ラノロワ・オルタレイション part9

このエントリーをはてなブックマークに追加
1創る名無しに見る名無し
このスレは、ライトノベル作品を題材にバトルロワイアルの物語をリレー形式で進めてゆく、
「ラノロワ・オルタレイション」という企画の為のスレです。
※内容に流血や死亡を含みますので、それを予め警告しておきます。


前スレ
ラノロワ・オルタレイション part8
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1260543668/


ラノロワ・オルタレイション@wiki (まとめ)
http://www24.atwiki.jp/ln_alter2/

ラノロワ・オルタレイションしたらば掲示板 (避難所)
http://jbbs.livedoor.jp/otaku/10390/

予約用のスレ(予約スレ part2)
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/10390/1255965122/l50
※予約のルールに関してはこのスレの>>1を参照のこと。
2創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:39:06 ID:oKyrQ+s6
 【参加作品/キャラクター】

 3/6【涼宮ハルヒの憂鬱】
    ○キョン/○涼宮ハルヒ/○朝倉涼子/●朝比奈みくる/●古泉一樹/●長門有希
 5/6【とある魔術の禁書目録】
    ○上条当麻/○インデックス/○白井黒子/○御坂美琴/○ステイル=マグヌス/●土御門元春
 4/6【フルメタル・パニック!】
    ○千鳥かなめ/○相良宗介/●ガウルン/○クルツ・ウェーバー/○テレサ・テスタロッサ/●メリッサ・マオ
 4/5【イリヤの空、UFOの夏】
    ○浅羽直之/○伊里野加奈/●榎本/○水前寺邦博/○須藤晶穂
 3/5【空の境界】
    ○両儀式/●黒桐幹也/○浅上藤乃/○黒桐鮮花/●白純里緒
 1/5【甲賀忍法帖】
    ●甲賀弦之介/●朧/●薬師寺天膳/●筑摩小四郎/○如月左衛門
 4/5【灼眼のシャナ】
    ○坂井悠二/○シャナ/●吉田一美/○ヴィルヘルミナ・カルメル/○フリアグネ
 2/5【とらドラ!】
    ●高須竜児/○逢坂大河/●櫛枝実乃梨/○川嶋亜美/●北村祐作
 2/5【バカとテストと召喚獣】
    ●吉井明久/○姫路瑞希/○島田美波/●木下秀吉/●土屋康太
 4/4【キノの旅 -the Beautiful World-】
    ○キノ/○シズ/○師匠/○ティー
 3/4【戯言シリーズ】
    ○いーちゃん/○玖渚友/●零崎人識/○紫木一姫
 3/4【リリアとトレイズ】
    ○リリアーヌ・アイカシア・コラソン・ウィッティングトン・シュルツ/○トレイズ/○トラヴァス/●アリソン・ウィッティングトン・シュルツ

 [37/60人]

 ※地図
 http://www24.atwiki.jp/ln_alter2/?plugin=ref&serial=2
3創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:39:47 ID:oKyrQ+s6
 【バトルロワイアルのルール】

 1.とある場所に参加者60名を放り込み、世界の終わりまでに生き残る一人を決める。

 2.状況は午前0時より始まり、72時間(3日)後に終了。
   開始より2時間経つ度に、6x6に区切られたエリアの左上から時計回り順にエリアが消失してゆく。
   全エリアが消失するまでに最後の一人が決まっていなければゲームオーバーとして参加者は全滅する。

 3.生き残りの最中。6時間毎に放送が流され、そこで直前で脱落した人物の名前が読み上げられる。

 4.参加者にはそれぞれ支給品が与えられる。内容は以下の通り。
   【デイパック】
   容量無限の黒い鞄。
   【基本支給品一式】
   地図、名簿(※)、筆記用具、メモ帳、方位磁石、腕時計、懐中電灯、お風呂歯磨きセット、タオル数枚
   応急手当キット、成人男子1日分の食料、500mlのペットボトルの水4本。
   (※名簿には60人中、50名の名前しか記されていません)
   【武器】(内容が明らかになるまでは「不明支給品」)
   一つの鞄につき、1つから3つまでの中で何か武器になるもの(?)が入っている。

 ※以下の10人の名前は名簿に記されていません。

  【北村祐作@とらドラ!】【如月左衛門@甲賀忍法帖】【白純里緒@空の境界】【フリアグネ@灼眼のシャナ】
  【メリッサ・マオ@フルメタル・パニック!】【零崎人識@戯言シリーズ】【紫木一姫@戯言シリーズ】
  【木下秀吉@バカとテストと召喚獣】【島田美波@バカとテストと召喚獣】【土屋康太@バカとテストと召喚獣】


 ※バトルロワイアルのルールは本編中の描写により追加、変更されたりする場合もある。
   また上に記されてない細かい事柄やルールの解釈は書く方の裁量に委ねられる。

4 名前:創る名無しに見る名無し[sage] 投稿日:2009/12/12(土) 00:03:21 ID:ormJzZ9O
 【状態表テンプレ】
 状態が正しく伝達されるために、作品の最後に登場したキャラクターの状態表を付け加えてください。

 【(エリア名)/(具体的な場所名)/(日数)-(時間帯名)】
 【(キャラクター名)@(登場元となる作品名)】
 [状態]:(肉体的、精神的なキャラクターの状態)
 [装備]:(キャラクターが携帯している物の名前)
 [道具]:(キャラクターがデイパックの中に仕舞っている物の名前)
 [思考・状況]
  基本:(基本的な方針、または最終的な目的)
  1:(現在、優先したいと思っている方針/目的)
  2:(1よりも優先順位の低い方針/目的)
  3:(2よりも優先順位の低い方針/目的)

 [備考]
  ※(上記のテンプレには当てはまらない事柄)

 方針/行動の数は不定です。1つでも10まであっても構いません。
 備考欄は書くことがなければ省略してください。
 時間帯名は、以下のものを参照してそこに当てはめてください。

  [00:00-01:59 >深夜] [02:00-03:59 >黎明] [04:00-05:59 >早朝]
  [06:00-07:59 >朝]   [08:00-09:59 >午前] [10:00-11:59 >昼]
  [12:00-13:59 >日中] [14:00-15:59 >午後] [16:00-17:59 >夕方]
  [18:00-19:59 >夜]   [20:00-21:59 >夜中] [22:00-23:59 >真夜中]
4創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:40:25 ID:ySTEgK3O
 
5創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:40:34 ID:EJtXvWfh
 
6彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:40:58 ID:oKyrQ+s6
「(――あいつ。――土下座じゃなくて、”床全体”を変質させて――……)」



柱の傍で浅上が「凶(まが)れ」と呟くと同時にそれは始まり、美琴が気づいたその半秒後にそれは終了した。



にも拘らず、美琴がまだ死んでいないことに、朝倉は彼女としては初めてのことだろうか、舌打ちをした。

「しぶといわねぇ……!」

繋がってさえいれば距離の制限には引っかからないと気づいたのは警察署に来て壁越しに窓を強化した時のことだ。
それを応用して床から相手の足を固定し、そこに浅上の歪曲を仕掛けるというのは名案だと彼女自身は思ったのだが、
しかしレベル5である御坂美琴の人生にピリオドを打つにはまだ少しだけ足りなかったらしい。

「なんでもできるって、相手にしてみるとこんなにも厄介だったなんて……」

美琴がいたはずの場所には、今は彼女の靴しか残っていない。
ならば彼女はどこに行ったかというと、天井に両手をついてぶら下がっており、スケートのようにすいすいと移動している。
何が起きたかを説明するのは難しくない。
美琴は曲げられそうになった瞬間に電磁力を使って天井の中に走る鉄骨へと自分の身体を引き上げたのだった。
その場に、”床に固定された靴だけ”を残して。

「(曲がれ、曲がれって……闇雲に使っても当たらないに……ああ、これも課題だわ。ほんと頭が痛くなっちゃう)」

そして、美琴は浅上の歪曲を避ける為に鉄骨をレールに、天井を縦横無尽に動き回っている。
歪曲は視界内に自由に発生させられるという強力な攻撃だが、その発生までに僅かなタイムラグがあるのが欠点だ。
加えて、視界の中にしか発生させられないという都合から、横や縦の動きに対応しきれないところがある。
それについては向こうも気づいたのだろう。
天井を走る動きがでたらめなものから少しずつパターン化しているのが、傍から見ている朝倉にはわかる。

パンッという大きな破裂音が鳴り、浅上の真上にあった蛍光灯が割れてガラス片が彼女の上に降り注いだ。
美琴が天井を走る電線を経由してそこに高電圧をかけた結果だろう。

「(あの子。能力者相手の戦いに慣れている……けど、私達はそうじゃない)」

次の瞬間。電撃の槍が空中を走って浅上の身体を貫いた。
朝倉に向けられていたものよりかは遥かに弱そうであったが、しかし浅上はあっけなく倒れてしまった。
所詮は道具止まりでしかない者のあっけないやられかただと朝倉は思う。

「(浅上さんの能力を見切り、目潰しを仕掛けた上で止めの一撃だなんて、感心しちゃうなぁ……)」

今更だが、美琴が常に纏っている電磁場が浅上の歪曲を避けるのに有用だったのだと朝倉は観察の中で気づく。
電磁場が発生するのは電撃を使用する際の副産物みたいなものだが、周囲の空間に満ちている波があるからこそ
彼女は空間に対して発生する攻撃にいち早く反応することができるのだろう。

「名案だと思ったんだけど……」

歪曲で止めを刺そうと思ったこと自体が今回の失敗の原因ということらしい。



「それであんたはどうするの。今度こそ降参? さっきから突っ立ったままみたいだけど」
7彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:41:48 ID:oKyrQ+s6
天井から机の上に降りて、美琴はただこちらを見続けているだけの朝倉を見下ろし、声をかける。
先程気絶させた空間歪曲能力者――おそらくは彼女もレベルに当てはめれば3か4程度だろうか――と戦い始めてから
なんでもできる宇宙人とやらは攻撃を仕掛けることを止めてしまっていた。
もしかしたら、空間歪曲を使う女が勝つかもしれないと見守っていたのかもしれないが、それももうない。

「降参するって言うんだったら、彼女みたく優しく気絶させてあげるけど?」

どんな相手でも殺したくないというのが美琴の本心であったが、相手が降参しても油断しないくらいには現実派でもある。
なので、優しく気絶というのが彼女の譲歩しうる最上のラインだ。
その後はふんじばるなりして――ちょうどよいのでこの警察署の拘置場にでも突っ込んでおこうかと思っている。
勿論、相手は能力者なのでそれ相応の用心というものが必要だろうが。

「答えないんだったら、もう――」
「――決着をつけましょう」

あまり歓迎したくない返答に、美琴は眉根を寄せた。

「あのね。知っていると思うんだけど、さっき上に上がって行った人が私達のリーダーみたいなものですごく怖いのよ」
「だから何? あいつに忠誠誓ってて降参はできないってこと?」
「というよりも、あの人の方があなたより怖いという感じかな。
 だから私としては、もし勝てないのだとしても降参するよりかは、あなたにやられたって結果があった方が助かるのよね」
「何その不良みたいな上下関係……馬鹿馬鹿しい」
「まぁまぁ、そう言わないでよ。こっちだってここに来て色々と苦労しているんだし。
 それで勝負を受けてくれるかしら? あなたが負けてくれるのなら嬉しいし、そもそも負ける気なんてないんだけどね」

ふぅん。と、美琴はまだ幼さの残る顔に凶暴な笑みを浮かべた。
変に愛想のいい宇宙人が述べたことは嘘に違いない。本当が混ざっていたとしても、それでも方便には違いないはずだ。
宇宙人の望みはたった一つ。戦い続けたらジリ貧で押し負けるから、大威力による一発勝負がお望みなのだ。
なので、さっきから力を温存して手を出してこない。こんな挑発めいたことも言ってみたりと――狙いは見え見えである。
だからそんな誘い――

「いいわ。その誘い乗ってあげる。
 私の通り名がなにかってこときっちりその身体に刻んであげるから、せいぜい死なないように踏ん張りなさい」

――正々堂々と真正面から打ち砕く。



「(どうやら、うまくこちらの誘いに乗ってくれたみたい。……本当、一時はどうなることかと思ったわ)」

朝倉は安堵の溜息を小さくつくと、左腕を光の触手に変じて美琴と対峙する。
美琴もまたスカートのポケットから何かを取り出して構えるようであった。

「(乗った理由は彼女としてもあるみたいね。あの呼吸、どうやら相当に消耗しているみたい)」

美琴の小さく上下する肩を見て朝倉はくすりと笑う。
とはいえ、見た目にはそう感じられない朝倉にしても消耗の度合いは人のことを言えたものではなかった。
警察署全体に結界を張ったこともあるが、そこにこの能力者との戦いも加わり持っていた攻性情報は底をつきかけている。
光の槍に換算すれば後10本出せるかどうかも怪しいといったところであった。

「(でも、ぎりぎり間に合ったかな。これも日頃の行いというものよね)」

美琴が取り出していたのはメダルらしい。それがどのような使い方をされるのか、想像するのは難くない。
互いに、己の放てる最強の攻撃の姿勢を取り、無言の時間が数秒流れた――。
8創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:41:59 ID:7o7bPaIm
 
9彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:42:39 ID:oKyrQ+s6
「……じゃあ、いくわよ」
「うん、いつでもいいわ。どうぞご遠慮なく」

更に無言の時間が数秒ながれて――美琴の持っていたメダルが澄んだ音を立てて上に弾かれた。



急速に、美琴の周囲を取り巻く電圧が高まり、紫色の雷光が断末魔を思わせる勢いでのたうち狂うのを朝倉は見る。

フロア内全体に電磁波が広がり、反応した金属がパチパチと明るい火花を立てて室内を満天の星空としたのを朝倉は見る。

複雑に制御された磁力線が美琴の指先から精密に編みこまれてゆき砲身を作ってゆくところを朝倉は見る。

弾かれたメダルが掌に戻ってくる瞬間、爆発的に電圧が高まり、大電流が砲身に沿って流れるのを朝倉は見る。

弾丸となるメダルが砲に沿って走り、一瞬にして音速を越えるのを朝倉は見る。

発射されたメダルが前方の空気を圧縮し、圧縮された空気がプラズマ化してメダルを溶かすのを朝倉は見る。

そしてその超高温のプラズマが勢いをそのままにこちらへと飛んでくるのを朝倉は見て――


目の前にまで来たそれに対し、朝倉は”右手”を突き出し――


――反射した。




 【Accelerator――(光速戦闘) 中編】
10創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:42:41 ID:EJtXvWfh
 
11創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:43:00 ID:ySTEgK3O
 
12彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:44:13 ID:oKyrQ+s6
「どうしても思い通りにはいかないものね……全く」

半ば、廃墟のような有様と成り果てた警察署の中で、朝倉は天井に開いた大穴を見上げ大きく肩をすくめた。
天井に空いた穴は屋上まで貫通しており、室内に直接空の光景を見せることで建物というものの存在意義を破壊している。
その淵から飛び出している鉄骨はその先端がどろりと溶けており、高温の弾丸がここを通ったと想像するのは容易だった。
勿論、それは朝倉涼子が跳ね返した御坂美琴が放ったあの超電磁砲《レールガン》である。

「ふぅ……少し暑く感じるわ」

言いながら、朝倉は額に浮かんだ汗を制服の袖で拭った。
電磁砲が発射されたせいで室温があがったということもあるが、朝倉自身もオーバーヒート寸前であったりする。

《ベクトル操作》――それが朝倉が最後に計算した情報改変である。
別段、彼女にとってそれは特別難解だというものではない。
今回は跳ね返す規模が大きかったから大計算となったが式そのものは単純であり、後は負荷と効率の問題でしかない。

今回ギリギリだったのは、これは一度限りの手段で、また美琴が電磁砲を使っていなければ勝利はなかったということだ。
大前提として、電流を操作する以上、通常の電撃の槍では跳ね返したところで美琴自身には通用しない。
故に、跳ね返すとするならば警察署の壁をぶちぬいた電磁誘導による超高熱攻撃である電磁砲しか対象はなかった。
また、一度でも反射できることを覚られたら美琴は自滅の可能性のある電磁砲を使いはしなかっただろう。

「結果オーライという言葉はあるけれども、気休めにもならないわね……こんな言葉」

最後の大勝負に美琴が上手く乗ってくれて、電磁砲を使い、それを反射できる可能性は数字にするとどれくらいだったか。
会話を交わしながら算出した数字を思い出して朝倉は目を瞑り、頭をぶるぶると振った。
なにより問題だったのは電磁砲の威力だ。
美琴がこちらを思って手加減していれば、例え反射していても美琴を倒すことはできなかったろう。
逆に美琴が体力を残しており、室内であることも無視して本気の電磁砲を撃ってたら、今頃自分は蒸発していたはずである。

「――倒し損ねちゃうし」

そして、反射はしたものの、朝倉は美琴を仕留めることができなかった。
床を見下ろせばそこに夥しい量の真っ赤な血と、彼女が落としていった左腕が残されてはいるが、しかし彼女自身はいない。
そもそもとして電磁砲を反射されたのだとしたら美琴は熱と衝撃で跡形もなく吹っ飛んでいたはずなのだが、
それに加えて真横に反射された電磁砲がどうして美琴のいた場所から真上に進んでいるのか――?

「…………ごめんなさい。私のせいで、……こ、殺せなくて」

朝倉が振り返ると、そこに今回の決着を文字通り”捻じ曲げて”しまった原因が俯いて塞ぎこんでいた。
歪曲を使う、浅上藤乃である。
決着のつく瞬間。ちょうど目を覚ました彼女は視界の中にいた美琴を反射的に凶(まげ)ようとして、この結果を齎したのだ。
確かに美琴は歪曲の餌食になった。彼女としても避ける余裕はなかったらしく、一部ではあるが身体を捻じ切った。
しかし彼女に止めを刺すはずだった電磁砲もまた衝撃波諸共に曲げられてしまい、天へと打ち上げられてしまった。

結果として、美琴は左腕だけを捻られた後、衝撃波だけをくらって自分が空けた穴から警察署の外へと放り出されたらしい。
そしてその後はまんまと逃げおおせてしまった模様である。
過負荷でダウンしていた朝倉が確認しに行った時には、そこに残されていたのは僅かな血痕のみでしかなかったのだ。



「とりあえず、色々と問題が浮き彫りになったわね。私達」

朝倉はようやく回復してきた力で一気に汗を振り払うと、たった一言でその問題を的確に言い表した。

「――コンビネーションが最悪よ」




 【生き残った話――(遺棄の凝った話) 前編】
13創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:44:35 ID:ySTEgK3O
 
14創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:44:35 ID:7o7bPaIm
 
15創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:45:22 ID:7o7bPaIm
 
16彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:45:33 ID:oKyrQ+s6
お昼過ぎののどかな街の風景の中。四角い窓の向こう側に、降参という風に両手を挙げている女性の姿があった。
どうしてか粉々に割れている窓からは風が入り込み、その女性の美しい黒髪をそよそよと揺らしている。
女性の名前はわからない。彼女は必要な時には自分のことを師匠と呼ぶように言い、実際に師匠とだけ呼ばれている。
そんな不思議な彼女は今、表情を浮かべることなくあることを思案していた。

自分の後ろから拳銃を突きつけている少年をどう処分してしまおうかと、そんな物騒なことを。



少年が背後に近づく気配を感じ取れなかったのは何故か。
師匠は窓の外へと向けていた身体を振り返り、簡素な会議室の中にも意外と死角が存在したのだと知った。
それにしても不思議な所はある。もしかしたら仲間の張った結界のせいもあるのかもしれないと彼女はちらりと考えた。

「ここであんたを止めないと、リリアにも危険が及ぶと思うから」

自分に銃を突きつけていた人物は声色どおりの少年であった。
年の頃は先程、弾丸をいくらか見舞った少年と同じくらいかも知れない。
しかしその若さの割りには銃を構える姿も堂に入っており、こちらは素人ではないようだと一目で解る。
銃を突きつけているという状態の優位性を過信してもいない。少年の顔に浮かんだ強い緊張の色が証拠だ。
師匠はその少年を冷静に見つめ、無言で相手が何者かを計る。

「両手を頭の後ろで組んで、床に膝をつくんだ」

少年の要求に対し、師匠は無言と無反応をもってそれを回答とした。
このような場合において何よりも大切な基本は、殺せる相手は殺せる時に殺してしまうことである。
例え今のような状況でなくとしてもそれは人生のほとんどの場面に当てはまる。それを知る師匠は今までそうして生きてきた。
だがしかし、目の前の少年は違う。
殺せる時に殺していない。後ろを取ったのならばそのまま撃ち殺せばよかったのに、しかし彼女はまだ生きている。
別に足を撃つだけでもよかっただろう。何か聞きたいことがあるのならば口だけ残せばよいのだから。
なのに、そうはなっていない。それが何を意味するのか師匠は知っている。おそらくは少年の方も知っているはずだ。

「……言うとおりにするんだ」

でなければ撃つぞ。とまでは言わなかったことに師匠は目の前の少年に10点の評価を与えた。
しかし、その10点という評価は1秒ごとに1点ずつ減じてゆく。そして、0点になれば師匠は動く。
目の前の敵を相手に少年がそれでも撃てないというのなら、その時拳銃は存在しないも同然だと判断できるからだ。

そして、沈黙のままに10秒が過ぎた。銃声は鳴っていない。師匠は五体満足のままで、そして――動き出した。

互いの間に置かれた距離は3メートルほどで、室内としては十分な距離を確保していたと評価できるだろう。
少年が動き出した師匠を見てから反応するまでにコンマ3秒。それから撃つかどうかを決めるのにもうコンマ6秒。
合わせて1秒にも足りない時間だったが、師匠が肉薄するには十分な時間だった。

「くっ……!」

ちょうど1秒後。師匠は左の掌底をフェイントに伸ばした右腕で少年の持っていた自動拳銃を握ることに成功していた。
さてこの次の刹那には、握られてしまった拳銃を手放してしまうかどうかの判断が少年に求められる。
自動拳銃の場合、しっかりとスライドごと握りこまれていてはトリガーをいくら引こうとも弾丸は発射されない。
ならば手放して格闘戦に移るのが常套手段ではあるが、しかしその判断を行う余裕を師匠は少年に与えなかった。



「……――げぅっ!」

少年の口から蛙を踏み潰したような気味の悪い悲鳴が零れ、透明なよだれが床にまき散らかされる。
師匠に拳銃を引っ張られ、反射的に身体が踏ん張ったところに思いっきり体重の乗った前蹴りを腹に叩き込まれたのだ。
身体が裏返るような衝撃に拳銃も手から離れてしまい、結果として少年は最悪の状態で床の上へと無様に転がることとなった。
17創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:45:40 ID:ySTEgK3O
 
18創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:46:01 ID:EJtXvWfh
 
19彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:46:41 ID:oKyrQ+s6
「――――――――」

唾を飲み込んで咽てしまわないよう、あえて息を殺したまま少年は床の上を転がり体勢を整えようとする。
蹴られた勢いをそのままに受身を合わせて三回転。幸いなことに師匠からの追撃はなかった。
しかし顔を上げたところで少年の身体が絶望に強張る。

彼女は壁際まで転がっていった自分を追うでもなく、ましてや奪い取った拳銃で撃ってくるでもなく、
少年に脅されて手放した機関銃を拾いに元の位置まで戻り、もうすでにそれを手に取りこちらへと向けようとしていたのだ。

例え手痛い一撃を貰っていたとしても格闘戦にもつれこめば十分勝機はあると、少年は計算していた。
相手は自分より体躯の小さな女性であるし、拳銃を奪われたとしても罠を警戒して使わない可能性は十分にあると踏んでいた。
そして実際に、彼女は敵の手にしていた銃はすぐに放ってしまった。ここまでは頭の中にあった可能性の内だ。
後はこういう流れができればそのまま飛び掛ってくるものだと考えていた。
自分が転がって遠ざかるようにすれば、反射的に追おうとするのが自然なのに……しかし彼女はあっさりと銃を拾いに戻った。

少年に与えられた猶予はおよそ2秒ほどはあった。しかし少年はその2秒を空白で埋め尽くしてしまった。
機関銃の銃口はその間にこちらへと向いてしまっている。
今更ながらに、目だけを動かし出口の位置を確認する。たった数メートルの距離だったが、今は何十メートルにも感じられた。

機関銃を構える女性は、ことここに至っても感情を表に現すことはなく無言を貫いている。

まるで人を殺す為の機械のようだと少年は思った。感情もなく、手本のままに人を殺す、優秀な殺人者。
助かるとはもう思ってなかった。最後に残されたほんの一瞬はリリアのことで埋め尽くされる。
今更ながらに後悔。どうしてリリアの名前を口に出してしまったのか。リリアがこの女性に殺されるのだけは嫌だと思った。
どうして”必要”な時に相手を撃つことができなかったのか。命を取り置いておくことなんてできるわけないのに。
もう遅い。ずっと遅かった。遅れた分は取り返そうと走りだしてみたものの、まだどこかに余裕を残していたと――

――最後の最後の瞬間になって、ようやくそれに気づいた。



決着の瞬間。師匠の顔に怪訝な表情が浮かび――そして幾重にも重なった乾いた破裂音が部屋の中に響き渡った。





「…………………………あれ?」

10秒ほどか、それとも一分はそうしていただろうか、少年は恐る恐ると目を開き、呆けたような表情で辺りを窺った。
そしてもう10秒ほど時間を使って、どうやら自分は殺されなかったのだということをようやく理解する。
まだ耳の中に機関銃の残響音が残っているような気もしたが、部屋はがらんという静寂だけの空間に戻っていた。

「どうして殺されなかったんだ……?」

少年にはその理由が全く思い当たらなかった。
最後の最後に手心を加えられたのだろうか? そんなはずはない。少年は古泉が彼女に撃たれたところを目撃している。
もしかすれば、財宝の隠し場所を知る為に自分を泳がすのだろうか? いや、普通に痛めつけて聞き出せばいいだろう。
20創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:46:48 ID:7o7bPaIm
 
21創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:47:29 ID:7o7bPaIm
 
22彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:47:46 ID:oKyrQ+s6
「とりあえず、ここを一刻も早く離れないと……」

脱力していた下半身に力を入れて少年は床の上に立ち上がる。
その時、ブーツの底と床とに挟まれたガラス片が砕けてパキリと軽い音を立てた。
振り返れば、背後にあった資料棚のガラス戸が砕けて、あたりにガラス片が散乱してしまっている。
中に入っていたファイルの束にしても被害は免れておらず、撃ちこまれた銃弾に食い千切られバラバラとなっていた。

しかし、こんな被害には何の意味もないだろう。
ただ自分がそうならなかった幸運をかみ締めるだけだと少年はまた振り返る。そして、彼は幸運の正体に気づいた。



「そうか、”君”が助けてくれたのか」



床に転がったままの拳銃を拾い、壊れていないことを確認すると、少年は壊れた窓枠から外へと飛び降りた――。




 【彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)】


「師匠ったらどこに行っちゃったのかしら……?」

一応の決着を見た美琴との一戦を終えた朝倉と浅上の二人は、いつまで経っても師匠が戻ってこないということで
階段を使って2階へと上り、片っ端から部屋を覗き込んで、行方知れず(?)となった彼女を捜していた。

「まさか……あの、さっきので師匠さんは……」
「師匠が電磁砲の”流れ弾”で? そんなこと、考えられないわよ」

口ではそう言ってみたものの、もしかしたらそういうこともありうるんじゃないかと朝倉は少し心配になる。
いくら師匠と言えども、所詮は普通に人間でしかない。
あんな、偶然に電磁砲が建物を縦に貫通するだなんてそんなアクシデントを予想できる者などいないだろう。
回避できなかったとしても不思議でないと言えばそうで、むしろだからこそ師匠はこんなことで死んでしまうのではと思える。
仮に2階にいたのが自分だったとしても、あの電磁砲は避けられなかったろうし、当たれば死んでいたに違いない。

「でも、貫通した穴の周辺にはそれらしき痕跡もなかったし……やっぱり師匠がそんなことで死ぬとは思えないわ」
「そうですよね。……そんな事故が起こるわけがないですよね」

別に宝物を探しているという訳ではないので朝倉と浅上の2人は次々と部屋を移動してゆく。
そして、扉を潜る回数が二桁に繰り上がりそうだという頃、彼女らはその部屋に師匠がいた痕跡を発見した。



「ここで戦闘があったみたい。どうやら、古泉くんが言っていた仲間という人がまだ残っていたみたいね」
「じゃあ、師匠さんは、その古泉さんの仲間と……?」

それはどうかしら? と朝倉は部屋を見渡した。
押し倒された事務机に、バラバラに転がっているパイプ椅子。割られた窓に、銃弾を打ち込まれた書類棚。
ここで戦闘があったとありありと分かる散らかぶりではあったが、しかしここには血の一滴も流れてはいなかった。
23創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:48:13 ID:EJtXvWfh
 
24彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:48:50 ID:oKyrQ+s6
「師匠が相手を撃って外したとなると、その仲間というのも超能力者だったのかしら……?」

朝倉は銃弾を目一杯叩き込まれた書類棚に近づき、ファイルの中にめり込んだ弾丸をひとつ摘み出す。
それは間違いなく、あくまで他に同じ物を持っている人がいないという前提ではあるが、師匠の銃から出たものだった。
師匠がここで誰かに向かって引鉄を引いたということだけは紛れもない事実らしいとわかる。
さりとて、それだけでは決め手に欠けるとそこを振り向いた時、朝倉は思わぬ人物がそこにいたことに驚いた。

「……どうして、あなたが……――”長門さん”がこんなところにいるの?」



正確に言えば、そこにあったのは長門有希ではなく彼女の”生首”であった。
一見ではわからぬような形で、破壊された書類棚の向かい側にある賞状棚の中に紛れるような形で置かれていたのだ。
図書館でこれを回収してきた古泉がどういう意図でこれをここに隠していたのか、それはもう誰にもわからないし
そもそも今ここにいる朝倉と浅上はどうしてこんな所に首があるのかすらわからないが、師匠失踪の答えだけは解った。

「あー……、師匠ったら棚のガラス戸に映った長門さんの生首を見て……」
「そうか、師匠さんって……むぐっ?」
「(言ってはいけないわ。師匠がどこで聞いてるとも知れないし)」
「むぐむぐ……」

やれやれと首を振ると朝倉は窓へと近づき、ぐいと身を乗り出して駐車場の端の方へと視線を伸ばした。
そこには3人が乗ってきたパトカーがまだ止まったままで、よく見れば後部座席にカチカチに表情を固めた師匠の姿がある。
もう一度やれやれと首を振ると朝倉は浅上に師匠を見つけたと伝え、肩をすくめて大きな溜息をついた。




 ■


「さてと……、持っていったら師匠が怒りそうだし、これはここで”処理”してしまわないと」

朝倉は浅上に傍で待っているように言うと、安物のトロフィーが立ち並ぶ賞状棚から長門の首を丁寧に取り出した。
死んでから少なくとも四半日は経っているはずだが、その顔は生前とあまり変わらぬ美しさを保持している。
これは剥製だよと誰かに言われれば信じてしまいそうなくらいに、それは死体であり死体ではなかった。

「あの……それをどうするんですか?」

浅上が様子を窺いながら恐る恐るという風に尋ねてくる。
それはそうだろう。普通、死体などというものに人は興味を抱かない。嫌悪し遠ざけるのが通常の反応だ。
殺人鬼にしても、生きている者を殺すという過程や瞬間にならともかく、死体と成り果てたモノなんかに興味はもたない。

「言わなかったっけ? 私と長門さんは宇宙人なのよ。人間の”フリ”はしているのだけどね」

死体に嫌悪感を抱かないのか、それともそれを死体だと思っていないのか、朝倉は長門の首を机の上に置くと、
彼女の薄い色の髪の毛を掻き分けるように指を挿し入れ、普通であれば脳があるであろう場所を押さえながら目を瞑った。
ほどなくして、朝倉の長門の生首に触れている指先から淡い光が漏れ出してくる。

「”情報”を色々と回収しておきたいのよ。長門さんなら私よりも色々知っているはずだから――」



朝倉は自分の上司に当たるエージェントの記憶情報にアクセスしてそれを読み取ろうとする。
だがしかし、あまりそれは上手くいきそうにもなかった。
彼女が機能を停止していることは問題ではないが、やはり上位の相手である以上、こちらの権限(パスコード)が全く通じない。
しかし、どこかに――せめてここに来てからの記憶でも読めればと朝倉は情報の海の中に手を潜らせ――
25創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:48:54 ID:7o7bPaIm
 
26創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:48:57 ID:EJtXvWfh
 
27創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:48:59 ID:ySTEgK3O
 
28彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:49:48 ID:oKyrQ+s6
「…………ぅあぐ!」

――逆に捕らわれ、その身体を振るわせた。



「(トラップ? 誰に向けて? 違う、これはコマンドワード……どうして? 私に? 長門さんは予測していた?)」


 【エージェント・PN:[長門有希] はマスターとしてスレイブである エージェント・PN:[朝倉涼子]に行動指針を与える】
 【■1_長門有希の存在をあらゆる外敵から防衛する】
 【■2_長門有希の計画を妨げる要因に警戒し、これを発見すれば直ちに排除する】
 【以上の行動指針はPN:[朝倉涼子]の中にあるなによりも優先され、それはPN:[朝倉涼子]の自己保全も例外ではない】


「(長門さんはもう死んでいるのに? 計画? この命令はいつ作られて――何がどうなって? これは、どうして?)」



「――………………ぅ」

捕らわれていた時間はどれくらいなのか。朝倉は壁に掛かった時計を見て、時間が進んでないことに安堵の息をついた。
そしてそれを確認すると、何事もなかったようにゆっくりと長門の頭から指を引き抜き、もう一度息をついた。

「……なにかわかったんですか?」
「ううん。長門さんったらガードが固くて全然」

浅上の問いかけに朝倉はそう明るく答えた――が、しかし実際はそれとは真逆で、朝倉はこれまでで一番の混乱に陥っていた。
長門が残した情報の中に自分への命令が残っていたことも随分と不可解だが、それよりも解らないことがいくつもある。

「(この長門さんは一体――誰なの?)」

彼女が、”長門有希”であることは確かだろう。しかし、朝倉が知っている長門有希ではない。
自分が消滅している間に何かがあって長門自身が変質させたと見るのが自然ではあるが、それにしても不可解だ。
まずエージェントとしての能力のほぼ全てに長門自身のロックが掛かっていた。能力だけでなく記憶の大部分に関しても同様に。

それはまるで……”長門有希自身が普通の人間として振舞おうとしているかのように”。

恐らく、自分宛への命令はここに関係すると朝倉は考える。
そしてそこからあるひとつの謎に答えが出たことを知った。つまり――”朝倉涼子を再生したのは長門有希”である。
これはもう間違いない、この舞台で行動できる分の情報を新しく付加して新しく作り出したのは彼女に違いない。

「(長門さんの”計画”……、人類最悪の”計画”……、一体、何がどうなって……)」

長門有希の情報の中で断片的に読みこめたシーンの中に、あの人類最悪と名乗る男の姿があった。
ただ彼女とあの男とが対面しているというだけであって、時間も場所も全くの不明であるが、
しかしまさかここに来てからではないと思われる。恐らくは、”これ”が始まる前に”長門有希と人類最悪は出会っている”。

「(”計画”ってなんなのよ。それがわからないと私、動けないじゃない)」

ここが明らかにおかしかった。命令はあるのに、その命令の意味が受ける朝倉にはわからないのだ。
”計画”だなんて言われても、それに該当するような情報は自身の中には見当たりやしない。

「(……何かが破綻している。けど、何が破綻しているのかすら私には解らない)」

どうやらすぐに解ける謎ではないらしいとし、朝倉は静かに息を吐いて自身を落ち着かせた。
そもそもとしてこの命令自体が、有効であるとは言え間違いの可能性もある。長門有希自身の存在にも疑問点が多い。
29創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:50:06 ID:EJtXvWfh
 
30彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:50:50 ID:oKyrQ+s6
「(長門さん不具合を起こしちゃったのかもしれない……)」

朝倉はそれを最もありえる可能性として、第一に置き、その他の可能性を暫定的に過少評価することに決めた。
なぜならば、”それ”はどう考えてもありえないことなのだ。”そんなこと”が情報統合思念体の端末に許されるわけがない。
その存在意義を根底から覆すような”そんなこと”。それは、つまり――


――長門有希が、涼宮ハルヒの持つ”願望を実現させる能力”を奪い取っただなんてことは。




 ■


それから15分ほど後、正午の放送からすればちょうど2時間ほど経った頃。
師匠、朝倉、浅上の3人は警察署の駐車場に止めてあったパトカーの中で合流を果たしていた。

「それでね。私は一度、3人でじっくりと話し合うべきだと思うのよ」

止めてあったパトカーは未だに止まったままで、3人が次にどう行動するかを、主に朝倉の提案により決めようとしていた。

「長くても3日。短ければ次の瞬間には死別する身です。特に親睦を深める意義は感じられませんが」
「何言ってるのよ師匠。今回、私達は警察署にいた得物を仕留めようとして結局一人も殺すことができなかったのよ」
「それはあなた達の不手際でしょう。私が撃ったあの少年はもう今頃は死んでいます」
「警察署の外に出たらノーカンよ。だったら私も殺しているかもしれないし。それに師匠はひとり逃がしたじゃない」
「………………」
「怒らないで聞いてよ」
「ええまぁ、我々の協力体制に有益であり、後に私個人の利益にも繋がると判断できるならば話は聞きましょう」
「うん、それじゃあ……そうね、浅上さんは何か言いたいことないかしら? あなたにも意見する権利はあるわ」

「そうですか? ……じゃあ、私はお昼ご飯が食べたいです」

「補給と休憩をとるついでに話し合いもするというのならやぶさかではありませんね」
「私も賛成。それじゃあ次はご飯食べながら作戦会議よ」

止めてあったパトカーは、5分ほどの短い会話の後、ブロロ……とエンジン音を立てて駐車場から車道へと出て行った。




 ■


「(キョンくん。今だけは少しの間見逃してあげる)」

朝倉はハンドルを握りながら、瀕死の古泉を抱いて走り去った彼のことを少しだけ考えていた。
彼はあの電撃使いの少女から神社へと行くよう指示を受けていた。口ぶりからすれば仲間が待っているのだろう。
傷を負って逃げ出した電撃使いの少女にしても今頃は神社へと向かっているかもしれない。
だが、朝倉はそのことを師匠には伝えないし、自ら赴くつもりもなかった。
31創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:51:21 ID:EJtXvWfh
 
32彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:51:45 ID:oKyrQ+s6
「(とりあえず、”計画”ってのが判明しないことにはね。彼や涼宮さんには手は出せないわ)」

長門有希が主導しているならキョンという少年がキーパーソンに充てられている可能性があるし、
涼宮ハルヒについては今現在どういう状態なのか把握する必要がある。
ハルヒに関してはすでに師匠と契約を交わしているからまだいいが、キョンはそうではない。故に今は追わない。

「(まずは私自身の問題を解決しないと……)」

そう思い、朝倉は少しだけ自身の内側へとその意識を向けた。
そこには先程、警察署で”食った”長門の首が情報として存在しており、現在ゆっくりと消化を進めているところだった。
どれくらいかかるか見当はつかないが、もしかすれば有益な情報を得られるかもしれない。
あいにくと長門は自身の力を封じていたので攻性情報の補給にはならず、ならばそこは有機体の作法に倣うしかない。


「あー……、なんだかすごくお腹が空いたわ。ねぇ、師匠は何が食べたい?」




【D-3/警察署付近・路上/一日目・午後】

【師匠@キノの旅】
[状態]:健康
[装備]:FN P90(35/50発)@現実、FN P90の予備弾倉(50/50x17)@現実、両儀式のナイフ@空の境界、ガソリン入りペットボトルx3
[道具]:デイパック、基本支給品、医療品、パトカーx4(-燃料x1)@現実
      金の延棒x5本@現実、千両箱x5@現地調達、掛け軸@現地調達
[思考・状況]
 基本:金目の物をありったけ集め、他の人間達を皆殺しにして生還する。
 0:食事と休息をとる。
 1:朝倉涼子を利用する。
 2:浅上藤乃を同行させることを一応承認。ただし、必要なら処分も考える。よりよい武器が手に入ったら殺す?


【朝倉涼子@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:疲労(大)、空腹、長門有希の情報を消化中
[装備]:なし
[道具]:デイパック×4、基本支給品×4(−水×1)、軍用サイドカー@現実、人別帖@甲賀忍法帖
      シズの刀@キノの旅、蓑念鬼の棒@甲賀忍法帖、フライパン@現実、ウエディングドレス
      アキちゃんの隠し撮り写真@バカとテストと召喚獣、金の延棒x5本@現実
[思考・状況]
 基本:涼宮ハルヒを生還させるべく行動する(?)。
 0:食事と休息をとり、3人で作戦会議をする。
 1:長門有希の中にあった謎を解明する。
 2:電話を使って湊啓太に連絡を取ってみる。
 3:師匠を利用する。
 4:SOS料に見合った何かを探す。
 5:浅上藤乃を利用する。表向きは湊啓太の捜索に協力するが、利用価値がある内は見つからないほうが好ましい。
[備考]
 登場時期は「涼宮ハルヒの憂鬱」内で長門有希により消滅させられた後。
 銃器の知識や乗り物の運転スキル。施設の名前など消滅させられる以前に持っていなかった知識をもっているようです。
 長門有希(消失)の情報に触れたため混乱しています。また、その情報の中に人類最悪の姿があったのを確認しています。
33創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:52:23 ID:EJtXvWfh
 
34彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:52:36 ID:oKyrQ+s6
【浅上藤乃@空の境界】
[状態]:無痛症状態、腹部の痛み消失
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
 基本:湊啓太への復讐を。
 0:食事と休息をとる。
 1:電話があればまた電話したい。
 2:朝倉涼子と師匠の二人に協力し、湊啓太への復讐を果たす。
 3:他の参加者から湊啓太の行方を聞き出す。
 4:後のことは復讐を終えたそのときに。
[備考]
 腹部の痛みは刺されたものによるのではなく病気(盲腸炎)のせいです。朝倉涼子の見立てでは、3日間は持ちません。
 「歪曲」の力は痛みのある間しか使えず、不定期に無痛症の状態に戻ってしまいます。
 「痛覚残留」の途中、喫茶店で鮮花と別れたあたりからの参戦です。(最後の対決のほぼ2日前)
 湊啓太がこの会場内にいると確信しました。
 そもそも参加者名簿を見ていないために他の参加者が誰なのか知りません。
 警察署内で会場の地図を確認しました。ある程度の施設の配置を知りました。



 ※
 「キャプテン・アミーゴの財宝@フルメタル・パニック!」は警察署のどこかに隠されたままになっています。




 【Accelerator――(光速戦闘) 後編】


街は交流と集合の象徴と現実であり、そこには決して同じ形同士ではない人間達が集まり寄り添う。
近づけば触れ合えるが、しかし同じ形でないが故に、そのもの同士の間には埋めることのできない隙間が存在し続け、
集まれば集まるほど、その集合体の中にまるで罅割れのようにその隙間は広がってゆく。

石ころでそうしても同じだ。街の場合もそれは変わらない。そして街の場合、そういう隙間を裏路地などと呼称する。
警察署から這う這うの体で逃げ出してきた美琴は、学園都市にだって存在する裏路地の中をひとり彷徨っていた。



目の前が真っ暗だった。多分、裏路地の中に入ってきたからだと美琴は思ったが、そのせいではないかしれなかった。
足ががくがくといって覚束ない。それは裏路地がグネグネと曲がっているせいかもしれないが、そうでないかもしれない。
頭がガンガンと痛む。裏路地に溜まった生ゴミの腐った匂いのせかもしれいけど、そうでない気もする。
身体がガタガタと震えていた。きっと裏路地には陽が入ってこないからだろう。そうでないのかもしれないが……。

吐き気も止まらないし、嫌なことばかり思いつくし、涙がボロボロ零れるし、口からはちゃんとした言葉が出てこない。
裏路地のせいかもしれない。でも多分、全部そうじゃない。全部自分のせいだった――。



捻り切られた左腕を右手で押さえ、血をばたばたと零しながら裏路地を行く美琴は、フェンスを見つけるとそこに倒れこんだ。
すぐに美琴の額の辺りでバチリと弾ける音がして、金網のフェンスがメキメキと解され、左腕へ茨のように絡みついてゆく。
ほどなくして、絡みつく針金らは左肘の上で環を作るとぎゅうと窄まりとめどなく零れ落ちていた血をせき止めた。
35創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:52:42 ID:7o7bPaIm
 
36彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:53:21 ID:oKyrQ+s6
そのままズルズルと地面に腰を下ろすと、美琴はようやく血塗れになった右手を傷口から離した。
血塗れなのは右手だけじゃない。捻りきられた時に噴出した血は全身を紅く染めて、流れ出ていた血に太腿は真っ赤だった。
唯一血に染まっていない顔にしても今は蒼白で、明らかに流した血が多すぎたことを表している。

美琴は緩慢な動作で背負っていたデイパックを下ろすと、また緩慢な動作で中から救急箱を取り出した。
片手だけで美琴はそれを開こうとするが、ずるりと血で滑った箱は手から零れて地面へと落ちてしまう。
落ちた箱はそうしようとしてたように開きはしたが、中身はヘドロに塗れた裏路地の上へと広がってしまっていた。
それでも、美琴はそれだけは取ろうと、震える指先を地面に転がった包帯へと伸ばし――

「…………ぁ」

ようやく伸ばした指先で触れた包帯はタイヤのようにコロコロ転がると汚水の水溜りに転がり込んで灰色になってしまった。



自分は死んだと美琴はあの時思った。
まるで、あの”最強”みたいに自分の電磁砲を反射されて、コンマ1秒もないそれまでの間に色々なことを思い出した。
しかし、ギリギリのところで死は回避された。別に何をしたわけでもなく、それはただの偶然だと理解している。
だからこそ、心が死んだような気がする。

いつでも、どこでも、誰からも、何度でも、まるで都合のよいヒーローのように駆けつけてくれる”アイツ”。

その期待が叶えられなかったことが悲しいのか、それともそんなものを期待している自分に悲しくなったのか、
心身ともに混濁した今の美琴には答えがわからない。ただグルグルと気持ち悪く、悲しみが沸き続けるだけだった。
ただひとつはっきりしているのは、ここに来てそれを突きつけられ、なんども思い知らされているということ。

「(私……弱い、なぁ………………強く、なり……た………………)」



灰色の混濁に紫電は飲み込まれ、御坂美琴の意識は奈落へと落ちてゆく――。



【D-2/市街地・裏路地/一日目・午後】

【御坂美琴@とある魔術の禁書目録】
[状態]:気絶、左腕断裂(止血)、貧血(重)、肋骨数本骨折(手当済み)、全身に擦り傷、全身打撲、全身血塗れ、靴紛失
[装備]:さらし状に巻かれた包帯(治癒力亢進の自在法つき)、ポケットにゲームセンターのコイン数枚
[道具]:デイパック、支給品一式×2、金属タンク入りの航空機燃料(100%)、ブラジャー
[思考・状況]
 基本:この事態を解決すべく動く。
 0:……………………。
 1:強くなりたい。
 2:神社へと帰る。
 3:上条当麻に会いたい(?)。

 ※
 周囲に応急手当キットの中身が散乱しています。
37創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:54:04 ID:EJtXvWfh
 
38 ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:54:04 ID:oKyrQ+s6
以上、投下終了しました。多数の支援とスレ立て感謝です。
39創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 00:15:58 ID:MpcKELqz
新スレ立て乙です。

そして投下乙。
これは……予想外の結末、だけど1つ1つが納得だなぁ
冒頭、まさかの殿下生存確定で、「じゃあどうなる?」と思いっきり引きつけられました
隻腕美琴が救出に来ると思いきや……「彼女」ってそれかー!w
何気に朝倉も重要な情報にアクセスしていくみたいだし、今後の仕込みも面白い。
GJ。
40創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 00:26:25 ID:YT3ppc6K
投下乙です。


なんか凄まじいものを見たような気がする…
美琴と朝倉は美琴の無残な敗北に終わったか。なんとか生き長らえはしたが…相性が悪かったか。
片腕なくして麦のん化、しないよな?

そして殿下、言ったろさっさとぶち殺せってw
しかしドンドンマーダー軍団が団結強めてるけど対主催はほとんどバラバラのままか…
戦力の比重が偏らなければいいのだけど
41創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 00:44:33 ID:zueHtUwI
投下GJ! 予約の時点で「えらい騒ぎになるに決まってんだろjk」とか考えてたら予想以上だった!w
突然始まったトレイズの無事の知らせからまず驚かされ、そこから怒涛の展開……!
そして謎が謎を呼び最後に現れたオチ! って、それかいwwwwwwwwwwwwww
もうホントいい加減にしろwwwwwwお前らの師匠だろ早くなんとかしろよwwwwwwwww

そして何より驚かされたのはバトル! 圧巻の描写に感動。
苦戦する朝倉。惑うふじのん。優勢ばかりとは言えぬ美琴。
それぞれの動きが実に素晴らしい……脳内では神作画で動いてくれましたw

さぁ皆これからどう動いてくれるかな。改めてGJです!
42創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 01:45:04 ID:iUrS8wmO
投下乙です!

うわっはw のっけからの能力バトルに脳髄刺激されまくりだw
テンポよく入れ替わる朝倉と美琴の読み、そして策……って、策師さんなにやってんですかw
このへんは能力者対能力者、なおかつ相手が未知の能力者だからこそのシチュだよなー

この二人のバトルが、上階で緊張状態中の二人にも影響しているのがまた、上手いw
トレイズ殿下はやっぱりというほかない……と思ったら、まさかの消失長門さんw
冒頭のトレイズパートから繋がって、長門の生首トリックに発展するとは見事な構成だなぁ
その長門の生首にしたって、なんか意味深な伏線が出てきたし……w

この後は美琴がとにかく危なげですよねー……状態表からして痛々しい……
43 ◆LxH6hCs9JU :2010/02/20(土) 02:09:37 ID:iUrS8wmO
予約していた三名、投下します。
44創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:09:57 ID:MpcKELqz
 
45創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:10:55 ID:zueHtUwI
 
46死線の寝室――(Access point) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/20(土) 02:11:34 ID:iUrS8wmO
 【0】


 ここはこういう意味があるんだよ、と説明しても伝わらない。
 ここはこういう意味があったんだよ、と説明してようやく伝わった。


 ◇ ◇ ◇


 【1】


「――あん?

 おいおい、どういうことだ、こりゃあ……予定と違うぞ。
 こんなところにまで――こういった場にまで、駆り出されるのか?

 『駆り出される』。ふん。俺の台詞に俺がこうつけ足すのもなんだが、少々語弊があるな。
 俺はただ物語を読まされるだけの存在――いわば舞台装置だ。言ってみたのは俺だろうがよ。
 舞台装置……ではあるが、それとてスタッフロールに名を残すくらいの役割はあるということか。

 で――だ。
 俺はここでなにをやりゃいいんだ?

 俺の仕事――仕事と言えるようなものといったら、そりゃ初めから一つしかないはずなんだが。
 なになに……閑話休題。新章突入。番外編。作者取材のため……おいおいそいつは違うだろ。
 なら、お茶を濁すための四コマ漫画的なものなのかね。ふうん。まあいい、適当にやるさ。

 ともするとこれは物語でいうところの“伏線”――か。

 伏線、伏線、伏せておくべきライン、ね。ふんふん。大事だぜ、これは。
 人間ってのは唐突を嫌うもんだ。なんの脈絡もなく訪れる超展開、そういったものを許容できる奴は案外少ない。
 そういう奴らを“ねじ伏せるための線”が、これか。なんとも便利ではあるが、な。
 こいつが意外とじゃじゃ馬で、飼い慣らすのは難しい。主の首を締めにくるなんてのはしょっちゅうだ。

 ある意味では保険とも言えるんだが……ふん。となるとこれは伏線というより予防線か?
 免罪符にされねえことを祈るがね。まー、俺はどこぞの占い師とは違うんでな。そんな先読みはできん。

 ああ、そういえば、酔狂にも俺のことを探している奴がいたな――今回縁が合ったのは、そいつか。
 なにをどう勘違いしているのかはしらんが、俺はそんな大層な役柄を請け負った覚えもないんだがね。
 読む分には害もないが、そうやって祭り上げられるのは正直、どうしたものか……。

 《人類最悪》――ふん。“人類最悪”ね。

 俺の肩書きも随分と一人歩きが激しくなったもんだ。
 確かに俺は“人類最悪”と名乗ったが、それは好き勝手変なあだ名をつけられるのが癪だったというだけの理由なんだがな。
 こんなことなら初めから“狐さん”とでも名乗っておくんだったか? いやいや、それも気の乗らねえ話だ。
 ま……何度も言うが俺は基本、読むだけだ。勘違いしないように注釈しておくべきか?

 今回登場するのはあくまでも“名前だけ”。“名前だけ”だ。

 ミスリードってほど上等なものじゃないだろうぜ。
 ここで俺がこうして喋っているのも、単にきっかけを示す必要があったからだと言える。
 誰に……? なんて多くの奴は思うんだろうが、そりゃおまえ、決まってる。あれだよ、あれ。
47創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:12:02 ID:0/oOl6a3
 
48死線の寝室――(Access point) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/20(土) 02:12:52 ID:iUrS8wmO
 さーて、今度ばかりは本当にリップサービスが過ぎたな。
 まあこんなものは狂言にしかならない独り言、言ってしまえば編集者の煽り文みたいなもんだ。
 後になって読み返してみれば、あとがきとも言える代物にまで昇華されるやもしれん。
 あとがきなんてものは物語が終わった後に綴られるものだが、中にはあとがきをカバー裏に仕込むような偏屈な奴もいてな。
 この物語にも、そんな一風変わった趣向が凝らされてたりするのかね。だとしたら、多少は飽きも遠くなるのだろうが。

 ――ふん。もしくは、こんな欄外のことを、世は“戯言”と呼ぶのかもしれんな。

 ああ、そろそろ腹が減った。どれ、腹ごしらえの前にもうひと仕事しておくとする――か?
 ……ううん? いや、飯ならもう食ったのか。とれるものはとれるうちにとっておくべき、だったな。
 腹もふくれたところで、一眠り――していたはずだったんが、これはどういうことだ?
 そうだよ! 俺は寝てたはずだぞ! じゃあこれはなんだ!? おい誰か説明しろ!

 寝ていた――ああ、そうか。なんだ。

 夢か」


 ◇ ◇ ◇


 【2】


 すっかり日も昇った正午の時刻。静謐な町々に、車輪の回る音がやって来た。
 ワイシャツとスラックス姿の、どこにでもいそうな男子高校生が二人、自転車で疾走している。
 あまりにも違和感のなさすぎるその絵面は、一見してサボリの不良生徒二人組という印象だった。

 二人のうちの一人、なにか格闘技でもやっているのではないかと思える大柄な眼鏡男子の名前は、水前寺邦博。
 二人のうちの一人、水前寺に比べればこれといって外見的特徴もない、普通という言葉が合致する少年は、坂井悠二。

 男子中学生――水前寺邦博と。
 男子高校生――坂井悠二である。

 足であるバギーを物々交換で失ってしまった二人は、新たな移動手段としてこの自転車――ママチャリを入手した。
 その手段だが、手に入れたというよりは、かっぱらったと言ってしまったほうが言葉としては正しい。
 自動車と自転車の二択を適当に決め、適当な駐車場を探り、適当に鍵を壊して、強奪したのがこの二台の自転車だった。

 新たな足で目指す目的地は、病院である。
 利便性の面で考えれば、自転車などではなくバギーに代わる車両が欲しかったのが本音だが、鍵を探す労力を考えればそれも難しい。
 そこで提案したのが水前寺だった。病院までの距離なら、そのあたりの自転車でも十分だろう。

 どうせなら――病院に置いてある救急車をいただこうではないか、と。

 救急車。白と赤を基調としたシンプルなその車体を、まさか日本人である悠二が想像できないはずもない。
 一般車両に比べ、救急車は『人を寝かせたまま運ぶ』ことを想定して作られているため、サスペンションが非常に安定しているのだそうだ。
 また、単純に一般車両に比べても乗り込める人員の数が多く、負傷者を寝かしつけられるベッドも備わっている。
 ベッドだけではなく、担架や救急処置用の医療機器、夜間での救急処置を考慮したライトなど、役立つ装備が満載。
 特に水前寺が着目したのは、それらの医療機器を使うために搭載されているだろう電源装置だという。
 今後のことを考えるなら、救急車は確かに優秀な足と言えるのかもしれない。だが、悠二は指摘した。

 いくらなんでも、救急車は目立ちすぎじゃないか?
 目立つという意味ではバギーも一緒さ。そもそも車で移動するならそこは妥協しなくてはならない点だろう。
49創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:12:55 ID:MpcKELqz
 
50創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:13:04 ID:+Gqw70cm
 
51創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:13:46 ID:+Gqw70cm
 
52死線の寝室――(Access point) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/20(土) 02:13:49 ID:iUrS8wmO
 一番の目立つ要因――厄介極まりなく、それでいて誤魔化しがきかないのは、エンジン音なのだからな。と水前寺は続けた。
 なるほどもっともだ、と悠二は納得する。そうと決まればさっさと救急車をいただきに行こう、とペダルにかける力を強めた。

 気分はさながら少年強盗団――などとは間違っても思わない。
 目指す病院にはまず間違いなく、修羅場が待ち受けているのだから。


 ◇ ◇ ◇


 【3】


 坂井悠二と水前寺邦博が病院に入ってすぐ、その凄惨な現場は目についた。

「ここから北にある病院で四つの死体を見た――か。シズの言っていたことは、嘘ではなかったようだな」

 できれば嘘であってほしかったが、と水前寺は病院に入り第一声。
 正面玄関口。自動ドアを潜ってすぐのロビーには、鼻を抉るような血の臭いが蔓延していた。
 四つの死体が置かれていたのは、ロビーの一角。殺害者がそうしたのだろう、綺麗に一纏めにされている。

 学生と思しき、制服を着た少年が二人――いや、二体。
 メイドと思しき、給仕服を着た少女が一人――いや、一体。
 性別以外の詳細は知れない、首なしの男が一人――いや、一体。

 計、四体。
 いずれも『人』では数えることができない――遺体であった。

「坂井クン。これらの仏に見覚えはあるかね?」
「いや……どれも見ない顔だよ」
「そうか。彼らの前でこんなことを言うのもあれだが、それは結構なことだ。ただ……」

 水前寺は神妙な面持ちを浮かべ、二つ並ぶ少年の遺体へと寄っていった。

「おれはどうやら、この二人のうちの一人に心あたりがあるらしい」

 身を屈め、死相を窺うように観察する。
 ほどなくして、水前寺は言った。
 これのどちらかは、おそらく吉井明久――島田特派員の友達だ、と。

「男物と女物の違いはあれど、制服のデザインが酷似している。なにより、タイについた校章が同じものだ」

 島田美波といえば、今はヴィルヘルミナ・カルメルと共に神社で待機しているはずの少女である。
 水前寺が単独行動に走る以前に行動を共にしていた、勝手知ったる仲だと悠二は聞いていた。

「吉井明久と姫路瑞希。この二人が、名簿に名を刻む島田特派員の知り合いだったか。
 察しのとおり、島田特派員は名簿からは外れた――フリアグネや零崎人識と同じ、十人のうちの一人だ。
 この遺体、片方が吉井明久だとして、もう片方は島田特派員のように名を伏せられた十人なのかもしれないな。
 もちろん、どこかで制服――文月学園だったか? 制服のみを入手し、趣味で着ていたという線も考えられるが」

 学生証でもあれば話は早いのだが、と水前寺は遺体の胸ポケットを探るが、それらしいものは見つからなかった。
53創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:14:31 ID:MpcKELqz
 
54創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:14:46 ID:+Gqw70cm
 
55死線の寝室――(Access point) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/20(土) 02:14:47 ID:iUrS8wmO
「なにはともあれ、そろそろ二回目の放送だが……そこで吉井明久の名が呼ばれる可能性は大きいな」
「島田さんっていう子、大丈夫かな」
「……アキ、などと親しげに呼んでいたからな。よほど仲がよかったのだと、おれは見る。だが今は、島田特派員の気丈さを信じたいところだ」

 水前寺は腰を上げ、吉井明久と思しき少年の遺体に黙祷を捧げた。悠二もそれに倣う。
 二人が黙祷を終えると、今度は悠二が発言した。

「これは推測なんだけど」
「ふむ?」
「こっちのメイド服を着た人は……ひょっとしたら、キョンの先輩の朝比奈さんって人なのかもしれない」

 身体に大きな切創を負い、赤黒くなった血に塗れるメイドを指す。
 メイド――と思えるのは当然、メイド服を着ているからであって、本当にメイドなのかどうかは定かでない。
 しかし悠二には、『メイド』というものについては二人ほど、心当たりがあった。
 一人は、常日頃から給仕服を着用しているフレイムヘイズ、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
 そしてもう一人は、キョンの話にあった朝比奈みくるである。

「根拠はあるのかね?」
「キョンがこう話してたんだ。朝比奈さんはメイド服が素晴らしく似合う人だ――って」
「…………」

 黙り込む水前寺。その鈍い反応に、悠二も沈黙せざるを得ない。

「……似合う似合わない以前に、彼女のメイド服がずたぼろなのは気になるな。
 直接的な死因となっただろうこの傷の他にも無数、切りつけられた跡が見られる。
 ナイフか日本刀か……刃物だけでないな。こちらの遺体を見る限り、銃の扱いもこなせるらしい。
 それに、こっちの首なし遺体も異常だ。首の切断など、口で言うほど簡単なものではないというのに。
 殺した奴は俺より強い――か。シズの推察は正しいようだ。強いというより、ヤバイといった具合だが」

 確かに。と悠二は頷く。

「それにしても、水前寺はさすがだな」
「うん? なにがだね」
「僕みたいな事情を抱えているわけでもないのに、まともにこういう現場に立ち会えるんだからさ」

 目の前には四つの遺体。つい最近までここに殺人者がいたという事実。脳裏を蹂躙せんとする死のイメージ。
 封絶の中で、何人ものクラスメイトが『壊れる』様を見せつけられた経験のある悠二ならともかく、常人なら卒倒してもおかしくはない。
 だというのに、水前寺は膝を折るでも言葉を失うでもなく、遺体の判別に頭を回せるだけの気丈さを見せているのだ。

「称賛は結構だがな、坂井クン。おれの場合はただ単に、神経が図太いだけさ。須藤特派員あたりなら、逡巡せずそう言うだろう」

 などと謙遜する水前寺だったが、悠二の彼に対する評価は覆らない。
 水前寺邦博。車両の運転技能を備え、物知りで機転が利き、度胸もある。
 行動を共にする上では、この上なく頼りになる男だった。


 ◇ ◇ ◇

56創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:15:20 ID:MpcKELqz
 
57創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:15:37 ID:+Gqw70cm
 
58死線の寝室――(Access point) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/20(土) 02:15:38 ID:iUrS8wmO
 【4】


 遺体の検分があらかた終了した後、見計らったようなタイミングで放送が流れた。
 悠二がこの地で気配を感じ、捜索の対象とした、“人類最悪”による二回目の放送である。

「やはり、か。吉井明久に朝比奈みくる、両名とも脱落してしまった。十人のうち何人かも呼ばれたな」

 水前寺がてきぱきと脱落者の名前をまとめていく中、悠二は寡黙に、“人類最悪”の独り言について考えていた。

 ――『空白(ブランク)』。あるいは、『落丁(ロストスペース)』。

 宇宙空間とも比喩されたあの『黒い壁』は、目に見えるとおりの『壁』でない、という情報。
 実際に調べにいく機会こそなかったが、あの壁は前々から気になっていたものだ。

(世界がないという状態――か。あるいは、封絶の中と外。あるいは……この世と“紅世”みたいな関係なのかな)

 場所と場所とを隔てるもの。堅く通じないもの。そして、乗り越えられるもの――では、ない。
 それが、壁に見えて壁でない『空白(ブランク)』。
 この世界がどういった世界であるのか、という点について考えてみるなら、『空白(ブランク)』の存在は無視できない。

 数刻前、この地で封絶が張れないのは、『すでに封絶に類するものの中にいるから』だと考えた。
 ならば、とそのとき同時に考えたのが、『封絶内のように“存在の力”を使い、中のものを修復できないものか』ということだ。

 これはすぐに試してみて、不可能だということがわかった。封絶の亜種ではあったとしても、封絶のルールは適用されていない。
 しかし、“人類最悪”の話を聞き改めて思う――『空白(ブランク)』に対してはどうだろうか、と。
 一枚の折り紙を一つの物語として仮定し、この物語が折り紙から切り離された端っこだとさらに仮定するならば、だ。

 その切り離された箇所を、“存在の力”を使って修復することはできないだろうか――?
 もしくは、“存在の力”を注ぎ込むことによって『空白』を『埋める』ことはできないだろうか――?
 もしくは――ある特殊な方法で“存在の力”を行使し、『空白』を飛び越えることができるのではないだろうか――?

 もし。
 もし仮に。
 それが可能だとするならば。
 『空白(ブランク)』というのはまさに――

「――『久遠の陥穽』」
「ん? なにか言ったか坂井クン」
「……いや? なにも」

 一瞬、思考がぶれる。
 自分がなにについて考えていたのか、わからなくなる。
 悠二は首を傾げ、うーん、と不思議そうに唸った。
 それだけだった。

 これはあくまでも、坂井悠二としての考察――。


 ◇ ◇ ◇

59創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:16:09 ID:MpcKELqz
 
60死線の寝室――(Access point) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/20(土) 02:16:30 ID:iUrS8wmO
 【5】


 ――因果より隔てらし世界。

 世界から断絶されし、因果孤立空間を形成する自在法・封絶にも似た環境――と“紅世”の者ならばそう捉えるだろう。
 “人類最悪”の言葉は言い得て妙、実態を探るならばまさしく事実無根と言うほかない、現実の押しつけでもあった。
 しかし――だからといって、抗うことを無為、それでいて絶望などとは、考えに至るだけ愚かというものではないだろうか。

 この世界よりの脱出が、『大命』にも勝る難行だとはどうしても思えない。これは客観的に見たとしても、だ。
 時と共に世界が消失していくという制限についても、それは『世界』が消えるというだけであって『存在』が消えるわけではない。
 三日が経過し、なにもかもが消え失せた世界――それはこの世と“紅世”の狭間に存在せし『久遠の陥穽』と、なにが違うというのか。

 『詣道』の例のように道が通じぬとも限らず、『神門』のような扉がないとも限らない。
 それは決して希望的観測などといったわけではなく、この地に浸透している気配――否、“存在の力”を鑑みてこそ言える憶測。
 または、“紅世の王”が持ち出したる『狭間渡り』の法とて、有用であるかもしれないのがこの地の不安定さだ。

 はたしてこの地でフレイムヘイズが潰えたとして、契約せし“紅世の王”はどこに還るのか――。
 検証するならこれが一番手っ取り早い。上手くいけばこの段階で正答は得られ、そして解答へと至るのであろう。
 あの『究極のやらいの刑』の上をいく秘法でこそあれ、物語と物語を繋ぐことは、易し。

 『詣道』を作り、
 『大命詩篇』を編上げ、
 巫女と交信し、
 代行体を作り上げ、
 意識を同調させ、
 『神門』を開き、
 『祭殿』まで辿り着く。

 これらの仮定を経た結果を求めるよりは――容易い。
 問題は、代行体がそれを望むか。
 代行体が、ここで成ることを望むか。
 この、外伝とも称すべき物語と物語の狭間――断章にて。

 これはあくまでも、“■”としての断定――。


 ◇ ◇ ◇


 【6】


「おおう。見ろ坂井クン。名前がわからなかった十人のうち、もう九人が埋まったぞ」

 二回目の放送から判明した今回の脱落者と、実際の名簿を照らし合わせて、水前寺が不明参加者の割り出しを終える。
 十人のうち六名――メリッサ・マオ、白純里緒、北村祐作、木下秀吉、土屋康太、零崎人識――は、既に脱落した。
 残るは四名――しかしその中でも、既に島田美波、紫木一姫、“狩人”フリアグネの存在が判明している。
 となると、真に残るのは一名。噂も名も聞かぬ影の存在が、今もどこかで鳴りを潜めているということだ。
61創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:16:32 ID:+Gqw70cm
 
62創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:17:09 ID:zueHtUwI
 
63死線の寝室――(Access point) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/20(土) 02:17:18 ID:iUrS8wmO
「あと一人か。マージョリーさんあたりがいてくれれば心強いけど、あの人がいてなんの噂もないってのは変だしな……」
「神社で実に九名もの人間が集まったとき、大多数の素性は割れた。わからないといえば、『師匠』や『いーちゃん』あたりか」
「そのへんはもう、キョンと一緒で本名じゃなくニックネームかなにかなんだろうけど……なぜなんだろう」
「気にしても仕方あるまい。それを言うなら、インデックスなど正式名称は『Index-Librorum-Prohibitorum』というらしいぞ」
「本名っていうんなら、シャナだって僕が名づける前は『炎髪灼眼の討ち手』で通ってたって言うし……考えても仕方ない、か」
「なんであれ、あと一人の素性が気になるな。名前を耳にしないのは、どこかに潜伏しているからなのか、隠密行動に徹しているからなのか」

 ロビーに置かれたソファに腰を落ち着かせる悠二と水前寺。
 取れるものは取れるときに取っておけ――との助言に従うわけではないが、今は骨休めのときだ。
 遺体を眺めながら食事をする気には、さすがになれなかったが。

「この少年二人、どちらかが吉井明久なのは確定として、もう片方は木下秀吉か、土屋康太か……」
「いるとは思わなかった知り合いの存在を、訃報で知る、か……島田さん、ショックを受けるだろうね」
「同じ学校というだけの赤の他人であってくれれば、それはそれで助かるのだがな」
「……あれ? そういえば水前寺。こっちの人、さっきまで眼鏡をかけてなかったか?」

 悠二が怪訝に思う。二つの少年の遺体のうち、一方がかけていたはずの眼鏡が消えていた。
 水前寺に訊いたところで、在処が判明する。彼の手の中だった。

「うん? ああ、見たところどうやらただの眼鏡というわけではなさそうだったのでな。調べさせてもらっていたところだ」
「ただの眼鏡じゃない……って? どこからどう見ても、普通の眼鏡に見えるけど」
「いやいや、それは『おまえの目は節穴か』と言うべきところだぞ坂井クン。これは一見ただの眼鏡だが、実際は違う」

 水前寺は悠二に眼鏡を手渡し、よく見るように言った。

「それはな、眼鏡の形をした――ああいや違うな。言うならば、『眼鏡型のカメラ』のようなのだ」

 悠二は言われて初めて、フレームの両脇に小型の機械類が取りつけられていることに気づいた。

「レンズのある左がカメラ本体で、右は記録装置と電源といったところだろう。
 シャッターらしきものがないことを鑑みるに、画像ではなく映像を記録するものらしいな。
 つまり、正確にはカメラではなくビデオカメラだ。出力装置がないのが難だがね。
 しかしこれは僥倖かもしれないぞ。なにせそのカメラ、未だに動いているようなのだから」

 言われてみると確かに、微かにではあるが稼動音のようなものが聞こえる。
 そこで悠二はハッとした。

「もしかして……ここで起こった一部始終を、このカメラが記録しているかもしれないってこと?」
「ご明察だ、坂井クン。四つの遺体を作り上げた犯人、そして犯行経緯、すべてその眼鏡が記録しているやもしれん」

 飼猫は見ていた――というやつだよ。水前寺は続けた。

「荷物があらかた持ち去られていたようだが、さすがに死人の眼鏡にまでは気が回らなかったか。
 もしくは、こういった機械類には興味のない人間であったとも考えられるな。
 なんにせよ、さっそくこのカメラの中身を確認してみるべきだろう。坂井クン、機械工学には明るいかね?」
64創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:17:19 ID:MpcKELqz
 
65創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:17:24 ID:+Gqw70cm
 
66創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:18:16 ID:MpcKELqz
 
67死線の寝室――(Access point) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/20(土) 02:18:27 ID:iUrS8wmO
 首を振る悠二。水前寺はさほど落胆もせず、

「そうか。とはいえ、これしきのものなら病院のPCでも出力できるかもしれんな。まあいい。とにかくやってみよう。
 浅羽特派員の消息も、もしかしたらこのカメラが記憶しているかもしれん。他に痕跡らしいものもないしな。
 須藤特派員の話によれば、彼も相当ばかげた真似に走っていたようだが、まさか彼にこんな真似ができるはずもない。
 この場に浅羽特派員がいた――と仮定するなら、そうだな……隙を見て一人だけ逃げた、と考える方が無難か。
 おっとそうだ、救急車のキーも探さないといかん。あるとしたら車庫か? 救急隊員は普段どこに詰めているんだ?」

 この男、やはり行動派だ。
 命に関わる危難に遭遇しても適格に立ち回り、遺体を目の前にして寸毫も思考をぶらさず、唯我独尊自由奔放。
 ある種、『この世の本当のこと』を知ったとしても、彼ならばすべてをやんわり受け入れた上で、自論を展開するに違いない。

(僕のほうも、そろそろ考えを行動に移さないといけないときかな……)

 悠二は、スラックスのポケットから携帯電話を取り出した。
 警察署の自称殺人犯から声明が届いた携帯電話――しかし今はそれ以上に、大きな意味を秘めている。
 今、この携帯電話のアドレス帳には、水前寺から入手した神社の社務所の電話番号が登録されているのだ。
 即ちそれは――この携帯電話が『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルとの連絡手段であることを意味する。

(話しておくべきことはたくさんある。さっきの放送にあった『空白(ブランク)』のこととか。
 カルメルさんだったらきっと、僕とは別方向でなにかの答えを導き出しているかもしれない。
 この地域一帯に浸透している、薄く広がるような“存在の力”にだって――感づいてるだろう、あの人なら。
 それに、この時間ならキョンも合流を済ませているだろうし……朝比奈さんのことも含めて、一度連絡を取っておくべきか)

 多少の小言を言われるかもしれないが、今はそれしきのことで躊躇ってはいられない。
 悠二は決意し、二つ折りになっている携帯電話を開いた。

「――え?」

 待ち受け画面が表示され――それを見た瞬間、悠二の動作が止まる。
 思考も一掃されるかのごとくクリアになり、頭の回転すら止まった。

「どうした坂井クン。そんな石膏像のような顔をして」

 悠二が漏らした声を拾い、尋ねる水前寺。
 悠二は応えられない。応答よりも前に、こちらのほうが重要だ。
 なぜ。
 なぜ、こいつから――。

「……メール、か?」

 水前寺が携帯電話の液晶画面を覗き込み、確認する。
 そこには、《新着メール一件》とあった。
 さらに悠二は、そのメールの中身を今まさに開いたところであり――。
 驚愕の理由は、差出人の名前にこそあった。
68創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:18:59 ID:+Gqw70cm
 
69創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:19:22 ID:MpcKELqz
 
70死線の寝室――(Access point) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/20(土) 02:19:30 ID:iUrS8wmO


   《 差出人:“人類最悪” 》


 ◇ ◇ ◇


 【7】


 着信時刻は十二時ジャスト。二回目の放送が始まったのと同時刻。
 “人類最悪”から送られてきたメールには、たった一行の文字列のみが表示されていた。


   《 死線の寝室 ―― 3323-7666 》


 八桁の電話番号が意味するところを、悠二は知らない。


 ◇ ◇ ◇


 【8】


 場所――どこか。

「…………」

 “死線の蒼”のように寝言を口にしないまでも、“人類最悪”は確かに、座布団を枕にして寝息を立てていた。


71創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:19:52 ID:0/oOl6a3
 
72創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:19:56 ID:+Gqw70cm
 
73創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:20:20 ID:MpcKELqz
 
74死線の寝室――(Access point) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/20(土) 02:20:21 ID:iUrS8wmO
【B-4/病院・1Fロビー/一日目・日中】


【坂井悠二@灼眼のシャナ】
[状態]:健康
[装備]:メケスト@灼眼のシャナ、アズュール@灼眼のシャナ、湊啓太の携帯電話@空の境界(バッテリー残量100%)
[道具]:デイパック、支給品一式、贄殿遮那@灼眼のシャナ、リシャッフル@灼眼のシャナ、ママチャリ@現現地調達
[思考・状況]
 基本:この事態を解決する。
 0:このメールはいったい……!?
 1:水前寺と一緒に浅羽を探す。
 2:携帯電話で一度、社務所にいるヴィルヘルミナと連絡を取る。
 3:事態を打開する為の情報を探す。
 ├「シャナ」「朝倉涼子」「人類最悪」の3人を探す。
 ├街中などに何か仕掛けがないか気をつける。
 └”少佐”の真意について考える。
 3:シャナと再会できたら贄殿遮那を渡す。
[備考]
 清秋祭〜クリスマスの間の何処かからの登場です(11巻〜14巻の間)。
 会場全域に“紅世の王”にも似た強大な“存在の力”の気配を感じています。


【水前寺邦博@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:健康
[装備]:電気銃(1/2)@フルメタル・パニック!
[道具]:デイパック、支給品一式、「悪いことは出来ない国」の眼鏡@キノの旅、ママチャリ@現現地調達
[思考・状況]
 基本:この状況から生還し、情報を新聞部に持ち帰る。
 1:悠二と一緒に浅羽特派員を探す。
 2:眼鏡型カメラに記録された映像を検証するため、病院内で出力装置(PC)を探す。
 3:病院から救急車をかっぱらい、今後の移動手段とする。
 4:もし途中で探し人を見つけたら保護、あるいは神社に誘導。
 5:浅羽が見つからずとも、午後六時までには神社に帰還する。


【ママチャリ@現地調達】
坂井悠二と水前寺邦博が駐車場からかっぱらった極々普通のママチャリ。
基本的には096A new teacher and a new pupilにてクルツ・ウェーバーが民家より確保したものと同様。
75創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:20:37 ID:+Gqw70cm
 
76創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:20:56 ID:0/oOl6a3
 
77 ◆LxH6hCs9JU :2010/02/20(土) 02:21:19 ID:iUrS8wmO
投下終了しました。支援感謝です。
78創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:25:27 ID:MpcKELqz
投下乙。
順調な探索、便利な救急車をゲットするという発想、病院の実況検分、情報満載の眼鏡ゲット、
と堅実ながらも上手い繋ぎだなー、と思ってたら……
なんだそのメールはwwww これは予想外wwww なんということをw GJw
79創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:31:01 ID:ZFnR9LeS
玖渚さんの起床フラグか?www
乙でしたー
80創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 02:47:44 ID:+Gqw70cm
投下乙です!
さすが水前寺と悠二+αのコンビ……w あまり長い話でもないのにモリモリ考察されていくw
そして狐さんいったいなにしに出てきたのwww
GJでしたw
81創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 03:12:24 ID:zueHtUwI
投下GJ! 相変わらず仲良いなお前らw
放送も終えた現在、考察もしながら眼鏡も手に入れてと首尾は実に良し。
良い調子で二人は狐さんに近づきつつあるのか……!

ってwwwwwwこれは近づきすぎだろwwwwwwwwww
なにやっとんねんwwwwwwwww何メールしとんねんwwwwwwwww
くっそーやられたーw これ続きどうなるんだよーw
82 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:35:50 ID:+Q58q/Pf
お待たせしました。
5人組投下します
83創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:37:19 ID:+Gqw70cm
 
84創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:37:21 ID:MpcKELqz
 
85創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:37:38 ID:Un9OuT/Z

86 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:37:41 ID:+Q58q/Pf
その前に感想をw

警察署。
おお、殿下が生きておられるww
圧巻のバトルだなぁ……
美琴VS朝倉が凄くて、圧倒されるばかり
GJでした。

病院
水前寺と悠二が自重しないwww
こいつらだけで進むなぁ……w
そしてメール……どうなる?
GJでした
87創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:38:10 ID:MpcKELqz
 
88 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:38:27 ID:+Q58q/Pf
では、改めて投下します
89創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:39:10 ID:MpcKELqz
 
90創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:39:30 ID:+Gqw70cm
 
91交差する意志 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:39:50 ID:+Q58q/Pf
特別問題

貴方は『人類最悪』が自分達と同じ舞台にいるとするならばどうしますか?




◇白井黒子の答え。
「特に……どうということはありませんの。やる事は今までと同じ。ギリギリまで殺し合い以外の道を探す。
 そして、見つかったのなら、内側に居る『人類最悪』を打倒する。それだけの事ですわ」


◆教師のコメント
「大変模範的な回答ありがとうございます。確かに『人類最悪』を打倒するにはそれが最善ですね。
 ですが、具体的な道が見つからなければ、その決意も空虚になってしまうのでは? 早く道が見つかると良いですね。時間切れの前に……」







◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「さて……まずは『人類最悪』が言った事でも考えましょうか?」

高いビルの合間を宙に浮いたホヴィーがすいすいと進んでいく。
そのホヴィーに乗り、空を駆けているのは多種多様な五人だった。

運転席に乗り、ホヴィーを巧みに操るのはミスリル所属のスナイパー、クルツ・ウェーバー。
澄ました顔をしながら、若干不機嫌そうに助手席にちょこん座っている復讐者、黒桐鮮花。
デッキで、何かを熱心にメモに走り書きをしている学園都市のジャッジメント、白井黒子。
同じくデッキで、喋る猫を抱えながら無口を貫く少女、ティー。
そして、今もまだ眠っている凡庸そうな少年、浅羽直之。

そんな五人を乗せて、ホヴィーは北に向かっている。
その最中、彼らは先程流れた放送について話し合おうとしていた。
しかしながら、結論から言うと死者の発表に関しては彼らを動かす者は居なかった。

若干多いですわねと、白井黒子は内心少し焦りながらも、志は変わらず。
ガウルンに死んだ事に、クルツは若干ほっとしながらも、気を引き締め。
土御門がやはり死んでいた事に、鮮花が微妙に心を動かしながらも、それ以上感じる事もせず。
そして、ティーは最初から興味が無かった。

「壁じゃなくて……《空白(ブランク)》や《落丁(ロストスペース)》ねぇ……」

クルツは何かを考えているようにそう呟いた。
死亡者通知が大きいものではないのなら、目下気になる事といえば人類最悪がくれたヒント。
壁だと思っていたあの闇は、ただのブランクだったという事だった。

「わたくしはブラックホールみたいなのと推測してましたけれども……あながち間違いではなかったという事ですの」

黒子はデッキから運転席側に身を乗り出しながら、クルツに答える。
あの暗黒空間にRPG−7を打ち込んだ結果、そうでは無いかと立てていた仮説があながち間違いではなかった事に少し満足げだった。
92創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:40:10 ID:MpcKELqz
 
93創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:40:15 ID:iUrS8wmO
 
94創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:40:25 ID:+Gqw70cm
 
95創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:40:39 ID:Un9OuT/Z

96創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:40:57 ID:MpcKELqz
 
97創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:41:33 ID:+Gqw70cm
 
98創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:41:48 ID:Un9OuT/Z

99交差する意志 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:41:51 ID:+Q58q/Pf

「最も、それなら……脱出するのは更に一苦労という事だけれども」

でも、それは、逆に脱出するには更に苦労するという事でもある。
それを鮮花はうんざりしながらも黒子に向かって反論した。
ブラックホールのようなモノ、いわば無ならばそこから脱出する事など到底不可能だ。

「それに、あの人言ってたわよね。この世界の端は元よりの世界から切り離された一片の存在でしかないと。 ならばこの場所は……」
「切り取られた世界……つまり、何処かに浮かんでいるような世界でしかない……そういう事ですの」

鮮花の言葉を引き継ぎ、黒子がそう結論付けた。
自分が言いたい事を黒子に取られた事を鮮花は少しムッとするも噛み付くことはしない。
こんな所でいがみ合っても仕方ないと考えたから。

「あーつまりだ。ここは例えると真っ白い紙に鉛筆で書かれた世界という事でいいんだよな? 
 それで時間がたつ度に角からぐるりと消しゴムで消されていく……という感じでいいのかな? 黒子ちゃん」
「……面白い例え方しますわね。だけど、そんな感じでいいと思いますわ」

そんな鮮花の剣呑な空気を感じ取ったかクルツは確かめるように黒子に聞く。
黒子は直ぐ理解し、自分なりに解釈したクルツに若干驚きながらも、頷いた。
クルツは、それを確認すると、つまりと言葉を続けて

「あのキツネヤローは俺達と同じ世界に居る……という事だよな。そうでなければ放送なんて出来ない」
「……そうなりますわね、つまり見つけさえすれば打倒する事は可能……そういう事になりますわ」

『人類最悪』が内側に居るという事も聞く。
ここがノートに書かれた世界というのなら『人類最悪』がその場に一緒に居なければならない。
ノートに書き込まれたモノは書き込まれなければ存在しないから。
そのルールは『人類最悪』であっても例外ではないはず。
……書き込んだ本人では無い限りは。

「……貴方、中々聡いですわね」
「いやあ、そんな事無いぜ、可愛い子ちゃん達に囲まれればこれくらい思いつく……ゲフッ!?」
「前向いて運転してください。危ないですよ」
「あ、鮮花ちゃん……殴らなくても……妬かなくても……グェ!?」
「おっと手が滑りました」

この、クルツという男に対して黒子は少し意外に感じていた。
ただの軽薄な男だと思っていたが、思いの外、聡い。
認識を改めると共に一つ疑問に思ってくる。
何故、この男は鮮花に付き添い自分にも付き合っているのだろうか。
人類最悪を打倒すると考えてるのは確かだろう。
だけど、その裏に何かあるのだろうか。
それが、何故か少しだけ怖く感じたのだった。
……と、黒子は思ったが鮮花に殴られてる姿を見ると、やっぱりただの気の迷いだろうかとも思えてくる。
少し溜息を吐きながら、黒子は鮮花をなだめる為にパンパンと手を打つ。
100創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:42:04 ID:MpcKELqz
 
101創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:42:15 ID:iUrS8wmO
 
102交差する意志 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:42:31 ID:+Q58q/Pf
「さて、鮮花さんは何か思いついたことは……?」
「わたし…………うーん」

不意に話しかけられた鮮花は顎に手をかけながら、与えられたキーワードに関して言葉を考えていく。
切り取られた世界、空白、そして自分が見てきた事……
そして、思った事をそのまま、口にする。

「わたし、摩天楼で見たものがあるのよ」
「それはなんですの?」
「部屋を調べていたら、何か可笑しいのよ……食べかけの食事、つけっぱなしのテレビ…………まるで、其処に人が居たみたいな」
「ああ、俺も見たぜ、そういうの。何か不思議だよな」
「ええ……元の世界から切り取った世界というなら…………そう、まるで『人間だけを喰った』ような……そんな感じがしたわ」
「『人間だけを喰う』?」
「そう。まあ、そんな気がしただけど……」

黒子が鮮花の疑問に対して、そう答える。
存在するはずの人だけを消し取ったこの世界。
切り取ったその瞬間に、人が消え去ったとでもいうのだろうか。
その事を鮮花はまるで『人間を喰らう』と表現した。
どうしてそう思ったかは鮮花自身もよく解らなかったけど。
何故かそんな気がしたから。

「それも調べる対象にしておきましょうか。今では情報が不足していますの。だから………」
「…………うん、ここ…………うわぁ?!」

黒子はふむと頷き、少し考えながら、鮮花に対して答えたその時だった。
後ろから少年の呟きが聞こえてきたのは。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





◇浅羽直之の答え。
「どうしますか……といわれても。ぼくは伊里野を護る。それだけで…………」

◆教師のコメント
「相変わらず流されているようですね。ですが、その誰かを護りたいという意志だけは賞賛に値するのではないでしょうか?」





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



103創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:42:35 ID:+Gqw70cm
 
104創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:42:50 ID:MpcKELqz
 
105創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:43:34 ID:+Gqw70cm
 
106創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:43:37 ID:MpcKELqz
 
107交差する意志 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:43:56 ID:+Q58q/Pf
「…………うん、ここ…………うわぁ?!」

目を覚ますと目の前には一人の女の子が浅羽を見つめている。
女の子――ティーは浅羽に悪い奴といった本人で、見つめられた事に驚くしかない。
逃げようとして振り返ったら、其処は空の上で、更に驚く羽目になってしまった。
結局、浅羽は自分が空の上に浮かんでいる事を認識するのに少し時間がかかってしまった。

「ああ、目を覚ましたのですの?」
「……君は……」
「悪いようですけど、貴方がどう行動してきたか聞きますけど、よろしいですの?」

浅羽が起きた事に気付いたらしい黒子が、そう尋問する。
どうやら、浅羽が殺し合いに乗っていた事に核心を持っているようだった。
しかも、運転席と助手席には見知らぬ男女がいて、空の上。
逃げられる訳が無く、浅羽は真っ青になっていく。

「ぼくは……………………伊里野を護りたかっただけだったんだ」

そして、喋れたのは伊里野を護りたいという唸りの様な言葉だけで。
その信念だけを浅羽は俯くだけで、それより先は言えなかった。
押し黙るように俯くだけ。

でも、この事実だけは絶対に確かなものだった。

暫くの間、黒子はきょとんとし浅羽を見てるだけ。
だけど、その発言を黒子は不服とし問い詰めようとする。

「……その気持ちは解りますが、ですが答えに…………」
「……………………いいんじゃないかしら。それで」

その黒子の言葉を打ち切ったのは助手席に座る鮮花だった。
黒子は予想外の援軍に驚き、鮮花の方を向く。

「どうしてですの?」
「誰かを護りたくて、殺し合いに乗った。その答えで充分じゃない?」
「ですが、それで殺していたら……」
「それは、その時よ。裁くのはわたし達じゃない。殺された人の身内が居るのなら、その人が裁けばいいだけ。そうでしょう?」

鮮花と黒子の言い合いを浅羽は信じられない様に見るだけ。
まさか、庇う者が現れるとは思わなかったから。
浅羽は茫然とそれを見ていたが、鮮花は浅羽に向かって口を開く。
108創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:43:57 ID:Un9OuT/Z
 
109創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:44:04 ID:iUrS8wmO
 
110創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:44:24 ID:+Gqw70cm
 
111創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:44:53 ID:MpcKELqz
 
112交差する意志 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:45:04 ID:+Q58q/Pf
「ねぇ、貴方。伊里野って人を護りたいんでしょ?」
「…………は、はい」
「その方法は? 今でも変わってない?」
「…………それは…………」

浅羽は考える。
けど、答えは迷って。
でも、今の状況を考えて、そして自分自身の心に聞いて。

「護れれば、それでいいです」

答えを出す。
護れるなら、それでいいと。
ただ、残るのは伊里野を護りたい。
その気持ちのみだったから。

「そう……じゃあ、付いて行くという事でいいわね。殺し合いに乗る気は無いならね」
「あ、はい」

浅羽はその問いかけにただ、頷くだけ。
鮮花はそんな浅羽を見て、少しだけ羨ましく感じた。
自分は護る人はもう死んでしまった。
残るのは復讐心だけ。
だけど、この少年はまだ、違う。
まだ、色々な可能性が残っている事が少しだけ羨ましい。

そして、浅羽が取った行動は鮮花と一緒で。
強く追求する気にはなれなかった。
今は、殺し合い乗らないで、護るというのならば。
その浅羽の考えを尊重したい、何故かそう思ったから。
護れなかった自分と違って、護って欲しい。
そんな、気がして。

鮮花のそんな少し哀しそうな姿を、クルツは何も言わずにただ見ているだけだった。
ただ、鮮花を見る表情は少し哀しげだっただけで、でもそれ以上は何もする事はない。

「という事だけど、いいかしら?」
「いいも何も勝手に決めて…………まぁ……いいですわ。その内言う気になったら聞きますけど、いいですの?」
「うん」

鮮花は黒子に同意を求め、黒子は呆れ気味に同意する。
今の所、浅羽が何かしら行動を起こすという訳ではないらしい。
それにたとえ起こしたとしても今のメンバーでは浅羽が敵う相手などいないだろう。
それ故に今は浅羽と行動する事を決めたのだ。

「ティーはどうですの?」

黒子はその隣でずっと浅羽を見ていたティーに対しても尋ねる。
ティーはそのまま、浅羽の瞳をずっと見つめてて。
浅羽は少し怖がりはじめるも……やがて

「いい」

そう、ティーは短く言った。
黒子は、その返事に頷き、さてと区切りを入れて、こう言い放った。


「そろそろ昼食にしませんこと? 親睦会もかねてですわ」

113創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:45:06 ID:+Gqw70cm
 
114創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:45:11 ID:Un9OuT/Z
 
115創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:45:48 ID:+Gqw70cm
 
116交差する意志 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:46:09 ID:+Q58q/Pf





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





◇黒桐鮮花の答え。
「関係ないです。ただ、幹也を殺した相手を殺すだけ。燃やす尽すだけが、わたしがやるべき事よ」

◆教師のコメント
「とても、わかり易い回答ですね。それもひとつの道でしょう。ですがその炎に自分も焼かれない様、気をつけてください」





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「しかしまあ……何時の間、にこんな大所帯に……」
「まあ、それもいいんじゃないか? 少なくとも俺は楽しんでるぞ、可愛い女の子に囲まれて!」
「クルツさんは自重してください」
「あの……ぼくも居るんだけど……」

そのささやかな昼食会はとあるビルの屋上で行われた。
食料は、直ぐ下にあったコンビニから適当に取ってきたものだ。
浅羽に自己紹介をした後、後は各自に情報交換をかねた雑談をしている。

「でも、まさか猫が喋ると思わなかったわ……」

鮮花は卵のサンドイッチを食べながら、ティーの上に座っているシャミセンを見る。
先程、喋ってシャミセンは今度は喋らず、にゃーというだけ。
それ故に

「……え? とても喋るようには見えないけど……?」

お握りを食べていた浅羽はそれを信じる事が出来ない。
何処にもいそうな猫をただ見つめて不思議がるだけ。

「……喋りなさい」
「にゃー」
「喋れ」
「にゃー」
「馬鹿にしてるの! この猫はー!?」
「ちょ、ちょっと落ち着けって、鮮花ちゃん!」
「にゃー」

何かコントを見ているようだと浅羽はふと思う。
猫を焼こうとしている鮮花を見ながら、そんな事をただ思って。
こんな平和な空気をできるなら、伊里野に見せたい。
そんな事を思いながら。
117創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:46:23 ID:iUrS8wmO
 
118創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:46:34 ID:+Gqw70cm
 
119創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:46:58 ID:Un9OuT/Z
 
120創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:47:00 ID:MpcKELqz
 
121創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:47:07 ID:iUrS8wmO
 
122創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:47:24 ID:+Gqw70cm
 
123交差する意志 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:47:34 ID:+Q58q/Pf

「まあ、喋るのは確かですわ。実際何度も聞きましたし」
「そ、そうなんだ……」

ワッフルを食べていた黒子が補足するように、浅羽に呟く。
浅羽は信じられないながらも、その猫を見つめている。
ニャーとないた姿は少し可愛くて、伊里野は喜ぶだろうなとそう思った。

「しかし……いいなあ、うんうん」
「何が?」
「こんな可愛い女の子達に囲まれながら食事するなんて……」

そう、クルツは焼きそばパンを口にしながら答える。
浅羽の存在を抜きにして、三人の少女を見ながらそう答える。
鮮花は露骨に嫌な顔をし、ティーは表情を変えず、黒子は呆れながら

「というか、こんな幼い女の子達に囲まれるのがいいんですの?」

そう、クルツに向かって言う。
ティーは子供に言って等しく、黒子自身も声からは予想もつかないが中学一年でしかない。
クルツは笑いながら

「ああ、いいね!」

そう、指を立てていった。
流石に黒子はあきれ果てた時、かりかりとパンを食べてたティーがおもむろにクルツに向かって口を開く。

「ろりこん」

呟いたと同時にまた黙ってパンをカリカリと食べ始める。
その後冷たい空気が流れ、クルツは冷や汗を流して。

「いや、ほら、鮮花ちゃん高校生だし、別にそういうのじゃないから!」
「…………」

露骨に、退いていくメンバーに必死に釈明するクルツ。
黒子は、退きながらクルツに問う。

「じゃあ、他に共通点があるといのんですの……?」
「えっと、ほら、ひんにゅ……」
「貧乳じゃないですからね、私は!」

クルツが何か言おうとしたその言葉にまず反応したのが、何故か鮮花だった。
今度は鮮花に視線が集まり、鮮花は口を滑った事を確認する。
そして、次に釈明する側に回った鮮花は黒子のほうを向いて言葉を発する。
124創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:47:50 ID:MpcKELqz
 
125創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:47:55 ID:Un9OuT/Z
 
126創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:48:13 ID:+Gqw70cm
 
127創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:48:31 ID:MpcKELqz
 
128交差する意志 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:48:50 ID:+Q58q/Pf
「い、いや、まあ黒子さんもそうですし」
「これから成長するからいいんですの……でも鮮花さんは……」
「くっ……」

黒子の憐れみの視線を鮮花に向ける。
鮮花は少しイラつきながら、反論する言葉をさがそうとする。
その時だった。

「まずしい」

ティーが鮮花に向けてそう言い放ったのは。

その瞬間。


「AzoLto――――!!!」


嫉妬の炎が燃え上がった。



(何が何だか……)

鮮花を必死になだめようとするクルツ達を他所に浅羽はボッーとそれを眺めていて。
傍観していた立場だけに、あるモノを見つける。

「ねぇ……あれ!」

皆に呼びかけて、指を指す方法に見えるモノ。
激しく燃えて、黒煙を吐く建物が存在していた。

「…………火事がおきてる」

南西の方角に火事が起きていた。
それを見た他の面子も一気に空気を入れ替え、それに対して対処を考える。

「どうします?」
「…………そうだな。あの方角で俺はアレだけの火事を起こせる人物というなら一人だけしってるぜ……多分そいつがおこしたんだと思う」

クルツが何かを知った口ぶりで他のメンバーに言う。
その言葉に鮮花は思い至った様にクルツに答える。

「土御門さんが言っていた……ステイルって人ですか」
「ああ、火を操るといってたし間違いないだろう」

ステイル=マグヌス。
土御門が言っていた火を操る魔術師。
方角的にも、ステイルが居た場所と一致していたのだ。
129創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:48:55 ID:+Gqw70cm
 
130創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:49:36 ID:+Gqw70cm
 
131創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:49:42 ID:Un9OuT/Z
 
132交差する意志 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:50:02 ID:+Q58q/Pf
「では、どうします? そちらの方向に向かいます?」
「それは止めた方がいいと思いますの」
「どうして?」
「どうしてもなにも…………今の構成面子を見れば自然に解るかと」

鮮花はそう言われて周りを見る。
自分の他に居るのは、クルツ、黒子、ティー、浅羽。
そして、現場に居るとされる人物は強いといわれるステイル。
つまり

「ああ……足手纏いが多いという事ですか」
「ああ、俺と黒子ちゃん、頑張って鮮花ちゃんがギリギリだ」
「わたしも一応戦力に入れてくれるんですか」
「まあな……といっても其処の坊主、ティーちゃんを抱えて乗り込むには無理だと思うぜ」
「……悔しいですが、その通りですの」

戦える人物より、足手纏いが多いという事。
もし、戦闘に巻き込まれたら、浅羽、ティーを護らなければならない。
戦える人物の許容範囲を考えると向かうのは危険だと判断したからだ。

「だからまあ、今はこの場を離れることを最優先するべきじゃないのかな?」

提案するクルツに皆は静かに同意した。
反論する必要も無いし、わざわざ死ににいくのは避けたいからら。

「なら、さっさと行きましょう。進路は予定通り空港へ」
「ああ、そうしよう」

その鮮花の提案により、昼食会は終わりを告げ、全員ホヴィーに乗り込む。
そして、エンジンをかけ、ホヴィーは北に向かっていく。

(僕が……浅羽を護るんだ)
(絶対に……仇は取ります)
(皆で、脱出するんですの……お姉さまもご無事で)
(…………ぶっこわす)
(……さて、はて、どうなる事やら)


それぞれの意志を秘めながら。


ただ、北へ。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





◇ティーの答え。
「ぜったいにぶっこわす」

◆教師のコメント
「シンプル且つデンジャラスの回答ですね。ですから此方に向けるのはやめてくださ…………」
133創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:50:17 ID:+Gqw70cm
 
134創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:50:58 ID:MpcKELqz
 
135創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:50:58 ID:Un9OuT/Z
 
136創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:51:10 ID:+Gqw70cm
 
137創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:51:23 ID:mKutWkky
教師生きてたw
138交差する意志 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:51:25 ID:+Q58q/Pf
【C-5/北東/1日目・日中】

【黒桐鮮花@空の境界】
[状態]:強い復讐心、ホヴィーの助手席に乗車中
[装備]:火蜥蜴の革手袋@空の境界、コルトパイソン(6/6)@現実
[道具]:デイパック、支給品一式、包丁×3、ナイフ×3、予備銃弾×24
[思考・状況]
基本:黒桐幹也の仇を取る。そのためならば、自分自身の生存すら厭わない。
1:クルツと行動。飛行場へ向かい、クルツから銃の技術を教わる。
[備考]
※「忘却録音」終了後からの参戦。
※白純里緒(名前は知らない)を黒桐幹也の仇だと認識しました。

【白井黒子@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康、ホヴィーのデッキに乗車中
[装備]:グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、地虫十兵衛の槍@甲賀忍法帖、鉄釘&ガーターリング@現地調達
[道具]:デイパック、支給品一式、姫路瑞希の手作り弁当@バカとテストと召喚獣、
     伊里野加奈のパイロットスーツ@イリヤの空、UFOの夏
     デイパック、支給品一式 、ビート板+浮き輪等のセット(大幅減)@とらドラ!、カプセルのケース
[思考・状況]
基本:ギリギリまで「殺し合い以外の道」を模索する。
1:ホヴィーをクルツに運転させ、北へ移動。『消滅したエリア』の実態を間近で確かめる。また『黒い壁』の差異と、破壊の可能性を見極める。
2:移動中に浅羽が目覚めたら詳しい事情を聞く。その後の処遇はまだ保留。
3:“監視”という名目で鮮花とクルツの動向を見定める。いつまで行動を共にするかは未定。
4:当面、ティー(とシャミセン)を保護する。可能ならば、シズか(もし居るなら)陸と会わせてやりたい。
5:できれば御坂美琴か上条当麻と合流したい。美琴や当麻でなくとも、信頼できる味方を増やしたい。
6:伊里野加奈に興味。
[備考]:
※『空間移動(テレポート)』の能力が少し制限されている可能性があります。
 現時点では、彼女自身にもストレスによる能力低下かそうでないのか判断がついていません。

【ティー@キノの旅】
[状態]:健康。ホヴィーのデッキに乗車中。
[装備]:RPG−7(1発装填済み)@現実、シャミセン@涼宮ハルヒの憂鬱
[道具]:デイパック、支給品一式、RPG−7の弾頭×1
[思考・状況]
基本:「くろいかべはぜったいにこわす」
1:RPG−7を使ってみたい。
2:手榴弾やグレネードランチャー、爆弾の類でも可。むしろ色々手に入れて試したい。
3:シズか(もし居るなら)陸と合流したい。そのためにも当面、白井黒子と行動を共にしてみる。
4:『黒い壁』を壊す方法、壊せる道具を見つける。そして使ってみたい。
5:浅羽には警戒。
[備考]:
※ティーは、キノの名前を素で忘れていたか、あるいは、素で気づかなかったようです。

【浅羽直之@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:全身に打撲・裂傷・歯形。右手単純骨折。右肩に銃創。左手に擦過傷。(←白井黒子の手により、簡単な治療済み)
     微熱と頭痛。前歯数本欠損。。ホヴィーのデッキに乗車中。
[装備]:毒入りカプセル×1@現実
[道具]:なし
[思考・状況]
0:伊里野を護る
1:伊里野の不調を治すため、「薬」と「薬に詳しい人」を探す。とりあえず黒子たちについていく。
2:とりあえず、地図に描かれていた診療所を目指そう。
3:薬に詳しい「誰か」の助けを得て、伊里野の不調を治して……それから、どうしよう?
4:ティーに激しい恐怖。
[備考]
※参戦時期は4巻『南の島』で伊里野が出撃した後、榎本に話しかけられる前。
※伊里野が「浅羽を殺そうとした」のは、榎本たちによる何らかの投薬や処置の影響だと考えています。
※まだ白井黒子が超能力者であることに気付いていません。シャミセンが喋れることにも気付いていません。
139創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:51:41 ID:MpcKELqz
 
140創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:51:51 ID:+Gqw70cm
 
141創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:52:18 ID:Un9OuT/Z
 
142交差する意志 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:52:21 ID:+Q58q/Pf







◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





◇クルツ・ウェーバーの答え。
「まあ、そんな事より女の子に囲まれてるほうがいいよなあ」

◆教師のコメント
「貴方、そのせいでロリコン扱いですが、それでいいんですか。ですが貴方が考えてる事がイマイチ読めませんね……何か隠し持っているような……」






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






143創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:52:34 ID:+Gqw70cm
 
144交差する意志 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:53:04 ID:+Q58q/Pf
さて、どうなる事だな。
色々動き出してるって事かね。

今回は色々不可解な事も多いし、さてはてどうなる事やら。

まあ、とりあえずは鮮花ちゃん達に付いて行くか。


とりあえず可愛い子ちゃんの味方なのは確かなんだけどさ。



兎も角……俺が動き出すのは――――まだ、早いかな。




【C-5/北東/1日目・日中】


【クルツ・ウェーバー@フルメタル・パニック!】
[状態]:左腕に若干のダメージ、疲労(中)、復讐心、ホヴィーの運転席に乗車中
[装備]:エアガン(12/12)、ウィンチェスター M94(7/7)@現実、ホヴィー@キノの旅
[道具]デイパック、支給品一式、缶ジュース×17(学園都市製)@とある魔術の禁書目録、BB弾3袋、予備弾28弾、ママチャリ@ママチャリ
[思考・状況]
基本:生き残りを優先する。宗介、かなめ、テッサとの合流を目指す。
1:ホヴィーで飛行場へ向かい、鮮花に銃を教える。
2:可愛いい女の子か使える人間は仲間に引き入れ、その他の人間は殺して装備を奪う。
3:知り合いが全滅すれば優勝を目指すという選択肢もあり。
4:ステイルとその同行者に復讐する。
5:メリッサ・マオの仇も取る。
6:ガウルンに対して警戒。
7:鮮花に罪悪感、どこか哀しい 。
8:???????????????
[備考]
※土御門から“とある魔術の禁書目録”の世界観、上条当麻、禁書目録、ステイル=マグヌスとその能力に関する情報を得ました。
※何かを知っている?様です

145創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:53:18 ID:+Gqw70cm
 
146創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:53:41 ID:MpcKELqz
 
147創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 04:53:59 ID:+Gqw70cm
 
148交差する意志 ◆UcWYhusQhw :2010/02/20(土) 04:55:22 ID:+Q58q/Pf
投下終了しました。
最後のクルツのパートは少し冒険したので、意見をください。
駄目でしたらそのパートは撤回しますので。
他矛盾などございましたら、指摘をお願いします。
支援ありがとうございました
149創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 05:02:11 ID:MpcKELqz
投下乙です。
丁寧に交流してるなぁ、同床異夢を承知で集ってるグループいいなぁw

……ただ、最後のはやはり唐突な感を受けちゃいましたねー、正直なところ
ネタとしては無しとまでは言わないけど、なんかこう、木に竹を接いだような印象が……曖昧な言い方で失礼。
150創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 05:19:37 ID:iUrS8wmO
投下乙。先生復活……!?

誤字ではあるんでしょうが、浅羽、なんで自分を守るんだよwwwww 伊里野を守れよwwwww
げふんげふん。気持ちだけ奉仕マーダーに復讐者と、殺伐としているはずなのに昼食は和やかにw
鮮花の反応が女の子していてニマニマするw バランスいいなぁとは思っていたけど、コメディもできるのかこのグループw
あとティーさん……? なんか思考だけでなく口調も物騒になってませんか?w

最後のネタは正直受け取り難かったです。
>>144の内容だけではどうにも曖昧すぎるといいますか、発展のさせ方も不鮮明。
これまでの彼の行動を鑑みても、どうしてここでそんなことを?という疑問が湧いてしまいます。
唐突感が否めない感じですので、もうちょっと取っ掛かりになるものが欲しかったというのが本音です。
151創る名無しに見る名無し:2010/02/20(土) 16:49:36 ID:XA6bCHM1
投下乙です
自己チュー浅羽に笑ったwwwwwww
あと先生復活ッッ!

最後のクルツパートは削ったほうが無難かと
初期の頃と考えてる事違っちゃってるし、いきなり別キャラになっちゃったみたいでもにょる
152 ◆UcWYhusQhw :2010/02/21(日) 00:42:48 ID:OZZpdMdm
沢山の意見ありがとうございます。
確かに余りにも不透明すぎましたね。
そして、再考の末、仮投下スレに、最後のパートを差し替えたものを用意したので 再度ご検討よろしくお願いします。

それと、浅羽の凄まじい誤字はwiki収録後に修正しますorz
153創る名無しに見る名無し:2010/02/21(日) 01:02:08 ID:x7OZ/N9p
>>152
おー。なんだろう、通して読むとこっちの方が凄いしっくり来るw
ちょっと変則なアイテム追加方法だけど、これはありなような感じ
154創る名無しに見る名無し:2010/02/21(日) 01:04:09 ID:G2j8ENZo
修正?乙です。
おー、これなら唐突な感は少なくなっているし、今までの展開とも矛盾はなさそうです。
メールの件に引き続き……狐さんも意外とアグレッシブですねw
155創る名無しに見る名無し:2010/02/21(日) 11:40:20 ID:vEUhdedz
思ったんだけど、第二回放送で、上条さんが壁を壊そうとする話にちょっと矛盾が出てきたんじゃない?
156創る名無しに見る名無し:2010/02/21(日) 13:24:29 ID:WjQkqNUY
っつーかクルツのキャラが違いすぎるだろ
157創る名無しに見る名無し:2010/02/21(日) 18:16:35 ID:Q0VwgY1T
>>155
狐さんの言うことだしな……そのへんはまだわかんないんじゃね?w

あとまあ、描写が増えて納得感が増したのは確かなんだが、考えてることがわかった分クルツの思考に違和感が残る
読みが浅いというか流されてるというかばかっぽいというか……このへんキノ四人殺しのときと一緒で解釈の違いなのかね
158創る名無しに見る名無し:2010/02/21(日) 20:18:18 ID:0fAeYO7A
>>156
そう思うんなら1行だけじゃなくて根拠も書け
下らない煽りにしか見えんぞ
159創る名無しに見る名無し:2010/02/21(日) 20:54:50 ID:x7OZ/N9p
解釈分かれるキャラではあるしなー、既に後手に回ってるのは間違いないし
もともと万人が納得する解は難しそう……が、違和感多いようならその根っこを見つけておきたいところ
160創る名無しに見る名無し:2010/02/22(月) 06:18:37 ID:Y9H1PUpV
>>156
こんな状況下で女の子女の子言うキャラじゃないよな
161創る名無しに見る名無し:2010/02/22(月) 07:39:39 ID:4/yjXJLg
>>160
それが腹の底に隠した秘密を誤魔化すための擬態だった、意図的な煙幕だった、って話だろ、今回のは
その隠してるモンが修正で変わったけど
ナンパな側面が前面に出すぎ、ってのは今に始まったことでもなかったし、補完の一策としてはアリじゃね、と思う

まあ、秘密開示時のインパクト狙い・違和感抱いてもらうこと自体が狙いにしても、今回強調しすぎじゃね? って感想なら分かる
匙加減舌加減に好みの差が大きく出そうなとこだし、そもそもの過去の補完の必要性重要性についても判断分かれそうだし
ただ、これで強調抑えるとそれこそ何したいんだっていう話になりそうだ
修正版の方では「疑われてるかな?」みたいな独白あるし、流石に今後もずっとこの強調状態のまま、ってことはないんじゃないかな
(この辺、したらばの修正版の方が丁寧になってる気はする)
162創る名無しに見る名無し:2010/02/22(月) 21:21:53 ID:WCUz1Voy
まあ、俺は違和感無かったし問題ないと思う。
何よりここの書き手氏達なら美味しく調理してくれるだろうしなw
163創る名無しに見る名無し:2010/02/22(月) 23:28:51 ID:LAqowC3g
「「契約の話」 ― I'm NO Liar ―」で入ったフォローはすごかったよなぁw
原作最新刊で真っ向から否定された前話の行動を上手く理由つけて正当化してるw
164 ◆UcWYhusQhw :2010/02/23(火) 00:37:14 ID:gzfU86oc
意見ありがとうございます。
問題ないとの意見が大目ですので正式に修正版のものにしたいと思います。
つきましては、修正箇所に支給品紹介をつけたものを再度本スレに投下します。
165 ◆UcWYhusQhw :2010/02/23(火) 00:39:28 ID:gzfU86oc
さてと……黒子ちゃんにはちょっと疑われてる……かな?
小さい割に頭がいい子だけど。
坊主は気づいてないだろう。見た所平凡な少年だ。
ティーちゃんは読めん。無口な割に厳しい事を言う子にしか見えないな。
鮮花ちゃんは…………まぁいつも通りだな。

まあ、ばれてもそんなに支障は無い事ではあるけれども……まぁ言う必要も無い。

そう思いながら、ポケットに隠してあるモノを触り、思う。

正直、隠してる事はある。けどまあ大した事でもない。

気付いたのは土御門と会って少し経ってから。
見つけたのは偶然。
沢山あるジュースの中に混じっていたコレ。
恐らくカモフラージュでもされてたんだろうか。
今じゃ珍しいポケベルのような機械。

俺はそれ見て、特に何にも思わなかった。
まだその時は何も無かったのだから。

そして、鮮花ちゃんと会う直後ぐらいにメッセージがきた。
誰からも解らずに一つのメッセージが。

「摩天楼に行け」

示された言葉一つ。
とはいえ、鵜呑みする訳が無い。
怪しすぎて、話にならん。
摩天楼に何があるかわからないし、罠の可能性だってある。
誰から送られてきた訳でも無いし、それで行動に移せというのも厳しい。
だけど、鮮花ちゃんに会ってから、行動するに当たっての情報がある。

彼女は摩天楼から着たという。
聞いたところによると摩天楼には俺が警戒するような要素は無かった。

だから、まあその時行く事も視野には置いておいた。
んで、機会があったから鮮花ちゃんにそう提案したわけ。

…………なんで土御門に隠してたって?
言う必要も無いものだろう。
これがあったからって別に行動方針が変わる訳じゃない。
何より、あいつも俺に隠し事をしていた。
なら、こっちも何か隠し事をするのは別に悪く無いだろう。
もしあいつが話せば、こっちも手札を切るつもりで話すつもりでいた。

でもまあ、結果的にあいつは話す間も無く死んだ。

それだけの話。


まあ、それで鮮花ちゃんを言いくるめて、摩天楼へ。
元々武装強化もしたかったし、それができる可能性といえば摩天楼か警察署。
武装強化だけであるなら……早い話が警察署の方が最も得策だろう。
武器の管理庫ぐらいは大きさによるが、あるはずだ。
わざわざ何十階、何百もある部屋があるマンションを漁るよりよっぽどいい。
もし無かったとしても、それは徒労にはならないだろう。
だけど、そのメッセージを確認したいから摩天楼を選択した。
鮮花ちゃんに行った理由はまあそれも事実なのでそのまま。
166 ◆UcWYhusQhw :2010/02/23(火) 00:40:09 ID:gzfU86oc
それで、摩天楼へ。


……そして、結果的に見つかった銃。
これは武装を欲しがっていた俺に対するメッセージなのだろうか。
……その可能性は低いとは思うものの、とはいえ他に発見など無かった。
欲を言えばもっと探したかったが…………まあ仕方ない。
黒子ちゃん達と合流した以上我を張る訳にも行かなかったしな。

とはいえ、不可解なのも事実だ。
たかが銃だけの為にメッセージを送る必要も無い。
それに、わざわざこの言葉を残したってことはよっぽどだろう。
いけなかった場所に何かある…………? それともいる…………?

しかし、何故こんなものを俺に。
………………いや、俺だからか。
他にありえるとするならば、宗介辺りしか思い浮かばない。それか死んだ土御門か。
理由は簡単だ。
大多数に知られては困るんじゃないかなと俺は思う。
誰が送ったか解らない、けど身元不明の時点でありえるのはキツネヤローぐらいだ。
もしくは、その近縁の者か……まあ、そこら辺だろう。
他の一般、そうだな例えばかなめちゃんなら仲間にばらすかもしれない。
でもそれじゃあ、駄目だ。

多分それ以降のメッセージは来ないだろう。

あくまでその支給した者に教えたいならば。
集団でそのアイテムの情報が公になれば、きっともう意味が無い。
主催の者自ら、明らかにするようなものを明らかになっているのに送る訳がないからな。

つまりはそれを隠し通せるような人間で無ければならないって事。
そして、それが俺だった。

で、何故そんな情報を俺にくれる?
考えられるのはいくつか。

あのキツネヤローはこの殺し合いを一篇の物語といっていた。
別々の世界の物語を紡ぎ合わせて一篇の物語にするという。
そして、あいつ自身はあくまで舞台装置といった。
しかし、舞台装置が、何もしないという訳じゃないだろう。
一篇の物語を面白くするなら、それなりに工夫をするはずだ。
そう、なにか手を加えたり……とかな。
まあ、つまりだ面白くする為の手段と考えるのも一考だと思う。
それ以外の意図は俺には思いつかん。

じゃあ、それに対して俺に何の役割を望む?

単なる推論だが、このメッセージに拘束力は無いと思う。
ゆえにそのメッセージに従うかは俺の自由、判断に任されるだろう。
それに、脱出を望むならば従いすぎるとかえって思う壺だ。
奴は優勝を望んでいる。ならば従いすぎると待ってるのは優勝の道しかなくなる。
………………まあ、最悪の場合優勝を目指すのに抵抗は無いが。あくまで最悪の場合だが。

だけど、まあ、奴が送るメッセージ次第によって俺はどんな役割でも押し付けられる。

例えば、有益なメッセージを誰かに渡す為のメッセンジャーにもなれる。
例えば、俺に何らかの行動を起こすように促すという内容のメッセージによって、俺は奴の駒にもなる。
例えば、逆に仲間の腹の内を聞き出すように促すメッセージならば、スパイにもなる。
167 ◆UcWYhusQhw :2010/02/23(火) 00:41:07 ID:gzfU86oc

色々な役割があるという事だ。
だけどまあ、奴の言う通りのなるようなメッセージならば、それなりの対価がある可能性もある。
例えば先程手に入れた銃の様に。

だが、あくまでそのメッセージを受けるかは俺の自由。
俺の判断に任される。

つまり、だ。

俺は奴から送られてくるメッセージを選び、それを行うかどうかを判断し、行動しなければならない。

情報や行動の選択。
それによって開けてくる道が随分と違う。
基本的には俺の行動方針に大きな動きさせるようなのは無い。
……が、そのメッセージにおいては行動を起こす必要がある可能性はある。
どのくらいの頻度で来るかわからない。
罠の可能性だってありえる。

ならば。

俺は、その度に重要な決断をし、選び取らなければならない。

そういうことだ。

難儀なモノを押し付けられたが、まあそれが結果的にプラスになればいい。

仲間も増えた所だし…………さて、気を引き締めて頑張らないとな。

己の生還の為に。

嘘を吐きながら、俺しか知らない真実を隠し通す。


【C-5/北東/1日目・日中】


【クルツ・ウェーバー@フルメタル・パニック!】
[状態]:左腕に若干のダメージ、、復讐心、ホヴィーの運転席に乗車中
[装備]:エアガン(12/12)、ウィンチェスター M94(7/7)@現実、ホヴィー@キノの旅
[道具]デイパック、支給品一式、缶ジュース×17(学園都市製)@とある魔術の禁書目録、BB弾3袋、予備弾28弾、ママチャリ@ママチャリ メッセージ受信機
[思考・状況]
基本:生き残りを優先する。宗介、かなめ、テッサとの合流を目指す。
1:ホヴィーで飛行場へ向かい、鮮花に銃を教える。
2:可愛いい女の子か使える人間は仲間に引き入れ、その他の人間は殺して装備を奪う。
3:知り合いが全滅すれば優勝を目指すという選択肢もあり。
4:ステイルとその同行者に復讐する。
5:メリッサ・マオの仇も取る。
6:鮮花に罪悪感、どこか哀しい 。
7:メッセージを待つ。それを隠し通す。
[備考]
※土御門から“とある魔術の禁書目録”の世界観、上条当麻、禁書目録、ステイル=マグヌスとその能力に関する情報を得ました。
※最初に送られてきたメッセージは「摩天楼へ行け」です。次回何時メッセージが来るかは不明です。


【メッセージ受信機@オリジナル】
ポケベルに似た形の小型のメッセージ受信機。
文字などを受信するすることが出来る。
何時、誰からのメッセージが送られてくるかは不明。
168 ◆UcWYhusQhw :2010/02/23(火) 00:41:52 ID:gzfU86oc
投下終了です。
此処の部分を本スレ>>144以降と差し替えてください
169 ◆UcWYhusQhw :2010/02/23(火) 00:46:18 ID:gzfU86oc
あ、それとお手数ですがタイトルの方を
交差する意志から
交差する意志/潜伏する意志に変更してください
170創る名無しに見る名無し:2010/02/23(火) 01:39:06 ID:UTBKdygm
修正乙ー
171創る名無しに見る名無し:2010/02/25(木) 13:41:33 ID:gMwdIOuf
したらばが随分荒らされてるね
172 ◆iMRAgK0yqs :2010/02/25(木) 19:25:46 ID:dtqdva6v
>>171
対応しました。報告ありがとうございます。
他のしたらばでも大量の広告が書き込まれてたので、嫌な予感はしていましたが……。
173 ◆EchanS1zhg :2010/02/27(土) 21:38:27 ID:PDo0SiOg
では、投下を開始します。
174創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:38:50 ID:31MZlpAL
 
175とおきひ――(forgot me not)  ◆EchanS1zhg :2010/02/27(土) 21:39:32 ID:PDo0SiOg
 【0】


『もしも人生がやり直せるとしたら、君はいつから、どの地点からやり直したいと思う?』


 【1】


……ガーコ。 ……ガーコ。 ……ガーコ。 ……ガーコ。 ……ガーコ。 ……ガーコ。 ……ガーコ。 ……ガーコ。


と、ひとつの機械が己が存在意義に従い、えづくような音を漏らし、その口からとめどなくと紙を吐き出していた。
このモノの正体は所謂コピー機というやつで、これの存在意義とはすなわち《複写》である。
非現実(オカルト)に頼れば幾多もの手順と労力を要するそれを、この機械は少しの電力とインクカートリッジ、
それと場合によっては必要となる僅かな代金によっていともあっさりと成し遂げてしまう。科学万歳。

そんなコピー機が吐き出しているものはしかし非現実(オカルト)に属するものであった。
トレイの中に積み重なってゆく真っ白なコピー用紙の上にはシンプルな黒い文字、または模様なものが印刷されている。
本物(リアル)な魔術師でなくとも、雑学(シュミ)の範囲ででもオカルトを齧っていればそれが何かはわかっただろう。

ルーン文字。
何世紀などという暦が使われ始めて間もなくの頃にゲルマンの民が生み出した文字であり、
幾つかの古代文字に由来し現代のアルファベットにまで通じる、半ば遺失されたとする古き”日常言語”である。
縦と斜めの線だけで表記されるそれは独特であり、故に覚えがよくオカルトの中では割とポピュラーな文字なのだが、
しかしすでに述べたように、元々はオカルトなどとは一切無縁の言語であり、文字でしかなかった。

故に、これは魔術の為の言葉ではなく――魔術の側に都合よく使用された言葉というのが実際には正しい。
オカルトは何より、非日常性と秘匿性を重んじる。
つまり、遺失されているなどの理由でもう誰にも使われておらず、本当の意味にしても自分達しか知らない。
そういう性質が必要とされる訳で、中世の頃、ルーン文字はその条件に合致し、それから”魔術言語”に生まれ変わった。
非現実の側の世界で密やかに改変と改竄を受け、非現実の側の言語体系の中にひっそりと加わったのである。

再びコピー用紙の方に目を移せば、そこに同じ文字ばかりが印刷されていることに気づくだろう。
ひとつは記号の『<』のような形をした2本の斜め線で構成されたもので、今の場合『ce'n (松明)』を意味する。
もうひとつは英語の『F』のような形をした縦の直線に斜め線が2つついたもので、これは『ansuz (神)』を意味する。
2つは『<F』という風に並んでおり、つまり合わせることでこれは『火の神』と読ませるわけだ。

もっとも、ただそう表記するだけではそこに魔術などという非現実は発生しえない。
ルーンは洗練された魔術言語ではあるが、それだけで発現してしまえば世の中は魔術師で溢れかえってしまうだろう。
あくまで文字は陣を張る材料でしかない。
正しく非現実の道理に則り、配置してはじめて魔術言語として機能し、この場合においては『炎の巨神』を生み出すのだ。
科学側の言葉を用いて言い表すならば、言語は部品(パーツ)。陣は回路(ルート)である。


ステイル=マグヌスは吐き出され続ける紙をただじっと見つめている。


ひと目見てそうだとわかる白人らしい顔つきに2メートルを上回る長身。
髪の毛は真っ赤に染め上げられており、耳にはいくつものピアス。目の下にはバーコードのタトゥ。
きつい香水の香りを纏い、漆黒の神父服からジャラジャラと異質さを漂わせる彼は見た目通りに魔術師だった。
イギリス清教が懐に置く必要悪の教会(ネセサリウス)に属する魔術に対する為のの魔術師。それが彼の正体である。

彼は今、偶々に発見したコンビニへと立ち寄り、
”いつの間にか”に使いきっていたルーンを”なんとなし”にコピー機を用いて補充しているところだった。
176創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:39:37 ID:31MZlpAL
 
177とおきひ――(forgot me not)  ◆EchanS1zhg :2010/02/27(土) 21:40:21 ID:PDo0SiOg
常時のように人がいれば異質極まりない光景ではあるが、幸いかな店員すらもこのコンビニには存在しない。
とはいえ、魔術師がコンビニで術符をコピーしている姿というものが奇異な光景であることは変わりないが。
だがしかし、ステイルがこのようなことを誰かに言われたとしたらなら、彼はこう返すだろう。

「魔術師がコピー機を使ってなにが悪いのだ」――と。

魔術と科学に関しては相容れないものだというイメージが一般にはある。そして、それは大まかに言って間違いではない。
大抵の魔術師は科学技術の産物を避けるし、中には徹底して科学技術を自身から遠ざける者も存在する。
そこでふと浮かび上がってくるのが――どこまでが科学技術なのか? という問題だ。

コピー機は科学技術のもたらしたもの。確かにそれはその通りだと皆が納得する。
では翻って、ルーンを鉛筆を使って記すとして、その場合使用する鉛筆は科学技術のもたらしたものではないのか?
そもそもルーンを書き記す紙はどうなのか? 貴様らが読む魔導書は? 製本は科学技術の産物ではないのか?
こんなことを言われたら、科学を否定する魔術師は目を落ち着きなくキョロキョロをさせるかもしれない。
つまりはそういうことである。
今時、教会の寄宿舎にだって全自動洗濯機があるのだ。桶と板で洗濯をする魔女なんて現代には存在しない。

実際に、魔術と相容れない科学とは科学により人間からズレてしまった存在を指すが……――これはまた別のお話。

さて話を戻すと、14歳という年齢にしてすでに戦力として活動しているステイルはコピー機を好んで使用していた。
何より楽だ。わざわざ使い魔(ファミリア)を使役するまでもなく、ボタンひとつでコピー機は従順な下僕と化す。
またコピー機はルーンを書き損じたりしない。
なによりこれは大きい。『魔女狩りの王』を呼び出すのに必要なルーンの枚数は数千以上となるのである。
いかにシンプルなルーン文字といえど、いやシンプルなルーン文字だからこそ些細な書き損じが致命的となる。
陣の中にひとつでも書き損じがあれば最悪、全体が機能しなくなることもありえるし、更には暴発まで考えられる。

そこまで考えれば魔術師にコピー機を使うななどと言えるものがいるだろうか? いやいないだろう。


ステイル=マグヌスは吐き出され続ける紙をただじっと見つめている。
しかし、実は彼はステイル=マグヌスであってそうではない見せかけだけの存在にすぎなかった。

そして、そんな魔術師の”残滓”を離れた位置からじいっと見つめている者がいた。




 【2】
178創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:40:33 ID:31MZlpAL
 
179とおきひ――(forgot me not)  ◆EchanS1zhg :2010/02/27(土) 21:41:10 ID:PDo0SiOg
表通りに面したコンビニより道路を挟んで反対側。街路樹が等間隔で並ぶ歩道の上に2人の少女の姿があった。

夜が流れ落ちている。そんな印象を抱かせる麗しい漆黒の髪を持つ小さな、それでいて凛と強い印象を抱かせる少女と、
暗色のジャージに鼻の絆創膏と一見ボーイッシュだが、よく見ればとても女の子らしいとわかるポニーテールの少女。
炎髪灼眼の討ち手であるシャナと、2年F組の素直になれない女の子が一角である島田美波の2人である。

「ふむ、トーチか……」

そして、とても少女らの口からとは思えない厳つい声がその場に響いた。
シャナが首からかけるペンダント――コキュートスから届く、彼女と契約し力を与えている王――アラストールのものだ。
2人の少女と一柱の王はコンビニの中でただコピーを繰り返している怪しい男を見て、どうしたものかとその頭を悩ませていた。



昼過ぎの一時を神社で過ごし、食事と情報交換。そしてドタバタを経て、探し人を追って文字通りに飛び立ったシャナらであるが、
ものの数分で彼女らは異変へと行き当たることとなった。
澄み渡るような青空のキャンバスに、まるで泥水を零したかのようにもうもうと黒煙が立ち上っていたのだ。

先を急ぎたいところではあるが見逃すわけにもいかず、調査に当たったもののその結果は芳しくなかった。
完全に火の手が上がってしまったホテルの中に入ることは敵わず、さりとて傍には何者の気配も感じられず、
それでも近くに手がかりがあるのではないかと歩き回った末に見つけたのが、コンビニの中にいたトーチであった。

トーチ。それは人を喰ってそこから存在の力を奪った紅世の徒が、消えてしまうその者の代わりに置いてゆく代替物。
彼女らが発見したその男は紛れもなくそのトーチであり、放っておけば”いなかったこと”になってしまう。そんな存在だった。



「どう……思う?」

シャナはその小さな口から戸惑いを含んだ言葉を漏らした。
コンビニの中にいる男がトーチだということはフレイムヘイズである彼女からしたら一目瞭然なのであるが、
しかしどうしてこんな所にそんなものがいるのかという疑問があった。
誰があの男を喰らい、トーチにしてしまったのかについては考えるまでもない。
状況を鑑みれば紅世の徒であるフリアグネ以外に候補はいないし、トーチに残された薄白い炎がその証拠でもあった。
だが、常時であれば紅世の徒が人間を喰った後にトーチを残してゆくのは自然であるが、今はその常時ではない。

「彼奴の狙いが判然とせぬな」

アラストールの言葉にシャナは頷く。
視線の先にいるトーチは存在の力も最早薄く、放っておいても数時間。下手をすれば今にも消えかねないという風だ。
フリアグネが人間の手駒を得ていたとは聞いていたが、その成れの果てがあれなのだろうか?
しかし駒として残したには力が弱すぎるし、ただ喰らったというのならわざわざトーチを残した理由がわからない。

「あの……シャナ。ちょっといいかな?」

美波に声をかけられたシャナは思索の糸を手繰る作業を中断し、意識をそちらへと傾けた。
さて彼女は何を意見するというのだろうか。何も知らないだろうに……と、そこでシャナは彼女の次の発言を察する。

「……”トーチ”って何?」

当たり前の質問にシャナは言いよどむ。
この先、同じようなことが繰り返されるなら今のうちに説明しておいた方が後々において楽ができるだろう。
フレイムヘイズや紅世の徒に関する事情を知ってもらっておいた方が色々とやりやすいのは言うまでもないことだ。
だがしかし――

「(めんどくさいなぁ)」

――というのが彼女の偽らざる本音であった。
人とのつきあいがそれほどということもあるが、そもそも性分として誰かに説明をするというのが得意ではない。
それに、今ここで美波に説明をしたとして有益な答えが返ってくるのかというと、それは怪しく思える。
180創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:41:22 ID:31MZlpAL
 
181とおきひ――(forgot me not)  ◆EchanS1zhg :2010/02/27(土) 21:42:05 ID:PDo0SiOg
「……………………」

とりあえず難しい顔をして、話していいのか慎重に考えているんですよという風を装い、シャナはしばし沈黙した。
この間にアラストールが説明を始めてくれたらいいのにななどと、そんなことを考えているのである。
しかしそんな心を見透かしているのか彼は無言を貫いたままで、しばらくの後、シャナは小さな溜息をつくことになった。



紅世の徒とは別世界から人間の世界へと訪れた者であり、人間を喰ってその”存在の力”を奪い自らの欲望を叶える者。
フレイムヘイズとは、それをよしとしない紅世の徒が人間と契約して力を貸した存在であり、紅世の徒を追い、討つ者。
大雑把に言えば、紅世の徒は乱獲者で、フレイムヘイズはその取締り官。王と言われるのはその中でも強い奴。

「――ってことでいいんだよね?」
「ふむ。端的に我々の関係を言い表していると言えるだろう」

美波がヴィルヘルミナから受けたという説明を聞き、シャナは胸元のアラストールと一緒にそれで理解は十分と頷いた。
例外や個々の事情により実際はそれほど単純ではないが、そこまで深い理解を求める必要もない。
彼女が持っている知識を確かめると、シャナはトーチの話の前提となる存在の力と世界の歪みについて説明を開始する。

この世のあらゆる存在が持つ《存在の力》とは、紅世の徒が現世にて力を振るう為の根源的なエネルギーになること。
そして、《存在の力》を奪われたものは存在そのものが薄まってしまい、
全て奪われるようなことになれば、この世から存在したという事実ごと、まるで穴を開けたかのように消失してしまうこと。
その穴を修復する為に世界は歪み、これが大きくなると世界そのものの崩壊に繋がることが恐れられている。
故に、それを懸念した紅世の王が人間に力を貸し与え、紅世の徒を討滅しており、これが両者が対立する理由であること。

「……消えちゃった人はどうなるの?」
「ただ消え行くのみだ。この世から存在したという痕跡は全て消失し、人々の記憶からも失われてしまう」
「で、でも……それって例えばクラスからひとりいなくなったら、覚えてなくても不自然だなってわかるんじゃ……」

美波の疑問はもっともだ。
存在の消失はこの世からその痕跡すらをも失わせるが、あくまでそれはその時点での痕跡にすぎない。
例えに挙げたように学校のクラスの中で考えれば、同級生の記憶や名簿の中などから名前は消えてしまうが、
その者が座っていた机が消えることはないし、その者が住んでいた家や部屋が消えてしまうこともない。
気づいていれば非常に不自然ではあるが、だがしかしその不自然を感じないのが存在の消失という現象なのである。
教室の中に空いている机があること。家の中に空いている部屋があることを誰も不自然には思わないのだ。

「そんな……友達でも……好きな人でも……」
「故にそこには看過しえぬ世界の歪みが生まれてしまうのだ」

シャナは美波の青くなった顔を見て出会った頃の悠二のことを思い出していた。
あの時もしつこく食い下がる彼にこんな説明をして、そしてあの時は怯えたり納得いかない彼を弱っちい者だと思っていた。
今は違う。あの時は”フレイムヘイズ”だけでしかなくて、今は人との絆を持つ”シャナ”だから気持ちが理解できる。

「そして我々はその世界の歪みを感じ取り、その気配を辿って歪みの元になる紅世の徒を追っていた」
「なるほど……でも、追っていたって過去形なのはつまり今はそうじゃないってこと?」
「歪みの気配を追うこと自体は変わっておらぬが、奴らはその時間を稼ぐ術を生み出した」

それがトーチである。
喰った人間を消化した後、僅かな存在の力でその人間とそっくりな変わり身をそこに置いてゆくのだ。
一見して本物と変わることのないそれを置くことで、一時的にではあるが世界に穴は開かず歪みは生まれない。
トーチは時間をかけて消耗し終いには消えてしまうが、世界の修復もそれに沿って行われる為、歪みも最小限に抑えられる。
182創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:42:09 ID:31MZlpAL
 
183とおきひ――(forgot me not)  ◆EchanS1zhg :2010/02/27(土) 21:42:48 ID:PDo0SiOg
「取っていったものの変わりにそっくりな偽物を置いてゆくから取っていったこと自体に気づかない……」
「トーチそのものは我々からすれば一目瞭然ではあるが、少なくとも喰った瞬間を捉えられなくなったのは事実だ」

一通りの説明を受けた美波はシャナから目を離し、今もコンビニの中で突っ立っているステイルの方を見た。
おそらくはあれがすでに偽物や、幽霊のようなものだということが実感できないのであろう。



「それで、あのトーチどうしようか?」

だんまりとし何かを考え始めた美波を置いておき、シャナは胸元のアラストールへと話しかけた。
今語るべきはトーチが作られることになった由来やその是非ではない。目の前のトーチをどうするかだ。

「あの酔狂な王であれば、ただの余興ということも考えられるが、しかし楽観するわけにもいくまい」

そしてシャナはアラストールと一緒に現時点でわかっていることをまとめなおした。
まず、フリアグネの作ったトーチなのは間違いないこと。そして非常に弱い消えかけのトーチであることだ。
故にあのトーチ単体ではそれほど脅威になるとは考えづらい。何か別の要素が混じってくると考えるべきだった。

「我々フレイムヘイズに対する罠なのかもしれん」
「……罠?」

フリアグネがシャナやヴィルヘルミナといったフレイムヘイズを最大の敵として警戒しているだろうことは予想できる。
なので、そのフレイムヘイズしか気づくことのないトーチを用い、対フレイムヘイズ専用の罠を張っているのではないか?
そんなアラストールの考えを聞き、シャナはなるほどと納得した。確かにありえる話だ。

「この場所では我々にとって未知なる物や道理も多い、あの王がそれを使っている可能性もある」

フリアグネはその真名を”狩人”といい、これまで数多くのフレイムヘイズを返り討ちにしたフレイムヘイズ殺しである。
ただ強いだけでなく、難敵と見れば引き、攻入る時には策を巡らせ罠を張り、その勝率を高めることに余念がない。
また彼は宝具の”収集家”としても名高いが、集めるだけでなくそれを使いこなす術にも長けているのだ。
この世界で彼が何を引き当て、何を奪い取ったのか……想像するならばいかな可能性もありえた。

「じゃあ放っておく? すぐに消えちゃいそうだし」
「ふむ。最善ではないが、相手の行動が読めぬ以上そうするも已む無しか……いや、しかし――」

シャナは己の身中に住まう王の感情がいくらかの恐怖に揺れたことに気づいた。
紅世の王は一体何に気づき、戦慄したのか?

「トーチは1体だけとは限らぬ……」
「まさか!?」

その可能性に思い当たり、シャナもアラストールと同じように戦慄で身体を振るわせた。
目の前には1体のトーチしかいないが、しかしこれはこの1体しかいないことを保証するものではなく、その逆だ。
1体のトーチが見つかったということはつまり、この他にもトーチが作られている可能性を意味する。
そしてその可能性はある結末をフレイムヘイズと紅世の王に想像させた。
184創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:42:56 ID:31MZlpAL
 
185とおきひ――(forgot me not)  ◆EchanS1zhg :2010/02/27(土) 21:43:33 ID:PDo0SiOg
「この世界を壊そうとしているの!?」
「あくまで可能性ではあるが、あやつが以前あの街で何を企てていたかを考えればありえなくもないであろう」

《都喰らい》――その自在法の名前をシャナはうめくように口から零した。
紅世の徒が人を喰らい存在の力を得て、結果世界に歪みが生まれるのは先に述べたとおりだが、
その歪みの性質を最大限に活かし、一度に大量の存在の力を得ようとする方法が《都喰らい》である。

原理は単純で、まずはある一定の範囲内で大量の人間をどんどんと喰らってゆき、そこに穴埋めとしてトーチを並べておく。
そしてトーチの数が充分揃ったら、何らかの方法で一気に取り去ってしまい、世界に修復しきれぬ矛盾を発生させるのだ。
結果として、世界は巨大な矛盾を飲み込む歪みを発生させ、その一帯は諸共に消失させられてしまうことになってしまう。
消失させられたものらは全てが根源たる存在の力に還元されてしまい、それこそが術者の目的となるのだ。

シャナと対決した時にフリアグネが画策していたものであり、実際にそれは発動の直前まで進んでいて
彼女と、そして悠二の活躍がなければ彼らの住む御崎市は全てを巻き込んで壊滅し、フリアグネは絶大な力を得ていただろう。

「でも、こんな狭い世界でそんなことができるの?」
「……むしろ、このような狭い世界だからこそ容易に達成できるやもしれぬ」

シャナの白い顔が更に色を失った。
確かにアラストールの言うとおりだろう。この世界にはたった60人。あの人類最悪を加えても61人しかいない。
それぐらいにまで少ないのならば、逆に言えば世界に穴を開ける人数も少なくてすむということだ。
実際の都喰らいでは住民の一割も必要としなかった。ここでなら10人もトーチにすれば充分に達成できるに違いない。

「プライドの高い彼奴のこと。仮に人類最悪の言葉が真実だとしてもただ生き残って帰してもらおうなどとは思うまい」
「だからこの世界そのものを破壊して、その力で帰ろうってこと……?」

シャナの顔に今までにない深刻さが浮かび上がる。
ただひとりしか生き残れないとされる場所で、人々が互いにその席を巡って殺しあう。それはとても恐ろしい。
しかし、その中でその根底から破壊してひとり生き残ろうとしているものがいるのだとすれば、話はそれどころではない。

「杞憂であればそれにこしたことはないが、幸運に身を委ねて働かぬのは愚者のすることだ」

アラストールの言葉にこくりと頷き、シャナはトーチを強く見つめる。
フリアグネが《都喰らい》。または別の何かを目論んでいるとして、彼女が取りえる選択肢はそう多くはない。
ひとつは、フリアグネ自身を発見し討滅することで彼の目論見そのものを破壊してしまうこと。
もうひとつはこの自在法の性質を見切り、速やかに対処することで彼の計画を妨害、頓挫させてしまうこと。

「性格や狙いから考えてフリアグネが我らの前に姿を現すとも思えぬ、実際にヴィルヘルミナの前よりも引いたのだ」
「出てくるとしたら”王手”がかかった後。……じゃあ、あいつを見つけ出してってのは難しいか」

瞳に僅かな憂いを浮かべシャナは深く息を吐いた。
フリアグネを見つけ討滅することは困難だろう。何せ並の相手ではない。紅世の徒の中でも王と呼ばれる存在なのだ。
一度は倒した相手ではあるがそれは幸運が重なった結果だと理解しているし、今は悠二も傍にいないのである。
ならば今はもうひとつの手段を取るしかないとシャナは思う。
《都喰らい》はすでに既知の方策だ。ゆえにその対処方法も存在したし、実行した経験もあった。
186創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:43:35 ID:2i0EEE6o
187創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:44:02 ID:31MZlpAL
 
188とおきひ――(forgot me not)  ◆EchanS1zhg :2010/02/27(土) 21:44:28 ID:PDo0SiOg
「じゃあ、あのトーチを、消す」

それが唯一にして単純。確実な対処方法だ。
一度に大量のトーチを消されるから歪みも大きくなる。ならば、作られる端から消していけばそれを妨げることができる。
仮にも人であったものを消し去るのは非道にも映るだろうが、しかしシャナは使命に生きるフレイムヘイズであった。
しばらく止めているだけだった足を踏み出し、シャナはトーチの元へと歩み寄ろうとし――

「待って!」

――美波にその腕をとられ引き止められた。




 【3】


「あの人。多分ステイル=マグヌスって人だと思う。
 ウチはインデックスから聞いたんだけど、ばっちり特徴が一致してるし仲間だった言ってたもの。だから――」

だからなんだというのか。
あのトーチが神社にいた白いシスターの仲間だとして、しかし”あれ”はもう本物ではなくただの残り滓でしかないのだ。
消えてしまえば知っていたという記憶ごと失われる。だから消した後で誰かが悲しむなんてこともない。
そもそもすでに消えかけなのだ。放っておいても数時間もすれば消える。今ここで消したとしても大差はない。なのに、

シャナは自分よりはるかに非力な美波の手を振り切ることができないでいた。



「トーチが消えると記憶も消えちゃうんだよね?」
「そうよ」
「思い出とか、楽しかったこととか、想ってたりすることも全部なかったことになっちゃうんだよね?」
「そう説明したでしょ」
「もしその人に恋人がいたとしても、相手の人は恋人がいなくなったことにも気づかず生きてゆくんだよね?」
「なにが、言いたいの……?」

そんなことはわかっていた。

「ウチはそんなのイヤ」
「同情してるの? 始めて会ったあの男に? それともインデックスって子に?」
「それも、少しはある……けど、それよりもウチはそういうことがあったんだってことを忘れてしまうのが怖い」
「……怖い?」

美波の目には涙が浮かんでいた。
しかしそれは憐憫からくるものではなく、恐怖とそれ以外の何かのようだと思え、シャナは自身がそれに気づくことに怖気づく。

「これから先、忘れていることがあるのかもってずっと怯えながら生きてゆくのはイヤ。
 けどなによりも、もしアキがトーチになってて私がいつかアキのことを忘れちゃうのかもって考えるのが、怖い。
 私がトーチになってシャナやヴィルヘルミナさんに消されてみんなが私のことを忘れちゃって……、
 そして私がアキのことを好きだって思ってたことも全部なくなっちゃうなんて……そんなの絶対に、……イヤ」

シャナの細い腕を掴む美波の手がガクガクと震えていた。
それは世界の裏側にある残酷な真実を知ってしまった者の反応で、今更ながらにシャナは教えてしまったことを後悔する。
189創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:44:49 ID:31MZlpAL
 
190とおきひ――(forgot me not)  ◆EchanS1zhg :2010/02/27(土) 21:45:12 ID:PDo0SiOg
「けど、そんなこと言ったって――」
「わかってる。これはウチのわがままだって……、シャナ達にとってはしなくちゃならないことだってわかってる。
 けど、お願いだから……ウチらといる間はトーチを消さないって言ってほしい。でないと……」
「そんな、……勝手なこと」

心が軋む。そんなことはわかっていたのだ。だから努めて冷静にフレイムヘイズとして振舞おうとしていたのに。

「シャナは、もし”悠二って人がトーチになったりしたら”、そんな平気な顔して消すことができるの――?」

――美波の手を思いっきり振り放した。



「うるさいうるさいうるさい」

胸元のアラストールと追いかけてくる美波が何か話しかけている。
しかしシャナはそれを一切無視して灰色の道路をずんずんと渡り、トーチが中にいるコンビニの前へと進んだ。
自動ドアが開き、「いらしゃいませ」という音声が店内に流れるが、消えかけのトーチはそれに気づいた様子もない。
更にカツカツと足音を立てて近づいたところでコピー機の前につっ立っていたトーチはようやくこちらに気づいた。

美波の悲鳴が聞こえた気がする。しかし、そんなの関係ない。



シャナに気づいて振り向いたステイルの胸に、彼女は右腕を伸ばし――突き刺した。




 【4】
191創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:45:37 ID:31MZlpAL
 
192とおきひ――(forgot me not)  ◆EchanS1zhg :2010/02/27(土) 21:46:14 ID:PDo0SiOg
「うん? どういう事態なのかな? これは……?」



”気づいたら”、どうしてか不機嫌そうな顔の美少女と、なぜか半べそをかいている女の子とが目の前にいた。

「あんた、ステイル=マグヌスってやつであってる?」
「……そうだけど?」

今いるここはどうやらコンビニの中らしいとステイルは認識する。
しかしどうしてここにいるのか、記憶はまるで夢を見ていたかのように不鮮明だ。
ホテルの中にいたことまでは覚えている。そして……そう、ルーンを使いきったから補充しにコンビニに入ったのだ。
今もコピー機が働いている音が後ろから聞こえてくる。どうやらそれを待っているうちにうとうとしてしまったらしい。

「(寝不足かな? ……戦場でぼうっとしちゃうなんてさ)」

とりあえず、その間に殺されなかったのは幸運だとステイルは神に感謝し、改めて目の前の少女らを見た。
自分の名前を知っているということは、どうやら知りあいの内の誰かと出会っているらしい。

「私はシャナ。こっちのは島田美波。それであんたに聞きたいことがあるの」
「ふうん?」

頭がすっきりしてきたところで、ステイルは少女らのことをよく観察してみる。
目の前で話しかけてくる小さい方の女の子は気配からして普通でないとわかる。間違いなく非現実(こちら)側の存在だ。
逆にその後ろで所在無さげにしているジャージの子は見たまんまに普通の子らしい。
経緯はわからないが、元からの知りあいってわけでもなさそうに見える。となればここで仲間になったのだろう。

「全部答えてくれたらインデックスって子の居場所を教えてあげる。いいでしょ?」
「へえ……って、それは本当かい?」

靄のかかっていた頭がまた一段とクリアになる。
インデックス。インデックス。インデックス。インデックス。インデックス。彼女こそステイルの存在意義であった。

「安心しなさい。あの子は私の仲間と今は一緒にいる。私の仲間は強いから彼女が危険にさらされることはないわ」
「それは、君たちに感謝するべきなんだろうね。うん、僕からも礼を言わせてもらうよ。ありがとう。
 あーでも、少しは警戒されちゃってるのかな? 一体、彼女は僕のことをなんと言ってたんだろう?」
「仲間だって聞いてる。えーと……ネセサリウスって教会のシスターと神父なんでしょ?」
「そうか仲間か。仲間ね、うん。……そうだ。そこにツンツン頭の少年は一緒じゃないのかい? 上条当麻って名前なんだけど」

さりげない質問ではあったが、ステイルにとってはこの先の進路を決める重要な質問であった。
もしあの少年がインデックスの傍にいるのならば考えることは何もない。居場所など聞かずただ自分の仕事をするだけだ。
今更、彼女の隣を彼から掠め取ろうなどと卑しいことは思わないし、ただ自分が知るように自分を彼女の為に使うだけの話である。
しかし聞いてみると、あのいつでも守ってみせると豪語する少年はインデックスの傍にはいないらしかった。

「明け方頃に南西の海岸の近くで会って、話をして別れてそれっきり」
「ふうん。またぞろ女の子のトラブルに顔を突っ込んでいるのか彼は……やれやれ」

彼がどこかでまた別の物語の主人公(ヒーロー)をしてるというなら、夢見るぐらいまでなら罰は当たらないかもしれない。
193創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:47:05 ID:31MZlpAL
 
194とおきひ――(forgot me not)  ◆EchanS1zhg :2010/02/27(土) 21:47:16 ID:PDo0SiOg
「それで聞きたいことって? 彼女に会わせてくれるっていうならなんでも答えるけど?」
「まずは”これ”ね。あのホテルを燃やしたのはあんたなの?」

言って目の前の少女はポケットから一枚の黒焦げた紙を取り出した。
それが何かなど、仕掛けた張本人であるステイルしたら考えるまでもなかったが、しかし彼は口よどんでしまう。

「ああ……、それは僕のルーンだね。”ホテルが燃えていたのかい?”
 確かにホテルには特製の結界を張っておいたけど……あぁ、じゃあ誰かがそれに引っかかったのかな?」
「ふぅん。結界が張れるんだ。じゃあどんな結界なのか教えなさい」
「うん? 知りたいのかい? いや、知っておかないと困るということかな。
 何、簡単な結界さ。このルーンを張ってね、インデックス以外の人間がそこに入ってきたら……まぁ、そんな感じだよ」
「あのホテル以外にも結界を張ったの?」
「いや、誓ってあのホテルだけだよ。何せ手間もルーンの枚数もかかるものでね。
 ひとつ張り終えてようやくって所だったんだけど……そうか、燃えているってことは”誰か来て”たんだな」

ステイルは困ったような笑みを浮かべ小さな息をついた。
わかっていたことだが、罠を張った後そこから離れてしまえばその結果がどうなろうと自分には知る術がない。
インデックス以外の人間がどうなろうともとは思っていたが、実際にそうなるとなんとも面映いものであった。

「じゃあもうひとつ質問。坂井悠二に会ったことは? それとここ数時間でジープを見たことはない?」
「うん? それじゃあふたつの質問になるんじゃ……あぁ、なるほど。その坂井悠二というのはジープに乗っているんだね。
 男だと思うけど、彼も君たちの仲間なのかい?」
「そう。会ってない?」
「会ってないはずだ。けど見ているかもしれないな。えーと……おや、”いつの間にかに放送の時間は過ぎていたのか”。
 まぁいいさ。彼女が生きているならそれ以外はそうでもいいことだしね。
 ところで件のジープだけど思い出したよ。少なくとも放送の前だったね。僕が見たのは」
「どこに向かっていたかわかる?」
「目の色が変わったね。……まぁいい、詮索はしないさ。
 確かホテルの屋上から見たんだけど、橋のすぐ向こうで爆発があってね。そこから東に向かっていたよ」
「東? ……病院の方向じゃないの?」
「病院? そこに向かう予定でもあったのかな。けど、僕が見た限り、ジープは病院ではなく東の方へと走っていたよ」
「そう。わかったわ。ありがとう」

それで質問は終わりだったのか、少女は口を閉じそわそわとし始めた。どうやらすぐにもそのジープを追いたいらしい。
だがステイルは何もお人よしで質問に答えていたわけではない。

「それで、インデックスはどこにいるのかな?」
「言う前に約束してもらうことがあるわ」

ステイルは呆れたように大きな溜息をはいた。なんとも稚拙で傲慢、アンフェアな交渉である。
とはいえ、彼女の為ならばなんでも飲むつもりでもあった。それで彼女が助かるのならば地獄に飛び込む覚悟すら彼にはある。

「まずひとつ。結界の罠を張るのを止めなさい」
「かまわないよ。インデックスを保護していてくれている人を間違って焼いちゃうのは僕にとっても好ましくないからね」
「それともうひとつ。そこにヴィルヘルミナっていう私の仲間がいるから、あんたも保護してもらいなさい」
「うん? それは随分と僕を軽く見ているんじゃないかな? こう見えてもここじゃあまだ”負けたってことはない”んだけどね」

さすがにその言葉にはステイルも怒りを覚え、心の中に紅い火花を散らした。
実力に自負はあるし、言ったとおりここに着てからは狂犬などを屠りはすれど、誰かに遅れをとった”覚えなどない”のだ。
195創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:47:17 ID:2i0EEE6o
196創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:47:54 ID:31MZlpAL
 
197とおきひ――(forgot me not)  ◆EchanS1zhg :2010/02/27(土) 21:48:02 ID:PDo0SiOg
「別にこれは私が言ってたってヴィルヘルミナに伝えてくれるだけでいい。
 そして、できるだけ彼女の言うことに従って。あのインデックスって子を助けたいならね」
「脅迫……というつもりでもないのかな。よくわからないけど、まぁいいさ。
 とりあえず言うことは聞こう。そのヴィルヘルミナにも君の言葉を伝える。けど、そこからは束縛を受けるつもりはない」
「それでもいい」
「じゃあ、そろそろインデックスが匿われている場所を教えてもらおうか。もうこれ以上は聞きたいことも約束もなしだよ?」



そうして、ようやくにステイルはインデックスの居場所を知り、少女らはジープを追ってコンビニを後にしたのであった。




 【5】


「インデックスが神社にね。
 必要悪の教会(ネセサリウス)のシスターが神社に保護されているって、なにか皮肉のつもりなのかな」

ステイルは少女らを見送ると、いつの間にかに動きを止めていたコピー機でと振り返った。
そして出来たばかりのルーンをトレイから回収し、商品として並んでいた頑丈な紙袋に収めてゆく。
そしてそれを終えると、まずは言われたとおりに神社へと行ってみようと思い、一歩二歩と歩き、しかしそこで足を止めた。

「なんだろうね? ”なにかが足りない”。そんな気がなんとなくする」

なんとなくという感覚を魔術師であるステイルは軽視しない。予感は人間の持つ最も優秀な知覚とも言えるからだ。
しかし、その何かはどうにも頭の中で形になりそうもないようだった。

「さっきの女の子が嘘をついてた?
 いや、そうする意味は薄いか。インデックスやあの少年と会っていたのは本当らしかったし……」

ふむ。とステイルは眉間に指を当てて考え込む。頭の中に靄がかかっているのはわかるのに、どうしてもそれが晴れない。
ここしばらくぼうっとしていたこともあり、どうにも自分は調子が悪いらしいがしかし一体どういうことなのだろう?
一分ほどそのままでいたステイルはゆっくりと目を開き、そして目の中に映ったものを見てその靄の正体に気がついた(?)。

「あぁ、”これ”かな。きっとそうだね」



ステイルの視線の先。レジカウンターの奥にあった”これ”とは棚の中に並べられた大量の――煙草の箱であった。




【C-4/市街地・コンビニ/1日目・午後】

【ステイル=マグヌス@とある魔術の禁書目録】
[状態]:“トーチ”状態。ある程度は力が残されており、それなりに考えて動くことはできる。
[装備]:筆記具少々、煙草
[道具]:紙袋、大量のルーン、大量の煙草
[思考・状況]
 基本:インデックスを生き残らせるよう動く。
 0:煙草を吸おう。
 1:神社に向かう……かな?
[備考]
 既に「本来のステイル=マグヌス」はフリアグネに喰われて消滅しており、ここにいるのはその残り滓のトーチです。
 紅世に関わる者が見れば、それがフリアグネの手によるトーチであることは推測可能です。
 フリアグネたちと戦った前後の記憶(自分がトーチになった前後の記憶)が曖昧です。
 いくらかの力を注がれしばらくは存在が持つようになりました。
198とおきひ――(forgot me not)  ◆EchanS1zhg :2010/02/27(土) 21:48:48 ID:PDo0SiOg
 【6】


「ふむ。結果としてはシャナの判断が実を結んだ形となったか。何も聞かずに飛び出した時は些か肝を冷やしたがな」
「それは悪かったってば」

コンビニを後にしたシャナとアラストールは北へと向かい灰色のアスファルトの上を足早に進んでいた。
気持ちとしてはすぐにでも飛んで行きたいところだが、ホテルの火災によりこの上空は今、熱波の海と化しているのだ。
先刻も、熱を持った風に煽られた美波が大変なことになりかけたりもしたので、少し離れるまでは自重しなくてはならない。
そしてその美波が小走りで追いついてくると、シャナの前に回ってペコリと頭を下げた。

「あの、さっきはウチの言ったことを聞いてくれてありがとう」
「べ、別にあんたのためにやったんじゃないからね!
 私はただあいつから少しでも情報が引き出せたらいいって思っただけで、偶々仲間の仲間だから残しただけなんだから!」

そう。シャナはあのトーチを消してしまうのでなく、逆に力を分け与えたのであった。
存在の力を操れるフレイムヘイズはトーチを消すこともできれば、逆にそのトーチに火を継ぎ足すこともできるのだ。

「しかし、腕をトーチに潜らせた時はさすがの我も構えたぞ」
「一応あいつが”ミステス”かもってことだけは確認しておこうと思って。何も言わなかったのは謝るけど」
「ミステスって何?」
「あー! 今度は教えない! うるさいから黙ってなさいよ!」

”それ”が”シャナ”にとっての何もかもであった。
ミステスの少年との出会いが彼女を変え、揺さぶり、育て、今現在の”シャナ”を形作り、今回の結果を生んだのであった。

「(またヴィルヘルミナには怒られるかな。っていうか、あいつヴィルヘルミナに消されちゃわないかな……)」

ただのひとつのトーチも消せなかったなどと知られれば、また彼女を落胆させてしまうかもしれない。
一応の理屈は取り付くってはあるものの、根本にあるのは完全なフレイムヘイズにはあるまじき感傷でしかないからだ。
しかし、それこそが彼女が見つけた彼女にとっての――


――自分(わたし)なのだ。


そこには辛いこともあったが、彼女はそれを後悔しない。なぜならばそれ以上のものを自分の中に持てるようになったのだから。








「シャナってツンデレだよね」
「はぁ!? なにそれ意味わかんない!!」
「ふむ。聞きなれぬ言葉だな。響きからすると英語圏の言葉ではなさそうだが――……」




【C-4/市街地・橋の近く/一日目・午後】
199創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:48:49 ID:31MZlpAL
 
200とおきひ――(forgot me not)  ◆EchanS1zhg :2010/02/27(土) 21:49:31 ID:PDo0SiOg
【シャナ@灼眼のシャナ】
[状態]:疲労(小)
[装備]:メリヒムのサーベル@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式、不明支給品x1-2、コンビニで入手したお菓子やメロンパン
[思考・状況]
 基本:悠二やヴィルヘルミナと協力してこの事件を解決する。
 1:橋を渡ったらそこから東に向かい、ジープ(坂井悠二)の後を追う。
 2:島田美波を警護しつつ、彼女に協力。姫路瑞希を捜索し、水前寺を神社に連れ戻す。
 3:以上の目的を果たしたら一旦神社へと戻る。
 4:東にいると思われる“狩人”フリアグネの発見及び討滅。
 5:トーチを発見したらとりあえず保護するようにする。
 6:古泉一樹にはいつか復讐する。
[備考]
 紅世の王・フリアグネが作ったトーチを見て、彼が《都喰らい》を画策しているのではないかと思っています。


【島田美波@バカとテストと召喚獣】
[状態]:健康、鼻に擦り傷(絆創膏)
[装備]:第四上級学校のジャージ@リリアとトレイズ、ヴィルヘルミナのリボン@現地調達
[道具]:デイパック、支給品一式、
     フラッシュグレネード@現実、文月学園の制服@バカとテストと召喚獣(消火剤で汚れている)
[思考・状況]
 基本:みんなと協力して生き残る。
 1:シャナに同行し、姫路瑞希と坂井悠二を探す。ついでに水前寺も。
 2:川嶋亜美を探し、高須竜児の最期の様子を伝え、感謝と謝罪をする。
 3:竜児の言葉を信じ、全員を救えるかもしれない涼宮ハルヒを探す。
[備考]
 シャナからトーチについての説明を受けて、「忘れる」ということに不安を持っています。
201創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:49:35 ID:31MZlpAL
 
202 ◆EchanS1zhg :2010/02/27(土) 21:50:15 ID:PDo0SiOg
以上で投下終了です。支援ありがとうございました。
203創る名無しに見る名無し:2010/02/27(土) 21:56:10 ID:31MZlpAL
投下乙です。
うわぁ、シャナの推察が怖い、っていうか後から「実はそのとおり!」とか言い出しそうで怖いw
そうなんだよな、何かと器用だからなフリアグネ。あの道具もあるしw
そしてこの状態のステイルが神社に向かって……どうなる!?
シャナたちも大雑把ながらも進む方向を見つけたようだし、いろいろ先に進めそうだなぁ。GJ。
204創る名無しに見る名無し:2010/02/28(日) 01:53:16 ID:25evNM3h
投下乙です。

アラストール……その推察はいい線いってるが残念、フリアグネはたぶんそこまで考えてないw
プライドよりも愛を優先しちゃうのがフリアグネ様だからなー。そのへんの食い違いもおもしろいw
しかもシャナたちは東へ……悠二とシズの物々交換が上手い具合にすれ違いを生んでしまった、とw

ツンデレ少女二人のやり取りにはニヤニヤw
まさか「べ、別にあんたのためにやったんじゃないからね!」なんてベタな台詞が聞けるとは……!
205創る名無しに見る名無し:2010/03/02(火) 19:58:49 ID:lGQ/nhCh
てすてす
206創る名無しに見る名無し:2010/03/02(火) 20:52:48 ID:c2IvoHZY
治ったかな? 投下待ちwktk
207 ◆LxH6hCs9JU :2010/03/03(水) 01:33:45 ID:4n2opZDn
お待たせしました。予約していた10人を投下します。
 【0】


 あえて言わせてもらいます。もう一度、お考えになったら?


 ◇ ◇ ◇


 【1】


 八階建てから成る、デパートがあった。
 燦々とした午後の日に照らされ、微塵も揺るがない堅牢な建物だった。
 これが今回の舞台となる地。地図の上では【C-5】――【百貨店】と表記されていた。

 その二階――日用品売場。
 先人として、一組の男女と一羽の鳥がいた。

 レインコートに身を包む若い男の名前は、シズ。
 セーラー服を着た白い髪の少女の名前は、伊里野加奈。
 鳥篭の中のブサイクな生き物の名前は、インコちゃん。

 二人と一羽は、生きて帰る方法を探し求める旅人だった。

 休憩用のベンチに座り、二人と一羽はゆったりしていた。
 伊里野は、この日用品売場で調達した鳥用の餌をインコちゃんに与えている最中だった。
 インコちゃんは、見るに耐えない醜悪な、しかしどこか愛嬌がある表情で、美味しそうにそれをたいらげていた。
 シズはそんな様を、ただ眺めていた。

 二人と一羽が百貨店を訪れたのは、正午を過ぎてからのことだった。

 正午には、二回目の放送が流れた。
 六時間ぶりに聞く人類最悪の声だった。
 伊里野が生きて帰そうとしている少年の名前は、呼ばれなかった。
 他に呼ばれた人たちの名前は、知らなかった。

 人類最悪の“必須じゃない解説”もじっくり聞いてみた。
 “壁”についての解説だった。
 意味不明だった。
 “皆殺し以外の生きて帰る方法”の手がかりには、なりそうもなかった。

 放送を聞き終えてから、百貨店を訪れた。
 バギーで街を走っていたら、大きな建物が見えた。
 他の国ではなかなか見ない、大型の商店のようだった。

 あそこなら、君が欲しがっている薬が手に入るかもしれないね。とシズが言った。
 そうかな。伊里野が言った。
 病院には行きたくないのだろう。シズが訊いた。
 ……うん。伊里野がしばらく溜めてから頷いた。
 とんぼ返りというのも気まずい。シズが言った。
 おんなじ。伊里野が言った。
 ひょっとしたらこの子は、あの二人の知り合いなのかもしれない。シズは思った。
 百貨店の中に入って、いろいろと探してみた。
 食べ物がいっぱいあった。少しもらって食べた。
 洋服がいっぱいあった。気まぐれで試着してみた。
 玩具がいっぱいあった。燃え滓のようなものがあった。
 人はいなかった。でも人がいた形跡はあった。
 百貨店は広かった。伊里野が迷子になりかけた。
 伊里野が鳥篭を開けた。インコちゃんが一回脱走した。
 シズがインコちゃんを捕まえた。伊里野がインコちゃんを叱った。
 インコちゃんは喘いだ。インコちゃんはかわいかった。

 くすり、なかったね。伊里野が言った。
 そうだね……やはり病院に行くかい。シズが訊いた。
 ううん。伊里野が首を振った。
 それじゃあ、診療所のほうに行こうか。シズが提案した。
 そこに、くすりある。伊里野が訊いた。
 あるかもしれないね。シズが言った。
 あるといいね。伊里野が言った。

 そういえば、二人は殺人者だった。
 シズは女を二人、伊里野は男を一人、殺していた。
 けれど、百貨店には誰もいなかった。
 殺すべき相手もいなかった。

 出発する前に、インコちゃんに餌をあげようか。シズが言った。
 インコちゃんもおなかすいた。伊里野が言った。
 オ……オナ、カ、スイイ、タ。インコちゃんは言った?

 百貨店の案内板を見たが、ペットショップはなさそうだった。
 その代わり、二階の日用品売り場にペット用品が置いてあるようだった。
 伊里野は鳥篭を抱きかかえながら、鳥の餌を探し出した。
 インコちゃんに餌をあげる伊里野は、少し楽しそうだった。

 そろそろ行こうか。シズが言った。
 うん。伊里野が頷いた。

 二人並んで、エスカレーターで一階に下りた。
 乗ってきたバギーは、一階の入り口に停めてきた。

 しまった。シズが向かう途中で言った。
 どうしたの。伊里野が訊いた。
 鍵が差しっぱなしだ。シズが言った。
 大丈夫かな。伊里野が言った。
 どうだろう。シズが心配した。

 一階の入り口から、外に出た。
 停めておいたバギーがなくなっていた。
 代わりに、見知らぬ人間が三人いた。

 白い服を着た綺麗な顔の男だった。
 眼鏡をかけた優しそうな男だった。
 紬の上にジャケットを着た女だった。

 奇妙な三人組だった。
 白い服の男が言った。
210創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:37:45 ID:Hwo6xO01
 
211創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:38:00 ID:263Awh2M
 
「こんにちは。ここに停めてあった車は君たちのものかな?」

 シズも伊里野も、挨拶を返さなかった。
 挨拶だけでなく、答えも返さなかった。

 てき。伊里野が言った。
 ああ、敵だね。シズが言った。
 ころす。伊里野が訊いた。
 ああ、殺そう。シズが答えた。

 三人の敵意は、確かなものだった。
 特に白い服の男が発するそれは、敵意を越えて殺気と取れた。
 ああ、この三人は同じなんだ。二人してそう受け取った。

 シズが刀を抜いた。
 伊里野が鳥篭を抱えたまま拳銃を構えた。

 待った。シズが言った。
 どうしたの。伊里野が言った。
 あっちは三人、こっちは二人だ。シズが言った。
 うん。伊里野が言った。
 工夫をしよう。シズが言った。
 くふう。伊里野が首を傾げた。
 こういうことさ。シズが言って、伊里野の腕を引っ張った。

 シズと伊里野が、百貨店の中に戻っていった。
 それを見て、三人が話し始めた。

「ふむ。どう見る、“少佐”?」
「篭城戦……でしょうか。数の上で不利と感じ、地の利を活かす魂胆なのでしょう」
「彼らの足であったろう車も、今は少佐のバッグの中だしね。逃げの一手もなし、と見るべきかな?」
「ええ。彼らもまた、我々と同じ殺人者のようです。こちらの敵意にもすぐに応えてくれましたしね」
「武器は刀と銃……他にもまだあるのかな? お嬢ちゃんが抱えていた、あの珍妙な顔の鳥も気になるが」
「ただの小鳥と見るには、些か珍奇な顔立ちでしたね。生物兵器……というのは、さすがに考えすぎでしょうか」
「あの鳥篭が噂に聞く『小夜啼鳥(ナハティガル)』だとしたら厄介だが――それならそれで、蒐集するまでさ」
「新たな“燐子”の調達に舞い戻ってみれば、早々に次なる獲物というわけですか」
「“少佐”と二人でいた頃には、遭遇も稀だったというのにね。これも“和服”の恩恵かな?」
「かもしれませんね。この百貨店を再び拠点にするというのも、一つの手かもしれません」
「相談はいいが、どうするんだ? あの二人、明らかにこっちを誘ってたぜ」
「愚問だね、“和服”。無論――狩るだけさ」

 眼鏡をかけた優しそうな男は、“少佐”だった。
 紬の上にジャケットを着た女は、“和服”だった。
 そして白い服を着た綺麗な顔の男は、“狩人”だった。

 三人は殺人者だった。
 逃げた二人も殺人者だった。
 だから当然のごとく、三人は二人を追った。
 もちろん、二人も三人を迎え撃つつもりだった。


 ◇ ◇ ◇

213創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:39:04 ID:Hwo6xO01
 
214創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:39:13 ID:263Awh2M
 
 【2】


 悪路にも影響を受けない浮遊車両はさすがにすいすい進むもので、目的地まではあっという間だった。
 途中、親睦会を兼ねた昼食を取ったものの、大した時間のロスにはなっていない。
 まだ日は暮れていないし、次の放送にも間があった。
 それに――例のメッセージもまだ、次弾はない。

「飛行機はあるが、どれも燃料は空っぽか。期待させやがって、なかなか陰湿な真似してくれるじゃねえか」

 ホヴィー(注・=『ホヴァー・ヴィークル』。浮遊車両のこと)の運転手を務めていた男が、そうごちる。
 場所は飛行場、格納庫。ハリボテ同然の飛ばない飛行機を前にして、クルツ・ウェーバーは頭を掻いていた。

「ま、どうせ飛ばせたってあの壁は越えらんねーだろうし……と、壁じゃないんだったか?」

 どっちにしろ変わらねーけど、とぼやきながら、その場を離れていった。
 格納庫の隅では、同行者たちが輪を成して情報交換をしている。
 今はちょうど、白井黒子が浅羽直之から懲りずに事情聴取をしているところだった。

「では、その飛行服は間違いなく伊里野さんのもので……しかしその寄せ書きの意味は、話すことができないというわけですわね?」

 白井黒子が灯台で発見したという、寄せ書きだらけの白いパイロットスーツ。
 遠目から見れば、寄せ書きではなく呪文だらけとも思えるその衣装については、いろいろと考察ができる。
 あれがAS(アームスレイブ)に対応したものとは思えないが、クルツとて軍事関係者だ。
 本来の持ち主――それを着ていたという伊里野加奈なる少女の素性についても、類推できてしまう。

「AFF-FCS開発チーム、ブラックマンタにニューロハザード対策班……ねえ」

 浅羽直之、白井黒子、ティー、黒桐鮮花、そしてシャミセンから成る、四人と一匹の輪に加わるクルツ。
 パイロットスーツを抱える浅羽の隣に、どかっと腰を下ろした。

「おい直之。そのスーツがなんなのかは詳しく話さなくてもいい。だが、もっと重要なことがあるだろ?」
「もっと重要なこと……?」
「ばっかおまえ、伊里野ちゃんのことに決まってんだろ。で、どうなんだ――その子、かわいいのか?」

 ずびし!
 鮮花のチョップがクルツの脳天に炸裂した。

「この状況下で、他に訊くことないんですか?」
「おおう痛っ……まったく手厳しいな、鮮花ちゃんは。俺はただ、場を和ませようとだな」
「はいはい。それはそうと、射撃訓練のほう。よろしくお願いしますよ、先生」
「へ〜い」
「で――白井黒子さん」

 鮮花の鋭い視線が、今度は白井黒子へと転じる。

「あなた、いつまでここにいるつもり? まさか、ずっとわたしたちのことを見張っている気じゃないでしょうね」
「ご心配なさらずとも、すぐに『黒い壁』の調査に取りかかりますわ。幸い、飛行場の敷地内にもかかっているようですし」

 この場にいる五人の関係は、仲間と呼ぶにはあまりにも歪で、統制の取れていないものだった。
 白井黒子とティーは、『黒い壁』の実地調査を目的とし、北を目指していた。
 クルツと鮮花は射撃訓練のため北にある飛行場を目指し、向かう方角が一致した二組は、ホヴィーでの集団行動を選択した。
 浅羽直之は、白井黒子の拾いものである。捨て置く理由も今のところはないので、同行を許している。
 つまりこのグループは、五人と称すよりは『二組と一人』と称したほうがしっくりくる関係なのだ。
216創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:40:04 ID:Hwo6xO01
 
「まあ、そろそろ夜に備えて寝床を考えなければいけませんし……しばらくはここにいることにしましょうか」
「……どうでもいいけど、わたしたちの邪魔だけはしないでよね」
「それもご心配なさらず。わたくしたち、そんなに暇ではありませんので」

 なにやら視線と視線の間で火花を交わし合う二人だった。
 黒桐鮮花と白井黒子、この二人は一度やり合ったと聞く。因縁も深いのだろう。

「しかし……寝床か。不眠不休で動くにも限界があるだろうし、ここいらで一旦、腰を据えておくべきなのかもな」
「あの狐面の男も、取れるものは取れるときに取っておけ――なんて言ってましたね。けど、わたしは――」
「いやいや、身体は休めないと復讐もままならんぜ鮮花ちゃん。となると、そうだな……布団くらいは欲しいよな」

 クルツは荷物の中から地図を取り出し、飛行場の周囲に置かれた施設を確認し始める。

「近くにデパートがあるな。ちょうどいい機会だし、こっからいろいろ調達してくるか」
「……それ、誰が行くんですか?」
「そりゃもちろん、俺でしょ。ホヴィー動かせんのは俺だけだし」
「射撃訓練は?」
「射撃訓練にだっていろいろ準備は必要だろう。的になるもんもこっから調達してくるさ」

 あからさまに不満そうな表情をする鮮花に、クルツは苦笑しながら説いた。
 この『飛行場』という施設は、大多数の現代人が思い浮かべる『空港』のそれとは大きく用途が違う。
 しかもこの飛行場は随分とレトロな仕様で、飛行機用の格納庫と航空路、最低限の照明灯くらいしか配備されていない。
 ターミナル管制室もなければ、もちろんレーダーなんて気の利いたものもなかった。

「ライト兄弟が初めて飛行機飛ばした時代のもんじゃあるまいに……誰かさんの趣味なのかねぇ?」
「射撃訓練に必要なものは、なにより的でしょう? それくらいなら、そのへんの資材で十分じゃない」
「おいおい。鮮花ちゃんが復讐を誓ったのは、そのへんの『動かない的』なのか? 違うよな。ああ、全然違う」

 クルツは、既に指導員の気持ちで鮮花に接していた。
 鮮花が復讐せんとする対象は、『ケモノ』と称されるほどに俊敏な身体能力を持った男だ。
 動かない標的に銃が当てられるようになった――では、意味がない。
 叩き込むならみっちりと、実戦で活用できる技術を。それがクルツ教官の方針だった。

「ってなわけでだ。俺はデパートで、なにかしら動く的になるようなもんを探してくる。急くのはわかるが、もう少し辛抱しててくれ」
「……はい」

 不承不承といった感じに、鮮花は頷いた。
 他にもう反対派はいないか、とクルツが聞いてみたところで――今度は浅羽が、控えめに手を挙げる。

「あの、でも、一人だと危険じゃないかな……?」
「誰が一人って言った。おまえも来るんだよ、直之」
「……え? ええ、ぼくも!?」

 まったく予想していなかったのか、大声を出して動揺する浅羽。
 クルツは馴れ馴れしく、彼の肩に腕を回して言った。

「こういうのは男の仕事だろうが。本当ならかよわい女の子三人にガードをつけたいところだが……ま、ただの中学生のおまえじゃな」

 いつの時代も、力仕事と雑用とトイレ掃除は男の仕事である。クルツは男の美学的に、そう考えていた。
 また、浅羽はこのグループの中では一番の足手まといでもある。
 白井黒子のように能力が使えるわけでも、黒桐鮮花のように魔術を放てるわけでも、
 ティーのように平然とした顔でRPG-7がぶっぱなせるわけでも、クルツのように狙撃の腕に長けているわけでもない。
 こちとら事前所業の保護活動ではないのだ。つまり、働かざるもの食うべからず。
218創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:40:20 ID:263Awh2M
 
219創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:40:45 ID:Hwo6xO01
 
「それによ」

 クルツは浅羽の耳元に顔を近づけ、女性陣には聞こえないように囁いた。

「男なら、だ。守りたい女の行方くらい、自分で見つけてみろ」
「……!」

 クルツの囁きで――浅羽の表情に、微かな変化が見えた。
 口元の緩みと、眉根の高さと、瞳の輝きと、頬の強ばりが、ほとんどクルツにしかわからないくらいに――変わった。

「さて、と。そうと決まれば善は急げだ。暗くならない内に仕事をしてきますかね。いくぞ〜、直之」
「あっ……う、うん!」

 クルツは立ち上がって、格納庫の入り口に停めておいたホヴィーへと足を進める。
 浅羽も慌てた挙措でそれに続く。
 そしてティーも立ち上がった。

「……ん?」

 立ち止まり、クルツが後ろを振り向く。
 浅羽がついてきていた。
 ティーもついてきていた。

「……ううん?」
「ちょっと、お待ちくださいまし! ティーは行かなくてもいいんですのよ!?」

 寡黙な少女の思わぬ行動に、同行者であった白井黒子が止めようとするも、

「いっしょにいく」

 ティーは簡潔にそれだけを言って、たたたっとホヴィーのほうに走っていってしまった。
 それで納得などできるはずもない白井黒子は、『空間移動(テレポート)』でティーの前に移動し、説得を続ける。

「一緒に行くって……『黒い壁』を壊すのではありませんでしたの?」
「こわす」
「なら、ここまで来たのですから『黒い壁』の実地調査を――」
「まかせる」
「ま、任せるって……まさか、人類最悪の解説を聞いて考えを改めてしまったんですの?」
「ちがう」

 傍目から見ても、埒が明かない会話だった。
 どういうわけか、ティーは白井黒子との実地調査を蹴り、クルツたち物資調達班に加わろうとしている。
 口数が少なく、表情にも乏しい彼女からは、行動の真意がまるで読めなかった。
 それは、クルツよりもいくらかはつきあいの長い白井黒子にも同じようで、愕然とした様子を見せている。

「ふむ――まあ、この子はこの子で、感じるものがあるということなのだろう」

 不意に、この場には相応しくない、老獪のような声が響き渡った。
 それは飛行機の影から音もなく忍び寄り、いつの間にかティーの足下に。
 その正体――世にも珍しいオスの三毛猫が、白井黒子に話しかける。
221創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:41:16 ID:263Awh2M
 
222創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:41:47 ID:Hwo6xO01
 
「キミがこの子のことを心配する気持ちは、猫である私にもある程度は察することができる。
 同様に、この子がなかなかに強情な少女であるということもキミに取っては既知のものだろう。
 ならば下手な説得など無為というものだと、私は考える。とはいえ、これはキミにとって猫の意見となるのだが。
 そこでどうだろう。私は猫だが、このように人語を介することはできる。もっとも、これもキミたち人間の認識だ。
 はたして私は人語を正しく話せているのだろうか。私はそうは認識していないのだが、会話は成立しているようにも見える。
 またこれは私の私見なのだが、彼女には一種のシンパシーのようなものが得られたのやもしれん。
 共鳴とはキミたちが言うところの動物、私のような猫の得意とするものだが、言ってしまえば人間とて動物の亜種だ。
 話が逸れたが、彼女には私が同行しよう。飼い猫ならば飼い主の身の安全くらいは守ってみせよと、以前の主人に教えられた。
 いや、猫という動物は愛玩動物でもなければ、ましてや番犬でもない。だとすれば私の発言は出すぎた真似だったと言えようか。
 そもそも私はキミたちに飼われているという実感が皆無に等しいわけで、その理由を考えてみれば結論は明白。
 未だ餌を与えられたことがない。糞の世話もされたことがなかったな。このままでは飼い殺しにも等しいが、あえて主張はしない」

「わたくし、猫とのお喋りは苦手だと今この瞬間に改めて自覚しました」

「私もだ、お嬢さん。キミと正しい意思伝達が行えているかどうか、私には確信が持てない」

 シャミセンは「にゃあ」と猫らしく鳴き、白井黒子はため息をついた。

「……わかりましたわ。では、こちらはこちらで『黒い壁』の調査を進めておきます。それと、クルツさん」
「なんだい黒子ちゃん?」
「決して。いいですか。決して、ティーに淫らな行為をなさりませんように」
「…………」

 結局のところ、白井黒子の一番の心配というのはそれだったらしい。
 ともあれ、話は済んだ。
 クルツはホヴィーの運転席に、浅羽は助手席に、そしてティーとシャミセンはデッキに、それぞれ乗車する。

「猫……」
「あん?」
「猫、本当に喋るんだ」
「ん……ああ。なんだ、案外リアクション薄いな」
「いや、驚いてるけど……頭の中がいっぱいいっぱいで」

 今更、喋る猫一匹くらいで混乱してはいられない――ということらしい。
 この浅羽という少年、クルツの目から見ても、随分と余裕を失っているようだった。

 伊里野加奈という少女を守りたい――口にする決意は確かなものなのだろうが、秘め事も多い。
 例の寄せ書きだらけのスーツのことや、ここに至るまでの道程で起こったこと、その他の交友関係、
 身に負った怪我の原因はなにかなど、こちらがいくら質問しても浅羽は答えようとはしなかった。

 ホヴィーのエンジンをかけながら、クルツはふと、例のメッセージについて考える。
 摩天楼に行け――という、意図も目的も不明な、何者かからの指令。
 メッセージの送り主は、あの巨塔でクルツにいったいなにをさせたかったのか。そこはまだ判然としない。
 あそこには三時間ほどいたことになるのだろうが、クルツの行動ははたして、送り主の意にそぐうものだったのだろうか。

 得られたものは銃器くらい――と、漠然と思っていた。
 が、よくよく考えてみればそれは正答ではない。
 摩天楼で得たものは、他にも三つ――否、『三人』ある。
 即ち、白井黒子、ティー、浅羽直之の、『三人』である。
224創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:42:20 ID:263Awh2M
 
225創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:42:43 ID:Hwo6xO01
 
 理知的に動く白井黒子はともかく、ティーと浅羽。この二人には正直、得体の知れないところが多い。
 普段から寡黙で、シズという男と喋る犬と諸国を旅していたということくらいしか語らない、ティー。
 常に切羽詰った様子で、半ば脅迫でもされているように『伊里野を守る』と宣言し続ける浅羽。
 あのメッセージの意図が、クルツに三人の内の誰かを拾わせることだったとするならば。
 この二人は特に――要監視対象だ。

 そういう意味では、この人選にも疑心を感じてしまう。
 浅羽はクルツ自身が連れ出した。ティーは明確な理由も語らずそれについてこようとした。
 クルツと浅羽とティーの、三人きり。図ったような組み合わせだ。
 ここからなにかが起こるのかもな――と、クルツは内心でのみ警戒を強める。

「ま……いちいち悩んでたら足下掬われちまうしな」
「え、なにか言った?」
「なんでもねぇよ」

 思考を中断、ハンドルを握り、ホヴィーの車体が浮いた。

「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ。二人とも、留守番よろしく頼むぜ」

 残った二人に愛想よく手を振り、クルツはホヴィーを発進させた。
 浮遊車両であるホヴィーの発進音は静かなものだった。
 格納庫にぽつんと立つ、二人――白井黒子と黒桐鮮花は、黙ってそれを見送る。

「…………」
「…………」

 互いに、無言。
 ホヴィーが見えなくなっても、それはしばらく続いた。
 さて、よくよく考えてみればこの二人、それほど仲がいいというわけでもない。
 むしろ一度は衝突した間柄、犬猿の仲といっても言いすぎではないのだが、どういう因果か二人きりになってしまった。

 会話が弾むはずもない。
 会話が弾むはずもないのだが、このままここでシーンを切るわけにもいかないので、白井黒子は仕方なしといった具合で、鮮花に話しかけた。

「……どうします? 二人でリリアンでもいたしますか?」
「しないわよ」



【B-5/飛行場/1日目・午後】


【黒桐鮮花@空の境界】
[状態]:強い復讐心
[装備]:火蜥蜴の革手袋@空の境界、コルトパイソン(6/6)@現実
[道具]:デイパック、支給品一式、包丁×3、ナイフ×3、予備銃弾×24
[思考・状況]
基本:黒桐幹也の仇を取る。そのためならば、自分自身の生存すら厭わない。
1:クルツたちが戻るまで飛行場で待機。白井黒子の調査活動につきあう?
[備考]
※「忘却録音」終了後からの参戦。
※白純里緒(名前は知らない)を黒桐幹也の仇だと認識しました。
227創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:43:11 ID:263Awh2M
 
228創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:43:23 ID:Hwo6xO01
 
【白井黒子@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康
[装備]:グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、地虫十兵衛の槍@甲賀忍法帖、鉄釘&ガーターリング@現地調達
[道具]:デイパック、支給品一式、姫路瑞希の手作り弁当@バカとテストと召喚獣
[思考・状況]
基本:ギリギリまで「殺し合い以外の道」を模索する。
1:『消滅したエリア』の実態を間近で確かめる。また『黒い壁』の差異と、破壊の可能性を見極める。
2:クルツたちが戻るまで飛行場で待機。他二人はともかく、ティーのことが心配。
3:“監視”という名目で鮮花とクルツの動向を見定める。いつまで行動を共にするかは未定。
4:当面、ティー(とシャミセン)を保護する。可能ならば、シズか(もし居るなら)陸と会わせてやりたい。
5:できれば御坂美琴か上条当麻と合流したい。美琴や当麻でなくとも、信頼できる味方を増やしたい。
6:伊里野加奈に興味。浅羽が隠していただろう事柄についても詳しく知りたい。
[備考]:
※『空間移動(テレポート)』の能力が少し制限されている可能性があります。
 現時点では、彼女自身にもストレスによる能力低下かそうでないのか判断がついていません。


※預かっていた浅羽の荷物を返却しました。


 ◇ ◇ ◇


 【3】


「デ、デェ……パァートッ!」

 インコちゃんが甲高く喋ったので、今は喋っちゃだめ、と伊里野が叱った。
 叱られて嬉しそうに顔を歪めるインコちゃんが、ちょっとかわいかった。

 シズと伊里野は、デパートの八階、つまり最上階まで逃げてきていた。
 八階は飲食店街になっていて、シズと伊里野は主にピザなどを出すイタリア料理の店に潜伏していた。
 窓越しから通路の様子が窺える位置に座り、二人で今後の対策を練る。

「敵、来るかな」
「来るだろうね」

 シズには確信があった。
 確信の理由は、殺気だった。
 それだけで十分に、あの三人が自分たちと同じような『利用し合う』関係であることがわかった。

 シズと伊里野という獲物を前に、彼らが見逃すはずもない。見逃すようなら殺気など放ってはこない。
 問題は、『三人』でいる彼らが『二人』でいるシズと伊里野に対し、どう攻めてくるかだ。
 長く居座っていただけあって、デパートの地の利はこちらにあると考えていい。
 遮蔽物の有無や各フロアの特徴を頭に入れれば、各個撃破もしやすい。

 ただ、三人まとめて来られると面倒ではある。
 三人まとめてとなると、向こう側に『連携』という攻め手が生まれてしまうからだ。
 あの三人の実力がどれほどかはわからないが、連携されるとなると、数で劣るシズと伊里野では対処が難しい。
 なにせ二人は、利用し合って間もない。二人で行う戦闘はこれが初めてだ。
 下手にコンビネーションなど戦術に盛り込もうとすれば、お互いに足を引っ張り合うことになるかもしれない。
 そう考えると、結論は一つしかなかった。
230創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:44:19 ID:263Awh2M
 
「作戦を考えた。聞いてくれるかい?」
「うん」
「相手は三人。こちらは二人だ」
「インコちゃんは?」
「数には入れられないな。インコちゃんは鳥だから、戦えない」
「そっか」
「だからこうしよう。俺が一人、君が一人、相手をする。一人につき一人ずつだ」
「もうひとりは?」
「もう一人に当たったほうは、運が悪かったということにしよう」

 それはとても作戦と呼べるような代物ではなかったが、伊里野は頷いた。
 と同時に、二人の耳が一人分の足音を聞きつけた。
 階段の方角から、ゆったりとした歩調で誰かが追ってきている。

「来たようだ。ここは俺が引き受けよう。君は反対側の非常階段から降りて、他の一人か二人を相手してくれ」

 伊里野は頷いて、音を立てないように店から出て行く。インコちゃんの鳥篭を抱えたまま。

「さて」

 シズは物々交換で手に入れた太刀を鞘から抜いた。
 振ってみた感じでは、以前の大太刀よりも軽くて扱いやすい。
 やはりあれは儲け話だったな、と心に思い、気づかれてはならないので声には出さなかった。

 敵の接近を待つ。
 足音だけで、距離を測る。
 カツン、カツン。
 革製のブーツかなにかだろうか。
 足音から警戒の匂いがする。
 デパートは広い、だから一人なのか。
 他の二人は別の階を探しているのだろう。
 向こうも連携は苦手な関係なのかもしれない。
 カツ、カツ、カツ。
 足音が、店のすぐ外の通路までやって来た。
 シズは傍にあった椅子の足を持つ。
 するとその椅子を、窓から店の外に向けて投げ放った。

 盛大な音。
 窓が割れて、破片が飛び散り、足音は消えた。
 突然の奇襲に驚き、なんらかの反応をしたことだろう。
 シズは椅子に続いて、割れた窓から店外に飛び出した。
 通路のすぐ先に、敵はいた。
 和服の上に赤いジャケットを着た女だった。
 武器はナイフだろうか。
 右手に持って、窓ガラスの破片を振り払うようにしている。
 隙ができていた。
 シズは握った刀に力を込め、斜めに薙いだ。
232創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:45:11 ID:263Awh2M
 
 和服は避けられなかった。
 避けられなかったので、別の対応をした。
 床に足を滑らせ、散乱したガラス片を宙に蹴り上げる。
 きらきらと光る破片が、シズの視界いっぱいに広がった。
 破片が目に入りかけたところで一瞬、瞼を下ろす。
 そのまま刀を振るった。
 一瞬とはいえ目を閉じた状態で振るった刃は、和服には届かなかった。
 和服はガラス片を撒き散らすことでシズの斬撃を遅らせ、これを避けたのだ。

 ガラスが散らばった床に、シズが立つ。
 その前方、五メートルほどの距離を取って、和服が立つ。
 二人ともガラス片が肌についたくらいで、ほぼ無傷だった。
 両者ともに、奇襲は失敗に終わった。
 確認するのに、一秒。

「……!」

 挨拶もなしに、シズが駆け込んだ。
 正面から、斜めに横に、刀を振っていく。
 和服は手に持ったナイフでそれを弾き、徐々に後退していく。
 シズは一度、刀を胸元の位置まで引き戻し、床に対し垂直に構えてこれを放った。
 斬撃の中でも捌くのが難しい、刺突だった。
 和服はそこは無理せず、きちっと反応して、後ろに跳んだ。
 驚くことに、後ろ向きで三メートルほど跳んだ。
 しかも着地してからすぐに、また三メートルほど跳んだ。
 さらに着地してから、また三メートル。
 シズと和服の間に、九メートルほどの距離が開いた。

 そこでシズは気づいた。
 和服が手に持つナイフのようなものは、よく見ればナイフではない。
 軍用ナイフか鉈と見間違うほどに大きく、無骨な――鋏だった。

 殺し名序列一位『匂宮雑技団』が分家、『早蕨』の長兄である『紫に血塗られた混濁』早蕨刃渡の太刀。
 対。
 『零崎三天王』が一人、『二十人目の地獄』こと零崎双識の愛用品『自殺志願(マインドレンデル)』。

 奇妙な縁だった。
 そんな縁は、シズも和服も知らない。
 ともあれ。

 和服は鋏遣いだった。
 対して、シズは刀遣いだ。
 パースエイダー遣いよりは幾分かやりやすい。
 だが、先の動きは見逃せない。
 シズの刺突を、容易く回避してみせた足捌き。
 接近戦向きの身体能力。
 リーチの優位があれど、強敵だ。

「いい刀だな、それ」

 和服が、シズに喋りかけてきた。
234創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:45:56 ID:263Awh2M
 
235創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:46:12 ID:Hwo6xO01
 
「『殺す』には惜しい刀だ。なあ――その刀、おまえを殺せたらオレにくれよ」

 シズは承諾しなかった。
 代わりに、茶化すような言葉をかける。

「そっちはおもしろい武器だな」
「ふざけた武器だろ」

 二人揃って、笑った。
 笑って、二人揃って前に駆け出した。
 シズのほうが若干、速かった。
 先ほどと同じ刺突の型で、和服の顔を狙う。
 和服は腹の位置から鋏を斬り上げ、挟み込むように刀を払った。
 払いきれなかった。
 刀はほんの少し軌道をずらしただけで、和服の頬を撫でる。
 頬に血の線が走ったが、構わない。
 和服は刀を鋏で固定したまま、さらに詰め寄った。
 シズの懐にまで達し、腹に蹴りを入れる。
 シズの身体が吹き飛んだ。
 吹き飛ぶ過程で、鋏から刀が抜ける。

 三歩分の後退でシズは踏み止まり、横薙ぎに一閃。
 和服は低い姿勢でこれを避け、さらに踏み込む。
 鋏を、シズの顎めがけて突き上げた。
 シズは顎を逸らし、皮一枚というところでこれを避ける。
 そしてお返しとばかりに、和服の腹に蹴りを叩き込んだ。
 和服は吹き飛ばず、半歩後退する程度に留まった。
 それでも隙は生まれた。
 シズが上段からの袈裟斬りを放つ。
 間合いがまだ詰まっていると見て取るや、和服はもう半歩踏み込む。
 刀を握るシズの手に、鋏のハンドル部分をぶつけた。
 シズは刀を手放さなかったが、斬撃は止まった。
 攻撃を無効化して隙を作り、和服はシズから離れる。
 シズもすぐには追撃しなかった。
 生じた猶予で、和服が喋る。

「駄目だな。やっぱり」

 やれやれと言わんばかりに、和服がため息をついた。
 そして、鋏を連結している中心の螺子に手をやり――がきん、と。
 一本の鋏を、二枚の刃へと分解した。
 一方を右手に、もう一方を左手に。
 両手に一本ずつ、刃を持った。

「外れるのか、それ」
「あんなふざけた武器で戦えるか」
237創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:46:49 ID:263Awh2M
 
 どうやら、和服は鋏遣いではなくナイフ遣いだったようだ。
 元々が大きな鋏だった『自殺志願』は、分解すると二本のナイフになる。
 大小の些細な違いはあるが、どちらも刃物としては一級品だろう。
 先程の斬り合いで、あの鋏の刃がどちらも両刃であることは見て取れた。
 ならば和服の今のスタイルこそが、あの鋏を武器として扱う最適のスタイルに違いない。

 一本の刀対二本のナイフ。
 身体能力は拮抗、いや、和服のほうがわずかに上か。
 シズは一考し、戦略を練り直す。

「よし」

 一秒も経たず、それは決定した。
 構えを解き、しかし刀は鞘に納めず、そのまま後方へ逃げた。
 和服もすぐさまシズを追う。
 シズは通路の角を折れ、その先にあった店に入る。
 ファミリーレストランだった。
 先程のイタリア料理店とは違い、通路と店の間に壁が設けられていない。
 あるのは跳んで越せるほどの敷居程度。
 侵入も離脱も容易ということだった。
 座席はすべて座椅子で、テーブルの上には食べかけの料理が並べられている。
 まるで、つい最近まで誰かが食事をしていたようだった。
 シズはそんなことなど意に介さず、刀でテーブルの上の料理を薙ぎ払う。
 もちろん、後ろから追ってきている和服のほうに向けて。

 冷めたハンバーグが皿ごと、和服の顔面に迫った。
 和服は右のナイフを一振り、ハンバーグを両断する。
 『自殺志願』にデミグラスソースが付着した。
 皿は和服から逸れ、床に落ちて割れる。
 シズはテーブルとテーブルの間を縫うように移動していた。
 また別のテーブルに置かれた料理を刀で薙ぎ、和服に飛ばす。
 今度は備え置きの調味料やらも一緒に飛んでいった。
 和服は進行の邪魔になるものだけを瞬時に見極め、ナイフで払っていく。
 『自殺志願』にお酢が付着した。
 『自殺志願』にしょう油が付着した。
 『自殺志願』にマスタードが付着した。
 『自殺志願』にミートソースが付着した。
 『自殺志願』にミネストローネが付着した。
 『自殺志願』がコショウの入った小瓶を斬った。
239創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:47:42 ID:263Awh2M
 
「――っ!」

 和服が顔を顰めた。
 目と耳と鼻に、コショウが入ってしまったのだろう。
 進む足がほんの少しだけ止まり、シズはその隙を見逃さなかった。
 すぐ隣のテーブルに飛び乗り、さらにそれを踏み台にして跳躍。
 後方の和服へと、飛びかかるように斬りかかる。
 超上段からの体重を乗せた斬撃。
 受けるには重すぎる一撃だった。
 店内は狭いから、避けるのも難しいだろう。
 和服の後ろには別のテーブルが置かれている。
 後ろには跳べない。受けるしかない。

 ザン――。

 シズの刀が、和服の胴体を縦に斬り裂いた。
 それだけでは終わらない。
 着地とともに体勢を立て直すや否や、続けざまに横斬り。
 和服の腹が、その色鮮やかな着物ごと裂かれた。
 縦の裂傷と横の裂傷。
 重なれば重傷に至る。
 もう一撃で、トドメだ。

 が――。

 シズは刀を止めた。
 トドメを刺すまでもなかったからだ。
 和服は今の二撃で、既に死に絶えてしまった。
 床に倒れ、儚げに喘ぐ様が、なによりの死の証拠だった。

 シズはそんな死体には、目もくれない。
 終わったことにはもう、注意を払ってなどいられない。
 次なる敵が、目の前に現れていたのだから。

「おやおや……案外あっけなかったものだね、“和服”」

 新たな敵は――店員の案内を待つ客のように、店の入口に立っていた。
 白い長衣に、端整な容貌。
 手には、大型の片手剣。
 纏う表情は、笑み。
 三人組のリーダーと思しき、白い服の男だった。

「なるほど。それがおまえたちのやり方か」
「うん……? どういう意味かな?」
「仲間を容易く囮にする、という意味だ」
「ああ、そういうことか。うふふ、そうだね。我々はそういう関係だ」

 悪びれもせず言う男に、シズは警戒を強めた。
241創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:48:34 ID:263Awh2M
 
「なにはともあれ、これで“和服”は退場――と。短いつき合いだった。時間にして、そうだね。五分あったかなかったか」
「……おい」

 シズと男の会話に、誰かが口を挟んだ。
 和服だった。

「おまえ、とことんまで性格悪いな」
「おや。人間はこういうとき、感謝を口にするのではないのかな?」

 シズと殺し合っていたほうの、和服だった。
 床には、回避不可能と思われたシズの斬撃を『代わりに受けた』ほうの和服が、死んでいる。
 いや、朽ちている。
 シズには見えていないが、胸元に灯っていた薄い白の炎が――今、フッと消えた。

 必殺の一撃が入る瞬間、シズと和服の間に、見知らぬ女が割り込んできた。
 割り込んできた女はそのまま、シズによって斬り殺された。
 身代わりのおかげで、シズと殺し合っていたほうの和服は生き長らえることができた。
 割り込んできた女は、『和服を着たマネキン人形』だった。

「いつかの人形をけしかけてきたのは、おまえか」
「ほう。私の“燐子”と相対しながらに生き長らえたのは君か。“和服”とやり合っていた腕前を見れば、納得だがね」
「おまえ……覗き見してやがったな」

 和服が男に悪態をついた。
 なんのことかな、と男はしらを切る。
 シズは、刀を和服ではなく男に向けて構え直した。

「おもしろいね。では“和服”、もう一人のお嬢ちゃんは君に任せるよ」
「……は?」

 怪訝な顔をする和服に、男が続ける。

「交代しよう、ということさ。どうやら彼は、私と相性が良いみたいだからね」

 殺気の篭った視線が、シズに突き刺さる。
 薄ら笑う男の容貌には、得体の知れないものがあった。
 どこか――人間のそれとは違う印象を受ける。
243創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:48:58 ID:Hwo6xO01
 
244創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:49:28 ID:263Awh2M
 
「……しらけた」

 和服は不服そうに呟き、背中を向けてしまう。
 あれだけ鋭く尖っていた殺気は、もう感じられない。

「ま、いいさ。そいつ、オレとは違うみたいだしな」

 シズにも男にも理解のできない捨て台詞を残し、和服は店内から、ついには八階のフロアからも、姿を消してしまった。
 取り残された二人の男が、ため息混じりに向き合う。
 得物は互いに刀剣。腕前の差が勝敗を決するというのであれば、シズに不利などないはずだった。
 が、シズの足下には和服を着たマネキン人形が転がっている。
 和服の窮地を救ってみせたマネキンが――いや、和服の窮地を救うよう命令された、マネキンが。

「“狩人”フリアグネ――それが私の名だ。ここから先は、私と『彼女たち』の舞台だよ」

 ずらずら、ずらずら。
 どこから湧いてきたのか、フリアグネの背後に、何体ものマネキン人形が集まってくる。
 様々な衣装に身を包んだそれはすべて女性型で、包丁やアイスピック、電子レンジに高枝切りバサミなど、それぞれ武器になるようなものを持っている。
 どれもこれも、デパート内で手に入るものばかりだった。
 シズと伊里野が八階まで逃げ対策を練っている間、もしくは和服がシズを引きつけている間に、この男は戦闘準備を整えていたらしい。

「狩人か」

 人形遣いの間違いだろう。シズは言った。
 俺のほうが運が悪かったか。シズは思った。
 苦手なタイプだ。シズは直感した。


 ◇ ◇ ◇

246創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:50:21 ID:263Awh2M
 
247創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:50:40 ID:Hwo6xO01
 
248創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:51:03 ID:263Awh2M
 
 【4】


「ゲ……ゲ……ゲェー!」

 インコちゃんが甲高く喋ったので、今は喋っちゃだめ、と伊里野が叱った。
 叱られて嬉しそうに顔を歪めるインコちゃんが、ちょっとかわいかった。

 伊里野とインコちゃんは、三階の電化製品売り場にいた。
 デパートに侵入してきただろう敵を殺すために、その姿を探していたのだ。
 しかし八階建てのデパートの中から三人の人間を探すというのはなかなか難しく、未だ見つからなかった。

 と思ったら、見つけた。
 見つけたというよりは、見つかった。
 たぶん、インコちゃんの鳴き声を聞かれたのだろう。
 通路の先のほうに、包丁かなにかを持った女性がいた。
 なぜか水着姿でいるように見えるが、和服の女性が着替えたのだろうか。

 伊里野が少し考えている間に、水着は来た。
 通路をまっすぐ走り、伊里野に向かってくる。
 伊里野は慌てず、インコちゃんが入っている鳥篭を床に置いた。
 そして、ナイフではなくベレッタを抜く。
 両手でしっかりとグリップを握り、水着に照準を合わせる。
 撃った。
 が、外れた。

 避けられたわけではない。
 単純に、伊里野の狙いが甘かっただけだ。
 今度はもっとよく狙おう。
 伊里野は再度、水着に照準を合わせる。
 撃った。
 今度は命中して、水着はその場に倒れた。
 しばらく待ってみるが、動かない。

 死んだ。伊里野は思った。
 殺せた。伊里野は喜んだ。

 鳥篭を拾い上げ、倒れた水着に近寄っていく。
 伊里野は驚いた。
 水着は人間ではなく、マネキン人形だった。

 マネキンが動いてた。伊里野は思った。
 ふしぎ。伊里野は言った。

 殺せたと思っていたが、殺せていなかった。
 ということは、敵はまだいる。
 なら、殺さないと。
 じゃないと、自分が殺されてしまうから。
 じゃないと、浅羽も殺されてしまうから。


 ◇ ◇ ◇

250創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:51:54 ID:263Awh2M
 
251創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:52:02 ID:Hwo6xO01
 
 【5】


 今の戦局を一言で説明するなら、『多勢に無勢』だった。
 フリアグネが使役するマネキン人形の群れは、総数が知れない。
 ひょっとしたら、デパート中のマネキンが彼の支配下にあるのかもしれなかった。
 一体一体の強度は大したことはないが、数に押されている隙をフリアグネにつけ込まれるとも限らない。
 フリアグネもそれが狙いで、雑魚を量産したといった具合だろう。
 技術によるものか道具によるものかはしらないが、どちらにせよこのマネキンによる人海戦術は厄介極まりない。

 そう考えたシズは八階から離れ、階段で六階まで降りてきていた。
 六階はまるまる玩具売り場になっていて、商品棚やラックの数が他のフロアよりも多い。
 つまり、遮蔽物が多く通路が狭いのだ。
 そんな場所に大挙して人が押し寄せれば、当然――詰まる。

「知能はそれほど高くはないようだな」

 狭い通路を、互いに押し合いながら走ってくるマネキンの群れ。
 中には押し合いの果て、転ぶ者までいた。
 所詮は人形か。シズは思った。
 刀の間合いまで近づいてきた奴から順に、斬り倒していく。
 シズがマネキン共をばったばったと斬っていく様は、まるで時代劇で見る殺陣のようだった。

「炎の巨人を使役していた彼が“魔術師”なら、君は“剣士”といったところか。うふふ……炎髪灼眼のおちびちゃんを思い出すね」

 列を作ってシズに迫るマネキンの群れ――その最奥。
 一群の主たる“狩人”フリアグネが、微笑を浮かべながら宙に浮いていた。
 翼も持たず、乗り物にも乗らず、糸で吊るしたように浮いていた。

「驚いた。手品師かなにかなのか」
「こんなものは一芸にもなりはしないさ。“紅世の王”ならば、できて当然のことだよ」

 フリアグネの発言に、シズは目を見開いた。
 “紅世の王”。
 その名称には、聞き覚えがある。

「なるほどな。おまえが、例の『フレイムヘイズと敵対している者』か」
「ふむ? この世の本当のことを知っているでもなしに、私という存在を知っているとは」
「ある二人組に、話を聞いてね」
「へえ……『万条の仕手』と法衣のおちびちゃんかな? あの二人も、今頃はどうしていることか」

 言葉を交わす間にも、シズは刀を振るう手を休めない。
 マネキンの群れは、どんどんその数を減らしていく。
 やがてフリアグネが、ぱちんっ、と指を鳴らした。
 すると、マネキンたちは一斉に後退を始める。
 主の後ろにまで下がり、フリアグネが先頭に出た。

「なんのつもりだ?」

 シズが訊いた。
「そちらの流儀に従おうと思ったまでさ。都合よく、私も剣の型をした宝具を持っているわけだしね」

 フリアグネが答える。
 剣で勝負をしたい、とのことらしい。
 怪しい。シズは思った。
 乗ってやる気にはなれず、フリアグネに背を向けた。
 逃走を再開する。

「ツレないね、“剣士”」

 フリアグネは肩を竦め、困った表情を浮かべた。
 そして、逃げていくシズの背中に左手を向ける。

「なにも逃げることは……ないだろうに!」

 瞬間――薄い白の色をした炎が、左手の指輪に灯った。
 五つが五つとも、指先から勢い良く発射される。
 パースエイダーと同等の弾速でもって、一直線にシズを追撃していった。

 シズは通路の角を直角に曲がり、これを避けようとした。
 しかし驚いたことに、指輪も通路の角を直角に曲がり、シズを追尾してきた。
 シズはまたすぐに曲がり角を折れるが、指輪はついてくる。
 追尾機能を持ったパースエイダーなんて、聞いたことがなかった。
 観念し、シズはこれを払い落とすことに決めた。
 足を止め、飛んでくる指輪に刀の剣尖を打ち当てていく。
 耳障りな擦過音が連続して鳴り、指輪は五つ、床に落ちた。
 
 が、すぐにまた別の指輪が五つ、飛んできた。
 フリアグネが右手に嵌めていた分だった。

「くっ!」

 シズは舌打ちし、無理やりな体勢でこれも払い落としていった。
 また五つ、合計十個の指輪が、シズの足下に落ちた。
 それらを確認する、間隙。
 ザン、という剣が物を斬る音を聞いた。
 シズの横に置かれていた商品棚が、縦真っ二つに割れる。
 こちらに倒れ込んでくる棚を避けるため、シズは身体を動かし――見た。
 棚と共に飛び込んできた、フリアグネの姿を。

「――っ!」

 フリアグネは既に、大剣を振りかぶっている。
 今度こそ、回避不能。
 シズは刀を平に構え、これを受けることに決めた。

「ああ――」

 刃と刃が交差し、金属音が鳴った。
 そして、
254創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:52:54 ID:263Awh2M
 
255創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:53:00 ID:Hwo6xO01
 
「それは悪手だよ、“剣士”」

 フリアグネよりの、評。
 数瞬の後、シズはこの評価の意味を知る。

 大剣の刀身に、薄い白の色をした波紋が浸透した。
 嫌な予感がした。
 刃越しに感じる力は大したことがないのに、悪寒が走る。
 フリアグネの放つ殺気に呑まれた――わけではない。
 言うなれば第六感のようなものが、シズに危機を知らせた。
 危機を知ったからといって、もう、どうにもならない。

 シズの首筋に、
 シズの右腿に、
 シズの脇腹に、
 シズの左脛に、
 シズの背中に、
 シズの胸板に、
 シズの臀部に、
 無数、
 無数、
 無数、
 無数、
 無数、
 無数、
 無数、
 深く、
 浅く、
 深く、
 浅く、
 深く、
 深く、
 深く、

 入るはずなどないのに――傷が、入った。

「なっ……!?」

 予想外の痛みに、シズの身体が揺れる。
 刃の位置は変わっていない。
 刀と大剣が触れ合い、押し合う力が拮抗している。
 マネキンたちに切りつけられたわけでもなかった。
 なのに、なぜ――全身に傷が入る!?

「今の一撃には相当な量の“存在の力”を込めた。君はもう傷だらけだよ」

 フリアグネは言うが、まったく理解できなかった。
 シズはただ、大剣を刀で受けただけだというのに。
 まさかそれがいけなかったとでも言うのだろうか。
257創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:54:10 ID:263Awh2M
 
258創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:54:14 ID:Hwo6xO01
 
「ぐっ……ぜぁぁっ!」

 シズによる気合の一声。
 刀に思い切り力を込め、フリアグネの身を突き飛ばす。
 拮抗状態が保てぬと見て取るや、フリアグネは自ら跳んで後ろに下がった。

 生じた猶予で、シズは確認する。
 身体のあちこちに走る激痛は、間違いなく裂傷のそれだった。
 目で確認しなくとも、血が滲んでいるのがわかる。
 だというのに、衣服やレインコートは切り裂かれた形跡がない。
 鎌鼬というわけでもなく、肌を直接裂かれたような感じだ。
 トリックが、わからない――。

「考えている暇はないよ、“剣士”」

 既に大剣を下ろしたフリアグネが、また指を鳴らす。
 待機していたマネキンの群れが、一斉に襲いかかってくる。
 対処法はなんら変わりない。
 斬って、倒していくだけだ。
 ただ、逃げながらが難しくなっただけ。

 シズはすべて斬り崩す覚悟で、マネキンの群れに突っ込んでいった。
 瞬く間に、一体、ニ体と、マネキンがシズの刀の餌食になっていく。
 数が多いとはいえ、所詮は粗悪品だ。
 デパートのマネキン全体を総動員したとしても、シズを押し切るのは難しいだろう。

「ああ……だが悲しいね、“剣士”。君が“少佐”ほどに聡明なら、警戒もできただろうに」

 シズは、“魔法遣い”の存在など考慮に置けなかった。
 坂井悠二からの忠告があったとはいえ、“それ”がどういうものかは聞き及んでいなかった。
 人形を使役し、宙に浮き、指輪を飛ばし、刃の交錯だけで全身各所に傷を負わせる。
 ましてや――『使役する人形を、ハンドベルを鳴らしただけで一斉に爆破させる』など、誰が予想できようか。

 チリン――。

 フリアグネの手にあったハンドベルが、音を奏でた。

 一体が起爆、
 二体が爆裂、
 三体が破砕、
 四体が爆発、
 五体が炸裂、
 六体が爆砕、
 七体が破裂、
 八体が発破、
 九体が爆焼、
 全体が誘爆。

 爆音が無数、連続して響き渡った。
 シズを取り囲んでいたマネキンたちが、誘爆し合いながら弾け飛んだのだ。
260創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:54:54 ID:Hwo6xO01
 
261創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:55:20 ID:263Awh2M
 
 玩具売り場全域が、爆炎に包まれる。
 すぐさま消火用のスプリンクラーが作動し、炎の勢いを弱めていく。
 続けて防火シャッターが下り、爆発によって生じた煙も、あっという間に霧散していった。

「……ほう」

 フリアグネから、感嘆の声が上がる。
 晴れた煙の中に、シズの姿はなかった。
 確認できたのは、破壊された玩具ばかりだった。

「脆弱な人間ゆえ、跡形もなく吹き飛んだ……なんて冗談を言っては、失礼にあたるね。
 しかし込めた“存在の力”が弱かったとはいえ、初見の爆発を煙幕代わりにするとは。
 戦闘センスは悪くなかったのだが、如何せん『相性』が良すぎたね。
 “魔術師”とは違い、君は実に私向きの相手だったよ。せめて敢闘賞は贈ろうか、“剣士”」

 相性の良さ――シズにとっては、相性の悪さ。
 フリアグネとシズの勝敗を分かった要因は、この一言に尽きる。

 シズはこのデパートの地の利を活かそうとしていたようだが、あいにくこの地はフリアグネの側こそが先人だ。
 粗悪品共の舞踏会を開演、再演する際に一時的な拠点としたことがあるため、各フロアの特徴は三人とも把握している。
 それに加えて、“燐子”の素材が即席で調達できるという環境も有利に働いた。
 粗悪品の兵隊など実力者相手には牽制にしかならないが、これだけの物量ならば話は別だ。
 さらにシズは“剣士”だった。近接戦を得意とする者は、『吸血鬼(ブルートザオガー)』の餌も同然。
 直接的にでも間接的にでも、“存在の力”を込めさえすれば相手に裂傷を負わせられる大剣なんて、埒外にもほどがある。
 極めつけは、シズがそういった『不思議な力』に対しての知識と対応力に欠けていたことだろう。
 咄嗟の判断力、順応力は高いと見て、攻め手を小出しにしていったのはもちろんフリアグネの策によるものだったが、
 雑魚同然の有象無象でしかなかったマネキンが、まさか『ダンスパーティー』を鳴らしただけで爆弾に変わるなど、予想できるはずもない。

「『万条の仕手』も人が悪い。そのあたりをよく教えておけば、結果も違っただろうに。
 いや、見たところ彼は我々と同じ思想の持ち主ようだったから、彼女も詳細は秘めたということかな。
 『この世の本当のこと』なんて、好き好んで宣布するのは大昔の夢想家くらいだろうしね」

 薄く、不敵に笑うフリアグネに、疲労の色はなかった。

「欲を言うなら、消費した分の“存在の力”を充填したかったが――まあ、いいさ」

 “燐子”の大量生成と、先の『吸血鬼』による一撃。
 これでちょうど、“魔術師”から得た“存在の力”とイーブンといったところか。
 それを思うと少しもったいなかったが、嬉しいことに餌はもう一匹いる。
 “和服”が欲しがっていた刀は後で回収するとして、それを交換条件に譲ってもらうのもいいかもしれない。
 フリアグネは思案し、デパートの下層へと移動を開始した。

「今回は、“少佐”に花を持たせてあげるとしようじゃないか」

263創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:56:04 ID:263Awh2M
 
264創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:56:05 ID:Hwo6xO01
 
265創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:56:46 ID:263Awh2M
 
【C-5/百貨店・6F玩具売り場/一日目・午後】


【フリアグネ@灼眼のシャナ】
[状態]:健康
[装備]:吸血鬼(ブルートザオガー)@灼眼のシャナ、ダンスパーティー@灼眼のシャナ、コルデー@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式×2、酒数本、狐の面@戯言シリーズ、
[思考・状況]
基本:『愛しのマリアンヌ』のため、生き残りを目指す。
1:さて、“和服”のほうの首尾はどうかな。
2:トラヴァスと両儀式の両名と共に参加者を減らす。しかし両者にも警戒。
3:他の参加者が(吸血鬼のような)未知の宝具を持っていたら蒐集したい。
4:他の「名簿で名前を伏せられた9人」の中に『愛しのマリアンヌ』がいるかどうか不安。いたらどうする?
[備考]
※坂井悠二を攫う直前より参加。
※封絶使用不可能。
※“燐子”の精製は可能。が、意思総体を持たせることはできず、また個々の能力も本来に比べ大きく劣る。


※百貨店6F玩具売り場が“燐子”の爆発によって一時炎上、スプリンクラーによる消火が行われ、防火シャッターが下ろされています。
※何体かの“燐子”が百貨店内を徘徊しています。フリアグネ、“少佐”、“和服”以外の人間を見つけたら襲うよう命令されています。


 ◇ ◇ ◇


 【6】


「シ、シシシ、シィ……ズゥ――ッ!!」

 インコちゃんが甲高く喋ったので、今は喋っちゃだめ、と伊里野が叱った。
 叱られて嬉しそうに顔を歪めるインコちゃんが、ちょっとかわいかった。

 敵を探す伊里野は、三階の婦人服売り場にやって来ていた。
 女性ものの衣類が置かれた一帯は、他のフロアに比べても随分、がらんとしていた。
 どうしてだろう、と少し考えてみると、マネキンがないからだ、と気づいた。
 敵が来る前、シズと一緒にこのデパートを見て回ったときにはあったものが、欠けていた。
 売り場の目立つ位置に置かれていたはずのマネキン人形が、どこぞへと消えていた。

 さっき襲いかかってきた、動くマネキン人形を思い出す。
 あれはこのデパートのマネキン人形だったのだろう。
 しかし、それがなぜ勝手に歩き回り、挙句の果てに伊里野を襲うのか。
 わからなかったが、あまり気にしなかった。

 あれは簡単に倒せる。伊里野は思った。
 だから安心。伊里野は安心した。
267創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:57:05 ID:Hwo6xO01
 
268創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:57:28 ID:263Awh2M
 
 安心した直後、頭の上で大きな音が鳴り響いた。
 見上げると、天井が揺れている。
 上の階でなにかあったみたいだった。
 シズは爆弾を持っていたはずだから、それでも爆発させたのかもしれない。
 シズは八階にやって来た敵を殺せたのだろうか。
 殺せたのだとしたら、ちょっとだけ焦る。
 伊里野はまだ、三人の内の一人だって殺せていない。
 浅羽のために、ちゃんとやるって決めたのに。

 殺したい。伊里野は願った。
 殺さなきゃ。伊里野は思った。
 殺そう。伊里野は前に進んだ。
 敵は殺す。伊里野は決めた。
 あっ。伊里野が声を零した。

 通路の先のほうに、敵の姿があった。
 今度は、マネキンではなかった。
 突き刺さるような殺気が、痛かった。
 インコちゃんがひどく怯えていた。
 一心不乱に羽根をバタバタさせていた。
 邪魔になるので、鳥篭をその場に置いた。

 見つけた敵は、こちらに近づいてくる。
 敵の正体は、和服だった。
 伊里野よりも年上に見える、女だった。

「――なんだ、おまえ?」

 声をかけてくる和服に、伊里野は応えない。
 鳥篭を足下に置いたので、両手が空いていた。
 左手にベレッタM92という拳銃を持つ。
 右手に『無銘』というナイフを持つ。
 これが伊里野の完全武装だった。

 対して、和服の装備はナイフが二本だった。
 右手に一本、左手に一本。
 どちらも変な形のナイフだった。

「いくらなんでも――視えすぎだろう、それは」

 伊里野には、和服がなにを言っているのかがわからない。
 わからなくてもいいと思った。
 わかる必要なんてないとも思った。
 ただ殺すだけだと思った。

「ちっ……厄介者を押しつけられた気分だ。ホテルに続いて貧乏くじかよ」

 和服がナイフで斬りかかってくるなら、銃で撃とう。
 和服が銃を警戒するようなら、ナイフで斬りかかりにいこう。
 和服が伊里野から逃げるようなら、銃で撃ってからナイフで仕留めよう。

 伊里野の戦争はもう、とっくのとうに始まっていた。
 今更のように組み立てた戦術プランを、脳内で反芻する。
270創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:58:05 ID:Hwo6xO01
 
 頑張ろう。伊里野は思った。

 だから。
 殺意を口にする。
 だから。
 想いを口にする。
 だから。
 恋心を口にする。
 だから。
 浅羽のために。

「死んで」



【C-5/百貨店・3F婦人服売り場/一日目・午後】


【伊里野加奈@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:顔に殴打の痕。体に軽い擦り傷など。たまに視力障害。
[装備]:ベレッタ M92(9/15)、『無銘』@戯言シリーズ、北高のセーラー服@涼宮ハルヒの憂鬱、
[道具]:デイパック、支給品一式×2、トカレフTT-33(8/8)、トカレフの予備弾倉×4、
    べレッタの予備マガジン×4、ポテトマッシャー@現実×2、10人名簿@オリジナル
[思考・状況]
基本:浅羽以外皆殺し。浅羽を最後の一人にした後自害する。ただし「浅羽を確実に生かして帰す方法」が他にあるなら検討?
1:目の前の敵を殺す。殺したらシズのところに戻る。他の敵に会ったらそれも殺す。
2:シズと一時的に同盟。シズを利用する。とりあえず、この場は二人で三人の敵に対処する。
3:出会った参加者を皆殺し? シズと共に方針を考える?
4:診療所に行って身体の不調に対処する薬を探したい。
5:(……インコちゃんのことはちょっとだけ気に入った)
[備考]
 不定期に視力障害をおこすようです。今のところ一過性のもので、すぐに視力は回復します。
 『殴られた』ショックのせいで記憶に多少の混乱があります。そのせいで浅羽直之を襲撃した事実に「気がついていません」


【両儀式@空の境界】
[状態]:頬に切り傷
[装備]:自殺志願(マインドレンデル)@戯言シリーズ
[道具]:デイパック、支給品一式、ハーゲンダッツ(ストロベリー味)×5@空の境界
[思考・状況]
基本:ゲームを出来るだけ早く終了させ、“人類最悪”を殺す。
1:目の前の少女を殺す。
2:ひとまずフリアグネとトラヴァスについていく。不都合だと感じたら殺す。
[備考]
※参戦時期は「忘却録音」後、「殺人考察(後)」前です。
※自殺志願(マインドレンデル)は分解された状態です。


※百貨店3F婦人服売り場、伊里野の足下にインコちゃん@とらドラ!(鳥篭つき)が置かれています。


 ◇ ◇ ◇

272創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:58:21 ID:263Awh2M
 
273創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:58:52 ID:Hwo6xO01
 
274創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:59:04 ID:263Awh2M
 
 【7】


 一階の入り口から、外に出た。
 暖かな日差しが、不思議と数週間ぶりのように思えた。
 日はまだ高い。時間など、それほど経過したわけではなかった。

 身体を引き摺るように、歩く。
 地を這うように、進む。
 せっかくの業物を杖代わりにせざるをえなかった。
 二本足で立っていることが奇跡だった。
 生きていること自体が、奇跡的だった。

 フリアグネとの死闘から逃れたシズは、六階から一階まで、寄り道せずに降りてきた。
 もはや戦える状態ではない。ここは素直に撤退しよう。そう思って外に出た。
 しかしそれとて難しかった。

 シズの全身には無数の裂傷が刻まれ、今もなお血が流れ続けている。
 加えて、最後に食らった爆発がまずかった。
 一体分の爆発量は手榴弾のそれより遥かに劣るが、ああも連続して、しかも包囲下で爆発されると、破壊力は倍どころではない。
 シズは防御も回避も許されず、それをまともに受けてしまったのだ。
 着ていたセーターやレインコートはボロボロに変わり果て、全身の肉が焼けた。
 骨が軋み、裂傷が抉られ、流血の勢いは濁流のごとく加速した。
 シズの身体は血塗れで、息も絶え絶えだった。

 視界がおぼろげだ。
 腕に力が入らない。
 脚に力が入らない。
 考える能力が低下。
 どうやら死ぬのか。

 カラン――。

 刀が、地面に落ちる音が鳴った。
 痛みと疲労に耐えきれず、シズが倒れたのだ。

「うっ……」

 うつ伏せのままだと苦しいので、どうにか身体を仰向けにする。
 余力の使い道はそれだけ。もう立てる気もしなかった。

 空が広がっていた。
 綺麗な青空だった。
 疲れを癒す青空だ。
 シズは少し笑った。

 パチ、パチ、パチ。
276創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:59:33 ID:Hwo6xO01
 
277創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 01:59:47 ID:263Awh2M
 
 手を叩く音が聞こえた。
 これは拍手の音だろうか。
 気になったので、シズは頑張って身を起こそうとする。
 上半身だけ起こすことができた。
 それだけで十分、拍手をする男の姿は視認できた。
 三人組の一人が、見下ろすようにそこに立っていた。
 あの、眼鏡の男だった。

「生還、おめでとうございます」
「皮肉か」
「とんでもない。労をねぎらっているのですよ」

 余裕たっぷりに喋る眼鏡の男を見て、シズは納得する。
 なるほど、この男は後詰めか。
 逃げたのは二人、ならば追うのも二人でいい。
 もう一人はこうやって、トドメ役に回れば――他二人は、弱らせるだけで済む。
 三人組は、シズや伊里野よりも少しだけ、集団戦闘というものに慣れていたようだ。

「フリアグネ様と“和服”はどうなりましたか?」
「さあな」
「その刀、あまり血がついていませんね」
「訊くまでもないじゃないか」
「申し訳ありません。性分なんですよ」

 眼鏡の男の印象は、優しそうな、から、陰湿な、に変わった。
 三人とも、曲者だったわけだ。
 恐れ入る。
 完敗じゃないか。

「黙る前に一つ、質問させてもらっていいでしょうか」

 眼鏡の男が言った。
 喋る余力はまだあったので、シズは男の質問に応じることにした。

「あなたはいったい、なにがしたかったのですか?」

 随分と曖昧な質問だった。
 しかし、答えられないわけではない。
 むしろいい機会なのかもしれないな。
 シズは微かに笑って、語り出した。

「俺には、命を捨ててでもやるべきことがある」

 そんな始まり方だった。

「七年前のことだ。ある平和な国があった。政治の上手い王様がいたんだ。その王様が殺された。
 王様を殺したのは、王様の息子だった。父親を嫌っていたようで、大層惨たらしく殺したそうだ。
 王様だけでなく、王様の血を引く者はことごとく殺した。兄妹や叔父叔母もだ。つまりは粛清だ。
 王様の息子は王様の親類を皆殺しにしたが、自分の妻だけは殺さなかった。
 しかしその妻は、悲嘆に暮れて自殺してしまった。ほとんど王様が殺したようなものだ。
 二人いた実の子供は、国外へ追放されて行方知れずになった。殺されたという説もあった」

 酷い息子ですね、と眼鏡の男は言った。
279創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:00:14 ID:Hwo6xO01
 
280創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:00:31 ID:263Awh2M
 
「そして王様の息子は新しい王様になり、その国に新しいルールを作った。
 自分が自堕落な生活をするための、自分勝手なルールだった。
 政治の上手かった前王とは比べものにならない、政治の下手くそな王様だった。
 国民はもちろん反発したが、時が経つにつれ、快楽だらけの生活に慣れてしまった。
 やがて、民衆のほとんどが王様を慕うようになった。国は当然、めちゃくちゃになった」

 シズの話はそこで一旦、途切れた。
 荒い呼気を整えてから、続きを口にする。

「俺はその国に向かう途中、ここにつれてこられた」
「なるほど。事情はわかりました」

 眼鏡の男は、表情を変えずに言った。
 それを見て、シズはさらに続ける。

「七年間。七年、待った。七年の間に、剣を覚えた。人を殺す技術を磨いた。勉強もした。度胸もつけた。
 初めて人を斬ったときのことを覚えている。嫌な気分だった。復讐のためだと自分に言い聞かせた。
 それでも納得はできなかった。人殺しがなにより得意だなんてことは、誉められることでも、誇れることでもない」

 同感です、と眼鏡の男は言った。

「ここで人を殺すのも復讐のためだと、自分に言い聞かせた。それでも納得はできなかった。
 納得はできなかったが、それでも剣は振るえるものだった。復讐のための人殺しをしようと思った。
 アリソンという女を殺した。マオという女を殺した。キョンと坂井悠二と水前寺邦博という男たちは逃した。
 殺していく内に、陸という友人を亡くした。さすがに少し懲りた。復讐のためとはいえ、人殺しは――ごふっ」

 喋る途中で、シズが血を吐いた。
 このあたりが限界らしい。
 自分語りのような、懺悔だった。
 懺悔のような、自分語りだった。

「よかった」

 シズの話を聞いていた眼鏡の男が、短く感想を言った。
 すると身を屈めて、シズが持っていた刀とバッグを回収した。
 仰向けに倒れるシズの横を、通り過ぎる。
 そして、言った。

「どうやら僕は、君に謝る必要も、君を許す必要もないようだ」

 眼鏡の男は、怒っていた。
 悲しんでいる風でも、哀れんでいる風でもあった。
 シズがなにか返事をしようとして、しかし起こしていた上半身が倒れた。

 もう、力が入らなかった。
 空と、雲だけが見える。
 眼鏡の男は、デパートの中に入っていった。
 シズだけが、取り残された。
 少しだけ、期待していたのに。

「厳しいな」
282創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:01:14 ID:Hwo6xO01
 
283創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:01:22 ID:263Awh2M
 
 眼鏡の男は、トドメを刺してはくれなかった。



【C-5/百貨店・1F入り口/一日目・午後】


【トラヴァス@リリアとトレイズ】
[状態]:健康
[装備]:ワルサーP38(6/8、消音機付き)、フルート@キノの旅(残弾6/9、消音器つき)
[道具]:デイパック×3、支給品一式×3(食料・水少量消費)、フルートの予備マガジン×3、
     アリソンの手紙、ブラッドチップ(少し減少)@空の境界 、拡声器、早蕨刃渡の太刀@戯言シリーズ、
     パイナップル型手榴弾×1、シズのバギー@キノの旅、医療品、携帯電話の番号を書いたメモ紙、
     トンプソン・コンテンダー(0/1)@現実、コンテンダーの交換パーツ、コンテンダーの弾(5.56mmx45弾)x10
[思考・状況]
基本:殺し合いに乗っている風を装いつつ、殺し合いに乗っている者を減らしコントロールする。
1:フリアグネ様や和服と合流しよう。
2:当面、フリアグネと両儀式の両名と『同盟』を組んだフリをし、彼らの行動をさりげなくコントロールする。
3:殺し合いに乗っている者を見つけたら『同盟』に組み込むことを検討する。無理なようなら戦って倒す。
4:殺し合いに乗っていない者を見つけたら、上手く戦闘を避ける。最悪でもトドメは刺さないようにして去る。
5:ダメで元々だが、主催者側からの接触を待つ。あるいは、主催者側から送り込まれた者と接触する。
6:坂井悠二の動向に興味。できることならもう一度会ってみたい。


 ◇ ◇ ◇


 【8】


 “終わりよければ全てよし”。

 シズの故郷には、そんなことわざがある。
 ものごとが上手く終われば、そのすべてがよかったことになる。
 人生最後に為し得たことで、その人の人生が決まる。

 対して、シズの人生は。
 やるべきことがやれなかった。
 為すべきことが為せなかった。
 そんなまま、終わる。

 “終わりわるければ全てわるし”。

 シズは、晴天を見上げながら新しいことわざを作った。
 学校では教えられないな、と思った。

 背中のあたりが生暖かい。
 水の上を揺蕩うような気分だった。

 きっと、自分を中心に血溜まりができているのだろう。
 こんなにたくさん血を流したのは、初めてだった。
285創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:02:04 ID:263Awh2M
 
286創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:02:33 ID:Hwo6xO01
 
 激痛で、顔が歪む。
 痛みを堪えるため、歯を軋ませた。
 大して効果などなかった。

 死ぬときは笑顔で死にたい。
 漠然と、そんな風に思ったことがある。
 でも今は、とても笑顔になんてなれなかった。

 シズは、人をさんざん苦しませてから死に至らしめる方法をよく知っている。
 だからわかった。
 全身傷だらけで血が止まらない状態の人を、なにもせず放置する。
 この上なく残酷な方法だった。

 あの子は。
 伊里野加奈は、無事だろうか。

 和服に、フリアグネに、眼鏡の男。
 結局シズは、三人の内の全員と相対することになってしまった。
 運が悪いなどという度合いではなかった。
 苦笑したい気分だが、意識が朦朧としていて笑えない。

 つらい。
 しにたい。

 伊里野はもう、デパートを去ったのだろうか。
 それとも、誰かと殺し合っている最中だろうか。
 せめて彼女には、生き残って欲しい。
 彼女には、やるべきことをやり遂げて欲しい。

 赤い咳をした。
 赤い。
 本当に、赤い。

 赤い……のだろうか。

 なんだか、ものの色すらわからなくなってきた。
 頭がぼやけているのもそうだし、目も見えなくなってきた。

 これはなんだろう。シズは思った。
 報いか。シズは悟った。

 目前にまで迫っていた、故郷を思い出す。
 生まれたときは、いい国だった。
 王が代わってからは、酷い国だった。
 七年経ったが、酷い国のままなんだろうな。

 帰りたかったな。
288創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:02:46 ID:263Awh2M
 
 陸には悪いことをした。
 アリソンとマオにも。
 キョンはどうなっただろう。
 悠二と水前寺も。
 素直に病院に行けばよかった。
 和服は強かった。
 フリアグネは反則だった。
 眼鏡の男は、どこか彼女に似ていた。
 インコちゃん。
 ぶさいくな顔だったな。

 …………。

 意識が飛んでいた。
 一瞬だけだった。
 また戻ってきた。
 死んだかと思った。
 いや、死ぬだろう。

 あるいは、ああそうか。
 今のは、走馬灯か。

 偉大な祖父がいた。
 優しい母がいた。
 嫌いな父がいた。
 叔父叔母。
 使用人。
 飼い犬。
 兄妹。
 たくさんの家族。
 そして民衆。
 王子様だった。
 幼少期が駆け巡る。

 剣を習った。
 人殺しをした。
 力を求めた。
 復讐がしたかった。


 本当に、行くつもりですか?


 陸にそんなことを言われた気がする。
 事あるごとに言われていた気がする。


 祝福のつもり。


 これはなんだろう?
 誰かから、なにかをもらった気がする。

290創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:03:28 ID:263Awh2M
 
291創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:03:29 ID:Hwo6xO01
 


 わたしにもどるところなんてない。


 それは私も同じだよ。
 だから探そう。
 安住の地を、一緒にね。


 駆け巡った。
 いっぱい、駆け巡った。
 なかなか悪くなかった。
 貴重な体験をした。


 今なら、いい笑顔で死ねる気がする。


 そう、ちょうどあんな風な――。


 何者かが、傍に立っていた。


 シズを見下ろすように、立っていた。


 誰だろう。


 白い髪の、女の子だった。


 伊里野かと思った。


 伊里野よりも背が低かった。


 もうすぐ閉じるシズの目と、女の子の目が合った。


 悪い気はしなかった。


 むしろあたたかかった。


 話がしたい。

293創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:04:11 ID:263Awh2M
 
294創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:04:14 ID:Hwo6xO01
 
 最後の力を振り絞るか。


 悪くない最期だ。


 どんな言葉をかけよう。


 ああ、そうだ――。


 これを訊いておこう。



「だれだおまえは」



 白い髪の女の子は、答えてくれなかった。



【シズ@キノの旅 死亡】



 ◇ ◇ ◇


 【9】


 百貨店の入り口に、一台のホヴィー(注・=『ホヴァー・ヴィークル』。浮遊車両のこと)が停っていた。
 ホヴィーに乗ってきた二人と一匹は、黙って目の前に広がる光景を見つめている。
 声もなく、邪魔もせず、ただ黙って見つめていた。

 百貨店の入り口に、一人の男が倒れていた。
 真っ赤な血溜まりの上で、浮かぶように倒れていた。
 男は、今ちょうど息を引き取ったところだった。

 男の傍には、白い髪をした女の子が立っていた。
 無言だった。
 エメラルドグリーンの瞳で、死んだ男を睨んでいた。
 あるいは見ていた。

 切れていた縁が、こんなところで合った。


 想いは正しく伝わらない ― I know what you're thinking. ―


296創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:04:54 ID:263Awh2M
 
297創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:05:02 ID:Hwo6xO01
 
298創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:05:37 ID:263Awh2M
 
299創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:05:43 ID:Hwo6xO01
 
【C-5/百貨店・1F入り口/一日目・午後】


【ティー@キノの旅】
[状態]:健康。
[装備]:RPG−7(1発装填済み)@現実、シャミセン@涼宮ハルヒの憂鬱
[道具]:デイパック、支給品一式、RPG−7の弾頭×1
[思考・状況]
基本:「くろいかべはぜったいにこわす」
0:…………。
1:百貨店でシャミセンのごはんを調達したい。
2:RPG−7を使ってみたい。
3:手榴弾やグレネードランチャー、爆弾の類でも可。むしろ色々手に入れて試したい。
4:『黒い壁』を壊す方法、壊せる道具を見つける。そして使ってみたい。
5:浅羽には警戒。
[備考]:
※ティーは、キノの名前を素で忘れていたか、あるいは、素で気づかなかったようです。


【浅羽直之@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:全身に打撲・裂傷・歯形。右手単純骨折。右肩に銃創。左手に擦過傷。(←白井黒子の手により、簡単な治療済み)
     微熱と頭痛。前歯数本欠損。
[装備]:毒入りカプセル×1@現実
[道具]:伊里野加奈のパイロットスーツ@イリヤの空、UFOの夏
     デイパック、支給品一式 、ビート板+浮き輪等のセット(大幅減)@とらドラ!、カプセルのケース
[思考・状況]
1:クルツの物資調達に同行。余裕があれば伊里野も探したい。
2:伊里野の不調を治すため、「薬」と「薬に詳しい人」を探す。
3:薬が入手できるかもしれないので、診療所も調べたい。
4:薬に詳しい「誰か」の助けを得て、伊里野の不調を治して……それから、どうしよう?
5:ティーに激しい恐怖。
[備考]
※参戦時期は4巻『南の島』で伊里野が出撃した後、榎本に話しかけられる前。
※伊里野が「浅羽を殺そうとした」のは、榎本たちによる何らかの投薬や処置の影響だと考えています。
301創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:06:23 ID:263Awh2M
 
302創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:06:28 ID:Hwo6xO01
 
【クルツ・ウェーバー@フルメタル・パニック!】
[状態]:左腕に若干のダメージ、復讐心
[装備]:エアガン(12/12)、ウィンチェスター M94(7/7)@現実
[道具]デイパック、支給品一式、缶ジュース×17(学園都市製)@とある魔術の禁書目録、BB弾3袋、予備弾28弾、ママチャリ@ママチャリ メッセージ受信機
[思考・状況]
基本:生き残りを優先する。宗介、かなめ、テッサとの合流を目指す。
1:デパートで物資調達を行う予定……だったが、どうにもきな臭いな。
2:物資調達後、飛行場に戻り鮮花に銃を教える。
3:摩天楼で拾った三人、特に浅羽とティーの行動に注意を払う。
4:可愛い女の子か使える人間は仲間に引き入れ、その他の人間は殺して装備を奪う。
5:知り合いが全滅すれば優勝を目指すという選択肢もあり。
6:ステイルとその同行者に復讐する。
7:メリッサ・マオの仇も取る。
8:鮮花に罪悪感、どこか哀しい。
9:メッセージを待つ。それを隠し通す。
[備考]
※土御門から“とある魔術の禁書目録”の世界観、上条当麻、禁書目録、ステイル=マグヌスとその能力に関する情報を得ました。
※最初に送られてきたメッセージは「摩天楼へ行け」です。次回いつメッセージがくるかは不明です。


※百貨店1F入り口にホヴィー@キノの旅が停めてあります。
304創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:07:12 ID:Hwo6xO01
 
305 ◆LxH6hCs9JU :2010/03/03(水) 02:07:14 ID:4n2opZDn
投下終了しました。支援ありがとうございます。
306創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:07:17 ID:263Awh2M
 
307創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 02:22:21 ID:Hwo6xO01
投下乙。
シズーーー! まさか最後を彼女に看取られるとは。
フリアグネ一味、強いなぁ。強くて厳しい。介錯もせずに立ち去る少佐がマジ厳しい。
そして伊里野wwww これ生存が厳しいってレベルの話じゃねーぞwww
いやはやどうなってしまうのか。ともあれ、いいバトル話でした。GJ!
308創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 03:03:26 ID:263Awh2M
投下乙です。
シ――ズ――! あーん、シズ様が死んだ><
予約の段階でなにか起こるかと思ってたけど……うわぁ、これはもう、なんてこったw
あぁ、シズの話だった……これは悲しい末路。そして末路の上にティー達が。
百貨店の中も外も大変なことになってるなぁ……次も血が見られそう……。
GJでした!
309 ◆EchanS1zhg :2010/03/03(水) 21:29:05 ID:263Awh2M
投下を開始します。
310 ◆EchanS1zhg :2010/03/03(水) 21:29:49 ID:263Awh2M
 【0】


『秘密なきは誠なし』


 【1】


凛々と、リンリンと、虫の鳴くような音が、しかしそれ以上の自己主張を伴って白い部屋の中に大きく響いていた。



白い壁紙に白い掛け時計。白い絨毯の上に白いスリッパが放り置かれ、白いサイドボードの上には白い花瓶と白い花。
やはり白い天井を見上げればそこには病的なまでに白い蛍光灯が光っており、白く照らされる部屋の片隅に白い電話があった。
そしてその白い電話がまるで目覚まし時計かのように凛々とけたたましい音を部屋の中へと鳴り響かせている。

「…………………………んー?」

電話が大抵の目覚まし時計よりかは根気よく鳴り続けそろそろ不憫だと思われる頃、ようやく部屋の主はそれに反応した。
ただ青色だと言い表せる彼女――玖渚友はこれもまた白いベッドの上で鳴り響く音に気づくと、目を開いてもぞもぞと動き始める。
広いベッドの上で4本の手足を溺れるようにバタバタと動かして、鳴り止まぬ電話を待たせながらゆっくりと横断を開始する。

「現在の時刻は午前11時51分……ピ……ピ……ジャストと、うにゅう」

そして、壁に掛かった時計も見ずに、蓄積され続ける精密な記憶だけで時間を確認するとあくびをひとつ噛んで更に進む。
最後には悪魔憑きの少女がごとく奇妙な格好でベッドの端までたどり着くと、そのまま頭からボテッと落ちて――

「んむぐ……んむぐ……んむぐ………………」

――そんな風にしばらく悶絶した後、そろそろきちんと目が覚めてきたのか今までにない俊敏さでぴょこんと立ち上がった。

「電話は、離れた位置にいる者同士を繋ぐって機能はあるわけだけど……、
 そこに呼びつける者と呼びつけられる者を作ってしまうというところがどうしようものない構造的欠陥だよね」

そんなことを言いながらのたのたとだだっ広い白い絨毯の海を横断し、

「いーちゃんが呼んでくれるなら、僕様ちゃんはいつでも呼びつけられる人間に甘んじていられるけどね〜♪」

そんなことを言いながら白い電話機の白い受話器を持ち上げた。
持ち上げた受話器を透き通るような白い腕で支え、青色の彼女は愛する彼の声を期待してそれを小さな耳に当てる。
白い部屋の中に取り戻された僅かな真っ白な静寂。
そして、彼女の耳に届いた声は――

『てめぇ、どれだけ俺を待たせりゃ気が済むんだよ! せっかく――あ、待て! ――――』

――人類最悪のものだった。


最悪だった。なので、


ガチャリと、まるで断頭台の刃のように受話器は電話機に落とされ、白い部屋はまた元通りの沈黙の中に沈むのであった。




 【2】
311不通の真実――(a silent call)  ◆EchanS1zhg :2010/03/03(水) 21:30:54 ID:263Awh2M
「――あ、待て! 切るんじゃあ………………くそ、切りやがった」

白一色である死線の寝室とは対照的な、ただの暗闇でしかない場所に人類最悪と呼ばれる男の舌打ちが響いた。
響いた舌打ちが透明な空気を渡り終えたところで、今度は深い溜息がやはり真っ暗な床の上を流れてゆく。

「ふん。無言で切ったか。
 さて、相手側が無言であった場合でも無言電話ってのは成立するものかね。まぁ、どちらでもいいことだが……」

また小さく溜息をつくと、狐面の男は目の前に並ぶモニターとして働く箱の、その中でも一際白く輝くひとつへと視線を移した。
その中には、今しがた手の中の携帯電話を使って電話をかけた死線の寝室とそこに滞在する玖渚友との姿が映っている。
滞在――いやそれは停滞と言ってもよく、それよりかはむしろ停止と言うべきような代物であった。
流れ始めた物語の中において不動。縁も機会も拒絶した姿。故に、彼はひとつの手を打っていたのだが――。

「わかっていたことだが、やはりどうやっても俺からでは”《物語》に干渉することはできない”か」

自戒のように呟くと狐面の男は視線を横へとズラして行き、そして今度は彼が干渉を試みたとある人物の映る箱を見た。
そこには死線が眠る摩天楼の足元でホバーヴィーグルに乗り込む集団の姿が映っている。
そのグループの中心。巨大な乗物の運転席に座っている男の名前はクルツ・ウェーバーという。

「ふん。『摩天楼に行け』か。確かに貴様はその通りに摩天楼へと向かったが――」

モニターの中の彼に送られた不可解なメッセージはやはり狐面の男ことこの人類最悪の仕業であった。
何故、そのようなことをしたかというと、その理由は簡単明瞭。ただ、あの停止している少女の時を動かそうとしたに他ならない。

「どう解釈しているのか知らんが……いや、考えることにすら意味がないか。
 所詮、俺のすること。手駒でもない人間を使い物語を動かそうと考えるのが無理無謀というものだ」

ささやかな期待はあったが、それは彼が摩天楼の中から出てきてしまったことであえなく打ち砕かれてしまった。
摩天楼まで足を運んだ彼は足元から頂上へと順に捜索の手を伸ばしていたが、それが死線の寝室にまで届くことはなかった。
なので、死線の蒼とこの物語にひと波乱を吹き込むであろう”アレ”は依然変わりなく物語から乖離したままである。

狐面の男としては、あれだけ摩天楼に人を集めたのだから誰か一人ぐらいはあれを連れ出すだろうと期待していたのだが、
しかし結局。判明したのは今はそういう《運命》がそこには存在しないらしいということだけであった。
やはり、停止したアレを再び物語の上で走らせるなどということは”彼”にしか成しえないのかもしれない。

「ふん。『三度目の正直』。か」

一方通行なメッセージは空振りに終わり、禁じ手とも言える直接交流もあえなく断絶。
ふたつの失敗を重ねた狐面の男はあっさりとそれらの失敗を切り捨てると同時に、諦め悪く更にひとつの手を打っていた。
それはこれまでのものに比べると些かリスクが大きいものであったが、それに見合うだけの期待も感じられるものだ。

「『坂井悠二』――テメェには少し期待しているぜ。お前はあいつの《ジェイルオルタナティブ》を果たせるかもしれんからな」

あいつがまた別の誰かのジェイルオルタナティブに成りえるように。と、
クルツにメッセージ受信機を持たせたのと同じく、携帯電話を持たせた坂井悠二を箱の中に見ながら狐面の男は言う。
彼には手元の携帯電話から死線の寝室の電話番号を記したメールを送っていた。

受信しかできないものと違い、携帯電話は当たり前のことだが送受信可能な代物である。
故に、勿論それに関しては手を打ってはいるものの、逆探知されてしまうかもしれないというリスクを孕むことになる。
しかし、だからこそメールを受け取ったあちら側が強く喰いつくのではいかという期待が持てた。

更には、相手側の都合を考慮したこともあるが、メールはある程度の”時間差”でむこうに届くよう細工されている。
情報が伝達しきる間に”滞空時間”を設けることで、物語に介入しえない自身からそれを少しでも遠ざけようという魂胆だ。
それはコントロールを失うことも同時に意味するが、狐面の男はその点に関してはなんら頓着していない。
312不通の真実――(a silent call)  ◆EchanS1zhg :2010/03/03(水) 21:31:38 ID:263Awh2M
なぜならば、
彼はただ単純にこの《物語》の《結末》を見届けたいだけなのだから、その結果を選ぶ気などは更々ないのであった。
故に、彼は停止した死線が物語に参加することだけを期待し、物語の外側から僅かな干渉を加えるのみなのである。



「さてと、時間か……」

携帯電話を着物の袖に仕舞うと、狐面の男は億劫な感じで積み上げられた箱の前へと立ち向かった。
時計を見れば、もう少しで正午ちょうどという時間で、つまりは2回目の放送の時間である。

「今更だが、3日間の間、6時間毎に放送をしなくてはならないというのは気が滅入る話だな。
 俺は一体いつ休めばいいのか――まぁいい。この放送でそれとなくあいつらにも休憩を進めておくか。
 物語を見逃す以上、俺が寝ている間は物語が大きく進行しないのが好ましいしな」

60の箱の上に視線を走らせ、狐面の男は今回名前を呼び上げるべき脱落者を確認する。
そして、


「よぉ、予定通りの放送の時間だぜ。――――」


物語の登場人物達へと語りかけ始めた。




 【3】


零崎人識。
放送の中で一番最後に呼ばれた脱落者の名前を聞いて、玖渚友はそれだけにぴくりと反応した。

「この世界は魑魅魍魎の百鬼夜行だね。怖い怖い」

理論も理屈も存在しない殺意だけで死に向かう暴力の世界の住人。
そんな殺し名の中でも序列第3位でありながら最悪と評される《零崎一族》。
更にはその中でも極まりに極まり最先端とも言える零崎の申し子――零崎人識。
それの名前が当たり前のようにこの物語に存在し、また当たり前のように読み上げられた。

まさに、恐怖だろう。視線の蒼と呼ばれる少女はあまりにも弱く、脆いのだから。

「いーちゃんは今頃何をしているんだろうなぁ。また誰か女の子と一緒なのかな。
 その子に興味を持って、その子に同情して、その子に自己投影して、その子に親愛を感じて、その子と一緒にいるのかな」

しかし、そんな恐怖はどこまでいっても些細なことでしかなかった。

「まぁ、いんだけれども。いーちゃんが”私”のものであるのならば」

地獄とも言い切ってかまわないような物語の渦中ではあったが、地獄なんてものはそれこそいつものことでしかなくて、
そしてふたりがいるのならば、それ以外は取るに足らないことなのだから。

「そうでなくなったら、もう世界を壊しちゃえばいいしね。ふふ♪」

部屋の片隅に放置されたスーツケースをちらりと確認し、死線の蒼はにっこりと、まるで天使のように微笑んだ。




【E-5/摩天楼東棟・最上階(超高級マンション)/1日目・日中】
313不通の真実――(a silent call)  ◆EchanS1zhg :2010/03/03(水) 21:32:21 ID:263Awh2M
【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック、基本支給品、五号@キノの旅
[思考・状況]
 基本:いーちゃんらぶ♪ はやくおうちに帰りたいんだよ。
 1:いーちゃんが来るまで……どうしよう?
[備考]
※登場時期は「ネコソギラジカル(下) 第二十三幕――物語の終わり」より後。
※第一回放送を聞き逃しました。




 【第一問】

 問 以下の問いに答えなさい。
 『人類最悪の放送はどこから聞こえてきた?』


 ■玖渚友の答え

 これってなぞなぞとかひっかけ問題じゃないよね?

 んーと、”聞こえてきた”という以上、これは音波であることは確実決定の揺るぎようのないことだよね。
 まぁ、魔法とか超能力って言われちゃうと門外漢な僕様ちゃんにはお手上げのぷっぷーだけど、
 その可能性は除外した上で考えてみるとしようかな。所詮、頭の体操。起き抜けの戯言でしかないし。

 さて、あの声がこの世界の中にいる登場人物に対し等しく伝わっていると仮定して、
 真っ先に挙がってくる可能性としては大きな音をここら一帯に流しているというものなんだけど、これは×。
 すぐに考えればわかるけど、地面の起伏や壁の有無、その素材の構成は音を容易く変質させてしまうからね。
 屋内屋外場所事情問わず等しく伝えるって条件をクリアするのは不可能に等しいので、これは無し。

 音源を増やすことでカヴァーはできるけど、これも手間や状況対応力を考えると考えづらいね。
 そもそもとして、僕様ちゃんがこの部屋の中にいて、どこからともなく聞こえてきたと感じているんだから、
 こういった周囲に音源があると考える説はのきなみNGになっちゃうんだけれども。

 で。現実的な線としては、音に指向性を持たせて僕様ちゃんを代表とする登場人物に直接ぶつけているという説。
 向こう側がこちらの居場所を常に把握しているというのなら、どこからかこちらに向かって指向性音波を発射するのが
 一番スマートな方法論だと思う。

 その場合でもやっぱり屋内屋外以下省略というのが問題になるのだけども、
 ピンポイントならば音波の指向性(ベクトル)さえ操作できれば問題は解決できるかな。
 船の中で伝令管を通して声が届くように、光ファイバーの中を光が通り抜けて届くようなことをしてみせればいいだけ。

 もっとも、気温湿度風量材質構造その他複合する状況にあわせてそれを実行するなんて
 それこそとんでもない演算能力――スーパーコンピュータに匹敵するようなそれがないと実現はできだろうけど。

 ともかくとして、結論は―― 不明 だね。

 まぁ、今のところはこうとしか答えようがないよ。ケースが閉じられてないし、可能性だけなら無限だもの


 ■人類最悪のコメント

 ふん。『不明だね』。なるほど、俺もその意見には賛成だ。なんてたって俺自身が明確な解答を持っていないのだから。
314 ◆EchanS1zhg :2010/03/03(水) 21:33:04 ID:263Awh2M
以上、投下終了しました。
315創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 21:41:27 ID:Hwo6xO01
投下乙。
狐さんは狐さんで、いろいろ試してるわけかー。
てか友wwwww 迷いなく即断で切るなwwww
放送手段についての質疑応答も面白い。確かに謎だよなぁ
316創る名無しに見る名無し:2010/03/03(水) 22:31:08 ID:zkpDyjm/
乙です。
友のドライさに吹いたww
何というか「これがバトルロワイヤルというものだ」の反対を地で行ってるよなw

それにしても、主催関係の考察がけっこう進んできましたね
317 ◆02i16H59NY :2010/03/05(金) 21:06:58 ID:sRiWkhiM
予約していたリリア・宗介組、投下します
318創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:07:29 ID:RsSBiUqb
 
319創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:07:51 ID:koJeXaPg
 
320創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:08:05 ID:4rPUkM2F
321手繰るスパイダー・ウェブ ◆02i16H59NY :2010/03/05(金) 21:08:39 ID:sRiWkhiM

――考えることだ。
戦場では、考えることを止めた者から死んでいった。
無謀な突撃の果てに、あるいは不可能な防衛に固執した挙句に、無為に死んでいった。
だから、考えろ。
死にたくなければ――考えろ。

――考えないことだ。
戦場では、余計なことを考えていた者から死んでいった。
無駄に時間を浪費し、あるいは咄嗟の判断に迷って、無慈悲な死神の鎌に刈り取られていった。
だから、考えるな。
死にたくなければ――考えるな。

どちらも正論。
どちらも真実。
どちらも確固たる実体験に基づく、絶対不変の真理。
だから。

いま、考えなければならないことは――何だ?
いま、考えても仕方のないことは――何だ?

おそらく、いままでのやり方ではダメだ。
おそらく、ここまでの自分たちは良くないパターンに陥っていた。
きっと考えなければならぬことを考えず、考えても仕方のないことに振り回されていた。
その代償が、この火傷。
その代償が、奪われた荷物1つ。
その代償が、こんな所での足止めで……しかし、それは同時に、頭を切り替える絶好の機会なのかもしれなくて。

彼は、そして迷う。
彼らしくもなく、迷う。

俺はいま、何を考えればいい?
俺たちはいま、何を考えることができる?

――そして放送が響き渡る。


     ※    ※    ※


『では、縁があったまた会おう――』

「んっ……?」

リリアーヌ・アイカシア・コラソン・ウィッティングトン・シュルツは、何か聞こえたような気がして、身を起こした。
どうやら、ブティック内のカウンターに突っ伏したまま、寝てしまっていたらしい。
彼女はそして、口を開いた。

「明日はわたし、学校は休みだから」

虚空を見上げたまま、彼女はつぶやいた。ベゼル語だった。

「だけど、ママは空軍のお仕事だから、起こさなきゃ。――了解なのだ」

誰に聞かせるともなく声に出し、彼女は再びカウンターに崩れ落ちた。
そのまま、リリアーヌ・アイカシア・コラソン・ウィッティングトン・シュルツは、再び寝息を立て始める。
どうやら、寝言のようだった。


【C-5/市街・ブティック/一日目・日中】
322創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:09:17 ID:koJeXaPg
323創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:09:27 ID:RsSBiUqb
 
324創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:10:01 ID:koJeXaPg
 
325手繰るスパイダー・ウェブ ◆02i16H59NY :2010/03/05(金) 21:10:13 ID:sRiWkhiM

【リリアーヌ・アイカシア・コラソン・ウィッティングトン・シュルツ@リリアとトレイズ】
[状態]:健康、深い深い哀しみ
[装備]:IMI ジェリコ941(16/16+1)、早蕨薙真の大薙刀@戯言シリーズ
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:がんばって生きる。憎しみや復讐に囚われるような生き方してる人を止める。
0:睡眠中。どうせだからもうちょっとだけ寝る。
1:宗介を護る。
2:トラヴァスの行動について考える。トラヴァスの行動が哀しい。
3:トレイズが心配。トレイズと合流す――


     ※    ※    ※


「――ッ、じゃなくてっ!」

叫び声と共に、リリアーヌ・アイカシア・コラソン・ウィッティングトン・シュルツはガバッ、と身を起こした。
昼下がりの気だるい日差しの差し込む、薄暗いブティックの中だった。
太陽の位置が、僅かに動いている。
そして人の気配は、ない。
彼女はそのことに気づくと、慌てて傍らの薙刀を掴み立ち上がって、

「……宗介っ!?」
「――呼んだか?」
「ひゥッ!?」

背後から即座に答えを返されて、奇妙な裏返った声を漏らした。
振り返る。
思わず名を呼んだ同行者、相良宗介が、何やら遠くで作業をしていた。
見れば、店の裏口にも繋がる通路の方から、手の中の糸を繰り出しつつ、ゆっくりこちらに近づいてくるところだった。

「……何してんのよ」
「この店にあったモノを利用して、簡単なトラップを張っている。原始的な警報装置だが、それだけに解除や察知は困難だ。
 もし万が一、裏口から侵入する者があったとしても、この場に居ながらにして察知することができる」

言いながら糸を伸ばし続けた彼は、何やら結び目を作りながら、小さな糸巻きをカウンターの隅に置いた。
どんな衣料品店にでもありそうな、何の変哲もない糸巻きから、地味な黒い糸が長々と延びていた。

「滑車の原理を利用して、裏口のノブからここまで糸を張り渡した。裏口の戸が開けられたら、これが床に落ちる仕掛けだ。
 こうしておくことで、背後に気を張る必要が減る。あとは正面入り口だけ見張っていればいい。
 くれぐれも、間違って足を引っ掛けたりしないでくれ」

そう言って彼は、溜息を吐きつつ小さな椅子に腰を下ろした。
その顔には、明らかな消耗の色がある。
荷物を引き寄せ、水のボトルを取り出してガブ飲みして、一息ついて改めて少女の方を向く。そして端的に言葉を放った。

「リリア。君のお陰で助かった。この傷の処置も退避の判断も、適切なものだった。感謝する」
「そんな、感謝なんて……」
「眠いのならば、もう少し寝ていてくれてもいい。どのみち、多少なりとも休息は取らざるを得ない状況だ」

上半身にシャツを羽織っただけの格好で、宗介は腹部をさする。
そこには包帯が巻かれていて、その所々にうっすらと赤いモノが滲んでいた。
火傷からの滲出液、それに、飛び散った破片で負った傷からの出血だった。正しい応急処置でも、すぐには止めきれるものではない。
彼が意識して多目の水分摂取を行っているのも、1つにはその対策だった。

「うん、ありがと……。でも、もう眠れる気はしないわ。それより宗介、もうこんな時間ってことは、」
「正午の放送は、1時間ほど前に終わった。心配せずとも、全て俺が聞いてメモを取っておいた。
 どうやら縁のある名前は、俺たちの敵であるガウルン1人のようだが……念のため、確認しておいてくれ」
326創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:10:14 ID:RsSBiUqb
 
327創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:10:26 ID:LqF15ZHE
 
328創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:10:43 ID:koJeXaPg
 
329創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:11:07 ID:RsSBiUqb
 
330手繰るスパイダー・ウェブ ◆02i16H59NY :2010/03/05(金) 21:11:12 ID:sRiWkhiM

宗介は紙を差し出した。黒い壁に関する戯言についての簡潔なまとめと、11人の名前が書かれていた。
リリアは眉をしかめる。

「確かに知ってる名前はないけど……多いわね」
「ああ。事態の推移は、思いのほか早いようだ」
「それに、これ何? 《空白(ブランク)》? 《落丁(ロストスペース)》?」
「俺にも意味はわからない。なので、言ったていたとおり、聞こえたとおりに書いておいた」
「それにしても意外ね。すごくわかりやすいレポートじゃない。
 あのお面の人が『何を言いたかったのか』はよくわからないけど、お面の人が『何を言ったのか』はとってもよくわかるわ」
「状況の正確な把握と報告は、兵士には常に求められる技術だ。決して得意な分野というわけでもないが」

リリアの称賛に、宗介は誇るでもなく怒るでもなく、ただ淡々と応えた。
一通り読み終えてメモを返すリリアに、宗介はそして、

「ところでリリア」
「なによ」
「睡眠の続きを取らないのであれば、正確な状況把握をしておきたいことがある。報告を求めたいことがある」
「えっ……?」

メモを受け取りながら、改まった口調で問いかけた。

「俺が『敵』の攻撃で意識を失ってから、この建物に避難し傷の手当てをするまでの間――何が起こったのか、詳しく聞かせて欲しい」


     ※    ※    ※


自身も混乱するリリアの説明は、簡潔とはいいがたく、また、正確とも分かりやすいともいいがたいものだった。
それでも十数分の時をかけ、不足するピースをいくつもの質問で補うことで、宗介もおおまかないきさつを把握することができた。

「そうか、トラヴァス少佐が、か……」
「ほんと、なにがなんだか、わかんないわよ……」

リリアのぼやきに、湿った色が混じる。
最初の放送で、母の名前が呼ばれた。銃を向けてきたトラヴァスは、その母の恋人だ。
御伽噺の中の魔法遣いのように、「動くマネキン」を操り、それを爆発させ、宗介に怪我を負わせて――
思わせぶりな言葉だけ残して、立ち去った。
そこまでの状況を理解した宗介は、少し思案する素振りを見せた後、口を開く。

「改めて確認するが――そのトラヴァスという少佐。本来の職務は、大使館付きの駐在武官なんだな?」
「そう聞いてる」
「リリアの住んでいるロクシェ、だったか……ともかく、大陸の東側陣営の首都で仕事をしている」
「みたい」
「彼が所属する西側の国家連合と、リリアたちが住む東側の国家連合は、今は穏健な関係だが、少し前まで激しい対立状態にあった」
「ええ。戦争が終わったのは、わたしが生まれる前の話だけど」
「となると……仮説を立てることは、できるかもしれない」

相良宗介は、彼にしては珍しく、曖昧な言い方をした。

「どういうこと?」
「これから言うことは、全て俺の推測だ。断言も確定もできない。だが推測で言っていいのなら」
「うんうん」
「彼の本職は、『スパイ』の可能性がある」
「……へ?」
「そして、この場所でも、似たような『仕事』を行っている可能性が高い」


     ※    ※    ※
331創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:11:40 ID:koJeXaPg
 
332創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:12:08 ID:RsSBiUqb
 
333手繰るスパイダー・ウェブ ◆02i16H59NY :2010/03/05(金) 21:12:11 ID:sRiWkhiM

「俺にとっても縁遠い話なので、これはまた聞きの話になるのだが……
 駐在武官というのは大なり小なり、諜報員としての性質も持つそうだ。
 本来は同盟国同士の円滑な軍事協力と情報交換のために派遣される役職だが、現役軍人だけあって知識も経験も豊富だからな。
 相手国の様々な情報を探り、様々な工作活動をするのにも最適だ――それが合法的なものであれ、非合法的なものであれ。
 また通常、駐在武官というのは中佐、あるいは大佐クラスの人間が派遣されるものだと聞いている。
 『少佐』という肩書きは、僅かに低い。
 それだけに、偉すぎて目立つ者には不可能な、小回りの利く仕事を任されている可能性が高い」
「だ、だけど、もうロクシェとスー・ベー・イルの戦争はとっくに終わって……」
「だからこそ、なのかもしれない。
 平穏を維持するに当たっても、情報の力は馬鹿にならない。それがまだ危うい平和であれば尚更だ。
 俺の所属する〈ミスリル〉も、平和の樹立と維持を目的とした組織だ。
 作戦を実行するのは俺たち作戦部だが、その作戦立案に当たっては情報部の力が欠かせない。よく対立はするがな」

駐在武官、というものが何をする仕事なのかも知らなかったリリアは、宗介の言葉にただ頷くことしかできない。
宗介は水を一口含むと、言葉を続ける。

「そんな彼が、この地で何かをやるとして――その技術と経験を活かさないはずがないと思う」
「技術と経験、って……つまり、スパイをやる、ってこと?」
「そうだ。マネキン人形を動かし、爆破させる技術。これは彼自身ものではなく、他の誰かが所持していたものだと思われる。
 簡単に奪って使いこなせるような技術とも思えないから、トラヴァス少佐はその産物だけを首尾よく借り受けたのだろう」

一回目の放送で示唆された、魔法、超能力といった『少し普通ではない部分』。
なるほど、あの放送の直後は『もっと大事でショッキングなニュース』のせいで、深く検討する余裕がなかったが……
トラヴァスが人知れず『そういった技術』を秘匿していたと考えるより、『別の世界』の者が持っていた力だった、と考えた方がしっくりくる。

「つまり――彼は、ああいう特殊技術を持つ人物の信頼を得ることに成功し、現地運用を任されるほどの関係を築き上げた。
 そして、あるいは俺だけならば止めを刺されていたのかもしれないが――彼は、君の存在を確認して引くことにした」
「わたし、を……?」
「おそらく、マネキンを爆破した時点では、彼は君を君と認識できなかったのだろう。
 あの時の俺にも気づかれなかったということは、かなりの距離を置いて様子を窺っていたはずだ。だから、停戦が遅れた」

相良宗介とて、戦闘のプロだ。
マネキン人形による攻撃に、さらなる次の手があるだろうことはしっかりと予想していた。
追撃への警戒も怠ってはいなかったし、狙撃などが可能な位置はちゃんと把握し注意を払っていた。
逆に言えば……だからその時点では、トラヴァス少佐は相当に遠い場所に潜んでいた、という理屈になる。
向こうからこちらの見分けがつかなかったとしても、だから仕方が無いことだったろう。

ちなみに、警戒していたはずの彼が自爆攻撃を予想しきれなかったのは、むしろ彼の置かれた世界情勢に拠る所が大きい。
未だソビエト連邦が健在で、東西の冷戦がなお続くパワーバランスにあっては、どんな紛争のどんな勢力も、圧倒的な劣勢にはなりにくい。
なぜなら、仮に片方の超大国と敵対したとしても、もう片方の超大国の支援を取り付けるのが容易だからだ。
結果として、自爆テロのような『攻撃者自身の死』を前提に置くような攻撃は行われにくくなる。そこまで追い詰められることが少なくなる。
『死ぬつもりで頑張れ』と鼓舞することはあっても、『まず死んで来い』とまで言うことは滅多にないのだ。
だからあの攻撃は、相良宗介や、彼と歴史を共にする者たちにとって。
経験豊富なプロフェッショナルでさえも、いや、経験豊富なプロフェッショナルであればこそ、盲点となってしまうような攻撃だった。
334創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:12:21 ID:LqF15ZHE
 
335創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:12:43 ID:koJeXaPg
 
336手繰るスパイダー・ウェブ ◆02i16H59NY :2010/03/05(金) 21:13:28 ID:sRiWkhiM

宗介は問う。

「リリア。君のお母さんは、簡単に人に騙されるような人だったか?」
「……ううん。
 寝起きは悪いし、抜けてるとこも多いし、大雑把だし適当だし、かなりふざけたところもある人だったけど……
 それでも、ほんとうに大事なとこでは、すごく勘のいい人だった。ほんとうのところで、人を見る目はあったと思う」
「リリア。君から見て、トラヴァスという人は信頼に値する人物だったか?」
「……うん。
 正直言っちゃうと、娘として複雑な気持ちはあったけど……でも、ママは“英雄さん”のことを本気で愛してるように見えた。
 “英雄さん”も、ママとの付き合いは真摯だった。遊びとかには、見えなかった。
 あの人が家の中にいるっていうのに、すっごく無防備に、幸せそうな表情で昼寝していたママの寝顔は、忘れられない。
 ママはトラヴァス少佐を信じてた。そう思う。
 だから――わたしも、彼のことを信じる」
「そうか。
 なら――君は、彼のことを信じていい。
 彼を信じた、君のお母さんを信じていい。
 俺は、そう思う」

宗介はショーウインドーの外の青空を、見るともなく見上げながら、訥々とつぶやいた。

「現時点では、俺にも彼の真意は分からない。
 スパイのような振る舞いをして、他の者と協力体制を作って、それで最終的にどうする気なのか見当もつかない。
 ひょっとしたら、最後に全てを裏切って、効率よく自分1人だけ助かるつもりなのかもしれない。
 ひょっとしたら、彼はあの『人類最悪』と名乗った男が送り込んだスパイなのかもしれない。
 直接彼を知らない俺は、どうしたって彼の行動を疑わざるをえない。
 色々言ってはみたが、目的もわからない以上、警戒を緩めることはできない。
 きっと怪我を負わされた俺だけでなく、この場にいるほとんどの者にとってもそうだろう。
 アリソン・ウィッティングトン・シュルツ空軍大尉亡き今、彼を疑わない者の方が少ないはずだ。
 だが……上手くいえないが、俺は、それではあまりに寂しすぎると思う」

宗介の横顔に、どこか遠い孤独の色がよぎる。そして、微かな共感の色も。
彼もまた、時に親しい人にすら明かせぬような任務を背負うことのある身だ。その言葉には、不器用ながらも確かな説得力があった。
リリアは、小さく頷いた。
その口元に微かな笑みが浮かべて、どこか言い聞かせるような口調でつぶやいた。

「……わかった。トラヴァス少佐のことを、信じることにする。
 何するつもりなのか全然わかんないけど、見当もつかないけど――でも、わたしは信じることにする」
「そうか」

返答は、そっけなかった。
そっけなかったが、リリアを見守る宗介もまた、微かな笑みを浮かべていた。


     ※    ※    ※
337創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:13:40 ID:koJeXaPg
 
338創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:13:46 ID:RsSBiUqb
 
339手繰るスパイダー・ウェブ ◆02i16H59NY :2010/03/05(金) 21:14:40 ID:sRiWkhiM

「でもほんと、あの人は何をするつもりなのかしら」
「わからない。それが蜘蛛の糸のような救いであれば幸いだが、楽観してかかるのも危険だろう」
「信じろって言ったの、宗介じゃない。まったくもう……って、あれ?」

リリアは、ふと首を傾げた。

「そういえば、宗介。あのお面の人も最初に言ってた気がするけど……『蜘蛛の糸』って、何?」
「何、と言われても」
「ああ、いやもちろん、虫の蜘蛛は知ってるし、それが糸で巣を張るのは知ってるけど……そういう言い方、しないかな、って思って」
「なるほど。確かに、リリアが知らなくても無理はないか」

リリアの言葉に、宗介は納得したように頷く。

「これは確かに、日本独特の慣用表現かもしれない。宗教説話を元にした、有名な短編小説が元になっている。
 『蜘蛛の糸』という、そのままのタイトルだ。俺も一度読んだことがある」
「へぇ〜、宗介の国の小説なんだ。……宗介が小説を読む姿って、ちょっと想像できないんだけど」
「肯定だ。確かに俺には、そういったものを読む習慣はない。だがある時、高校で読書感想文の課題が出てな」

変わらぬ仏頂面に僅かに眉を寄せて、宗介は腕を組む。

「それでまずは、ちょうど手元にあった、ASの戦術論に関する最新の本のレポートをまとめたところ、再提出だという。
 言われて見ればこれは俺が迂闊だった。現代文、つまり日本語の課題として出されているのに、英文の書物では確かに問題だ」
「あー、そういう次元の話じゃないような気がするんだけど……」
「しかし、あの国の書物で読むに値する資料というのは驚くほど少ない。雑誌でよければ技術関係で悪くないものもあるんだが。
 仕方なく散々頭を捻った挙句に、最新の防衛白書に関する私見をまとめてみたのだが、やはりダメだという。
 ならば何ならば良いのか、と教師に尋ねたところ、提示されたのが芥川龍之介の短編集だった」


     ※    ※    ※


あらすじは、こうだ。

ある日、釈迦が極楽の池のほとりから地獄を覗いてみると、カンダタという悪人が苦しんでいる姿が見えた。
その男はありとあらゆる悪事をやってきた極悪人だったが、たった1つだけ、善行を成していたことに釈迦は気がついた。
それは、小さな蜘蛛を踏み殺そうとして、すんでのところで哀れに思い、思い留まった、というもの。
釈迦はこの男にも救われる価値はあると思い、細い蜘蛛の糸を遥か下の地獄に向かって垂らすことにした。

(ちょっと待って、宗介。シャカ? ゴクラクって?)
(ああ、釈迦というのは仏教という宗教の開祖と言われる聖人だ。俺たちイスラム教徒にとってのムハンマドみたいなものだな。
 極楽というのはまあ、天国と考えてよかったはずだ。俺にとっても異教の話なので、細かな違いは分からないが)
(ふーん……そのイスラムとかムハなんとかってのもよく分からないけど、まあとにかく、天国の偉い人なわけね)

一方地獄では、そのカンダタが血の池でもがき苦しんでいた。
その目の前に、蜘蛛の糸が垂れてきたから大喜び。彼は急いでそれを登り始める。
だが、地獄から極楽までは実に遠い。相当な高さまできたところで疲れて休憩を取ることにして、そして何の気もなしに、ふと下を見た。
するとカンダタが登っていた糸を伝って、無数の地獄の亡者たちが続々と登ってくるではないか。
ただでさえ細い蜘蛛の糸が、この人数に耐えられるはずがない。そう恐れたカンダタは叫ぶ。
『この糸は俺のものだ。誰に聞いて登ってきた。下りろ、下りろ』
その途端、カンダタの手元で蜘蛛の糸は切れて、後を登ってきた亡者たちもろとも、彼は地獄へと逆落としに落ちていった――
340創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:15:07 ID:RsSBiUqb
 
341創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:15:10 ID:koJeXaPg
 
342手繰るスパイダー・ウェブ ◆02i16H59NY :2010/03/05(金) 21:15:43 ID:sRiWkhiM

     ※    ※    ※


「へえ……。いろいろ考えさせるお話ね」
「あの『人類最悪』なる男も、この話が伝わっている国の古い民族衣装に身を包み、狐を模した伝統的な面を被っていた。
 おそらくあの男が最初に示唆した『蜘蛛の糸』の話も、この話を念頭においてのことだろう」

元々長い話でもなかったが、宗介の説明はまたも簡潔にして要点を押さえたものだった。
リリアは尋ねる。

「それで、宗介はそれを読んでどんな感想文を書いたの?」
「うむ。まずは、作中に登場する『蜘蛛の糸』の強靭さについて私見を述べた」
「…………は?」
「話を読む限り、この蜘蛛の糸はただそこに巣をかけていた蜘蛛の糸を手にとって投げただけのものであるらしい。
 それでいて成人男性の体重を支え、それどころか、大量の人間がぶらさがっても簡単には切れない。
 最後にはとうとう限界重量を超えてしまったようだし、その際の具体的な人数が記されていないのは痛恨だが、実に興味深い素材だ。
 おそらく、より合わせて軍用のロープにでも仕立てれば、世界中の軍が採用を検討することだろう。
 ロープというのは地味ながらも、使い道が多く重要な装備だ。強靭な繊維の新素材は、それだけで一級の軍事機密になる。
 話の蜘蛛の生息地などが明記されていないのが残念だが、あるいは争奪戦が起こるのを恐れ、筆者はあえて伏せたのかもしれない」
「…………あ、あのねぇ」
「続いて、カンダタなる男の登攀技術の高さについて称賛した。
 泥棒をしていた関係で心得があった、と作中にあるが、しかし、正規の訓練も受けずに見事なロープ登りだと言わざるをえない。
 なにしろ装備らしい装備もなく、血の池で溺れ続けて疲れきった状態で、それでも相当な高さまで登り詰めたんだ。
 おそらく相当に高い身体的素質の持ち主だったのろう。基礎訓練を1から叩き込む必要があるが、きっと優秀な兵士になる。
 そしてまた、異教の聖人とはいえ、このカンダタを天国にスカウトしようとした釈迦という人物の眼力は相当なものだと認めざるをえない。
 ……と、大体このようなことを書き上げて、きっちりと提出した」
「…………で、その感想文を読まされた先生の反応は?」
「うむ。何故か非常に疲れきった顔をして、『もう相良君はこれでいいです』とおっしゃって下さった。再々々提出は回避できた」
「先生も本気でうんざりしちゃったのね……」

とろんとした目で、リリアはつぶやいた。


     ※    ※    ※
343創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:16:11 ID:koJeXaPg
 
344手繰るスパイダー・ウェブ ◆02i16H59NY :2010/03/05(金) 21:16:53 ID:sRiWkhiM

「だけど……そう考えると、おかしいんじゃない?」
「何がだ?」

2人揃ってブティックの中で並んで座り、味気ないカンパンをつまみながら、リリアは首を傾げた。
一度は味気ない、と切り捨てた支給食料ではあったが、動き出すには多少の腹ごしらえは必要だ。
そしていまは、選り好みしつつ食料を探すだけの気力もない。
こればかりは事務室で見つけた紅茶のティーバッグを、同じく事務室で見つけたやかんで沸かしたお湯で入れて、マグカップで飲む。
本格的な食事には程遠い、しかしおやつにしてはやや重い、ちょっとした軽食タイムだった。

「だって、その『蜘蛛の糸』って、自分1人だけ助かろうとしたら報いを受けて結局助からない、ってお話でしょ?」
「……そういう話だったか?
 体力自慢の有望な人材を釈迦がヘッドハンティングしようとするも、ロープの強度不足で失敗する話だったと思ったが」
「そういう話なの! まったくもうっ!」

宗介の言葉に、リリアは怒ってカンパンの缶を叩いた。反動で2個ほど飛び出しかけて、ギリギリのところで缶の中に戻る。

「でも、だとしたらこれおかしくない? たった1人しか生き残れない、って話と、全く噛み合っていないじゃない」
「確かに……そうか。リリアの理解でも、俺の理解でも、あの状況で言い出すのはどこかおかしい」

 『そして、生き残ることができるのは一人だけ。
  蜘蛛の糸の話を知っているものはその顛末も知っているよな?
  欲をかくなよ。一人だけという条件は絶対に覆らない。』

「どう考えても、他人を蹴落とすことを奨励するお話じゃないわ。むしろ、『それだけはダメ』って言ってるようなものよ。
 それでいて、助かるのは1人きり、ってことは何度も強調してる。なんかおかしくない?」
「言われてみれば、あの男は一度たりとて『他の者を殺して減らせ』とは言っていなかったな……そう解釈しても当然の状況は整えたが」
「まあ、さっきまでのわたしとか、話の筋をすっかり勘違いしてた宗介みたいなのは仕方ないとしても、よ。
 確か、名簿の名前の感じでは、宗介と同じ国の人が沢山いるらしいのよね?
 その人たちは、そのほとんどが『蜘蛛の糸』の話を知ってるのよね?」
「ああ。日本人の比率は明らかに高い。
 そして、日本人ならば大抵知っている話だとも聞いた。俺のことはかなりの例外だと思ってくれていい」
「なら――」

リリアは言った。

「あの一言には、なにか意味があるわ。単純な言い間違いとか聞き間違いとかじゃない、きっと、深い意味が」


     ※    ※    ※
345創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:16:54 ID:RsSBiUqb
 
346創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:16:59 ID:koJeXaPg
 
347創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:18:04 ID:koJeXaPg
 
348創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:18:46 ID:koJeXaPg
 
349手繰るスパイダー・ウェブ ◆02i16H59NY :2010/03/05(金) 21:18:46 ID:sRiWkhiM

「――と言っても、すぐにその意味がわかるようなら苦労しないわよねえ」
「肯定だ」

2人がかりでつまみ続けたカンパンは、とうとう空になってしまった。さりとて、次の缶を開けるほどの空腹、というわけでもない。
未練がましく指を中で遊ばせながら、リリアは溜息をつく。

「だいたい、『蜘蛛の糸』ってことは、最後の1人が決まったら雲の上からロープでも垂らすつもりなのかしら。
 もし万が一、たった1人で生き残ったとしても、それだと助かりようがないわよ。わたしなんかだと」
「ああ。壁伝いならともかく、装備もなく足がかりもないロープ登りは、プロの兵士でも簡単なことではない。
 それが体力と技術のある兵士でも、それまでに受けた負傷の程度によっては困難だろうな」

リリアの弱音に、宗介も同意する。
ロープを利用した登攀は兵士にとって基本的な技術だが、それだけに何が可能で何が困難かの判断も下しやすい。
空から縄を垂らされただけでは、ほとんどの者が立ち往生してしまうだろう。最後の1人もそこで朽ち果てろ、と言っているに等しい。

「ただ――空から迎えが来る、というのはあながち間違ってもいないのかもしれない。
 もし地上から迎えが来るというなら、その予定ルートを逆に辿れば、こちらも『人類最悪』のところまで辿り着けることになってしまう。
 流石に、そこまで隙のある相手とは思えない」
「空からって? 飛行機で、ってこと?」
「飛行機では離着陸に際して滑走路の問題が発生してしまう。市街地では難しい。おそらく、ヘリコプターになるだろう」
「ヘリコプター、って……なによそれ。まだ机上の産物じゃない」
「リリアのところではどうだか知らないが、俺たちのところでは当たり前の乗り物だ」

ヘリコプター。
垂直に離着陸でき、空中で停止するなどの器用な運用が可能になる――、と考えられている飛行機械だ。
ただし、リリアたちにとってはまだ空想上の乗り物。もちろん各地で試作はされているのだろうが、まだ使い物になる段階ではない。
ヘリコプターの実用化には、複数のローターの絶妙な回転数の調整が欠かせない。つまり技術的に高い水準が要求される。
そしてロクシェもスー・ベー・イルも、いまはまだ、普通の飛行機を飛ばすのが精一杯、といった段階なのだ。
名前や概念だけでも知っていたのは、リリアの母が最新鋭航空機のテストパイロットをしていたから、という要素が大きい。

「うーん、でも、宗介の国じゃ、大きな人の形をした機械が普通に歩いてるんだもんね。ヘリコプターくらいはあってもおかしくないか」
「入手が可能であれば、〈ミスリル〉でも使っている〈ペイブ・メア〉のような機体、つまり、ECS搭載型の大型輸送ヘリが望ましいだろう。
 あれなら仮に最後に残った参加者がまかり間違って攻撃を考えたとしても、ギリギリまで安全な接近を図れる」
「? ECSって?」
「電磁迷彩システムの略称だ。可視光をも含めた、あらゆる光学的探知を欺瞞することができる最新鋭のステルス装置だ。
 素人にも分かりやすく言えば――まあ、丸ごと透明になるようなものだ。すぐそこに居たとしても、まずそこに居るようには見えない」
「……とことん進んでるのねぇ……」

リリアは呆れる。
進みすぎた技術は、まるで魔法のようなもの――とは言うが、事実上の透明化に近いステルス技術とは。流石にこれは呆れるしかない。
呆れついでにショーウィンドー越しに空を見上げて、彼女はつぶやく。

「そうすると、ひょっとしてあのお面の人も、今も空の上に居たりするのかしら。その、見えないヘリコプターにでも乗って」
「どうだろうな。ローター音と強風の隠蔽には限界がある。目には見えずとも、音や風で察知されてしまう。
 また仮に高々度飛行をしていたとしても、いつまでも浮かんではいられない。今まさにそこにヘリがいる、ということはないだろう」

宗介は首を振る。
リリアにとっては未来のテクノロジーとも言えるヘリコプターではあるが、飛び続けるには当然、燃料が必要になる。
つまり、浮いていられる時間にも限界はあるということだ。
もちろん、簡単に尽き果てるようなものではないが、それでも、3昼夜もの間、宙にあり続けることはできないだろう。
空中給油を繰り返せば似たような真似も不可能ではないが、今度はその給油用の航空機をどこから飛ばすのか、という話になってしまう。
350創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:18:58 ID:RsSBiUqb
 
351創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:19:34 ID:koJeXaPg
 
352手繰るスパイダー・ウェブ ◆02i16H59NY :2010/03/05(金) 21:19:43 ID:sRiWkhiM

「――だが」
「?」
「リリアにとって俺の知る技術が規格外であるように、俺などには推し測れないような超技術が存在する可能性もある。
 たとえば、マネキンを動かし起爆させるような技術は、俺には想像することすらできなかった」
「それも……そうよね」
「大きな音を立てず、72時間程度であれば無理なく連続しての飛行・滞空が可能な技術。
 それももし可能なら、ヘリコプターよりも大型な、飛行空母のようなものが望ましい。ヘリ程度ではやはり、居住性に難がある。
 そこにECSのような高度な可視光ステルス機能を合わせれば――おそらく、この催しを管理するには、最適な観測所が確保できる。
 それが現実問題として可能かどうかは、俺には判断がつかないが」


     ※    ※    ※


「でもそうなると、飛行場の飛行機に燃料が入ってなかったのが残念よね。あればダメ元で飛んでみたのに。
 ……あ、でもひょっとして、『そのために』わざわざ全部抜いておいたのかしら。だとしたら、なんともご苦労様って感じだけど」
「可能性はあるな。機体内のタンクが空だったことはともかく、飛行場ならあってしかるべき備蓄分もなくなっていたのは不自然だ」
「どこかに燃料、ないかなー。あれば給油作業はできるんだけど」
「そうだな……少し探してみるか。危険も伴うが、自動車用の燃料を試してみるのも手かもしれない。
 ジェット機にただの灯油を注ぐのは危険極まりないが、旧世代のプロペラ機なら冗長性も高い。
 航空ガソリンに組成が近いハイオク燃料なら、短時間であればなんとか飛ばせるかもしれない。
 最新鋭の〈ガーンズバック〉より旧式の〈サベージ〉の方が粗雑な整備でも動いてくれるのと、似たような理屈だな」

2人は荷物をまとめながら、立ち上がる。
休息は取った。軽い食事も取った。とりあえずの目的も、見つかった。あとは、歩き出すだけ。
漠然とした、手掛かりすらない、今は雲を掴むような人探しと平行して――まずは飛行機を飛ばしてみる。その手段を探すのだ。
仮説の上に仮説を重ねた、本人たちにも実入りがあるとは思えない作戦ではあったが、しかし、ただ右往左往を続けるよりはいい。

「それにしても……宗介。なんか、吹っ切れた?」
「……そう見えるか?」
「うん。なんか、ウジウジしてない。負けて怪我して凹んじゃうのかな、ってちょっとだけ思ったのに」

リリアは小首を傾げる。
宗介は真顔のまま答える。

「大したことではない。会いたくもなかった知り合いに会って笑われて、逆に開き直っただけだ」
「??」
「よく考えたら、あの男は、たとえ死んでも素直な警告を善意でしてくれるような奴ではない――下手に焦っても、奴を喜ばせるだけだ。
 ここでリリアを置いて走り出しても、人探しがスムーズに行く保障などないし、何より、リリアがいたからこそ俺も一命を取り留めた。
 考えても仕方ないことを考え続けても、意味はない。そう悟っただけだ」
「なんだかよくわからないけど……ま、いいわ。辛気臭さが少し減ったようだし」
「辛気臭い……俺が?」

リリアはニコッと微笑むと何も答えず、大薙刀を肩にブティックから出る。口には出さないが、何か気に入ったらしい。
宗介も、返してもらった拳銃を懐に、2人で1つしか残っていないデイパックを肩に、その後を追う。

何気なく2人で見上げた空は、どこまでも青かった。
空を飛ぶ影も、レンズを通したような歪みも、どこにも見当たらなかった。
353創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:20:10 ID:RsSBiUqb
 
354手繰るスパイダー・ウェブ ◆02i16H59NY :2010/03/05(金) 21:20:27 ID:sRiWkhiM

【C-5/市街・ブティック前/一日目・午後】

【リリアーヌ・アイカシア・コラソン・ウィッティングトン・シュルツ@リリアとトレイズ】
[状態]:健康
[装備]:早蕨薙真の大薙刀@戯言シリーズ
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:がんばって生きる。憎しみや復讐に囚われるような生き方してる人を止める。
1:飛行機を飛ばしてみる。
2:宗介と行動を共にする。
3:トラヴァスを信じる。信じつつ、トラヴァスの狙いを考える。
4:トレイズが心配。トレイズと合流する。

【相良宗介@フルメタル・パニック!】
[状態]:全身各所に火傷及び擦り傷・打撲(応急処置済み)
[装備]:IMI ジェリコ941(16/16+1)、サバイバルナイフ
[道具]:デイパック、支給品一式(水を相当に消耗、食料1食分消耗)、確認済み支給品0〜1個、予備マガジン×4
[思考・状況]
1:飛行機を飛ばしてみる。空港へ行って航空機を先に確保する? 航空機用の燃料を探す? 自動車の燃料で代用を試してみる? 
2:まずはリリアを守る。もうその点で思い悩んだりはしない。
3:リリアと共に、かなめやテッサ、トレイズと合流する。



     ※    ※    ※
355創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:21:06 ID:koJeXaPg
 
356手繰るスパイダー・ウェブ ◆02i16H59NY :2010/03/05(金) 21:21:10 ID:sRiWkhiM

 彼は、知らない。
 彼女も、知らない。
 まだ、知ることができていない。

 いま、2人が辿りついた、その仮説。
 いまの2人だからこそ辿りつけた、その仮説。
 いまだ、他の誰も思いつけず辿りつけずにいる、その仮説。
 それを聞く者が聞いたら、きっと、ある『名前』に思い至ったことだろう。
 瞬時に、ある存在を思い浮かべたことだろう。

 それは、宝具だった。
 それは、世界でも最大級の代物だった。
 それは、2つで1組として造られたものだった。

 陽と陰。
 昼と夜。
 陽光と星空。
 互いに相反し、互いに相補う名を冠された『それ』。

 音もなく天に浮かび、姿を隠し気配を隠し、決してそれがそこにあると知られることのない、城砦と称しても過言ではない代物。


 『天道宮』――あるいは、『星黎殿』。


 それが、『それ』に与えられた名前であった。
 彼も彼女も、まだ、その名前を知らない。いまはまだ、辿りつけていない――。



357創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:21:21 ID:RsSBiUqb
 
358 ◆02i16H59NY :2010/03/05(金) 21:21:51 ID:sRiWkhiM
以上、投下終了。支援感謝です。
359創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 21:53:55 ID:40pPb2I7
投下乙!
宗介の読書感想文ワロタ
まさにフルメタルパニックだ!
360創る名無しに見る名無し:2010/03/05(金) 22:03:11 ID:eq6HkbCX
何で異世界のリリアでさえ蜘蛛の糸が示しているものがわかるのに、宗介はw
狐さんの居場所について、段々と考察が始まっているけれど、一番最初に真実へと
辿り着くのはどのパーティーだろうか…乙でした!
361創る名無しに見る名無し:2010/03/06(土) 00:41:54 ID:MesaaRli
釈迦がスカウトw
異世界人より異世界な発想…さすがソースケwww
なんて笑ってたけど以外に真面目に考察もするし、これはGJ!
362創る名無しに見る名無し:2010/03/06(土) 02:15:29 ID:4ELJkDsW
宗介、そりゃ先生呆れるわw
しかしその考察でいくと、『それ』は狐さんの環境的に星黎殿っぽいな
あと、個人的に前々から気になっていた蜘蛛の糸の話の考察がやっと出て良かった。
ロワのクセに首輪がないのはひょっとしてそういうことかね?
まあ考察の域を出ないけど。
乙でした。
363創る名無しに見る名無し:2010/03/06(土) 03:44:53 ID:n9WRBfNS
投下乙です

これこれ、この専門用語満載のとんちんかんな台詞こそ宗介って感じだw
守るとか守らないとかうじうじ悩んでばっかなのはらしくないぜやっぱ…
そしてお空の上に天道宮だと……おいおいどうなるんだこれww
364創る名無しに見る名無し:2010/03/06(土) 12:48:07 ID:1ERQRWW0
面白かった
365創る名無しに見る名無し:2010/03/07(日) 11:55:01 ID:tCuPjrHL
宗介w
考察も非常に面白かったです
366創る名無しに見る名無し:2010/03/08(月) 22:18:57 ID:QFsZJZMw
テスト
367創る名無しに見る名無し:2010/03/08(月) 22:31:08 ID:911tkngK
お、復活したんだ
368創る名無しに見る名無し:2010/03/09(火) 23:13:46 ID:4DlPc0lj
クルツ「こんなメッセージ受信機が渡された俺はきっと特別な存在――」
狐さん「おいおいアイツ玖渚見つけられてねーじゃんかよ使えねーなー」

クルツのメッセージ受信機の存在価値ってつまりはこういうこと?
369創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 09:05:25 ID:VQoMjCwi
wikiに収録されている話の中に誤字を見つけたら勝手に直しちゃっていいの?
もちろん姫ちゃんのセリフとかは除いてw
370創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 15:51:09 ID:nltNWP5F
どこかで一言言っておくべきだろう
371創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 16:22:39 ID:TtZr7HZA
意図的の場合もあるし、避難所とかで書き込む方がいいかと
もしくは、誤字か判断しづらい場合なら、避難所で指摘するだけで留めるほうがいいかも
372創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 17:50:14 ID:/u1OGtPZ
一般論として、書き手心理的には他人に好き勝手に文章を弄られたくはないってのはある
明らかな誤字でも指摘の方がいい
仮に直すとしても複数の選択肢が隠れてる場合もあるし、そこで何を代わりに置くかも個性のうちだし
(指摘する側はついつい「これしかないだろ!」って思いがちではあるんだが)
373 ◆MjBTB/MO3I :2010/03/11(木) 23:23:39 ID:gnzHirUi
予約していたパート、投下させていただきます。
374創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:24:52 ID:IRaHSiiR
 
375Quinty ◆MjBTB/MO3I :2010/03/11(木) 23:25:11 ID:gnzHirUi


裏? 違うって! ちーがーいーまーすー!
裏口入学とかありえないよう! 確かに皆と比べるとちょっと頭は残念かもだけどさあ!
断じて無いから断じて! 誤解を振りまかないでー!


                                ――――春田浩次


       ◇       ◇       ◇
376創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:26:46 ID:AHW4Apz5
 
377創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:26:51 ID:IRaHSiiR
 
378Quinty ◆MjBTB/MO3I :2010/03/11(木) 23:27:08 ID:gnzHirUi
実際のところ、彼女らが力を合わせて思考を巡らせようと考えたのは、手持ち無沙汰からであった。
だが更に加えるならば、ただただ言われたとおり留守番をするだけでは物足りないと考えてしまう性格。
駄目押しで、とにかくこの不思議な街から脱出したいという最終目標の一致。
これらが組み合わされる事により、少女達は遂にこの世界の本質を探らんとする為の行動を開始したのである。

つまり解りやすく言うと、二人は壁じゃないらしい"黒い壁"をどうにかしようと頑張り始めたということだ。
具体的には、空間移動や発火といった彼女ら自身の能力でアプローチをかけたりといった方法で。

「科学的に判断すると、正直今の状態では全く解りかねますわ」
「魔術的に判断すれば……やっぱり、結界?」

だが、それでもそう簡単に上手く行くようなものではないわけで。
二人は未だしっかりとした結論を出す事が出来てはいなかったのである。

「一応色々と思いつくだけモノを言えば当たるかもしれない、といった希望的観測の一つも抱きたいところですけれど……。
 やはり、その"魔術的視点"に頼るしかないのでしょうか。正直、いまいち未だに納得がいかない部分も少々あるのですけれど」
「けれどそう言っていたって始まらないでしょ? 私だって学園都市なんてやっぱり知らないわけで……まぁそれはもういいわ」

とはいえ、収穫が全く無いわけでは無い。

一つ、腕や足といった体の一部を挿入。成功。
二つ、空間移動による内部への侵入。失敗。
三つ、発火魔術による破壊目的の攻撃。無意味。
四つ、コンクリートの欠片を発見したので投石。小石は空白内部へ侵入。
五つ、同じくコンクリートの欠片を空白内部に空間転送。失敗。
六つ、空白部分に片腕を挿入し、内部から発火魔術を発動。失敗。
七つ、同じく空白部分に片腕を挿入した後、予め持っておいたコンクリートの欠片を空間転送。失敗。

以上が、目の前の黒い空白――人類最悪も言っていたので呼称を"壁"から変更する――に対して行った彼女らの実験。
見ての通りアプローチの方向性によって、この黒い空白は様々な一面を現している。
当然そうなれば、今の黒子達のやるべき事はこの実験から互いが感じた事の報告、及びそこからの推察である。
決してこの空白に対する愚痴を延々とこぼし続ける事ではないのだ。

「まずこの黒い空間は、確かに壁というよりももっと別の呼称が必要であるべきだと言う事は確信できました。
 内側に手を伸ばせば中に入っていきますし、後先を考えなければ体も入るはず……これは非常に重要な事実ですの」
「私達の進路を防いでいるという意味では、"壁"である事には変わりはないけどね」
「そして直接手を伸ばせば入る事が出来るというのに、わたくしの空間移動によって中へ侵入する事は出来ないようですわね」
「こっちも同じ。手足は飲み込まれていくのに炎はどうにも駄目だったわ――まるで本当に"壁"にぶつかったみたいに四散した」
「貴女に出会う以前、対戦車榴弾発射兵器をこの"黒"に対し発射した場面を目撃出来たのですが、それはそのまま飲み込まれたのですのよね……」
「なんかえらく物騒な話ね――――ああ、だけどそれでなんとなくこの黒いのが"何を迎えて何を送り返すか"は掴めた気がするわ」
「ですわね。わたくし達の持つ"力"に即した様なものには強固に、それ以外のものには柔軟に受け流す形を取ると考えて良いでしょう」
「私達の攻撃をそっくりそのまま反射してこない分まだマシってところかしらね」

結論。

一つ、空白は"無能力者の手の届く範囲程度の攻撃"を受けると、そのまま内部へと飲み込む。
二つ、受けた攻撃が"能力者や魔術師特有の領域"になると、ぶつかった攻撃は四散。消滅させる。
三つ、現段階では、白井黒子と黒桐鮮花には空白の破壊活動は行えない。

以上。

「しかし、実際どうなのですの? 結界と言いましたが、今」
「あくまで可能性の話だけどね……断定出来ないから具体的にどうだとかそういうのは、今は言えない」
「あら、そうでしたの……残念」
「色々考えてもヒントが足らなさ過ぎてどうにもならないわね。正直袋小路かも……」
「意外に強固ですわね……様々な意味で。困り者ですの」

煮え切らない結果には、うんざりする。
379創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:27:39 ID:AHW4Apz5
 
380創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:28:25 ID:AHW4Apz5
 
381Quinty ◆MjBTB/MO3I :2010/03/11(木) 23:29:09 ID:gnzHirUi
「しかしそうなると……あの"人類最悪"はどこにいるのでしょう」
「――――そういえば、確かに」

というわけで。
今のところ空白地への介入が不可能と知った途端、二人の疑問の焦点は流れるように変化した。
そのものずばり、この椅子取りゲームの"主催側"がどこに居るのかである。

「考えなかったわけではありませんが……改めて疑問が強まったといいますか、そんな具合ですの。
 衛星で撮影された映像などで遠くからわたくし達を観測する物見遊山気取り……というのも考えましたが」
「科学的に考えればそれもありかもしれないけど、私としてはそれは否定したい。
 ああした空白を魔術で作り出しているとしたら……私なら何かバグが発生しないか心配で離れられないもの」
「それは科学技術でも結局変わりませんわ。特にあの空白が異常を来せば、この"ゲーム"の成立も危ぶまれるはず。
 もしも問題が起こった後では遅いですし、その"もしも"を可及的速やかに解決させる為に近場で監視をするのは道理ですの」
「その場合でも監視員として置いているのは自分じゃなくて部下だけ、という可能性も高いけどね……。
 どちらにしろあの最悪な狐さんをこちらに引っ張り出してタコ殴りにするまでには、もっと色々な壁がありそうね」

そして、もう一つ。

「では仮に部下か本人が私達の居るこの街に潜伏したとして……わたくし達から姿を消しておく必要があります。
 個人用のステルス迷彩など、そういった方面で話を進めたとしても……拠点とする隠れ家や人間自体の気配が問題ですの」
「そうね、私達に察せられたら終わりなんだから……一応、人避けの力も含めた結界を張ればそんな不安は消せない事は無いけどね。
 むしろ焦点はどこに居を構えるか――か。徐々に空白に埋められて街が消えてしまうっていうシステムが何より問題よね、この場合」

人類最悪、または仮にいるとしてその一派が潜伏した場合の隠れ家などが問題である。
自分たちも世話になった摩天楼、クルツ達の向かった百貨店など、この街に拠点として構えられる建物は少なくない。
しかし、"だがその程度だ"。この街は端から徐々に狭くなるわけで、そうなると当然問題も山積みとなる。
街の端にある施設ならばすぐに空白地となって終了。馬鹿正直に真ん中潜伏するなど問題外。
そもそもある程度狭くなった時点で、潜伏者達が見つかる可能性は自然と非常に高くなってしまうはずなのだ。

「実は"人類最悪"はこの街に近い"外側"に居て、いつでもこちらに急行する事が出来るという説はどうでしょう。
 つまりあの空白地を通り抜ける事が出来ないという話自体が"人類最悪"のブラフで……なんて、ナンセンスの極みですわね」
「実は"人類最悪"はそこのところ全然深く考えてない、とか……うん、無い無い。流石にそれは無い」

結論は、なかなか出ない。
このままでは会話の種も尽きてしまうだろう。

「……まぁ、今はひとまず。あの百貨店に向かったチームとの合流まで気を抜かずに待つ事と致しましょう。
 彼らが戻ってくれば必ずや、嫌でも動きが出てくるでしょうし……英気を養う意味合いも含めて、体を休めるべきと思いますの」
「そうね……」
「うんうん唸って考えても仕方が無いという場面が出てくる……なんて、そんな事もありますわ。
 しかしこれは屈服ではございませんことよ。人類最悪を"表に出ろ"とばかりに引きずり出せる時は必ず来る、と信じていますから」
「うん」
「しかし本当、如何するべきなのでしょうね……」
「確かに……」
「ふぅ…………」
「はぁ…………」
「…………」
「…………」

そして会話終了。
遂に目の前の問題に関する対話の時間は終わりを告げてしまった。
共通の目的に走る間は仲が良く見えても、決してこの二人はそりが合わない間柄であったのだ。
そもそもかたや監視する側とかたや監視される側だ。友情が生まれる余地は、今のところは正直ほぼ無い。
だからすぐに、この話が終わった途端に静寂が生まれたのは道理である。

一寸の時間だけが、流れた。
382創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:29:20 ID:AHW4Apz5
 
383Quinty ◆MjBTB/MO3I :2010/03/11(木) 23:30:29 ID:gnzHirUi


       ◇       ◇       ◇


ん? 裏だって? ……ああ!
ぎゃははっ! ぎゃははははっ! 確かにその考え方も解りやすいな!
いいねえいいねえ<<表裏一体>>か! そりゃあ良い!
表向きは名探偵、だが果たして"その裏では殺し屋が隠者じみた暗躍を"!
確かにメインだとかサブだとか言うのと同じくらいはこっちもしっくりくるかもなあ!

そう。あいつと僕の"双り組"!
二人で一人、一にして二の存在……それが僕ら匂宮兄妹!

そうらそらそらビビったならさっさと逃げちまいな!
こちとらまだ殺しの為の一時間を過ごしちゃいないんだ……意味解るかよ?
そう! 大っ正解! つまりこんなところで居座ってたら、僕に欠片も残らず喰われるかもよってワケ!!
おー怖い怖い怖いわ怖い! さあどーするどーする!? 君ならどうするぅーううううう!?

ぎゃはははははははははっ! イエーっ!!



                                ――――匂宮出夢


       ◇       ◇       ◇


384創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:30:42 ID:AHW4Apz5
 
385創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:31:23 ID:AHW4Apz5
 
386創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:31:28 ID:BVUVODY1
 
387創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:32:10 ID:AHW4Apz5
 
388Quinty ◆MjBTB/MO3I :2010/03/11(木) 23:32:28 ID:gnzHirUi
やはり、二人は反りが合う同志などではなかったのだ。
共通の話題、つまりはこの世界に関する話題が尽きた今になってそれは一層感じられることだろう。
黒桐鮮花はもう白井黒子と話す気もすっかり失せており、無言。
果てに恐らくは相手も似たようなものだと断定し、もう目も合わせる様なこともしなかった。
白井黒子はといえば監視を続ける意味でこちらに視線を向けたりはしているのだが。

なんとなく、目の前の黒い空白へと再び視線を向けた。
「黒いのに空"白"」だとかつまらない言葉が浮かび上がったが口にせずに堪えた。

"こんなもの"を用意して自分達を閉じ込めた"人類最悪"は、本当にどこにいるのだろう。
出来るならば引きずり出して燃やし尽くしてやりたい。目指すは市中牽き回しの刑だ。
それだけではない。蹴りたい、蹴り飛ばしたい。踵で頭を叩きつけてやりたい。
どこか柔い土の上で連続で叩き続ければ釘の様に埋まっていくのだろうか。
そしてそのままあの狐面を取り外して、膝で綺麗に割ってやったりして。ざまあ。

あーあ。

蒼崎橙子に会いたい。師である彼女ならば何か、この場をどうにかする方法を知っていそうだから。
知らなくとも、"あの"蒼崎橙子なのだからとてつもない方法を編み出してくれそうな気もする。
というか、今こうしている間にあの黒い部分の中からひょっこり現れたりして。

なんて。

そんな希望的観測とも言えない様な荒い戯言はやめよう。
愛する兄を殺した万死に値する何者かを探すという目的もあるのだ。こんな馬鹿な事を考えている暇は無い。
自分の成すべき事を成した後に、ここから無事平穏に帰宅する為のプラン。
それを時間内に見出だせない限り、自分達はこんな謎の場所で"終わってしまう"のだ。
白井黒子の姿に目を移せば、彼女も同じ様に考え事をしているようだった。
再び空白地に手を伸ばしたりを繰り返しているのが証拠だ。そういう部分だけは、ありがたい。
389創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:32:39 ID:IRaHSiiR
 
390創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:32:59 ID:BVUVODY1
 
391創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:33:13 ID:AHW4Apz5
 
392創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:34:04 ID:AHW4Apz5
 
393Quinty ◆MjBTB/MO3I :2010/03/11(木) 23:34:19 ID:gnzHirUi

考えろ、考えろ。

ここに連れて来られる前に、いや、出会ったときから今まで蒼崎橙子から聞いてきた数々の話を思い出す。
自分が教わったのは当然炎を操る魔術だけではない。他にも大層な話題を提供され続けてきたのだ。
正直記憶も磨耗している部分はある。だがそれでも思い出さなくてはなるまい。
結局のところある種師匠頼りなのだろうが、それとこれとは話は別である。

"人類最悪"が魔術師だとしたら、どうするのか。

まず身の保身は最優先だろう。だがそれでも然程遠くにいけないはずだというのは、白井黒子との討論で出た結論だ。
では、ならば余計に疑問は膨らむ。こんな、徐々に狭くなっていく世界に逃げ道はあるのかということ。
蒼崎橙子の住処である"伽藍の洞"の様な"周りから察せられない"結界にも、限界はある。
魔術の心得のある人間には容易く見破られるし、兄の様な人間にもばれてしまうと言う。後者はイレギュラーだったらしいが。
例えその欠点を克服したとしてもどこへ逃げるのか。やはりやがて黒い空白に埋め立てられるこの世界の中には存在していないのか。
だが何がどうあろうと隠れ家は存在するはずだ。内でも外でも、本拠地を構えてそこにいるはずなのだ。
流浪しながらこんな大規模な魔術など展開出来るものか。かならずや何処か、"ゲームの参加者"の"目の届かない場所"にいるはず――――


『視界とは眼球が捉える映像ではなく、脳が理解する映像だ。
 私達の視界は、私達の常識によって守られている。
 人は自らの箱を離脱して生きていくことは出来ない』


師の言葉が浮かぶ。視界は常識によって守られ、自らの箱――世界を離脱する事は出来ない、と。

常識。箱。

隠れる、という常識的な行動に縛られない世界でも作ったのだろうか。あの狐さんは。
"隠れながら隠れない"。"隠れないように隠れる"。"隠れずに隠れる"。
――――色々と考えはするものの、意味の解らない言葉遊びに成り果てるだけでしかない。

(って、よく考えてみたら――サバイバルを強要されている今この状況こそ"意味のわからない常識外れ"なのよね……)

どうしろというのか。
394創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:34:36 ID:IRaHSiiR
 
395創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:35:12 ID:BVUVODY1
 
396創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:35:15 ID:AHW4Apz5
 
397Quinty ◆MjBTB/MO3I :2010/03/11(木) 23:35:36 ID:gnzHirUi


       ◇       ◇       ◇


裏、か――ああ、なるほど。なるほどな。確かにそうだな。確かにその通りだ。
協会から封印指定も受け、それを是とせず退避した今の私は十分に"裏世界"の住人と呼んで差し支えは無いだろう。

ここまで来るのに苦労が無かったわけではないさ。
確かに今は悠々自適の生活だがね。こんな環境を作るための努力は惜しんではいない。
住む国を変えた。魔術師である事も隠した。結果を張ってまでも外的の存在を防いだ。
偽り続ける事を続ける毎日だったし、それはこれからも続くだろう。それこそ延々と、な。
逃げるという事はそういう事だよ。隠すという事は、そういう事だよ。
どんな形であろうとも、ね。楽観視していては意外と難儀な事になるものだぞ、世の中って言うのは。

ん? 結界については前にも話したはずなんだがな。
――そう、それは記憶違いじゃあない。まさしくその通り、私が張った結界は"気付かれない"為のものだ。
"関心を寄せられる事が極端に無い"と言っても良いのかな。まあどちらでも問題はないさ。
とにかく、存在を悟られない。張った結界に皆も気付かないので怪しまれない。そんな種の術だ。
それでも完全とは行かないけどな。魔法でも使えればそこらへん、楽なんだろうが。

ん? 完全に干渉されない様にするには、だと?
それはまず魔法を使うか、もしくは長い時間をかけて大掛かりな魔術を展開するくらいになるな。
だが後者は高い魔力や技術力を要するわけだし、前者にいたっては私達としては埒外だ。
ああ、どこぞの荒耶の様に自分を結界で囲み続けるという方法もあるな。割と面倒なんだが。
まあ何事も――完全に、なんてそうそう出来はしないという事か。

ああ、手間や必要な力が問題外だから薦められんが、良い方法がある。
ずばり"自分だけの世界を創る"――――例えば"世界を二分して、もう一方にだけ自身を移してみる"とかな。
ま、独りで出来るものならやってみろと言いたいが。

ん? ああ、確かにそうだな……面白い事を言う。
確かに言う通りだ。二分した世界の片割れに住居を構えれば言葉通りの"裏世界の住人"か。
それも今の私達の住む世界を"表"と考えた場合の話だが――まあそんな細かい事はどうでもいいか。



                                ――――蒼崎橙子


       ◇       ◇       ◇


398創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:36:12 ID:IRaHSiiR
 
399創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:36:14 ID:BVUVODY1
 
400創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:36:17 ID:AHW4Apz5
 
401創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:36:54 ID:BVUVODY1
 
402創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:37:20 ID:AHW4Apz5
 
403創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:37:34 ID:IRaHSiiR
 
404Quinty ◆MjBTB/MO3I :2010/03/11(木) 23:37:58 ID:gnzHirUi
白井黒子は、黒桐鮮花を監視しながら考える。
目の前の黒い空白は果たして科学の結晶であるのか、と。
そしてなおかつ、仮にこれが残念ながら"魔術"の産物であったならどうするべきかと。
二人掛かりで考えても駄目だったものを独りで解決出来るなどと、奇跡でも起きない限り不可能なのは黒子も納得の上でだ。

(魔術……やはり今の様に、悠長に保留などと言っていてはいけませんわね。中途半端の極みですの。
 とは言えすぐに頭を切り替えろとなると……今の私には、その為の知識というものが明らかに足りてはいない)

だが超えるべきハードルは相応に高く、彼女には足りないものが多すぎた。それの最たるものが"経験"である。
齢十三にして大能力を手に入れた能力者であれど、まだまだ世界の全てを自身の目で確認出来るようなものではない。
知識として仕入れたものは沢山あれど、その中で"実際に"触れたものがどれだけあるものか。

特に、魔術師に関する経験ばかりはどうにもならなかった。
自覚無き邂逅を含めても明らかに経験不足。実に運が悪いとしか言いようが無い。
もう少しだけ経験を重ねていれば、現時点で発想の飛躍を敢えて行う事で道を切り開く事も出来たかもしれない。

しかし、もしもその問題が解決したとしても、もう一つ彼女らの邪魔をする抑止力が存在する。
それは誰しもが持つ各々の"常識"という壁だ。
当然の話だが黒桐鮮花にも白井黒子にも、人生経験の中で積み重ねた各々の常識というものを持っている。
だが今はそれを遥かに逸脱した状況である。常識外れの中に置かれ、状況は芳しくも無い状態。
そんな中で更に常識を覆して何かを考えようとしても、それはもう難儀な話であろう。
己の力、その道が何であるかを知るが故に、壁は高くなる。誰が悪いとかそういう話ではなく、今はただ、状況が悪かった。

(不愉快ですわね……何か、何か一つ取っ掛かりがあれば……科学的にしても魔術的にしても、何か……。
 やはり意地を張らずに魔術というものに理解を更に示し、相克する二つの合間で物事を俯瞰するのが……大事なのかもしれませんわ)

黒子は見る。黒桐鮮花の姿を。
彼女の立つ姿が秘める、魔術師としての姿を。
だがまだ彼女らは、会話を再会する様子も生み出さない。生み出せない。
残念ながら、そういう空気ではなくなってしまったから。
そこまで心を許しあったわけではないのだから。


魔術と科学は、未だ交差せず。
物語が加速するのは、果たしていつか。


黒桐鮮花と白井黒子。二人の立つ位置は近く、遠い。









これは余談だが、白井黒子の"物語"には興味深い一片が――彼女自身と"縁は合わなかった"が――存在する。
ある錬金術師が結界によって身を隠し、世界を敵に回しながらある少女を救おうとしていた、そんなお話。


舞台の名は三沢塾。それは"表と裏"に二分された、所謂一つの要塞。


"通常、干渉は不可能"という世界を構築した男の、努力と涙の物語。
405創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:38:03 ID:AHW4Apz5
 
406創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:38:06 ID:BVUVODY1
 
407創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:39:06 ID:AHW4Apz5
 
408Quinty ◆MjBTB/MO3I :2010/03/11(木) 23:39:09 ID:gnzHirUi


       ◇       ◇       ◇


裏、か。

外敵から身を守る。当然、そういった意味も含んではいる。
だがそれだけではない。私の生み出した世界は、内に入り込んだ敵を逃がさぬよう工夫されたもの。
依然、この要塞と化した三沢塾は鉄壁。心配などする必要もなく何もかも十全である。

世界の二分。表と裏。単純な二という数。それだけで良い。
メカニズムなど単純な事に過ぎん。この結論に至るのは最早、自然。
それだけで"何も知らぬ者達"は我々を知れず、"知る者"は知らぬ者に干渉する事も叶わぬ身となる。
理解出来ぬか? ならば少しだけ話してやらんでもない。


「"札をこの手に。種別はトランプ。用途は解説。数は一枚で十二分"」


……さて、ここに一枚のカードがある。
当然だがこのカードというものには必ず表と裏という概念が存在する。
そして私は、三沢塾全体を"それ"に当てはめたのだ。
「"カードの表"は生徒」「"カードの裏は外敵"」といった具合にな。

"カードの表"の住人、何も知らぬ生徒諸君は"カードの裏"である外敵に気付く事が無い。
"カードの裏"の住人、哀れかつ残念な外敵は"カードの表"である生徒への干渉が不可能。

今回のケースでは私は三沢塾の建物自体も"カードの表"へと当てはめている。
そうする事で"裏の住人"を表たる建物へ干渉させず、扉も満足に開けぬ身へと堕としたというわけだ。
つまりは何を"表"とし何を"裏"とするかといった細やかな調整も可能という事。
その程度の備えなど、当然。状況によって変化を与える事も必要不可欠なのだから。
例えば……自身と自身の生活する一室のみを"表から裏へと"変化させたならば、世から姿を消す事も不可能ではない。
自体はまさに、忽然。人間一人の消失など実に容易い。

とは言え、人避けの結界でも張る方が労力は然程かからんのだが。
しかし、当然。私がその方法を選ばなかった事には相応の理由もあるというもの。
その"誰もが自発的に近づかない"という結果を引き起こす結界にも限界はある。私はそれが気に入らぬ。
私が今望む結果にその限界は不要。些細なミスで自身を破滅に導くなど、決してあってはならぬのだから。
……さあ、これで私の講釈は終了。これにてお開きとする。


「"故に、私に関する全てを忘れ、安全安楽に家路につくがいい"」


――――俄然、計画は未だ留まることを知らず。
後は最早吸血鬼の降臨を待つのみ。
この学園都市内部にて、既に準備は整いつつある。

美しき禁書目録よ。来るべき日は目の前に。

これでもうすぐ、私は……。


                         ――――アウレオルス=イザード


       ◇       ◇       ◇

409創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:39:13 ID:BVUVODY1
 
410創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:39:50 ID:AHW4Apz5
 
411創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:40:11 ID:BVUVODY1
 
412創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:40:32 ID:IRaHSiiR
  
413創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:40:38 ID:AHW4Apz5
 
414Quinty ◆MjBTB/MO3I :2010/03/11(木) 23:40:50 ID:gnzHirUi


【B-5/飛行場/1日目・午後】


【黒桐鮮花@空の境界】
[状態]:強い復讐心
[装備]:火蜥蜴の革手袋@空の境界、コルトパイソン(6/6)@現実
[道具]:デイパック、支給品一式、包丁×3、ナイフ×3、予備銃弾×24
[思考・状況]
基本:黒桐幹也の仇を取る。そのためならば、自分自身の生存すら厭わない。
1:クルツたちが戻るまで飛行場で待機。"黒い空白"や"人類最悪の居場所"など、色々と考えたい。
[備考]
※「忘却録音」終了後からの参戦。
※白純里緒(名前は知らない)を黒桐幹也の仇だと認識しました。


【白井黒子@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康
[装備]:グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、地虫十兵衛の槍@甲賀忍法帖、鉄釘&ガーターリング@現地調達
[道具]:デイパック、支給品一式、姫路瑞希の手作り弁当@バカとテストと召喚獣
[思考・状況]
基本:ギリギリまで「殺し合い以外の道」を模索する。
0:これは魔術に更に理解を深める良い機会なのでしょうか……? いや、ですが……。
1:クルツたちが戻るまで飛行場で待機。"黒い空白"や"人類最悪の居場所"など、色々と考えたい。
2:“監視”という名目で鮮花とクルツの動向を見定める。いつまで行動を共にするかは未定。
3:当面、ティー(とシャミセン)を保護する。可能ならば、シズか(もし居るなら)陸と会わせてやりたい。
4:できれば御坂美琴か上条当麻と合流したい。美琴や当麻でなくとも、信頼できる味方を増やしたい。
5:伊里野加奈に興味。浅羽が隠していただろう事柄についても詳しく知りたい。
[備考]:
※『空間移動(テレポート)』の能力が少し制限されている可能性があります。
 現時点では、彼女自身にもストレスによる能力低下かそうでないのか判断がついていません。
415創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:41:21 ID:BVUVODY1
 
416創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:41:27 ID:AHW4Apz5
 
417 ◆MjBTB/MO3I :2010/03/11(木) 23:41:36 ID:gnzHirUi
投下終了です。
常々多くの支援、ありがとうございます。助かっております!
418創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:42:07 ID:IRaHSiiR
 
419創る名無しに見る名無し:2010/03/11(木) 23:58:53 ID:AHW4Apz5
投下乙。
ふたりとも、それぞれに色々考えるね。そして今回はゲストがいっぱいw
誰の言葉が正解に近いのかこれからが楽しみ。
そしてクインティなつかしいw
GJでした。
420創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 00:43:58 ID:dKtueBwR
投下乙です。

科学と魔術が交差した考察w そりが合わない者同士の意見交換が楽しいw
アプローチの仕方もなかなか斬新。表と裏か……いろいろ考えさせられるな
にしても橙子さん、最近ゲスト出演多いですね。おつかれさまですw
あと春田はなにしに来たwww
421創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:03:49 ID:36/I6wN5
投下乙
何故春田wwwww
予想外の人選に驚きだ……w
二人とも仲良くなる訳……ないよなあw
表と裏の解釈も見事でした
GJでしたw
422 ◆UcWYhusQhw :2010/03/12(金) 02:05:04 ID:36/I6wN5
大変お待たせしました。
予約してた組投下します。
423創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:05:25 ID:X9aREw7b
 
424 ◆UcWYhusQhw :2010/03/12(金) 02:06:19 ID:36/I6wN5
(……何かつまんないな)

迫り来る銃弾を柱を楯にして避ける和服、両儀式はそう、心の中で愚痴をこぼす。
嫌な予感はしていたが、やはり、貧乏くじを引いたようだった。
相対している制服を着た白髪の少女について、明確に外れだと式は思う。
少女の赤みがかったその目は、何か異様に透明に見えて、何処か不快に感じている。
戦い方もそうだ、多少訓練はしてある様だがその程度でしかない。
先程戦った剣士から比べると、少女の実力は明らかに劣っている。
加えて何処か少女の動きは人形のようだった。
人間と戦っているはずなのに、無機質な物と戦ってるように思えて何処か面白みが無い。
別に、自分は戦闘狂という訳ではない。
だが、この少女と戦い続ける事はこれ以上、したくなくもなかった。

(もういい、さっさと終わらせよう)

静かに、目蓋を閉じながら、式はそう思う。
これ以上時間をかける必要も無い。
元々、少女が持っていた銃が面倒だったから、弾切れを待つ意味でも様子見をしていただけだ。
そして、少女は別に銃の扱いに特別慣れてると言う訳でもない。寧ろ初心者のレベルである。
ならば、もうこれ以上、様子見に徹する必要も無く、銃に警戒する必要も無かった。
第一、時間をかけたら、あいつらに馬鹿にされてしまう可能性だってある。
そんな事を考えたら何処か腹立たしく感じ、式は白髪の少女を狩る最もいい行動パターンを考え始める。
彼女の戦い方は軍で教えるような簡単な戦い方でしかない。
不用意に近づいてきたら、銃を。逆に銃に警戒するならナイフを。
ほんの数回の牽制のし合いで戦闘パターンを読む事ができた。
応用性もなくまるで、教えられた事をそのままやる機械のようだ。
まるで、あのマネキン人形の様で、読むのはたやすい。
戦闘経験が無いものなら狩れるだろうが、場馴れしてるものを狩るのは足りない。
つまり

「―――残念だったな。狩られるのはお前。狩るのはオレだ」

狩る側の立場は自分、両儀式だ。
右手に、一つのナイフを構え、目を開ける。
思考をし始めてから、約十秒。
長すぎる時間だ、さあ、始めよう。



(……つよい)

その一方で、相対する白髪の少女こと伊里野加奈は少し焦っていた。
今、戦っている和服の女が予想以上に強かった事に驚きを隠せない。
恐らく、今まで戦った人間の中では一番強いだろう。
何より、速いのだ。和服の動作のスピードが速すぎる。
此方が先制して銃撃したと思えば、もう逃げ込まれていたり。
かといって、接近してナイフで切り結ぼうとすれば、一合目で大きく後退された。
優勢なのは此方なのに、何処か負けている感じがするのは遊ばれてるからだろう。
相手が守勢なのに、全く逃げようとしないのが証拠だ。
銃撃を三回、切り結んだのは二回ほどだが、そう直ぐに感じる事ができた。
このままではいつかは負けてしまうだろう。
だけど

「まけない」
425創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:07:04 ID:FFyxPU4r
 
426創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:07:13 ID:WbYldk9f
 
427創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:07:49 ID:FFyxPU4r
 
428創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:08:27 ID:WbYldk9f
 

負ける訳にはいかなかった。
全ては大好きな浅羽の為に。
退く事も考えはした、けど、どうせ追いつかれる。
なら、ここで殺すしかない。
大丈夫、浅羽の為なら戦える。
ベレッタとナイフを強く握り直す。
ふぅーと息を大きく吐いて、気を強く持つ。
心にあるのはただ一つ。

「浅羽の為に死んで」

浅羽の為に殺すという事。
その一点だけを強く思い、前を見る。
丁度、柱から和服が姿を現した。
右手に一振りのナイフを持って此方を睨んでいる。
距離は約五メートルぐらいだろうか。
和服は身を低くしてナイフを構える。
接近戦を仕掛けるのだと伊里野は思い、銃で応戦しようとして右手の銃を構えた。
その瞬間

「せいっ!」

和服が、構えていたナイフを伊里野に向けて投擲したのだ。
アンダースローから放たれたナイフは、伊里野の喉元へ真っ直ぐに向かっていく。

「きゃっ!?」

予想だにしなかった投擲攻撃に、伊里野は完全に不意をつかれてしまう。
それでも、目を瞑りながらも、咄嗟に右手のベレッタで、向かってきたナイフを宙へ弾くことが出来た。
伊里野の精一杯の行動で、弾くことが出来たのは偶然だと伊里野は思う。
しかし事実は逆で、偶然ではなく必然。
銃を嫌がった式が、ベレッタを狙ったまでの事だった。
そんな事は伊里野が気付く訳も無く幸運だったと心の中で思う。

伊里野に弾かれたナイフはクルクルと高く斜め上の宙へ飛んでいく。
弾かれたナイフを気にする事なく、直ぐに目をあけ、前を見る。
その先には、投擲した張本人である和服がいない。

走り去って逃げたと言う訳でもない。
直ぐに右側を向いて見るが、そこにも居ない。
左側も振り向いて見るが、やはり居ない。
後ろにも居ない事は、見なくても気配でわかる。
何処かに隠れている訳も無いようだ。
それならば、

「どこ――」

そう、呟いた瞬間の事。
伊里野の疑問に対する答えは、居なくなった本人から解答を告げられる。


「――――上だよ」

430創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:08:41 ID:FFyxPU4r
 
431創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:08:54 ID:X9aREw7b
 

言われた瞬間、伊里野は宙を見る。
クルクルと回りながら、宙から地へ落ちていくナイフ。
そのナイフを、空高く、飛んで、和服は逆手で掴まえる。
一連の行為が伊里野には美しく、またスローモーションの様に思えて、ただ茫然と眺めている事しかできない。

そして、そのまま、地に落ちていく。


「しまっ――」


まるで、いつか見た流れ星のように、流線を描き、和服は伊里野に向かって、



「あ――」



鋭く、激しく、無慈悲に切り裂いていった。


ほんの些細な呟きすら許さず。
大好きな人の名前すら呼べず。



伊里野加奈は、地に伏せる。



それが終わり。
それで終わり。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








433創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:09:38 ID:FFyxPU4r
 
434創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:10:29 ID:WbYldk9f
 
435創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:10:38 ID:FFyxPU4r
 

「おや、もう終わったのかい? 流石だね」

剣士シズとの戦闘を勝利で終えて、悠々と帰還した王、フリアグネは向かってくる者に対して労う。
ブーツをカツカツと音を鳴らして歩いて来る者は彼の仮初の仲間である和服――両儀式であった。
フリアグネ自身もそれほど戦闘に時間をかけたつもりではないのだが、和服はその上をいったようだ。
餌を譲って欲しかったのだがと、フリアグネは思っていた所、帰って来た和服の表情は何処か不機嫌そうだった。

「何処か機嫌が悪そうだね“和服”」
「……別に。おまえは仕留めたのか?」
「いや、“少佐”に譲ることにしたよ。其方はどうやら、仕留めたみたいだね」

そう笑いながら言ったフリアグネに、和服は少し顔を顰めて返事する。

「……いや、止めはさしてない」
「ほう? どうしてだい?」
「別に。興醒めしただけだ。けど、大きな傷は負わせたから今は這い蹲ってるんじゃないのか」

目蓋を閉じ、もう興味は無さそうに和服は呟く。
それでも、未だに何処か不機嫌そうで、表情は晴れることは無かった。
フリアグネは和服の態度に嘆息一つ吐いて、

「じゃあ、止めは譲ってもらってもいいかい?」
「……勝手にしろ。オレは少し休む」
「やれやれ」
「ふん」

和服のつれない態度にフリアグネは少し可笑しそうに笑って、餌の居る方向へ歩いていく。
フリアグネとしては、何の条件もなしに獲物を譲ってもらったので特にいう事も無く、和服の元から去っていった。





「くそっ……」

和服――式はフリアグネの後姿をつまらなそうに見ながらも、やがて興味を無くして虚空を見る。
そして、いらいらが募り思わず地面を蹴ってしまう。
溜息を吐き、直ぐ傍にあった商品のチェアに深く身を沈める。

「何なんだよ……おまえ」

右手を蛍光灯にかざし、そのまま自分の顔を覆い被せた。
呟いた言葉は、もうここに居ない誰かへ。
あんなに付き纏っていたのに、死ぬ時は傍に居なかった誰かへ。
死んだなら、黙って欲しいのに。
なのに、あいつは式を縛っていく。
437創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:11:21 ID:FFyxPU4r
 
438創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:12:28 ID:FFyxPU4r
 
あの時、殺す事に躊躇いなど無かったはずだ。
事実、直前まで式のナイフはあの少女の喉元に喰らいつこうとしていた。
なのに、なのに。


――――でも人殺しはいけない事だよ、式


どうして、あの声が聞こえてきたのだろう。
今更になって、どうしてまた。
今までそれ以上の言葉なんて、言わなかった癖に。
ずるかった、ずる過ぎた。


――――――君を、許さないからな


そうやって。勝手に人を縛って何をしたい?
だったら、何でおまえは死んだ。
私を置いて勝手に死んで。
それでも、なお、縛るのか。
ふざけるなよ、本当に。


結局、不意に響いた言葉のせいで、殺せなかった。
狙いの喉元から大きく外れて、右肩の方へ。
大怪我になるのは違いないし、放置してれば勝手に死ぬだろうが、それでも殺していない。
それに、止めを刺すのはあいつになるんだろうし。

私は『人類最悪』は殺す。
おまえをあんな目にあわせたあいつは絶対に許せない。
その為には、なんだって、してみせる。

なのに、お前はやはり殺人を否定するのか。
『人類最悪』を殺す過程で、違う誰かを殺す事を否定するのか。
否定したおまえは、もうこの世界に居ないのに?
どうしようもない殺人衝動を抱えた私を一人きりにして、まだ否定するのか?


いい加減にしろよ――――黒桐幹也。


私は、殺さなければならないんだ。
この殺人衝動と共に、立ちはだかる者を。
なのに、もう、居ないお前が縛るな。
くそっ………………


私は大きく息を吐き、虚空を見上げる。
少なくとも気分は最悪だった。
こんな無様な姿はあいつらには見せたくもない。
そして、あるモノを思い出してデイパックをまさぐる。
だけど、探し物は見つからない。
あれ?……どうしたんだっけ……?


……ああ、そういえば。

440創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:13:13 ID:WbYldk9f
 
441創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:13:34 ID:FFyxPU4r
 
442創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:13:58 ID:WbYldk9f
 
顔を隠す狐の面は盗られたままなんだっけ。


参ったな、必要の時に限って無いんだな。


そう、


――――勝手に死んだおまえみたいに。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「くっ……つぁ……」

凄まじい激痛が伊里野を襲う。
じくじくと斬られたが痛い。
痛くて、動く事すら困難になってしまう。
血がどくどくと溢れ出ている。
地に這い蹲ってるせいで、制服が真紅に染まっていく。
自分の白い髪も血に濡れていくのが解る。
でも、何故かまだ生きている。
狙いが甘かったのかは伊里野には解らないけど、でも、生きていた。

「あっ……うぁ……」

鋭い痛みで顔に、油汗が滲む。
噴出した血で、顔が赤く染まる。
苦しくて、痛くて、たまらない。
言葉にならない呻き声が、静かな百貨店に響く。

「………………ひぅ……ぁく……」

だけど、自然に涙は出なかった。
泣いてる場合では無かったから。
そうだ、痛みに屈してる場合ではない。
苦しみに泣いている暇なんてない。
444創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:14:20 ID:FFyxPU4r
 
445創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:14:44 ID:WbYldk9f
 
446創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:15:07 ID:FFyxPU4r
 
「あさ……ば……」

全ては大好きな浅羽の為に。
一生懸命、大好きな彼の為に戦わないと。
まだ、まだ伊里野の戦いは終わっていない。
終わっちゃいけないから。

「くぁ……………ふぁ……」

地面を這いずり回ってでも進んでみせる。
少しずつ、少しずつ進んでいた。
出口へ向かって、浅羽を助ける為に。
苦しくても、辛くても、頑張らなければ。

「がぁ………………ぅあ」

痛い、痛い。
無理に動くから、動く振動によって傷が痛む。
苦しくて、苦しくて、涙が出そうになる。
でも、頑張らなきゃ、大好きな浅羽の為に。

「…………浅羽………………っー」

服が、身体が、顔が汚れる。
未だに溢れ出る血と、地面を這ってるせいで、ちりと埃で汚れていく。
でも、気にしない、気にしちゃいけない。
自分はもっと出来る、頑張れる。
浅羽の為に、大好きな浅羽の為に。

「はぁ……はぁ……やった…………ちゃんと……すすんでる……」

どれくらい這っていただろうか。
痛みで、頭がくらくらするけど進んでいる。
最初に地に伏せた位置からすると、大分進んでいた。
紅い血が、か細く、だけどしっかりと伊里野加奈が頑張った道を証明するように続いている。
その調子だ、もっと、もっと頑張らなきゃ。

「ぐっ………………ぅぅ…………浅羽」

あまりの出血で、もう、頭が上手く働いていない。
今、自分が、どうなっているかさえも、解らなくなってきている。
でも、想っていられる。想いだけが存在している。
大好きなひと。
心の底から思っていられる人。
浅羽、浅羽直之。
だから、頑張れる。頑張っていられる。

「あさ……ば…………みぅ………………あさ……ば」

眩暈がしてきた。
でも、進んでいられる。
大好きな人の為に戦える。
だから、泣かない。
痛みなんか、気にしない。
まだ、まだ進んでいられる。
まだ、まだ頑張っていられる。
448創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:16:08 ID:WbYldk9f
 
449創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:16:32 ID:FFyxPU4r
 

「あ…………かふっ……………………あさ…………ば」

口から、血が溢れてきた。
紅い、紅い血が。
でも、進まなきゃ。
まだ、頑張らなきゃ。
浅羽の為に。
大好きな浅羽の為に。
伊里野加奈はまだ、戦える。
伊里野加奈はまだ、生きられる。

「あさ…………ば………………だいすき」


走馬灯が巡る。
懐かしい光景。
夜中のプール。
渡した入部届。
二人のデート。
薄暗い映画館。
マイムマイム。
長髪を切った。
二人の逃避行。
晩夏の思い出。
大切なおもい。


「浅羽………………わたしは……頑張る………………」


進んでいた。
頑張れていた。
痛くても、苦しくても。
這って、這って、這って、這って、這って。
精一杯、一生懸命、自分の力で頑張って。


伊里野加奈は、大好きな、浅羽直之の為に、生きています。


「…………やった、進んだ」

ただ、ただ、進んでいく。
普通の人にとっての一歩でしかない距離でも、伊里野はゆっくりと進んでいた。
確かに、しっかりと。
這って、頑張って。

「浅羽…………浅羽」


大好きな人の為に。
浅羽直之の為に。

伊里野加奈は、戦っていた。


そして――――

451創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:17:16 ID:FFyxPU4r
 
452創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:17:34 ID:WbYldk9f
 
「これは………………驚いた」


伊里野加奈の戦いは終わりを告げようとしている。
殆ど見えない目に映るのは白い服を着た男。
伊里野を物珍しそうに、ただ、見ていた。
でも、それすらも伊里野は、理解できる余裕が無くなって来ている。
ただ、耳に声がきこえて、それが現実すらもよく解らなかった。

「この人間の“器”の大きさは普通の人間を遥かに超えている……誇り高い王族の生まれか……それとも救国の英雄か……」

伊里野に向かって、珍しそうに呟いている。
それは驚嘆の篭った呟きで、ただ珍しそうに伊里野を見ていた。

「いや……それ所ではない……そんな比ではない。もっと凄まじい……世界を護った救世主?……人類を救った聖女?……言い過ぎかな?」

興味深そうに、感慨深く頷き、ただ、伊里野を見下ろす。
伊里野は、もはや考えている余裕も無かった。
傍に人が居る事すら、解らなくなって来ている。
血を流しすぎて、動く事すら、困難なのだから。

「しかし……いや、言い過ぎではないか…………ふむ? これは……」

思索にふけ、そして白服の王は見つける。
地に伏せる少女から紅く延々と伸びている道を。
その距離は地を這って進むには長すぎる距離であった。
王はその道を血である事を理解し、感嘆する。

「いやはや…………君の執念は凄いね。“和服”に敗北してから、ここまで這ってきたか……何が君を此処まで進ませるんだい?」

伊里野はもはや、誰に問いかけられているのかすら理解ができなくなっていた。
意識が朦朧として、あやふやで。
朦朧とした中で、何も考えらなくて。
ただ、問われたまま、意味も解らず、素直に、想いを口にする。

「だいすきな……ごほっ……浅羽のため……」

大好きな人の為に。
告げる途中で、むせて赤い血を吹いた。
でも、気にする事もなく、言葉を続ける。

「わたしは浅羽がすき。どんなに浅羽に嫌われても……浅羽だけを護る」
「……ほう」

白服が頷くのに気付かず、熱病にうなされた様に伊里野は言葉を吐き続ける。
浅羽の為に、浅羽を護る為に。
454創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:19:02 ID:FFyxPU4r
 
「他の人なんか知らない。わたしは浅羽がいきてればいい!」

想いをただ、吐いている。
自分の偽りの無い、純粋な想いを。

「そのために、殺す。みんな、みんな、殺す。みんな死んじゃっても知らない! 浅羽のためなら、何だって犠牲にする!」
「………………」

それは、みんなの為に犠牲になった少女の想い。
ただ、ただ、純粋な想いの吐露。
伊里野は叫びながら、その頬にはずっと我慢していた温かい雫が流れている。
王は、神妙に黙って、静かに聴いていた。

「浅羽のためなら何だって犠牲にする。世界が滅んでもかまわない。わたしは、浅羽のために、たたかう!」


力の限りを振り絞って。


「浅羽に嫌われても、それが、浅羽のためになるなら、殺す。わたしは浅羽がすきだから、護りたいから!」


泣いて。


「すべて、みんな、犠牲に、しても、浅羽をまもる。浅羽だけの為に、戦って、殺して!」


叫んで。


「そして、浅羽だけのために死ぬ!」



伝えるから。


「浅羽が、だいすきだから!」



その、想いを。


「……………………そう、君は愛の為に戦ったのか。そのためには何でもやる、犠牲にする……か」

王は、深く頷き、言葉を咀嚼し、繰り返す。
その時の表情は、王自身も、理解できないものだろう。

「……君の名は?」

王は、静かに名を尋ねる。
その時の表情は、誰にも理解できないだろう。
伊里野は、力を籠めて、答える。


「伊里野、加奈」

王は、その少女の言葉に、穏やかに微笑んで。


「イリヤ、イリヤか。……イリヤ、君の頑張りは、君の戦いは……」


伊里野の頑張りを褒め称えるように。
伊里野の戦いを肯定するように。

深く頷いて。



「――――素晴らしいものだね。でも、イリヤ、お休みなさい」



静かに、剣を、振るった。




伊里野の髪と同じ色の白い炎が、微かに瞬いて。



そして、散った。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






457創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:21:15 ID:FFyxPU4r
 
ある所に一人の少女が居ました。
少女は、世界を二人で放浪する恋人達から生まれました。
両親である、恋人達は、その少女をある船の国で生んだのです。
その国は、船の中でで成り立っていて、渡りをしながら海の上で成立してました。
少女の両親は生まれた子を可愛がりましたが、やがて、旅立つにいたって、その子が邪魔に思えてきたのです。

そして、その子を、船の国に置き去りにしたのです。
困った船の国の人達は結局、その子を育てる事にしました。
少女は新たに名前をつけられ、すくすくと育ちました。
船の中で、暮らしていき、色々教えられていったのです。

しかし、ある時、転機が訪れました。
それは、国にある旅人がやってきたのです。
旅人は今までの中には居ないような人で、積極的に船の人々と関わりを持とうとしたのです。
それに困った少女を育てた者達は少女を、その旅人の監視役につけたのでした。

少女を育てた者達は、少女が気に入ったのならば、旅人について行ってさえいいとすら思っていたのです。
そして、旅人が中心となって起きた、クーデター。
少女を育てた者達、いや少女を育て居たの機械達は、結果としていなくなってしまいました。
そして、少女を育てた者達が、少女に残した言葉、「そして、一緒に生きろ」
それは、旅人共に生きろと言う言葉でした。

クーデターが起こした旅人は結局、その船の国から離れる事になりました。
その時、旅人が少女に言った言葉、「戻るがいいよ」と。
残酷な言葉が、少女を苦しめました。
もう、船の国には少女を育てた者は居ないのです。
帰る場所は何処にも、存在しないです。
それなのに、戻ればいいという言葉は少女にとって死刑宣告と一緒でした。

少女は、旅人に言いました。
戻る所など無いと。
そして、旅人は、自らの過ちに気付き、彼女と共に歩む事を決めたのです。

その後、二人はそのまま、旅立ちました。
二人が安住していられる場所を見つけれる為に。
そして、ずっと旅をしていました。
ずっと、二人は一緒でした。


めでたし、めでたし。





459創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:21:52 ID:X9aREw7b
 
――――とは、いかなかった。





その少女は殺し合いに連れてこられた。
旅人と離されてしまった。
二人は離れ離れ。

そして、二人は再会した。


旅人は、死に。
その死ぬ瞬間を少女は目の前で見てしまった。

それが、物語の結末。
それが、二人の終り。


「……………………」


少女は、黙って見ている。
ほんの少し前に事切れた旅人を。
じっと見て、じっと見続けて

「死んだのか」

そう、短く言った。
感情は篭っていない、ただの言葉。
動かなくなった、旅人に対する問いかけ。

「死んでしまったのか」

一歩、一歩ずつ旅人の下へ近づいていく。
でも、旅人は問いかけには答えない。
だって、死んでいるのだから。

「………………」

そして、旅人の下へ。
だけど、旅人は動かない。
血だまりの中で、死んでいた。


少女は
461創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:23:03 ID:WbYldk9f
 
「ティー」


ティーは、短く名前を言った。
逝ってしまった旅人の問いに対する答えを。
そして、


「忘れてしまったの?」


哀しそうに
怨めしそうに
言葉を紡いでいく。


「わたしの名前はティー」

確認するように。
何度も、何度も。
名前を紡いでいく。


「一緒に助け合うって言った、一緒に旅をしていた」


今までの事を懐かしむように。
ティーは普段から信じられないほど饒舌に喋っていく。


「忘れてしまったの?」


その言葉には、哀しみが溢れていて。
旅人が最後に言った言葉は、少女の今まで生を否定するものでしかない。
だから、だから、


「わたしにもどるところなんてない!」


叫んでいた。
強い強い言葉を。


「あなたがわたしのいばしょだった!」


ティーが見つけられた、新しい生きる場所だったのに。
旅人は、それを、忘れてしまったのだろうか。
そして、旅人は、死んでしまった。

「どうして、どうして、忘れちゃったの? わたしのこと、きらいになったの?」

もしかしたら、旅人はティーの事を嫌いになったのだろうか。
だから、忘れてしまったのだろうか。
そう、ティーは思ってしまう。
思ってしまった瞬間、想いが溢れた。

463創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:24:09 ID:FFyxPU4r
 
464創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:24:17 ID:WbYldk9f
 
「やだ! いやだ! おいていかないで! おいていかないで! いやだ!」


力の限りを振り絞って、泣いて、叫んで、想いを伝えていく。


旅人へ、大切な想いを。
そして、一人になった悲しみを。


哀しくて、苦しくて、自分の居場所を失ってしまった少女に残されてるのは、一つしかない。


哀しみから、逃げる方法。


それは――――






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






浅羽は、ただ見ているしかなかった。
恐怖を持っていた少女、ティーが哀しみに暮れるのを。
大切な人を失ったティーを見守るしか、無い。

置いていかれたと叫ぶティーが、浅羽にとって、とてもデジャブの感じるものだった。
それは、浅羽が護りたいと思う人物が叫んでいた事と一緒だったもの。


――――わた、わたしの、ことなんか、もう、きらいに、なっちゃったの?

置いていかれたと思った伊里野加奈の哀しみの言葉。
ひとりぼっちにされたと思った、伊里野の苦しみの言葉。
その時の様子がティーに重なって、酷く、浅羽は苦しくなっていく。


やがて、ティーはふらふらと歩き出して、近くの建物を目指す。
そして、一枚のガラスも石で破り、破片を持ち出した。

「やばいな」

その行為の意味を直ぐに理解したのは、浅羽の隣に居たもの、クルツだった。
ガラスの破片で、手が切れるのはお構い無しに、旅人の下へ戻っていく。

「自殺するつもりだ……!」

焦りながら呟いた言葉は、浅羽にも大きく響く。

悲しみに耐えられなくなった人間が、その悲しみから逃れる方法。
孤独になった人間が、孤独から解放される方法。

命を、自ら、断ち切るという事だった。


――――やだ! いやだ! おいていかないで! おいていかないで! いやだ!


少女の哀しみが、大好きな人の哀しみと重なる。
少女の苦しみが、大好きな人の苦しみと重なる。
少女のおもいが、大好きな人のおもいと重なる。


浅羽は、とても、苦しく哀しかった。

どうして、こんな事が起きてしまうのか。
ただ、ただ、苦しくて。
見てるしかなかった。
467創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:25:35 ID:WbYldk9f
 
468創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:25:41 ID:X9aREw7b
 
469創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:26:24 ID:WbYldk9f
 
その時、クルツが、ティーの元へ、向かっていく。

走って、彼女の元へ進む。
ティーが旅人の前で、佇んでる所静かにゆっくりと声をかける。

「ティーちゃん。駄目だ、そんなこと」

咎めるように、クルツは言った。
ティーは振り返り、クルツを睨む。
何も、言わず、感情も、籠めず、じっと。

「大丈夫だ、その人は嫌いになったりしてないはずだぜ?」

クルツは、その視線に怯まず言葉を紡ぐ。
浅羽は、光景を静かに見ながら
あの時、伊里野加奈に言った時の事を思い出していた。
クルツは優しく、少女に話しかける。

「その人は、置いていってないと思うぜ。居場所はティーちゃんが思う限りあると思う」
「…………え?」

ティーの大きな瞳が、クルツを捕らえる。
無くなってしまったと思う自分の居場所が再び肯定されたから。
クルツは、静かに、優しく、言葉を紡ぐ。

「その人の事、好きか?」

クルツはもう既に亡くなった旅人を指して、ティーに聴く。
ティーは何の迷いも無く、こくんと首を振った。
クルツはその返事に、笑って、ティーの頭を撫でる。

「だったら、大丈夫だ。その人がティーちゃんの事嫌いになるなんて、有りえない」

浅羽はその光景を見ながら、あの時の事を思い出す。
ティーをシズに重ねながら。

「楽しかったんだろ、一緒に居て……きっとその人も一緒だと思うぜ……それに」
「……それに?」

ティーの大きな瞳を見つめながら。
クルツは、そっと口を開く。

「君が死んだら、その人も君と同じ思いをすると思うぜ? いいのか? それで」

ずるい言葉だろうなと、クルツは思う。
その言葉でティーを縛るだろう。
不確かなのに、ティーをそれ以上、させなくする。
ある意味、酷い言葉だった。

「…………だったら、どうすればいい?」
「生きればいいんじゃねえか」

その問いに、クルツは即答する。
頭を撫でながら、笑って。
ティーはそんな、クルツの顔を見て。


「…………あ」

ふと、優しい、旅人――シズの顔を思い出す。
穏やかな、笑顔。
困ったような、笑顔。
楽しかった、あの旅。

自分が死ぬといったら、哀しそうな顔をする。
そんな、表情をして欲しくなかった。

自分生きると想ったら、嬉しそうな顔をする。
そんな、表情をして欲しかった。

死ねないと思って

そしたら、今度は自分が哀しくなって。

なら、シズの居ない世界で、どう生きればいいの?と思って。

シズは答えてくれなくて。

わたしは、どういう生き方をすればいいの?と思って。

シズは困った風に笑って。


そして、消えた。


ティーはずるいと思って、そして、哀しみが溢れ、死すら奪われて。


哀しみの許容範囲を超えて、そっと意識を手放した。


答えは、まだ、出なかった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






472創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:27:24 ID:WbYldk9f
 
473創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:28:19 ID:WbYldk9f
 
474創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:28:48 ID:FFyxPU4r
 
475創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:28:47 ID:X9aREw7b
 
476創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:29:08 ID:WbYldk9f
 
477あの、素晴らしい をもう一度 ◆UcWYhusQhw :2010/03/12(金) 02:29:25 ID:36/I6wN5
「柄でもない事言っちまったな……さって、直之、とっととずらかるぞ」

意識を失ったティーを抱きかかえると、そそくさと退散の準備を始める。
浅羽は呆気にとられながらも、クルツに疑問を呈する。

「え、でも、百貨店には……?」
「ど阿呆、わざわざ敵陣に乗り込む馬鹿がいるか」
「……敵?」
「見れば判るだろ。死んだばかりの死体がこの場にあった。それに、ほれ」

クルツが指を指す方向にあるのは、てんてんと百貨店の前から続いてる血の道。
流石に此処まで言われれば、浅羽もクルツが言いたい事も理解できる。
つまり、殺された人は百貨店にて、襲撃にあい、死んだという事。
襲撃者が未だに居るかはわからないが、居るかも知れない状態で乗り込むのは危険と判断したからだ。

「ティーちゃんは気絶中、直之は戦えないとなると流石に俺一人では無理だ。襲撃されない内に逃げるぞ」
「うん、判った」

浅羽の返事を聞くや否や、すぐさまホヴィーのエンジンをかけ、出発する。
ティーは、浅羽と共に、デッキの上で寝ていた。
シャミセンはデイバックに入ってもらった。
色々、言ってたようだが、お構いなしに、問答無用に入れる。
今、悲しみに暮れているティーが、猫の声で起きると少し大変だからだ。
そして、ホヴィーは北に向かって、進んでいこうとする。


「……クルツさんは凄いですね」
「何が?」

クルツアクセルに足をかけた時、ふと浅羽が話しかける。
それは、少しの憧憬を籠めた口ぶりで。

「ティーが自殺しようとした時、ぼくは立ち止まってたのに、クルツさんは彼女を止めた事です」
「あー別に、大した事じゃねえよ。あそこでティーちゃんが死んだらそれこそ目覚めが悪いだろ」

クルツが前を見ながらそう答える。
買出しを提案したのは、クルツだ。
それで、連れ出しておいて、死なれたら正直、目覚めが悪いなんてもんじゃない。
あそこで死んだならば、仲間の不和も招きかねないし、統制もガタガタになるだろう。
それに、

「ティーちゃん死なせたら、あの二人に何言われるかわからんし……女の子が死のうとしてる所、黙ってみてる訳にもいかないだろ」
「そう……ですね」
「まあ、思いっきり、柄でもない言葉を言いまくったけどな」
「本心ですか?」
「さあな」
478創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:30:02 ID:X9aREw7b
 
479創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:30:06 ID:FFyxPU4r
 
480創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:30:16 ID:WbYldk9f
 
481創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:30:56 ID:X9aREw7b
 
482あの、素晴らしい  をもう一度 ◆UcWYhusQhw :2010/03/12(金) 02:31:16 ID:36/I6wN5
それきり、クルツは口を開く事は無かった。
ティーに言った言葉が本心かどうかは結局わかりやしなかった。
でもと浅羽は思う。
結果的にはティーを救ったのはクルツだろう。
縁も無い子を、救ったのはただ凄いと思えた。
自分の好きな人すら、護れない、救えない自分よりかは全然凄い。
凄すぎた。

そう、比べたら何処か憂鬱で。
ふと外の景色を眺める。

「え?」

其処には――――





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






(これで、あの少年とリリア達以外の否定派の発見か)

そう思いながら、トラヴァス少佐は百貨店の窓から、ホヴィーが立ち去っていくのを眺めていた。

見つけたのは偶然、王の下へ帰還しようとした矢先の事だった。
あの剣士の遺体に近づいた者達を見つけたのは。
トラヴァスは窓から気付かれないように、その者達を見張っていた。
どうやら、縁者だったらしい、少女が叫んでいた。
それは、哀しみと苦しみの叫びでトラヴァスにも伝わっていく。

(ああ……あの子には復讐の儀がある)

それを聞きながら、ただ、そう思う。
剣士を殺す判断をしたのは間違いなく自分も入っている。
ならば、あの少女が自分を殺すのに、儀があることは間違いないだろう。
愛する人の仇討ちをするならば、それはきっと自分に回ってくる。
それが、仇討ちの連鎖なのだから。
だが、

(今は、まだ。全てが終わった後に)

まだ、その仇討ちを受け入れる事はできない。
この殺し合いを破壊した後に、任務を達成した後にだ。
だから、今は少女を見て、そう、心に誓う。

やがて、少女を止める為に金髪の男が間に入った。
自決をしようとした少女をなだめている。
それよりも、トラヴァスが気になったのは、金髪の男が居た位置。
咄嗟に近寄って、彼がポジショニングした位置は狙撃をされにくい位置だった。
そこは、障害物などがあり、狙撃がしづらい場所だった。
その反応を見て、

(同業者かな。それも、優秀な狙撃手か)
483創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:32:08 ID:WbYldk9f
 
484創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:32:16 ID:FFyxPU4r
 
485あの、素晴らしい  をもう一度 ◆UcWYhusQhw :2010/03/12(金) 02:32:48 ID:36/I6wN5
自分と同じ、軍人だと判断する。
それも、優秀な狙撃手と。
他にも少年を連れていることから、恐らくは殺し合いを否定する側の人間だ。
ならば、彼らは殺してはならない側の人間だ。
幸いまだ、王達は気付いていないらしい。
見つかる前にさっさと立ち去って欲しいという願いが通じたのか、彼らは去っていた。
撤退の早さも迅速だった。

(行き先は北か)

どうやら行き先は北らしい。
頭の中に叩き込んだ地図と示し合わせるとそこにあるのは飛行場。
そして、今居る場所は、百貨店。
その事を照らし合わせ、深く考えると導き出される答えは一つ。

(あの者達は恐らく、長期戦に備えるものを集めに来たのだろう)

そうなるなら、北に、否定派の集団が存在する事になる。
ならば、

(王達を北に行かせないようにしなければ、ならないな)

王達を北に行かせてはならない。
今、大きな集団になっている所を潰させるわけには行かない。
ならば、王達を北に行かせないようにコントールしなければ。
それが、自分自身の役目なのだから。

(……そろそろ戻らないと疑われるな)

予想外の者達で、少し時間を喰った。
そろそろ戻らなければならないと思っていた矢先にふと、目に映ったもの。

「あれは……?」

何故、『あれ』が此処に居るのだろう。
そう思い、見えた先に行こうとする。
だが、その時

「首尾はどうだい? 少佐」

背後から、かけられる声。
仮初の自分が仕える王、フリアグネだった。
その王に対してトラヴァスは何事も無かったように答える。

「ええ、剣士は死にました」
「そう、流石だね、こちらも仕留めたよ」
「……そうですか」
「何かあるのかい?」
「いえ、特に何も」

そう、と呟く王を尻目にトラヴァスは内心、驚いていた。
嘘をついているようには思えない。
ならば、何故アレが存在しているのだろう。
そう、内心疑問に思いながらも、和服の元に戻ろうと言った王に隋身した。

486創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:32:59 ID:FFyxPU4r
 
487創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:33:08 ID:WbYldk9f
 
488創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:33:47 ID:FFyxPU4r
 
489創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:33:53 ID:X9aREw7b
 
490創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:33:56 ID:WbYldk9f
 
491あの、素晴らしい  をもう一度 ◆UcWYhusQhw :2010/03/12(金) 02:34:07 ID:36/I6wN5


階を上がって、辿り着いた先にはチェアに深くを身を沈めていた和服だった。
トラヴァスが見たところ、何処か機嫌が悪そうである。
フリアグネはそれを一瞥すると、自身も、和服の対面にある椅子に腰掛けた。
トラヴァスはその王の傍に、立って、王の言葉を待つ。

「さて、上手くいったようだ。此処に迷い込んだネズミは二人とも狩った。"少佐"、剣士の支給品は取れたかい?」
「ええ、そのまま回収致しました」
「ご苦労、此方も手に入れたものは、これだ」

そう言って、銃と一つのナイフ、手榴弾を彼らの中央位置する場所に置く。
ふと、トラヴァスは疑問に思った事を満足そうな王に聞いた。

「あの少女をし止めたのは"和服"ではないのですか?」
「うん? ああ、譲ってもらった。彼女は、どうやら興が醒めたらしいからね」
「……ふん」

その王の返事に、和服は鼻を鳴らしただけだった。
その事で機嫌が悪いのかとトラヴァスは推測するも、余り納得はいかない。
殺せなかった事に不機嫌なのは間違いないのだが。

「しかし、あの人形みたいな人間は面白かったね」
「と、いいますと?」
「少女の割りに、驚くべき"器”だ。こんな場所であったら、もっと遊んでみたかったものだ……」
「そうか? オレは何か、あの目は少し不快だ。正しく人形の様だよ」
「"和服”はそう思うかい?……まあ、それはいい」

王は、独り言のような呟きを終え、少女から奪ったとされる銃を持つ。
そして、それをトラヴァスの元へ投げた。

「少佐、コレは報酬だよ。前回いいものを謙譲してもらったからね。これで、イーブンだ」
「ありがとうございます」
「おい、オレには何も無いのか? そのナイフ、中々の業物みたいだし」
「ああ、これはちょっと興味あるし……まあ、次の機会があったら、渡すよ」
「……ちっ」

そう、和服をからかう王は何処か楽しそうだった。
何か、心配事が一つ消えたような、そんな感じが見て取れる。

「何かあったんですか? 凄く楽しそうですが」
「別に。ただ、もうこれで憂慮する事が無くなっただけさ」
「そうですか」
492創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:34:44 ID:FFyxPU4r
 
493創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:34:48 ID:X9aREw7b
 
494あの、素晴らしい  をもう一度 ◆UcWYhusQhw :2010/03/12(金) 02:34:55 ID:36/I6wN5
王はただ、そう言って微笑んだ。
何かしら王にとって好都合だったのがあったのは事実だろう。
トラヴァスは推測しながら、王の表情を伺う。
特に変わりも無く、微笑んでいただけ。

「さて、これから、どうしようか?」
「……休ましてくれ。オレは少し疲れた」
「おや、お疲れかい?」
「五月蝿い、面倒くさい相手ばかり押し付けたのはどいつだ」

和服は苛々そうに呟いて、目蓋を閉じる。
寝はしないが、休むと言う意思表示なのだろう。
王はやれやれと言いながら、トラヴァスの方に顔を向け労わるように言う。

「ご苦労だった、暫しの休みといこうか」
「了解しましたた」

トラヴァスは頷き、だがその場を離れず、横目で王の顔を見る。
先ほどから、疑問に思っている事が一つ、ある。
王はあの少女をしとめたと言った。

なら、『アレ』は何だ?
手心を加えるような性格には思えない。
狩れる時には、遠慮なく狩る者だ。

ならば、『アレ』は一体何だというのだろう。
一つ、思いつくのがある。
王は、異質な存在であるのは間違いない。
となると、

(何か隠している力があるという事なのだろうか……?)

王が何か隠しているモノが存在する可能性がありえる。
理外の範疇に居る存在だ。
それぐらい、持ち合わせても不思議ではない。

(となると…………『アレ』は何者なのだろうね)


となるならば、あの、見かけたモノは何だろう。


疑問が沸いたまま、しかし、それが解けることは無かった。


【C-5/百貨店・3F婦人服売り場/一日目・午後】



495創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:35:34 ID:FFyxPU4r
 
496あの、素晴らしい  をもう一度 ◆UcWYhusQhw :2010/03/12(金) 02:35:50 ID:36/I6wN5
【フリアグネ@灼眼のシャナ】
[状態]:健康
[装備]:吸血鬼(ブルートザオガー)@灼眼のシャナ、ダンスパーティー@灼眼のシャナ、コルデー@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式×2、酒数本、狐の面@戯言シリーズ、『無銘』@戯言シリーズ、ポテトマッシャー@現実×2、10人名簿@オリジナル
[思考・状況]
基本:『愛しのマリアンヌ』のため、生き残りを目指す。
1:休憩に付き合う
2:トラヴァスと両儀式の両名と共に参加者を減らす。しかし両者にも警戒。
3:他の参加者が(吸血鬼のような)未知の宝具を持っていたら蒐集したい。
[備考]
※坂井悠二を攫う直前より参加。
※封絶使用不可能。
※“燐子”の精製は可能。が、意思総体を持たせることはできず、また個々の能力も本来に比べ大きく劣る。


【両儀式@空の境界】
[状態]:頬に切り傷、イライラ気味
[装備]:自殺志願(マインドレンデル)@戯言シリーズ
[道具]:デイパック、支給品一式、ハーゲンダッツ(ストロベリー味)×5@空の境界
[思考・状況]
基本:ゲームを出来るだけ早く終了させ、“人類最悪”を殺す。
1:休憩する
2:ひとまずフリアグネとトラヴァスについていく。不都合だと感じたら殺す。
3:幹也の言葉に対して、イライラ感
[備考]
※参戦時期は「忘却録音」後、「殺人考察(後)」前です。
※自殺志願(マインドレンデル)は分解された状態です。



【トラヴァス@リリアとトレイズ】
[状態]:健康
[装備]:ワルサーP38(6/8、消音機付き)、フルート@キノの旅(残弾6/9、消音器つき)
[道具]:デイパック×3、支給品一式×3(食料・水少量消費)、フルートの予備マガジン×3、
     アリソンの手紙、ブラッドチップ(少し減少)@空の境界 、拡声器、早蕨刃渡の太刀@戯言シリーズ、
     パイナップル型手榴弾×1、シズのバギー@キノの旅、医療品、携帯電話の番号を書いたメモ紙、
     トンプソン・コンテンダー(0/1)@現実、コンテンダーの交換パーツ、コンテンダーの弾(5.56mmx45弾)x10
     ベレッタ M92(6/15)、べレッタの予備マガジン×4
[思考・状況]
基本:殺し合いに乗っている風を装いつつ、殺し合いに乗っている者を減らしコントロールする。
1:『アレ』は何なのだろうか。
2:当面、フリアグネと両儀式の両名と『同盟』を組んだフリをし、彼らの行動をさりげなくコントロールする。まずは北に行かせない事
3:殺し合いに乗っている者を見つけたら『同盟』に組み込むことを検討する。無理なようなら戦って倒す。
4:殺し合いに乗っていない者を見つけたら、上手く戦闘を避ける。最悪でもトドメは刺さないようにして去る。
5:ダメで元々だが、主催者側からの接触を待つ。あるいは、主催者側から送り込まれた者と接触する。
6:坂井悠二の動向に興味。できることならもう一度会ってみたい





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






497創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:35:54 ID:WbYldk9f
 
498創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:36:27 ID:FFyxPU4r
 
499あの、素晴らしい  をもう一度 ◆UcWYhusQhw :2010/03/12(金) 02:36:42 ID:36/I6wN5
「クルツさん、降ろしてください!」

浅羽は思わず叫んでしまう。
見つけた、あの姿。
見違える訳が無い、あの姿は

「伊里野が、伊里野が居ます!」

伊里野加奈だった。
クルツが、その声を聞き、ホヴィーを地面に降ろしたと同時に、浅羽は飛び出す。
浅羽は辺りを見回して、前方に歩いている伊里野を確認する。
その瞬間、一気に駆け出した。

「伊里野、伊里野!」

浅羽の叫びが、町中に響く。
伊里野が、振り向き、笑った。
そして、その瞬間、

「……え?」

銃弾が、肩を掠めた。
伊里野は笑って、銃を向けて、撃っていた。
浅羽は、固まり、

でも、

「伊里野ぁあああ!」

伊里野の元に突進していった。
今度は違う。
絶対に傷つけない。
今度こそ、護ってみせる。

「きゃあ!」

伊里野は次の弾を放つ事がなく、浅羽の突進を受けてしまう。
浅羽はそのまま、伊里野の肩をつかみ、声をかける。
二度と、失いたくない。
失ってはいけない、この気持ちは

「伊里野、僕だよ? 判る?」
「……え?」
「浅羽だよ、浅羽、直之」

少しずつ、言葉をかけていく。
思い出させるように。
今度こそ、護るように。

「浅羽だよ、浅羽」
「あさ…………ば?」


伊里野は、その言葉を呟いて。

500創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:37:13 ID:X9aREw7b
 
501創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:37:19 ID:FFyxPU4r
 
502創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:37:20 ID:WbYldk9f
 
503あの、素晴らしい  をもう一度 ◆UcWYhusQhw :2010/03/12(金) 02:37:23 ID:36/I6wN5
「浅羽……?」
「うん、浅羽だよ」


目の前の少年が、浅羽直之だと確認して、

「浅羽だ……!」
「うん」

屈託無く、笑った。
やっと、会えたと言いたいように。


「今度は護るから、今度は傍に居るから」


浅羽は静かに、思いだけを言って。
だからねと、笑って。


「一緒にいよう」


ただ、想いを伝えた。
あの時、叶わなかった想いを。
一緒に居た、あの素晴らしい日々を思い出すように。
伊里野加奈に、想いを告げる。
伊里野は笑って


「うん、わたしも浅羽の傍にいる」


そう、答えた。
素晴らしい、笑顔を、浅羽に向けて。
大好きな人の想いに、自分も答えた。
そして、憑き物が落ちたかのように、浅羽にもたれかかり、気を失う。
浅羽は一瞬驚いたが、寝ているのだと確認すると、ほっと息をつく。

今は、まだよく、わからないけど。

この、温かい存在は護っていこうと。


そう、思えたから。


504創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:38:06 ID:WbYldk9f
 
505創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:38:15 ID:FFyxPU4r
 
506あの、素晴らしい  をもう一度 ◆UcWYhusQhw :2010/03/12(金) 02:38:16 ID:36/I6wN5
こうして、二人はあるべき姿へと戻っていく。


それは、あの夏では、叶わなかった、


小さな願い、そのものだった。


【C-5/北部/一日目・午後】


【ティー@キノの旅】
[状態]:健康。睡眠中
[装備]:RPG−7(1発装填済み)@現実、シャミセン@涼宮ハルヒの憂鬱
[道具]:デイパック、支給品一式、RPG−7の弾頭×1
[思考・状況]
基本:「くろいかべはぜったいにこわす」
0:???????
1:百貨店でシャミセンのごはんを調達したい。
2:RPG−7を使ってみたい。
3:手榴弾やグレネードランチャー、爆弾の類でも可。むしろ色々手に入れて試したい。
4:『黒い壁』を壊す方法、壊せる道具を見つける。そして使ってみたい。
5:浅羽には警戒。
[備考]:
※ティーは、キノの名前を素で忘れていたか、あるいは、素で気づかなかったようです。


【浅羽直之@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:全身に打撲・裂傷・歯形。右手単純骨折。右肩に銃創。左手に擦過傷。(←白井黒子の手により、簡単な治療済み)
     微。前歯数本欠損。
[装備]:毒入りカプセル×1@現実
[道具]:伊里野加奈のパイロットスーツ@イリヤの空、UFOの夏
     デイパック、支給品一式 、ビート板+浮き輪等のセット(大幅減)@とらドラ!、カプセルのケース
[思考・状況]
基本:伊里野を護る、傍に居る
1:伊里野を護る。傍に居る。
2:伊里野の不調を治すため、「薬」と「薬に詳しい人」を探す。
3:薬が入手できるかもしれないので、診療所も調べたい。
4:薬に詳しい「誰か」の助けを得て、伊里野の不調を治して……それから、どうしよう?
5:ティーに激しい恐怖。
[備考]
※参戦時期は4巻『南の島』で伊里野が出撃した後、榎本に話しかけられる前。
※伊里野が「浅羽を殺そうとした」のは、榎本たちによる何らかの投薬や処置の影響だと考えています。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





507創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:38:56 ID:FFyxPU4r
 
508あの、素晴らしい  をもう一度 ◆UcWYhusQhw :2010/03/12(金) 02:38:57 ID:36/I6wN5
おいおい、なんだこりゃ……。
流石に、出来すぎじゃねえか。
ティーちゃんが大切な人の死体を偶然目撃して。
直之が、大切な人と会った。

たまたまの、物資調達で。
たまたま、探し人と出会う。

たまたまで済ませるには……出来すぎ過ぎる。

何だこれは……都合よく物語を作る為に使われている?
まさか……ね。

しかし……こうなったら、俺の方でも何か考えなければならない。
俺自身が考え、そして、行動を起こす。

あのメッセージを送った人間に何かしらアクション起こせる方法があるといいんだが…………
その方法を少し探してみよう。


しかしまあ……よくもこんなに、続く事。
正直、驚きだけど、まあ、いつも通りに、動くしかないか。
溜息をついている暇があるなら、サッサと行動しよう。
もたもたしている暇は……無い。


【C-5/北部/一日目・午後】

【クルツ・ウェーバー@フルメタル・パニック!】
[状態]:左腕に若干のダメージ、復讐心
[装備]:エアガン(12/12)、ウィンチェスター M94(7/7)@現実、ホヴィー@キノの旅
[道具]デイパック、支給品一式、缶ジュース×17(学園都市製)@とある魔術の禁書目録、BB弾3袋、予備弾28弾、ママチャリ@現地調達 、メッセージ受信機
[思考・状況]
基本:生き残りを優先する。宗介、かなめ、テッサとの合流を目指す。
1:とりあえず、浅羽達を飛行場へ連れて行く。
2:物資調達後、飛行場に戻り鮮花に銃を教える。
3:摩天楼で拾った三人、特に浅羽とティーの行動に注意を払う。
4:可愛い女の子か使える人間は仲間に引き入れ、その他の人間は殺して装備を奪う。
5:知り合いが全滅すれば優勝を目指すという選択肢もあり。
6:ステイルとその同行者に復讐する。
7:メリッサ・マオの仇も取る。
8:鮮花に罪悪感、どこか哀しい。
9:メッセージを待つ。それを隠し通す。出来ればメッセージの主へアクションをとりたい
[備考]
※土御門から“とある魔術の禁書目録”の世界観、上条当麻、禁書目録、ステイル=マグヌスとその能力に関する情報を得ました。
※最初に送られてきたメッセージは「摩天楼へ行け」です。次回いつメッセージがくるかは不明です。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





509創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:39:03 ID:X9aREw7b
 
510創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:39:27 ID:WbYldk9f
 
511創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:39:40 ID:FFyxPU4r
 
512あの、素晴らしい  をもう一度 ◆UcWYhusQhw :2010/03/12(金) 02:40:06 ID:36/I6wN5
だけど、少年の願いは届かない。
もう、悲劇への物語は避けられない。

なぜって?



――――伊里野加奈は死んでしまったから。


今のはただの残り滓。


気紛れの王が、多くの興味とほんの少しの共感を籠めて、人形として、残した、ただの、残り滓。


物語の終焉は、もう決まっている。


伊里野加奈が、この世から消えてなくなるまで。


少年はどんな物語を辿るのだろうか?



【伊里野加奈@イリヤの空、UFOの夏  “トーチ”化確認】


【C-5/北部/一日目・午後】


【伊里野加奈@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:“トーチ”状態。睡眠中
[装備]:トカレフTT-33(8/8)、、北高のセーラー服@涼宮ハルヒの憂鬱、
[道具]:デイパック、支給品一式×2、トカレフの予備弾倉×4、インコちゃん@とらドラ!(鳥篭つき)
[思考・状況]
基本:浅羽と一緒に居る
1:浅羽と一緒に居る。
2:少し前の事はよく憶えていない
[備考]
※既に「本来の伊里野加奈」はフリアグネに喰われて消滅しており、ここにいるのはその残り滓のトーチです。
 紅世に関わる者が見れば、それがフリアグネの手によるトーチであることは推測可能です。
 両儀式と戦った前後の記憶(自分がトーチになった前後の記憶)が曖昧です
※フリアグネがどの程度、存在の力は残したかは不明です。
513創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:40:23 ID:FFyxPU4r
 
514創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:40:27 ID:WbYldk9f
 
515創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:41:06 ID:FFyxPU4r
 
516創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:41:16 ID:WbYldk9f
 
517創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:41:42 ID:X9aREw7b
 
518創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 02:42:27 ID:WbYldk9f
 
519あの、素晴らしい  をもう一度 ◆UcWYhusQhw :2010/03/12(金) 02:42:59 ID:36/I6wN5
投下終了しました。
沢山の支援ありがとうございます。
此度は期限をオーバーしてしまい申し訳ありませんでした。
何かありましたら、指摘をよろしくお願いします
520創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 04:06:38 ID:FFyxPU4r
投下乙です。
イリヤ……そしてティーも、式も悩める女の子ですね。
特にイリヤはかわいそうさがすごい。今回の結末も、今後のことを思っても。
ティーも唯一の縁者を失ってどうするのか。陸ももういないし……。
とてもせつなくていい話だったと思います。GJ!
521創る名無しに見る名無し:2010/03/12(金) 22:25:49 ID:XFH3hqAj
お2人とも投下乙!

> Quinty
冒頭、番外出張キャラとはいえ意外過ぎる人選に何事かと思ったw
裏、というキーワードで繋がれた皆の呟きと考察が面白かったです
しかし、異能を黒い壁に使った実験結果はどういう真実に繋がっていくのか気になるな……

>力の限りを〜
>あの、素晴らしい〜
うわぁ、これは酷い(←褒め言葉)
ティーは……やっぱりそうなるか。
そして伊里野。浅羽と再会&和解、良かった良かった……っておいちょっと待てwwww 
まったくなんてことをw
あとさりげにフリアグネ様に10人名簿が渡ってるのがヤバいw ヤバ過ぎる
522創る名無しに見る名無し:2010/03/13(土) 00:34:24 ID:XqKAx/2E
乙です。
何というか、ロワだなぁ。
このえげつなさが実にロワって感じですw
フリアグネ様は心配事が無くなって良かったですねと言いたいところだが……まあ、温泉は遠いし当分は大丈夫だろうw

しかし、イリヤトーチにしたのだったら、存在の力が回復するはずでは?
523創る名無しに見る名無し:2010/03/13(土) 22:56:55 ID:4q9lz0q2
しかしハルヒといーちゃんの予約こないな
524創る名無しに見る名無し:2010/03/14(日) 01:28:32 ID:4F9fscTE
投下GJ! なんだかえらい騒ぎになってきた!
フリアグネ様は好き放題やってるなぁw
トーチ化によって"誰かを愛してる人"の思いをぶち壊しまくりワロタっていう……w

ティーも伊里野もこの先どうなることやら。
二人にとってはとんでもないターニングポイントだったからなぁ。
そして式も黒桐の声が何処まで、そんでもってどんな風に彼女に作用するのか楽しみ。
525創る名無しに見る名無し:2010/03/14(日) 23:08:06 ID:IJ70A3hu
そういえば、ティーの言葉ってひらがな表記じゃなかったっけ?
526創る名無しに見る名無し:2010/03/14(日) 23:23:37 ID:pNLURxAs
感情が高ぶり感じが使えるように進化したんだよ――ないないw
些細なことだけど、細かい誤字が気になるよねw
>>522と合わせてコメント欲しいけど……見てないかな?
527創る名無しに見る名無し:2010/03/15(月) 00:13:18 ID:AOxKlzzA
ついでに言うと、伊里野が浅羽を呼ぶ時は「あさば」じゃないか?
今原作が手元にないから自信ないけど
528 ◆UcWYhusQhw :2010/03/15(月) 00:31:41 ID:CSv0wiM3
っと返答遅れました。申し訳ありません。
>>522
えっとフリアグネの存在の力でしょうか?
これは、伊里野に籠めた存在の力を、暈し後継に任せた為、今回は触れませんでした。
>>525
此方のミスですねorz
登録後修正したいと思います。
>>527
伊里野の浅羽に対する呼び方は漢字だと記憶しております。
529創る名無しに見る名無し:2010/03/16(火) 15:05:21 ID:oYj8tA8M
今墓石の状況ってどうなってるの?
けっこうたまってきてると思うんだが・・・。
530創る名無しに見る名無し:2010/03/16(火) 17:21:33 ID:YLgWBdQ9
>>529
えっと、第二放送までの死者は済んでるから、古泉とシズが待機中か
トーチ2人はトーチが消えた時に作った方が良さそうだ
既に作ってる人いたらお先にどうぞだけど、動きがないようならちょっと考えてみる
531創る名無しに見る名無し:2010/03/18(木) 16:07:08 ID:FqLe37Ek
1994年生まれの人集まれ!☆2
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/nendai/1266477523/
532創る名無しに見る名無し:2010/03/23(火) 10:04:44 ID:B0q/U9Dl
殿下がまたピンチだw
533創る名無しに見る名無し:2010/03/23(火) 20:27:59 ID:j/sJiGsA
殿下涙目すぎるw
でもエルメスいるからなぁ。
534 ◆LxH6hCs9JU :2010/03/24(水) 23:18:52 ID:6o7CzLzz
キノ、トレイズ投下します。
「ふんふんふーん♪」
「…………」
「うーん、風が気持ちいー。路面の具合もいい感じー」
「……随分とご機嫌だな」
「まあね。やっぱり、モトラドは走ることが生きがいだからさ」
「走れることが幸せ……か。単純でいいよなぁ、君は」
「君が複雑すぎるだけなのさ。変に気負いしたって、人生損するだけだよ」
「ははっ。まさか、モトラドに人生を諭されるとは思わなかったや……」

「にしても、君は運転が上手いね。キノみたいに乱暴でもないし。秀吉や実乃梨に比べたら月とスッポンポンだ」
「……月とスッポン?」
「そうそれ」
「キノっていうのは、エルメスの元の乗り手だったよな」
「そう。旅人だよ」
「じゃあ、秀吉と実乃梨っていうのは誰なんだ? 退場した人の中に、二人の名前があったと思うけど」
「キノが元の乗り手なら、秀吉も実乃梨は仮の乗り手ってところかな」
「……ああ。つまり、エルメスを“引き当てた”人間ってことか」
「秀吉のほうがそうだね。もっとも、二人ともモトラドの運転はできなかったみたいだけどね」
「ん? でも君は、俺が見つけるまで温泉の前に停まってたよな。誰があそこまで動かしたんだ?」
「秀吉と実乃梨だよ。ほとんど手押しであそこまで。試しに運転してみたりもしたんだけど、どっちもダメダメだった」
「初心者がバイク――モトラドに乗るのは感心できないな。事故が怖い」
「まったくだよ。何回も転ぶし、こっちとしても散々な目に遭った」
「乗れる人間がいないなら、素直に鞄にしまっておけばいいのに」
「君も酷いこと言うね」

「……これはちょっとした好奇心なんだけどさ」
「うん? どうしたの」
「秀吉と実乃梨の二人が退場した……エルメス、それは君も知っているんだよな?」
「もちろん。君が警察署の中に入っていった頃、そういう風に聞こえてきたからね」
「なるほど。となると、あの男の声は君みたいな“物”にも聞こえる仕様ってわけだ」
「なぁんか嫌な言い方」
「気を悪くしたなら謝るよ。で、本題だ」
「なにさ」
「秀吉と実乃梨の二人は、どうして退場してしまったんだ?」
「どうしてって言われても」
「あの死体だらけの温泉でなにがあった。そもそも、秀吉と実乃梨っていうのはどんな人間なんだ」
「矢継ぎ早に質問しないでよ」
「俺はまだ、そのあたりの事情を詳しく聞いていなかったと思ってね。可能なら話してほしい」
「そう言われてもなぁ。温泉に到着して、すぐあそこに停められちゃってたから。なにがあったかはよくわからないんだよ」
「じゃあ、到着する前は? なにか話は聞いてないのか? 二人の交友関係とかさ」
「そうだね。初めは、北村くんって人が温泉にいるって話だったんだよ」
「うん」
「でも見つからなかったみたいで、みんなどっかに行っちゃった」
「……温泉の中の死体が、もしかして北村って人だったのか?」
「さあ。中は確認してないし、そもそも北村って人のことは名前くらいしか知らないしね」
「秀吉と実乃梨がどこに行ったかは、エルメスにもわからない……か」
「あー、でも、二人の友達の名前なら覚えてるかな」
「本当? 覚えている限りでいいから教えてくれないか」
「たしか、明久と姫路、大河とあーみんと高須くん、だったっけかな?」
「あーみん……っていうのは? たぶん、誰かのあだ名なんだろうけど」
「うーん、そこまではわからないや」
「ん……ちょっと待てよ」
「どうしたの?」
「北村って人は、たしか名簿には載っていなかったよな。だとしたら、その人が温泉にいるって話はどこから出てきたんだ?」
「ああ。それはね、千鳥と上条って人から聞いたんだよ」
「……ええと、その二人についても詳しく教えてもらいたいんだけど」
「そう言われても、ちょっとすれ違っただけだからなぁ。あんまり話せることはないよ」
「じゃあ、話せることだけでいいから話してくれ」
「仕方ないなぁ。うーんと……ああそうだ、二人とも壁を見に行くって言ってた」
「壁……ああ、あの黒い壁か」
「シャナが行っても意味ないって忠告したんだけどね。まったく、なに考えてんだか」
「おい、ちょっと待て。そのシャナっていうのは誰だ?」
「君って、質問が多いよね」
「君って、説明が下手だな」

「……という感じで、シャナと秀吉と実乃梨の珍道中が始まったのでした。めでたしめでたし」
「髪が燃える女の子、ねぇ……正直言って、信じられない」
「だろうね。その意見には同意するよ」
「でも、喋るバイクのことを考えれば不思議でもないか」
「バイクじゃないよ、モトラドだよ」
「シャナもエルメスも……それに、警察署にいた女の子も。どうなってるんだろうな、ここは」
「伏し目がちになるのは構わないけど、よそ見して転ぶのだけはやめてよね」
「はいはい、気をつけるとするよ」
「それにしても、この辺はなんだか壁が多いね。もっと開けた場所を走りたいのに」
「仕様がないよ。ここは城塞の一部みたいだから」
「はい? どういうこと」
「ほら、左手の方角に城が見えるだろう? 道がこれだけ入り組んでいるのは、簡単にあそこまで辿り着けないようにするためなのさ」
「詳しいね。トレイズって、ひょっとしてどこかの国の兵士だったりするの?」
「……さあ、どうだろうね」

「で、わざわざこんな入り組んだ道を選んで、トレイズはどこを目指しているっていうのさ」
「北東の方角。南西のほうはあらかた走り回ったしね。そろそろそっちを探してみるのもいい」
「必要なものを?」
「リリアをだよ」
「ふーん。ま、別にいいけど。あのあたりには、なんだか物騒な人がいるみたいだし」
「ああ……そうだね。特にあの女性は、物騒極まりなかった」
「トレイズもよく生き延びたもんだ」
「ホント、そう思うよ」
「でもさ」
「うん?」
「その人をなんとかしないと、いつかリリアって子にも危害が及ぶんじゃないの?」
「それは確かに。俺だって、彼女を止めようとはしたさ。でも駄目だった。生き延びるだけで精一杯だったんだよ」
「かっこわる」
「うるさいな」

「…………」
「…………」
「急に無口になったね」
「少し、考えていたんだ」
「なにを?」
「彼や彼女は、あれからどうなったんだろう……って」
「彼? 彼女? いったい誰のことを言ってるのさ」
「……いや、なんでもない。聞かなかったことにしてくれ」
「変なの」
「今は……そう、リリアだ。道を迷っちゃいけない」
「まいった。今度の乗り手は運転は上手いが、独り言が多いらしい」
「ところでエルメス。あれに見える黒い景色は、なんだと思う?」
「どれどれ? ああ、あれか。あれはどう見ても、煙でしょ。大きな建物が燃えているみたい」
「放火かな。どうやらあっちの方角にも物騒な人がいるみたいだ」
「じゃあどうする? やっぱり、あっちのほうに行くのはやめようか」
「いや、行こう」
「勇気あるね」
「リリアが野次馬根性で近寄らないとも限らないから」
「なんかじゃじゃ馬みたいだね、その子」
「……否定はできない」
「まあ、道を決めるのは君さ。モトラドはただ走るだけ。でも一応、言っておくよ?」
「聞こうか」
「なんだか危ない感じがする。さっきの警察署以上に。近づかないほうが無難だと思うけど」
「エルメス、君はなにか勘違いをしているみたいだな」
「え?」
「俺は別に、我が身可愛さで逃げ回っているわけじゃない」
「尻尾巻いて逃げてきたのは誰さ」
「“必要なもの”を探す。そのために君の力を借りている」
「無視ですか」
「まあ聞いてくれよ。あの煙。あそこからは確かに、危険な香りがする。でも」
「でも?」
「そこに“必要なもの”があるっていうんなら、行かないわけにはいかない。たとえ危険だとしても、ね」
「……トレイズってさ」
「うん?」
「たぶん、長生きはできないよ」
「俺もそう思う」
「だったら」
「でも」
「また、でも?」
「長生きはできないとしても――早死はしてやれない」
「……そういうの、へそくりって言うんじゃない?」
「……へりくつ?」
「そうそれ」
「君は学校に通ったほうがいいな。リリアが通っているロクシェの学校をおすすめする」

「話を聞いていると、なんだか興味が湧いてきたなぁ」
「なにに?」
「トレイズが言う、リリアって子にさ。君にそうまでさせるなんて、どんな子なの?」
「どんな子……と言われても、説明に困るな」
「えー。教えてよ」
「教えてやってもいいけど……そうだな、エルメスからなにか質問してくれ。そして俺が答える形にしよう。それなら説明しやすい」
「じゃあさっそく。リリアって子は、トレイズの恋人?」
「……この場に彼女がいたら、『違うわよ!』って殴られていただろうな」
「ひえっ。おっかない子なんだね」
「勘違いするな。殴られるのはエルメスじゃない。俺のほうだ」
「どっちにしろおっかないよ」
「そこも否定できない部分なんだよな……」
「容姿はどうなの? 君に似て美人さんだったりとか?」
「美人だよ。怒ってるとき以外はね」
「へぇ」
「髪とか長くてサラサラでさ。よくある茶色なんだけど、お日様の下で見ると透き通るみたいでキレイなんだ……」
「……ゾッコンみたいだね」
「否定しない。ただ」
「『ここにリリアがいたら、俺が殴られる?』」
「そうそれ」
538創る名無しに見る名無し:2010/03/24(水) 23:23:09 ID:bNId0+cY
 
「さあエルメス、目的地についたぞ」
「すごい火の勢い。離れてても熱さが伝わってくる」
「燃えていたのは……【C-4】のホテルみたいだな」
「あんまり近づかないでよ。煤がついちゃう」
「心配しなくても、これ以上は近づけないよ」
「で、どうするのさ? 火の中にリリアがいないかどうか捜すのかい?」
「防火服でもあればそれも考えたけどね。さすがの俺も、そこまで馬鹿じゃない」
「それを聞いて安心した。今のトレイズなら、やりかねないと思ったから」
「……俺って、そんなに切羽詰ってるように見えるか?」
「見えるね。もうちょっと余裕を持ったほうがいい」
「肝に銘じておく。それはそうと」
「ん?」
「どうやら先客がいたようだ。接触するよ、エルメス」
「了解したよトレイズ。って、あれは……ちょっと待って」
「どうした」
「一応、忠告。気をつけたほうがいい」
「もちろん気をつけるけど……」
「なら倍、気をつけたほうがいいよ。いきなり撃たれないとも限らないからね」
「やけに警戒するな。なにかあるのか?」
「いずれわかると思うよ。さ、行こうか」

「……ホテルが燃えている」
「…………」
「結構、豪華なホテルだったみたいなのに」
「…………」
「ベッドはふかふかで、部屋は広くてキレイで」
「…………」
「ごはんも美味しかったんだろうな……残念だ」
「…………」
「すごく残念だ……残念すぎて、ちょっとイライラしてきた」
「…………」
「君はなにも喋ってくれないし、余計にムシャクシャしてきたぞ」
「…………」
「ボクも憂さ晴らしに家を焼こうか!」
「…………」
「……はぁ」

「……あの人はなにをやっているのだろう?」
「さあ。単なる独り言じゃない? ただ、気が立っていることだけはわかる」
「近づくのは危険かな……それにしても、いつかの君の言葉は正しかったみたいだ」
「でしょ?」
「ああ。確かに――似てる。鏡でも見ているみたいだ」
「向こうもたぶん、驚くと思うよ」
「あれが“キノ”。君のご主人様、ね」
540創る名無しに見る名無し:2010/03/24(水) 23:23:55 ID:bNId0+cY
 
「火の鳥も見失ったし、もうどこでもいいから、休める場所が欲しいな……できれば、ちゃんとしたところがいい」
「…………」
「それと、話し相手も欲しいところだ。いい加減、君との関係にも辟易してきた」
「…………」
「まったく、エルメスのヤツはどこでなにをしているのやら。あんな口やかましいのでも、いてくれたほうがよかったのに」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ」
「いやいや、心にもないことを言うのは疲れるよ」
「前言撤回。相変わらず君はひどいヤツだ」
「そうでもないよ。それと久しぶり、エルメス」
「久しぶり、キノ」
「……そちらの方は?」
「いきなり撃ったりしないでよ? 彼は――」
「――俺はトレイズ。こちらはエルメス。よろしく、キノさん」

「……なるほど。事情はわかりました。トレイズさんはリリアという方を捜していると、つまりはそういうことですね」
「ええ。そのために、キノさんのエルメスをお借りしていました」
「あいつ、うるさかったでしょう?」
「おかげで退屈しませんでしたよ」
「それはよかった。ですがあいにく、ボクはリリアという方に出会ったことはありません」
「誰かから噂を聞いたということは?」
「それもありませんね。ところで、トレイズさん」
「なんでしょう?」
「エルメスは、ボクのことをなんと言っていましたか?」
「俺に似ていると。それとそうですね、十分に気をつけろ、とも言われています」
「なるほどね。それでですか。納得できました」
「でしょう?」
「でも、ですね」
「はあ」
「ボクは今、とてもおなかが空いています。それに、とても眠いです」
「まあ、もうすぐ夜ですしね」
「そこで提案なんですが、今日はもう休みませんか。どこか寝床を知っていれば、紹介していただけるとありがたい」
「いい案だとは思いますが、それはつまり、俺も一緒に――と、そういうことですか?」
「あなたには、エルメスをここまで連れてきてくれた恩がありますから」
「キノさんは、義理堅い性格なんですか?」
「いいえ、薄情なほうだと思いますよ」
「正直ですね」
「嘘は苦手なんです。ですから、どうするかはトレイズさんに委ねます」
「……提案に乗りましょう。ここで“必要”な選択は、それだけのようだ」
「よかった」

「どうやら、上手くいったみたいだね。トレイズもやるなぁ」
「…………」
「キノは気まぐれ屋だから、見ているほうとしてもハラハラものだったんだけど」
「…………」
「君は疲れなかった? キノみたいなのと一緒でさ」
「…………」
「ああ、わかる! すっごくわかるよそれ! キノったら、運転がいつも粗野すぎるんだ」
「…………」
「このへんはモトラドにしかわからないところだよねぇ。苦労したんだなぁ、君も」
「…………」
「それにしてもさ」
「…………」
「君って無口なんだね」

542創る名無しに見る名無し:2010/03/24(水) 23:25:35 ID:bNId0+cY
 
【C-4/ホテル近辺/一日目・午後】


【キノ@キノの旅 -the Beautiful World-】
[状態]:健康
[装備]:トルベロ ネオステッド2000x(12/12)@現実、九字兼定@空の境界、スクーター@現実
[道具]:デイパックx1、支給品一式x6人分(食料だけ5人分)、空のデイパックx4
     エンフィールドNo2x(0/6)@現実、12ゲージ弾×70、暗殺用グッズ一式@キノの旅
     礼園のナイフ8本@空の境界、非常手段(ゴルディアン・ノット)@灼眼のシャナ、少女趣味@戯言シリーズ
【思考・状況】
 基本:生き残る為に最後の一人になる。
 1:今日はもう疲れた。どこか、安心して夜を越せる場所を探そう。
[備考]
 ※参戦時期は不詳ですが、少なくとも五巻以降です。
   8巻の『悪いことができない国』の充電器のことは、知っていたのを忘れたのか、気のせいだったのかは不明です。
 ※「師匠」を赤の他人と勘違いしている他、シズの事を覚えていません。
 ※零崎人識から遭遇した人間についてある程度話を聞きました。程度は後続の書き手におまかせです。

【トレイズ@リリアとトレイズ】
[状態]:お腹に打撲痕、腰に浅い切り傷
[装備]:コルトガバメント(8/7+1)@フルメタルパニック、コンバットナイフ@涼宮ハルヒの憂鬱、鷹のメダル@リリアとトレイズ、
[道具]:デイパック、支給品一式、エルメス@キノの旅、銃型水鉄砲
[思考・状況]
 基本::リリアを守る。彼女の為に行動する。
 1:キノと一緒にどこか寝床を探す。今日はもう休もうか?
 2:今度は北東の辺りでリリアを捜してみる。
[備考]
 マップ端の境界線より先は真っ黒ですが物が一部超えても、超えた部分は消滅しない。
 人間も短時間ならマップ端を越えても影響は有りません(長時間では不明)。
 以上二つの情報をトレイズは確認済。
544創る名無しに見る名無し:2010/03/24(水) 23:26:38 ID:bNId0+cY
 
545 ◆LxH6hCs9JU :2010/03/24(水) 23:27:00 ID:6o7CzLzz
投下終了しました。
546創る名無しに見る名無し:2010/03/24(水) 23:28:11 ID:bNId0+cY
 
547創る名無しに見る名無し:2010/03/24(水) 23:34:07 ID:bNId0+cY
投下乙です。
まさかの4人……いや、2人と2台の似た者同士?チーム?結成……?w
これはトレイズ殿下逃げてー! と言うべきなのだろうか……はてさて……?w
なんか不思議におもしろくこの後が気になる話でした。
GJですw
548創る名無しに見る名無し:2010/03/25(木) 00:00:50 ID:h99bj8O2
投下乙です。
まさか延々会話のみとはw それでいて全員「らしい」のが凄いなあ
そして最後。まさかエルメス、スクーターと会話できるの!?と思ったらそのオチってwwwww
果たしてこの2人と2台、穏当に休むだけで済むのかどうか……w
楽しい会話でしたw GJw
549創る名無しに見る名無し:2010/03/25(木) 00:02:10 ID:SVQYpgOp
投下乙です
いやー殿下生き残ったかw
姫ちゃんとニアミスし、師匠に殺されかけ、キノと同行とかギリギリだなw
どうなることやら
550創る名無しに見る名無し:2010/03/25(木) 00:02:35 ID:O6NN/8cE
乙でした。殿下逃げろ。超逃げろ。
寝込みを襲われて身包み剥がされそうな気がしてならんなぁw

>「ボクも憂さ晴らしに家を焼こうか!」
「これから毎日家を焼こうぜ?」という台詞を思い浮かべたのは俺だけでしょうか?
551創る名無しに見る名無し:2010/03/25(木) 01:04:17 ID:EBAmH6P2
投下乙です。
会話文だけwちょっと予想外w
トレイズとエルメスの会話はいいなあ。
キノと同行だけど……さてはてどうなる?
続きが楽しみだw
GJでした
552創る名無しに見る名無し:2010/03/28(日) 11:52:44 ID:s7ziwzwZ
気づいたら用語集の用語がかなり減っているんだが、何があったの?
553創る名無しに見る名無し:2010/03/28(日) 13:46:14 ID:F7oERjx9
確かに減ってるな
でも編集履歴見たら1月のことなんだなw 気づかなかったw

まあ元々首傾げる内容もかなり混じってはいたんだけど
状況の進行で噛み合わなくなってきた項目(というより、最初から進行で噛み合わなくなる可能性が高いと分かる項目)もあったし
最新変更点見ると……うん、思わず納得しちゃうわ。削ったの自分じゃないけどさ
項目数減ったのは寂しい気もするけど、これはむしろ新しいの追加していくべきとこかなーとも思う
554創る名無しに見る名無し:2010/03/28(日) 14:14:21 ID:+JX/Z2uh
いつぞやの不具合だか編集荒らしだかの名残が直ってないだけじゃなかったっけ?
555創る名無しに見る名無し:2010/03/28(日) 14:30:17 ID:F7oERjx9
この際、いくつか選んで直す感じかな
556創る名無しに見る名無し:2010/03/28(日) 14:34:11 ID:gL/KRi2W
別に今の状況と噛み合わなくても、消す必要はないと思うけどな
つか、別にそんなにおかしくもなくね?
557創る名無しに見る名無し:2010/03/28(日) 17:45:36 ID:7V+82+Sp
変更点とか見てきた
俺もそんなにおかしいのはないと思うけど……
でもそう思う人もいるのか
558創る名無しに見る名無し:2010/03/28(日) 21:47:22 ID:s7ziwzwZ
格差社会とかは別に消す必要ないだろ
友もまだ寝てるしw
559創る名無しに見る名無し:2010/03/28(日) 22:42:55 ID:8Rzizqha
「第x回放送までの用語」としとけば、全部消す必要ないんじゃないかな?
560創る名無しに見る名無し:2010/03/30(火) 19:00:41 ID:0UfBvnvS
いーちゃんとハルヒ来たな
561創る名無しに見る名無し:2010/04/01(木) 03:30:04 ID:JIBuuR2d
ttp://twitter.jp/tenzen_y

世間ではえいぷりるふーるという文化が根付いておるそうで。
今日限定、ついったーで死んでおるぞSPと称してこのスレッドを応援したく候。
562創る名無しに見る名無し:2010/04/01(木) 03:55:43 ID:lVaOikc2
\天膳殿がついったーを始めておるぞ/
563創る名無しに見る名無し:2010/04/01(木) 12:36:08 ID:6PQksEFJ
天膳殿が愛染殿に……だと……
564創る名無しに見る名無し:2010/04/01(木) 23:12:02 ID:jPyx5BQE
天膳殿が現代に染まりすぎておられる!w
565創る名無しに見る名無し:2010/04/05(月) 22:16:50 ID:YaJ6WNTh
規制が解除されてたら2分間隔くらいで代理投下。
566零崎人識の人間関係◇代理:2010/04/05(月) 22:18:54 ID:YaJ6WNTh
 【零】


 「鏡に映したように同一でありながら逆反対であった『あいつ』と俺との絶対とも言える唯一の違い――
  それは『あいつ』がどうしようもなく救えないほど『優しかった』ことに尽きるだろう。
  『あいつ』はその優しさゆえに、自身の『弱さ』を許せなかった――つまりはそういうことだ。
  だから『あいつ』は孤独にならざるをえない。
  『あいつ』の間違い、『あいつ』の間抜けは、その『優しさ』を他人にまで適用したことだ。
  素直にてめえだけを愛していればそれでよかったのにな。
  無論俺が言うまでもないように『優しさ』なんてのは利点でも長所でもなんでもない――
  むしろ生物としてはどうしようもねえ『欠陥』だ。それは生命活動を脅かすだけでなく進化をすらも阻害する。
  それはもう生命ではなく単純な機構の無機物みてえなもんだ。とてもとても、生き物だなんて大それたことは言えない。
  だから俺は『あいつ』のことをこう呼んだ――『欠陥製品』と」


 【0】


 「対して――きみは全然優しくなんかない。優しさのかけらも持ち合わせていない、それがきみだ。
  だがきみはその『優しくない』という、自身の『強さ』がどうしても許せない――
  孤独でもまるで平気であるという自身の『強さ』がどうしても許すことができない。
  優しくないってのはつまり、優しくされなくてもいいってことだからね。
  あらゆる他者を友人としても家族としても必要としないきみを、どうして人間だなどと言える?
  生物ってのはそもそも群体で生きるからこその生物だ。
  独立して生きるものはその定義から外れざるを得ない、落とされざるを得ない、生物として『失格』だ。
  こいつはとんだお笑い種だね。きみと『ぼく』は対極でありながらも――出てくる結果は同じだっていうんだから。
  まったく同じ、同一だ。辿るルートが違うだけで出発点も目的地も同じ――実に滑稽。
  きみは肉体を殺し『ぼく』は精神を殺す。他人どころか自身をすらも生かさない、なにもかも絶対的に生かさない。
  生物の『生』の字がここまでそぐわない人外物体にして障害物体。
  だから『ぼく』はきみのことをこう呼んだのさ――『人間失格』ってね」


 ◇ ◇ ◇
567零崎人識の人間関係◇代理:2010/04/05(月) 22:20:55 ID:YaJ6WNTh
 【壱】


 ■《戯言遣い》からの出題
 「零崎人識が死んだそうなんですが……どう思います?」


 【1】


 その時間、テレビをつけてみると決まって陽気な音楽が流れてくる。正午とはそんな時刻だった。
 人によっては食事を取ったり休憩を挟んだりする一種の節目でもあるし、人によってはそろそろ起きようかなという目安でもある。
 では今回の登場人物、涼宮ハルヒと、彼女から『いー』と呼ばれる戯言遣いの少年にとってはどうかというと、吸収と把握の時間だった。

 知識の吸収。
 現状の把握。

 誰が脱落し誰が残ったのか、たった一つの椅子を巡る上で競争相手はいかほどに残っているのか、全体像を知る唯一の機会。
 人類最悪の独り言はちょっとした添え物、オードブルにもならないハッピーセットのおまけ的な扱いと言える。
 メインはやはり、誰にとっても脱落者の読み上げだった。境遇を同じくする縁者が数多くいるこの状況、ここだけは聞き流せない。

 涼宮ハルヒは、それを心して聞いた。
 結果、戯言遣いを置いて一人別の場所に移動してしまった。
 結果を受けて、一人になりたくなったのだろう。

 一人になってしまった戯言遣いはというと、涼宮ハルヒを追うこともなく劇場のスクリーンに目をやっていた。
 劇場には、地図が表示されている。戯言遣いが滞在している世界の全体図、極めて小さな世界地図だった。

 時計の針が12の数字を回る頃、地図上の【A-6】の座標が黒く染まる瞬間を、戯言遣いはしっかと目に焼きつけた。
 戯言遣いはここ、映画館でスクリーンに表示される地図を見つけて以降、とある疑問を胸に抱き続けていた。
 今、【A-6】の座標が黒く染まったことで、その疑問に対する一種の解答が提示されたわけだが、しかしここでまた別の疑問が生じる。

「結局これは、動画だったのか静止画だったのか……それともまた、ぼくのまったく知らない技術ってことなのかな」

 それは地味ではあるが、地味であるがゆえに、高等すぎる技術であるとも取れた。
 フィルムという構造を無視、あるいは超越した完全リアルタイム更新。
 ER3システムの端くれであるところの戯言遣いが疑問に思うだけの、限りなく微妙な辻褄の合わなさ。
 それは考えたところで詮なきことなのかもしれないが、しかしどうだろう、ここで切って捨て置くべき問題だろうか。

 もうすぐ、戯言遣いは映画館を発つ。
 そうなれば、この謎の地図とも縁切りになるのだろう。
 つまり考える機会は今回のみとなるわけだが、戯言遣いはここで考えるのはやめておくことにした。

 単純に、時間がもったいなかった。
 メインはやはり、脱落者の読み上げ。
 まさかの人物がこの競争より脱落した。
 事の重大さはそちらのほうが重い。

 ゆえに戯言遣いは、シートに深く腰を埋め、シアターの天井を仰ぎながら頭を抱えるのだった。


 ◇ ◇ ◇
568零崎人識の人間関係◇代理:2010/04/05(月) 22:22:57 ID:YaJ6WNTh
 【弐】


 ■《殺人鬼》――零崎双識の答え
 「なんだって!? おいおい、そいつはまたとんでもない話を持ってきたものじゃないか。
  いや、皆まで言わなくてもいい。それが冗談にしろジョークにしろ、口にした時点できみは『不合格』だ。
  しかしそこで早まってはならない。落ち着け双識。これは私に対しての、『早まってはならない』だよ。
  たとえばきみが子荻ちゃんのような可愛らしい女子中学生で、私のメル友になってくれるような萌えっ子だとしよう。
  『合格』だ。それは一切の躊躇も考慮もなく百点満点『合格』を言い渡せるほどの逸材だ。わーい、素晴らしい!
  とまあ試験の合否はともかくとして、この問答には零崎が長兄であるところの私、零崎双識として答えるべきだろう。
  零崎人識といえば私の不出来な弟でね。いつになっても放浪癖が抜けない上に、これが性悪で小生意気な奴なのさ。
  特に私が遺憾に堪えないのはファッションセンスだな。聞いておくれよ。顔面に刺青だよ? 顔面に、刺青。
  いやいやそれはいったいどこのチンピラなのさ。まったく親からもらった身体をなんだと思っているのか。
  その上アクセサリーの趣味も悪い。耳にはつける飾り物といえば普通はなにが思い浮かぶ?
  当然、ピアスかイヤリングだろう。ところがどっこい、人識くんは携帯ストラップをつけるのさ。なぜか!
  本人はあれで格好いいつもりなのかねえ。いや格好いいつもりなんだろう。だからこそ、呆れて物が言えない。
  ああいや、すまんすまん。これは私個人の愚痴であって、別に家族仲が悪いというわけではないんだ。
  なにしろ――零崎。私たち家族には血の繋がりがなく、その代わり流血で繋がっている。
  零崎人識が死んだ。人識くんが死んだ、ねえ……しかしピンとこないな。兄である私がピンとこないとはおかしな話だ。
  おっと、気を悪くしないでくれよ。別にきみの言うことを疑っているというわけではないんだ。
  私は弟が簡単に死ぬようなタマじゃないなんてお決まりの妄言を吐くつもりもなければ事実を否定したりもしない。
  ただ問いたいのは信憑性だな。きみはどうやって人識の死亡を知った? 死体は確認したのかい?
  とと、質問される側が逆に質問してしまっては意味がないな。失敬、きみが女子中学生かと思うとつい興奮して。
  まあ、でも、そうだな……答えなんてわかりきっちゃいるんだけどねえ。零崎を始める以外に――なにがあるってのさ」

 ■《戯言遣い》のコメント
 「はぁ……ところであなた、どちらさまですか?」


 【2】


 朝比奈みくる。

 北高の二年生であり、涼宮ハルヒの上級生にあたる。
 彼女曰く、SOS団のマスコットキャラクター。とても可愛らしい少女ということだ。

 戯言遣いは特に、メイド服が似合うという部分にいたく興味を惹かれた。
 部室ではメイド服でいることも多く、彼女の淹れるお茶は極上だと聞いてさらに心揺さぶられた。
 しかし悲しいかな、女子高生。同じメイドといえば、鴉の濡れ羽島で出会った年上の魅力漂う三姉妹にはかなうまい。

 それはそれ。これはこれ。

 朝比奈みくるのメイド服姿はぜひこの目で拝んでおきたかったと、戯言遣いは落胆するほかなかった。
 欲をいえば、典型的な『黙っていれば美人』タイプの涼宮ハルヒにも、そういった一面が欲しかった。

 欲は内に留めておくに限る。

 本題。
 朝比奈みくるの名前が、先の放送で脱落者として読み上げられた。
 人類最悪を名乗る狐面の男、西東天の口から、十一人の内の一人としてさらりと告げられた。
569零崎人識の人間関係◇代理:2010/04/05(月) 22:24:59 ID:YaJ6WNTh
 その結果、涼宮ハルヒは戯言遣いに一人になりたいと弱音を零し(実際はもっと気丈な台詞だったが)、
 二人で行動していた団長と平団員(仮)は、それぞれ別々に、放送後の精算を済ませることとなったのだ。

 長門有希に続き、朝比奈みくる。
 SOS団の団員が、二人続けての脱落。
 それ自体はどうでもいい。
 戯言遣いにとって、二人はその他でしかない。

 戯言遣いが懸念するのは、涼宮ハルヒの動向である。
 十二時間という短いスパンで縁者を二人も亡くした他称神は、事態をどう運ぶのだろうか。
 長門有希のときは、落ち込むばかりだった。
 落ち込んだ結果、一人の少女が死んでしまったが、それは涼宮ハルヒのみが要因となったわけではない。

 しばらく行動を共にしてわかったことだが、涼宮ハルヒは破天荒なようでいてその実かなりの現実主義者でもある。
 虚構を虚構と捉え、真実を真実と断定するだけの確か目を持っている。死は死、別れは別れと、割り切れるほどに。
 だからこそ涼宮ハルヒは、長門有希の退場――死亡を否定しなかった。縁者だからこそ、否定しなかったのだろう。

 朝比奈みくるもおそらく、同様の結果となるに違いない。
 この場合の同様の結果とはつまり、どうにもならないということだ。
 彼女は朝比奈みくるの死を受け止め、前に進む。
 方針も変わらず、方向転換もしない。
 しいて言えば、プラス一人分の悲しみを背負うだけ。
 それが涼宮ハルヒという少女なのだ。
 あくまでも、戯言遣い個人の見立てではあるのだが。

「となると気をつけるべきは、彼女への対応か……今回は穏便に、神経を逆なでないよう注意する必要があるな」

 今回、戯言遣いと涼宮ハルヒ以外に登場人物は存在しない。
 ので、あのような蘇りも起こりえないと仮定できる。
 ともなれば、戯言遣いが特に戯言を弄する場面でもないということ。
 このまま無難に流れよう。ページを捲る手を止めてはならない。

 しかしそれは――脱落者が朝比奈みくる一人だった場合の話だ。

 前回は、長門有希一人だった。
 厳密には甲賀弦之介という名も物語に関わってきたりなどしたのだが、あの少女のような第三者はこの場にはいないため割愛する。
 今回名を呼ばれた十一名の中には、涼宮ハルヒの縁者だけでなく、戯言遣いの縁者も含まれていた。

 問題はそこ。
 戯言遣いにとってはまさかの展開。
 予想外のところで足止めを食らうことになろうとは。

「ああ、いやまあでも、こういうのこそ……って感じなんだろうな」

 戯言遣いは、あと一時間と数十分ほどは変わらないであろうスクリーン上の地図を眺めつつ、一人ごちた。

「ホント、笑えない傑作だよ」


 ◇ ◇ ◇
570零崎人識の人間関係◇代理:2010/04/05(月) 22:26:59 ID:YaJ6WNTh
 【参】


 ■《殺人鬼》――無桐伊織の答え
 「いやいや、はたしてそれはどうなんでしょうね。だって人識くんってば、健康優良児そのものでしたよ?
  大きな病気にかかってたって話も聞きませんし、まさか不注意で車に轢かれちゃうようなお間抜けさんでもないでしょ。
  そういや、これは学校の授業で習ったことなんですけどね。人間の死因って、悪性新生物が一番多いらしいです。
  要するに、ガンですよね。あとは心疾患とか脳血管疾患とか。いずれにしろ健康が大事って話になりますか。
  いやまあ、家族が揃って皆殺しにされたり、殺人鬼だとか殺し屋だとかいう人と関わった後となっちゃ、信じられませんけど。
  世の中ではもっとこう、『殺し』が渦巻いている感じがするんですよね。病死とか老衰とか、比べりゃ超健全ですよ。
  ……ん。あれれ。ああ、そうかそうか。人識くん、別に病気や事故で死んだってわけでもないんですか。
  もしかして、誰かに殺された? まあ、零崎ですからね。零崎単位で考えれば、死因なんて他殺十割でしょうし。
  はぁ。いやまあ、しかし……うなー。ですよ。人識くんがいなかったら、誰が伊織ちゃんの世話をしてくれるっていうんです?
  食事とかトイレとかお風呂とか、家族以外の誰が、可愛い可愛い女子高生のプライベート事情に介入できるっていうんでしょう。
  わたしはもう――人識くんなしでは生きられない身体だっていうのに! 性的な意味で!
  なんて、本人いたらどつかれるんでしょうけど。ああ、そうでしたそうでした。人識くん死亡についてでしたね。
  どう思います? って訊かれてもまあ、二、三思いあたるふしがあるがないわけでもないんですけど……。
  たぶん人識くん、あの赤い人との約束を守ったままなんじゃないですか? それくらいで殺されるような人じゃないですけど。
  でも納得はできますよ。あの赤い人か、もしくはあの人と同じくらい強い人が相手なら、人識くんでも墜とされちゃうでしょ。
  ああ、今のは別に性的な意味でとかじゃないですよ。女子高生は年がら年中思春期だとか淡い幻想抱かないでくださいね。
  はあ、それにしてもそうですか。そういう事態になりましたか。人識くんの家族になって幾数ヶ月、いよいよですか。
  未だに無桐伊織なわたしですけど、それでも零崎には違いありませんし……そうですね。そうなんでしょうね。
  お兄ちゃん……双識さんだったらどうするかなあ。うふふ……いえね、わかりきっちゃいるんですけど、想像するのが楽しくって。
  ところで、人識くんを殺した人ってどこの誰なんですか? わたしも約束は守り中なんですけど――零崎を開始してみたくなって」

 ■《戯言遣い》のコメント
 「はぁ……ところであなたも、どちらさまですか?」


 【3】


 零崎人識。

 それが今回の放送で脱落を告げられた、戯言遣いの縁者にあたる人物である。

 縁者。
 縁ある者。
 縁が合った者。

 零崎一賊の申し子にして、零崎の中の零崎。
 零崎同士の近親相姦によって生まれた、血統書つきの殺人鬼。
 『殺し名』七名、『呪い名』六名を見ても、例外中の例外であり規格外中の規格外。

 顔面刺青。
 ナイフ遣い。
 殺人鬼。
 人間失格。
 背が低い。
 仲良し。
 ジェイルオルタナティブ。
571零崎人識の人間関係◇代理:2010/04/05(月) 22:29:09 ID:YaJ6WNTh
 吐き気を催すほどに似ていて。
 己とは対照的なまでに笑い、喋り。
 まるで鏡写しのような不愉快さが。

 戯言遣いにとっての零崎人識――なのだろう。

 零崎一賊唯一の――生き残りだったか。
 橙色の暴力によって殲滅された、零崎一賊の。
 いや、実際は唯一ではない。妹がいるんだったか。
 詳しくは、戯言遣いの知るところではないのだが。
 零崎人識と玖渚友の関係も、知るところではない。

「……っていうか、いたのかおまえ」

 放送を聞いた戯言遣いがまず得たものは、悲しみではなく驚きだった。
 そもそも配られた名簿の中に、零崎人識の名前は刻まれていない。
 名前を伏せられた十名の内の一人が、零崎人識だったわけだ。
 十名の中に自分の知る人物がいないとまでは思わなかったが、それでも。

 まさか、だった。

 この椅子取りゲームに零崎人識が存在したということもそうだが、
 その零崎人識が戯言遣いとなんら縁を合わせることなく退場したということが――まさかだった。

 零崎人識の名前が耳に飛び込んできたときには、びっくりするあまり危うくずっこけてしまいそうになった。
 同じく朝比奈みくるの名前を耳にした涼宮ハルヒの手前、さすがにそのような失態は起こさなかったが。
 それでもやはり、まさかだ。まさかあの人類失格にして二度も戯言遣いの窮地を救ってみせた零崎人識が――死ぬなんて。

「……いや、実はそれほどまさかって事態でもないのかな」

 考えてみれば――零崎人識という存在はそうそう、戯言遣いの物語には関与できないようになっているのだ。
 そうできているのだ。
 そういう風に配置されたキャラクターなのだ。
 だから今回の一件にしてみれば、あいつは脇役で、こっちは主役だった、そういうことなのかもしれない。

 それが、わずか十二時間。
 早々と言える期間で、脱落してしまった。
 こんな番外編のような物語の端っこで、死んだ。
 それは零崎らしい最期と、人によっては評価するのかもしれない。
 けれど、戯言遣いには――
572零崎人識の人間関係◇代理:2010/04/05(月) 22:31:09 ID:YaJ6WNTh

 戯言かなぁ。
 そう呟いた。

 ただ――
 戯言で済ませるわけには、いかないのかもしれない。
 そんな風に、考えてもみる。
 考えてしまう。

 ここに零崎人識がいたということは確かな事実として、戯言遣いはその物語に関与することができなかった。
 同様に、戯言遣いが涼宮ハルヒを中心として描いている物語にも、零崎人識は関与することができなかった。

 この結果ははたして、全体の物語としては――どうだったのだろうか?

 戯言遣いの物語でもなく、零崎人識の物語でもなく、全体の物語。
 人類最悪を含めた現段階での登場人物六十一名、全員を主役と考えた生き残りの物語。
 そういった大きな観点でもって、戯言遣いと零崎人識の接点が皆無だったという結果は、幸か不幸か――という問題。

 戯言遣いは零崎人識の代用品であり、代替品だ。
 本来なら、涼宮ハルヒの隣にいたのは戯言遣いではなく零崎人識のほうだったのかもしれない。
 傍観者と殺人鬼のコンタクトは、赤き征裁と橙なる種に掻き回されたあの一件以来になるはずだったが――それもなかった。

「ここでも一度、誰かに殺されかけておくべきだったのかもしれない。朧ちゃんみたいなのじゃなく、本気でぼくを殺しにかかるような相手に」

 出会えなかったのが、戯言遣いの失敗だったのかもしれない。
 欠陥製品は人類失格に助けてもらうべきだったのかもしれない。
 そうしなければ、縁が合わなかっただろうから。
 無理矢理にでも、縁を合わせておくべきだったのかもしれない。

 同じ舞台にいながら、結局どちらがどちらと顔を合わせることもなく、また間接的にも関与することなく、欠け落ちた。
 浅く考えればそれまでの縁だったということなのかもしれないが、深く考えれば致命傷のようにも思えてしまう。

 致命傷――目には見えない、この段階では痛みも苦しみも伴わない、恐ろしい傷だった。
 後々、戯言遣いは後悔するのかもしれない。または、後悔しないのかもしれない。
 もしくは、本当は零崎人識は死んでいないという可能性だって零ではないのかも。

「狐さんだって、一度は勘違いしていたはずだしな……今回も、ってことはないかな」

 なんにせよ。
 この物語において、戯言遣いと零崎人識の縁が合うことはなかった。
 この結果が物語の全体像にどう影響するのかなど、一登場人物の戯言遣いにはわからないし、読み手にすぎない人類最悪もまた同じくだ。

 要は、激流に身を任せるしかない。
 本当に、笑えない傑作だ。
 戯言遣いは笑みなど一片も纏わずに、帰ってきた涼宮ハルヒを出迎えるのだった。


 ◇ ◇ ◇
573>>572修正◇代理:2010/04/05(月) 22:33:09 ID:YaJ6WNTh
「本来無関係なはずのセリヌンティウスが、一番酷い目にあってしまったってことなのか……」

 戯言かなぁ。
 そう呟いた。

 ただ――
 戯言で済ませるわけには、いかないのかもしれない。
 そんな風に、考えてもみる。
 考えてしまう。

 ここに零崎人識がいたということは確かな事実として、戯言遣いはその物語に関与することができなかった。
 同様に、戯言遣いが涼宮ハルヒを中心として描いている物語にも、零崎人識は関与することができなかった。

 この結果ははたして、全体の物語としては――どうだったのだろうか?

 戯言遣いの物語でもなく、零崎人識の物語でもなく、全体の物語。
 人類最悪を含めた現段階での登場人物六十一名、全員を主役と考えた生き残りの物語。
 そういった大きな観点でもって、戯言遣いと零崎人識の接点が皆無だったという結果は、幸か不幸か――という問題。

 戯言遣いは零崎人識の代用品であり、代替品だ。
 本来なら、涼宮ハルヒの隣にいたのは戯言遣いではなく零崎人識のほうだったのかもしれない。
 傍観者と殺人鬼のコンタクトは、赤き征裁と橙なる種に掻き回されたあの一件以来になるはずだったが――それもなかった。

「ここでも一度、誰かに殺されかけておくべきだったのかもしれない。朧ちゃんみたいなのじゃなく、本気でぼくを殺しにかかるような相手に」

 出会えなかったのが、戯言遣いの失敗だったのかもしれない。
 欠陥製品は人類失格に助けてもらうべきだったのかもしれない。
 そうしなければ、縁が合わなかっただろうから。
 無理矢理にでも、縁を合わせておくべきだったのかもしれない。

 同じ舞台にいながら、結局どちらがどちらと顔を合わせることもなく、また間接的にも関与することなく、欠け落ちた。
 浅く考えればそれまでの縁だったということなのかもしれないが、深く考えれば致命傷のようにも思えてしまう。

 致命傷――目には見えない、この段階では痛みも苦しみも伴わない、恐ろしい傷だった。
 後々、戯言遣いは後悔するのかもしれない。または、後悔しないのかもしれない。
 もしくは、本当は零崎人識は死んでいないという可能性だって零ではないのかも。

「狐さんだって、一度は勘違いしていたはずだしな……今回も、ってことはないかな」

 なんにせよ。
 この物語において、戯言遣いと零崎人識の縁が合うことはなかった。
 この結果が物語の全体像にどう影響するのかなど、一登場人物の戯言遣いにはわからないし、読み手にすぎない人類最悪もまた同じくだ。

 要は、激流に身を任せるしかない。
 本当に、笑えない傑作だ。
 戯言遣いは笑みなど一片も纏わずに、帰ってきた涼宮ハルヒを出迎えるのだった。


 ◇ ◇ ◇
574零崎人識の人間関係◇代理:2010/04/05(月) 22:35:12 ID:YaJ6WNTh
 【肆】


 ■《殺し屋》――匂宮出夢の答え
 「んっんー? 零崎人識が死んだ? そいつはまた――おかしな話じゃねーかよ、お兄さん。
  あんたは僕の妹の理澄から、こう聞いているはずだぜ――零崎人識はとっくのとうに死んでるってな。
  いや、でも確かその後に、僕は言ったんだっけ――零崎人識は生きているぞって。ぎゃはっ。言った言った。
  こいつぁ傑作だ。二人で一人、一人で二人であるところの匂宮兄妹がそれぞれ別のことを言ってやがる。
  調査(フィールドワーク)担当の理澄は死んでいるといい、殺戮(キリングフィールド)担当の僕は生きていると言う。
  はたしてこれ、どっちが正解なのかねぇ。って、お兄さんはだから正解を知ってるんだったな! ぎゃはははは!
  うん? なによその疑いの眼差しは。お兄さん、僕を誰だと思ってるのさ。僕を誰だと思っちゃってるわけ?
  殺戮奇術集団、匂宮雑技団が団員18、第十三期イクスパーラメントの功罪の仔(バイプロダクト)、匂宮出夢だぜ?
  標的が無関係でも関係なく標的が無抵抗でも抵抗なく標的が没交渉でも交渉なく、貪るように喰らい尽くす。
  殺し屋の中の殺し屋、人食い(マンイーター)の出夢なんだぜ? その僕が零崎人識を語るんだ――正解は正解だよ。
  あ、っていうかお兄さんは別に、人識の生死が信じられるかどうかってことを訊いているわけじゃないのかな?
  これが単なる意見問答だっていうんなら、そうだな。僕は殺し屋として、こう答えておくべきなのかもしれないねぇ。
  ――零崎人識が誰かに殺されたっていうんなら、匂宮出夢はその誰かを殺す。
  ぎゃはっ。なんつー顔してんだよお兄さん。ああ、そっかそっか。お兄さんは僕と人識の関係とか知らなかったもんな。
  まああいつとは結構古い仲でさ。それなりに親しかったんだぜ。どれくらいそれなりかってーと、べろちゅーするぐらい。
  裸で絡み合ったりもしたっけな。もちろんベッドで。僕ってこんなナリだから、いろいろお世話されちゃったりもしてたんだぜ?
  愛ゆえに殺し合って候、みたいな!? 僕としちゃ、ぜろりんが僕以外の奴に殺されるなんて信じたくもねえけど!
  勘違いするなよ。おまえを殺すのは僕だ――簡単に言やあ、そういう関係? 違う違う、愛し合ってたよ僕たち。
  どうした? 笑えよベジータ。ここは笑うとこだぜ。ぎゃは、ぎゃははははははははははははははははははははははははっ!」

 ■《戯言遣い》のコメント
 「はぁ……ところでそういうきみも死んだはずじゃ?」


 【4】


「ねぇハルヒちゃん。ちょっと話したいことがあるんだけど、聞いてくれないかな?」
「なによ、改まって」
「さっきの放送で、ぼくの友達の名前が呼ばれたんだ」
「えっ……あんた、友達なんていたの」
「その反応はちょっと酷すぎると思うんだけど」
「思わず本音が零れちゃったのよ。で、いったい誰?」
「零崎人識って奴。ぼくの親友でさ。同じ釜の飯を食った仲なんだぜ」
「へー」
「なんていうのかな、マブダチってーの? 拳と拳で語り合う関係、みたいな」
「露骨に嘘くさいわね……それよりもさ、あの放送って不親切だと思わない?」
「狐さん……人類最悪の放送が?」
「名簿に載ってない人の名前が呼ばれたけど、あれ放送で聞いただけじゃどういう字を書くかわからないじゃない」
「ああ……確かにそうだね」
「ゼロザキヒトシキだっけ? あんたの友達って、どういう字を書くの?」
「漢数字の零に長崎の崎、人間の人に良識の識で、零崎人識だよ」
「あからさまに偽名っぽい名前よね。あんたみたいにあだ名とかじゃないわけ?」
「さあ……そういえば、汀目俊希なんて呼ばれてた時代もあったって聞くな」
「そっちもそっちで、漫画かなにかに出てきそう」
575代理投下:2010/04/05(月) 23:18:53 ID:HgE1tB6q
「そういやハルヒちゃん。今更でなんだけど、零崎って名前には覚えはない?」
「あるわけないでしょ、そんなおかしな名前」
「だよね。ふむ、そうか。まあ、それがあたりまえか……」
「なにぶつぶつ言ってんのよ。友達っていうんなら、もうちょっと悲しむなりなんなりしたらどうなの?」
「ああ、いや。ぼくとあいつはそういうのじゃないんだよ。泣くよりかはそうだな、うぇーいって言ってひっくり返るほうが正しい」
「あんたってつくづく変な奴よね」
「その侮蔑の眼差しをぜひとも零崎の奴にぶつけてやってほしかったよ」

「で、なに? あたしにそれを話してどうしようっての? 傷心中だから慰めてほしいとでも言いたいわけ?」
「それはハルヒちゃんらしからぬジョークだね。もしぼくが、『うん、慰めて慰めて!』なんて言ったらどうするのさ」
「とりあえずぶん殴って捨てていくわ」
「その正直さにはある種の清々しさを覚えるよ」
「まったく……揚げ足取りはいいから、さっさと本題に進みなさいよね」
「じゃあ、そうさせてもらう。これは弱音なんだけど……ぼくはひょっとしたら、取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないだろうか」
「……唐突すぎてなにがなんだかわかんないんだけど。なに? それは零崎人識くんがなんか関係してるわけ?」
「まあ、そうだね。あいつは、そう――鏡みたいな奴でさ。ずっと見ていると気持ち悪くなるような、そんな存在だった」
「友達に対しての発言とは思えないわね……」
「ぼくとあいつは――そうだな。言ってしまえば、もう一人の自分ってところか。分身した片割れ、みたいな?」
「みたいなって言われても……分身なんてしないから、わかんないわよ」
「そりゃそうだ。ざっくばらんに、似たもの同士って認識で構わないよ」
「ふーん。だからこそ、悲しんだりもしないってことなのかしら?」
「え?」
「いーのそういう仕草って、想像できないし。少なくとも、自分がいなくなったからって悲しむようなタマには思えないわ」
「そりゃ、自分がいなくなったら誰だって悲しめないでしょ」
「半身みたいなのがいなくなったって話でしょ。でも、平然としてる。この冷血漢」
「そうは言うけどさ。ぼくがここで泣いたり嘆いたりしたら、あいつはきっとビビって生き返っちゃうと思うよ」
「……わかんないわね。結局、あんたにとっての零崎人識ってなんなわけ?」
「だから言ってるじゃないか。親友さ。メロスにとってのセリヌンティウスくらいにはね」
576代理投下:2010/04/05(月) 23:19:46 ID:HgE1tB6q
「……ま、いいけど。それで、取り返しのつかないことってのはなに? もっとわかりやすく言いなさい」
「ぼくはこの物語に、零崎がいることを知らなかった。知らないまま、あいつ会う機会を棒に振るってしまった」
「それが失敗だったって? そんなの、今更言ったところで――」
「でもよくよく考えれば、それはありえないんじゃないかと思うんだよ」
「はぁ?」
「ジェイルオルタナティブ――すべてのものには代わりが用意してある。ぼくがいなくても、あいつがいればいい」
「…………」
「逆にあいつがいなくても、ぼくがいればいい。だがどうだろう。ここには最初から、二人揃っていた。これじゃ代替えは効かない」
「……今回の話は特にわけわかんないわね」
「まあ聞いておくれよ。これが狐さんの語るように物語だっていうんなら――ぼくと零崎が同じ舞台に立っていたことには、やっぱり意味があると思うんだ」
「ねぇ、狐さんって誰のこと?」
「狐のお面を被っていたから狐さんさ」
「安直なネーミングセンスねぇ」
「人類最悪とどっこいどっこいだろ」
「はいはい。それで?」
「思うに、ぼくと零崎の縁はまだ切れたわけじゃない。あいつがどんな退場の仕方をしたかはしらないけれど、なにかしらの残滓が、きっとある」
「その零崎くんが、いーに向けてなにか残したってこと? 遺言とか遺品とか」
「さて、そこまでストレートなものではないと思うけど……でもやっぱり、この先ずっと意味のないままってことはないと思う」
「その自信はどこからくるのかしらねぇ」
「自信なんてないさ。あるのは信頼だよ」
「あんたには似合わないわね、その手の言葉」
「よくわかってるじゃないか」
「否定しておきなさいよ、そこは。っていうか、それをあたしに話してどうしたいわけ?」
「現状、ぼくと縁が合っているのはハルヒちゃん、きみだけだ。だからだよ」
「だから?」
「そう――だから」


「だからハルヒちゃん――きみにも覚えておいてもらいたいんだ。ぼくという欠陥製品の対に、零崎人識っていう人間失格がいたことを」


 ◇ ◇ ◇


 そして――

 戯言遣いと涼宮ハルヒは、劇場を出た。
 二人が脚としているサイドカーつきのバイクに乗り、次なる目的地として、温泉がある西へ向かおうとしていた。

「確認するよ。まずは温泉に寄って、その次に学校。進路はそれでいいね?」
「オッケーよ。そろそろあんたとの二人旅にも飽きてきたし、誰か別の人と出会いたいところでもあるんだけど……」
「ここでの出会いは危険も孕むってことを、ハルヒちゃんは理解しているのかな?」
「わかってるわよ、そのくらい。人を平和ボケした若者みたい言わないでくれる?」

 涼宮ハルヒはどこか不機嫌な様子だった。
 いつもどおりといえばいつもどおりなので、戯言遣いも特に言及はしない。
577代理投下:2010/04/05(月) 23:20:31 ID:HgE1tB6q
「この映画館を訪れることは……もうないかな」
「どうかしらね。そんなの、今後しだいでしょ」

 午前と午後の境目を過ごした映画館に別れを告げ、戯言遣いはバイクのエンジンをかける。
 出発の準備は整った。あとはこのまま、目的地に向けてサイドカーつきのバイクを走らせるだけ。
 放送が流れ、二人分の縁が途切れても、彼と彼女の物語にさしたる支障はなかった。
 いや――実際には支障はあったのかもしれないが、少なくとも現段階では、表に出ていない。
 後々の後悔など、後々に体感するからこそ後々の後悔となるのだ。

 今は。
 戯言遣いと涼宮ハルヒの二人で、温泉に向かう。

「さて、それじゃあ――殺して解して並べて揃えて晒しに行くとしますか」
「は? なにそれ」
「戯言だよ」



【E-4/映画館/一日目・日中】

【涼宮ハルヒ@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:健康
[装備]:弦之介の忍者刀@甲賀忍法帖
[道具]:デイパック、基本支給品
[思考・状況]
 基本:この世界よりの生還。
 1:次に温泉へと向かい、その次に学校へと向かって校庭に書かれた模様を確認する。
 2:放送で示唆された『徒党を組んでいる連中』を探し、合流する。
 3:↑の為に、地図にのっている施設を回ってみる。


【いーちゃん@戯言シリーズ】
[状態]:健康
[装備]:森の人(10/10発)@キノの旅、バタフライナイフ@現実、クロスボウ@現実
[道具]:デイパック×2、基本支給品×2、22LR弾x20発、クロスボウの矢x20本、トレイズのサイドカー@リリアとトレイズ
[思考・状況]
 基本:玖渚友の生存を最優先。いざとなれば……?
 1:当面はハルヒの行動指針に付き合う。
 2:↑の中で、いくつかの事柄を考え方針を定める。
 ├涼宮ハルヒの能力をどのように活用できるか観察し、考える。
 └玖渚友を探し出す方法を具体的に考える。
 3:一段落したら、世界の端を確認しに行く? もう今更どうでもいい?
 4:零崎人識との『縁』が残っていないかどうか探してみる。


 ◇ ◇ ◇
578創る名無しに見る名無し:2010/04/05(月) 23:20:58 ID:YaJ6WNTh
sien
579代理投下:2010/04/05(月) 23:21:17 ID:HgE1tB6q
 【伍】


 ■《請負人》――哀川潤の答え
 「ふーん。
  それよりもさ、ここってなに? どういうシステムになってんの?
  なんか、いろんな奴がやたらめったら登場してるけどよ。こいつら全員、正規の登場人物じゃないんだろ?
  ああ、そういうあたしもそうだな。気に入らないことにあたしもそうなんだよな。
  ったく、このあたしを差し置いて物語を進めようとは、シナリオライターはどこの間抜けだ?
  んなもん、承太郎抜きでDIO倒しに行ったアヴドゥルみたいな話にしかならないぜ。盛り上がりに欠ける。
  でもまあ、あたしってばいろんな意味で規格外だから。ほら、主役は遅れてやってくるとも言うし。
  バランスとしてはちょうどいいのかもしれねえな。ライターは間抜けでも構成作家は優秀ってわけか。
  ふんふん。なるほど、わかってきたぜ。つまりあたしがこうやって問題解いてんのも、伏線なわけだ。
  たぶん、ここへの出演回数如何よって終盤登場する新キャラが決まる! みたいな仕組みなんだろ?
  あたしの情報網によると、なんだ、蒼崎橙子とかいうやつが今一番ポイント高いんだって? 目下のライバルはそいつか。
  こつこつ営業しているみたいでなんか癪に障るが、そうだな――そういうことなら、一つこんな話をしてやろう。
  これはいーたんには直接関係しない話だし、そっちの物語にもたぶん影響ない話なんだろうが、まあ、戯言だと思って聞いてくれ」


 ◇ ◇ ◇


 世界が灰色に染まっていた。

 空は暗灰色の雲に閉ざされ、切れ目のない平面的な空間がどこまでも広がり、周囲を陰で覆っている。
 雲の隙間から漏れる薄ぼんやりとした燐光だけが、世界を暗黒から救う唯一の照明だった。

 立ち並ぶビル群の中心に、青く光る巨人の姿が見られた。
 三十階建ての商業ビルよりも頭一つ高く、くすんだコバルトブルーの痩身は内部から光を放っている。
 輪郭がはっきりとせず、目鼻立ちといえるようなものもなく、目と口にあたる部分が暗くなっている他は、まるでのっぺら坊だ。

「なんだありゃ。ジブリ映画に出てきそうな化物だな」

 青く光る巨人は、緩慢な動作で腕を振り、周囲のビル群をなぎ倒している。
 咆哮も慟哭もない、ただの破壊音だけが響く様は、赤ん坊が積み木を崩す光景に似ていた。
 そんな様子を――灰色の世界に存在するには異彩すぎるほどの《赤》が、離れた場所にある交差点から眺めていた。

「――あれは我々が《神人》と呼称する存在です」

 巨人の破壊活動を見て怖じ気づきもしない《赤》に、一人のメイドが説明した。

「哀川潤さまですね」

 哀川潤と呼ばれた《赤》は、訝るようにメイドの姿を見やる。
 いつの間にかそこにいた存在に、しかし驚きを表に出すことはなかった。

「確かにあたしさまは哀川潤さまだが、そういうあんたはなにさまよ?」

 メイドに対して飄々とした態度で接する、哀川潤。
 一方のメイドも、従者が主人にそうするような教科書どおりの対応を取った。
580代理投下:2010/04/05(月) 23:22:05 ID:HgE1tB6q
「わたしはさまづけされるほどの者ではございません。見てのとおりのメイド――森園生と申します」

 名乗りを上げるメイド、森園生。そこで、哀川潤は合点がいく。

「ははん。なるほどなるほど――今回の依頼人はあんたで、今回の依頼は後ろのあれってわけだ」
「飲み込みが早いようで助かります。さすがは人類最強の請負人といったところでしょうか」
「おう、そのとおり。あたしは人類最強の請負人さ。けれども、後ろのあれはどう見たって人類とは呼べねえよな」

 人類最強はあくまでも人類における最強であり、非人類であるところの《神人》と強さを比べることはできない。
 もっとも、そんなことは森園生も哀川潤本人も知ったことではないという風だったが。

「おっしゃるとおりでございます。それを承知で、哀川さまのお力添えをいただきたく思いまして」
「おいこら。あたしを呼ぶなら苗字じゃなく名前で呼べ。あたしを苗字で呼ぶのは敵だけだ」
「失礼しました。では潤さま。改めてあなたさまに請け負っていただきたい仕事の説明をさせていただきます」

 そう言って、メイドは哀川潤により詳しい説明をした。
 神やら閉鎖空間やら涼宮ハルヒやら、哀川潤の知らない専門用語がたびたび飛び出したが、特に気にしなかった。
 請け負う依頼の内容は至極単純なのだから、その背景などどうでもいい。

「ふん――要はあの《神人》と遊んでろってことね」

 森園生が人類最強の請負人に期待することといったらやはり――人類最強。
 買いたいのは《神人》を撃退するための腕前であり、彼女は十分にその力を有していると言える。
 少なくとも、森園生――もしくは彼女が所属する組織は、そう判断しているようだった。

「いいね。四月バカがマジネタになるってのもよくある話だし、実は伏線でしたなんてご都合主義も大歓迎だ」
「なんの話でしょう?」
「他愛もない戯言さ」

 哀川潤は一笑して、暴れ狂う《神人》を睨みつける。

「この断続的な閉鎖空間が崩壊し切るまで――彼女の精神が安定するまで、潤さまにはご尽力いただくことになるかと思います」
「オッケーオッケー。今から本編への登場が楽しみだ。前哨戦の相手としちゃちょうどいい。張り切って伏線張ってやるよ」

 そうして、駆け出した。
 これは、本編(メイン)のための外伝(サブ)。
 語り継がれることはないが確かに存在する裏の物語。
 涼宮ハルヒが人知れず形成してしまった閉鎖空間に、今、死色の真紅が挑む。

 人類最強、哀川潤の激闘が始まった――!


 ◇ ◇ ◇


 「……ってのを考えたんだが、どうだ? 傑作だろ?」


 ■《戯言遣い》のコメント
 「エイプリルフールはもう終わりましたよ」
581創る名無しに見る名無し:2010/04/05(月) 23:22:44 ID:YaJ6WNTh
 
582代理投下:2010/04/05(月) 23:23:26 ID:HgE1tB6q
以上、代理投下終了しました。


投下乙!
ラノルタにおける戯言の戯言具合は素晴らしいものがありますねぇ。……哀川さん、本当に乱入してこないだろうなw
583創る名無しに見る名無し:2010/04/05(月) 23:27:01 ID:YaJ6WNTh
投下及び代理代理投下乙でした。
口ではなんだかんだ言いつつも、悲しんでいるように見えるな戯言遣い……。

潤さんは、もう何でもありな気がしてきたwww
584創る名無しに見る名無し:2010/04/06(火) 23:55:03 ID:iZ5ih4bE
人類失格じゃなくて人間失格だったような…
585創る名無しに見る名無し:2010/04/10(土) 13:23:38 ID:8H6s1lGa
しかしここの書き手はみんな大学生か?
3月と4月、異様にペースが落ちたんだが
586創る名無しに見る名無し:2010/04/10(土) 13:58:03 ID:cWeiaFda
学生に限らず、いろいろある時期だろう
587創る名無しに見る名無し:2010/04/10(土) 21:18:04 ID:9TDHTkA2
ヒント:某ロワ最終回
588創る名無しに見る名無し:2010/04/10(土) 23:15:58 ID:IXFPSRr+
よく間違われてるが最終回ではない、最終回ではないのだ
589創る名無しに見る名無し:2010/04/16(金) 02:13:04 ID:O8MWtYYD
おお、予約が入ってる!
590創る名無しに見る名無し:2010/04/16(金) 16:00:06 ID:onWsqh6Y
予約見ただけで下手な感動話よりも感動したわw
591創る名無しに見る名無し:2010/04/17(土) 09:18:46 ID:AzizWm+r
キョン美琴はどっちも辛いもんを背負ってるからなあ
さあて、どう転ぶか……
592創る名無しに見る名無し:2010/04/17(土) 19:51:00 ID:luEyhnbQ
キョンはともかく美琴はどう書くか気になるな
あの怪我じゃ動けても限界があるし、実は二者の後ろに空いたスペースが気になってたり
593創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 01:05:11 ID:pf8QGiGR
名無しさんは見た!@放送中は実況板で [sage] 2010/04/17(土) 22:51:35 ID:UKyRXtPk0 Be:
フジテレビの土曜プレミアムで夏に放送予定
キャストは
いーちゃん:桜井翔  玖渚友:南明奈

赤神イリア:井上真央 班田玲:星井七瀬
千賀あかり:蒼あんな 千賀ひかり:蒼れいな
佐代野弥生:松たか子 姫菜真姫:多部未華子
園山赤音:里田まい 伊吹かなみ:木下優樹菜
逆木深夜:崎本大海 縁木一姫:上戸彩
哀川純:大地真央  零崎人識:相葉雅紀

三つ子メイドは双子に変更。
クビシメロマンチストも冬に放送予定


    /\___/ヽ   ヽ
   /    ::::::::::::::::\ つ
  . |  ,,-‐‐   ‐‐-、 .:::| わ
  |  、_(o)_,:  _(o)_, :::|ぁぁ
.   |    ::<      .::|あぁ
   \  /( [三] )ヽ ::/ああ
   /`ー‐--‐‐―´\ぁあ
594 ◆LxH6hCs9JU :2010/04/18(日) 01:54:21 ID:2IEYQ6ZY
150話記念に支援MADを作りましたので、置いておきますね。

ようつべ版 ttp://www.youtube.com/watch?v=llVsjZRYVR8
ニコニコ版 ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm10423616
595創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 02:06:34 ID:LUEmxIQ9
>>594
今見てきました
なんかもう鳥肌立ちっぱなしでした
GJです!!
596創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 02:35:21 ID:WUS1Sb6V
上条さんさすがっす
パネェっす
597創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 13:41:05 ID:/P4W+Sv0
おお、ゾクゾクした
乙でした!
598創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 20:40:44 ID:bS8Wn6Ng
支援MADスゴイ良かったです
599 ◆02i16H59NY :2010/04/18(日) 21:24:22 ID:ioYpFLzp
予約していた2名分、投下します。
600創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 21:25:39 ID:HWMAm0YV
601人違いメランコリー ◆02i16H59NY :2010/04/18(日) 21:26:30 ID:ioYpFLzp

【プロローグ】


 たしかアレはアルバート・アインシュタインだったと思うんだが、その言葉に、

 『 同じことを繰り返して、異なる結果を期待するのは狂気である 』
 Insanity is continuing the same behavior and expecting a different result.

 とかいう警句なんだかことわざなんだかよく分からない一言があって、なんでこの俺ことキョン(という名前で名簿に載っている
人物)がこんな英語の原文も込みで暗誦できてしまうかと言えば、何を隠そうこの俺が相対性理論で有名なアインシュタインの
大ファンだから、といった設定資料集の片隅に載ってはいたものの作者も忘れかけていたような枝葉末節な裏設定をこのたび
本邦初公開、なんてわけではもちろんなく、ぶっちゃけ先に挙げたこのまんまの例文を英語の試験で使われたことがあるから
さ。悔しくも恥ずかしいことに、その時には『 behavior 』の意味をド忘れして上手い訳文が書けず、後から配られた模範解答を
見ておいこらふざけるな、と思ったからよーく覚えている。てかそこで『こと』って日本語を当てるのは実際どうなんだ。あまりに
ファジィすぎるとは思わんかね。
 まあもっとも、俺だってこんなところで英語教師が間違った方向にオリジナリティを発揮した理不尽な問題に対する恨み言を
延々愚痴るためだけにアインシュタインを持ちだしてきたわけでは決してない。文系の俺としては質量とエネルギーが本質的
に同じものであることを簡単な数式で証明してみせた天才、などと言われてもあまりピンと来ない、つまり何がどう凄いんだか
よくわからないお偉い歴史上の人物でしかないんだが、それでもこの人のこの一言が正しいってことは十数年あまりの乏しい
人生経験に照らし合わせてみればちゃんと納得できてしまう。
 現役高校生らしく卑近な例を挙げてみれば、期末の試験で見事に赤点を取って、それでも「ヤマが外れただけだ」などと嘯い
て再試験まで遊んで過ごせば、そりゃヤマも何も関係なくまた赤点となってしまうのは必然というものだろう。異なる結果を期待
するなら、同じことを繰り返さない――この場合はちゃんと勉強する――ことはどう考えても必要だ。わざわざノーベル賞取っ
たおっさんに舌をベロンと出されなくても、それくらいの真理を理解する頭は持ち合わせているのさ。アホの谷口じゃああるま
いし。
602創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 21:26:41 ID:HWMAm0YV
603人違いメランコリー ◆02i16H59NY :2010/04/18(日) 21:27:25 ID:ioYpFLzp

 で、この有難いお言葉を今の俺に当てはめてみると、そういえばうんざりするほど同じパターンを繰り返してたんだよなあ、と
再確認させられることしきりだったりする。
 場の展開に流されて、誰かの尻についていって、それでもって――いざコトが起こったら即座にトンズラ。
 もちろん俺にも言い分はある。まずなんといっても俺は荒事には無縁の平々凡々たる単なる高校生だ。殴り合いのケンカに
すら縁遠いこの俺が、酔っ払ってはいても本職傭兵のミリタリーお姉さんだとか、中学生とはいえ古泉もびっくりなビリビリ放電
超能力者だとかの本気の戦いで助けになれることなどあっただろうか。いやない(反語)。右往左往しつつ戦場に留まって無駄
に流れ弾を喰らったり敵の盾にされたり人質にされちまったりする前に、負傷者を抱えてさっさとその場を離れたのはどう考え
ても正しい判断であったろう。むしろあの局面で早期撤退を決断した判断力を誰かに褒めてもらいたいくらいだ。我ながら古代
ローマ式に市民冠の1つくらい贈呈されてもいい働きだったと思うね。
 他にも、間違っても全員で留まって全滅する愚を犯さないためだとか、負傷者の手当てを優先するのが当然だろうだとか、不
幸にして相手を倒しきれなかった場合にも強敵の情報を次に繋げてリベンジを図るんだとか、あれやこれやと自己正当化の
理由ならいくらでも挙げられるわけだ。後からウダウダと言い訳がましい奴だ、なんて思われてしまうのは俺の本意ではないの
だが、しかし、こちらの判断にも一理どころか3つも4つも理があったことはわかってもらいたい。

 ……いやしかしこれは理に叶っていたからこそ、何度も似た行動を取ってしまった、ということなのかもしれないな。
 飽きもせず、同じパターンを繰り返していたのかもしれない。
 俺なんかよりはよほど戦闘向きだったとはいえ、うら若き女性に危険な殺人犯の相手を任せて逃げ出して、でも、そうやって
抱えて逃げた仲間は手当ての余地も甲斐もなく、間もなく死亡。
 そんな嫌な展開を、アリソンさん、古泉と立て続けに演じてしまったのかもしれない。
 同情の余地もあるだろうが、反省の余地もたっぷりあるわけってだ。
 「じゃあどうすりゃ良かったんだ?」という話は別としてもな。

 って、なんでこんな後ろ向きなことを1人でグチグチと考えてるんだ、だって?
 そりゃまあ、あれだ。
 マオさんの時と違って、放送で呼ばれるのを待たずして――

 俺は、御坂美琴が「死んでいる」のを見つけちまったからさ。

604創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 21:28:07 ID:HWMAm0YV
605創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 21:28:09 ID:/yMh9JSy
 
606人違いメランコリー ◆02i16H59NY :2010/04/18(日) 21:28:31 ID:ioYpFLzp

【1】

 俺がその路地に辿りついたのは決して偶然でも幸運でもなく、ただ単に空を見上げたら見事に宙を舞う人間らしき影が見え
てしまったからだった。

 もちろん俺1人だ。
 あの気障ったらしい笑みをもう二度と見せてくれることもないであろう古泉の身体は、多少迷った挙句、ちょうどその時近くに
あった猫の額ほどの狭い公園の、粗末ながらも心地よさそうな木陰のベンチに横たえて置いてきた。
 本音を言えばどこまでもいっしょに連れて行ってやりたかったんだけどな。後ろ髪引かれる思いは当然あったよ。だが生憎と
俺はそこまで腕力に恵まれちゃあいない。それどころか例の発条包帯(ハードテーピング)とかいうびっくり未来科学アイテムで
外からドーピングしてるも同然の両足は既に筋肉痛でパンパンで、決して軽くはない男子高校生1人分の重量を担いで町内を
ねり歩く余裕は残念ながら残されちゃいなかったってわけだ。
 大体、アリソンさんの時だって俺は結局は諦めて「置いていった」のである。前々からの知り合いだからという理由で、古泉に
対してだけ特別扱いするのはまずかろうよ。誰に対して言い訳してるのか俺にもわからんがね。
 流石に2人とも路上に放置するのは忍びなく、それぞれ手近なところで不快にならないだろう場所、直射日光や雨風を多少
なりとも凌げそうな場所を見繕って寝かせてきたが、逆に言えば今の俺にできる配慮はその程度が限界でもある。
 そういえば、と今になって思う。
 このドラえもんの四次元ポケットさながらの摩訶不思議なデイパックを使えば、2人とも連れて歩く……もとい、持ち歩くことも
できたのかね。しかし仮にできたとしても喜んで試していたかと問われれば首を捻ってしまう。程度はともあれ多少なりとも心を
通わせた相手を、地図水食料コンパスその他、もろもろの物品と同等の「モノ」として扱うことに心理的抵抗を覚えてしまうのは
善良なる小市民としては致し方のないことだろう。
 さらに言えば、ここで2人の身体を機内持ち込み手荷物扱いで肌身離さず持ち運んでみたところで、それは問題の先送りで
しかない。
 つまり、おまえこの死体どーする気だ、ってね。
 この閉ざされた空間の中には、どうやら葬儀屋も居なければ坊主も居ないようだ(もっとも、神父とシスターならそれぞれ1人
ずついるとも聞いたが)。だからってそこらに適当に穴掘って土葬で済ますってわけにも行くまいし、大体アリソンさんとかあの
人の宗教は何だったんだろうな。まさか仏教とかヒンドゥー教とかブードゥー教とかってことはないとは思うが、金髪碧眼だから
欧米人でキリスト教だろ、というのは短絡に過ぎるだろう。キリスト教だって一枚岩じゃないしな。
 何にせよ、下手なことはやらない方がいい気がしたわけだよ。
 それこそテレビゲームよろしく教会にでも運べば神父が怪しい呪文唱えて大金ブン取って死者を蘇生させてくれる、っていう
なら俺も喜んでカンオケ引きずって筋肉痛にも耐えて歩き回るがね。どうやら「教会」と記された建物はあってもそんなご都合
主義は待ってちゃくれないようだ。それどころかどこを探してもセーブポイントも復活の呪文も見つからないときてる。おいなん
だよこのクソゲー。ちょっと開発責任者でてこい。澄まし顔で「仕様です」とでも答えようものなら、温厚なこの俺もパンチの1つ
くらいは喰らわせてやろうと思っているんだがね。
607創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 21:29:36 ID:/yMh9JSy
 
608人違いメランコリー ◆02i16H59NY :2010/04/18(日) 21:29:37 ID:ioYpFLzp
 ……と、そんな無駄な考察をアリソンさんの時にもしたよなあ、と古泉を残して歩き出して溜息ひとつ、青い空を見上げるとも
なく見上げて、そういえばいつかこの空を飛ぶとかいった約束もあったよな、でも実現するのは生きて帰れたとしてもいったい
何年後になるのかね、とぼんやり口を半開きで呆けること数分、そういや警察署の方のゴタゴタはあれからどうなったんだろう
――と振り返ったら、まさに絶妙のタイミングで人間大砲もかくやという勢いで空を飛ぶ小柄なシルエットが視界に入ってしまっ
たというわけさ。
 距離があったのでわかり辛かったが、たぶん人間だろう。
 ここでわざわざ「たぶん」と断ったのは、それが遠目に見ても五体満足には見えなかったからだ。フィギュアスケートのなんだ
か凄い新技よろしく激しくスピンしながら吹き飛んでいくその姿を正確に把握するのは難しかったが、どう数えてみても空中で
振り回されてる四肢が三肢になってしまってる。少なくとも1本は不自然に短い。それだけの損傷を受けて頭部らしき部分が
残っていたのは不幸中の幸いと言ったところか。
 で、これで本人の望まぬ空中散歩を強いられているその人物が、北高の見慣れたセーラー服に長い髪、つまり露骨なまでの
敵対関係となった宇宙人・朝倉涼子だったなら拍手喝采大喝采、ってなるところだったんだがな。
 生憎と、ついさっきお近づきになったばかりのお嬢様学校(本人は冗談めかして言っていたが真実だろう)の制服姿だ。
 見えたのは一瞬ですぐに建物の影に隠れてしまったけれど、こりゃ流石に放ってはおけないだろうよ。一歩間違えれば追い
討ちをかけにきた朝倉涼子御一行とこんにちわ、という危険もあるにはあったが、だからって見て見ぬフリを決め込むわけに
もいくまい。俺はお世辞にも情に厚い方ではないが、それくらいの責任感ならかろうじてある。絶対戻って来い、なんて言い残
して逃げちまった手前もあるしな。
 ま、あの様子じゃ、行ってみたところで何ができるかわからないけれどな。


【2】

 当初予想したよりも遠くまで吹っ飛ばされていたことと、無駄に入り組んで回り道を強いられた街並みのせいで、俺がそこに
辿り着けたのは、はてあの光景はひょっとして俺の見間違い・心労の余りに見えた幻覚だったんじゃなかろうか、と真剣に悩み
始めるくらいには時間を浪費した後のことだった。
 つまり、手遅れになるには十分過ぎるほどの時間、ということだ。半ば覚悟はしてたけどな。

「あー、…………この状態で大丈夫か、なんて言っても無意味なんだろうが……大丈夫、か?」

 自分でも間抜けかな、と思う俺の呼びかけに、反応する者はとりあえずいない。
 俺はゆっくりとあたりを見回してみる。

 さんさんと太陽の光が降り注いでいる、
 ゴミの臭いも大してしない、明るくて真っ直ぐ伸びているだけの裏路地に、
 既に乾き始めた、鉄錆の臭いのする赤黒いペンキがでたらめにぶちまけられていて、

 その終点、幼稚園児がでたらめにハサミで切り刻んだような有様のフェンスの前に、彼女が転がっていた。

 しつけのなってない子供がオモチャ箱を引っくり返したように、周囲には包帯や絆創膏や消毒液が散らばっていた。
 その中心、したたかに酔っ払って前後不覚に陥った金曜深夜のサラリーマンのように、だらしなく手足を投げ出して。
 彼女が、死んでいた。
 いや、死に掛けていた。
 もう間もなく――死のうとしていた。
609人違いメランコリー ◆02i16H59NY :2010/04/18(日) 21:30:48 ID:ioYpFLzp

「おい……御坂、しっかりしろ。いま病院、いや神社に、」

 俺は呼びかけながら、それでもゆっくりと近づいていった。
 まだ、彼女の胸はゆっくりと上下に動いている。
 まだ、呼吸はしている。
 まだ、生きている。
 まだ。
 今のところは、という限定つきで。
 しかし悲しいかな、アリソンさん、古泉と立て続けに人が死ぬのを看取ってしまった経験値は、もうここで何をどうしようと助か
るものではないことを俺に理解させてしまっていた。
 この場に魔法使いでもいればまた違ったんだろうけどな。あるいはブラックジャックみたいな天才外科医とか。
 でも――俺じゃあな。

 途中でブチ切れて失われている左腕の端こそ、どういう手品を使ったのかキツく巻かれた針金によって乱暴に止血されてい
るようだが、彼女がその身に受けた傷はそれ1つではない。細かい裂傷・創傷・擦過傷は数えるのもバカらしくなるほど身体中
に刻まれているし、服に隠れて見えない部分にも大小さまざまに赤黒い染みを浮かび上がらせしまっている。
 大きく裂けた制服のシャツの胸元からは、中学生らしいささやかで控えめなブラジャー……ではなく、さらしのように何重にも
巻いた包帯のようなものが覗いている。包帯の上には桜色の不思議な文字がぼんやりと光っていて、どうやらこれが少しだけ
話に聞いた、ヴィルヘルミナとかいう神社で待ってる異世界超能力メイド戦士の治癒魔法(自在法とか言ってたか? まあ魔法
みたいなものだろう)による「処置」だったらしい。ひょっとしたら今の今まで御坂がヒューヒューと聞いてるだけでも苦しくなってく
るような呼吸をしていられたのもこの神秘のアイテムのお陰だったのかもしれないが、しかしその包帯は素人目に見ても深刻に
思えるほどに赤く染まっていた。折れた肋骨が衝撃でさらにズレ、皮膚を突き破ってしまっているのだ。こうなると包帯に多少の
不思議な力があろうと焼け石に水、回復する以上の勢いで血も体力も流れ出してしまうことだろう。また外側がこの有様なのだ
から肋骨の内側、つまり肺の方もズタズタになってしまっている可能性は高い。
 何より、顔色がヤバい。顔面蒼白を通り越して、これって何て表現すればいいんだろな。もう人間の顔色には見えねえよ。客
の来ない閉鎖寸前の蝋人形館からこっそりパクってきた出来のいい人形か何かにしか思えない。そりゃ、あれだけ盛大に文字
通りの意味での出血大サービスを繰り広げればこうなっちまってもおかしくないんだろうけど。
 よく知られている話だが、人間はその体内を流れる血の3分の1も失えば確実に失血死するという。ここで大事なのは、別に
一箇所から一気に規定量の血を失うばかりが失血死の方法ではないということだ。身体中に刻まれた小さな傷から、それぞれ
少量ずつ出血していったとしても、それが合計で一定ラインを超えたら死ぬ。どうしようもなく死ぬ。輸血とかしない限り死ぬ。
 柔道の試合ではないが、「合わせ技1本」というやつだ。一番大きな左腕からの出血を、なんとか縛って止めて「技あり」程度
に留めたとしても、「有効」やら「効果」やらに相当する怪我が山ほど積み重なればやっぱり勝負ありってことになっちまう。

 要するに。
 御坂美琴の容態は、どこからどう見ても、お手上げだった。
610人違いメランコリー ◆02i16H59NY :2010/04/18(日) 21:31:52 ID:ioYpFLzp

「ん……っ」
「御坂!? おい御坂! ビリビリ中学生! しっかりしろ!」

 それでも、俺の声が聞こえたのか気配を感じたのか、彼女はゆっくりと顔を上げ、こちらを向いた。
 ひょっとしたら、と思ったね。
 もちろん俺には今更こいつにしてやれるようなことは何ひとつ残っちゃいない。ゆっくり息を引き取る姿をただ見守るしかない
状況下、凄まじい無力感を絶賛満喫中なわけなんだが、しかしこいつ自身に意識があるとしたら話は別だ。何と言ってもこの
御坂は正真正銘の超能力者、それも超能力者養成の「虎の穴」たる「学園都市」にも7人しかいないという、「レベル5」を誇る
「電撃使い」だ。いや聞いた話をそのまま並べてるだけの俺にもその凄さというのはアインシュタインの偉さ以上に理解しづら
いものではあるんだが、少なくともこいつのパワーの凄さと応用性の広さはこの目でしっかり確認している。電気を操るだけの
一芸しかないとか言ってた割に、放電はするわフェンスは捻じ曲げるわ、果てはみくるビームも裸足で逃げ出す威力の「超電
磁砲(レールガン)」ときた。
 となれば、俺には想像もつかないような理系バリバリの応用と発展でもって、自分自身の身体を治せちまうんじゃないか。
 治しきれないまでも、騙し騙しなんとか「保たせて」、本格的な治療ができるまで持ちこたえてくれるんじゃないか。
 例えば超能力で電気と磁気を操って、赤血球の中の鉄を介して強引に流れる血を操作するだとかいった荒技で、多少なり
とも何とかしちまうんじゃないか。
 ちょっとだけ、そんな風に期待したんだがね。

「あんた……遅いわよ」
「……すまん」
「なによ、あんた……そんな、しょげかえって……いつものツンツン頭まで、元気ないようじゃない……」
「別にしょげかえってるわけじゃな……って、え?」

 天を仰いで倒れた姿勢のまま、気だるそうな仕草で顔に張り付いた前髪を払うと――どうやら身体を起こすだけの気力もな
いようだ――、彼女は儚げに微笑んだ。
 意図の読めない独り言と、言いようのない違和感。俺は思わず、口をつぐむ。
 そして、彼女は、

「ほんと、遅いわよ……かみじょう、とうま」

 既に焦点の合ってない、というより曇りガラスのような質感の、もうまともには見えていないであろう目をこっちに向けて。
 夢見るような口調で、俺とは別の男の名を口にした。
611人違いメランコリー ◆02i16H59NY :2010/04/18(日) 21:32:57 ID:ioYpFLzp

【3】

 かみじょう、とうま。
 上条当麻。
 なんか最近どこかで聞いた気がするな、と思って自分の拙い脳内メモリに検索をかけてみたら、他ならぬ目の前の御坂美琴
から数時間前に聞いたばかりの名前だった。
 確か互いの事情を説明しあっている時に、彼女の知り合いの1人として挙げられていた。白井黒子とかいう女の子の名前と
一緒にだ。どこかで会ったり噂を聞いたりしなかったと尋ねられた。もちろん俺の方にはそのどちらにも心当たりはない。その
時は別段、ああこいつにも友達や仲間がいるんだな、くらいにしか思わなかったわけだが。

 果たしてこの俺と、その「上条当麻」とやらはそんなに似ているのだろうか。
 姿を見間違え、声を聞き間違えるほどに似ているというのだろうか。
 そんなわけはない。
 もしそうならコイツと初めて会った時にはもうちょっと違った反応があったはずだ。見たところ演技やポーカーフェイスが上手
いタイプとも思えなかったし、またあの時にそういった演技をする理由は皆無だったろう。
 似ていたとしても、せいぜいが大体の背格好と、男子高校生という基本的なプロフィールくらいのものだろうよ。
 つまりは――今の彼女の五感は、その程度。
 人の声も聞き分けられず、人の姿もシルエット程度しか分からず、せいぜい判別できるのは男か女か、程度なんだろうさ。
 ついでに言えば、夢と現実、願望と実際の区別もついてるかどうか怪しいもんだね。

 そういう状況下で、彼女の所に駆けつけて当然――
 いや、是非とも駆けつけてきて欲しい奴ってのが、「上条当麻」ってことなんだろう。こいつにとっては。

 俺はその時、どんな表情をしてたんだろうね。
 幸か不幸か近くに鏡なんてなかったし、仮にあったりしたら丁度いい八つ当たりの標的として即座に叩き割ってたのは間違
いないだろうさ。顔を見れる位置にいたのは御坂1人きりだが、その御坂に尋ねてみたところでロクに見えちゃいないんだか
ら答えられるわけがない。
 ……答えられるわけがないんだが、俺の沈黙をどう受け取ったのか、彼女はガラス細工の造花のような危うくも透き通った
微笑を浮かべて、囁いた。
 溺れる蟻だってもう少し大きな声で喋るだろうっていうくらいの、掠れきった声だった。

「なによ、アンタ……泣いてるの? らしく、ないわよ」

 泣いてねえ。なんでそんな愉快な勘違いができるんだ。
 いやほんと泣きたい気分ではあるけどな。大体なんでこの場に居合わせてるのが俺なんだ。本物の「上条当麻」はどこを
ほっつき歩いてやがる。こっちはこっちで、まだ古泉関係の心の整理もついちゃいないってのに。

「……? ごめん、よく聞こえない」

 聞こえないってことは、そりゃ聞かなくてもいいことだったんだろうよ。きっとな。
 それにしても、いったい何があったんだ。派手にバトって派手に負けたのは一目見りゃ分かるが、おまえのご自慢の超電磁
砲(レールガン)とやらは通じなかったのかね。
 御坂は見るからに苦しそうに顔を歪めて苦笑した。

「その、自慢の超電磁砲を、朝倉ってやつに、跳ね返されちゃったのよ。こう、手を突き出して、ぽーん、って。
 まったく……やられたわ。安い挑発に乗っちゃった、私のミス、なんだけどさ」
「跳ね返した、ね。むしろ撃ち返した、って感じなのかな。なるほどそいつは災難だったな」
612創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 21:33:20 ID:pmmaoYeO
613創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 21:34:17 ID:pmmaoYeO
614人違いメランコリー ◆02i16H59NY :2010/04/18(日) 21:34:28 ID:ioYpFLzp

 反射……か。
 俺は声に出さずに呟いた。
 なるほど確かに、あの長門の同類たる朝倉涼子なら、それくらいのことはやらかしてもおかしくはない。
 十中八九、例の呪文のような早口言葉(?)の助けを得ていただろうとは思うんだが、逆にそれだけの準備の余裕さえあれ
ば、あいつらは本当に「何でもできる」。連中に出来ないことってのは何なのか、俺のほうが教えて欲しいところだ。
 そんな相手に真正面から最大威力の超必殺技をブチ込んだこの御坂美琴も大概だが、しかし、朝倉涼子は人間心理という
一点に限っては長門よりも数段上、という印象があるんだよな。おおかた、バッターボックスから真っ向勝負を挑むような素振
りをしてみせておいて、頭に血の昇った投手が自慢の剛速球ど真ん中を投げてきてくれたのに合わせてジャストミート、だけど
打者の狙いは最初からバックスクリーンではなくピッチャー返し、投手の側がそれに気づく間もあらばこそ、見事に思惑通りに
ピッチャー直撃・負傷退場の大惨事――てな流れだったのだろうよ。これが野球の試合ならスポーツマンシップに欠ける危険
すぎるプレイとして警告の1つも飛ぶんだろうがね。
 いやはや。
 朝倉涼子は朝倉涼子で、どうやら「学習」して「成長」しているらしい。きっとロクでもない連中と付き合ってるせいだろう。
 少なくとも、俺が最初に殺されそうになった時にはこんな小知恵は使ってこなかった。いや、放課後の教室に呼び出した時の
あの手口にその片鱗は垣間見えるけどさ。
 それにしたって、だよ。ただでさえ面倒な奴なのに、どんだけタチ悪くなってんだよ。俺は思わず溜息をついた。
 御坂もまた、吐息をついた。一息ごとに取り返しのつかないものが零れ去っていくような、そんな息の吐き方だった。

「ねえ……アンタに、後のこと全部任せちゃっていいかな?」
「……全部って、何をだ」
「黒子のこととか、あと、ここにはいないだろうけど……『妹』たちのこととか」

 妹なんていたのか、こいつ。パッと見た感じは一人っ子って印象なんだがね。黒子ってのは確か後輩だったよな。
 うん、まあ確かに、それはきっと「上条当麻」の仕事なんだろうな。俺が言うべきことでもないだろうがね。

「煮え切らない、言い方ねぇ……」
「悪かったな」
「まあ、いいわ。そーゆーとこは、もともと、アンタに期待してないし……ね」

 悪かったって言ってるだろう。
 てか「上条当麻」もそんなポジションなのか。まだ会っちゃいないが、どことなく共感を覚えてしまうのは気のせいなのかね。

「ねえ……」
「……なんだ?」
「あたし、さ」

 御坂は一言言いかけて、咳き込んだ。
 激しい咳と共に、赤い飛沫が散る。
 それが呼び水となったようで、どこにこんなに残していたんだ、という勢いで鮮血を吐く。壊れた蛇口のように垂れ流す。
 ゴフゴフと赤い泡を零す御坂は、このままじゃ自分の血で溺れてしまいそうだ。いやもうとっくに助からないにしても、あえて
そんな苦しい終わり方をする必要はどこにもなかろうよ。俺は御坂の背中に手を回し、多少なりともラクだと思える姿勢をとら
せてやる。俺の服もみるみる朱に染まっていくが、そんなの俺の知ったこっちゃないね。とっくに古泉の血でクリーニングに出
すのもバカらしい有様になってるわけだしな。
 見れば、抱き起こされた御坂が、何やらパクパクと口を動かしている。
 酸欠か? それともまだ言い足りないことがあるのか? 聞こえねぇよ、もうちょっと大きな声でだな。
 俺は御坂の口元に耳を近づけて、
615創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 21:35:37 ID:/yMh9JSy
 
616人違いメランコリー ◆02i16H59NY :2010/04/18(日) 21:35:49 ID:ioYpFLzp

「私……御坂美琴は、あんた、上条当麻のことが、好き……だったんだと、思う」

 おい待て。

「だから」

 だから、じゃねえ。

「来てくれて……ありがと。……そして、ごめん、ね……」
「おい御坂、あのな、」

 俺の問いかけにも答えず、言いたいことだけ一方的に言い残して、俺の腕の中の御坂美琴の身体は急に重くなった。
 わざわざ瞼を閉じてやる必要もなく、勝手に静かに両目を閉じていた。
 何故だか妙に満ち足りたような、そんな寝顔だった。
 壊れかけたクーラーのような怪音を上げる呼吸も、もう、いくら待っても聞こえてはこなかった。



【4】

 太陽が傾き始めている。
 気がつけば随分と時間を浪費してしまったらしい。
 御坂美琴という名前で呼ばれていた元は推定40kg台・たぶん血が流れた分だけ軽くなってるはずのまだ温かさの残る有機
物の塊を抱き上げて、さてこいつはどこら辺に寝かせてやればいいのかね。この汚れた裏路地が相応しくないのは確かなん
だが。
 こいつが最後まで俺のことを「上条当麻」だと勘違いしていたのか、それとも途中でちゃんと気がついていたのか、俺には全く
判断しかねる。いっそはっきり言ってやろうかと何度も思ったんだが、ついつい言いそびれた結果がこのザマだよ。アリソンさん
からは娘さんへの既に忘れかけてる虫食いだらけの遺言を預かって、今度は恋する乙女から他の男への遅すぎる愛の告白と
きた。いつから俺はメッセンジャーが本業になったんだろうね。たぶんハルヒあたりが俺のぼやきを聞いたら「仕事があるだけ
有難いと思いなさい!」とでも言い出すに決まっているんだがな。

 ……ああそうだよ。まだ生きていてやれる仕事が残っているだけ有難い話だよ。
 どう考えても俺なんかよりも生存確率の高そうな人たちが次々に倒れて、俺はまだこうして生きている。
 おめおめと生き延びて、そして、やらにゃあならん仕事も山ほど残っている。
 こりゃどう考えても神社に集まっているという正義の味方御一行に事の一部始終を報告し古泉と御坂の死亡を伝え朝倉一味
という難敵の討ち損ないを報告するのは俺の役目だ。古泉がメモして俺に託した電話番号も教えてやらなきゃならないし、勢い
で預かっちまった遺言2つをそれぞれ適切な相手を探し出した上で聞かせてやらにゃあならん。
 ボーッとしていられるような時間は、本当ならば存在しない。グズグズしているうちに朝倉たちは次の行動を起こすだろうし、
携帯電話を持って動き回っている坂井の奴もいつどこで誰に襲われて倒れるか分かったもんじゃないし、それはアリソンさん
家のお嬢さんについても、御坂に惚れられていたどこぞの色男についても同じことだ。それらの仕事のついでに我らがSOS団
最後の生き残りであるハルヒのことを探してやってもいい。
 事態の深刻さも、待ったなしの状況も、ちゃんと全部わかっている。わかっちゃいるんだ。

 けど。
 けどな。
 俺は何度目になるのかわからない盛大な溜息をつくと、御坂をお姫様だっこで抱えたまま、思わずその場にしゃがみこんだ。

 そうは言ってもな――俺だって、さすがに疲れたんだよ。

 日差しが少しずつ傾いていく。影がゆっくり伸び始める。かけがえのない貴重な時間が、さらさらと流れていく。
 それを認識しながらも、俺はしばしの間、立ち上がることもできずにうずくまっていたのさ。

617創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 21:36:32 ID:pmmaoYeO
618創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 21:37:22 ID:pmmaoYeO
619創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 21:38:03 ID:/yMh9JSy
 
620人違いメランコリー ◆02i16H59NY :2010/04/18(日) 21:38:25 ID:ioYpFLzp


【御坂美琴@とある魔術の禁書目録  死亡】


【D-2/市街地・裏路地/一日目・夕方】

【キョン@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:疲労(中)、両足に擦過傷、全身他人の血で血まみれ
[装備]:発条包帯@とある魔術の禁書目録
[道具]:デイパック×3、支給品一式×4(食料一食分消費)
     カノン(6/6)@キノの旅 、カノン予備弾×24、かなめのハリセン@フルメタル・パニック!、
     ハイペリオン(小説)@涼宮ハルヒの憂鬱、長門有希の栞@涼宮ハルヒの憂鬱、発信履歴のメモ
     金属タンク入りの航空機燃料(100%)、ブラジャー@御坂美琴、ゲームセンターのコイン×数枚
[思考・状況]
 基本:この事態を解決できる方法を見つける。
 0:……少しは休ませてくれ。精神的な意味でな。
 1:御坂も適当なところに寝かせてやる
 2:神社に連絡を入れ(あるいは神社に直接出向いて)、事の次第を報告する
 3:アリソンの娘・リリアと、上条当麻を探す。そしてそれぞれに預かった遺言を伝える
 4:涼宮ハルヒを探す

621創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 21:38:30 ID:FsfWTPqX
 
622 ◆02i16H59NY :2010/04/18(日) 21:39:08 ID:ioYpFLzp
以上、投下終了。支援感謝です。
623創る名無しに見る名無し:2010/04/18(日) 23:54:30 ID:2IEYQ6ZY
投下乙です

美琴……かろうじて生き延びたかと思えば、やはり援護の望めない裏路地じゃ長くはもたなかったか……
キョンはアリソンさんに古泉に御坂にと、看取る役ばかりになっちゃってるな……
表ではいつものように飄々としているけれど……状態欄の0が哀愁を漂わせる
軽妙なキョン節から始まって、終わってみればしっとり切なくなっちゃったなー
もう一度乙です
624創る名無しに見る名無し:2010/04/19(月) 04:27:03 ID:PDcrw6yM
投下乙です。

実は美琴の包帯にかけられた自在法がここで力を発揮して何とか生き長らえる…
と思ったのですが、無理か…せめてインデックスがいれば回復魔術が使えただろうと思ったけど
そう簡単には上手くはいかないか…。

キョンはいつものキョンだけど、無力さを感じながら3人もの人を看取り遺言を
聞き伝えるとは。このラノロワで今最もヒドい経験をしてるそキョン

ここからは運営や今後の展開のことを言うけれど
まだ1日どころか半日経ってないのに死者の生産ペースが少々速い気がする。
今現在明確に死んだのは3名だけど、事実上あと2人死んでいる
たった半日足らずの現時点で23(25)人減ってるのはちょっと死にすぎじゃないか?
あとマーダーと対主催だけど、美琴をここで失ったことで、戦力バランスがマーダー側にだいぶ傾いたと思う
もうちょっとゆっくり移動や捜索、考察に時間をかけてやってもいいんじゃない?
もちろんそのあたり書き手さんに任せるけどさ。
625創る名無しに見る名無し:2010/04/19(月) 08:46:28 ID:cJ8N2faI
>>624
へ?
626創る名無しに見る名無し:2010/04/19(月) 10:54:15 ID:8WMH69M1
むしろここは大分ペースおそめなんだがw
627創る名無しに見る名無し:2010/04/19(月) 11:12:40 ID:LmwfSfUU
>>624
書き手じゃないなら、口を出さないほうがいいかと
628創る名無しに見る名無し:2010/04/19(月) 11:56:55 ID:qbIpwrHy
低クオリティ野郎は低クオリティロワで分相応にやってろってこった
629創る名無しに見る名無し:2010/04/19(月) 12:35:11 ID:FvDuzu9V
投下乙
ビリビリ死んだかー。まあ、そら死ぬわなw
キョンはきっついなー。いろいろ背負うことになりすぎて、疲労感が半端ないだろうな
文庫本仕様の改行も、ネットSSでは珍しくて面白かったです
630創る名無しに見る名無し:2010/04/20(火) 00:09:08 ID:twWR5cTv
投下乙ですー。
やっぱり美琴は此処までか……
負けっぱなしだったけど……でもキョンは護れたな。
上条さんへの告白が切ない……
キョンは流石にもう疲れたか……背負ったものは沢山だけれどもどうなるだろうか。
GJでした。
631創る名無しに見る名無し:2010/04/23(金) 12:41:08 ID:WbO045rB
神社組キター
632創る名無しに見る名無し:2010/04/23(金) 16:21:49 ID:l3uRVHmn
美琴の殺害者は朝倉さんでいいよね?
633創る名無しに見る名無し:2010/04/23(金) 17:58:22 ID:NLRjiSN6
> よく知られている話だが、人間はその体内を流れる血の3分の1も失えば確実に失血死するという。ここで大事なのは、別に
>一箇所から一気に規定量の血を失うばかりが失血死の方法ではないということだ。身体中に刻まれた小さな傷から、それぞれ
>少量ずつ出血していったとしても、それが合計で一定ラインを超えたら死ぬ。どうしようもなく死ぬ。輸血とかしない限り死ぬ。
> 柔道の試合ではないが、「合わせ技1本」というやつだ。一番大きな左腕からの出血を、なんとか縛って止めて「技あり」程度
>に留めたとしても、「有効」やら「効果」やらに相当する怪我が山ほど積み重なればやっぱり勝負ありってことになっちまう。

キョン判断ではあるが、 こういう描写もあるし朝倉さんでいいんじゃないかね?
千切れた腕の失血よりも、ダメージの蓄積による失血が最大の要因だったってことだと思う
にしても、師匠朝倉藤乃組はもう合計で5人も殺してるのかw
634創る名無しに見る名無し:2010/04/24(土) 16:26:22 ID:7tSnF32g
神社組にあの二人か
635創る名無しに見る名無し:2010/04/27(火) 01:01:44 ID:q1dpbCWc
殿下の予約がw
636創る名無しに見る名無し:2010/04/27(火) 21:11:06 ID:s1xIzPPN
この二人もどうなるやら…
637創る名無しに見る名無し:2010/04/28(水) 00:23:34 ID:CFBeWbJj
wikiで上条さんの紹介ページを更新しておきました。
他のキャラクターも少しずつ更新していこうと考えているのですが、
需要はありますかね?
638創る名無しに見る名無し:2010/04/28(水) 00:42:14 ID:+ktrg7cs
おお、乙です。
わかりやすいですし、確認にもなるので需要は充分あると思いますよー
639創る名無しに見る名無し:2010/04/28(水) 05:45:41 ID:lLlG40SS
涼宮ハルヒと朝倉涼子の所がエラーになっているんだが……
640創る名無しに見る名無し:2010/04/28(水) 22:30:33 ID:WU5+BtcN
消失が始まるんじゃないか?
641創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 00:39:16 ID:Iol6rsLz
誰うま
 【0】


−・−・・ −−−− −・−−− ・−・−− −・・− −−−・− ・−・・


 【1】


あなたは草原の中に立っている。
草原は広く暗い。
見上げればそこは星ひとつ瞬いていないただの漆黒で、真っ白な月が浮かんでいるだけだ。

草原には風が吹いている。
薄ら寒い風は長くのびた草とあなたの髪の毛を揺らす。

あなたは草原を当て所なく彷徨い始める。
草原はどこまで行っても草原のままで、あなたはどこにも辿りつくことができない。

声が聞こえたような気がする。
あなたは後ろを振り返る。するとそこにはいつの間にかに制服を着た少年が立っている。

”―― Kill You!”

少年は血に濡れたナイフをあなたに向けてそう言った。
そして、少年自身もまた血塗れであった。

”―― よくも!”

あなたは拳銃を構えようとする。しかし、身体は鉛のように重く、そうすることはできなかった。
少年は真っ赤な目であなたを睨みつけて叫ぶ。

”―― 人殺し!”

風が吹く。風がその声を四方八方へと運んでゆく。
あなたは人殺しだ。
運ばれた声はあらゆるところに届き、ほどなくしてあなたが人殺しだということは皆に知れ渡るだろう。


あなたは人殺しだ。


あなたは人を殺した。


あなたは人を殺してしまった。


だから、


あなたは人殺しだ。






 ■
薄暗い部屋。天井の木目。点いていない蛍光灯。少し埃っぽい空気。重たい布団。静まり返った空気。
荒い吐息。早鐘のように打つ鼓動。じっとり浮かび上がった汗。そして、うなじに張り付いた毛が気持ち悪い。
それは、つまり――

――夢。そうだと気づくのに、テレサ・テスタロッサは横になった布団の中で1分の時間を必要とした。



「……………………」

無言で布団を捲ると、テッサは上体を起こしシャツの袖で額に浮かんだ汗を拭った。
夢だと理解しても鼓動の高鳴りは簡単には治まってくれないらしい。
テッサは目を瞑り、一度深く息を吸い、そして吐いて、もう一度目を開いた。幾分か落ち着いたと、そんな気がする。

戸を閉じきった薄暗い部屋の中、テッサは枕元に手を伸ばし、腕時計をとって時間を確かめた。
時刻は短針が3を指し、長針が12より少し右に傾いたところだった。
起きる予定であった時間よりかはかなり早く、とはいえ寝なおすには少し足りない。そんな時間の頃である。
なにより、夢のせいで目が冴えてしまっている。汗に濡れた身体も気持ち悪く、また寝なおすという気は起きなかった。

「……………………」

悪夢だった。
この人類最悪による催しが始まってよりすぐ、草原の只中で吉井明久と出合ったあの時の夢だった。
しかし夢の内容は現実とは異なる。
あの時の彼はテッサに敵意を向けてはいなかったはずである。ましてや凶器など手にはしていなかった。

「………………人殺し」

果たしてそうなのだろうか。テッサはいつかの自問を繰り返す。
彼を助けることができたかもしれない。自分の取った行動は不適切なものだったのかもしれない。
同じことを、しかしあの時と今とではひとつ違うことがある。もうすでに吉井明久は死亡しているのだ。助けることはできない。

彼の級友である島田美波に件の話をした際、彼女はそのことを実に彼らしいと笑い話にしてくれた。
しかし、もう一度同じ話をした時、彼女はまたそう言ってくれるだろうか――いや、それはありえないだろう。
最早、吉井明久の存在は取り戻せない。
収束した結果はそれまでの過程にある情報を揺るがせないものへと固定してしまう。
テレサ・テスタロッサが吉井明久の死に関与しているという事実はこの先、揺るぐことはないのだ。
無論。そこにある意味は取りようにより変化するし、自己を弁護する論を導き出すのも難しくはないだろう。だがしかし、

”―― 人殺し!”

夢を見てしまったのだ。それはなにより、テッサ自身がその過去に罪悪感を抱いている証拠に他ならなかった。



たっぷりと5分は思考の中に沈んでいたか、テッサは喉が張り付くように渇いていることに気づくと布団から身体を出した。
鞄から水を取り出そうとし、しかしついでに顔も洗えるなら台所か洗面所がいいと膝を立て、何かに気づく。

「………………?」

それは、微かな女性の呻き声だったろうか?
油断をしていたかもしれない。今は、いつどこであろうが誰かに殺されるかもしれないという状況なのだ。
寝ている間に何かがあったのかもしれない。いや、それは現在も進行中なのかもしれない。
「インデ――……」

隣で寝ているインデックスに声をかけようとしてテッサはそれを中断した。
彼女の潜っている布団は寝息に合わせて軽く上下している。おそらくは心地よい夢の中なのであろう。
ならば下手に起こさない方が無難だと判断する。
もし襲撃者がいるのだとすれば、ここに誰かがいると気づかれるのはまずい。彼女を起こせば騒ぐ可能性がある。

再び枕元に手を伸ばし、テッサは脱ぎ捨てていた上着の下から拳銃を取り出した。
とても扱いやすいとは言えない重たいリボルバーを両手で握り、撃鉄をゆっくり起こして音を立てないように襖へと寄る。
耳を済ませる。だが何も聞こえてはこない。
もしかすればさっきのは気のせいだったのかもとテッサは思う。悪夢を見たせいで気が立っていたのかもしれない。

襖をゆっくりと引いて、顔だけを出して廊下を窺う。
一瞬、外の明るい日差しが目を刺したが、やはりこれといった変化はない。
右を見て左を見て、もう一度右を見て、胸元に構えた拳銃を下ろそうかとしたその時――

「………………!」

再び呻き声が聞こえた。間違いない、女性の声だ。誰とまでは特定できないが、確かに女性の呻き声だった。
拳銃を構えなおし、テッサは意を決して廊下へと出る。ミシリと板張りの床が音を鳴らし、緊張から熱い息が口から漏れた。
廊下の片側へと身を寄せ、一歩、二歩。少しずつ慎重に歩を進める。

テッサは決して戦闘が得意な方ではない。ならば、今あるアドバンテージを保持していなくてはならない。
おそらくはまだ相手に気づかれていないこと。そして一撃必殺の威力を持つ拳銃を手にしていること。
それを不意にしないよう、テッサは彼女なりに最大限の慎重さで廊下を先に進む。

ミシリとまた床が音を鳴らし、テッサは廊下の角へと辿りついた。
角の向こうから血の臭いが僅かに漂ってきている。
最早、非常事態であることは疑いようがない。

今度は選択を誤らないように、テッサは拳銃を強く握り締め、そして――――


 【2】
病院の広いロービーの端。
ここにはありそうで、しかし実際には普通、人の目には触れないであろう奇怪な赤色のオブジェが4つ並ぶ、その向こう側。
受付を待つ人の為に用意されたソファのひとつに、一見して男子の学生だとわかる二人が肩を揃えて座っていた。
片方が大きすぎてもう片方が小さく見えるというようなこのコンビは、小さい方が持つ携帯電話の画面を覗き込んでいる。

 【[本文]:死線の寝室 ―― 3323-7666   [差出人]:人類最悪】

表示されているのはたったそれだけで、たったそれだけの文字列が彼らにとっては非常に意味深であった。
果たして”死線の寝室”とは一体何なのか? 合わせて書かれている数列の意味とは?
これらを彼らはそのよく回る頭で検討し始める。
さて、彼らは一体どこから手をつけてゆくのだろうか? それはまず、こんなところからであった――



「――ではまず、我々が検討すべき事柄は”このメールの送り主は本当に人類最悪本人なのか?”だ」

ソファから立ち上がり人差し指を立てて問題を述べた大きい方――水前寺邦博の言葉に、小さい方の坂井悠二は驚いた。

「何を驚くことがあるのかね坂井クン?
 先ほど聞いた話によれば、君が所有している携帯電話には既に誰からか電話がかかってきたという事実があるではないか。
 つまり、その者が人類最悪と同一人物か仲間でもない限り、その携帯電話の番号を知っているものが他にいたということになる。
 ではその心はどこにあるか。おれは君が先刻見せてくれた交渉によってこの着想を得たのだがね?」

考える時間を与えるよう発言を止めた水前寺を前に、悠二はソファに座ったままなるほどと頷いた。
確かにこの携帯電話の番号を知る者がこの企みの主催者以外にいてもおかしくはないのだ。

「そう。我々に支給された物品についてはほぼ例外なく”元の持ち主”がいたのだと推測できる材料がある。
 先ほど、交渉により交換が成立したバギーと刀がよい例だな。どちらもワンオフ物故、個人の物であったと確定できる。
 まぁ、全ての支給品がそうかはともかくとして、その携帯電話も元々”誰かの物”であったと推定できるわけだ」

ふむ。と悠二は頷く。『シズのバギー』に『贄殿遮那』、どちらもこの世にひとつしかないはずのものだ。
そして悠二は支給品と名簿の名前の中に同じものがあると気付き、バギーに関心を寄せている人物をシズ本人だと看過した。
この携帯電話の名前は『湊啓太の携帯電話』といい、湊啓太という名前は名簿にはないが問題そのものは変わらない。
ちょっとした応用にてある程度の仮説が導き出されることになる。

「湊啓太と言ったかその携帯電話の持ち主は。いや、登録されている持ち主の名前はまた別だったようだが、
 まぁ、名簿に見当たらない名前なのは変わりないので細かいところは後回しにしておこう。
 では不可解な怪電話をかけてきた女がどうしてこの電話の番号を知っていたのか?」

それは簡単だった。ただ単純にその女性――おそらくは同じ参加者である誰かは最初から電話番号を知っていたのだ。
646創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:07:21 ID:MbRGuJs1
 
「そうだな。いくつかのパターンが考えられる。
 ひとつは件の彼女は名簿の中に自身の知りあいを発見し、連絡を取ろうとしたということだ。
 この場合、湊啓太などという名前が名簿にないことは問題にならない。
 そもそもとして名簿には本名らしからぬ名前がいくつも載っているのだ。名簿と電話の名前が一致しないことは不自然ではない。
 そしてもうひとつは件の彼女がここより外に連絡を取ろうとした場合となる。
 知りあいや家族などにまずは連絡を取ってみる。不自然な行動ではないし、こちらの方がもっともらしいだろう。
 だが、この可能性は通話の内容により否定されるので、先の可能性が有力であろう」

またふむと頷き、悠二は夜中にかかってきた電話の内容を思い出した。
それは”友人を殺した”などというまさに怪電話そのものであった。

「あなたの友人を殺しましたなどとは物騒極まる。
 言い捨てて切ったことから彼女は電話の持ち主が本人であると確信していたようだが、この点は間抜けと評価せざるを得まい。
 もっとも、実際に誰かを殺していたのだとすれば関係者にとっては笑い話にはならないことだが……」

悠二は水前寺の視線を追って、ロビーの中に横たわる4つの死体へと視線を移した。
そう、ここでは人が死ぬのだ。そしてはじめに脱落者として呼ばれた10人の内に、友人である吉田一美の名前があった。
もしかすれば件の彼女はこちらを知る人物だったのかもしれない。そんな可能性もまだ存在している。

「ともかくとして、
 おれが言いたいのはこの携帯電話にメールを送ることも、人類最悪の名前を騙ることも決して難しくはないということだ」

前提を語り終え、水前寺は次なる段階へと論を進ませた。



「では、まず第一の可能性として件の女がこのメールを送ってきた場合を考えよう」

了解したと、悠二は頷いた。

「この場合、死線の寝室とは彼女とその携帯電話の持ち主の間で通じる隠語だと推測するのが妥当であろう。
 併記されていた八桁の番号が電話番号だとするならば、そこにかけることで彼女とコンタクトできるかもしれん。
 無論。彼女の言動からこの行動には少なからず危険が伴う。
 そして我々はその危険の度合いを測る術を持ってはいない。故に判断は慎重に行わねばならんだろう」

”3323-7666”と書かれていた八桁の番号。確かに電話番号だと見るのがもっともなのかもしれない。
だが、これについても可能性は幅広い。
郵便番号から住所を割り出せるのかもしれないし、金庫や扉などの暗証番号かもしれない。
そもそもとして死線の寝室という言葉と合わせて謎解きになっているのかもしれないのだ。
ここらへんは一度発信者の意図を探ってみないことには特定することはできないだろう。
もっとも、電話番号であるならば、一度かけてみれば即座に判明するが――しかし、これはリスクが伴う。判断は慎重に、だ。

「では、第二の可能性として本当にあの人類最悪がこのメールを送ってきたのだと考える場合、
 その意図を探る為には大きな問題がひとつある」

それはなんなのか? 悠二は考えるが、水前寺が答えを言ってしまうほうが早かった。
648創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:08:02 ID:MbRGuJs1
 
「それは、その携帯電話を悠二クンが持っていることを想定しているか否かだ。
 あの男は鞄の中身はランダムだと言っていたが、それは当てにならんし、確定させることは不可能だ。
 ならば、そうである場合とそうでない場合を想定せねばならん。

 まずひとつに、その携帯電話を悠二クンが持っていることを人類最悪が想定し、君宛てにメールを送ったのだとする。
 その場合、このメールの内容には人類最悪の明確な意図。引いてはこの企画からの意図が篭められていることとなる。
 ならば、我々はあの男が我々を死線の寝室とやらにコンタクトさせようとする意図を推測せねばならない。
 それは今の所全くもって不明であり、解く当ても目には見えていない。
 だが! これを解決できれば、我々はそれを得るべくして動いていた事の真相とやらに一歩近づけることは間違いないだろう。
 無論。ことに対しては慎重に慎重を重ねなくてはならんが、この場合は最終的にはコンタクトすることが望ましい」

なるほとと悠二は水前寺の説に関心した。
つまりこの場合は、坂井悠二という登場人物に人類最悪が役を与えようとしているわけだ。
その意図を辿れば、つまりこの企画――あの男の言葉を借りるなら物語の向かう先がわかるということになる。

「では逆に、支給品は言葉通りにランダムであり、悠二クンが携帯電話を持っているというのは偶然、
 またはその電話を誰が持っていようが構わなかったとした場合、どうなるか。

 その場合は、メールが送信されてきたのはその携帯電話の付加価値だと捉えるのが順当だろう。
 つまりその携帯電話はただの連絡手段なだけでなく、時折メールが送られてくる携帯電話だったという訳だ。
 例えば、送られてきたのが電話番号だとして、そこに電話をかければなんらかの情報を得られるとかな」

悠二は手にした携帯電話を見る。もしそうなのであれば、これを引いたのはとても幸運なのかもしれない。
だが、水前寺はそこに冷や水をかけるような恐ろしい発言を浴びせかけた。

「電話だからといって、かけたら通話が始まると考えるのは早計だぞ悠二クン。
 携帯電話というのはだな、簡易の電波送受信機とするには実に優秀であり、それもそういう役割なのかもしれん」

つまり、送られてきた番号に電話をかければ、その信号を受けてどこかに仕掛けられた爆弾が爆発する。
などということもありえる。と聞き、悠二は電話を見つめたまま息を飲んだ。

「なんにせよ、迂闊には触れることはできんというわけだ。
 そもそもとしてオレは自分のものではない携帯電話を信用できん。
 スパイやテロリストの常套アイテムだからな。その電話にしたって何が仕掛けられているとも限らん。
 かかってくる当てがある以上、捨てるわけにもいかんが、……まぁ、時間を見て中を検める必要はあるだろうな」

僅かに動揺した感じでなるほどと頷き、悠二は携帯電話に対する印象を改めた。
今まではただの通信手段としか思っていなかったが、水前寺が言うにはそれ以外にも色々と用途があるようだ。
なるほど、電波を飛ばすのであれば、何らかのリモコンとして使うことも難しくないのだろうと納得する。



「さて、3つの可能性が持ち上がった。
650創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:08:25 ID:taG7hP8O
 
651創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:08:53 ID:MbRGuJs1
 
652創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:08:54 ID:B0ju+ovC
 ひとつ。
 これは参加者の内の誰かが、同じ参加者に向けて送ったメールである。
 身に覚えがない故、我々にとっては間違いメールとなるわけだが、しかしなんらかの情報になるやもしれない。

 ふたつ。
 これは人類最悪より悠二クン宛てのメールである。
 このメールはこの企画においてなんらかの意味が持たされていると考えるべきであり、
 そして我々はそれがどういうものなのかを推測し、吟味した上でコンタクトを取るのが好ましいと言える。

 みっつ。
 このメールはこの携帯電話宛に送られた付加価値である。
 この場合、メールの意味やコンタクトの結果がどうなるかと推測するのは極めて難しい。
 当たるも八卦当たらぬも八卦の心持ちでコンタクトを試みる他はないだろう。

 これら3つの可能性及び、まだ浮かび上がってきていない別の可能性からひとつの結論を導き出すことは現在不可能だ。
 必要なのは”死線の寝室”及び”3323-7666”というワードに対する情報であろう。
 オレはどこかの誰かがこれを知っているという可能性は少なくないと思っている。
 なので、これよりの情報収集の過程でこれらに関してもアプローチし、知っている者がいれば何かと尋ね、
 その人物にもこのメールの意図がどこにあるのかを探るのに協力してもらうことが望ましい。

 と、思っているがどうかね?」

いいんじゃないかな。と悠二は答えた。
出会ってからというもの、感心しっぱなしだが、水前寺という男はなんにせよ頭が早く回る。
新聞部の部長ということらしいが、普段から膨大な情報を扱っていればこうなるのか、
それとも水前寺がこうであるから新聞部の部長というポジションにいるのか、なんにせよ感心し納得するばかりであった。
654創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:09:43 ID:MbRGuJs1
 
「では、ここからは君の仕事だぞ悠二クン。
 実のところを言うと”死線”という言葉にはどこかで聞き覚えがある。
 あー、まぁ、ぶっちゃけたことを言ってしまえば、神社で交わした情報交換の中で聞いた言葉のはずだ」

なので――という、水前寺の言葉の続きを聞く必要はなかった。
約束を反故にした手前、自分から電話をかけるのはばつが悪いから、悠二がそうしてくれという話である。
悠二としても、神社にいるはずのヴィルヘルミナには若干の苦手意識があったが、まぁかまわないと携帯電話の――

「待ちたまえ悠二クン! 君はオレの話を聞いていなかったのかね?」

ボタンに指を置いたところで水前寺にそれを制された。

「言ったではないか。他人の携帯電話は信用できんとな。
 かかってくるのは如何ともし難いが、できうる限りこちらからは使わないのが好ましい」

ならばどうするのか? 疑問に思う悠二に、水前寺は長い腕を伸ばしてホールの端を指差し、それに気づかせた。

「こちらからかける分に関しては電話などどこにでもあるだろう。
 そこらの電話が使えるのかという実験も兼ねて、まずはそこの公衆電話から電話をかけてみてくれたまへ。
 もっとも、この世界そのものがあの男の手の内となればこんなことに意味はないのかもしれんが、
 しかしできるだけ奴の意図しない行動を取るということは、いつか我々によい結果を齎してくれるかもしれん」

なるほどね、と悠二はソファから立ち上がり、水前寺と共に公衆電話が並べられたコーナーへと近づいた。
とりあえず右端の電話から受話器を持ち上げ、そこで足りないものがあることに気づく。

「先ほど、院内の売店よりせしめておいた。使いたまえ」

水前寺のポケットから出てきたテレホンカードの束を見て、悠二は本当にこの人はよく動くなとまた感心した。


 【3】


「――それでは、電話を切るのであります」

ヴィルヘルミナはそう告げると、持ち上げていた受話器を下ろし、小さな溜息をついた。

「多事多端」
「まったくであります」

電話をかけてきていた相手は悠二であった。
シャナが発見するか、キョンが電話番号を持ち帰るが先かと思っていたが、その前に本人より電話があったのである。
それについてはよいことだろう。いくら彼女とて彼が無事であることに安堵しないほど薄情ではない。
彼と同行しているはずであった水前寺の無事も確認されたし、杞憂は減った――が問題はまた増えた。
656創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:09:54 ID:B0ju+ovC
657創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:10:24 ID:MbRGuJs1
 
悠二と水前寺の二人は現在、この世界の北東に位置する病院に滞在しているらしい。
浅羽直之の捜索を主目的としていると考えればヴィルヘルミナから見ても妥当だと思える場所だ。
しかしまだ彼の発見には至っていないらしい。そして、彼ではない他の人物を悠二と水前寺は発見している。

島田美波の級友である吉井明久と土屋康太。キョンの仲間である朝比奈みくるであろうと思われるメイド服の女性。
どこの誰とも知れぬ着物姿の男。そして、ここから行方知らずとなっていた零崎人識。
合わせて5人。全て、既に物言わぬ死体に成り果てた後であった。
最初の4人は病院でまとめて、そして零崎人識はそこより離れた市街の中で発見したのだという。

彼や彼女らが死んだことをヴィルヘルミナは惜しいとは思わない。
話を聞く限り、彼らは戦力なりえないと思えたからだ。せいぜいが朝比奈みくるより未来のことを聞きたかったぐらいか。

「シズという人物でありますか」
「虚心坦懐」

そして、二人は多くの死体とは別に生きた人物とも出会っていたと言う。
シズという名前だけはキョンと会話を交えたアラストールより聞いていた。既に人を殺している危険人物とのことだ。
しかし、悠二は自身もそれを知っていながら彼と平和的な交渉を成し遂げたのだという。
まさにティアマトーの言う虚心坦懐の至りであろう。悠二が時折見せる機転と胆力にはヴィルヘルミナも感心するばかりだ。

交渉の結果、悠二はバギーを差し出し、シズの持っていた贄殿遮那と交換することができたらしい。
これは僥倖だとヴィルヘルミナも柄になく悠二を褒めたくなる。
シャナの手に愛刀が渡れば彼女も喜び、戦力の面から見ても十全を尽くせるようになるに違いない。
もっとも、それでシャナが悠二の評価をまた高め、喜びの表情を彼に見せる光景を想像すると心に波立つものもあるが。

だがしかし、そううまくいくならそれはそれでよいともヴィルヘルミナは考える。
贄殿遮那を取り戻せたのはいいが、バギーを失ったのはやや手痛い。
移動手段としてということもあるが、現在、シャナはそのバギーを目印に悠二を追っているのだ。
悠二の言によればシズは話の通じない相手ではないようであるし、シャナが負けるような相手でもないようでもあるが、
しかし何か誤解が起こってしまうかと想像すると心配になる。

「杞人之憂」
「……そうであります。今はいらぬ心配に気を割いている時ではないのでありました」

桜色の炎が揺れる一室にはそれより濃い赤の臭いが立ち込めていた。そう、只今手術中なのである。


 ■
659創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:11:04 ID:B0ju+ovC
660創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:11:08 ID:MbRGuJs1
 
ヴィルヘルミナは逢坂大河の失った右腕に義手を取り付ける手術を行っていたが、
その光景は万人が想像する手術とはいささか様子が異なり、傍目には随分と幻想的に映るものであった。

部屋の中は、《夢幻の冠帯》を展開したヴィルヘルミナの発する炎によって淡く桜色に染められている。
狐面のヴィルヘルミナは部屋の一端に座し、そして中央には繭のように包帯で包まれた逢坂大河の身体が浮かんでいた。
大河の身体のうち、繭の中より露出しているのは手術を施される右腕と、頭。そしてそこから垂れる豊かな髪の毛のみ。

これらは手術の痛みで彼女が暴れたり、そのせいで自身を傷つけないようにとの処置だ。
右腕を切断し義手を取り付けるという手術だが、あいにくとここには麻酔がない。故に途轍もない激痛が伴う。
彼女はそれでもいいと言ったし、始める以上ヴィルヘルミナにも途中で止めるつもりなどないが、並みの痛みではない。
あまりの激痛に心変わりが起き、途中で止めてくれなどと泣き叫ぶかもしれない――故の拘束であった。

「――――んぐううううう! ……ぐぅっ! んんんっ! ――――っ!!」

実際、始めてみればこの通り、大河はあまりの苦痛に悶絶している。
猿轡を噛ましている為に何を言ってるのかは不明だが、おそらくそれがないとしても意味のある言葉は吐けなかっただろう。

ヴィルヘルミナは彼女の進言通りにその悲鳴を無視して、手術を進めてゆく。
既にティアマトーの一閃により大河の右腕は適切な長さに断たれている。今は細かい作業を繰り返す段階だ。
包帯に持ち上げられた腕の切口を前に、ヴィルヘルミナは片手に鋏。片手に糸を通した針を持って器用に仕事をこなしてゆく。

「おぐううぅおおおお……! んんんんんんんん……ぐうううううううう…………っ!」

肉の中に鋏を突き刺し、チョキン。血管を引き出したら手早く糸で先端を括る。その間に鋏は湯を潜らせ炎で消毒する。
また鋏を突き刺して、チョキン。神経を剥き出しにしたら必要なものを残し、不必要なものを桜色の炎で殺す。

「がっ! がぁっ! ぐぅうううう……んぐうううううううううう……!」

チョキン。チョキン。チョキン。チョキン。チョキン――ヴィルヘルミナの動作に揺るぎは見られない。
鋏と糸とを交互に通してゆく姿はまるで機織り機のようでもある。
見る見る間に作業は進み、肉の断面でしかなかった傷口は生身と作り物を接続するコネクタへと変じてゆく。

「あぐおあぐあぐおおあ! ん――っ! んん――っ!! んんんんんんんうううううう……!!」

作業が進むにあたって漏れ聞こえる大河の悲鳴も大きく切羽詰ったものへと変化してきた。
なにせ、肘から先の神経がほとんど剥き出しにされているのだ。それは言葉に表すこともできないような苦痛なのであろう。
獣のような唸り声をあげる大河の顔は真っ赤で、噴出した汗が髪をべっとりと濡らし、目に当てた包帯に涙が滲んでいた。

「ぐがおおおおおお……! あぐあっ! があっ! がああああ……っ!」

桜色の炎が傷口を舐め、穢れを落とし、僅かに痛みを癒す。しかし、これとて大河の身を慮ってのことではない。
癒しにより彼女の身体が僅かに弛緩するのを見てヴィルヘルミナはより深い場所に鋏を突き込んだ。
662創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:11:50 ID:MbRGuJs1
 
663創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:12:15 ID:taG7hP8O
 
「がああああああああああああああああああああああ……っ!!」

ヴィルヘルミナはこれらを丁寧に丁寧に繰り返す。
鋏を肉に突き入れ、必要なものを糸で縛り、不必要なものを炎で焼き、鋏を湯に通して炎で炙り、また突き入れる。
耳に届く悲鳴にも、鼻につく血の臭いにもヴィルヘルミナは揺るがない。


チョキン。チョキン。


チョキン。チョキン。


チョキン。チョキン。






そして、手術は進み、終了した。
時間にしておよそ1時間ほど。手術の内容からすれば神業の如き速さだろう。だがしかし、


「………………………………………………………………」


小さな彼女。逢坂大河が真っ白に燃え尽きるには十分以上の時間であった。


 【4】


「うえぇぇ…………」

薄暗い廊下の上を須藤晶穂がフラフラとした足取りでどこかへと向かっている。
ひとつ呻き声を漏らすと板張りの床がミシリ。またひとつ呻き声を漏らすと床もミシリ。
彼女がこんな風に廊下を歩いている理由は、その胸に抱えた中くらいのバケツのせいだ。

「これってどこに流せばいいんだろう……?
 台所の流し? お風呂? トイレ? それとも外に捨ててきたほうがいいのかな……?」

中くらいといっても、中にはなみなみと水が湛えられており、少女が抱えて歩くにはややという以上に重い。
そしてその中の水は赤く濁っており、これが彼女に嘔吐くような声を上げさせる原因であった。
最初に水を汲んだ時には透明だったものが赤く濁っているのは、先ほどまで行われていた手術に使われていたからである。

「……う」

未だ耳に残る大河の悲鳴と、濃い血の臭いに晶穂は顔を顰めた。
なんで自分がこんなことをしなくてはならないのかとも思うが、しかしこんなことしかできないのだからしかたない。
最初は晶穂も手術の手伝いをするつもりだったのだ。
だが、ヴィルヘルミナが最初の一刀を入れた時、それは無理だと悟り、部屋を飛び出してしまった。
手術だということはわかっていたし、血を見ることも覚悟していた。だが、大河が苦しんでいる姿を正視することができなかった。
665創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:12:33 ID:MbRGuJs1
 
「(あんなのどう考えても18禁じゃない)」

自己弁護するとすればこんなところか。
できるのならば、大河の傍についてがんばるよう応援できるのがよかったのだろう。
彼女とはこの事態に陥ってよりすぐに一緒となった間柄である。
言わば、ここでの物語の中ならば最初の仲間であり、無二の友になる存在のはずなのだ。
多分、これが映画やドラマだったのならば大河の友は彼女に付き添い励まし続けたはずだと、晶穂はそう思う。
しかし現実は苛烈だ。少女らしさを投げ捨て獣のように吠える彼女の姿は女子中学生には刺激が強すぎた。
まるで洋画の中に出てくる悪魔憑きの少女である。しかもそれは作り物ではなく、スクリーン越しでもないのだ。

「はぁ……あたしって……」

沈む気持ちに抱えたバケツも重さを増し、晶穂の足は止まってしまう。
誰かの役に立とうという気持ちはあったのだ。しかし、そのやる気がたいしたものでなかったのは現状が証明している。
できたことといったら大河の声に耳を塞いで、最後の最後に汚れた水を捨てに行くことだけ。

「うぅ……」

ともかくとして、汚れた水を捨てに行くことが現在の限界で、与えられた役柄だ。
涙も出ないがそれも仕方ない。せめてこれぐらいは全うしよう――と、再び足を踏み出した時、

「――動かないで下さい!」

その目の前に拳銃が突きつけられた。






「え……?」
「え……?」

須藤晶穂とテレサ・テスタロッサ。うまくいかない少女同士が狭い廊下の中で交差する。
しかし、勘違いに食い違い。この交差では物語は発生しえず。

互いに空しさを与えるのみであった。


 【5】
667創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:13:02 ID:B0ju+ovC
668創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:13:15 ID:MbRGuJs1
 
669創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:13:36 ID:taG7hP8O
 
670創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:13:44 ID:B0ju+ovC
ヴィルヘルミナとの交信を終え、滞りなく情報の交換をし終えた悠二と水前寺の二人は再びソファへと戻っていた。
こちらから伝える情報があれば、こちらへと伝わってくる情報もある。また、求める情報への回答もあった。
故に、電話をかける前と同様に彼らは情報を整理する為に意見を交し合う。

「《死線の蒼》に《欠陥製品》か……」

悠二の隣で水前寺がヴィルヘルミナより聞いた二つの言葉を呟く。
それらは先刻、死体で発見された零崎人識が探し人として上げていた人の名前らしい。

「どちらも、最初から名簿に名前のあった者だと考えるのが順当ではあるな。
 零崎人識が我々と同じ一般的な参加者だとするならば、名簿外にその二人がいたとは知りようがないのだから」

するならば? 悠二は発言に疑問を感じて、隣の水前寺を見る。

「うむ。こういった陰謀論は拡大してゆくときりがないのだが、
 零崎人識及び死線の蒼と欠陥製品とが、人類最悪の仲間である可能性も考えられる」

悠二も最初にヴィルヘルミナより話を聞いた時からそういう可能性を考えていた。
人類最悪のメールにある死線の寝室が=死線の蒼であるならば、その名前を出した零崎人識も人類最悪に繋がるのだろうと。

「しかし、この線で押してゆくにはいまいち死線という言葉は一般的すぎるだろう。
 たまたま偶然そうだった……というほうが、まだ分があるようにおれは思える」

やや残念な感じもあったが、悠二としても水前寺の考えには同意できた。
多少近いからといってすぐにこれはこうだと決め付けてしまうなど、結論を急ぐとロクなことはない。
そもそもとして、メールの意図もそれが本当に人類最悪からのものなのかも未だ確定していないのだ。

「とりあえずは、《死線の蒼》と《欠陥製品》と呼ばれる者を探すことにしよう。
 零崎人識が死亡している以上、どのような人物であったかを聞き出すことは最早不可能であるが、
 この世界のどこかにいることは疑いようがないしな。すでに亡くなっているのなければ行く行く先で出会えるはずだ」

頷き、悠二はポケットから取り出したメモに二人の名前を記した。
《死線の蒼》に《欠陥製品》。果たして二人はどのような人物なのか――?



悠二はソファから立ち上がると、窓際へと歩み寄りそこから空を見上げた。
明るい青の空にはいくつかの千切れ雲が浮かんでいて実に和やかだが、しかし彼の探しているものは見当たらない。

「シャナ……大丈夫かな?」

ヴィルヘルミナに聞いた所、神社から自分を探してシャナが島田美波と一緒に出立したらしい。
さらによく聞けば、自分が水前寺と一緒にキョン達から離れた直後にシャナはあの場に現れたらしい。
そんなに近くにいたのかと悠二は悔しく思う。普段ならば彼女の気配に気づかないことなどないはずなのだ。
672創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:13:57 ID:MbRGuJs1
 
673創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:14:37 ID:MbRGuJs1
 
674創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:14:45 ID:B0ju+ovC
675創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:14:50 ID:taG7hP8O
 
過ぎたことは置くとして、シャナがバギーを目当てに自分達を探していることが悠二には心配だった。
確かにバギーは道路の上を音を立てて走るし、それを目印にするのは悪くない。
だが、そのバギーに今乗っているのは自分達でなくシズなのだ。

「そんな浮かない顔をするものではないぞ悠二クン」

隣を見ると、いつの間にかに水前寺がいて同じように空を見上げていた。

「あのシズという男は我々がこの病院に向かうことを知っている。話が通じるのならばこちらへと誘導してくれるはずだ。
 それに前向きに考えれば、その子がシズと面識を持つことはいいことだとおれは思うぞ。
 言葉だけでは証明しきれない我々の側の実力というものをシャナという子が証明してくれるのならば、
 あのシズという男もこちら側へと転んでくれるかもしれん」

確かに。と悠二も思った。
それにシズには携帯電話の番号を渡してある。シャナと出会えば即座に電話がかかってくるかもしれない。
そう考えれば、シャナがバギーを追うことはなんら問題がないと言えるだろう。



「では、我々は我々としての行動を起こそうではないか。
 晴れてヴィルヘルミナ女史より行動の自由を保障されたのだからな!」

言って、水前寺は踵を返して病院の奥へと歩いていった。例の盗撮眼鏡に収められた映像を見れる機械を探すらしい。
悠二も最後にもう一度だけ青空を見上げ病院の奥へと歩を進めることにした。こちらは足となる救急車の確保だ。

「(うーん……)」

ヴィルヘルミナとの話し合いの結果。悠二と水前寺は遊撃隊として行動するよう彼女に任じられた。
その理由は、単純に人手が足りないからだ。
この不思議な世界の成り立ちや感じられる存在の力については彼女も同様の考察を行っており、
またあちら側ではこの後、天体観測をするなどのアプローチが考えられているらしい。
なのでこちら側、つまり悠二と水前寺の二人は地図でいうところの東半分を担当してくれると助かるとのことだった。

それは的確だと悠二も納得した。電話がある以上、わざわざ彼女達の元へといちいち帰る必要はないだろう。
だがしかし、少し残念なことがある。東側の捜索は”悠二と水前寺の二人だけ”で行うように、と言われてしまったことだ。

あの後、警察署に向かったキョンと美琴がまだ神社に戻っていないらしい。
またシャナと島田美波が神社から出たこともあって、結果、あるはずの人手が全く足りないとのこと。
なので悠二達がシャナと合流したならば、シャナと美波は即座に神社へと帰らせるようにとの彼女からの厳命であった。

「(しかたないけど……)」

キョンと美琴が向かった警察署には古泉一樹がいたらしい。
つまり、彼らが戻ってこないのはなんらかのトラブルに見舞われたからと考えるのが自然だ。
ならばそちらへと人を当てる場合、空を飛べて戦闘能力の高いシャナが向かうというのが最適だろう。
それは悠二もそう思う。ヴィルヘルミナの采配はどれも適切であり、自分が考えてもそうするだろうと断言できる。
だがしかし、

「(僕がシャナと一緒にいることを妨害しているようにしか思えない……)」

そんな意地悪も多分に含まれているのでは? と疑わずにはいられない悠二なのであった。




【B-4/病院/一日目・午後】
677創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:15:19 ID:MbRGuJs1
 
678創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:15:36 ID:taG7hP8O
 
【坂井悠二@灼眼のシャナ】
[状態]:健康
[装備]:メケスト@灼眼のシャナ、アズュール@灼眼のシャナ、湊啓太の携帯電話@空の境界(バッテリー残量100%)
[道具]:デイパック、支給品一式、贄殿遮那@灼眼のシャナ、リシャッフル@灼眼のシャナ、ママチャリ@現地調達
[思考・状況]
 基本:この事態を解決する。
 0:救急車を確保する。
 1:水前寺と一緒に浅羽を探す。
 2:シャナと再会できたら贄殿遮那を渡し、神社に戻るよう伝える。
 3:事態を打開する為の情報を探す。
 ├「シャナ」「朝倉涼子」「人類最悪」の3人を探す。
 ├街中などに何か仕掛けがないか気をつける。
 ├”少佐”の真意について考える。
 └”死線の寝室”について情報を集める。またその為に《死線の蒼》と《欠陥製品》を探す。
 4:もし途中で探し人を見つけたら保護、あるいは神社に誘導。
[備考]
 清秋祭〜クリスマスの間の何処かからの登場です(11巻〜14巻の間)。
 会場全域に“紅世の王”にも似た強大な“存在の力”の気配を感じています。


【水前寺邦博@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:健康
[装備]:電気銃(1/2)@フルメタル・パニック!
[道具]:デイパック、支給品一式、「悪いことは出来ない国」の眼鏡@キノの旅、ママチャリ@現地調達、テレホンカード@現地調達
[思考・状況]
 基本:この状況から生還し、情報を新聞部に持ち帰る。
 0:眼鏡型カメラに記録された映像を検証するため、病院内で出力装置(PC)を探す。
 1:悠二と一緒に浅羽特派員を探す。
 2:事態を打開する為の情報を探す。
 ├「シャナ」「朝倉涼子」「人類最悪」の3人を探す。
 ├街中などに何か仕掛けがないか気をつける。
 ├”少佐”の真意について考える。
 └”死線の寝室”について情報を集める。またその為に《死線の蒼》と《欠陥製品》を探す。
 3:もし途中で探し人を見つけたら保護、あるいは神社に誘導。






 【6】
680創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:16:00 ID:MbRGuJs1
 
手術の終わった部屋はもう幻想の色彩も去り、元の色褪せた畳敷きのものへと戻っていた。
明かりは桜色の炎から黄ばんだ蛍光灯のものへと変わり、逢坂大河の姿は宙にではなく敷かれた布団の上にある。

気を失いぐったりとした大河の姿は生まれたままのそれで、ヴィルヘルミナはその汗に濡れた身体を温かい布で拭いていた。
力の篭めすぎで筋などを痛めていないかを確かめながら、身体を冷やさないようにと素早く丁寧に布を走らせる。
薄く紅潮した胸元から、細い四肢の先までを。汗が浮かびやすい首元や背中はより丁寧に、
そして小さな口を開かせて歯が欠けたり口の中を切っていないかも確かめる。

あらかた終わると、最後に一瞬だけ桜色の炎を走らせ彼女の身体を清めなおした。
真っ白な身体に布団をかけ、一連の作業を終えるとヴィルヘルミナはそこでようやく一息をつく。

「これにて全工程を終了。後は大河が覚醒した後、義手が正常に作動するか確認するのみであります」
「一労永逸」

麻酔なしで腕を切るなどと、まるで戦国時代か極北での話かといった風ではあるが義手を取り付ける手術は無事終了した。
大河は心身ともに衰弱しきっているが、それも寝ていればじきに回復するであろうもので大きな問題ではない。

それもこれも、その小さな身体からは想像もつかぬ胆力のおかげだろうとヴィルヘルミナは思う。
寝ている姿は深窓の令嬢のようで、腕も足も細くまるで作り物のように見える。
しかし、逢坂大河はその見た目にそぐわぬ意気の持ち主であった。
そんな彼女にヴィルヘルミナは僅かなデジャブを感じる。

華奢な体躯に、幼さを残した未完成の美貌。その身に秘めた強靭な精神力。この子はどこか炎髪灼眼の討ち手を想像させる。
木刀を振りかざし突き進んでくる様は稚拙と他ならなかったが、その無鉄砲さにはどこかノルタルジーを感じていたかもしれない。

もしかすれば、逢坂大河は別の《物語》における炎髪灼眼の討ち手に相当する存在なのかもしれない。

勿論、それはただの空想だ。あるいはあの時をまた繰り返したいと思う欲が浮かび上がらせた妄想なのかもしれない。
ヴィルヘルミナは、自身を”シャナ”だと言い切った彼女の顔を浮かべ、そして大河の顔を見る。
似ているかもしれない。けど彼女達はそれぞれ違う子で、それは当たり前のことだ。

「……それでは、今一度近辺を見回ってくるのであります」

ヴィルヘルミナは大河に被せた布団を整えなおすと、すくと立ち上がりその部屋を後にした。
僅かに赤みの増した陽光を背に受け、板張りの廊下を音もなくしずしずと進む。

影に隠れて見えない彼女の顔。そこには母のような優しい表情があったのかもしれない――……




【C-2/神社/一日目・夕方】
682創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:16:31 ID:B0ju+ovC
683創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:16:32 ID:taG7hP8O
 
684創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:16:42 ID:MbRGuJs1
 
【ヴィルヘルミナ・カルメル@灼眼のシャナ】
[状態]:疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式、カップラーメン一箱(7/20)、缶切り@現地調達、調達物資@現地調達
[思考・状況]
 基本:この事態を解決する。しばらくは神社を拠点として活動。
 1:神社を防衛しつつ、御坂美琴とキョン。炎髪灼眼の討ち手と島田美波の帰りを待つ。
 2:状況に応じて、警察署や南の方にいるであろう上条当麻への捜索隊を編成して送り出す。


【逢坂大河@とらドラ!】
[状態]:睡眠中、疲労(極大)、精神疲労(極大)、右腕義手装着!
[装備]:無桐伊織の義手(右)@戯言シリーズ、逢坂大河の木刀@とらドラ!
[道具]:デイパック、支給品一式
     大河のデジタルカメラ@とらドラ!、フラッシュグレネード@現実、無桐伊織の義手(左)@戯言シリーズ
[思考・状況]
 基本:馬鹿なことを考えるやつらをぶっとばす!
 0:…………………………。






 【7】


「はぁー……」

天上の方角を突く巨大な天体望遠鏡を見て、インデックスは改めて感嘆と脱力が混じった息を吐いた。
なんど見てもすごいものはすごい。目の前に屹立する望遠鏡の大きさは彼女が居候している部屋よりも大きかった。
突然。ごうんと、望遠鏡の鎮座しているドーム内に大きな音が響き渡る。

「お、おぉ…………、すごい……」

インデックスが見上げている前で、ドーム状の天井が展開し、空が開けてゆく。
隙間から見える空はまだ茜色で、観測を行えるまでには時間があったが、
まるでTVアニメの中で見た秘密基地みたいなその光景に、インデックスはきゃあという楽しそうな声をあげた。



別室。観測機器が並ぶ一室にて、はしゃぐインデックスの姿をカメラ越しに見ていたテッサはくすりと笑い声を零した。
天井が開ききるのを確認すると、キーボードを叩いて今度は望遠鏡が乗っている台を上昇させるよう操作する。
そしてマイクを口に当ててインデックスに近づかないよう注意すると、その光景をまたしばらく楽しんだ。

当初の予定では、ここに再来するのはもう少し後の時間になってからということであったが、
テッサとインデックスの二人はその予定を繰り上げて天文台へと登ってきていた。
686創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:18:07 ID:MbRGuJs1
 
大きな理由としては、警察署から戻ってくるはずのキョンと御坂が戻ってきていないことがある。
その内でも特に御坂美琴の存在がこの場合は大きい。
現在、散り散りではあるがテッサ達の組んだグループは11人の人間を抱えている。
当初からこの世界にいた総人数に対して6分の1。現在であれば4分の1ほどになるこの数は、数値だけを見るならかなり多い。
だがしかし、その中には戦闘をするどころか戦闘という状況すら知らない普通の女学生らも多く含まれるのだ。
故に、何かしら動くごとに戦闘に長けた者を同伴させる必要がある。そうでなければ危険だからだ。

そして、その戦闘に長けた者の一人である御坂美琴が未だ帰還を果たしていない。
もし彼女がいれば、彼女かヴィルヘルミナのどちらかがこちらに同伴し、もう片方が神社の防衛につく予定であった。
だが、いくら待っても帰ってこないので、望遠鏡の調整も兼ねてテッサとインデックスが先行することなったのだ。

他にも、手術を終えた大河が眠ったままであったり、テッサが寝ていた間にキノという来訪者が現れたとも聞いており、
そういう諸々の理由もあってヴィルヘルミナは神社に残り防衛の任につくこととなった。
既に一度は二人だけで来ていたわけであるし、地理的に考えても天文台は危険の度合いが低いということもある。

「さてと……」

テッサは再びマイクに口をよせ、インデックスに管制室に来るようにと声をかけた。
観測機器を操作するのはテッサにとって容易いことだが、何を観測すべきなのかは彼女の知恵を借りなくてはならない。

とりあえずは、システムから前日までの観測データを呼び出しデフォルトの設定をそれに合わせておく。
インデックスから見れば不思議な魔法に見えるこれも、テッサからすればキーを少し叩くだけの簡単な作業だ。
こんなことを感心してくれる彼女の姿を思い出し、テッサはそのチグハグな光景にまた頬を緩めた。

初期設定を終えたテッサは椅子から立ち上がると、会議机の端に置かれた湯沸しポットの前へと歩いてゆく。
空腹時におけるインデックスの凶暴性の発露はすでに体験済み。
そして、テッサは見越せる危機を前に対策を怠る少女では決してない。
彼女お気に入りのカップラーメンを筆頭に、物資調達班が持ち帰った数々の食料は既に配備完了している。

「テッサ、おなかすいたー!」

そして、ちょうどインデックスが扉を勢いよく開いて管制室へと飛び込んできた。
昼食の後の午睡と、神社からここまでの山登り。彼女の食欲中枢にレッドアラームを点すには十分だったのだろう。
間もなくして、テッサの予測通りに彼女と食料による第一次接触戦が始まった。
テッサの計算によれば戦闘終了までは20分ほど。食料側6%ほどの損耗で戦闘が終了する予定である。

「……………………」

とてもおかしな光景だと、自分もサンドイッチを齧りながらテッサは思う。
このような状況で、このような時間を過ごせる自分はなんと幸運なのだろうか。
しかし、そういではない者も多数いて、今まさに死の狭間を彷徨っている。そういう者もどこかにいるはずなのだ。

結果的に、見殺しとしてしまったあの少年のような者が幾人も。
それを考えれば浮き上がった心も奈落の底へと沈む。
罪悪感が胸を締め付け、それ以上に自分は正しいことをしているのかという自問が途絶えなくなってしまう。
こんなことで死んでいった者達に顔向けができるのか。仲間と再会した時に胸を張れるのか。


しかし、この問題に答えは存在しない。


ただ問い続けることしかできないのだ。全てが決するその時まで――……




【B-1/天文台/一日目・夕方】

【テレサ・テスタロッサ@フルメタル・パニック!】
[状態]:健康
[装備]:S&W M500(残弾数5/5)
[道具]:デイパック、支給品一式、予備弾x15、調達物資@現地調達、不明支給品x0-1
[思考・状況]
 基本:皆と協力し合いこの事態を解決する。
 0:陽が落ちるまでは休息。
 1:インデックスと協力して天体観測を行う。
 2:メリッサ・マオの仇は討つ。直接の殺害者と主催者(?)、その双方にそれ相応の報いを受けさせる。
[備考]
 『消失したエリア』を作り出している術者、もしくは装置は、この会場内にいると考えています。


【インデックス@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式、カップラーメン(x1)@現実
     試召戦争のルール覚え書き@バカとテストと召喚獣、缶詰多数@現地調達、不明支給品x0-1
[思考・状況]
 基本:みんなと協力して事態を解決する。
 0:陽が落ちるまでは休息。
 1:テッサと協力して天体観測を行う。
 3:とうまの右手ならあの『黒い壁』を消せるかも? とうまってば私を放ってどこにいるのかな?
[備考]
 『消失したエリア』を作り出している術者、もしくは装置は、この会場内にいると考えています。






 【8】
689創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:19:30 ID:MbRGuJs1
 
690創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:20:10 ID:MbRGuJs1
 
須藤晶穂は社務所の縁側に腰掛け、ひとりぼっちでただ陽が沈みゆく景色を眺めていた。

西日に当てられ朱色に染まる山は、知らない風景であるはずなのにどうしてか郷愁を誘い心を掻き立てる。
カラスが鳴くから帰ろう――なんて歌詞が童謡にあるが、晶穂の今の気持ちはまさにそれであった。

”帰りたい”と思っている。帰ることなんてできないのだが、気持ちはいっぱいだった。
別に元の日常に戻りたいとかそういうことではない。
もし、はいいいですよと帰してくれるならそれはありがたい話だが、今の気持ちはもっと短絡的なものだ。

現状から逃げ出したい。今、”この場”から離れたいという感情。

さっきまで、テッサとヴィルヘルミナ。そして半分寝ぼけていたインデックスとが難しい話をしていた。
晶穂も仲間の一員として同席していたから話を聞いたし、別にその内容が理解できないということもなかった。
しかし、自分から何か意見を出すことはできなかった。まるで手が出なかったともいう。

彼女達は専門家なのだ。軍人にフレイムヘイズ。抜けたところのあるインデックスだって何かすごいものらしい。
大河はちっこくて普通側の仲間だけど、彼女は自分なんかより全然すごい。
それに手術なんかして、片腕がロボットみたいになっている。もう普通側の仲間ではなくなっていた。
翻って自分は普通の普通オブ普通の一般人だった。まるで配役の肩書きが一般人ってくらい普通の女の子。
普通じゃない話の中で基準となる存在。スケールを表すために置かれる煙草の箱。それが須藤晶穂という存在だった。

だからなんだ。普通のどこが悪い――と、晶穂は思う。
それに、一口に普通と言っても人それぞれ尊重されるべき個性というものがあるのだ。
例えば大食いが得意……とか。

「はぁあああぁ〜…………」

既視感。それどころかマンネリズムすら感じる嫌な気分。
部活中に浅羽と部長が自分のわからない話で盛り上がっている時の感じ。
浅羽と部長がイリヤにかまって、私という存在をどうとも思っていない時の感じ。

浅羽も部長も、テッサやヴィルヘルミナも決して意地悪をしているわけではないのだ。
ただ単に、須藤晶穂を須藤晶穂として見ているだけのことにすぎない。
構って欲しければ、注目してほしければ自分から前に出て行かないといけないのである。
魔法使いでも超能力者でもない一般人は自身の個性を自らアピールしなくては非普通人の輪には入って行けないのだ。
それが、一般人の掟。

しかし自分はそんなことができない。
盛り上がっている輪の中に顔を突っ込んで、「何々?」とずうずうしく聞くこともできなければ。
「じゃああたしもやらせてよ!」とか分も空気も弁えない分不相応な突貫もできないのだ。

弁えている。そういうことにしておけば須藤晶穂はいい子ちゃんだろう。
けど実際は、「馬鹿じゃないの?」とか「そんなこと勝手にして!」とか言ってしまい、その輪から離れてしまう。
しかも、離れるなら離れるでどっかに行けばかっこいいのに、ギリギリ目の届く範囲でウロウロいじいじしているのである。
692創る名無しに見る名無し:2010/04/29(木) 23:20:52 ID:MbRGuJs1
 
かまってもらえなくて拗ねているだけ。そして向こうから声をかけてくれる期待を未練たらたらに諦めきれない。
すごく幼稚な感情だってことは晶穂自身がよくわかっている。わからないほど頭は悪くない。
けど、わかっちゃうからこそ悔しくもあり、そんな自分の小ささに悲しくなってしまう。

これがいつもなら、浅羽に「馬鹿!」と言って家に帰り、お気に入りの音楽を聴きながらベッドで丸まっていればいい。
それか部長に「こっちは勝手にします!」と啖呵を切って、取材兼自棄食いをしに商店街へと走ればいい。
でも、ここではそのどっちもできはしない。
みんなから離れると言っても、せいぜいこの縁側までが限界。がんばっても鳥居の前までだろう。

須藤晶穂は殺し合いの中で役に立てる人間でも、物語に彩りを与える華やかな人間でもない。
浅羽みたく無茶無謀ができるほど馬鹿ではないつもりであるし、
部長みたく力及ばない状況でも自分でできる範囲で全力を尽くせるほど肝は据わっていない。

ヴィルヘルミナやテッサにかまってなんて言えるはずもなく、かといってここから離れる度胸もない。
だから、

「帰りたい……」

ただそれだけを思うのだ。




【C-2/神社/一日目・夕方】

【須藤晶穂@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:意気消沈
[装備]:園山中指定のヘルメット@イリヤの空、UFOの夏
[道具]:デイパック、支給品一式
[思考・状況]
 基本;生き残る為にみんなに協力する。
 1:どうすればいいってのよ……。
 2:部長が浅羽を連れて帰ってくるのを待つ。