【シェアード】学園を創りませんか? 3時限目

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1創る名無しに見る名無し

創作発表板に生まれた少し変わった学校、私立仁科学園。
このスレは、そんな仁科学園の世界観をSSや設定だけに留まらず、様々な表現で盛り上げ、また創っていくスレです。
貴方が創った生徒が学校の一員として誰かのSSに登場したり、気に入った生徒を自分のSSに参加させる事が出来ます。
部活動や委員会を設置するのもいいでしょう。細かい設定として校則を考えてみたり、制服を描いてみたりなどはいかがでしょうか。

また、体育祭や文化祭などの年間行事及び、生徒達の絆を深めるイベントや
仁科学園以外の学校や、生徒たちのバイト生活等世界観は仁科学園の外にまで広がります!
皆さんの想像力で、仁科学園の世界観を幅ひろーく構築していきましょう!

このスレはシェアードスレ(世界観を共有する)です。
ちょっとでも興味をもったらまとめWlikiをみて下さい。きっと幸せになれるはずです!

まとめWiki
http://www15.atwiki.jp/nisina/

避難所
http://jbbs.livedoor.jp/otaku/12930/

前スレ  学校を創りませんか?part2
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1248533055/

初代スレ 学校を創りませんか?
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1248087645/
2PNカミ山ラジ男:2010/02/28(日) 17:19:34 ID:VRzvYh05

仁科学園の愉快な仲間たち(1/2)
(※活躍中の学友たちの評判まとめてみた。ただし誇張表現をミスリードと見抜けないとテストでいい点を採ることは難しい)

#カテゴリ(カテゴリの説明)
#【人物の名前】……………人物の説明
#+
#【カテゴリの関係者】……関係者の説明



卓上同好会(卓上ゲームで生涯学習)
【加藤&田中】……………部長が加藤で副部長が田中。いつでも新入部員募集中。部じゃねーけどッ!

お幸せに(ご愁傷さま先輩くん!)
【先輩(先崎俊輔)】……雑用万能のお人好し。掃除とかプリント運びとか、あとツッコミとか。
【後輩(後鬼閑花)】……放課後ストーカー。先輩に熱烈アプローチ中。名字はマジでシャレにならない。

カップル撲滅運動!(幸せカップルの心胆を寒からしめる恐怖の噂)
【大型台】…………………リーゼント。三人組のリーダー格で言動だけなら男前。でもリーゼント。あと油絵がうまい。
【中型那賀】………………モヒカン。「カップルはラスボス(キリッ」 そのくせ彼女がいる。ふざけんな。
【小型省】…………………ハゲ。語尾に「す」をつける下っ端っぽい男。ろくな目に合ってない。

【大型魅紗】………………腐ってやがる、早すぎたんだ! お兄ちゃんもその餌食。
【優陸地奈】………………えらい美人な那賀の彼女。あろうことか大学一年生。那賀ふざけんな。

カップルウォッチャーととろ(カップル撲滅運動撲滅運動)
【近森ととろ】……………他人の色恋沙汰を覗く、愛と正義のブレザー制服デバガメ少女。スーパーヒロインに変装する。野鳥の会の女。
【ザザビーちゃん】………カップルウォッチャーにだけ見えるらしい幻覚のムササビ妖精。クソの役にも立たない動物。

比翼の鳥?(トゥー・バードならこいつらが怖い!)
【小鳥遊雄一郎】…………おっきいの。ツッコミ役。見た目ゴツイのに、和穂ちゃんには振り回され気味。
【鷲ヶ谷和穂】……………ちっこいの。ボケ役。県<ハッ!!←こんなカンジの妹さんがいるらしい。ボクっ子(ここ重要!)

春は短し恋せよ乙女(これが青春だッ!)
【河内静奈】………………恋する乙女。それ以上語るべき言葉を、私は持たないッ!(バーン!!
【上原梢】…………………静奈ちゃんの親友。行動派。ツインテール(怪獣じゃないよ)
【牧村拓人】………………静奈ちゃん意中の中性的好男子。女装フラグびんびん。

浮世離れしすぎな人たち(何が「高校生一枚」だズーズーしい。俺だったら絶対信用しねぇ)
【わたし】…………………ふわふわチリッな電波系。俺ん家に近づかないでね?
【霧崎】……………………尊大な男口調で話す本棚の魔女。文芸部部長のクールビューチー。
【松戸白秋】………………実験用白衣と溶接用保護面で武装したマッドサイエンティスト見習。白衣フェチ。爆発オチ。

屋上のキタローヘア美少女(+α)
【天月音菜】………………もし学園の屋上からギタァの調べと歌声が聞こえてきたなら、それはきっと彼女です。
【向田誠一郎】……………←それを間近でタダ聴きしている人。
3PNカミ山ラジ男:2010/02/28(日) 17:23:16 ID:VRzvYh05

美術部(;゚д゚) <あの大型台も入ってるらしいよΣ(゚Д゚;エーッ!!)
【神柚鈴絵】………………部長。おっとり可愛い年上属性。悪女。大型台とはただならぬ間柄。ちなみに神社の巫女さん……って属性多いな!

創作部(気ままに創作させたら私達の右に出る部活はないわ)
【壱羽祟人】………………ポエマー、ではなくて詩を書く人。メガネつき。
【浅野士乃】………………陶芸する人。土佐弁遣いのフリーダム少女。名前は「土」じゃなくて「士」ながやき。
【金城葎】…………………オモチャを作ったりする寡黙なちみっ娘。りっちゃん! りっちゃん!
【宇佐野和】………………シニカルな毒舌家。何を作る人かって? まあ気にするな!

アーチェリー部(FINAL ATTACK RIDE WE-WE-WE-WELCH!!)
【真田ウェルチ】…………部長。灰銀髪のフランス人形然とした姉御肌の美人。ファザコン。
【武政千鶴】………………標準装備:マイクロおさげ×2。「タケェ……俺ァもう、ダメだ……」「マサの兄貴ッ!」
【山尾修】…………………魔性のヘアピン。お菓子作りが趣味で、バレンタインでは……これ以上は言えない。
【相川拓司】………………ひょろ長メガネのとーへんぼく。と見せ掛け、ひとりカラオケとかしちゃうポップで華麗な男。

【真田アリス】……………本の虫。金髪のフランス人形然とした乱読家の美人。ファザコン。……誰かに似てる? それ双子の姉だろ。

演劇部(恐ろしい子……! ガビーン)
【久遠荵】…………………元気いっぱいドジいっぱい。ネギ呼ばわりしたやつ、表に出ろいッ! ニニンが「しのぶ」です。
【黒咲あかね】……………みどりの黒髪。もとモデルさんという噂。でも「あーちゃん」なんて知らないってよ!
【迫先輩】…………………文系男子。仁科学園はメガネ男子の宝石箱やぁ!

重量挙げ部(「げ」がポイント!)
【重利挙】…………………熱血パワーリフター。なんかデカい。
【上糸命】…………………筋トレ馬鹿。和製アーノルドの異名をとる。なんかすごい。
【中部伸】…………………ボディビル志向の男。なんだかよくわからん。
【ロニコ・ブラックマン】………黒人の血を引くマッシブエロボディ。騙されたと思ってロニー・コールマンでググれ。「楽勝だぜ!」

コスプレ部(コスプらず コスプりたり コスプり コスプるとき コスプれども コスプレ!(ラ行変格活用))
【秋月京】…………………徹夜も何のそののパワフル部長。牧村くんを見るときの彼女について一般生徒「あれは虎の眼だ……!」

報道部(ペンはレッドストリンガーよりも強し!)
【部員(B72)】………突撃インタビュアー。お昼の校内放送に出没。別に新手の爆撃機ではない。と思う(自信なし)
【PNカミ山ラジ男】……俺。これ書いてるハンサム。SSないのにちゃっかり。「だが私は謝らない!」

教職員とか(「腐ったミカンは消毒だァ〜!」「普通に捨てたら?」)
【真田基次郎】……………美術教諭35歳既婚者。ゴリラ。体罰反対。体育教諭ではないので注意が必要。……既婚者!?
【大里巧】…………………理科教諭23歳独身。一見穏やかながら、中身は憎悪と劣等感の塊という危険人物。こっちみんな。
【白壁やもり】……………家庭科教諭25+α歳独身。経験豊富だけど見ているほうはヒヤヒヤ。「相変わらずの癖っ毛ねぇ」



ほか(4時限目までには増える予定だ! たとえば、そう、キミのキャラとか!(メタ発言))
4創る名無しに見る名無し:2010/02/28(日) 17:26:02 ID:VRzvYh05
>>1
5創る名無しに見る名無し:2010/03/02(火) 20:42:18 ID:o0PkMJ+F
いえーい。板復活!
と、言うわけで短いですが投下します
6非日常への入り口 ◆G9YgWqpN7Y :2010/03/02(火) 20:46:29 ID:o0PkMJ+F

いつもは静かな図書館。しかし、最近は少しだけ騒がしい。

"図書館の影の女帝"こと真田アリスはそんなことを思いながらいつものように本を読んでいる。
手に取っている本の名はchangeling dayシリーズ。内容はオムニバス形式の短編集。
笑いあり、感動ありの痛快娯楽小説兼マンガである。

そうやって10分くらい静かに読んでいたのであろうか。アリスの元に駆け寄ってくる気配を感じ、顔を上げた。
目の前には放送部の腕章をつけた一人の女子生徒がいた。

「あ、アリスさん早く来て下さいよ。練習に遅れますよ!」

開口一番の意味不明な言葉。
アリスはしばらく考えた後、口を開いた。

「……何のこと?」
「えーと……あ、もしかして聞いてませんか? ウェルチさんから?」
「お姉ちゃんから? ううん。聞いてないけど」

その返答に女子生徒は困ったように頬をかく。

「ちゃんと伝えて置いてって言ったのに……じゃあ私の方から説明しますね」

女子生徒はそう前置きをする。

「アリスさんは、図書館5階のイベントホールで毎年この時期に演劇部の発表があるの知ってますよね」
「うん。毎年見に行ってるから。確か1年生の舞台度胸づけも兼ねていて、1年生主役で2〜3年生は裏方になるんだっけ」

アリスは去年の事を思い出しながら話す。一年とはいえ、中々様になっていた演技には驚いた。
そしてもう一つ。やたらと張り切って演技指導等してるメガネの男子生徒がいたことも印象的だった。

女子生徒は頷くと言葉を続ける。

「ええ、それなんですけど。今年はそのイベントを交流にも使えないかって話が定例部会ででまして、
色々他の部活や同好会にも手伝ってもらうことになったんですよ」
「へぇ〜そうなんだ」

アリスはこの時点で何となく嫌な予感を感じていたが、まだ、自分に関係なさそうだと判断する。

アリス自体はどこの部活にも入ってない。
7非日常への入り口 ◆G9YgWqpN7Y :2010/03/02(火) 20:48:21 ID:o0PkMJ+F

「例えば美術部や創作部、後コスプレ部とかにも舞台関係の依頼をしました。
私たち放送部は音響装置や色々な折衝担当です。文芸部とかの文系の部活にも協力願ってますし、
体育会系の部活にも協力募ってます。アーチェリー部にも依頼してまして、何人か脇役ですが
役者として出てもらう予定です」
「……ちょっとまって」
「はい? なんですか?」

頭を何となく抱えつつアリスは一端ストップをかける。
その言葉を放送部の少女の方も素直に聞き、言葉を切った。

「つまりお姉ちゃん経由で私にも何かあると?」
「理解が早くて助かります。コスプレ部の部長さんが熱望してまして、是非出演して欲しいと」
「うわー、やっぱり……でも素人が出るなんて、いいの?」

そう、やはり素人がでるのは演劇部の人にとっては失礼に当たるのではないかという思いがある。
しかし、その言葉に対し、放送部の女子生徒は首を横に振った。

「そこはそれ、やはり学園内のイベントにすぎませんから。楽しいのが一番です。
 それに主役は演劇部の部員ですからそこは心配しないでください……ただ」
「ただ?」

放送部員の前置きにアリスはオウム返しで聞き返す。
そして放送部員はぼそりと呟いた。

「……演技指導。かなり厳しいとか」
「私、降りていい?」

思わず引いてしまったアリスの腕をはっしとつかむ放送部員。
そして、極めて真剣な目で呟いた。
8非日常への入り口 ◆G9YgWqpN7Y :2010/03/02(火) 20:53:18 ID:o0PkMJ+F

「駄目です。ウェルチさんに許可もらってますから」
「なんで私の方の許可はとらないの?!」

そのしごくまっとうな問いに放送部員はため息とともに答える。

「妹の物は姉の物。(妹自身含む)、現実はそんなもんです」
「……いえ、それ全然意味わからない」
「と、言うわけで練習に参加して下さいね」
「少しは私の言葉を聞いて――」

すでに聞く耳も持ってない。さらに言い募ろうとするアリスの手を握る。
そして、構うことなく動き出した。

「さ、行きましょう。演技指導が待ってますよー」
「え、ちょと、なに? なんで腕引っ張るの? 私そういう人前って苦手だから勘弁してほしいんだけど」
「駄目です。今回学園の綺麗所を用意するのも計画の一つですし」
「え、何、なんの計画? なんかどす黒いものを感じるんですけど?!」
「きにしない、きにしない。さあさあ行きますよ!」
「だから押さない、引っ張らない。私はやるって言ってないー!!」

結局放送部員の強引さには勝てなかった。
アリスは放送部員に引っ張られるようにして5階へ上がる。

目の前には多くの人が忙しそうに動き回り、普通の日常とは切り離された世界が広がっていた。
そこは非日常への入り口だった。


――そして、いつもと違う雰囲気、けれど楽しく、真剣な場所がそこにある。
9非日常への入り口 ◆G9YgWqpN7Y :2010/03/02(火) 20:55:12 ID:o0PkMJ+F

イベント:1年主演演劇発表会、始まります。

B72お借りしてます。と、言うわけで簡単ですがプロローグ。
用は、演劇発表(内輪)を準備段階から本番まで含めて一大イベントとして
勝手に色々キャラをクロスさせてみよう計画です。
これから色々と、時に自キャラなしでクロスをさせていきますが、どうか寛大な心でよろしくお願いします。
ちなみにこのイベントに参加してもらえたら、余計に喜びます。
10創る名無しに見る名無し:2010/03/02(火) 23:32:45 ID:i1LTgP4R
投下乙!
これは面白そうな企画。どんなクロスが行われるか楽しみだ。
できれば乗っかりたいなー。
11創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 12:53:13 ID:VdubxKkx
自キャラなしってスゲーなおい!?
12創る名無しに見る名無し:2010/03/04(木) 22:35:41 ID:VzzX75KQ
>>10
サイドエピソード的に、企画者以外も出来るんじゃね?
これまでなかったねじれの位置的な組み合わせが見られそうだ。
化学反応でどんな劇物が誕生するか楽しみw
13創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 15:12:16 ID:KE7w1FJw
重量挙げ部の面々
「大道具は任せろ!」
14 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:02:22 ID:iKUa23Bj
やっと書き終わった…

長いかもしれませぬ。ご注意を。
15 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:04:05 ID:jwXlPK+u

【はぐれる】(はぐれ-る)
1、迷う事。2、同行者と離れる事。

【例】同行していた友達とはぐれてしまった。

〈新東西書房『今すぐ使える日本語大辞典』より抜粋〉

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

16 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:05:06 ID:iKUa23Bj
辺り一体の密林。鳴り響くコンドルの様な鳥の声。足にまとわりついてくるツル。
更には密林独特の気持ち悪いと暑いの中間くらいの体感。
藤岡弘探検隊さながら、俺はとんでもない場所に来てしまっていた。

「迷ったとかのレベルじゃないだろ…」

そもそも…ここは日本、JAPANなのだろうか。南米アジアとかアフリカとかと間違ってるんじゃないか…いや、それより早くこの状況をどうにかせねば。
早くしないと俺は禿鷲達の嬉しいお昼ご飯になるのだからな。

「…しかし、どう出るか…」

元々和穂と一緒に居たが、いつの間にかはぐれてしまった。
その和穂と先程、昼休みにて他愛の無い世間話をしていながら歩いていたら、いつの間にか隣に居た和穂が消え、俺はここに流れる様に来てしまったのだ。
記憶はうっすらだが、確か『学校専用農場』とかいうのが、壊れかけのレディオならぬ壊れかけの看板があった気がしないでもない。まぁもしそうだとしても自分が秘境ワクワク探検ツアーなんてのに行こうとした気も無い訳だが…。

「更に携帯も繋がらないといういらない特別サービス付き、か…まったく嬉しくないが」

生徒手帳はあった気がするから、今のうちに遺書でも書いておくか、と自虐なのか冗談なのか自分でも分からない事を思いながら、俺は歩みを進めた。

「和穂おおお!何処だあああああっ!!!」

…ついでに、叫んだ。

17 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:06:22 ID:iKUa23Bj
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

その時、鷲ヶ谷和穂に電流が走る!

「ハッ!」
「?どうしたの和穂ちゃん」
「いや、なんか忘れてる気がしてて…」
「気のせいじゃないの?」
「ま、いっか」

残念、雄一郎の叫びは届かなかったようです。まぁ和穂だから仕方ない。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

18 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:07:18 ID:jwXlPK+u
「…マジでここ、日本なのかよ…」

あれから周りを一回見渡した後、腕時計を見たら、どうやらもう10分が経ったらしい。
昼休み終了までの残り時間、20分までに、なんとかして脱出せねばならないだろう。

「…とは言う物の」

だからってサバイバル訓練を受けてもいない一般人(パンピー)。
だから正直言おう。無理。
てか、ここで生きてく自信が無い。
そうだ、仮に死んだら、ここに骨を埋めよう。そうしよう。
畳の上で死にたかったが、もう良い。
…人間どんな場所で死のうが、最後は土になるんだから、手間が省けて良いかもしれないな…。

「っておい!なんて馬鹿な事思ってるんだ俺は…」

人間追い詰められると訳分からない事をすると聞いたが、今俺はそれをしたんだろう。
仕方なさそうに髪を掻きつつ、俺は比較的草のある場所に座り込んだ。
土の冷たさが制服越しに感じられ、中々この暑さでは良い物なのかもしれない。

「…やってみるか」

俺はそこから態勢を崩し、地面に寝転がる。
徐々に来る爽快感がまた良いんだなこれが。癖になりそうだ。

「でも、よくこうやってしてるとさ、寝る事があるんだよな」

公園で背が高く顔がイケメンな男が自然に囲まれた一角に、本を胸元に置いて寝てるていうのが少女マンガにあるが、まさしく自然の恩恵だろう。
実際やったら恥ずかしくてたまらんだろうが。

「何…考えてんだよ…俺は…」

…やべ、早速眠気来た…駄目だ、寝たら死ぬぞパトラッシュ。
しかし、五時限目に…出るのは諦めたとしても…六時限目には出な…きゃ…な。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

19 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:08:04 ID:jwXlPK+u
「というのがあそこに居た理由です」
「そんな事が理由かい?小鳥遊君」
「はい。そうであります大佐!イエス!サー!」
「よぅし、小鳥遊君は日本史の成績1にしよう。全部は可哀想だからね」
「すいません、調子に乗りました」

職員室の一角にて、俺をピクリともその表情を動かさず、精神的に追い詰めているのが、我が校の社会科教師であり一年学年主任、『臺 九重(うてな ここのえ)』。
一発では読めない名字と女みたいな名前だが、一応男である。今年で25歳。独身。

「臺先生、僕はですね…迷っちゃったんですよ、あの密林の中で」
「それは分かってるさ。けれどあそこは今使われてないって知らなかったの?」
言葉の語尾に疑問符を付けながら、臺先生は俺に尋ね続ける。
ずっと変わらない笑顔が尚更不気味というか恐怖というか、そんなのを感じさせる。

「先生、僕はこの学校の一年です。分からないのはありますよ」
「看板に気づかなかった?」
「はい。確かほぼ見えない場所にありました」

どうだこの野郎と心で言い張る俺。
流石にこればかりは無理だろう。
屁理屈だろうが確かにそうだったもの。オレ、ワルクナイヨ。

「だからって…用務員の田中さんが偶々来なかったら君はねぇ…」

説教じみた喋り方ながらも、相も変わらず話してくる臺先生。
こうして見ると、彼は中々二枚目と言える容姿を持っているといえる。
また、生徒達とはどんな話でも話が何故か合い、その生徒達からも人気がある、よく居る、けれど実は見ない教師というのが、彼を示す言葉達。
漫画やアニメの様なキャラが多いこの学校の数少ない我等少数派の希望なのである。
え、俺多数派?だまらっしゃい。

「あ、そうだ小鳥遊君、この話とは別に、話があったんだよ」
「話?なんですか、一体」
「これ、持ってってくれないかな?」

そう言って俺に突き出すようにプリントの山を渡す臺先生。
おかしいな、前が見えないぞ。

「先生、前が見えないんですが」
「それは君が表向きの目でしか見てないからだ。心の目…即ち、裏向きの目で見る事も大切だよ?」
「名言もどきで片付けないで下さい」

あはは、と少し笑う臺先生。こうなれば仕方ないか。

「ほらほら早く!もう帰りの準備終わっちゃうよ〜?」
「ひ、ひでぇ…」

この人、Sなのかもしれん。直感的に…。
ま、別に気にする事でもないか。
俺は周りの気配を感じつつ、慎重に、慎重に歩き、職員室のドアに手をかけ、開ける。
廊下に出てから、また職員室に顔を出して、「失礼しました」と軽く会釈付きで言った。

◇◆◇◆◇◆◇◆
20 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:08:49 ID:jwXlPK+u

「あれ、雄一郎」

脅威とも言える数のプリントをクラスに持ってきた俺を待ち構えていたのは、半ば相棒である鷲ヶ谷和穂である。

「あれぇ、じゃないわ。おま、昼休み何処居た」

ただでさえ小さい和穂に詰め寄り、体を少し屈めさせる。
和穂はう〜ん、と唸った後、「気がついたらここに」と言う。

「あの、和穂さーん、確か俺、貴方と一緒に居ましたよねぇ」
「居たねぇ」
「いや、軽く言わんでもらいますか?てか言うな」

この言葉に顔を(´・ω・`)とする和穂。
うるさいやい、と言わんばかりだなオイ。

「あ、雄一郎さ、あと一つ良い?」
「どうした、改まって。今回の事は俺の心に深く刻みこまれているぞ?」
「いや、そういうのじゃあないよ」

藍色のセミロングを少しかきあげて、一息ついてから口を開いた。

21 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:09:29 ID:jwXlPK+u
「ほら、居たじゃん?あの…ボクに妹」
「あぁ、県(けん)ちゃんだっけか」
「鼎だよ鼎!昔のミスを掘り返さないでほしいなぁ…」

「で、その子がどうしたんだ?」と和穂に尋ねると、和穂は俺に言葉を返した。

「あの子、ここの中等部なんだよね。一年生」
「あぁ、そうなのか」
「だからさぁ、明日昼休み着いて来てくれないかな?」
「どうしてだ?家でやれば良いじゃねえか」

だがそうとも行かないらしく、バツが悪い顔をする和穂。
これを見る限り、学校でやらなければいけないのだろう。
致し方無いっていう訳なのか…。

「じゃあ一人で行けば…」
「迷った時に困る!」

そりゃあ確かにここはでかいですよ和穂さん。
だからって、お前は子どもか。この駄々っ子め。

「むきゅう」

つい、和穂の頭をぐしゃぐしゃと掻き回す様に撫でる。
和穂は前やった時と似た声を出して、上目遣いでこちらを見てきた。
そんな仲間になりたい様な目されても、俺は困るぞ。

「…ま、そういう訳だ。詳しい話は明日してくれや」
「んー、じゃあ今日は帰る?」
「あぁ…なんかこんまま帰って良いみたいだからな」

手にバッグを持ち、机とはおさらばすると、後ろから和穂の小さい歩幅から聞こえる上履きの音が耳に入った。

「あのさ、雄一郎」
「ん?」

隣の方へと首を下げ、和穂へと目線を合わせる。

「ここの近くに喫茶店があるんだけど、行かない?」
「む、別に構わんぞ。むしろ良い時間潰しだ」

そのついでになんか今日の詫びとか理由つけて奢らせてやろうか。
出来れば、砂糖が物凄く入った甘いコーヒーを。

「…そうと決まれば、早く行こうよ!」

ぴょいんぴょいんとバネの様に跳ねるのを目で追う。
つーか、これお前が行きたかっただけなんじゃねぇのかと。
まぁ、お互い様か。

「あいよ」

ただ一言、いつも通りの返事を返すと、とててと小さな歩幅で歩き出した和穂を、俺はその小さな背中を追い始めた。




続くかは分からない
22 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:10:28 ID:jwXlPK+u
まずは投下終了。

次は臺先生補足話。
先生四人全員出してみたら案外難しかったでござるの巻
23 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:11:17 ID:jwXlPK+u

「ふわぁ」

小鳥遊君を、プリントと一緒に送り出した僕は、欠伸に近い何かを出した。
寝不足なのかな。一日七時間も寝てるってのに、まだ足りないのかよ、僕の感覚器官。
あ、紹介が遅れたけど、僕は臺九重。仁科学園の日本史の教師で、高等部一年学年主任をやってる。
ちなみに生まれは7月9日の長崎県の佐世保市出身。
その為か、母親の祖父が駐日軍人、いわばアメリカ人で、その為、僕はクォーターという事だ。まぁこれは関係無いから話を戻すが、僕はこの若さで学年主任をやっている。
その性なのか、僕には尋常じゃない程の書類やプリントとかが来る。
それこそ、まぁいろいろと多種多様なのがあり、この前は確か…そう、プールに夜中忍び込んだ生徒の始末書を、何故か僕が書いたりもした。

「ま、小鳥遊君にプリントはやったとはいえども…まだ仕事はある訳だし、今日も残業かな」

でも教師って残業代出ない事があるから怖いんだよ。
学年主任になっちゃったんなら尚更だ。
それに僕もまだ若いんだから、無理しちゃ駄目だと思うんだがなぁ。
真田先生か大里にでも助けを求めるか…

24 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:12:12 ID:jwXlPK+u
「呼びましたか?臺先生」
「ふわらばっ!?お、大里!?」

どうしたんだ僕、ふわらばっとか言っちゃって…。
でも、大里は一体どっから出てきたんだろうか、まぁ良いけど…。

「おやおや、これは大変ですね。学年主任は大変だなぁ」
「他人事みたいに言わないでもらえないかなぁ…挙句の果てには泣くよ?」

こいつ、多分Sなんだろうなぁ。なんか、心の底まで…
でも、年下なんだよなぁ確か大里の方が。でも何故か逆らえないんだよね…。
仮に逆らったらその日の寝首をかかれそうだし…

「まぁ今日は早く帰らせてもらうから、頑張るんですよ、臺先生」
「はぁ…頑張るわ」

そう言うと、廊下の方へと大里は消えていく。
僕はそれを見送りながら、ふと、

(おかしいな、一瞬黒色の何かが見えたけど、どうしたんだろうか。まぁ別に良か…)

と、どうでもいい事を考えた後、僕は改めて書類の山に立ち向かった。

◇◆◇◆◇◆◇◆

25 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:12:58 ID:jwXlPK+u
暗い職員室の中、僕のところにある、スタンドタイプのライトの光だけがその部屋を照らす。
携帯を開くと、既に八時に近づきつつあった。
結局今日も「八幡警察所捜査一課」見れないだろうな。悔しい。

「ふわぁ…」

今日何度目か忘れた程した欠伸と同じく、僕は何本目か分からない『サクルト』と書いてある飲み物を飲み干す。

「ぷはぁ」

うん。やっぱ美味い。眠い時にはこれに限る。
少し周りの先生にも勧めてみようかな。
…いや、それより残りの書類を終わらせなきゃならない訳だし。

「残り十枚か。頑張らないと…」

両頬を両手で叩き、気合いを入れ直す。
さぁ、なんとか終電に間に合わせるぞ。
さもないと、またいつもの印刷室にて一人寂しく、ラジオを聞きながら一夜を過ごす事になる。それだけは勘弁だ。
よし、そうと決まればいざ仕事だ。

『…コツン、コツン、コツン…』

ん?何だろう、この足音。いや、靴の音。
この時間、警備員さんは確か外だし、誰も居ないハズなんだけど。

『…コツン、コツン、コツン、コツン…』

しかも早くなってるし、音も大きくなってきている。
不審者か誰か、ここに近づいて来てるんだろうか?

26 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:13:54 ID:jwXlPK+u
(―――捕まえないと)

そうとなれば話は別だ。
個人情報等を盗まれてしまえば、ココは色々と終わってしまう。

(そうしたら、早速行動に移らねばならないな)

まず、僕はスタンドの電気のスイッチを切り、入り口の扉からの死角となると前教えてもらった掃除用具入れの横に体を潜める。

(さぁ来るなら来てみろってんだ、僕は逃げも隠れもしないから)

すると、先程までの音が止まり、職員室の扉から聞き慣れた音と共に、侵入者が入ってきた。
手には白色の手袋、短い髪に、胸は無い事から、男だと思われたその侵入者は、俺の机を過ぎ、教頭先生の机へと向かっていた。

(やっぱり、個人情報を奪うつもりか!)

そう思っていた時には、体が動いていた。
今までにない、意気揚々とも言えず、後先の事を考えずに、足は前へと進んでいたのだ。
確か反射運動だったっけ?今度大里先生にでも聞いてみようかな。

「待て!」

僕はそいつの後ろに回り込むと、静止を呼び掛けると、僕は近くにあったシャーペンの芯を限界まで出し、そいつに向ける。
武器になるかは分からないが、あくまでもだ。

「い、一体!何しに来たんだ!何処の回し者だ!?男のくせに、正々堂々勝負しないのは卑怯だぞ!」
(回し者…って、言葉おかしいんじゃないか?)

自分に突っ込んだのを確認したあと、その侵入者は僕の方に振り返った。
薄暗い為か、あまり良く見えない。
しかし学年主任たるもの、学校の生徒達を守ると、この心に、大学一年の時、十九歳の時に決めた訳だ。
奮起せよ、臺九重二十五歳!逃げた時、追いかける準備も出来ているんだ。
さぁ、どんな手でも必ず捕まえてや―――


「―――こ、九重君?どうしたんですか、いきなり?」


その…聞こえてきた相手の声は、男じゃない、実に聞き慣れた女性の声。
強めの巻き髪に、正直残念な胸、痛んでいる両手が特徴の家庭科教師。

「…白壁先生ですか?」
「ですか?じゃなくて、そうだけど…何、それ」

指差された先には、芯が出すぎてぐらついている、青いシャーペン。
それを両手で持ち、構える僕。


―――どっからどうみても、僕が変人です。本当にありがとうございました。―――

27 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:14:58 ID:jwXlPK+u
「ぐああああああっ!すいません!すいません白壁先生ええええええ!」

反射的に土下座。プライド?何それ?おいしいの?

「僕も仕事のしすぎで頭がやられてまして…その…」
「いや、別に良いよ…大事な教科書忘れて来た私が悪いから…でも」
「……でも?」
「武器でそれはちょっと無いかなぁ」

と、苦笑いする白壁先生。
つーか、そんな痛いとこ突かないで下さい。
こっちもどうかしてたんですから。

「そうですよねー…防犯用の電流入り竹刀なら良かったんですけど」

ちなみに、この電流入り竹刀は非売品で、時たまパチパチッと小さい電流が起こる、特製竹刀だとか。そもそもコレ、防犯用というか、凶器に近いけどね。

「で、でも、シャーペンだって立派な武器になるかもしれないから、大丈夫だよ?」

その慰めが更に心をBreakさせるんです白壁先生。
と、その白壁先生は、BrokenHeartのままの僕の方に、話を変える様に話す。

「ところで…九重君、こんな夜まで、仕事してるの?」

「大変だね」と呟く白壁先生。
そうです。大変なんです白壁先生。
学年主任なんて、絶対ならない方が良いですよ。軽く惨図の川へ行けますから。
え?漢字が違う?それは僕がクォーターなんで気にしないで下さい。

「えぇ、まぁ…今、今度の一年生の劇の学園内の施設の使用許可の詳しい事を書いてたところです」
「あぁ。今度皆がやるあの楽しそうなあれ」
「そう、あれ」

あれあれ言うのは信頼からだよ!
大人は皆こうするんじゃないんだからね!

「…もう何年くらいかなぁ。暫く、そういうのやってないや…九重君は?」
「え、僕?…あぁ、小中高、勉強しかしてなかったから、そういう経験無いんですよね」

一日六時間は勉強してたあの時期が懐かしい。
にしても、まさかあの頃の僕がまさかこんな道に進んだとは思ってもいるまいな。

「ふぅん…どこか、意外」
「ど、どうして?」
「九重君、毎日学校が楽しそうだから」

―――学校が楽しい、か…。

「ん、どうかしたの?」
「…いや、少し、喉が詰まっただけです」

喉を指差し、少し笑う僕。
その言い訳に、白壁先生は少しクスッと笑うと、気づく様に時計を見る。
時間が時間だ、なるべく明るいうちに帰りたいのだろう。

「それじゃあ、私はここらへんで失礼しようかな。ごめんね、邪魔になった?」
「いえいえ…そんな事は無いですよ」
「ふふ…あ、九重君」
「はい、なんですか?」
28 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:16:03 ID:jwXlPK+u

呼び掛けに応じると、白壁先生はその笑顔を見せながら、言う。

「あんまり無理しないでね。私達他の先生にも頼っていいから」

そう言い終えると、白壁先生は入ってきた入り口からその廊下へと出ていった。

「…ありがとうございます」

白壁先生が出ていった後、僕は一人頭を下げる。
どうも、面と向かって言うのは苦手なんだ。

「さて…」

一息つき、机に向き合う。
元の静かな、一人だけの職員室に戻った部屋。
僕は愛用の『サクルト』を体に流し込むと、両頬を軽く両手で平手打ち。
気合いを入れる時は、これが一番だ。

「よっし!また頑張るぞ!」

厄日か吉日かは知らないけど、今日はいつも以上に頑張れると思う。
学年主任たるもの、やらなくていいものなんて無いんだ。
だから、僕は出すぎていた芯を少し戻して、また書類にそのシャーペンを走らせた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

29 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:19:46 ID:jwXlPK+u
次の日。
真っ先に学校に来た真田基次郎の目に入ったのは。

「Please help me.
I do not want to die yet.」

直訳:私を助けてください。私はまだ死にたくは無いです。

とずっと繰り返していた、書類に包まれたままの臺九重の無惨な姿だったのは、また別のお話…。


ちなみに、その後の真田と臺の会話というと。

「臺。お前はもう少し力を抜け。そのうち死ぬぞ」
「何をSpeakなさるんですか真田Teacher。heはもう何度かdieしてるんですから」
「戻ってこい臺。お前の担当は日本史だぞ」
「Why?僕は生まれはAmericaですけど」
「いや違うからな。そもそもJAPANだから気を付けような」

…久々にまともな奴だと思った人、残念だったね。

臺 九重(うてな ここのえ)
歴史の主に日本史を担当する教師で、一年生の学年主任。
クォーター+イケメンで瞳が青であるが、精神が追い詰められ続け、限界に達すると何故か英語を話し始める。
七月九日、長崎県佐世保市生まれ。
九重という名前は、生まれた九日から来ているという。
ちなみに臺(うてな)は実在する苗字。
30 ◆JOjO5CPwM2 :2010/03/06(土) 00:23:20 ID:jwXlPK+u
二作品投下終了。
一作目のタイトルは「分裂る(はぐれる)」、二作目のタイトルは「とある教師の職員談話」で。



最初は白壁先生だけだったんですが、書いてるうちに真田先生出したいなぁ、と思い、出させていただきました。
口調が合ってるか心配…。

それと、新スレおめでとうございます。
31創る名無しに見る名無し:2010/03/06(土) 17:06:04 ID:9Y2CZNgR
いきなり二話だと!?
新スレ幸先いいな。

>分裂る
仁科学園の広大さ。
この学園には萌えキャラが多すぎるから困るのだ。「むきゅう」
続け!

>とある教師の職員談話
いきなり不審者扱いw
この学園には真人間が少なすぎるから困るのだ。
変わった名前好きだなーっ!!
32創る名無しに見る名無し:2010/03/06(土) 20:53:37 ID:NIcajDn4
投下乙です!

和穂wwwああ伝わらないこの思いw
雄一郎も苦労人だなぁ

学校専用農場まであるのか。広い学園だ。

また一見普通っぽいのに残念な先生が来たな!
仕事がめっちゃ大変そうだ……
33空を飛ぶ鳥 ◆G9YgWqpN7Y :2010/03/07(日) 11:47:03 ID:rbu+aFun
短いけど投下します。
34空を飛ぶ鳥 ◆G9YgWqpN7Y :2010/03/07(日) 11:51:18 ID:rbu+aFun

「おーい。挙さん。そこの角材持って来てください」
「よし、任せろ!」

重利挙の目の前には数十本の角材があった。
重さにすると数十キロ。
それを重利挙はあっさりそれを持ち上げると呼んだ男子生徒の所にもっていく。

今回の演劇、重利挙達重量挙げ部の面々はその有り余るパワーを生かし大道具の制作に携わっていた。

「はい、持ってきたよ」
「すげぇ……あ、ありがとうございます」

そしてその行動に驚きながらも受け取るのは小鳥遊雄一郎。
なぜか鷲ヶ谷和穂と一緒にセットで準備に駆り出されていたりする。
そのまま立ち去る挙。雄一郎と和穂は持ってきてもらった角材に手をつける。

「そういえば、この演劇ってなにやるんだっけ?」
「んー、たしか、グリム童話の"茨姫"をアレンジするとか言ってたな」

作業しながら二人はいつものように会話していた。
隣の和穂の言葉に雄一郎は少し考えながら答える。
完全オリジナルだと、素人が多くまざる今回の演劇では
把握の問題で時間が足りないと判断したらしい。

「九重先先に言われなきゃこんな事に参加しなかったな」
「こういうのって楽しいよね」
「……やってることは地味だけどな」

和穂の言葉に半分だけ頷きながら雄一郎は作業を続ける。
釘を取り出し、さきほど運んでもらった角材を打ち付ける。
かなり地味な作業だが、場合によっては人が乗るのだ。
安全性だけはしっかり確保しないといけない。
35空を飛ぶ鳥 ◆G9YgWqpN7Y :2010/03/07(日) 11:53:20 ID:rbu+aFun


「……ってちょっと待て! 和穂! どこ登ってる!」

釘打ち作業に真剣になりすぎていたらしい。気付くのが遅れた。
そう、気付いた時には和穂は、さっき作ったばかりの城型背景のてっぺんに登っていた。

小柄なだけあってその小動物然とした行動力には驚かされる。
だが、その城の形をした何かは、まだ建てつけ途中で安定していない。落ちて怪我でもしたらまずい。

しかし、雄一郎の心中を知らずは和穂のほほんと言葉を返した。

「気付いたらここに」
「気付いたらじゃないだろ!?」
「いやー、テッペンの先端部分の欠けが気になっちゃって」
「あー確かに欠けてるが……そんなことより危ないから降りてこい!」
「んー分った。それじゃ降り――」

あ、
と、雄一郎は心の中で叫ぶ。
和穂の体がぐらりと揺れ、バランスを崩した。

「あ、危な――」

雄一郎は瞬間の判断で受け止めるため、落下地点へ移動を開始する。

だが、届かない。後、一歩足りない。

――そして、目の前に人の形が現れた。
36空を飛ぶ鳥 ◆G9YgWqpN7Y :2010/03/07(日) 11:54:43 ID:rbu+aFun



「――危ないですから、登らないように。それに小鳥遊君も鷲ヶ谷君をちゃんと見てあげて下さい」
「はーい」
「はい、分りました……って、俺は和穂の保護者ですか?!」

落下した和穂の体を受け止めたのは重利挙。
いち早く様子に気付いた挙は、雄一郎より前に行動を開始していた。
そして、落下する和穂をあっさり受け止めた後、二人に対して注意を行った。
これは、先輩としての責任感というものである。
その言葉に真剣に頷く二人。
頷いた二人を確認すると、重利挙も頷き返し、他の人に呼ばれてその場から去って行った。

なんとなく息をつく二人。

「挙先輩ってすごいね。僕、軽々受け止められちゃった」
「だな、よくできるよな。重いのに」
「むむ、僕そんなに重くないよ!」
「はいはい」
「むー!!」

じたばたと両手を振る和穂。
そのいつもと変わらない様子に苦笑と安堵を浮かべる雄一郎だった。



終わり。
37空を飛ぶ鳥 ◆G9YgWqpN7Y :2010/03/07(日) 11:55:28 ID:rbu+aFun

相変わらず短いけど投下終了です。
重利挙、鷲ヶ谷和穂、小鳥遊雄一郎をお借りしました。口調等把握できてるか心配。大丈夫かな?

こんな感じで、明確な連続ストーリーにせず、特定シーンを切り取る形で進めていく予定です。
じゃんじゃん参加してー。むしろ本筋にも絡んでーw
38創る名無しに見る名無し:2010/03/07(日) 17:56:21 ID:EIGgJ9k1
乙ん。感想は後ほど。

Wikiの話なんだが、この企画関連だけ分けた方が絶対いいよな。
普段のSSと混ぜとくよりすっきりすると思うんだが。
39 ◆akuta/cdbA :2010/03/09(火) 16:45:52 ID:mqSQvmXr
のるしかない!このビッグウェーブに!
ttp://loda.jp/mitemite/?id=928.jpg
40創る名無しに見る名無し:2010/03/09(火) 18:44:01 ID:Bd2DItbh
>>39
定番過ぎるwww 相変わらずGJです!
41創る名無しに見る名無し:2010/03/09(火) 20:23:11 ID:ssCZ2K5P
>>39
メガネの生る木ってw
42創る名無しに見る名無し:2010/03/17(水) 20:31:36 ID:CxR4YByS
うおお人いねーなおい!!
雑談のネタ

・今、最も動向が気になるキャラは?
・学園のあれこれをガンダムにたとえる
・報道部の番組のコーナーや、購買部の珍商品を考えてみる

・・・ごめん。俺には荷が重そうだ
43創る名無しに見る名無し:2010/03/17(水) 20:50:01 ID:bf6ilxTj
ガンダムネタがわからない人にとっては、ついていけないので
ますます書き込みできなくぁwせdrftgyふじこlp
44創る名無しに見る名無し:2010/03/17(水) 21:16:49 ID:DfYUFGj4
重量挙げ部の購買部への要望をざっと思い付いたがガンダムよりマニアック過ぎてうわなにするのや
45創る名無しに見る名無し:2010/03/17(水) 21:36:05 ID:CxR4YByS
何だよおまーらw
ちゃんと生きてるんじゃないかw
46創る名無しに見る名無し:2010/03/17(水) 21:39:35 ID:BtTvumHF
ぶっちゃけ規制されてたから(rya
俺もガンダムネタわからんなー
47報道部の番組のコーナー〜あの人は今〜:2010/03/17(水) 22:04:15 ID:BtTvumHF
「はいっ! 今日もやってきました新コーナー!! あの人は今!」

今日も今日とてにぎやかな声がする。
昼休みのひと時に始まった報道部の放送。
いつの間にかB72の呼び名が定着してしまった少女によるいつもの企画である。

「今日の紹介はこの方たち。幸せ撲滅委員会の模倣犯!
何がしたくて模倣した!?  『幸福殺し(カップルブレイカー)』の登場よ!」

じゃじゃーんと効果音が鳴り響き、遅れて男達の声がする。

「ちーす」
「久しぶり」
「おうっ」
「……なんか普通ですね! どうしたんですか一体!?」

ハイテンションを維持したまま喋り続けるB72。
紹介された3人は神妙に話した。

「幸せ撲滅委員会の連中に凹されて、諭されて思ったんだ……」
「こいつらと同位置にまで落ちては駄目だと……」
「そう、今は不況の世の中! 自己啓発に励み、能力を高めなくてはならないのだ、と」
「それでメガネしてまで勉強してるのですか!? 人って変われば変われるものですね!?」
「「「それほどでもない」」」」

謙遜の否定をする3人にB72はうんうんと声に出しながら頷いた。

「幸福殺しの三人はすっかり、真面目な高校生になっちゃったようです! 今年受験生の皆は頑張ろうね!?
さて、そろそろ時間になっちゃいました。今日はこれにて終わりです!?
それでは次の放送もお楽しみにね!」

「「「「まったねー!!」」」」


キーンコーンカーンコーン


放送が終わりしばらくして昼休み終了のチャイムが鳴った。
さぁいよいよ眠い時間の始まりだ!


終わり。適当に考えたらこんなんなったよ!
48創る名無しに見る名無し:2010/03/18(木) 20:04:47 ID:9+4YhUjQ
まさかの幸福殺しw
二度と会うことはないと思っていたのに。
そしてまたメガネ男子が増えた件。みんな好きだなw
49創る名無しに見る名無し:2010/03/21(日) 13:40:14 ID:m1vzisvc
そんな奴もいたなぁ
作者が去って忘れられ掛けたキャラは結構絡ませづらいので
こういう感じで出していくのもありか
50創る名無しに見る名無し:2010/03/21(日) 15:00:25 ID:gbb0CgQH
タイホから判決に至るまで留置場、拘置所生活を
描くバラエティー小説

小説家になろう連載中 
 第7話 魔女4 更新しました
タイ○ホ日記で検索してください
 
新作 200文字小説 70文字小説 20文字小説
 同時 連載中




51創る名無しに見る名無し:2010/03/25(木) 11:39:06 ID:epmKcmwc
ネタが・・・思いつかねぇ・・・
こりゃしばらくはムリだな・・・
やる気になるのを待とう・・・
52わんこ ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/26(金) 20:45:29 ID:ybqNCGz/
学内演劇会×演劇部×アーチェリー部×真田アリスを書いてみました。
ちょい長いので、今回は前半を投下します。
53いばらの城 ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/26(金) 20:46:17 ID:ybqNCGz/
随分とくたびれた部室のイスに座り、厚くなったノートを捲りながら黒咲あかねは、黒タイツの脚を揃えていた。
何度も何度も書いては消して、穴が開くほど必死に黒咲あかねは自分のノートを見つめていた。
「うーん。ちがう!このセリフはない!せめて配役がはっきりと決まれば……」
時折、長い黒髪がノートの邪魔をする。背中まで伸ばした黒咲あかねのロングヘアは、暖かくなり始めた日差しに照らされ、
あらゆる人の目を引き止めるほどの輝きを放ちながら、自己主張控えめなシャンプーの香りをさせているのに悲しいかな、あかねはその自覚が全く無い。
誰かの為でも無いけれど、誰かに気付いて欲しいと思う、ささやかなあかねの小さなナイショ話は、まだ誰にも聞かれてはいない。

「あかねちゃん!!あかねちゃん!!起きろー!!」
不意の言葉に、あかねは手にしていたノートを膝に落とし、目を丸くしながら声の方にと振り向く。
みどりの黒髪が輪を描く。座ったあかねの目線には、にまにまと笑みを浮かべる演劇部部員で同級生の久遠荵が立っていた。
あかねとは対称的に短く揃えられた健康的な栗色の髪は、健康的な光を透き通らせ、ワンポイントのヘアゴムが幼さを表している。
ニッとイタズラ小僧のような顔を見せる荵の口元からは、真っ白な八重歯が顔を見せていた。

「仕上がった?今度の学内演劇会で使う台本」
「セリフが、あともう少しなんだけど、どうも……」
「あかねちゃんの『どうも』は、みんなの『どうも』じゃないね!」
「今回は今までと逆で、セリフが決まってから配役だから、どうしても」
ノートを両手で抱えて俯くあかねの顔を荵はくいっと覗き込む。恥ずかしがるあかねを喜ぶように、荵はじっと目を合わせた。
あかねのノートには、マジックインキで小さく『いばらひめ』と書かれ、その事実を荵が掴む。

彼女らの通う仁科学園では、毎年恒例になっている行事『学内演劇会』が間もなく行われる。
演劇部の一年生を中心とした出し物を行うのだが、今年は他の部からも協力が得られることなり、
初めてステージを踏む体育系の部員たちも多いと聞く。そんな行事の主役、そして脚本を任されたのが……。
「わたし……」
「そうだよね!わたしの分の台本はバッチリだから、あかねちゃんのも期待してるよ!」
「うん」

今年の演目は『茨姫』。魔女のはかりごとで、茨に包まれた古城に眠る若き王女、そして彼女を救う王子。
主役に抜擢されたのがこの二人であった。衣装もだいたい決まった。「コスプレ部」の協力の下、採寸をされた王女のドレスは、
あかねの長い髪に似合う美しいものであった。また、王子の衣装も荵を落ち着かせるのにも十分な出来だった。
舞台設置も進み、本の読みあわせを控え、後は初めて舞台を踏む他の部活生たちの緊張を解すだけ。
「だめ……。仕上がんない」
誰にも漏らすことの無いあかねの一言は、あかね自身を責める。
54いばらの城 ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/26(金) 20:46:59 ID:ybqNCGz/
荵はあかねの白い手を掴み、古びた木の香りのする部室から外へと連れ出していった。
創作意欲を沸かせるには、気分転換がいちばんだと、彼女らの先輩から教わった。先輩の言うことは、実になる。
がらりと開いた扉からは、春にはまだ早い生暖かい風が吹き抜ける。荵はあかねに、ニコリと笑みを贈った。
荵はさも、茨の城から姫を救い出した、物怖じせぬ若き王子のようだった。

あかねの手にしていたノートを荵がひったくる。パラパラと流し見すると、春の日のように暖かい言葉を陰に篭る王女へ献呈する。
「あかねちゃんは、悩むぐらいだったらわたしにでもすぐに相談することっ」
「でも、久遠に迷惑だし」
「ううん!わたしの方がもっと迷惑をかけているのだ!『久遠荵のひみつのーと』なくしちゃってね。にししっ」
「だめじゃないの……それ」
シナリオの為のメモに使う「ネタ帳」をなくしても笑っていられる荵に、あかねは尊敬せざるえなかったのだ。

荵の歩幅に気を使いながら、あかねはすらりと伸びた脚で廊下を鳴らす。なんでもない放課後であればあるほど、あかねは孤独を感じ、
自分自身を茨に包み込んでしまう。無茶と知りながら、剪定ばさみで茎を切りとる荵は、手を傷つけることを恐れない。
ぱちん……ぱちんと音は聞こえぬが、傷付けるだけの植物が少しずつあかねから離れる。
「おや?あかねちゃん!あかねちゃん!あれ見てみて」
「なんだろう」
好奇心旺盛な王子は、多少移り気。荵の興味を誘ったのは、窓から見える中庭の片隅で、不思議な行動を取る三人組だった。

「だめだめ!タク!命の息吹が感じられないよ」
「どうやって演技するんだよ、こんな役で!マサの無茶振り娘!」
手加減容赦ない熱血演技指導は、果たして演技理論に基づいていているのかどうかはともかく、
岡目八目で見てもこの日の中庭の中では、演劇に対して情熱を感じると、荵は目を輝かせていた。
高等部二年のランドマーク・相川拓司が部活仲間の武政千鶴と山尾修に唆されて、演劇の練習をしているところを
あかねがぼうっ、ぽうっと、そして荵が小動物のような目をして眺め続ける。荵の興味は彼ら以外に持てなかった。
彼らはアーチェリー部の三人組。その中でも、相川拓司はとにかく背が高い。同学年の生徒たちに囲まれても余裕に顔を覗かせることができるほど。

それはともかく、彼らの話をじっと聞いているあかねと荵は、お互い歩みを止めてしばらく見入っていた。
「人物観察は演技の勉強」と、彼女らの生活習慣にしっかりと染み込んだクセは、不思議と現れる。
断片的だが、聞こえてくるのはやはり学内演劇会だと特定できたのは、そんなにも時間はかからなかった。
仔犬のような荵は、好奇心を隠すことが出来ず、今にも彼らの元へと走り出さんという勢いだが、
猫のようなあかねは、左手で右の二の腕を掴みながら、口を閉ざしているだけだった。
「ほら。あんなに今度の舞台に期待している先輩もいるんだから、ね!」
「……」
55いばらの城 ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/26(金) 20:47:41 ID:ybqNCGz/
―――わたし、「黒咲あかね」は、「あーちゃん」でした。
「あかね」の友だちが「あーちゃん」を連れてきました。いわゆる「推薦」です。
「あーちゃん」は、本の上でしか存在しませんでした。その日は撮影の日でした。「あかね」はゆううつでした。
日曜日、近隣の同い年位の女の子たちが集まり、『読モ(読者モデル)の私服着こなし発表会』の企画がありました。

「あーちゃん、やっぱりおしゃれだね」
「ええ、そんな……。でも、古着系ばっかりだよ」
「それを着こなすあーちゃんは偉いなあ」
別に意識をしてきたわけでは無いけれど、立寄った古着屋で買ったロングスカートと、勧めてくれたショートブーツは、
「あかね」にとっては少しばかりの自慢でした。だけども、それを「あーちゃん」がかっさらってしまいまいた。

滞りなく撮影は進み、現場を取り仕切る、出版プロダクションのお姉さんは、「あーちゃん」を前面に推して載せるようなことを言っていました。
「やっぱり、あーちゃんだ!楽しみだね」
読モ仲間の声は、「あーちゃん」の力になります。
言っておきますが、みんなは嫉妬をしているのではありません。ただ、みんなもここで目立ちたかったのです。
立ち木を主役に、王女を背景にして、『茨姫』を演じたかったのです。

あるもんか、そんな演劇。
耳を済ませて聴いてみなさい。「あーちゃん」の後ろに隠れた仲間たち。木のざわめきは、不安を募らせる。
みんなが明るくなればなるほど、「あーちゃん」から伸びる「あかね」の影は暗かった。

―――「とりゃー」
上履きのまま中庭に飛び出す。窓さえ、荵にとっては出入り口。日光で荵の小さなからだがシルエットとしてくっきり写る。
『くまさん』の○○○がスカートから見えたかも。あっけに取られたあかねは、荵の身軽さをちょっとうらやむ。
中庭の三人組の中にいつの間にか加わって、いいようにオモチャにされている荵は、誰とでもすぐに友だちになれる子。
「……」
また一人ぼっちになっちゃった、と、少し悔しい気持ちであかねは、荵を残して演劇部部室へと帰っていった。
56いばらの城 ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/26(金) 20:48:24 ID:ybqNCGz/
そんな中、荵は三人の先輩に囲まれて、仔犬のようにきゃんきゃんと尻尾を振る。
天高くそびえるランドマーク相川を見上げる。初めて都会にやって来た、無垢な若者を思い起こさせる背伸び具合。
「あかねちゃんも結構背が高いけど、相川先輩はすんごく高いですねえ!」
「ほら、かわいい後輩だよ。しっかり答えろー、って木にはセリフがありませんでした」
「やっぱり木なのかよ!木Aで終わるオレじゃねえ!!」
「タク、木を舐めちゃいない。縄文杉のように名を残す立派な木もあるんだよ!」
おさげの千鶴とノッポの拓司はまるで漫才コンビのようなテンポで、言葉と言葉をぶつけ合う。
恐らく演劇練習用の小道具が入った紙袋が、千鶴の足元に置かれている。千鶴がボケるたびにかさかさと紙袋は笑い、中身を揺らす。
横で見ている山尾修もボブショートを風に揺らして、得意の手作りクッキーを荵と一緒に食べながら漫才を特等席で見ていた。

「もしかして、荵ちゃんって演劇部?」
「どうしてわかったんですか?もしかして、アレですか?」
「そうそう!アレなのよ。タクも分かった?」
「だから、アレってなんだよ!!」
すかさず仕返しばかりにと、拓司のツッコミ。残念ながら、効能には個人差があるよう。
「『いばら…ひめ、茨姫』だって」
ぼそりと修の一言で、拓司は全てを把握した。荵の口に、クッキーの甘味が広がる。

―――そのころ、演劇部の部室へと向かったあかねは、部室の入り口でたたずむ一人の少女を目撃した。
まるで外国の人形館からやって来たような容姿に、荘厳な教会の中で奏でられる美しい讃美歌を思い起こさせるブロンドの髪。
見慣れた廊下だと言うのに、初めて訪れる国のような感覚があかねに降りかかる。左腕で自分の右の二の腕をぎゅっと掴むあかねの悪い癖。
「あなた、ここの方ですか?」
あかねの日常とはかけ離れた少女から、ごく普通の言葉が飛び出してきたことに、あかねは心なしか目を丸くした。
色白の頬を赤らめて、長い髪と一緒に首を縦に振るあかねに、来客者は頬を緩めた。

「よかった……。初めまして。三年の真田といいます」
とっさの言葉が出ない。隣に荵がいればよかったのに。でも、あの子はいない。
「演劇部・一年の黒咲あかねですっ」
当たり前の返事を普通にしたというのに、あかねは悔しかった。どうして、自分は普通のことしか出来ないのだろう。
荵のように、くまさん○○○をちらつかせて、スカート翻す勇気も無い。もっとも、くまさんなんぞは履いていないし、持ってもいない。
「髪の毛、触ってもいいかな」
「はいっ」

あかねが頬をさらに赤くする間、来客者はあかねの心を察したのか、みどりの黒髪を優しく撫でながらニコリと笑みを浮かべた。
「よろしく、あかねちゃん。きれいな髪ね」
「中等部のころから伸ばしてますっ」
人形のような真田の細い指から流れるあかねの髪。あかねがそれを見つめていると陥る、自分のものではないような他人ごと。
身内以外の者から髪の毛に触れられているというのに、呆れてしまうぐらい無防備。殻を忘れたあかねは、来客者のことに非常に興味を抱いた。
「あの!お時間あったら……お茶でもどうぞ!おいしいですっ」
57いばらの城 ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/26(金) 20:49:06 ID:ybqNCGz/
来客者の名は、真田アリスと言う。理由は言わなかったが、あかねには「アリスでいいよ」と軽く伝えた。
あかねはアリスのために紅茶を入れようと、備え付けのジャーポットに湛えられた水を再沸騰させる。
ほんの少し時間があれば美味しいお茶が頂ける。「お茶はのどにいいから」と、顧問の先生からこっそり備えていただいたのだ。
「ここの紅茶は特別においしんですよ」と、あたふたするあかねを来客者ながら心配しながら、アリスは演劇部部室の端から端を散歩する。
お客も、幕も、何も無いただの木目に晒された部室は、何故かあかねには今、舞台の上に立っているような気がした。
ありもしない客席から拍手が聞こえてくる錯覚。貧相な蛍光灯が、華やかなスポットライトに見えてくる幻覚。
なんでもないが薄汚れた部室も、アリスが廻ればそれでもそこそこ絵になる不思議。そのうちお湯が沸き、
あかねの手によって紅茶がティーカップに注がれる。昼下がりの香りがあたりを包み込んでいた。

「おまたせしました。あの……久遠が選んできたんです!このお茶っぱ」
「くどお?」
「わたしの同級生の子ですっ。仔犬みたいな子ですっ。ちっちゃいですっ」
人形が笑った。あまりにも、あまりにもあかねが一生懸命なので、それがおかしくておかしくて。不本意かもしれないが、
あかねは誰かからちょっとでも評価を受けたことが、生きているうちで物凄く勇気になっていた。

あかねとアリスは部室中央の机で、贅沢なティータイムを過ごしながら、空っぽなお喋りで時間をつぶす。
話題はもちろん、日にちが近づいてきた学内演劇会のこと。無論、あかねにはそんな暇は無い。しかし、月がとっても美しいから、つい遠回り。
「わたしが……、そうね。高等部の一年生だったとき、同じ演目をやっていたのを見たことがあるって子から聞いて」
「『茨姫』!その話は迫先輩かちらっと聞いているんですが、詳しいことが分からなくて。どうだったんでしょうね」
「そうね。でも、印象的って言うか。うん。その演目……」
アリスの声が止まると、あかねは両手でティーカップを持って隠れるように紅茶を口に含んだ。
静かな時間が過ぎる。
「たった一人の子が全てを演じきっていたのよ」


つづく。
58わんこ ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/26(金) 20:50:39 ID:ybqNCGz/
後半が仕上がったら、投下します。
今宵はここまでです。
59創る名無しに見る名無し:2010/03/26(金) 21:00:22 ID:0GckZZVD
>>58投下GJ!
面白いとした言いようがない。描写が丁寧で話に引きこまれたよ。
続きが非常に気になってしょうがないよ。

王子役と王女役がそれらしい関係っぽくていい演技になりそうだ。
・・・相川拓司はやっぱり木の役になるのかなw
60わんこ ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/27(土) 18:44:26 ID:ROocfkj9
きのう投下した『いばらの城』の後半です。

61いばらの城 ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/27(土) 18:45:17 ID:ROocfkj9
紅茶の味が吹っ飛んだ。湯気と一緒に吹っ飛んだ。
ティーカップを埋めるみなもがゆっくりと廻る。
「真田さん」
「アリスでいいよ」
「アリスさん……。でも、部の資料には残っていないんです。今まで、『茨姫』はそのときしか演じられていなかったみたいで。
迫先輩からこのお話を聞いたとき、参考にしようと部の棚をひっくり返すようにして、過去の演目を見たんです。
でも、『茨姫』だけは……わたしも台本を書くのにどうしようって。あっ。これは、個人的なことなんで忘れてくださいっ」
「へえ。台本、書いてるんだ」
「あ……。はい」
あかねの悪い癖がよい方へと転ぶ。

―――「そう言えば、ウチの部長から聞いたんだけど」
荵の探求欲を掻き乱す言葉が、小さな修の体から飛んできたのだが、荵と千鶴が邪魔をする。
「何か部活をしてるんですか!」
と荵が尋ねると、
「アーチェリーだよ」
と千鶴がお姉さんっぽく答える。
「集中力とかすごいんですか!」
と荵が目を輝かせると、
「うーん。集中力というより、カンかな」
と千鶴が先輩風を吹かす。
「千鶴……喋らせてよ」
大人しい修は、両手にげんこを作って目を潤ませて、恐る恐る自分が話し出すタイミングをはかるしかなかった。
一瞬の隙を狙って、修は取って置きの話を弓に掛けて射る。

「なんでも、部長が一年のときに『茨姫』をやっているのを見たんだって。それも、たった一人で」
「そんな話は聞いたことあります!ウサギ小屋のような部室からは、台本が見つからないらしいのです!」
今度の演者に合うよう改めて台本を書きなおすために、荵はそのときの台本をのどから手が出るほど望んだ。
いくら積んでもいいから、その台本を見てみたい。だけど、お小遣いからオーバーする値段はごめんなさい。
「相川先輩が出演されるのなら、相川先輩に。武政先輩が出演されるのなら、武政先輩にあったセリフがあるんですよ。
同じ内容でも、セリフの言い回しや演者で印象がガラリと変わります。それを考えながら……わたしたちは台本を練っていくのです。
でも、今回は逆なんです。セリフのあとに配役なんです。あかねちゃんもイメージが湧かないって!」
実践は短いながらも荵の演劇経験で培わされた理論に感心しながら、千鶴は紙袋から出したイヌ耳カチューシャをそっと荵の頭に被せた。
話し出すと夢中になって何も見えなくなる荵は、イヌ耳を付けたまま、こぶしを上げて話を続ける。

「わたしたち……って言いましたよね。今回は、って、いっつもなんですが、あかねちゃんと共同で脚本を書いているんです。
こうすれば、お互いの得意不得意をカバーしあえるし、ライバル同士と言っちゃヘンですけど、刺激的になるんですよ」
気配を消した千鶴は、演説に熱中する荵のスカートに、そっとイヌの尻尾の作り物を安全ピンで付ける。
だらりと垂れた尻尾は荵の腰から生えている。作り物なのに、その尻尾はブンブンと自分の意思で揺れているように千鶴には見えた。
62いばらの城 ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/27(土) 18:46:10 ID:ROocfkj9
少し荵のおかしなテンションに押されながらも、修は自分が切り出した『一人芝居』の話を続ける。
「それでね、その芝居はホールや舞台ではなく、ここ中庭で行われたらしいよ。舞台も客席もなく、
たった一人で王女、王子、魔女……各々を演じ分けたんだって。すごいね、その人」
「なんだか、もったいないお話だな。学校から舞台を借りられなかったのかな、それ」
メガネのつるを摘んで、相川はその光景を思い浮かべ、千鶴は荵のイヌ耳をニマニマと見つめて言葉を返す。
「もしかして、舞台を借りたくても借りられない事情があったのかも。ほら、たった一人だけだし」
「とにかく、そのことに関する資料が演劇部に残っていない、ってことはその先輩が廃棄したのか、それとも」
千鶴はそっと荵の目の前に手鏡を差し伸べながら、未だ分からぬ『茨姫』の行動を推測していた。

「わたしより先に演劇部に入っていたあかねちゃんも分からないって言ってたからなあ。わたしは高等部からここに来たし」
「あかねちゃん?さっきから言ってる子って……。このアレには『黒咲あかね』って、名前が書いているけど?」
修の指は荵がもっているノートを指差していた。その『アレ』には、『茨姫』のタイトルが記されている。
そして、表情を変えない千鶴は、わざと目立つように荵の顔に手鏡を傾けた。
「あっ!あかねちゃんってのは、わたしの尊敬するお友だちです!背が高くて、髪が長くて、そして演技が完璧で……。
でも、自分で何でも背負い込むクセは、ちょっといけないと思います!わたしがあかねちゃんを苦しめる何もかもを、って……。
わー!いつの間にかイヌ耳が!尻尾が!わんっ、わんっ!ノートを返さなきゃ!わんっ、わんっ!」

―――アリスの澄んだ瞳に見つめられたあかねは、舞台に立つときよりも胸の鼓動が早くなる。
この先輩が舞台に立つのなら、どのように台本を書こうと、ついつい癖が先走る。申し訳ないと思いつつも、頭の中は劇のことで一杯。
「わたしね、舞台に立たなきゃいけなくなったのね」
「え?」
「確か、放送部の子だったかな。『茨姫』に出てくださいって、お願いに来たのね」
風があかねの髪を吹き上げる気がした。自分が考えていたことが、アリスの口から出るなんて。
細い指を頬に当てながら、あかねより年下の少女のような瞳をしながら、アリスの話は続いた。
「お姉ちゃん、アーチェリー部の部長をしていてね、いろんな部活のつながりでわたしに演劇のお鉢が廻ってきたわけ」
「そうなんですか。アリスさんって、何か部活を」
「わたしは帰宅部。だから、わたしそういうのって初めてだし、どうしようって思って……ここに来たのね」

残りが半分になって冷たくなった紅茶を匙でくるくると掻き混ぜながら、あかねは興味深くアリスの声を必死に拾った。
雨に打ちひしぎ、
行く先の無いネコは、自分の力でダンボールから這い出しました。でも、命の保障はありません。
ここまで頼ってやって来たんだ。どうにか救ってあげたらいいのに、どうしていいのか分からない。
そうだ。自分にはペンがあるじゃないか。舞台に立つことが許されるのなら、どんな人だって喝采を浴びることが出来るように、
ペン先一つでホントのようなウソのセリフをすらすらと書き連ねればいいじゃないか。わたしにできるのは、こんなことだけ。
63いばらの城 ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/27(土) 18:46:56 ID:ROocfkj9
「わたし、書きます。アリスさんが立派に舞台に立てるような、みんなが演劇を楽しめるような台本、書きます!」
アリスもまた、カップの紅茶を匙でくるくると掻きまわし続け、中身はネコでも飲めるほどの温度に下がっていた。
「アリスさんの言っていた、演劇部の先輩は、きっとたくさんの人と『茨姫』を演じたかったんでしょう。
でも、故あって、それが出来なかった。ステージも手に入らなかった……。だから、たった一人で演じてみせた。中庭で演じるしかなかった。
みんなで一つの劇を作り上げられる機会を手にしたアリスさんって、果報者です。ラッキーです。だから、いっしょに……」
「あかねちゃん。あなたみたいな人が書く台本って、とっても興味あるよ。だって、真剣だもの」

動揺、期待、不安、恥じらい。いくつもの感情があかねを染める。真っ白なキャンバスへと一斉に何色もの油絵の具をたらす。
縦横無尽に筆を走らせる。どんな出来上がりになるかは分からないけど、今のあかねを言い表すには相応しい色使い。
じっと見つめるアリスの瞳に吸い込まれたかけたあかねは、開けっ放しな油瓶の中身のようにじわじわと言葉を失う。
「ほんとはここの部の人に謝りに来たの。舞台はごめんなさいって。でも、あかねちゃんの台本ならほんのちょっとだけ、
舞台に立ってもいいかなって。あかねちゃんの台本、読んだことも無いのにこんなこと言うのもおかしいけど、
あかねちゃんと話しているうちに考え直したのね。あかねちゃんや荵ちゃん、この演劇会に携わる人たち、そしてたった一人で
『茨姫』を演じきった先輩へってね。なんだか、楽しみになってきたな」
とっくに空になったティーカップを傾け続けるあかねには、アリスの言葉がどんな著名な戯曲家のセリフよりも突き刺さった。

―――「それ!荵ちゃん!エアフリスビーだよ!!」
「わんわんおー!」
千鶴が大きく振りかぶってフルスイング。気持ちの良いファームを飾る。
尻尾を揺らし、イヌ耳をなびかせながら、誰にも見えぬ円盤を一人追い駆けて行く。青い空にエアフリスビーはお誂え。
空気のように透明で、空気のように爽やかな触り心地のエアフリスビーに、荵は一気に心を惹かれてしまった。
迷いイヌのように中庭を駆け抜ける荵は、エアフリスビーをキャッチしようと一人ジャンプを試みるが、
残念ながらそんな円盤はこの世には無い。見えた人にはラッキーだけど、見える人など何処にもいない。
荵は短いスカートを翻し、アーチェリー部の三人にくまさん○○○をちらりと見せ付けると、
平和に緩い時間を過ごしていた芝生の上へと、仔犬のようにもんどりうって転がっていった。
「わんわんおぉ」
「そう言えば、部長の言っていた『一人芝居』って、ちょうどこの時期だったんだよね」
修のつぶやきを聞き逃さなかった拓司は、メガネを光らせ、とある仮説を立てた。
64いばらの城 ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/27(土) 18:47:40 ID:ROocfkj9
この学園では、毎年この時期に学内演劇会が開催される。演劇部を中心に、各部活のメンバーも合わさり、
一年生を主として、他の学年の生徒も裏方として参加する。無論、台本選びもそれに含まれる。
『一人芝居』が行われた年の学内演劇会の演目は『茨姫』ではなかったことは、言うまでも無い。何故なら例の『一人芝居』以外で、
『茨姫』が演じられたことが記録に一切も無かったからだ。しかし、『一人芝居』を目撃した三年生の話だと、この時期に演じられたと言う。

「演劇部が同じ時期に、二つの演目を行うって考えにくいよね」
「うん。千鶴の言うとおりなんだけど、実際行われているとなると、非公式で演じられたってことだよな」

荵の言うことには「台本を探したけど、見つからない」とのこと。
公式に演劇部が演目に選んだとなると、台本ほか、ビデオや写真なり保存されていてもいいはず。しかし、それが存在しない。
「うわーい!わたしのネタ帳、見つかったどー!わんっ!」
エアフリスビーの代わりに、あかねのノートを左手に、手の平サイズのメモ帳を右手に、荵はイヌ耳を揺らして戻ってきた。
どうやら芝生の脇の生垣に突き刺さっていたらしい。ちょうど寝転んだ目線に、荵のネタ帳が飛び込んできたのだ。
ご主人さまの千鶴にぽんとネタ帳を渡すと、荵は尻尾を振っていた。ネタ帳の表紙には筆ペンで『久遠荵のひみつのーと』の文字。
「ネギ?」
「葱だって」
「久遠ネギだ!くどおねぎ!!」
「九条葱??」
最後に声を揃えたアーチェリー部の三人は、ハムスターのようにポカーンと口を開ける荵を眺めていた。
誰にも見えないエアフリスビーは、生垣に突き刺さったままだった。

「やっぱり!先輩たちもそーなんだー!そうなのかー!イヌっ子にネギはいけないんですよ!!
ノートなくすし、ネギ呼ばわりされるし、学内演劇会の演目、わたしが推してた演目が真っ先に外されるし……いじわるっ」
「え?なに?ネギちゃん、何て言った?『わたしの推してた』って?演劇会の演目って、そうやって選んでるの?」
「はは?いくつか候補を挙げて、部員みんなで決めるんですけどね。って!わたしはネギじゃない!!」
メガネのつるを摘み、レンズを日光に反射させ、拓司は新たな仮説が脳内にひらめいた。

「『一人芝居』が行われた年の学内演劇会での選考で、候補に『茨姫』があった。しかし、選考から外れてしまった!」
「ネギちゃん、クッキーあげる」
「山尾先輩!ありがとうございます!そうだ、クッキーに合う紅茶が部室にあるから、飲みにいきましょう!って!わたしはネギじゃない!!」
「しかし、どうしても『茨姫』を演目にしたかった部員のために、たった一人で立ち上がり、一人芝居を演じたのではないか!!
どう完璧だろ、オレの推理。謎は全て解けた!マサ、修、ネギ、これで姫は眠りから覚めるぞ!」
しかし、拓司の周りにはもう誰もいなかった。
65いばらの城 ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/27(土) 18:48:26 ID:ROocfkj9
―――「アリスさん。紅茶、もう一杯飲みます?」
「ううん、ありがとう。ごちそうさまよ」
安っぽいけど、音は舶来ものに負けない陶磁器の音が小さく響き、アリスは静かに手を合わせる。
紅茶を一杯頂いたあと、落ち着いているのはアリスの方だった。毎日のように着ている部室なのに、あかねは何故かそわつく。
誰もがティータイムの静かな余韻は心地よいと感じるのに、このときのあかねはそんな余裕は無かったのだ。
場を繋ごう、空白の時間を作っちゃダメだと、その場を取り繕うとするものの、空気を濁してしまうんじゃないかという、
あかねの考えすぎとも言える心遣いで、頬を真っ赤にする自分を浮かべてしまうコメディ。

どうか、この時間が短くなりますように。時の流れを忘れちゃうぐらいに、会話が弾みますように。
「荵ちゃんのこと大好きなのね」
会話のきっかけを探っているうちに、逆に問いかけられたあかねは、アリスに申し訳ない思いになった。
窓から風が吹き込めばいいのに!火照ったわたしをひんやりとした空気で包み込んでくれたらいいのに!
薄いレースのカーテンは静かにたたずんでいるだけだった。
「そ、そんなことありませんっ」
ウソは必ず見破られる。そんな言葉をあかねが体現していた。

ただ、荵が居ればいいだけなのに。『いばらの城』の王女も、誰かが居てくれればと思っていたに違いない。
側にいないだけで、こんなに不安になるとは思わなかった。雫が滴る氷の茨が木の薫る部室に捲き付き、あかねを支配する。
あかねが氷の茨で体温を冷やすなか、茨の蔦を切り裂きにイヌ耳の王子が剣を携えて、部屋に飛び込んできた。
「わんわんおー!おおっ、あかねちゃんだ!!」
「久遠っ」
王女は眠りから覚めると、長い髪を揺らし立ち上がる。『いばらの城』に光差す。

荵について来た修と千鶴は、あかねを目にすると息を飲んでいた。二人があかねを見つめれば見つめるほど、あかねは申し訳なくなる。
「あれ、アリスさんって演劇部だったんですね!」
「い、いや……わたしは」
アリスの姉はアーチェリー部の部長を務めているため、修と千鶴はアリスと顔見知り。
知っていてからかう千鶴は、アリスを困らせて喜ぶ仕方の無い子だ。さらに困らせようと、千鶴は白い歯を見せる。
「ネギちゃん、アリスさんに取って置きの台本、お願いね!!」
「まかせて!わたしの腕がなるよ!唸れ、万年筆!って!わたしはネギじゃない!」
いつのまにかあかねは、千鶴のように白い歯を見せて笑っていた。
「ところで、あかねちゃん知ってる?たった一人で今度やる『茨姫』を演じた先輩がいたんだって」
「え?」
アリスはニコッとあかねに目で合図を送った。荵の顔が見えないか。荵の尻尾が見えないか。勢いよく揺れているぞ。
王子を喜ばせるために、王女は罪の無いウソを味方に付けても構わなかった。
「久遠、それほんと……?初めて知った」

一人っきりで『茨姫』を演じ上げた先輩に笑われぬよう、荵とあかねは、これ以上無い台本を書きあげる約束を自分自身に課したのだった。

『いばらの城』の王女が目覚めるとき、間もなく幕が開くと言う。


おしまい。
66わんこ ◆TC02kfS2Q2 :2010/03/27(土) 18:50:23 ID:ROocfkj9
お話は以上です。
書いているうちに、こんなに長くなってしまった……。

また、何か書きます。
67創る名無しに見る名無し:2010/03/27(土) 20:26:32 ID:kwSVhYZ/
とーか乙
何故かガラスの仮面を思い出した
68 ◆akuta/cdbA :2010/03/28(日) 17:35:05 ID:i4nn1RyK
ぬおお、この盛り上げにのるしかない!

ttp://loda.jp/mitemite/?id=1008.jpg
上から2コマ目からうぇるちん、4コマ目に迫先輩借りました。
(時系列とかシーンは矛盾があればパラレルということで…)
69創る名無しに見る名無し:2010/03/28(日) 20:37:04 ID:zRqRtyQT
>>66
投下乙です!
いい台本ができそうだ。当日の話が楽しみだ
荵のイヌ尻尾……いい。 それより千鶴なんでそれを持ってるw
一人芝居した部員が気になるな

>>68
乙! タクはすっかりいじられ役になってるな。
ついでに迫先輩まで何やってんのwww
うぇるちんはなんかアーチェリー部のオカンになってる気がするw
70創る名無しに見る名無し:2010/03/30(火) 20:44:15 ID:u2o766DL
代理投下します。
71先輩、演劇発表会です! ◇46YdzwwxxU:2010/03/30(火) 20:45:19 ID:u2o766DL


「先輩、演劇発表会です!」
「正しくは“学内演劇会”じゃなかったか」

 落雷――いや、後輩か。
 放課後に俺の教室を劈いた衝撃の正体は、例によって彼女。もうだいぶん馴染んできており、上級生の視線に
も今更怯む様子はない。

「とにかく、これは重要なイベントですよ!? ふたりの距離縮まりまくりです! 運命的に触れ合う男女の指
先です! 夕陽に重なるシルエットです!」

 後輩がかしましく持ち込んだ話題は、二週間後の学内発表会についてだ。
 それじたいは毎年の恒例行事で、演劇部が新入部員を主役に開催しているものだった。
 ただし今年に限っては、“学園挙げてのイベント”としての意味合いが第一に打ち出されている。
 演劇部以外からも出演者が選ばれるほか、他の部や同好会にも協力の呼び掛けがあった。何でも準備などを通
じて普段は接点のない生徒同士の交流を期待しているのだとか。
 こういう行事があると、いつもは俺にも何のかんのと細々した仕事が回されてくる。後輩のことだ、その手伝
いを買って出ることで俺との親密度を上げようと目論んでいたのだろうが……。

「悪いけど、俺は今回、ほとんど観るだけだぞ?」
「あら?」

 後輩は当てが外れたと小首を傾げてみせた。そんな何気ない仕草までいちいちあざとく見えてしまうのは、日
頃の行いの積み重ねだろう。

「てことは、先輩は演劇のお手伝いはしないんです?」
「多忙を理由に断った。他に雑用が溜まっていてな。これ以上は俺の処理能力を超える」
「溜まって……ッ!」
「うん帰れ」

 爽やか笑顔で一蹴。顔を紅潮させていやがったので、盛りのついた中学生的妄想と断定した。……こいつらは
単語ひとつにどうしてこうも興奮できるのか。

「や、やです先輩。冗談ですよ、冗談。いわば『ジョーダンの獣』」
「お前のコメントはときどき脈絡がなくてよく分からん」

 ……?
 …………。
 ……『ジェヴォーダンの獣』?
 ちなみに、学内演劇会の演目は、もっとメジャーに『茨姫』である。
 まあ、それはそれとして。俺は俺で、この演劇会とは別に、窓枠の掃除や準備室の整頓など、時間の掛かりそ
うな仕事が山と残っているのだ。無責任にあれもこれもと引き受けたりは出来ない。だいたい、俺でなくては片
付けられないような案件などなし、きっと最適の人材がやってくれることだろう。

「そういうお前は何かしないのか? ……『茨姫』なら、悪い魔女あたり、お似合いだと思うぞ」
72先輩、演劇発表会です! ◇46YdzwwxxU:2010/03/30(火) 20:46:01 ID:u2o766DL
「残念ながら、私にはそういうお話は来ていませんね。ああ妬ましい、妬ましい。そのうち『出演者で一番の美
人へ』とメッセージを添えた、黄金の林檎を控室に送りつけてやりますよ!」

 ……こいついい性格してるよなァ。
 どうでもいいことだが、トロイア戦争の発端は少しだけ『茨姫』と似たものがあり興味深い。
 俺が御伽噺の暗喩や比較に思いを馳せていると、後輩がしみじみと目線をどこか遠くへやっていた。

「でも『茨姫』なんて懐かしいです。茨の鞭で王子様をしばくお姫様の歪んだ愛、子ども心にゾクゾクでした」
「何の話と取り違えているんだ。違うよ、全然違うよ!」

 妙にサディスティックな表情に思わず身を引きながら、俺はこのままではいかんと粗筋を語って聞かせてやる
ことにした。
 『茨姫』。
 『眠り姫』または『眠れる森の美女』とも。
 祝宴に招かれざる魔女が掛けた呪い。百年の長い眠りに落とされたお姫様。茨により外界から隔絶された城。
やがて訪れた王子様のキスでお姫様が目覚めてハッピーエンド。
 いくつかの類型あれど、よく知られているキーワードはこんなところか。ロマンチックな結末が受けるのか、
童話としては最もポピュラーな部類に入るだろう。恥ずかしいキスシーンを目玉に、演劇によく採用されている
気がする。

「だったら」

 肯きながら聞いていた後輩は、ふと意味ありげに微笑んだ。

「現実の私は、“魔女”にも“お姫様”にも、なっちゃっていますよね」

 その意味するところに、俺は何も言えなくなった。
 つい先ほどまでの明るい雰囲気は、ただのひとことで吹き飛んでいた。普段の俺達の道化っぷりをまざまざと
思い知らされたような不快感がある。
 “後輩”後鬼閑花は、自ら二年前の傷を平気で抉る。痛みを乗り越えるわけじゃなく、“先輩”先崎俊輔との
繋がりなんてものを確かめるためだけに、瘡蓋を剥いで遊ぶのだ。
 どこまでも臆病な女だ。
 彼女は数秒ほど俺に何か期待するような眼差しを向けていたが、反応する気がないのを察して、冗談めかして
笑ってみせた。

「キスだけは、まだもらえていませんが」
「……茨姫が百年眠って目覚めたのなら、それは王子が奇跡を起こしたわけじゃない」

 そんなことしかいえないほど返答に困った。
 実際にそういう王子がただの立会人となっているような類話もある。キスがなく盛り上がりに欠けるのか、あ
まり耳にはしないが。

「でも先輩は、茨を切り開いてくれたじゃないですか」
「だとしても、それだけだ。あとは勝手に起きて、どこへでも行けよ」

 それとも、茨の垣根を引き裂いた王子様には、お姫様を目覚めさせて外へ連れ出さなければならない責任があ
るというのか。価値観すらも反転させ得る百年という歳月に彼女が愚図ったとして。
73先輩、演劇発表会です! ◇46YdzwwxxU:2010/03/30(火) 20:47:22 ID:u2o766DL
俺達のこれまでを『茨姫』になぞらえるには実はかなり無理があるとは思う。
だが、そういうところが引っ掛かるから、俺はまだ後輩のそばにいるのだ。

(俺達の時間は、止まったままだな)

 茨の城に留まっていたって幸せにはなれないのに。
 焦る。
 先の発言の、いつも以上に突き放すような語気のわけを自覚する。

「……まあ、下らない昔話はこれくらいにしてだ」

 それなら――と、俺は決意を新たに後輩に向き直った。

「出演はともかく、お前も裏方の仕事とかやってみたらどうだ?」
「そうですね……」

 俺の刺々しい言葉で緊迫していた場の空気が緩んだことに、後輩が胸を撫で下ろした。
 後輩にとっては人付き合いの経験になると思うし、これがきっかけで友達もできるかも。
 吹き荒ぶ先輩風がそんな台詞を弾き出す。

「お手伝いすることはないかって尋ねてはみたのですが、なかなかなくて……。だいたい専門技能のある人が
バリバリやってますし。伝手も体力もないと入っていけません。
今は“舞台度胸養成ギプス”と化して、客席で練習風景を眺めているだけです」

 俺は密かに感心した。
 初めて知ったが、こいつはこいつなりに頑張っていたのか。自分から申し出るだけでもけっこうな進歩だ。
 何だか報われたようで嬉しくなる。

「ということで、私といっしょに練習を見に行きましょう!」
「忙しいっつってんだろ。演劇の手伝いを断っているのがただのサボリになっちゃうじゃないか」

 ……こっち方面ではまだまだ辟易させられることになりそうだが。

「じゃ、じゃあじゃあ、じゃあですよ? 本番ではいっしょに観劇して感激しましょう!」
「都合が合えば構わないが。そのシャレはどうかと思う」
「やた!」

 微笑ましいガッツポーズ。
 今はこの粘り強さが他にも発揮されることを祈ろうと思う。
 何となく、こいつはもう大丈夫なんじゃないかという気がしてきた。

「これで何気なく肘掛に手を伸ばしたら、ぐふふ! ……まあそんな感じです!」
「……さて。俺は窓の桟でも磨きに行くかな」

 乙女らしからぬ笑いを漏らしてメルヘンの世界に旅立った後輩を置き去りに、
俺はいくぶん軽い足取りで教室を後にするのだった。



 おわり
74創る名無しに見る名無し:2010/03/30(火) 20:48:23 ID:u2o766DL
代理投下終了です。


以下感想
>>73
投下乙!
この二人は様子見かー。ちょっと意外だな……
いや、そうでもないか。忙しいもんな先輩はw

普段の掛け合いとのギャップで結構ドキッとする。
目が離せん関係だ。
75創る名無しに見る名無し:2010/04/09(金) 00:21:13 ID:5PeoyRCu
生存者は!
生存者はいないかー!?
76創る名無しに見る名無し:2010/04/09(金) 07:53:05 ID:XeF+I7Eu
荵「わおーん」
77創る名無しに見る名無し:2010/04/09(金) 20:41:34 ID:qLkmG9wx
参加すべくROM中だがなかなかムズカシイ・・・
78お城と舞台と観客と ◆G9YgWqpN7Y :2010/04/10(土) 14:53:46 ID:I9n+iusL
やっと書けたー。と言うわけで短いけど投下します。
79お城と舞台と観客と ◆G9YgWqpN7Y :2010/04/10(土) 14:54:39 ID:I9n+iusL


とんてんかん。とんてんかん。

その舞台の上では人の声、ドリルの轟音、のこぎりの刻む音、そういった様々な音が響いている。
それでも大道具の組み立てがほとんど終わった物から、順次着色に入っていた。

城っぽい背景から城の背景へと変わる瞬間。
その背景担当はやはり美術部や創作部といった文系中心のメンバーだった。

その中でも、もくもくと手を動かす美術部の面々。

美術部の一人である大型台は一度ざっと塗って、一度距離を取り、状態を確認。
再び塗るという作業を繰り返す。不良なのに。
他の美術部の面々は他で作業をしており、手伝いすらなく完全な一人作業になっている。
彼の普段の素行から考えると当然の結果であるが。
ただ、台はそのことには一切気にすることなく、もくもくと作業をしている。

ちなみに那賀と省は二人で"城の中"や"塔の内部"といった場面で使う物の着色を担当している。
何やら創作部の葎と一緒に作っている所を見ると仕掛けを用意しているらしい。かなり派手な演出でもするのだろうか?
神柚鈴絵の方は美術部の部長として、全体のまとめ役としての立ち位置になっている。
とはいえ今は、コスプレ部の秋月京となにやら話している。
魔女役としての配役もあるので、その打ち合わせをやっているのだろう。



その作業も終盤に差し掛かり、一人首を捻っている。

「うーむ……大体こんなものでいいとは思うが……」

元より背景は登場人物を引き立たせるものとの考えから、あまり目立たないように配色していた。
それにしても何か、足りない。……気がする。
といっても普通の人から見れば必要十分なのだが、台としては納得がいっていなかった。

軽く悩みながらその背景を見続ける。だからといって悩みが解決しそうにもなかったが。

「しょうがない。真田のオヤジにでも聞くか」

一人ごちり振り向く。その瞬間、一人の少女と目が合ってしまった。


この状況では手伝おうとしても邪魔になる、しかし帰ることもしなかった。
客席にポツリと座っていた、一般には"後輩"と言われる少女。

――後鬼閑花がそこにいた。
80お城と舞台と観客と ◆G9YgWqpN7Y :2010/04/10(土) 14:56:36 ID:I9n+iusL
「お、ちょうどいい。そこの一年! これをどう思う?」

台はその姿を確認すると、指で城を示しながら躊躇なく尋ねた。
突然声を掛けられた閑花はびくりと体を震わせると、しばらくして声を出す。

「すごく……大きいです……」
「その発言は危険だ!」
「? 何がです?」
「……そんな"私わかってません"みたいな顔するな。わかってて言ってるだろうそこの一年」

きょとんとする閑花に対し、台は思いっきり顰め面をする。
そんな余所行きの猫を被った少女に対し、台はもう一度聞く。

「それで、どう思う?」
「いえ、綺麗だと思いますよ。これなら大丈夫だと思います」
「ふむ、そうか……ならこれで完成にするか。きっと俺の感覚の方がおかしかったのだろうな」

閑花の言葉に納得すると、台は肩を大きく回し、終わりを宣言し、休憩とばかりにどっかりと客席に腰を下ろした。

「え、そんな私の意見だけで終わりにしてもいいんですか?」

さっさと座られてしまい微妙に逃げづらくなった閑花は、あくまで余所行きの態度を崩さない。
微笑すらうかべながら台へと問いかける。
その問いに台は一瞬唸った後、閑花へと向き直る。

「んー。まあそうだな。お前はずっと座って舞台を見てただろ。役者が動く所も見ているだろう?
 そういった全てを見て、全体のイメージを持っている奴の意見が欲しかっただけだからな。
 お前がいいといってるなら、あれはそう悪いもんじゃないだろう」

あっさりとそう言いながら、台は伸びをする。

「しっかし疲れるな……なんでだ? 作業量はそう多くないはずなのにな」
「それは、単純に一人でやってるからだと思います」
「あー。なるほどな」

余所行きの言葉に納得の頷き。そこで言葉のキャッチボールは終わってしまう。



とんてんかん。とんてんかん。



あいかわらずの喧騒の中、何故かこの二人の付近だけ、妙に静かな気がしてくる。

その微妙な静けさの中、今度は台が唐突に口を開く。

「お前もあそこに混ざってきたらどうだ?」
「いえ、手伝いすることなかなかなくて……。専門スキルある人がやってるので素人の私だとかえって邪魔になりますから」
「そうか」

再び言葉のキャッチボールは終わる。
沈黙が場を支配する。

正直、気まずい。そんな事を思いながらもいまさら離れるわけにもいかず、台はその場で休憩する。



――そして、ふと、見つけた。こちらをちらちら見ている一人の少女の姿を。
81お城と舞台と観客と ◆G9YgWqpN7Y :2010/04/10(土) 14:57:37 ID:I9n+iusL


「なるほど」
台は小さく誰にも聞かれない程度に呟いた。
これは、自分がいると邪魔だと察し、台は立ちあがると、閑花に顔だけを向けた。

「さて、俺は休憩終了だ。そっちも忙しくなりそうだな」
「? どういうことですか?」
「すぐわかる」

それだけを言って台は立ち去り、閑花は言葉の意味を測りかねて呆けてしまう。

台が去った後、一人の少女がやってきた。
そのやってきた少女――河内静奈は息を切らせながら閑花の元までくると、一瞬の躊躇の後、

「あ、えーと。後輩ちゃん……って変な言い方だけど、ちょっと、手伝って欲しいことがあるって秋月先輩が言ってたの」

小さな声で伝える。

「え?」

疑問系の言葉を発し、固まる閑花に対し、河内静奈はもう少し大きな声で続けた。

「だから、いっしょに演劇やろうよ!」
「……うん、ありがとう」

その静奈の言葉に、数瞬閑花は
閑花は目を細めてお礼をいい、二人で並んで秋月の元に歩いて行った――


そのすぐ後に、閑花も魔女役に選ばれたりしたのは、また次の話。



終わり。
82お城と舞台と観客と ◆G9YgWqpN7Y :2010/04/10(土) 14:58:44 ID:I9n+iusL
投下終了です。今回は非常に難産だったー!
閑花ちゃんが先輩君以外にどう対応するかでかなり悩んでこんな感じになりましたが大丈夫でしょうか?
かなり心配ですけど投下は止めませんw
83創る名無しに見る名無し:2010/04/11(日) 00:15:39 ID:oobEkbhV
投下乙。真田先生オヤジ言われとるw

ちょっかいを出しつつカマトトぶる後輩は不思議となんかそんな感じも。
(男は計算であしらい、女は特に同世代を警戒か拒絶、泥棒猫には対抗ってスタンスで考えてました。嫌な女だな)
そういや台とまともに会話したのは初めてか。オセロで一言かましたくらいで。

俺もしずしずコンビで何かやろうとは思ってたんだけど、きっかけ思いつかなかったんだよね。利用させてもらうかも。
とかやってたらまさかの魔女役wこれはいいのかw

背後で動いている色んなキャラの気配がお祭りっぽくていいなぁと。
台にも理解者……とは言わないけど、こんなとき手を貸すような奴がいたらなと勝手に思う。

>>77
ハッ! 何でもいいぜ――来いよ。
84創る名無しに見る名無し:2010/04/15(木) 23:12:55 ID:dv1AR9Sh
ふと思ったんだが、名ありで正式な恋人同士ってまだいない……?
85創る名無しに見る名無し:2010/04/16(金) 06:33:44 ID:DB3tY8zr
中型那賀×優陸地奈
描写は・・・あったっけ?
86創る名無しに見る名無し:2010/04/16(金) 17:51:34 ID:mx3Gh2/h
あ、そいつらがいたか
デートの絵は、レストランの一幕から何となく想像できる
87 ◆G9YgWqpN7Y :2010/05/02(日) 00:57:49 ID:kMFUpvDU
久しぶりですが投下します。
888人の魔女 ◆G9YgWqpN7Y :2010/05/02(日) 00:58:50 ID:kMFUpvDU

着々と公演日まで近づき、大道具も大雑把には完成。
何やらギミックが色々と仕掛けてあるが、どんな事が起こるのか一部の人間を除き不明なままであった。
一部では不安の声も聞こえてくるが、それでも時間は待ってくれない。

舞台衣装も順調に完成し、今は試着を兼ねた練習へと段階が移っている。


この日、舞台の上には5人の少女達が立っていた。
それぞれ様々なドレスで着飾り、それぞれ思い思いに自分の姿や立ち位置のチェックをしている。

その中の一人、鏡の前で、眉を寄せ、悩むように立っている少女が一人。
自分が着ている服装を何度も確認し、納得できないのか何度も見る角度を変えている。

色は漆黒。肩口を大きく開け、胸元からボディラインが強調されたシックなドレス。
スカートの長さは足首まで伸び、歩くたびにふわりと揺れる。
腰にはドレスと同じ生地のベルトがされていて、ことさら体のラインがはっきりわかる。
そんなドレスを着た少女、霧崎は腕を組み、考え込むように自分の姿を鏡で見る。

「ふむ。しかし、こういうドレスは着慣れんな」
「そんなことありませんよ。霧崎さん。とっても似合ってますよ」

霧崎の言葉に『似合う』と言う言葉を強調して返す少女が一人。
実際、背を覆うほどの長い黒髪とマッチしていて、凛とした雰囲気が強調されている。
可愛いというよりも美しいと言った方が相応しい雰囲気を纏っていた。

そして、話掛けた方の少女はというと、やはり普段の制服姿ではなかった。
何故か巫女服をベースに、至る所に純白のフリルがふんだんにつけられた服を着ている。
その少女、神柚鈴絵は手を前に組み、鏡に映る自分の姿を見る。
ちょっと情けなさそうに眉を下げ、思わず愚痴がこぼれた。

「……私の服は、なんて言うか、すっごく違和感がありますよ」
「まぁまぁ。せっかくリアル巫女さんに着てもらうんだし、そうなるとこれしかないよねー?」

明るい声が後ろから聞こえ、二人は振り返る。
そこには、スカイブルーのアシメトリドレスを着た少女。
スカートの裾ラインは斜めにカットされ、透ける素材と相まって、年齢に見合わぬ妖艶さを醸し出している。
その少女、ことコスプレ部部長、秋月京は太陽のような笑顔を二人に対し向け、手を振っていた。
年相応の動きに鈴絵も笑い、霧崎も小さく頷く。

「でも京ちゃん。これは茨姫とはかなりイメージが違うと思うよ」
「まぁ、あくまでも茨姫をモチーフにしてアレンジするって話だからねー。それに魔女役なんだし。
 これくらい大丈夫だよ、きっと」

鈴絵の抗議を京は軽く受け流す。言いながらも視線は霧崎へと向けていた。

「霧崎さんもいい感じに大人の雰囲気が出てるわ! イメージぴったりね!」
「ほう、ならばいい。慣れぬ物で見苦しいものを見せるのは、性に合わんか――」


「うおおぉぉぉおおお!! 霧埼くん最高だ!! 今すぐ僕と結婚しt――ぐげっ!」
「幸せオーラに気付いて爆走している三馬鹿が、飛び出した白秋を轢いて行ったぞー!」
「救急車ー! ……あ、この程度ではいらなそうだね。保健室保健室っと」
「白壁先生、ここは僕が運んできます。先生は引き続き、ここにいて下さい」
「あ、九重君。わかりました、よろしくお願いします」


「えっと……今の声は?」
「気にするな。いつものことだ」
「ん。ならいいか」
898人の魔女 ◆G9YgWqpN7Y :2010/05/02(日) 01:00:06 ID:kMFUpvDU

遠くで聞こえた阿鼻叫喚を疑問に思った鈴絵に、霧崎はさらりと答える。
鈴絵もすぐに納得の頷きを返し、あっさり今の騒動を忘れ、今度は視線を別に向けた。
その視線の先には同じく衣装を着た1年が二人立っていた。

「静奈ちゃん、閑花ちゃん。どう、うまく着れた?」

「は、はい! だ、大丈夫です!」
「……終わりました」

一人は緊張のあまり若干噛みながら、もう一人は慎重に言葉を選びながら、それぞれ答える。
その一人の様子に鈴絵は心の中だけで苦笑しながら、柔らかな笑顔を作り話しかける。

「あ、やっぱりよく似合ってるー」

静奈が着ているのはピンクのプリーツドレス。ウェスト部分に同じ色の大きなリボンが着けられている。
スカートの長さは膝上までふわりと広がり、全体的に可愛らしさが強調されたドレスだった。

一方、閑花は若草色で統一されたロングドレス。裾にはレースがふんだんに使用され、こちらも清楚の中に
可愛らしさを同居させている。

鈴絵の言葉に、静奈は顔を赤くして俯き黙り込んでしまう。
対照的に閑花は「ありがとうございます」と言いながらもその声は固い。

「私がコーディネートしたもの、当然よ」
「流石はコスプレ部部長と言ったところか」

微妙な空気に気付かないかのように京は胸を張って横から口をはさみ、霧崎も同意した。
その言葉にそれぞれの緊張した面持ちが崩れ笑顔を浮かべる。

――そんなタイミングでふと、思い出したかのように鈴絵は口を開いた。

「静奈も閑花も思い人がいるって噂聞いてるわよ。今の姿見たら一発で落ちちゃうかもよ?」

そんな軽口に、二人はハッと顔を上げ、次の瞬間別々の反応をしめした。

「にゃ、なんですか?! なんでそれを鈴絵先輩が知って……ハッ!? まさか引っかけ!?」
「さーてどうでしょう? 私は応援するからね。今は絶対いい機会なんだから、頑張ってね」
「……――!!」

真っ赤になってしまった静奈とそれを応援する鈴絵。

一方、閑花はと言うと、京に真っすぐ体を向け、がっしと手を握り、

「京先輩! このドレス、本番終わったらこのまま貸して下さい!」
「いいわよー。じゃんじゃん持ってきなさい」

謎の契約が交わされていた。
908人の魔女 ◆G9YgWqpN7Y :2010/05/02(日) 01:05:30 ID:kMFUpvDU


そんなこんなでなんとなく和やかなムード。
そこへ、今までいなかった魔女役が一人が現れる。

「みなさん、そこに集まってたんですね。遅れてすいません」
「ん、ちょっと遅刻よー。ロ――」

振り向きながら言った京の言葉が途中で止まる。
残りの4人も振り向き、数瞬瞬きを繰り返した。
そして最後に同時にため息をつき、沈黙してしまう。

その意味が分らず後から来た少女も沈黙する。

その少女はある意味において完璧だった。
身体はすでに成熟しており、体にぴったりフィットした虹色のロングドレスは、彼女の女性としての全てを強調していた。
豪快でありながら、女性としての色気を全面に押し出すことに成功した姿がそこにある。

「……どうしたんですか? みなさん?」

その少女――ロニコ・ブラックマンは、その沈黙の原因が自分であることをわかってないように聞いてくる。
しかし、それでも他の5人は黙ったままだった。

少女でありながら女性としてある意味完成された姿に何も言えなくなってしまう。



――そのまま、奇妙な沈黙がしばらく過ぎていく。



*          *           *
918人の魔女 ◆G9YgWqpN7Y :2010/05/02(日) 01:07:27 ID:kMFUpvDU


その沈黙を破ったのは、また新しい登場人物だった。

「あ、みんな集まってる! ごめーん! 練習しよっ――ってあれ? どしたの? みんな黙っちゃって」
「……ああ、なるほど、わかった。うんうん、気持ちはわかる気がするわ」
「そういうこと。……なるほど、悪いのはこの乳ね! この乳なのね!?」
「ちょ、ちょっと! なにするんですか!? ウェルチさん!?」
「姉さん、それはみっともないから止めなさい……」

それは双子の少女。姉のウェルチはその沈黙を破るかのようにロニコにじゃれつき始め、アリスが止めるという構図になる。

状況の変化に始め茫然としていた残りの5人だったが、次第に体が震え始め、それが笑い声になる。

「あはははははっ!! なにやってるの、ウェルチさん!」
「何を隠そうこれは正義の制裁であって、決して私怨ではありません。ちっとも羨ましくなんて思ってません!」
「本音ダダ漏れです。ウェルチさん」

京が笑いながら指摘すれば、ウェルチはあっさり切り返し、閑花が思わず突っ込みを入れる。
その笑い声はしばらく続き、皆がようやく笑い終わった後、京は頷きながら双子を見る。

「うんうん、完璧! 一度着せてみたかったのよねー。他にも色々着てもらったけどこれが一番」
「私たちは着せ替え人形状態だったけどね」
「これだけの素材! いじりまわさなきゃ損じゃない。 コスプレ冥利につきるわよ!」
「まあ、いいけどね……」

双子は服の色こそウェルチがゴールド、アリスがシルバーであったが、デザイン自体は同じ。
レースたっぷりなロングドレスで、さらに裾が透けている、ピーターパンにでてくる妖精をイメージさせる雰囲気を作り出している。
その姿は、黙っているとその人形然とした美貌がさらに強調され、一瞬人間ではないような錯覚をさせた。

そんな姿で集まった8人。その中心でウェルチは全員を見まわし、口を開く。

「私たちが最後だから、これで全員そろったよね。いい加減迫君が怒りそうだし、魔女役の練習始めよ」
「はい」「うむ」「は、はい!」「YES!!」

それぞれがバラバラに返事をしながら、舞台の下で待っている迫の方へ歩き出す。



――発表会当日まであと少し。
92 ◆G9YgWqpN7Y :2010/05/02(日) 01:11:08 ID:kMFUpvDU

投下終了です。今回も時間がかかった割には分量は相変わらず少ないです。
後、◆46YdzwwxxUさんごめんなさい。白秋君を妙な感じに使ってしまいました。
各キャラ像が合っているか、心配です。

あと少しで本番かも
93創る名無しに見る名無し:2010/05/02(日) 02:06:44 ID:uJJjeu9N
イイヨーイイヨー。
94 ◆46YdzwwxxU :2010/05/02(日) 19:33:16 ID:y5izV3eH
それぞれのドレスのチョイスがイエスすぎるw まったく危険な男よ・・・
にしてもこの企画、ほんとうにオールスターっぽいのはさすが

もうすぐ本番というと感慨深いというか、ちょっと寂しいね
95 ◆wHsYL8cZCc :2010/05/04(火) 01:14:42 ID:zWQfG8wF
えー。当スレをご覧の作者の皆様、業務連絡でございます。

【キャラ使用について】
牧村拓人、カップル撲滅運動の面々およびカップルウオォチャー。
並びに演劇部と報道部のお二方。
さらには教職員の方々の使用許可を求めています。
作者さんがもう誰が誰だか解らないもので失礼ながら一気にお聞きします。申し訳ありません。
ここに名前は上がっておりませんが約一名は許可をいただきました。その件は真にありがとうございます……。で、アレはおkなんだろうか……?
96仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/05(水) 20:59:46 ID:CJ7eedq5
第一話【バカですが何か?】


 カタカタとミシンの音がする。
 狭い部室の床には型紙と細かい布切れがそこかしこに散乱している。この部屋の主は掃除をする暇も無い程忙しいのだろう。
 ギシギシと椅子が軋む音がミシンの音に混じる。その椅子に座る人物はすっかり飽きてしまっていたのか、無意味に椅子を傾けバランスを取って遊びながら、缶コーヒーをずるずると下品に啜っている。
 背中まで伸びる金髪のロンングヘアーが椅子と一緒に揺れている。その人物の人間性を表しているような着崩した制服のシャツと無駄に太い腕がプラプラと自由に動いて遊び回っている。
 本来はこの部屋とは関係無いはずだが、その振る舞いはもはやそんな事は意にも介さない様子だった。
 カタカタと音を立てるミシンを操る正規の部屋の主は、その態度にイラ付きを覚え、ついに重い口を開いた。

「アンタねぇ……」

 一言だけ言った。金髪ロン毛の部外者はそれに反応し、缶コーヒー片手に部屋の主とは対照的な軽い口を叩く。

「ほえ?何?」
「『ほえ?』じゃない!いつまで居座る気!?」
「いつまでって……。俺の衣装出来るまで♪」
「やる暇無いって言っただろ!」

 この部屋の主――秋月京は珍しく声を荒げる。京の声はミシンの音を掻き消し狭い室内にこだまする。
 が、怒鳴られたその部外者の男はこれまた意に介さぬ様子で飄々と答える。

「簡単じゃん。あれ。チャチャっと出来るでしょ。チャチャっと」

 その男――黒鉄懐はあくまで軽く、さらりと言う。
 声を荒げるだけ無駄だと京は悟る。この男はバカなのだ。空気も読めないし考え無しに行動するし。淡々と邪魔だという事実だけを伝えようと決心する。

「えーっとね。私忙しい訳。解る?演劇の衣装作んないといけない訳。アンタのバンドの衣装まで手が回んないの」
「ああ。演劇ね。みんな騒いでたな」
「そうそう。だからね。とてもじゃないけどアンタの方は――」
97仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/05(水) 21:01:19 ID:CJ7eedq5
「そーそー!お前作ったロニコの衣装見たぞ!超エロい!お前あれマジ最高!よくやった!」
「え?見たの?どうだった?他のはどうだった?」
「そりゃお前、いい仕事してるぜ!色々と解ってるなお前!」
「そりゃそうよ。伊達にコスプレ部やってるわけじゃ……」

 はっ! と気付く。まただ。またこのバカのペースに飲まれる所だった。
 考え無しに喋るが故に懐のペースに乗せられたら負けだ。このバカは止まらない。

「あー……。ゴメン。邪魔。帰って」
「いきなり何ひでぇ事言うのお前」
「アンタと話してると疲れるのよ」
「意味が解らないな。こんな癒し系、他に居るか?」
「……鏡見てこいよ。どう見ても80年代のアメリカのバイカーギャングだろ」
「なんでそんな物知ってんの?」
「そりゃアンタ、伊達にコスプレやってる訳じゃ無いのよ」
「流石だな。しかしまだ甘い。俺のコンセプトはユーロメタルであってアメリカ仕様では無い」
「何ですって!?私が見誤ったって言う訳?!」
「修業が足りんな。もっと見聞を広めたまえ」
「そんな……。コスプレ道とは何と険し……はっ!!」

 またやられた。京は恐るべきノープラントークの術中にずっぽりはめられてしまっていた

「ん?どうした突然黙って?腹でも痛い?」
「帰れ」

 今度は冷たく言ってみる。しかし突然の訪問者によりその作戦すら水の泡と化す。
 部室のドアが開き、現れたのは黒い長髪を持ち、そして凜とした雰囲気を纏う少女、霧崎。手には何やら黒い衣服を持っている。演劇の衣装だ。

「あらら霧崎様、どうなさいました?」
 懐は相変わらずの口ぶりで話しかける。が、すぐに京が強引に取り次ぐ。

「あ、このゴリラは気にしないで。で、どうしたんですか?」
「ゴリラって、褒め言葉かっ!」

 懐はそう言いながら無駄に鍛えた腕を見せ付けるが、ダダ滑りもいい所だった。
 これにはさすがの懐も堪えたのか少し黙る。
98仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/05(水) 21:02:09 ID:CJ7eedq5
 その様子を冷ややかな目で、というよりどうしていいか分からずとりあえず観察していた霧崎はようやく用件を言い出した。

「……。ああ。衣装が破れてしまったんだ。着慣れないものでな。つい強引に脱いだらその……やってしまった。すまない」
「あらら。サイズ合わなかったのかな?すぐ直すよ」
「手間をかけてしまったな」
「だからいいって」

 衣装は脇腹の辺りから大きく裂けていた。
 よっぽど強引に脱いだのだろう。それを嗅ぎ付けた懐はすぐさま精神的ダメージから回復し、口を挟む。

「こりゃまたハデに裂けてんなぁ。どんな脱ぎ方すりゃこうなるんだ?霧崎様?」
「『様』は止めろ。やはり普段着とは違うからな。慣れていないとこういう物だ」
「そういうもんかね。しかしこの裂け方もこれはこれでエロくてい――」

 懐が言い切る前に霧崎のビンタもとい掌打が懐の側頭部を捕らえる。体格差故にさほどダメージは無いが牽制の意味は十分だ。
 懐がバカでなければ、だが。

「痛って〜。何すんのさ霧崎様」
「だから『様』は止めろ。相変わらず減らず口ばっかり言って」
「いや、『様』って似合ってるよ。ホント。マジ『霧崎様』って言いたくなる感じ?解るコレ?」

 霧崎は無言で脇に置いてあった電動ミシンを感情の無い目で持ち上げる。さすがに懐もビビる。

「あ……。すみませんでした調子コキました。反省してます」
「あ……。き……霧崎さん!衣装!ね!衣装直すから!もっかいサイジングしましょ!」

 慌てて京も割って入る。部室が血まみれにされては敵わない。

「ホラ!アンタはさっさと出て行く!こっからは女の子だけの仕事よ!」

 京は懐のケツを蹴っ飛ばして部室からたたき出そうとする。懐もそれに応じてドアへ向かう。

「じゃあ俺行くけど。俺達の衣装も頼んだよ」
「知らんわ!」

 最後まで減らず口だった懐は廊下に出てドアを閉める。
 一気に部室が静まり返った。先程の騒動は幻だったのかと思える程に。
99仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/05(水) 21:03:18 ID:CJ7eedq5
「騒がしい男だな」
「え?ああ、ただのバカ……。いやいやとんでもない大バカだしね」
「アイツ何しに来てたんだ?」
「なんかバンドで使う衣装作ってくれって。忙しいから断ったんだけど。強引に生地やらラフ画やら置いて行って……」
「……コレがそのラフ画?」
「え……?そうだけど」
「なんか上手じゃないか」
「アイツ無駄に器用なんだよね」
「しかしコレ……。どういう衣装なんだ?」
「ローブ……だね。なんでまたこんな物を」
「ヘビメタって解らないな」
「うん」

 取り留めの無い会話の後、京はメジャーを持って霧崎の衣装のサイジングを行う。そうしながらも会話は続いていた。内容はもちろん、あの圧倒的インパクトを残して行った懐の事だ。

「アイツこの間もモメていたな」
「懐が?まぁバカだからまた誰かに無茶言ったりしてたんでしょ」
「逆だ。演劇部の連中にスカウトされていた。演劇に出る出ないとか、部に入る入らないで相当揉めたらしい」
「で、無下に断ってモメたとか?」
「これまた逆だ。噂では三人がかりで取り囲んで洗脳しようとしたとか……」
「……。はは」
「まぁ噂だ。それは冗談だろう。実際の所はかなりしつこく迫られて逃走したとか、そんな話だろ」
「なんでまた懐なんか……」
「演劇出してあわよくば定着させようとしたんじゃないか? 実際奴も『大西ライオンより俺のほうが声が出る』とか宣っているし」
「自分で宣伝してるのかあのバカ……」
「まぁ正直、見てくれはいいしな。あのキャラも貴重と言えばそうかもしれん。演劇には向いているかも」
「髪さえ切れば見れる姿にはなりそうだけど……」
「そう言うな。アレも含めて奴の個性だ」
「妙に擁護するねー?」
「奴を嫌う奴なんて居ないさ。バカ故に誰とでも仲良くなってしまう特殊能力を持っている。たまに腹立つが」
「そーそー!たまに腹立つんだよね。なんでだろ?」
100仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/05(水) 21:04:00 ID:CJ7eedq5
「さあ? やはりバカだからじゃないか?」
「あははは。やっぱそこだよねー」
「ははは。そうだな。それしかない」

 廊下に笑い声が漏れて行く。その廊下をとぼとぼ歩く懐は派手にくしゃみをする。人が噂をすると何とやら、だ。
 下校のチャイムが鳴り響いた。
 一部の部活動以外の生徒は帰らなくてはいけない。踵を潰した内履きの靴にパタパタと音を立てさせながら懐は昇降口へ向かい、途中の自販機で空き缶を捨ててまた缶コーヒーを買う。
 下駄箱付近には久遠荵が辺りをキョロキョロ見渡しながらウロウロしている。「まずい。張られていたか」 と思ったが、もう慣れた物だ。
 下駄箱付近の巡回ルートを見切り慎重に行動し、隙をついて靴を履き替え外に飛び出す。が、その頭髪はやはり目立つのだろう。外に出た瞬間にばれてしまった。

「あぁぁあ! 居た!!」
「げ!!」
「今日こそ洗脳するわ! 覚悟してください先輩!」
「うるせーネギ! 簡単にやられるか!」
「誰がネギじゃクルァ!」

 荵は紐を通した五円玉を左右に揺らしながら追い掛けてくる。誰が教えたのだろうか。
 校門付近まで決死の鬼ごっこが続き、懐は学園の敷地の外へと飛び出す。それを追って荵も続くが、懐はまるで忍術でも使ったかのように姿をくらましていた。

「……また逃げられたぁ」
 息を切らしうなだれるうなだれる荵。その背後から声がかけられる。

「また逃げられたか」
「あぁ〜。迫先輩〜。あかねちゃん〜」
「とりあえず休め。ホレ」

 迫は缶ジュースを差し出して荵の労をねぎらう。それを受け取り一気に半分ほど飲み干したところで、あかねが迫に素朴な疑問をぶつけてみた。

「あの……。なんで懐さんにこだわるんです?いまさら誘っても演劇には間に合いませんよ……?」
「あー。いいんだよ。間に合わないのは残念だけどさ、どっちにしろ演劇部に入れたい。他の音楽系やらに取られる前に」
101仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/05(水) 21:04:47 ID:CJ7eedq5
「音楽系に取られる前に? じゃあミュージック要員狙い?」
「そうそう」

 息を切らした荵がさらに質問をぶつける。

「はぁはぁ……。ていうか……歌とか……出来るんですかぁ?……はぁはぁ……」
「まぁすげぇよ。そのうち見せてやるって」
「拒否されまくりじゃないですか……」
「それに……すごいったって……。懐先輩のバンドあんまり練習もしてないんでしょ?」
「まぁそうだけど。こないだも一年の新メンバーが加入三日でクビになったしな」
「……うわぁ。やる気無いんじゃないですか?」
「そう思うか? まぁ見てろって」


――続く
102仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/05(水) 21:05:46 ID:CJ7eedq5
【新キャラ】

黒鉄懐 (くろがね かい)

二年生。
金髪ロン毛のヘヴィメタルオタク。そしてバカ
あまり先輩後輩関係なく、教師相手でも基本誰とでもタメ口。(敬語を喋れない訳ではない)
地味に背が高く地味に手先が器用。
重度のメタルファンに見られる「喋れないが英語の発音だけはやたらいい」という症状が見られる。


時系列としては例の演劇と同時期……というか少し乗っからせていただきましたw
あと関係者の皆様、例の件色々とありがとうございます。
少しずつ出していきますんでよろしくお願い致します。
103創る名無しに見る名無し:2010/05/05(水) 21:06:27 ID:CJ7eedq5
ここまで代理レス
104仁科学ライオン ◆wHsYL8cZCc :2010/05/07(金) 23:04:02 ID:qx2wLC23
第二話:【まぜるな危険】


 図書館五階、イベントホール――
 ステージの上には大仰なセットが鎮座している。本当に高校生が造ったのかと思えるほど立派なセットだったが、これでもまだ完成では無いのだろう。まだ作業している生徒達も居る。

 懐はそこの隅っこでぼけーっとそれを眺めていた。手伝う訳でも、邪魔する訳でもなく。はっきり言えば部外者なので、元々ここに居る事自体がおかしいのだが、いつも見に来るので他の生徒達も馴れてしまっていた。
 懐は何かしたくてここに居た訳ではなく、ただ、がらんとしたステージが完成されていく様子を見ているのが好きだった。

 その横で同じくステージを注視している者が居る。
 黒いリボンを動物の耳のようにピンと立てた女の子。椅子の陰に身を潜めているつもりだろうが、はっきり言って目立っている。

「……おい」
「……」
「おいって!」
「しーっ! 見つかるでしょ!?」
「いや、目立ってっから。何してんのよ。ととろちゃん」
「う……。それは……」

 言葉を濁したが、答はステージ上に在った。巨大なセット相手に、パレット一つで挑むリーゼントの大男。

「ああ。敵情視察ね」
「声が大きい!見つかったらどーすんの!?」
「いや、お前の方が声でかいから。……というか台こっち見た」
「う……。マズイ!」
「しょーがねーなぁ」

 懐は資材を入れていたと思われる大きな箱にととろを「詰め込んだ」。 その上にどかっと腰を下ろし、何事も無いように平然としている。この男は女性にも容赦無い。
 案の定、台は敵の気配を察知しこちらへ近付いてくる。
「(こらー! 出せー!!)」
「……大声出すなよ。見つかるぞ」
「(狭苦しいんだよっ! 無茶しやがってー!)」

 小声でやり取りし終わった時、丁度よく台も目の前まで来ていた。
105仁科学ライオン ◆wHsYL8cZCc :2010/05/07(金) 23:05:22 ID:qx2wLC23
「おい懐。我々の敵を見なかったか?」
「いーや? ここには来てないけど?」
「(……おお。うまくごまかしてくれてるようだ)」

「そうか。まぁ見かけたら知らせてくれ」
「解ってるって。最近活動してるか?」
「いや……。ととろが予想以上にジャマでな」
「(……あれ? 仲良さそうな雰囲気……)」

「ところで懐よ。最新のカップル情報は無いか?」
「(な……何? なんでそれ懐に聞く訳?)」
「あー。最近は特に無いなー。なんかあったら教えっから」
「(情報をリークしてるのか貴様ぁ―!)」

「ふむ。では俺は戻るぞ。まだ仕上げ作業があるからな」
「おう。頑張れよ―」

 台は踵を反して元の作業へと戻ってゆく。懐はととろの入った箱を持ち上げそのままホールの外へ出て、一目が付かない場所で蓋を開けようとした。

「おーい。もう大丈夫だ――」

 蓋を開けた瞬間に見えたのはととろの右拳。綺麗に顔面にヒットする。

「こ……この馬鹿馬鹿ー!! 裏切り者!」
「ぐふっ……。う……裏切るも何も、まず仲間じゃ無――」
「じゃあ向こうの仲間か!」
「ち……違うって! 助けたじゃん!?」
「最新の情報ってなんだー!?」
「い……今は無い! 本当だ! 色んなトコに首突っ込んでるが、今は無いんだ! 信じてくれ!!」
「とか言って、本当は自分だけ楽しんでいるんじゃないのかぁ〜? どうなんだぁ〜?」
「本当だって!  ととろちゃん知らないのに俺が知ってる訳ないでしょ!? だいたいそんな趣味は無い!」
「う〜ん。ま、それもそうね。じゃあ最新情報は今後私に流してよ? いいでしょ?」
「それは……出来ない」
「えぇ〜。何で?」
「そりゃもちろん、あの三馬鹿に流したほうが色々と面しろ……はっ!!」
「……ほほう?」
「すまん。単なる妄言だ。忘れてくれ」
「出来ない相談ね」
「……ごめんなさい。てへっ☆」
「可愛くないんだよー」
106仁科学ライオン ◆wHsYL8cZCc :2010/05/07(金) 23:08:36 ID:qx2wLC23
「ならば……。仕方ないな……」
「仕方ないって、何が……キャッ!!」

 懐はととろの両肩を掴み真顔になる。普段はあまり見せない顔だ。この表情をする時は本当に限られた時だけ。

「おい、ととろ」
「な……何だー!? いきなり呼び捨て――」
「俺を信じろ」
「えっ?」
「もうしないって。だから俺を信じてくれ」
「そ……そこまで真剣にならなくてもいいんじゃないかなー!?」
「そういう訳には行かないんだよ。信じて欲しいだけだ」「ア……アンタねぇ……」
「だから俺を――ああッ! あそこにイチャ付くカップルが居るぞッッ!!! いやッ、あれは事に及ぶ危険がッ!」
「何だってー!!」

 ととろは西部劇のガンマンのように素早くオペラグサスを構える。改造に改造を重ねたと見えるオペラグラスは瞬時に開き、鷹の目のように目標を捕らえた。
 そこに居たのは間違いなくイチャつく、というより事に及んでいる一組の――

「ね……猫……?」

 振り向くと懐が腹を抱えて笑っている。こんな事ばかりしているからこの男に浮いた話がないんだ。ととろがそう思ったのは内緒である。
 ともあれ、三馬鹿との闇の繋がりや情報共有協定はうやむやにされてしまった。

「いやー。素晴らしい反射神経だ!」
「猫じゃん! 騙したなぁ!」
「猫かわいいじゃん」
「それはそーだけど……。いやいや、別にあたしは猫見たいわけじゃない訳で」
「猫みたいなリボンじゃん」
「別に意識してる訳じゃ――」
「あ、ゴメン。電話きた」
「自由か!!」

 懐の携帯から着うたが流れる。イントロのドラムソロまでしっかり聴き、リフが鳴りはじめたところで懐は電話に出る。表情は先程よりも真剣そのものになっていた。

《あ……先輩。その……皆もう集まって……》
「ああゴメン。ちょっとヤボ用でさ」
《せっかく……。今日は音楽室借りれる日なのに……》
「本当にすまん。今行くから待ってろ。じゃあな」
107仁科学ライオン ◆wHsYL8cZCc :2010/05/07(金) 23:09:43 ID:qx2wLC23
 懐は携帯をぱちっと閉じてポケットに入れ、首を回してごきごきと鳴らす。ため息を一つ漏らし、改めてととろの方を向く。

「付き合わせて悪かった。ちょっと用あるから行くわ」
「勝手だねー」
「だから悪かったって。さっきの猫も」
「あーもういいよ。それよりもう三馬鹿には近づくなよー」
「え? ああ。まぁ仕方ないか。わかったわかった。もうリークしたりしねぇよ。」
「本当に?」
「だから信じろって」
「ん〜〜。まぁいいでしょ。許してやろう」
「どうも。それじゃ、またな」

 そういうと懐はその場を離れる。一人その場に残ったととろ。何やら勿体なさそうな顔をして懐の後ろ姿を見ている。

「うーん……。マジメにしてりゃイケメンなんだよなぁ。勿体ないなぁ。勿体ないよなぁ」

 先程まで自分が「詰め込まれていた」箱に腰を下ろし、どうにかならないかとアレコレ考えてはみたが、あの性格だけはどうにもなるまい。しばらく考え、半ば諦めかけたその時、椅子代わりの箱を見て重大な事を思い出す。

「……。コレあたしが返すの……?このでかい箱……」


 ととろが怨みを込めて叫んだ頃、懐は既に特別棟の音楽室の前に居た。普段は音楽系の部活などが取っ替え引っ替え使っているので、大小合わせて複数あるにも関わらず、そう簡単には貸しては貰えない。
 ましてや部活として活動している訳ではない懐達にとって、ようやく借りれた小さなスペースすら月に何回かしか利用出来ない。
 その入口では懐を待つ一人の男が茫然と突っ立っていた。

「あ……先輩……。やっと来た」

 多くの人は『デブヲタ』という単語を聞いてどういう風貌を思い描くだろうか。おおよその典型はあるだろう。懐を先輩と呼ぶこの男、名は横田トオル。
 彼の風貌はまさにそれだった。

「なんで外で待ってんの? 中に居ればいいじゃん」
「それが……その……」
「ああ……。またか……?」
「またです……」
108仁科学ライオン ◆wHsYL8cZCc :2010/05/07(金) 23:11:35 ID:qx2wLC23
 懐は頭を抱える。貴重な練習時間がまた無駄になりそうな予感でいっぱいになる。

「うう……。せ……先輩ぃ……」
「名前で呼べって。メンバーだろ。……それよりいいか? 入口、開けるぞ……?」

 懐は少しだけドアを開ける。ほんの僅かな隙間から聞こえてきたのはとんでもない爆音だった。思わず一旦ドアを閉める。

「せ……先輩〜……」
「またかよ……。もう一人は居るのか? ドラムしか聞こえなかったんだが……?」
「い……居るにはいますけど……その……」
「また自分の世界に逝ったか……」

 懐とトオルは顔を見合わせてお互い頷き、意を決してドアを大きく開ける。
 廊下に飛び出したのは高速ツーバス・ドラミングと邪魔な程に多いシンバル、ハイハットの音。それを叩くのはスプレー何本使ったんだというほどに追っ立てた緑の頭髪をした細身の男。
 横にはギターを弾く男が居たが、アンプにはヘッドホンが繋がれ、ギターの音が自分にしか聞こえないようになっていた。一見普通の高校生だが、表情はもはや恍惚的。見ていて非常に不快だ。

「……」

 いつ見ても濃い。というかキモイ。自分も含めてだが。
 これでは新メンバーも三日で逃げ出す訳だ。いや、正確には加入三日後の初顔合わせの後に音信不通だから一日か。

「おお! やっと来やがったか懐!」
「……よう、広介」

 ドラマーの尾崎広介。見た目は往年のヴィジュアル系そのものだ。懐が来た事でようやくドラム、というより何かの打撃音は止まった。
 残ったのは自分のギター音に酔っている高崎ひろと。懐が来たのにも気付かずにフリットを叩く音とほとんど喘ぎ声に近い息を漏らしている。

「……帰って来て」

 それは懐の魂の叫び。しかしプッツン型の広介は即座にスティックを投げ付け、ひろとの頭に命中する。

「痛い! 何すんのさ広介! 人の■ナニー邪魔して!」
「ハッキリ言うんじゃねぇよボケナス! 懐が来たっつてんだよ!」
109仁科学ライオン ◆wHsYL8cZCc :2010/05/07(金) 23:13:27 ID:qx2wLC23
「だからなんだい? 所詮ギタープレイなんてオ■ニーなのさ! 速弾きに偏ろうがチョーキングで泣こうが、ダウンピッキングにこだわろうが! そして全部出来るボク最強!」
「キメェぞコラァ!! 自意識過剰なんだよテメェ!」

 いつもの喧嘩である。
 技術的な基準でメンバーを選んだら変人ばかりが集まってしまった。それぞれ個性的過ぎてバンドとしては機能していないのが現状だ。

「あの……懐先輩。その……」

 呆然としている懐にトオルが話し掛ける。なにやらもじもじしている。

「……どうした?」
「あの……曲書いたんで……。歌メロつけて下さい……」
「おお! よくやったデブ!」
「デブ……」
「……スマン」
「あの……僕今日先に帰っていいですか?……その胃が……」
「またか……。もっとも仕方ないっちゃそうだが……」
「う……! 胃痛が……!」
「……リラックスしてくれ……。俺も今日は帰る。スコアだけ貰ってくよ」
「うう……。ひろと先輩はいつになったら僕の曲弾いてくれるんだろ……。うう……」
「……」
「広介先輩は暴力的だし……。好き勝手にドラム叩くし……。うううう……」
「……泣かないでくれ」

 広介とひろとはまだ言い合っている。こうしている間にタイムリミットが過ぎ、いつも何も出来ないまま帰るハメになる。

 今日もいつもと同じだった。
110仁科学ライオン ◆wHsYL8cZCc :2010/05/07(金) 23:15:31 ID:qx2wLC23
【新キャラ】

尾崎広介(おざき こうすけ)

三年生でドラム担当。
往年のビジュアル系を彷彿とさせるファッションセンスの持ち主。キレやすいので接する際は注意が必要である。
リズムを外す事は滅多に無くパワーも手数も中々だが、無駄にオカズを入れまくり曲をぶち壊す事もしばしば。
ビジュアル系故に見た目を気にしないトオル(後述)を毛嫌いしている。
リズム隊が仲悪くてどうする。


高崎ひろと(たかさきひろと)

ギター担当。二年の優等生。
見た目は普通の草食男子。しかし残念ながら変態である。
ギターテクも変態的であり、超絶プレイを見せるが自己中過ぎてすぐに自分の世界に逝く。もはや性的に倒錯的。むろん他人の曲など興味は無く、オリジナルフレーズを自分だけで弾き倒し自分だけで聴いて満足している。
ユニゾン?なにそれ?


横田トオル【よこたトオル】

担当はベース
バンド唯一の一年生。幼少からアコースティックギターを習っていて、控えめな性格からかベースに転向する。堅実なプレイがウリであり、曲も書けちゃうサラブレッド!!……のはずが、どいういう訳かデブヲタの道を歩んでいる。
先輩である暴力ドラマーと変態ギタリストの板挟みでストレスを抱えている様子。


※ちなみに懐の担当はボーカル。



あと一人出るよ!
111 ◆wHsYL8cZCc :2010/05/08(土) 00:08:44 ID:D9se3RBl
遅れたが投下終了。さるうぜぇよ。
112仁科学ラオイン ◆wHsYL8cZCc :2010/05/11(火) 16:05:03 ID:SiBgp6VK
第三話:【Sorrowは早漏で候】


「うわああああああああん!!」

 叫び声。しかもよく聞き覚えがある声だ。
 今日は珍しくもまた音楽室が使える日だった。例の演劇は校内あげての物。いくらか人員を取られているのか、それを口実にサボっているのか。
 とにかく、貴重な音楽室を使用出来る事は懐にとってはこの上なく嬉しい事。
 それだけに、そこから聞こえる叫び声は恐ろしい。

 音楽室から誰かが走ってくる。身長は懐と同じくらいだが、横の幅はケタ違い。眼鏡のボサボサ頭のその男は涙と共に大声で叫びながら走っている。

「うわあああああん!!!」
「トオル!? どうした――」

 弾き飛ばされる。100kg超はあるトオルにぶちかましをされれば耐えられるはずもなく、トオルはそのまま走り去る。
 その後ろからは、限界まで重力に逆らった髪型をした男が、スティック片手に逝った目で追い掛けてくる。

「っっ待てコラァアアアアア!! 今日こそそのブサイクなツラ整形したるぞおんどれぁ!!」
「広介!?」

 いつもの喧嘩だろうか。しかしここまで激しい事は今までなかった。嫌な予感がビシビシする。
 このメンバーでもダメか。と懐は思う。こんな事態は今までも何度かあった。もっとも、その時はいつも違うメンバーだったが。
 とりあえず流血沙汰はまずい。事件になる前に走ってくる広介にカウンターでラリアットをかまし、素早く背後に回りスリーパーホールドを極める。
 昔からヘヴィメタルとプロレスの関係は深い。

「落ち着け偽ヨ〇キ!! 何があった!?」
「誰が偽〇シキだコラァ!! 離せやボケ!!」
「だから落ち着け!! ってうおっ!」

 激昂する広介はスティックを振り回す。危険なので絞め落としておく。目が覚めた時には落ち着いてるといいが。
 遅れてひろとが現れる。袖口の辺りが破けていた。おそらく暴走する広介を止めようとしたのだろう。その理由はあくまで自分の邪魔をされたくないとか、そんな理由だろうが。
113仁科学ラオイン ◆wHsYL8cZCc :2010/05/11(火) 16:05:49 ID:SiBgp6VK
「フン。トオルはうまく逃げたようだね」
「何があった訳……?」
「簡単な事だよ。また広介のバカがトオルにグダグダ言ったのさ。
 よせばいいのにトオルも口答えしてね。シンバルが多いとかタムがウザイとか。見た目より中身だとかね。見た目なんて二人ともどっちもどっちだけど。
 で、結果こうだよ。殺されなくてよかったね」
「止めたんだろ?」
「一応ね。まぁすぐ諦めたけど。得物もって暴れるバカに関わるほど自信過剰じゃないし」

 ひろとはそう言うと手にしたギターのソフトケースを肩にかける。

「帰るのか?」
「もちろんだよ。こんな危険人物と一緒に居るなんて真っ平だよ。
 よく考えたらあんあ場所で安物のアンプ使わなくとも自分の家にあるんだ。やる意味がないよ」
「そうか」
「えらいアッサリだね。まぁいいけど。ああ、トオルも辞めるって言って飛び出したよ。まぁ当然だろうけど。
 君はどうするんだい」 
「わかんねー」
「フン。まぁどうでもいいさ。僕は帰るよ。じゃあね」

 コツコツと規則正しく床を蹴る音が響く。
 懐はそれを見送る事もせずに廊下に座り込んだまま。まぁいつもの事だ。またメンバーは集めればいい。これだけのマンモス校なら人材はいくらでもいるはずだ。
 寝ていた広介がようやく目覚める。
 頭は冷えたようだ。状況を説明すると残念そうに帰って行く。それがトオルを仕留め損ねた事に対してなのか、事実上の解散に対してかは知る由もないが。

 がらんとした小さな音楽室。実際は楽器の調律に使う為の小部屋だが、バンドの練習をするには十分だ。
 メンバーは集めればいい。また。
 がらんとした部屋には懐一人。意外と慣れている。いつもそうだったから。
 紛らわす為に彼は人に話し掛けまくる。友達だけはたくさん居る。
 ”仲間”は、また居なくなった。
114仁科学ラオイン ◆wHsYL8cZCc :2010/05/11(火) 16:06:44 ID:SiBgp6VK
 懐は叫んでみた。思い切り。
 誰にも聞かれる事の無いシャウト。どこまでも高く、どこまでも悲しげな。





 図書館五階、イベントホール――
 今はもう誰も居ない。日はとっくに落ちている。
 この時間まで残っているのは仕事に追われた教員くらいだろうが、ここまではやって来ないだろう。

 座席の一番後ろの席、そこの一番端っこの席に懐は座っていた。この場所に来た理由は簡単だった。ただステージを見ているのが好きだったからそこに居た。

「さっ……寂しくなんかないもんねっ……フン!」

 少々派手に独り言を言ってみる。聞かれるはずはない。
 が、世の中、油断大敵とはよく言った物だ。

「……いきなり何言ってんのアンタ……?」

 いきなりの声。ホールの床はカーペットになっており、人の接近に気付かなかった。この時間帯にまさか人が居るなどとは想像もしなかった事も、油断を招いた一因。
 そこには、衣装を抱えた京が驚いた顔で立っていた。

「何しんみりしてんの?」
「御冗談を」
「いや、泣いてたでしょ」
「何の事かな?」
「いやいや、瞼、思いっ切り腫れてるよ?」
「……見ないで」

 はいはいと生返事をして京は横の席にどかっと座った。抱えている大量の衣装はすべて演劇用だろうか。
 自分の横の席に置こうとしたが、乗せ切れずに一部は床に落ちてしまった。

「驚いちゃったなぁ〜もう。まさかアンタに涙があったとは」
「人を何だと思ってんだ」
「あ〜……。ただのお喋り」
「ひでぇな。まぁ実際そうだけど」
「何してるのここで?」
「何でもないですよ。そっちこそ何してんの?」
「そりゃ色々とね。裏方仕事もあるのさ」
「ふ〜ん」

 しばし沈黙。あのマシンガントークが炸裂しない事は相当な驚きだった。変な心配までしてしまう。

「……何あった訳?」
「何って?」
115仁科学ラオイン ◆wHsYL8cZCc :2010/05/11(火) 16:08:53 ID:SiBgp6VK
「いやいや……。アンタがしんみり泣くなんて驚き通り越して気色悪いってゆーかなんてゆーか……」
「さっきからひでぇな」
「そのくらい驚きなの」
「まぁいいけどさ」
「で、どうしたの」
「何でもないって。また解散」
「また? しょっちゅう解散してるみたいな言い草ね?」
「そ。しょっちゅうだよ」
「なんで?」
「なんで? 聞きたい訳?」
「うんうん」
「……ん〜。ま、色々理由あったけど……。喧嘩したり意見合わないでクビにしたり逃げられたり。今回は喧嘩。上手い連中だったけどさ」
「それって泣くほどの事?」
「俺にはね」
「ふーん。で、また集めるの?」
「そりゃそうだよ。まぁうまく行かないけどさ。メタルなんて奇特な音楽やりたい奴なんてほとんど居ない」
「なんだ。自分が奇特だって自覚してたんだ」
「当たり前だろ」

 しばし沈黙。意外な事に自分を冷静に見てる懐に少し驚く。京にはいくつか聞いてみたい事も出て来た。
 一つは奇特と分かっていながら、なぜやるのか。
 もう一つ、普段の行動について。

「……今日おとなしいね」
「さっきまで泣いてたんだぞ?」
「ああ、そっか」
「そうだ」
「あのさ、なんで音楽やるの? しかもそのヘビメタなんてさ」
「ヘビメタって言うな。それは蔑称だ」
「そうなの?」
「そうだよ。メタルと言いなさいメタルと」
「じゃあ、なんでそれやるの?」
「そりゃ好きだから」
「なんで?」
「そこまで聞きたいの?」
「うんうん」
「……まぁいいか。俺さ、元々ずっと音楽そのものは好きだったんだよ。中等部の頃まではそれなりに流行りモンの物聴いてたし、楽器だってやった。」
「それで?」
「たまたまテレビでさ、イギリスのバンドの世界ツアーのCMやってたんだよ。ホントたまたま。
 そいつらが日本も回っていく事になってた。会場も近くだったし」
「うんうん。で? で?」
「最初笑ったけどね。ハゲたオッサンが何してんだって感じだった。逆に気になるくらい」
116仁科学ラオイン ◆wHsYL8cZCc :2010/05/11(火) 16:10:22 ID:SiBgp6VK
「で、チケット取ったんだ。結構簡単だったけど。
 今考えりゃCM直後だったからわりと早めに取れたんだな」
「それで観にいったの?」
「うん。で、会場入って一発で後悔した。どこ見てもバンドのTシャツ着たオッサンばっかりでさ。女っ気なんてかけらもない。
 その上、加齢臭と汗が混じったとんでもない臭い。ステージの上じゃ五十過ぎた白人のオッサンがピチピチのレザー着込んで立ってる。有り得ねぇと思ったよ」
「と……とりあえず凄そうね……」
「全くだよな。あのオッサン連中も参ってたと思うよ。だってくせぇもん。
 でもさ、そこまでして観たいもんなのかとも思ったんだ。
 で、その理由はステージのオッサンが歌い始めたらすぐ解った」
「どうだったの?」
「……凄かったんだ。
 五十過ぎたオッサンがだよ? 前屈みになって全力で歌ってた。聞いた事ない程のハイトーンでさ。しかも音も外さない。そのまま死ぬんじゃないかってくらいの歌い方」
「……それで?」
「引き込まれた。歌だけじゃない。演奏もハンパじゃない。
 あんなのテレビに出てるような連中じゃ絶対できないって思った。
 あとはズブズブとメタルの毒が回って、今の有様って訳」
「かっこよかったんだ」
「とりあえず後で知ったらメタル界隈じゃ知らない奴居ないって程のオッサンだった。おまけにゲイだった……」
「そうなんだ。(……ゲイ!?)」
「まぁ馴れ初めはそんなとこ」
「馴れ初めって、恋人かいな」
「似たようなもんだよ」
「ふーん……」

 つまりは、懐はヘヴィメタルに「恋」をしている。
 そのためにメンバーを集め、少しでもそれに触れたい。 そしてメンバーが離散する事はつまり、恋人と別れたようなもの。
 京にも少しだけ理解出来るかもしれない。自分がやりたい事に、命を燃やしている者として。

「それで寂しくて泣いてたんだ」
「泣いてないです」
117仁科学ラオイン ◆wHsYL8cZCc :2010/05/11(火) 16:12:05 ID:SiBgp6VK
「ウソつけ」
「ウソじゃないもん」
「あはは。はいはい」

 懐の腫れぼったい瞼にはなんの説得力も無い。ともあれ少しは元気になったかもしれない。

「あー……。喋って気が紛れるなんて女か俺は」
「いつも喋りまくってんじゃん」
「そうだな。基本淋しがり屋だし」
「ははは。それこそウソでしょ」
「これはマジ」
「アンタがマジな事言うなんて信じらんない」
「俺はいつだって大まじめですぅ〜」
「ウソつけ!」

 減らず口が戻って来たようだ。それにはいつもの威力こそ無かったが。
 京がとりあえず聞きたい事は一つ聞けた。
 あとはもう一つ。
 なぜここに居るのか。なぜ、いつもホールに来ているのか。
 そこまで聞きたいのか? これが懐の解答。
 うん。と京は答える。
 しばらく考えた後、まぁいいかと言って、懐はホールのステージを眺める。そして、語りはじめた。
 青臭いガキの理想を。
118仁科学ラオイン ◆wHsYL8cZCc :2010/05/11(火) 16:14:26 ID:SiBgp6VK
投下終わり
119仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/15(土) 08:24:13 ID:Onx3GWl/
以下代理投下します
120仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/15(土) 08:25:01 ID:Onx3GWl/
第四話:【ファンタジー】


「あそこにはロックスターが立ってます」
「はい?」

 ステージを指差したまま、真顔で唐突に懐は言う。それが一体、よくここに来る理由と関係あると言うのか。

「想像すんだよ」
「想像?」
「そ。想像するんだ」

 懐は指差したまま、真顔でステージを見る。

「あそこにはロックスターが立ってる。周りはイカれたオーディエンスがメロイックしながら騒いでる。……メロイックって知ってる?」

 懐は自分の手でメロイックサインを作って見せる。
 だが京にはそれと某総理大臣の孫の決めポーズの違いが解らない。そう言うと懐はむすっとして必死に違いを説明するが、やはりよくわからない。

「……まぁいいや。そんでさ、そのロックスターは騒ぐ連中の声が掻き消される程の声で歌い始めるんだ。それを聞いて周りはさらにイカれて行く。
 それだけじゃない。ソロでギタリスト同士がバトルしまくったかと思えばユニゾンで弾き倒す。ドラムもベースもソロをやる」

 懐はステージを見たまま、子供のような目で言う。青臭いガキの夢を。

「怪物みたいなロックスター。それを想像するんだ」
「想像して……どうするの?
「自分と重ね合わせるんだ。怪物みたいなロックスターと。もちろん理想だよ。でもそうじゃなきゃ意味ない。
 理想だから思うんだ。俺もそうなりたい。なるんだ!……って」
「理想かぁ」
「あのステージに立つのはほんの数人だよ。でもそれが何十人何百人、時には何万人も動かす。
 それってすげぇ力だと思う。たった数人で、そんな事が出来るんだ。今回の演劇だってそうだよ。あの舞台に立つのは数人。そしてそれを支える為に色んな人が携わってる。それを見てるのが好きなんだ。
 たった数人が、すげぇ物を作り上げるって事が」
「ふーん……」
「……俺、クサい事言ってる?」
「かなり」
「誰にも言うなよ?」
「どーしよっかなぁ」
121仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/15(土) 08:25:45 ID:Onx3GWl/
「すみません。許してください」
「フフフ。ま、いいだろう。恩赦をやろう」
「さすが京様。感謝します……って、俺、悪い事したみたい」
「ははは」

 京と懐は笑い声が暗闇のホールに響いて行く。誰も居ないホールでは客席からの声もよく反響し、ホール全体に響き渡って行く。

「帰るか」
「そうだね」

 二人はそう言って席を立つ。すると京の隣の席に置いてあった衣装がどさどさ崩れ、二人でそれを拾い半分ずつ持ってホールを後にしていく。
 ……だが懐はこの時まだ知らなかった。
 その二人の姿を獣の目で監視する者が居た事に。



※ ※ ※



「シーカーよりウォッチャー。一時の方角に目標発見。照準せよ」
「りょーかいっ」

 午後四時半。東棟屋上。
 懐はなぜかととろと一緒にカップルウォッチングに興じている。
 以前の情報提供を改めて締結し、ざという時の肉弾戦要員として動員されてしまったのだ。
 実際はそれも建前で、懐もこういったデバガメ行為は嫌いでは無かったりする。

「おお? あそこのベンチでは決死のアプローチを試みる若人が! がんばれぇ〜!」
「むむ!? ソイツはC組の佐藤じゃないか? また新しい女を!?」
「な……なんだってぇ〜!?」
「ほぅら、出て来たぞう元カノがぁ〜。……いや、まだ付き合ってるか」
「修羅場だねー!」

 知り合いだらけの懐の情報はちょっぴり役立ってたりもする。

「あーあ、結局二人にポイされちゃったよ佐藤君」
「欲張るからだな。さてさて、次のターゲットは……ん?」

 ととろから拝借した魔改造オペラグラス二号は、ベンチでうなだれるある男を捕らえる。
 これだけ広い学内の、それも大量にそなえられているベンチでもその男は目立っていた。

「トオル?」
「ん〜? 今度はトオル君って人かぁ? どこだどこだ」「アイツ何してんだ……?」

 トオルはがっくりしたまま、明らかに思い悩んでいる様子だった。そういえばあの一件以来話もしていない事を思い出す。
122仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/15(土) 08:26:37 ID:Onx3GWl/
「おいッ! どこに居るんだそのトオル君とかいう人とそのお相手はッ!」
「違うよ。一人だよ」

 懐は携帯を取り出してトオルに電話をしてみる。

「おいッ! マジメにやりなさ〜い!」
「俺はいつだって大マジメだよ」

 オペラグラスごしに見えるトオルは着信音にびくっとして、携帯の表示を確認してさらにうなだれる。
 俺が何かしたか? そう思った懐だったが、相手の動向をよく観察すると出ようか出まいか悩んでいる様子がわかる。
 お構い無しに呼び出し続けるが、トオルはずっとそのままだった。

「……あの人何してんだろ?」
「出ないな……。何でだ? 面倒になってきた」

 懐は大きく息を吸い込む。観察に夢中のととろはそれに気付かない。

「今は出たくないんだよー。ほっといてあげ………」
「っっっっっさっさと出ろぉおおおおおおお!!!!!! こっから見えてんだよぉおおおおおお!!」
「〜〜〜ッ!!!」

 とんでもない大声。至近距離で油断していたととろは思わず耳をふさぎ、道行く生徒達は一斉に屋上を見上げる。
 トオルもびくっと反応し、ようやく電話から声が聞こえてくる。

《……せ……先輩?》
「ようやく出たか。あんなとこでうなだれてるから心配したぞ」
《あ……あの……その……ちょっと》
「何だ? 言ってみろ」
《出来れば……直接会って……その》
「いいよいいよ。じゃあ学食であお――」

 ドスッ

「横でバカでかい声だすなー! 心臓止まるかと思った……」
《先輩……? ……先輩!?》



※ ※ ※



 紅茶とクリームソーダ、それとクリームたっぷりのドリップコーヒーが学食のテーブルに並んでいる。
 ととろは紅茶に砂糖を入れながら、トオルに話しかける。

「あー、で。トオル君はこのバカに何のお話が?」
「その前に……。先輩大丈夫ですか……?」
「気にするな……」
123仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/15(土) 08:27:19 ID:Onx3GWl/
 懐は脇腹をさすりながら先ほど見舞われた見事なレバーブローを振り返る。

「で、どうした? 話あんだろ?」

 トオルは両手でクリームソーダを抱え、もじもじしながら、そしてぼそぼそ言う。

「あの……その……。出来れば……その」
「ふんふん」
「僕の曲に……歌メロ付けれるのは……。その……先輩だけで……」
「ほう?」
「つまりはその……あれで……」
「また一緒にやってくれんの?」
「うあ……! あの……先輩が……いいのなら……ですけど」
「……もちろんだ。ありがとな」
「……う。や……やった……!」

 喜ぶトオルそれを見ていたととろはつんつんと懐の脚を突き、耳打ちをする。

「(ちょ……。大丈夫なの!? とてもバンドやるようには見えないけど……)」
「(人を見かけで判断するな。こう見えて超正統派のメタル書きやがる。おまけに多作。……正直勝てん)」
「(それホント?)」
「(これホント)」

 ひそひそ話を終えて再びトオルのほうを見る。
 メンバーの一人は戻った。問題はぽっかり空いたギターとドラム。

「じゃあ後はそこだな」
「でも……心当たりは……?」
「……無い。俺が弾きながら歌うって手もあるけど、俺そんなに上手くねぇしなぁ。それにギターは二人欲しいし」
「それにドラムは……」
「うーん……。ぶっちゃけ、あの偽ヨシ○と変態より上手い奴って言ったら……」
「居ない……ですよね……」
「だな……」

「はぁ……」「はぁ……」

 二人のため息は深〜い悩みの証だった。
124仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/15(土) 08:34:11 ID:Onx3GWl/
代理投下終了です


以下感想

投下です。懐いつの間にデバガメ要員にw
こいつらの相性割といい気がするのはなんでだろう?w
トオルは戻ったが先行きは暗い……のか?
125創る名無しに見る名無し:2010/05/15(土) 09:31:12 ID:GgpSmTu3
確かに懐とととろのコンビはなかなかよさそうだw
126発表会前夜の異変 ◆G9YgWqpN7Y :2010/05/15(土) 12:41:47 ID:Onx3GWl/
こっちも投下します。
127発表会前夜の異変 ◆G9YgWqpN7Y :2010/05/15(土) 12:42:41 ID:Onx3GWl/
いよいよ後数日で発表会の開催日。
全てが大詰めを迎え、全員がフルに動き続けている。

役者はみな舞台の上で総合練習を続け、時に厳しく、さらに厳しく迫に演技指導を受けていた。
その有様は、ウェルチをして、「鬼コーチ」と名づけるほどだった。

しかし、今日はいつもと雰囲気が違う。
それは演技による程良い緊張感と高揚感ではない。

底冷えする緊張感と不自然なまでの静寂。
その中心に立つのは二人の少年。その内の一人、迫は大声を張り上げる。

「役を降りたい!? どうしてだ? もう残り数日しかないこの時期になぜなんだ!!」

突然の大声に舞台の上のみならず、大道具や小道具の確認をしていた者たちも一斉に舞台へと目を向ける。

舞台の上、衣装を着飾った役者が囲むように見守るその中心に、迫ともう一人少年がいた。
その少年は背丈180cm程、軽く茶に染め、短く切りそろえた一見精悍な顔つきをした少年。
少年は、その男らしい体格に似合わず、声を挙げた迫に対し、申し訳なさそうに頭を下げる。

「すいません」
「『すいません』じゃない。いまさら猛の変わりの王様役はいないんだぞ」

その言葉に猛と呼ばれた少年は役を降りるとは言っているがその理由を話そうとせず、沈黙する。

カチッ カチッ カチッ カチッ

いつもはうるさいくらいの舞台の上がシンッと静まり、時計の針が動く音だけが聞こえる。
そんな中、一人の少女が動く。

「猛君。どうしたの? あれだけ一生懸命やっていたのに……」

不安げな表情で猛に声を掛けるのは純白のドレスを着た王女役の少女、黒咲あかねだった。
右手を胸元に寄せ、一歩猛へと近づく。
猛は思わず一歩下がろうとするが、その動きを遮るのは王子役の少女、久遠荵。
彼女はいつの間にか猛の後に近づくと、無言でぐいぐいと猛を押し出した。
結果逆に一歩前に出る格好になる。あかねと目をはっきり合わせてしまい、慌てて視線を逸らせる。
それでもあかねは猛を真っすぐ見る。

「猛君が演劇を嫌いになってるはずがないよね。人一倍練習して、すごく上手くなって、それなのに突然役を降りるなんて……。
絶対あり得ないよ。そんなこと。……何があったの?」

あかねは静かに、心の底まで響く声で猛へと問いかける。
それでもあくまで視線を合わせようとしない猛も逃げることもできず、ただ立ち尽くす。

――再び過ぎる静寂の時間。

やがて、観念したように猛は一枚の紙を取り出した。
その声音は絞り出すような低い声音だった。いかに苦渋の選択だったかがにじみ出ている。

「これが先週、俺の机に入っていたんです」

取り出された紙を迫は乱暴にひっつかむと、その紙に書かれた内容を朗読する。
わざわざ新聞紙から一文字一文字切り取り張り付けた文章はこう、書かれていた。
128発表会前夜の異変 ◆G9YgWqpN7Y :2010/05/15(土) 12:43:35 ID:Onx3GWl/



拝啓、西郷 猛 殿

早速で申し訳ないが、今回の演劇の王様役を降りてもらいたい。
なお、拒否権はない。もし、従わない場合、
道具の破壊や他の主演が怪我をすることになる。



「……古典的な脅しだな。胸糞悪い」

いつの間にか近くに来ていた宇佐野和がポツリと漏らす。
先ほどまで、仕掛けの最終チェックをしていたが、舞台の異変に気付きやってきていた。
舞台の上にはすでに、発表会に関わるほとんどの人間が集まっていた。

「これは酷いよ」
「最悪だな。人が作ったのを壊そうとするとは一度お灸が必要だ」
「ただのいたずらじゃないのか?」

口々に喋り始める。
その多くは紙に関する罵声とただの脅しだろうと言う楽観。
段々とその騒ぎが大きくなってきたとき、その中心にいた猛はぽつりと呟く。

「この脅迫は本物です。ほら、前に霧崎先輩のドレスが破れた事がありましたが、
 あれは破けるように細工されていたためだったようです。
 京さんが服を直すときに細工されていたことに気付いたんです」

その言葉に全員の視線が京に集まる。急に話題に出された京は若干慌てつつも答える。

「ええ、それは本当だけど……。誰が何の目的でやったかわからなかったのよね」

若干口ごもる京に頷きながら、猛は言葉を続ける。

「そ話を聞いた後、もう一枚紙が来たんです」

今度はそれをあかねが黙って受け取った。
一瞬顔をわずかに歪め、朗読する。



拝啓、西郷 猛 殿

これが最終警告だ。従わない場合、本格的に破壊行為を行う。
嫌ならば役を降りることだ



あかねが読み終える。
その言葉に再び、ぴたりと言葉が止まる。
なんとも言えない重苦しい時間が過ぎる。
だれしもがべったりと纏わりつくような不快感を感じ、しかし頭がついていかない。
129発表会前夜の異変 ◆G9YgWqpN7Y :2010/05/15(土) 12:45:18 ID:Onx3GWl/

いつまでも続くかと思われた静寂を破ったのは、迫だった。
迫は静かに、しかし誰しにも響くような声で猛へと問いかける。

「猛、お前は演劇をやりたいか?」

その言葉は簡潔明瞭。それゆえに猛の口からもあっさりと言葉が出る。

「もちろんです」

その言葉は本人が思っているよりもはっきりと、力強く、それゆえ本気がはっきりと全員へ伝わる。
迫は大きく頷くと、再び言葉を発する。

「なら、続けるんだ」
「でも……」

なお躊躇する猛に対し、迫は肩に手を置く。

「俺たちはこの演劇を真剣にやっている。お前も本気でやっている。
 この程度の脅しに屈するような生半可な気持ちでやってない。
 だから、猛も信じてみろ。俺達を、決してこの手の輩には負けはしないと」

その目は余りにも真剣。故に猛も観念したように、

「……はい」

ゆっくりとうなずいた。


*         *          *



「それでは対策を考えるぞ。 実際問題、邪魔やけが人を出すわけにはいかない」

迫はそこに集まった全員に聞く。
そこに真っ先に手を挙げたのは一人のリーゼントだった。
だれしもこの男が動くとは思っておらず、一瞬驚きに声を失う。
その間に台は勝手にしゃべる。

「まったく、俺が作ったものを壊そうなんてふてぇ奴だ。俺が何とかしよう」
「……いいのか? どうするつもりだ?」

いかにも怪しそうに聞く迫に対し、台は大きく頷く。

「ああ。とりあえず那賀と省はこっち対策に使わせてもらう。方法はこの場では言えん。
万が一邪魔をする輩が聞いていると面倒だからな。美術部担当の残りは部長がいれば何とかなるだろう。
お前らはそのまま練習を続けてくれればいい」

その台の瞳の光にに本気を見たのか、迫も頷くことで応じた。

「わかった。頼んだぞ」
「大船に乗った気でいろ。俺は自分の作品が壊されるのが許せないからな」


*         *          *
130発表会前夜の異変 ◆G9YgWqpN7Y :2010/05/15(土) 12:46:13 ID:Onx3GWl/


*         *          *



「他人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に堕ちろ!って感じです! 」

台は黙ってホールを出る。しかし、その後から声を掛けてくる少女がいた。
そこにいたのは近森ととろ、ではなくカップルウォッチャーととろがそこにいた。
ヘルメットの下、眉をギュッと寄せ、不快そうに台に話し掛ける。

「恋路? あの男のことか?」

「そう、猛君はね、舞台にも本気で挑んでいる。それが99%。だけど1%別の理由があるの。
この演劇発表会を通して、片思い相手の黒咲あかねちゃんに近づきたいと思ってたのよ。
本人自体そんな気持ちでいると思ってないみたいだけどあたしにはわかるのよ!?
それなのにこんなことでパーになったら困るのよっ!? ああ、せっかくのチャンスがー!」

唐突にじたんばたんし始めるカップルウォッチャーととろ。
女性に理想を求める10代男子には見せられない姿を眺めながら、台は一つため息を吐く。

「まぁ、だからこそ奴の恋路を邪魔するため、あの脅迫者を今まで放っておいたわけだが」
「……そこの不良も気づいてたの!? って脅迫してる奴まで知っているとですと!?」

思わず変な日本語になるカップルウォッチャーととろに台はにやりと笑った。

「もちろんだ。俺達を誰だと思ってやがる。ともかく、目星は付いているからな。後は阻止するだけだ」
「へぇ。それならあたしも協力できるよ! 今回だけは目的一緒。あたし役貰ってないし」
「お前もやるつもりか?」
「当然、人の恋路を邪魔する奴にはきっついお仕置きが必要よ!」

驚きの声とともに聞き返す台に、元気よく答えるカップルウォッチャー。
しばらく台は考えるように沈黙し、やがて口を開く。

「そうだな……お前には主犯の説得に当たってもらおう。カップルを見続けたお前なら説得できるやもしれん」
「ふふふ。もちろん分ってるわね! やってやるわよ! 絶対彼の邪魔はさせないわよ」
「奴の恋愛はそのうち潰すが、それより今は俺の作品を壊そうとした方が問題だ。その罪どう償わせてやろうか……」



――敵対する二人は一時的な共闘を得る。


舞台の成功を心から願う者
舞台を盛り上げようと苦心する者
舞台をサポートし、盛り上がる者

そして、その舞台を壊そうとする者

様々な思惑をのせ、舞台は本番へと動き出す。
131発表会前夜の異変 ◆G9YgWqpN7Y :2010/05/15(土) 12:47:23 ID:Onx3GWl/

投下終了です。続いて新キャラ紹介


西郷 猛

高等部1年生。普通科
身長181cm。 、軽く茶に染め、短く切りそろえた一見精悍な顔つきをした少年。
ガタイもかなりいい。しかし性格は割と温厚。草食系男子?
演劇に情熱を持っており、将来は俳優になりたいとぼんやりと思っている。
ひそかに黒咲あかねに恋心を抱いているが、本人は自分の気持ちに気付いていない。


さて、このまま平穏に終わらせようかと悩みましたが、結局こっちに舵を切ることに。
次回から多分本番に入ります。
132創る名無しに見る名無し:2010/05/15(土) 13:56:39 ID:GgpSmTu3
普段の敵同士が共闘ってのは燃えるぜ……
しかし台の情報網の陰に懐の存在を感じるようになってしまったw

「先輩、……んがょぺっ!」
「今の何?」

 びたーん!と凄まじい音が、誰かの奇声に続いて聞こえてきた。しかしどういう発音。
 振り返って長い廊下の果てを見やると、毎度お馴染みアホの後輩がうつ伏せになって倒れていた。
 この距離では顔など判らないが、人間、見慣れてくると物腰から遠くの影が知り合いと気づくものだ。

「あ、あれ? ……うん、うんっ!」

 後輩は震える手を伸ばして指紋を床に食いつかせ、爬虫類のようにずりずりと這ってこちらに少しずつ向かっ
てきた。……先週鳴り物入りで日本に上陸したホラー映画よりは怖かった。

「……ハァ、ハァ……」

 たっぷり数十秒を掛けて、どこか人外魔境産の怪生物が俺の爪先まで到達。荒い呼吸には艶っぽさが少し、な
いでもない。正直、かなり身の危険を感じた。
 足早に立ち去るなり大声で誰かを呼ぶなりしてもよかったのだが、謎の期待に満ちた彼女の上目遣いが気にな
って(もといムカついて)堪らず、どちらも却下。

「……」
「……ちょっとこけるタイミングが早すぎましたね」
「どういうつもりだ。奇行をこじらせて何か別の生命体に進化したのか、さもなくば新手の痴漢か」

 強すぎる情念に身を焦がしたり、三年寝たりするだけでも、人間は妖怪のカテゴリに片足を突っ込むのだとい
う。こいつなら余裕という気がする。すごくする。
 そこで後輩は「あ」と何かを思い出したような声を発してから、ゆっくりと体を起こして廊下で女の子座りを
し、打ってもいない頭を押さえて「うぅ〜痛いです〜」などと涙ぐんでみせた。
 今更っ!? フリにしても鈍すぎるよお前の痛覚。
 ……それから、先輩としては、目薬がスカートのポケットからこぼれそうなことに気づいて欲しい。
 俺の視線には冷たい“呆れ”の成分が相当多めに含まれていたはずだが、彼女は雑巾の身代わりに真っ黒にな
った制服をはたいてから、得意げな表情になって胸を張るのだ。

「これが、ドジっ娘(こ)です! 萌えますでしょう」
「おお萌……えねーよっ!」

 ……ああ、今日はそういう趣向なのね。
 明らかになった彼女の意図は、予想以上に下らなかった。
 恒例になった求愛のアピール。豊富なバリエーションはいやはや大したものといえようが、思うにドジっ娘と
いうやつはあざとくちゃいけない。

「そんな『どや!?』とでもいいたげに自信満々な顔をされてもな。……お前ね、計算づくでドジやられても困
るだろうが」
「でっ、でも先輩はその昔、“天然は腹が立つ”っていいましたもん! いいました。絶対にいいました。いー
いーまーしーたーっ! だから養殖物でいいんです!」
「……それは確かにいったが」

 後輩が論点をずらして強弁。
 高校一年生にしては幼い、曲げた腕を上下させる駄々っ子モード、それを可愛いと思うか身の程知らずと思う
かは意見の分かれるところだ。男は意外とこういう露骨なのに弱いっていうけど。
 俺? 俺はほら。……慣れた……。

「それはさておき――さあさあ食らうがよいのです! そして芽生えよラブ! ときめけハート! “守ってあ
げたくなる光線”! びびびー! 先輩のココロにズッギュンポン!」

 後輩が宇宙的恐怖を呼び覚ます奇天烈なポーズとともに、指先から不可視の怪光線を放ってくる。
 その妙にお手軽な感じの「ポン」は何の擬音なんだか。……どうでもいいな。

「ところで、用件はそれだけか」
「女の子にここまでさせておいてパーフェクト無視ーっ!? あんまりですっ!」
「……付き合ってられん」
「ああんっ、ちょっ、待ってくださいよー。……今日の先輩は何だかいつになくつれないですね。何かリアルで
イヤなことでもありました?」

 どこリアル。

「お前はどこの世界に生きているんだ」

 バーチャル世代の希薄な現実感に現代社会の闇を見た!というわけでは全然ないが、思わず振り返ってしまっ
た。……やだなァ俺、最近、パブロフの犬みたいにツッコんでいる気がする。
 果たして後輩は神妙な顔で答えた。

「はい。仮想と妄想の狭間で」

 だからどこだよ。



 ※


「とまあ、今日はこんな感じで先輩にアタックしてみました」
「おつかれさまでした」
「おつかれー」

 『女三人よれば姦しい』とはよくいったもの。
 その日の喫茶・茶々森堂は、窓際の一スペースに陣取った女子高生のために、それはそれは賑やかだった。い
ずれもどこか透き通った色香と若者らしい驕慢さを匂わせる、仁科学園の夏服姿だ。
 黒髪ボブカット、長めのセミロング、薄茶色のツインテールを突き合わせて意見を交わすのは、恋する乙女ふ
たりとその友人ひとり。
 ひょんなことから知り合った彼女ら三人組は、たまの放課後には誰からということもなくこうして集まり、近
況報告やら作戦会議やら愚痴の言い合いやら傷の舐め合いを行っていた。

「ドジっ娘で父性本能をくすぐる作戦は、華麗なる大失敗に終わったわけですが」

 “後輩”後鬼閑花、黒髪ボブカットが参った参ったと笑う。愛する“先輩”先崎俊輔に執拗もとい熱烈なラブ
コールを送り続け、断られ続けている少女だ。

「やっぱり、無理があったんだよこれ……っていうか何であそこで、あのタイミングでこけるかな」
「ええ巧妙な罠が」
「ないよそんなもの」

 上原梢、薄茶色のツインテールが、ひと言で切って捨てる。進展しないのは閑花にも問題がある気がする。
 的確なツッコミがあったことに満足したのか、閑花はにこにこしながら引き下がった。

「えっと、わたしもいいかな? ……バレるの、早かったね……」

 河内静奈、長めのセミロングが、そういって沈む。当事者の閑花よりも今回のことについて残念がっている節
があった。彼女もまた、同じクラスの牧村拓人への熱い想いを秘めた、とびきり可愛らしい恋する乙女だからだ
ろうか。

「確かに、日頃の行いってのもあるんだろうけど、先崎先輩はあれで閑花のあざといところ、見抜くもんね」
「先輩は、私のことなら何でもお見通しなのです!」

 えっへんと胸を張る閑花だが、もちろんそういう問題ではまったくない。
 「これが、ドジっ娘(こ)です!」という爆弾発言ですべてを台無しにする以前から、怪しまれ、いぶかしま
れていたことは間違いない。

「でも羨ましいなぁ、そういうの……」

 静奈がぽつりと呟いた。
 彼女は意中のひとへの告白も“まだ”だ。競争ではないが、そういう意味では、閑花より一歩も二歩も出遅れ
ていることは確かである。
 でも、と。一方で、閑花は思う。

「そうですか。私は静奈さんのほうが羨ましいです」

 今の自分たちの関係は、誰が見たって膠着状態に陥っている。
 先崎俊輔は、後鬼閑花の気持ちをあるていど理解していながら、それをはっきりと拒絶している。
 諦めのいい人間であれば、これはとうに終わった恋なのだ。後鬼閑花の妄執めいた思慕と、先崎俊輔の誠実さ
や忍耐強さのために、一方的な求愛行動が延々と続いているだけで。
 どうしてそこまでと思うほど、先崎のスタンスは頑なだった。態度から嫌われていないことは分かる、何のか
んのと気に掛けていることも分かる。しかし最後の一線はどうしても越えようとしない。そこまでが、途方もな
く遠かった。
 想いを伝えて拒まれ続けるということは、それはそれで、閑花にもつらい。無尽蔵にひとりを愛せる彼女にだ
って、愛されたいと思うことはある。手ごたえが欲しい。
 けれど、河内静奈の恋愛は、“大事にとってある想いを伝えれば、もしかしたら魔法のように全ての願いが現
実のものとなるかもしれない”のだ。後鬼閑花から見ても、静奈は素敵な娘だ。どちらかが男だったら惚れてい
たかもしれない。
 こればかりは当事者同士の問題で、一歩踏み出したその先が花園か茨の路かなど分かりはしない。そして、そ
れは、後戻りの利かない進化のレースのようなものだった。
 だから閑花は、彼女なりの筋として、静奈に「頑張れ」とも「告白しちゃえ」ともいったことがない。

「ともかくっ」

 上原梢がひと言発して方向性を失い掛けていた空気を締める。
 混迷しがちな彼女達の井戸端会議に、議論を引っ張っていける彼女のような人材は欠かすことが出来ない。自
然、司会進行役となっていた。

「あたし前から思ってたんだけど、閑花が先崎先輩といちゃラブの関係になるには、まず二人のそのネタっぽい
ムードをどうにかする必要があるんじゃないかな」
「ネ、ネタぁ!?」

 閑花が電撃を浴びたように身を仰け反らせた。強がりと願望と誤魔化しも露骨に喚く。

「どっ、どこがネタですか! 私の全力誘い受けと先輩の愛ある切り返し! まるで長年連れ添った夫婦漫才コ
ンビのような……信じ・て・いる・の、ミラクル・ロ・マ・ン・ス!」
「そういうところがね……少なくともそのセリフ、“漫才コンビ”以降が超余計だと思う」

 静奈も言及こそ避けていたが、「うーん……」と顎の下で指を組んで苦笑していた。
 平時はともかく先崎がらみとなると、閑花の言動は確かに相当に突飛なものだ。ウケを狙わなくては死んでし
まうとかそういう変な病気に罹ったような女だった。恋愛の対象と見るにはかなり難儀しそうで、その点では先
崎に同情しなくもない梢である。

「け、けどそれ削っちゃうと、個性が!」
「……恋愛に個性ってそこまで必要?」
「あ、あのね? 閑花ちゃんと話しているときの先崎先輩、すっごく楽しそうだと、わたしは思うな」
「まぁ、それはそれでいいんだろうけどね……」

 そこで梢は「ん?」と首を捻った。

「って違うよ。話がずれてる。つまりあたしは“閑花の場合、恋愛の進展には、それなりのムードづくりが肝要
ではないか”といいたい。あなたたちの会話、ほんとにほぼボケとツッコミで成り立ってて、色っぽい話題もキ
レーに流されていくじゃない」
「うっ、それは確かに……」

 閑花の目が泳いだ。

「ということで! 第四回“恋する乙女会議”、始めるよー! 本日の議題は、『恋愛のムードを盛り上げるも
の〜閑花のばあい〜』!!」
「きたこれ」
「わー」

 こうして、何ともいえないゆるい雰囲気で、恒例となりつつある作戦会議が開始された。

「はいっ!」
「はい、いきなり閑花」
「初詣、恋愛映画、ビーチ、肝試し、衣替、プラネタリウム、文化祭、水族館、――夜這い」
「それオチ? オチいらないしっ」

 上原梢はふと思った。彼女にあまいムードを期待するのは酷なんじゃないかと……。
 とはいえ、定番をきっちり揃えてくるあたりは、伊達にオラオラとアプローチしていない。……ついでに閑花
の行動力なら、このうちの幾つかで既に手ひどい失敗をしていても何らおかしくないけど。

「まったく閑花は仕方ないなぁ。じゃあ次はあたしね。ずばり、協力して何かをやり遂げた後での二人きり、い
つもと違う表情や服装、とか。具体的には例の演劇はチャンスだったんだけど、タイミングが悪かったね……」
「先輩も別件が忙しかったみたいですからね。次の機会を待ちましょう。文化祭とか」

 文化祭なら、そのどちらも積極的に狙っていけると思うのだ。
 梢は肯いて、うんうん唸っていたもうひとりに意見を促す。

「静奈はー? 何か思いついた?」
「んと。ちょっとしたギャップとか、吊り橋効果とか、ストックホルム症候群とか?」
「ストックホルム症候群だけは絶対に関係ない」

 とぼけた静奈に、手厳しいツッコミが炸裂していた。

「そういえば、先崎先輩ってどんな女の子が理想なのかな? ムードっていうなら、そのあたりも大事だと思う
んだけど?」
「静奈スルドイ。どうなの閑花?」
「もちろん、先輩のタイプは、まさにこの後輩そのもの」
「この期に及んでそういう冗談いいから。いらないから」
「……確証はありませんが、大方、“包容力のあるお姉さんタイプ”だろうとニラんでいます」

 ブーたれながら閑花はしぶしぶ白状した。

「あぁ、ね」
「うん」
「ちょ、そのリアクション一体全体どういう意味ですか!?」

 三人の視線がこのときばかりは交わらなかった。喫茶・茶々森堂のマスターである、佐々森笹男推定五十代後
半既婚者はそう証言する。
 ちょっと気まずい雰囲気の中、「そのへんのことを踏まえつつ、また作戦考えてこようか」という上原梢の取
り成しに乗っかるかたちで、四回目の恋する乙女会議は閉会した。すぐに文殊の知恵が出るとは限らない。そう
いうものだ。

「じゃあ、またね」
「ばいばい」
「ごきげんよう」

 笑顔で手を振り、それぞれの帰り道へと爪先を向ける。
 すっかり、遅くなってしまった。
 閑かで暗く冷たい街並みを眺めながら、後鬼閑花は少しだけ唇を動かして息を吐いた。

 ――先崎俊輔以外の人間に、心を許してはならない

 そう思っていた。強く。愚かで弱い自らへの自戒だ。
 人間、笑顔の裏で何を考えているか分かったものではない。みんな陰口が大好きだ。表情も振る舞いも、“仮
想”にすぎない。しかしそれは、“そういうもの”だと諦めなければいけないのだ。

「だから、こんなふうに、楽しんでいては、いけません」

 手つかずの深層心理にまで、刻みつけるように呟く。
 ああ。
 楽しかった。
 楽しいのだ。あのふたりとの時間は。いつも、いつも。
 こうして別れてから「河内静奈さんだって、上原梢さんだって、裏では――」と言い聞かせてしまう自分は、
最低なのだろう。本来は友達と笑い合う資格などない“怪物”だ。ごめんなさい、ごめんなさい。
 思考はとうに支離滅裂だった。だからといって胸のうちを整理してはいけない。それは、信じていたものを砕
いて散らしてしまうからだ。

「……帰ったら、また笑う練習をしよう、かな。それから」

 それから、先んじて形だけでも覚悟を整え、裏切りに備えなくては。心を凍らせて。それを怠れば、いつかき
っと、血を吐くほど傷つくことになる。
 住宅街の翳に消えていく後鬼閑花の歩みは、やはり危うい。
 けれど、抑えようもない何かのために、その靴音は心なしか弾んでいるようにも見えた。



 おわり





以上。投下終わり。あ、投下宣言忘れてた。申し訳ない。
「恋する乙女の第一歩」を受けて。河内静奈、上原梢をお借りしました。
仲良くなった経緯とかはばっさり。時系列的にも不明、こういう未来があるのかさえ不明かも。
ほとんど「この三人なら」という妄想、パラレルワールドに近いです。それでもこんな性格の後輩って・・・
冒頭が先輩視点な理由? ふしぎだよね。
139創る名無しに見る名無し:2010/05/15(土) 23:42:13 ID:sj4ZQGwV
>>124
投下及び代理投下乙です。
なかなか興味深いことをいうなー懐は。
トオルがんばれ超がんばれ。変身するとか聞いたけど今のお前も好きだ。
ここのところ、ととろの出現率がひどいことにw

>>131
これは衝撃の展開!しかも一時共闘とはホトバシル熱さ。
……あの字絡みでゴニョゴニョって感じか。
過激武闘派っぽいととろによる説得が楽しみだ。
しかしこういうときは頼りになるな台。敵に回したくねえええ。
140創る名無しに見る名無し:2010/05/16(日) 06:48:53 ID:RGIOt8hj
ついに正面きって漫才関係を指摘されたw さすが上原だ
先輩の理想は包容力のあるお姉さんタイプ……メモメモ。完全に鈴絵敵認定だなw

ああ、この三人の和気藹々してる雰囲気いいなぁ、と思ったら、
後輩……いつか本当に信じられるようになるといいなぁ
141仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/16(日) 22:00:21 ID:RGIOt8hj
以下代理投下です
142仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/16(日) 22:01:02 ID:RGIOt8hj
小咄:【食い意地編】


「昼飯だぁあああ!!」

 お昼休みだ。いつものように学食へ駆け込み、いの一番に注文するのは日替わり定食。
 今日は鯖の塩焼きと鶏肉入った筑前煮。それにキャベツのサラダか。魚は好物だ。うむうむ。

 鯖は魚の中でも特にアミノ酸スコアが高い。その数値は99,999999………。要するに100%に近い。
 これは牛や鳥のようにタンパク質が分解されアミノ酸となった際に、筋同化に必要なアミノ酸が十分に含まれているという事で――
 まぁボディビル的な話はいいだろう。大事なのは鯖が旨いって事でしょ?

「ご飯の代わりにカツ丼大盛ちょーだい」

 これもいつもの事だ。定食の小さいお茶碗じゃ全然足りないんだ俺は。ドンブリ飯がいいが、いくらたのんでも何故かドンブリにご飯よそってくれない。マニュアル人間め。
 いつかこのおばちゃん丸め込んでドンブリで銀シャリ食ってやる。……ご飯はうまいんだよな。

「クリームクリーム……っと♪」

 あとはドリップコーヒーにクリームと砂糖入れた奴。
 ……熱いよ。番茶じゃねぇんだぞ。だから最初にカップに注いでおく。食い終ったらちょうどよく冷めてるはずだ。多分。
 本当はクリームたっぷりのエスプレッソがいいが、ここのエスプレッソはマズイ。
 いっちょ前にでかいマシンが蒸気吹いてるけどシブチンのおばちゃんの性格が出てるのか、薄いくせに苦い。逆にどうやって炒れてんだ。
 ここらでまともなエスプレッソ飲みたいなら喫茶・茶々森堂まで行く必要がある。
 あのオッサンが手動の小さいマシンで入れるアレは地味に旨い。侮れねぇオッサンだ。
 女の子が多く出入りするのも高得点だグヘヘ……

 しかしあそこに行くとケーキ等をキレ食いしたくなるから注意が必要だ。アレを女の子に見られるとドン引きされかねない。
 ……ええ。以前にケーキひとホール丸ごと食ってる所目撃されましたよ。ええ。まぁ口封じは済んでいるがな。
 やり方? ソイツは言えねぇなグヘヘ……。
143仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/16(日) 22:01:57 ID:RGIOt8hj
「頂きます……」

 静かな気合を込めて御百姓様に感謝の言葉を言った後、一気に鯖にかぶりつく。うめぇ。この世の物とは思えねぇ。
 日本人でよかった。
 そういえば東ヨーロッパのとある港街でも鯖や鰯をよく食べるとか。魚が取れない時は塩に付けた鰯を食べるんだと。まんま「ひしこ漬け」じゃん! とツッコんだのは内緒だ。何の話だ。

「サラダはマヨより中華ドレッシングだろ」

 俺のポリシーは周囲のマヨラーを敵に回している。何人かのマヨラー共はこの発言によりこちらへ視線を向ける。
 上等だ。かかってこい。
 と、視線による戦闘を仲裁するるように鼻につくいい香り。
 横を見ると、なんとそこには……

「と……豆腐ハンバーグだと……」

 ヤバイまずい危険だ。豆腐の類超好き俺。
 ヘルシー故に女子に人気のメニューだろう。案の定それを持って隣に座ったのは見知らぬ女子生徒。
 かかっているソースは醤油ベースのあんかけソースだと俺の鼻が言っている。
 よろしい。交渉だ。

「それちょーだい」
「へ?」
「うまそうなんで」
「てかアンタ誰……?」
「初めまして懐と言います。てか俺の事はいい。問題はその危険な豆腐ハンバーグだ。わけてくれ」
「良くないでしょそこ」
「俺のカツ丼のカツを代わりにやろう」
「カロリー高いだろ……。いらんわ」

 厳しい交渉の末にハンバーグ半分ゲット。……カツ全部持ってかれた。ふざけんな。

「ごちそうさま」

 至福の時は過ぎ去る。口に残る鯖の刺が気になるので速やかにペッ、と排除。よし。見られてない。
 温くなったコーヒーを飲んで一息。

 よし、やっぱ今日、茶々森堂行こっと。
144仁科学ライオン ◇wHsYL8cZCc:2010/05/16(日) 22:03:50 ID:RGIOt8hj
代理投下終了

以下感想

相変わらずの筆の速さ。
懐ほんとフリーダムだなw
名もなき女子生徒大丈夫なのか。カロリー的にw
145創る名無しに見る名無し:2010/05/16(日) 22:19:48 ID:ixZYKSjw
>静かな気合を込めて御百姓様に感謝の言葉
懐に惚れてしまうやろ!!!!いいなあ、律儀な所が。
146創る名無しに見る名無し:2010/05/21(金) 23:02:45 ID:qegRhVHL
いかん流れが止まっている
残弾が無い今、ここは寝たふりで盛り上げるしかないッ!

ぐー
147創る名無しに見る名無し:2010/05/21(金) 23:24:14 ID:sgveVkg6
いやいやどうせなら雑談のネタふってくれよw
え?俺?

ぐー
148◇gIq0xA48Xk 代理投下:2010/05/23(日) 18:05:49 ID:1+aDfHKO
雄一郎とか和穂とか臺先生とかの奴です。
何故かトリが変わりました。

ついでに小ネタ。『名字』
雄一郎「和穂、俺の名字、分かるよな」
和穂「え、小鳥遊(たかなし)でしょ」
雄一郎「ま、伊達に少し一緒に居る訳じゃないよな…てか、和穂の鷲ヶ谷ってのも凄いよな」
和穂「でしょー!かっこいいでしょー!」
雄一郎「名前負けしてるがな」
和穂「ひどいっ!ひどいよ雄一郎!」

臺「僕の名字、『うてな』なんですけどね、どうも『壺』とかと間違えられるんですよ」
白壁「あー、やっぱそうなんだ」
臺「白壁先生、間違えてました?」
白壁「いやぁ、私は前推理ドラマの犯人で居たから知ってたの」
臺「…あぁ、アレですか…」




代理投下終わり
ウテナといえば革命だろ・・・
149創る名無しに見る名無し:2010/05/24(月) 20:59:56 ID:BP9rDN+U
壺・・・
葱・・・
県・・・
150先輩、私を捕まえて!◇46YdzwwxxU:2010/05/29(土) 20:39:33 ID:lqUwo1VN
以下代理投下です。
151先輩、私を捕まえて!◇46YdzwwxxU:2010/05/29(土) 20:41:02 ID:lqUwo1VN
 その日の後輩は、何だかいつもにも増しておかしかった。
 見掛けたその貌は紅潮しており、柳眉は切なげに垂れ、瞼は蕩け、口ははしたなくも半開き。撫で肩はますます落ち、
足取りはまるで酒精が巡ったかのように不確かだった。そんなふうに見えた。
 教室前廊下の道幅を最大限に利用するじぐざぐな歩法が気になり、俺は最近では珍しく自分から声を掛けることにする。

「フラフラして何だお前。危なっかしい」
「……先輩?」

 後輩は弛緩しきった表情で俺を見つめた。どうも目の焦点が合っていない。
 返答までのタイミングのズレに少し不安になっていると、彼女は両手で頬を押さえて甘えるようにいった。

「ええ。……実は昨夜から仮病で、頭が痛くって。……慰めてくれますか?」
「聞いたことがある。それ死ななきゃ治らないらしいな」

 ……やっぱり心配して損した。
 そういや以前にも、ストーカー中のところをサーチアンドデストロイした俺のお袋に向かって
「ちっ、違うんです私は、怪しい者です!」とか激白してたし。計算高いようで、安定してボロを出す女なのかもしれない。
 だからといって可愛げがあるわけでもないが。

「間違えました。。……ん……はくしょっ! ……今の失言はきっと、メッチャメッチャ厳しい人たちが不意に見せた優しさのせいだったりするんでしょうね」
「誰だよそいつら」

 口調こそ弱々しいものの、ふざけた中身は健在だった。
 ちなみに今のくしゃみ、100パー、口で言ってたろッ。

「お前はパロディのセンスないんだから、もう自粛しろよ……」
「ええいこの際そんなことはどうでもよろしいのですッ!!」

 そっち方向での挽回が困難と見るや、後輩はいっそすがすがしいほどに開き直った。
 ……元気じゃん。

「ええ認めましょう、認めますよ! 仮病というのは、乙女の照れ隠しッ! お医者さまはいいました。これな
るは、ああ、恋の病ッ、愛という名の熱病ッ! マラリアは蚊によって媒介されます」
「最後の説明要るの?」
「黄帝内経、神農本草経、傷寒雑病論、難経、アーユルヴェーダ、四部医典まで……。我が身の動悸と眩暈と、
カラダのほてりをどうにかすべく、私はあらゆる手段に手を染めました。……けれど、結局は現代医療の限界を
思い知らされただけ……。つらい。かなしい。そこで私は、ようやく気づいたのです!」
「そうか」

 そんなふうにまくしたてられると、俺もツッコミしづらい。かなしくはない。
152先輩、私を捕まえて!◇46YdzwwxxU:2010/05/29(土) 20:42:24 ID:lqUwo1VN

「もし、この病を治すお薬があるとすれば、それはきっと、先輩に抱き締められること。先輩に口づけされること。
そして先輩に愛のことばを囁いてもらうこと。……さすればっ!」

 後輩はそこで胸元に握り拳を寄せ、喉に得体の知れない力を溜めに溜めた。

「先輩にも、この恋の病が感染するやも!」
「その話の流れは、自分を治せる薬はないってこと? 自慢か? バカの自慢」

 しかし、ここまで歯止めが利かずに支離滅裂になっている会話は初めてのような……。
 俺は改めて後輩の顔色を見る。一瞬だけ気の迷いで額に手を当てようかと思ったが、こいつを喜ばせるのは癪だった。

「さあ、先輩! 抵抗は無意味です! あなたはもう心理的に完全に包囲されているはず! 
私といっしょに気持ちよく――ってあら? 先輩? どうしたんですかそんな真剣に」
「なあお前、……ほんとうに体の具合悪いんじゃないのか?」
「……そんなわけないですもん」

 目線を逸らす。
 こういうときの後輩は、とてつもなく分かりにくい。
 彼女の性格を考えると、体調の悪さを最大限に利用して俺に甘えようとしてもおかしくない。つまり、ここで
頑なに大丈夫だと言い張る理由がない。
 もののついでに思い出したが、こいつはその昔、雑談中「私を苗床にして繁殖したばい菌たちで先輩に病気が
感染るとすれば、……それってえろすぎますよね?」などと、ふつうに気持ちの悪いことを口走っていたことが
あるようなないような。百年の恋も冷めるわ。……恋してないけど。
 いかん話が逸れた。
 とにかく。
 “今の後輩はいたって健康なところ、わざと不調を装う演技をし、さらに口では強がって俺の心配を煽ろうとしている”。
 ――素人ならそう思うだろう。いや、この道の玄人とか意味分かんないけど。

「保健室、行くか?」
「ヤです」

 ところがだ、そうとばかりは言えないのが、この“現代の狼少年”の複雑なところなのだ。
 自分の微妙な変化に気づくかどうか俺を試したり、また気づくことを前提にして何でもない素振りで俺の気を
惹こうとしたり、それくらいは日課のようにやる女である。
 かつて我が母は「それが女の子のデフォルトよ♪」と年甲斐のない音符エフェクト付きで語ったが、髪型や服飾ならまだしも、
自分の体調でやるのはさすがに病的だと思うのだ俺は。
 つまり、どういうことかというと。
 “今の後輩はいたって健康なところ、わざと不調を装う演技をし、さらに口では強がって俺の心配を煽ろうとしている”ように見せ掛けて、
実は本当に体調を崩していると俺が見抜くことを期待している。
 ……なんかもう頭がこんがらがる嘘吐きっぷりだが、そんなじゃんけんで裏の裏のそのまた裏を掻くような不毛な可能性が、
厳然としてあるのだ。我ながら、それに気づけるから何なんだと思わなくもないけど。

「なんつーか、お前の彼氏になる男は苦労しそうだな……」
「えへへ。……それって、先輩のこと、ですよ?」
「願い下げだ」

 ただし、今回に限っては、気づけて良かった。彼女を安心させることができたからではない。
153先輩、私を捕まえて!◇46YdzwwxxU:2010/05/29(土) 20:43:04 ID:lqUwo1VN
 無理矢理にでも、“彼女に早期治療を受けさせられるから”だ。

「それより、ほら、保健室に行くぞ。――嫌でも、連れていく」
「先輩からの強引なデートのお誘いは、跳び上がるほど嬉しいのですが」

 俺が差し伸べた手を、後輩は握らなかった。
 彼女は儚げな、しかし会心の笑みを、浮かべた。

「保健室までじゃ、ちょっと物足りない、かな?」

 リノリウムの床がだんと鳴った。

「……は?」

 俺は間抜けな顔をしただろう。
 後輩は、いつのまにか俺の背後に回っていた。
 脚のもつれるような動きだったくせに、俺より数段素早い。目では追えない。
 いや、これは単純な速度ではない、一瞬で相手の死角に退避する足捌きか。……って何の達人だお前はっ!

「ていうか、おいこら、待てよ病人!」
「だから私をベッドに連れていきたいなら。先輩、――私を捕まえて!」

 何その誤解を招く台詞。
 慌てて手首を掴もうとしたところで、後輩の花のような微笑みがまた残像となって消えた。
 どこいった!?
 見回すと曲がり角の向こう、スカートの端がヒントのようにちらと閃いた。
 あの先は、くそ、階段を下る気か!? 下手をすれば仁科学園すべてがフィールドになるぞ!
 呆然とする間もなく、俺も駆け出す。
 正直にいえば、もう知ったこっちゃない、もう付き合いきれないという気持ちもないではなかった。しかし、
ここで病気の後輩をひとり置き去りになんてできるわけもない。そこまで彼女は計算しているだろうが、いいだろう、
今回だけは乗ってやる。

 ――あはは、待ぁてぇ〜こ〜いつぅ〜
 ――うふふ、捕まえてごらんなさぁ〜い

 かくて。
 いかがわしいことこの上ない謎の幻聴と、「廊下を走るな、えーと、……“先輩”っ!!」という真田基次郎
教諭の野太い声とともに。
 長い放課後が始まった。
154先輩、私を捕まえて!◇46YdzwwxxU:2010/05/29(土) 20:43:47 ID:lqUwo1VN
投下暫定終了。
ネタを絞れずまた文章が荒れたですよ・・・

えーとこのシリーズは、いつもと逆に逃げる後輩とそれを追う先輩が、
学園中を走り回ってよそのキャラと絡んでいくというものです。
ほぼ小ネタ集というか、それぞれの尺はナメてんのかというほど短くなる予定なので、
wikiでもページを分けずに場面扱いにして追加更新していく形にしたいと思っております。


以上代理投下でした。
155創る名無しに見る名無し:2010/05/29(土) 20:45:43 ID:lqUwo1VN
乙〜! 新シリーズ来た! これは期待。やっぱこのコンビはいいな。

後輩……本当に大丈夫なのか?w 病人なのに妙にハイテンションだ。
しかし、後輩の事ををここまで理解してるのも先輩だけだろうなぁw
真田先生、せめて名字くらいは憶えてあげてくださいw いくら定着してるとはいえw
156演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 22:26:28 ID:pdEr5a7S

よし、やっと書けた! 今から投下します。
ただ、多分さるさん喰らいます。
喰らったら代理投下・レス代行依頼所に落としますのでよろしくお願いします。
157演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 22:27:09 ID:pdEr5a7S


演劇発表会、当日

ステージには緊張の面持ちで全員が最終チェックを行っている。
特にあの脅迫状が届いた後だ。気をつけるに越したことはない。
実際に何度も意図的に傷つけられた物品があったため、その緊張感はただならぬものがあった。

「集合!」

迫の言葉に従い、舞台に立つ者、裏で働く者、全員がステージ裏に集まる。
迫は全員を一度大きく見回し、語りかける。

「いよいよ本番だ。みんな良くここまで練習について来てくれた」

一旦言葉を区切り、全員の顔を見回す。

「本来演劇部ではない人も含め、演技には相当無理な要求をした。
舞台装置にも無茶な要望を出した。だが、皆はそれに答えてくれた!」

もう一度、言葉を飲みこみ、もう一度全員を見る。

「――だから言える。この舞台は必ず成功する、と」

その言葉に、全員が静かに、しかし力強く頷いた。
迫もまた、全員に頷き返し、大きく息を吸う。

「さあ、一年にとっては初舞台だ。気負わず全力を出してこい!!
全員一丸となって、この舞台をやり切るぞ!」

そして迫は握り拳を天へと掲げる。
自然、全員が天に拳を掲げる。

「さあ、やるぞ!」

「はい!」「YES!」「おう!」「うっしゃー!」「いやっふー!!」

それぞれがはっきりと声を出し、迫の言葉に答える。



――舞台『茨姫』がいよいよ始まった。



*          *           *
158演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 22:27:51 ID:pdEr5a7S


「始まったみたいだな」
『そうだな……妨害があるとしたら、そろそろか?』
「ああ、間違いないな」

電話越しに話すは台と那賀の二人。今、台、那賀、省の三人は別々の場所に陣取り、待機している。
敵の情報ほぼ全て握っている。さらには敵の作戦を逆手に取った対策を行っている。
後は実行するだけだった。

敵の作戦に合わせて別々に陣取り、演劇の邪魔をさせない。それが今回の作戦の目的。
そのためにしなければならないことは、まず、この舞台に敵を入れないこと。
そして、静かに、速やかに、敵を無力化することだった。

『そう言えば、ととろはそこにいるのか?』
「いや、いない。奴らの依頼主であり、脅迫主がいそうなポイントを何か所か指定した。いまはそこを回ってもらっている」
『なるほど』

那賀の疑問に台はあっさり答える。
今頃ととろは、全力でそのポイントへ向かい走っているはずだった。
那賀は、その回答に納得の言葉で返すと、言葉を続ける。

『なら隠すことなくいえるな』
「なにをだ?」
『お前も大概素直じゃないな、ってことだ』
「……なんだと?」

那賀の言葉に台が不審そうに聞き返す。

『わざわざ"自分の作品を壊されたくない"とかいいやがって。
 素直にこの舞台を成功させたいといえばいいじゃないか』
「はっ! 俺はあくまで俺の作品を壊されるのが腹立つだけだ」

その言葉に鼻で笑うが、那賀の言葉は終わらない。

『馬鹿いえ、お前はそんな玉じゃねぇだろうが?』
「……」

台の言葉の嘘をあっさり看破した那賀の言葉に台は黙りこむ。

『理由は、やはりあいつか? この茨姫を皆とやりたかったあいつのためか?』
「……かもな」
『やはりか』

曖昧に濁す台の言葉に、那賀は断定で持って応対する。

――数秒の沈黙。
159演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 22:28:35 ID:pdEr5a7S

「あいつは、なんで俺なんかに構ったんだろうな。演劇するには邪魔でしかないはずなのにな……」
『一年の時はお前、今以上に荒れていたらしいじゃないか。よくもまぁお前に近づく気になったもんだ』
「本当だな。あいつはいくら"おせっかい"だからってなぁ。
 俺がリーゼントにすれば、引いて離れると思ってこの髪形にしたのに――」
『結局関係なかったと』
「余計色々言われただけだったな。あの説教は今でも頭に残ってる。延々と四時間だぞ。
 こっちも意固地になってこの髪形を続けたがな」
『単純で浅はかだな。お前も』
「まぁ、馬鹿だからな俺たちは。自分で勝手に茨の城へとこもる程度には馬鹿野郎だ」
『違いない』

二人して忍び笑いを浮かべる。

「まったく、あいつしかり、鈴絵しかり、どうしようもなく駄目な俺達に構って来るやつがいるのは不思議だ」
『全くだ。普通なら避ける物だろうし、実際大多数はそうなんだが、残る少数が奇特過ぎる。
 どうしてこうなった、と思うぞ』

そして、数秒の沈黙。

『ま、そんなおせっかいな連中が始めた演劇だ。こんなしょうもない事で駄目になったら腹が立つ』
「全くだ。だからこそ俺たちがすることは決まっているな」
『だな。だからここにいるわけだ』

それ以上の言葉は続かない。遠くでは、ブザーがなり、舞台が開く音がする。

『……待ち人が来たようだ。後はよろしく』
「ああ、どうやらこちらもきたようだ」

携帯電話を切り。台はガクランのポケットにねじ込む。
そして見つけた目標に視線を定め、するすると近づいて行った。


*          *           *
160演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 22:29:16 ID:pdEr5a7S


「ある国に中々子供のできない 王さまと お妃さま がおりました」

真っ暗になった舞台。今年も観客で完全に埋まった席も静かに聞いている。
朗々と読み上げるは迫。それは物語の始まりの声。

「あるとき お妃さまに女の子が生まれました。 王さまは 大喜びでパーティーを行うことにしました」

「王さまは、友達も、知り合いも、親せきも、たくさん呼んでお祝いすることにしました」

「その中にはその国に住む、7人の魔女も呼ばれていました」

まるで子供に聞かせるための口調。その言葉が途切れた時、舞台の上で動きがあった。

真っ暗な舞台に光が灯り始める。少しづつ明るくなるそこには絢爛豪華なホールがあった。
様々なドレスに着飾った人々が思い思いに雑談をしている。
王座に座るは王さまであり、お妃さまに抱かれた女の子も隣に座っていた。
7人の魔女に扮した霧崎、河内静奈、神柚鈴絵、秋月京、 真田アリス、ロニコ・ブラックマン、後鬼閑花
もそれぞれのドレスを着飾っている。

これは宴の場面。そこが物語の始まりだった。

数分にわたる雑談、多くは子供を誉めたたえ、国の発展を祝う言葉。

そこに一瞬のフラッシュが焚かれ、観客は、その一瞬の眩しさに目を細める。
観客の目が慣れる頃、そこまでいなかった最後の魔女――真田ウェルチがホールの中央に忽然と現れていた。

ウェルチはドレスの裾を上げ、ダンッ! とフローリングへ打ち付ける。
ホールはそれまでの雑多な雰囲気が一掃され、奇妙な静寂が残った。

「まったく……なんで私を仲間外れにするのかねぇ」

その言葉に王さま役の西郷猛は慌てふためき王座から駆け降りる。
そして最後の魔女に深く一礼をする。

「いや、これは申し訳ないことをした。今すぐ用意をしますのでお許しください」
「そうかね。なら期待しとくよ」

すぐさま、駆け寄るメイド服を着た少女――武政千鶴がやってくる。

「魔女さま、どうぞ」

その手に食器を乗せ、ウェルチへと渡す。踵を返すとメイド服をきた千鶴はそのまま舞台から歩き去る。
しかし、その食器は他の7人の魔女の純金の食器と違い、銀製の食器でしかなかった。
純金の食器は7人分しかないため、王さまとしてはそうせざるを得ない。

最後の魔女はその食器と他の魔女の見比べ、ため息を吐く。

「これは私を馬鹿にしているのかねぇ」

その言葉を聞いた、一人の魔女――真田アリスはすっと物陰に動く。
舞台の人間はその動きに気付いていないように演技し、観客もまたその動きに気付かない。

そして、舞台の上では魔女たちによる贈り物が始まった。



*          *           *
161創る名無しに見る名無し:2010/06/03(木) 22:29:36 ID:KDPuqBi6
 
162演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 22:29:57 ID:pdEr5a7S



「さーて。ここから入って、あの馬鹿でかい板をぶっ倒せばいいんだな」
「これで一人20万なんだからボロイよな」
「違いねぇ。金持ってるやつは何を考えてるかわからんな」

こそこそと裏から中に入ろうとするチンピラが三人。
相談をしながら、静かに歩く。

「さて行きます――」

そのチンピラリーダーっぽい男の言葉は最後まで続かない。
顎に不意に掌打を当てられ、一瞬で脳しんとうを起こし、崩れ落ちる。

「なっ!」
「ば――」

一人の男が倒れたことで、残る二人は小柄な坊主頭の男をようやく認識する。
しかし、その時にはすでに男、省は次の行動を起こしていた。
倒した男には目もくれず、一歩棒立ちになった男に近づき、孤を描くように回転。
遠心力で威力のました蹴撃は寸分狂わず男の側頭部に強烈な一撃を叩きこむ。
あっさり意識をとばして崩れ落ちた。

――二人目

「このや――」

三人目がようやく腕を振りかぶり殴りかかってくるが、省は左手一本で軽くいなす。
バランスの崩れた男の服を掴み、一気に首を締めあげる。

10秒とかからず落ちた。
あっさり全員の沈黙を確認すると、省はそれぞれの腕と足をガムテープでぐるぐると固定し、
邪魔にならない所に押し込んだ。

「……油断してたとは言え弱いっス。ま、おかげで音立てずにすんだっスけど」

手をはたき、次に備える。

「台さんの情報だとまだ来るって事っスからねぇ。面倒臭いッス。
それにしても一人に20万とかどんだけ金持ちなんすか」

そう、愚痴を言いながらも、また隠れるように動き始める。

「ま、これもウェルチさんのためッス。頑張らんとッス。……あ、しまった。魔女役全員の写真の予約忘れたッス。
また放送部員に頼まないといけないッスねぇ」

そんな駄目な欲望丸出しな愚痴を言いながら、省はその場を動かない。



*          *           *
163創る名無しに見る名無し:2010/06/03(木) 22:30:21 ID:KDPuqBi6
 
164演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 22:30:45 ID:pdEr5a7S



「お姫さまは、世界で一番美しい女性になれるでしょう」

深くお辞儀をし、告げた魔女役は後鬼閑花。ドレスの裾を軽くつまみ、その後もう一度会釈をし、後に下がる。

「お姫さまは、天使のような心を持てるようになれるでしょう」

次に前に現れたのは河内静奈。丁寧に、一つ一つ言葉を確かめるように話し、再び下がる。

「お姫さまは、世界で一番優雅にふるまえる女性になれるでしょう」

神柚鈴絵が前にでると、柔らかな物腰で一礼すると、一歩下がる。

「お姫さまは、世界で一番踊りができる女性になれるでしょう」

霧崎がはっきりとした声で言葉を贈り、

「お姫さまは、世界で一番歌が唄える女性になれるでしょう」

秋月京がその子供を称えるように告げ、

「お姫さまは、世界で一番演奏ができる女性になれるでしょう」

ロニコが丁寧に告げ、後ろに下がる。

そして次に前にでたのは、ウェルチ。
甲斐甲斐しく頭を垂れ、ゆったりとした動作で近づいた。
その優雅な立ち振る舞いは、しかし次の言葉を持って終わる。

「お姫さまは15才の時、糸車の針に刺されて死ぬであろう」

その言葉は呪いの言葉。瞬間、騒然とする周囲をよそに、一瞬の閃光が走り、
目を開けた時にはすでにウェルチの姿は来たときを同様に忽然と消えていた。

「おお、なんということだ! 我が娘に呪いを掛けられるとは!」

王の慟哭が響き渡り、周囲の人間が右往左往する。
しかし、それを止めた声がある。最後の魔女を扮するアリスが進み出た。

「王よ。嘆くことはありません。私には姉の言葉を打ち消すほどの力はありません。
 しかし、弱めることはできます。王女は死ぬのではなく、100年の眠りにつくだけになるでしょう。
 そして、一人の王子によって目覚めることになるでしょう」

その言葉を最後に舞台が真っ暗になる。
場面が変わり、15年後の城の中が舞台になった。




*          *           *
165創る名無しに見る名無し:2010/06/03(木) 22:31:26 ID:KDPuqBi6
 
166演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 22:31:38 ID:pdEr5a7S


「よう。ここから先は関係者以外立ち入り禁止だぞ」

那賀が声を掛けるは、二人組の男たちだった。
どちらもその声に一瞬押し黙ると、そのまま懐からナイフを取り出す。
しかし那賀は動揺しない。

「お前ら、無茶は止めとけ。その先は関係者以外立ち入り禁止だ」

念を押すように告げるが二人組の男は取り合わない。

「はっ! もちろん知っているさ。ただこれも依頼でねえ。はいそうですかと帰るわけにもいかないのだよ」
「そうそう、怪我したくなければ黙って見てるんだな。オラッ! どいてろ」

男二人はナイフも向けながら那賀にどけと命じる。
那賀はため息を一つ吐くと、素直にどいた。

「これが、最後の忠告だ。この先は関係者以外立ち入り禁止だ」

その言葉を無視し、二人は扉を開ける。

瞬間、二人は同時に腕を万力のような力で締めあげられた。
たまらず二人ともナイフを取り落とし、視線は力の現れた先を見た。

それはでかかった。2mを超す巨漢の男が一人立っていた。

――美術教師は力を一切緩める事をせず、一言だけ告げた。

「ウェルカム」

そのまま二人の男は一瞬で扉の中に引きずり込まれる。
パタンと扉は閉じる。まるでその出来事がなかったかのように静けさが戻る。

那賀は、誰にも聞こえないようなちいさな声で呟く。

「だから言ったんだがな。止めとけ、と」

この場を任されたのは那賀だったが、脅迫騒ぎは当然教師にも伝わっていた。
始めは安全のために劇を止めることも検討されたが、真田基次郎や他の数人の教師が反対した。

いわく、

『学生が真剣にやっていることを教師が止めてはならない。教師がすることは、成功するようにサポートすることだ』

その後、この美術教師を含む何人かの教師もガードマンよろしく学生保護に回ると言うことで決着がついた。
その結果がこれである。
今頃、あのチンピラ達は魔人間に更生する程度の説教をくらっていることだろう。

「さて、俺はこんなに楽してていいんかな」

そう呟きながら、那賀はその場に立ち続ける。
新たな被害者が出ないよう止めるのが、彼の役目になっていた。




*          *           *
167創る名無しに見る名無し:2010/06/03(木) 22:32:18 ID:KDPuqBi6
 
168演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 22:32:37 ID:pdEr5a7S



「ああ、お姫様、今日も元気でよろしいですね」
「おはようございます、今日もお仕事頑張って下さいね」

城の騎士役になっている山尾修が話し掛けるは王女役である黒咲あかね。
純白のドレスを身に纏い、気品すら漂わせて騎士へと笑顔を向ける。
城の通路を模した場面。そこをあかね歩くと背景もまたスライドし、本当に城の中を動いているように感じる。

次に現れたのは牧村 拓人。何故か侍女が着るスカートを着用しての登場だった。

「おや、お姫様。そんなに急いでどこにいくのですか?」
「お父様もお母様もいないから、お城を探検しているの」
「おやおや、怪我はしないように気をつけて下さいね」
「ええ、気をつけます!」

そうして、お姫さまはさらに歩いて行く。何人もの人と話し、城の中を探検する。
徐々に背景が変わり始め、いつの間にかそこは塔の先端にある部屋の中に移っていた。

そこには一人の女性がいた。アッシュブロンドの髪すら灰色のローブに隠し、糸車の前に座っていた。

お姫さまはその糸車に目を向けると、引きこまれるように近づいていく。
そのお姫さまの様子に気付いたかの様に、ローブの女性が声を掛ける。

「おやおや、お姫さまは糸車は始めてかい?」
「うん、そうなの。面白いね」
「そうかいそうかい、なら、もっと良く見せてあげようかい?」

お姫さまはゆっくり近づいていく。
さらにもっと良く見ようと近づいて手を伸ばす。

そして――

「痛っ!」

突然の痛みに、あかねは指を抑えると、ぱたりと倒れた。

その瞬間、ローブを纏った女性が立ちあがると、笑い始めました。

「ハッハッハ! よーくお眠り、お姫様」

その言葉を残し、歩き去ります。
あかねが倒れたままの舞台。しかし背景ごと動きだし、ゆっくり回転、止まった時には城の全景になる。

さらにそれだけでは止まらない。
城の全景場面に待機していた、浅野士乃 、向田誠一郎、村上健といった村人役の面々も次々と倒れ出し、眠りについた。
さらには。ゆっくりと茨が城を覆っていき、舞台上が茨で完全に覆われ見えなくなる。

それは場面転換の合図。

次に開くのは100年後の世界。



*          *           *
169創る名無しに見る名無し:2010/06/03(木) 22:33:17 ID:KDPuqBi6
 
170演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 22:33:53 ID:pdEr5a7S


「大丈夫? あかねちゃん?」
「うん、全然平気。これくらいなら」

ウェルチが心配そうにあかねの肩を見る。
その肩に服の上から針が刺さっていた。
あの針に刺される場面に重なるように、一本の針があかねの服へと刺さっていた。
ただし、その針は幸いにも服の上からであり、若干皮膚に触る程度ですんでいた。

「服を丈夫に作っておいてもらって良かった。血もでてないし、これなら大丈夫ね」

服に刺さっていたことが幸いした。もし、これが顔にでも当たっていたらかなり危険だっただろう。
しかし、周りに集まった面々の表情は渋い。

「……まさかここまで強硬手段にでるとは」
「でもこれならまだ嫌がらせレベル。捕まりたくはないから分からないように攻撃してるのね」
「タイミング良く、お姫さまが針を刺すシーンで良かったかもね。
 もし別の場面なら他の観客も不審に思ったかもしれない」

迫がぎりぎりと歯ぎしりするような表情で呟くが、傍にいたアリスとあかねは別の分析をする。

「でも大丈夫。これで位置がはっきりしたから」

ウェルチがそう言い、ある観客席の一点を指す。

「ここにいるよ。後は、追い出すだけ」
「さすがアーチェリー部部長、あの針の弾道を予測できたか」

その言葉にウェルチは口の端を歪めて見せる。

「目の前で見てたからね。ふふ、これ以上の邪魔はさせないから」



*          *           *
171創る名無しに見る名無し:2010/06/03(木) 22:34:20 ID:KDPuqBi6
 
172創る名無しに見る名無し:2010/06/03(木) 22:35:17 ID:KDPuqBi6
 
173創る名無しに見る名無し:2010/06/03(木) 22:38:18 ID:kKKJ3Roq
.
174演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 23:01:28 ID:pdEr5a7S



再び舞台に光が灯る。
そこは山の風景が描かれた背景を背に、一人の王子が立っていた。
その王子である久遠荵は、大仰に辺りを見回すと中央に向かって歩き始める。
その反対側、そこからアッシュブロンドの髪を灰色のローブに隠した女性がやってくる。

そのローブの女性は王子の前で立ち止まると、王子に向かって語りかける。

「王子殿、この近くの茨の山。その中にある城に、大層美しいお姫様が眠っているそうな」

その言葉を聞き、王子は両手を振り上げる。

「眠っている……。それは可哀そうだ。助けなければ!」

王子はその状況を可哀そうだと思い、素直に助けに行こうと思い立つ。

「そうかいそうかい、ならばいってみるんじゃな。呪いがかけられて100年目、そろそろ時が来るじゃろうて」

しかし、続けて掛けられた言葉に、王子はに怪訝な表情を浮かべ、問い返す。

「あなたは、その話を深く知っている様子。どうしてその話を知ったのですか?」
「さてねぇ。大したことじゃありませんて。ふぇっふぇっふぇ……それでは失礼するとしようかの」

その一瞬、再びフラッシュが焚かれ、さらに一瞬静電気のような音がし、
次の瞬間にはローブの女性が舞台から消えていた。

「あの者は一体……。いや、それよりも今しなければならぬことは茨の森から女性を助ける事だ!」

王子は義憤に燃え、その眠る人々を助けるため、たった一人でその茨の森へ向かって行く。



*          *           *
175演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 23:02:12 ID:pdEr5a7S

「ちぃ、これでも止めないとわな……。今度はどいつを狙うとするか」

その男は観客席で周りに聞こえないよう小さく舌打ちをすると、針を輪ゴムに引っかけ、極少の弓矢にした。
周りに気付かれないように、手元でゆっくり狙っていく。

「ま、こんなんじゃせいぜい脅しにしかならんが、見つかるわけにもいかんしな。
 公演が途中で中止になれば恩の字か」

捕まらないように、細心の注意を払い、気付かれないように事を運ぶ。
それが彼のやり方だった。

舞台の上では、ローブの少女と王子役の少女が話しをしている場面だった。

「さて、今度は王子役でも狙って見ますか」

誰にも聞こえない程度の小さな声で呟き、極少の弓を番える。
狙いをつけるために舞台を真正面から見つめていた。

――突然のフラッシュにより目の前が真っ白になる。

だが、彼は慌てない。とっさに目を閉じ、フラッシュが収まるのを待つ。

しかし右手に何かを押しつけられるような違和感を感じ、突然の衝撃を全身に受けて、一瞬で意識を失った。



*          *           *


「なんで、巧先生ってこんなスタンガンもっているのかな?」

巧から貸し出されたスタンガンを引っ込めつつ心の中だけで悩む少女が一人。
それを実行した金城葎は巧先生がどう使うか真剣に考えていた。
だが、それも最初だけ。さっきの情景から一つのアイディアが生まれてしまった。

「今度、ととろちゃんのステッキで試そう」

聞く人が聞けば余りにも不穏な言葉をこぼしつつ、気絶した男の隣で舞台を見る。
これで彼女の役割は完全に終わり。後は観客として舞台を楽しむつもりだった。


*          *           *
176演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 23:02:59 ID:pdEr5a7S


王子が茨の森を進むと茨が王子を避けるようにして消えていく。
その中を王子は一瞬の躊躇もせず、ずんずんと進んでいく。

ついに王子は城にたどり着き、中へと入って行った。

王子は城の中を捜す。道々に眠っている人々がいたが、一旦それは置いてお姫様を捜した。
あのローブの女性が行っていたお姫様。彼女こそがこの城に起きている眠りから解放するカギだと直感していた。

そして、王子はお姫様の所へたどり着く。

塔の頂上で眠っていたお姫様を見つけ、さてどうするかと思案する。

「眠りから解放するには王子の心が必要です」

その声に驚き、振り向くと、そこには一人のブロンドの髪の女性が佇んでいた。
王子は驚きながらも、その女性に問いを向ける。

「あなたは一体……」

しかし、その女性はその問いには答えず、ただ微笑むのみ。
自分が言えることは言い終えたとばかりに。

王子は投げかけられた言葉を反芻し、一つの答えを得る。


眠るお姫さまにそっと口づけを――


その瞬間、お姫様の眠りは解け、森を覆っていた茨は消え、眠っていた全ての人は起き始める。

にわとりの声が響き、この城に目覚めがやってきた事を告げていた。

その中心では幸せそうに抱き合う二人の王子とお姫さま。

そして、カーテンが降り、劇が終わる。


――観客席からは自然と拍手が起こっていた。


*          *           *
177創る名無しに見る名無し:2010/06/03(木) 23:03:39 ID:KDPuqBi6
 
178演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 23:03:41 ID:pdEr5a7S


台は、ただそこに立っていた。
すでにだれも来ないその通路に一人、ホールから歓声と拍手が聞こえて来るのを感じながら立っている。

「どうやら、あいつの夢は守れたようだな……」

そう呟き、体からゆっくりと力を抜いた。

「流石に疲れた……後はととろに任せるとするか」

そして台は誰もいない道に座る。
台の役目。それはホールの正面から敵が暴れないようにするための牽制をするのことだった。
普通の観客には多少目を逸らされるが通れるように、邪魔をしようと企む奴らには徹底的にひるませるように。
細心の注意を払い、問題行動を起こさせないように威圧し続ける。

それを劇が終わるまでの間、一瞬の油断もなく行っていた。




*          *           *
179演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 23:04:28 ID:pdEr5a7S


次にカーテンが上げられたときには役者全員が横一列になっていた。
そして、舞台の全員が一礼を行う。

「ありがとうございました!」

たった一言に万感の思いを込めて。

――舞台へ送られる拍手が一層強くなる。




そしてこの発表会、最後の幕が別の場所で始まろうとしていた。





*          *           *
180創る名無しに見る名無し:2010/06/03(木) 23:04:46 ID:KDPuqBi6
 
181演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 23:05:19 ID:pdEr5a7S

図書館が見える校舎の屋上。そこには双眼鏡を覗き込む一人の少女がいた。
肩までかかる長さの黒髪を適当に縛っている。
体のラインは細い、というよりひょろいという印象が強い。
どこかぼうっとする表情を浮かべている。
おそらく、その少女の事を普通に見れば10人中7人は可愛いと評する程度の容姿ではある。

そんな、小等部の少女がそこにいた。

その少女は双眼鏡を覗き込みながらぶつぶつと呟いている。
誰にも聞かれると思ってもいないのか、案外大きめの独り言は延々と続いていた。

「あ、演劇無事に終わっちゃった……。みんな役に立たなかった。
 うん、妨害受けてもやり遂げる猛はやっぱり素敵」

その少女にとっては妨害の成否すらどうでもいいことだった。
妨害が成功しても、彼女の脳内では『私の言うことを素直に聞いてくれた』
と、肯定的にとらえるであろうから。

彼女にとって西郷猛とは全肯定すべきものであった。
今回のような妨害行動も、その少女にしてみればただのスキンシップのような物に過ぎないのだった。
そこに周りの存在というファクターは一切含まれていない。

ただし、その少女は自分から猛に会いに行ったこともない。
いって見れば、どこまで行っても彼女だけしか存在しない世界。他人の事を一切考えない世界。
その少女だけに通じる少女だけの世界に足を踏み入れようとした、一人のカップルウォッチャーがいた。

「ぜいぜい……さ、西園寺 聖子! これ以上の狼藉は……ぜいはぁ、止めなさい!」

かなり息切れをしているカップルウォッチャーの言葉に、その少女は面倒臭そうに振り向く。
そこには、異様な風体をした女がいた。
鼻筋から上を覆うヘルメット、ハート型に抜かれた桃色のアイシールドのためにその正体は不明。
指定制服に羽織った丈の長い赤マント。
白い手袋を嵌めた手には、豪華絢爛な装飾を施された、素敵な魔法のステッキを携える。

カップルウォッチャーは燦然と輝く魔法のステッキを聖子と呼んだ少女に突き付け一歩近づく。
しかし、聖子はその姿を確認したとたん、あっさり興味をなくし、再び双眼鏡を覗き込んだ。

「ああ、早く猛君でてこないかな」
「待ちなさい! どうしてそういうリアクションができるのよ!」

しかし、その言葉にも反応はない。ただ、その少女は双眼鏡をのぞき続ける。

「……分かった。実力行使行きます」

謎の言葉をカップルウォッチャーは発した。

「……?」

その不穏な言葉に若干の疑問を浮かべる少女だが、やはり無視。
しかし、次に彼女の後で起こったことには反応せざるを得なかった。
182創る名無しに見る名無し:2010/06/03(木) 23:05:54 ID:KDPuqBi6
 
183演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 23:06:00 ID:pdEr5a7S


「超高校級マジカルステッキ“レッドストリンガー”、モードスリー!!」

♂と♀の意匠がひとつずつ、それにさらに♀を追加する。
がちんとはまったその形状は、一つの形をとっていた。

「三角形の恋の道! 恋の炎が燃えさかる! 」

その配置はトライアングル。
3つの意匠がステッキを中心に回転を始める。

「三つの心が揺れ動く! 恋する乙女が立ち向かう!!」

中心のレーザーポインタが聖子を照らす。
流石に慌てて回避をしようとするが、すでに遅い。

「進め! 突き抜け! 愛する人へ! 障害とばして駆け着けろ!!」

そして、3つの意匠が飛び出した。

「ラブチェーンバインド トライアングル!!」

そしてその軌跡は聖子を正確に包みこみ、逃げ場を完全に失わせ、巻きついた。
体中に鎖がぐるぐる巻きになり倒れ込む聖子。


その少女の見下ろすようにカップルウォッチャーは立っている。
聖子は不思議そうにカップルウォッチャーを見上げている。

「なんで邪魔をするの? 私、猛がいれば後はいらないのに」

心底疑問に思っている少女に向け、カップルウォッチャーは静かにいう。

「それは、あなたが恋をしているからです」
「……恋?」

「ええ、それは独占欲といってもいいかもしれない恋。
本当は近づきたいのに、自分が傷つきたくないから周りを傷つける茨で覆い、
好きな人を傷つけようとする、そんな恋。
あなたは実際に彼に面と向かってあったことがないでしょう?」

「うん」

カップルウォチャーの言葉にあっさり肯定する少女。
その回答にカップルウォッチャーは深く頷き、言葉を続ける。

「でもそれじゃ永遠に彼を手に入れることはできないの。
そんな離れて見てないで、徹底的にあってあって会いにいって、自分をアピールしなきゃ!
だってあなたが欲しいと思ってる猛はあなたの事をしらないのよ」
「でも、嫌われちゃったら嫌だし」

始めて他人の事を考え、行動を渋る少女に、カップルウォッチャーはさらに熱弁を振るう。
184演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 23:06:49 ID:pdEr5a7S

「そう、身近にひと組知ってるわ。徹底的にそれを実行する奴ら。それはもう幸せそうよ。
 もう一ついうと、すごく恥ずかしがり屋でも、積極的に行こうとする娘も知ってるわ。
 そういう娘はね、みんな、みんな幸せそうなの。ただ、相手を見ているだけの時と比べて何倍も!」

それはカップルと見続けたカップルウォッチャーとしての言葉だった。
全く一遍たりともその言葉に迷いはない。彼女の明確な回答だった。

「……そうかな? 私も会いに行ったら幸せになれる?」
「当たり前。それは120%確実よ!」
「……そうかな?」
「そうよ! 今みたいな脅迫を辞めて会いに行けば、絶対幸せになれるよ!!」

自信満々に言い切るカップルウォッチャーに、聖子はやがてこくりと頷いた。

「なら、こんなこと止めるね。今度、猛に会ってくる」
「よろしい」

鷹揚に頷いたカップルウォチャーは鎖をはずす。
聖子は大人しく立ち上がり、ぺこりとお辞儀をすると走り去って行った。

「これで万事解決……かな?」

カップルウォッチャーとしては、実はちょこっと心配だったりはしている。
でも、とりあえずは無事に終わったことをホールにいる皆と喜ぶため、彼女もまた屋上から歩き去って行った。


そして、全てがここに終わる。

全員が頑張って、頑張って、精一杯努力した。その成果は確かに実ったのだった。
185演劇発表会『茨姫』 ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/03(木) 23:09:24 ID:pdEr5a7S
これで投下終了です。支援してくれた人、ありがとうございます。

とりあえずこれで演劇発表会はほぼ終わり。
エピローグっぽいの書いて終わりになると思います。

しかし、今回長くなってしまったなぁ……
186創る名無しに見る名無し:2010/06/04(金) 21:14:39 ID:hmmgtgIc
投下乙。西郷猛は改造人間である。

「いやっふー!!」誰だ。何となく、懐っぽい。

台も本当、(冷やかし&やっかみ交じりの)生温かい目で見ていたいキャラになったもんだ。

レッドストリンガー超高校級すぎんだろw こうしてどんどん強化されていくのだろうか。
しかし色々変なのいる学校だ。そのうちロボとか出て来るんじゃないだろうなw

さりげに、台的茨の城とか、“彼”の女装初公開とかちっこいネタが。
しかし今回一番ウケたのは
>今頃、あのチンピラ達は魔人間に更生する程度の説教をくらっていることだろう。
これかな。確かに真人間では済まないような感じw

ふと思ったが、
聖子の恋がうまくいく→西郷はロリコン
↑一部の隙もない論理展開。

エロピーグ待ってる
187創る名無しに見る名無し:2010/06/06(日) 21:33:39 ID:Cga9/XHu
投下乙!

いやぁ、演劇の裏に関わっていたのがロリだったとは。
しかし不良達かっけぇw
あと、何げに小ネタがちりばめられてて良いです!
つーか拓人は静奈か雄一郎の嫁で良いや。


さて、俺も書くとするか…

188創る名無しに見る名無し:2010/06/06(日) 21:37:20 ID:Nl2M1ig+
ヤる気か雄一郎w
189創る名無しに見る名無し:2010/06/06(日) 22:55:26 ID:/CnzbdUF
静奈はともかく雄一郎はちょっと待てw ・・・好みか?好みなのかw
190創る名無しに見る名無し:2010/06/07(月) 08:46:49 ID:X+PIr3xB
つまりこうか
「…小鳥遊君、一体何する気なの?」
「お前が可愛くてついムラムラしたから」
「なっ!?小鳥遊君、流石にそうでも下半身!下半身っ!!」
「は?今からお前を(ピー)するんだ。当たり前だろ?」
「っ!で…でも…」
「ま、そんな慌てなさんな。お前は俺がどうにかさせてやるよ」
「ちょ…雄一郎君、やめ…あっ!」
「…へぇ、意外だな、お前こんな声出るんだ」
「…ち、ちがっ…!」





魅紗「…てな感じの『雄一郎×拓人』の雄拓本なんだけど、どう!?」
アリス「…で、どうするつもりなの?それ」
魅紗「勿論、今度売る!もう数名高一から予約来てるし!」
アリス「…なんで一年達は予約してんの」
魅紗「なんか、『雄一郎と拓人という結構身長差がある二人がリアルで絡むだけで妄想膨らむ』とか」
アリス「もうやだこの学園」
的な。
反省はしている。
191創る名無しに見る名無し:2010/06/07(月) 19:39:52 ID:jftjg5aX
これが、変な名字と長身に続く、小鳥遊雄一郎第三のアイデンティティだというのかッ!
ず、ずるいぞっ!
192創る名無しに見る名無し:2010/06/07(月) 23:58:54 ID:uFkYrzN4
魅紗歪みねぇなw
アリス……頑張れw
193創る名無しに見る名無し:2010/06/15(火) 23:38:43 ID:jd+dVDF2
>>190
アッー!
何をしてる誰かこの絵を書け(ry



暇だしネタ振り
まだ学園で出てきて無い「学校らしい」やつって、
・プール
・校長、教頭
・生徒会
・野球、サッカー等のメジャーな部活に所属する人々
・ロリ巨乳
・無口キャラ
・変態
でおk?
ここらへんか。
あと、何気に先生もかなり二人目の大里先生が登場するまでは、真田先生だけだったのね。
なんか意外っちゃあ意外なのね。
194創る名無しに見る名無し:2010/06/15(火) 23:48:36 ID:QJWvqXTn
色っぽい保健室のてんてー待ちだ!
195創る名無しに見る名無し:2010/06/16(水) 15:18:29 ID:N37nyTcL
絶対に負けられない戦いが、そこにはある――


http://imepita.jp/20100616/549600
196創る名無しに見る名無し:2010/06/16(水) 15:19:27 ID:N37nyTcL
ageちまったよチクショウ。
避難所生活が長かったせいだ……
197創る名無しに見る名無し:2010/06/16(水) 22:52:34 ID:y4V/4WxA
ととろがカッコイイと思ってしまった……あれ? なんで?w
198創る名無しに見る名無し:2010/06/16(水) 23:08:30 ID:Wk5EHp6b
>>197

> ととろがカッコイイと思ってしまった……あれ? なんで?w


あそこは中々の名シーンだったな…
199創る名無しに見る名無し:2010/06/17(木) 06:20:09 ID:spSQyWmo
投下乙。
ととろは奴らと同じ戦うためだけの生物兵器。
リボンの新解釈を見た。この子も描く人によってデザインがだいぶ変わるな。
台は台だが。
200創る名無しに見る名無し:2010/06/17(木) 06:36:26 ID:spSQyWmo
いかん忘れてた

>>193
なぜか、普通ならいそうなポジションに限って人がいないんだよな。
お約束を外したいひねくれ者が多いのかも。
微妙な距離の男女コンビとかは割りといるけど。

学園長はイベントで存在がちらついてたくらい。
あと先輩が「教頭に仕事頼まれた」とか言ってたが、それだけか。
201創る名無しに見る名無し:2010/06/17(木) 11:35:36 ID:vZqTDpTN
先生は真田先生とやもりたんで相当使いまわし出来そうだしね。
狙い目は救護教員くらいか。
一応、重量挙げ部顧問の二土手先生というネタがあったがキャラが定まらず破棄した。元ネタ自体のイメージが某板のせいで歪んでしまってな……w
>
>199
耳っぽくしたらこうなった………
202創る名無しに見る名無し:2010/06/17(木) 19:53:38 ID:vZqTDpTN
ちょっとした小ネタ投下。
時系列としては演劇発表のちょっと前?
203ウエイトリフターミコト ◆wHsYL8cZCc :2010/06/17(木) 19:55:13 ID:vZqTDpTN
【センスと努力とリハビリ生活】



「フッッッ………!」

 一人しか居ない部屋に声が響く。
 改装されプラットフォームとゴムマットで覆われた床と、全身を映せる壁一面を支配する大きな鏡。
 映るのは、パワーラックとその中で汗を流す一人の男だ。

 上糸命は一人、重量挙げ部の部室でトレーニングをしている。
 今は部活動全体の活動が演劇発表への協力という名目で少し自粛気味ではあるが、運動系はそうでは無い。ミコトもまたそうだった。
 もっとも、部員であるアゲルや中部は大道具に駆り出され、マネージャーのロニコに至っては舞台へ立つというのだから、部として活動していうのは現在、ミコト一人である。

「ッッがっ……!!」

 苦悶の声が漏れる。百五十kgに設定されたバネ鋼のバーベルはレップを重ねる度にしなり、知識が無い者が見れば折れてしまうのでは無いかと錯覚するかもしれない。幸い、今は誰も居ないが。
 ミコトはスクワットをフルボトムまで腰を落とし、一気に挙げる。それを十二レップ、三セットを行う。
 スクワットはしゃがみ込む深さにより違う種目と呼べるほどに負荷が変わる。ハーフやクォーターならば高重量を扱えても、太股とふくらはぎが完全に密着するまで腰を落とすフルボトムスクワットは、もはや別次元の苦しさが伴う。
 当然、扱う重量は目に見えて落ちる。ミコトは今、百五十kgに設定しているが普段はもう少し重くしている。
 通常ならばそれでもかなりのレベルだが、ミコトにとっては割と余裕を持った設定重量だった。
 もしかしたら、ミコトはクォータースクワットならば三百kgでレップをこなせるかもしれない。
 ラックへバーベルを置き、手首に巻いた頑強なリストラップをベリベリと剥がして床に放り出す。
 そして右手首を少し動かし、不安げに揉んでみる。

 ミコトは今後の展望として、インターハイで結果を残し、大学への推薦を得る事を目標としている。
 殆どの者が仁科大へと進むが、ミコトが狙うのは国立の体育大だ。その為には何としてでも結果を残さなけれbならない。そしてゆくゆくはワールドカップ、そしてオリンピクへ……。
 夢物語ではあるが、ミコトの実力はそれを具体的に思案するレベルに達してる。
204ウエイトリフターミコト ◆wHsYL8cZCc :2010/06/17(木) 19:56:34 ID:vZqTDpTN
 そのために皆が手伝いに奔走している最中にトレーニングしていた訳では無いが、立ち止まる余裕が無いのも事実だった。

 では、ミコトが一人寂しく汗を流してた理由は何か。
 その答は手首を保護するリストラップにある。ガッチリと手首を固定し護ってくれるリストラップ。普段はけっして使用する事の無い物だが、今のミコトには必須の道具だ。

 ミコトはそれを再び巻き、バーベルシャフトだけを持って鏡の前に立つ。
 そしてそれを頭上高く掲げ、そのままオーバーヘッドスクワットを行う。スナッチのフォーム強化とバランス養成には最適な種目だ。
 何度か数をこなした後、突然にバーベルシャフトを床に放り投げ、リストラップを外して鏡に映った自分を見る。そして、ため息を漏らして、右の手首に視線を集中させる。

 ミコトは決して小男という訳出はない。身長は百七十四センチと高からず小さからず。肉体に至っては「超高校級」という言葉すら生温いほどに造り込まれている。
 生真面目な性格故に努力を惜しまず、圧倒的な運動センスはテクニックが重要な重量挙げに置いていかんなく発揮され、実力では全国に名をしらしめる程だった。
 それだけに、ミコトは『先天的な手首の細さ』だけ克服出来ないでいる事に苛立ちを覚えている。

 筋力は鍛える事が出来る。しかし、骨格だけはどうにもならない。細い手首には物理的な強度の限界がすぐに訪れる。
 究極のパワー競技と呼ばれる重量挙げに置いて、それはケガのリスクを呼び込む。なまじセンスがあった為、扱う重量は簡単にミコトの手首の限界を超えて行く。
 そして、積み重なった負担はある日突然、牙を向く。
 手首の故障は、ミコトから一時的にとはいえ競技を奪って行った。

 手首さえ無事ならば自分も大道具に率先して出向いただろう。しかし、まともに物を持てない現状で何が出来ようか。
 手首をガチガチに固定してようやく何かを持つ事が出来る。そんな奴は邪魔になるだけだ。

 鏡に映った自分を見て、今度は苦笑する。自分にも、アゲルのような恵まれた体格や、中部の様に頑強な骨格さえあればと。
205ウエイトリフターミコト ◆wHsYL8cZCc :2010/06/17(木) 19:58:08 ID:vZqTDpTN
 無論、それは無い物ねだりに過ぎない。ミコトには代わりに、誰もが羨む程の圧倒的な運動神経が備わっているのだから。
 天は二分を与えない。その法則はミコトにもアゲルにも同じく適用されている。

 汗を拭って帰り支度を始める。今頃、アゲルと中部は最後の仕事に励んでるだろう。ロニコも迫の熱血指導に揉まれているはずだ。
 迫は厳しいだろうが、へこたれる連中ではない。それはよく解っている。

 着替え終わる頃に、そのアゲル達が何故か部室にやって来る。意外な事だったが、元はといえば彼等の部室だ。追い出す理由もない。

「何してんだお前等? セットはいいのか? って、ロニコお前は抜け出したマズイだろ」
「一段落付いたんで部長の様子見に来たんスよ〜。どーせここに居るだろうって」
「やっぱりここ居ましたね。さーてプッシュプレスでも……」
「衣装着てる時はやめようかロニコ」

 タンクトップにハチマキのアゲルと、なまめかしい衣装のロニコが元気よく喋る。中部はと聞くとジャンケンで負けてジュースを買いにひとっぱしりだとか。

「ていうかトレして大丈夫なんスか? ヘタすりゃ一生モンのケガなのに……」
「俺がケガ程度で折れるとでも?」
「いや、それは無いっすね」

 アゲル達のイメージではミコトは超人のような扱いだ。
 一回りも二回りもアゲルより小さいのに、扱う重量はアゲル以上である。当然といえば当然の話だろう。

 だからこそ、負ける訳には行かない。
 部長として、いや、競技者として。その競技が違えど模範とならなければならない。ケガごときで立ち止まる訳には行かないのだ。
 それが、ミコトが選んだ生き方だった。


「ところでアゲル」
「なんすか?」
「パワーやめてこっちに復帰は……」
「無いです」
「そう……ですか……」
206ウエイトリフターミコト ◆wHsYL8cZCc :2010/06/17(木) 19:59:21 ID:vZqTDpTN
終了。
中部の扱いが適当なのは気のせいです。たぶん。
207創る名無しに見る名無し:2010/06/18(金) 17:30:37 ID:AkNfDa17
投下乙!

ミコト君は強そうだな。弱点持ちみたいだけど、いい覚悟持ってるな。
将来に期待が持てる凄い人だ。

中部パシリかw
208発表会後の放課後に ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/18(金) 17:34:28 ID:AkNfDa17
こっちも投下。一応エピローグ……の予定です。
209発表会後の放課後に ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/18(金) 17:37:32 ID:AkNfDa17

「みなさん、お疲れさまでした。カンパーイ!」

「カンパーイ!!」


演劇が終わって、片づけ終わり、後は皆でお祝い会。

ホールには茶々森堂等々からの差し入れや、近所のレストランから買ってきた料理や飲み物が所狭しと並べられている。
全員手にはジュースを持ち、代表として脚本も書いたあかねが乾杯の音頭を取っていた。
先生も参加では流石にお酒はでない……はずなのだが実は混ざっていたりする。
しかもそれが大里巧先生の仕業だったりするので、性質が悪い。
他の先生が気付いた時には後の祭り。
今回は黙っていることで解決とすると決めていた。
ついでに後で巧先生には説教すると真田先生が言っていたが、速効巧は逃げていたようだ。

それはともかく、お祝いの会はお互い大いに健闘を称え、非常に盛り上がっている。

そんな中、ある一角では、ぶちぶちと文句を言っている集団があった。

「なんで本当に木の役になってんだよ!? だれだよ! そんな役作ったの」
「あっはっは、言霊ってあるもんだねぇ」

相川拓司はすっかり出来上がってしまってぶちぶちと文句を言う横で、
その背中を鷲ヶ谷和穂はばんばん叩く。

「ちょっと小耳に挟んだから推薦してたのよね」

同じく近くで飲んでいたウェルチがぼそりと一言。
その言葉に拓司はグリンと体ごとウェルチの方向に向ける。
そのまま無言で近づくとウェルチの両肩をガッシと掴む。

「部長のせいですか!! 部長のせいなんですか!! 高等部になって木の役なんて役やらせる原因つくったのは!!」
「ちょっ! 肩持って揺するの止めてー!! 酔うからー!!」

拓司は大声で叫びながらウェルチを大きく揺すり始めた。

「あはは。拓司酔ってる?」
「多分」

その様子を見ながら千鶴と修は笑いながら頷き合った。


その一方、その騒動が聞こえていたのか、別の少年が暗い顔して黙々と食べている。

「はぁ、木の役ならまだいいですよ……僕なんて女装ですよ、女装。きっとあれは京先輩の企みだよね」
「いやぁ、受けてたわよ! 主に女性陣に、うん、大正解って奴ね」
「……えっと……可愛かったと、思います」

牧村拓人がため息を吐くように言えば、秋月京がそれを肯定し、拓人の隣に来ていた河内静奈がぽそりと言う。
その言葉にさらに落ち込んでしまった拓人に静奈は慌てるが、続く言葉は出てこない。

「いやぁ。今のフォローじゃなくてとどめよね」
「……間違いないだろ」
上原梢は楽しそうに見守っている横では小鳥遊雄一郎がローストビーフを食べ終えた後、肯定した。

今回の演劇に関わった全員がなんだかんだで知り合いとなっている。
全員が一つの目標に一丸となってむかったためか、いつの間にか連帯感が出来上がっていた。
210発表会後の放課後に ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/18(金) 17:38:17 ID:AkNfDa17



所変われば、そこにはやはり盛り上がっている所がある。
ただしの盛り上がり方も変わっている。
言ってみるなら少しだけ隠れた雰囲気の場所だった。

「カミ山……できたか?」
「ああ、もちろんだ。始めに言うが一枚1000円。びた一文まけはしない……」
「たけぇ! だが俺は買うぞ!」
「……毎度」

一人は放送部員のカミ山ラジ男。もちろん本名ではないが、すでに本名で呼ばれなくなって久しかった。
もう一人は小型省。狙いはカミ山が撮影した、ドレスで着飾る美少女達の写真である。
もちろんその二人だけではなく、かなりの人数がちょっと立ち寄り、購入していく。
ある者は自分の写真を記念に。ある者は密かな思い人の写真をこっそり買っていく。

――そんな所で新たな闖入者が現れた。

「……これ、一枚」
「おう、上得意さん来たねぇ。毎度あり!」
「……ん? おめぇ。台先輩の妹の……」
「……忘れろ」
(こくこく)

余りの迫力に無言で首を振る省。その相手は大きなマスクとサングラスをした少女だった。
名前はあえて言わないが、まぁすでにばれているだろうので割愛する。
腕っ節は強いが妙に小物っぽい動作で省は購入品を懐に入れた。
211発表会後の放課後に ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/18(金) 17:39:02 ID:AkNfDa17


そんな盛り上がっている中、静かになっている一角があった。
静かとは言ってもそれは重苦しい雰囲気ではない。
そこに集まっている面子は少しだけ真剣な顔で話していた。

「それにしても、ここまで悪意のない内容にするのも珍しいわね」

そんな感じで切り出したのはアリス。オレンジジュースを飲みながら、演劇の内容について話している。

「……やっぱりそう思いますか?」

そう聞き返すのはあかね。今回の脚本を書いたのが彼女。その点については迫からも聞かれた点であった。
あかねの問いに答えるのはアリスではなく、もう一人の少女

「ふむ、そうだね……。例えば、本来なら悪い魔女だった、死の呪いを掛けた魔女。
あれもその後眠りの呪いに変更されることを分かっていて呪いを掛けたといえるな」

そう言うのは、霧埼。こちらはウーロン茶を片手に話している。

「わざわざ針を刺すとき、死の呪いを与えた魔女が、100年眠ることを示唆している」
「ええ、そのとおりです。あの場面はそのままの意図です」

あかねはアップルジュースを飲みながら答える。

「あ、それに王子が茨の城に入る動機も変わってたのよ。
茨姫に出てくる王子が茨の城に行く理由って、大抵眠っている美女を見たいと言う理由よね。
でも今回の演劇だと、あくまで眠りから助けるのが目的になってたのよね」
「そこら辺は露骨に強調しましたからね。できれば見ている人にも気付いて欲しかった点です」

あかねは微笑みながら言う。
そんなあかねに霧埼はひとつ疑問を投げかける。

「なぜ、ここまで善意の人間ばかりが登場するようにした?
物語として見た場合、下手すればメリハリがない、ともすれば現実味がないと思われかねないが――」
「現実味のない話はともすれば薄っぺらく感じられてしまう。それなのにあえてそうした理由を俺も知りたいな」

霧埼の疑問の途中に割り込んだのは宇佐野和。彼も創作部に所属しているからか、疑問に思っている。

三人の視線が向けられていることをあかねは意識し、頭の中で少し整理。
それから息を吐き出すように語り出す。

「多分、この世の中は思った以上には悪意は多くない、そう思いたいからなんだと思います。
本当なら現実味のない話かもしれません。そう捉える人も多いかもしれません。
……でも私にはそう思ってない部分がありました」

そこであかねは一旦言葉を区切り、三人をもう一度見る。
三人は黙って頷き、続きを促す。
その態度に真剣な物を感じ、あかねももう一度言葉を続ける。

「私は高校に入って、荵や迫先輩とあって、良かったと思ってます。
だから、例え今が大変でも、未来はきっと嬉しいこと、楽しいことがある。
その時は不幸かもしれないけど、将来は幸せが待っている。
――そんな事を表現したかったのかもしれません」
212発表会後の放課後に ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/18(金) 17:39:44 ID:AkNfDa17

その言葉に二人はしばし口を閉じる。

「どうしました。先輩?」

「うーん、いやぁ、あかねちゃんまだ一年なのに結構考えてるな、と思って」
「そうだな。私もそう思う」

その言葉にあかねは顔を赤くし、途端に声が小さくなってしまう。

「いえ、そんなことない……ですよ。足りないことばかりで……」

「そんなことないわよ。足りないと思っても、そこを改善すればいいんだし。
今日は本当に良い演劇だったものね。反省会は後にして後はぱーっと、騒ぎましょうか」
「……はい!」

四人は頷き、別の盛り上がっている場へと向かった。

そしてその後夜祭はさらに盛り上がりを見せていた。




そんなこんなで演劇は終わり――いよいよ夏休みが近づいていた。



終わり。
213発表会後の放課後に ◆G9YgWqpN7Y :2010/06/18(金) 17:42:32 ID:AkNfDa17


以上で、演劇発表会は終わりになります。
長い間続けてしまってすいませんです。もうちょっと短くする予定だったのに予想以上に長くなってしまった。

とりあえず始めた目的のこれからいろんなキャラクロスは達成かな?
一応知り合いになったキャラも多くなったとつもり。
これで少しはクロスさせやすくなれば……いいなぁと思います。

後、主要時間軸を夏に移そうと思うのですがどうでしょう?
もちろんその他の時間軸もどんとこいですが、なんとなく区切り的な意味で。

後、西園寺ちゃんのプロフィールはちょっと待って。すっかり作るの忘れてたです。
214創る名無しに見る名無し:2010/06/18(金) 17:51:51 ID:bxdCKHSx
>>213
タァイムリーィ!

ライオンもちょうど演劇終了しばらくの後を舞台にしようとしてたんで夏まで行ってくれりゃ非常にやりやすいですw
クロスの下地もたっぷり出来たし、俺は賛成ですぜ。
215創る名無しに見る名無し:2010/06/18(金) 18:27:16 ID:bxdCKHSx
>>193
http://imepita.jp/20100618/662740





台の妹ってんでカマキリヘアにしたが中三には見えんw
216創る名無しに見る名無し:2010/06/18(金) 20:04:14 ID:nmUbugMo
>>206
ミコトはまさに“超人”としかいいようがないな。
重量挙げの奥の深さと過酷さが、ほんのちょっとかいまみえる話だ。

>>213
お疲れSummer!
作品内外であれこれ妄想膨らむ楽しい企画だった。あいつらはどうなったんだろう、とか。
大里先生といい、カミ山といい……ワルだな。そして省って意外と……。
カラッとして悪意のない、こういうまったり具合は仁科学園っぽいよなぁ。
楽しみにしてるよ夏!

>>215
舌www
妄想の中とはいえなんという野獣。人類は滅亡する。

この波に乗る!

>>195型ととろ
何かを致命的に間違えたハートキャッチ。どうしてこうなった。
ttp://imepita.jp/20100618/667840

迫先輩
には見えないが、迫先輩。
ttp://imepita.jp/20100618/669050

松戸白秋
特にいうことはない。
ttp://imepita.jp/20100618/670250
217創る名無しに見る名無し:2010/06/18(金) 20:59:17 ID:bxdCKHSx
>>216
松戸の出来がいいwww


さて、名前的に一度やって見たい奴をちょっとお借りしてみた。
所々ふせているのはアレだ。
218仁科学ライオン ◆wHsYL8cZCc :2010/06/18(金) 21:00:48 ID:bxdCKHSx
 床に膝を付いたまま驚きつつも謝った少女。しかし、その風貌はこの場所には違和感がある。どうみても中等部。だが、着ている制服は間違いなく高等部のそれ。違和感を残しつつも、考えるより先に口が動く懐は要らぬ言葉を混ぜつつ話し掛ける。

「……。おいおい。中等部が何してるんだ?」
「むっ。ボクは中学生じゃないよッ! 高校一年生だよ!」
「兄弟から制服借りたのか? はやく返して来なさい」
「違うってば! ボクのだよッ!」

 ホントは解っている。

「何はともあれ、床を汚してくれたおかげで俺の心も汚れました」
「あ……。そのごめんなさいです」
「悪いと思ってるなら罰を受けて貰おうか……」
「……えっ」
「向こうの自販機でジュース買ってこい」

 懐はポケットから小銭を取出して少女に渡す。金額は二百四十円。

「……? 二人分?」
「こんだけ零したって事は開けたばっかだろ。いいからさっさと買って来なさい」

 懐はモップで床を擦りながら言う。一度では吸い取り切れない量の液体がモップに染み込んでくる。それを見ると、ちょっぴり可哀相。ただそれだけだった。




※ ※ ※




「でー! 雄一郎が迷子になってぇー!」
「で! で! 用務員のオジサンに救出されたってか!? 遭難だろそれわ!?」

 昇降口から外に出て、少し歩いた場所のベンチ。
 掃除を終えた懐はさっきの少女、鷲ヶ谷和穂とバカ話。出会って五分で仲良くなる特殊能力はここでも遺憾無く発揮される。
 聞くと和穂は掃除をサボって逃走中の身だとか。小鳥遊雄一郎とかいう奴が探しているらしいので、急いでいたら転倒の憂き目にあい、懐の前にジュースをぶちまける事になった。

 しかし、バカ話しながらもちょっとした事が頭をよぎる。
 鷲ヶ谷和穂。鷲ヶ谷。わしがや。

 名前負けとはこの事だ。どちらかと言えば鷲というよりムクドリ見たいな女の子。たまたま口ずさんでいた曲も強い鷲を題材にした曲だった。妙な偶然だな。そう思った。

「ていうか、戻んなくていいの?」
「あぁー。たぶん雄一郎がカンペキに掃除してくれてるから大丈夫!」
「オジサンその考えは感心しないぞぉ」
219仁科学ライオン ◆wHsYL8cZCc :2010/06/18(金) 21:02:39 ID:bxdCKHSx
いきなりミス
ホントはこっちから↓


 小咄【鷲は自由に飛んじゃってもいい】



「Eagle fry F○○〜 let'people see〜♪」

 誰かが歌っている。小さく息を漏らしながら、器用に高音域を軽々と出している。本気で声を出せばどうなる事やら。
 後ろで縛り上げた金髪の長い髪が一定のリズムで揺れている。この学園広しといえど、こんな髪型をしている男は数少ない。ましてやヘヴィメタルを口ずさむ輩など一人に絞られる。

 懐は一人、昇降口前の廊下をモップ掛けしていた。別に何か悪さをしたペナルティとか、単なる綺麗好きとかではなく、ただの掃除当番である。
 掃除の時に長い髪は邪魔になる。安っぽいヘアゴムでまとめた髪は相当気を使っているのか、無駄に光沢を放ち、結構なブリーチ攻めを受けているはずだがダメージ等も見当たらない。
 それもそのはず。メタルファンにとってロングヘアはギターやツーバスのドラムセットと同じレベルでの重要なファクターなのだ。手入れは入念に行っている。

「In the sky a ○ghty Eagle……♪」

 曲は二番のブリッジパートに差し掛かる。
 床はわりかし綺麗になった。常に人通りが耐えない場所故に完全に磨き上げる事など不可能だが、それでも出来る事はやり遂げた。
 凝り性な性格のせいか、やり始めたら気のすむまでやってしまう。たとえそれが面倒な掃除であろうとだ。
 これなら余程の大惨事が起こらない限りは満足いく仕上がりになる。懐は一人、ニヤニヤしながらモップを絞る。すると……

「痛ぁー!」

 誰かが転んだらしい。

「いたた……。あーあ。ジュースこぼしちゃった……」

 災難だな。と懐は心の中で一言。同時に、ちょっと待てとさらに一言。
 脳内再生されていた熱いドラムソロは中断される。そして振り向きさまに、その惨状を目の当たりにしてしまう懐。

「あぁぁぁあああ! 気合いで磨き上げた床ににぃぃぃい! 何たる狼藉! 名を名乗れ貴様!」
「ひゃあ! ご……ごめんなさぁぁい!」
220仁科学ライオン ◆wHsYL8cZCc :2010/06/18(金) 21:04:31 ID:bxdCKHSx
 床に膝を付いたまま驚きつつも謝った少女。しかし、その風貌はこの場所には違和感がある。どうみても中等部。だが、着ている制服は間違いなく高等部のそれ。違和感を残しつつも、考えるより先に口が動く懐は要らぬ言葉を混ぜつつ話し掛ける。

「……。おいおい。中等部が何してるんだ?」
「むっ。ボクは中学生じゃないよッ! 高校一年生だよ!」
「兄弟から制服借りたのか? はやく返して来なさい」
「違うってば! ボクのだよッ!」

 ホントは解っている。

「何はともあれ、床を汚してくれたおかげで俺の心も汚れました」
「あ……。そのごめんなさいです」
「悪いと思ってるなら罰を受けて貰おうか……」
「……えっ」
「向こうの自販機でジュース買ってこい」

 懐はポケットから小銭を取出して少女に渡す。金額は二百四十円。

「……? 二人分?」
「こんだけ零したって事は開けたばっかだろ。いいからさっさと買って来なさい」

 懐はモップで床を擦りながら言う。一度では吸い取り切れない量の液体がモップに染み込んでくる。それを見ると、ちょっぴり可哀相。ただそれだけだった。




※ ※ ※




「でー! 雄一郎が迷子になってぇー!」
「で! で! 用務員のオジサンに救出されたってか!? 遭難だろそれわ!?」

 昇降口から外に出て、少し歩いた場所のベンチ。
 掃除を終えた懐はさっきの少女、鷲ヶ谷和穂とバカ話。出会って五分で仲良くなる特殊能力はここでも遺憾無く発揮される。
 聞くと和穂は掃除をサボって逃走中の身だとか。小鳥遊雄一郎とかいう奴が探しているらしいので、急いでいたら転倒の憂き目にあい、懐の前にジュースをぶちまける事になった。

 しかし、バカ話しながらもちょっとした事が頭をよぎる。
 鷲ヶ谷和穂。鷲ヶ谷。わしがや。

 名前負けとはこの事だ。どちらかと言えば鷲というよりムクドリ見たいな女の子。たまたま口ずさんでいた曲も強い鷲を題材にした曲だった。妙な偶然だな。そう思った。

「ていうか、戻んなくていいの?」
「あぁー。たぶん雄一郎がカンペキに掃除してくれてるから大丈夫!」
「オジサンその考えは感心しないぞぉ」
221仁科学ライオン ◆wHsYL8cZCc :2010/06/18(金) 21:06:06 ID:bxdCKHSx
 中々に元気な娘だ。鷲の力強さはこの天真爛漫ぶりに変換されているのか。しかし、唐突にというか、やはりというか。和穂に差し向けられた追っ手によってトークタイムま終わりを告げる。

「……見ぃ〜つ〜け〜たぁ〜」
「あ! 雄一郎!」

 現れたのはおそらく、先程話してたジャングルで遭難した小鳥遊 雄一郎。どちらかといえばこっちが鷲っぽい。
 それにどこかで見た顔だな。と懐は思う。
 ああ、そうだ。演劇の舞台造りに参加してたな。そういえば和穂も脇に居たよーな……。

「見事に掃除から逃げ出したな。そのすばしっこさを他に活かせないか……」
「む。見事に活かしてるつもりだけど」
「いいから戻るぞ。まだ終ってないんだ」
「むきゅう……」

 雄一郎は和穂の頭をぽんぽん叩きながら、半ば連行同然に掃除の現場へ連れ戻す。懐と同じくらいの体格の男がどうみてもロ(ryを引きずる姿はちょっと滑稽。
 奇妙なカップルだ。台に知らせたらどうなるか。まぁそんな雰囲気はまだ見えないが、要注意リストには乗るだろう。

「あ! ちょっと待って!」

 和穂は雄一郎の手から脱出し、雄一郎が何か言う隙も与えずとことこと懐の元へ戻ってくる。

「ジュースありがとうございました」
「いーえ」

 一言だけ礼を言ってペコッと頭を下げる。藍色の髪がばさっと重力に従い下になる。懐はその髪質をちょっぴりうらやましいと思いつつ、簡単に返事を返す。
 そして、和穂はまたとことこと雄一郎の元へ戻って行く。

 最初から最後までその言動が高校生には見えなかった。
 過ぎ去る二人の姿の凸凹ぶりは自然と目立つ。視線を送る人もちらりほらり。
 とにかく元気な奴だ。それが印象に残った。

「Eagle fry Fr○〜♪ let'peop○ see〜♪」

 懐はまた口ずさむ。
 鷲は自由に飛び、人々はそれを見上げるのだ。和穂の自由さと元気っぷりは、曲で歌われる「力強い鷲」そのものかもしれない。どこまでも自由な、何者にも左右される事のない……。

「名前負け……してないかも……?」

 懐はひそかにそう思ったりている。
222仁科学ライオン ◆wHsYL8cZCc :2010/06/18(金) 21:09:00 ID:bxdCKHSx
終了。
さらにまたageてしまうというミス。


和穂と雄一郎お借りしました。名前的にどうしてもドンピシャだったんだw

ちなみに懐が歌っているのはHELLOWEEN/EagleFryFree。
223創る名無しに見る名無し:2010/06/18(金) 22:02:24 ID:nmUbugMo
懐っちょは誰とでも仲良くなれるんだなぁw羨ましい稀有な才。
鷲の言動がこれ以上フリーダムになるとえらいことです。

よく知らないが、これってFlyじゃないのか?
224創る名無しに見る名無し:2010/06/18(金) 22:25:34 ID:bxdCKHSx
>>223
今 気 付 い た 件
変換ばっかに頼るとこうなるよ!みんな気をつけ(ry
225創る名無しに見る名無し:2010/06/19(土) 20:16:13 ID:ovO6Ofsc
さぁーて、次の企画物とかなんかある?
226創る名無しに見る名無し:2010/06/19(土) 23:59:15 ID:zTyecKLN
>>213
投下乙!
ついに終わったかー。
いやぁ、多くのキャラ捌き、お疲れ様でした。
そしてカミ山さらっと仲間入りwwwこらwww
>>222
投下乙!
懐…すごすぎる(´・ω・)そのテクニックを是非俺にo(ry
しかし安定の和穂のかわいさ。むきゅうは口癖。





絵はロリコン、ガチホモ疑惑がある小鳥遊(右)と、拓人(スク水着用+女装。左)のBL妄想するシーン。
被ってるなんて知るもんかw
http://imepita.jp/20100619/861400

227創る名無しに見る名無し:2010/06/20(日) 00:21:17 ID:vbIgTsmB
>>226
乙www
小鳥遊と拓人君のイメージも人によって様々だなw
228創る名無しに見る名無し:2010/06/20(日) 20:06:00 ID:t7Rxlbta
>>221 乙ー!
いいなぁ、そのスキル。俺も欲しいw
和穂には鷲の名字が合ってる気がするよね

>>226
BLブームがここにwww

>>225
今のとこ出がらしなのでしばらくは休憩かな?
案だけはあるけど纏まらない
229創る名無しに見る名無し:2010/06/21(月) 22:21:52 ID:bKTfbhu6
せっかく時間軸が夏なるって事で……


台、懐(おだんご仕様)、先崎の夏バージョン。
http://imepita.jp/20100621/801320

しかし自キャラなのに懐が苦労した……。
230夏企画仁科の怪談 ◆wHsYL8cZCc :2010/06/22(火) 11:40:10 ID:6nzZCTmN
例のアレ投下開始。超短いけど。
231夏企画仁科の怪談 ◆wHsYL8cZCc :2010/06/22(火) 11:41:35 ID:6nzZCTmN
 夏が来る。
 日は高く昇り、蝉が残り僅かな命で必死に泣いている。
 花火大会、夏祭、長期に渡る夏休み。この季節しかないかき氷の出店や、店先の「冷し中華始めました」というのぼり。
 ただ、夏が来た。
 それだけなのに、大人が忘れてしまった期待感を彼等は持っているはず。生徒達は待っていたはず。この季節を。

 夏が来た。楽しい夏が。

 夏が来たのだ。
 そう、私達の季節がね……。




 第0回:【Raising DarkSide】




 ねぇ知ってる?
 なんで学校には怪談が多いか?

 それはね、それを皆が欲しがるからなの。
 つまらない日常のちょっとしたスパイスとして、非日常の事を皆知りたがる。
 夏はそれが加速するわ。ふふ。きっと皆、開放感を持て余しているのね。

 もうひとつ、人が多い事もその理由ね。
 それは彼らを呼び寄せるの。彼らの一部には、その存在を知ってほしいって人もたくさんいる。
 でも、彼らと会える人はほんのちょっぴり。
 だから、一度彼らと会える人を見つけたら、彼らは逃がさない。
 彼らに会った人はどう思うかしらね? きっと他の人に話すわ。たとえどれほど荒唐無稽な話でも……。
 それは噂となって広がって行く。最初は小さなグループから。そしてクラスに広がり、学年全体に広がる頃にはきっと学校全体がそれを知る。
 それは決して消えない。
 何年たっても、ずっと生徒達に受け継がれて行くはず。
 なぜ消えないのか。解るわよね?
 そう、「みんながそれを欲しがる」からよ。

 だから私は、少しだけそのお手伝いをしているの。
 簡単な事よ。仕入れた噂を、他の人に広めるだけ。
 ただそれだけで、噂は広がって行く。
 中には噂を便りに、彼らと会う人も居るかも知れないわ。そうなれば、私も本望って所ね。
232夏企画仁科の怪談 ◆wHsYL8cZCc :2010/06/22(火) 11:42:56 ID:6nzZCTmN
 そうそう。世の中には私の知らない事だって沢山あると思うわ。
 だから、もし何か知ってたら私に教えて欲しい。いえ、自分で広めても構わない。
 噂が広がる事そのものが、私の望みだからね。

 別に学校に限った話じゃ無くてもいいわ。
 学校だけがの舞台じゃない。学校が特別なのは、そこが噂の力を強くする特別な場所だから。
 関係ない話でも、学校でその話はしたたかに成長する。噂話の温床。それが学校よ。


 え? 私が誰かって?
 もちろん、仁科の生徒よ。学年? それはいいじゃない。
 名前?
 皆はふーちゃんって呼んでくれる。
 
 噂をたどれば、もしかしたら私にたどり着くかもね。
 その時はちゃんと教えてあげる。私の事をね。ふふふ。

 さて、さっそく誰かに噂を流さなきゃ。
 もちろん、あなたも手伝ってくれるわよね?
 あなたはそれを求めてる。
 だから、私とお話してる。

 そうね。まず最初はあなたに聞かせてあげようかな。
 どんな話がいいか、じっくり考えてあげる……。
233夏企画仁科の怪談 ◆wHsYL8cZCc :2010/06/22(火) 11:44:54 ID:6nzZCTmN
以上、実験投下兼プロローグ。

で、キャラ説明↓



ふーちゃん
本名不明。学年も学科も不明。仁科の生徒である事は間違い無い様子。
黒髪ショートらしい。常にぬいぐるみを持っているという噂も。
どこからともなく現れ、噂話をして去っていく。
話している間は違和感なくその場へ溶け込むが、居なくなると違和感を残していった事を追認する事もしばしばだとか。
歩いても足音がするとかしないとか
作者の代弁者でもある。




ちなみにふーちゃんが言う「何か知ってたら教えて欲しい」というのは俺の叫びでもあるw
この娘に勝手にあれこれ語らせていろいろやって貰って結構です。ていうかやって下さいw

ふーちゃん自体の話も今はかなりぼんやりだけどその内やる……かも?

234創る名無しに見る名無し:2010/06/23(水) 06:23:48 ID:0v6DUND/
投下乙
これは面白そうな企画だね。
仁科メンツと怪談が混じるととどうなるか期待
235創る名無しに見る名無し:2010/06/24(木) 20:21:52 ID:lj8wX5iP
>>229
懐は萌えキャラ。
この三人の会話ってなんか想像できそうでできない。

>>233
全くの無音で歩くとは。さすがはドラッケン族。(ネタがマイナーすぎるか)
こういう得体の知れないキャラは好きだ。
仁科には既に存在自体が怪談みたいな連中も数名いるけどw
語り口が既にちょっと怖い・・・。夜一人でおトイレに行けない。人類は滅亡しろ。
236わんこ ◆TC02kfS2Q2 :2010/06/24(木) 22:25:06 ID:cAVrYrHt
>>233
ふーちゃん!
夏はこれからッス!期待!

そして、夏に入ろうとするのに遅れた感もあるけど、気にしないで投下!
西郷くんをお借りします。
237あかねに会いに ◆TC02kfS2Q2 :2010/06/24(木) 22:25:52 ID:cAVrYrHt
「とりゃー!」
久遠荵の小さな体は夏を待ちに待ったセミの如く木の幹にしがみ付く。
いくらなんでも小柄とはいえ、お年頃の女子高生に太い幹をよじ登ることは無理だろう。
それでも聞き分けの無い子どものように、ちょっと登ってけっこうずり落ちる。しかし走り出したらこの子は止まることが無い。
「久遠、危ないって」
「だって、ほっとけないって!」
「でも危ないって。わたし、先生呼んでくるから……」
同級生である黒咲あかねの頭痛は止まることはない。

演劇部の自主練習として久遠は同級生の黒咲あかねと発声練習をしていた。
ジャージに体操着と完全武装した二人は校内の芝生にて、腹筋を働かせながら腹式発声で声を遠くに伸ばす。
長い髪を一つに結んだあかねが芝生に仰向けに寝転ぶと、小さな荵はあかねの長い脚を押さえ、お腹の底から出るだけの声を出して上体起し。
「あーーーーーー!!!!!」
「あかねちゃん!もっと出るはずだよ!ほら」
「あーーーー!!」
「もっと!おなかから出すんだよ!」
と、ほぼ同じくらいの声でわめく荵に対して、汗一つ顔にかかないあかねは、けっしてこの練習を得意としていなかった。

出来ることなら、やりたくない。でも、舞台に立つならこのくらい声を出さなきゃ……。でも、舞台の上じゃなくて目立つのは……。
泣き言を漏らしそうになると必ず目に浮かぶのは、厳しい先輩・迫の顔だった。それでも、あかねは泣き言を外には漏らすことはなかった。
体を起き上がらせるたびに、荵の丸い目がぴったりと合う。気恥ずかしい。それを荵が吹き飛ばす。
「あかねちゃん、ごめんなさい!席を外す!」
「ええ?ちょ、ちょっと!!」
校庭の木の上でネコがにいにい泣いていた。一人で登って降りられなくなったのか、小さな子ネコが地上の者に助けを求めていた。
いち早くそれに気付いた荵はあかねの両脚を離し、子ネコが待つ木の元へと馳せ参じたのふだが、お陰であかねはバランスを崩す。
真っ白い体操着を芝生の草まみれにしてしまったのは、荵に免じてどうか許して欲しい。

木の根元でやいやい騒ぐハーフパンツをまとう荵のふとももは……まったく眩しくは無いが、その脚で悔しそうに地団駄を踏んでいた。
「あともうちょっとなのに!」
寂しそうに荵を見下ろす子ネコは、未だ泣き止まず。こんな荵でも、子ネコの力になればどんな物語のヒロインよりも輝かしいはず。
ジャンヌ・ダルクよりも、子ネコを救う久遠荵。比べる対象はもしかして間違っているもしれぬが、この日はジャンヌよりも荵の方が眩い。

しかし、物語というものは残酷なものだ。手に掴むことの出来ない空想を見せておいて、現実にはありやしないと悟らせる。
そして、いくら物語でもとんとん拍子に物事が進めば『ご都合主義』の一言で、ペン先をへし折ってしまう。
子ネコが木から下りられなくなりました。助けようと思っても、そこまで届きません。素敵な誰かがやってきました。子ネコを助けてくれました。
めでたし、めでたし。

こんなプロットは落第点。彼女らの先輩の迫なら、そういって怒髪で天を突くだろう。
シンデレラ曲線がどうたら、5W1Hを頭に置けだの……だから、都合がよろしくない自然な展開へと筋書きを整えるのが賢明だ。
「誰か呼んだ方がいいって」
「……うん。あかねちゃん、ごめん」
「あかねちゃんは、やめてよ……」
見慣れた荵の顔を見るのが恥ずかしい。そう言い訳をして、頬を赤らめながらあかねは先生を呼びに校舎へ走った。

おっと。
でも、一つ忘れちゃいけないことが。
238あかねに会いに ◆TC02kfS2Q2 :2010/06/24(木) 22:26:38 ID:cAVrYrHt
リアルでも、物語でも、あっと言わせる展開が必要なこと。現実ばかり気にしていて、ことなかれ主義のプロットは魅力的ではないと言うこと。
それは、それは、大切なこと。

「西郷くん……?」
校舎に向かって走り出したあかねの前に、まるで台本に書かれたかのように一人の男子生徒が姿を現す。
がっしりとした巌のような体つきに相反して、物腰はヤギのように大人しい少年。第一印象は体育会系。
先日行われた学内演劇会で王を熱演し、観客の拍手をほしいままにした西郷猛・高等部1年生。荵とあかねと同級生である。

ごめんなさい、迫先輩。こんなプロット、だめですよねぇ。基本のキの字もなっていないです。
お決まりばかり並べたプロットノート、迫先輩に見せたらきっとこんな声が帰ってくるだろう。
「お前、本当にこんな台本でいいのか?!甘いぞ!!」

―――「迫ちゃんねぇ、あんた厳しすぎるって」
風通しの良い演劇部部室にて、迫文彦は一人で汗をかいていた。メガネがいつの間にか曇る。夏のためではない。
部室中央の机には、大学ノートに幾ばくかの写真。それらを見ながら迫は携帯電話片手にハンカチで汗をぬぐう。
「そうですか?だって、大事な舞台ですよ。ぼくとしては、このくらい……」
「部員ならまだしもねー。でも、素人相手に舞台の空気悪くしちゃ元も子もないよ」
電話相手の声が漏れる。若い女性の明るい声が電話を通じて花を咲かす。
迫のことをよく知っているような、いい意味で馴れ馴れしい言葉遣いが迫の額に汗を誘う。

先日行われた『学内演劇会』で演じられた『茨姫』が好評を博した。
その監督を任されたのが演劇部・3年生である迫文彦。彼から演劇を取ってしまうことは残酷であるのは誰もが承知。
『演劇』に魅せられた妥協を許さぬ男だが、彼が電話越しに頭を下げぎりりと奥歯をかみ締める。
「遠賀先輩、いつの間にか……見に来てたんですか?」
その名前。その声。
迫の顔を強ばらせる、彼女の名前。
遠賀。おんが……。
お気楽な彼女の声が迫の耳に刺さる。少年のメガネが鈍く光る。
「さあね。でも、『茨姫』って聞いたらゼミどころじゃなくってね。そうそう、あの子いいよね」
「誰ですか……。もしや」

―――「黒咲さん?」
「はいっ、黒咲ですっ。この前の演技……」
体に似合わぬすっとんきょうな西郷の言葉は、あかねの細い足を止めた。
止まった足の代わりにあかねのみどりの黒髪が風になびく。
舞台から下りたあかねの目線はわざと西郷から外されていた。それは目を合わせるのが苦手だから……だが、それはそれでいい。
あかねと目線が違ってよかった。もし、目線が合っていたら、西郷は俯き加減を続けなければならない。
恵まれた身の丈のお陰で、あかねの側に立っても恥ずかしがる様子を周知しなくてよい。
ただ、あかねの髪の香りが風に乗って西郷の鼻腔をいたずらにくすぐった。
239あかねに会いに ◆TC02kfS2Q2 :2010/06/24(木) 22:27:33 ID:cAVrYrHt
「西郷くんに手伝って欲しいことがあるんですっ」
子どものように純粋に、両手を握るあかねの本気。
ただ「ハイ」だの「うん」だの言えばいいのに、その一言を口に出来ない西郷の弱気。
鳥の声さえ聞こえてくる静寂を待ち、あかねは西郷の足元をじっと見た。
「靴、変えたんだ」
「うん」

―――演劇部の部室の窓から、大きな木が見える。
迫は木を見つめながら、電話先の遠賀希見(おんが・のぞみ)に愚痴を話した。だが、遠賀からすればガキの戯言。
この部屋に他のヤツがいなくて本当によかった。しかし、物語ならここに誰かがやってきて「迫先輩!どうしたんですか!!」
だなんて小柄な後輩から呼び止められて、汗が止まらなくなるんだろう。そんな展開、今はいりません。

「先輩は『茨姫』のことになると、もう」
「……わたしもみんなとやりたかったなあ。その演目」
大人に近づいた遠賀先輩の声は幼い子供のものに似ていた。
いままで迫を苦しめた声はもう響かない。迫も遠賀の悔しさを解こうと、舞台の上ではけっして口にしない優しい一声をかける。

「切りますよ、もう」
「ちょ、ちょっと待ってよ!一つわたしのお願い聞いて!後生ですっ。それほどのお願い!黒咲さんに会わせて欲しいの」
「え?黒咲?」

―――あかねに呼び止められたことだけで胸が痛い。
お願いだから、振り返って背中を見せて欲しい。何故なら、あかねの顔を真っ直ぐ見つめられないから。
願いよ、届け。届かなくてもいいから、あかねと何でもいいから関わりたい。例えばみんなを辛くさせることでさえでも。

密かに願う西郷の気持ちを察することさえ出来ないあかねの視線は、ずっと大きな足元に降り注ぐ。
「あの……。助けて欲しいんですっ」と精一杯の声で西郷に伝えた後「友達を」と付け加えた。あかねは少し後悔した。
こくりと首を縦に振る西郷に頬を赤らめるあかねは、くるりと踵を返して長い髪を回す。体操服の背中に芝生が付いていた。
よく手入れされた髪は上質な絹に対して見劣ることはない。湖に澪を引くように髪をなびかせるあかねの後を西郷は追った。
240あかねに会いに ◆TC02kfS2Q2 :2010/06/24(木) 22:28:26 ID:cAVrYrHt
理由は何であれ、茨の姫を苦しめるものは自分が全て払いのける。そうだ、おれは漆黒に浮かび上がる剣となろう。
ただ、それを扱うことが出来るかどうかは自信がない。だけど、今はあかねに追いつくことだけ考える。
わざとあかねの走るスピードに追いつかぬよう、西郷は長い脚を開かずに夏の芝生を駆ける。
「久遠っ」
二人は荵がよじ登ろうとしていた木にたどり着き、あかねの足はゆっくりと止めた。
太い幹、小さな命。そして、それを抱える久遠荵。
「……子ネコ?」
「落っこちてきちゃったの!だって、だって子ネコが暴れるから!!」
「久遠が揺らすからっ」
「違う!!」

荵の力で大きな木が揺らぐことは無いのは明白で、怪我一つしていない子ネコを抱きかかえる小さな少女を信じるしかなかった。
子ネコの親のように荵は小さな胸で包み込み、うっすらと目に光るものを湛える。
「あっ!西郷だ!この前はよかったよ!!ウチの部に入ればいいのに」
「いや…おれは」
立派な体型ゆえ、頬を赤らめる西郷の姿は滑稽だ。
しかし、冷や汗の理由をあかねの側にいるからと言うことから、荵から演劇部に誘われたことを恥ずかしがることに
すり替えることが出来て、西郷は荵にほんのわずかなのだが痛み入る。
「西郷も演劇に興味があったら、この久遠荵になんなりと言ってね!!」

―――「じゃあ、何時がいいですか。黒咲に連絡しますから」
「そーだ!思い出した。わたしってさ、もうすぐ大学の前期試験始まるんだっけ!このおはなしはまた今度。ふふふ」
戻ってきた遠賀の声が耳につんざく迫の力が抜けていった。同じ演劇部だった頃を思い出しながら。
それはある人から見ればお笑いにも見えるし、幸せにも見える。
「……そうですか。もう」
「ふふふ。演劇が恋人の迫くんをからかえて楽しかったよ!」
額の汗が引き、真っ白に燃え尽きたように椅子にしゃがみこむ迫の姿が初夏の窓に映った。

―――演劇部の窓に映る雲の真下で子ネコを抱える荵は頭上に電球を光らせる。
「そーだ!思い出した。用務員さんのところに寅ってネコがいたっけ!わたし用務員さんとこ行ってくるね!」
「久遠っ」
西郷猛と黒咲あかねを残して、久遠は子ネコを抱えたまますっとんだ。
あかねはあかねで荵のことは「いつものことだから」とため息をつくだけでよかったが、西郷の方はあかねと二人きりになって
「はじめてのことだから」と足首をぐりぐりと地面で回すことしか出来ない。青い空が憎らしい。
それはある人から見ればお笑いにも見えるし、幸せにも見える。


おしまい。
241わんこ ◆TC02kfS2Q2 :2010/06/24(木) 22:29:11 ID:cAVrYrHt
投下おしまい!
今度は夏向けのお話、書きたいな。
242創る名無しに見る名無し:2010/06/24(木) 22:52:05 ID:OX6mBwb1
ぎゃああああ!わんこ氏きたぁあああ!
相変わらず正統派の甘酸っぱい何かを投下しやがってw

しかし地の文がもう恐ろしいレベルだな……。
243創る名無しに見る名無し:2010/06/27(日) 18:13:26 ID:/bt9dc1m
投下乙ー!
演劇部のOBきた! 面白い人だ・・・遠賀が来る日があるといいな。
迫も苦労しているなぁw
あかねと西郷は無性にごろごろ転がりたくなる感じだw
にやにやするぞ
244 ◆akuta/cdbA :2010/06/29(火) 12:28:54 ID:6umBSmCo
しばらく来ない内に賑やかになっててうひょー。

保健室のてんてー。でもオカマ。
高月あやめ/32歳。オヤジと言われたら893みたいになる。
ttp://loda.jp/mitemite/?id=1193.jpg
245創る名無しに見る名無し:2010/06/29(火) 13:27:55 ID:9HJBY7OS
なんというガッカリw
その見た目でその設定はおいしすぎるw
246創る名無しに見る名無し:2010/06/29(火) 16:06:31 ID:gXwZbfc1
まさかのオカマw
247創る名無しに見る名無し:2010/06/29(火) 19:45:22 ID:LLy7Jxmv
オカマニューカマーだとう!
248創る名無しに見る名無し:2010/06/30(水) 17:27:56 ID:0yq2Lx1x
企画ブチあげときながらネタが集まる前にしばらく投下出来なくなりそう……。
書き溜めとくから後は頼んだ……。
249 ◆bA440CfTJw :2010/06/30(水) 22:59:35 ID:ABCs/wBw
えーと、拓人と名無しの男女を借ります。



ちょっと長いから気をつけて下さい。
250 ◆gIq0xA48Xk :2010/06/30(水) 23:01:59 ID:ABCs/wBw
トリ間違った。馬鹿馬鹿。





「すべては方程式さ〜♪」

午後0時半。仁科学園食堂。
最近流行りらしい曲を口ずさみながら僕、牧村拓人は少し混んでいる食堂の一角の席に腰を降ろした。
ちなみにこの席、陽はものすごく当たらないし、何故か机落書きだらけだし、椅子は何故か一つ発泡スチロールで出来てる等、ろくな物ではない。
本当はいつも座った席が良いのだけれど。
この前座った席はサッカー部数人が座っており、座るのは不可能。
それ以外も部活・友達グループ等のせいか埋まっており、とても座りに行く事は出来なかった。

「しかし…遅いなぁ…」

だからこそ、こんな席で頼んだ洋食セットが出来るのを待っているって訳。
…あー、けれどもこの時間ってすごく暇だなぁ。
こういう時、大抵は時間潰す事はあるんだろうけれども、今の僕にはそのすべは無し。
だから、僕はこのまま自分の番号である『15』が呼ばれるのを待ってたのだったのだが…

251 ◆gIq0xA48Xk :2010/06/30(水) 23:03:02 ID:ABCs/wBw
「よっ拓人」

僕の下の名前が呼ばれた。
呼ばれた方向、右を見ると、見慣れた姿がそこにあった。
身長は一般から見ても大きく、軽く男子の平均身長を越しているが、何も200cmあるという訳ではないし、少し目つきは悪いものの、何故か髪が赤いという以外は、そこらに居そうな、普通の男子高校生だ。

「あ、『たかなし』君…どうしたの、一体?」

…けれど唯一あからさまに挙げるとすれば、その名字。
僕の「牧村」なんてのはありふれた名字なのだが、彼は「小鳥が遊ぶ」と書いて『たかなし』と呼ぶ。
正直言って凄い名字である。
けれど本人曰く、初対面の人と話す時、相手が名字が読めずに苦労したと語っていたので、牧村、という平凡な名字に感謝しなくてはいけないのかもしれない。

「あのな、今日は和穂はどっか行っちまって…そんで暇だからここに来たら」
「僕が居た、と」
「…まぁそういうところか。お前は?」

切り返す様に、僕に尋ねる小鳥遊君。
その小鳥遊君の表情からは、確かに鷲ヶ谷さんが居なくなって、苦労してるのだろうな、と感じ取れた。
…結構大変なのかなぁ。
って考えてないで質問に答えないと。

「あ、僕は今学食が来るのを待ってるんだけど…」
「ふーん、学食ねぇ」

何処か遠くを見る様に、小鳥遊君は目を逸らす。
そして、頭をぶっきらぼうに掻きながら、面倒くさそうに言葉を続けた。

「俺、そういうの嫌なんだよなぁ」
「どうして?」
「昔外国居た時期あってさ、その時の給食で腹壊してな」
「…え?ちょっと小鳥遊君?今なんて言った?」
「は?腹壊したっつてんだろ?まぁアメリカの飯なんて上手い不味いの差が激しいからな」
「はいそこ!え、何、アメリカってどういう事!?」

252 ◆gIq0xA48Xk :2010/06/30(水) 23:04:29 ID:ABCs/wBw
…まずい、我ながら結構慌ててるって分かる。
小鳥遊君とは色鉛筆の時以来の付き合いだけど、そんなの初めて聞いたし…
じゃあいわば小鳥遊君は帰国子女という事になるじゃないか。
なんという新事実…

「あ、そっか…俺が帰国子女って事は高校で話すのはお前が初めてだわ」
「え、他には話してないの?」
「あぁ。中学の時、自己紹介で迂濶に話して周りから質問攻めにされたトラウマがあるしな」
「あー…」

確かに分かるかもしれない。
外国帰りの同級生居たら、聞きたい事は聞くし、本人の意向を無視してクラスの有名人になる訳だ。
…これは、帰国子女が必ず通る道なのだろうか。
そう考えたら、トラウマになるのも分かるなぁ。

「てかさ、どうして外国に行ったの?仕事の都合?」
「…いや。色々あってな」
「色々?」

僕が相槌を打った瞬間、小鳥遊君は改めて僕の方をやけに鋭くした目で向き、口を開いた。

「理由、聞くか?」
「えーと、出来れば…」
「長いぞ?」
「別に良いけど…」
「…あー、分かった。お前だから話すわ」

…重大な事なのだろうか?
間違いなく、その言葉からただの転勤等では無さそうだった。
僕は口を開きかけた。
もしかすると、今から僕は小鳥遊君の過去を探る事になるんじゃないか、と。
けれど、小鳥遊君への制止の言葉は出ない。
少しばかり、探求心があった。
そのしょうもない探求心が、僕の制止を食い止めたのだ。

「そうだな、あれは小学生の頃―――」

そして、そのまま小鳥遊君から言葉が発せられたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
253創る名無しに見る名無し:2010/06/30(水) 23:07:23 ID:ABCs/wBw
…まぁ少し自分の事について話すとな、
俺昔から親父も母さんも外国行っててさ。
姉さんも同じ風に外国の大学行って、俺一人だけ日本に居たんだよ。
親父も母さんも、最初はどっちかに来いって言ってさ…あ、別居じゃないぞ。勤めてる場所が違うだけだ。
でも純正な日本人の俺が、いきなり違う国に行っても慣れないし、対応力無いだろうから。
仕方なく日本に居させた訳よ。

「…それで?」

んで一人で住む訳にもいかんし、母さんの親戚のとこに居させてもらって。
いや、別にその親戚の人が悪いって事じゃないぜ?
ただな、近所に一人「ゆり」って子が居たんだ。
俺、こんな事情あってあんま友達居なかったんだけど、その子は俺に優しくしてくれてな。
毎日彼女とは遊んだもんさ。
そりゃあもう毎日色々遊んだ。
んで、ガキの俺からしたら、ゆりは俺の唯一の友達だったって訳よ。

「小鳥遊君、案外大変だったんだね」

ま、そーゆー事になるな。
まぁそんで話戻すとな、ゆりは元々ピアノが上手くてな、俺にも度々聞かせてくれて。
ゆりんち行ったらほぼ毎回ピアノ弾いてくれてさ、それが楽しみだったんだよ。
俺がその日の前の日に聞いた流行りの曲でも「いいよ」ってそりゃあまた笑顔で言ってくれたんだよな。
もう今でも思い出せるんだから、良い笑顔だったんだろう。
だがまぁ…突然だったんだ。

「突然?」

…俺さぁ、車にはねられたのよ。

「…え?」
254 ◆gIq0xA48Xk :2010/06/30(水) 23:08:18 ID:ABCs/wBw

ダンプカーっつーの?あれにな。
なんかわざわざ仕事ほったらかして帰ってきてた親父と母さんいわく、二週間程生死の境をさ迷ったんだよ。
最悪死んでた訳だな。ははっ。

「わ、笑いながら話す事!?」

話す事なんだから仕方ないだろ。
過去なんてそんなもんだ。
…んで、奇跡的に復活はしたものの、体力がかなり落ちちまったり、右手が動かなくなったりと散々でなぁ…。
体力に至っては、学校のマラソン大会で8キロ道を朝始七時に始まって昼すぎに帰ってきたんだからな。
まぁその時もトラウマだよ。

「小鳥遊君…」

おっと、同情なんてすんなよ拓人。
別にこうやって話せてんだ。笑い話だって考えれば、どうでもいいだろ?

「…そうだ…ゆりさんは、どうなったの?」

…その、ゆりだけどな。
皮肉な話、あいつと夏祭りに行く待ち合わせ場所の道の途中にはねられたんだよ。
だから、あいつはあいつなりでそりゃあ罪悪感があってな…。
俺に謝りに来た後では、もう遊んでくれなくなったし、俺が親父に休養と体力取り戻す為にアメリカ行って、帰ってきたらゆりはどっか行っててな。

「…」

だからもう、どこで何してるか分からないって訳。
でも、今でもあの綺麗なピアノの音を奏でていてほしいっていうのを、心の片隅に思ってるんだけどな。

◇◆◇◆◇◆◇◆
255dairitouka:2010/07/01(木) 21:05:30 ID:usK4rIyg


「…以上だ」

ふぅ、と一息ついて小鳥遊君は話を終えた。
食堂は賑やかさを増し、更に人が増えていく中、僕と小鳥遊君の間には、どこか沈黙の空気が出来る。
何か話そうにも、どうにも口が動かない。
このままこの雰囲気が続くのかと思いきや、

「あ、そうだ」

と小鳥遊君が思い出した様に言った。
僕はまた小鳥遊君へとその耳を傾ける。

「和穂だけどな」
「鷲ヶ谷さん?」
「ゆりに似てるからつるんでるって訳でもねーからな?」

…漫画でよくあるよね、そういうの。
でも、なんでわざわざそんな事を…?
「本人にゃあ申し訳ねぇがゆりはもう『過去』だ。少なくとも、俺の中だったらな。
でも和穂は今『現在』の人物だ。その和穂に『過去』を当てるなんて、俺には到底出来ん」
「…鷲ヶ谷さんには、その過去、言うの?」
「言わねーよ。俺が言っても、あいつはお構い無しに走り回る。だから和穂には言わない」

言い終わった小鳥遊君は席を立ち、少し背伸びしてから僕へと言う。

「拓人、俺の話冗談みたいだったろ?」
「…まぁ…」
「だから、冗談話だと思って頭の片隅にでも置いといてくれ」
「え、あ…うん」
『雄一郎ーっ!!』
「ん?和穂かあのちっこいの…」

小鳥遊君はそう呟いて鷲ヶ谷さんらしき藍色のセミロングの少女を見た。
間違いなくそうなのだが、小鳥遊君、もしや目が悪いのだろうか?

「…んじゃーな拓人。俺行くわ。また教室で」
「あ、うん。じゃあね。小鳥遊君」
「おうよ…和穂おおおおおおおおおおっ!どこ行ってたんだてめええええ!…」
ゆっくりとフィードアウトする様に鷲ヶ谷さんの所へ帰っていった小鳥遊君。
…でも、こうしてみると、案外気にしてなさそうだ。
今、随分と楽しそうな小鳥遊君を見ると、彼からしたら過去など笑い話か冗談でしかない。
それほどまでに、小鳥遊君は今を楽しんでるんだろう。

『15番ー!洋食セットとコーヒー出来ましたー!』
「あ、はーい!」

だから僕もこの束の間の昼食を楽しもう。
それが今僕が出来る事なんだ。

「…未来は無いんだと恐れてた〜♪」

流行りの歌を口ずさみながら、そろそろ夏に入るという中、僕は昼食を取りに行った。

◇◆◇◆◇◆◇◆
256dairitouka:2010/07/01(木) 21:07:31 ID:usK4rIyg

「もうすぐ夏だな…」

夏。
日差しが強くなり、暑さが増す、四季の一つ。
もう前に入学式を終えたばかりだというのに、なんでこんなにも時間が早く感じるのだろう。
男は第一ボタンを開け、少しでも涼しさを確保しようと必死だ。

「どうしてこんなに夏ってのは暑いんだろうなぁ」
「知らないわよそんな事…」

そしてそれに応じる女。
男への対応はどこかつまらなそうだったが、それはいつもの事なのだから仕方ない。

「ダイヤモンド☆ユカイさんなら知ってるかなぁ」
「…ダイヤモンド☆ユカイさんって、人だったの?」
「お前は三ヶ月間何してたんだ!」
「あんた相変わらずうるさいわね…」

はぁ、とため息をつく女に、男はそんな事をお構い無しに、話を続ける。

「大体なぁ、お前はダイヤモンドさんの凄さを知らないんだ!」
「知ったこっちゃないわよそんな事!」
「んだとっ!?」

…こうして、春は終わり夏が始まる。
ここ、仁科学園で繰り広げられる物語も、まだまだ終わりを迎えない。
だからこそ彼等は物語を綴るのをやめない。
今日も。明日も。

季節【春】終わり。


257dairitouka:2010/07/01(木) 21:09:33 ID:usK4rIyg
投下終了。
春終わらせたけど、良かったのだろうか。
名無しの二人はプレイバックを見てやった物。

ちなみに雄一郎の過去話のマラソンのエピソードは、一回前に書いてた記憶もあったなーと。

>>241
あかねかわいいよあかね
ネギかわいいよネギ
もう見ててかわいいよこいつらw
あと迫の本名判明。これで本名不明はあと霧崎とB72と喫茶店二人ぐらい?
>>244
残念な美人きたwww
本当に普通な先生はいつ来るんですか?
二人出した俺が言えないがなwww




タイトルは「過去話、その後仁科に、夏来たる」


五、七、五の俳句っぽくしてみますた。





dairitoukaここまで
258創る名無しに見る名無し:2010/07/04(日) 23:05:20 ID:3vcJkmwX
こんな過疎久々だぜ。
259 ◆wHsYL8cZCc :2010/07/14(水) 07:09:29 ID:GaRDQ/bN
企画ブチあげといて放置している者です。ネカフェなう。
投下出来る環境に戻る前に夏が終わってしまいそうだ……
260わんこ ◆TC02kfS2Q2 :2010/07/23(金) 18:36:10 ID:jbWOBdc0
続きを書いているうちに夏になってしもうた!
投下する!
261荵にわんわん ◆TC02kfS2Q2 :2010/07/23(金) 18:36:51 ID:jbWOBdc0
「返せ!わたしの靴を返せ!」
片足立ちでケンケンしている久遠荵が、木の実のように小さな拳を振り上げて、目の前の敵に威嚇していた。
片足は紺色のハイソックス、片足は今時の女子高生らしいローファー。花も実もあるお年頃。それでも、片足立ちの姿が笑いを誘う。
ヤツは強い。ヤツは見境無い。じっと見つめる瞳は、油断をしていると吸い込まれそうなほどの青さ。
敵もじっと荵の動向をうかがいながら、無駄な動きをせずに構える。果てしない膠着状態が続き、荵も脚に痺れが走る。
「うう……。帰れないでしょ!早く返しなさいよ」
「……」
「だんまり込まないで答えなさい!バカー」

大きな敵は耳を立てて荵の大声を聞いているようにもみえたが、果たして理解しているのかどうかは不明だ。
ヤツは荵の靴を咥えている。そして、ふっさふさの尻尾をゆっくりと揺らしている。聴く耳持たないとはこのことだ。
「ハスキー犬は利口なんだぞ!」
いくら荵ががなり立てても、その行動が全てを裏切る。ローファーを咥えたハスキー犬は空き地の端に立つ杭とロープに繋がれたまま、
ゆっくりとその場にしゃがみこみ、荵を冷笑しているような素振りを見せた。

じりじりと蒸し暑い夕方、一体何をしているのだろう。いくら考えても仕方がないが、ただその思考だけが荵を苦しめた。
演劇部の部室の中、一人っきりでアイデアノートを書いていることに飽きて、仔イヌのように飛び出したからだ。
「外の風に当れば充電完了、わたしの筆で数多なる賞をかっさらってやるんだ!ふん」
最近雨続きで、久しぶりの雨上がりの街。すいっと風を受けて歩く。こんな日々がいつまでも続けばいいと思った。
しかし、軽い気持ちでお散歩気分を楽しんでいたのが間違えだった。これだ、これだ!わんわんトラップ!
青い空が気持ちいいもんだから「明日も天気になーれっ」って、靴を飛ばしたことが運のツキ。
わんわんトラップが飛びついて、折角上向きに着陸した靴をアイツが咥えて返してくれないのだ。
「お願い、返してよ……。バカー!」
こんなことなら、辛抱強く部室でカリカリと机にしがみ付いておけばよかったのだ。荵のバカバカ。
そうだ。部室にやって来るかもしれない迫先輩と、もしかして二人っきりになれたかもしれないっていうのに。
二人っきりになって、ちょっと先輩のことを独り占めで着ちゃうかもしれないラッキーガール!でも、荵は泣きません!アイツみたいにわんわんしません!
シベリアンなハスキー犬が荵のラッキー奪ってしまいました!ふう……。と、イヌのせいにして片足ぶらつかせる。

「こらっ。人さまの靴をオモチャにするんじゃない!」
荵の背後から飛んでくる若い女性の声が、ポロリとハスキー犬の口から荵の靴を落とした。大きな尻尾を揺らすのを止めた。
声の主は荵よりもちょっと年上の香り漂う、ほっそりとした脚のきれいなオトナの女性だった。
栗色の髪をサイドで束ね、メイクは自然に、そしてメガネの似合う『文系女子』を体現したお姉さん。
図書館の森から抜け出して、俗世の地上に舞い降りた妖精かもしれない。きっとそうだ。そして、彼女を守るのがこのイヌだ。
ハスキー犬の顎をわしっとさすると、アイツは骨抜きになりお姉さんに甘える子どものような素振りを見せた。
262荵にわんわん ◆TC02kfS2Q2 :2010/07/23(金) 18:38:53 ID:jbWOBdc0
「たつのすけの悪い癖だ」
彼女はハスキー犬を繋いであったロープを解くと、ぐいっと網を上げる漁師のように引っ張った。
大人しく従う『たつのすけ』はお姉さんの実の弟のように荵には見えた。もっとも、イヌとヒトだからそれはあり得ない。
だけども、荵は理屈でそのことを拒否する前に、お姉さんとイヌとの関係を自らの感性でつなげたのだった。首輪につながれたロープが線を描く。
ばつが悪そうなイヌの視線はお姉さんの履く靴に突き刺さり、そして尻尾は勢いを失っていた。
その姿は、荵に少なからず罪の意識を感じさせてもおかしくはなかった、といっても誰もが信じることであろう。

「ごめんなさい。この子、小さい頃から靴をひったくる癖があって。もう、ちょっと買い物で目を離していたらこれだ」
「大丈夫ですっ。わたし、イヌは大好きですから、目にいれても痛くありませんっ」
多少ずれた返事をする荵でも、お姉さんはニコリと笑みで返す余裕を見せる。
荵にイヌの尻尾を付けたとしたら、勢いよく揺れていることだろう。嬉しいときは尻尾は隠さない。
『たつのすけ』から靴を奪い返したお姉さんは、荵に手渡すと「いくよ」と声をかけて、彼を散歩へと走らせた。
「ほんとうに、ごめんなさいね」
「あの!」
両手に拳を作って振りながら靴を履きかける荵の声が、まだまだ青さを保ち続ける空に響いた。
「ちょ、ちょっと待ってください!あ、あのー」
小さな子どもが親に置いていかれないように、必死に駆けつける。と、言っても納得できる走り方。
荵が一人と一匹の後を慌しく付いてゆく。
「あの……。もっと、その」
たつのすけの足が止まる。

呼吸を一旦置く。のどを鳴らす。そして、目を輝かせる。
「もっと、たつのすけくんを触っていいですか?」
荵の目。お姉さんの目。そして、たつのすけの目。
誰もがみんな、純粋で。
「いいよ」
足元を止めたお姉さんの言葉は、短くても荵には小さな胸躍らせるもの。俄然、たつのすけのことが愛らしく見えるではないか。
そして、イヌの言葉を解せない人間でも、たつのすけの言いたいことは荵にも分かる気がするのは驚きだ。でも、そうなんだから仕方ない。

白い手がたつのすけの顎に伸びる。嫌がることない彼の毛並みに荵の指が潜り込み、生きとし生けるものの温もりが伝わる。
生きているものは温かい。温かいから生きていられる。
哲学でも、理論でも何でもない理由。たつのすけが全てを知っているわけではないが、たつのすけが教えてくれること。
荵は彼の背中を撫でながら、柔らかいじゅうたんに包まれた襟元を頬擦りした。

「あなた、仁科の学生さんね。懐かしいな、そのリボン」
「もしかして、お姉さんも仁科の?」
荵はたつのすけを「もふもふ」する手を止めて、お姉さんの顔を見上げた。
すっかり初めての夏服にも慣れた荵のリボンが、今はなんとなく誇らしい。
「ごめんなさいっ。足止めしちゃったみたいで」
たつのすけから離れて、リボンを揺らす荵の姿はたつのすけと比べると、本当に小さい。お姉さんは瞳を変えなかった。
言葉は出さないが、荵を許してくれた彼女の優しさに感謝。そのまま、荵は彼女とたつのすけとともに歩く。
263荵にわんわん ◆TC02kfS2Q2 :2010/07/23(金) 18:39:42 ID:jbWOBdc0
きょう初めて出会ったのに、同じ学園を過ごしたことのある二人というだけで、荵は気を許すことが出来た。
もっとも「会ったときからお友達」が看板の荵でも、相手が年上だからなのか、例えば観察を始めた朝顔の芽ほどの遠慮だったのだが、
共通点を見い出して蔓で体を寄り添えて、荵は得意気な花を咲かすことが出来たのだ。その上、たつのすけを『もふ』ることが出来たのだから。
さらに小さな胸を押さえきれなくなった荵は、お姉さんと一秒でも長く話したくなり押さえ込んでいた気持ちを打ち明ける。

「先輩!わたし、部活で演劇部やってるんです。あっ!自己紹介忘れてました!名前は久遠ですっ。久しく遠いと書きます!
演劇の台本アイデア考えてたんですけどなかなか思い浮かばなくて『気分転換』がいちばん、って迫先輩が言ってたから散歩に出てたんです!」
「迫先輩?」
「あ……。演劇部の先輩ですっ。優しくて怖いけど、怖くて優しいです」
いつもは学園に通う、学園から帰るでしか歩くことのない街並みを大きなイヌと一緒に歩く。
日常をほんの少しいじるだけで、非日常の出来上がり。白米にふりかけをかけるのと一緒だ。それだけで、彩を増す。『少し』『不思議』を肌で感じる。
お姉さんはただ、荵の話を聞いているだけだったが、荵にはそれだけでも幸せな時間だった。
そのうち、荵が見慣れた、お姉さんが見慣れていた仁科学園の校門へと近づいていた。
「私服でここに来ると、なんだか不思議な気持ちだね」
「そうなんですか!先輩!」
「そうね。荵ちゃん」
ぐるりとお姉さんの足元を廻るたつのすけのロープが捲き付く。ロープを持つ手を挙げて解く。
ここでさようならと、荵はお辞儀をして校舎に向かおうとしたときのことだった。
お姉さんの呼びかけで荵の足が止まる。

「ところでさ。『ふーくん』って、やっぱり厳しい?」
「ふ、ふーくん??」
「わんっ」
お姉さんの代わりに返事を返したのは、誰でもないたつのすけ。
「演劇部の『ふーくん』よ」

―――「あの、遠賀先輩の言いたいことは物凄く分かるんです。はい」
演劇部の部室で迫文彦が携帯電話片手に頭を下げる。どうやら、見えない相手でさえも自分の身振り手振りを抑えられないたちのようだ。
窓際に立っていたかと思うと、喋りながら入り口の方へと向かう。かと思えば、立ち止まる。
「いきなりそう言われましても」
迫の声は舞台の上で、演技指導しているときものと比べ物のならないほど小さい。
いつもはやかましい番犬も、大きなイヌの前では尻尾を丸めちゃうような。迫は尻尾を丸め続けているのだ。
264荵にわんわん ◆TC02kfS2Q2 :2010/07/23(金) 18:41:24 ID:jbWOBdc0
部屋の隅には、じっと迫の姿を見つめる一人の少女。名を黒咲あかねという。
あかねは脚を揃えてじっと椅子に座っていた。長い髪は蛍光灯に照らされて、美しく輝く。
だが、迫に待たされているというわけでもなく、むしろ迫を興味深く見つめているようにも見える。
迫が頷けば、あかねも頷き、迫が右から左に歩けば、あかねの瞳も右から左に。
じっと、あかねに見つめられながら迫はトーンを変えて返事をする。
「え?黒咲ですか?……黒咲は今、席を外してまして」
自分の名前を呼ばれて背筋に電気が走る。
目の色が変わる。
緊張が走る。
息が詰まる。
「あっ。たった今、戻ってきましたので!はい!かわりますよ。黒咲っ、くろさきー!遠賀先輩からだぞ」
携帯電話の送話口を手で押さえた迫が振り返ると、肩を狭くして立っているあかねが居た。

窓の外から「わんっ」とイヌの声が聞こえる。

―――荵は歩き慣れた校庭をいつもと違う興奮で歩いていた。隣には憧れさえ抱かせるお姉さんと、ちょっとカッコいいけど
子どもっぽいハスキー犬がついているからだ。懐かしげに木の一本一本を見渡し、日差しの香りをかぎ分ける。
ハスキー犬は似合わぬ夏の日差しを受けて、べったりと地面に密着し目を細めて船を漕ぎ出した。
草むらの日陰で涼しさを知り尽くしたノラネコが、真夏の日差しを避けて昼寝をしている。

「ふーくんは、演劇のことになるとね、素人も玄人も見境がつかなくなるのね。昔から」
ゆっくりとたつのすけのロープを緩めると、お姉さんは遠い雲を眺めながら静かにしゃがんだ。
夏の雲が厚い。綿菓子のようにふんわりと天に昇り、手に届かない彼女らをちっぽけに見せる。
仁科学園・校庭での一こま。校舎の濃い影がきょうのの日照りを伝え、二人と一匹は体全体で影を受け止める。

「『舞台に立てば、みんな役者』だって。だから、あんなに厳しくなっちゃうんだよ。バカね」
「あの、『ふーくん』って」
「わたしの後輩よ。でも、荵ちゃんから見たら先輩かな」
口を閉ざして荵は頷く。たつのすけは大きくあくびをする。
「ふーくんったら、この間『茨姫』のことで電話したとき、わたしが見えなくってもアイツが緊張してるのが目に浮かんで。
アイツからかうの、面白かったなあ……。ここにいた頃を思い出しちゃったのね。でも、どうして、わたしったらあんなことしちゃったのかな」
「もしかして、この間の『茨姫』!」
「お芝居はみんなでやるのが楽しいに決まっている。でも、みんなが納得しないとお芝居は創り上げられない」
「そうですよね!わたしも同じ学年のあかねちゃんって子と一緒に演劇の台本書いたりしてるんですけど……。
あっ!あかねちゃんって子は背が高いですっ。髪が長いですっ。そして……演技が完璧なんですっ。いいお友達です」
「そっかあ。じゃあ、もう一度ここに入り直したら荵ちゃんやあかねちゃんと同級生になれるかな。
大学なんかほっぽりだして、ゼミなんか忘れちゃって、一緒に荵ちゃんたちと演劇をやって……」

何かに怯えたのか、今まで静かだったたつのすけが前触れもなく吠え出した。
どうやら、たった今草むらのノラネコをたつのすけが発見したらしい。結構前からここに居るというのに反応が遅い。
「うるさいよ!たつのすけ」
265荵にわんわん ◆TC02kfS2Q2 :2010/07/23(金) 18:42:56 ID:jbWOBdc0
―――「ほら!演技を止めない!集中力が欠けてるぞ」
外のイヌの声に気を取られたあかねは、迫の怒声で我に帰る。携帯電話をしっかりと再び握り締めると、居もしない相手と電話で話し始めた。
イヌの声はさっき聞こえたものよりも、確実に大きく聞こえてきた。それをも吹き飛ばす声で檄を飛ばす。
迫の厳しい視線が一筋の光を放つと、殺風景な部室がスポットライト眩しい舞台へと様変わりするマジック。
耳をすませば大歓声、目を閉じれば緊張の空気。空気を作るということはこういうことなんだ。と、迫の表情から伺える。

あかねは携帯電話片手に、再び見えない相手と会話を再開した。
「は、初めまして。わたし、演劇部一年の黒咲あかねと申します」
深くお辞儀をすると一緒に黒髪が揺れる。長い髪を空いた手で掻き上げ、ゆっくりと一歩足を差し出す。
あかねの表情がくるくると回転木馬の如く入れ替わり、見るものを楽しませようと、そしてリアルに嘘をつこうとしていた。
たった一つの小道具だけで、嘘をも本当に存在しているかのように見せてしまう。ただ、それを上手く使いこなせるかどうかは、
無論役者の腕にかかっている。迫の意図していることは、そのことに尽きる。あかねは誰の為でもなく演技を続けていた。

「わん!わん!」
「そうですか。それでは、土曜日の午後にいらっしゃるんですか?」
「わん!」
しびれを切らせた迫は窓際に飛びつくと、イヌの鳴き声の方に視線を向ける。
しかし、迫にとってその行動はバーベルを抱えて見渡す限りの大洋の真ん中に飛び込むようなものだった。
南無三と呟いてみても、もはや体は海の中。バーベルを離しても誰も助けに来てはくれない。たとえ、救助されても
「どうしてそんなことをした!」と相手から首を傾げられて、末代までの笑いものにされるだけ。
背中で事態を語る迫に気付いたあかねは、演技練習を一旦止めた。

「荵ちゃん。ふーくんが窓から覗いてきたよ!」
迫文彦・仁科学園高等部三年。演劇部所属……。久しぶりに目を合わせた先輩の顔は、現役時代と変わらなかった。
吠え続けるたつのすけをなだめながら、手を迫に向かって振ってみせ、大きく声を張り上げる。
「あのー。演劇部に入部してもいいですか?」
「あなた、OGでしょ。遠賀先輩」
その名前を聞いたあかねは、携帯電話を閉じ迫の背中の方へと体を向けた。
なびいた長い髪が輪を描いて、夏の風に乗っていた。


おしまい。
266わんこ ◆TC02kfS2Q2 :2010/07/23(金) 18:44:01 ID:jbWOBdc0
今度こそ夏向けの話を……。
投下おわり。
267 ◆BY8IRunOLE :2010/07/29(木) 20:30:05 ID:gJp5lFDs
よりによって、わんこさんの投下直後とは……orz

大変申し訳ありませんが、まだ学内キャラを把握しきっていませんので、
十分な感想が書けません。無礼をお赦しください

お邪魔します。
学園ものなら仁科で問題ない、とアドバイスを頂きましたので
こちらに投下させてください

避難所に投下したものを転載いたします
268ワンオラクル [1]:2010/07/29(木) 20:32:44 ID:gJp5lFDs

『進路希望書』と書かれた紙を前にして、固まってしまった。
期末テストの初日が終わり、その日のHRで配られたものだ。

「なにフリーズしちゃってんの」
友人がカバンで僕の頭をはたく。

「これ……、なんて書こうかなって」
「あーそれね。とりあえず文系か理系かだけっしょ。オレは文系いくわ、数学マジ死んだ」

初日は数学、世界史、英語だった。
今日の出来は進路希望調査に少なからず影響を与えそうだ。


僕も数学は得意じゃないが、それでも今回は善戦したと思う。世界史は結構手ごたえがあった。
問題は英語だ。

文系なら英語と地歴と古典を押さえる。
理系なら数学と物理と、やはり英語だ。

――英語が出来ない僕は、どっちにも行けないじゃないか。


「帰ろーぜ。あのラーメン屋寄ってくべ」
友人は僕を促して歩き出す。

「悪い、ちょっと図書室で調べたいものがあるんだ。今日は先帰ってて」
「へぇ? かわいい図書委員でも見つけたってか。ま、いいや。そんじゃお疲れ」

友人はからかうとあっさり去って行った。


――かわいい図書委員、ねぇ……。いたら、もっと毎日が楽しいのに。


図書室というのは方便で、進路相談室に向かった。

家にもたくさんの進路情報誌が送られてくるけれど、どれを見ても大学の宣伝と、
「勉強しとけ」的な説教しか書かれていない。

進路相談室も似たような資料しかなかったが、それでも僕は時々ここを訪れないと落ち着かなかった。

.
269ワンオラクル [1]:2010/07/29(木) 20:34:47 ID:gJp5lFDs

高校生が「進路を決める」ということに、どれだけの意味があるのだろう。
社会経験もまだ乏しい。
僕の社会経験と言えば、冬休みの年賀状配達のアルバイトくらいだ。

そんな状態で、「とりあえず」文系か理系かだけを決める。
でも、その時点で行ける大学・学部が決まってしまう。

今の段階で、選択肢の半分を捨てなければならない。

僕は、それが理不尽に思えて仕方がない。


そもそも、「勉強したいこと」と「就きたい職業」は必ずしも結び付かない。

せっかく大学に行くのだから、自分の興味あることを勉強したい。

けれど、「興味あること」が仕事に結び付かない場合、どうしたらいいのだろう。
あるいは、「就きたい職業」があったとして、それが途中で気が変わったらどうするのか。

一からやり直し?


みんな、「どの学部に行くか」だけを考えているような気がする。
「どの職業に就くか」は、後回しになっているような気がする。

でも、それじゃ決められない。

行った学部が、自分の就きたい職業に何も影響を与えなかったら? 

そう考えると、僕はいてもたってもいられない。
今が、人生の分岐点なんだ。

そんな重要な選択を、高校生に迫らないでほしい。
人生経験もまだまだ足りない。

――そんな、決められないよ。

声にできない訴えをかき消すために、僕は進路指導室に行く。
とりあえず進路検討をしている自分に埋もれて、「安心」する。


〆 〆 〆
270ワンオラクル [1]:2010/07/29(木) 20:37:08 ID:gJp5lFDs

帰宅して、自分の部屋に戻る。

机の上には、進路情報誌が置いてある。
もう何度も見たし新しい情報も欲しい情報も無いのだが、惰性でそれをパラパラめくる。


ジョブチェンジ。訳して、「転職」。

RPGにおいて「職業」とか「ジョブ」とか言われるものは、
生活するためのカネを得るものではなくて、「職能」あるいは「特性」だ。

「魔法が使える」とか、「剣の腕が優れる」とかは、特技みたいなもので……。


「ちょっと、兄ちゃん。なにブツブツ言ってんのよ」
ふと気がつくと、妹が僕を白い目で見ていた。

「また、勝手に入ってきやがって。今度はなんだよ」

ヤツは中3だが、中学〜高校は一貫教育なので、3年生とはいっても気楽なものだ。

「これ。貸して」
CDを、僕の目の前に突き出す。

とあるRPGのサウンドトラックだ。僕はサントラが好きで、
気に入った映画やゲームのサントラは必ず買っている。

「自分で買えばいいじゃんか」
ヤツはよくCDを借りにくる。

「だってお金ないもん。高校生になったらバイトする」

僕は不安になった。
この不器用な女は、どんなバイトをしてもきっと大失敗をやらかす。
その姿が、容易に想像できた。


〆 〆 〆
271ワンオラクル [1]:2010/07/29(木) 20:39:08 ID:gJp5lFDs

6時間目の授業は音楽だった。
2年次の音楽は選択授業ということもあり、教科書があるわけじゃない。

ちょっと変わった先生で、クラシックやオペラのみならず、ジャズ、ハードロックから
ヒップ・ホップ、テクノミュージックまで、なんでも「これは聴いとけ」って感じのCDを持ってくる。
それを聴き、感想文を提出して終わり、というヌルいものだった。

そんなだから、みんなはこの授業を息抜きにように感じていたし、
とはいっても選曲は毎回見事なもので、サボるやつはいなかった。


授業が終わると、後は帰るだけだ。今日は部活もない。

僕は楽器やら機材やらを片付ける当番だったので、準備室と教室を行ったり来たりしていた。

それを終わって気がつくとみんなもう帰ってしまっていて、何となく帰りそびれた僕は、
準備室に置いてある楽器やレコードを眺めていた。


そのときだ。

隅の戸棚の中に、「それ」が載っているのを見た。

誰かがぽんと置き忘れたようにも見えたし、仕舞われたまま忘れられたかのようにも見えた。

それが何か確かめるために軽い気持ちで手にとった。

一冊の本と、それと同じくらいの厚さの紙で出来たケースだった。


『タロットの秘密』


本のタイトルは、シンプルなものだった。

カバーが外れていて、表紙はタロットカードの絵柄のうちの一枚をそのまま写しただけだった。

本は新品では無かったものの、さほど傷んでもおらず、小口もかすかに黄ばんだ程度だった。
本と一緒にあったケースには、トランプよりも一回り大きいカードがぎっしり入っていた。


なぜそんなことをしたのか、分からない。
何となく、だ。
大した決意も罪悪感も無かった。

僕はその本とカードを、誰に断るわけでもなく、まるで自分のものであったかのように、持ち帰った。

そして、熱心に読みふけった。


〆 〆 〆
272ワンオラクル [1]:2010/07/29(木) 20:43:17 ID:gJp5lFDs

カバンに本とカードを入れ、家を出た。
わかり易い解説のおかげで、どうにか占う流れは分かってきた。
あとは、占う「対象」が必要だ。教室には、そんなくだらない遊びにも付き合ってくれそうな連中が大勢いる。

机で本を読んでいると、案の定、いつもの悪友が教室に入ってきた。
違うクラスなのに、休み時間になるとやって来る。

「あれェ? もうガリ勉かよォ」
僕の前の席の人が不在なのをいいことに、奴はその椅子に後ろ向きに座ってダベる体制万端だ。

「『タロットの秘密』?なにお前、占いでも始めんの」

――きたきた。飛んで火に入る夏の虫……

「ちょっと興味があってね。占ってやろうか」
つとめて気のない声で言うと、

「おお、面白そうじゃん。なんかやってくれ」

――計画通り。

「なにを占う?」
「何でもいいや。とりあえずオレの運勢」
「占う対象が漠然としているとやりにくいな。適当でいいから、なんか決めてくれ」
「なに、本格的じゃん。
そうだな、こないだのテストの数学が、どんだけ壊滅的だったか占ってくれ。どうせ午後には返されるんだけど」

「よしきた」

占う対象を具体的にイメージする方がいいらしい。けど、ちと具体的すぎる気もする。
いい結果が出て、奴のテストがホントにヤバかったら、僕は早くもヤブ占い師認定されてしまう。


「どこでもいいから、カットしてくれ」
「カット? トランプ切るみたいな?」

僕は、カードの束を適当なところで2つに分けることだと説明した。
分かれたところから1枚抜き出し、机に伏せる。


『ワンオラクル』と呼ばれる、基本形。
占いというより、判じ物に近い。
シンプルすぎるゆえに上級者向けでもあるらしい。

「じゃ、いくぞ」

僕はカードをめくった。


〆 〆 〆
273 ◆BY8IRunOLE :2010/07/29(木) 20:46:44 ID:gJp5lFDs
↑ひとまずここまでで
連投規制回避のために21:00過ぎまで時間を空けます
その間、投下予定の方は投下下さい
274ワンオラクル [2]:2010/07/29(木) 21:14:30 ID:gJp5lFDs

進路指導室から出る。
特別教室が並ぶ棟を歩く。

静かだ。
窓から夕日が差し込んで、廊下がオレンジ色で満たされている。
遠くから、グラウンドで声を出す運動部の掛け声が聞こえる。

人気のない学校の廊下は、不気味さと懐かしさを持っている。
暖かいような、背筋がぞくりとするような、不思議な感覚。

夕暮れ時のこういう時間を、「逢魔が時」とか言うと聞いたことがある。


その時。
空気を微かに震わせる音が、ひっそりと響いてきた。

重たい生き物がゆっくりと体を伸ばすような、低音。
ややあって、それがコントラバスの音だと気がついた。

誰かがコントラバスを弾いている。
この先には音楽室があるはずだった。

オケ部は専用のホールで練習しているし、合唱部も体育館裏で声を響かせている。
放課後に音楽室にいる部活は、無いはずだった。

275ワンオラクル [2]:2010/07/29(木) 21:15:32 ID:gJp5lFDs

コントラバスは、ゆっくりと旋律らしいものを奏でる。
テンポが遅すぎて気付かなかったが、それは僕の知っている曲だった。


音楽室の扉は少し開いていた。
僕は、おそらく中にいるであろう弾き手に悟られないよう用心しながら、室内を覗いた。


窓際に立つ人影。

女の子だ。
小さな体に不釣合なコントラバスを左側にして、こちらに背を向けている。

――まるで、大柄な恋人と寄り添ってるみたいだ。

顔を斜め下に向けて、何かを見ている。
楽譜だろうか。

そして、再び弾きだす。
右手の弓を引き、左手でビブラートをかける。
マイナー・メロディが、低音と相まって、いっそう物悲しく聴こえる。

僕は、そのコントラバスの彼女が、凛とした佇まいで楽器を弾く姿に、我を忘れて見惚れていた。


〆 〆 〆
276ワンオラクル [2]:2010/07/29(木) 21:17:53 ID:gJp5lFDs

三者面談の日程表が配られた。
現時点で僕の希望進路は理系だけれど、これだって「文系→理系は難しいが、理系→文系は比較的ラク」という
ウワサを聞いたからそうしただけだ。

正直言って、僕には勉強したいことが何か分からない……というか、決められない。

いろいろなことに興味があるし、そのうちの一つに絞って勉強するのは、根気が続かないような気もする。

――広く浅く勉強しながら決めていく、ってのじゃダメなのかな……

そんな程度の希望だから、面談なんてしても意味が無いと思う。
僕は、母親と先生がどんな話をするのか、他人事のようにぼんやりと考えた。


HRが終わり、僕はタカハシの姿を見つけ、声を掛けた。

「わりぃ、今日はオレの方が用事あんだ」
奴はそういうと、慌てて廊下を走っていった。


もしかしたら、お母さんのことかもしれない。
今日は通院の日なのだろうか。
277ワンオラクル [2]:2010/07/29(木) 21:21:08 ID:gJp5lFDs

タカハシの母親は、目が見えない。
そのことを知ったのは、僕らが1年生の時だ。
彼の家に遊びに行ったとき、偶然会った。

「な、トイレ貸してくれない?」
「おお、階段降りた所だよ」

僕が階段を降りると、彼のお母さんらしき人がいたので、
「こんにちは。お邪魔してます」
と挨拶をした。

ところがその人は、はじめに僕とはおよそ無関係な方向を見て、
「あら……匡基のお友達ね。いらっしゃい」
と言い、頭を下げた。

「お構いできなくてごめんなさいね」

それからゆっくりと顔を上げて、視線をさまよわせた。

そのとき、僕ははっとした。
彼のお母さんの目は白く濁っていて、僕とは微妙にズレた、“僕のいる辺り”に向かって話しかけた。


「トイレは、そこだぜ」
なかなか戻ってこない僕を不審に思ったのか、友人が階段から降りてきた。
そして、
「こっちのことはオレがやるから」
そういって母親を居間に押し戻した。


タカハシは、僕を母親に会わせるつもりは無かったのだろう。

トイレを済ませて部屋に戻ると、彼はきまり悪そうに言った。
「うちの母親。目、見えないんだ。いつもはお手伝いさんが居るんだけど、今日は来れなかったんだな」

それに対して、僕はなんと返答したものか分からず、黙ってしまった。
タカハシもすぐに話題を逸らしたのだったが、僕は頭の裏で、
彼の母の白く濁った眼のことをずっと反芻していた。


〆 〆 〆
278 ◆BY8IRunOLE :2010/07/29(木) 21:29:06 ID:gJp5lFDs
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279ワンオラクル [3]:2010/07/29(木) 22:09:04 ID:gJp5lFDs
期末テストが返された。

――まぁ、こんなもんか。

予想通り芳しくない英語のテストと、予想より良かった数学のテストを眺めながら、
三者面談のことを思い、憂鬱な気分になった。

タカハシの数学は、思ったよりも悪くなかったらしい。
とりあえず、僕はヤブのレッテルを貼られなくて済みそうだ。


〆 〆 〆


「ん? 一枚だけか?」

机に伏せられたカードを見て、タカハシは訝しげに言った。

「『ワンオラクル』っていう、れっきとしたやり方だぞ。『oracle』ってのはまぁ、『お告げ』みたいな意味」
僕は本の受け売りを喋りながら、カードの裏面を見ていた。


めくって現れたのは、逆さになった【力】のカード。
逆位置、というやつだ。

タロットカードは、裏側からは上下の判別ができないようになっている。

タロットでは、正位置と逆位置で異なる意味合いを持つものだという。
ただ、その解釈も占者によってまちまちだ。

僕はカードを眺め、本を参照し、考え込んだ。

「……僕も初心者だから本を見ながらやるけど。
タロットは、物事を『当てる』ってより、カードからメッセージを『読み取る』って作業だから、
ハズれたとか、ウソつきとかは、無しな」

「いいぜ。べつに賭けをしているわけじゃねぇから」
そういって、友人はじっと僕の答えを待っている。
280ワンオラクル [3]:2010/07/29(木) 22:11:58 ID:gJp5lFDs

これはけっこう、プレッシャーだ。
いやいや、カードを読み取ることに集中だ……。

――【力】の、逆位置。
力が、正しく機能しない……ってことかな? 力を過信する、って意味にも取れる……。
過信……テストを見くびったか? タカハシなら、ありそうなことだ……。

「お前、数学のテストちゃんと勉強しなかっただろ」

「なに言ってんだよ。オレは今回、けっこう気ぃいれてノート取ったんだぜ。あとからまとめたりしたしよぉ」

――あら。そうか。うーん、どうしたらいいんだ?

考えても、テレビの占い師みたく『ズバッと』言うことは出来なさそうだ。
僕はカードの解釈を喋りながら、イメージをふくらませた。

「このカードは、【力】の象徴なんだ。【力】は文字通り能力(ability)でもあるし、
環境やなんかの不可抗力(force)の意味もある」

「おお」
タカハシは身を乗り出して、カードに見入っている。

「これが、逆さになってる。『逆位置』といって、元の意味の逆だったり行き過ぎなんかを
意味する……ときも、ある」

言いながら、怯んだ。
否定的な解釈を言うことに。

まだ占いの“う”の字も言ってない状態だが、僕はタカハシに否定的な結果を告げるのを躊躇った。

「……ええっと、僕の解釈を言うけど、まだ初心者だから的はずr」
「わかったって。どんな結果でもいいから、続けろよ」

友人は苛立ったように言い、カードを見つめている。

281ワンオラクル [3]:2010/07/29(木) 22:14:13 ID:gJp5lFDs
【力】は、若い女性がライオンを懐柔しているような絵柄。

力……力学。能力。
力学……ベクトル。
ベクトル……方向……間違う……空回り……能力……限界……報われない努力。

僕はぽつりぽつりと、自分の解釈を吐き出した。

「……数学の勉強を、がんばったんだな。けれど、それはどこか方向を間違っちゃったのかな。
頑張る方向を間違って、十分な結果が出なかった……」

所詮、にわか占いだ。
結果を告げるにしても、自信が無い。

「……というのは、どうだろ」
上目遣いに、そっと友人の様子を伺う。

タカハシは、じっとカードを見つめていたが、

「う゛〜ん、そっかぁ……そーかもなぁー。
オレ、けっこうガンバったつもりだったのに、なんか『出来た!』って感じはしねーんだよな。
『やべぇー! 終わったぁーーー!!』ってカンジはあるけどよぉ」

そういって笑う。

「ま、そうだよな。やべーのは分かってたし」
その声とかぶさるように、昼休み終了を告げる予鈴が鳴った。

タカハシは席を立ち、なんともいえない笑い顔で去っていった。
僕はその横顔を、何を言うでもなく見送った。


僕が、占いの結論としては結局のところ何も言っちゃいなかった、ということに気づいたのは、
午後の授業中にさっきの占いを反芻している時だった。

――もっと、カードについて想像力を働かせないとダメだな。

机の陰で本をめくりながら、僕はぼんやりと考えた。

そしてその後すぐ、

「そんなことをしている暇があるのか?」

と冷たく言い放つもう一人の僕の声が聞こえた。


〆 〆 〆
282ワンオラクル [3]:2010/07/29(木) 22:16:36 ID:gJp5lFDs

いつもの通り進路指導室で時間を潰して、軽く憂鬱な気持ちになりながら廊下を歩いていた。

窓から見える空は厚く雲が垂れこめていて、今にも降り出しそうだ。
廊下には蛍光灯が灯っているが、薄暗い。

――今日も聞こえるかもしれない。

僕は、いつか聞いたコントラバスの音色を思い出した。

廊下を歩きながら耳を澄ますも、何も聞こえない。


件の教室に差し掛かったとき、一人の女子生徒が教室から出てきた。

見覚えのある髪型だった。同じクラスの女の子だ。

ざっくりとしたポニーテールを揺らし、僕には気づかない様子で、教室に鍵をかけている。
手には黒くて長細いバッグのようなものを持っている。


「ナギサワさん」
僕は、声をかけた。

彼女はびくっとして、振り向いた。

「びっくりしたぁ……何してるの?」
彼女は笑いながら、僕に言った。

――コントラバスを弾いていたのは、この娘だったのか。

僕は図書室に本を返しに行っていた、と嘘をついた。
進路指導室にいたなんて、言いたくなかった。

なぜだかわからない、『進路を決めかねている自分』を認めたくなかったのかも知れない。

283ワンオラクル [3]:2010/07/29(木) 22:19:36 ID:gJp5lFDs

「何の本を借りてたの?」

薄暗い廊下を並んで歩きながら尋ねられ、
資料集を忘れたから借りていた、とでっち上げた答えを口にする。

「ナギサワさんは、自己練?」
「部活じゃないよ。ただの趣味」
彼女は恥ずかしそうに笑って、オーケストラ部が使っていない楽器を弾かせてもらっていると言った。

「オケ部に入ればいいのに」

なんの気なしにそう言ったが、彼女は曖昧に笑い、目を逸らして濁した。

――言わなきゃ良かったかな。

彼女の様子にちょっと後悔した。きっと、何らかの事情があるのだろう。

僕は自分の会話センスの無さに絶望し、コントラバスについてこれ以上言及しない方がいいと思った。


何となく気まずい雰囲気で、僕らは下駄箱まで来て別れた。



〆 〆 〆
284創る名無しに見る名無し:2010/07/29(木) 22:23:36 ID:gJp5lFDs
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285ワンオラクル [4]:2010/07/29(木) 23:24:35 ID:gJp5lFDs

僕やタカハシは、この学校では、“よそ者”になる。
僕は中学までは地元の公立校に通っていたのだったが、高校を選ぶ段になって選択肢はそう多くなかった。
めちゃくちゃレベルが高くなく、かといって荒れてもいない、家から無理なく通える距離にある高校、と絞っていった結果、
この学校に入学と相成った。

この学校は幼稚部から付属大学までを擁する私立のマンモス校だ。
高等部には当然、中等部かそれ以前からの“生え抜き”連中がいる。
高等部では、彼らより若干数は少ないものの、他所から転入する生徒も相当数いる。
僕もご多分に漏れず“外様”の一人というわけだ。

“外様”だろうと“生え抜き”だろうと、教室での人間関係には何の影響もない。
そんなものの影響は一年生の初めのうちだけで、二年生になった今、誰がどの中学出身かも分からなくなってしまった。
幸いなことにクラスの交友関係は良く、僕は今まで平穏な高校生活を過ごしてこられた。


そして今、僕は進路選択に思い悩んでいる。

付属の大学への進学率は、さほど高くない。
付属大学は芸術系と教育学部しかなく、僕はそのどちらにも行く才能も情熱もない。
大多数の生徒は、手頃な私立大や専門学校に進む。

――みんな、どうするつもりなのだろう?


〆 〆 〆
286ワンオラクル [4]:2010/07/29(木) 23:26:31 ID:gJp5lFDs

終わりのHRが終わり、ふと窓の外を見た。
一日中降り続くような気配だった雨はいつの間にか止んでいて、
雲のところどころに開いた切れ間から、青空が顔をのぞかせていた。

部活組は、早々と教室を出て行く。
のろのろとカバンを担ぐと、タカハシが教室に入ってきた。

「帰んべよ」
そういってカバンをスイングさせ、僕の尻を叩く。

進路指導室に行くことも考えたけれど――正直、もう資料は見尽くして新しい情報は無い――、
今日は帰ることにした。


タカハシと並んで、廊下を歩く。
階段で、二人の女子生徒とすれ違った。

二人は、僕の隣を見て「あ」という声にならない声を発し、気まずそうに眼を伏せ、
小声で「失礼します」とか何とか呟いて、そそくさと去っていった。

それまで、『クロノ・トリガー』のマルチエンディングの出し方について持論を展開していた友人は、急に言葉少なになった。


それが何なのか、僕には凡そ見当がついていた。
僕らは駐輪場までくると、どちらともなく

「寄ってく?」

といい、帰宅途中にあるラーメン屋に寄ることにした。


〆 〆 〆
287ワンオラクル [4]:2010/07/29(木) 23:34:31 ID:gJp5lFDs

「後輩のやつらは、オレとどう接していいか困るんだろうな」

替え玉を『ハリガネ』で注文し、タカハシは唐突に呟く。

「マネージャーか? けっこうカワイイじゃん」

返してから、僕もカウンターの一段上に100円玉を置き、『バリカタ』と叫ぶ。


タカハシは、元・バスケ部員だ。

中学の頃からバスケをやっていて、けっこうな実力者だったらしい。
実際、1年の時に球技大会で見たときのヤツは、面白いくらい3Pシュートを決めていた。

高校に入ってしばらくすると、眼に障害が出始めた。
距離感が掴めず、シュートは決まらない。
ずっと運動していると視界そのものが霞んできて、よく見えなくなる。

それは、先天性の障害だったのだ。


タカハシはバスケ部を辞めることを申し出たが、同じ2年の他の部員が、それを許さなかった。

もともと人数が少ないことに加え、タカハシは入部当初に同学年の連中と揉めて、
何人もの入部希望者を去らせることになった。

残っている部員連中に言わせると、タカハシが原因で部員を逃したんだから、
責任をとって3年間続けるべきだ、ということらしい。

もちろん当人はそんな気はさらさら無くて、もう辞めた気でいるから帰宅部同然に、
ほぼ毎日僕を帰りに誘ってくるのだった。

288ワンオラクル [4]:2010/07/29(木) 23:35:56 ID:gJp5lFDs

「もうバスケなんてやらねぇっての。サイトウ、言ってくんね? いい加減諦めろよって、あのバカどもに」
替え玉をスープに移してほぐしながら、言う。

バスケ部を辞めてから、タカハシとバスケ部員との関係は、ハッキリ言って悪い。
並んで歩いていて、バスケ部の連中とすれ違うとき、特に顕著に感じる。

わざとぶつかってきたり、聞こえよがしにタカハシを揶揄してみせたり。

タカハシは黙っている。「バッカじゃねぇの」と冷笑してさえいる。

その空間はささくれだっていて、僕みたいな第三者にはひどく居心地の悪いものでしかない。

僕のクラスにバスケ部員が居ないことは、せめてもの幸いなのだと思うべきなのだろう。


「運動部は、大変なんだな」
替え玉の入った椀をとり、麺を移しながら言う。

僕は相変わらず、間抜けで的を射ない答えを返していると思う。

「大変じゃねーよ。面倒くせーだけだ」
タカハシは、麺をたぐってから、怒鳴るように言う。


その面倒くささが、俗に言う「セイシュン」ってやつなんだろうか、と漠然と思う。

だとしたら、世の大人はバカだ。
そんなもの、美しくも羨ましくもない。


ただ……、見苦しいだけだ。


〆 〆 〆
289 ◆BY8IRunOLE

転載分は以上です

フツーの高校生の、淡々とした日常をつらつら描写する誰得なSSモドキです
もうちょっと続く予定です

マナー違反等がありましたら、ご指摘下さい。反省して改めます
それでは、失礼いたしました