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創る名無しに見る名無し:
【参加者一覧】
2/2【主人公】
○博麗霊夢/○霧雨魔理沙
7/7【紅魔郷】
○ルーミア/○チルノ/○紅美鈴/○パチュリー・ノーレッジ/○十六夜咲夜
○レミリア・スカーレット/○フランドール・スカーレット
11/11【妖々夢】
○レティ・ホワイトロック/○橙/○アリス・マーガトロイド /○リリーホワイト/○ルナサ・プリズムリバー
○メルラン・プリズムリバー/ ○リリカ・プリズムリバー/○魂魄妖夢/○西行寺幽々子/○八雲藍/○八雲紫
1/1【萃夢想】
○伊吹萃香
8/8【永夜紗】
○リグル・ナイトバグ/○ミスティア・ローレライ/○上白沢慧音/○因幡てゐ
○鈴仙・優曇華院・イナバ/○八意永琳/○蓬莱山輝夜/○藤原妹紅
5/5【花映塚】
○射命丸文/○メディスン・メランコリー/○風見幽香/○小野塚小町/○四季映姫・ヤマザナドゥ
8/8【風神録】
○秋静葉/○秋穣子/○鍵山雛/○河城にとり/○犬走椛/○東風谷早苗
○八坂神奈子/○洩矢諏訪子
2/2【緋想天】
○永江衣玖/○比那名居天子
8/8【地霊殿】
○キスメ/○黒谷 ヤマメ/○水橋パルスィ/○星熊勇儀/○古明地さとり
○火焔猫燐/○霊烏路空/○古明地こいし
1/1【香霖堂】
○森近霖之助
1/1【求聞史記】
○稗田阿求
【合計54名】
【基本ルール】
参加者同士による殺し合いを行い、最後まで残った一人のみ生還する。
参加者同士のやりとりは基本的に自由。
ゲーム開始時、各参加者はMAP上にランダムに配置される。
参加者が全滅した場合、勝者無しとして処理。
【主催者】
ZUNを主催者と定める。
主催者は以下に記された行動を主に行う。
・バトルロワイアルの開催、および進行。
・首輪による現在地探査、盗聴、及び必要に応じて参加者の抹殺。
・6時間ごとの定時放送による禁止エリアの制定、及び死亡者の発表。
【スタート時の持ち物】
各参加者が装備していた持ち物はスペルカードを除き、全て没収される。
(例:ミニ八卦炉、人形各種、白楼剣等)
例外として、本人の身体と一体化している場合は没収されない 。
【スペルカード】
上記の通り所持している。
ただし、元々原作でもスペルカード自体には何の力も無いただの紙。
会場ではスペルカードルールが適用されないので、カード宣言をする必要も存在しません。
要は雰囲気を演出する飾りでしかありません。
【地図】
http://www28.atwiki.jp/touhourowa/pages/14.html 【ステータス】
作品を投下する時、登場参加者の状態を簡略にまとめたステータス表を記すこと。
テンプレは以下のように
【地名/**日目・時間】
【参加者名】
[状態]:ダメージの具合や精神状態について
[装備]:所持している武器及び防具について
[道具]:所持しているもののうち、[装備]に入らないもの全て
[思考・状況] より細かい行動方針についての記述ほか。
優先順位の高い順に番号をふり箇条書きにする。
(このほか特筆すべきことはこの下に付け加える)
【首輪】
全参加者にZUNによって取り付けられた首輪がある。
首輪の能力は以下の3つ。
・条件に応じて爆発する程度の能力。
・生死と現在位置をZUNに伝える程度の能力。
・盗聴する程度の能力。
条件に応じて爆発する程度の能力は以下の時発動する。
・放送で指定された禁止エリア内に進入した場合自動で発動。
・首輪を無理矢理はずそうとした場合自動で発動。
・24時間の間死亡者が0だった場合全員の首輪が自動で発動。
・参加者がZUNに対し不利益な行動をとった時ZUNにより手動で発動。
【能力制限】
全ての参加者はダメージを受け、また状況により死亡する。(不死の参加者はいない)
回復速度は本人の身体能力に依存するが、著しく低下する。
弾幕生成・能力使用など霊力を消費するものは、同時に体力も消費する。
霊力の回復速度は数時間まで低下。(無駄撃ちや安易な空中移動を防ぐため)
翼や道具等、補助するものが無ければ、基本的に飛べない。
【弾幕及び能力の制限】
弾幕について。
・有効射程は拳銃程度、威力は弾幕だけでは参加者を殺せない程度。
能力について。
・参加者の能力は千差万別なので、能力次第で威力、負担、射程の制限は異なる。
・あまりにチートすぎる設定にすると、議論対象になります。
・要は空気を読みましょうってことで。
【支給品】
以下の物を一人に一つずつセットで支給
・スキマ(なんでも入る。ただし盾としては使用不可。使用した場合ペナルティがつく)
・食料、飲料水(常識的な一人において三日分)
・懐中電灯、時計、地図、コンパス、名簿、筆記具(以上を基本支給品とする)
・ランダムアイテム一つ〜三つ
【ランダムアイテム】
「作中に登場するアイテム」「日用品」「現実世界の武器or防具」から支給。
玄翁など(可能ならば)生きている支給品も可。
【定時放送】
ZUNはゲーム開始後6時間毎に定時放送を行う。
定時放送では以下の情報が提供される。
・時報。
・前回放送終了後から今放送時までの死亡者の名前(首輪の情報に準拠する)。
・3時間毎に制定される禁止エリアの発表。
・先に発表した情報、及びその他諸々の情報を元にするZUNによる補足他。
【禁止エリア】
ゲーム開始後9時間(第一次放送から3時間後)から3時間ごとに一つ設定。
設定済みの禁止エリアに進入し、30秒間の間に退出しない参加者は首輪が自動で爆発する。
また、ゲーム開催区域外全域は禁止エリアとして処理する。
ZUNは定時放送のときこの禁止エリアを発表する。
【書き手の心得】
この企画は皆で一つの物語を綴るリレーSS企画です。
初めて参加する人は、過去のSSとルールにしっかりと目を通しましょう。
連投規制やホスト規制の場合は、したらば掲示板の仮投下スレに投下してください。
SSを投稿しても、内容によっては議論や修正などが必要となります。
【予約】
SSを書きたい場合は、名前欄にトリップをつけ、書きたいキャラを明示し、
このスレか予約スレで、予約を宣言してください。(トリップがわからない人はググること)
予約をしなくても投下は出来ますが、その場合すでに予約されていないかよく注意すること。
期間は予約した時点から3日。完成が遅れる場合、延長を申請することで期限を4日延長することができます。
つまり最長で7日の期限。
一応7日が過ぎても、誰かが同じ面子を予約するまでに完成させれば投下できます。
【投下宣言】
他の書き手と被らないように、投下する時はそれを宣言する。
宣言後、被っていないのを確認してから投下を開始すること。
【参加する上での注意事項】
今回「二次設定」の使用は禁止されている。
よって、カップリングの使用や参加者の性格他の改変は認められない。
書き手は一次設定のみで勝負せよ。読み手も文句言わない。
どうしても、という時は使いどころを考えよ。
支給品とかならセーフになるかもしれない。
ここはあくまでも「バトルロワイアル」を行う場である。
当然死ぬ奴もいれば、狂う奴もでる。
だが、ここはそれを許容するもののスレッドである。
参加するなら、キャラが死んでも壊れても、泣かない、暴れない、騒がない、ホラーイしない。
あと、sage進行厳守。あくまでもここはアングラな場所なのを忘れずに。
感想や雑談は、規制等の問題が無ければ、できるだけ本スレで楽しみましょう。
【作中での時間表記】(1日目は午前0時より開始)
深夜 : 0時〜 2時
黎明 : 2時〜 4時
早朝 : 4時〜 6時
朝 : 6時〜 8時
午前 : 8時〜10時
昼 :10時〜12時
真昼 :12時〜14時
午後 :14時〜16時
夕方 :16時〜18時
夜 :18時〜20時
夜中 :20時〜22時
真夜中:22時〜24時
テンプレは以上です
ついに第二放送&100話到達!
これからも住民力を合わせて頑張ろう!
これは乙じゃなくてポニテなんたら
どうして。
鈴仙・優曇華院・イナバの脳裏を支配していたのはその一語だった。
自分が絶望的な選択を迫られていることへの『どうして』であり、やること為すことが裏目に出てしまうことへの『どうして』。
己が身さえ助かればいいと奥底では思っていたから?
紅美鈴の言うように、希望を捨て、惰性で流されるままでしかなかったことへのツケが回ってきたから?
……でも、綺麗事だけで生きていけるほど私達は強くない。
それが言い訳だと分かっていながら、鈴仙は自分を正当化せずにはいられなかった。
誰だって死にたくはない。命が失われるのは恐ろしいことで、
誰も知りえない恐怖の世界、虚無の巣食う暗闇に向かうことなど考えたくもない。
軍人であることから背き、仲間を見捨てて月を逃げ出したのも戦争で死ぬかもしれないという怖さがあったから。
鈴仙自身は望んで軍人になったわけではない。そうするよう月では義務付けられていたからで、月に対する愛国心や忠誠心もなかった。
外の連中と知らない間に揉め事になっていて、いきなり戦場に引っ張り出されるなど持っての他だった。
大体、半ば形骸化していた月の軍隊では、いかに優れた技術があろうとも張子の虎でしかないことは明らかだったし、
月が経験してきた戦争らしい戦争といえば妖怪が侵攻してきたという事件のみ。
それだって技術格差のお陰で圧勝できたようなものだったし、追い返しただけで戦果らしい戦果など何一つない。
赤子同然の軍隊に付き合って心中する気は、頭の良かった鈴仙にはなかった。
仕方のないことなんだ、と鈴仙は思っていた。
負けるのが明らかなら戦う必要性なんてどこにもない。自分ひとりが抜けたくらいで変わることなどありはしない。
だから逃げた。生物の持つ『生きたい』という願望に後押しされるように。
悪いのは今の時勢も把握できない奴らで、正当な判断をした自分こそ正しかったのだ、と。
実際、お陰で鈴仙は今日まで生き延びてくることができた。
居住先が同じ月人である蓬莱山輝夜や八意永琳と一緒になるとは予想していなかったが、
同じ月人であることが鈴仙を安心させ、罪悪感を鈍らせもしていた。
永琳も輝夜も、月から逃げ出した罪人。だが逃げ出したこそ穏やかに過ごせてきた彼女らの姿を見れば、
寧ろ正しさは輝夜側にあるように思えた。だから鈴仙は輝夜達に付き従うことを決めた。
同じ罪人としてのシンパシーもあったし、何より同族であったから。
元々が同じ月人で、寂しくなるということもなさそうだったから。
罪は彼女達と一緒に清算していけばいいと断じて、鈴仙は永遠亭の仲間として竹林入りした。
それから、何も悪いことなんてせず、寧ろ穏やかに暮らしてきたはずだったのに、どうして。
師匠からは殺せと命じられ、主からは虫でも見るような目で見られ、どこにも行き場がなくて。
どうしたらいいのかなんて分からず、立ち往生するしかないのが鈴仙だった。
やること為すことが裏目に出てしまった事実も、鈴仙自身の判断に自信をなくさせる一因にもなっていた。
ここで自分が何かを選択したところで、結局はまた自分が不幸になるだけではないのか。
奥底では保身しか考えていない自分は、無意識下でまた誰かを見捨てる算段しか考えていないのではないか。
拠るべき人、信じられるものを失い、自分では何一つ決められない哀れな兎の姿がそこにあった。
もう誰も指図なんてしてくれない。月のみんなは、自ら裏切ってしまった。永遠亭の主からは見限られてしまった。
従ってさえいれば幸せに過ごせた時代はもう戻ってはこないのだと痛感しながらも、無言を貫くことしか出来なかった。
死ぬのは怖い。死から身を守るのはあらゆる生物としては当然のことで、自ら死地に赴くなんて馬鹿のすることだ。
だが、今も目の前にいる二人はその馬鹿げた行為を本気で行おうとしている。
生きているはずのない姉を探して、僅かな希望の一糸に縋って。
しかしそれは縋る糸さえない鈴仙に比べて、遥かに輝かしいもののように思えた。
愚鈍に願望を追っているのではなく、その先が絶望だとしても真摯に見据えようという覚悟の元の行為。
二人の姿は我々と戦おうという月からの言葉と重なり、かつて訓練を積み、
月の未来について語り合った同僚達の姿と重なって、忘れかけていた罪悪感を鈴仙に呼び覚ました。
やめてくれ、と鈴仙は脳髄を揺さぶる幻影達に対して叫んだ。
仕方のないことじゃないか。死ぬしかない状況に向かって得られるのは自己満足だけだ。
そのために死ぬなんて間違ってるし、生きるために最善を尽くすのが自分達の役目のはずではないのか。
必死に並べる弁解の言葉も、罪悪感を覚えた今となっては空々しく、矮小な自らの姿を晒すことにしか繋がらなかった。
だが鈴仙は言い訳せずにはいられなかったのだ。
考えられる頭を持ち、思想や信義を持てる自分達だからこそ、正当化しなければ押し潰されてしまうということを知っていたから……
「……間違ってます。おかしいですよ、あなた達。だって、放送で生死は分かることでしょう!?
放送が嘘であるはずがないことは、あなた達だってよく分かってるじゃないですか!」
だからもう少し待って。それで引き返して。
そう続けようとした鈴仙を遮ったのは、先と寸分違わぬ美鈴の凛とした視線だった。
自分とは違う、何があっても揺れず、折れない強さを備えた眼に、鈴仙はやめてよ、と言いたくなった。
そんな目で私を見ないでよ。どんどん惨めになっていくだけじゃない……!
「確かにそうかもしれません。でも、そんなことは問題じゃないんです」
声を発したのは秋静葉だった。泣き崩れ、自暴自棄になって虚ろな様子になっていたのから一転して、
今は自らの為すべきことを見つけ出し、黄金色の被膜に生硬い意思を含ませた静葉は、
神であると言っていた秋穣子の姉とするに相応しいものがあった。
「私、自分を誤魔化したくない。何もしないまま、閉じこもって、無力なんだって諦めたくない。
神様なんだもの。誰も救えなくて、誰からも信仰されないような卑小な神様になりたくない。それだけです」
誤魔化したくないという言葉が鈴仙の中で弾け、神様然とした現在の姿と重なって、説得できるはずもないという感想を抱かせた。
俯き、肩を落として呆然とする鈴仙に、美鈴は「あなたが言ってるのも分からなくはないです」と重ねた。
「でも、それは鈴仙さんの論理です。間違ってるかどうかなんてあなたが決めることじゃない。
……あなたの言っていることは、結局自分を救うためのものでしかないんです」
ビクリ、と体が震えた。読まれていたという感想を抱き、同時にこれで全ての道は絶たれたと解釈した頭は、
こんなことになるなら言わなければ良かったと考えるよりも、この状況になっても他人に救ってもらおうとしている自分に慄然とした。
穣子から願いを託されたから、というのは所詮名目でしかなく、本当は自分の罪を忘れたかったから。
穣子の言葉は実は重荷でしかなく、責任逃れをしたかったがために、静葉に取り入ろうとしただけではないのか。
そうして責任の文字を薄れさせた後は、最初のように冷酷に他人を見捨てる算段を立て、機会があれば裏切ろうとしていた?
餓鬼道にも劣る自らの所業を改めて認識し、ならば永琳や輝夜に見放されるのも当然と考えた鈴仙は、
元から正しさなんて何もなかったという事実から立ち昇る失笑しか浮かばなかった。
死体に集る虫のように、ただ他人を食い尽くすことしかできない自分は見捨てられて当たり前。
正しさもなく、誰も救おうとしないのに、救ってもらおうだなんて文字通り虫のいい話だった。
なら、私はどうやって正しさを見出せばいいの?
裏切りを重ねてきた我が身に本当の正しさなんて身についているはずもなく、自分で考える力さえ失っていると気付かされた鈴仙には、
もう自暴自棄に近い気持ちしか持てていなかった。
この期に及んで縋ろうとしていることに呆れを通り越して冷笑さえ覚えたが、こうすることしかできなかった。
しかし手前勝手な期待に美鈴と静葉が応えてくれるはずもなく、二人は無言で鈴仙の脇を通り過ぎてゆくだけだった。
通り過ぎた直後、二人が一瞬だけ留まる気配を見せたが、結局何も言ってくれることはなかった。
「……そうよね。私は、自分の意思で何かを成し遂げたことなんて、ないもの」
小声は風で掻き消え、鈴仙以外の誰にも届くことはなかった。
頭上に広がる青空とは真反対の、暗く重い空気が鈴仙の胸を軋ませていた。
* * *
魔法の森を抜けたときには、既に時刻は昼になっていた。
いや、昼だったことに気付かなかった、というべきなのだろうか。
因幡てゐはそんなことを考えながら、激しく呼吸を繰り返している自分を見つめる。
なりふり構わず逃げてきたせいで枝や葉っぱで服は汚れ、破れているところもある。
縛られていた部分は軽く痣となっていて、脱出する際に切れてしまったところもあるようだ。
無様な、とてゐは思う。完璧だったと慢心していた結果、殆どを失い、孤立無援の状態に陥ってしまった。
くそっ、と一人毒づく。白楼剣を手に入れたとはいえ、残りは全て失ったばかりか、
自分が他者を騙しかねないという噂が各地に広まることは必定。
上白沢慧音や東風谷早苗とかいう甘い奴らがいるからそこまで悪い風評は流されないだろうが、
火焔猫燐とかいう奴のお陰でそれなりの事実を流布される恐れがある。
こうなると時間をかけるだけ不利だった。早いところ誰かに取り入って、信用を作っておけばたとえ連中と再会しても誤魔化しが利く。
てゐには元から戦闘に回る気はなかった。いくら幻想郷で長生きしてきた古参とはいえ単純な実力だけならばそこらの妖怪のレベルでしかない。
大体戦えるというのならあの時点で戦っていた。実力があるなら早苗を人質に取るなりして有利に状況を運べていただろうが、
何しろ素の状態なら慧音にも劣る。燐の実力は定かではないが、洞察力の鋭さ、
物怖じしない姿勢からはそれなりの自信があることは明らかだった。
あの場に大人しく留まっても燐から常に疑いの視線を向けられていただろうから、
逃げた自分の判断は間違ってはいないはずだとてゐは考えた。
後は取り入る誰かを見つけるだけ。一刻も早く行動に移さなければならなかったが、果たして上手くいくだろうかという疑念があった。
完全に騙せていたと思っていた慧音に、かなり早くの段階から見破られていたということがあったからだった。
てゐの如き妖怪兎はいつでもどうにでもできる。
だから手を出さなかったとも考えられるし、或いは本当に自分の改心を信じて泳がせていたのかもしれない。
何にせよ、自分が舐められていたのは確かで、また早苗や燐に事実をすぐに告げなかったということは、
暗にてゐの嘘など誰にでも見抜けるぞと言っているのかもしれなかった。
事実、てゐは『わざと逃がされた』。
自分が逃げる寸前、燐がこちらをちらりと見たのを見逃さなかったのだ。
追撃しようと思えば、できただろう。捕縛とまではいかなくても弾幕の一斉射で傷を負わせることのくらいはできたはずだ。
見逃したのは単に利害の一致があったと見るべきで、慧音が燐にあそこまで反発しなかったなら、燐は見逃さなかった。
要するに、燐は場を取り合えずにでも収めるために、自分をダシに使ったということだ。
――私は、利用されたに過ぎないんだ。
燐の視線を感じなければ、自分は今頃自らの演技力に酔っていたのだろう。
そういう意味では燐の看破もマイナスばかりではなかったが、同時に大きな自信の喪失にも繋がった。
もう誰も騙せないんじゃないか。適当についた嘘でさえもすぐに見破られ、嘘を交渉や駆け引きの材料として使われるのではないだろうか。
時間がないにも関わらず、てゐの中に巣食う疑念が足を鈍らせ、彼女の孤独感を強めた。
「でも、だからどうしろってのよ」
因幡てゐは弱い。幻想郷には博麗の巫女を始めとして自分などでは到底太刀打ちできない妖怪がずらりといる。
放送の中には風見幽香などの強者もいたが、それでもまだ強力な妖怪はその数を減らしてはいない。
力のないてゐにできることはひとつしかない。
他者に取り入って守ってもらうこと。あわよくば利用して、更に強者の数を減らしてもらうこと。
そうすれば最終的に自分が生き残ることが可能になるかもしれない。いや、生きなければならなかった。
なぜなら、死にたくないから。
幻想郷での生活は楽しい。竹林で妖怪兎どもと戯れるのも楽しいし、冗談を言い合って面白おかしく過ごすのも楽しい。
死んでしまえばそのどれもがなくなってしまう。想像するだけでゾッとなるし、死の恐怖については昔からよく知っている。
大国主命がいなければ引き裂かれるような痛みにのた打ち回ったまま死んでいた。
あの時の苦痛は忘れるはずもない。身体の痛みだけではない、誰からも相手にされず見放される心の痛み。
二度とあんなことは経験したくもなかった。だからこそ無茶などせず健康第一として生きてきたし、ささやかな幸せだって手に入れた。
その幸福をこんなところで手放してたまるものか。何がなんでも生き残るしかないのだ。
重たくなっていた手足を叱咤激励し動かすのと同時、てゐは人影を探すために顔を上げた。
するとそんなてゐの想いに応えるかのように、こちらへと向かって歩いてくる、よく知った妖怪の姿があった。
「あれは……鈴仙!?」
見間違えるはずもない。自分とよく似た一対の長耳に、制服然としたブレザーに短めのスカート。
さらさらと流れる長髪にすっきりと整った顔立ちの彼女は、間違いなく鈴仙・優曇華院・イナバであった。
それまで不安ばかりだったてゐの心に、ようやく一つの光が差した。
なぜなら鈴仙は永遠亭で一緒に暮らした仲間であり、八意永琳や蓬莱山輝夜に次いで親しい妖怪でもある。
真面目一徹の、ともすれば融通の利かない一面もあるが、基本的には冷静沈着でもあり、実力もある。
ここの広さゆえに合流は難しいかもしれないと思っていただけにてゐの喜悦は高まった。
そうだ。あいつを隠れ蓑にすればいいじゃないか。やっぱ私ってば運がいいね!
鈴仙とは親しいとてゐ自身も思っていて、少なくとも邪険に扱われることもないだろうと踏んでいた。
何よりこうして永遠亭の面子が二人揃えば、後は必然的に永琳と輝夜を探そうという流れになるはず。
てゐ自身は、永琳が主催者であるとはどうしても思えなかった。
こんなことをする意味がない。永琳は輝夜の従者であり、主君を危機に晒すような真似は絶対にしない。
加えて、永琳の望みは既に達成されているも同然。この上異変を引き起こすなどてゐにはとてもではないが考えられなかった。
森を抜けたときに放送があって、そこでも永琳の声を聞いたが、どうしてもあの永琳とは思えなかった。
ただの勘でしかなかったが、長年生きてきたことで培ってきた勘でもある。永琳は、そこまで命を無下にする人ではない。
同じく永琳を師匠として崇めている鈴仙なら気付いているだろう。後は二人して探しに行けばいい。
輝夜と永琳が揃えば怖いものなしだ。ひょっとしたら、ここから脱出する手段だって思いついているかもしれない。
仮に考え付いていなかったとしても今すぐ自分を殺しはしないだろう。それだけの結束はあるとてゐは思っていた。
……万が一に備えて、保険くらいは打たせてもらうけどね。
武器をこっそりと集めておけば、或いは不意討ちも可能ではあった。そんなことはなるべくならしたくはないところだったが。
とにかくまずは鈴仙と情報交換をしようと、てゐはぶんぶんと手を振りながら近づいていった。
「おーい、鈴仙ーっ!」
若干顔を俯けていた鈴仙はこちらには気付いていなかったようで、自分の声に反応して、ようやく手を振ってくれた。
久しぶりに見たような気がする鈴仙の表情は、心なしか疲れているように見えた。
ここに一人でいるということは、ずっと一人だったのだろう。もしかすると誰かと一緒に行くのを断って探していたのかもしれない。
真面目な鈴仙の性格を知っているから、てゐは自然とそう思うことができた。
ならきっと自分を守ってくれるだろうと打算を働かせつつ、てゐはにこやかに、再会を喜ぶ仕草を見せた。
「良かったー、無事だったんだね」
「そっちこそ」
硬い中に微笑を含ませた鈴仙は、やはり自分の知る鈴仙の姿に相違なかった。
とりあえず信頼していることをアピールするために「寂しかったんだよ」と言って抱きついておくことも忘れない。
見たところ鈴仙の得物は自分が使っていたのと同じような武器。十分すぎる持ち物だ。きっと守る手助けとなるだろう。
「てゐはどうしたの? ちょっと怪我してるじゃない」
「え? ああ……はは、ちょっとドジっちゃってね」
擦り切れてしまった部分を見つけたのか、鈴仙が眉をしかめる。今はすっかり乾いて瘡蓋になっているが、
仮にも永琳の弟子である鈴仙としては気にならざるを得ない部分なのだろう。彼女も薬は持っていないようだったが。
これ幸いと、てゐは鈴仙に、慧音達のことを多少の尾びれをつけて話しておくことにした。
ひとまずこれで情報の誤魔化しはできるはずだった。
「途中で襲われちゃってねー……上白沢慧音と、東風谷早苗と、火焔猫燐って奴らにさ。
私はそれまでパチュリー・ノーレッジと一緒にいたんだけど、あの子は逃げ切れなくて……」
火焔猫燐、の名前を聞いた瞬間、鈴仙の表情が軽く変わったような気がした。
しかしすぐに元に戻すと、鈴仙は「あの上白沢が?」と聞き返してきた。
慧音については里でもよく会うのだろう、俄かには信じられない様子だった。
「そうそう。いきなり襲われて必死だったから、ひょっとしたら見間違いかもしれないけど……」
「よく逃げ切れたわね」
「そりゃもう一生懸命だったんだから。持ってた道具とか全部使って、なりふり構わずに。
……でも、それはパチュリーが優先的に狙われてたかもしれないからかも。
あの子もそれ分かってて、私が囮になるから、って……」
作り話としてはまずまずだろう。元より自分達は仲間だ。鈴仙が疑う道理は殆どない。
パチュリーについてはかなり早くの方の死者だが、そこからずっと逃げ続けていたとするなら、今の自分の惨状も納得がいくはずだ。
実際鈴仙はさほどの疑問を挟むこともなく、話のひとつひとつに頷いていた。
慧音が襲ったことだけに関しては疑問を持っていたようだったが、疑いさえ持たせればいい。真実かどうかは関係がなかった。
「そう、それでずっと一人で逃げてたんだ。誰にも会わずに?」
「隠れてたからね。でも良かったよ、鈴仙と会えてさ」
この言葉は嘘ではない。少なくとも、頼りになるという意味では鈴仙は使える。
上目遣いに鈴仙を見やると、鈴仙は困ったように笑って頭を撫でてくれた。これでいい。
自分の話に多少の疑問は会っても、少しは信頼してくれているはずだ。
嬉しそうに笑う素振りを見せつつ、てゐは話を続けた。
「あっちの森の方には行かないほうがいいよ。私はあそこで襲われたんだ。まだ潜んでるかも」
「あそこに、上白沢達がいた?」
「うん」
「……良ければ、人相を教えてもらえないかしら? 覚えてる限りでいいから」
「あ、そうだね、分かった」
慧音に関しては知っているだろうから、てゐは早苗と燐に絞って大まかな特徴を伝えた。
早苗は博麗の巫女と同じような服装で、蛇と蛙をあしらった髪飾りをしていること。
燐は奇妙な目玉のついた飾りをつけていること、などの情報を。
どちらも分かりやすい特徴なだけに、一目見れば瞭然だろう。
鈴仙は一通り情報を叩き込んだのだろう、「ありがとう」と言って話を変えた。
「てゐはどうするつもりだったの?」
「そうだね、私はお師匠様とかを探すつもりだったけど……鈴仙も一緒でしょ?」
「そうね……そうするつもりだったわ」
やはり。疑問を挟まないということは、鈴仙も永琳が主催であることに疑いを持っている。
ならば後は一緒に探そうと持ちかけるだけだ。最後の仕上げ、と口を開こうとした瞬間、鈴仙の目がスッ、と細められた。
「でも今は違う。ありがと、情報を提供してくれて。……あなたの利用価値もここまでね、てゐ」
「えっ……?」
突きつけられた銃口の意味を、てゐは俄かには理解することができなかった。
先程まであった真面目で少し硬かったはずの鈴仙の表情は、冷たく、他者を見下すものへと変貌していた。
利用されていたと思う以前に鈴仙の行動が信じられず、てゐは「何言ってるのよ……」とかすれた声を搾り出していた。
「私はこの殺し合いに乗ってるの。それだけよ」
簡潔に過ぎる言葉は冗談としか思えず、「へ、下手な嘘はやめなよ」と笑い声さえ浮かんでいた。
もし殺し合いに乗っているのだとしても、ここまで躊躇無く武器を向けるはずがない、という思いがあった。
いや同じ永遠亭の仲間にどうしてこんなことが行えるのか、そもそもそれが信じられなかった。
「ちょ、ちょっと待ってよ、仲間でしょ、私達」
「仲間……? そんなことを言った覚えはないけど。下賎な地上兎風情が、私と同格だとでも思ってたわけ?」
哄笑する鈴仙は、自分のことを虫けら同然にしか見ていない、傲慢で冷酷な妖怪の雰囲気を漂わせていた。
彼女の目は赤くは光っていない。つまり、波長を操っているわけでもない。鈴仙は……本気なのだ。
一人でいたのも、自分達を探してでのものではなく、単に出会う連中を殺していたから?
逃げろ、と鈴仙の殺気を敏感に読み取った体はそのように命令していたが、飽和する頭は理解できず、ただ竦んでいることしかできなかった。
「ついでにいいことを教えてあげる。私はね、姫様と会ったの。姫様も殺し合いに乗ってらしたわ。
私は姫様に仕える月人として、命令に従ってるの。これなら理解してもらえるかしら?」
「え、ひ、姫って……」
「輝夜様に決まってるじゃない。その程度のことも理解できないの? 馬鹿兎は」
「う、嘘だ! 鈴仙の嘘なんて」
「だったら会ってみれば? 姫様も私と同じ銃を持っているから、簡単に狩ってくれるわよ?
姫様はてゐは役立たずだから殺していいって言ってたしね」
明快に告げる鈴仙の言葉は出任せとは思えず、それまであった永遠亭という安全地帯が音を立てて崩れてゆくのが分かった。
輝夜が殺し合いに乗っているとは夢にも思えなかったが、きっと何か原因があるはずだった。
素早く頭を働かせると、思い当たることがひとつあった。永琳だ。輝夜は、きっと永琳が主催だと信じてしまっているのだ。
きっとあの『永琳』が輝夜に何かを吹き込んだに違いない。
輝夜は永琳の主君だが、永琳の言う事をよく聞く、甘い部分もあるのは確かだったからだ。
てゐは輝夜が騙されているのだと説明するために、必死で口を開いた。
「それはあいつが……偽物のお師匠様が吹き込んだからだよ! 鈴仙なら分かるでしょ、あれは本物のお師匠様じゃない!
姫様をこんな酷い目に遭わせるような真似をするもんか!」
「出任せね。姫様は仰ってたわ。これはゲームなんだって。暇潰しのゲームだ、って。
てゐも知ってるでしょ、姫様と師匠が死なない、ってこと」
てゐは口を詰まらせた。そうだ。輝夜は死なない。
ゲームということを加味しても、永琳が何らかの施しを与えたのだとすれば簡単には死ななくなっているはず。
だがそれは永琳が全知全能で、かつ本当に主催だった場合だ。騙されているだけだ。鈴仙も輝夜も。
「ああ、もう一つ言っておくことがあったわ。会ったのよ、師匠と」
「え……」
「あれは本物の師匠だった。師匠しか知らないようなことを尋ねても、明朗に答えてたわ。あれが偽物であるはずはない。
それでね、師匠も言ったの。姫様のサポートをしろ、って。分かるわよね、その意味は。
これでも嘘だって言う? まぁ会ってみたらいいんじゃない? どうなっても知らないけど、ね」
血の気が引いてゆくのが理解できた。即ち……捨てられたのだ。自分は、永遠亭からも。
役立たずの妖怪兎は必要ない。普段の輝夜が行う自分に対しての扱い、態度から見れば、その程度にしか思っていない……
その認識が広がった瞬間、寄る辺がなくなり、孤独の暗闇に一人取り残されたことが実感となり、てゐは我知らず涙を零していた。
殺されるかもしれないということへの恐怖ではなく、
もう無条件に自分を助けてくれる連中はいなくなったことに対する寂しさがそうさせたのだった。
「い、いやだ……助けてよ、鈴仙。私死にたくない! 何でもするから、姫様やお師匠様に取り成してよ!」
恥も外聞もなかった。もう誰も騙せないかもしれないという自らへの自信の喪失、ひとりぼっちになってしまったことへの恐怖、
そうして寂しく死んでしまうかもしれない絶望とがない交ぜとなって、嘘でその場を取り繕うという考えさえも失わせていた。
鈴仙の服の裾を掴み、必死で引っ張るが、鈴仙は乱暴に振り払うとてゐを張り倒した。
地面に倒れこんだてゐの頭に、ひやりとした銃口がぐりと突きつけられた。
「うざいわね。言いたいことはそれだけ?」
声が震えているように感じられたのは、きっと命にしがみつく、下賎な兎に対する嘲笑を抑えているからなのかもしれなかった。
もうどうやっても鈴仙の殺意を留めることはできないと確信したてゐは、無駄だと分かっていながらも這い蹲るようにして逃げた。
体はまともに動かず、飽和しきった頭は死にたくないの一語で固められ、第三者の目で見れば実に浅ましいもののように見えるだろう。
「……ふん。それじゃあね、てゐ」
引き金を引く気配が伝わり、てゐは内心で嫌だ! と絶叫した。
本当に何でもするから、殺さないで! ひとりぼっちで死ぬなんて嫌だ!
声に出したつもりだったが、喉はかすれた音を出すばかりで声にすらならなかった。
こんな死に方、みじめすぎる……!
絶叫も出せないまま、てゐの後ろで銃声が弾けた。
* * *
こうするしかなかった。
てゐの話を聞いたとき、鈴仙はその一部に嘘があったことが分かっていた。
てゐが火焔猫燐の話を持ち出したことが、その原因だった。
なぜなら燐とは自分が一度会っている。その上、あの出来事を忘れるはずもない。
茫然自失とした表情で、欺瞞に満ちた世界を憎しみの目でしか見られなくなっていたあの燐の姿を。
燐が他者と組んで誰かを襲うとは思っていなかったし、念のためにてゐに確認してみたところ、姿かたちがまるで一致しない。
てゐは嘘をついていたのだ。恐らくは慧音のことに関しても、早苗のことに関しても同じなのだろう。
考えられるとすれば、恐怖のあまり三人のうちの誰かを攻撃してしまい、返り討ちに遭って逃げてきたところを自分と遭遇した。
そこで自分に嘘の情報を流して、慧音達と敵対させることを企んでいたのだろうと鈴仙は推測した。
自分を利用しようとしたことよりも、てゐが嘘をついていることの方が悲しかった。
自らを誤魔化し、後に戻れなくなると理解しようともせず、保身を考えるがままに他人を欺き続ける。
それはまさに今まで鈴仙が行ってきたことと同じ道だった。
誰かを食い荒らすだけの行為は何も生まず、餓鬼道に落ちるばかりでその後の救いなどないと言うのに……
しかしてゐに伝えたところで、納得も理解もしてくれないことは想像がついていた。
鈴仙自身がそうだから。他者から何度言われても道を引き返すことができず、奈落の底まで落ちてしまった自分だからこそ分かる。
こうして底の底まで落ちなければ、生きたいという願望が全てに勝ってしまう。
本能的な恐怖に縛られるままで、本当に大切なこと、守らなければならない最低限のことすら忘れてしまうのだ。
鈴仙は落ちてゆこうとしているてゐを見捨てることができなかった。
他人を見捨て続け、もはやどうしようもなくなってしまった自分自身を理解してしまったからこそ、
せめて他の誰かを救いたいと、鈴仙は心の底から思った。
他者を救い、自分も救われるという理想を掴むことが出来ないと分かってしまった今、
ならば自分をどこまでも貶めることで他者を救いたいと思った。
餓鬼道に落ち続け、誰かを食いつぶしてしまう前に。
もう正しい行いなんて出来ない。ならば間違ったことをしてでも、結果的に誰かを助けられればいいのではないか?
そしてその対象は、目の前にある――因幡てゐだった。
穣子との約束は果たせない。自分が正しい道に戻れると信じて庇ってくれた彼女を見捨てなければならないことは分かっていた。
しかしいずれ誰かを冷酷に切り捨てるのが鈴仙・優曇華院・イナバという妖怪の本性だ。
どんなに変えようと思っても変えられない、遺伝子そのものに刻み込まれた本質が、常に誰かを見殺しにする。
だから正しくは在れない。それでもこのままでいたくない。
迷い続けてきた私という自我が、確かにあったんだから。
だから私は……てゐを見放した。
言葉で伝えても分からないなら、体で理解させればいい。
てゐを極限まで追い込むことで、もう他者を裏切れないような状況にする。
正直になって、誰かに心から協力せざるを得ないように仕立て上げる。
たとえ利害の一致からそうするしかないと思ったとしても、誰かを裏切らず、
餓鬼道に落ちなければ少なくとも自分のようになることはないのだ。
そうすれば、いつかはきっと、てゐだって救われるかもしれないのだから……
そのために輝夜と会い、誰かを殺すように命じられたことを利用させてもらった。
輝夜のことに関しては大半が事実だ。もしも自分と輝夜がやりとりしていたことが誰かに伝わっていれば信憑性は高くなる。
永琳のことに関しては殆どが嘘だが、てゐの話を聞く限り永琳とは会っていなかったようだし、何より自分が裏切り、
輝夜も裏切っていたことを伝えられたてゐからすれば、半ば信じざるを得ない。それくらいの賢しさはあるはずだった。
果たしてこちらの目論見通り、てゐは完全にこちらの言い分を信じ、銃口を突きつけてやったところで殺さないでくれと懇願してきた。
その時が、鈴仙に残っていた最後の良心が痛んだ瞬間だった。
本当はこんなことしたくはない。同じ永遠亭で暮らした仲間同士、協力し合いたかった。
だが裏切りを常とする自分と、欺こうとしているてゐが一緒になったところで、誰も救われない。
互いを欺き続け、自らも欺き続けて、迎えるのは互いに破滅でしかない。
だから鈴仙は言葉を堪えた。
私だって死にたくない。あなたと一緒に救われたい。ささやかに暮らしていきたかったのに……
思わず声が震えてしまい、悟られたかと肝を冷やしたが、てゐは混乱のあまり気付くこともなかった。
無様に逃げようとしているてゐの姿を見ながら、鈴仙は心中で別れの言葉を伝えた。
頑張って、てゐ。私はどうやってもダメな子だから……姫様に従って殺し続けるわ。そうしたら、もしかしたら助かるかもしれないもの。
やっぱり私は死にたくないの。ダメだって分かってても、結局は楽な方へ流れるから。餓鬼道に落ちるって、そういうことなのよ。
二度と這い上がれない。でもねてゐ、あなたはまだなんとかなる。てゐはまだ怖いだけなんだから。
今まで楽しかった。さよなら。……ありがとう。
鈴仙は引き金を引いた。少しだけ、てゐから照準を外して。
空を切った銃弾は、てゐのすぐ近くの地面に突き刺さっていた。
びくりとてゐの体が震え、必死に体をうずくまらせているのを見た鈴仙は、いつの間にか流していた涙を拭い、
可能な限りの冷たい声でてゐに言った。
「……今回は見逃してあげる。今までのよしみってやつでね。それにどうせ、あんたみたいな妖怪兎なんてすぐに殺せるしね。
さっさと逃げなさいよ。早く逃げないと、今度こそ狩ってあげる。私の強さは、知ってるわよね」
てゐの涙で濡れた顔が鈴仙を向いた。ぐしゃぐしゃで、必死に生きたいと心から願う妖怪兎は、
同族を殺そうとしている自分をどのような目で見つめているのだろうか。
自分自身の冷酷ささえも、もう分からない。
「ふぇ、ひっく……れ、れいせん……」
泣きじゃくるてゐの声に、なぜかいつものてゐの無邪気な笑顔が重なり、鈴仙の心を軋ませた。
それだけではない。永琳の苦笑、輝夜の穏やかな笑みが思い起こされ、
食卓を囲んでいたかけがえのない日々が思い出になってゆくのが、今はっきりと分かった。
――ああ、私は。永遠亭を、守りたかったんだ。
遅すぎる願いを噛み締めながら、鈴仙は笑った。嗤って、笑った。
「あと五つ数えて、そこにいたら撃ち殺すからね。五つ、四つ、三つ……」
てゐが走り出す。なりふり構わず、こちらを振り向くこともなく。
奇しくも、てゐが逃げた方向は人間の里、即ち美鈴と静葉が向かった場所でもあった。
そうだ。逃げろ。ただ逃げていればいい。奈落の底から、逃げろ。
「二つ、ひとつ……おしまい」
銃を下ろす。ひどく重く、つらく、悲しかった。
これからは、殺しに行かなくてはならない。
自分が助かるために。てゐを救うために。
もしも。
もしも、てゐが他の誰かに混じって、笑うことができたのなら。
それが鈴仙の、唯一の救いなのかもしれなかった。
【E-4 一日目 真昼】
【鈴仙・優曇華院・イナバ】
[状態]疲労(中)、肋骨二本に罅、精神疲労
[装備]アサルトライフルFN SCAR(18/20)、破片手榴弾×2
[道具]支給品一式×2、毒薬(少量)、FN SCARの予備弾×50
[思考・状況]基本方針:保身最優先 参加者を三人殺す
1.輝夜の言葉に従って殺す
2.てゐを救えれば、それが自分の救いなのかもしれない
3.様々な人を裏切ってしまったが、もうどうしようもない
4.穣子と雛、静葉、こいしに対する大きな罪悪感
5.永遠亭のみんなが大好きだった……
※美鈴達と情報交換をしました。殺す三人の内の一人にルーミアを定めています。
【紅美鈴】
[状態]右腕に重度の裂傷(治療済)
[装備]なし
[道具]支給品一式、インスタントカメラ、秋静葉の写真、彼岸花
[思考・状況]静葉を守る
[行動方針]
1.穣子を探しに人間の里に行く
2.静葉を守る為なら戦闘も辞さない。だが殺しはしない
3.幽々子や紅魔館メンバーを捜すかどうかは保留
4.主催者に対する強い怒り
※鈴仙と情報交換をしました。
【秋静葉】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]支給品一式、紅美鈴の写真、不明支給品(1〜3)
[思考・状況]妹に会いたい
[行動方針]
1.穣子を探しに人間の里に行く
2.情けない自分だが、美鈴の為にももう少しだけ頑張りたい
3.幽々子を探すかどうかは保留
※鈴仙と情報交換をしました。
【因幡てゐ】
[状態]やや疲労、手首に擦り剥け傷あり(瘡蓋になった)
[装備]白楼剣
[道具]なし
[基本行動方針]保留
[思考・状況]1,ひとりぼっちで死ぬのは嫌だ
2,頼れる人もいない、どうすればいいの?
[備考]
[その他:美鈴と静葉はE-4西部、鈴仙とてゐはE-4東部にいます]
投下終了です
タイトルは『ウソツキウサギ』です
鈴仙…・゚・(ノД`)・゚・
乙です。
もし仮に鈴仙が途中退場したとして
死者スレでの鈴仙と穣子の会話はどうなっちゃうのかなと、ふと思った。
それを言うなら燐との会話はもっと危険か。
彼女自身にも何らかの救いがもたらされたらいいなと願う今日この頃。
あとok1sMSayUG氏のページにデンパなコメントあったけど気にしないほうがいいよ。
多分コアなアリスファンが火病ってるだけだから。人気キャラだしね彼女。
死者スレは関係あるのか?
投下GJです。
悲壮感の描写、やべぇ……。
絶望しながらも、嘘でてゐに救いの手を差し伸べる鈴仙がよすぎる……。
この静けさと薄暗さ、しとしととした小雨でも降らせたい場面だ。
これから投下します。タイトルは「それでも、人生にイエスという。」です。
私は、遠く去っていく背中を見送る。
もしかしたら、彼女はただ生きることを諦めただけなのかも知れない。
それでも信じたかった。
生きてまた帰ってくると、信じたかった。
-数刻前、放送直後-
古明地さとりと私、上白沢慧音は、二回目になる放送を黙って聞いていた。
ルーミアは、残り少なくなった『お弁当』をちびちびつまみながら。
そして、東風谷早苗。彼女は地面に座り込み、カタカタ震えながら、拳を握りしめて、ただ何かに耐えていた。
何も言葉は交わしていない、でも、その原因はわかる。
『八坂神奈子』
彼女の仕える、守矢の神。その名が、今の放送で呼ばれた。その意味するところは言うまでもない。
道中、何度もその八坂の神と、もう一柱の洩矢の神のことを早苗から聞かされた。
「神奈子様と諏訪子様がいれば、大丈夫。」
そう言い切った時の彼女の眼は、この酷い状況の中でも輝いていた。
彼女の希望そのものだった、強大すぎる風神。その、死。希望を一つ失った彼女の心境は、計り知れない。
私だって、ショックを受けていないわけじゃない。よく里に顔を出していた妖夢と、人形劇を披露してくれた魔法使いのアリス。恵みをもたらし人々から厚い信仰を受けていた豊穣の神、穣子様。皆の笑顔が浮かんで消えた。
本当に、みんな死んでしまったのか?いくらだって疑いたい、否定したい。夢ならさめてほしい。
でもそうやって現実逃避し始めるたびに、パチュリーの死に顔が脳裏によみがえってくる。生温かい血液の感触を嫌でも思い出す。
誰も何も言わない、早苗の堪えたすすり泣きの声だけが響く空間で、私の思考は同じところをぐるぐる廻る。
そのうち、しびれを切らしたらしいルーミアが、骨だけになった「お弁当」にごちそうさまを告げた後、
「まだここにいるの?行かないのー?」と言い始めた。
早苗のことを考えると、もう少し待ってあげたかったが、最初に動いたのは意外にも早苗だった。
「もう、いいのか?」
「はい、すみませんでした…もう大丈夫です。」
早苗は気丈にも笑って言った。
すると、さとりが辺りを警戒しながら、荷物をまとめ始めた。
「なら、動きましょう。泣くのを続けるにしても、こんなところにいつまでもいたら、誰かの的にされかねません。」
少し冷たい言い方だが、正論だ。今の私たちには、襲撃されても身を守る術がほとんどなかった。制限解除装置はあったが、まだ使えないのかどこを押しても反応しない。今襲われたら冗談でなく全滅しかねない。
私たちは十分に警戒しながら、博麗神社へと急いだ。
博麗神社の大階段は、長い。
普段なら皆空を飛んで神社へ行くため、私以外の三人は徒歩で行くのが初めてだったそうだ。
私だって、里の人間を案内する時以外は歩いてなんて行く気がしない。それくらい長い。これだから人が余計に近寄らないのだ。
そんなことを考えていたら、ルーミアがいきなり走り出した。なんだなんだと私たちは慌てて階段を駆け上ると、ルーミアが何かで遊んでいた。
「なんだこれ!目玉ついてるー。食べられるかなぁ?」
きゃはは、と笑うルーミアが持っていたのは、よくわからない目玉のついた、汚れた黄色い帽子。はて、この帽子はどこかで…
「それ、まさか…諏訪子様!!!!」
「すわこ?この帽子がすわこなの?」
「貸してっ!!」
悲鳴を通り越し、もはや絶叫に近い声をあげ、早苗がルーミアから帽子を奪いとった。そうだ、この特徴的な帽子の持ち主は、先の守矢の神のうちのもう一柱、洩矢諏訪子様だ。
帽子は赤く汚れていた。見れば、階段も赤い液体で濡れている。これは…血なのだろうか?なんだか違和感のある血だ、うまく言えないけれど…。
「諏訪子様!!!いらっしゃるのですか!?諏訪子様!!!!!」
早苗が完全に取り乱し、辺りかまわず叫び出した。まずい、神社に誰かいたら、これじゃいい的だ!。
「早苗さん、落ち着いて。その洩矢の神の名前は、さっきの放送になかったでしょう?」
「早苗、まず神社に行こう。もしかしたら神社にいるかもしれないだろう。」
さとりと二人がかりで早苗をなだめるが、早苗は私たちの手を振り払って、先に階段を駆け上がってしまった。
「一人じゃだめです、早苗さん!」
「クソっ!ルーミア、早く来いっ!!」
「はぁーい。」
神社に着くと、早苗が境内でへたりこんでいた。
「…出でよ、『スカイサーペント』…」
早苗は、震える手で二匹の蛇を召喚したが、その蛇も少し空中にとどまった後、何もせずかき消えてしまった。
私は早苗に駆け寄り、いつでも弾幕を撃てるように準備し襲撃に備えたが、早苗が「大丈夫です…」と、私の服を引っ張った。
「神奈子様の蛇が、全く反応しませんでした…この付近には私たち以外誰もいません…諏訪子様も…いません…。」
そう言い終えたあと、力を使い果たしたのか、早苗の体が崩れた。慌てて早苗の体を支えたが、顔色が悪い。
遅れてさとりとルーミアがやってきた。私はさとりに、他に人はいないらしいこと、先に社務所の中に行って、何か食べられるものと布団がないか探してきてほしいことを伝えた。
さとりはすぐに状況を理解してくれ、社務所へ急ぐ。
私は早苗を後ろに背負い、ルーミアに見張りを頼んで、早苗の負担にならないようゆっくりとさとりの後を追った。
博麗神社、社務所。ここは霊夢の住居も兼ねている。いつも縁側で茶を飲んでいる呑気な巫女の姿は、今はここにない。
霊夢がいつも使っていたらしい布団に、早苗を寝かせた。
食料の類は全く残っていなかった、とさとりが申し訳なさそうに言う。おそらく主催者が全て片付けてしまったのだろう、気にするなとさとりに声をかけ、視線を再び早苗に戻す。
体が熱い、おそらく熱が出ている。濡れた手ぬぐいで汗をぬぐってやっているのだが、あまり効果がないようだ。
「少し前から体調を崩していたみたいですし、立て続けにショックな事があって、疲れてしまったのでしょうね…。」
「あぁ、あまりこの子は心が強い方ではない…むしろ今まで良く頑張ったさ…」
しばらく早苗の様子を見ていたが、熟睡し始めたようで、規則正しい寝息が聞こえてきた。
今なら、尋ねても大丈夫だろう。
「そういえば、確かめておきたいことがあった。」
「何でしょう、慧音さん。」
「言わない方がよいんだろうと思って言わなかったが、ね。『火焔猫燐』殿。」
さとりの顔をじっと見つめ、問いかける。
私は、幻想郷の歴史のほぼすべてを知っている。無論、地底へ向かった一部の妖怪たちの経緯も知っている。
私の記憶が正しければ、この妖怪の名は『燐』ではなく…
「…ご存じでしたか。」
「地霊殿の主、古明地さとり殿…であってるのかな?」
「その通りです。…偽って申し訳ありません。」
「いや…しかし、何故?」
「さとりを…」
さとりは一瞬だけ寂しそうな顔を見せ、しかしすぐに無表情に戻り、
「さとりという妖怪をご存知なら、おわかりでしょう。このゲームの中で嫌われ者というのは、それだけでハンディです。…正直、怖かったのです。」
「なるほどね…」
「大丈夫ですよ。今は能力の制限がかかっているせいで、かなり集中しないと読めませんし、読めてもぼんやりとしかわかりません。」
さとりがフォローを入れるが、私はおそらくそうだろうと予測が出来ていた。実際、私も何度か自分の歴史を食べて姿を隠そうと試みたが、全く力を使えなかったのだ。
しばらくして、さとりが立ちあがった。
「…少し、ルーミアの様子を見てきます。…あの子の怪我の様子が気になりますし。」
ケーキあげたら喜ぶかしら、と自分のスキマ袋からケーキを少し取り出して、さとりは外へ出て行った。
それからまたしばらく経った頃、
「…ここは。」
小さく声が聞こえた。
「早苗?気がついたのか。」
体を起こそうとする早苗をやんわりと抑える。少しぼんやりとしながらも、意識はちゃんとしているようだった。
「ここは博麗神社の社務所だ。まだ熱があるんだから、あんまり動くなよ。」
「どれぐらい経ちましたか。」
早苗は、はっきりとした声でたずねる。
「えっと、半刻も経っていないはずだが。」
「そうですか…わかりました。」
ぐっと、また早苗が身を起こす。
「おい、大丈夫なのか?」
私が心配するのをよそに、早苗はしっかりを私を見据えて、言った。
「慧音さん、お話があります。」
「二柱を探しに行く!?」
あの後、外へ出たさとりを呼び戻し(ルーミアはケーキを食べるのに夢中で呼んでも来なかった)、さとりと二人で早苗の話を聞いた。
曰く、早苗はこのまま博麗神社には留まらず、二柱を探しに出るという。
「そうです。血はまだ固まっていませんでした。まだ諏訪子様はこの近くにいらっしゃるはずです、まず諏訪子様を探します。」
「おい待て、無茶を言うな。まだお前は熱が下がっていないんだぞ。顔色もまだ悪い。」
「そんな状態で、一人で行かせるわけにはいきません。せめて体力が戻ってからにしてはどうですか。」
まだ少しフラフラしている早苗を、私たちは必死に止めた。だが、早苗は聞く耳を持たない。
「いえ、こうしているうちにも、諏訪子様は苦しんでいるのかもしれないのです。それに…神奈子様を探して…神奈子様をこの目で見ないと。」
言葉を絞り出すように、早苗は続けた。
「先ほど、神奈子様の蛇を呼びましたが、あれが私に遺された最後の力だったようです。
本当に神奈子様が…黄泉路の向こうへと…逝って…しまわれたのかどうか……。」
震える手を押さえて、うつむいていた顔をしっかりと上げ、言い切った。
「私は、それを確かめなければならないのです。それが、風祝たる私の役目です。」
「それでも、倒れた人間をそのまま放りだすことなんて…!」
思わず、私は早苗の方に身を乗り出したが、さとりが腕を伸ばし、私を制した。
さとりは、じっと早苗を見据え、
「…銃は今、ありません。制限解除装置も使えない。それでも、ですか。」
「はい。」
「最悪、死にますよ。それでも?」
「はい。」
さとりは、遠慮なく早苗に問いかける。早苗も、迷わず答える。
「立ち止まれないんです、私は。確かに死ぬかもしれません。それでも、やらなきゃいけないことがある。
私はこの幻想郷に来た時から、神奈子様と諏訪子様、二柱と共にあることを選んだんです。そこから逃げたしたところで、私には何もない。
それこそが私の死なんです。たとえ結果が最悪でも、私は、私だけは、そこから目をそらすことは許されないんです。」
さとりは、早苗の訴えを、黙って聞いていた。そして、私に向き直り、
「…慧音さん、早苗さんに何か役に立つものを探してあげましょう。」
「お、おい!」
説得するんじゃないのか!?さとりに何か言おうとしたら、さとりが私を制するように、言った。
「もう…彼女の心は、折れません。」
結局、私たちは早苗に、台所にあった包丁を3本あったうち、1本渡した。そして3人の荷物を整理し、私の持っていた魔理沙の箒と、さとりが持っていた上海人形を早苗に渡した。
早苗の荷物の中には、妙な行燈があった。あまり使い道もないので、これは神社に置いていくことにした。
早苗が出発する寸前、神社の裏でがさごそと何かをしていたルーミアが、一緒に行くと言い出した。曰く「ここにずっといるの、つまんない。」
若干の不安はあったが、ルーミアは銃を持っている。残っていたさとりのケーキを全て渡して、早苗を守ること、早苗を食べないことを約束させた。さとりのケーキがいたくお気に召したらしい、ケーキくれるならまぁいっか、と了承してくれた。
そして早苗は、諏訪子様と神奈子様を見つけたら、ここに戻ってくること。それと、道すがら協力してくれそうな人物に遭遇したら、ここの場所を教えることを約束してくれた。
-そして時間は冒頭に戻る-
「なぁ、さとり。これで、よかったんだろうか。」
並んで、早苗を見送るさとりに声をかける。
「私たちは、早苗たちを死においやったのでは、ないのだろうか…無理にでも止めるべきだったんじゃ…」
「いえ、それでも彼女は行ってしまったと思います。」
「そうだろうか…。」
悩む私に、さとりが悲しそうに言う。
「彼女の中を、少しだけ見せてもらいました…やはりほとんどわからなかったんですけど、ひとつだけ、わかったことがあります。
…彼女の心象風景…心に広がる世界は、無限に広がる空と大地。一点の曇りもなく、草原が風に揺れる素敵な世界。
しかし、それだけしかないのです。どこまでいっても空と土。彼女を彩るものは、他に何も、ないんです。
だから、ここで彼女を止めることこそが、彼女を殺すこと、だったかもしれません。」
きっと、これでよかったんです。
さとりは、小さくそう言った。
わかったよ、もう何も言わない。
それならば、必ず。
必ずもう一度、ここに帰ってくるんだ。
いくらだって待っていてやる。最後の、最後。すべてが終わる瞬間まで。
お願いだから、生きるため選んだ道で、死ぬな。たとえお前にもう何も残らなくても、お前の心の中が荒野になってしまっても…
一緒に生き残って、私たちが、お前の心に花を植えてやる。
だから、死ぬな。
帰っておいで、早苗。
【上白沢慧音】
[状態]疲労(小)
[装備]包丁
[道具]支給品一式×2
[基本行動方針]対主催、脱出
[思考・状況]1.さとりと共に、博麗神社で脱出に協力してくれる人妖を待つ
2.1が失敗した場合には永遠亭に向かい、情報や道具を集める
しかし、出来る限り神社で早苗を待ちたいので、博麗神社での待ち合わせが完全に不可能になった場合のみ動く
3.主催者の思惑通りには動かない
[備考]
※さとりが早苗とルーミアに名前を偽っていることを知っています
【古明地さとり】
[状態]:健康
[装備]:包丁
[道具]:基本支給品、にとりの工具箱
[思考・状況] 基本行動方針:殺し合いには乗らない
1.慧音と一緒に博麗神社で脱出に協力してくれる人妖を待つ。ただし自分に都合のいい人妖をできるだけ選びたい。
2.空、燐、こいしと出合ったらどうしよう? また、こいしには過去のことを謝罪したい
[備考]
※ルールをあまりよく聞いていません(早苗や慧音達からの又聞きです)
※主催者(八意永琳)の能力を『幻想郷の生物を作り出し、能力を与える程度の能力』ではないかと思い込んでいます
※主催者(八意永琳)に違和感を覚えています
※主催者(八意永琳)と声の男に恐怖を覚えています
※森近霖之助を主催者側の人間ではないかと疑っています
博麗神社、大階段。
慧音たちと別れた早苗とルーミアは、おそるおそる魔理沙の箒にまたがった。
着ているものも魔理沙の服であるので、なんとなく気恥ずかしさを覚えながらも、箒に二人でまたがりながら、空を飛ぶイメージを頭に描いた。
刹那、ふわっと体が浮き上がる。これなら普段どおりに飛べそうだ。
階段に沿って滑るように飛ぶ。
まずは諏訪子様を探さなきゃ。森の中はさすがにスピードを出して飛ぶことはできないだろうけれど、歩くよりは体力を取られないはず。
早苗はそう考え、ルーミアにも協力を求めた。
「ねぇ、ルーミア。探している方がいるの、手伝ってくれますか?」
「んー、お手伝いの約束したしね。楽しそうだし、いいよ!」
「ありがとう。貴女と同じぐらいの背丈の、金髪の女の神様を探しているの。紫色のワンピースを着ているのよ。」
「わかった!いたら早苗に言えばいいね?」
「はい、頼みますね。」
わははは、とルーミアは楽しそうに笑う。
「あのね、早苗。あとで戻りたいところがあるんだ!道を教えるから、そこ寄ってー!」
「いいですよ、諏訪子様を見つけたあとでよければ。」
「うん。えへへ、気になるところがあるの。見に行きたいんだ。」
「あら、何ですか?」
「秘密!」
くすくすとルーミアが笑う。
早苗は、そんなルーミアを見て、ここが殺し合いの場であることを一瞬疑いそうになっていた。
でも、もし。
諏訪子様にお会いすることが叶わなかったら。
諏訪子様と神奈子様が…本当に死んでしまっていたら。
その時は、きっと私はお二方に殉ずるのだろう。
どこまでもついていくと、元の世界を捨てた時、誓ったのだから。
早苗は、ある種の確信を持って、そう考えていた。
ごめんなさい、慧音さん、燐さん。
私は、そちらに帰れないかもしれません。
でも…最後の最後まで、あがいてみようと思います。
「神社にも後で戻りたいなぁ。アレどうなるかな、えへへっ!!」
ルーミアの独り言は、早苗には聞こえなかった。
【東風谷早苗】
[状態]重度の風邪、精神的疲労
[装備]博麗霊夢のお払い棒、霧雨魔理沙の衣服、包丁、魔理沙の箒
[道具]支給品一式、制限解除装置(現在使用不可)、魔理沙の家の布団とタオル、東風谷早苗の衣服(びしょ濡れ)、上海人形、諏訪子の帽子
[思考・状況]1.まだ近くにいると思われる諏訪子を探す
2.神奈子の行方を探す
3.信用できる人妖に出会ったら、慧音たちのことを伝えて協力してもらう
4.諏訪子も神奈子も助からなかったら、自決も辞さない。ただしそれは最後の選択肢。
[備考]
※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違いしています
【ルーミア】
[状態]:懐中電灯に若干のトラウマあり、裂傷多数、肩に切り傷(さとりにより、応急手当て済み)
[装備]:リボルバー式拳銃【S&W コンバットマグナム】6/6(装弾された弾は実弾4発ダミー2発)
[道具]:基本支給品(懐中電灯を紛失)
.357マグナム弾残り6発、咲夜のケーキ(残り1つ)
不明アイテム0〜1
[思考・状況]食べられる人類(場合によっては妖怪)を探す
1.ケーキをもらってしまったので、とりあえず早苗と一緒に行く
2.早苗の用事が終わったら、最初に仕掛けた地雷がどうなっているか確かめに戻る
3.日よけになる道具を探す、日傘など
[備考]
※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違いしています
※ルーミアの「張力作動式跳躍地雷SMi」が、博麗神社周りの林のどこかに仕掛けられました。このことを慧音たちは知りません。
※人魂灯は博麗神社の賽銭箱前に安置されています
遅ればせながら、投下乙。
ああ、早苗……やはり現人神の決意は硬かったか。
せめて諏訪子と上手く合流出来ることを切に願う。
しかし、慧音もさとりも優しいな……考え方は違っても、早苗を想う気持ちは同じか。
そしてそんな悲壮感漂う空気の中で、ルーミアがまたやってくれましたw
はっきり言って嫌な予感しかしないが、果てさてどうなることやら。
ああ、言い忘れてた。
時間と場所の表記が見当たらないので加筆を頼む。
これが無いと色々困るので。
36 :
創る名無しに見る名無し:2009/10/08(木) 19:17:36 ID:RSYKoYuG
>洩矢諏訪子、東風谷早苗、ルーミア、小野塚小町
諏訪子と早苗さんきたー!でも、マーダーの小町がいる・・・。
ルーミアもいるし、見るのが怖いなあ。
>十六夜咲夜、レミリア・スカーレット、リリカ・プリズムリバー
因縁のレミリアとリリカ、そして咲夜はどうするのか。
とりあえず、リリカがんばれ!
本当、新しい書き手が一気に増えたな
>>35氏
ご指摘ありがとうございます。加筆した状態表を投下します。
【G-4 博麗神社 一日目 真昼】
【上白沢慧音】
[状態]疲労(小)
[装備]包丁
[道具]支給品一式×2
[基本行動方針]対主催、脱出
[思考・状況]1.さとりと共に、博麗神社で脱出に協力してくれる人妖を待つ
2.1が失敗した場合には永遠亭に向かい、情報や道具を集める
しかし、出来る限り神社で早苗を待ちたいので、博麗神社での待ち合わせが完全に不可能になった場合のみ動く
3.主催者の思惑通りには動かない
[備考]
※さとりが早苗とルーミアに名前を偽っていることを知っています
【古明地さとり】
[状態]:健康
[装備]:包丁
[道具]:基本支給品、にとりの工具箱
[思考・状況] 基本行動方針:殺し合いには乗らない
1.慧音と一緒に博麗神社で脱出に協力してくれる人妖を待つ。ただし自分に都合のいい人妖をできるだけ選びたい。
2.空、燐、こいしと出合ったらどうしよう? また、こいしには過去のことを謝罪したい
[備考]
※ルールをあまりよく聞いていません(早苗や慧音達からの又聞きです)
※主催者(八意永琳)の能力を『幻想郷の生物を作り出し、能力を与える程度の能力』ではないかと思い込んでいます
※主催者(八意永琳)に違和感を覚えています
※主催者(八意永琳)と声の男に恐怖を覚えています
※森近霖之助を主催者側の人間ではないかと疑っています
【G-4 博麗神社大階段 一日目 真昼】
【東風谷早苗】
[状態]重度の風邪、精神的疲労
[装備]博麗霊夢のお払い棒、霧雨魔理沙の衣服、包丁、魔理沙の箒
[道具]支給品一式、制限解除装置(現在使用不可)、魔理沙の家の布団とタオル、東風谷早苗の衣服(びしょ濡れ)、上海人形、諏訪子の帽子
[思考・状況]1.まだ近くにいると思われる諏訪子を探す
2.神奈子の行方を探す
3.信用できる人妖に出会ったら、慧音たちのことを伝えて協力してもらう
4.諏訪子も神奈子も助からなかったら、自決も辞さない。ただしそれは最後の選択肢。
[備考]
※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違いしています
【ルーミア】
[状態]:懐中電灯に若干のトラウマあり、裂傷多数、肩に切り傷(さとりにより、応急手当て済み)
[装備]:リボルバー式拳銃【S&W コンバットマグナム】6/6(装弾された弾は実弾4発ダミー2発)
[道具]:基本支給品(懐中電灯を紛失)
.357マグナム弾残り6発、咲夜のケーキ(残り1つ)
不明アイテム0〜1
[思考・状況]食べられる人類(場合によっては妖怪)を探す
1.ケーキをもらってしまったので、とりあえず早苗と一緒に行く
2.早苗の用事が終わったら、最初に仕掛けた地雷がどうなっているか確かめに戻る
3.日よけになる道具を探す、日傘など
[備考]
※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違いしています
※ルーミアの「張力作動式跳躍地雷SMi」が、博麗神社周りの林のどこかに仕掛けられました。このことを慧音たちは知りません。
※人魂灯は博麗神社の賽銭箱前に安置されています
加筆箇所:時間と場所の表記を追加
wiki編集をしてくださる方、いつもありがとうございます。
自分も輝夜と妹紅で何か書こうと思ったけど、
書き手さんたちのあまりのレベルの高さに挫折。Ok氏とかgc氏とか、みんな凄いわw
妖夢妖夢……あゝ……妖夢や……
すでに妖夢が亡くなってどれくらいが経っただろうか。
幽々子は妖夢の遺体の前から動けないでいた。
瞳が乾いてしまいそうなほど長い間瞬きもせず、ぼーっと妖夢を見つめていた。
妖夢と一緒にすごした日々を思い出してもよさそうな情景であるが、なぜか、妖夢のことがほとんど思い出すことが出来ず、頭の中には白い世界が広がるだけだった。
幽々子には自身の手で妖夢を亡き者にした記憶がない。
そのおかげで悲しさの果てにある虚無へ至ってはいない。
それでも、妖夢を失う……妖夢が死んでしまった事実は、幽々子の心に大きなダメージを与えた。
幽々子は冥界の管理者という職業をしっかりと持ってはいるが、非常に退屈な仕事内容であった。
同じような幽霊に関する職業に死神、小野塚小町の三途の水先案内人がある。死人に口無し、幽霊は生きている者と会話をする事が叶わない。
彼女は話し好きである、喋ることが出来なくても、聞くことが出来る幽霊は絶好の話し相手となる。
それに、小町には同じ同僚の死神がいるし、時には閻魔たちと会話もすることがある。
彼女の職業を例えるなら宅配便ドライバー。運ぶ荷物は物を語ることはないが、運ぶ先々で出会いがある。
それに比べて幽々子の職業は深夜の警備員といったところだろう。
一人で荷物(幽霊)に異常がないか、侵入者がいないかを見て回る仕事。聞こえる音は自分の靴が立てる音だけ。見慣れた職場(白玉楼)をぐるぐると回り続ける。
それも永遠と……
死の概念がない幽霊と亡霊には朝日が昇ることはありえないのだ。
自分の能力を買われて冥界の管理者になっているのは理解できるし、それなりの名誉であると思っている。しかし、退屈なだけの仕事のどこに明日への希望を見つけられようか?
幽々子が無限に近い時を何の恐怖も持たずに今まで過ごす事が出来たのは他ならぬ魂魄家のおかげであった。
特に幽々子の意識が覚醒した後で過ごした時間が一番長い妖夢には一番お世話になっている。
おっちょこちょいで失敗も多い子だったけど一緒にいて楽しかった。一緒にいるだけで未来を見てみたいと思った。
今や未来への希望は儚く消えてしまった。
永遠の夜を静かに照らす青白い月が消えてしまった。
これからの歩む道は真っ暗闇、視界零のブラックアウト。
幽々子は思った「これからどうしましょうか……」
幽々子が我に返ったのは放送開始を表すマイクの軽いハウリング音だった。
死者の発表の部分にしっかりと『魂魄妖夢』の名前が呼び上げられると、これがゲームなんだなと再確認する。
主催者は妖夢が死んだことをゲームの一部分だと考えている。
殺したフランドールも怨みの対象であるが、原因を作った主催者のほうがはるかに怨恨の意が大きい。気が触れているといわれているスカーレットの妹もこんなゲームに出なければ妖夢を殺すことも妖夢が襲うこともなかっただろうに……
いや、もしかしたら妖夢とフランドールは仲良くなれたかもしれなかったのに……
人見知りが激しい子だったけど、本当は寂しがりやだし、友達付き合いもいい子だった。フランドールだって魔理沙や霊夢と戦ってからある程度落ち着いたと聞いたことがある。
妖夢とフランドールが笑いあっている姿を想像すると、居たたまれない気持ちになった。
フランドールは探す、いや、必ず見つけ出す。
だけど、このゲームのこれ以上の進行を、これ以上の憎しみ合いを止めなければ……
最後の手向けとして幽々子は自分の着物の帯を解き、着物を妖夢に着付ける。自分が着ていたときとは違って左前に着せた。
死装束がないから、せめて西行寺の……あなたを愛した者の服で逝きなさい。
それまで着ていた妖夢の、正確には森近霖之助の着物を自身の身に纏わせ、幽々子は外へと出る扉へと手をかける。
「妖夢……さようなら……また……会う日まで……待ってるわ……
今は…………しっかり休みなさい……」
暗い店内に外の眩い一筋の光が伸び、妖夢の頬を照らした。程なくしてその光も途切れ、元の暗い店内へと戻った。
これからスキップでも始めてしまうのではないかと疑いたくなるほどのるんるん気分で古明地こいしは己の道を進んでいた。
放送はすでに聞いた後だ。残り34人――残り34人――と繰り返し呟き、その数字がはやく0にならないかと、今か今かとわくわくしながらこいしは歩く。
その無邪気さは子供が誕生日までの日数を数えることと大差はなかった。
いや、こいしはきっと子供なのだろう。目標までのカウントダウンを楽しむのは当然。ただカウントダウンの対象が少しずれているだけなのだから。
人がものを探して、見つからない道理はない。当然、こいしも、ものを探せば見つけることだってある。
こいしが見つけたものは大きな銃を持った33人だった。
――銃声。
突然の銃声に映姫は身を縮めた。
その銃声が自分のすぐ後ろで鳴ったことに気がつくと弾かれたように振り返った。
視界の端に水色の服を捕らえた瞬間だった。
銃声。腹部を殴られたような衝撃が襲った。
その衝撃に耐えられず、足がもつれ転倒する。
そこでようやく映姫は何が起こったかすべてを悟る。
痛む体を無理に動かし木の陰に滑り込ませる。その間にも銃は放たれた。幸い、地面に弾丸は地面に突き刺さっただけだった。
まだ会戦から10秒も経っていないのに、3、4発も発砲した襲撃者に映姫は素直に感心する。
殺し合いを推奨する閻魔の法にとってこれ以上もないほどの優等生。殺すことにまるで躊躇がない。
それと同時に映姫の中に驚きも生まれる。
自己の死すら法律に組み込んだはず。殺し合いに乗った者に殺されるのは遅かれ早かれ訪れるはずだ。そして、今丁度乗った優等生がいる。自分を殺す気でいる。
ならば殺されてもいいのでは?
そう思うべきなのだ。だがさっきの映姫の動きはそれとは大きく反するものだ。
スカートや上着は転んだ時と木に逃げ込む際に土で汚れてしまっている。これほど汚れてしまってまでも木の影へと体を動かした。
脇腹に食らった銃創からは止め処なく血が流れているが、必死に押さえて止血しようとしている。
必死に自己の命を守ろうとしている。
とある答えが頭に浮かんだ。
「そんなこと……」
その答えは発表することが出来なかった。そのまま案を書いた紙をゴミ箱に投げ捨てる。
「きっと、まだ私は法を説かなければならないから……死ぬわけにはいかないのでしょう」
心にも無いことを書いて、そのままその紙を提出した。
死ぬわけにはいかないと決めたなら、この場をどう乗り切るか考えることに専念する。
ミニミ軽機関銃に対して向こうは拳銃。銃器の性能の利はこちらにあるが、負傷という大きな遅れを向こうに取っている。
機動力勝負になればこちらが負けるのは目に見えている。
映姫は上半身を木の陰から乗り出し、ミニミ軽機関銃の銃口をこいしに向け、引き金を絞った。
ミニミがベルト状に連なった5.56mm弾を吸い込み、次々と発射する。
弾頭を発射し、熱を持った空薬莢がぱらぱらと中に舞う。
装弾数は最大で200発にも及ぶミニミの連射は恐怖の何物でもない。
こいしは映姫が銃をこちらに向けていることに気がつき、道の脇にあった岩の陰へと隠れていた。
直後に襲う音速を超える鉄の弾の嵐。数十年間も雨風を耐えたであろう岩をいとも容易く削り取っていく。
こいしが1センチメートルでも体を出せばその体の部品は消し飛んでしまうような勢いだった。
殺意の塊であるこいしも、この状況では岩から身を乗り出すことに躊躇をせざるを得ない。
映姫の狙いはこれであった。
自分が攻撃側である以上向こうは回避せざるを得ない。
回避のためには攻撃するのを中止せざるを得ない状況もある。
まさに今の状況。映姫が作り出したかった状況だ。
映姫はミニミの引き金から指を離す。
次の瞬間には映姫はこいしに背を向けて次の木へと身を移していた。
こいしも弾幕が無くなったことをさとり、ブローニングを撃つ。
しかし、動く目標に当てるにはまだ経験が浅い。さらに映姫を見つけて狙いをつける時間もそう多くは無かった。
次の木に到達した映姫は再びミニミから火を噴かせる。
こいしはミニミの弾幕に岩の影へと身を隠さなければならなかった。
こいしの気分はとてもよろしくなかった。
銃が当てられる距離をどんどん離されるし、こっちが攻撃したいのに攻撃をさせてくれない。
いっそのことスペルカードを発動させようかと思うが、すぐにその考えを改めさせた。
こいしの作ったスペルカードはそこらへんの妖怪や姉のさとりよりも強力かつ、広範囲攻撃だ。
弾幕の威力が弱まっていると聞いているが、既に腹を撃ち抜いて弱っている相手には命を脅かす攻撃となるだろう。
だが隙が大きかった。スペルカードを使っている間は動きを制限される。弾幕が相手に当たる前に銃で狙撃されれば負け。
結局、がんばって狙っているがなかなか当たらないブローニングで攻撃するしかなかった。
この絵を繰り返し、映姫とこいしとの距離は既に十数メートルまで離す事に成功する。
映姫の目には人里の一番外れの家が見えていた。
住宅地は遮蔽物が多い。直線的動きしかしない銃弾を避けるにはもってこいの場所であった。
殺しはしない。
銃で反撃はしているものの、それはただの足止めのための作業であって、殺人行動ではない。
殺し合いではない。ただ逃げているだけだ。
ミニミを振り回し、弾幕を形成した後に映姫は一気に足を動かした。
背後から銃声が響く。
負けじと走りながら撃ち返すが完全に狙いは定まらず、宙を切るばかりだ。
だがこいしのほうも同じ状況だった。
映姫が大きく動いたのを見てチャンスだと思い、一気に走って距離をつめてきた。
走りながらの射撃は当たることを知らない。
この状況のままでは映姫が民家の影に隠れることになるだろう。
要は相手に攻撃を当てればいいのだ。先に行動を起こしたのはこいしだった。
「表象「夢枕にご先祖総立ち」」
走っていた映姫の後ろから数本のレーザーが飛んできた。
突然であったし、背後だったこともあって、映姫は肩や足にレーザーを掠ってしまう。しかし、映姫は足を止めることが無かった。
こいしは清ました表情で口を細めた。
映姫は目を丸くする。回避したはずのレーザーが向かっている民家の壁に当たって180度角度を変えたのだった。丁度、鏡で反射するように。
映姫は走っているのだ。しかも隠れる予定の民家へと向かって。
傍から見ればレーザーに向かって映姫は突っ込んでいるようにしか見えない。
突然の方向転換もできるはずも無く、その足はレーザーへと向かう。
映姫が最後にできたことといえば、MINIMI軽機関銃を盾にしてレーザーの直撃を避ける程度のことだった。
映姫の体が宙を舞う。ミニミも弾かれた。
「ぐっ……」
「わ、重たい。貴女って結構力持ちなのね」
地面に這う映姫の呻き声とは裏腹に、陽気な声がこいしの口から発せられていた。
ブローニングを丁寧にホルスターに収めたこいしは映姫が落としたMINIMI軽機関銃を拾い上げていた。
安全装置の位置や構え方を映姫のそれを思い出しながら演習してみせる。
人を殺す道具をこの少女ほど目を輝かせて見る子は居ないだろう。映姫はそう思った。
「アリスさんアリスさん。あはははは……」
こいしは映姫のほうへ振り返る。
レーザーを喰らって体勢が大きく崩れたものの、映姫はまだ『自分の使命』をあきらめては居なかった。
映姫の喰らったレーザーのダメージは想像していたものよりも軽かったので、痛むものの、映姫は体を起こすことができていた。こいしも映姫がこれほど早く起きてくるのは予想外だったようだ。
こいしはあわててミニミを撃つ。
連射。しかし初めて撃ったミニミの反動はこいしには大きすぎた。構えも不十分だったのだろう。
初弾で映姫の帽子を弾き飛ばすことができたが、次弾は上へ、その次の弾はさらに上へと大きく外れる。
映姫は隙を見逃さない。こいしが反動から持ち直したときには既に映姫の姿は無かった。残ったのは映姫が被っていた偉そうな帽子だけである。
こいしの表情は今にも泣き出しそうな表情へと変わった。
悔しさよりも悲しみ。
こいしは誰かに言う。
「アリスさん。ごめんなさい」
「ごめんなさい、今のは……かった、と思ったの」
とうとう目に涙を浮かべる。
その悲しみの涙を拭くものは居ない。代わりに、悲しみの涙を止める術を持った者が現れた。
バン!
耳に突き刺さる破裂音。銃声だ。
「そんなので……そんなので、一体何が変わるって言うのよ」
64式小銃を構えた幽々子は冷たい目でスコープを覗いていた。レンズの中にはこいしが血を出して倒れる姿が見える。
「ああああっ、痛い」
「悪いけど無傷で貴女を止めることは不可能だと判断したわ。痛いだろうけど……妖怪でしょ?
それなら、きっと数日で完治するわ」
こいしの左足に銃弾は当たっていた。
幽々子は香霖堂を出た後、交互に何発もの銃弾が放たれる音を聞いてここまで向かっていたのだ。
逃げる映姫に追うこいし、どちらが襲っている方なのかは一目瞭然であった。
すぐに援護射撃を行おうと思ったが、64式狙撃銃の説明書は小町が持っている。
まともな機械でさえ見たことが無い幽々子はこれをどうやれば正確に撃てるか分からなかった。
もって殴ることはできても精密射撃の術は分からない。スコープの真ん中に飛ぶことは安易に想像することができたが、構え方が分からない。
ようやく、ストックを肩に当てて脇を締め、首をかしげるようにスコープを覗くと真っ直ぐに銃を構えられることに気がつく。
そのときには映姫がレーザーを喰らった後だった。
幽々子は基本殺しはしない考えだ。だからといってゲームに乗っているマーダーたちを野放しにしておくという考えも持ち合わせていなかった。特に妖夢が殺されてしまった今でこそ。
だから移動が重要になるこのゲームで幽々子はあえて足を破壊したのだった。
撃ち込んだ銃弾はたった1発であるものの、それでもその傷が与える痛みはそれなりのものとなろう。
歩くことはできたとしても飛んだり跳ねたりは痛みのせいで躊躇する。結果殺しの抑制へとつながる。
こいしはミニミを手繰り寄せると銃口を幽々子に向けた。
同時に幽々子も64式小銃の銃口を古明地こいしの額へと向ける。
そばにいたら感電死してしまいそうなほどの張り詰めた空気が漂う。
沈黙を破ったのはこいしの方だった。
「どうして私の…アリスさんの邪魔をするのよ」
幽々子は言い切る
「私が認めたくないからよ。貴女を、そしてアリス・マーガトロイドの遺志を」
こいしがアリス、アリス、と言っていることから想像するに、この子はアリスと一緒に行動していて、襲われるか事故でアリスを喪ったのだろう。
そして、あまりの深い愛情と憧れからアリス・マーガトロイドへと成ろうとしている。
自分が死んだことにして代わりにアリスが生きていることにする。そう、幽々子は想像した。
実際にはアリスが死んで、こいしはアリスの人形へと成ったのだった。操り人は死んだアリス。冥界からの操り人だ。
思うにこいしはアリスに呪いを掛けられた子なのだ。
幽々子はまるで自分の姿を見ているような気がして落ち着かなかった。
妖夢が死んだときのことを思い出せたらこの子のようになってしまうのだろうか……
幽々子はこいしの声にはっとする。
「アリスさんは最高よ。なにもなかった私に命をくれたわ」
「そう、よかったわね。命は大切にしなさい。
でも、どうしてゲームに乗るの? 人を殺してアリスは喜ぶの?」
「ええ、喜ぶわ」
即答だった。
「アリスさんは優勝するのよ。優勝するなら殺すことは当たり前。
いっぱい、いっぱい、いっぱい殺して優勝して幸せになるの」
幽々子の表情が曇る。
こいしは笑う。
「だから貴女も壊れるの。アリスさんが死んじゃった世界は壊れるの。
絶対に優勝者なんて出させない。アリスさんこそが優勝者。
他は人形と一緒に道連れよ」
幽々子は後ろへと跳んだ。
ダン!バァン!
2発の銃声が交差する。
幽々子が放った弾は恋しの首を掠る。首に一筋の赤い線が引かれた。
幽々子の桃色の髪が舞う。こいしの弾は幽々子の髪を射抜いた。
こいしは立ち上がる。撃たれた足からごぷっと血が大きくこぼれるが構わず立ち上がった。
ブローニングを持って幽々子が隠れている林へと引き金を何度も引く。
空薬莢が地面に落ちる。銃弾が木に当たって木片を散らす。草に当たって葉を散らす。
ブローニングがホールドオープンしても引き金を引き続けた。
撃ち返してくる気配は無い。幽々子も逃げたようだ……
「―――――――――!!」
こいしは言葉とも悲鳴とも付かない声で叫んだ。
映姫はその姿を民家の影から見ていた。
自分が居た地点から別の銃声が聞こえたから引き帰したのである。
西行寺幽々子は乗っていないほうの人物のようだった。だけど法を説きに行く気になれなかった。
こいしの声を聞きながら映姫は膝を抱えてうずくまるしかできなかった。
【D−3 一日目 人里の外れ付近 林側 真昼】
【西行寺幽々子】
[状態]健康、親指に切り傷、妖夢殺害による精神的ショックにより記憶喪失状態
[装備]64式小銃狙撃仕様(13/20)、香霖堂店主の衣服
[道具]支給品一式、藍のメモ(内容はお任せします)、不明支給品(0〜2)
[思考・状況]妖夢の死による怒りと悲しみ。妖夢殺害はフランによるものだと考えている。
殺しはしたくないけど場合によっては……
[行動方針]フランを探す。態度次第ではただでは済まさない
[備考]小町の嘘情報(首輪の盗聴機能)を信じきっています
※幽々子の能力制限について
1.心身ともに健やかな者には通用しない。ある程度、身体や心が傷ついて初めて効果が現れる。
2.狙った箇所へ正確に放てない。蝶は本能によって、常に死に近い者から手招きを始める。
制御不能。
3.普通では自分の意思で出すことができない。感情が高ぶっていると出せる可能性はある。
それ以外の詳細は、次の書き手にお任せします。
※F−4(香霖堂居間)に、妖夢とスターの死体、妖夢のスキマ袋が放置されています。ようむのスキマ袋は拾うと思います。
※幽々子は妖夢に会ってから以降の記憶を失っています。そう簡単には治らないと思います。
藍たちを見つける頃まではかすかに頭に入っているかもしれませんが、それ以降は(特に妖夢殺害の件)全く覚えていません。
※藍と一緒にいただろう魔理沙は今のところは保留です。
※妖夢の遺体に西行寺幽々子の服が着せられています。
【D−3 人里のはずれ 真昼】
【古明地こいし】
[状態] 左足銃創(出血)、首に切り傷 精神面:狂疾、狂乱
[装備]銀のナイフ 水色のカーディガン&白のパンツ 防弾チョッキ 銀のナイフ×8 ブローニング・ハイパワー(0/13)、MINIMI軽機関銃(88/200)
[道具]支給品一式*3 リリカのキーボード こいしの服 予備弾倉2(13*2) 詳細名簿 空マガジン*1
[思考・状況]基本方針:殺せばアリスさんが褒めてくれた、だから殺す。
1.全てを壊し尽くす。
※寝過ごした為、第一回の放送の内容をまだ知りません
※地霊殿組も例外ではありませんが、心中から完全に消し去れたわけではありません。
【D‐3 一日目 人里の外れ 真昼】
【四季映姫・ヤマザナドゥ】
[状態]脇腹に銃創(出血)
[装備]携帯電話
[道具]支給品一式
[思考・状況]基本方針:参加者に幻想郷の法を説いて回る
1.自分が死ぬこともまた否定しない。
※帽子を紛失しました。帽子はD−3に放置してあります。
代理投下終了。
名前欄が長すぎるなんて経験するとは思わなかったw
乙です。
妖夢に幽々子の服着せたところ、いいなぁ。
細かいところだけど、こういうのは大好きだ。
えーき様が徐々に揺れ始めているな
元々矛盾だらけの行動指針だし、無差別型には相性悪すぎるからなぁw
武器もなくなったし、どうなるやら
代理投下乙。
こいしの狂気がよく出てて良いね。
果たして幽々子は記憶を取り戻しても彼女のように狂わずにいられるだろうか。
そして映姫が早くもブレ始めている。
何だかんだ言っても、心の奥底では……怖いんだろうなぁ。
それにしても、相変わらず銃の描写が凝ってるね。
タイトルもそうだけど、何かしら拘りのある書き手は個人的に好きだ。
校正チェック終了しましたので投下させていただきます。
文章量が膨大なので支援して頂ければ幸いです。
ひたひたと湿り気を帯びた地面を踏みしめる音が辺りに響く。
例えこの近くに多くの参加者が居ようとも、僅かなその音を聞き取るのは至難であろう。
抜き足差し足忍び足といった言葉で表すのが最も適した歩き方であった。
特段行動に理由があるわけでもない、が強いて言うなら急ぐ必要がもうなくなったからとでも言うべきか。
元々倫理や淑徳に基づいた行動を取る事自体このゲームではバカげたものであったと悟っており
協調や同盟、結託や親しげな言動などは相手を見極める何の基準にもならないのだ。
現に私がその教科書的存在となっている、自らを嘲笑する気さえ起こらない。
故に道に背いた行動を執るたる理由となるのだ。
今から向かおうとしている館は以往聞いた話に拠ると吸血鬼の館らしいが。
そもそもこの幻想郷の多種多様な妖怪の中であのように個を発揮出来る種というのは稀だ。
未確認の妖怪を含めてもそれらは大多数に分類され、名を持つ事すら許されてはいないのだ。
やはりそうなると個を発揮出来る妖怪イコール、力を持つ妖怪と言う事になるのだろう。
しかし力を持つ妖怪となると多くは尊大で傲慢、傍若無人唯我独尊。
寧ろ安定した世界に仕上がっていることの方が驚きだ。
いくら人間と妖怪の決闘用ルール、スペルカードシステムがあるとは言っても
強大な力は持っていて嬉しい只のコレクションではない、全力で使用出来ないとあれば鬱憤も溜まる。
皆誤魔化されているのだ、人間側に。
とは言えあの平和が嫌いだったわけではない、たまに地上に遊び出ては神社の縁側で地上の太陽の下過ごす事は大好きだ。
そんな平素な毎日を過ごしながらも適度な刺激がある。
スペルカードの芸術性や難度を高めようとあの手この手で四苦八苦して考え出し
同じく全力で向かってくる相手に攻略されようと、撃破しようともお互いに残る爽快感。
この世で最も無駄なゲーム、もといスポーツとも言えるだろうか。
森が開け、目の前に大きな門戸が現れた。
しんと静まり返った紅い館の中に人妖の気配は感じられない、レーダーにも反応なし。
尤もあたいの勘はこの中に何かある、とビンビン告げている。
まぁ成り行きで戦いに巻き込まれたとしても負ける気なんてしない、なんたってあたいは無敵なんだから。
「おっじゃましまーす。」
悪趣味な紅い扉に付けられた金ピカの取手……の残骸を捻り、悪魔の巣へと踏み入る、たとえ壊れていようと礼儀は忘れない。
物音一つしない広大な館内は屋外よりも余計不気味に感じられる。
ちょいと見回してみると家具やその他で構成されていたと見られるバリケードの残骸。
なんだいなんだい、後片付けはきちんとしなきゃいけないものなんだよ?
そして高貴な館には似つかわしくない不浄の臭いが充満していた。
滾りそそられる血の臭い。
その発生源と思わしきモノがエントランスの片隅に鎮座していた。
これはお空に力を与えた神様だったかね?うろ覚えだからあってるかわかんないけど。
後数日間放置し続ければ、汚水と腐肉と小蝿の三つに分化されるだろう。
そういった死体が嫌いなわけではない、あたいは平等主義者なのだ。
だが原型を留めておらず腐敗臭漂うモノを保存するのには手間がかかる。
少々気が引けるが死体に手を当て会話を試みる。
湖で拾ったお姉さんで試して分かっていることだが雑駁な念くらいは読み取る事が出来る。
この神様は……いいねぇ悔恨と未練に満ち溢れてる。
普段ならこういった魂が此の世を怨み怨霊となるんだけど……。
神様の怨霊なんて心躍るようだよ。
剣はまだまだ使えそうだね、かなりの業物だとあたいの勘が言っている。
血塗られた怨念の篭った凶刃なんて強靭な狂人にぴったりじゃないか。
神様はやはりあたいを見放してはいないみたいだね、天からの贈り物と思ってありがたく頂いておこう。
脇に転がっている神様のスキマ袋と正体不明の袋をおもむろに手に取りとりあえず肩にかけて置く、大量大量〜。
この死体……はどうしようか、一通り館内を探索してからでも良いかな?
んーとでも優勝者は一人だけだっけ。
それならあたい以外は全員死体になるんだよね?
ならここに置いておいても問題はないかも。
追って考えるとしますか。
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紅い絨毯が敷き詰められた奥が暗む程の長い廊下を渡っていた時の事。
T字路の曲がり角に差し掛かった時、不意に何かが光った。
注意深く近寄り指で触れてみるとピンと緊張しているピアノ線だった。
気づかないで通り過ぎようとしていれば死にはしないだろうが、多くの裂傷を負っていただろう。
やっぱり悪魔の巣と言うだけありトラップに関しても非道なモノが多いのかねぇ。
一先ず進路妨害となり得る其れを鉄の輪で切断し危険を排除する。
奥に位置していた二階へ向かうであろう細い階段を昇り、フラリフラリと気の向くまま歩いて行った先に
一部屋だけ扉が開け放たれた部屋が見えた。
中に居たのは見知った顔の死体、土蜘蛛のヤマメ。
明るく快活な少女で会話も上手く、話しているだけで心は弾み自然と笑みが零れる。
稲穂の様に金色に輝いていた髪は赤黒い血で目玉同様最早その輝きを失っており。
くりくりとした円らな瞳の片方は所定の位置から零れ落ちている。
嗚呼あたいと同じ境遇の者と引き合わせるなんて神様は皮肉な悪戯をするもんだねぇ。
でも大きな違いがある、ヤマメは死んでいてあたいはこうして生きている。
これが格の違いってやつかね、妖怪としての。
燐の手が徐々に損傷のない目へと伸びていく。
触れるか触れないかの位置でその手は止まった、手は握っては閉じてを繰り返している。
一瞬の出来事であった、鋭利で冷たい爪と細く滑らかな指とがヤマメの眼を抉り取った。
力任せにその神経を引き千切ると燐はその白い掌の中で目玉をコロコロと転がした。
白の領域を赤が見る見るうちに侵蝕し不気味なパターンを作り上げている。
ソレを今は無き右目の前に持ってきて、その様子を左目でまじまじと観察。
未だに血の滴るソレを自らの右目眼窩に押し込もうとしていた。
当然ながら填まるはずもないのだが、狂者はそんな常識を持ち合わせていない。
そのまま眼は掌から転げ落ち、地面に音を立て着地した。
残った目も頂いて有効活用してやろうと思ったけど、たとえ填まろうと無くなったモノが戻るわけでもない。
リタイアした弱いあなたにこの先を見る資格はないわ、閲覧禁止なの残念ながら。
これ以上は勝利者の特権ってものなの、さっきからあなたの後ろに居る と同じ様に暗闇にいらっしゃい、お帰りなさい?
足を振り上げ靴の底で転がっているソレを踏みつけると水っぽい音と共に液体ともつかぬ物が飛び散った。
全て片付け終わったらコレクションに加えてあげるからそれまで待っていてね、ヤマメ。
かんと静まり返った室内、両目の無い亡骸がそこには残されていた。
他に何かないものかと部屋を出て探索していると一際大きな扉に豪華絢爛な装飾が施されたドアノブが見つかった。
恐らく、というよりも先ず間違いなく館主の部屋であろう。
この悪趣味な館の館主の面を拝んでみたいという気もする、当たり前だが現在不在のようである。
一応作法としてノックを三回した後返事が無いのを確認しその扉を開く。
整然と並べられた家具は素人目で見ても一線を画しているのが分かる。
天蓋付のベッドのサイドテーブルには紅茶とそれの共として茶菓子が並べられていた。
淹れたてなのかその紅茶からはまだ湯気が立ち上っていて辺りには芳ばしい匂いが漂っていた。
こういう厚意は有難く頂くモノよね、と燐はそのカップを手に取るとその味と匂いを楽しみつつ館主のため用意されたそれらを戴いた。
「ごちそーさまでした。」
軽食ではあるが約一日ぶりのマトモな食事、思えばタラの芽だってまともに食べられなかった。
あの場で得たものは悪意により押し付けられた疑惑のみだしね。
いや、でも自分に素直になる事に気づけたのだから感謝するべきなのかね?
どちらにせよあの兎さんとはもう一度あって話をしてみたいものだ。
粗方の探索を終えたので再びエントランスロビーに戻ろうと歩を進めていた
すると開け放たれた玄関扉の方からノイズ混じりの声が聞こえてきた。
どうやら再び主催者からの放送があるらしい、情報は生命線となり得るもの、聞き逃すわけにはいかない。
…………
………
……
…
------では、次の放送を聴けるようにがんばりなさい」
ザザッという音と共に放送は途切れた。
今時までの死者は六名で生存者が34名。
うーんペースは落ちているけどいいねぇ、順調に潰し合ってくれている。
全員を手に掛けるよりも数が減った後刈る方が手間も少なくて済む。
あたい好みの死体に仕上げることが出来ないのは残念だけど……。
地図を引っ張り出し制限区域に当たる場所に該当する時間を書き込んでおく、これで失念しても安心。
さて、とこれでこの館にはもう用はないわね、収穫祭でも開いて小躍りしたいくらいの収穫量になっちゃった。
燐は再びその斜めに切り裂かれた紅の扉を押し開けると後ろ手で静かに閉じた。
再び外の明るい日差しに照らされ、暗い館内に慣れていた目を思わず細める。
前方に見える霧の湖に掛かっていた濃霧は徐々に晴れてきている。
これからどうしようか、特に宛ては無かった。
云々唸って考えていたが、ふとそこである事を思い出した。
さっきまで神様の御加護を受けていたのだから今回もそれに肖って見よう、と。
何を思ったか燐は紅魔館で手に入れた緋想の剣を前方に放り投げた。
空中をクルクルと回転し地面に音を立て倒れたそれは南を指し示していた。
「じゃあ南下ルートに決定ー」
木の棒程度の扱いをした緋想の剣を拾い上げ、再びその霧の中へ向け燐は歩き出した。
再び紅の館に静寂が訪れた。
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建物も殆ど見あたら無い、畑と雑草で構成されるだだっ広い平野を奇妙な三人組が歩いていた。
一人は氷の妖精チルノ、容姿こそ幼く小柄だがその力は妖精として分類される中では上位に位置する。
背中に生える見事な氷の羽はそれだけでも一見の価値はある。
一際体躯の大きい霊烏路 空、胸に妖しく輝く眼は八咫烏の力、核の力を象徴している。
大きな大きなその黒い羽は他の地獄烏とは比べ物にならない程硬く美しい艶を持っていた。
そして新たに出会った人形妖怪、メディスン・メランコリー。
倒れているメディスンに気づかずに踏みつけるという異色の邂逅を果たした後
お互いに簡素な自己紹介をした。
毒を操る事の出来る妖怪らしい、なんとも物騒な話だが私に敵うとは思えない。
聞けばメディスンは鈴蘭畑で気を失った後目覚めた、がそこに私達が降って来て今に至る、と……。
「それで、チルノこの方角で合ってるの?」
空は先陣を切ってずんずんと進んで行っている小さな背中に声を掛ける。
「さぁ?でも私の勘は良く当たるのよ!」
予想通り、と言えば予想通りの答えが返ってきた。
猪突猛進を体現した様な言動と行動。
「勘、ってあんたね……。」
呆れと憐みの混じった溜息が無意識に口から漏れる。
だが私も別に目的地となる方角を知っているわけでもない、一先ずはチルノに任せておこうか。
となると私の興味の対象は横で縮こまっているメディスンへと移った。
自己紹介だけでは内面までは知る事が出来ない。
まずは対話とスキンシップから、徐々に解していこう。
「あなたは、普段その鈴蘭畑からは出ないの?」
相手の身の回りの事は話題とし易い、当たり障りのなさそうな所から振ってみる。
「うん、人間どころか妖怪も近寄りたがらない程の猛毒の花だから、私自身も毒を振りまいちゃうし……。」
「そうなの……。」
一気に場の空気が重くなってしまった、これは失敗だったようだ。
うーん、やっぱり私、口はあまり上手くないなあ、こういう場合お燐なら幾らでも喋れるんだろうけど。
これ以上続けられる気もしないので、実直な話題を振る。
「メディスン、あなたはこの後どうしたい?」
出来るだけ怯えさせない様に目線の高さを合わせ優しく語りかけたつもりではあったが
突然核心に当たる話を振ったからかその小さな肩と金色の髪がビクッと揺れ動いた。
やはり独特な体徴が威圧的な雰囲気を醸し出してしまうのだろうか。
「わ……私良くわからないの、何でここに居るのかも何故こんな事になっているのかも……。」
声が微かに震えている、そんなに私が怖いのかと思うと少し気落ちする。
「私だって分からないわ、でも動かないわけにはいかないみたいなの。」
先刻の首輪騒動の件を頭に思い浮かべ空はそう述べる、あれは危なかった。
開始時の殺人劇は見ていて非常に腹立たしいものだった。
あのムカつく奴の衒った顔に一発拳を叩き込んでやらないとこの腹立ちは収まらない。
「でも、一人よりも二人、二人よりも三人で居た方が心強い。」
「だから私達と一緒に来てくれる?」
心からの考え、いくら最強と言っても一人では心寂しいモノがある。
霧の湖に着いた後どうするかなんて考えていない。
チルノは何事も無く遊べるとでも考えているのだろうか、この会場に満ちる空気は何か変だ。
メディスンだって放っておけば萎びてしまいそうなくらいか細く健気だ。
「うん……。」
「そう、ありがとう。」
弱弱しいながらも頷きを返したメディスンに対しニコりと微笑みかける。
対してぎこちない笑みがメディスンから返って来た事に安堵する。
メディスンの行動範囲である無明の塚は瘴気に満ち溢れている。
人間が其処に訪れない理由は勿論妖怪が多い事もあるがその毒気にやられてしまうからだ。
そんな事と未だ妖怪となって間もない事からメディスンは感情の享受経験に欠けていた。
メディスンは人間を忌み嫌い、人間はメディスンを忌み嫌う。
本来ならばそれで何の問題も無い関係である。
新米妖怪にとって人間に関しての知識に疎い事の危険性を知る術は無かった。
か弱いからこそ知恵を付け、文明を作り出し、豊かな感情を持っているのだ。
その刺激は個々を尊重する妖怪にとって耐性が必要なものだった。
投げ掛けられたお空の曇り無い微笑みは、殊の外新鮮であり眩しいものであった。
悪意や嫉み恐怖といった感情には慣れていたが善意や親しみなど友好的な感情を受け取るのは初めて。
経験した事のない衝撃がメディスンの中に生まれるのはごく自然な事だ。
メディスンにその心が惹かれる感覚が他者に対する興味という感情と知る由はない。
僅かながら乾いた空気と溝が埋まった気がした。
「あ、なんか聞こえる。」
チルノが思い出したように喋り始めた。
確かにブツッという音が断片的に聞こえる。
「--------------皆様、お体の具合はいかかで?……」
周囲に耳障りなノイズと共に声が聞こえてきた。
間違いない、あの開始時に澄まして喋っていた主催者の声だ。
相変わらず偉そうに高説を垂れている。
が、途中で気になる単語が出てきた、第一回放送という。
寝ている間に聞き逃したのだろう、まあどうでもいいか。
その後淡々と名前が読み上げられていく、死んでリタイアした者達ってどういう事?まさかとは思うけど……。
入ると首輪が爆発する禁止エリアも発表されている、どうやら時間によって増えて行くみたいね。
「………では、次の放送を聴けるようにがんばりなさい」
始まりと同じくノイズが入った後放送がブツりと途切れる。
「チルノ、今の放送聞いてた?」
どこか上の空の様子のチルノに念のため尋ねてみる。
「あーもう!何であんな遠まわしな言い方するのさ、分かりにくいじゃない!」
どうやら彼女なりに必死に内容を理解しようと奮闘していたようだ。
私だって頭の良いほうではないがそれでもなんとか理解出来た、その内理解するだろうから放っておこう。
メディスンに視線を向けると再び怯えた様子が見て取れる、殺し合い等の物騒な単語が出てきたからだろうか。
私だって驚いている、未だ半信半疑ではあるが何か引っかかる。
幸いにも今読み上げられた名前の中にさとり様、こいし様、お燐の名は無かった。
万が一、という事もある、死者の名前として読み上げられるなんて縁起でもない。
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チルノが先陣、お空とメディスンがその後ろに付く形で何も無い平野を進んで行く。
非常に不安ではあるがとりあえず任せてみようと結論付けたのだ。
何処で拾ったのか木の棒をブンブンと振り回しながら妖精の勘とやらに頼って道を決めている。
それに頼るしかないと言うのも情けない話ではあるが地上に出て間もない私にこの辺りの地理は分からない。
左手には脈々とそびえる山々が見える、地霊殿に居た頃には見られなかった地上特有の風景だ。
雄雄しく連なっているそれらは八咫烏様には敵わないものの力強く美しかった。
胸に植え付けられた八咫烏様の眼がギロリとこちらを睨んだ気がした、迂闊に褒める物ではない。
「お、前から誰来てる。」
先頭を切っていたチルノが声を上げる。
確かに豆粒程の人影がこちらに向かって歩いて来ているのが見て取れる。
だが“居る”事が分かるだけで身形までは良く見えない、何故か既視感に襲われた。
ともあれ此れだけ歩いて殆ど人妖と遭遇しなかっただけにその影に安堵感を覚えたのも確かだった。
万が一これが本当の殺し合いであった場合不用意に近づくのは頷けない。
さてどうしたものか……避けるべきか。
「ちょっとあたいがひとっ飛びして誰か確認してくる!」
「あ、こら!」
止める間もなくチルノはひとっ飛び……もとい走り出していってしまった。
慌てて私とメディスンも後ろを追いかける、がチルノは意外と早かった。
数十メートル前を走っているチルノを只管追いかける。
これだからチビっ子は困るんだ……。
横を走っていたメディスンが徐々に疲れてきたようなのでひょいと担ぐと二人で追いかける。
軽い少女一人加わった程度で八咫烏様の力を得た私の疲労は変わらないのよ。
と、その時地の先からチルノの叫び声が聞こえてきた。
張り上げられたその威勢の良い声は数十メートル近く開いたこの場所にまで聞こえる。
「やいやいそこのお前!あたいの事を無視するなんて何者だ!」
……どうやら無視されて怒っているらしい、相手にするのも億劫なのかチルノにクルりと背を向けている。
「……良い度胸ね!このチルノ様をここまで一貫して無視するとは。」
手に氷塊を出したと思うと徐にその“影”に走り出した。
殴りかかるつもりなのかぶつけるつもりなのか分からないが、誰であろうと手を出して良い結果が得られるはずもない。
攻撃即ち宣戦布告と取られて当然、別に負ける気なんてこれっぽっちもしないが出来れば避けておきたい。
「馬鹿!チルノ攻撃するな!」
チルノが走りながらこちらをクルリと振り返ったと思うとまた声を張り上げた。
前方不注意はいつ何時も危険なものである。
たとえそれが歩行中であっても足元には気をつけるべきなのだ。
走行中であるならばなおさらの事注意すべきだ。
「馬鹿って言うなこのb……」
フベッ!という小気味の良い声と共に小さな人影が地にキスをした。
見事顔面から行った、痛いってもんじゃないだろう。
しかしそれが僥倖となるなんて誰が想像しただろうか。
その僅か数十cm上、空を切り裂く音と共に橙色の刀身を持った緋想の剣が空振った。
もし転倒していなければ悪意と血がこびり付いたその剣がチルノの胴を無残に引き裂いていた。
そして、剣を振るっているのは紅いみつあみの髪、猫の耳を持った少女は見間違えるはずも無く。
「あれっ外した?」
お燐だった。
見知った顔である筈の面持ちは大きく変容していた。
ここまで心から楽しそうなお燐はそう見たことは無い。
身体はその表情に反するかのように酷く痛めつけられていた。
片目が無いのだ、血が赤黒くこびりついている。
服にも紅い飛沫が飛び散りその異様さを引き立てていた。
まさかあれはその手に掛けた者の……。
あんなにも優しかったお燐が何故?
何故チルノを殺そうとした?
振るう剣に一瞬の迷いも見られなかった。
錯乱しているのか?
そうだ、錯乱しているに違いない。
あんな優しかったお燐が自ら人を殺せるはずがない。
ここは一度退くしか……話を聞いてくれる状態でもなさそうだ。
何より、この二人は関係ない。
「…って痛いじゃないのさ!お空がいきなり叫ぶから転んじゃったじゃないの!」
地面にへばり付いていたチルノがむくりと起き上がり喚いた。
……その時には既に目の前に燃え盛る火の玉が迫っていた。
轟々と音を立てて迫り来るソレを見てチルノはほぼ反射的に屈んでいた。
屈まなかったら蒸発する、と野生の勘が告げていた。
必死に手を頭に遣り震えている事しか出来なかった。
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ふむ、やはり神様は奇妙な巡り合わせを好むみたいだね。
先刻の片目を欠いたヤマメの死体との邂逅やら今回のコレやら。
目の前にいた馬鹿な氷精はどうでも良い。
燐の興味は格下の妖精には向いてはいなかった。
まさかこんなに早く地霊殿の仲間と遭遇するなんてね。
それで、どうすればいいんだっけ?あったら。
ころすんだったっけ?
どうせなかまになってもろくなことがないのはもう経験ずみだ。
痛みはすくないにこしたことはない、あたいだっていたいのはいやだし。
じゃあとっとと三人ともかたづけてつぎへ。
そういえば太陽をたべたけものがいたっけ、あまぐも?なんかちがうなぁ。
さとりさまはよわいひとだ、あたいがさがしてまもってあげないと?
ずっとずっとそばにおいてあげないとふあんでしょうがない。
だから……。
お空がその制御棒を此方に向け弾幕を放ってきた。
だがその弾幕は明らかに手心の篭った一撃、何時もの勢いなんてあったもんじゃない。
あ、でも制限が加わっているのに気づいてないのかな?
ともあれ力の配分を間違っているのは確かだ。
「こんな大振りな弾幕あたりゃしないよ〜」
視界を覆うほどの大きさで相変わらず馬鹿げた威力だが直線的すぎるその大玉は横に一歩避けるだけで済んだ。
直情馬鹿、の一言で片付けるには反則的な力。
「そんなんじゃウォームアップにもならないよ。」
大玉を避け視界が開けた途端、お空の姿が目の前に飛び込んできた。
始めからその弾幕はフェイク。
その注意を弾幕に引きつけると共に、視界を遮り接近そして……。
「っっ!」
支給品を沸かしたお湯をお燐に向け投げつけた。
灼熱地獄の業火に慣れているとは言え煮えたぎったお湯を体にかけられれば怯みが生じる。
地面を転がりその熱さに悶えるお燐。
痛覚はなくとも熱さは感じる。
その間僅か一分にも満たない時間。
燐に掛かったお湯がその熱さを無くし、冷静さを取り戻すのに払った代償はお空達の逃走だった。
むくりと起き上がった燐は周囲をキョロキョロと見回す。
遥か遠くに豆粒大の影。
別に逃がしても良い、だがお空を他の誰かに殺されたくは無い。
と言うよりもきにくわない。
親友なのだ、あたい好みのしたいにしあげたい。
あたいだけのおくうにしてあげる。
コレクションにすればずっといっしょ。
えいえんにいっしょ、おくうと。
---
お燐の事だ、手加減した火球が直撃しようとあの程度の熱湯を掛けようと火傷なんて負わないだろう。
それでも隙を生み出すには十分だった、小さな仲間を二人小脇に抱えてお空は山中を駆けていた。
何であんな風になってしまったのよ……お燐。
「……なしなさいよ!放しなさいよ!」
チルノが騒いでいる、焦って抱えたためその顔は進行方向と逆を向いている。
「何で逃げたのさ!お空の弱虫!」
妖精には場の空気が読めないのか、或いは単にチルノの性情のせいなのか、単に後者だろう。
明らかに様子のおかしい空に向かい不躾な言葉をぶつけていた。
お空は何も答えない、唇を噛み締め苦い表情をしていた。
暫し駆けた後、道半ばで急に止まった。
地に二人を下ろしその頭をわしゃわしゃと撫でる。
「二人はこのまま真っ直ぐ南に下りて麓で待っていてくれる?」
「私は……お燐と話をして来なきゃいけないから。」
いつに無く真剣な表情でお空が二人に語りかける。
そうだ、私はあの子を止めなければならない義務がある。
嘗て自分が増長しすぎた時に怨霊を地上に送るというリスクを背負ってまで私を止めてくれたお燐。
その恩を返す時が今なのだろう、出来ればこんな悲しい機会で返したくは無かった。
「あたいも付いて行く!お空だけに良い格好させるもんか!」
ここで退けばまたお空に負けた様な気がしてくる。
お空への憧れと同時にプライドの高いチルノは置いてきぼりにされる事に強い対抗感を覚えていた。
暫しの沈黙の後お空が宥めるかの様にチルノに語りかけた。
「チルノ。」
「これは私達二人の問題、だから。」
「う……。」
瞳に宿った決意は妖精であるチルノや妖怪に成り立てのメディスンにも読み取れるほど強く真っ直ぐなモノだった。
そこに水を注せる雰囲気は無く、ただ頷く事しか二人には出来なかった。
「ありがとう……。」
そう言い残し背中を向け来た道を引き返していく姿は風前の灯の様に儚げだった。
どこか物寂しげな、哀愁を漂わせるその背中。
「お空!」
その背中に向けチルノが声を振り絞り叫ぶ。
「絶対戻ってくるよね?」
何故か言わなければ二度と会えないような気がして。
呼びかけに歩みを止めたお空はその右手を上に挙げ返答すると今度こそ行ってしまった。
その後ろ姿を見送った後、残されたメディスンとチルノは只管麓を目指し下って行った。
会話も無く二人とも言い表せない不安とそれを伝える事の出来ないもどかしさを抱えたまま。
上空に燦燦と輝く太陽とは裏腹に二人の頭の中には灰色の雲が掛かっていた。
振り払っても振り払っても払拭しきれないその不安は徐々に大きく育っていく。
--------
地面に残された足跡を辿り燐は山中に足を踏み入れた。
斜面は緩く腰程の高さがある草叢が茂生している。
人の手があまり加わらず、獣道の様な倒れた草が織り成す道を唯ひたすら登って行った。
ほぼ間違いなくお空もこの道を通っていることだろう。
追跡は容易だ、早く追いついて一緒になりたい。
親友は何時も一緒にあるべきなのだ、何時も。
再び神様は私に微笑んだようだった、日頃の行いが良いからだろうか。
お空が道の先から此方を目指し真っ直ぐと歩いて来ている。
思わず口元が緩み、笑みが零れる。
乾いた笑みではない、自然な満面の笑みであった。
「やあ、お空」
声が多少上ずったがこれも歓喜の表れだ、止める事は出来なかった。
「お燐、あなた一体どうしちゃったの?」
再びその姿を見ても酷い怪我だ、肩にも深い刺傷が見受けられた。
右目のないその顔で不気味に微笑む親友の有様はとても見ていられないモノだった。
「まさか他の妖怪に襲われてそんな風に?」
そうであって欲しい、という身勝手な願いが言葉に表れていた。
もしかしたら一方的に襲われただけかもしれない、お燐はただの被害者かもしれない。
まだ自分の親友は手を血に染めていない、と信じていたかった。
そんな想いもお燐が紡ぐ言葉によって打ち砕かれる事になる。
「他の妖怪にやられて?」
ケラケラと笑うお燐は本当に心底可笑しそうな様子を見せた。
「そうね、それはそれでだいたいあっているかもしれない。」
「ある意味不意を衝かれて嵌められたのだから襲われたとも言えるかもね。」
「けどね、傷の代償としてあたいは戦いに於ける真理を得たのさ!」
「人を信じない事、無慈悲になる事、そしてね…。」
だらりとだらしなく下げていた手に握っていた緋想の剣を肩近くまで振り上げ
私の胴体目掛けて勢い良く振り下ろしてきた。
咄嗟に右手の制御棒で防ぐがその勢いには躊躇いなど微塵も感じられなかった。
「昔の縁由を断ち切ること。」
「お空、もうこの手はとっくに汚れているんだよ。」
寸陰、目の前のお燐が猫に姿を変えその尻尾で掴んだ鉄の輪が首元目掛けて襲い掛かってきた。
身を引く事で何とか血の噴水になる事は避けるが、瞬時に口に加えた剣で胸部目掛けて飛び付いてくる。
息を吐く間も無いその応酬に言葉を発する時間さえ取らせてくれない程だ。
人型に戻ったお燐が猫の口元程の高さの位置の剣を蹴り上げ逆手で振う、狙うは頭部。
屈んでその振るわれた剣を避ける、同時にその眼前にお燐の膝蹴りが急襲。
「お燐、あんたは何でそんな……。」
防いだ後此方も制御棒を振るう等で反撃を入れようとはするが如何せん猫の姿と人型を織り交ぜて攻撃してくる。
どうしても捉えきる事が出来ない。
対して此方も烏になれば良いかと言えばそうではない、寧ろ唯一の武器らしい武器の制御棒さえ使えなくなり却って不利だ。
もう語りかけるのも無駄なのだろうか、狂疾に囚われた親友を救う手立てはもう無いのだろうか。
「その眼を見ればわかるよ、なにがいいたいのか、なにがやりたいのか」
「あたいは正気だよ、お空。」
「自分に素直になるとこんなにも満ち足りた気分になれるんだと知ったんだ。」
「だからそろそろ観念してくれないかな?」
迷いの無い太刀筋は確かに強かった、悲しいまでに強い。
ここで私が殺されてしまえばもうお燐を止めようとする者は居なくなるだろう。
負けられないんだ、この戦いは。
交錯し相反する思いがぶつかり合い火花を散らしていた。
---------------------
お空と分かれた後、言い付け通り黙々と山を下り続けていたメディスンとチルノ。
頂点を超え逆斜面の山の中腹辺りまでに差し掛かった時会話の無かった二者の沈黙をチルノが破った。
「ねえ、メディスン。」
先程までの威勢は既にない、彼女らしくない重苦しい声のトーンで喋り始めた。
「何?」
恐らく言わんとしている事はもうメディスンにも伝わっている事だろう。
だけど敢えて口に出す、この言葉を。
「戻ろうよ、お空の下へ。」
戻って何が出来るかなんてあたいには分からない。
でもお空にはまだ教えて欲しい事がいっぱいある。
ちょっとでもお空の役に立てるかもしれない。
そんな根拠のない自信から足取りは重くなっていた。
「私は空さんの事はまだ良く知らない、けど空さんが望んだのは私達を先に行かせる事だったよ?」
「そんなの分かってる、でも……それでも。」
みんなを守る為の最強、お空はそう言っていた。
あたいには今まで守るべき対象なんていなかった。
今お空はその守りたいと願っていた相手と戦っている、傷つかない訳が無い。
私はそんなお空を守りたい、守ってあげたい。
「ごめんねメディスン、あたいはやっぱり行くよ、お空を守りに。」
踵を返し再び山を登って行くその姿に迷いは感じられない。
私はどうするべきなんだろうか……。
放送というもので聞こえてきたのは間違いなく八意先生のものだった。
この事自体もしかしたら大規模な実験なのかな。
とにかく八意先生に会いたい、けどお空達の行く末も気になるのは確かだった。
始まりはあんな出会いであったがお空が私に向けてくれた笑みは紛れも無く純粋で好意の篭ったものだった。
あんなに真っ直ぐな性格の妖怪には久々に出会った。
お空の事をもっとよく知りたいと強く思った。
その時既に足は無意識にチルノの後ろを追っていた。
こうして二人は言い付けを破り山を引き返した。
これが大きな分水嶺となる。
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背の高い草の生い茂る山中、未だお燐の攻撃は熾烈を極めていた。
地形の利を上手く生かした戦法を取る燐はその速度と手数の多さを生かして一撃離脱戦法を取っていた。
草叢から飛び出してはこちらの首を掻き切ろうと鉄の輪を振って来る。
最早私が何を言ってもお燐は聞く耳を持ってくれない、懸命の呼びかけにも妖しい笑みと振舞われる剣筋で答えて来るのみだった。
ここまでキャットウォークが嫌らしい攻撃だとは思いもしなかった。
自機狙いで突進してくるだけではなく置き土産として残して行く弾幕の量、性質共に“弾幕ごっこ”の時の其れとはモノが違った。
弾幕に規律性はなくばら撒くだけばら撒くものとなっており、隙や慢心さえあれば首を描き切ろうとしてくる。
しかし単調な攻撃である事に変わりはない、避け続けていれば自然と眼も慣れ、回避にも余裕が出てくる。
飛び掛ってくるタイミングに合わせ制御棒でその刃を防ぐ、足で堪えるが衝撃は大きなものだった。
「お燐、そんな単調な攻撃が何時までも効くと思う?」
「この一発で目覚ましなさい!」
すっと着地したお燐に右足の融合の足でその刃を押しのけるようにして足蹴りする。
ゴツゴツとした右足の勢いを乗せた足蹴によりその体は再び草叢へと押し戻された。
大きなダメージにはならないだろうが衝撃と意思表示には十分な威力だ。
藪の中からお燐の声が聞こえる。
ケラケラと笑いながら。
「今のは中々の反応だったよ、流石お空だね、よくできましたー。」
あやす様な口ぶりでこちらを褒めちぎってくる。
「でも単調な攻撃ってのはいただけないねー、ただ駆け回っていただけだと思うの?」
草薮がガサガサと音を立てている、見ればグルリと囲むようにして茂みが揺れ動いている。
「弾幕ごっこならこんな手は使っちゃ駄目なんだけどね。」
さぞ嬉しそうに言葉を紡ぐ、禁じ手を使う事自体は甘美なるものなのだ。
この会場に於いて卑怯や違反といった言葉は寧ろ相手に対する賛辞となってしまう。
何を言おうと負け犬の遠吠え、勝者のみが相手を自由にする権利を得られる。
例え相手を生かそうと殺そうとそれは勝手なのである。
「今やってるのは殺し合いだから」
お燐がそう言い放つのと同時に周囲の草叢から弾幕が浮かび上がる
普段地獄跡で見かける怨霊を模した弾幕、食人怨霊が逆回転で重ねられて四重となっている。
駆け回り私をここから逃がさない様にしたのはこのためか……。
蜘蛛の巣に掛けるために綿密に飛び回ってホールドしておいた、と。
だが複雑な弾幕程以外にも抜け道は見つけやすいものである。
時間差で迫り来るのが幸いし一つ一つ丁寧に避けていけば造作のないものだと思った。
何度も見た事のあるお燐の弾幕だ、避け方も知っている。
それだけに妙に引っかかるモノがあった、これだけならば弾幕ごっこに於ける禁じ手と言う程のものではない。
せいぜいLunaticないしHard程度だろう。
禁じ手となるのは回避不可、という事は……。
案の定最後の食人怨霊を避けた途端、旧地獄の針山の回転弾が飛んできた。
確かに、これならば禁じ手となるだろう、下がれば爆発若しくは後方から戻る弾に当たり、かといって前進は不可。
道が無いならば道を作れば良い、私にはそのためのスペルも能力もあった。
迫る針山にお空は敢えて向かって行った、接触まで後数mという所。
本来ならば自殺行為にしか過ぎないその行動、だが核融合、究極の力は不可能を可能とする。
刹那、お空の前に薄い膜の様な物が現れた。
核熱バイザー、弾幕を打ち消す用途に使用出来る上に、攻撃も可能。
実に5つもの針山を消し、最早遮るものはないと思っていた。
それが甘かったのだ。
お燐とは長い付き合いなのだから想定され得る、という所まで頭が回っていなかった。
針山弾幕と核熱バイザーが相殺されると同時に目の前に異物が飛んできた。
唐突すぎるその物体の出現にお空は為す術なく後方に飛ばされた。
後方にあるは収縮中の弾幕、そこに飛ばされるという事が意味するのは……。
「 」
焼ける様な痛みと共に深々と背中に突き刺さる針状弾。
あまりの激痛に音を上げることさえ出来ない。
鋭利な先端は皮膚を突き破り筋組織と血管を傷つけた。
溢れ出た血の温かさと痛みで意識がフッと飛びそうになる。
更に拡散しようと進む弾は傷口を広く深く、複雑に切り裂く事を容易とした。
ズブズブと進む弾は暫し蠢いた後、その動きを止めた。
目の前の草薮からお燐が人の形となり姿を現した。
距離はかなり開いているがその手に持った緋想の剣の切っ先は此方へ向けられている。
敗北、その二字が頭の中を徐々に覆っていった。
「ちぇっくめーいと。」
「やっぱりお空は甘いね、あの時に私にその制御棒を使って核融合の力で止めを刺しておけば良かったんだよ。」
曇り無い笑みでこちらにそう語りかけてくる、自分が殺される事を想定して話しているのにだ。
その顔だけは相も変わらず何時もとの違いはなかった。
「そんな事出来る訳……。」
「ないだろうね、冷酷になれないお空には。」
言葉を遮り一転して冷たい表情に変わったお燐が続けた。
心まで見透かされるような視線はさとり様の第三の目を想起させた。
「お空はまだあのおちびさん達とあたい以外に参加者に会ってないんだろうね。」
「会えば嫌でも知る事になるよ、この世界の不条理さを。」
「でもまあ、それもないか。」
「ここであたいが殺してあげるよ、今後苦しまない様に。」
ブンと一振り緋想の剣を振るい此方を見つめお燐がその一歩を踏み出した。
ここで殺されるのも悪くは無いかもしれない、それでお燐が満たされるのならば。
止める事は適わず最早その身体も限界を迎えている。
ああ、地上の世界はこんなにも理不尽だったのか。
ゆっくりとゆっくりと。
その時。
横から懐かしく威勢の良い声が飛び込んできた。
「やい!そこの馬鹿猫!」
-----------------------
我ながらグッドタイミングに辿り着いたようだ。
状況はまさにお空の絶体絶命の状態、まずはあたいを無視し続けていたあの馬鹿猫気を逸らさなければならなかった。
まず挑発として啖呵を切った後、氷の粒を投げつけてみた。
あたいのナイスコントロールで上手く頭に当てる事が出来た。
片目の無いその顔が此方をギロりと向いた、が直にまた視線を外した。
懐の広さで有名な流石のあたいも堪忍袋の尾が切れた。
「あたいが怖いのかそこの馬鹿猫!」
ピクッとその特徴的な耳が動いた、よし効いているようだ。
「やーい、悔しかったらこっちまで来てみろ!」
チルノだって怖くないわけではない、武装潤沢な燐に対し武器も何も無い。
だがあたいがやらねばお空は殺されてしまうだろう。
「ふふふ、馬鹿な氷妖精だね、あたいを怒らせてそんなに死期を早めたいのかい?」
尻尾で鉄の輪を振り回しながらじわりじわりとにじり寄って来る。
死の象徴のようなその姿は本能に訴えかける恐怖を感じさせた。
しかしあたいだって無計画で戻ってきたわけではない。
もしもお空と猫が敵対していた場合の計画も考えていた。
(とにかくぶっ潰す!)
それが計画と呼べるのかは怪しいがそれに突っ込む者は誰もいない、それにこの氷精に突っ込むのは無粋な事だろう。
もう少しで弾幕の射程内に入る。
弾幕の放出に向けて力を溜め込む、何事も気合と心持次第である。
歩いてくる猫に集中し目をひたすら見張り続ける。
こういうのは目線を逸らしたほうが負けらしい。
着々と迫ってくる燐は此方の意向など全く気にも留めていない様だ。
寧ろそっちの方がありがいね!意図に気づかれちゃあ困る。
(よし馬鹿な猫があたいの射程内に進入した、今だ!)
「うおらぁぁぁぁ!食らいなさい!あたいの超必殺技を!」
『凍符「パーフェクトフリーズ」!』
その時、空気が凍り付いた
無論文字通りの意味で。
移動中もひたすら溜め込み続けた大小数多の弾幕を空中に向け一気に放出した。
ランダムな動きをした後空中で一度停止するそれは弾の量が増えれば増えるほど回避が困難になる事を示しており。
今チルノが溜め込んでいた量はルナティックをも上回っていた……かもしれない。
フラフラと空中を動き回るそれは少し触れるだけで凍傷を引き起こす程の冷気を纏っており。
物量に押しつぶされた猫は冷凍英吉利牛ならぬ冷凍猫にされ
あたいはお空を颯爽と助けお空から見直され感謝される……はずだったのだが。
「……あれ?」
支援だ
目の前に広がる光景はあたいの最強の頭脳を持ってしても考えられないものとなった。
空中に放たれた弾幕、ここまでは良かった。
それら全てが力なく地面に落下し砕け散ったのだった。
猫の妖怪でさえも呆気に取られた表情をしていた。
理解不能理解不能!
どうしてああなったのか、開始前の説明を聞いていなかったチルノは気づけない。
掛けられた制限は少なかったが、自然と密接な関係にある妖精がこの世界の変異の影響を少なからず受けているなど知る訳も無い。
『たまたま調子が悪かっただけさ!凍符「ソードフリーザー」!』
そう言って生成された剣を取ったチルノは愕然とした、このサイズで剣と言い張るには無理がある。
良くてアイスナイフと言ったところだろう、次々と生成してみるがどれもサイズは変わらない。
気づけば周辺に氷のナイフの山が出来上がっていた。
カラカラと音を立てて滑り落ちてくるナイフが数本。
試しに自分に軽く突き立ててみる、が服に接触するだけで先端が折れた。
『これだけは使いたくなかったんだけど仕方ない!氷符「アイシクルマシンガン」!』
アイシクルマシンガンは本来ならば鋭利な氷柱が相手に殺到し蜂の巣にするという非道な技であるが
制限下ではその力も無残なモノであった。
燐目掛け真っ直ぐと向かって行き服に当たるまではいいが、ナイフと同じ運命を辿りポキリポキリと折れて折れて。
次第に燐の足元に氷の粉がばら撒かれた状態になっていった。
馬鹿猫は此方の方を哀れむような視線で見ている、
あたいの本当の意図も知らない癖に。
『これで終わりさ!霜符「フロストコラムス」!』
砕けた氷の欠片により良く冷やされた地面近くの空気は制限下のこの減衰した威力のスペルでも同等程度の力を引き出した。
燐の足元は瞬時に凍りつき身動きは取れないはずだ、これがチャンス。
威力だけはあるが相手の動きを止めなければ当てられないコレを……。
『本当に最後の大技見せてあげる!氷塊「グレートクラッシャー」!』
自身の三倍も四倍もある氷塊を抱え燐の頭上へ叩き落す!
これであたいの勝利は決定のはず!
生成した氷塊を抱え実行に移す。
これだけの大きさのを叩き込めば完了!
勢いをつけ走り燐の頭目掛けその氷塊を振り下ろした。
質量密度共に申し分の無い氷は頭蓋に当たればその意識を刈り取るには十分であっただろう。
だが燐が倒れることは無かった。
振り下ろした刹那、チルノの氷塊は砕け散った。
緋想の剣は相手の弱点を正確に衝く、たとえ相手が氷であろうと例には漏れない。
見れば足元の氷も砕けていた。
嗚呼、負けたのか。
足から力が抜けその場にへたり込む。
走って逃げようにも足腰が言う事を聞かない。
周囲から馬鹿と言われ、少ない頭脳を懸命に捻って考えた。
お空の助けに少しでもなればと、懸命に考えた。
事実普段のチルノからは考えられないくらい高度な作戦であろう。
直情タイプの彼女にとって戦略など考えたことも無かった。
初めての作戦にしては良い出来と自負していたが……。
慣れないことはしないほうが良かったみたいね。
「最期の攻撃は中々のモノだったよ、氷の妖精さん?」
「流石に嗾けて来ただけあって考えてはいたみたいだね。」
「でもね、殺意の篭っていない攻撃は手心の念が入るから読みやすいんだよ、勉強になったかな?」
「じゃあ来世で又頑張ってね、あればの話だけど。」
剣の峰へと手を添え刀で突き殺そうと右手を肩の上まで持ち上げる。
その動作の一歩一歩がまるで十三階段を昇る動作のようだった。
途端、草叢からもう一つの小さな人影が出て、チルノを前で手を広げ庇う姿勢をとった。
言葉は無い、きゅっと堅く結んだ手がその決意を物語る。
燐はその姿を無機質な眼をして見つめている。
「お燐!チルノとメディスンは関係ないだろう!これは私とお前の問題だ!」
お空が声を高ぶらせ叫ぶ、心配してくれてるのかな。
でもそんな状態で何が出来るって言うのさ、お空。
血だらけで倒れこんでいたあなたに。
「残念ながらあたいに攻撃を仕掛けた時点でもう敵なんだよお空、まあでも……。」
「お空の言う事もその一理あるからね、ここはその熱意とその少女勇気に免じて許して」
目の前の氷精と少女の表情の変化をあたいは見逃さなかった。
馬鹿な妖精でも分かるように仰々しく動作を起こして目の前で剣を振り上げてるんだから
怖れの念がこれでもかと言うくらい見て取れる。
この世の終わりから転じて生を拾う。
そう、絶望の中から一縷の希望を見出したときは妖怪も人間もとても良い表情をするのだ。
「あげないよ。」
勿論、それが潰えた時の表情と言ったら思わず身震いしてしまう程のモノなんだ。
希望が大きければ大きいほど、絶望も比例するのだ。
ああこの表情の緩急、形振り構わず貪り付きたい。
もしも切り取ってコレクション出来るなら……と幾度考えた事か。
剣が掌によって押し出され、喉目掛けて一直線に飛んでくる。
最早避けられる距離じゃない、どうにもならない。
死ぬのは怖い、痛いのは嫌だ。
けどあの笑顔が失われてはならない気がした。
これで少しでも空の役に立てたのかな。
メディスンの持つその黄金色の髪がはらりと空中に舞い、紅い鮮血が周囲に飛び散った。
チルノは見た。
必死で追いつこうとした届かないくらい大きな背中と黒い翼が視界を覆う瞬間を。
其の喉に一直線に飛んできていた筈の剣先は掌によって軌道が逸らされ肩上を浅く切り裂いた。
掌の皮膚を切り裂き刀身が手の甲を貫き血が沿って滴っている。
背中だってズタズタだ、羽からも血が流れ出ている。
それでもお空は倒れなかった。
小鳥を翼で庇う親鳥の様に、ボロボロの身を呈して守り抜いていた。
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傷だらけで言う事を聞かなかったはずの体は無意識に動いていた。
棘状弾に突き刺さっていた四肢に鞭を打ち。
もう諦めろと囁き続け頭に響き渡る戯言を黙らせた。
チルノを助けるというのも、勿論理由の一つなのだろう。
しかし、目の前で親友であったお燐の手を汚させたくなかったのだ、多分それが大きい。
もう既にあの頃のお燐は死んでしまった、ここに居るのはその抜け殻なのだ。
これ以上生きさせて於く方が私にとっても、お燐にとっても地獄となるのは目に見えている。
断続的に激痛の走り続けている掌に力を込め、柄を持ったその手を覆うように握り締める、この手だけは離さない。
思い切り融合の足を振り上げ、お燐の片足を踏みつけた。
表情一つ変えないがこれで逃げられない。
「助かったよメディスン、チルノ。」
心からの謝辞、お燐に殺されるならそれも止む無しと思っていた。
「メディスン、チルノを連れて私が見えないくらい遠くに行って。」
チルノの手を取るとメディスンは即座に駆けて行った、聞き分けの良い子で助かる。
もう決意は固まった。
二人を巻き込むわけにはいかない、未来ある二人を。
負の連鎖はこの場で私が断ち切るしかない。
お燐の手を握り締める手にも力が入る、不思議と痛みは薄れていった。
その片目を見据えても以前の輝きは失われていなかった。
純粋なその輝きは今や狂気と殺戮収集に囚われている。
「お空、何の心算だか知らないけど。」
普段と変わらぬ調子でお燐が喋り始めた。
「放しなさいよ。」
尻尾で振るわれた鉄の輪が左方から迫り来る、もう効かないのそんな攻撃は。
横に薙ぎ払った制御棒がその刀身を捕らえ甲高い音と共に彼方の木へと弾き飛ばした。
注意を逸らしたつもりだったのか左手に握った鉄の輪が振るわれていた、死角からの攻撃。
勢いそのままに真上から叩き落した其れは地面に深く突き刺さる。
一瞬その眼が見開かれ、驚きの気色を窺い知ることが出来た。
これで攻撃の手は全て削いだ。
痛みに耐えながらもその精神を落ち着け気を胸に集中させる。
お燐、もう少しで全て終わりにしてあげられる。
気づいていないと思った、あたいの身体に隠れて気づけるはずが無い。
気づけ無いはずなのに攻撃を弾いた、手心など加えていない本気の一撃。
長年の付き合いを経てきたお空には通じないのね。
でもやっぱりお空は甘すぎるね。
こんな低級妖怪と妖精如きを庇って、あまつさえ左手さえ負傷するなんて。
仲間だか何だか知らないけど、やっぱり無駄なモノに変わりはないのだ。
仲間が居るから悲しみを知り、苦しみ、傷を受ける。
友愛や情けなどは哀しみしか生まない。
……
…
目の前に居るお空が纏った気配が変わっていた。
その眼は先程までの様子とは違い静かに燃えていた
柄を握るあたいの手を強く握り締めてきた。
普通ならば激痛に悶え苦しむであろう傷だ、あたいは別だけど。
お空も、もしかして目覚めた?
やっと本気でかかってくる気になったのかな?
……見ればあたいの手を握り締めているお空の其の手が赤みを帯びている。
血による紅ではない、此れは体温上昇によるものだ。
徐々に其の手が熱く、熱くなって行く。
人肌から温泉、そして熱湯の様な熱さへ。
同じ様な症状が出る技に、一つだけ覚えがある。
でもあれは確か……。
このままでは不味い、何をとち狂ったのかお空はあたい諸共心中するつもりだ。
「放せ放せ放せ放せ!」
必死に右足を使い押さえつけるお空から逃れようとその身体を足蹴りする、が動かない。
身体はもう立っているのもやっとのはずなのに、なんでなんでなんでなんで?
芯まで思考が変わってしまったお燐には二度と気づけないであろう力。
脳内に描かれた最悪のシナリオへのカウントダウンが刻々と進んでいる。
「お燐。」
既に顔もかなり紅くなっている、息遣いも荒れており目線は朦朧としている。
体温上昇の副作用と多量の失血の影響だろう、お空自身は良く理解していないが制限による身体能力の低下
それに伴う許容熱量上限の低下が大きく響いている。
しかし其の手の力だけは緩まることが無かった。
「身も罪も灰燼に帰す地獄の業火は一人じゃ熱いでしょう。」
その熱さは身をもって知っているわよね?と付け加える。
燐は聞く耳を持っていないようで只管足蹴りを続けていた。
もう無駄な事は悟っているのだろう、回数を重ねる毎に力が弱まってくる
技の威力は一番近くに居た彼女自身が良く知っているはずだ。
熱く熱く、地下の太陽となるに相応しい様に考え出した技。
「だから私も付き添ってあげるわ、あなたがそうしてくれた様に。」
既に此方に意識は向いておらず、支離滅裂な言葉を口走り髪を振り乱すお燐。
直ぐに楽になる、私も一緒に行って閻魔様に頼んでみる。
何百年、何千年必要か分からないけど、その罪を一緒に償いましょう。
何時かきっとまたみんなで過ごせる日が来る、胸に理想抱きながら償いましょう。
だから其の命、今は天に返しなさい。
……アビスノヴァ。
煮えたぎる血液に乗り体内を循環していた核熱の力が心臓部に集まってくる。
胸が裂けそうな程のエネルギー、其の艱苦は計り知れない規模。
八咫烏様の眼、一点に集められたエネルギーが周囲に拡散する熱となり放出された。
円形の炎のドームが周囲の木々、草叢を音も無く焼き尽くしその葉や幹を天へと返して行った。
立ち上る煙の量は尋常ではなく、また燃え盛る植物達はまるで罪を代わりに被ったかのようだ
本来ならば、この円形状の炎の中、お空は其の中心でまるで太陽の様輝いているはずであり
内部には一切の生命の存在は赦されない程の灼熱地獄となるはずであった。
しかし消耗しきった彼女の霊力、体力共を考慮するとその役割を果たしきる事は出来ないのは明白。
太陽を目指し太陽に焼かれるその姿。
贋物の太陽は本物とは程遠い形となった。
全霊力を放出し立ち尽くしていたお空に最早意識は残っていなかった。
その足は、くの字に折れ、前のめりに地面に倒れ伏した。
地下の太陽は此処にその輝きを失った。
倒れ伏したお空の前に一人お燐が立ち尽くしていた。
両膝を地面についたかと思うと徐にお空の耳元で微かに何か呟いた。
そのままお空に重なるように倒れ、炎のドーム内に動く者は一人としていなくなった。
轟々と音を立て燃え続ける炎、全てを浄化し全てを飲み込むその存在は
周辺の木々も木の葉も灰へ煙へ転生させ。
多くの罪を重ねてきたお燐の姿さえもその炎の海の中へ消した。
-------------------------
メディスンに手を引かれ山の斜面から離れたチルノ。
茫然自失、彼女がこんな状態に陥る事は初めてと言っても過言ではないだろう。
数秒離れた後、瞬く間に後方から強い光と熱風が吹き込んできた。
振り向けばすぐ真後ろまでに炎の壁が迫っており燃え上がった音すら聞き取れなかった
数秒遅れて枝が爆ぜる音や燃え盛る深紅の炎の音が聞こえて来た。
為す術無くその光景を唯見つめることしか出来ない自分の無力さを呪うしかない。
氷精なのだ、迂闊に飛び込めば溶けてしまう。
隣を見ればメディスンも不安げな表情を浮かべている。
お空の存在は二者の間で共通の見解となっていた。
大きな大きな私達の太陽。
お空は絶対に戻ってくるって約束したんだ。
だからあの中で生きているはず。
体表に薄い氷を貼り、只管体温を下げる事に集中する。
心頭滅却すれば火もまた涼し。
冷たいと思えば火も冷たいのだ!
「よし、行くしかない。」
身体から冷気が発せられる程に体温は低くなっている。
支給品の水を軽く頭から被り、引火の可能性を下げる。
覚悟を決め火の壁へ面と向かい、氷塊を積み重ね入り口を確保する。
「本当に行くの?」
未だその音を轟かせ踊り狂う炎を目前としてメディスンがチルノへ尋ねる。
この炎の中へ入ろうなど正気の沙汰ではない、誰しもがそう思うだろう。
やらねばならぬ時があるのだ、人であろうと妖怪であろうと。
それが今だ、とチルノが語ったのを聞きメディスンは最早何も言う事は無かった。
周囲を炎の壁に囲まれた内部は図らずも円状の広場となっていた。
その中心に折り重なって倒れる二人分の人影。
幹が燃え朽ちた木が二者の上に圧し掛かっていた。
未だ高温で燻るその木は近づくだけで空気が歪んでいるのが見える。
だがこのままでは下のお空は焼け死んでしまう、大声で呼びかけているが返答はない。
チルノは自身の手に分厚く氷付けにしその幹を懸命に押し始めた。
妖精一人の力ではどうにも出来ない重さ。
メディスンにも協力を頼み全身全霊を賭して押す。
その重さは幼い二人にはどうする事も出来ない。
無力な自分自身を呪いチルノは木を思い切り叩いた。
願いが通じたのか天の施しか、細い木は脆く崩れ二人を引きずり出す事に成功した。
庇うように上に倒れ伏していた猫の妖怪を一先ず横に除け、お空の様態を見る。
額に手を当てて見るとまるで湯を沸かした後の様にその体温は上がっていた。
水を掛けようものなら沸騰して蒸発してしまいそうな。
ここで引き下がるわけには行かない、お空から受けた恩は山よりも高く海よりも深い。
突き刺さっていた剣を抜き二倍近くあるお空を背中に担ぐとじゅうと音を立て表面に纏っていた薄氷が溶け始めた。
一歩一歩慎重に歩を進め、出口へと向かおうとする。
その時メディスンが声をかけてきた。
「チルノ、こっちの妖怪はどうするの?」
背中は燻る木が倒れていた事で広範囲な火傷となっている。
胸に手を当て鼓動を確認するが弱弱しく今にも消えてしまいそうだった。
この猫はお空を傷つけ、あたい達を殺そうとして来た敵。
でも、ここで放置して殺してしまうとお空は絶対に悲しむだろう。
「メディ、そっちの妖怪も運び出して。」
どうせなら後悔しない道を選ぶんだ。
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漸く運び出す事が出来た二人を地面にそっと寝かす。
チルノは体温の上がりすぎたお空の頭を冷却しようと終始冷気を送り続けている。
荒い息遣いが聞こえるので少なくとも心肺停止状態では無かった。
しかし危険な状態である事に変わりはない、このまま発熱が続くようであれば数時間もしない内に死んでしまう。
故にチルノは必死なのだった。
冷却しようと水を額に掛けてみるも将に焼け石に水、気休めにもならなかった。
頭部には自らの掌を翳し、体中至る所に氷を接触させ、氷が溶けては生成し再び接触させる繰り返し。
戻ってきて、お空。
まだあたい色んな事お空に教えてもらうんだ。
もっともっと強くなる方法も教えて欲しい。
だからこんな所で諦めちゃ駄目なのよ、あなたは。
其の眼は未だ開かない。
僅かな希望に縋り口を指で開き水を口に含ませ少量飲み込ませる。
お願い……これで目を覚まして……。
静寂の時が流れた、永遠にも感じられる時間だった。
祈るように冷却を続けているとお空の眉がピクリと動いた。
チルノはその微細な変化に気づき大声で再び呼びかけた。
「お空、聞こえてるなら目を開けて!」
瞼がしばしばと動く、そして緩慢な動きながらも徐々にその瞼が開いていく。
気がついた!
しえーん
「チ……ルノ?」
冷却の手を止め無我夢中でお空の身体へと抱きつく。
温もりがひしひしと伝わってくる。
「良かった……本当に良かった……もう二度と会えないかと思った……。」
涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔で胸に顔を埋め泣きじゃくる。
そんなチルノを見て微笑むと傷だらけの身体のまま立ち上がろうとする、が膝は動かせなかった。
「お燐は……お燐はどうなったの……?」
チルノが俯き指差した方向へ視線を向けると
そこには顔に火傷を負い僅かに肩が上下するお燐の姿があった。
見れば足や腕も紅く腫れ上がり、焼け爛れている。
死にきれなかった、そして殺しきれなかった私の業を心に深く刻み込む姿だった。
神様はなんて残酷なんだろう、親友を送る力さえも残してくれないなんて。
お空は必死に這いずる様にして傍へと寄って行く。
痛覚などの相手をしている暇は無い。
「お燐、どうしてあんな事になっちゃったの……?」
最早虫の息だ、恐らく喉や気管にも熱風の傷はあるだろう、話す事さえ辛いかもしれない。
だから私はここで直にお燐を楽にしてあげるべきなのかもしれない。
だが聞かなければ、聞いておかなければならないのだ。
目は開かず口が微かに動きとても小さな声でお燐は語り始めた。
「あたいね……みんな信用出来なくなってた、さとり様もこいし様も、お空も。」
「仲間だと思ってた者に……裏切られて。」
「ずるいよね、いい顔見せておいて。」
「生き残るには……それしかないと思った。」
「でも……もういいんだよね。」
「お空……最期に顔を触らせてく…る?もう良く見えないんだ……。」
燐の手を取り自らの顔の位置まで持ってくるお空。
焼け爛れた燐の手はお空の顔の輪郭線をなぞる様に触れていった。
鼻や口、髪などを一通り撫でて行った後両頬でその手は止まった。
「ありがとう……これで後悔は無いよ……。」
声もか細く掠れている、あの澄んだ声の面影は無い。
「ごめんね、さとり様をお願い、お空。」
最期の一言を振り絞ったように伝え息を吐き出した後、その両手は力無く地面へと落ちた。
ふっとその表情が和らいだ気がした、数多の艱難辛苦を経て純な表情を失ったその顔の最後は安らかなものだった。
その場に居た誰もが一言も発せず、時は静かに流れていた。
「チルノ、私最強になんてなれなかった。」
お空が呟く様に言った。
話しかけたのかもしれないし独り言だったのかもしれない。
虫達の喧騒や鳥達の会話、木々の戯れさえも一切ない森林の中、その声だけが澄んで響いた。
二者の心にも重く響いていた。
「大好きなお燐を、大切なみんなを守るはずだったのに……それなのに……。」
「お空は守ってくれたよ、あたい達の事も、その猫の事も。」
チルノはハッキリとそう伝えた。
壊れきっていた燐の心を開放したのは間違いなくお空の力だ。
殺されそうになったあたい達を助けてくれたのは間違いなくお空の覚悟だ。
あたいは確かにお空から学んだ、最強のあり方を。
そしてこれからも学んでいく、その生き方を。
「……チルノ、メディスン、少し二人っきりにさせて。」
二人は何も言わず足早にお空と燐の亡骸から離れていった。
歩き離れて行く二人が後方から聞いたのは
憚らず咽び泣き嗚咽するお空の泣く声だった。
【火焔猫燐 死亡】
【残り 33人】
【C-5 南東部森林 午後 一日目】
【霊烏路空】
[状態]霊力0 疲労極大 高熱状態{チルノによる定時冷却か冷水が必須} 左手に刺傷 腹・脚部軽度打撲 頭痛 心傷
[装備]なし
[道具]支給品一式(水一部使用)、ノートパソコン(換えのバッテリーあり)、スキマ発生装置(24時間以降に再使用可)
[思考・状況]基本方針:自分の力を試し、力を見せ付ける
1.……。
※現状をある程度理解しました
【チルノ】
[状態]霊力消費状態[6時間程度で全快]
[装備]なし
[道具]支給品一式(水一部使用)、ヴァイオリン、博麗神社の箒 緋想の剣 洩矢の鉄の輪*1
[思考・状況]基本方針:お空に着いてく
1.よわってるおくうをまもる
2.最強のなにかになりたい。
3.おくうのことが好きになった。
※現状を少し理解しました
【メディスン・メランコリー】
[状態]健康
[装備]懐中電灯 萎れたスズラン
[道具]支給品一式(懐中電灯抜き) ランダムアイテム1~3個
[思考・状況]基本方針:毒を取り戻す
1.とりあえずチルノ達について行く
2.八意先生に相談してみよう
3.空の本音は……?
※主催者の説明を完全に聞き逃しています。
※夢の内容はおぼろげにしか覚えていません。
※C-5山肌が一部燃えています、延焼の可能性も考えられます。
※鉄の輪の一つはC-5北部山中に落ちています。
※燐のスキマ袋(首輪探知機、萃香の瓢箪、気質発現装置、東のつづら 萃香の分銅● 支給品一式*4 不明支給品*4)
はとりあえずメディスンが背負っています。
※燐空両者のスキマ袋は火炎による熱で内部の道具が破損している可能性があります、損傷自体の有無と程度に関しては次の方にお任せします。
以上で投下終了です、沢山の支援ありがとう御座いました。
中盤と最後で二回さるるとは……。
投下乙。
最後の最期で救われたって感じかな、燐。
個人的な解釈だが、結局彼女は狂っていたんじゃなくて、必死に狂おうとしていただけなんだろうな。
誰も信用出来ないのなら、そちら側に回った方が楽だから……。
それ故に、親友に自分を止めてもらえたことは、彼女にとって幸せだったに違いない。
どうか死者スレでは安らかに。
そして空……さとりを守り、こいしを救ってやってくれ。燐の為にも。
しかし、相変わらず戦闘描写が巧みで面白い。
このロワは全体的にバトル分が少なめだから、貴方のような書き手は貴重だと感じるよ。
投下乙です
やばい。本気でちょっと泣いちゃった
燐と空の激闘からチルノ達の介入、そして決着までの流れがホントに素晴らしいです
空……燐の分まで、頑張ってくれ…!
あぁ、ダメだ涙が
帰宅が1〜2時間程度、遅れそうです。
申し訳ありません。
博麗神社で、古明地さとりと上白沢慧音に見送られた東風谷早苗とルーミア。
まず、彼女達は、洩矢諏訪子の帽子があった血溜まりの周囲を調査することに決めた
盛大に撒かれた血痕を残しているのなら、行き先を示す血痕が多少残されていてもおかしくないからだ。
そして、早苗の予想は的中した。
血溜まりの付近をよくよく注視してみれば、赤い液体がぽつぽつと道標のように少々垂れていた。
だが、早苗の顔が多少なりとも明るかったのは……それまでだった。
血痕が指し示す石段の脇には崖
崖際から下方を覗いてみれば……大地は数十メートル先。
――――諏訪子様は誰かに重大な怪我を負わされて、この崖から落とされた。
至極当然の予想を抱いた早苗は、表情を蒼白に染めた。
多量の出血と崖からの転落の同時襲来は、深く考えなくとも生命の危機を暗示する。
いくら洩矢諏訪子が身のこなしに秀でているといっても、無事と想像するのは厳しいだろう。
人間より生命力が高いといっても、早苗が捜し求めていたもう一人の神が既に放送で呼ばれている.
神様と人間の差異程度では心を落ち着かせるなど到底出来ない。
自らの予想を否定したい早苗は、慌てて石段を降り。
薄暗く鬱蒼とした魔法の森の淀んだ空気の中、落下予想地点へと辿り着いた。
だが、予想を覆すことは叶わず。
予想落下地点である樹木の枝葉、幹の根元には赤い液体が散りばめられていた。
死体が見当たらないという一点が唯一の幸運だが、事態が好転したわけではない。
推定される怪我の具合からして、洩矢諏訪子が動けるという希望は絶望的。
一見したところ、石段の時のような血痕による移動の痕跡は見当たらない。
ならば諏訪子の身体は何処に消えたのか。
早苗は腕を組んで考え込んだ……かと思えば、突然、顔色を変え、豹変したかのように、必死に周囲の捜索をし始めた。
早苗は、脳裏に思い描いてしまったのだ。
身体を移動させずに影も形も無くす、その手段を。
要は――――喰われたのかということだ。
早苗は、妖怪が人間を喰らう瞬間を覗いた経験はない。
それでも、妖怪は人間の心を味わい、血を啜り、肉を喰らうという知識はある。
普段の早苗ならば、そのような陰惨な思考には至らなかったであろう。
魑魅魍魎が平然と住まう幻想郷といっても、妖怪の領域に注意し日常を過ごす限りは平穏無事の世界。
特に早苗や諏訪子ほどの力を持つ存在にしてみれば、喰われる心配など皆無と言っても過言ではない。
だが、今日は状況が悪かった。
殺し合いという異端中の異端、そしてなによりも……ルーミアの食事≠直視した。
大人しく、可愛らしく、素直な少女でさえ、ヒトの形状の生物を食することに疑問を抱かない。
夜の住人であり、人間とは根源からの異端の存在である妖怪≠つい先程、間近で実感していたのだ。
だから考えたくなくても、どうしても頭に浮かんでしまう。
妖怪は人間を喰らう者であり、神を喰らう者ではないという知識もあてにはならない。
ルーミアが妖怪を喰らっていたというものあるし、神であっても喰われる理由は早苗にも簡単に思い浮かぶ。
例えば――――神の力の恩恵に携わるなど。
神話において超常存在の血肉を食するなどで不老不死や超人的な力を得るという話は珍しいものでもない。
幻想郷にも、八咫烏と融合し太陽の力を我が物とすることに成功した霊烏路空≠ニいう地獄烏がいる。
霊烏路空がどのようにして八咫烏と融合したのかは定かではないが、神の力を手に入れることは決して不可能ではないのだ。
もしも、彼女を知っていれば……いや、知らなくとも試してみようとする者がいてもおかしくはない。
だから早苗は酷く焦っていた。
鋭利な葉の茂みで指先を切れることも気にしない勢いで捜索を続けるも……作業の推移は芳しくない。
眼前の茂みから、ひょっこりと首を出す諏訪子の姿を幾度か期待するも、もう何度も裏切られている。
平穏、安寧を示す森の静寂すらも、捜し人の不在を証明するかのようで煩わしく思ってしまう。
止め処ない思考の渦から生じた乱れ打つ鼓動、呼吸はいつまで待っても落ち着くことがない。
風邪のせいもあるのだろうが、ひどく汗をかいており、白と黒のエプロンドレスが柔肌にべとついている。
それでも早苗は必死に、諏訪子の身体や移動の際に発生する血痕など妖怪に喰われた≠ニいう強固な想像を跳ね除ける証拠を探す。
綺麗な緑髪が土で汚れようとも、衣装が泥に塗れようとも、身体が傷つこうとも、必死に探す。
だが、成果は実らない。
探す場所が減るに従い、早苗は拳をカタカタと震わせ、理解したくないと心中で悲鳴を上げ続ける。
早苗の心がぐらぐらと揺らいでいるのが、はたから見ても解る。
思考も感情も滅茶苦茶で、頭が迅速に動いているのに空回りばかり。
もう奇跡を叶えてくれるのなら、どんな神でもいい、と祈ってしまうほどに追い詰められていた。
――――そして神は、早苗に救いを授けた。
「これ、落としたよ?」
黒と白の洋装で肌を包んだ少女。
紅いリボンを誂えたふわふわの金髪に、くりくりっとした愛嬌あるルビーの瞳。
稚気の拭えぬ子供と評して差し支えのない幼い顔立ち。
神は、そんな容姿の、両手を広げた十歳程度の少女の姿をしていた。
神というよりは十字架に磔にされた聖者と言ったほうが正しいかもしれない。
「え……あれっ……いつのまに」
早苗の同行者である聖者、ルーミアが早苗に差し出したのは洩矢諏訪子の帽子。
茂みを探す際に早苗が落としたものだ。
「ワインもおいしいけど、私は血の方が好きだなー」
赤い液体が付着した指を小さな口に銜えながら、ルーミアは早苗へ帽子を手渡す。
「……え?」
早苗は恐る恐る帽子を汚す液体を撫で、口へと運び、ぺろりと舌に這わせる。
アルコールが苦手な早苗にとって馴染み深いものではないが……決して血液ではない。
血はなくワインだけならば『大怪我を負って崖から転落した』という予想から前半部分が消える。
移動の痕跡がないというのも、ワインなら拭いてしまえばそれ以上流れないのだから、血痕がなかったとしてもおかしくはない。
崖から落ちるという状況は軽症ではすまないものだが、生存の可能性がグッとあがったのは確実だ。
「…………あぁぁ、よかった……」
早苗の全身から力が抜け、へなへなと崩れ落ち、大地に膝を突く。
さっきまで冷たさしか伝えなかった帽子が暖かみを持ったように思える。
救ってくれたルーミアを見つめて微笑んで感謝を捧げる早苗。
ルーミアは感謝の理由が良く分からないものの虚飾も誇張もない笑顔を返事とした。
早苗は、その笑顔を見るだけで十二分に安心できるような気がした。
こうして、風邪による嗅覚の鈍りとルーミアの食事による先入観から成立した早苗の勘違いは、めでたく解消された。
…………。
落ち着きを取り戻した早苗は洩矢諏訪子の捜索を再開することにした。
その手元には……地面に垂直に立てたお払い棒。
捜索するにも当てはないということで、お払い棒が倒れた方向に向かう占い……という名目の運任せに決めたようだ。
「神奈子様や諏訪子様がいらっしゃるか、占い用の道具でもあればよかったんですけど……。
でもでも、きっと見つかります! 諏訪子様ならきっと見つかってくれます!」
無駄に勢い良く手を離してみると――お払い棒が指し示す方向は東。
すぐ東には、少々の森林と……絶壁の山脈。
一目見渡すだけで、そちらにはいけないとわかる風景だ。
「誰もいないよ?」
ルーミアが首を傾げながら淡々と結果を語った。
「……ごめんなさい、もう一回チャンスください」
しょんぼりとした早苗が祈りながらもう一度占いを行使すると……お払い棒が指し示したのは北。
石段で襲われ北側に転落した諏訪子が移動するならば妥当な方角だろう。
頼りない占いに従い二人が北へ向かおうと箒に跨った時――――遥か北から、銃声が微かに、だが確かに鳴り響いた。
◇ ◇ ◇
タタ、タタタン!!
短機関銃から掻き鳴らされた軽快な響きと同時に突き進むのは銃弾
歴史上、数多くの魂を刈ってきた凶弾の射手は、死神――小野塚小町。
死神に見定められた贄は、土着神の頂点――洩矢諏訪子。
風を斬り進む五発の銃弾の内、四発は中空を舞う木の葉を寸断。
一発だけが逃亡者の軌跡を1コンマ遅れて捉え、諏訪子の頬を掠めた。
魔法の森は、視界も悪く、障害物となる木々や草花も豊富。疾駆しながらの射撃では精度も悪い。
それに加え、諏訪子は自然を盾に利用しながら、射手を撹乱させる不規則な動作を混ぜている。
それでも数に頼れる短機関銃相手では諏訪子に分が悪いようだ。
襲撃から現在まで避け続けているとはいえ、射手の精度が徐々に上がってきている。
――――いやー、死神に付け狙われるって本気で洒落にならないねー。
諏訪子は銃弾に撫でられた頬を押さえ、口元を不満で歪めながら心中で頷いた。
数分前、周囲を警戒し行動していた諏訪子は、死神に奇襲を仕掛けられた。
それに対し、諏訪子が選んだのは逃げの一手。
地形が有利とはいえ、八意永琳との格闘戦と崖からの転落によるダメージは、早々に抜け切るものではない。
短機関銃を携えた死の専門家との真っ向勝負では、例え勝利できても甚大な損害を受けるだろう。
そうなってしまっては、主催者の打倒という最終目的から遠ざかってしまう。
とはいえ、完全なる逃亡ではない。
諏訪子の狙いは死神を振り切り視界から逃れた後、『坤を創造する程度の能力』を用いた地面への潜航による死神の追跡。
そして銃弾を消費したならば必ず訪れるリロードの場面。
その隙を狙い、十全の力を篭めた『祟り神「赤口(ミシャグチ)さま」』を行使し仕留めることだ。
逃亡した後、東風谷早苗へ危害を与える可能性を考慮すれば、死神を見過ごすという道を選べるはずもない。
諏訪子は脚部の安全を考慮に入れたコース取りをしながら、出鱈目な拍子で森林を駆け抜ける。
途中で、ちょっと口八丁で撹乱でもと、ちらり、と首だけ振り返るが。
「うん、無理無理」
視線って質量があるんじゃないの、と感じるほどの殺意を浴びせられた。
和風の死神装束を纏う赤髪の女死神の瞳に宿るのは、携えた短機関銃に相応しいギラリと鋭く輝く光。
生半可な言葉で揺らぐような意思でないのは一目で分かる。
諏訪子は、殺意のお返しに、と振り向き、弾幕を死神に放つ。
土着神『ケロちゃん風雨に負けず』
一粒、数十センチの水滴状の数十の弾幕が、雨のように戦場に降り注ぐ。
だが、回避行動を組み込んだ体勢と身体の節々の痛みを我慢しての弾幕では、グレイズの餌食にしかならない。
それでも、死神の速度は僅かなりとも削れ、距離を離せる……かと思われたが、そうはならなかった。
――こりゃ、まっずいね。
ギリッと歯を鳴らす。
アクロバットスター脱帽の曲芸染みた身のこなしを見せながら、不安を胸中に抱く。
追いかけっこの序盤は順調だった。
長身の死神では潜れない隙間を小柄な体躯を生かして通過したり、弾幕を放ったりで、段々と距離を離せていた。
なのに、途中から、諏訪子と死神の距離が一向に離れなくなった。
諏訪子がいくら距離を離そうとしても、『距離を操る程度の能力』を行使する死神との距離を伸ばせない。
枝葉を飛び越そうと足を奥に踏み出してみれば、枝葉の手前に着地する。
下手に曲線の軌道を歩もうとすれば、必要以上の、もしくは必要以下の、角度をつけてしまう
安定しない歩幅と距離感を反射神経と判断速度でカバーしているが、ひやひやとする場面が時折、散見される。
――――こうなりゃ我慢比べだ。三途の川の現世側に帰ってやろうじゃないかっ!
諏訪子はゴクリと唾を飲み、覚悟を決めた。
諏訪子が待ち望むのは、死神の弾切れと、長時間の能力の行使による消耗による能力の解除。
皆殺しを企んでいるのなら追い込まれない限り、参加者の数が残っている時間帯に全力を出し切ることはしないだろうと見透かしてのものだ。
対して死神が待ち望むのは諏訪子のミス。
一度でも隙を見せれば蜂の巣になる緊張感。背後の気配に常時集中しながらの、障害物を意識したルートの見極め。
他者から見ても理解できるほどの怪我が鳴らす警報。スタミナの消耗に従い、浅く、激しくなる呼吸。
事故を引き起こす要素はいくらでもある。
二人は疾走りながら、互いに相手が先に沈む、と頑なに信じ込んでいた。
死神は能力を行使しながら冷静に照準で追い続け、、諏訪子を踊らせる。
諏訪子は気を張り詰めながらも平常心を維持し、死神の照準から逃れ続ける。
…………。
場は膠着し、まだまだ長引くと思われた。
当事者の二人も同じ想いだった。
だが――水鏡と化した状況に波紋が奔るのは両者の想像よりも、ずっと早かった。
逃げる諏訪子の遥か前方。
何かが森を突っ切ってこようとしていた。
距離はかなり離れており、はっきりと姿を確認できない。
だが、諏訪子だけは、一目で見分けることができた。
顔、服、体格、霊力。
諏訪子は幾度も見てきた。
なにより――――自らの遠い子孫であり、大切な娘なのだ。
故に、諏訪子が見間違うことはありえない。
「諏訪子様ぁ!!」
二人の人妖を乗せた箒から、東風谷早苗の聞きなれた声音が諏訪子の耳朶に木霊した。
死神は、諏訪子の味方の乱入に焦りを見せる。
だが、焦りを見せたのは死神だけではなかった。
諏訪子も、自身の命が危険に晒されてた時以上に、焦っていた。
早苗の乱入は諏訪子にとっても、予想外であり不都合な事象だったのだ。
早苗と協力して死神と相対するなど論外。
二対一となれば有利に事を運べるかもしれないが、大事な娘を短機関銃の矢面に立たせるなどできるはずがない。
箒に乗った早苗に引っ張り挙げてもらい一緒に逃亡するという道も選べない。
箒に三人乗りでの状態で『距離を操る程度の能力』に巻き込まれてしまっては、立ち並ぶ樹木への激突は必至。
来るな、と忠告するのも、早苗には通用しないだろう。
大丈夫だから逃げろと言っても、見捨てて逃げろと言っても、親の危機に聞けるわけがない。
そして、焦りは、未来を歪めてしまう。
死神は、早々に勝負を決しなければならない焦りに、即時発砲を促され。
諏訪子は、我が子を巻き込みたくない焦りに、正確な判断力を鈍らされ、枝葉に左足を、引っ掛ける。
諏訪子は己が失策に気付くが、間に合わず、銃弾に左足を貫かれ、血の花を咲かせる。
左足が一瞬、機能を失い、重量が右足に一点に集約され、膝がカクンと笑う。
両者の狂った歯車が……奇しくも噛み合ってしまった。
諏訪子は必死に挽回しようと、『坤を創造する程度の能力』を用い、土砂を巻き上げ背後に壁を作ろうとする。
だが最善を尽くしても、発生が普段よりも僅かに遅い。
早苗の乱入も間に合わない。
一瞬の、だが確実な隙を、魂を目前とした死神が、見逃すはずはない。
「早苗!! 逃げてぇぇぇ――!!!」
自分の死を予知した諏訪子が叫ぶ。
親の危険を前に逃げ出せるほど聞き分けのいい子ではないことを理解していても……叫ばずにはいられなかった。
死神は、子を想う親に慈悲を見せず――諏訪子の身体に、容赦なく、凶弾を、幾度も、打ち付けた。
小さな身体が一瞬の浮遊感と共に舞い上がり、洩矢諏訪子の命は、途絶えた。
◇ ◇ ◇
小町は諏訪子に致命傷を与えた後、戦場から撤退した。
残った標的の内一人は混乱しているとはいえ、もう一人の未知数な人妖との二対一。
トンプソンの弾切れ、スタミナの消耗、銃声による更なる乱入も否定しきれない、などの理由からだ
ここは諏訪子の遺体から遠く離れた魔法の森。
死神、小野塚小町は、肩肘張った雰囲気を解き、休憩にと樹木を背に座り込む。
銃を撫ぜる。
魂を吸ったからか、今宵は尚更、冷たく感じる。
身の程に合わない殺戮を易々と可能とする狂った兵器。
指に僅かに力を入れるだけで、自分の手を血で汚さずに、人を殺す嫌悪感を理解させずに、人が死ぬ。
こんなものを作る金をほんのすこしでも、三途の川辺で迷える水子あたりに回してやってくれればいいのに、と小町は寂しげに想った。
銃を、今一度撫ぜる。
小町は、死すべき命と定めた土着神の最後を思い返す。
余命は僅かに残っていたけれど、蜂の巣にした瞬間、死神の感覚が死んだ≠アとを伝えてくれた。
生半可な方法では滅ぼせないはずの土着神ですら、外の世界で量産されている銃の掃射程度で死んでしまった。
結果は想定はしていたとはいえ、改めて心を引き締める小町。
銃を、今一度、撫ぜる。
死すべき命と定めた土着神の、最後を思い返す。
死を確信して尚、我が子を逃がそうとしたその気概。
立派だ、あたいなんかよりもね。
こんな状況じゃなかったら気兼ねなく酒でも酌み交わせたのかもしれない、と小町は夢想した。
銃を、今一度、静かに撫ぜる。
護衛対象以外の抹殺≠ニいう最終目標。
酷い思い上がりだ、大言壮語にも程がある、と小町はいつもながら呆れた。
頼まれたわけでもないし、一死神にできることなど、たかが知れている。
だけど。
幻想郷の秩序を僅かにでも維持する為にも。
刈り取った魂に、刈り取られた魂に、安息を与える為にも。
小野塚小町は、やると決めたのだ。
後悔で死者を汚すなど、してはならない。
「よっ、と」
樹木の幹に身体を預けていた小町が、ゆっくりと軽快に立ち上がる。
いずれは死装束となるであろう三途の水先案内人の制服の汚れを払い、きっちりと調え、着心地をきちんと確かめる。
内面の心情を他者に漏らさぬ静かな瞳と儚い死の雰囲気とが調和された艶姿は、酷く幻想的だった。
小町はドラムマガジンの交換を済ませ、即時使用できるよう銃を備えた。
まだ使い慣れていないはずなのに、銃が異常に手に馴染んでいるようだった。
「……生き残るべき命と死すべき命を身勝手に区別しちまったあたいには、こいつみたいなのがお似合いなのかもね」
小野塚小町は、大きな欠伸を一つ噛み殺しながら、空を仰ぐ。
魔法の森の枝葉から覗くのは、風の鳴き声だけが響く、雲一つない青空。
なのに小町には、魂に降る三途の川の涙雨が、降り注いでいるような気がした。
【G−3 魔法の森 一日目 真昼】
【小野塚小町】
[状態]身体疲労(小) 能力使用による精神疲労(中)
[装備]トンプソンM1A1(50/50)
[道具]支給品一式、64式小銃用弾倉×2 、M1A1用ドラムマガジン×3
[基本行動方針]生き残るべきでない人妖を排除する。脱出は頭の片隅に考える程度
[思考・状況]1,生き残るべきでない人妖を排除する
◇ ◇ ◇
……あー……本格的にやばいねー。
大切ななにかにぽっかりと穴が開いているような、不思議な感覚。
自分の身体がどうなっているのか、よくわかんない。
痛みはさほど感じない、なのに意識がはっきりしない。
「諏訪子様……」
早苗の震えるような声が耳に届く。
私を安心させる心地よい体温が、染み渡ってくる。
視界が霞んでてよくわかんないけど、倒れていた私を早苗が抱き起こしたみたいだ。
「ずるい、ですよ……。置いてけぼりに、しないでください」
私の服がちょっと湿ってきた。
早苗を泣かせたなんて、神奈子が知ったら怒るだろうなー。
「一人に、しないでください。もう、嫌なんです」
双眸から浮かぶ涙を拭うこともせずに、私の身体に必死でしがみつく早苗。
こうなると梃子でも動かないのは、昔からの悪い癖。
そして、神奈子が早苗のお願いを叶えてあげるのもいつものこと。
……早苗と過ごすようになってから十数年程度しか経っていないのに、随分と昔のように思えるなぁ。
外の世界でも、幻想郷でのセカンドライフでも、早苗と神奈子と三人で過ごしていた私は、よほど満ち足りていたんだろう。
「……早苗、ありがとね」
感謝の気持ちを伝えようと早苗の頭にゆっくりと手を置き……届かなかった。
ほんっと、大きくなったもんだ。
十年ぐらい前は逆だったのになぁ。
仕方ないので、蛇型の髪飾りで飾られてる垂れ下がってる緑髪の処を、優しく、柔らかく、意思が伝わるように撫でた。
「あっ……」
早苗は小さく声を上げた。
惜しむらくは、これからの成長を見届けられないってことだね……。
既に私は死んだ
それか理解できる。
こうして思考できるのも不思議なぐらいだよ。
さて、せっかくの授かり物だし、心残りは全て終わらせようか。
この子のことだ。
神奈子に続いて私までいなくなっちゃったらどうなるかなんて簡単に予想できる。
「死にたいとか考えてないよね?」
仰々しい言葉を考える余裕もあまりなかったし、ストレートでいってみると、早苗はビクッと叱られたかのように萎縮した。
早苗の柔らかい頬を、ゆっくり、ゆっくり、ぐにぐに摘む。
ほんと、わっかりやすい子だねー。
ちょっとは親離れさせたほうがよかったかなぁ。
だいたい、神奈子は甘やかせすぎなんだよねー。早苗がちょっとでも帰宅遅れたら、すぐ迷子なのかって心配するし。
だからこんなに一人立ちが遅れてるんだ。早苗には紅白巫女の無鉄砲さをほんのちょっぴりわけてあげるぐらいで丁度いいのに。
「……だって、お二人のいない、人生なんて……」
それでも、私は早苗に生きていて欲しいんだ。
親の我侭でしかないけれど、これに関しては早苗でも譲らない。
「早苗、勘違いしちゃいけないよ。
そんなことしたって私達には逢えないんだ。
神はただ消えるのみ。人間でもある早苗とは違って、行き場所がないのさ」
まぁ、それはあっちでの話であって、この世界での死後では知らないけどね。
ばれないだろうし、とりあえずはそういうことにしておこう。
「だからって、生きてても、同じじゃないですか……。
それとも、生きてたら、逢えるって、言うんですか……?」
嗚咽しながら、拙く言葉を紡ぐ早苗。
「私達、神は、信仰により一側面が切り出された姿。所詮は偶像≠ナしかないのさ。
だからね、一人の神であっても信仰する人の数だけいる。
私達は消えようとも、私達をずっと信じてきた早苗の内側には残ってる。
ま、ほとんどいるだけの置物みたいなもんだけどねー」
「でも……神奈子様は、呼びかけに応えてくれませんでした、いくら頑張っても、なんにも応えてくれなかったんです……」
「違う、違う。早苗、やり方を間違ってるんだよ。
偶像≠信じるんじゃないんだ、理想≠信じるんだよ」
「理想=c…ですか」
「私達の、そして、早苗の理想≠見つけて信じれば、必ず私達は早苗の中から応えてあげるよ。
だから『さよなら』じゃなくて、『今後ともよろしく』でいいんだ。
神奈子風に無駄にかっこつけて言うなら、『理想≠ただ信ぜよ。さすれば我らの乾坤は永遠に汝と共にあらん』ってあたりかな」
静寂が空間を支配し始める。
早苗が目を閉じ、瞑想を始めた。
どうやら混乱しながらも私の意思に応えるために必死に悩んでいるようだ。
悩め、悩め。
若人は悩むのが仕事なんだ。正しい答えを導きだせなくたっていい。
悩めば、考えれば、それだけでもいいんだ。足掻くことを止めた人間は、終わりさ。
早苗なりの答えを出して、それでも答えに疑問を持ったら、また悩んで、また答えを出せばいい。
ま、こんな処かねー。早苗に即答を望むほど私も鬼じゃない。
そんな器用な子じゃないし、聞けるとしても三途の川を渡ってからになることだろう。
……あ、そういえば八意永琳の真実とか、さっきの死神とか忘れてた。
悩める早苗に声をかけるのはちょっと気が引けるけど、喋れる内に伝えておこう。
もーそろそろ限界っぽいんだよね……。
最後となるであろう言葉を伝えようと決意した。
その時。
カチリ、と、どこからか金属音が鳴った。
今の音は――――なに?
まさか、さっきの死神?
違う、死神の気配はしない。なら、誰が?
力を振り絞り、僅かに首を傾け、音が鳴った方向に眼を凝らしてみると――――そこには拳銃を携えた金髪の少女がいた。
早苗と一緒に箒に乗っていた妖怪の少女。
そして、さっきの音はリボルバーの撃鉄だ。
早苗は、瞑想に夢中で、まだ気付いていない。
この子は、なんだ。
少女の小さく開いた口から、鋭い犬歯が覗く。
軽快でいて、掴み所がない自然体の笑顔。
楽しんでいるように見えるのは、気のせいではない。
その少女の瞳を覗いた瞬間、背筋に言いようのない冷たさが奔った。
直感的に理解した。
私達が認識している世界と、この子が見ている世界は異なる。
人間とは決して相容れない純粋な妖怪。
漆黒の闇が帳を下ろした夜の世界の住民であり、人間を喰らう者。
利と害を判断できる老成した妖怪では決して持ち得ない純正の闇
力の有無なんか関係ない。
この子は、危険だ。
――少女は自身の心に命ぜられたことを証明するかのように自然に腕を動かす。
まさか、早苗に、手を出そうっていうの?
必死に右手を動かし手を止めようとするも、遅々とした速度では、とても間に合わない。
言葉を紡ごうとしても、もう時間切れなのか、微かにしか声が漏れない。
――拳銃の照準を諏訪子の額に定める。
ああ……私なんだ。
よくないけど、よかった。
――引き金に、指がかかる。
【洩矢諏訪子 死亡】
【残り32人】
【G−3 魔法の森 一日目 真昼】
【東風谷早苗】
[状態]重度の風邪、精神的疲労、両手に少々の切り傷
[装備]博麗霊夢のお払い棒、霧雨魔理沙の衣服、包丁、魔理沙の箒、
[道具]支給品一式×2、制限解除装置(現在使用不可)、魔理沙の家の布団とタオル、東風谷早苗の衣服(びしょ濡れ)
上海人形、諏訪子の帽子、輝夜宛の手紙
[思考・状況]瞑想中
[備考]
※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違い
【ルーミア】
[状態]:懐中電灯に若干のトラウマあり、裂傷多数、肩に切り傷(応急手当て済み)
[装備]:リボルバー式拳銃【S&W コンバットマグナム】5/6(装弾された弾は実弾?発ダミー?発)
[道具]:基本支給品(懐中電灯を紛失)、.357マグナム弾残り6発、フランドール・スカーレットの誕生日ケーキ(咲夜製)
不明アイテム0〜1
[思考・状況]食べられる人類(場合によっては妖怪)を探す
1.ケーキをもらってしまったので、とりあえず早苗と一緒に行く
2.早苗の用事が終わったら、最初に仕掛けた地雷がどうなっているか確かめに戻る
3.日傘など、日よけになる道具を探す
[備考]
※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違い
※ダミーと実弾、どちらが出たかは次の書き手に任せます。
実弾が出たら実弾で死亡、ダミーが出たらトンプソンによる致命傷の時間切れで死亡です。
どっちの場合も、モノローグとかちょっとした動作とか、ある程度、諏訪子の死ぬ前を好きに描写してもOK。
投下終了です。
>>◆BmrsvDTOHo氏
投下GJです。
アビスノヴァ前後の描写がやべぇ。
燃える、色んな意味で燃える。
お燐もお空もよすぎる。
100 :
創る名無しに見る名無し:2009/10/13(火) 18:49:26 ID:iTmOsxIB
ああ、ケロちゃんが死んだ・・・。
最後に早苗に会えてよかったけど・・・守矢好きとしては悲しい。
永遠亭や地霊殿、白玉楼といい、ろくなことないな。
ルーミアは空気読みすぎww永琳がかわいそうです。しかたないけど。
今回の◆gcfw5mBdTg氏作品の戦闘描写は会話少なく私の大好物タイプです。
弾が出たか出ないかでルーミアの運命も決まる様な気が……。
早苗が鬼となるか抜け殻となるか。
加えて
>>84>>85氏
感想有難う御座います。
お三方の反応を見てるとこのルートを選んで良かったと思えます。
投下乙。
うおお、ここで止めるかw
早苗は是非とも諏訪子の遺志を汲み取って、前を向いて歩いて欲しいが……。
そろそろルーミアにも天罰が下るかな。
しかし、これ程続きが気になる話もそうそう無い。やっぱりリレーSSはこうでなくちゃね。
>驟雨の死骸と腹の中、それでも太陽信じてる。
お空相打ちかー…と思ってたら生きてた!
さすがお空、俺達にはできないことを平然とやって(ry
やや展開が唐突なように感じたけど、最後のアビスノヴァが良かったので良し
>崇拝/Worship
ケロちゃんは最後に救われた…はずがルーミアがw
これは上手い切り方。
しかしえーりんは図らずもまた孤独に…
Oh...please please help her "Erin"...えーりん可哀想です(´;ω;`)
始まる前からカワイソス四天王に突っ込まれるとは尋常ではない不幸さだな。
個人的カワイソス四天王
八意永琳
鈴仙・優曇華院・イナバ
リリカ・プリズムリバー
火焔猫燐
かな 今のところ…
106 :
創る名無しに見る名無し:2009/10/14(水) 18:39:37 ID:FcgZKLIc
それににしても神組不遇だな。
遅れたけど投下乙!
>驟雨の死骸と腹の中、それでも太陽信じてる。
お空かっけえええ!
いいなあ、この3人。
燃えたり笑ったり馬鹿だったり切なかったりなんでもこいなトリオだ。
いちわごとに深みが増してくぜい。
チルノの奮闘や抑え役のメディスン、燐の心情もぐっときたなー。
>崇拝/Worship
ルーミアはいい意味で人外全開だよなーw
こういう人ではない理解不能の恐怖がひしひしとw
闇ってのがすごい似合ってるように思えるは、ここじゃ
>>105 えいきっき、レミリア、静葉、ゆゆさま辺りも中々悲惨だぜ……
ゆゆ様は壊れ通り越して忘却起こしてるのがせめてもの救いだよなぁ。
えーき様、どんげ、リリカは自業自得が入ってるかな…
ロワ関係ないけど、自分そのものに否定されたメディスンは悲惨かも。
えーりんに続いて不遇なのはフランドールかな、キチガイだと思われてるという理由だけで殺されそうになる。
守矢の二神は二人とも閻魔組にやられてんだよな
神殺しは同じ神か
でもフランにはいい友達ができたじゃない
それでかなり救われたんじゃない?
>>112 目の前で殺されて、しかも「友情」も「悲しい」も理解できなかったけどな。
114 :
創る名無しに見る名無し:2009/10/17(土) 17:34:36 ID:rr9wcXNm
115 :
創る名無しに見る名無し:2009/10/17(土) 19:56:04 ID:QGEWpmYp
>>114 たしかに。
数少ない強キャラ神様なのにな。
ふたりともはもったいなかったかも。
でも、ふたりの分も早苗さんががんばってくれるはずさ!
これから投下します。タイトルは「赤い相剋、白い慟哭。」です。
仮投下の時に感想や意見をくださった皆様、本当にありがとうございます。
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人のいない、晴れた人里。
その中を一人、蓬莱山輝夜が歩いていた。
ルナは相変わらず行動を制限されたまま、そして輝夜はカタカタとずぶぬれの体を震わせながら、時折周囲を警戒しつつ、休めるところを探していた。
先ほど輝夜は、冬の妖怪から冷気の攻撃を受けて随分と体が冷えてしまった。行動不能には陥らなかったものの、このままでは体調が悪くなる一方だ。
できれば体を温めて、服を着替えたい。ルナチャイルドを小脇に抱えながら、あまり人に見つからなさそうな場所を選んで、輝夜はさまよっていた。
人里をうろうろしている途中で、二回目の放送が流れた。だが、新しい禁止エリアのこと以外は、ろくに聞いていない。
一回目と同じく、永琳が放送をしている。輝夜にはそれだけで十分だったのだ。
永琳が生きているなら、それでいい。
どれだけ有象無象が死のうが、もはや私には関係ない。
真昼の日の高い時間帯だが、時折吹く風が容赦なく輝夜の体温を奪っていく。もはや彼女は限界だった。
辺りを見回し、適当な小屋を見つけ、中に入った。凍えきった手指に息を吹きかけ、無理やり動かして温める。
そういえば、と、少し前に銃を撃ってから、弾を装填してないことに思い至った。指が動くことを確認してから、バラのままの銃弾を詰め始める。
ウェルロッドの弾を装填しながら、彼女は思う。
今の幻想郷は、穢れに満ちている。
誰かを殺し、誰かに殺され、誰かを恨み、誰かから恨まれる。
自分だけは生きていたいと望み、同じ願いを持つ他者を蹴落とす。利己的な願望から出来ている世界だ。
まぁ、ある程度なら、どこへ行ったって地球人はそんなものなのだろう。昔世話になった翁の家でも、偉ぶった連中が何人も押しかけてきたものだ。
ひとつ、ひとつ。輝夜は5発の弾を丁寧に詰めていく。
もうこの世界は、殺意が極限まで膨れ上がりどこもかしこも破裂寸前だ。
これからもっとたくさんの人妖が死ぬ。もっと数が減っていく。自分だけは、と抜かす阿呆があがき始める。
そんな連中が囚われの永琳のことを気にかけるわけがない。
そう、私しかいない。自力で生き抜いて永琳の元へたどり着いてみせる。
私しか、永琳は救えない…。
輝夜の思考は、そこで一時中断した。複数の足音と、話し声が聞こえてきたからである。
輝夜は、ウェルロッドがきちんと装填されているか今一度確かめ、物陰から大通りをにらみつける。
数は、二人。背の高い女と、ワンピースの女。知らない顔だった。二人とも、それぞれ赤い髪と赤い服という目立つ格好なので、狙いやすくて好都合だ。
一人殺すごとに、一歩永琳へ近づく。輝夜が躊躇うわけが、なかった。
微かな希望を抱いて、紅美鈴と秋静葉は人里に着いた。
鈴仙からの情報によると、穣子に最後に会ったのは、里の東だという。だが、具体的な場所までは聞いていなかった。
しらみつぶしに探してみよう、と二人が歩き始めた時、二回目の放送が鳴り響いた。
情報をくれた鈴仙の様子から、希望はほとんどないのだろうと実は9割方諦めてはいた。
それでも、いざ「秋穣子」の名が呼ばれると、覚悟したはずでも、静葉は涙をこらえられなかった。
「っ…く…ごめ…なさい。もう泣かないっ…決めたのに…。」
静かに美鈴が静葉の肩を抱く。
「…探しましょう。探して…弔うんです。」
静葉はあふれる涙を必死にこらえ、優しく背中をなでる美鈴に強くうなずいた。
そんな静葉を見て、美鈴は思う。
日本の「神」というものが、こんなにも人間じみたものだとは思わなかった。
海を渡り初めてこの国に来た時、「日本には万物に『神』が宿る」という話を聞いて、驚いたことを覚えている。
そして今度は、その「神」と親しくなり、その命を守ることになるとは。全く運命とはわからないものだ。
「神」といえばそれこそ最近やってきた神様たちのように、途方もない力をふるう遠い存在のような気がしていたが、目の前の「神」は、たった一人の妹を亡くし、嘆き、そ
の亡骸を探そうとしている。
人間と、何も変わらない。もしかすると人間よりも人間らしいかもしれない。
「ありがとう、大丈夫。行きましょう美鈴さん。」
目を少し赤くした、静葉が笑う。
静葉さんは私に救われたと言った。でも、むしろ私の方がその素直でまっすぐな心に救われた。
こんな最悪な状況の中で、ただ信じることのどれだけ難しいことか。
『凡人が運命を変えたければ、ただ、意思を強く持つことね。それが運命の力を上回れば、未来は変わる。』
運命を操る私の主人、レミリア様の言葉だ。
誰かを殺さなくてはいけない運命なんて、変えてみせる。誰も殺さずに、生き抜いてみせる。静葉さんを、守り抜いてみせる。
美鈴が決意を新たにした、その刹那。
二人が顔と顔を合わせていたその間の空間を、音もなく銃弾が空を裂き、その先にあった塀にひびを入れた。
最初に反応したのは美鈴だった。即座に静葉の腕をつかみ、物陰に投げ飛ばす。
「そこから動かないで!!!」
叫びながら、跳ねるように美鈴はジグザグに動き回り、狙撃者の姿を探した。
横に飛び退く美鈴の足元の土が、爆ぜた。
油断した!!
誰がいるかもわからない場所で不用意に体をさらした後悔の念に駆られながらも、美鈴の頭は冷静に状況を分析する。
美鈴は、パチュリーや慧音など知識人たちほど頭が回るわけではないが、同じ性質の攻撃を見きれないほど頭が悪いわけでもない。
ルーミアから銃撃を受けた際に、ある程度「銃」と「銃弾」というものについて対策を考えていた。
「(弾幕ごっこに例えれば、銃弾っていうのは、ものすごい速さでこちらに直線で向かってくる小さな弾…。
追尾したり曲がったりすることはないみたい。だから射撃軸線上にいないように、横軸をずれてでたらめに動けば多分当たらない。
そして弾はまっすぐこちらに向かってくるから、銃弾の向こう側に、敵がいる!!!)」
美鈴は、大通りを猫のようにくるくると跳ね、土を蹴り、二度あった銃撃の延長線の交点を探した。
目を凝らすと、かすかに、小さな小屋の窓から不自然な日光の照り返しが見えた。
「そこかぁっ!!!!!」
近くにあったリンゴ大の石を、小屋の窓に向けて全力投球する。野球選手も真っ青な剛球ストレートは、見事に狙った所へ飛んでいった。
窓を突き破った石が何かにぶつかる音と、どたんばたんと慌てているらしい音が聞こえた。
これで怖がって逃げだしてくれたらとてもありがたいが、二度も撃ってきたところをみると、そう簡単にはいかないだろう。
ここは一度穣子さんの捜索を諦めて、静葉さんと安全なところに逃げた方が賢明だ。
背中を気にしながら、美鈴は投げ飛ばした静葉のもとへ駆け、ひょいと抱える。強く投げ飛ばしすぎたようで、静葉は少し目を回していた。
「逃げますよ、しっかりつかまっててくださいっ!」
静葉を横抱きにしたまま、姿勢を低く保って駆け抜ける。美鈴の頭があった位置のかなり上を銃弾が抜けた。
支援
どうしたんだ?
「ッ……当たらない…」」
対する輝夜は、撃った端からことごとく避けられて、徐々に顔を紅潮させてきた。
おまけに石まで投げつけられた。さすがにこれには驚いて思わず悲鳴を上げてしまったが、ルナチャイルドの力で外に漏れていないはず。
もう一度視線を外に向けると、赤い髪の女が背を向けて逃げようとしている。逃がしてたまるかとろくに狙わず撃ったが、勿論当たらない。
3発撃ったので、残り2発。もう超近距離から確実に撃ち殺さなくてはならない。
「こちらから行かなきゃ、駄目ね。立ちなさい、ルナ。」
怯えて頭を抱くルナを抱えて、スキマ袋から予備マガジンと破片手榴弾だけ取って輝夜は小屋を飛び出した。
ちなみに、輝夜の撃った弾が当たらなかったのは、輝夜が銃を扱いなれていないという理由以外に、三つある。
美鈴の判断力と素の身体能力が高かったことと、使用している銃が災いしている。ウェルロッドは特殊作戦用の銃で、減音と携帯に重きを置かれている。
故に、普通の拳銃より命中率が高くなく、敵に密着、あるいはかなり接近してから撃つのが原則だ。この銃は、熟達した人間が使用して、初めてその力を発揮する。
そして、輝夜はいまだに体の末端まで温まってはおらず、これでは手先が震えて動く的に当てることなどできるわけがない。
輝夜はそこまでこの銃を知っているわけではなかったが、もっと近づかないといけないということだけは気づいていた。
獲物を逃がすわけにはいかない。あいつらの屍を積み上げて登った上に、永琳がいるのだから。
…まずい。
細い路地を選んで北に走っていた美鈴は、右腕の違和感が大きくなるのを感じていた。静葉に応急処置をしてもらったものの、また少し傷が開き始めてきたらしい。
抱えられていた静葉も美鈴の異変に気付き、
「美鈴さん、おろして!もう歩けるから!!」
と、がっちり自分の体をホールドしていた美鈴の腕から無理やり降りた。
美鈴が辺りを見渡しながら、息を整える。
「はぁ…はぁ…すみません、油断してました…」
「私も気を抜いてたわ…そうだ、どこか撃たれてない!?傷は…」
「大丈夫です。随分と下手くそなようで、かすりもしてません。」
不安で青くなっている静葉を元気づけようと、美鈴は無理やり笑った。
「多分もうすぐで里を抜けます。一時撤退、ですかね…。」
美鈴が背後を振り返り、追跡されてないか耳をすませる。
タッタッ……タッ…と、変に途切れた足音がだんだん近づいてきていた。どうやら決着がつくまで殺し合いをする気のようだ。
「静葉さん。」
注意を足音に向けたままで、静葉に声をかける。
「時間を稼ぎます。紅魔館へ向かってください。場所は地図に書いてあります、そこで待ち合わせましょう。」
「だ、ダメよ!!相手は銃を…」
「だーいじょうぶですよ。言ったでしょう、下手くそだ、と。」
少しだけ振り返り、にこ、とまた美鈴は笑った。
「適当に撒いたら私も紅魔館に向かいます。それから今後のことを話し合いましょう。さ、行って!」
無理やり、さも朝飯前かのように腕をぐるぐると回して臨戦態勢に入る美鈴。それを見て少しの逡巡の後、静葉は里の出口へ向けて駆けて行った。
静葉が行ったのを見届けて、もう一度、足音の主へ注意を向けた。むき出しの殺意が体に刺さる。
「さて……加油、紅美鈴!!」
拳を握り気合いを入れ、体中の気を高める。
ほんの少しでも、相手の殺意に押し負けるわけにいかなかった。
美鈴を追う輝夜は、走りながらあることに気付いた。
徐々にではあるが、足音が漏れているのである。ルナチャイルドの能力はONにしてあるはずだった。
仕方なく立ち止まり、ルナチャイルドにつけられた首輪の沈黙スイッチをOFFにする。
「ちょっとルナ、消音出来てないじゃない、どういうことよ。」
「ヒッ……た、多分もう月が出るまで音消せない…エネルギー切れだと思う…」
おびえた顔をして、ルナチャイルドが答える。輝夜は舌打ちをして、ルナチャイルドの能力スイッチと拘束スイッチを切る。
「あれ…動ける…」
「抱えて動く余裕はもうないから、頑張って私についてきなさい。貴女は知らないだろうけど、私から離れると貴女の首輪が爆発して、死ぬからね。」
実際は輝夜じゃなくても参加者が近くにいさえすれば爆発することはない。真実と嘘をほどよく織り交ぜて輝夜はルナチャイルドを言葉で拘束した。
その台詞にまたびくっとおびえるルナチャイルド。これなら逃げ出すことはないだろうと輝夜は目線を道の向こうに戻す。
美鈴が逃げ出した方向を見やると、お店やお茶屋が乱立する商店街のような通りがあり、少し脇道に入っただけで入り組んでいて、探し出すのに骨が折れそうだった。
まだ着替えてもいないのに鬼ごっこをやる羽目になるなんて、と輝夜の怒りのボルテージがまた徐々に上がり始める。
その時、輝夜は視界の外にかすかに「紅」をとらえた。
とっさに上体をそらすと、輝夜の鼻先を突進してきた美鈴の拳がかすめた。
逃げたと思いこんでいた方角の、反対側。まったくの死角からの攻撃だった。輝夜が気づけたのは幸運としか言いようがない。
輝夜も、いきなり襲撃を受けたにもかかわらず、苦しい体勢ながら銃の照準を美鈴に向けようとするが、その前に地面に這うように伏せた美鈴の足払いを受けて、見事に転ば
された。
「っ…!!!」
追撃を恐れた輝夜が再度銃を構えて狙い撃つが、被弾する前に美鈴はまた物陰に隠れて姿をくらましていた。
さて、どうしようか。
転倒した輝夜にわざと追い打ちはせず、美鈴はすぐに退いて輝夜から見えない位置に身をひそめた。
あくまで静葉が逃げ切るまでの時間稼ぎであり、輝夜を倒す必要はないからである。
銃を奪って無力化することが出来たらラッキーだが、無理はせずヒットアンドアウェイの戦法で逃げる算段である。ここで自分があっさりとやられて、輝夜が静葉の元へ向か
われたら困るのだ。
だが、輝夜の姿を見て、美鈴はある一つの可能性に思いいたる。
着物に長い黒髪、ね。もしかして、あれが噂に聞いた永遠亭のお姫様なんだろうか?あんな華奢な子がバンバン撃ってくるなんて、正直意外だった。
でも、本当にそうだとしたら好都合だ、この最悪なゲームの元凶に一番近しい人物じゃないか。もしかしたらこのゲームを終わらせる切り札になるかもしれない。
ゲームから脱出する方法を知っている可能性もかなり高い。
…これは一度「お話し」する価値がありますね。
美鈴は何かを決意し、身を隠しながら輝夜に聞こえるよう大声で叫んだ。
「貴女!!!もしかして永遠亭の人ですか!!!!」
それを聞いた輝夜も、声の聞こえた方角へ向けて答える。
「ええそうよ!私が永遠亭の主、蓬莱山輝夜!!」
やはりか、それならばと美鈴は必死に頭の中で相手を挑発できそうな台詞を探す。
「わ、私は紅く気高き悪魔の館を守る門番、紅美鈴だっ!!!お前が如きお、愚かでか弱き人間など、私の拳でね、ねじ伏せてやるっ!!!」
相手を見下し挑発する、と考えて、美鈴の頭で一番に出てきたのが、美鈴の主のレミリア・スカーレットだった。
レミリアが言いそうなことを考えに考えて言ってはみたものの、案の定噛んだ。
「(挑発なんて、やったことないですよ…こんな台詞、私じゃ言えませんお嬢様…)」
それを聞いた輝夜が、ほんの少しだけ噴き出しながら、また美鈴に話しかける。
「じゃあ何?貴女は私を倒すというのかしら?」
輝夜があからさまに馬鹿にするが、もう言いだしてしまっているので後には引けない。美鈴はめげずに続ける。
「そ、そうだ!貴様だけじゃなく貴様の関係者、皆根絶やしにしてやる!!!紅魔の力を侮るなよーっ!!!!」
なんだこの台詞…私って一体何者なんでしょう…。
ほとんどやけっぱちで言ったセリフだが、少しだけ輝夜の反応が変わった。
「へぇ…私の関係者、ねぇ。」
声色が変わり、わずかに殺気が強くなる。
「そ、そうだとも!何だったか!?えいらんだったかとれいせ…」
「永琳よ。」
殺気が、今までよりも強く美鈴へ刺さってきた。言葉に籠る怒りがはっきりと伝わってくる。
『永琳』がキーワードか。美鈴は言葉の追い打ちをかける。
「そいつから倒してやろう!!いまごろどこで、這いつくばっているんだろうな!」
言い終わった辺りで、また一段殺気が強くなる。それだけで射殺されそうな気がしてしまうほどだった。
「…言うわね、木っ端妖怪が。」
低く、輝夜が呟く。
脳みそが空っぽだとしか思えない台詞を吐く妖怪に、永琳を虚仮にされたことがとても気に入らなかった。
「やれるものなら、やってみなさい。こちらこそ、貴女程度の妖怪なんて殺すのは造作もないわ。」
一歩、輝夜が美鈴の方へと踏み出した。美鈴をあざけるように、宣言する。
「難題とはとても呼べない。でも、貴女の死も永琳への一歩よ。随分とお安い挑発だけど、乗ってあげる。自分の頭の悪さを後悔するがいいわ。」
また一歩、輝夜が美鈴の元へ迫る。
「(よし、何とか上手くいった…!)」
輝夜が確実に自分に迫っているのを確認してから、静葉が逃げた方角とは反対の道を選び、美鈴は駆けだした。
通り過ぎる店々の中からあるものを探しつつ、美鈴は逃げ続ける。
銃というのは、距離を離せば離すほど、当たらなくなる。まぁ当然ですね。弾幕ごっことほとんど一緒。
ならあの銃の射程よりも離れた位置から攻撃すればいいのか、と言っても私は弾幕張るの苦手なんですよねぇ。
それなら、あのお姫様は肉弾戦が得意そうには見えないから、隙をついて一瞬で接近して、沈める。これですね。
路地を駆け抜け、入り組んだ道をでたらめに、でも少しでも静葉から遠ざかるように選んで進む。途中で一度後ろから銃声が聞こえたが、明後日の方向へ着弾し怪我はない。
途中で、美鈴はがらんどうの店先から白い座布団と赤い布を失敬した。座布団を丸めて自分の着ていたベストを着せる。
「不入虎穴、不得虎子。いっちょ、やってみますか。」
逃げ続ける美鈴を追って、とうとう輝夜は里の外れまで来てしまった。最初に美鈴を追いかけた方向とは正反対の南であるので、相当の距離を走らされたことになる。
「はっ、はっ…よく走るわね…もう!」
膝に手をついて、肩で息をしてしまう。なにせ普段はふよふよと飛んで移動するため、ここ最近マラソンなどした覚えがなかった。
「鈴仙と…一緒に訓練でも…してみるべき…だったかしら…。」
汗が額から垂れてきた。もともとびしょぬれだった服が体温の上昇で蒸れて、不快度指数が天井知らずに上がっていく。
「潔く殺されなさいよ…あの妖怪…どこに…」
里も外れまで来ると、建物はまばらになる。ぎらぎらとした目を四方八方へ向け、どこかに隠れた美鈴を探す。
時刻は真昼、太陽も空高く、輝夜の額からまた一筋汗が垂れる。
その、燦々と輝いているはずの太陽の光が、一瞬輝夜から隠れた。太陽をさえぎるように輝夜に何かが向かってきたのだ。
逆光であったが、赤い色が太陽に煌めくのを輝夜の目がとらえた。
「(来た!!)」
反射的に空に銃を構えて…すぐ自分の誤りに気付く。
白い座布団に赤い布を半分押しこんで、ベストで丸められた…囮だった。
さっと顔から血の気が引く。しかも太陽の方角を向くように投げられたせいで、太陽光を直視してしまった。
顔をそむけた、一瞬の隙。その隙を突いてすぐ近くに隠れていた美鈴は輝夜の懐をめがけて、突進した。
慌てて銃を向けるも、それよりも速く美鈴は輝夜の目の前まで接近し、懐へもぐりこむ。ここにきて砲身の長いことが仇になった。
一撃。美鈴の手刀が輝夜の右腕をはじく。手首の内側を正確に叩かれ、持っていた銃が明後日の方向に飛んでいった。
輝夜の体もはじかれた勢いにつられてバランスを崩す。このチャンスを見逃さず、美鈴は腰を落とし、構えた右手に気をためる。
「激符!!」
一瞬で美鈴の周りの空気が固まり、右手に収束していくような錯覚を輝夜は覚えた。だが体勢の立て直しが間に合わない。
「『大鵬拳』!!!!!!!」
掛け声一発、輝夜は腹に正拳突きを食らい、放物線を描いて青空の向こうに吹き飛ばされた。
美鈴は地面で呻く輝夜の元まで走り、気絶しているのを確認してから、飛んで行った銃を回収した。
見たときから思ってましたけど、へんてこな銃ですねぇ、トンファーみたい。
でもまぁ、これで無力化は完了。あとはちょっとばかり情報を仕入れましょう。
わざと水月(みぞおち)から外しておいたし、死んではいないはず。
まぁ、それでも鍛えてる人じゃないから、しばらく動けないでしょう。
ここで、何かしらの手枷をはめるなどをしなかったということが、美鈴の甘さを表している。
いつもなら優しさとなるその甘さがここでは命取りになるということを美鈴はわかっているのだが、生来の性格なのか、ここにきてもそれを捨てきることが出来なかった。
美鈴がなんとなく周りを見渡すと、少し離れたところに小さな人影が倒れているのを見つけた。
赤いものがかすかに見える、怪我を負っているようだった。
美鈴は一瞬迷ったが、助かる命かもしれないとその人影の様子を見に行ってしまった。
人影の輪郭が見えてきた。二本の大きな角が生えている、鬼だろうか…。
美鈴が声をかけようとした瞬間、草の擦れる音と嫌な気配がした。振り返ると、倒れていたはずの輝夜がしっかりと立ち上がって、手に何かを持っていた。
「死ねえええええええええええ!!!!!」
とっさに美鈴が背負っていた自分のスキマ袋を広げるのと、輝夜が手に持っていた破片手榴弾を投げたのは、ほぼ同時だった。
閃光、そして、炸裂。
美鈴の眼前の世界は、白く消えていった。
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wiki掲載時に長すぎるようでしたら(多分長すぎだろうけど)
ここまでを前編、以降を後編としてください。
体が、よくわからない。痛くないけど、間違いなく流れているはずの自分の気が読めない。
腰から下が、一番わからない。もしかしたらもうないのかもしれない。
もうすぐ、死ぬ。たぶん。からだから気がぬけていくから、きっとしぬ。
驚異的な反射神経とスキマ袋のおかげで、美鈴は頭部及び上半身への破片の直撃だけは免れた。
だが、飛んできた破片で両足は完全に破壊され、美鈴は先ほどの瀕死の鬼のすぐそばに吹き飛ばされたのだ。
焼けて痛々しい美鈴の腕が、空を泳いで、鬼の体に触れた。
おにさん、まだいきてる。
でもたすけなきゃ。たすけなきゃ、しんでしまう。
しんじゃ、だめです。たすけなきゃ、はやくたすけなきゃ………
薄れる意識の中で、美鈴の頭にあったのは、ただそれだけだった。
しえn
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輝夜は、ようやく終わったと、大きなため息をついた。
美鈴の強烈な一撃を受けた時、確かに輝夜は一瞬意識が飛んだ。
だが制限を受けてもそこは蓬莱の力を得た月人、普段とは全く比べ物にならないものの、常人よりはわずかにダメージからの回復が早かった。
これで体を拘束されたら厄介だったが、美鈴は銃だけ奪って輝夜から離れてしまったので、輝夜は気を失っている振りをして、じっと機を待った。
そして、十分に自分から離れたのを見て、懐に隠し持っていた破片手榴弾を投げつけたのだ。
いままで溜まっていた鬱憤が一気に晴れて、気分がいい。輝夜はとても清々しい笑顔で美鈴のもとへ優雅に歩いて行った。
微かにまだ美鈴は動いていた。とどめを刺そうと、同じく吹き飛んだウェルロッドを回収して、銃口を美鈴の頭に密着させて引き金に手をかける。
「まったく、こんなにイライラさせてもらったのは久しぶりだわ。これでもう外さないからね。さようなら、紅美鈴さん。」
迷わず引き金を引いた。だが、カチンと鳴るだけで何も起こらない。弾切れだ。
「あぁ、そうだ。私ったらここに来るまでに全部撃っちゃってたんだわ。」
いけないいけない、と懐から予備マガジンを取り出して、のんびり交換する。今度こそ、ウェルロッドに5発の弾丸が込められた。
これを始末したら、そこの鬼にも念のためもう一発、おでこに撃っておきましょう。あんだけ撃ったのにまだ死んでないみたいね、さすが鬼。まぁ今終わらせるわ。
そうしたら、スキマ袋を回収して、別の方向に逃げたらしいもう一人を探して…
もう勝利が確定していると思っている輝夜の、余裕だらけの思考は、そこで止まった。
なぜなら、どこから来たのか分からない『炎の剣』が、自分の腹から顔を出していたからだ。
呆けた顔で振り返った輝夜の視線の先には、歯をカチカチ鳴らしながら剣を握っている秋静葉と、精根尽き果てて地面に座り込むルナチャイルドがいた。
結論から言うと、静葉は里を出ずに途中で引き返したのだ。理由は単純、美鈴一人を置いていくことが出来なかったから。
震える手を無理やり抑え込む。怖くて怖くて仕方がない。銃の恐ろしさを考えると、今すぐにでも逃げ出したい。それでも、今まで身を挺して自分を守ってくれた彼女をここ
に置き去りにして一人逃げ出すのは、どうしてもできなかった。
物音を頼りに二人を追いかけていると、子供の泣き声が聞こえてきた。不審に思い声の発生源へ向かってみると、妖精が空を仰いで大泣きしていた。
「うわぁぁぁぁん、おねえさんどこぉぉーっ!!!どこいっちゃったのぉーっ!!!!」
どうやら迷子らしい。この状況で迷子というのも誠に不思議な話だが、どこからどうみても、迷子だった。
「あぁーーーーん!!!やだぁーー!!!!死ぬのやだぁーっ!!!」
「ちょっ、ちょっとあなた、落ち着いて!!ね、お願いだから!」
「ひぇっ!!!!」
声をかけたら、妖精が飛び上がって体をこわばらせた。驚かせてしまったらしい。静葉は努めて落ち着いた声で、優しく話しかけた。
「あなた、こんなところで、何をしているの?誰かとはぐれたの?」
「え、あ、えと、私死んじゃうの!!!このままじゃ死んじゃうのっ!!!助けて!!!」
「…へ?」
静葉が話を聞くと、ルナチャイルドと名乗る妖精は先ほどの襲撃者の支給品で、その襲撃者から離れるとルナチャイルドにつけられている首輪が爆発して死んでしまうことを
、ものすごい早口で説明された。このままじゃ死ぬ、とはそういうことか。
離れないように急いで美鈴と輝夜を追いかけながら、二人は情報交換を続けた。
おおよその情報を交換し終えた辺りで、美鈴たちの姿が見えた。
襲撃者が地面に倒れていて、美鈴は何かを見つけたのか襲撃者に背を向けて駆けだそうとしている。
静葉が美鈴さん、と声をかけようとした時、倒れていたはずの襲撃者がゆらりと立ち上がって、何かを投げる構えを見せた。
反射的に静葉が足を止めた次の瞬間、美鈴に向かって投げつけられた「それ」は爆発し、大きな土煙を上げた。
「美鈴さん!!!!」
思わず叫ぶ。ハッとなり慌てて口を塞ぐも、襲撃者は静葉に気付かず美鈴の方へ向かっていく。
かなり大声だったのに、と静葉が不思議がっていると、隣にいるルナチャイルドの様子がおかしい事に気付いた。力を振り絞るように歯を食いしばり、脂汗が顔から滲んでい
る。
そういえば、と、静葉は先ほどルナチャイルドから聞いた話を思い出す。ルナチャイルドという妖精は、自らの周囲の音を消す力を持っているらしい。今の大声に向こうが反
応しなかったのは、ルナチャイルドのおかげだったのか。
そう考えながら、目を美鈴たちの方向へ戻すと、襲撃者が倒れている美鈴に銃を突き付け、引き金を引いた…が、銃声は響かない。襲撃者が頭をかしげ、銃に何かしている。
不具合でも起きたのかもしれない。
今が美鈴を助ける最後のチャンス、もう猶予はない。でも「アレ」は出来れば使いたくなかった。このゲームが始まってすぐにスキマ袋を開けた時、あまりの恐ろしさにすぐ
袋に戻して、記憶の奥にしまいこんだのだから。
でも、ここで何もせずに見ていれば、そのうち美鈴は殺されるのだろう。見れば足が先ほどの爆発で酷いことになっている。早く手当てをしてあげなければいけない。
美鈴を見殺しにするか、襲撃者を倒すか。どちらも選びたくない最悪の選択肢だ。でも美鈴を殺す銃がもうすぐ火を噴いてしまう、美鈴が死んでしまう。
迷ったのは、そこまでだった。
「ああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」
吠えながら、使うまいと誓った西洋剣「フランベルジェ」の柄を握り、一気に襲撃者の背へ向けて刃をつきたてた。
輝夜を倒した後、静葉はすぐに美鈴の元へと駆けた。
「美鈴さん、美鈴さん…」
涙を流しながら、倒れている美鈴の肩をゆする静葉。だがもう美鈴はぴくりとも反応せず、静葉に揺さぶられるがままになっていた。
「嫌だ、なんでぇ、一緒にいるって、ねぇ、美鈴さん。」
ゆする力が強くなる。それでも美鈴から反応は返ってこない。
偶然、静葉の手が、不自然に伸びた美鈴の右腕に触れた。痛々しい傷がまだ残っているその腕だけ、妙に温かかった。
右手は、他の参加者に襲撃されたらしい傷だらけの鬼に触れている。
その小さな鬼は、弾に撃たれたような酷い傷を複数負っているにもかかわらず、血が流れたような形跡もない不思議な状態だった。しかも、その傷跡がすごい熱を帯びている
。
どういうことだろう?と疑問に思っていると、
「ねぇ…」
殺したと思った輝夜が、小さく声をあげた。
「お願い…この剣抜いて…邪魔よ…もう貴女たちを殺す力はないから…」
静葉は一瞬怯えた様子を見せたが、どうも輝夜には、言葉通りもう殺意はないようだった。
おそるおそる輝夜のもとへ行き、背に突きたてたままのフランベルジェをゆっくり引き抜く。この剣独特の、肉を引き裂く嫌な音が響いた。
「がはっ…」
「な、なんでまだ話せるの…なんで…」
「貴女が…肺を傷つけなかったからね…でもどの道もう…駄目よ…再生が間に合わない…」
そう言い切ると、うつ伏せに倒れていた輝夜が渾身の力を込めて、仰向けに寝転ぶ。
「な、何を…」
「空、見たかったから…。昼にも月は消えず、空にあるのよ…見えないだけ。」
ここにあるのは、偽物の月だけど。声に出さず、愚痴る。
「行きなさいな…爆発音で人が来る…死にたくないんでしょ、貴女達も。」
「で、でも。」
「あぁ…そこの鬼もひっぱって行きなさい…この妖怪が何かしてたわ…鬼が一瞬…光ってたから。」
静葉がとっさに鬼に振り返った。たしかに呼吸がよわよわしいが、しっかりと生きている。
それに、先ほどは傷の周りだけだったのに、今は発熱しているのではないかと思うくらい体全体が熱かった。
「それと…ルナ、そこにいるのね?」
「う、うん…」
「貴女もどっか行っちゃいなさい…爆発って、アレ、嘘だから…」
どこか投げやりな様子で、言う。ルナチャイルドは最初茫然としていたが、数秒たってから言葉の意味を飲み込み、
「嘘なの…わたし大丈夫なの?」
「えぇ大丈夫よ…大丈夫ですとも…だからもうどっか行って…どっか…」
最後はもう、懇願だった。
静葉は最後に、輝夜と同じくうつ伏せになっていた美鈴を起こし、仰向けにして腕を胸で組ませた。温かいと思った右腕は、もう冷たくなっていた。
最後まで、誰かを守った腕だった。
小さな鬼を背負い、疲れすぎてフラフラになっているルナチャイルドの手をとって、静葉は里へ向かって歩き出す。
時折、輝夜が血を吐く音が聞こえたが、静葉は振り返らなかった。
静葉は、輝夜のことを知らない。このゲームに積極的に参加している人、ということだけしかわからなかった。
ただ、里で銃撃戦を繰り広げたあの勢いが失せ、見えない真昼の月を眺めながら死んでいく輝夜がとても哀れに思えて、美鈴を殺した仇であるはずなのに、復讐しようとか、
とどめを刺してやるとか、そういう気持ちを持つことが出来なかった。
静葉は青空を見上げ、昨夜輝いていた歪んだ月を思い浮かべる。
あぁ、あの人の名前、聞いてなかったな…。
聞けばよかった、な。
【紅美鈴 死亡】
【残り31人】
131 :
◇m0F7F6ynuE氏の代理投下:2009/10/18(日) 00:47:39 ID:upj6VKr4
【D-4 人間の里・南の外れ 一日目 真昼】
【秋静葉】
[状態]健康
[装備]フランベルジェ、ルナチャイルド
[道具]支給品一式、紅美鈴の写真、不明支給品(0〜2)
[思考・状況]妹に会いたい
[行動方針]
1. 美鈴が助けようとした命を助ける。
2.手当てが済んで鬼が動けるようになったら、同行を提案してみる。
3.誰ももう傷つけたくない。この不気味な剣も極力使いたくない。
4. 幽々子を探すかどうかは保留
※鈴仙と情報交換をしました。
※ルナチャイルドはエネルギーが切れました。夜になり月が出てからでないともう能力は使えません。
※静葉は輝夜からルナチャイルドに関する説明を受けていません。なので制限等の細かい仕様を知らない可能性があります。
【伊吹萃香】
[状態]体力低下による意識不鮮明 重傷 疲労 能力使用により体力低下(底が尽きる時期は不明。戦闘をするほど早くなると思われる)
[装備]なし
[道具]支給品一式 盃
[思考・状況]基本方針;命ある限り戦う。意味のない殺し合いはしない
1.にとりたちを捜す
2.紅魔館へ向う。ある程度人が集まったら主催者の本拠地を探す
3.鬼の誇りにかけて皆を守る。いざとなったらこの身を盾にしてでも……
4.仲間を探して霊夢の目を覚まさせる
5.酒を探したい
※無意識に密の能力を使用中。底が尽きる時期は不明
※永琳が死ねば全員が死ぬと思っています
※レティと情報交換しました
※美鈴の気功を受けて、自然治癒力が一時的に上昇しています。ですがあまり長続きはしないものと思われます。
[備考]
フランベルジェは中世に製作された実在の剣です。詳しくはウィキペディア等を参照してください。
大型の両手剣から細身の片手剣まで様々ありますが、静葉が扱うことのできるサイズということで小さめのものを想定しています。
その他は次の書き手様にお任せします。
静葉達が里に向かうのを見て、輝夜は大きなため息をついた。息を吐くのと同時に、腹の大穴からごぽっと血がこぼれる。
制限下では、さすがにここまで傷が深いと治せない。蓬莱の体は必死に変化に抗っているが、どくどくと脈動に合わせて、変わらず血は吹き出し続けている。
そのくせ、意識だけはやたらと鮮明なままだった。瞼が重くなってはいるが、痛みなどとっくの昔に許容量を越えて、もう何も感じない。
まさか、逃げたと思ったもう一人が後ろから迫っていたとは、全く気がつかなかった。
ルナが寝返ったから…いえ、ただ脅して従わせていただけだから、寝返りとは言わないわね。
血は止まらないのに、頭だけは回る。自分が徐々に死んでいくのを、自覚しながら、逝くのね。
これも、蓬莱の薬を飲んだ罰かしら。いまさら罰を食らうなんて、なんかもう、馬鹿馬鹿しいわ。
輝夜はもう、半ば自棄になっていた。これではもう永琳の元へ行くことは出来ない。地獄で永琳の来訪を待つことしかできないのだ。
他人の命を奪ったから、自分が地獄に連れて行かれるのは間違いない。永琳が地獄に来てくれるかどうかはわからないが、と苦笑した。
それから、ゆっくり目を閉じる。どうせあと自分にできることは何もない、とただ死を待つ。
輝夜が目を閉じると、瞼の裏に永遠亭の皆の姿が浮かび、懐かしい記憶の数々が白黒映画のように映し出された。
まさか、こんなにはっきりと走馬灯を見ることができるとはね。
輝夜は千年を越える時を、数秒のうちにさかのぼった。
月の都で初めて永琳に会った時。永琳から言われた宿題をすっかり忘れていてこっぴどく叱られた時。
蓬莱の薬を永琳と二人で作り、飲んだ時。地上に落とされた自分を、永琳が迎えに来てくれた時。そしてそのまま二人で逃げ出した時。
永遠亭に隠れ住むことを決めた時。月から逃げ出してきた鈴仙をかくまった時。てゐが率いる地上の妖怪兎達が初めて永遠亭を訪れた時。
永琳が自分のために密室の術をかけてくれた時。永琳が、蓬莱の薬を飲んだ時。
そう、私のために。
永琳。
「…えー…りん…。」
声が、思わず出てしまった。輝夜は、これが自分の声かと驚いた。あまりにも弱弱しく、か細かった。
「ごめ…な…さい……私駄目だった…一人…じゃ…駄目だったよう…」
死に物狂いで鈴仙の元から逃げ出した因幡てゐは、わき目も振らず走り続けた。
だが、突如目の前からいきなり爆発音が響き、反射的に頭を抱えて物陰に転がり込む。
きゅ、と目を強く閉じ、異変が収まるまで体を縮こまらせていた。
爆心らしき場所を見ると、見知った着物を着た女性が地に倒れている。
「あれ…ひ、姫様だ!!」
長い艶のある黒髪に桃色の着物、見間違うはずもなかった。
「あ、姫様怪我してる…」
思わず駆け寄ろうとするが、鈴仙の冷たい声が頭によみがえる。
----姫様も殺し合いに乗ってらしたわ----
輝夜へと駆け寄ろうとした足が止まった。もう少ししたら再生が始まり、何事もなかったかのように手元の銃を持って輝夜はまた殺し合いへと赴くのだろう。
わざわざ兎肉になりにいくことはない。だが大慌てでバタバタと逃げ出したら、バレて後ろを取られるかもしれない。
息をひそめて、輝夜が動きだすのを待つ。もう少し、もう少ししたら姫様はきっとどっかへ行く。ずーっと遠くへ行ったら逃げよう。
しかし、3分、5分と、ずっと待っていても、輝夜が動きだす気配はない。
まさかこんな状況でほかほか日向ぼっこなんてするわけがない。むしろ呼吸が、心なしか弱々しくなっているような気もする。
ここで、ようやくてゐが異変に気付いた。いくらなんでも再生が遅すぎるのだ。いつもなら、たとえば藤原妹紅と殺し合いをして手足を吹き飛ばす大けがを負っても、10分も
かからず元に戻っている。見ればお腹に刺し傷が出来ているようだが、この程度の怪我で立てないほど衰弱するなんて、ありえない。
「――――っ…よ……――――――」
何かつぶやいている。聴覚の良さなら自信があるてゐの耳でも聞き取れないほど、小さな声だ。
「姫様…?」
そろり、そろりと、輝夜に近づいていく。少しでも輝夜に動きがあったらいつでも逃げ出せるように心の準備だけしておき、少しずつ距離を詰めて様子を見る。
だが、全く輝夜に動きがないので、とうとうてゐは輝夜の元まで来てしまった。
輝夜は、静かに涙を流していた。
「姫…様…」
てゐが声をかける。輝夜は閉じていた目をわずかに開き、てゐを見る。
「…あぁ…てゐ…」
「ね、姫様、どうしたんですか。何かあったんですか。」
「てゐ…きいて…」
てゐの問いには答えず、ただ輝夜は言葉を紡ぐ。
「わたし…もうだめ…だか…ら…永琳を…助け…」
「お師匠様?姫様、駄目ってどういうこと?姫様?」
てゐの頭が混乱し始める。暇潰しにゲームに参加している、と言った鈴仙の情報と、目の前の輝夜の状態が全く一致しない。
輝夜の体はまだ血を流したままだ。一向に再生が始まる気配がない。
「姫様、どうして再生しないんですか?ね、姫様は死なないでしょ?死なないはずでしょ?」
「不死も…封じ…られ…」
輝夜は必死にてゐに伝えようとするが、口から血があふれて上手くしゃべることが出来ない。ずっと死という変化に抗い続けた体も、そろそろ限界だった。
不死じゃ、ない?
姫様は何があっても死なないんじゃないの?
暇つぶしのゲームで死にそうになってるって、どういうこと?
「いい…?てゐ…みな…ごろしに…」
輝夜が、最期の力を振り絞って、てゐに自分の願いを伝える。
「皆殺しに…しな…さい…優勝…すれば…あなたも永琳も…助か…る…。生きたい…でしょう…てゐ…。」
輝夜の目から、どんどん光が失われていく。
「ま、待って姫様!お師匠様が助かるって、どういうことなの、姫様!」
てゐがもっと言葉を聞こうと、耳を輝夜の口へ近づける。だが、
「てゐ…貴女が来て…よかっ…た…」
言葉は、そこまでだった。
再び孤独となったてゐは、剣と銃をその手に携えて、その場を離れた。もう後には誰もいない。
はずみで出てきたのだろうか、花弁のほとんど散った彼岸花が、二人を弔うようにぽとりと、ぼろぼろになったスキマ袋と一緒に手榴弾の爆心地に落ちていた。
【蓬莱山輝夜 死亡】
【残り30人】
【D-4 人間の里・南の外れ 一日目 真昼】
【因幡てゐ】
[状態]中度の疲労(肉体的にも精神的にも)、手首に擦り剥け傷あり(瘡蓋になった)、軽度の混乱状態
[装備]ウェルロッド(5/5) 白楼剣
[道具]なし
[基本行動方針]死にたくない
[思考・状況]1,生き残るには優勝するしかない?
2,輝夜の言ったことがひっかかる。
※鈴仙から聞いた情報を疑いはじめています。
※落ちていたウェルロッドはてゐが回収しました。
※美鈴のスキマ袋は破片手榴弾の直撃を受けてボロボロになりました。中身に関しても絶望的です。
※輝夜のスキマ袋は里のどこかに放置されたままです。
※えーりん終了のお知らせ
カワイソス・オブ・カワイソス・オブ・東方ロワを受賞おめでとうございます。
ここまで可哀想だと、サラマンダーみたいな専門用語に「えーりん」が出来そう。
投下乙ー
なかなか洒落た剣が登場かー、一人(と支給品)になった神様はどうなるやら
主催宣言で挑発した代償は大きい、と
しかも当分知らぬままなんだよね
ところで、出会った相手もろくな目にあってないよね
魔理沙しかり萃香しかり諏訪子しかり
魔法の森に囲まれた、小高い山の頂上にある小ぢんまりとした博麗神社。
普段ならば人妖が度々訪れ、時には宴会騒ぎにまで発展する、神社らしくない神社は、今は閑散として荒涼たる風景となっていた。
その縁側に腰掛け、ぽつねんと佇んでいるのは上白沢慧音だった。
放送を聞き、いてもたってもいられず洩矢諏訪子を探しに行った東風谷早苗を送り出し、
現在は時期を待ち、体勢を整えているというのが慧音の状態だ。
正直な気持ちとしては慧音も仲間集めに奔走したくもあった。しかし因幡てゐを巡る騒動の後、
自分のやっていることに確信も持てなくなってしまったのが慧音をここに留まらせている理由の一つ。
そして古明地さとりを放っておくことが出来なかったというのがもう一つの理由だった。
――私は、誰も信じられなくなっているんじゃないか。
神社に辿り着いて以来、慧音の胸中にはその気持ちが渦巻いていた。
自分を騙そうとしていた因幡てゐ。
空砲とはいえ、何の躊躇いもなしに銃を向けたルーミア。
目的のためならば他者を切り捨てることも是とした古明地さとり。
誰かを信じなければ始まらないと言いながら、その実本当に信じていいのかと心の奥底で疑っていたのが自分。
信じるという言葉さえ、慧音がそう思って発した言葉ではなく、『良き先生』、『良き理解者』の立場からそうしただけで、
実際のところは常に怯えている。
そうなのだろう、と慧音は思った。さとりの近くにいようとするのだって、彼女の仲間だと思ったわけではない。
放っておけば、さとりの言うところの『不必要な存在』を切り捨てにかかるかもしれず、
ならば自分が一緒にいて監視するほうが安全だと思っているから。
名前を偽り、火焔猫燐を騙って行動していたさとりのこと、口約束を守るとは思えなかった。
予防線を張っている自分が、どうして人に信じろと口にすることが出来るのだろう。
慧音は思っていた以上に芥に塗れきった自らの姿を眺め、失笑の息を漏らした。
信じるという言葉の意味も忘れ、上っ面をなぞるだけになってしまった事実。
道徳を忘れてはいけないから、争ってはいけないからという教科書に踊らされ、なぜと考える術を失ってしまった卑しさ。
盲目的に書面を正しいと断じて、重ねた言葉がどんな存在にも届くはずがない。
だからさとりを説得することもできなかったばかりか、『悪いこと』をしたルーミアにだって何一つ言えていない。
これは諦めなのだろう、と慧音は自らの不実をそう結論した。
妖怪は人を襲い、喰らう。それが肉体であれ、心であれ、襲うことこそが妖怪を妖怪たらしめている理由なのだから、
人間の論理が通じないのは当然。故に人間の側に立っている自分の言葉なんて届かないし、そんなことをしても意味はない。
適度に折り合い、黙認できるところは黙認して、妥協する。
妖怪であり、人間でもある慧音が長年生きるうちに整えた、それは一つの完成した論法なのかもしれない。
しかし同時に慧音から理想を奪い、現実に対処する術を学ばせ、平和のためには見ず知らずだってすることもさせた。
人間を不要な争いに巻き込みたくなかったから。名目上はそれでよかったし、ある程度の平和は保たれてきた。
だが結局のところこんなものは言い訳でしかなく、立場が違うだけで、さとりの考えていることと同じではないのか。
人間と妖怪、決して相容れぬ存在が共生してゆくためにはこうするしかなかったのだとしても……
だがそれで掴んだ平和は妥協に妥協を重ねただけで、本当の共生にはならなかった。
手を取り合い、仲良く人妖が暮らしてゆく平和など夢物語でしかないと諦めて。
自分も所詮は妖怪か、という実感が慧音の心を曇らせてゆく。
そんな慧音の目先に差し出されたのは、温かな湯気が立ち昇る湯飲みだった。中には濃い緑のお茶が注がれている。
差し出したのは、今まさに反目しているさとりだった。「どうぞ」と言ったさとりに逆らえず、慧音は無言で受け取った。
どうやらさとりが淹れたものらしいと理解した頭は、毒が入っているのではないかという危惧も持たせたが、
隣に座ってお茶を啜るさとりの姿を見て、警戒心の代わりに自己嫌悪が広がってゆくのが分かった。
「ただのお茶ですよ」
唐突に言ったさとりにハッとさせられる慧音だったが、彼女がサトリであることも思い出し、「悪い」と謝罪の言葉を述べた。
しかしさとりは苦笑して「いいんです」と続けた。
「嘘をついてきましたから」
改めて眺めたさとりの横顔は寂しそうで、こうして隣に座っていても彼女は一人ぼっちでいるようにしか思えなかった。
サトリであることが分かってしまった以上、もう嫌われても仕方がない、そう考えているのかもしれない。
長年の生が諦めを生み出し、浸かることを当たり前としてしまった自分と同じように。
「正直なところ、私はお前のやり方には賛成できないし、したくもない」
「私もあなたのやり方は甘すぎると思います。人も、妖怪も、誰しもが悪意を持っている」
「だが折り合って生きていくことはできる。……そうだろう?」
そう、人と妖怪が心から分かり合えるというのは夢物語なのかもしれない。
だとしても互いに対する嫌悪感と排斥だけが、人妖の間にあるものだとは考えたくはなかった。
妥協に妥協を重ね、停滞の末に自分のような疑いしか持てない者がいるのは事実であっても、
早苗のように必死でまとめようとしてくれている存在があるだけで、慧音は儚い希望の灯を消さずにいられた。
人間と妖怪。二つの種族全員が疑いと憎しみしか持てていない現実なんて、寂しいし、悲しすぎるから……
「……そうかもしれません」
不意にさとりが微笑を見せ、その意外すぎる柔らかさに内奥にあった氷が溶けてゆく感覚があった。
ああ、と慧音は思い出す。妹紅と似ているんだ、こいつは。
ずっと一人で生きてきた藤原妹紅が他者と関わりあうのを恐れ、頑なな表情しか見せてこなかったように、
さとりも自ら距離を置くことで心の安寧を保とうとしてきたのかもしれない。
サトリという種族にとって何よりも重要なのは変わらぬ心、平常心を保つことであり、孤独を是としてきたさとりにとって、
人との関わりは自らを崩す不安材料そのものだった。
しかし早苗がさとりに対する無条件のやさしさを見せたことで、さとりが思い込んできた事実は崩れようとしている。
決して悪意ばかりではない。あったとしても、善意もまたあるのかもしれない、と。
そうして人も妖怪も変われるのかもしれない……感慨を結んだ慧音は流石に安直すぎるか、とも思ったが、
微笑するさとりを見ているとそのようにも思えてくるのだから不思議なものだった。
「済まなかったな」
だからだろうか。慧音は意外なほど素直に、今の自分が持つ気持ちを告げていた。
さとりが何を言っているのか分からないという風に目をしばたかせていたことに、今度は慧音が吹き出す番だった。
「な、何ですか」
「失敬。因幡てゐの一件で取り乱してたことだよ。感情に振り回されすぎてた」
「……」
「でも、だからといって役立たずや不安要素は即刻切り捨てるというお前の考えには賛同できない。
私も少しは悪意がないか疑うようにするから、さとりも少しは私を信じてくれないか?」
「妥協ですね、それは」
「そうとも。妥協しか出来ないのが私達だ。無条件に善意や悪意を信じきれるほど、子供じゃなくなってるんだ」
さとりの目が軽く伏せられる。だが拒絶するような素振りはなく、寧ろ仕方がないという感じで息を吐き出した。
互いに潔癖などではなく、芥に塗れ、人妖の在り方を知ってしまった者同士であるということを理解した顔だった。
「分かりました。ではまず私から条件があります。ここにおいて他者を悪意の下に傷つけた者には、相応の罰を与えること」
「私からも条件だ。殺害しているなどの前情報があっても、こちらからは攻撃を仕掛けないこと。話し合いの余地があるか確かめる」
「要は真実を確かめるまで手出し無用というわけですか。……まだ甘いですね」
「問答無用で殺さなくなったお前に比べればそうでもないさ」
「私は……」
そんなつもりではない、という風に口が尖る。だがさとりの気はほぐれたらしく、無表情を装っていた彼女の姿はない。
立場から反目し合い、適当に折り合う術しか見出せなくなったのだとしても、慧音にはこの一事で満足だった。
これが仲間意識か、とふと思った慧音はそれこそ都合のいい話だと思いをかき消した。
仲間ではない。敵の敵は味方という言葉の方が正しいのかもしれなかった。
それでも協力し合えるのだから、全く縁とは不思議なものだった。
奇妙な感慨を覚えながらお茶を啜ろうとした慧音の耳に、ずんと重低音が響く音と地面が揺れる気配が伝わった。
ぽちゃ、と湯飲みの中の液体が波紋を立てたのと同時、慧音とさとりは異変を感じて立ち上がっていた。
「何だ!?」
「大きいですね」
声こそ平静そのものだが、さとりも異変の元を探ろうと目を泳がせている。
だがここまで聞こえるとなるとそう遠いところの事件ではない。
現場が近いのは疑いようがなく、まさか、という憶測が慧音の中で弾けた。
「早苗が……?」
「……慧音さん」
さとりも同じ結論に辿り着いていたらしく、行くのか、と目で質問される。
無論だという風に慧音は頷いた。送り出した早苗が戦闘に巻き込まれているのだとしたら、責任は間違いなく自分にある。
ルーミアに不安を抱えながらも諦めのままに護衛につけたのも自分なら、さとりを恐れるがあまりついてゆこうとしなかったのも自分。
そんな勝手すぎる自分のために、人妖を繋げようとしてくれていた早苗を見殺しにしてたまるかという思いが慧音にはあった。
ここまで抱え込んでしまった不実を今さら実感したころで取り返せるものではないのかもしれない。
だがここで行動せずに沈黙を決め込むことこそ真に慧音が憎んできた悪であると分かっていたし、
何よりも慧音自身、早苗を助けたかった。立場も種族の差も乗り越えて、早苗は守るべき光だと確信していたからだった。
止めても無駄だ、とさとりに告げようとする前に「分かっています」と制する声がかかった。
「私も行きましょう。……私も、早苗さんには死んで欲しくはありませんから」
苦笑するさとりの顔は覚え始めた感情を押し殺すのに必死という風であり、打算や自らの利益など眼中にないことは明らかだった。
なるほど、惚れた弱みかという理解が頭の中に広がり、「別にそういう趣味じゃ」と弁解するように重ねたさとりに、
今度こそ慧音は笑わずにはいられなかった。ここに来て以来、初めて心から浮かべた笑みだった。
ひょっとすると思った以上に、私達は手を取り合っているのかもしれないな。
少し前まではとても信じられなかった考えがスッと胸の奥に染み渡ってゆくのを感じながら、慧音はもう一度「済まなかったな」と言った。
分かればいいんです、そう告げて先を走り出したさとりに、慧音はもう一度笑ったのだった。
* * *
風が吹いている。
とても心地良いと感じてきたはずの風。
包み込むように頬を撫でてくれるはずのそれ、自然のやさしさを運んできてくれるはずのそれは、
今は、血の生臭さとつんとした刺激臭だけを運ぶ、穢れた風になっていた。
「――え?」
東風谷早苗は、目の前でバラバラに砕け散った洩矢諏訪子の顔を直視していても、何が起こったのか分からなかった。
つい先ほどまで目の前のあったはずの、幼さが目立ちながらも、
神としての威厳と母性さえ感じさせるような諏訪子の表情が目に焼きついて離れず、
眼前の肉片が何であるかさえ未だに脳が理解できずにいた。
「わぁ、やったぁ♪」
その隣ではルーミアがきゃっきゃと嬉しそうにはしゃぎ、跳ね回っている。
未だに硝煙を立ち昇らせる拳銃が、その手に握られていた。
呆然とその様子を眺めていると、やがて満足したらしいルーミアがにこにこ顔で肉片の前へと座り込んだ。
「うん、それじゃいっただっきまーす」
大きく口を開けたその三日月が、赤い口腔と重なって早苗に悪魔を連想させる。
赤い赤いお月様が、赤い河を啜る。
ちろちろと蠢く舌が、気持ちの悪い虫のようにしか思えなかった。
ルーミアの口内で動く何かが喉を通るたび、諏訪子との思い出が削り取られてゆくような気がしていた。
べとべとに口の周りを血で汚す姿は子供でありながら、悪意そのものを押し込んだもののようにしか見えなかった。
美味しい、と喜悦に満ちた声が響くたび、早苗の中にひたひたとした現実が侵食する。
「お肉は、どーかなー?」
尖った八重歯が突き立てられる剣のように見え、そこから諏訪子が激痛を発する声を聞いた早苗はルーミアを突き飛ばしていた。
それと同時、耐え難い怒りと悲しみとがない交ぜとなって、目の前の妖怪に対する憎悪へと変わってゆくのが自分でも分かった。
汚された自らへの神に対する侮辱と、蛮行に走ったルーミアへの怒りも露に、早苗は自分でも驚くくらいの大声を発した。
「何を……何をやっているんですかっ!」
震える声は怯えているのではなく、思いを踏み躙られたことに対する激しい恨みからだった。
妖怪は人を喰らうもの、と理解してはいた。その光景を目の前で見させられもした。
だが敵どころか自分の家族である諏訪子との会話を聞いていたにも関わらずトドメを刺し、
あまつさえ肉を喰らおうとする傍若無人ぶりは一体何だというのか。こんなにも妖怪は身勝手だというのか。
食い縛った歯は今にも割れそうなくらいに一文字の形をしていて、自分の中に抑えがたい衝動が生まれ始めているのが分かった。
怒っているのは……本気で叫んだのは分かっているはず。
そのはずなのに、ルーミアはわけがわからないというように呆然としていた。
妖怪が人を喰って何が悪い。欲望に身を任せるのも恥じない傲慢があり、
人間の事情など知ったことではないと嘲笑っているようにしか、早苗には見えなかった。
「諏訪子様は、私の家族なんですよ! 今の話を聞いてて、分かったでしょう!? なのに、なんで、なんであんなひどい……!」
「だって、ルールだもん」
ぷく、と頬を膨らませて言ったルーミアは、悪気などひとつも感じていないようだった。
ルール、と聞き返した早苗の頭に広がったのは、この子には人の情愛も絆も関係ない、何も知らない子供だという感想だった。
いや、知らないだけならまだいい。ルーミアは意味も考えようとせず、提示されたから従っているだけの操り人形だ。
食べてもいいと言われれば食べ、撃っていいと言われれば撃つ。思考を捨て、命令のみに身を任せる愚かな妖怪……
そんな妖怪を信じてしまったこと、そんな下らない妖怪に諏訪子が殺されたこと、穢されたことがひどく惨めに感じられ、
情けなさがよりいっそう憎しみへと転じてゆく。
「うん。これを撃って、弾が出たら食べてもいいって決めたもん。何が食べてもいい人類なのか、分からなかったから」
「ふざけるなっ!」
無知から来る気まぐれなのだと理性は理解しながらも、早苗は叫ばずにはいられなかった。
それほどまでに目の前で家族を殺された憎しみは大きく、悲しみは癒せない傷となっていた。
それだけではない、これまで何一つとして救えなかった自らの無力の実感、風邪による体力の低下、
反目し合う人妖たちをまとめられなかった不甲斐なさとが絡まり、吐き出さずにはいられないほど大きなものへと変貌していた。
実際諏訪子に致命傷を与えたのは他の人物だと分かっていても、目前のルーミアに対する恨みつらみは止められない。
ここで起こったこと全てを受け止めるには、早苗はどうしようもなく若すぎた。
「だからって、諏訪子様を、なんで……なんで、なんでよっ!」
ふわり、と舞った木の葉は、早苗が力を収束させ始めたことの証だった。
風邪によって、早苗が備える力は半分も出し切れていなかったが、
ルーミアは早苗の行動を弾幕ごっこだと認識したようで、後ずさり始める。
それが引き金だった。
「諏訪子様は、最期に笑ってたんですよ! 私になにかを伝えようとしてくれていたんです!
なのにあなたは、どうしてそう簡単に奪うことができるんですかっ! あなたには……心はないんですか!」
神風。例えるならそうとしか言いようのない暴風が刃となってルーミアに向かった。
不可視の弾幕であるはずの風の刃は、しかしルーミアが少し横にずれただけで避けられた。
「おねーさん、悲しいの? ……私、何か悪いことしたのかな」
「っ……今更、なんですよっ!」
再度風を弾幕の形に整え発射する。広範囲に弾を撒き散らしたつもりだったが、
ルーミアという一点しか狙っていなかったことを読まれていたようで、飛んで避けられる。
苛立ちが更に激情を募らせ、感情を殺意の形へと変えてゆく。
それまでまるで抱いたことのなかった『殺してやる』という気持ちが明確となり、早苗の中にじっとりと滲んでゆく。
こんな妖怪がいるから、神奈子も諏訪子も死んだ。
こんな妖怪がいるから、みんな死んでゆく。
なら退治してやる。
妖怪は皆殺しだ――白熱した頭のまま、早苗は次なる弾幕を形成しようとした。
「ご、ごめんね? あれは食べちゃいけない人類だったの?」
戸惑いを隠しきれないルーミアが『自らの罪』を自覚したようにおずおずと近づこうとする。
その瞬間、限界まで沸き立った殺意にこれでいいのか、と声が差した。
だが遅すぎた。既に弾幕は発射され、早苗がしまったと思ったときにはルーミアに弾の群れが迫っていた。
咄嗟に回避したらしいルーミアは、しかしいくらか掠ってしまったようで苦痛に表情を歪めた。
完全に敵意があると認識してしまったらしく、ルーミアは「ごめんなさい」と言って逃げ出してしまう。
追おうとした早苗だったが、ここに来て崩した体調にツケが回ってきたようで、かくんと膝が折れ、体がすとんと落ちた。
なんで、こんなときに限って。
そこまで考えた早苗は、ならば追ってどうするという疑問に突き当たった。
殺す、のか? ごめんなさいと言ったルーミアを?
だがあの妖怪は、諏訪子を、家族を穢した……許すべきことではないし、制裁を与えてしかるべきことだ。
それにあんな人喰いを放っておいては他の人間にも被害が出るかもしれない。
だから退治する。二度とあんなことがないように、妖怪は全部退治し尽して――
なら火焔猫燐はどうなる、と早苗の脳裏に、いつでも寂しそうな顔をしていた妖怪の姿が思い出される。
自分を支えてくれた妖怪。
ごめんなさい、辛かったでしょう?
泣き崩れた自分を抱きすくめ、壊れかけていた自分を元に戻してくれた妖怪を、退治する。
そうするのが正しいと分かったようになって、それまであったことも全部忘れて?
「……でも! でも、諏訪子様は妖怪に殺されたのよ! こんなの認められないじゃない!
だからいい! 妖怪なんかより神奈子様が、諏訪子様の方がよっぽど大事だった!
そうよ、だから私は殺してもいいの! だってそうしなきゃ、そうしなきゃ私は、何を信じれば……!」
風が吹いた。
ふわりと何かが舞い、理由を求めて彷徨わせた視線を塞いだ。
ぱさり、と顔に被せられる何か。
懐かしく、やさしい匂いが早苗の鼻腔をくすぐり、ぐちゃぐちゃになりかけていた思いを押し留めた。
頭に乗ったそれを掴み、眺める。それは諏訪子が愛用していた、どこか奇妙な愛嬌のある帽子だった。
もう、やめなよ。みっともないよ、早苗。
神格の残り香があったのかもしれない。幻聴かもしれない。けれども確かに――いつもの穏やかな諏訪子の声が届き、
憎しみで押し殺していた感情の波が溢れ出した。とめどない涙が溢れ出し、ぽたぽたと諏訪子の帽子に落ちた。
自分は何をしようとしていたのだろうという強い後悔が頬を伝う雫と共に生み出され、早苗は「ごめんなさい」と繰り返していた。
取り返しのつかないことをするところだった。
先ほど言われていたはずの「偶像≠信じるんじゃないんだ、"理想≠信じるんだよ」という言葉も忘れ、
今まさに幻影、諏訪子の敵討ちという偶像に縋ってしまうところだった。
そうしたところで慰められるのは諏訪子の魂じゃない、自分の魂でしかないというのに……
諏訪子が死を賭してまで伝えたかった言葉を忘れてしまうのなら、それは一体なんのための犠牲、なにを得るための代償なのか。
得られるのはつまらない自尊心でしかないということを理解した早苗は、現人神失格だという思いに打ちのめされた。
確かに、諏訪子を穢したルーミアは許すことは出来ない。今までもそうだし、これからだってそうだろう。
だとしてもそれなりの償い方をさせることだって出来るのだし、ルーミアにも、自分の想いは伝わった。
もう一度話をしてみよう。早苗は覚束ない足取りながらも立ち上がり、前へと向かって歩き出した。
今一度確かめる。きちんと分かり合えるかどうか、話し合ってみる必要があった。
もし、それが無理であるのなら……覚悟を決めようと早苗は思った。
戦わなきゃいけないのだとしても、どうあっても分かり合えないのだとしても、それでも、憎しみだけで互いを否定し合うなんて。
「そんなの、ロマンがないわよね」
理想とはそういうことなのだろう、と早苗は納得して、諏訪子の帽子を両手に抱えた格好で歩き続けた。
* * *
上白沢慧音という半獣半人が、よく分からなくなってきた。
つい先ほどまで反目しあい、決して相容れないものだと認識していたにも関わらずそれを受け入れて新しい関係を築こうとしている。
古明地さとりという嫌われ者妖怪で、加えて嘘つきであっても必要なのだと断じて真摯な目を向けた慧音に戸惑っていた。
これまではそうではなかった。サトリという存在そのものが嫌われ、疎んじられる原因であり、絶対の摂理であるはずなのに。
種族に関係なく、ただの思想の違いを違いとして対等な位置に立たされたことがこそばゆく、むず痒い感覚だった。
それだけではない。東風谷早苗のやさしさ、ルーミアの素直な言葉もまたさとりの観念を揺らがせるものだった。
今の時代は、サトリという種族であっても受け入れてくれる場所があるのかもしれない……
そのように考えてしまうことに自分でも信じられず、現金さに呆れる思いでもあったが、
彼女達の存在に心惹かれていることもまた正しい事実だった。
惚れた弱みか、という慧音の心の中の言葉が反芻され、さとりは自分を困らせるためにそう考えたのだと解釈することにした。
大体、サトリであるということを打ち明けたのは慧音だけだ。早苗やルーミアが普通に接してくれているのは、普通の妖怪だから。
惹かれたところで、結局『みんなと』交じり合うことなんて出来やしないのに……
自らの心境の変化に失笑しながら、さとりは思考を切り替える。
それよりも重要なのは早苗の安否だ。風邪でまともに戦えない以上、長期戦を強いられれば不利になるのは明白だった。
考えてみれば、早苗の話していた洩矢諏訪子というのは土着神の頂点。
神格的には上位であり、地霊殿の妖怪以上の力を兼ね備えていると見るべきだ。
それが血痕を残していたのだから、少なくとも諏訪子と同等かそれ以上の妖怪と戦ったと見るべきで、
だとするならば知能が高い可能性も十分だった。往々にして強い妖怪というものは頭も良い。
諏訪子の帽子を残していったのは早苗をおびき寄せるための罠……?
なぜその考えに至らなかったのかとさとりは自責の念にとられたが、この期に及んでは詮ないことだった。
今考えるべきは現場に急行することで、反省はその後でいい。早苗がまだ生きていることを願うしかない。
一応ルーミアだっている。そう簡単にはやられないはずだと信じたかった。
「さとり、音がまた聞こえた。今度は金きり音に近い」
「金きり……?」
隣を走る慧音は、流石に半獣であるからかさとりよりも耳聡い。「多分、弾幕だろう」と続けた慧音に、
さとりはひとつ安心する思いがあった。音が続いたということは、まだ戦闘中のはず。最悪の事態にはなっていない。
だが最悪の事態に一歩一歩近づきつつあるのは確かで、急がなくてはならなかった。
神社の石段はやたらと長く、一段飛ばしで降りてもまだ終わりそうな気配がなかった。
空を飛ぶという考えが咄嗟に浮かんだが、それでは早苗と戦闘している誰かからも丸見えで、救援どころかいい的になりかねない。
けれどもそうするだけの価値があるんじゃないか。身勝手な自分の命と早苗の命、どちらが重要かなのは一目瞭然ではないのか。
いや、それこそ自分勝手な、独り善がりな話ですね。
皆で幻想郷に一緒に帰ろう。夢のような言葉を信じて行動を続けている早苗を裏切りたくはなかった。
「音は北側からでしたよね」
「ああ。降りたら迂回して一気に駆け抜けるぞ。行けるか」
「失礼ですね。戦闘は不得手ですが、私も妖怪だということを忘れないで頂きたいものです」
「そうか。じゃあ、遠慮はなしだ」
慧音が言うと同時、神社の石段が終わる。
全力で走って数分といったところか。その間に妖力の集中も済ませておく必要があった。
意識を高めようとした矢先、さとりは前方に揺れる金色を見つけた。
「……ルーミア?」
さとり達が向かおうとしていた先から走ってきたのは紛れもなく彼女だった。
隣に、早苗は……いない。
こちらの存在に気付いたルーミアがばつの悪そうな表情になり、方向転換して逃げ去ろうとする。
彼女の口元には、べっとりとした血液が張り付いているのが見て取れた。
さとりの中で、考えまいとしていた想像が過ぎる。
血溜まりに突っ伏す早苗。虚ろな瞳をこちらに向け、なぜと問いかける声。
どうして、私に嘘をついたんですか――
血の気が引いてゆくのがさとり自身分かった。そんな、と飛び出した声はいやに冷静な声だった。
既に認め始めているというのか。この場では人間風情は生き残れなかったのだと、いつもの自分が納得しようとしているのか。
「嫌だ、そんなの……待って下さい、ルーミア!」
冷めた自分の視線が後ろにあるような気がして、さとりは逃れるようにルーミアを追おうとした。
「っ!? 待てさとり、そっちに行くな……!」
切羽詰った慧音の声と共に、さとりの肩がぐいと引っ張られた。
予想外の行動に思考を失う。引かれた拍子に、足の先に何かが引っかかったと感じるのが精一杯だった。
罠――?
頭がそう認識したと同時、慧音がさとりを覆うように抱きかかえる。
視界の隅にちらりと映った、黒光りする長方体が爆ぜたのはその次だった。
耳を引き裂くような爆音と共に、自分達が使う弾幕とは比較にならない速度の何かがさとりのいる場所を通過した。
思わず目を閉じていたさとりだったが、不思議と痛みはなかった。
代わりに、自分を抱きすくめていた力がするすると抜けてゆくのが分かった。
「……済まなかったな」
その瞬間には立場も種族も、それまであったしこりも関係なく、
ただ助けたいという思いから紡ぎ出されたのだろう言葉がさとりの耳朶を打った。弾かれるようにして目を開ける。
自らを盾にした慧音が、爆発して飛散する何かを浴びて力尽きる姿がさとりの目に飛び込んできたのだった。
絶句するさとりとは対照的に、慧音の顔は穏やかだった。ただ、その心の中はやはり後悔と無念に溢れていた。
死にたくない。
友達にも会えないままなんて。
もう先生役も出来ない。
人間達と一緒にいられない。
さとりとも、友達になれなかった――
さとりに最後の思考が伝わるのと、琥珀色の瞳が閉じられたのはほとんど同時だった。
命が絶たれた瞬間。もう二度と言葉も交わすことが出来ないことを伝えられた瞬間だった。
慧音の心に触れたさとりの胸が軋み、悲鳴を上げた。
抗いようのない痛みに感情の箍が外れる。いや、外さずにはいられなかった。
そうしなければ自分が自分でなくなってしまう。
サトリでも何でもない、ただの化物に成り下がってしまうと知っていたからだった。
「なんで……っ! どうして、貴女は……!」
物に変わってしまった慧音の体がひどく重たかった。
とすんと地面に落ちる彼女を支えることすら叶わなかった。
「あ……あ」
掠れた声を出すもうひとつの存在に、さとりは顔を上げた。
ばつの悪そうな顔をしていたルーミアが顔を背ける。
「ちがう……食べてもいい人類じゃなかったのに……」
「……まさか、貴女が……?」
心を読まずとも、ルーミアがこの罠を仕掛けていることが分かった。
だとするなら、早苗を襲ったのも彼女?
空砲はこちらを騙すためのフェイクで、分散したところをあらかじめ狙う手はずだった?
自分に礼を言ったのも、全ては油断させるための罠だったというのか?
早苗がこの場にいないこと。ルーミアが逃げようとしたこと。そして罠の所在を知っていたこと。
これらの事実を繋ぎ合わせれば、全ての元凶がルーミアにあることはすぐに分かった。
そう理解したとき、さとりは自分でも理解出来ないくらいの激しい衝動に駆られて叫んでいた。
「貴様あぁぁぁぁぁ!」
想起「テリブルスーヴニール」。生成された弾幕は今のさとりの心を表すように、ドス黒い瘴気に覆われていた。
「死ね……! 貴女みたいな妖怪に生きる価値なんてない……!」
「待って!」
聞き覚えのある声が、弾幕を発射しようと指令を下しかけたさとりの指を押し留めた。
息せき切って現れたのは、ルーミアに嵌められたはずの早苗だった。
片手に洩矢諏訪子の帽子を抱え、片手を木の幹に預け、ようやく体を支えるようにして彼女は立っていた。
死んでいなかった? 新たな事実に動転するあまり、生成した弾幕はいつの間にか消えてしまっていた。
その隙を見計らったかのように、ルーミアが身を翻して逃げてゆく。
しまったと思い、逃がすものかと後を追おうとしたが「燐さん!」と叫んだ声に、反射的に体を止めてしまう。
「やめて下さい。いいんです、もう……」
早苗は既にルーミアのことなど気にしていないようだった。
どうして慧音の仇討ちに行かせてくれないのかという苛立ちが募り、さとりは「何故です」と我知らず冷たい声を出していた。
「ルーミアさんは分かってないだけなんです。だから、話し合う余地がある。そうでしょう?」
「……慧音さんが殺されたのですよ」
目を伏せながら、さとりは嗚咽交じりの声を漏らした。
最後に聞いた慧音の言葉が突き刺さり、重すぎる罪悪感となって胸の底へと沈んでいた。
「私は、あの子を殺さなければいけません。そうしないと、私は私を許せなくなる」
あの瞬間、自分がもっと冷静でいられたなら。
闇雲に行動してさえいなければ。
ここで何もしなければ、慧音は一体何のために死んでいったのか。無駄死にじゃないか。
「そんなこと、させません」
もう話すことはないと早苗の横を通り抜けようとしたところに、制するように手が入った。
体調は悪いはずなのに。限界ギリギリで自分を保っているはずなのに。
早苗の目は自分という一点だけを見据え、一歩たりとも引かない姿勢になっていた。
透き通るような目の色に、さとりは心を見透かされているような錯覚に陥ったが、そんなはずはないと言い聞かせた。
「燐さんは私の仲間なんです。私の仲間を……恨みや憎しみだけで行かせたくないんです。そうしないと、みんなおかしくなっちゃうから」
仲間、という言葉がさとりの胸を抉ったが、それは早苗が自分をただの妖怪だと信じているからなのだと告げる部分があった。
サトリは嫌われ者。理解してくれようとした慧音はもういない。もう誰も、サトリを受け入れてはくれない。
孤独を取り戻すために、さとりは真実を告げる。
「私は火焔猫燐なんかじゃないんですよ。私の名前は古明地さとり。心を読む妖怪なんです」
一度口に出してしまえば、後はするすると言葉が出てきた。あっけないものだ。
真実を口にするのは、こんなにも簡単すぎることだった。
「そうです、私は嘘をついていたんですよ。心を読む妖怪だということを隠すために。だってそうでしょう?
心を読まれると知って、一緒にいたい人や妖怪なんているわけがないんですから。私は別にみんなで脱出したいなんて考えてない、
自分さえ助かればいいと考えていた愚か者なんですよ。身勝手でしょう? 私はそういう妖怪なんです。
貴女に近づいたのも、貴女がお人好しだって分かったから。心を読んでいたからに過ぎないのですよ。
信じたわけじゃない。利害が一致していただけです。そんな風に利用する私です。仲間なんかじゃ、ないでしょう?」
真実を明かしたさとりは、自分に対する嘲笑の意味も込めて早苗の心を読もうとした。
表層しか読み取れなくても、彼女が失望したことくらいは分かるだろうと思ったからだ。
「……それでもあなたは、さとりさんは、私の仲間で、友達です」
だが、早苗の心は頑として動かなかった。ショックを隠そうとしても普通は隠し切れない。
それこそ古明地こいしのように、心を閉じたのでもなければ。
しかし早苗は人間。それなのに、そうであるはずなのに。自分を射抜く視線は相変わらず真っ直ぐなままに、
真っ直ぐな心も変わりはしなかった。
「どうして……」
「嘘をついてたのだとしても、その嘘が私を救ってくれたから。さとりさんの嘘がなければ、私は潰れてたんです。
だからさとりさんの嘘は何も悪いことなんてないんです。嘘が、誰かを救うことだってあります。
私は……その"理想≠信じたい」
変わらなかった早苗と、利用していた自分を赦したこと両方への疑問を解消する返答が、さとりに根付いていた観念を、
何があっても変わらないと断じていたはずのものを揺さぶり、引き剥がした。
「だって、生まれたときから絶対に悪いやつだなんて、おかしいじゃないですか。そんなのロマンがないです。
悪いことをするなら、悪いことをする理由がある。その理由を退治するのが、私達人間なんですよ。
だから私はその理由……歪みを、退治しに行くんです」
それが諏訪子様が最期に仰ったことですから、と告げた早苗の顔が、僅かに悲哀の色を纏う。
心が入ってくる。この人も、ルーミアに殺された。直接的ではないにしても、悲しい離別をさせられた。
でも諏訪子様はここにいるんです、と早苗の心が言った。
"理想≠ニいう言葉をちゃんと理解して、心に宿らせれば神はただそこに在る。
……ああ、この方は、真に現人神なのですね。
負けた、とさとりは思った。
死にたくないと心で言っていた慧音。
だがしかし、そこにルーミアへの恨みはなかった。
慧音はあのとき、心の底から人間と妖怪の、善意を信じていたのだ。
私は、そんなことすら理解できていなかった……
「ルーミアさんを止めに行きます。それで、きちんと分からせてあげるんです。『退治』してね」
苦笑交じりの言葉は、額面以上の何かを含んでいるのだとさとりにも分かった。
さとりも笑った。今はそれでいいのでしょう、慧音さん。
「ついてきてくれますか、さとりさん」
「……了解しました」
理解できたはずの慧音を失った傷は深い。
ルーミアに対する怒りも、残っていないではない。
きっと忘れられない。理解してくれる者を奪った罪は果てしなく重い。
でもそれ以上に、分かりかけていることもあるらしい。
だからもう少しここにいる必要があると結論して、さとりは少しだけ、泣いた。
【上白沢慧音 死亡】
【G−3 魔法の森 一日目 午後】
【東風谷早苗】
[状態]重度の風邪、精神的疲労、両手に少々の切り傷
[装備]博麗霊夢のお払い棒、霧雨魔理沙の衣服、包丁、魔理沙の箒、
[道具]支給品一式×2、制限解除装置(現在使用不可)、魔理沙の家の布団とタオル、東風谷早苗の衣服(びしょ濡れ)
上海人形、諏訪子の帽子、輝夜宛の手紙
[思考・状況]理想を信じて、生き残ってみせる
1.さとりと一緒にルーミアを説得する。説得できなかった場合、戦うことも視野に入れる
2.人間と妖怪の中に潜む悪を退治してみせる
[備考]
なし
【ルーミア】
[状態]:懐中電灯に若干のトラウマあり、裂傷多数、肩に切り傷(応急手当て済み)
[装備]:リボルバー式拳銃【S&W コンバットマグナム】4/6(装弾された弾は実弾2発ダミー2発)
[道具]:基本支給品(懐中電灯を紛失)、.357マグナム弾残り6発、フランドール・スカーレットの誕生日ケーキ(咲夜製)
不明アイテム0〜1
[思考・状況]食べられる人類(場合によっては妖怪)を探す。現在北側に向けて逃走中
1.食べてはいけない人類がいる……?
2.日傘など、日よけになる道具を探す
[備考]
※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違い
【古明地さとり】
[状態]:健康
[装備]:包丁
[道具]:基本支給品、にとりの工具箱
[思考・状況] 基本行動方針:殺し合いには乗らない
1.早苗に従ってルーミアを止めるために行動。ただし、罰は必ず与える。
2.空、燐、こいしと出合ったらどうしよう? また、こいしには過去のことを謝罪したい
3.自分は、誰かと分かり合えるのかもしれない……
[備考]
※ルールをあまりよく聞いていません(早苗や慧音達からの又聞きです)
※主催者(八意永琳)の能力を『幻想郷の生物を作り出し、能力を与える程度の能力』ではないかと思い込んでいます
※主催者(八意永琳)に違和感を覚えています
※主催者(八意永琳)と声の男に恐怖を覚えています
※森近霖之助を主催者側の人間ではないかと疑っています
※慧音の支給品一式、及び武器は地雷により完全に破壊されています。使用は不可能
投下終了です。支援してくださった方ありがとうございます
タイトルは『少女、さとり』です
投下乙
ルーミア…やってくれたな。
チームとして先送りを繰り返してきた問題が、こういう結果になったか。
お疲れ様ー
…出ちゃったか…しかも地雷も発動かよ
しかしルーミアもしょんぼり気味だし多少の自重がでるかな
…小町の殺害数増えないなぁ
筆頭マーダー霊夢の次に殺害数の多い輩は全員死亡で後は単発だし
ルーミアが2番タイになったけど本人的にちょっと危ういし鈴仙が狙ってるし
どうなるやら
…霊夢の殺害数また増えそうだし、
数的にはやはり独壇場?面白いけど。
投下乙。
予約の時点で期待してはいたが、ルーミアが見事に掻き回してくれたな。
途中、早苗が星蓮船版にクラスチェンジするんじゃないかとヒヤヒヤしたが、どうにか免れたか。
偶像では無く、理想を信じろ……うん、諏訪子マジ偉大。
しかし、さとり……せっかく慧音と和解出来たのになぁ……。
だが、そのお陰で大切なことにも気付き始めている。
いつか彼女が、心から笑える時が来ることを、切に願いたい。
それにしても、4話連続死亡話とは……。
第1〜第2放送間で死者が少なかったせいか、反動が大きいのかね。
>>166 正直な話、霊夢以外に期待出来るマーダーがいないのが難点だよな……。
まあ奴は下手すりゃ殺害数2桁とかやってくれそうだから良いけどw
完全崩壊かと思いきや…分かり合えてよかった
そういえば、もうすぐ残り人数も元の半分になるのか
>途中、早苗が星蓮船版にクラスチェンジするんじゃないかとヒヤヒヤしたが
やっぱそこ思ったよなぁw ロワ始まるのもうちょっと遅かったら、早苗のスタンスも変わってたかも…
神奈子の過保護設定はいつできたんだっけ?ロワの神奈子は最初から過保護だったけど、
原作の神奈子はいつから過保護発覚したやら。
おかげでいい具合に現実を知りつつも理想をだかえれてるよな、早苗。
輝夜、美鈴死亡話といいここんとこ切ない死亡話続きでほろりだぜ
ルーミアにはこれにめげずにどんどん頑張ってほしいな
こんな神スレが有るとは・・・
投下GJです。
諏訪子様の頭は吹っ飛んだけど踏み止まれたかぁ、よかったよかった。
そして、まさか慧音が逝くとはなぁ。さとりとの和解もしかけてたところにこの予想外の死はキタ。
えーりんはもちろんだが妹紅も可哀相だな。不死のことで散々迷いまくったあげく霊夢に何も太刀打ちできなかった上にけーねが死んだんだから。
紅魔組は恵まれてるな…一人死んだだけだもの。
風神録と地霊殿はリーチ近し。
紅魔の忘れられた方涙目
レミリアからは何の言及も無しだもんなw
175はパチュ忘れだと期待してみる
…忘れられたなんてとんだカワイソス
妹紅は何もできてないんだよなあ
報われないタイプじゃなくて
空回りタイプなのがなんとも
空回りしてるだけなら後で笑い話にもできるさ
悪い、めーりん忘れてたwww
181 :
創る名無しに見る名無し:2009/10/20(火) 20:12:34 ID:35eUidYC
やはりキャラ人気は多少なりとも影響されるんですね。
神奈子様・・・
ガンキャノン?オンバシラ?が支給品で出てたら…無理か。
>>182 一時期迫撃砲なら出そうと思ったけど使い道がなかったから出さなかったな
次早く早く (>_<)
>>185 レテにともこたんの仮投下は来てるよ
文句がないって事は本投下○?
俺は問題ないと思ってるけど
初春
太陽は光輝き、溢れんばかりの活力を大地に注ぐ。
風は南より来訪し、春の到来を知らせ、祝福する。
それらは、凍てつく大地に眠る生命を呼び覚ます。
だが、かの地にはない。
奮い立つ生命がない。
あるのは死。
人のみならず、妖怪や神にさえも恐怖をもたらし、狂気に駆り立てるほどの死のみ。
生命の歓喜をを体言する光と風が死と共にあるのは奇妙であり、歪であった。
その死の臭いに満ちた小さな世界の中に、河城にとりとレティ・ホワイトロック、サニーミルクはいた。
彼女達は殺人鬼との遭遇、仲間の死に精神も、肉体も疲弊してしまい、木陰で休んでいた。
そして、あの憎き声で放送が流れる。
「萃香は呼ばれなかったよね?・・・生きてるってこと?」
にとりが確認するように尋ねる。
「そうなるわね。」
殺されたはずの仲間の生存は三人に喜びをもたらす。
だが、それだけだった。
喜色に顔を歪めたのもつかの間、すぐに暗い表情に戻る。
「助けに行くよね?」
「・・・」
にとりの問いかけにレティは答えなかった。スイカは意識を失うほどの重傷を負っていた。
もしかしたら、捕まっているのかもしれない。助けに行かなければならない。
しかし、レティは同意せず、にとりにもその気持ちはよくわかった。
そう、彼女達は恐れていた。
蓬莱山輝夜
彼女達を襲った永遠亭の姫
不意討ちとはいえ、鬼を一方的に倒すほどの力
萃香を助けるためにはそいつがいる場所に戻らなければならない。
力の差は歴然としていて、もし出会ったら次こそ殺されてしまうだろう。
彼女への恐怖がにとりも黙らせ、場は重い空気につつまれた。
「誰か来る!」
沈黙を断ち切るように、レティが言った。
少し離れた低い丘の上からこちらに向かってくる人影が見える。
「わわわ!」
サニーがレティのスキマ袋にあわてて隠れる。
三人はいつでも逃げられるようにしながら、気配のする方を警戒する。
やってきたのは白いシャツの上から赤いもんぺを赤いサスペンダーで吊るし、赤いリボンで銀髪をまとめた少女。
「こんにちは。私は殺し合いには乗ってないわ。あなたたちは?」
輝夜と同じ不死者、蓬莱人の藤原妹紅だった。
「少し前に襲われたばかりでね、今は休憩中。」
「私も逃げてきたようなものね。」
互いに意志を確認した後、四人はその場に座り込み、自己紹介と情報交換を始めた。
そして、レティが妹紅にこれまでの経緯を説明している間、にとりはスイカのことを考えていた。
伊吹 萃香は鬼だ。
鬼は最強の種族であり、かつて山を支配していた。
いわば、天狗や河童の上司にあたる。
だから、河童の私は鬼を毛嫌いしている。
では萃香は鬼だから嫌いか?
いや、萃香は違う。
萃香は優しい。
人妖問わず、仲間を想い、殺し合いに反対した。
私を助け、主催者に怒り、殺し合いに反逆する意志を誓い合った。
そう、盟友だ。
なら、盟友を見捨ててよいのか?
萃香は私を助け、深い傷を負った。
そのせいで、今どこかで助けを求めて苦しんでいる。
それどころか、もっと悪いことに輝夜に捕まり、情報のために拷問されているかもしれない。
見捨てるのか?
盟友が苦しんでいるのに。
見捨てるのか?
答えは否だ。
情報交換が一通り終わり、何か思索にふけっていた妹紅は思考を中断して尋ねた。
「あなたたちはこれからどうするの?」
暫しの沈黙が流れる。萃香をの救出を諦めることができず、だけども、待ち受ける死地に飛び込む決意もできず。
以前と変わらない重苦しい空気が流れた。
にとりはその空気を破るため、意を決したかのように口を開く。
「萃香を助けに行こう。」
「あなた自分が言ってることわかってるわよね?」
「ああ、わかってるよ。」
「私達が行っても殺されに行くようなものよ?」
驚きを込めて繰り返すレティに、にとりは語る。
「それもわかってる。はっきり言って私の力は弱い。
レティと合わせても輝夜に勝てる見込みは愚か、逃げるのも難しいと思う。」
そこで一端、話を切る。皆、にとりの次の言葉を促すように黙っていた。にとりは続ける。
「私は臆病者だ。
今までずっと強い者の影に隠れて、守ってもらっていた。
輝夜や霊夢のような奴と戦う力はないし、立ち向かう勇気もない。
今でもそれは変わらないし、強い敵に襲われたら怯えてしまい、命乞いとかをするかもしれない。
輝夜のとこに行くなんてすごく怖い。正直、行きたくない。」
輝夜に襲われた時のことを思い出し、にとりの身体が震え出す。
それを歯を食い縛り、拳を握り締め、意志の力で抑える。
「でも、萃香は盟友だ。
ここに来てからずっと一緒にいた。一緒に主催者に怒り、殺し合いに抗うことを約束した。
頼りないとこもあったけど、あいつは私を何度も守ってくれたんだ。
だから、私は萃香の背中ぐらいは守ると誓った。一緒に生き残り、平和な日常に仲間たちと帰ると誓ったんだ。
それで今、その萃香が苦しんでいる。ボロボロでほとんど動けなくて、助け求めているはずだ。
なら、私は助けに行かなきゃならない。
輝夜や霊夢に会うのは怖い。他にもどんな危険があるかわからない。
だけど、萃香を、、大切な仲間を、盟友を失うのはもっと嫌なんだ!」
にとりが己の小さな肝を鼓舞するようにした心情の吐露は確かに三人の心に届いた。
支援
「そうね、友達を見捨てるのは後味が悪いわ。サニーもいいわね?」
「うん、危なくなったら、私が隠してあげる!」
レティが賛同し、サニーも続く。
「じゃあ、助けに」
しかし、共感を覚えることは意見に同意することとは別であって。
「だめよ。」
「なんでさ!?」
突然、妹紅が遮る。みんな同意してくれたと思っていたにとりには寝耳に水。怒って、噛みつくように問い詰める。
「確かに仲間を見捨てることは良くないわ。私も間違いなく助けに行く。
けどね、あなたはだめよ。助けに行ってはいけない。
なぜなら、あなたは首輪を解析しなければならないでしょ?
あなたの死は私たちの敗北に等しいの。だから、あなたは危険を避けるべき。
なにがなんでも生き延びなければならないのよ。」
「じゃあ、萃香を見捨てるの?」
妹紅は萃香と面識がない分、三人より冷静に現状を分析し、判断することができた。
幻想郷において、この首輪を解析し、外すことができるのは河童以外にほとんどいないだろう。
だからこそ、にとりが危険にさらされるのは避けなければならない。
理解はしている。されど、萃香のことを思い、にとりは悲痛な声を上げる。
「見捨てないわ。私が行く。」
「なら、みんなで行った方が良いじゃないか!!」
「さっきも言ったでしょ?あなたは生き延びなければならない。
それに四人で行くのは危険よ。私はあなた達よりはるかに強い。
それでも、ここには霊夢や輝夜のような殺し合いに乗った強者がいる。
私は輝夜のことをよく知っているし、霊夢とも戦ったから向こうの出方もある程度わかるけど、それでも、あなた達を守りながら助け出すのは無理だわ。
だから、私ひとりで行く。ひとりなら勝てなくても、逃げることはできるわ。
助けに行くのは私の役割で、あなたの役割ではない。あなたは自分の役割をしなさい。
会ったばかりで信用できないってなら別だけど・・・。」
「信用はしてるけど・・・・・・わかったよ。」
にとりは不満だったが、妹紅の案が一番成功しそうでもあった。レティに目配せをすると彼女も同じらしい。
苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、その提案を受け入れた。
「決まりね。なら、私は行くわ。首を長くして待っているだろうからね。」
そう言って立ち上がった妹紅をにとりが引き止める。
「待って。これを持って行きなよ。光学迷彩って言ってお前さんを危険な連中から隠してくれるよ。」
「ありがたいけど、受け取れないわよ。それはあなたが生き残るのに必要だわ。
それに私逹は会ったばかり。信用しろって言っといてなんだけど、信用し過ぎじゃない?」
「私は信用する。妹紅でいいかな?妹紅は私の無茶をいさめて、代わりに危険な場所に行ってくれるんだ。
悪い奴とは思えないさ。だから、私は妹紅を信用する。」
「嘘をついてるかもしれないわよ?それをもらって逃げてしまうかも。」
内心ではにとりの心は揺るがないとわかっていても、妹紅は繰り返してみる。
「そうだったら困るけど、人間は盟友・・・とはここでは言い切れないけど、妹紅は信用できる。
なんとなくだけど、そんな気がする。だから、妹紅は盟友だ。盟友は信頼しなきゃね!
光学迷彩は大丈夫だよ、サニーが同じことをできるからね。」
「うん、任せて!!」
えっへんと、サニーが得意そうに胸を張る。力が弱い自分が頼りにされるのがうれしいのだろう。
それを見て、にとりはにやりっと笑った後に妹紅に向き直って真剣な顔をする。
「ということでこっちは心配ないよ。そのかわり、約束して。萃香を絶対に助けるって。」
「・・・ええ、約束するわ。合流したら、紅魔館に向かえばいいのね?」
「そうだよ。」
「わかったわ。それじゃあ、また紅魔館で。」
妹紅は光学迷彩を受け取り、足早に去って行った。
それを見送り、三人は悪魔の館を目指して歩き出す。
「なんだか私はいないみたいだったわね。」
「私もそうだった。」
「あはは、ごめんよ。」
「別にいいわよ。にとりのかっこいい口上が聞けたしね。」
レティにからかわれたにとりは苦笑する。そして、急に真面目になって言った。
「レティ、サニー。あんたたちも盟友だからね。」
「・・・そうね。もちろんよ。」
レティは少し戸惑いながらも、すぐに微笑み、返事をする。
サニーはそれを見て喜び、元気よく言った。
「私も!!」
三人は笑い合った。
(にとりはいい子ね。私も友達と呼んでくれる。血で汚れてしまった私でも・・・。)
彼女達がいる世界は死の支配する世界
これから何が彼女達を待ち受けているかわからない
今歩んでいる道は破滅へ通じているのかもしれない
しかし、彼女達のまわりには死の闇に負けないくらい濃い生命の輝きが確かにあった
【C−4 一日目 真昼】
【河城にとり】
[状態]疲労
[装備]なし
[道具]支給品一式 ランダムアイテム0〜1(武器はないようです)
[思考・状況]基本方針;不明
1.紅魔館へ向かう。ある程度人が集まったら主催者の本拠地を探す
2.皆で生きて帰る。盟友は絶対に見捨てない
3.首輪を調べる
4.霊夢、永琳、輝夜には会いたくない
※首輪に生体感知機能が付いてることに気づいています
※永琳が死ねば全員死ぬと思っています
※レティ、妹紅と情報交換しました
【レティ・ホワイトロック】
[状態]疲労(足に軽いケガ:支障なし) 、精神疲労
[装備]なし
[道具]支給品一式×2、不明アイテム×1(リリーの分)、サニーミルク(S15缶のサクマ式ドロップス所有)
[思考・状況]基本方針:殺し合いに乗る気は無い。可能なら止めたい
1.紅魔館へ向かう(少々の躊躇い)
2.この殺し合いに関する情報を集め、それを活用できる仲間を探す(信頼できることを重視)
3.輝夜の連れのルナチャイルドが気になっている
※永琳が死ねば全員死ぬと思っています
※萃香、にとり、妹紅と情報交換しました
輝夜が殺し合いに乗っていることは少々意外だった。
あいつが殺しをするのは私とだけなはず。普通ならこのふざけたゲームに乗るとは思えない。
しかし、永琳が主催者なら話は別だ。従者がしていることなら、主である輝夜も主催なのかもしれない。
永琳もこんなことをする人物じゃないが、現に起きている。月人の考えることなど地上人にはわからないことなのだろう。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。重要なのは輝夜を殺せる≠ニいうことだ。
蓬莱山輝夜
月の姫にして伝説のかぐや姫その人
私が1300年恨み続け、400年殺し合いを続けてきた怨敵
本来、私も輝夜も蓬莱人であり、不死である。だから、今までの殺し合いは心情はともかく、戯れみたいなものだった。
それがこの場では殺す≠ェ本当に可能になるのだ。永久に続くはずだったこの恨みを晴らすことができる。
居場所はわかった。殺し合いに乗っているのなら躊躇う理由もない。
にとりからもらった光学迷彩を使えば不意をつける。輝夜を殺すことができる。
そう、殺せる────────
だめだ!勘違いするな、自分!!
これは人を助けるために渡されたんだ!!
・・・そう、私がやるべきことは鬼を助けることであって、宿敵を殺害することではない。復讐は後回しだ。
あれだけ頼まれたのだ。約束を反故にするほど、私は人間として腐ってはいけない。
「ハァ・・・。全く、私もとんだお人よしだ。せっかく、宿敵を殺す数少ない機会なのにねぇ。
まあ、助けずに殺しに行ってましたなんて言ったら慧音が怒るだろうしね。それに・・・」
私の遊び心で殺してしまった猫の少女
真意はわからないが私を助け、死んでしまったアリス・マーガトロイド
目の前でアリスを殺されて壊れてしまった少女
私はだれも助けることができず、非情な現実を嘆き、己の無力を痛烈に思い知らされた。
だが、くじけなかった。私はもう一度立ち上がり、チャンスを得たのだ。
なら、その好機を生かさなければならない。
「輝夜、喜びなさい。すごく残念だけど、今は殺さないであげる。まあ、邪魔をするなら容赦しないけどね。
今、私がするのは人助け(人じゃなくて鬼だけどね)。どっちにしろ同じ。
もう目の前で悲劇が起こるのはごめんだわ。私は無力だけど、それが諦めることにはならない。────次こそは救ってみせる」
【D−4 人里 一日目 真昼】
【藤原 妹紅 】
[状態]※妖力消費(後4時間程度で全快)
[装備]なし
[道具]基本支給品、手錠の鍵、水鉄砲
[思考・状況]基本方針:ゲームの破壊及び主催者を懲らしめる。「生きて」みる。
1.萃香を助ける。
2.守る為の“力”を手に入れる。
3.無力な自分が情けない……けど、がんばってみる
4.にとり達と合流する。
5.慧音を探す。
※黒幕の存在を少しだけ疑っています。
※再生能力は弱体化しています。
※にとり、レティと情報交換しました
仮投下終了。タイトルは「絆」。
復讐心思い出しかけるもこーだけど、当の本人は既に……けーねもいなくなって本格的に孤独か……
また死にたいとか思いそうだぜ
仮、じゃないw
すんませんしたー!
>>156 時間列的には輝夜はまだ生きてると思うよ
真昼でも早い方の真昼じゃないと爆音が不自然
…そういうのがあっての仮投下だったんだし、なにかしらアドバイスか○サインはあった方が良いと思うのだが
そんな俺の想像
とにもかくにも乙でした
妹紅、不憫だなぁ…
レティとにとりはキーマンになれるかな
投下乙です。
既に、ではないけど慧音も輝夜も死んでるんだよなぁ。
想いの行き所はどうなるんだろう。
>>200 確かに俺も面白いと思う。
けどさ、ここは宣伝すべき場所じゃないと思うよ。
信者のフリしたアンチでしょ
また縦読みか
変な人には触らないように
守矢神社から連なる妖怪の山。
天狗を始めとする妖怪達の溜まり場であり、大小の神々のコロニーでもあるそこは、
青々とした木々が生い茂る天然の城塞でもあった。
木を隠すなら森に、という諺があるが、この山の深さなら隠すといっても神隠しに遭ってもおかしくはない。
そう思わせるだけの懐を抱えている。
山の、頂。そこから下界を睥睨する、小柄でオリーブ色のコートに身を包んだレミリア・スカーレットの姿があった。
外観よりも実用性を重視したのであろうコートはレミリアの趣味とは甚だ遠い。
汚れが目立ちにくく、自然の中に紛れることを前提とした彩色は薄汚さの一語。
布を人の形に合わせて切り取ったとしか言いようのない簡素すぎるデザインは、無粋そのもの。
そしてそのようなものに身を包み、自らの姿をこそこそと日光から隠している自分という存在は無様でしかない。
サイズが合わず、幽霊が纏うボロ布のような体裁になっているのも拍車をかけているに違いない。
そうとも、とレミリアは失笑した。
四季映姫に嘲笑を浴び、無様以外の何物でもないと一蹴された我が身は、確かに『屍鬼』なのだろう。
威厳も尊厳も否定され、心を腐らせ堕ちてしまった吸血鬼。それが屍鬼だ。
だが――四季映姫は知らない。吸血鬼が本来持ちえる貪欲さ。残酷性。執念。復讐心。支配者の妄執を。
支配者。その言葉が今までの情けない己を覆い隠し、ただ屈服させることを悦楽とする存在へと変えた。
私は全てを支配する。
敬慕される必要性はない。ただ自分の前に跪かせ、恐怖に慄けばいい。
好敵手と認識される必要もない。互いにあるのはただ敵愾心のみでいい。
友情は無益なものでしかない。支配するか、されるか。自分と他者の関係はそれだけだ。
幻想郷の持つ狂気、法という名の恐怖に否定されたのならば、自分が否定し返すしかない。
恐怖を克服するには自らが恐怖になるしかない。
そうして頂に立てば、もう何者も恐れることはない。それが、威厳を取り戻し矜持を取り戻す唯一の方法なのだから。
行わなければ……押し潰されるだけだ。
思惟の時間を終わりにしたレミリアは、笑うことも口上を告げることもなく、黙って木々の枝を跳ねていった。
それが彼女にとって、一番効率のいい移動方法だったからだ。
無駄を無駄としか断ぜず、余裕も幽雅も忘れ去ってしまった吸血鬼の、瞳の色は。
真っ赤……それも、どろどろとして粘つくような、血の赤だった。
レミリアが見定めるのはかつての居城、紅魔館。
支配するのは人間、妖怪、神々だけではない。
狙うのは幻想郷そのもの。レミリアさえも睥睨し、冷笑しているであろう城の主が持つ、この世界だ。
その手始めとして、逃げたと同然の紅魔館を奪い返す腹積もりだった。
誰かがいるのなら屈服させる。紅魔館が誰のものであるか、体の髄まで理解させてやる。
麓に降り立ち、素早い動作のまま走るレミリアの口元はにたりと歪んでいた。
* * *
いい天気だ、と晴れ渡った空をぼんやりと眺めながら、十六夜咲夜は風で揺れる髪をかき上げる。
こんな日はティーセットにバスケットでも持って、どこかの木陰に腰を下ろしてピクニックと洒落込みたいものだ。
無意識のうちにランチの献立、持ってゆく紅茶の種類、お茶請けのお菓子は何にするかと考えている自分がいることに気付いて、
咲夜は自らの暢気さに苦笑した。これでは博麗の巫女を笑えない。
ふと振り向くと、そこには毅然と佇む紅魔館の出で立ちがあって、咲夜はそんなに歩いていないことを思い出した。
主君であるレミリア・スカーレットを探すと言っておきながら、結局紅魔館から離れられない。
メイド長として暮らしてきた習い性がそうさせるのか、主君の帰還を信じてのことなのかは咲夜自身判断がつかない。
一つ言えるのは……門番も図書館の主も、地下の部屋の妹もいない紅魔館は、ひどく寂寥感を出しているということだ。
家を無人にしておくことはできないということなのだろうか。だとするなら、やはりメイド長の習い性かと感慨を結んだ咲夜は、
もう一度紅魔館に戻ることにした。騒霊の安否も気にならないではなかったが、それほど時間は経過していない。
時間はいくらでもある。特に、自分にとっては……
「いや、私の時間は、お嬢様のものよね」
孤独で、ただ潰すだけでしかなかった時間を過ごす時間に変えてくれたのは他ならぬレミリアだ。
ならば自分の時間をどのように使うかはレミリアが決めることで、自分が無為に使っていいものではない。
自分だけでは、どうも昔から変わらず、十年一日時間を潰すことしか出来ないらしいと失笑した咲夜は、
だから紅魔館に戻るのだろうと結論して足を進めた。
咲夜自身はレミリアと会う以前の自分というものをよく覚えてはいなかった。
十六夜咲夜という名前でさえレミリアから与えられたものに過ぎず、元々何人であったのかもすら分からない。
ただ覚えているのは、ぼんやりと無為の時間を潰してきたこと。
自らの人生に意義も信念も見出せず、喜びも楽しみも見つけようとしないままに過ごしてきたらしいということを知っていた。
いつの間にか習得していたらしいナイフ投げの技能も、家事をそつなくこなす要領の良さも、やっているときには何も感じない。
淡々とこなしている自分を見つけるだけで感慨のひとつも結ばないことから、
咲夜は寂しい人間だったのだなとぼんやり想像するだけだった。
もっとも、今はそんなことはない。幻想郷の生活をそれなりに楽しんでいるし、派手好きな当主のお陰で飽きることもない。
妖怪はその長すぎる寿命から、最大の敵は暇、とさえ言われているくらいだ。
レミリアは特に無駄を好み、余裕を楽しむ人柄だったから何をしても遅々としていたが、過程がパターン化することもなかった。
常に変わり、空気の流れのように転じる毎日の生活は予測不能であって、苦労はすれども不平不満などありようはずもない。
きっとそれは繰り返される時間しか知らなかった自分が、
自らの頭で考えながら行動しなければならない状況というものを楽しんでいるからなのだろう、と思った。
だからメイド長であるのだし、レミリアに永劫変わらぬ忠誠を誓っている。
縛られている、とは思わなかった。レミリアが時間を使ってくれることこそが、自分の楽しみに繋がるのだから……
「ただいま、と言うべきなのかしらね」
内省の時間を終わりにした咲夜は紅魔館の門をくぐり、
そよ風に揺れるフラワーガーデンを横目にしながら紅魔館ロビーへ通じる大扉を開けた。
帰るべき家。自分の時間も空間も、全てはここにある。
自然にそう思うことができて、誇るべきものを見つけた気分になった咲夜の顔がほころびかけ……
同時に、ロビーの中央に立っている誰かがいることに気付いて霧散した。
小柄な背を覆うオリーブ色のオーバーコートらしき服。サイズが合っていないのかダブついているようにも見える後ろ背は、
子供が背伸びをしているように思えて微笑ましさすら覚えるくらいだったが、ゆらりと振り向いた顔を見た瞬間、
それは間違った認識なのだと気付かされた。
「久しいわね、咲夜」
レミリア・スカーレット。自分を射抜く視線に、自動的に直立不動の体勢となり居住まいを正す。
は……とメイド長の声で応じたレミリアの、コートの隙間から覗く顔が笑みの形に変わる。
いつもの笑い。唯我独尊の気を漂わせながらも気品を感じるレミリアの笑いは、しかしなぜか違和感を伴って咲夜の胸に落ちた。
レミリアらしくもない、派手さも可愛らしさもない服装の印象がそう思わせるのだろうか。
いやそうに違いないと断じて、咲夜は違和感の正体を探るのをやめた。いや、やめなければならない気がしたのだ。
そうしなければ気付いてはいけないことに気付いてしまいそうで、一種の悪寒を感じていたからなのかもしれなかった。
こつ、こつと音を立てながら一歩ずつ近づいてくるレミリアは、音以上の重たさを響かせているように思え、
直立不動から地面に片膝をつく姿勢へと変えた。なぜそうしたのか自分でも分からないまま、咲夜はレミリアの言葉を待つ。
「人間は、そうでなくてはな」
目と鼻の先にいるらしいレミリアの皮相な声が咲夜に投げかけられる。
自分が離れていたのを咎める声ではない。上に立つ者の声。自らの優位を信じて疑わない、傲慢さを漂わせる声――
主君を非難するような感想を抱いたことに咲夜自身信じられず、レミリアの表情を窺ってしまっていた。
見上げた先、咲夜を睥睨するレミリアの笑みは多大過ぎる自尊心に溢れながらも臣下を労る、気品に満ちたものではなかった。
嗜虐心。どろりとした真紅の瞳に感じられるのは自らを慰めるためだけの笑み。
これは一体誰だ、という疑問が持ち上がり、咲夜は目の前にいるレミリア・スカーレットが偽物ではないかとすら思った。
それほどまでに印象が異なっていた。皮相な声を発していた唇は、気味が悪いくらいに真一文字だった。
「あ、の。お嬢様」
あまりにも違いすぎるレミリアの姿に、咲夜は己の内がいけないと言っているにも関わらず尋ねる声を出してしまっていた。
それまでは無条件に従っていいと思えていた彼女の余裕は、一体どこへ行ってしまったのか。
攻撃的と言うにも足りない、絶対服従を強いるような、刺す瞳をなぜ向けているのか。
山ほど積もった疑問を投げかける前に「黙れ」と無表情に応じたレミリアの言葉が刺さった。
「人間風情が勝手に喋るな。私を同格だと思うな。咲夜は、ただ私に従っていればいい。分かっているな」
質問も会話も許さない、支配者の言葉に咲夜は逆らう意思もなく呆然とするしかなかった。
パチュリー・ノーレッジが亡くなったから? 親友を奪われた怒りがレミリアを変えたのだろうか?
そうではない、と『レミリア』を知る自分が言った。『レミリア』なら怒りを誇りに変え、ここまで自らを変えるわけもない。
もっとそれ以外のなにか――彼女を根本的に変えてしまうような、
重すぎる喪失があったことがレミリアを骨の髄、神経の末端に至るまでを変貌させてしまったのではないか。
そこまで彼女を狂わせてしまうなにかとは一体?
本能的に恐怖を感じた咲夜の顔が引き攣り、それを見たレミリアが陰惨な笑いを浮かべるのを見て取った咲夜は、
もう探ることも恐怖以外の感情も抱くことも許されなくなった立場を実感して慄然とした。
「立て」
命じるレミリアの声は冷淡以上の感情を含まない。
無言で応じて立ち上がった咲夜には、レミリアの顔を見ることも許されなくなった。
窓際のテラスで紅茶を啜りながら、面白いことを探して突拍子も無い提案を持ちかけてくるレミリア。
珍しいものに目を光らせ、無理難題を平然と言い渡してくるレミリア。
だが成功しようが失敗しようが笑って受け流し、結果よりも過程を重んじてそれこそが有意義な時間の使い方なのだと教えてくれたレミリア。
『貴女の時間は、つまらない』
『そんな時間を、私は認めない』
『だから使ってあげる』
『感謝しなさい。今から貴女の時間は、目まぐるしく動くのよ』
差し出された手。無警戒な手のひらに、何の抵抗もなく口付けした自分。
潰すしかなかった自分の時間を、笑いながら、時間を過ごすという運命に変えてくれたレミリア――
それまでの彼女がスッと遠のき、代わりに自らの支配者たらんとするレミリアが入ってくるのを感じた咲夜は、
ならば彼女こそが自分の主君、自らの時間を使う者だと断じて、疑問を差し挟もうとする自分を黙殺した。
冷えた思考が出した結論は、自分が考える必要はないということだった。
レミリアが変わったのならば自分が変わるのが臣下としての筋。主君が白だと言えば白。黒だと言えば黒。
要望に応じてみせ、自らに課せられた任務……いや、命令を遂行し、結果を残してみせることこそが支配者の抱く唯一の期待。
無駄も余裕も必要はない。彼女が望むがままに、自分はいる。それ以上の存在理由を、自分は持たない。
或いはそうしなければ狂ってしまうのではないか。変貌したレミリアの差異に取り残され、
また時間を潰すだけの現在が始まるのではないかと恐れた自分がそうさせたのかもしれなかった。
いや、だからこそ自分は恐怖を取り除いたのだと咲夜は結論する。
自らが恐れるもの、恐怖にさえなってしまえば、無為の時間を気に病む必要もない。
従うこと。レミリアに支配されること。それこそが恐怖を取り除く唯一の手段なのだと断じて、
咲夜は無表情になった顔を虚空へと走らせた。
この時間も、レミリアがそうしろと命じたが故の時間。無駄でも無為でもない、彼女の期待に応えた時間。
殺し合いに戻る以前のレミリアの顔を完全に消し去った咲夜は、次の言葉を待つ機械と化した。
まるでそうなるのを待っていたかのようにレミリアが歩き出し、その後ろに咲夜が続いた。
「咲夜。ここにいるということは、貴女はここでのことを何か知っているのかしら」
「いえ、私もそんなに深くは存じ上げません。ただ」
「ただ?」
「リリカ・プリズムリバーとこの近くで会いました」
そこから先は続ける必要はなかった。案内しろ、という風に顎をしゃくりあげたレミリアに、咲夜は黙って頷いた。
外では、未だ変わらない蒼天が広がっている。
けれども咲夜にとっての紅魔館は大きく姿を変えた。
もはやそこは帰るべき家などではなく。誇るべき場所でもなく。
ただの、建築物と化していた。
紅魔館へと振り返った咲夜の視線には、もう何の感情も込められてはいなかった。
* * *
リリカ・プリズムリバーは薄暗い物置の中を徘徊しては使えそうな物を手に取り、眺めていた。
東洋西洋問わない代物が納められた品の数々は到底リリカには理解し難いものばかりであり、
古臭い骨董品だとしか思えない、というのが正直な感想だった。
事実、埃を被ってかつての輝きなどとうに失ってしまった陶磁器や装飾品のみすぼらしさや、
錆が広がって使い物にならない鉄製品、腐った匂いを発する正体不明の液体が入ったビンなどをこれでもかと目にしていたからだ。
ここはまるで道具の墓場だ、とリリカは思った。幻想郷でも忘れ去られ、真の意味で死に往く名前もない道具達……
だから自分はここに吸い寄せられたのかもしれない。
二人の姉を失い、音を失って疲れ果てた精神が死の臭気を発するこの世界に誘われた。
そうしてのこのこ入り込んでいったところを、待ち構えていた姉達に怒鳴り返され今ここにいるというわけだ。
御伽噺にするには冗談が利き過ぎた話だとリリカは苦笑する。
それほどまでに追い詰められていたには違いない。正気を取り戻したとはいえ、未だ自らの心に潜む虚無の存在もリリカは忘れなかった。
一人でライブを続けるには、この幻想郷はあまりにも広すぎる。
三人揃ってこそのプリズムリバー楽団というのは疑いようのない事実であり、姉妹の誰もが認めるところであった。
だから自分は、何の確証も持てずにここにいる。死にたくないという確固たる意思は持ちながらもそれをどこに向ければいいのか、
誰のために、何をすべきなのかという目的が見つけられずに途方に暮れている。
今までその役割を果たしてくれた姉達はもうなく、それもこの一日で失ってしまったとことは、あまりにも重い。
姉――ルナサもメルランも心の中にいるといえば、確かにそうだ。だからこそ自分が立っていられることも分かる。
しかしそれは自分の中に押し込めた事実でしかなく、自らの存在の証左とはならない。
『誰か』が欲しかった。そのためになら命だって賭けられるような、何の抵抗もなく音楽を聞かせてもいいと思える誰かが。
今すぐ見つけろというにはあまりにも酷な話だと思いながら、リリカはガラス張りの戸棚を開け、本の一冊一冊を探ってみる。
あるのはやはり、文字も読めない書物ばかりで、西洋も東洋も関係なく一緒くたになった戸棚の中身に、
リリカはもう少しマシなものはないのかと辟易した。
音楽の譜面ならまだしも、魔法使いでもないと喜びそうにない代物を渡されてもどうしようもない。
せめて霧雨魔理沙のような魔法使いでもいれば役に立つものかどうか判別もつきそうなものだが。
手土産に持って行こうにもこれだけ数があると一々スキマ袋に入れるのも億劫で、
それまでと同じように本を棚に出しては戻す作業が続けられた。
何度目かの溜息を吐き出したリリカが次の本を取り出す。と、戸棚の奥に何かが鎮座しているのが見つかる。
本に飽き飽きしていたリリカはそちらの方に興味をそそられ、周囲の本をどかして中にあったものを引っ張り出す。
紐で括られていたらしいそれは、リリカにも見覚えがあるものだった。
「これ……あの巫女のお札?」
恐らくは東洋の文字で記された、赤を基調とした紙製の札の束がリリカの手の中にある。
何故こんなところに、と思わないではなかったが、古今東西の骨董品がある倉庫のこと、これくらいのものがあっても不思議ではなかった。
騒霊、つまり幽霊の自分にとっては不吉そのものを体現したような札だが、道具は使いようだ。
そうでなければ幻想の楽器であるキーボードなど使いこなせるわけがないのだから。
使い方さえ知っていれば、どんな道具でも使ってみようとするのがリリカの柔軟さであった。
「ええと、確かあの巫女は投げて使ってたわね。変な呪文もなかったし」
札の一枚を取り出し、以前、春雪異変の時に戦った博麗霊夢の姿を思い出しながらリリカは適当に札を投げつけてみた。
……が、札は情けないぺちっという音を立てて壁に張り付いただけだった。
張り付く理由は分からなかったが、それだけであるらしいと認識したリリカは深く落胆して札を取りに行こうとした。
「っ!?」
だが近づいた瞬間、眩い光を発した札が自分を跳ね飛ばした。いきなりのことに受け身も取れず、ごろごろと無様に転がり、
無造作に置かれていた古い甲冑に頭からぶつかって、「みぎゃ!」と見苦しい悲鳴を上げてしまう。
どうやら投げたところに張り付き、近づく者があれば吹き飛ばす設置型の『霊撃札』であることは判明した。
頭をぶつけるという代価は払ったものの。
打ち付けた部分をさすりながらリリカはそう考え、服についた埃を払った。
とりあえず使えるものは確保した。数えてみたところ霊撃札は残り24枚。先程一枚使ったから、元は25枚。
大きく弾き飛ばす性能と発光するという性質から、罠として使うよりも警戒装置として使う方が良さそうだった。
それに、傷つけずに済むという部分も今のリリカにはありがたいものだった。
黒谷ヤマメがそうであったように、ふとした気の緩みで誰かを死なせてしまうことは、もうしたくなかった。
殺傷する武器は自分には荷が重過ぎる。そんなことを考え、
しかしそれはヤマメの死んだ意味から逃げているのではないか、と頭の片隅が警告した。
死にたくはない。戦いたくもない。ならば彼女が死んだ意味は何だったのか。
姉達に任せきりで、自らは物事を考えずに逃避してきた事実が圧力となって圧し掛かるのを自覚したが、
自分が整理し、納得できる事柄があまりにも少なすぎた。
平和だった暮らしを叩き壊され、大きすぎる負債を抱え込み、
踏み倒すことなく前進するという行為は、リリカにとって難題でありすぎた。
ゆえにリリカはヤマメのことを頭から押し退けた。逃避であったとしても、そうしなければならなかった。
頼れる誰かもなく、解決することなんで不可能にも等しかったから……
霊撃札をスキマ袋に押し込むと、リリカは物置から退散するようにして出て行った。
物は手に入れたのだし、まずは味方を探しに行かなければならない。
霧雨魔理沙はどこにいるだろうか。異変を解決する彼女なら、必然的に人の集まる場所にいるはずだが。
候補を選別しつつロビーへと通じる廊下に出る。
まだ落ち着ききっていなかったからか。それとも考え事をしながら歩いていたからか。
リリカは自らを睥睨する悪魔と、その従者の存在に気付く事が出来なかった。
「咲夜」
幼い声の調子とは不釣合いの、醒めた声にリリカが振り向いた瞬間、目の前を銀髪が横切った。
ひらひらと揺らめくメイド服に呆気に取られた瞬間、足払いされて体勢を崩される。
仰向けに倒れたところで慌てて霊撃札を取り出そうとしたが、スキマ袋ごと蹴り飛ばされた。
しまったと思う間もなく、リリカの首筋にナイフの冷たい刃が突きつけられた。
動くなという警告を鋭い視線の中に含ませながら、十六夜咲夜が体に圧し掛かり、馬乗りの体勢になっていた。
霊撃札を準備しておかなかった迂闊さを悔やむより、あの時助けてくれた咲夜がなぜこんなことをしているのかという疑問の方が先立った。
無表情を装うのはあの時も今も違いがない。しかし決定的に違うのは……温度。
余裕も温情もない、リリカをただ対象物としてしか見ていない、徹底的な冷たさは一体何だというのか。
息も乱さず、一言も発しない彼女は、本当に人間なのか……?
尽きない疑問は、「無様だな」と嘲るように発せられた頭上からの声に打ち消された。
「相も変わらず、何も見てやしない。ここなら安全だとでも、思ったの?」
「レミリア・スカーレット……」
以前紅魔館に一緒に立て篭もった、紅い瞳の悪魔。傲岸不遜を絵に描いたような彼女は、しかし今は驚くほど印象を異にしていた。
オリーブ色のコートに身を包み、二階廊下の手すりに座ってリリカを見下ろすレミリアにはただ侮蔑の色だけがあった。
それはリリカに対するものではなく、自分以外の全てに対して。
絶対の優位者であると言って恥じない、厚顔無恥とでも言うべき横暴さが今のレミリアにはあった。
リリカがこうされているのは、レミリアが逃げ出した自分に対して恨みを持っていたからだと思ったが、違うと感じた。
そんな些細なものではない。個人というレベルに留まらず、この場にあるもの全てを敵対視し、排除するのも厭わない残忍さ。
本能的に恐怖を感じた体が震える。それをレミリアは見逃さなかったようで、にぃ、と口元を歪めた。
「っ、に、逃げてたんじゃないわよ! 確かに、あの時はそうだったかもしれないけど……
姉さん達が死んだのを認めたくなかったけど……でも、今は違う! 私は音楽を奏でる。
私『達』の音楽を待ってくれてる、誰かのために……!」
レミリアの笑い方に負けてはいけないと咄嗟に思ったのと、退いたら負けだという思いが込み上がり、リリカは精一杯叫んでいた。
嘲笑が消えた代わりに、それがどうした、と虫を見るような視線がリリカを射抜いた。
「今度は自己満足に走っただけね。狂うのと何も変わりはしない。結局貴様は、逃げることしかできない」
「なにを……!」
「そんなに、死にたくないか」
一際ドスを増した声は、明らかに自分への憎悪を増していた。リリカは自分の認識が誤りであったのを再度確認した。
世界を憎む代わりに自分を憎まなくなったのではない。自分を始めとして、レミリアは等しく何をも憎んでいる。
そうしなければ、何も取り戻すことも出来ないというように。
殺されるという直感がリリカを貫いたが、ここまで明確に殺意を向けられていると寧ろ何もかも吹っ切れた感覚で、
リリカは「そうよ!」と言い返してやった。
「私は死ぬわけにはいかないのよ! なんでかって? 姉さん達がもういないからよ!
プリズムリバー楽団のみんなが死んじゃったら、誰が幻想郷のちんどん屋をやるっていうのよっ!」
その瞬間には恐怖も迷いも吹っ切った、感情を丸出しにした言葉がプリズムリバー邸を震わせた。
多少はレミリアに嫌悪感でも味わわせてやれたかと思ったが、レミリアは不快に思うどころか、笑った。
まるで出し物でも見ているかのような、滑稽さを目の前にしたときの笑い方だった。
「家族のために生きるっていうわけね? 下らない。そんなものが理由になどなるものか。
それで尊厳が保たれるとでも思ったら大間違いだ。薄っぺらい誇りで、私は動じない」
姉に対する想いを一蹴され、リリカは怒りの感情が沸き立つのを感じた。
家族を馬鹿にするってんなら、いくらでも喧嘩してやろうじゃないの――
口を開きかけたリリカの気概は、「教えてやる」と遮ったレミリアの言葉に挫かれた。
「結局のところ尊厳を取り戻すのも奪うのも、力だ。恐怖でしか誰も、何も取り戻せない」
言い放ったレミリアの目は力に固執する、意地のようなものが窺えた。
だがそれがひどく悲しい理論のように思われ、わけもなく対抗心が消えたリリカが感じたものは、それは違うという否定だった。
しかし違うという理由を説明できる自信はなく、ただ見返したリリカを、再びレミリアが嗤う。
「咲夜、指を折りなさい」
「どの指でしょうか」
「好きなのを一本」
当たり前のように交わされたやりとりに、呆気に取られたのも一瞬、ごきりという感触と共に激痛が右手から這い上がってきた。
人差し指を折られたのだと認識し、焼けるような感触にリリカは悲鳴を上げた。
「ほら。これだけで貴様はもう楽器も演奏できない」
「あん、た……!」
痛みの余り、歯を食い縛りながら睨んだ自分の表情は、恐らく鬼気迫るようなものなのだろう。
レミリアもそうと解釈したようで、くく、と冷笑を寄越した。
思い通りになったという顔。自分の論理が正しいと勝手に納得するレミリアに、リリカは寧ろそちらの方に反発心を覚えた。
「ガキのくせに……!」
分かったようなこと言ってんじゃないわよ、と続けようとしたリリカの声は激痛によって中断される。
悔しさを感じながらのたうつリリカを眺めながら「そうでなくてはね」と言ったレミリアが、次の指令を下す。
「その折った指、もう切り落としなさい。どうせ使い物にならないんだもの、いっそすっきりさせてあげるわ」
「な……!」
絶句したと同時、首筋にあったナイフの刃が折れた指に突き立った。
先程の痛みが優しく思えるほどの激痛がリリカを襲う。
焼けた棒で傷口を直接抉られる感覚。指の神経を攪拌され、
リリカは暴れまわったが馬乗りになる咲夜の膂力は見た目以上であり、
手足をばたつかせるだけで咲夜はビクともしなかった。
支配されている。圧倒的な暴力で、何もかもを根こそぎ破壊されている。
そんな想像に陥った直後、ごっ、という音と共に何かが千切れる感覚があった。
完全に指を切られた。キーボードを叩けなくなったという絶望感がリリカを駆け抜け、我知らず涙が流れていた。
哄笑を続けるレミリアへの反発心もどこか遠くなり、どうしよう、という言葉だけがリリカを覆っていた。
「これが、貴様への第一の罰よ。貴様は支配してやる。骨の髄、神経の末端に至るまでな。
復讐したいのならば、いつでもかかってきなさい。その時は……もっと強い恐怖で支配してやる」
いつの間にか目と鼻の先までにあったレミリアの顔を凝視する間もなく、リリカは顔を逸らした。
激痛と途方に暮れた心で一杯だったリリカには、反撃するという考えさえもなかった。
行くわよ、咲夜。その声を最後に、レミリアと咲夜の気配は掻き消えるようにプリズムリバー邸からいなくなった。
切られた指から流れ出す血が、じわりじわりと広がってゆく。
リリカには、それが希望の残滓にも、絶望の侵食のようにも思えた。
どうしよう。
意識を朦朧とさせるリリカの頭に浮かんでいたのは、やはりその一語だった。
【C-2 西部 プリズムリバー邸ロビー・一日目 真昼】
【リリカ・プリズムリバー】
[状態]腹部に刺傷(大よそ完治)、右手人差し指切断、意識朦朧
[装備]なし
[道具]支給品一式、オレンジのバトン、蓬莱人形、霊撃札(24枚)
[思考・状況]生き延びて姉達の遺言を果たす
[行動方針]
1.どうしよう……
2.霧雨魔理沙を探しその動向が脱出であれば協力する。
3.出来るならば姉達とヤマメを弔いたい。
【十六夜咲夜】
[状態]健康
[装備]NRS ナイフ型消音拳銃(1/1)
[道具]支給品一式、出店で蒐集した物、フラッシュバン(残り2個)、死神の鎌
NRSナイフ型消音拳銃予備弾薬17 食事用ナイフ・フォーク(各*5)
[思考・状況]お嬢様に従っていればいい
[行動方針]
1.お嬢様に従うことこそ、時間を潰さずにいられる手段だ
※出店で蒐集した物の中に、刃物や特殊な効果がある道具などはない。
※食事用ナイフ・フォークは愛用銀ナイフの様な切断用には使えません、思い切り投げれば刺さる可能性は有
【レミリア・スカーレット】
[状態]腕に深い切り傷(治療済)、背中に銃創あり(治療済)
[装備]霧雨の剣、戦闘雨具、キスメの遺体
[道具]支給品一式
[思考・状況]基本方針:威厳を回復するために支配者となる。もう誰とも組むつもりはない。
最終的に城を落とす
1.キスメの桶を探す。
2.映姫・リリカの両名を最終的に、踏み躙って殺害する
3.咲夜は、道具だ
※名簿を確認していません
※霧雨の剣による天下統一は封印されています。
※紅魔館レミリア・スカーレットの部屋は『物置』状態です
投下終了です。
タイトルは『恐怖を克服するには――』です
咲夜の切り替わりがすごい
咲夜さんは銃
引き鉄を引くのはレミィ
226 :
創る名無しに見る名無し:2009/10/28(水) 16:22:38 ID:lGDImIIR
なにこのレミリアの優遇っぷり
別に優遇されちゃいないだろ
死んでない奴はみんな優遇ですねわかります
自業自得っぽいところもあるけど頑張れリリカ
ところで騒霊って妖力だか霊力だかで自動演奏できなかったっけ?
力が封じられてなければね
>>228 ×優遇=生存
○優遇=カリスマなレミリア
232 :
創る名無しに見る名無し:2009/11/01(日) 17:41:09 ID:XUHWCDeb
そもそもレミリアが神奈子に勝った時点で・・・
まあ例え神奈子がレミリア虐殺して暴れ回ってるとしても神奈子優遇になる訳だが
数人は殺す側に回って貰わないと話に盛り上がりが無くなってしまうよ!
優遇には見えんけどな
あのお嬢はカリスマというより堕ち着いちゃった感じじゃないか?
そこを含めた点でもこのレミリアには妙なカリスマを感じる
……他ロワのお嬢が酷すぎる分なおさら(ry
幽霊いじめるあたりにはカリスマを欠片も感じないなぁ
ただ殺害技術も持った「自分を殺さないマーダー」を手に入れてるのは優遇といわれてもしかたがない気がしないでもない
…今後の展開でどうにでもなるけどね
寧ろ死亡フラグが…
238 :
創る名無しに見る名無し:2009/11/06(金) 18:28:58 ID:FlPk1qCU
レミリアが好きでも嫌いでも無い俺から見たらレミリアは神奈子に勝った点と咲夜に会えた点で十分優遇組に見える。
カリスマがどうしたこうした云々は二次創作の影響だろ。
フラグをいくつかへし折ったけど・・・
演出はうまいし、ストーリー的にもおかしくないですよ
優遇=後へのフラグ、そう考えればいいんじゃないでしょうか
それにしても、お嬢様は最初からあまりぶれないですね
test
優遇なら他にいるだろ
初期から無双し続けて大きいダメージも無い霊夢
実質的な戦闘の全く無い紫
偶然通りかかった相手が、たまたま殺し合いに乗ってなくて、運良く回復アイテムを発見した結果、九死に一生を得た魔理沙
運がいい人もいれば悪い人もいるから優遇不遇なんてないに等しい
なるようになるのがリレー
ギリギリ・・・
ヒュン!
バスッ
ギリギリ・・・
ヒュン!
バスッ
ギギギ・・・
ヒュン!
バスッ
「・・・はぁ〜」
静かに唸る弦の音、一瞬響く風を切るような音、そして何かが刺さったかのような小さな衝撃が、霧の湖で起きていた。
「一向に上手くならないわね」
その中、比那名居天子はやる気がなさそうな表情を浮かべながら、地面から盛り上がったかのような形状をしている岩に座り込んで一息ついた。
ちなみに天子が座っているその岩は1回目の放送が始まって間もない頃に襲ってきた火焔猫燐の攻撃から身を守るために彼女が創ったものであり、生半可な攻撃では砕けることの無い岩の防壁は猫の攻撃程度ならば容易く防ぐことが出来る。
だがその代償として、天子は一時は気絶してしまうほどの体力を岩生成のために奪われてしまったのだ。
そのために休憩をせざるを得ない状況にあるのだが、彼女の手には彼女に支給品として配られた弓が握られている。どうやら彼女は休憩の合間に弓矢の練習をしているようだ。休憩の間でも、少しでも弓矢を上手く扱って戦いに活かしたいという考えからだろう。
その跡に天子の目には、木に矢が何本も刺さっている光景が映っていた。
そういえば、猫の妖怪に襲われてからは自分はずっとここから動いていない。
自分がこうしている間にも、殺し合いは進んでいるのだろうか。ひょっとしたら、自分の獲物がすでに仕留められているのだろうか。
天子はそう思いながら弓の弦を引いているとき・・・
『皆様、お体の具合はいかがで? 私でも死んでしまったら〜・・・』
2回目の放送が流れた。
□ □ □
「まったく・・・」
天子は今、非常に機嫌が悪い。
まだ殺し合いは始まったばかりなのに休憩を余儀なくされるほどの疲労が溜まったこと。
もっともっと他の奴と戦いたいのにここから動けずにいるもどかしさ。
そして、何よりも
「あの閻魔め・・・。あいつの所為で興醒めだわ」
幻想郷の閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥと出会ったことが最大の原因だった。
閻魔の実力は申し分ない。それだけに倒すことが出来れば充実感に溢れて体中の疲労が吹っ飛んでもおかしくないほどだと思っていた。
それなのにあの閻魔は自分の行いに何の関心も持たずにただ説教を交わすだけで、闘争心の欠片も感じられなかった。こんなのと戦ったところで面白くもなんともない。
その後も訳のわからない説教を延々と聞かされて、肝心の相手はそれだけで自分の元から去っていってしまう始末。
あの閻魔との出会いは、自分の苛立ちを加速させるだけになってしまったのだった。
「あー、もう!腹立つわぁ!」
天子はその後も弓矢の練習を続けた。
その彼女の眼は怒りに満ちており、まるで目の前にあの閻魔がいてそいつの眉間を狙っているかのような感じだった。
ギリギリ・・・
そう。そうやって、全ての怒りの念をこの矢にこめて・・・
ギギギ・・・
天子は弓の弦を引き
ヒュン!
矢を発射させた。
ひゅ〜ん・・・
………………………………………
その矢ははるか彼方へ飛んでいき、霧による視界の悪さも相まってすぐに見えなくなった。
「木を狙ったのに・・・!」
どうやら、天子は狙いを外してしまったようだ。
狙いを外すことなんてこれまでの練習でも何回かあるので、ほんの些細な問題のはずだが・・・
「チクショオー!ムカつくのよッ!コケにしやがって!このッ!」
仕舞いにはキレ出し、持っている弓を地面に叩き落して踏みつけまくった。
永琳の弓は見た目に反して意外に丈夫なようで天子の踏み付けを受けても傷一つつかないが、当の本人は本気でそれを壊そうとしている辺り、今の天子の荒み具合がよく分かる。
このように、こんな些細なことで物に当り散らすほど天子に蓄積された怒りは大きいということだろう。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
物に当り散らすのも馬鹿馬鹿しくなったのか、天子は落ち着きを取り戻し、ふと自分の手元にある支給品に目を通す。
手持ちには弓矢、仕込み刀、茄子みたいなデサインの雨傘・・・と、戦いに使うにはいまいち扱いづらいものばかりだ。
しかも先ほどの燐に投げられた鉄球により、自分のスキマ袋の中の道具が所々破損している。特に河童の甲羅の損傷が酷く、ひび割れを起こしている。
「もっといい武器はないのかしら・・・」
天子はそう思い、ため息をついた。
「・・・むっ。誰かが近づいてくる」
その時、何者かの影が霧の中に映った。
とはいえこちらに近づいてくるわけではなさそうで、今の自分のこの場所を素通りするような感じだ。しばらく放っておけば勝手にこの場を去っていくだろう。
「ふん、ちょうどいいわ。このやり場の無い怒り・・・こいつにぶつけてやるわ」
だが、せっかくの新しい獲物を指くわえて黙って見過ごすほど天子も甘くは無いわけで
「今なら体も大分回復してきたし・・・今度こそやっつけてくれるわ!」
その影を追うべく、天子は立ち上がった。
「って、あれは・・・」
だが、距離をつめて影の正体が分かるほどまでに近づいた辺りで天子は無意識に動きを止めてしまう。
なぜなら、その相手は
「さっきのあの黒猫・・・」
数時間ほど前に、自分に襲い掛かってきた猫妖怪、火焔猫燐だったからだ。
「ったく、相変わらず気色悪い猫ね」
燐のことは数時間ぶりに見る天子だが、相変わらず・・・いや、以前よりも更に気味が悪く感じる。
片方の目が無くなりその部分がぽっかりと黒く映っている有様。今もなおぽたぽたと滴り続ける赤い血。そしてそれを物ともせずにひたすら浮かべる微笑・・・。普通の人ならばその姿を見ただけでも逃げてしまいたくなるほどのものだ。
「さーて。この猫は、どうしてくれようかしら」
そういえば、元はといえば自分が今まで休憩を余儀なくされるほどに体力を奪われた原因はこいつにある。
向こうから戦いを吹っ掛けるのは別に構いはしないが、自分に深手を負わせたということは今の鬱憤が溜まった天子にとってはそれだけでも憎悪の対象となる。
そのため、燐の姿を見るだけでもイライラする。自分の思い通りにいかないことを誰よりも嫌う、天子の性格を考えれば当然とも言えるだろう。
だが、ここまでくると殺し合い開始直後の天子ならばすぐさま燐に襲い掛かるはずだ。
もしかしたら、開始直後に殺した橙の時みたいに不意打ちだって平然と行ってもおかしくない。
今の天子にそれをさせない理由は2つある。
1つは、深手を負わされたことによる燐への警戒心。
自分ほどではないだろうがそれなりに出来る妖怪なので、以前のときよりも慎重になる必要があったからだ。
そしてもう1つは、燐が持っている武器である。それは天人である天子ならばよく知っている代物、名を緋想の剣という。必ず相手の弱点を突く事が出来る、天子が知る限りでは無双の強さを誇る神の刃である。
それが今は倒すべき敵の手に渡っている。あれを使われるのは非常にまずい。そうとなると、嫌でも慎重にならざるを得なくなるのは当然だ。
「・・・くやしいけど、ここは慎重に行かないといけないわね・・・」
気が付けば、天子は燐の跡をつけていた。
確かに緋想の剣を持った相手と戦うならば慎重にならざるを得ない。下手したら、あれの力で自分が殺されかねないからだ。
だが、同時にこれはこれまでの出来事の中で最高のチャンスでもある。
自分にとって最強の武器がすぐそこにある。あれを手に入れれば今後の戦いにおいて大いに役立つと思うと、この好機を逃がすわけにはいかない。
だからこそ、天子は慎重にかつ確実に燐を仕留め、緋想の剣を奪い取る機会をうかがっているのだ。
□ □ □
そんなことで天子が燐を追いかけて2時間近くが経過し・・・
いつの間にか霧は晴れ、ぽつぽつと立ち並ぶ家屋のある道を通り過ぎ、いつの間にかそのまま山の中に入ってしまっていた。
だが、木々に囲まれた山の中では、霧の湖とは違う意味で視界が狭まくなる。
山道に沿って進んでいけばそんなことはないだろうに、あろうことか燐は山道から普通に外れて進んでしまい、彼女の影が木々によってだんだん見えなくなっていく。
そして・・・
「しまった・・・」
そのため、ちょっと目を離しただけで肝心の標的の場所を見失ってしまった。
「こんなところで見失ってしまうなんて・・・」
天子はしばらくの間キョロキョロと辺りを見渡すが、燐はおろか人影1つでさえ見つけられなかった。
ひょっとして、自分は今、非常に危険な状況に陥っているのではないかと思う。
周囲は木に囲まれてよく見えない。そのため、目では近くの敵の探知が難しい。
それに対し、相手は猫の妖怪ゆえに視覚だけではなく嗅覚や聴覚でもこちらを探知してくる可能性がある。
要は、追い詰めようとしたつもりが逆に追い詰められたということだった。
「・・・やられた!」
緋想の剣に釣られたからとはいえ、それが最悪の事態を招いてしまった。
いつどこから襲ってくるかが分からないだけならまだいいが、緋想の剣を持った相手だとそうもいかない。ひょっとしたら、すぐにでも殺される可能性だってあるわけだ。
こんなことなら、こうなる前に攻撃しとくべきだったと後悔する。不意打ちでも卑怯な手を使ってでも緋想の剣を手に入れるべきだったと思う。
「・・・こうなったら、ヤケクソよ!とことん戦って、何としてでも緋想の剣は手に入れるわ!」
そうだ、今は緋想の剣を手に入れることが最優先だ。そのためならどんな手だって使ってやる。
正直、面白くない戦いになるとは思うが我慢するしかない。面白い戦いはその後にでもいくらでも出来るのだから。
そう思い、天子はどこからともなく来るだろう襲撃に備えて弓を構えた。
ヒュン!
ガッ!
「・・・!」
突然、何かが飛んできて近くの木に刺さった。
何を飛ばしてきたのかは見る余裕は無かったが、飛んできた方向は確認できた。
「そこかぁっ!」
天子はすぐさま飛んできた方向へ向けて矢を射る。
当たりはしないだろうが、けん制にはなるはずだ。そこから相手の出目を伺って、隙を見つけ出して仕留める!
…はずだったが
「・・・あれ?」
天子が矢を射た方向からは気配は特に感じられなかった。
ひょっとして今の攻撃は罠か!?
すぐさま自分の方に飛んできた物を手に取ると、それは鉄の輪みたいなものだった。
なんとなくだが、この形状ならばブーメランのように弧を描いて飛んできても不思議ではない。そう考えるとさっきの攻撃は正面からの攻撃ではない可能性が高い。
「また一杯食わされたってこと?もうお腹一杯よ・・・」
ここから追撃を加えてくるような様子は感じられないが、天子の予想ではすぐにでも来るはず。そうなると、ますます警戒を強めなければならない。
そのときだった。
ドゴオオオオオォォォォォン!!
「きゃっ!今度は何なのよ!?」
鉄の輪が飛んできた方向からは今度は激しい爆発が起こり、それに伴い木々が炎に包まれる。
何がどうなればこんなことになるのか、さっぱり分からない。
ただ1つだけ言えることは、ここにずっといるのは危険だということ。狙撃されるのもこのまま焼け死ぬのも勘弁なので、天子はすぐさまここから離れ、爆発があった方向へと急いで足を急がせることにした。
「うわぁ・・・これはすごいわ」
爆発の巻き添えを避け、なおかつその爆心地へとたどり着いた天子が見た光景は凄まじいものであり、爆心地であったであろうその場所を中心に近くの草木が全て消し飛び、周囲も激しい炎で包まれていた。
こんなことが出来る者がいるとは・・・。緋想の剣が手に入ったらすぐにでも戦いたいものである。
ん?緋想の剣・・・
「し、しまった!緋想の剣!緋想の剣は何処へ?」
そういえば、すっかり忘れてしまった。
当初の目的である緋想の剣の行方はまだ分からないままなのだ。
あまりにも急なことで気が動転してしまったのか、キョロキョロと周囲を探し始める。
落としたわけでもあるまいし、周囲をキョロキョロと見渡したぐらいで見つかるとは思えないのだが・・・
「ん?あれは・・・」
いや、そうでもない。
「緋想の剣!!」
幸運なことに、天子の探し物は見つかったようだ。
よかったよかった。
………………………………………
「・・・って、なんで氷精が持ってるの?」
天子の目に映っているのは、緋想の剣を手にしているチルノとメディスン・メランコリーだった。
緋想の剣は元々燐が持っていたのに、何故チルノの手に渡っているのか?
少なくとも、燐はチルノたちと接触していることは確定的だ。そしてあの燐のことだから、手当たり次第で参加者を殺しまわろうとするはず。そんな状態でチルノたちが無事で燐の姿が見当たらない。
ということは・・・
「まさか、あの猫が奴らに殺されたってこと・・・?」
そうとしか考えられない。
「何よ・・・。私があの時に居もしない猫の幻影と一人芝居している間に獲物をとられたって言うの?」
一方的にこちらを手玉に取るような仕打ちをされ、それがただの自分の思い込みだとも気付かずに馬鹿みたいな芝居をし、挙句の果てにはそうしている間にあっさりと獲物を奪われる。
そう思うと、再び怒りがこみ上げてくる。
「私の獲物を・・・緋想の剣を・・・!」
ただでさえ天子は最初に出会った燐の件や映姫の件で鬱憤が溜まっていたのだ。
これに加えて、ここに来るまでに溜まった鬱憤を溜め込める度量なんて
「返してよっ!!」
天子にあるはずが無かった。
叫んだときには、もうすでに弓矢を構えていた。
狙うは―――獲物の仇、氷精と毒人形。
そうしている間もぎしぎしときしむ弓の弦の音は、まるで天子の怒りを音で再現しているかのようだった。
【C‐5・南東部森林・一日目・午後】
(時間軸は「驟雨の死骸と腹の中、それでも太陽信じてる」とほぼ同じ)
【比那名居天子】
[状態]左肩に中度裂傷(痛みは大体回復)、左腕部に打撲(痛みは大体回復)、激しい怒り(何かいいことがないと治まらないと思われる)
[装備]永琳の弓、朱塗りの杖(仕込み刀)、洩矢の鉄の輪×1、矢×10本
[道具]支給品一式×2、小傘の傘、橙の首(首輪付き)、河童の五色甲羅(ひび割れ)、矢5本
[思考・状況]
1.とにかく緋想の剣を手に入れる。
2.八雲紫の式、または八雲紫に会い自らの手で倒す。
3.ここの用が済んだら人里に向かう
4.残る幻想郷中の強者との戦いを楽しむ。第一候補は射命丸文。
※燐の鉄球を防御したスキマ袋の中の道具が破損している可能性があります。
※リヤカー{死体が3〜4人ほど収まる大きさ、スキマ袋*1積載(中身は空です。)}はC-3南西部の森湖畔沿いに安置されています。
※天子は霊烏路空と火焔猫燐の死体を見ていません。よって、空が近くにいることを知りません。
【チルノ】
[状態]霊力消費状態[6時間程度で全快]
[装備]緋想の剣
[道具]支給品一式(水一部使用)、ルナサのヴァイオリン、博麗神社の箒 洩矢の鉄の輪×1
[思考・状況]基本方針:お空に着いてく
1.よわってるおくうをまもる
2.最強のなにかになりたい。
3.おくうのことが好きになった。
※現状を少し理解しました
【メディスン・メランコリー】
[状態]健康
[装備]懐中電灯 萎れたスズラン
[道具]支給品一式(懐中電灯抜き) ランダムアイテム1〜3個
[思考・状況]基本方針:毒を取り戻す
1.とりあえずチルノ達について行く
2.八意先生に相談してみよう
3.空の本音は……?
※主催者の説明を完全に聞き逃しています。
※夢の内容はおぼろげにしか覚えていません。
※C-5山肌が一部燃えています、延焼の可能性も考えられます。
※燐のスキマ袋(首輪探知機、萃香の瓢箪、気質発現装置、東のつづら 萃香の分銅● 支給品一式*4 不明支給品*4) はとりあえずメディスンが背負っています。
※燐空両者のスキマ袋は火炎による熱で内部の道具が破損している可能性があります、損傷自体の有無と程度に関しては次の方にお任せします。
※霊烏路空が近くで何をしているかは不明。燐の死を悼んでいると思います。
代理投下終了。
乙です。
燐の次は天子か。これはやばい。
ちょっと前までほのぼの担当だったのに、もう昔のように思える。
代理投下乙。
空は満身創痍、チルノも消耗状態だし、これは本格的にやばそうだな。
天子の精神状態と、唯一まともに動けるメディが突破口になるか否か……。
251 :
創る名無しに見る名無し:2009/11/08(日) 15:57:04 ID:orgAWJ9K
>>241 無心のメランコ相手に苦戦した挙げ句スキマ使えないと自分は無力だと悟った紫と何も出来ず泣き叫ぶだけの魔理沙が優遇されているとは思えないが。
霊夢は言わずもがな。
投下&代理投下乙
とうとうギャグと和みのオアシスも潰れてしまったかな?
チルノ達は戦略を練るタイプには見えないし果たしてどんな戦いになるやら
強者に絶えず狙われ続けるのがほのぼの担当の宿命
火事により焼け落ちた竹が地面を黒く塗りつぶしている。
まだ熱を少し持っていて春先だというのに夏かと思うほどだった。
地面は黒く、気温は熱い。地獄と呼ぶには生ぬるいだろうが、地獄の入り口付近ならこんな景色もあるかもしれない。
などと森近霖之助は思っていた。
紫が待つ永遠亭へと踵を返し、歩いていると炎に根元をやられて倒れた一本の竹を見つけた。
その竹の大きさは、他の天を貫くような高い竹に比べれば余りにも小さかった。
しかし、他の竹よりも青々とした竹葉が生い茂っている。
想像するに他の竹よりも高く伸びようと努力していた竹なのだろう。
だとしたら哀れでならない。
志半ば根元だけを焼ききられ、あとは地面に横たわったまま腐るだけの運命。
他の仲間たちと一緒に灰になったほうがよっぽど潔かっただろう。
努力も報われず、惨めな死だけを突きつけられている。
妖怪竹だと分かっているとなお感情的になり、見ているのが辛くなる。
自分がこのような状況になって悔しさで狂い死なないという保証ができなかった。
仮にも自分は男だ。名誉、不名誉などはばかばかしいと思いつつも腹の底では名誉を望んでいる。
どうかこの竹に救いを与えることができないか?
ふと、紫の顔が浮かんだ。
僕はぽんと手を叩くと竹を肩に乗せて永遠亭へと早足で向かった。
八雲紫は八意永琳の部屋を漁っていた。
引き出しを上から順に開けて書類に目を通すも書かれていることはすべて薬の調合率や患者のカルテ、老死した里の人たちの死亡鑑定書だった。
紫にとっては必要ない資料であると同時に、ある真実へのピースでもある。
最後に棚の一番下の引き出しを引っ張る。
しかし、引き出しは開かず、代わりにがっと音を立てた。
「……鍵がかかってるわね」
年季が入っており、軽く青さびが浮かんだ南京錠で引き出しは閉ざされていた。
当然部外者の紫は鍵など持っていない。
しかし、錠は鍵が無くても開くことができるのを紫は知っている。
彼女は右手に文鎮を持って南京錠に向かって振り下ろした。
ガン、ガン、ガン!
2、3回の抵抗を見せた南京錠も文鎮の圧倒的暴力に破れ、哀愁溢れるカランという音を立てて地面に落ちた。
紫はケロリとした顔で南京錠が守っていた引き出しを開く。中にはレポート用紙がきれいに整理されて入れられていた。
紫の眉が動く。
「これは………」
山のようなレポート用紙から一枚を抜き出し、左右に瞳を振る。間違いない……
それは数年前に起こった永遠に続く夜の計画書であった。
その計画書の枚数はホチキスで止められるような枚数ではない。
一番最初に書かれた計画書はおそらく百年……いや、千年。もしくはそれ以上。
一番最初に出てきた計画の大雑把な目的は月の使者から蓬莱山輝夜を守ることだった。
最初にあげられた定義は基本蓬莱山輝夜の能力による逃亡と隠密の生活。
遂行中に生まれるさまざまなイレギュラーに対する策。
もし、月の使者が探しに着たら…… もし、蓬莱山輝夜の能力が使えなくなったら…… もし、自分が蓬莱山輝夜の傍に居ないときは…… と、場所と環境と時代に合わせての対策が永遠と綴られていた。
最終的に起こった永夜異変により、計画書と呼称しているが、これは緊急事態マニュアルと呼ぶのが相応しいのかもしれない。
あまりにも執拗にかつ緻密に組まれた策の数々に紫は舌を巻く。
一人の人物を守るためだけにこれだけ警戒し、対策を練れるものだろうか?
半ば狂気じみている。
いや、愛する者と危険と隣り合わせに逃亡生活をするためならばこれぐらいに必死になれるのだろう……
どっちにしろ、愛する者と一緒に危険の中を行動することが無い紫には分からない感情だった。
現在進行形で危険の中だけどね。
さて、ここで永夜異変の計画書が出てきたことによって疑問の種が芽を出す。
レポート用紙の列はきれいに整頓されているが、うっすらと埃が積もっていた。
さらに引き出しを開けるときに壊した南京錠。これも不自然だった。
長年使って愛着が沸いたとしても、あまりにも錆びが浮きすぎている。
これほど浮いていたら鍵を持っていたとしても、すべりが悪く、開けるのに一苦労をかけるだろう。
さらに、鍵穴までさびが侵食していた。
結論から言うと、この引き出しはかれこれ2,3年は一度も開かれていない。
ほかに鍵が掛けられている引き出しは無かった。となると、『この異変』の計画書はどこにあるのだろう?
無計画に幻想郷の人物を拉致し、首輪をはめ、禁止エリアを設定するシステムを管理できるものだろうか?
断じて否。
9割9分9厘において八意永琳は主催者ではない。例え八意永琳が主催者だと名乗り出てきても私が否定する。
ゲームのはじめに見た八意永琳を見たときから『否』だと推し量っていたが、確信する。
となると、やはりバックには……
今決断を出すと足元をすくわれるわね。何だって相手は神にも等しき力を持つ者なのだから。
紫は未だになれない首輪をかちゃかちゃと揺らした。
「どうだい、紫。まだ何か興味深いものがあったかい?」
スッと襖を開けて森近霖之助が現れた。
「まずまず……と言っておきましょう」
霖之助は大して興味もないといった表情を浮かべると視線を腕時計に移した。
「次の放送まで後4,50分だ。それまでここで休んでいこう」
紫の中で1分1秒も無駄にしたくないという声が出たが、離れた目から見て1分1秒など何もしないと同意だということに気がつき、考えを改め、静かに首を縦に振った。
霖之助は紫の顔をじっと見てこういった
「君は少し寝るといい。どうも顔色がよくない。噂では大して予定が無い日は一日中布団の中から出てこないらしいじゃないか」
「はぁ?」
紫はすっとんきょうな声を上げた。霖之助は違うのかい? と聞きなおした。
「違うも何も! ……それは確かに少し他の妖怪よりも寝る時間が多いとは思ってるけどそれはあんまりだわ」
頭から湯気を出して声を荒げるも、霖之助は飄々とした風貌でふむ……と唸った後
「どっちにしろ君は寝る生き物だから今のうちに寝ておくべきさ」
と言い放った。紫は口をあんぐりとあける。
何か言い返そうと思い立ったときには既に霖之助の姿はなくなっていた。
永遠亭の一番奥の部屋。その部屋からしゅり……しゅり……という音が漏れていた。
4畳半の小さな部屋で、小さな床の間と押入れがある以外何も無い。
出入り口は2つあり、一つは廊下へと、もう一つは縁側へとつながっている。
縁側のほうの障子は午後の光を竹が受けて作られた影絵を写している。
紫は目を覚ました。
藤色の模様が入った布団が自身の体の上に乗っている。
天井は見覚えの無い木目が並んでいる。
夢は常に儚く、現は常に厳しいものだと紫は思った。
まだ寝起きで覚醒していない頭脳にしゅり……しゅり……という音が響く。
音の方を見ると森近霖之助がこちらを背に向けて何かをしているようだった。
彼との距離は手を伸ばせば優に届く距離であった。
なぜか現実味が持てず、霖之助の着物の裾を引っ張った。
「ん? ああ、起きたのか。そろそろ放送だから起こそうと思っていたんだ」
「それはよかったですわ。あんな放送で目が覚めるなんて最悪の寝起きになりそうですもの」
霖之助は「違いない」と微笑むと再び手を動かし始めた。
紫は布団から体を起こし、霖之助の手の中を覗き込む。
「ナイフ?」
霖之助は台所かどこかから持ってきたのだろう2寸ばかりの小刀を器用に扱って竹を削っていた。
何個も同じものを作っているようで、既に完成したものが畳の上に並べられている。
それはエイかマンタのような薄く、滑らかな流線型のナイフだった。
握り手の末部分には白い花の羽があしらえてある。
「投げナイフ……ここはクナイとしておくか」
紫はそのうちの一本を取る。白い花はどうやら竹の花のようだ。
シュッ!
紫が徐に投げたクナイは竹の花の花びらを散らして飛んだ。
カツン、的として狙った柱にぶつかる。だが、刺さることは無く畳の上にクナイは転がる。
「精度は上々ね。さすが幻想郷の小物職人」
「僕はただの道具屋さ。これは趣味さ」
「趣味で兵器職人だったら戦争は終らないわね」
「今の状況だから皮肉と尊敬の意として受け取っておくよ。
それに僕はこの武器をただの殺しのために作ったわけじゃないんだ。
古代の人は武器を祭具や呪具として用いたとこの前に読んだ本に記してあった。
ということはちゃんとした手順を踏まえて作れば霊的な要素が宿るわけだ。
それは作物の豊作であったり、厄災から守られたり……」
霖之助は紫が投げたナイフを拾うと竹の花を見つめた。
「古代の人たちは今の文明よりも劣っていると考えていいのだから今の技術で武器のマジックアイテムを再現できればそれは作物の豊作どころの話ではない。自由に雨を降らせたり天下を統一できたり」
霖之助は今までに作ったナイフと拾ったナイフを合わせると、紫の手に握らせた。
「僕が今回作ったマジックアイテムは守りのクナイさ。きっと君を守ってくれる」
まじまじとクナイを見ると九字が刻まれており、そのほかにも鎮宅七十二霊符から旧約聖書の要約的な東洋問わずにさまざまな『効き目のありそうなありがたい言葉』が刻まれていた。
紫はあまりの世界をそのまま集めたような対魔の式に笑みをこぼす。
「でも、一つ聞いていいかしら?」
「どうして羽は竹の花なのかしら? それに……あの盆栽は?」
部屋の片隅には優曇華の盆栽があった。枝が何本か無くなり悲しくなっている。
霖之助の眼鏡が一瞬曇った。
霖之助は口を開く……
しかし、その言葉を遮るように定時放送が流れ始めた。
放送の後の数十分後。
「なかなか美味いじゃないか」
「やっぱり少々苦味が強すぎる気がしません?」
「春になって冬眠から目覚めた熊は苦いものを食べて覚醒するらしい。寝起きの君には丁度いいだろう」
先ほどの表情を裏にひっくり返したように霖之助は明るい微笑みを浮かべていた。
向かい合うように座る二人の間には一つの鍋が置かれ、その中には米さまざまな草が入れられて煮詰めてある。要するに雑炊であった。
さきほど、台所を探索したときに米があることを霖之助は知っていたため、紫が起きる前に煮詰めていたのである。
ちなみに、草は戸棚にあった薬草のため、体にはいいが味は保障されていない。現に苦い。
紫は最初に薬草を入れることを拒んでいたが、霖之助が半ば無理やり鍋の中に薬草をぶち込んでしまったので、仕方なく味付けは紫がした。
味付けをする前に紫が味見をしたところ、後ろから見ていた霖之助がはっきり分かるくらい鳥肌を立てていた。
それほど苦かった薬草雑炊を霖之助が「なかなか美味しい」と言わせるまでマイルドにした紫の料理の腕は評価できるだろう。
「冬眠だったり、熊だったり……まったく! 失礼するわね」
「……そういえば先ほどの放送で呼ばれた名前だが」
「ええ、早く本格的に攻撃を仕掛けないと間に合わなくなるわ」
魂魄妖夢、それに八坂神奈子。それに異変解決をした事のあるアリス・マーガトロイド。どれも幻想郷で力を持つものだ。
紫は特に魂魄妖夢が死亡して親友の安否が気になっていた。
「同意見だ。そして三度確認させられたよ。神ですらこの結界の中では人間と変わらず安易に死んでしまうと」
二人とも雑炊を食べ終えて部屋の中から出る。
霖之助は廊下を歩きながら口を開いた。
「さっき竹の花を使った理由を聞いたね。あれは……毒さ」
「毒?」
紫はその単語で霖之助が言いたいことを悟った。
「所詮、綺麗ごとを並べようと武器は命を奪う道具でしかない。それに神が殺されるのだから神通力が本当の悪魔に効くとも思えないんだ……」
霖之助の顔に暗い影が差す。
「武器で守るなんて綺麗ごとに過ぎない。武器は相手を倒してこその武器だと思う」
つまり霖之助が作ったお守りは厄から自分を守るのではなく厄を打ち倒して自分を守るという意味だった。
守護の力が宿らないのに攻撃する力が宿るだろうか? 矛盾である。
矛盾を知りつつも、マジックアイテムの技師として持つものの命を守ろうとするために製作したのだった。
「君にはそのクナイを『使う』意志はあるかい?」
紫は答えを唱えることを躊躇った。
霖之助は目をつぶって頭を振った。そして「らしくない」と呟いた。
二人は無言で永遠亭の物置へと足を進めていた。
物置は先ほどの南京錠とは比べ物にもならないくらい重量感のある錠でその扉を開けまいと硬く閉ざしている。
しかし、紫がその鍵に近づくとカチャリと音を立てていと容易く扉は開くこととなった。
「一体どんな魔法をつかったんだい?」
霖之助が尋ねると紫は右手を見せた。
右手には一本の鍵が握られている。南京錠に閉ざされた引き出しの中に入っていたらしい。
永遠亭。それは月の技術のある場所。
二人がこの倉庫に来た理由はそれである。
霖之助も知っていた。永遠亭には月の兵器が保管されていることを。
月の兵器とは外の兵器を上回る破壊力を持っている。例えば片手で持つことのできるバルカン砲、超小型プランク爆弾、月面戦車に、月面探査車など。
今霖之助が持っているショットガンでさえ両手で支えていないと重いというのに、どれほど軽量化すればバルカン砲なんぞ片手でもてるようになるのだろうか。
期待と不安を混ぜながら霖之助と紫は物置の扉をくぐった。
締め切られた室内の独特なカビ臭い空気が肺の中に入ってきた。室内は窓一つ無く、漆黒の闇が液体のように詰まっていた。
紫は壁に手を当てて何かをしている。ぱちっと言う音が響いた後、目がくらむような光が室内を満たした。
光に照らされて、室内の道具が次々と露になる。
霖之助は見たことも無い道具の数々に目を丸くする。
少々埃を被っているが、月の兵器がそこにはあった。
文献で見たとおり、6門の筒を抱えるバルカン砲、先進的な形状なおかつ重量感溢れる戦車に手のひらサイズの爆弾。古風な牛車まである。
「まさか……本当にあるなんて……」
紫は同様を隠せなかった。
紫はそんな物騒な兵器は主催者が既に処分しているだろうと高を括っていたのだった。
対照的に霖之助は早速見たことも無い道具たちを意気揚々と自身の能力で鑑定していく。
「レプリカ……ではないわよね」
「そのようだ。用途は全部その道にあった効果を示しているから間違いない」
紫はそのうちの一つのバルカン砲に手を伸ばした。
重量感があるボディの割りに、拍子抜けするほど軽い。アルミよりもずっと軽い。
紫はそのまま銃身を誰も居ない上へと向ける。試射するつもりだ。
霖之助はとっさに耳を塞ぐ。
モーターがうねりを上げバルカン砲のバレルが回転し始める。
しかし紫の想像通りに、そして霖之助の想定外のことが起こる。
「弾が無いわ」
「そのようだね」
バルカン砲はくるくると回転するだけで打ち出すはずの弾が生憎一つもない。それならばただの回る棒以外の何物でもなかった。
他にも戦車のエンジンはかかるもののキャノン砲の弾丸が無かったり、爆弾は爆弾で信管しかなかったりと全部何かが足りずに、基本的にそのままでは使用できないものだった。
「ふむ……そうきたか……」
「最初は予想が外れたと思ってたけどやっぱり予想通りだったわ」
紫は肩を落としてうなだれた。
「努力もしないで得られるものなんて無いってことだね」
まあ僕はいろいろ珍しいものが見れて楽しかったけどね。
「そうとも限らないわよ」
「それは……」
紫は霖之助の口に手を当てて言葉を遮った。
信管……。
【G−6 道中 一日目 真昼】
【森近霖之助】
[状態]正常、運転中
[装備]SPAS12 装弾数(7/8)バードショット・バックショットの順に交互に装填、文々。新聞
[道具]支給品一式、バードショット(8発)、バックショット(9発)
色々な煙草(12箱)、ライター、箱に詰められた色々な酒(29本)、栞付き日記
[思考・状況]基本方針:契約のため、紫についていく。
[備考]この異変自体について何か思うことがあるようです。
※月面探査車を運転中です。
【八雲紫】
[状態]正常
[装備]クナイ(8本)
[道具]支給品一式、不明アイテム(0〜2)武器は無かったと思われる、酒1本、信管
八意永琳のレポート、救急箱、日記
[思考・状況]基本方針:主催者をスキマ送りにして契約を果たす。
1.八意永琳との接触
2.自分は大妖怪であり続けなければならないと感じている
[備考]主催者に何かを感じているようです
代理投下終了。
GJです。
アイテムは月都万象展のあれか、そういやそんなのあったな。
代理投下乙
現代武器は支給品として配られているのに
それより強力な月の兵器は使用不可能にしてある
これは主催者の強さや思惑を計るキーになりそうな気がする
面白いな
>>258と
>>259の間が抜けてるので代理。
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爆薬は無かったものの、爆弾に取り付けられていた小さな金属状の円柱が紫の手のひらに転がっていた。
「……おまけにこれも動くようだし」
信管を服の中にしまうと、紫はとある方向へ指を刺して言った。
薄い板に座席と車輪をつけただけの簡単な車があった。
「月面探査車かい?」
今度は言葉を遮られることはなかった。
紫はうれしそうに言った。
「そう、電動稼動だから静かだし、丁度二人乗り。
幻想郷の道は悪路だけど表の月ほどの悪路があって?」
「移動する速度が速いことに越したことはない。反対はしないよ」
「では行きましょうか。もうすぐしたらこの二つ上のエリアが禁止エリアになってしまいますもの」
紫は探査車の助手席へと腰を降ろした。
「僕が運転するのかい?」
「ドライブデートでは殿方が運転するものですわ」
この時ばかりは紫に禁止されていたため息もついてしまった。
霖之助は初めての運転なので安全第一に車を転がしていた。
結論的に言えば、永遠亭から外に出るまでが一番の難所であったために、永遠亭から道に出てしまえばもう車の運転技術はほぼマスターしたといってよかった。
永遠亭は広いといっても、それは人が住む規模であって、車が走る広さではない。
明らかに無理だと思うような90度カーブも無理を通して車体を柱にこすりつつ曲がって曲がって……
ようやくたどり着いたドアを壊して無理やり屋敷の外に出たのだった。
人、難所を潜り抜ければ成長するものである。
「紫、これからどこに向かうんだい?」
とうとう会話をする余裕すら浮かんできたようだ。
「生憎、八意永琳の所在は今のところ何の手がかりも無い状態。
どうにかして接触を試みたいけど……」
霖之助は車を止めた。
「だったら僕の店に来てみないか?」
「あなたの店ねぇ……」
紫は思考をめぐらせた。あの店なら自分が求めているものがあるかもしれない。
「行きましょう。香霖堂へ……でもおそらく蛇が居るわ」
「僕の店に蛇なんて居ないよ。あるのはへびの抜け殻くらいさ」
紫は苦笑いを浮かべる。
「もちろん分かってるさ……たったいま永遠亭から蛇が2匹出てきたからね」
「今まで襲われなかったことがおかしいんだ……既に20人分の死体が幻想郷中に転がっているんだから」
霖之助はモーターに電源を入れて再び車を動かし始めた。
目的地は自分の店、香霖堂だ。
この道は、きっと、善い方になど続いていない。
それでも、引き返すことは許されない。
立ち止まればそこで終わりだ。
だから、進むしかない。
生の甘美な香りに惑わされ、挙句全てを失って、逃げるように入り込んだ道。
もうリンゴを食べてしまったのだから、私は楽園には戻れない。
大事なもの全てが私を見捨てても、私は原罪を背負って、生きる。
その果てに救われる、そんな幻想を願っていた。
たとえそれがどんな形であっても。たとえそれがどんな手段であっても。
太陽が頂点から僅かに傾きかけた頃合。
香霖堂。
魔法の森の入り口、てゐと別れてから少し東に歩いたところに、それはあった。
外から流れてきた品などを取り扱う古道具屋だ。
客を迎えるには少々工夫の足りない、店主同様に愛想の無い店構え。
鈴仙は今、それを少し離れた木々の陰から覗いている。
ここにやってきたのは、人妖、武器、情報の探索を目的としている。
この先のことを考えれば、それらの重要性はかなり高い。
しなければならない事をリストアップして重み付けし、上から片付ける。鈴仙にとっても日常の範囲の思考だ。
そうした『いつもどおり』の考え方が、心を押し潰しそうな様々なことから鈴仙を守ってくれるような、そんな気がしていた。
店の正面には山積みの道具達。
二度と使われることの無いだろう、商品価値の無いと判断されたモノたち。
行き先の無い彼らの墓場が作られていた。
誰かが拾ってあげれば、ほんの少し工夫すれば、きっと何かの役に立つかもしれないのに。
鈴仙には、それらが哀れに思えた。
店の周囲に、人妖の気配は感じない。
と言うものの、既にこのフィールド自体がが異様な気配に包まれているのだから、そういった感覚もアテにはしていない。
慎重である事は損では無いと、先ずは正面ではなく建物の裏に大きく回り込んだ。
誰の視線も無い事を確認し、木々に身を隠しながら近づき、店の裏に辿り着く。
壁を背に耳を澄ますが物音一つなく、また誰かが動いている様子も無い。
足音がしないように一歩一歩と壁沿いに歩き、玄関へさらに回り込んだ。
ライフルを持つ手に力が入る。
万に一つ程度の可能性とは言え、待ち伏せなどされていては危うい。
足の爪先から耳の先まで神経を尖らせ、息を整える。
扉に手を掛け、慎重にそれを開いた。
カランカランと何かが鳴り、店に来訪者が来た事を伝える。
鈴仙の耳がビクリと立つ。もしや罠か、という可能性が頭を過ぎる。
思わず扉の前から離れ、店の脇の壁を背に息を潜める。
罅入った肋骨から激痛が走るが、それを問題にしている場合ではない。
積み上げられたガラクタの山を盾に、他の僅かな物音でも聞き逃すまいと耳を尖らせる。
その音がただの扉の仕掛けで、何の動きも無い事がわかっても、数分の間はそこで息を潜めた。
周囲の木の枝に遮られて疎らに降り注ぐ日光は、潜む鈴仙を避けるかのように店を照らしている。
どうやら安全だとわかり、ライフルを握りなおすと、再度店の入り口へ向かう。
日光が随分と眩しくて、とても冬が終わったばかりとは思えない。
物の陰とはいえ、あまり身を晒しながらではいたくない。
少し早足で、扉を一気に開いて中に侵入する。
再度カランカランという音が店の中に響いたが、様子は先程と何も変わらない。問題ないだろう。
中は成程、商品らしい古道具がわりと整然と置かれている。
家具類から食品まで、所狭しと並ぶ道具は、其々幻想郷ではあまり見ることの無い珍しいものも多かった。
中々興味深い場所だと、思った。
主が主なだけに、鈴仙も骨董品や貴重品に無関心と言うわけではない。
尤も、今はそれらをのんびり眺めている場合ではないことはわかっているし、ここの古道具はあまり自分に貢献しないことも、明らかだ。
周りを軽く見渡して、軽く溜息。そして奥へ進もうとして、気付いた。
商品と、店の帳簿などが置いてあるカウンターの向こう側。
居間と思われる部屋に、何かが『居る』のが見えた。
手近な棚の横に身を隠す。
怯えて揺れる長い耳を片手で押さえ、頭をその脇から覗かせる。
一瞬青く見えたのはどうやら衣類のようだ。
それには「中身」が存在するように見える。
そして、それを中心に広がる鈍赤の模様が、決定的に気付かせた。
居間に、死体が、ある。
ライフルを握る手が汗ばむ。
身体で銃身を支えながら、片手ずつ交互にスカートで汗を拭う。
奥からは動きが無い。
二度の来客音でも動きがなかったのだから、ここには生存している人妖はいない、のだろう。
それでもまだ、鈴仙は慎重だった。
物陰を何度か経由し、居間に辿り着く。
和風に設えてあるが、この状況下で作法などどうでもよいこと。
遠慮なく、土足のまま居間に足を踏み入れた。
その奥、小さな卓袱台を挟んで二つ、命の抜け殻が転がっていた。
数刻と経たぬ間に染み付いた血の匂いが、ここが惨劇の舞台であった事を告げる。
片方は妖精。
黒く長い髪に幼さを残した顔。外見は姫様にどことなく似ている。
腹部を何かに貫かれており、青いスカートに流れ出た血が赤紫の斑模様を作っている。
それ以外に外傷もなく、一つの攻撃が致命傷になったのだろう。
表情はあまり読み取れないが、外傷の割には安らかな、と言うこともできる。
倒れたというより横たえられたその身体は、死の間際か死後か、恐らく誰かに一度抱きかかえられている。
それだけでも、十分に、救われたのかもしれない。
そんな感傷を、それも自分にはもう届かない幻想だと、振り払った。
そしてもう片方。
銀髪に、まだ幼いとは言え整った顔立ち。
見覚えは…大分ある。何度も顔を合わせた相手だ。
こちらは外傷は酷いものの、それらは死に直結するとは思えない。
第一、傷を負った後に服を着替えた様子がある。今着ているのは男物の服だし、それには傷が見当たらない。
死因は外傷以外にあると見ていいだろう。
ただ、薬師見習いの鈴仙でも、彼女が何故死んだのかが不明だった。
毒物のようにも思えないし、苦しみながら死んだようにも見えない。
だが少なくとも、それが生きていないことは理解できる。
まるで彼女の存在そのものから、生というそれだけを抜き取っただけのような、そんな印象さえ受ける。
魂魄妖夢。主の為に剣を振るうことなく散ったのだろうか。
私とは違って、きっと、迷い無く主の為に命を張るのだろうけれど。
今は、動くことも無い。
こうして哀れな惨劇の犠牲者を見ても自分が平常心でいることが、奇妙な違和感をもって自分を襲う。
それは自分が穢れたからなのだろう。墜ちた世界に浸かったまま、その色に染まってしまったからなのだろう。
他人を見捨てる精神も、此処まで極まったのかと自虐するかのように嗤った。
そして、そうなんだと、わかっているのに。
言葉で洩れたのは、自分を救う言葉だった。
「可哀想に、仇はとるから」
墜ちて墜ちても尚、誰かの為という大義名分がある事を求めることを無視できなかった。
馬鹿なものだ。
自己否定を認めながら、自己満足を求めている私はきっと滑稽な道化師なのだろう。
ここには、何も無い。
果てた命の跡が残るだけで、生者に相応しい何かは残っていない。
死はこんなにも身近にある。
気侭に生きていただけであろう妖精も、半身が霊体であった魂魄妖夢も、逃れることの出来なかった結末。
でもそれを直視したくない。
少なくともあと3つ、自分の手で同じような骸を作らなければならないと、そうでなければ自分がそうなるのだと、思いたくないから。
居間を離れ、一応全ての部屋を覗くが、有用そうなものは手に入らなかった。
襖が外してあったり、箪笥の服を漁った形跡があったが、どちらも魂魄妖夢の仕業だろうと考えられた。
ここで服を着替え、何者かを迎え撃ったのだろうか。
妖精と妖夢の関係、手を下した殺人者、妖夢の死因、居たはずの第三者。謎はあるが、それを考えるには情報も時間も足りない。
一つ溜息をつき、二つの抜け殻に僅かばかりの哀れみの視線を向けると黙祷し、居間を後にした。
再び古道具の道を抜け、外へと向かう。
来た時と同じように、種々多様な商品の間を進み――鈴仙は、足を止めてしまった。
商品と思わしき古びた大鏡の中の自分と、目が逢った。
鏡に映るのは怯えた兎の青白い顔。
赤い瞳は生気を失ったように黒ずんでいて、
見たものを狂わせる狂気の瞳は、澱んだ夢を映していた。
もし、鏡の向こうの瞳が私を狂わせてくれるのならば、もっと楽になれるのかもしれない。
躊躇いなく命を奪い、それでいて何事もなかったかの如くに日常に回帰して。
自分が自分で無かったから、という愚かな言い訳を、自分の中で正当化して。
そんな怠惰な幸福と戯れる幻想に浸れるのかもしれない。
突如として湧いた不可思議な感情に、鈴仙は呑まれる様に同意した。
そうやってまた、鏡の向こうの誰かに、救ってもらおうとしていた。
強張ったように微笑みかけると、鏡の向こうから嘲笑が帰ってきた。
鏡に掌を合わせる。
その向こうの哀れな兎の掌は、氷のように冷たかった。
生の温かさは無い。鏡の向こうは理想郷なんかでは無く、ただ現実を映すだけのものだった。
その冷たさは夢に逃げ込もうとした心を現世に引き戻した。
濁った狂気の瞳が、鏡の中から、逃げられないよと嗤った。
逃げて逃げて、追い詰められた箱の中で
向かい合った相手と同じ罪を見つめ合って
ここは牢獄なんだと、知った。
私はこれから、3人を殺さなければならない。
罪を犯した私が、死という罰から逃れるために、償いという名の罪を重ねなければならない。
それだけが、現実だった。
扉を開けると、客の退出を告げる無機質な音が店内に響いた。
その音を背に、鈴仙は香霖堂を去る。
鈴仙は、武器を握り締めた。
追い詰められた兎は、猟犬をも蹴り殺すというけれど。
それが出来なかったから、こうして惨めに自分を否定しながら穢れた地面に這い蹲って生きている。
私にお似合いの台詞は、きっとこうだ。
『どうか見逃してください、代わりに仲間を差し上げます』
それから自分は狩られる兎ではなく、狩人になる。
非情にも仲間を裏切って、自分の命可愛さに誰かを差し出す外道に堕ちる。
ここまで堕ちればもう、仲間のところには戻れない。
差し出された哀れな仲間と、穢れ役を背負った自分が全ての不幸を背負っても。
生き残った仲間達が幸せならば、彼女達が穢れ役から逃れられるならば、それで自分は救われるのだからと、無様に生きる自分を正当化するだけだ。
自分を否定する事は、できなかった。
自分が生きることを拒否することなど、出来る筈もなかった。
夢も自分を救ってくれなかった。
幻想に浸ることも、過去の中に自分を預ける事も、叶わなかった。
だから、認めた。
全ての記憶と幻想を、罪悪感を、自己否定と自己肯定を、抱えたまま、生きることを。
「ごめんなさい」
これから狩る者達のために。否、自分の心の救いのために。
一言だけ、呟いた。
【F−4 一日目 香霖堂 真昼】
【鈴仙・優曇華院・イナバ】
[状態]疲労(中)、肋骨二本に罅、精神疲労
[装備]アサルトライフルFN SCAR(18/20)、破片手榴弾×2
[道具]支給品一式×2、毒薬(少量)、FN SCARの予備弾×50
[思考・状況]基本方針:保身最優先 参加者を三人殺す
1.輝夜の言葉に従って殺す
2.穣子と雛、静葉、こいしに対する大きな罪悪感
※殺す三人の内にルーミア、さらに魂魄妖夢・スターサファイアの殺害者を考えています。
代理投下終了
輝夜は死んでもうどんげは殺すのをやめないか
普通じゃない奴の方が少なくなってきたな
そろそろSCARの予備弾を修正しておくべきだと思うよ
月報に間に合うか?
代理乙
うどんげ…へたれちゃえよ…
もう輝夜はいないんだぜ…
…師匠様がどうするかはわからんけど…
まさか過疎?
前の投下から一月も経ってないのに過疎扱いは贅沢だぜ?w
最近ペースが良かったのが幸運だったのさー
いや、書き込み件数が…
書いた方がいいのか?
流石に何もレスがない日が一週間もあると焦る。
二度目の放送が魔理沙達の元へと届いた。
悪趣味な扇動と脅迫は一度目の放送と同様。異なるのは死者の数と名前。
数は六名、前回の半分以下。
死は喜ぶべきことではないとはいえ、前回から大幅に減ったという事実は魔理沙達の心を幾許か癒してくれた。
だが名前は魔理沙達を癒してはくれなかった。
魂魄妖夢。
事前に知っている故に、覚悟は出来ていた。
それでもやはり思い出してしまう、想像してしまう。
スターサファイア、魂魄妖夢、西行寺幽々子。
三人の生き様を、末路を、行く末を。
そしてもう一つ。
霧雨魔理沙にとっては、妖夢の他にも聞き逃せない名前があった。
アリス・マーガトロイド。
霧雨魔理沙の友達。
魔法の糸を繰り出し、数々の人形を操る七色の魔法使い。
種族は違えど魔理沙と同じ魔女であり、魔法の森に棲む魔理沙のご近所さん。
犬猿の仲であったが魔理沙との交流は数多く、永夜異変、地霊殿での異変ではコンビを組んだりもしていた。
故に、魔理沙のショックは相当なものだった。
「……魔理沙」
「魔理沙、大丈夫?」
足が止まった魔理沙を見かねたのか、藍とフランが心配そうに声をかける
「……悪い、心配かけたな。
二度目だ、覚悟はしてたさ」
自らの心臓の鼓動がドクンドクンと鼓膜に響く。
覚悟はしてたのになんて有様だ、と魔理沙は自嘲する。
呼吸を整え、振り払うように顔を上げ、足を前へと動かす。
心の整理には時の癒しが必要と判断したのか、藍とフランドールは心配そうな顔を向けながらも会話を打ち切った。
…………。
魔理沙達がしばらく歩くと魔法の森が見えてくる。
魔法の森と平原の境界線へと近づいた時……魔理沙と藍は、見覚えがあることに気付いた。
魔法の森だからというわけではない。
数時間前、二人はここに来た、それだけの話だ。
魔法の森の入り口付近には自然物以外にも、小さな物がたくさん、ゴミのように転がっていた。
内訳は、地雷に、無数の小さな鉄球に――人間の肉片、血液、衣服の切れ端。
後者三つの持ち主は――霧雨魔理沙。
此処は、地雷を踏んだ魔理沙を助ける為に藍が蓬莱の薬を飲ませた場所だ。
「…………ここからは私が前に出よう。地雷が一つとは限らないからな。
単純な調査で私が見逃すことはないはずだが、万が一を考慮して私と少し距離をとっておいてくれ」
藍は言葉通り、魔法の森へ足早に歩いていく。
魔理沙に薬を与えたことをいまだに悔いているのか、顔色は良くない。
本人が助かった、気にしないと言っても、気にしてしまうのが藍なのだろう。
藍との距離が離れ、魔理沙がそろそろ追従しようかという頃。
不安そうな表情を浮かべたフランドールの声が魔理沙を止めた。
「……これ、魔理沙の……よね。
魔理沙は人間なのにこんなに血を失って大丈夫なの?」
フランドールが不安がるのも無理はない。
吸血鬼であるフランドールには、隣を歩いている魔理沙が周囲に散らばる残骸の主ということが理解できる。
友達の身体が散らばっているというのは、誰でも背筋が凍る光景だろう。
「ちょっとしたことから人間をやめてな。ほら、このとおり、健康だぜ」
「吸血鬼みたいなもの?」
「んー、フランみたいにお日様が苦手なわけでも血を吸うわけでもないからちょっと違うな。
といっても私も詳しくは知らないんだけどな。とりあえず本来なら不老不死になるみたいなんだが」
「……それでも魔理沙は死ぬのよね」
「……だろうな。
私と同じ立場の奴も名簿に載ってるし、そんなにほいほい死なない奴が生まれたら殺し合いにならないぜ」
魔理沙は、地面に散らばる小さな鉄の球をひょいと拾い上げる。
鉄球に付着している乾いた血と肉片に、ごくり、と唾を飲む。
魔理沙は蓬莱の薬を飲んだことを後悔はしていない。
今、この場に魔理沙が立っているのは間違いなく藍の功績である。
コンティニューの権利を与えてくれた藍は恩人であり非は一切ない。
魔理沙は本心から感謝している
だがそれでも、時折考えてしまう。
不老不死とはどういうものかを。
魔理沙は元々、魔法使いに昇華することによる寿命の増加を望んでいた。
更なる魔法の研究、そしてまったく変化を見せない長命の隣人と肩を並べる為に。
不老不死はそういった魔理沙の願いを内包している。
だが……不老不死には限界がない。
いずれは研究する魔法も尽き、長命の隣人は魔理沙より先に逝く。
それだけでなく幻想郷の全てが歴史の激流に揉まれ、いずれは消えていくのだろう。
振り返っても、誰もいない、何も無い。
ただ自分がいるだけの変わらぬ毎日。
永遠の中、許されるのは前進のみ。
そんな環境に置かれた時、どうなるのだろう。
魔理沙は、考えるべきではないと分かっていても、考えずにはいられなかった。
「……魔理沙」
フランドールの声に、思考に埋没していた魔理沙は現実に回帰する。
魔理沙が慌てて周りを見渡すと、既に藍は随分と先に位置し、魔理沙達を待っていた。
「悪い、そろそろいかないとな。
ああ、フラン、地面の怪しい物には気をつけろよ。私みたいにはなりたくないだろ」
「……ええ、そうね」
フランドールと魔理沙は藍に追従する。
三人は妖怪と人間の境界を通り抜け、魔法の森の暗がりの中へ溶けていく。
…………。
魔法の森は、人間ならば誰しも近寄ろうとは思わない森である。
背中を不意に撫ぜる風、森林特有の湿気、鬱蒼と茂る不気味な樹木、道なき道。
見上げるほどの高さの木々の連なりが、天蓋の役割を務め、太陽光は一切合財遮断され、夜でも昼でも晴れでも雨でも魔法の森は薄暗い。
太陽光の代用は光る茸などによる頼りない光のみであり、今も真昼だというのに周囲は非常に薄暗い。
魔理沙達は足元に気をつけながら魔法の森を歩いている。
頭上だけでなく地上にも植物が密生しており、藍が歩きやすいルートを選んでいるが、それでも三人の歩みは遅い。
「なぁ、フラン……体調でも悪いのか?」
魔理沙は、すぐ後ろを歩いているフランドールを心配そうに声をかける。
魔法の森に入ってから、フランドールは、心、此処にあらずといった様相を見せ続けていた。
だから魔理沙はさっきから数回声をかけているのだが、返ってくるのは曖昧な返事のみ。
今回も返事には期待せず、フランドールの様子を見つつ歩いていると。
「……ねぇ、魔理沙」
後ろにいるフランドールから魔理沙に声が届いた。
魔理沙は予想外の返事に驚きながらも振り返る。
「霊夢に会ったらどうするの?」
魔理沙は、フランドールの言葉に困惑しながらも返答に躊躇はない。
「――止める」
考えるまでもない。
答えは、一つしかないのだ。式など後から付け加えればいい。
「どうやって?」
フランドールが真面目に追求する。
「……できれば話し合いだけで済ませたいな。
でも……無理だ。あいつはもう止まらない」
魔理沙は霊夢の瞳を思い返す。
リグルを殺した直後にもかかわらず、揺れることのない停止した瞳。
会話を試してみても、結果には期待できないだろう。
「じゃあ力で押さえ込むの?」
魔理沙は声には出さず、フランに首肯を返す。
「私より魔理沙のほうが理解してるでしょうけど、霊夢は強いわよ。
魔理沙もだけど、人間なのに、吸血鬼とやりあえるなんて嘘みたい。
とても手加減なんてしていられる相手じゃないわ」
魔理沙も当然承知している。
春も夏も秋も冬も。
暇潰し、遊び、賭け、勝負、異変等の理由で、ずっと霊夢とやりあっているのだから。
「ああ、そうだ。それでも私は手加減する」
それでも魔理沙の意思に変更はない。
結果を前提としているのだから、変わるはずもない。
「……死ぬかもしれないのに?」
真剣にフランドールは問いかける。
「……命にだって換えられないものはあるさ。
しかも私は欲張りなんでな、全部欲しいんだ。
友達も仲間も想い人も幻想郷も、どいつを失っても私は別に死にはしない。
でも、どれかを失ってもいいなんて考えた時に、私は私じゃなくなるだろうな。
フランにだってあるだろ、そういうのは」
大切なものを失っていいと言ってのけるのは自分の否定だ。
一度でも認めてしまえば全てを失う以外の道は無い。心で負けては何事にも勝ることはない。
だが、そこまで決心している魔理沙にも、まだ悩みはあった。
フランドールや藍を自分の我侭に巻き込んでしまうということだ。
一人で戦うと言っても許してはくれないだろうし、そのような無責任な行為は魔理沙も好まない。
霊夢は強い。
三人が全力を出しても犠牲が出るかもしれない、ひょっとしたら負けるかもしれない。
それほどの相手だ。手加減は友達の、仲間の、死を招く
しかし、霊夢を殺してもいいなど口が裂けてもいえるものではない。
ジレンマに対し、霊夢と会うまでに解決策を出せるのか、それが魔理沙の悩みだった。
魔理沙が考え込む中、フランドールが沈黙を破る。
「……ええ、私にもいるわね」
随分と遅れて返答したフランドールの顔付きは穏やかだった、不自然なくらいに。
「ならわかるだろう
スターだって同じ気持ちだったんじゃないか」
霊夢に意識を集中している魔理沙はフランドールの様子に気付かない。
「……そうね、そうかもしれないわ」
そう言ったフランドールが憑き物が落ちたように、爽やかな表情だった。
見る者を逆に不安にさせるような、笑みを浮かべていた。
魔理沙はようやくフランドールの様子に気付く。
フランドールの肩に手をかけようとする。
「――ばいばい。
ごめんね、それと――ありがとう」
だが一瞬速く、魔理沙の胸に衝撃が奔った。
フランドールの掌打により魔理沙は突き飛ばされ、背後の茂みに頭から突っ込む。
それと同時に、静かだった森に強い風が吹いた。
魔理沙は肺から逃げ出した空気を補給しながら、急いで、茂みを掻き分け、起き上がる。
だが……既にフランドールの痕跡はない。
風で周囲全ての木の葉や茂みは満遍なく吹き荒れている。どこにいったのかはわからない。
フランドールも魔理沙達が追いかけるのは予想済みだろう。簡単に分かるようにするはずがない。
「あっ、あの馬鹿……!
藍っ! こっちにきてくれっ!」
魔理沙も事態を理解した
以前に魔理沙は早まるなと言った。
フランドールは言う事を素直に聞かない少女ではない、通常ならば。
ならば、今は、異常事態なのだ。
そして突然の霊夢の話題と併せれば答えは一つ。
「……馬鹿は私だな。
もう誰も、失ってたまるもんか」
◇ ◇ ◇
舞台は同じく魔法の森。
博麗霊夢は魔理沙達の数分後、魔法の森に踏み込んでいた。
隠れる場所の少ない平原により離された距離を詰めるため、茂みに残る痕跡を辿り魔理沙達に追いつこうとしていた。
返り血が尾行の邪魔になると判断したのか、いつもの巫女服ではなく白色の着物を着用している。
身体の動きを邪魔しないよう至る所を切り裂き、普段の巫女服と形状を似せたものだ。
…………。
ふと、静かに歩んでいた霊夢の足が止まる。
前方から音が届いたのだ。これは足音だろうか。
距離は遠く、薄暗さも手伝って、姿は見えない。
だが足音の具合からして、徐々に霊夢に近づいている。
博麗霊夢という灯火に誘われるように、来訪者の軌道に揺るぎはない。
霊夢が足を止め、来訪者の足音をしばらく拝聴していると、徐々に姿が見えてくる。
紅の衣服 流れる黄金の髪。
小柄な体躯、特徴的な水晶の羽。
薄暗闇の中、不気味に煌く、血のような真紅の瞳。
来訪者を構成する全てが、霊夢の知る妖怪に一致する。
悪魔の妹、フランドール・スカーレット。
霊夢は心を揺るがさず、感情を覗かせない瞳のまま、フランドールに問う。
「……いつから気付いてたの?」
フランドールは素直に質問に答える。
「ちょっと考え事をしててね、ここから西にある血に意識をすっごく集中してたの。
そうしたら、そこに新しく血の匂いが加わった。生きた人間、それも私が知ってる血がね。
あなたが怪我をしてなければ気付かなかったわ」
「風下ってわけじゃないのに……。本能ってやつかしら。
で、わざわざ一人で来たのはどういうつもり?」
「魔理沙を巻き込んで万が一にも殺させるわけにはいかないし、あなたに逃げられたら意味はないからね」
フランドールは日傘を仕舞い、双手の悪魔の爪を構え、尖り過ぎた視線を霊夢に向ける。
「ふぅん。あんた、変わったわね」
霊夢は、腰元の鞘から妖気を伴った長刀を滑らかな動作で引き抜き、切っ先を前方へ向けて構える。
真っ向からフランドールを迎え撃つ、そういった意思の表明。
「安心しなさい、コンティニューはさせてあげるから」
フランドールの意思が、魔法の森の大気を揺らす。
射手の令に従いフランドール周辺の虚空に顕現するはカラフルな小玉の軍勢。
赤、青、緑、黄と、無数に無量に存在する小玉の華々しい弾幕が魔法の森の一角を埋め尽くす。
フランドールは初手は弾幕を選んだ。
理由は殺傷性の低さ。弾幕は元々よほど当てない限り死にはしない。
捕獲を目的としているフランドールにとって、弾幕は本気で展開しても問題のない数少ない手段なのだ。
「私の人生にコンティニューなんてないわよ。
今までも、これからも、ずっと変わらずに生きているんだから」
気負いも、怯えも感じられない、堂々とした霊夢の返事。
同時に、激しさ極まる弾幕が大嵐の如く霊夢に襲い掛かる。
弾幕は魔法の森に降り注ぎ、土草の上で掻き消えては、即座に中空に数え切れない花を咲かせ続ける。
霊夢は花弁の大海の隙間を縫って悠々と歩く。
本気とはいえ、所詮は制限で弾数が減少したイージーな弾幕。
常人とは及び付かない経験と感覚を併せ持つ霊夢ならば、パターンを見切り自らへ到達する弾幕のみを見極めるは容易。
グレイズを続けながら虎視眈々とフランドールへと接近する。
フランドールも不用意な攻撃がどのような結末を招くかなど、予測している。
通常の弾幕だけでは通用しない事など先刻承知。二段、三段と継続した攻撃を試みる。
二段目、霊夢の右後方と左後方へ回り込んだ魔法陣から放たれる針状のレーザー。
ターゲットは各々、左肩部と右脚部。
霊夢は一本目を咄嗟に身体を捻り、二本目を、ステップで回避する。
稼いだ隙は一瞬。それで十分とフランドールは三段目を仕掛ける。
三段目――透明化したフランドールの突撃。
注視せずとも違和感が浮き出る程度の脆い迷彩だが、この状況では十分。
弾幕とレーザーによる援護と魔法の森の薄暗さ、複雑さが、実用化の域まで高めてくれる。
不可視の弾丸と化したフランドールは弾幕の波の中を一直線に疾走する。
自らの構築した弾幕だ。どのタイミングで道が開くかは熟知している。
フランドールは大気を裂き、一息で霊夢へと肉薄する。
霊夢の意識と体勢はレーザーと弾幕に逸らされている。
視界にフランドールは見えていない。
重さと速さを兼ね備えた拳を避ける為に与えられた余裕は、極僅か。
幻想郷のパワーバランスの一角を担う種族は伊達ではない。
いかなる技術も見られない、吸血鬼の速度と膂力に任せた一撃は参加者の中でもトップクラス。
フランドールの爪、いや、拳は紅い軌跡を残しながら――鳩尾へ繰り出される。
霊夢は避け切れず、轟音を伴い後方へ吹っ飛ばされるが――怪我はない。
衝撃に逆らわず後方に跳び、くるりと宙を舞い、木の葉のように緩やかに無音で着地する。
博麗霊夢は博麗の巫女であっても所詮は人間。
手加減しているとはいえ吸血鬼の膂力を浴びせられて無傷で耐えうる道理は無い。
霊夢は、防いでいたのだ。
不可視の拳の軌道上に一瞬の遅滞も躊躇もなく楼観剣を配置することによって。
「……見えていなかったわよね」
運に任せての防御ではない。
どこに来るのか分かっていない状況での防御では、意志や力が自然と弱まる。
その程度の柔な防御ならば、フランドールは突破し霊夢に甚大なダメージを与えていただろう。
「なんとなく、ね。そこにきそうな気がしたの」
霊夢は自分の勘に微塵の疑いも持っていない。
心の底から自分に自信を持っている故に思考に先んじる回避を可能としているのだ。
「……この、化け物」
本気でも通用していなかったであろうことを悟ったフランドールが苦渋の表情を浮かべる。
己の目を精一杯凝らし射殺すかのように霊夢を睨む。
「あんたに言われるのは心外なんだけど……」
霊夢は、僅かに残った腕の痺れを煩わしげに振り払いながら、フランドールに問う。
「……あんた、手加減してるでしょ。
そこまでして魔理沙に義理立てするのはなんで?
生き残りだって十分目指せるでしょうに」
霊夢の知っているフランドールは違った。
全てに興味を持ち、全てに固執しない。
知らないから、世界を、心を、人を。
知っているから、自分が悪魔であることを、手に入らないことを。
「私達を尾けてたのなら鉄の球と血が転がってる場所を知ってるでしょ。あれ、魔理沙のなのよ」
「あー、あれってやっぱり魔理沙のだったのね。
血の乾き具合からして結構前の代物なのに本人はピンピンしてるから不思議に思ってたんだけど」
「……嫌だったのよ、怖かったのよ。私には魔理沙があんな姿になるなんて耐えられない。
それだけでも耐えられないでしょうけど、私にはもっと耐えられないことがあるのに気付いたの」
五百年の幽閉により、己の狂気、孤独は生まれながらにしての運命だと諦めていた。
運命とは鉄格子のように絡み合いながらも頑丈で変わらないものだと思っていた。
だから、これから先も、変わらない、望んでもいけないと思い込んでいた。
世界と自身とを分かつ檻は、自分が創った物だとということにも気付かずに。
パチュリー・ノーレッジとスターサファイアは鍵だった。
二人が死んだ時、喪失感があった。
初めての経験だった。よく知らなかった。
知らなかったから、自分自身さえ見失いそうになった。
無意識に責め立て、無意識に焦らせ、無意識に誤魔化した。
だから鍵が開いているのに外に出ようとしなかった。
悲しみを紛らわせようとしてしまった。
本当は寂しい、悲しいと思っているのに。
心の底では必死に手を伸ばしているのに。
そんなフランドールを魔理沙は外へと連れ出してくれた。
魔理沙にとってはなんのこともないことであっても、フランドールにとって生き方を変えてしまうほどに大切な意味があった。
魔理沙に手に引かれ檻から出たフランドールには、感情のゆらぎが僅かながら自覚できるようになった。
世界が暖かいものだと、素直に理解できた。その時の言い切れぬ疎外感から開放された高揚は、誰にも理解されないだろう。
だが……新たな問題も生じた。
檻は、閉じ込めるだけではなく外敵を避け付けないためのものである。
フランドールは心を得たと同時に、悲しさや怖さも十二分に理解できるようになった。
心を理解しても扱いには慣れていないフランドールは、いまだ不安定には変わりなかった。
そして、切欠を得てしまった。
魔理沙の残骸を目撃したフランドールは魔理沙の死を実感してしまった。
魔理沙の死でも耐えられそうになかったのに、心を得たフランドールの想像力は更なる未来を予想してしまった。
――もう一度同じことが起きるんじゃないか、と。
――スターのように魔理沙が自分を庇って死ぬんじゃないか、と。
「魔理沙が死ぬだけでも嫌だし、庇われるのはもっと嫌、それだけよ。
そのあと、あなたの血を察知したら、自然とこんなことになってたわ」
魔理沙がフランドールを庇うという未来を否定できる要素が見当たらなかった。
魔理沙が以前より頑丈になったという事柄が、より魔理沙を危ういと思ってしまった。
地雷現場の詳細を知らない故に、魔理沙が藍を庇って怪我をしたのではないかと想像してしまった。
だからこそ、フランドールは恐怖に堪えきれず外敵、それも魔理沙を確実に害する存在を単独で排除しにかかったのだ。
自分が死ねば魔理沙が悲しむと分かっていても、早まるなと忠告されても、心の奔流に逆らえなかったのだ。
「――それだけなの?」
フランドールの想いに、霊夢は冷たい言葉を吐き捨てる。
死んでほしくないという気持ちは霊夢にもある。
だが――心を傾けるには値しないものだ。
「ええ、そうよ。これだけよ」
霊夢の冷めた言葉にフランドールの表情が険しくなる。
「……私には良く分からないわね。
そこまで執着できるようなものを私は持っていないし」
霊夢は全ての物事に対し、一生懸命取り組むことを嫌う。
努力が報われることなど信じていないから。
「…………あなたは捨てただけじゃない。
魔理沙は、霊夢と共に生きる為に命を賭けてるわ。
お姉様だってあなたには信頼を置いているし、他にも、他にも、あなたは沢山持っていたのに」
不快さを吐き捨てる様に言い切る。
フランドールには、霊夢の単調で平坦な態度が神経に障る。神経質なまでに鬱陶しい。
「捨てたんじゃないわ。
最初から最後まで私は一人。ただそれだけよ」
だが外界の如何なる要因も博麗の巫女を揺るがすことは叶わない。
博麗の巫女は妖怪と人間の中立、中間に位置する唯一の存在。
生粋の博麗の巫女である霊夢は、何者に対しても平等に見る。逆にいうと、誰に対しても仲間として見ない。
相手の肩書きを平坦化する彼女は、時として人間、妖怪、種族を選ばず惹きつける事もある。
だが周りに沢山人間や妖怪が居たり、一緒に行動を行っても、常に自分一人である。
フランドールのような外因からの孤独とは異なる、根底からの孤独。
だから分かりあえることもなく、理解されることもない。
「……魔理沙に感謝しなさいよ。
生け捕りにしたって、あなたは決して変わりはしないけど――殺しはしないわ」
底冷えした声で霊夢を呪うフランドールが――駆ける。
二人の影が重なり合う。
太陽から隔絶された薄暗闇の中、打ち合わされた爪と刀から甲高い金属音が鳴り響く。
標的の殺意の閃光を受け止め、弾き、激しく斬り結ぶ。白と紅の火花が散る。
時間が経過し、剣戟が幾度も打ち鳴らされる内に、徐々に形勢に差が表れてきた。
原因は二つ。
一つは獲物の差。
霊夢の楼観剣は長さ故に、森林では扱いづらく防御にも向かない。
一つはフランドールの手加減の具合。
感情が自制心を超えつつあり、既に急所を爪で狙わないといった程度の手加減になりかけている。
二つの要因が、徐々にフランドールに趨勢は傾けていった。
だが、二つの要因だけでは決定打には一向に至らない。
フランドールが破壊の能力を刀に行使しようにも、霊夢もそうはさせない。
フランドールの攻勢が途絶えた瞬間、霊夢の剣閃が、破壊の能力の源である両腕もろともフランドール断たんとする。
能力は中断せざるを得なくなり、形勢は依然、維持される。
膠着した戦場に痺れを切らしたのはフランドールだった。
霊夢がフランドールの両の腕を回避した瞬間――三本目の腕が霊夢を襲う。
――禁忌「フォーオブアカインド」
魔力により自らと同じ個体を作成し操作するスペルカード。
フランドールから、首輪をしていないフランドールが一人生まれ落ち、本体と共に攻撃を仕掛けたのだ。
霊夢は頭で考えるよりも、自然に体が動き、横に半歩跳び下がる。
フランドールの爪が霊夢の衣服を引き裂き、腹部の柔肌を僅かに撫で、赤い線が引かれる。
なおも二人のフランドールの攻勢は止まらない
霊夢は横に流れた身体を床を強く踏み締めることで体勢を揺り戻そうとするも、隙が生じるのは避け得ない。
強引に後方にステップを踏むも――後退する背中には大木。
フランドールは絶好の機会を今、見事に自分のものとする
木の葉が舞う中、二人のフランドールが迫る。
身を捻りながら拳を渾身の力で横凪ぎに拳を振るう。
――――だが虚しく宙を掻いた。
拳の先には何も無く、ただ大木に亀裂を走らせただけだった。
フランドールの攻撃が捉える瞬間、突如、霊夢が消失したのだ。
突然の消失に二人のフランドールは困惑すると同時に――屈んだ。
背後に血の匂いを感知した吸血鬼の本能が、身を沈めろ、と命令したのだ。
直後――寸前まで二人のフランドールの頭部が位置していた二箇所を通過する無音の斬光が水平に薙がれた。
霊夢の奇襲を避けたフランドールは一旦、距離を取り、必死に状況を理解しようとする。
そして理解する。霊夢はコンマ一秒も要せずにフランドールの背後に回ったということを。
「……どんな手品よ、それ」
分身の影響か、息を切らせたフランドールが尋ねる。
「たいした芸じゃないわよ。
微調整はあまり利かないし疲れるし」
亜空穴。
零時間移動(テレポート)を可能とする霊夢の術。
霊夢はこれを使用し、コンマ一秒の差でフランドールの爪を回避し、フランドールの後方へと舞い降りたのだ。
神の御技かと錯覚するような所業だが霊夢にとっては、できるからやる、その程度のものでしかない。
フランドールは、霊夢の血が付着した爪を舐めながら思考する。
霊夢が背後に現れた瞬間から攻撃するまでには僅かにタイムラグがあった。
手品の詳細さえ分かれば十分対抗できる。
フランドールはそう判断を下し、果敢に攻める。
霊夢は先程と同じように追い詰められ、またも亜空穴を行使する。
だがフランドールには無駄な足掻きとしか捉えられない。
零時間移動(テレポート)をしようが、霊夢から流れる新鮮な血の匂いが居場所を教えてくれる。
意識さえしていれば対応は容易。
吸血鬼の本能が指し示す獲物の居場所は――上方。
フランドールが上方を仰げば――――宙を浮いている、精神統一中の霊夢。
――神霊「夢想封印」
霊夢の全身が発光し、妖怪が最も嫌う有り難い光の大型の霊力弾、十発程度が今、放たれる。
狙いは当然、フランドール。
誘導弾であり回避に集中しなければ避け切れない。
だが、フランドールは回避を選ばなかった。
霊夢は現在、空中で精神統一をしている。
この状況を回避に優れる霊夢を討つ好機と見たのだ。
フランドール一人でなら突破は不可能だが、二人なら突破できる。
霊力弾を二手に分ければ、威力不足。
一方に集中させれば、片方は無傷。
甚大なダメージを負うが確実に押し切れる。
即時判断を下し、地を蹴り、翼を広げ、跳び上がる。
制限されていようが、多少の高度ならば支障はない。
二対の紅の槍は怒涛の勢いで大気を斬り裂き続ける。
霊夢から放たれる弾幕の軌道は、二本。
二人のフランドールは真正面から弾幕にぶちかます。
死地へと踏み出したフランドールを襲う衝撃は相当のものだった
脳と視界がぐらつく感覚に顔をしかめる。
だが奥歯を噛み鳴らし、全力全開を以ってすれば――突破できた。
意識も失っていない、勢いは多少減衰したものの十分、霊夢を撃ち落せる。
二本の朱き槍は、一直線に飛び、霊夢へと到達する――はずだった。
「――これが神に仕えるものの力なのよ」
フランドールが霊力弾を突破した瞬間。
瞬きを許さぬ閃光が視界を蹂躙し、埋め尽くしていた。
フランドールは強烈な圧迫感に襲われ、霊夢への接触すら叶わず、無情にも、撃墜されていた。
「自分をもう少し考慮に入れてれば、これぐらい見抜けたでしょうにね。
捨て身なんてものは攻略を諦めたものが使用する悪手よ」
夢想封印の標的は、二人のフランドールだけではなかった。
フランドールの死角、霊夢の頭上。
すなわち、魔法の森の天蓋の役割の果たす枝葉を霊力弾の一発が吹き飛ばした。
天蓋を破壊した結果、降臨したのは、吸血鬼の弱点――太陽。
趨勢は決した。
霊夢にとって防戦は防戦ではなかった。
霊夢は攻勢に出て傷を負いつつ殺すよりも効率的な手段をとったというだけだ。
会話の内容から、フランドールが自分を厭わず、魔理沙が来る前に決着をつけたいということは理解できた。
それを理解していれば、優勢だが決着は訪れないという状況を維持するだけで無謀な策に取り掛かるということを予想できた。
フランドールとの戦闘で霊夢の予想外なものは何もなかった。
例えフランドールが手加減をしなかったとしても、霊夢の消耗が増えるのみで結果は変わらなかっただろう。
あるいは攻勢に出すぎることにより、より早く決着は着いていたかもしれない。
弱者の選択は意味を持たない。
弱者の運命は絶対者の採決に帰結する。
霊夢が、倒れ伏したフランドールに一歩、一歩、接近していく。
「…………ハッ…っ…ッ」
太陽に焼かれたフランドールは精一杯の強がりを言う余裕すらなかった。
倒れながらも必死に身体を動かし太陽の加護からは逃れたものの、力はいまだ戻らない。
自分の呼吸の音すら感じ取れず、息を吸っているのか吐いているのかすらよく分からない。
死に体のフランドールは、力を振り絞り、よろめきながらも立ち上がる。
だが、状況は好転したわけではない。本調子には程遠い。今にも意識を失う寸前だ。
それだけでなく、フランドールは自分の身体の不備が発生していることに、気付いた。
――なにも、見えない。
……太陽を直視した影響で、視力を喪失したのだ。
血の匂いにより、近づいているというのは分かるが、それ以外がまったく分からない。
フランドールは霊夢の意思一つで、自分の運命を左右できることを正確に理解する。
霊夢が今、なにをしようとしているのか。
刀なのか、弾幕なのか、体術なのか。
一秒後にくるのかもしれない。二秒後かもしれない。今にも振り下ろされようとしているのかもしれない。
フランドールには見当もつかない。抵抗は出来ない
……終わってたまるかッ!
自分は一人ではなかったとようやく自覚できた。
フランドールは、スターサファイアや霧雨魔理沙を初めとする様々な人に手助けされていた。
なのに、ここでフランドールが倒れたら、その全ては無駄だったということになる。
フランドールは生涯で神に初めて願った。
絶対にこんな所で終わる訳にはいかない。
一人で生きる霊夢が正しいと認めるなどできるはずがない。
たった一度でいい、一瞬でいい、霊夢の意思を否定する力を、と心中で叫び吼える!
――だが神への願いは叶わない。
吸血鬼の想いが神に到達することはありえないのだから。
なのに、フランドールは――把握できた
自分の心に従い、フランドールがしかと伸ばした右腕が。
大上段から振り下ろされフランドールの脳天へ届こうとしていた楼観剣の刀身を掴み取った
「なッ!?」
霊夢の顔が始めて驚愕に染まる。
フランドールが行ったのは刀の軌道を理解していなければ到底できない正確無比な動作だった。
視力を失った半死半生の吸血鬼では決して行えない芸当であるはずなのだ。
そして霊夢が驚いたのはそれだけではない。
「……妖、精……?」
巫女としての技能を保有する霊夢は、物に宿った神霊や霊魂などを見ることができる。
霊夢には、とても小さな少女、霊夢にも見覚えのある妖精が、フランドールの前に、うっすらと垣間見えた。
フランドールの神業を可能としたのは視力ではない。
――動くものの気配を探る程度の能力
スターサファイアがフランドールを庇った際、返り血を浴びた。
頬を伝い、口へと吸血鬼として血を吸ってしまった。
吸血自体にそのような効果などありえるはずがない。
自然に宿る妖精だからこそ、フランドールへと媒介を移せたのだ。
妖精が生じさせた奇跡に等しいイベントには状況証拠が存在する。
スターサファイアを初めとする三月精は支給品として参加した。
支給品故、制限は参加者とは異なる。その一つにこのようなものがある。
F迷子にさせないようにしましょう。参加者からある程度離れると支給品が爆発します
項目が正しいのならば、スターサファイアの首輪は爆発していないと道理が合わない。
しかし、現にスターサファイアの遺体は香霖堂の一室に留まっている。
なぜなのか。
……簡単なことだ。
スターサファイアは、ずっとフランドールの側にいた
首輪はそう判断した。ただ、それだけだ。
「……あなたみたいな自分勝手な奴にやられてやらないわ」
フランドールは鋼を掴み取った感触が伝わった瞬間、膨大な魔力の波を右腕に送り込む。
ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を全力全開で行使する。
視力がない故に、点は見えないが、己の手の内にあれば不都合はない。
身体中の血を掻き集め、全身より溢れ出る魔力を右腕に集約する。
能力は想像以上の力を発揮し――バキリ、と小気味いい音を立て楼観剣の刀身が半分、勢いよく折り取った。
フランドールは、苦しげに笑い、残る力を、折り取った刀身に込め、霊夢へと投擲する。
霊夢へと投擲した刀身の行方は――胸元へ到達したものの、血を一滴垂れ流すのみ。
霊夢の中指と人差し指に挟み取られていた……薄皮一枚だけを貫くに留まっていた。
霊夢は滲む汗を拭おうともせず、挟み取った刀身を無言で投げ返す。
フランドールの喉元に、楼観剣の刀身が風を巻いて迫る。
フランドールは対処しようとするも――――そこまでだった
予想以上に魔力、体力の消耗は著しく、フランドールの抵抗は成就しなかった。
スターサファイアの能力により軌道が見えていても身体が追いつかない。
倒れるわけにはいかない。
生きろという声が自分を急き立てる。
だが……やはり身体はもう動かない。
フランドールには、もう成す術はない。
それでは意味がない。一時的ではだめなのだ。
続かなければ意味がない――フランドールがそう思った時だった。
「――言ったろ?」
友達の声が聞こえた。
「――友達だってな」
同時に高い金属音が鳴った。
フランドールの前に躍り出た少女が、小型の炉を軌道上に差し出すことにより、フランドールへ到達しようとする刀身を弾いたのだ。
ウェーブがかった黄金色の髪、月すら射抜く黄金の瞳。
フランドールには少女の全身から光が満ちているように思えた。
少女はフランドールに振り向き、逆光を背に、にぃ、と笑った
フランドールを救った少女は――霧雨魔理沙、その人だった。
フランドールは小さく首を振った。
結局、庇ってもらってしまった自分に落胆した。
心の底から情けなさを悔やんでいた。
なのに、フランドールの瞳からは、なぜか涙が溢れていた。
悲しみからの涙ではなく、喜びの涙が、心からの涙が。
自分が涙を流していると理解する間もなく……フランドールは意識を失った。
フランドールを無事を確認した魔理沙は、向き直り、霊夢と対峙する。
「リグルとフランの借りと私の帽子、そしてお前も返してもらうぜ。私の大事なものなんでな」
「随分と遅かったわね、魔理沙。
あんたと藍の乱入をずっと警戒してたのが無駄になるところだったじゃない。
で、協力の件は考えてくれた? 無駄みたいだけど」
「誰がするか。お前こそ私に協力しやがれ。
……私からも聞いておきたい事があったんだ、答えてくれるか?」
「一人一人にそんなのやってると冥土の土産が足りるのかしら? まぁ答えてあげるわよ」
「お前は……香霖を、殺せるのか?」
「…………もう、決めたのよ」
「……嘘だな。
私は知ってるんだぜ……お前の気持ちをな」
「……あんたが私の何を知ってるっていうのよ、私の本質を見抜けなかったくせに」
「今からでも理解してやるさ。私達は友達だからな」
「そうね、太陽と月ぐらいには仲が良い友達じゃないかしら」
「……私じゃ霊夢に追いつけないとでも言いたげだな。
ああ、いーさ。それなら私は太陽が疲れるまで追い続けてやるよ。
それで追いついたら今度は太陽を背負って運んでやる。太陽が元気になるまでな」
霧雨魔理沙はミニ八卦炉を構える。
「無駄よ、太陽は何物も受け入れないわ。
最初から、最期まで、近づける者はいないのよ」
博麗霊夢は楼観剣を構える。
もしかしたら。
博麗霊夢が博麗の巫女でなければ。
別の運命へ辿り着いていたかもしれない。
だが、もしかしたらなんて過程は、無意味だ。
博麗の巫女でない霊夢は霊夢ではなく、どこにも存在はしないのだから。
博麗霊夢は、人間である前に、博麗なのだから。
【F-5 魔法の森 一日目・真昼】
【博麗霊夢】
[状態]疲労(小)、霊力消費(中)、腹部に一筋の切り傷
[装備]楼観剣(刀身半分)、果物ナイフ、ナズーリンペンデュラム、魔理沙の帽子、白の和服
[道具]支給品一式×4、メルランのトランペット、キスメの桶、文のカメラ(故障)、救急箱、解毒剤
痛み止め(ロキソニン錠)×6錠、賽3個、拡声器、数種類の果物、五つの難題(レプリカ)、血塗れの巫女服
[思考・状況]基本方針:力量の調節をしつつ、迅速に敵を排除し、優勝する。
1.魔理沙達を殺す
2.1が済めば、D-4からG-4までを適当に見回り、敵と巫女服を探す。
3.お茶が飲みたい
※ZUNの存在に感づいています。
※解毒剤は別の支給品である毒薬(スズランの毒)用の物と思われる。
【霧雨魔理沙】
[状態]蓬莱人、帽子無し
[装備]ミニ八卦炉、ダーツ(5本)
[道具]支給品一式、ダーツボード、輝夜宛の濡れた手紙(内容は御自由に)
[思考・状況]基本方針:日常を取り返す
1.霊夢を止める、真昼、G-5に、多少遅れてでも向かう。
2.仲間探しのために人間の里へ向かう。
3.幽々子を説得したいが……。
4.霊夢、輝夜を止める
5.リグル・パチュリー・妖夢・幽々子に対する強い罪悪感。このまま霊夢の殺人を半分許容していていいのか?
※主催者が永琳でない可能性がそれなりに高いと思っています。
【フランドール・スカーレット】
[状態]頬に切り傷、右掌の裂傷、視力喪失、体力全消耗、魔力全消耗、スターサファイアの能力取得、気絶
[装備]無し
[道具]支給品一式 機動隊の盾(多少のへこみ)、レミリアの日傘
[思考・状況]基本方針:まともになってみる。このゲームを破壊する。
1.魔理沙についていく、庇われたくない。
2.殺し合いを強く意識。そして反逆する事を決意。レミリアが少し心配。
3.永琳に多少の違和感。本当に主催者?
4.パチュリーを殺した奴を殺したい。
※3に準拠する範囲で、永琳が死ねば他の参加者も死ぬということは信じてます
※気絶、視力喪失、スターサファイアの能力の程度は後に任せます。
【八雲藍】
[状態]健康
[装備]天狗の団扇
[道具]支給品一式、不明アイテム(0〜4)中身は確認済み
[思考・状況]紫様の式として、ゲームを潰すために動く。紫様と合流したいところ
1.フランドールを捜す。
2.E-5、F-5、G-5ルートで八意永琳との合流場所へと向かう。
3.八意永琳の件が済んだ後、会場のことを調べるために人間の里へ向かう。ここが幻想郷でない可能性も疑っている。
4.霊夢と幽々子様と首輪の存在、魔理沙の動向に関して注意する。
5.無駄だと分かっているが、橙のことが諦めきれない。
※F-4(香霖堂居間)に、妖夢とスターの死体、妖夢のスキマ袋が放置されています。
※藍達は忘れていますが、六人分の情報を記したメモ帳と筆談の筆跡も落ちています(内容はお任せ)
◇ ◇ ◇
「……半日程度離れていただけなのにこうも懐かしく感じるものとは自分でも驚きだね」
魔法の森の南端を遠目で目視した僕は、一旦、月面探査車を止めた。
地図ではG-6の上部といったあたりだろうか。
視線の先には、自然でありながら自然ではありえない森。
我が家である香霖堂へと早く着きたいところだが、だからといって直進は無謀だ。
瘴気を問題とするほど僕も紫も柔ではないが、密集した木々による通行妨害は如何ともし難い。
外縁部分ならば、多少は車を捻じ込むこともできるだろうが、そこから少しでも奥に進めば事故は避けられない。
視界も悪く、害意ある人妖が待ち構えでもしていれば、対処に一手遅れる。
多少迂回をしてでも大人しく平原を行くのが吉だろう。
一応は同行者にも意見を聞いておこうと助手席の妖怪少女に首を向けてみる。
すると……紫の様子が変だというのに僕は気付いた。
紫は頬を赤らめており、そしてしなだれた手に掲げられているのは……酒を堪えた杯。
…………やれやれ。人に運転を任せておいて、この娘はなにをやっているのやら。
「酒は神の美禄とはうまく言ったものよね。
これ、いけるわよ。貴方も、どう?」
悪びれもなく杯を差し出し、柔らかい物腰で酒に誘ってきた。
紫の様子に僅かに疑問を抱く。
酔っているにしても違和感が拭えない。
注意を払い紫の様子を探ると――自然な微笑を見せながらも、幽かに憂愁の気色が察せられた。
……酔いの幾らかは虚勢も混じっているのだろう。僕に見破られる辺り相当参っているらしい。
既に二十人、最初の犠牲者も含めれば二十一人が犠牲になった。
紫に直接的な実害ではなくとも、大切な幻想郷の一部が刻一刻と削られているということだ。
それなのに、いまだに僕達は足踏みを繰り返しているに等しい。
心は随分と疲弊していることだろう。
紫の杯に堪えた酒を眺める。
……だから紫はこいつを必要としたのかもしれないな。
妖怪は精神的なダメージには脆い。
余裕を失えば、触れるもの全てを傷つける刃と化すか、己の尊厳と自我を放棄し獣を化すか。
だからこそ、気を急いてはならない、余裕を失ってはならない。
……僕も紫に習って酒を頂くとしようか。
これから不安はいくらでも舞い込んでくるのだ。自分を見失う事態だけは避けたいものである。
「酒返しはせぬもの。頂こう。
しっかし……僕に運転を任せたのはこういうわけか。
まぁいい、ありがたく一杯喰わされるとしよう」
酒に十の徳あり、という諺がある。
内訳は、百薬の長、寿命を延ばす、旅行に食あり、寒気に衣あり、推参に便あり。
憂いを払う玉ぼうき、労を助く、万人和合す、位なくして貴人に交わる、独居の友。
この十個である。
いかに世の中に親しまれ溶け込んでいるかがわかる諺だ。
幻想郷においても酒への信仰は変わりなく、数ある嗜好品の中でも好む人妖はダントツである。
かくいう僕も類に漏れず、お酒は大好きである。
余裕を持って酒を飲める貴重な今を存分に楽しもう。
エンジンをかけ月面探査車を発進させる。
時間を無駄にしない為、運転しながらの飲酒になるが……大丈夫だろう。
僕は一杯程度で酔うような下戸ではない。天狗ほどではないが酒はそれなりに嗜むほうである。
前方に障害物がないことをよく確認し、ハンドルに片手を残した状態で、もう片方の手で杯を受け取る。
その時、紫の持っている酒瓶が眼に入った。
これは…………よく見ると……僕の袋に入っていた酒のような……。
ジロリと紫を見やる。
「視線が怖いわね。言いたいことがあるならちゃんと言ってくださらない?
でないと私に殿方の心なんて分かりませんわ。殿方に乙女の心が分からないように、ね」
……紫は僕が反論できないのを分かって言っている。
奇しの神の御前で紫に文句を言えば、自分の器が小さいと言ってしまうようなものだ。僕に抵抗する術はない。
「……相変わらず人を喰った言動が好きだね、君は」
「ふふ、人を喰うのは妖怪の生業ですからね」
……まぁ、いいか。目くじらをたてるようなものでもない。
長年の付き合いで多少は慣れた、というより諦めた。
気を取り直して杯に堪えた酒を見て僕は気付く。
……これはいいものだ。一介の古道具屋店主が飲めるような代物ではない。
用意したのが誰かは知らないが酒の見る眼は確かなようである。
しかし……宴会に足りないものがあるのが惜しいな。
「ここまでの銘酒を飲むならやはり肴が欲しいところだね。
春に夜桜、夏には星、秋に満月、冬には雪、と言われるが、ここにはそのどれもがないのが残念だ」
「酒は燗、肴は刺身、酌は髱(たぼ)。
燗も肴もなけれど、若い美女にお酌してもらっているんだから我慢なさいな」
「僕としては一人で静かに飲む方が好みだけどね。
ところで若い¥乱ォがてんで見当たらないんだが、一体どこにいるんだい?」
僕の隣にはクスクスと笑っている無邪気に見えなくもない少女しかいない。
この娘は身長こそ僕より大分低いが、僕の知る限りでは霊夢や魔理沙を百人積み重ねても足りない年齢のはずである。
「あら、ひどい。ここにいるじゃありませんか、お父様」
「いつから君はクオーターになったんだ」
紫の背格好だけならば装えなくはないだろうが、彼女の纏う雰囲気がそうはさせない。
つまるところ、妖しい、この言葉に尽きる。
困惑、畏怖、未知を根源とする妖怪としては一流の資質であるが、日々の付き合いの際には薄めてほしいものだ。
しばらく時が経ち、僕は酒を飲み終える
紫はいまだ飲んでいるし、僕ももう少し飲みたいところだが……運転中に集中力を散漫させるわけにもいかないか。
酒を飲んでおいて酔わないというのは、酒の神である奇しの神に失礼ではあるが、今は許してもらおう。
僕の酒が飲み終えるのと時を同じくして、話題は異変についての話へと移り変わった。
――議論開始――
―― 議論中 ――
「――――香霖堂へと立ち寄った後はどうするんだい?」
「そうね……彼岸などいかがでしょう。
三途の川を渡れるならば、の話ですけど。
唯一壁が書かれていないことに加え、三月の今頃は同じく彼岸、何かがあるかもしれません。
単純な脱出路というわけではないでしょうね」
「同感だ。仮に脱出路だとしたら、地図に書き込むなんてサービスはしないだろう――――」
―― 議論中 ――
――議論終了――
議論内容が尽きた後は会話も途絶え、ただ時間が経過していく。
僕も紫も喋らない 車と風だけが音を発するのみの静かな中。
紫が、突然、独り言のようにぼそりと問いた。
「…………妖怪は……太陽に届くと、思いますか」
紫は太陽を見ていた
妖怪にとって直視するのも辛いにも拘らず。
太陽は天体でも一際輝く唯一無二の存在である。
天照大神が最高神という立場であることを納得させる説得力がある天体だ。
太陽は人間にとっても一際特別な天体だが、妖怪にとっても特別な存在である。
妖怪にとって太陽はは昼の世界から駆逐された要因であり忌むべき存在。
だが妖怪は太陽に決して抵抗は出来ない。
妖怪に出来ることは太陽から身を隠し、夜の世界に逃げ込む他、無い。
つまりは……不可能に届くのか、ということなのだろう。
僕は太陽を仰ぎながら応えた。
「一介の半妖にはやってみなくてはわからないね。
まぁ、僕としてはイーカロスのように蝋の翼で飛び上がるのも一興ではある、とだけ言っておこう」
紫が返事に満足したのかは分からない。
それきり僕達は、何も語らないまま、静かに時を持て余してた。
…………。
しかし時を持て余すなどという贅沢はこの世界では許されないらしい。
突然、右手に位置する魔法の森から――見覚えのある弾幕が空へと飛び出した。
「あれは……霊夢か」
霊夢の得意とするスペルカードだ、間違いない。
店の前での弾幕ごっこで、見覚えはいくらでもある。
「覚による想起という可能性もありますが、十中八九、霊夢のものですね。……予定は一旦中断しましょう」
僕と紫は月面探査車を止め、地上へ降りた。
月面探査車をどうするのだろうと思っていたが、紫が袋を近づけ、ちょっと車に手をかけるだけでスキマ袋にするすると入っていった。
相変わらず便利なものだ。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
「ああ――霊夢の加勢にいかないとね」
【F-5 一日目 真昼】
【八雲紫】
[状態]正常
[装備]クナイ(8本)
[道具]支給品一式、不明アイテム(0〜2)武器は無かったと思われる、酒2本、信管、月面探査車
八意永琳のレポート、救急箱、日記
[思考・状況]基本方針:主催者をスキマ送りにして契約を果たす。
1.霊夢の元へ。
2.八意永琳との接触
3.自分は大妖怪であり続けなければならないと感じている
[備考]主催者に何かを感じているようです
【森近霖之助】
[状態]正常
[装備]SPAS12 装弾数(7/8)バードショット・バックショットの順に交互に装填、文々。新聞
[道具]支給品一式、バードショット(8発)、バックショット(9発)
色々な煙草(12箱)、ライター、箱に詰められた色々な酒27本、栞付き日記
[思考・状況]基本方針:契約のため、紫についていく。
[備考]この異変自体について何か思うことがあるようです。
投下終了です。
支援ありがとうございました。
投下乙ー
きゃーこーりん、それはアウトよー!
ゆかりん、とめたげてー!
状況も血濡れ巫女VSトレードマーク無し、そばにフランが倒れてるとか微妙なところだし、速射の可能性が怖いな
そして因縁の対決再びか、どうなることやら
そういえばゆかりんの内心描写ほとんどないから、何考えてるか微妙なんだね
投下乙。
ついに運命の再開と来たか。
果たして魔理沙は霊夢を止めることが出来るのか。
ゲームに乗った霊夢に対する紫の反応も気になる所だな。
他にも色々フラグあるし、恐らくここが第2〜第3放送間の大きな山場になる予感。
ああ、早く続きが読みたい。
しかし、話を増す毎に成長して行くフランが凄く良いね。
いとも簡単に彼女の心を開かせた魔理沙はやはり偉大だ。
あと余談だが、
>スターサファイアは、ずっとフランドールの側にいた
な、なん(ry
この発想は凄い。俺も見習いたい、マジでw
煌々と輝く太陽の光が肌を照らす。藤原妹紅はひとつ息をついて、眩しすぎる太陽に目を細めた。
いい天気だ。こんな状況でもなければ遊びに行くにはもってこいの日和だろう。
もっとも、竹林にこもりきりの自分にとってはあまり関係のない話だっただろうが。
そんなことを考え、苦笑の皺を刻んだ妹紅は河城にとりとレティ・ホワイトロックの情報を受けて再度人間の里へと向かっていた。
目的は、幻想郷最強の種族とも謳われる『鬼』の伊吹萃香の捜索及び保護。
言わば人助けのために動いているのだが、実際のところは個人的な思惑によるところが大きい。
霊夢に逃げられ、アリス・マーガトロイドと同行していた少女に狙われて以来、妹紅の胸中には漠然とした不安が常に漂っていた。
自分の為そうとしていること、自分が志していることに意味はあるのか。
やること為すことが裏目に出てばかりの妹紅に以前のような自信はなく、そんな自分がのうのうとしていることが許せなかった。
危険を承知で萃香の捜索を引き受けたのはそれが理由でもあった。
半ば自分のせいで二人もの命が喪われたという事実。
それが妹紅の心に重く圧し掛かり、償わなければならないという気持ちを生んでいた。
要は、何かやっていないと気が収まらなかったのだ。
まだ万全な状態ではなく、戦闘を続行できるかも怪しいものだというのに。
性懲りもなく、また死にたいと思っているのだろうか、と自分の心を眺めてもそうとは考えられなかった。
生きたいと思っている。記憶と共に、上白沢慧音のはにかんだ顔も思い出せる。
こうして焦っているのは、やはり行動が空回りばかりしているからなのだろう。
生き甲斐を見つけたかった。自分が生きたいという思いだけではなく、自分でもここにいていいと言ってもらいたかった。
藤原妹紅は、人間だから。不死の体でも、永遠以上の時間を過ごせる異形の体なのだとしても、ひとりはつらい。
心はいつまで経っても人間で、誰かと一緒にいて安らぎを得たかった。
たとえ相手が有限の時間しか持たないとしても、妹紅は構わなかった。
諦めたつもりだったのに、全然諦めきれていないらしいと妹紅は苦笑する。
願いに従ってしまえば、ひた隠しにしていた思いが浮き上がってくるのは容易いことだった。
だからこそ認めてもらいたかったのかもしれない。
自分の安全なんて二の次で、心が安寧を得られるというのなら……
「……それこそ、死にたがっているとも見られかねないか」
ひとりごちて、妹紅は溜息をついた。生きるということは難しくて、よく分からない。
考えずに生きてきた結果なのだろうし、そうなのだろうという自覚があった。
これは難題だ、と妹紅は考えて、輝夜ならこの難題にどう答えるだろうかと思った。
同じく不死の咎を背負っている次のお姫様。蓬莱山輝夜でも答えに窮するのだろうか。
輝夜も輝夜で何を考えているのか分からない節がある。
暇潰しで自分に刺客を送ってきたり、かと思えば普通にお茶会に誘ってきたこともある。
輝夜が奇異な行動を取るたびに認識をかき乱され、どう接していいのか分からなくなり、
最終的にはもうどうにでもなれという気持ちで輝夜の馬鹿げた行動に一々付き合うことにした。
その利点といえば文字通りの暇潰しくらいでしかなかったが、本心がどうであるのかは考えるだけ無駄だったのでそこは諦めている。
恨みという感情はないではなかった。寧ろ輝夜に対する感情の半分近くを占めていたのだが、
真面目にぶつけたところで輝夜は死ななかったし、彼女もまた永遠以上を生きる罪人だと知ってしまえば、
いくらかの同情も生まれようというものだった。
無論自分をこんな目に遭わせた元凶としてのわだかまりも残っていて、だからこそ輝夜を理解する気が涌かなかった。
結局、輝夜にはどんな難題も別の意味で通じないだろうと結論した妹紅は、足早に思考を切り替えることにした。
再び里に戻ってきたが、とりあえずは人の気配はない。
戦いの後だ、そういうものかと思い、萃香の手がかりでも探してみようかと歩き出そうとしたところで「う、動くな」という声を聞いた。
とんだ勘の悪さだと呆れつつ振り返ってみる。
「……妖怪兎?」
人ではなく、妖怪だった。小柄な体にいくつもの傷をこしらえ、鼻息も荒く鉄砲らしき筒を構えた姿がある。
確か永遠亭にあんな奴がいたような気がする、と思い出して声をかけようかと思ったところで、
「動くなって言ったろ!」と金切り声がつんざき、妹紅は無言で手を上げるしかなかった。
観察してみたところ、妖怪兎はかなり興奮しているようで下手に動くと危ない。
鉄砲の性能は世事に疎い妹紅には見当がつかず、ここは慎重に行くべきだと判断した結果だった。
少しは自分の身を案じるだけの冷静さは残っているらしいと思考して、妹紅は「要求は?」と尋ねた。
「なによ、随分冷静じゃない……怖くないの? 私はあんたを殺すんだよ」
「だったら、問答無用で撃てばいいじゃない」
「近づかないと当てられないからよ。私はそこまで扱いなれてないから」
なるほど確かに妖怪兎は一歩ずつじりじりと近づいてきていた。
しかし迂闊だ。扱いなれてないということは鉄砲は素人だということ。
そして鉄砲は遠距離から狙撃できる反面、当たりにくい武器でもあるということをバラしているようなものだ。
武器を持った高揚感で冷静さを失っているのだろうか、と思ったが、妖怪兎の様子は尋常ではない。
もうどうにでもなれと自棄にもなっているような、成功も失敗も蚊帳の外にしている危うさがある。
逃げようと思えば逃げられるだろうが、話し合うだけの余地もあると考えた妹紅は挙動に注意しつつ言ってみる。
「私の名前、知ってる? 妖怪兎さん。藤原妹紅っていうんだけど」
「藤原……!?」
驚愕に目を見開いた妖怪兎だったが、すぐに敵意に満ちた視線へと戻し、皮相な笑みを浮かべた。
「あんたこそ、私の名前を知らないようね。因幡てゐ。永遠亭の妖怪兎。そして、地上の兎のリーダーよ」
「永遠亭の……?」
「そうよっ! 私は知ってるんだからね! あんたが死なない体なのも、でも今は死ぬ体なんだってことも!」
どうやら自分の正体も、不死の力はなくなっているという事実にも気付いていたようだ。
しかしそんなものは先刻承知であり、死なないと驕っているつもりもない。
寧ろその事実をどこで知ったのかが気になった。
てゐは勝ち誇ったように笑みを吊り上げる一方、途方に暮れたような表情で「そう、ここじゃ誰も助けてくれないんだ」と続けた。
「誰も助けてくれない。鈴仙も、お師匠様も、姫様も私を見捨てた……みんな私を置き去りにして……」
嘲るような口調は、孤独に蝕まれた者のものだった。
絶望しか信じられなくなった瞳を寄越して、「でも私は死にたくないんだ」と重ねた。
「だから殺す。優勝しさえすれば、生きて帰れるんだ」
そうなってくれと願うような声だった。何もかもを信じられないあまり、
殺し合いに優勝すれば生きて帰れるという言葉さえ信じられなくなったてゐの言葉を受け止め、
妹紅はここで逃げるわけにはいかないと思いを新たにした。
逃げ出しても良かった。鉄砲で撃たれる確率は高く、五体満足で生き延びようと思うならその方がいいのだろう。
しかしそうして生き延びたところで、この体に何の意味がある?
アリスの仲間だった少女を助けられなかったときから、初めて妹紅は生き甲斐というものを考え始めた。
その正体は今も分からないし、これから先につかめるものなのかどうかも分からない。
だがこれだけは間違いない。ここで自分の命だけを優先するような奴に、生き甲斐を求める資格はない。
孤独に苛まれるのが人なら、寄り添うのも人。
妖怪と人間の違いはあるとはいえ、言葉を交わせるのなら問題はなかった。
死も生の観念もその瞬間にはなく、人として当たり前の行動をしようとだけ考えた妹紅は、てゐの瞳と相対した。
「私は、殺し合いには乗ってなんかいない」
「はっ、信じるもんか!」
信じることを拒否した声と共に鉄砲が持ち上がる。
あれの引き金が引かれれば、きっと自分は死んでしまうのかもしれない。
だがそんなことは関係ない。目を反らした時点で、きっと自分は負ける。恐らくは、てゐの心も巻き込んで。
だからここで踏み止まらなければならないんだと思いを結び、妹紅はじっとてゐを見据えた。
「私を助ける奴なんていない。だってそうでしょ? こんな弱い妖怪なんかいたって役立たずだもんね」
「……だからあなたも、私が殺すって思うの?」
「そうだよ。私は永遠亭の、仲間だって思ってた連中からも見捨てられたんだ。だったら、赤の他人のあんたなんて信じられないよ」
「その言い方……永遠亭の誰かには会ったのね?」
質問を重ねる妹紅に、自分の立場を知らないのかというようにてゐの目が険しくなる。
少々無神経だっただろうか。ヒヤリとしたものを感じて唾を飲み込んだ妹紅だったが、
てゐはひとつ嘲笑を寄越して「そうよ」と言った。
「鈴仙と、姫様にね。もっとも鈴仙は姫様の言いなりになって私を殺そうとして、姫様も嘘をついてたけど。
ばっかみたい、自分は死なないんだって嘘をついて、私達を利用するだけ利用して……それで姫様は死んじゃうんだもの」
「死んだ……? 輝夜が?」
俄かには信じられないてゐの物言いに、妹紅は鉄砲を突きつけられていることも忘れて一歩詰め寄った。
「く、来るなって言ったでしょ!」
再びてゐの銃口が目に入り、我を取り戻した妹紅はぐっと押し留まったがそれで輝夜が死んだショックが収まるわけもなかった。
あの飄々としてつかみどころのない輝夜が死を迎えたという事実が信じられなかったのだ。
それだけはないだろう、という認識がどこかにあった。
だからこそもし輝夜と出会ったらという想像を捨てられなかったし、その時には殺し合いになるかもと考えもした。
同じ不死の者としてのシンパシーを感じながらも、自分の一族を辱めた恨みは厳然として残っており、
決着をつけたいとどこかで期待していたのか。
拍子抜けする感覚と、自分よりも先に死を迎えた輝夜に対する狡さとが渾然一体となって、妹紅にわけもない寂しさを感じさせたのだった。
「そうよ、もう利用されてたまるもんか。利用されて、捨てられて、死ぬのは嫌なんだよ……」
てゐが感じているであろう絶望の一端が分かったような気がした。
輝夜がてゐと密接な関係にあり、曲がりなりにも信用していたからこそ、利用されていたときのショックが大きかった。
自分とて慧音に裏切られれば何も信じられなくなってしまうかもしれない。
でも、そうだとしても……
「……輝夜のところに案内して」
確かめたかった。輝夜は何故仲間さえも利用したのか。
永遠を生きるからこそ、永遠の一刹那が大切なのだとも語っていた輝夜が、どうして他者を利用するような真似をしたのかと。
相対するべきはてゐではない。
てゐの背後に居座る、輝夜の亡霊だった。
「なんだって? あんた、自分の立場を分かって」
「聞こえなかったの? 案内しなさいと言っている」
かつて自身がそうであった頃の貴族の声で命令すると、ひっ、とてゐが小さな悲鳴を上げた。
鬼気迫る表情であろうことは自分でも想像出来ていたが、思った以上に恐ろしい表情になっているのかもしれない。
だがてゐはそれでも食い下がるように、鉄砲の引き金に手をかけた。
ここで行かせてしまえば誰も殺せない臆病者になる。そう頑なに思い込んでいる目があった。
妹紅はそれでも引かず、ただ貴族の声で続けた。
「下がりなさい。私の敵は、あなたではない」
迷いも臆面もなく出された言葉は凛とした矢になって、てゐを貫いた。
よくもまあ貴族面が出来たものだと内心呆れるが、
あの輝夜に真正面から向かおうとするならこれくらいはしなければという思いもあった。
その意味では、妹紅は今まで輝夜から目を反らしてきたのかもしれなかった。
決着をつけたいと思いながらも、その実終わらせた後にどうすればいいのか見当もつかず向き合おうとしなかったのが今までの自分なら、
この先の生き甲斐を見つけるために輝夜と相対しようとしているのが今の自分といったところか。
何にしても、輝夜が死んでしまった今となっては遅きに失したと言えるのかもしれないが。
それもまた、妹紅の不実の一部だった。
「何よ……そんな顔したって……!」
虚勢であることは誰の目にも明らかながら、てゐもまた引かなかった。
こうなれば無理矢理にでも引き摺ってゆくかと考えて、妹紅は一歩てゐに近づいた。
「う、撃つって……言ってるでしょ!」
てゐの指が。
引き金を引く。
乾いた一発の銃声が、木霊を上げて響いた。
* * *
硝煙のたなびく鉄砲をぎゅっと抱えて、てゐはぺたんと尻餅をついていた。
なぜ。どうして。
狙いはつけたはずだったのに。まるで最初からそうなっていたかのように、
銃弾は妹紅の頬を掠めただけで殺すことはおろか重傷にさせることもできなかった。
迫力に呑まれたといえば、そうなのかもしれない。
事実鉄砲の反動に押される形で尻餅をついてしまっていたし、力も入らない。
妹紅の振る舞い。まるで輝夜を彷彿とさせるような、毅然とした佇まいと射るような目線。
気迫負けしたのは当然のことだったのだろう。
しかしそれだけではない、とてゐは半ば諦観を含んだ思いで胸の内に吐き捨てた。
どうせ無駄だと思っていたから。
ここで妹紅を殺せたところで、どうせ自分はいずれ死んでしまうと捨て鉢になっていたから。
誰も騙せない。誰も助けてくれない。孤独でしかないてゐが生き延びることは不可能だと理性は分かりきっていた。
それでも死にたくなかった。不可能だとしても死ぬ恐怖には抗えない。
生きるものの意地を押し通して引き金を引いたのに……
結局は本能よりも何かを成し遂げようとする意志の方が勝っていたということなのか。
いや、半ば生きる意志さえ放棄していた自分は既に死に体で、誰にも勝てるはずはなかった。それだけのことなのだろう。
「輝夜のところに案内して」
手を差し出しながら妹紅が言った。従うしかないだろうと思いながらも、妹紅の手を取ることはしなかった。
せめて少しはプライドを守りたかったのか、何も信じないと決めた心がそうさせたのか……
ふん、と悪態をつきながら立ち上がる。どうせなら案内するふりでもして逃げてやろうかと思ったが、首根っこを掴まれた。
「その前に、武器没収。本当に撃った度胸は認めてあげるけど」
「……好きにしなよ」
どうにもこうにも、自分の魂胆は見切られ通しだと嘆息して、てゐは押し付けるようにスキマ袋を差し出した。
輝夜の遺体の近くに落ちていたものだ。中身にはこれといった武器はなく、恐らくは捨てられたものなのだろう。
スキマ袋のなかったてゐはそれを拾って白楼剣を仕舞っていた。鉄砲も今しがた入れたばかりなので、正真正銘自分は手ぶらだ。
殺し合いが始まったばかりの自分なら白楼剣でも隠し持とうなどと思っていただろうが、今はその気力もなかった。
どうも、と礼にもならない礼をして妹紅が先を促した。
気力の萎え切った体は一歩も進みたくないと駄々をこねていたが、
そんなものが妹紅に通じるはずもなく、てゐは一歩一歩重たい足を動かした。
「そういや、どうしてあんたそんなボロボロなの? 輝夜に命令されて誰かを殺しに行ったの?」
「質問が好きな人間だね」
もう喋るのも億劫だというのに、全く無遠慮だとてゐは思った。
沈黙を押し通しても別の質問攻めにされるとも限らず、そちらの方が鬱陶しいと考えて大人しく話すことにする。
「姫様に命令されたのは最後よ。永琳を助けろ。そうすれば、あなたも永琳も助かるから、って……でもそんなの当然でしょ。
姫様はあのお師匠様が本当のお師匠様だって信じてるんだから。
つまり姫様の言い分で考えれば、私が優勝しても、お師匠様は主催者だから当然助かる。
助けろっていうのは殺し合いを加速させろってこと。あのお師匠様は、本物じゃないのに……」
「本物じゃない?」
驚きを含んだ妹紅の口調に、てゐはまた失笑する。輝夜の知り合いのくせに、全然物事を知らないではないか。
永琳との関係くらい知っていても良さそうなはずなのに。
「あれがお師匠様なはずないでしょ。姫様に対する態度を見てれば、あんなことは絶対にしない。
お師匠様は何よりも姫様が大切なんだから。何かお灸を据えたいとかそんなんなら、もっと別の方法にするよ。
こんな野蛮で、暴力的なことはしないのがお師匠様さ」
「そうなんだ……私、いつもあの医者に叱られてる輝夜しか見た事がなくて」
意外なことを知ったというような妹紅の言葉に、てゐは笑う気もなかった。
妹紅の言動は嘘だとは思えない。自分の無知を正直に認め、受け止めている。
質問が多いのもひょっとすればそのせいなのかもしれない。無知だからこそ、少しでも成長しようとする。
不死の化物のくせに、人間らしいじゃないか。
奇妙な感心を抱き、そんな自分を知覚して馬鹿馬鹿しいと思い直し、妹紅の人間性も見抜けなかった自分に呆れた。
長年生きてきた割にはこんなことも分からない。それとも長く生きすぎて固定観念に凝り固まってしまったのだろうか。
誰もが騙せると思い込むようになり、誰もが自分を助けてくれないと思い込むようになった。
生きる者は皆すべからく違い、ひとつとして同じものはないということも忘れて……
だがそんな希望を抱いたところでどうする、とてゐは浮かびかけた考えを打ち消した。
それで自分の立場が変わるわけでもないし、良くなるとも思えない。
所詮負けた奴はずっとそのままなのだ。強者だけが勝ち、弱者は屠られる。
まして、こんな殺し合いの中では。
暗澹たる思いに沈むのも億劫になり、てゐは「私がボロボロなのは」と続けた。
「逃げてきたから。死にたくなくて、他人を利用しようとして、それが失敗したってわけ」
「私を殺そうとしたように?」
「その通り。もっとも、最初から最後まで失敗続きだったけどさ。笑えるよね、騙せてたって思った奴が、
実は最初から見抜いてて、泳がせてただけなんてさ。弱者は所詮弱者。生き死にも強い奴の自由ってことか」
この状況への皮肉と、自らを嘲るつもりで言ってみたが妹紅は無言だった。
しばらくしてからようやく一言、「だったら、私も弱者ね」と残しただけだった。
妹紅も妹紅なりに修羅場でもくぐってきたのかと思ったが、尋ねるつもりはなかった。
そうしたところで無駄だといつもの自分が囁いたからだった。
姑息で、打算的で、利害しか考えられない自分が。
ボロボロになった今になって、ようやく少しばかりの虫唾を感じられるようにはなったが、取り返しがつかないことだった。
それからはお互い言葉もなく、黙々と歩き続ける。
輝夜の遺体は、しばらく歩いた先の、里の中でも一際古ぼけた町並みの中にあった。
胸を一突きにされ、おびただしい血の池を広げて、蓬莱山輝夜は仰向けに横たわって、浮かぶように死んでいた。
体中痣だらけで、艶のあった黒髪もぼさぼさで、質素でありながら仕立ての良かった服も見るも無残に破れていて。
てゐのとっての絶対的な柱は、朽ちて腐り落ちた老木のようにも思えた。同時に、絶望の象徴でもあった。
死なないはずの体は死を迎え、そうまでして成し遂げようとしたことはただ殺し合いに乗ったということで、
嘘をつき、欺き、鈴仙を貶め、自分も貶めた成れの果て。
そして身勝手に絶望だけを残して輝夜自身は彼岸の彼方へと旅立ってしまった。
いずれ自分もそうなるだろうという諦めと、現在の自分の孤独との両方を思い出して、てゐは力なくうな垂れた。
「……あれが姫様だよ。本当に死んでるんだ」
やっとの思いでそれだけを搾り出し、てゐはぺたんと地面に座り込んだ。近くの民家の長椅子に歩くだけの気力もない。
改めてどうにもならない現実を突きつけられた、その感覚だけがあった。
妹紅が無言で横を通り過ぎ、真っ直ぐに輝夜へと歩いてゆく。
ここで姫様が起き上がって、妹紅をくびり殺してくれたらいいのに。そうしたら、私はまた人を騙せるのに。
そんな想像は所詮空想でしかなく、ありもしないことを期待した自分にまた虫唾が走った。
だが、ここにどんな希望がある? たった一人で、じわりじわりと押し寄せてくる死神から、どう逃げればいい?
逃げたところで追い詰められて、鎌を振り下ろされるだけだというのに。
死にたくない。願いはただそれだけなのに……
なら殺しなさい、と輝夜が、鈴仙が囁く。
無理でもやるしかないと彼女達は言っていた。ここは殺し合いの場だから。
絶望だけを信じればいい。恐怖を餌に、本能だけに従って食い殺せばいい。
出来なくてもやるしかない。個人の意思も可能性も関係なく、そうするように仕組まれているから。
誰も、輝夜ですら逆らえない絶対服従の規律。殺した者だけが全てを支配する、力の倫理を――
「――この、バカグヤっ!」
てゐの思いを吹き散らしたのは、感情も露に叫んで、遺体を足蹴にする妹紅の声だった。
憤懣やるたないといった表情で、ただ怒っていた妹紅は先ほどの貴族然とした振る舞いの欠片もない、一人の人間の姿だった。
「あんたね、姫様でしょ!? 姫の癖に、簡単に逃げるなっ!
死なないことをずっと苦しんできたんでしょ! だから命を大切にしてきたんじゃないの!?
それを、それを、こんな殺し合い如きで翻すなっ! 底が浅いのよ!」
罵声を飛ばし、輝夜の遺体を踏みつけ続ける妹紅。だがそれは恨みを晴らしているというよりは、
不甲斐ない同志を叱っているように思えた。唖然とするてゐにも構わず、妹紅はぽろぽろと涙を零し始めた。
「私にも、この兎にも! あんたは恥じるような生き方しかしてないじゃない!
私はそんなの絶対嫌なんだからね! 生き続けてやる。私はいっぱい苦しんで、いっぱい悩む!
それで少しでも人にも、自分にも恥じない生き方をしてやる! 悔しいでしょ、バカグヤっ!
あんたに魂の充足なんてない! 永遠に、死んでればいいわ!」
自分が泣いていることにも気付かず、妹紅は輝夜と喧嘩していた。
ああ、この二人は本当に知り合いで、因縁浅からぬ関係だったんだという納得がすっと広がり、てゐの心に微かな火を灯した。
妹紅もまた、気付いている。ここには絶望しかないということを知っている。
それでもなお彼女は諦めないのだろう。どんなに辛くて、苦しくても生きるしかないと知ったから。
みじめに心が死ぬのは嫌だという、ただそれだけの思いに衝き動かされて。
「あんたの難題、受けて立つ! 私は……藤原の娘、妹紅だっ!」
気迫の叫びと共に、妹紅の背中から炎の羽が生えたように見えた。
あれが不死鳥とも言われる炎の妖術だろうかとも思ったが、出現したのはたった一瞬に過ぎず、本物なのかどうかさえも判然としなかった。
袖で顔を拭った妹紅はようやく自分の涙に気付いたようだったが、嗚咽は一つも漏らさなかった。
人間のくせに。てゐが思ったのは妹紅に対する浅からぬ嫉妬心と、これからの身の振り方をどうするかということだった。
この人間は、一人だ。一人だけれども、精一杯押し潰されまいとして足掻いている。
その結果押し潰されたのだとしても、『人に恥じない生き方』をしたことで心に残る。現に自分が嫉妬しているように。
孤独という死に至る病から逃げるために、妹紅はその道を選んだのだ。
悔しい。悔しいけれども、妹紅が羨ましかった。
自分は、仲間の鈴仙一人だって説得できなかったというのに……
「さて、と。私はこれから、鬼探しに行かなきゃいけない。悪かったわね、あなたを引っ張り回して」
戻ってきた妹紅は、ポンとてゐの前にスキマ袋を投げた。
目をしばたかせていると、「返すわ」とそっけない口調で言われた。
「鉄砲は抜いておいたけどね。かといって丸腰でも危ないだろうから、刀だけ返してあげる」
「どうして……私、またあんたを殺そうとするかもよ」
「あなたを丸腰のまま放り出して、次の放送で死なれる方が気分悪いから。別に拘束する気もないし」
臆面もなく言い切った妹紅には、てゐに自分が殺せるはずがないという驕りなど一切なく、
ただ最低限には身を案じてくれているという気遣いがあった。
殺そうとした相手に、ここまでできるものなのか。気分が悪いという妹紅の言葉を酌めば、恐らくはただの自己満足なのだろう。
それでもこのまま利用されるよりはマシだったし、またそうしたくないという妹紅の気持ちは分かっていた。
だからこそ、てゐは「甘ちゃんなんだよ」と毒づいた。徹底的に輝夜と戦うつもりらしい、この愚かな人間に。
「ああ、あと別に輝夜の埋葬なんてしなくていいし、するつもりもないから。そんな暇、ないもの」
「私もするつもりなんてないよ」
輝夜を嫌っての言葉ではなく、単純に地理的条件からそう言っただけなのだが、妹紅も同じ考えに至っていたらしい。
もっとも妹紅はそれ以上の意味を含んでいそうだったが。
「そう。じゃあね、兎ちゃん。精々輝夜のようにはならないように願ってるよ。……その時は、多分あんたも許さないと思うから」
挑戦的な視線を投げかける妹紅に少し身が引けたが、構わず「待ちなよ」と呼び止める。
「鬼を探すって? 外見は知ってるの?」
「……角があるんじゃない?」
「正確には知らないんじゃない」
どこか間の抜けた返答を寄越した妹紅を笑いつつ、てゐは一つの交渉を持ちかけた。
死にたくない。それで騙そうとして、嘘をついて、それで失敗したのなら交渉しかない。
それならば、まだ道はあるかもしれない。追い込まれた結果そうするしかないとも言えたが、他に方法もない。
「私は知ってる。幻想郷には顔が広いからね。伊吹萃香でしょ、あんたの探してる鬼は」
幻想郷で鬼といえばそれしかない。地底まで含めれば分からないが、第一候補としてはそれしかないと思って言ってみた。
案の定妹紅は「よく分かるね」と感心したように頷いていた。
「それにあんた、竹林に篭もりきりで地理に詳しくないでしょ。だから私が先を歩く。あんたは勝手についてくればいい。
でも、私は殺されそうになったらあんたの後ろに隠れる。そしてあんたは戦う。……どう?」
「護衛をしろってことか。……そう言えばいいのに」
先ほどの一件から考えて遠回しに言ってみたのだが、そもそも妹紅はそんなことを気にかけていないようだった。
「なるほど、確かにそれだと私は後ろから刀で刺されずに済むわね」
「で、どうなのよ」
「ま、勝手にすれば? 勝手についてくればいいだけみたいだし。鬼はさっきまでこの里にいたらしいんだけど」
「私も見てないよ。どっか行ったんじゃない?」
「ってことは、生きてるってことね」
ひとり納得して、妹紅はどこかホッとした表情を見せた。元から知り合いだったとは思えない。
それなのに心配できる彼女が、やはり羨ましかった。
「それじゃ適当に探そうかな。んー、紅魔館とやらに行きたいな」
わざとらしく言って、妹紅はのそのそと歩き出した。あまりにもあからさまで、
応じるのもバカバカしく思ったてゐは無言で先に進み出た。
とりあえず、交渉には成功したようだった。これでいいのか、と今までの自分が言う反面、
嘘をついていたときの緊張もそれほどにはなかったのもまた事実だった。
どちらが得なのかは後々判断すればいい。そう断じて、てゐは前を向いて歩き出したのだった。
【D−4 人里 一日目 午後】
【藤原 妹紅 】
[状態]※妖力消費(後4時間程度で全快)
[装備]ウェルロッド(4/5)
[道具]基本支給品、手錠の鍵、水鉄砲
[思考・状況]基本方針:ゲームの破壊及び主催者を懲らしめる。「生きて」みる。
1.萃香を助ける。
2.守る為の“力”を手に入れる。
3.無力な自分が情けない……けど、がんばってみる
4.にとり達と合流する。
5.慧音を探す。
【因幡てゐ】
[状態]中度の疲労(肉体的に)、手首に擦り剥け傷あり(瘡蓋になった)、軽度の混乱状態
[装備]白楼剣
[道具]基本支給品
[基本行動方針]死にたくない
[思考・状況]
1,生き残るには優勝するしかない? それともまだ道はあるの?
2,妹紅が羨ましい
※輝夜のスキマ袋はてゐが回収しました。
代理投下終了
もこたんかっこいいよもこたん
投下乙です。
憔悴してるてゐを何故か、かわいい、と思ってしまったw
妹紅は相変わらずかっこいいなー、不死ながらも人間らしくていい。
二件も…
どちらも投下乙でした
フランドールの…奇跡…、やばいです。興奮してしまいました 常に供にいたって解釈はとてもじゃないけど思いつきませんでした…そして見事に表現しやがって…
妹紅の葛藤と出会い…
やはり人ならざるものも心が柔いという事をみていて感じました…
そしててゐの心情の吐露は聴いてると可哀想な気持ちが信頼を裏切るところからわいてほろりときました
霊夢がラッキーマンと化している気がする
だって原作からしてラッキーマン(ry
ウロウロしてたらラスボスまで行けましたー^^
って何このチート
そう考えるとやはり運なんだよねぇこういう完全平等な世界においては
ツイテイルトイウ事はツイテナイコトモアルノカナ?
そういや原作もそうだったな
クリアできなくて積んでるから忘れてたよ、とほほ
後には引けない。
八雲藍の救援もない。
どうすれば博麗霊夢を止められるかも分からない。
そもそもがないものねだりの上、これは霧雨魔理沙という女の我が侭に過ぎない。
それでもやると決意した。
諦めたくはないから。
友達を見殺しにするなんて、そんな真似はしたくなかったから。
友達が間違っているのなら、それを正せるのも友達。
そう、いつだって自分達魔女は――貪欲なのだ。
「数え切れないくらい、対戦はしてきたわよね? 勝敗はどうだったかしら」
「さあね。……でも覚えてる限りじゃ私の負け越しだ」
いつもの口調、いつもの調子。
血に染まった服で、折れた刀を抱えてさえいなければ、魔理沙は日常の一部と錯覚したかもしれなかった。
霊夢の寄越す、全てを無と肯定する瞳を受け止めながら、勝てるのかと自身に問いかけてみる。
遊び半分の試合でさえ霊夢に勝てたことは少ない。まして手加減無用の殺し合いとなればどうだろうか。
実力差があるとは思わなかった。だが霊夢には天性の才覚と、事象そのものが味方していると思えるくらいの強運がある。
弾幕を撃てば弾幕の方が避けて行くようにさえ感じられるくらいだ。はっきり言って、弾幕主体で戦う魔理沙には相性が悪い。
だが一度も勝てなかったわけではない。フランドール・スカーレットが自分を友達だと言ってくれたように、
こうして霊夢ともう一度巡り会ったように、あらゆる可能性はゼロではない。
霊夢が天才の感覚ならば、知恵と努力でなんとかしてみせるのが今の魔理沙にできる最善の方法だった。
「でもな、今までの勝敗なんて関係ない。この一回を勝てばいいんだからな」
「……事象は回数を重ねる度に真実に近づくって分からないのかしら」
「悪いね、私は人間だ。人間にその論理は通じないんだぜ」
「不死の化物になったくせに?」
まるで遠慮を知らない口調で霊夢が言った。
霊夢なら察知しているのも頷ける一方、霊夢とさえ同じ立場でなくなってしまった現実が重く圧し掛かる。
霊夢を止める術も分からないまま、のこのことここまでやってきてしまった自分。
そんな自分は全てを失いたくないと言いながら、その実自分の身はどうなってもいいと考えているのではないだろうか。
心を満足させられればいいとだけ思うようになって、だが我が侭を押し通そうとする自分が嫌いで、
罪を清算した後に死にたいと心の奥底で願うようになってしまったのではないか。
フランはそれを敏感に察知して、戦場から遠ざけようとしてくれていたのではないか。
やっぱり、私は大馬鹿だ。
そんな事にも気付けないで、霊夢と対峙しようだなんておこがましい。
フランにはあの時、こう言ってさえいればあんな目には遭わせずに済んだのに。
死にたくないから、ずっと私を守っててくれ、と。
だから。
魔理沙は強く一歩を踏み出す。
フランへの借りを返すために。
守ってくれ、と今度こそ言うために。
「だったら、化物の意地を見せてやる」
ミニ八卦炉を持つ手とは反対の手で、魔理沙が星型の光弾を射出した。
扇状に広がる弾幕は、しかし簡単に霊夢に避けられる。
それも当然と魔理沙は判断して、次に隠し持っていたダーツを一本、霊夢へと向けて投擲する。
小さいダーツの矢は、完全に霊夢の死角にあったようだった。
咄嗟に刀を振って矢を弾いた霊夢に、やはりという確信が生まれた。
弾幕への対応力は目を見張るものがあるが、こと格闘戦や実弾での投擲・射撃への対応は弾幕のそれより僅かにではあるが鈍い。
つまり弾幕に対してはほぼ無敵であると考えてもいいが、攻撃方法を変えれば話は別だ。
魔理沙が勝ち取った数少ない勝負では、いずれも格闘戦が決定打だった。
なんとなく予測はしていたのだが、他の投擲武器ではどうだという疑問があり、
ダーツでの攻撃は半ばそれを確かめるためのものであったのだ。
ならば、霊夢を黙らせる戦術はたったの一つしかない。
即ち弾幕で動かせ、止まったところを他の武器で仕留める。
問題はその武器が極めて少ないということであったが、やるしかない。
ここで霊夢を逃がさないためにも、誰かを殺させないためにも、そして自分のためにも――!
魔理沙はポケットからもう一つダーツの矢を取り出し、逆手に握って走る。
一直線に駆ける魔理沙を、霊夢は博麗アミュレット――魔理沙の通称では『座布団』――で迎撃してくる。
『座布団』は一発あたりの破壊力は大したことはないものの、極めて追尾性が高く魔理沙の苦手とするタイプの射撃だ。
普通なら、ここで避ける。普通の弾幕ごっこなら。
しかしこれはお遊戯ではない。防御を無視して際どい回避が賛美されるのはルールに則った闘いでの話。
必要なのは、いかに相手を戦闘不能にさせる一撃を叩き込めるかだ。
そのために魔理沙が選んだ行動は……正面からの突撃。
何の躊躇も無く突っ込む魔理沙に、霊夢が取った選択は更なる追撃だった。
いや『座布団』を放った瞬間に、まるで先読みするかのように威力を重視した射撃『妖怪バスター』を放っていたのだ。
「魔理沙。匹夫の勇、一人に敵するものなりって言葉があるのよ」
本来ならお札に霊力を込めて使うはずの『妖怪バスター』は、お札がないからなのか楕円に近い形状をした薄紅色の光弾となっていた。
お札は退魔の効力が宿る一方、人間にとっては威力を緩衝する媒介でもあるために人に対しては若干威力が低下する。
しかし今はそれがない。加えて遠慮など皆無の『妖怪バスター』が直撃すれば魔理沙は大きくダメージを受け、吹き飛ばされるはずだった。
「知ってるか、霊夢。敵を知り、己を知れば、百戦危うからずって言葉があるんだぜ」
だが、『妖怪バスター』をものともせず、魔理沙は弾幕を突っ切ってきたのだ。
『座布団』に突っ込む寸前に、魔理沙は自身に魔法をかけていたのだ。
『ダイアモンドハードネス』。パチュリー・ノーレッジも使用していた、大地の力を借りて防御能力を高める魔法だ。
土属性の基本的な魔法であること、魔法の森という魔理沙には慣れ親しんだ場所であること、
そして魔理沙自身優秀な魔法使いであることが完璧とは言わないまでも急場での使用を可能にさせたのだ。
「パチュリー、借りた≠コ! ついでにこいつも喰らえっ!」
懐から一歩手前の距離で先程よりも大きく、速度の速い星型弾『メテオニックデブリ』を展開する。
『妖怪バスター』と同等以上の威力を誇るそれが直撃すればいくら霊夢といっても戦闘続行は不可能だ。
しかし『メテオニックデブリ』はいささか隙が大きすぎた。
咄嗟の判断で霊夢は『亜空穴』を使用して後方へと退避。魔理沙の射撃は不発に終わった……
が、魔理沙は元より当たることなど期待していない。『亜空穴』の着地の時に起きる隙を狙っていた。
地上を駆け、まずはその憎たらしい無表情に一発パンチを入れる。そのはずだった。
走り出した直後、背中に走った鈍い衝撃に、魔理沙は前のめりに倒れる羽目になった。矢も取り落としてしまう。
「『座布団』か……!? くそっ!」
恐らく当たり損ねた『座布団』が引き返し、直撃したのだ。
ある程度の追尾性は認めていたが、まさかここまでとは予想もしていなかった。
普段の『座布団』は手加減していたとでもいうのか。
決して埋めようのない実力差を意識し、歯噛みしながらも立ち上がると、
霊夢は既に体勢を立て直してこちらへと仕掛けてきていた。
弾幕はなく、一見無警戒に突進している。まるで先程の自分のように。
逃げるか、迎え撃つか。
咄嗟に浮かんだ選択はその二つだったが、逃げたところで追尾性の高い『座布団』などで追撃されるだけだ。
かといって霊夢が何の考えもなしに突っ込んでくるはずはない。仕掛けがあると見るべきだったが、他に道はない。
こうなれば読み合いだと腹を括って、魔理沙はまず出の早い射撃で迎撃する。
ところが霊夢は避けるそぶりさえ見せない。そう、自分と同じ戦術をなぞるように。
まさかという思いが魔理沙に浮かぶ。
霊夢は巫女。いつだったか見せた神下ろしなる術で擬似的に自分と似たようなことは出来なくもない。
しかし神下ろしは儀式が必要なはず。ノンリアクションで可能なわけではない。
だから霊夢に無理矢理弾幕を突破する方法はないはずなのだ。霊夢は魔法使いではないのだから。
だが、或いは、霊夢なら。
あらゆる異変をたちどころに解決してきた実績と、霊夢への無条件の信頼が魔理沙に分の悪い賭けを選択させた。
思い違いであれば大きな隙を晒し、倒れ伏すのは間違いなくこちらになるだろう。
それでも私は、霊夢を信じる。
横に旋回しようと浮かしかけた足をだん、と地面を踏みつけ、魔理沙はミニ八卦炉を持つ手に力を込めた。
「きつい肘鉄を食らわせてやる!」
ミニ八卦炉が向けられたのは霊夢にではなく、その真後ろ。
その瞬間、ミニ八卦炉から膨大なエネルギーがレーザーの形となって爆発し、後ろにあった木々がめきりとへし折れた。
破壊力だけならばあらゆる魔法の中でも最大級の威力を誇るそれは、しかし今回はその反動を利用するために使われた。
力が生じる際には反発力もまた発生する。
ミニ八卦炉が誇る火力は、同時に反発力を伴って使用者への大きな負担となることが弱点の一つだった。
そこを利用すべく、魔理沙が考案したのはその反発力を用いて敵に攻撃するという手法だった。
一瞬でも最大出力にしてしまえば人間一人など吹き飛ばすことなど造作もない力に身を任せ、勢いを以って突撃する。
その名を、自身を尾を引く彗星になぞらえて――『ブレイジングスター』という。
ミニ八卦炉の力を借り、高速で突撃した魔理沙の速さは自身が射出した弾幕に追いつこうとする程の速さだった。
『ブレイジングスター』はその性質上制御が利き辛く、回避されると完全に隙を晒してしまうという弱点を持っている。
しかし、もし霊夢が自分と同じ戦術を取っているのだとしたら。
弾幕にほぼ重なる形で向かってくる『ブレイジングスター』を回避する術はない。
正面からのぶつかり合いならば断然こちらの方が有利。後は気合だ。
風圧に顔を押し潰されそうになりながら、魔理沙はしっかりと前を見据える。
霊夢はいる。必ずそこにいる。
戦ってはいても、霊夢は友達だと魔理沙は信じていたから。
弾幕の途切れ目、魔理沙の信用に応えるかのように……そこに霊夢はいた。
魔理沙と同じように、だが一方で凍りつくような敵意しかない視線を含ませて。
「勝負だぜ……霊夢っ!」
少しでも前に進むように。魔理沙は前のめりになって突撃する。
ぶつかり合いなら負けるはずがない。パワーなら絶対の自信があった。
『ブレイジングスター』に今さら気付いたらしい霊夢は前方に『警醒陣』を設置してきたが、遅い。
止められるはずがない。魔理沙は何の懸念もなく『警醒陣』に突っ込んだ。
「そんなもんで私は止められないぜ! ぶち抜けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
大抵の弾幕は突き通さないはずの『警醒陣』が一瞬のうちにミシリと音を立て、パリンと割れた。
多少威力は削がれたようだが問題などない。殺し合い用に調整でも施されたのか、
出力が低下してはいたがそれでも霊夢を気絶させるのには十分な威力だったし、
もう数枚『警醒陣』を設置されているなら話は別だが、もうそんな間合いはない。
このまま突っ込むと息巻いていた魔理沙の目が驚愕に見開かれたのは、霊夢の前方に展開されたあるアイテムを発見したからだった。
「矛盾っていう故事があるけど」
ペンデュラム。最近香霖堂で発見した、物を捜索するアイテムであると同時に高い防御力を誇るアイテム。
霊夢が突撃してきた理由が判明した一方、
それが『ブレイジングスター』にとって相性が最悪なものだとも気付き、魔理沙は己の運を呪いたくなった。
貫通射撃以外の殆どの打撃・射撃を反射してしまうほどの硬度を持ったペンデュラムに、
ただ高速で突撃しているだけの『ブレイジングスター』はあまりにも分が悪すぎる。
「私は最強の盾を持っている。でも、魔理沙はどうかしら? あなたは最強の矛ですらない」
勢いよくペンデュラムにぶつかるも、当然突き抜けることなど出来ない。
徐々に勢いが削がれていく。霊夢が狙うのは完全に勢いをなくしたとき。そこに、最大威力の弾幕なり打撃を叩き込むだけでいい。
チェックメイト。詰みの状況であることを理解した頭から血の気が引いてゆく。
これが結果だというのか。知恵と努力程度では、天才の霊夢にはどう足掻いても勝てないというのか。
「ペンデュラムを展開するために少しだけ隙があればよかったわ。そのために『警醒陣』を設置した。
あんたの得意なマスタースパークかと思ったけど……寧ろ好都合だったわね。あんたの知恵はサルの浅知恵なのよ」
そうかもしれないと納得する一方、冗談じゃないといういつもの対抗意識が持ち上がり、萎えかけていた魔理沙の闘志を奮い立たせた。
こんなところで負けてたまるか。異変解決人は霊夢だけじゃない。
知恵と、努力が無意味なんかじゃないことを一番知っているのは、自分を近くで見てきた霊夢だったはずだ。
だからここで霊夢の言葉に膝を折ってはならない。霊夢の論理に屈してはならない。
断固として立ち向かわなければならない。それが自分の、霧雨魔理沙が進むと決めた道なのだから――!
「結構だ! サルの一念、岩をも通すってな!」
「……っ!? こいつ……!」
弱まりつつあった突撃の勢いが取り戻され、俄かに霊夢がこちらを睨んだ。
互角とまではいかない。まだこちらが押し負けている。
それでも諦めるわけにはいかない。力が続く限り、絶対に前へと進み続ける。
霊夢の瞳に狼狽の色が宿り、やがてそれは哀れみに近いものへと変わる。
無駄だと告げる瞳。どうして最後の最後まで抵抗するのか分からないと問いかける瞳に、
魔理沙はしっかりとした意志を持って睨み返した。
何のことはない。それが私だからだ。
「あんたじゃ絶対私には敵わない。分かりきってることでしょう……? 自分でも理解しているはずなのに」
「そうだ……! 確かに分かってるさ! でもな……!」
「――魔理沙には、友達が、私がいるもの!」
横合いから飛び込んだ影に、今度こそ霊夢の顔色が変わった。
フランドール・スカーレット。完全に硬直していた霊夢にフランの拳を避けられるはずはなかった。
脇腹にフランの直撃を受けた霊夢がペンデュラム共々吹き飛ばされ、木にしたたか体を打ちつけた。
呆気に取られた魔理沙は少しの間、これは現実なのかと考えてさえいた。
先程まで気絶していて、身もボロボロだったはずのフランが助けに来た。
言葉もなくただフランの方を見ていると、こちらに少しだけ振り向いたフランがニヤと笑うのを魔理沙は見逃さなかった。
一人じゃない。何の抵抗もなく浮かび上がってきた考えに勇気付けられるのを感じた魔理沙は、
そこでようやく言葉を返すことが出来た。
「大丈夫なのか?」
「まだちょっとばかしよく見えないところもあるけど……すぐに治るわ。だって私は吸血鬼だから」
「そいつは頼もしいな。……さて、後はおいたをした奴にお仕置きしてやらないと、な」
霊夢が身動きの取れない今、捕縛するならこのタイミングしかない。
ゴホゴホと咳き込み、それでも無表情を保ったままこちらを見返してきた霊夢は機械というよりもやせ我慢している印象があった。
お前はそれでいいのか? 辛いことや苦しいことを我慢して、ひとりで何もかもをやろうとして、それで納得しているのか?
今聞いても霊夢の心に届く気がせず、その言葉を飲み込んだ魔理沙が近づこうとして、唐突に現れた光の群れに遮断された。
まるで雨と降り注ぐ矢のように押し寄せた光の槍が魔理沙とフランのいた地点に押し寄せ、フランもろとも直撃を受けた。
『ダイアモンドハードネス』の効果が残っていたからなのか、運良く数が当たらなかったからなのか、
魔理沙は多少仰け反るだけで済んだものの、視界が悪いと言っていたフランは避けることも防御することも出来なかった。
光に呑まれ、先程の霊夢よろしく大きく吹き飛ばされたフランは気絶こそしなかったものの、苦痛の呻きを上げた。
「フランっ!」
霊夢を捕縛することも忘れ、魔理沙はフランへと駆け寄ろうとする。
しかしその行為さえも横合いから聞こえた声で体が凍りつき、遮断される。
「何をしているのかしら、霧雨魔理沙」
霊夢と同じく感情の籠もっていない声に、魔理沙は冗談だろ、と言いたくなった。
最悪としか言いようのないタイミングで、敵に回すには最悪の相手が……八雲紫が現れたのだった。
* * *
森の中に木霊する破裂音の連続に、八雲藍にまた一つ冷たい汗が落ちる。
フランドール・スカーレットが突如として行方を眩ませた。
霧雨魔理沙の呼びかけに応じ、二手に別れて探すことにしたのだが、一向に消息は掴めない。
徐々に近づいている感覚はあるものの、不案内な魔法の森では方向感覚が鈍りきってしまっていた。
藍が奔走している現在も、森のどこからともなく音が……恐らくはフランと戦っている誰かとの争いの音が聞こえてくる。
藍の知る限りでの知識では考えられないことだった。
情緒不安定などと言われているフランだが、それは精神的に幼いが故のものだ。
霧雨魔理沙と行動するようになって以来、フランはどこか落ち着きを覚え、思慮分別を考えるようにもなった。
主観だけでなく、客観的に物事を見れるようになった彼女を、少しは信頼するようになっていたのに。
「……信頼、か」
自分が言う事でもないと思い、しかし否定しきれないまま藍は走る速度を早めた。
主人の八雲紫を探し、紫の言うことに従っていればいいと思っていただけの自分も、
今はこうして仲間のために奔走し、助けたいとさえ思っている。
紫にしてみれば、式がこのように自我を持つのは力を下げるとしてお叱りを貰うのだろう。
それでもなお『八雲藍』として、魔理沙に協力したいと思っているのは……
彼女の、理屈を超えた行動力に惹かれているからなのかもしれない。
幻想郷のレプリカかもしれない土地を生み出し、あまつさえ強大な力を持つ妖怪を攫い、
閉じ込めるだけの力を持つ存在など藍には最早想像の外だった。
正直に言って、抵抗する手段など分からない。自分などでは到底覆しようのない、圧倒的な絶望が横たわっている。
頭の回転の早い藍は、既にどうにもならないのではないかという推測に至っていた。
遊びと称して殺し合いをさせるような奴のことだ、こちら側に対する策は必要以上に練ってあるに違いなかった。
そう、幾重にも施錠を施された巨大な鳥籠から、小鳥がどうやって脱出するかを考えるのに近い。
魔理沙だって分かっていないはずはない。いつだって異変を解決してきた博麗霊夢が殺し合いに乗っているのを目撃したというのなら、
或いは魔理沙の感じている絶望は自分以上のものなのかもしれない。霊夢でさえ諦めた異変を、自分達如きが解決できるのか。
それでも魔理沙は全てを放り捨てて殺し合いに乗ることはしなかった。
友達や、知り合い同士で殺しあうなんてしたくない。ただそれだけの思いに従って。
だがその一途な、どんなに曲げようとしても曲がらない信念が吸血鬼のフランをも動かし、自分の心も動かした。
理屈だけの力など大きく超える、正体不明の力がそうさせているとしか考えられなかった。
そして愚かにも、自分はその力に賭けようとしている。
馬鹿馬鹿しいと一蹴する気が起こらないのは、安心して身を委ねていられるものがあるからなのかもしれなかった。
「そうか、それを『信頼』というのかもしれないな」
この一語で全てが納得できると分かったとき、藍はこの発見を紫にも伝えたい、と思った。
紫は常に強者の威厳を保とうとしていた。孤高であることの強さを誰よりも知っていたのが紫だったからだ。
大妖怪は強者であれ。だから紫は常に一歩距離を置いていた。
食事を摂るときも、仕事をしているときも、縁側で戯れているときでさえ無防備ではなかった。
藍は知っていた。珍しく遊んでくれと言ってきた橙に付き合っていると、その様子を物陰から紫が見ていたのだ。
その時にほんの少しだけ、一度だけ見せた寂しそうな表情を、藍は忘れられなかった。
従者として解決できる方法はないかとずっと考えていた。
ようやく……糸口が見つかったのかもしれないと藍は思った。
信頼という言葉が持つ、力の意味を伝えたかった。
故に今の仲間を絶対に守り通す必要がある。
「……ああ、そうか」
自我を持ち、紫に逆らおうとしているのではないと藍は思った。
なんだかんだで、自分は紫を敬い、尽くしたいと思っているのだ。
仲間を守るという行為が、紫のために出来る行動でもある。
結局はそういうことなのだろうと思いを結んだ藍は搾り出すような声で「間に合ってくれ……!」と願った。
誰も死なないように。
その考えが霧雨魔理沙の考えそのものであることに、八雲藍は気付かなかった。
* * *
森の木の陰で、石ころのようにうずくまっていたものが低い唸り声を上げた。
苦痛に歪んだ顔を土で汚し、よろよろと力なく立ち上がったのは森近霖之助だった。
倒れたときの衝撃で大きくズレてしまった眼鏡をかけ直しながら、
霖之助は鈍痛の残る腹部をさすりつつキッと森の奥を睨んだ。
「紫め……」
やっとの思いで吐き出した言葉はしわがれていて、己の貧弱さを表しているようで情けなく思った。
先程まで同行していたはずの相手――八雲紫の姿はない。
当然の話だった。何故なら、彼女は霖之助を悶絶させると同時に、一人で霊夢が戦っている現場へと行ってしまったのだから。
幸いというべきなのか、忍びないとでも思ったのだろうか、
霖之助が持っていた武器はそのままで持っていかれていることはなかった。
まさか自分の身を気遣ったわけではあるまいと思いながら、改めて持ち物を確認する。
散弾銃の弾数は変わっていない。煙草も揃っている。あまり意味のない新聞もある。そして……酒は抜かれている。
こんな時に酒だけ抜き取っていく紫を図々しく感じる一方、酔っていた姿も思い出して、霖之助はどうしても憎む気にはなれなかった。
隣で酒を呷り、滅多に驚くことのない自分が思わず思考を止めてしまうくらいに美しかった紫は、
裏を返せば酒の力を借りなければ己を保てなかったのかもしれない。
霖之助はあんな紫の姿を見たことがなかった。これまで見てきた紫といえばどこか掴みどころがなく、
飄々としてかつこちらの何もかもを見通しているかのような余裕が感じられたものだが、酔っていた紫にはそれがない。
驚いていたあまりに思索を巡らせるのを忘れていた。ひょっとすると紫は紫で、今の状況に対して相当焦っているのではないのか。
大妖怪としての手前、みっともない姿を晒すわけにもいかず、こちらを煙に巻くことで誤魔化したのではないのか。
そう考えると少女を感じさせたあの姿も、寧ろ不安の現れのような気がして、霖之助は痛む体をおして走り出した。
悶絶する前、立ち去った彼女の姿はどうだっただろうか?
記憶を辿ってゆく。そう、あの時の彼女は――
「霖之助さん」
聞き慣れない呼び名に、霖之助は一瞬別の誰かに名前を呼ばれた気がして、きょろきょろと周りを見渡した。
無論そこには紫しかいない。呼んだのは彼女かと結論を至らせるに数秒を要し、「誰かと思った」とまずは正直な返答をする。
だが紫はからかうでもなく、いつものように冗談を言うでもなく、どこか人形のような無表情のままで続けた。
「戦っているのは霊夢でしょう。まず間違いないですわ」
「それはさっき聞いたな」
「では……戦っているのは誰だと思います?」
虚を突く質問に、霖之助は言いよどんだ。古道具屋に篭りきりの霖之助は霊夢が普段何をしているかなど知る由もないが、
数々の異変を解決している妖怪退治屋であることくらいは知っていた。
「戦い好きな妖怪じゃないのか」
「浅慮な妖怪ならばそうかもしれません。ですが、そのような妖怪は……言い方は悪いけど、もう既に死んでいますわ。
それにその程度の妖怪なら、霊夢がここからでも目に見えるような出力で戦うのもおかしな話」
「相手は大妖怪だと?」
「かも、しれません」
「やけに自信がなさそうじゃないか」
「……大妖怪であるなら、霊夢の存在か分かっていない者などいるはずがありませんもの」
紫は説明口調で、霊夢が博麗大結界を維持するのにどれだけ必要不可欠な存在なのかを言った。
霊夢の死は、即ち幻想郷の死と同等であること。
そればかりか自分達妖怪の存在すら危うくなってしまうこと。
彼女だけは何があっても死なせてはならないことを紫は淡々と、しかし断固たる口調で語った。
「しかし、それを知らない妖怪だって多数いるんじゃないのか。僕もそうだった」
「恐らくはそうなのでしょう。貴方のような普通の妖怪は知らない者も大勢いる」
そこで霖之助は、紫がこちらを見上げてくるのを感じた。
まるで少女のような、脆さを含んだ生硬い決意がそこにあるように感じられた。
「つまり、貴方も知っているような人妖かもしれない」
人妖、という言葉に霖之助は息を呑んだ。妖怪だけではない。人間が、霊夢と戦っている可能性もある。
人同士が殺し合っている。人間と妖怪、どちらでもありどちらでもない霖之助でさえもそれはおぞましいもののように思えた。
霖之助の怯えを見て取ったかのように紫は畳み掛けた。
「もしも霊夢と、貴方の知り合いが殺しあっていても……本当に、霊夢に加勢出来ますか?」
霊夢に加勢するということ。紫の雰囲気に呑まれて助けに行くなどと大言を吐いてしまったが、
それは霊夢に敵対する誰かを殺さなければならないということ。
存在を根本から奪ってしまう。失くしてしまう。まして知り合いを、我が手で。
一介の古道具屋に出来ることではなかった。『殺傷できる』らしい武器を持つ手に力が入り、その重たさが圧し掛かる。
本当に助けに行けるのか? 霖之助の動揺を見て取った紫が、一歩こちらへと近づいた。
「私は、貴方にそんなことが出来るとは思えない」
紫の片手が拳の形を作っていることに、霖之助は気付けなかった。
鳩尾に鈍い衝撃が走り、か、と口が大きく開く。
肺の中の空気が搾り出される感覚。呼吸も不可能な感覚に叩き落され、ガクリと膝が折れる。
「ゆか、り……何、を」
地面に横たわりながら、霖之助は紫を見上げた。大妖怪で、不意討ちだったとはいえ女の拳一発で行動不能に陥った我が身を呪いながら、
視界に入れた紫はどこか暗い色を宿していた。
「だから、貴方は邪魔なのです。人を殺すのは、私の役目」
「待て……!」
「所詮貴方は古道具屋でしかない。ですから、そこで待っていて下さいませ」
僅かに唇を微笑の形にした紫には、やると決意した空気が滲んでいた。
行かせてはダメだ。咄嗟にその言葉が浮かび上がり、制止の言葉をかけようとしたが、苦痛にそれを阻まれる。
それだけではない。霖之助に恨まれるのを承知で誰かを殺しに行くと宣言した今の紫を、
言葉だけで止められるはずがないと分かっていたからだった。
荒い息を吐き出すことしか出来ずに、霖之助は去ってゆく紫の姿を見つめ続けた。
なぜ。
なぜ、君はそうする。
大妖怪だからか?
大妖怪だから、一人で全部辛いことも苦しいことも抱え込んでしまうのか?
ならばどうして僕達は交わりを持とうとする。ならばどうして言葉を交わし、酒を交わそうとする。
紫。賢い君なら、そんなことはとっくに分かっているはずじゃないのか……?
紫の背中は、何者をも寄せ付けぬ風でありながら、その実一人では立っていることさえも危うそうな弱さもがあるように見えた。
そんな時に、無理矢理にでも立ち上がることすら出来ない自分の不明を、霖之助は呪った。
そう、だからと霖之助は走る速度を上げる。
紫を一人にしてはならない。
大妖怪であるから一人で何もかもを背負わなければならないなどおかし過ぎる。
この事件はそんな生易しいものではない。
本当の意味で協力しなければ、絶対に解決など出来ない。
自分はいつもの自分を保とうとするあまりに、紫が何を考えているのかを思惟するのを忘れていた。
言葉の裏を読むということを忘れ、ありのままを伝えるということを忘れ、言葉遊びだけに興じていた。
いつもの自分であろうとしたことのツケが紫を追い詰めていたのだとしたら。
自惚れかもしれないが、それだけは絶対に自分の手で返さなければならないと霖之助は思った。
つまり、ありのままに今の自分を言い表すと……
霖之助は、紫の力になりたいと、そう思っていたのだった。
* * *
場の空気は、まるでそこが真空であるかのように音一つなかった。
ここから何かが起こるのを期待しているかのように、不気味なくらいに静まり返った空間を八雲紫は見渡した。
木の根に寄りかかり、ちらりと一瞥を寄越したまま何も喋らない博麗霊夢。
地べたに這い蹲るようにして倒れ、苦痛の呻き声を上げているフランドール・スカーレット。
そして表情を恐怖の色に凍らせ、こちらを凝視している霧雨魔理沙の姿を目に入れて、紫はスッと目を細めて言った。
「貴女、何をしているのか分かっているのかしら」
持ち上げられかけていたミニ八卦炉が、だらりと下げられる。
色のない平坦な声は、魔理沙から多少の戦意をもぎ取ることに成功したようだった。
しかし代わりに魔理沙は「違うんだ!」と感じていた恐怖を振り払う声を出す。
「私は霊夢を殺そうとしていたわけじゃない! 逆だ、私達は霊夢を止めるために……」
「紫。嘘つきは魔理沙よ。こいつは悪魔の妹と手を組んで襲ってきた」
「霊夢! お前っ……!」
今にも食って掛かりそうな目つきで魔理沙が霊夢を睨んだ。
「魔理沙の言ってることは嘘じゃない! 見てみなさいよ! あいつの服は血まみれでしょ!」
げほげほと咳き込みながら、それでも大声で魔理沙を援護するフラン。
確かに霊夢の服はいつもの巫女服ではないうえ、ほぼ全身に渡って血に塗れていた。
だがそんなことは、事実がどうであろうが、紫には関係がなかった。
霊夢と敵対していたのであれば、既に紫の取るべき行動は決まっていた。
「どうでもいいのよ、そんな事は。私は常に、博麗の巫女の味方ですわ」
「紫……!」
魔理沙の切迫した声を、紫は「私は、幻想郷の味方」と跳ねつける。
「霊夢を、博麗の巫女を失うことは何があっても阻止しなければならない。
貴女方はその価値を理解していないのかもしれないけど、霊夢の死は幻想郷の死を意味するの」
「だから違う! 私もフランも殺す気なんてない! 信じてくれ!」
「信じられる話ではありませんわ。私が見た時点で、貴女と霊夢は殺し合っているようにしか見えなかった」
「それは……」
「……不穏分子を、放置しておく気はないわ。幻想郷のためなら、私はなんだってする。殺すことさえ、ね」
一歩踏み出し、拒絶の意志を示したつもりだったが、魔理沙は尚も説得の言葉を重ねてきた。
「幻想郷のためって……私だって考えてるさ! 今は内輪揉めしてる場合じゃないんだ。人も妖怪も皆で協力しなきゃダメなんだよ!
そのためにまず殺し合いをやめさせることから始めなきゃダメなんだ! だから私は霊夢を……」
「結論から言えば、霊夢さえ生きていればいいのよ。貴女の存在は端からどうでもいい事柄」
魔理沙の弁を遮る形で紫は抗論した。
魔理沙の言っていることも分からなくはない。それが理想だと紫も分かっている。
仮に殺し合いを収めるとして、その間に霊夢が生きているという保障はあるのか?
スペルカードルール無用の状況で、霊夢だって殺されるかもしれない。現に今の状況がそうだ。
霊夢が死んでしまえば元も子もない。博麗大結界は破れ、自分達はたちまちのうちに幻想と現実の狭間に飲み込まれ、存在を失う。
ここにいる連中だけではなく、幻想郷で生きる全ての存在も。
紫にはそれを守る義務があった。
幻想郷があったからこそ生きてこられた妖怪として。
全てにおいて何よりも優先しなければならない事柄だった。
今までの行動も全部は幻想郷のためにやっていたに過ぎない。
異変を解決しようと思ったのも、霖之助と一時的にでも手を組んだのも。
そのためになら自らの手も汚す。
だから森近霖之助も遠ざけて、一人でここまで来た。
こんな役目は一人でいい。
この役割は大妖怪にのみ、幻想郷から存在を与えられた孤高の妖怪にしか行えない役割なのだ。
霖之助と交わした契約も、友人達の存在もそれに比べれば取るに足らないものでしかない。
だからこれで、いい。
「幻想郷を愛する者として、私はこの異変を解決しなければならない。霊夢を生き残らせなければならないのよ」
魔理沙やフランのような、ただの人妖とは違う。
大妖怪の使命をもう一度頭の中で反芻して、紫は為すべきことを為そうとクナイを手に構える。
戦闘は避けられないことをようやく理解したらしい魔理沙は、それでも納得がいかないように呻いた。
「幻想郷幻想郷って……そのためなら何だってしてもいいっていうのかよ。幻想郷のためなら誰でも手にかけるっていうのか?
お前にだって友達はいるだろ? 一緒に暮らしてる藍もいるじゃないか。それを、全部切り捨てるなんて……寂しすぎるよ」
「……っ」
魔理沙の口にした寂しい、という言葉に紫の体が一瞬硬直する。
本当に切り捨てられるのか、と考えることを遠ざけてきた疑問が浮かび上がる。
「何もかもを、自分でさえ犠牲にして、そんなものの上に成り立つ未来なんて私は認めない。
霊夢。紫。私達はなんで生きたいんだ? 私は決めてる。皆で、暢気に暮らしたい。それを取り戻す。
悪魔でも、胡散臭いスキマ妖怪でも、博麗の巫女とやらでも、私は全部が欲しい。欲しいから、絶対に諦めない」
言い切った魔理沙には、理想論を唱えているだけではなく、自らが率先してどうすれば実現できるかを考えようとする意志があった。
現実に妥協することなく、どこまでも自分の意思を信じてやり通そうとする姿は、
自分と同じようでありながら性質はどこまでも異であった。
やれると決意したはずの体が鈍くなり、理性で塗り固めていたはずの意識に自分の意思が雪崩れこんで来るのを紫は感じていた。
幻想郷の皆を眺めながら暮らしたい。下らない会話に興じて、酒を愉しみながら一日を過ごしたい。
そうして戻ってきた寝床では、待っていてくれる存在があって……
「私には未来なんてどうでもいい。私がするべきことは一つ。この異変を解決することだけよ」
紫の意識を引き戻したのは、まるで平時と変わらない、誰にも囚われることのない霊夢の声だった。
私の味方ならやってくれるわよね、と呼びかける視線から目を反らすことが出来ず、
紫はそれでもやるしかない、と内奥から滲み出る思いに無理矢理蓋をした。
一個人の願いなどちっぽけ過ぎる。幻想郷を支える大妖怪としてここで役割を投げ出すわけにはいかない。
そう、今は目の前の敵対する存在を排除すればいい。
既に戦えるだけの力を取り戻したらしい霊夢が紫の横に並んだ。
「私が魔理沙をやる。紫はフランをお願い」
霊夢の声で全ての思考を打ち切った紫は、下ろしかけていたクナイを再び持ち上げ、遠くにいるフランを見据えた。
この分からず屋、というようにフランの口が動き、寧ろ憎んでくれた方がありがたいと紫は思った。
相手が憎んでいるのなら、受け流せる。それも是と受け止められるから。
クナイを投擲しようとした紫の耳に、「紫様っ!」と聞き慣れた声が届き、再び全身の筋肉が硬直した。
息せき切って紫の前に飛び出してきたのは他ならぬ自分の式、八雲藍だった。
「紫様! お止めください! 霧雨魔理沙は敵ではありません!」
「藍……?」
無理矢理に思考の外へ追いやっていた存在が現れたこと、そして自分を制止しようとしていることとが重なり、
紫は呆然とその場に立ち尽くした。
なぜ、藍までが私を止めようとする?
間違っているからという声が紫の中で響き、だからもう止めろと叫ぶ意識がはっきりと聞こえた。
何が間違っている、と紫は問い返した。霊夢を守り、幻想郷を守るためならばこの異変において多少の犠牲は必要不可欠。
幻想郷に生かされてきた妖怪として、孤独を強いられた妖怪として既にそんな覚悟は済ませてきたはずではなかったのか。
橙のことを忘れたのも、霖之助の言葉を裏切ったのも覚悟があったからではないのか。
孤独という病から逃れられぬと知っていたから、せめて大妖怪であろうと決めたはずではなかったのか。
自分のしていることは何も間違っていないという自覚がある。なのにどうして、体は止めようとするのだ……?
「刃をお収め下さい! ここで我々が潰し合うのは得策では――」
「藍っ! 逃げろっ!」
魔理沙の絶叫が響いたのと、折れた刀を振り上げた霊夢の姿が藍の後ろに見えたのはその時だった。
紫は何もできず、ただ見ていることしか出来なかった。
藍の姿越しに見えた霊夢の瞳は、紫を物と見る目をしていた。既に用済みなのだと、紫の悲壮な決意を踏み躙るように。
霊夢には最初から幻想郷など何も関係がなかった。彼女はただ、異変を解決することしか考えていない。
その為に全てが亡ぶことになろうとも。それが自らの運命、役割なのだと断じて。
霊夢こそ止めるべき存在だったと紫が認識した瞬間、藍の腹部から折れた刀が突き出していた。
血の華を咲かせ、それでも紫を守るように大地を踏みしめた藍が「式神」と搾り出す。
「仙狐思念……!」
「拡散結界!」
藍のなけなしの意地とも言えた至近距離からのスペルも、ほぼ同時に結界を展開させた霊夢に相殺され、
その余波を食って藍共々紫も吹き飛ばされる。
宙を舞いながら、それでも藍は自分を守ろうとして抱きかかえていた。
弾き飛ばされたからなのか刀は抜け、誰の目にも致命的と言えるくらいの血が溢れ出していた。
どうして。ただその思いで藍を見ていた紫に、藍がいつもの柔らかい微笑を浮かべていた。
「……ご無事で、何よりです」
愚直なまでに自分を案じる声に紫は、取り返しのつかないことをしてしまったと顔を青褪めさせた。
孤独を克服する方法はこんなにも近くにあったのに。自分はもうその方法に気付いていたというのに。
自分のつまらないプライドで顔を背けてきた結果が、これだというのなら。
最初からそんな自尊心など満たそうとするのではなかった。
後悔が紫の全身を満たした直後、藍共々地面に身を打ちつけてごろごろと転がる。
毒で痛んだ手が更に痛みを訴えたが、紫の心の苦痛に比べればそんなことは些細なことだった。
私は、一体、何を以って正しいと断じればいいのだ?
絶望が胸を押し潰す。藍の微笑が目の裏に焼きついている。
どうすればいい。紫は答えを求めて、のそりと起き上がる。
霊夢はどうなった。魔理沙は? フランは?
自分のお陰で窮地に追い込んでしまった二人の行方を目で追う。
二人の姿はすぐに見つかった。そこには霊夢もいた。
霊夢は、刀を突き刺していた。
フランの前に立ちはだかっていた――
森近霖之助に。
* * *
霊夢の行動は極めて迅速だった。
八雲藍の介入で紫の動きが一時的にしろ止まると理解した瞬間、すぐさま手のひらを返して藍を殺害。
紫が藍の抵抗で殺せないと判断するやいなや踵を返し、今度はフランの方へと向かってきたのだ。
しかも結界で弾き返したときにはどさくさ紛れに藍の荷物まで奪うという徹底振り。
からくり染みた判断力と行動に驚嘆すら覚える。フランにとって幸いだったのは、ターゲットが魔理沙ではないことだった。
体はまるで動かないが、霊夢を僅かにでも足止めするくらいの力は残っている。
後は魔理沙に任せればいい。
死ぬかもしれないという恐怖があったが、それ以上に背中を任せていられる魔理沙の存在がフランに覚悟を固めさせた。
お前なんかとは違う。一人のお前よりも二人の私達の方が強いんだ。
絶対に屈するものかと霊夢の姿を真正面に捉えたとき、それを遮るようにして現れた人影があった。
魔理沙ではなかった。魔理沙は遠くで何事かを叫んでいる。
絶叫に近しい声はここから先に起こる絶望を象徴しているかのようで、フランもゾクリとした悪寒を覚えた。
やめろ、盾になんかならなくていい――誰かも分からない影にそう言おうとして、しかし手遅れだった。
勢いのついた霊夢は止まらず、フランの前に立ちはだかった誰かも石像のように仁王立ちしたままだった。
結果として、先程の藍と全く同じように、フランの盾になった人物は霊夢の刀を受けてかはっ、と呻いた。
「りん、のすけ……さん?」
その瞬間に聞いた霊夢の声はひどくか細く、自分が何をしたのかも分かっていない様子だった。
何をどうしても変わらないはずの、ロジックだけで動く人形が本来の『博麗霊夢』を取り戻したかのようにも思えた。
信じられないという風に首を振り、よろよろと数歩後ろに下がる。「こんな、こんなことをするつもりじゃ」と呟きながら。
自分と戦っていたときとはまるで別人のような霊夢に、やはり彼女も人間なのかと場違いな感慨すら涌いた。
「……霊夢」
低く唸る声にビクリと霊夢が震えた。まるで親に叱られるのを恐れる幼子のように。
「やめろ。な、こんなこと……」
そこで言葉を途切れさせ、立つ力をも失って地面に倒れる。
死んだと錯覚したらしい霊夢が、感情を発露させて絶叫した。
「あ、あ……ああああぁぁぁっ!」
髪を振り乱し、この現実を認めまいとするかのように彼女は逃げた。
追うものはいなかった。フランはそんな状態ではなかったし、藍も紫もあのザマだ。唯一、動けたはずの魔理沙も……
「……香霖」
香霖と呼んだ人物の前にぺたんと座り込み、途方に暮れた声を出した。
その目が霊夢と同じく、絶望に打ちひしがれているのを確認したフランも、考えうる限り最悪な結果になったのだと理解した。
「そんな声を出すんじゃない、魔理沙……女の子だろう?」
「香霖!?」
魔理沙も死んだと思っていたのか、再び聞こえた声に、ぐしゃぐしゃになっていた顔を上げた。
緩慢な動作で魔理沙とフランの両方を見渡した『香霖』は、疲れたように笑い、それから血を吐き出した。
――助からない。
それはフランだけでなく、魔理沙も直感したのか、「死ぬな!」と懇願するように叫んで、口の周りの血を拭き取った。
「そうだ、なあ香霖。今の私って蓬莱人なんだぜ? 私の血を飲めば、香霖だって」
「そいつは……面白い話だな。だけど、無駄だろう。紫を見ていれば分かる、さ。あいつも弱くなっている」
「そんなことない! 化物にまでなったのに、香霖一人救えないでたまるか!」
動転の余り落としていったのだろう、霊夢の刀を拾い上げ、手を切ろうとした魔理沙の腕を『香霖』が掴む。
ぎょっとした魔理沙の様子から、その土気色の表情では想像も出来ない力で掴まれたのに違いなかった。
「化物なんかじゃないさ……魔理沙が、不死でも、僕の大切な……可愛い妹分だ。だから、やめろ。自分を傷つけるな。
人間の女の子なんだから、誰かに守ってもらえ。僕には……務まりそうもないがね」
くっくっと自嘲するように笑い、また血を吐き出した。声も掠れて小さい。フランも直視することが出来ずに目を反らした。
こんなにもつらく、重たい死というものをフランは見た事がなかった。
死ぬのは、こんなに怖いことなのだ。そしてあまりにも悲しいことであるのを、理解したのだった。
「紫に、言伝を頼むよ」
魔理沙は無言だった。首肯があったかどうかさえ判然としない。
「契約を守れず……済まなかった」
「香霖」
返事はなかった。また一つ……命が失われた。
嗚咽さえもそこにはなかった。無常に横たわる死だけが、魔法の森に存在していた。
一体、どうしてこんなことになってしまったのか。
顔をうつむけ、『香霖』の遺体を見つめたままの魔理沙を見ながら、そして棒立ちになったままの紫を見ながら、
フランは己の中に抗いようのない感情が生まれてくるのを感じた。
『香霖』も藍も、どうして死ななければならなかったのか。
悲しみか怒りか、自分でも判断できない感情を制御することができず、フランは他者にぶつけるという手段しか為すことが出来なかった。
この理不尽な死ばかりが溢れる現実に、どうやって対応したらいいのかも糾弾したらいいのかも分からず、フランはぼそりと呟いた。
「……あんたのせいだ」
フランが睨んだ先には紫がいた。
こいつが邪魔さえしなければ。こいつが来ることさえなければ。
誰も死ななかったかもしれないのに。
無言で顔を俯けた紫に、フランはさらに言葉を浴びせた。
「あんたさえ来なければこんなことにはならなかったのに! 何が幻想郷のためよ、あんたなんかいなくなっちまえば――」
「バカッ!」
鋭い声と共に頬が張られ、それが魔理沙によるものだと気付いたフランは呆然と魔理沙を見返した。
反論する暇を与えず、魔理沙は胸倉を掴んで言った。
「誰かのせいにするなっ! それでも私の友達か!?」
頬を張られた痛みよりも、言葉の中身がフランの頭を揺らした。
魔理沙は一瞬目を伏せながらも、気丈な声で続けた。
「紫だって、始めからこうなるのを望んでたわけじゃない。それに私が紫の立場でも霊夢に味方してたさ……
だってそうだろ? 霊夢は幻想郷で誰よりも大切な存在なんだから。紫の行動は、間違っちゃいなかった。
私達も霊夢を止めようとした。それも間違っちゃいない。霊夢は霊夢でこの異変を解決しようとしてた。
だから、誰も間違ってないんだよ、フラン。……分かってくれ」
「でも……でも、魔理沙!」
「誰かのせいにして場を収めたところで、そんなのは本当の解決じゃないし、そんなことして得た納得なんて納得じゃない。
妥協しろって言ってるんじゃない。憎んで解決したって、そんなの意味がないじゃないか……」
そうしなければ紫を守ろうとした藍と『香霖』が死んだ意味がないというように、魔理沙は紫を見やる。
紫はじっと顔を俯けたまま、何も答えることはなかった。
どうしていいのか分からず途方に暮れているようにも見え、紫は紫なりにこの死の重さを受け止めているのかもしれないと思った。
そう考えると、急に自分だけが紫をなじっていたことが恥ずかしく思え、フランはゆっくりと首を振った。
「紫。こっちに来いよ」
フランが納得したのに安心して、魔理沙は手招きした。
紫は僅かに顔を上げ、魔理沙の方を見た。色を失った紫の顔は、大妖怪というよりちっぽけな小妖怪のようにも感じられた。
「香霖から言伝もあるんだ。こっちに来て、看取ってやってくれ」
しばらく視線を泳がせ、少し爛れた己の手を見た紫は逡巡した後、小さく頷いた。
魔理沙がホッとしたように息をつく姿が、やけに眩しく感じられた。
【F-5 魔法の森 一日目・真昼】
【博麗霊夢】
[状態]疲労(小)、霊力消費(中)、腹部、胸部の僅かな切り傷
[装備]果物ナイフ、ナズーリンペンデュラム、魔理沙の帽子、白の和服
[道具]支給品一式×4、メルランのトランペット、キスメの桶、文のカメラ(故障)、救急箱、解毒剤
痛み止め(ロキソニン錠)×6錠、賽3個、拡声器、数種類の果物、五つの難題(レプリカ)、血塗れの巫女服、
天狗の団扇
[思考・状況]基本方針:力量の調節をしつつ、迅速に敵を排除し、優勝する。
1.霖之助を殺したことにショック状態。どこかに逃走
【霧雨魔理沙】
[状態]蓬莱人、帽子無し
[装備]ミニ八卦炉、ダーツ(3本)、楼観剣(刀身半分)
[道具]支給品一式、ダーツボード、輝夜宛の濡れた手紙(内容は御自由に)
[思考・状況]基本方針:日常を取り返す
1.香霖……
2.真昼、G-5に、多少遅れてでも向かう。その後、仲間探しのために人間の里へ向かう。
3.幽々子を説得したいが……。
4.霊夢、輝夜を止める
5.リグル・パチュリー・妖夢・幽々子に対する強い罪悪感。このまま霊夢の殺人を半分許容していていいのか?
※主催者が永琳でない可能性がそれなりに高いと思っています。
※霖之助の遺体の近くに【SPAS12 装弾数(7/8)、文々。新聞、支給品一式、バードショット(8発)、バックショット(9発)、色々な煙草(12箱)、ライター、栞付き日記】が落ちています
【フランドール・スカーレット】
[状態]頬に切り傷、右掌の裂傷、視力喪失、体力全消耗、魔力全消耗、スターサファイアの能力取得、気絶
[装備]無し
[道具]支給品一式 機動隊の盾、レミリアの日傘
[思考・状況]基本方針:まともになってみる。このゲームを破壊する。
1.魔理沙についていく、庇われたくない。
2.殺し合いを強く意識。反逆する事を決意。レミリアが少し心配。
3.永琳に多少の違和感。
※3に準拠する範囲で、永琳が死ねば他の参加者も死ぬということは信じてます
※視力喪失は徐々に回復します。スターサファイアの能力の程度は後に任せます。
【八雲紫】
[状態]正常
[装備]クナイ(8本)
[道具]支給品一式、、酒29本、不明アイテム(0〜2)武器は無かったと思われる
空き瓶1本、信管、月面探査車、八意永琳のレポート、救急箱、日記
[思考・状況]基本方針:主催者をスキマ送りにして契約を果たす。
1.藍と霖之助の死がショック
2.八意永琳との接触
3.自分は大妖怪であり続けなければならないと感じていることに疑問
[備考]主催者に何かを感じているようです
【八雲藍 死亡】
【森近霖之助 死亡】
代理投下終了です。
これはいいSS。
霊夢、魔理沙。因縁の対決。
紫が乱入して魔理沙のピンチと思いきや、この展開。
向こうでも言ったけど魔理沙が熱いなぁ。いいキャラすぎる
代理投下乙。
ああ……何と言う悲劇。
確かに魔理沙の言うように、誰も間違ったことはしてないんだよな。
でもだからこそ、延々と分かり合えないこともある訳で……。
結果的に、霊夢と紫は自分の正義を押し通そうとしたばかりに、大切な者を失ってしまった。
家族や愛する者の大切さは、失って初めて気付くもの……。
この2人が今後どう動くか、まだまだ目が離せないな。
それにしても、魔理沙は強い。心が。
何と言うか、何度挫けても立ち直る様は不死鳥を彷彿とさせるよ。
これからもその信念を曲げずに頑張って欲しいと思う。
代理投下乙
一番大事なもの以外は捨てても構わないと考えた2人は、他の大切なものを失って心が乱れ
大事なもの全てが欲しいと言った魔理沙は傷つきながらも心を支えられている…
今後どうなるだろう
霊夢とZUN、紫と幻想郷… どう考えるのだろうか…
投下GJです。
熱い、熱いぜ。でも悲しい。
ロワだから悲哀の連鎖はどこまでも続くとわかっていても悲しい。
うん、いい話でした。
投下乙
霊夢もついに動揺したか…
欲しがってた拳銃を見逃すとはよほどだな
しかしこれである意味懸念も減ってどうなるか
このショックはいつまで引っ張るかな
そして魔理沙かっこいい!
対主催の要っぽいだけあるなぁ
フランもがんばれー
投下お疲れ様でした
…どちらに感情移入をすればいいのか?という想いがでるほどそれぞれの心情がありありと見えて皆がそれぞれとても愛おしく思えて仕方がありません
そして、魔里沙と霊夢の掛け合いがとても東方らしくて…二人が争っていることに改めて悲しくなりました
代理投下乙です
長編なのにキャラの台詞がよく、戦闘描写もすばらしかった
これから霊夢がどう動くかすごい楽しみです
352 :
創る名無しに見る名無し:2009/12/22(火) 12:33:47 ID:Vo/+jrPx
投下乙です。
これはずいぶんきついの落とされたなー……。
霊夢が動揺したけど、さすがにこのままじゃ終わんないかなー。開き直りそう。
魔理沙本当にがんばってるな。このロワの主人公っぽい雰囲気出してるし。
考察班がかけちゃったのは苦しいかな? 紫も精神的に不安定だし……。
鬱ロワすぎ
もうダメかもしれんね
なんで人殺しゲームが鬱になっちゃアカンのだ
他所のいくつかのロワが変なだけで、この程度の鬱はむしろ普通。
言いたいことは分かるが他のロワを変とかいうのは止めような
鬱じゃないロワなんかおもしろくないさ。
人生とかいろいろな問題とかはうまくいかないもんだよ。
そこの葛藤やら矛盾やらっていうパラドックスがおもしろいってもんだ。
まだまだ青いぜ。
>>353よ。
まったくだ
このまま鬱展開を続けて霊夢優勝エンドにしようぜ
最後は絶望して自殺すれば完璧
鬱エンドは別にいいけど、霊夢は自殺しなさそう。
霊夢は自分の存在の意味に気付きかけてるし、主催のお気に入りだし。
読んでて憂鬱になると同時にわくわくしてくる矛盾
それにしても霊夢はここにきて大きく動揺したな
キャラ別スタンス
純粋対主催 魔理沙 フランドール レティ 紫 萃香 てゐ 妹紅 永琳
静葉 にとり 早苗 さとり お空
純粋マーダー 咲夜 レミリア 天子 こいし
幻想郷優先 霊夢 小町 混乱中 ルーミア リリカ
危険対主催 幽々子 射命丸 心は対主催 うどんげ
H??? チルノ メディスン 残り27名
Hってスタンスがあるのはここくらいだよなぁ…
ニコロワのチルノは賢さ補正かかってるんだっけ。
どんげさんが一番ひっでえwww
362 :
創る名無しに見る名無し:2010/01/06(水) 17:49:49 ID:oWLIy0OQ
いくつか書いたのだが、執筆中にキャラ数名殺されてワロタwww
しかし過疎ったねぇ……。
あんなに沢山いた書き手氏達は何処へ。
半年投下なければ焦っていい。FFDQだとそんなカンジ。
序盤に勢いがあって中盤に下火になるのは仕方がないこと。
すまんな、リアル事情だぜ…
予約来たよ〜〜〜
予約して破棄したけど、まだ実は書いてるって人とかいないのかなぁ
切り裂くような絶叫の後、そこには不気味なほどの静けさしか残らなかった。
躊躇無く自分を攻撃してきた古明地こいしは既に何処かへと去っていったらしい。
恐らくは、また新たな獲物を求めて。
民家の影、桶と桶の間に身を隠していた四季映姫・ヤマザナドゥはそんなことを考え、ぼんやりと立ち上がる。
――無様だな。
いつか聞いた、レミリア・スカーレットの声が蘇る。
こうして情けなく隠れていただけの自分は無様で、殺されることを必死で避けようとしているのもまた無様ということなのだろう。
死ぬのが怖いということか。いやそうではない。仕事を遂行するためには、生きていなければならない。
だから逃げたのではない。仕事を為すために最善の行動を取ったまでだ。
「……そう、私は仕事をこなさなくてはなりませんね」
殺し合いは、正しい。
殺し合いは、正しい。
殺し合いは、正しい。
ここにはあまりにも自分勝手な者が多すぎる。それゆえ自分に法を説くという役目が伝えられた。
幻想郷が、そう望むのなら。映姫は痛み続ける脇腹を押さえながらゆらゆらと歩き出す。
……怖いと錯覚したのは、自分のことを考えていたからだ。
ならば、考えなければいい。
役割だけを認識して、どのように法を説くかだけを考えていれさえすればいい。
閻魔に必要なのは、仕事を推敲する能力。ただそれだけだ。
まずは西行寺幽々子を探す。映姫は目標を定め、幽々子が逃げていった方向を目指した。
幽々子は自分を苦手としていて、映姫自身も幽々子は好ましく思っていなかった。
最初幽々子を追う気になれなかったのはそのためだった。
映姫が幽々子を好ましく思っていなかったのは、彼女が死に誘うということについてさほどの感慨を抱いていないためだ。
長年亡霊としていること、冥界を管理する立場であることがそうさせたのは当然のことなのかもしれない。
それでも、生者の立場から物を見る立場の映姫からしてみれば好ましいことではなかった。
立場の違いゆえの反発心。それほど関わることもなかった今までは、それほど気にしてくることもなかったが……
もう現在は違う。個人の思想などもはや関係のないこと。誰であろうと、四季映姫は為すべきことだけを為せばいい。
幽々子の顔ではなく、名前だけを思い出しながら映姫は歩き続けた。
四季映姫・ヤマザナドゥは気付かなかった。
レミリア・スカーレットの言う「ただの思考放棄」、その道を歩き続けている事実を。
* * *
西行寺幽々子の足取りは重かった。
亡霊なのに足取りが重いというのも変な話だと笑う気にもなれない。
なぜ、自分達は殺し合いをしているのだろうか。
両手に抱えた64式小銃を強く掴みながら、幽々子は古明地こいしのことを思い出していた。
地霊殿の主の妹、ということくらいしか幽々子は知らないが、あそこまで好戦的な妖怪ではなかったはずだ。
アリス・マーガトロイドとの間に何があり、どんな死別をしたのかは分かるはずもないし、知ることも出来ない。
それでもアリスの死がこいしをここまで凶変させ、憎しみの情念を敷衍させている。
ここには死が溢れ、疫病のように怨念が広まっている。幻想郷における死とは、全くその性質が異なっていた。
幽霊が当たり前のように存在する冥界で、死というものはただの事象に過ぎなかった。
生者から死者へと移り変わるためのプロセスであり、そこには何も紛れ込まない。
それどころか場合によっては死後にこそより善いものを見出したものさえいる。死とは、決して終わりを指し示すものではないのだ。
冥界の管理者としてその大前提を知っていたからこそ、幽々子は死を畏れることはなかった。
けれども、しかし。ここでの死は、行き止まりだ。
そこから先に何も繋がることのない奈落への穴。落ちてしまえば二度と戻ることは出来ない、魂そのものを砕く死だ。
でなければ、幽々子の耳に死者の声が届かないはずはなかった。いくら神経を研ぎ澄ませても聞こえない。
――魂魄妖夢の声でさえも。
街並みの外れ。木造家屋も既に遠く、辺り一帯に広がる畑沿いの道で幽々子は足を止めた。
荒涼とした茶色の風景の中で、幽々子の姿はぽつんと浮いていた。
私は、どうなのだろう。
ここでひとり歩き続けている自分も死によって変容しかけているのだろうか。
妖夢を奪った誰かに対して贖罪を与えるために。そう、フランドール・スカーレットに裁きを与えるために。
あの悪魔さえいなければ、たった一人の大切な従者を失うこともなかった。
復讐のためだけに歩き続けているのではないと理性が反論しても、妖夢を失った幽々子の心は常に敵を求めるようになっていた。
そうしなければ、自分を保っていられない気がして。
元々敵を求めて行動していたのではなかったはずなのに。こんな殺し合いに関わり合いになりたくないだけだったのに。
今の幽々子は何かを否定しなければいけない、その一心だけがあった。どうしてこんな心持ちになっているのかさえ分からない。
妖夢が死んだ直後から……いや、記憶を失った後から、幽々子は衝き動かされるように戦場へと足を運んだ。
まるで体が殺し合いを求めるように。
復讐を願っているのか、それとも殺し合いを止めたいのか、もっと別の何かがあるのか。
思考を凝らしてみてもまるで判然としない。自分は一体何がしたいのか。
普段から流れのままに身を任せてきた幽々子に、この唐突に過ぎる自身の変化はあまりに困惑するものだった。
尋ねようにも、ここには誰もいない。藍も、魔理沙も、フランドールも。
真面目で普段は物静かだと思っていたはずの妖夢も、実は自分にとっては賑やかで心を楽にさせてくれる存在だった。
妖夢一人欠けただけで身の回りはこんなにも静かになってしまうものだということに、幽々子は今さら気付かされた。
こんなとき、妖夢なら何を言ってくれるのだろう。
しっかりしてください。
ぼーっとしてないで……
もう彼女はいない。少し背伸びした、真面目くさった声も、からかい甲斐のある一途な思いも、もうそこにはない。
もはや亡霊にすらならない。
幽々子の胸が痛んだ。ただの悲しみよりも更に深い、自分を苛む痛みだった。
「やっと、追いつけました」
そこに割って入ったのは、妖夢よりも更に真面目な、いや堅物とさえとれる人物の声だった。
振り返るとそこには無表情にこちらを見る、四季映姫・ヤマザナドゥの姿があった。
自分の姿を見ていながら、その実誰も見ようとしていない瞳に、幽々子は忌避感を覚えた。
彼女の姿に、何かしらの嫌な気分を感じたのだった。自分を壊してしまう、なにかがそこにあるような気がして……
「あなたは……閻魔様?」
「ええ、はい。帽子は失くしてしまいましたが」
淡々とした調子で言い、映姫は続けて「先程のことには感謝します」と頭を下げた。
「え?」
「偶然とはいえ、窮地を救っていただいたのは確かな事実です」
ああ、と幽々子は思い出して頷き、そのために自分を追ってきたということに驚きを覚えていた。
普段なら自分は映姫から逃げるようにしてきただけに、まさかこのようにされるとは思ってもみなかった。
「その上でお尋ねしますが……どうして私を助けようと? いつもの貴女ならそんなことはなさらない、と思ったのですが」
映姫からの質問に、幽々子はどう答えていいのか分からなかった。
そう、苦手としていたはずなのに、なぜ映姫に味方しようと思ったのか。
見殺しにするという発想はなくても、即座に躊躇無くこいしに攻撃を仕掛けたのはどうしてだったのか。
思い返してみれば理由が思い当たらず、不自然ともいえる行動の一連にどう答えたものかと迷った挙句、
幽々子は当たり障りのない言葉で応じた。
「そこまで冷酷ではありませんわ、私も」
「そうですか。……ですが、私には善意だけで行動を起こしたようには思えませんでしたが」
「打算で助けた、と?」
映姫の疑うような言葉に、幽々子は少しムッとなって棘のついた言葉で返した。
礼を言ったかと思えば次には神経を逆撫でするような言葉だ。
過敏な反応だったかもしれないと言った後で思ったが、映姫は「そういう意味ではありません」と首を振った。
「そうしなければならない。そのように思っただけです。そう、貴女にしては行動が早すぎる。掴みどころがあるのですよ」
「……亡霊に掴みどころがあるとは、おかしな話ですね?」
映姫の発言の意図が読めず、幽々子はわざと煙に巻くような言い方をした。
しかし映姫は顔色ひとつ変えず、「ええ、全くおかしな話です」と冗談ともつかぬ態度で応じた。
「以前の貴女ならまずは様子見に徹していたことでしょう。どんな状況であれ、まず貴女は『見』を選ぶ」
「言ったはずですわ。私だって冷酷ではない、と」
「なのにそうはしなかった。私にさして恩義があるわけでもなく、救済を信条としているわけでもない」
一方的にまくし立てる調子で映姫は喋る。嫌味や意地悪でこのようなことを言っているのではないことは分かった。
けれども、そこに嫌な予感を覚えた。映姫が喋った先の、分析した先を知ってしまえば、不快になってしまうような気がしたのだった。
「それでも私をすぐに助けた。いいえ、古明地こいしを『攻撃』したのは……
うしろめたいことがあったからなのでしょう。そのように感じましたが」
まるでそうだと確信する口調だった。違うと即座に言えず、幽々子は戸惑いの振幅が大きくなってゆくのを感じた。
「……閻魔様は、探偵業でも始められたのですか」
「いえ、ただ憶測を申し上げただけです。私は幻想郷の法を説いて回っている身です」
「幻想郷の、法?」
出し抜けに紡がれた言葉に、幽々子は思わず聞き返してしまっていた。
映姫はそう、といつもの説教のように重ねる。
「殺し合いを行うことは恥ずべきことでも何でもない。この世界の正しい規律であり、それに従うことこそが我々の善行なのです」
閻魔自らが発した、殺し合いを肯定する言葉だった。
一番ありえるはずのない人物から、一番ありえない句を告げられ、幽々子は絶句していた。
「殺すことはうしろめたいことでも何でもありません。寧ろ称賛されて然るべきものです。西行寺幽々子、貴女も思い悩むことはありません。
善行を積みなさい。そうすれば、いずれ貴女も安らかな成仏を……」
「私は殺してなんかいない!」
映姫を遮って幽々子は叫んだ。
どうしてそうしたのかは分からない。
分からなかったのは、叫んでしまったことだった。
言い訳しているような気分に駆られ、幽々子は映姫の色のない瞳から目を反らした。
この目を見続けていれば自分までもがおかしくなってしまうと直感したからだった。
同時に、こんな目をどこかで見た事があることも思い出していた。
どこだったかは思い出せない。しかし、それはひどく自分に近しいところにあったことだけは覚えていたのだ。
「貴女は」
「やめて」
「理由なく命を救おうなどとは思わない」
「やめて、聞きたくもない」
「何故ならば、貴女は冥界の管理者だからです。死を常態としてきた貴女に、死は特別なものでも何でもない」
「お願い……」
「死が特別になるのは、自らが死を特別とするようにしたためです」
これ以上。
「貴女は、恐らく、自らが原因で亡くしたのでしょう。殺したといっても過言ではないくらいに」
言わないで。
「とても大切な、生ある者を」
「やめてよっ!」
64式小銃の筒先を映姫に向ける。鼻先に突き出された銃口を前にしても映姫は動じなかった。
映姫の言うところの『法を説く』、それにしか頓着していないように。
彼女には何も見えていないのだ。
「そうして私に銃口を向けられるのも、貴女が既に誰かを殺したことの証左かもしれませんね?」
「っ!?」
本気で引き金に手をかけていた自分に気付き、幽々子は慌てて指を離した。
そんな覚えはない。ないはずなのに、なぜこうも心が軋む。なぜ、責め立てられている気分になるのか。
殺したというのだろうか? 自分が、誰かを、ここで? そんな覚えは、ない、はずなのに。
「古明地こいしを躊躇無く撃てたのも既に殺した経験があるからとも言える」
「違う、私は誰も……!」
「私はそれをなじるつもりも、裁くつもりもない。私は法を説いて回るだけです。……私は殺せない。
ですが、我が身に課せられた役目を遂行しなければならないのです。ですから、私は殺すことは善行とだけ告げておきます」
「わたし、は……」
映姫の言葉は半分も聞こえていなかった。脳裏でチリチリと蠢く、微かな映像の断片が過ぎっていたからだった。
殺したのだとすれば、誰を? 小町とは別れた。こいしは傷つけはしたものの殺すには至ってない。
残りは魔理沙、藍、フランドール。そして――魂魄、妖夢。
空白の時間の後、妖夢は遺骸となって横たわっていた。傷一つない、そしてどこか微笑にも似た表情で。
フランドールもこんな殺し方は可能と言えば可能だ。半霊を破壊するという手段を用いれば。
けれども、しかし。微笑みを浮かべたまま死ぬだろうか。フランドールに望まれて殺された?
そんな関係があるはずがない。こんな殺し方ができるのは、この幻想郷で知る限りではひとつしかない。
安らかに、眠るような、緩やかな死を与える……自分の、反魂蝶――
「違う、違う、違うっ! なんで私が妖夢を、あの可愛い妖夢を殺さなきゃいけないの!? あの子を殺したのは悪魔の……!」
フランドールのせいにしようとしている? 自分が、殺したと認めたくないから?
己の言葉尻からそのように判断してしまい、幽々子は必死に否定しようとした。
殺していない。殺せるはずがない。だが妖夢は死んでいた。ならば、殺したのは誰だ?
決まっている、悪魔の妹だ。そうに違いない。そうでなければ……自分が殺したということになってしまうのだから。
「貴女が魂魄妖夢を殺したのだとしても、私は咎めない。私はただ、善行を積みなさいと言うだけです」
「殺してないって言っているでしょう!?」
金切り声に近い調子で幽々子は否定した。大切な妖夢を殺したのは、自分ではない。
あんなに愛しく思っていた従者を殺したはずがない。殺したのは、他者だ。
「ならば、貴女の大切な者を殺した者を、殺せばよいのです。それが善行なのですから」
「それは……!」
違う、と言いたかった。だが頭を掠める妖夢の死に顔に言葉が詰まる。
そうしてしまう自分を否定するために、今度は悪魔の妹を、フランドールを殺せという声が持ち上がる。
それは、既に自分が、殺人者だから……?
何をどう判断していいのか分からず、幽々子は再び64式小銃を持ち上げた。
まず映姫を黙らせなければ、自分がどこまでも貶められてしまうような、そんな気がしたからだった。
「何の証拠もなしにそんなこと言わないでっ! それ以上言うなら私だって……!」
映姫は無言で見返してきた。やるならやれ、どうにでもなれと投げやりであるようにも、
所詮はその程度と納得ずくの視線であるようにも思えた。
感情的になっている自分とは対照的な映姫に、余計に胸が軋み、小銃を持つ手が震えた。
こんなのはおかしい。実力行使に出ようとしている自分が自分と思えず、まるで他人のようにも感じる。
映姫の言うように、うしろめたいことがあるから?
耐え切れずに、自分の心に鍵をかけてしまったから?
何も覚えていないのは……全てを『なかったこと』にしようとしているということなのか?
あらゆる歯車が狂っていた。
殺戮を許した幻想郷。
寄る辺を失くし、消滅するしかなくなっていった魂。
想いに縛られ、凶行に走るしかなくなってゆく自分達。
映姫の言う通りの『幻想郷の法』が支配し、
それに従うしかなくなっている自分達がどうやって対抗すればいいのかも分からない。
飽和し続ける頭で思ったのは、やはり妖夢への、懇願にも似た気持ちだった。
助けてよ、妖夢……私は一体何をしたらいいの……?
従者に答えを求めてしまうのは、罪を犯してしまったから?
それとも自分自身に絶望してしまったから?
ならば自分は、既に法に囚われ、殺すことを義務付けられているのか。
頭が痛い。以前にも、こんな気持ちを、こんな絶望を知っていた気がする。
遠い昔のことか、近しい過去だったのか。ただ、思い出してはいけないとだけ感じていた。
なぜ、と幽々子は己に問うた。思い出したくないのは……やはり……
「誰かが、来たようですね」
いつの間にか顔を俯けていた幽々子の意識を引き戻したのは、平然とした様子の映姫の声だった。
既に視線は自分の方を向いてはおらず、肩越しに他の誰かを見ているようだった。
「私は法を説きに行かねばなりませんので、失礼します」
一礼すると、映姫は幽々子の横を抜けすたすたと歩き始める。
言うだけ言っておいて、凝りもせずに法を説くと言って恥じない映姫に「待ちなさいよ」と幽々子は映姫の背に呼びかけた。
いや、それは懇願だったのかもしれなかった。誰でも良かった。妖夢を殺してなんかいない。その一言が欲しかった。
ちらりと幽々子を一瞥した映姫は、しかし期待通りの言葉を寄越すことはなかった。
「迷うことはありません。殺せばよいのです。それこそが、我々の救われる唯一の道です」
代わりに示されたのは、妖夢を殺していないと証明したければ殺せという囁きだった。
自分はやっていない。やったのは他の誰かだ。だから自分は他の誰かを探している。
そう――信じてもいいじゃないか。
何も分からないのなら。
こうしても、いい。
幽々子には一つの選択が追加された。
その存在感は、無視できるほど小さなものではなく……あまりに魅力的だった。
* * *
ルールを破ってしまった。
食べてはいけない人類を食べてしまった。食べてはいけない人類を殺してしまった。
だから東風谷早苗は怒り、火焔猫燐はもっと怒った。
燐はケーキもくれたいい人で、仲良くなれるかもしれないと思っていたのに。
あれほど苦手だった日光すらも気にせずにとぼとぼと歩くルーミアの表情は暗く、これからどうしようという思考だけがあった。
いや正確には、今のルールを続行できる自信がなくなってしまったというべきだった。
次に出会った人類は、食べてもいい人類なのか。その判断を見誤ってしまったことが原因だった。
博麗の巫女を殺してはいけない。それくらいのことは知っている。
でも他は分からない。故に銃と地雷に判断を託した。
それが、片方には引っかからず、片方には引っかかってしまうなど想定の外だった。
本当に正しいのか、と思ってしまった。
今まで正しいと思っていたことが信じられなくなる感覚は、ルーミアからたちまちやる気を喪失させてしまった。
だからといって、他に食べてもいい人類を判断する方法は分からなかった。
自分でルールも設定できず、教えてくれる人もいない今、ルーミアは逃げ続けることしか出来なかった。
そうして森の中を突っ切り、滅茶苦茶に進んできて、
森を抜けはしたがどこにいるかも分からないというのが今のルーミアだった。
一人になると、今度は寂しいという気持ちが浮かんできた。
信じていた規律を崩され、それまで一緒にいた人とも会えない状況になって加速した不安がそう思わせた。
今まではそうではなかった。一人でいても、妖怪は人間を襲うもの、ということを絶対だと信じることができたから、
ルーミアはそれを楽しんで生きてきた。しかしもう信用に足るものはない。
まさしく「どうしよう」と思っているしかなかったのだ。
信じるものひとつないだけで、こんなに不安になるとは思わなかった。
おろおろしているだけの自分は、また別の誰かに怒られはしないだろうか。
それだけならまだしも、駄目な妖怪だと烙印を押され退治されてしまうのではないか。
お気楽なルーミアでも怖いものはあった。
妖怪が、妖怪でなくなってしまうこと。自分が自分でなくなってしまうこと。
それは自己の破滅を意味する。妖怪は妖怪らしくしなければいけないということを遥か昔に教わって以来、
ルーミアにとってそれは絶対服従の項目だった。
あの時教えてくれたのは、誰だっただろう。時間が経ちすぎてどんな状況だったかさえ覚えていない。
それくらい古い事柄で、骨の髄にまで染み込まされたルールだった。
妖怪らしく。口にしてしまえば簡単な、しかし実践することが難しくなってしまったルール。
どうやって妖怪らしくしよう。当てもないまま歩き続けていたルーミアは、
その真正面から誰かが歩いてきたことに気付かなかった。
「どうされましたか、そんなに落ち込んで」
誰かがいると気付けたのは、声をかけられてやっとだった。
上を向くと、そこには腕組みをしてじっとルーミアを見ている、石のような顔があった。
「……おねーさん、誰?」
銃を取り出す気にはなれなかった。それが何の意味もないと分かっていたからだ。
ぺこりと一礼をした女は、その表情を全く崩さないまま「初めまして」と言った。
「四季映姫・ヤマザナドゥです」
【E−3 一日目 午後】
【四季映姫・ヤマザナドゥ】
[状態]脇腹に銃創(出血)
[装備]携帯電話
[道具]支給品一式
[思考・状況]基本方針:参加者に幻想郷の法を説いて回る
1.自分が死ぬこともまた否定しない。
2.自分の心は全て黙殺する
※帽子を紛失しました。帽子はD−3に放置してあります。
【西行寺幽々子】
[状態]健康、親指に切り傷、妖夢殺害による精神的ショックにより記憶喪失状態
[装備]64式小銃狙撃仕様(13/20)、香霖堂店主の衣服
[道具]支給品一式×2(水一本使用)、藍のメモ(内容はお任せします)、八雲紫の傘、牛刀、中華包丁、魂魄妖夢の衣服(破損)、博麗霊夢の衣服一着、霧雨魔理沙の衣服一着、不明支給品(0〜4)
[思考・状況]妖夢の死による怒りと悲しみ。妖夢殺害はフランによるものだと考えている。
1.私は……
2.フランを探す
[備考]小町の嘘情報(首輪の盗聴機能)を信じきっています
※幽々子の能力制限について
1.心身ともに健やかな者には通用しない。ある程度、身体や心が傷ついて初めて効果が現れる。
2.狙った箇所へ正確に放てない。蝶は本能によって、常に死に近い者から手招きを始める。
制御不能。
3.普通では自分の意思で出すことができない。感情が高ぶっていると出せる可能性はある。
それ以外の詳細は、次の書き手にお任せします。
【ルーミア】
[状態]:懐中電灯に若干のトラウマあり、裂傷多数、肩に切り傷(応急手当て済み)
[装備]:リボルバー式拳銃【S&W コンバットマグナム】4/6(装弾された弾は実弾2発ダミー2発)
[道具]:基本支給品(懐中電灯を紛失)、.357マグナム弾残り6発、フランドール・スカーレットの誕生日ケーキ(咲夜製)
不明アイテム0〜1
[思考・状況]食べられる人類(場合によっては妖怪)を探す。
1.食べてはいけない人類がいる……?
2.日傘など、日よけになる道具を探す
[備考]
※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違い
以上。◆Ok1sMSayUQ氏、投下乙です。
ついに映姫様の言う法を聞き入れて(?)しまった人が出たか…。
迷いがある相手に方向性を与えるのは怖い立ち位置と言えるかもしれない。
基本的に、ブレなくなってしまったし…やっぱり閻魔、怖いよw
幽々子の今後、映姫とルーミア…続きが気になるぜ
そしてそろそろ次スレ必要かな?
投下乙!
ルーミアがいっちゃん会ったらやばそうな人にあってしまったー!?
うわあ、ここに来て説法大炸裂。
既に殺してしまったから論は今の幽々子には痛いよなあ
映姫様、もはやマーダー製造機・・・
さて、ルーミアはどう転ぶかな
投下乙です。
映姫様の暴走が止まらねぇw
人里の外れ。
左右に木造の建物が雑然と立ち並ぶ静かな道を、小さな鬼を背負い歩くは秋の神。
金に輝く髪に紅葉の髪飾り。
血とは違う、美しい紅色の服。
顔は大きな悲しみと、小さな決意に満ちている。
その後を、不安げにきょろきょろしながら付いていくのは金髪の妖精。
時折吹く冬の風は、寂しさよりも孤独で、終焉よりも濃い死の香り――
秋静葉は、立ち止まって大きく息を吐いた。
先ほどまでに、続けざまに銃声を聞いていた。
この小さな人の里で、誰かが誰かを傷つけようとしている。
無視できるはずも無い。だって、そんなこと、罪も無い誰かが傷つけられること、許されては駄目だって思う。
これは、当然の気持ちだ。静葉はそう思っている。
でも、静葉は鬼を背負い、妖精を連れて、銃声と逆の方角へ。
北西の里の外れへ向かい、歩いている。
ルナチャイルドが不安げな目で静葉を見た。
大丈夫よ、と目で合図すると再び歩き出す。
きっと、この小さな妖精も、私と同じように不安で一杯なんだろうと、思った。
幾度と銃声が聞こえても、静葉の行動は何も変わらなかった。
普段の静葉なら怯えて震えているだろうし、もし美鈴ならば、誰かを助けにいくかもしれない。
それでも、今、背中にある一つの命こそが、静葉にとって手の届く唯一の暖かさだったから。
美鈴が救い、静葉がそれを受け継いだ。
どうしても、この命だけは、守らなければならないと、それだけを思っていた。
すぐに治療が出来れば一番良かったのだけど、銃声から遠ざける事を優先させたのだ。
美鈴さんが魂を込めたのだから、きっとこの鬼さんは大丈夫。
だから、自分がそれを守らないと。
穣子は、人里で死んだと、聞いていた。
探したい。会いたい。そんな気持ちだって、強く持っている。
でも、今私に手の届く命は、この背中にある。
落ち葉を拾うよりも、紅葉を見守る方が、穣子だって好きだった。
だから穣子、もうちょっと待っててね。
安全なところまで行って、手当てして、鬼さんがちゃんと動けるようになったら。
叶うなら、会いに行くから。
守りたい、そんな気持ちは、一人では持てなかっただろう。
美鈴さんが、その命を懸けて、私に教えてくれたのかもしれない。
でも。
誰かのために死んでもかまわないとか、そんなのは、悲しすぎる。
だから、精一杯、自分のできることで、誰かを守れればいいんだと思う。
美鈴さんは、格好良かった。自分のできることを、凄く大きく持っていて。
私と会って、赤の他人なのに、私をずっと守ろうとしてくれた。
私はその間、不安に押し潰されそうで、泣いてばかりだったのに。
私も、あんなふうになれるのかな。
「ねぇ、大丈夫?」
不意に、ルナチャイルドが問いかけてきた。
大丈夫じゃないように見えたのかしら、とちょっと考える。
確かに、背中の鬼は小柄だけれど、元々静葉も筋力のある神ではない。
背負って歩くのは、決して楽なことではなかった。
「大丈夫よ、少し疲れたけど」
そう言って微笑む。
少しは明るく見えたかな? ちょっと、穣子っぽく、笑ってみた。
いつも、穣子に笑われるような、寂しそうな顔じゃ、この子を不安にさせると思ったから。
「なら、いいけど。うーん、ちょっと怖かったからねっ」
ルナチャイルドは、邪気なく真意を口にした。
「怖かった?」
「うん。なんか、凄く怖い顔してた」
…そうだよね。わかってる。
こうやって託されたから、目の前のことだけを見てるから、誤魔化してるけど。
穣子が死んだって聞いて、美鈴さんがいなくなって。
泣かないって決めたのを破ってしまって。
涙は枯れるほど泣いたけど、悲しみは全然消えてないから。
「ごめんね」
穣子。美鈴さん。
「あっ、謝ることなんてないよっ」
ルナチャイルドはわたわたと手を振る。
それを見て、少しだけ、ふふっと微笑んだ。
今はこれで精一杯だけど。
自分に与えられた事、悲しいこと、全部終わって、それから、また、笑えたらいいな。
「あっ、ねぇ、あそこで休めそうだよ」
ルナチャイルドが嬉しそうに言った。
静葉が顔を上げると、横切る広い道の向こうに、少し大きめの民家があった。
見たところ人の動きは無さそうだし、裕福そうだから薬の類も置いてあるかもしれない。
歩き続けた疲労はある。これ以上外に居るのも厳しいだろう。
先ほどの銃声からも、悲劇の現場からも、可能な限り離れた筈だ。
「そうね、あそこで、鬼さんの手当てしようかな」
ルナチャイルドに話しかけ、よっと鬼を負ぶさりなおす。
「うんっ。あ、私、見てくるねっ」
ルナチャイルドが走って行く。
「気をつけてね」
それを、一抹すらも、不安を感じぬままに送り出した。
失いすぎて、枯れてしまった心が、余りに初歩的な危険を察知出来なかった。
死角となっていた納屋を過ぎ、十字に走る里の道にその姿を出して――
「あはははははははっ、見つけたッ!」
響く笑い声。唸る機関銃の発射音。無機質に死に追いやる狂気の音。
ルナチャイルドの小さな身体が、踊るように跳ねた。
真赤な何かが、里の道を紅葉のように染める。
秋よりもっと濃厚に、鈍い死の色に。
身体を撃ち抜かれたルナチャイルドの悲鳴が、静葉の心的恐怖を想起させる。
またも、自分と連れ立った仲間を、目の前で失ってしまうかもしれない。
否定しなければ折れてしまいそうな現実に、心が先走った。
「ルナチャイルドっ!」
背中の鬼を背負ったまま、傷つき倒れて呻く妖精の元へと走る。
納屋の死角から道に飛び出すも、何故か次の攻撃は続いてこない。
その不可解な時間的余裕の間に、静葉はルナチャイルドの元へと駆け寄った。
「やったぁ!今度こそっ、ちゃんとやったよ!」
無邪気で残酷に笑う少女が一人。
古明地こいし。
東から歩いてきた壊れた人形は、南から来た妖精が北へと横切るその姿を偶然その視界に捉えたのだ。
その手に巨大な武器を抱えて。傷だらけの身体を抱えて。
亡霊に撃抜かれた足は、白い布で乱暴にぐるぐると巻かれていた。
既にそれは紅く染まっているが、全く気に留めている様子も無い。
自分の身体が送る情報なんて、必要ない。
意識を閉ざしてしまえば、痛みなど中身の無い信号に過ぎない。
ただ衝動の命ずるままに動いてくれるのならば、何一つ問題など無かった。
大切なのは、アリスとの約束。こいしにはそれだけだった。
「あははっ、あはははははっ!」
こいしは、虚空に笑いかける。
ルナチャイルドの元へ走っていった静葉も、高揚した気持ちの中で目に入らない。
ただ今自分が一人、他者を破壊したという気持ちの昂ぶりを見えぬ何かに誇っていた。
「痛いっ…痛いよ…」
ルナチャイルドの身体は、見ただけでも絶望的なのではないかと静葉に思わせる状態だった。
気絶して無いだけ奇跡なのではないか。いや、何故残酷にも意識を繋ぎとめてしまっているのかと。
右腕は既に機関銃の豪力により、その身体に辛うじて繋がってる以外は原形を留めていない。
それ以外の傷は、相手の照準が悪かったのか、一つ一つは致命傷には至らず傷も多くない。
しかし撃ち込まれた弾丸は確実に妖精の命を傷つけている。
この小さな身体の、どこにこんなに血が流れていたのかと、静葉に思わせるほどに。
土を鈍赤に染める流血は、止まる気配を見せない。
右腕、右脇腹、左足…目を逸らしたくなるような姿だ。
それでも、生かしたい。死なないで、と心から願う。
「しっかりしてっ!すぐ手当てっ…」
「あははっ、まだいたぁっ!」
こいしが、ようやく静葉の存在に気付く。
珍しいものを見つけた子供のように、嬉々とした声で叫んだ。
静葉もまた、叫び声を受け正気に戻り、狙撃手が自分に気付いたことを知る。
こいしは手に持った機関銃を再度構える。
静葉は慌てて片腕でルナチャイルドを抱え、一心不乱に正面の民家の玄関へと飛び込んだ。
静葉に遅れることごく僅か、機関銃の銃弾が壁を掠め、その壁を抉っていく。
飛ばされる木片の勢いが、それが身体に当たれば即ち死に直結することを物語る。
「あはははっ!違うよ? かくれんぼじゃなくて殺し合いだよっ!」
まるで、命の大切さも知らぬ少年が、虫を追い回して叩き潰すのを楽しんでいるかのような、無邪気で壊れた笑い声がした。
民家の入り口の壁を背に、静葉は二三度強く深呼吸する。
どうしよう。
自分が、今、判断しなくてはいけない。最善を考えなくてはならない。
落ち着かないと、落ち着かないと。
腕の中には、荒く息をする重傷の妖精。
横には、背中から下ろした、未だ意識の復調を感じない小さな鬼。
このままでは、全員があの武器の餌食だ。
だから、逃げなければ、いけない。
でも、どこに?
あの少女との距離を考えれば、追われないように逃げるのは不可能だ。
ルナチャイルドと鬼を抱え、非力な自分が逃げ切れるとは思えない。
隠れるという選択肢も、同じ理由で危険すぎる。
自分だけ逃げる、そんな思考は浮かぶことすら無かった。
絶望的な思考が静葉を襲う。
外からは、土を踏みしめる音が恐怖を運んでくる。
歩くようなスピードだけれど、確実に相手がこちらに近づいて来ている。
この二人を、守らなきゃいけない。
美鈴さんがそうだったように。
もしかしたら穣子がそうだったように。
でもどうしたらいい?
万に一つだって、勝ち目は無いかもしれない。
あちらは強力な遠距離武器を持っている。
対してこちらは不気味な洋剣一本だ。
それでも、やるしか、ない。あのときの、美鈴さんのように。
私は美鈴さんのような勇気は無い。
今も、怖さで泣き出してしまいそう。
でも、今、私の後ろには、守りたい命がある。
そのためになら武器を持てるって、思える。戦えるって、思える。
妖精を下ろして寝かせると、フランベルジェを握り締める。
きっと及び腰に弱々しい眼、とても戦えるような姿には見えないのかもしれないけれど。
「ルナ、ここで待ってて。すぐ戻るから!我慢してて!」
「わ、私、だいじょう、ぶ、だよ… だから、ぜっ、たい、帰ってきて…」
それでも、守りたい意志だけは、強く持っているから。
静葉は民家の中から、少しだけ外を見た。
攻撃してきた少女は、納屋から10メートル先のところまで、距離を詰めていた。
こいしの手の武器は、先ほどまでの機関銃から、小さな拳銃に代わっていた。
穴に追い詰めた鼠を狩るのに、ダイナマイトなど必要ない。
腕を伸ばしてその身を掴み、爪で身体を切り裂き、牙を首元に突き立てるだけの話なのだから。
静葉にとっては、絶望的な攻撃を一方的に受けないだけ、状況は良くなったと言えるかもしれない。
窮鼠が猫を噛むとしたら、慢心した相手の油断を付けばいい。
静葉は相手の注意を自分に引きつけるように、姿を敵の前に晒す。
フランベルジェを構え、キッとこいしを睨みつける。