夏は暑い。
古びた安アパートの四畳半となればその暑さは更に増す。
部屋にたった一つしかない窓を全開にして、扇風機だけを頼りにぐったりと横になる。
その隣では長すぎる髪をくくりもせず畳に流した少女がケータイをいじっているが、やがて飽きたらしくケータイが畳に放り出された。
そしていきなりシャツの袖をくいくいと引っ張られる。
「今年は土用の丑の日が、なんと二回もあったんだよー」
「へー、それは今更だな」
丑の日なんぞとっくに過ぎ去り、もう九月も目の前にしたこの時期に言われてもどうしようもない。
「はー、食べたかったな。うなぎ」
「はいはいシーチキンで我慢しような」
「うなぎ食べたいなー」
エアコンを買う金もなく扇風機で暑さを乗り切ろうとする我が家で、よくもこれだけのわがままが言えるもんだ。
「やっぱりうなぎ食べたいなー」
無視かよ!
こちらの台詞など聞いちゃいないとでも言わんばかりの態度で要望だけを口にする。
なんともいやらしいポストプレーだ。
「あー、口に出したら本気でうなぎが食べたくなってきた」
「ほんっと、どうしようも無い奴だな!」
「うなぎーうなぎー!」
身体を揺さぶられてもでないもんは出ない。
「うちは貧乏だ! あきらめろ」
「やーだーうなぎーうなぎー、もううなぎを求めて心も体も待ち構えてる状態なの!」
「ガタガタ抜かすと夕飯抜きな?」
「……ぶー」
だいたいお前うなぎは小骨があるから好きじゃないって普段言ってただろうが。
「けちーけちー」
「ぐりぐりするな、あちぃ」
不満を表すかの様に頭を背中にぐりぐり擦りつけられて、摩擦熱で熱い上に鬱陶しいことこの上ない。
「ぐだぐだしてないでなんか別のこと考えろ」
「別のこと、うーん」
適当に流すと何故かその通りに考え込むそぶりを見せる。
「……そういえばうなぎとうなじって似てるよね」
何故か視線がこっちに固定される。
どこを見ているのか分からないが、嫌な予感に首筋がちりちりした。
「一文字違いでえらい違いだぞおい」
「もしかして味も似てたりして」
にじりにじりと寝っ転がっているこちらに顔が近づいてくる。
その顔は思いついた名案を実行しようとする好奇心に満ちている。
おーい、何考えてんだ。馬鹿馬鹿しい。
「は、んなわけあるか」
「泣かぬなら泣かせてみようホトトギスって言うよね」
「たぶん泣くの漢字が間違ってるだろ、泣くじゃなくて鳴くだぞ」
じりじり近づいてくる相手の行動が何となく読めてきて、思わず距離を取ろうと背中を向けるが悲しいかなここは四畳半。
即座に壁にぶち当たり前方の逃げ場を失い、慌てて方向転換をする前にくわっと飛びかかられる。
「一舐め! 一舐めだからセーフ!」
「んなわけあるかアホー!」
がっしりとTシャツと腕が押さえられふりほどくにふりほどけない。
というか振り回しても取れない。
「うぎー! うなじぃいいーー!」
「ぐぎゃあああああ」
がっしと両肩に腕が回ったかと思うと顔が近づいてきて、そのまま柔らかな舌がうなじに這わされる。
それも一回では済まされず、ねっとりと舌を這わされたかと思うと今度はぺろぺろと舐められて緩急を付けたその攻撃に背筋にぞわぞわとしたものが駆け巡る。
思わず力が抜けて座り込むと最後にちゅっと吸い付いたあとやっと解放される。
そして、
「うなぎなくてもうなじがあれば、あと百年ぐらいいけるんじゃないかな」
と訳の分からない感想が述べられた。
その顔は非常に輝いていて空恐ろしい。
思わず自分のうなじをかばうために手をやると今度は露骨にがっかりされた。
もわり