる人もいる。寝殿造で黒光りする石見瓦の
家屋が和の趣を感じさせ、背にそびえる高層ビルと見事にミスマッチな光景を作り出している。
 そもそも何故このようなごちゃ混ぜの状態になってしまったのか?疑問に感じた白石達は先程の喫茶店で店員にこんな話を
聞いていた。
 先の異形出現により、発電所や工業地域等は破壊され、文明レベルを落とさざるを得なかった。そこでこの自治区はいち早く
対策を取り、今の国力でも実現可能な古い技術で街を復興しようと考えた。特殊な機械などを用い無いせいか、これがうまく
いき、今のようなへんてこな風景ができたという訳だ。しかしながら魔素研究が思いのほか早く進み、結局古い技術は必要なく
なってしまったのだが、これも街の特色だとそのまま今と昔の物がごっちゃごちゃになって現在に至るという。
 「今までいろんな所を見てきたけどさ、こんなに混沌とした所は初めてだべさ」
 白石の言葉に兼ね兼ね陰伊も同意であった。しかしまぁ、街の人間は気にしないのだろうか?人は他と違う事を気にする。
一時期"KY"なんて言葉が流行ったように、他人の目を気にしがちな民族である。この国の人間は特にその傾向が著しい。
逆を言えば、多数の人間が奇行に走れば、それは奇行でなくなる。そう、まるでこの街のように。おかしな事も慣れて
しまえば普通に成り得るのだ。そしてそれを奇行と疑うこともしない。ある種、この街はそんな日本人の特徴がよく現れている場所
なのかもしれない。
 「あれ?そういえばトエルちゃんは?」
 …ふと、陰伊はトエルの姿が確認できないことに気がつく。
 「…ありゃ?そう言えばいつの間にかいないねぇ〜」
 「いないねぇ…じゃないよ!早く探さないと!!」

168創る名無しに見る名無し:2010/05/15(土) 12:05:39 ID:YvlSdiNL
 ―――…

 トエルはとある路地裏で遊ぶ子供達を遠くから眺めていた。先程たまたま目に留まっただけであったが、よく見てみると子供達
の中に異形の子供も混じっていることが確認できた。いくら人の身なりをしていても、獣の風采は隠しきれない。
 (…ふぇ、こういうばあい、どうすればよかろうもん)
 トエルは異形を倒すために作られた兵器だ。異形を見つけたならば放っておく訳にはいかない。

〓AI思考開始...

Object:異形(幼年体) ×2
qes...それは討伐対象であるか?〜NO...▼
/Supplement/危険を未然に防ぐ/¬
                     異形に攻撃の意思はあるか?
.........情報収集の余地あり?▼
            *異形は駆除すべき?......見逃すことも有(過去データより事例有)

  《異形は敵である》



 (ふぇ!あたまがこんがらがってきた)
 トエルのAIは学習する。相手が殺す対象で有るか無いか…それはトエルにとって最も重要な項目である。人間を異形から守る
のが英雄の勤め。しかしその襲う側と襲われる側が仲良くしてたのでは判断に困る。
 「ああ、もうめんどうですし、ふぇ!」
 堂々巡りする考えに痺れを切らしたトエルは自身の行動理念の大前提である"異形駆除"を選択する。なぜなら自分はその為
に作られた。トエルはただ、自分の役割を果すため行動に移すのだ…そこに感情的な意思は存在しない。ものの生死を考える事
は無く、ただプログラムされたことを実行するだけだ。
 (いまならきづかれずにやれますし、らくしょうらくしょ…)

―――やめて!!―――

 (!?)
 トエルの頭の中で、聞き慣れない謎の声が響く。トエルは自分のデータベースにはない現象に狼狽し、思考を今の声の正体に
集中させる。答えは出てこない。一体なんだったのかと動作を再開させると、先程まで和やかだった子供たちの雰囲気がピリピリ
としたものへと変わっていた。原因は先程までいなかったあの大人たち。

 「おい、貴様等山の民であろう!邪なものがこの街に足を踏み入れてはならん!!」
 男は異形の子供二人にそう言って、猟銃を突きつける。すると人間の子供の一人が異形の子供達を庇うようにして銃口の前に
立った。
 「なんだよそれぐらいの事で!別に遊ぶくらい良いじゃんかー!」
 少年は薄汚れたTシャツに丸坊主の頭のいかにもやんちゃな子供だった。少年の言葉に他の子供達も「そーだそーだ」と口々に
反抗する。そんな彼らの態度に腹が立ったのか
 「子供は黙っていろ!!」
と怒鳴り散らす大人達。子供達は一瞬にして黙り込む。先程の少年も、大人の怒声に恐れ慄きながらも懸命に抗議する。
 「な、なんでそうやって一方的にコイツらのことをいじめんだよぉ…なんで大人はコイツらの話を聞いてやんないんだ!!」
 「異形は…我らの街を滅茶苦茶にしたとき…我らの言葉に耳を傾けたか?」
 「そんなの昔のことじゃんかよぉ…こいつらはカンケーねーよ…」
 「もういいよ…私達が帰れば収まるんだから…」
 異形の少女の一人が丸坊主の少年にあきらめの表情を見せて言う。少年は納得出来ないのか拳を強く握った。
 「でも…コイツらにちゃんと話を…なぁ、少しくらい聞いてくれたって」
 「黙れい!!化物の言葉なんぞ聞く余地はない!」
 「ちきしょー…大人だからってえらそうに…お前なんか俺の剣術で…!」
 「生意気な!言う事を聞かねばこれだぞ!」
 大人の一人が空に一発、銃弾を撃つ。これは"どんな抵抗をしても無駄だ"という脅しである。
 この時、トエルの中では様々な考えが渦巻いていた。助けるべきか、傍観すべきか。人間に危害を加え、異形の肩を持つのは
いけない事だ。だが銃声により"危険は未然に防ぐべき"という事項が優先され、弱い立場である子供達を助けるという結論に至
ったのである。勿論、これにも感情的な意思は干渉してはいないのだが。
 気づいた頃には、トエルは大人たちを気絶させて、ワイヤーでぐるぐる巻きにしていた。
 「…はっ!?やっちまった!ふぇふぇ!」
169正義の定義:2010/05/15(土) 12:06:49 ID:YvlSdiNL


 「なんだおまえ、スゲーな!!」
 丸坊主の少年は、突然現れ自分達の窮地を救ったトエルに興味を示していた。
 一方、咄嗟の事とはいえ、異形の肩を持ってしまった事を反省するトエルであったが、なぜだかこの異形を殺す気にはなれず、
悶々とするばかり。先程の不可思議な声を聞いた後からどうも調子がおかしい。トエルは、帰ったら何処か故障していないか官兵に
調べて貰う必要があるなとトエルは思った。
 「ありがと…あなたのおかげで助かったよ…」
 異形の少女はそう言ってトエルに感謝の気持ちを伝える。異形に感謝されるのは、ある意味トエルの存在の根本を揺るがす事で
あるのだが。
 「ふぇ!たいしたことじゃないですし!こどもはおうちにかえってウニメでもみてな!ふぇふぇ」
 「いや、お前も子供だろ…」

―――…

 「トエルちゃーん…」
 いなくなってしまったトエルを探す陰伊と白石。
 「何処いったんだあのちびっこは〜…」
 「やっぱり、こっちで勝手に楽しみすぎたのかな…」
 見渡したところ、辺りにトエルらしい幼女の姿はない。金髪ツインテールの生意気幼女は何処へ消えてしまったのかと途方に
くれる二人。そんな二人に近づく影が一つ。
 「ちょっと、いい?」
 「はい?」
 陰伊に話しかける謎の人物。顔はフードで良く見えないが、肩に乗せているペンギンがプルプルとバランスを取っているのが
嫌でも目に入った。何でこの人ペンギンを肩に乗せているんだろう?重くないんだろうかと呆けに取られる陰伊であった。
 「ねぇ、聞いてる?」
 「はい!なんですか?」
 「森喜久雄…と言う男を探しているんだけど…知らない…?」
 知らない名前だ。陰伊が「ちょっとわかりませんっ…」と答えると、「ああそう」と一言だけ述べて去っていった。一体、何者だった
のだろうか?思い出せるのはペンギンの必死な表情だけであった。
 「陰伊ちゃん…さっきの人…何?」
 「なんだったんだろ…?」

………………

 「くそ…この私に歯向かうとは…一体どこのどいつだ…!私の首を狙う愚か者どもは!」
 「"森様"、例の開発計画の件ですが…」
 「あぁ、分かっている。それより英雄の方々の様子はどうだ?」
 「お変りなく、見張りに付いているようです。一応、我が警備隊の者にも見回りをさせています」
 「そうか…頼むぞ…私はまだ死にたくないのだからな…」

………………

 「ふえー、ここがひみつきち…」
 「助けてもらったお礼だ!特別に見せてやるよ!」
 少年たちに連れられるがまま来た場所は街の外れにある山の一角。落ち葉も枯葉もそこら中に散らかり放題な秘密基地へと
案内されたトエル。正直自分の所属する機関の本部に比べたら「ホームレスハウスや!」なんてレベルだけど。いや、別に
ホームレスの方々を馬鹿にしている訳じゃあないさ。ただ、ダンボールだの、針金だので形作られるそれはホームレスの人の
お城と何ら変りないよねっていう。
 「おい、お前ぶっちゃけショボ!とか思ってんだろ?」
 「ふぇ!そんなことはおもってないし!ただ『ちょwこれであまかぜをどうやってふせぐの?w』とかはおもった」
 「やっぱり馬鹿にしてんじゃねーか!」
 

 「はい、お茶どーぞ」
 「ふえぇ…」
 秘密基地の中は案外広々としていて思ったより快適な空間だった。おそらく自分たちで作ったであろう不恰好なテーブルや、
お世辞にも上手いとは言えない絵画の真似事をした落書き。それでも子供達にとって、ここは大切な場所であるということは
ひしひしと伝わってきた。因みに、トエルは機械なので異形の少女の出したお茶には手をつけなかった。
170正義の定義:2010/05/15(土) 12:09:58 ID:YvlSdiNL

 「そういや、お前このへんじゃ見ない顔だな、なんて名前だ?」
 「ふぇ!トエルというなまえをせんじつ、ちゅうにびょーのおとこからさずかった」
 「トエルか…俺は屋久島タケゾー。ここいらの連中をまとめるリーダーだ」
 どうやらこの丸坊主の少年がリーダーであるらしい。一見ただのはなたれ小僧にしか見えないが。なるほど確かに腕っ節は立ち
そうな、喧嘩っ早そうな、ガキ大将に必要な要素は揃っている。
 「私は…焔。こっちの無口な子は火燐」
 「…ふん」
 異形の少女は自分の自己紹介と、自己紹介をする気のないもう一人の少女の代わりにトエルに紹介した。
 「私達二人は…次元龍の末裔なの」
 「じげんりゅー?」
 「なんでも、次元に干渉する力があるんだってさ。難しーことはわかんないけどねー。あ、あたしはカナミっていうから。よろしくね」
 子供の一人が横から口をはさむ。ショートヘアーの活発そうな女の子だ。
 「私達は、この地域一帯を守る龍神の一族だったんだー…」
 焔はそう言い、今まで頭にかぶっていた帽子を取る。その頭に隠されていたものは…白銀の角であった。トエルはその美しい角に
これといった感想は持たなかったが、強い魔素の流れがその角からは確認できたのを見逃さなかった。
 「ふえー、だったらさっきみたいにまちのにんげんにおいやられることはないはず、ふぇふぇ」
 「大人は…異形の話なんて信じないんだよ…昔とは違う」
 無口な方の次元龍、火燐はそう語る。
 「しょうがないと思う…あの街は…一度異形達に襲われて、街を滅茶苦茶にされたんだから…異形をよく思わないのは仕方ないもの
…」
 今も結構滅茶苦茶な街並みではあるが…。それ以上に悲惨な状況だったのだろうか?
 「それに…今の私達には、人々を守るほどの力はない…今ここ一帯を災害から守っているのは…この山の地脈なの…」
 「でもよぉ…この山…もうすぐ街の連中が地域開発で更地にするつもりなんだってよー…ふざけてるよな…」
 もしそんな事になれば…この一帯を大災害から守るものはなくなる。それに…
 「秘密基地もなくなっちゃうし、二人の住処もなくなっちゃうし、ああもう役所の連中さえいなかったら…!」
 「そんな事をいうのはやめて…かなみちゃん…」
 「焔は悔しくないのかよ!役所の人間に好き勝手されて…!」
 タケゾーはドンっと地面に拳を叩き付け、憤怒を露にする。そんな彼の問い掛けに、焔は静かに首を横にふった。
 「私は…」

 「私は…私の役目は…人間を守る事…だから…」

 「…!」
 それはトエルたち英雄と何も変わらない。"人を守るということ"…異形でありながら人を守ろうとするなんて、トエルには全く以て
理解ができなかった。トエルのデータにある異形像のどれにも当てはまらぬ、異例。
 「私は人間が好きだし…少数だけど今も信仰してくれる人はいる…そう、ここの皆みたいに」
 「焔…」
 「だから私は、人を憎むとか、そういうの…できない」
 焔に人々を守る力がなくとも、彼女は立派な守り神であった。

 「……焔…」
 「ほむっち…」
 子供達は口々に彼女の名を呟く。そこに異形だとか人間だとか、そういったしがらみは一切感じられなかった。
 「ほら、何皆しんみりしてるの?今日はお客様も来てるんだから、こんな染み臭い話はおしまい!みんなで楽しく遊ぼー!」
 「ふえ、よーしいまからホモからにげきれたらごまんえんおにごっこするぞー」
 「ははは!フツーの鬼ごっこでいいじゃん〜!」

 こうして、楽しい時間は過ぎていった… 
 
171正義の定義:2010/05/15(土) 12:13:04 ID:YvlSdiNL

―――…

 「ふえー、ただいま」
 「トエルちゃん…どこいってたのー!?」
 夕方。街へと戻ってきたトエルを見つけた白石と陰伊は何処に行っていたのかとトエルに聞いたが「ようじょとマウスのなかのひと
のことだけはしつこくきくな!」とだけ言い残し、全く取り合わなかった。いつもと変わらない様子ではあったが、心なしか少し服が汚
れているように思えた。

 (…あのいぎょー…けっきょくたおしそこねた…)

―「トエルちゃん、また明日も遊びましょ?私達は――…」―

 …まぁ、ひとりぐらい。いいよね?だって…



―――…

 「ねえ、明後日の事…本当にやんの…?」
 カナミとタケゾーは各々の自宅への帰路へと着いていた。彼らは焔達と違って街の人間。親たちが彼らの帰りを待っている。
 「ああ…だってよ…このままじゃ焔達が…大丈夫、騎龍の力とお前の魔法。そして俺の剣術さえあれば…一応他の皆だって…」
 「でも、子どもだけでそんな…今までの悪戯とは訳が…」
 「やるっきゃねーだろ!正しい事をすれば、それは必ず報われる…じっちゃんも言ってた!」
 タケゾーの目に迷いはなく、その意気にカナミも押し負けてしまう。
 「わかった…けど…どうなってもあたしは知らないかんね」

―はるかに数えたヤシの木は、ただの、きみの助けを借りてー…

 「!?…だれだ!?」
 どこからともなく聞こえてくる歌声。得体の知れない声に警戒するタケゾー達。

―あしたにとぶすきなきみだけに僕の、呼ぶペーンギンかかか…

 歌声が途切れ、それと同時に突然二人の目の前に現れたのはペンギンを肩に乗せた怪しげな人間。

 「今の話…詳しくきかせてもらえない…?」
 「あんたは…?」
 「私?私はねぇ…」


172正義の定義:2010/05/15(土) 12:14:26 ID:YvlSdiNL

―――…

 「ふぇ!りょーさんがたとかでたらそれ、しぼうフラグだから、マジかんべんな!」
 「確かにお前みたいなのがたくさんいたらウザそうだなー」
 「んだとこのムッツリが!ぬかにつけるぞコラ!ふぇ!ケツだせオラ!オラオラ!」
 日も落ち、用意された宿に宿泊する英雄一行。食後は特にすることが無いので暇つぶしに他の連中とじゃれ合っていたりしてい
る。こうして見てみると、修学旅行中の学生のようである。部屋は畳の十分な広さの部屋が4部屋も。これだけあれば全員が無理
なく寝泊りができる。
 窓からは夜の街並みが自由に見回せ、風通しも良い。数日過ごすには申し分ない旅館だ。夜は夜で、街は日中とは違った姿を
見せる。和洋折衷とはよく言ったものだが、これは正にその言葉の通りの風景と言える。
 「というか…武藤さんは一人部屋なんだね…」
 部屋割を覗く陰伊がポツリと呟く。
 「まぁ…そうだろうよ…一緒に寝たくないしなあの人とは…こえーこえー…」
 「ふぇ?ほられるてきないみで?」
 「どーこでそういう知識をたくわえてくんのかなーこの幼女は!」
 青島は最近の小学生はどこからそういう知識を身につけてくるのか予てよりの疑問であった。そしそれはてトエルの情報元と
イコールなのでは?などという青島にはよく解らん根拠があったが、まあ大体あってる。
 「ふぇ!ようじょのじょうほうもうなめんな!かくしてるようだけどおまえのせーへきとかばればれだぞ!ふぇ!」
 「なにィ!?俺がヨダレフェチであることがバレるなどそんな筈が…!」
 「え…?」
 「青島くんそれは引くしょやー」
 一気に冷たい視線に包まれる青島。トエルはそんな彼をにやりと笑い。
 「バカがみるー」
 「な…ハメたなぁァァぁぁ!!」
 「ヨダレとかーまじひくわーふえー」
 「おかーさーん!俺こんなんだけど今日も頑張って生きてまーす!」
 
 青島はムッツリスケベで変態だということがわかり、炎堂が「夜中にうっせぇんだよ!もう寝ろ!」とキレてきたので今宵はお開きと
なりました。
 
 皆が寝静まり、窓から月明かりが差し込む中、トエルは一人、今日の出来事を振り返る。

 (きょうは…なにかおかしかった。へんなこえはきこえるし、いぎょうはころさないし…こしょーだなこれは。ふえ。でも…)

 「わるいきぶんじゃ…なかった」

 トエルは機械。この思考もただのプログラムでしか無いのかもしれない…

 「あした…またあえるかな……?」

 それでも…この気持ちに偽りが無いことは確か。プログラムでもいいじゃないか。人工物でもいいじゃないか。

 ここにたしかにある思いは紛れもない彼女自身の物なのだから…


                                             〜つづく〜

173正義の定義:2010/05/15(土) 12:17:00 ID:YvlSdiNL

―次回予告

―それは、偶然で必然の出来事でした…―

―誰もが自分の正義を持っていて、誰もが誰かを助けたいと思っている―

―互いに譲れないものがあって、それを理解していても―

―一度戦いが始まれば、もう止めることは出来ない―

―"自分が正義だ"そんな思いを胸に、戦場へといざゆく君は―

―どうして涙を流しているの?―

―争いって、悲しいね―

―次回、正義の定義第六話
       『テロリストのウォーゲーム』

174創る名無しに見る名無し:2010/05/15(土) 14:06:25 ID:eL6YJtmt
やばい、ちょっとふぇに愛着が湧いてきてしまったw
175創る名無しに見る名無し:2010/05/15(土) 15:32:02 ID:NSI+XEf9
投下乙!!
異形続くなあw
176 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/15(土) 19:30:20 ID:pnS+TTnz
>>153
あ…怒らせてしまいましたでしょうか?実は僕自身6年くらい前、中学3年の頃ですか。
ここまでひどくはなかったですがやはりいじめを受けておりまして、そのトラウマが今回の話に
現れてしまったようですね…失礼いたしました。

次の話はバトルパートへと突入いたしますのでよかったら読んでやってくださいませ。
177創る名無しに見る名無し:2010/05/15(土) 20:42:10 ID:eL6YJtmt
いやいや、別に怒ってるとかないですw
そんな風な書き方だっただろうか。

ところで今更トエルの伺かを入れてみたんだけど
全作品紹介とか愛情すら感じられて、なんだか笑うよりも関心してしまったw
作者さん大変乙でした!
178創る名無しに見る名無し:2010/05/15(土) 21:33:08 ID:YvlSdiNL
>>177
あれは勢いで作った代物なので色々酷い出来です。
作品紹介は自分があんまり感想返しとかしないんで
こういう形でお返しできたらいいなと思ったので勝手に
させていただきました…、結局連載作品の感想全部の
書くのに一週間ほどかかってしまいましたけど…
これからも気が向いたら伺か更新してるかも。
一々報告はしないので定期的にネットワーク更新
したい人はすればいいなの
179『AFFA』 ◇GudqKUm.ok:2010/05/15(土) 23:55:26 ID:GgpSmTu3
『ANARCHY FOREVER
 FOREVER ANARCHY』
(異形世界)

埃っぽい寝床で目を覚ました我堂は、枕元の瓶に少し残っていた焼酎を呷ると、回廊を歩いて薄暗い城の大広間に出た。どこからか異形のものらしい大鼾が聞こえてくる。

(… 腹が…減ったな…)

つるりと剃り上げた頭には禍々しい入れ墨。細身の長身を黒革の装甲服でぴったりと包んだ彼は、人というよりまるで異形の化身に見えた。蘆屋我堂。冷たく無表情なその顔は、古めかしい名にそぐわずまだ若々しい。

「…お目覚めかの、我堂どの?」

我堂が無人の広間を徘徊し、昨夜の酒宴の散らかった残り物を腹に詰め込んでいると、よく通る女の声がした。熊野山中にそびえるこの城の主、『キヨヒメ』のおっとりとした声だ。

「…食ったらまた寝るさ…」

忽然と背後に現れたキヨヒメを振り返り、気だるそうに我堂は答える。紀州熊野一帯を牛耳るこの女妖は年経た蛇の異形。彼女を抱くとき、我堂は出来るだけそののたうつ本性のことを考えないようにしている。

「… それはそれは。ではお休みになる前に、ほんの少し妾の話を聞いて給れ…」

ちろちろと赤い舌を覗かせながら、妖艶な異形は我堂に『命令』を伝える。図々しさには自信のある我堂だったが、長らくキヨヒメの城には居候の身、この油断ならぬ女に無駄飯喰らいを背負いこんだ、と思われるのも癪な話だ…


蘆屋我堂を良く言う者はいないだろう。悪名高い魔法科学の大家、蘆屋一族の放蕩息子にして追放者。彼は魔素という未知の力を体系化し、この閉ざされた島国に新たな秩序と支配を打ち立てようと画策する蘆屋一族が大嫌いだ。
蘆屋だけではない。せっかく訪れたこの素晴らしい世の中でみみっちく計略を巡らし、鬱陶しい『文明』などというものを再構築しようとする全ての組織を彼は激しく憎んでいるのだ。
180『AFFA』 ◇GudqKUm.ok:2010/05/15(土) 23:56:32 ID:GgpSmTu3
異形たちと血を流し合い、貪りあう恍惚。そこには小綺麗な理想も壮大な野心もない。ただ喰らい、犯す一匹の獣としての生をひたすら欲する蘆屋我堂は、当然ながら文明圏にその居場所を得られなかった。
幾多の騒ぎを起こして復興が進む関西中心部を追われた彼は、腐れ縁の異形たちと親交を深めながら南下し、今は異形の勢力が強い紀州熊野で、実力者キヨヒメの食客として自堕落な酒池肉林の日々を送っているのだった。


「… 異形を狩る者たちが居る…」

蛇らしく強い酒を好むキヨヒメは召使いに運ばせた杯を舐めながら、黙々と冷えた獣肉を頬張る我堂に告げた。

「… 我堂どのは異国の船が黒潮に乗って密かに我が国を訪れ、生け捕りにした異形を母国へと連れ去る、という話を御存知か?」

「…異人さんと行っちゃうのは、『赤い靴履いてた女の子』じゃなかったか?」

「ふざけるでない。妾の姪っ子が攫われたと言うても、まだ戯れ言を申すか?」

黄金色に輝くキヨヒメの瞳が、スッと縦に細く伸びる。短気な彼女の牙に掛からぬ為には聞き上手でなければならないことを、この城の住人たちはみんな良く知っている。
「…妾は山家の育ち故、人間のこと、特に異国人のことなど甚だ疎い。我堂どのならばその類の相手は得意であろう? ほれ、蛇の道は蛇』という奴じゃ…」

下手な冗談だ。しかし確かに我堂がまだ街にいた頃ならありふれた話だった。鎖国以来、半ば都市伝説のような『黒船』の噂。国内で起こる行方不明事件は、いつもこの怪しげな風説と重ねて語られる…

「…そうだな。たまには潮風も悪くないな。もしかしたら、海にも可愛い異形がいるかも知れん…」
181『AFFA』 ◇GudqKUm.ok:2010/05/15(土) 23:57:42 ID:GgpSmTu3
我堂の素直な返答にキヨヒメは目を細める。姪っ子とやらの詳しい風貌、キヨヒメが握っている誘拐者の情報を聞きながらさっそく歩き出した我堂は、大広間の出口に転がっている異形の死体に気付いた。逞しい…狐の異形だった。夥しく血を吐いて息絶えている。

「…なんだ? こいつは…」

「我が姉妹なる信太の主よりの使者じゃ。我堂どのを捜し訪ねてきたが…紀州の酒が口に合わなかったらしいの…」

キヨヒメは再び目を細めてククッ、と笑う。我堂はこの死体が信太主が差し向けた自分への刺客だったと気付いた。以前信太森の異形と大阪圏武装隊が争ったとき、どさくさ紛れに闘いへ割り込んだ我堂は、信太主の傷ついた小間使いたちを犯したことがあるのだ。
慈悲深く重傷者は見逃してやり、軽傷の者も傷に障らぬよう優しく犯してやったのに、どうも信太主は未だそのことを根に持っているらしい。とんでもなく執念深い狐だ…

「…ま、なんだ。俺は誤解されやすい人間だからな。じゃ、善は急げだ…」

「宜しく頼む。そなたが居らぬのは誠に心淋しいが、良い知らせを待っておる…」
182『AFFA』 ◇GudqKUm.ok:2010/05/15(土) 23:58:40 ID:GgpSmTu3
愛用の黒い金属棒を担ぎ、慌ただしく城をあとにした我堂は熊野の森に充満する濃密な魔素を深々と呼吸し、霧に霞む鬱蒼たる緑をしばし目に焼き付けた。
ちょうどキヨヒメとも潮時かな、と思っていた矢先だ。信太主に小角一派、それに『再生機関』…数え切れぬ仇敵たちもそろそろここを嗅ぎ付ける頃でもある。長居は無用だった。

(…海か…この時期の白浜は綺麗だろうな…)

この国が突然姿を変えてから、薄暗かった大阪圏の空でさえ毎日、鮮やかに澄んだ青さを湛えている。そう、我堂が暴れ回るのに相応しい、美しく広大な舞台は今日も燦然と輝いているのだ。
このまま姿をくらまそうかと思っていたが、生まれついての気紛れは彼を執拗に潮風の匂いへと誘った。異国の黒船。異形を攫う者たち…これも我堂の心を踊らせてくれそうな相手だ。

(…ま、見物だけでもして来るか…)

我堂が景気付けに馴染んだ武器で空を斬ると、漆黒の棒はブン、と嬉しげな唸りを草深い熊野山中に響かせた。


続く
183創る名無しに見る名無し:2010/05/16(日) 00:07:33 ID:5ggNNewI
以上避難所より代行ですた

信太主の縁者と黒棒青年とは、これまた癖の強そうな一派が登場したなw
異形熱いw
184創る名無しに見る名無し:2010/05/16(日) 00:19:59 ID:d45s2XA2
本当異形世界の勢いやばいな
185避難所より代行:2010/05/16(日) 13:25:47 ID:HmwhKwO1
以下は『AFFA』キャラクター設定、御使用に関しては一切の制約、御連絡は無用です。とりあえず苦手な連載に挑戦w


蘆屋我堂
(あしや・がどう)
男/二十代中頃
魔素研究の権威、謎めいた蘆屋一族の一員。その策謀渦巻く家風を嫌い出奔、知性ある異形たちと通じつつ各地を放浪している。
長身で、剃髪した側頭部に奇怪な入れ墨を施しており、ライダースジャケットを改良した黒い装甲服を愛用する。漆黒の長い金属棒を主な武器とするが、得体の知れぬ様々な技にも長けている模様。


清姫
(キヨヒメ)
女/年齢不詳
紀州熊野山中を縄張りとする蛇の異形。自らの城に取り巻き達を従え暮らしている。
男と酒を好み冷酷な気性の持ち主だが、形式的に信太主など関西圏の著名な異形上位種たちとは義兄弟の契りを交わしているようである。
186創る名無しに見る名無し:2010/05/16(日) 13:39:53 ID:HmwhKwO1
いいねえ、この限りなくグレーな存在……
一話目から既に様々な対立を妄想せざるを得ないw
何から何までひろがりんぐ!
187創る名無しに見る名無し:2010/05/16(日) 14:08:07 ID:HmwhKwO1
てことでついでに俺も
以下使用に制限制約ありません。弄り嬲り好きにしてくださいな。
どなたかが設定を付け足してくれるならば、自分もそれに準じる所存であります。

・蛇の目エリカ(じゃのめ えりか)♀?歳
 吸血鬼。信太の森にある迷い家、蛇の目家の当主。
 薄桃の着物に紺袴という明治女学生風な出で立ちで、背中には黒く大きな羽を有している。
 夜の間しか空は飛べず、動きは緩慢。非常におっとりした性格だが、時折負けず嫌いな一面も。

・月蝕タバサ(つきはみ たばさ)♀4歳
 黒猫に翼を生やしたような姿の吸血猫で、蛇の目家専属従者。
 エリカに貰った赤いリボンを首に回している。エリカ同様夜は飛べないが、やたらに鼻が効く。
 勤勉で真面目な性格だが、自信過剰がゆえに間違った方向へも真っ直ぐ突き進む問題児。

・邪の目(じゃのめ)
 エリカの愛用傘で、力を受け流す能力が備わっている。
 なにやら曰く付きのものらしい。
188創る名無しに見る名無し:2010/05/16(日) 14:47:50 ID:6hlVtVxM
乙でした
>>AFFA
異形世界内で初めての異人さんが出てくるみたいな展開に期待外国は鎖国した日本をどう思っているのだろうか
米軍は一応異形は見た事あるんだっけ?

>>187
設定乙です
タバサ若いwww
弄くり嬲りおっけぃ……だと?
189創る名無しに見る名無し:2010/05/16(日) 15:13:39 ID:5ggNNewI
4歳「堕ちる、堕ちていく。
   渦巻く欲望の撹絆が、深く暗い淫欲の果てへと私を引きずり込む。
   例えその先に死が待ち受けていようとも、もはや快楽を止める枷には成り得ない」



これはどうよwww
190創る名無しに見る名無し:2010/05/16(日) 15:15:54 ID:6hlVtVxM
4歳「時間をかけて整えたひげ。今まで積み重ねて
きた私の全てが、人間ごときに踏みにじられ、穢されていく。
屈辱、陵辱、淫辱、あらゆる恥辱がそこにあり、しかし最も恥ずべきは私の身体がそれら
の愛撫を徐々に受け入れ始めたことだった。」

実に背徳的だwww
191創る名無しに見る名無し:2010/05/16(日) 23:01:58 ID:5ggNNewI
※現在このスレでは4つのシェアードワールドが展開されています。
 この世界、俺が盛り上げてやろうじゃん!てな方はお気軽にご参加を!

○まとめ http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html
○避難所 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/

○先週と今週の更新
・閉鎖都市
 >>116-121 ゴミ箱の中の子供達 第9話
 >>126-136 NEMESIS 第6話「回想〜フィオラート・『S』・レストレンジ」
・異形世界
 >>139-148 白狐と青年 第13話
 >>150-152 異形純情浪漫譚ハイカラみっくす! 第6話「深淵にて」
 >>164-173 正義の定義 第5話「『魔法と少女と召喚獣』…略してととしょ。」
 >>179-182 ANARCHY FOREVER FOREVER ANARCHY(AFFA) 第1話
 >>159 味わい深いタバサちゃん(4歳)イラスト
 >>185 AFFA キャラクター設定
 >>187 ハイカラみっくす! キャラクター設定
192創る名無しに見る名無し:2010/05/17(月) 00:19:07 ID:cURTHgYL
まとめ乙です!
こうして見ると異形世界凄いなww
193◇wHsYL8cZCc:2010/05/18(火) 18:37:45 ID:fcwu3DU7
 車が揺れている。道路の舗装は既に途切れ、ただの車が通れる獣道だ。見える木々は細く、えらい貧相なイメージを受ける。僅かに残るくすんだ色の葉っぱが、かろうじてその木々が生きている事を教えてくれる。
 クリーヴは車の助手席に座り、窓の角で器用に頬杖をつきながら外を眺めている。
 近づいて居るらしい。長年のカンがそう言っている。
 クリーヴは愛用のデジカメを握りしめる。動画は取れないが五万枚もの写真を納められるメモリを内蔵したスグレモノだ。



※ ※ ※



「お前しか適任は居ない」

 レヴィンに呼び出されて言われた言葉はそれだけだった。
 迷彩服を着込み、まくり上げた袖から見える腕は太く逞しい。鋭い眼光は見た目通りの強さと、繊細さを物語っている。

「わざわざ基地にまで呼び出していきなり何の話だ? 客迎えるにしちゃ随分と『ラフな』格好じゃねぇかレヴィン?」
「外なら制服を着るさ。でもここは俺達の家だ。リラックス出来る服装なのは当然だろう」
「軍服の野郎がほざきやがる。ああそうだ。昇進おめでとう。少佐殿」

 レヴィンはニッコリ笑い、分厚い資料を取り出す。
 それをデスクの上へ置き、無言で目を通すようにクリーヴに促した。
 資料の表紙には「TOP SECRET」の文字が赤いインクで斜めに印刷されているだけだった。

「これは……レベル5!?」
「そうだ。正真正銘の、超機密事項。本来ならば政府首脳クラスしか触れられない、危険極まりない代物だよ。
 UFOとかも載っているかもな」

 レヴィンは冗談混じりに資料の説明をする。とても軍人とは思えない軽い口調だ。
 かつてはクリーブと共に戦場を駆け巡ったが、戦場ではまさにプロの兵士といった印象だった。最初に出会った時はジャマだと言ってクリーヴを殴ったりもした程だ。
 長い付き合いの果てに、今では冗談を言い合う仲にはなったのだが。

「俺は民間人だ。レベル5なんて見ていい訳じゃない」
194◇wHsYL8cZCc:2010/05/18(火) 18:39:28 ID:fcwu3DU7
「いや、構わない。見てもらう為に集めた資料だ。許可も取り付けてある」

 レヴィンは微笑んだままそう言った。
 クリーヴは何か深い罠に嵌められた気分になった。ただでさえ機密事項に触れるのは危険が伴う。それが最高機密レベルの代物となれば勘繰ってしまうのも当然だろう。
 クリーヴは軍人ではない。民間人なのだ。

「気持ちは解らんでもない」

 レヴィンが心を見透かしたように言った。

「これは本当に危険な資料だ。もし漏れたらその人物を射殺しなければならない。だがこれをお前が見る許可は取り付けてある。俺がそう頼んだんだ。お前しかこの作戦に適した人材は居ないからな」
「友に命のリスクを背負えと? お前は信用出来るがお役所連中はムリだ」
「大統領が盟約を結んだとしてもか?」
「……大統領? だと?」

 レヴィンは頷き、窓のシャッターを閉める。
 一気に部屋が薄暗くなり、僅かに入ってくる木漏れ日が室内のホコリを照らして怪しく光っていた。

「大統領だけじゃない。他国の首脳陣もこの作戦を支持している。そいつらから一生モノの援助が受けられるぞ。どこへ行くにも面倒な許可をとる必要が無くなる。
 お前にとっては魅力的な報酬のはずだ。」
「それほど危険なんだろう? 死ぬだけじゃ済まないほどの」
「そうだ。もし成功すれば多額の報酬も用意されている。 さっきの援助で仕事に励むか、引退して遊んで暮らすかは自由だ」
「具体的にいくらだ?」
「毎月十万ドル。死ぬまで支給すると約束してくれた。国家予算からな」
「……ウソだろ」

 途方もない報酬だ。一回十万ドルではない。『毎月十万ドル』。それも死ぬまで。多額どころの騒ぎでは無い。

「……お前は戦場カメラマンとして十分過ぎる実績がある。俺と幾つも死線を超えてきたし、平時でも見事にその土地に馴染める。
 それは俺達軍人や、スパイ連中には無い能力だ。民間人ならではの……な」
「今度はホメ殺しか」
「事実だ。俺達は良くも悪くも戦うのが仕事だ。適任者は俺達の中に居ない」
195◇wHsYL8cZCc:2010/05/18(火) 18:41:04 ID:fcwu3DU7
「……一体どんな仕事なんだ? どこの戦場に行けと?」
「戦場ではない」
「何?」

 戦場ではない。なら何故戦場カメラマンのクリーヴを呼び付けたのか。その理由がクリーヴには解らなかった。
 多額の報酬、他国首脳陣の援助、大統領の盟約。
 これが一体何を意味するのか。それは一体何なのか……。

「……俺に何をさせたい?」
「資料に書いてある。もしやるなら、読んでみるといい。すべてそれに書いてある」

 少し考え、クリーヴは資料に手を伸ばした。危険な仕事だとは十分に理解出来た。
 彼はプロだ。その腕を認められたという事は、プロとして彼を燃え上がらせるには十分の事。
 クリーヴが資料の一冊を手にとり、表紙をめくろうとした時――

「クリーヴ」
「何だレヴィン?」
「それをめくったら、もう戻れない。いいか?」

 クリーヴとレヴィンの間に一瞬の沈黙が走る。
 そして彼は、ゆっくりとレベル5の資料の表紙を開いた。



※ ※  ※



 ガタン!

 車が大きく揺れた。頬杖をついたままクリーヴはいつの間にか眠っていたらしい。
 大排気量を誇る軍用車両は荒れ果てた地面を低速ギアで走行し、激しく吠えていた。

 クリーブは持ち物を確認する。

 音声レコーダー。
 声でのレポートをまとめあげる物。構造は割と簡単で、電池と記録媒体さえあればいくらでもメモリを拡張出来る。これならバッテリーやメモリーカードを気にする必要は無い。

 金。
 通貨は持ち込めない。代わりに出所が解らないように粒状に加工された金を持ち込み、当面の生活費とする。

 そして、愛用のカメラ。
 これこそクリーヴの命であり、この仕事を引き寄せた物。
 これが天使か悪魔かは、この時はまだ分からなかった。 成否がどうであれ、全てが終わった時にどちらだったか分かるだろう。
196◇wHsYL8cZCc:2010/05/18(火) 18:42:06 ID:fcwu3DU7
「ここまでです」

 運転手を勤める若い兵士が車を止めそう言った。
 窓から外を見ると、それは見えてくくる。世界を分け隔てる、長い長い、途方もなく巨大な壁――

「お気をつけて。ミスター・クリーヴ」

 若い兵士は敬礼でクリーブを送り出した。「俺は軍人じゃない」と一言いい、彼は壁へと向かって行く。
 資料によれば、排気の為に壁には幾つか穴が空いているはずだ。
 それは巧妙に隠され、素人目には発見は不可能だ。クリーヴは頭に叩き込んだ資料の情報を便りに、それを発見する。
 直径約一メートル程の小さな穴。空以外で、唯一外と中を繋ぐ穴。
 壁の底辺付近の厚さは約百二十メートル。さらに穴の中は相当に入り組んでおり、実際の距離はさらに長い。おまけに中は真っ暗だ。
 ここを抜けるのは気が滅入るが、中止という選択肢は無い。彼は、穴蔵の中へ侵入していく。

 長い長い通路だ。衛星からのX線写真のおかげで内部構造は把握している。しかし、実際に潜るとより長く感じる。
 壁の真ん中辺りでは、一切の音がしなくなった。
 自分の鼓動と呼吸、あとは衣服が擦れる音だけがしている。真っ暗な通路では貧弱なライトだけが便りだが、それが照らすのはさらなる闇だけ。
 まるで、自分しか存在しない宇宙の隙間に放り込まれたような気分だとクリーヴは思う。
 実際、彼は今世界と世界の間に居るのだ。

 穴蔵を大分進むと、今度はファンが回る音がする。
 出口が近い。クリーヴは穴蔵の壁をライトで照らしまくり、ファンを避ける更なる抜け道を捜す。
 そして一枚の金属の板を止めてあるビスを手持ちのナイフで回し、そこへ入って行く。
 あとは一本道だ。先程よりさらに狭い通路をクリーヴは這って進む。草の臭いがする。土の臭いがする。
 もうすぐだ。もうすぐ、彼は「別世界」へと到達する。それは偉業とも言える事だ。
197◇wHsYL8cZCc:2010/05/18(火) 18:43:43 ID:fcwu3DU7
 そして行き止まりにたどり着く。
 彼は仰向けになり、通路の天井になってある格子のビスをまたナイフで外す。
 そこに見えたのは土。草の根が張り巡らされた土だった。
 クリーヴはそれを掘った。顔面に土がかかるが、そんな事は気にならなかった。
 もうすぐ、もうすぐだ。彼を支配していた感情はそれだけだった。そして――

「……!」

 彼の手は土を貫く。手を引くとそこから新鮮な空気が入り込み、彼は思い切り深呼吸する。
 そして一気に頭を外に出し、そのまま身体を空いた穴へと捩込んで行く。

 彼が見た最初に見たのは月だ。既に外は夜になっていた。地面には草が生い茂り、遠くでは水が流れている音がする。
 クリーブはレコーダーを取り出し、録音を開始した。

『……空だ。……はぁはぁ……。空が見える…! 月が見える! 俺達の世界と同じ空だ……。はぁはぁ……。
 草も生えてる……。外とは印象が違う。青々した草だ……。俺達の世界の草と同じだ……』

 クリーヴのレポートは次々とメモリに蓄えられていく。
『……俺達の世界と同じ空気だ……! でも解るぞ。ここは俺達の世界とは別物だって……。どこの戦場でも同じ世界だった。でもここは違う……。違う世界だ……!』

『はぁはぁ……。俺の名前はクリーヴ。クリーヴ・サラハン。今から閉鎖都市の調査を開始する。この違う世界の……』

『俺は……。俺はここまで来たぞ。来たんだ……』
198創る名無しに見る名無し:2010/05/18(火) 18:47:35 ID:fcwu3DU7
以上閉鎖都市へ避難所より代理投下、そして以下感想

これは閉鎖都市のまた違った一面を思わず空想してしまう作品だ……
終盤もクリーヴの焦燥感が伝わってくるようだったぜw

しかしこれが単発だなんて酷すぎるぞおおおおお!
199避難所より感想も代行:2010/05/18(火) 18:48:38 ID:fcwu3DU7

閉鎖都市の外の視点から内部をみたらどうなっているのだろうか、続きに期待

ハロワがんばってくれw
200創る名無しに見る名無し:2010/05/18(火) 19:12:04 ID:ANepm1dn
早いww乙ですww
そしてどうやら続編も書いてくださるようで期待ですw
201Report'From teh AnotherWorld ◇wHsYL8cZCc:2010/05/18(火) 21:45:08 ID:fcwu3DU7
「いい眺めだ……」

 空は一面の星空だった。
 生い茂る草は毛布のように身体を柔らかく支えてくれる。露がおりている為に身体が心地よく冷えていく。

「これが罰か」

 クリーヴは言った。壁の手前で彼は寝そべって居る。身体の自由は既に効かなくなっていた。
 唯一、かろうじて動くのは口だけだ。それもそのうち動かなくなり、呼吸は止まるだろう。彼はそう予測している。
 随分と残酷な殺害方法だが、下手に手を下すよりはいい。綺麗な死体ならばただの変死体だ。

「空だ……。同じ空……」

 譫言のように繰り返す。
 彼らの攻撃はクリーヴの肉体を確実に機能停止に追いやって行く。もう時間は無かった。
 空には渡り鳥が飛んでいるのが見える。それを追う光線はまるで流れ星のように空に軌跡を描き、そしてチカチカと空を輝かせて行く。
 どうせなら俺もあれがいい。クリーヴはそう思った。

 唇の動きが緩慢になっていく。舌が重力に従い下りて来る。
 そしてクリーヴは呼吸を止め、ひっそりと苦しんでいる。
 これが罰。クリーヴが死の間際に思った事の一つ。
 奇跡を。これがもう一つ、クリーヴが最後に考えた事。 彼は奇跡を信じて、ゆっくりと自身にとって三つ目の世界へと旅立っていった。


※  ※ ※


 室内が慌ただしい。赤いカーペットの廊下は人が慌ただしく駆け回り、ここまで人が居たのかと思わせる程の混雑振りだ。戦争でもここまで騒がしくはならない。
 体格のいいスーツ姿の男性が扉を開く。
 扉の奥に居た人々は一斉に彼を見て、そして皆、同じ事を言った。

「大統領」

「レポートが届いたってのはウソじゃ無いだろうな?」
「もちろんです。メモリーの大半は何者かの攻撃でダメージを受けてましたが、復旧出来たデータも有ります。それだけでも途方も無い容量で……
 回収出来ただけでも奇跡的な事です」
「インサイダーはどうした?」
「……いえ、メモリだけです」
「レヴィン少将は来ているか?」
「執務室に。届いた音声データの再生準備をしています」
「よろしい。早速聞いてみよう」

 大統領とその側近達は一斉に小さな会議室のような場所に移動し、それぞれの席に着く。そして、イヤホンを耳に突き刺し、音声の再生をする。

 最初に聞こえて来たのは、冒頭のメッセージ。それは個人へ向けた物だった。
 では、聞いてみよう。彼のレポートを。
202Report'From teh AnotherWorld ◇wHsYL8cZCc:2010/05/18(火) 21:45:53 ID:fcwu3DU7
『友へ。
 あれから十年が立った。こっちでは時間はそちらと同じように流れるが、季節の行事やなんかはメチャクチャだ。最初は一年計るだけでも一苦労だ。
 俺は今、閉鎖都市の中の雑居ビルに部屋を借りている。こっちで生活する為の仕事も見つけたよ。
 中はいわゆる都市となっている。人々のほとんどは外の事など知らないし、興味も無い連中がほとんどと言っていい。

 ……どちらがいい世界か。
 それは解らない。こっちもそっちも変わらないと思う。所詮、世界を造るのは人という事だ。
 笑い、泣き、争い、そして血を流して死ぬ。これだけは人の本能なんだろうと思う。


 ……前置きが長くなった。
 結論から言おう。調査はまったく進展していないと言っていい。いや、正確には膨大過ぎて調べても調べてもキリが無い。
 今までに集まった資料だけでも既に途方も無い量だ。
 お前達が懸念していた安全保障に関する問題は無いと思う。
 お前達の世界と中の世界は違うんだ。中の世界は『中の世界が全て』なんだ。
 こっちでも戦争は起きている。平和な場所もある。
 かと思えば街ではギャング連中の抗争が起きたり、やたらと裕福な連中が居たり。何も変わらない。変わらないんだ。ただ一つ言える事は、もう俺はこの世界の住人だと言う事だ。

 最初に閉鎖都市に入った夜、俺は見たんだ。この世界の始まりに関与している連中を。
 奴らは来る者は拒まないだろう。だが、出ていく事は許さない。侵入に使った穴は一晩で最初から無かったかのように消えていた。人の業ではない。
 俺は連中の正体が知りたい。
 世界の始まりを、世界を別けた理由をだ。

 おそらく一生かかっても難しいだろう。ここの人達は何の疑問もなく壁に囲まれ生活している。俺も少しずつそうなっている。
 『世界そのものに疑問を持つ事』
 これは異端者の思考だ。そっちでもこんな奴は精神病院に入れられるかカルト教団の親玉に仕立て上げられる。
 こちらでも同じだ。
203Report'From teh AnotherWorld ◇wHsYL8cZCc:2010/05/18(火) 21:47:36 ID:fcwu3DU7
 くどいようだが、こちらはもう別世界だ。
 俺の事は死んで天国にでも行ったと思ってもらって構わない。
 あの資料をめくる時にお前は言ったな。『もう戻れない』と。皮肉にも言葉通りになったよ。

 俺が今まで集めた資料の中で、外に持ち出したいという物をピックアップしてホログラムメモリーに記録した。
 圧倒的な容量だ。いくらでも入る上にとても小さい。
 内容としては人々の生活や内部での政治形態。戦争や犯罪に至るまで。サンプルになりそうな物を選んだ。
 そうそう。俺はこっちでもカメラマンとして生きている。もはや天職というより呪いだ。逃げられない。

 結婚もした。彼女は俺が外から来た事を知らない。いつか話せる時がくればいいが。
 ……あと、十年で僅かに手に入れた『世界の創設者』達に関係すると思われる情報も入っている。
 オカルト話に近い物から割かし具体的な物まで、意味が有りそうな物を纏めた。

 最後に、これだけは言いたい。俺は後悔はしていない。
 こっちでそれなりに幸せに、そしてスリルに満ちた生活をしている。
 唯一、気にかけている事といえばレヴィン。お前に会えない事くらいだな。元気にやっているか。俺は元気だ。

 このホロメモリは渡り鳥の脚に括り付ける。山を越える連中なら壁も関係ないはずだ。
 もし奇跡が起きるなら、きっとお前の手に渡っているだろう。

 さよならだ。レヴィン。
 
 以上、クリーヴ・サラハンより。個人的な報告だ。


 さて、それでは何から話そうか――
204創る名無しに見る名無し:2010/05/18(火) 21:53:58 ID:fcwu3DU7
以上避難所より代行

く、くやしいけど言ってやる!
クリーヴ、一体何があったwwww
205創る名無しに見る名無し:2010/05/18(火) 21:56:48 ID:K4MqZoVi
投下、代行共に乙。
外の住人から見た閉鎖都市、か。
渡り鳥に託したメモリにどんな情報が入っているのか実に気になる。
206◇GudqKUm.ok:2010/05/18(火) 22:43:49 ID:fcwu3DU7
異形世界『AFFA』第二話


「…どりゃああああ!!」

もはや滅茶苦茶に振り回される巨大な鋏が危うく頭を掠める。しかし蘆屋我堂は異形の腹を深々と貫いた黒い金属棒に、ありったけの沸き立つ魔素を流し込み続けた。

ギチギチギチッ…ギチ…

恐るべき巨蟹は苦悶の泡をブクブクと噴きながら灼熱する武器から逃れようと暴れるが、我堂とて空腹を抱え機敏かつ堅牢な巨体をやっとの思いで串刺しにしたのだ。そろそろとどめと…調理にかからなければ流石に身がもたない。

「…くた…ばれ…」

渾身の腕力でずぶずぶと捻込まれた鋼の棒は、ついに硬い背の甲羅まで貫通した。あとは火加減だけが勝負だ。
空を切って降りかかる鈍器のような鋏をかわしながら、鉄棒に流れる魔素を更に熱く燃え立たせ続けると、化け物の傷口から漏れる生臭い臭気は、飢えた我堂が目眩いを覚える程の甘い芳香に変わってゆく。

ギチ……ギ…

振り上げられた鋏が緩慢に動きを止め、ついに大蟹異形の激しい断末魔の痙攣は終わった。ようやく待ちに待った『いただきます!!』の時間だ。
ジュウジュウと白煙を立てる鉄棒に獲物の加熱調理を任せ、我堂はいそいそと食前の手洗いのため、熱い砂を蹴って波打ち際へと走った。


「…う、旨い…」

思わず声が出る美味。キヨヒメの依頼で始まったこの探索行だったが、我堂は常に旅の楽しみを満喫する主義だ。最近常備している紀州名産の醤油は、よく肥えた巨蟹の風味を一層引き立ててくれる。

「…おいテメェら!! 一人じゃ食い切れん。分けてやるから隠れてないで出てこい!!」

我堂と大蟹の死闘に、岩陰から怯えた視線を送っていた非力な海の異形たちが、浜に漂う魅惑的な薫りにたまらず顔を覗かせる。肉の詰まった脚を気前よく鉄棒で砕いて投げてやると、歓声と共に種々雑多な異形がわらわら集まってきた。

「…よおし!! ちょっと教えてくれりゃ喰い放題だぞ!! この辺りの海岸にだな…」
207『AFFA』 ◇GudqKUm.ok:2010/05/18(火) 22:45:14 ID:fcwu3DU7
熊野山中から半島沿岸部へと出た我堂は、南紀の味覚と絶景を堪能しながらも事件の調査を怠ってはいなかった。キヨヒメの姪をはじめとする異形上位種の失踪はまだ各地で続いている。
しかし誘拐の後手に回って犯人たちの足取りなど追跡しても、追いつく手前で被害者たちを載せた『黒船』がこの国を離れてしまえば全ては徒労に終わってしまう。
そう考えた彼は早い段階から『黒船』の出現場所特定に調査を絞り込んでいた。これならこの紀州で何匹異形どもが捕まろうが、まとめて異人の船に積み込まれる現場を押さえればよい。
そして聞き込みで頻繁に耳にした『水兵』『軍艦』といった単語は、異形を連れ去る異国人がならず者や海賊の類ではなく、統制のとれた武装集団であることを物語っていた。
かつての同盟国からあっけなく撤退した米軍は、異形への病的な恐怖に震え上がっていたという。もし『黒船』が何処か軍組織のものであれば、物騒極まりない日本近海への渡航や、現地組織との接触には整然とした規則性がある筈だ。
現在、場当たりな作戦行動で公務員たる軍人に死者を出して世論が黙っているほど安定した政権は近隣国にはない。安全に領海侵犯できる手順と時刻の確立した『積み込み場所』が必ずある…

「…知テるよ。シオノ岬ダよ。」

モグモグと口いっぱいに蟹を頬張りながら、河童じみた小さな異形が言った。ビンゴ。ひたすら南紀の海岸線を調べ上げた我堂の推測は正解だった。
本州最南端、潮ノ岬まではもう目と鼻の距離だ。似合わない麦藁帽子(スキンヘッドに直射日光は流石に辛いのだ)の下で鋭い目を輝かせた我堂は異形たちの話に耳を傾け続ける。

「…詳しく教えろ。ほら、角砂糖もやるぞ!?」

辛うじて人語を解する異形たちの説明は回りくどかったが、我堂が今まで収集してきた情報との整合は完璧だった。
208『AFFA』 ◇GudqKUm.ok:2010/05/18(火) 22:46:26 ID:fcwu3DU7
…数ヶ月に一度、潮ノ岬沖合に向けて眩いヘッドライトを点滅させる黒いトラックが現れると、すぐ水平線上に異国の軍艦が姿を見せる。
そこから揚陸挺のようなもので何人かの異国人が陸に上がり、トラックの男たちと大小様々な積み荷を交換して去っていくというのが『黒船の怪』の大筋だ。
次回異国船が受け取る積み荷こそ、捕えられた異形上位種たちであることはほぼ間違いない。

(…しばらくは張り込みだな。とっとと現れてくれりゃあいいが…)

遅めの昼飯と得られた情報に満足した我堂は、潮ノ岬を目指すべく急いで異形たちに別れを告げた。早く現場入りして居心地のいい監視場所を造らねばならない。岩陰で乾燥食をかじるような日々はまっぴら御免だ…

(…時間があれば釣りをして一夜干しを作ろう。それから…)

すでに張り込み中の献立に想いを馳せながら名も知らぬ浜辺を後にした我堂は、愛車を停めていた松の木の下で悲鳴を上げた。ない。なんと、大切な赤い自転車が忽然と消え去っていたのだ。

(ぬ、盗まれ…た!?)

信太森からの命懸けの逃避行で、蘆屋我堂の命を救ってくれた大切な自転車だった。信太主は比較的温厚な『古き異形』だったが、本来全く無関係な闘いに割り込み、好き放題に暴れた我堂への怒りは激しく、その追撃は苛烈を極めたのだ。
まあ、面白半分に森を荒らされ、可愛がっていた侍女たちを辱められたのだからその怒りは当然だった。
運悪く脚を負傷し、深い森の中いよいよ牙剥く敵に追い詰められたとき、あの自転車はまるで天の助けのごとく我堂の目の前に停まっていた…

『じやのめえりか』

まるで猫が書いたような味わい深い文字で、自転車の泥除けには持ち主の名前が記されていた。赤く、いささかレトロな形の車体はこの実用一辺倒な時代にそぐわぬ優美さを備え、死を覚悟し始めていた我堂の瞳にさえ、たまらなく素敵に映った。
209『AFFA』 ◇GudqKUm.ok:2010/05/18(火) 22:47:53 ID:fcwu3DU7
『…なんて…ハイカラな自転車なんだ…』

この瞬間、我堂の殺戮と陵辱に満ちた人生の記録に『自転車泥棒』という新しい罪が加わったのだった。躊躇なくその自転車に跨った満身創痍の我堂は迫り来る追っ手から逃れる為、死に物狂いでペダルを漕ぎ続けた…


(畜生…ちゃんと鍵を付けとくんだった…)

『じやのめえりか』の文字を塗りつぶした上に『蘆屋我堂』と書き込んだのは、奇跡のような信太森からの脱出行を成し遂げてすぐの事だ。
それから熊野山中に逃げ込むまで、柔らかい革のサドルはどれほど長く乗っても尻に優しかった。暗闇の旧街道でも、涼やかにちりんちりんと鳴った黄金色のベル…
盗品とはいえ、恩人とも言えるあの赤い自転車はすでに我堂の手離し難い足となっていたのだ。当然の因果応報だったが我堂の落胆は深い。ああ…

(…迂闊だった…)

あの自転車に乗れば快適な潮ノ岬までの道中もここからは徒歩だ。果たして打ちひしがれた我堂は、怪しげな密航船の謎に迫れるのか…
しょんぼりと暗く沈んだ我堂の心を映すように、南紀の海は陰鬱に曇り始めていた。

つづく
210◇GudqKUm.ok:2010/05/18(火) 22:48:57 ID:fcwu3DU7
投下終了
マジ殿下と侍女長の名前考えて下さいw
211創る名無しに見る名無し:2010/05/18(火) 22:51:14 ID:fcwu3DU7
以上避難所より代理投下終了

我堂、かなりのアウトローかと思いきやアウトドア派だったかw
こんな良い子が禿のわけない!

しかしエリカ様の自転車とはwww不覚にも吹いたwww
212創る名無しに見る名無し:2010/05/18(火) 23:02:22 ID:K4MqZoVi
投下、代行乙。
ライダースーツ+スキンヘッド+赤いママチャリ
なんとも異様な組み合わせだ。
213創る名無しに見る名無し:2010/05/18(火) 23:29:46 ID:ANepm1dn
>>Report'From teh AnotherWorld
クリーヴ、妻とかどうしたんだろう……。
渡り鳥にメモリをつけても情報漏えいはばれてしまったんだろうか……

>>AFFA
アウトドア派ww
バイクじゃなくて自転車って辺りがwwwそして持ち主ww
「ふぁ……」

ボーっとする頭が少しずつ覚醒する感覚。

「あー朝かー」

俺は天野翔太はゆっくりと回転を始める頭をたたき起しつつ、起き上がろうとする。
しかし、起き上がれない。
なにか俺の体を押さえつけるようにがっちりと固定してる感覚。
うんこれが金縛りか。と納得しつつ、体を起こすために気合を入れる。

「うおりゃああああ!!」
「きゃっ! うるさいよっ!!」

ん? 何やら近くで声がしたような……と、視線を下に下げていくと、
そこにはがっちりと俺の体を締め付けている、浴衣姿でシャンプーハットを乗っけた湯乃香がそこにいた。
彼女、服を着ると目を回す設定だと思ったけど最近服を着る努力をしているようだ。理由はわからないけど。
まぁ、金縛りの原因もはっきり認識。
とりあえずどうするか二三秒思案した。

「湯乃香……そろそろ動きたいからどいてくれ」
「う、うん」

頷いた後ゆったりとした動作で離れていく湯乃香。
そうそう、はやくどいて欲しい。色々とヤバい。主に俺の理性が。
あ、ほんわりと薫るこの香りはラベンダーかな? 今度ハーブ湯でもやるのだろうか。
とりあえずお互い立ち上がり、恒例の朝の挨拶。

「おはよう」
「おはよう」

あ、なんかぎくしゃくする。一体なんだこの雰囲気。

湯乃香が俺の顔を改めて向く。何この上目目線。男のハートに直撃……って
俺はロリコンじゃない! 俺はロリコンじゃない! 俺はロリコンじゃない!

はっ!? 待てよ! いや、湯乃香は俺よりきっと年上だから、ときめいても何も問題ないじゃないかも?
朝の妙な状態から静かに錯乱する俺の頭をよそに、湯乃香の唇が動こうとしていた。

「あの……」
「グッモーニン! エブリワン!!」

しかし湯乃香の言葉は突然の闖入者に遮られた。
何故か落胆しつつ振り向くと、今ではすっかり見知った一人の少女、アリス・ティリアスの姿。
だが、何かがおかしい。

「どーしたの?」

疑問系を浮かべる彼女に、俺はどういうべきか非常に悩む。結局思った事を口にすることにした。

「その姿。可愛いけど似合ってない」
「どーいう意味よ! この服可愛いじゃない。たしかゴスロリって言うんだっけ?」

そこには黒のゴスロリを着込んだアリスの姿があった。
そう、ロングスカートの裾から見える白いレースっぽい物体以外、何もかもが黒い。
きっとダウナーな雰囲気を湛えた美少女なら似合うのだろう。
だがアリスが着ると、可愛くはあるが、その元気印な雰囲気が全てをぶち壊していた。

「私から見ても可愛いとは思う。でも似合ってない」
「むー。湯乃香までそういう!?」

ぷくって頬を膨らませて怒るアリスの姿はいっそ微笑ましい。
……しかし、そんな姿を見てふと疑問がよぎった。

「あれ? でもそんな服どこにあった?」

それは疑問系。湯乃香が管理する服にそれはなかったはずだった。

「いやー。ちょっとショータ君の世界に行ったら、この服が燃やされそうになってたから、
ちょっとごにょごにょしてもらってきたの。洗ったから綺麗だし、これ気に入ったのよねー」

そう言ってヒラヒラとスカートを揺らす。

「あ、そうか。アリスちゃん最近ちょくちょくいなくなると思ったら、他の世界に遊びに行ってたの?」
「うん。私基本的に旅人だからね。色々な世界に遊びに行ってたよ。もちろん目立たないように、こそこそとよ。
他の世界には一文たりとも表に出てないから安心して!」

胸を張って答えるアリス。いや、でてるわけないよね。今明かされた衝撃の事実なんだから。
ま、その事はとりあえず脇におく。

「そうなんだ。他にはどこに行ってたの?」

どこに行ったのか興味があるのか、湯乃香が聞いている。うん、俺も興味ある。
その言葉にアリスは考え込むしぐさをする。
「んー。例えば……狐の女の子の尻尾、もふもふしてきたよ」
「いきなりの爆弾発言!?」
「いやーあれは気持ちよかった。その後怒られたから逃げたけど」
「それ絶対わかっててやってるよね!?」

俺達の突っ込みもどこ吹く風。アリスは「それとね……」
と言いながら空を一瞬見て視線を戻す。

「後、ゲオルグさんの所の孤児院にケーキ10ホール位プレゼントしてきた」
「……それ、大丈夫か。その幼いなりじゃ怪しまれないか?」
「んー。一応一時的に18歳くらいに見えるようになる魔法薬飲んで行ったから。
 後、ゲオルグさんに直接渡したから大丈夫だと思う。
 私も雰囲気までは変えなかったから、多分私だと気づいてたんじゃないかなぁ」
「それならいいけど」

うーん。そんなことして大丈夫なのだろうか。
他世界に干渉するのはまずい気もするけどなあ。

「大丈夫だって。表に出るようなことはしてないから。なかったことになるだけだって。
一応念のため私だってわかるように『私の大切なゲオルグ様へ アリス・ティリアスより』って書いたから必死で隠してくれるわよ」
「うわぁ……完全に確信犯よね。それ」

湯乃香の言葉には全力で同意だ。その手紙が他の人に見つかってないことを祈る。

「とりあえずはそんなとこねー。さて、今日はどうするの?」

アリスの言葉に湯乃香はハッとした表情になる。
次の瞬間には、きりっとこの世界の主の顔になった。

「うん、じゃ今日は全員でハーブ湯を作るよ! 次来るお客さんのために!」
「おー!?」
「オーケーだ!」


今日も温泉界は平和みたいだ。うん、よかったよかった。




終わり。
投下終了です。色々な人にごめんなさいです。
218創る名無しに見る名無し:2010/05/19(水) 01:21:47 ID:9wJ+Jt66
以上、避難所より代行です。

温泉界は平和でいいなぁ。
翔太くんもそろそろ自分の心に正直になったほうが良いぞ。
しかし、俺もクズハたん(なのかな)の尻尾をモフモフしたい。
219創る名無しに見る名無し:2010/05/19(水) 01:35:43 ID:nD7jN5os
おつー!
いろんな世界にお邪魔できるとかいいなぁ〜
というかもう天野くん達はここの住人なんだねw
220創る名無しに見る名無し:2010/05/19(水) 14:15:36 ID:aJLxJ/dd
乙です
苦手な衣服を克服しようとする湯乃香ちゃん可愛いよ!
天野君は死んでから報われすぎwww
221創る名無しに見る名無し:2010/05/19(水) 19:53:40 ID:Lb7ZZW7E
平日にこれだけ投下があるのは珍しいなあ。

>Report'From the AnotherWorld
面白い……閉鎖はなんでこうもスリリングな作品が多いんだろうか。
続きも期待してますぜ!

>AFFA
カニの異形がウマそうだ。しかしエリカの自転車とはまたw
我堂って名前はもしかして酉から来てるのかしらん。

>温泉 ある一日〜
やはりのんびり温泉はいいw
それ白夜ちゃんの服!
222Report'From the AnotherWorld ◇wHsYL8cZCc:2010/05/20(木) 20:52:43 ID:OP1k7AC4
『……あー……あー……。録れてるか?……よし。

 俺の名前はクリーヴ。今閉鎖都市内部だ。
 今は避民街と呼ばれる所に来ている。
 ……随分と雑多な街だ。嫌な予感がする。敵の兵士より恐ろしいのは犯罪者だ。行動の予測が出来ないからな。
 よし、まずはこの街で色々と聞いて回る事にする。いつも情報ってのは吹き溜まりに集まる。ゴミと同じだな。
 そのゴミに有用性を見出だすのは得意だ。
 ついでに、この街での人々の生活なんかも調べようと思う。写真やなんかも撮るつもりだ。では、聞いてくれ』


※ ※  ※



チャプター1『廃民達』

 俺は今、街のストリートを歩いている。
 驚くべき事にそっちのスラムとさほど変わらない印象だ。ところどころとっぽい連中がたむろってる。面倒な空気の連中だが抱き込めば使えそうだ。どこも同じだな。

 しばらく歩くといきなりイタリア系の男が酷いアメリカ訛りのフランス語で話しかけてきた。人種のサラダボウルどころじゃない。
 英語でいいと言うと今度はネイティブな発音で話し始める。どうやらこの街は人種どころか言葉や文化すらいくつも同時に共存しているらしい。複数の言語を操る事は自然なんだろう。

「兄さんどっから流れてきたんだい? この街ゃ初めてだろう」
「さぁな。空から落ちてきたかも」
「はぁ? はっはは! おかしな野郎だな。ともかくここじゃ自衛が肝心だぜ。兄さんみたいな新参はたいがい最初に泣きみるんだ」
「なぜ俺を新参だと思う?」
「そんな旅行者みてぇな格好した奴はこの街にゃ居ねぇ。かといってホントに旅行者が廃民街に来るはずもない。
 つまりは、居場所が無くなって仕方なく来た奴って事だよ。
「ほう。廃民街っていうのかここは」
「……兄さんどこのお坊ちゃんだい? まぁ過去をまさぐるのはマナー違反だけどよ……」

 イタリア野郎はいぶかしげに俺を見ている。
 男の言う事を整理すると、ここは流れ者の街って事になる。最初の印象通りだ。
 イタリア野郎は自らをジャコモと名乗り、俺の名前を尋ねてくる。
223Report'From the AnotherWorld ◇wHsYL8cZCc:2010/05/20(木) 20:53:44 ID:OP1k7AC4
「俺はクリーヴ。クリーヴ・サラハンだ。よろしくなジェイコブ」
「英語読みすんじゃねぇよ。俺はジャコモ。覚えとけよ」
「わかったよ。所で……」
「なんだい兄さん?」
「なぜ最初にフランス語で話しかけた?」
「そりゃアンタがフランス人に見えたからだよ。この街だと日本語と英語とポカポンタス語が主流だ。新参にでかい声で警告するなら他の連中が解らない言葉がいい」
「…… ポカポンタス?」
「まぁ俺もよくは知らねぇ言葉なんだけどよ。……にしても不思議な兄さんだな。サラハンてのはアラビア系だろ? でも話すのはイギリス訛りの英語で、見た目はフランス系。ごちゃ混ぜだな」

 この街の人間には言われたく無い物だ。見た感じ混血だってうようよ居やがる。
 このジャコモだって名前からしてイタリア人だが話すのはアメリカ訛りの英語。だが、英語で名前を言うと怒るって事はそれなりに血筋やそれぞれの文化、習慣を大事にしてるって事だ。
 多少なりとも人間臭い所で少し安心したよ。
 ……少なくとも、外の世界よりは「文化」という概念は生き残っている。雑多な故により大切にされてるのかもしれない。
 確かに何代か前の父方のご先祖様はイスラエル出身だと聞いた事がある。サラハンはその名残だ。フランス系に見えたのは母親がそうだからだろう。

「兄さんこの街初めてなんだろう? 行くアテはあんのかい」
「あるワケないさ。わかってるだろ?」
「ならこのジャコモさんにまかせな。案内してやるよ」
「それは有り難いな。断らせてもらうよ」
「っと。何だって?」
「自衛が肝心なんだろ? 知り合って五分の偽イタリア人について行く勇気は無い」
「偽じゃねぇ! れっきとしたイタリア人だよ!」
「喋ってみろよ」
「え?」
「イタリア語」
「それは……」
「ほらほら」
「……俺の負けだよ」

 偽フランス人と偽イタリア人の俺達は英語でやり合った後に結局行動を共にする事にした。
 まだ信用したワケじゃねぇし、ちょっとキナ臭い野郎だけど、こんな奴とは今まで何度も出会ってる。利用出来る所まで利用しよう。
 いざとなったら身を守る手段もある。お前に教わったやり方でな。レヴァン。
224Report'From the AnotherWorld ◇wHsYL8cZCc:2010/05/20(木) 20:54:43 ID:OP1k7AC4
※ ※ ※


 俺とジャコモはストリートを少し歩き、脇道へと入って行った。
 一気に怪しい空気になる。先程までは雑多な人間だらけだったが、そこには東洋系の連中しかいねぇ。どうみても俺達はよそ者だぜ。
 それにこのビルの隙間は昔の映画で見たブルックリンみたいだ。おっかないね。

「どこに連れてくんだイタリア野郎」
「腹減ってるだろアンタ?」
「あ? ああ。まぁな」
「だったら黙ってついて来な。美味いモンと綺麗な姉ちゃんとここの文化ってモンを教えてやる」

 胡散臭い野郎だ。さっそくレヴィンに教わった技でも繰り出してやろうかと思ったぜ。
 だがここもれっきとした調査対象だ。いいだけ調べたら覚悟しやがれジャコモが。そう思ったよ。

 俺がイライラしながらついていくと今度は明るい通りに出た。歩いているのはやっぱり東洋人が多い。
 どうやらメインストリートの横にはまたストリートがあって、それぞれ特色があるんだろう。
 歩いている人種と町並みの雰囲気はそれを予想させる。いうなれば、メインストリートが「都会」でここは「地方」って感じかな。

「どこに連れてってくれんだよ」
「なんかイライラしてねぇか? 路地裏そんなに嫌だったかい。安心しな。もう着いたよ」

 ジャコモは路地裏から出てすぐの場所にある建物に入っていった。見た感じは雑居ビルって所だ。その一階が、奴が案内したかった場所らしい。
 入口はドアでは無く引き戸になってる。日本式だ。

「オーウ。千尋サーン。マタキマシタデス」
「……わざとらしく変な日本語言わないで」

 中は飲食店のようだった。カウンターと固定された丸イス。真ん中の通路を挟んで一段高くなった所に、低いテーブルが置いてある。畳だ。たしかこういうスタイルのは「ザシキ」と言ったかな。初めてみた場所がまさか日本じゃなくここだとはね。
 カウンターの奥に立っているのは長い黒髪の女性。分かってるとは思うけど多分日本人だ。もし中国人だったら文化もクソもあったもんじゃないしな。
225Report'From the AnotherWorld ◇wHsYL8cZCc:2010/05/20(木) 20:55:39 ID:OP1k7AC4
「あ、あー。……千尋サン。友達連れてきたよ」
「あら珍しいわね。でも開店前よ? 邪魔しにきたの?」
「違うよー。紹介したかったダケだよ」
「あっそう。で、どちら様?」

 彼女は俺を見る。残念ながら日本語はサッパリなんで何言ってるのかは解らない。
 困惑してたらジャコモの野郎が喋りだす。

「千尋サン。この人日本語言えないね。この街来たばかり」
「そうなの? よく怪しまれずにここまで連れてこれたわね。ここじゃ無くても胡散臭いのにアンタ」

 ジャコモと彼女は日本語で言い合っている。当然何言ってるかさっぱりだ。
 とりあえず、ジャコモが落ち着いたところでカウンターのイスに座らせてもらった。


※  ※ ※



「……つまりだ。この街にゃいくらでもギャングやマフィアが居る。メインストリートだとお互いのシマが接する所だからピリピリしてやがる。たむろってる連中が多いだろ?」
「なるほどな」

 俺とジャコモは彼女の料理で腹拵えしている。
 初めて日本酒ってモンを飲んだ。悪くない。

「お互い睨みあっているお陰で逆に平和って感じだな。武力平和って奴だ」
「それだけギャングが多いんなら小競り合いくらいは起きるだろう?」
「ところがそうじゃねぇんだ。一応、物凄い親分連中ってのがいるんだよ。詳しくは知らねぇけど。
 そいつらがなんとかうまくやってる。ある意味この街で一番ストレス抱えてる奴らさ」
「そいつは同情するね」

 やはりキナ臭い街だ。テロリストに囲まれるよりはマシだが、下っ端が暴れだすと一気に燃え上がるのがテロリストと違う所。親分連中には職務に励んで貰いたい物だ。
 彼女がカウンターの奥から白い腕を伸ばして器を目の前に置いた。なんか野菜とかを練り込んだボールを煮込んだ物。日本料理だ。初めて見たし食ったものばかり。
 正直、日本というとソバとスシくらいしか知らなかったから驚きだよ。魚を生でワイルドに食うイメージしかなかったから彼女の繊細な料理はある意味でショックだった。
226Report'From the AnotherWorld ◇wHsYL8cZCc:2010/05/20(木) 20:56:37 ID:OP1k7AC4
「日本に行って見たくなったな」

 率直な感想だ。料理もそうだがそれを作り上げる彼女もオリエンタルな雰囲気の美しい女性だ。
 こんな女性ばかりならぜひ行ってみたいものだね。だが、その発言は隣で飲んでるジャコモを笑わせる。

「…… くっ。くはははあ!」
「どうしたんだ一体?」
「日本にどうやって『行く』んだよ! 雲に乗るのと一緒だぜ!」
「はぁ?」

 とりあえず俺は黙って、ジャコモの反応から色々と推測してみる。
 まず、この街の多様性。次に、その中で埋もれない文化様式とそれを誇りに思ってる連中。
 彼女の店がいい例だ。明らかに日本式に固執した造りだ。彼女の料理も彼女自信も。彼女は日本語しか喋らないらしい。直接話したきゃ俺が日本語を習得する必要がある。
 横のイタリア野郎も言語は捨てたが似たような固執っぷりだな。彼女ほどじゃないが。
 そしてそのイタリア野郎の発言。
 あくまでここまで得た情報からの邪推だが、おそらくここでいう国の名前ってのはそれぞれの「文化様式の名前」らしい。国の違いでは無くて、生活スタイルを表すんだろう。
 きっとこいつらは俺の国の名前は知らないな。

「相変わらず下品な食べ方」
「酷いね。千尋サン。楽しく食べるのいいコトだよ」
「品があればね」

 相変わらず何言ってるのか解らねぇ。この街での最初の目標は日本語を覚える事だな。語学は得意だ。

「ところでジャコモ」
「あー……なんだい兄さん」
「なんでそんな事を色々教えてくれる?」
「あー。まぁはっきり言っちまえばカネの臭いだ」
「カネの臭い?」
「……アンタただで流れてきたわけじゃねぇだろ。この街の事はホントに何にもし知らねぇらしいが……。目的がある」
「なぜそう思う?」
「俺は『何でも屋』だ。兄さんの目的はよく分かんねぇけど、長年やってると解るのさ。カネになりそうだってな」
「プロの勘って奴か」

 なるほど。俺もコイツには同じモノを感じている。面白い物が撮れそうだってな。だからノコノコここまで来た訳だ。
 何でも屋のジャコモ。ジャコモ−ジェイコブ。なるほど、『出し抜く者』か。
 コイツは使えそうだ。
227◇wHsYL8cZCc:2010/05/20(木) 20:57:38 ID:OP1k7AC4
投下終了。ところでキャラ紹介とかるの?一応シェアスレだし
228創る名無しに見る名無し:2010/05/20(木) 21:03:55 ID:OP1k7AC4
ここまで避難所より代理投下

こりゃまたおかしな奴が仲間になったなw
出会ったばかりなのに、どことなく相性がよさそうだし

この閉鎖都市の概要が見えてくる感じもいいねえ
229◇wHsYL8cZCc:2010/05/20(木) 21:30:23 ID:OP1k7AC4
んで一応キャラ書いてみる。


クリーヴ・サラハン
三十歳くらい。戦場カメラマン
髪は栗色。目はグリーン。出身は不明。



ジャコモ
閉鎖都市、廃民街の出身。
黒髪もじゃもじゃのイタリア系。四十歳くらい。
日本語と英語とフランス語を操る。まだあるかも。
イタリア人を主張するクセにイタリア語は喋れない。
ジェイコブとかヤコブとか呼ぶと怒る。


千尋
日系美女。二十代半ばくらい。日本語しか喋れない。
廃民街の日系が多いストリートの雑居ビル一階で飲食店を経営している。
ちなみにクリーヴ達に振る舞ったのはがんもどき。


レヴァン
某国の軍人でクリーヴの友人。階級は少佐。所属軍は不明。(最後は少将にまで昇進)
現場でも相当修羅場をくぐっている模様。
クリーヴに米ドルで毎月十万ドルもの大金で仕事を依頼した張本人


―――――
ここまで代理
230◇GudqKUm.ok:2010/05/20(木) 22:21:15 ID:OP1k7AC4
投下乙!!
因みに謎めいた閉鎖都市政庁は通称『ヤコブの梯子』。ジェイコブとの関連は…ないよなw

こちらも久々の地獄投下。9030ペリカと1000ガバスは俺のもの!?

「…ミケミケ!! 休憩室の物置から面白い物が出てきてニャ!!」
「…何ニャブチ? その薄汚いの…」

「パピルスっていう古い紙の一種ニャ。エジプトから来た古い手紙ニャよ。」
「…宛名は『バステト・珠夜さま』…って、誰ニャ?」

「…驚くなかれ、侍女長さまの本名ニャ。実はあの人ああ見えてもハーフの帰国子女で、若い頃はずっとエジプトで暮らしてたらしいニャ。」
「…とってつけたような話だニャ…」

「まあまあ、確かお母さんがあっちの神族のひとりで、けっこうお嬢様育ちだったそうニャ。」
「…ますます胡散臭いニャ… なんでそんな人が閻魔宮の侍女長に…」

「…と、とにかくきっとこれは若い頃のラブレターだニャ。とりあえず読んでみるニャ。」
「そうするニャそうするニャ。」




…前略珠夜さま、お元気ですか。貴女が遥か極東、王立閻魔大学に留学して半年、ようやく借りていたお金を返す目処が立ちました。
なんと僕の親友がサハラ砂漠で有望なミスリル銀の鉱山を発見し、現在開発の為出資者を募っているのです。
埋蔵量を考えると極めて有利な投資で、すぐに貴女から借りているお金を返しても僕たちの結婚費用くらいすぐ回収出来る案件なのですが、ここへきて些細な金銭上の問題が出てしまいました。
もちろん、僕のせいで無理やり留学させられた貴女に相談出来ることではありません。
僕はあとたった二十五万LEばかりのお金で、愛する珠夜さんを熱く抱擁できる日が延びてしまう苦しみで、遠いエジプトの空の下、途方に暮れています。
でも、きっと近いうち、ご両親の誤解が解ける日も来るでしょう。珠夜さんは閻魔庁でアルバイトを始められたということですが、お体に気をつけて頑張って下さい

貴女のヒモホテップより

追伸:親友は出資期限を今月末まで待ってくれるそうです


… 前略珠夜さま、これが貴女に送る、僕の人生最後の手紙になるかも知れません。下らないトラブルで鉱山の操業が立ち遅れているうちに、とんでもない事件が起こってしまったのです。
珠夜さんには僕の叔父が、南米に渡ってマンドラゴラ農場を経営していることを話したでしょうか? 先日その叔父の農場が竜巻の被害で莫大な負債を抱えてしまいました。
そして設備投資の為に叔父が借金をしていた『ファラオ金融』はなんとあの恐ろしいベリアル一族の関連企業。連日の過酷な取り立てに可哀想な叔父はとうとう倒れてしまいました。
当然連帯保証人になっていた僕のところにも、乱暴な借金取りがやって来ました。『早く返さないとナイル川に沈める』と脅されていますが、今、僕の手元に現金は全くないのです。
でも僕はたとえナイル川の鰐に食べられてしまってもずっと珠夜さんを愛し続けます。閻魔庁でのアルバイトは時給が非常によいと聞いていますから、安心して死んで行けます。
どうかその収入で、素敵な男性と幸せに暮らして下さい。

あなたのヒモホテップより

追伸:ファラオ金融は返済を月末まで待ってくれるそうです


… 前略珠夜さま、今日まで僕のためにひどい苦労を掛けたことをお詫びします。そちらの大学を辞め、ご両親に勘当されてまで送ってくれたお金は結局狡賢い友人や叔父に騙し取られ、僕はまた無一文になってしまいました。
このままではいつまでたっても貴女と結婚出来ない。死よりも辛いその現実と向き合った僕は、ひとつの決心をしてかつて世話になった恩師を訪ねました。
僕が最も信頼するその恩師、その方はなんと、有名なエジプト冥界きっての実力者アヌビス総督の同級生であられるのです。
僕は今まで懸命にビジネスの道を志してきました。しかし世間知らずな僕には実業界よりも、堅実で安定した官吏の仕事が向いているのではないか…
そんな僕の想いを、久しぶりに会う恩師はすぐに汲んでくれました。すぐアヌビス閣下に働きかけ、少なくとも冥府局次官クラスのポストを僕のために用意してくれる、という有り難い言葉を頂けたのです。
これで貴女をエジプトに呼び戻し、静かで愛情溢れる日々を迎えられる…ただ、関係各位に儀礼的な挨拶をする為、ほんのささやかな金額ですが…


「…も、もういいニャ!!痛々しくて読んでられないニャ!!」
「…まだ三十通近くあるニャ。いったい総額で幾ら位絞り取られたのかニャ…」

「…そりゃ胸も貧相になるわニャ。」
「不憫な話ニャ…」


おわり
234◇GudqKUm.ok:2010/05/20(木) 22:26:46 ID:OP1k7AC4
投下終了
代理のかた、いつもお手数をかけてます!!
235創る名無しに見る名無し:2010/05/20(木) 22:28:07 ID:OP1k7AC4
ここまで代理投下

侍女長にそんな過去があったとは……ダメすぎるw
手紙を捨てられないあたりに切なさを感じるが、ヒモホテップは大物になってる予感

バステト・たまや?
236創る名無しに見る名無し:2010/05/20(木) 23:31:47 ID:y9wMfkjY
乙ですだ!
>>Report'From the AnotherWorld
なんというかこう、埃臭い友人な雰囲気がたまらん!
彼等はどう閉鎖都市を見て行くのだろうか……

>>ラブレター・フロム・エジプト
侍女長wwww
それでも手紙を捨てられないのは惚れた弱みかw
237 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/20(木) 23:47:11 ID:U7aUAJke
温泉界へご招待〜蹴は剣よりも強し

「さて…それじゃ行ってくるよ。みんなに神の御加護を」

といつものように微笑を浮かべてクラウスは正面入り口前を警護する忍者5人に向けてかけ出した。当然のように忍者は彼に気付くが、
遅いよ、と言わんばかりにクラウスはその忍者の一人の顔面に飛び膝蹴りをクリーンヒットさせる。100mを十秒フラットで走り抜けるスピードと彼の全体重が乗せられたその飛び膝蹴りは忍者を一撃で卒倒させる。
突然の奇襲に混乱しつつも忍者は背中に装着された鞘から日本刀を引きぬき、クラウスを囲むように構える。
クラウスは壁を、正面玄関の扉を背にしてしまっているために逃げ場はなかった。しかしこれこそ彼の狙い通りの展開であった。
忍者4人の意識は今や完全にクラウス一人に集中しており、他の7人が彼らの背後30mを余裕で通り抜けてアジトに侵入したことなど
知る由もないだろう。うん、序盤は思い通りの展開だね。とクラウスは満足した。さて、問題はここからである。

「う〜ん、初めて戦った忍者さんたちがあんまり弱かったから君たちもそうだろうと思って奇襲なんて仕掛けたけど…結構なやり手みたいだね」

まだ手を合わせていないというのにこの4人の忍者の実力をオーラだけで見抜くクラウス。事実、刀の構えにしても暁の部下であった4人の忍者とは明らかに違う。
隙がないのだ。侍ではなく忍者であるにもかかわらず。クラウスは忍者とは手裏剣やクナイといった飛び道具系の武器で敵を仕留めるスタイルだと読んでいた。
しかし、剣技もなかなかやりそうだ。一人は刀を大きく頭上に振り上げる上段構え。一人は刀を自分の真正面に構える正眼。
一人は刀の切っ先を地面に向けて構える下段。そして最後に…この男がこの区域の警備隊長なのだろう。
両腕の脇を締めて頬のあたりで柄を握り刀を構える八相。思わず苦笑いを浮かべてしまう。だが、忍者たちはなかなか切りかかってこない。
それどころかその顔にはうっすらと恐怖の色すら浮かんでいる。彼らもまたクラウスの実力をオーラだけで見抜きその圧倒的な実力に怯えているのだ。
しかも、忍者たちに隙がないようにクラウスにもまた隙がない。お互いに構えたまま5分がたち、しびれを切らしたクラウスが忍者に話しかける。

「あの、忍者なら手裏剣だとかクナイだとか持ってないのかな。それ投げればいいだけだと思うんだけどね」
「…生憎全て砥ぎ師に渡してしまっていてな。取りに戻ろうにもその間に他の3人は貴様に倒されてしまうだろうしな」

彼の言葉通り、今この状況は忍者が4人いるからこそ成り立っているのだ。圧倒的な実力差を数で埋め合わせているのである。
しかし、ここからさらに一人抜けたらたちまちそのバランスはクラウスに大きく傾くだろう。
それは忍者も重々承知している。だからこそここでにらみ合いを続けるしかないのだ。しかし、忍者は気付いていなかった。
自分たちが完全にクラウスの術中に陥ってしまっていることを。忍者とは基本的に暗殺を主な任務としている。
故にこのように睨み合いになることなどはほとんどないはずである。つまり、睨みあいによるいらだちと強敵を前にした恐怖からどこかで隙が生まれるだろうと
クラウスは読んだのである。さらにここでクラウスは次の一手を打つ。挑発である。

「ねえ、4人がかりで僕を囲んで一人として切りかかってこないってどういうことかな。今君たちが構えてるその刃はお飾りなのかい?」
「ふん…怒車の術か…生憎だがその手は食わんぞ」

怒車(どしゃ)の術とは、相手を怒らせることで冷静さを失わせる心理的な作戦の一つである。忍者とは身体能力だけではなくこういった
心理的な部分まで踏まえて戦うのである。挑発作戦は失敗に終わった。が、この状況は時間がたてばたつほどクラウスに有利になっていく。
先の理由に加えて忍者たちは刀を構えている。その重さは約1kg。いかに鍛えているとはいえ、そんなものを長時間構えを変えずに握り続けていられるはずはない。
そして睨みあいを続けておよそ10分。ついにクラウスの待ちわびた瞬間が訪れた。上段構えの忍者の腕が疲労で震えだしたのだ。
それを見逃さず、クラウスはその忍者に飛びかかり刀を握るその手を取り、足払いをかけて体重をうまくコントロールしながらその忍者の身体を投げる。
投げられたことによって大きく態勢を崩されてしまった忍者の顔面にクラウスの無情のミドルキックが炸裂した。
そのままノックアウトされてしまう忍者。しかし大きく動いた情勢を忍者もまた見逃さず、正眼の構えの忍者がクラウスに横薙ぎの一閃を浴びせようとする。
238 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/20(木) 23:48:46 ID:U7aUAJke
しかし、クラウスは大きく身体をのけ反らせることでそれを回避し、さらにそのまま背を地につけて再び足払いをかける。
うつ伏せに転倒した忍者の後頭部にかかと落としを炸裂させてやはり失神させる。しかしこのクラウスの態勢を千載一遇のチャンスと見た残りの2人が一斉に
切りかかってきた。が、彼は少しも焦ることなく仰向けのまま両掌を頭の横の地につけてそこから驚くべきことに逆立ちをして見せ、
さらに両脚を180度の角度まで開きヘリコプターのプロペラの要領で大きく振り回すのだった。『フォーリャ』と呼ばれるカポエイラのアクロバティックな
蹴り技である。これが忍者2人の刀を握る手に直撃し、刀は大きく吹き飛ばされてしまう。この機を逃さずクラウスはフォーリャから前転を経て起き上がり
その反動を利用した上段後ろ回し蹴りを忍者の顔面にヒットさせる。遠心力を伴う強烈な回し蹴りを見舞われ、やはりその忍者も一撃のもとに倒される。
これで残る忍者は後一人、八相構えのリーダーである。といっても刀は10m先に吹き飛ばされ、今は丸腰だ。しかしそれでも他の3人とは違い少しも臆することなく
クラウスと相対する。そして、彼に向けてファイティングポーズを取る。どうやら正々堂々と格闘戦を挑むようである。
しかし、忍者はなにを思ったかファイティングポーズを解き、両手を組み合わせて何かをやり始めた。九字護身法である。
臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前と唱えながら両の手で印を結ぶことによって災いから身を守ると信じられてきた術である。
九字護身法を終えて忍者はクラウスに言った。

「貴様…なぜ襲いかかって来なかった?」
「いや、だって儀式の最中だったから邪魔したら悪いかなぁ…なんて」
「面白い男だな…貴様とはうまくやれそうだ」
「いや、本当に僕もそう思うよ、フフフフフ…」

そして、忍者がクラウスに殴りかかる。しかし彼はなぜか忍者の右拳を避けることなくそれを頬で受け止める。
そこには彼の二つの目的があった。一つはその拳を頬で受け止めることにより忍者の素手での力量を計ること。その結果クラウスが導き出した結論は…
この人弱いな、である。踏み込み、拳のキレ、打撃点、何もかもが浅い。これがアスナだったら僕は一撃KOだったろうな。
そしてもう一つの狙いは、殴らせることによって忍者を拍子抜けさせ、精神的な隙を生みだすことであった。
実際、追撃は飛んで来なかった。上出来だ。さて、彼と拳をじっくり交えたいところだけど僕もなかなか忙しい。そろそろ終わりにしよう。
クラウスは忍者に1発の右ミドルキックを打ち込む。しかしそれは遅く忍者にも余裕で防げるものだった。
そして忍者は、クラウスの狙い通りそのミドルキックを左腕で防ごうとしたその瞬間、彼の右足は大きく軌道を変えてその踵を忍者の顔面に思い切り叩きこむ。
最初のミドルキックはフェイントであり、それに意識を集中させることで無防備の顔面に強烈な一撃をヒットさせることで一撃のもとに相手を沈めるのが
クラウスの得意な戦い方であった。その一撃により、忍者はあっけなく倒れる。忍者たちは死んではいない。だが4人とも
頭部にクラウスの強力なキックを見舞われ気絶して最低でも半日は目覚めない。たった今ノックアウトしうつ伏せに倒れ伏す忍者の傍らに
跪いて片膝をついて胸元で十字を切り、クラウスは彼らが守っていた正面玄関から堂々と忍者たちのアジトに潜入するのであった。
239創る名無しに見る名無し:2010/05/21(金) 21:35:09 ID:a0Qjksdb
>NEMESIS
忍者弱ぇw
いやクラウスが強すぎるだけなのかな。
これから先の激しい戦いに期待で胸が膨らむ。
240正義の定義:2010/05/21(金) 22:05:34 ID:voXyx5Nu
 ==【シェアワスレ】==
‖ニア 続きから始める  ‖
 亘____________________,亘
 |l | ┌――――――――――――――――――┤l|
 |l | | セーブデータ 1                 .| l|
 |l | |    正義の定義第六話            | l|
 |l | |                              | l|
 |l | └――――――――――――――――――┤l|
 亘 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄'亘
はじまるよー
241正義の定義:2010/05/21(金) 22:07:01 ID:voXyx5Nu
第六話
『テロリストのウォーゲーム』

…ぁ……て…

…sぁ、おkて…

さぁ、おきて…

…―――

新しいあなたの、朝がきたよ…

―――…


1.「あの日の想い、今も色褪せず」
―数年前、初夏―
 夕闇が迫り、昼と夜の境界が曖昧な時間。親には子供だけでは入っちゃいけないって言われている山の
中。あたしとタケゾーは案の定道に迷い、途方にくれていた。当時幼かったあたしは、早く家に帰りたくて帰
りたくて、もう半分ベソかいてるようなひどい顔になってた。それなのに「泣いてるのか?」ってタケゾーに聞
かれても「泣いてない!」だなんて強がり言ってみせたっけ?そうそう、そんなやりとりを4、5回繰り返した
辺りだったかな、突然タケゾーが立ち止まったんだ。
 「おい…なんか、聞こえねー?」
 タケゾーがそんな事を言ったから、あたしも耳をすましてみると…なんていうのかな、声が聞こえてきた。
…それもすっごい美声。透き通った穢れの無い澄んだ声。声の主は聖母か天使か、とても人間には出せな
いような、もっと高位の存在のものなのだと、幼いあたしの頭の脳幹から前頭葉にかけて脳全域がその結論
に達したんだ。自分でも驚くぐらいの確信があった。だって、この声が聞こえてくる先からは、いつも身近で感
じていて、でも手の届かないような者の気配がした。

 …ああ、この先に居るのは、きっと神様なんだ。

 今思えば、それは間違っていなかったし、言い過ぎとも言えるかも。ただ、茂みの間からタケゾーと覗い
たあの光景を、あたしは将来忘れないだろう。

 ――みながわたしにつくすならば、―――

 「すっげぇ…」
 そこはまるで別世界。日差しが作り出す光のステージを舞う一人の女の子。まるで工芸菓子のようで、綺
羅びやかで、洗礼されていて、なにより目がその子から離れなかった。涙はいつの間にか止まっていた。

 ――わたしはみなにつくそう――

 ――われはりゅうじん、ひとのこら。このちをまもる、まもりがみ…――

 その子の頭には…きれいなきれいな銀色の角が生えていた。はっと現実に帰る。その子は異形だった。
この頃の私は、異形なんかには会ったことがなくて、大人からは「危険なものだ」と教えられていたから、
その時は逃げなきゃって思っていたんだけど…それよりももっとこの光景を眺めていたいって気持ちのほうが
強くって。それはどうやらタケゾーも同じようだったな。でもなんだかタケゾーの"見ていたい"は私の"見てい
たい"とは別のもののような気がした。

 後から分かったんだけど、タケゾーはこの時、あの子に一目惚れしていたんだと思う。

 幼いあたしがその事に気がつくのはもう少し後。今はただ、この光景がずっと続けばいいと、ありきた
りな言葉になってしまうけど…そう思っていたんだ。でもそれは、思いもよらない形で終わることとなってし
まった。

 「おいお前達…ここで何している」

242正義の定義:2010/05/21(金) 22:07:42 ID:voXyx5Nu

 「え…?」
 あたし達の背後から聞こえてきた、誰かの声。それは明らかな敵意を帯びてあたし達に向けられてい
た。心臓が、静かに鼓動を早めた。あたしは焦っていた。まさか、この踊りというか、儀式というかは
分からない神秘的な行為は人が見てはいけないものだったのか。こんな山奥でやっていたんだ、人に見ら
れたくなかったのかもしれない。ましてやあんな素敵な歌と踊り…
 「だ、誰だよ!」
 タケゾーは声の主の素性を知ろうとしていた。そんなに気になるなら振り向いてその姿を確認すればいい
のに。ふと、タケゾーの足元に目をやると、生まれたての子鹿のようにプルプルと震えるひょろい素足があった。
 タケゾーもあたしと同じ気持だったんだ。アレを見て、罰が来るのを恐れていたんだ。声の主は専らあたし
たちを攫いに来た誰かさんなのだ。姿を想像して出てくるのは、絵本で見た蛇の目のお化けに、あたしの体
の10倍近くある図体をもった赤鬼。骸骨頭の死神と言った、陳腐な、想像上の恐怖の有象無象。
 実際どれも本物を見た事はない。お化けは案外ドジっ子でうっかり人を呪い殺しちゃうようなのもいるかも
知れないし、鬼だって案外自分達とそう変わらない等身の、気さくな良いやつかもしれない。死神は…まぁ
おいておこう。それでもあたしにとっては前者のイメージの方が強くて、そういった類のモノが自分達の背後
に立っているのかと想像すると、恐怖で身が竦んだ。全身が粟立つのを覚えた。自分とは縁のない死という
非日常が、今この瞬間にも着々と自身に近づいていることがわかった。
 「…質問に答えろ。何をしているんだ。事と次第によっては、お前達をただで帰す訳にはいかない」
 「あ…、あの…えと…そのぉ…」
 必死に上手い言い訳を考えたけど、こんな心理状態でまともな返事などできるはずもなく。言葉らしい言葉
を発する事もできずにいたあたし、そしてタケゾー。そんなあたし達に助け舟を寄越したのは…他でもない
…あの子だった。
 「火燐、やめて。そういう脅しみたいな言い方…」
 長く艶やかな黒髪に銀の角。黒い髪故に、その角は一層存在感を際立てて。それらにあまりにも不釣合な
ボロボロの肌着を着込んだ女の子がそこにいた。他でもない、先程まであのきれいな歌声を披露していた彼
女だ。あの子が私達の方を向いている。あの子が、私達の方へと近づいてくる。10尺ない位の場所までやっ
きた所で女の子は足を止めた。間近で女の子の顔を見て、驚くほどの美人であることに気がつく。色白な珠
のような肌、吸い込まれるような、深くて、ガラス細工のような金色の瞳。あたしは思わず息を飲んだ。こんな
に「きれいなもの」がこんなに近くに存在していたことなんて、今まで無かったから。
 「こいつら、人間だぞ」
 「人間だからよ。人間を憎んではいけないと、お母さんも言っていたでしょ?」
 「…悪い連中かもしれない…」
 女の子とあたし達の後ろの奴は知り合いのようだった。
 「お、俺達はたまたま通りかかっただけだ!…綺麗な歌声が聞こえたもんだから、つい…」
 ここぞとばかりにタケゾーはペラペラと喋り始めた。誤解を解くために。あたしも変な誤解されっぱなしは嫌
だったし、このままじゃ話が前に進まないと思ったから黙ってそれを聞いていた。ところで、さり気なく歌声を
褒めているところは隅に置けないと思う。
 「こんな小さい子に、あなたは何をしようとしていたの?」
 「う…でも!」
 小さい子って、確かにあたし達はまだ子供だけど、この女の子も十分子供じゃないか。そりゃあ、あたし達
よりは年上のようだけど。
 ここであたしは後ろを振り向いてみることにした。今までどんな奴が後ろにいたのか、今ならば確かめられるし。
 「…なんだよ?」
 振り向き目に付く銀の一本角。そこにいた女の子のものだった。背はあたし達と同じくらいで…やはり黒い
髪に金の瞳だった。なんだ、案外可愛らしい顔しているじゃん、なんて、今までこの子に怖がらせられていた
自分達の間抜けさに笑みが溢れる。それが気に食わなかったのか、火燐とよばれるその子はむっと顔を強
ばらせた。
 「おいお前。私の顔に何か付いてるのか?」
 まずい。怒らせてしまった。
243正義の定義:2010/05/21(金) 22:09:08 ID:voXyx5Nu

 「ストップ、お互い悪人じゃあないんだから、無理に啀み合わないの。ほうら、こうして」
 割って入った女の子は、あたしの手と火燐の手を取り、握手をさせた。突然だったからびっくりしたけど。
火燐は心底嫌そうな目であたしを見ていた。握るその手は小さくて、白くて、でも…
 「暖かいでしょ?これが人の温もりなんだよ…」
 暖かい。なんて優しいぬくもりなのかとあたしは思った。女の子は握手する私達の手を包み込むようにして
手をかぶせてきた。皆が一つになったみたいで、自然と穏やかな気持ちになれた。気がつけば。火燐の顔
から怒りは消えていた。不思議だね。
 「同じこの大地に住むもの…きっと仲良く出来るはず…」
 女の子がそう言うと、何故だか火燐に敵意は微塵も感じなくなった。今なら、仲良く出来るかもしれない。
それにしてもこの女の子は一体何者なのだろう…たった一言で、場を鎮めてしまうのだから…
 「おーい、俺も仲間に入れてくれよー…」


―焔…
 「そう。それが私の名前。次元龍・騎龍家の末裔…」
 あたし達は何とか和解することに成功した。その際、道に迷っている旨を二人に伝えると、何と山の麓まで
送ってくれるという事になって…こうして、道案内をしてもらっている。
 そこで女の子…焔は自分達の事について語り始めたんだ。次元龍だとか、なんだとか。昔、おばあちゃ
んに似たような話を聞いた朧気な記憶が頭に付きまとう。一方、タケゾーはなにか知っているようだった。
 「騎龍…聞いたことがある…昔、騎龍という龍神様があらゆる災害から守って下さったって…もしかしてお
前達。その龍神様なんじゃないのか?」
 「…私達は…もう龍神様じゃないの。そんな力…無いから…」
 そう言った焔の瞳に、僅かな濁りが生じる。折角の綺麗な目が、これでは台無し。あたしにはどうすること
も出来ないし、どんな言葉をかければいいのかもわからなかった。
 「ここを抜ければ出口だぞ」
 火燐はこの先の道を指さして言う。やっとおうちに帰れるという安堵感一気に押し寄せてくる。早く帰ってお
母さんの顔が見たい。今日ばかりは何でも適当にぶっこんで作る鍋物料理も我慢しようという気になれた。
 「じゃあ…さよならだね…」
 「ああ…」
 二人とはここでお別れ。色々あったけど…二人には感謝の気持ちでいっぱいだ。
 「ありがと、二人とも!」
 これは紛れも無い、あたし自身の言葉だった。
 「ほんとにありがとーよ、俺達このまま帰れないんじゃないかと思った…ああ、それとさ」
 「?」

 「また…会いに来てもいいか?」

 「へ…?」
 タケゾーは、単純だ。誰とだって仲良くなってしまうのだ…たとえそれが"異形"…であっても。
 「そんな…ここは、危ないし…」
 「いいってそんな事気にすんなよぉ!俺達…友達だろー?」
 「友達…!」
 
 「…そうだね、うん…!」

 ぱぁっと、花が咲いた。綺麗な花。初めて見せた焔の笑顔は白百合のように綺麗で。あまりにも綺麗だっ
たから、なんだかあたしは妬けてしまった。こんなのってずるい。

 こうして、あたし達にちょっと変わった友達ができた。夕日に照らされ、オレンジ色になった入道雲が空に浮
かび、蝉の羽音がうるさくなり始めたどうってことない日の事だった。


―私達は出会い、運命は繋がった。繋がってしまったー

244正義の定義:2010/05/21(金) 22:09:51 ID:voXyx5Nu

 ―数日後―
    ―区内のとある道場―
 「おーうカナミ。今日もやまいこーぜ!」
 道着姿のタケゾーが帯を緩めつつあたしに話しかける。タケゾーの家は道場だ。何でも、タケゾーのお父さ
んは凄い剣豪らしく、以前の異形掃伐やこの街を襲った異形騒動で大活躍したのだとか。当然、息子である
タケゾーも剣術の腕はピカイチで、腕も立つ。この辺の子供達でこいつに逆らえる奴はいない。全く、体力だ
けはあるんだよなー、タケゾーは。
 「はいはい、ちゃんと着替えてからねー」
 「わぁーってるよー!!」
 そう言って、タケゾーは道場の奥へと引っ込んでいった。道場の奥の左側。二階へと上がる階段の隣にあ
る更衣室で着替えをするためだ。あそこは絶対に入りたくない。汗臭くて鼻がひん曲がりそうになる。


 「いやー、あいつら生きてっかなー?」
 「いきなり何いってんの?」
 タケゾーが着替を済ませた。焔達のいる山へといざゆかん。ここんとこ毎日焔達の場所へと行っている。
タケゾーはほむっち(焔のあだ名)の事を痛く気に入っているようだった。あたしもほむっちの事は接すれば接
するほど大好きになっていったけど、幼馴染として積み上げてきたものを、あっさり上回られた気がして、あ
たしとしては少し面白くなかった。
 「今日はやりたい事があるんだー」
 タケゾーは意味ありげな言葉を残して、あたしの先を走っていった。その両腕には、何に使うのか分からな
い資材やら道具が抱えられていて、がっちゃがっちゃと音を鳴らせる。甲冑の擦れたような音が徐々に小さく
なっていき、タケゾーの姿はもう豆粒ほどの大きさになっていた。どんだけ体力バカなんだあいつは…。

―――…

 「ひみーつきちを、つくるぞぉー!!」
 「ひみつ…きち?」
 いつもの平地に集まったあたし達4人。早々、タケゾーはそんな事を目一杯に叫んだ。バサバサと小鳥達
が飛び去っていく。ものすごい大声だったから、あたしは耳鳴りに襲われた。キーンという音が耳の中でやか
ましく響いた。
 「うっさいわタケゾー!いきなり大声だすなバカ!」
 「やっぱ俺達の活動拠点っていうの?そういうのあった方が良いかなーなんて思っちゃったりしてさぁ、ほ
ら、道具持ってきたしよぉー!」
 あたしの注意をまるで聞いていないタケゾー。正直むかついた。腹がたったあたしはこっそり魔法で氷の塊
を作り出し、タケゾーのシャツの中に後ろから2、3個放り入れた。ひゃい、という情けない声が聞けたのであ
たしは満足だ。
 「秘密基地って、ここに作るのか?」
 火燐はシャツから氷を取り出すタケゾーに尋ねた。
 「あったりめーよぉ!さぁお前ら、やるゾー!!」
 「元気いいね、君は」
 そう言った焔は、相変わらず美人だった。同姓から見ても、ドキッとしてしまうほど。何気ないその笑顔に
不覚にも心揺さぶられてしまった。いや、ノーマルだよあたしは。
 「それだけがこいつの取り柄だかんねー」
 「うっせーぞカナミィ…」
 …そんな訳で、秘密基地を作ることになったのだけど…

 「ああー、屋根は適当にダンボールでいいか」
 「…壁は?」
 「適当にダンボールでいいんじゃねぇ」
 「全部ダンボールかッ!!」
 ろくに考えないで作ったものだから…

 「火燐、ボンドとってくれよ」
 「…まさか、それで接着するつもりか?」
 「接着以外で何にボンド使うんだよ!!」
 結果はわかりきっている訳で…
245正義の定義:2010/05/21(金) 22:12:02 ID:voXyx5Nu

 「かんせーい!!」
 「…これは酷いな…」
 できたのは、豚小屋の方がまだマシといったレベルの代物だった。台風なんか来た日には跡形も残らない
ような貧弱な外装。皆微妙な顔をしていたけど、タケゾーは
 「外見は問題ではなーい!居心地がいいかどうかだ!」
 なんて言って誤魔化すのだった。
 「さぁ、入ってみようぜ!」
 急かすタケゾーに背を押され、秘密基地とは形容し難いそれの中にはいる。結論から言うと、中はいうほど
酷くは無かった。快適でもないけど。
 「…まぁ、悪くないな」
 「うん、いいよー!すっごくいい!」
 龍二人も気に入ったようで何より。私達の活動が…ここから始まる。

 「…で、何する?」
 「…知るかッ!」

 夏の終わりの事だった。
 秘密基地の上空に浮かぶ飛行機雲と、太陽に重なるようにして飛ぶトンボ達。
 タケゾーが持ってきたソーダ水があたし達のカラカラの喉を潤した。
 何も考えないで皆笑い合えたあの日。あの頃のあたしたちは、何も知らなくて、何でもできた。


 ―数年後・夏至―

 「今日はよ、皆で街に行こうと思う」
 ほむっち達と出会って数年。あいも変わらずあたし達は"いつもの場所"に集まっていた。最初はひどい有
様だったけど、数回の改築によって少しはマシになった気がする。我らが秘密基地。
 「…だめだよ…私達は異形だから…あまりいい目で見られないから…」
 タケゾーは山から出たことが無いという二人の話を聞いて、思いつきで言ったのだろうが…ほむっちはそれ
を断ったけど、尚もタケゾーは食い下がらない。
 「角を隠せばいい!そうすれば俺達と外見変わんねーだろぉー?」
 「…尻尾はどうするんだ」
 火燐は緑色の尻尾をだらんと垂らして言う。
 「腰に巻け!」
 ベ○ータかて。まぁそんな感じで強引にタケゾーに連れられ、今日は街で遊ぶことになった。
あれから随分時間がたったけど、ほむっちと火燐は全くと言って良いほど容姿に変化がなかった。やはり異
形だからか、龍は人に比べて成長するのが遅いらしい。
 対して育ち盛りのあたし達の身長は、気がつけばほむっち位の大きさになっていた。なんだかあっという間
だ。お姉さんに見えたほむっちも、今じゃ同年代にしか見えなかった。
 街へ行くに、角を隠さなきゃいけないみたいだから、あたしは二人に帽子を貸して上げることにした。一足
先に街中へと着いたあたしは帽子をとりに自宅へと戻る。お母さんは二つも帽子を持っていったあたしを不審
な目で見ていた。ごまかしが思いつかなかったあたしは、逃げるようにその場を後にしたっけ。


 「うわぁ…すごいなぁ…」
 帽子を被り街中へと入れたほむっち達。目に映るもの全てが珍しい物みたいで、しきりにあたりを見回して
は「はえー」だの「ほえー」だの一々感心するのだ。それがあたしにはとても面白かった。
 うだるような暑さ。風鈴の音。八百屋のおじちゃんの野菜をたたき売りする声。街の匂い。
 そんな街のいつもの様子が、ほむっちと火燐にはどんなふうに見えているのだろうか?
 「すごいねー、火燐」
 「ふん…人が多いのは苦手だ…」
 ほむっちも火燐も別々の反応を見せるんだけど…顔はどちらも楽しそうに見えた。あぁ、楽しんでるんだなぁ
って。ここであたしは二人のある部分に目がいった。服だ。二人ともすごい綺麗なのに、服がこんなにボロ
じゃあ台無し。
 「ねぇ、ふたりとも」
 「ん?」
 だからあたしは、二人に服を買ってやる事にした。

246正義の定義:2010/05/21(金) 22:12:58 ID:voXyx5Nu


 「に…似合う…かな…?」
 早速服屋へとやって来たあたし達。きっと二人とも可愛い服を着れば今より、数倍その魅力を引き出せる
筈。一番期待に胸ふくらませているのは他でもない、あたしだった。店に入るや否や、数着の服を掻っ攫って
試着室へとほむっちを引っ張り込む。あたふたする彼女を強引に脱がすのはある種の背徳感を感じえずには
いられなかった。失礼、そういう展開にはならない。
 隼の如く着替を終わらせる。今ほむっちが着ているのはカジュアルなシャツにチェックのスカート。黒のタイ
ツで止めだァ!!
 「ぐ…グレイトォ…!!」 
 当然それを見たタケゾーはあたしに最大限の賛辞を、立て親指で示した。「お前わかってんじゃん」と。
 「は、はずかしい…」
 「そんなに恥ずかしがる事無い。焔…すごい綺麗」
 「んじゃー次、火燐いってみる?」
 「はぇ!?な、なんで私が!!」
 「はずかしがんなくていーよ、ほーらこっちゃこーい」
 ほむっちの華麗なる変身に見とれている所の火燐を不意打ちで更衣室に突っ込む。
 「きゃあぁぁぁぁぁ〜!?」
 おやおや、火燐もこんな可愛らしい声を出すこともあるんだなとあたしは関心する。そしてあたしは自前の
テクで火燐を一人前の女にしてやるのだ!!
 「ら、らめぇぇぇぇぇ…」

 小休止、幾数分。

 「ぐす…ムリヤリ…強引に…」
 …ふぅ。
 こっちは暴れるものだから時間がかかった。服装はズバリ「甘ロリ」ッ!!ピンクのふわふわとしたフォル
ム、これでもかと言う程のフリルに包まれた無垢な少女…完璧だ…
 「私にこんなのは似合わない…」
 「そんな事無い。火燐、スゴク可愛いよ」
 「…ッ!!」
 百合色夢気分的な雰囲気が展開される。ほんとほむっちは男でも女でも関係ないんだから。なんという
リーサル・ウェポン。ギャルゲ主人公も真っ青な安心のフラグ構築率。そんなあたしもマジでぞっこん恋してる
…いやいや、そういう趣味は無いって…多分。

 「ほ、ホントに買ってもらっていいの…こんなに…」
 「だって可哀想じゃん…その服じゃ…」
 「でも…お金…」
 お金のことを心配するほむっち。だけど安心して、気にしなくていいよ。
 「大丈夫!!タケゾーと割り勘だし!」
 「ちょ、聞いてねえぞそんなのぉー!!」
 あたしだけなけなしのお小遣いを減らすのは割に合わない。タケゾーも巻き込んでやるのだ。
 「おかいけーおねげーしますー」
 「はいはい、これ全部でいいんだね」
 会計へとそれら大量の服を持っていく。このまま何事もなく買い物を終えれるかと思ってた…
 「…ん、そっちの子は見ない子だねぇ…一体…!?」
 服屋の店主の様子が一変する。みるみる顔が青ざめていき、そして…
 「い、異形よぉぉぉぉぉぉん!!だれかぁぁぁぁぁ!!」
 「えっ…何で…」
 何故バレたのか…それは人目でわかることだった。ほむっちの頭に帽子はなく、その綺麗な角を覗かせて
いたから。
 「あ…さっき更衣室に忘れ…」
 「とりあえずここはマズイ!!にげんぞぉ!!」

 走る、走る、街の中。道行く人は皆、あたし達の事をふりかえっては奇異の視線を浴びせる。何にって?
ほむっちの角に決まってる。そんな纏わり付くような人の目から逃れたくて、あたし達はただ必死に駆けた。


247正義の定義:2010/05/21(金) 22:13:49 ID:voXyx5Nu
 「ごめんね…ほんとに…ごめんね…」
 「まぁ、こういう事もあるって…気にすんなよ…また今度あそびにいこーぜ…」
 何とか街の外までやってこれたあたし達。当然服なんかは買えなかった。
 「服…残念だったね…」
 「うん…」
 しゅんとテンションの下がる音が聞こえてきそうな落ち込みを見せるほむっち。結構乗り気だっただけに、
余計悲しそうに見えた。なんだかぬか喜びさせたみたいで…いたたまれなかった。
 「…やっぱり、無理だったんだ。私達と人間はわかりあえない」
 火燐は取り乱したようにしゃべりだす。
 「火燐!!なんであなたはそうやってすぐに見限るようなことを言うの!」
 「だってそうじゃないか!あの街の連中の反応!あれは完全な拒絶だ!!私達はここで誰にも会わずに
暮らしていた方が幸せなんだッ!」
  「あ…」
 その時、あたしの胸の奥でこみ上げる感情が、押えきれないほどの濁流となって吹き出した。悲しかった。
あたし達と過ごしてきた時間が無意味だったと言われているようで、あたし達との関係まで否定しているよう
で。私の頬をしょっぱい水が流れる。この時…あたしはどんな顔をしていたのかなぁ…
 「おい…それ、まじで言ってんのかよぉ…」
 「ああ、マジだよ」
 「ホントかよ…お前は、ホントにそう思ってんのかよ。今まで俺達といて楽しくなかったか?あの笑顔は嘘っ
ぱちか?ちげーだろぉ?俺達は少なくとも…お前らと会えて…よかったと…うぐ…ひっく…」
 「わ、わたしだって…お前達とあえて…ううううう……」
 そう、みんな子供なんだ。ただ、人かそうじゃないかの違いはあれど…仲良くするのに理由が居るのかな。
異形と人間が仲良くしちゃいけないのかなぁ?
 「そう…こんなにみんな大好きなのに…無理に自分から離れようとする必要なんて…無いんだから…」
 ほむっちがあたし達三人を抱きしめる。あったかい。彼女の胸は包みこむような優しさに満ち溢れていた。
そうしてあたし達は…日が落ちるまで思いっきり泣いた。
 
―作戦実行二日前の朝―

 「焔ちゃーん、あーそびーましょー」
 「うん、今行くから待っててね」
 一度は街で酷い目にあったけど、あれからもほむっち達をちょくちょく街へと連れていった。
そのお陰で、他の子達とも仲良くなって、今ではここいらの子供達が皆一緒になって遊ぶことが多くなった。
やっぱり、あたし達の過ごしてきた時間は無駄じゃなかったんだなと思える。
 一方、困った問題も出てきている。
 「いよいよ間近に迫ったな…」
 「マジでやんの?タケちゃん」
 「あったりめーだろぉー!焔達の為…ひいては俺らが住んでる街のためでもあんだ!」
 近日、山が自治体の手によって更地にされるという計画が進んでいるとか。秘密基地やほむっち達の住処
は勿論、そんな事をすればとんでもない厄災がこの地に降り注ぐ…らしい(ってほむっちが言ってた)
 「タケゾー、遊ばないの?」
 「今は忙しい。後でな」
 「タケゾー…」
 あたしは、タケゾーの幼馴染。今、タケゾーはとても危ない事を始めようとしている。正直、タケゾーにはそ
んな事して欲しくない。ほむっちの事がどうでもいい訳じゃない…けど…タケゾーが危険な目に合うのは、嫌
なんだ…なんでだろ…やっぱり幼馴染だからかな?でも…あたしの言葉は…多分タケゾーには届かない。


 「おい、貴様等山の民であろう!邪なものがこの街に足を踏み入れてはならん!!」
 偶然通りかかった警備隊の人間にほむっちが見つかってしまった。警備隊は自治区側の人間だ。随分前
から、ほむっち達のことに目につけている。いかに角を隠しても、奴等に見つかってしまえばすぐにバレてし
まう。
 「でも…コイツらにちゃんと話を…なぁ、少しくらい聞いてくれたって」
 「黙れい!!化物の言葉なんぞ聞く余地はない!」
 大人は皆こうだ。子供の話なんてまるで聞いてくれない。タケゾーは必死に話し続けたが、無駄。
 警備隊の銃声に萎縮してしまう。そんな時だった。

 『"ワイヤー"』

248正義の定義:2010/05/21(金) 22:14:49 ID:voXyx5Nu


 「…はっ!?やっちまった!ふぇふぇ!」
 一瞬,何が起きたのか…よくわからなかった突然伸びてきたヒモが大人たちをぐるぐる巻きにして…
 しかもそれをやってのけたのは一人の女の子だった。
 「おまえ…すげーな!」
 「ふぇ!たいしたことじゃないですし!こどもはおうちにかえってウニメでもみてな!ふぇふぇ」
 「いや、お前も子供だろ…」
 ちょっと変な子だった。金髪ツインテールの小さな女の子。感情を読み取る事の出来ない緑色のその瞳。
上は軍服のようなものを着用していたけど、下はふつーのスカートだった。変な格好。
 「そうだ、お前お礼に良いとこ連れていってやるよ!」
 「ふえー?いいとこ?」
 良いとこ…おそらくあたし達の秘密基地のことだろう。女の子は抜けてるような返事をする。一体この子は
なんなんだろうか?この辺の子じゃ無さそうだし…

―――…

 「はい、お茶どーぞ」
 「ふえぇ…」
 女の子を連れてきた場所は、やっぱり秘密基地だった。秘密基地を見た女の子の感想は、まぁ酷いもん
だったけど…一見様にはこれの良さがわからんのよ!このござっぱりとした空間が妙におちつくんだ。
 タケゾーが女の子に名前を聞き、女の子は「トエル」という名前であることがわかった。少しおしゃれな名前
だ。皆が自己紹介をしたもんだから、あたしも自己紹介しなくちゃいけないと思って、どさくさに紛れてついで
みたいな形で名前を言った。

 「それに…今の私達には、人々を守るほどの力はない…今ここ一帯を災害から守っているのは…この山の地脈なの…」
 「でもよぉ…この山…もうすぐ街の連中が地域開発で更地にするつもりなんだってよー…ふざけてるよな…」

 ほむっちは次元龍やこの山のこと、タケゾーは開発計画のことをトエルに話した。部外者にこんな話までし
てしまって良いのかなぁ?いや…確かに助けてもらった身ではあるけどさ…
 そんなこんなで、少し暗いムードになったりしたけど、皆で遊ぼうって提案をほむっちがして元の穏やかな
雰囲気に戻った。
 「ふおぉぉぉぉぉぉぉ!!ホモからにげきれたらごまんえんんんんん!!ふぇ!」
 「つかまんねーよ!へっ!」
 タケゾーはトエルとの鬼ごっこに熱中してしまっているようだ。トエルの足はすごく早くて、他の皆
は捕まってしまった。今捕まっていないのはタケゾーただひとりだ。
 日が二人の全身を強く照らす。仲良く遊ぶ黒のシルエット。顔を見なくてもわかる、タケゾーの笑顔。

 結局、タケゾーの体力切れで、勝ったのは鬼のトエル。この体力バカに勝つなんて…どんな体してんだろ
…ふと、空を見上げるとそこには茜色の空が広がっていて、あっ、もう帰る時間なんだということをあたし達
に教えてくれた。

 「それじゃまた明日!」
 「ふぇ。きがむいたらきてやりますし」

 すっかりトエルともなかよくなって、また明日も遊ぶ約束をした。山を降りるトエルを見送り、あたし達も下山
する事にする。
 「じゃ、またな二人とも」
 「うん、また明日」
 「あ、ちょっと待て、タケゾー。お前に話が…」
 火燐がタケゾーを連れて隅っこの方で何やら話している。おそらく…明後日の奇襲作戦の事だろう。ほむっ
ちはそれを心配そうに見つめていた。まさか…作戦の事に気がついているんじゃ…
 いや、それはない。ほむっちだけには秘密にしろって皆分かっていた筈だし…
 「…何話してたの、二人とも」
 「大したことじゃないよ。ねぇ、タケゾー」
 「ああ…」
 今のほむっちの反応を見て、少なくとも何をするかはわかっていないようだけど…それでも何かに感づいて
いる節があると…そう、あたしには見えた。

249正義の定義:2010/05/21(金) 22:15:30 ID:voXyx5Nu

―――…

 やっぱり…こんな事はいけないんじゃないだろうか…今からでもまだ…やめられるんじゃないだろうか…
そう思っていた。あたしは。でも…タケゾーは違ったんだ。

 「やるっきゃねーだろ!正しい事をすれば、それは必ず報われる…じっちゃんも言ってた!」

 帰り道で、タケゾーにもう一度考えなおさないかと促した際に返ってきた言葉だ。タケゾーは本気だった。
 気がついてた。年々、タケゾーとあたしの考えにずれができている事なんて…
 あぁ…その事が、事実が…あたしの胸を締め付ける。もう…あたしのことなんて眼中に無いんだなぁって。
でもあたしは、あんたの。屋久島タケゾーの幼馴染だから。タケゾーだけに危ない思いはさせないから。

―はるかに数えたヤシの木は、ただの、きみの助けを借りてー…
―あしたにとぶすきなきみだけに僕の、呼ぶペーンギンかかか…

 「今の話…詳しくきかせてもらえない…?」
 突然、変な歌と共に現れた怪しい人。知らない人にはついていっちゃいけないんだけど…
 というか、ローブのフードで顔は見えないし、変なペンギンは肩に載せてるし、怪しさ全快すぎる…
 「何?私は誰だって?そうねぇ…義賊ってとこよ!」
 フードの人は自らを義賊と名乗る。聞くところによると各地を放浪し、悪い人をやっつけているのだと言う。
 「…で?その義賊が何のようだよぉー」
 「さっきの話…こっそりきかせてもらったけど…もしかして、あなた達がこの自治区の最高責任者"森喜久
雄"の首を狙っているんじゃあ…ないかしらん?」
 「!!」
 まずい…計画のことがバレた。仄かな戦慄が頭を駆け巡る。なんとかごまかそうと嘘方便を考えるが…何
も出てこない。しかしそれは取り越し苦労であることを知る。
 「ああ、別に私は知ってどうこうするつもりはないわ。寧ろ…協力させてもらえないかしら?」
 そういって、フードの人は、緑色の液体の入ったボトルを懐から取り出した。…こんな毒々しい色のものが
真っ当な液体である訳も無い事が容易に推測できる。
 「これはね…"異形の力"を一時的に行使出来る薬…これをあなた達にあげる。取っておきなさーい」
 「異形の…力…それって、凄いのか?」
 「もちろん。これを使えば普通の人間にはまず負けないでしょうねぇ」
 だがしかし、この話…できすぎている。こういったものには副作用が付き物だ。あたしはさり気なく探りを入
れる事にした…
 「副作用とかないの?」
 …つもりがいきなりどストレートに聞いちゃって。もう、あたしのバカ。
 「これでも一番副作用が少ない薬なんだけど?」
 「副作用あるのかい!」
 「大したものじゃないわ…薬を使用している間だけ…体が異形っぽくなるだけだから」
 もうなんていうか、胡散臭い。このフードの人。と、ここでタケゾーが口を開く。
 「何で俺達に協力するんだ…?」
 そう、そこはあたしも気になっていたところだ。いきなり現れて協力させて欲しいとか、一体どういう風の吹
き回しなんだか。フードの人は一秒と待たず、答えた。
 「利害の一致…もあるけどやっぱり"義ね"」
 「義…?」
 「大義は我らにありってね。私は私の信義を貫くだけよ。それじゃあ、今日はこの辺で!」
 答になっているんだかなっていないんだかわからないことを言うフードの人。同時に背を向けポケットから何
かを取り出した。あれは…煙幕?

 「また会おう少年少女!!」

 そう言って、フードの人は手に持つ煙幕玉を地面に叩きつけた。もわもわと煙が噴き出すのだが、中身が湿気っていたらしく、漫画のように上手く煙が広がらなくて…
 「さ、さらば!!」
 フードの人は徒歩で帰っていった。
 「…なんだったんだよ一体…」
 「さぁ…?」


250創る名無しに見る名無し:2010/05/21(金) 22:54:23 ID:6Zg7e+6+
猿の予感
251 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/21(金) 23:05:45 ID:+4e6AIo9
:正義の定義:2010/05/21(金) 22:20:31 ID:npKJLnWQ0

―作戦実行前日―

 「よーし!チキンランだー!」
 「コケー!コッコッコ!」
 翌日。今日も約束通りトエルはやって来た。今日は今子供たちの間で大人気の遊び『チキンラン』をするん
だ。自分達で丹精込めて育てた鶏を競争をさせ、誰が一番早い鶏を選んだかを決める…熱きレースの事で。
単純明快な、初心者でも遊べる親切な遊びである。
 「俺の相棒"バーン・コケコッカ"に敵う奴なんていねぇぜー!!」
 「バーンコケコッカ!バーンコケコッカ!」
 タケゾーのコケコッカは今一番波に乗っている鶏だ。その股の引き締まりといい、美味そう…いや、力強そ
うな脚を持っている。これならばラストで押し負けると言うことも無いだろう。
 「じゃあ私はこの"光速の異名を持ち重力を自在に操る高貴なる鶏"を選ぼう」
 「コクーンww」
 火燐の選んだ光速の異名を持ち重力を自在に操る高貴なる鶏は、その名の通り光速に近いスピードを発
揮する最高速ならば誰にも負けない…が、速いのは序盤だけでどんどん失速する。スタートダッシュが勝負
の鶏だ。
 「ふぇ!じゃあわたしはこれにしますしふえふぇ」
 「俺、ブラウン管の前で評価とかされたくねぇから」
 トエルの鶏「バンプ・オブ・チキン」はアクの強い鶏で扱うのが難しい鶏だ。やるときはものすごい力を出す
が、普段は全くやる気の無い。まるで不定期で好き勝手にシングルを出すインディーズバンドのような鶏だ。

 他の子供達も続々と鶏を選び、準備も整ったところでスタート地点へと鳥を誘導する。
 コースは山の入口から山中の決まったコースを進み、再び入り口まで戻ってきてゴールとなる。コースは分
かりやすいように旗が立っているので迷うことはまず無い。
 「よーし皆集まったなー!!じゃあ早速はじめっぞぉー!」
 「皆、頑張ってね!」
 あたしとほむっちは見る側の人間だ。鶏と一緒に走るほど体力ないし。
 「位置につけー!!」
 タケゾーの一声で一斉に鶏を地面に置く皆。スタートの合図を今か今かと待ち構える。合図を言うのはこの
あたし。息を荒くし、今にも飛び出してしまいそうな鶏を静止する面々。あたしは機を見計らい、合図を出す。
 「よーい…」
 張り詰める空気。誰もが皆一点先を見つめて沈黙する。そして…

 「スタート!!」

 鶏達は、一斉に飛翔した。


―――…

 …結果から言えば、一番になったのはトエルの"バンプ・オブ・チキン"だった。
 「まぁ、とーぜんのけっかといえる!ふぇ!」
 「くそーっ!初心者に負けるだなんて!!」
 あの鳥はクセこそ強いものの、潜在能力は他の追随を許さない。それを見抜いたトエルの目利きの勝利
だったんじゃないかな。
 「惜しかったねー火燐」
 「やっぱ一本糞じゃダメか…」
 なんて言う火燐だったけど、悔しさはあまり感じられなかった。
 こうしてチキンラン大会は終了。今大会も名勝負をありがとう!Congratulations…お前ら…

 「それじゃ、今日は俺ら早めに帰るわ」
 「え、今日は随分早いね…」
 タケゾー達の珍しい早帰りに、ほむっちは驚いていた。ここ最近遅くまで遊んでばっかりだったからなぁ…。
 タケゾー達が早く帰る理由…そんなのは一つ。明日の事だ…それで間違いないと思う。下山する皆の面持
ちは重く。あたしはほむっちにその事がバレて何か感づかれないか冷や冷やしていた。
 別れ際、タケゾーは火燐アイコンタクトを送る。火燐もそれを理解したのか、コクンと頷いた。
252 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/21(金) 23:06:44 ID:+4e6AIo9
756 :正義の定義:2010/05/21(金) 22:21:30 ID:npKJLnWQ0

 「随分、人が減ったね…」
 「あたしはまだここにいるから、何かして遊ぶ?」
 ほむっちに何か嗅ぎつけられるとまずいので、あたしはひとまず秘密基地に残ることにした。ほむっちはい
つもの様にお茶をいれる。…ほむっちのお茶は味が薄い。でもこれが、彼女の味なんだ。
 「ふえ。わたしはおじゃまですか?」
 「そんなことないよ、トエルちゃんはここにいて良いんだよ?」
 「ふぇふぇ。わかりまんた」
 ガラにもなく気を使うトエル。そんな気遣いは無用とほむっちはトエルの事を撫でた。
 「ふえぇ!?」
 トエルは突然の事に奇声を上げてしまう。あ、なんだか今の可愛いな…。
 「あなた…今まで友達ができた事無いでしょ…?」
 「ふえぇ…」
 「隠さなくてもいいよ。友達慣れしてない感じだったし…でもよかった…」
 「…なにがですか」
 「今こうして…仲良く出来る相手がいるでしょ…?」
 「うん…」
 暖かい、全てを包み込んでくれるようなほむっちの笑顔がトエルの心の氷を溶かしていくように見えた。
 「ほら、私たちは同じ大地に住むもの。きっと仲良く……!?」
 そう言ってトエルの両手を握るほむっち。だけど一瞬…少し表情が崩れたように感じた。多分気のせいだろ
うけど…
 「…仲良く…できるはず…」
 ほむっちのその言葉で、今まであたし達はどれだけ救われてきたのだろうか?ほんと、こういう所だけは龍
神様みたいなんだから。
 「・・・・」

 トエルは何も言わなかった。彼女はきっと…

―作戦実行・当日の夜…―

 「おいお前ら、準備は良っか?」
 街を一望できる崖の上。マフラーとニット帽で顔を隠すタケゾーは同じような背格好の同士に確認をとる。
集まった人間は全員子供。戦力不足は顕著だ。無謀かつ孤独な戦いが、今…始まろうとしている。
 足が震え、力が入らない。それは皆同じ。怖いに決まっている。どうなるか分からない未来に幻視するの
は最悪の結末ばかりだ。いけない…こんなんじゃダメだ。
 「悪いな…お前らにも付き合わせちゃってさあ…」
 タケゾーは申し訳なさそうに言う。その言葉に反発するように声を上げるのは一人の男の子。
 「お、俺達だって皆の場所を、守りたいんだ!」
 そうだそうだと、子供達は次々に己の言葉を紡ぐ。
 「焔ちゃんを守りたい…!」
 「自分の住む街を守りたい…!」
 「俺達は…自分の意志で此処に集まったんだぜ、タケゾー!」
 気持ちはみんな一緒。覚悟が決まったのか、少年少女の体から、震えは消えていた。
 「皆…少し、いいか?」
 声のした方、火燐の方へと視線が集まる。彼女は静かに、しかしはっきりとした口調で語り始めた。
 「…私は…今でも人間が嫌いだ。だけど…お前達は…嫌いじゃない」
 「会えて良かったと思える人間は、後にも先にもお前達だけだ」
 「絶対に、勝とう。勝って、皆の未来を守るんだ…!」
 「お前達には…龍神様の加護が付いている…大義は我らにあり…私達にしか出来ない救世主物語、紡い
でやろうじゃないか!!」
 「狙うは開発計画の主導者!森喜久雄…いくぞおおおお!!」
 火燐の拳が空を突き上げる。それに続く子供達の慟哭。木々はざわめき、空気から湿気が吹っ飛んだ。
今宵、月は出ているか…?あたしは空を見上げる。するとそこには、丸いお月様。

 「いこう、タケゾー」
 「あぁ、カナミ」

 あたし達はそう、なんでもできる。あの頃のまま。ふたり一緒なら、何でもできるんだから…!
253 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/21(金) 23:10:28 ID:+4e6AIo9
757 :正義の定義:2010/05/21(金) 22:22:14 ID:npKJLnWQ0
 「いくぞ…!!」
 街中を小さな影が走り去る。深夜、人々は寝静まり、街は異様な静寂に包まれていた。
 あたし達が目指すは、街の中心に高くそびえる役所ビル。あそこに全ての元凶が居る。前調べもバッチリ
だ。奴はあの建物から出ていない…物見の報告で分かっている。そして…警備の人間がいることも。
 「なぁ、タケゾー。お前が皆に配ったこの薬だけど…どうなんだ?」
 先頭を行くあたし達に話しかける一人の男の子。彼がその手に持っているのは…緑色の液体が入った注射器だった。
 「効き目は…使ってみないとわからん!」
 「おいおい…そんなんで大丈夫かよタケゾー…」
 
 「こんな夜中に!何者だ貴様等ーー!!」

 「…っと、現れなすったぜぇー…」
 「…丁度いい、この薬の効力…確かめさせてもらうか…!」
 警備隊の人間が二、三、前方から向かってくる。あたしとタケゾーの横を走っていた男の子は、いつの間に
か警備隊の人間の行く手を阻むようにして道の真中に仁王立ちしていた。やる気だ…
 「何だキサマァ…?」
 「子供の話を聞かない嫌な大人がどんな目に合うか…見せてやる!!」
 男の子は腕に注射器の針を当てる。そしてそのまま…それを注入した。
 「な…なんだコレ…体が…う…うあぁぁっぁああっっぁぁっぁっっぁぁぁあああああああああ!!!!」
 カランと、空っぽになった注射器が落ちる。男の子はみるみるその姿を変えて…
 「な、なな…化物だ…!!!!」
 「逃げ…」
 『逃がすか…』
 「ぎゃ…」
 鮮血が飛び散る。あっという間に大人三人が肉塊へと帰した。そこにいたものは…全身を黒い毛に纏わせる…異形。
 『す…すげぇよ…これ…力が…ドンドン湧いてくる…』
 「おい、何も殺さなくても……!」
 「どっちにしろ殺るか殺られるかナンだ…賽は投げられた!今更止めれない!後戻りはもうできない!」
 「そうだ!やってやる!俺だって…!」
 そうして、一人、また一人と黒い獣の姿へと変貌する子供達。
 かつての無邪気な少年少女の姿は…もう無い。

―――…

 『ここからは二手に分かれるぞ!僕達は敵を撹乱する!タケちゃん達は火燐連れてビルへ!!』
 「おう…お前ら…死ぬなよ!!」
 『ああ…!!』
 ビルとの距離が中頃に差し掛かった。あたし達は作戦通り隊を二つに裂き、大人数は敵の撹乱に。そして
タケゾー率いるあたし達少数は動乱に乗じてこっそりとビルに侵入する…という手筈になっている。
 「出おったな逆賊め!!」
 警備の人間もどんどん増えていく。タケゾーは腰の刀を抜いて警備隊の人間を切り捨てていく。
 「どけよ!えやッ!!」
 「ぐえぁ!!」
 一振り一振りがまるで振り子のように規則正しく、無駄がない。タケゾーは凄い剣術の持ち主、当然だ…
実戦経験が無くても平気で殺せちゃうんだもんな…あたしには絶対…ん?…なんだかタケゾーの声に元気がないな。
 「…どうしたの?タケゾー…」
 「俺…人殺してる…沢山…」
 その声は震えていた。ああ…そうか。平気な訳ないんだ…あたしは馬鹿だ…人を殺して平気な訳ないよ。
当たり前なのに…
 「俺…俺…」
 「逆賊め!覚悟!!」
 「…!?」
 大丈夫…あんた一人に…苦しい思いはさせないから…
 「あが…」
 ドサリと、男の巨体が倒れこむ。その胸には、氷の刃がいくつも刺さっていた。
 「カナミ…?」

 「あんたは一人じゃないよ。あたしがついてんじゃん」
254 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/21(金) 23:13:58 ID:+4e6AIo9
758 :正義の定義:2010/05/21(金) 22:23:10 ID:npKJLnWQ0
―――…

 「しねぇ!?化物!!」
 『くっ…させるか!!』
 「大丈夫か!?」
 『何悠長に人の心配してんの!!早くいって!!こいつらは私達がやっつける!!』
 「すまん!!」
 連戦連戦。どんどん散り散りになっていく一行…。後ろは振り向かない。だって、また笑顔で再会できると、信じてるから…!!

 だいぶビルの近くへとやってこれたあたし達。辺りから聞こえてくるのは有象無象の声。悲鳴や怒声。それ
らが混じり合って、負の叫びとなり街に木霊する。早く終わらせなきゃ…こんな事…
 「結構ビルの近くへとやって来たな…もう少しだ。タケゾー、カナミ、気を引き締めていけ」
 火燐は激励するようにあたし達に言う。「そっちもね」と返し、お互いを叱咤しあった。

 「…そこまでよ!」

 「此処から先は、この第三英雄冴島六槻と…」
 「第十一英雄、白石幸が通さない!!」
 ここで現れた英雄と名乗る連中…今までの奴とは感じが違う…
 月下に映るその姿は、英雄というよりは軍人。片方の奴は鉤爪。もう一方は…
 「悪いけど…異形が現れたっていう報告も上がってきてるし…ゆっくりやってあげる時間はないの」
 『"ゲール""ガトリング"』
 「命まで取りはしない…足を狙って、身動きを取れなくします!!」
 黒い髪の女が馬鹿みたいに長い銃身のガトリング砲を、あたし達に向けてぶっ放す。即座に反応したタケ
ゾーがあたしと火燐を物陰へと引っ張ってくれたおかげで被弾は間逃れた。あたしの立っていた地点にいく
つも弾の跡ができる。あぶなかった…
 「隠れても無駄よ…!」
 「大人しく捕まるべさ〜!!」
 敵は手練のようだ。想定外…これは一体どうしたもんかな…
 「私に任せろ…異空召喚術で…この場を切り抜ける…」
 火燐はそう言って懐から儀式用の札を取り出す。異空召喚術…次元龍でも騎龍家の者しか使えぬ術…な
んでも異次元の人の形を写し取った"レプリカ"を呼び出すことができるらしく…まぁ、とにかくすっごーい技な
んだとか。この際どうにかなるなら何でもいいよ。
 すぐそこまで敵が近づいてくる。火燐は印を切り、冷静に言葉を発する。
 「異界に存在する強者よ…今一度我にその力を貸し与え賜え!」
 「なに…この光!?」
 火燐の持つ札の一枚が青白く光る…先程までまっさらだったその札に…何かが描かれ、刻まれる。
 札に書かれたのは『悪世巣寄生』という文字と…狐の化物の絵…
 「召喚!!現れろ!汝が名は"悪世巣 寄生"!!」
 光が一層強くなる。辺り一面を光が包み込む。耐えられなくなったあたしは堪らず目を閉じた。
 光が収まったかなと瞼を上げてみると、そこにいたのは狐の化物。まさにあの札に描かれているような…
 「我の名は悪世巣。寄生四天王の一人…」
 「な、何だべ!?」
 「悪世巣寄生・野狐とは我のことよ…愚かな人の子よ」
 狐の尾は、それはもう業火の如く燃え盛っていた。その巨体は、あたしの体の数十倍はあって…もしあの
大口で襲いかかられたらあたしの肢体なんて一口だろう。
 「また変なのが出てきたわね…白石さん、場の状況を見極めつつ応戦して!」
 「あいあいさー!!」『"ブレイブ""クロウ"』
 「ククク…お前達が何者かは知らぬが…その体、なかなか使えそうだ…寄生させてもらおうッ!」

 「さぁ、あれに気をとられている隙に…!」
255 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/21(金) 23:17:53 ID:+4e6AIo9
759 :正義の定義:2010/05/21(金) 22:24:11 ID:npKJLnWQ0
―――…

 「召喚!現れろ!汝が名は"悪魔リリベル"!!」
 「F U C K …絶望がお前らのゴールデス!」
 「な、なんだぁぁぁぁあぁぁあ!?」
 「ば、バスだァァァぁぁァ!!」
 洋風の、不気味なバスが蒼い炎を纏い、警備隊に突撃する。地獄行脚はまだ始まったばかり。
 どこもかしこも血に塗れ、阿鼻叫喚の元狂気渦巻く、この街は一体どうなってしまったの?行けど行けど、
血の匂い。気がくるってしまいそう。ふと、自分の手を見てみると、真っ赤な手のひらが目に映った。自分
の手じゃないみたい。非現実過ぎて、実感が湧かなかった。いや、受け入れたくなかったんだ。逃げ出したく
なるような現実に目を背けたかった。でもそれは許されない。だってもう逃れられぬところまで来ているから。
 召喚術を連続で使い、流石に辛そうな顔をする火燐。次の敵には対応出来そうにない。…ここからはあた
し達の力で何とかするしか無いんだ。ようやくビルの真下までやってこれたんだから。

 ビルの入り口へと向かう我ら義勇軍…そこには人影が一つ…あたし達を待ち構えていたかのごとく立っていた。
 「よぉー…こんなとこまでわざわざ来るなんて、ご苦労なこった…」
 「お前も私達の邪魔をする気か?死にたくなかったらどけ!」
 「ハッ…威勢の良いクズ共だな、気に入った。第一英雄、炎堂虻芳…直々にお前らの相手をしてやるよ。光栄に思えよォ!!」

―遠くに聞いた声の主はただの…僕の祈りをこえて―

 今正に対峙せんというその時、突然聞こえてくる謎の歌。

 「な、なんだぁ…?」
 「これって、前にも…」

 ―今すぐ行く、西の暦から君を呼ぶペンギンかかか…― 

 「待たせたな!少年少女諸君!!」

 しゅたっ。両者の間に降り立つ見慣れたフード。肩に乗るあのペンギン。間違いない、あたし達に薬をくれた人だ。
 「何だてめぇ!」
 「我、義に流離い義に生きるもの…、今宵、彼らに義がありと判断し…助太刀に参った!!現世に巣食う悪の組織め!
私がムッコロしてあげるから覚悟なさーい!!ふんす!!」
 そういって、フードの人はローブを脱ぎ捨てる。その正体は…
 「"麻"法少女!オールバケーション!見参!!」
 そのフリフリした短いスカート。ピンク色の髪にシルクハット。そしてその手に握られているわ注射器とトイレ
のギュッポン。魔法少女というか変人にしか見えないそれは急速に場の空気を冷ましていった。
 「…魔女っ子&変身ヒロイン創作スレでやれ」
 「勘違すんなよ、私は麻法少女だっつってんだろうがハゲ!!…と、失礼、つい汚い言葉が出ちゃって」
 麻の字を強調して言うオールバケーション。そこは譲れないところのようだ。
 「さぁ少年少女諸君、ここは私に任せなさーい!」
 「え…いいのか?」
 ポカンとした顔でタケゾーは尋ねる。するとオールバケーションは「まっかせなさい!」と頼もしい返事を返してくれた。
 今は少しでも戦力が欲しい…願ったりも無いことだし。ここはオールバケーションに任せることにする。
 「いくよ、タケゾー、火燐!!」
 あたし達は駆け出した。奴の首はもうすぐそこ。ビル前の長い階段を二段飛ばしで登る。
 「通すかよ!!」
 銃剣銃を構える炎堂という男…だがそんな男の頬を何かがかすった。
 「…ッ!?注射器だと…?」
 「あなたの相手は私…覚悟はできてるでしょうね!」
 そう言って、オールバケーションがトイレのギュッポンを男に向けるところが見えた。今が機だと男の横を走
り去るあたし達。
 「ちっ…討ち洩らしたか…全く、俺らが『正義』に歯向かうたァ…いい度胸してんじゃねぇか…お前…」
 「私は己の信ずる『信義』を貫き通すだけだわ…行くぞ下郎!玉梓の一番弟子が我が力!地獄世界まで
轟け功名!」
 「ふん…往生しろ、カスが」
256正義の定義(代行):2010/05/21(金) 23:31:22 ID:a0Qjksdb
―――…

 「召喚!現れろ!汝が名は"悪魔リリベル"!!」
 「F U C K …絶望がお前らのゴールデス!」
 「な、なんだぁぁぁぁあぁぁあ!?」
 「ば、バスだァァァぁぁァ!!」
 洋風の、不気味なバスが蒼い炎を纏い、警備隊に突撃する。地獄行脚はまだ始まったばかり。
 どこもかしこも血に塗れ、阿鼻叫喚の元狂気渦巻く、この街は一体どうなってしまったの?行けど行けど、
血の匂い。気がくるってしまいそう。ふと、自分の手を見てみると、真っ赤な手のひらが目に映った。自分
の手じゃないみたい。非現実過ぎて、実感が湧かなかった。いや、受け入れたくなかったんだ。逃げ出したく
なるような現実に目を背けたかった。でもそれは許されない。だってもう逃れられぬところまで来ているから。
 召喚術を連続で使い、流石に辛そうな顔をする火燐。次の敵には対応出来そうにない。…ここからはあた
し達の力で何とかするしか無いんだ。ようやくビルの真下までやってこれたんだから。

 ビルの入り口へと向かう我ら義勇軍…そこには人影が一つ…あたし達を待ち構えていたかのごとく立っていた。
 「よぉー…こんなとこまでわざわざ来るなんて、ご苦労なこった…」
 「お前も私達の邪魔をする気か?死にたくなかったらどけ!」
 「ハッ…威勢の良いクズ共だな、気に入った。第一英雄、炎堂虻芳…直々にお前らの相手をしてやるよ。光栄に思えよォ!!」

―遠くに聞いた声の主はただの…僕の祈りをこえて―

 今正に対峙せんというその時、突然聞こえてくる謎の歌。

 「な、なんだぁ…?」
 「これって、前にも…」

 ―今すぐ行く、西の暦から君を呼ぶペンギンかかか…― 

 「待たせたな!少年少女諸君!!」

 しゅたっ。両者の間に降り立つ見慣れたフード。肩に乗るあのペンギン。間違いない、あたし達に薬をくれた人だ。
 「何だてめぇ!」
 「我、義に流離い義に生きるもの…、今宵、彼らに義がありと判断し…助太刀に参った!!現世に巣食う悪の組織め!
私がムッコロしてあげるから覚悟なさーい!!ふんす!!」
 そういって、フードの人はローブを脱ぎ捨てる。その正体は…
 「"麻"法少女!オールバケーション!見参!!」
 そのフリフリした短いスカート。ピンク色の髪にシルクハット。そしてその手に握られているわ注射器とトイレ
のギュッポン。魔法少女というか変人にしか見えないそれは急速に場の空気を冷ましていった。
 「…魔女っ子&変身ヒロイン創作スレでやれ」
 「勘違すんなよ、私は麻法少女だっつってんだろうがハゲ!!…と、失礼、つい汚い言葉が出ちゃって」
 麻の字を強調して言うオールバケーション。そこは譲れないところのようだ。
 「さぁ少年少女諸君、ここは私に任せなさーい!」
 「え…いいのか?」
 ポカンとした顔でタケゾーは尋ねる。するとオールバケーションは「まっかせなさい!」と頼もしい返事を返してくれた。
 今は少しでも戦力が欲しい…願ったりも無いことだし。ここはオールバケーションに任せることにする。
 「いくよ、タケゾー、火燐!!」
 あたし達は駆け出した。奴の首はもうすぐそこ。ビル前の長い階段を二段飛ばしで登る。
 「通すかよ!!」
 銃剣銃を構える炎堂という男…だがそんな男の頬を何かがかすった。
 「…ッ!?注射器だと…?」
 「あなたの相手は私…覚悟はできてるでしょうね!」
 そう言って、オールバケーションがトイレのギュッポンを男に向けるところが見えた。今が機だと男の横を走
り去るあたし達。
 「ちっ…討ち洩らしたか…全く、俺らが『正義』に歯向かうたァ…いい度胸してんじゃねぇか…お前…」
 「私は己の信ずる『信義』を貫き通すだけだわ…行くぞ下郎!玉梓の一番弟子が我が力!地獄世界まで
轟け功名!」
 「ふん…往生しろ、カスが」
257正義の定義(代行):2010/05/21(金) 23:32:07 ID:a0Qjksdb
―――…

 …絶望と逆境の中、あたし達はついにここまでやってきた。役所ビル内部。沢山の人が争って、苦しんで、
死んでいった。あたし達の望んだことはこんな事だったのかな?今はもう…わからないや…

 「きょうはわたしのでばんはないとおもっていたのに…ほかのひとはなにをやっているんですか。ふぇふぇ」

 「え…?」
 戦慄が走った。てっきりこのフロアには誰もいないものだと思っていたから。誰かいる。そう言えば、この声
…どこかで聞いたことがあるような…いや、そんなはずない。だってあの子は…私達とあんなに…
 嫌な予感ばかりが脳裏を過ぎる。どうして、悪い予想というものは当たりやすいのか…
 「お前…何でここに…?」
 「ふぇ!おやおや、タケゾーにカナミにかりんじゃないですか。いったいどーした?」
 声の主…それは昨日、あんなにあたし達と笑い合っていた…トエルだった。この長い金髪ツインテール。見
間違えるはずも無い。
 「お前こそ…何でこんなとこにいんだよ…」
冷や汗が吹き出す。この先は知りたくない。きっと…残酷な現実が待っているから。
 「…そりゃおまえ、このビルのえらーいひとをごえーするためにこうやってここにいるんですし!ふぇふぇ」
 「そうか…お前…あいつらの仲間だったのかよ…」
 タケゾーはそう言って腰の刀を抜く。明らかな敵対。刀が暗い室内にキラリと光る。トエルはそれを黙って見ていた。
 「ふぇ?なかま?よくわからんけどがそーゆーのじゃないですし。というか、はものをむけるのはやめてください」
 「うるせぇよ…友達だと思ってたのに…嘘だったのかよ…!」
 「?…ともだちじゃないの?ふぇふぇ」
 「友達なら…黙ってここを通せぇ!!」
 「それはできないですし」
 運命は…いつも残酷。なんて、捉え方の一つに過ぎない。でもこんなのって…こんなのってない。誰のせい
にすれば、この憎悪を鎮めることが出来るのか。
 …やっぱり、運命のせいにする他無いのだろう。
 「なんでだよぉ!友達じゃんねぇのかよ!」
 「ふぇ!ともだちだからといって、はんざいこーいをみのがすりゆうにはなりませんし」
 「お前…一体なんなんだ…?」

 「"えいゆう"です。12えいゆう…HR-500・トエル」

 そう言ったトエルはまるで、機械のように冷たい瞳をしていた。

 「…そうかよ…おい、カナミ…」
 「何…タケゾー…」
 「お前、火燐連れて先に行け」
 「は?」
 それはつまり、タケゾーが一人で、トエルに挑むっていうこと。今まで"英雄"と名乗る連中は皆、強力な力
を持っていた。トエルだって…例外じゃないはず…
 「何いってんの!?それじゃあタケゾーが…」
 「こいつは…俺がやらねぇと気がすまねぇー!!だから行け!」
 「そんな…タケゾーを一人になんて出来ないって…」
 「いいから!!」
 鬼気迫る表情で、タケゾーはあたしを突き飛ばした。そんなあたしの手を、火燐は黙って引く。
 「ちょっと…!」
 「カナミ…私たちは何のためにここまでやって来た?」
 火燐は埋もれかけていた何かを引きずりだすように、あたしに問いかける。何のため…そうだ、皆の場所を
、街を、ほむっちを守るためにここまでやって来たんだ。その為に…
 「それを守るために…沢山の人が…死んだんだ…」
 「だからこそ…絶対に勝たなくちゃいけないだろう?」
 「でも…こんなのおかしくない?守るどころか…」
 「考えるな!!時間は戻らない。死んでしまった人間は生き返らない。前に進むしかないんだ…!!」
 そう言って、火燐はあたしの手を引いて走り出した。同時にタケゾーが刀を構え、トエルに斬りかかる。
 あんなに仲良くなれたのに。あんなに笑い合えてたのに。その二人は今…刃を交えている。
 タケゾーは優しいね…今この瞬間にも斬りあっている相手に対して、涙を流せるのだから。口では強がって
ても、本当は戦いたくないんだ。あたしはタケゾーのそういうとこ、大好きだよ…
258正義の定義(代行):2010/05/21(金) 23:32:47 ID:a0Qjksdb
―――…

 長い長い廊下。一体どれだけ続くのか?とうとう義勇軍はあたしと火燐の二人だけ。皆は…無事なんだろうか?
 「…カナミ?」
 あたしは走る足を止める。いきなり止まったもんだから、火燐は怪訝そうな顔をした。
 「…ゴメン…やっぱあたし、だめみたい…」
 皆のことを考えても…やっぱり…一番に浮かんでくるのはタケゾーの顔だった。アイツのこと以外、考えら
れないんだ。あいつを一人にしないって決めたんだ。だから…
 「あたし…やっぱり戻る…!」
 「こういう場合って、引き止められた試しが無いよな…いいよ、行ってきなよ。ここから先は…私一人で十分だ」
 「ごめんね…火燐…」
 そうして、あたしは来た道を全速力で戻った。前だけを見ること…あたしには出来なかったよ。
 それは一匹の獣のように、吹き荒ぶ竜巻のように。とにかく走った。体裁なんて気にしない。がくがくと痙攣
し、悲鳴をあげる足腰にムチを打ち、韋駄天。ようやくあたしはタケゾーの居るフロアまで戻ってきた!!

 「くぅ!はぁ!!」
 「ふぇ!もうあきらめろ。こどもはおうちでぬくぬくとおんしつやさいのよーにそだっていればいいですし」
 タケゾーは、もう衣服がボロボロで、そこら中擦り傷だらけだった。一方、トエルは全くの無傷。余裕綽々の
表情をみせている。あたしが助けなくちゃ…
 「はあぁぁぁぁぁぁ…」
 魔素を掌に集中させる。それは次第に赤い光となり、燃え盛る。くらえ…あたしの一撃ッ!!
 「やあああぁぁぁぁッッ!!!」
 「!?…カナミ…?」
 火の玉はあたしの手を離れ、トエルに襲いかかる。あたしはこれでも魔法に関しては自信があった。
 「ふぇ!しょせんはこどもだましですし!」
 『"ガード""ウォール"』
 だがしかし、現実は甘くなかった。光の膜がトエルの周りを覆う。火の玉はその膜に弾かれる。あたしの魔
法は当然…届かない。
 でも…タケゾーが無事であることは確認できたから…それでいい。
 「カナミィ!!」
 「タケゾー!生きてたんだ!」
 「勝手に殺すな!!つーか、何で戻ってきやがった!!」
 「言ったでしょ!タケゾーを一人にしないって!それに二人なら…この逆境も乗り越えられると思ったから!」
 「へへ…馬鹿だなぁ…お前…」
 タケゾーには言われたくないと思った。
 「ふぇ!こりないなおまえら!ふぇ!ふぇ!」
 トエルは双剣を振り回し、その刃先をあたし達二人に向ける。覚悟を決める時だ…
 「なぁ、トエル…もう…お前と昨日みたいに笑いあうことって、できねぇのかな…?」
 タケゾーはこれが最後のチャンスだとトエルに訪ねる。
 「そんなことないですし。いまかれひきかえせばいいだけ、ふぇふぇ」
 まぁ…こういう答えが返ってくるだろうなとは思ってたけど…これで決心がついたよ。
 「そうかもしれないなぁ…でもよぉー…もう俺達は戻れないとこまできてんだ」
 「ふぇ?」
 「だから…倒させてもらうぜ…お前をッ!!」
 タケゾーは注射器を取り出した。あの薬の入った注射器…それを注入するため、腕を捲り、そして…針を刺した。
 「うおおぉぉおぉおぉぉぉぉぉおおおおおおッッ!!!』
 先程まで迷いのあった少年は消え、現れた修羅の獣。
 『トエル…おれはぁ…お前を殺してでも…先へ進む!!』
 「…いぎょー…」
 『"異形感知。セーフティーモード解除。対象を殺傷相当と見なし、実行レベルを上げます"』
 どうやらトエルもやる気みたいだ…これで、どっちかが勝って、どっちかが死ぬんだ。
 『カナミ!!魔導剣だ!!』
 「うん!わかった!」
 魔導剣…アタシとタケゾーの合体技。魔素の炎をまとった刃で敵に切り込む…実際にやった試しはないけ
ど…大丈夫。二人ならやれる。
 「はぁぁぁぁ……いっけぇぇぇッ!!」
 徐々にオレンジの炎を纏い始めるタケゾーの刀。そうしてどんどん火力は上がっていき、火柱と形容しても
遜色ないほどの大きさまで膨れ上がった。
 『いくぞ…トエルッ…!』
 「ばけものたいじはえいゆーのつとめ、いざまいらん!あすのため!ふぇ!」
259正義の定義(代行):2010/05/21(金) 23:33:39 ID:a0Qjksdb
 『うおぉぉんッ!!』
 炎を纏う刀と、薬により異形化したタケゾーの体。一気に有利になるのかと思えば、そうはいかなかった。
一振、二振。トエルの死角を狙ったり、変則的な太刀捌きをしてみても、トエルにそれが当たることはない。
どんなに切れ味の良い刀も、当たらなければただの棒。
 そこでタケゾーは更なる攻勢に出る。奇をあてらってバックステップからの紫電回し蹴り。これもトエルに防
がれる。これは想定済みだったのか、すぐさま遠心力を掛けた振り向きざまの一太刀をトエルにお見舞いする。
 『"ガード""ダブルセイバー"』
 『何ィ!?』
 これだけ手筈を踏んでも、攻撃は防がれる。尚もトエルの優勢は覆らない。その体捌き、もはや人間の域
にあらず…といったところか。そういえば、体力もタケゾーよりあったし…ホント、この子には驚かされるばかりだな。
 『くっそ!!』
 徐々にタケゾーの動きが鈍り始める。元々疲労していた体を更に酷使しているんだもん。そりゃ動きもにぶるよ。
 「ふぇふぇ。もうそろそろらくにしてあげますし!」
 『"ブレイブ""ダブルセイバー"』
 空圧の刃がトエルの双剣の刀身を覆う。おそらく仕留める気でいるのだろうね。それに感づいたタケゾーも
迎え撃つ構えをとる。多分…次の一撃で勝負が決まる。根拠のない予想が、あたしの中では確信に近いものとなっていた。
 『きやがれえええええええッ!!』
 タケゾーは刀を胴と垂直になるように構え、先を見据える。視線の先には、同じく今一閃を繰り出そうとして
いるトエルの姿があった。
 どっちが勝っても、どっちが負けても、やっぱりあたしは涙をながすんだろうな…

 「ふぇ!しししてしかばね!」
 『…ッ!!』

――――――

―――



 「ひろうものなし…!!」
 一瞬、刹那の時の中で勝負はついた。あたしの目の前に広がっていた光景は、正中線に沿い、深々と刻まれた傷から鮮血を吹き出すタケゾーと、返り血に身を赤く染めるトエルの姿だった。
 『ぐあっ…』
 「タケ…ゾー…」
 今まで共に過ごしてきた幼馴染。いつも一緒だった幼馴染。そんなアイツが今、目の前で血を吹いて倒れている。
 「う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
 それからのことは、あまり記憶にない。でも多分、薬を注射して、トエルに襲いかかって…そして…



 「ねぇ、タケゾー」
 「なんだよ、カナミ」
 気がついたら、アタシとタケゾーは二人、隣り合うようにして倒れていた。今までの出来事が全部夢なんじゃないか
…なんて思ったりもしたけど、おびただしい量の流血が、あたしを一気に現実へと引き戻すのだ。
それに、あたし達はこの出来事を夢にしてはいけない。沢山の罪を犯した。沢山の命が果てたこの出来事を。
 「あたしさ…前々から言いたいことがあったんだ…聞いてくれる?」
 「なんだよ…改まっちゃってよぉー…」
 「あたし…アンタのことが好き。異性として」
 「…そうか」
 タケゾーは天井を見上げ、そう、ボソリとつぶやく。しん、とした空間。アタシとタケゾーの二人だけがそこにいた。
 さっきまであれほど五月蝿かった街の方も、今は嘘みたいに静まり返っている。まるでこの世界にあたしと
タケゾーの二人だけしか存在していないんじゃないか?そんな錯覚に襲われる。
 「答えは…?」
 「…ゴメン」
 「だろうね。わかってた」
 「…わかってたのかよ。じゃあ何でわざわざ…」
 「死ぬ前に、言っておきたかったから…告白しないままあの世になんて、行ける訳ないもん…」
 でもこれで、後悔しないで…あの世へと旅立てるよ、タケゾー。
260正義の定義(代行):2010/05/21(金) 23:34:25 ID:a0Qjksdb
 「あんた…ほむっちの事、好きでしょ…?」
 「な…」
 不意にほむっちの名前が出て、狼狽えるタケゾー。もう、わかり易すぎる。
 「バレバレだっつの」
 「なぜ…わかったんだよ…」
 「幼馴染ですから」
 「はは…かなわねぇなぁ…カナミには…」
 「初めてほむっちにあった時のこと覚えてる?」
 「ああ…あの山で舞を踊ってた…」
 「あんときにさ…すでにあんたはほむっちに惚れてたんだよ…」
 「…かもなー…」
 あの日からすべてが始まり、そして今の自分達がある。後悔はしない。寧ろ誇ってもいい。皆がいたから楽
しかった。あなたがいたから毎日がドキドキの連続だった。
 「俺達…死ぬのかな…」
 「死ぬんじゃない…?」
 「やっぱ、地獄行きだよなぁー」
 「だろうねー…」
 「怖いな…」
 「…二人一緒にいけば怖くないよ」

 タケゾーと二人なら、恐れるものなんて何も無いんだから…!


 今までの日々の記憶が蘇る。へぇ、これが走馬灯か。
 ふと、辺りを見回すとそこはいつもの山の中。タケゾーの体は随分縮んでいて、まるで数年前のタケゾーだった。
 丘の上に皆が集まっているのが見える。あ、ほむっちもいるじゃん。
 これは…あたしの夢だ。死にゆくあたしに向けられた、最後の贈り物。
 「行こうぜ」
 あの頃の小さいタケゾーはあたしの手を引き、皆の元へと駆けていく。いつの間にかあたしも小さくなって
タケゾーの後を着いていくのだ。
 「いこう、二人で…!」



 死は永遠に、二人を結びつける。想いは色褪せること無く。
261正義の定義(代行):2010/05/21(金) 23:35:07 ID:a0Qjksdb
…カナミ達のお話はこれでおしまい。
カナミもタケゾーも、冴島も白石も炎堂もトエルも、言ってしまえば人々を守る為、何か大切なものを守るために戦っただけ。

これは…そんな優しい人間達のお話。

さて、この話だけではまだ終りではありません。全容を把握するにはまだまだ不十分。
それでは…次のお話…


―次回予告

第六話「テロリストのウォーゲーム」#2

「龍神の夢、約束の明日」

乞うご期待ください…。
262正義の定義(代行):2010/05/21(金) 23:35:47 ID:a0Qjksdb
投下終了。英雄の話のクセに毎回人が死にますねと自分で書いてて思ひました。
次回も6話です。6話長すぎるので3部構成です。
あとナチュラルに寄生さんとリリベルちゃん出てきてるけど、重ねて末代までお詫び申し上げます。
263創る名無しに見る名無し:2010/05/21(金) 23:51:14 ID:a0Qjksdb
とりあえず感想レス。

>正義の定義
カナミちゃん……
どちらにも言い分ってのがあるからまた、
あーなんかもやもやする。
あの世で2人が救われるといいね。
264 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/22(土) 00:01:33 ID:Jb8jY9g5
投下お疲れ様でございます。これまで読んだきた数々の作品、その大半で何らかのキャラクターが
命を落としてきましたが、その一人一人に向き合うたびに僕は思うのです。彼らにも生まれてからたった今
死ぬまで歩んできた人生があるのだと。それは言ってみれば歴史のようなものであり、死ぬということは
その歴史が終わるということなんですよね…
カナミさんもタケゾーさんも、生を受けてあなたが描き始めるまでにどんな人生、歴史を歩んできたのだろうと
今回の読んでふと思いました。的外れな感想かも知れませんが。
265創る名無しに見る名無し:2010/05/22(土) 01:30:33 ID:Yx36pBw8
乙です
>正義の定義
これはきつい、焔ちゃんは……
ってか何気にでてきた玉梓の名前ww
266ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/22(土) 12:48:21 ID:UejwmCQp
10-1/11

 夜の閉鎖都市の中を走る車の中にイズマッシュとニコノフはいた。2人はどちらもしゃべろうとしない。ラジオ
から垂れ流される安っぽいポップミュージックだけが車内に空しく響いていた。
 どこに行こうか。"ホームランド"から離れる方向に向かいながらイズマッシュは未だ目的地を決めかねて
いた。
 工業区のヴァゴン・ザヴォートのところに転がり込むか。いいや駄目だ。あいつは札束で頬を叩かれたら
3回回ってわんとだって鳴くのだ。信用できない。ノーリンコは……いや、あいつに頭を下げるくらいなら"王朝"
に出向いたほうがましだ。
 仕事上付き合いのある人間の顔が浮かんでは消えていく。その中には信頼にたる人物もいるのだが、
悲しいかなそういう者に限って住所が"ホームランド"の真ん中だったりする。1つの勢力に肩入れしすぎた
つけがここにきたか。逃げ場を考えるイズマッシュに軽い後悔の念が浮かんだ。
 そろそろ10人目というところで優しげに微笑む老人の顔が思い浮かんだ。アントーノフだ。"ユークレイン"
の"ザ・ビッグウィング"アントーノフならば快く助けてくれるかもしれない。
 "ザ・ビッグウィング"アントーノフ。"ザ・ビッグウィング"は通り名で、本名はルスラン・アントーノフという。
都市北東部の"ユークレイン"で運送会社を経営しており、副業としてイズマッシュの違法商品の輸送も
手がけている。堀が深く整った目元をしており、素の状態ならなかなか男前なのだが、アルコール中毒で
普段は赤ら顔をだらしなく緩めている。常に酔っ払っていることを差し引いても実に人が良く、仕事で何度か
無理を言ったことがあったが、その度に快く受け容れてくれた。今回もウォッカ片手に払うものさえ払えば
かくまってくれるのではないか。淡い期待を抱きながら、イズマッシュはハンドルを握る手に力をこめた。

「決めた。"ユークレイン"に行くぞ」

 助手席に座っているニコノフに向けてイズマッシュは呟いた。だが、いくら待っても返答がこない。気になった
イズマッシュは視線を隣に向けた。
 車のシートにちょこんと座る少年は、両手で持った板状の物体をじっと眺めている。

「ニコノフ、どうかしたのか」
「えっ、あっ、いえ、なんでもないです」

 ぎゅっと板を胸に抱いて、イズマッシュの言葉にようやく気づいたニコノフは慌てながら顔を向けた。
 何を見ていたのか気にはなったが、どこに行くのか告げるほうが先だろう。イズマッシュは言った。

「とりあえず"ユークレイン"に行こう思ってる」
「ゆーくれいん?」

 ぼんやりとした眼差しでニコノフが聞き返す。そういえばニコノフは"ホームランド"近辺からあまり出歩いて
いなかった。閉鎖都市でもぴんとこない地名も多いのだろう。
267ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/22(土) 12:49:08 ID:UejwmCQp
10-2/11

「閉鎖都市北東部に位置する町だ。壁際で土地が余っているから有機農業が行われてる」
「有機農業っであれですよね。あの、地面に種を植えて太陽の光でそだてる農法ですよね」
「そうだ」

 有機農業と聞き爛々と輝くニコノフの瞳にイズマッシュは苦笑する。普段食べていた食品は地下の工場で
生産されたものばかりだ。もしかしたらこの小さな助手は畑というものも知らないのかもしれない。

「楽しみだなぁ」

 うっとりと宙を見つめて、ニコノフは緑の世界に思いをはせる。
 時間があったらニコノフと共に"ユークレイン"を散策してみるのも良いかもしれな、とイズマッシュは思った。
観光に行くつもりで無いけども、狂信的な環境保護団体のおかげで"ユークレイン"は自然豊かだ。果樹園
などをぶらぶらと歩いて、緑の香りを胸いっぱいに吸い込むのも良いかもしれない。頬を緩めてイズマッシュ
は小さく頷いた。
 話にひと段落がついたところで、イズマッシュはニコノフが眺めていたものが気になった。ちらりとニコノフを
盗み見る。"ユークレイン"を心待ちにしているニコノフの機嫌は良好だ。これなら大丈夫だろう、とイズマッシュ
はたずねてみた。

「ところで、さっきなにを見てたんだ」
「えっ」

 驚いたように視線を胸に抱いた板に顔を向けたニコノフは、ややあってから板をイズマッシュに向けた。

「父の写真です。」

 板は写真立てだった。その中には若かりしころのイズマッシュと親友でありニコノフの父であるミハイルが
笑っている。イズマッシュがスーツケースに入れたものと同じ写真だ。

「実は僕、父のことよく覚えていないんです。あんまり家にいなかったから」

 静かにニコノフは語る。その寂しげな様子にイズマッシュは罪悪感を感じずに入られなかった。
 当時は商売の規模を少しでも大きくしようと無我夢中で働いていた。無理やり作り上げた盛況の中で、唯一
の仕事仲間であるミハイルは幾度と無くイズマッシュに自制を求めた。だが、イズマッシュはその声に耳を
貸すことは無く、事業拡大を続けた。その傲慢の果てはミハイルの死という破局であった。かくしてニコノフは
独りになってしまったのだ。

「イズマッシュさんは父のことをよくご存知ですよね」
「ああ」

 ニコノフの父であり、イズマッシュの親友ミハイル・アブトマットとは子供のころからの仲だ。知らないことなど
ない。

「話してくれませんか、父のことを」

 胸元に写真を抱いて、ニコノフは言う。断る理由などない。これが死んだ親友への贖罪となるのであれば
望むところだった。
268ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/22(土) 12:49:50 ID:UejwmCQp
10-3/11

「そうだな」

 ミハイルとの思い出はいくらでもあった。学生時代の他愛もない笑い話や、武器商になってからのスリルに
満ちた日々まで。幾多もの思い出が現れては消えていく。何を話そう。どれを話そう。ハンドルを握りながら
思い悩みながら話すべきものを選んだ。
 程なく、相応しそうなエピソードを見つけたイズマッシュは口を開いた。

「ミハイルはいつもお前のことを気にしていたよ」

 口を開けばまずはニコノフのことばかり言っていた。どんなときも、緊張する取引現場でもミハイルはニコノフ
のことを忘れなかった。
 そして最期の瞬間。銃で撃たれ、血の泡を吐きながら呟いた言葉もニコノフのことだった。

――ニコノフをたのむ。

 思い出した最期の瞬間をイズマッシュはかみ殺して、言葉を続ける。

「お前の写真をロケットに入れて、暇さえあれば開いてずっと眺めていた」
「それって、これですよね」

 イズマッシュの台詞にはじかれたようにニコノフが首元をまさぐり始めた。程なく金色に輝くアクセサリーを
掌に広げた。それは表面に彫られた放射状の彫刻が美しいロケットだった。

「ああ、それだ」

 イズマッシュの肯定の言葉に、ニコノフは愛おしむようにロケットを両手でそっと握り締めた。

「知ってるか、このロケットはミハイルの嫁さん、つまりお前の母さんのものだったんだ」
「母の、ですか」

 ニコノフは、はっと目を丸くして掌の中のロケットを見た。

「ああ、まったく、いつになったら飽きるのか分からないほど熱々の夫婦だったよ」

 2人が生きていたときはのろけ話をげっぷがでそうなほど聞かされたものだ。聞いている当時は苦痛で
たまらなかっただったが、今ではいい思い出だ。
 失った過去を懐かしんでいたイズマッシュがふと横を見ると、どういうわけかニコノフが沈んだ様子で俯いて
いる。

「どうした、何暗くなってる」
「母は僕のせいで死んだと聞いていましたから、ちょっと……」

 ニコノフの母は出産の際の出血が原因で亡くなった。どうやらニコノフはそれを気に病んでいるようだ。地雷
を踏んだことに少し悔やむ。
 ともあれ、まずはニコノフを励まさなければ。
269ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/22(土) 12:50:36 ID:UejwmCQp
10-4/11

「気を落とすな。確かにお前の母さんが亡くなったことは残念だが、もともとお前の母さんは身体が弱かった
 んだ。お前が生まれただけでも奇跡だったんだ」

 イズマッシュの慰めの言葉に対し、ニコノフからの反応はない。イズマッシュは構わず続けた。

「ミハイルも始めのうちは大分落ち込んでたよ。お前を施設に預けることも考えていた。でもしばらくしてミハイル
 は大事なことに気づいたようで、俺に言ったんだ」

 当時のミハイルの憔悴はひどいものだった。食事を取らなくなり、頬は瞬く間に痩せこけていった。最愛の
人を奪った存在と面会する決心がつかず、新生児室の前でずっと頭を抱えていた。
 だがある日、イズマッシュがいつものように憔悴しきった親友を助けるべく、ミハイルの下を訪れると、何か
に気づいたように晴れやかな様子のミハイルがそこにいた。2人でいった病院で新生児室の戸を自ら開けた
彼は、ここで初めて我が子を抱いた。今までとは打って変わって愛しむような眼差しで我が子を見つめながら、
ミハイルはイズマッシュに向けて語った。

「人は死ぬ。あいつはそれが少しだけ早かっただけだ。だけど、あいつの命はニコノフの中で生きてる。これ
 からずっとだ。あいつは自分の命をかけて、命を受け継いだんだ。ってね」

 そして、ミハイルもまた死んだ。だがその命は、隣で静かにイズマッシュの話を聞いている小さな助手の中
に生きている。

「お前は悪くないんだ。胸を張れ。でなければ命を懸けてお前を生んだお前の母さんが悲しむぞ」

 イズマッシュが言い終わったときには、ニコノフの目の端に涙が浮かんでいた。

「お父さん……お母さん……」

 ロケットを握り締め、ニコノフは頭をたれる。その姿を見てイズマッシュは適当なところで車を止めた。車が
停止したことを確認するとニコノフにすりより、その肩を抱いた。

「代理ですまん」

 イズマッシュの謝罪を気にする様子も無く、ニコノフはイズマッシュの胸に顔をうずめた。両親を想い、しゃくり
あげるその小さな頭をイズマッシュは優しく撫でる。涙が裾をぬらしていくがイズマッシュは気にすることなく
ニコノフの頭を撫で続けた。
 程なく、落ち着いたニコノフは顔を上げた。その目はいくらか赤くはれ上がっていたが、そこに涙の姿はない。

「イズマッシュさん、ありがとうございます」
「なに、気にするな」

 イズマッシュが笑いかけるとニコノフも楽しげに笑った。その笑顔が合図とばかりにイズマッシュは車を発進
させた。
270ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/22(土) 12:51:17 ID:UejwmCQp
10-5/11

 しばらく車を走らせていると、イズマッシュはあることに気づいた。バックミラーに写るヘッドライト。角を何度
か曲がったが、相も変わらず写り続けている。もしかして尾行されているのか。嫌な予感と共にイズマッシュ
は左にハンドルを切ると、バックミラーの車も左のウィンカーを点滅させた。次の交差点で再度イズマッシュ
はハンドルを左に切った。ちょうどUターンする形になる。仮に追跡されているとしても、あからさまな尾行は
しないのでは。微かな望みとともにバックミラーを覗くと、果たしてヘッドライトが点滅する指示器と共に現れた。
やっぱり尾行されていたか。イズマッシュは助手席に向かって吼えた。

「ニコノフ、シートベルト」
「してますよ」

 突然怒鳴られ訳がわからないといった風のニコノフが身体を締めるシートベルトを握って答える。

「どうしたんですか」
「つけられてる」
「えっ」

 身をよじってニコノフは後ろを見ようとする。イズマッシュは片手を伸ばし、ニコノフをシートに押し込んだ。

「つかまってろ」

 ニコノフを押さえていた手をハンドルに戻すと、イズマッシュはアクセルを踏み込んだ。
 シリンダ内に大量の混合気を流し込まれたエンジンは喜びの雄たけびを上げた。低く響く咆哮と共に鋼鉄
の車体が加速を開始する。高まり続ける雄たけびにクラッチ操作の息継ぎをはさんで、車はトップスピードに
達した。
 高速で接近し、過ぎ去っていくフロントの景色に注意を尖らせながらイズマッシュはバックミラーを確認した。
白く光るヘッドライトが依然として食らいついている。
 自警団は尾行などという回りくどい方法はとらない。恐らく"王朝"だろう。軒先で銃を振り回されて怒り狂った
マフィアだ。捕まったら、ただではすまないだろう。生存本能に近い危機感に、イズマッシュの背はぞくりと
冷えた。
 前をのろのろと走る車に追越をかける。反対車線に入ったところで前方からのヘッドライトがイズマッシュ
の目を刺した。イズマッシュはすばやくハンドルを切り返す。タイヤが地面をつかむグリップ音を響かせながら
車体は間一髪で遅く走っていた車両の前に滑り込んだ。
 バックミラーを確認すると、追跡車は対向車をやり過ごしてから、行く手をさえぎる車を悠々と追い越して
イズマッシュに迫った。
271ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/22(土) 12:52:01 ID:UejwmCQp
10-6/11

 前方の夜の交差点で律儀に停車する車のテールランプが見えた。あの車は俺の車体で見えないはずだ。
瞬く間に近づくテールランプにイズマッシュは高鳴る心臓を押さえ込む。まだだ、まだだ。

「イズマッシュさん、前、まえっ」

 助手席のニコノフが情けない声を上げる。が、無視する。まだだ。イズマッシュは前を見据え直進を続ける。
とうとうニコノフが悲鳴にも似た絶叫を上げた。今だ。イズマッシュはハンドルを左に切った。
 突然の取り舵に車体にはヨートルクが発生する。強力な横滑りの力に車を支えていたタイヤは身を削って
いきながら、遂にその職務を全うした。路上に黒々としたタイヤ痕を残しながらも、イズマッシュの車は停車
していた車のすぐ脇を駆け抜けた。
 このタイヤ痕が分岐点だった。追跡車は反応が遅れ、イズマッシュの痕跡より深い位置でより大きくハンドル
を切った。より強い力にタイヤは耐え切れずとうとうスリップを起こす。かくして追跡車は横滑りを始めた。
こうなってしまってはブレーキは利かない。運転手が健気にもハンドルを切ってカウンターステアを利かせるが、
最早気休めにもならなかった。哀れ追跡車はドリフト状態で車体側面から停止車両の後部に突っ込んだ。
 やったか。バックミラーに移るクラッシュの光景にイズマッシュは安心してアクセルを緩める。だが、衝突
した2台の車の脇を抜けて、新たな車両がイズマッシュに追いすがった。畜生、とイズマッシュは心の中で
毒づいた。
 アクセルを踏み込み再度車を加速させる。のしかかる加速度がイズマッシュをシートに押し付けた。圧迫感
を感じながら後方を見ればヘッドライトがじわりじわりと接近しつつあった。どんなエンジンを搭載しているの
だろうか。
 交差点で急ハンドルを切り振り切ろうと試みるが、甲高いスキール音を響かせながら追跡車は猛追する。
距離は縮まるばかりだ。
272ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/22(土) 12:52:43 ID:UejwmCQp
10-7/11

 とうとう追いつかれた。追跡車との間隔はほとんどなく、今にもバンパーがぶつかりそうだ。
 突然追跡車が右へ流れた。サイドミラーに姿を移した追跡車に何をするつもりなのかとイズマッシュは訝しむ。
追跡車は左に首を振ると、イズマッシュの車の角にバンパーをぶつけた。車同志の衝突によりテールスライド
が発生する。後部タイヤは空転を開始し、車体はコントロールを失って時計回りに回転する。とどのつまり
スピンだ。

「うわぁぁぁっ」
「くそったれが」

 車内をかき回す回転運動にニコノフが悲鳴を上げる。イズマッシュは悪態をついた。
 イズマッシュはアクセルを緩めてグリップを利かせ、同時にカウンターステアをあてて制動を試す。滑り
続けていたタイヤはイズマッシュの努力答え、遂にアスファルトをつかんだ。車体は360度回転したところで
スピンを止めた。
 イズマッシュが車が安定したことに一息つこうとすると、いつのまにか目の前に前に躍り出ていた追跡車が
ブレーキランプを点灯させた。イズマッシュはハンドルを切って回避を試みる。サイドミラーが相手の車に
引っかかり吹き飛んだ。車体側面がこすれあい火花を散らす。だが、運よくよけることに成功した。
 後ろへと流れた追跡車両はやや左側からまた距離をつめてきた。またスピンさせるつもりだろう。そうは
いくか。イズマッシュは思い浮かんだ咄嗟のアイデアに全てを託すとハンドルを切った。
 僅かに右に振られた追跡車の首に合わせて、イズマッシュの車の尾部も右にスライドを始める。テール
スライドを確認したイズマッシュは左に急ハンドルを切った。典型的なフェイントモーションだ。テールスライド
の方向とは逆方向のステアリングに巨大なヨーが発生する。その強さに車のタイヤは耐えられない。果たして
車は90度方向転換した状態でドリフトを開始した。横滑りをしながら速度を落とした車体側面に追跡車が
ぶつかる。だが、相対速度が小さいため、衝撃はさほどではない。すぐ隣のドアを押し込む追跡車に怯える
ニコノフをそのままにイズマッシュはアクセルを緩めてグリップを試みる。追跡車もブレーキをかけているの
だろう。ぶつかり合った車は徐々に速度を落としていく。そろそろ停止かと思われたそのとき、イズマッシュの
車のタイヤがようやく地面を掴んだ。速度計の値は急上昇し、突然の加速度にイズマッシュ達はシートに
押し付けられる。果たしてイズマッシュの車は追跡車に対し直角方向へ離脱した。のろのろと方向転換を
開始する追跡車両はどんどん小さくなっていき、やがては消えた。

「はは、やったぞ」

 追っ手を振り払ったイズマッシュは喜びのあまりハンドルを叩いた。助手席のニコノフも安心したように顔
を緩ませている。
273ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/22(土) 12:53:26 ID:UejwmCQp
10-8/11

 だが、すぐにイズマッシュの笑顔は凍りついた。後ろに流れていく看板。現在位置を確認するために見た
その看板には認めたくない事実が記載されていたからだ。

『避民地区 2km』

 このまま進めば"王朝"の本拠地に乗り込んでしまう。追跡車はこれを計算していたのか。もがけばもがく
ほどに深みにはまる底なし沼のような暗澹とした絶望が心の底から滲み出た。
 いいや、偶然だ。イズマッシュは己を奮い立たせてハンドルを切った。廃民街から遠ざかる方向へ。
 だが、イズマッシュの抵抗を嘲笑うように爛々と輝く明かりが行く手をさえぎった。
 道路をふさぐオレンジと黒の縞模様の衝立。その向こうではヘルメットを被った作業員の頭や、停車している
トラックやショベルカーが覗いている。その奥では、大きなバルーンライトが一際白く輝いていた。工事のため
に道路が封鎖されているようだ。

「畜生、何でこんなときに」

 悪態をついてイズマッシュはブレーキを踏む。下がっていく速度計に焦燥を募らせながらイジュマッシュは
Uターンを試みた。ぐるりと車が180度回頭下ところでハイビームのヘッドライトがイズマッシュの目を刺した。
2台の車がご丁寧に進行対向両車線を塞いで接近する。恐らく追っ手だろう。わき道も無い。どこへも行けない。

「ニコノフ、降りるぞ」

 イズマッシュは車での逃亡を諦めた。車を停止させると、シートベルトをすばやく解いて車から降りる。トランク
につめたスーツケースをそのままに、イズマッシュ達は藁にもすがる思いで工事現場に向けて走った。

「助けてくれ」

 工事現場から訝しげにこちらを眺める男にイズマッシュは助けを求めた。駆け寄るイズマッシュに男はまるで
挨拶をするように片手を挙げた。途端、周囲にいた別の作業員達が懐から銃を取り出すとイズマッシュに向けて
構えた。

「なっ」

 幾多もの銃口を突きつけられイズマッシュはようやく理解した。この工事現場は"王朝"の罠だと。それまで
の追跡はこの罠へと追い立てる行為だったのだ。全ては計算されていたのだ。イズマシュは自分の浅はかさ
を呪った。
274ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/22(土) 12:54:08 ID:UejwmCQp
10-9/11

 最早万策尽き果てた。それでもイズマッシュは保護者の義務を果たそうとニコノフを抱き寄せる。イズマッシュ
の健気な行為を嘲笑うかのように男は頬を吊り上げた。男は工事用の衝立を押し開くと、銃を構えた男達を
従えてイズマッシュに歩み寄った。

「長旅ご苦労だった。早速だがご足労願おうか」
「何が目的だ」

 慇懃無礼な、されど誰もが膝を屈するような威圧感のある男の言葉。イズマッシュはそれに負けぬよう、
吼えるように問うた。
 イズマッシュの問いに片眉を上げた男は胸ポケットに手を滑らせると、小指大の何かを取り出し、イズマッシュ
に向けて放り投げた。イズマッシュは掌で受け取ると、それがいったい何なのか確認する。それはライフル弾
の薬莢だった。

「貴様が卸した弾丸だろう。どこに卸した」

 箱単位で卸す弾丸の1発1発を見分けられるほどイズマッシュは弾丸に偏執的な愛を持っていない。だが、
場を包む状況はこれがイズマッシュのものだと暗黙のうちに示していた。
 恐らくこの薬莢は先日の廃民街銃撃事件のものだろう。あれは"アンク"配下の民兵組織"人民の銃"が
行ったものだ。そして"人民の銃"の武器弾薬は概ねイズマッシュが供給している。
 ただ、男達の目的がこの薬莢の情報だというのは僥倖だ。情報を盾に、うまくすれば生き延びることが
できる。ニコノフを守ることができる。微かに見えた希望に、蜘蛛の糸にすがるような気持ちでイズマッシュ
は顔を上げると、男を見据えた。

「分かった。話そう。だが、ニコノフは関係ないから、ニコノフだけは放して――」

 イズマッシュの台詞に男は一歩踏み出した。途端、イズマッシュの眼前に掌が現れた。踏み込みと同時に
繰り出された掌底だった。掌はイズマッシュの言葉ごと鼻柱を打ち砕く。顔面を貫く衝撃はイズマッシュの
意識をも貫通した。気がついたときにはイズマッシュは尻餅をついていた。熱を持った鼻からは何か液体が
流れる感覚がする。手でぬぐうと赤い。鼻血だ。
 男は突き出した右手を気だるげに払うと、足に履いた安全靴を広がったイズマッシュの股間に押し当てた。
275ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/22(土) 12:54:50 ID:UejwmCQp
10-10/11

「睾丸をつぶされたくなければ黙ることだ。いいか、条件を提示するのは我々だ。貴様はただイエスと答えて
 いれば良いんだ」

 頭上から降り注ぐ威圧の言葉がイズマッシュを圧迫する。だがイズマッシュはそれを跳ね除けるように声を
上げた。

「かってにしやがれ。ニコノフに手を出してみろ。俺は絶対にしゃべらないからな」

 男がイズマッシュの股間に乗せた足に体重をかける。圧迫された睾丸が痛みの信号を脳に送る。漏れ
かけたうめき声をイズマッシュは保護者の意地をかけて押し込んだ。
 弱みを見せてはいけない。絶対に。でないとニコノフを守れない。

「ほざけ、ほざけ。なに、貴様もそのうち話したくてたまらなくなる。貴様は半田ごての味を知っているか。
 知らないだろう。喜べ、たっぷりと味わわせてやる。奥歯にドリルで穴を開けて、歯の1本1本で、存分にな」

 身の毛がよだつことをさも愉快そうに男は語る。男の頬を限界まで吊り上げた笑みは、獰猛な肉食獣を
思わせるおぞましい笑みだった。
 睾丸にかかる体重がさらに増した。下腹部でうねりを上げる痛みにイズマッシュは歯を食いしばる。奥歯
がぎりぎりと音を立てた。
 心の中の弱い部分が囁く。屈しろ。従え。ここで金玉が潰されるまで耐えても、やってくるのは歯の神経破壊
のフルコースだ。へこたれたってニコノフは恨まないさ。
 うるさいだまれ。イズマッシュは心の中で怒鳴った。俺は約束したんだ。死地の親友と。死に行く親友の
代わりにニコノフを守ると。親友を死に誘った銃創に比べれば、生の保障がある拷問の苦しみなんて比べる
までも無いのだ。
 弱い心を押しつぶし、下腹部から立ち上る苦悶を押さえつける。全身全霊をかけた反抗の眼差しでイズマッシュ
は男をにらみつけた。
276ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/22(土) 13:02:36 ID:UejwmCQp
10-11/11

「殊勝な男だな」

 不意に男がイズマッシュの股間から足を離した。睾丸への圧迫が解かれ、イズマッシュは脱力の息を吐く。
 荒い息を吐くイズマッシュを無視して男はニコノフの方を向いた。

「少年、名前は」
「ニコノフ。ニコノフ・アブトマットです」
「そうか、いい名だな。名前は親からもらう最初の贈り物だ。大切にするといい」

 感慨深げに男は呟く。急に態度を柔らかくした男の意図がイズマッシュにはつかめなかった。
 男が懐に手を入れる。すわ拳銃かと思いきや、出てきたものはどこにでもある黒皮の長財布だった。男は
開いた財布から2つ折にした紙幣の塊を指で挟むと、ニコノフに向けて差し出した。

「この金でどこか適当なところへ行け」
「えっ」

 男の申し出に戸惑ったニコノフは、不安げな表情でイズマッシュを伺った。イズマッシュは、受け取れ、と
ニコノフに言う。イズマッシュの言葉にニコノフがおずおずといった様子で金に手を伸ばす。その姿にイズマッシュ
は肩をおろした。
 どういう風の吹き回しか分からないがあの男はニコノフを見逃してくれるみたいだ。安堵感が駆け巡り、
イズマッシュの身体は弛緩していく。

「ただし、ここでおきたことは全て秘密だ。いいな」

 ニコノフが紙幣をつかんだとき、男がニコノフの瞳を覗き込み、言い聞かせるように囁く。ニコノフが小さく
頷くと、男は紙幣から手を放した。
 ニコノフが胸元で紙幣を握り締める姿に満足そうに頷いた男はイズマッシュに向き直った。

「さて、話してもらうぞ。全部」
「ああ、言うさ。男に二言はねえ」

 立て、という男の命令にイズマッシュは尻を払いながら立ち上がった。男は工事現場の中に入るよう
イズマッシュに促す。おそらくそこに停車しているトラックの中にでも連れ込むのだろう。イズマッシュは
ポケットから取り出したハンカチで鼻を押さえながら男についていった。

「イズマッシュさん」

 イズマッシュの背後からニコノフが呼びかける。イズマッシュは振り返ることも無く、右手をあげると言った。

「じゃあな」
277ゴミ箱の中の子供達@閉鎖都市:2010/05/22(土) 13:03:17 ID:UejwmCQp
投下終了です。

私事ですが、ラジオでべた褒めされてて感激です。
これからも皆さんを満足させることができる品質を維持できるようにがんばります。

>>126-136
いまさらですが謝罪します。
ケーキ屋さんの名前を勝手に"ブクリエ"に決めてすみません。
言い訳かもしれませんが、私が名づけた理由も説明します。
"ブクリエ"とはルーマニア語で"喜び"を意味します。
ケーキは子供達にとって喜びの象徴ですから、このような名前にしたのです。
勝手なことをしてしまい、本当にすみませんでした。
そして、その名前を活用してくださって本当にありがとうございます。
さて、まったく意味もない内容で投下。
「気持ちいいわね……」
「ゆっくりすんのも悪くないね……」

 湯気が立ち込める風呂。屋外故に風が吹く度怪しく湯気が揺らめく。そう。ここは温泉界。

「他にも来てんのかね?」
「まさか……。来たらダメでしょ」
「まぁそうだ」

 仲良さそうに温泉に浸かる二人の女性。当然素っ裸。一人は控えめ。一人はぺったんこ。
 今のところ風呂には二人と一匹しか居ない。一匹?

「うむ……。やはり温泉は良い。自然にもあるしな……」
「あなたは設定的に来たらダメなんじゃ……」
「これでも神格がある。多少のムリは効く」
「……というかアンタ普通に浸かってっけど」
「我は狐よ。人間の小娘見たとて何とも思わぬ。なにより我は雌。正真正銘の雌狐よ。問題は無い」
「まぁいいわ。考えるのも面倒……」

 二人と一匹はそのまま温泉で鋭気を養う。ただの温泉旅行ではないのだから。

「……死んでまた出番あるってホント?」
「出れないだけよくね? それに姉さんのほう何かやってんじゃん」
「我は出るかどうかも決まっていないのだ。羨ましいぞ二人とも」
「……気まぐれに付き合うのも大変よ」

 何の話だろうか。
 とにかく、二人と一匹はのんびりゆったりリラックス。
と、たまたま巡回していた管理人の湯乃香が二人と一匹を見るなり一言。

「ペットのご同行はご遠慮願います」

 神格を持つ狐は二人の小娘のペット扱い。カチンと来るかと思いきや。

「……。コ…… コォーン」
「今更野性ぶってもダメ」

 結構厳しい。

「だとよ」
「……」
「残念ね」
「…… うぅ」
「ホレ、油揚げやっから諦めなさいな」
「……うわぁぁぁあああああああん!!」

「……帰っちゃった」
「大体死んでないし、人様のモノにお邪魔してるから、いいペナルティよ」

 二人も厳しかった。
 と、今度は姉のほうが何かを見つける。
 よ〜く見ると、栗色の髪の白人男性。混浴だったのか。 姉は思わず首まで浸かり身体を防御。ある意味デヴューしている妹は臆せず声をかける。
 なぜなら彼もこの温泉世界慰安旅行のメンバーだったりする。

「……おーい。そこのあんちゃん!」
「……」
「…… おーい!」
「……ブツブツブツブツ……」
「どうしたんだ?」

 見るからに様子がおかしい。すぐ近くに生まれたままの姿のうら若き乙女が居るというのに、体育座りで膝を抱えて、顎まで湯に浸けブクブク言わせながらブツブツ独り言。

「……こえぇ」
「やめなさいよ」
「気にならない?」
「え? あ……。うん」
「聞き耳立てて来るわ」

 妹は水牛を狙うワニのように静かに接近し、耳をすませば。その白人男性は気配からして腐っている。

「……どれどれぇ?」
「ブツブツ……」
「聞こえないな……?」
「死んだ……。たった……で……」
「死んだ? だから来てんじゃないのか……?」
「二話で死んだ。たった二話で。二話で死んだ……! 主人公なのに……」
「……」


 死者は今日も元気です。
投下終了。
事後で非常に申し訳ないのですが、湯乃香を拝借させていだだきました。
心よりお詫び申し上げます。
282創る名無しに見る名無し:2010/05/22(土) 18:41:26 ID:nMPnLd4E
以上、ここまで避難所より代理投下

>ふぇ
なんという鬱話w 焔と火鱗サイドも気になるぜ。
トエルの良くも悪くもロボという感じもいいよいいよ

>ゴミ箱
前半の死亡フラグ乱立っぷりにガクブルしたが、とりあえず無事でなにより。
イカすカースタントを存分に味わわせてもらったぜ!
でもこいつら王朝なのかしら、そんな疑問も棄てきれず次回に期待
しかしイズマッシュの誤記発生率は異常w

>温泉
クリーヴwww
まあ2話目で死んだとはいえ色々お疲れのはずだし、ゆっくりしていってね!!!
しかし最初の3人組は誰なんだぜ……

キッコ様「……。コ……コォーン」

こういう事か!?
283 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/22(土) 23:04:22 ID:jCM8jbgI
>>277
いやいや、とんでもございません。そもそも最初にケーキ店を登場させたのはあなたであり
その詳細が語られていないのをいいことに僕は店長やスタッフを勝って決めてしまったわけですから
謝るのは僕のほうですよ。それにむしろ僕は感謝しているくらいです。今回教えていただいたブクリエの由来は
アスナの過去をいずれ語る上で非常に大きなヒントになりましたので。

さて、今回の話の感想ですが…カーチェイスの部分がものすごく精密に描いてあって、映画「トランスポーター」
シリーズを彷彿とさせました。ちなみに僕の中の神谷さんのイメージはこの映画の主人公、
フランクが元になっています。まあどうでもいい情報ですが。そして何より、ミハイルのこのセリフ。

「人は死ぬ。あいつはそれが少しだけ早かっただけだ。だけど、あいつの命はニコノフの中で生きてる。これ
 からずっとだ。あいつは自分の命をかけて、命を受け継いだんだ。ってね」

心にグッときました。これほどのものが書けるならラジオでべた褒めされるのももはや自然の摂理といえるのではないでしょうかw
284創る名無しに見る名無し:2010/05/23(日) 10:13:30 ID:7f6Qb0bE
>ゴミ箱
ニコノフもイズマッシュも生き延びたああ!
相変わらず生命の危機状態なイズマッシュはこれからどうなるのか非常に気になる所

>温泉
死んでしまった三人の方々把握ww
ちょっと読んでくるぜ!
クリーヴは、ほら、まだ過去話的な位置づけで登場するしいじけるなww
285創る名無しに見る名無し:2010/05/23(日) 14:26:07 ID:hDZZ1I/V
>>283
お許しの言葉ありがとうございます。
そういっていただけて、気が楽になりました。

それとご丁寧な感想までありがとうございますl。
読み手の心を動かせたのは書き手冥利に尽きます。
これからも、それだけの品質を維持できるように精進いたします。
本当にありがとうございます。
286創る名無しに見る名無し:2010/05/23(日) 16:16:10 ID:Qe+A8+yD
あまり追い詰めすぎるのもアレだけどねw
たまには息抜きに軽いのもかいてみたりしてね!
287創る名無しに見る名無し:2010/05/23(日) 21:40:22 ID:Qe+A8+yD
※現在このスレでは4つのシェアードワールドが展開されています。
 この世界、俺が盛り上げてやろうじゃん!てな方はお気軽にご参加を!

○まとめ http://www26.atwiki.jp/sousaku-mite/pages/286.html
○避難所 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/3274/1265978742/

○今週の更新
・閉鎖都市
 >>193-197 Report'From the AnotherWorld 第1話
 >>201-203 Report'From the AnotherWorld 第2話
 >>222-226 Report'From the AnotherWorld 第3話
 >>229 Report'From the AnotherWorld 登場人物
 >>266-276 ゴミ箱の中の子供達 第10話
・異形世界
 >>206-209 ANARCHY FOREVER FOREVER ANARCHY 第2話
 >>240-261 正義の定義 第6話「テロリストのウォーゲーム」
・地獄世界
 >>231-233 ラブレター・フロム・エジプト
・温泉界
 >>214-216 温泉界へご招待 〜あるなんでもない一日〜
 >>237-238 温泉界へご招待 〜蹴は剣よりも強し〜
 >>279-280 温泉界へご招待 〜死者の慰安旅行〜
288 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/24(月) 00:28:25 ID:Oj5rfd8u
>>285
いえ、あなたは何も悪いことをしていませんし、他の全ての読み手の方もそう思っているんじゃないでしょうか。
ではこうしましょう。次の話で僕は「子供たち」「王朝」に完全に敵対する新たな組織を登場させる予定ですが
怒らずに読んでいただきたいのです。もちろん最大限敬意を払う書き方を心がけますがw
289創る名無しに見る名無し:2010/05/24(月) 21:06:04 ID:VoXO1zFh
>>288
了解です。
お気遣いありがとうございます。
まあ、"王朝"は恨まれてこそ、の組織ですから、敵対勢力はどんとこい、ですがね。
290 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/24(月) 23:53:10 ID:rLjzVO3i
NEMESIS−第7話 アニキラシオン・ファミリア

場所はジェネティックビルの最上階。CWジェネシスの会長室である。20畳ほどの空間はデスクから電飾、カーテンなどのインテリア
なにからなにまで贅の極みを尽くしたまさにこの閉鎖都市の頂点に君臨する場所にふさわしい。しかし、そんな部屋にはおよそ似つかわしくない、13人掛けの円卓が部屋の中心に設置されていて、そこに腰掛けているのは…
CWジェネシス会長、フリードリッヒ・クルーガーと12人の少女たちであった。クルーガー会長は2年前の告死天使による貴族の大粛清の手を
グループ関連企業の視察のために逃れており、その後父親に代わり32歳という若さでCWジェネシスの全てを握るにいたった、この大粛清にて
スラムの人間以外で得をしたと言える数少ない人間の一人だった。また、彼は政界にも絶大な影響力を持ち、クルーガーと対等に渡り合えるのは
ヤコブの梯子でもその最高幹部である数人のみだ。グレーに染めた髪、一見するとスパイと見紛う真っ黒なスーツ姿、2mを超える長身。
それが彼の特徴であった。そして、彼の元に集まった12人の少女たち。通称、アニキラシオン・ファミリア。異国の言葉で「殲滅家族」という意味である。
彼女たちはいわばクルーガーの私兵のような存在であり、2年前CWジェネシスの会長に就任した際、大粛清によって両親を失った娘たちから
特に美しいと彼が思った12人を集め、自警団のOBなど戦闘のエキスパートをコーチにつけて徹底的に暗殺技術を教え込んだ。
その訓練は1年半に及び、ついに自警団の精鋭に勝るとも劣らない実力を身につけるに至るのである。
なにを隠そう、ジョセフを殺した犯人こそこのアニキラシオン・ファミリアである。その存在は機密中の機密であるから、神谷が知らないのも無理はなかった。
さて、今回クルーガーが彼女たちに召集をかけたのにはもちろん理由がある。彼の野望、それを成就するための計画を披露するためである。

「さて諸君、忙しい中集まってくれてありがとう。今回君たちを呼んだのは他でもない。2年前貴族たち、つまりは君たちのご両親たちだ。
 彼らが計画し、忌まわしい告死天使によって頓挫した避難地区の洗浄。…それをついに実行するときがきたのだよ」

彼の野望、それは2年前に貴族たちが成しえなかったスラムの全住民の抹殺である。2年前はCIケールズに尻尾を掴まれ、
その尖兵たる告死天使たちに貴族の大半を殺され、さらにはその計画の全貌が白日の下にさらされるという大失態を演じることとなった。
その二の轍を踏むまいと、クルーガーはこの2年間じっくりと計画を練ってきた。そしてこの一カ月の間、着々とその計画の内容を実行に移してきたのである。
ジョセフの抹殺、莫大な資金にものを言わせて手なずけたマフィア、「赤い月」をスパイとしてスラムに送り込み現状を把握するというものだった。
ただ、その初日に幹部の一人がスラムのマフィア、通称「子供たち」によって拉致され行方不明になるという不測の事態が起きたのだが。
CWジェネシス諜報部に調査させたところ、「子供たち」は「王朝」という強力な後ろ盾をもとにスラム全域に勢力を広げるマフィア的組織であることが判明した。
CWジェネシスの力をもってすればマフィアの一つや二つ、壊滅させることなど造作もない。しかし表だってそんなことをすれば
2年前のように株価は大暴落である。あの大暴落から再び今の状況まで持ち直すのにクルーガーが費やした労力、資金は常識では考えられない量であった。
かといって赤い月では到底「子供たち」に打ち勝つことなどできはしないだろう。そこで白羽の矢を立てたのが、アニキラシオン・ファミリアである。
彼女たちに、「王朝」、「子供たち」の指導者たちを始末させ、弱体化したところを「赤い月」によって壊滅に追い込む、という算段であった。
この計画を完璧に実行、そして成功させるためにあらゆる不確定要素を排除する必要があるのだ。
邪魔者は徹底排除、それがクルーガーの持論でありそうしてCWジェネシスは成長してきた。
ただ、諜報部の調査でも分からなかったことがある。告死天使である。
291 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/24(月) 23:55:11 ID:rLjzVO3i
2年前に貴族を粛清してからというもの彼らが表舞台に登場したことはなく
どこで何をしているかさえ不明である。ただ、告死天使はスラムを排そうとした貴族たちを抹殺した。ということは彼らはスラムの味方、あるいは
住人そのものという推測は容易に成り立つ。さらに「子供たち」も掴めたのは存在だけであり拠点の所在地などはその一切が不明であった。
そこで、アニキラシオン・ファミリアの12人の少女たちをスラムに送り込み告死天使、そして「子供たち」の実態を調査させようとクルーガーは考えた。

「…以上が私のプランだ。協力してくれるかな?」
「ええ、もちろんですわ」

クルーガーの問いに即答したのは、アニキラシオン・ファミリアの長女、シャロン・クラウスである。他の11人の少女たちもシャロンに同調し、頷く。
そのレスポンスに大いに満足した様子のクルーガーはにこやかにほほ笑む。そして自分の目前に映る少女たち一人一人一人をじっくりと見つめてゆく。
彼の目線から見て一番右に座る少女が先ほど返事を返したシャロン・クラウス。金色のサラサラの髪を腰まで流す少女である。歳は19歳。
性格はというと、お嬢様だけありおとしやかではあるが任務となると豹変し残虐性が露わとなる。
その左に座るのが、エルセス・クレイ。黒髪のボブがかったショートカットが凛々しい19歳の少女である。
彼女は2年前親を殺されたショックでしゃべることができずその性格を完全にうかがい知ることはできないが、それほどのショックを受けたのならば
告死天使を相当憎んでいるだろうということは容易に想像ができた。
その左に座るのが、ルカ・グラシアス。赤毛の髪をコンプレックスにしているが周りは別に気にしていない。性格は12人の中で最も謙虚であり、歳は18。
ルカが人を嫌うとするならばそれは相手が彼女に対して明確な敵意を向けてきたときのみである。
その左が、ローザ・ダンケ。金色の髪をツインテールにまとめて19歳という年齢におよそ似つかわしくない可愛らしいカチューシャをつける少女である。
ただ性格はかなり子供っぽく、その言動で周りの姉妹を呆れさせることがしばしばある。
その左に腰掛けるのがレイ・オルヴォワール。彼女は緑髪症患者であり、長い前髪で左目を隠している。歳は18歳。感情というものは備えていないらしく
常に無表情。会話も最低限の物しか交わさないために12人のなかでは少し浮いた存在になっているが、実力は1,2を争うものである。
その左に、ルイン・ヴァルトート。雪のように真っ白に染めた髪を腰のあたりまで流し、きつめではあるが凛々しい表情が印象的な17歳である。
292 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/24(月) 23:57:52 ID:rLjzVO3i
自分に厳しく他人に甘いという珍しい性格でその自己管理の徹底ぶりと優しさで姉妹から最も信頼される存在である。
その左に頬杖をつきながら座るのが、スティード・ヴォルフェル。ボーイッシュな名前だけあり性格も非常に男勝りな18歳。
実は彼女はプロボクサーでもあり、一月前閉鎖都市のチャンピオンに輝いたほどの実力の持ち主である。
その左に腰掛ける、コロナ・ロシオッティ。ピンク色の髪を肩ほどまでの短いポニーテールにまとめた活発な17歳である。
露出度の高い服を好んで着る傾向にあり、今日身に纏う服もその例に漏れず右足部分を脚の付け根まで切り落としたジーンズ、
腹部を大きく露出したタンクトップを身に着けていた。
その左に座るのが、ベアトリーチェ・チェンチ。ふさふさの長い黒髪、青色に輝く瞳を持つ12人の中でクルーガーが最も美しいと感じた18歳である。
性格は冷静沈着で無口。学校のクラスで例えるならば窓際の席で一人読書を嗜んでいる美少女と言ったところである。
その左に、クゥ・ラ・ホロコースト。男装を好み一見すると美少年と見紛う17歳である。性格もその容姿に比例して常に落ち着いていて、
時に暴走しがちなコロナ、スティードらをベアトリーチェとともに抑える役割を担っていたりもする。
その左に座る、シエラ・ルルヴィア・アクエリアス。軍服のような非常に硬い服を身に纏いそれに合わせるように自分にも他人にも非常に厳しい態度で臨む
19歳である。群青色に染めた髪を膝の裏あたりまで伸ばし、シャンプーは大変そうだろうとふと思ってしまう。
そして最後の12人目、イリア・オルトロス。彼女の姓であるオルトロスとはギリシャ神話に登場する双頭の魔犬だ。
地獄の番犬・ケルベロスを兄に持ち、その最期は英雄・ヘラクレスに撲殺されるというものである。
卑怯な手を好んで使い、その結果周りの姉妹から少々疎まれているが本人はどこ吹く風なのだが。藍色に輝く髪を肩まで短く流す18歳である。
そしてクルーガーは再び口を開く。その顔は狂気に満ちていた。

「さあ諸君、ゲームの始まりだ。思う存分楽しんでくるといい!」

その言葉とともに少女たちは立ちあがり部屋を後にする。果たして彼女たちは避難地区にどのような波乱をもたらすのであろうか…

投下終了です。ところでウィキのほうを見てひとつ気付いた点が。慰安旅行と僕の書いた作品の作者のところが
逆になってましたw編集さん、お手すきであれば直していただけると助かります。
293創る名無しに見る名無し:2010/05/25(火) 01:25:12 ID:LT4gSDUY
乙でした
これは……告死天使と同じ数、つまりこの子たちは!!

ということなのだろうかと考えながらこの子たちがどう動くのかに期待
294創る名無しに見る名無し:2010/05/25(火) 16:26:18 ID:UAz1U9vX
今日はふぇじゃないの投下しますよ。
いつもwikiまとめて下さる方々に感謝の意を込めて。


なんとwikiは彼女の手によって管理されていたのだ!!

―――…

 ここは世界の監視塔。空に浮かぶ三つの世界。…その世界を監視すたためだけに存在する一つの塔。
 塔と"世界の窓"以外には何も存在しないこの空間に、ポツンと佇む少女が一人。
 「これが、小生の管轄する世界…」
 少女の名前は境 灯(さかい あかり)。無垢な瞳に映る三つの世界は、今も進行形で彼女の好奇心を刺激する。
 彼女は小さなトランクを引き、セキセイインコの入った鳥かごを抱え、心底持ちにくそうな表情を浮かべつつ塔の中
へと続く扉へと向かう…ここから始まる、新たな生活に胸をふくらませながら…


 『ようやく現地に着いたか。遅すぎる、殺す』
 「ひえぇぇ…か、勘弁して欲しいのであります…どうかお慈悲を、お慈悲を〜〜っ!!」
 塔の中へ入った灯は、早速上司へと無事到着したという電話をするが、労いの言葉等は無く、一言目で物騒な言
われる始末。灯は電話先の上司に向かって目の前に居るわけでもないのにペコペコと頭を下げる。よっぽど怖い人
のようだ。
 『まぁいい。この仕事に就いたからにはしっかりやるといい。あと何か問題を起こしたら殺す』
 「は、はぁ…」(完全にブラックです本当にどうもry)
 『ではもう電話を切る。お前の仕事は"世界の監視と管理"だ…忘れるな。』
 「わかっているでありますよ〜…そこら辺はちゃんと勉強したもん」
 『あくまで監視だ。過度の干渉は御法度であることを留意しろ』
 「はいはい」
 『最後に、上司に向かって"もん"とかそういう言葉遣いを使うな。今度会ったときに殺す』ブツ
 「え、ちょ…」
 「…仕事先間違えたかな…」
 複雑な表情で携帯を見つめる灯。これから先、どうなってしまうのやら…そんな事を思いながらも、彼女は荒れ果
てた塔の内部を整理する準備へと取り掛かった。

 塔は前に使っていた人間がズボラだったのか、ゴミが散乱する等で散らかり放題だった。そんなだらしの無い前
の住人に腹が立ったが、ぶつける相手もいないので、掃除が好きな灯はとりあえずその怒りを部屋の掃除にぶつけた。
 塔はそこまで広くは無かった。とはいっても、灯一人が生活するには十分な広さだったし、階も5階ほどある。灯の
私物などワンフロアですべて収まってしまう程で、寧ろスペースを持て余してしまうくらいだ。
 灯は塔をゆっくり、丁寧に掃除していく。ちゃんと燃えるゴミと燃えないゴミは分別する。最近は燃えるゴミも有料
になったので指定のゴミ袋を使っている。感心である。灯はゴム手袋にエプロン。そしてポニーテールと言った
一般的な掃除スタイルをとっていた。掃除する時はやっぱりこうでないとどうも気が入らないらしい。
 大きなゴミを灯は片付き、次は小さなゴミや埃掃除に取り掛かる。箒とハタキとちりとり。雑巾にバケツ。ファブ
○ーズもしっかりと用意し、早速掃除開始だ。まずは1階の玄関周り。靴入れを開ける。靴はもちろん灯の分しかない。
2、3足程ある自分の靴を取り出し、灯は靴入れの中を雑巾で丹念に拭いた。四角いところは丸く擦り、棚板の
裏面もしっかり拭く。そうして、さほど大きくない靴入れはものの数分経たないうちに綺麗になった。次は玄関、床、
階段と次々と雑巾掛けしていき、1階はだいたい綺麗になった。次は2階だ。
 2階は備え置きの家具が場所占領する階だった。そのどれもが黒を基調としたモダンな家具で、灯はそれをいた
く気に入ったようだ。とはいえ、埃がひどいので、ピンク色のハタキでじっくり埃を落とす。
 「これは年代物だね。すっごくおしゃれ」
 掃除の最中、灯は部屋の隅で埃をかぶっていた蓄音機を見つけた。まだ使えるのだろうか?灯はレコード台の下
に収納されている大量のレコード盤の中から一枚、レコードを取り出し、蓄音機の埃を拭うとそのレコードをかけてみ
る。
 「〜♪」
 「わぁ、良い音。まだまだ現役でありますね〜蓄音機君〜」
 蓄音機の音管部から流れる重厚なクラシック音楽。音のない空間に一つの音楽が響き渡った。
 「ふんふんふ〜ん」
 音楽をかけたまま掃除を再開する灯。鼻歌なんて口ずさんだりして、気分が良さそうだ。
 2階の掃除が終り、3階、キッチンの掃除。ガスコンロに油ハネがこびり付いているのが目に入る。ここでも前の
住人のズボラさが伺えた。灯はもしやと思い換気扇を開けてみると案の定ひどい有様であった。あまりの汚れに心
が折れそうになるが灯は諦めない。まずは換気扇。洗剤を溶かした水の中に換気扇のプロペラを浸け、放置する。
その間にガスコンロだ。洗剤を染み込ませたスポンジで根気よく磨いていく。とはいえこのこびり付き。なかなか取
れない。灯は同じ箇所を何度も何度も丁寧に擦った。そうして、汚れと格闘すること一時間。ようやく綺麗になったガ
スコンロを見てふんっ…と得意気に鼻を鳴らす灯。丁度換気扇のプロペラも綺麗になっていることだろう。
 大体3階は片付いた。残すは4、5階。4階は何も無い物置部屋だったので掃除機を軽くかけるだけで十分だった。
 そして5階。そこは寝室で、ベッドと本棚のある、灯にとって非常に理想的な部屋であった。ベッドが窓のある壁に
ぴったりとくっつく。窓から差し込む光、その光りに照らされ優雅に起きる自分が容易に想像できる。この部屋で朝を
迎えた時の事が灯は楽しみになった。


 「ふう、お掃除終了であります」
 半日かかかって、塔の中(の居住スペース)を掃除した。いや、本当はもっとかかっているのかもしれないが、この
空間において時間の経過などさして意味を持たないのだ。
 5階の寝室に簡易な食事を持って上がる灯。そうして食事の乗ったおぼんを、丸く高めのテーブルの上に置く。木
でできた、オシャレなテーブルでテーブルの足一本に絡みつくようにもう一本の管のような、曲線の美しいもう一本
の足がついたテーブルだ。灯はテーブルと同じ木の素材でできた椅子に腰掛け、自分が作ったご飯を軽くついばみ
ながら前の監視者の残した引継ぎ資料に目を通す。
 「はむはむ…閉鎖都市に異形世界に地獄世界…か」
 この三つの世界を監視し、出来事を記録する。それが灯に与えられた仕事だ。極稀に起こる"異空間の歪"を直し
たり、世界に異変を及ぼすような世界間の強い干渉現象の解決なども彼女の役目ではあるが、その二つはそうそう
起きることではないので、実質記録業務のみが彼女の仕事となる。
 「〜♪〜♪」
 先程の蓄音機は5階に移動したようだ。今も変わらず蓄音機はクラシックを流している。優雅な食事だなぁと、灯
はセレブになったような気分でいた。
 窓から覗かせる外の光景はとても幻想的。"世界の窓"…それぞれ三つの世界につながる窓が空に浮かび、今
現在その世界で起こっている出来事を映し出している。あっちの世界ではギャングと警官隊が銃撃戦をしている。
こっちの世界では狐の耳をした人少女と吸血鬼の少女に挟まれた青年があたふたしている。また別の世界では裸
の男が鬼に囲まれている所が見えた。
 「どれも面白そうな世界だなぁ」
 「オモシロソーオモシロソー」
 セキセイインコの鳥丸さんと考えていることがシンクロしたことにクスリと笑い、食べ終わり空になった食器を片付
ける灯。食事を終え、満足したところで灯はノートパソコンを取り出した。早速仕事とは、なかなか取得な心掛け。
 電源を点け、ノートパソコンの液晶画面に立ち上げ画面が映る。
 「ノーパソとか…デスクトップの方が良かったなぁ」
 なんて文句を言いつつ、灯は立ち上がったノートPCでウェブへアクセスする。記録をアップロードするためである。
記録をアップロードしているwikiは、前の監視者の手によって見やすく整えられていた。部屋は片付けない人間の手
によって作られたとは思えないくらいに綺麗で見やすかった。灯は前の監視者は間違いなくO型だなと思った。


 「おわったでありますよー」
 背伸びをする灯。一体何時間PCに向かっていたのか、時間の感覚が麻痺するこの空間では分からない。
 「…暇だーなんかないかなぁー」
 誰もいないにもかかわらず、誰かに問いかけるように独り言を言う灯。
 この塔にいるのは灯一人。インコの鳥丸さんはいるけどやっぱり一人はつまらない。
 灯は窓の外の世界に目を向ける。そこでは楽しそうな人々が、笑ったり怒ったり、人とかかわって生きている様を
見ることができた。
 「小生もあんなふうに人と関われたらいいのに」
 灯は監視者。世界に干渉することは御法度とされている。ここでただ、記録することが彼女の存在意義。
 「たしかに御法度…でも、関係ないねッ!!」
 ところがこの灯という少女は悪戯好きであった。御法度なんて関係ない。
 「この携帯電話を世界の窓に投げ入れて、世界の人にインタビューしてみるでありますよ鳥丸隊長ー」
 とにかく、灯は自分以外の人間のことを知りたかった。そして彼らと話したかった。
 「ヨキニハカラエー」
 「じゃあさっそく…いっけぇー!」
 宙を舞う携帯電話。窓から投げ捨てられたそれは一つの世界の窓の中へと入り込んでいく。投げ入れた携帯には
もうひとつの自分の携帯の電話番号しか登録していない為、必然的に携帯を拾った人間は自分のところに電話をか
けてくるという魂胆であったが、はたしてうまくいくのだろうか…?
 「ひゃっほう。後は待つのみであります。気楽に待ちましょ」

 一体どんな者が電話をかけてくるのか…未知の相手に期待しつつ、灯は暇つぶしにゲハを煽りにいくのであった…
299創る名無しに見る名無し:2010/05/25(火) 16:41:19 ID:UAz1U9vX
投下終了。実はまとめwikiはこうして彼女によってまとめられていたのだ!!

っていう妄想。まとめの人達の仕事っぷりを見てたら書きたくなってきましたので。
いつもありがとうまとめの人!…こんな形ってありかなぁ…?以下設定。


境 灯(さかい あかり)♀
世界を監視する少女。投下されたSSをまとめwikiにまとめるのが仕事。
悪戯好きでしばし世界と干渉してはいけない等のルールを破ったりする。
暇な時間はゲハ民を煽るか深夜アニメの実況などをしている。元アニキャラ民。
創発にはゲーム系二次創作SSを経由して流れ着いたようで、居心地が良かったため
そのまま居着いているみたい。最近は自分もSSを書いているようだが投下する勇気が
ない為永遠の処女作である。温泉界の存在には気付いていない。その為度々人間が
消える現象の原因解明を図っていたりする。
彼女のノートPCは特殊な道具で、世界の歪を直すことができる。

・境の世界
現在展開されているシェア世界を監視するだけの世界。シェア世界が増えれば世界の窓も増える。
この世界には監視塔以外のものはない。まっさらな白の空間が広がる。下位の存在は入ってこれない高位次元らしい。

・世界の窓
シェア世界へとつながる窓で、その世界でおきている出来事を常に映している。入ることは許されない。

・携帯
異次元間でも通話できる凄いやつ。空に投げれば世界の窓を経由して境の世界へ戻ってくることができる。


ホントはこの後いろんな世界の住人にインタビューするっていう話考えたけど断念。
300 ◆69qW4CN98k :2010/05/25(火) 22:53:49 ID:0HQB2n0y
薄暗い、墨を混ぜたかのような曇り空の下、大勢の隊員が列を連なっていた。
厚沢一等陸佐は、その中を通り壇上へと歩を進める。
辺りを見回すと皆沈痛な、深刻な顔をしていた。
不安、暗澹とした場の空気を感じる。無理も無い。
これから厚沢が指揮するこの隊員達は防衛行動を行う。
訓練ではない、本物の軍事行為。
唯一の救いは、相手が人間ではない事か。
厚沢は深呼吸すると、壇上から隊員達へと語りかけた。

「諸君、わかってはいると思うが、改めてこんにちの状況を説明する。
我が日本国に突如として出現した異形の軍勢は、場所を問わず侵略行為を開始している。
……現在、米軍と共同で作戦を行っているが厳しい状態になりつつある。
地方を守ることが出来ず、東京を初めとする大都市の守備で手一杯の状態だ。
我が隊は、大都市近郊に巣くう異形共と抗戦、掃討に当たる事になる。
ライフラインが寸断された状況ではあるが、これを乗り切れば主要幹線道の確保に成功し、
都市群の連携を強化することが可能だ。補給も可能になるだろう」

補給も可能。
そうは言ったものの、厚沢には確証が無かった。
おそらく全国で異形との戦闘が始まっている。どこも物資が足りないはずだ。
はたして都市に繋がる道路を確保したとして、先はあるのだろうか。
だが現状で八方塞の状況で防戦一方になるのは危険だ。
輜重線を確保する。最悪、民間人の避難経路にはなるはずである。
自衛隊上層部、政府高官はそう考えた。

「……状況は日々一刻と、予断を許さなくなりつつある。
国土防衛、それが我々の……自衛隊の目的・任務である。異形どもの跋扈、
異常気象による災害、物資の欠乏、多くの国民が眠れぬ夜を過ごしている。
この状況を打開できるのは、我々自衛隊をおいて他にはない。
改めて言う、これは訓練ではない。これは訓練ではない!
明日の、日本国の威信をかけた……防衛戦の一歩である!」

喋る言葉の節に力がこもり始める。
胸中の気持ちを代弁するかのように、厚澤は机を叩いた。

「多くの方々が亡くなった! それは同僚であり、民間であり、大人であり、子供であり、
等しく日本国民であった! 家族と肩を寄せ合い生きていく、無辜の人々であった!
何故だ! 何故彼等は死んでいかねばならなかったのだ!?
異形はこの国で何をなそうとしているのか! 諸君! 一つだけ理解できる事がある!
彼等は我が国に仇なす侵略者で、我々は防ぐ刀を持つ勇士である!
この期におよび、自衛隊の違憲、軍事行動を問う者は思い出してみるがいい!
異形がおこなってきた惨劇を! なすすべもなく散っていた人達の無念を!」

厚沢の頬に涙が伝わった。
自衛隊は平時の日本において曖昧な部隊である。
各地で現われた異形、それを掃討する時もまず先に警察が動いた。
発見数が少ない事、放し飼いの動物程度、人々がそう認識していた事も災いした。
異形達は瞬く間に全国に出没し、人間を襲い始めた。
政府が日米安保条約を発現した時には、すでに多くの被害が出ていたのである。
遅きに失した政府の無能さ、そして己の不甲斐無さ。
それらを思い起こし、厚沢はいつのまにか泣いていたのである。

「全員……死者たちに一分の黙祷」

隊員達はそう聞くと目を閉じた。あちこちですすり泣く声がする。
災害によって家族を失った者がいる。異形に殺された者もいる。
それらの無念を感じとり、哀悼を捧げ、隊員達の感情は昂ぶった。
301 ◆69qW4CN98k :2010/05/25(火) 22:54:39 ID:0HQB2n0y
「克目!」

隊員達は目を開いた。その貌には先ほどまでの翳は無い。
何かをやり遂げる、気概を構える、戦士達の眼だ。

「諸君等の勇気と日本が誇る自衛隊兵器によって! 我々は首都を開放するのだ!
これより、第一次掃討作戦『東京都異形掃討計画』を開始する!
全員! 行動開始!」

オオオオオオオオ―――――――――ッッッ!

隊員たちの咆哮が天を轟かす。
それは頭上の暗雲を祓うかのような、雷鳴のような叫びであった。







「失敗?」
「ええ」

どこかの一室、研究所のような部屋で、男女が話していた。
年齢もそれぞれまばらの、四人の男性と一人の女性。
白衣の胸部分にはプレートがついている。
それぞれ『平賀』『蘆屋』『安部』『小角』『玉梓』とかかれている。
その中で一番の年長者、平賀は髭をなでながら蘆屋に尋ねた。
好々爺でございと、人当たりの良い顔を浮かべる平賀は
知らず知らずのうちにこのメンバーの纏め役になっていた。

「そいつはどうしてかの、蘆屋君?」
「簡単なことですよ平賀さん」

猛禽を人間にしたかのような険しい風貌。
その佇まいは、同年代をも一歩引かせる独特の雰囲気があった。
気軽に話しかけられるのは平賀くらいなものであろう。
鷲のようなするどい眼差しをかえし、蘆屋は答えた。

「異形が何者かもわかっていない。その習性も、目的も。
おそらくこの作戦、成功はしないでしょう。不確定要素が多すぎる」

そういってコーヒーを口につける。
失敗。それは日本国民にとって憂慮すべき事態になるのだが、
蘆屋の表情には動揺はみられなかった。
代わりに一番の最年少、安部が動揺を露にする
その様子はまるで小動物のようだ。

「そ、それじゃあ日本はどうなっちゃうんですか?」
「さあな」
「さ、さあって、蘆屋さん……」

表情がくるくると変わる安部の肩に、ポンと手が置かれる。振り向くと玉梓がいた。
化粧をすればおそらく映えるのであろうが、ボサボサの長髪を無造作に後ろに縛った
その容姿は非常にだらしがなく、白衣を着ていなければ研究所員とは思えないだろう。
度々注意はされるのだが、本人は気にも留めていない。
研究所の三本指と呼ばれる才媛でなかったらとっくに追い出されている事だろう。
猫を抱きしめるような気安さで、玉梓は安部を抱きしめた。
意外とボリュームがある胸の弾力を顔で感じ、安部は真っ赤になって飛びずさる。
302 ◆69qW4CN98k :2010/05/25(火) 22:55:26 ID:0HQB2n0y
「な、なな何をするんですか!?」
「落ち着いた?」

かんらかんらと、玉梓は屈託なく笑う。

「男がじたばたしてちゃ駄目さね。どっしりと構えてんけりゃね。
アンタ、ちゃんとついてるんだろ?」
「もうちょっとデリカシーを持ってくださいよ!」

喧々囂々と、言い争いをする二人。
もっとも、安部の言葉を玉梓が聞き流しているだけだったが。
どうやらおかげ様で、安部の不安はどこかにいったようである。
その喧騒に離れた場所で、小角が壁に身体を預けていた。
その巨躯は施設の警備員と見間違えるほどだ。
だが彼は、れっきとしたここの研究員である。
その容貌から誤解されがちだが、なかなかの好人物である。
惜しむらくは寡黙なので、心情がよく理解されない事であろうか。

「曰く、彼を知り己れを知れば百戦して危うからず、彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。
彼を知らず己れを知らざれば、戦うごとに必ず危うし」
「その通り」

小さく呟いた小角の側に、いつのまにか蘆屋が立っていた。
口の端を歪ませて、くっくっくっと含み笑いをする。

「我々は異形を知らん。今までの物理法則を無視した生命体……。
小角、もし生きたまま捕らえる事が出来たならさぞかし素晴らしい事だろうな。
そう思わんかね」

科学者としての血が騒ぐのか、その時を想像して更に笑いが大きくなる。
小角はそんな蘆屋を一瞥しただけで、興味なさそうに視線をそらした。
窓から見える景色は、しとしとと降る雨模様だ。
それは、生きようと足掻く者たちへの涙雨か。
それとも、時局を洗い流さんとする先触れか。

―――空はまだ、依然として晴れない。
303 ◆69qW4CN98k :2010/05/25(火) 22:57:32 ID:0HQB2n0y
第一次掃討作戦前後を書いてみた
勝手に五人を描いてみたけど、合わなかったらスルーしてください
304創る名無しに見る名無し:2010/05/26(水) 02:45:07 ID:mt0rSf42
>>灯ちゃん
灯ちゃん! 灯ちゃんがまとめてくれているのか!
やべえオラ書く気力が盛り上がって来たぞ!!
不干渉を貫くのかそしてそもそも続きがあるのか気になるところ!

>>◆69qW4CN98k
異形が現れた直後の頃だろうか?
この頃は生き残るのに必死だったのだろうな
そして5人の研究者が全員登場した!
305感想代行:2010/05/26(水) 02:45:48 ID:mt0rSf42

>>本スレ『実は…』

ふぇ、とはまた違う落ち着いた家事描写とか良かったです。
しかしこれ、Wikiのどの世界に収録されるんだろ
306代行:2010/05/26(水) 02:46:31 ID:mt0rSf42
>本スレ『ふぇ』
灯ちゃんがまとめをやってくれていたのか…携帯でインタビューした内容を元に登場人物設定をwikiにまとめるんですねわかります
インタビュー編も書いてくれればいいのにw
307創る名無しに見る名無し:2010/05/26(水) 02:54:01 ID:kq18oFIE
>>304
続きは…無い!!定義だけで精一杯なんです…
気が向いたら続き書くかもっていうレベルです。むしろ誰か続き書いry
308 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/26(水) 21:43:46 ID:TpkBijEV
灯ちゃんの性格は湯乃香ちゃんと同じような感じという定義でおkですか?も
もしあれでしたら僕が僕のキャラ紹介がてら続き書きますが。
309代理:2010/05/27(木) 00:29:22 ID:IS7ibDyS
灯ちゃんがよかったので単発投下〜
トエルちゃんも借ります〜
310代理:2010/05/27(木) 00:30:02 ID:IS7ibDyS

「なんだったっけなー?」
まとめwikiをまとめるのが仕事の灯ちゃん!今日も投下しない自作SSの執筆片手にwikiをまとめるぞ!

「ここでなんか面白いネタ思いついたんだけどなぁ、あぁ、もう少しで思い出せそうでありますよ。あ、あ、あ、あ、喉元まで出掛かって…」
『ぴるるるるる!』
「ああもう!いま思い出せそうだったのに!」

せっかく面白いネタを思い出せそうだったのに、携帯電話に邪魔されます。腹の立った灯ちゃんは電話の相手に怒鳴りつけてやろうと携帯電話を手に取ります。

携帯を開き着信画面の液晶に映るのは、自分のもう一つの電話からの着信を知らせる文字。

「なっ…これは…!まさか数日前世界の窓に投げた小生の予備の携帯電話…」

その事を完全に忘れていた灯ちゃん!でもこの携帯から電話がかかってきたって事はそれ即ち異世界の住人からの電話という事!
突然のサプライズに、それまであった灯ちゃんの怒りは何処かへ飛んでいっちゃったよ!嫌なことはすぐ忘れる便利な脳みそなのでした。
はやる気持ちを抑え、灯ちゃんは電話に出ます。

「はいもしもし、こちら境灯であります!」
『ふえぇ…』
「へ?」
『ふえふえふえふぇえええっ!』
「これは参った」

非常事態です。相手の言葉がわかりません!ネトゲ用語はわかる灯ちゃんでしたが、外国語はわかりません!ピンチです!

『ふえぇふえぇ!』
「あ…」
『ふえ!ふえぇぇぇぇぇっ!』
「あ…あ…」
『ふぅえぇぇぇ!』

「アイキャントスピークイングリッシュ!」

『・・・・』
「・・・・」
『いや、これえいごじゃありませんし』
「ちょ、ちょっとしたジョークだもん!というか、あんた普通に喋れるじゃありませんか!」

灯ちゃんは嘘をつくのが下手でした。
311代理:2010/05/27(木) 00:30:45 ID:IS7ibDyS
インタビュー!

「…はぁ、トエルさんは英雄なんでありますか」
『ふぇ!よくうやまいたまえよ!』
「履歴書とかに"職業・英雄"とかって、かくの?」
『しらないですし』
「あぁそう。英雄ってどんな事をするんでありますか?」
『いぎょーをぶったおしたり、ぐみんどもをきゅーさいしたりする。ふぇ』
「大変そうですね」
『たにんごとだとおもってますねかんぜんに』
「他人事だもん」
『こんないたいけなようじょに、せんじょーにおもむけとかおにかっておもいますし』
「でもロボットなんでしょ?」
『まぁね』
「『へへー』」


「ところで、金髪ツインテロリ幼女その他てんこ盛り属性のトエルさんにお聞きしますが、属性多過ぎじゃないですか?」
『おおいにこしたことはない!』
「ようじょあざといようじょ」
312代理:2010/05/27(木) 00:31:34 ID:IS7ibDyS

「じゃあもうwikiまとめの時間なんで、そろそろ終わっても良い?」
『ふぇ!身勝手にも程がありますし!もういいよ!ふぇふぇ』
「とりあえず、空に向かってその携帯電話を投げて欲しいでありますよ」
『なんでー?』
「いいから」
『ふえぇ…』

灯ちゃんは面倒な説明が嫌いです。だから説明を求めても決して一から説明する事はないのです。

『なげればいいんでしょなげれば、じゃあな!ふぇ!』


ひゅう〜〜……すとん。

「戻ってきたか我が携帯よ…!」

先程まで異世界の住人が持っていた携帯電話。世界の窓を通って無事、灯ちゃんの元へと戻ってきました。

「いやぁ…世界にはいろんな人がいるでありますなぁ」

異世界の住人とのコミュニケーション。それは灯ちゃんにとってとっても刺激的なものでした。

「よっし!じゃあもう一回!」

味を占めた灯ちゃんは再び世界の窓へと携帯電話を投げ入れます。

「次はどんな人に繋がるのかな?あぁ、その前に…」

灯ちゃんはノートパソコンを取り出します。今日話した、トエルという少女の事をデータに記すために…


313代理:2010/05/27(木) 00:32:20 ID:IS7ibDyS
おしまい。タイトルは「灯ちゃんのテレフォンショッキング!」
トエルちゃんも重ねて同作者様から借りました。キャラ崩壊すまん。文章久々に書いたからひでーのなんのって。でも続き書かないみたいだから単発投下しちゃったのぜ。こういう風にキャラ紹介的には良いかも。俺のはあんまり紹介になってないけどな!

314創る名無しに見る名無し:2010/05/27(木) 00:35:56 ID:IS7ibDyS
まさかの灯さん再登場ww
初めのインタビュー相手がふぇかww
315創る名無しに見る名無し:2010/05/27(木) 13:06:10 ID:bM4uACRb
GJ!!これは見事な再現度&早筆ww
316創る名無しに見る名無し:2010/05/27(木) 17:40:22 ID:031jyMwB
私の一発ネタがこんな事になっているとは…
wikiに載せるほどのものでもないと思ったのですが…
キャラの設定は適当に決めたので好きにしてやってください。

後トエル使ってくれた人ありがとう。ネトゲ用語はわかるのか灯…
317異常純情浪漫譚ハイカラみっくす!:2010/05/27(木) 21:48:56 ID:T7zIHjNM

異形純情浪漫譚ハイカラみっくす!
第七話「ごめんなさい」



陽も落ちかけ、夕暮れ手前の涼やかな風が通り過ぎると、荒れた道場をならしていた少年
たちも、ぽつりぽつりと荷物をまとめて家路へとつき始める。
座敷の中ではエリカ様とクズハ殿が相も変わらずきーきーやいやい言い争いを続けており、
青年はその様子にため息をついて目を細めると、縁側に腰をおろした。

「まあ昨日が昨日だったもんで、俺は少々寝過ごしてから道場に顔を出そうと思ってたん
だが、どうも稽古場がうるさくて敵わねえ。何かと思って外に出てみりゃ、お前が門下生
に囲まれて、えらい可愛がられてんのを見つけたのさ」

私はエリカ様のためにここまで来たことは覚えているが。はて、そのような記憶はない。
ともかく何がしかの事情で失われた記憶を埋めるために、まずはこやつの言い分を聞いて
やろうと向き直る。青年は笑い混じりに「いやあ驚いたね」と言葉を続けた。

かような朝から妖魔が人の街を訪れるなど、よほどでなければ大騒ぎになるということで、
青年は群がる少年どもを追い払うと、地面の上でひっくり返っていた私をつまみ上げて、
あまり近寄ってはならぬと言ったそうだ(失礼な話である)。ともかく一応の面識がある
私であったが故、さてこいつはどうしたもんかとしばし頭をひねっていると、突然に門が
爆散し土埃の中から現れたのがエリカ様だったという。

「タバサを離しなさい! なんてえらい剣幕でよ」

青年は全く似つかない声真似を披露して後「どうだい、似てるだろう」などと言いたげに
私の顔色を伺っているようだったが、こちらとしてもどう対応をして良いものか分からず、
取り急ぎ二度ほど頷いて続きを待った。

「そんでまあな、こっちとしても別に迎えに来てくれたんなら話は早えとお前を渡したん
だが、そしたらあの色ボケ姉ちゃん、とんでもないことを口走りやがった」

エリカ様は私の身体を抱き取ると、きっと目を上げて青年を睨み啖呵を切ったそうだ。

――女とあらば誰でも抱くふしだらな男よ、見損なったぞこの人間風情が。あの月夜の晩、
私を貫いた貴様の巨根を忘れられずここまで来たというのに、我が従者にまで手を掛ける
とは何事か、それで私の初恋の君になろうなど千年早い――と。

「な、全く訳が分からねえだろ?」
318異形純情浪漫譚ハイカラみっくす!:2010/05/27(木) 21:49:52 ID:T7zIHjNM

笑いながら目線を落とし、頭をかく。
言葉通り放心しているとエリカ様はさらに詰め寄りまくし立てた、と青年は言う。

――この胸に穿たれた穴が癒えるには時間がかかる、貴様にすればほんの出来心だったの
かもしれないが、私にとっては初めてだったのだ。乙女心を弄ぶ不埒な雄が、今日この時、
この場を持って、蛇の目家当主たるこのエリカが成敗してくれる。

邪の目を構えにじりよるエリカ様、訳が分からず後退る青年。
と、そこで割って入ってきたのが、クズハ殿だという。クズハ殿は今にも振り下ろさんと
される邪の目を握り止め、何故か怒りに充ち溢れた眼光を青年に向けたそうだ。

「どういうことか説明してもらえませんか――ってそりゃもう汗も凍るくらいの声でな」

説明もなにも、本人が分かってないのだからどうしようもない。おまけにクズハ殿がどう
してそこまで怒り心頭しているのかも分からない。結局その場を取り繕う言葉など浮かぶ
はずもなく、そうこうしているうちにエリカ様はクズハ殿に憐れむような目をくれると、
ぽつりとこんなことを呟いたそうだ。

――さてはお前もこやつの性技に魅せられた妖魔が一人か、悪いことは言わぬ、その男の
温もりは忘れ過ちに気づけ。こいつは夜な夜な森にて雌妖魔を犯す破廉恥極まりない男ぞ。
私も昨晩こやつの男根を受け入れた所為で、未だ身体の火照りが抜けぬわ。

青年はそこで話を切り、道場を仰ぐように両手を広げて見せた。

「で、ご覧の有様だよ」

道場は門下生たちが後始末をしたせいで半分ほどは綺麗になっているが、まだ到る所には
焦げた穴があき、ぶすぶすと黒い煙を上げている。この状況こそがエリカ様とクズハ殿の
戦った痕跡らしく、その熾烈を極めた熱戦は半刻にも及んだという。

クズハ殿は魔法と呼ばれる奇妙な妖術を用いるようで、そのへんで小悪さをする妖魔など
とは比べ物にならないほどに強いのだが、剛力はなくとも俊敏さをもつエリカ様とは相性
が悪かったらしく、青年も「実際何度かは陣を編む前に崩されてたからな」などと力ない
笑いを浮かべていた。

だがそれでいて五分と五分。時間と共に傷つき体力を消耗し、肩で息をする二人を見て、
青年はこれではどちらかが死んでしまうと思って間に入り「まあ、もういいじゃねえか」
となだめてみたところ、何故か二人から強烈な平手を同時に喰らい卒倒。そして今に至る
というわけだ。
319異形純情浪漫譚ハイカラみっくす!:2010/05/27(木) 21:50:39 ID:T7zIHjNM

「タクミさんがハッキリしないからです! なんつってな」

その時の様子を思い浮かべてか、それでもどことなく悪い気はしないといった風に青年は
頬を摩りながら座敷へ目を戻す。
すると何時の間にやらエリカ様とクズハ殿は二人並んで仲良く茶を啜っていた。
先程まであれだけ言い争っていた二人が何故そういう具合になっているのかは分からない
が、まあお互い人に非ず者。仲良くした方がよいであろう、仲良くしたうえで、三人恋に
励めばよいではないか。

「で、話を聞いてみりゃお前のご主人様は、妙な勘違いをしてやがる」

そこで青年は恋は恋、戦いは戦いで全く別のものであると言い出した。それを混同すると
はバカにも程がある、このご時世になんと脳天気なことかと続けた。
私はいやいや、それは聞き捨てならぬ、恋と戦いは同義なのだ。と反論を試みたが、青年
には「にゃあにゃあ」としか聞こえぬらしく余り上手くない。ならばと早速にエリカ様の
元へ走り寄って「ちょっとがつんと言ってやってくださいな」と告げたところ、エリカ様
は笑顔のまま信じられないお言葉を口になされた。

「私たち、間違ってたみたいだね」

――なんと、エリカ様までそのような事を!
私がこれまで刻苦勉励、苦心惨憺に磨き上げてきた学識が間違っていると、そう仰られる
のか。エリカ様にとっての恋が戦いでなくてどうする、昨晩のあれが恋でないわけがない。
仮に私が間違っているとして、それでは恋とは一体何なのか答えてご覧なさい!

「そ、それは……分からないけど」

――それみたことか!
私が間違っているはずがない、私は生まれて4年もの間ずっと蛇の目邸の本と共に過ごし
てきたのだ。私への否定は蛇の目邸そのものを否定することに他ならない、それは蛇の目
邸の主たるエリカ様自身をも否定することになるのだ。するとどうだ、これまでエリカ様
に尽くし、幾年もの間世話を続けてきた我が一族が浮かばれぬではないか!

私などは屋敷の外を自由に駆け回る妖魔どもに妬みの目を向けたのは一度や二度ではない、
それは恐らく私だけでなく、母や祖母も同じだったに相違ないのだ。そんな我らを言うに
事欠いて間違っているなど、タバサ悲しくて涙がこぼれてしまいます!

「タバサが悪い訳じゃないよ。だからもうほら、泣かないで」
「わーっ」
320異形純情浪漫譚ハイカラみっくす!:2010/05/27(木) 21:51:43 ID:T7zIHjNM

私はぽかぽかとエリカ様のお腹あたりを叩きながら訴えた。大泣き声を出しながら訴えた。
しかし訴えながらも、どことなく自分が間違っているような気がしなくもなかった。
そもそも恋と戦いを勝手に結びつけたのは私であったからだ。

さてこれはどうしよう。退くにひけない格好になってしまった。ええい、とりあえず泣い
ておけば何とかなるだろうと、なるたけ大きな声で泣き続けていると、やはり息が長くは
続かないもので、おのずとしゃっくりが出る。途中までは良かったが時折変に上ずる自分
のしゃっくりが可笑しくてたまらなくなってきて、しまいには笑い転げてしまった。

「まーなんだかよく分からんが、誤解が解けたようで良かったな」

青年がなんとなしの一言で場をまとめると、エリカ様はすいと立ち上がり袴についた折り
目を伸ばし始めた。宴もたけなわということか、このままいけばこの局面を乗り切れそう
だと、私は畳の上を転がりながら笑い続けた。

「タバサがおかしくなっちゃったみたいなので、今日はこのへんで……いろいろとご迷惑
おかけしました、また後日改めてお詫びに伺います」

深々とお辞儀をするエリカ様にクズハ殿が顔を上げ「今度蛇の目邸に遊びに行ってもいい
ですか?」と申された。エリカ様は返事の代わりに柔らかい笑みで頷く。
ははあ、これはまた一つ友達ができましたね。と喜びを分かち合いたいところであったが、
私には笑い続ける他がない。無念である。


† † †


夜のシノダ森に、ちりりんと鈴の音が響く。
それはエリカ様愛用の自転車「弁天号」のベルである。
確か古文書によれば、弁天号は遥か古代に失われたと記されていたはずで、私はどうして
弁天号が戻ったのか理由を訪ねたかったのだが、後ろのカゴで寝ているフリをしている私
には聞き様も無い。願わくばそれと引換に今回の失態についても今後触れないで頂きたい
ものである。

「例え間違ってたしても、それに気づけるのなら、前進してるってことよ」

エリカ様は颯爽と弁天号のペダルを漕ぎながら、そう呟いた。
それは自分に言い聞かせているのか、はたまた私の狸寝入りに気づいているのか。
私は眠るフリをやめて空を見上げる。

――エリカ様ごめんなさい、タバサが間違っておりました。

木々の隙間から覗く青紫の空には、雲に隠れた丸い月が笑っていた。



異形純情浪漫譚ハイカラみっくす!
シノダ編 おわり
321 ◆zavx8O1glQ :2010/05/27(木) 21:52:55 ID:T7zIHjNM
ハイカラみっくす!イズミ編 終了です。
あとは単発か何かで続けていこうかと。


>一次掃討作戦
これをスルーなんて出来るわけねえ!
異形世界の深みが増したと感じずにはいられない。
そんな俺はデュラハンをちょっともふもふしてくる。

>灯VSふぇ
電話前半のふぇラッシュに吹いたw
そこまでも「ふぇ」か、そんなにも「ふぇ」なのか!
いやそれにしてもこのトエルの再現率は異常。
322 ◆p3cfrD3I7w :2010/05/28(金) 16:41:52 ID:QQl/tJLC
>ハイカラみっくす
異形世界という設定とその文体(?)から明治〜大正にかけての小説に似た印象を受けました。
夏目漱石だとか、芥川龍之介だとか、太宰治だとかそういった方たちに何となく似た書き方をされる方
なんだなという印象です。僕がそれを最も強く感じたのはこのくだりです。

――それみたことか!
私が間違っているはずがない、私は生まれて4年もの間ずっと蛇の目邸の本と共に過ごし
てきたのだ。私への否定は蛇の目邸そのものを否定することに他ならない、それは蛇の目
邸の主たるエリカ様自身をも否定することになるのだ。するとどうだ、これまでエリカ様
に尽くし、幾年もの間世話を続けてきた我が一族が浮かばれぬではないか!

しかも書き方と内容のギャップがまたナイスでございます。これからも続きを楽しみにしております。

>灯ちゃん
この二人の掛け合いにPC画面の前で大爆笑してしまいました。特にトエルちゃんのこのセリフ。

『ふぇ!よくうやまいたまえよ!』

最高でした。これからも灯ちゃんシリーズは続いて行くんだろうなぁ…
323白狐と青年「予兆と日常」 ◆mGG62PYCNk :2010/05/28(金) 19:59:36 ID:WPgIhI0n


            ●


 広い会議室。
 窓には遮光カーテンが引かれ光が遮られており、スクリーンに映し出された情報を見て複数の人間がやり取りをしている。
「信太の森にまた上位の異形が現れたらしいな」
 席に座っている一人が口を開いた。
 ここは大阪圏中央部、かつての大都市に置かれた大阪圏自治政府で定期的に持たれる会議の席上だ。
こうして大阪圏の有力者は集い、圏内から日本全体、時には断片的に入ってくる外国の情報を報告し合っては対策を立て、対処を行っていた。
「ああ、近隣の村に手を出していたようだな。報告があって後、狐の異形に対する検問を張らせた」
 答えた男の声に合わせてスクリーンの情報が大阪圏の端、信太の森と隣接している地域、和泉を示し、
そこから伸びる道のいくつかに検問を示す赤い光点が表示された。
「だがそれはもう解決されたという話ではなかったか?」
 別の一角から声が上がり、キーボードを叩く音があった。表示されている情報が最新のものへと切り替わる。
そこには検問を示す赤い光点は存在していなかった。
「そのようだな。和泉に派遣されている武装隊から報告が上がって来ている」
 言葉と共に出席者各々の手元にある電子ブックに報告文書が転送され、問題部分が反転する。
 それに軽く目を通す間が空き、席上の一人が言う。
「現れたのは……信太主。あれを止めたのは以前も此度も平賀博士の養子だという話だったか」
「ああ、狐の異形を匿っていた……」
 会議室の席の一角に視線が集まる。そこには平賀の代理として会議に出席している明日名の姿があった。
 明日名は視線に対して軽く会釈すると口を開く。
「信太の森の件を収めたのだから彼と、
彼が匿っていた信太に縁があると思われる異形に対する政府からの制限を取りやめて自由にしてはどうかという意見も出ているようですが、いかがでしょう?」
「そこまですることはないのではないか? 坂上匠は和泉の用心棒を辞めたのだろう? 
ならばこの件の謝礼はその自由を認めてやったということで十分ではないか」
 それが妥当だろうと言う意見が続くように数名から発された。
「ではそのように伝えてもらえるかな? 平賀博士の代理の方」
 明日名は一瞬不服そうな顔をしたが瞬時に平素の顔に戻すと静かに頷いた。
「はい、ではそのように伝えます……」
324白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/28(金) 20:00:28 ID:WPgIhI0n



            *


 話が次の議題に移る中、眼光鋭い初老の男が小声で背後に控えた男に言う。
「……信太主が生きていたようだな」
 無表情な大男が感情を感じさせない声で答える。
「そのようで」
「調べろ」
「は」
 頭を下げしずしずと大男は下がっていった。
 初老の男はスクリーンに新たに表示された大阪圏の情勢に目を向けながら小さく口を動かした。
「……アレが生きているとなると――」
325白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/28(金) 20:02:40 ID:WPgIhI0n


            ●


 平賀の研究区から和泉に戻ってから半月程が過ぎた。
どうも上手く門谷が政府側を説得してくれていたようで、匠の用心棒業務廃業は政府側から認められるところとなり、
事実上封じられていた職業選択の自由が匠の手元に戻って来ることとなっていた。
「要するに職無しで明日をも知れぬわが身なんだが」
「んなこと言って匠、お前けっこう金溜め込んでんだろ?」
 道場の早朝稽古の手伝いを終え、道場裏の畑の草むしりを手伝っていた匠の独り言に和泉の道場主をしている師範、今井信昭が言う。
「まあ、それなりには」
 匠は一応大阪圏付きの公務員であった身で、第二次掃討作戦の武勲者でもある。相応の給料はもらっていた。
「うらやましい限りだ」
 匠のいる場所の隣の畝から引き抜いた雑草を竹箕に放り込んだ信昭はそこで切りをつけたのか、立ち上がると腰に手を当て上体を大きく逸らして空を見上げた。
 気持ち良さげに言う。
「いい天気だ」
「そうだな」
 答えながら匠も空を見上げる。
太陽がそろそろ南中しようとしている空はどこまでも青く、風が気持ちいい。あと一月もすれば夏だろう。
 腹も減ったしそろそろ昼飯が出来上がる頃合だろうか。そう考えながら男二人が空をぼんやりと眺めていると、
「匠さーん」
「あなたー」
 クズハと信昭の伴侶、今井芳恵の声が二人を呼んだ。太陽と腹時計が示す通り、昼飯の用意ができたようだ。
326白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/28(金) 20:04:16 ID:WPgIhI0n


            ●


 扉を全て開け放した道場の端に腰を下ろして弁当を広げたクズハと芳恵、弁当は二人の手作りだ。
 料理といえば焼く、煮る、揚げる、蒸す、燻す、生、炒める、レンジくらいの組み合わせだと匠は思うのだが、
この二人のそれはまた別次元にあるようで匠などには出せない、料理屋でも開業できるのではないかという味を作り上げている。
「いいお天気が続きますね」
 お茶を淹れながらのクズハの言葉に信昭が頷いて畑に目を向ける。
順調に育ってきている畑の作物は尚も成長しようとでも言うかのようにめいっぱい葉を広げ、陽光を吸収している。
「今年は採れ夏採れ秋だな」
 秋の事まで口にしながらおにぎりを頬張る信昭に気が早いと笑いつつ匠が問う。
「祭りは賑やかになるのか?」
「この分なら盆も納涼も新嘗も村を挙げて騒ぎ倒すだろうな」
「そりゃ楽しみだ」
「お祭りに誘われて森のあの子も来るかもしれないわね」
「あー……」
 芳恵の言葉に匠は眉間に皺を寄せて難しい顔をする。
 森のあの子と言うと、信太の森に住みついているエリカというらしい人に近い姿形の異形と彼女の使い魔のタバサと呼ばれていた羽根のついた猫の事だろう。
 匠は信太の森で彼女等と以前出会って以来、縁があるのか幾度か顔を合わせた事がある。
 悪い奴じゃないんだが……。
 初遭遇はなかなか衝撃的だった。
いきなり裸で『抱いて』などと言われたものだから最初は淫魔の類かと思ったがその後の反応を見るにどうも違うらしい。
昔の信太の森の事を知っている者達らしく、匠にとっては厄介な戦場という印象のある信太の森を指して、
『ここは本来平和な森』……か。
 察するに彼女等は古くからこの地で生きてきた者達……キッコと同じように震災以降湧いた、
人基準で言えば外来の異形に住処を荒らされた在来の異形とでも言ったところだろうか。
だとしたらエリカは古く人が神とか霊とか妖怪だとか呼んでいた存在に近しいものなのだろう。
327白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/28(金) 20:07:06 ID:WPgIhI0n
 しかし古くから居るにしては彼女達は人の社会に対してどこか勘違いをしているような所もあり、
以前は恋と戦いを混同して匠にはよく分からない発言を掲げては道場で大暴れをしてくれた。
もしまだあのような勘違いをいくつも抱えていてそのまま人里、特に異形を排斥しようとする気風のある所に行かれたのなら、
 そのまま討伐対象になりかねないんだよなあ……。
 彼女等は自衛能力も持っているし、そこらの本能だけで動いているような異形よりも遥かに強い。
そもそもが死にづらい異形らしいから何かあっても逃げるくらいは出来るだろう。
が、熟練の武装隊や傭兵のような戦い慣れた者から見ればタバサも、そしてエリカでさえも倒す事が出来ない存在ではないだろう。
 うまい具合に処世術を身につけてもらわないと危なっかしくてしょうがない。
 そう匠は思い、茶を啜る。
「まあ誤解も解けたようだし、前回で懲りてなくて、もし来たいと思うんなら来るだろうさ」
 少なくとも和泉内でエリカ達を倒そうなどという者はいないだろう。
番兵達までそうでは職務怠慢なのではないかと思わなくもないがそれで和泉の町が正常に回っているのならば問題ない。
「もうあのようなまぎらわしい誤解をしないでもらえると助かります」
 ため息交じりにクズハが言う。
 エリカ達が道場で暴れた時に割とはっちゃけて相手をしたり最終的にはエリカと仲が良くなったように見えたが
やはり道場の門を破壊されたのは良く思ってはいないのだろうか、クズハは小さくぶつぶつと呟いている。
「まあ今後いきなり道場破りよろしく乗り込んで来ることもないだろ」
 理由も無いんだしな。と言い、稲荷寿司――信太寿司とこの地域の老人は呼ぶらしい三角形をしたそれをクズハの口に押し込む。
 匠は黙って稲荷寿司を咀嚼しているクズハのどこか不機嫌そうな顔に笑顔で言ってやった。
「世の中を知ってもらう一環として、まずは油揚げが畑で出来るものじゃないと知ってもらうことから始めるか?」
 ゴホッ、と咳き込む音と共にクズハの口からご飯が飛んで行った。
 気管に米粒でも入ったのか激しくむせている。
 うん、いい反応だ。
 クズハが咳き込むたびに尻尾が小さく跳ねるのを面白いと思いながら一人頷いているとクズハが咳に顔を紅潮させ、
「いつの話をしているんですかっ」
「さて、何年前だったか」
 茶を淹れてやって差し出しながら答える。お茶を一息に飲んで息を落ちつけているクズハを見ながら匠は思う。
 ああ懐かしい……。
「油揚げの種だって言って平賀のじいさんが持ってきた得体のしれない種を油揚げの種だと本気で信じたりとか」
 クズハも目覚めた直後は記憶がほとんど無くなっていたせいか随分と愉快な事を言っては平賀にいじられて最終的に平賀が研究区の誰かにどつかれたりしていたものだ。
 今度は茶でむせはじめたクズハの背をさすってやる。不機嫌になっている余裕がないのかクズハは為されるがままだ。
 あらあらと頬に手を当て、芳恵が匠にとがめるように言った。
「匠くん、あんまりクズハちゃんをいじめてはいけませんよ?」
「仲がいいってこった。けっこうな事じゃねえか」
 信昭がまあ、と付け加える。
「油揚げ畑は作ってやれないがな」
 場に笑いが漏れ、クズハが拗ねたようにそっぽを向いた。
 緩やかに時間が流れていく、政府からの口出しは多少あるが、それも身動きが取れなくなる程不便なものではない。
 ……心地良い。
 匠もクズハも、陽光に映える畑の青を見つめてそんなことを思った。
328白狐と青年 ◆mGG62PYCNk :2010/05/28(金) 20:15:10 ID:WPgIhI0n

何か動きだしそうな予感とそんな事を露知らずほのぼのしている匠とクズハでした。
タイトルとかつけてみた!

ハイカラみっくす! の人からエリカ様とタバサのお名前をお借りしました。
ふふふ、昨日の投下を確認して急きょ手直ししたんだぜ……あぶなかったぁー

異形の解釈がエリカ様とキッコを例に書いてありますが
これをこの世界の基準にしてしまうと世界の自由度を食ってしまいそうなので
あくまで匠個人の解釈という方向で受け取ってください。


>ハイカラみっくす!
発言が相変わらずどこかずれてるのも修正されて主従の絆が深まった感じで癒された!
エリカ様良い主様じゃないですか

ってか弁天号wwwwいったいどこから帰って来たww
329創る名無しに見る名無し:2010/05/28(金) 20:18:22 ID:WPgIhI0n
需要なき設定投下

今井・信昭(いまい・のぶあき) 57歳 男
人間
身長165
・白髪混じりの頭髪に精悍な顔つき、道着の上からでも分かる鍛え抜かれた身体。
・道場主。道場の裏には畑があり、奥さんと一緒に耕している。
・今井明彦の親。彰彦に道場を継いでもらいたいと思っている。

今井・芳恵(いまい・よしえ)  50台 女
人間
身長158
・白髪混じり、顔に刻まれた皺が穏和な雰囲気を醸し出す。
・でもたまに怖いよ!
・道場の一部を使って和泉の子供達に小中学までくらいのお勉強を教えている人の一人。
330創る名無しに見る名無し:2010/05/29(土) 01:08:32 ID:F8aBxyR3
すみません、ちょっとこのような場所で質問をさせてもらっていいか分からないのですが、
シェアードワールドについて最近概要を知ったので、どうか質問させてください

ホラー、SF、ファンタジーなどなど全部を混ぜてしまったようなシェアードワールドはあるでしょうか?
ちょっとこれだけでは伝わりにくいと思いますので補足すると、
一般的なシェアードワールドでは一つの設定のもとに様々な群像劇を描きます
自分が探しているのは、人物だけでなく何本かの設定を混ぜた、いってみればシェアードワールドをシェーアドワールドしたものです

この例で大丈夫かどうか分からないですが、
例えば京都で陰陽師どもが魑魅魍魎と戦ってて、
東京ではナノマシン体に仕込んだ主人公がサイボーグ相手に殺し合いしてて、
四国の学校で七不思議解決する学生がいて、
北海道では魔法使いが魔界から来る怪物を止めるためにがんばってる
さらに望んでいる事は、
例えば大阪で炎やら水やら風やら操る能力者たちが、
世界征服を企む秘密結社との抗争中にメリーさん一人に殺されまくって「な、いったい敵はどんな能力なんだ!?」とかズレたところで混乱しててると、メリーさんを成仏させる事ができる霊能力者が秘密結社に殺されてさらにカオスな事態になってしっちゃかめっちゃか
そんな事したいんです
331創る名無しに見る名無し:2010/05/29(土) 09:30:22 ID:deM7KGjP
カオスだな
・京都で陰陽師どもが魑魅魍魎と戦ってて
・魔法使いが魔界から来る怪物を止める
・大阪で炎やら水やら風やら操る能力者たちが、 世界征服を企む秘密結社との抗争中にメリーさん一人に殺されまくる
ココらへんは異形世界でクロス出来ないこともなさそう
ただ文明レベルが落ちてるんでサイボーグは無理っぽい
上記に該当するようなのは、この板では知らないな、チェンジリングもちょっと違うし

少し勘違いしているようだけど、別にシェアードワールドは設定複数有っても問題ないよ
それに共感した書き手さんが勝手に世界を膨らましてくれる訳
「ホラー・SF・ファンタジーが一緒くたになった世界を書いてみたい」
この設定を詰めていくと誰かが書いてくれるんじゃないかな
自分で一番槍を務めるも良し
【シェア】みんなで世界を創るスレ【クロス】は、世界が一つ増えようとも問題ナッシングです

332創る名無しに見る名無し:2010/05/29(土) 11:25:20 ID:x+ok3soQ
サイボーグとナノマシン体とロボットの違いはわからないが、
トエルもいるし>>330はほとんど異形世界のような気がするw
333避難所より代行:2010/05/29(土) 12:11:21 ID:x+ok3soQ
>>ハイカラみっくす!
『イズミ編』乙でした!!
次はエリカ様VSふぇなんかもみたいところ。
しかし弁天号、どうやってエリカ様のもとへw
334創る名無しに見る名無し:2010/05/29(土) 12:15:48 ID:x+ok3soQ
遅ればせながら感想

>ハイカラ
ようやく間違いに気づいてくれたかタバサちゃん……
しかし認めたくない葛藤で笑い転げる姿は秀逸www
これからは単発ということでそちらも期待!

>白狐
謎の組織と古い異形達の間に一体何があるのか気になるな
クズハちゃんのぴょこぴょこする尻尾をむぎゅっとしたいぜ!
それにしても今井夫妻のプロフィールw 彰彦よりも先にwww
335創る名無しに見る名無し:2010/05/29(土) 12:23:55 ID:B0nkwgbH
>白狐と青年
投下乙です。投下後一日でそれを反映していただけるとは頭が下がる。
和泉の盆踊りだと……? これは早速準備せねば!
336創る名無しに見る名無し:2010/05/29(土) 13:51:21 ID:F8aBxyR3
>>331
カオスにしたいのです
端的に言えば戦隊ヒーローが戦ってる所に仮面ライダーが飛び込んで(ディケイドで飛び込んだけど)、
そこにプリキュア巻き込んで、海賊団まで突っ込ませるような事を、したいのです
まだちょっと認識不足を確認させていただきありがとうございます
も、ちょいいろいろと考えたり詰めたりしてみます

>>332
調べてみると、かなりの部分を異形世界でまかなえる様子です
337創る名無しに見る名無し:2010/05/29(土) 14:12:25 ID:deM7KGjP
サイボーグ・・・しろがね-O
ナノマシン・・・コロンビーヌが操る蟲
ロボット・・・オートマータ

だいたいこんな認識でおk

エリカ様も良いけどやはり異形ヒロインはクズハちゃんですもふもふ
魔素理論体系が進めば油揚げを召還する事も可能になり
日本の食糧事情も改善されるはず
338避難所より代行:2010/05/29(土) 17:15:23 ID:x+ok3soQ
なんと高性能なまとめさんだろう、私は感動を覚え(ry

以下感想
ハイカラみっくす!
エリカ様に吸われたい
タバサの間違った知識が訂正されて
二人の真実の愛を探す旅は続くのですね!ふぇ、との絡みも見たいところですがそうなると百合の花が見れるのだろうか?
……タバサの寿命ってどのくらいなのだろう



白狐と青年
拗ねたクズハたんをもふもふしたい
クズハたんが不機嫌なのは道場を壊されたからじゃないと私の紳士脳が告げている!エリカ達、匠には淫魔に見えたのか……うへへへへ

大阪の中央と和泉で随分生活様式が違うようで
県が違えばまたいろいろありそうな予感がしますな
四国が死国になってたりとか
339『徒らに咲く花でなく』 ◇GudqKUm.ok:2010/05/29(土) 17:16:39 ID:x+ok3soQ

…ズルズルと温もりを求めて這う千丈髪怜角の髪は、抑え難い欲望のまま獲物に絡み付き、淫らな愉悦を貪り始めた。
どこかで聴こえる抵抗の悲鳴が、打ち寄せる恍惚の波に呑まれ曖昧に溶けていく。

(…ああ…あ…)

漆黒の髪から流れ込む蕩けそうな歓び。長らく忘れていた目眩めく陶酔はやがて怜角の心を裏切り、さらに深く…残忍な欲望のまま、しなやかな凶器と化して生贄を締め上げる。

(…だ、駄目…)

髪を操るどす黒い衝動は、生贄の苦悶すら心地良い振動に替え、怜角を包み込む。抗えぬ力。そして抗えぬ…快感…

(…駄目…その人は私の、私の…)

漆黒の『千丈髪』に隙間なく覆われ、ガクガクと痙攣する獲物はやがて、骨の砕ける音と共にぐらりとその頭を垂れた。その青ざめた顔は…元日本陸軍中尉、高瀬剛のものだった。


「…いやああああっ!!」

…修練を積んだ鬼が悪夢を見るなど珍しい。ましてや、『淫夢』とも呼べるような夢など。跳ね起きた怜角はしばらくは震えと動悸が収まらぬまま、薄暗い寝室の壁を睨み続けた。
最近よく遊びに来る大賀美夜々重が貼っていったカレンダー。そして高瀬中尉から贈られた淡いピンクの薔薇。
殺風景だった部屋を飾る鮮やかな色彩をじっと見つめ、怜角は寂しい微笑を浮かべた。自分には持つ資格のないこの倖せこそ、地獄が与えた最も厳しい罰かも知れない…

(…やっぱり、私は高瀬さまに相応しくない…)


償いの日々は遠く過ぎ、その強い魔力を天命に捧げる鬼、千丈髪怜角は誇り高い魂の導き手としてこの冥界にあった。かつて人であり、人の脆さを最も良く知る鬼として。
しかし悪霊として人々を苦しめ、深い闇に蠢いていた自分がいかに悔い改めようと、再び人を愛し、愛されることが許されるのだろうか。
340『徒らに咲く花でなく』 ◇GudqKUm.ok:2010/05/29(土) 17:18:10 ID:x+ok3soQ
響き渡るシュプレヒコールのなかでおぞましく歪んでゆき、いつしか同志だった者たちを、怜角…いや、『真樹村怜』自身を押し潰した恥ずべき欲望。
死してなお黒髪に宿り、嗜虐の快楽に浸り続けた自分の罪深い業はいつか再び覚醒し、高瀬剛の高潔な魂まであの昏い道へ引きずり込むのではないか。
ひとりの夜、ずっと押し隠してきた怜角のそんな恐怖は黒い熾火のように彼女の胸を焦がし続ける。
この火がやがて、全てを灼き尽くす破滅の黒炎へと変わる不安に彼女は慄然と唇を噛んだ。

(…今なら、まだ…)

夜の静寂はときとして、人にいささか性急な決断を迫る。もし同室の賑やかな女鬼、風輪彩角がいれば怜角の悲観的過ぎる思考をたちどころに一蹴してくれただろう。
しかし彼女は今夜も夜遊びに出掛け不在だった。どうやらまたどこかに『彼女』でもできたらしい。
立ち上がった怜角はようやく最近部屋に置いた『パソコン』に向かった。彼女がまだ人だった頃にはなかった文明の産物だ。
次元を超え怜角たち鬼の住むこの地獄界へもやってくる、電気信号に姿を変えた夥しい情報。
怜角は獄卒となった日からこの機器を通じて人界の声無き悲鳴に耳を傾け、地獄から書き込む少しの魔力がこもった言葉で、僅かでも人の魂を支える修練をずっと自らに課しているのだった。

S革共 内ゲバ殺人 真樹村怜

人界の便利な道具は、怜角の与えた単語から瞬時に忌まわしい彼女の過去を晒し出す。モニタに映った悲劇の記録は、軽い唸りを立てて次々とプリントアウトされていった…
341『徒らに咲く花でなく』 ◇GudqKUm.ok:2010/05/29(土) 17:19:34 ID:x+ok3soQ

「…高瀬小隊長殿!! 園遊会の時間であります!! 小隊長殿…」

広いバス車庫に響く熊井兵長の銅鑼声。しかし二階にある事務所から返事はなかった。
苦労して有能な幽霊バスたちを集め、長年地獄市内の交通を支えてきた高瀬剛は、この度晴れて名誉ある閻魔大帝主催の園遊会に招待されたのだ。

「…軍人が遅刻とは言語道断であります!! 小隊長殿!!」

この栄誉を勝手に部隊の栄誉と解釈した高瀬小隊の老人たちは、例によって大騒ぎした挙げ句、自分たちも会場である仰蓮園まで行軍すると言い出した。
園遊会の主賓が地獄界を訪れる妖狐一族の姫君たちだと知っている剛は、元部下の馬鹿騒ぎを厳しく諌めてきたのだが、勿論そんな言葉に耳を貸す老人たちではない。

「…ああっ!! まだ礼服も着ておられない!! いったい…」

騒がしく二階に駆け上がった熊井兵長は、ぐったり事務机に顔を伏せた剛を見つけてまた大声を張り上げた。しかし勤勉な元上官が珍しく覇気のない応えを返すまで、かなりの時間が掛かった。

「…あ、熊井兵長か…何の用か?」

「… 小隊長殿っ!! まさか園遊会をお忘れですかっ!!」

老いても身の丈六尺を越える熊井兵長が発する凄まじい怒気にも反応せず、高瀬剛は再びどさり、と机に突っ伏した。

「…園遊会は欠席する。閻魔庁には貴様らで適当に詫びておいてくれ…」

「…はあ? どこかお加減でも悪いのでありますか?」

亡霊にだって体調不良はある。しかし頑丈が自慢の剛は滅多なことで他人に軟弱な姿を見せるような男ではない。ましてや栄誉ある閻魔庁の招待を辞去するなどとは…

「…それとも何か、お困り事でありますか?」

憔悴した剛を覗き込む熊井兵長の視線は、すぐにただひとつ事務机に載った大版の茶封筒に移った。別に熊井兵長は超常の力などなにも持っている訳ではない。
342『徒らに咲く花でなく』 ◇GudqKUm.ok:2010/05/29(土) 17:20:52 ID:x+ok3soQ
しかし純朴な剛の五倍近い人生を商工界での油断ならぬ駆け引きに費やしてきた彼には、敬愛する元上官の苦悩の源がこの封筒であることなど容易に察知できたのだ。

「…へそ曲がりの原因はこれでありますかな?」

「こ、こら!! 貴様!!」

ひらりと伸びた熊井兵長の手は、素早く剛の手元から封筒を奪い取る。しかし睡眠不足らしくふらつく剛は、さしたる抵抗も見せず部下の無礼を看過した。
中尉は今、封筒の中身…抱え込んだ問題を相談する相手を欲している。これも熊井兵長の素早い推測通りのようだった。


「…ありましたなあ…こんな…事件が…」

憮然と壁を睨む剛の傍らで、熊井兵長が封筒に収まっていた書類を捲る音だけが響く。やがてその音が止んだとき、掠れた声で剛が呟いた。

「…貴様は、どう…思うか?」

「どうもこうも、既に怜角殿は償いを済ませ、獄卒にまでなっておられます。獄卒の修練は、まあ並大抵のものではないと聞いております…」

熊井兵長にとっては、少し懐かしくさえある資料だった。もはや戦後とは言えぬあの賑やかな時代。ひたすら商売に邁進していた彼とは遠い世界だった事件だ。
若さと血の通わぬ理論だけを武器に角材を振り回し、革命を夢見た青二才たち。『大人』であれば制御できた筈の憤りは最悪のかたちで彼らを自滅へと追いやった。
『狂気と愛欲の粛正劇』『過激派女子大生、変死体で発見』
扇情的な見出しとは対照的に生真面目な表情で当時の新聞に載っている顔写真の主は、その気高い理想とは程遠い嫉妬心から幼なじみの同志すら処刑し、そして自らも生きながら埋葬された学生運動セクト『S革共』副リーダー真樹村怜。
その端正な顔と鋭い眼差しは紛れもなく剛の愛する獄卒、千丈髪怜角のものだった。
343『徒らに咲く花でなく』 ◇GudqKUm.ok:2010/05/29(土) 17:22:37 ID:x+ok3soQ

「…いったい何者が、こんな卑劣な密告まがいの中傷を…」

今朝早く新聞受けに投函されていたという封筒を鷲のごとき狷介な表情で眺めていた熊井兵長は、苦しげな剛の呟きを聞いて片眉を少しだけ上げた。

「…ふん、小隊長殿はそうお考えでありますか…」

「決まっているだろう!!怜角さんか…その、自分に好意を持つ者が二人の間を裂こうとだな…」

スッと目を細めた熊井兵長は感情を窺わせぬ笑みを浮かべ、まるで純情な甥っ子を茶化すように元上官の言葉を遮る。

「…では、その者を『甲』と致しましょう。甲は小隊長殿と怜角殿がお別れになることを望んでいる。とすればそのあと小隊長殿もしくは怜角殿に言い寄った者が『甲』である可能性が極めて高い訳ですな…」

「そうだ!! その通りだ!!」

立ち上がり猛々しく同意した剛は、すぐ熊井兵長の意味有りげな沈黙に気づいて、彼が述べた含みのある仮説をもう一度頭の中で反芻した。果たして憎っくき恋の妨害者『甲』の目論みが成功する可能性など有るだろうか?
この場合密告の事実を知らぬ怜角は蚊帳の外だ。『甲』の企みは剛が怜角に幻滅し、別れを切り出す筈だ、という極めて不安定な前提の上に成立しているのだ…

「… で、甲はさておき、小隊長殿はそれを読まれて怜角殿に愛想を尽かし、お別れになろうと思われましたか?」

「ば、馬鹿を言うなッ!! 自分も戦場では生き残るために人を殺めた。彼女にもきっと…殺し、殺されねばならぬ事情があったのだ!!」

確かに怜角は自らの過去を語りたがらなかった。剛の死後、世界を激変させた『主義』や『思想』の避けがたい潮流のなか、ただ狂おしい愛憎に燃え尽きた彼女は罪人だったかもしれない。しかしこの地獄で償いきれぬ罪などあろうか。
たとえ人の世でどれほどの過ちを犯そうと、今の怜角が獄卒として日々死者を導いている姿こそが、彼女の悔悟が天に認められた証の筈だ…
344『徒らに咲く花でなく』 ◇GudqKUm.ok:2010/05/29(土) 17:24:39 ID:x+ok3soQ
「…それでしたらなんの問題も無い訳であります。早く園遊会の支度をなさって下さい。」

「待て、待たんか!!」

未だ釈然とせぬ顔付きの剛は、素っ気ない口調で壁に掛かった礼服を指し示す熊井兵長に再び食って掛かった。

「… いずれにせよ、自分は怜角さんを貶める奴を許せん!! どこのどいつが下手人かだな…」

「それを知ってどうなさいます? 横恋慕の果てにこんな愚かな真似をする者など、到底お二人に相応しい相手ではありません。小隊長殿さえ肝を据え、どっしり構えておられれば宜しいのであります。」

熊井兵長の整然とした理屈は、正論であるぶん何とも剛の癪に障った。確かにどんな小細工をしても『甲』の策謀が実を結ぶことなど有り得ない。しかし…
憤懣やるかたない、といった剛の態度を見て、熊井兵長はため息をつきながら言葉を続けた。その落ち着いた嗄れ声に、かつての粗暴な万年一兵卒の名残は微塵もない。

「…失礼ですが小隊長殿と怜角殿のお付き合いは、どのくらいまで進んでおられますかな?」

「な、なんの話だ!? 自分はその、なんら恥ずべき…」

だしぬけの質問に顔を赤らめた剛は、戸惑った様子でもごもごと言葉を濁す。

その指揮官らしからぬ狼狽ぶりは、不躾けな問いの答えを自ずとさらけ出していた。

「…そうでしょうな…まあ戦地でも、現地娘の手ひとつ握れなかった方ですからなあ…」

「し、失敬な!! 自分だって…」

「『出征前に見知らぬ女学生から、金平糖を貰った事がある』でありましょう? やはり、まだ…」

「き、貴様ッ!! 上官を愚弄する気か!?」

軍刀を抜きかねない剣幕の剛に動じる事なく、老兵は辿りついた結論を口にする。その推測は、激昂する剛をして化石のごとく硬直させるものだった。
345『徒らに咲く花でなく』 ◇GudqKUm.ok:2010/05/29(土) 17:26:06 ID:x+ok3soQ
「自分の憶測はですな…多分これが当たりと踏んでおりますが…『甲』が他ならぬ怜角殿本人では、ということであります。」

「し、笑止なッ!!」

立ち竦んだ剛は強張った失笑を浮かべながら、呆然と部下の皺面を眺める。
だが熊井兵長は昔から無愛想な男だが、思い付きで口を開く男ではなかった。あの頑固な斉藤軍曹でさえ、熊井兵長の進言には耳を傾けたものだ。
そしてその結果、高瀬小隊は幾多の窮地を切り抜けてきた。あの悲惨な欠乏戦で驚異的な戦果を誇った小隊の名声は、決して軍神となった剛ひとりで得たものではないのだ。

「… 根拠を、述べてみろ…」

かつての部下たちは重ねた齢の数だけ、剛が学べなかった人生の知恵を身に付けている。それをよく知る剛はドサリと椅子に腰を降ろし、むっつりと先を促した。

「…怜角殿はお付き合いを進めるにつれ、過去のことをどんどん言い出し辛くなる筈です。ましてやその…のっぴきならぬ関係になってから事実が露見すれば、小隊長殿を『騙していた』ということにもなりかねない…」

「じ、自分は…」

「黙ってお聞き下さい。多分怜角殿は妙な理屈で自分を騙し、背負った重荷を小隊長殿に押し付けたのでしょう。『私は貴方に相応しくありません。それでも私を選ぶのなら、それは貴方の自由です。』とね…」

俯いた剛は答えなかった。彼には不可解な女心。つい昨日逢ったときには、あんなに朗らかに微笑んでいたではないか…

「…狡くて浅はかで…そして可愛いのが女というものであります。その全てを受け入れ、抱いてやるのが男…これは、あくまで私見でありますがな。」

「…自分には…その…彼女を抱く資格があるのだろうか…今も自分の罪と向き合い、歩むべき天命を問い続けている彼女を…」
346『徒らに咲く花でなく』 ◇GudqKUm.ok:2010/05/29(土) 17:27:41 ID:x+ok3soQ
剛の小さな囁きを一蹴するように、熊井兵長が深い溜め息を洩らす。この愚直な上官に色恋の道を説くのは至難の技だ。
そもそも熊井兵長とて、長年連れ添った妻の名をきちんと呼んだこともない、武骨な夫であったのだから。

「…それは自分にも判りかねますな。しかしながら、『自らを信じる』ということは、我が小隊の合い言葉ではなかったでしょうか? それ以上は…それこそ閻魔さまでもなければ判らない事であります。」

静かに敬礼すると熊井兵長は部屋から退去していった。残された剛は熊井兵長たちが今日の為、精魂込めて仕立てた礼服をまんじりともせず見つめていた。



…無表情な仮面の下のごく微かな息遣い。白い長衣には仲間を識別する為の単純な紋様だけが幾つか刺繍されている。
園遊会警護の鬼たちは賓客や観衆に要らぬ威圧感を与えぬよう、全身を包む純白の装備でその恐ろしげな風貌を隠すのが常だ。
しかし彫像のごとく整然と立ち並ぶその姿は冥府の戦士たる存在感に満ち、この『仰蓮園』に招かれた来客たちもやはり、ある種の畏敬をもって時おり彼らを眺めていた。

「…閻魔大帝陛下、並びに閻魔羅紗弗殿下、葛葉姫、玉藻姫両殿下のおなりでございます…」

普段は閻魔宮の奥深くで執務をとる閻魔大帝がこうして四季の花咲き乱れる庭園に姿を見せることは珍しい。
今日のように特別な賓客を迎えたときだけ、地獄の住人たちは冥界の絶対支配者閻魔大帝の威風堂々たる容貌を目の当たりにするのだ。

「…桜と寒牡丹が並んで咲いています。不思議な景色ですね…」

二人の王族に伴われた地上界からの貴賓、妖狐の姫である葛葉姫が仰蓮園の感想を洩らす。彼女の輝く銀髪は共に地獄界を訪れた従姉、玉藻姫の黒髪と見事に鮮やかな対照をなしている。

「…ああ、そーだね。」
347『徒らに咲く花でなく』 ◇GudqKUm.ok
そっけない羅紗弗殿下の答え。公務とはいえまだ幼い彼に女の子の相手ほど苦手なものはない。招かれざる客とはいえ、先日の全裸魔王のほうがよっぽど面白かった…

「…人の世では決して並ばぬ花同士が、こうして共に寄り添って咲く。地獄というのは奇妙な場所です…」

息子の無礼を窘めるように閻魔大帝が囁いた。その大きな掌が示す季節違いの花たちを眺め、幼い二人の姫はその可憐な瞳に不思議そうな光を浮かべる。

「…それよりさぁ、あっちの芝生に馬鹿でっかいクモが…」

退屈しきった殿下の意地わるな声に、勝ち気そうな玉藻姫が露骨に眉をひそめたときだった。離れた柵の向こうで一行を見守っていた一般招待客の中でなにやら不穏なざわめきが沸き起こった。

「… です!! 退って下さいっ!!」

獄卒たちの反応は速かった。疾風のような白い影は咲き乱れる一枚の花片も散らすことなく、ピョンと耳を立てた妖狐の姫君たちを瞬時に取り囲む。

「おっ!! なんだなんだ!?」

騒動の気配に嬉しげな顔を上げる殿下。その視線の先には大声を上げながら柵を乗り越え、獄卒たちに取り押さえられる人物の姿があった。

「…閻魔大帝陛下!! 質問が…教えて頂きたいことがありますッ!!」

地獄住人には『バスの人』として馴染み深いその人物、見慣れた軍服姿ではなく地獄宮廷服の意匠を小粋に取り入れた礼服の男は、制止する獄卒たちをものともせず、懸命に叫び続けている。

「…駄目だって中尉!! マジヤバいって!!」

その男…高瀬剛を組み伏せながら彼と親しい鬼、酒呑半角が素っ頓狂な声を上げていた。しかし無表情な仮面の下から聞こえる見知った鬼の声に、若い元軍人はさらに鼻息を荒げたようだった。

「…陛下ッ!! 何卒教えて下さい…」