ガ
ン
ダ
ル
司
令
と、これで良し
旧シャアに投下するが迷ったが、こっちにしよう。
何せ、まとめwikiに入って編集しようにもパスワードが必須と来たもんだ……。
人間には、【反射行動】と言うものがある。考えるより先に手が動く、と言う奴だ。脊髄反射だ。
NTは【常に結果が観えている】と言う。が、全ての選択肢の末の因果や結果を見通せるものなのか?
答えは否、だ。そんなものはもはや人間の範疇では無い。ミュータントだ。化物だ。忌むべきものだ。
人間の容(かたち)をしているものは、人間の思考範囲からはどう足掻いても、逸脱は出来ない。
頭で考えてはいるが、体は勝手に動く。今の俺は正に、『生ける戦闘機械』と化した状態だった。
二ムバスの3号機を戦闘不能にし、生きたまま奴を捕獲する。それ以外に何も考えていないのだ。
「訓練、弛(たゆ)まざる訓練は人を……戦闘機械へと昇華させる! 戦うだけの生物に! 」
攻撃、と考えたときに体がもう、スティック・ペダル・トリガースイッチの武装のいずれかを
選択している状態なのだ。結果、ビームサーベルを奮うのか、ピームライフルを撃っているのか、
100oマシンガンを撃っているのか、頭部か胸部のバルカン砲を撃っているのか、それとも腰部の
二対のマイクロミサイルをぶっ放しているのか、自分でも理解していない。起こった事象を見て、
残弾確認を行い、回避行動か攻撃行動をブルーに取らせる。――脳味噌が沸騰しそうなほど、熱い。
「戦うのは生きている俺達、パイロットだ! 人間だ! 血の通わん機械じゃない! 」
二ムバスが次にどう動くのか、EXAMが行動予測を立て、パターンの全てを俺の脳髄に叩き
込んでくる。同時に、勝手にそのパターンを全て解析し、最適の戦闘行動を取るよう、またまた
俺の脳髄に送り込んでくる。まともにその相手をしていたら、脳が過負荷で潰れてしまう情報量だ。
「偉そうに俺に指図など……! させん! だから……」
頭部・胸部バルカン、腰部ミサイルを撃て、と命じるEXAMの命令を無視し俺はまた3号機へ
肉迫する。二ムバスが臍を噛んでミサイルを放つのが【解る】。ミサイルを切り払い、破片を
シールドで防ぐ。ハッ、狙い通りに残弾は……0だ! ……死ねよ! と、鋭く言語が脳裏に閃く。
だが、身体が反応しない。そうだ。殺さない。二ムバス・シュターゼンを生かしたまま捕らえる。
それが、俺――ユウ・カジマの身体を借りて7年前の世界にやってきた――ヤザン・ゲーブルの
課題だった。だから……。
「傲慢さを償え! EXAM! 」
俺はビームサーベルで3号機の首――忌々しいガンダムフェイス――を刎ねた。二ムバスの奔流の
如き闘志が途端に収束して行くのが、解った。残るEXAMは…この1号機のジムフェイスを継承した
RX−79BD−2、2号機が搭載するもののみだ。
『終わったんだね……ヤザンさん』
「ああ、終わった……マリオン。あとは……」
『駄目、気を抜かないで! 』
このEXAMを消滅させるだけ。そう思った瞬間に、俺の意識と感覚は何処かへ吸い上げられた。
「良かった……中尉、無事だったんだな……! 」
漂う残骸の中、ヤザン・ゲーブル『曹長』は3号機の胴体と、ほぼ無傷の2号機を発見していた。
『曹長』の駆るGMライトアーマー・HMC(ハイ・モヴィリティ・カスタム)は陸戦隊を乗せた
ランチの護衛を任命されていたが、『ブルーを護衛しろ』とのアルフ・カムラ大尉の命令により
ずっと索敵・残敵掃討をしながら『中尉』を捜していたのだった。すぐに発見したのはいいのだが、
カメラが追跡出来ずにフレーム堕ちしてしまう速さで繰り広げられるMS戦闘の攻防に魅せられて
しまったのは、我ながら恥ずかしいと思う『曹長』であった。その気恥ずかしさもあって、2号機の
背後から接近を開始する。
「ン……? 」
『駄目! 気を抜かないで! 』
『曹長』は虫の羽音のような唸りと、もう聞き慣れたマリオンの『声』を聞き、慌てて身構えた。
ゆっくりと、無傷のブルーデスティニー2号機がその首を振り向かせ、身体ごとこちらに向き直った。
バイザーの奥のツインアイが真っ赤に染まり、それを覆うバイザー全体に血の色の輝きを見せていた。
EXAMが、発動していた。逃げないと! 『曹長』が感じた瞬間、身体は回避行動を取っていた。
ビームライフルの2斉射が、GMライトアーマーの居た宙域を寸分違わず通り過ぎていた。それも、
普通のGMライトアーマーが回避していたであろう宙域の、コックピットの部分を正確に貫いていた。
「『中尉』! 『中尉』! 『未来の俺』! いったいどうしちまったんだよ! 」
『EXAMが、暴そ……ええっ!? 』
『……驚かせて悪かったな、マリオン。これよりLAST−EXAMINATIONを行なう』
「『中尉』、最終試験ってなんのことだよ…」
『攻撃してくる『ブルー』のEXAM搭載箇所、『頭部』を破壊しろ。これは最優先命令だ』
『曹長』が内容を理解するのには数瞬を要した。2号機から放たれ続ける苛烈な攻撃を回避するのに
精一杯だったのもある。ビームライフル、バルカン砲、ミサイル、そして素早く回収された100o
マシンガンの全火力と、それぞれの効果範囲の距離の絶妙なコンビネーション攻撃は、許されれば
百万回の悪態と泣き言を垂れても勘弁してもらいたい悪辣さを誇っていた。『中尉はEXAMを制御
しているのでは? 』と『曹長』はふと思い浮かべた。それは……一番、信じたくないことだった。
『どうして?! どうしてヤザンさんはこんなこと……! 』
『EXAMの暴走が停まらない! さあやれヤザン・ゲーブル『曹長』! 一刻も早く! 』
「俺には、俺には出来ネェよ『中尉』! もし、もし……」
『お前が出来なければ、ヤザン・ゲーブル曹長、ユウ・カジマ中尉の両名とも、ここで死ぬ! 』
無慈悲にも『中尉の意志』は切り捨てた。自分の、『曹長』の言いたいことは解っていたはずなのに。
歯噛みし、歯軋りを漏らす自分の肉体を意識した曹長は、ツインアイを真紅に輝かせ肉迫するブルーを
睨み付けた。超えるべき、超克すべき大いなる存在を前にして、己の闘志だけを奮い立たせるために。
「フン、ヒヨッ子に懐かれたままでも困るんでな! そらァっ、避けた避けたァ! 」
気を抜いてEXAMに乗っ取られかけた俺だが、逆に屈服させてやった。俺に極上の戦闘と課題を
ぶつけなければ『ブルー』の乗っ取り、機体制御と俺の意識へのオーヴァーライドは成功していたろう。
だが、人間の精神力の強さを計り切れなかった、若しくはこの俺を常人と舐め切っていたのが敗因だ。
あの『シロッコのオンナ』が俺に妙なまやかしを見せたときも俺は正気を保って攻撃出来たぐらいだ。
あれに応じていれば俺は……俺で居られなかっただろう。あの時、あの女の全てを理解した気がした。
そして、この俺の全てを見透かされた、そんな感覚がした。……あの時の俺は、それが許せなかった。
だから、攻撃した。幻覚を打ち切った。自分が解るのはいい。だが――相手には解られたくはない!
「……だってさ……恥ずかしいだろう? ナマの自分を全部、曝け出すってのは? 」
『この……大馬鹿野郎がぁぁぁぁぁぁぁ! 』
【EXAM】の発動で、ライトアーマーの『曹長』の悪態もしっかり聴こえる。その意志も解る。
もちろん、この俺の真意も奴は理解しているはずだ。本当は俺が『EXAM』になど乗っ取られて
いないこと。本当は俺自身が操縦して殺意を放ちながら攻撃していること。手加減など微塵もして
いないこと、そして……!
『一緒に、一緒に居たいって思うことが、そんなに悪いことなの……!? 』
俺自身が、この心地良い環境にこのまま浸って居たかったという甘えたことを思っていたなどと。
マリオンと、『曹長』と、アルフと、ユウと、フィリップと、サマナと、この部隊の仲間達とともに、
このまま一年戦争終結からのゆるやかで幸せに満ちた新たな『刻』を過ごしていたかったのだ、と。
「許されない……ことさ! それは! 」
正確なビームライフル射撃は避けやすい。偏差射撃の技術が甘い。この不思議な空間は、俺の思考を
このままダイレクトに『曹長』に伝えてくれる。……恰好の『教習システム』だ。実戦の緊張感との
相乗効果で『曹長』にさらなるMS戦闘の技術の向上を促すことだろう。
『そんなもの、要らネェ! 俺が本当に欲しいのはっ! 』
「ごちゃごちゃ五月蠅いんだよぉ、餓鬼ぃ」
必死に説得しようとする『曹長』の奴に、『仕様が無い奴だ』と笑みを含んだイメージで返してやる。
理解者が欲しかった。もっと、色々な事を自分に教えて貰いたかった。もっと自分を認めて欲しかった。
わんわん泣きながら懸かって来る餓鬼のイメージだ。GMライトアーマーが、機体全体で泣いている。
そんなイメージを抱かせる攻撃だ。手数が多いし、コックピットへの直撃を避けている。……甘いな。
「本気で掛かって来い、馬鹿! 手加減してると死ぬぞ! 」
少し狙いをタイトにしてやると、直撃はしないが擦過するようになる。AMBACの手段を奪っては
興醒めになる。しかし、真剣にならなければレベルアップはしない。馴れ合いでは無く、殺し合いこそが
血肉となるのだ。放たれる砲弾が激励であり、放たれるメガ粒子の束が叱咤であり、抜き合わせ、鍔迫り
合われるビームサーベルこそが抱擁なのだ。このMS戦闘は、この俺が『曹長』に最後に与えてやれる
【優しさ】だ。生きるための、生き残るための、俺自身によるLAST−EXAMINATION。
『『中尉』ィィィィィィィィィィィ! 』
「いいぞ、そうだ! 今のはイイぞ! その調子だ! 」
100oマシンガンがやっと奪われた。ビームサーベルを使おうと左手を離した隙に狙撃されたのだ。
これでシールド裏に装備したマガジンがデッドウェイトとなり、無駄になるが、外している暇は無い。
実戦なのだ。だから、加速して切りかかるが逃げられる。X字に組まれたバーニアシステムが恨めしい。
「ははは、楽しいナァ、『曹長』! 」
『こっちは泣いてるよ、『中尉』! 』
火力を奪う作戦なのが『解る』。あとは敵が対応し切れなくなるぐらいの速さと手数でやればいい。
それが出来れば、未来において『曹長』はあのZのパイロット、『カミーユ』とか言う餓鬼を凌駕する
『操縦技術以上のもの』を持てるはずだ。『曹長』がNTの因子を持っている、と『マリオン』は言った。
だったら『不様に撃墜されて尻尾を捲いて脱出してしまった俺』は、俺の成長に『賭けてみる』しかない。
今の『曹長』が俺、『7年後のヤザン・ゲーブル』を越える力を今身に付けたならば……!
『やりぃ! ビームライフル取ったァ! 』
「なんのォ! 腕は2本あるンだァ! 」
ビームライフルに直撃する。遠距離攻撃手段はミサイルのみ。マニピュレータは壊れてはいない。だから、
2刀流で勝負する。……まるで二ムバスの戦闘スタイル、闘いぶりだが、あれほどの剣技を再現できるか
試してみる価値はある。が……ライトアーマーは即座に離脱を開始する。そりゃそうだ。馬鹿じゃない。
『そこまでお間抜けになれるかヨッ! 』
「いい選択だ。だがな、『ブルー』の加速力を舐めるなよォ! 」
リミッターが外れた『ブルー』の加速力は素敵だった。内臓が圧迫され反吐が出そうになり、目の前が
レッドアウトで一瞬、視界が真っ赤に染まる。この歴然とした反応と鮮烈なる痛みは、俺が生きている証だ。
いや、ユウ・カジマとの不思議な縁による絆が、まだ断たれていない証拠なのだ。楽しい。楽しすぎて、
笑いが停まらない。戦闘のスリル。2手、3手、5手先を読み、布石を打って行くMS戦術の組み立て。
相手の対応により以後の予測を無にされる、一種の爽快感。……EXAMは、その全てを、俺と『曹長』に
余す所無く伝達してくれる。ああ、そう来たか。これならどうだ! 装甲と宇宙空間とミノフスキー粒子で
阻害されているはずの互いが、ダイレクトで認識出来る心地良さ。……NTがこれを日常的に感じているの
ならば……! 思い上がった増上慢のNTならば、俺達、オールドタイプを愚民呼ばわりもするだろう。
……今回の投下分終了。
投下するスレが消滅するほど哀しいことはない……!
末永く、続くことを祈る。あと、頻繁な投下規制が行なわれないことを。
失礼しました。
生きてたか!
御蔭様で……!
やはりガンダムはいいですね。ブランクがあっても骨身に染み付いている。
投下するべきスレが無いので続き投下を躊躇しっぱなしでしたが、終わりを迎えさせてやらないと。
んで、まとめwikiにまとめられて無い、今回の投下分とのミッシングリンク分を投下。
297 名前: ヤザン厨 ◆fACt0Nk7D. [sage] 投稿日: 2006/07/28(金) 00:06:16 ID:???
ビームライフルの応酬が続く中、二重螺旋の軌道を描く俺のブルーと3号機の間の距離が
まるで惹かれ合うかの様に接近して行く。衝撃が俺をルーレットの中に入れられたダイスの
如く弄(もてあそ)ぶ。二ムバスが駆る3号機と接触したのだ。ビームサーベルを『ブルー』の
左手に保持させようとした時、『それ』は起こった。
『貴様は…誰だ…? 』
『二ムバス…! 』
突然展開された蒼い星空の中で、何故かMSのコックピットのシートに座ったままの格好で浮く、
ジオンの士官服を着用した若い金髪の美青年が居た。この格好では見ては無いが、間違い無く
現在は3号機に乗っているだろう二ムバス・シュターゼン大尉だ。俺の姿は『ヤザン・ゲーブル』
の姿だ。胸を肌蹴た黄色い改造軍服だ。胸を見るとご丁寧にブルータートルのタトゥシールまで
再現されているのは驚きだ。二ムバスの呆けた顔が引き締まる。
『貴様は、誰だ! 答えろ! ただの幻影か?! 』
『テメエが言う、連邦の闘士の正体だよ、ドン・キホーテ! 7年後の世界から来た、な』
虚を突かれた様に二ムバスは目を見開いた。そして鼻で笑い、首を左右に振り、苦笑する。
『そう言う事か…。連邦の兵にしては妙に闘い慣れしていると感じてはいたが…』
『偉そうに言う! 威張るなよ! 現に負けてるだろうが? 』
この交感はEXAMがもたらしたものなのか? いや、違う。俺達を見詰める者が居る。視線を感じた
俺と二ムバスは同時にある方向を見た。…白い翼を生やす、空色の髪をした裸の少女が存在していた。
『マリオン…なのか? 』
『ハン? テメエ、これ見たこと無かったか! 俺の勝ちだなマヌケ騎士? 』
『…EXAMはこの交感を知らない。ヤザンさん、二ムバス大尉に教えてあげて。私を救うには…』
『EXAMを全て破壊すれば良い! 私は全てを知っているのだマリォォォン! 』
蒼い宇宙が霧散し、俺は現実世界の視覚を取り戻す。3号機の眼がまだ血の色に染まっている。
カウンターは残り3分を切った状態で、交感に入る前のままだ。マリオン! 奴は説得で止まるタマじゃあ
無い! 言っても聞かないなら実力で止めるまでだ! …俺なりの遣り方で、奴を生かしたまま捕らえる!
395 名前: ヤザン厨 ◆fACt0Nk7D. [sage] 投稿日: 2006/09/22(金) 19:37:28 ID:???
「ホラホラホラホラァ! 反応が遅いッ! EXAMマシンなんだろうが! 」
俺はビームサーベルで3号機の左腕を肩口から斬り飛ばす。3号機は下腕部を失った事で
AMBACが不十分に為り、回避運動にも影響がモロに出ていた。EXAMはそいつをカバー
してくれる筈だが、破壊の快感に呑まれているが、干渉を捻じ伏せる二ムバスの精神力の
強さがそれを赦さないのだ。
『貴様は…貴様は…何者なのだ! 』
「俺は俺だ! 俺以外の何者でも無い! 」
『貴様は…本当に人間なのかッ! このジオンの騎士を超える…! ニュータイプとでも
言うのかッ?! 答えろ、連邦の闘士ィィ! 』
俺は俺だ。先読みとか言う、最初から結果が解っているニュータイプのインチキ能力なんぞ
持たん、スペースノイドが言う、アースノイドで、そしてただのオールドタイプだ。
「俺はヤザン・ゲーブル! ただの人間の…ヤザン・ゲーブルなんだよ! 」
しかし俺には、積み重ねてきた経験が有る。鍛えに鍛えた戦闘技術と身体が有る。即、結果に
辿り着けるのがニュータイプならば、その過程を、感知不可能な程の速度を以って状況を変えて
やれば良い。そいつが唯一、ただの人間に出来る事だ。
「次は…! 避けてみろ、『ジオンの騎士』ィ! 」
離れ、また接近する3号機。奴のミサイル射出のタイミングで、俺はビームライフルで右大腿部を
破壊し、脱落させ、擦れ違いざまにビームサーベルで左脚の膝から下を斬る。AMBACの手段を
奪う。そしてギリギリまでニムバスの攻撃意志を失わさせず、内蔵している兵器の残弾を吐き出させる。
それが俺の戦術面に於ける作戦だった。当然、二ムバスにもEXAMを通じて、伝播していた筈だ。
『何故だ…! 何故なのだァ! 解っているのに…解っていると言うのにッ…! 』
「まだ、解らんのか? まだッ! 心と身体の関係を考えるんだな! 」
回答を披露してやるにはまだ早い! 奴はまだ、腰部ミサイルの全てを吐き出していないからな?
だが糸口は教えてやらなくてはならんな? 何せ相手はエースなのだ。油断は禁物だ。二ムバス!
足掻いて見せろ! ジオンの騎士と名乗るのならばな!
で、今回の投下分に続きます……。
やる夫ブルー……おイおイ、と。まあいいでしょう。過ぎたことです。
SSの投下出来ない当時のもどかしさ……これで晴れた、とは思いませんが。
完結させる。完結させてみせる!
がんばれよー
人が増えるのはいいことだ
歓迎諸氏
投下開始します
シャッターをライフルで撃ち破り、無数のコードが犇く暗い内部通路を、バウ・ワウは駆ける。侵入者を阻む、複雑に
入り組んだ迷路。その壁をシールドのメガ粒子砲で撃ち抜き、中心部に一直線。
迎撃システムは、この型破りの相手に成す術が無かった。
数えるのも億劫になる程、壁を破壊し続け、辿り着いた小惑星の中心部には、2km平方の大空洞。
敵影無く、静まり返った空間に拍子抜けしたハロルドは、空間の中央に浮かぶ直径100mの球塊にシールドを
向けた。シルエットしか見えないが、“あれ”が本体だろうと直感する。遠慮無く、一撃で葬る。
キィイ……。
粒子が縮退する。砲口から漏れる光が照らし出した物は、縺れ絡み合ったコードの団子。その奇怪な物体は、何処と
無く脳髄を彷彿させる。気味が悪い。こんな物は、さっさと消し去るに限る。
バッシュッ!!
フラッシュが空洞を一瞬にして白に染めた直後、強力なビームは見事に掻き消された。
(Iフィールド……!)
ハロルドは驚いたが、怯みはしなかった。遠距離射撃が効かないなら、次の手は決まっている。
バウ・ワウがスラスターの噴射音を響かせ、低く唸った。全速で接近し、サーベルで斬り付ける!
ザンッ!
確かな手応え。ばらりとコードが弛み、裂け目が出来上がる。間髪入れず、サーベルから持ち替えたライフルを隙間に
捻じ込む。これで終わり……と思った瞬間、中からバウ・ワウより一回り小さいコードの塊が差し出された。
ハロルドは目を見張った。コードが自然に解け、現れたのは、金属皮膜に身を包んだ青年の上半身。両の瞳を閉じ、
眠っているかの様に見える。青年が身に付けていた服に、コロニー連合の総代表を示す徽章が無ければ、ハロルドは
彼がアーロ・ゾットと判らなかっただろう。
咄嗟の事態に混乱する思考とは裏腹に、ハロルドの行動は合理的且つ、速やかだった。
ライフルの銃口を、目の前の人物に突き付ける。それは人の上半身と同じ位の大きさ。アーロ・ゾットと思しき人物は、
微動だにしない。
トリガーを……引く!
ズワァッ!
ビームは、再び掻き消された。銃口から標的までの距離は、1m未満だったのに……。
(ビームが効かない!?)
信じ難い事態の連続。ハロルドに残された手段は1つ。
バウ・ワウの左手が、青年の上半身を握り潰しに掛かる。
ガシッ!
血と肉片が飛び散る……筈だったが、アーロ・ゾットは右腕1本でバウ・ワウの左手を抑えていた。MSの握力に
耐える腕力!? 人間の業ではない!
「……貴様は自分が何をし様としているのか、それが如何なる事態を引き起こすのか、解っているのか?」
その大きく見開かれた両目は、バウ・ワウのモノアイを通じて、ハロルドを凝視していた。常人ならば狂死する
プレッシャー。ハロルドは負けじと睨み返す。
「ああ、解っている!」
強気に答える彼を験す様に、アーロ・ゾットはプレッシャーを送り続ける。
「私には、そうは思えない。貴様は人類に、争いと憎しみの歴史を繰り返させる気か?」
「……それで良いじゃねえか。人が人である限り、譲れない物があって、争いが起こるんだ。そこにオールドもニューも
有りやしない。あんたとダグが証明した事だ。ここで地球を潰しても、遠くない何時か、俺達は仲間同士で争うさ」
闘争が人の性ならば、それと付き合って生きて行くしかない。如何にもオールドタイプらしい答である。
アーロ・ゾットは悲しく首を横に振って見せた。
「違う。そうではない。オールドタイプの貴様には、ガイアの呪縛が解らんのだろうな」
彼の超越した様な口振りに、ハロルドは苛立った顔をする。
「解らねえよ。地球から離れたけりゃあ、小惑星要塞を造ってる暇で、宇宙船でも造ってろ」
「ハロルド・ウェザー、私達が何処に逃れ様が、ガイアは勢力を伸ばして来るよ。何処までも、何処までも……!
私はガイアの使者と何度も会って話をした。そして、その度に侵略の意思が無い事を解らせた。しかし、翌年には
別の使者がやって来て、同じ事を尋ねるのだ。何度も、何度も、そんな事を繰り返して! 彼等は決して、私を、
コロニー連合を信用しなかった!」
地球連邦政府は、コロニー連合の技術を欲していた。自己防衛の為とは表向きの理由で、実際は様々な利害が
絡んでいる。外交は成果を上げなければ無意味。言い包められて帰って来た者は、即左遷。それが地球連邦政府の
やり方だった。不信が不信を呼んだ結果が、この事態なのだ。
「今一度問う!! ハロルド・ウェザー、ここで私を倒して、何とする!? 地球の連中は、貴様に感謝などしない!
喉元過ぎれば熱さを忘れ、奴等は再びコロニー連合に抑圧的な政策を押し付けて来るぞ!」
「させねえよォ!! この俺が居る限りはな!!」
アーロ・ゾットはハロルドの勢いに圧され、声を詰まらせた。即答されるとは、思いもしなかった。
ハロルドは声のトーンを落として続ける。
「元々、軍隊ってのは、その為にあるんだろうがよ……。あんたは、もう少し俺等を信用してくれても良かった。
何でも独りでやろうとするなよ。あんたの仕事は政治だ。武力行使は軍隊の専売特許さ。故郷と仲間を守る為なら、
俺等は命を懸けて戦える。こんな要塞が無くたって、連合軍の総力を集結すれば、連邦軍なんざ目じゃあねえ!」
それが勢いに任せた言葉だったとしても、アーロ・ゾットの目に、ハロルドは力強く、頼もしく映ってしまった。
ビキッ……。
額の金属皮膜に罅が入り、彼の外見は壮年期まで急激に衰えた。心の隙が表れたのだ。
アーロ・ゾットは我に返り、左手で面を覆った。脆さを覚られまいと、バウ・ワウの手を払い除ける。
「フフッ、ハハハッ! ダグラス・タウンが貴様を私の元に連れて来た時、何と悪友ではないかと心配したよ。貴様さえ
居なければ、全ては計画通りで……ダグラス君が私に逆らい、死ぬ事も無かった。悔やんでも悔やみ切れん……。
私は退く訳には行かない! ここで終わっては、ミレーニアの人々の死が無意味な物になってしまう!」
絞り出した様な乾いた笑い声に、威厳と自信は欠片も無く、最後には執念を剥き出しにした。
それを聞いたハロルドは、怒声を張り上げる。
「それをダグは嫌ったんだろうが!! 無意味だと!? 人の命は、人の魂は物じゃないんだ! それを人殺しに
利用して、意味ある死だったとでも言う気か!?」
ダグラスの名を聞かされ、アーロ・ゾットは不用意にハロルドの叫びを受け容れてしまった。
バキン!
金属皮膜が更に深く裂け、両目からは血の涙が流れた。ダグラスの最期が思い浮かび、その時、彼が何を伝え様と
していたのかを、“ハロルドを通して”知ってしまった。
(貴方は、独りではないから……皆を信じて、人と共に……)
見ぬ振り、聞かぬ振りをして来た想いが流れ込み、再生される。
「……ダ、ダグラス君……私は……」
「どうして俺なんかでも解る様な事が、あんたに解らなかった? あんたはニュータイプなんだろう!? ニュータイプ
ってのは人の心が解る、人と解り合える存在じゃなかったのかよ!!」
ハロルドの言葉が、心に鋭く突き刺さる。アーロ・ゾットは頭を抱えて蹲り、拒絶する様に叫んだ。
「言うな……! 言うな!!」
「だから年寄りだってんだ! 自分の考えを押し付けるばかりで、人の事を解ろうとしない! 何がニュータイプだ!」
「ハロルド・ウェザー! これ程までに私を苦しめる! 貴様は……貴様は一体、何なのだ!?」
「知るか! 生憎と、俺は“何か”になった覚えはねえ!」
ゴゴォン……!
舌戦の最中、小惑星要塞が大きく揺れた。連邦軍の攻撃である。アーロ・ゾットの感情の揺らぎがシステムに悪影響を
及ぼし、小惑星側を劣勢に追い込んでいた。
不測の事態にも拘らず、バウ・ワウのモノアイはアーロ・ゾットを真っ直ぐ睨み付けていた。ハロルドは目的を見失って
いない。彼は初めから……言葉を交わしていた間も、隙有らば止めを刺そうと窺っていた。
アーロ・ゾットは、彼の直向きな若さを羨んだ。そして、己が肉体だけでなく、精神まで老いていた事を悟り、愕然と
した。政治と謀略の日々に疲れ、希望を捨てたのは、何時の事だったろうか……思い返す事も出来ない。
もう戦いを続ける意志は挫けていた。アーロ・ゾットは暗黒の未来に、僅かな光明を“見てしまった”。
「教えてくれ、ハロルド・ウェザー。ダグラス君は、何を望んでいた?」
過ちを認めたのか、彼の声は穏やかで……その容姿は老人の物に戻っていた。
再びアーロ・ゾットを握り潰そうとしていたハロルドは、バウ・ワウの手を止めて答える。
「さあね……。こんな結末を望んでいた訳じゃなかったと思うが……投降する気になったのか?」
「判り切った事を訊いてくれるな。ここまで来て戻れる物か。私は罪を重ね過ぎた」
アーロ・ゾットに対して、ハロルドは二度投降を勧めなかった。
「あいつは……ダグは、あんたを殺せなかった。俺は、あいつが出来なかった事をやる」
「いや、貴様の手は借りん!」
止めの瞬間、コードがアーロ・ゾットを覆い隠し、球塊に引き摺り込んだ。直後、要塞が地鳴りを起こす。
「何をした!?」
「アルティメットを暴走させた。この悪魔は私の死後も、完全に破壊されるまで止まらない。貴様が何処まで出来るか、
あの世で見届けてくれる」
「悪足掻きしやがって!!」
重力制御装置の異常で、要塞内部が急激に崩れ始める。脳髄の様な球塊は、落盤に巻き込まれて姿を消した。
今からアーロ・ゾットを探し出して、生死を確認する余裕は無い。ハロルドは撤退する前に、バウ・ワウの下半身を
切り離し、ナッターに変形させる。
「あばよ……相棒」
ナッターの“正しい”使い方。ハロルドは相棒の魂に別れを告げ、バウ・ワウ・アタッカーで、来た“道”を真っ直ぐ
折り返す。振り返れば、アタッカーを呑み込む勢いで、通路が潰れて行く。それとは逆に、遥か前方の脱出口へと続く
道は、アタッカーが通り過ぎるのを待っているかの様だった。
ドドォン!
出入り口を塞いでいたコードの膿を、メガ粒子砲で吹き飛ばし、宇宙空間に飛び出る。小惑星を顧みると、ブラック
コスモスが奇形の怪物を次々と生み出していた。ある物は四肢を欠いた達磨、ある物は頭部を失くしたデュラハン、
ある物は外装の無い骸骨。その正体は、不完全なヴァルキュリアス。宙域を埋め尽くす勢いで増えるBMSの中に、
まともに戦闘が行える物は皆無であった……。
崩れ落ちる要塞内の、コードに覆われたコントロールルームで、アーロ・ゾットはリニアシートに凭れ、スクリーンを
見詰めていた。アルティメット細胞によって強化されていた肉体は、限界を迎えていた。気力を失った今、老いた彼を
支える物は何も無い。
スクリーンの中では、バウ・ワウが、コロニー連合軍の機体が、ガンダムを、連邦軍の機体を率いて戦っている。
アーロ・ゾットは泣いた。金属皮膜がカラカラと剥がれ落ちる。遠い過去に諦めた、希望の未来が、ここに在る。
しかし、その世界に自分は居ない……。皮肉である。彼を捨石にして、世界は新たな未来を掴む。未来を棄てた者が、
“棄てた未来に”捨てられるのだ。
「人を導く物はカリスマでも思想でもない、か……。自業自得とは言え、遣る瀬無い、遣る瀬無い……」
大きく溜息を吐くと、彼は幽世のダグラスに語り掛けた。
「ダグラス君、私にも彼の様な友人が居れば、違った未来があったのだろうか……? フフッ、何を言っても今更だな」
そして、自嘲の笑みを浮かべる。主を失ったアルティメットサイコガンダムとヴァルキュリアスは、“順調に”破壊されて
行った。これで良い。これで良い。彼は目を細めて、彼方に光る小さな地球を見詰める。
「ガイアよ、違えるな。私は貴様に屈したのではない。一人の男に敗けたのだ……。後は頼んだぞ、ローマン」
最期の想いを託し、アーロ・ゾットは安らかに目を閉じた。
ゴォオオオ……。
小惑星要塞は静かに砕け、無数の岩石となった。自爆したナッターが起こした衝撃波が、毛細血管の様に張り巡ら
された内部通路を伝った? 果たして、そうなのだろうか……。歓喜の声を上げる連邦兵とは対照的に、ハロルドは
無言で戦闘を続けた。彼の目には、アーロ・ゾットが自ら小惑星を破壊した様にしか見えなかった。
アーロ・ゾットは道を誤りはしたが、彼の志は常にコロニー連合を、人類の未来を想っていた。
ハロルドは銃火を追悼の灯に擬え、壊れたアルティメットサイコガンダムを中心に、木偶となったBMSを撃ち墜とし
ながら、大きく円を描いて飛び回る。
この儀式めいた行動を、連邦兵は勝利の舞と見るだろう。それで良い。それで良い。
これで33話が終わって、最後はエピローグです
保守
エピローグ投下
宇宙世紀の時代が終わって数百年、幾度目か知れない地球の危機は去った。この遠い宇宙で起きた出来事を、
地球に暮らす多くの人々は知らず、又しても真実は闇に葬られ様としていた。コロニー連合はミレーニアと指導者を
失い、地球連邦は軍戦力の大半を失い、アステロイドベルトを境にした対立は永遠に続くのか……。
しかし、未だ戦いは終わっていなかった。コロニー連合議会と地球連邦政府穏健派の取引で、ヒラル・ローマンを
始めとしたアーロ・ゾットの腹心は、戦争再開に関する裏情報を公開。連邦政府強硬派を道連れに、13階段を上る
事を決意したのである。斯くして、世紀の大逆転劇が始まった。
強硬派は地位を利用して情報封鎖を試みたが、火星の思わぬ離反もあって、全ての口を封じる事は出来ず、
その強権的な態度が逆効果となり、マスメディアを敵に回した。火消しに追われる強硬派に対して、世論は疑惑の
徹底追求を求め、遂に“戦争の再開”と“ミレーニアの悲劇”を主題に、公開裁判が行われる事となったのである。
奇しくも、ハロルド・ウェザーが天王星の軍法会議で謀反の罪に問われた同刻、運命の裁判は開廷された。
連邦裁判で、ヒラル・ローマンは戦争再開の裏取引に関わった主要人物一人一人の実名を挙げ、全てを白日の
下に曝け出した。これがアーロ・ゾットの最期の願いだったからである。強硬派の有罪が確定すれば、彼等は表舞台
から去り、穏健派が政策を主導する。しかし、そう上手く事は運ばなかった。
強硬派は裏取引を全面否定。ミレーニアの悲劇に関しても、責められるべきは聖戦団とミレーニア市長だと、声高に
主張した。これぞ長く政界に在り続ける厚顔さと言えよう。手元にある不利な証拠を処分した彼等は、“プラン”を基に
新たな証拠を“作成”して口裏を合わせ、のらりくらりと追及を躱し、疑わしきは罰せずの法に拠る。有罪判決を下す
事は困難に思われた。
「X隊の運用は適切だったと御考えですか?」
「当然だ。X隊のレーザーウェイブキャノンは、戦局を左右する破壊力を持つ、謂わば秘密兵器であり、存在自体が
極秘扱い。そう言う意味でも、判断には慎重に慎重を重ねた。攻撃許可は、ベルガドラ・マッセン女史より最前線から
逐次報告を受け、情報を精査した上での事である。しかし、我々とて出来る事なら使いたくは無かった。故に、不測の
事態に備え、抵抗を確認した場合に限ると言う制約を付けたのだ。ミレーニア市長は聖戦団の艦を匿い、武力を
以って査察を拒んだので、攻撃は致し方の無い事だったと思う」
強硬派の者は、死人に口無しを良い事に、平気な顔で嘘を並べ立てる。
何が精査だ! 初めから決まっていた事だろう! 何度、場所を忘れて立ち上がり、糾弾し様と思った事か!
(重力に魂を引かれた愚者共め……。こんな奴等とは、解り合いたいとも思わない)
ヒラル・ローマンは腸が煮え繰り返る思いを堪え、涼しい顔で彼等の言い分を聞く。
そして、内心でハロルド・ウェザーを怨んだ。希望は瞞しに過ぎなかった……。
連邦検察官の質問も、何処か手緩く感じられる。
「しかし、連邦艦隊は、先に聖戦団の艦……ヴァンダルジアを追っていた、緊急討伐隊のバージ大佐とは、一切
連絡を取り合っていませんでした。連邦軍はアステロイドベルトで一度、ヴァンダルジアを見失っているのです。
貴方は一体、どの時点でヴァンダルジアを発見したとの報告を受けたのですか?」
「……アステロイドベルトを抜け、ヒルダ群を移動中に」
「それから、後を“付けさせた”?」
「他に思惑があったかの様な言い方は止して欲しい。直ぐに追い着ける距離と速度ではなかったので、その様に
命令したに過ぎない」
「ヴァンダルジアの航行記録とは、ルートが異なりますが?」
「果たして、連合が提出した物を何処まで信用するのか、と言う事になる。その気になれば、記録など幾らでも改竄
出来る物だからな」
淡々とした遣り取りが続く。傍で聞いているだけの身が呪わしい。ローマンは膝の上の拳を固く握った。検察官の
表情には余裕さえ窺える。それが益々怒りを滾らせる。
どうでも良い様な些事まで、粗方の事を尋ね終えた検察官は、最後の最後に、デスクの上から分厚い紙の束を
取り上げた。
「肝心の質問を致しましょう。これはグィン級アルマゲスト、X隊の母艦と、連邦最高司令部との交信記録です。
確かに、貴方が仰った通り、非常に綿密な遣り取りの様子が記されています。しかし、1つ疑問に思うのです。
ここにギルバート級、ギルバート級ヴァンダルジアと何度も書いてありますが、彼等は、そして貴方は何故、
このギルバート級が聖戦団の艦、ヴァンダルジアと判ったのでしょうか?」
「聖戦団の艦には、蒼い鳥のシンボルマークがある。一目瞭然だ」
ローマンは、はっとした。検察官が口の端を僅かに吊り上げたのが判った。
「御自身で確認なさったのですか?」
「ああ。アルマゲストから送られた映像を、この目で見て、確認し、その上で、命令を下した」
大量破壊兵器の使用を許可出来るのは、連邦軍最高司令官を措いて他に無い。
今、証言している者は、間違い無く、その人だ。
「くくくっ……ははははははっ!! あっははははは!!」
ローマンは自分でも何十年振りか判らない程、久方振りに腹の底から声を上げて笑った。裁判長が顔を顰めるのが
判ったが、お構い無しに笑い続けた。聴衆の唖然とした顔が、尚、可笑しい。彼は人生の最後に、笑えるだけ笑った。
これにて完。ご愛読ありがとうございました。
乙!
次回作は?
続編の考えもありましたが、
読んでない人には分からない話になると思うので……
何か書きたくなるまで小休止です。
完結乙!超乙!
どういう形態になるにせよ、書くのは良いことだと思うので何か書いて欲しいな
蒼の残光 10.『蒼の残光』 決着
「コロニーを落とすだと!?」
『ハイバリー』で幕僚のマシューの声は絶叫に近かった。ニコラス、ルロワも声こそ出さ
ないが、顔色を蒼ざめさせて呆然と『それ』を見ていた。
直径六・四キロ、全長四十キロの巨大な円筒がシステムから切り離され、自律飛行を始
めていた。切り離されたのは三基だが、半分以上が吹き飛ばされていた一基は地球とは反
対方向に飛んでいく。ロケットモーターが破壊されて制御が利かないのだろう。
ルロワは即座にスキラッチに回線を繋いだ。
「スキラッチ中将!」
「判っている。艦隊火力を全てコロニーの破壊に向ける」
十年前、ジオンがコロニーを降下させた時にも連邦艦隊はその総火力を以って落下する
コロニーを半壊、軌道を逸すと共に被害を減じることに成功した。だが、その後の十年で
宇宙戦闘艦の役割はMSの運用ベースへとその性格を変え、艦砲射撃の重要性は特に〇〇
八三年のデラーズの叛乱以降完全に低下していた。MSの火力の進歩に比して、艦船のそ
れはあまりにも緩やかだった。
まして今落下せんとするコロニーは二基。これを実質二個艦隊分の戦力でどう止めると
言うのか。
更に、リトマネン一党は全戦力をコロニーの防衛に回し決死の抵抗を見せていた。高密
度のビームが連邦艦隊を襲い、ルロワやスキラッチの僚艦も沈められていった。
ネェル・アーガマの中ではブライトが険しい顔で戦闘指示を出していた。
「トーレス、ハイパーメガ粒子砲はまだ使えないか?」
「無理です。一度撃てば次のチャージまでの時間は短縮出来ません。このまま主砲を撃ち
続けるしかないです」
「くっ……!」
せめてΖΖがあれば。考えても無駄と思いながら、それでも考えずにはいられない。使
用不能になったコロニーレーザーをそのまま地球に投げ込むと言う可能性を今の今まで考
えていなかった自分にも腹を立てていた。
「――とにかく撃ち落とすぞ!全砲門を落下するコロニーに向けろ!」
ブライトは麾下の艦に向けても号令を発した。
そのネェル・アーガマに右腕を失ったリック・ディアスが着艦したのはその時だった。
「すまねえ、ここが一番近かったんだ」
ハッチから顔だけを出してアイゼンベルグが怒鳴った。アストナージが駆け寄り素早く
破損状態を確認する。
「ミサイルは積み直し出来ますが、右腕は予備パーツがないのでここではどうにも出来ま
せん。」
「それはいい。その代わり出来ればビームライフルの予備が欲しい。Eパックを取り替え
るより銃ごと持ち替えた方が早い」
「ジムV用しかありませんが」
「それでいい。それとゲタを貸してくれ」
「ゲタですか……?」
アストナージは眉根を寄せた。宇宙用のSFSは地上用とは運用思想が違い、戦闘宙域
の外から中長距離を先行でMSを送るための手段である。戦場の中心で使う代物ではない。
しかしアイゼンベルグはもう一度同じ要求を繰り返した。
「ゲタがいるんだ。それがもらえりゃ推進剤の補給はいらない」
アストナージの顔色が変わった。
「大尉、まさか……」
アイゼンベルグは最後まで言わせなかった。
「そうじゃねえよ、ただ、今はどんな些細な時間でも惜しいってだけだ。貸してくれりゃ
すぐに出撃(で)る。用意出来るか?」
「……判りました」
そう言うと周囲に向けて支持を出し、SFSとミサイル、それに予備のライフルだけを
用意させた。準備が終るとアイゼンベルグは短く礼を言って慌ただしく発進していった。
ユウはコントロールパネルを操作し、切り離されたコロニーのコントロールを取り戻そ
うと試みていた。しかし、一度切り離されたコロニーは外部からのコントロールは受け入
れないように出来ているらしい。
「……駄目だ。受け付けない」
「ユウ……」
「マリー、一旦艦に戻るぞ。お前を預けてからすぐにコロニーを破壊に行く」
「うん……あ、でも――」
「どうした?」
「もしかしたら……レーザーがまだ生きてるかも」
「本当か、それは?」
「多分……エネルギー供給は各コロニーに独立して設定されてるはずだから……」
ユウはまだ繋がっているコロニーのエネルギーを確認した。
「――使える」
エネルギーサプライは生きていた。しかもまだシリンダーも破壊されていない。アラン
はコロニーを切り離した後もコロニーレーザーの最後の一発を発射するつもりだったのだ。
「これでコロニーを破壊出来るぞ」
ユウは言葉にしたが、それが困難である事は自分でも判っていた。
本来この戦略兵器はその稼働に戦艦一隻分の人員を必要とする。全員がオペレーターで
はないが、巨大な砲身を六八基のロケットモーターで精密に座標を特定する作業は到底一
人の手に負える代物ではない。ましてコロニーレーザーは小回りの利く兵器ではない。動
く標的を追跡照準するような運用は初めから想定されていないのだ。
「ユウ、私にやらせて」
「馬鹿言うな」
ユウは即座に却下した。「軍人でない者に戦争をさせない」と言う信念に賭けて、マ
リーをこれ以上巻き込む気はない。
それに、マリーの消耗も気になった。何か薬物を投与されていただろう事は容易に予想
出来る。精神をこれ以上酷使する事で妻の身に何か起きてしまうのが怖い。
しかし、マリーも譲らなかった。
「あなた一人でこれで狙いをつけるのは無理よ。それは判ってるでしょう?」
「む……」
「私なら出来る。と言うより私にしか出来ないわ。ユウ、私を戦争に巻き込みたくないと
いう気持ちは嬉しいわ。でも誰かを助けるっていう時に軍人かそうでないかってそんなに
大切な事?」
ユウはついに折れた。完全に納得したわけではないが、自分一人では状況を変えられな
いのも事実だ。標的が無人で人を殺める事にはならない、と言うのも理由である。
「……判った。俺に手伝える事はあるか」
「多分司令部がコントロールを取り返そうとしてくると思う。それをカットして欲しい
の」
「判った、やってみよう」
このミノフスキー粒子下では遠隔操作を遮断する事はそれほど難しくはないだろう。専
門外も専門外だがやるしかない。
マリーがカプセルの中に戻り、サイコミュを起動させるのを確認してからユウはルロワ
に通信を行った。
『中佐か、奥方は無事か?』
「お気遣いありがとうございます。妻は無事でした。それよりも申し訳ありません、コロ
ニーの落下を止められませんでした」
『今二基のコロニーが地球に向けて進路を取っている。一基はアフリカに、もう一基は恐
らく太平洋、日本に向かっている。艦隊火力で可能な限り粉砕するしかない』
「それについてですが、今マリーが残った一基のコロニーレーザーを動かそうとしていま
す。それが出来れば一基は私達が破壊出来ます」
『本当か、それは?ならば――日本の方を任せたい』
「日本方面ですね、了解しました。そこでお願いがあるのですが、敵旗艦がコントロール
を取り返そうとしてくる事が考えられます。ミノフスキー粒子の濃度を上げジャミングを
強化して頂きたいのですが」
『判った、全艦に通達する』
通信を切ると、モニターを見つめ外部からのアクセスを監視し始めた。ミノフスキー粒
子の濃度を上げても最終的にはユウが介入を阻止しなければならなくなるだろう。
「来い……片っ端から追い返してやる」
ルーカス・アイゼンベルグはSFSに乗ったままアフリカ方面に向けて飛行中のコロ
ニーに取り付いた。
ハッチを破壊し中に侵入、内部でディアスから降りて通常のコロニーなら気象コント
ロールを行う制御室に向かった。
室内に入り、内部にその部屋には存在しない機材を見て、彼は口笛を吹いた。
「やっぱりな、あると思ったぜ」
それはコロニーのロケットモーターを直接制御するコントロール装置だった。これだけ
の巨大なシステムである。コロニー一基がトラブルを起こしても影響は極めて深刻なもの
となる。だからこそ、各コロニーに対し直接乗り込んで操縦するための設備がかならずあ
ると踏んでいたのだ。
「ロケットモーターにも入れるんだろうが、コロニー一基全体動かすとなるとやっぱここ
だろ」
アイゼンベルグはコンソールを確認し、いくつかのスイッチを操作してみた。
「……よし、これなら使える!」
信頼性を重視したのか、単純に調達能力の問題か、操作パネルは一年戦争当時のジオン
軍艦艇とほぼ同じものだった。これならば元ジオン軍人である彼に扱える。もちろん精密
にコースを取りながら進める事はユウ同様不可能だが、とにかく地球から遠ざけてしまえ
ばいいのだ。それくらいならメインとなるロケットモーター数基を操作するだけでいい。
「欲を言えばこいつをもう片方にぶち当てちまえば一石二鳥だが、そう上手くはいかねえ
だろうな」
速る気持ちを落ち着かせるように独言を呟きながらスイッチを確実に入れていった。
まず最初に探したのは外部からの介入を全て拒否し操作を室内からの直接制御のみとす
るためのスイッチだった。外部からの信号の異常によってトラブルが起こった時のため、
一切の信号入力を拒否する機能が必ずあるはずだ。
幸いそれはすぐに見つかった。
「よし、アイハブコントロール」
海賊時代は人手不足から艦艇の操縦も覚えたし、実際に動かしたこともあるが、それも
もう五年まえの話だ。ましてコロニーをロケットで動かすなど勝手が全く違う。普通なら
かなりの部分は自動化され各モーターの推力バランスなども計算されるはずだが、非常用
であるはずのこの操作機材はマニュアルな部分が明らかに多かった。
「四番をプラス3……八番をマイナス2……ここで四番プラス2に修正……くそっ六番を
マイナス1だ……」
温度調節は正常に機能しているはずのノーマルスーツの下で脇が、手の平が汗ばんでく
る。目の中にも汗が入って来たが拭かずに作業を続けた。
巨大な円筒が少しずつ角度を変え始めた。動きは遅いがアイゼンベルグの足元が船のよ
うに揺れる。
「よし、いいぞ。もう少し首を振らせて……」
外部監視用の小さなモニターを見ると、アクシズ残党軍と連邦軍が激しく撃ち合いを演
じていた。そう言えば俺がここで何をするつもりか誰にも言ってねえな、と思い出したが、
言ってはいなくてもゲタに乗って中に入る所は目撃されているだろうし、このコロニーの
挙動を見れば何をしようとしているかは気がついてくれるはずだといい方に解釈する事に
した。味方に撃たれても一発の直撃弾で即死する事はないだろう。
アイゼンベルグの目論見はあと少しで成功するところだった。首を振り、あとは再度前
進用ロケットに再点火すればコロニーは成層圏の表面をバウンドしながら宇宙の彼方に飛
んでいくはずだった。しかし、その時一発のビームがロケットモーターの一つを直撃した。
コロニーはバランスを失い狂ったように旋回を始めた。モーターの一基が破壊された事
により今まで慎重に速度を制御していた旋回運動の角速度が一気に加速したのだ。まるで
巨大なプロペラのように回転するコロニーに残党軍巡洋艦『アステカ』が接触し、艦体の
半分を引きちぎられた。
当然、中にいるアイゼンベルグもただでは済まない。バランスを崩し、激しく壁に叩き
つけられた。
「ぐあっ!?」
肩を脱臼したらしい。アイゼンベルグは壁に遠心力で押し付けられたまま肩を反対から
壁に押し当て、一度身体を浮かして勢いをつけて壁にぶつけた。鈍い音と共に関節が再び
元の位置に入る。激痛にアイゼンベルグは声も出なかった。
「――ふぅ、やはり虫のいい話だったか」
痛みに顔をしかめながら現在の状況をチェックした。回転により少しずつ当初の軌道か
らはずれているようだが、彼が意図したコースには程遠い。このままでは陸地は外れるか
もしれないが地表への落下は避けられないだろう。
更に悪い事にコロニーは何者も近づかせまいとしているかのように激しく旋回運動を続
けている。半径二十キロ以内に接近出来ない。これでは艦隊による一斉射撃も効果がある
かは疑わしい。
アイゼンベルグの顔貌に何か凄みのある笑みが浮かんだ。
「ま、しょうがねえなあ。上手く行くとは思っちゃいねえ、最初からこうしときゃ良かっ
たんだ」
そう言うや彼は部屋から飛び出し、床か天井かも判らない場所を歩きながら自分の愛機
に戻ると外ではなく内部へと機体を進ませた。
コロニーの居住区であったはずの円筒内はアルミ粒子によるコーティングにより銀一色
に輝き、空気の代わりにアルゴンガスで満たされていた。この中で一五〇〇万メガワット
の死の剣が生まれ、磨かれるのだ。その中心部に隻腕のリック・ディアスは浮かんでいた。
「さあて、派手に行くか!」
アイゼンベルグはビームライフルを一箇所に向けて集中発砲した。
卵というものは外部からの力に対しては相当に強い。大きさも殻の厚さも最大を誇るダ
チョウの卵を割るには金槌を本気で振り下ろさなければならない。しかし、そんなダチョ
ウの卵も内側からならば羽化する雛鳥が嘴でつついた程度でも亀裂が入り割れてしまう。
円や球は外と内とでそれ程までに強度が違うのだ。
外部からは不慮の隕石の衝突にも耐えられるよう設計され、破壊には数個艦隊の全火力
を要するスペースコロニーも内側からならば――。
アルミコーティングが蒸発しコロニーの内壁が剥き出しになる。ビームライフルのエネ
ルギーが切れると予備のライフルに持ち替え、更に数カ所のコーティングを暴いた。ビー
ムにより脆くなったその数カ所の内壁に向かって背中のミサイルrンチャーを一斉に浴び
せかける。
ミサイルの爆発する閃光が銀色の内壁に反射し、まるでカメラマンの群れがフラッシュ
を焚いているようだった。不活性ガスの中で爆音はどこか非現実的で、アイゼンベルグは
場違いにも綺麗な眺めだと思った。
アイゼンベルグはヘルメットを脱ぎ、ポケットの中を探り紙の箱を取り出した。タバコ
だった。
まだ封の開いていないそれの包を破り、一本取り出すと口に加え、装備されている緊急
補修用トーチで火を点けた。そして深々と煙を吸い込み――派手にむせ返った。それでも
満足したように笑ってシートに深くもたれかかった。
「これが地球でしか味わえない娯楽の味か……慣れれば癖になりそうだ」
ミサイルによって穴が穿たれ、穴と穴が亀裂で繋がり、内部からのアルゴンガスの内圧
で押し広げられる。これで放っておいてもコロニーは破裂する。
「人の生は何を為したかで決まる……か」
それはかつて、彼が新兵だった頃に配属された部隊の隊長に教えられた言葉だった。大
きな事でなくていい、命を賭けて惜しくないだけの何かを見つけ、やり遂げたなら立派な
人物だ、と。その上官は一年戦争で仲間を守るため一人殿を務め、見事なし遂げて死んだ
と聞いた。自分は何かを為せただろうか。あの世で再会出来たとして、よくやったと褒め
てくれるだろうか。
アルゴンガスが外部に向けて漏れ出し、コロニー内部は凄まじい暴風となっていた。
リック・ディアスはその中でもなお姿勢を保っていたが、そろそろ限界だった。
さて、仕上げだ。
アイゼンベルグはコロニー中心部に向けてビームライフルを構えた。そこには密閉型コ
ロニーには付き物の人工太陽――大型熱核反応炉がある。
「……勝ったぞ!」
それが彼の敬愛する人物の末期の言葉と同じであるなど彼が知る由もない。
最後の、そして最大の爆風によりコロニーが引き裂かれ、巨大な円筒は四散した。リッ
ク・ディアスは大小様々な破片と共に彼方へと飛び去り、そのまま行方知れずとなった。
「大丈夫か、マリー?」
ユウは何度目になるか判らない同じ質問を妻に向けた。マリーはその都度同じ答えを返
した。
「大丈夫よ、ユウ。もう少しで照準が終るわ」
そうは言われてもユウの不安は晴れない。これだけの規模の制御を一人の精神力のみで
行うことがどれほどの負担になるのか想像もつかない。まして今やユウは知ってしまった。
マリーはかつてその精神を怪しげな装置に封じられていた事を。この装置はマリーの精神
を再び喰らってしまうことはないだろうか?
その時、マリーが初めて質問に答える以外に言葉を発した。
「ユウ、ロックオン出来たわ!」
ユウは即座にルロワに報告した。
「提督、艦隊の退避を!撃ちます!」
艦隊が一斉に後退し二つのコロニーの間に道を開けた。ユウが振り返った。
「マリー!」
マリーの目が見開かれた。
一方のコロニーから巨大な光の柱が延び、他方のコロニーに達した。巨大な円柱が光の
柱に触れて消滅して行く。
照射が終わった時、そこにはコロニーは残骸すらも残ってはいなかった。後の記録には
「手品のように」と記されていた。
それは叛乱者が全ての手段を失ったことを意味していた。
「――どうやら、ここまでか」
ヤン・リトマネンはまるでチェスで敗北を認めるかのように落ち着いた声で呟いた。
「閣下――」
側近の者が声をかけようとするが、次の言葉が出てこない。リトマネンはその側近に向
けて穏やかな笑みを見せた。
「さて、私は自分の身に決着を着けなければならん。諸君らはよく今までこの無能に付い
て来てくれた。逃げたいものはすぐに逃げて来れ。その間は私が殿となって連邦を食い止
めてみせよう。降伏するならその後、私の首を土産にすればいい。全てをヤン・リトマネ
ンという狂人に強制された事にすれば連中も悪いようにはすまい。あまり時間はないぞ、
早く決断し実行せよ。それが私からの最後の命令だ」
しかし側近からの返答は意外なほどに速く、また明快だった。
「閣下、我々にはもう行くところなどありません。閣下と最後までお供します」
別の者が言添える。
「これは今戦場にいる者の総意です。そうでない者はとっくに離脱しております」
リトマネンは表情を消し、部下に対し深々と頭を下げた。
「よし、一人でも多く連邦の狗どもを道連れにするぞ!」
リトマネンは今度こそ生涯最後の命令を発した。
『リトマネンの叛乱』はこうして終結した。宇宙世紀〇〇九〇年一月十八日午前零時三十
八分、連邦軍の死者三三〇〇人、叛乱軍は全滅と伝えられている。
ここまで
もう後は戦後処理となるので、少しキャラ設定の裏話でも
1、ユウ・カジマ
僕はマスターシステム以降全てのセガハードを発売日に買ったほどのセガマニア。
なのでユウは特に思い入れの強いキャラです
皆川ゆか先生の小説とは意図的に変更し、モルモット隊以前は実戦経験のないテストパイロットにしたのは
そちらを本業にしておいた方が戦後も色々オリジナルな機体に乗せやすいから
コンセプトとして「シャアのアンチテーゼ」と考えています。自分の能力や見識を軍事以外の一切に向けないように
自らを律しています。
「軍隊は国家の道具、道具それ自体に善悪はない。その代わり自ら行動を起こすことも許されない」と考えています。
(だからティターンズにもエウーゴにも属していないのです)ただし、義憤はあるので、必要な戦いは上に逆らってでも
赴きます
ルーカス・アイゼンベルグ
元ジオン軍人で元海賊。海賊時代には死ぬまで口外出来ない様なえげつない悪事も行っており、エウーゴに
参加したのもティターンズに狩られた仲間の仇を討ちたいだけです。それが結果的に連邦軍に組み込まれ
元エウーゴとしてそれなりの敬意を払われる事に皮肉な気持ちを抱いています。
「蒼の残光」の登場人物は死に場所求めているようなタイプが多いですが彼が一番その傾向が強いです
当初予定では誰かの盾になって死なせるつもりでしたが、ギドが先にやってしまったので変更したのが今回
乙!
アイゼンベルグにしてもジオン残党にしても
死に場所を求める戦いの虚しさを感じるなあ
保守ではないけどエピローグがまだきれいに決まらないのでキャラ設定続き
サンドリーヌ・シェルー
サイド7からの難民から軍人になった人。WB隊の追っかけみたいなノリで軍人になった女の子。
年代を計算すると判りますが、彼女が士官学校に入ってからグリプス戦役が起こってティターンズが失脚しています。
当然士官学校の中も入学当初はティターンズ親派が幅を利かせていたはずで、一夜にしてその力関係が逆転して
学生も教官もティターンズ派が迫害され、いじめに耐えかね校内で自殺した教官の第一発見者となるにいたって
連邦やエウーゴの正義に対しても懐疑的になってしまっています。そのため彼女の忠誠心は国家体制より個人に
向かう傾向が強く、それがユウを軟禁から脱出させるための思い切った行動の原理になっています。
奨学金の返還義務が消失するまで勤めたら退官するつもりなので、軍人というより腰掛け就職のOLみたいな
言動なのもそのせいです。
ゲン・イノウエ
無口で朴訥、家族思いの「普通の人」。軍人だから死ぬ覚悟は出来ているが、だからと言って家族を残して死ぬ事は
大いに恐れる。実際の軍人だって大部分はこういう気持ちでいるでしょう。どうせ命を懸けるなら概念上の正義や
イデオロギーよりも家族や友人のために使いたい。いい意味でも悪い意味でも英雄とは真逆の存在です。
自分で書いていても「活躍したら死亡フラグなキャラ」と思えて、きっと読んでくれる人もそう思ってるんだろうなと
考えて、絶対に生き残らせて、しかも生き残ることを納得させられる活躍をさせようと頭を絞りましたw
ヤン・リトマネン
本編では割と知的な常識人ですが、初期設定では基地外でした。アクシズ内で伯爵の爵位を授かっていて、
マハラジャ・カーンからの「アフリカ大陸を荘園として与える」という口約束を現実にするためにこのテロを画策する、
という役どころでした。その方がエンタメとしはエキセントリックな話になったと思いますが、領土への執着と言って
地図眺めてニヤニヤしてるだけじゃな、と削除。結果としてアランにとってあまり手の掛からない上司になったため
さらにアランのキャラが弱くなったという……アランごめんね。
この人は明確に声優のイメージがあって、土師孝也さんの声で再生されます。
ギデオン・フリーマン
通称ギド。アランとはデラーズフリートからの、オリバーとはアクシズ合流後からの付き合いです。3人の中では
適度に遊び人で、楽観的に振舞う事で周囲の精神的な負担を軽くしたり、オリバーに対してはからかいながらも
面倒見のよい兄貴分的な立場の人物です。アイゼンベルグの好敵手としての役割もあったので途中で殺すべきか
悩みましたが、死に方として弟分を守って死ぬのは本人も悪い死に方だとは思わないんじゃないかと考えて
退場させました。もっと書きたかった男ですが、最期については自分でも納得行くように書けたと思います。
蒼の残光 エピローグ
最後の戦後処理です
エピローグ
事後処理については「いつも通り」つつがなく行われた。
地球連邦最高評議会議長の名で叛乱の鎮圧が宣言され、その後連邦軍統合作戦本部長が
「秩序と正義は勇敢な戦士たちによって守られた」と戦死者への追悼の辞が伝えられ、全
ての戦死者に対する二階級特進が発表された。中でもコロニーを完全に粉砕するために単
身コロニーに取り付いたルーカス・アイゼンベルグについては特に銀鷲勲章が追贈され、
彼の勇敢な後半生は数日ニュースで特集される事となった。
対外的な発表だけではなく、内部的な事後処理も速やかに処理されていった。監視下に
置かれていたユウ・カジマの無断出撃とそれを幇助したジャクリーン・ファン・バイク、
サンドリーヌ・シェルーに対しては、基地の留守を預かっていたローラン・ホワイトが独
自判断で出撃命令を下した後の出来事として、お咎めはなしとなった。また、マリー・カ
ジマとアクシズ残党との関係についても諜報部のレオン・リーフェイの報告書には「全く
の無関係」と記述され、当然ユウに関する疑惑も潔白とされた。他の内通者の存在につい
ては「発見出来ず」とだけ報告された。
二月に入るとユウに大佐昇進の内示が出た。ほぼ時を同じくしてブライトが以前より提
唱していたジオン残党専門の討伐部隊の結成が議会に承認され、準備委員会が発足、初代
部隊長にはブライトが内定した。正式な結成は三月を予定している。
この頃になると事件は人々にとって過去のものとなり、話題に上る事も少なくなった。
そうしてジオン共和国駐留艦隊も平穏を取り戻した時、小さな変化が起きた。ホワイトが
健康を理由に辞表を提出し、即日退官した。官舎もその日の内に引き払うとそのままズ
ム・シティを出立。その手際の速さからかなり以前より退官を決めていたのではないかと
噂された。
二週間後、地球、コート・ダジュールの小さな家でホワイトのピストル自殺死体が発見
された。遺書にはレビル将軍の死後出世コースから外れた境遇を嘆く言葉が綴られ、一種
の欝症による自殺と断定された。妻子とは四年前に離縁していたが、遺骨は彼女が引き
取った。
「――もう引越の準備は終わってるんですか、中佐……いえ、大佐?」
シェルーが階級を訂正した。ユウは笑って
「まだ私は中佐だ。訂正の必要はない」
と答えた。
「でも、明後日には次の任地に入って、そこで正式に任官されるんですよね?」
「まあ、そうだが、それでも今中佐である事は間違いない」
大佐昇進と同時に彼に告げられたのは第八八艦隊への異動だった。そこではMS隊だけ
でなく、艦隊副司令官として艦の運用も見る事になる。ブライト・ノアと言う例外中の例
外を除けば、彼は士官学校卒業後艦隊司令官の肩書を正式に与えられるまでのスピード記
録を塗り替える快挙を達成した。しかもMSパイロットとしてである。
「私、本当に凄い方の下で働いていたんですね!」
「別にそこまで凄いわけでは……」
「だって、その若さで艦隊副司令官ですよ。八八艦隊の副司令官なら指揮戦力はブライト
大佐のパトロール艦隊と同じか少し多いくらいじゃないですか。凄い事ですよ!」
どこまでも比較対象はブライトであるところがこの新人士官らしい。しかしその言葉は
無意識であろうがユウにとって引っ掛かっている部分を指摘していた。
新部隊設立とブライトの就任がほぼ確実な話としてユウらに伝わってきた際、まだ防衛
司令官の職にあったホワイトがユウにその話題を持ち出してきたのだ。
『私としては君のような人物がブライトの片腕になってくれれば、この新部隊の成果は大
いに高まると思うし、ブライト大佐も同じように考えていると思う。もっとも、実現する
には連邦にそれだけの度量がまだ残っている場合に限られるが』
ブライトが実際に自分を欲しているかは判らない。しかし、今回の人事で彼はブライト
と同階級となり、ブライトが望もうともその麾下に招く事は不可能になった。この人事が
ホワイトの言う『度量のなさ』の結末だとすれば、それ程までに上層部はブライトが軍閥
化を恐れている事になる。昇進に値しない者を昇進させてまでも人材を集める事を阻止す
るまでに。
「俺も買い被られたものだ」
「?すいません、聞こえませんでした」
「いや、こっちの話だ」
そう言って誤魔化した。シェルーは気にする事もなく、自分の興味を満たす事を優先し
てきた。
「向こうには何人か一緒に連れて行く事が出来るんですか?」
「認められるかは判らないが、申請はしてある。ここを弱体化させるわけにも行かないか
らせいぜい、二、三人と言うところだが」
「イノウエ大尉もここを離れるんですよね」
イノウエは予備役に入り、士官学校のMS操縦教官となることが決まっている。この基
地からはMS隊隊長と副隊長が一度にいなくなることになる。
「以前から希望は出していたようだからな。MS隊長は他から赴任する事になるだろう。
パイロットは連れて行けないと諦めているよ」
「じゃあ、ジャッキーですか?」
「彼女の意思は確認してある。許可が得られればいいんだがな」
ユウはその他に医師やカウンセラーの名前を挙げた。
「ま、無理でも構わんさ。八八艦隊のスタッフも信頼している」
「奥様はついて行かれるんですか?」
「私はここに残ってもいいと言ったのだが、どうしてもついて来ると聞かなくてね」
「それだけ仲がいいと言う事じゃないですか。そんな嫌そうに言っては可哀想ですよ?」
「……そうか、では気をつけよう」
連邦軍屈指のエースパイロットは苦笑するしかなかった。
「――大佐、最新の報告書です。ご覧になりますか?」
落ち着いた低音の声の女性が目の前の人物にそう訊ねた。質問と言うより確認を受けた
男が頷くと、秘書官と思しき女性はメモリを端末に差し報告書を表示させた。
男はモニター上の文面を素早く目を通した。美しい金髪はオールバックにされ、モニ
ターを見るために下を向いても視界を妨げないが、その為にやや目立つ額の傷が隠れる事
なく目を引く。それでもその傷が彼の整った容貌を損なう事はなかったが。
「……ほう、ブライトが」
男がブライトの名前を呼ぶ時、微かに懐かしさが混ざった。しかしそれは一瞬だった。
「しかし、アムロ・レイもユウ・カジマも麾下に加えることを許されなかったか。連邦め、
相変わらず人材を使いこなすという事を学んでいないようだな」
そう言う口元には皮肉な冷笑が浮かんでいる。半分は自信を周囲に伝えるためのポーズ
であるが、半分は本心から敵の無能を侮蔑していた。
「ズム・シティの市長から何か言ってきているか?」
「いつでも受け入れる用意がある。そう申しております」
「そうか」
満足げに短く答えた。女は思い切って、ここ数カ月間の疑問を口にしてみた。
「大佐、リトマネン艦隊になんの協力も接触もしなかった事は正しかったのでしょうか?
志を同じくする者として、協力出来たなら我が軍は質的にも量的にも強化されたと思われ
ますが」
男は報告書から目を離し、女を見て答えた。
「今の我々に彼らにしてやれる事などほとんどなかろう。彼らは今この瞬間のために準備
を重ねてきた。対して私達は今まさに決起の時に向け力を蓄えている時だ。リトマネンと
言う男はよく知っているが、もし私が自分の構想を語って聞かせれば逆に全面的な協力を
惜しまないだろうと思う。しかしそれは彼らの戦略を実現させる最大にして唯一の好機を
奪うことになってしまう。つまり、私達と彼らは志は同じでも歩調を合わせることが出来
んのだ。せいぜいが私を含めた精鋭を彼らに貸し与える程度しかしてやれる事はない」
そう言ってから、また彼はフッと笑った。
「しかし、それでもよかったかもしれんな。一兵士として戦場を駆け巡るのは嫌いではな
い。それにあのユウ・カジマ――『戦慄の蒼』と言う男、興味がある。あのブライトがア
ムロ・レイを配下に置けないならばこの男を、と望んだほどの男だ。機会があれば是非手
合わせしてみたい」
「僭越ながら大佐、お立場をご自覚なさいませ。前線で命を懸けるお姿こそが大佐の連邦
のもぐらとの違いですが、本来なら戦場で命を的にする事が許されるお体ではない事を知
るべきです」
「判っている、冗談だ。そんな怖い顔をするな」
男の口元に珍しい苦笑が浮かんだ。女は沈黙し、ややきまり悪そうに視線を逸らした。
「ただ、リトマネンは主張は素晴らしいが、やり方が甘すぎた。ナナイ、私はもうあの連
中には何も期待していないのだよ。奴らが恫喝で変わるならとっくに変わっている。粛清
する以外に人類を前に進める方策はないのだ」
男――シャア・アズナブルが人類粛清と言う最終目標を他人に明かしたのはこれが初め
てだった。さすがに驚きを隠せないナナイ・ミゲルの前で、シャアは小さく独白した。
「止められるものなら止めてみせろ、アムロ・レイ……」
ユウ・カジマの生涯最後の戦いは〇〇九三年三月の『シャアの叛乱』である。
しかし、その最後の戦いにおいてユウの行動は落下するアクシズを食い止めようとした
のみであり、その際に搭乗していたのはカラーリングも一般機と差のないジェガンであっ
た。彼がエースに相応しい活躍を見せたのは、この〇〇九〇年一月の『リトマネンの叛
乱』こそが最後であり、代名詞とも言える蒼い機体と共に「最後の『戦慄の蒼』」として
後世に語り継がれる事になるのである。
終
あとがき
これにて『蒼の残光』は終了です。長い間のお付き合いありがとうございました。元は2000年頃に手書きで書いていた同人原稿です。途中で投げ出していたものをつい続きを書き始めたのが運の尽き、
気がつくととんでもない大長編となっていました。
途中様々な人から励ましのお言葉を頂きました。これを読んでユウ・カジマに興味を持ち、皆川ゆか先生の小説を
買ったという嬉しい報告も頂きました。ゲームなどでは今でも現役、しかしあまり人物像については知られていない
ユウの人気の裾野が僅かでも僕の拙作で広がったのだとしたら、これに勝る喜びはありません。
BD‐4やハンニバル、ジムVライトアーマーなど、僕が脳内で勝手に創作したオリジナルMSをイラスト化してくれた方も
いました。絵心がなく、視覚的に表現することが出来なかった僕にとってはイラストを見る事で新たな発想が沸くことも多く、
とても刺激を受けました。
最後にこの拙作に最後までお付き合いいただいた全ての皆様に改めてお礼申し上げます。
2009年12月26日 MAMAN書き
乙!
乙!!
ラストに出るのがシャアってのが良いな
正月休みにもう一回頭からまとめて読み直して楽しもう
投下乙!
そして完結オメ!
完結乙
書いた側としてあの絵でイメージが湧いたならこれ程嬉しい事はないぜ
ハイザックのコンペの話も期待
お疲れ様!マジで!
乙でした!
新作にも期待
モーリンちゃんとアルフ・カムラが出なかったのだけが無念。
続き行きます
タイトルは仮で「ハイザック異聞録」で
謎の襲撃事件から三日。
ユウ達は基地内で待機命令を出されたまま、する事もなく過ごしていた。
あの謎の襲撃者が解決しない事には演習どころではなく、そしてそれは重慶基地の案件であ
り、応援要請がない限り手伝える事もないのである。
「しかし暇だ。いっそここを直接襲撃してくれれば要請なしでも出撃(で)られるのに」
ケン・キトソン少尉が物騒なことを言い出す。しかしその場に彼を窘める者はいない。程度
の差こそあれ現状に飽きているのは皆同じだった。
「少佐、こちらから助力を申し出ちゃいかんのですかね?」
ケンが水を向けると、階級ではこの場の最高となる技術士官は作業しているモニターから目
を離さず答えた。
「まあ、皆さんがお望みなら具申してみますが、期待はしないで下さいよ?自慢のジム・カス
タムを壊されて面子潰されていますからね、出来れば自分達だけで殲滅させようとしているで
しょうから」
「――先程から何をしているんです?」
ヤヨイ・リード少尉が訊いた。今だけではない、事件後からサエジマはずっと何かPCを
使って分析を行っていた。
「いえ、私なりに敵の戦力を分析しようと思いましてね。情報を全て頂けるわけではないので
すが、その中から過去のジオン軍のデータと突き合わせてパイロットや装備に一致するものが
ないかと」
「で、何か判りましたか?」
サエジマは肩をすくめた。
「教えてもらった以上のことはあまり出てきませんな。まず、この周辺に大規模なジオン残党
のアジトがあったと言う記録はないです」
ユウは頷いた。この周辺は一年戦争当時ジオンが完全に支配していた地域の一つだが、オ
デッサ作戦に先立ち連邦軍と大規模な戦闘が行われ、生存者はほぼ全てがオデッサまで撤退し
ていた。アフリカのように地上に取り残された者達がゲリラになる例は遥かに少ないのである。
「また、あの白と黒の縞模様ですが、一年戦争時代にあのようなパーソナルカラーを持つパイ
ロットは地上にも宇宙にも現れていません。少なくともあのカラーは戦後から使い始めたと言
う事です」
「でも、大尉の話では相当な使い手なんですよね?大尉が強敵と言う程のパイロットが全くの
無名だなんてあるんでしょうか?」
ヤヨイが疑問を口にしたが、ユウがそれを否定した。
「ジオンと連邦の戦力差を考えれば、ジオンのパイロットはほぼ全員がエースだった、とも言
える。無名のエースがいたとしても不思議ではない」
それでもあれ程の腕が埋れていたとは考えにくいがな、と内心で付け加えた。もし戦力比が
十倍以下だったら連邦は負けていたのではないか、ユウは半ば本気で考えていた。
「それと、その虎模様ですが、MSは恐らくMS‐一八ケンプファーと思われます」
「ケンプファー?完成してたのかあれ」
ケンがモニターを覗き込んだ。後世『ポケットの中の戦争』と呼ばれる事になるサイド6の
新型ガンダムを巡る攻防と謀略はこの時代完全に秘匿されていた。ケンプファーも戦後接収し
たジオン軍兵器の中に組み立て中の部品があったものの、実際に前線に送られている事はまだ
知られていないのである。
ヤヨイが言った。
「ですが、ケンプファーはビームサーベル以外全てを実体弾兵器で武装した高機動強襲攻撃が
コンセプトの機体でしたよね?私達が見たのはビームライフルにヒートソードで真逆の装備で
したけど」
サエジマは顎に手を当て、自分の回答を検証するように考え考え答えた。
「その辺りはなんとも言えませんな。設計段階と完成品でコンセプトが変わることなど珍しく
もありませんし、運用試験として特殊な装備を持っていたのかもしれません。ビーム発生デバ
イスをライフルに回した結果ビームサーベルが使えなくなった事もありえます」
一同は頷いた。一応の説明は付く。
「とにかく、どういう経緯か敵はグフやズゴック以外にもこの幻のMSを所有し、カジマ大尉
を手玉に取るほどの技倆(うで)のパイロットを擁していると言う事です。これは非常に悪い
事態であると言えるでしょうな」
穏やかな口調で辛辣な事を言うサエジマにケンは苦笑し、ユウは肩をすくめた。
「で、少佐はそれを推理してどうなさる気で?」
ケンの言葉にサエジマは当然のように答えた。
「これを元にハイザックの調整を進めます。実戦データと仮想敵の設定は兵器改良には欠かせ
ないものですから」
「テストが再開される事はありそうですか?」
ケンが訊いた。サエジマの答えは明快だった。
「期日までにテストが再開されない状況であれば、実戦参加が適うかもしれませんよ」
サエジマの声は、何故か嬉しそうだった。
そしてユウ達は、彼の言葉は後に予言だったと知る事になる。
その翌日、ユウらは突然重慶基地から非公式ながら協力要請を受けた。とりあえずサエジマ
とユウの二人が会議室に向かうと、グラナダのスタッフが既に待っていた。
「遅くなりました、早速ですがご用件を承ります」
サエジマは入ってすぐにそれだけ言って着席してしまった。ユウも仕方なく後に従って着席
する。実際に約束の時間には遅れているのだが、一切弁明する気もないと言う態度はいかがな
ものか。
重慶基地の司令官はグエンと言うアジア系のアースノイドだったが、このサエジマの態度に
明らかに不快気な表情を見せたが、何も言わず説明を始めた。
「さて、諸君達は現在新型MSの重力下試験のため我が基地に来てもらっているわけだが、承
知の通り我が基地の近辺に謎の武装集団が存在し、君たちの本来の目的を果たすことが出来ず
にいる。このような事態は君達にとっても不本意であろうし、もちろん我々としても心苦しい。
「そこでだ、諸君らに提案がある。我々と共に索敵活動に参加し、その際に同時に不整地での
運動性や大気圏内でのセンサー感度を計測し、重力下試験の一部として活用してみてはどうだ
ろうか?もちろん試験中の機体で戦闘などのリスクは負わせない。戦闘の危険がある場合は
我々が必ず引き受けよう。君達は機体試験の延長として考えてもらえればいい」
現実的な代替案を提示しているような口ぶりだが、実体はかなり身勝手な提案である。要約
すればこのようになる。
「妙な敵が現れたがどこにいるのか見当もつかない。このままでは重力下試験が未消化のまま
滞在期間が過ぎ、自分の管理能力が問われる事になる。人手も足りないからこの際手伝え。敵
制圧の手柄はこちらがもらう」
ユウはサエジマを横目で見た。サエジマは軍略に関しては無知と言うより無関心な男で、機
体のテストが出来れば敵が発見出来ようが出来まいが、最終的な功績が誰のものになろうが恐
らくは気にしない。ただ、腹芸を使うことは出来る男なので、相手の思惑に素直に乗るとも考
え難い。どう出る気か。
しかし、先に発言したのはグラナダのテストパイロットだった。
「司令官のご提案は判りました。しかし、私達の安全を保証すると仰せられましたが、私達の
ために専門の護衛部隊を用意されるのでは我々がお手伝いしても却って無用な人員を割く事に
なるのではありますまいか。我々も自分の身は自分で守りますので、最低限のサポートさえい
ただければそれで十分であります」
手柄だけ横取りは許さん、と言う事らしい。エンリケ大尉と言ったか、恐らくユウより三、
四歳年長だろう、いかにも武闘派と言った雰囲気の軍人だった。
グエンは渋面をますます険しくした。エンリケの言葉に即答せず、ユウに質問をして逸らそ
うとした。
「カジマ大尉、貴官はどう思う?遭遇戦に対し不安はないのか?」
グエンがどんな答えを期待しているか明白だったが、ユウとしてはやや複雑だった。個人と
してはエンリケに同意したいのだが、彼の隊員であるヤヨイはテストパイロットとしての経験
しかなく、先日の襲撃でも戦力にならないことがはっきりしている。どう答えるべきだろう
か?
ユウが少考していると、サエジマが先に発言を求めた。
「正直に申し上げて、我々は作戦行動の指令を受けて地球に来たわけではありません。まずは
ルナツーに報告し指示を仰ぎたいと存じます。それでよろしいでしょうか?」
グエンの顔貌はしかめすぎて目も口もシワに埋れてしまいそうだった。この提案が非公式な
のは、つまり問題をこれ以上大きくしたくないからなのだ。だから試験で必要なデータを採っ
て表向きの体裁だけは整え、応援要請を正式に出す事なく終わらせたい、と言うのが重慶側の
思惑である。サエジマはこれを――相手の思惑を判った上で――事を表沙汰にしようとしてい
るのである。
長い沈黙の後、サエジマが再び口を開いた。
「しかし、現在の通信状態では意思の疎通が完全となるまでに時間がかかり過ぎますな。判り
ました、私の判断でご協力しましょう。ただし、念のため参加する機体は二機のみ、護衛はあ
りがたくお受けしますが自衛手段として実戦兵器の携行と使用を認めて頂きたく思います。そ
れでいかがでしょうか?」
グエンに拒否権はなく、エンリケもこれに同意し同様の提案を行ったため、会議は決着した。
ユウとサエジマから事の成り行きを聞いた時、ケンは口笛を吹き、ヤヨイは多少の安堵を見
せた。
「まさかこの時期にハイザックで、しかも地上で実戦が出来るとは。腕が鳴りますねえ」
ケンは嬉しそうだった。今年三十歳になる彼は一年戦争も地上戦を経験しており、どちらか
と言えばテストパイロットよりも前線勤務を希望している。下士官出身で一年戦争中に戦時特
例で尉官に登った叩き上げであり、彼にとって実戦は昇進のチャンスでしかない。
一方、ヤヨイはユウと同い年、〇〇七九年七月の入隊だが、士官学校ではなく一般大学の出
で、戦争中は准尉待遇で後方勤務のみ、戦後適性を買われてテストパイロットになったため、
いかなる形でも前線勤務の経験がない。ユウだけでなくケンも戦闘となれば彼女は足手まとい
と考えていたので、サエジマの交渉術に驚きながらも感謝していた。
「ヤヨイ、あなたは私の助手をしてもらいます」
サエジマは言った。ヤヨイも素直に承諾する。本人も戦闘に参加すれば却って迷惑となる事
を自覚しているのだろう。
ユウはサエジマに具体的な部分について質問した。
「少佐、それでMSにはどんな調整をするのでしょうか?戦闘にせよ、索敵哨戒にせよ、前回
の仕様では少し心許ないのですが」
「アクティブサスペンションのプログラムの変更と、あとは熱核ジェットスラスターを脚部に
装着します。他にも小改良を加えたい部分はありますが、時間もないですし、それでかなり使
い勝手は向上するはずですが」
「それで行けますかね?認めたくはないけど強いですよ、敵さん」
ケンの口調は軽薄だったが、目は笑っていなかった。サエジマはそっけなく言った。
「ケンプファーが設計書通りのスペックを発揮したとすれば、ハイザックではどう調整したと
ころでそれを上回る事は出来ませんな。もっとも、コクピット回りは確実にジオンより連邦の
それが洗練されています。ですから、戦い方次第で互角に近い戦いは可能かと思いますよ」
そう言った後、少し考え、
「ただ、ケンプファーをそう何機も所有しているとは思えません。それに恐らくですがビーム
ライフルをドライブ出来るMSはケンプファーしかないと思われます。接近戦に持ち込めば長
距離狙撃は心配ないと思います」
「……その根拠は?」
ユウが訊いた。実のところユウもビームライフルについて同じ考えを持っていたが、サエジ
マがその結論に至った理由に興味があった。
サエジマは自分の言葉を検証するようにゆっくりと、根拠を語った。
「私は戦略や戦術には疎い人間ですが、それでも狙撃用ライフルを持った兵士が自ら格闘戦を
仕掛けるべく斬り込んでくるなどと言う話はあまり聞きません。ケンプファーのパイロットが
剣を使った戦闘においてエース級である事は皆さんのお話から想像出来ますが、それでいて最
初から斬り込まず狙撃を行っていると言う事は、他に狙撃任務が行える者がいないと言う事で
す。技倆(うで)の問題とも考えられますが、ビームライフルの場合、弾道計算などの要素が
なく長距離狙撃であれば実弾よりむしろ容易ですので、この場合、ビーム兵器を扱えるMSが
ないと考えるべきでしょうな」
ユウは頷いた。彼の意見もほぼ等しい。根っからの技術者と自称するが、食えない男かもし
れない。そして同時に、この男がこの改良で戦えると言うなら信用出来ると思った。
「判りました。それでは調整についてはお任せします。お手伝い出来る事があれば何でも言い
付けて下さい」
「私からお願いするのは今夜はゆっくりと眠る事だけです。明日存分に機体を使いこなせるよ
う万全の体調にして下さい」
技術少佐はニコリともせずそう言った。
翌朝、ハイザックに乗ったユウとケンは森の中を進んでいた。
しばらくは部隊が散開せずに行動したため、グラナダのハイザックやジムカスタムについて
も観察する余裕があった。
グラナダのハイザックもビームライフルにシールドで武装しているが、そのデザインはルナ
ツーのものとは違っていた。連邦が開発中のビームスプレーガンから発展させたモデルで、ユ
ウ達が使用するゲルググと同タイプのモデルより小型で取り回しがいい。
ジムカスタムは実弾兵器だが、現在地上配備のジムを中心に採用されているサブマシンガン
型とは違い、長銃身のアサルトライフルに近い形状だった。シールドにも専用デザインを奢ら
れている。
『この寄せ集め感、連邦ぽくないですねえ』
ケンが専用回線を使って話しかけてきた。専用と言っても連邦軍が使用する回線の一つだか
ら誰に聞かれたものか判ったものではないが、聞かれる事は気にしていないようだ。
サエジマが解説する。
『公開されている限りでは、ジムのライフルは弾薬はマシンガンと共用だと解説されています。
補給の便は考慮されていますな』
「グラナダのビームライフルはどうですか?形状からビームスプレーの充電装置がそのまま使
えそうですが」
ユウが訊いた。ジムカスタムの銃が弾薬で規格化を達成しているように、ビームライフルも
インフラを活用出来るならそれは大きなメリットになるはずだ。対するサエジマの返答はほぼ
即答だった。
『二ヶ月ほど前のレポートでは、確かにそのような事が書かれていました。生産ラインもビー
ムスプレーガンのラインがそのまま使えるようです。ただ、私見としては過渡期どころか黎明
期の生産ラインを大事にしても技術が停滞するばかりだと思いますが』
ケンよりよほど不躾な物言いをする。その時、共通回線からグラナダの技術士官の声が聞こ
えてきた。
『任務中失礼。そちらのビームライフルはゲルググのものに酷似しているようですが……?』
サエジマがこれに答える。
『厳密に言えば、ゲルググではなく後継機のガルバルディが採用していたモデルです。私達は
ガルバルディの性能テストも並行して行っていますので』
『なるほど。しかし連邦に大きく遅れをとったジオンのビーム兵器の技術など研究したところ
で得るものは少ないでしょう?』
やはり会話を聞いていたらしい。ユウは肩をすくめたが、サエジマは動じなかった。
『そうでもないですな。競合相手の技術はいつでも興味があります。それがなくなったら研究
者としては終わりでは?』
意図したのかいないのか、これで相手は通信を打ち切ってしまった。ケンが噴出す声が聞こ
えた。
川に突き当たり、部隊は川上と川下の二手に分かれる事になった。
『ここまで歩行して具合はどうですか?アブソーバーをもっと引き締めることも出来ますが』
ユウは暫く考え、答えた。
「私はこのままでいいです」
『俺もこのままで』
ケンも同調した。
索敵行動は光学カメラ、赤外線探知装置、不可視光レーザー測距装置、アクティブソナーな
ど、あらゆるセンサーを用いた。元々センサーチェックは今回の重力下試験でも予定されてお
り、連邦軍にとってはデータの少ないモノアイの性能評価と言う点でも意義は大きい。
「システムオールグリーン、敵影なし。熱源反応も発見出来ず。センサーの総合実用半径……
三二〇〇メートル」
『最大半径の三分の一程度ですか。もう少し高いと思っていたのですが』
サエジマは残念そうに言った。ユウはとりなすように
「地形も遮蔽物が多いですし、やむを得ないでしょう。実用半径内であればかなり正確に地形
を検出しています。正直私の予想より高いです」
『大尉、三次元測距能力はいかがですか?』
ヤヨイが訊いてきた。ジオンのモノアイは大気圏内での信頼性で連邦軍のセンサーに劣り、
特に測距精度に難点があると言われていた。
ユウは少し困ったように答えた。
「障害物が多すぎる。測距装置が必要になるほど開けた場所がないから参考にならないな。数
値を見るより目測で判断した方が早い」
ユウは本当は、宇宙空間でもMSに頼る事なく目標との距離を目算出来た。当人は全く意識
していなかったが、どうやらそれは常人の域を超えた、NTに近い能力であるらしい。しかし、
実際の戦場においてそのようなギフテッドネス(天才)の数は多くなく、その他大多数の平均
的能力の兵士にとって必要なだけの性能を確保しなければならない。その能力故にユウだけが
気づく問題点というのも確かにあるが、多くの場合、ユウは無意識に「他人と評価が離れすぎ
ないよう」評価を調整する癖がついている。
その時、同道していた重慶基地のジムが足を止めた。
『カジマ大尉、右手に道らしきものが』
言われればユウ達が進んでいる川沿いのルートから右の森に向かって、タイヤ走行によって
出来たらしい道が続いていた。視点をMSの頭部に合わせていると気づかないが、コクピット
ビューにしていると草が生えず土が剥き出しになった轍跡が見える。ユウとケンはヘッドビュ
ーだったが、この友軍は身体に感じる揺れと視界のズレからくる『酔い』を防ぐためコクピッ
トビューで行動していたようだ。
『……怪しいですねえ』
ケンの声は何故か嬉しそうに聞こえる。ユウは念のため、重慶のパイロットに確認した。
『この先に集落があって、これはその村人の使う道、と言う事は?』
『この周辺に集落はありません。難民が不法に住み着いている可能性はありますが、水を汲む
以外にやる事がないこの場所に車で往復する理由がありません』
即答だった。ユウは暫く考えた。
『ユウ、私はあなたの判断にお任せしますよ』
サエジマが言った。ユウは決断した。
「よし、この道の先を探索する。先頭はケン、殿は私が務める。少佐は真中に入り重慶基地の
皆は少佐のトラックを前後から挟む形で護衛するように」
ケンを先頭にした一行はそのまま森に分け入っていく。ハイザックは肩のスパイクアーマー
が少し邪魔だがとりあえずは問題ない。
周囲を慎重に見渡しながら進むが、トラップやカメラの類は見当たらない。
『ケン、何か見えませんか?』
『今のところ何にも。、俺は今この先には違法居住の難民しかいないんじゃないかと思えてき
たよ』
『そうだとしても、その不法難民がMSを持っているなら話は別でしょう。油断はしないで下
さい』
『はいはい』
最後尾のユウは後方からの奇襲を警戒しつつ全体を見回していたが、やはり不振なものは見
つからなかった。
(NTならば、この先に何があるか判るものなのか?)
NTは千里眼ではない。しかし、この先に人が住んでいるとして、その相手が悪意や敵意を
持っているかは判るかもしれない。それが判るだけでもこの行軍は相当楽になるのだが――。
(――ん?)
モニターに一瞬だが何か見えた気がする。カメラをズームにしたが何もいない。気のせいか、
と思ったが彼の経験が最大限の警鐘を鳴らした。
「ケン、十時の方向に何かがいた。もう移動している、気をつけろ!」
声に反応して即座にライフルを構えたのはさすが実戦経験者と言うべきか。重慶のジムも無
防備なトラックを取り囲むように移動した。
『大尉、間違いないのですか?』
ヤヨイが訊いた。前回の戦闘の記憶が蘇っているのだろう、少し震えている。
「はっきり形まで見たわけではない。しかし不自然な光がモニターに映り込んだ」
そこである事に気がついた。
「ハイザック(こいつ)の映像は全てそっちに転送しているだろう?再生してくれれば確認出
来るはずだ」
あっ、と声が聞こえて、暫く返答がなくなった。ユウのハイザックのデータをチェックして
いるのだろう。待っているとヤヨイが出た。
『確認しました。確かに十時の方角にMSのモノアイと思われる光が確認されます』
「どこに動いたか判らないか?」
『これは――後ろ!六時です!』
言葉と同時だった。地面から太い鞭のようなものが飛び出し、ユウを襲った。完全に不意を
突かれユウは一歩飛び退いたもののスカートアーマーを切り裂かれ、ユウの動きを予想してい
なかったジムにぶつかった。
「チィ!」
僚機に侘びも入れず、鞭の襲ってきた先を目掛けビームライフルを二連射した。しかし土煙
に邪魔をされビームの威力が減衰したのか、撃ち込まれた地面には予期された程の穴も開かな
い。
「逃げられたか」
攻撃から見て敵はグフか。この短時間にあれ程の巨体を地中に潜行させるなど出来るはずが
ない。予め塹壕が掘られているのだ。
『地下かよ!どうすんだよ、パッシブソナーなんて付いてねえぞ!』
ケンが毒づく。一年戦争時にはパッシブソナーは電磁波レーダーの無効化された戦場で数少
ない有効な索敵手段だったが、それはホバートラックと言う支援車両の役目だった。
『仲間を呼びに行ったと思いますか?』
サエジマの声も緊張を含んでいる。しかし、研究一筋の非戦闘員でありながらこの状況に取
り乱さないのは大したものだ。
ユウは答えない。仲間に報告に戻った可能性はもちろんある。しかし、逆に考えれば、その
間に自分達が基地に戻って報告してしまえば数の上で連中に勝ち目はない。幸い、ここはミノ
フスキー粒子の濃度もそこそこでレーザーを飛ばすにも遮蔽物が多すぎ、基地と交信するのは
難しい。地の利を活かしてこの場で自分達を全滅出来ればその方がいいと考えるはずだ。
「少なくとも一機はまだこの場に残っているはずだ。足元にも注意を配れ」
ユウが指示した。
ケンの意見もユウと同じだった。だから彼はユウが指示したときにはもう、自分が相手の立
場ならどこに潜むかを考えていた。
仲間がいるとしてもまだ今は多勢に無勢、無理に戦いは仕掛けないはずだ。こうしてただ潜
んでいるだけでも時間稼ぎとしては有効だ。
そして援軍が来た時、最も敵を撹乱出来る地点からの攻撃、しかも最も弱い箇所――
『大尉、トラックの真下だ!』
トラックに一番近くにいた僚機は重慶のジムだったが、彼はトラックに完全に背を向けてお
り、反応が遅れた。ケンはトラックに向かって突進し、トラックを蹴り飛ばした。
『少佐、ヤヨイ、すまん!』
トラックが横転し道を外れて転がっていくと、一秒前までそのトラックがいた真下からマシ
ンガンの弾が飛び出して来て、ケンのハイザックの脚を貫通した。
『うわ、くそっ』
ケンがバランスを崩し転倒すると、ユウがサーベルを構えて猛然と突進し地面に深々と突き
立てた。実体を持たぬビームの刃を通じてもはっきりと手応えがあり、篭ったような爆発音が
地面の下で起こった。ユウは再びダッシュし、倒れたケンのハイザックを引きずってその場を
離れた。
獣道のような荒れた道が爆ぜ、巨大な地雷跡のようなクレーターが残った。
「少佐、ヤヨイ、無事か?」
ユウが呼びかけた。敵の機銃掃射を避けるためとはいえMSに蹴り飛ばされたのである。中
の乗員のダメージも大きいはずだ。
『……無傷じゃないが、生きています』
ヤヨイの声が聞こえた。サエジマの声が続く。
『……蹴飛ばすにしてももう少し手加減と言うものを……』
ユウは安堵の息を吐き、次いでケンに声を掛けた。
「よく気がついてくれた、ケン。機体のダメージは?」
『右足のアブソーバーが破損したようです。動けなくはないが、機敏な移動は無理ですね』
スラスターは無傷だったので爆発と言う事態は避けられたが、相応のダメージはあるようだ。
ジムが二機がかりでトラックを運んでくれた。ユウは少佐に訊ねた。
「この先に何かがあるのは間違いないようです。ケンやトラックもありますし、一度引き上げ
てはどうでしょうか?」
サエジマも同意見だった。
『そうですね。増援を呼んで一気に解決した方がいいかもしれません。一度戻りましょう』
しかし、その時森のより奥から信号弾が打ち上げられた。敵襲、応援求むのサインだった。
以下次回
今回は短い話にする予定で、一応次回完結です。
短編は登場人物のキャラを長編よりはっきりと立てて、必要な箇所には文字数を惜しまず、本筋から離れる部分は
思い切ってカットする決断が必要なので書いていても難しいです。
逆に長編は本筋から離れた部分でも世界観の厚みを加えるために刈り取らず入れられる反面、しっかりと起承転結を
構想した上で肉付けして行かないとただ冗漫になってしまうのでこれも難しいです。
赤川次郎先生は「長編は長い短編を書くつもりで、短編は短い長編を書くつもりで」と言っていましたが、まさにそんな感じです
乙ガンダム
おつ
もう終わってしまうのか!
77 :
AXIS:2010/01/10(日) 01:23:49 ID:WLZ0/tzC
勢いないので設定だけ投下
1.風圧で畑を耕す事のできる剛腕、土壌の性質すら瞬時に見抜く頭脳
肥料を広域に散布する為の特殊機能を携えたスーパーロボット
主人公はロボットを駆使して農地改革を目指すも、様々な困難が行く末を阻む
「何故こんなにも技術は発達しているのに貧困は絶えないんです!
僕たちが本当に戦わなければならないのは餓えではありませんか!?」
果たして立ちふさがる困難を前に、主人公は乗り越える事ができるのだろうか
2.宇宙における長距離航空技術の発展は、宇宙への躍進を夢見る人々を息づかせた
しかし地球から遠く離れた位置にコロニーができる事によって起こる権力の分散は
やがてコロニーが独自の軍を率い、対立するコロニーへと侵略する、
後にコロニー戦国時代と呼ばれる戦乱の時代を引き起こした
強者が弱者を屠る混迷の時代の中、一匹の駿馬が男を背に乗せ野を駆ける
その男こそ後のコロニー連合国家の基盤を築き上げた・・・
1は資料が集まったら書く 2は信長ガンダム、ネタ
逆じゃないのかw
しかし期待している
197氏、まとめで「連邦軍部隊が種の世界にやってきました」見ました
とても面白かったです、連載止まってるのが凄く残念です。
現在連載停止中みたいですが、再開することを凄く希望します。
>>80に同意です。
探し続けてた作品に出会えた気分。
是非再開を!
>>80 上に同じく、早期復活を切に希望。
ここの板にもガンダムSSあるとは思っとらんだ、早く続きが見たいです。
83 :
AXIS:2010/01/26(火) 00:53:47 ID:F/Hkwu9c
乙
Ifは面白いね。新訳だと思うよ。
折角MS×現代モノ書いたのに携帯もPCも規制で投下できない罠
PSPじゃキツいしなぁ・・・困った困った
>>83 シャアはまだララァを引きずっているのかな?
完全に吹っ切れてるならハマーンとも上手くやっていけるだろうけど…
>>84 避難所で代行依頼してみたら?
86 :
AXIS:2010/01/27(水) 16:02:54 ID:673FRVxK
ハイザック異聞録 最終回
ユウが到着すると同時に目の前でジムが狙撃され倒れた。周囲には既に数体のMSが転がり、
しかもハイザックも混ざっていた。
ジムが三機とハイザックが一機、ジオン製MSと交戦していた。相手はザクやズゴックで同
数の戦いでも遅れはとらないはずだが、またもビームライフルによる狙撃が優勢を覆している
ようだ。
背後からジムが追いついてきたが、飛び出そうとする僚機をユウは制止した。
「迂闊に出るな、的にされる」
しかし、目の前で味方が襲撃されている。助けに入らないわけにもいかない。せめて狙撃ポ
イントが判れば戦いようもあるが……。
更に遅れてようやくケンが到着した。ユウは待ちかねたように指示を出す。
「ケン、そこからライフルで援護に徹してくれ。俺が前に出る。遠距離からの狙撃があったら
そちらに向けて反撃するんだ」
『了解しました。一撃でやられないで下さいよ』
ユウはグラナダのハイザックと交戦中のザクに狙いを定めると、スラスターを全開にして一
気に距離を詰めた。ザクはこちらに気付いたが、いかんせん方向転換にも時間がかかりすぎる。
ユウは肩からぶつかって密着したまま相手を押し込んだ。ザクを盾にすることで狙撃手からの
攻撃を防ぐことを期待したのである。
ザクは出力の低さに反して力比べは強かった。重心の低さや足の裏の形状など、MSの構造
的な部分が影響しての長所だったが、それでも出力を突進力に特化させたハイザックのタック
ルを止めることは出来ず、勝ち上げられて数メートル後退した。
(どこだ?どこから狙っている?)
遠距離からのビーム攻撃はない。モノアイを走らせ周囲を探るがそれらしい影はない。
ザクが押し込まれたままヒートホークを振り上げた。ユウは密着したままライフルを押し付
け、零距離射撃でハイザックを撃ち抜いた。
『カジマ大尉!』
ハイザックはやはりエンリケ大尉だった。ユウは周囲を警戒しつつ返答した。
「エンリケ大尉、あの虎はどこに?」
『あそこだ、あの奥から狙っている』
エンリケが指差す先を見ると、ユウが来た道と同じような細い道――あくまでもMSが通る
にはだが――の奥に『人影』が見えた。
「距離――三五〇〇か」
大気圏内でこの距離でもMSを破壊出来るビーム兵器をこんな辺境のジオン残党が所持して
いる事に驚きを禁じ得ない。そしてハイザックの足で間合いを詰めるには少し遠すぎる距離で
あった。何よりも一直線に向かっていくしかコースがないので、格好の的となってしまう。
ユウは僚機に呼びかけた。
「ケン、そこから狙えるか?」
『狙いは付けられますが、どの程度貫通力が残っているかですね。ダメージは与えられないか
も――』
「それでいい。俺が奴の懐に飛び込むまで牽制してくれ」
言うが早いか敵に向けて突撃を開始する。ユウのハイザックのスラスターではドムのような
ホバー移動までは出来ないが、それでも地面を蹴る際にブーストをかける事で得られるスピー
ドは一年戦争時のMSを凌駕する。
(しかしそれでも……敵のほうが速い)
ユウは資料で見たケンプファーのデータと実際に剣を合わせた自分の感覚とを摺り合わせて
いった。機動力が高く、大型のビームライフルをドライブする出力も強力、しかしジオン末期
の操縦系統は性能を十分に引き出せるものではない。総合的にはイフリート改と同等と言うの
がユウの見立てだった。
翻ってハイザック。パワーではBDシリーズにも引けを取らない処まで進化しているが、機
動性は遠く及ばない。操縦系統は洗練されレスポンスも上がっているがそれでもEXAMの域
ではない。総合的にはBDシリーズには数等劣る。機体性能では不利は否めない。
ユウの隣をエンリケ機が並走している。狙撃手までの間はほぼ一直線の道があるのみで、左
右はMSより高い木々、当然ながら身を隠すような都合のいい遮蔽物などない。狙撃者から見
れば格好の的だった。
「エンリケ大尉、道の中央は開けて下さい。後方から部下が援護します」
『言われるまでもない!』
前方から光条が迸り、ユウは側面の木にギリギリまで機体を押付けて躱した。背後からケン
が応射したが、ビームのエネルギー量の違いは見た目にも明らかだ。
それでも牽制としては役割を果たしたらしく、敵からの攻撃の手が緩んだ。ユウとエンリケ
は一気に間合いを詰めようと最大加速で突進する。ついに二人は森を抜け開けた平地に出る事
が出来た。
そこは元からの平地ではなく、森を切り開いて作った人為的な場所だった。一面に同じ花が
咲き乱れている。
『これは……!』
エンリケが絶句した。ユウもその異様な光景に言葉を失う。
植えられているのはケシだった。森を伐採して作られた数ヘクタールの空間一面にケシの花
が一斉に花を咲かせていた。
『ケシだと……?こいつら、ジオン残党ではなく麻薬組織か!』
近世以降、麻薬は人類にとって永遠の敵となり、宇宙世紀の今も根絶することは出来ないま
ま今に至っている。しかしまさか連邦の軍事基地から目と鼻の先にこれほどの規模のケシ畑を
作っている事にエンリケはショックを受けたのである。
ユウは周囲を見渡した。奥に建物がいくつか見える。労働者の住居プラス、麻薬の精製工場
だろう。その右手に中型のドームが見える。ユウの記憶はそれをギャロップとカーゴと見破っ
た。これがMSの格納庫兼整備ドックだろう。
つまり、このMS達はジオンの理念を掲げて抵抗を続けるレジスタンスではなく、麻薬組織
の用心棒に過ぎないのだ。あるいは何人かは元ジオン兵ですらないかもしれない。レクチャー
さえ受ければそれなりの操縦は可能になるし、地球に取り残され、ジオンの肩書を捨てる決心
をした者でMSやギャロップを金に変える人間もいたに違いないからだ。
そのケシ畑の向こうに『奴』はいた。
でかすぎるライフルを地面に置き捨て、白と黒のストライプの機体が仁王立ちしていた。そ
の周囲にはジムやグフの残骸。ユウ達より先に交戦した部隊がいたのだ。何よりも異様だった
のは、ケンプファーを取り囲むように何本もの剣が突き立てられていた事だった。
『どうやら、残っているのはお前だけのようだな?』
エンリケが回線ではなく、スピーカーでそう呼びかけた。たしかにケンプファー以外に敵の
姿はない。ここまで踏み込まれた時点で既に撤退しているのかもしれない。
相手は答えない。その代わりに自分に一番近い場所に立てられた剣を掴み、引き抜いて両手
持ちに構えた。
『投降はしないか。よかろう!カジマ大尉、援護頼む!』
そう言うやエンリケはビームライフルを発射した。
グラナダのハイザックの持つビームライフルは純連邦製で、ビームスプレーガンを発展、改
良しビームライフルとしての体裁を整えたものだ。貫通力や収束率に課題を残すものの取回し
がよく速射性はジオンベースのルナツー仕様より高い。
ケンプファーは高速で移動しながら剣を片手に持ち替え一方の手で背中のバズーカを構え、
一発発射した。エンリケもジグザグに移動してこれを回避しながら反撃する。接近戦の強さを
一度見ているだけに出来れば射撃戦で決着を付けたいと思っている。それはユウも共通だった。
ケンプファーが二発目のバズーカ。下向きに撃たれた弾頭は地面で炸裂し派手な土煙を巻き
上げた。ケシの花に火がつき燃え広がる。
「いかん!」
ユウが声を上げた。土煙は煙幕のように視界を遮るばかりでなく、ビームの威力も減衰させ
る。しかもケシ畑の火災により熱センサーも精度を著しく下げ、敵の位置を捜索出来ない。
「エンリケ大尉、止まらないで!少しでも視界のいい所に移動しろ!」
言われるまでもなくエンリケは一つ所に留まらず移動しつつも敵の位置を探していたが、そ
の左側面から大剣が振り下ろされた。
エンリケも素早い反応でシールドを構えたが、ケンプファーのパワーと剣それ自体の質量で
ガードごと吹き飛ばされ、三歩、四歩とよろめいた。シールドごと斬られなかったのは熱セン
サーを警戒してヒートデバイスをオフにして攻撃したからだが、それでも剣の重さとMSの腕
力で有効打を打てると判断しての斬撃だった。
「やはりこいつ、戦い慣れている!」
改めて敵の危険さを認識した。素性が何者であれ、エース級と考えて戦わなければ負ける。
バランスを崩したエンリケに、白虎がなおも牙を剥いた。もう姿を隠す必要もない、手にし
た大剣にエネルギーを送り、高周波と高熱を纏った刃で斬りかかる。エンリケは銃を捨てサー
ベルを抜こうとしたがその右腕をケンプファーの熱剣に斬り飛ばされた。
一瞬無防備となったハイザックにケンプファーが止めを刺そうと剣を振り上げた。まだ一帯
に漂う土煙の上に高々と剣が掲げられる。
ユウがその瞬間を狙い、ヒートソードを狙ってビームライフルを撃った。狙い違わず剣身を
直撃し剣が真っ二つに折れた。
「エンリケ大尉、下がれ!」
言いながらライフルを連射する。かなり薄まったとは言え巻き上がった土で威力を削がれる
が、敵を近寄らせないためには十分な攻撃だった。エンリケが駆け足で下がるとケンプファー
は深追いせず、逆方向に走って別の剣を抜いた。
エンリケと入れ替わりに敵の前に出たユウは右にライフル、左はシールドを付けたまま逆手
持ちでビームサーベルを既に構えていた。
対峙するケンプファーも右手にヒートソード、左手にはマシンガンを構えている。
しばし両者はその場から動かず睨み合った。
ユウの狙いはこの剣が届かぬ距離を保って飛び道具で決着を付けることにあった。相手は剣
を使った格闘戦に明らかに自信を持っている。性能面で劣勢の機体で相手の得意な距離で戦え
ば勝ち目はない。幸いにして敵のビームライフルは高威力だが機動性に大きな犠牲を要求する
サイズだった。こちらのビームが十分に破壊力を発揮するこの距離では使えない。初速の遅い
バズーカや貫通力の低いマシンガンならユウならば撃ち勝つ自信があった。
先に動くのはどちらか?
ケンプファーが動いた。マシンガンを乱射しながら間合いを詰めてくる。ユウはシールドで
受けたが、地面に当たった弾が土を巻き上げて行く。
「二度も同じ手を!」
ユウは自分から前に踏み込んだ。逆手に構えたビームサーベルを振るい敵の攻撃にカウン
ターを狙うが、ビーム刃はただ空を斬るのみだった。
「むっ!?」
土煙の奥にケンプファーはいた。ダッシュすると見せかけ急停止し、ユウが迎撃に前に出る
のを待ったのだ。ユウの反撃が空を斬った隙を狙い再び突激を仕掛ける。
しかし、ユウも最初の一撃で決まるとは最初から思っていない。初撃が空振りした後、敵の
位置に合わせて切返しの一閃を放つ準備は出来ている。ケンプファーのヒートソードとハイ
ザックのビームサーベルの軌道が交わり、接触した。
ヒートソードの電磁波がIフィールドに干渉し、数瞬の間鍔迫り合いとなったが、出力に勝
るビームサーベルがヒートソードの刀身に食い込んだ。
ケンプファーがマシンガンを構えたがユウも同時にビームライフルを向けたため、敵は攻撃
の継続を断念し地面を蹴って後方に飛び退いた。ユウは追撃しようとしたが体勢を崩しており、
更に敵が剣を投げつけてきた事もあって断念せざるを得なかった。
既に相手は別の剣を構えている。
ユウは音に出して舌打ちした。そして改めて認めた。このパイロットは本物のエースだ。実
力においてニムバス・シュターゼンと同格かそれ以上と考えて間違いない。そして恐らくは、
闘いに魅入られている。戦争が終っても、仲間を失っても、MSに乗る事をやめられなかった
男が流れ着いたのがこの麻薬農場の用心棒だったのだ。重慶の連中は口を閉ざしていたが、今
までにもこの男の剣に掛かって死んだ同僚は何人もいたのではないか、ふとそんな事を考えた。
ユウは初めて、スピーカーのスイッチを入れた。
「闘いは楽しいか?」
返事はない。もとより期待してはいないので気にしなかった。もう一言だけ言い足した。
「闘いに死ぬのは本望か?」
返答はマシンガンの連射だった。横っ飛びでこれを避けビームライフルで応射する。この距
離でのハイザックの優位は当然敵も悟っている。どこかで距離を詰め格闘戦に持ち込むはずだ。
敵はホバー移動しつつマシンガンで牽制してくる。ユウは敵の動きから次の運動曲線を予測し、
狙い撃ちした。ビームがマシンガンに命中し爆発はしなかったもののケンプファーはいまや唯
一となっていた飛び道具を放棄せざるをえなかった。これで中間距離では完全にユウが優位に
立った。
ケンプファーはもう突進し剣の届く距離に入るしかない。スラスターを全開に突進してくる。
ハイザックではこのスピードからは逃げ切れない。近づかれる前に撃ち殺すか、逆に剣の勝負
を受けるか、二つに一つ。ユウは前者を選んだ。
ビームライフルを前に突き出し迎撃しようと連射する。敵は多少のダメージを無視してでも
自分の距離に入ろうと速度を緩めず近づいてくる。ユウもここが勝負処と確信し射撃の手を休
めない。懐に飛び込まれる前に決着を付ける、その覚悟だった。
ライフルの距離としてはやや近すぎるが剣の間合いには入っていない関係になった時、ケン
プファーの左手が動いた。何かを投げつけて来る。
「!!」
危険を感じたユウが咄嗟に右腕を引いたが、それを追いかけるようにビームライフルに何か
が巻き付いた。対MS用吸着地雷、チェーンマインだ。一体どこに隠していたと言うのか。
即座にライフルを放棄した反応の速さはさすがユウ・カジマと言うべきだろう。ライフルは
爆発したが、ハイザックのダメージは軽微だった。吸着面に向けて爆圧が集中する指向性爆薬
の効果が幸いした。もし腕に巻き付いていたなら確実に片腕を失っていたであろう。
だがその一瞬はケンプファーが自分の距離に持ち込み必殺の気迫を込めた一撃を加えるには
十分な時間だった。ユウもサーベルを右手に持ち替え、シールドで斬撃を受けようとしたが敵
の一撃は重く、シールドの下半分が斬り落とされた。
葉の部分に重さのないビームサーベルはともかく、実体剣でしかも広刃の大剣の形状をした
ヒートソードの慣性はかなり大きいはずだが、ケンプファーのパイロットは両手で扱う事で重
量と慣性を完全にコントロールしていた。ユウも格闘戦に自信がないわけではないが、先手を
とられた事で受けに回り、敵の苛烈な連撃に反撃の隙が見いだせずにいた。
(強い……!)
改めてそう思った。これほどの技倆を持ちながら今まで全くの無名である事に驚きを隠せな
い。それとも生死不明とされているエースパイロットの一人なのであろうか?
パイロットの技倆は互角、しかし機体の基本性能はケンプファーが優る。少しずつ、しかし
確実にユウが押され始めた。
「ちいっ!」
起死回生を狙ったユウの突きがケンプファーに撥ね上げられた。ハイザックが大きくバラン
スを崩す。片腕を失い傍観者となっていたエンリケはこの時、ユウの死を覚悟したと言う。
下からの斬り上げで最大の勝機を作り出したケンプファーはそのまま上段に構えた大剣を渾
身の力を込めて振り下ろした。たとえ敵がシールドを構えても盾ごと両断する勢いの、まさし
く止めの一撃だった。
ユウはシールドを構えたが、相手に向けたのは防御面ではなく、切断された下端だった。ル
ナツーでハイザックと並行して研究されているジオン製MS、ガルバルディから流用された武
装。そのシールドは単なる盾に非ず……。
剣を両手で振り上げ、前面を完全に無防備に晒したケンプファーのコクピットハッチを二発
のミサイルが直撃した。爆発はハッチを破壊し、巨体を大きく仰け反らせた。
ユウはビームサーベルを構え直し、切先をケンプファーのコクピットに向けた。
「悪く思うな」
ハイザックが右腕を突き出し、コクピットを正確に貫いた。
戦いは決着した。
エピローグ
「結局、まともな演習やテストは一つも出来ませんでしたねえ」
ケン・キトソンがしみじみと呟いた。
ルナツーに戻るための貨物用シャトル内、既に大気圏を脱出し空間航行に移っている。
ユウ達は予定の滞在期間を終え、ケンの言う通り何一つ日程を消化出来ないまま、ルナツー
に戻っているのだった。
それでも、サエジマは不満な様子もない。
「しかし意義はありましたよ。重力下での実戦データが手に入りました。まだ宇宙での実戦も
行っていないというのにこれは重要なサンプルですよ」
「そりゃそうですけど……」
「私はショックでした。ハイザックはまだジオンの最後期の性能にも負けているんですね」
ヤヨイ・リードの言葉にサエジマは少し傷つけられたようだった。彼はこう反論した。
「ケンプファーは特殊任務用と言いますか、厳密には量産機とは違いますからね。単機で一個
中隊を相手に戦うような無茶な設計思想で作られていますから、それに対して大尉が一騎打ち
で勝てたのは、パイロット個人の資質が大きいとは言え大いに誇れる戦果ですよ。ねえ、カジ
マ大尉?機体性能はそれ程の差はなかったでしょう?」
「……生き残れたのはハイザックのおかげでしょうね」
ユウは無難にそう答えた。実際には機体性能よりも隠し武器に近いシールドのミサイルが勝
負を分けた。敵がこの武器の存在に気付いたならば勝敗は逆転していたかもしれない。決着は
紙一重の差だった。
ケンが再びぼやき始めた。
「しかし連邦は大丈夫なんですかね?仮にも重要拠点からあんな目と鼻の先にあんなもの作ら
れて気がつかなかったなんて。一体どこまで無能なのやら」
「ケン、言い過ぎよ」
ヤヨイがたしなめる。内心ではケンに同感だが、軍の宇宙船の中で大声で話す内容ではない。
しかし、ケンは気にした様子もなく、
「現実的にどうやって隠れてたんですかね?基地全員が無能揃いでもない限りありえないで
しょ、あんな大掛かりなもの見落とすなんて」
サエジマは例によって自分の端末から目を離さず、何事もないかのように答えた。
「別に全員が無能である必要はないでしょう。基地の内情を知らせ、基地に対しては巡回コー
スを改竄してあの一帯を偵察ルートから外す事が出来ればいくらでもごまかせる」
ユウも含めた三人の視線がサエジマに集まる。サエジマはむしろ不思議そうな顔貌で三人を
見回した。
「ありえない事ではないでしょう?と言うより、内通者なしであんな場所で麻薬の栽培から製
造までして隠し通せるなら重慶は本物の無能揃いです。むしろ内通者がいると考えた方がまだ
救いがある。それに、基地には実弾演習の的にするためにジオンのMSやギャロップなどをス
トックしてあるものです。それを演習の度に一機か二機、余計に持ち出した事にしておいて連
中に横流しすれば連中はMSの整備や調達にも困りませんからな」
「そんな……それが事実なら大問題じゃないですか。徹底的に調査して調査しなければ――」
「それこそ今更、でしょう。ケシ畑は焼き尽くされ、重要なものはそっくり持ち去って逃亡さ
れてしまった。証拠はもう残っていないでしょう。私の推論自体、何の証拠もない憶測ですか
らね。正鵠を射ていたとしても、実際に真相を暴く事は不可能だと思いますよ」
「そんな……」
ヤヨイは納得いかないという顔をした。ケンは黙って肩をすくめ、ユウはそんなものさと溜
息を吐いた。サエジマは相変わらずのポーカーフェイスで端末を操作していた。
「連邦軍がこれでは今の秩序も長くないでしょうね。私はその日までに戦える量産機を開発し
なければ」
ハイザックはこの後、結局はグラナダ機をベースとして制式採用された。しかし政治的思惑
などからジェネレータの変更など様々な仕様変更が行われ、量産機の性能は開発初期の目標で
あるガンダムのレベルにも届かない代物となった。サエジマの目標とする生産性と性能が両立
するには、グリプス戦役のネモやバーザムの出現を待たなければならない。
了
当初から短編として構成していたため、ライバルとなるケンプファーのパイロットについて一
切語らないと言うのは既定方針でした。極端な話、ウルトラマンの怪獣的扱いです。
敵に人間味が一切ないため、因縁等余計な要素で厚みが作れないのが厳しいですが、単純に戦
闘描写に集中出来るため書いている分には楽しいです。
ケンプファーが剣を地面にありったけ突き立てておくのはモデルがあり、足利
13代将軍義輝が
暗殺される時に見せた名場面です。かなり有名な話なので多分ググると簡単に見つかると思い
ます。大剣、と書いていますが幅が広くて両手持ちに柄が長いだけで刀身はビームサーベルと
変わりません。形状はカツバルゲルというドイツのブロードソードと思って下さい。
MS-18E ケンプファー
ケンプファーにはビームライフル装備モデルの存在も噂されるが、本機はそう言ったモデルではなく、あくまでも強襲型MSのモデルである。
入手経路は不明だが、統合整備計画の恩恵を最大限に生かした他機種との部品の共有率の高さはこの辺境でも十分な整備性を確保している。
ハードウェアには一切手を加えていないが、エネルギー消費の大きいビームライフルを使用するため、スナイプモードという特別なプログラムが
実装され、手動で2つのモードを切り替えるようになっている。
スナイプモードは運動性、機動性に振り向けるエネルギーが極端に下がるため、ライフルを持っていなくても動きが非常に緩慢になる。
武装
ビームライフル
狙撃用の大型ビームライフル。恐らくはゲルググキャノン用と思われるビームキャノンのモジュールにスコープやグリップなどをジャンクパーツから
組み込んだワンオフのライフル。この時代にして3.8メガワットという破格の出力を持つが、前述の通り大型でMSの性能を大幅に犠牲にする。
ヒートソード
本来の装備であるビームサーベルが闇ルートでは入手困難のため、代替品として制作されたヒート系兵装。発熱デバイスにはヒートホーク、
ドム用ヒートソードなどから移植している。
幅広い剣身を持つ両刃の直剣。ヒートホークよりも重く、間合いが長いため発熱させずに殴打武器として用いてもそれなりに強い。
同型の兵装は他に目撃例がないため、パイロットの希望によるカスタムと思われる。
乙!
きれいなまとまり方だと思います
95 :
創る名無しに見る名無し:2010/01/31(日) 11:40:18 ID:PSfkKEk9
過疎age
96 :
創る名無しに見る名無し:2010/02/07(日) 19:51:34 ID:j29tlNoz
てすつ
舌の根も乾かない内から前作の続きを投下する俺参上
枯れ木も山の賑わいとなれば幸い
宇宙世紀より未来、アステロイドベルトの内と外で別れる世界。
コロニー連合総代表アーロ・ゾットの惑星パイルアップ計画は未遂に終わり、地球連邦とコロニー連合は和解した。
ハロルド・ウェザー連合軍特別大佐は、軍法会議で謀反の罪に問われたが、地球連邦議会からの恩赦要請により、
特別に罪状が無効化された。彼は軍を辞めたが、本人の意思とは無関係に、政治的な影響力を持つ様になり、連合
議会の一議員、更にはコロニー連合の特別大使にまで祭り上げられた。
土星に替わる彼の新たな住居は、アステロイドベルト。小惑星要塞の残骸を利用して造られた、巨大ガンダム基地。
ハロルド・ウェザーは、アステロイドベルトの外と内を見守る番人となったのである。
しかし特別大使就任の実際は、体の良い厄介払いに過ぎなかった。偉大なるアーロ・ゾットと、その腹心を失った
コロニー連合は纏まりを欠いていた。ハロルドの存在は新たな混乱の火種になりかねない。彼を地球連邦に与した
裏切り者だと言う人間は、決して少なくないのだ。同様に連邦側にも、嘗て“土星の魔王”だったハロルドを快く思って
いない者は多い……。
平穏に見える世界、その裏で影が蠢く。地球連邦とコロニー連合の和解から半年が経過した或る日の事。
物語はガンダム基地、コロニー連合特別大使館から始まる。
「今日の天気は、どうですか?」
人の良さそうな笑顔の青年紳士が、廊下で擦れ違ったフォーマルスーツの女性に声を掛けた。
女性は肩までの金髪をアップで纏め、すらりとした長身のクールビューティー。小惑星基地に天気も何も無い事は、
お互いに知っている。彼女は、つんと澄ました顔で答えた。
「残念な事に、今日は荒れ模様です」
若い紳士は溜息を吐く。何時尋ねても、返事は曇か雨。お誘いは晴れの日が良いのだが……。
「……では、また言伝をお願い出来ますか?」
彼はデートの申し込みに来たのではない。
How is the today's Weather? これは客人が特別大使の御機嫌伺いに使う、決まり文句だ。
先程の女性、キャリーン・ネイマーは、ハロルド・ウェザーの公設秘書である。
気難しい性格の特別大使が、見ず知らずの若い女性を雇った事は、周囲の者にとっては意外だった。
彼女は秘書として有能振りを発揮し、特別大使との付き合い方も直ぐに心得たが、一方でハロルド・ウェザーとて
男なのだと噂する声が絶えなかった。断じて置くが、2人が行動を共にしているのは、飽くまで仕事上の付き合いに
過ぎない。
キャリーンは執務室のドアを開け、ハロルド・ウェザー特別大使に声を掛けた。
「地球の使者から書簡と伝言を預かりました」
「……面と向かっては言えない様な事でも書いてあるのか? 捨て置け。どうせ碌でもない事に決まっている」
ハロルドは椅子に腰掛け、山と積まれた書類に目を通しながら、キャリーンの顔を見ずに言って退ける。下らない
事には関わりたくないと言いた気な様子が、有り有りと伝わって来る言い草。
しかし、キャリーンは動じる事無く、書簡の封を開いた。
「では、失礼ですが、お先に拝読させて頂きます」
その場で、黙々と読み耽るキャリーン。
1分と経たない内に、ハロルドはデスクの上の書類を睨んだ儘で尋ねる。
「何と書いてある?」
「地球で新型試作MSの御披露目があるので、是非お出掛け下さい、と……。確かに、碌でもないと言い切れない事も
無い内容です」
「……寄越せ」
「どうぞ」
キャリーンが書簡を差し出すと、ハロルドは顔を上げて受け取る。目と目が合って奇妙な間が出来たが、ハロルドは
何事も無かったかの様に再び視線を落とし、書簡に目を通した。
「一月後か……スケジュールは空いていたな?」
「はい。真っ白です」
コロニー連合には、ハロルドの他に正式な駐地球大使が居る。何かしらのイベントが開催される時以外で、彼に声が
掛かる事は先ず無い。書類の山は、大半が大使の仕事とは無関係の物だ。
「篭り切りで退屈していた所だ。出てやるとするか」
「では、その様に」
退役後のハロルドは殆どMSに乗らず、宇宙空間に出る事も少なかった。しかし、MSの話を聞くと血が騒ぐ。
最新の地球製MSとは、どの様な物か、一目見て置きたい。彼は半年振りに、地球に降りる事に決めた。
オーストラリア大陸、GF会場。広大な荒野に造られた、巨大陸上競技場。今日は生憎の曇り空。
観覧席には、MSに興味を持つ市民が一杯に押し掛けている。反MS団体が会場周辺で騒いでいるが、それは
何時もの事。特別大使であるハロルドの席は……広いグラウンドの端、MSドライシーガーのコクピットだ。
パーソナルカラーである黄土色に塗られたMSでイベントに参加する事により、友好をアピールする。ハロルドの
アイディアという訳では無く、地球連邦側からの申し出である。こんな事で何が友好かと彼は思っていたが、本音は
肚の中に留めて置いた。これが今の仕事なのだ。
地球連邦軍の新型MSは相変わらずガンダム。高所作業台に囲まれた機体は、地味な色合いとは逆に、派手に
武装している。
「頭の悪そうなMSだ」
ドライシーガーの足元で、機体と同じ黄土色のパイロットスーツ姿のハロルドは、自分の事は棚に上げて率直な
感想を零した。それをキャリーンが咎める。
「何処で誰が聞いているかも分かりません。滅多な事は言わないで下さい」
それがどうしたと言わんばかりの態度で、外方を向くハロルド。丁度そこに、連邦の一団がやって来た。
「ハロルド・ウェザー特別大使! アステロイドベルトから遠路遥々御足労戴きまして、誠に有り難う御座います」
最初に挨拶をしたのは、新ガンダムの開発責任者。元軍人のハロルドを前に緊張しているのか、言葉が硬く、声が
上ずっている。対してハロルドは彼を一瞥しただけで、再び視線を新ガンダムに戻した。秘書のキャリーンが彼に
代わり、愛想の会釈をする。
「如何でしょう? あれが連邦の技術の粋を集めたガンダム、パーフェクトガンダムヒマワリ事、ガンダムゴールデン
サンフラワーです!」
ハロルドが新ガンダムに興味を持っていると思った開発責任者は、声を高くした。
「ゴールデン?」
疑問を呈するハロルド。彼の目に映るガンダムは、今日の天気に似た灰色。
「はい! 通常はグレーですが、搭乗者のコンディションを読み取り……」
「ハイパーモードか」
「その通りです! 全身金色に輝く、その姿は当にゴールデン・サンフラワー! 地球の危機を救ったニュータイプの
専用機、ガンダムヒマワリの後継機として最高の性能を持ち、新時代の地球連邦を象徴するMSです!」
彼のテンションに付いて行けず、ハロルドは小さく溜息を吐いた。
(……気に入らない)
地球の危機を救ったガンダムと言うなら、ΖU]だ。あの戦いで、ガンダムヒマワリは何の役割も果たしていない。
ガンダムFCCとの競合に負けた量産機崩れのΖU]より、新型試作機のヒマワリの方が華があるのは解る。高機動
戦闘MSとして一応の完成を見たΖU]より、当時試作段階だったヒマワリの方が伸び代があるのも解る。しかし、
気に入らなかった。
(祭り上げられて嬉しいか? 勘違いするなよ。お前は未だ何も成していない)
胸が痞える様な苛立たしさ。ハロルドは新ガンダムに己を重ねていた。
連邦の開発責任者は、ガンダムGSFが如何に素晴らしい性能を持ったMSであるかを延々と説く。
「サンフラワーの名の元となった、背面の48基のフィン・ファンネルは、ヒマワリの物と同じく、複数基でIフィールドを
展開する事によって、ビームビットの他に、バリア、ソード、レフレクター、スプレッダーとしても利用出来ます。
再充填可能は言うに及ばず、各々が小型ドライブを搭載しているので、稼働時間は従来の2倍、充填時間は半分!
ファンネルが使用不可能な状態に陥っても、ヒマワリと同じく、シールドにはミサイルとビームキャノン、右肩には
ハイパー・バズーカ、腰背部にはハイパー・メガ・ライフル、基本武装のビームサーベルとビームライフル、そして
頭部バルカンと、隙がありません。更には新武装として両腰脇にヴェスバー、両手と両脚は近接格闘戦用に
熱溶断液体金属が仕込んであります」
「……何でも載せりゃ良いって物じゃ無いだろう。重い上に、出力が足りなくなる」
「御心配無く! そこが技術力の魅せ所です! ガンダムFCCに採用された物と同じ小型ドライブを全身各所に
搭載しているので、重装備でも運動性は損なわれません。背面の48基のフィン・ファンネルも、推進装置として
機能するので、機動力の点でも弱点は克服しています」
「贅沢品だ」
「ははは、最初から量産化は考えていません。この機体も、実戦で使われる事は先ず無いでしょう。他にも光の翼、
シールドスラスターと言った隠し機能が……」
「誰が動かすんだ?」
ハロルドの疑問に、開発責任者は含み笑いで答える。
「フッフッフ、これだけの物を扱える者は、一人しか居りません!」
それは誰か、ハロルドには何となく予想出来た。
「御久し振りです、ハロルド・ウェザー特別大佐……えっと、今は大使でしたか?」
「“特別”大使だ」
聞き覚えのある声に、ハロルドは軽く応じて振り返る。そこにはピンクのパイロットスーツに身を包んだ少女。
しかし、彼女の姿はハロルドの記憶の中の物より、やや背が高く、大人びている。
リリル・ルラ・ラ・ロロ、類稀なる高いニュータイプ能力を持つ少女。今は機関の出自を意味する“ロロ”を捨て、
リリル・ルラと名乗っている。
「これは失礼しました、特別大使」
恭しく礼をする彼女に、ハロルドは違和感を抱かざるを得なかった。
こんな大人しい娘ではなかった筈だが、大人の慎みを覚えたのか、それとも猫を被っているのか……。
「既に御存知とは思いますが、改めて紹介させて戴きます。彼女は今回ガンダムGSFのテストパイロットに選抜された、
リリル・ルラ少佐です」
開発責任者の言葉に合わせて、リリルは再び礼をする。
「少佐?」
彼女が“リリル・ルラ・ラ・ロロ”だった頃の階級は少尉。戦後3階級の昇進は、破格の待遇である。
その裏には、もう一人の英雄、セイバー・クロスの選択があった。彼は自らの功績を語らず、全てをリリルの手柄とし、
自らは一人の戦士として在り続ける事を望んだ。
“祭り上げられる為の存在”だったリリルは、その通りに“アイドル”となったのだ。
「あの戦いの後、色々とありまして……。しかし、肩書きに負けぬ様、努力し、成長した積もりです」
「どうせ毛が生えた程度だろう?」
何気無いハロルドの一言で、空気が凍り付いた。即座に、キャリーンのヒールがハロルドの足を踏み付ける。
「い゛っ!!?」
「最低……」
同時に軽蔑の眼差しを向けられ、ハロルドは怯む。
彼の名誉の為に言って置くが、セクハラの意図を持った発言では無い。何故キャリーンが怒っているのかも、
ハロルドは解っていなかった。
小首を傾げる彼に、皆は呆れて溜息を吐くのだった。
取り敢えず、ここまで。
超設定全開&コンセプトは前と同じ、嫌いな人はコテトリNGで
読みたい人がいるか知らんけど前作うpした方が良いのかな?
いつも通りぶっ飛んだネーミングセンスで安心したぜ
こうでなくちゃな
再うpはスレをちょっと圧迫するから、とりあえず粗筋だけ書いてくれれば有難い
かなりの量があったと思うから纏めるの厳しいと思うけども出来れば頼みます
今日中に書き込みが無かったらアレンビーと結婚する
ss
人の恋路が7分で阻止された…だと…
まとめてみた奴は本編投下の後で晒す
ガガン、ゴゴォーン……。
突如、緩んだ空気を吹き飛ばす、地鳴りが響く。
一同は何事かと周囲を見回し、原因を発見して目を疑った。ガンダムGSFが作業台を薙ぎ倒し、動いているのだ!
新ガンダムはサイコミュコントロールの為、予め登録された者以外は起動すら出来ない筈。
開発責任者は声を荒げて叫んだ。
「どう言う事だ!? 誰がGSFに乗っている!!」
狼狽える連邦の一団を他所に、ガンダムGSFは怪獣映画宜しくGF会場を破壊蹂躙して行く。連邦軍最新MSの
晴れ舞台は、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄と化した。
そんな中、ハロルドは小脇に抱えたヘルメットを被って、タラップを駆け上がり、ドライシーガーに乗り込む。
「特別大使!」
「下がっていろ、キャリーン! 奴は俺が止める!」
彼は秘書の叫びを無視し、コクピットハッチを閉めた。
不謹慎ながら、ハロルド・ウェザーは非常事態を喜んでいた。死ぬのなら、勇敢に散って行った戦友達の様に、
コクピットの中で……。アステロイドベルトに封じられて老いて行くのは、真っ平御免だった。
ドライシーガーが立ち上がったのを確認したガンダムGSFは、徐に振り向いて身構える。
互いに弾倉は空。御披露目の式典で、実戦は想定していない。起動したジェネレーターからの余剰出力分を、
手持ちの武器に回してから勝負が始まる。先に起動した分、GSFの方が有利だとハロルドは解っていた。
機先を制する為、刃の無いビームトマホークを振り回し、GSFに接近する。ダメージは期待しない。
フォン……!
しかし、ガンダムGSFは後方に跳躍した後、スラスターを噴かして宙に浮き、ドライシーガーの突進を躱した。
そして反撃に上空からフィン・ファンネルを放つ!
(充填完了には早過ぎる!)
ビーム攻撃が無い事を見抜いたハロルドは、突撃して来るフィン・ファンネルをトマホークの柄で叩き落とす。
しかし、数が多い。鉄の棒切れではフィン・ファンネルを破壊する事は出来ず、幾ら捌いても限が無い。
飛行能力を持たないドライシーガーは、空中の敵には手が出せず、防戦一方にならざるを得ない。ホバリングなら
可能だが、それも地上数mが限界だ。
(奴の武装で、一撃の消費が最も少ない物は……)
ハロルドは頭の中で、開発責任者の言葉を思い返した。敵はビーム攻撃が可能になるまでの時間を稼いでいる。
カウンターを受ける可能性のある接近戦は、仕掛けて来ない。携行タイプの兵器は、本体からの充填が不可能……
となれば!
(専用シールドのビームキャノン!)
ハロルドは機体を素早くガンダムGSFの左側に回り込ませ、シールドの死角に潜った。ガンダムGSFを中心に、
時計回りに移動を続け、ビームキャノンを喰らわない様にする。
その動きを読んでいたガンダムGSFは、反時計回りに身を捩ってシールドをドライシーガーに向けた……刹那、
ドライシーガーより鋼鉄の矢が放たれる!
それはビームトマホークの柄。ガンダムGSFは飛来物に怯み、ビームキャノンの狙いを逸らしてしまった。
トマホークの柄はビームと擦れ違い、尖槍になっている石突が、見事にガンダムSGFの喉元に突き刺さる!
ガッ!
しかし、トマホークの柄は頑丈な胸部装甲板に弾かれ、浅い傷を付けただけで終わってしまった。ダメージは無に
等しい。瞬間、何を思ったか、ガンダムGSFは跳ね返ったトマホークを素早く右手で掴み取り、ぐるんと演舞の如く
大きく振り回した。
ガン、ガキン!
鈍い金属音。
ガンダムGSFを挟み撃ちにし様としていた、2基のビームトライブレードが一振で弾かれる。
ハロルドはトマホークの柄を投げ付けた直後、トライブレードを発射していた。
完全に隙を突いた攻撃だったにも拘らず、“防がれた”と言う事は、“読まれていた”のだろうか……?
否、それにしては初動が遅かった。敵はニュータイプ、普通なら間に合わない所を、“反応された”のだ!
ビームトライブレードは、3枚のビーム刃を持つ、3基の手裏剣状射出兵器である。
実戦で使用される殆どはサイコミュ操作だが、ハロルドはプログラム制御の物を好んで使う。機械的に標的を狙うに
過ぎないので、ニュータイプでなくとも動きを読む事は然程難しくない。
先程ガンダムGSFが弾いたのは“2基”。残りの1基が来ない。1基分だけ動力が足りなかった?
……いや、違う! 地上にドライシーガーの姿が無い! ガンダムGSFは空を見上げる!
ヒュン、ヒュン、ヒュン……。
ドライシーガーは左手でビームトライブレードの内輪を掴み、ビームローターの原理で浮いていた。ガンダムGSFと
目が合うや否や、ドライシーガーは掴んでいたトライブレードを高みから投げ下ろす。浮力を失えば、落下するにも
拘らず!
“土星の魔王”として恐れられたハロルド・ウェザーだが、彼のMSパイロットとしての実力は余り知られていない。
連邦軍としては、“大軍を率いて現れる”事が厄介であり、本人の実力は然して問題としていなかった。
ニュータイプや強化人間と互角に渡り合ったと言われているが、訓練成績を数字にして表すと、どうしても見劣りする。
大戦ではバウ・ワウに乗っていた事もあり、戦績はダグラス・タウンあっての物との評価される事が多かった。
しかし、彼の戦いを知る者は皆、口を揃えて証言する。曰く、ハロルド・ウェザーは間違い無くコロニー連合のトップ
エースであると。
彼をトップエース足らしめたのは、奇手奇策の類である。破れ気触れと思う事勿れ。ニュータイプが優れた洞察力で
先を読むなら、予測の外を行く離れ業を! 能力に頼る事を否定し、ニュータイプに“克つ”のだ!
ガンダムGSFはトマホークの柄を投げ捨て、ビームサーベルを引き抜いて身構える。
しかし、トライブレードはガンダムに当たる前に失速した。内蔵エネルギーが切れたのだ。
これに驚いたのは、ガンダム側。ハロルドにとっては予定通り。
ドライシーガーはトライブレードを投げ下ろす動作の勢いの儘に、頭を下げてグライディングし、真上からガンダム
GSFに襲い掛かる!
ガンダムGSFはシールドから、ドライシーガーは左腕から、互いにビームキャノンを放ち、相殺……になったのは
初撃のみ。充填の速さでもGSFはドライシーガーを上回っていた。
続け様にビームキャノンを連射し、迫る敵機を撃ち墜とそうとする。
しかし、そう簡単に撃墜されるハロルドではない。スカイダイビングの様に大の字に手足を広げ、スラスターと
バーニアで姿勢を調整。手足を基点に回転する事で、落下しながらコクピットへの直撃を避ける、避ける!
右腕が落ちる。左脚が落ちる。右脚が落ちる。落ちたパーツが悉くGSFを狙う。そうなる様に真上に陣取ったのだ。
GSFは落下物を避けながら攻撃しなければならない。その分、連射が遅れる。
ガンダムGSFはドライシーガーを“仕留め切れない”。最後は機体同士の衝突。ドライシーガーは真っ逆様に急降下
を始める。GSFが今から回避行動に入っても間に合わない。
相討ち狙い? 違う。ドライシーガーの止めは決まっている。溜めに溜めた、左腕のビームキャノンだ。
衝突寸前、ドライシーガーが左腕を突き出すタイミングを狙い、ガンダムGSFは居合いの如くビームサーベルを振り
抜いた。ビームキャノンを発射しようとしていたドライシーガーの左腕は、肘から寸断される。
ガシャン!
落ちた拳がガンダムGSFの顔面を直撃した。構わない。GSFは続いて落ちて来る胴体を、ビームサーベルで受け
止める。コクピットを貫いて、串刺しに!
ズバッ!
「流石に、性能差があり過ぎた。それでも持った方だな」
ハロルドは笑う。ガンダムGSFが突き上げたサーベルは、ドライシーガーのモノアイを潰し、首を飛ばしていた。
しかし、ドライシーガーの胴体は、頭部を犠牲に、突き上げられるガンダムGSFのサーベルから軸を外していた。
残った重鉄塊がガンダムGSFと搗ち合う!
バキバキッ!
激突の衝撃に弾き出される様に、ハロルドの乗った脱出ポッドがドライシーガーの背中から飛び出す。
ガンダムGSFはドライシーガー諸共、地面に落下……しない。ビームサーベルでドライシーガーを切断し、ドライブ
全開で光の翼を広げて上昇に転じる。墜ちて行くドライシーガーの残骸を、ガンダムGSFは勝ち誇った様に見下した。
この時、ガンダムGSFのパイロットは遅蒔きながら初めて気付いた。連邦駐豪州軍のV7ガンダムが、GF会場を
完全包囲している事に……。
ハロルドは地面に落ちた脱出ポッドから這い出し、やれやれと安堵の溜息を吐いた。
何の目的があってガンダムGSFを強奪しようとしたのかは、後で判る事だろう。再び太陽系内で争いが起こる事に
なるかも知れないが、取り敢えず今日の所は、これにて一件落着。そう思ったのだが……。
ドドドドドドドドォンッ!
突如、爆音と閃光が周囲を包み込んだ。高々度から放たれた、ビームの雨。不意打ちを受けて、半数以上のV7
ガンダムが破壊された中、ハロルドが攻撃に巻き込まれずに済んだのは、運が良かったとしか言い様が無い。
咽返るような高熱と土煙の中、ハロルドは空を見上げた。ガンダムGSFが雲間から現れた艦に消えて行く。彼は
愕然とし、その後姿を見送った。
「あれは……あれは、ヴァンフォート! 何故!」
ガンダムGSFを載せて去って行く艦には、蒼い紋章。忘れる筈も無い、赤錆色のギルバート級。
第2突撃隊母艦ヴァンフォート。第1突撃隊のヴァンダルジア、第3突撃隊のヴァニッシャーと共に、突撃隊の先陣を
務めた、改造戦闘巡洋艦である。
アーロ・ゾットの死後、沈黙していた聖戦団が、今頃になって何を……。新たな波乱の予感。勇んでドライシーガーに
乗り込んだ時の様な高揚感は何処へやら、ハロルドは空虚な想いで雲の晴れ間を見詰めるのだった。
長々と失礼。
そしてこれが前作のまとめ。上手くまとまっているか自信は無い。うpロダでも使おうかと思っている。
宇宙世紀より未来。
木星・土星・天王星の宙域防衛軍からなるコロニー連合軍と、月・火星を勢力下に置く地球連邦軍との戦争があった。
地球を攻め切れなかったコロニー連合は地球連邦と終戦協定を結び、この戦争は終わった。
しかし協定の内容はコロニー連合軍の解体など実質的な連合側の敗北宣言に等しかった。
このため連合政府の不可解な譲歩に不満を持つ連合軍兵士は聖戦団となり、終戦後もテロ活動を続けた。
主人公、土星出身のコロニー連合軍エース、ハロルド・ウェザー特別大佐は、相棒であり親友であり同期であり
上司でもある木星出身のダグラス・タウン中将と共に連邦軍に捕まったが、連邦軍の青年エルンスト・ヘル少尉との
決闘の結果、無罪放免となりダグラス共々アステロイドベルトの外に帰される事になった。
しかし2人は地球を出立した途端に聖戦団の襲撃に遭い、拉致されてしまう。
聖戦団はハロルドとダグラスを連れて木星に帰ると言う。
「このままでは戦争が再開してしまう!」と慌てる2人だったが、実は戦争の再開は連邦と連合、双方の強硬派が
裏で取引をした規定路線だった。
ハロルドとダグラスは渋々ながら聖戦団と共に木星へと帰る事を承知する。
戦争の再開に反対する地球連邦軍の穏健派は緊急討伐隊を編成し、この目論見を阻止しようとした。
前戦争の撃墜王セイバー・クロス、ニュータイプ少女リリル・ルラ・ラ・ロロ、因縁のエルンスト・ヘル、そしてスイーパーの
ゴートヘッズ4人組。穏健派は小勢力ながら、実力派の面子を揃えて全力で挑む。
しかし月・火星・アステロイドベルトと撃墜の好機を逃し続け、とうとう逃げ切られてしまうのだった。
聖戦団がアステロイドベルトを越えた事で、地球連邦軍は戦争再開に向けて動いた。
反撃の間も与えず一方的に勝利するため、先制攻撃を開始。
先ずは人口1億を擁する木星の巨大コロニー・ミレーニアを跡形も無く消し去る。
連邦軍は続いて木星衛星要塞ヘーラーを攻撃しようとしたが、謎の小惑星の迎撃を受けて撤退。
その小惑星は天王星に飛んで来た彗星を改造した物。驚異の超人、コロニー連合総代表アーロ・ゾットが動かす、
連合最後の切り札だった。
実はミレーニアが攻撃される事はアーロ・ゾットの予測通りで、小惑星の正体は地球を攻撃するための要塞。
しかし小惑星要塞をアーロ・ゾット独りで動かす事は出来ず、小惑星要塞の機能を完全な物にするためには生贄が
必要だった。戦争再開の取引は彼が連邦軍の強硬派に仕掛けたブービートラップだったのだ。
アーロ・ゾットはハロルドやダグラス、聖戦団の皆が見ている前で、連邦軍を壊滅させて行く。
彼の目的は小惑星要塞を火星に打ち当てて軌道を逸らし、月と地球を巻き添えに太陽へと沈める「惑星パイルアップ
(玉突き事故)計画」の達成。
その圧倒的な力が死者の魂を利用した物と知るダグラスは単身アーロ・ゾットを止めに走ったが、命懸けの説得も
虚しく終わり彼は宇宙に散った。
そしてアステロイドベルトでの最終決戦。
連邦本軍が壊滅的な中、事の真相を知ったハロルド等の反逆もあり、火星軍と緊急討伐隊は小惑星要塞を破壊する
事に成功。コロニー連合と地球連邦は対等な条件で完全な終戦協定を結び、宇宙に静穏が戻ったのだった。
……投下開始。
ガンダムGSFが去った後、ハロルドは地球連邦軍から事情聴取を受けたが、特別大使と言う立場から長時間の
拘束は避けられた。幸い、関与を疑われている訳ではなかったので、後味の悪い思いをする事は無かったが……。
ハロルドは別件で心に膿を抱え、アステロイドベルトの特別大使館への帰路に就いた。
アステロイドベルトの特別大使館に戻ったハロルドを出迎えたのは、屈強なSPを従えた白髪の壮年男性だった。
温和な雰囲気と地味な印象の彼は、SPを止めて一人ハロルドの前に歩み出る。
「やあやあハロルド君、話は聞いたよ。大活躍だったそうじゃないか」
彼はケンダロー・サンダイン総代表代行。アーロ・ゾットの跡を継ぎ、コロニー連合のトップに立った人物である。
「ああ……ええ、まぁ……結局、逃げられましたが」
苦笑を浮かべ、歯切れの悪い返事をするハロルド。サンダイン総代表代行は笑顔だが、その目は笑っていない。
ハロルドは彼が何を言わんとしているか察したが、敢えて知らない振りをした。
率直に言って、ハロルドはサンダイン総代表代行が苦手だった。慣れない議員活動を支援して貰っている現状、
彼には頭が上がらない。立場を理由に高圧的な態度に出る輩には反発出来るが、サンダインは権力に拠った所が
無く、加えて恩があるとなれば、ハロルドは平伏するしか無かった。
ハロルドの下手な作り笑いを見た総代表代行は、彼の半歩後に控えているキャリーンに声を掛ける。
「キャリー、長い話になるから応客室を借りるよ。良いかな?」
「どうぞどうぞ」
即答した彼女を顧みて、ぎょっとするハロルド。長時間の説教が確定した瞬間だった。
特別大使館を訪れる客数の割りに、無駄に豪奢な応客室。広い密室でハロルドはサンダイン総代表代行と2人
切り、向かい合わせにソファに腰掛けた。
「……聖戦団が現れたと聞いた」
「はい」
「君が特別大使に就任した後も、その動向を気にしていたのは知っている」
総代表代行の言葉に、静かに頷くハロルド。
軍属で無くなった彼は、元同僚等を通じて聖戦団の行方を探らせていた。執務室のデスクに山と積まれた書類は、
その大半が件の報告書だった。
「聖戦団の中には、君の戦友だった者もいると……故に、心配する気持ちは解る。しかし……」
話の雲行きが怪しくなって来たのを感じ、ハロルドは俯く。
「今の君は議員で、特別大使なのだ。軍とは無関係と言って置かねば、それを材料に攻撃する者が現れる」
「はい……」
議員になったは良いが、政治の駆け引きに疎いハロルドは隙だらけだった。今回の件もメディアに嗅ぎ付けられ、
引っ掻き回される事になるだろう。しかし、彼の返事には実が篭っていない。現在の立場に固執していない彼は、
叩かれ様が降ろされ様が、痛くも痒くも無いのだ。
最高指導者からの忠言も虚しいだけ……。サンダインは大きな溜息を吐き、話題を変える。
「それとは別に……ハロルド君、何故MSに乗った?」
口調は苛立ち始めていた。
「あの時、俺以外にガンダムを止められる者は居ませんでした」
真面目な顔で、堂々と答えるハロルド。巫山戯ている訳でも、馬鹿にしている訳でも無い。彼は本気だった。
それ故に性質が悪い。サンダイン総代表代行は、再び大きな溜息を吐く。
「……何度も言うが、君は議員で特別大使だ。軍人の積もりで……否、軍人であっても、地球の事は地球の者に
任せて置けば良い」
何も答えないハロルドに、サンダインは厳しい視線を向ける。
「君は死に急いでいないか?」
ハロルドは俯いた儘、瞳を閉じた。サンダインは声の調子を落とし、寂し気に語り始める。
「ローマン、スタイラー、キーバ、ディロー、マクシアス……皆、私を置いて逝ってしまった。未来を託して……。
ハロルド・ウェザー、君は私と同じだ」
ケンダロー・サンダインは、アーロ・ゾットの腹心、最後の一人である。同志はアーロ・ゾットと共に全ての罪を被り、
この世を去った。その中でサンダインが残されたのは、偉大なる指導者亡き後の世を憂いての事。アーロ・ゾットと
共に、政治の中心に居た人物までも消えては、長い年月を掛けて纏まったコロニー連合が崩壊し兼ねなかった。
「私達は罵られ様が石を投げられ様が生き続け、コロニー連合の為に尽力せねばならない。それが遺された者の
務めだ。君の命は最早、君だけの物ではないを事を解ってくれ」
(解っていますよ……)
ハロルドは心内で答える。何度も聞いた台詞。しかし“解った”と声に出して言う事は憚られた。
本心では、戦士で在り続けたいと思っているのだ。戦いの中でしか生きられない等、そんな格好の良い事は
言えないが、常に命の危険に曝されていないと落ち着かない。
走っている間は思いもしなかった事が、足を止めた途端に降って湧き、ハロルドを苦しめた。
彼は無意識に罪悪を感じていた。多くの敵を殺し、多くの仲間が死した戦争で、自らが生き延びた事に。剰さえ
仲間の故郷を守れず、挙句の果てには主君を裏切って敵を救ったのだ。
戦いを忘れて生きる等、許される筈が無い。
殺気に囲まれ、命を脅かされる状況こそが、ハロルドの求める救いだった。それは即ち、止めた足を再び動かす事。
大洋を泳ぐ鮫の様に、緩い平和な空気では窒息死してしまう。
彼の罪を贖う場は戦場以外に無かったが、しかし、ハロルドは軍人を辞めさせられてしまった。
軍法会議で罰せられていれば、幾分気は楽だったろうが、その前に罪その物が無かった事になってしまった。
今の彼は、魂の抜け殻……。
死に急いでいるのとは何か違う。欲しているのは戦場だ。戦って戦って、戦い抜いて。戦場で軍人として死ねるなら、
どんな死に方でも構わない。他人に笑われる様な間抜けな死に方でも、逝く先は友と同じエリュシオン。……仮令、
生き延びたとしても、戦い抜いた後でなら胸を張れる。戦える以上、“未だ”平穏に生きる資格は無いのだ。
それは戦争の末に彼が生み出した、狂った信仰だった。
相変わらず無言のハロルドに、サインダインは念を押す様に言う。
「大きな戦争が終わった事で、以前より企画されていたコロニー連合外宇宙探訪団の出立が、今日から丁度1年後に
決定した。海王星より、遠い先人達を追ってケンタウルス座の方向へ。第2団のシリウスへの探訪準備も進んでいる。
コロニー連合は今日からの1年間を“何事も無く”、“平穏に”過ごさなくてはならない。旅立つ者が後ろを振り返る
様な事があってはならない。聖戦団の件は、“議員”で“特別大使”となった君には関係の無い事。戦争の後始末は、
地球連邦軍に任せて置くんだ」
最後の忠告には、静かな凄みがあった。
アーロ・ゾットの悲願だった外宇宙への旅立ち。惑星の垣根を越えた大プロジェクトを成功させれば、コロニー
連合の団結は再び強固な物になる。
コロニー連合は内政の安定の為にも必ず、これを成し遂げなければならなかった。そう、“地球を措いて”でも……。
ガンダムGSF強奪の翌々日、地球連邦軍火星オリンポス基地にて。
時間的には深夜に当たる中、マーウォルス・ザンザストン少佐はMSドック周辺を彷徨いていた。鋼鉄の兵士の
寝床は薄暗く、人っ子一人見当たらない。
連邦軍の新ガンダムが奪われた話は、緊急警戒情報として前日には既に伝わっていた。しかし、これは任務では
ない。ガンダムGSFが強奪されたにも拘らず、火星軍の上層部は警備の強化を呼び掛けなかった。聖戦団が火星を
狙わないと思っているなら、それは大きな誤りだが、マーウォルスの懸念は別の所にある。
基地周辺の警戒を強める所か、寧ろ弱める方向で調整を進めている理由とは何か?
火星政府は聖戦団と交渉し、不戦協定でも結んだのだろうか? 或いは“態と襲わせる”積もりでいる? 余り考え
たくないが、その“両方”かも知れない。聖戦団に兵器を奪わせ、地球を追い詰め様と言う……。
想像は自然と悪い方向へ進んで行く。それを払う様に、マーウォルスは軽く頭を振った。
火星は地球の子飼いとして、長年屈辱的な扱いを受けて来た。原因は地球から来た政府上層部の媚諛。火星に
送られる事は左遷と同義で、彼等は地球に戻る為に点数稼ぎを繰り返した。
それを利用した地球連邦の度重なる傲慢な要求に加え、危うく惑星パイルアップ計画の巻き添えを喰らいそうに
なった事で、火星人の鬱憤は何時爆発しても不思議でない程に溜まっていた。
ここで都合の良い事に、地球連邦軍は大艦隊を失って大幅に弱体化して居り、連邦新政府は武力行使を好まない
穏健派。人々は過去の地球に対する不満を、憚り無く口にする様になっていた。
火星を包む不穏な空気。火星政府は下克上を狙っているのでは……と、マーウォルスは危ぶむ。
彼は生まれも育ちも火星と言う、生粋の火星人。母星が地球の子飼いに甘んじている事を不甲斐無く思って居り、
何時かは地球と対等な関係になる事を目指していた。軍に入った理由も、そこにある。
火星が軽んじられるのは、単純に軍隊の力が弱いからで、軍備を増強し様にも金が無い……ならば、連邦火星軍に
籍を置く者が功績を上げ、名の知られたエースになれば、火星も地球から一目置かれる様になるのではないか?
幼き日のマーウォルスは、独立の為に戦う英雄の物語に触れ、そう言う結論に達した。仮令、有名になって地球から
召致が掛かろうと、火星の守護神で在り続け、故郷の為に戦うのだ。
それは未だ現実を知らない年頃の幼稚な夢だったが、火星は自分が守ると言う志は、今も変わっていない。
マーウォルスが許せないのは、これまで地球に諂いながら、手の平を返した連中だ。我慢の限界と喚く心情は
理解出来なくも無いが、有体に言えば地球が弱ったので噛み付いたに過ぎない。地球の自業自得とは言え、これを
自主と独立の為の蜂起とは認められなかった。
何より、火星の政府も軍も上層部は変わっていない事実がある。詰まり、地球から左遷されて来た人間が、過去の
所業を棚に上げて、民を煽動しているのだ。この儘では碌な事にならないと予感していた。
しかし、彼は一軍人。既に出来上がってしまった流れに対して何が出来ると言う訳でも無いし、火星が聖戦団を
利用して地球の更なる混乱を狙っていると言う、確たる証拠も無い。だが、そこで己の推測が思い過ごしである事を
期待するのは、逃避だと判っていた。願望に縋ってリアリズムを放棄しては、軍人失格。何かが起ころうとしている
のに、じっとしている事は出来なかった。
果たして、マーウォルスの予感は的中した。彼の予想を遥かに上回る形で……。
カッ!!
MS搬入出用の鉄扉から閃光が差し込む。運良く離れた所に居たマーウォルスは、素早く光に背を向け、親指で
耳を、残る4指で目を押さえる。俯せに倒れ込み、顎を引いて、頭を低く。
ドガァン!!
建物が揺れる程の爆発音と振動。爆風が通り過ぎた後、侵入者の正体を確認し様と顔を上げると、暗闇の中、
真っ赤に光るモノアイが見えた。コロニー連合軍の作業用MS、Qザクである。
その背後、星の無い夜空には幾隻もの巨大戦艦。ギルバート、そしてバグワム。空中待機している艦から大量の
Qザクが降下し、爆破した扉から次々とMSドックに侵入。根刮ぎガンダムを奪って行く。
基地を襲撃されるとしても、工作潜入員がMSを数体を持って行く程度にしか思っていなかったマーウォルスは、
その大胆過ぎる強奪劇を唖然と見ている事しか出来なかった。
非常事態を報せる? 誰に? アラームが鳴り響いているが、誰も駆け付ける気配が無い。そもそも基地に艦隊の
接近を許す事自体が有り得ないのだ。撃退し様にも、乗り込める機体は無いし、素手でMSに挑む訳にも行かない。
嘗て、これ程までに歯痒い思いをした事は無かった。
「畜生!!」
伽藍堂になったドックで、マーウォルスは独り、ガンダムを抱えて去り行くQザクを見送りながら、怒りに震えて
吼えるのだった。
ここまで!
完全な続編はいいな。世界観がより深くなる
しかし細かい裏設定の一つ一つを話の中で説明する機会は無さそう。
あらゆる事はパラレルの一言で片付いてしまうけれども。
大量のガンダムが強奪された火星オリンポス基地襲撃は一大事件として扱われ、現場検証には地球からも
一団が送られた。しかし、それとは対照的にコロニー連合は殆ど関心を示さず、ハロルド・ウェザー特別大使1人が
訪れたのみだった。
ドックのMS搬入出口は爆破されて居り、床は風が運んだ赤砂で埋まっていた。極寒の冷気と舞う砂塵に、防護服
無しでの長時間滞在は不可能。防護服の色と名札でしか他人を判別出来ない中、現場検証は行われる。
現場は既に火星軍検察が一通り調べ尽くした後で、地球連邦検察は所謂“お客様”。火星側の説明を聞いて
地球側が疑問点を尋ねる様子は、合同検証と言うより、地球側による火星の“監査”と言った方が正確だった。
蚊帳の外のハロルドは、暫らく彼等の遣り取りを見ていたが、やがて見飽き、ドック内を散策し始めた。
現場を見たからと言って、ハロルドに出来る事などありはしない。彼が赴く事で、この件にコロニー連合が関心を
持っているとアピール出来るが、そんな気は本人には無い。誰かの指示があった訳でも無い。彼は足を運ばずには
居られなかったのだ。
(火星にも聖戦団が居たな……)
誰の仕業なのか予想は付く。見当違いと言う事は、先ず有り得ない。ハロルドの心境は複雑だった。
「よう、土星の魔……っと、今は特別大使か」
考え事をしながら歩く彼に、声を掛ける者が居る。ハロルドは振り向き、声の主の顔を確認した。
「誰だ?」
「半年前の事を忘れる位、議員の仕事ってのは忙しいんだな。火星軍のマーウォルス・ザンザストンだ。戦後、
一度顔を会わせたろう」
「ああ、火星のエースの……。俺に何の用だ?」
漸く思い出したハロルドが口にした言葉に、マーウォルスは僅かな安心感を覚えた。
彼はマーウォルスを“火星のエース”と呼んだ。そして相変わらずの太々しい口調。公人としての自覚が浅い
証拠である。それは即ち、政界に馴染み切れていない、或いは馴染む気が全く無いと言う事。
「連合からは、他に誰か来ていないのか?」
「敬語を使えよ、軍人。他は俺の部下だけ、コロニー連合からは実質、俺1人だ」
「それは誰かの指示で?」
矢継ぎ早に続けられるマーウォルスの質問に、ハロルドは警戒と不快を露にし、返答を躊躇う。
「……だったら、どうなんだ? 余り出娑張った真似をすると、落ちるのは階級だけじゃ済まんぞ」
ハロルドは脅しを含ませ、牙を剥いた。特別大使の立場を最大限利用した、権威主義的な恐喝である。それ程、
探りを入れられるのは嫌いだった。
「失礼しました、特別大使」
確かにマーウォルスの態度は無礼だったが、しかしハロルド・ウェザー、公人の自覚が浅い癖に、権力を振るう
事は躊躇わない。マーウォルスは彼を嫌味な人間だと思い、これ以上の会話を諦めた。中級将校と特別大使とでは、
身分の差は明らか。本気で機嫌を損ねられては、国際問題に発展し兼ねない。
……或いは己の対応が拙かったか。彼の性格からして、迂遠な真似を嫌うのは想像に難くなかった事。下手な
質問をする前に、全てを話して置くべきだったかも知れない。
踵を返そうとするマーウォルスに、ハロルドは取り繕う様に言う。
「おい、待て。話があるんだろう? ここに来たのは、俺の勝手な行動だ。コロニー連合とは関係無い」
マーウォルスは呆れながらも足を止めた。これで漸く話が出来ると安堵する両者。2人は共に不器用な人間だった。
マーウォルス・ザンザストン少佐は周囲の人目を気に掛け、声を低くする。
「これは誰にも話していない事だが……。火星基地を襲撃したのは、聖戦団だ。奴等、艦隊を率いて堂々とMSを
奪いに来やがった」
「見て来たかの様な言い草だな。新手のジョークか? 聖戦団の仕業だと言うのは解るが、これだけの設備を持つ
基地が、艦隊の襲撃に気付かないのは有り得ない」
「そうさ、有り得ない……が、見たんだ。“散歩中に偶々”な……」
遠い目をするマーウォルス。ハロルドは両腕を組んで首を捻る。敬語でない事は、全く気に留めていなかった。
「俄かには信じられん。事実なら、火星は……。何故、そんな重要な事を俺に? お前は火星の人間だ。これは反逆
行為じゃないのか?」
眉を顰めて静かに問う彼に、マーウォルスは小さく笑って見せる。
「フッ、反逆か……。あんたに言われるとは思わなかった。理由を挙げるなら、あんたが何処にも、そして誰にも
属していないからだろうな。上層部に話した所で無かった事にされるのが落ちだし、地球の連中に密告すれば
火星が戦場になり兼ねん。そしてコロニー連合は聖戦団と何処まで関わっているか知れない」
「だからって俺に話しても、何もしてやれる事は無いぞ」
「……解っている。どうにもならない事でも、誰かに話さずには居られなかったんだ」
マーウォルスの信念は、軍人と個人の間で揺れていた。自ら戦争の引き鉄となる事は望む所でないが、火星政府
上層部の思惑通りにさせるべきでないとも思っている。表沙汰にすれば混乱は避けられず、隠した儘では不安が募る。
何も出来ない事が歯痒い。これは遠回しな相談でもあった。
ここで保身的なマーウォルスを責める事は出来ない。後ろ盾も無しに暴走しても、惨めな結果が残るだけ……。
アーロ・ゾットに反逆したハロルドも、連邦議会からの免罪嘆願書が無ければ、死刑になっていた可能性が高い。
「いい迷惑だ」
突き放す様な一言を発したハロルドだが、組んだ腕は解かなかった。
ケンダロー・サンダイン総代表代行の言葉を思い返せば、全てが意味深な物に思えて来る。
(また戦争が起きるのか……)
ハロルドは火星の赤い空を見上げ、心内で独り呟くのだった。
所変わって、ここは何処とも知れない地下基地。そのポートターミナル。MS奪取任務を終えて、万能戦艦バグワム
から降りたゴルカ・ニーデスを、彼と同年代と見受けられる白衣の青年が出迎える。彼の名はアッティス・レダーソン。
革命集団、“世界の夜明け”の中心人物である。
「御苦労様でした。流石は歴戦の勇士、見事な手並みです」
「泥棒を褒められても嬉かない」
アッティスの見え透いた世辞に、足を止める事無く、擦れ違い様に冷たく返すニーデス。戦士を自負する彼としては、
戦闘以外の事を賞賛されても感動出来なかった。
それは他の聖戦団員も同じ。後続の乗組員にも無視され、アッティスは肩を落として溜息を吐く。
集団の中心人物にしては余りに未熟な青年の姿を、高所から見下ろして失笑する2人の少年がいる。
「アッティスの奴、軽く遇われてやんの。無警戒の基地からMSを奪った位で煽てられても、元軍人には皮肉にしか
聞こえないって」
1人は生意気盛りの少年、ルーラー・ルラ・ル・ロロ。
「ルーラー、御子様の御召機をボロボロにして持ち帰った、お前が言えた口ではない」
そして彼を咎めたのは、年長のアルシャンジュ・リア・ル・ロロ。
2人共、革命集団に所属するニュータイプ少年兵である。
ルーラーは見下された気分になり、反発した。
「文句は自分の妹に言えよ、アルシャンジュ。情報の不備だ。あんな動きをするMSなんて、データに無かった」
何を隠そう、彼はガンダムGSFを強奪した張本人である。
「圧倒的な性能の有利があって、そんな言い訳をするのか?」
「性能差があるから大丈夫だと思って、碌に調査してなかったんだろう? お前は妹の事になると甘いからな。
シスターコンプレックスって言うんだぜ」
「姉に頭が上がらない様な奴には、言われたくない」
「あ、姉貴は関係無いだろうが!」
……啀み合うルーラーとアルシャンジュ。
2人は同じ機関出身で姉妹を持つ者同士、余り仲は良くなかった。
険悪な雰囲気の所に、1人の少女が割り込んで来る。
「これこれ、似た者同士、仲良くせんか」
「誰が似た者同士だ! こんな奴と!」
同時に振り向いて奇麗にハモる、ルーラーとアルシャンジュ。声の主を見たアルシャンジュは、襟を直した。
「み、御子様!? 失礼しました……」
「そう畏まらずとも良い、アルシャンジュ」
褐色の肌、黒い髪。神秘的な雰囲気の少女に、白いアルシャンジュは、深く頭を垂れる。
彼女はサクラ・ドミナ。革命の御子にして、世界を夜明けに導く役割を担わされた娘である。
「御子様、従者も連れずに出歩くのは、お控え下さい」
「従者なら居る。ここに」
サクラは悪びれる様子無く、背後に隠れている白い娘を隣に並ばせた。
「アルシーヴ! 駄目じゃないか、危険な所に御子様をお連れしては……」
「済みません、お兄様。御子様が、どうしてもと仰られるので」
アルシャンジュの妹、アルシーヴ・リア・ラ・ロロは謝ったが、その声には抑揚が無く、どう見ても謝っている様には
見えない。彼女は発達期に調整を受けた影響で、感情が欠落している。ニュータイプにとっては致命的な欠陥を
抱えた妹を、兄のアルシャンジュは過保護に扱っていた。
仕方無いなと言う風に、アルシャンジュは妹の頭を撫で、サクラに向き直る。
「御子様、我が儘は程々に」
「アルシャンジュは煩いな。誰に狙われている訳でも無いに、散歩くらい良いではないか」
妹馬鹿で融通の利かないアルシャンジュに、サクラは愚痴を零した。
アルシャンジュに背を押され、渋々引き返すサクラ。その後に付いて歩くアルシーヴ。
ルーラーは呆れて大きな溜息を吐く。
(何が御子様だよ……。馬鹿馬鹿しい)
“世界の夜明け”はニュータイプ研究機関の子を集めた、新興勢力である。サクラ・ドミナを御子として頭に据え、
アッティス・レダーソンが実質的な指揮を執るが……成人はアッティス唯一人で、他は皆ティーンエイジ以下。
子供だらけの、ごっご遊戯集団と言えた。
しかし、思惑が交錯する世界で、“世界の夜明け”は無視出来ない影響力を持っている。それは何故なのか……。
答えは、そう遠くない内に明らかになる。
投下、終了。
規制解除きたぁぁぁウヒョー
裏設定ってなんだ?
ともあれいつも投下乙
話は変わるがスレタイ的にむしろこのスレの住人で設定とか話とか一つの作品を作らないか?と提案してみるぜ
>>133 まず共通の設定を固めるのかな?
時代設定(UC・アナザー・まったくの新世界)
世界観・組織・MSの設定
話に必要なのはこのくらい?
それとも設定はガン無視でまず話を作って後から補足していくとか
もっとも書き手がいないと話にならないけど
最初はそんな事もやってたんだが上手く広がらず、その内長編職人が降臨してそっちメインになった
共同作業はなかなか難しいものだからなー
「だから俺達に新作ガンダムを作らせろよ」って独男板のストガンが最初だっけ
独貴板のと創発のはたぶん兄弟だと思うけどあっちのは止まってたような
種死続編
ストガン
ドルダ
どれも共同だが未完になってるな
でも共同は面白いし、スレ民が増えればいいとは思う
UCのデザインラインを感じるな、アナハイムとかの
アナザーに出てきそうな形ではない
重厚感たっぷりで凄く好みのデザイン
頭部を大きくすればもっとよくなると思う
141 :
138:2010/03/04(木) 23:08:20 ID:+8GZDDN4
>>139 逆シャアまでのUCが一番好きだからかな?一応世界観を選ばないデザインってのがコンセプトにあったんだが俺の好みが出た様だ
>>140 レス感謝
今後があるなら参考にするぜ
ここで空気を読まない俺登場。
そして投下
火星からアステロイドベルトに戻ったハロルドは、執務室でキャリーンに説教を喰らっていた。
「何故、火星に行ったのですか?」
「休暇中に何処へ行こうが、俺の勝手だ」
「届では、月に一度のカウンセリングを受ける為に、木星に行くとなっていましたが?」
「別に病気って訳じゃない。一度くらい行かなくたって、死にはしないさ」
理屈を捏ねるハロルドに、キャリーンは引き攣った笑みを見せる。彼女は相当怒っていた。
「良いですか? 議員に個人の自由と言う物は無いのです。行動は常に周囲の目を意識しなければなりません。
況して特別大使となれば、尚の事。コロニー連合の意向を無視して、勝手に……」
「意向?」
子供に言い聞かせる様なキャリーンの口調が癇に障り、ハロルドは態と疑問を口に出して講釈を遮る。
「地球には関わらない。聖戦団とは無関係。その態度を貫く様、総代表代行から仰せ付かったのでしょう?」
「どうして知っている?」
「あのタイミングでの御来訪となれば、大方の予想は付きます。貴方とは半年も付き合っているんですから」
ハロルドは外方を向いた。決まりが悪くなると、視線を逸らす癖。キャリーンは勝利を確信し、優しく諭す。
「難しい事はありません。何もしなければ良いのです。地球に関心を持ち過ぎると、重力に魂を引かれてしまいますよ」
重力に魂を引かれた儘では、空を飛べない。それは初めて無重力を体験するパイロットに投げられる、叱咤激励の
言葉。大地への依存心と、宙に浮く不安を捨て去れと言う教訓。
キャリーンの発言は、ハロルドが元軍人と知っての物だろう。地球で起こる事に気を取られて、コロニー連合への
配慮を忘れては、アステロイドベルトの外には“戻れない”との暗喩。未練を断ち切れと言っているのだ。しかし、今の
ハロルドには別の意味を持っている様に聞こえる。
アーロ・ゾットの最期を思い出し、ハロルドは俯いた。空を飛ぶ為の翼は、既に失われている。
地球の問題に関与する選択が、破滅への道だと言う事を、ハロルドは自覚していた。宇宙に進出した者にとって、
地球は災いの星でしか無いのだろうか……? 否定するに足る希望は見出せない。
一連のガンダム強奪事件から1週間後、多くの者が憂慮していた事態が、遂に起こった。
場所はアラビア半島沿岸の大都市。砂漠と海に挟まれたオアシス。よく晴れた昼下がり、街全体を暗雲が
覆い隠した。空飛ぶ円盤が上空より多数襲来したのである。その正体は、コロニー連合の大型MA、ビグ・フォ。
足の無いビグ・ザム。
全長80mに及ぶ巨大浮遊円盤は、驚異的な速度で移動し、地上数mを滑空。ビルを薙ぎ倒し進む。この巨大怪
円盤本体には強力なバリアがあるので、上空に待機している別働隊は、僚機を気にせず戦艦主砲並みのビームを
撃ち捲くる事が出来る。地球連邦軍は、この化け物MA相手に為す術が無かった。
指令のミスもある。市街地上空への侵入を許した時点で、防衛は失敗も同然だったにも拘らず、連邦アラブ軍は
都市への被害を最小限に止め様とした。この街を“諦めれば”、未だ勝機はあったろうに……。
結果、アラブ軍の決死の抵抗にも拘らず、大都市は瞬く間に廃墟と化した。
それは先の大戦での鬱憤を晴らすかの様な、軍民の差別無い徹底した“殲滅戦”だった。
破壊の限りを尽くしたビグ・フォの集団は、空高く何処かヘと去って行く。壊滅したアラブ軍に、これを追える者は
存在しなかった。犯行声明は無かったが、何者の仕業か等、火を見るより明らかだった。巨大MAに印された蒼い鳥の
紋章。これは聖戦団による“復讐”。
この破壊を記録した映像は、マスコミュニケーションを通じて地球全土に放映され、そこに暮らす人々を恐怖に
陥れた。それは命を奪われる事に対する恐怖ではない。アステロイドベルトの戦いでアーロ・ゾットが発した強大な
ニュータイプ能力を通じて、死者の無念を知らされた地球の人々は、この映像を目にして、永遠に晴れない怨み
憎しみが未だ自らに向けられ続けていると理解した。人々は贖い様の無い罪の恐ろしさに震えたのだ。
事態を重く見た連邦政府は、直ちに討伐隊を編成し、拠点の発見と即時壊滅を命じた。それと同時に月、火星、
コロニー連合に、聖戦団討伐作戦への参加協力を依頼したが……。
コロニー連合は聖戦団を非難する声明を発表した物の、共同作戦には応じず、我々は無関係の一点張り。
月と火星は自主防衛に重きを置き、地球との積極的な協力や作戦支援は明言しなかった。
国民の厭戦気分の延長から、戦力の再建が捗っていない地球連邦軍単独では、聖戦団の破壊活動に何処まで
対応し切れるか判らず、怨みを一身に受けた地球の一人負けが確定的な状況。
穏健派の連邦新政府は、発足から半年で難攻の壁に打ち当たった。
この話は当然ながら、アステロイドベルトにいるハロルドの耳にも入った。
彼は鬼の形相でデスクモニターを睨み、数時間毎に同じ内容を繰り返す衛星ニュースに、飽きもせず耳を傾ける。
動きたくても動けない彼は、隔靴掻痒の思いで無為に時を過ごしていた。時折、デスクに積まれた聖戦団の足取りを
調べ上げた資料に目を遣っては、頭を振って溜息を吐く。
事情が許すなら、今直ぐにでも地球へ降りて行きたい所だった。何処へ行く当ても無いのだが、無理でも何でも、
聖戦団に属している元同僚等に、一言物申さずには居られなかった。
何故、何故、何故! 否、理由は判っている。言葉を交わしても、擦れ違いに終わる可能性が高いことも。
しかし元同僚等に、これ以上罪を重ねて欲しくないと言う、何より強い思いがある。アーロ・ゾットを止め様とした
ダグラスも、同じ気持ちを抱えていたのかと考えると、益々じっとしては居られなかった。
公務が何だ! 立場が何だ! アーロ・ゾットは最期に言ったではないか! “何処まで出来るか見届ける”と!
コロニー連合は、俺は、卑怯な傍観者ではない!
焦りばかりが募り、ハロルドを苛立たせる。とても落ち着いては居られず、彼は気分転換に館内を徘徊する事にした。
何処へ向かっている訳でもないが、気が急いていると歩く足まで自然に速くなる。
早々に館内を巡り尽くしてしまったハロルドだったが、歩き回った所で何が解決する訳でも無く、徒に時が過ぎた事を
覚って、益々苛立つ負のスパイラル。
気を紛らわせる良い方法は無い物かと、ハロルドは思案する。
軍人時代なら、こんな時は立体MSシミュレーターに篭って、気が済むまで模擬戦闘を繰り返した物だ。しかし、
今は……。
ハロルドは途端に沈んだ気分になった。情け無い。過去の自分に、死んで行った仲間に、昔を懐かしむ今の姿など
見せられた物ではない。今日と言う日は、何が起こった訳でも無いのに、散々だった。
執務室に引き返そうとしたハロルドは、特別大使館の玄関で受付嬢に声を掛けられる。
「ウェザー特別大使、封書を預かって居ります。御本人に直接お渡しする様、仰せ付かりました」
そう言って、茶色の封筒を差し出す受付嬢。ハロルドは明らかに不機嫌そうな顔をして見せ、彼女を怯ませた。
暫しの沈黙の後、ハロルドは無言で封書を受け取る。安堵の表情を浮かべる受付嬢を他所に、彼は薄い封筒を
裏返し、差出人の名を見た。
“ゴルカ・ニーデス”。そこには、確かに、そう書かれていた。
「特別大使?」
受付嬢が、心配そうに顔を覗き込んで来る。本人に自覚は無かったが、ハロルドは蒼褪めて封筒を睨んでいた。
「いや、何でも無い。有り難う」
礼を言われた受付嬢は、益々不審がる。普段、彼が感謝を口にする事は、滅多に無いのだ。
ハロルドは彼女の反応に気付く事無く、足早に執務室へと戻った。
執務室に入ってドアを閉めるや、ハロルドは封を乱暴に破り、中を検める。書面の両端を掴んだ手が、小刻みに
震えているのは何故か……。彼は内容を何度も読み直した末、大きく息を吐いた。為すべき事は決まっていた。
翌日早朝、執務室を訪れたキャリーンは、デスクの上が奇麗に片付いているのを見て、微笑を浮かべた。
デスクの中央に置かれた、2つの封筒。休暇届と辞表を手に取り、そっと懐に仕舞い込む。
(何れは、こうなると思っていましたが……)
彼女はハロルドが既に特別大使館には居ない事を覚った。行く先が地球と言う事も。
聖戦団が姿を見せてからと言う物、ハロルドの動揺は誰の目にも明らかだった。
アステロイドベルト内の情勢が不安定で、コロニー連合が地球連邦と距離を置きたがっている現状、特別大使の
存在価値は無に等しい。彼の性格からして、無任所の儘、何時までも大人しく特別大使館に納まっていないだろうとは
思っていた。
唯一の計算外は、予想より決断が早かった事。
(馬鹿ですね)
声を立てない静かな笑みは、嘲りを含んで。その姿は誰かに似ていた。
同刻、地球連邦軍リスボン基地から西南西に約1000km、大西洋の上空。
広大な洋上を、1機のガンダムが飛んでいた。リリル・ルラの搭乗する、ガンダムヒマワリである。
リリル・ルラは、地球のニュータイプ研究機関に所属している者の中で、最も高い能力を持っている。探察予知、
共鳴干渉、サイコミュ操作、何れに於いても、彼女を上回る者は“地球上には”存在しない。
その実力故に、討伐隊での活躍も期待されていた。
しかし、それは表向きの話。リリルは哨戒に出ると言って基地を発ったが、彼女を止める者はいなかった。
所謂“アイドル”のリリルは、生粋の軍人には余り評判が宜しくなく、同時に、実戦経験の浅さから実力の面でも
疑問を持たれていた。詰まり、上層部の思惑とは逆に、現場では戦力として当てにされていなかったのだ。
……リリルが哨戒に出たのは、気紛れではない。何かを察知した訳でもない。彼女は“呼び出された”のだ。ニュー
タイプ同士の思念波を通じて。
「出て来なさい、ルーラー!」
リリルは気配を探りながら呼び掛ける。実の“弟”に。
何処までも青く広がる空と海。静けさの中、照り付ける真昼の太陽が煩い。
「ルーラー!!」
彼女は“弟”の気配を感じ、天を仰ぐ。
青い空。太陽を背に受けたMSのシルエット。花弁の様に広がったフィンファンネル。ガンダムGSF……!
腕を組んでヒマワリを見下ろす姿は威圧感溢れるが、リリルは全く脅威を感じていなかった。目の前の機体は、
ヒマワリの完全上位互換性能にも拘らず。そう、ガンダムGSFの搭乗者は彼女のよく知る人物……。
無言の“弟”に、“姉”は詰め寄る。
「何だって、あんな馬鹿な事をしたの!? 幸い、“貴方の行為では”死人が出なかったから良かった物の、間違って
人を殺していたら……!」
第一声は説教。オーストラリアでのガンダム強奪の犯人が彼だと、リリルは気付いていた。罠の可能性を承知で
ルーラーの声に応えたのは、偏に弟を思っての事。
弟は応えない。沈黙を貫く姿は、傍目には不気味に見えるが、“姉”は彼の精神状態をよく解っていた。ルーラーは
姉の強力なプレッシャーを受けて畏縮している。それが、この姉弟の力関係。
リリルは弟のルーラーに対し、尚も強気に迫る。
「今直ぐ投降して、そのガンダムを返しなさい! そうすれば未だ罪は軽くて済むわ!」
「姉さん……」
「何を迷っているの? 愚図愚図しない!」
弱々しく声を発した弟を、姉は厳しく叱り付けた。
「……嫌だよ」
「聞こえなかった。もう一度、言いなさい」
弟は確かに反発した。しかし、姉は聞こえていない振りをし、許さなかった。
「嫌だと言ったんだ! もう姉さんの言い成りは嫌なんだよ! 姉さんは俺の話を聞いてくれない!」
「そんな理由で聖戦団に手を貸したの? 呆れた……恥ずかしい奴」
「何時も……何時も、そうやって俺を見下して!」
リリルの弟、ルーラーは、優秀な姉の陰で苦しんでいた。
姉弟は機関の生まれで、両親が居ない。姉は弟の母親を兼ね様と振る舞ったが、それが弟にとっては重荷だった。
「見下す? そんな積もりは無いわ。何が不満があるなら、この場で言って御覧なさい」
確固たる自信に基づいて行動しているリリルは、弟の告白にも全く動揺しない。
そして……弟は答えられない。心身の成長と共に、独立心が芽生え始めた弟は、優秀過ぎる姉に頼る事を恥だと
思う様になり、素直に甘えられなくなった。それだけの事。しかし、それが解っていなかった。姉も同じく。
ルーラーは勢いに任せて負の感情を吐き出す。
「姉さんは良いよね! 成績優秀で、軍に入って、英雄扱いだ! でも……その陰で機関の皆が、どんな仕打ちを
受けたか、知らないだろう!」
「……何が言いたいの? 嫉妬?」
「“あの思念波”を受けたニュータイプは、感化されている虞があるからって、無理な調整を強要されて……中には
死んだ子だっているんだよ!」
弟の証言に、リリルは僅かに怯んだ。
機関の子供全員がアーロ・ゾットの強力な思念波を受けた事は、リリルも知っている。中には感受性が強過ぎる
余りに発狂したり、果てには自ら命を絶つ者まで出る大惨事だったと聞いていた。その影響で機関の子は地球の
重力を恐れる様になり、月の関連施設に移動したと……。
あの能力を受けて、アーロ・ゾットの思想に同調する者が出現した可能性は否定出来ない。機関が検査と言う名目で
思想の矯正をする事も、有り得ない事では無い。
「ニュータイプは人類の革新。人より優れた人。だからオールドタイプはニュータイプを恐れ、支配下に置こうとする。
機関はニュータイプを利用する為だけの施設だった。俺達は、もう戻らない! 強大な思念波を受けた、“あの日”!
大いなる者の洗礼を受けて目覚めた俺達は、世界に革命を起こす存在になるんだ!」
しかし、弟の口調に姉は違和感を覚えた。抑圧からの解放を通り越して、世界を導く等と言う発想が、何処から出て
来るのか? アーロ・ゾットの思想に共感した? 否、アーロ・ゾットと対峙したリリルには解る。これは他人の思想だと。
「人類には新たな指導者が必要なんだ。姉さん、俺達と一緒に世界を変えよう。姉さんの能力なら……」
「ルーラー、本当に馬鹿な子。誰に唆されたか知らないけど、そこに正義なんて無いと知りなさい」
「ね、姉さん!? 俺は嘘なんか吐いてない! それなのに未だ地球の連中の肩を持つって言うのか!」
「貴方も地球育ちの癖に……全く、仕様の無い」
リリルはシールドとライフルを構えて、実力行使の意思を明確にした。
対決姿勢を見せる姉の姿に、ルーラーは失望とショックを隠せない。
「姉さん! 俺と一緒に来るのが無理なら、せめて地球の連中と手を切って……」
「これ以上は、若さ故の過ちで許される範囲を越える。その前に止めるのが、姉たる私の役目」
全く話を聞こうとしない姉に、弟は意を決して啖呵を切る。
「……どうしても戦うって言うんだ? でも、俺だって何時までも姉さんに負けてられないんだよ! 力尽くだってんなら、
やってやる! このガンダムなら、姉さんにだって……!」
脳裏に浮かぶは、アルシャンジュの言葉。ああ、優秀な姉を持ってしまった弟の苦悩よ。
想いは擦れ違い……斯くして、姉弟対決が始まった。
ここまで。
割り込んだ風になって申し訳無い。
152 :
138:2010/03/07(日) 00:57:14 ID:bqiCJasc
乙
っていうか悪いと思わせてしまってすまないな
復旧した?
共同作業、みんなで「俺達のガンダム」を作るの、楽しそうですね。
wikiとか用意して管理しながら、設定や世界観をまとめたりとか。
自分も実生活にもっと余裕があれば、書き手として参加したいです。
投下投下。
ガンダムヒマワリとガンダムGSFは、同時にフィンファンネルを飛ばす。両機互いに6基。ガンダムヒマワリのフィン
ファンネルはGSFの物とは違い、小型ドライブを搭載していない分、重力下での制御が難しく、使用時間も短い。
初めは互角に見えた勝負だったが……。
「速い! こんな……」
音を上げたのはルーラー。彼はリリルのフィンファンネルの動きを追って防御するので一杯だった。
「ルーラー、性能で勝りながら後手に回るの? もっとファンネルを使ったら?」
ガンダムヒマワリのフィンファンネルは、重力下での運用に適していない。故に消耗が激しく、インターバルの関係で、
全てのファンネルを同時には扱えない。それだけなら未だしも、実は本体が空を飛べる様に出来ていない。今、宙に
浮いているのは、本体の“飛翔”能力が半分、後の半分はファンネルの浮遊能力だ。
しかし、機体性能以上に、搭乗者の能力差が圧倒的だった。
「俺は……姉さんには勝てない? 違う! 認めてなるか! 俺は認めないぞ!」
ルーラーは弱気の虫を振り払い、ガンダムGSFのシールドから2発のサイコミュ誘導ミサイルを発射する。
ドドォン!
しかし、直後にガンダムヒマワリのフィンファンネルが、ミサイルを撃ち落とした。
「貴方には、6つが限界。それ以上は非効率になるだけ。そんな事も解らない? ガンダムGSFはニュータイプ専用
機の中でも、サイコミュ操作に重点を置いた物。武装はサイコミュ偏重で、“貴方の様な”並みの能力者が扱い
切れる代物じゃないの。宝の持ち腐れなのよ!!」
リリルは精神的に弟を叩き伸めした後、勝ち誇った様に尋ねる。
「ギブアップ?」
「い、嫌だっ!」
ルーラーは退けなかった。男の意地に懸けて。
「あら、そう」
冷たく言い放ったリリルは、ビームライフルをガンダムGSFに向ける。
ドドドォッ!
連射ビームがガンダムGSFの本体Iフィールドに弾かれる。ルーラーには、多数のファンネルを同時に扱いながら
狙撃を回避する技量が無いのだ。ガンダムGSFの反応を見て、それを知ったリリルは、更に攻め手を強める。
ルーラーは理解させられてしまった。姉が未だ手加減している事を。撃墜しようと思えば、何時でも出来ると言うのに。
それは男子にとって、この上無い屈辱。姉に本気を出さない事を後悔させたかったが、それも叶わぬ程の実力差。
果たして、今の自分は姉に生かされているのか、それとも自力で戦い続けているのかも判らない。姉が優秀なのか、
自分が駄目過ぎるのかも判らなくなって来て、徐々に自信が失われて行く……。
ファンネルを操るだけのルーラーとは対照的に、リリルはファンネル、バルカン、サーベル、ミサイル、ライフル、
全ての武装を自在に繰る。バルカンでファンネルの動きを牽制、サーベルでビームを弾き、ファンネルとライフルと
ミサイルで本体を狙う。それはルーラーに手本を示す様に模範的で、時折、彼を嘲笑うかの様な芸術性を伴って……。
姉は弟に、2度目の問い掛けをする。
「ギブアップ?」
弟は答える代わりに、ハイパー・メガ・ライフルを構えた。
ハイパー・メガ・ライフル。機能、形状を似せた事から、“モデル”と同名を付けられているが、その実は大型縮退
反粒子ビームライフル。この時代、“メガ”と名の付くビーム兵器は、縮退反粒子を利用している事を意味する。
崩壊前の縮退反粒子を撃ち出す故に、電磁場によるIフィールド偏向が安定しないという欠点を持つが、それは
同時にIフィールドバリアでは防がれ難いと言う利点にもなる。
只でさえ不利なのに、自棄になって一発逆転狙いで大火力兵器を使うのは、賢いとは言えないが、ルーラーが
無謀とも思える行動に出たのには、理由がある。
リリルの攻撃を受けながらも、ガンダムGSFは無傷だった。ガンダムヒマワリは地球の重力下での機動性を確保
する為、ハイパー・メガ・ライフルとハイパーバズーカを携行していなかった。ガンダムヒマワリのフィンファンネルと
ビームライフルでは、ガンダムGSFのIフィールドを破る事が出来ず、実質ダメージを与えられるのは、サーベルでの
斬撃と弾数に限りのあるミサイル、バルカンのみ。
姉が本気を出さない限り、落ち着いて戦えば、墜とされる事は無い。Iフィールドバリア以外の防御を捨てた
ルーラーは、ファンネルでヒマワリを追い込み、メガライフルの照準を合わせる。
(……捉えた!)
ガンダムGSFがトリガーを引くと、縮退反重粒子に先駆け、Iフィールドの重層電磁ガイドレールが伸びる。
重層電磁場は電磁気的斥力を発し、ビーム減衰の原因となる流動性の高い軽質量物質を押し退ける。
電磁ガイドレールに触れた縮退反粒子は摂動を起し、荷電反粒子に戻される。荷電反粒子は電磁ガイドレールに
沿って指向性の強いビームとなる。重層電磁場と荷電反粒子のトンネルを通る縮退反粒子は、発散する事無く
ガンダムヒマワリ目掛けて直進する!
ドバァッ!
しかし、メガ粒子はガンダムヒマワリとガンダムGSFの中間に当たる距離で、不可視の壁に阻まれた。
縮退反粒子を弾く程の、強力なIフィールドバリアとは何か!? ルーラーは不可視の壁に沿って分散する
ビームが描く、トライアングルを見た。その頂点にはガンダムヒマワリのフィンファンネル。
リリルの操るフィンファンネルは12基にまで増え、ガンダムGSFを正20面体に閉じ込めていた。
「ルーラー、これが最後よ。ギブアップ?」
「姉さんには……姉さんには、俺の気持ちなんて解らないさ!」
駄々を捏ねる様に叫んだ弟に、姉は溜息で応える。
「……貴方みたいな情け無い弟を持った覚えは無いわ。その儘、焼け死ねば良い」
「姉さん!?」
冷酷な姉の一言に、ルーラーは戦慄し、肌を粟立たせた。
フィンファンネルが成すIフィールドの檻は、ビームを内部に蓄え、より強固な物になる。リリルは徐々に、確実に、
ルーラーを追い詰めていた。
檻を形成しているフィンファンネルは、適正なタイミングでインターバルを繰り返し、決して弱まらない。しかも
ガンダムGSFに合わせて移動し、外に逃さない様にしている。
ルーラーはファンネルを操り、檻を作っているファンネルを破壊し様としたが、動きを読まれて簡単に躱されてしまい、
当たる気配は一向に無い。メガ粒子の閉鎖空間で、ガンダムGSFのIフィールドは徐々に耐久限界を迎える。
「早く過ちを認めて、投降してしまいなさい」
「姉さん、どうして解ってくれないんだ!」
「戦いの最中に泣き言を! この子は!」
リリルは弟が命乞いすれば、直ぐに解放してやる積もりだった。無論、殺す気など元より無いのだが……降伏
しなければ、どうするのかまでは考えていなかった。
徒に苦しめる真似はしたくないが、ここで甘やかしては本人の為にならない。取り敢えず、パイロットの生命が
危うくなるまで待つ。
しかし、弟は意地を張り続けた。
「……本当に焼け死ぬ積もり?」
弟は応えない。檻の中は既に、血の様に濃く赤い粒子で埋め尽くされている。
リリルの心に焦りが生じ始めた時……。
ブゥン……。
突如、ガンダムヒマワリのフィンファンネルが、リリルの意思に反してIフィールドを解除した。
溢れた荷電反重粒子が、空気分子に触れて対消滅を起こし、光の洪水を生み出す!
「くっ……どうしたの!?」
閃光の後、リリルが見た物は……空飛ぶ重砲撃ガンダム。ガンダムレボルシGソコル。
(この私が、気付かなかった!?)
弟に気を取られ過ぎたていた。誘き出された当初は増援を想定して警戒していたのに、知らず熱くなっていた。
いや……敵機が見えなかった理由は、それだけではない。
「ルーラー、この様は何だい? 必ず説得すると言うから任せたのに、失望させてくれるなよ」
革命の名を冠するガンダムのパイロットは、アルシャンジュ・リア・ル・ロロ。
彼の憮然とした態度に、ルーラーは言い返す事が出来ない。代わりに、リリルが噛み付く。
「この感覚は……アルシャンジュ!! 貴方ね! ルーラーを唆したのは!」
「人聞きの悪い事は言わないでくれ。君の弟は、善意で僕等に協力を申し出てくれたんだ」
「有り得ない。あの子に革命を起こす度胸なんて無い事は、姉の私が誰より知っている」
「それは見縊り過ぎと言う物だよ。そんなだからルーラーは君から離れたんじゃないのかい?」
訳知り顔をするアルシャンジュに、リリルは怒りを露にする。
「他人が知った風な口を! 良いわ、貴方も纏めて片付けてあげるから覚悟しなさい!」
自信過剰に思えるリリルの言葉は、決して驕りでは無い。リリルは同年代では並ぶ者が居ない程の能力者。
アルシャンジュとルーラーを同時に相手取っても、彼女が負ける事は先ず有り得ない。
……しかし!
「御子様、お願いします」
「はいはい」
アルシャンジュがガンダムレボルシの背面にドッキングしているGソコルのパイロットに声を掛けると、ガンダム
ヒマワリの動きが止まった。
強念を感じ、リリルはガンダムレボルシの背後、Gソコルを睨む。
「このプレッシャーは……!」
ガンダムヒマワリ最大の欠点は、ニュータイプの共感を利用したインターセプトを受けてしまう事。
同格、或いは格下相手なら問題無いが、能力で大きく上回る相手が現れた場合には、その危険が生じる。
試作機故の欠点。戦争が終わって未だ半年。彼女にとって乗り慣れた愛機であるガンダムヒマワリを本格的に
改修するには、時間が足りなかった。
リリルが哨戒任務中に行方不明になった事は、直ぐに地球連邦軍の上層部に伝わった。
ニュータイプ能力を加味すれば、彼女は間違い無く、連邦軍の中でも上位の実力者。しかし、ガンダムヒマワリの
反応が消えた地点で、大規模な戦闘が行われた形跡は無く、それが不気味だった。
しかし、上層部の焦燥とは逆に、連邦兵士の危機意識は薄かった。リリルが消息を絶ったのは、彼女の身勝手な
行為の結果と切り捨て、高が子供一人、大勢には影響を及ぼさないと考えたのだ。
そんな中、場所は変わり、火星。マリディアニ高原都市の市役所でMSの登録手続きをする男性がいた。
「フォールス・アリアス……さん?」
「はい」
係員の女性に応える彼は、サングラスで素顔を隠している。
Folse Arias……False Alias? 冗談の様な名前に係員は小さな疑問を抱いたが、然程気に留めず管理データに
情報を書き加えた。
「御確認致します。登録なさるのは連合のMS、Qザクで宜しいでしょうか?」
「はい」
返事と同時に、カタンとキーを押す音。係員はフォールスに向き直り、接客の笑顔を見せる。
「では、これで登録終了となります。木星から観光目的でアステロイドベルト内に御越しとの事ですが、無用なトラブルを
避ける為にも、御搭乗の際は必ず登録証を御持ちになって下さい」
「はい」
事務的な遣り取りの後、フォールス・アリアスは差し出された登録証を手にして踵を返した。
火星と木星は長らく交流が途絶えていたが、戦後になって人の往来が戻った。元々規制の緩い火星では、余程の
事が無い限り、外来者を拒まない。故に違法改造MSが出回る等、治安は余り好くないが、そこも魅力の一つだった。
アステロイドベルト外からの客人にも寛容な理由は、中立を装って連邦から距離を置く政治的な思惑があったから
なのだが、フォールスにとっては好都合だった。個人登録は既に済んでおり、後は登録されたMSを持って、堂々と
地球に降りるだけ。
(順調過ぎて、後が怖いぜ……)
フォールスは笑う。平穏無事に済ませられるのは今の内。
これから彼が臨もうとしている所は、地獄に勝る窮地なのだから……。
太平洋に浮かぶラパ・ヌイ。長い歴史の中で、大陸が大きく姿を変えたの同じく、この小島も海抜0mを行き来した。
現在は地盤隆起によって、300平方km程度の陸地面積を有している。その南西、陸続きとなったモツ・イチに木造の
一軒家が建っていた。
ダン、ダン、ダン、ダン。
小縮んまりとした家の戸を、やや乱暴に叩くのはフォールス・アリアス。
中から足音が聞こえると、彼は一歩下がって待ち受けた。海風が運ぶ潮の香りは、気になるが不快ではない。
コロニー育ちの者には不思議な匂い。正体を隠す為のサングラスは、常夏の暑い日差しを遮るのに御誂え向き。
頑丈な造りの木戸が、ゆっくりと開く。
フォールスを出迎えたアロハスタイルの男性は、小麦色に焼けた肌に、逞しい体付き。
「お待ちして居りました……って、あんたは!?」
彼は客人の顔を見るなり、驚いて後退った。フォールスは苦笑いを浮かべる。
「……人違いなら申し訳無いんですが、貴方は……」
「ああ、ハロルド・ウェザーだ」
フォールスはサングラスを外し、日焼けした男性……ズー・カンバーノに素顔を見せた。鋭い三白眼、真っ直ぐな
鼻筋、横に大きく裂けた口、薄い唇。印象的な“悪人面”。
ズーは大袈裟に頭を抱えて愚痴を零す。
「アキレスの馬が仲介者だったから、徒事じゃないとは思ってたんですよ。ああ、厄介事を引き受けちまったなぁ……」
「酷い言われ様だ。降りるのか?」
「へっへ、冗談ですよ、冗談。お客様あっての商売、信頼に係わる様な真似は出来ませんや」
眉を顰めるハロルドに、戯けて応えるズー。彼の冗談好きで調子良い性格は相変わらずだった。
ここまで。
毎度毎度、お話の腰を折る様な投下で申し訳無い。
長文と投下ペースの為に他の人が話題を振ったり作品を投下したりし難い様な状況なら
いっそ独立してしまおうかとも思っていますが、どうなんでしょう?
164 :
名無し:2010/03/13(土) 22:55:17 ID:njbawAFp
そのままでいいと思いますよ
何かネガネガした書き込みで済みません。
独占状態が心苦しかった物で。
自分の作品をスルーしろとまでは言えませんが、
その位の勢いで投下や雑談が増えて欲しい。
被りとか連投とか全く気にしないので! 本当に!
166 :
名無し:2010/03/14(日) 18:38:17 ID:4wUGgDlQ
一応作品を考えたりするけどなんか挫折してしまう
考えるだけじゃなく実際にメモったりとかして出力してみるといい
168 :
名無し:2010/03/15(月) 21:40:49 ID:oZlMktHj
今考えてるのはグレミー残党の話 まぁなんでかって言うとZZ見なおしたりUC見たりしたからなんか影響されやすいんだよなー
投下開始。
水深4000m、太平洋の大海溝を進む、100m級の潜水艇がある。その正体は水陸両用艇、Bフリーデン。
海中ではジェット水流を吐き出し、地上ではホバーで進む大型艇。
乗組員はズー・カンバーノとブラド・ウェッジ、そして数名のラパ・ヌイの船乗りで構成されている。
名義上、艇の所有者であるズーは艇長。ブラドは甲板長。ラパ・ヌイの人々は、この時の為に雇い入れたのではなく、
近所付き合いで艇を貸与していた義理返しで集まった有志である。
艇橋の指揮座に腰掛けているズーは、浮かない表情で立ち尽くしているハロルドに声を掛けた。
「土星の旦那は客室で寛いでいて下さいよ。一応、お客様なんですから。目的地は北極でしたよね?」
「ああ。しかし……良かったのか?」
ズー・カンバーノとブラド・ウェッジは、既にスイーパー組織を辞め、現在は所謂、“何でも屋”をやっている。今回
ハロルドが依頼した内容は、彼自身とQザクを誰にも見付からない様に北極まで運ぶ事。その為、届出では遠洋
漁業と偽っている。
しかし現在、地球は全域厳戒状態で、聖戦団だけでなく連邦軍に発見されても、攻撃を受ける可能性がある。
決して安全な仕事とは言えない。
「何を今更!」
それにも拘らず、無用な気遣いとズーは笑い飛ばす。
「スイーパーの仕事を辞めて、理想の楽園を買ったは良かったんですが、人間暇を持て余すと碌な事になりませんや。
俄かに大金が入った所為で、浪費癖が付いちまって、遊んで暮らすのが難しくなって来た所で……いやァ、旦那は
本当に良いタイミングで仕事を持って来てくれました! 感謝感謝の極みですよ」
彼の陽気な声に、モニターを覗いていたブラドが振り返った。
「手前が艇なんか買うからだよ! 馬鹿みたいに税金取られて、とんだ金食い虫だ!」
「ヒャハハ、そう言うなよ。艇を買ったのは、退屈な毎日に厭き厭きしてたからで、お前も反対しなかったじゃん?
宝探しで海底を這い回るよりは面白いさ。フッフッ、平和が一番とか言いながら、結局、俺達は生まれ付いての
冒険野郎なんだ。お前も同じだぜ、ブラド」
「……素寒貧になると判ってたら、反対したさ」
ズーが底抜けに明るく返すと、ブラドは呆れた様に溜息を吐いてモニターに視線を戻す。その口元には小さな笑み。
彼は口で言う程、悪くは思っていない様だった。
2人の遣り取りに、ハロルドは親友のダグラスを思い出し、暗い気分になった。今も彼が生きていれば……。
(好い加減に、死んだ奴の事は忘れろよ……)
何時までも女々しく過去に囚われて続けている自分を情け無く思う。
忘れ様としても忘れられないのは、“呪い”の所為。暗く静かな深海は宇宙に似て、ハロルドを悩ませるのだった。
「高速で追跡して来る影を探知! クジラ並の大きさです!」
「MSか? 距離は……5000って所だな。速度からして、振り切れそうにはないぜ」
透かさずブラドが確認する。艇内に動揺が走る中、ズーは静かに溜息を吐いた。
「幾ら何でも見付かるの早過ぎるんでない? もしかして、マークされてた?」
彼に焦りは見られない。
「……どうするんだ?」
「今後の為にも揉め事は避けたいんですが、立ち入り検査で連合のMSを見られたら色々とアウトでしょう」
ハロルドの問いに、ズーは苦笑しながら応えた。
「高が1機、力尽くで黙らせるって事で。取り敢えず、海溝の最深部まで逃げて、誘い込みます」
彼の指示通り、Bフリーデンは海底を行く。果たして、追跡者の正体は……?
敵機を迎え撃つべく、Bフリーデンから1機のMAが発進する。
嘴の位置に巨大キャノンを持つ白黒の機体、Gギレモット。コクピットは左右座席で、右にブラド、左にズーが
着いている。
Gギレモットは、アステロイドベルトでの決戦で半壊したブラドのソードボーンガンダムとズーのハイパーウェポン
ガンダムのパーツを寄せ集めて造られた機体。潜水ボートとして登録してあるが、換装すれば水中戦だけでなく
空中戦まで熟せる、万能戦闘機。そんな事をしているから金が無くなるんだよ。
発進前、戦闘になるならと、ハロルドがQザクでの支援を申し出たが、置いて来た。連合のMSと行動を共にしている
と言う理由だけで先制攻撃されては堪らないからである。
ブラドは艇から送られるレーダー情報を確認し、ズーに話し掛ける。
「敵は1機、恐らく偵察機だ。交戦距離に入ったら逃がすなよ」
「了解、了解」
軽く応じ、トーピードの照準を合わせるズー。彼は敵機をロックオンする際、そのシルエットに既視感を覚え、目を
凝らしてモニターを睨んだ。
「あれは……エピオン? ガンダムスティングレイ!」
スティングレイとはアカエイの事である。ヒートロッドを毒針のある尾に擬え、このガンダムは、そう名付けられた。
尖った性能の為、連邦軍には制式採用されて居らず、市場にも流通していない。データに遺された旧時代の兵器を
現代技術で復刻する“FAX計画”の際、各々性能が微妙に異なる試作機が少数生産されて、それっ限の存在。
この様なガンダムは、大半が民間企業かコレクターに売り払われる。
骨董品の様なガンダムエピオンのFAX機体を、実戦で扱う者は一人!
「って事は、ジェントかよ! 連邦は討伐にスイーパーの手を借りたのか!」
可能性として有り得ない事では無く、寧ろ予測出来ていた事態だったが、元仲間と戦う破目になるとは流石に
思って居らず、2人の動揺は可也の物だった。
数秒の逡巡の後、ズーが閃く。
「……いや、待て。こいつはラッキーだ。相手がジェントなら事を荒立てずに済むかも知れない」
「そ、そうだな。あいつの事だから、行き成り攻撃して来るって事は無いだろうし……」
ジェントは生真面目で融通の利かない所があるが、元仲間を問答無用で殺しに掛かる様な凶漢でない事は確か。
互いの不安を消し合う様に、2人は見合って頷いた。
Gギレモットは先制攻撃を取り止め、敵対の意思が無い事をライトの明滅で表しながら、ガンダムスティングレイの
進路を塞ぐ。同時に、エコー通信で会話を試みた。
2人乗りと言う事で、やや広目のコクピット内。深海の静けさに発信音が響く。
ガンダムスティングレイは真っ直ぐGギレモットに向かって来る。
真っ直ぐ、真っ直ぐ……その距離が200mを切っても、全く減速しない!
ズーは祈る様に叫んだ。
「止まれ! 止まれっ!!」
「止まらないぞ!? えぇい、ジェントの奴っ!!」
ブラドが声を上げたと同時に、ズーは機体を急旋回させた。
シュゴォッ!!
擦れ違い様、尾鰭のヒートロッドがGギレモットの左翼を裂く。
スティングレイが巻き起こした水流に呑まれ、ギレモットのコクピット内は大きく揺れた。
「くっ……! ズー、確り避けろ!」
「避けたっての! 尾には掠ってない!」
「だったら、何で翼が切れる!?」
「俺が知るか!」
ズーは嘘を吐いていない。彼は確かにスティングレイの尾を避けていた。しかし、事実として“切れた”のだ。
ブラドが避け切れなかったと思うのも無理ならぬ事。
2人が言い争っている間にスティングレイは凄まじい機動力で旋回し、尾をGギレモットに巻き付ける。
「拙い! ズー、何とかしろ!」
「何とかって、お前……どぅわっ?!」
スティングレイは高速でギレモットを引き回しながら、海溝を隠れ進むBフリーデンに向かい始めた。
「野郎、どう言う積もりだ!? マジで殺す気か!? それともジェントじゃないのか!? 死んだら化けて出てやる!
ジェント、怨むぞー!!」
激しくローリングするコクピット内で、ズーは自棄になって絶叫する。
ガンダムスティングレイはギレモットを牽引した儘、Bフリーデンとの距離を見る見る縮めて行った。
ラパ・ヌイの船乗り達に戦闘経験などある筈も無く、水中でも高い機動力を持つガンダムスティングレイを相手に、
彼等は抵抗する術を持たない。Gギレモットの醜態を目の当たりにして、艇内はパニックに陥った。
ざわつく艇内で、ハロルドは声を張り上げる。
「狼狽えるな! その儘、海溝を進め! 俺が奴の相手をする!」
突然命令を出した客人に、ラパ・ヌイの船乗り達は驚いた。
「あ、貴方は一体!?」
「俺は元軍人だ! 俺の言う通りにしていれば、間違い無い!」
自信過剰に聞こえるが、こうでも言わないと、彼等を落ち着かせる事は出来なかった。当のハロルドとて、この
判断が全く正しいとは思っていない。言う通りにしていれば、“間違い無い”……? いや、間違いは“起こさせない”。
必ずガンダムを止める決意だった。
ハロルドは駆け足で格納庫に向かい、パイロットスーツに着替える間も惜しみ、コンテナの中に置かれている
MA形態のQザク、緑茶色の蟹に乗り込む。ズーとブラドが支援を拒んだ理由は察していたが、今は他に手が無い。
コンテナのシャッターが開き、Qザクは這う様にフロアへ降りる。その儘ゆっくりと艇尾方向の別区画へ。
「オールライト!」
ハロルドが合図すると、隔壁が下りてQザクは密閉空間に閉じ込められる。密室を海水が完全埋め尽くした後、
Qザクは開いた発進口から深海へ飛び出した。
「……出て来たな。やはり聖戦団だったか」
ジェント・ルークはBフリーデンから発進したQザクを見て、したり顔をする。
ガンダムGSF強奪以降、地球連邦軍は宇宙からの大規模な降下作戦を警戒していたが、アラブ襲撃前に、
その形跡は無かった。コロニー連合正規軍から一部が離脱して結成された聖戦団は、アーロ・ゾットの死後、
大幅に弱体化し、現在の聖戦団は軍隊として十分な能力を持ってない“筈”。
聖戦団が連邦軍の警備網を潜り抜けるのは容易では無く、また攻撃の度に事前察知される危険を冒すとも
考えられない事から、最初のガンダム強奪以前から懐に潜んでいたと推測するのが普通。
海溝捜索は聖戦団討伐作戦の一環だった。
この様な状況では、ジェントが発見した不審潜水艇を聖戦団の物と思い込んでも致し方無い。正規登録されている
艇だろうが、相手はガンダムを強奪した聖戦団。偽装工作くらい、お手の物に違い無いと買い被っていた。
Gギレモットを即座に仕留めなかったのは、潜水艇が聖戦団の物で無かった場合を想定しての事だったが、今その
必要も無くなった。大量の電気が送られ、ヒートロッドが熱を帯びて赤い光を放つ。鋼の鞭は蠕動を繰り返し、刃を
ギレモットに喰い込ませて行った。
機体の損傷は耐圧性能を著しく劣化させる。ズーとブラドは焦った。
「敵さん、本格的に殺しに掛かって来やがった! ズー、ここは分離して逃れるしかない!」
「この水深でやったら、絶対に壊れるって……言っても他に手は無いからな! 成る様に成れ!」
ガコッ!
Gギレモットはコクピットのある先端部と、キャノンを背負った中央部、そして推進機能を持つ後部の3つに分かれた。
ヒートロッドが巻き付いている中央部以外は拘束から解放される。
「この状態だとメインウェポンが使えない上に、水圧の所為で長くは保たないぞ!」
「解ってる! さっさと終わらせてやるさ!」
ブラドの警告に応じたズーは、先端部と後部を合体させる。出来上がったのは、MSの胴体と下半身。
「ミサイル、ファイア!!」
その両脚から計4発のミサイルが発射され、ガンダムスティングレイに襲い掛かる!
中央部に搭載されているトーピードに比べて、水中での性能は劣るが、破壊力は十分。追尾式のミサイルは、
避けられても動きを制限する位の役目は果たせる。
ボン、ボン、ボゴォン!
しかし、ミサイルは標的に命中する直前で全て爆散した。それは恰も不可視のバリアが張られている様……。
ブラドは敵パイロットの正体を確信する。
「……あれはジェントだな。間違い無い」
「やれやれ、“元”リーダーまで一緒とは」
冷静に事実を受け止める2人。ヒートロッドを避けた筈の片翼が切れた事も合点がいった。スティングレイの背に
掴まって、見えない敵が1機いるのだ。
「こいつは手に負えんな……だが、今ので土星の旦那も気付いた筈。俺等は限界まで支援に徹しよう。危なくなったら
艇に逃げ込めば良い」
「アイアイ! 先のは不意打ちだったが、相手がジェントなら手の内は判ってるんだ! そうそう後れは取らんぜ!」
ズーの案に乗り、威勢良く応えるズー。MSの下半身は、Qザクの接近にタイミングを合わせてスティングレイから
距離を取る。2対2。深海の異形タッグ戦が今、始まる!
>>171の冒頭1行が抜けていた。
> 立ち惚けに疲れたハロルドが客室に引っ込もうとした時、レーダーを見張っていたラパ・ヌイの若者が声を上げた。
これで投下終了。
……と思ったら最終段落修正。
> ズーの案に乗り、威勢良く応えるブラド。
もう駄目だ。
178 :
AXIS:2010/03/21(日) 17:09:41 ID:gDW6JnWo
ミネバのもとで戦うシャアとは斬新な
機動戦士ガンダム 0081ロストナンバー
1.ラ・マキナ
宇宙世紀〇〇八一年二月。
人類の数を半減させた史上最悪の戦争が終結して一年、人類はようやく復興に向けた気
力を取り戻し、再建に向けて地上と宇宙それぞれに立ち上がっていた。ある者は額に汗し
て瓦礫を取り除き、ある者は道を舗装すべく重機に乗り込み、またある者は新たな都市の
姿を図面に描いた。人々は再生に向け確実に歩き始め、政府はその支援のために国庫を開
放し資金を投じた。
その流れの中にあって逆に予算を削られ、規模を大幅に縮小させられる組織もある。軍
隊である。彼らは復興の支援とテロリストからの市民の防衛へとその役割を変え、多くは
辺境の地で新たな任務に赴いていた。
ミゲル・クライン大尉は愛機に乗り、コロニーの外壁上で作業を眺めていた。
彼は今、一年戦争で破壊されたコロニーの内、破損の比較的軽いいくつかを修復し再び
居住可能とする「ユミル計画」と呼ばれるプロジェクトに関わっている。もちろん、計画
を実行するのはコロニー公社の主導だが、地球連邦政府も人材協力として軍を貸与、実作
業や警備の任に着いていた。
一年戦争時にはエースの一人としてそれなりには名を知られた男だが、戦争がなくなれ
ばただ他者より人を多く殺した戦争屋にすぎない。謹厳実直な性格ゆえに平時でもアム
ロ・レイなどより有能ではあったが、なまじ実績があるだけに軍も彼を完全に机上の人に
する事を惜しみ、こうして辺境でMSパイロットとして飼い殺しているのであった。だが、
本人はそれ程今の境遇に不満でもなく、現場で働ける事を喜んでもいた。
だが、最近は多少彼が気にかけている問題もある。
「大尉、交代の時間です」
交代要員の部下が時間を告げた。ミゲルは頷き、そしてこう質問した。
「連中はおとなしくしているか?」
部下は肩をすくめた。
「昨日の今日ですからね。それに今はフィリップ中尉が睨みを効かせているから、暫くは
大丈夫でしょう」
「それが一番心配なのだがな」
苦笑をほんの一瞬浮かべ、ミゲルはコロニー内部に入っていった。
戦後地球連邦軍は大幅な組織改造を行い、陸海空の三軍を地上軍として統合した上で、
宇宙軍を大幅に増員しその人員を旧三軍からの移籍で賄った。結果、現在の宇宙軍は旧三
軍と在来の宇宙軍の二派閥に分かれ、さらに旧三軍内でも出身により陸海空の三派が生ま
れていた。
更に事をややこしくしているのはこれに以前からのアースノイドとスペースノイドの対
立が深刻さを増している事だった。彼の所属する隊でもこれらの要素が複雑に絡み合い、
さながらNYのブロンクスの様相だった。昨日も食事中に小競り合いが起き、一部は懲罰
房で夜を明かす事件があったばかりである。
平時の軍隊と言うのは官僚機構と大差ない。出世は人脈と処世術、それに慣例で決まり、
例えば一介の下士官が昇進出来るのは中尉まで、定年間際にやっと大尉になれると言うの
が慣例である。しかし、一度戦争が起これば事情が変わる。功績次第では平時の数倍の
ペースで栄達する事も可能である。事実、アムロ・レイは普通の高校生から戦争中偶然に
戦闘に巻き込まれて三三か月で少尉となった。自分より三歳年少のユウ・カジマは自分と
同じ大尉に上っている。一歳年長のフィリップ・ヒューズは中尉だが、彼は過去に上官を
殴って少尉に降格させられている。戦争がなければとても二年で復位など出来なかっただ
ろう。
今の若い軍人たちは、そう言った戦争で出世した人間を間近に見ながら、自身にその
チャンスがない事に苛立っている。そこに軍再編で宇宙軍に組入れられた者が左遷された
かのような疎外感を持ち、無用の対立を生み出しているのだった。
(いっそ戦闘でもあった方が楽なのだがな)
思いながらミゲルは苦笑せざるを得ない。戦争を終らせるために命を懸けて戦った軍人
が、戦争が終ると同時に仲間内でいがみ合うとはどんな皮肉か。これではただ闘争を求め
るだけの闘犬ではないか。
食堂に入ると三、四十人の士官が食事を摂っていたが、よく見ればやはり各テーブルは
はっきりと宇宙軍組、元地上軍組にはっきりと色分けされ、互いの縄張を侵さないように
固まっていた。
ミゲルは小さくため息を吐き、自分のトレーを受け取って席を探した。幸いにして格好
の場所を見つけた。
「先輩、前、いいですか?」
言いながら返答を待たずにトレーを置く。先輩と呼ばれた男はその事には気にしなかっ
たが、代わりに他の苦言を口にした。
「先輩はやめろ、ミゲル。今はお前が俺の上官だ」
「ああ、そうでしたね。しかし、それなら私に大してその口の利き方はないんじゃないで
すか、フィリップ中尉?」
フィリップ・ヒューズはうやうやしく頭を下げ、
「ではミゲル大尉、小官の事はお気にする事なくどうぞヒューズと及び下さい」
「やめて下さい」
降参と言うようにミゲルは手を上げて、椅子に腰を下ろした。
「――連中、どうですか?」
真顔に戻りミゲルが訊いた。連中とは言うまでもない、食堂内も含めた兵全体の事であ
る。
「どうもこうもねえよ。次の資材搬入の艦にどっちか片方乗せて返したいもんだね」
フィリップの声には冗談の要素は含まれていなかった。フィリップは元からの宇宙軍所
属だが、一年戦争中には四軍の垣根を越えて集められたMS実戦投入テストの特別部隊の
パイロットとして――その実はたまたま適性試験で好成績を出した窓際族を厄介払いした
だけなのだが――参加していた事もあり、軍の縄張り意識が希薄だった。個人的な好悪の
感情は彼にもあるし、むしろ露骨に表に出す方だが、地上軍か宇宙軍かなどという次元で
いがみ合う連中など関わるのも馬鹿らしいと言う気分だった。
「しかし、そんなわけに行かないのは先輩もご存知でしょう。何かガス抜きのアイデアあ
りませんか?」
フィリップは顎を撫でた。
「そうだなあ……スポーツ大会なんてどうだ?それもとびきり荒っぽい奴。LGボールな
んていいんじゃないか」
LGとは低重力と言う意味で、コロニー中心部などの低重力ブロック上にコートを設営
して行われるアメフトとバスケットをかけ合わせたような球技である。フィールドはアメ
フトに近いがゴールが地上八メートルの高さに設置され、キックでゴールに叩き込むか、
ボールを持ってゴールまで飛び込むかで得点が入る。低重力による派手な空中戦と地上で
のぶつかり合いが見所となっており、「全方位型格闘技」とも呼ばれている。
「LGボールですか?うーん……」
ミゲルは頭の中で検討していた。フィリップが更に推す。
「今ならコロニーの中も修理中で丁度いいくらいの重力だろ?空き地も多いし何面でも
コートが作れる。どうせならコロニー公社の連中にも声を掛けて大々的にやろうぜ」
ミゲルは積極的に次々と提案をしてくるフィリップを意外そうに見ていたが、突然ある
考えに行き着いた。
「先輩、断っておきますが、賭け試合は禁止ですからね」
あからさまにフィリップが慌て始めた。
「ななな、何を言ってるんだ、そんな事、考えて、いいるわけないじゃ、ないか、うん」
「…………」
ミゲルに無言で睨まれ、ついにフィリップは居直った。
「……なんだよ、賭けがあった方が燃えるだろうがよ!それに同じ側に賭けた者同士、地
上も宇宙もなく一緒になって応援でもすりゃ、それだけで溝が埋まるってモンよ」
「とにかくダメです。感情的な対立に金まで絡んだらもっとややこしくなる。しかし、ま、
スポーツでレクリエーションというのは悪くないですね。提案してみます」
「つまんね。どちらにしても俺は出ないぞ。酒でも呑みながら見物してた方がいい」
「それでいいですよ。どうせ希望者はそれなりに集まるでしょうしね。――それじゃ、お
先に失礼します」
ミゲルは先に席を立った。
「これは中々の掘り出し物だな」
ジョー・クラントンは満足げだった。
「まさかMSがほぼ完動品で見つかるとわね」
ディック・クレメンタインも上機嫌である。
二人は、この宙域を縄張とするジャンク屋のリーダー格だった。戦後宇宙には撃沈され
た艦艇やMSの残骸が無数に漂流する事となった。宇宙空間での質量体は危険なデブリと
なるため、当然軍やコロニー公社が除去作業を行っていたが、対応しきれず、民間の業者
にライセンスを発行して除去・回収を委託していた。しかし、正規のライセンスを受けた
回収業者だけでなく、軍事上重要なパーツや希少金属などを独断で抜き出し横流しするモ
グリのジャンク屋も横行しており、彼らもそんな違法業者の一つだった。
今彼らはチベ級巡洋艦の残骸を発見し、内部に潜入したところだった。破損状態はそれ
程大きくないが、ブリッジが完全に潰れており、航行不能になって生き残りは乗り捨てて
行ったらしい。
「まだ使える装置もかなりあるな。艦ごと引っ張って行きたいくらいだぜ」
ジョーの感想も納得なな状態の良さあったが、違法業者が巡洋艦丸ごと牽引するなどと
言う目立ちすぎる事をするわけにもいかない。少しでも金になりそうな部分を厳選してそ
れ以外はそのまま放置するしかない。後から来た同業者が同じように削り取っていって、
最後は文字通りのゴミになって正規業者に回収されることになるだろう。
そしてMSハンガー内に入り、ほとんど無傷のMSを発見したのである。
「しかし、こいつはなんだ?見た事もない型だな」
ディックはMSを見上げて首を捻った。ボディカラーはチャコールグレー。頭部はザク
に似てシンプルな丸い形状、両肩はスパイクアーマーになっているが、グフのような威嚇
するような大きなスパイクではなく、ザクのものとも違う。動力パイプは外見からは認め
られず、ジオンMSとしては脚が細く感じられた。どんなMSとも似ていないが、あえて
言うならディテールはジオン系なのにシルエットが連邦系に見える、と言えば適切と言え
るだろうか。
「試作機か?ひょっとしたらまだ世に知られていない新型が隠されていたのか?」
「そんな凄ぇもんがそうそう転がってるかよ。おい、エディ!こいつが何か判るか?」
呼ばれて出てきたのは年の頃十四、五の少年だった。赤毛の髪を帽子で隠した少年は手
を止めてこのお宝を上から下まで見回した後、数秒考えてから答えた。
「判りません。こんなの俺も見た事がない」
「お前が見た事ないってこたあよっぽどのレア機体だな」
「ええ、試作段階でボツになった機体なのかも。でもこんなに完成していて世に出てない
なんて――」
ジョーが口笛を吹いた。
「そいつはいい。高値で売れるぜ。よし、積み込むぞ。エディ、お前が操縦しろ」
「え、いいんですか?」
エディの目が輝いた。ジョーが笑って言う。
「そりゃ完動品のMSなら自分で歩かせた方が早いしな。うちじゃ一番操縦が上手いのは
お前だ、ついでに大きい荷物は運んでやれ」
「ウッス」
エディはMSに近づくと踵の辺りを探り、スイッチを操作した。ハッチが開き、ロープ
が降りてくる。それに掴まってコクピットに乗り込むとMSを起動しようとした。
「あれ?」
エディが声を上げた。商売柄ジオン製MSを動かした事は何度かあるが、このコクピッ
トはそのどれとも似ていない。前方のモニターは大きく、レバーが重い。連邦軍のコク
ピットに近かった。
「とすると、これが起動スイッチ……か?」
スイッチを入れるとモニターや各種計器が発光し、システムの起動を知らせた。エディ
は指を鳴らしつつモニターのチェックを始める。システムが起動したという事は反応炉も
アイドル状態を維持していたという事だが、反応炉に何らかの不調があったり、冷却剤が
切れていたりしたら動かす事は出来ない。
「……よし、いける!」
反応炉も冷却剤も問題ない。それどころかプロペラントの推進剤まで満タンになってい
たのは驚いた。もしかすると直前まで出撃の準備をしていたのかもしれない。
「どうだ、動きそうか?」
ディックの声にエディは現実に引き戻された。
「あ、はい、大丈夫そうです!」
「よーし、じゃあそのまま運搬も手伝ってくれ」
「はい」
エディがペダルを軽く踏むと驚くほどの速さで足を踏み出し、彼は慌てて足を離した。
バランサーが働いているから転ぶ事はないが、気をつけないと周囲の人間まで踏み潰して
しまいそうだ。
「なんだ、これ……軽すぎるぞ」
エディは二年前からジョーらのジャンク屋の一員となり、MSの整備や操縦を行ってい
たが、今までに操縦したMSにこれほど応答の速い機体はなかった。もっと機械的なフリ
クションロスを感じさせる挙動で、ある程度先読み気味に動かすのがコツだったが、これ
を同じ感覚で動かしたら歩くだけで破壊活動になりそうだ。
「少し慎重に……」
エディは自分に言い聞かせながら、周囲のパーツを拾い、運び出し始めた。
コロニー内部に縦六〇メートル、横二〇メートルのコートが八面描かれていた。フィ
リップが呆れていた。
「まさか本当に企画通すとはな」
「案外簡単でしたよ」
ミゲルが答えた。親睦LGボール大会の提案は発案者も提案者も拍子抜けするほど簡単
に了承され、司令部・幕僚チームまでが参加し賞品も用意される本格的なものになってい
た。明日には自転速度も調整され、コロニー内部は月と同レベルの低重力に設定される。
「それだけ上層部(うえ)も問題に頭を痛めていたんでしょう。きっかけになりそうなも
のなら何でも試すつもりだったのでは?」
「その割には今まで全くの無策だったけどな」
フィリップは容赦がない。不敵な外見通り、彼は上層部に対する不敬と不信が強い。ミ
ゲルの推察するところ、何か策を講じていたとしてもフィリップは何か文句を言っている
だろう。
「ま、これがきっかけにでもなってくれれば何でもいいや」
フィリップはそう言って話を終わらせようとした。
その時、ミゲルの近距離通信機が鳴った。
「私だ」
「クライン大尉、海賊に追われていると保護を求める船が接近しております」
「海賊だと?追われているのは商船か?」
「いえ、それが……未登録の回収業者のようです」
「ジャンク屋かよ」
フィリップが言った。違法業者であるジャンク屋が軍に助けを求める事は殆んどない。
つまりはそれだけ状況が深刻という事だ。
「いかがなされますか」
「……助けないわけには行くまい。私とヒューズ中尉の中隊を招集しろ、私達もすぐに準
備する」
通信を切るとフィリップは先に走り出していた。ミゲルも後に続いた。
ジョーらの船「ピースメーカー」は元は中古の貨物船で、一応自衛手段として砲座を増
設してはいるものの、本格的な戦闘艦を相手に戦える船では元々ない。現在彼らを追跡し
ているのはムサイ級二隻であった。
「何でここまでしつこいんだよ!」
ディックの声は叫びに近かった。
「いいから今は逃げ切る事だけ考えろ!」
ジョーも怒鳴り返す。他のクルーも必死で救難信号を上げ、少しでも障害物の多いコー
スを捜索し、気休め程度の応射をしている。誰もが生き残ることに必死だったが、同時に
誰もが攻撃される理由を薄々察していた。
ブリッジで椅子にしがみついていたエディが立ち上がり扉に向かった。ディックが大声
で叫ぶ。
「エディ、どこへ行く!」
「戦います!あのMSなら戦える」
「馬鹿が!MSを動かせるって事と戦えるって事は別だ!」
「でも、このままじゃ――!」
「いいか、奴らの狙いは多分あのMSか、少なくともチベから持ち出したどれかだ。そん
なので出撃(で)てみろ、集中攻撃食らうだけだ」
エディは詰まった。相手の言う通りである。
「いいからお前はそこで座ってろ。不本意だが連邦軍にSOSを出した。お宝は没収され
るが命の保証は奴らより確実にもらえる。援軍が来るまで生き残れるよう祈ってろ」
エディは一言も返せず、椅子に戻った。
ピースメーカーはその小ささ故にデブリが飛び交う厄介な場所を進むことが出来、ムサ
イに追いつかれる事を辛うじて免れていた。ムサイは何故かメガ粒子砲を撃ってこず、そ
れもジャンク屋達を生き長らえさせる一因となっていた。しかし、それもムサイからMS
が発進し、リックドム六機がデブリを躱しながら接近してくると船員の誰もが最後を予感
した。
『停れ!停って持ち出したものをこちらによこせ、そうすれば手荒な真似はしない』
オープン回線で警告が飛び込む。ジョーとディックは顔を見合わせた。やはり思った通
りだ。そして両人共に相手の口約束など信用する気はなかった。
「そうかい、だが生憎こちらも商売でな、金払う気のねえ冷やかしと遊んでる暇はねえ」
『ならば実力行使をせねばならない』
「へっ、最初(はな)からそのつもりだろうが!」
ディックが最大船速で振り切ろうと試みる。しかし直線的に加速するならリックドムの
方が速い。回り込まれ、正面からジャイアント・バズを構えられた。エディが思わず頭を
抱えてうずくまる。閃光が堅く閉じた瞼を通してすら目を灼くほど強く飛び込み、衝撃で
椅子から転げ落ちた。
しかし、その後に予想された爆音も、五体が引きちぎられるような激痛もいつまで待っ
てもやってこなかった。恐る恐る目を開けると、目の前のドムは消滅し、周囲を飛ぶ他の
ドムがピースメーカーの遥か前方に注意を向けていた。エディの目には何も視認出来ない。
「味方か!?どこだ?」
長距離からの狙撃となればピースメーカーも迂闊に動けない。しかし、現実にジャンク
屋達のレーダーはおろか、周囲を囲むドムのセンサーでも狙撃者を補足出来ていないよう
だった。
突然リックドムがまた一機、狙撃された。コクピットを正確に狙い撃たれ、貫通しなが
ら背部のスラスターには傷をつけず、爆発すらせずにドムは機能を停止した。
「すげえ……」
ディックが半ば呆然と呟いた。後ろから見える射出孔は溶解の跡がない。ビームではな
く実体弾での狙撃という事である。少なくとも六キロ、宇宙空間上でも肉眼で点とすら認
識出来ない事から推定して十キロ近い距離からこのようなピンポイント狙撃を実弾で行う
とは、まさしく達人の域であった。
「助かるぞ、俺達!」
誰かの声を皮切りに、艦橋内に歓声が上がった。救援が間に合ったのだ。
やがてジョー達の目にもはっきりとジムの姿が見えてきた。数は九機、皆シールドとマ
シンガンで武装している。その内の一機、背中にサーベルを二本差した隊長機は僚機より
速く接近し、ドムに向かってマシンガンを浴びせかけた。
アウトレンジからの狙撃に為す術もなかったリックドム部隊だが、姿を現した敵には勇
敢だった。すかさずジャイアントバズで応戦し、突出して仕掛けてきた一機を半包囲する。
数の上の不利を分断しての各個撃破で挽回する作戦、ジオンにとっては定石である。
「危ない!」
エディは思わず声に出したが、ジムのパイロットはリックドム以上に戦い慣れていた。
シールドを斜めに構え、螺旋を描くように接近する。リックドムが狙いをつけられずに
いる間にマシンガンを撃ち、ドムのモノアイを破壊した。そのまま頭を失ったドムに接近
すると相手の胸を蹴り、その反動で別の敵に向けて一気に方向転換しつつ加速した。
「うめえ!」
思わずジョーが呟く。対艦戦を得意とするエースの中にはこの技術を使いこなすパイ
ロットがいたが、MS戦闘で、しかも模擬戦ではなく実戦で使う者がいたとは驚きだ。
隊長機が二機目のドムに襲いかかる間に他のジムも残りのドムに攻撃を開始していた。
完全に多勢に無勢となったリックドムは撤退を開始した。
「よし、敵が逃げるぞ」
ジョーが喜んだが、ディックの声が再び緊張をはらんだ。
「まだだ、ムサイが……!」
ムサイがデブリを避けつつメガ粒子砲を動かしているのが見えた。ついに鹵獲を諦め、
艦ごと破壊する事を決断したのだ――だが、攻撃は実行されなかった。ムサイの主砲の一
基が見えざる狙撃手により爆発、もう一隻も機関部から火を噴き始めた。
リックドム、ムサイが撤退するが、ジムは追跡しなかった。任務は「ピースメーカー」
の保護であってジオン残党の掃討ではない、と言う事だろう。
「ちっ……」
ジョーとディックが同時に舌打ちした。追撃してくれればどさくさ紛れに逃げようと考
えていたのだろう。
隊長機が近づいてきた。ビームサーベルが二本になっている以外は普通のジムに見えた
が、よく見ると左肩にパンを抱えたモルモットかハムスターのイラストが描かれている。
パイロットのマークなのだろう。
『我々は連邦軍第三〇五分艦隊、俺はMS隊副隊長のフィリップ・ヒューズ中尉だ。要請
によりお前達を救援に来た。これから俺達の指示に従い基地まで案内する。その際は悪い
が積荷のチェックもさせてもらうのでそのつもりで――妙な気は起こすなよ。お前達には
見えないだろうが、はるか向こうでミゲル・クライン大尉がお前達を捉えている。狙撃の
腕は今見た通りだ。大人しくするのが賢明だぞ」
実質的には逮捕拘留の恫喝と言っていい。しかしディックは相手の素性を知ると天を仰
いだ。
「ミゲル・クライン、『ラ・マキナ』か!よりにもよって……」
「有名なんですか?」
エディが訊いた。ディックが答える。
「スナイパーだよ、ソロモンとア・バオア・クーで六十機超えるスコアを叩き出した。腕
は今見た通りだ。その正確無比な狙撃の技術から付いた異称が『精密機械――ラ・マキ
ナ』。ちなみに目の前にいるフィリップ・ヒューズも『真紅の稲妻』ジョニー・ライデン
と互角にやりあったと言うエースだよ」
観念した様子のジョーとディックを見て、他のメンバーも全員観念したようだった。全
員が無抵抗の意志を示し、保護というより投降したのだった。
続く
【キャラクタープロフィール】
・ミゲル・クライン
地球連邦軍宇宙軍大尉。士官学校を卒業後は戦闘機や先頭車両のパイロットではなく、参謀として幕僚チームに所属。
一年戦争ではルウム戦役にも参加し、奇跡的に生還している。ルウムでMSの重要性を認識、パイロット選考の際には
自ら志願、参謀からパイロットに転向した稀有な例。ソロモン、ア・バオア・クーなどでMS68機、巡洋艦3隻を沈め、
その正確な狙撃から“ラ・マキナ”の異称で呼ばれる。フィリップとは士官学校、及び戦前の配属先で先輩後輩の仲。
0053年生れ、28歳
・フィリップ・ヒューズ
地球連邦軍宇宙軍中尉。0075年士官学校を卒業し、戦闘機パイロットとなる。0076年中尉に昇進するが、0077年、
上官を殴り少尉に降格。原因は上官の女性士官に対する嫌がらせであったが、これにより資料室勤務に左遷されてしまう。
一年戦争中のジムのテストパイロットを募集する際に適性を認められ抜擢、そこでの活躍により戦後中尉に復職する。
バケットを抱えたモルモットをパーソナルマークを使用するが、これは一年戦争時所属がモルモット隊と呼ばれた事から。
0052年生れ、29歳
【MSデータ】
・RGM-79SC ジムスナイパーカスタム
全高 18.2m
本体重量 42.1t
全備重量 56.5t
ジェネレータ出力 1350kw
推力 55,000kg
ミゲル・クライン専用機。一年戦争時代から使用する愛機を更に部分的に改良しながら使用している。
一般的なスナイパーカスタムとは外観が違い、超長距離狙撃用の高性能カメラ・バイザーと増加スラスターが特徴。
最大の特徴として狙撃姿勢に入ると各関節がロックされMSと銃が一個の固定砲台となるジョイントホールド機構がある。
各種センサーが大幅に強化され、最大11km離れた距離からの狙撃を可能とする
武装
R-5ライフル
一年戦争時の狙撃用ビームライフルR-4の後継モデル。3.1MWと大出力を誇る反面、3発しか撃てない使い勝手の悪さが難点。
75mm狙撃用ライフル
75mm×550mmのタングステン弾を初速2.9km/sで撃ち出す実体弾型狙撃用ライフル。装弾数5発。
90mmマシンガン
連邦軍が採用した90mm弾を使用するマシンガン。弾薬は0083年でも使用されている高速弾頭だが、プルバックではなく
通常のマシンガンの形状をしている
ビームサーベル
左腰に吊り下げるように携行(一般的なスナイパーカスタムは左前腕部に収納する)
・RGM-79s ジム指揮官仕様
全高 18.0m
本体重量 42.1t
全備重量 56.5t
ジェネレータ出力 1310kw
推力 55,500kg
フィリップ・ヒューズが使用する指揮官仕様のジム。外観はジムのビームサーベルが左右二本となった程度しか変わらない。
しかし、テストパイロットであったフィリップがOSから各関節のアライメントまで細かに専用のチューニングを行っており、
フィリップが乗った場合に限り、ベース機とケタ違いの性能を叩きだす。左肩とシールド裏にパーソナルマーク付き
武装
90mmマシンガン
ビームサーベル×2
シールド
ここまで
今回はガンダム他戦争ロボットアニメのTVシリーズ第一話を意識した構成にしてみました。
正直続きが本当に書けるか怪しいのですが、一応続きのストーリープランはあります
190 :
名無し:2010/04/01(木) 21:26:43 ID:WJdv9Cym
MAMAN書きさん書いた小説はやっぱり全部おもしろいですね
第二話
まだタイトルが決まらない……仮に「ラ・マキナ」で
コロニーに到着するとジャンク屋一行は仮設された基地内の一室に通され、待機を命じ
られた。
エディが不安そうに見回しながらジョーに訊いた。
「俺達、これからどうなるんですか?」
ジョーが答える。
「とりあえず全員の身元を確認して、戦利品は全部没収、そんなところだな」
「……それだけですか?」
「そりゃやってる事はゴミ捨て場からベッドを拾って売るのと同じ、微罪だからな。俺達
の場合拾ってくるのが軍需物資だが、それでも逮捕するほどの犯罪でもねえし、モグリの
ジャンク屋もデブリ回収の役に立ってる事は連中も知ってる。船を取り上げられる事もね
えだろうよ」
「はあ……」
何となく拍子抜けした声を出した。エディとて刑務所に入りたいわけではないが、十五
歳の少年としては、自分のしている事が軍にも無視される軽犯罪に過ぎない、と言われる
のも釈然としないものがある。どうせやるならでかい事をしたい年齢なのだ。
彼の表情から察したか、ジョーが笑って付け加えた。
「軍を敵に回しながらアウトローな人生送るのは格好いいが、現実はこんなもんさ。奴ら
を本気にさせない程度でやめておく、それがこの商売を長く続けるコツだ、覚えとけ」
「……はい」
エディはまだ納得していない様子だったが、頷いてみせた。
そのころミゲルとフィリップは「ピースメーカー」から荷物を搬出する作業をしていた。
二人の目を引いたのはやはり謎のMSだった。
「これ、見た事ありますか?先輩」
ミゲルが訊ねた。フィリップは首を振る。
「いや、ねえな。パーツ別に見れば見たような形もあるが、全体で見るとどれにも似てね
え。どういう素性の機体だ」
「先に運び出された物の中にビームライフルらしきものまでありました。もしかするとジ
オンのデータベースにも入っていない極秘開発のMSなのかもしれません」
「あるいは最近ロールアウトした全くの新型か、な」
フィリップの述べた可能性にミゲルは反論しなかった。無酸素の宇宙空間では金属や機
械の経年変化はほとんど進行しない。ジャンク屋からこれがチベ級に積まれていた事は聞
き出していたが、それが一年戦争中に破壊されたか、二か月前に沈められたかを外観だけ
で判断するなど不可能である。
「でも、ま、それはねえか。この宙域で最近チベ級に攻撃したなんて話は聞かないしな」
フィリップ自らそう言って自説を取り下げた。本能的に事態が悪い方向へ進む事を嫌っ
たとも思える。彼はトラブルメーカーではあるが、トラブルに巻き込まれるのは好まな
かった。
「いずれにしても、後でそのチベ級は回収に向かわせましょう。連中の話じゃまだ色々と
残っているらしい。デブリとしても邪魔だし調べればもっと判るかもしれない」
ミゲルはそう言うと、必要な準備をするためオフィスに戻っていった。
結果として彼らは判断を誤った。それが発覚するのは四時間後の事である。
奇襲と言うものは簡単に成功するものではない。ミノフスキー粒子によりレーダー索敵
が困難となっても、哨戒に就く敵の目を潜り抜け先制の第一撃を与えるのは容易ではない。
当然大部隊を送る事は出来ず少数をもって反撃を挫くほどのダメージを撃ち込むには奇襲
をかける側の練度ももちろんだが受ける側が無警戒である必要がある。戦後一年を経過し
たとは言え警護任務に就いた連邦軍が無警戒である事は本来ありえない。
しかし、この時コロニー周辺の哨戒に当っていた小隊はやや複雑な事情があった。小隊
長のウッズ少尉はルナリアンで宇宙軍一筋だったが、部下の二人はアースノイドの地上軍
転属組、さらに後方任務の通信士は地上軍転属組だったが、こちらはスペースノイドで
あった。小隊と言いながら仲間意識は皆無だったのである。
まず部下の一人、ロイ曹長がムサイ級を発見した。彼は同僚であるヨーク軍曹には連絡
をとったが、ウッズにも本部にも報告しなかった。つまり、手柄の独占を目論んだのであ
る。彼は地上軍出身だがソロモン攻略戦にも参加した手練であり、上官に対する反感も手
伝って出し抜こうと考えたのであった。ムサイの主砲の一基が潰されていた事も彼の慢心
を助長している。ヨークもロイと同様の心理から反対せず、二人だけでムサイに接近した。
通信士のピケ軍曹は二人の会話を聴く事は出来なかったが、識別信号の動きからロイと
ヨークが哨戒ルートを外れて行く事に気づいたが、放置した。彼女はアースノイドの二人
がしばしば軍規を無視した勝手な行動をとる事に辟易しており、この時も警告するのも面
倒と無視を決め込んだのである。
ムサイに接近した二人は一切の警告も発さず攻撃を開始した。ジオン残党に対する敵対
心よりも、アースノイドのスペースノイドに対する憎悪のほうが動機としては強い。
ムサイからリックドムが発進したが、想定の内だった。ヨークが出撃の瞬間を狙い撃ち
し、一機を破壊した。ここまでは順調だった。
だが、止めを刺そうとムサイに迫ったロイが別方向からのメガ粒子砲に薙ぎ払われた時、
優劣は逆転した。ザンジバル級が後方から全速で向かってきていた。それが機関部を損傷
し行動に支障をきたしたもう一機のムサイに代わりジャンク屋の追跡に加わる事になった
援軍である事など、彼らは知るはずもない
ヨークは先制攻撃が失敗した事を悟ったが、ここでもまだ隊長にも後方にも連絡を入れ
なかった。まず彼が選択した行動はその場から撤退する事だった。しかし一難を逃れたム
サイの副砲乱射がスラスターを掠め、ヨークの機体もまた爆散した。
ピケはロイとヨークの識別信号が消失して初めて、深刻な事態を予感した。彼女はよう
やくウッズにロイとヨークが共にルートを外れ同じポイントに向かって移動していた事、
たった今二人の識別信号がロストした事を伝えた。
「なぜ俺にすぐに言わない!」
ウッズの怒りはもっともだった。ピケは悪びれず、
「申し訳ありません、二人に対して呼び掛ける事を優先いたしました」
と返答した。上官に報告すれば当然ロイとヨークは叱責を受ける。下士官同士の連帯感
を知るウッズも強く咎める事は出来なかった。
「それで、そこに何があると言っていた?」
「それが、呼び掛けに応じないまま信号がロストしました」
むう、とウッズは唸った。結果を先に言うなら、ここでウッズは判断を誤った。即座に
基地に連絡し、応援を呼ぶと同時に警戒態勢をとらせるべきだった。しかし、自己保身が
彼の判断力を狂わせた。ピケが言い訳として上官からの叱責を持ち出したように、彼も自
身の監督責任を問われる事を恐れた。ウッズは自分の目で確認してから報告すると決断し、
哨戒艇のピケと共に二人が消えた宙域に接近した。そこで見たザンジバルとMS群が彼ら
の見た最後の光景となった――。
「なんだ、騒がしいな」
ディックがドアを見ながら呟いた。声に出したのはディックだが、その場にいる全員が
同じ感想であった。
二時間前までは通常の事情聴取と身元確認も終り、あとは事務的に書類にサインをして
船を返してもらって終り、となるはずであった。
だがその後、役人が姿を見せることはなく、部屋の外では廊下を慌ただしく駆ける足音
が聞こえてくる。何かあると考えるのが普通だった。
「ドンパチでも始まるのか?」
「やだぜ、軍の施設の下敷きで死ぬのは」
「この分じゃ表に見張りもいないだろ、勝手に逃げちまおうぜ」
「船どうやって取り返すんだよ、港で巡洋艦と並んでるんだろ」
好き勝手な会話をしているが、意外なほど緊張感はない。エディを除けば皆それなりの
修羅場を経験している。最悪な事になる前に逃げ出せると楽観しているのだ。
しかし、このままここにいても安全ではないと言う点で意見が一致し、部屋の外に出よ
うとまとまった所でドアが開き、軍の人間が顔を出した。どうやら軍の全員がジャンク屋
附勢を忘れたわけではなかったらしい。
「お前達、早くここを出ろ」
「何かあったんですかい?」
何もないはずはないが、ジョーは一応質問した。意外にも相手の士官はあっさりと事情
を伝えてくれた。
「ジオン残党のコロニー内への侵入を許した。応戦してはいるがここも安全というわけで
はない。非戦闘員や公社の人間も避難しているから誘導に従うように」
「俺たちだけ帰らせてもらう訳には……いかなそうですね」
「船でか?出口を狙われる可能性もある。許可出来ない」
「……仕方ねえ、大人しく隠れてます」
一同が部屋を出、下士官の誘導に従い基地を出ようとした時、壁が崩れ、天井が落ちた。
誰のものかも判らない悲鳴とガラガラとコンクリートの崩れる音が音楽性のないハーモ
ニーを紡いだ。
迎撃が完全に出遅れた連邦軍はコロニー内戦闘という望まざる戦場と戦術を強いられて
いた。まだ修復途中の建築物も重要な軍事施設もないこのコロニーに対し、いかなる種類
のテロリストにとっても攻撃目標になり得ない。必然的にパトロール内容は海賊対策が中
心となり、コロニーへの侵攻に対する備えは十分とは言えなかった。その意味では、帰投
したミゲルとフィリップがそのままコロニー内に残り、MSが整備されたばかりである事
は不幸中の幸いであった。
ミゲルはマシンガンを持ち、単発でザクに向けて発砲した。頭部を掠めたものの装甲の
表面を滑って逸れ、機能へのダメージは与えらなかった。即座にザクがマシンガンで応射
してきたが、これはジムに命中しない。もう一度、ミゲルが今度は三連バーストで射撃す
ると今度こそザクのモノアイを直撃し、敵は大きくバランスを崩した。
「……照準が狂っているか」
一射目で照準のズレに気付いたが、敵を目の前に調整を直す暇などあるはずもない。二
度目の射撃は照準の誤差を自分で補正して狙いを定め、撃ちかけたのであった。
三度目の射撃でコクピットを直撃し、ザクを沈黙させたところでようやく照準の修正を
行い、完了したところでフィリップから通信が入った。
『ミゲル、作業員の避難誘導に護衛がいねえ、誰を向かわせる?』
「ハジ軍曹を行かせて下さい。一番近いはずです」
『判った。――こいつら、目的は何だ?ただの嫌がらせにしちゃやりすぎだぜ』
それが判れば苦労はない。比較的安全な宙域での護衛ということもあり、戦力は決して
多くなかった。戦闘艦はサラミス改級巡洋艦『カサブランカ』のみ、MS十九機は輸送艦
で運ばれていた。現在コロニー内で戦闘に当たっているのは八機である。侵入者がMS六
機である事は諸処の報告から判明していたが、その六機すら全てを発見できていない事が
フィリップを苛立たせた。
「とにかく数では勝るはずです。確実に叩いていきましょう」
『そうだな……』
二人の会話に突然別の回線が割り込んできた。基地からの通信だった。
「どうした?」
『隊長、敵の攻撃を受けました、至急援護をお願いします!」
「何!相手は何機だ!?」
当然だが基地の周囲には四機を配置して守備に当たらせている。それでもなおミゲルに
戻れと言うからには四機で対処出来ない事を意味する。
『な、七機です!』
予想もしていなかった数字にミゲルよりも先にフィリップが
『七機だぁ!?そんなわけねえだろ』
『し、しかし事実です!クワン少尉機、ヒュー曹長機が撃破されました!救援を!』
「判った、すぐに戻る。先輩もお願いします!」
『くそっ、了解!』
まだ重力が二割程度しか発生していないコロニー内部でミゲルはスラスターを全開に飛
行した。四十秒で到着するはずだ。
(しかし、七機とは……それほどまでにここを落とすことに意味がるのか?)
既に二機の僚機は落とされている。自分とフィリップが駆けつけても戦力比は一対二、
厳しい戦いを覚悟しなければならない。
しかし、基地を見たミゲルは予想以上の惨状に愕然とした。
「基地が……!」
既に基地は半壊し、ザクとリックドムが取り囲むように立っていた。まだ行動している
ジムは一機のみ、戦意こそ失っていないが、数的劣勢に打つ手が無いようだ。
敵は基地だけでなく、隣接するMS格納庫をも攻撃対象としているようだった。
『ミゲル、俺が相手をする、お前は後ろから援護だ!』
フィリップの通信が入り、ミゲルの視界にフィリップのジムが突進するのが見えた。ミ
ゲルは生き残った僚機に接近する。
「無事か?」
『大尉、申し訳ありません、不覚を取りました」
映像は入ってこなかったが、音声からパイロットを特定した。
「通信では二機はやられたと聞いた。もう一機は?」
『ジギッチ伍長が撃たれました。――立派な最期でした』
ミゲルは頷いた。
「よし、アンドレ・アウグスト伍長、すまんがもう少し力を貸してくれ。ヒューズ中尉を
援護するんだ」
『は、はい!』
さすが生還率連邦軍最低とも噂されたモルモット隊の生き残りだけはあり、フィリップ
は七機の敵を相手にも巧妙に被弾を避けつつ接近、格闘戦に持ち込んだ。乱戦にする事で
相手に火器の使用を躊躇わせる狙いだ。しかしそれによりミゲル達も狙いを付け難くなり、
フィリップは前後から三機のドムとザクに囲まれる形となっていた。
『た、隊長、このままでは中尉が――』
「判っている」
ミゲルはマシンガンを両手で保持し、構えに入った。フィリップの一見無謀な選択には
自分に対する信頼があっての事と、エースは理解していた。
「伍長、私に攻撃する者は貴官が排除しろ」
言葉の意味を理解したアンドレが慌ててマシンガンを構え、彼らに気付いたザク目掛け
て撃ちかけた。その間にミゲルは激しく動き回る四機のMSに向けて単発で撃った。
九十ミリの劣化ウラン弾は正確にフィリップの背後を取ってヒートサーベルを振り上げ
たドムの脇の下、装甲の隙間に命中し、そのまま内部を直進しコクピットを貫通した。ド
ムは大上段に構えたまま、ドウと音を立てて倒れた。
神業を見せられ優勢の賊が一瞬怯んでミゲルに警戒を向けた。その一瞬をフィリップが
見逃さず、ビームサーベルでザクを一機横薙ぎに胴を斬り払い、上下に両断した。
『すげえ……』
回線を開いたままのアンドレが息を呑むのが聞こえた。一年戦争のエース二人と知って
はいたが、その芸術とも言える射撃や天衣無縫と形容される剣技を目の当たりにしたのは
これが最初だった。
ミゲルはその賞賛にも眉ひとつ動かさず、
「後五機だ。三人で殲滅するぞ」
とだけ伝えた。
『はい!』
アンドレの声に生気が戻った。数的にはまだ劣勢だが、この二人と一緒なら生き残れる
と希望が湧いたのだ。名将やエースの存在が時に過大に喧伝されるのは、それによって兵
の士気や民衆の戦意が向上する効果が実際に認められるからである。「悪名も名なり」と
はよく言ったものとミゲルは自嘲していた事もある。
その時、ミゲルはモニターの隅で何かが動くのを見た。サブカメラを巡らすと、倉庫に
向かって誰かが走っていた。軍人でも公社の作業者の服装でもない。勾留していたジャン
ク屋の一人だと気づくのに時間がかかった。
「おい、君、何をしている?止まれ!」
ミゲルが声を上げたが、スピーカーになっていないので外部には聞こえない。ミゲルが
切り替える間に倉庫に辿り着いてしまった。
そちらにもザクとドムがいた。二機は倉庫はむやみに破壊せず、扉だけを爆薬で吹き飛ば
し、中に侵入しようとするところだった。ジャンク屋はそれより一足早く人間用のドアか
ら倉庫に飛び込んでいた。
「ちぃっ……!」
ミゲルは仕方なくバースト射撃でザクとドムの注意をこちらに向けた。民間人に被害を
出してはならないと言う職業意識がそうさせた。
倉庫のMSがミゲルとアンドレに殺意を向ける。フィリップは依然として三機を相手に
単身奮闘している。厄介な状況になってしまった。
「アンドレ、君はフィリップに加勢しろ、この二機は私が引き受ける」
そう指示を出した時、倉庫の奥から重機の起動する音が聞こえた。
エディは頭を上げた。猛烈な耳鳴りで周囲の音が拾えない。
「何が起きた……?」
自分の声も聞こえないので自然大声になる。誰かがそばに来てくれるのを待ったが、誰
も来なかった。
思い出せ、何がどうなった?自分達はジャンク屋で、仕事帰りにジオン兵の残党だか海
賊だかに襲われて、連邦軍に保護されてついでにモグリ営業で勾留された。そこに敵襲が
あって俺達は安全なところに避難しようとして――いきなり凄い音がした。そこまでは覚
えている。そして今――。
手に何か生温かい液体がまとわりついてきた。赤い色をしていた。
声にならない叫びを上げて跳ね起きる。自分のの身体を撫で回し、自分がどこか大怪我
をしていないか確認した。自分の血でないと確信してようやく落ち着くと、少しだけ落ち
着いて改めて周囲を見た。
目に入ったのは瓦礫に埋れた仲間達。崩れた壁と天井に押しつぶされて、動かなくなっ
ていた。
今度こそエディは絶叫し、瓦礫をどかそうと遮二無二押し始めた。しかし、瓦礫は幾重
にも重なり、下手に動かせば他がさらに崩れてしまいかねない。途方にくれてその場にう
ずくまると、ジョーと目が合った。瞳孔は開き、鼻からも耳からも血が流れていた。
エディは慌てて後ずさりし、そして吐いた。何度も何度も吐いて、胃が空っぽになって
も空嘔吐を繰り返した。
「エ……エディ……」
エディは他のどんな音も聞こえなかったが、自分を呼ぶ声にだけは反応した。振り返る
とディックが手を伸ばしていた。
「ディックさん!」
血まみれの手でディックの手を掴むエディ。ディックは右足が天井の下敷きになってい
たが、意識ははっきりしているようだ。
「ディックさん!ディックさん!」
「他の……連中は?」
エディは答えられない。それでディックには通じたようだった。
「そうか……俺も、足はもう駄目そうだ……」
「そんな!」
「馬鹿、足だけ……だ。そうか……簡単にくたばるか……よ。しかしな、早くここから逃
げねえと、やばい……ぜ」
言われてエディは初めて、自分達の周囲が戦場となっている事に気付いた。このままで
は巻き込まれる。この瓦礫をどかす方法を考えなければ。
エディの目は一点に釘付けになった。MS格納庫。あそこに行けば動かせるMSが一機
くらいあるはずだ。エディはMS操縦には自信があった。瓦礫を順番にどかすような慎重
な作業もやってのける自信がある。それに何よりも、仲間をこんな目に合わせた奴らに一
発食らわせずには済まされない――。
「待ってて下さい。今、何とかします」
そう言うとエディは走った。格納庫に向かって。
格納庫の前にはザクとドムがいたが、扉の前で何か作業中でエディには気付かない。エ
ディは復讐心に満たされていたが、丸腰で立ち向かわない程度には冷静だった。ドアに手
をかけると簡単に開いた。衝撃か何かでセキュリティが壊れたのだろう。中に入り、MS
を探した。
「あ――」
エディが思わず声を上げたのは、そこに自分達がチベから運び出したMSがあったため
だ。考えてみれば押収品としてどこかに保管しなければならないわけで、ここに置かれて
いても不思議ではないのだが、ジムしか念頭になかったエディは反射的にこのMSに近付
いた。踵にあるスイッチを操作し昇降用のロープを下ろす。ロープに掴まってコクピット
に乗り込み、既に一度行った事のある起動シークェンスを繰り返す。押収時に何らかの封
印がされている事もありえたが、特に障害もなくコクピット内が仄かな光りに包まれた。
機体の起動が終了するのと、格納庫の扉が大きな爆破音と共に破壊されるのと、ほとん
ど同時だった。四角い大穴から二機のジオン製MSのシルエットが見えた。
「テメエら、覚悟しろよ!」
エディはMSのレバーに手をかけ、吠えた。
突然目の前の無人と思われていたMSが動き出した事で賊は驚いたようだった。連邦軍
に注意を向けていたため入り口に背を向けていた。エディが格納庫から出てくるのは、だ
から簡単だった。
しかし、外に出た瞬間、エディはこの後のプランが全くない事に今更思い至った。彼は
MSを操縦は出来るが戦闘経験などもちろんない。手には銃も持っておらず、今どんな武
装が使えるのか、そもそも何か武装がついているのかすら判っていない。エディはこの場
にいる唯一の素人だった。
エディの心に猛烈な恐怖感が襲ってきた。仲間を殺された復讐の炎は消えていないが、
それを上回る程にたった今実感したばかりの「死」が自分に迫っている事を感じた。自分
の歯がカチカチと鳴る音を生まれて初めて聞いた。
「ぶ、武器、何か武器は……!」
コンソールやモニターを見回し、それらしいボタンを押してみたが、何も起こらない。
焦りがさらに恐怖を呼んだ。
賊は最初こそ警戒したものの、相手の挙動から戦闘能力がない事を確信したようだった。
ザクが銃を構えたまま近寄ってくる。赤く光る単眼にエディはパニックに陥った。
体当たりしかない!何が使えるのか、使えないのか全く判らない以上攻撃手段は最も原
始的な手段に頼るしかない。せめてもの救いはこのジオン製MSはジムと違って肩に体当
たりを助けるスパイクが付いている事であった。
姿勢を低く、右肩を相手に向けてタックルの姿勢をとる。ザクは全く意に介する様子も
なく接近を続ける。直線的なタックルなど躱す自信があるのだろう。
この時エディの精神は恐慌状態にあるので、そのスイッチに手が触れたのは、全くの偶
然だった。カチリと手応えを感じると同時にモニター上にある変化が現れた。
「ヒート……パイル?」
モニターの隅にエディが読んだ通りの文字が浮かび、自機のシルエットと思われる図が
黒で表示され両肩だけが赤く光った。意味は判らないが、肩に何らかの仕掛けがあってそ
れが作動したらしい。それが何かを考えている時間はない相手はすっかり手が届こうかと
いう距離まで近づいている。これ以上の接近はタックルでも十分な衝撃を与えられないか
もしれない。
「やるしかない!」
エディの決断は他に選択肢がなかった故だが、それ故に迅速だった。一瞬身体を沈めて
力を貯め、スラスターも全開に突進した。
ザクのパイロットの回避行動は遅くはなかった。彼の悲劇は目の前のMSのレスポンス
の鋭敏さを知らなかった事、それと肩に仕込まれた仕掛けの存在だった。
チャコールグレーの機体は内部のパイロットが背もたれに身体を押し付けられる程の強
烈な加速で飛び出し、横に開いていなそうとしていたザクの懐に飛び込んだ。肩のスパイ
クがザクの胸にめり込んだ時、エディはヒートパイルの意味を理解した。
スパイクはザクよりも長く、グフと違って直線的だったが、そのスパイクがザクの胸部
装甲を紙のように貫通したのだ。いかにダッシュが強烈だったとは言え、ただ運動エネル
ギーだけの現象でないことは即座に理解した。
「肩アーマーが高熱を出しているのか!?」
体当たりと言うよりは刺突呼ぶ方が近い一撃をコクピットの正面で受けたザクは十数
メートルも後方に飛ばされ、二度と動くことはなかった。
残されたドムはようやくこのMSの危険性を認識し、背中からヒートソードを引き抜い
て構えをとった。腰だめの構えは相手の突進に対し真っ向から迎え撃つ意図を示している。
重MSとしての重量とパワーを信頼した選択だった。
相手がカウンターの意図に気付いたエディはまたも恐怖を感じたが、出来る事は他にな
い事も理解していた。そして何より、一度目の死の危機を回避した事で、復讐心が恐怖を
上回ってもいた。再び体当たりの姿勢をとる。より低く、より強く当たれるよう上体を沈
み込ませる。
エディが突撃する。ドムはその場でヒートサーベルを水平に突き出した。当然ながら肩
のスパイクより剣の間合いが長い。切先が頭部を貫通すると思った刹那、ミゲルがフルオ
ートで集中砲火し、ドムは全身に劣化ウラン弾を受けて倒れた。空振りする形になったエ
ディは大きくバランスを崩して転倒した。慌てて起き上がろうとするが上手くいかない。
『落ち着きたまえ、もう敵は片付けた』
音声は回線ではなく集音マイクから聞こえてきた。ジムが一機こちらに近づいてくる。
『無事かね?』
「……大丈夫、です」
そう答えたエディは声は相手に伝わっていないはずだと気付いた。ジムが手を触れ、接
触通信を行って来た。
『まず回線を開いてくれ。共通回線の二番でいい。どれか判るかね?』
エディが操作盤を探り、通信関係のスイッチが集中した一角を見つける。何度か試行し、
回線が繋がった。
『よろしい、私はミゲル・クライン、このコロニーの守備隊長を務めている。君は私が保
護した廃品回収船のクルーだね?』
「はい……エディ・ホリデイです」
『ではエディ、MSを勝手に動かした件については何も言わないでおこう。まずここの救
助を手伝ってもらえないか?瓦礫を取り除く作業を手伝って欲しい』
「は、はい」
元よりそのつもりである。エディは立ち上がると基地の瓦礫の山に向かって行った。周
辺には五機のMSが大破していた。
エディは慎重に瓦礫を取り除き始めた。ジャンク屋でも作業用のプチMSでスクラップ
の山を仕分ける作業の経験がある。このMSは扱い難いが少しづつ要領を得て来ていた。
「上手いもんだな」
フィリップが感心した。彼が指導している新兵よりよほど手馴れている。ミゲルがフィ
リップにクローズ回線で話しかけてきた。
「先輩、『カサブランカ』との連絡が取れない。そちらに向かってはもらえませんか」
「判った、見てきてやる」
フィリップが請け合ったのと、ドックから爆発が起きるのと、同時であった。
「うわ!」
「な……なんてこった!」
ミゲルとフィリップが声を出したのは同時だった。
『カサブランカ』のブリッジが消失している。正面にはザンジバルと思われる艦艇。侵入
を許していたのだ。
「先輩、奴らを押し返します!」
『判ってる!』
フィリップは既にザンジバルに向かっている。しかしザンジバルの周辺にはゲルググが
三機展開していた。
「ゲルググ!こんな時に!」
フィリップが唸った。ゲルググ相手に数的不利はさすがのフィリップも苦戦は免れない。
ミゲルが格納庫から持ち出した一八〇ミリキャノン砲で援護した。ボールに採用されて
いる主砲にジムが手持ちするためのアタッチメントが付けられたもので、前線でボールに
もジムにも転用出来るようにとの意図で設計されている。
「『カサブランカ』!誰か応答してくれ!」
ミゲルは艦橋の失われた巡洋艦に呼びかけ続けた。
エディは瓦礫を取り除き続けた。基地やその他の場所にいた無事な者たちも一緒になっ
て救助作業は進んでいる。生存者ばかりでなく死者もいたが、エディは涙を流しながら操
縦を続けた。
その作業はもしこの場に熟練パイロットがいれば目を見張るほどの速さと正確性だった。
僅か一時間で大きな瓦礫をどかし、細かい破片の除去作業に入っていた。
――助けて
「!?」
エディは周囲を見回した。共に作業に当っていたアンドレが声を掛ける。
「どうした、エディ?」
「今、助けてって……」
「声か?俺は聞こえなかったが」
「でも、確かに……女の子の声が……」
――助けて
「まただ――上?」
エディは上を見上げた。信じ難い事だが、声は上から聞こえたように感じたのだ。当然
見上げればそこにも「地上」があるが、そこから声が届くとはさすがに思えない。
――ここから出して
「まさか……」
エディは今思い浮かんだ考えを自分でも信じられなかった。信じられないにも関わらず
同時に確信もしていた。声の主は……。
エディはMSを走らせた。アンドレが回線でなにか叫んでいたが聞こえなかった。声に
向かうので一杯だった。
途中でスラスターを開きジャンプし、飛行体制に入る。向かうのはドックである。
空中で加速しつつヒートパイルを使用し、自分は衝撃に備える。そのままドックの隔壁
に肩からぶつかり、隔壁を破って侵入した。隔壁の内部に入ると目の前にゲルググがいた。
「う……うわっ!」
突然の乱入者にゲルググも一瞬怯んだようだが、さすがにゲルググを預けられるだけは
あり、すかさずビームナソードを抜いて斬りかかってきた。
「アァー!」
パニックを起こしたエディはレバーから手を離し両手で頭を抱えた。当然、彼のMSは
棒立ちである。
「エディ君!」
「あの馬鹿!」
ミゲルとフィリップが同時に声を上げたが二人とも行動が間に合わない。その場の全員
が同じ未来図を覚悟した。
だが。ゲルググの袈裟掛けの一太刀はエディのMSの肩で受け止められ、ビームの刃は
それ以上斬り込む事が出来なかった。
フィリップのマシンガンとミゲルのキャノン砲が同時にゲルググを襲い、ゲルググは間
一髪で攻撃を避け距離を取り直した。何が起きたか判らないエディにフィリップが接近し
怒鳴りつけた。
『馬鹿野郎!何しに来た!』
「え、あ、あ……」
『邪魔だ、下がってろ!』
「こ、ここで、誰かが助けてって……」
『何だそりゃあ』
「わ、判りません、でも、確かにここから出して、って……」
『わけ判んねえ事言ってねえで下がってろ!』
そう言って乱暴にエディの機体を突き飛ばし、敵に備えた。しかし、敵の行動は意外な
ものだった。
「撤退する!?」
ザンジバルが後退を始めたのだ。ザンジバルだけではない、ドックに展開されていたゲル
ググも退却していた。
ミゲルがキャノンを撃ったが、ゲルググのシールドで防がれた。ミゲルもフィリップも
罠を警戒してそれ以上追わず、退却を許してしまった。
「何で今退却なんだよ……何がしたかったんだ、あいつら」
フィリップが呟いた。エディが加わったところで優勢は変わらなかったはずだ。それを
何故簡単に撤退したのか。しかし、あのままでは持ち堪えられなかったのも事実だ。命拾
いしたと言うべきだろう。
『うわっ』
エディの声が聞こえた。フィリップが不機嫌に訊く。
『今度はなんだ?』
『あ、いや……ヒートパイル使いっぱなしにしてたら、オーバーヒートしかけてて……』
『ヒート?ああ、肩にそんな仕掛けが付いてるのか』
「なるほど……ヒート系の兵装だからビームサーベルを弾けたのか」
ヒートホークやヒートソードがビームサーベルと切り結ぶ事が出来る事は経験的に知ら
れていた。原理は解明されていないが、表面に発生する電磁場がIフィールドに干渉して
斥力を発生させるのだ、と言われている。肩のスパイクが高熱を発する仕掛けなら、同じ
現象が起きてもおかしくない。
「とにかく、今は敵が退却しました。まず被害状況を確認しましょう。これからの方針は
その後です」
ミゲルはそう言うしかなかった。
「まさか前線に出してくるとはな……」
ザンジバル級巡洋艦「ブレーメン」の艦橋で艦長席に着いた男が半ば独白のように呟い
た。年齢は二十代半ば、茶色の髪を短く刈り込んではいるが、顔立ちはむしろ繊細と言っ
ていい容貌である。
脇に立つ士官が同調する。
「奇襲が鮮やかすぎましたかな、ファンダ少佐」
「……上手く行き過ぎて失敗など、笑い話にもならんな」
フォンダと呼ばれた男は苦笑した。
「いかがなさいますので?つまり、バドー奪回を優先するのか、と言う意味ですが……」
「ふむ……いずれにせよバドーが極めて高性能なMSである事は変りない。しかし、連邦
軍の戦力とされるくらいなら破壊するべきだろう。一旦閣下にご報告申し上げる。その後
閣下のご裁断を仰ごう」
改めて操舵士に撤退を命じ、ムサイと共に撤退したのだった。
その「ブレーメン」の奥、士官用の個室に部屋の用途を思えば不釣合な少女がいた。
暗い赤毛にブラウンの瞳の少女は虚ろな視線を壁に向けたまま、ぽそりと呟いた。
「また……」
ここまで
【キャラクターデータ】
エディ・ホリデイ
「ピースメーカー」のクルーで最年少。母親を幼くして失い、父親とは折り合いが悪く、家出同然にジャンク屋に仲間入りした。
起用でMS操縦に才能があり、ジャンク屋では早くからMSや作業用プチMSの操縦を任されていた。
0066年生れ、14歳
【MSデータ】
MS-19-O バドー@
全高18.3m
本体重量44.1t
全備重量61,3t
ジェネレータ出力1410kw
スラスター推力71,200kg
小惑星ペズン製MS。型式番号はペズンの通例通りダミーである。ジオン製だが流体パルスシステムではなく
フィールドモーターを採用、構造もモノコックではなくセミモノコック方式を採用するなど異色の機体。
フィールドモーターにはマグネットコーティング処理も行われており、高出力と高レスポンスを両立させている。
武装
ヒートパイル
肩アーマーのスパイクをヒート系兵装としたもの。本機のダッシュ力の高さもあり破壊力は高い。
本来は敵のビームサーベルの斬撃を止める効果が期待され、攻撃手段は二次的なものである
ぬう、レスが無いな
204 :
ヴァンプ:2010/05/16(日) 10:30:15 ID:d/fJUQUY
突然ですが、前々から妄想してたガンダムを企画だけカキコします。なんかとダブってたらゴメス。
作品名 機動戦士ガンダム Lost Angels
時代 UC0230
冥王星育ちの16歳の少年スルガは地球連邦をも手中に収めた秘密結社オリンピアンズの人類総奴隷計画を阻止すべく、[メサイアガンダム・イカルス]とともに混乱の大地に舞い降りる!
「うおぉぉおぉ!」
と気合いでドンドン強くなるスパロボ的なものをいれた感じにしたいなーと思っております。
できたらまた小説書きます。
なんという厨二病
ネタであることを祈る
207 :
創る名無しに見る名無し:2010/07/06(火) 23:26:48 ID:tT6BzqzY
保守
テスト