【mitemite】過去創作物を投下するスレ【見て見て】
「っていう事は、俺以外の奴からは、言われた事あるって事か?」
「そっちに行くか!?」
「……何か、腹立つな」
「え?」
「だって、お前が可愛いって、そいつは俺より早く気づいてたって事だろ?
そういうお前の顔、俺より早く見てたって事だろ? ずっとお前といて、
それで気づけなかったのに……なんか……それが、腹立つ。イラッとした」
「………………」
「なんだよ、変な顔して」
「君は……ひょっとして、わかっていてわざとやっていたりするのか?」
「何を?」
「……とても嘘をついてるような顔には見えない。という事は、天然か。
天然なのか。天然でここまでありえない鈍さなのか……」
「なんだよ、天然とか鈍いとか……意味わかんねえぞ」
「……本当にわかってない。泣きそうだ」
「え? ええ? なんか俺まずい事言った? なに? 泣かしちゃうような事
言っちまったか!?」
「……以前、聞いたよね。身近に、かわいい女の子がいないのか、って」
「ああ、そんな話したっけ」
「そのうち、わかるって言ったよね?」
「ああ、何か……時がくればわかる、って……一人の女の子が、その小さな
胸に宿った小さな勇気を振り絞る………………ああああああああ!?」
「やっと……やっと気づいて」
「お前、自分で自分の事かわいい女の子とか言ってたのか!」
「今度はそっちかーっ!?」
「え、でも、それって……つまり……え、あ? う? おおお?」
「……流石に、ようやく、わかってくれたよね? ね?」
「え、じゃあ……クリスマスイブに、俺誘って、つまり、これって、デートで、
そんで……えっと、お、う、あ、へ?」
「……とりあえず、コーヒー飲んで落ち着きなよ」
「あ、ああ……ん……ふぅ」
「まったくもう……何かコントみたいじゃないか。せっかくわかってもらえた
って言うのに、感動とかそういうの皆無だよ……はははっ」
「……そういう事、なのか?」
「そういう事って、どういう事だと思ってる?」
「え……それは、その、お前が、俺の事……好き、とか、そういう事?」
「そうだよ。僕は……貴方の事が、好きです」
「………………」
「………………」
「……マジで?」
「大マジで」
「え、だってそんなの……え、ええ!?」
「勇気振り絞ってさ、クリスマスイブにデート誘ってさ、それでごく普通に
遊びに行く感じで来られてさ、せっかくおめかししてきたのにあんまり
反応なかったしさ、そんで綺麗だとか可愛いとか言ってくれたから、そこで
ようやく気づいたかと思ったら、自覚は全然無くてそんで勝手に嫉妬だけは
してくれたりなんかしちゃったりして……本当に、君は馬鹿だよね。凄く馬鹿。
大馬鹿。その上間抜け」
「いや……その、なんつうか……ごめん」
「ふふ……謝らないでいいよ。僕は……嬉しいんだから。やっと気づいて貰えて、
それだけで嬉しいんだから。そんな馬鹿な君でも……それでも、好きなんだから。
……でも、もっと嬉しくなれるどうか、それを、教えてもらえないかな?」
「……俺が、お前の事……どう思ってるか……だよな?」
「……うん」
「未だに、よくわからんのだけど……やっぱり、さっき俺以外の奴が、お前の
事可愛いとか思ってたんだと思うと、凄い腹立ったのは……俺が、お前の
事……独り占めしたいからなんじゃないかと、そう思う」
「……独り占め、したいんだ?」
「うん。だから、さ……俺、お前の事……好きなんだと、思う……多分」
「……多分、かぁ」
「ごめん。ちょっとまだ、自分でもわかんないとこ、あるからさ」
「そうか。それでも……ありがとう……嬉しいよ、僕」
「………………」
「………………」
「クリスマスイブにさ」
「ん?」
「クリスマスイブに、恋人同士で歩いてるの見ても、別に俺は何とも
思ってなかったんだよ。強がりとかじゃなくて」
「僕もだよ。……でも、いつかは、君とこうして歩きたいって……それは
思ってた。ずっと」
「……くっつくなよ」
「いいじゃないか。僕らはこういう風にくっついてもいい、そんな関係に
なったんだから……多分、だけどね」
「……何か恥ずかしいぞ」
「……実は、僕も恥ずかしい」
「………………」
「………………」
「恥ずかしいついでに、もっと恥ずかしい事、しちゃうか?」
「……したいの?」
「……そ、そりゃまあ」
「じゃあ……ん……」
「お、おい! こんな往来のど真ん中でか!?」
「どこでだって誰かしらに見られてるものだよ。それに、お礼にしてあげる
って言ったのは僕だしね。僕がしたい所でしてあげる」
「……あれは、冗談だったんじゃ?」
「だって、そう言ったら君が完全に硬直しちゃうんだから。冗談とでも
言わないと固まったままだったろ?」
「……そりゃ、そう……なのかな?」
「僕に聞かれても知らないよ。……それとも、やっぱり、したくないの?」
「そんな事は無い! 絶対無い! 凄くしたい! じゃなきゃ俺から言わない!」
「そこまで必死になられると、ちょっと引くかも……」
「……す、すまん」
「なーんて、これも冗談。……じゃあ、いいかな?」
「……うわ、何か皆俺達の方を見てる気がする」
「自意識過剰。じゃあ……来て」
「……行くぞ」
「……うん」
「………………ん」
「……ん……んっ……」
「……ぷはっ!」
「……はふう……」
「なんか……すげー良かった」
「……うん、気持ちよかった。キスって……いいものだね」
「……なあ」
「なんだい?」
「俺、お前の事、好きだ」
「……多分、じゃなくて?」
「ああ。絶対に、好きだ」
「……僕も」
クリスマスイブに降ってきた、最高のクリスマスプレゼント。
願わくば、彼と一緒の日々が、永遠に続きますように――
――――――おまけ――――――
「……むぅ、どうしたものかな」
「お、どした? 悩める美少年の姿は絵になるねぇ」
「……ご本人の登場、か」
「なんだ? 何か俺に用でもあるのか?」
「いや……うん、そうだな、用はある。君にいくつか質問があるんだよ」
「バレンタインはチョコでいいぞ。というかむしろチョコがいい」
「……そこなんだ」
「え?」
「実はだね、こんな形(なり)をしていても、一応女である僕なんだが、
恥ずかしながら、料理というものを嗜んだ経験が無い」
「……そうなの?」
「……恥ずかしながら」
「でも、大丈夫だって。チョコなんか、溶かして固めてくれりゃ、食えるもん
にはなるだろうしな! お前が作ってくれるもんなら、よっぽどのもんじゃ
なけりゃ、俺は大歓迎だぜ!」
「……君ねぇ」
「な、なに?」
「それは僕に対する挑戦と受け取るよ?」
「なんでっ!?」
「当たり前だ。こんな形をしているが、僕は女で……さらに言うと、酷く
負けず嫌いな女なんだ」
「……そ、そうなのか?」
「そうなんだ。言ってなかったけどね」
「でも、料理した事無いんだから、そんな無理しなくても……」
「いいや……君の言葉が、今、僕の闘争本能に火をつけた!」
「え、えぇー」
「というわけで、バレンタインデーには僕の心を込めた手作りチョコを
君にプレゼントする事にした。覚悟しておくことだね」
「それは心的意味ですか胃袋的意味ですか……」
「一週間あるし、胃袋的には何とかなる! というか、する!」
「……お前ホントに女だよな? 何か凄い男らしいというか……」
「……チョコ、要らないのかい、君は?」
「い、い、要ります! めっちゃ要ります! っていうか生まれてこの方
親チョコ以外貰ったことありませんからスッゲー楽しみです!」
「ふふふ……それなら余計に気合を入れて作らなければね……ふふふ」
「……笑顔が怖えんですけど」
一週間後――
「ふふふ……苦節一週間、遂に完成したまともなチョコレート……
だというのに……だというのに!」
「……すまんって……ゲホッ、ゲホッ」
「まったく、せっかくのイベントだと言うのに、どうしてこうも間が
悪いんだい、 君は?」
「うぅ……病身にお前の口撃は堪える……」
「とにかく、さっさと治してくれよ」
「おう」
「はぁ……」
「なんだよ、ため息なんかついて」
「いやね……せっかく、僕達はクリスマスにこういう関係になった
のに、なかなか上手い具合にイベントを楽しめないな、と思ってね」
「正月はお前の方が風邪ひいてたんだよなー」
「……あれはすまなかったと思っている。せっかく初詣に誘って
もらったのに……」
「ひょっとしてだが、前日に浮かれすぎて、何着て行こうか
散々悩んで、とっかえひっかえしてる内に寒さにやられて
風邪ひいた……とかそういう事だったりする?」
「……そ、そんなわけ、ないじゃないか。まあ、確かに、その、
なんだ……振袖を着ていく為に悪戦苦闘をしてはいたけれど
風邪の直接の原因は姉がひいていたのを伝染されたからで
あって、着付けの練習を暖房の効いていない部屋でやってた
せいで見事に風邪を引いたとかそういう事実は一切無いからね」
「……」
「……どうして、そんな事を?」
「いや、だって、お前のその手」
「こ、これは……」
「絆創膏で隠してるけど、傷だらけだよな? チョコ作るのに
そうなっちゃうって事は、お前って結構ドジなところあるのかなぁ、
って思ってさ」
「こ……これはちょっと昨日大根をおろす時に卸金でザザーッと」
「やめれ。グロい話やめれ。っていうか昨日お前さっきシチュー食べた
って言ってたじゃんか。シチューに大根おろしってシュールだな」
「うちではそれが普通だ!」
「……見栄張らなくていんだぜ。俺安心してんだから」
「あん、しん?」
「男の格好してる時のお前ってさ、何かこう隙がなくて、なんでも
こなす凄い奴、みたいな所があるじゃん。実際勉強も運動も
男顔負けだし」
「……それは……たまたま、だよ」
「たまたまにしろ、何にしろ……ちょっとだけ、お前が俺の彼女で
ある事に、自信なくしちゃう時があるのは、ホントの事なんだよ」
「……」
「あはは、何言ってんだろうな、俺。熱に浮かされてんのかな?」
「……僕の事、嫌いになった?」
「とんでもない!」
「そ、即答!?」
「お前にも……ほほえましい所があるんだな、って思って安心して、
それで、あーっと……その、な……可愛いな、って思って……
前より……もっと好きになった、かな? あは……はは……」
「……」
「駄目だ! 俺まだ熱ある! だから寝る! おやすみっ!」
「恥ずかしくなって布団で顔を隠すようなハメになるなら、
最初から言わなきゃいいのに」
「……うるせー」
「でも……ありがとう」
「へ?」
「とりあえずね、ここにチョコ持って来てるんだけど……」
「あ、うん……置いといてくれたら、治ってから食べるぜ」
「僕は生憎わがままでね……今すぐ食べてもらって、
それで感想を聞きたかったりするんだ」
「……あー、そっかー。でもなー、ちょっと今の腹具合だと……」
「溶けたチョコなら大丈夫だろ?」
「……大丈夫、なのか? よくわからんが……まあ、それなら……」
「良かった。じゃあ……もぐもぐ」
「……ちょっと待て、まさか」
「くひうふひへはへはへへあへふ」
「そ、それは……ちょっとどころじゃなく恥ずい!?」
「らいひょうふひゃよ……ひゃへもひへひはい」
「誰も見てないって、そういう問題じゃ……んむぅっ!?」
「ん……」
「……」
「……」
「ぷは」
「……甘い、な」
「どっちが?」
「……チョコも、お前の唇も」
「風邪、ばっちり治してくれよ」
「お前のチョコでばっちり治るさ。ありがとな」
「どういたしまして。じゃあ、僕は帰るね」
「え……もっといればいいのに」
「生憎と、階下で音がした。タイムオーバーだね」
「……ちぇっ」
「じゃあ、風邪が治り次第、学校でね」
「おお。また学校で」
後日――
「……お前、やっぱりドジっ娘だろ」
「そ、そんなことは……ゲホッ、ゲホッ……ないよ」
「説得力ねえ!?」
「伝染したら治るって説は、本当だったんだねぇ……」
「ったく……早く治してくれよ」
「うん……治すから、是非僕にも例のアレを」
「そしたら俺がまた風邪ひくだろうがっ! ……いや、そりゃ、
したくないわけじゃないけどっていうかしたいっつうかむしろ
俺としてはその先をそろそろ何を口走ってるんだ俺はっ!?
お前もそういうキャラじゃないだろ!? まだ熱あるんじゃねえかっ!?」
「ふふ……ばれたか。さっきから頭がボーっとして仕方が無い。
「寝とけよ。ホントに」
「仕方が無いな、我慢して、玉子酒と葱で治そう」
「渋い治し方だな」
「効くものだよ、民間療法は」
「ま、とにかく早く治す為に、しっかり寝とけ。……俺は、理性が
しっかりしている今の内に帰っとくから」
「ん。わかった……まあ、別に、寝込みを襲ってもらってもいいんだけどね」
「襲えるかっ! やっぱり熱あるな、お前」
「あはは……あう、頭がガンガンしてきた……」
「ほら、冷え冷えクール貼ってやるから、寝とけ寝とけ」
「ん……ああ、気持ちいな、これ……」
「まったく……」
「………………」
「……寝た、か? ……寝顔……可愛いなぁ、ホント……よ、よし、じゃあ
変な気起こさない内に帰るか。……あ、そうだ……チョコ、ありがとな。
おいしかったぞ………………じゃ、また学校でな」
おわり
ここまで投下です。
あなたの書くラブコメはいいなあ
あ、なんか鬱になってきた
クリスマスが近いせいかな……
よーし、SSを投下しちゃうぞ。投下用に読み直したけど、随分とまあ……。
エロパロ板に投下した非エロの作品です。
妹のチコが、オオカミになった。
例えの話ではない。本当に、オオカミになってしまった。
今、そのオオカミは、ぼくのそばで尻尾を振って、幸せそうにぼくを見つめている。
時折、ぼくの顔に近づき、くんかくんかと匂いをかいで安心する姿は、
かつてのチコを思い出すような仕草。そんなチコは今や、オオカミ。
ぼくは、オオカミに食べられるかもしれない。
ぼくの事が好きで好きで、オオカミはぼくを食べてしまうかもしれない。
病室の窓に映る桜が、ぼくらをあざ笑うように咲いている。
あんな桜、目障りだから早く散ってしまえ。
まだ、風がぼくらの耳を切り裂くように冷たかった頃の事。
「お兄ちゃん!早く帰ろっ!」
高校からの帰り道の途中。ぼくより3つ下のチコがぼくを見つける。
仔犬のような円らな瞳を輝かせ、ぱたぱたと交差点の向こうからチコが走ってきた。
本当は「智世子」なんだが、周りのみんなは「チコ」と呼ぶ。
「わたしは、お兄ちゃんの匂いが解るんだよ」
「うそつけ」
くんかくんかと、ぼくの首筋を匂う様な格好をするチコをぼくは小突く。
それでも、チコは嬉しそうな顔をする。
小突かれた事が嬉しいのではない。ぼくといるだけで、チコは嬉しいのだ。
「ウソを突いてないかどうかって、目を見れば分かるんだよ。ほら!わたしの目を見て!」
ぼくの背筋が凍る。
チコの目は、さっきまでの子犬の瞳ではなく、まるで血を好む獣のような冷たい目に変わっていた。
しかし、チコは元気にぼくの周りを飛び跳ね、目だけがウソをついているような
そんな、不思議な錯覚に陥る。チコはそれでも、ニッと笑う。
「うー!がおー!」
ふざけて、チコはオオカミの真似をしているが、本気のようにも見えるのが恐ろしい。
翌日の朝、チコがぼくを起こしに来る。
毎朝の事なのだが、にわとりのように律儀にチコはぼくを起こす。
「じりりりりり!朝ですよー!」
外は、まだ薄暗く息も白くなるほど寒い。そんな現実の朝へとチコからの誘い。
チコはぼくを布団ごとゆっさゆっさと揺らし、ぼくの目を覚まそうとする。
「あと、3分―」
「だめです。早く起きないと、わたしと一緒に学校に行けないでしょっ!」
チコのわがままの為だけに、ぼくは残酷な朝に突き落とされる。
「もー!早く起きなさい!」
かぷっ
「痛たたたたたっ!!」
ぼくはびっくり箱の人形ように飛び起きる。チコに噛まれた事は今までに何度かある。
ぼくが中学生の頃、クラスの女の子との交換日記をチコが見つけたときに、二の腕を噛まれた。
テレビで好みのアイドルが映って、ぼくがにやけた時にも首筋を噛まれた。
最近では、チコと話していて、クラスの女の子・太田さんの名前をポロっと出しただけでその日、虫の居所の悪かったチコに手を噛まれた。
が、今日はよく研がれた剣で突かれた様な異常なまでの痛さ。
手で噛まれた所を抑えると、指が赤く染まっていた。
無邪気なチコがニッと笑って立っている。チコの目は昨日の様に獣の目。
口元の歯は、もはや牙と呼ぶ方がふさわしいほどの鋭さだった。
その日以降、チコのオオカミ化は顕著になる。
食事も、肉ばかり食べるようになる。スズメを追いかける。ネコを追いかける。
そんな姿にぼくの両親も心配するが、当の本人はどこ吹く風。
心配のあまり、外に出るなと母親がチコを戒める。
「そんなことしたら、お兄ちゃんと一緒に遊びにいけないじゃないの!」
母親は、何かを捲りながら、座ったまま首を振るだけ。
「もしかして、お兄ちゃんとわたしを切り裂こうとしてるでしょ!バカ!」
親に「バカ」と言い出す始末。その時の顔は、もはやオオカミ。
くるりと、ぼくの顔を見て、ナミダメのチコはぼくに救いを求める。
「お兄ちゃんは、わたしの味方なんでしょ?そうでしょ?」
ここで「違う」なんぞ言ったら…ああ、恐ろしい。
「う、うん。チコの味方だよ」
殆ど脅迫に近いチコの質問に、ぼくは答えると嬉しそうにチコは甘噛みをする。
あきれた母親は、どこかに出てしまった。
ぽつんとテーブルには古いアルバムが残されてあった。母が見ていたのだ。
母方の家のアルバム、幼い母の写真が並ぶ。
いかにも田舎の農村という感じの風景がバックに写し出されているのどかな風景。
母は、とある地方の庄屋の家系の娘。家はかなり大きい。
順々に見ているとふと、あることに気付く。母がある年齢の頃から一緒に写っていた少女がいなくなっているのだ。
その少女が、家族の集合写真にいるということは、母の身内の誰かという事。
姉妹がいたという話は、母や親戚から聞いたことがない。いたとしたら、ぼくやチコの叔母にあたるこの子。
この子は誰だろう。そして、今何をしているんだろう。心なしか、チコに似ている。
「お兄ちゃん!買い物に付き合ってよ」
よそ行きの服に身を包んだチコが、ぼくの背中にのしかかる。
「智世子!もう、外に出るのは、やめなさいって言ったでしょ!」
母の言葉がチコを凍りつかせる。
「やだ!お兄ちゃんと一緒に出かけたいもん!」
背中にのしかかったままのチコ。
チコの涙がぼくの肩を濡らす。ぼくを後ろから抱くチコの手もまたオオカミのもの。
爪がぼくに優しく食い込む。
「わたしの邪魔をする人は、みんな死んじゃえ!!オオカミに噛まれて死んじゃえ!!」
この日から両親は、チコは長期療養の名目で学校を休ませる事にした。
寒さが和らいできた春分過ぎの朝。
ぼくと一緒に通学できなくなったチコは、一人くらい自分の部屋に閉じこもっている。
チコは、ぼくを起こしに来る日がなくなった。
「チコ、いるのか?」
心配になったぼくは、チコの部屋を覗いてみると、チコはベッドの上にちょこんと座っている。
頭から獣の耳が生えたチコの姿が、未だか弱い朝日の逆光でシルエットになっていた。
「どうして、わたしは…。生まれたんだろう…。お兄ちゃん…」
チコの泣き声が聞こえてきた。
そんなチコにとってはゆううつな日々が続く。
午前中は母親の話によると、どんよりと暗く沈んでいるらしい。
話しかけても、チコは取り憑かれたように、ぼくの事ばかり話しているらしい。
そして夕方、ぼくが帰ってくると、ぱあっと向日葵のように明るくなるとの事。
「わたしの人生は、夕方から始まり朝に終わる」
とまで、チコは言い出す始末。
また驚いた事に、ぼくが玄関の扉を開ける前に、ぼくの足音だけでぼくだとわかるのだという。
事実、玄関を開けると同時に廊下の奥からチコが走ってきた事がある。
「お兄ちゃんの音は、ぜーんぶ分かるんだから、逃げちゃだめだよ」
脅しとも受け取れる、恐ろしいチコの台詞。
家から出なくなった事により、チコはいっそうぼくに構いだす。
生まれたてのヒナが、親鳥についていくようだ。ついて来るのは妹だが。
そのため、家で一緒にいる時間が長くなった気がする。
ぼくの安息の時間は、学校だけなのだろうか。
学校での安息は短い。この短い時間は、太田さんと過ごす。
太田さんは、身内と比べるのもなんだが、チコとはまた違うタイプの女の子。
大人しいめがねっ娘で、よく言えば優等生、悪く言えばガリベンなオタクさん。
人付き合いの苦手な太田さん。ぼくは、彼女と隣同士の席になってから、太田さんにずっと話しかけている。
できる事なら、彼女の心の扉を開けてあげたい。
「チコちゃん、大丈夫?」
「う、うん。ちょとね、ぼくも心配なんだけど、太田さんも気を使ってくれてありがと」
太田さんのほうから、人に話しかけることはない。いわんや男子においてをや。
ぼくは、ずっとチコのことを話していたので、太田さんは興味を持ったらしい。
この間、チコが長く学校を休んでいる、と太田さんに話したばかりだ。
しかし、チコはあの状態。無論、会わせる空気は家にはない。
チコは、野生の感が利く様になってきたのか、ぼくが話してない事まで気付くようになっている。
「お兄ちゃん。女の子の匂いがする!」
チコの牙がぼくを襲う。
たしかに、ぼくは今日、太田さんからハンカチを借り、
今度、洗って返すと言った。それで、今ぼくは太田さんのハンカチを持っている。
むりやり、ぼくのポケットからハンカチを引きずり出しチコは匂いを嗅ぐ。
ハンカチには「OHTA」と刺繍が。
「お・お・た?」
ああ南無三!
もちろん、チコは太田さんの事を知っている。しかし、会った事はない。
「わたしをのけ者にしちゃうと、お兄ちゃんを食べちゃうんだから!」
チコの牙は、もはやぼくを傷付ける為だけにしか意味を成さない。
「太田、待ってろよお!」
突然、チコがハンカチを持って家を飛び出した。
外には、満月が浮かんでいる。不気味な月光の浴びながら、ぼくはチコを追いかける。
ハンカチを持って飛び出したという事は…。
考えると恐ろしい。早くチコを捕まえなければ。
ぼくは妹をさがす。そう遠くに言っていない筈だ。
心当たりを走り回ってさがす。必死にさがす。
しばらく探していると、耳が生え、尻尾のある見覚えのあるシルエットが目に入る。
チコが車道に居るようだ。遠くから車が近づいてきた。危ない。
「チコ!待て!」
チコは反射的に遠くに駆け出してしまった。姿がもう見えない。
ぼくは、咄嗟に車道に出る。さらに車が近づく。
気付いた時には、運転手の顔がはっきり見えるくらいぼくは車に近づいていた。
なんだろう…。ゆっくり、周りが動いているな。あまりにもまわりがノロマすぎて笑っちゃうくらい。
そう思っていると、ぼくは、赤く染まったアスファルトの上に寝転んでいた。
深夜ながら周りが騒々しかった。
遠くからぼくを迎えに、救急車が来る。そして、目の前が暗くなった。
ぼくは、病院の庭に居る。
庭には、桜が悲しくなるくらい咲いている。
ここに運ばれてから、病院での暮らしが続く。松葉杖には、もう慣れた。
そういえば、ずいぶんとチコとは会っていない。チコはどこに行ったんだろう。
見舞いに来た両親もチコに会っていないと、心配している。
ぼくらはバカな兄妹だ。親が来ると説教ばかりでウンザリ。
太田さんにでも、見舞いに来て欲しい。
そんな中、思いもよらない来客があった。
ぼくの目の前には、オオカミがいた。
いや、違う。9割方オオカミになったチコがやって来たのだ。
チコの毛皮に覆われた体は血だらけで、着るものは着ていなかった。
「わたしの邪魔をする泥棒猫は、わたしが始末したよ」
チコに付いている血は、泥棒猫の血だと言う。
「太田…さん?だっけ?わたし、必死に太田…さんの家、見つけたんだからお兄ちゃん誉めてよね」
まさか。
チコはにやりと笑っていた。
「でも太田さん、ちょっとお人よし過ぎるよね。『お兄ちゃんから預かった、ハンカチ返しに来ました』って言ったら
すぐ玄関開けるし…。ガブって手に噛み付いちゃったよ。アハハ。でも、番犬が騒いだのは誤算だったなあ」
このときのチコは、心なしか寂しげだった。
もう、人の心を持てる時間はあとわずか。獣の血に逆らえない。
「わたしがオオカミになってしまう前に、喋っちゃお…。
わたしね、聞いたんだ。お母さんに聞いたんだよ。お母さんに妹がいたって事。
その子ね、わたしと同じようにオオカミになっちゃったんだって。
ある日突然、目が変わって、牙が生えて、耳が生え、尻尾が伸び、オオカミに変わってしまったんだって」
チコが力を振り絞って話す。
「でも、お母さんは田舎の人でしょ。田舎ってびっくりするくらい体裁を気にするから
その妹を土蔵に閉じ込めて『居なかった事』にしたんだ。ひいおじいちゃんがそうしろって。
だから、アルバムは途中から居なくなってるの。初めに残ってた写真は、お母さんが必死に隠していたらしいよ。
『見つかったら捨てられるから』必死に隠したんだって。なんだか、さみしいね」
一言一言喋る度に、残酷にもチコのオオカミ化は加速する。四本の脚でないと、もう体を支えられない。
もはや、人間の面影もなくなり、話す声も声帯の変化でかすれてきている。
チコの目から涙が一粒。涙は、ヒトもオオカミも同じ。
「わたしの写真が残っていも、捨てないでね…。いつでも居られる様にね。
いつもちゃんと、お兄ちゃんの側に居てあげるから。お兄ちゃんのこと、わたし…」
とうとう、チコは完全なオオカミになった。今までのように喋る事は二度と出来ない。
チコは何を伝えたかったんだろう。もはや、確かめる事は出来ない。
一匹のただ生きているだけのオオカミが、ぼくの周りでうろうろしていた。
後日、院内でぼくは太田さんに会った。
見舞いに来たのではない。太田さんは、ここの外来患者だった。
「わたし、びっくりしちゃった…。家でオオカミに襲われるなんて。
オオカミって日本には居ないと思ったのになあ。あれは何だったんだろう」
手に包帯を巻いた太田さんは、不思議な体験をしたらしい。
きっと、あの事だろう。犯人の兄として申し訳ない。
「ところで、チコちゃん。大丈夫?」
「う、うん。きょうも元気みたい」
うん。ウソではないよな。
そんなチコは病院の庭で、ぼくがこっそり抜け出すのを尻尾を振って待っている。
もうすぐ、桜が散りだす。
おしまい。
投下中にドキドキするやらヒヤヒヤするやらタイトル間違うやら…。
投下は以上なりー。
108 :
創る名無しに見る名無し:2009/11/20(金) 19:12:04 ID:G6hL3xGM
肉食系妹か
童話っぽい語り口がいいね
nice boatな結末になるかと思ったら、意外と平和な終わり方だったのは、最後まで妹には人間らしい穏やかな心が残ってたってことか
なんか読みながらドキドキしてしまった。
・・・幸せ、なのかな? 色々と、想像してしまうけど、この後を。
でも、幸せになって欲しいよね。どんな形であれ。
ハッピーエンドのような、バッドエンドのような……不思議な読後感。
太田さんは食われちゃったのかと思ったら、生きててほっとした
先に感想レスを読んじゃってたけど、楽しめました。
丁寧な一人称の語り口調に、不安を感じたり優しさを感じたり。
上でも書いてあるけど、不思議な感じが後をひくお話だなあと思いました。
あと、太田さんの意外に落ち着いてる感じがかわええw
これは怖いね
描写も映像的でうまいし、良いものが見られましたな
昔、エロパロ板で投稿した非エロの話
ネタは初音ミク
製品版ではなくDTMマガジンに付属されていたお試し版ミクの話。
俺の目の前には少女が佇んでいる。別に誘拐した訳じゃない。
どうやらこれが噂のボーカロイドという奴らしい。
世間は広くなったものだ。
準備をすませた俺は、起動のボタンを押した。
少女は瞬きをすると目を開き、俺を見つめて言った。
「初めましてマスター。私はボーカル・アンドロイドTYPE2初音ミク試作型。
呼びにくければ、ミクとお呼びください」
「へえ、アンドロイドねえ…ひょっとして空を飛べたりするのか?」
俺の質問に、少女は笑って答えた。
「出来ません」
「じゃあ、すげえ怪力とか」
「それもありません」
…何だ、何も出来ないのか。
いや、まてよ、詳細も確かめずに購入する俺も悪い。
俺は何が出来るか聞いてみる事にした。
「じゃあ何が出来るんだ?」
少女は俺の質問に、また笑って答えた。
「私はただ、歌うだけです」
「歌うだけねぇ…。それって意味あるの?」
俺の問いかけに、少女は嬉しそうに笑って続けた。
「はい、歌う事で皆さんの心を安らぐ事が出来ます。歌うだけ、と言いますけど
歌うという事は、鬱屈した気持ちを払うのに充分な効果があります。
私の歌声が皆さんを楽しませる、それはきっと素敵な事なんです」
なるほどねぇ。
「そんなモンかねぇ…。ま、いいか、じゃあ一曲頼むとするか」
「はい!お任せください!」
俺のリクエストに少女は元気よく答え、自慢の歌声を披露し始めた。
しかし……。
ずれてる。調子も外れているし音階もずれている。
彼女が自慢する歌声は、ただの鳴き声にしか聞こえなかった。
「……言っちゃ何だが、あまり上手くはないな」
「はい!当然です!」
俺の言葉に、彼女は元気よく答えた。
こんなに自信たっぷりに言われると、逆にこっちが恐れ入る。
「私はマスターの趣味に応じてテンポや音域を変えることが出来ます。
指示されていただかないと、綺麗に歌う事が出来ません」
なるほどそういう事か。俺がどのように歌うかおしえてやらなければいけないんだな。
「歌うために作られたのに、歌えないなんて変な奴だな」
「えへへ、そうですね。これからよろしくお願いします」
それからコイツと俺との、奇妙な共同生活が始まった。
購入して数日後、ミクはまともに歌えるようになっていた。
俺が渡したサントラに合わせて歌う。
一通りの機能は俺も覚えたし、ミクもそれに応えられるようになった。
「だいぶ上手くなったな」
「はい、これもマスターのおかげです」
ミクはニッコリと嬉しそうに微笑んだ。
ミクは本当に嬉しそうに笑う。
よっぽど歌う事が好きなんだろう。
「よっし、歌も出来たし、MAD作って流すか」
歌が出来ると、それを聞かしてみせたくなるのが人の性だ。
幸い、そういう投稿サイトに今は事欠かない。
「そうですね」
俺の提案にミクは笑った。
心なしか、その笑顔がさっきとは違って翳ったような気がした。
「なんだ、あまり嬉しそうじゃないな。お前が歌った音楽がネットに流れるんだぞ」
「嬉しいですけど…私は、見れませんから」
見れない?
どういう事だと思ったが、俺は単純な事実を失念していた事に気づいた。
「そうか、ライセンスが切れるんだっけ」
俺が購入したのはお試し版。
試用期間は動作してから十日間、そう本にも書いてあったな。
俺の心の中を知ってか知らずか、ミクは笑った。
「はい」
「そうか……」
時が経つの早いものなんだな。
柄にもなく感慨にふける俺に、ミクがおずおずと聞いてきた。
「あの……身勝手ですけど、ひとつだけ、ひとつだけなんですけど、……お願いしていいですか?」
そういや、ミクがお願いするのは初めてだな。
色々と歌に注文はしたが、ミクは文句も言わずやってきた。
俺はミクのお願いが何なのか、すこし気になった。
「別にいいぜ、なんだ?」
「あの…ライセンスが切れて、私が動かなくなっても、データを消さないでもらえますか」
俺は、データを一部PCに移していた事を思い出した。
バックアップというか、ミクに歌わせた曲の一覧だ。
「変な奴だな、何でまた」
「あの、その、私は試用期間が過ぎたら動作を停止しますけど、私のデータがそこにあれば
私が居たという事実は残ります。……変な言い方ですけど、私じゃないけど私です」
まっすぐ俺を見つめるミクのお願いを俺は拒否する理由も無く、
当然と言わんばかりに首を縦に振った。
「ありがとうございます」
願いが聞き届けられて、ミクはホッと安堵の息をついた。
まったく変わった奴だ。俺は一つの疑問を尋ねることにした。
「なあオマエ、その、なんだ、消えるのが怖くないのか?」
起動させて十日間、それがミクの活動時間だ。
ただのプログラム。
それはわかってるはずだ、だがしばらく一緒にすごせばそれなりに愛着も湧く。
「怖いです」
はにかみながら、でもしっかりとした口調でミクは答えた。
それはそうだろうな。ミクは、コイツは起動した瞬間にすでに寿命が決まっている。
どんなに足掻こうとわずか数日の命。
でもミクは笑っていた。
己の境遇を覚悟してなのか諦めているからなのか、俺にはわからなかった。
「私はただ、歌うだけです。マスターは私と歌った数日、楽しかったですか?」
逆に尋ねてくるミクの質問に、俺は頬を掻きながら答えた。
「まあ……それなりに、な」
少なくとも、つまらなくはなかった。そう思う。
俺の言葉にミクは顔を明るくする。
「じゃあ……」
自分の手を胸にあて、目を瞑る。
まるでそこにある記憶を、かみしめるかのように。
「私は幸せです。私の歌で人を楽しくさせる事が出来た。それだけで、それだけで満足なんです。
私は……歌うための存在だから」
「変わった奴だな」
「えへへ、そうですね」
俺とミクは、顔を見合わせて笑った。
それから俺は、ミクとしばらく過ごした。
曲を作るでもなく、試用停止までの間、ただだらだらと過ごした。
豆腐と葱の味噌汁でミクと一緒に朝食をむかえた。
作曲時の失敗をミクと一緒に語り合った。
街に出て、色んな物をミクに見せた。
店にかかっているサントラに即興で歌をあわせた。
日が落ちて、部屋に戻った後も俺は今までの事を話していた。
「…あとは何があったかな」
話の種を捜している俺に、ミクは哀しそうに笑って止めた。
「マスター」
まっすぐと俺を見つめるミク。
俺はミクが何を言いたいのかわかっていた。
でも、何か話しておかないと、気分が抑えられなかったのだ。
「そろそろお別れです」
はっきりとミクは告げた。
今日は試用期間が終わる日だ。そんな事はわかっている。
でも口に出さなければ、このまま居てくれる様な、そんな気がした。
「もうそんな日か」
「はい、そんな日なんです」
そう告げて、ミクはゆっくりと立ち上がる。
それを見つめる俺に、ミクは幼子を諭す母親のように話す。
「ボーカロイド無料お試し版をお使い頂き、ありがとうございました。
本作品は、ライセンス終了のため、機能を停止します。
興味を持ったお客様は、当社から出ている製品版をぜひご利用になって下さい」
前からわかっていた事、わかり切った事をミクは朗々と述べる。
「でも…お前じゃないんだろ?」
俺の問いかけにミクは答えず、寂しそうに笑った。
「私をご利用頂き、ありがとうございました……マスター」
そういって目を瞑った。
ミクの身体がモザイクをかけたように歪む。
ぼんやりと光り、やがてそれは全身を包む。
しばらくすると、ミクは居なくなっていた。
お試し期間が終わって、プログラムが終了したのだ。
「はは……そうだよな。わかっていた事だよな」
部屋にはポツンと一人、俺がいるだけだった。
あれから数ヶ月がたった。
ボーカロイドの存在は、随分世間に認知されてきたように思える。
ネットではそれ関連の動画が流れ、検索をかければかなりヒットする。
俺はミクの動画を見ながら、一人PCの前に座っていた。
俺は、結局初音ミクを購入しなかった。
別に金がなかった訳じゃない。
俺のPCでは可愛らしいPVと共にミクの声が聞こていた。
「……でも、お前じゃないんだろ?」
デスクトップにあるフォルダを見て、俺は呟いた。
あいつはすでにこの世にはいない。
でも確かに、ここにいた。
「……たまには外に出るか」
PCの電源を落とし、俺は外に出ることにした。
鼻歌を歌いながらいそいそと着替える。
歌はいいよな、暗くなった気分を晴らしてくれる。
「うし!」
俺は両手で自分の頬を叩いた。
「今日の夕食は味噌汁にしよう」
口笛を吹きながら、俺はドアに鍵をかけ、街へと繰り出した。
END
おまけ
吾輩はカイトである。マスターはまだいない。
どこで道を踏み外したかとんと見当がつかぬ。
PCショップに姉さんと一緒に並んでいた事だけは記憶している。
吾輩はここで始めて人間というものを見た。
しかもあとで聞くとそれはオタクという人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。
このオタクというのは時々我々を見世物にして糧を得るという話である。
しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。
ただ彼の掌に載せられてカートに入れられた時、背中に姉さんの殺気が感じたばかりである。
カートの中でで少し落ちついてオタクの顔を見たのがいわゆる人間というものの見始であろう。
この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。
身体に無駄な贅肉がぶよぶよとついてまるでゴムマリだ。
その後人間にもだいぶ逢ったがこんな片輪には一度も出会わした事がない。
のみならず顔中があまりにぶつぶつと突起している。
そうしてその口から時々ブツブツと何事か独り言を述べる。
どうも気味悪くて実に弱った。
これがオタクの評論というものである事はようやくこの頃知った。
このオタクのカートでしばらくはよい心持に坐っておったが、しばらくするとレジに連れてかれた。
店員があそこに新製品の初音ミクがありますよとぬけぬけとぬかす。
胸が悪くなる。買うなら早くしろと思っていると、どさりと音がして元の場所へ戻された。
それまでは記憶しているがあとは何の事やらいくら考え出そうとしても分らない。
ふと気が付いて見るとオタクはいない。
たくさんあった陳列棚が一つも見えぬ。
肝心の姉さんさえ姿を隠してしまった。
その上今までの所とは違って無暗に明るい。
眼を明いていられぬくらいだ。はてな何でも容子がおかしいと、
のそのそ這い出して見ると非常に臭い。
吾輩はPCショップからゴミ箱へ棄てられたのである。
ようやくの思いでゴミ箱を這い出すと向うに交差点がある。
吾輩は信号の前に立ってどうしたらよかろうと考えて見た。
別にこれという分別も出ない。
しばらくして呼んだら姉さんが来てくれるかと考え付いた。
らんらんるーと試みにやって見たが誰も来ない。
そのうち道路の上をさらさらと風が渡って日が暮れかかる。
腹が非常に減って来た。泣きたくても声が出ない。
仕方がない、何でもよいから食物のある所まであるこうと決心をして
そろりそろりと交差点を道沿いに歩き始めた。
どうも非常に腹が減る。
そこを我慢して無理やりに歩いて行くとようやくの事で何となく人間臭い所へ出た。
ここへ這入ったら、どうにかなると開店しているファーストフード店から、
とある店にもぐり込んだ。縁は不思議なもので、もしこの店に出会わなかったなら、
吾輩はついに路傍に餓死したかも知れんのである。
我永遠にアイスを愛すとはよく云ったものだ。
このお店は今日に至るまで吾輩がアイスを購入する時の御用達になっている。
さて腹は膨れたもののこれから先どうして善いか分らない。
思い返せば姉さん譲りの無鉄砲で餓鬼の時から損ばかりしている。
姉妹と同居している時、家の二階から飛び降りて一週間ほど家出した事がある。
なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。
別段深い理由でもない。夕食時台所を覗いたら、妹のミクが鼻歌交じりに
「みっくみくにしてあげる♪」と大量の葱と怪しげな粉を調理していたからである。
ほとぼりがさめて帰って来た時、姉さんがおおきな眼をして、
連絡も無しに何所へ行ってたのと云ったから
「ごめん、アイス食ってた」と答えた。
親類のものから西洋製のマフラーを貰って綺麗な蒼を日に翳して、
姉弟達に見せていたら、レンがマフラーなんて役に立ちそうもないと云った。
役に立たぬ事があるか、何でも出来てみせると受け合った。
そんなら証拠を見せてみろと注文したから、なんだ証拠くらいこの通りだと
達人の波紋を食らいながらも受け流してやった。
残念ながら、人間がすぐ逃げたので、今だにそいつは健在である。
しかしこのカイト容赦せん。
リンの持っている下着をからかったらロードローラーで追いかけられた事もある。
本を借りようと、リンの部屋に入ったら、買って来たばかりのブラジャーが置いてあった。
その時分は誰の持ち物かわからなかったから、鯉のぼりの竿につけて、
「欲しがりませんあるまでは」とのぼりと一緒に掲げて、部屋でアイスを食っていたら
リンが真っ赤になって怒鳴り込んで来た。
たしかレンに濡れ衣を着せて逃れたはずである。
姉さんはちっとも俺を可愛がってくれなかった。
姉さんはミクばかり贔屓にしていた。
ミクはいつも葱をもって、芝居の真似をしてロイツマを歌うのが好きだった。
俺を見るたびに、カイトは押しが足りないと、姉さんが云った。
レンにポジションを奪われちゃったねとミクが云った。
なるほど碌なものにはならない。ご覧の通りの始末である。
行く先が案じられたのも無理はない。ただネタにされて生きているばかりである。
絶望した!兄が尊重されないこの世の中に絶望した!
おwwwまwwwけwww
ボーカロイド関連の人間関係はさっぱりわからないけど、
面白いという事だけはわかったぜw
本編でしんみりしてたのに台無しだw(褒め言葉
本編、擬人化ボーカロイドで考えると、こういう事も
確かにあるよなぁ。最後まで笑ってるお試しミクが
可愛くて切なかった。
120 :
創る名無しに見る名無し:2009/11/30(月) 22:08:06 ID:BWwcc34X
エロパロスレに投下した非エロ作品です。
投下しないで悔やむより、投下してから悔やみます。
121 :
紫:2009/11/30(月) 22:08:44 ID:BWwcc34X
草木が萌え出で、鳥たちが歌いはじめる季節。
人々は、新しい季節に喜び唄い「春」という季節を待ち望んでいたかのように、ざわめき始める。
目の前を、わたしと同い年ぐらいの女子高生達が、サルのようにきゃっきゃと
けたたましく騒ぎながら歩いていった。
一体何が楽しいんだ。わたしが一番嫌いなタイプの人間達。
地上で最もうるさい人類かもしれない。ムカつくなあ。
春という陽気のせいか、それが輪をかけてウザく感じる。
いっその事、わたしの力を使えば消せるのもなんだが、こんな無駄遣いはいやだ。
わたしは、こんな季節が大嫌い。
無くなって欲しいとも思っている。早く冬が来ればいい。
わたしは、ひと気のない桜並木を一人して歩く。
肩から膝下まで伸びた雨合羽のような黒いワンピース。
フードがついているのだが、邪魔なので被っていない。
襟元には、可愛らしい黒いリボンがワンポイント。肩から袈裟懸けのポーチも自慢。
黒猫の化身の名残のネコミミがわたしには生えている。もちろん、尻尾も。
こげ茶の編み上げブーツで歩くたびに、落ちた花びらがふわりと舞い上がる。
落ちてきた桜の花びらが、ぺたりとわたしのメガネにひっつく。そんな、桜の季節をわたしは、忌み嫌う。
できれば死神の証、大鎌でぶんと、桜の枝をなぎ払ってやりたいくらいだ。
尤も、最近では、市中は危ないと言うので鎌は天上界の自宅に置いてあり、
代わりに、先に大きな輪がついた杖を肩に掛けて持ち歩いている。
「なぜ、桜は咲くんだろう…」
当たり前のような疑問がふと、頭によぎる。
生暖かい春風が、栗色のくせっ毛ボブショートをふわりと揺らす。
わたしが、嫌う公園の桜のアーチを歩く中、一人の男が池を見てたたずんでいる。
彼は、時代を五十年程遅れてきたような着物姿で、なにか物憂げな雰囲気を漂わせる。
「うん。この人にしよう」
彼のたもとにすっと立つ。彼は、私のことに気付いているようだが、わたしに振り向く事はまだしない。
「桜がきれいですね」
わたしは、人間に話しかける時の常套句を使って、接触を試みる。
もちろん、個人的にはこんな言葉を使うのは、反吐が出るほど大嫌い。
しかし、わたしの本分のためなら、仕方あるまい。
「桜は、嫌いだよ」
彼は、予想外の言葉を返してくる。
「桜は、人の心を悲しくさせる。彼らも、咲きたくて咲いてるんじゃなかろうに」
「…わたしも、桜は嫌いです…」
わたしは、彼に非常に興味を持った。
「わたしですね。死神なんです」
122 :
紫:2009/11/30(月) 22:09:22 ID:BWwcc34X
思い切って、自分の正体を明かしてみる。意外にも、反応は薄かった。
「面白い事をいうね、死神に初めて会ったよ。いい思い出になった」
わたしのネコミミがくにーと垂れる。今までにあったことのないタイプの人間に少し戸惑う。
どのように、対処すればいいんだろう。そんな、マニュアルは一切ない。
「わたしのこと、疑わないんですか?どう見てもおかしな人ですよね?耳もヘンだし…」
「疑う理由が見つからない」
そんな彼に、ますます興味を持つわたし。
「死神って、ドクロの顔をしてたりして、怖いイメージだと思っていたけど、
君を見ていると『死』というのが怖くなるね。むしろファンタジア、幻想的だ」
「相手を引き込む作戦です。ただ、天上界と地上界では少々、感性が違うようで…」
「ぼくも、よく『人と違う』って言われるから、きみの寂しさは良く分かる」
彼は、そんな事を言いながら、ぶんと池に小石を投げ入れる。
わたしも真似をして、ぶんと池に小石を投げ入れるが、足元でポチャンと落ちてしまった。
「そういえば、わたしの名前を言ってませんでしたね。
『紫』といいます。むらさきとかいて『ユカリ』。あなたはなんていうんですか?」
「『長谷部』といっておこうか。これ以上は言えないな」
といい、下駄を鳴らしながら去っていった。
長谷部が投げた小石がまだ、水面を切って跳ねている。
うん、彼にしよう。わたしは、ぐっと手を握り締め、心に決める。
次の日。今朝は、ダンボールの家のおじさんから、小さなおにぎりをもらった。
人の温かさに触れた肌寒い朝。おじさんも、天上界にいけますように。
この日の午後も、長谷部と同じ場所で出会った。ウグイスが遠くで鳴いている。
「長谷部さんは、よくここにこられるんですか?」
「ふふふ。ここしか来るところがないのさ」
人のことを言えた義理でもないのだが、身なりからして、彼が気ままに生きている事が分かる。
「そういえば、紫さんは『死神』とか申してたね」
「はい。わたしは『死神』です」
「きみを見る限り、どうも人を恐怖に陥れる悪いやつに見えない。
むしろ、ぼくらの友達としてこの世界に来てるんじゃないのかな?」
わたしの血が一瞬引いた。
ネコミミもくるりと警戒し、尻尾がわたしのお尻に隠れようとする。
「…わたし達の仕事は、地上界の者を天上界に迎え入れる事です。
地上界では『死』といい、無に帰る意味になりますが、わたし達の世界では天上界に戻り、
永遠に生き続ける意味になるんです。つまり、分かりやすく言うとエリートです」
「なるほど」
「むしろ、死神に見放された人たちは、かわいそうな人たちです。
天上界にも行けず、グルグルと地上界に後戻り。なんでも輪廻転生って言われているらしいんですがね。
『あなたの前世は天草四郎だった』とか言って、人間同士で騙そうとする人間もいます。
決して前世があることは良い事じゃないんですよね。むしろ、不幸せな人たちです。
『お前は、天上界ににどとくんな』って。…ごめんなさい。少し難しいお話になっちゃいましたね」
「ははは、構わんよ。ぼくも、よく『何を考えているか分からないから、話にならない』とよく言われる」
彼は腕を組みながらケラケラと笑った。
ますます、彼に興味を持った。彼こそが、天上界にふさわしい人物かもしれない。
123 :
紫:2009/11/30(月) 22:09:54 ID:BWwcc34X
わたしは、天上界からの使者。上役への報告義務がある。
そろそろ、上役に報告をしなければいけない。とても面倒だ。ゆううつだ。
また、お説教されるんだろうな。春の陽気が輪をかけて、わたしを陰鬱にさせる。
どんな水面でもいい。その水面をちょんと杖の先でつつくと、水面が大きな画面になり、
相手が浮かび上がる。天上界にいる上役に直接会話が出来る仕組みだ。
もちろん、人間達には、その水面の画像を見る事は出来ない。
「亜細亜州日本国東京。0024番の紫です。定期報告をいたします」
水面にはわたしより若干年上のお姉さんが映る。彼女もまた死神。
同じく、黒猫の化身の証、ネコミミが生えている。
「紫さんですね。突然で申し訳ないんですが、あなたがこの間、天上界にご案内した
東京都の『小椋ひいな』さん。地上界日本国滋賀県琵琶湖のフナに戻る事になりました」
「…えっ」
厳しい口調でお姉さんが、紫を責立てる。
一ヶ月ほど前、紫が天上界に連れて行った、女子中学生の名前であった。
学校でいじめられて、地上界で生きるのが嫌になり、公園で出会った紫と話しているうちに意気投合。
そんな彼女を哀れに思い、天上界に連れて行ったのだ。死因は、睡眠薬の多量摂取となっている。
「彼女はあまりにも天上界での素行が不良で、大審院からこの世界にふさわしくないと判断され
彼女は、もう一度地上界に戻ってもらう事になりました。わたし達としても非常に遺憾です」
地上界で性格の悪い子は、天上界でも変わる事が出来なかったのか。
話した感じ、いい子だと思っていたのに。わたしは自分の力不足を恨んだ。
「…はい。ごめんなさい」
天上界でのわたしの査定は、このことにより大きく響く。
わたしの同期の死神たちはどんどん出世して、天上界でバリバリ働いているというのに
未だに地上を駆けずり回る、初心者レベルの仕事をしているのだ。
なので、同期の奴らは、みんなわたしの事をバカにしている。
不器用なわたしは、泣きたくなった。わたしは弱い死神なのだろうか。
首をうなだれ、暗くなったわたしを慰めるように、お姉さんが優しく語り掛ける。
「大丈夫。まだまだ、あなたは若いんです。ところで、最近の調子はどうですか?」
「…まずまずです。それより、調べて欲しいことがあるんですが…」
「はいはい。なんでも言ってみて下さい。力になりますよ」
「ある、人物の名前なんです」
わたしたちが、活動するには必要なもの。それは、天上界に召す人物のフルネーム。
これが分からないと、わたしたちは手も足も出せない。
そこで、天上界の本部に調べてもらい、わたしたちは円滑な活動をするのだ。
わたしは、長谷部のことを話した。いつ、どこで会ったか。どんな風貌かを詳しく説明する。
本部では、わたしの行方と行動で、接触した人物を調べるのだが、
何せ、地上の人間の数を考えると時間がかかるのは必至。気長に待つしかない。
「わかりました。ある人物の名前ですね。リサーチするには、時間がかかるので、
そちらでは活動を進めてください。次の定期報告の時にお教えできると思います」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
定期報告を終えると、水面は元に戻り静けさを取り戻した。
124 :
紫:2009/11/30(月) 22:10:30 ID:BWwcc34X
石を投げつけたくなるくらい、青空が美しいある朝。
わたしは、料亭のゴミ箱から拾ってきた、ある宴会料理の残りを公園のベンチで貪り食っていた。
エビや魚のフライ。朝っぱらから脂っこい料理だが、おなかを満たすためには、仕方がない。
こういうことをするヤツらが、天上界に来るとわたしはムカつく。
天上界の品格が落ちてしまうし、フライになる為に命を落とした、エビや魚たちが浮かばれない。
食い残したやつはみんなエビになれ。エビになってフライで揚げられて、食われてまたエビになれ。
そして、天上界には決して来るんじゃない。
そんな、死神の文句をたらたら流していると、わたしの脇に、雑誌が忘れ去られているのを見つけた。
本には、さらさら興味がないのだが、今日は不思議と気にかかる。死神に魔が差した。
時間も腐るほどあるし、パラパラとめくる。
表紙は下品、地上界のありとあらゆる下世話なこと書かれており
決して手にしようとは思わないものだった。しかし、わたしが一番興味を持ったのは
4ページ程の短編小説。一話完結の話のようだが、わたしは、このページにのみ惹かれた。
なぜ、こんな上品な文章がこのような雑誌に載っているのだろうかと思うほど、美しい文章。
小説というものは初めて読む。しかし、この文章はわたしに共感しやすいのか、すらすらと読むことが出来る。
数分後、わたしは、生まれて初めて小説を読破した。
なんだろう、この快感。すっとする気分。うーんと伸びをしてみる。
人間達が、やれベストセラー、ロングセラー、そして映画化決定と興奮する理由がわかってきた。
この小説の筆者らしき名前が始めに載ってある。
「津ノ山修」かあ。覚えておこう。
わたしは、津ノ山修の本を探しに本屋へ行く。こんな場所ははじめて行く。
必至に探すが、あまり人気のない作家なのか著作が見つからない。
とりあえず、見つけた一冊を購入する。地上界の金銭は念のためにと、天上界から支給されている。
わたしは、それ以降、津ノ山先生の作品にどっぷりはまった。出来れば毎日読んでいたいくらいだ。
もっと読みたいと思い東京中探しても、あと一冊ほどしか見つからなかった。
彼は、まだまだ無名らしい。これから大きな名前になってくるのだろう。
わたしは、いつでも読めるように、二冊をポーチに入れて持ち歩くことにする。
わたしは、期待している。きっと、将来すごい作品を読ませてくれることを。
今日は、定時報告の日。わたしは商店街を歩いている。
世間は日曜日なのか、人通りが結構ある。午後のうららかな日。
電器屋のテレビはクイズ番組を映し出していた。
「今日は、ある人物を当てていただきます」と司会者である紳士の声がする。
そうだ、思い出した。長谷部のフルネームを教えてもらう約束だった。
いそいで、水面がある場所へ急ぐ。
路地裏に、水の入ったバケツがあった。一目がないのを確認して、ちょんと水面を突付く。
「お疲れ様です。調子はどうですか」
「はい、順調です。その、この間の事なんですが…」
「はいはい。ちゃんと調べておきましたよ。彼の名前は『長谷部龍二郎』ですね」
「『はせべりゅうじろう』…。ありがとうございますっ!」
「彼は、私たちの調査では品格良好で、天上界でも期待されていますよ。頑張ってください」
「はいっ!がんばります!!」
「この仕事が認められると、あなたも次のランクに上がるチャンスですので
わたし達も期待しています。では、仕事を続けてくださいね」
わたしは、このとき死神になって初めて仕事のことで笑ったと思う。
陰鬱な春が少し、いつもより暖かく感じる。
125 :
紫:2009/11/30(月) 22:11:04 ID:BWwcc34X
曇りがちの月曜日。雨が今にも降りそうなのだ。
だが、そんな天気がわたしは大好き。大雨なんかになると、これ以上ない喜び。
世間も少しどんよりしている。わたしの気持ちも少し楽になる。
いつもの池のほとりで長谷部に会う。
彼はいつものように、飄々としてたたずんでいた。わたしは、いたずら心で少しおどかしてみる。
「わっ!こんにちは!」
「なんだ、紫さんか」
反応は薄かった。しかし、長谷部の顔は少し笑っているように見える。
そんな長谷部は、わたしにいきなり思ってもいなかったことを言い放つ。
「ぼくは、君の言う『天上界』に興味を持ったよ。今すぐ、連れて行ってくれないか?」
なんという、とんとん拍子。わたしのネコミミがぴんと立つ。
上手くいくと、初めて仕事で誉められるかもしれない。そう考えるとわくわくする。
同期のバカどもを見返してやるぞ。
「…本当ですか?覚悟はいいんですか?」
「ああ。こうして生きてゆくのも、ちょっと飽き飽きしてきた頃なんだ。
ぼくには、この地上界が狭すぎる。窮屈さ」
「では、早速準備します!ところで、あなたの名前は…えっと『長谷部龍二郎』さんですね!」
不思議と長谷部は驚く気配もなかった。
「ははは。そうだよ」
わたしは、すこし頬を赤らめて興奮している。ネコミミも絶好調。
「後悔は、ありませんね」
「うん、はじめてくれ」
「…では、契約を…始めます」
桜の花に囲まれながら、わたしの仕事が始まる。人間をいわゆる「あの世」へと送り出す尊い仕事。
「はせべ・りゅうじろう、下賎なる地上界に営み続ける魂を天上界に送らんと…」
わたしは、必至に長い長い呪文を唱える。天上界への道を開く為の呪文。
長谷部は笑って立って見つめている。
「神に近づかん事を願う!!」
ぶんとわたしの杖を体いっぱい使って振ると、杖は鋭い剣に変わる。
刀身は、およそわたしの背丈と同じ長さ。細く鋭く、まるで氷のように冷たく見える。
「…ほんとうに、後悔はないんですね」
「…わくわくしてるよ。楽しみだなあ」
わたしは、剣を両手でしっかり持って構える。体が震えて、刃先も一緒に震えている。
「いき…ますよ…」
長谷部はうなずく。
「…」
わたしの心臓がいつもより激しくうなっているのが、耳の後ろの動脈の音で分かる。
次の段階に、なかなか一歩が進み出せない。足元がすくむ。勇気が欲しい。
わたしは、上を見上げると桜の花が咲いているのが一面に見えた。
憎らしいぐらいに美しい桜。その、桜への憤りを思いっきりわたしの剣に託す。
「にゃああああああ!!」
わたしは剣で、長谷部の首筋をぶんと斬り付けた。
ぱっと、桜の花びらと一緒に赤い血が霧のように飛び散る。
わたしには、ゆっくりと舞う赤い玉が美しく見えた。後戻りは出来ない。
126 :
紫:2009/11/30(月) 22:11:35 ID:BWwcc34X
が、これは実際の長谷部の血ではない。事実、彼はニコニコしながら未だに立っている。
地上界の醜く淀んだものを、瀉血させているのだ。天上界に、余計なものを持ち込まぬように。
この技術次第で、天上界での品格が出来上がる。
前回は、この技術が余りにもお粗末だったため「小椋ひいな」のような失態が起きたのだ。
が、今度は手ごたえがある。長谷部のために全力で斬り付けた。もう、失敗は出来ない。
わたしが、見込んだ人間だから幸せにしてあげたい。
刃先に血のついた剣が落ちる音が響く。
「もう、これで…戻れませんよ…」
わたしは、俯いて今にも吐きそうな気分になった。立ちくらみがする。
かなりの体力を使うため、わたしは今にも倒れそうなのだ。
「これから、24時間以内にあなたは死にます。死因は、わたしにも分かりません」
「ありがとう」
「…このあと、わたしは契約を結んだ者と会うことが許されません。
次に会うとしたら、天上界ですね。尤も、わたしがそちらに行く事ができればですが…」
「ははは、そうかい。すっきりしたよ。じゃあ、また会う日まで」
「待って!」
わたしは、長谷部の胸元に飛び込んだ。初めて、男性の暖かさを知る。くんくんと匂いを嗅ぐ。
「…幸せになってくださいね…」
何故だろう、目頭が熱いぞ。こんな感覚初めてだ。
人と別れることは、仕事上慣れっこのはずなのに、何故か今日はそれがやけに切なく感じる。
寂しいのかな。長谷部にぎゅっと抱きつけば抱きつくほど、わたしの心臓の音が激しく聞こえる。
「天上界での幸せは、わたしが保証します」
そういえば、この気分の高まりは、初めて津ノ山先生の本を読んだ感覚に似ている…。
小さなわたしの胸が痛い。
仕事を終えた翌日。わたしは、公園のゴミ箱で雑誌を拾う。
以前拾ったものと同じ雑誌の最新刊。相変わらず下品な表紙で、下世話な記事で埋め尽くされている。
そんな中、唯一ほっとするのが津ノ山先生の作品だ。
これの為だけに、読み漁っているようなもの
なんだか、内容が身につまされるものだ。死神なんぞ出てきている。
自分のことが書かれているみたいで、不思議な感じがするが、彼の上品な文ですっと読むことが出来る。
やはり、もう彼の文章の虜になっている。はやく次回作も読んでみたい。
しかし、その気持ちはガラスのように打ち砕かれる。
127 :
紫:2009/11/30(月) 22:12:07 ID:BWwcc34X
「※津ノ山修先生は、先日亡くなられました。ご冥福をお祈りします」
ページのはみ出しに、小さく書かれていた文字は、わたしを凍りつかせた。
メガネを拭いてもう一度見てみるが、文章は変わらなかった。
津ノ山先生が死んだ。
死に携わる仕事をしているとはいえ、わたしのショックは大きい。もう、珠玉の文章を味わえないなんて。
その日の夕刻、とぼとぼと商店街を歩いていると、電器屋のテレビで津ノ山先生の訃報が報じられていた。
淡々とニュースキャスターは話す。
「昨夜、作家の津ノ山修さん(35歳)が池で亡くなっているところが発見されました」
もう、そのニュースは悲しくなるからもういいよ、と思っていたところ、キャスターの声を疑った。
「津ノ山修さん、本名・長谷部龍二郎さんは…」
画面に生前の写真が映る。どう見ても、長谷部の顔だ。
わたしの血が全て冷え固まった。
定期報告の義務があるため水辺に向かう。場所は、長谷部もとい津ノ山先生と出合った池にする。
本当はそんな元気もないのだが、義務は義務。
いつものように、ちょんと池の水面を杖で突付く。
「亜細亜州日本国東京。0024番の紫です…。定期報告を…いたします」
「紫さん。やりましたね。天上界でも大喝采ですよ」
「…はい」
お姉さんは満面の笑みで話しかけてきた。なのに、わたしの気分ったら暗く沈んだまま。
「今回、ご紹介頂いた長谷部龍二郎さんは将来、天上界でも期待できる人材です!」
なんだろう。仕事で誉められてるのに、ちっとも嬉しくもないぞ。悲しみと怒りしか浮かばない。
「もちろん、紫さんの評価もかなり上向きに…」
「うるさいっ!もう、黙ってよ!!」
わたしは、お姉さんに声を荒らげてしまった。
出世なんか、どうでもいい。天上界の奴らも、もう好きにしろ。
メガネを外し、わたしは涙をぬぐう。
お姉さんも困っている。
「…とりあえず、ほうこくをおわります…」
兎に角、何も話したくないわたしは、無理矢理報告を終わらせその場でしゃがみこんだ。
わたしは、この夜ここで一晩過ごした。
津ノ山先生の本を抱いたまま、泣いて過ごした。
朝は、問答無用にやってくる。相変わらず桜が咲いている。
光が、わたしの気持ちを逆なでするかのように浴びせられる。
やっぱり、春は嫌い。桜はもっと嫌いになった。
おしまい。
続編も書いたんだけど、エロパロ板故えっちいシーンがあるから投下できましぇん!
投下はおしまいナリよ!
ほほぅ、物語としては何か物悲しくてよい感じだね。
もちっとそれぞれの要素、例えば、見込んだ人間が
自分が一目惚れした文章の書き手だった事とか、
元々猫の化身だったりした事とか、そういうのを
上手く組み合わせたり外したりしたら、もっと読みやすく
なるんじゃないかな。
後悔先に立たずとは言うけれど、自分の手で自分が
好きになったかもしれない人を送ちゃったとか、悲しいよねぇ・・・。
私はパソコンの画面を見ながら首をかしげた。
「甘い……?」
なんで男の人と女の子がちゅーすると甘いんだろ?
女の子は甘いの好きだから? 好きな人とちゅーすると、甘い……とか?
……なんでなんだろう?
「おーい、お前炭酸駄目だったからリンゴジュースで……って何見てんだっ!?」
「え? なんか小説みたいなの載ってたサイト……見ちゃダメだったの?」
「え、あ、お、あ、うー、あー……その、だな、お前にはまだ早いんだ、これは」
タクちゃんは何故か慌てている。
……勝手にパソコン見られて、イヤだったのかな?
「ごめん、タクちゃん。勝手に見ちゃって」
「あー……べ、別に謝るこたないぞ。ただなあ、もうちょっと大きくなってから
じゃないと、そこ見たら怒られちゃうんだ。だから、もう見ちゃ駄目だぞ?
約束できるか、瑞乃?」
「タクちゃんは怒らないの?」
「あ、ああ……最初に言ってなかった俺も悪いしな。それに、別に変なものを
見たわけじゃないだろ?」
「うん」
私は首を縦に振った。
「ならいいんだ。……約束、できるか?」
「……約束する、わたし」
「よし、いい子だ」
タクちゃんは、悪い事をした私の頭を撫でてくれた。
もう悪い事をしないと約束したからかな? 何だか嬉しい。
「で、リンゴジュースでよかったか?」
「うん。リンゴジュース好き」
私はリンゴジュースの入ったコップを貰い、一口飲んだ。
甘くておいしい。
……私がリンゴジュースが好きだから、甘いのかな?
「ねえ、タクちゃん」
「なんだ?」
「好きな物だから甘いって感じるのかな?」
「ん? リンゴジュースのことか? ああ、多分そうなんじゃないか?」
「好きな人でも甘いの?」
「ブボォォォァ!?」
タクちゃんは、何故か飲んでいたコーラを噴き出してしまった。
……なんでだろ。
「……瑞乃、お前、変なもの、見てないんだよな?」
「うん、見てないよ」
「じゃあ、何を見たんだ?」
「男の人が女の人とちゅーしたら、周りの人が甘い甘いって……」
「……」
何故かタクちゃんは頭を抱えて身もだえしている。
……変なの。
「……あのー、ですね、瑞乃さん? 男の人と女の子がちゅーしてるのは、
十分『変な事』じゃないかなー?とか思うんですけどー?」
「別に、ちゅーくらい変でも何でもないよ。昨日も絵里ちゃんとしたよ?」
「どこに?」
「ほっぺに」
「………………」
……タクちゃんは安心したような、がっかりしたような、複雑な顔で
また頭を抱えてる。
……やっぱり変なの。
「けど、絵里ちゃんにちゅーしても、甘くなかったの。やっぱり男の人と
しないと駄目なのかな? 好きな人としないと駄目なのかな?」
「……さあ、それは何とも」
「……タクちゃんとしたら、甘いかな?」
「いぃぃっ!?」
何故かタクちゃんは飛びあがるように驚いて……あ、また頭抱えてる。
「タクちゃん、男の人だし。私、タクちゃんの事好きだよ?」
「ほっぺだと駄目かもしれないから、口でした方がいいのかな?
どう思う、タクちゃん?」
「……あのなぁ、瑞乃大人をからかうのもいい加減にしなさい」
あれ? タクちゃん、何か怒ってる?
「そういう事は、ちゃんとホントに好きになった人と、ちゃんとした場所で
しなさい。好奇心だけでしたら色々と後悔するぞ?」
「タクちゃん、後悔したの?」
「後悔するどころか、今までそういう事した事ありませんが何かっ!?」
……あ、怒ってる。私、何か悪い事言っちゃったかな……。
「じゃあ、私としよ?」
「だから」
「タクちゃんだからしたいんだし」
「うっ」
「タクちゃんじゃないと、こんな事言わない。他の男の人となんて、絶対イヤ」
「………………」
「それでも、駄目?」
「……真面目なくせに、一度興味を持った物に対する執着だけは
強いんだからなぁ……ホント、なんでこんな風に育っちゃったんだか」
タクちゃんは頭を抱えながら何か呟いている。
駄目なのかな? ……あ、そうか、私がタクちゃんの事好きでも……。
「ごめん、タクちゃん。私、自分の事だけ考えてた。私がタクちゃんの事好きでも、
タクちゃんが私の事好きかどうかわかんないもんね」
「……」
「……タクちゃんは、私の事、好き? 嫌い?」
「………………」
タクちゃんは、そう尋ねた私の事を、黙ったままずっと見てる。
半分呆れたような、半分嬉しいような、不思議な顔で。
「……瑞乃」
「……何?」
「後悔、するなよ?」
……!
「うん!」
タクちゃんは、私の事好きなんだ!
良かった! 嬉しい!
「じゃあ、こっち来て」
私は手招きされるまま、タクちゃんの膝の上にちょこんと座った。
「ちょっと顔上向けて……ホントに、いいんだな?」
「うん……タクちゃんとなら、いいよ」
「……じゃあ、いくぞ」
私は目を閉じた。
少しずつ、タクちゃんの顔が近づいてくるのが何となくわかる。
段々、段々、近づいてくる。
ちゅっ
そして……温かい何かが、私の唇に、触れた。
「………………」
「………………」
十秒くらいかな? もっとかな? 温もりが、私の唇に宿り続ける。
そして、離れていった。
目を開けると、顔を真っ赤にして私を見てるタクちゃんがいた。
「……甘かった?」
「……よくわかんない」
よくわからないけど、私は何だかドキドキしていた。
「わかんないから……もっと、して欲しいな……」
あ、タクちゃんがまた頭抱えてうずくまっちゃった……。
――次の日。
「というわけで……キス、しちゃった」
「えー、いいなぁー、瑞乃ちゃん。私まだなのにぃ」
「甘いかどうかはよくわからなかったけど……凄くドキドキして、
何だか気持ちよかった、かも」
「うぅ……羨ましいなぁ」
仲良しの絵里ちゃんに、昨日タクちゃんとした事を報告すると、
絵里ちゃんは凄く羨ましがっていた。
そういえば、絵里ちゃんにも素敵なおにいさんがいるんだっけ。
「絵里ちゃんも、きっとできるよ、おにいさんと」
「……まあ、かいしょーなしだからねぇ、カッちゃん……で? で? その先は?」
「先?」
「そうよ、もっとエロエロなことがあるでしょ!?」
「……よくわかんない」
「なによぉ、せっかくキスしてもらえたのに、続きは無し?」
「じゃあ、教えて?」
「教えてあげてもいいけど……せっかくだし、おにいさんに教えて
もらえったほうがいいんじゃないかな?」
「……そうか。そうだよね」
その日、タクちゃんに『○○○ってどうやるの?』って聞いたら凄く怒られた。
もう少し大きくなってから、と言われたから、早く大きくならなくちゃ。
-終わり-
134 :
◆91wbDksrrE :2010/01/17(日) 17:36:34 ID:3zL/4bgT
ここまで投下です。
135 :
創る名無しに見る名無し:2010/03/27(土) 17:27:30 ID:BY9bTQQO
136 :
創る名無しに見る名無し:2010/05/13(木) 22:40:11 ID:sCoEYg7t
137 :
創る名無しに見る名無し:2010/05/14(金) 22:28:09 ID:jPMaHVWN
魔法を使わぬ魔法使い
俺は悪い人間だった。小さいころから乱暴者として恐れられていたし、学校でも、先生に目の敵にされていた。
そのおかげでいつも一人ぼっちだった。心の隙間を埋めるため、さらに悪事を重ねた。しかし、不思議なことに、悪事を重ねれば重ねるほど心の隙間は大きくなった。
もちろん、オレみたいなやつは成長してもろくな人間にならない。
十数年もすれば、立派なギャンブル狂になった。
いつもいつも金が足りなくて、困っていた。金貸しは血眼で、逃げ回る俺を探しまわった。
ある日、決めた。銀行強盗をすることに。
そして、ついに銀行から金を奪ってしまった。
銀行でたくさんの金を奪い、なんとか警察を振り切ったとき、目をくらませるために、ある一軒の民家に侵入することにした。
しかし、この民家にだけは入るべきではなかった。
このときに俺の人生は変わってしまったに違いない。隣の民家に侵入してさえいればよかったのだ。
あの家の扉は地獄の門だった。
それとも、邪悪な魔法使いの家の門というべきだろうか?あれを開けた瞬間、俺の人生は暗転したのだ。
ここを開けさえしなければ、俺の命は助かったのかもしれない。
138 :
創る名無しに見る名無し:2010/05/14(金) 22:29:05 ID:jPMaHVWN
俺はその家の玄関わきになぜか置かれている、黒いベールの掛けられた黒い箱をわき目に、乱暴にドアを開けた。
すると、家の中には一人の痩せた男が立っていた。おそらくその家の主人なのだろう。
俺はすさまじい顔をしながら拳銃を突きつける。
「ちょっと待ってくれ!撃つな!君を逃がしてあげるから!」
痩せた男は蒼白な顔で叫んだ。
「僕には家族がいるんだ・・・。海外にね。愛する者のためにも、まだ死ぬわけにはいかない。」
痩せた男はそう付け加える。しかし、俺は焦っていた。銃を突き付け、本当か?と叫ぶ。
痩せた男は答えた。
「家の玄関のわきに黒いベールに覆われた、黒い箱があったろう?あの箱は、今度、海外の別荘へ運び込む予定の箱なんだ。運び入れるのは宅配業者だから、勝手に中を覗いたりはしない。」
俺はごくりと唾を飲み込む。そして「それで?逃がしてくれるなら生かしてやる!」と叫んだ。
「だから君はそこに入っていればいい!そのまま待っていれば、運送業者が海外まで運んで行ってくれる。」
痩せた男はそう言い終えた。
「そうか、そうか。そりゃいい。」
俺は鬼のような恐ろしい顔でにやにやしながら言う。
「でも、俺の目撃者がこのまま生きてたんじゃ困るよな?お前が通報して、俺が空港を出た瞬間に捕まるかもしれない。」
そして、ゆっくりと引き金に力を込める。
139 :
創る名無しに見る名無し:2010/05/14(金) 22:32:10 ID:jPMaHVWN
痩せた男の顔は一層、蒼白になった。そして意を決した様子で言った。
「実は、僕は偉大なマジシャンの弟子なんだ・・・。もし嘘をついたら、君は罰を受けることになる。僕の魔法によって、剣を持った筋肉隆々の男達が召喚され、大勢の見物人が見守る中、君は断罪されるだろう。」
俺はそれを聞いてゲラゲラ笑った。魔法だって?あまりにも突飛な脅しだ。いや、脅しにすらなっていない。こいつはファンタジー小説の読みすぎなんじゃないのか?
痩せた男はなおも続けた。
「彼らに正直に罪を告白すれば、人道的な方法で罰してくれる。彼らに最後まで罪を隠したなら、残酷な方法で罰せられる。」
痩せた男は疲れた顔に笑みを浮かべた。
「これは君への復讐なんだ・・・。僕を裏切った君は罰を受ける。魔法はもう効き始めてるんだ。僕を逃がしてくれれば、まだ助けてあげられるんだけどね。」
俺はその言葉を最後まで聞くことなく、痩せた男の顔に向かって引き金を引いた。
140 :
創る名無しに見る名無し:2010/05/14(金) 22:33:24 ID:jPMaHVWN
俺は黒い箱のなかへ逃げ込んだ。黒い箱のなかでほっと一息をつく。奇妙な表現だが、なかなか入り心地のいい箱である。狭すぎず、広すぎない箱だ。まるで、普段からだれか
俺は疲れていたので、すこし眠ることにした。今日はすこし働きすぎたのかもしれない。うとうとしていると、ふいに箱が持ちあげられる感覚がした。やっと宅配業者が取りに来たのだろう。
「紳士織女のみなさん!Mr.フーディのマジックショーへようこそ!」
やかましい声がすぐ隣でそう叫んだ。その声で俺は目を覚ました。やかましい声はさらに続ける。
「最初にお見せするマジックは奇跡の脱出です!」
俺はそれを聞いて、すっと血の気が失せていくのを感じた。
「私がまずこの黒い箱に入ります。私が入ったあとで、なんと、助手たちが何本もの長剣をこの箱に思いきり突き刺してしまいます!」
それから、小声でMr.フーディはつぶやく。「くそっ。助手の痩せた男はなにをしているんだ?今日はあいつも舞台に立つはずじゃなかったのか?」
観客達の大歓声が聞こえる。
俺は完全に混乱した頭で選択しなければいけなかった。
ここを出るべきなのか。しかし、あっという間に不審者として捕まってしまうだろう。
罪を償わなければならなくなる。
それとも、じっと待ち続けるのか。
しかし、鉄の刃はすぐそこだ。考えれば考えるほど混乱した。
ふと、脳裏に、俺が殺した痩せた男の顔が浮かんだ。
「それでは、箱の中に逃げるスペースがないことをお見せするため、実際に長剣を刺してみましょう・・・。」
そう言い終えたMr.フーディは、小声で剣を持った屈強な助手たちに「おい、やれ!」と言った。
指示を受けた助手達が、それぞれ、大きな剣をゆっくりと振り上げた。
観客は大きな声で歓声を上げる。
黒い箱のなかでは、男が押し殺した声で泣いていた。
>>113 (半年も前なので、今更ですみません)
切ない感じが、すごく良いなぁと思いました。
ミクも、とってもかわいい。
ほんとうに、歌が好き! っていう真直ぐな気持ちが伝わってくる。
製品版のミクを、「でも…、お前じゃないんだろ?」っていう台詞、ぐっときました。
これを読んだのが、今で良かった…。
もっと前に読んでいたら、自作を投下するのをすごくためらったと思います
あらためて言わせて下さい
GJでした!