ラノロワ・オルタレイション part8

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1創る名無しに見る名無し
このスレは、ライトノベル作品を題材にバトルロワイアルの物語をリレー形式で進めてゆく、
「ラノロワ・オルタレイション」という企画の為のスレです。
※内容に流血や死亡を含みますので、それを予め警告しておきます。


前スレ
ラノロワ・オルタレイション part7
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1256582479/l50


ラノロワ・オルタレイション@wiki (まとめ)
http://www24.atwiki.jp/ln_alter2/

ラノロワ・オルタレイションしたらば掲示板 (避難所)
http://jbbs.livedoor.jp/otaku/10390/

予約用のスレ(予約スレ part2)
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/10390/1255965122/l50
※予約のルールに関してはこのスレの>>1を参照のこと。
2創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 00:02:00 ID:ormJzZ9O
 【参加作品/キャラクター】

 4/6【涼宮ハルヒの憂鬱】
    ○キョン/○涼宮ハルヒ/○朝倉涼子/●朝比奈みくる/○古泉一樹/●長門有希
 5/6【とある魔術の禁書目録】
    ○上条当麻/○インデックス/○白井黒子/○御坂美琴/○ステイル=マグヌス/●土御門元春
 4/6【フルメタル・パニック!】
    ○千鳥かなめ/○相良宗介/●ガウルン/○クルツ・ウェーバー/○テレサ・テスタロッサ/●メリッサ・マオ
 4/5【イリヤの空、UFOの夏】
    ○浅羽直之/○伊里野加奈/●榎本/○水前寺邦博/○須藤晶穂
 3/5【空の境界】
    ○両儀式/●黒桐幹也/○浅上藤乃/○黒桐鮮花/●白純里緒
 1/5【甲賀忍法帖】
    ●甲賀弦之介/●朧/●薬師寺天膳/●筑摩小四郎/○如月左衛門
 4/5【灼眼のシャナ】
    ○坂井悠二/○シャナ/●吉田一美/○ヴィルヘルミナ・カルメル/○フリアグネ
 2/5【とらドラ!】
    ●高須竜児/○逢坂大河/●櫛枝実乃梨/○川嶋亜美/●北村祐作
 2/5【バカとテストと召喚獣】
    ●吉井明久/○姫路瑞希/○島田美波/●木下秀吉/●土屋康太
 4/4【キノの旅 -the Beautiful World-】
    ○キノ/○シズ/○師匠/○ティー
 4/4【戯言シリーズ】
    ○いーちゃん/○玖渚友/○零崎人識/○紫木一姫
 3/4【リリアとトレイズ】
    ○リリアーヌ・アイカシア・コラソン・ウィッティングトン・シュルツ/○トレイズ/○トラヴァス/●アリソン・ウィッティングトン・シュルツ

 [39/60人]

 ※地図
 http://www24.atwiki.jp/ln_alter2/?plugin=ref&serial=2
3創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 00:02:41 ID:ormJzZ9O
 【バトルロワイアルのルール】

 1.とある場所に参加者60名を放り込み、世界の終わりまでに生き残る一人を決める。

 2.状況は午前0時より始まり、72時間(3日)後に終了。
   開始より2時間経つ度に、6x6に区切られたエリアの左上から時計回り順にエリアが消失してゆく。
   全エリアが消失するまでに最後の一人が決まっていなければゲームオーバーとして参加者は全滅する。

 3.生き残りの最中。6時間毎に放送が流され、そこで直前で脱落した人物の名前が読み上げられる。

 4.参加者にはそれぞれ支給品が与えられる。内容は以下の通り。
   【デイパック】
   容量無限の黒い鞄。
   【基本支給品一式】
   地図、名簿(※)、筆記用具、メモ帳、方位磁石、腕時計、懐中電灯、お風呂歯磨きセット、タオル数枚
   応急手当キット、成人男子1日分の食料、500mlのペットボトルの水4本。
   (※名簿には60人中、50名の名前しか記されていません)
   【武器】(内容が明らかになるまでは「不明支給品」)
   一つの鞄につき、1つから3つまでの中で何か武器になるもの(?)が入っている。

 ※以下の10人の名前は名簿に記されていません。

  【北村祐作@とらドラ!】【如月左衛門@甲賀忍法帖】【白純里緒@空の境界】【フリアグネ@灼眼のシャナ】
  【メリッサ・マオ@フルメタル・パニック!】【零崎人識@戯言シリーズ】【紫木一姫@戯言シリーズ】
  【木下秀吉@バカとテストと召喚獣】【島田美波@バカとテストと召喚獣】【土屋康太@バカとテストと召喚獣】


 ※バトルロワイアルのルールは本編中の描写により追加、変更されたりする場合もある。
   また上に記されてない細かい事柄やルールの解釈は書く方の裁量に委ねられる。
4創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 00:03:21 ID:ormJzZ9O
 【状態表テンプレ】
 状態が正しく伝達されるために、作品の最後に登場したキャラクターの状態表を付け加えてください。

 【(エリア名)/(具体的な場所名)/(日数)-(時間帯名)】
 【(キャラクター名)@(登場元となる作品名)】
 [状態]:(肉体的、精神的なキャラクターの状態)
 [装備]:(キャラクターが携帯している物の名前)
 [道具]:(キャラクターがデイパックの中に仕舞っている物の名前)
 [思考・状況]
  基本:(基本的な方針、または最終的な目的)
  1:(現在、優先したいと思っている方針/目的)
  2:(1よりも優先順位の低い方針/目的)
  3:(2よりも優先順位の低い方針/目的)

 [備考]
  ※(上記のテンプレには当てはまらない事柄)

 方針/行動の数は不定です。1つでも10まであっても構いません。
 備考欄は書くことがなければ省略してください。
 時間帯名は、以下のものを参照してそこに当てはめてください。

  [00:00-01:59 >深夜] [02:00-03:59 >黎明] [04:00-05:59 >早朝]
  [06:00-07:59 >朝]   [08:00-09:59 >午前] [10:00-11:59 >昼]
  [12:00-13:59 >日中] [14:00-15:59 >午後] [16:00-17:59 >夕方]
  [18:00-19:59 >夜]   [20:00-21:59 >夜中] [22:00-23:59 >真夜中]
5創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 00:04:44 ID:ormJzZ9O
以上、テンプレ張り終了。
6創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 00:22:34 ID:ormJzZ9O
っと、>>2の生存者修正。戯言シリーズの「零崎人識」は既に死亡です
7CROSS†POINT――(交換点)  ◆EchanS1zhg :2009/12/12(土) 00:47:27 ID:dvKSLL24
 【6】


「意図を測りかねるな」

言葉の意味はわかるが、少年の意図がどこにあるのか読みきれない。
なので、シズはそれをそのままに言葉として口にした。

「そのままなんだけど……そうですね。まず第一に交渉が通じると思っているのは、シズさん。
 あなたが物事を秤にかけて考えることのできる人だからです」

シズはあの橋の上でキョンから時間移動などの可能性を聞き、この世界からの脱走は無理だと判断した。
故に、ここをコロシアムの前哨戦として、皆殺しを慣行して優勝者になろうと決めたのである。
それを指し、目の前の少年――悠二はシズのことを損得で物事を判断できる人間だとそう称した。

「しかし、俺は自分勝手な理由で人を殺している。それなのに交渉が通じると思うのかな?」
「けど最初はそうじゃなかった。だったら戦いをしかける方が不利益だと、僕があなたに示せればいい」

再び、ゴンという重い音が辺りに響き渡る。
アスファルトにめり込んだ鉄柱を見るに、どうやら見た目どおりの重さはあるらしい。
だが、少年はそれを軽々と重さがないかのように扱っている。
そこにいかなる仕掛けがあるかは不明だが、その実力は無傷で済ませられる程度ではないと見積もることができた。

「なるほど。……では一体、何と何を交換するんだ?
 君たちはこのバギーを譲ってくれるのか? だとしても俺は君たちに渡せるような物を持っていないぞ」

そんなことはないと少年はシズの腰のあたりを指差す。
彼が何を差し出せと言っているのか、言葉にしなくてもそれは明白だった。
シズが腰に差している一本の刀をよこせということである。しかし己の武器を手放すなど、簡単に了承できるはずもない。

「正直に言うと、その刀は僕の知り合いのもので……その刀を彼女以外の人間が持っているは見逃せないんです」
「つまり、それぞれの持ち物を本来の所有者の元へと戻そうというわけか」
「勿論、無理を言っているのは承知の上です」

なのでこれもつけます。そう言って、少年は鞄から鞘に入った太刀を取り出してバギーの座席の上へと放り投げた。
鞘から抜いて見なければ確かとは言えないが、どうやらシズが普段使っている刀と似たようなものらしい。

「その脇に差している刀。抜き身だし、長くて使いづらいんじゃないですか?」
「バギー1台に代えの刀か……。おいしい話すぎて逆に警戒してしまうな。何かまた要求するものがあるんじゃないか?」
「そうですね。できればこれから人を殺すのを控えてください。それがあなたの為でもあります」
「説得するつもりなのか?」
「いいえ、交渉です。あなたはどうやら頑固そうなので、説得だなんてそんな甘い期待はしませんよ」

ふむ……と唸る前で、少年はいかに殺し合いによって生き残ろうとするのが無謀かをシズに向かって説く。
すでに少年の側には10人ほどの実力者による集団ができあがっていること。
その中にはフレイムヘイズという超常の強者がおり、それは自分よりも遥かに強いこと。
またそれ以外にも強者は仲間におり、逆に敵対している存在の中にもそれに匹敵する者がいること。
自分や、それと相対しているシズ程度の実力ではとてもそれらには太刀打ちできないこと――を。

「無謀だから止めておけと忠告してくれるわけか……」
「その通りです。しかしこちら側に下れとも言いません。ただ現状を把握しなおし冷静に行動してほしいんです」

少年は最後の交渉材料――1枚のメモ紙を丁寧にジープの座席に置き、そしてまた離れた。
8創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 00:48:07 ID:ormJzZ9O
 
9CROSS†POINT――(交換点)  ◆EchanS1zhg :2009/12/12(土) 00:48:30 ID:dvKSLL24
「そこに僕の持っている携帯電話の番号が記してあります。気が向いたら電話してください」
「君たちが拠点にしている場所はどこだ?」
「それは教えられません」

最後の答えを聞いてシズは刀から手を離しかまえを解いた。
この坂井悠二という少年はただの平和主義者ではない。頭が回り、そしてなにより慎重だ。信用がおけると判断する。

「では、刀はここに置いてゆく。せっかくなのでこちらからも”おまけ”をひとつ差し出そう。
 それとひとつ警告だ。ここから北にある病院で4つの死体を見た。
 殺したやつは俺と同じか、それよりも強い。多分バイクに乗っているやつがそうだろう。気をつけるといい」

最後に、国の外で旅人同士がそうするように情報を交換し合うと、シズはバギーに飛び乗りエンジンをかけた。
そして見送る2人の少年から逃げるようにバギーを駐車場の出口へと向け、その場を後にする。

その後に、一本の長い刀とひとつの筒が残されていた。


 【7】


「……よかった」

シズが置いていった刀――贄殿遮那を拾い上げ悠二はほっと息を漏らす。
最初に気づいた時は驚いたが、それは紛れもなくシャナが愛用していた刀に違いなかった。
それが彼女の手元にないことに不安を感じ、そして無事に取り戻せたことに安堵する。

「(時間移動説は本当なのか……?)」

もうひとつ。シズが残していった望遠鏡のようなものを拾い上げて、悠二はキョンが言っていたことを思い出した。
望遠鏡のようなそれは《リシャッフル》という名前の宝具であり、以前にシャナが打ち壊したはずのものなのだ。
また討滅したはずのフリアグネの所有物でもあり、とある1日の騒動を起こした逸品でもあった。



「さて、”おれのもの”だったバギーがなくなってしまったわけだが」

背後から声をかけれて悠二はびくりと肩を揺らす。
振り向けば、そこには今回の物々交換で損しかしていない水前寺の不満げな顔があった。

「……えーと、これは……その」
「いや、かまわんよ坂井クン。あのシズという男との交渉の手並みは見事なものだった。
 あれで我々に対しても危険が減るというのならバギーの一台くらい安いものだろう」

だからこれは君に対する”貸し”だと、水前寺はさらりと言う。
そしてやはり時間が惜しいのだろう。早速に次の目的地の話を切り出した。

「グズグズはしておられん。病院に向かうとするぞ……と言いたいところだが乗り物を失ってしまったな」
「ごめん」
「言葉だけでは貸しが減ることはないぞ。要求されるのは迅速な行動だ。我々の新たなる足を確保しようではないか」

言いながら水前寺は駐車場の中を見渡す。悠二もそれに倣って駐車場の中を見渡してみた。
普通乗用車やワゴンにトラック。狭いながらも多種多様な車両がそこには並んでいるが、しかし問題があった。
10創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 00:48:37 ID:IhuY7pq4
 
11創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 00:49:13 ID:ormJzZ9O
 
12CROSS†POINT――(交換点)  ◆EchanS1zhg :2009/12/12(土) 00:49:15 ID:dvKSLL24
「ふむ。ここに止めてある車はどれも鍵がついてないと見るべきだろうな」
「どうする? 車を止めてある家の中に入れば鍵が見つかるかもしれないけど」
「自転車ならば止め具を壊すだけでかまわんのだがね」
「できれば自動車がいいって?」

さてどうするべきか。
死体が4つなどという話は穏便ではない。そこに浅羽が入っている可能性もある以上、今すぐにでも飛んで行きたいのだ。
探せば車もどこかで調達できるだろう。速度もあるし、複数人が一度に乗れるので、できればこちらが好ましい。
自転車で妥協するという手もある。何よりお手軽だ。だがしかし速度やその他では自動車に大きく劣る。

「ふーむ……」
「ふーむ……」

水前寺と横に並び、悠二は駐車場に並んだ車と自転車を見て、彼と同じように唸り声を漏らした。



これとは別に余談であるが。と、前置きして水前寺は悠二にひとつ確認をとった。

「今更だが、携帯電話を持っていたのだな」
「うん。そうだけど……。一度、神社へと連絡を取っておいた方がいいのかな? 番号はあるし」
「実を言うと、君と遭遇した時点で彼らとの約束を反故にしていてな……」
「今、電話しても怒られるだけか……」
「うむ。成果を上げるまでは、大手を振っては帰ることもできんのだよ。6時に帰るとは言ったがね」
「わかった。電話するのは少し置いておこう。(シャナもいないし……)」

これもまた、余談は余談として終わる。
水前寺の理由もあるが、悠二としても電話口越しにあのヴィルヘルミナから小言を重ねられるのは勘弁願いたかったからだ。




【B-4/市街地南部・駐車場/一日目・昼】

【坂井悠二@灼眼のシャナ】
[状態]:健康
[装備]:メケスト@灼眼のシャナ、アズュール@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式
      贄殿遮那@灼眼のシャナ、湊啓太の携帯電話@空の境界(バッテリー残量100%)
[思考・状況]
 基本:この事態を解決する。
 0:自動車か自転車か……?
 1:水前寺と一緒に浅羽を探す。そのために今は病院へと向かう。
 2:事態を打開する為の情報を探す。
 ├「シャナ」「朝倉涼子」「人類最悪」の3人を探す。
 ├街中などに何か仕掛けがないか気をつける。
 └”少佐”の真意について考える。
 3:シャナと再会できたら贄殿遮那を渡す。
[備考]
 清秋祭〜クリスマスの間の何処かからの登場です(11巻〜14巻の間)。
 会場全域に“紅世の王”にも似た強大な“存在の力”の気配を感じています。
13創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 00:49:27 ID:IhuY7pq4
 
14創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 00:50:00 ID:mnB8UvjK
  
15CROSS†POINT――(交換点)  ◆EchanS1zhg :2009/12/12(土) 00:50:13 ID:dvKSLL24
【水前寺邦博@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:健康
[装備]:電気銃(1/2)@フルメタル・パニック!
[道具]:デイパック、支給品一式
[思考・状況]
 基本:この状況から生還し、情報を新聞部に持ち帰る。
 0:自動車か自転車か……?
 1:悠二と一緒に浅羽特派員を探す。そのために今は病院へと向かう。
 3:もし途中で探し人を見つけたら保護、あるいは神社に誘導。
 4:浅羽が見つからずとも、午後六時までには神社に帰還する。


 【8】


聞きなれたエンジン音を耳に、シズは慣らし運転といった感じでバギーを走らせ市街の中を行く。
そしてほどなくして、とある倉庫街の一角へと辿りついた。
灰色の高い壁で囲われ、煉瓦造りやプレハブなど多様な倉庫がずらりと並ぶそこは、彼にとってのスタート地点である。

「ふりだしか……」

車を止め、座席の中で悠二から譲り受けた太刀を確認しながらシズは再び考える。
半日――予定されている3日の期限の内の6分の1ほどを過ぎて、結局はまたここに帰ってきてしまっていた。

「いい刀だな」

ずしりと重みのある厚い刃は太刀のそれで、よくよく見れば相当に使い込まれていることがわかる。
あの長刀もすごいものだったが、これにしても中々のもので、何故この様な業物を彼が手放したのか、少し不思議なくらいだった。
実を言うと、存在の力を通せない普通の物質であるこの太刀よりも、使いこなせないまでも宝具であり力を通せる鉄柱の方が
悠二にとっては有用な武器だったのだが、しかしシズには知る由もない。

「さて、どうすればいいんだろうな……?」

ここを生きて抜け出し、あの国へと赴き悲願を達成する。
従者であった陸が死んでもそれは変わらない。誰が死のうとも、誰を殺そうともそれだけは決して変わらない。
その為に国を捨て、その為に剣の腕を磨き、その為に旅をして、その為だけに7年という時間を費やしてきたのだ。

「それを考えなおすつもりはないよ」

心の中に聞こえた忠犬の声に、シズは何度も何度も繰り返したようにそう呟いた。
これだけは変わらない。いくら頑固者と言われようとも、無鉄砲とも、泣いて止めろと哀願されようとも変わらない。
しかし、ここでの振舞いに関しては別の話だ。ようは生きて戻れさえすればいい。
まずは何か方法がないかと探してみた。次にそれはとても難しそうだったので人を殺すのが早いと考えた。
そして、今度はそれもまた難しいということがわかった。さて、この状況で一体どう振舞えばいいのか?

「なぁ、お前は俺がどうすればいいと思う?」

シズは助手席に置いた鳥籠に顔を向け、その中にいる新しい相棒であるインコちゃんへと問いかける。

「テ、テ、テ……、テメェノォ――カッテニ、シ、シヤ……ガレェ――ッ!」

そうだな。そのとおりだな。と、シズは新しい相棒の言葉に小さく頷いた。




【C-4/倉庫街/一日目・昼】
16創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 00:50:18 ID:r1qr0SiC
17創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 00:50:27 ID:ormJzZ9O
 
18CROSS†POINT――(交換点)  ◆EchanS1zhg :2009/12/12(土) 00:51:01 ID:dvKSLL24
【シズ@キノの旅】
[状態]:健康
[装備]:早蕨刃渡の太刀、パイナップル型手榴弾×1、シズのバギー@キノの旅
[道具]:デイパック、支給品一式(食料・水少量消費)
     インコちゃん@とらドラ!(鳥篭つき)、携帯電話の番号を書いたメモ紙
      トンプソン・コンテンダー(0/1)@現実、コンテンダーの交換パーツ、コンテンダーの弾(5.56mmx45弾)x10
[思考・状況]
 基本:生還し、元の世界で使命を果たす。
 0:さて、どういった方法でそれを実現するか……?
 1:身の振り方を考える。
 2:未来の自分が負けたらしいキノという参加者を警戒。
 3:インコちゃんを当面の旅の道連れとする。
[備考]
 参戦時期は、「少なくとも当人の認識の上では」キノの旅6巻『祝福のつもり』より前です。
 腹部に傷跡が残っているかどうかは不明です。


 【早蕨刃渡の太刀@戯言シリーズ】
 《殺し名》の序列第一位である匂宮雑技団の分家である《早蕨》に所属する早蕨三兄妹。
 その長兄である《紫に血塗られた混濁》こと早蕨刃渡が使用していた太刀。
19創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 00:51:09 ID:ormJzZ9O
 
20 ◆EchanS1zhg :2009/12/12(土) 00:52:16 ID:dvKSLL24
以上で投下終了です。

wiki収録の際は、【0】〜【4】までを前編 【5】〜【8】までを後編でよろしくお願いします。
21創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 01:12:38 ID:ormJzZ9O
投下乙。
なんという見事な交錯劇w 緊張感あったなー。
悠二のカマかけと交渉が見事。シズや水前寺も生き生きとしてるなあ。
水前寺と悠二は病院に向かうか。これは先が楽しみ。
22創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 02:39:22 ID:KVlte5EB
投下乙ですー。

モザイク〜
ガウルーーーン!
し、死んでしまったかorz
兄さんは敵討ちができたのかw
姫ちゃんと組むけどどうなるかなぁ。
かなめは……よくわからんだろうなぁw
GJでした。

クロスポイント
水前寺と悠二がとまらねぇw
流石頭が回る二人だ……w
シズは(いい意味で)フラフラするなぁw
ある意味らしい……のか?w
GJでした
23創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 02:49:47 ID:r1qr0SiC
投下GJ!

>モザイクカケラ
が、ガウルンが! ガウルンがー!
リアルで「え"ー!」って言ったわwwwwww
いやしかしあの冒頭部分から完全に引き込まれてしまった……なんという構成力。
それに如月先生、まさか姫ちゃんと組むとは……これもまた意外也。
後に二人が周りに何を振りまくのかが楽しみでなりませんな。

>CROSS†POINT――(交換点)
一方のこちらはこちらでまた面白いことを……w
悠二と水前寺の会話が止まることを知らないwwwwwこの二人が組むとこうなるのか、こうなってしまうのかw
悠二のシズに対するアクションも格好よかったなぁ。だが野放しにしたのが結果どうなるやら……。
浅羽も探さなきゃだし、シズはまた決意を新たにって感じだし、忙しい奴らだ全くw
24創る名無しに見る名無し:2009/12/12(土) 10:21:25 ID:0M43gM3A
お疲れ様でした
まさかガウルンが一人も殺さず退場するなんて…
また一人優勝候補が消えたか
25 ◆EchanS1zhg :2009/12/13(日) 06:47:12 ID:PlMsWMxY
>>20
wiki収録の際に、記入を忘れていた現地調達品(レインコート、医療品)をシズの状態表に書き加えましたことを報告します。
26創る名無しに見る名無し:2009/12/13(日) 11:50:25 ID:iJmnBPKS
墓石職人さんどうしちゃったのかな・・・?
27創る名無しに見る名無し:2009/12/13(日) 12:51:52 ID:WiQCctT8
投下乙です。

ガウルンがまたあっさりとしたモンに…ガウルンらしいといえばらしいかもしれないが…
しかし、悠二に贄殿遮那かあ
28創る名無しに見る名無し:2009/12/13(日) 14:40:04 ID:xEuRSHJP
>>26
そういや最近見ないよね。
リアルの都合で投下できなくなったのか
タイミング的にug氏が墓石職人だったのか
それとも墓石職人さんはug氏のファンだったのか
29創る名無しに見る名無し:2009/12/14(月) 00:19:06 ID:1lqgC1BG
そろそろ代役を立てる事を考えておいたほうがいいんじゃない?
30 ◆UcWYhusQhw :2009/12/16(水) 05:25:32 ID:5cQMjq3m
お待たせしましたリリアと宗介投下します。
31創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 05:26:01 ID:u+kgLdSA
なんで、わたしだけこういう事になっているんだろう。
人生というのは大分不公平だと愚痴りたくなる具合たまらない
最もそう言ったって何も変わらないこの現状がある。

心は酷く怯えて引き裂けそうになってくる。
哀しい事や苦しい事が余りにも重なって。
箍が外れて決壊しても可笑しくないくらいに。
だけど、もしそうなっても何も変わらない。
今まで起きてしまったことは何も変わらない。

頭の中がグチャグチャになっている。
知りたくもなかった事実。
重く圧し掛かる現実。
失ってしまったもの。
色んな事が余りにも多すぎて。
もう、訳が解らない。


そんな全てを投げ出したい状況なのに…………


「……えっと火傷はまず冷やさなきゃ」


わたし――リリアーヌ・アイカシア・コラソン・ウィッティングトン・シュルツは自分のやたら長い名前をすらすら言えるほど何故か冷静だった。
本当に不思議なほど冷静で。
まず、目の前にある今すぐやらないといけない事を何事も無かったように行えている。

「氷……氷……つめたっ」

プディックの事務室にあった冷蔵庫から取り出してきたバケツ一杯の氷。
それを抱えながら持ってきたら手が冷たくて堪らない。
だけど、それも今やるべき事の為に文句は言ってられない。

「はぁー…………よし……ソースケ……今から……やるわよ」

わたしは手に暖かい息を吹きかけて暖をとる。それで充電完了っ。
そして目の前にいるわたしを護ってくれた人。
その為に深く傷を負ってしまった人、相良宗介。
彼を見るとやっぱり凄い傷と火傷だ。

そう、わたしがやらないといけない事、やるべき事。
それは護ってくれた彼の治療だ。
息はまだあるんだ、こんな所で失いたくない。失ってはいけない。
わたしはまだ彼に何も出来ていない。
だからっ……わたしがやらなくちゃ。

そればかりを考えていたら他の事なんか脇においておく事が出来た。
今、わたしが怖いのは彼が死んでしまうこと。
そんな、傍に居てくれた人の消失に恐怖してしまっていた。

「大丈夫……死なせない……死なせたくない」

弱気になりかけていた自分を励ましながらもう一度火傷箇所を確認する。
その場所に一気に氷をかけ、冷やす。
ソースケはまだ目を覚まさない。
表情を苦悶に歪めていたままだった。
わたしはちょっと泣きそうになるけどそのまま冷やし続ける。
このまま、失い続けるなんて絶対に嫌だ。

「よし、次は…………」

火傷を負ってる箇所を事務室から拝借したタオルに包んだ氷を全て当て終えると次にやらないといけないもの。
それは切り傷やすり傷などの無数の傷とそこから出る出血だった。
いくつか血が乾いてる所があるけど、それでも急がないとならない。

「まずは洗わなきゃ……」

傷を折っている所に汚れを落とす為に盛大にミネラルウォーターをかける。
服も一緒に濡れてしまうけどこの際仕方ない。勘弁してもらおう。
その次にやらないといけないのは消毒。
確か…………ディバックにあったはず。
私のは持っていかれたから宗介のデイバックから応急手当キットを取り出す。
そのまま、消毒液を傷口にかけた。
盛大にしみそうだなと思いつつも気にはしない。
まずは治療が大事だ。

「ふう……最後は包帯とかでおさえて……」

ここまできたら後はおさえるだけ。
やっと一息を着く。
苦痛に歪んでたソースケの顔も今はそうでもない。
まだ気を失っているけれどもこのまま、回復してくれる事を願うのみだ。

なんだけども所詮応急処置な訳で。
直ぐに治る訳でもないし、内臓や骨の方までいっているならお手上げだ。
そうなっていない事を心の底から願いながら傷口をおさえていく。
ふうと溜息をついた。
なんともままならない気分だ。
本当に役に立っているのかが不安だ。
わたしの応急処置ぐらいで上手く言っているのかさえもわからない。

「……大丈夫……よね?」

そう、問いかけるも誰も答える人なんて居る訳が無い。
わたしの漠然な不安は広がったままでなんかもやもやする。

不安なんだ。
不安で堪らない。
でも、それをどうにかする事が出来なくて更に不安が増していく。
そんなどうしようもない不安定で堪らなくなっていく。

「……ソースケ」

そっと名前を呼んで抱きかかえる。
頭の傷に包帯を巻く為だ。
呼びかけた彼は勿論返事をする事も無く。
一抹の不安をまた感じながらも悪戦苦闘してやっと包帯を巻きあげる。
34創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 05:28:55 ID:u+kgLdSA
「これで一先ず……終わり」

そう、感慨深く呟いて、一先ずの治療を終えた。
ソースケの身体は傷だけで胸が少し痛くなっていく。
大丈夫だろうか。
彼はまた元気になれるのかな。
どうなんだろう。

わたしのせいで傷を負ったのかな。
わたしを護ろうとしたせいで。
彼には護ろうとする人が居るのに。

それでも私を護って傷ついて。

申し訳ない気持ちになっていく。
このまま目を開けなかったらどうしよう。

漠然とまた襲い掛かって来る不安。
目の前のソースケを見つめる。
まだ眠っていた。

わたしは堪らなくなって彼の頭を胸に抱き寄せる。

心に漠然とした不安を抱えながら。
そして、何か人恋しい気持ちに襲われながら。

複雑な気持ちを沢山抱いて。

彼に胸を借りた時のように。

わたしは静かに抱き寄せていた。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





36創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 05:29:37 ID:u+kgLdSA
「……ずっとこうしてる訳もいかないしね」

そう、呟いたのはどれ位たった頃だろうか。
長かったような短かったような時間だった。
わたしはそう言い訳かもしれない言葉を呟いた後ソースケを安全な隠れている所に置いた。

とりあえずは宗介は大丈夫……なはず。
なら、わたしがやらないといけない事。
少なくともソースケが元気になるまでやらないといけない事は

「護らないと……」

そう、わたしが気を失っているソースケの分まで護らないと。
正直、私自身のみですら護れるかどうか不安でならないけど。
とりあえず、今動けるのは私しかいないのだ。

だから、頑張る。
だから、わたしがやる。

そう思い、気持ちを奮い立たせる。
今あるのは宗介に渡した銃器だけど上手く使えるのかどうか不安だ。
なので、他の武器を探してみる。
ソースケのデイパックから適当に出してみるとそれは

「うわ……大きい……危ないわよこんなもの」

槍みたいなのといえばいいのかしら。
槍の代わりに長柄の先が鋭い刃になっているような槍と剣を着けたみたいな武器だった。
それは私が扱うに本当にギリギリのラインの長柄の刃物だった。

とりあえず充分脅しにはなるだろう。
わたしははそれを持ってプディックの前を見張る。
わたしがとりあえずは護らなきゃ。

そう思って入り口を見ていると後回していた色々な事を考えてしまう。
それはさっき私に銃を突きつけた人の事で。
信じていた人の事で。

ママの恋人だった人のことだった。

訳が解らない。
どうして、なんでという考えが未だに巡っている。
彼は何で殺し合いなんか肯定しているんだろう。

ママが死んだから?
そしたらどうでもよくなった?

そんな感じでは無かった。
あの人はしっかりと意志を持っていた。
なのにどうしてわたしに銃を向けたのだろう。

解らない。
でも、あの人はわたしを殺しはしなかった。
傷つけた宗介でさえ。

本当に殺し合いを肯定しているのなら。
わたしを撃ち殺してもよかったのに。
宗介に止めをさしているはずなのに。
38創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 05:30:30 ID:u+kgLdSA
39創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 05:31:16 ID:u+kgLdSA

いや、もしわたしとわかっているのになんで姿を現したのだろう。
殺しもしないのに。
なんで………………?



………………わかんないわよ。
…………わかんないよ。

何も言ってくれない。
というよりわたしは彼の事を解っていない。

ママの恋人って事だけで。
ママが本当に彼の事を大好きって事だけ。

正直わたしとの縁なんて薄いのかもしれない。



………………でも。


どうして。
どうして。


ママが死んだときのようにこんなにも哀しいんだろう。こんなにも苦しいんだろう。
心から。わたしの知らない何かが本当に哀しいと告げている。
そんな気がするのだ。


だから。
こんなにも苦しい。

あの人がこんな事しているのが哀しい。
止めてほしい。

そう思ってしまう。


だけど、わたしはきっとなにもできないだろう。

当然だ。あの人はきっとわたしの事を何も思っていないだろう。

そう、思うと何か哀しかった。

それが何故だか解らなくて余計に哀しく思えた。


わたしは何故か零れてきそうな涙をこぼさない為に前を見る。

今はソースケを護らないと。
わたしが護らないといけないんだ。
41創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 05:31:57 ID:u+kgLdSA
どんなに辛くても。


わたしが護らないと……


わたしが……頑張らない…………と


まも……………………





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「よう、カシム」

ぼやっとした空気の中、聞きたくも無い声が俺の耳に聞こえてきた。
その名前で呼ぶのは奴しかいない。

「何のようだ、ガウルン」
「おー折角現れてやったのにつめてぇ野郎だ」
「俺はあいたくもない。さっさと消えろ」

その言葉に奴はけたけたと笑った。
心底イラつかせる奴だ。
俺は睨むと奴は笑いながら言った。

「いやぁ愛しているカシムの為に忠告しに……」
「いらん」
「つれないねぇ。俺でさえ簡単に死んだだぜぇ」

そう言ったガウルンは楽しそうに俺を見る。
どうやら、まだ成仏する気は無いらしい。

「カシム〜。他の子に現抜かしていいかい? 気が着いたらカナメちゃん達殺されるぜ」

そう言った言葉は俺の心を抉って。
俺は苛立ちながら言う。

「煩い。黙って消えろ!」
「まぁ、俺としてはカシムがカナメちゃんが死んで苦しんでるのを見てるのがよっぽどいいがな……くっくっくっくっくっくっ」

喜びに笑う奴に我慢が効かなくなる。
俺は睨んで

「まぁそうやって護るものも解らないまま、絶望していくがいいさ、地獄で待ってるぜ……ぎゃはっはははは!!!!!!」
「だまれっ! 死人はさっさと死ね!」
 



43創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 05:32:40 ID:u+kgLdSA
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「……っ!?」

そうやって奴の汚らしい笑い声を聞きながら身を起こす。
辺りを見回すが奴はいない。
…………夢か。
そうだ奴は死んだはずだ。
この島に名前があるとはいっても一緒。
それは変わりも無い、奴は死人だ。

そう思って心を落ち着かせふと身体を見回すと傷に処置がされている。
どうやら、誰かが治療してくれたらしい。
一体誰かと起き上がり、前を見ると俺が扱いづらいと思ってしまった薙刀を持ったリリアがカウンターに突っ伏しながら寝ていた。

……どうやらリリアが治療してくれたみたいだ。
疲れて眠っているらしい。
処置は適切で身体は快適だ。
内臓や骨はどうやら無事らしい。

それに安心し、怪我の治療をしてくれた事に感謝しながらリリアに近づく。

「ソー……スケは……わたしが……まもらな……いと」

そう寝言を言うリリア。
どうやら……俺が気絶している間、彼女は護っていてくれてらしい。
慣れない薙刀などもって必死に。
結局の所力が尽きて寝てしまったようだが無理もない。
元々彼女に身には色々起こりすぎたのだ。

俺はその事に感謝し、リリアを見守りながら考える。
これから、リリアが起きた後、放送を聞いてやるべき事を。
まず、いくら応急処置だからといって、まだ内部に怪我が残っているかもしれない。
そこを確認する為にも一度病院にいくのは考えの一つとしては有効だ。
元々人が集まる可能性がある場所でもある。

もしくは一度こう損害を受けたのだ。
調べきった場所の空港で体勢を整えるも有りだ。

どちらにしようかと思いながらとりあえずリリアが起きるのを待とう。

リリアは相変わらず寝ていた。
その寝顔は疲れきっていたものだった。

俺はそんな様子を見て少し戸惑ってしまう。
俺はリリアを守る。
そんな事に迷いなど無い。傍に居るといった。

それなのにあの忌々しい奴の言葉を思い出してしまう。

『他の子に現抜かしていいかい? 気が着いたらカナメちゃん達殺されるぜ』
45創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 05:33:21 ID:u+kgLdSA

マオでさえ死んでいる。
気が着いたら、かなめ達が死んでいるかもしれない。
それは絶対に避けないといけない。


……だが、俺はリリアを護らないといけない。
俺の為に治療やこんな事までしている。
リリアはリリアなりに頑張っているというのに。

だから、俺はリリアを護る事には後悔は無い。

そう思っている。
……いや、そうだといえる。


だから今更迷う事など……無い。


『まぁそうやって護るものも解らないまま、絶望していくがいいさ、地獄で待ってるぜ……ぎゃはっはははは!!!!!!』


そんな声が聞こえたのを無視して。

リリアの寝顔を見る。
やすらかで俺は安心して。


「……ママ……どうして死んじゃったの?…………ひとりは…………いやぁ……」


その言葉に止まってしまう。


そんなリリアの不安や哀しみが俺に伝わっていくようで。


俺の心にも楔を打っていくような。


そんな気がした。


47創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 05:34:12 ID:u+kgLdSA
【C-5/市街・ブティック/一日目・昼(放送目前)】

【リリアーヌ・アイカシア・コラソン・ウィッティングトン・シュルツ@リリアとトレイズ】
[状態]:健康、深い深い哀しみ
[装備]:IMI ジェリコ941(16/16+1)、早蕨薙真の大薙刀@戯言シリーズ
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:がんばって生きる。憎しみや復讐に囚われるような生き方してる人を止める。
0:睡眠中
1:宗介を護る。
2:トラヴァスの行動について考える。トラヴァスの行動が哀しい。
3:トレイズが心配。トレイズと合流する。

【相良宗介@フルメタル・パニック!】
[状態]:全身各所に火傷及び擦り傷・打撲(応急処置済み)
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック、支給品一式(確認済みランダム支給品0〜1個所持)、予備マガジン×4
[思考・状況]
0:……リリア。
1:放送を聞いた後病院か空港へ行く。
2:リリアの傍に居る。
3:かなめとテッサとの合流。
4:マオの仇をとる?



【早蕨薙真の大薙刀@戯言シリーズ】
《殺し名》の序列第一位である匂宮雑技団の分家である《早蕨》に所属する早蕨三兄妹。
 その次男であり蕨刃渡の双子の弟である早蕨薙真の大薙刀。
49創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 05:34:54 ID:u+kgLdSA
50創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 05:35:59 ID:u+kgLdSA
51 ◆UcWYhusQhw :2009/12/16(水) 05:36:17 ID:5cQMjq3m
投下終了しました。
支援ありがとうございます。
何かありましたら、指摘などよろしくお願いします。
52創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 08:39:34 ID:BNIdu2d7


このコンビは微笑ましい
53創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 14:31:47 ID:cBS1vZNb
投下乙
ガウルン、死んでから逆に生き生きとしてるなw
54創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 21:35:39 ID:ZDyvqfkn
投下GJ!
二人の信頼関係がゆっくりと深まっていっているようですな。
状況は凄惨ではあるが、強く生きて欲しいと思う限り。まぁ、現実問題ちょっと難しいんだけどな。
少佐の笑顔の一撃は効いたなぁ。ガウルンもガウルンで……お前……w
痛手を負った状態で何処まで足掻けるか、これからが勝負といったところか。
55創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 21:54:01 ID:dSdvCnWQ
投下乙です

うん、やっぱりこの二人はいいわw
ゆっくりと、そしてどんどん仲が深まってるなぁ
でもロワでこういう展開は後が怖いんだよな……
56創る名無しに見る名無し:2009/12/16(水) 22:12:48 ID:vKHQSJtH
お疲れ様です
宗介が原作後半からの参戦じゃないからガッカリした時もあったけどこういう展開も良いね
頑張って戦い抜いて欲しい物だ
57創る名無しに見る名無し:2009/12/17(木) 00:52:28 ID:F7Gw3lsG
トウカ乙ー
リリアと宗介のコンビは本当大好きだなー
二人の関係がどうなるかこれから凄い気になるしやり取りも本当いい。
この二人は応援したい。続きが楽しみだ。GJ
58創る名無しに見る名無し:2009/12/17(木) 02:42:18 ID:pbZJVDsm
投下GJ
リリアと宗介の微妙な距離感いいなぁ。
互いに互いの事を思いつつも不安があって。
ああ、この二人どうなるんだろう。いい形になってほしい
59創る名無しに見る名無し:2009/12/17(木) 16:07:00 ID:GgOyx5iz
代理投下行ないます。
2分間隔で投下しますので、もし途切れたら規制食らったと思ってください。
60代理◇LxH6hCs9JU:2009/12/17(木) 16:09:00 ID:GgOyx5iz
 方位磁石というものがこんなにも心強く思えたのは、初めてかもしれない。
 小学校時代には理科の授業やらなんやらで使っていた記憶があるものの、中学に上がってからは触る機会もなくなった。
 高校生になってからはなおさら、プライベートやモデルの活動においても、わざわざ自分で方位を調べたりはしない。

 方位磁石片手に、知らない土地の知らない町で、南にあるはずの海を目指す。
 住宅が犇めき合う道を、学校指定のローファーで踏み歩く。
 車道に車はなく、路地に通行人はなく、町に人気はない。
 学校から出発したから、ちょっとした校外学習の気分だった。

 川嶋亜美。
 ティーン向け雑誌の表紙を飾ることもある彼女は、同年代の女の子には名の知れたモデルである。
 容姿やプロポーション、学生服の着こなし方、姿勢に歩き方にと、どこを見ても様になる、そんな女の子への歓声はない。
 同行者がいないからといってぶつぶつ独り言を呟くこともなく、手元の方位磁石で逐一進行方向を確認しながら、南へと歩く。

 初めは、川と海の、つまりは北と南の二択だった。
 自然に還す、という意味では川に流したってどうせ海に行き着くわけだし、と二択はすぐに一択になった。
 海のある南へ行こう。そこで『水葬』を済ませよう。亜美ちゃんの『おそうじ』は、とりあえずそれで完了としよう。
 歩きながらに思う、思いながらに歩く、わざわざ声に出す必要もない、川嶋亜美の思考。
 背負ったデイパックの中身に、わざわざ喋りかけることでもなかった。

 気兼ねなくおしゃべりできる相手は欲しいと言えば欲しいが、今はいらない。そんな感じ。
 トレイズや上条当麻みたいなデリカシーに欠ける男子ではなく、木原麻耶や香椎奈々子のような女子がいい。そんな感じ。
 いつもみたく尻尾振って愛想振りまいて仲良くなって……でもそれって億劫かも、とそんな感じで。

 川嶋亜美は、一人だった。
 川嶋亜美は亜美ちゃんではなく、川嶋亜美として一人でいることを望んだ。
 というか、今ばかりは亜美ちゃんではいられなかった。

 仕方ないよね、と心の中で吐き捨てる。
 トレイズを送り出してやったのも、それを止めなかったのも、川嶋亜美本人。
 上条当麻に同行を願わなかったのも、むしろ突き放したのも、川嶋亜美本人。
 一人でいることを選んだのも、川嶋亜美本人。だって、そのほうがよかったから。

 最後のお別れは、自分一人でやらなければいけないと思ったから。
 逢坂大河や櫛枝実乃梨はこの場にはいないし、北村祐作は彼と一緒にいなくなってしまった。
 ならやっぱり自分一人でやるべきだ。知り合いと呼ぶにも微妙な人たちには、面倒も迷惑もかけられない。

 なんて、ただの自己満足なんだけどね。
 人を『送る』正しい作法なんてものは、勉強不足の亜美にはわからなかった。
 それは最良や最善がわからないという意味で、確固として思い描くイメージは、あるにはある。
 水葬のために海を目指しているのも、そんな自分の中にあるイメージに従ってのことだった。
 誰だって、薄暗い学校の中でバラバラにされたままでは嫌だろう。
 きれい好きの彼なら、なおのこと。
 そう思っただけ。


 ◇ ◇ ◇
61代理◇LxH6hCs9JU:2009/12/17(木) 16:11:00 ID:GgOyx5iz
 地図を見て、まさかそこが海岸になっているとは思わなかったが、まさか断崖絶壁になっているとも思っていなかった。
 崖の縁に立ち、視線を下へと落としてみる。落ちたらまず這い上がってはこれない。そのままあの世行きコースだった。
 直下の海をなぞるように、視線をついーっと前方へと向けてみると、例の『黒い壁』が聳えていた。
 それは夜中に確認したときよりもずっと鮮明に、それでいて険しく、絶望の黒一色を纏い君臨している。

 あれ、ちょっと待って、これ、どうやって流そう。
 問題なく済むと思った水葬は、直前で大きな問題に直面する。
 イメージとしてはもっとこう、水辺に遺体をそっと浮かべて、あとは流れのままに、という感じだった。
 ところがこのような断崖絶壁ではそうはいかない。
 崖下に下りられるような道も見当たらず、水面に近づくことは非常に困難だと思えた。

 となると、これはもう直接海に落とすか投げるかしか、方法がないのではないか。
 いやいやそんな不法投棄みたいな真似はどうなんだろう。
 ゴミ扱いする気など毛頭ないが、掃除の締めがそれではあまりにも彼に失礼だ。

 川嶋亜美は考える。

 デイパックから取り出したビニール袋三つ。一つ一つが結構な重さになっているそれを、じっと見る。
 こういうとき、掃除のプロフェッショナルたる彼ならどうするだろうか。
 これがちゃんとした清掃活動なら、そもそも海ではなくゴミ捨て場に持っていくのだろうが、言っても仕方がない。
 水葬は諦めて、やっぱり土葬にするというのはどうだろう。それもよくない。自分が納得できない。

 なにかいい案はないものか、と川嶋亜美はまたデイパックの中を漁り始める。
 出てきたもの。食料。水。地図。救急箱。名簿。メモ帳。筆記用具。懐中電灯。歯ブラシ。歯磨き粉。
 風呂桶。タオル。高須棒。コイン。本。包丁。遺髪。あとは手元に方位磁石と腕時計、それと拳銃。
 なにをどう活用したとしても、問題の解決には程遠い。知恵を借りようにも一人ではそれも成り立たない。
 孤立無援の八方塞がり。業界において、一人では仕事ができないのと同じように。

 同じにしたくはなかった。
 これくらい、一人でやらなきゃと思った。


 ◇ ◇ ◇


 たっぷり三十分ほど、そこで考え込んでいたことだと思う。
 土に埋めるにしても、川にそっと浮かべるにしても、海に放り投げるにしても、結局は不法投棄のようなものなのだ。
 ゴミはゴミ捨て場に。分別はきっちりと。なまものはなまもの、プラはプラ、ペットボトルはペットボトル。リサイクル精神。
 バラバラになってしまった人間のパーツを還すべき場所など、結局はどこにもない。
 これは単なる自己満足なのだから、完全に自己を満足させるためにはある程度の妥協も必要なんじゃないかと、妥協した。
62代理◇LxH6hCs9JU:2009/12/17(木) 16:13:00 ID:GgOyx5iz
 川嶋亜美は、遺体をこのまま海に落とすことに決めた。
 海との距離が遠かろうが近かろうが、行き着く先は結局海なのだ。変に格好つけたって仕様がない。
 まさかどこからともなくカモメが飛んできて、遺体が落下し切るより先に啄まれる、なんて心配もまあないだろう。
 なら問題なんてのはただの一問。水葬を担当する川嶋亜美が、納得できるか納得できないか。
 納得することこそが、この場合は正解なのだった。

 考えてみれば、この海にしたってあと数時間後には『消滅』してしまう。
 正確には約十八時間後。正確と言いつつ約を使っているあたり国語力が足りていないが、この場は気にしない。
 消滅というのはつまり、例の狐面の男、人類最悪が説明してくれたとおりの意味での、世界消滅のこと。
 実際にその消える瞬間、消えた場所を確認したわけではないが、おそらくは目の前の『黒い壁』と同じような感じになるのだろう。
 そのとき、生きている人間はともかくとして――海を漂う遺体は、どうなってしまうのだろうか。

 これは確かめようのない難問中の難問である。挑んで解けずに不貞腐れるつもりもなかった。
 テストはスルーして、自己のスタイルでもって行為に採点をする。欲しいのはやはり、単位ではなく自己満足。
 彼が向こう側からお礼を言いに来てくれるというならそれはそれでロマンチックな話だが、一方で怖くもある。
 水葬にしても火葬にしても土葬にしても、葬送なんてものは結局、残された者が気持ちに整理をつけるためのものだと思うから。

 唐突に深呼吸。
 いや、全然唐突なんかじゃない。
 答えを決めたら覚悟も決めた、というだけの話。

 臭いが漏れないよう、しっかりと口を縛ったゴミ袋が三つ分。
 その内の一つを慎重に開け、中に視線をやる。すぐに逸らしてしまった。
 変だ。片付けている最中は、それほど気にならなかったのに。感覚が麻痺していたのだろうか。
 袋の中から放たれる異臭が、鼻を曲げる。グロテスクな絵面が、目を焼く。心が折れそうになった。
 嘔吐感もないといえば嘘になるが――それ以上に、反吐が出るほどの弱音だとも思った。
 今ここで吐き出したりしたら、すべてが台無しになってしまう。

 まだ、なにも終わっちゃいない。

 強く心で唱え、ゴミ袋の口を開けたまま、しかし中身は溢れないよう、軽く捻ったところを手で掴む。
 相変わらず結構な重さだったが、地面を引き摺って袋が破れでもしたら惨事である。
 筋肉痛覚悟でこれを膝の高さまで持ち上げ、そのまま崖っぷちまで移動。
 反動をつけて海のほうへ投げ込めば、あとはまっさかさまという位置に立った。

 そして。
 袋の口を持ったまま、腕を軽く後ろに振り、反動をつけて前へ。
 振り子の要領で、後ろへ、前へ、ゆらり、ゆらりと。
 数回やってから、川嶋亜美はその手を離した。

 ――高須竜児の遺体が詰まったゴミ袋は、ばしゃーんという音を立てて海に消えた。


 ◇ ◇ ◇
63代理◇LxH6hCs9JU:2009/12/17(木) 16:15:00 ID:GgOyx5iz
 高須竜児の遺体が詰まったゴミ袋の三つ目は、ばしゃーんという音を立てて海に消えた。
 これでゼロ。もう残っていない。かつて高須竜児と呼ばれていたモノはすべて、自然に還っていった。
 唯一の例外は、家に持ち帰るつもりだった遺髪だけ。
 強いて言えば、あとは余韻と名残が少しばかり。

 崖の縁に乗り出し、顔を出す。漫画なんかだと、このまま崩れて落ちてしまいそうなシチュエーションだった。
 視線の先、海を揺らす波は穏やかで、遺体が詰まったゴミ袋は見当たらない。沈んでしまったのだろうか。
 きっとそうに違いない。仮に思い切って飛び込んでみたとして、もうそれを手にすることはできないのだろう。
 手放してしまったから。送るというのは、つまりそういうことだから。もう、お別れもおしまい。

 うん。
 おわり。

 さーて、これからどうしようかな。
 川嶋亜美はくるりと回って海に背を向ける。後方に聳える『黒い壁』からは、今もなお威圧感がひしひしと感じられた。
 あの『黒い壁』はなんなのだろう。壁というよりは境界と呼ぶべきものだと、トレイズはそんな風に言ってもいた。
 遺髪を高須家に持ち帰るともなれば、当然その手段についても考えなければならない。
 真っ先に思いつくのが、『黒い壁』を突破するという方法――なのだが、肝心の突破の方法が思いつかなかった。
 それって本末転倒じゃない。呆れつつも、川嶋亜美はデイパックを担いで歩き始める。考えるなら歩きながらだ。

 椅子取りゲームの趣旨に従い、最後の一人を目指すという手もあるにはある。
 誰にも害されないよう逃げて隠れて、最後にはちゃっかりと席についていればいいわけだ。
 別段、難しいこととは思えない。やってやれないことはないと思う。
 ただ、そうなると自分以外の人間は。この世界に組み込まれた、椅子を与えられなかった人間は――消えてしまう。
 たとえば、逢坂大河。たとえば、櫛枝実乃梨。たとえば、トレイズや上条当麻や名前も知らないあの女の子。
 エリアの消滅に巻き込まれて消えるか、高須竜児のように誰かに殺されて消えるか、その程度の違いはあるもののやっぱり消える。
 一以外の五十九が消えてしまう運命。なんて悲惨なお話だろう。今更ながらに思った。

 海との距離はどんどん遠ざかっていき、足元も土と草の地面からアスファルトに変わりつつあった。
 家に帰るという最終的な目標を定めたはいいが、そこにたどり着くまでの道程はどうしたものか、悩みながらに歩き続ける。
 遺髪を誰かに託す、という案も考えてはみたが、川嶋亜美の知り合いにそれほどの信頼を寄せられる人間はいなかった。
 いるとすれば、それは元から高須竜児のことを知っているあの二人なのだろうが、ここでは噂すら聞かない。
 今頃、どこでなにをしているのだろうか。あの手乗りタイガーと、高須竜児が恋していた女の子は。

 最後の椅子に着席する。そして帰る。これ自体はまあ悪くない。むしろ望むところと言える。
 だが、それを目指したりはできない。それを目指すということはつまり、他人を殺すということと一緒だから。
 腐ってもそんな人間にはなりたくなかった。いや、この場合は消滅してもそんな人間にはなりたくなかった、だろうか。
 だからまあ、隠れたり逃げたりはするだろうけど、誰かを傷つけたりはしないしできないだろう。
 そう思う。そうとしか思えないはずなのに、自分のことだというのに、ひどく曖昧な感じだった。

 で、結局どうする――という話になる。


 ◇ ◇ ◇
64代理◇LxH6hCs9JU:2009/12/17(木) 16:17:00 ID:GgOyx5iz
 そういえば、祐作が温泉にいるんだったっけ。正確には『いた』と言うべきなのだろうが。
 上条当麻の話によれば、北村祐作はそこで留守番をしていたという。
 上条たちが発ってから放送が始まるまでの数時間、温泉でなにがあったかはわからない。
 夜が開けた今でも温泉を訪ねるのは危険と言えるだろうし、学校のときのような凄惨な現場に遭遇しないとも限らない。
 そもそも川嶋亜美はモデルであって、葬儀屋でも死体処理係でもないのだ。
 わざわざ知人の死体を拝みに行く、というのも気が引ける。というか、嫌だった。

 では学校に戻るというのはどうだろう。
 上条と彼女はまだ校内に残っているだろうか。上条は温泉に戻る途中のようだったが、それもあの女の子しだいだろうか。
 なんともまあ、世話好きというかおせっかいというか、他人に行動を縛られるタイプの人間なようである。
 あの、上条当麻という少年は。

 おせっかいというのなら、トレイズも負けていない。 
 好きな女の子がいると公言する一方で、別の女の子にかまけるだなんて、最低のクズ野郎だ。
 しかもその相手が天下の川嶋亜美ともなれば、はっ、鼻で笑い飛ばすことができる。
 腹ただしいから、トレイズにはぜひともリリアーヌさんと再会してもらって、幸せになってもらいたい。
 その瞬間に居合わせることはできないだろうが、もし機会に恵まれたのならば、精一杯祝福してやるとしよう。

 いろいろ考えながら歩いてたどり着いた、さてここはどこだろう。

 あたりの風景は相変わらず住宅街だったが、学校から海を目指したルートでは見られなかった風景だ。
 それほど遠ざかってしまったわけではないと思うが、おおよその隣町くらいの認識で大丈夫だろう。
 だとすれば、温泉は東か北か――目印らしい建物がなにもないので、方位と直感だけが頼りになる。

 川嶋亜美は結局、温泉に行ってみることにした。

 ひょっとしたら、そこでまた大掃除をして、遺髪を確保して、海に遺体を流す――なんて仕事を得てしまうかもしれない。
 正直、二度目となるとかなり面倒くさいが、それは行き当たってしまってから考えるとしよう。
 いつまでもうだうだ町を練り歩くばかりではいられないのだ。
 川嶋亜美は多忙な身の上なのだから。

 …………いや、全然多忙なんかじゃない。

 仕事はないし、学校にも行けないし、一人きりだから誰かに媚びへつらったり気を使ったりする必要もない。
 そりゃ、友達が死んでしまってそれなりの精神的苦痛を味わってはいるが、癒す時間は十分にあった。
 どこかに篭ってしくしくと泣いていればそれでいい。それはそれでメンタルケアになる。
 しかし川嶋亜美のスタイルは、悲しんで癒すよりも食べて癒す。それが主流ではないだろうか。
 暴飲暴食はストレスの消化としてこの上なく効果的。反面、モデルとしての質を落とすのが悩みのタネだった。

 お菓子やらお茶やらばくばく食っちゃって飲んじゃって、満腹になったところで切なげに体重計に乗って、
 ナイーブ入ったところでさらにお菓子をかじりつつ、その日の夕飯は寒天スープ27キロカロリーに抑える。
 翌日はジムに通って、しこたま汗を流した帰りにジョギング、家についてからはテレビの前でビリー。
 女の子は肥えた豚ではいられないのだ。特にクラスの人気者は。特にモデルは。特に川嶋亜美は。

 炭水化物は朝と昼だけ。夜でも基本的には最大400キロカロリーまで。たらこスパなんてもってのほか。
 勉強は学生との勤めだが、体型維持は年頃の女の子の勤め。小デブちゃんをざまあと嘲笑えるのは、努力した者の特権。
 我慢に我慢を重ねての体脂肪率10パーセント台。服は7号。サイズはS。デニムは24インチ。この数字を死守。
 自他共に認める『かわいい亜美ちゃん』は、努力家なのだった。
65代理◇LxH6hCs9JU:2009/12/17(木) 16:19:02 ID:GgOyx5iz
 だけどもう、いいのではないか。リミッターを外してしまおうか。なにからなにまで喰らい尽くしてやろうか。
 デイパックの中を漁る。出てきた食料といえば、乾パン。あの、避難訓練のときなんかに配られるやつだった。
 こんなものでは腹の足しにもならないし、ぶっちゃけ美味しくない。口に入れるならやっぱりお菓子だろう。
 近くにコンビニでもないものだろうか。小走りに探してみるものの、見えるのは民家ばかりだった。
 いまどき近所にコンビニもない住宅地とか。そんなんどこの田舎だよ。ぼやきながら走り回る。
 足はだんだんと加速していって、いつの間にか全力疾走に。腹をすかせたチワワの激走だった。

 なんで。
 なんで亜美ちゃん、走ったりしてるんだろう。
 ストレス発散のため?
 カロリー消費のため?
 歩きっぱなしで、足、疲れてるってのに……。

「――うぉ」

 不意に。
 それは不意にきた。
 食べ物のことを考えたからだろうか。
 今までためてきたものが、はじけ飛んだ。
 抑えつけていた衝動が、暴れる。
 もう、川嶋亜美では制御し切れない。
 叫びという形で外に出る。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!」


 気がつけば。
 本当に、気がつけば。
 川嶋亜美は走っていった。
 あらん限りに叫びを町中に響かせて。
 走りながら叫びながら、泣いていた。


「ざっっっっけんなぁ――――――――――――っっっ!」


 なにか。
 だれか。
 どこか。
 別に対象があったわけではない。
 対象がないからこそ、こうなった。
 我慢には二種類あって、できる我慢と、できない我慢がある。
 訪れたのは、できないほうの我慢だった。

 ――そういえば。

 以前にも、似たようなことがあった。
 我慢が得意だったはずの川嶋亜美が、我慢しきれなくなったことがあった。
 思い出すのも不快なのでそのときのことについては触れないが、あれに近い感じだった。
 いやむしろ、これには我慢をする理由がないのだから、我慢なんてできなくて当然だったのかもしれない。
66代理◇LxH6hCs9JU:2009/12/17(木) 16:20:59 ID:GgOyx5iz
 もう方角とか行き先とかどうでもいい。
 今はただ、思うがままに叫んで走りたい。
 それでどこに行き着くかは、運試しだ。

 うん、きっと大丈夫。
 なんせ亜美ちゃん、日頃の行いがいいから。



【F-2/住宅街/昼】

【川嶋亜美@とらドラ!】
[状態]:健康
[装備]:グロック26(10+1/10)
[所持品]:デイパック、支給品一式×2、高須棒×10@とらドラ!、バブルルート@灼眼のシャナ、
      『大陸とイクストーヴァ王国の歴史』、包丁@現地調達、高須竜児の遺髪
[思考]
基本:高須竜児の遺髪を彼の母親に届ける。(別に自分の手で渡すことには拘らない)
1:今はただ、なにも考えずに走り続けたい。
2:温泉にいたはず、という北村のことが気になる。落ち着いたら温泉の様子を見に行く。

※高須竜児の遺体(ゴミ袋3つ分)は、F-2の海に水葬されました。


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タイトル「お・ん・なビースト〜一匹チワワの川嶋さん〜」、代理投下完了。
67創る名無しに見る名無し:2009/12/17(木) 16:30:56 ID:GgOyx5iz
亜美ちゃん、おくりびとが板に着いてきたな…
みのりんは境界葬されたけれど、忍者の変装状況と進む方向によっては一悶着ありそうな予感。
68創る名無しに見る名無し:2009/12/17(木) 17:27:14 ID:tkUz5dG/
投下、代理投下乙。

亜美ちゃん……。やっと、泣くことができた……。やっと、叫ぶことができた……。
なんだろう、理屈も筋もまるで通っちゃいないのに、凄い納得感。
崖に出くわして途方に暮れるとことか、今更ながらに異臭に心折れそうになるとことか、目のつけどころが上手いなあ。
もう、そのままどこまでも走ってくれ! GJ!
69創る名無しに見る名無し:2009/12/17(木) 19:09:54 ID:rACHq/ww
大人というよりいい女だった亜美ちゃんは高校生として一人の少女としての面が強く出てたなあ…
なんだかんだ言っても、女の子だなあ
70 ◆UcWYhusQhw :2009/12/21(月) 02:49:57 ID:SYD81gM1
お待たせしました。ステイル投下します
71 ◆UcWYhusQhw :2009/12/21(月) 02:50:42 ID:SYD81gM1
「さてと……どうしようかな」

薄暗いホテルのロビーに篝火を掲げながら僕は黙々と作業をしていた。
そして壁に貼っていたルーンの書かれているカードの最後の一枚を回収した時、思わずそう呟く。
僕――ステイル=マグヌスは先刻、殺し合いを肯定する立場に鞍替えをした。
最もあるべき場所に戻っただけかもしれないね。
彼女の為に生き、彼女の為に戦い、彼女の為に死のう。
ただ、それだけの事。

結果的に言うと僕には『彼』のような生き方は無理という事だ。
まあいいさ。
元々似合わないし。
毒され過ぎただけかもね。

僕は僕の生き方をするだけだ。

彼女の為のヒーローであるべき者は今は彼だ。
僕じゃない。僕はその役目から降りた。
でも、僕の感情は変わらない、変わる訳が無い。

「でも……いいさ」

でも、それでいい。
ヒーローが彼でも、僕は彼女の為に生きる。
例え、それが血塗れた道でも僕は進むさ。
彼が光で僕が闇でいい。
それでいいさ。

ふうと溜息を着くついでに煙草に火をつける。
ああ、いいね。ニコチンは実にいい。
少しぐだぐだしていた思考や鬱憤を綺麗に吹き飛ばしてくれる。
お陰でいい加減頭を切り替えない事を思い出させてくれたよ。

「さて……」

まず、色々再確認しないといけない事がいくつかある。
今後の指針を決めるのに重要なものをね。
方針が鞍替えした事によって随分変わるしね。
僕はロビーのソファーに身を埋めながら考えに没頭していく。

まずはどうやって狩っていくのが効率がいいかだ。
その為には自身が出来る事を考えなければならない。
あの狂犬みたいにむやみやたらに行動したらガス欠が起きるのが目に見えているからね。

さて、自分で言うのなんだけど動き回るというのは正直苦手だ、。
体力が無いというと情けなく思うが、これも得た力の代償故なんだけど……まあ仕方ない。
それ故に僕の得意分野は要所防衛などといった篭城や防衛戦だ。
そして、僕の切り札、魔女狩りの王は元々下準備にかかる。
残念ながらとっさに出せるものではない。

だから出来れば何処かに留まるというのが理想といえば理想なんだけど……

「ゆっくり獲物が来るまで待つというのも……ね」

殺し合いに乗った現状、そうも行かないだろう。
例えば、ここに留まったって人が来るとは限らない。
だから僕は此処から離れることを選択したんだけど。
それに、自分から動かないと意味が無い。
これは時間制限がある……だからのんびりしてる暇は無いんだ。
72創る名無しに見る名無し:2009/12/21(月) 02:51:46 ID:8SiqR3tX
73創る名無しに見る名無し:2009/12/21(月) 02:52:04 ID:/PR4MPGB
 
74オルタナティブ ◆UcWYhusQhw :2009/12/21(月) 02:52:40 ID:SYD81gM1
となると……何処かで人を待つという訳にも行かないだろうね。
動き回るとなると僕の戦う手段になるのは主に炎剣だ。
炎剣だけでも充分と言いたい所だけど……あのような殺人鬼相手には何処まで通用するかが不明だ。
僕自身の弱点としては僕自身が弱いという事でもある。
そこをつかれるというなら……まあ、きついか。
とはいえ、遅れを取るつもりなんてさらさら無い。
まあ、纏めると僕の運動能力を着くような奴はちょっと遠慮したい感じだ。

「…………『魔女狩りの王』はどうしようかな?」

そして『魔女狩りの王』
僕の切り札だけど……これはルーンさえ貼っておけば自立行動は可能だ。
一度保険であの上条当麻のマンションにも張っていた時があるように。
僕が使役する訳じゃないから何処までこの島で通用するかわからないけど……力を持たないような奴ぐらいは狩れるだろう。

なら、何処か人が集まるような場所……例えばこのホテルとか、島の中心であるホール。
怪我を治療するかもしれない人が集まりそうな病院や診療所。
そういった所……つまり何か参加者が拠点になりそうな場所に設置しておくのも手かもしれない。
地図にわざわざ書かれてる場所……それがいいだろうね。

デメリットとしては僕が『魔女狩りの王』を持ち歩いていけなくなるという事。
そして、不安としてあるのが果たしてこの島で『魔女狩りの王』が自立行動できるかどうか……という点だ。
一度試してみる必要があるかもしれない。

その不安点さえ抜かせばメリットの方が勝るだろう。
僕はこの切り札に自信を持っているし。
持ち歩けなくても、場所さえ覚えておけば回収にいけるしね。

……それを踏まえると足が必要かもだ。
車などといった足が。
元々動き回るのは得意じゃないし。
体力もあるほうではないから出来る事なら島中駆けずりまわるなんてことは勘弁したい。
それを考えると体力温存の為に足を手に入れる事を視野に入れたほうがいいかな。

さて

「……とりあえずはこんなものか」

とりあえずの思考はこんなものかな。
具体的には足の確保と拠点を押さえ魔女狩りの王を設置する事を優先すべきかな。
なら、その為に何処に向かおうか。
北か、南か、西か、はたまた東か。
幸い今は中央だ、何処でもいける。
さて………………どうしようか…………


「……なんだ? 今の音」

その時だった。
僕の耳に大きな音が響いたのは。
……これは爆発音かな?
少し遠い所から響いた音だ、これは。
こっちにすぐ危害ある訳では無さそうだけど確認するに越した事は無いか。
となると……そうだね。このホテルの屋上から確認してみるとしようか。
75創る名無しに見る名無し:2009/12/21(月) 02:53:21 ID:/PR4MPGB
 
76創る名無しに見る名無し:2009/12/21(月) 02:53:59 ID:8SiqR3tX
77オルタナティブ ◆UcWYhusQhw :2009/12/21(月) 02:54:00 ID:SYD81gM1
僕は歩き出して目指すのはエレベーター。
……階段で行く訳が無いよ?
無駄に体力を消費したくもないし。

それに何よりも……面倒で無駄だ。

根性入れてのぼるなんて僕らしくもない。
精精そういうのはあの馬鹿にお似合いさ。

「ふん……」

僕はそんな思い出したくもない事を思い出して忌々しく鼻を鳴らしたのだった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「いい景色というか一望できるね……これは」

屋上に辿り着いた僕はまず辺りを一望する。
それなりに高いホテルなようで結構周りの景色は見える事が出来た。
その時すかさず見えたのは北の方角から空に立ち上る一筋の煙。

直ぐにかき消されたけどそれを確認する事ができた。

「誰かが騒ぎを起こしたのかな? 火事とは思えないし……爆弾でも使ったか」

誰かが爆発物を使ったのかな? それとも魔術かな?
それは兎も角、すぐ近く橋を渡った先の所で戦闘か何かあったのが明白だろうね。
まだ、そこに誰か残っているだろうか?
僕はそう思い凝視するも判る訳が無かった。
生憎、特別目がいいというわけでもない。

しかし、それなら其処の現場に向かうのもありだね。
その現場で何が起きたか少し確認したいし。
炎の魔術を行使したというのなら僕なら何かわかるかもしれない。
もし其処に誰か残っているなら情報を聞き出すことができる。
勿論その後、殺すけど。
まあ、戦闘を起こした者ならそれに骨がある奴かもしれない。
ちょっと戦う事も覚悟した方がいいかな。
それでも向かう価値はあるだろうね
さて……どうしようかな?

「……ん?」
78創る名無しに見る名無し:2009/12/21(月) 02:54:25 ID:/PR4MPGB
 
79創る名無しに見る名無し:2009/12/21(月) 02:54:46 ID:8SiqR3tX
80オルタナティブ ◆UcWYhusQhw :2009/12/21(月) 02:56:20 ID:SYD81gM1
そう思った矢先、その現場から一台の無骨の車が走っていったのを見つける。
現場から見ると南東の方角に走っているのを確認できた。
ふむ……何かあそこで起きた騒動に関わっているかな。
騒動を起こした首謀者か、それとも逃げてきた者か。

……どちらにせよ、あのバギーがいった方向に向かうのは有りかもしれない。
何か知っている可能性は大きいし。
それに、一応確認する事が出来た参加者だ。
殺さないといけないならその方向に向かえば追いつく事は無理かもしれないけどそいつが休憩とかすれば遭遇できると思う。
向かうのもいいね。

「……だけど」

どちらにせよ、あれほどの爆音を出すものを持っている者だ。
強者である事は間違いない。
そいつとの遭遇を避けるのも有りだ。
それならば今まで僕が言った事が無い西か南に向かうのがいいかな。
西には警察署、図書館、それと神社など目立ったランドマークがある。
南は中央を抜けるからホールによる事も可能だ。
後目立つランドマークは診療所、温泉かな?

「……さて、どうしようか」

今、僕に与えられている選択肢は四つ。
現場を確認してそのまま北に。
バギーを追って東に。
拠点めぐりの西に。
中央を通って南に。

どれも、美味しい選択肢に見えるけど。

さて……どうしようかな?


まあどちらにせよ……


「ただ……狩って殺すだけだよ」


獲物を狩り、人を殺す事にはかわりないんだけどね。



81オルタナティブ ◆UcWYhusQhw :2009/12/21(月) 02:57:13 ID:SYD81gM1
【C-4/ホテル 屋上/1日目・昼】


【ステイル=マグヌス@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康
[装備]:ルーンを刻んだ紙を多数、筆記具少々、煙草
[道具]:デイパック、支給品一式、ブラッドチップ(少し減少)@空の境界 、拡声器
[思考・状況]
基本:インデックスを生かすために行動する。
0:爆音が聞こえた現場に向かいその後北を目指すか、バギーを追って東に向かうか、ランドマークを巡る西にするか、中央を抜けて南に行くか選ぶ。
1:インデックス、上条当麻、御坂美琴、白井黒子以外の人間を皆殺しにする(危険人物優先)。
2:インデックスの害となるようなら、御坂美琴と白井黒子も殺す。
3:生存者をインデックス、上条当麻、御坂美琴、白井黒子、自分の五人のみにし、『幻想殺し』を試す。
4:万が一インデックスの名前が呼ばれたら優勝狙いに切り替える。
5:足(車、自転車など)が欲しい。
6:何処かの拠点(地図に載ってるランドマーク)に『魔女狩りの王』を設置する?
82オルタナティブ ◆UcWYhusQhw :2009/12/21(月) 02:57:58 ID:SYD81gM1
投下終了しました。
支援ありがとうございます。
何かありましたら、指摘などよろしくお願いします。
83創る名無しに見る名無し:2009/12/21(月) 20:10:06 ID:CSSNSYmG
投下乙。
ステイル、確かに考えたら自由度高い状態だよな。
魔女狩りの王という凶悪なカードも持っているし、それをどう切っていくかは重要そうだ。
いい整理話でした。
84 ◆EchanS1zhg :2009/12/25(金) 01:49:48 ID:IjKpQ4k2
それでは投下を開始します。
85Understanding――(離界シアター) ◆EchanS1zhg :2009/12/25(金) 01:50:37 ID:IjKpQ4k2
 【零】


『理解なんてものは、おおむね願望に基づくもんだ』


 【序】


少し窮屈なシートに深々と身体を預け、少し息を吸ってそして静かに吐くの繰り返し。
室内の照明は落とされており、光源はスクリーン……に反射する映写機からのものが唯一。
その光は当然のうように意味合いを持ち、ぼくは、それと隣の彼女も、それをじっくりと鑑賞している。

まるで日常の世界から切り離されたかと錯覚するような、居心地がよく、また安心ならない不思議な空間。
逆に、スクリーンを隔てた向こう側には、ここから切り離された世界の姿が映し出されている。
離れた世界同士の境界。映し出す密やかなる暗闇の箱。密室の中の劇場。


離界シアター。


ありていに言えば、ぼくこと戯言遣いと、現状においてはぼくの主たるハルヒちゃんは映画館の中にいた。
時計を確認すればあと半時ほどで二回目の放送の時間がやってくる。
そして、その時間までをぼくと彼女はこの映画館の中で目の前に映し出されている”これ”を見て過ごすと決めた。

ただそれだけ。
そう、ここでもう切ってしまってもいいのだけれども、それはいささか不親切にすぎると思うので(誰にとって?)、
ぼく自身も整理よく物事を考えたいところだし順を追って起承転結折り目正しく振り返ることにしようじゃないかと思う。


では、はじまりはじまり――……。




 【起】
86Understanding――(離界シアター) ◆EchanS1zhg :2009/12/25(金) 01:51:20 ID:IjKpQ4k2
一悶着……などと一言で片付けてしまっていいものだろうか。
事件あるいは実験。ともかくとして最初の放送の後に起きたアレを後にぼくはサイドカー付のバイクを走らせていた。

堀に沿って城内を東に。
あらかじめ下見は済ませておいたから滞りなく進むことができ、そしてなんらトラブルもなく橋を渡ることができた。
ここでひとつ忘れていたことを思い出す。正しくは忘れていたというよりも吹っ飛んでいたことだろうか。
ぼくの記憶力の悪さについて語るのはまた先に置いとくとして、思い出したのは先ほどこの橋を渡っていた者達のことだ。

そもそもとして、どうして移動を開始したかというとそれは誰かと接触する為にほかならない。
ハルヒちゃんに言われるまでもなく、最初からぼくだって、そして誰だってそう考えてこの世界の端を右往左往しているのだろう。
橋に差し掛かったところでぼくは下見の時に見かけた二人組のことをはっと思い出した。
片方は金髪の男。もう片方は修道服を着た女。彼と彼女はここを、何かから逃げるように走り去っていった。

追うべきか否か、これをハルヒちゃんに進言するか否か、それを思考する。
ハルヒちゃんは徒党を組んでいる者達を探そうと言った。
たったの二人が徒党と言うのかどうかは微妙なところだけど、しかし情報を得られるというのなら接触を考えないこともないだろう。

けど。
ぼくはそのことをサイドカーの中に納まっている彼女には伝えなかったし、あの二人を追おうともしなかった。
第一に、あの二人はハルヒちゃんの言うSOS団団員ではありえない。
聞いている風貌とは全く一致しないし、変装癖があるとも聞いていない。ならば重要度は僅かながらに下がる。
第二に、彼と彼女は誰かに追われている風にも見えた。つまりトラブルを抱えているわけだ。
おそらくはホールで起きた何かによるものだろう。なので、君子危うきに近寄らずとぼくは主張することにする。
そして第三に、……というか、これがそもそも根本的な問題なのだけれども、あの二人がどこに行ったのかわからない。
都合よく足跡が残っているわけでもないし、追うとなれば相当に頭を振り回すことになるだろう。
ここでバイクを止めてハルヒちゃんと喧々諤々などというのはさすがに遠慮したい。つまり、これが本音。
縁があったらどこかで行き逢うだろう。そう(勝手に)決めて、ぼくは橋を渡りきった。

城の敷地内から出て、道なりに西に、そして南に。
持たされた地図は簡易なものだったけれども、おかげで逆に道に悩むこともなくすいすいと進むことができた。

市街は城に入る前も通ってきたのだけど、やはり夜中と日が明けた後ではまったくその印象が異なっている。
暗闇の中に沈む建物の影や、夜空に浮かび上がる建物のシルエットなんてのはまったくの背景でしかなかったけど、
白光の中に姿を現したそれらは風景としての自己主張を始め、イメージと雰囲気を見るものに喚起させていた。

通りの両端に見える商店街。
庶民的な蕎麦処。銀色が眩しい金物屋。塗装の剥げたガードレール。雨だれの後がはっきり見える吊り看板。
並んだ店舗の内の二割ほどはシャッターを下ろしたままで、一言で言えばうらびれたとそういう雰囲気。

そんなイメージの中をゆっくりとバイクで過ぎ去り、ほどなくしてぼくらはそこに辿りついた。

大通りが丁字に別れるその北東角。赤煉瓦で組まれた古めかしい五階建てほどのビル。
正面にはガラス戸の分厚い扉だけがあって、その直上には映画のタイトルを書いた大きな看板。
看板のタッチも劇画のそれで、決してプリントされた写真を貼っただけなんてものではない。

上品でもなく優雅でもなく、古過ぎもせずただのレトロ。所謂昭和の香り。そんな映画館がそこにあった。


 【承】
87Understanding――(離界シアター) ◆EchanS1zhg :2009/12/25(金) 01:52:02 ID:IjKpQ4k2
映画館の中の姿は、外観の印象から想像できるものとほとんど変わらなかった。

自動ドアではないガラス戸を押して入ると、そこはすぐに、一応はそれといった風の狭いロビーになっていた。
長く踏み続けられたせいか、くすんだ赤色をしている絨毯が床に敷かれており、入り口の脇には申し訳程度のカウンターがある。
輪ゴムで束ねられた入場券に、お金を入れておく為の小さな金庫。そして切られた半券を捨てるためのゴミ箱。
こじんまりとしていて、いい意味で薄汚く、決して昭和の日本に思い入れなんかないのに何故かノスタルジーを感じてしまう。
世界の端や生き残る為の殺人なんてものからは程遠い、どこか安心できる空間がここにあった。

「わっ! なにこれ……?」

当然のように入場券を出すことなくカウンターの先へと進んでいたハルヒちゃんが、そこで驚いた声をあげた。
それは独り言だけど自問ではなく、ぼくにここまで来いというアピールなのだろう。
ここで無意味な反骨精神を燃え上がらせるほどぼくも体力に余裕があるわけではないので、意図を汲むことにする。

「ハーゲンダッツだね。しかもストロベリー味」
「そりゃ見ればわかるわよ」

これも一応売店風といった台の裏側。そこにある小さな冷蔵庫の中をハルヒちゃんは覗き込んでいた。
中々以上に好奇心旺盛で無遠慮な彼女の視線の先――つまり冷蔵庫の中なのだけど、そこにはそれがぎっしりと詰まっていた。
発言した通りに、ハーゲンダッツのストロベリー味ばかりが、ぎっしりと、みっしりと、印象を加えればずっしりと。

「館主さんが好きなんじゃないかな?」
「……まぁ、それが常識的な解答よね。それでもちょっと不思議だけど」

言って、ハルヒちゃんはハーゲンダッツをひとつ手に取り、ベリベリと蓋をはがした。本当に無遠慮な子だと思う。
まぁ、緊急事態におけるモラルやマナーの扱いなんてのはともかくとして、やはりというかなんというか、それはただのアイスだった。

「いーもひとつ食べる?」
「うんにゃ、ぼくはハーゲンダッツは抹茶味しか食べないって決めているんだ」

勿論大嘘だけど。
もしこれがトラップならなにも二人一緒に踏むことはないと、ただの杞憂でしかない警戒心からくる発言だった。
この後、ハルヒちゃんが無事だというなら、ぼくも前言を撤回して頂くことにしよう。



「あたし、こっちを見てくるからいーはここで待ってなさい」

ハーゲンダッツをぺろりとたいらげたハルヒちゃんはそんなことを言って狭い通路の先へと行ってしまった。
こんな状況でどうしてぼくは彼女の単独行動を許したのか。それは少し頭を上げてみれば簡単に解る。
『WC』――アイスを食べて身体が冷えたからなのかそれともずっと我慢していたからなのかどうか知らないけど、
ここでぼくも一緒に行きますとは言えない。言えば、戯言遣いは変態野郎の謗りを免れることができなくなってしまう。

「さてと……」

そう声に出して、広くはないロビーの中をぐるりと一周してみることにする。
ハーゲンダッツをひとつ取り出し、それを食べながら歩いてみるが、別にここで何かが見つかるとも思ってやしない。
見渡せば一瞥ですむだけのスペースだ。
大扉を開ければ上映室に入れるが、ぼくが一番乗りをしたと知れば彼女は気分を悪くするだろう。
なので、ただつらつら漫ろに、ぼくはこのロビーの中だけを暇潰し半分に見て周ることにする。

「”空(そら)の境界”……あ、違うや。”空(から)の境界”なのか」

壁に貼られた一枚のポスターを見て、随分とひねたタイトルだなと思った。
しかしながら、同じ一字なのに読み方ひとつでこうも印象が変わるとなると、なかなか秀逸なものだとも言えるんじゃないか。
いやまぁ、それはさておき、このポスターはこんなうらびれた映画館の中では場違いなほどに奇麗なものだった。
別にそこに描かれているものがではない。単純に張られて間もないものなのだと、そうわかっただけだ。
つまり上映が始まって間もないということ。なのでここから、この映画館は最近新しい映画を仕入れたことが推察できる。
88Understanding――(離界シアター) ◆EchanS1zhg :2009/12/25(金) 01:52:44 ID:IjKpQ4k2
「立地条件も悪くないし、見た目に反して案外繁盛しているのかもね」

だからといって、これがぼくやこの状況に対して意味のあることかと言うと、それは全くないと断言できたが。
しかし、普段から頭の回転数を維持しておくのは悪くないことだろう。こういった状況でもある訳だし。

「”病気の国”……、”天壌を翔る者たち”……」

並んで張り出されている他のポスターも見てゆく。こちらはどうやら少し古いらしかった。
片方には近代都市の昼間の風景が、もう片方には夜間の風景が描かれている。
タイトルから察するに、前者は社会派ドキュメンタリーで、後者は痛快アクション娯楽の類だろうか。
こんな風に言うってことは、つまりこれまでの三つの映画に対しぼくは心当たりがなかったということだ。
もっとも、映画通でもなんでもないので、だから不自然とか、別世界のとかなんて軽々とは口にできないけれども。

「これは、なんだ……?」

そして四枚目のポスターを見て、思わずそんな言葉を口から零してしまった。
何もない。ただの真っ黒なポスターで、真ん中に白抜きで――『消失』――とだけ書かれている。
他には何も書かれていないので、これじゃあ本当に映画のポスターなのかも判別がつかない。
四本目の映画がないから空白の変わりにこんなポスターを貼っているとも思えるが、しかしそれすらも謎だ。

「”消失”か……ミステリじゃ定番だけどね」

まぁ、これも現状には関係しないのだろう。そう思って、ぼくはただその前を通り過ぎる。



ぐるり一周。たったハーゲンダッツ一個食べる時間のうちに狭いロビーの探索は終わってしまった。
空(から)になったアイスの容器をゴミ箱に捨てて、もう数分。
少し帰って来るのが遅いなと思い始めた頃になってようやくハルヒちゃんはなんともない顔で戻ってきて、

そしてようやくぼくたちは重い扉を押し開けて上映室の中へとその身を滑り込ませた。


 【転】


扉を潜ってみれば、そこから見て右側すぐにスクリーンがあり、左側に階段状に並んだシートの列があった。
シートの数は100席弱と言ったところか。
外観の印象通りここもこじんまりとしたもので、スクリーンにしても映画館としては大きいとは言えないサイズだ。

「なにもやってないし、誰もいないわね……」

そして、そのスクリーンには何も映し出されていなかった。
この世界の端とやらが無人である以上、従業員やなんかがいるわけもなく、
またその代わりを果たそうという酔狂な人物もいるはずがない。
加えるに、上映していない映画館に人が留まるわけもなく、あらゆる意味でここが無人なのは当然のことだった。

「まぁ、しかたないんじゃない」

そんな言葉で以上の推論を曖昧に提示してみる。
不満顔のハルヒちゃんも、それは当然のことだと元々わかっていたのだろう。
まぁね。と返すと、ずかずかとシートが並んだほうへと進んで行き、真ん中当たりで席についた。
89創る名無しに見る名無し:2009/12/25(金) 01:53:00 ID:K7pktw69
90Understanding――(離界シアター) ◆EchanS1zhg :2009/12/25(金) 01:53:42 ID:IjKpQ4k2
「当てははずれたわけだけど、次はどうするんだい?」
「今から考えるのよ」

ハルヒちゃんの隣に腰掛けるとなるほどいい席だというのがわかる。
横軸縦軸どちらで見てもど真ん中。
しかもすぐ前が通路になっていて幅がある為、前の席にだれか座っていても頭の動きが気になるようなこともない。
多少行儀が悪いが、これだけスペースがあれば足を伸ばすことも可能だ。
スクリーンからも遠からず近からず、ちょうど視界内に収まる感じで、まさにベストポジションと言えた。

しかしそんな上等な席についても、スクリーンが真白なままでは無意味どころがむしろ有害とも言えた。
ただゆっくり座りたいだけならなにもこんな窮屈なシートよりも、ロビーに出てソファにでも腰かければいい。
何より、真白なスクリーンは映画の待ち時間を連想させてどうにも気分がよくない。
待つことに苦痛を感じる性質ではないけど、こんな心理実験みたいな環境は好ましくなかった。

「すぐ戻るからここで待ってなさい。絶対に動いちゃだめよ」

彼女もそう感じたのか、ぼくにそんなことを言うとまたしても一人でどこかへ行ってしまった。
とは言っても、今回もまた彼女の行く先は簡単に推測できる。
映画館で映画が上映がされてないとしたら普通の人間はどうするか。それは先にも述べたとおり立ち去るのみだろう。
しかし、それは普通の人間の場合の話。ハルヒちゃんのような酔狂な人間だと――、

「鳴かぬなら、鳴かせてしまえ、ホトトギス……か」

そうするのであろう。上映されてないなら、自分で上映してしまえばいいということだ。
おそらくはさっきトイレに行った時に、その奥にあるであろう従業員以外立ち入り禁止の区域も確認していたのだろう。
故に帰って来るのが遅れた。別にハーゲンダッツがお腹に当たったとかそういうわけじゃなかったってことだ。
ではどうしてぼくに動くなと言ったのか。
それは多分、彼女は”映写室からだと上映室内の、そしてスクリーンの様子が見えない”と勘違いしているに違いない。
実際にはそうでないのだけど、ともかくとして彼女はぼくにこれから始まる映画を見過ごさないよう任せたのだ。
ここから考えるに、彼女はここで上映される映画に”意味”がありえると、多少ながらも考えているらしい。

「手当たり次第、動かせばなにかヒントが出てくるなんてご都合……ゲームでもあるまいし」

あるわけがない。とは思うのだが、しかしなにせ世界の神たるハルヒちゃんのことである。
彼女が”ここにヒントがあるといいな”と思えば、それぐらいの可能性は実現させてしまう可能性はなくもない。
むしろ、この程度だからこそ実現の可能性は高いのかもしれないとも言える。
彼女はああ見えて、心の中に常識というものを強く持っている。
故に、荒唐無稽な現象を起こさせるには四苦八苦するであろう訳で、逆にこの程度なら容易に実現するかもしれない。

現実の改変が、ハルヒちゃんが思いこむことで実現するというのならば。
こんなにも雰囲気があり、そうと思えば意味深に取れるこの映画館。
地図上の施設として当たりをつけて来たのに空振りに終わった歯がゆさと納得のいかなさ。
そして、彼女自身が自分のひらめきに対し、期待して、もしかすればと思い、その実強くそうであって欲しいと願っている。
もしそうならば。

「こんなことが実現するのかもしれない」

考えているうちに室内の明かりは全て落ちていた。それでも手元が見えるのは目の前のスクリーンが光源になっているからだ。
では、そこに何が映っているのか。
映写機のスイッチを入れたのはハルヒちゃんに違いない。
では、”これ”が彼女の願望の現われなのだろうか、それはしかし今は判別がつかない。おそらく、この先も不確定だろう。
91Understanding――(離界シアター) ◆EchanS1zhg :2009/12/25(金) 01:54:30 ID:IjKpQ4k2
「これは……」

映画を映すはずのスクリーンには、なぜか《地図》が映し出されていた。
ぼくたちに配られたあの地図とそう大差はない。升目の区切りや、印の置かれた施設なんかも全くの一緒だ。
強いて違いをあげるとするなら、道や建物なんかがきっちりと細かく書かれている程度にすぎない。

これが、ハルヒちゃんの願望が齎した結果なのか、人類最悪の仕込みなのか、また別のものなのかはわからない。
だがしかし、しばらくこれを見続けている必要があるだろうとその時すぐにぼくは気がついた。
《地図》というものは本来静止画だ。実際、目の前に映し出されている《地図》にしてもそれは一見変わりはしない。
そうなのだけれども。

「黒く塗りつぶされているのはすでに消失したエリアか……」

そう。地図上の『A-1』から『A-5』までの升目が真っ黒に塗りつぶされていた。
一見なんでもないようなことに思えるが、しかしこれは実におかしい。

もし、この映像が静止画でしかないとするのならば、
5つまでエリアが消失した段階で、ちょうどぼくたちがこれを見つけるというのは、あまりにもタイミングがよすぎる。
逆に、今このタイミング以外で見つけたとするならば、あまりにも無意味がすぎる。

もし、この映像が動画だとしたらどうか。エリアが消失する時間はもとより決まっていたのだ。
ならば、あらかじめ2時間ごとに升目が塗りつぶされてゆく72時間分の映像を用意しておけばいい。
72時間というと映画としては異常で、フィルムが足りないと思われるかもしれないが、なにもフィルムである必要もない。
今時、ハードディスクなどの記憶媒体から映画を上映するところも珍しくはないのだ。

しかし、この推論はやはり今というタイミングだからこそ否定されてしまう。
これが動画だった場合。再生が開始されたのは”たった今”なのだ。
ならば、今映っている《地図》はこの世界の始まったばかりと同じく、エリア消失は起こってないはずとなるはず。

「そもそも一連のフィルムじゃない可能性もあるけれど」

少なくとも、この《地図》はリアルタイムで更新されてゆくと”想像”するべき代物だ。
変化がエリア消失だけだとするならば、ぼくたちにとって意味合いは薄いけど、しかし捨て置くこともできない。
これに意味があると”期待”するならば、次に変化が起きるであろう12時まではこれを観察しないといけないのだ。

「アイスなんて食べているんじゃなかったな」

腕時計を見て、失敗を自覚する。現在の時刻は10時よりほんの少しだけ過ぎた頃だ。
つまり、そのほんの少しだけ先にこれを発見していれば、生まれたばかりの”疑問”はすぐに解決できていたのである。

「まぁ……いいか」

事態の開始より10時間。そろそろ一度休息を取るような頃合だ。


 【結】
92創る名無しに見る名無し:2009/12/25(金) 01:55:06 ID:K7pktw69
93Understanding――(離界シアター) ◆EchanS1zhg :2009/12/25(金) 01:55:13 ID:IjKpQ4k2
「休憩……?」
「そう。時には足を休め、次に動く時のための力を蓄えることも重要だよ。長丁場だしね」
「あんたがそんなに働いていたとは思えないけど」
「SOS団は構成員に対して、その権利を認めることと、団員の体調を維持するために努める義務があると思う」

嫌なこと言う時だけは饒舌になるのね。って、確かにそれが傍から見たぼくの印象かも知れない。
自覚もあるけれども、しかし再確認すると本当にぼくって嫌なやつみたいだな。
しかも、それを反射的に否定できないところがまたなんともなところだ。

さておき。
ぼくはハルヒちゃんを説得することに成功し、二人して次の放送がかかる時間までここで休憩しようということになった。
彼女としても、理由を聞けば自分が映し出したこの《地図》が気になるらしく、そうと決まれば堂々としたものだ。
今は、ポップコーン片手に炭酸飲料と、映画鑑賞するにあたっての正統(?)な装備でスクリーンを睨みつけている。



「しかし、なんでわざわざいくつかの建物だけを地図に記しているのかしら?」

鑑賞中の映画(?)には動きも音声もない。とくれば、こういう風に考察じみた会話を始めることになる。

「君が言っただろう? 拠点にするって。
 最終的には狭くなるとしても、やっぱりこの世界の端とやらは60人ほどで使うには広すぎるよ。
 だからこそ、当てを作る為にわざわざ印を打っているんじゃないかな。実際、ぼくたちはそう動いているわけだしね」

まずまずの模範解答かと思ったが、隣から聞こえてきたのは大きな溜息だった。

「言ったんだから、そんなことはわかっているわよ。そんなの当たり前の前提でしょう。
 得意満面に語るのはいいけどね、あんたの脳みそなんてこっちのが遥かに凌駕してるんだからもう少し考えなさい」

なんとも手厳しい。
つまりはもっと根本的なところをハルヒちゃんは問題としていたのか。
ぼくたちは思考の取っ掛かりや、移動するにあたっての目的として地図上の施設を活用しているわけだけど、
そういった実用のされ方ではなく、この舞台を作り上げた者が持つこれらの施設をセレクトした意図というものを。

「あんたも考えたらわかるんだから、できるところで手を抜くのはやめなさいよね。
 余裕ぶって失敗なんてね。いっ……ちばん後で後悔するんだから。
 いつでも全力出して、未来の自分に胸を張れるように生きるのが理想ってものよ」

これも彼女の神としての力か、はたまた洞察力の賜物か、または偶然か、なんにせよ痛いところを突いてくる。
今すぐにでも彼女の足元にひれ伏して謝り倒したいぐらいだ。
勿論、そんなことは思うだけだけど、しかしこの流れはよくない。話題を進めていかないとどうにかなってしまいそうだ。

「そう言えば、ハルヒちゃんはどこの建物からスタートしたんだい?」
「どこって……えーと、この地図だと『D-3』の中にある三叉路のあたりかしらね。
 それで、そこらへん見て周って、あの声を聞いて近づいてみようかなって思ったところであんたに行き会ったのよ」

おや?
なんということだろう。今の今になって、どうやらぼくは根本的な勘違いをしていたらしいと気づいた。
いや、この時点で気づけたのは僥倖なのか。なんにせよ、動き出す前に気づけてよかった。
”登場人物はみんな地図上に記された施設からスタートしている”なんて勘違い、引きずったら大変なことになるところだ。

「……どうしたのよ?」
「あぁ、いや別に……なんでもないよ」

正直に話すとまた馬鹿にされそうだったので、そしらぬ顔で誤魔化してみた(つもり)。
しかし、そうか……そうでない人もいるってことか。
学校の屋上ですぐに古泉くんと会ったから、てっきりみんなそうなのかと勘違いしてしまっていた。
ホールにだって人が集まっていたみたいだし……なんにせよ自分で決めた前提条件ってのは常に疑うべきだと再認識。
94Understanding――(離界シアター) ◆EchanS1zhg :2009/12/25(金) 01:55:55 ID:IjKpQ4k2
「で、いーはどこからスタートしたの?」
「『E-2』にある学校からだよ。夜の学校だなんて長居したい場所でもないので早々に立ち去ったけどね」

あぁ、けど、これは大変困ったことになった。じゃあどうやって友のやつを探し出せばいいんだ?
断言できるひとつの事柄は、あいつは絶対にスタート地点から移動しないだろうってこと。
だから、施設を巡っていけばいつかは行き当たるとそう楽観していたんだ。
なのにそうじゃないパターンもあるだなんて……これは、真剣に、困った。当て所ないってレヴェルの話じゃない。
そこらの民家やビルの中にいるとするなら、それこそ一軒一軒見て周らねばならないわけで……、
これは改めてあいつを探す方法ってのをしっかりと考えないといけないという話だ。

「学校ねぇ……そういえば、地図には”学校”としか書いてないけど高校だった小学校だった?
 それと少しでもなにか変わったものは見かけなかった? こういうヒントっぽいやつ」
「ヒントっぽいものか。確かに、ここにあるなら他のところにもあるんだろうって考えるのが自然なんだろうけど、
 けど学校と一口に言っても随分と広かったからなぁ。それにせいぜい屋上から校庭を見下ろしたぐらい……で、と?」

言われてみれば、もしかして”あれ”が”そう”なのかというものが脳裏に浮かんだ。
全くもって奇麗さっぱりに意識してなかったというか、状況が状況だし、普通ならやはり見過ごすだけなのだろうけど、
しかしそう言われて意識してみれば確かにそれっぽいものをぼくは”学校の屋上から見つけていた”。

「なによ? どんな些細な情報でもきりきり白状しなさい」
「うん。屋上から見たよ。
 あれは……なんて言うのかな。例えるならミステリーサークル……?
 文字か図形なのかはよくわからなかったけど、そういうものが白線で校庭にでかでかと書かれているのは”見た”」

一見すれば、誰かの悪戯か、それとも何か行事の後かとそう思える”白線の模様”が校庭に書かれていた。
ナスカの地上絵のように、まるで空(そら)から見下ろすことを前提としたようなあれは一体本当は何なのか。
”校庭に立った状態じゃ大きすぎて認識できなかった”ろうし、暗い中じゃあはっきりと記憶することもできなかったけど、
”日が昇って明るい今ならもう一度屋上まで行けばはっきりと認識することができるに違いない”。

「ふーん……それは一見の価値ありっぽいわね。
 それに学校って言ったらみんな馴染み深いし、そこを拠点にするってのもありえる話だわ」
「じゃあ、この次は学校に?」
「日が暮れるまでには行きたいけど、間に温泉があるしそっちにも寄って行こうかしらね。
 お湯に浸かれる機会があるならそうしたいし、こっちもこっちで拠点向きだもの」
「温泉に行って、次は学校か……まぁ、順当だね」

温泉か。温泉ね。ふむ。いや、別に何かを期待するってわけじゃないけど。少し思いついたことがあった。

「さっきの地図上の建物の件なんだけれどもね……おすすめの”デートスポット”というのはどうだい?」

……すごく睨まれました。


 【終】


――とまぁ、以上の過程を経てぼくたちは現状へと至った。

スクリーンに映し出された《地図》を見ながら、ただじっと身体を休めているだけ。
話し合うようなネタにしても早々に尽きたし、何より一度脱力してみればどれだけ疲労していたのかも実感できた。
なので、眠らない程度に意識を覚醒させたままシートに身体を預け、僅かばかりの休息をとっている。



時折、飲み物で乾いた口の中を潤しながら考えるのはやはりこの後についてのことだ。
95Understanding――(離界シアター) ◆EchanS1zhg :2009/12/25(金) 01:56:46 ID:IjKpQ4k2
どうにも違和感が拭えない。
この生き残りという事態が始まった時、この先に展開される物語は血みどろのそれだろうとぼくは考えていた。
しかし現状はそうではない。
死人が実際に出ている以上、どこかで血みどろの物語は展開されているのだろうけど、しかし”ぼく”の前にそれはない。
朧ちゃんにしたって死にはしたけど、あれは断じて殺しあったり生き残りあった結果ではないのだ。

ハルヒちゃんがいるからこそ、なのかもしれないけど、どうにも流れという”タスク”をかけられている気がしてしまう。

この後も、ずっと血みどろに遭うことがなかったとしたらぼくはどこに到達するというのか。
これが何者かの意図したことだと言うのならば、ぼくは……いや、ハルヒちゃんは一体どういう登場人物なのか。

「戯言なのか……」

意味を深く取りすぎているのかもしれない。今はこんなことを考えてもしかたないだろう。
とりあえずはハルヒちゃんから目を離さないこと。その上で友やSOS団の仲間とやらを探すことにしよう。
今は、それだけ。それ以上はその時になったらまた考えればいい。

では、映画館にちなんだ知識をひとつ披露して、この話を締めるとしよう。
映画史上、初めて音声として放たれた台詞はこんなものだったらしい。


――『お楽しみはこれからだ』


”これ”が誰にとっての物語なのかはぼくには見当もつかないけれど、多分、誰にとってもこれはそうな言えるとぼくは思う。



戯言だけどね。




【E-4/映画館/一日目・昼】
96Understanding――(離界シアター) ◆EchanS1zhg :2009/12/25(金) 02:00:24 ID:IjKpQ4k2
【涼宮ハルヒ@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:健康
[装備]:弦之介の忍者刀@甲賀忍法帖
[道具]:デイパック、基本支給品
[思考・状況]
 基本:この世界よりの生還。
 0:12時に映し出された《地図》が変化するか確認し、これの機能を把握する。
 1:次に温泉へと向かい、その次に学校へと向かって校庭に書かれた模様を確認する。
 2:放送で示唆された『徒党を組んでいる連中』を探し、合流する。
 3:↑の為に、地図にのっている施設を回ってみる。

【いーちゃん@戯言シリーズ】
[状態]:健康
[装備]:森の人(10/10発)@キノの旅、バタフライナイフ@現実、クロスボウ@現実
[道具]:デイパック×2、基本支給品×2、22LR弾x20発、クロスボウの矢x20本、トレイズのサイドカー@リリアとトレイズ
[思考・状況]
 基本:玖渚友の生存を最優先。いざとなれば……?
 0:12時に映し出された《地図》が変化するか確認し、これの機能を把握する。
 1:当面はハルヒの行動指針に付き合う。
 2:↑の中で、いくつかの事柄を考え方針を定める。
 ├涼宮ハルヒの能力をどのように活用できるか観察し、考える。
 └玖渚友を探し出す方法を具体的に考える。
 3:一段落したら、世界の端を確認しに行く? もう今更どうでもいい?


 ※
 映画館のスクリーンに、すでに消失したエリアが黒く塗りつぶされた《地図》が映っています。

 ※
 学校の校庭に白線で引かれた謎の幾何学模様@涼宮ハルヒの憂鬱(笹の葉ラプソディ)が存在します。
97 ◆EchanS1zhg :2009/12/25(金) 02:01:09 ID:IjKpQ4k2
以上、投下終了しました。
98創る名無しに見る名無し:2009/12/25(金) 13:10:57 ID:tuiqGJhk
投下乙。
色々と気になる映画館だなぁ。やりようによってはポスターのある映画も見れるんだろうか。
今表示されてる画面も意味深だ。どこまでがハルヒの力なんだろうw
そして、まさか学校にソレがあるとはw これは学校にも影響を与えるか?
細かい仕掛けの数々が楽しい一作でした。
99創る名無しに見る名無し:2009/12/25(金) 19:47:46 ID:dfY6dRq3
投下乙。

なんだなんだなんだwwwwww
この映画館なんなんだw
しかしこれ、地図じゃなくて別の映画を上映しても参加者情報が得られるという情報の山みたいな場所だな
そしてまさかのミステリーサークルと来たか…ちょうど学校には上条さんがいたし
ひょっとして右手でかき消せる可能性は無きにしも非ず。

しかし今回といい、第2回放送が今か今かと迫ってきたな
100創る名無しに見る名無し:2009/12/25(金) 20:20:21 ID:/K/aYjWY
というか、もう放送で良くない?
101創る名無しに見る名無し:2009/12/27(日) 19:58:55 ID:RRIGX6kD
全員が昼まで来たからいいんじゃない?
放送案の募集とか
年末年始はリアルがごたごたするから期間空けるとして1月4日に募集、数日期間置いて複数来たら多数決で決めるとかで
102創る名無しに見る名無し:2009/12/27(日) 22:20:45 ID:1QhVMp7H
焦るな
一箇所まだ残ってる。wikの現在地とかチェックしてからモノを言ってくれ。
それ以外のとこだって書ける所あるかもだし
103創る名無しに見る名無し:2009/12/27(日) 22:49:36 ID:oIzvizvY
まぁそんなに焦る必要は無いわな
期限とか設けなくても、時期が来たら予約が入るさー
 
まったり待とうぜー
104創る名無しに見る名無し:2009/12/27(日) 23:15:39 ID:s9pwd7KM
うむ
まだまだ焦るような時間じゃない
105創る名無しに見る名無し:2009/12/29(火) 15:26:44 ID:Bb0+0qYG
放送は来年に持ち越しか・・・。
106創る名無しに見る名無し:2009/12/29(火) 19:03:34 ID:AHyVGqGX
放送後の展開が楽しみなところが結構あるなー
107創る名無しに見る名無し:2009/12/29(火) 20:36:34 ID:F4xO9Zud
年末年始使って、2回目の人気投票でもする?

前の投票も放送きっかりでなく、確か1つ分くらいズレてたはず
放送前で81話あるのに80話までで第一回。
108創る名無しに見る名無し:2009/12/30(水) 00:09:12 ID:sPB1Fmiv
いいねー。
やってみる?
109創る名無しに見る名無し:2009/12/30(水) 04:34:51 ID:n+TQVO5l
よろしい、ならばテンプレだ。って言っても前のに手を加えただけだけど。
投票期間はどうしよう。第一回と同じで一週間でいいと思うけど。キリよく元旦から始めるか?



☆ 第2回 ラノロワ・オルタレイション作品人気投票 ☆

【テーマ】:今までに投下された作品の人気投票をしよう!
【投票対象】:「081:「曲がった話」― Analyzing Device ―」より「129:Understanding――(離界シアター)」まで。
【投票期間】:-/-(-)00:00〜-/-(-)24:00
【投票方法】:投票したい作品を5作選び、1から5までの点数をひとつずつ振り分けて記入(レス)する。
【テンプレ】:

 [5点]:[(話数):(タイトル)]
 [4点]:[(話数):(タイトル)]
 [3点]:[(話数):(タイトル)]
 [2点]:[(話数):(タイトル)]
 [1点]:[(話数):(タイトル)]

 例)
 [5点]:[081:「曲がった話」― Analyzing Device ―]



投票と一緒に、作品の感想も書いてくれると書き手は大いに喜びます♪
でもでも、タイトルが上がるだけでも嬉しいのでタイトルだけでもいいです。気兼ねなく遠慮なく投票してください。
あ、それと当然ですが投票できるのは1回限りです。間違っちゃわないよう気をつけてくださいね。
110創る名無しに見る名無し:2009/12/30(水) 21:22:38 ID:sPB1Fmiv
おーおつ。
けど個人的には期限一週間よりその土日ぐらいまででいんじゃない?
年末年始で忙しい人とかいそうだし
111創る名無しに見る名無し:2009/12/31(木) 03:05:56 ID:q9ZeEsQH
たしかに年末年始だしなー
じゃあテンプレのここは

【投票期間】:1/1(金)00:00〜1/10(日)24:00

でいいかな?
112創る名無しに見る名無し:2009/12/31(木) 21:52:02 ID:X47qLRmt
ok-
113創る名無しに見る名無し:2009/12/31(木) 23:31:43 ID:q9ZeEsQH
テンプレ貼ってきました。年明けと共に投票開始です。

ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/10390/1252763239/l50

まあ十日間ほどあるのでまったりと投票しましょ。
結果が出る頃には放送突破!を願ってー。
114創る名無しに見る名無し:2010/01/07(木) 19:48:52 ID:AFt8wu7L
まさかの遠子先輩。
出そうと思えば「コノハちゃん変身セット@バカテス」も可能か。
115 ◆02i16H59NY :2010/01/08(金) 19:16:15 ID:7m89I5eP
予約していた2名、投下します。
116街角にて ― Altarnative ― ◆02i16H59NY :2010/01/08(金) 19:17:13 ID:7m89I5eP

【1】

少女は飛び出した。

着乱れた制服にも、濡れたままの白い髪にも構わず、少女は駆け足で通りに出る。
まっすぐ近づいてくるエンジンの音。
遠く、むき出しの運転席でバギーのハンドルを握る男と、目が合った。
彼我の置かれた状況を瞬時に検討。
少女は即座にデイパックに腕を突っ込む。
取り出したのは、棍棒のような形をした柄付きの手榴弾。
着火用の紐を手首に巻く間も惜しみ、歯で紐を銜え、引っ張りながら投擲。
その姿を見たバギーの男は、減速するどころか、むしろ加速する。
炸裂音。
山なりに弧を描いて飛んだポテトマッシャー、その下を素早く潜り抜けた格好のバギーは完全に無傷。
それどころか、そのまま少女を轢き殺さんばかりの勢いで迫りくる。
圧倒的な質量を、横っ飛びで回避。
硬いアスファルトの上、少女は前転するように転がって避ける。
激しいブレーキ音と共に、バギーはドリフト気味にターンして停止。
助手席に置かれた鳥篭の中で、色鮮やかな奇怪な生物がなにやら騒いでいるのが見える。
少女は素早く起き上がると、拳銃を抜いて発砲。
ベレッタM92から飛び出した9mm弾は、しかし運転席の回りに張り巡らされたパイプ状のフレームに命中。
甲高い音が響く。
男は、無傷。
少女に次弾を放つ余裕も与えず、男が運転席から跳躍する。
屋根もフロントガラスもない吹きっ晒しのバギー、一足跳びの接近を拒むものは何も無い。
それでも少女は、空中の敵に向けて再度の発砲。
同時に、男が腰の刀を抜刀。
銃声に重なるように、耳障りな金属音。
弾丸の行方を確認する間も与えず、男が着地、瞬時に一閃。
少女の手から、拳銃が弾きとばされて――。
その眼前に、白刃が突きつけられた。
鋭い眼光が少女を射抜き、これ以上の抵抗が無意味であることを言外に告げる。
予備の武器を抜く間もなく、逃げ出す間もなく、即座に少女を斬り殺せる状態だった。

少女は、敗北した。


【2】

少女は考える。

自分の行動にミスはなかった。
手持ちの戦力で最善の手を打ったはずだ。
動く標的に狙撃を決めるだけの技量はなかったし、座席が露出したバギー相手に手榴弾、というのは正しい判断だったはず。
驚いてブレーキを踏むどころか、瞬時に加速して手榴弾の殺傷圏外に駆け抜ける、という相手の対処が見事過ぎただけだ。
その後の2発の発砲にしたって、狙いは悪くなかった。
どちらも、普通に考えれば男の身体を捕らえていたであろう軌跡――。
だが1発目は細いバギーのフレームに当たってはずれ。
2発目は、なんと、空中で抜刀した男の刀に当たって逸れていた。
少女の常識に照らし合わせれば、どちらも人間が狙ってやれるようなことではない。
だが、それが豪運によるものであれ、非常識の域にも達した技量によるものであれ、結果は結果だ。
とにもかくにも、男は少女の攻撃を全て凌ぎ、刀の切っ先で拳銃を叩き落とし、今こうして、少女の鼻先に刃を突きつけている。
117街角にて ― Altarnative ― ◆02i16H59NY :2010/01/08(金) 19:18:15 ID:7m89I5eP

体調は決して悪くはなかった。
途中で目が見えなくなるようなこともなかった。鼻血が出るようなこともなかった。
空腹さえも満たし終え、疲労すらも僅かなりとも休憩を取った後だった。
気持ちこそ千々に乱れていたが、しかし少女は割り切りはいい方だ。
風呂場から出たら、エンジンの音が聞こえた。
急いで服を着て通りに飛び出したら、車に乗った誰かがいた。
浅羽ではなかった。
なら殺す。
その思考の流れに一片の迷いもなく、だから、この敗北を精神的動揺のせいにすることもできない。
この男――雨でもないのにレインコートを羽織っている、このバギーに乗った剣士が、少女よりも遥かに強かった。
ただそれだけだった。
厳然たる事実として、受け止めるしかなかった。

とはいえ。
少女は既に、自分より地力が高いと思われる人物を1人、葬っている。
相手の隙と油断を突いて、致命傷を与えることに成功している。
拳銃を弾かれ、痺れる手――幸い、怪我らしい怪我はしていないようだ――を押さえたまま、少女は男の出方を待つ。
ここで即座に殺されないようならば、いずれ隙を突くチャンスは十分にあるはず。
はたして男は、油断なく刀を構えたまま、少しだけ切っ先を下ろし、口を開いた。

少し、聞きたいことがある。


【3】

男は問うた。
君の名前は?
少女は少し間を置いて、素直に答えた。
いりや、かな。
イリヤ。
別人か。
微かな落胆を滲ませて、男は言った。
白い髪に、乏しい表情に、手榴弾。
もしかしたら、あいつの言っていたあの子かとも思ったんだが。
私があの子のことを知らなかったように、あの子が私を知らない可能性も、ないわけじゃなかった。
男はなにやら1人でブツブツと言っていたが、少女には首を傾げることしかできない。
ああ、済まないね。
名乗るのが遅れたな、私はシズ、旅人だ。
少女の沈黙をどう受け取ったのか、男は自らの名前と立場を告げた。
少女は、無感動な表情のまま、ほんの僅かだけ頷いた。

それで、イリヤ。
男は少しだけ険しさを取り戻し、改めて問いかけた。
君は、なぜ俺を襲った?
少女は少しだけ考えて、素直に答えた。
すきなひとがいるから。
少女にはここで嘘をつくべき理由も思い当たらなかったから、照れもためらいもせず、淡々と言い切った。
なるほど。
男は呟いた。
この状況では、そういう人も出てくるか。
私が買った、いや、将来買うことになるという少女も、家族のためにあんなことをしたのだと言っていたし。
これくらいの子でも、そんなことを考えてもおかしくないね。
ともあれ、あの2人やその仲間から話を聞いて、私を私と知った上で狙った、ということではないようだ。
なら、話は通じるかな。
男は、何かに満足したように頷くと、刀を納めた。
118街角にて ― Altarnative ― ◆02i16H59NY :2010/01/08(金) 19:19:27 ID:7m89I5eP

とはいえ、イリヤ。
刀は納めたものの相変わらず隙の見えぬ、一呼吸で抜刀して少女を斬り殺せそうな自然体のまま、男は問いかけた。
君は、できると思っているのかい。
少女は小首を傾げた。
どういうこと?
そのままの意味さ。
男は言う。
イリヤも分かったかもしれないが、私はおそらく、君よりも強い。
貴重であろう手榴弾も浪費してしまったし、そのパースエイダーの弾も無限じゃないだろう。
その、君の好きな人以外を全て殺す、という君の考え、これでも実行できると思っているのかい?

少女は黙る。
少し長い沈黙。
いや――責めているわけではないよ。
男は間を置いて、言葉を付け加える。
私も自分が生き残るため、自分が最後の1人になるため、既に人を殺している。
だから、人殺しはよくない、暴力はよくない、などと平和な国にいる時のような道徳を説くつもりはないんだが。
おんなじ。
少女は呟いた。
わたしも、ひとりころした。
だから、おんなじ。
そうか。
男は別に驚きも怒りもせず、淡々と答える。
そう、普通に考えれば、それが一番簡単な方法であるはずだ。
けれどもつい先ほど、どうやらそれすらも難しいようだ、と聞いてしまってね。

男は語った。
少女と出会う直前、2人の少年から自分のバギーを取り返した時の顛末を語った。
巨大な鉄棒を軽々と扱い、舗装された地面に大穴を開けて見せた少年。
その少年をして勝ち目がないほど強い、といわしめる、超常的な力を持つ参加者の存在。
そして、殺し合い以外の解決方法を求める者たちが、大集団を形成しているという事実。

少女は話の途中で出てきたとある人名に一瞬だけ眉を動かしたが、黙って男の説明を聞いていた。
男が語り終わるまで待って、語り終えてから二呼吸ほど間を置いて、そして尋ねた。
それで、どうするの?
わからない。
男は正直に答えた。
私は、生きて元の所に帰れればそれでいいんだ。
最後の1人、という方法に拘る気はないよ。
でも、彼らもまだ、それ以外の方法、というのを見出せているわけではないようだ。
だから、正直言って――迷っている。
おんなじ。
少女は呟いた。
わたしも、あさばがいきてかえれるなら、それでいい。
あさばがおこらないほうほうがあるなら、そっちのほうがいい。
でも、あいまいなけいかくにはのれない。
そうか。
そうだな、私もそうだね。
危険の少ない方法があれば嬉しいけど、曖昧な計画に身を委ねる気には、なれないかな。
男は微かな微笑を浮かべて頷いた。
119街角にて ― Altarnative ― ◆02i16H59NY :2010/01/08(金) 19:20:42 ID:7m89I5eP

【4】

それで、どうするの。
少女は尋ねた。
言葉だけならさっきと同じ質問だったが、さっきとは違う意味だった。
男は相変わらずの自然体で、でも相変わらず隙はなかった。
少女の見たところ、遠くに転がっている拳銃に飛びつく間も、他の武器を取り出して構える間も無いようだった。
そんな動きを見せたら、たぶんやっぱり、容赦なく斬られるように思われた。
そうだね。
男は少女の視線の動きを把握した上で、少しだけ思案した。
そして言った。
一緒に来るかい?
いつでも抜刀できる自然体のまま、いつでも少女を殺せそうな体勢のまま、男はそんなことを言った。
言ってしまってから、男自身、自分の言葉に驚いているような様子だった。
男は少しだけ考え込んで、そして、訝しげに見上げる少女に向かって言った。

君がいれば、私も少しだけラクができる。
バギーを運転している時に刀を振るのは、大変だからね。
パースエイダーを持っていて、容赦なく撃つことのできる人が隣に乗っていれば、少しだけラクができる。
男の言葉に、少女は無言のままだった。
男は続ける。
もちろん、最後の1人、以外の方法が見つからないようなら、どこかでまた、改めて殺しあう必要は出てくるだろう。
それでも、途中まではお互いにラクができるはずだよ。
降りかかる火の粉は容赦なく払うつもりだし、ただそれだけのことでも、1人よりは2人の方がやりやすい。
つまり――
言葉を探す男に向けて、少女は端的に言った。
たがいに、りようするんだ。
男は微笑んだ。
そうだね。
互いを利用、そう思ってくれてもいいよ。


【5】

ベレッタを拾って戻ってきた少女は、そしてバギーの助手席に登ろうとして、少しだけ困惑の色を見せた。
先客がいた。
コ、ココ、コンニチ、ワ!
鳥篭の中で、黄色と緑のブサイクな生き物が、声を上げた。
少女は少し驚いた風に、両目を見開いてその生物を見つめていた。
インコちゃん、という名前だそうだ。
参加者でなく支給品だそうだから、殺す必要はないよ。
運転席に乗り込んだレインコートの男が、軽く紹介をしてやった。
しかし、どうしたものかな。
インコちゃんには、後ろの荷台に移ってもらおうか。
それとも、その辺に篭ごと吊るしておこうか。
男が鳥篭の処遇について悩んでいると、少女はそれを両手で抱えるようにして、助手席にぽすん、と腰を下ろした。
そうだね。
それでもいいか。
男は呟いたが、少女は聞いていないようだった。
少女はただ、鳥篭の中のインコをじっ、と見つめていた。
120街角にて ― Altarnative ― ◆02i16H59NY :2010/01/08(金) 19:21:57 ID:7m89I5eP

男はバギーを発進させようとして、首を傾げた。
目的地がなかった。
さっきまでのように適当にバギーを走らせてみても良かったのだが、男は同行者に聞いてみることにした。
どこか行きたいところはあるかい?
少女は即答した。
びょういん。
さがしてみたいくすりがあるの。
病院、か。
男は困ったように呟いた。
あそこに戻ること自体は構わないけど、今あの2人と鉢合わせするのは少し具合が悪いかな。
男の言葉に、少女は少しだけ考えて、答えた。
いますぐじゃなくても、いい。
そうか。
男は頷いた。
長い沈黙が場を包み込んだ。

停められたバギーの上。
運転席でハンドルに身を預ける、レインコートとセーターの男。
助手席に収まる、白い髪の少女。
膝に抱え込まれた、喋る生き物を入れた鳥篭。
不思議な調和が、そこにあった。

男はふと思いついて、時計を見て、こう言った。
そろそろ次の放送、というのがあるはずだね。
それを聞いてから改めて考えることにしようか。
少女は何も言わなかった。
インコも何も言わなかった。
男は助手席の方を見た。
少女は無心で鳥篭に指を突っ込んでいて、インコはその指を無心でしゃぶっていた。
ただでさえ奇妙なインコの顔が、さらに凄まじい形相になっていた。
大きな灰色の舌が、そこだけ別の生き物のように少女の指先に絡みつき蠢いていた。
インコは明らかにヘブン状態だったし、少女も少女で、まんざらでもないようだった。
男は呆れたように大きな溜息をつくと、黙って放送が流れだすのを待った。



【B-5/住宅街/一日目・昼(放送直前)】

【シズ@キノの旅】
[状態]:健康。シズのバギーの運転席。
[装備]:早蕨刃渡の太刀@戯言シリーズ、レインコート、パイナップル型手榴弾×1、シズのバギー@キノの旅
[道具]:デイパック、支給品一式(食料・水少量消費)、医療品
     携帯電話の番号を書いたメモ紙
      トンプソン・コンテンダー(0/1)@現実、コンテンダーの交換パーツ、コンテンダーの弾(5.56mmx45弾)x10
[思考・状況]
 基本:生還し、元の世界で使命を果たす。
 1:イリヤ(伊里野加奈)と当面行動を共にする。インコちゃんを当面の旅の道連れにする。
 2:未来の自分が負けたらしいキノという参加者を警戒。
 3:……それで、これからどうしよう? イリヤは病院に行きたいようだが、坂井・水前寺組との遭遇は避けたい?
[備考]
 参戦時期は、「少なくとも当人の認識の上では」キノの旅6巻『祝福のつもり』より前です。
 腹部に傷跡が残っているかどうかは不明です。
121街角にて ― Altarnative ― ◆02i16H59NY :2010/01/08(金) 19:23:04 ID:7m89I5eP
【伊里野加奈@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:顔に殴打の痕。体に軽い擦り傷など。たまに視力障害。
     シズのバギーの助手席、インコちゃんの鳥篭を抱えている
[装備]:ベレッタ M92(11/15)、『無銘』@戯言シリーズ、北高のセーラー服@涼宮ハルヒの憂鬱、
     インコちゃん@とらドラ!(鳥篭つき)
[道具]:デイパック、支給品一式×2、トカレフTT-33(8/8)、トカレフの予備弾倉×4、
    べレッタの予備マガジン×4、ポテトマッシャー@現実×2
[思考・状況]
基本:浅羽以外皆殺し。浅羽を最後の一人にした後自害する。ただし「浅羽を確実に生かして帰す方法」が他にあるなら検討?
 1:シズと一時的に同盟? シズを利用? それとも、隙を見せたら即座に攻撃する?
 2:出会った参加者を皆殺し? シズと共に方針を考える?
 3:できれば病院に行って身体の不調に対処する薬を探したい。でも多少後回しでもいい? 水前寺とは遭遇を避ける?
 4:(……インコちゃんのことはちょっとだけ気に入った)

[備考]
 不定期に視力障害をおこすようです。今のところ一過性のもので、すぐに視力は回復します。
 『殴られた』ショックのせいで記憶に多少の混乱があります。そのせいで浅羽直之を襲撃した事実に「気がついていません」

122 ◆02i16H59NY :2010/01/08(金) 19:23:56 ID:7m89I5eP
以上、投下終了です。
123創る名無しに見る名無し:2010/01/09(土) 01:00:29 ID:RCnTu50+
投下乙です!
シズと伊里野の遭遇編、その見せ方が上手いなぁw
淡々と紡がれていく文章がテンポよく心地良い
この二人ならではの独特な空気に引き込まれましたわ

陸の代わりにインコちゃん、ティーの代わりに伊里野という旅のお供を得たシズ。
この構図がまたおもしろおかしいw
放送後に誰と出会うか、どんなイベントに遭遇するかが鍵だわこの二人
124創る名無しに見る名無し:2010/01/09(土) 14:15:26 ID:4nXbiKLN
乙です
チートな奴がたくさんいて霞んでいるけど、やっぱりシズって強いんだよな・・・。
それにしても、これでほとんどのマーダーが組になって行動することになったな。
こういうことって他のロワでもあるの?
125創る名無しに見る名無し:2010/01/09(土) 20:13:07 ID:RAgJT0Vm
利用する為に組みマーダーはけっこう多いよ
126創る名無しに見る名無し:2010/01/09(土) 20:16:50 ID:7plVs2gC
投下乙です。

シズが女の子と組んだか……いやな予感しかしないのはなぜだろうw
独特の語り口調が雰囲気出してたと思います。GJでした。

>>124
マーダーコンビ自体は珍しくないけど、ここほどマーダーコンビ(グループ)ばっかというのは珍しいと思う。
127創る名無しに見る名無し:2010/01/09(土) 21:47:40 ID:RCnTu50+
一匹狼の戦闘狂タイプってやつが少ないんだよな、このロワ
タイプは異なれど頭の回るやつが多いから、利害関係とかを大事にするし
128創る名無しに見る名無し:2010/01/10(日) 14:42:10 ID:Kt72D8qP
投票、今日が最終日か。
129創る名無しに見る名無し:2010/01/11(月) 10:29:11 ID:klTfrr+7
今気付いたけど、CROSS†POINT――(交換点)でリシャッフルが消えてない?
シズから受け取って悠二が持ってるはずだけど、状態表にないのは書き忘れかな?
130 ◆EchanS1zhg :2010/01/11(月) 20:02:38 ID:xLrbivV2
>>129
指摘感謝。そのとおりです。wikiにて修正(悠二の道具欄にリシャッフルを追加)しました。
131 ◆iMRAgK0yqs :2010/01/11(月) 22:48:42 ID:2DEQ1xet
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/10390/1252763239/41
言い出しっぺの人、投票参加者の方々、集計された方、乙でしたー。
132創る名無しに見る名無し:2010/01/12(火) 01:01:29 ID:sJisn/Xx
ああ、みんな投票お疲れ様でした
あの作品もこの作品もやっぱり注目が集まったな

それにしてもいつの間にか放送の時期か
133創る名無しに見る名無し:2010/01/12(火) 15:18:36 ID:Mfl5SZMS
>>132
まだ予約が来てるんだぜw
134創る名無しに見る名無し:2010/01/14(木) 20:56:07 ID:Of2tntUv
楽しみだw
135 ◆LxH6hCs9JU :2010/01/17(日) 03:09:05 ID:zSULWB5l
上条当麻、姫路瑞希投下します。
 この身に降りかかった不幸、そのすべてを語る。
 それは姫路瑞希にとって、過酷な要求であると言えた。

 羞恥心も忘れて露出狂すれすれの格好を晒していたことや、声を失ってしまったこと。
 それらの起因はなんだったのか、紳士を自称する上条当麻は、すべてに繋がる理由を知りたがっている。
 決して土足ではなく、むしろ懇切丁寧な態度で、瑞希の閉ざしかけていた心に入り込もうとする彼。
 優しくて、頑張り屋で、一生懸命な……そんな、どこか親近感を覚えてしまう姿が、目に焼き付く。

 彼になら、すべてを打ち明けてしまってもいいのかもしれない。そう思えるくらいに、好感が芽生え始めてもいた。
 言葉で事のあらましを語ることはできないが、代わりの筆談という方法のほうが、むしろ心情的には楽でもある。
 あのときのことを思い出すとなれば、声を失っていようといなかろうと、たぶん途中で口が開かなくなってしまうだろうから。

 徐々に日差しが強くなってきた、午前から午後に移り変わろうかという時刻の、学校の屋上。
 姫路瑞希は上条当麻が差し出すペンとメモ用紙に手を添え、そっと受け取った。

 順番に、綴っていこう。
 彼ならきっと、自分の助けになってくれる。

 初対面の相手にこんなことを言うのは恥ずかしいが、上条当麻には、自分が好きな男の子に近い雰囲気を感じるから――。


 ◇ ◇ ◇


 昼、学校、屋上にて。
 上条は、どうにか事が進展しそうな空気にホッ胸をなで下ろす。

 筆談によるコミュニケーションを了解してくれた姫路瑞希は、無地のメモ用紙にペンを走らせていった。
 丁寧で丸っこくて小さい、いかにもな女の子の筆跡は、瑞希の存在をより身近なものに感じさせる。
 上条は瑞希が綴る文面を追いつつ、彼女がどんな体験を経てここにいるのかを推察していった。

「筑摩小四郎、ねぇ……それが姫路が初めて会った人間ってわけか。
 ああ、悪い。俺の知ってる名前ってわけじゃないんだ。
 甲賀弦之介、朧、薬師寺天膳、このへんも全然だな。伊賀とか甲賀とかってのもよくわかんねぇし。
 でもこの筑摩ってやつはたしか、六時の放送で……いや、すまん。続けてくれ。
 んで、姫路と筑摩はその後、二人して温泉に行った……って、温泉!? 温泉に行ったのか!?」

 ……コクリ。と瑞希がゆっくり頷いた。
 温泉。
 温泉といえば上条の出発点であり、北村祐作や千鳥かなめとの合流地点と定めた場所である。

「なら、北村には……会ったのか。ああ、焦んなくていいから。姫路のペースで、ゆっくりでいいから、教えてくれ」

 欲していた情報を瑞希が握っているかもしれない。そう予感しても、説明を急かすような真似はしない。
 第一に瑞希の精神面を重んじ、無理のない範疇でこれを探っていこうと、上条は自身を諌めた。

「北村に誘われて、か。じゃあ俺のことも……やっぱ、話には聞いてたんだな。
 北村の他? 朝倉涼子に、師匠……どっちも知らないな。
 と、そういや、俺のことをまだ話してなかったよな。まずはそっから話すわ」

 上条は瑞希に、温泉で北村やかなめを交えた話し合いがあったことを教えた。
 それは瑞希も知っていたようで、上条とかなめの外見的特徴についてもあらかじめ聞き及んでいたらしい。
「というわけだからまあ、北村が姫路たちに声をかけたのは、俺と千鳥が発ってすぐのことだと思う。
 朝倉や師匠って奴のことも知らないし、姫路たちよりも前に声をかけたのがそいつらなんだろうな」

 気のせいだろうか。
 朝倉涼子の名前を口にするたび、瑞希の身体が小刻みに震えているように見える。
 この時点で一つの憶測が頭に宿るも、上条は口にせず、続きを待った。

「姫路と、筑摩と、北村と、そんで朝倉との四人で情報交換か。そのあとが……姫路?」

 そこではたりと、瑞希の筆が止まった。
 筑摩小四郎と会った、北村祐作と朝倉涼子の二人に会った、四人で話をした、ここまではいい。
 だがその先が、綴られない。瑞希が綴ろうとしない。
 きゅっと口を閉ざし、目線をじっと紙にやって、ペンを強く握ったまま、硬直してしまっている。
 なにか、語りたくないことがあるのは明白だった。

「……話すの、つらいのか?」

 上条が訊くと、瑞希はコクリと頷いた。

「あーっとだな。つらいんなら、俺も無理強いはしない。ここで中断ってことで――」

 上条の言葉を遮るように、瑞希は首を横に振った。

「そっか。じゃあ、続き書けるか?」

 瑞希は、今度は上条の目を見て頷いた。
 再びペンを走らせる。その指は明らかに震えていたが、上条は指摘しようとはしなかった。
 震える筆跡で、少し歪んだ字が形成されていく。それでも、そのへんの男子学生の字に比べればよっぽど綺麗で上手い。
 そして、

「朝倉涼子に……風呂場で、襲われた?」

 無地の紙に綴られる、真実。
 上条は一瞬、自分の目を疑う。
 だが辛辣な瑞希の表情を見て、すぐにこれが冗談でないと知った。

 予想もしていたし覚悟もしていた、つもりでいた。
 しかし。
 姫路瑞希を蝕む恐怖は、上条当麻が考えるよりもずっと、根の深いものなのかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


 文月学園のクラス振り分け試験の際、高熱でふらふらになりながらペンを握っていたことがある。
 あのときのつらさに比べれば、こんなことはなんでもない。
 ただありのままに、自分が体験したことをわかりやすく、文面に綴るだけ。
 ……だというのに、姫路瑞希の筆の進みは悪かった。
 指先がぷるぷると震えるのは、身体が拒み、本能が恐れているから、なのかもしれない。
 思い出さなければいけないという重圧。他人に知られてしまうという恐怖。
 目の前の壁はあまりにも険しく、立ち向かうのも困難な代物だった。

 でも、これを乗り越えないと先には進めない。
 それくらいは自分にもわかった。
 わかっていたから、あえて挑むんだ。

 朝倉涼子が本性を隠し、瑞希たちの信用を得たところで本性を表したということ。
 詳細は不明だが、“師匠”という人物が朝倉涼子に協力しているらしいということ。
 筑摩小四郎や北村祐作も、おそらくは朝倉涼子と師匠に殺されてしまったということ。

 瑞希は、師匠の顔を見たわけではない。
 瑞希は、小四郎と北村が殺害される現場を目撃したわけではない。
 瑞希は、朝倉涼子と師匠が厳密どういう関係にあるのか知っているわけではない。

 この程度の情報でも、誰が危険人物で誰がそうでないかは、容易に推察できる。
 上条当麻にもそれは伝わったらしく、メモ用紙に対し憤怒の表情で唸っていた。

 やっぱり、彼なら……。

 瑞希は意を決し、朝倉涼子に殺人を強要されたことについても綴った。
 吉井明久は殺さないでおいてやるから、涼宮ハルヒ以外の人間を殺せ――。
 瑞希は朝倉涼子に殺されなかったのではなく、生かされたのだと、そう考えている。

 剥がされた爪、傷跡が残る左の中指、朝倉涼子の危険性を示唆する物的証拠。
 それは上条の目にも映り、我慢できなくなったのか、憤慨の猛りをあらわにした。


 ◇ ◇ ◇


「許せねぇ……!」

 姫路瑞希が文字でもって語る朝倉涼子の狂行に、上条当麻は激しく憤慨した。
 善良な素振りで近づき、油断したところで喰らう、まるで羊の皮を被った狼のような所業。
 その上ただ喰らうだけでなく、怯える女の子に殺人を強いろうとまでするなど、もはや人ではない。

「北村の名前が呼ばれたときは何事かと思ったけど、そうか……そんなことがあったのか。
 姫路はその後、服も着せられずに朝倉に放り出されて、ここまで逃げ延びてきたと。
 ん? っていうことは、シャナや櫛枝や木下には会ってない……すれ違いだったのか?」

 『黒い壁』に赴く道中で出会った三人のことを思い出し、訊く。
 瑞希は驚いた風にハッとし、ペンを走らせていった。
 メモ用紙の文面には、『木下って、ひょっとして木下秀吉くんですか?』とあった。

「ああ。実を言うと、姫路のことも木下から少し聞いてたんだ。吉井ってやつのことも。
 本人の名前は名簿には載ってなかったけど、そこは北村と同じ扱いってことなんだろう。
 櫛枝は北村の友達だったみたいでさ、温泉を出た後に顔を合わせて、すぐに別れたんだ。
 だいたい六時前後くらいには温泉についたと思うんだが……そういや、シャナはどうだ? ……知らない、か」
139創る名無しに見る名無し:2010/01/17(日) 03:15:49 ID:oeS0rsiz
しえん
 瑞希の反応から、やはりあの三人とはすれ違いになってしまったのだろうかと上条は考える。
 となれば、シャナたちが辿り着いたのは必然的に、惨劇の現場だ。
 特に櫛枝実乃梨などは、友達の死体を目撃してしまったかもしれない。
 彼女たちのこともまた気になるが、今はそれよりもまず、目の前の瑞希である。

「……でも、そうだよな。そんな怖い目にあったんなら、声が出なくなったとしても不思議じゃないよな」

 ふと上条が零した発言に、瑞希が首を傾げる。

「いや、最初は『能力』かなんかで声が出なくなってるのかとも思ったんだけどよ。
 襲われたときのショックが原因だってんなら、回復の見込みもあるだろうし……そっち方面、詳しくないんだけどな。
 にしても、やっぱ許せねぇよ。その朝倉涼子って奴。目的もイマイチ見えてこねぇし、涼宮ハルヒってのはそいつのボスかなんかなのか?」

 『クラスメイトみたいです』、と瑞希は書いて教えてくれた。
 涼宮ハルヒを生かすために他者を殺害する朝倉涼子。どう考えてもただの女子高生とは思えない。
 かなめらとの認識の齟齬から察するに、一概に能力者や魔術師であるとは考えにくいが、はたして何者なのか。
 師匠という人物も謎だ。伝え聞いた情報によれば女性らしいが、性別以外の素性が見えない。というかなぜ本名でなく肩書きなのか。誰の師匠なのか。

「……うし。温泉でなにが起こったのかは、だいたい理解できた。
 あんがとな、姫路。よく教えてくれた。それと、つらいこと思い出させてごめんな。
 慌ただしくて悪いんだけど、俺が知ってることもここでもっと詳しく教えとく。
 千鳥のこととか、シャナたちのこととか……それで姫路がなにか気づくこともあるかもしれないしな」

 事のあらましを把握した上条は、続いて自身が保有する情報を提示し始める。
 瑞希の反応はどこか虚ろだったが、それも声を失っているためだろう……と、上条は大して気にもとめなかった。


 ◇ ◇ ◇


 ……言えなかった。
 一番隠していてはいけないことが、言えなかった。
 一番話さなければいけないことが、言えなかった。
 勇気が足りない、決心がつかない、打ち明かすのが怖い――コワイ。

 声が出なくなってしまった本当の理由。
 話の中には出てこなかった、もう一人の登場人物。
 姫路瑞希が背負っている罪過。
 一生、付き合わなければいけないもの。
 一生、目を背け続けたいと思ってしまうもの。

 ぬくもり。優しさ。一緒に歩めると期待していた。無言。寡黙。無反応。転落。
 拒絶。喪失。失われてしまった存在。無碍に。固まって凍てついて熱くなって。
 ぐるりぐるりと回想は巡り、逃げ出した姫路瑞希、困惑と迷走の果てのデジャヴ。
 黒桐さん。黒桐幹也さん。死んでしまった人。死なせてしまった人。

 声が出なくなってしまったのは、罰。
 罪人への罰。
 姫路瑞希に対する仕打ち。
 黒桐幹也からの。
141創る名無しに見る名無し:2010/01/17(日) 03:16:50 ID:oeS0rsiz
しえん
 押し潰されそうだった。
 いっそ押し潰されてしまいたかった。
 二の舞は嫌だ。二の舞は嫌だ。
 助けてとも言えない。
 差し伸べられる手は掴む。
 これ以上の苦痛は、
 これ以上の苦痛は、


 温泉に行こう。


 これ以上の苦痛は――嫌。
 彼の言葉は、口にしてはならない言葉だった。
 彼の言葉は、聞いてはいけない言葉だった。
 姫路瑞希にとっての、禁句。
 あのときの、引き金。
 トラウマ。


 ◇ ◇ ◇


「温泉に行こう」

 すべての事情を知り、上条当麻はその結論に達した。

「元々、俺も温泉に戻ろうとしてたところだしな。千鳥の奴とも合流しとかねーと。
 あとはシャナたちも……時間を考えたらとっくに移動してるかもしれねぇけど、望みはあるだろ。
 北村たちもそのまんま、ってわけにはいかねぇだろうし。あー、そういや川嶋はどうすっかな……」

 ぶつぶつと口に出しながら、上条は頭の中を整理していく。
 考えるべきことは山ほどあった。

 まず、温泉のこと。
 北村祐作が朝倉涼子、もしくは師匠なる人物に殺された地。
 シャナと櫛枝実乃梨と木下秀吉、それに千鳥かなめが向かっていった場所。
 危険人物である朝倉が、まだ近辺をうろついていないとも限らない状況である。
 朝倉が善良な人間を装うというのであれば、すぐさまその危険性を伝えに走らなければならない。

 次に、川嶋亜美のこと。
 シャワーを浴びるよう勧められてからかなりの時間が経過したが、彼女はまだ校内に残っているのだろうか。
 上条が亜美にしてやれることは少ない、いや、それどころか皆無なのかもしれない。
 だからといって、このまま放っておくというのもどうなんだろう。
 せめて朝倉の危険性くらいは、彼女にも伝えておかなければ。

 それから、インデックスや御坂美琴と白井黒子、土御門元春にステイル=マグヌスのこと。
 未だに噂を聞かない、学園都市の出身者たちと魔術師連中。
 彼女たちはどこでなにをしているのか。心配にならないと言えば嘘になる。
 目先のことで手一杯だから、と棚上げしてられるのはいつまでだろう、と上条は頭を悩ませた。
「……結局、一つ一つあたっていくしかないってのがつらいところだよな」

 口から出たのは、弱音ではなく、変わらぬ結論。
 気になることは多数、やらなくてはならないことも多数、だが上条当麻はこの身一つ。
 様々な苦境を破壊してきた『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の右腕も、この一本きりなのだから。
 着実に、一つ一つ解決していくしか道はない。

「お恥ずかしながら、上条さんってのは不器用な男でして。約束すっぽかして千鳥にぶっ飛ばされるのも勘弁願いたく……姫路?」

 ふるふる。
 瑞希は、首を振っている。
 顔を俯かせて、ただ首を横に振っている。

「……温泉行くの、嫌なのか?」

 上条が訊いた。
 ふるふる、ふるふる。
 瑞希は首を振っている。瑞希は首を振っている。
 ふるふる、ふるふる、ふるふる、何度も、ふるふる、ふるふると。
 上条と目を合わせようとせず、一心不乱に、それしか能がないように、首を振る。

「…………」

 首を縦に振ることは、肯定。
 首を横に振ることは、否定。
 言葉を交わし合えなくとも、これくらいは動作で判別がつく。
 瑞希は温泉行きを拒否していた。

「でも、なぁ。千鳥を放ったままってのもあれだし……」

 ふるふる。
 上条がなにか言葉を発するごとに、瑞希は首を振った。

「いや、わかりますよ。そりゃ、姫路にとってはつらいことかもしんねーけど、だからってこのままここにいても――」

 ぎゅっ。
 瑞希が急に行動を変えた。
 ただ首を横に振るのではなく、上条の体操服の裾を両手で握った。
 懇願のポーズだった。

「…………あー」

 上条は言葉を失った。
 かけるべき言葉が見つからなかった。
 説得の仕様がなかった。
 どうしようもないほどに悟ってしまった。
 姫路瑞希は温泉には行かない。
 行こうと思わない。
 行きたくても、行けない。
 行けない。
144創る名無しに見る名無し:2010/01/17(日) 03:18:17 ID:oeS0rsiz
しえん
(……だよな、そりゃ)

 間違っているのは瑞希ではなく、自分のほう。
 温泉に行こう――これは上条当麻の失言だった。
 ほんの少しの後悔が、上条を唸らせる。

 ぱっ。
 瑞希が上条の体操服から手を離した。
 再びペンを取り、メモ用紙になにかを書き起こす。

 『お手洗いに』

 簡潔なメッセージに、上条は「ああ」としか言えない。
 瑞希は立ち上がり、校舎の中へと消えていく。
 そして屋上には、上条だけが残された。

「…………」

 一人きりになって、黄昏る。


 ◇ ◇ ◇


 屋上から逃げてきた姫路瑞希は、どこに向かうでもなくただ階段を降りていた。
 学校。文月学園のそれに比べれば随分とシンプルな、どこか古びた印象すら受ける建造物。
 それが妙に懐かしくて、親近感が湧く。廊下を歩くだけで、教室に入るだけで、涙が出そうになった。

 偶然にも、『2-F』の教室を見つける。

 二年Fクラス。瑞希が在籍していたのもまた、二年Fクラスだった。
 ただここの教室は、瑞希が日々勉学に励んでいたFクラスとは似ても似つかない。
 机は卓袱台でもみかん箱でもなかったし、床も畳ではない。空調もちゃんと効いている。
 とはいえAクラスほどの設備は揃っていない、いたって普通の教室だった。
 こんな環境で勉強ができたなら、明久くんあたりは泣いて喜びそうだな、と……。

(明久くん……)

 窓際の一番後ろの席。吉井明久の席。
 いつも瑞希や島田美波や坂本雄二や土屋康太や木下秀吉が集まっていた席。
 楽しくおしゃべりしたり、試召戦争の作戦会議を開いたり、笑い合ったりした席。

(わかってる、はずなのに……)

 ここには、日常もなにもない。
 学校という記号だけを持つ、ただの寂れた建物だ。
 瑞希が帰るべき場所、帰りたいと思っている場所は、他にある。

(ここにいたって、なんの解決にもならない……)

 停滞はなにも生まない、停滞はなにも育まない、停滞はなにも変えてはくれない。
 勉強だってそう。努力するから道が切り開ける。
 恋愛だって、同じはず……。
146創る名無しに見る名無し:2010/01/17(日) 03:19:56 ID:oeS0rsiz
しえん
(やっぱり、私は……明久くんに会いたい)

 クラスメイトである木下秀吉の居場所を聞いても、瑞希の想いは揺らがなかった。
 自らが犯してしまった罪は認めるし、いつか償いをしなければならないとも思う。
 けれどもやはり、今は。心の安寧を得るためにも、今は。今を生きるためにも、今は。

 明久くんに会いたい。

 ただそれだけを思って、明久を想う。
 明久を想って、しかし身体は動かない。
 どこに行ってなにをすればいいのか、未だに答えは浮かんでこなかった。

 問。どうすれば吉井明久に会えるでしょう。
 答。わかりません。

 赤点で落第で補習確定な解答。
 成績が優秀なら、人生も優秀というわけではない。
 自分が嫌いになってくる。
 上条当麻は追いかけては来ない。
 このまま消えてしまおうかとさえ思った。

(いつだって、そう)

 また、ひとりぼっち。
 これからも、ひとりぼっち?
 いつまで、ひとりぼっちなんだろう。

(私は、いつだって明久くんが助けに来てくれるのを待っていただけ)

 王子様の助けを待つばかりの、お姫様。
 なんて、自朝にもなっていない自嘲。
 このまま窓から飛び降りたいくらい。

「……?」

 Fクラスの教室から、窓の外の風景を眺める。
 校舎の四階に位置しているそこからは、学校周辺の街並みがよく見えた。
 なんの変哲もない住宅街、遥か南に聳える『黒い壁』、それよりも気になったのが、窓のすぐ向こうにある校庭。

 校庭全面に、“白線の模様”が描かれていた。

 イメージしたのは、ナスカの地上絵。
 ペルーの高原に描かれているという、世界遺産にも指定された幾何学図形だ。
 図のような絵のような、紋章のような魔法陣のような、イタズラのようなメッセージのような……よく、わからない。

 おそらくは、体育の授業などに用いるライン引きを使って誰かが描いたのだろう。
 が、その目的は皆目見当もつかないし、実行したのが誰なのか、この模様がどういう意味を持つのかも、やっぱりわからない。
 それなに不思議と、目を奪われる。
 瑞希はしばらくの間、校庭に描かれた模様を眺め続けていた。

(……あ。なんだか、これって)

 召喚獣を呼び出すときに出てくる幾何学的な魔法陣に似てるな、なんて思いつつ。


 ◇ ◇ ◇

「……なんでしょうね、あれ」

 同時刻、上条当麻も姫路瑞希と同じ風景を、屋上から眺めていた。
 校庭に描かれた幾何学的紋様。まさかあれが、生徒作成の即席ランニングコースであるはずがない。

「ライン引きかぁ。おもしろいよな、あれ。小学生のときはあれでよく落書きしたり……って、上条さんはその頃の記憶がねーんですけどもさ」

 瑞希を引き止められなくて、なんとなく屋上の端で黄昏てみた、偶然の発見。
 くだらないことする奴がいるもんだなぁ、と上条はその程度の感想しか抱かない。
 調べてみようという発想にも至らない。ただのイタズラとしか捉えない。

「あいつのルーン……ってわけじゃないよな。はははっ、まさか……出てこねぇだろうな、『魔女狩りの王(イノケンティウス)』」

 校庭に足を踏み入れた途端、大炎上――傍にはほくそ笑むステイル=マグヌスが! なんてことになったら笑えない。
 あのヘビースモーカーの力は頼れるものがあるが、上条は何度か、標的もろとも消し炭にされかけた覚えがある。

「……一応、近寄らないようにしとくか。姫路にも言っとかねーと」

 結局。
 いくら考えたところで、この先どうするかという問に対する正答は浮かんでこなかった。
 かなめとの約束を破りたくはないが、だからといってあんな状態の瑞希を蔑ろにすることはできない。
 温泉行きは断念し、しばらくは瑞希のメンタルケアに努めるべきなのだろう。そう考える。

 しかし、それは停滞だ。
 『幻想殺し(イマジンブレイカー)』による『黒い壁』の破壊もままならない現状、いつまでもこうしてはいられない。
 インデックスや土御門たちのような魔術に詳しい人間の協力を得られれば、打開への道筋が切り開ける可能性もある。
 目先のことばかりに気を取られている場合ではないのかもしれない。大局で捉えればそうに違いない。だが、

「放っておけねぇよなー、やっぱ」

 なんだかんだで、上条当麻はここにいる。
 屋上から校舎へ、瑞希を迎えに行こうとしている。
 それがなによりの答えで、なによりの人間味。
 上条当麻とはそういう男であり――

「そろそろ十二時、かぁ」

 ――放送が、近づく。
149創る名無しに見る名無し:2010/01/17(日) 03:24:09 ID:oeS0rsiz
しえん
150創る名無しに見る名無し:2010/01/17(日) 03:26:26 ID:oeS0rsiz
しえん
151創る名無しに見る名無し:2010/01/17(日) 03:28:57 ID:oeS0rsiz
しえん
152創る名無しに見る名無し:2010/01/17(日) 03:29:49 ID:oeS0rsiz
しえん
153創る名無しに見る名無し:2010/01/17(日) 03:31:51 ID:oeS0rsiz
しえん
154創る名無しに見る名無し:2010/01/17(日) 03:33:08 ID:oeS0rsiz
しえん
【E-2/学校・屋上/昼】

【上条当麻@とある魔術の禁書目録】
[状態]:全身に打撲(行動には支障なし)
[装備]:御崎高校の体操服(男物)@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式(不明支給品0〜1)、吉井明久の答案用紙数枚@バカとテストと召喚獣、
     上条当麻の学校の制服(ドブ臭いにおいつき)@とある魔術の禁書目録
[思考・状況]
基本:このふざけた世界から全員で脱出する。殺しはしない。
1:姫路を迎えに校舎の中へ。温泉にも行きたいが、彼女を放ってはおけない。
2:温泉に向かう。かなめや先に温泉に向かったシャナ達とも合流したい。
3:インデックスを最優先に御坂と黒子を探す。土御門とステイルは後回し。
4:教会下の墓地をもう一度探索したい。
[備考]
※教会下の墓地に何かあると考えています。


【E-2/学校・校舎内/昼】

【姫路瑞希@バカとテストと召喚獣】
[状態]:左中指と薬指の爪剥離、失声症
[装備]:御崎高校の体操服(女物)@灼眼のシャナ、黒桐幹也の上着、ウサギの髪留め@バカとテストと召喚獣 (注:下着なし)
[道具]:デイパック、血に染まったデイパック、基本支給品×2
     ボイスレコーダー(記録媒体付属)@現実、七天七刀@とある魔術の禁書目録、ランダム支給品1〜2個
[思考・状況]
基本:死にたくない。死んでほしくない。殺したくないのに。
0:明久くん……明久くんに会いたい……。
1:……やっぱり、温泉には行きたくない。
2:朝倉涼子に恐怖。
3:明久に会いたい。
お、いけた。

さるさんに足止めくらいましたが、これで投下終了です。
夜分遅くの支援ありがとうございました。
あと>>136の部分、タイトル微妙に間違えたので一応報告。
157創る名無しに見る名無し:2010/01/17(日) 12:59:38 ID:HqnM4vOU

いやあまあ、上条さんは慎重な割には結構地雷踏んでるな
しかし取り上げざるを得ないよな、校庭。
最近アニメで試獣召喚の陣が出てきたからなんだかすぐイメージがついた。
・・・ん?姫路さんは上条さんの持ち物的に
ひょっとしてそこでなら試獣召喚できるんじゃないかと思うのだがこれは今後待ちか

これで全員時間までに終わってついに人類最悪の放送特番か
第二回は名簿未掲載含めかなりいろいろな人物が死んでいったから一人もやられてない
キノ勢以外の面子の反応が楽しみだ
158創る名無しに見る名無し:2010/01/17(日) 18:18:10 ID:7IUV0HCY
投下乙
暴発の気配にビクビクさせられた情報交換は、コクトー殺害だけ伏せての話で落ち着いたか
目的や動機の薄かった上条さんは、朝倉組を敵として認識した格好になったな
そういえば師匠朝倉組を師匠朝倉組と知って警戒してる対主催は、現時点ではここだけになるのか
警察署での激突の結果にも拠るだろうけど、一つの見所が見えてきた気もする
159創る名無しに見る名無し:2010/01/18(月) 01:58:08 ID:j6OlUI7U
投下GJ! とりあえずあれか、セウトか。
ギリだな、非常にギリだこれ。上条ちゃん、どうにか崖っぷちで耐え切ったといいますか。
黒桐の話を聞けなかったのは拙いなー。これは果たしてどうなるか、痛手になるのかならぬのか。

そんで>>158先生のお言葉で気付きました。そうだな、そうなるのか。
師匠と朝倉怖いわー……w サーチアンドデストロイだと自然に情報も漏れないわけですな。
そう言った意味では彼女らにとってもこの上条ちゃん達の存在が一番のネックか……。
ここで二人が気合を見せられるのか、そこにも期待したい!
160創る名無しに見る名無し:2010/01/18(月) 22:12:51 ID:VeRLJctX
GJです。気になっていた情報交換が終わり、上条さんの行動方針に変化が見えてきた。
ところで、そろそろ第2回放送になるのでしょうか?
161創る名無しに見る名無し:2010/01/19(火) 02:25:15 ID:LMW3n4jp
確かにそろそろ放送だね
どんな放送になるか楽しみ
162 ◆EchanS1zhg :2010/01/19(火) 03:15:50 ID:bMwVURsP
放送を投下させていただきます。
163第二回放送――(1日目正午)  ◆EchanS1zhg :2010/01/19(火) 03:16:36 ID:bMwVURsP
 【0】


とにかくね、生きているのだからインチキをやっているのに違いないのさ。


 【1】


『――よぉ、予定通りの放送の時間だぜ。

 聞く聞かないは勿論手前等の好き勝手だ。
 尤も、聞くに聞けない聞くどころじゃないってやつもいるだろうが、俺としても勝手に喋らせてもらうぜ。
 くどいが言うのは一回きりで繰り返しはしない。聞く気のあるやつはよぉく集中しておくことだな。

 じゃあまずはお前らがお楽しみにしている俺からの解説といこうか。
 そんなものには興味がないってやつはしばらく耳を閉じているか、別の用事でも済ませておいてくれ。
 俺としてもこれは必須って訳じゃあないんだがね。
 そうすると言った手前、その次からもうしませんとなるとさすがに格好がつかないってもんだろう。

 なんで、ネタが切れるまではそうしてやるよ。今回はお前らが気になってしょうがない”壁”についてだ。



 壁……壁か。壁ねぇ。ふん、なるほど、確かにそれはお前らにとっては正しい比喩なのかもしれないな。
 場所と場所とを隔てるもの。堅く通じないもの。そして、乗り越え”られると思う”もの。
 確かにこのちっぽけな世界の端をぐるりと取り囲む”あれ”はお前らにとっては”壁”なのだろうさ。
 その認識にケチはつけないし、この先もどう思おうがそれは手前らそれぞれの勝手だ。

 じゃあ俺からの解説だぜ。俺は喋るだけ。お前らは聞くも聞かないも、聞いてどう解釈するも勝手にすればいい。

 まず、”あれ”は”壁”じゃあない。
 問題とすべきファクターとしてはそう認識することも間違っちゃあいないが、存在としては全くの異質だ。
 最初に俺は言ったよな。この世界の端は元よりの世界から切り離された一片の存在でしかないと。
 そこを踏まえれば”あれ”がどういったものかというのは簡単に想像できるんじゃないか?

 ふん。これで終わっちゃあ解説じゃあねぇな。
 そもそも解説はお前らを楽にする為のもの。ならば、もう少しはっきりと言ってやるのが親切だろう。

 あれは――《空白(ブランク)》だ。

 もう一度言うから想像してみな。
 一枚の折り紙をひとつの物語の世界とした場合、その端っこをちょいと切り離して作られたのがここだ。
 わかるか?
 壁という解釈は根本的な所で間違っているんだよ。壁があるんじゃない。あれは”世界がない”という状態なんだ。

 物語が途切れた先。故に《空白(ブランク)》。
 見た目には真っ黒だが、何も書き込まれていないが故にあれは真っ白のブランクなのさ。
 《落丁(ロストスペース)》とでも言い換えてもいい。俺の名づけが気に入らないなら自分で考えてもいいだろう。

 まぁ、例えるなら宇宙空間みたいなもんだ。
 それぞれの物語を惑星とした大宇宙の、物語と物語の間を埋める広大な暗黒空間。
 何でできているか。何が満ちているかなんてのは俺にもわかりやしない。
 エーテルかダークマターかなんて言っても、これは説明していないに等しいただの言葉だけだしな。

 なのでまぁ、一応言っておくとあの《空白(ブランク)》を突き抜けたところでその先には何もないぜ。
 いや、どこまでもどこまでも進めるって言うんなら、いつかはどこかしらの物語に辿りつくかも知れんが、
 それは冥王星から生身で地球まで宇宙遊泳を試みるようなもんだ。
 可能性を零と断じても問題ないぐらいの低確率。目的地を海王星に変えたとしてもそれは変わらん。
 そもそもとして宇宙空間と同じく人が生存し続けられる場所じゃねぇ。
164第二回放送――(1日目正午)  ◆EchanS1zhg :2010/01/19(火) 03:17:18 ID:bMwVURsP
 なのでまぁ、ズルをして出て行こうってのは諦めるのが無難だと俺は忠告してやろう。

 わざわざ自殺となんら変わらない挑戦を止めてやるほどの義理はないが、
 もしかしたら億兆分の一ぐらいの可能性で生きたままどこか別の物語に辿りつくってこともないとも断言できん。
 億が一に生存できるかもしれない自殺の方法。
 そんなものを探している奇矯なやつに心当たりがあるなら、まぁ気に留めておくぐらいはいいかも知れんな。



 さてと、じゃあ一席打ったところで脱落者の発表といこう。耳を塞いでたやつもここからはよぉく聞いとけよ。



 ”朧”
 ”土御門元春”
 ”櫛枝実乃梨”
 ”土屋康太”
 ”吉井明久”
 ”朝比奈みくる”
 ”薬師寺天膳”
 ”白純里緒”
 ”ガウルン”

 以上9名に加え、

 ”木下秀吉”
 ”零崎人識”

 この2人を加えた計11名が今回の脱落者だ。
 例により最後の2人は名簿には名前の載っていなかったものであり、気になるならばメモを取っておくといいだろう。

 では今回の放送は以上だ。次はまた6時間後の午後6時に行う。
 すでに12時間が経過しているが、眠気のあるものは素直に寝ろと老婆心ながら忠告してやろう。
 丁度飯時でもある。腹が減っているやつは何か食えばいい。人間、食って寝なければ生きてゆけんからな。
 それは最大で3日だとしても省けるもんじゃあない。とれるものはとれる時にとるべくしてとるとよい。

 では、縁があったまた会おう――』


 【2】


「ふん。とれるものはとれる時にとるべくしてとるとよい。まったくだな」

パチンと乾いた音を立て、人類最悪と名乗った狐面の男は手にしていた割り箸を開いた。
硬い床にざぶとんひとつと、その上に座っている彼の目の前にはいつの間にかに熱々のきつねうどんが用意されている。

一見何もなさそうなこの場所で、誰がどうやっていつの間に用意したのか、それは謎である。
狐面の男は知っているのかもしれないし、彼自身が用意したのかもしれないが、しかし彼が今それを語ることはないだろう。

ともかくとして、彼はつけ続けていたお面を至極あっさり、当たり前といえばそれは当然という風に外し、蕎麦に箸を伸ばした。
そして手早くかきこんでしまうと、座っていたざぶとんを二つ折りにしてそれを枕に横になってしまう。
しばらくして聞こえてきたのは低い寝息。見られるのは壮年の男性の男前な寝顔。

寝てしまったけれど果たしてそれでいいのだろうか?

しかし、それを聞こうにも彼は寝てしまっているのであった。なので、いいも悪いもわからない。全くもってさっぱりと。
165第二回放送――(1日目正午)  ◆EchanS1zhg :2010/01/19(火) 03:18:01 ID:bMwVURsP
以上、投下終了しました。
166創る名無しに見る名無し:2010/01/19(火) 03:28:31 ID:ZXrLxVBb
投下乙です

《空白(ブランク)》に《落丁(ロストスペース)》ね。狐さん、とことんまで物語を語るなー
壁を壊すことに執着している子や、壁を超えて脱出しようとしている子には影響でかそうな話だ

一つ指摘させていただくと、脱落者の読み上げのところ
名簿に名前が載っていなかった参加者は、秀吉と零崎の他にムッツリーニと里緒もそうですね
だから名簿外の脱落は四人かなー書き手枠の生存者も残り四人か
167創る名無しに見る名無し:2010/01/19(火) 07:29:48 ID:v85rpinu
GJです。
ただ、「きつねうどん」と「蕎麦」が混同されてますが
168創る名無しに見る名無し:2010/01/19(火) 10:20:36 ID:j4qRKtru
乙です

ヒントなのか迷わす手段なのか…
更に目的やら主催側の事情が無いのは…狐さんなら目的が無いのに開催したで済むけどw
そろそろ主催者側の描写も必要だけど少ないのも仕様なのかと気になる
ちなみに蕎麦の場合は「たぬきそば」ですw
169創る名無しに見る名無し:2010/01/19(火) 17:39:05 ID:goEFndZL
たぬきっててんかすさんがはいってる奴じゃね?
170創る名無しに見る名無し:2010/01/19(火) 19:05:49 ID:dvAsdMwU
狐さんが食べてりゃきつねなんじゃね?w
171創る名無しに見る名無し:2010/01/19(火) 20:19:52 ID:ICmv6/QS
きつねうどんの名は全国共通だけど、油揚げ入りの蕎麦の名称とか、たぬきといって出てくる具の中身とかは地域差がある
172 ◆EchanS1zhg :2010/01/19(火) 20:34:55 ID:bMwVURsP
指摘感謝です。恥ずかしいミスはwiki収録時に修正を……w
173創る名無しに見る名無し:2010/01/19(火) 20:59:40 ID:L5lop63f
投下乙でした

次の予約ですが日を置いて、「●日の●時から」って感じにするのかな?
174創る名無しに見る名無し:2010/01/19(火) 21:48:55 ID:Dh46W4Qi
日時を決めて予約合戦では?
175創る名無しに見る名無し:2010/01/19(火) 22:20:22 ID:1Yjs6wzQ
転載ー

112 名前: ◆EchanS1zhg 投稿日: 2010/01/19(火) 21:50:42 ID:jpiPlplo0
急に規制が入ったのでこちら側で。

>放送後の予約解禁
今晩というのも性急ですし、丸一日以上置くとして 「21日の0時より解禁」 というのはどうでしょうか? と提案してみます。

此方もその意見に賛成です
176創る名無しに見る名無し:2010/01/19(火) 22:46:26 ID:ICmv6/QS
異議なーし
177創る名無しに見る名無し:2010/01/19(火) 23:12:46 ID:ZXrLxVBb
同じく異議なーし
178創る名無しに見る名無し:2010/01/20(水) 00:52:54 ID:JA8pa/cH
じゃあ今日24時解禁かな?
楽しみだ
179創る名無しに見る名無し:2010/01/20(水) 03:47:27 ID:9pXfj3I0
予約解禁にwktkしつつネタ振ってみる
みんなの放送後の注目所といえばどこ?
180創る名無しに見る名無し:2010/01/20(水) 14:17:33 ID:yeCRTKjO
俺はハルヒ・いーちゃん組かな
ただ彼らだけでなくキョンか古泉が絡むかどうかだな
特にいーちゃんがキョンの存在と位置づけを知ったら…どうするんだろう?
181創る名無しに見る名無し:2010/01/20(水) 16:44:06 ID:UvGkXWkE
やっぱ警察署と神社だなあw
182創る名無しに見る名無し:2010/01/20(水) 16:54:47 ID:dJhKPAy3
北東方面で誰と誰がどう出会うのかが気になる
今摩天楼にいるグループもそっちに向かうし
183創る名無しに見る名無し:2010/01/20(水) 20:38:02 ID:Jle/YBkV
さすがに解禁になっても予約が来ないとかあり得ないよな?
184創る名無しに見る名無し:2010/01/20(水) 23:14:31 ID:fVhR1hkW
さすがにそれはないと思うぜw
予約はいる数が1から5のどれかは不明だが
185創る名無しに見る名無し:2010/01/21(木) 00:11:07 ID:WPLgZuFg
来たな
これは警察署と神社かな
それと上条さんらか
186創る名無しに見る名無し:2010/01/21(木) 00:42:04 ID:Y/qOy/uN
むぅ、楽しみだ
187創る名無しに見る名無し:2010/01/22(金) 23:33:04 ID:EwCNO3wb
>>185
その上条さんのは放送前のやつじゃないか?

キノが神社に到着とか波乱しかありえん。美波のいることだし。
188創る名無しに見る名無し:2010/01/22(金) 23:49:16 ID:nz34GYie
それの次だよ
189創る名無しに見る名無し:2010/01/22(金) 23:49:59 ID:wK/UYceN
それでも美波なら……美波ならキノに関節技を決めてくれるはず……
190創る名無しに見る名無し:2010/01/23(土) 01:57:15 ID:Fyvl1+Qz
キノはキノで柔軟性高いから、しれっと人の輪に入り込む可能性も否定できないのが怖いw
191創る名無しに見る名無し:2010/01/23(土) 13:23:30 ID:3hEa3zX2
084
この身汚し頷く強さと、いつも前を見つめたい弱さを

消えてない?
192創る名無しに見る名無し:2010/01/23(土) 14:38:07 ID:owOVwD4l
戻しといたよ
他に消えてるページがあったら、「〜削除されました」とか出てるところで
「編集履歴を検索」→「(最新の)ソース」→ソースを丸ごとコピー→ページトップに戻る→
「@wikiモードで作成する」→ソースをペースト→元通り!

こんな感じでひとつ
193創る名無しに見る名無し:2010/01/23(土) 15:29:30 ID:6yrzlkdC
>>188
スマン、見間違っていた
194創る名無しに見る名無し:2010/01/23(土) 21:09:26 ID:GWnvKG7/
>>191-192
作品名で検索かけたら、目次が何でだか別のアドレスにリンクされてたので、そっちも修正した

そろそろ古い作品は管理者権限のロックかけてもいいのではーと思ふ
完結済みのロワも、荒らされてたりすることあるし
195創る名無しに見る名無し:2010/01/23(土) 21:21:36 ID:GWnvKG7/
墓荒らしがいるようだな…復元中
どならか復元のバッティングしてるようなので、お互い気をつけようw
196創る名無しに見る名無し:2010/01/23(土) 21:22:10 ID:fa7yp1/1
墓荒しが……
197創る名無しに見る名無し:2010/01/23(土) 21:45:08 ID:GWnvKG7/
いくつかおかしそうな箇所が見受けられたけど、編集履歴見る限りではwikiの人も
対応してるようなので、大丈夫だと思っとこう

以下のページが死んでるようなので、wikiの人かお時間ある方、対応よろです
…ざっと見ただけなので、抜けがあるかもしれません

編集練習用ページ
吉田一美(墓)
198創る名無しに見る名無し:2010/01/26(火) 11:21:52 ID:9qqOjwFB
予約スレ、ジェットストリームな延長申請に、不謹慎ながら糞わろたwww
皆さん頑張って下さいー。
199創る名無しに見る名無し:2010/01/26(火) 21:19:23 ID:pTdf9QdS
軒並み延長
凄いな
200創る名無しに見る名無し:2010/01/26(火) 23:14:29 ID:IlXlX9Qw
ペロッ……これは投下ラッシュフラグ!
201創る名無しに見る名無し:2010/01/27(水) 17:20:52 ID:o8IkM8Fs
全部楽しみでワクワクしてきたw
202 ◆olM0sKt.GA :2010/01/28(木) 00:00:55 ID:s6/YZvkF
お待たせいたしました。
投下を始めたいと思うので、よろしければ支援おねがいします。
晴天の霹靂という言葉がある。昨今の少年少女の国語力について何ら情報を持ち合わせていない俺だが、そこまで珍しい言葉ではないだろう。
もしまったく聞いたことないってんなら、それはもう少し学業に精を出した方がいいというサインかも知れない。
何せ俺だって知ってるくらいだ。定期テストの度に赤点の恐怖と戦う辛さは、身を持って知っている。

意味をご存じだろうか。まぁゆとりだなんだといかめしく眉をひそめるはた迷惑な年寄りにはなりたくないと、常日頃から自戒を心がけている俺としてはあっさりと回答を披露してしまうわけだが、この霹靂というのはつまり雷のことらしい。
要するに、澄みきった青空を夢見心地にぼんやり眺めているときに、アホの谷口もかくやと言わんばかりの空気の読めなさで雷をドカンと落とされりゃ誰だってびっくりするって話だ。

ああその通りだろうよ。何も雷じゃなきゃらいけないわけじゃない。雪崩だって、鉄砲水だって、アンドロメダ大星雲から飛来した新型ウイルスだって構わない。
どこからともかなく聞こえるおっさんの、どうにも投げやりで面倒くさそうなバリトンボイスが日本沈没なみのインパクトを持っていたとしても、驚くことではないのだ。
なぁ、古泉よ。聞こえてるか。
朝比奈さんが亡くなったんだってよ。

「あんた、ちょっと顔色悪いわよ・・・・・・少し休んでく?」

外から見た俺の様子は中の俺が思っている以上に酷い有様なのか、かなりトーンを落とした声でそう言われた。
こいつはこいつで幾つかの名前に反応していたようだが、はっきり言って俺は心遣いに手を振る余裕さえない。

よお、古泉。お前分かってんのか。朝比奈さんが死んだんだぞ。
ハルヒが好き放題するためだけに作れられたSOS団なんてトンチキな団の中で、数少ない常識人だったあの朝比奈さんだよ。
そりゃあそうだよなぁ。ものは倒すは自分もこけるわ、普段の生活からしてドジと愛嬌を振り撒くのが仕事みたいなお人だ。
こんな異常事態に対処できるわけがない。未来からきた、なんてエキセントリックな要素も通用しない。
長門だって、たったの六時間もしないうちに死んじまうんだからな。
204創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:03:12 ID:tTpLJH8L
sien
信じられるか。あの間延びした甲高い悲鳴を聞くことも、手ずから入れてくれたお茶をじっくり味わうことも、もうできないっていうんだぜ。
まさかあの味を忘れたとか言うんじゃないだろうな、古泉。
五人いたSOS団が、たったの半日で三人になっちまった。もうあの部室に皆が揃うことは、永遠にないんだ。
それでもお前は言うんだろうな。例によってあの気持ち悪い笑顔でだ。
ハルヒがその気になれば全部元通りって。はっ。
俺には、あのわがまま娘をどうしてそこまで信奉できるのかさっぱり分からんね。
見ろよ。このくそったれな世界は何も変わっちゃいねぇ。いくらハルヒが二足歩行を覚えたての猿並に図太い神経をしてるからって、何も知らないってことはないだろ。
まだハルヒが悲しみ足りないって言うのか。そんなのってあるかよ。
お前はどうなんだ、古泉。この期に及んで「何も変化が起きませんねぇ」なんてすかしてやがるんじゃないだろうな。
もしその通りだっていうなら。
まだ間違いに気付かねぇって言うんなら。

俺は、天下のSOS団服団長様に言わなきゃならんことがある。

「大丈夫だ……先を急ごう」
「無理するもんじゃないわよ。……場合が場合だし、何ならあんただけ引き返しても」
「いや、それは駄目だ。……本当に大丈夫なんだ。心配かけた。悪い」

俺は立ち上がる。道路に突っ伏したときについた汚れをはたいて落とす。
御坂はさっきまでのビリビリもどこへやら、多少不安の残る表情をしていたが、それ以上俺を止めようとはせずにいてくれた。
引っ張り上げてくれる優しさは格別のありがたさだ。俺の言葉にどれほど力がこもってたかは分からないが、感謝の一言につきる。
立ち止まる暇はなんて、一瞬たりともありはしないのだ。
萎えた足に無理やりムチ打って、俺達は歩き出した。

すんません、朝比奈さん。本当はガキみたいに泣きわめいた後一生ふて寝を決め込みたいくらい最悪の気分なんですけど。
長門のときみたいにやけ食いで腹のもん全部ぶちまけてやりたいくらいですけど。
今は、全部後回しにします。

「あの馬鹿を、止める……!」

これ以上、仲間が減るのを見たくないんで。


◇  ◆  ◇  
206創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:04:21 ID:tTpLJH8L
sien
(……駄目だ。とても接触できる空気じゃない)

警察署の地階と一階、さらに二階とを結ぶ階段の影に身を潜ませながら、トレイズは心中でひとりごちた。
ナイフの反射で作った簡易の鏡によれば、背を預ける壁の向こうにいるのは三人とも女性のようだ。古典的な方法だが、それだけに、光を気取られないよう注意すればかなり有効である。
トレイズが最も再会を望んでいる彼女の姿は残念ながらそこにはなかった。頭上では二度目となる放送が届けられている。

BGMのように響くそれが細かな物音を誤魔化してくれたのが幸いした。お陰で気取られることなく接近できた。
トレイズは放送と相手の動きにちょうど半分ずつ意識を割きながら、そうしてるつもりなのは本人だけでえ実際は大部分が読み上げられる死者の名前に傾いていたのだが、そろそろと慎重に立ち上がる。
直接相手を視認することはできなかったが、それでも分かったことがあった。
彼女たちに接触するのは危険だ。中でも、首都でも見たことのない珍しい銃を構えている女性は特に警戒が必要に見える。
銃の構え方はトレイズがため息をつきたくなるほどに完璧だし、位置取りは部屋を最良の条件で制圧している。
かつてトレイズが対峙したテロリストなどとは比較にならない。暢気に、顔を出していたら、その瞬間容赦なく殺されていただろう。
その様子を想像すると分厚いはずの壁がひどく頼りないものに思えてきた。これ以上、ここに留まるのは命に関わる。

(ここから離れよう。多分、それが一番安全だ)

入り口へ行くことは彼女達の視界に入ることになるので無理として、多少物音を立てても気付かれない二階から脱出する。
それほど背の高い建物ではないし、木に近い窓からでも飛び移ればたとえ気付かれたとしてもエルメスを発進させる時間は稼げるだろう。
具合のいい場所がなければ生地の頑丈なカーテンで即席のロープを作ればいい。最悪身一つで飛び降りてもなんとかなるだろう。
頭の中でエルメスにたどり着くまでの案を複数用意しながら、トレイズは無音のまま一段ずつ階段を昇る。

208創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:06:18 ID:O4NAzzIJ
 
放送は既に終わっている。
滑稽なほどの慎重さだが、騒音の助力を得られない今は衣擦れの音さえ察知されるのではないかと思えてしまう。あの人間にはそれだけの威圧感があった。
一方で、放送がトレイズの捜す彼女の名前を言わなかったことに心の底から本当に全力で安堵していたりもした。
首尾よく二階にたどり着く。それだけのことが中央山脈の単独登頂に匹敵する偉業に思えて、トレイズは念のため更に歩いてから膝を折って大きく息を吐いた。
まるで呼吸を忘れていたかのようだ。長居は危険とばかりに、さっきの部屋から一番離れた窓を目指す。
対角を意識して選んだ窓は幸い嵌め殺しではなく、下は植え込みで柔らかい土が敷かれていた。
窓枠に手をかける。脳内でエルメスへの最短の距離を計算し、それを最も効率よく実行するべく意識を集中する。

トレイズは最後に大きく深呼吸すると気持ちだけは大きく脱出の第一歩。踏み出そうとした。が。

(…………開かない?)

ビクともしなかった。鍵を開ければ左右に滑らすだけの単純な作りのはずが、いくら力を入れても一向に動く素振りがない。
まるで建物までトレイズの敵に回ったかのようだ。決して逃がすまいと口を閉じる箱。騒音が出るため乱暴な手段にも出られない。
尚もやっ気になり、両手を使い全力でことに当たろうとしたその瞬間。

「その窓は開きませんよ」

一ミリも意識していなかった方向から声を掛けられ、トレイズは無言のままみっともないくらい大きく飛び上がった。


◇  ◆  ◇  


210創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:07:11 ID:O4NAzzIJ
 
警察署の一階に三人の人間がいました。師匠と朝倉涼子と浅上藤乃でした。
厳密に言うと朝倉涼子は人間ではありませんが、色々とややこしいのでここではそう呼ぶことにします。
彼女達が捜している人間はまだ見つかっていませんが、そんなことはお構い無しに、今は放送が流れています。
大事な情報を聞き逃すのも困るので、三人は少しだけ足を止めて放送を聞いていました。
三人がいるフロアは、普段は市民の人たちが書類をもらったり手続きをしたりするのに利用されている場所です。
場所を選んだのは師匠でした。攻撃を受けることなく敵を発見できて、なおかつ咄嗟のときに移動しやすいから、というのが理由です。

放送がこれまでに死んだ人の名前を読み上げ、師匠はそれを聞きながら油断なくP90を構え周りに気を配っていました。読み上げられる名前には特に何も感じませんでした。
朝倉涼子は壁の端に手を付いて何かを高速で呟いていました。放送を聞いているようには見えません。
さっきまで彼女は師匠に命じられたある作業をしていたのですが、今はもうそれも終わっています。
浅上藤乃はどこに居ればいいのか分からないと言った様子で、銃を持った師匠から少し離れた場所に小さくなって座っていました。ちなみに、感想がないのはこの二人も同じでした。
死んだ人の名前を全員分言って、放送は終わりでした。わざわざ時間をかけたわりに得るものはありません。この世界の仕組みについて説明されましたが、師匠のすることは変わりません。師匠は無益な情報を喜ぶ人ではありませんでした。

「では、再開しましょう」

気を引き締め直すように言いました。浅上藤乃が素早さの足りない動きで立ち上がります。
師匠は、いたずらを終えた子供のような顔で戻ってきた朝倉涼子に簡潔に聞きました。

「で、あなたは何をしていたのですか」
「何って、師匠のお手伝いよ。悪いことじゃないわ」
「あなたは分かりやすく説明する癖をつけるべきです」
「そうしたいのは山々なんだけど、有機生命体が理解できる範囲だと情報の欠落がどうしても無視できない規模になっちゃうのよね。この場合は特に……」
「その言葉は聞き飽きました。次に私がなんと言うかは分かりますね」

だんだん口調が鋭くなっていく師匠を浅上藤乃が怯える子供のように見ていました。
朝倉涼子はちっとも怖がっていません。ん〜、と口に指をあて考える仕種です。

「つまり、この建物全体に情報改変を施した、ということになるのかしら」
「具体的には」
「物理的な構成情報の書き換え。対象は正面入口が1つと非常用の扉が4つ、それと24枚ある窓ガラス全部。
本当はこの建物を通常空間から丸ごと隔離できればよかったんだけど、流石にそれは無理みたい。
この処理だけでもかなり時間がかかっちゃったし、これくらいが今の私の限界値みたいね」
「その結果どうなったのです」
「ちょっとした防弾ガラスより強度が増したんじゃないかしら。
それとほんの僅かの膨張。師匠は知ってるかしら、窓や扉って例えば枠が少し曲がっただけで使えなくなる脆弱な構造なの。
地震のときはすぐに出口を確保しろって言うわよね。それって……」
「つまり」
「そう」

大体のところを理解して師匠は話を止めました。結論は朝倉涼子に任せます。朝倉涼子は片目を閉じると、優等生だったころのままの眩しい笑顔で言いました。

「逃げられない、ってこと」


◇  ◆  ◇  


212創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:08:54 ID:O4NAzzIJ
 
213創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:09:23 ID:MzE0uBxd
 
古泉一樹は自分が遅きに失したことを痛烈に感じていた。

(真っ先に退路を断たれましたか……。流石は長門さんの同類、抜け目がない)

放送のメモ。朝比奈みくるの死亡。それを受けた世界の観察。その他最低限の必要事項をこなしたことで後手に回らざるを得なくなってしまった。

(新たにもたらされた「世界」に関する情報は興味深いですが、考察するにはこの窮地を脱する必要があるようです)

黒い壁。ブランク。何もない終わり。考えを巡らせたせいで閉じ込められたのでは世話はない。
古泉は今、トレイズと名乗った青年と共に、電話を受けた部屋に籠っている。
開かない窓を必死でこじあけようとする姿はとても危険人物には見えず、しかしその冷静な判断事態は評価に値するので接触を図ったのだ。
状況は逼迫している。彼への試練などと言っている場合ではなく、一つの判断ミスが容易く古泉を殺す。トレイズがもたらした情報は僅かだが、そう判断するには十分過ぎた。

「朝倉さんと行動を供にする謎の人物。それも相当の手練れですか。やれやれ、頭が痛い」
「相当なんて言葉じゃ足りない。強い人間はそれなりに見てきたけど、あれはその誰も敵いそうになかった」

手札を確認するために、小さく会話する二人の回りには互いの持ち物がきちんと整頓された状態で並べられていた。
気を許したわけではない。この場を脱するための一時的な共同体だ。敵意が無いことは伝えても、それ以上のことは語らない。
トレイズからは今死ぬわけには行かないとしか聞いてないし、古泉も己の真意はほとんど語らなかった。
時間はない。その上余裕はもっと少ない。必然的に形作った最低限の絆だ。

215創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:10:43 ID:O4NAzzIJ
 
216創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:11:03 ID:MzE0uBxd
 
「既に述べたように僕たちは袋の鼠という表現がこれ以上ないほど的確に当てはまります。外への脱出を不可能にしたのは朝倉さんの仕業と見て99%間違いないでしょう」
「物の作りを変えちまう奴がいるなんて、想像できない。普通そんなのありえないだろ?」
「生憎と、僕たちは少々普通とは違っているものでして」
「悪いけど、全く対策が思い付かない。銃の扱いなら多少自信はあるけど……」
「それも、朝倉さんのお仲間である人物程ではないのでしょう?」
「あんたに何か考えはないのか。知り合いだって言ってたが」
「申し訳ありませんが、知り合いだからこそ、どうにもできないことが分かってしまうのですよ」

トレイズがガクリ頭を垂れる。それなりに肝は座っているようだがここ一番で打たれ弱いようだ。
打つ手なしという結論に着実に近付きつつあるのでは、それも致し方ないのかも知れない。
双方言葉が途絶えた。それぞれ顔も見ようとはしない。これで足音でも聞こえてこようものならいよいよもって観念するしかない。

万策尽きて、古泉は床に散らばった道具を一つずつ片付け始めた。形見分けでもするようなゆっくりした動作だ。さすがに、喩えの不吉さに笑ってしまう。
古泉を真似てか、トレイズも同じように片付け始めた。てっきり絶望に沈んでいるかと思ったが、その瞳は思った以上に力強かった。

「……俺は、こんなところで終われないんだ。守らなきゃならない人がいるから、俺は俺の身を守る。どうしようもなくたって、何とかしないといけない」
「……そうですね。それは僕も同じです」

交わしたのは、それだけだった。決意でひっくり返せるほど、盤面は容易くない。
やがて、古泉の手が一冊の本に至った。重たいハードカバーの、分厚い装丁の本。
中に栞が挟まれている。
そこに書かれている文字を読んだとき、古泉は文字通りに目を丸くした。

「……ときに、この本はどちらで入手されたものですか」
「それは……図書館だ。そこで死んでた女の子がその本を指差してて、とても大事なものみたいに見えた」

何も言わず古泉は厚皮の表紙をつぅ、と指でなぜた。
言われてみれば確かに、部室の、少しずつ増えていく本棚で見た覚えがある。
古泉は一言断り、本をトレイズではなく自分の荷物の中に入れた。事情は言わなかったが、勝手に察するものがあったのかトレイズも何も聞いてこない。
古泉は顎に手を当てて考え始めた。状況は変わっていないのに、思考がさっきよりずっとクリアに感じられた。
打つべき手段。為すべきこと。
それがあるとするなら。

「時間稼ぎ……でしょうか」


◇  ◆  ◇  
218創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:11:43 ID:O4NAzzIJ
 
219創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:11:53 ID:MzE0uBxd
 
220創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:12:33 ID:O4NAzzIJ
 
221創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:12:50 ID:MzE0uBxd
 
古泉一樹が師匠達三人の前に姿を現したのは、ちょうど彼女達が地下フロアの制圧を完了して一階に戻ってきたときでした。

「どうも、初めまして。僕は、古泉一樹というしがない超能力者です。そちらの朝倉涼子さんとは同じ学校に籍を置く学友の間柄です。
彼女に対してだけは、お久しぶりですと申し上げておきましょう」

放送を聞いたのと同じロビーに、貼りついた中身の見えない笑みを浮かべた古泉一樹は開口一番そんなことを言いました。ぺらぺらと良くしゃべるようすはまるで胡散臭い詐欺師です。

「以後、お見知りおきを」

両手を頭の後ろで組んだ降参のポーズのまま、古泉一樹は普通の女の子なら思わずみとれてしまいそうなスマイルをしました。
しかし、瞬く間に警察署の半分を制圧した師匠とそもそも人間ではない朝倉涼子とどこかおどおどしながら二人の後についていただけの浅上藤乃は、皆普通の女の子ではなかったので何も感じませんでした。
獲物の方から出てきて楽になったと、それくらいは感じたかも知れません。

「と、彼は言っていますが」
「うん、言ってることは本当よ。でも、だからと言って私から師匠に言うことは何もないわ。
強いて言うなら、彼の言う超能力は師匠の脅威になるレベルのものではない、と言うことくらいかしら」
「そうですか。では死んでもらいます」
「おっと、それは双方にとって少々困ることになると思いますよ」

古泉一樹のよく動く口が開くのが一瞬遅れていたら、師匠のP90に蜂の巣にされているところでした。
実は、最初に姿を現したときも同様に彼は師匠に殺される寸前でした。五分に満たない短い時間で、古泉一樹は二度死線を潜り抜けました。

「僕にはこのとおり抵抗の意志はありませんが、むざむざ殺されるつもりもありません。実はこの建物内にもう一人仲間がいまして、僕が戻らなかった場合はとある装置を起動させる手筈になっています」
「大体想像は付きますが一応聞いておきます。装置とは何ですか」

師匠の言葉に古泉一樹は吐息を漏らしました。理解の早さを感心しているようにも、喜んでいるようにも見えます。

「ご明察の通り、爆弾です。支給品として与えられた非常な強力なものでこの建物を丸ごと吹き飛ばすことが可能です。
僕達はあなたやそちらのお嬢さんのことは存じませんが、朝倉さんがどういう存在かについてはよく知っていますので」
「正面から抵抗するより、命を盾に交渉を迫る、ということですか」

爆弾と聞いてびっくりしたのは浅上藤乃一人だけでした。彼女は自分に話を振られたときも少し困ったようにしていました。
師匠と朝倉涼子は平然としています。もっとも、この二人はたいていのときは平然としています。
朝倉涼子については師匠と話しているときには色々と感情のようなものを見せますが、それはむしろ彼女のペースを崩せる師匠がどうかしているのです。

223創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:13:39 ID:O4NAzzIJ
 
「仰る通り。僕達はこの交渉を最後の生命線と覚悟を決めています。もし見逃していただけない場合は、せめてあなたがたの命を一緒にいただきます」

そのとき、建物内のどこか遠くでダーンという音が響きました。ちょうど二階のあたりから聞こえたそれが拳銃の発砲音であることが、銃に慣れた師匠はすぐに分かりました。
古泉一樹は胡散臭い微笑みのまま、今の音は仲間が出したものだということ、
仲間が嘘でないことを示すためにある程度時間を置いてから発砲するよう指示をだしておいたこと、などを伝えました。

「ふむ」
「いかがでしょう。お互いにまだ命を危険にさらしたくはないでしょう。
見逃してくれるのであれば、些かのお礼もさせて頂きますよ。何せ、こちらは朝倉さんとことを構えずにすむよう必死ですので」

古泉一樹は続けて、金銀財宝の話をしました。爆弾と同じく支給品として与えられたこと、途方もないくらい莫大な価値があること。
ほとんどは建物のどこかに隠したが、一部は証拠として身に付けてきていることなどです。
師匠の意志は決まりました。

「仲間に気取られないようあなたを殺し、爆弾を無力化した後財宝を全て頂くことにします。それでは」
「果たして、それが可能でしょうか」

古泉一樹は三度目の死線をくぐりぬけました。完全にやる気になっている師匠の手をこうも逃れられる人間は中々そういません。
後ろ手を組んだ頭に隠されていたビニール袋がそれを可能にしました。

「我学の結晶エクセレント29004――通称"毒虫爆弾"と言います。僕の最後の支給品です」

開放された手に吊り下げられたビニール袋の中には、それはもう沢山の毛虫がうねうねと蠢いていました。
真っ黒な塊が上に下に好き放題動き回るさまはとても気持ち悪いものでしたが、気持ち悪そうにしたのはやはり浅上藤乃だけでした。
彼女はこの会話にあまりついてこれていません。

「おや。身体検査をするべきだったかも知れません」
「もう、師匠ったららしくないミスをするんだから」

師匠は最初から射殺することだけを考えていたのですから、身体検査も何もやらないのは当たり前です。
ここはむしろ、会話を引き延ばすことに成功した古泉一樹を誉めるべきでしょう。

225創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:14:26 ID:O4NAzzIJ
 
226創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:15:20 ID:O4NAzzIJ
 
227創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:16:13 ID:O4NAzzIJ
 
「今でこそおとなしいですが、彼らは非常に獰猛です。
僕がこのビニール袋を落とせば衝撃に反応し、忽ちの内に袋を食い破って僕達全員に襲い掛かるでしょう。
触ればたちどころに死に至る猛毒から、逃れる術はありません」

いかがですか、と。
それぞれに美人でそれぞれに危なっかしい三人の女性をぐるりと見回すように言いました。
交渉における切り札を全て切り、後は相手の出方を待つだけです。古泉一樹にもう後がないことは師匠達にも分かりました。
起死回生を狙う古泉一樹を師匠はほんの少しだけ思案するように見つめます。
それは本当にほんの少しだけの時間でした。師匠は決断するのにほとんど時間を使いません。

「分かりました」

そう言うと同時に、師匠は躊躇なく古泉一樹の手を撃ち抜いていました。
銃を流すついでに腹部にも何発か銃弾を残します。間髪を入れず、一瞬で数メートルを近づいた師匠が強烈な前蹴りを叩き込みます。
激痛と衝撃に驚く間もなく、あっと言う間に古泉一樹は壁際に叩きつけられてしまいました。
反動でビニール袋から距離をとった師匠は、これもまた全く無駄のない動作で鞄からペットボトルを取り、投げました。ペットボトルは蓋の代わりに布で栓をされており、投げる直前にすられたマッチで火を付けられていました。
何故そんな簡単に火がついたかと言うとペットボトルには水の代わりにパトカーから拝借したガソリンが詰められていたからです。放送の間、朝倉涼子に作らせていたものでした。
即席の火炎瓶は瞬く間にビニール袋をとかします。更にP90の弾丸がペットボトルを吹き飛ばし、火は簡単に燃え広がりました。
300匹いた虫達は何もできないまま、古泉一樹の話がそもそも嘘っぱちなので何もできないのは当たり前なのですが、皆灰になってしまいました。
残ったのは、ぷすぷすと嫌な臭いを立てる黒い物体と、痛そうに蹲る古泉一樹だけです。

「がっ…………は…………」

右手とお腹からだらだらと血を流す古泉一樹にこれっぽっちも構わず、手際よく消化を終えた朝倉涼子は燃え残った虫の一匹をつまみ上げました。

「どうです」
「うん、ただの毛虫ね。毒性は皆無だからその部分は彼の嘘」
「でしょうね。そうだろうと思いました」
「どうしてそう思ったのかしら。一応聞いておきたいわ」
「毒性を持つものは動物であれ植物であれ大抵は警戒色をしています。その虫にはそれが皆無だったことが一つ」
「あぁ、私もそれは思ったわ。でもそれだけだと彼の言う爆弾が嘘である証拠にはならないわよね」
「相討ちとはいえ本当に勝算を持った人間が、土壇場の切り札に嘘を混ぜるとは思えません。
そもそも彼は少し喋りすぎです。嘘をつく人間は得てして必要のないことまでよくしゃべるものです」
「う〜ん、分からなくはないけど、根拠としてはちょっと曖昧過ぎるんじゃないかしら」
「まぁ最後は勘です。何となく嘘っぽいと思いました」
「経験からくる直感的な判断かぁ。私にはそういうのはできないなぁ」

この間、古泉一樹はどうすることもできずに倒れていました。浅上藤乃は目の前で人が撃たれたことに驚きながらも、何故か目を離せずいるようです。
古泉の作戦通りに動いていたトレイズが、策破れた今どうするつもりなのか分かりません。

「さて、では死ぬ前に財宝のありかを聞き出してしまいましょう。そっちは本当のようですから」
「あぁ、やっぱりそのために止めを差さなかったのね」
「他にどんな理由があるのです」

世にも恐ろしい女性二人が物騒な会話をするのを、古泉一樹はもうろうとした意識で聞いていました。
呼吸も荒く、流れ出る血は止まる様子を見せません。体内破壊に定評のあるのP90の弾丸が内臓をぐちゃぐちゃに掻き回したのですから当然です。

(我ながら……よくもった方では、がっ…………ないでしょうか……)

力もなく、武器もなく、策と呼べるほどの策もない、ほぼ無手で挑んだ交渉です。本当に、出会い頭で殺されなかったことだけでも幸運と言えるでしょう。
あとは荷物を物色され、知っていることを洗いざらい喋らされてから殺されるのを待つのみです。
だらりと垂れ下がった手が、まるで全てを観念したかのように弱々しく見えました。
しかし。

「お陰で、なんとか、間に合いましたね」

そのとき。
その部屋にいた全員が、ある音を聞いた。
声になっていたかも怪しい古泉の呟きを、ではない。それよりも更に小さい、風に紛れれば消えてしまう程度のピンという微かな音だ。
本来聞こえるはずのない音は警察署と外を隔てる壁の向こうから確かに届いた。
コインを弾くような軽快な調べはたった一度だけ響くと、それが空中高く舞い、再び落ちるのに十分な時間だけ静寂を保つ。
次の瞬間、号砲はその何百倍もの轟音を伴う衝撃波となって、古泉を幽閉して止まなかった監獄の壁を易々と突破し、ぶち抜いた余波を残骸となって辺り一面に散らばった。
もうもうと立ち上る土煙が二つの黒い影を形作る。
土色の霧が晴れた、その向こうから姿を現したのは。

「うっしゃあ、開通!さっすがあたし!」
「またえらくド派手な登場だなぁ、おい……」

いささか威勢のよすぎる短髪の少女と、どこかくたびれた様子の凡庸すぎる容姿をした男性だった。

「……お待ちしておりました。《超電磁砲(レールガン)》の御坂美琴さんと、あなたを」

古泉は、今度こそ心の底からの感情で、キザっぽく笑った。


◇  ◆  ◇  


230創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:17:16 ID:8Nzor58m
支援
231創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:17:54 ID:O4NAzzIJ
 
帯電したオゾンの独特の臭いが鼻を突く。見ると、不定期に走る小規模の雷がバチリバチリと鞭のように身を踊らせながら空中を舐め回していた。
先の一撃の残滓がまだそこかしこで牙を向いている。
超級の破壊と、それを難なく成し遂げた若い闖入者を目の当たりにしても、師匠と呼ばれる妙齢の女性は眉一つ動かさなかった。
艶やかな黒髪を揺らし倒れ伏す古泉を見る。

「最初から、これが狙いでしたね」
「ええ…全ては、彼らの到着までの時間を稼ぐために…………」

ごふごふと深く咳き込む古泉を、足早に駆け寄よった男性が抱き起こした。キョンというあだ名でしか呼ばれることのないその男は、血が着くのも構わず必死の形相で声を荒らげる。

「おい、古泉!お前何がどうなってる!きっちり説明しやがれ!」

それだけの短い言葉に、キョンは、警察署に到着したと思ったら入り口がどうやっても開かなかったことや、突入に成功したと同時に血塗れの古泉を発見したことへの混乱と鬱積を全て込めてぶつけた。
一々事細かに聞いている場合でないことは彼にも分かった。そして何より言葉がまとまらない。

「どうもこうも……見ての通りです……。あなたとの電話の後に朝倉さん達の襲撃を受けた……それだけの、ことですよ」
「それだけってお前……」
「あぁ、あまり揺らさないでいただけますか。かなり、傷に響きますので……」
「自業自得だ……馬鹿野郎……!」

呻きは怒りと焦燥と不安がない交ぜのぐちゃぐちゃなものだった。キョンはせめてもの応急処置に古泉の腹部に発条包帯を巻いていく。
慣れぬ手付きの看病を横目に見ながら、御坂美琴は油断ない視線で、それでも動作には余裕を滲ませながら髪をかきあげた。

「なんだかよく分かんないんだけど……とりあえずはこいつらを何とかしなきゃいけないってことで、OK?」

言って、指で銃を作る。自慢の超電磁砲を見せても落ち着きすぎるくらいに落ち着いている敵を見据え、いつでも雷撃を見舞えるよう呼吸を整えた。
233創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:18:58 ID:O4NAzzIJ
 

「頼もしい限りです……。お待ちした甲斐がありました」
「まるであたしが来るって分かってたみたいじゃない?言っとくけど、ほんとの目的はあんたをぶっ飛ばすことだから、覚えときなさいよ」
「ええ……。だからこそ、無力な彼が護衛としてあなたを伴う公算は高いと判断しました……」
「ほんっと、やな奴……」
「相変わらず抜け目ねぇこったぜ……分かったから、あまり喋るんじゃねぇ」
「お褒めにあずかり光栄……ぐぅっ……!」

なおも減らず口を叩こうとする古泉を、包帯をきつく結んで無理やり黙らせる。
キョン達がやりとりを続けるのを、師匠は黙って見過ごしていたわけではなかった。美琴の指鉄砲にロックを掛けられながら、朝倉涼子と小声で会話する。

「状況を見たところ、彼女は無手であれだけの破壊を引き起こせるようです」
「古泉くんはレールガンって言ってたわよね。彼女が浅上さんと同じく特殊な能力を持つ個体だと仮定するなら、電力、磁力、そう言ったものをコントロールしてるのかも」
「実質的に、雷を相手にするようなものと」
「師匠には、というか、電気を媒介に生命活動を行う全ての生物にとっては相性の悪い相手かもね、彼女」

ふむ、と師匠は形の良い鼻を鳴らした。真っ直ぐに伸びた背筋は、形成が不利になったことなど欠片も意に介していない。
それほどの間をおかず師匠は言葉を続けた。いつものように、判断は即決だった。

「では私は上で他の仲間を攻撃することにします。この場はあなたに任せました」
「何だか一方的に面倒を押し付けられた気もするけど……確かにそれが妥当よね」
「隙をついて飛び出します。援護しなさい」
「分かったわ。あ、できたら浅上さんも連れていって……くれないのよね、師匠は」
「当たり前です。彼女の面倒を見るのはあなたの仕事です。
そもそも、彼女はここにきてただの一度も働いていないではないですか。好んで面倒を連れ歩く気はありませんので、そのつもりで」
「さすがに耳が痛いなぁ……」

朝倉はほんの少しだけ困ったように眉根を寄せ、横目でちらりと浅上の方を見た。
師匠の目指す扉とは反対方向で突っ立っている浅上は、状況を理解できていないのか不安げにそわそわと窺うように視線を寄越している。
怯えた仔猫のようなと言うなら可愛げもあろうが、愛玩が目的で拾ったわけではない。
本当に、何もしていないというのは困る。

235創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:19:19 ID:MzE0uBxd
 
236創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:19:56 ID:O4NAzzIJ
 
「まぁ、何とかするわ。そっちも含めて」
「よろしく。では」
「はーい、何話してるんだか知らないけど変な動きは慎んで……って、言ってる
そばから!」

打ち合わせを終えるや否や、間髪入れずに師匠はその場を飛び出していた。呼吸の隙を付かれた美琴が一瞬遅れて電撃の矢を放つが、寸前で飛来した黒い物体が射線上に割り込み、着弾を阻害する。

「やらせないわ」
「な……あたしの電撃を止めた……!?」

邪魔をしたのは美琴が嫌な思い出を持つ毛虫の慣れの果てだったのだが、そのことに気付く余裕もない。文字通り光速を誇る攻撃を後手から防御された驚きは美琴の動きを止め、次撃を放つ間もなく敵の逃走を許してしまう。

「油断するな御坂!そいつが朝倉涼子だ!まともにやりあったんじゃ勝ち目がねぇ!」
「人間じゃないんだっけ、まったく。どいつもこいつも……」

威嚇代わりの放電が美琴の周囲を飛び交う。小柄な体躯に似合わない野獣じみた獰猛な挑発を、朝倉は優等生然とした笑顔で受け止める。

「何だかひどい言われ方だなぁ。キョン君お久しぶり、また会えるとは思わなかったわ」

ちょっと間の空いた友人に向けるような、柔らかな再会の言葉だった。記憶に残るものと寸分変わらない笑顔を向けられ、キョンは歯噛みする。

「朝倉……!お前本当にやる気だってのかよ!皆が助かるような方法を、お前なら知ってるんじゃないのか!」
「無駄ですよ……。予想通り、彼女はあろうことか徒党を組んでまで、僕たち全員を殺すつもりです……」
「手を組んでるなら、尚更全員で助かる可能性があるってことだろ!それなら……」
「うん、それは勘違いね。師匠と私の協力はあくまで一時的なもの。
最終的に涼宮ハルヒを情報統合思念体の観測下に戻すためにより効率的な手段を選択したに過ぎないわ」

言葉と同時に、朝倉はいつの間にかとりだしていた細身の刀を構えた。
頼みの綱を断ち切り最悪の事態を肯定するその動作は、キョンの体に身震いするような絶望を与える。

238創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:20:53 ID:O4NAzzIJ
 
239創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:21:00 ID:MzE0uBxd
 
「もしかして長門さんが死んで、でも私ならって思ったのかしら。
私には相変わらず有機生命体の概念は理解できないのだけど、頼ってくれたことにはお礼を言うわ。でもごめんね」
「くっ……ちくしょう」

まるでいつかの再現だった。しかし、あのとき助けにきてくれた小柄で本好きの、眼鏡をかけない方がかわいらしい少女はもういない。
ドジだけど勉強熱心で、見ればいつでもマスコットのようを愛嬌を振り撒いてくれた少女も永遠に失われてしまった。
さらに。

キョンは無言のまま、血溜まりに浸るように横たわる古泉を見た。傷口は一応無茶苦茶なテーピングで塞いだが、銃弾の摘出さえままならないのだ。とても安心できるものではない。
古泉の呼吸は荒く、ひゅうひゅうと甲高いものになっていた。額には脂汗がびっしり浮かんでいる。
もう、あのうっとうしい長広舌を開く余力さえないらしい。
キョンは重苦しくなる心をこじ開けるように口を開いた。両手を床に突き、御坂に、まだ行動を供にして間もない少女に向き直る。

「ひどく身勝手なお願いがある。無理を承知で聞いてもらえると……」
「──あんたも見たでしょうけど、私の能力ってちょっと威力が有りすぎるのよねぇ」

真剣な口調を遮ったのは、美琴の、放課後の予定に悩む学生のような気楽な言葉だった。

「だからぁ、どっちかって言うとここから居なくなってくれると嬉しかったり。ついでに、顔も見たくないキザ野郎も一緒にね」
「お前……!」

意図するところを察し、キョンが弾かれたように顔を上げる。美琴はやれやれとでも言うように額に手をやると、一転真面目な表情できっと未だ動きを見せない敵を見据えた。

「神社にいる、ヴィルヘルミナって人なら、もっとちゃんとした治療をしてくれると思うわ。
この私が後詰めをしてあげるんだもの、何がなんでもたどり着きなさい」
「恩に着る……!本当に済まねぇ……」
「それからそっちのアンタ!」

湿っぽい空気を敢えて切り捨てるように、美琴の声が鋭く響いた。
少しでも早く動き出そうとしていたキョンが何と思う間もなく、彼が触れていた古泉の体がばちんと一度大きく弾けた。
241創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:21:47 ID:MzE0uBxd
 
242創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:21:57 ID:O4NAzzIJ
 
「ぐぅ!」
「お、おい!何やって……」
「毛虫のお礼よ。今はこれくらいで勘弁してあげるけど、向こうで待ってるシャナって子は、こんなもんじゃ済ましてくれないかもね。覚悟しときなさいよ」

寝てるひまなんてないんだから、その言葉を最後に美琴は完全に戦闘体制に入った。対する朝倉はまだ何も仕掛けてこないが、逃亡を邪魔する様子もない。
今が最後のチャンスのように思えた。

「御坂……言えた義理じゃないのは分かってるが、絶対戻ってこい。
無理はするな。やばいと思ったら構わず逃げちまえ。いいな!」

返事を待たず、キョンは古泉を背に乗せると彼に出来る限りの速度で壁の穴から飛び出していった。
残された美琴は、涼しい顔で立ち塞がる朝倉と対峙する。

「勝手言ってくれちゃって……。朝倉だっけ、随分とすんなり見送ってくれたじゃない」
「何もさせてくれなかった人の言葉とは思えないわ。
まぁ、キョン君だけなら私が手を下さなくてもここだと死亡する確率は高そうだけど……あ〜あ、悩ましいなぁ」

眼前では、構うもののなくなった美琴が景気付けとばかりに特大の放電を始めている。
語調こそ軽いものの、朝倉の中では彼女にしては珍しく種々の情報が交錯していた。
自身の身の安全と、獲物を逃がしたことの師匠はへの言い訳と、そしてなにより未だ何の動きも見せようとしない浅上藤乃への対応と。
それらについてあれこれと考えながら、とりあえず朝倉涼子は最も優先度の高い状況から対応していくことに決定した。


◇  ◆  ◇  
244創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:22:44 ID:O4NAzzIJ
 
御坂美琴の手を悠々と脱した師匠は、そのまま誰に阻まれることなく二階部分の探索を始めました。
見る人が見れば惚れ惚れしてしまうこと間違いない完璧な無駄のない動きで、一部屋一部屋制圧を完了していきます。
途中、財宝がないかももちろん入念にチェックしています。
古泉一樹の仲間という人間が、哀れにも発見され、無惨に殺されてしまうのは時間の問題に思えました。
そうこうしているうちに、師匠は次の部屋の探索を始めました。様々な人が好きなときに会議をするために設けられたその部屋は四角くくっつけられた長机とパイプ椅子の他は隠れられるような場所もなく、一目で誰もいないことが分かりました。
本来ならさっさと次の部屋に移るはずでしたが、とある理由から師匠はそれをしませんでした。

師匠は、採光と景観を考えて設けられた窓の向こうに、逃げていく人間の姿を見たのです。
人間は二人でしたが、片方がもう片方をおぶっているので、的としては一人とそんなに変わりません。
もちろん、移動する速度は亀のようにゆっくりとしたものでした。
それが、さっきまで対峙していた人間と後からやってきた人間の二人であることを、師匠が間違えるはずもありません。
全く仕事をこなせていない朝倉涼子にほんの僅かに怒りを感じながらも、師匠は見つけた獲物を自分の手で始末することにしました。

P90を掃射するには朝倉涼子が割れにくくした窓が邪魔でしたが、師匠はどこをどうすれば物が壊れるのかよく知っている人でしたので、程なくして窓ガラスは取り除かれました。
少しだけ切り取られたガラスの穴から、P90の銃口を突き出します。弾が多い上に的の動きは小さいので、狙いと呼ぶほどの狙いを付ける必要さえありません。
まばたきほどの隙間も置かず、師匠は仕事を完了しようと綺麗な指に力を込めました。

「あの男の人は言ったんだ。俺は、ほとんど何もしなくていいって」

引き金が絞りきられる寸前、背後から届いたジャ、という拳銃の音が彼女を押し留めた。
246創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:22:56 ID:MzE0uBxd
 

「俺はただ決められた時間に銃を一発鳴らせばいいって。自分の知り合いがここに向かってるから、それまで時間を稼ぐ。多分混乱が起こるから、その隙に上手く逃げてくれって」
「…………」

十代中頃の、まだ成人仕切っていない少年の声だった。幼さは残るが、銃を構える気配からはかなりの訓練の後が感じられる。

「確かにその通りになった。大きな音もしたし、無理やり窓を壊して逃げることも不可能じゃなくなった。でもさ」
「…………」

両手をP90から離すと、師匠は手を頭の横にすっと切れ目よく立ち上がった。少年が銃を構え直すのが気配で伝わる。

「あの男は大怪我を負った。別の部屋の窓から見えた。あんたみたいなのを相手にしたんじゃ、そうなるのも当たり前だ」
「…………」

師匠は、降参するともしないとも言っていない。

「きっかけは俺の持ってきた本だと思う。あれを見てから目の色が変わって、何て言うか、そう"覚悟を決めた"ような感じになった」
「…………」

ただ、無言を貫いている。

「あの人はきっと、こうなることを予想してたんだと思う。だったらその責任は俺にもある。なら、このまま逃げるなんてできるわけないよな。
そんなこと、妹に笑われちまう……」
「…………」

無言のまま、トレイズという名の少年を圧迫している。

「それに」

トレイズの語る物語は、師匠と呼ばれる妙齢の女性の心に、一切の波紋を呼び起こさなかった。

「ここであんたを止めないと、リリアにも危険が及ぶと思うから」

彼の言葉に、何ら思うところを持たないまま。
師匠はただ、己の成したいことだけを、最適の手順で成し始めた。


【D-3/警察署・ニ階/一日目・日中】

【師匠@キノの旅】
[状態]:健康
[装備]:FN P90(50/50発)@現実、FN P90の予備弾倉(50/50x17)@現実、両儀式のナイフ@空の境界、ガソリン入りペットボトル×3
[道具]:デイパック、基本支給品、医療品、パトカーx3(−燃料×1)@現実
      金の延棒x5本@現実、千両箱x5@現地調達、掛け軸@現地調達
[思考・状況]
 基本:金目の物をありったけ集め、他の人間達を皆殺しにして生還する。
 1:警察署内にいる人物を探し出し、殺害する。
 2:朝倉涼子を利用する。
 3:浅上藤乃を同行させることを一応承認。ただし、必要なら処分も考える。よりよい武器が手に入ったら殺す?

乗ってきたパトカー@現地調達は駐車場に停められています。

【トレイズ@リリアとトレイズ】
[状態]:腰に浅い切り傷
[装備]:コルトガバメント(8/7+1)@フルメタルパニック、コンバットナイフ@涼宮ハルヒの憂鬱、鷹のメダル@リリアとトレイズ、
[道具]:支給品一式、銃型水鉄砲
[思考・状況]
 基本::リリアを守る。彼女の為に行動する。
 1:師匠を止める
[備考]
 マップ端の境界線より先は真っ黒ですが物が一部超えても、超えた部分は消滅しない。
 人間も短時間ならマップ端を越えても影響は有りません(長時間では不明)。
 以上二つの情報をトレイズは確認済。
※エルメス@キノの旅-the Beautiful World-は警察署の駐車場に停められています。


249創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:24:49 ID:O4NAzzIJ
 
【D-3/警察署・一階/一日目・日中】

【朝倉涼子@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:健康
[装備]:シズの刀@キノの旅
[道具]:デイパック×4、基本支給品×4(−水×1)、軍用サイドカー@現実、蓑念鬼の棒@甲賀忍法帖、金の延棒x5本@現実
      フライパン@現実、人別帖@甲賀忍法帖、ウエディングドレス、アキちゃんの隠し撮り写真@バカとテストと召喚獣
[思考・状況]
 基本:涼宮ハルヒを生還させるべく行動する。
 1:状況に対処
 2:電話を使って湊啓太に連絡を取ってみる。
 3:師匠を利用する。
 4:SOS料に見合った何かを探す。
 5:浅上藤乃を利用する。表向きは湊啓太の捜索に協力するが、利用価値がある内は見つからないほうが好ましい。
[備考]
 登場時期は「涼宮ハルヒの憂鬱」内で長門有希により消滅させられた後。
 銃器の知識や乗り物の運転スキル。施設の名前など消滅させられる以前に持っていなかった知識をもっているようです。


【御坂美琴@とある魔術の禁書目録】
[状態]:肋骨数本骨折(ヴィルヘルミナによる治療済み、急速に回復中)、全身各所に擦り傷
[装備]:さらし状に巻かれた包帯(治癒力亢進の自在法つき)、ポケットにゲームセンターのコイン数枚
[道具]:デイパック、支給品一式×2、金属タンク入りの航空機燃料(100%)、ブラジャー、
[思考・状況]
 基本:この事態を解決すべく動く。
 1:朝倉涼子を倒す。
 2:↑が達成できれば神社へといったん戻る。
 3:その後、上条当麻を探しに行く?


【浅上藤乃@空の境界】
[状態]:無痛症状態、腹部の痛み消失
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
 基本:湊啓太への復讐を。
 1:警察署内にいる人物を、……殺害する?
 2:朝倉涼子と師匠の二人に協力し、湊啓太への復讐を果たす。
 3:他の参加者から湊啓太の行方を聞き出す。
 4:後のことは復讐を終えたそのときに。
[備考]
 腹部の痛みは刺されたものによるのではなく病気(盲腸炎)のせいです。朝倉涼子の見立てでは、3日間は持ちません。
 「歪曲」の力は痛みのある間しか使えず、不定期に無痛症の状態に戻ってしまいます。
 「痛覚残留」の途中、喫茶店で鮮花と別れたあたりからの参戦です。(最後の対決のほぼ2日前)
 湊啓太がこの会場内にいると確信しました。
 そもそも参加者名簿を見ていないために他の参加者が誰なのか知りません。
 警察署内で会場の地図を確認しました。ある程度の施設の配置を知りました。


◇  ◆  ◇  


ああくそ。重てぇ。
重てぇなちくしょう。
何だって俺が、こんなくそ重い荷物を抱えて熱帯雨林を進む日本陸軍よろしく行軍せねばならんのだ。

「荷物扱いとは心外ですねぇ。血が抜けた分軽くなっているはずですが」

笑えねぇんだよ。お前の冗談はいつも。
ていうか起きてやがったのか。

「ええ、なんとか」

そうかい。まったくしぶてぇこった。
自力で朝倉涼子から逃げ延びるなんざ、俺には到底無理だ。

「結果的に、御坂さんに押し付ける形になってしまいましたがね」

ああ。ありゃ気の効く女だな。まったく。
戻ってきたら一生肩揉みでも靴磨きでも、何でもしてやれる気がするよ、俺は。

「それは、個人的にはあまりおすすめしたくありませんね」

なんだよ。
それより古泉、まずお前がやらなきゃならんことがあるだろうが。

「僕に?一体何でしょう」

決まってんだろ。
謝るんだよ、お前が馬鹿やったせいで迷惑かけた全員にな。

「謝って許してもらえるとは思えませんが。それに馬鹿はひどいですねぇ。僕なりに、真剣に考えた結果です」

252創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:26:35 ID:O4NAzzIJ
 
253創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:26:48 ID:6FKMEb0r
 
254創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:26:56 ID:MzE0uBxd
 
255創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:27:04 ID:8Nzor58m
支援
256創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:27:32 ID:5Nr/eJCD
257創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:27:33 ID:O4NAzzIJ
 
258創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:28:20 ID:6FKMEb0r
 
259創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:28:41 ID:O4NAzzIJ
 
260創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:29:38 ID:O4NAzzIJ
 
261創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:29:57 ID:UJq0ZEgm
さるらしい
262創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:30:19 ID:O4NAzzIJ
 
263創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:30:41 ID:evFTJKY1
264創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:35:23 ID:PIQcykHx
支援
265代理投下:2010/01/28(木) 00:37:17 ID:O4NAzzIJ
それを本気で言ってるならお前は正真正銘の馬鹿だ。馬鹿の二乗だ。この大馬鹿野郎。
ったく、てめぇがそんな情けねえ姿じゃなけりゃ、二三発ぶん殴ってやりたいところだ。
そもそも俺達は電話の履歴を調べるために警察署まで行ったんだ。
手ぶらで帰ってきましたじゃ、俺まであのシャナとか言う子供に燃やされちまう。

「発信履歴なら僕が全て控えておきましたよ。それでおあいこということでいかがです」

……なんでそう一々抜け目がないんだよ、お前は。

「情報は貴重です。こういう場合は特に。まぁそんなことをしていたせいで、朝倉さん達に捕まってしまったのですがね」

とにかくだ。
まず傷を治せ。飯でも食って、反省したら全力で謝って回れ。
何をしでかすか分からん連中もいるが、何なら俺も一緒に謝ってやるから。
野郎のために頭下げるなんて死んでもゴメンだか、場合が場合だ。仕方ねぇ。
だからよ、古泉。

「はい?」

もう、ハルヒを悲しませるような真似はよせ。

「…………」

忘れてるようだから言ってやるがな、お前のSOS団副団長って肩書きは、そりゃハルヒが直々にくれたもんなんだぜ。
俺なんて、あれだけ雑用やら奢りやらやらされてるのに、未だにヒラのまんまだってのによ。
もう長門はいない。朝比奈さんだって居なくなっちまった。
この上、お前まで悪の魔王みたいな馬鹿な考えに染まっちまったってんじゃ、俺達SOS団は一体どうなるってんだ。
俺一人じゃ、とてもじゃないがハルヒのバカな妄想に付き合うことなんてできないぜ。

「ですが、ならば一体どうすると言うのです。涼宮さんの力を開放すること以外現状の打開策は」

んなもん、これから考えりゃいいんだ!
古泉、お前ハルヒを絶望させりゃこの世界はぶっ壊れるって言ったな。
だが実際はどうだ。あっというまにSOS団が半分になっちまったってのに、この世界はぴんぴんしてやがる。
266代理投下:2010/01/28(木) 00:38:00 ID:O4NAzzIJ
「ええ、仰るとおり。やはり、残された可能性としては」

可能性なんかねぇんだ!
おい古泉、お前SOS団で一体何を見てやがった。
あれだけハルヒのご機嫌とりにヘラヘラしてやがったくせに、何にも見てなかったってのかよ。

「どういう、ことでしょう」

ハルヒが、まだ絶望してないなんて本気で思ってんのかって聞いてるんだよ俺は!
世界がどうとか、そんなことはどうでもいい。んなもん、見なくなって分かるだろうが。
長門も。朝比奈さんも。死んだって聞かされてあいつが今どんな気でいると思う。
嫌に決まってんだろうが。無くしちまえるもんならそうしてるだろうさ。
だけどな、死んだ人間はもう戻っちゃこねぇんだ。あいつはそれを知ってる。
お前があいつを神だなんだと崇めるのは勝手だ。ハルヒの力が実際どういものかなんて、聞きたくもないね。
俺に言わせればな、古泉。
ハルヒはただの、死んだ友達のことを忘れたくても忘れられない、どこにでもいる普通の女なんだよ!
そんな奴が、世界をなかったことにしてまで元の日常に戻りたがってたまるかよ!

「……………………」

どうした。
何とか言ってみろ。
得意の分かりにくくてやたら回りくどい御託はどこ行ったよ。
なぁ。

「御坂さんが"意図的に着付けを"してくれて助かりました。……お陰で、あなたにこれを託す時間を得ることができた」

なに、言ってやがる。
荷物?荷物がどうかしたか。
なんだよ。ただでさえ持ちにくくって仕方ねぇってのに。
本?こんなやたら分厚い本を一体なんだって。

おい。
こりゃあ。
267創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:38:34 ID:MzE0uBxd
 
268代理投下:2010/01/28(木) 00:38:58 ID:O4NAzzIJ
「警察署で、僕に協力してくれた少年から譲り受けたものです。話を聞く限り、十中八九長門さんが遺したものと」

…………。
ちくしょう。
だからお前は馬鹿だってんだ!
あったじゃねぇか、何とかする方法が!
先走って早まりやがって……!

長門……!

「文言の意図は不明瞭です。言葉通り鍵とやらを集めたところで、どれだけ有効かは分かりません。
ですが……そうですね、我々がすがるとしたら、もうそれくらいしかないのでしょう」

当たり前だ!何他人事みたいに言ってやがる!
古泉、お前も手伝うんだよ。俺なんかよりよっぽどよく回るお前の頭は、こういうときのためにあるんだろうが。

「……それができれば……よかったのですが……」

何だと。
今、なんて言いやがった。

「…………願わくば、涼宮さんと御幸せに…………」

もっと顔を近付けろ!何言ってるか聞こえねぇよ!
手に力を入れろ!持ちにくくって仕方ねぇ。
ちくしょう、前が見えやしねぇ。
古泉、てめぇこんなとこで勝手にくたばっていいと思ってんのか。
お前にはまだすることがあるだろうが。できることがあるだろうが。
それを何か、全部放りだして、勝手に俺に押し付けて、自分だけ先に行っちまうってのか。
そんな無茶苦茶、許されると思ってんのか。

おい。
おい、古泉。

おい!

「おい」


【古泉一樹@涼宮ハルヒの憂鬱 死亡】
269創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:39:11 ID:6FKMEb0r
 
270代理投下:2010/01/28(木) 00:39:57 ID:O4NAzzIJ
【D-3/道路/一日目・日中】

【キョン@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:疲労(中)、両足に擦過傷
[装備]:発条包帯@とある魔術の禁書目録
[道具]:デイパック×2、支給品一式×2(食料一食分消費)
      カノン(6/6)@キノの旅 、カノン予備弾×24、かなめのハリセン@フルメタル・パニック!、ハイペリオン(小説)@涼宮ハルヒの憂鬱、長門有希の栞@涼宮ハルヒの憂鬱、発信履歴のメモ
[思考・状況]
 基本:この事態を解決できる方法を見つける。
 1:………………………………………………。
271代理投下:2010/01/28(木) 00:41:29 ID:O4NAzzIJ
以上で代理投下終了です。
272創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:46:35 ID:6FKMEb0r
投下、代理投下乙。

うわぁぁぁぁあ! 古泉ぃぃぃぃ!
これは……凄い。これは……キョンたまらねぇ。
いろいろ繋がってきたし着実に何かが進んでる感覚あるんだけど脅威は脅威で全然減ってねぇw
てかトレイズ殿下、それは無茶だーーー!w 美琴もーーー!w
しかし残された2箇所の戦闘も、鬼札・藤乃の大人しさがかえって怖すぎるなぁ。
GJ!
273代理投下:2010/01/28(木) 00:47:26 ID:O4NAzzIJ
投下乙です。

緊迫した状況でしたけど、とてもハラハラドキドキしました。
古泉副団長が格好よすぎて、キョンも……なんと言っていいのやら、とても奇麗だったと思います。
これから先、SOS団の話がどうなっていくか大いに期待です!

そして、残された警察署の修羅場っぷりが前にも増して大変なことにw
GJでした。
274創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:47:58 ID:MzE0uBxd
投下乙です。

古泉のトークバトルに期待!なシチュエーションもさすがに師匠相手じゃ分が悪いw
「分かりました」から続く怒涛のキノ文体が心地良かったw こ れ ぞ 師 匠
そんな古泉くんも、最期はSOS団副団長として立派に仕事をやり遂げたのか……
発信履歴といい長門の本といい、古泉も抜け目ないが拾うところしっかり拾う書き手氏も抜け目ないw
キョンはアリソンさんに続いて、今度は古泉の最期を看取る結果に……どうする主人公

そして当の警察署はここでパスとかw おいしすぎるwww
275創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:50:17 ID:njWQJZqD
長門の栞がついに渡るべきところに渡ったか…古泉乙。
警察署は魔窟と化してしまったが、先が怖いぞこれw

投下乙でした!
276創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 00:57:30 ID:WRfyr0at
投下乙です

古泉は最後の最後で間違いに気づけたのだろうか……
キョンも彼らしさが出てました
ああ、こういうのは本当に堪らん
トレイズ殿下はとっとと殺しとけ。死亡フラグ立ててるようにしか見えないぞw
ビリビリも気になるがふじのんはどう動くんだ?
いや、危険度が変わってないぞ
277創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:01:23 ID:PIQcykHx
古泉ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
くそ、こんな所で…放送直後には朧のような死亡者が出るのではとは思ったがここで古泉か…
これでSOS団は残るは二人。エージェントは朝倉除き全滅。
しかしなんというか、古泉らしいな。「役目は終わった。後は頼んだ」というような、そんな感じだ。
しかしキョンはアリソンと古泉の二人の人間の最期を間近で、それも同じシチュエーションで
看取ってしまったのか。一気にこの5人もロワで失ったキョンは
ロワで一番(姫路さんレベルに)辛い思いしてるな…
奇しくもそのメリッサと同じシチュエーションに立つことになった美琴は果たして…
そして師匠とトレイズはこれから面白いときに終了かw
気になって眠れないw


怒涛の展開、代理の方も投下乙でした。
278 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:29:18 ID:evFTJKY1
投下乙です! うわあああああああああああ!
古泉バカ野郎ううううう! 死ぬなあああああああ! うわああああああ!
そしてトレイズと美琴もお前ら……すごい漢だ!
あとこの師匠早くなんとかしろwwwwwww朝倉www何とかすれwwwwwww


ではこちらも投下します。
期限の超過、失礼いたしました。
279創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:30:41 ID:O4NAzzIJ
 
280創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:30:43 ID:6FKMEb0r
 
281創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:31:08 ID:gFbEBI7X
 
282ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:31:36 ID:evFTJKY1
土御門元春が死んだ。
放送では、そういうことらしかった。

上条当麻としては衝撃以外の何物でもない事実である。
あの嘘つき合衆国嘘つき州の嘘つき州知事、死んでも死ななさそうな飄々としたグラサンアロハが、死んだ。
彼はスパイであり、情報入手と身の保身は最低条件であり、彼はそれを成し遂げられるほどの力は持っていたはずだ。
果たせなかったというのか、条件を。あの男が? こんなにも、早く死んだ?
理解し難過ぎたのか、脳は軽快なステップを踏むように次々と言葉を弾き出す。
有り得ない。そんな馬鹿な。こんなところで。あの土御門が。

「……嘘だろ」

そうして現実を無駄に否定するように呟いたとき、ようやく上条は気付いた。
結局自分は"周りにいる人間達が死ぬなんて思っていなかった"のだ、ということに。

魔術師に高レベル能力者。インデックスの静止に関しては危惧するべきとは言えど、周りは超人だらけの世界。
そんな中に漬かりきっていた上条には、"彼女達は必ず生き残り続ける"と心の何処かで無謀に信じ続けていたのだ。
死ぬかもしれない、と考えるまでが精一杯。こうして現実に突きつけられたときの事など、考えていなかった。
いや、考えたくもなかったということだろう。
結局インデックス達を護りたいとは考えていても、心構えは完璧ではなかったのだ。

「…………くッ!」

そう。
友人一人の死で自分がここまで揺らいでしまった。
北村達の衝撃も冷めやまぬ中、という事を差し引いてもこの心の揺らぎは半端なものではなかった。
人の死とは辛いもの。それは絶対の事実なのだと、改めて再確認した。
いや、今はあえて"再確認出来た"と表現するべきか。

「土御門……悪い、ちょっと今は追悼よりその前に……"俺に力を貸してくれ"」

これは、土御門元春が体を張って与えてくれたチャンスかもしれない。
今、現状の所謂"ヤバさ"というものを痛感できたからこそ、やらなくてはならない。
立ち止まって、もっと喚いてしまいたかったけれど、そんな事をしている時間は無い。

「女の子とのお話ってのは、お前のほうが得意だったよな……?
 だから、さ。頼む。ちょっと見守っててくれ。後で精一杯黙祷するから!」

放送によって自分の心に重いモノが圧し掛かっているとする。
だがそれは自分一人が味わっているわけではない。
死人の数は実に多く、総勢九名。
そして、放送の名の数だけ悲しむ人間が増えるのは道理。

ならば、あの"姫路瑞希の心は更に、形容しがたいものになっていることは確実"だ。

吉井明久と木下秀吉、この二人の名は決して聞き逃していいものではなかった。
前者は姫路から、そして後者は上条自身が直に出会った少女。
この名が呼ばれることは、姫路瑞希の心を真っ先に抉り取ることは最早必然なのだから。

故に、上条当麻は動いた。
"あいつなら許してくれるだろう"と信じて土御門の事を一旦脇へと置き、廊下を走る。
迷える少女は、決して独りにしてはいけないから。
こんな状況でもやっぱり自分は、目の前の少女を護りたいから。
インデックス達の事も心配ではあるし、放送の内容も相当にショックだ。だからこそ彼は"目の前のこと"の為に全力を出す。
元の学園都市の仲間達がどれだけ心配になっても、やはり上条は困っている人に手を伸ばさずにはいられない男だった。
今彼が動く理由は突き詰めればただ、それだけのこと。
283創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:32:39 ID:O4NAzzIJ
 
284ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:32:57 ID:evFTJKY1
       ◇       ◇       ◇





残酷な事実が、姫路瑞希を襲った。





       ◇       ◇       ◇
285創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:33:30 ID:6FKMEb0r
 
286創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:33:37 ID:O4NAzzIJ
 
287創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:34:15 ID:gFbEBI7X
  
288創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:34:23 ID:MzE0uBxd
 
289創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:34:25 ID:6FKMEb0r
 
290創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:34:32 ID:O4NAzzIJ
 
291ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:34:40 ID:evFTJKY1
上条の密やかな苦労――女子トイレに何度か突撃したり、急いで階段を降りたりした事だ――を省き、結果だけを言うとするならば。
上条は運良く姫路瑞希と学校内で再会することが出来ていた。
彼女が"2-Fクラス"の教室、その部屋の最も奥の席へと座っていたのを上条が発見したのであった。
空は蒼く、日も高い。窓ガラスから差し込む光が彼女の髪を、体を、席を照らす。
そして同じく照らされた彼女の顔は、"声をかけなくては"と真っ先に思わせる程に、沈痛な表情を浮かべ


ていたわけでは、なかった。


というより、その方がまだ良かったのではないだろうかと思うばかりだった。
上条が見た姫路の姿は、もはやそういう表情を浮かべるとか、そういう段階ではなかった。
俯いた顔。表情はもはや"無い"に等しい。だが"呆けるような"というのもまた違う。
相応しい言葉としては"まるで座っているだけの人形"が近いだろうか。

「ひめ……」

名を呼ぼうと、上条が口を開きながら教室へと入ろうとしたとき、音を立てずに姫路は立ち上がった。
そしてそのまま歩き始める。無機質に響く鈍い足音を伴い向かう先は、設置されている黒板だった。
一寸して教壇に立った彼女は、放置されていたチョークを手に取り、上条へと顔を向けた。
するとすぐに黒板へと向き直り、チョークを板へと走らせ始めた。
何か文章を書いている。その姿からは髪の色から月詠小萌を連想させたが、纏う雰囲気は全く別物だ。

入り口からでは文章が読めなかったので、上条は文章の読解が可能な角度まで移動して立ち止まった。
上条が席にさえ座れば、まるで個人授業か個人補修にも思える構図だ。
けれど黒板に書かれている文章が『全部、話します』という旨である為に、残念ながらそんなのどかな話ではないことが解る。
彼女の姿を、そしてこの今の状況を斟酌すれば、これはまさに彼女にとって重大な一歩だろう。

故に上条は乗った。まずは目の前の少女の話を聞くところから始めよう、と考えた。
正直なところ、自分は彼女に何を言うべきかということをまだ整理し切れてはいなかった。
"吉井明久は死んだけど大丈夫"とか、そんな無神経なことは言えるわけが無いだろう。
だから"彼女のアクション"から全てが始まる、というこの今の状況を上条は受け入れたのだった。
姫路の心が今危ういということは簡単に見て取れるし、言葉は時に暴力へと変貌する事を上条は知っている。
慎重に動かなければならない。

不安はある。
黒板へと文字を綴り始める姫路の姿を見ていると、今にも消えてしまいそうなほど、壊れてしまいそうなほどに危機感を覚える。
何故だろうかと一瞬考えて、すぐに結論へと辿り着いた。
上条には今の彼女の姿が、まるで"観念した子どもが涙ながらに悪事の告白をしている"かの様な姿に見えていたのだ。
黙っていたかったことを言わざるを得ないような状況に追い込まれた、そんな子どもの様な雰囲気。
理屈はわからないが、そんな空気を纏っていたのだ。

そして上条に"観念した姿"と評された少女は、その評価通りに動く。



『私は、人を、殺しました』



黒板に書かれたこの文章を見たとき、上条の心臓は激しく鷲掴みにされたが如き衝撃を受けた。
292創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:35:06 ID:K8/X/3cH
 
293創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:35:17 ID:8Nzor58m
支援
294ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:35:30 ID:evFTJKY1
       ◇       ◇       ◇





残酷な真実が、上条当麻を襲い始める。





       ◇       ◇       ◇
295創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:35:40 ID:O4NAzzIJ
 
296創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:35:42 ID:6FKMEb0r
 
297創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:35:52 ID:K8/X/3cH
 
298創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:35:57 ID:MzE0uBxd
 
299創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:36:25 ID:O4NAzzIJ
 
300創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:36:45 ID:gFbEBI7X
  
301創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:36:53 ID:K8/X/3cH
 
302創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:37:20 ID:6FKMEb0r
 
303ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:37:34 ID:evFTJKY1
姫路瑞希は全てを話していたわけではなかったという事実を、上条は嫌でも痛感することとなった。
同時に、次々に黒板へと生成される文字に対する驚愕を隠すことは出来なかった。
目で文字を追う。彼女の告白を"読み漏らさぬ"為、しっかりと脳へと刻んでいく。
事実が、浮き彫りになっていった。


 裸で外へ捨てられた後、姫路は黒桐幹也という少年と出会った。
 温泉での事件の後に異変に気付いた彼は、なんと自分を介抱してくれたのだ。

 何も着るものが無かった自分に上着を与え、そのまま温泉へと入っていった黒桐。
 そうして現状調査を済ませたらしき彼が次に取った行動は対話だった。
 まるで今の上条当麻の様に善意を向けてくれたのだ。
 当然嬉しかった。辛い思いをした自分に対して優しくしてくれるだけで、本当に嬉しかった。
 そして彼ならば、彼ならば信用出来そうだと。彼ならば心を開けそうだと素直にそう思えた。


ふと、黒板の文章はこういった意味を紡いだ時点で一度止まってしまった。
見れば姫路の手が、震えている。いや、手だけではない。腕も、肩も、脚もだ。
体中に悪寒が走ったかの様だ。けれど彼女はそれを堪えるように、再び文字を刻み始めた。
304創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:37:50 ID:8Nzor58m
 
305創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:37:56 ID:gFbEBI7X
  
306創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:37:57 ID:K8/X/3cH
 
307創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:38:11 ID:O4NAzzIJ
 
308創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:38:38 ID:8Nzor58m
 
309ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:39:25 ID:evFTJKY1


 黒桐に支えられ、立ち上がろうとしていた姫路。
 だが彼女の精神はやはり、そんな状態でも変わらず怖れに支配されていた。
 怖かったのだそうだ。彼の素直な善意が、ただただ恐怖の対象と化していたのだ。
 朝倉涼子の戦法を思い返せば、彼女は表向き心を開いたように見せかけ、裏で自分を殺そうと襲ってきたのだから。
 あのセーラー服を着た長髪の殺人鬼の姿が、やはり脳内で蘇るのだ。
 黒桐幹也が自分に向ける優しさに触れられるのは喜ばしいことなのに、"だからこそ後が怖いと思ってしまう"。
 姫路は完全に心を開ききることが出来ず、黒桐の想いを遮る壁と成り果てる。

 けれど黒桐はそれでも良いと言った。
 "ゆっくりと、自分のペースで一歩一歩近づいてくれれば良い"と。
 "自分はいつでも手を広げているから、君が歩み寄ってくれるのをいつまでも待つ"と。
 そんな事を、こんな自分に対して言ってくれたのだ。

 ようやく自分はここで、笑うことが出来た。
 思えば自分はずっと仏頂面で、相手を寄せ付けるような姿ではなかった。
 それでも黒桐のおかげでようやく笑みを浮かべることが出来るようになった。
 彼となら一緒に歩いていける、とまで姫路はここでようやく思えたのだ。
 そんな自分の反応が嬉しかったのだろう。

 黒桐は微笑みながら姫路の頭に腕を伸ばし、その手を頭に軽く、乗せた。


また、彼女の手が止まった。体中の震えがさっきよりも激しいものになっている。
時々しゃくり上げる様に体がはね、そして呻く様な声も聞こえてきた。

「姫路……わかった! わかったからもういい!」

相手の顔がこちらを向いていなくとも解る。姫路は今、泣いているのだ。
余程に陰惨な過去なのだろう。相手が優しかったからこそ、思い出すのが余計に辛いのだろう。
止まった文章、その先は上条にだって予想はついた。
彼女と初めて出会ったとき、そして温泉に行こうと提案したときの彼女の表情はどんなものだったか。

姫路は、トラウマに支配されていたのだ。
朝倉涼子の犯行は"相手の頭を掴み、湯船に顔を沈め溺死を図る"というものだった。
ならば、ならばこそだ。温泉での事件から暫く時間を置いた自分ならいざ知らず、出会ったばかりの黒桐であるならば。
軽くとは言えど"彼女の頭に触れる"という行動が、どれほど姫路の心に負荷をかけたことか!

学園都市の能力者は脳を弄り、投薬等をも行い演算能力を高める。
そして高めた能力をより巧く活用する為に、能力者となった生徒は特殊な授業も受ける事となる。
中には当然、人間のメカニズムに関する深い知識を植えつける為の授業も完備されている。
上条当麻の"知識"には、その授業で習った"人間のトラウマに関する情報"も多少は備わっているのだ。
310創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:40:18 ID:6FKMEb0r
 
311創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:40:20 ID:O4NAzzIJ
 
312ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:41:03 ID:evFTJKY1
それ故にもう、簡単完全完璧に想像出来てしまう。
恐らく彼女の脳内では、朝倉涼子が自分を殺そうとする姿がフラッシュバックしたのだろう。
体格、声、性別すら違う相手に、畏怖せざるを得ない別の対象の影が重なる。
銃弾が飛び交う戦場にいた兵士が次第に心を病み、終戦後の平和な世界でパニックに苛まれる様に。
ありもしない世界など、ヒトの心次第でいくつも作られてしまうのだ。

「なぁ、姫路! わかった! これ以上は書かなくていい! 言わなくてい……っ」

姫路が、こちらを見た。
予想通り、彼女は泣いていた。
けれど、表情は"誰かに縋るようなそれ"ではない。
涙を流しながら、彼女は自分の元に誰かを近づけるのを良しとしない雰囲気を纏わせていた。
余計な事を言うなと、邪魔をするなと、まるでそう言っているかの様で。

「……ッ」

上条は止まってしまった。
このまま彼女の言葉を続かせてしまっては、何か良くないことが起こるのではないかという予感がしているのに。
それでも彼は相手の持つ雰囲気と慎重さが求められるこの状況下に圧され、彼女を止めることを、止めた。
姫路はまた、黒板へと向き直る。相変わらず震えながらチョークで文字を刻み始める。
文字は震えており、形が歪になり始めていた。


 頭が真っ白になった。彼に触れられたとき、何も考えられなくなった。
 気付いたときには、目の前にいたものがヒトではなくモノへと変わっていた。
 手に持っていたのは、斧の様な鉈の様な奇妙な物体。刃がある事だけはわかった。

 自分が殺した。

 迫り来る過去という名の恐怖が、体を勝手に動かしたのだと、今ならば解る。
 けれどその時には何が起こったのかが理解出来ず、ただただその場所から逃げた。
 罪から逃れたいから、自分が起こした惨劇を目にしたくないから、すぐに逃げた。
 逃げて、逃げて、逃げて、気付けば自分は声を失っていた。

 これは罰だと、そう確信した。

 二度と好きな人の名を呼べない事。それが自分への罰。
 法を破り大地へと向かい、人間になった人魚姫の様に。
 咎人には罰を。それはどこの世界でも結局同じだということなのだろう。

 それでもまた、自分はその罰を受け止めきれなくなって、また逃げた。
 そしてたどり着いたのが、この名前も知らない学校だったのだ。


バキリ、と突然音が響いた。
発信源は姫路の手元。チョークが途中で折れてしまっていた。
だが続けられないことは無い。そのまま文章を続けていく事は可能だ。
不可能なまでの短さまで粉々になってくれれば良かったのに、と上条は願った。
けれど黒板の下には未だ健在な新品のチョークも存在しているので、無駄な話だ。

『上条君、放送の内容、覚えていますか?』

突然、自分に話しかけるような内容。
今までの文章が身の上話の意味を持ったものだったにも関わらずだ。
上条は、頷いた。「忘れるものかよ」と、そんな言葉を添えて。

『木下君に土屋君。この人達は私の大切な友達でした』

揺れる文字の中に見つけた土屋という名前は初耳だった。
つまり。
313創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:41:45 ID:O4NAzzIJ
 
314創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:41:53 ID:6FKMEb0r
 
315創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:42:31 ID:gFbEBI7X
 
316創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:42:36 ID:O4NAzzIJ
 
317ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:42:52 ID:evFTJKY1
『そして、明久君。私の大好きな人、特別な人です』

彼女は大切な人を、一度に三人も奪われてしまったということだ。
こんな惨い事があって良いわけが無いのに。現実は、全てをぶち壊しにしてしまっている。
大好きな人、という言葉。それにはどれだけの想いが込められているかなど、考えるまでも無い。
デイパックに手を突っ込み、支給品のひとつだった解答用紙を取り出した。
残念な得点を示す紅い数字の隣、名前を書く欄に刻まれた"吉井明久"の四文字。
これが今、自分達の手元にある"彼の最後の痕跡"なのだろうか。
テストの解答用紙なんて、学生にとっては日常のものだ。
そんなものがまるで遺書の様になってしまうなどと、そんなふざけた話があるというのか。

『明久君も、死んでしまいました』

『皆、いなくなってしまう』

『全部、もうない』

黒板に書かれた文字が、徐々に短くなっていった。
もはや力を失うかのようで、文字の色まで薄くなっている。
きっともう、彼女は限界なのだろう。

もういい、もう沢山だ。
こうなったらもうなんでもいい。
彼女の腕を引っ張ってでもこの告白を止めてしまおう。
もうしばらく彼女には冷却期間が必要だ。それを確信した。
彼女の為だ。もう何を言われても知らん。
黒板の前に立つ姫路へと、上条は早足で歩いていく。
もうこんな時間は終わりだ、と示す為に。
彼の大きな足音が、まるで秒針の様に響く。
そうやって姫路の真後ろに立ち、黒板に向けられた彼女の顔がこちらを見る前に腕を掴もうとしたとき。

『おねがいです』

速記の様に、それでも薄い色の文字が黒板へと刻まれ始めた。
彼女の腕の位置が突然変わった為、面食らった上条の手は彼女を止めるに至らなかった。
そしてこの"お願い"という言葉に対面した彼は、そのまま動きを一寸止めてしまった。
人と人との対話をまず何より先決する上条の性質が、"相手を止める"と決めたはずの上条の体を静止させたのだ。
体が慣れ親しみ、覚えきった"人の話を聞く姿勢"を、本能が取ってしまった。
訪れたのは"何も起こらない"短い時間。だがその間にも、黒板には短い文章が刻まれていく。





『わたしを、ころして』






だから上条当麻は、無抵抗のまま、こんな残酷な文章を見ることとなってしまった。



       ◇       ◇       ◇
318創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:43:02 ID:6FKMEb0r
 
319創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:43:34 ID:O4NAzzIJ
 
320創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:43:36 ID:8Nzor58m
 
321創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:43:39 ID:K8/X/3cH
 
322ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:44:38 ID:evFTJKY1
一時間にも二時間にも、それ以上にも思える一瞬の静寂が訪れる。
上条の両目には信じられない光景が写り、時は再び加速し始めた。
姫路瑞希の細い手が、再び黒板の上を走る。

『もう だめなんです』

バキリ、と遂にチョークが持つには困難な程の大きさに粉砕された。
続いて近くにあったある程度に長いまま放置されていたチョークを手に取る。

『上じょう君は こくとう君と同じすぎる』

バキリ、と再び音が鳴る。先程からずっと、震える手には力が加えられ過ぎていたのだ。

『やさしくて とてもまっすぐで 私はとてもうれしいけれど』

音が鳴る。文字が成る。

『だからこそきっとわたし 同じことをくり返すんです』

白い石灰が音を立てて屠られながらも、文章は組みあがっていく。

『いまもわたし 手がふるえて』

チョークが根元から折れた。何度目だろうか、長い方を再び手にする。

『きっとまた じぶんが自分でなくなってしまう』

一心不乱に、彼女は"お願いをする"。

『あきひさ君たちがいない世かいなんて たえられない。たぶんわたし もうこころがこわれる』

ここにいる、優しい少年に、最期のお願いをしている。

『またわたしがこわれて みんなを 上じょうくんをころしてしまうまえに』

せめて、自分が自分らしく、誰をも傷つけない優しい心を持っている、その間に。

『だからおねがいします わたしを ころしてください』

願いを全て、この小さなチョークに込める。

『これがわたしのばつ。わたしは生きていたら だめなんです』

終わりを、望む。

『だから おねがいします』
323創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:44:40 ID:gFbEBI7X
 
324創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:44:48 ID:8Nzor58m
 
325創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:45:00 ID:6FKMEb0r
 
326創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:45:15 ID:O4NAzzIJ
 
327創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:45:23 ID:MzE0uBxd
 
328創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:45:44 ID:gFbEBI7X
 
329創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:46:05 ID:6FKMEb0r
 
330創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:46:21 ID:K8/X/3cH
 
331創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:46:32 ID:8Nzor58m
 
332創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:46:51 ID:6FKMEb0r
 
333ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:46:51 ID:evFTJKY1
全て、書ききったのだろう。姫路瑞希の手は黒板から遂に離された。
その代わりに、彼女はデイパックから巨大な刀を取り出した。重いのか、少しの衝撃で落としてしまいそうだ。
刀の名は七天七刀。上条当麻にも馴染みのある宝刀だ。彼女は"これが自分を処刑する為の道具である"と示しているのだろう。

上条は持っていた解答用紙をデイパックにしまい、代わりに刀を受け取った。
予想以上に重かった刀を左手でしっかりと掴む。力を込めないと、仕損じてしまいそうだ。

「……姫路。わかったよ、お前の想いがどんなもんだったかをな。よく解ったよ。
 こうなったらもう……しょうがないよな。こんな風になっちまったら、もうやる事は一つだ」

姫路の顔が、綻んだ。両の瞳から流れる涙を拭う事もせず、微笑む。
きっと上条の手で最期を迎えられることが決まったことを喜んでいるのだろう。
なんという、惨い笑顔なのだ。

彼女の表情を確認して、上条当麻は鞘から抜いた七天七刀を高く掲げた。
手を精一杯伸ばせば天井に切先が届いてしまいそうになる。
図体ばかりが大きい。けれど確かに凶器としては成り立ってしまう巨大な刀。
バランスを崩さない様両手で柄を掴み、上段の構えを取る。



そのまま上条は自身の上体を捻ると、七天七刀を思い切り"横合いへと投げつけた"!



詳しく言えば黒板の設置された方角の正反対。姫路瑞希がいるはずもない場所。
刀は風を切る音を立てながら派手に回転し、教室を大移動した果てに床へと突き刺さった。
ついでに近くに立てかけていた鞘も同じ様に投げる。高価そうだったし、持ち主に怒られそうだったが今は知ったことか。
残ったのは、上条当麻の手元には何も残っていないという事実のみだ。
姫路にとっては望まれぬ行動だったに違いない。微笑んでいた彼女の顔色が、蒼白になっていたのが何よりの証だ。
334創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:47:28 ID:O4NAzzIJ
 
335創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:47:55 ID:gFbEBI7X
  
336創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:48:07 ID:6FKMEb0r
 
337創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:48:16 ID:8Nzor58m
 
338創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:48:16 ID:O4NAzzIJ
 
339ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:49:03 ID:evFTJKY1
「なめんなよ……なめてんじゃねえよ…………」

しかし"そんな些細な変化など、この際無視する"。
今から上条が起こす行動には何の関係も無い。

「姫路。一つや二つじゃねぇ、山ほど言いたいことはあるんだ! だから覚悟しろ!
 まずお前は、俺が……俺がお前に"殺してくれ"と言われて"はいそうですか"と頷く奴に見えたのか?」

上条の怒りは露になり、姫路へとぶつけられる。
しかし、これは彼の感情が暴走したということではない。

「そんでもって! お前が今ここで死んで何もかもが解決するとか、そんな事を考えてたのかよ!?」

これは対話だ。

「死ななきゃいけないとか、殺して欲しいとか……そんな"馬鹿げた言葉"で解決させようとすんな!」

彼の想いが介入を始めた場所。それこそが彼の土俵で、彼の世界なのだ。

「"自分は人を殺してしまいました! だから自分は罰を受けるべき悪い子なんです!
 あのとき殺してしまった優しい少年に似ている彼に優しくされると怖いから!
 自分がまた自分でなくなってしまいそうで怖いから自分はいなくなればいいんです!
 それに大切な人が三人も死んで哀しいです! もう自分に生きる気力なんてありません!
 罰は十分受けたけれど結局まだ足りませんでした! だからもっともっと罰を受けます!
 だから死なせてください! 自分がもっと人を傷つける前にこの身をぶち殺してください!"

 お前が言いたいのはこんなところか! でもな姫路! お前のこの主観って言うのがもう全然間違ってんだよ!」

上条当麻には、自分の世界をぶつける事で相手の心を変え尽くす力がある。
能力者として発言した力ではない。上条当麻が上条当麻として持つ、彼自身の力。


「ぶち殺されるべきとしたら唯一つ……それは"てめえの死にたがりを後押ししている幻想"だ!」


そう。
悲劇を纏う少女とそれを払う少年が出会う時、物語は加速する。
340創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:49:22 ID:K8/X/3cH
 
341創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:49:34 ID:MzE0uBxd
 
342創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:49:39 ID:6FKMEb0r
 
343創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:50:03 ID:K8/X/3cH
 
344創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:50:06 ID:O4NAzzIJ
 
345ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:50:50 ID:evFTJKY1
       ◇       ◇       ◇



優しすぎる少年は、残酷なまでに真っ直ぐだった。
目の前に立つ上条当麻は、本当に自分を救おうとしているのか。

自分にとっての救済は死しかないというのに。
あんなに説明したのに、どうして彼は、ここまでするのか。

ここまでしてくれるからこそ、怖いのに。



       ◇       ◇       ◇
346創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:50:58 ID:6FKMEb0r
 
347創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:50:58 ID:K8/X/3cH
 
348創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:51:11 ID:O4NAzzIJ
 
349創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:51:14 ID:gFbEBI7X
 
350創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:52:05 ID:O4NAzzIJ
 
351創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:52:20 ID:6FKMEb0r
 
352ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:53:09 ID:evFTJKY1
「そうだ、全部間違ってんだよ。全部、全部! この世界が間違ってるから!
 この生き残りを賭けたとかいう物語が始まっちまったから、皆が歪んじまうんだ!」

握った右手の拳が動き、黒板を叩いた。
材質が材質ならば穴が開いていたかもしれない。所謂会心の一撃だった。
巨大な音の波が教室で生まれ、姫路の心をこちらに釘付けにする。
目と目が、合った。

「歪んだモノを戻そうとする為に更に歪みを与えるなんて絶対に、絶対にあっちゃいけねえんだよ!
 姫路、お前は今それをやろうとしてんだ! 力を加えられた所為で壊れたものに、また同じ様に力を加えようとしてる!
 だってそうだろ! 遺された人間の苦しみを知ったお前が! そんなお前が今! 同じ苦しみを生み出そうとしてるんだから!」

上条の行動に驚いているのだろう、姫路は目を見開いて呆然とするばかり。
だがそれでも声くらいは聞こえるだろう、話くらいは聞いてくれるだろうと上条は信じ、声を張り上げる。

「お前のクラスメイトはどうした! お前の担任は!? お前の両親だってどうするんだよ!
 それに俺だ! 俺だってお前に死なれると……死なれると、辛いんだよ! 黒桐って奴だって間違いなくそうだ!
 そんな俺達の気持ちも無視して勝手に自己完結して、命に幕を引こうとか、そんな勝手な事を考えてんじゃねえよ!」

そうだ。大切な友達が死んで哀しいなら、何故それを他人に分け与えてしまおうと考えているのか。
自棄を起こして他を道連れにしてやろうと画策しているわけでもあるまい。

それにそもそも、死が唯一の救済であるなどという暴論を上条は認めはしなかった。

少なくとも上条は納得しない。死を持って償うのが最善とは思わない。
否。それ以前に、上条はまず前提として"死は償いとなる"と考えることなど出来なかった。
生きて生きて、生き続ける。その中で背負った罪と向き合う事が一番大切なことなのだ。
罪は裁かれなければならない。それは間違ってはいないだろう。
だが、裁きの為に銃弾は必要ない。裁きの為に刃は必要ない。
天よりの稲妻もいらない。無機質な槌の音もいらない。きっと自分の拳だって無用な事だってあるだろう。
少なくとも今は、何もいらない。罪に対面した人間に必要なのは、背負うものがあれど"それでも生き続ける"という行動なのだ。

だがそれは時に辛い事であろう。だからこそ途中で死を選択しようなどと考えてしまう。
所為がなまじ辛いが為に、死が救済であると狂った勘違いを引き起こしてしまうのだ。
特にその"向き合うべき罪"が、今正に起こっている歪みによって生まれたモノであったならば、余計に。
そんな中で姫路瑞希は、"自分も同じ様に信じた人に殺されることしか償いの方法は無い"と思い込んでしまったのだろう。

「今は頭の回転が速いから解る。お前は"自分も黒桐と同じ様に、信じた人に殺される"ことだけが、償う方法だって考えたんだ。
 だってそうだろ? そうじゃなかったら、俺が来る前にひっそりと命を絶っててもおかしくなかったんだ。
 でもお前はそうしなかった。自分の手で死んでしまったらそれはただの逃げだから、だから俺の事を待ってたんだろ!
 でも残念だけど俺はお前の要望に答えるつもりは全然ねえ! 殴られても蹴られても、純金を積まれたって承知しねえ!
 お前は生きなきゃいけねえんだ! お前が償いたいって言うならその時点で決まってんだ! お前は生き続けなきゃ駄目だって!」

間違いは、全てぶち殺さなければならない。
少女の為に、自分の為に。木下秀吉や土屋康太、姫路のクラスメイトの為に。
そして何よりも、彼女がこんな結末を迎える事を"向こうで"拒絶しているであろう黒桐幹也と吉井明久の為にも!

「そんでもってもう一つだけ、わかってることがある……なあ姫路!
 お前は、お前はな…………! お前はいつだって、これからだって、生きていて良いんだよ…………!」

だから、殺してくれだなんて哀しいことをどうか、どうか二度と言わないで欲しい。
それが上条当麻の、姫路瑞希への心からの願いだった。

「姫路、お前は生きろ!」

もう、殺して殺されてなんてのは沢山だったから。
姫路瑞希の様に、望まれず加害者となってしまった人間をこれ以上増やしたくなかったから。

「俺が絶対に! お前がこの街を皆で去るときまで、最後までエスコートしてみせるから!」
353創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:53:23 ID:6FKMEb0r
 
354創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:54:08 ID:K8/X/3cH
 
355創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:54:56 ID:gFbEBI7X
   
356創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:54:57 ID:6FKMEb0r
 
357創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:55:15 ID:O4NAzzIJ
 
358ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:55:35 ID:evFTJKY1
       ◇       ◇       ◇



生きていていい。
その言葉を自身に与えてくれた彼の姿が、黒桐幹也と吉井明久とかぶる。

真っ直ぐすぎる言葉。素直すぎる姿。
それを見ていて、そして彼のどうしようもなく綺麗な言葉を聞いて、姫路の瞳に感情の色が再び浮かぶ。
その感情は本人が予想した以上に激しく轟き始めていた。暴走の果てに起こる爆発は、もう止められそうに無い。
姫路は心に宿った激情を上条へとぶつける為に、動く。

"彼女は、遂に、叫んだ"。



       ◇       ◇       ◇
359創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:55:57 ID:O4NAzzIJ
 
360創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:55:57 ID:6FKMEb0r
 
361創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:56:23 ID:K8/X/3cH
 
362創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:56:27 ID:gFbEBI7X
   
363ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:56:50 ID:evFTJKY1
「……めて、下さい…………っ」
「え……?」
「やめてください! もうやめてくださいっ! もう嫌なんです! やめてっ!」

上条は驚きと共に声を飲み込み、目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。
"黒板越しでなければこちらに到達しないであろう相手の反論"が、突如声となって自分を襲ったのだから!

「私は! 私は悪い子なんです! 優しくしてくれたのに、あんなに私を想ってくれたのにっ、私は殺してしまった!
 朝倉さんのいう事なんて聞きたくないって思ってたのに! なのに体が勝手に動いたんです! 本当に、勝手に!
 言ったじゃないですか! 私が私じゃなくなるって! 私はもう怖いんです! 自分をもう全部無くしそうで……もう、嫌……!」

両手で苦しそうに頭を抱え、首を横に振って叫ぶ姫路。
彼女の今の姿には、初対面の際から抱いていた静かな印象はもう意味を成さない。
理屈は理解出来ないものの、突如彼女の声が復活した事は喜ばしい事なのだろう。しかし今はそれは優先すべき事項ではない。
姫路瑞希の言葉の回答。それはやはり彼女は少しずつ歪まされ、狂わされていたのだという事。
彼女の生み出す声は、上条に対する怒りが込められたへと成り果てていた。

「ねぇ、なんで、どうしてそこまで……あなたはそこまで似てるんですか!?
 どうして明久君に似て、どうして"黒桐君と同じで"私に優しくしてくれるんですかっ! もう沢山……もうやめてッ!
 そんなに似ていたら……"そんなに似ていたら、きっとまた私が、あなたまで殺してしまうかもしれない"じゃないですか!
 もう駄目! もう嫌っ、もういらない! どうせ私は、今の私ならたとえ明久君と出会えていても、きっと同じ様に……!」

彼女が上条の言葉を拒む理由。

「私はもう汚れちゃったんです……生きていちゃいけないんです! 誰かを傷つけるだけの存在なんて世界には必要ない!」

それは結局、誰かを傷つけてしまうことが怖かったからだった。

「明久君達がいない世界も嫌……っ! 私が誰かを傷つけてしまうのも、そんなのも嫌! 全部嫌です!
 もう、無いんですよ……私の価値なんて、そんなもの、もう全部無くなっちゃって、残ったのは赤黒い血だけなんです……!」

結局彼女は、ここまで身も心も削られた今でも、優しい少女のままだったのだ。

「お願いです! お願いですから、私がまたあなたを殺してしまう前に!
 こんなに優しくしてくれたあなたの前で私が私じゃなくなるその前に、早く……っ!」

ならば、やる事は決まっているじゃあないか。

「早く……」

姫路瑞希が、自身を悪鬼だと思い込んでいるのなら。

「お願い……上条君、お願い……っ」

人に優しくありたいと願っているのに、無理だと思い込んでいるのなら。
吉井明久達を失った悲しみに支配されているというのなら。

「もう、私を、殺して…………!」


その幻想全てを、まとめて残さず、心から根こそぎぶち殺す!


「殺さねえ!」
「……なん、で…………」
「俺は、意地でも考えを曲げねえ! 例え根競べになろうが知るかよ! 俺はそんなのは認めねえ!
 木下だって土屋だって、北村も、俺だって、そんでもって黒桐と吉井だって絶対にそうだ!
 お前が死んでいい人間なんだって絶対に認めないし、"俺達"はお前達に生きて欲しいと思ってる!」
364創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:57:23 ID:MzE0uBxd
 
365創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:57:34 ID:K8/X/3cH
 
366創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:57:34 ID:O4NAzzIJ
 
367創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:57:55 ID:6FKMEb0r
 
368創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:58:22 ID:O4NAzzIJ
 
369ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:58:31 ID:evFTJKY1
そう、姫路が出会った人々が素晴らしい人間ばかりだというのなら、そうに決まっているのだ。

「"おれたち"……? たちって、"達って誰の事を言ってるんですか"!? 誰が望んでるんですか!? あなた以外に!
 こんな汚れきった殺人鬼に生きていて欲しいなんて黒桐君達が思ってるとでも!? そんなわけないっ! 絶対に……私は……」
「お前の大事な人ってのは、お前が死ぬ事を望んでしまうような馬鹿げた奴らなのか!?
 そんなわけねえだろうが! そんなわけがねえんだってのは、お前が既に証明してるじゃねえか!」

彼女が既に"大切な人だ"と、"素晴らしい人達だった"と言っている以上、"そういうこと"なのだ。
それなのに"その友達は姫路が死ねばいいと考えている"なんて仮説を立ててしまっては、失礼ではないか。

「いいか? お前は良い奴だ、すっげえ良い奴だと確信した。俺は本当に、初めて出会ったときからそう思ったんだ。
 そんでもって、そんなすっげえ良い奴のお前が、吉井や黒桐達に"良い奴だ"って太鼓判を押してるんだ。じゃああいつらも皆良い奴だろ!
 それに、ならもう答えは出てるだろうが! 本ッ当に良い奴ってのはな、テメエの友達の生を本当にいつまでも……ずっと望んでるんだよ!」

上条は声を響かせながら方程式を一つ一つ解いていく。
姫路の勘違いを止める為に、このとんだ悲劇に幕を引く為に、相手の理論を分解して再構築する。

「良い、奴? 私が……"良い奴"? 違う、違いますよ……違いますよ! なんてとんでもない勘違いをしてるんですか!?
 あは、はは……あははは……笑っちゃう、笑っちゃいますよ。なんで? どうして? どうしてそんな事言えるんですか!?」
「勘違いだと……?」
「なんで、どうして……そんな事を言ってしまえる程あなたは何も理解してないんですか!?」

だが、姫路は止まらない。
"上条こそ勘違いをしているのだ"と、乾いた笑いを浮かべながら反論し始める。
涙は、流れたまま。
370創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:58:32 ID:K8/X/3cH
 
371創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:59:02 ID:6FKMEb0r
 
372創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:59:09 ID:O4NAzzIJ
 
373創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:59:36 ID:MzE0uBxd
 
374創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:59:38 ID:K8/X/3cH
 
375ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 01:59:56 ID:evFTJKY1
「私はっ! 私はあなたみたいに優しい"良い人"を殺したんですよ! この手で、黒桐君を……ッ!
 今なら思い出せます! 私は、黒桐君を押し倒して、そのまま彼の頭をぐしゃぐしゃに潰したんです!
 何度も何度も! 斧みたいなものを両手で振り下ろして、彼を……顔が、石榴みたいに、挽肉みたいに、なっ、て……!」

勢いのままぶちまけた言葉で凄惨な光景を思い出した所為で、再びトラウマに手をかけてしまったのだろう。
全てを言い終わる前に呻くような声を微かに上げ、彼女はまたも吐いた。
何も食べていない所為だろう、激しく声を上げながら僅かばかりの貴重な水分を吐き出していく。

「う、ぇあ……あぅ、う、ぶ…………っ! はっ、ぁ……かふっ……」

どうにか我慢をしようとしているのか、くぐもった声が漏れる。けれどそれでも耐えられないようだ。
もう空っぽになってしまったはずの胃から何もかもを吐き出そうとしてしまっている。
そんな不毛な作業を幾度か続けた後、姫路は突如力を失って横へと倒れそうになった。
上条が手を差し伸べる間もなく、彼女は床へと全身を強かに打ちつけてしまう。
しかしそれでも近くにあった机に手をかけて彼女は立ち上がった。そして瞳が、真っ直ぐ上条の目を捉える。

「もう、私、人間なんかには戻れないです。もう私はこのまま殺人鬼に成り果てる……また殺してしまう!
 さっき言いました! 私が私じゃなくなった時、そのときはきっと黒桐君に似たあなたを絶対に殺すんです!
 だからもう、やめてください……優しくする為に近づくのなんて、もう、やめてください……!
 期待させないでっ! いい加減諦めさせて! わかりきってて、全部決まってる事なのに……!
 それでも、こんなっ……何なんですかあなたは! どうして、上条君……こんなのってない! あんまりです……!」

姫路は、自分を虐げ想いを殺す。

「もう、近づかないで! 私を"上条君のいる世界"に連れ戻そうとしないで! 私は"そちらがわ"には戻れないんですッ!
 良い人だなんて、そんな優しい嘘をつくくらいなら、早く殺して! そんな嘘なんて……幻想なんて今は必要ないんです……!」

しかし、ならば、こちらにも考えがある。
姫路瑞希の抱いた幻想を吹き飛ばす為の言葉は、もう構築されている。
後は真っ直ぐ打ち抜くように解き放つだけだ。

「幻想、なんかじゃねえ……俺が言ってるのは上っ面のくだらない嘘なんかじゃない! 触れたら消えるような幻想じゃあない!
 言っただろうが! 俺はお前を最後までエスコートするって! だったら当然! お前にこれ以上人を殺したりなんてさせねえ!
 もしもお前がどうしても、どうしてもそうなっちまったとしても! 俺はしっかりとお前を受け止めて、お前を止めてみせるッ!」
376創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 01:59:58 ID:6FKMEb0r
 
377創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:00:18 ID:MzE0uBxd
 
378創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:00:49 ID:O4NAzzIJ
 
379創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:01:00 ID:6FKMEb0r
 
380創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:01:32 ID:O4NAzzIJ
 
381創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:01:32 ID:gFbEBI7X
  
382創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:01:36 ID:K8/X/3cH
 
383ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 02:01:50 ID:evFTJKY1
空白のままの最後の解答欄。
そこに上条は、答えを書き込んでいく。

「お前の抱く"これ以上人を殺そうとしてしまう私は良い人なんかじゃない"なんていう前提は、俺がひっくり返してやる!
 お前はもう人を殺したりなんかしない! させないし、出来ないし、そんな事を考える暇だって与えてやらねえ!
 ……というより、お前はもう、人を殺したりなんかしないよ。だって姫路、お前って奴はさ、やっぱりすっごく良い奴だから」

上条なりの証明終了。これが彼なりの答えだ。
姫路は目を見開いて立ち尽くしている。反論が帰ってくる様子は無い。

「そんなの……そんなのって………」

上条の答えを打ち消そうとしているのだろう、頭を抱えて顔を歪ませ、必死に悩んでいる。
すると再び体が力を失い、彼女は脚を折る。だが崩れそうな体を必死に起き上がらせ、口を開こうとする。
けれどそれは、上条を説き伏せられるようなものには成ってくれない。

「やめて、やめて……っ」

既に足元がおぼつかなくなってきた姫路を支えようと、上条は彼女の元へと歩みを進めた。
もう大体の事は言い終わった。これ以上は何も言うまい。今は相手の容態だけが心配だ。

「やめてって、やめてって言ってるのに……嘘つきはっ、嘘つきは嫌いです!」
「嘘じゃない」
「やめて、やめて、やめてっ! 来ないで!」
「姫路」
「私を殺す気がないのに、そんな優しい顔で近づかないでえっ!」
「大丈夫だ」

上条が両腕を伸ばすと、姫路は一歩二歩と後ろへと下がっていった。
それを見た上条は再び近づいていくが、同じ様に彼女も後ろへと下がっていく。
進路を阻む机や椅子にぶつかり、ガタガタと音を立てながら、二人は移動し続ける。
姫路は拒絶の言葉を叫びながら。上条はただ彼女を受け止める為に。

「もうやめてっ! もう、もうぐしゃぐしゃなの……頭の中が全部グチャグチャにかき回されておかしくなりそうで……!
 何もわからない……もう"色んなことが思い浮かんでる"! 私、もう……どうして、こんな、どうして、どうして、どうして!」

攻防と言えるのかも判らない一見シュールな光景。それを終わらせようと、上条は遂に歩みを速めた。
姫路の背後には壁。両隣には机と椅子。彼女にはこれ以上の退避は不可能である。
袋小路の状態で、それでも上条の言葉を否定してしまいたい姫路は両目を硬く閉じ、拒絶の為に腕を伸ばす。

「いやああぁぁああああっっっ!!」

その行動は奇しくも、黒桐幹也の死に繋がったあの一撃と全く同じものだった。


       ◇       ◇       ◇


姫路はその事に気付きながらも、この状況を"ああ、やっぱり"と俯瞰する。
目を閉じ、広がる闇の中で、彼女はやっと上条の言葉から解き放たれた。
やっぱり自分は、土壇場になると人を傷つけてしまうのだと、解ってしまった途端に力が抜けてしまう。
何を必死に、自分はわざわざ言葉にして否定を続けていたのだろうか。
こんな状況になれば、嫌でも痛感してしまうじゃあないか。
上条当麻だって、実際に自分がこうして行動を起こしていれば嫌でも気付いただろうに。

こうして自分が結局殺人鬼の仲間入りだった事がわかって、姫路はホッとした。
これならばもう、自分が殺されなければならない理由は決して崩れはしないだろう。
全ては上条の詭弁。全ては上条の嘘。全ては上条の幻想。結局は、それが全ての答えだったのだ。
何故なら、自分は優しくしてくれた相手をまたも突き飛ばし、傷を負わせたのだから。
384創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:02:18 ID:6FKMEb0r
 
385創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:02:33 ID:K8/X/3cH
 
386創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:02:51 ID:O4NAzzIJ
 
387創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:03:02 ID:6FKMEb0r
 
388ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 02:03:28 ID:evFTJKY1
けれど、もしも。
もしも百歩譲って上条の言葉が正しかったとしたら、どうなっていたのだろう。
それは、自分にとっては幸せなことだったのだろうか。

当然、幸せだったのだろう。
そもそも自分がこれ以上他人を傷つけるような存在でなかったのだったら、それに越したことは無いわけで。
それならば、黒桐幹也と吉井明久の様に優しくて真っ直ぐだった上条と、一緒に生きて行けたのかもしれない。
吉井達が死んでいるという事実は死ぬほど辛いけれど、上条とならそれでも一緒に歩いていけたのかもしれない。

『そんでもってもう一つだけ、わかってることがある……なあ姫路!
 お前は、お前はな…………! お前はいつだって、これからだって、生きていて良いんだよ…………!』

何故だろう。今はその言葉を真正面からぶつけられたら、きっとすぐに折れてしまうかもしれない。
最後の最後、自分が上条当麻を突き飛ばすそのギリギリの前。自分の頭の中がグチャグチャになっていた頃。
彼の心に触れすぎた所為だろうか、彼と一緒に生きていたい、とも確かに思ってしまったのだ。
闇の向こう、暖かな光を浴びながら上条当麻と歩んでいる自分が見える。
どんな気分なのかは察することは出来ないが、少なくともあのもう一人の自分は笑顔を浮かべているようだった。

生きていたい。

もしも自分が罪人でさえなかったら、きっと辛いことも乗り越える資格があったのだろうに。
正直なところ、最後に上条を必死に否定していた頃にはもう、自分の言葉は"こんな気持ちを誤魔化す為だけのもの"だった。
上条の言うことは決して自分にとっては"正論ではないが、図星だった"のだ。
本当は、吉井達が"向こう"で罪人の自分を弾劾している姿なんて考えたくはなかった。

生きていたい。

けれど、もう自分は咎人なのだから。
上条と一緒なら吉井達の死をも乗り越えられたかもしれなかったとしても、もう無駄なこと。
どれだけ自分が生きたいと思っていても、上条当麻と共に歩みたい気持ちを強めても、もう全てが遅い。
遅いのだ。

生きていたい。

ああ、なるほど。
つまり、自分は、

「生きていたい」

状況に流された所為で選ばざるをえなかった道を振り返って、それが納得して進んでいた道なのだと必死に思い込んでいたのか。
"殺されなければならないと考えているのではなく、自分は殺して欲しいと考えているのだと考えをすりかえる"ことで。
結局自分は、自分の考える"罰の受け方"の一切を無視して感情を吐露した場合、今までとは真逆の言葉を叫んでいたのか。
義務感など放り出して上条と話せば、きっと自分は死を必要としない道を選ぼうとしたに違いないのだ。

「生きて、いたい……」

けれど、殺される? このまま?
結局流されたままで、殺される?

「生きていたい……っ」

ああ、もう。未練が、矛盾が、心の中で産声をあげてしまった。
惜しかったな。自分の義務感に流されずに、もっと素直になれれば。
みっともなく足掻いたら、もしかしたら上条当麻も少しの傷で済んだのかもしれない。

けれど、自分がこうして道を選んだのだから、もう無駄なことだ。
救いがあるとすれば、それはもうこれで少なくとも上条当麻は自分に殺されることは無いということか。
そして優しい彼を自分も殺さずに済む。この世に未練はあるけれど、それの事だけは凄く凄く嬉しい。

もういいや。考えないようにしよう。これ以上、泣きたくはないから。
389創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:03:52 ID:K8/X/3cH
 
390創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:04:20 ID:O4NAzzIJ
 
391創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:04:37 ID:6FKMEb0r
 
392創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:04:37 ID:MzE0uBxd
 
393創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:04:55 ID:gFbEBI7X
  
394ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 02:04:57 ID:evFTJKY1
姫路はその救いだけを支えに、最期を受け入れようとそっと目を開けた。
そういえばよく考えてみれば、素直に上条ここで待ってくれているだろうか。
もしかしたらもうここから消えているかもしれないが、そうなった場合はどうしよう。
自殺、しかないか。望ましいことではなかったのだけれど。

「……姫路」

等と考えていたというのに、上条当麻は自分のすぐ目の前に立っていた。
どこかに怪我を負っている様子も無い。自分は彼を突き飛ばしたはずなのに。
これだけ硬い教室の床ならば良くて打撲、最悪意識を失っていてもおかしくないはず。
それなのに、彼は目の前にしっかりと立っていた。痛みを我慢している素振りすら無く。

「結局お前、やっぱり生きていたいんじゃねえか。聞こえてたぞ、お前の囁く声が。
 生きていたいって、生きていたいってお前、ずっと言ってた。やっぱりそうだったんだって、俺安心した」

当然だ。彼は自分を突き飛ばそうとした姫路の両手を、同じく両腕で掴んでいたのだ。
つまりそれは、姫路が拒絶の一心で放った一撃が上条には届きはしなかったという事。
黒桐幹也の時の悪夢は、再現されていなかった。

「安心しろ、姫路。俺は簡単には倒れない。お前の所為では、俺は斃れてやらねえよ……絶対にな!」

上条は姫路の両手を離し、はっきりと決意を口にする。
姫路は自分の行動が無駄に終わったことを痛感し、その所為かまたも全身の力が抜けるのを感じた。
それをきちんと目で捉えていたのか、上条が「おっと」と姫路の両脇を掴んで支える。
転んだ幼児を起こす動作にも似た状態で静止すると、上条は「大丈夫か?」と声をかけてくれた。
だが姫路は腰が砕けてしまい、力が入らなくなってしまっている。立つのは少し無理そうだ。
そんな状態を察したのか、上条は姫路をそっと床へと下ろしてくれた。
ぺたんと座り込み、呆然としてしまう姫路。そんな彼女の目線に合わせる様に上条も体を曲げる。

見れば見るほど、彼の姿には異常が無く。それはつまり相手の排撃に見事失敗してしまったという証左。
自分には傷つけることは出来なかった。自分にはこの優しく、心の強い上条当麻を暴力を振るうことが出来なかったのだ。


"姫路瑞希はこれ以上人を殺せない。殺すことが出来ない"。


上条の、嘘や幻想にしか思えなかった言葉が、今目の前で現実に起こっている。
いや、殺すどころかそれ以前の問題。自分はまた、誰かに傷一つつける事が出来ない人間へと戻っていた。

「なぁ、姫路。お前は言ったよな? "自分は誰かを殺すから、傷つけることが出来る人間だから生きていちゃいけないんだ"って。
 でも今この現実を見てどうよ? 俺は傷一つ負ってない。お前の一撃は俺を倒すには至らなかった。現実には何も起こってない。
 まあそりゃ、お前は"俺に殺されなきゃいけないから、俺を死なせてはいけなかった"って前提があったとしても……さ?
 お前がこうして俺を傷つけられない存在なんだってんならさ……もう、殺される必要、なくなっちまったな。だろ?
 …………解らないなら、解るまで何度でも言ってやる。上条さん式の荒っぽい補習授業の始まりだ。
 姫路、お前はいつもいつまでもどんな時でも誰に何を言われても生きて良い。生き続けなきゃいけない、それが本当の義務なんだ」

その言葉で、姫路は憑き物が全て落ちた気がした。
そして極度の緊張状態から開放されたおかげだろう。同時に姫路の目の前が、段々と真っ白になり始めていく。

「ん? ……おい、姫路? 姫路!?」

それに上条の声が、段々と遠くなっていく。
なんだかとっても暖かくて心地の良い不思議な感覚に包まれながら、姫路瑞希は意識を失った。


       ◇       ◇       ◇
395創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:05:35 ID:MzE0uBxd
 
396創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:05:38 ID:6FKMEb0r
 
397ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 02:06:00 ID:evFTJKY1
姫路の意識が復活したことに上条が気付いたのは、騒動が終わって少し時間を経てからのことだった。
散々騒いだ所為で誰か危険な人物を呼び寄せてしまったのではないかと思い、刀の回収後にとりあえず移動している途中である。
上条はやむなく姫路を背負って移動していた為、彼女の体が覚醒を始めた事にすぐに気付けたわけなのだが。

『って、ちょ! わーお! 胸が! 胸がすれてます姫路さん! 拙いです姫路さん! 俺が悪いんだけど!
 ぐっ、しまった! やっぱりこんな形の移動は控えるべきだったのでせうか! にしたって他に何があるよ!?
 え? 抱っこ!? しかもお姫様抱っこがええぜよ上条君ってか!? ってうるせえ土御門! おめえは黙ってろ!』
「ぁ……」
「ああ、姫路。悪い勝手に移動して! あ、べ、べべべ別に大丈夫ですよ!
 上条さんは紳士なだけに真摯な思いでこんな行動に走ったわけでそんな疚しい思いは……」
「ぁ、う……っ!?」
「……ひ、姫路!? 大丈夫か? 下ろすぞ?」

何か様子がおかしいので、とにかく急いで姫路を背から下ろした。
そしてまたも話しかける。

「姫路、ひょっとしてどっか痛かったりするのか? もしそうなら今からでも保健室に……」
「……」

答えは無い。

「……お前、ひょっと、して」

いや、違う。無いわけじゃあない。

「"また、戻っちまった"のか……っ?」
「…………っ!」

全ては終わった筈だというのに、姫路瑞希が再び目を覚ますと、その声は再び失われていた。
せっかく元に戻ったというのに、おかげで彼女の本心を聞くことが出来たというのに。
姫路の体は、未だ声での対話を許してはいなかったのだった。

「そ、っか……」

しかし、

「……いや、でも……大丈夫だ」
「ぇ、ぁ……?」
「だってそうだろ? お前、さっき俺と散々話してたじゃねえか! 俺に心をぶつけてくれたじゃねえか!」

まだ、勝算はある。
彼女の感情が昂っていたあの時、姫路は確かに言葉を声にしてぶつけてきたのだから!
焦る必要は無い。きっとまだ、彼女の心は万全ではないというだけだ。
ここからの脱出の目処だって立っていない。狐面の男の正体だって全く掴めていない。
それに朝倉涼子達の事だって、死んでしまった人間達の事もある。
姫路が心を痛める理由は数多く、残っている。

『でも、姫路の抱いている恐怖を少しずつ俺の力で取り除いていけば……きっと!』

しかしそれに屈するつもりは毛頭無い。
だから、共に行こう。一時の回復が奇跡だったのだとしても、今の自分なら、二度目の奇跡だってきっと起こせる。
いや、起こさなければならないのだ。気合を入れて臨むべき大仕事だ。やれる、やれる、絶対にやるんだ。

「だから絶対に大丈夫だ……って、なんかずっとそれしか言ってねえけどさ。まあ、うん! それはそれだ!
 行こうぜ姫路。お前の事は俺が護る。お前の声だって、絶対に取り戻してみせる。お前が倒れそうなら、俺が支えるから!」

そしてこれは"心からのもの"なのだろう。
姫路瑞希は上条当麻に、満面の笑みを浮かべて頷いた。
398創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:06:10 ID:K8/X/3cH
 
399創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:06:37 ID:6FKMEb0r
 
400創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:06:47 ID:O4NAzzIJ
 
401創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:07:17 ID:K8/X/3cH
 
402創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:07:18 ID:6FKMEb0r
 
403ラスト・エスコート2 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 02:07:24 ID:evFTJKY1
       ◇       ◇       ◇


ねえ、上条君。
今なら私、怖くないです。
明久君達が死んでしまった事は、今でもとても辛いです。
けれど、それでも、あなたと一緒に歩けるんだって、今はそう思えるんです。

今なら温泉にだっていけると思う。
もしかしたらまた具合も悪くなってしまうかもしれないけれど、それでも、前とは違う。
上条君のおかげで、少しだけ心を強く持てるようになった気がしたから。

明久君みたいに、上条君の腕も温かかったから。


だからきっと私、大丈夫です。





【E-2/学校の校舎内/一日目・日中】

【上条当麻@とある魔術の禁書目録】
[状態]:全身に打撲(行動には支障なし)
[装備]:御崎高校の体操服(男物)@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式(不明支給品0〜1)、吉井明久の答案用紙数枚@バカとテストと召喚獣、
     上条当麻の学校の制服(ドブ臭いにおいつき)@とある魔術の禁書目録、七天七刀@とある魔術の禁書目録
[思考・状況]
基本:このふざけた世界から全員で脱出する。殺しはしない。
1:とりあえず移動。というかぶっちゃけ学校から逃げてるパターン。姫路と共に。
2:温泉に向かう。かなめや先に温泉に向かったシャナ達とも合流したい。
3:インデックスを最優先に御坂と黒子に、ステイルも探す。正直、優先度は非常に上がっている。
4:教会下の墓地をもう一度探索したい。
5:そういや人類最悪がなんか言ってたな。
[備考]
※教会下の墓地に何かあると考えています。


【姫路瑞希@バカとテストと召喚獣】
[状態]:左中指と薬指の爪剥離、失声症、精神的に落ち着くことが出来た
[装備]:御崎高校の体操服(女物)@灼眼のシャナ、黒桐幹也の上着、ウサギの髪留め@バカとテストと召喚獣(注:下着なし)
[道具]:デイパック、血に染まったデイパック、基本支給品×2
     ボイスレコーダー(記録媒体付属)@現実、ランダム支給品1〜2個
[思考・状況]
基本:上条当麻と共に生き続ける。未だ辛いことも多いけれど、それでも生き続ける。
1:明久君達の死はとてもとても哀しいが、同時に上条君の想いがとても暖かくて嬉しい。
2:今なら温泉にも、いけるかもしれない。
404 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 02:08:10 ID:evFTJKY1
投下終了です。
深夜にもかかわらずお付き合いくださりありがとうございます!
405創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:10:36 ID:6FKMEb0r
投下乙。

うおおおおお! 上条さんだ! これ本気の上条さんだ!w
何この熱さ。いままでくすぶってたのが嘘みたいな大覚醒だw
そりゃあ姫路さんの心も溶けるよなあ。
上条さんは凄い誓いを立てちゃったし、姫路さんもまだ償いの道は見えてないけど、凄く応援したくなるお話でした。
GJ!

……しかし、タイトル見てすっごい嫌な予感をしたのは私だけじゃないはずだw
406創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:11:36 ID:O4NAzzIJ
投下乙です。

上条さんがやった。上条さんが!
あんなにもこんなにも重い姫路さんの罰をぶっとばしちゃったよ。
本当に重い描写と、それをぶっとばす男前な上条さん。
いやぁ、かなりキましたw GJです!
407創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:13:10 ID:njWQJZqD
投下乙でした。
上条さんの説教パネェです。ようやく死亡フラグ取り除けた気がするw
姫路さんはこれからが辛いかもしれんけど、頑張ってほしいな…。

姫路さんの黒桐への三人称ですが、「黒桐さん」じゃなかったかなーと突っ込み。
408 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/28(木) 02:15:43 ID:evFTJKY1
>>407
>姫路さんの黒桐への三人称ですが、「黒桐さん」じゃなかったかなーと突っ込み。

自分の話でそう書いておいてすっかり忘れてしました。申し訳ない。
Wiki収録の際にでも根こそぎ直しておきます。指摘感謝です。
409創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:17:51 ID:njWQJZqD
>>408
>自分の話でそう書いておいてすっかり忘れてしました。申し訳ない。
そういえばwww 乙ですwww
410創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 02:18:17 ID:MzE0uBxd
投下泣いた乙

うわああああああああああああああああああああんなんだこれえええええええええええ
ただのスーパー上条当麻タイムじゃねぇ……姫路さんの深層心理に踏み込む姿はヒーローだ
なんていうかもう、なんていうかもう、上手い言葉が思い浮かばない……

一度冷静になって。
雰囲気が凄まじくよかったです。
なんだろう、作品の中にどっぷりのめり込んでしまったというか。
姫路さん、がんばったね姫路さん……そんでもってあんた男だよ、上条さん。

感情って、動かされるものなんだぁ。
GJです。
411 ◆UcWYhusQhw :2010/01/28(木) 03:04:45 ID:5Nr/eJCD
お二人方投下乙ですー。

>警察署
古泉……おおう……
ああ、何かキョンとの会話が凄くいい。
この男同士のSOS団のリレーがいいなぁ。
古泉は間違ってたかもしれなかったけど全うしたよ。
しかし、警察署はまた阿鼻叫喚……w

>エスコート2
上条さんキター!w
凄いらしくてかっこいいわぁ……
姫路さんも意地を張ったけど流石にこの言葉には負けるよなぁ……
ああ、この二人の今後が気になる。

二人ともGJでした。

此方も少々オーバーしましたが投下します
412創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:05:30 ID:6FKMEb0r
 
413 ◆UcWYhusQhw :2010/01/28(木) 03:05:47 ID:5Nr/eJCD
たったっと。
川嶋亜美はまるで兎のように闇雲に駆けていた。
行き先なんて知っちゃこったなかった。
視界が滲んでよく見えなかったけど幸い躓いてこける事もない。
だって亜美ちゃん日頃の行いがいいし。

そう思いながらただひたすらに駆ける。
哀しいことから耐えるように、逃げるように。
その先に見える事、訪れる事は今は考えたくなかった。
それよりも知る由がなかった。
だから、今は本能のまま走りたい。

そのまま声にならない叫びを上げ続け。
ただ、ただ、走る。
そしてよく心が解らなくなっていく。
心を占めているのは深い哀しみだけなのだろうか。
それとも何か別の感情も含まれているのだろうか。
解らない、解らなかった。
ぐちゃぐちゃな頭の中では深すぎる感情を整理する事なんか到底無理だった。

だから、走っている。

それが一番だって何となく理解できたから。
だから、走ってみよう。
体力の続く限り走ってみよう。
我慢なんてしない。
本能を制御させない。
ただ、暴走させよう。
だから、溢れ出る涙は拭わない。
零れる落ちる雫はそのまま流しちゃおう。
大雨はそのまま降らしちゃおう。
そして、いずれ上がるのを待ってみよう。
その先には笑えているのだろうか?
わからないけど。
でも、雨があがればきっと空は晴れるだろう。
何となくそう思えたから。
だからこの喪失の気持ちを今は味わおう。
うん、きっとそれがいい。
耐えられないものだけど。
苦しくて堪らないものだけど。
それでいい、それがいい。
それがきっと川嶋亜美が感じられる痛みなのだから。
だから今はこの苦しくて切ない思いはずっと感じていよう。

だから、走ろう。
414創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:06:20 ID:O4NAzzIJ
 
415 ◆UcWYhusQhw :2010/01/28(木) 03:06:51 ID:5Nr/eJCD
走って。
走って。

走ろう。


うん、それでいい。


それでいいのに。


なんで。

なんで。

どうして。

どうして。




――――『櫛枝実乃梨』――――



こんなにも、重なるんだろうね。



足が。


止まってしまった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



416創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:07:01 ID:6FKMEb0r
 
417創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:07:16 ID:8Nzor58m
 
418創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:07:20 ID:MzE0uBxd
 
419創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:07:26 ID:O4NAzzIJ
 
420 ◆UcWYhusQhw :2010/01/28(木) 03:07:57 ID:5Nr/eJCD
「あーもう……訳がわからん」

そう、苛々しながら頭を抑えながら呟く少女がひとり。
少女――千鳥かなめは怨敵ガウルンが喋らなくなった後、一人客間に戻っていた。
その客間は北村祐作達が死んでいる場所とはまた別の場所だった。
正直、人が死んでいる所には居たくない、そう思ったから。
薄情なのかなとかなめは少し思ったが、それでも誰が死んでいる傍に居続けるという事は流石に辛かった。
それをいうなら、そもそも遺体が四つもある温泉旅館に滞在するという選択肢は取りたくはないのだが……

「……遅い……何やってんだろ……いや……何かあったのかな?」

それでも、取れない理由があった。
彼女が待ってる人物、この旅館にて自身の全裸をみられたあの少年。
教会で離れて再び旅館で合流しようと約束したあの少年、上条当麻。
その彼が未だに約束したここにやってこないのだ。
いくら、かなめが先行して向かったとはいえ余りにも遅すぎる。
何かあったんだろうかと不安になって心がモヤモヤするも此処を離れる事をしなかった。
この既に10人以上も命を落としているこの場で行き違いになってしまう……そんな危険だけは避けたかったのだ。

「もしかして……いやいや……そんな事ないって……」

そこでかなめは最も怖い可能性を考えてしまう。
それは上条当麻がもう命を落としている、そんな事を。
だが、かなめは頭を振ってそれを否定する。
自分達が北村と別れたその直後、命を落としたと知っていても。
誰かが死んでいる、そんな最悪な出来事を考えたくなかった。

考えを振り切るようにかなめは支給された水をペットボトルにそのまま口をつけて豪快に飲む。
味もしないただの水がかなめの喉を潤し、思考を洗い流してくれる。
ふうと一息ついて、かなめは天井を見上げた。

「本当……何が……」

本当にここで何があったのだろう。
思考を洗い流した先にあるのはその考えだった。
この温泉旅館で転がっていた五つの遺体。
何か鋭利なものでで刺されて死んでいた北村。
首元を切り刻まれていた顔面包帯巻きの男。
きられて息絶えている鷹。
顔面を耕されて死んだ男。
そして、バラバラ死体になっていたガウルン。
421創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:07:58 ID:6FKMEb0r
 
422創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:08:21 ID:O4NAzzIJ
 
423創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:08:29 ID:evFTJKY1
 
424 ◆UcWYhusQhw :2010/01/28(木) 03:08:38 ID:5Nr/eJCD
一体この温泉旅館で何があったのだろうか。
余りにも解らない事が多くてかなめは混乱してしまう。
一つわかる事はあのガウルン程の実力者を殺せる程のものという事。
そして、

「櫛枝実乃梨……」

櫛枝実乃梨。
彼女が鍵になっている。
あの時あった実乃梨は本当に実乃梨なのだろうか。
そしてこの惨劇の鍵になっているのには違いない。
それに一緒に居たシャナ達はどうしたのだろう?
自分も彼女と話した後気絶させられた。

「まさか……」

まさかの可能性を考えてしまう。
だけど、実乃梨にはガウルンを殺せる力など無いはず。
そう思い立った矢先、

「シャナ……」

シャナと名乗った少女。
もしかしたら彼女ならガウルンを殺せるかもしれない。
まさか

「結託し――」



――――『櫛枝実乃梨』『木下秀吉』――――



いつの間にか流れていた放送。



呼ばれた二つの名前。



かなめの思考はそこで止まった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



425創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:09:14 ID:O4NAzzIJ
 
426創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:09:21 ID:6FKMEb0r
 
427 ◆UcWYhusQhw :2010/01/28(木) 03:09:38 ID:5Nr/eJCD
てとてとと。
川嶋亜美はまるで亀のようにゆっくりと歩いていた。
行き先なんて知っちゃこったなかった。
視界が滲んでよく見えなかったけど幸い躓いてこける事もない。
だって亜美ちゃん日頃の行いがいいはず……なんだけどなぁ。

まさか。
櫛枝実乃梨が呼ばれると思わなかった。
また、誰か死ぬかもしれない。
そうは少し思っていたけど、でも呼ばれて欲しくなかった。

別段凄く仲がいい……といえる訳でもない。
というかぶっちゃけ亜美は彼女と喧嘩状態に近かった。
一緒に居る機会が多かっただけで。
素直にもなれず、ぐじぐじと留まって。
そして、関係がどんどん抉れっていって。
その原因は亜美にも一端はあるんだろうけど。

でも、あの少女は高須竜児に惚れていた。
その高須竜児が死んで、どうなった?
哀しんだに決まってるだろう。
自分の感情を殺して大河と竜児の幸せを望んだといっても所詮は恋する乙女。

好きだった人が死んで平気な訳ないじゃん。

哀しくて。
哀しくて。
苦しくて。
苦しくて。

わんわんと泣いたに決まってる。


そして。

そして。


――――死んじゃったんだね。



馬鹿だよ。

馬鹿。


どいつこいつも馬鹿だ。


本当に馬鹿。
428創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:09:48 ID:gFbEBI7X
 
429創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:10:02 ID:evFTJKY1
 
430創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:10:05 ID:O4NAzzIJ
 
431創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:10:26 ID:6FKMEb0r
 
432創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:10:46 ID:O4NAzzIJ
 
433 ◆UcWYhusQhw :2010/01/28(木) 03:10:48 ID:5Nr/eJCD


ねぇあんたさぁ。


今だからいうけど。
本当に今だからいうけど。


あたし本当は…………



――――仲直りしたかったんだよ。


ずっと友達で居たかったんだよ。

ずっと皆で……


まぁ……もう無理なんだけどさ。

でもさぁ…………


ううん、もういいや。

終わったしまったんだから。


だから、ありえた物語を想像しない。


――――うん。


434創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:10:56 ID:MzE0uBxd
 
435創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:11:08 ID:6FKMEb0r
 
436創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:11:18 ID:evFTJKY1
 
437創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:11:25 ID:8Nzor58m
 
438創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:11:34 ID:O4NAzzIJ
 
439 ◆UcWYhusQhw :2010/01/28(木) 03:11:40 ID:5Nr/eJCD
……あれ、また視界が滲んでる。
哀しいのかな? 
やだな、こんな姿は絶対見せたくない。
亜美ちゃんは亜美ちゃんでなければならない。

そう思いながらただゆっくりと歩きたかった。
哀しいことから耐えるように、押し潰されないように。
今はゆっくりと楽しかった事、懐かしい思い出を思い出そう。
それがきっとやすらぎになる。
幸い今は誰もいない、ゆっくりと懐かしみながら歩こう。
だから、これで、いいんだよ。これがいいんだよ。

そのまま空を見上げながら進む。
ただ、ただ、歩く。
そして心に占めている感情が深くなくっていく。
心を占めているのは深い哀しみだけなのかな。
それとも何か別の想いも含まれているのだろうか。
解らない、解らなかった。
でも、何かを思い出すたび、心が何故か軋んでいた。

だから、歩いている。

歩いて。
歩いて。

ふと、見つけたコンビニに寄り道してみた。
探している時は見つからないのに割とどうでもいい時には見つかるものだ。
そういえば、帰り道よく寄り道をしたっけ。
これ食べたら太っちゃうかなとか。
この新製品美味しかったとか。
グダグダとだべりながら。
何か妙に懐かしい。
440創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:11:55 ID:6FKMEb0r
 
441創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:12:17 ID:evFTJKY1
 
442創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:12:18 ID:O4NAzzIJ
 
443 ◆UcWYhusQhw :2010/01/28(木) 03:12:21 ID:5Nr/eJCD
そう思いながら気がついたらあらん限りのお菓子と飲み物をディバックに突っ込んでいた。
盗難だけど別にどうでもいいやと無造作に。
その行為にきっと意味は無い。
懐かしさからの無作為な行動だろう、きっと。

そして満足してまた歩き始めたら見つけた建物。
それは北村祐作が眠るであろう温泉旅館だった。
遺体を見たいような見たくないような不思議な気分に襲われてしまう。
入ろうか、どうしようか。
迷って迷って。

結局入る事に決めた。

どうやら辿り着いた場所は正門の裏側で。
普段従業員が使っているような裏口だった。
それでも、特に気に留めずずんずんと進んでいく。
厨房を通って、通路をでて。
何か散乱していたけど特に気に留めない。
そして、どうしようと思った

その時、だった。


何か音がする。


それは直ぐ近くの部屋から。


どうしよう。

一瞬迷ったが覚悟を決めてふすまを開ける。



其処には――――


444創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:12:42 ID:6FKMEb0r
 
445 ◆UcWYhusQhw :2010/01/28(木) 03:13:02 ID:5Nr/eJCD
「あーもうやってられないわ…………ったく…………ぁん?……あんた誰?」



たち膝をしながらコーラを飲み、何かを食ってる…………オヤジ?


いや、親父っぽい超絶な美少女がいた。



……何? この矛盾。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





446創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:13:05 ID:evFTJKY1
 
447創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:13:24 ID:6FKMEb0r
 
448創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:13:36 ID:MzE0uBxd
 
449創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:13:46 ID:O4NAzzIJ
 
450 ◆UcWYhusQhw :2010/01/28(木) 03:14:04 ID:5Nr/eJCD
つまる所。
千鳥かなめは何か苛々を通り越して色々とすれてしまった。
上条当麻はこない。
もし死んでいたら……なんて杞憂でしかなかった。
何やってんだあいつと本当きれそうだった。
というか一歩間違ってたらあたし死んでたよね!?ともう既にきれていた。
その切れた瞬間適当に冷蔵庫から拝借した高そうなウニをつまもうとした割り箸がバキッと割れた。

あの朴念仁相良宗介はなにやっているんだ。
期待はしないが未だに情報も何も入ってこない。
何ぐずついてんだあの野郎。
お陰できもいお前のストーカーと話す羽目になった。
そう思った時、適当に拝借してきたコーラの缶がバコッと凹んで炭酸が溢れ出た。

そして、何なんだこの状況。
鍵となる実乃梨は死んだ。
実乃梨と秀吉が死んだことは本当に哀しい。
けど、それ以前に状況がわからない。
こんな不愉快な死体の山はどうしての出来たのかさっぱり解らない。
哀しむ前に訪れるのは深い謎ばかり。
というか、どうしてあたしはこんな謎とこんな血塗れた旅館に閉じ籠められているとまた切れそうになる。
こんな、火曜サスペンス的なノリでイラついてくる。ついでにサービスシーンは既に済ました。
十中八九上条当麻のせいだがそこはおいておく。
後で殴る。そう誓う。
そして、レンジでチンしたなんか高そうな牛肉を頬張る。


まあ、ようするに。
許容範囲はとっくにオーバーしていて全力でストレスが溜まっていた。
こんな時かなめはどうするかって。
みたまんま、そのまま食欲で補っていた。
幸い、旅館の食べ物だ。
やたらと上手かった。

そんな時、見た感じちゃらちゃらした美少女がやってきた。


「あーもうやってられないわ…………ったく…………ぁん?……あんた誰?」
「いや、あんたこそ誰よ?……っていうか、その制服うちらの高校じゃん……まあ……亜美ちゃんに比べるとたいした事無いけど……うちの高校にこんな可愛い子いたっけ?」

そう、かなめを指さした亜美は不機嫌そうに彼女をみる。
行動がオヤジにしか見えないが一応結構な美少女だ。
それなら、この学校にいるならミスコンで上位に来ても可笑しくないはずと考えてかなめに不審にみる。
まあ、まんまオヤジだから人気はないだろうけどと分析をしながら。
451創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:14:13 ID:6FKMEb0r
 
452創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:14:28 ID:O4NAzzIJ
 
453創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:14:53 ID:6FKMEb0r
 
454創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:15:35 ID:6FKMEb0r
 
455創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:15:39 ID:evFTJKY1
 
456創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:15:42 ID:O4NAzzIJ
 
457創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:16:15 ID:6FKMEb0r
 
458創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:16:37 ID:O4NAzzIJ
 
「あ、この制服は支給品……あたしの服駄目になったし」
「そう、で、あんたなにしてるの?」
「上条当麻というクソ野郎待ってるけど未だに来ないから飯食ってんのよ」

そういいながらロールキャベツを頬張りコーラを流し込むかなめ。
うわと亜美は若干引きながらもかなめを見る。
うん、絶対にもてない。美少女だけどと簡単に分析終了。
流石、恋人にしたくないアイドル・ベスト・ワンの称号を持つ女である。
亜美はゲンナリしながらも思い出して

「ああ、あんた千鳥って人? 上条当麻にはあったけど……」
「へぇ……で、あいつどうしたの?」
「さあ……無事だけど……寄り道してるんじゃないの? お人好しな馬鹿みたいだし」
「そうね……まあ無事ならいいか……ああ更にむかついてきたらまた腹が減った……」

そういって刺身を食うかなめ。
亜美は溜息をつきながらもかなめが座る目の前に座る。
何か悪い人じゃないのは確かだろう。
そう思ってとりあえずの接触を図る。
そういえば、何か地で話してるなと思いつつもまあいいかと思う。
今更だろう、きっと。

「で……今は?」
「酷くイラついた」
「まぁそうだろうね……」
「だから、やけ食い」
「やけ食い?」
「ストレス発散よ……太る? しるか! 今は食いたいんじゃあ!」

そう、宣言するかなめに呆れる亜美。
だけど、その顔はにっこり笑っている。
何を思ったか、持ってきたお菓子とジュースを机の前に並べる。
そして

「じゃあ、あたしも食べる……太る? 知るか! その後ダイエットするもん!」
460創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:17:11 ID:6FKMEb0r
 

適当にあったチョコドーナッツをとり、がっついた。
程よい甘さが心地よかった。
かなめは唖然としたがにっこりと笑っていた。
きっと美少女同士の共感があったんだろう。
片方実体オヤジだが。

「あーーもう、そういうお人好しばっか! 本当もう頭にくる!」

亜美はそのままグチグチいいながら次のプリン食べ散らかしている。
なんかとても、愚痴を言いたくなった。
疲れて、疲れて。
愚痴愚痴いいたくなる。
そんな時だってあるものだ。

だって、亜美ちゃん女の子だし。

「本当よね……全く、何か無駄に疲れちゃう」
「うんうん」

そのまま、女の子二人はだべり始める。
いつものように。
それが日常のように。

「あ、そのドクターペッパーちょうだい」
「はい……あんた、変なもの好きなんだね……あ、そのサンドイッチちょうだい」
「五月蝿い、はいどうぞ」

そして、お菓子と料理がドンドン消費されていく。
食欲恐るべき。

「本当にもう……沢山死んじゃうし……」
「祐作も死んでいるのよね……ここに」
「うん……って知り合い?」
「うん」
「そっか……見てくる?」
「後でいい」

亜美はそう呟いてポテチの袋を開けた。
かなめは複雑そうな顔をしながらも、ティラミスを食べきった。
462創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:17:52 ID:6FKMEb0r
 
463創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:18:14 ID:O4NAzzIJ
 
464創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:18:18 ID:evFTJKY1
 
465創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:18:18 ID:MzE0uBxd
 
466創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:18:40 ID:6FKMEb0r
 
467創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:18:59 ID:O4NAzzIJ
 
「というか……此処遺体四つあるのよね」
「うげぇ……」

亜美はちょっと辟易しながらも食べる手は休まず、アイスクリームを食べ上げた。
それでも喰うんだなーとかなめは思いつつ、ショートケーキに手をつけた。
食欲に勝る者無し。

「……本当誰が起こしたんだろうね」
「何か解ってんの?」
「いや……もしかしたら櫛枝実乃梨かも……」

その言葉を聞いた瞬間チョコパイを食べる亜美の手が一瞬止まり

「有り得ないよ」
「え?」
「絶対に有りえない。実乃梨ちゃんは殺しなんてしない」

そう、言い切ってまた食べ始める。
かなめは亜美と実乃梨が知り合いという事を思い出して、オレンジジュースを飲みながら

「ん……じゃあそれを信じる」
「いいの?」
「うん……あんたみてればきっとそれはないわ」
「そっか」

亜美の言葉を信じきった。
亜美は安心しながら、タルトに手をつけ始める。
かなめは、ヨーグルトを食べながら

「そのタルト美味しい?」
「うん、美味しい……ちょっと食べる?」
「うん……食べる」
「はい」

そして、分けてもらった。
亜美は杏仁豆腐にてをつけて、かっぱ海老せんを食べ始めたかなめに対して問いかける。

「ねえ、あんた実乃梨ちゃんにあったの?」
「うん」
「どうだった?」
「元気の塊のような子だったよ」
「そっか、ならそれでいいや」
469創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:19:17 ID:evFTJKY1
 
470創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:19:46 ID:6FKMEb0r
 
471創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:20:08 ID:evFTJKY1
 
472創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:20:17 ID:O4NAzzIJ
 
そう、頷いた亜美の表情を確認してかなめも笑って

「あんた、クリームが鼻に……」
「やだ、何処……!? ちょっと最悪〜」

亜美の鼻の上にちょこんとついていた指摘する。
亜美は真っ赤になりながらも拭い、次のワッフルに手をつける。
かなめはそのまま柿の種を食べて呟く。

「しっかし……この惨劇誰がおこしたんだろ……」
「あたしがそんなの知る訳ないじゃん……というか、あたし達わかるわけも無いし」
「それもそうよね……」

かなめははぁと溜息をつきながらお茶を飲み。
亜美は満足そうに珈琲を飲んで。

「『探偵』とか来れば一発で解決できるのにねー」
「そんな都合よく『探偵役』が来る訳無いじゃん。ドラマのみすぎー」
「それもそうか……まあ待ってみようかな……『探偵役』を」
「都合よく物語が始まる訳無いって……運命が悪戯を起こさない限りね」
「まあね……でも来るんだったら『助手』はきっと破天荒な奴だったりして」
「えー静かな奴がいいー『助手』は」
「まあ都合よく『探偵』と『助手』が来る訳無いか」
「そうだよ……」

そんな『探偵』と『助手』を求めるような事を言って。

二人は一息ついて

そういえばと思い立つ。

「あんた名前は?」
「そっちこそ名前は?」

名前も聞いてなかった。
二人は苦笑いを浮かべて。

「千鳥かなめ、よろしく」
「川嶋亜美、よろしくね」

そう名乗りあった。

二人は思う。


どうやら、


うまが合うらしい。
474創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:20:46 ID:6FKMEb0r
 
475創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:20:59 ID:O4NAzzIJ
 


それもそれでいいかと思って。






――――また二人は駄弁りながら喰いだした。



477創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:21:27 ID:6FKMEb0r
 
478創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:21:42 ID:O4NAzzIJ
 
479創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:22:07 ID:evFTJKY1
 
480創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:22:12 ID:6FKMEb0r
 
481創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:22:24 ID:O4NAzzIJ
 
【E-3/温泉施設・客間の一室/一日目・昼】


【千鳥かなめ@フルメタル・パニック!】
[状態]:まだ喰える
[装備]:とらドラの制服@とらドラ!、ワルサーTPH@現実、小四郎の鎌@甲賀忍法帖、
[道具]:沢山の料理と飲み物、 銛撃ち銃(残り銛数2/5)@現実 
[思考・状況]
基本:脱出を目指す。殺しはしない。
0:まだ食べる
1:温泉で起きたことを把握したい。
2:温泉で上条を待つ。
3:知り合いを探したい。
4:亜美とは気が合う。
[備考]
※2巻〜3巻から参戦。



【川嶋亜美@とらドラ!】
[状態]:まだ喰える
[装備]:グロック26(10+1/10)
[所持品]:デイパック、支給品一式×2、高須棒×10@とらドラ!、バブルルート@灼眼のシャナ、
      『大陸とイクストーヴァ王国の歴史』、包丁@現地調達、高須竜児の遺髪、沢山のお菓子とジュース
[思考]
基本:高須竜児の遺髪を彼の母親に届ける。(別に自分の手で渡すことには拘らない)
1:今はただ食べる。
2:かなめとは気が合う

483創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:23:06 ID:O4NAzzIJ
 
484創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:23:26 ID:6FKMEb0r
 
投下終了しました。
このたびは少しオーバーしてしまい申し訳有りません。
支援ありがとうございます。
486創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:26:11 ID:O4NAzzIJ
投下乙ですwww

食欲に勝るもの無し……ですよねwwww

いやぁ、まさかこんな形で意気投合するとは予想外だった!w けど、納得感がすごい!w
しかし……しかしなんだこれwww GJでしたwww
487創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:26:55 ID:6FKMEb0r
投下乙。

なんだこれwwwww 完全に予想外wwww
……でもさりげなく上手いなぁ。極限状態の2人だったからこその意気投合、2人だからこその一瞬の信頼構築。
理屈抜きに「じゃ、信じる」で通じてしまう2人の姿に理屈を越えた納得感を感じてしまった。
しかし[状態]:まだ喰える ってwwwww まだ喰うのかwwww
笑いつつも、GJ!
488創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:28:45 ID:MzE0uBxd
投下乙です。

投下前 → 「温泉か。惨劇の地だし、さぞ鬱蒼とした物語が語られ……」
投下後 → 「喰ってるwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

なぁにこれぇw
いい意味でも悪い意味でもなく、予想を裏切ったけどまあ許せ!と力でねじ伏せられた気分w
でもなぜか共感できてしまうし納得もできてしまう、なぜだ! これがジョシコーセーというものなのかw
いやぁ、この二人がお菓子食べながら話シーン好きだわあw
ありとあらゆる意味でGJですw
489創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:34:36 ID:njWQJZqD
殺伐とした話が続いたので清涼剤過ぎるwwwwww

乙ー。
490創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:36:45 ID:evFTJKY1
投下乙です! てwwwwwめwwwwwえwwwwwらwwwwwwwwww
あれだけ色んな人達が苦しんでたところで何やってんだwwwwwwww
「0:まだ食べる 」じゃねぇよwwwwwまだってなんだよwwwwwwwwwww

いや、しかし二人ともが実に「女の子」してることに脱帽です。
何故か納得してしまう謎の説得力まで完備……こんな作品が来るとは全くの予想外でしたよ先生w
素晴らしい! GJです!
491 ◆LxH6hCs9JU :2010/01/28(木) 03:37:27 ID:MzE0uBxd
ふぅ、これだから投下ラッシュにつきあうのはやめられない。
では、遅くなりましたがこちらも投下します。
492創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:38:23 ID:6FKMEb0r
 
493創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:38:24 ID:O4NAzzIJ
 
494創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:38:32 ID:evFTJKY1
 
【プロローグ「山の麓で・b」―Phoenix・b―】


 東へ飛んでいった鳥は、こちらには気付かなかったようです。
 撃ち落とせるような距離でもありませんでしたが、それを見越しての飛行でしょうか。
 それとも、進行方向だけを見ればいい、と余裕でいたのでしょうか。
 それとも、地上の風景に気を配る余裕すらなかったのでしょうか。

 答えは実際に訊いてみないとわかりませんでしたが、キノはこれを見逃すことにしました。
 旅人のスクーター(注・モトラドではない)は、空を飛ぶことができません。
 なので、空を飛ぶ鳥を追うこともできないのです。

「それにしても驚いた……まさか火の鳥とは」

 キノが目撃した鳥は、翼を持っているという意味ではたしかに鳥でした。
 しかし翼を持ってはいたものの、その姿は誰がどう見ても人のそれだったのです。
 さらに翼もただの翼ではありません。遠目からでも「よく燃えている」とわかる、火の翼でした。
 しかも火の翼を持った人は、ロープかなにかで別の人を吊るしながら飛んでいたのです。新手の拷問かもしれません。

「ふむ……」

 零崎人識は神社に人が集まっていると言っていました。
 神社に集まっていた人の中には、火の鳥がいたのです。

「どうしよう。追いかけてみようかな」

 キノは、少し悩みます。
 東へ飛んでいった火の鳥には、たぶん追いつけないでしょう。
 しかし火の鳥がどこで足を止めないとも限りません。
 追いかけてみる価値は、零ではない。

 ……それに、飛んでいく火の鳥がどことなく、『なにかから逃げているように』見えたのも気になります。

 とはいえ、目的地の神社はもう目と鼻の先。
 人識の話を信じるなら、火の鳥と、火の鳥に吊るされていた一人を差し引いても、まだかなりの人数が残っていると考えられます。
 ここで来た道を引き返す、というのも少しもったいない気がしました。
 キノは極めて利己的に、しかし好奇心に揺られながらも、考えます。

「こんなことは、君に相談しても無意味なんだろうけど……どっちに行けばいいと思う?」

 相棒のスクーターは、当然のごとくなにも喋ってはくれませんでした。

496創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:39:24 ID:evFTJKY1
 
【C-2/山の麓/1日目・日中】

【キノ@キノの旅 -the Beautiful World-】
[状態]:健康
[装備]:トルベロ ネオステッド2000x(12/12)@現実、九字兼定@空の境界、スクーター@現実
[道具]:デイパックx1、支給品一式x6人分(食料だけ5人分)、空のデイパックx4
     エンフィールドNo2x(0/6)@現実、12ゲージ弾×70、暗殺用グッズ一式@キノの旅
     礼園のナイフ8本@空の境界、非常手段(ゴルディアン・ノット)@灼眼のシャナ、少女趣味@戯言シリーズ
【思考・状況】
 基本:生き残る為に最後の一人になる。
 1:神社に向かう。交渉か襲撃かは状況しだい。
 2:東に飛んでいった火の鳥にも興味がある。
 3:夜に備えて寝床を探しておく。
 4:エルメスの奴、一応探してあげようかな?
[備考]
 ※参戦時期は不詳ですが、少なくとも五巻以降です。
   8巻の『悪いことができない国』の充電器のことは、知っていたのを忘れたのか、気のせいだったのかは不明です。
 ※「師匠」を赤の他人と勘違いしている他、シズの事を覚えていません。
 ※零崎人識から遭遇した人間についてある程度話を聞きました。程度は後続の書き手におまかせです。


 ◇ ◇ ◇


 シャナと須藤晶穂が神社に到着したのは、正午の直前といった時刻。
 その頃には社務所も散々荒らされた後であり、被害者の骸が死屍累々としていた。

 あれはテレサ・テスタロッサ、あれは島田美波、あれは逢坂大河……と晶穂が説明していく。
 晶穂もここに来る道程で体力尽き果てたのか、程なくして骸の仲間入りを果たした。

 なんだろう、この骸の山は。
 電話で事前連絡を取ったのがほんの十数分前のことだ。
 このわずかな間に何者かの襲撃を受けでもしたのかと、シャナは警戒する。

 板張りの廊下を進んでいくと、畳部屋の前で蹲る白い影があった。
 ゆらり、ゆらりとこちらに顔を向けてくる人物は、どうやら修道女のようだった。
 背丈や外見年齢はシャナとそう大差ない。彼女が例の《禁書目録(インデックス)》だろうか。

「……ごはん」

 インデックスが呟いた。
 シャナは怪訝な顔をする。

「ごはん……!」

 インデックスは、ふらふらな足取りで近づいてくる。
 その緩慢な動きは、出来損ないの“燐子”にも劣る。

「ごー、はー、んー!」
498創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:39:38 ID:5Nr/eJCD
 
499創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:40:06 ID:O4NAzzIJ
 
 と思いきや、急に俊敏になり飛びかかってきた。
 シャナは横に二歩分、音もなく移動する。
 インデックスが廊下を滑った。

 べちゃ。ぐきゅるる〜…………。

 倒れる音と、空腹を示す腹の音。
 なるほど、これが『抜き差しならない状況』ということか。
 シャナは知り、嘆息した。

「到着されたようでありますな」

 インデックスが動かなくなったのを確認してか、畳部屋の中から給仕服を着た女性が出てきた。
 『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルと、“夢幻の冠帯”ティアマトーである。

「再会、喜ばしく思うのであります」
「来訪歓迎」

 喜色の窺えない顔と、頭の上のヘッドドレスからそれぞれ発せられる声。
 変わらぬ同胞の姿に、シャナは安堵を覚えた。
 毅然と、これに返す。

「うん。ヴィルヘルミナも――」

 “人類最悪”による二回目の放送が流れたのは、その直後のことだった。


 ◇ ◇ ◇


 時刻は、十二時を回った。

 進行役“人類最悪”による二回目の放送も終わり、神社に集った一同は今後の方針を決めるための会議に移る。
 参加者は、ヴィルヘルミナ・カルメル、インデックス、テレサ・テスタロッサ、そしてシャナの四名。
 他三名――逢坂大河、島田美波、須藤晶穂はこの会議に出席するのは困難と考えられ、休息を名じられた。

「では、まず“人類最悪”の放送について、その真偽の程を検証してみたいと思うのであります」
「会議開始」

 会議の進行を務めるのは、この場で最も年長であると言える『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
 そして彼女と契約せし“紅世の王”、“夢幻の冠帯”ティアマトーだった。

「今回の放送……というとやはり、『黒い壁』についての真偽ですよね」
「あれは壁じゃない。“人類最悪”はそんなことを言っていたんだよ」

 先刻、実際に『黒い壁』に触れてきたテレサ・テスタロッサと、インデックスが発言する。
 二人の手にはレトルトのカレー――電子レンジで温められるタイプ――があった。
 この会議は、昼食も兼ねている。……ちなみに、インデックスはこれで三杯目だった。

「《空白(ブランク)》――あいつはそう言っていた」
「《落丁(ロストスペース)》、とも言っていたな。自在法や魔術に関する名称ではないようだが……」
501創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:40:47 ID:O4NAzzIJ
 
502創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:40:51 ID:evFTJKY1
 
503創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:41:38 ID:evFTJKY1
 
 真剣な顔つきでメロンパンの外側、『カリカリモフモフ』の『カリカリ』の部分を味わうのは、シャナ。
 真名を“炎髪灼眼の討ち手”とする少女であり、彼女と契約せし“紅世の王”は、“天壌の劫火”アラストールである。

「なにかしらの専門用語なのか、それとも比喩を用いた造語なのか、そのへんは判然としないんだよ」
「あの“人類最悪”という人自体、いまいち人間性が読めないんですよね。彼の知り合いでもいれば、考えようもあるんですが……」
「様々な《物語》を確認したものの、“人類最悪”の関係者と言える人物は未だ確認できていないのであります」
「詳細不明」
「この地に集った六十名の中に、あやつを知る者がいるとも限らん。あてにするだけ徒労というものであろう」
「そもそも、あいつの発言には信憑性がまるでない。発言内容の意図も不鮮明だし、悩むだけ向こうの思う壺なのかも」

 社務所の畳部屋。卓袱台を、四人にして六人の少女たちが囲いながら、意見を交わし合う。
 それぞれの手元には、晶穂が山の麓のスーパーから調達した、簡単な昼食が置かれている。
 インデックスとテッサの前にはレトルトのカレーが、シャナの手にはメロンパンが。
 そしてヴィルヘルミナの前には、彼女に支給されたものとは別の種類のカップ麺が置かれていた。
 割り箸でちゅるるん、と麺を啜りつつ、ヴィルヘルミナは言う。

「“人類最悪”の人間性についてはともかくとして、『黒い壁』の調査結果について聞きたいのであります」
「報告要請」

 ヴィルヘルミナがつけるヘッドドレス、神器“ペルソナ”より、ティアマトーの声が発せられる。
 その矛先は、『黒い壁』の実地調査から帰ってきたばかりのインデックスとテレサ・テスタロッサに。

「まず、あれが壁じゃないっていう発言には私たちも同意するんだよ」
「私とインデックスさんはあの『黒い壁』に触れ、さらにその奥にも踏み込んでみました」
「奥? あの聳え立つ『黒い壁』を超えたというのか」

 シャナの首から下げられたペンダント、神器“コキュートス”より、アラストールの声が上がる。

「超えたのではなく、入った、ですかね。インデックスさんによれば、結界魔術や封絶に類するもの……とのことですけれど」
「うん。あれは壁っていうよりは境界線っていったほうが近いと思うんだよ」
「境界線……でありますか。どうやら、我々は“人類最悪”の言うとおり『黒い壁』に対しての認識を誤っていたようでありますな」

 インデックスとテッサから、『黒い壁』と『消失したエリア』についての報告が為される。
 今まで『黒い壁』と認識していた黒い境界線――《空白(ブランク)》の実態と、それを超えた先の世界。
 実際に踏み込んでみてのの感想と考察に、フレイムヘイズである二者の考えを加味し、さらに練る。

「“人類最悪”は、ここが『切り取られた世界』だと言っていた。それこそ信じがたい話だけど……」
「……『隔てられた』というわけではないのなら、確かに『切り取られた』という表現こそ適切なのかもしれん」
「つまりこの世界は、封絶のような隔離・隠蔽された空間ではなく、外界から『隔離・分断された』空間である……と?」
「荒唐無稽」

 そのような自在法は見たことも聞いたこともない、と唸る“紅世”の者たち。
 インデックスはペットボトル飲料に口をつけながら言う。
505創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:41:39 ID:O4NAzzIJ
 
506創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:41:43 ID:6FKMEb0r
 
「となると、必要になってくるのは術者や装置を探すことじゃなく、分断された世界を修繕する方法を探すことなのかも」
「時間経過によるエリアの消失も、世界が埋められていくというよりは、そのまま消されていくという意味合いなのでしょうか」
「思い起こしてみれば、“人類最悪”が最初に言っていたとおりの真相ではある……が」
「あの正体不明の男の言うことが、全部本当のことだとは限らない」
「そこなのであります。“人類最悪”の言は、言ってしまえば助言のようなもの。語る意図が不明なのであります」
「信憑性皆無」
「……こうやって私たちに深読みさせるため、とは考えられないでしょうか?」
「虚偽の情報を与えて、私たちを撹乱しようとしているってこと?」
「そこはやはり、“人類最悪”の人間性が知れねばなんとも言えん。が、大いにありうる可能性だ」
「開始時の説明と二度に渡る放送、その際の言動から漂う印象は、まさしく“凶界卵”がごときでありました」
「印象最悪」
「う〜ん……たしかに、“人類最悪”の言動に流され揺られ、っていうのは望ましくないよね」

 “人類最悪”の発言を考察の材料に加えるには、圧倒的に“人類最悪”という男への理解が不足している。
 だが、例の境界線が壁ではないという情報に関しては信用できる。
 しかしそれとて、インデックスのような実際に『黒い壁』を調べた者の存在を見越してのブラフとも取れるわけで、結局のところ真偽は不明だった。

「具体的な方策は未だ掴めず……というところでありますか」
「情報不足」

 この件に関しては、保留にせざるを得ない。
 天体観測や、世界の中心と考えられる警察署の調査で、また得られる情報もあるだろう。

「考えるべき事柄は、他にも多々あるのであります。一つの事柄にばかりこだわるのも、愚策というものでありましょう」
「議題変更」
「涼宮ハルヒなる少女、討滅されたはずの“狩人”、それに加えて“死んだはずの人間”もいたとのことだが」
「はい。名前はガウルン、御坂さんを襲った男です。……もっとも、彼の名前も先程呼ばれてしまいましたけど」
「キョンが言ってた話を信じるなら、“狩人”フリアグネもそのガウルンって奴も、時間跳躍によって蘇生したのかもしれない」
「世界を切り取ってみたり、時間を跳んでみたり、やっぱり魔術でも自在法でも説明がつかないんだよ……」

 この催しに招集された六十名の人物。その人選や素性など、探りを入れていけばキリがない。
 頭脳労働を続ける四人は必然、栄養分の摂取も進み……程なくして全員が満腹を実感した。

「とりあえずは、インデックスとテレサ・テスタロッサ、両名の提案を実行に移してみるべきでありましょう」
「各班編成」

 今やれることといえば、インデックスたちの考察に従い『天体観測判』と『D-3調査班』を編成することくらいだ。

「天体観測には私とテッサが行くんだよ。できれば、ヴィルヘルミナかシャナにもついてきてもらいたいんだけど」
「自在法に関する知識は、私たちは持ち合わせていませんからね。できるだけ多くの視点が欲しいです」
「同行は構わないのであります。【D-3】エリアの実地調査については、御坂美琴とキョンの帰還を待ったほうが堅実でありましょう」
「安全策」
「入れ違いを回避するためだな。上手くいけば、坂井悠二や水前寺邦博との連絡も取れるはずだが」
「っ……」

 アラストールの発言に、シャナがなにかを言いかけて、やめた。

「――その、坂井悠二のことでありますが」

 続くヴィルヘルミナの言に、思わずシャナは、視線を逸らしてしまう。
508創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:42:43 ID:evFTJKY1
 
509創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:42:49 ID:O4NAzzIJ
 
510創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:42:54 ID:6FKMEb0r
 
511創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:43:41 ID:6FKMEb0r
 
「インデックスとはまた別の方面で、“人類最悪”がこの地にいると、そう推理したようでありますな?」
「うむ。あやつと行動を共にしたキョンの話によれば、そのようなことを言っていたそうだが……」
「その推論、根拠のほどはどうなのでありましょう?」
「人づてに聞いた推論ゆえ、そこまではわからん。あやつのこと、根拠がないとも思えんが――」

 ふと、そこでアラストールが言葉を途切らせる。
 気持ち険しくなった、ヴィルヘルミナの表情を鑑みてのことだった。

「……改めて、今後の行動を整理するのであります」
「方針決定」
「【D-3】エリアの調査は、御坂美琴とキョンが帰還してから再検討するのであります。
 天体観測は、インデックスとテレサ・テスタロッサを主体とした班を編成し、午後六時を目処に出発。
 他の班員については、ここにいない三名の都合も窺ってみてから見当するのであります。
 それまでは基本、待機に徹するべきでありましょう。上条当麻捜索の件に関しても、人員が揃ってから。
 そして、二人は来たる観測に備え、仮眠を取ることを推奨するのであります」
「疲労回復」
「たしかに、天体観測をするとしたら夜通しになるだろうからね。途中で居眠りなんてできないし」
「では、お言葉に甘えて……でも、他のみなさんは大丈夫なんですか?」
「疲労を訴える者が他にもいれば、この機に休ませるであります。我々については、心配無用」
「睡眠不要」

 神社の社務所には、寝床もある。山奥ゆえ襲撃者の危険性も低く、休息を取るにはもってこいの場所と言えた。

「それじゃあ、私とテッサは一眠りさせてもらうね。テッサ、布団敷こう」
「はい。すいませんヴィルヘルミナさん、後のこと、お願いしますね」
「任されたのであります」
「委細承知」

 布団が置いてある別の部屋に移動するべく、インデックスとテッサが退室する。
 残されたのは、二人のフレイムヘイズ。そして二人の“紅世の王”。
 しばらくぶりの再会を喜び合うでもなく、討滅者たちは厳格に向かい合う。

「……さて」

 ヴィルヘルミナが口火を切ろうとして、

「須藤晶穂たちの様子を見てくる」

 しかし遮るように、シャナがその場から立ち上がった。
 ヴィルヘルミナには一瞥もくれず、部屋を出る。
 足早に、まるで言及から逃れるように。

「……」

 ヴィルヘルミナは、少女の小さな背中をただじっと見送った。

【C-2/神社/一日目・日中】


【インデックス@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式、カップラーメン(x1)@現実
     試召戦争のルール覚え書き@バカとテストと召喚獣、缶詰多数@現地調達、不明支給品x0-1
[思考・状況]
 基本:みんなと協力して事態を解決する。
 1:六時まで仮眠を取る。
 2:起床後、テッサと共に天体観測に赴く。他のメンバーに関してはヴィルヘルミナに一任。
 3:とうまの右手ならあの『黒い壁』を消せるかも? とうまってば私を放ってどこにいるのかな?
[備考]
 『消失したエリア』を作り出している術者、もしくは装置は、この会場内にいると考えています。


【テレサ・テスタロッサ@フルメタル・パニック!】
[状態]:健康
[装備]:S&W M500(残弾数5/5)
[道具]:デイパック、支給品一式、予備弾x15、不明支給品x0-1
[思考・状況]
 基本:皆と協力し合いこの事態を解決する。
 1:六時まで仮眠を取る。
 2:起床後、インデックスと共に天体観測に赴く。他のメンバーに関してはヴィルヘルミナに一任。
 3:メリッサ・マオの仇は討つ。直接の殺害者と主催者(?)、その双方にそれ相応の報いを受けさせる。
[備考]
 『消失したエリア』を作り出している術者、もしくは装置は、この会場内にいると考えています。


 ◇ ◇ ◇


 社務所から少し離れた山林に、蹲る影が一つあった。
 上下のジャージ姿に、ポニーテールの髪型が印象的な少女は、島田美波。
 彼女は痩せっぽちの木を背に、息を殺すようにして佇んでいた。

「えと……島田さん?」

 膝を抱えて座る美波に、高い位置から声を落としたのは、須藤晶穂。
 手にはレトルトのお弁当と、ペットボトルのお茶を持っていた。

「お昼、持ってきたの。出来合いのお弁当や惣菜は賞味期限とか危なそうだったから、とりあえずレトルトだけど」
「……うん」

 美波はゆっくりと頷いて、お弁当とお茶を受け取る。
 晶穂も美波の隣に腰を下ろした。

「……須藤さんは? 食べないの?」
「あ、ええと、あたしはもう先にいただいたから」
514創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:44:43 ID:evFTJKY1
 
515創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:44:57 ID:O4NAzzIJ
 
516創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:45:29 ID:evFTJKY1
 
517創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:45:36 ID:6FKMEb0r
 
 素っ気ない受け答えで、会話終了。
 しばらく、無言。
 やがて美波は小さな動作で割り箸を割り、お弁当に手をつける。

 パク。モグ、モグ、モグ……ごくん。

 咀嚼と嚥下の音だけが、淡々と紡がれていった。
 晶穂は途中、何度か口を開いてはすぐに閉じ、しかし発言には踏みきれていない。
 本人、なにを喋ればいいのかわからないのだろう。
 どんな言葉をかければいいのか、わからない――とも言えるかもしれない。

(……だよね。逆の立場だったらたぶん、ウチもなにも言えないもん)

 須藤晶穂という少女について、美波は詳しいわけではない。
 ただ、傷心中の仲間に食事を届けるくらいの優しさは持っている子だ。
 今だって、励ましの言葉を模索している最中なのだろう。
 美波のことが放っておけないから、晶穂は隣に座っている。

(わかってるよ。心配かけてごめん。でも……)

 そんなに晶穂に、気を配ってあげられる余裕はない。
 とてもじゃないが、余裕なんてなかった。
 余裕が、欲しかった。

(ごはんって、こんなに美味しくなかったっけ……)

 口に運ぶ白米が、酷く味気ない。
 レトルトだから、なんて理由ではきっとない。

 お昼休みに食べるお弁当は、もっと美味しかったはずなのに。
 みんなで食べるごはんは、もっともっと美味しかったはずなのに――。

「……ぇぐっ」

 溢れて流れて、とっくに枯れ果てたと思っていた涙が、また出てきた。
 十二時を回ってから、美波は泣いてばかりだった。

 お昼は、悲しみの時間。
 お昼は、お別れの時間。


 ◇ ◇ ◇


 こんなときなにを言えばいいのか、須藤晶穂には答えが見つけられなかった。
 思えば六時間前、逢坂大河も今の島田美波と同じような状態に陥ってしまっていた。
 そのときは美波とヴィルヘルミナに押し付けるような形になってしまって、晶穂は結局、大河になにも言えていない。
 自身、大河に励まされた身だというのに。

(ここぞっていうときは、ホント駄目なんだなぁ……あたし)
519創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:46:25 ID:O4NAzzIJ
 
520創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:47:09 ID:O4NAzzIJ
 
 浅羽を止めることもできなかった、水前寺についていくこともできなかった、中途半端な自分。
 大河を励ますこともできなかった、美波を慰めることすらも満足にできない、駄目な須藤晶穂。

 所詮は他人だから、共感なんて実際にはできていないものだから、だからだから、そんなことばかり考えてしまう。
 事実、浅羽直之は――晶穂が好きと想える男の子は、方向性こそ危ういがまだ生きているのだ。
 大河や美波とは、違う。だから、自分なんかがかけていい言葉はないんじゃないか、と。そんな風に思えてしまう。

 先の放送では、美波の友達が三人も呼ばれてしまった。
 木下秀吉と土屋康太。どちらも名簿には載っていなかった、まさかいるとは思っていなかった人物である。
 それだけに、衝撃の度合いも大きい。買っていない宝くじの当選を聞かされるような、しかし訪れるのは真逆の落胆だ。

 でも、そんな衝撃は所詮と呼べるほど些細なもので。
 美波にとって重大で深刻で一大事だったのは、たった一つのシンプルな訃報。

 吉井明久が――彼女の好きだった男の子の名前が、呼ばれてしまったことが。

 美波自身が、吉井明久のことを好きだと告白したわけではない。
 告白したわけではないが、晶穂には美波の反応を見るだけでわかってしまう。
 女の子の恋する姿に、中学生と高校生の差はそれほどなかったのだ。

 吉井明久の死。
 それが美波にとってはなによりもショックで、重い。
 彼女を糸で縛り上げた零崎が死んだとか、そんなことよりもずっとずっと、重かった。

(あのときは、どうしたっけ……)

 半生を振り返ってみると――似たような経験が、ないわけではなかった。
 親友の、島村清美だ。
 彼女は以前、十兵衛という名の愛犬を失い、塞ぎ込んでいたことがある。
 犬と人間の違いこそあれど、清美にとって十兵衛はかけがえのない家族であり、大切な存在だった。
 晶穂は、喪失感に縛られる清美に、親友としてなにをしてやれただろう。
 聞き上手に徹していた記憶くらいしか、なかった。

 思い出してみれば、あれが浅羽を意識し始めるようになったきっかけだったような気もする。
 家族の死で傷心していた清美、そんな事情も知らずに清美を叱りつけた担任教師――に、浅羽は一人、食ってかかっていった。
 初めは、それだけ。本当に、きっかけなんて言っておきながら、はじまりはその程度のことなんだったと、

(……って、違う。なんであたし、ここで浅羽のことなんか)

 今はそれよりも美波のことだろう、と晶穂は首を振る。
 と同時に、嫌気が差してくる。
 隣の仲間よりも、遠くの『ばか』のことを考えている自分に。
 もし、自分が美波と同じ境遇に陥ったら――なんて。
 そんなことばかりを考えてしまうから、晶穂は美波になにも言えない。

「ごめんね、須藤さん」

 晶穂がいつまでも黙っていると、美波のほうから声をかけてきた。
 驚いて横に目をやると、弁当箱が空っぽになっているのが見えた。
 美波はペットボトルのお茶を口に含んで、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
522創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:47:22 ID:6FKMEb0r
 
523創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:47:49 ID:evFTJKY1
 
「ウチ……今、頭の中、すっごい……しっちゃかめっちゃかで……整理できてない、感じだから……」

 聞いて三秒も経たない内に、晶穂の胸は罪悪感でいっぱいになった。
 自分はなんでここにいるんだろう。自分は本当に美波の回復を願ってなどいるのだろうか。
 ただ哀れみの念を自己満足に昇華させたいだけではないか。明日は我が身を自覚したいだけではないか。

「……みんなにも、迷惑かけちゃってるって……わかる……わかるんだけど、さぁ……」

 美波は泣いていた。
 涙で顔をぐちゃぐちゃにして、なのにそれを隠そうともしない。
 泣き顔を晶穂に晒して、むき出しの状態で詫び続ける。悪くなんか、ないのに。

「アキが……いなくなっちゃったんだって……そんな風に考えること、でぎ、できなくって」

 清美だって、こんな深刻な風にはなっていなかった。
 この美波を前にしては、どんな言葉だって建前になってしまう気がした。
 事実、晶穂は美波に共感し――共感しているからこそ、上手い言葉が思いつけないでいる。

「……ごめんね。本当に……ウチ……ごめん……ごめん……」

 せめて、謝んなくていい、くらいのことは言えなかったのだろうか。
 美波のことよりも、浅ましい自分にばかり目がいってしまう。
 この場にいるのが、別の人間だったらよかったのに――

「あっ……逢坂さん」
「え」

 ――美波の声につられて、晶穂は顔を上げる。
 木の根に腰を下ろす二人の前に、いつの間にか逢坂大河が立っていた。
 座った状態からでも小さいと実感できる姿、長さの足りない片腕は、異様なほど存在感を引き立たせる。

「美波……」

 ゆらり、と大河の身体が左に揺れた。
 と思えば、またゆらり、と大河の身体が右に揺れる。
 ゆらり、ゆらり、とヤジロベエのように揺られ揺られる大河。
 晶穂と美波が呆然とする中、大河はおもむろに、

「でぇーい!」

 美波の脳天へ、左手のチョップを叩き込んだ。

「なっ、だっ……!? えっ、なに? なんなの?」
「ちょ、大河さん! いきなりなにするんですか!?」
「……うるさーい! シャキッとしろぉ――――っっっっ!」

 ビシッ、とまた美波の頭部を襲う大河の手刀。

「シャキッと、しろぉ――――――――――――――――っっっっ!!」

 山林に住まう虫を追い払わん声量で、大河は叫ぶ。
 ビシッ、ビシッ、と何度も何度も、美波にチョップ攻撃をしながら。
525創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:48:15 ID:6FKMEb0r
 
「いだっ、いだっ!? 痛いって!」
「待った! ストップ! やめ……やめなさいって!」

 本気で痛がっている風な美波に見かねて、晶穂が止めに入る。
 大河の左手を掴むと、暴れる彼女の身体を強引に押さえ込んだ。
 だが、がむしゃらの限りを尽くす手乗りタイガーの制御が、一人でままなるはずもない。
 晶穂の身はすぐに振り払われて、その場に尻餅をついてしまう。

「きゃっ!」

 臀部に覚える鈍痛。下は土といえど、それなりに痛い。
 頭を押さえる美波、お尻を摩る晶穂、二人を交互に見ながら、大河が言う。

「……手、痛い」

 散々美波の頭を叩いた左手を、握ったり開いたりしていた。
 支離滅裂な言動に、晶穂は呆然とする。
 この人はなにがしたいんだろう、という念が瞳に宿った。

「手、痛いけど……うん。これでいい。これでいいや、やっぱり」
「あのう……大河さん? 急に現れて、なにをいきなり……」
「……なんかさ、疲れちゃった。自分が落ち込むのも、落ち込むのを見るのも」

 大河は問うた晶穂ではなく、美波のほうを見て続けた。

「だからさ、もうやめとこうよ。疲れるだけだって。ばかみたいだもん」
「ばかみたい……って」
「わかるよ。よぉぉぉぉぉ……………………く、わかるよ。私だって、おんなじだし」
「…………」
「竜児が死んじゃって、北村くんも死んじゃって、その上みのりんまで死んじゃった」
「…………」
「でもさ……結局、おんなじなんだよ。変わんないんだって。私、わかっちゃった」

 沈黙する美波に構わず、嬉々とした口ぶりで大河は語る。
 その様子は達観しているというよりも、一種の悟りを開いたようでもあった。

 晶穂にはもちろん、大河がなにを言いたいかなんてわからない。
 なにがおんなじなのか、なにが変わらないのか、まるで見当がつかなかった。

「……なによ、それ。なんなのそれ。ウチ、意味わかんない……」
「だからよ。だからわかんない。というわけで、シャッキと、しろぉ――――っっ!!」

 左腕を高々と掲げる大河。そのまま、稲妻の勢いで手刀を下ろす。
 動作から予期していた美波は、これを片腕で弾いた。

「おおう!?」

 美波の防御を予想していなかったのか、大河が驚嘆の声を上げる。
 一旦止まり、矢継ぎ早にチョップしようとはしなかった。

「意味わかんないし……それ、痛いんだって! やめなさいよね!」
「う……うるさーい! つべこべ言うな――――っ!」
「つべこべ言うってーの! だから……この……やめ、やめーい!」
527創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:48:51 ID:O4NAzzIJ
 
528創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:49:19 ID:6FKMEb0r
 
 乱暴に左腕を振り回す大河に、美波はやられるがままではいない。
 大河の左腕を掴んで止めようと両手を駆使し、四苦八苦。
 ケンカともじゃれ合いともつかない奇妙な光景が、晶穂の目に映った。

 美波は、友達の吉井明久を亡くした。
 大河も、親友の櫛枝実乃梨を亡くした。

 なのに、どうしてこの二人は言い合いを繰り広げているのだろう。
 境遇も同じで、背負う悲しみもまったく同じはずなのに、どうして。
 浅羽の生存を噛み締めている自分にはわからないのだろうか――と、これは自虐。

「…………」

 口出しの権利すら、ないような気がしてしまう。
 じゃれ合いは徐々にエスカレートしていって、完全にケンカになった。
 それぞれの腕が相手の顔にぶつかったり胸にぶつかったり、押したり倒したり。
 それでも、晶穂は止めに入らなかった。やめろとも言わなかった。二人の声を聞くばかりだった。
 と、

「……え? あれ?」

 少女たちの喚き声が、ぎゃーぎゃーと響く山林。
 その奥から、また別の騒音が聞こえてくる。
 真っ先に気づいた晶穂は、それを二人に告げるでもなく……しばらく傍観していた。


 ◇ ◇ ◇


 社務所から出て、山林をしばらく歩く。
 晶穂たちの様子を見てくる、などというのは建前。
 実際には一人で、正確にはヴィルヘルミナのいない場所で、考え事がしたかっただけ。
 今後をどう歩むか――それについての思案を、シャナは歩きながらに行う。

(……一美が死んじゃって、悠二はどう思ったんだろう)

 胸に去来するのはやはり、坂井悠二に関する疑問だった。

(キョンの話の中の悠二は、平静を保っているように思えた。でも……本当のところはどうなんだろう)

 親友であり恋敵でもある吉田一美が死んだのは、もう何時間も前のことである。
 訪れた喪失感は多大な、しかしフレイムヘイズの身の上としては重く受け止めるわけにもいかない、人間の少女の死。
 死んでしまったからといって、忘却してしまったわけではない。吉田一美は“紅世の徒”に喰らわれ、存在が消えたわけでもない。

 シャナの記憶にも、そしてもちろん悠二の記憶にも、彼女の顔は焼きついている。
 問題は、それにいつまで囚われるているか――ということ。

 悠二は、この『切り離された世界』内での“人類最悪”捜索を訴えたらしい。
 まったくの当てずっぽうとも思えず、シャナにはだからこそ、彼の本意が読めなかった。
 はたして悠二は、吉田一美の死をどう捉えた上で、そんな可能性を導き出したのか。
530創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:50:06 ID:O4NAzzIJ
 
531創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:50:24 ID:evFTJKY1
 
「シャナ」
「なに、アラストール」
「今後のことについて、既に案があるのではないか?」
「うん」

 アラストールにはやはりわかってしまうようで、的確にシャナの思案を暴いてきた。
 契約の主たる“紅世の王”、“天壌の劫火”アラストールは、彼女の父のような存在だ。
 悠二に関しての秘め事も、だいぶ相談できるようになってきた。
 アラストールになら、打ち明けても問題はないだろう。
 と、シャナが口を開きかけて、

「――ならばその案とやら、我らにもぜひお聞かせ願いたいのであります」
「拝聴」

 背後より、凛とした声が突き刺さった。
 冷静さが滲み出る気配に、シャナは立ち止まって振り向き、対面する。
 エプロンドレスに身を包んだ仏頂面の女性――『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルと。

「ヴィルヘルミナ……」
「吉田一美嬢や、櫛枝実乃梨の喪失に沈み塞ぎ込んでいた……というわけではないようでありますな」

 “人類最悪”も口にしていた名に、シャナの身が一瞬だけ強張る。
 しかし毅然と、ヴィルヘルミナが抱えていたらしい心配を否定するように、言い放った。

「ヴィルヘルミナ。私、悠二を追う」
「……!」

 今度は、ヴィルヘルミナの顔が強張った。
 口の端が微かに締まり、目尻の皺が少し寄った程度の些細な変化だが、シャナにはそれが感じ取れる。
 この選択をヴィルヘルミナが快く思わないだろうことも、予想できていた。

「……その意図は?」
「悠二が掴んだ情報、あるいはそれに類するもの」
「例の“人類最悪”の件でありますな」

 頭ごなしに叱られることも覚悟していたが、ヴィルヘルミナは口調穏やかに返してくる。
 “人類最悪”がこの地に潜伏しているという可能性を説いた坂井悠二、彼との早期合流を果たす。
 これは利害を重んじたとしても、相当に意義を持つ方針であるはずだ。

「坂井悠二は妙に聡いところがある。“人類最悪”のことに関して、我々では気づけぬ事柄に気づいたのかもしれん」
「……随分と高評価を下すのでありますな、“天壌の劫火”。たかが“ミステス”の少年ごときに」
「そういう言い方は、やめて」

 “ミステス”の少年。
 それが、出会いから今日まで変わらぬ、坂井悠二に対してのヴィルヘルミナの評。
 鍛錬や実戦を経て、多少は評価も向上しているだろうが、もっと単純に――ヴィルヘルミナは悠二に対して厳しいところがある。

「実績を踏まえての評価、そしてだからこその同意だ、『万条の仕手』。我もこの子の判断は正しいと考える」
「坂井悠二の行方に関して、正確な居場所は掴めているのでありますか?」
「それはまだ。けど、方角くらいはわかってる。単独で飛べば、合流の可能性は十分」
「方角からいって、“狩人”との接触も考えられる。連携を保つことも大切だが、我々が出向く意義は大きかろう」
「悠二と一緒にいるはずの水前寺邦博も、上手くいけば連れて帰ってこれるしね」
533創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:50:33 ID:6FKMEb0r
 
534創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:50:54 ID:O4NAzzIJ
 
535創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:51:10 ID:evFTJKY1
 
536創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:51:28 ID:6FKMEb0r
 
 シャナとアラストールは、ヴィルヘルミナの説得を続けた。

「なるほど」
「残念至極」

 ヴィルヘルミナとティアマトーは、シャナの説得にこう答えた。
 そして、

「単独行動に徹するつもりはない。御坂美琴とキョンの動向も気になるし……ヴィルヘルミナ?」

 手を、

「む。いったいなにを――」

 ヘッドドレスに添え、

「ティアマトー、神器“ペルソナ”を」

 真下に払った。

「承知」

 ヴィルヘルミナの合図にティアマトーが答え――次の瞬間。
 ヘッドドレス型の神器“ペルソナ”が、無数の糸となって解けた。


 ◇ ◇ ◇

538創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:51:46 ID:O4NAzzIJ
 
539創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:52:15 ID:6FKMEb0r
 
540創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:52:20 ID:evFTJKY1
 
 糸。
 零崎人識が操るような、紫木一姫が繰るような、武器としての糸ではなく、繊維としての糸。
 神器“ペルソナ”を形作る部品とも言える糸の数々が、山林を舞い、踊り、桜色の火の粉を纏いながら、変幻していく。

「ヴィルヘルミナ――!」

 シャナは、その皎然とした光景に見惚れるでもなく、警戒を持って備える。
 糸が輝く意味を、桜色の火の粉が舞い散る真意を、誰よりも理解していたからこそ。

 無数の糸はヴィルヘルミナの顔面を覆い、細い目線だけを開けた、狐似の白面を作り出す。
 さらに、仮面の縁から無数のリボンが溢れでて、獅子を思わせる巨大な鬣を作り出した。
 狐の仮面と、リボンの鬣。両方を揃えての“ペルソナ”、真なる形態――即ち、戦装束。

 “夢幻の冠帯”ティアマトーのフレイムヘイズ、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルの、戦意の表れだった。

「不備なし」
「完了」

 ヴィルヘルミナが臨戦態勢を取るということそれ即ち、と、アラストールは注意を払う。
 しかし周囲に気配らしき気配はなく、会議に参加しなかった三人の存在が薄ら確認できる程度だった。

 そしてアラストールは、自分が思い違いをしていたのだと知る。
 戦闘状態に移行したヴィルヘルミナは、鬣からリボンを一本、硬質化させて伸ばす。
 他でもない、他にはいない、この場に存在する自以外の他、リボンはシャナに向かっていた。

「――ッ!」

 ほとんど槍のようなリボンの一撃に対し、シャナは後ろに飛び退く。
 リボンが地面に深々と突き刺さるのを見て、アラストールは声を荒げた。

「乱心したか、『万条の仕手』!」
「乱心? 心乱れているのはそちらのほうでありましょう」

 味方が味方を攻撃するという、奇行。
 アラストールの糾弾はしかし、ヴィルヘルミナには通じない。

「自らの在り様を正しく認識して立ち、的確に対処して切り拓く。そんな姿こそが、我らフレイムヘイズとしての理想であるはず」

 仮面の奥から木霊する、恐ろしく底冷えした声。
 冷徹とも冷厳とも言い表せぬ、凍てついた声。
 少女を諭そうという腹づもりが窺える、声。

「余事に心乱し、正答への蹈鞴を見苦しく踏む……確固とした使命の剣が、よもや堕落に折れるとは」

 四方八方、鬣のリボンが左右上下、交差交錯して一方向に伸びていく。
 すべてが硬質化、すべてが矛となり、目の前の標的を襲う。
 シャナはその攻撃に――『炎髪灼眼の討ち手』として応えることにした。
542創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:52:30 ID:O4NAzzIJ
 
543創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:52:55 ID:6FKMEb0r
 
544創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:53:20 ID:O4NAzzIJ
 
「アラストール」
「致し方あるまい」

 合図し、燃ゆ。
 シャナの瞳と髪は紅蓮に煌めき、黒を失う。
 着衣を覆うように黒衣『夜笠』が顕現、少女の身を庇護下に置く。
 身の周囲には、ヴィルヘルミナの桜色の火の粉に対向するべく、紅蓮の火の粉が渦巻いた。

 “天壌の劫火”アラストールのフレイムヘイズ、『炎髪灼眼の討ち手』シャナの、抗戦の表れである。

「おまえたちらしくもない行動だ。それゆえに意図が読めん。なぜ我らに矛を差し向ける、『万条の仕手』」
「事態は切迫を通り越して、緊急を要している。今は鍛錬に時間を費やしている場合じゃない」
「緊急……そう、緊急であればこそ。私とティアマトーは考え、あなたたちと対立する結果に至ったのであります」
「最終手段」

 シャナは『夜笠』の奥から木刀を抜き、両手に持って構えた。
 『贄殿遮那』には劣るが、ヴィルヘルミナ相手に無手でいるほどの愚もない。

「……悠二のことを、言ってるの?」
「それが第一に。しかし第二として――」

 シャナが掲げる抗戦の意思を受け取り、ヴィルヘルミナもまた、リボンの連撃によって返す。
 一本一本が豪槍の勢いで、シャナを串刺しにせんと迫った。

「此度の事態は異常も異常、異例も異例。この世と“紅世”の調和を保つ我らとしては、早急に対処に当たるべきと考えるのであります」
「解決急務」

 尋常でない数の刺突、木刀程度ではこちらが破壊されてしまう。
 シャナはこれを避け、また避け、回避し、徹底的に回避し、翻弄される。

「そう、早急にだ。だからこそ、このような意味のない衝突には――」
「私が言う早急とは、此度の催しを終えた後のことなのであります」
「事後対応」

 ヴィルヘルミナの繰るリボンは万能自在。
 硬質化させての突きのみならず、柔を持って相手を制圧することも可能だ。
 不規則な軌道を描くリボンの一つが、シャナの足首に絡みついた。

「“人類最悪”に『切り離された世界』、それらに類する事例がないかどうか、まずは丹念に調べ上げる必要があるのであります」

 そのまま、少女の小柄な身を投げ飛ばす。
 一瞬、自由を失ったシャナは、木に激突しそうになって、

「くっ!」

 しかしすぐに、身体を反転。
 木の峰を足で強く蹴り、反動を殺してまた地に下りた。

「その後は世界各地の下界宿(アウトロー)を通じて同胞たちに事の詳細を伝達、警戒を呼びかけるべきでありましょう。
 いつまた同じような事件が起こるとも限らず、それらの結果がこの世と“紅世”に危険を呼ぶこととて考えられるのであります」
546創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:53:31 ID:evFTJKY1
 
547創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:54:15 ID:O4NAzzIJ
 
548創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:54:24 ID:6FKMEb0r
 
549創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:54:31 ID:evFTJKY1
 
 休む間もなく、リボンが殺到してきた。
 肌で感じる“殺し”の気配が、シャナに警戒心と危機感、そしてなによりも、動揺を与える。
 ヴィルヘルミナは本気なんだ、という動揺を。

「水面下で、“紅世の王”や[仮装舞踏会(バル・マスケ)]が関与している可能性とて捨て切ないのであります。
 とにもかくにも、現地であるここでは情報が不足しすぎている。だからこその、早急。急を要する、ということ」

 リボンの数は増し、刺突の勢いは激しくなり、まずはと言わんばかりにシャナの余裕を殺していく。
 木刀がまるで意味を為さず、シャナは未だ反撃に移れない。
 否、反撃に移ろうなどとは思っていない――まだ、思えないのだった。

「それはすべてが終わった後だ! ヴィルヘルミナ・カルメル! おまえはいったい、『いつ』のことを言っている!?」
「無論、事後のことに他ならないのであります」

 アラストールの覇気ある質問を、一蹴するかのごとく軽く返すヴィルヘルミナ。
 変わらず繰り出されたリボンが頬を掠めたところで、シャナは訊く。

「その事後には――どうやって進むつもりなの!?」

 ヴィルヘルミナの仮面からまたリボンが溢れ、鬣が膨れ上がった。

「一人。それが勝者の定員と捉えていたのでありますが……なにか、間違いでも?」

 答えは予想通り、そして、変わらない。

「一気呵成」

 ティアマトーの声。
 膨れ上がった鬣から、今まで以上の量のリボンが差し向けられる。
 シャナはまた飛び退き――しかし今回、初めてタイミングを逸する。

「あ……っぐ!?」

 足下を執拗に狙ったリボンの怒涛。
 触れれば致命傷の豪槍は避けられたものの、その中に混ぜられた柔の一撃が、シャナの足を払った。
 落ち葉に塗れた地面を、豪快に滑る。手から木刀が飛んでいった。

「あまり――私を失望させないでほしいのであります」

 シャナの転倒を見て、ヴィルヘルミナは仮面にリボンを収納していく。
 誇示するのは、余裕。こちらの余裕のなさを、責め立てるように。

(……本気、なのか?)

 疑念を抱いたのは、アラストール。
 問答から、ヴィルヘルミナの意図は読めた。
 実直な彼女らしい、しかしシャナの存在を軽視した短慮はまったくらしくない、信じがたい決断。

 この世と“紅世”のバランスを守るため、彼女自身が『最後の一人』となって事後の対応に当たる――など。
551創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:55:08 ID:6FKMEb0r
 
552創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:55:28 ID:O4NAzzIJ
 
553創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:55:44 ID:evFTJKY1
 
554創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:55:51 ID:6FKMEb0r
 
 フレイムヘイズとしての使命感がなければ考えられない、一つの理に適った思想ではある。
 が、それをヴィルヘルミナが実行に移すかと言えばやはり、長年の縁者としては首を傾げざるをえない。

(彼女が、よもや彼女がこの子を手にかけようなど――!)

 ヴィルヘルミナ・カルメルにとっては、シャナの存在がなによりの抑止力であるはずだ。
 いかに急務とはいえ、同胞を、我が子同然に愛情を注いでいた対象を、『万条の仕手』が切り捨てるなど。
 『天道宮』でのシャナとヴィルヘルミナを見てきたアラストールには、まったく考えられなかった。

「……くっ、シャナ! ここは一旦退け。今の『万条の仕手』にはなにを言っても――」
「いや」

 アラストールが契約者として注意を促し、しかし少女は立ち上がって、

「私は、悠二に会いに行く」

 凛然たる態度で、ヴィルヘルミナに己が意思を言い放った。

「邪魔をするっていうんなら……ヴィルヘルミナを倒してでも、行く」

 仮面に隠された表情は、読めない。
 ただ次なるリボンが襲ってこないことを鑑みるに、思うところはあるようだ。
 やはり、彼女は。

「……そう、でありますか」

 ぽつりと、ヴィルヘルミナは消え入りそうな声で呟いた。
 脱力したような姿勢。弛緩してしまったような体躯。抜け殻のような『万条の仕手』。

「……?」

 アラストールが訝り、シャナは構わず一歩前に出た。
 と、そこで。

「ちょっと」

 二者にして四者の間に入り込んでくる、声。
 戦闘の音を聞きつけて寄ってきたのだろう、シャナの背後には三人の少女が立っていた。

「なに……やってんのさ」

 重く呟き、真っ先に飛び込んできたのは、逢坂大河だった。


 ◇ ◇ ◇

556創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:56:26 ID:O4NAzzIJ
 
557創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:56:42 ID:6FKMEb0r
 
 尋常ではない騒音に驚き、駆けつけてみれば、そこにはヴィルヘルミナとシャナがいた。
 ヴィルヘルミナと、シャナ……で、あったとは思う。
 どうにも断言できないのは、二人の姿が変質してしまっているせいだった。
 シャナと思しき少女は、鮮やかだった黒髪を燃えるような紅蓮の赤に変え、ヴィルヘルミナと思しき女性は、狐の仮面をつけている。

 問題なのは、あれがヴィルヘルミナとシャナであったとして――どうして二人が、争っているのかということ。
 共に知り合い同士、そして使命を同じくするはずの、フレイムヘイズなる存在だ。
 口頭で聞いた限りの『物語』では、推察することもできない。

 敵意を飛ばし合う二人を前に、少女――島田美波は、傍観することしかできなかった。
 それは隣の須藤晶穂も同じで、しかし、逢坂大河だけは違うようだった。

「なに……やってんのさ」

 低く唸るような、地を這うような、酷く平板な声。
 大河は一歩前に出て、美波はその背中を眺める形になる。
 だというのに、目を合わせてすらいないのに、足が竦む。

(――あれ、どうして、身体、震えてるんだろう)

 湧いてきた疑問を、口に出したりはできない。
 口の端や、喉すらもが、逢坂大河という存在を前に萎縮していた。

「これ……」

 美波は、その小さな背中の行き先を目で追っていく。
 大河はおもむろにしゃがんだ。どうやら地面に木刀が落ちていたようで、それを拾い上げる。
 しばらく注視。この時点で、美波には大河がどんな行動を起こすか想像することができない。

 美波はまだ、逢坂大河を小さな女の子としてしか認識していない。
 美波はまだ、逢坂大河を手乗りタイガーとしては認識てていない。

「……これは、わたしんじゃ――――――――――――――――っっっっ!!」

 獰猛な獣の咆哮。
 吐き出される怒り。
 矛先は、狐に似た仮面を装着した――ヴィルヘルミナ・カルメルと思しき女性に。

「うおおおおおおおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 木刀を握ったまま、ヴィルヘルミナ目がけて走り出す大河。
 猪突猛進を体現したかのような行動は、率直に言えば体当たり。
 零崎相手にリボンでやりあっていたヴィルヘルミナが、これを凌げぬはずもない。

「やめて、ヴィルヘルミナ!」

 端、炎髪を煌めかせながら、シャナが制止を呼びかける。
 ヴィルヘルミナはその声に反応したのか否か、伸ばしたリボンを大河の足下に繰り出し、しなやかに払った。
 目標間近にして、大河がすっ転ぶ。
 べしゃっ、と鈍い音が鳴って、しかしすぐに立ち上がろうとしていた。
559創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:57:38 ID:evFTJKY1
 
560創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:57:50 ID:6FKMEb0r
 
561創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:57:50 ID:O4NAzzIJ
 
「あんたが……」

 片腕では立ち上がるのも難しいのか、握った木刀を杖代わりにして、無理矢理に力を込めている。
 思わず手を貸したくなる、小さな女の子が頑張る様を前に――やはり美波は、傍観することしかできない。
 どうにかこうにか立ち上がった大河は、またしても木刀を振り、ヴィルヘルミナに向かっていく。

(なんで……なんで?)

 大河の行動は意味不明だった。
 落ちていた木刀を拾って、これは私のものだと主張した。なら、あの木刀は彼女のものなのだろう。
 だから?
 それでなぜ、ヴィルヘルミナに突っかかっていこうとするのか。

「あんたが、いたから……」

 見ているだけの美波には、わからない。
 あんなおかしな子の気持ちなんて、理解できない。
 まっすぐ進んでいって、また綺麗にころばされた。
 そしてまた起き上がろうとしている。

 バカだ――そう、バカとしか形容できない為様だった。
 バカ……?

「竜児も、北村くんも、みのりんも……みんなみんな、死んじゃったじゃんか――――っっ!!」

 バカ――違う、バカなんかじゃない。
 ううん、バカだけど、バカじゃなかった。
 バカっていうのは、もっとこう、アキみたいな――と。

 大河は、ヴィルヘルミナに敵意をむき出しにして襲いかかっている。
 食事を用意してくれたヴィルヘルミナに、義手をつけてくれると言っていたヴィルヘルミナに。
 それはきっと、彼女がつけている仮面が――事の首謀者とも言える、あの男の顔を連想させたからだろう。

(あの狐のお面の人と……間違えてる?)

 単純な見間違いか、それとも仲間かなにかとでも思っているのか。
 大河は本来、“人類最悪”に向けるべき敵意を、狐の仮面をつけているだけのヴィルヘルミナに転化している。
 つまり、八つ当たり。

(あっ……なんか……)

 問題を解いて、答えを書き出してみると、逢坂大河という少女がすごく身近な存在に思えてきた。
 共感してしまっているんだと、思う。
 友達を奪われて、好きな男の子まで失って、一人ぼっちになってしまって……泣いている。

 そう、大河はただ泣いているだけなんだ。
 その泣き方が、他の女の子よりもちょっと、不器用で激しいだけ。

「どいつもこいつも……どいつも! こいつも! みぃぃぃぃんな!」
563創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:58:31 ID:6FKMEb0r
 
564創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:58:47 ID:O4NAzzIJ
 
 ヴィルヘルミナが装着する仮面より、大量のリボンが溢れ出てくる。
 わらわらと湧くリボンの大群を、大河は木刀一本で薙ぎ、払い、突き進んでいった。
 本気でかかれば捕縛など容易いだろうに、動揺でもしているのか、ヴィルヘルミナは徐々に追い詰められ、

「だいっっっっ…………きらい、だぁ――――――――っっっっ!!」

 大河に懐への接近を許し、万事休す。
 振るわれる木刀。
 受け止めたのはリボンではなく、右手。
 ヴィルヘルミナは大河の木刀に触れ、支点とし、くるりと一回転。
 瞬間、大河の天地が入れ替わった。

「っだ!?」

 ヴィルヘルミナに投げられた大河は、思い切り背中を打ちつける。
 柔術とも舞踏とも思える一瞬の妙技に、美波は驚嘆した。

「うううぅぅぅ……」

 痛みを押し殺すような唸り声は、もちろん大河のもの。
 打ちつけた背中は相当痛むのか、今度はすぐには立ち上がってこれない。
 ヴィルヘルミナはそんな大河を見下ろし、無表情。
 仮面で表情が読めないが、きっと仮面の裏も無表情なんだろうな、と美波は思った。

(あっ)

 そんな無表情な顔で、ヴィルヘルミナは大河をどんな風に見ているのだろう。
 自身に襲いかかってきた敵を、明確な敵意を放ってきた敵を、どう対処するのだろう。
 ヴィルヘルミナの思想を理解しきれていない美波には、わからなかった。

「あ――」

 わからなかったが、
 なんとなく、
 嫌な予感がして、
 つい、

「――あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 走り出してしまった。

「……!」

 狐の仮面が、走り込んでくる美波へ。
 描かれぬ口元、瞳を隠す細い目線、どちらも畏怖として襲いかかってくる。
 それでも不思議と、足は止まらなかった。
 先程の大河の行動を模倣するように、叫んで、走って、突っかかっていく。
 つまり、八つ当たり。

「ああああああ――っあ!?」
566創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:59:30 ID:O4NAzzIJ
 
567創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:59:32 ID:6FKMEb0r
 
568創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 03:59:46 ID:evFTJKY1
 
 地面の上をリボンが滑り、足を払われた。
 当然、すっ転ぶ。
 減速しなかったので、前のめりにすっ転んだ。
 おまけで、鼻を擦りむいた。

「……い、いふぁい……」

 こんなときなんて言うんだろう。
 そうだ、自業自得だ。
 うん、今のウチ、頭良かった。

「……揃いも揃って、いったいなんだというのでありますか」
「理解不能」

 呆然とした様子のヴィルヘルミナに、美波はもはやなにも言えない。
 今の突進で、なにもかもが吹っ切れたような気がした。
 落ち込んで沈んでいたうじうじが、消えちゃった。
 そして、

「――茶番はここまでだ。『万条の仕手』、“夢幻の冠帯”」

 彼女と彼もまた、なにかを吹っ切ったのかもしれない。
 大河や美波に比べると随分スマートな流れで、三人目の少女――シャナは、ヴィルヘルミナの背に木刀を突きつけていた。
 さすがのヴィルヘルミナも、制止。リボンを操る素振りも見せない。

「ヴィルヘルミナ……もう一度、言わせてもらう」

 木刀を突きつけたまま、シャナは言った。

「私は、悠二に会いに行く」

 己の確固たる意思を、伝えるべき女性に伝える。

「それは、先程述べていた利を追求しての決断でありますか?」
「それもある。けど一番の理由は、後悔したくないから」

 せっかくの再会だというのに、間もなくして争いに発展した二人。
 美波たちがここに駆けつける以前、二人の間でどんなやり取りが交わされたのかは知れない。
 ただ、第三者として介入した美波にも、シャナの秘める想いだけは手に取るようにわかった。

「私は、悠二に会いに行く――ううん、悠二に会いたい」

 ああ、この子もウチや大河と同じなんだ。
 同じ、女の子なんだ。
 そう思うと、なんだかすっきりした。

「それが、今の私が――『シャナ』で在る私が取りうる、最善の道だと思うから」
570創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:00:12 ID:O4NAzzIJ
 
571創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:00:35 ID:6FKMEb0r
 
572創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:00:36 ID:evFTJKY1
 
 難しい言葉を並べているけれど、要はそれは、好きだから。
 ただそれだけのことなのに……なんだか面倒くさいの、と美波は思った。
 思って、すぐに秘め事ばかりだった自分を顧みる。
 そうだ、同じ女の子なんだ。
 そんな素直になれるはずもないか。

(……もっと、自分に素直になっておくんだったなぁ)

 悔しさを噛みしめながら、美波はシャナを見た。

「私は、自分で考えて、自分で決めて、自分で行動する。そう育ててくれたのは、アラストールとシロと、ヴィルヘルミナなんだから!」

 フッ――と。
 桜色の火の粉が散り、消えていく。
 見上げると、ヴィルヘルミナの顔を覆っていた仮面が消えていた。

「……」
「降参」
「……うるさいのであります」

 仮面の下のヴィルヘルミナはどこか疲れたような、それでいて嬉しそうな、微妙な表情をしていた。
 あまり感情豊かとも言えない彼女の表情など、知り合って間もない美波に読めるはずもない。
 けれど長年のつき合いらしいシャナには、そのあたりのことがお見通しのようで、満面の笑みを浮かべている。
 赤く燃えていた髪も元に戻り、羽織っていた黒のマントもいつの間にか消えていた。

「些か釈然としない結果ではあるものの、憂いは解消されたので良しとするのであります」
「一件落着」
「事が事ゆえ、さすがに肝を冷やしたぞ」
「そう? 言っちゃなんだけど、ヴィルヘルミナにはこういうこと、向いていないと思う」

 シャナは、ヴィルヘルミナの考えなど初めからお見通しだったと言わんばかりだった。
 この掛け合いだけで、二人の仲のほどが窺える。
 いいな、と美波は素直に思った。

(こうやって、わかり合えれば……ね。でも、木下や土屋はもういないし、アキだって……それに……)

 失ってしまった大切なものを、もう一度噛みしめて。

(それ、に……?)

 美波は、ようやく。

「……あ」

 まだ、失っていないものがあることに。

「あぁ――――っ!?」

 やっと、気づいた。
574創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:00:55 ID:O4NAzzIJ
 
575創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:01:45 ID:O4NAzzIJ
 
「そうだ…………瑞希!」

 シャナやヴィルヘルミナが怪訝な顔を浮かべるのにも構わず、叫ぶ。
 口にしたのは、親友の名前。
 お互いに一人の男の子を想って、それでなお親友と認め合えた、女の子。

「あの子きっと、自分のこと一人ぼっちだと思ってる……」

 姫路瑞希はまだ、この物語の中にいる。
 この物語の中で、生きている。

「ウチがいるって知ってるわけないし、その上アキがいなくなっちゃったって知ったら……ダメダメ! 絶対泣いてるって!」

 あの子は強い。だけど弱いから。
 ウチだってこんなに泣いちゃったのに。
 そう思うとなおさら、放ってはおけない。

「ああ、もう! 一人でしょげてる暇なんてないじゃん……バカばっかだし、ウチもバカだし! もうホント、ろくでもないっ!」

 頭を掻き毟って反省開始、即終了。
 瑞希を探しに行こう。
 決断したら、行動は速かった。

「あ、う……うぅ……?」

 倒れていた大河に詰めかかり、流麗な動作で左腕を取る美波。
 背中に痛みが残っているのか、大河は胡乱な様子だった。
 しかし美波は遠慮せず、

「だから、逢坂大河……アンタも……」

 大河の左腕に両脚を絡めて拘束、思い切り絞り上げた。

「シャキッと、しろぉ――――――――――――――――っっっっ!!」

 ごきっ。
 腕ひしぎ十字固め――!
 さっきのチョップのお返しと言わんばかりに、美波は大河の関節を極める。
577創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:01:51 ID:6FKMEb0r
 
578創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:01:55 ID:evFTJKY1
 
579創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:02:33 ID:6FKMEb0r
 
580創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:02:39 ID:O4NAzzIJ
 
581創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:02:41 ID:evFTJKY1
 
「おおう!? お……だだだだだだだだだだだぁっ!?」
「アンタだって、八つ当たりしてる暇ないでしょーが!」
「痛い! いたっ、痛い痛い痛いぃ――――っ!」
「だから、これでチャラ! これで終わり! わかった!?」
「わっかんない! わっかんな、いだ、いたっ、いだぁーい!!」

 少しだけ、昔のことを思い出した。

 昔っていうほど昔じゃないけれど、気持ち的には遠い過去のこと。

 こうやって誰かに関節技を極めて、阿鼻叫喚の声を聞いてちょっと悦に入ったり。

 みんなでバカやって、みんなで笑い合って。

 もう叶わない夢なのかもしれないけれど、願うのをやめたくない。

 シャキッとしよう。シャッキとしなきゃ。

「……あれはスキンシップの一種、と考えて良いものでありましょうか」
「友愛表現」
「微笑ましい光景だな」
「うん」
「こ、こらー! 見てないで止め……止め……折れるぅ――――っ!!」

 そういえば、シャナとヴィルヘルミナはどうして争ってたんだろう――なんて。
 そんな細かいことはもういいや。

 この問題は終わり。
 次の問題を解かなきゃ。
 テストはまだ終わってない。

 美波は前向きに、涙はまだ目尻に残っていたけれど、それでもちゃんと、笑えていた。


 ◇ ◇ ◇

583創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:03:23 ID:O4NAzzIJ
 
584創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:03:32 ID:6FKMEb0r
 
(思わぬ結末となったのであります)
(予想外)
(彼女を諭すつもりが……結果的に、島田美波と逢坂大河の再起を促すことになろうとは)
(想定外)
(まったく、あの年頃の女の子というのは……本当に、難しいものであります)
(同感)
(しかし、悪い結末ではないと、そう判断できないこともないのであります)
(結果論)
(統率が乱れ、協力体制が崩れることは好ましくないでありますからな)
(自己否定)
(確かに。それでも私は、あの子を試さざるをえなかった……もう一度)
(妥協)
(……本音を言えば、そうなのでありましょうな。もう、折れたのであります)
(意固地)
(それは彼女のことを言っているのでありますか? それとも……?)
(反省)
(……恥ずべき行動と方法であったと、今更ながらに思うのであります)
(猛省)
(怒るところがないといえば嘘になり、とはいえ、一歩取り違えれば……)
(猛省自重)
(そ、そうでありますな。今回のことは……『結果オーライ』と取るべきでありましょう)
(調子良好)

 ――結局。
 『穏便な話し合い』は滞りなく終了へと至り、神社からは二人の少女が離れることとなった。

「東、そして川沿い。手がかりらしい手がかりといえば、その程度だ」
「それだけわかっていれば十分。あとは探すだけだから」
「御坂美琴、キョンの両名が連絡をつけて帰って来ないとも限らないのであります。待機という手も」
「もう、決めたことだから」
「……そうでありますか」

 社務所の外にて、ヴィルヘルミナは出立しようとするシャナの身を按じた。
 決意は揺るがず、坂井悠二に会いたいという一心のみで、自分の下を離れようとしている。
 邪念が湧かないといえば嘘になるが、ヴィルヘルミナはもう幾度となく、シャナの自立心に打ち負けている。
 言っても詮なきことだ、と折れざるをえない。
 この場に愚痴を聞いてくれる酒飲み仲間がいないことを、残念に思った。

「“狩人”フリアグネ、それに『曲絃師』や、零崎人識を殺害したと思われる者についても、重々警戒のほどを」
「うん、わかってる」
「今更ではあるのだが……聞くところによればその『曲絃師』、木下秀吉の殺害者である可能性が高い」
「えっ?」

 木下秀吉の名前に反応を示したのは、鼻に絆創膏を貼った島田美波だった。
 相変わらずのジャージ姿ではあったが、腰の周りには新たにリボンを巻きつけている。
 そのリボンが繋がる先は、同じように巻きつけられた、シャナの胴体である。
586創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:04:05 ID:O4NAzzIJ
 
587創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:04:14 ID:6FKMEb0r
 
「木下秀吉の遺体は、私たちが確認したの。……全身が、バラバラにされてた」
「……竜児を殺った奴と一緒ね、それ」

 怒気を込めて言ったのは、逢坂大河。
 その左手には、シャナが返還した木刀が握られている。

「安心して美波。あんたの友達の仇、私が討ってあげる……」

 洞のように暗い瞳を浮かべて、大河は大胆不敵に言い切った。
 仇の『曲絃師』、紫木一姫と一度相対したことがある美波は、ぶんぶんと首を振る。
 やめておけと言いたいのだろう、が、大河が放つ本気としか思えない殺気に怖じ気づき、口にできない。
 先程はアームロックなど極めていたというのに、豪胆なのか臆病なのかよくわからない少女だった。

(しかし島田美波嬢ならば、この子と共に送り出しても心配は無用でありましょう)
(信頼)

 シャナが坂井悠二との合流に向かうと主張した際、島田美波が同行の意を告げた。
 なんでも、この地に残っているたった一人の友達――姫路瑞希を、早急に探し出したいのだそうだ。

「……ねぇ。このリボン、本当に大丈夫よね? 千切れたり燃えたりしない?」
「簡易ながら、防火の自在式を編み込んでおいたのであります」
「心配無用」
「ヴィルヘルミナのリボンだもん。安心して」
「『アズュール』でもあれば、話は早いのだがな」

 シャナと美波に巻きついているリボンは、そのためのもの。
 ある程度の目的地が決まった旅路ならば、陸路を行くよりも空路を行ったほうが確実である。
 リボンはいわば安全ロープであり、シャナが飛翔した際、美波が落下しないための処置だった。

「……うん、わかった。ともかくがんばる。瑞希と悠二さんを見つけて、ついでに水前寺の奴も引っ張ってくるんだから」

 この時点で美波は、これから自分がどういう風に移動するのか、いや、させられるのか気づいているはずだ。
 それでなお前言を撤回しないのは、覚悟の表れか、度胸のなせる業か。

「それじゃ、そろそろ」
「……最後に一つ。これを」

 紅蓮の双翼を顕現させ、飛び立とうとするシャナを制す。
 ヴィルヘルミナは自身のデイパックを探り、一本の長物を取り出した。

「『贄殿遮那』紛失の事態を想定し、事前にインデックスから譲り受けておいた品であります。無手では不便でありましょう?」

 シャナが受け取り、確認する。
 それは、瀟洒な装飾が施された鞘つきの西洋剣。
 木刀に比べれば心強い、しかし『贄殿遮那』に比べれば、些か軽すぎる一振りだった。

「宝具ではないようだが……これは?」
「なんだか、見覚えがある気がする」

 託された西洋剣に、若干の違和感を覚えるシャナとアラストール。
 ヴィルヘルミナは事務的に、託した剣の正体を告げる。
589創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:05:23 ID:O4NAzzIJ
 
590創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:06:24 ID:evFTJKY1
 
591創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:06:29 ID:O4NAzzIJ
 
「なぜそれがこの地に齎されたのかは不明でありますが……そのサーベルは、“虹の翼”が愛用していたものなのであります」
「……!」

 “虹の翼”。
 古き時代を生きたフレイムヘイズならば、知らぬ者はまずいない、強大なる“紅世の王”の真名である。
 フレイムヘイズとしての生が短いシャナでも、その名は知っている。
 否、知っているどころの話ではない。実際に剣を合わせたこととてあった。

「シロ……」
「ちなみに、カップラーメン一個で交渉は成立したのであります」
「なにそれ」

 クスリと笑う少女を見て、ヴィルヘルミナもまた、微笑みを浮かべた。
 再会は、嬉しい。
 離別は、切ない。
 だからまたいつか、この嬉しさを味わうために――今は、笑って送り出そう。

「再びの帰還、心待ちにしているのであります」

 シャナは『夜笠』の中にサーベルを収納し、紅蓮の双翼を羽ばたかせた。
 美波も自身に繋がるリボンをぎゅっと握り、飛翔の体勢に入る。
 大河は左手に持った木刀を勇ましく上げ、旅立っていく二人を鼓舞した。
 ヴィルヘルミナは微笑みのまま、一時の別れを告げる。
 いつかの彼女のように。

「あなたたちに、天下無敵の幸運を」



【C-2/神社/一日目・日中】


【シャナ@灼眼のシャナ】
[状態]:健康
[装備]:メリヒムのサーベル@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式、不明支給品x1-2、コンビニで入手したお菓子やメロンパン
[思考・状況]
 基本:悠二やヴィルヘルミナと協力してこの事件を解決する。
 1:川沿いを辿って東へ飛翔。坂井悠二を探し、合流する。
 2:島田美波を警護しつつ、彼女に協力。姫路瑞希を捜索し、水前寺を神社に連れ戻す。
 3:東にいると思われる“狩人”フリアグネの発見及び討滅。
 4:古泉一樹にはいつか復讐する。
593創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:06:53 ID:6FKMEb0r
 
【島田美波@バカとテストと召喚獣】
[状態]:健康、鼻に擦り傷(絆創膏)
[装備]:第四上級学校のジャージ@リリアとトレイズ、ヴィルヘルミナのリボン@現地調達
[道具]:デイパック、支給品一式、
     フラッシュグレネード@現実、文月学園の制服@バカとテストと召喚獣(消火剤で汚れている)
[思考・状況]
 基本:みんなと協力して生き残る。
 1:シャナに同行し、姫路瑞希と坂井悠二を探す。ついでに水前寺も。
 2:川嶋亜美を探し、高須竜児の最期の様子を伝え、感謝と謝罪をする。
 3:竜児の言葉を信じ、全員を救えるかもしれない涼宮ハルヒを探す。


【メリヒムのサーベル@灼眼のシャナ】
インデックスに支給された。
[とむらいの鐘]最高幹部『九垓天秤』の『両翼』が右、“虹の翼”メリヒムが使用していたサーベル。


【ヴィルヘルミナのリボン@現地調達】
ヴィルヘルミナが作り出した特性のリボン。
防火の自在式が編み込まれており、ちょっとやそっとの力では千切れないようになっている。


 ◇ ◇ ◇


「さて、残された我らの今後でありますが」
「腕、くっつけて」
「……やはり、麻酔は不要でありますか?」
「激痛必至」
「我慢する」
「熟慮を推奨……と言っている段階ではないようでありますな」
「うん、もう決めた。決めたし覚悟もした。お願いします」
「しかし義手の装着に成功したとして、その先はどうするつもりありますか?」
「その先って?」
「あなた個人が掲げる指針、もしくは願望の話であります」
「……それは、まだわかんない。みんな死んじゃったみたいだし、ね」
「……」
「竜児殺った奴には一発お見舞いしてやりたいし、ばかちーの顔ももう一回くらいは見ておきたいし」
「……迷っているのでありますか?」
「ううん」

 逢坂大河は、迷ってなんかいない。
 端で見ていても、それだけはわかった。

「やりたいことはいっぱいあるし、けど腕くっつけてからもう一回考える。とりあえずは動けるようにならなきゃ」

 そんな姿が、羨ましく思う。
 羨望を超えて、嫉妬すら湧いてきた。
595創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:07:30 ID:evFTJKY1
 
596創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:07:33 ID:O4NAzzIJ
 
597創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:08:04 ID:6FKMEb0r
 
598創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:08:17 ID:O4NAzzIJ
 
599創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:08:32 ID:evFTJKY1
 
「立ち止まってなんか、いられないもん」

 あんな風に、綺麗さっぱりとした顔で言えたなら、どんなに気持ちいいことだろう――。
 須藤晶穂は木の峰を背に、遠目から大河とヴィルヘルミナのやり取りを見ていた。
 結局、終始傍観者に徹するしかなかった自分に嫌気が差す。

(立ち止まってなんかいられない、か……)

 そのまま晶穂は、二人の立つ社務所の門前から遠ざかり、山林の奥へと踏み込んでいった。
 今は、一人になって考え事がしたい気分。
 誰にも触れてほしくない、そんな中学生センチメンタル。

(あたしは、さ……大河さんに言わせれば、止まってるんだろうな)

 止まるな。
 止まっちゃったらなにも生まれない。
 あんたたちは止まったままだ。
 間違っても、それを糧に進めばいい。
 今を見据えろ。
 諦めるな。
 諦めたら終わりだから。
 だから――止まるな。

 全部、大河からもらった言葉だった。
 あのとき、晶穂はもう一度浅羽に会いたいと言った。
 なのに今は、ここにいる。
 ここで、止まってしまっている。

(部長の誘いになにも言えなくて、今だって、シャナさんたちの前に出ていこうともしなかった)

 シャナと美波は、坂井悠二と水前寺邦博が向かった方角へと飛んでいった。
 その軌跡には間違いなく、浅羽直之との遭遇の可能性が示されている。
 少なくとも、こんなところで燻っているよりは、よっぽど希望がある。
 浅羽にまた会える、という希望が。

(このまま、部長やシャナさんたちを待っているだけ?)

 自問。

(今更じゃない。二人とも、もう行っちゃったわけだし)

 そして自答。

(あたし一人で……? ないない、無謀だって)

 諦観……っていうんだろうな、これって。
 晶穂は思い、その辺に生えていた木に蹴りを入れた。
 足に鈍痛が走って、その場に蹲る。
 つま先で蹴ってしまった。
601創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:09:05 ID:6FKMEb0r
 
602創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:09:28 ID:O4NAzzIJ
 
603創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:09:36 ID:5Nr/eJCD
 
「……なにやってんだろ」

 今度は、自嘲。
 自分が一番、矮小で惨めで駄目な奴な気がした。
 大河や美波とは違って、浅羽はまだ生きているっていうのに……それなのに。

「あたしも、大河さんや島田さんみたいに叫んでみよっかなぁ……」

 八つ当たり、やってみようかな。
 と思う。思うけれど、声は出ない。

「後悔、してからじゃなきゃ……わかんないのか、あたしはっ」

 せいぜいが、そんな毒を吐くくらいで。
 涙も出てこないし、叫びも出てこないし。
 イライラだけが募るばかりだった。



【C-2/神社/一日目・日中】


【ヴィルヘルミナ・カルメル@灼眼のシャナ】
[状態]:疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式、カップラーメン一箱(7/20)、缶切り@現地調達、調達物資@現地調達
[思考・状況]
 基本:この事態を解決する。しばらくは神社を拠点として活動。
 1:大河に義手を取り付ける手術を行う。
 2:神社を防衛しつつ、警察署に向かった御坂美琴とキョンの帰りを待つ。人員が揃うようなら、上条当麻の捜索も検討。
 3:六時を目処に、仮眠中のインデックスとテッサを起こす。問題ないようなら、天体観測に同行。
 4:シャナ、島田美波の帰還を待つ。


【逢坂大河@とらドラ!】
[状態]:右手欠損(止血処置済み)、右足打撲、精神疲労(小)
[装備]:逢坂大河の木刀@とらドラ!
[道具]:デイパック、支給品一式
     大河のデジタルカメラ@とらドラ!、フラッシュグレネード@現実、無桐伊織の義手(左右セット)@戯言シリーズ
[思考・状況]
 基本:馬鹿なことを考えるやつらをぶっとばす!
 1:ヴィルヘルミナに義手をつけてもらう。
 2:デジカメの中身を確認する?
 3:竜児の仇討ち? ばかちーを見つけてやる? 腕くっついてから考えよ。


【須藤晶穂@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]:意気消沈
[装備]:園山中指定のヘルメット@イリヤの空、UFOの夏
[道具]:デイパック、支給品一式
[思考・状況]
 基本;生き残る為にみんなに協力する。
 1:あたしは……どうしたいんだろう。
 2:部長が浅羽を連れて帰ってくるのを待つ。
 3:携帯の電話番号が判明したら、部長ともう一度話す。
605創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:10:19 ID:O4NAzzIJ
 
606創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:10:23 ID:6FKMEb0r
 
607創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:10:36 ID:evFTJKY1
 


 ◇ ◇ ◇


【エピローグ「山の麓で・a」―Phoenix・a―】


 山の麓に、一台のスクーター(注・モトラドではない)が停っていました。
 スクーターには、一人の旅人が乗っていました。
 旅人の名前は、キノといいます。

「さて……このあたりだとは思うけど」

 キノは山中の神社に向かうため、スクーターを走らせることができる山道を探していました。
 その気になればスクーターを降りて獣道を登ることもできましたが、疲れるのでそれはやめておきました。

「……本当にいるのかな、人。できれば、ごはんをいただきたいところだけど」

 さっき食べたばかりだというのに、キノはもう、気持ちハラペコでした。
 だって仕方がありません。時刻は十二時を回っているのです。
 昼食が少し早めだったので、おなかが空くのも少し早めです。
 多くの国では、おやつは三時に取るのが定番だとも聞きます。

「それにしても、安心した。これであの人の名前が呼ばれなかったら、さすがに気が滅入っていたよ……」

 十二時の放送では、きちんと薬師寺天膳の名前が呼ばれていました。
 あの遺体処理が功を奏したのでしょうか。それともあれはやりすぎだったのかもしれません。

「日も高くなってきた。ぼちぼち、夜のことも考えなきゃな……半日動きっぱなしだったから、眠い」

 食べた後だからでしょうか。キノは目頭を擦りながら、眠気を訴えます。
 空を仰ぎながら、大あくび。相棒のエルメスがいれば、からかわれてしまいそうな顔でした。

「……ん?」

 長い長いあくびが終わって、キノはまた目を擦りました。
 あくびで出た涙を拭ったのが一つ。しかし理由はそれだけではありません。

「なんだ……あれは」

 目を、疑ったのです。
 それも仕方がありません。
 誰だって、空を『火の鳥』が飛んでいるのを見たらそうするはずです。
609創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:11:25 ID:O4NAzzIJ
 
610 ◆LxH6hCs9JU :2010/01/28(木) 04:11:26 ID:MzE0uBxd
投下終了しました。
夜分遅くの支援、ありがとうございました。
611創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:11:34 ID:6FKMEb0r
 
612創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:14:10 ID:6FKMEb0r
投下乙。

凄いグダグダだwwwww (注:褒め言葉)
美波、大河、ヴィルヘルミナ、シャナの気持ちの整理がいいなあ。
対照的にくすぶってる晶穂も、これはこれで真っ当な悩み方してるし……
2人飛び出して、2人寝て、さあここにキノさん来るのかどうか。楽しみだw
613創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:17:39 ID:O4NAzzIJ
投下乙です。

いやぁ、女の子たちがらしくて可愛いなぁw
なんともまっすぐな感じw たくさんころんだけどw
シャナは美波を吊るして飛んでいっちゃって、大河は手術か。そして、晶穂だけが残っててせつない感じ。

しかし、キノさんの貫禄はすごいなぁw なんとも余裕を感じるw
投下乙でしたw

今晩はすごかった!w
614創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:35:33 ID:evFTJKY1
投下乙です! いやはや、こちらもこちらで大騒ぎだw
そんな大騒ぎの中で確かに結束を固めていく皆が素敵。
大人数だからこそ出来る賑やかさが、雰囲気がまたいいものだ……!

そして、キノ。
お前がどっちにするかで大きく道は変わるから大変だよなぁw
彼女が近くにいるだけでこんなにもプレッシャー凄すぎワロタw
615創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 04:59:22 ID:5Nr/eJCD
投下乙です。
うわぁこんなにいるのに凄い解りやすいいなぁw
美波の心理、大河の心理、シャナの心理がすっとはいってきてらしいと思ったw
晶穂は燻るだよなぁ。どうなるか本当気になるキャラだ。
等身大だ。
キノは相変わらずだよなぁ……w
皆いきいきしてました。GJです
616創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 14:28:26 ID:xJMtU5Pv
カレーを食べてしまった……
617創る名無しに見る名無し:2010/01/28(木) 17:29:38 ID:Qeb7Nd3I
カレーの法則とか凄く懐かしいように感じるよwww
でも必ずしも法則が発動するとは限らない……はずw
618 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/29(金) 01:43:18 ID:lIy742Oz
まとめWikiに作品を収録しようと思い立ったは良いものの、分割が必要だと気付きました。

◆olM0sKt.GA氏の"「つまらない話ですよ」と僕は言う"

この作品をどの場所で分割すればいいのか、指示を仰ぎたく。
返答してくださるとありがたいです。


それと、拙作"ラスト・エスコート2"は自分で分割しておきます。
619 ◆olM0sKt.GA :2010/01/29(金) 01:52:36 ID:uP8ZVadn
wiki収録お疲れ様です。ありがとうございます。
今回の拙作ですが、>>217までを(上)それ以降を(下)として収録をおねがいします。
620 ◆MjBTB/MO3I :2010/01/29(金) 01:57:24 ID:lIy742Oz
了解です。返答感謝!
621創る名無しに見る名無し:2010/01/31(日) 13:48:33 ID:gNCUMYpZ
せかす訳ではないが予約が止まったな
残ってるパート見たら難しいのばっかりだな

まあ、大学生は卒業論文の時期だからそれどころではないのだろうけど
622創る名無しに見る名無し:2010/01/31(日) 22:47:12 ID:i+T2RGRw
難しいパートばかりっていうか自由度高いパートばかりで逆に悩ましいってところかな
特に東のあたりはどのグループがどのグループと遭遇してもおかしくない状況だからな
623創る名無しに見る名無し:2010/01/31(日) 23:46:50 ID:ayX3/AoC
というか投下あってまだ3日しかたってないぜw
流石にそれで止まったというのはどうなんだw
624創る名無しに見る名無し:2010/02/03(水) 23:02:44 ID:IcuHAIvH
予約来たな
625 ◆LxH6hCs9JU :2010/02/04(木) 01:51:05 ID:SpqZJmNg
如月左衛門、紫木一姫投下します。
626糸語(意図騙) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/04(木) 01:51:50 ID:SpqZJmNg
 【0】


 童を両の肩に乗せりて、櫓を行かん。
 糸舞い意図散る、二者一者の判別不能。
 これぞ甲賀流忍法――肩車《かたぐるま》也。


 ◇ ◇ ◇


 【1】


 甲賀卍谷衆がひとり、如月左衛門。
 曲絃師にしてジグザグ、紫木一姫。

 行くは肩車。
 向かうは南。

 街を離れ海へ。
 温泉地を離れ自然の泉へ。
 アスファルトを離れ泥土ある地面へ。

 すべては変顔の忍法を見せんとする為。
 なぜ、変顔の忍法を見せんとするのか?
 それはそれ、理由と呼べるもの四つ有。

 一つ!
 甲賀卍谷衆が頭領、甲賀弦之介の首を奪還したがため。
 弦之介の死を隠蔽し、自身が弦之介に成り代わり甲賀を率いる。
 これは、後に控える忍法殺戮合戦、その終極を乗り切るに必要なこと。

 二つ!
 甲賀流忍法、肩車《かたぐるま》の安定性を高めんとするため。
 女である櫛枝実乃梨の姿のままでは、当然のごとくその肩幅も狭いまま。
 肩に乗せる紫木一姫は小柄でこそあったが、やはり男の肩であったほうが安定する。

 三つ!
 女の姿でいるのはやはり疲れる。
 如月左衛門は男であるがゆえに。

 四つ!
 同盟を組んだ紫木一姫に、変顔の忍法を見せつけるのも一興。
 忍法を秘すは忍者の鉄則なれど半分ほどは既に露見している。
 ならば半端に秘すよりもその術理を教え評価を得たほうが良し。

 さてさて、この忍者と少女の奇っ怪なる同盟。いつまで続くやら?
 互いが互いに、意図を騙り意図を秘す。
 意図は糸のようには交差せず、しかし正面衝突とまではいかず。
 糸《ライン》を見極め緊張を保つ、至難。
 どちらかがぐうの音をあげるか、どちらかが先にお陀仏となるか。
 忍者か少女か? 左衛門か、一姫か?
 いやいや案外長く連れ合うとも限らぬ、先の見えぬ二人也。――


 ◇ ◇ ◇

627創る名無しに見る名無し:2010/02/04(木) 01:51:57 ID:uNVkYz5G
 
628創る名無しに見る名無し:2010/02/04(木) 01:52:50 ID:uNVkYz5G
 
629糸語(意図騙) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/04(木) 01:52:53 ID:SpqZJmNg
 【2】


 現在位置は、【F-3】。海と、『黒い壁』が一望できる町の外れ。
 地面の質が変わり、灰色が土の茶色と草の緑色に変わった。
 ここならば、粘度も申し分ない最高の泥土を練れることだろう。

 到着後、早速の用意を済ませ、自慢の忍法を披露しようとするは、如月左衛門。
 変顔の忍法。読んで字のごとく顔を変える技。変装術を超越したメーキャップ術。
 変わりゆく顔、変わりゆく姿態、変わりゆく性別に、紫木一姫は震撼した様子だ。
 どひぇーっと驚いたと言っても過言ではない。というか実際、どひぇーっと驚いた。

 かくして、《櫛枝実乃梨》の姿をしていた《如月左衛門》は、《甲賀弦之介》へと生まれ変わる!

 憎き怨敵、がうるんとの決着を済ませたいま、もはや後顧の憂いなし。
 今後は甲賀弦之介として生き、主の首も、肌身離さず持ち帰ると誓う。
 一姫にも、おれのことは甲賀弦之介と呼ぶのじゃぞ、と言い聞かせた。

「姫ちゃん、ちょっと残念です。如月左衛門さんの素顔がどんななのか見たかったのに」
「おれの素顔なぞ、見ておもしろいものでもあるまいて」
「でも、どんななのか気になるじゃないですかー」
「ふむ。そうじゃの、しいて言うならば、《印象に残らぬのっぺりした顔》かの」
「えー。なんかつまらなそうな顔じゃないですか、それ」
「言ったはずじゃぞ、一姫。おれの素顔なんぞ、見ておもしろいものでもないとな」

 左衛門の忍法は、一姫に知れた。しかし左衛門の素顔は、未だ一姫には秘されたままだ。
 顔は、櫛枝実乃梨から甲賀弦之介へ。いちいち元の素顔、左衛門の顔に戻す必要はない。

「さて、これがおれの《顔を変える》忍法よ。顔だけでなく、体格もある程度は融通が利く」
「まるでこんにゃく人間みたいですね。ボディのメリハリとかはどうしているんですか?」
「骨をずらし、筋肉を移動させ、それでも上手くいかぬなら詰め物じゃ。ゆえに、おなごの姿は疲れる」
「声まで自由自在だなんて、すごく便利そうですよね。姫ちゃんの声も出せますか?」
「応。《それくらい朝飯前ですよ》……このように少し声を絞れば、ほれ」
「ぞぞー。そっくりだけど、その顔でその声は、そこはかとなく気色悪いです」
「《やれやれ、ひどい娘っ子じゃのう》」

 あえて紫木一姫の声を真似て言った。
 紫木一姫は露骨に嫌そうな顔をした。

「ところで一姫。おれもそなたの忍法に興味がある。《曲絃糸》という名のあれじゃ」
「夜叉猿さんの縄術とやらじゃないですよ? それから忍法とかでもないです。姫ちゃん、忍者じゃなく《ジグザグ》ですから」
「たしかに、あやつめは伊賀猿には違いないが……それはそれとして、その《曲絃糸》とやら」
「はい」
「どのような技か、詳しく聞きたい」
「詳しくって、実際に見たじゃないですか」
「おれが知りたいのは、見ただけではわからぬ部分よ」

 如月左衛門は甲賀弦之介の顔で、にたりと笑った。

「そなたもおれの忍法を知った。ならば、おれもそなたの《曲絃糸》を知るべきじゃろう?」
「……交換条件ってやつですか? 後から見返りを求めるだなんて、アコースティックギター生涯ですね」
「よくわからぬが、おれはそなたの足となることを受諾した。手を組むのに、理解は必要だろうて」
「百里ありますね」
「遠いの」

 様々な意味で。
630創る名無しに見る名無し:2010/02/04(木) 01:53:17 ID:S5YVOek1
631糸語(意図騙) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/04(木) 01:53:43 ID:SpqZJmNg
「まあいいです。でも姫ちゃん、説明は得意なほうじゃないですから。結構時間かかっちゃうかもですよ?」
「構わんさ。話している間に時間も流れよう。ぼちぼち、がうるんの名が呼ばれる時刻じゃ」

 そうして、《曲絃師》紫木一姫は《曲絃糸》について語り始める。
 如月左衛門は一姫の語る内容を知識として吸収していき、改めて目の前の娘の恐ろしさを知る。
 そうこうしている内に時刻は正午、狐面による二回目の放送へ。
 さてさて次なる放送、狐さんの口からはいったい何人の名前が告げられるのか。期待が高まる。


 ◇ ◇ ◇


 【3】


「あっ、死におった」

 狐さんによる放送。呼ばれた名は十一。
 その中にはもちろん、がうるんの名前も入っていた。
 が、しかし左衛門に衝撃を与えたのは、他の二つの名であった!

「朧と、薬師寺天膳が。伊賀を相手取る上で厄介だった二柱が、揃って死におった! 死におったぞ!」

 伊賀の姫君――朧。
 伊賀の重鎮――薬師寺天膳。

 敵方、伊賀の上位二名が、この地で脱落したという朗報だった!
 この死が甲賀と伊賀の忍法合戦、その戦局を左右するは必定!
 左衛門の顔が笑む! 口の端がほころぶ! 笑いが止まらぬ!
 死んだ、死んだ、死んだ――! 死におったぞ、伊賀者めらが!

「これは早速、朧と薬師寺天膳の名に血の線を引かねばならぬなぁ」

 手元に人別帖がないことが悔やまれる。

「……《零崎》」

 如月左衛門が一人、歓喜に浸っていると、一姫は珍妙に唸った。
 紫木一姫は活発な娘だが、今は印象がガラリと変わり、知的にも思える。
 はて、これはどうしたことか――? 左衛門は訝り、笑いを抑えて一姫に問うた。

「どうした、一姫? よもや、読み上げられた名の中にそなたの《師匠》がおったのか?」
「そうじゃないです。けど、ある意味では……厄介な名前が呼ばれちゃったですよ」
「零崎、と呟いたな。となると、《零崎人識》……とは、いったいなにものじゃ?」
「同姓同名とかでなければ、十中八九《零崎一賊》の一員……《殺し名》の《零崎》です」
「ふむ、《零崎》。甲賀と伊賀の手練はだいたい把握しておるが、聞かぬ名じゃの」

 意気消沈の一姫、窺える様相は悲哀というよりも焦燥。
 零崎なる者、いったい何者か? 左衛門は再び問うた。
632創る名無しに見る名無し:2010/02/04(木) 01:54:02 ID:uNVkYz5G
 
633創る名無しに見る名無し:2010/02/04(木) 01:54:42 ID:S5YVOek1
634糸語(意図騙) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/04(木) 01:55:05 ID:SpqZJmNg
「《零崎》は《零崎》、《殺し名》の《零崎一賊》に決まってるじゃないですか。
 如月さん、じゃなくて《弦之介さん》。《殺し名》を知らないですか? 《呪い名》は?
 まあ、姫ちゃんも詳しいってわけじゃないですけど……ほとんど萩原さん経由の情報ですし。
 でも弦之介さんほどの人が《殺し名》を知らないって、どういうことなんですか?
 あ、そういえば《玖渚機関》はどうですか? え、知らない? ばっかじゃねーの!」

 どうやら、左衛門と一姫では常識と捉える捉える常識に若干の齟齬がある様子。
 とにもかくにも、《零崎》。とにもかくにも、《殺し名》。とにもかくにも、《零崎一賊》。
 これらのキーワードに興味を惹かれた左衛門は、一姫にさらなる説明を求めた。

 紫木一姫曰く、《殺し名》と呼ばれる集団、七つ有り。

 《匂宮》――序列第一位《殺し屋》。別名《匂宮雑技団》!
 《闇口》――序列第二位《暗殺者》。別名《闇口衆》!
 《零崎》――序列第三位《殺人鬼》。別名《零崎一賊》!
 《薄野》――序列第四位《始末番》。別名《薄野武隊》!
 《墓森》――序列第五位《虐殺師》。別名《墓森司令塔》!
 《天吹》――序列第六位《掃除人》。別名《天吹正規庁》!
 《石凪》――序列第七位《死神》。別名《石凪調査室》!

 非尋常にして異常なる単語の羅列。どれもこれもがおぞましい、肩書きの群集。
 甲賀や伊賀、忍者にも劣らぬ使い手たちの存在を、左衛門は知ることとなった。

「ふうむ。よもや、卍谷の外にそのような者たちがおったとはな」
「実際に相対したことはないですけど、《零崎》なんて最低最悪です。絶対、敵に回すべきじゃないです」
「じゃが、その《零崎人識》も死んだ。恐ろしい相手だということはわかったが、過ぎたことではないか」
「過ぎてません。一人《零崎》がいたってことは、他にも《零崎》がいるかもしれないってことですよ」
「あっ、《名知れず》の十人のことか?」
「はい。この名簿に載ってる師匠じゃないほうの《師匠》とかも、《零崎》だったりするかもしれませんし」
「偽名……か。なるほど、ありえぬ話ではないな」
「他の《殺し名》……特に《匂宮》なんてのが紛れていたとしても最悪ですよね」
「ほう、《匂宮》。《零崎》以外にも、厄介なる使い手はおると?」
「有名所だと、《殺戮奇術の匂宮兄妹》とかしゃれになりません」
「……もしや臆しておるのか、一姫? そやつらは、そなたの《曲絃糸》を持ってしても敵わぬ相手なのか?」
「そんなことはないですよ。けど、姫ちゃんは弦之介さんと違って、自分が無事ならそれで安心ってわけじゃないですから……」

 左衛門は弦之介の姿を保ち、弦之介の首も持ったまま、最後の一人となればそれで良し。
 しかし一姫は、己ではなく彼女が敬愛する師匠の生存を第一に考え、行動を起こしている。
 零崎や匂宮が紛れていたとして、その連中に師匠が害されることを、一姫は危惧している。

「しかし、かような心配は不要やもしれぬぞ?」

 左衛門は言った。

「思い出してみい、一姫。これまで放送で名を呼ばれた、すなわち脱落した《名知れず》どもの名を」

 一姫は口に手を添え考えた。
 左衛門と答え合わせをする。

 一人――《メリッサ・マオ》!
 二人――《北村祐作》!
 三人――《木下秀吉》!
 四人――《土屋康太》!
 五人――《白純里緒》!
 六人――《零崎人識》!

 《名知れず》は、残り四人。
635創る名無しに見る名無し:2010/02/04(木) 01:55:26 ID:uNVkYz5G
 
636糸語(意図騙) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/04(木) 01:56:03 ID:SpqZJmNg
「そしてここに、《名知れず》は二人おる。そう、おれと一姫じゃ。二人とも、人別帖には名が載っておらぬ」

 七人――《如月左衛門》!
 八人――《紫木一姫》!

 《名知れず》は、残り二人。

「いいや、一人じゃ。忘れたか、一姫? そなたは先刻、自分でその名を口にしたではないか」

 そうだ。一姫は既に、残り二人の《名知れず》の内、一人と相対した。
 高須竜児がまもり、叫んだことで名が知れた、ポニーテールの少女。
 あれはなんという名前だったか。確かに名簿には載っていなかった。 
 一姫が殺しそびれた、是が非でも殺しておくべきだった少女の名は。

 九人――《島田》!

「つまり、《名知れず》は残り一人じゃ。《殺し名》がいたとしても一人じゃ。そう構えることはあるまい」

 なんと、如月左衛門は脱落した《名知れず》の数と、一姫の話から、残りの《名知れず》の数を算出してみせたのだ!
 不思議か、否。
 《泥の死仮面遣い》如月左衛門――その本領は、姿を偽り、敵を欺き、隙を突く、頭脳冴えたる策士ぶりにこそあり!

「残る《名知らず》は一人。《零崎》や《匂宮》はたしかに厄介やもしれぬが、いるとは限らぬであろうよ。
 願わくば、最後の一人は伊賀の朱絹あたりであってほしいものじゃが……この場はあやつらを討ち取る好機ゆえ。
 残る伊賀方は朱絹と蛍火と蓑念鬼と雨夜陣五郎の四人。甲賀はおれと霞刑部、室賀豹馬、陽炎の四人。
 おお、鍔隠れとの戦いはもはや勝ったも同然か。いやいや、弦之介さまならここで勝ちを確信したりはするまいよ。
 朧と薬師寺天膳が討たれたとはいえ、数の面で見ればまだまだ互角。それどころか、おれが帰らねば劣勢のままなのだからな」

 くっくっくっくっく――と笑い声を漏らす外面甲賀弦之介、内面如月左衛門。
 一姫は左衛門に問うた。その甲賀やら伊賀やらという単語はなんなのか。
 余人が知らずとも無理はない。甲賀と伊賀の宿縁は闇の世界のことゆえ。
 左衛門は一姫に、甲賀の十人と伊賀の十人が起こす争乱の顛末を話す。
 一姫は考え込む様相を見せ、しかし信じまいとはせず、淫乱すると言った。
 いやはやどうにも性欲盛んな娘よのう。召し物も破廉恥極まりない――と。
 傍から見た二人の姿は、まさしく親子そのもの。肩車をすればなおさらだ。
 誰が片方を変顔の忍者、片方を糸繰りの狂戦士と思うだろうか。思うまい。
 レーダーなる敵の気配を探る箱も合わされば、これはもはや無敵也。――


 ◇ ◇ ◇

637創る名無しに見る名無し:2010/02/04(木) 01:57:12 ID:uNVkYz5G
 
638糸語(意図騙) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/04(木) 01:57:14 ID:SpqZJmNg
 【4】


「それで、これから先はどうしますか?」

 顔を変えるための南下だったわけだが、それも既に完了した。
 さらに南を目指したところで海があるだけ。そちらに用はない。
 そうさのう、と呟いて、左衛門は顎に手をあてながら思案する。

「まず、欲しいものがある。伊賀者の首じゃ」
「首? それは誰か殺したい相手がいるってことですか?」
「さにあらず。おれが欲するは、文字通りの《首》よ。首から上、とも言えようか」
「……あっ、ひょっとして《顔》ってことですか? 伊賀の人たちの」
「さよう。筑摩小四郎は顔が潰れているはずゆえ、役にたたんが……先刻死におった二人は違う」
「朧さんと、薬師寺天膳さんですね」
「片や伊賀の姫君、片や古くから伊賀を支える重鎮じゃ。誰が疑おうものかよ」
「つまり弦之介さんはその二人に化けて、他の伊賀忍者たちを騙し討ちしたいと」
「さすがのおれも朧姫の《瞳》は真似られんでな、できれば薬師寺天膳のほうを見つけたいが」
「弦之介さん――いえ、左衛門さんはやっぱり《策士(サク)》ですねー」

 歩きながら北上する二名、片方の一姫の手には、敵の気配を察知するレーダーなる箱が。
 レーダーに反応が表れないところを見るに、近隣に競争相手は、《まだ》いないようだった。

「ともあれ、おれも少々つかれた。ここいらで、ちと一休みしたいのう」
「えっ、なに言ってるんですか?」

 左衛門が口にしたのは、一姫にとっては思わぬ一言。

「いや、なに。というのも先の放送の結果が、ちと予想外のものであったのでな。
 一回目で十人、二回目で十一人だったか……そう、脱落した者の、死んだ者の数よの。
 これはつまり、半日で二十一人もの人間が脱落したことにほかならん。
 少々どころか、多分に流れが早いと、おれは見る。これでは案外、終わりも早いやもしれん」

 左衛門は歩く。北への歩みを止めず、喋りながら歩く。レーダーに反応は、《まだ》ない。

「おれにはもはや、誰か殺されて困るという者もおらぬのでな。
 他が迅速に潰し合ってくれるというのであれば、まことに重畳。
 いっそこのまま、三日が過ぎるまで隠遁していたとしても構わぬ。
 急いては事を仕損じる……いやはや、楽な戦になるかもしれんなぁ」

 レーダーに反応は、《まだ》ないが――まったくのゼロというわけではなかった。
 レーダーには、反応と言えるものが二つ――二つだけ、示されてはいるのだ。
 それは誰と誰か。答えは明瞭。ここにいる如月左衛門と、紫木一姫のものだ。

「もちろん、それはおれ自身の都合のみを考えた策よ。一箇所に留まっても、伊賀者の首は手に入らんでな。
 まあ、そろそろ身を休めたいという気持ちは嘘ではない。ほれ、あの建物などおあつらえ向きではないか」

 左衛門が足を止め、指を差した先には――《西東診療所》なる一軒の建物が建っていた。
 もっとも、左衛門は《西東診療所》の看板を読めたわけではない。
 なんと、看板は随分と年季が入っていて、擦れて文字が読めなくなってしまっていたのだ。
 もっとも、建物の名称など、二人にとってはどうでもよくはあるが。
639創る名無しに見る名無し:2010/02/04(木) 01:58:01 ID:uNVkYz5G
 
640糸語(意図騙) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/04(木) 01:58:04 ID:SpqZJmNg
「しかしそなたには、休んでいる間に死なれては困る相手が――師匠がおるのだろう?
 足が休んでいては、師匠を守るという命も果たせなかろう。そこはそれ、無理強いはせん。
 おれは紫木一姫の足となることを誓った。この関係をここで崩すは、自ら利を手放すも同義。
 ゆえにおれはそなたの判断に従おうかい。急ぐも休むも、紫木一姫しだいというわけじゃ」

 選択権は、紫木一姫へと託された。

「……寝込みを襲ったりは、してこないですよね? 姫ちゃん、裸を見られたことを忘れたわけではありません」
「そなたが陽炎ほどにいい女であったなら、考えんでもなかったがなあ。幼女では、手篭めにできるとも思えん」

 左衛門と一姫の距離が、わずかばかり離れた。

「…………」
「…………」

 左衛門は言う。

「まあ、その箱があれば焦る必要もないと見るがの。誰ぞが近寄ってくれば抹殺、でもよかろうよ」
「…………」
「重ねて言うが、今ここでそなたを裏切ったとしても、おれに利はない。そこは信用してもらおうかい」
「…………」
「加えて言うなら、おれはいい女が好みでな。そなたはいい女かどうか以前に、容姿が幼すぎる」
「…………」

 汚物を見るような視線が、ひどく痛々しかった。一姫に貞操の危機が迫る。
 いや、しかし。しかしだ。左衛門の提案にも一理あるのではないか。
 なんといっても疲れた。草臥た。この疲労感は誤魔化せない。
 さきの温泉においても、疲労感あっての失敗があった。
 すべからく抹殺すべしと心得ど、眠気はどうにも。
 が、師匠たる戯言遣いのことが気がかりだ。
 忍んでばかりではいられない、一姫の事情。
 者共を皆殺しに、などと謳っている内に殺される。
 きっと後悔するのだろう。後悔に打ちひしがれて、泣く。
 たった一つのかけがえのない命――かけがえのない、存在。
 なくしたくはないし、失いたくもないし、手放したくもない、だから、と。
 いま一度、一姫は思案する。休むか進むか、二つに一つ。狂戦士の選択。
641糸語(意図騙) ◆LxH6hCs9JU :2010/02/04(木) 01:59:06 ID:SpqZJmNg
【F-3/診療所前/一日目・日中】


【如月左衛門@甲賀忍法帖】
[状態]:胸部に打撲。甲賀弦之介の容姿。
[装備]:マキビシ(20/20)@甲賀忍法帖、白金の腕輪@バカとテストと召喚獣、二十万ボルトスタンガン@バカとテストと召喚獣、
     フランベルジェ@とある魔術の禁書目録
[道具]:デイパック ×4、支給品一式 ×6、甲賀弦之介の生首、IMI デザートイーグル44Magnumモデル(残弾7/8+1)、
     SIG SAUER MOSQUITO(9/10)、予備弾倉(SIG SAUER MOSQUITO)×5
     金属バット 、不明支給品1(確認済み。武器ではない?)、自分の着物、陣代高校の制服@フルメタル・パニック!、
     櫛枝実乃梨変装セット(とらドラの制服@とらドラ!、カツラ)
[思考・状況]
基本:自らを甲賀弦之介と偽り、甲賀弦之介の顔のまま生還する。同時に、弦之介の仇を討つ。
1:紫木一姫と同盟。
2:目の前の建物(西東診療所)でしばらく身を休めたい。
3:残る伊賀鍔隠れ衆との争乱を踏まえ、朧か薬師寺天膳の顔を手に入れたい。
4:弦之介の仇に警戒&復讐心。甲賀・伊賀の忍び以外で「弦之介の顔」を見知っている者がいたら要注意。
[備考]
※遺体をデイパックで運べることに気がつきました
※千鳥かなめ、櫛枝実乃梨、紫木一姫の声は確実に真似ることが可能です。
※「二十万ボルトスタンガン」の一応の使い方と効果を理解しました。
 しかしバッテリー切れの問題など細かい問題は理解していない可能性があります。


【紫木一姫@戯言シリーズ】
[状態]:健康。疲労感?
[装備]:澄百合学園の制服@戯言シリーズ、曲絃糸(大量)&手袋、レーダー@オリジナル?
[道具]:デイパック、支給品一式、シュヴァルツの水鉄砲@キノの旅、ナイフピストル@キノの旅(4/4発) 、
     裁縫用の糸(大量)@現地調達
[思考・状況]
1:如月左衛門と同盟。
2:しばらくお休みするか、休まず殺しにいくか。
3:いーちゃんを生き残りにするため、他の参加者を殺してゆく。
4:SOS団のメンバーに対しては?
5:如月左衛門に裸を見られたことを忘れたわけではない。最後はきっちりその償いを受けさせる。
[備考]
※登場時期はヒトクイマジカル開始直前より。
※SOS団のメンバーに関して知りました。ただし完全にその情報を信じたわけではありません。
※如月左衛門の忍法、甲賀と伊賀の争いについて話を聞きました。どこまで把握できているかはわかりません。
642創る名無しに見る名無し:2010/02/04(木) 01:59:09 ID:uNVkYz5G
 
643創る名無しに見る名無し:2010/02/04(木) 01:59:51 ID:uNVkYz5G
 
644 ◆LxH6hCs9JU :2010/02/04(木) 01:59:56 ID:SpqZJmNg
投下終了しました。支援感謝です。
645創る名無しに見る名無し:2010/02/04(木) 02:05:43 ID:uNVkYz5G
投下乙です

なにこの和む危険人物2人wwww
姫ちゃんはボケ倒すし、左衛門は時代のせいで天然入ってるしw
でもさりげなく名簿の不明人物の考察とか、「策士」との見極めとか、いろいろ進んでる。
そうか、この2人、あとフリアグネ1人だけなのか、知らないのって……。
ここで休むのか進むのか、次の選択も気になります。GJ!
646創る名無しに見る名無し:2010/02/04(木) 02:16:02 ID:S5YVOek1
投下GJ! テラアコースティックギター生涯wwwwwww
ふむ、一見のどかだが……のどかだがこいつら殺人鬼でしたァー!
二人が世にも恐ろしい力を持っている事を忘れさせられる……なにこれこわい。
決してギスギスした雰囲気ばかりで構成されているわけではない、というのがまた怖い。

そして今回、文章で遊びましたなw
色々凄い事になっている箇所がwwwwいやぁ面白いwwwwwww
647創る名無しに見る名無し:2010/02/07(日) 03:19:05 ID:nhwUvFMZ
コツコツ作ってたものが、ようやく完成したので公開します。
このロワはやけに面白い作品が多いので、いつも予約が入るたびにwktkさせてもらってますw
というわけで、これが書き手さん方の励みになったらいいなあ。まあ、時間のあるときにでも見てやって下さい。

ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm9625727
648創る名無しに見る名無し:2010/02/07(日) 03:32:33 ID:LeKmTEE1
見た
す、すげえええええええええええ!
なんていうか、もう、とにかくすっげえ!
649創る名無しに見る名無し:2010/02/07(日) 03:37:48 ID:pGC2t9Im
なんじゃこりゃあああああああああああああ!?
ラノベ題材なのに映像つきで音声つきでMAD……そういうのもあるのか!
テンション上がった! 最高に乙です!
650創る名無しに見る名無し:2010/02/07(日) 04:30:40 ID:LKlDULqm
ちょっとオオオオオオオオオオ! 何コレエエエエエエエエエ!
凄い、凄い、凄い! 凄すぎるじゃないですか先生! 何事ですか先生!
映像! 映像MAD! このスレでまさかの映像MAD! うおおおおおお!

まず映像や台詞をつなぎ合わせることでのある種の"でっちあげ"で、作中の出来事を再現してるのが凄い……!
決して交わるわけが無いはずの台詞で、会話を成立させるどころかここまで出来るとは。
そして作中の文章が現れるのも熱ければ、明らかに書かれてない文章が出るのもワロスwwwwwww
あと初っ端の天膳殿ぶっぱにはもう笑うしかないwwwwww天膳新生とかwwwwwパねぇwwwwwwwwwww

……いやぁ、今回の支援MADは強敵でしたね(まだまだ語りつくせない的な意味で)。
これは……これは、「次回」も期待してもいいんでしょうか……w 考えるだけなら、バチは、当たりませんよね……!w
最高です、素晴らしいです、お見事! 本当にGJです!
651創る名無しに見る名無し:2010/02/07(日) 04:38:07 ID:54w1GnNp
SUGEEEEEw
こんなに凄いとはwww
本当にGJですw
もし次回があるなら本当に期待したいw
652創る名無しに見る名無し:2010/02/07(日) 08:19:45 ID:AFoWA4IW
おおおおおおおおおお前なんてことをおおおおおおおお!??
朝っぱらからテンション上がりまくって大変な事になっちまったじゃねえかー!!
おそろしいほどにGJだコンチクショウ!!

あと天ちゃんオチは反則w
653創る名無しに見る名無し:2010/02/07(日) 11:57:21 ID:NHURHE3D
天膳新生www乙でしたー
654創る名無しに見る名無し:2010/02/07(日) 23:34:31 ID:H9QOqaWN
乙です
作品投下も無いのにスレが伸びてるなと思ったら・・・
これは伸びるわなww

あと物騒な予約が入ってるなw
マーダー軍団がさらに巨大化するか、戦闘になるか・・・。
655創る名無しに見る名無し:2010/02/07(日) 23:43:48 ID:H9QOqaWN
すまん上げちまった
656創る名無しに見る名無し:2010/02/10(水) 18:38:00 ID:sIGWS3RL
誰かニコ動見れない俺のために>>647をyoutubeに上げてくれ

感想見る限りかなり凄いみたいだからかなり見たいんだ!!
657創る名無しに見る名無し:2010/02/11(木) 00:47:45 ID:Umdg7uTP
>>656
ttp://www24.atwiki.jp/ln_alter2/pages/24.html
wikiからニコ動を直接閲覧できるようにしてみた。
これで見れないなら、他の人にyoutubeにうpって貰って下さい。
658創る名無しに見る名無し:2010/02/11(木) 11:37:08 ID:H7PHs0kW
>>657
thx
後でパソコン起動して見てみます!!
659 ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 01:44:42 ID:0aNE2VOA
予約延長していた4名の話、投下します
660硫黄の炎に焼かれても(前編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 01:46:35 ID:0aNE2VOA

【1】


「――異界、ね。
 そんなもの、いつでもどこでも、すぐ近くにあるさ。ただ皆が気づいてないだけでね。
 例えば垂直方向に100kmも移動すれば、既にそこは『違う世界』だ。
 空気もなく、音も聞こえず、全てが凍りつき、遥か彼方まで茫洋と漆黒の空が広がる、つまり『宇宙空間』という名の異界さ。
 場所にもよるだろうが、地上を100km移動したところで隣の県か、せいぜいそのまた隣の県までたどり着くのが精一杯だろう?
 そう考えれば、ほら、『異界』はこんなにも近くにある。

「うん? いや、からかってなどいないさ。はぐらかしてもいない。
 実際、宇宙というのは異界として認識されていたんだ。長いことね。
 地上の世界を構成する地水火風の4元素に対して、天上の世界を構成するのはエーテルという第五の元素。
 地上の物体が直線運動を基本とするのに対して、天井の世界を支配するのは円運動……とね。

「もちろん、今となっては笑い話ではある。
 物体の組成について原子論が勝利を収めた時点で、天上と地上を構成する原子に差はないことになった。
 また、一般にはアイザック・ニュートンの万有引力の発見をもって天上と地上の物理法則は統合されたことになっている。
 ああ、『リンゴが落ちてきたのを見て重力を発見した』という俗説は大嘘だよ、重力そのものなら太古の昔からよく知られているさ。
 彼が気づいたのは、『リンゴは落ちてくるのに何故月は落ちてこない?』という疑問と、その答えでね。
 重力に引かれながらも移動を続けることで、その軌道は楕円を描くことになる――失速しなければ、落下せずにいつまでも回り続ける。
 リンゴの落下も、月の公転運動も、全く同じ数式で表記できる。
 かくして科学はオカルトに勝利を収め、古き間違った智慧は否定された……ということになっているね。世間一般では。

「だがね、地上と宇宙では世界そのものが違う、という思考自体は間違ってはいないんだ。
 確かにいまや月にまで人類が到達する時代、宇宙に上がること自体は魔法の領域ではなくなった……のだけども。
 たとえば人間が宇宙船の外にほんの数時間ほども出ようと思ったら、十数億円はする百kgオーバーの宇宙服を着なければならない。
 もし生身で外に出ようものなら、たちまち死に至る。
 瞬時に血液が沸騰するとか、破裂するとかいうのは間違った俗説らしいが、まあ人が普通には生きられぬ世界であることは確かだよ。
 大仰な装備を用意しなければ、人体の生存限界はほんの十数秒。
 極寒と真空と宇宙線が、これでもかとばかりに生命の存在を拒む場所。
 ――これが『異界』でなければ、何なんだ?
 ここは大昔の人々の無知を笑うより、その智慧の確かさを驚きたたえる所ではないかな。
 ちなみに先ほど名前を挙げたニュートンも、別に過去の英知を否定する者ではないよ。
 彼はその晩年を錬金術の研究に捧げたことでも知られている。一説にその死因は水銀中毒だったとも言うね。

「まあ、これほどまでに『異なる世界』というのは近くにあるものさ。
 異界、異次元、平行世界に妖精郷。何とでも呼べばいいさ。
 要はそれがどの方向にあるのか、というベクトル方向の問題だけ。思考と知覚の死角に入ってしまって、認識することが困難なだけ。
 正しい手順を踏めば、互いに干渉することは不可能じゃあない。
 ただ――真の危険は、『異なる世界』との狭間にこそある。

「先の、地上と宇宙との関係が一番分かりやすいかな。
 地上から宇宙に上がるには、重力の鎖を断ち切って飛び出す必要がある。
 それこそロケット並の装備が必要で、しかも常に事故と隣り合わせだ。
 宇宙から地上に降りるには、今度は大気圏に突入しなければならない。
 激しい摩擦熱に、それ相応の備えがなければ流れ星の1つになって燃え尽きて終わりだ。
 分かるかな?
 異界に渡る、というのはこれほどまでに危険なものなのだ。
 十分な知識と技術と備えがあってなお越えるのが難しい、両界の狭間。
 この険しさを思えば、先ほどの宇宙空間の厳しさ、『異界』そのものの異質さなど、なんてことはないのだよ――。
661創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:46:51 ID:FmZYFnjE
 
662創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:47:10 ID:dktLRAQS
 
663創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:47:40 ID:FmZYFnjE
 
664硫黄の炎に焼かれても(前編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 01:48:20 ID:0aNE2VOA
  ◇  ◇  ◇


「――『久遠の陥穽』。我々がそう呼んでいる概念に近いね、アレは」

無人の街の通りの真ん中で、男は芝居がかかった仕草で両手を広げてみせた。
純白のスーツに身を包んだ、整った容姿の――しかし、言葉に奇妙な韻を滲ませる、どこか現実感に乏しい男。
そんな男の言葉に、外見だけなら年上にも見える眼鏡の男が首を傾げる。

「フリアグネ様。それは、あの人類最悪が『空白(ブランク)』とか『落丁(ロストスペース)』とか言っていた『壁の外側』のことですか?」
「ああ。その通りさ、“少佐”。
 久遠の陥穽――それは、世界と世界の間の狭間。目印もなく堕ちれば、神さえも永遠に彷徨うことになる虚無。
 実際に太古の昔、一柱の神が討滅の道具どもによって“そこ”へ追放されたとも聞く。
 我々紅世の徒にとっては親しい概念さ。
 “それ”が久遠の陥穽そのものと等しいものかどうかまでは分からないが、似たようなモノであるのは確かなのだろうね」
「となれば、外部からの干渉はやはり彼らにも難しいのでしょうか。例えば、新たな参加者を追加するといった風な」
「そうだろうね。……どうした、少佐? 何か気になることでも?」
「いえ、別に」

先の放送で示唆された、『黒い壁』の『外側』についての話。
フリアグネと呼ばれた男は、それを紅世と人の世との狭間に例えてみせた。
神とも呼ばれる存在すら抜け出すこと叶わぬ無限の虚空――そんなものが『壁』の向こうにあるというのか。
だが、その恐るべき発言にも、もう1人の同行者は軽く鼻を鳴らしただけで。

「そんなことは、どうでもいいんだけどさ」
「何かな、“和服”?」
「じゃあ、さっき放送をしていた人類最悪は、いったいどこにいるっていうんだ?」
「そうだね。推測にはなるが、このささやかな“箱庭”の内側にいるのは確かだろう。そうでなければ、彼とてあのような仕事はできまい。
 穴でも掘って地下に潜っているのか、気配を消す『テッセラ』のような宝具でも使っているのか。
 あるいは――世界最大級の“あの宝具”でも押さえているのか。
 詳しいところまでは、今はわからないがね」

フリアグネの何気ない呟き。
それを聞いて、“和服”と称された女――その名の通り和服を纏ってはいるが、その上に羽織るのはジャケットだ――は、小さく笑った。

「良かった。なら、オレの刃も奴に届く」


  ◇

665創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:48:27 ID:dktLRAQS
 
666硫黄の炎に焼かれても(前編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 01:49:13 ID:0aNE2VOA

結局のところ――先の放送は、この3人、フリアグネ・トラヴァス・両儀式にとってはあまり深い意義を見出せるものではなかったのだ。

読み上げられた脱落者の中に、3人の知る名前はなかった。
フリアグネは内心落胆したが、その色を表に出すことはなかった。
トラヴァスは内心安堵したが、その色を表に出すことはなかった。
両儀式は、本当に何も思わず、また偽りの感情を表に出すこともなかった。

告げられた11人という数も、3人が3人とも「多いな」と思い、「速いな」とも思ったが、それだけだった。
フリアグネは内心喜んだが、その色を表に出すことはなかった。
トラヴァスは内心焦りを覚えたが、その色を表に出すことはなかった。
両儀式は、本当に何も思わず、また偽りの感情を表に出すこともなかった。

戯れに検討してみた人類最悪の『解説』も、こうして口にしてみても大した意義を見出せるものではない。
フリアグネは自らの知識の中に類似の概念を見つけたが、ただそれだけだった。
トラヴァスは『外部からの干渉が難しい』という点に己の方針の正しさを再確認したが、それだけだった。
両儀式は『人類最悪はこの会場内にいるらしい』という推測に改めて殺意をたぎらせたが、それだけだった。

3人は静かに真昼の街を進む。
ここ半日ばかりの消極路線から、積極攻勢にうって出る――そう決めた彼らの足取りは、自然と“箱庭”の中心の方へ。
やがて橋を渡ったところで、ほぼ同時に気がついた。

「フリアグネ様――」
「うん、分かっているよ、少佐」
「誘ってるのかな、アレは」

――彼らの視線の先。
辺りでも一際大きな建物、地図の上では『ホテル』と記された建物。
その上層階の窓から彼らを見下ろす、赤い影があった。


  ◇
667創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:49:16 ID:dktLRAQS
 
668創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:49:32 ID:FmZYFnjE
 
669創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:50:01 ID:dktLRAQS
 
670硫黄の炎に焼かれても(前編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 01:50:09 ID:0aNE2VOA

「これは、幸運と見るべきかな――」

ステイル=マグヌスは眼下の通りを眺めながら、少しだけ唇を吊り上げた。
こちらを見上げる、3人組。
彼らが自分の存在を認識したことを確認し、彼はその漆黒の修道服の裾を翻して窓際から離れた。真紅に染められた長い髪が揺れる。

ステイルにとっても、先の放送はさほど得るもののないものだった。
読み上げられた脱落者の中に、彼が気になる名前はなかった。
土御門元春の死は既に確認していたし、せいぜい、あの“狂犬”はどれだったのだろう、と思った程度だ。
告げられた11人という名も、「多いな」と思い、「速いな」とも思ったが、それだけだった。
『空白(ブランク)』についての長々とした話も、その大半を聞き流した。

それはつまり、放送を聞いてなお、ステイル=マグヌスの行動方針は寸毫も変わりはしない、ということを意味していた。

あの後――ホテルの屋上で方針を考え直した後。
ステイルは再びホテル内に戻って、手間と時間のかかる『準備』をしていた。すなわち『魔女狩りの王(イノケンティウス)』の配置である。
一旦はルーンのカードを剥がしたのだから、二度手間ではある。
そうであればこそ、先の時と同じ配置にはしなかった。
ルーンのカードを増産し、正面ロビーだけだったその範囲をさらに広げ、ほぼ建物内全域をフォローする体制に作り変えた。
そうしてあらかた配置を終えようとしたところで見つけたのが、先の3人である。

「――うん、これは幸運と見るべきだろうね。この地における『魔女狩りの王』の自立行動、さっそくテストできる」

地図に記載された施設に『魔女狩りの王』を配備し、ステイル本人とは独立して参加者を襲わせる。
それが最終的に彼が選んだ方針であり、その手始めとして、彼は今いるホテルに設置することを選んだのだった。
どうせ、移動中には『魔女狩りの王』を使えやしない。
移動した先、まだ見ぬ施設が『魔女狩りの王』の設置に適しているのかどうかも分からない。
ゆえに、この選択だ。
『魔女狩り』の王はホテルで留守番、訪れる参加者を(インデックスを除いて、との命令を組んではあるが)無差別に襲わせる。
ステイル自身は、全ての準備が終わったらこの場を離れ、他の施設を回る。
もしもより待ち伏せに適した場所を見つけたなら、その時に改めて『魔女狩りの王』の配置を変えることを検討する――
そういうつもりだったのだ。

だが実際には、ホテルを発つ前に他の者が来てしまった。3人組が近づいてくるのが、見えてしまった。
この状況をステイルは、あえて幸運と考えることにする。
『魔女狩りの王』の自立行動の精度には、まだ多少の不安がないわけではない。それを実地で試すことができるのだ。
術者であるステイルが近くにいれば、ある程度のコントロールも効く。もし不慮の事態が発生しても、即応できる。
ここで一度『実験』をしておけば、問題点があれば洗い出せる。修正すべき点があれば修正もできる。

「あの3人には悪いが――付き合ってもらうよ。この僕の、『調整』に」

多少の危険を承知で、自らの姿を晒しても見せた。
これであの3人がホテルの前を通り過ぎてどこかに行く、ということもないだろう。
彼らは間違いなく、このホテルに踏み込んでくる。
ステイル=マグヌスの、ルーンの炎の結界の中に。


  ◇
671創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:50:43 ID:dktLRAQS
 
672創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:50:53 ID:FmZYFnjE
 
673創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:51:42 ID:FmZYFnjE
 
674創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:52:04 ID:dktLRAQS
 
675硫黄の炎に焼かれても(前編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 01:52:07 ID:0aNE2VOA

【2】


「ルーン、か。あれは便利な道具だよ。いささか便利すぎるきらいはあるがな。
 便利すぎて、少なからぬ魔術師がそれにのめりこむ。過大な期待を込めて深入りをするものが後を絶たない。
 あんなもの、所詮は単なる文字だと言うのにな――

「そもそも、ルーンの由来はゲルマン族の文字だ。そう、ギリシャ・ローマ文明からは野蛮人と斬って捨てられたゲルマン人のだよ。
 元々は、単なる表音文字。
 ごく普通の日常的な用途にも用いられ、ごく普通に手紙や荷札にも使われていたらしい。
 ナイフで木片に刻むことが多かったそうでね。直線のみで構成され、横線がないのが特徴だ。縦と斜めの線が多用されているよ。
 ただ、後から広まったラテン語系のアルファベットに地位を追われてね。現代にはほとんど残らなかったというわけだ。
 しかし彼らの秘められた智慧はルーンによって記述されルーンによって伝えられ、それは他の文字が主流になっても守られた。
 秘められた智慧――つまりオカルトだな。
 かくしてルーンは神秘の文字となったわけだ。一般人の知らない古代の文字、こいつは確かに秘密を守るにはもってこいでな。
 だから古代から伝わる智慧のみならず、新たな発見や発想もルーンで記されたりもする。秘められた智慧はさらに増えていく。

「ルーンに限らず、文字というのは魔術的な性質を持っている。言葉を何かに記す、ただそれだけの行為が既に魔術的とさえ言える。
 分かりやすいとこでは、仏教の写経あたりがそうだな。ただ漢字を書き写しているだけなのに、何らかの意味があると信じられている。
 ほとんどの者にとっては経文の意味なんて分かりはしないから尚更だ。理解できないからこそ神秘たりえる。
 だが、そこで使われている文字までもが日常的・俗世的な意味を失っていて、魔術の場でしか使われていないとなったらどうだ?
 そう、ルーンは純度が高いんだよ。
 何かをルーンで印したら、そこに魔術的な意味がないわけがない。そう信じられてしまう。
 この辺は梵字などもそうなんだがね。だから、魔術を学び扱う者にとって、あえてルーンを使うというのはそれなりの意味がある。

「ああ、私もルーンは使うよ。便利なモノだと言ったろう? 便利と知ってて使わぬ奴は愚か者か天才だけだ。
 所詮は文字に過ぎないがね、日本語や英語で長々と苦労して回路を作るくらいなら、ルーン1文字で済ませた方が遥かにラクだ。
 ……とはいえ、その1文字に意味を凝縮できる所まで行くのは少しばかり手間ではあるんだが。
 ふむ、私がロンドンに渡った当時、ルーン魔術の人気が翳っていたのは、そういう側面もあるのかな――

「――うん? ルーンを新たに作る? それは……容易な話ではないな。
 そもそも過去から連綿と受け継がれた智慧に基づいて力を振るうのがルーン魔術というものだ。
 そこに自分勝手な記号を付け加えようなんてのは、まあ千年早いと言うべきでね。すぐに制御を失って自滅するのがオチだろうよ。
 だがまあ、限定的な意味においては全くありえない話でもない。
676創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:52:27 ID:FmZYFnjE
 
677硫黄の炎に焼かれても(前編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 01:53:03 ID:0aNE2VOA

「これはルーン文字でなく、英語でも使ってるアルファベットの話だがね。
 『W(ダブリュー)』という文字があるだろう? あれの原型を知っているかい?
 そう、その名前そのままの『UU(ダブル・ユー)』だ。
 ……うん? 字体を見ればVが2つだって?
 あのな、大元を遡れば、VもUも同じ由来なんだよ。ラテン語の時代にはまったく同じ文字だったのさ。
 まあ『二重のU』なんて呼んでるのは英語くらいでね、フランス語あたりでは『二重のV』と見た目通りに呼んでいるよ。
 ともあれ、VであれUであれ、初期にはそれを2つ重ねてWの音を表記していてね。
 一種の短縮形だな。同じ字を2つ書く機会があまりに多くて面倒になって、誰かが1つにまとめてしまったわけだ。

「こういう形の短縮なら、同様に生み出す余地はある。
 例えば、同じく英語をはじめとする多くの言語では、ごく僅かな例外を除いて『Q』の後には必ず『U』が来る。
 だから面倒だ、と言って『QU』を一文字にまとめた新アルファベットをでっちあげてみてもいいわけだ。
 ……それを実現させて、一般に広めるのは難しいだろうが、それでもな。

「新しいルーンの創造、なんて話も、もし可能だとしたらこの類の話だろうよ。
 併せて使うことの多い2文字を、短縮して1文字に重ねる。連結して1文字とする。1文字分の軽さで扱えるようにする。
 なるほどそれなら、過去の智慧を活かしつつ新たな領域にも踏み込めるかもしれない。さらなる効率化が図れるかもしれない――
 ――だが、応用性は明らかに低下する。
 『QU』を一文字にまとめてしまったら、『Qの後にUが来るとは限らない言語』の記載には支障が生じる。無駄な文字が余ってしまう。
 それと似たようなものさ。
 ルーン魔術の多彩な応用性を捨てて、一点突破で特定分野に特化させた魔術師。
 なるほど、それも1つの方向性だろうがね……はっきり言って、邪道だよ。
 強いには強いかもしれんが、敵にも味方にもしたくないタイプだな。
 敵に回せば厄介極まりなく、味方にいたところで存外頼りになる局面は少ない。
 そんなもの、できれば関わり合いにならないのが一番さ――


  ◇  ◇  ◇
678創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:53:06 ID:dktLRAQS
 
679硫黄の炎に焼かれても(前編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 01:54:06 ID:0aNE2VOA

――踏み込んだホテルの内部は、一種異様な空間となっていた。

「これは……何だろうね? 自在法ではないようだが」
「文字、でしょうか?」

フリアグネが、トラヴァスが、ロビーの内部を見回して首を捻る。
豪奢なインテリアに飾られた、広々としたロビー。
調度品の1つ1つが高価で、しかも品の良い落ち着いた空間――
そこに、不可解な装飾が割り込み、調和を乱していた。

床から壁から天井から、ソファの類に至るまで、大量に貼り付けられた文字の書かれた紙切れ。

それもよくよく見れば、1枚1枚は粗雑なコピー用紙に、コピー機で印刷された程度の代物だ。
それが無造作にセロテープで貼り付けられている。
手を伸ばして無造作に1枚剥がし取ると、両儀式はつまらなそうに呟いた。

「こいつは『ルーン』だな。橙子が似たようなモノを使ってるのを見たことがある。流石にここまで雑な造りじゃなかったが」
「ほう、知っているのかい、“和服”?」
「別にオレ自身が詳しいわけじゃないけどな――こいつは、魔術師が術を振るう時に利用する文字の一種らしい」
「“魔法遣い”の技、ですか」
「魔法って言うほど高度なモンじゃないらしいけどな。使える奴が使えば、色々小器用なことができるみたいだ。
 たとえば、火を放ったりとか。たとええば、霊体の侵入を妨害したりとか。
 たとえば――」

式は、そこで言葉を切って、ゆっくりと背後を振り返る。
男2人も、静かにそれに倣う。
そこには、

「たとえば――その気になれば、『あんなモノ』を作り出すこともできるのかもしれない」

3人の振り返った視線の先。
ロビーからの逃亡を妨げるよう、入ってきた正面入り口に立ちふさがるように立っていたのは。

黒い重油のようなものを芯にした、轟々と燃え盛る、人のカタチをした炎の塊だった。


  ◇
680創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:54:31 ID:FmZYFnjE
 
681創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:54:51 ID:dktLRAQS
 
682硫黄の炎に焼かれても(前編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 01:54:58 ID:0aNE2VOA

先に動いたのは、炎の巨人。
それに対して1歩前に出たのは、式だった。

「――加勢は?」
「いらない」

少佐の言葉に一声返して、派手な装飾のナイフを抜くのと斬りつけるのが一挙動。
両手を広げるように飛び掛ってきた炎の巨人の胸元に、鋭い一閃が叩き込まれて――
“それ”は、一瞬にして弾けとんだ。
水風船に針を突き刺したようなあっけなさ。
人のカタチを成していた黒々とした液体が、あたり一面に飛び散った。

「簡単なものだね。炎の『燐子もどき』、これで終わりかい?」
「いや――まだだ。
 まだ、“殺し”きれてない」

軽く微笑むフリアグネの問いに、しかし式は苦さの滲む答えを返す。
答える傍から、飛び散った重油状の物質が再び一箇所に集まり、人のカタチを取り戻していく。すぐに炎に包まれる。
そのサイズに変化はなく、立ち上がる姿に淀みはなく。素人目にもダメージらしいダメージが入っているようには見えない。

「死が、視えないわけじゃないんだがな――なにせ“多過ぎる”。いちいち全部を突いてはいられない。
 そこらにやたらとあるルーン、その1つ1つと繋がってやがる。
 どうやら全てのルーンを潰さない限り、コイツは“殺し”きれない仕組みらしい」

あらゆるものの死を視る、両儀式の魔眼。
だからこそ分かる――こいつは、強敵だ。
両儀式にとって、最悪の相性だ。
炎の巨人、その本質はおそらく個体というより群体。
無数のルーンのカードに支えられた、実体なき敵。
ナイフの一振りで“散らす”ことはできても、“殺しきる”ことはとてもできない。
いわば猛る蜂の群れのようなものだ。1匹1匹を突き殺している間に、自分が毒針を受けて倒れ伏すことは必至。
いや、この場合は高熱で焼かれる、だろうか。いずれにしても死に様は似たようなものだ。
まさかこんな方法で直死の魔眼を“殺して”みせる存在がいるなんて。
式は眉を寄せる。

「して、対策は?」
「オレも詳しいわけじゃないって言ったろう。……ただまあ、普通に考えれば、可能性は2つかな。
 1つは、無数にあるルーンを全て破壊する。もう1つは、このルーンを仕掛けた魔術師を見つけてブチ殺す。
 もちろん、目の前のコイツに焼き殺されないようにしながら、だけどな」
「どれも簡単ではなさそうだね」
「しかし、やるしかないでしょう」

3人は並んで炎の巨人に相対しながら、言葉を交わす。
短い言葉と目配せで、互いの意思と役割を確認しあう。
そんな彼らの目の前で、燃え盛る重油のような塊がのたうち、変形し、巨人の手元から伸びて剣のような形を取る。
いや――それは剣などではない。
十字架だ。
全長2メートルはあろうかという、劫火の十字架。
人数の差など一切気にせず、3人まとめて叩き潰さん、とばかりに、巨人はソレを振り上げて――

爆音が、ホテルの中に響き渡った。


  ◇
683創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:55:32 ID:dktLRAQS
 
684創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:55:43 ID:FmZYFnjE
 
685硫黄の炎に焼かれても(前編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 01:56:27 ID:0aNE2VOA

下のほうの階で爆発でも起きたのか、小さな振動が微かに伝わってきた。

「……始まったようだね」

ステイル=マグヌスは、ホテルの最上階、何故かルーンが1枚も張られていない最高級スイートルームにて、小さく呟いた。
どうやら『魔女狩りの王』は無事にターゲットを認識し、自動追尾・自動戦闘状態に入ったらしい。
こうなれば相手が誰だろうと何人いようと、あとは時間の問題でしかない。
速度もある。再生力がある。なにより、3000度の高熱という絶対の攻撃力がある。
たとえ相手が一級の達人だろうと、いつまでも避け続けられるものではない。捌き続けられるものでもない。
確実に、仕留めてくれる。

そこまで考えて、煙草を1本、口に咥えて箱から引き抜く。
先端を軽く一睨み。ただそれだけで、そこに赤い炎が灯った。

ステイル=マグヌスは己の魔術に絶対の自信を持っている。
こう見えても現存する24文字のルーンを完全に解析し、新たに力ある文字を6つも開発した魔術師だ。
そんな彼が研究に研究を重ね、研鑽に研鑽を重ねて編み出した、「たった1人の少女を守りきるためだけの力」。
それが『魔女狩りの王(イノケンティウス)』だ。自負を抱かぬわけがない。
もっとも、この場においては、最初の放送で告げられた『淡水魚と海水魚』の例え話が微かな不安材料ともなっていたわけだが。
どうやら、杞憂に過ぎなかったらしい。
ステイルは安堵の混じった吐息を、紫煙と共に吐き出す。

不意に、耳をつんざくベルの音が響き渡った。

……ただ、うるさい音が鳴り響いただけだった。部屋の中は何の変化もない。おそらく階下、1階のロビーもそうだろう。
このベルを鳴らした人物が望んだであろう展開は、未だ起こっていない。
そして――これからも起こることはない。

「なるほど、あちらにも頭のいい奴がいるもんだね。『その攻略法』に思い至るとは。ルーンのことを理解してる奴もいるのかな。
 けれども生憎、『その欠点』は既に対策済みなんだ。僕だって同じ手で何度も敗れるほど愚かじゃない」

ステイル=マグヌスは溜息をつきつつ、軽く笑う。
今こうして鳴り響いているのは、おそらく火災報知器。かつて上条当麻相手に一敗地を這わされた、屈辱の鐘の音だ。
『魔女狩りの王』にはセンサーやスプリンクラーに触れないよう命令を書き込んでいるが、警報を作動させる方法はそれだけではない。
随所に設置された非常用の赤いボタンを一押しすれば、警報のベルと共にスプリンクラーは作動する。
そうなれば、防水加工を施す余裕のなかったルーンのカードは、濡れて萎れてインクを滲ませ、避けようもなく無力化してしまう。
3000度にも及ぶ『魔女狩りの王』自身はその程度の水で消火されることはないが、『魔女狩りの王』を支えるルーンの方が耐えられない。
だが。

「ロビーだけに留めていた先ほどまでならともかくね。今回は、こっちも準備万端整える時間があったんだ。
 既に、警報と消火装置との間の繋がりは“焼き切っている”よ」

ステイルとて、決して愚かな男ではない。
敗戦の苦い経験があれば、それを踏まえた対策も考える。
上条当麻に破れた後、苦手な分野ではあったが、火災報知器の基本的な仕組みやシステムについても勉強した。
付け焼刃の知識ゆえ、おそらく『20年は先を行っている』学園都市の最先端防火システムには歯が立たないだろう。
しかし、それ以外の場所であれば。
世間一般に出回っている『並のレベルの』防火システムであれば……時間と手間をかければ、殺しきれないわけではないのだ。
耳障りなベルの音だけが虚しく響く中、彼は軽く微笑んで、

「だけど……ルームサービスを頼んだ覚えは、なかったんだがね」

ゆっくりと、スイートルームの入り口の方に向き直った。

――カジュアルなジーンズとタートルネックのセーターに身を包んだ1体のマネキンが、無感情な顔で、そこに佇んでいた。


  ◇
686創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:56:45 ID:dktLRAQS
 
687創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:56:53 ID:FmZYFnjE
 
688硫黄の炎に焼かれても(前編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 01:57:15 ID:0aNE2VOA

【3】


「火、あるいは炎――ね。
 厄介ながらも無視できない存在だよ。魔術師にとってはね。

「そもそも火というのは、東洋でも西洋でも世界を構成する元素の1つに数えられてきた。
 五行の1つ。地上の四大元素の1つ。
 今でこそ『火』は『燃焼』という酸化現象の一種であることが分かっているがね、かつては世界を構成する要素の1つと信じられたのさ。
 化学の世界で『フロギストン(燃素)仮説』こそ否定されたものの、魔術の世界では今も十分にその概念は生きている。

「火の持つ性質を一言で言い表すならば、それは破壊と再生だ。生命と言ってもいいかもしれない。
 何もかも焼き尽くし灰燼に帰す炎も、適度なサイズであれば暖を取る役にも立ち、明かりを灯す光にもなる。
 火傷を負うような高熱も、適度な温度であれば命の温もりに繋がる。
 相反する性質。
 制御できれば有益だが、その制御こそが難しいという逆説的存在なのさ。

「火そのものが魔術的性質を持っているという事実は、世間一般でもよく知られているところだ。
 天界から盗まれたプロメテウスの火。
 4年に一度のオリンピックの、聖火リレー。
 様々な宗教の祭祀の場において、直接間接に火が多用されているのは誰もが知るところだろう。
 拝火教とも訳されるゾロアスター教では無論のこと、仏教でもキリスト教でも、火の存在なしには日々の勤めすらままならない。
 護摩壇に線香、燭台に灯す炎も電灯では代用し難いな。
 火葬という葬式の形態も多分に宗教的な意味があるし、洋の東西を問わず地獄に劫火の責め苦は付き物だ。
 もう少し穏やかな所では、誕生日や結婚式のケーキには火のついた蝋燭は欠かせない。
 どれもこれも、火の持つ神秘性の現れだよ。

「私も魔術師である以上、炎も扱うがね。
 あれは難しい力だな。暴走の危険と常に隣り合わせだ。
 そういえば、式の前で初めて魔術を使って見せた時には、火力の不足で詐欺師扱いされたんだったかな。
 まったく、無知というのは容赦がない。
 あの時あの場のあの装備で、あの死体を完全に焼き尽くそうとしていたら、式も私も揃って黒焦げになっていただろうに。
 鮮花のように『それ向きの』才能があれば別なんだろうがな。

「そう、一歩間違えれば使い手自身をも焼き尽くしてしまうのが炎というものだ。
 敵味方構わず、容赦なし。
 火蜥蜴(サラマンダー)というのはなんとも飼い慣らしにくいものなのだよ。
 そんな危険な火遊びに興じる者の末路なんて、いつだって1つに決まっている――

「――炎にまかれて、焼け死ぬのさ。


  ◇  ◇  ◇
689創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:57:41 ID:FmZYFnjE
 
690硫黄の炎に焼かれても(前編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 01:58:15 ID:0aNE2VOA

「――何をしたかったのだろうね」

ステイル=マグヌスは改めて取り出した煙草に火をつけると、煙を吐きつつ呟いた。

急に現れた、動くマネキン人形。
しかしその動きは見るからにぎこちなく、炎剣の一撃であっさり爆散して果てた。
ステイルは考える。
魔力の流れは感じられなかったが、今の人形は先ほどの3人の中の誰かが放ったものに違いあるまい。
では何が目的だ? これほどまでに弱々しい存在を単独で放った、その意味は。

「つまりは――斥候か」
「ご明察、だよ」
「!?」

ステイルの呟きに応えたのは、聞き覚えの無い、奇妙な韻を響かせる男の声。
次の瞬間、高速で飛来した小さな金属の輪が、ステイル=マグヌスの顔面から下腹部まで満遍なく、大穴を空けて貫通し、爆発した。

「――“燐子”の能力の低い今、使い道は限られるのだけどもね。
 それでも、『人海戦術』で捜索の時間を短縮するくらいの役には立つのだよ」

手元に指輪型の宝具『コルデー』を呼び戻しながら、純白のスーツの男・フリアグネは小さく笑う。
両儀式が示した、状況打開の可能性の1つ。『炎の巨人を生み出した術者を始末する』。
術者は窓から見えたあの赤い影だろう、という推測は容易だったし、未だ建物から出ずに留まっていることも予想ができた。
問題はいちいち全ての階・全ての部屋を調べているヒマなどないことで、そして、問題がその1点だけでしかないのであれば。
『ダンスパーティ』活用のために、と思って用意してきた粗製の燐子20体でも、十分に要は足りる。
フリアグネは芝居がかかった仕草で、両手を広げて見せた。

「うふふ、これでこのフリアグネも、“和服”と“少佐”に対する言い訳が立つというものだよ。
 それにしても、簡単に終わったものだね。
 討滅の道具たるフレイムヘイズではないようだけども、“燐子もどき”を一番の頼りにするような奴は、やはりこの程度か」
「……誰がこの程度、だって?」
「!?」

フリアグネの嘲りの言葉に応えたのは、聞こえるはずもない『仕留めたはずの』赤髪の男の声。
次の瞬間、顔から身体から、いたるところに腕1本ほども通りそうな穴を開けたままの男が、その腕を振るう。
振るう傍から炎の剣が伸び、振り下ろされ、爆発する。
……炎と煙が晴れた時、既にフリアグネは数メートルほども離れた所に飛び下がっていた。
ステイル=マグヌス、赤い髪とピアスと刺青に彩られた神父も、傷ひとつない姿でそこに立っている。
ありえぬ光景を目の前にしたフリアグネ、しかしこちらにも焦りの色はない。

「……なるほど、何かと思えば蜃気楼か。ただの人間風情が小器用なことだね」
「なるほど、2人を捨て駒に1人だけ上がってきたのか。その思い切りの良さは評価しよう。しかし……」

紅世の王の言葉には直接応えず、炎の神父は煙草を弾いて捨てる。
宙を舞う煙草が描いたオレンジ色の残像、その軌跡に沿って炎が形を成し、一振りの炎の剣となる。
炎(Kenaz)。それは、ステイル=マグヌスの力であり、意思のカタチそのものだ。

「我が殺し名は、『 Fortis 931 (我が名が最強である理由をここに証明する)』。
 エノク書のデーモンの名を騙るものよ、魔術師が使役するモノより弱い、なんて愉快な勘違いをしているなら……
 この魔法名の意味、その身をもって思い知ってもらおうか」


  ◇
691創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:58:38 ID:FmZYFnjE
 
692創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 01:58:40 ID:dktLRAQS
 
693硫黄の炎に焼かれても(後編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 01:59:42 ID:0aNE2VOA

――炎の塊が四散する、その僅かなタイムラグを突いて、彼女はルーンが張り巡らされた階段を駆け上がる。
踊り場ではすぐに重油のような物体が一箇所に集まり、人のカタチを取り始めている。
それを視野の隅に捉えながら、式はなんとか3階のフロアにまで到着。高熱で痛みの目立ち始めたナイフを構えなおす。

貧乏籤を押し付けられた――それが、両儀式の素直な実感だった。
あの時、ロビーで炎の巨人と相対した直後。
式の示唆した『2つの可能性』を聞いた男たちは、身構える彼女をよそに、即座にその身を翻したのだった。
フリアグネは「上にいるはずの、炎の巨人の主人を討ってくるよ」と言って。
トラヴァスは「要は全てのカードを潰せばいいわけですね」と言って。
それぞれ、どこかに向かって駆け出していってしまっていた。
そのあまりの迷いの無さに抗議するタイミングすら逸し、そのままなし崩しに炎の巨人の相手を強いられている。

なるほど、“殺しきれない”とはいえ、“一瞬でも散らす”ことができるのは、おそらく式くらいのものだろう。
人間相手ならともかく、トラヴァス少佐の銃器程度では足止めにもなるまい。
フリアグネの『吸血鬼』もこの炎には無力だし、『コルデー』や『ダンスパーティ』で吹き飛ばすにしてもどれほどの効果があるやら。
直死の魔眼で確実に“散らすことができる”ポイントを見抜き、振り抜ける式だからこそ、ここまで持ちこたえることができているのだ。
彼女が炎の巨人を押さえている間に、他の2人が根本的な解決を図る。
その発想、その作戦自体は、そう悪いものではない。

「だけど……あまり長くは持ちそうにないな」

小さく呟く式の顔に、絶望の色はない。
絶望はないが、しかし、このままいつまでも耐え続けることができるとも思ってはいない。
なるほど、確かに未だ炎の巨人の攻撃は彼女を捉えてはいない。火傷の1つも、未だ負ってはいない。
だが、手にしているナイフの方は。
一瞬とはいえ、斬り付ける度に3000度の高熱に炙られているのである。
すぐに振り切っているため溶けて崩れるようなことはないが、見るからに刃が鈍ってきている。
もう、いつ弾みで折れてしまってもおかしくない有様だ。

そして――攻撃手段を失った時、それが両儀式が焼き殺される時だ。
走って逃げても人の足より速く、階を登ってみても執拗に追いすがり、壁の向こうに逃げれば壁ごと焼き溶かして接近する。
振るう炎の十字架は、壁に触れれば爆発を起こし、手すりに触れれば鉄をも飴細工のように溶かす。
こんなもの、先制攻撃で潰す以外にどうしろと言うのだ。
復活した巨人の振り下ろす炎の十字架を斬り払って“散らし”ながら、式は思う。

あの2人は、いったい何をやっているのか。
フリアグネは魔術師を見つけられたのか。彼は彼で今どこかで戦っているのか。それともまんまと逃げられてしまったのか。
非常ベルを鳴らしたのはトラヴァスのようだが、スプリンクラーも作動しない今、どこで何をしているのか。次の策はあるのか。
まさか式を1人残して、容赦ない逃走を選択してしまったのではないか。
……あり得ないことではない。彼ら3人の関係は、信頼というより打算で結ばれているようなものなのだから。
ホテルの3階、廊下を駆けつつ攻撃を捌きながら、彼女は小さく舌打ちをする。
どうやら、本気でこれは貧乏籤らしい。

不意に、両儀式の鼻が、予想もしていなかった刺激臭を捉えた。思わずその目が見開かれる。

「なっ……!? これは……魔術師の? いや、違う……!」

その『臭い』の正体に気がついた時、彼女は戦慄を覚えた。
最初は敵の魔術師の追い討ち、そのための仕掛けかと思った。
次に、数秒後に訪れるであろう事態を想像して、その可能性を否定した。
最後に、さらにその先に現れるであろう状況を理解して、この無茶苦茶な仕掛けを施した人物とその意図に思い至った。
694創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 02:00:02 ID:dktLRAQS
 
695創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 02:00:04 ID:FmZYFnjE
  
696硫黄の炎に焼かれても(後編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 02:00:44 ID:0aNE2VOA

振り返る。
長い廊下の先、式が上ってきた階段とは反対側。
建物の中、もう1組存在していた階段とエレベーターの前。
……石油の臭いを漏らすドラム缶が1つ、とくとくと液体を零しながら転がっていた。

そう思ってみれば、どこかからうっすらと煙が上がり、微かにメラメラと何かが燃える音がする。
ずっと炎の巨人の相手をしていたせいで、気づくのが遅れてしまったが――炎の巨人とは全く別の場所で、確かに何かが燃えている。
そして、ベルは鳴れども、スプリンクラーは作動しない――!

「あ……あの馬鹿っ! 何てことをっ!」

式は彼女らしくもなく、狼狽の声を上げる。
背後では巨人が機械的な動きで炎の十字架を振り上げている。
ドラム缶にも、そこから流れ出す液体の存在にも、お構いなしだ。
今から他所に誘導していたのでは、間に合わない。
式は即座に決断。
振り上げたナイフを手近な窓に叩き付ける。
その衝撃のせいか、痛んでいたナイフはとうとう折れ飛ぶが、式は一切構うことなく。

一片の迷いもなく、3階の窓から、外に向かって突進した。

彼女の体を捉え損ねた炎の巨人の十字架は、そしてドラム缶から繋がる水溜りを、盛大に打ち据えた。


  ◇


トラヴァス少佐の最後の支給品――『燃料』。
なんともそっけない一言で現されていたのは、量だけで言えば相当な分量に及ぶ代物であった。
量にして、ドラム缶十数本分。
説明書には『バギーやモトラド(注・二輪車のこと。空を飛ばないものだけを指す)の一般的な燃料』とあったから、ガソリンあたりだろうか。
この椅子取りゲームが始まってから、ずっと使い道がないと判断していたソレを――

トラヴァスは一切の躊躇なく、ホテルのほぼ全フロアに渡って撒き散らしていた。

おそらくはフリアグネと魔術師によるものだろう、戦闘の気配が響く最上階には踏み込まなかったが、しかし、それ以外の全ての場所に。
揮発性が高く、よく燃える燃料を、ドラム缶ごと配置していったのだ。

「“魔法遣い”、いや、“魔術師”の使う技の仕組みなんて分かりはしないのだけど――あの対策は、安易だったね。
 その方向からの攻略が正しいことを、自ら認めているようなものだよ」

早々に退避し、ホテルの外から建物を眺め上げながら、トラヴァスは小さく呟く。
彼の見上げるその前で、ほぼ全ての階の窓に炎が灯ってゆく。
あの炎の巨人から首尾よく引火したか、あるいは、随所に用意した簡単な時限発火装置が上手く作動したか。
時間も材料もなかったから適当な代物だったが、電気は通っているのだから上手くショートさせれば火花を確保できる。
各階に燃料を撒きながら、トラヴァスはあちこちにそういう仕掛けを作り捨てていったのだった。
様々な工作技術を“アイカシア学校”で学び身につけた彼ならではの小技だった。
697創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 02:01:02 ID:FmZYFnjE
 
698創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 02:01:16 ID:dktLRAQS
 
699硫黄の炎に焼かれても(後編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 02:01:47 ID:0aNE2VOA

最初に彼が思いついたのが、非常ベルを押してスプリンクラーを作動させることだった。
あれほどの炎、単純に水をかけても消火しきれるとは思わないが……ルーンのカードの方は話が別だ。
紙は水に弱い。インクも水に弱い。
1つ1つ水をかけて回るのは手間がかかりすぎるが、元からある防火施設を活用すれば……と考えたのだ。

だが、そちらは既に魔術師によって対策が打たれていた。
普通の者ならここで落胆するところだろうが、トラヴァスは逆に確実な手応えを感じていた。
敵が予め先回りしてまで対策を打つということは、すなわちそれが成し遂げられれば致命的である、ということ。
全てのルーンのカードを一網打尽にする、というアプローチそのものは間違っていないのだ。

そしてまた、彼はすぐに気づく。
炎そのものを凝縮して作ったような、燃える巨人。
だが、そんなものが遠慮会釈なく暴れまわっているのに、火災が発生しないのは何故だ?
防火システムすら殺されているというのに、これで火事にもならない、その理由は?

――決まっている。魔術師の側が、そうならないよう炎の巨人を制御しているからだ。
火事になったら、魔術師にも都合が悪いからだ。
紙は水に弱い。
それ以上に、紙は火に弱い。
子供ですら知っている、それは真実だ。

ならばどうする? 簡単だ。
ただ、こちらから火を放ってやればいいだけのこと。
そうすればルーンのカードも一緒に焼け落ち、炎の巨人はその力を失う。
他ならぬ魔術師自身によって防火の備えは既に殺されており、火が回るのを止めるものはない。

皮肉としか言いようがないが――炎の魔術師は、他ならぬ炎によってその力を失い、ここに敗れるのだ。

「どうやら、君は交渉の余地すらなく、かつ、ゲームに積極的であるようだ――ならば僕にも、容赦などする理由がない」

遠隔操作の炎の化物を用意し、問答無用で参加者に襲い掛からせる、この炎の魔術師。
これをトラヴァス少佐は、排除すべき敵と認識した。
会話が成立するようなら、フリアグネたちを説得し一行に加える選択もあった。
戦闘の意思がないようなら、フリアグネたちを騙し欺き命を見逃す選択もあった。
だが――こいつはダメだ。
味方に引き込む余地はなく、生かしておくだけの価値もない。
で、あるならば。当初の方針通り、“ゲーム肯定派”同士の潰しあいを全力で演出するまで。

「君も運が悪い。君は君で、容赦も躊躇もない殺戮者だったんだろう。優秀な殺戮者だったんだろう。手はずを見ればよく分かるよ。
 だが――我々もまた、殺戮者だ」

とうとうドラム缶にまで引火したか、ホテルの各所で断続的な爆発音が響く。
ホテルの館内で荒れ狂う炎が、さらに勢いを増す。
窓の1つを破って飛び出してきた両儀式が、着地と同時にトラヴァスの姿を認め、何やら凄い剣幕で近づいてくるが。
彼はその怒気を柳と流し、ホテルの上を見上げる。
最上階で戦っていたはずの、魔術師とフリアグネに思いを馳せる。

「さて、“和服”の推測通りなら、これであらかた力を失うはずなんだがね――
 例の魔術師とやら、“紅世の王”の1人くらいは道連れにしてくれないものかな?」


  ◇
700創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 02:02:44 ID:FmZYFnjE
 
701硫黄の炎に焼かれても(後編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 02:02:49 ID:0aNE2VOA

「なるほど――“少佐”は自らの仕事を果たしてくれたようだね。
 人間風情に助けられたような格好で、少し気には障るけれども」

――煙に包まれつつある、ホテル最上階、最高級スイートの一角。
フリアグネは、小さく呟いた。
目の前には、呆然と目を見開く、赤い髪の神父。
その手に、既に炎の剣はない。
辛うじて揺らめく炎のようなもの、は残されていたが、とてもではないが剣と呼べるような代物ではなくなっていた。

Fortis931、と名乗った魔術師は、かなり善戦したと言ってもいいだろう。
いや、拮抗していた、あるいは押していたとまで言ってもいいかもしれない。
体さばきこそ素人のそれではあったが、単純ながらも応用性の広い2つの技に、フリアグネも苦戦せざるを得なかったのだ。
すなわち、大きく燃え盛り時に爆発する、炎の剣の二刀流。
そして、目測を誤らせ幻惑する、熱波を利用した蜃気楼である。
こういう相手に最良の相性を示したはずの宝具、火除けの指輪『アズュール』も、今は手元にない。
あるいは燐子が手元にあれば、『ダンスパーティ』で爆破し蜃気楼を吹き飛ばし、炎剣の爆発を相殺することもできたかもしれないが。
生憎、既に人海戦術による探索のため、ホテル中に散会させたばかりであった。活用はできない。
実体なき炎剣相手に『吸血鬼』で切り結んでも益はなく、飛び道具である『コルデー』と蜃気楼の幻惑との相性は最悪。
なんとか彼我の身体能力の差でこれらの不利を補ってはいたものの、責めあぐねるのは道理だった。
だが――

「……炎よ(Kenaz)! 巨人に苦痛の贈り物を(PrisazNaupizGebo)!
 あ、あ、灰は灰に(AshToAsh)! 塵は塵に(DustToDust)! 吸血殺しの紅十字(SqueamishBloodyRood)!」

だが、それもここまでだ。
魔術師が必死の形相で呪文を詠唱する。
フリアグネも何度も聞かされた呪文。あの恐るべき炎の剣を生み出す、力ある言葉。
しかし、もはや何も起きない。
ホテルは最上階を除いてほぼ全て炎に包まれ、そしてステイルは、最上階には未だルーンの配置を終えていない。
むしろ最上階まで来た所でカードのストックが切れて、さあどうしようかと悩んでいたからこそ、あの時彼はここに居たのである。
階下のルーンが無事ならこの程度の距離だ、そこから力を引き出すことも出来る彼ではあったが――その、力の源が破壊されては。

「当初の認識を修正しよう、“魔術師”――君は確かに、大したものだったよ。
 その、自在法ならざる自在法を操る技術も高かったし、我々3人を必ず殺すという意思の輝きも素晴らしいものだった。
 世が世なら、君は確かに歴史に名を刻むに足る、『偉大なる者』にも成り得たのだろうね。だが――」
「い……いのけんてぃうす! イノケンティウス! 『魔女狩りの王』!!」

フリアグネは1歩踏み出す。
魔術師はとうとう、炎の巨神の名を呼ぶ。あえて手元に配置しなかったはずの戦力にまで頼る。
だが、最強を自負する彼の力は、その呼びかけに応えることはなく。
ひとかけらの炎すらも、もはや現れない。
ただもうもうたる黒煙が最上階に流れ込む中、そして、紅世の王は、がばり、とその口を開けた。

「だが――今は、私の贄だ」

――いただきます。
妙に礼儀正しい声と共に、巨大な大剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』が一閃。
ステイル=マグヌスの体は一刀の元に両断されて――その身が、薄白い炎に包まれ、燃え上がった。
この世ならざる紅世の炎に、炎の魔術師の全てが焼き尽くされる。
彼の肉体も、精神も、魔術も、少女への想いも、何もかもが『存在の力』の炎に変換され――そして、容赦なく飲み込まれた。


【ステイル=マグヌス@とある魔術の禁書目録  存在焼失】


  ◇
702創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 02:03:10 ID:dktLRAQS
 
703硫黄の炎に焼かれても(後編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 02:03:49 ID:0aNE2VOA

「――ご苦労様です、フリアグネ様。首尾は上々のようで」
「そう言う割にはどこか不満そうだね、“少佐”。“魔術師”もろとも、私も焼け死ねばよかったとでも言いたげな顔だ」
「いえ、決してそのようなことは」
「全く、油断も隙もありやしない。こいつ、オレたちに断りもなく火を放ちやがった」
「……まあ、正直に申し上げれば、『この程度で死ぬような者たちなら、私にも利用する価値はない』。そんな風なことは思いましたがね」
「うふふ。いい答えだよ、“少佐”。やはり我々の関係はこうでなくてはね」

――炎上を続ける、ホテルの裏手。
合流を果たした3人は、しかし互いの無事を素直に喜ぶような真似はせず、冷静に互いの損害状況を確認しあっていた。
フリアグネは、デパートで用意してきた燐子20体を、炎に巻かれて失った。
トラヴァスは、3つ目の支給品『燃料』を、最後の1滴まで使い果たした。
両儀式は、『ダンスパーティ』と交換で得たナイフ・『エリミネイター00』を破損した。
だが、それ以外には誰1人として傷1つ負ってはいない。
あれほどまでの強敵を相手にしたにしては、驚くほどの低損害だった。

「“魔術師”の荷物も拾ってきたがね……どうも目に付くのはこの薬だけらしい。“少佐”、要るかい?」
「ふむ、失礼。……どうやら麻薬の一種のようですね。使いどころには悩みますが、持っていて損はないかと」
「詳しいんだな」
「とっさの痛み止め代わりにも、荒っぽい拷問や尋問にも応用できますから。一通りの知識は、それなりに」

フリアグネから渡された荷物をあらため、トラヴァスが物騒なことを平然と口にする。
荷物からは拡声器も出てきたが、これも軽く確認した後、再び荷物の中へ。
不満の色を隠しきれないのは、1人蚊帳の外の両儀式だ。横からトラヴァスが広げる荷物を覗き込み、嘆息する。

「なんだ、刃物の1つもないのか。これじゃオレだけ骨折り損のくたびれ儲けじゃないか」
「確かに困りますね。今回の勝利も、彼女の奮戦あってのものですから」
「ふむ――では“和服”、これを使いたまえ」

フリアグネは軽く頷くと、式に向かって何かを投擲する。
反射的に受け取ったそれは――ホルスターのようなものに収まった、1対の刃物だった。

「なんだ? これは……鋏か? それにしては、どっちも両刃みたいだが」
「『自殺志願(マインドレンデル)』。名前とカタチが気に入って、コレクションに加えようかとも思ったんだがね。
 業物ではあるが宝具ではないようだし、ここはひとつ“和服”の頑張りに免じて、プレゼントしておくことにするよ」
「……やけにご機嫌なんだな」

式は、怪訝な様子で首を傾げる。
奇矯すぎる形態の武器に、なるほどこれなら死蔵されてきたのも分かる、と納得しながらも、このフリアグネの気前の良さは不可解だった。
先ほどまで彼女が振るっていたナイフとて、あくまで『ダンスパーティ』との交換という形による提供だったのだ。
なのに、急に見せたこの太っ腹。かえって不審を抱くのも、当然のことだった。

「なに、あの“人類最悪”とやらも言っていただろう?
 『とれるものはとれる時にとれるべくしてとるとよい』、とね。
 まったく至言だよ。腹が満たされれば機嫌がよくなるのは、何も人間に限ったことではないのだよ――」

フリアグネはどこか作りものめいた微笑を浮かべ、にこやかに笑う。
その吐息に、微かに白く色づく炎が混じる。
彼らの背後では、もはや轟々たる勢いに達したホテルの火災が絶賛炎上中。
果たしてこのホテルの中、顔を見ることもなかった魔術師は、いったいどういう終焉を迎えたのか。
トラヴァスも式も、それ以上突っ込んで聞く気にはなれなかった――


  ◇
704創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 02:04:27 ID:dktLRAQS
 
705創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 02:04:27 ID:FmZYFnjE
 
706硫黄の炎に焼かれても(後編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 02:04:42 ID:0aNE2VOA

【C-4/ホテルの裏手/一日目・日中】

【フリアグネ@灼眼のシャナ】
[状態]:健康、満腹、『存在の力』大幅回復済み
[装備]:吸血鬼(ブルートザオガー)@灼眼のシャナ、ダンスパーティー@灼眼のシャナ、コルデー@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式×2、酒数本、狐の面@戯言シリーズ、
[思考・状況]
基本:『愛しのマリアンヌ』のため、生き残りを目指す。
1:さて、これからどうしようか?
2:トラヴァスと両儀式の両名と共に参加者を減らす。しかし両者にも警戒。
3:他の参加者が(吸血鬼のような)未知の宝具を持っていたら蒐集したい。
4:他の「名簿で名前を伏せられた9人」の中に『愛しのマリアンヌ』がいるかどうか不安。いたらどうする?
[備考]
※坂井悠二を攫う直前より参加。
※封絶使用不可能。
※“燐子”の精製は可能。が、意思総体を持たせることはできず、また個々の能力も本来に比べ大きく劣る。
※マネキンの“燐子”×20@現地調達 は、ホテルの火災に巻き込まれ使い果たされました。とはいえ、また精製することは可能です

【トラヴァス@リリアとトレイズ】
[状態]:健康
[装備]:ワルサーP38(6/8、消音機付き)、フルート@キノの旅(残弾6/9、消音器つき)
[道具]:デイパック×2、支給品一式×2、フルートの予備マガジン×3、アリソンの手紙
     ブラッドチップ(少し減少)@空の境界 、拡声器
[思考・状況]
基本:殺し合いに乗っている風を装いつつ、殺し合いに乗っている者を減らしコントロールする。
1:当面、フリアグネと両儀式の両名と『同盟』を組んだフリをし、彼らの行動をさりげなくコントロールする。
2:殺し合いに乗っている者を見つけたら『同盟』に組み込むことを検討する。無理なようなら戦って倒す。
3:殺し合いに乗っていない者を見つけたら、上手く戦闘を避ける。最悪でもトドメは刺さないようにして去る。
4:ダメで元々だが、主催者側からの接触を待つ。あるいは、主催者側から送り込まれた者と接触する。
5:坂井悠二の動向に興味。できることならもう一度会ってみたい。

【両儀式@空の境界】
[状態]:健康
[装備]:自殺志願(マインドレンデル)@戯言シリーズ
[道具]:デイパック、支給品一式、ハーゲンダッツ(ストロベリー味)×5@空の境界
[思考・状況]
基本:ゲームを出来るだけ早く終了させ、“人類最悪”を殺す。
1:ひとまずフリアグネとトラヴァスについていく。不都合だと感じたら殺す。
[備考]
※参戦時期は「忘却録音」後、「殺人考察(後)」前です。

※C−4のホテルが、盛大に炎上しています。既に火の勢いはどうしようもない所まで来ています。

【自殺志願(マインドレンデル)@戯言シリーズ】
フリアグネに支給された。
得物と同じく『自殺志願(マインドレンデル)』の異名を取る、零崎一賊の長兄・零崎双識の愛用武器。
握り部分を半月状にした和式のナイフを2振り、ネジで可動式に固定し、大鋏の形にしてある。
その気になれば、ネジのところで分離し、2振りのナイフとして振るうことも可能。(むしろ明らかに武器としてはそちらの方が使いやすい)
『自殺志願』を収めるホルスターもセットで支給されている。

【燃料@キノの旅】
 トラヴァスに支給された。
 バギーやモトラドの動力源として世界的に一般的な液体燃料。大抵の国で購入可能。
 ドラム缶にして十数本分。もちろん、火を放てば普通に燃える。


  ◇  ◇  ◇
707創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 02:05:28 ID:FmZYFnjE
 
708硫黄の炎に焼かれても(後編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 02:05:36 ID:0aNE2VOA

【4】

「炎と言えば――煉獄、という概念を知っているかい?

「地獄? いや、地獄とは似て非なる概念だよ。
 キリスト教、それもローマ・カトリック特有の信仰さ。
 死後、善なる魂は天国へと迎えられる。悪しき魂は地獄へと落とされる。
 では、天国に昇れるほどでもない、しかし地獄に落ちるほどでもない、ほどほどの小罪を背負った凡庸なる魂はどこに行くのだ?
 ――そんな疑問に応えて生み出された、第三の『あの世』だよ。

「彼らの言う所によれば、煉獄に落ちた魂は地獄の責め苦にも似た苦しみに晒されるという。
 しかし永遠ではない。
 地獄に落ちればその苦痛は永遠だが、煉獄の責め苦には期限が切られている。数百年とか、数千年とかね。
 その長さは背負った罪の量に応じるという。
 自らの罪に見合った分だけ責め苛まれ、苦痛をもって罪を浄化し、定められた期限の果てに天国へと迎え入れられるという。
 そうして天国までたどり着けば、そこに待っているのは永遠の幸福さ。
 そう信じることができるなら、責め苦が数百年、数千年単位であろうと、確かに耐えてみようという気にもなるだろう。
 ……実際に苛烈な拷問を受けてなお、そんな信仰を維持できるかどうかは疑問だがね。

「なるほど、これはよくよく考えれば庶民に優しい信仰だろうさ。
 ほとんどの人は、自分が天国に行けるほどの善人だとまで思い上がれないだろう。
 さりとて、永遠の地獄に落とされるほどの悪人だとも思うまい。
 そこにこんな煉獄という中間エリアが与えられれば、これは気が楽になる。
 死後の運命は天国か地獄か、両極端の運命に思い悩む必要もなくなるわけだ。
 冷静に考えれば問題の先送りでしかないわけだが、まあそこまで考える者はそう多くはあるまいよ。

「もっともこいつは、かの悪名高いカトリック教会の免罪符販売にも繋がってしまった信仰でな。
 免罪符といえば購入者の背負った罪を軽減するもの、と言われているが、実はそれだけじゃない。
 死後、煉獄に落ちたであろう親しい人々の免罪もまた、買うことができたのさ。
 親や子、愛する人が死んだ時、せめて死後に待つ苦しみを短くしてやりたい、と願うのは人として自然な心理だろう?
 そんな訳でカトリック教会は大量の免罪符を売り出すことになって……それが巡り巡って、宗教改革にも繋がったというわけだ。
 詳しくは歴史の教科書でも読みたまえ。流石に煉獄にまで言及しているものは少ないだろうがね。
 ちなみにこういう経緯があったこともあって、プロテスタントの諸派は基本的に煉獄の存在を認めていない。
 元々、聖書の上での論拠も貧弱な話ではあったようだしね。東方の正教会は最初からそんなものは認めていないよ。

「さて、その天国でもなく地獄でもない、煉獄なる場所で受ける報いの内容だが、おおむね地獄のソレをコピーしてきたようなものらしい。
 有名なところでは、ダンテの『神曲』に詳しいな。
 針責め、血の池、焦熱の責め。まあこの辺の想像力は人類皆共通なのか、仏教の地獄とも大差ないさ。
 ただやはり代表的なのと言えば、炎と熱による責め苦だろうな。
 例えばシェークスピアの『ハムレット』では、王の亡霊が『硫黄の炎の責め苦』を受けていると訴えていて、これは煉獄のことであるらしい。
 そもそも、和訳である『煉獄』の『煉』の字からして火を思わせるだろう? そしてその直感は正しいんだよ。

「地獄に落ちることもできず、天国に昇ることもできない者が、延々と焼かれ続ける場所。
 一応の期間は区切られているものの、当事者にとってはそんな期限、あっても無くても似たようなもの。それが煉獄さ。
 そもそも存在するのかどうか、どの会派の解釈がより真実に近いのか、なんてことは別にして、だ。
 そんな所には、間違っても堕ちたくないものだね――


  ◇  ◇  ◇
709創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 02:06:48 ID:FmZYFnjE
 
710創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 02:07:31 ID:FmZYFnjE
 
711硫黄の炎に焼かれても(後編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 02:08:02 ID:0aNE2VOA

――燃え盛るホテルを背に、フラフラと真昼の街を歩く、1つの影があった。

気を抜けばそこに居ることすら見落としてしまいかねない、不思議なまでに存在感の希薄な人物である。
だが、もしも一旦彼を認識してしまえば、その人は見落としそうになった自分の視覚そのものを疑ってしまうに違いない。

その人物は、実に2m近い長身だった。
その人物は、漆黒の修道服に身を包んでいた。
その人物は、真紅に染め上げられた長い髪をしていた。
その人物は、耳に毒々しいまでのピアスを連ねていた。
その人物は、右目の下にバーコードの刺青を刻んでいた。
その人物は、全ての指に派手な銀色の指輪をつけていた。
その人物は、遠くからも匂う大量の香水の香りを身に纏っていた。

彼の咥えていた煙草から、ぽろり、と長くなり過ぎた灰が崩れて落ちる。
強烈な外見とは裏腹な、奇妙な存在感の無さ。
彼は誰に聞かせるともなく、ブツブツと呟いた。

「ええと……僕は、何をするんだったかな……。
 そうだ、ホテル以外の建物を回るんだ……。……あれ、何のためだっかな……?」

その声に覇気はなく、その歩みに力強さはなく、その瞳に意思の光はない。
見るべきものが見れば、そんな奇妙な彼の存在を、たった一言で見事に言い当ててくれたことだろう――

――“トーチ”、と。

そう、ここを彷徨っているのは、ステイル=マグヌスであってステイル=マグヌスではない。
本来のステイル=マグヌスという存在は紅世の徒に喰い尽くされ、ここにあるのはその残骸。
人間1人の消失が世界に及ぼす衝撃を和らげるためだけに配置された、代替物。
紅世の徒、そしてそれを討つフレイムヘイズたちは、“これ”を限りある炎を灯す松明になぞらえ、“トーチ”と呼ぶ。

ステイル=マグヌスが、まさにこの世から消滅しようとしていたその刹那――フリアグネは、間一髪思い出したのだった。
このささやかなる“箱庭”の中にいる、強敵たちの存在を。
自らの宿敵たる、フレイムヘイズたちのことを。
人間1人を丸ごと消滅させ、その余波を放置すれば、そのことはたちどころに討ち手たちの知るところになる。
それは言わば、大音声で自らの居場所を告げる行為にも等しい。
あの時点では階下に残してきた“少佐”や“和服”の安否は判然としなかった。
ここで人間1人を丸ごと消滅させ、その余波をフレイムヘイズに感知されれば、最悪、1人で2人の討ち手を相手取らねばならない。
そんな危惧を抱いた彼は、僅かばかりの『存在の力』を喰わずに残し、ステイル=マグヌスの“トーチ”を作成したのだった。
弱い弱い、今すぐにでも掻き消えそうな、頼りない炎を灯した“トーチ”を。
この程度の存在であっても、討滅の道具たるフレイムヘイズを欺くには十分なのだ。

今この地を彷徨う“ステイル=マグヌス”は、自分が“トーチ”であることを知らない。
本物のステイル=マグヌスではないことを知らない。自分が一度消滅してしまったことを知らない。
それどころか、ホテルで起きた出来事についても、記憶が混乱し、ほとんど認識できていない。
一般的にいって、“トーチ”は己が“トーチ”になった時の記憶を持たないもの。
そこから喰らった側の情報が漏れるような心配はなく、そうであればこそ、フリアグネも仲間に相談なく“トーチ”を作成、放流したのだ。

胸の奥、常人には見えざる薄白い炎を揺らしながら、ステイル=“トーチ”はフラフラと歩を進める。
『存在の力』の大幅な減少に伴って、今の彼には行動の意欲というものがない。
何かを成し遂げようという強い意志力など、残ってはいない。
今の彼をかろうじて動かしているのは、“トーチ”になる前に抱いていた強烈な意思の残滓。
荷物も奪われ、ほとんど手ぶらで、意欲も魔力も熱意もなく、それでも彼は、小さく呟く。

「……全部、殺さないとな……あの子以外の、全てを……」

そう、ステイル=マグヌスの全ては、たった1人の少女のためだけに存在するのだ。
それはたとえ彼の魂が、イギリス清教の教義にはない、煉獄というありえぬはずの狭間に堕ちようとも……!
712創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 02:08:44 ID:dktLRAQS
 
713硫黄の炎に焼かれても(後編) ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 02:08:44 ID:0aNE2VOA

【ステイル=マグヌス@とある魔術の禁書目録  “トーチ”化確認】


【C-4/市街地/1日目・日中】

【ステイル=マグヌス@とある魔術の禁書目録】
[状態]:“トーチ”状態。既に燃え尽きそうな勢い。行動意欲の大幅な低下。存在感の大幅な低下。
[装備]:筆記具少々、煙草
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:……自分から何かをする気にはなれない。
1:インデックス以外を皆殺し……にしなきゃならない、んだったかな……?
2:ええと、地図に載ってるランドマークを、回るんだったっけ……? 何のためだったか……?

[備考]
 既に「本来のステイル=マグヌス」はフリアグネに喰われて消滅しており、ここにいるのはその残り滓のトーチです。
 紅世に関わる者が見れば、それがフリアグネの手によるトーチであることは推測可能です。
 既に「炎」は今にも燃え尽きそうな程度の危ういものです。具体的にいつ燃え尽きるかは後続の書き手さんにお任せします。
 フリアグネたちと戦った前後の記憶(自分がトーチになった前後の記憶)が曖昧です。
714 ◆02i16H59NY :2010/02/13(土) 02:09:28 ID:0aNE2VOA
以上、投下終了。支援感謝です。
問題点などあるようでしたら、指摘お願いします。
715創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 02:10:23 ID:dktLRAQS
 
716創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 02:39:22 ID:kR2Ld5Hb
投下乙です。

すげぇ……3対1、マーダー対マーダーという要素だけでお腹いっぱいなのに、
三人の連携だったり戦略の巡らせ方だったりが読み応えを抜群に引き上げてる
勝敗が決した後からのステイルの狼狽、戦勝したフリアグネ組の雰囲気がまたいいなぁw

そして最後の最後にトーチ化……だと?
ロワでまさかトーチが出てくるとは思わなかったw
ステイル=トーチはこっからどうなるんだー!?w

あと解説役の人、たびたびの出張ご苦労様ですw
717創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 02:43:24 ID:dktLRAQS
投下乙です。

まさに灼熱の炎に嘗め尽くされたような、じっくり熱い話でした。
シャナに禁書に境界ってオカルト大対決でしたね。かっさらったのは少佐ですけれどもw
全員がらしく、己の領域で戦えているのがかっこよく面白かったです。
そして……まさかのトーチ化。ロワの中でトーチの話が出てくるとは……どうなるか先が楽しみです。

GJでした!w
718創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 04:36:38 ID:cmKUZTDI
投下GJ!
全員の雰囲気がやばすぎる!w フリアグネ組の会話なんか特に!
ただの"らしさ"だけでは語りつくせない魅力が……そこに……!
そしてたびたび登場する魔術師さんの講釈が凄い。
なにこの知識量。この書き手さんは何やってる方なの。

更にステイルはwwwwwwこれはwwwwwwww
ここでトーチとかwwwwwどうなっちゃうんだwwwwwww
いやぁ、南無。南無としか言えんわ宗教違うけどw
ステイルの運命は一体どうなってしまうのか。また見所が増えてしまったw
719創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 06:13:17 ID:FmZYFnjE
投下乙です。
おおうwマーダー軍団がらしいw
ステイルに対して淡々と自分のやるべきことをこなしているw
その結果勝利かー。ステイルもさくをめぐらしたが相手が悪かったか。
そしてトーチwどーなるんだこれw今後が楽しみだw
GJでした
720創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 22:23:00 ID:laLhx4im
投下乙です
こいつら相手に一人で挑むとか…、ステイルの奴無茶しやがって……(つд`)
しかしこの三人組の関係性ほんといいわ〜wきっちり仕事はこなしながらも、互いに相手を信用してない点がw
少佐はマーダーには容赦ないし、それぞれに見せ場があって燃えたw
つーかトーチ化はww全く考えてなかっただけに吹いたわw
いや、ほんとGJ!
721創る名無しに見る名無し:2010/02/13(土) 22:49:18 ID:IYO+vXXb
第二次投下ラッシュの予感!
強烈な予約も入ってるしw
722創る名無しに見る名無し:2010/02/14(日) 03:18:16 ID:kO5gomJD
禁書のwikiにも炎剣にもルーンの配置が必要っぽい事書いてあるけど
禁書2巻P154で1枚のルーンのカード使って炎剣使ってる描写があるから
配置してあったルーン潰されたのが直接の原因で炎剣使えなくなるのは少し疑問が
1巻でルーン潰された時の描写だと焦って出せなかっただけという風にも見えるし
723創る名無しに見る名無し:2010/02/14(日) 03:38:59 ID:qFdNDJtH
>>722
手元に1枚でも残っていれば、だろ
せめて1枚は温存しとけよ、ってのは作中のステイルへの突っ込みになるけどさ
724創る名無しに見る名無し:2010/02/14(日) 04:07:01 ID:kO5gomJD
移動するつもりだったのに1枚もないってのはそれこそ馬鹿を通り越してる気が
725創る名無しに見る名無し:2010/02/14(日) 11:09:47 ID:ZmmQm5h+
そもそもルーンが切れたなら切れたで、筆記具を持っているのに一枚も新しく作っていないっていうのはさすがにないんじゃないか?
本編の描写を見る限りそれだけの時間がなかったとはどうしても思えないが
726創る名無しに見る名無し:2010/02/14(日) 12:01:48 ID:VXmwbfOv
いや、配置して「おっとなくなった、また作らないと……あ、イノケンティウス動き出した」ってところでマネキン襲来だぞ
時間ないだろ
727創る名無しに見る名無し:2010/02/14(日) 13:36:17 ID:V8ICCGCs
まあまあ、みんなもちつけ
それにしてもヤバい予約の組み合わせがちらほらあるな
どうなるやらw
728 ◆02i16H59NY :2010/02/14(日) 20:44:56 ID:PO/Tblgy
っと、反応遅くなって申し訳ありません。指摘感謝です。

言われて読み返せば、戦闘前後でステイルの準備や備えの程が微妙に違って読めちゃいますね。
戦闘開始前だと今すぐにでもホテルを出れる状態で3人を見つけたようにも読めるのに、
決着の時点ではホテル内の配備さえも最上階には行き渡ってない感じになっています。
wiki上ででも、>>670などを微修正する形で
「実際に出掛けるとしたら、あとしばらく準備(消費したルーンのカードの補充など)が必要だった」
という形に、誤解のないよう直したいと思います。

まあ、ステイルが微妙にミスを犯したのは確かなんですけどね……。ここまで相手と状況が重ならない限りは、という些細なミスを。
あと、1巻で出せなかった理由は焦りだった、という「解釈」は可能だと思いますが、それが唯一無二の「解釈」というわけでもないかと。
むしろ1巻のあの場面で出せなかった理由が、配置したカードが濡れて力を失ったせい、と「解釈」するなら、
今回の彼のミスも、ある意味「いかにも彼が犯しそうな」ミスと言うことができるかと思います。(1巻でも1枚でも手元に残していたら……!)
729創る名無しに見る名無し:2010/02/14(日) 23:20:46 ID:vWqB4cdq
>>728
素早い対応乙ですー

にしても予約がすごいなw
まさかの狐さんに、やっぱり友は寝たままの摩天楼組、そして早くも警察署の続きか
その中でもヴィルさんとキノが二人きりなのが気になるのう
730 ◆MjBTB/MO3I :2010/02/19(金) 03:43:46 ID:ySTEgK3O
予約していたパート、投下します。
731創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:43:56 ID:n15QjBlw
732創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:44:39 ID:kf9vkjuN
 
733提督の決断 ◆MjBTB/MO3I :2010/02/19(金) 03:44:52 ID:ySTEgK3O
スクーター(注・二輪車。モトラドではないものを指す)が、ある程度開かれた山中の道をマイペースに走っていた。
運転手の名前はキノ。独自のルールに基づいた旅をする人間である。
彼女はがむしゃらというには程遠く、どこか余裕も見えるようないつも通りの姿で、山を登っていく。

理由は、結局火の鳥の事も気になりつつも"やはり人数が揃っているはずの神社が気になる"からだった。

特に気になっているのは人員の"質"。正直なところ先程の"火の鳥"がいるという話は零崎人識からは聞いていなかった。
彼が言うには"出来る"人間と"出来ない"人間が集まっていたようだが、こうなると正直当てになるとは思えない。
あの飄々とした性格の少年のこと。こちらは正直に事を話したというのに、あちらは嘘をついているのかもしれない。
もしくは、"実は神社はやり手だらけ。キノを陥れる策だった"という可能性まで出てくる。
キノは事実を述べたというのに、もしもこの仮説が当たっていた場合はアンフェアとしか言いようがないだろう。
一応彼はきちんと殺害しているので、その情報が漏れることはないのだが。

だからこそ、自分の目で見極めておきたい。
神社にいるらしい人間を殺すべきか、交渉するべきか、利用するべきか。
人伝で得た情報ではなく、自身が得た情報を参考にする。その為に今は素直に神社を目指す。
それに、ついでに殺害できる様なら幸運でもあるわけで、今回の遠征は自分にとって損になる事はほぼ無いだろう。
零崎が神社から姿を消した後に団体様が解散していたら少し困る話ではあるのだけれど。

とまあ、そんな具合の事を考えながら走っていたキノ……なのだが、ここで彼女は突如停止を強いられる事になった。
"思考を"ではない。他ならぬ"走行の停止"。

その理由は、進行方向上に白いエプロンを纏った女性が立っていたが故である。


       ◇       ◇       ◇


山道の中、一人で二人のフレイムヘイズが侵入者の前に立ちはだかった。
彼女の名前はヴィルヘルミナ。相棒の王はティアマトー。
彼女らがこんな場所に立っている理由は、話せばそう複雑なものではない。

理由。それは逢坂大河の手術の開始前に、ヴィルヘルミナが彼女から了承を得て単独行動に出たからである。
別に約束を反故にしたわけではないし、予定通りに術式を開始するつもりであることには変わりはない。
彼女は成すべき事を成す為に、一時的に場を離れたに過ぎない。

そこまでした理由を説明するのは簡単だ。
彼女はただ、先の手術を滞りなく完了させる為にまず懸念を潰そうとしているだけだ。

今や、現在神社でまともに戦えるのはヴィルヘルミナただ一人。残りはテレサ・テスタロッサを除き皆身体能力は並の者達だ。
自分と同じフレイムヘイズであるシャナは人探しに出発し、零崎人識も今やここにはいない。
そんな状態で自分が手術へと意識を集中してしまえば、どうしても隙が生じてしまうのは明白だ。
そしてもしも隙が生まれている状態で、例えば"敵"が現れた場合はどうなるか。
間違いなく、対処に遅れが発生する。そうなれば流石に目も当てられまい。
最低、新たな怪我人発生。最悪、全滅。

避ける為の対策は、先んじて不安を取り除いておくことのみ。
先に見回りをしておき、現状侵入者がいない事を確認して出来うる限り懸念を潰しておくという作戦だ。
単純でしかも穴のあるものではあるが、現状方法はこれしかないので仕方が無いだろう。
フレイムヘイズが常人には有り得ぬ運動神経を持ち合わせているのが、唯一の救いではあるのだが。

そして、その救いは幸運を与えてくれた。

神経を集中して周りに不振な者はいないかと気配を探り、俊敏に探索。
見落としが無いようにとティアマトーの力も借り、二人がかりで作戦を開始し少々時が流れた辺りである。
スクーターに乗って神社へと走っている人間の存在に気付いたのは。
そしてその人間の下へとすぐさま出陣し、目の前を遮るような直立不動の仁王立ち体勢に以降。今に至るというわけだ。
734創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:45:10 ID:oKyrQ+s6
 
735創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:45:58 ID:oKyrQ+s6
 
736提督の決断 ◆MjBTB/MO3I :2010/02/19(金) 03:46:26 ID:ySTEgK3O
(随分と堂々とした振る舞いをする少年でありますな……)
(要対応)

目の前の"少年"――少なくともヴィルヘルミナにはそう見えた――は、無言でこちらを見ている。
ヴィルヘルミナも無言で"彼"へと視線を向けたまま無言を貫き、ティアマトーも倣う。
バッタリと正面から出会ったのである。相手は何を言うべきかと言葉を捜しているのだろう。
それはこちらも変わらない。まずアプローチを仕掛けるに際し、慎重さは大事であると考えるからだ。
しかし互いのこの無言、実はそれ以上に重大なもう一つの理由が表面化しているといっても良い。

牽制、である。

ヴィルヘルミナはこのスクーターに乗った少年を、ただの大人しそうな侵入者だと思っているわけでは決して無い。
彼女は少年の立ち振る舞い、というよりも大地に立っている姿から既に"彼は只者ではない"と感じ、今も警戒しているのだ。
根拠はいくつもある。
マイペースに見えて、というよりも究極のマイペースによって構築される隙の無い立ち振る舞い。
今ここで第三の人物か、もしくは自分が奇襲を仕掛けたとしても見切りそうな目。
安易には見透かせぬ心。考えを読むには厳しい表情。しっかりと大地に立つ堂々さ。
いつでも武器を取り出す事が出来る様にと考え、編み出されたであろうデイパックの位置取り。
このヴィルヘルミナ・カルメルが無言でプレッシャーを与えようと敢えて立っているというのに、一切退かぬ体。そして最後に、勘。
常に戦いに身を投じているヴィルヘルミナだからこそ解る。彼は人間という種の中では間違いなく"出来る"側だ。
そして因果な事に、おそらく彼も自分達と同じく"いつどこで敵襲われるかわからない"という日々を過ごしている!
そうでなくてはこの彼から感じられる重圧は、どう説明をしろというのか。

「……」

通常、フレイムヘイズは人間よりも遥かに強い。それは今も昔も変わらぬ常識である。
しかしそれでも、発見したばかりの時から今に至るまで、彼を見ていると体が警告をする。
"もしも彼が"敵"であるならばまずい展開になるぞ"、と。

(それでいて、一見しただけでは心が読めそうに無いのが困りものでありますな……元々不得意でありますが)
(警戒必須)
(我々の"味方"であるならば頼もしいのでありますが、楽観的な考えは危険であります。さて、どうするべきか……)
「あの……」
「何でありましょうか」

と、ここで少年はこちらに向かって言葉を放ってきた。
対話の始まりを予感させる種の単語であった為、ヴィルヘルミナは瞬時に頭を切り替える。
まずは軽く返事をし、相手の出方を待つことにした。

(相手の言葉の内容はもとより、その挙動や表情……全てから、彼が何を思いここに現れたかを掴むしかないであります)

今も隙を決して見せようとしない立ち振る舞いを続けているこの謎の少年は、深読みさせてもらうに相応しい相手だ。



       ◇       ◇       ◇


この女性は敵に回すと危険だ。
キノは目の前に突如現れた女性の立ち姿を見て、そう判断した。
理由はその女性がキノに抱いた感想と同じ部分から――キノ本人には知る由も無いが――来ている。
動き辛そうな服装であるにもかかわらず、いつでも戦闘状態に移行できそうな立ち振る舞い。
悪意からではなく、純粋に実力から現れるのであろう重圧。

そして何より、ここは今は相手の陣地である。
自分が下手に先制攻撃を仕掛けようとした瞬間、どんなしっぺ返しを喰らうか判断をし難過ぎる。
開けているとはいっても山道である。この女ならば用心に用心を重ねてオーバーキルな罠をしかけていてもおかしくは無さそうである。
というか、自分ならそうしている。今回はバッタリと出会った形になってはいるが、相手も流石に無策で目の前に現れるわけは無いだろう。
神社の人間を総動員して、という意地の悪い作戦を展開している可能性も決してゼロではない。
737創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:46:52 ID:oKyrQ+s6
 
738提督の決断 ◆MjBTB/MO3I :2010/02/19(金) 03:47:37 ID:ySTEgK3O
二回目の放送も終えて、現在の残り人数は四十人程度。
ここから「神社にいるらしい大量の人間を殺害出来れば大躍進と考えてはいたが、現実は厳しい。
もうこの女性一人がいるだけで場の空気が違う。下手に事を起こせば穏やかな結果では済まされないだろう。
七人の英雄を相手にしたことはあれど、それはまた勝手が違いすぎるので参考には出来まい。
それに繰り返すがやはり状況も悪い。零崎人識の時と全く違う事がやはり不安を抱かせる。
堂々と目の前に立っている事も解せないし、というよりも"解せさせない"為に立っているのか。
とにかく、全ての行動に理由があるのではないかと錯覚させるようなオーラを放っているのだ。
それに今、自分は少し眠い。体調が万全では無い今の状態でここまでの相手と闘うとなると厳しいものがある。
面倒事は、正直起こしたくは無い。


キノはここで、一旦殺害を考える事をやめた。
次に思考したのは、長居すべきか火の鳥を追うべきかである。


さて。
相手への無言の牽制、そして慎重さを大事にしたその結果、互いに一言も喋っていない。
このまま退散するのが良策であるとは"もう"言えない。もはや関わり過ぎている。
"長居すべきか火の鳥を追うべきか"のどちらかを選ぶ前に、一言挨拶だけでもしておくべきだろう。
おそらく自分が殺人に手を染めている事はまだ気付かれていないはずなのだから、それくらいは問題はないはずだ。
それにもしかしたら交渉に発展し、その末に何か得るものもあるかもしれない。そもそも寝床も欲しいわけで。
とりあえず、会話を試みるしかなさそうではある。

「あの……」
「何でありましょうか」

相手は話を聞く姿勢ではあるようだが、どうも顔が鉄面皮というかそういった具合なので、キノはどうすべきかと一寸迷った。
こちらをすぐに殺しにかかる気ならばいつでも迎撃の準備はあるのだが、如何せん彼女からは感情を捉え難い。
だがそれでも会話をしてみるかととりあえずトライしてみる事にした。何か取っ掛かりがあれば御の字、である。

「キノ、と言います」
「貴方の名前が、でありますか?」
「ええ」
「なるほど。記憶している名簿には確かに記載されているであります」

変わった言葉遣いだった。まるで軍人だ。

「では、あなたは?」
「『万条の仕手』」

"ああ、警戒されているな"と一発で解る回答であった。

「随分と警戒しているようですね……」
「状況が状況であります……こちらにもやるべき事が残っているが故、納得をして頂きたく思う次第であります」
「そうですか、正直残念です。ところで、寝床を探しているんですけど……神社をお借りすることは、やはり無理ですか?」
「少々厳しいでありますな。こちらにもそれなりに都合というものが存在しているものでありますから」

そして、歓迎されていない。
理由としてはこの闖入者たる自分を御する余裕が無いか、何か疚しい事を隠しているか、といった辺りだろうか。
仮に理由が前者ならば、一旦破棄した"『万条の仕手』を含む人間の殺害"も出来るかもしれない。
だが彼女の言葉から連想されるその理由が、隙が生まれていると見せかけている所謂"ポーズ"という可能性も決して否めない。
旅の中では"相手を油断させる"事で敵対者を撃退するのは常套手段だ。

「厳しいですか」
「厳しいであります」

もしもそうであってもそうでなくとも、なんともいやらしい。せいぜい深読みしろということか、さては。
739創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:47:47 ID:oKyrQ+s6
 
740創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:48:59 ID:oKyrQ+s6
 
741提督の決断 ◆MjBTB/MO3I :2010/02/19(金) 03:49:03 ID:ySTEgK3O
「何かお手伝いできることは?」
「特にないでありますな」
「何かやるべき事があるのでしたら、その間に見張りくらいなら出来ますが」
「"見張りを誰が見張るのか"、が問題であります」

誰が見張る、と来たか。初対面の人間に放つには厳しすぎる発言であった。
単に人付き合いに関して不器用なだけだろうか。いや、まさか。
敢えてこちらを刺激することで反応を見ようとしている可能性もある。
明らかに思考が泥沼に入りかけていると思わざるを得ないが、どうしたものか。
……ああ、じゃあもう"あれ"を訊いてしまえば良いか。
キノは、口を開く。

「その拒絶の理由……さては"あの火の鳥の様なもの"と、関係がありますか?」
「……」

相変わらずの無言。だが無言は無言でも"一寸考えていた"ような無言。

「…………"火の鳥"、でありますか?」

その後に『万条の仕手』は同じ言葉を復唱してきた。とぼけているのだろうか。

「ご存知、ないのですか? あなた程の方があれに気付かないとはどうにも思えませんけど」
「いえ、そういう事ではないのであります」
「そうでしょうね。今思えば神社から飛んでいったようですし」
「……よく観察していたであります」

知っていたようだ。では果たしてあの火の鳥の様なものの正体は何であるのか。
それはこの目の前の『万条の仕手』がどういった状況に置かれているかを推理する鍵であると、キノはそう見ていた。
もしも鳥もどきが彼女の味方であったならば、貴重な戦力を分散させてしまった為にこうして警戒を強めているという可能性が出てくる。
逆にあれが彼女の敵だったとしたら、あれを追い出した後であるが故に警戒態勢に入っているのかもしれない。
何かから逃げているようにも見えたあの火の鳥もどき。その正体を尋ねる事は、目の前の彼女の現状を把握するための一手となり得るはずだ。

「更に思い返せば派手な戦闘音なども見受けられませんでしたね……あなたの仲間、と考えるのが妥当ですよね?」
「そう……あれは我々の仲間であります。この"生き残りをかけた物語"で意を同じとする同胞、でありますな。
 しかしながら意は同じであれど過程までもが全く同じである必要は皆無。故に今は別行動を取ったのであります」
「なるほど……"それで、人手が足りないと"」
「それに関してはご心配ないであります」

そしてその予測は、実際に当たった。おそらくこれに関しては真実なのだろう。
あの火の鳥が敵である場合、あれが味方だったと嘘をつくメリットは決して見当たらない。
逆にあの火の鳥が味方である場合、敵だと嘘をついた所で「ではあの敵を倒してきます」と言われたらそこまでだ。
故にこの『万条の仕手』の発言は真実であると考えるのが妥当。深読みする必要は無いだろう。
しかしながらそうなると、駄目押しで放ったもう一つの質問には否定されたことが解せない。
仲間がいなくなったものの人手には問題ない。強がりか、事実か、どちらだろうか。

都合があるので歓迎出来ない。
仲間が別行動を取った。
やるべき事が残っている。

この三つの情報から、人手に関しての供述は黒であると考えられるものの、未だ推測の域を出ないことは事実。
実際にどれくらいの人数が残っているのかがわからない以上、敵の陣地への単独潜入は非常に厳しい。
"人数を減らして最後に残る"という目的を抱いていることも知られたくはないし、やはり改めて考えれば下手な動きは出来そうに無い。
よし、もうここまでだ。これ以上食い下がっても得るものは無いであろう。
"厳しい言葉を浴びせられても話しかけてくる物好き"だとか、そんなポジティブな印象を持ってくれる相手でもなさそうである。
目の前の『万条の仕手』の性格が完全に掴めたわけではないが、そうする他はないと思う。ここいらでちょっと読むべきだ、空気を。

そう考え、ハンドルに手をかけた。
742創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:49:36 ID:kf9vkjuN
 
743創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:50:05 ID:n15QjBlw
744創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:50:07 ID:oKyrQ+s6
 
745創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:50:49 ID:oKyrQ+s6
 
746創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:50:51 ID:n15QjBlw
 
747創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:51:31 ID:oKyrQ+s6
 
748創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:51:33 ID:ow5lpFWZ
 
749創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:51:50 ID:n15QjBlw
 
750創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:52:22 ID:oKyrQ+s6
 
751提督の決断 ◆MjBTB/MO3I :2010/02/19(金) 03:53:08 ID:ySTEgK3O
       ◇       ◇       ◇


「では、歓迎されてはいないようですし……帰ります」

ため息混じりに、キノと名乗った少年はあっさりと引き下がった。
もう少し食い下がってくると思っていたヴィルヘルミナにとっては意外といえば意外であった。

「そうでありますか。今回は、申し訳ないであります」

結局ヴィルヘルミナはキノを信頼する事は出来なかった。
彼がただの強い人間で、本当にこちらの助けになってくれるというならばありがたかった。
だがしかし今は睡眠中の人間を二人収容中かつ、更に手術も開始しなければならない状況。
"一般人"に分類される人間ならばともかく、強い人間というものはこの状況ではいかんしがたい。
御し難い、とでも言うべきか。今は"万一"が起きないように、こうするしかなかったのが現状だった。
悟られぬようにしたが、巧くいっただろうか。不安を覚えないわけではない。
だがまあいい。今回は仕方の無かったことである。180度ターンして去ろうとしている彼の背中を、今は見送るだけだ。
「いえ、気にしなくても結構ですよ」という返答を放つと同時に乗り物を起動させるキノ。
排気ガスを出しながら振動を始めるそれが静かに離れ始めた。

「ではお互いお気をつけて。縁があればまた……今度はお手伝いが出来ると良いですね」

最後にこんな台詞を残して。

「…………」
「…………」

一寸の間。

「…………会話終了?」
「で、ありますな」

キノの姿が遂に見えなくなり、気配の察知も出来なくなったところでティアマトーがようやく口を開いた。
彼女は結局キノとの会話全てをヴィルヘルミナ・カルメルに委ねていた。
ただでさえピリピリした空気の中、自分が突如発言をしてはその理由の説明も面倒千万であると判断したが故にである。

「少々喋り過ぎたであります……しかしながらあの"火の鳥"に答えぬままでは何を思われるかもわからず……。
 "火の鳥"にしてもどこまで把握して尋ねているのかが判らない以上、例えば"たまたま目撃した"などとも偽り難かったであります。
 それでも相手が短絡的な性格かつ、我々に敵意を抱く人物ではなかったのが救いでありますな。運が良かったのであります……が」
「油断厳禁」
「そう、まさしくその通りであります。結局のところあの少年の考えを見透かすには至らず、結果としては先延ばしに近きもの。
 次に出会うときはこちらにも若干の余裕が生まれた頃であることを全力で祈り、また叶えられる様努力する他はないであります」
「同意」

なかなかに辛い選択であった。
もしもあの少年が本当に"神社で手伝いをしてくれる"と確信できる人間だったなら、と考えるとあまりにも惜しい。
仮に神社の人員を自分一人か、または複数のフレイムヘイズで構成していれば、多少のリスクを背負ってでも受け入れただろう。
相手が自分に害為す存在であろうともフレイムヘイズの力を以って全力で迎え撃つだけであるし、そもそも無害ならば万々歳だ。
どちらに転ぼうとも、慢心さえしなければ悪い方向にはいかないしいかせない。そう考えられる。
しかし今回は別だ。自分以外に存在しているのは一般人がほとんどである。しかも手術までも敢行しなければならない。
睡眠中の二名の事も護らねばならない状況で、もしも黒か白かわからない者が現れたら、対処しきる自信はさすがにない。

『常のフレイムヘイズならば、死を呼ぶには足りない武器だ。しかし、この場ではどうだろうか?』

フリアグネのこの言葉も気になる。実際確かめていない以上、懸念すべき情報であり続けているのが現状だ。
今のヴィルヘルミナを見て考え過ぎではないかと考える者もいるだろう。
が、重要な戦力である仲間を見送った身である。こうしてでも、残った仲間を護るのは当然の勤めだ。
752創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:53:27 ID:oKyrQ+s6
 
753創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:54:22 ID:n15QjBlw
 
754創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:54:37 ID:ow5lpFWZ
 
755提督の決断 ◆MjBTB/MO3I :2010/02/19(金) 03:54:42 ID:ySTEgK3O
「とりあえず……神社に戻るのはもう一度一回りしてからでありますな」
「妥当」
「それから、手術の開始であります……出鼻を挫いたようで、決心を鈍らせてしまっていなければいいのでありますが……」
「少々心配」

仁王立ちの体勢であったヴィルヘルミナ・カルメル。
堂々とした出で立ちはそのままに、彼女は久しく再び動く。


       ◇       ◇       ◇


下山中、キノは考える。
今回はあまりにもアウェー過ぎた所為で、些か不自由であったと。
今は別に旅をしているわけではない。下準備というか、きちんと斥候活動もしておくべきだったのだ。
いや、むしろそれを考えてはいたが運悪く相手に先手を取られてしまっていたというのが正しいか。
焦らずに対処が出来て良かったと思う。

さて。では対処ついでにどうするかというと、とりあえずそのまま火の鳥もどきを追う事にした。
何せそちらの方がやりやすい。相手の力量がどの程度なのかがわからないと言っても、先程の『万条の仕手』よりは遥かにマシだ。
何故なら神社という拠点から出て行ったという事は、わざわざ混沌とした場に飛び込んでいったということである。
つまり条件は同じ。火の鳥もどきが第二の拠点を作ったりしない限り、お互いにアウェーでの戦闘になるという事だ。
拠点を作られていた場合はまた再び困る事になるが……あんなに目立つ姿なのだ、こちらも準備や対策もしやすいというもの。
ああ、もしくは今度こそ何かしらの交渉を試みてもいいかもしれない。どちらにしろ、次は火の鳥狙いか。

「昔の師匠も、あんな感じだったのかな……」

と、そんなことを呟いたとき。キノの現在位置の遥か遠くで黒い煙が上がっているのが確認出来た。
既に随分と山も下っていたからだろう、樹木も随分と少なくなってきたのでどうにか視界に捉えられたのである。

目算では零崎人識と共に食事をした場所に近い。スクーターを停止させると、急いで地図などをデイパックから取り出し確認作業に入る。
建物の規模から見て、ホテルだと考えるのが妥当か。現在から東に戻ればすぐに辿り付けるだろう。
丁度火の鳥もどきが飛んでいったのも東。そして燃え盛る炎。何か怪しい臭いを感じる出来事だ。
とは言え飛んでいる姿を目撃してからそう時間は経ってないので、もしかすると無関係であるのかもしれない。
しかしそれでも構わない。間違っていようとも、どうせ火の鳥もどきの進路を考えれば東に行くしかないのだから。

「ひとまずは現地に到着するまでに色々と対策を練らないとね……それじゃあ行こうか」

キノは、再び街の真ん中へと向かい始める。
ついでに今度こそ寝床も確保しておかないと、と考えながら。
756創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:54:48 ID:oKyrQ+s6
 
757創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:55:44 ID:oKyrQ+s6
 
758創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:56:40 ID:oKyrQ+s6
 
759創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:56:51 ID:n15QjBlw
 
760提督の決断 ◆MjBTB/MO3I :2010/02/19(金) 03:56:55 ID:ySTEgK3O


【C-2/神社/一日目・日中】

【ヴィルヘルミナ・カルメル@灼眼のシャナ】
[状態]:疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:デイパック、支給品一式、カップラーメン一箱(7/20)、缶切り@現地調達、調達物資@現地調達
[思考・状況]
 基本:この事態を解決する。しばらくは神社を拠点として活動。
 1:今一度手早く付近に侵入者の有無を確認。安全確保が出来次第神社に戻り、大河に義手を取り付ける手術を行う。
 2:神社を防衛しつつ、警察署に向かった御坂美琴とキョンの帰りを待つ。人員が揃うようなら、上条当麻の捜索も検討。
 3:六時を目処に、仮眠中のインデックスとテッサを起こす。問題ないようなら、天体観測に同行。
 4:シャナ、島田美波の帰還を待つ。



【C-2/山中(もうすぐ平地付近)/一日目・日中】

【キノ@キノの旅 -the Beautiful World-】
[状態]:健康
[装備]:トルベロ ネオステッド2000x(12/12)@現実、九字兼定@空の境界、スクーター@現実
[道具]:デイパックx1、支給品一式x6人分(食料だけ5人分)、空のデイパックx4
     エンフィールドNo2x(0/6)@現実、12ゲージ弾×70、暗殺用グッズ一式@キノの旅
     礼園のナイフ8本@空の境界、非常手段(ゴルディアン・ノット)@灼眼のシャナ、少女趣味@戯言シリーズ
【思考・状況】
 基本:生き残る為に最後の一人になる。
 1:火の鳥を追跡する為、まずは煙が上がっている方角へ。
 2:夜に備えて寝床を探しておく。
 3:エルメスの奴、一応探してあげようかな?
[備考]
 ※参戦時期は不詳ですが、少なくとも五巻以降です。
   8巻の『悪いことができない国』の充電器のことは、知っていたのを忘れたのか、気のせいだったのかは不明です。
 ※「師匠」を赤の他人と勘違いしている他、シズの事を覚えていません。
 ※零崎人識から遭遇した人間についてある程度話を聞きました。程度は後続の書き手におまかせです。
761 ◆MjBTB/MO3I :2010/02/19(金) 03:57:41 ID:ySTEgK3O
投下終了です。支援、ありがとうございます。
762創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 03:57:42 ID:oKyrQ+s6
 
763創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 04:14:13 ID:L22aflBe
投下乙。
いやあ、緊張感ある対話だった……w いつどう暴発するかヒヤヒヤしたw
悩みつつも遠ざけるヴィルヘルミナの判断が慎重だ。ここは一旦引く選択したキノも慎重だ。
このロワでは単純な敵味方の2色で物事を捉えない奴らが多いが、まさか純正マーダーと純正対主催でもこういう展開になるとは
別にヴィルヘルミナも「完全にクロ」と判断してるわけでもないってのがまた。
読み応えあるお話でした。
764創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 04:20:46 ID:oKyrQ+s6
投下乙です。
すごく丁寧で緊張感ある対峙でしたねぇ……二人の持つ、頭のよさとすご味が増した感じがします。
そして、再び放浪しそうなキノ……w 次は誰と当たるのかw
GJでしたw
765創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 04:24:18 ID:ow5lpFWZ
投下乙です。

予約の仕方からこうなるかとは思っていましたが……一対一のタイマンだー!w
とはいえマイペースキノとリアリストヴィルさんではストレートに論争とはいかず、か
各々の視点から描かれる思考が丁寧でいいなぁw なんともいえない緊張感を保ってる
キノもこれ、場を和ませてくれるエルメスがいたらまた違ったんだろうなあと思わないでもないw

そしてキノはホテル方向にリターンかー……神社は平和な気配だけど、一転して東が修羅場化しそうw
766創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 07:18:14 ID:n15QjBlw
投下乙ですー。
キノとヴィルヘルミナの緊迫した会話がいいなぁ。
キノとヴィルヘルミナらしさが出ている交渉じみた会話が素敵w
結果キノは神社にいかないかー……さて、その結果どうなるかなぁw
次がきになるw
GJです。
767創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 16:19:00 ID:z9+2nwen
投下乙です
どうなるかハラハラしながら読んだけど、この緊迫感はいいわ
二人ともらしいといえば凄くらしいわ
いやあ、ここまで深く書けるなんて凄いわ GJ
そしてキノは神社には向かわずにホテル方面か…
768 ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:22:57 ID:oKyrQ+s6
投下を開始します。
769創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:23:01 ID:n15QjBlw
770創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:23:17 ID:EJtXvWfh
 
771創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:23:50 ID:n15QjBlw
772彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:24:07 ID:oKyrQ+s6
 【生き残った話――(遺棄の凝った話) 後編】


ひゅうと、真っ白な太陽に照らされた明るい青色の空を風が勢いよく切って疾ってゆく。
風は暖かい空気と冷たい空気が作る見えないガイドレールに沿って進み、唐突に急降下。灰色の街の中へと落ちた。
落ちて、円筒形の塔のような建物の屋上にぶつかると、まるで水のようにその中へとするすると流れ込んでゆく。
ぐるぐると螺旋を描き、その中を大きく一周、二周、三周……壁に沿って風は降りてゆき、
そして、進むうちに勢いを失いとうとうただの空気の中に溶けるという寸前に、風は――そこに辿りついた。

一陣の風が少年の少し長めの黒い髪を揺らす。



「――それで、結局どうなったわけさ?」

幼い少年の声が広々としたコンクリートの床と天井の間に反響し、細波のように広がってゆく。
しかしその声はそこに、つまりはこの立体駐車場のとあるフロアから外を眺めている少年から発せられたものではなかった。
少年は街の景色から目を離すと、彼に声をかけた”それ”へと視線を移す。

大型の、こんな街中の駐車場には似合いそうもないオートバイが少年の隣に止められていた。
力強さを感じさせるV字型のエンジンに、凛々しい銀色のオイルタンク。引き締まった細身のタイヤに無骨なキャリア。
一見、新しそうに見えて、しかしよく見れば随分と年季の入ったものだとわかる”新陳代謝”を繰り返したその姿。
見た目だけなら厳格な年寄りを連想させるそれは実際には少年の声で少年のように喋るエルメスという存在だった。
オートバイではなくモトラドというらしいが、その違いや喋る理由なんかを少年は知らない。

「今ここにこうやって生きている。……というのが結局のところの精一杯の結果だった」

少年――トレイズは、エルメスを一瞥するとまた視線を外へと戻した。
その先、遠く離れた所には彼が先ほどまで中にいたひとつの警察署が存在している。
幾重にも死線が重ねられていたそこを見ながら、何があったかを反芻してトレイズはひとりごちるように言う。

「”彼”が”彼女”を連れて来てくれていなかったら、俺はあそこで死んでいた」

それは紛れもない事実だった。
結局のところ、あの中でトレイズが自分の力で何かを切り抜けられたかというと、そんなことはひとつもなかったのだ。
運良く生きているのは”彼女”が自分を助けてくれたからで、その彼女をあそこまで連れて来てくれた彼のおかげにすぎない。

「ふぅん。……それじゃあ、”必要”なものは手に入らなかったわけなんだ?」

適当な相槌を打つと、モトラドのエルメスは少し悔しそうなトレイズの横顔を見ながらいじわるそうな声をかけた。
しかし、ひとつ瞬きをするとトレイズはそれは違うと答え、掌を胸に当てて言葉を続ける。

「まず……”俺”が”必要”なんだよ。ここでリリアを守る為にはね」

それが小さな戦場を辛うじて生きぬいた少年が得た、今回の”必要の話”だった。
武器だとか乗物だとか、食料だとかものすごい財宝とかではなく、少年が少女を助けるのに必要なのは自分の命。
人を無残に殺害してしまう者を見て、それが途轍もない者ばかりだと知り、トレイズは改めてその大前提を認識したのだ。

自分を助けることができなければ、他のだれかを助けようとすることもできないのだということを。

ひゅうと、がらんとしたフロアの中を冷たい風が通り抜け、再び少年の少し長めの黒い髪を揺らした。





「それじゃあ、さっさとこっから離れちゃおうよ。そんな”キノ”みたいな人がいるってんなら命がいくつあっても足りないよ」
773創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:24:09 ID:ySTEgK3O
774彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:24:58 ID:oKyrQ+s6
もっとも、その人がモトラドを大切にしてくれるならこちらとしては歓迎だけどね。と付け加えエルメスはトレイズに移動を促した。
ここで目を覚ましてからというもの、止まっているばかりで満足に走ることすら叶っていないのだ。
走ることが”生きがい”のエルメスとしてはリリアとかいう少女の捜索にかこつけて、道路を目一杯に飛ばしたいところである。

「”キノ”って、君のご主人様だっていう?」
「そう。でもって、君が警察署の中で会ったっていうおっかない女の人みたいにエゲつなく欲張りで強いのさ。
 会ったらトレイズも殺されるかもね。あ、でも……エルメスを保護していましたって言えば見逃してくれるかも?」

拳を顎に当ててトレイズはふぅむと唸り声を漏らす。
こんな陽気なバイクに乗っている人物だから、そんなに危ない人だなんて想像していなかったのだ。

「ちなみにどんな人なのか聞かせてもらえるかい? キノってだけじゃあ男か女かも――」
「――それなら簡単」

鏡を見ればいいよ。と、エルメスはトレイズに自分のハンドルミラーを覗くよう促した。




【D-3/立体駐車場/一日目・午後】

【トレイズ@リリアとトレイズ】
[状態]:お腹に打撲痕、腰に浅い切り傷
[装備]:コルトガバメント(8/7+1)@フルメタルパニック、コンバットナイフ@涼宮ハルヒの憂鬱、鷹のメダル@リリアとトレイズ、
[道具]:デイパック、支給品一式、エルメス@キノの旅、銃型水鉄砲
[思考・状況]
 基本::リリアを守る。彼女の為に行動する。
 0:まずはここから離れよう。
 1:リリアを探して移動する。
[備考]
 マップ端の境界線より先は真っ黒ですが物が一部超えても、超えた部分は消滅しない。
 人間も短時間ならマップ端を越えても影響は有りません(長時間では不明)。
 以上二つの情報をトレイズは確認済。




 【Accelerator――(光速戦闘) 前編】
775創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:24:59 ID:7o7bPaIm
 
776創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:25:07 ID:n15QjBlw
777創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:25:23 ID:ySTEgK3O
778創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:25:40 ID:7o7bPaIm
 
779彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:26:20 ID:oKyrQ+s6
「超能力が欲しい?
 なんでそんなことを唐突に――って、あぁそのベッドの端っこでズタズタになっちゃってるコミックスのせいですね。

 まぁ、理由そのものは聞かないし、聞いたところであなたがそれを回答できるとは思わないのだけど、
 とりあえずはそんなことは不可能だと断じてしまいましょうか。
 超能力なんてこの世には存在しません。そんな空想的な力はそれこそ空想の中でしか存在しえないものです。

 断言しちゃうなんてって……、
 あなた私が質問をぶつければ望みのままの解答が出てくる便利な辞書か何かだと勘違いしているのではないですか?
 私も”こういうもの”が専門でないので、ある程度は人づてに聞いたものでしかなくなるのだけど、
 極論すれば人の知識というのは全て何づてでしかなくなるのだけど、”超能力がない”というのはもう覆せない事実です。

 ER3……なんてあなたが知ってるわけもないでしょうけど。
 ともかくね、世界中の研究者がそれこそ血眼になって超能力が見たい、欲しい、証明したいって、色々な人間を解剖した。
 そう。解剖。あなたの乱暴なそれとは全く別のレヴェルの細心の、神経一本まで分解するとある科学の人間解剖よ。
 例えば未知の電化製品があったとするでしょう?
 その場合、原理を知るに手っ取り早いのはそれを徹底的に分解して部品をひとつひとつ検証して仕組みと法則を発見すること。
 至極簡単な理屈で話でしかあるそれを、超能力を求める研究者達は”自称超能力者”達を実験台に実践した。
 けれどもね、出てきた結果は――それは彼らはただの人間でしかなかったというただの事実。ペテンの超能力も含めてね。

 何が言いたいかって言うと、人間の中身なんてもうとっくの、それこそ私達が生まれる前の時代には解明されてたってこと。
 人間が何かを知覚し得る感覚は私達が知っている五感の他にはなかったし、人間が随意であろうとそうでなかろうと
 作動させられる”部品”は筋肉の範疇にしか存在しなかった。”超能力器官などというものは人間の中にはなかった”。

 ちなみに、五感というのはこの場合は5つの感覚でなく全ての感覚という意味です。
 無数にいる神様を八百万(やおよろず)のって言うのと同じことよ。
 あなたからツっこまれるとは思わないけど、人間の感覚は分類すれば両手の指じゃ足りないぐらいあることは名言しとくわ。

 あの子は超能力じみた技を使っているじゃないかですって?
 今日は随分と食いつくのね……わからない話をすれば飽きるのかと思ったのだけど。
 けど、あなたにしたって普通の人間じゃあできっこない芸当をしてみせるでしょう?
 私達やこちら側の世界に踏み入れたものは、人間に人間の規格を越えさせる方法を知っているし、実践もしている。
 車より早く走る人間もいるし、素手で鉄を捻じ曲げる怪力もありうるし、空を飛ぶように移動することすら不可能ではない。
 けれども、人間の規格は超越していても、人間の存在から外れているものなんて存在はしない。
 自分達が振るう、”規格外能力”が”超能力”じゃあないなんてこっち側にいれば誰でも知っていることでしょうに……。

 じゃあ脳の中には未知の部分が残されているって?
 フィクションの中じゃあ定番だし、あなたの持っている漫画にもそう書かれていたんでしょうけどお生憎様。
 脳ミソの中だって、とっくに”解析済み”というのがここ最近の話よ。それも件のER3の功績らしいんだけどもね。

 しかしこの前の魔法少女になりたいというのもそうだけど、あなたは意外と華々しいものを求めたりするのね。
 ええ、そうね。この前はその魔法、魔術というものを完璧に断絶し否定してしまったわね。
 その名を自分に冠したり、それそのものを使用してみせるって者も数多くいるけど、私の基準では全てそれは魔法と言えない。
 決められた道具を用意し、場面を整え、作法に法り、現象を発現せしめる。それって手品とどう違うんですか?

 そんなもの、そこから火が上がろうが、雷が落ちようが、神様を殺したって――私から見れば全部、ただの”策”です。
780創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:26:21 ID:ySTEgK3O
781創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:26:50 ID:n15QjBlw
782彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:27:18 ID:oKyrQ+s6
 現実以外の何者でもない。
 その気にさえなれば、どことなりから科学者と機材を調達してあなたの脳ミソに電極を刺し、血液以上の量の薬品を投与し、
 何度も何度も血反吐を吐いてのた打ち回らせ、とても割りに合わない実験を幾度も繰り返し、人間を作りなおすことで、
 あなたを電子レンジ要らずの人間くらいには”改造”できますけど、それはやっぱりあなたの言う超能力者ではないでしょう?

 結局ね。辿りついてしまえばそこにあるのは幻想殺しだけ。後に残るのは経験則と、それを利用する為の策だけです。

 さてと、それじゃあ私はまたメールを作る作業に戻りますから、これ以上時間をとらせないでくださいね。
 それとその漫画を貸してくれた子には礼儀正しく謝っておくように。
 一応は私の監督下にいるわけですから、私に責任の及ぶようなことは慎むよう……せめて、時折思い出すぐらいはしてください。



 ……えーと。お兄ちゃんへ。お兄ちゃんって超能力は信じますか? 私は友達から聞いたんですけど――……」




 ■


真夏の夜に街灯の下を歩けば聞こえてきそうな、羽虫の羽ばたくような音がそこに充満しつつあった。
いや、それはますますと強さを増し、今となっては壊れかけた冷蔵庫でも置いているのかとそんな音が満ちつつある。
一体どのようなことが起きているのかというと、それはそこを一見すればまさしく一目瞭然だった。

床を、壁を、天井らを舐めるように、大小様々の青白い電気の束がゆらゆらと蠢いている。
少しばかり科学の知識がある者が見たならば、”テスラコイル(共振変圧器)”みたいだと思ったろう。
だがしかし、そこにあるのは決して機械などではない。それもまた一目瞭然。そこにいるのは一人の少女であった。

超能力を信奉する20年先を行く学園都市。そこで開発に勤しむ230万の生徒の内、序列3位に立つ超能力者。
彼女を知る者は、御坂美琴を知る者はただ彼女のことをこうとだけ呼称する。つまりは――

――超電磁砲《レールガン》だと。



自分の前に立ちはだかる電撃使い《エレクトロマスター》たる存在を確認し、朝倉涼子は驚愕に目を見開いていた。
警察署の壁をぶち抜いた先程の一撃にしても、イオンの匂いから電流を用いたものだと判別してはいたが、
実際にただの人間からありえない量の電流が放出されているのを見させられると驚くほかはなかった。

「(……あぁ、でも本当は人間じゃないかもしれないって可能性もあるわよね)」

未確定事項は保留とし、朝倉は刀を構えながら電撃使いの少女――御坂美琴より距離を取るように足を動かす。
その手元ではしっかり握っているはずの刀がカタカタと音を鳴らして振動していた。
別に恐怖や何かで朝倉自身が震えているわけではない。美琴の作る電界が金属である日本刀に干渉しているのだ。

「(さてと、接近戦を挑むのは危険性を考慮すると控えたほうがいいかしら)」

朝倉は移動しながらフロアを一瞥し、バトルフィールドの設定条件を今一度確認する。
警察署の玄関ロビーからひとつ進んで建物の奥側に近いここは、いわゆるオフィスワークをする為の一角らしい。
元々は広々としていたであろう空間は衝立で区切られ、棚や事務机が所狭しと並べられて雑多な印象をかもし出していた。
今、朝倉が立っている場所はそれらを背にした廊下であり、右手には玄関。左手には階段という配置になっている。
そして、正面。まんじりとした視線で朝倉を追う美琴が陣取っているのは、ついさっきまでは休憩所だったスペースだ。
今は吹き飛ばされた壁の破片で灰色一色に上書きされており、その名残というと横倒しになった自販機くらいなものである。

「(浅上さんはどうかしら? ――と、また”駄目”になってる)」
783創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:27:38 ID:7o7bPaIm
 
784創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:28:05 ID:ySTEgK3O
785彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:28:14 ID:oKyrQ+s6
柱の影に隠れるようにして……いや、実際に隠れてこちらを窺っている少女――浅上藤乃を見て朝倉は溜息をついた。
彼女には”歪曲”という非常に強力な能力があるが、しかし使用できるタイミングとそうでないタイミングが存在する。
理屈を飛ばして端的に言い表せれば、無痛症である彼女に痛みが戻ってきているか否かとそれだけに過ぎない。
そして、柱の影で小動物のように怯えている彼女は痛むのであれば押さえているはずのお腹を押さえてはいなかった。
とすると現在の彼女に痛みはなく、当然の帰結として”歪曲”も使用できない。戦力にもならないと他ならない。

「(今回は色々と問題が出てきそうな感じよね。また苦労が重なっちゃうわ)」

状況を確認すると朝倉は足を止め美琴と正対し、不敵な笑みを浮かべて相手からの攻撃を待ち受ける構えをとった。



相対する美琴は朝倉が足を止めたのを見て、どうやらやる覚悟が整ったのだと覚った。

「(私のこの力を見ても逃げ出さないってことは……やっぱり、只者じゃあないのよね)」

先にここから逃したキョン曰く、彼女の正体は”物凄く強くなんでもできる宇宙人”だ。胡散臭いにもほどがある。
もっともそんな言い方をすれば自分だって似たようなものだと思いつつ、美琴はその言葉をある程度は信用することにした。
さっさと物陰に隠れてしまった方に関してはよくわからないが、向かってこないならいいと今は捨て置く。

「――あんた、宇宙人なんだってね」

だったら多分、手加減はしなくてもいいはずだ。
殺さないというのはこれで難しいものだが、ついさっき一撃を食い止められたこともあるし、もうそれは考えなくてもいいだろうと、
額の先から10億ボルトの電撃の槍を宇宙人へと向けて、容赦なく――発射した。



発動の瞬間。身体に感じる圧が強くなり、高速現象を知覚しようと処理能力を上げていた朝倉の前で電撃が迸った。
自身の認識の中で、空気中を泳ぐようにゆっくりと近づいてくる電撃に対し、朝倉は持っていた刀を投げつける。
最初に行った毛虫の死骸を使った時のように、電流は何かに流してしまえばそのエネルギーの大半は消耗させられる。
ならば、電撃を放たれる度に適当な避雷針を用意すれば簡単に対処できるだろうと朝倉はそう考えたのだが、

「(――嘘っ!?)」

彼女の目の前で、美琴の放った電撃が”刀を避けて”ぐにゃりと曲がった。
自然界ではありえない軌道で避雷針を迂回した電撃の槍は驚愕する朝倉へと突進し、そして彼女はそれを避けられなかった。



「おっし!」

見事に電撃の槍が相手に突き刺さったのを確認して、美琴は小さなガッツポーズを取った。
彼女は電撃使いである訳だが、その名の通り電撃を発するだけでなく、電撃を”操作”することができるのだ。
一度は避雷針でガードされたのだが、だからこそ相手は次もそれで凌ぐであろうという美琴の予想は見事に当たり、
電撃もまた予想通りに命中した――かのように見えたのだが、

「――嘘っ!?」

電撃を受けたはずの朝倉は崩れ落ちることなく、それどころか”右手を突き出して”悠々とその場に立ち続けている。
どうやらその白煙をあげる右手で電撃を受け止めてしまったらしいと知り、美琴の心臓がドクリと嫌な音を立てた。
まさか、あれはあらゆる異能を打ち消してしまうあの幻想殺し《イマジンブレイカー》なのか?
786創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:29:06 ID:EJtXvWfh
 
787彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg :2010/02/19(金) 23:29:15 ID:oKyrQ+s6
「(そんな力を持ってるのが何人もいるわけないでしょうが……っ!)」

再び美琴は電撃の槍を放つ。深く集中し、確実に相手の身体を打ち貫くようにと。
だがしかし、またしても電撃は朝倉の右手に吸い寄せられ、そこで受け止められてしまった。



「(一体、どんな情報操作をすればこんな無茶苦茶な電撃が放てるのかしら?)」

美琴の放つ電撃を右手でキャッチしながら、朝倉は彼女の能力の出鱈目さに呆れ果てていた。
大電流を放出することもそうだが、何よりこうも意識的に電流を操作できることが常軌を逸している。

「(確率そのものを認識により意図した結果に収束させる? なんにしても人間の能力としては考えられない)」

そして、更に放たれてきた電撃を右手で受け止める。
この”右手”であるが、別に朝倉に幻想殺しが宿ったなどという訳では、勿論だがない。
彼女の取っている方法は至極単純なもので、右の掌の電気抵抗を極限にまで高めその部分を盾にしているのである。
的確にトラップできるのは彼女が制限なく操作し得る情報空間内に電流を誘導する仕掛けを施しているだけであり、
それにより飛んでくる電撃を右手で受け止め、焼き切れた瞬間に再構成することで攻撃をガードしているのだ。

「(……しかしこれじゃあジリ貧よね。彼女の能力がどれくらい持つのかわからないけど、なんだか押し負けそう)」

一見余裕に見えるが、朝倉としては厳しい状況だった。
右手の電撃殺しはスマートな方法に見えるが、実際はそこまで節約しないととても追いつかないというだけにすぎない。
もし彼女の能力が万端なのならば周辺空間を丸ごと操作すればいい話で、しかしそれは制限のある現在は不可能である。
情報統合思念体とコンタクトできない今、攻性情報の補給も不可能であり、スタミナ勝負は避けたいところだった。

「(状況を動かさないとね――)」

朝倉はまた一発の電撃を右手でいなすと、大きく背後へと跳躍し事務机が固まっている上へと着地した。
革靴の底がトンと軽い音を立てると同時にまるで花弁が開くかのように周辺の机の引き出しが全て飛び出す。
そして、花の中から種子が飛び出すかのようにありとあらゆる文房具が浮かび上がり、光の槍と変じて――射出された。



ステンレス鋏。物差し。シャープペンシル。クリップ。関数電卓。ペーパーカッター。ステープラー。テープ台。筆箱。消しゴム。
鉛筆。インクカートリッジ。ポストイット。マグネット。ネームペン。アルミ定規。ダブルクリップ。安全ピン。スティックのり。
マグネットシート。鉛筆立て。木工用ボンド。瞬間接着剤。修正液。カッターナイフ。コンパス。分度器。パンチャー。
千枚通し。ラジオペンチ。紙ヤスリ。鉛筆削り。etc.etc. ――あらゆる文房具が凶器となり、美琴へと殺到する。



「こんなものっ!」

反撃に驚きはしたものの、殺到した光の槍を全て自身からの放電で叩き落すと、美琴は心の中で安堵の息を漏らした。
多分あれは幻想殺しではないと、だんだんと感触で解ってきたのだ。相手が反撃に出たのもその材料になる。
そしてその反撃も別に対したことはなかった。
光の槍は電撃に叩き落とされると、どれもあっけなく元の文房具へと戻ってゆく。

「(物質操作系? テレキネシス……いや、変質がその正体。レベルは……3、4程度。うん、これなら問題無し)」

美琴は片手を振ると、床の上に散らばった文房具の中から金属製のものだけを磁力で手元に引き寄せた。
そして、磁力で連結した文房具の鎖をしならせると、蛇腹剣のように朝倉へと叩きつける。
超振動の唸りをあげる鎖剣は朝倉が立っていた机を易々と切り裂き、そこから更に文房具を足して逃げる朝倉を追いかける。
9つの机に、壁一面のロッカーを全滅させ、衝立と書類棚を5つずつを破壊して、数秒後。遂に鎖剣は朝倉を捉えた。
788創る名無しに見る名無し:2010/02/19(金) 23:29:59 ID:7o7bPaIm
 
789彼女の想いで――(MAGNETIC ROSE)  ◆EchanS1zhg
「(ほらやっぱり!)」

フロアの端にまで追い詰められた朝倉は、辛うじて切り裂かれるのを防ぎ、右手で鎖剣を掴んで押さえている。
あれが本当に幻想殺しならば、触れた時点で鎖剣は解けているはずなのだ。しかしそうはなっていない。
超振動による切断は防いでいるようだが――と、美琴はそこで不思議な感触に気づいた。

「(侵食――?)」

現在、鎖剣を互いに引っ張り合っているような状況だが、どうやら向こうの手元から物質の主導権が侵食されているらしい。
やはり相手の能力は物質変質系かと確信し、能力による綱引きをしながら美琴は次の一手をどう打つか思案し始めた。



「(ああ、もうどうにもならないじゃない……!)」

どうにか文房具の鎖越しに相手まで能力の手を届かそうと朝倉は力を込めたが、しかしそれが叶うことはなかった。
侵食されると覚った美琴があっさりと電磁力による鎖を解いてしまったからだ。
悔し紛れに文房具を飛ばしてみるも、叩き落されただけで、その後に残ったのはフロアの端と端という距離だけである。

「(遠距離じゃあ距離に制限のあるこっちには決め手がない。
 とはいえ、近づこうにもあの電撃の雨は掻い潜れないし、近づいても電撃を防御しながらは戦えないし……)」

朝倉の額に焦りからくる汗が浮かび頬を伝った。
先の放送で長門有希を倒しうる存在がいると認識したはずだが、実感まではしていなかったようだと今更ながらに知る。
どうやら目の前の電撃使いを打倒することは自分では難しいらしい。
逃げに徹すればおそらく逃げ切れるだろうが、しかしそれではせっかく得た協力者を失うことになってしまう。
いや、師匠などは間違いなく敵に回るだろうから失うだけではすまない。
それは避けなくてはならない。でなければ孤立無援に陥ることになり、その結果、自身の命も目的も全て水泡と帰してしまう。

「(――――あら? 運が向いてきたかしら)」

朝倉は、柱の影から”お腹を押さえながら”出てきた浅上を見つけ、顔面に喜色を浮かべた。
彼女の顔はすでに殺人鬼のそれになっており、わざわざ情報解析するまでもなく能力が使える状態なのは明らかだ。
あの電撃使いに対し、距離と防御を無視する”歪曲”が加われば戦いの天秤は引っくり返ること間違いない。
額に浮かんだ汗を情報操作で揮発させると、朝倉は指向性を持たせ浅上にのみ届く声を発して彼女に話しかけた。



「(…………何を始めようっての? それとももう降参ってわけ?)」

当然、床の上に降りてひれ伏す格好をとった朝倉に対し、美琴はわけがわからないと攻撃を中断していた。
こちらに頭を下げ、両手をぴったりとついている様は土下座しているようにも見えるが、実際その通りなのだろうか?
果たして向こうがそんな相手なのかという疑問もあり、電撃で気絶させるのが手っ取り早いかと美琴が考えたその時、
自身に不可思議な力がかかり始めていることに気づいた。

「(――曲がる?)」

今までは気にもとめていなかったあの陰気そうな少女が柱の影から出ていると気づいたのはその瞬間だった。
サイコキネシスだろうか? いや、何にせよ攻撃を受けている。それも一瞬で終わるものだ。ならば逃げなくてはならない。

「(嘘っ!?)」

なのに足が動かなかった。まるで”床に張り付いてる”ようだと思ったところで美琴は全てを覚る。