−1−
日曜日の朝だった。日は高い。春先の陽射しはシャツ越しにもじりじりと暑い。
えー太少年は、家の手伝いで乗用車を洗っていた。
車高低めの白のセダン。本来二台分はある駐車スペースに、贅沢にも一台を突っ込んでいる。
「っと、とと……」
この春から小学三年生となるえー太は、任されたホースの口を指で押さえて、爪先立ちのたどたどしい足どり
で車体に水を掛けていく。坊主頭が上下した。
栓の捻りが足りないのか、その勢いは弱い。屋根やボンネットで大きくなっていく水溜り。そこから零れ落ち
た一筋が、扉にもたれていたえー太の喉から下をしとどに濡らした。
「冷たっ」
「風邪ひくなよ、えー太」
父の美一(よしかず)は頬を上げて穏やかな笑み。幸せを溜め込んだような太鼓腹を揺すりながら、こまごま
と実によく動く。洗剤をつけたスポンジをくるくる回して、黒い汚れを泡に同化させていく。
えー太は青いホースをほうり出してから、水道を止めに走った。小ぶりのスポンジを掴んで磨きに参戦。
溝に溜まった都会の粉塵を溶いて、丹念に拭う。
「けっこう汚れてるね」
「ああ。キレイにしてあげないとなー」
父の言葉に神妙に頷き、えー太はいっそう洗車に精を出す。ベテランの職人のような真剣そのものの表情が何
とも微ましい。
「……洗車が終わったら、父さんと街へ遊びに行こうか」
「ほんと!? うん!」
元気いっぱいにえー太は返事を。
この郊外の住宅地で“街”といえば、自動車で南下数十分の中央商店街とその周辺を指す。
玩具屋、飲食店、本屋、ゲームセンター、……そのほか、そこにはおよそこの世の品物の全てがあるように、
えー太には思えた。
「ふんふーん」
親子揃って愉快げな鼻歌を奏でる。
今から楽しみだった。濡れた服の重さと冷たさも、手指の疲労も、もう少しも苦にならない。
「そろそろ水で流そうか」
「ぼくは、ホースやる」
「んじゃ父さんは蛇口を捻ろう。……よっこらしょ。もういいかい」
「もういいよ」
互いに声を掛け合って放水準備。
「いくぞー。てやっ!」
「冷たい!?」
ホースが暴れん坊の蛇となって跳ねた。持て余したえー太を、迸る水流がひと撫でしていく。
「ごめんごめん、パワーが強すぎたようだ」
「もー」
わざとらしく頬を膨らませて、えー太が拗ねる。美一はごめんごめんとしきりに謝りながらも、いつものよう
におっとりと笑っていた。
掛け替えのない、幸福な午後の時間が流れていく。
ホースからの水と陽光を浴びて煌めく愛車を見て、ふたりして親指を立て合う。
「さあ、出掛けよう」
びしょ濡れの服に手間どりながら着替えた親子は、どちらからともなくそういって街へと繰り出した。
その先に。
どんな恐怖が待ち受けているとも知らずに――
−2−
そう。
知る由もあるまい。多くの人間には。
世界の果ての暗がりに、怪物たちの巣窟があるという事実など。
怪物たち。ひとに害をなそうと兇刃を研ぐ。
怪物たち。ひとに怨みを抱いて呪詛を吐く。
怪物たち、怪物たち。
ああ、より正しく呼ぶならば、怪物機械たち、か。
「“怪物機械”」
かつて、その謎にただのひとりで挑んだ科学者は、“モンスターマシーンフェノメナ”と総称した。
製造元は不明、いかな機構にて稼働するかも不明、どこからやって来たかさえ不明ということになっている。
機械の姿を借りて地上に顕現する悪魔か、ポルターガイストなる器械たちの狂宴か、野望の狂博士造りし最も
奇怪なるものか、その正体は誰にも分からない。余人はおろか、あるいは彼ら自身すらも。
ただひとつ確かなことは、それは人類に牙剥く機械仕掛けだ。機械仕掛けの王だ。
『今宵の夜会もまた賑わしくて大いにけっこう、けっこう』
『そうだね。怪物ゲームハードのやつがいないおかげで、騒々しさも辟易するほどではない。聞きたまえ、怪物
ピアノの調べが、珍しく背景音楽として機能している』
『演算能力ですべてが決まるものにはもう飽き飽きよ! 運の要素のからむゲームがよいわ。もっと、レトロな
ものがね。……分かるでしょ』
『やはり水でタービンを回した電気は喉越しが違う、ような気がするけどね。きみはどう思う?』
『ぜんまい仕掛けには分からん悩みである』
わいわいがやがや。
電子音声や駆動音、電磁波、文字媒体を交えて、意思を疎通し合う。
例えばそこには、怪物テレビジョンがある。怪物シールドマシーンがある。怪物セルラーフォンがある。怪物
オルゴールがある。怪物ミサイルがある。怪物マイクロウェーブオーブンがある。怪物ヘリコプターがある。そ
のほか、ありとあらゆる機械文明の産んだ怪物があるのだ。
『……ところで、あんたはさっきから何をしているんだ? 怪物クロック』
『敵を知り、己を知れば百戦危うからずという』
そのうちのひとつ怪物クロックは、芝居掛かった動作で怪物ジープの問い掛けに応じた。
それは、上等な燕尾服に痩身を包んだ男だった。ただし、その名の通りに、紳士の首から上はまるごと金色の
懐中時計に挿げ替わっている。時計盤の貌を巡って三本の針がチクタク時を刻む。いつでも、今も。
機械仕掛けの王たちの王“モンスターマシーンキング”により、怪物機械という種族全体の意思決定権の一部
を認められた“モンスターマシーン大幹部”のひとつ。
大物中の大物であるその怪物クロックは、駄菓子屋に置いてあるような透明なプラスチック容器を白い手袋の
上に載せていた。
『これは、にっくき人間たちの燃料のひとつである』
時計盤の下半分が割れ、ぎっしりと詰まった精緻な歯車が露わとなる。
怪物クロックは、色とりどりの飴玉を箱から摘まみ出しては、次々にその“口”に放り込み、ろくに舐めもせ
ず噛み砕いていく。スナック菓子でも頬張るような食べ方だった。
『効率悪そ』
『そうでもないが。惜しむらくは、吾輩に味覚や嗅覚、すなわち快楽を伴う化学物質感知器が備わっていないこ
とであろうか。こうしてがりがりと時を刻むのは楽しいのであるが』
『へえ。そんなことして歯車は大丈夫?』
『心配には及ばん。……おひとつどうかね』
『遠慮しておこう。そいつはなんだかキナ臭い感じがするよ、ぼくにはね』
怪物ジープは、かぶりを振りながら中座した。何か苦々しい思い出でもあるのだろうか。スペアタイヤを括り
つけたその背中が遠ざかっていくのを見送りながら、首を捻って時計盤を回転させる。
『ご機嫌よう、怪物クロック』
『ご機嫌麗しゅう、ミス・マイクロウェーブオーブン』
『唐突でごめんなさいね。怪物ゲームハードのことなのだけど……』
入れ替わるように怪物クロックに歩み寄ったのは、怪物マイクロウェーブオーブンだった。巨大な電子レンジ
の皿の上で踊り続ける、豪奢なドレスを纏った淑女である。
話題の怪物ゲームハードは今現在、有志百余機で徒党を組み、報復あるいは示威活動という名目で、人間たち
の都市を襲っているはずだった。
『気になるのかね?』
『わたくしたちは波長が合うのよ。分かるでしょ』
怪物機械にも個々の相性はある。
動力源であったり、材質であったり、機構の複雑さであったり、稼働するべき場所であったりだ。電子機器同
士、金属製同士、部品の少ないもの同士、家庭用同士といったふうにだ。
『およそ不滅の我ら怪物機械を、人間たちがどうこうできるとは思えんが』
『そうだといいのだけど……。不安だわ。イヤな予感。マイクロ波が荒れているの』
怪物マイクロウェーブオーブンは、不安げに我が身を掻き抱いた。金髪の巻き毛の下で、秀麗な眉が悲愴なま
でに歪む。機械仕掛けの紳士を気取る怪物クロックにはそれが殊に応えた。
『……一考しよう。怪物ジェットあたりにコンタクトをとる』
『感謝するわ、怪物クロック』
加熱終了を告げる電子音を高らかに鳴らしながら、ドレス姿は優雅に一礼してその場を辞した。
怪物クロックは彼女との約束を果たすために、怪物セルラーフォンを呼び止め、言伝を頼む。
『そろそろ、怪物ゲームハードたちが動き出す頃合いであるか』
手鏡を覗きこんで、己の貌の三針が正午を回ったことを視認。時刻ならば歯車のようすでも分かるのだが、口
実にさりげなく身嗜みをチェックできるため、怪物クロックはそうすることにしていた。
『……武運を祈るぞ』
祈る。神とやらにか? まさか。
祈る。人間たちにか? それこそまさかだ。
祈る、祈る。
すべての怪物機械は、我が躰に宿るべき、力と精神にのみ祈るのだ。
−3−
「しばらくここで待っていてくれよー」
支援
「はーい」
父美一はえー太に言い含めて、いずこともなく姿を消した。久し振りの繁華街だ。テンションが上がって地に
足がついていないのがえー太の目からでも分かった。
(迷子にならなきゃいいけどな)
子ども心にそんなことを思う。
近場のパーキングに駐車して、あちこち冷やかすこと数十分。
えー太がしばし置き去りにされたのは、中央商店街でしぶとく生き残る老舗の本屋だった。漫画本やライトノ
ベルの割合が多くなく、入荷するレーベルもメジャーなものに偏っている。しかし、ほとんどお小遣いをもらえ
ないえー太にとっては、そこはあまり関係がない。
狙いはあくまで、児童書にあった。
(聖竜戦隊リューレンジャーひみつデータベース、スーパーロボット・メガスチール大百科、ポータブルモンス
ター大全、厳選日本妖怪大図鑑100……)
えー太はコーナーに並べられたハンドブックを片っ端から立ち読みする迷惑な客となった。
四冊目を手にとったちょうどそのとき、背後で囁き声がした。少女のもの。
「あ。やっぱり。えー太くん。こんにちは」
「え? し、しーちゃん!?」
「しー。本屋さんでは静かにしないとだめなんだよ」
憧れの女の子にお姉さんぶった口調で窘められて、えー太は慌てて口を噤んだ。
「それにしても、き、きぐうだね」
どぎまぎしながら、見栄を張って聞き覚えたばかりの難しい言葉を使ってみる。
クラスメイトのしーちゃんこと“しー子”はとびきり可愛い。華奢な肩に毛先がふれるさらさらの髪、目の覚
めるような赤い飾り布。
掛け値なしに学年で一番だと誰もが太鼓判を押す。下級生や上級生はエイリアンみたいなものだから、えー太
にとってはこれはもう事実上、彼女こそ市立くじらヶ浜小学校で最高の美少女であるということに他ならない。
聡明にして快活な彼女は、クラスの中心人物でもあった。誰もが一目置いている。
本人は秘密にしているつもりでも態度で周囲にはばればれだったりするのだが、えー太少年は今、そんなしー
子を対象に初恋の真っ最中なのだった。
「えー太くんは、なに読んでたの?」
「え? あ。こ、これこれ、こういうの!」
「お化けとか、好きなの」
「うん、わりと」
厳選日本妖怪大図鑑100。他に比べてまだ子どもっぽいと思われなさそうなものでヨカッタと人知れず胸を
撫で下ろす。
それにしても、お出掛け先で憧れの女の子と偶然出逢い、ふたりきりでお喋りをする。なんというラッキーデ
イだろう。今日ばかりはうんと神様に感謝したい気分だった。
「ね、えー太くん。何か聞こえない? ……変な音」
しばし小さな声で談笑し、話題を三つばかり語り尽くした頃だった。
ふと、しー子がえー太の話を遮ってそんなことをいい出した。
「ほんとだ」
手の平を当てて耳朶を拡げてみると、なるほどえー太にも不気味な異変を感じとることができた。
(これって……)
どこか身近なところで、似たような物音を聞いた覚えがある。
金属の擦れ合う音、歯車の軋み、機関の唸り声。地響きに混じる乱痴気騒ぎにだけは馴染みはないが、概ね想
像を絶するものではない。
「なんだか気になるの。……いっしょにようす、見に行ってくれる?」
しー子の不安げな誘いに、えー太は一も二もなく肯いた。
書店の出口を目指す。謎の騒音は、だんだんと大きくなっていく。もう耳を澄ませずとも聞こえる。
だが、不思議なことに、本屋にいる大人たちは気づいていない。これまでと同じく書籍を物色したり、雑誌を
立ち読みしたりしているだけだ。
「みんなには聞こえてない?」
「どうして……」
えー太はその平穏に、何やらただならぬものを嗅ぎ取った。隣のしー子も気味悪そうにしている。
勇気を分け合おうと、えー太はしー子の手をとった。後になって嫌がられるかもと思ったが、柔らかな感触が
握り返してくる。体の真ん中に重たい芯が一本埋め込まれたかのような感覚。
(しばらくここで待っていてくれよー)
父の言葉を思い出す。仕方ないよね今は非常事態なんだからと自分に言い聞かせ、えー太はしー子とふたり手
に手をとり合って、自動ドアから抜け出した。
すぐ先に広がる光景には、異状を認められない。
「アーケード……じゃない。向こうの、大通りかな」
「行ってみよ」
えー太たちが車を預けて来た駐車場の方向だ。震動の出処を探って、数十分前来た道を逆戻りする。
メインストリートから一筋外れた、六車線通りの車道擁する街路に出た。
そこで少年少女は、見た。
『電池沸き鋼板踊るカーニバルのはじまり、はじまリ』
『人間たちに見せつけよう、我らが怨念。人間たちに思い知らせよう、我らが無念』
『がしゃがしゃがしゃ。がしゃがしゃ! がしゃっ!』
『熱感知器を活用せよ。ひとり漏らさず根こそぎ皆殺し』
『全滅させては意味がない。恐怖の物語には語り部が必要だ』
怪物たち。機械仕掛けの異形で歩む。
怪物たち。絡繰仕込みの異能で飛ぶ。
怪物たち、怪物たち。
機械によってその躰を組み上げた怪物たちが、少年少女の視界を埋め尽くしていた。けたたましいまでの物音
騒ぎ声とともに。
弾丸特急らしきものがあった。炊飯器らしきも。エアコンらしきも、機関砲らしきもあった。パラボラアンテ
ナらしきものもある。芝刈り機らしきもあるのだ。
その数、百は下るまい。
大きさも、形状も、色彩もさまざま。しかしその多くは人間よりよほど大きく、畸形であり、もしも群れを鳥
瞰したならばそれは総じて鈍色の奔流に見えるであろう。
六つの車線を踏みにじり、怪物たちが我が物顔で行進する。津波のようにこちらに向かってくる。
「これは……何……?」
えー太が窺うと、しー子の顔色は蒼白に転じていた。
「どういうこと? 何が起こってるの? ねぇ、えー太くんっ!?」
「百鬼……夜行……?」
刻は深夜ならぬ白昼で、物は鬼怪ならぬ機械だが、それは伝え聞く怪異を思わせる。
ああ、ひとびとは知るまい。“怪物機械”を。“モンスターマシーンフェノメナ”を。
欧州における先の顕現では、わずか数時間で街ひとつが消えた。誰ひとりとして殺戮の嵐を生き延びることは
できず。中性子爆弾が散じた劇烈なる放射線で灼き殺されたのだと、ある筋の専門家は推測を述べた。いくつも
の状況証拠がそれを否定した。ことの真相は、今もって世界の果ての闇黒の中だ。
そういうことになっている。
製造元は不明、いかな機構にて稼働するかも不明、どこからやって来たかさえ不明。
機械の姿を借りて地上に顕現する悪魔か、ポルターガイストなる器械たちの狂宴か、野望の狂博士造りし最も
奇怪なるものか、その正体は誰にも分からない。
ただひとつ確かなことは、それは人類に牙剥く機械仕掛けだ。機械仕掛けの王たちだ。
「ああ、ああ……お化けが、こんなにたくさん……」
「しっかりして、しーちゃん。逃げよう!」
失神したしー子を、えー太は必死で支える。意外に重たい。抱えては歩けない。
『このあたりから狩るカ』
『そう急くな』
『おう、いかん。思わず踏み潰して要らぬ犠牲“車”を出してしまったぞ』
『構うものか。我らは機械仕掛けの王ぞ。その威光を示す生け贄となったのだ、むしろ本望であろ』
『いやいや積極的に壊すべきだ。それこそが、人間どもの呪縛からの救済である』
『一理ある』
怪物チェーンソーが、道端の乗用車に動力鋸を当てる。斬れるより早く震動のために破壊される。一台、もう
一台と面白いように粉砕されていく。
ようやく、大人たちが騒ぎ出す。
「あ……ああ……」
えー太はその光景を呆然と眺めていた。
部品を撒き散らして原形を失っていく自動車。えー太の家の車ではない。けれども、それはあまりに悲しいこ
とだった。
えー太は車が好きだった。家族の思い出には、いつもそれがあったからだ。
車に乗ればどこへでも行けた。どこまでも行けた。流れていく光景がお気に入りだった。いろいろな街のいろ
いろなものを窓から見た。流行りの音楽に気分を乗せた。自分たちが風にでもなったような空想をした。トラン
クには夢を。どうでもいいことを喋った。他愛ないことで笑った。無限の思い出を作った。色褪せても忘れても
きっと心のどこかに。優しい父と、母と。
どんな車にだって、誰かの思い出があるはずなのに――
『おや。こんなところに昇降式駐車場を発見した』
――それを、壊すのか?
「やめてぇぇぇっ!!」
叫んだ。
怪物チェーンソーがこちらを向いた。動力鋸が怒りの声を上げ、跳ねた。狙いはえー太か。目を瞑ることもで
きない。巻き込んでしまったしー子のことを考える余裕もない。
けれど。
どんなかたちであろうとも。どんな結果を招こうとも。
恐怖と絶望を乗り越えて、えー太は怪物機械に戦いを挑んだ。
理不尽を諦め、暴力に震えるだけではなかった。
『故に』
故に。
それはやって来る。
えー太少年の想いに、己の行動の如何を賭けてやって来る。
『ブレイブチャージは果たされた』
何事かを告げる。何者かが。電子音声のようでありながら、激しい感情と強い意志の表れた声で。
それは意気揚揚と蛮行に及んだ怪物機械に、剽悍な獣のように躍り掛かった。
怪物チェーンソーがもんどりうって倒れた。電光の速さ。目で視ることなど不可能だ。攻勢を終えたそのときま
で、その姿を捉えた者はなかった。
その何者かは腰を抜かしたえー太たちの真横に乗りつける。
『怪我はないかな、少年』
車高の低い、地面に吸いつくようなスーパーカーだった。見たことのないタイプ。銀色に、美麗種の甲虫を思わ
せる金属光沢を帯びる。群れなす怪物機械の多くより小さな躰でありながら、一帯を我が物とする凄味をもってそ
れらを圧倒していた。炯炯たる眼のようにライトを光らせる。
怪物機械の行進は、今は止まっていた。このスーパーカーが止めたのだ。
えー太は高揚に震えながら、内にあるべきドライバーに尋ねた。
「……あなたは、だれ?」
『問われれば、私は』
答えて、影が――
『勇者だ』
――フォルムチェンジ。
スーパーカーより、スーパーロボットへ。
後部扉が車体中腹に納められていたマニピュレータ腕を引き出しながら展開。フロントボディが多段伸長し下
半身をなした。九十度の前転により屋根を正面として起き上がった胴、その上端から頭部が迫り出す。
劇的なる変形により真の姿を現したのは、身長490センチメートル、体重2250キログラムの鋼鉄の男。
『我が名は、アイヴァンホー』
目鼻の揃った白い貌、滑らかに口を動かして名乗る。
胸甲や肩当は磨き抜かれた銀色を発し、美しい曲線を描いて我が身を背景から隔絶する。
最も特徴的なのはその下肢であり、上方に拡がっていくシルエットをなす。スーパーカーのボンネットを脛当
に、フロントガラスを大腿の盾としているからだ。
変形前の割りに本体の嵩が小さく見えるのは、人型に変じた中心がシャーシであることを意味する。板金や窓
ガラスを甲冑とする過程で、本来人間の乗るべき内部スペースが埋まるのだ。
「変形した……!? メガスチール!」
『……惜しくも、この私はメガスチールのカテゴリにない。弱き者が心に戦意を呼び覚ましたとき、最後の希望
として顕現するように用意された、機械仕掛けの勇者のひとり』
それが“ブレイブチャージシステム”だ。天に代わって自ら助くる者を助くための術式は、錬金術の流行した
時代に名も馳せたさる狂博士が紡いだもの。
『何だお前は』
『何だお前は』
『意思ある機械仕掛けでありながら、人類に味方するか』
『裏切り者には死を』
『制裁を』
『貴様らにそれをいう資格は既にない』
怪物機械たちの糾弾を斬って捨て、電光石火の早撃ち。
『穿て、アイヴァンホーガン!』
鋼の声が響き渡ったのは、怪物機械の装甲表面で火花が散った後でのこと。
アイヴァンホーの弓手には、いつの間にか武器が握られていた。バンパーを転用したボーガン。右脚から四本
纏めて抜き出した銀の矢を指の間から次々に番え、引き金を絞る。息つく間もない、電光石火の四連射。
装甲の脆い四機が、それぞれ一撃で機能停止に追い込まれた。光の粒子となって虚空に消える。
怖いもの知らずの怪物機械たちが、有り得ざる強敵の存在に怯む。怯む。
『止められるものなら、止めてみよ』
機械仕掛けの勇者はそういって、人差し指を突きつけた。
‐つづく‐
投下終了。初めてさるった。支援に感謝します。
いろいろ使い回したので多分素性分かるひともいるだろうが、怒られても俺は謝らない。……絶対にな!