−7−
空が翳る。腹に光を溜めた雷雲がにわかに太陽と蒼穹を隠し、見渡す限りの天蓋を黒々と覆う。
アップローダーが、戦車を基軸として起ち上がる。牽引車の基底部が、砂塵を撒きながら地表を離れていき、
垂直の角度で傾斜を固定。摩天楼にも並ぶ天空の支柱となる。
二段に折り畳まれることで古代の戦車に身を窶していた金属塊が展開され、巨大な脚部としての本来の姿を取
り戻す。それだけでアイヴァンホーの身の丈に二倍する、大巨人の脚だ。戦闘用馬車譲りの大車輪をその外側に
装備していた。
曇天に鼻先を向けたトレーラーが、青い稲妻を曳いて先端を分かつ。
フロントボディがまるごと、長大な両腕として生まれ変わった。手首に向かうにつれて細くなるそれは、五指
さえある手を除けば、騎士の携える馬上突撃槍を思わせるかたち。
リアボディは、胴体そしてそれを装甲する甲冑となる。アイヴァンホーが、下半身のみを車輌形態に変形させ
てその中に飛び込む。車輪を象ったエンブレムを刻まれた胸甲が閉じ、彼の姿を完全装甲。
兜に包まれた頭が胴の上端から引き出され、稲妻形の飾りを額に広げる。面頬のために表情は判別不能となっ
ていた。
アイヴァンホーと、アップローダー。
ファイナルフォルムチェンジなる合体によって、その全貌が明らかになる。
一帯を圧して聳える、それは巨大人型の機械仕掛け。
『パーフェクトモード――“アイバンホーン”』
完全顕現を告げる声に遠雷が重なる。
流麗を極める全身鎧は白銀目映く、内なる虚像の明らかなるがゆえに万色ともなる。心弱き者ならば正視に耐
えまい、我が実態を問い返す鏡であるからだ。
電光の勇者。鋼の足ふたつで大地に根ざす。
電光の勇者。銀の手ふたつで大気を掻いた。
ああ、それは、勇者だ。御伽噺の勇者。電光の。
南米における先の完全顕現では、伝説を刻む石板にそれは“勇者”とだけ記された。そこに鑿を振るった男こ
そ賢人であろう。巨大だの、重重量だの、そんな言葉で言い表すには遠すぎる。
――勇者電光、アイバンホーン――
驚愕と興奮のあまり、えー太は声を忘れていた。しばらくは頭脳すらもが言語化を拒んだ。口をあんぐりと開
けて呆けるのみだ。
スーパーカーがやって来て、ロボットに変形して、他にトレーラーが出てきて、それらが合体してもっと巨大
なロボットになるなんて!
『アイバンホーン。それがおまえの真の姿か!』
怪物ゲームハードがやっとの思いで吐き出した。
繰り言ではあるが。強大なメカニズムほど顕現に時間が掛かる。“勇者”であっても、いや、“勇者”である
からこそ逃れられない制約だ。
しかし、誰かの勇気ある姿勢に同調して援軍を遣すブレイブチャージシステムにおいては、それでは逼迫した
状況に間に合わない。例えば今回の場合、えー太の身に何かあってから大活躍しても意味がないのだ。
そこで考え出されたのが、一瞬で電送できるだけの中核部のみを現場に先行投入し、後に必要であれば合体に
よってそれを補完する、分割方式の顕現であった。
いかなる怪物機械たちにも見られない特異な顕現術式を、近年になってブレイブチャージシステムに書き足し
たという狂博士の行方は杳として知れない。
怪物ゲームハードは高度な知能で理解した。アップローダーとは、勇者アイヴァンホーを強化するために後か
ら開発されたサポートメカではなく。
合体を果たした体高23.7メートル、重量285.0トンの躰こそが電光の勇者、その本来の姿(パーフェ
クトモード)!
怪物機械たちのどよめきに、勇者は答えず。
『――粉砕せよ、ライトニングライトアーム』
いかなる武器も携えぬ手、抉るような指先。その躰の大きさに比すればそう長くもない、しかし突撃槍と見紛
う右腕を前方へ伸ばす、伸ばす!
脚部側面に装着された円盾のような大口径車輪が、虚空に電光のわだちを刻んだ。
顕現するやの強襲。
怪物機械たちは、そこに至って初めて、先んじてアイバンホーンが動き出していたことを認識した。狙いは怪
物ゲームハード、その陰に隠れた機械仕掛けたち!
足裏と同時に接地する車輪の回転力を利用して初速から最大戦速に達し、敵対する全てを思うさま蹂躙する。
『ッ!?』
既に時遅きことを知りながらも、車線から退避しようとする怪物機械の軍勢。
けれど。
奇なる蛇が銀の鱗を滑らせるように、腕が。
怪なる蛇が毒の牙を突き刺すように、指が。
それらを薙ぎ倒す。
直撃を躱せたとしても、撒き散らされる攻撃性電磁波が電子機器を灼くだろう。
鈍の大海嘯に、銀の稲妻が逆流する。種々雑多なる機械仕掛けの軍団が真っ二つに引き裂かれたのを、ビルの
屋上からえー太だけが見た。
わずか一撃で、そこは、機械仕掛けたちの残骸が転がり散らばる、この世の地獄と化していた。
『よくもオオオオッ!?』
背後を晒したアイバンホーンに、生き延びた怪物機械の放った怪光線や投射兵器が、横殴りの豪雨となって殺
到する。アイバンホーンが正面からの突撃に特化していることを見抜き、予想される裏側の脆弱さを突こうとい
う魂胆か。
だが、届かない。遅い。極超音速の砲弾であっても、電光となった勇者には追いつけない。
誘導放出により増幅された光学兵器、すなわちレーザーのみがそれに届くが、もとよりアイバンホーンは電光
の勇者。電磁光学兵器は通用しない。輝ける武器は、それを無効とする。
『……我がビィームが吸収されただト』
『これが、完全顕現した勇者の力……!?』
『撤退せよ、疾く撤退せよ』
敵対者の難攻不落を知り、怪物機械たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
アイバンホーンはそれらには目もくれない。世界の果てに消えゆく怪物に興味はない。ひとつだけ残った、敵
意を滾らせるものにこそ用がある。いや、ふたつか?
‐8‐
『なるほど、凄まじいものだ。これが勇者か』
悪運も強く、怪物ゲームハードは電子機器の大半を焦がしながら生きていた。
頭上を見上げるアイバンホーンの視線を追って、えー太も首を動かした。
空を飛ぶ怪物ゲームハード。あの絶望的な状況からよくも上空へ逃れられたものだといいたいが、生憎とそれ
自身の能力ではなかった。
『ちょっと! 何やってたのよ、この型落ちゲームハード!』
『いやぁ、助かったよ。ほんとにありがとう。でも型落ちとはまたひどいアオリだな。ボクはこちらの世界でキ
ミにエンカウントできるかもと期待してまたピコピコしてしまったっていうのに』
『あたしゃモンスターかッ。いや、モンスターっちゃそうかもしれないけど。……上空一万メートルから落っこ
としてあげてもいいのよ?』
思わぬ乱入者は、用心棒として寄越された怪物ジャンボジェットだった。
重すぎる荷物と電磁波によるダメージにふらつきながら、銀翼の乙女は手の掛かる同族に凄む。
危機一髪。ただならぬ気配を察した彼女が、ライトニングライトアーム発動よりも早く急降下して怪物ゲーム
ハードを掬い上げていたのだ。
『あんたこのツアーの責任者なんでしょ? 顕現の時間をうっかり間違えて皆様にご迷惑お掛けしてんじゃない
わよこのノロマ』
『それについては、プログラムがちょっとばかりバグったとしか』
このデモンストレーションを主催した怪物ゲームハードには、当然、それなりの責任がある。
最低でもいち早く顕現して、参加者の安全を確保しなくてはならなかった。遅刻して数機を狩られ、また付い
ていながら仲間の大半を破壊されるなど言語道断だ。怪物機械は地上の機械仕掛けによって致命傷を負わないた
め安心していた、などと言い訳はできない。怪物機械の合言葉にもある、“人類は狡猾だ”、“災厄たれ”。
『電光の勇者、アイバンホーン』
『あーあ面倒臭いなァ。……勇者ならタンスでも漁っていればいいのにさ』
『それで、どうするの? いくらあたし達が不死身でも、このケジメはちゃんとつけないと、ひどいよ?』
怪物ゲームハードは腕のコードをこんがらがらせてシンキングポーズをとった。彼の中では、答えはとうに決
まっていたけれど。
『……もちろん、あいつの体力ゲージをゼロにしてやるさ。そろそろリリースしてくれるかな』
『勝算は?』
『“怪物機械はおよそ不滅”。壊されはしても、死ぬわけじゃない』
気障ったらしく鼻息で笑う怪物ゲームハードを、怪物ジャンボジェットは容赦なく叩き落とした。『データく
らいは持ち帰ってあげるわ』という呟きを残して異形の旅客機が急速浮上、空の煌めきとなる。
『さあ、ゲームスタートだ。Aボタンを押して、始めるよ』
怪物ゲームハードの声が、獰猛さを帯びる。
‐9‐
アイバンホーンの下半身、古代の戦車が唸りを上げ、半径大きく弧を描いて旋回した。降り立った怪物ゲーム
ハードと向かい合う。アイバンホーンは小回りが利かない。超絶の直進加速力と引き換えたからだ。
『お喋りは終わったのか』
勇者の傲然とした物言いに、怪物ゲームハードは思わず吹き出した。
『……何が可笑しい』
『いや何、勇者というよりは悪役みたいな言い回しだと思ってね。うん、そういうの、どんどんやってよね』
ひと呼吸。
『ところで。……どうやら、あの“銀の腕”、連発はできないみたいだね』
『どうかな』
探りを入れる怪物ゲームハードだが、そこにアイバンホーンの弱点があることを半ば確信していた。
先の完全顕現の下りといい、アイバンホーンには攻撃態勢を確立するまでは積極的に動かない傾向がある。敵
が仕掛けてこないならそのまま待ちに徹し、メカニズム電送やエネルギーの充填などに集中しようとする。
そして発動の条件が揃えば、ライトニングライトアームを前面に押し出した戦術兵器級の突進技を繰り出すの
だろう。
そこに出来る隙は大きい。メカニズム電装について『戦闘に掛かりきりで遅々として進まなかった』という不
用意な発言も見られ、休ませないことこそが肝要だと推測できた。
『じゃあ、今のうちに、やりますかー』
『やってみろ』
それを境に。
がらりと世界が切り替わった。やりとりするべきものが、言葉でなくなったサイン。
機械仕掛けの巨怪と、電光の勇者。人間が巨大数を易々とは実感できないように、どちらがより強大かなどと
いうことは、いくら観察したところで判断がつかない。
大気が鋼のように硬度を増し、えー太は微動だに出来なくなった。電流めいた緊張。嗅覚を刺す異臭。固唾を
喉に通すのがせいぜいだ。
舞い踊る枯れ葉が一枚、乾いた音を立てて砕け散り、
『いくよ!』
先手を打って、怪物ゲームハードが跳ねた。
それこそ格闘ゲームから飛び出してきたかのような、瞠目すべき俊敏さと器用さを披露する。コントローラの
腕、コードの髪、ディスクの丸鋸。格闘技の達人にも成し得ぬと思われる怒涛のコンビネーション技が、アイバ
ンホーンに叩き込まれていく。銀の甲冑の表面に火花が光る。
『まずは魅惑の108連コンボォ!』
『やるな……ッ!』
『このままワンサイドゲームだ!』
ちゃらちゃらした言動とは裏腹に、その連続攻撃は苛烈を極めた。
アイバンホーンとて怪物ゲームハードを侮っていたわけではなかった。しかし、アイヴァンホーの姿で撃退で
きたこれまでの有象無象とは、その性能は別次元だった。もとより突撃(チャージ)に特化したアイバンホーン
は、複雑な攻防や駆け引きを不得手としている。
『ファイアーボール! 巡航ミサイル!』
怪物ゲームハードの叫びに応じて、排熱口の先では赤に燃える大火球が、端子接続部では翼ある誘導弾が形成
される。一斉射撃。魔法と科学は彗星めいた尾をもつれ合わせながら飛び、アイバンホーンの顔面に炸裂する。
視界を埋めつくす弾幕に、勇者も戦慄を禁じ得ない。
『断絶せよ、レフュージングレフトアーム!』
拙いながらに体幹の守りとして回されていたアイバンホーンの左腕から、強烈な電磁シールドが発生した。攻
撃の右に対する、防御の左。光り輝く力場が、得体の知れない火器を阻み、体に巻きついていたコードを引き千
切る。勢いに任せて怪物ゲームハードの拳をも弾き飛ばし、コンボを中断させた。
しかし二度目はない。ボタンやスティックの指が複雑な動きをしたかと思うと、レフュージングレフトアーム
の電磁シールドが霧と掻き消えた。
そこに集中砲火。予期せぬ直撃を受けて、アイバンホーンが揺らぐ、揺らぐ。
『む!?』
『どうだい! ボクのガードキャンセルは、あらゆる防御システムを無効にするのさ!』
アイバンホーンが巨体の傾ぐに任せ、側頭部への回し蹴りを放つ。旋風すら巻き起こす勇者の大車輪。先読み
していた怪物ゲームハードがコントローラの腕を挟むが、重量に物をいわせてその防御ごと破壊。モニタの表情
を苦痛の砂嵐に変える。
『わ、悪いけ、ど、こんなのはさぁッ! 宿屋で休めば直るんだよォォ!?』
怪物ゲームハードが、ダメージに震えながら吼えた。
たちまち、歪んだ筐体、罅の入った画面、粉々になったコントローラが、回復か蘇生の魔法でも掛けられたか
のように原形を取り戻していく。
多手段による攻撃。自己再生。およそ万能とも思える怪物ゲームハードの多機能さは、その出自のためどうし
ても一芸に偏りがちな怪物機械としては珍しい。
ここでようやくアイバンホーンがその恐るべき能力を断定。
『高等怪物機械(グレートモンスターマシーンフェノメナ)のひとつ、“怪物ゲームハード”。電子遊戯上の設
定や演出をあるていどまで具現化させる、機械仕掛けの王』
色硝子のような碧眼が光を放つ。ひと際、強く。
怪物ゲームハードが、悪寒に飛び退く。そうしてから、自分の行動が信じられないと画面を白黒させた。アイ
バンホーンに対しては攻撃こそ最大の防御。距離をとるなど愚の骨頂だと分かっていたはずなのに。
魔法を、弓矢を、火器を、重力兵器を、エネルギー波を! ありとあらゆる遠隔攻撃を怪物ゲームハードは再
現する。
しかしそれは、もう二度とアイバンホーンに近づきたくないという気持ちの表れだ。
何故だ、何を怯える、怪物ゲームハードよ。……それは、ああ、そうだ、あれに似た感覚だったからだ。在り
し日にゲームハードをがらくたにした“雷サージ”なる現象に。人間どもの誰も知るまいが。機械仕掛けにも本
能なるものはあるのだ。
『なるほど確かに。伊達に“グレート”を冠していない。認めよう、貴様は破格の怪物機械だ』
『そ、そうさ! その気になれば、ビーム一本で惑星のひとつやふたつ消し去ってみせる、だから!』
『けれども、このアイバンホーンを完全顕現させた時点で、貴様らに勝機などない』
アイバンホーンは照準をつけるように、怪物ゲームハードへと鋼の左手を伸ばす。もう片方、銀の右腕は肘を
引いて構えた。さながら英雄が弓を引く、流麗にして力強い動き。
『電光の勇者アイバンホーンの名において。ゲームハードたちの願い、ひとびとの想いを私は知った。溜飲を下
げたというゲームハードもいた、無理もないと力なく笑ったひともいた。けれどその上で忠告しよう、怪物ゲー
ムハードよ、もはや戦うべきではないと』
『……そんなのは、もう、遅いんだよね』
怪物ゲームハードの返答はことのほか静かだった。スピーカーから漏れる響きは、怒り、嘆き、やるせなさに
震えている。
えー太には、そこに怪物機械たちの真情が篭っているように感じられた。
怪物機械は喋る。ものをいう。けれど、“人間には話し掛けない”。
怪物機械は異形。見るに恐ろしい。けれど、“ひと握りの人間にしか見えない”
えー太は思う。
彼らはついに暴力以外の手段によって人間に自らの主張を表明しようとしなかった。それは、もしかしたら、
もしかしたらだが、とうに人間を見限っているからではないのか?
機械たちが今、人間たちに激しい敵意を向けるというなら、その理由は子ども心にも分かる。えー太自身にも
心当たりはたくさんあった。
このお化けは、恐ろしく、大きく、歪つで、強い。ひとを殺そうとする、ものを壊そうとする、機械仕掛けの
お化け。どんな事情があったって、殺戮や破壊は正しいことじゃないと思うけれど。
けれど。
だからって。
(これでいいの?)
そんなのってない。怒り狂って、泣き叫んで、どうしようもないと諦めて、誰にもその想いを分かってもらえ
ず、ただの怪物として勇者に斃されるだなんて。
えー太は、そんなのは、いやだった。
何だか無性に悲しくなって、涙を零し掛けながら、ブレイブチャージャーを口許に寄せた。
「アイバンホーン……お願いが、あるんだ……」
『分かっているさ、少年』
仮面のような貌が、一瞬だけ和らいだような気がした。
怪物ゲームハードが不穏な黒い翳を纏う。コード類をばたつかせながらゆっくりと前進してくる。
『ファイナルブレイブチャージは果たされた』
生ける御伽噺が、“必殺”を宣告。
ファイナルブレイブチャージ。それは、誰かの想念の力によって奇跡を我が物とする、勇者有する権能のひと
つ! “御伽噺の勇者は、いかなる強敵にも打ち勝つ”。
聞いて、怪物ゲームハードはせせら笑った。
『“怪物機械はおよそ不滅”。ここで機体を砕いたって、いずれどこかで必ず甦る。それこそ機械文明なんても
のがある限り。ましてや、この怪物ゲームハードは、万能だ!』
『知っている』
『だったら分かるだろ? ムダなんだよ、ムダ。だからさ』
『故に』
巨怪が。
巨人が。
ふたつの機械仕掛けが激突する。
『諦めなよぉッ! 一撃必殺の呪文を浴びて、さあ、死ねッ!!』
『容赦なし』
アイバンホーンの音声には、鋼の芯が通っているように思われた。
大地に突き立つ両脚の大口径車輪が始動、その回転速度を果てしなく加速させていく。
『破壊する、すべて。我が“アガートラームブレイク”で』
光。
白銀を帯びて、アイバンホーンが疾走。その瞬間から不可視の躰を手に入れる。まるで、それじたいがレーザ
ービームとなったかのよう。
いいや。レーザーなんてそんな下らないものではなく、もっと熱く、もっと優しい、それは怪物ゲームハード
に差し伸べられた“手”だ。胴を掌とし、頭と四肢をもって指となした、銀の右手。
電光の勇者、アイバンホーン。
誰かの想いを聞いてやって来てくれる勇者なのだから、きっと怪物機械たちだって救えるに決まっていた。そ
れだけは、えー太にだって信じられる。
瞼をも通り抜ける閃光が晴れる、そのとき。
――――はっ、きみなんかに同情される筋合いはないんだけどね
えー太は。
怪物ゲームハードが、ひと言だけ、自分に憎まれ口を叩いたような気がした。
‐10‐
あれだけの騒動があったというのに、ひとびとはほとんど怪物機械の存在に気づかなかった。奇しくも大きな
事故が重なったということで、誰もがそういうこともあるのかと納得してしまう。
無理もないことなのだろうが、えー太はそれを寂しいと思う。
「ぼくは、英田栄太(あいだ えいた)。小学三年生!」
『改めて、私の名はアイバンホーン。“電光の勇者”だ。よろしく、えー太』
えー太とアイバンホーンは、握手の代わりに指先を突き合わせた。勇者の人差し指はえー太のより硬く、重た
げで、熱かった。
色硝子のような眼を明滅させながら、アイバンホーンが喋る。
『えー太。怪物機械たちの怒りと嘆きは、まだ止んではいない。故に私はもうしばらくこの世界に留まる必要が
ありそうだ』
「それって、いっしょに、いられるってこと?」
『私は怪物機械が次に出現するどこかへと赴かなくてはならない』
「旅に、出るんだね……」
アイバンホーンの返答は、ひどく素っ気なかった。
むしろそのことに落胆するえー太に、アイバンホーンは小さく笑った。あまりに大きいためどこを示している
のか分からないが、恐らくはブレスレットを指差していう。
『ところで、そのブレイブチャージャーだが』
「うん?」
『それには、えー太やまわりのひとびとの勇気ある行いを覚えておく力がある』
そういわれても、えー太にはよく分からない。
『私のような“勇者”に出逢うには運がいる。けれど、きみがいつも心に勇気を持っていれば、勇者がきみたち
の前に現れる可能性を、それが少しだけ上げてくれる。――だから、えー太よ』
電光の勇者アイバンホーンが、えー太に広い背を向ける。
磨き抜かれた鏡のような銀色に、呆けた子どもの顔が映っていた。
いいや。いいや。もうそんな弛んだ表情をした子どもはいない。
何故ならえー太は、勇者に出会った少年だ。
『勇者たれ』
了
勇者電光アイバンホーン設定
【人物】
・えー太
英田栄太(あいだ えいた)。元気いっぱいの小学三年生。車に思い入れがある。
・えー太の父
英田美一(あいだ よしかず)。穏やかすぎる男。
・しー子
星井思惟子(ほしい しいこ)。えー太のクラスメイトで憧れの女の子。
【勇者】
・アイヴァンホー(IVANHOE)
機械仕掛けの勇者。人類最後の希望として用意されているが、人間の特定の姿勢に反応するブレイブチャージ
システムによって初めて顕現する。
体高4.90メートル、重量2.25トン。カラーリングは銀色。スーパーカーとのフォルムチェンジ機構を
有する。
主力武装はボーガン“アイヴァンホーガン”で、四連射まで可能。また、肩のタイヤを投射する“アイヴァン
ホイール”を攻撃手段に持つ。
・アップローダー(UP−ROADER)
未来的な牽引車に曳かれた古代の二輪戦車。巨大にして重重量、そして大馬力。
・アイバンホーン(BRAVE−ONE IBANHONE)
アイヴァンホーとアップローダーが合体(ファイナルフォルムチェンジ)して完成する、機械仕掛けの勇者。
“生ける御伽噺”。主として電光と車輪の属性を有する。
このアイバンホーンが勇者としての本来の姿(パーフェクトモード)である。アイヴァンホーは、完全顕現ま
でに時間が掛かりすぎるというその弱点を補うために、中核部のみを先行投入しているにすぎない。
体高23.7メートル、重量285.0トン。両脚部側面に円盾のような大口径車輪“スプライトスピナー”
を有し、その回転力を利用した神速の突進と右腕“ライトニングライトアーム”であらゆる障害を粉砕する。ま
た、左腕“レフュージングレフトアーム”は電磁シールドを発生させる防御システムである。必殺技はファイナ
ルブレイブチャージして行う“アガートラームブレイク”。
【主な怪物機械】
・怪物クロック
時計の怪物機械。モンスターマシーン大幹部のひとり。
時計の頭部を持つ機械仕掛けの紳士。
・怪物マイクロウェーブオーブン
電子レンジの怪物機械。
ドレスで着飾った金髪巻き毛の淑女。巨大な電子レンジの筐体の中、加熱皿の上で踊り続ける。
・怪物ゲームハード
テレビゲーム機の一種の怪物機械。高等怪物機械(グレートモンスターマシーンフェノメナ)に分類される相
当な実力者。
モニタの顔や、コントローラの腕、銀盤のローターなどが特徴。遊び人のような雰囲気らしい。
・怪物ジャンボジェット
ジャンボジェット旅客機の怪物機械。
癇の強い少女の人格を持つ。
・その他大勢。
※怪物機械(モンスターマシーンフェノメナ)とは。
意思をもって人類に牙剥く機械仕掛け。機械仕掛けの王たち。
モンスターマシーンキングを頂点に、大物としてモンスターマシーン大幹部や高等怪物機械(グレートモンス
ターマシーンフェノメナ)がある。
“怪物機械は正体不明”。その製造元は不明、いかな機構にて稼働するかも不明、どこからやって来たかさえ
不明。そういうことになっている。
“怪物機械はおよそ不滅”。王たる者の権能として、意思なき機械仕掛けによって破壊されることはない。ま
た破壊されても機械文明ある限りいずれ必ず甦る。
“強大な怪物機械ほど顕現に時間が掛かる”。怪物機械の棲む世界の果てから人間の領域へと機体を電送・実
体化させるには、相応のエネルギーか時間が必要である。強力な怪物機械ほどメカニズム量が膨大になり、この
性質は大きくなる。
“怪物機械は生ける機械である”。その“機械”の基準は広く、発電所のような施設から、オルゴールのよう
な簡素なもの、ネジなどの部品まで含むらしい。つまり多種多様なのだが、いずれも巨大にして異形である。