東方projectバトルロワイアル 符の四

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1創る名無しに見る名無し
 これは同人ゲーム東方projectのキャラによる、バトルロワイアルパロディのリレーSS企画です。
 企画上残酷な表現や死亡話、強烈な弾幕シーンが含まれる可能性があります。
 小さなお子様や、鬱、弾幕アレルギーの方はアレしてください。

 なお、この企画は上海アリス幻楽団様とは何の関係もございませんのであしからず。

 まとめWiki(過去SS、ルール、資料等)
 http://www28.atwiki.jp/touhourowa/pages/1.html

 したらば掲示板(予約、規制対策、議論等)
 http://jbbs.livedoor.jp/otaku/12456/

 過去スレ
 東方projectバトルロワイアル 符の参
 http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1244969218/

 東方projectバトルロワイアル 符の弐
 http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1239472657/

 東方projectバトルロワイアル 符の壱
 http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1235470075/

 東方projectバトルロワイアル
 http://jbbs.livedoor.jp/otaku/9437/storage/1224569366.html

 参加者、ルールについては>>2-10辺りに。
2創る名無しに見る名無し:2009/07/27(月) 19:40:27 ID:N6vlj8qS
 【参加者一覧】

 2/2【主人公】
   ○博麗霊夢/○霧雨魔理沙

 7/7【紅魔郷】
   ○ルーミア/○チルノ/○紅美鈴/○パチュリー・ノーレッジ/○十六夜咲夜
   ○レミリア・スカーレット/○フランドール・スカーレット

11/11【妖々夢】
   ○レティ・ホワイトロック/○橙/○アリス・マーガトロイド /○リリーホワイト/○ルナサ・プリズムリバー
   ○メルラン・プリズムリバー/ ○リリカ・プリズムリバー/○魂魄妖夢/○西行寺幽々子/○八雲藍/○八雲紫

 1/1【萃夢想】
   ○伊吹萃香

 8/8【永夜紗】
   ○リグル・ナイトバグ/○ミスティア・ローレライ/○上白沢慧音/○因幡てゐ
   ○鈴仙・優曇華院・イナバ/○八意永琳/○蓬莱山輝夜/○藤原妹紅

 5/5【花映塚】
   ○射命丸文/○メディスン・メランコリー/○風見幽香/○小野塚小町/○四季映姫・ヤマザナドゥ

 8/8【風神録】
   ○秋静葉/○秋穣子/○鍵山雛/○河城にとり/○犬走椛/○東風谷早苗
   ○八坂神奈子/○洩矢諏訪子

 2/2【緋想天】
   ○永江衣玖/○比那名居天子

 8/8【地霊殿】
   ○キスメ/○黒谷 ヤマメ/○水橋パルスィ/○星熊勇儀/○古明地さとり
   ○火焔猫燐/○霊烏路空/○古明地こいし

 1/1【香霖堂】
   ○森近霖之助

 1/1【求聞史記】
   ○稗田阿求

 【合計54名】
3創る名無しに見る名無し:2009/07/27(月) 19:41:23 ID:N6vlj8qS
【基本ルール】
 参加者同士による殺し合いを行い、最後まで残った一人のみ生還する。
 参加者同士のやりとりは基本的に自由。
 ゲーム開始時、各参加者はMAP上にランダムに配置される。
 参加者が全滅した場合、勝者無しとして処理。

【主催者】
 ZUNを主催者と定める。

 主催者は以下に記された行動を主に行う。
 ・バトルロワイアルの開催、および進行。
 ・首輪による現在地探査、盗聴、及び必要に応じて参加者の抹殺。
 ・6時間ごとの定時放送による禁止エリアの制定、及び死亡者の発表。

【スタート時の持ち物】
 各参加者が装備していた持ち物はスペルカードを除き、全て没収される。
 (例:ミニ八卦炉、人形各種、白楼剣等)
 例外として、本人の身体と一体化している場合は没収されない 。

【スペルカード】
 上記の通り所持している。
 ただし、元々原作でもスペルカード自体には何の力も無いただの紙。
 会場ではスペルカードルールが適用されないので、カード宣言をする必要も存在しません。
 要は雰囲気を演出する飾りでしかありません。

【地図】
 http://www28.atwiki.jp/touhourowa/pages/14.html

【ステータス】
 作品を投下する時、登場参加者の状態を簡略にまとめたステータス表を記すこと。

 テンプレは以下のように

 【地名/**日目・時間】
 【参加者名】
  [状態]:ダメージの具合や精神状態について
  [装備]:所持している武器及び防具について
  [道具]:所持しているもののうち、[装備]に入らないもの全て
  [思考・状況] より細かい行動方針についての記述ほか。
         優先順位の高い順に番号をふり箇条書きにする。
  (このほか特筆すべきことはこの下に付け加える)

【首輪】
 全参加者にZUNによって取り付けられた首輪がある。
 首輪の能力は以下の3つ。
 ・条件に応じて爆発する程度の能力。
 ・生死と現在位置をZUNに伝える程度の能力。
 ・盗聴する程度の能力。

 条件に応じて爆発する程度の能力は以下の時発動する。
 ・放送で指定された禁止エリア内に進入した場合自動で発動。
 ・首輪を無理矢理はずそうとした場合自動で発動。
 ・24時間の間死亡者が0だった場合全員の首輪が自動で発動。
 ・参加者がZUNに対し不利益な行動をとった時ZUNにより手動で発動。
4創る名無しに見る名無し:2009/07/27(月) 19:42:16 ID:N6vlj8qS
【能力制限】
 全ての参加者はダメージを受け、また状況により死亡する。(不死の参加者はいない)
 回復速度は本人の身体能力に依存するが、著しく低下する。
 弾幕生成・能力使用など霊力を消費するものは、同時に体力も消費する。
 霊力の回復速度は数時間まで低下。(無駄撃ちや安易な空中移動を防ぐため)
 翼や道具等、補助するものが無ければ、基本的に飛べない。

【弾幕及び能力の制限】
 弾幕について。
 ・有効射程は拳銃程度、威力は弾幕だけでは参加者を殺せない程度。

 能力について。
 ・参加者の能力は千差万別なので、能力次第で威力、負担、射程の制限は異なる。
 ・あまりにチートすぎる設定にすると、議論対象になります。
 ・要は空気を読みましょうってことで。

【支給品】
 以下の物を一人に一つずつセットで支給
 ・スキマ(なんでも入る。ただし盾としては使用不可。使用した場合ペナルティがつく)
 ・食料、飲料水(常識的な一人において三日分)
 ・懐中電灯、時計、地図、コンパス、名簿、筆記具(以上を基本支給品とする)
 ・ランダムアイテム一つ〜三つ

【ランダムアイテム】
 「作中に登場するアイテム」「日用品」「現実世界の武器or防具」から支給。
 玄翁など(可能ならば)生きている支給品も可。

【定時放送】
 ZUNはゲーム開始後6時間毎に定時放送を行う。
 定時放送では以下の情報が提供される。
 ・時報。
 ・前回放送終了後から今放送時までの死亡者の名前(首輪の情報に準拠する)。
 ・3時間毎に制定される禁止エリアの発表。
 ・先に発表した情報、及びその他諸々の情報を元にするZUNによる補足他。

【禁止エリア】
 ゲーム開始後9時間(第一次放送から3時間後)から3時間ごとに一つ設定。
 設定済みの禁止エリアに進入し、30秒間の間に退出しない参加者は首輪が自動で爆発する。
 また、ゲーム開催区域外全域は禁止エリアとして処理する。
 ZUNは定時放送のときこの禁止エリアを発表する。
5創る名無しに見る名無し:2009/07/27(月) 19:42:59 ID:N6vlj8qS
【書き手の心得】
 この企画は皆で一つの物語を綴るリレーSS企画です。
 初めて参加する人は、過去のSSとルールにしっかりと目を通しましょう。
 連投規制やホスト規制の場合は、したらば掲示板の仮投下スレに投下してください。
 SSを投稿しても、内容によっては議論や修正などが必要となります。

【予約】
 SSを書きたい場合は、名前欄にトリップをつけ、書きたいキャラを明示し、
 このスレか予約スレで、予約を宣言してください。(トリップがわからない人はググること)
 予約をしなくても投下は出来ますが、その場合すでに予約されていないかよく注意すること。
 期間は予約した時点から3日。完成が遅れる場合、延長を申請することで期限を4日延長することができます。
 つまり最長で7日の期限。
 一応7日が過ぎても、誰かが同じ面子を予約するまでに完成させれば投下できます。

【投下宣言】
 他の書き手と被らないように、投下する時はそれを宣言する。
 宣言後、被っていないのを確認してから投下を開始すること。

【参加する上での注意事項】
 今回「二次設定」の使用は禁止されている。
 よって、カップリングの使用や参加者の性格他の改変は認められない。
 書き手は一次設定のみで勝負せよ。読み手も文句言わない。
 どうしても、という時は使いどころを考えよ。
 支給品とかならセーフになるかもしれない。
 ここはあくまでも「バトルロワイアル」を行う場である。
 当然死ぬ奴もいれば、狂う奴もでる。
 だが、ここはそれを許容するもののスレッドである。
 参加するなら、キャラが死んでも壊れても、泣かない、暴れない、騒がない、ホラーイしない。
 あと、sage進行厳守。あくまでもここはアングラな場所なのを忘れずに。
 感想や雑談は、規制等の問題が無ければ、できるだけ本スレで楽しみましょう。

【作中での時間表記】(1日目は午前0時より開始)
  深夜  : 0時〜 2時
  黎明  : 2時〜 4時
  早朝  : 4時〜 6時
  朝   : 6時〜 8時
  午前  : 8時〜10時
  昼   :10時〜12時
  真昼  :12時〜14時
  午後  :14時〜16時
  夕方  :16時〜18時
  夜   :18時〜20時
  夜中  :20時〜22時
  真夜中:22時〜24時
6創る名無しに見る名無し:2009/07/27(月) 19:44:51 ID:N6vlj8qS
テンプレは以上です。
書き手、読み手共に力を合わせてより良い企画に盛り上げましょう。
7創る名無しに見る名無し:2009/07/27(月) 20:03:05 ID:qaOrkj9H
>>1乙する程度の能力
8創る名無しに見る名無し:2009/07/27(月) 20:43:41 ID:uqqD9b9g
>>1スレ建て乙
9創る名無しに見る名無し:2009/07/27(月) 21:21:18 ID:1SQqC4oG
 【参加者一覧】

 2/2【主人公】
   ○博麗霊夢/○霧雨魔理沙

 7/7【紅魔郷】
   ○ルーミア/○チルノ/○紅美鈴/●パチュリー・ノーレッジ/○十六夜咲夜
   ○レミリア・スカーレット/○フランドール・スカーレット

11/11【妖々夢】
   ○レティ・ホワイトロック/●橙/○アリス・マーガトロイド /●リリーホワイト/●ルナサ・プリズムリバー
   ●メルラン・プリズムリバー/ ○リリカ・プリズムリバー/●魂魄妖夢/○西行寺幽々子/○八雲藍/○八雲紫

 1/1【萃夢想】
   ○伊吹萃香

 8/8【永夜紗】
   ●リグル・ナイトバグ/●ミスティア・ローレライ/○上白沢慧音/○因幡てゐ
   ○鈴仙・優曇華院・イナバ/○八意永琳/○蓬莱山輝夜/○藤原妹紅

 5/5【花映塚】
   ○射命丸文/○メディスン・メランコリー/●風見幽香/○小野塚小町/○四季映姫・ヤマザナドゥ

 8/8【風神録】
   ○秋静葉/●秋穣子/●鍵山雛/○河城にとり/●犬走椛/○東風谷早苗
   ●八坂神奈子/○洩矢諏訪子

 2/2【緋想天】
   ●永江衣玖/○比那名居天子

 8/8【地霊殿】
   ●キスメ/●黒谷 ヤマメ/●水橋パルスィ/●星熊勇儀/○古明地さとり
   ○火焔猫燐/○霊烏路空/○古明地こいし

 1/1【香霖堂】
   ○森近霖之助

 1/1【求聞史記】
   ●稗田阿求

 【合計54名】
 【残り35名】

これでいいんじゃない?
10創る名無しに見る名無し:2009/07/27(月) 22:10:32 ID:nlVWkTit
>>9
ネタバレはまずくないですか?
そういうのはwikiだけでいいと思うのですが
11創る名無しに見る名無し:2009/07/27(月) 22:35:27 ID:UpvGic36
>>1
乙です
12創る名無しに見る名無し:2009/07/28(火) 01:38:39 ID:ZDEx92A3
>>10
別に問題ないよ
13無無色の竹林 ◆gcfw5mBdTg :2009/07/29(水) 12:22:09 ID:KU2tfKaH

 物語のプロローグは終わりを告げ、僕の物語の第一章はここから始まるのだ。
 プロローグのサブタイトルは……そうだな―――― Phantasmagoria ≠ニ記そう。



 ……この辺りで一区切りといったところか。
 木製の机に向かい執筆していた手を静止させる。

 出来事、雑学、想い、思考、思想をありったけ詰め込んだのだが……少々書きすぎたかな。
 頁は文字でびっしりと埋まり、非常にバランスが悪い。
 普段ならば、もう少し簡潔に綺麗に綴るのだが、いささか筆が暴走していたようである。
 人は死を身近にすると自分の生きた証拠を残す本能が増幅されるというが、もしかすると、この執筆欲も無意識に後押しされていたのだろうか。







 天高く無数に聳える迷いの竹林の最奥に建設された純和風の屋敷、永遠亭。
 僕は、その主の部屋の畳の上で、歴史書予定の日記を執筆していた。




 主催者の調査と治療の為に永遠亭に訪れた僕と紫は、まず内部を一通り巡り、誰かがいないことを確認した。
 結果、人の気配は無し。異常は八意永琳の部屋が多少荒されていた程度。
 安全確認後、紫の提案で、永遠亭の主の部屋を調査を僕、八意永琳の部屋での治療と調査を紫、と各自で分担して調査することになった。

 そうして現在に至るわけだが……八意永琳の部屋から小さく響く物音から察するに、あちらはいまだに片付いていないようだ。
 調査を済ませて余った時間を執筆に回してもまだ終わっていないのだから、よほど手間取っているのだろう。

 やはり手伝いに行ったほうがよかったのだろうか……いや、やめておこう。
 紫が別行動案を提示した際、安全面と治療の手伝いから同行を提案したのだが、頑なに受け入れてくれなかったのだ。
 きっと紫には永琳の部屋に調査と治療以外の目的があり、危険性や秘匿性などの理由から僕に明かすことができなかった。そう考えると辻褄が合う。
 敵を欺くにはまず味方からということだ。 とすると、やはり紫を信頼して待っているべきなのだろう。



 仕方なく、時間を潰すために日記を見直すと……ひどいな、これは。
 見難さだけでなく、内容もひどい。

 幻想郷の強者を、誰にも抵抗させずに誘拐し拘束する実力。
 完全に相手の手の内である会場で、主催者の目から逃れて首輪や制限を外す難易度。
 運良く出会ってはいないが、最低十人程度はいると思われる主催者の趣旨に沿う人妖。
 参加者間での殺し合いが停止したとしても、時間経過による禁止エリア増加で終了。
 万が一脱出できたところで、そもそも僕達は連れ去られてきたのだから、なんらかの対処方法がなければ連れ戻されてしまう。

 生き残りを目指したいならば主催者の意思に沿うのが一番ましと確信できる絶望的な構図だ。
 一応やるべきことぐらいはやるつもりではあるが、したところでなにかが変わるのだろうか。
 今は生きているが、明日も生きているなんて保障はないのに、のんきに油を売っているなんていいのだろうか……。

 霊夢や魔理沙は、今頃どうしているのだろうね。
 勝手な紅白の巫女と勝手な白黒の魔法使いのニヤケ顔が、これ以上ないくらい鮮明に思い浮かぶ。
 いたらいたで騒がしすぎて面倒なのに、いなければいないで物足りないと思ってしまうとは我ながら情けないものだ。彼女達に知られたらどうなることか。


 そのようなネガティブな考えに支配されていると――突如、ガタリと、どこからか音が鳴った。
14無無色の竹林 ◆gcfw5mBdTg :2009/07/29(水) 12:26:11 ID:KU2tfKaH




 驚いて視線を移してみれば……音源は庭に面した障子。影は映っていない。

 ……どうやら吹き抜ける風が、障子を揺らしただけのようだ。
 念のために銃を構えながら、慎重に障子を開いてみても誰もいない。
 板張りの縁側に、枯山水の庭、そして大地に生い茂る竹林の壁だけである。


 誰もいないことに、ほっと息を抜いて、縁側に腰掛ける。
 紫が来るまで気分転換を兼ねて、颯と鳴る風にあたりながら、竹でも見ていよう。

 鬱蒼と茂る竹の連なりはなかなかに見事な見栄えだった。
 屈強な柱を思わせる逞しい幹はとても立派で活気溢れており、外の世界にいた頃でも、お目にかかったことがない。
 きっと永遠亭の設計者は主の為に、一番景色のいい場所を選んだのだろう。

 しかし、それでも気分転換とまではいかなかった。
 心情というものはそう易々と移り変わらないものだ。


 やれやれと自分の弱さに呆れ、ふと、天を見上げてみると――――僕は思わず感嘆の溜息を零してしまった。




 僕の視線を惹いたのは――花。
 大空と太陽を埋め尽くさんと上方で満開に咲き誇っている、光に溶け込むように白い稲穂のような花。
 大木の枝に積もった雪のように幾層にも積み重なり、春の心地よい風に吹かれ、カーテンのように揺らめいている。



 そう――竹の花が咲いていたのだ。


 竹の開花は種類にもよるが、六十年に一度とも百二十年に一度とも言われる。
 そして花を咲かせれば枯れてしまう。つまり死の前兆だ。

 なのに、死の恐怖など無関心極まる態度で穏やかに平然と咲いている。

 天上から漏れる天照の光輝にも色褪せていない。漏れ出す生命に一片の翳りも窺えない。
 ただ今限りの泡沫の花、長い人生に比べて僅かな時間で消失してしまう幻想だというのに、この雄大さはどうしたことか。
 竹の花とは不吉の象徴と伝えられているが、これを見た僕にはそうは思えない。
 元来、竹とはここまで咲くことができるのか。幻想はいつも予想を超えてくる。

 竹林に比べて、なんと自分のちっぽけなことか。
 いつのまにか先程のネガティブな気分は薄れていた。
 壮大に居並ぶ竹の花を見渡していると、悩んでいた自分が恥ずかしく思えてくる。
 生憎、竹ほどの度胸は身につけれそうにないが、少しばかりは見習いたいものだ。


 ◇ ◇ ◇

15無無色の竹林 ◆gcfw5mBdTg :2009/07/29(水) 12:29:30 ID:KU2tfKaH


 竹に惜しみなく賛辞を送りながら、茫然としていると、遠く足音が聞こえる。
 オルゴールのように精密で一定のリズムで、木製の床板を鳴らしながら段々と近づいてくる。
 廊下を進んでいるのだろう。続いて障子の開閉音が耳に届く。足音の持ち主は、部屋に入り僕を探しているらしい。
 やがて縁側へ続く障子に僕の影を見つけたのか、背後の障子が開かれる。
 優雅に歩みを続けていた存在、八雲紫は僕の隣で静止し、柔和な微笑を浮かべながら、たおやかに縁側に座った。
 足をぷらぷらと子供のように揺らしながら、静かに竹の花を眺めている。

「こちらは見ての通り簡素な部屋だった。
 想いの籠められてそうな道具なんて、そこの優曇華の盆栽ぐらいだ。そちらはどうだったんだい?」

 異変に関わった形跡は特に見受けられなかった。
 高級な道具、家具、衣服などはあるのだが、どうにも生活観が薄い。
 この部屋の主は、趣味や嗜好品といった個人的なものをあまり持っていないのだろう。

「それなりに、ですわ」

 そう言った紫が差し出したのは……レポートだろうか。

 なにかを含んだような物言いに引っ掛かる物を感じ眉を寄せながらも受け取る。
 嫌な予感はするが、読まないとしても現実が変わるわけではない。とりあえず読んでみよう。

 表紙に第123季、冬季、薬物研究と著者、八意永琳の名前が記されているレポートをペラリと捲る。


『花の異変のときにウドンゲが持ってきた彼岸花やスズランなどの毒草を中心に、毒薬を作った。
 その毒は無色無臭。水に溶かして使用するものである。
 2%に薄めた毒薬をネズミに与えたところ、5秒もしないうちに死亡した。
 もし人間が服用したならば、数滴の服用で数分もしないうちに死ぬだろう。
 この毒はあまりにも強力すぎる。一旦この薬の製造は中止し、改良を施すことにした』

 ペラリ。

『即効性の麻酔を開発することに成功した。
 スズランから採れる蜜とヒマワリの種油を調合し私の魔力を送り込むことで作られる。
 非常に簡単に作ることが出来るが、私の魔力が必要なことから、他の人では作ることが出来ないのが残念だ。
 また、ただのスズランやヒマワリでは作ることは出来なかった。どうやら、無名の丘のスズランと太陽の畑のヒマワリでなければならないらしい。
 これらは通常のものと何が違うのか。研究中である。
 なお、実験用のネズミに鍼で刺すと、一瞬のうちに全身が麻痺しその後意識を失った。
 だが、数分で意識を取り戻し再び動いたことを確認。後遺症もないようだ。
 性能上、人間が妖怪に襲われたときの護身が中心となるだろう』

 タイトル通り、薬物研究の進捗情報を書き記したものらしい。
 病気に罹らない僕がお世話になることは金輪際ないだろうが、他人の実験というのはなかなかに面白いものだ。




 …………。




 一文字一文字を注視しながら八割方読み終える。
 ん、この頁の最後のところにだけ紫の文字らしきものが小さく書かれているな。
16無無色の竹林 ◆gcfw5mBdTg :2009/07/29(水) 12:32:43 ID:KU2tfKaH

『殺し合いの核心についての意思疎通は控えなさい。
 世界自体があちらの手の内にありスキマを自由に操れる以上、監視されているとみていいわ。
 かといって、主催者についてなにも話さないのも不自然だから、予想しやすいけど外れていそうなものと核心に関わらないものに限定して発言を許します。
 もしも、ある程度核心に迫れそうなものを思いついたら、手話か日記でそれとなく伝えなさい』

 監視……か。
 確かに魔術でいう遠見などを使えば実現可能だろうし、スキマ袋の技術からしてありえなくもない。

 レポートの書き込み自体を見られていればどうするのかとも思ったが、行動全てを逐一監視されていた場合どちらにしろ抵抗は不可能だから変わらないか。
 それに、大規模で精密な遠見を継続していれば精神に変調を来たす可能性が出るだろうし、星の配置の狂いや不自然な赤い月など主催者は思考をわざと許している節がある。
 恐らく監視していたとしても、視点を定点に配置していたり、音を聞いていたりする程度……だと思いたい。

 しかし……意思疎通の手段が減るというのは、なかなかに面倒な事態だ。
 できるならば、無言で以心伝心できるようになれればいいのだが、紫が相手では厳しいな。


 おっと、こうして一つの頁で考え込んでいるのも見られていれば怪しいと思われるかもしれない。レポートの続きに戻ろう。


 …………。


 最後まで読み終えたレポートについて気になった点は二つ。

 一つは内容。
 強力すぎる毒薬の製造を中止したり、護身用の麻酔を作成するという善意の意思が籠められている。

 一つは文字。
 レポートは、最初の日付から永遠に乱れがなく全てが同じ調子で書き綴られている。
 筆圧は柔らかく一定。訂正や消去の痕跡も一切なく、内容も合理的で理性的。
 衝動や感情ではそうそう動かない落ち着きのある大人という人物像が窺える。


 上記二点は、先程の放送のように殺し合いを娯楽とみるような性質とは到底一致しない。
 つまり紫は八意永琳が偽者、もしくは共犯者がいると言いたいのだろうか。


 ……実のところ、あまり考えないようにしていただけで、ありえない話でもない。
 主催者の執行した数々の神業に比べれば、僕達を化かす程度は児戯に等しいだろう。
 偽者でなかったとしても、この異変に必要な労力を考えるに、共犯者がいてもなんらおかしくないのだ。

 しかし……できれば共犯者がいるとしても、せめて参加者の中にいてほしいところである。
 未知の人物が主導している場合ほど恐ろしいものはない。
 趣味、嗜好、性格、思想などの事前情報は皆無であり、手に入る見込みも限りなく薄い。
 難攻不落の要塞に攻め入るどころか、要塞の所在地すら把握できないなど論外にも程がある。


 なので、できればレポートが偽証されたものであってほしいが、真偽はどちらだろう……。ああ、だから紫は僕に渡したのか。
 視線で判断を促すと、紫は小さく頷いた。つまり能力を使えということなのだろう。

 僕は瞬き一つせずレポートを注視し――道具になった気持ちで見つめ、道具が視てきた記憶を共有する。
 それが道具に対する愛であり、その愛さえあれば名前を知ることぐらい朝飯前である。

 道具にとって最も印象に残った出来事であり、存在意義である名前と用途を授けられた瞬間を垣間見た結果は。

 名前 第123季、冬季、薬物研究レポート。
 用途 薬物研究の進捗情報を書き記す。

 ……残念ながら偽証の余地は無かった。
17無無色の竹林 ◆gcfw5mBdTg :2009/07/29(水) 12:36:56 ID:KU2tfKaH


「名前も用途も通常。レポートの記憶にも怪しい点は見えない。
 昔に纏め買いして名付けたという可能性は紙質の劣化具合から除外するとして。
 少なくとも第123季の冬に入るまでは正常だった可能性が高いというところかな」

 完全な否定はできないが、一人と冬の期間という条件でここまで大掛かりな準備を整えるのは厳しいだろう。
 面倒なことに永琳以外の参加者か第三者の関与が疑わしくなってきた。
 参加者か第三者か、どちらにしても永琳との関係は協力、脅迫、怨恨、無関係、大体この四択だろうか。

「予想通りね。八意永琳は優秀さと頭脳では群を抜いているけれど、行動原理自体は人間とたいして変わらないわ。
 以前に起こした異変にしても、動機も手段も守備的なものでしたからね」

 レポートについてはこれで終了し、それからは偽装の意味も込めた適当な議論をすることとなった。

 ◇ ◇ ◇
 年度。 

「今年度である第123季は【日と冬と木の年】。
 人を惹きつける【日】。死を意味する【冬】。力強く優しい【木】を意味するわ。
【日】は会場への空間転移の一端。【冬】は言うまでもなく主催者にとっての最良の時節。
【木】の性質だけは噛み合わないけど……土行である私を弱らせるためかしら」

 ◇ ◇ ◇
 季節。

「現在は冬と春、どちらともいえなくはない時節だ。
 死を意味する冬を求めてのものであれば、もしかすると準備不足で強行したのかもしれない。
 誕生を意味する春を求めたのであれば、主催者の目的に関係しているのかもしれない。
 もしくは欲張って両方……というのも有り得なくはないかもね」

 ◇ ◇ ◇
 時刻。

「午前零時は、昨日と今日の境界であり、今日と明日の境界でもあります。
 世界が変容する隙間の時間に決行することで、大規模空間転移に使用するエネルギーの負担を軽減しているのでしょう」

 ◇ ◇ ◇
 舞台。

「幻想郷に舞台を似せたのは空間転移の負担軽減とも見れるけど、恐らく本命は別ね」

「ああ、ここまで大掛かりな舞台を造るのならば、よほどの力を必要とするはずだ。
 負担軽減のために舞台を似せるなんて効率が悪すぎる。オマケと見るべきだろう」

「気になるのは……幻想郷ではないのに、幻想郷なんじゃないかと錯覚するときがあるのよね。
 予想でしかないけれど、外見だけでなく性質も似せているのではないでしょうか」

 ◇ ◇ ◇
 選出。

「強者を呼び集めるのならば、天魔や紫以外の妖怪の賢者も呼び集めるだろう。
 そうでないということは異変に関わりのある者が鍵だとは思うが、それだと僕や九代目お阿礼の子の説明がつかないのが問題だ」

「貴方と阿求は置いておくとして、もし異変経験者を選んだとすれば理由は……そうね。
 もしかすると異変経験者は別の異変に引き寄せやすいのかもしれないわ。過去の異変の関係者は、その後の異変にも関わる例も多いのよ」

 ◇ ◇ ◇

18無無色の竹林 ◆gcfw5mBdTg :2009/07/29(水) 12:41:25 ID:KU2tfKaH


 首輪、制限、空間転移、異界作成、殺し合いを開催した目的、主催者の正体。
 核心に該当するこれらに関してはまったく進展していない。
 あーでもない、こーでもない、と恐らく間違っている仮説を振り撒き適当に管を巻いているだけだ。

 このあたりは必ず考えなくてはいけないのだが……如何せん、材料が少なすぎる。
 想像で大部分を補完するとなると、外の世界の人々が妖怪の存在を実物提示無しで確信するぐらいに困難だろう。

 想像とは、空想、妄想、予想、仮想、幻想の順にランクがつけられている。
 僕達が求める想像は最上位である幻想。
 つまり【事実】と確信できる領域にまで昇華させなければいけないのだが……想像を根拠にした想像は決して幻想には至らない。

 空に散らばる星の数の想像から唯一の幻想を掴み取るなど不可能なのだ。
 だけど、決して有り得ない可能性だとしても、僕達は神の掌から抜け出さなくてはならない。


 仮説を立ててそれを否定することは、目に見えない進歩だと聞いたことがある。
 情報を集めつつ、想像しては否定を繰り返していけば、いつか決して否定できない幻想を見出せる……かもしれない。
 自身の限界は弁えているし、いつもは理解できないものは気にしないようにしているが、そんなことを言ってられる状況でもない。

 せめて主催者の目的さえ分かれば、代替品を用意するなどの、やりようがあるのだけどね。
 もちろん、超越者が求めるような目的の代替品を調達できなくても、騙されても、終わりではあるが。
 それでも幻想郷を容易く手玉に取れるような相手と真っ向から相対するよりはましだ。
 古今東西、神話や歴史での強大な存在への対抗手段は、弁舌や策略などが常道。
 打倒の道を捨てたというわけではないが、未来への道はできるだけ多く知っておくべきである。
 勝利の女神は、正しい者に微笑むのでも邪な者に微笑むのでもない。備えのできていた者に微笑むのだ。






 さて、頭脳の働き先は決定したが、肉体の働き先は。

「八意永琳との接触……かな」

「それしかないでしょうね」

 できればコンピューターで探し出したいところではあるが、期待はできない。
 紫がコンピューターを探しに行かないところから考えるに、恐らく式神を操る能力が多少なりとも無ければ使えないものなのだろう。

 となると、八意永琳の立場がどうであれ、関わる他ない。
 最後の一人になるという手段を唾棄した以上、主催者に辿り着く手段は限られている。
 なにかと面倒そうな未来に、僕は目を閉じ、頭痛を抑えるように頭に手を当てて、小さく色々な感情の混ざった溜息を気だるげに漏らした。

 いや、漏らそうとした。

「溜息は幸せが逃げるわよ」

 胡散臭い稚気を孕んだ表情の紫が、幼児でもあやすような調子で僕の唇に人差し指を添えていたのだ。
 当然、驚いた僕の溜息は、強制的に制止させられている。

「溜息すら我慢しなきゃならないのに幸せっておかしくないかい?」

 やれやれ。溜息をつくのは、幸せを目一杯確保してからということか。

 ◇ ◇ ◇
19無無色の竹林 ◆gcfw5mBdTg :2009/07/29(水) 12:45:15 ID:KU2tfKaH


 議論は閉幕し、竹林は静寂に戻った。
 いつのまにか風も止んでおり、もう聞こえるのは呼吸音や心音くらいで、他にはなにも聞こえない。

 とりあえず、先程の議論を日記に簡潔に数行程度で纏めておこう。
 そうして膝の上に日記を置き、少し筆記具を滑らせていると……なにやら視線を感じる。
 視線の主の心当たりは一人しかいないので、そちらを向いてみると。

「あら、迷惑だったかしら?」

 稚気に溢れる表情の紫が、いつのまにか興味深げに覗き込んでいた。
 迷惑とまでは言わないが、居心地が悪いのは否定できない。

「別に構わないが、世間一般的には趣味が悪いといって差し支えない行為であるのは間違いないね」

「内容じゃなくて貴方を見ていたのよ。
 何故、そんなに落ち着いて過去に目を向けれるの、とね」

 冗談のようで真面目の霧が掛かった言葉……のように思える。紫の狙いは恐らく……。

「君も書いてみれば分かるよ。
 日記を書くという行為には様々な恩恵があるが、本質は集中力の向上ではないか、と僕は思っている。
 人も妖怪も毎日、大量の情報を受けながら生きているが、受信し蓄積されるのはほんの一部だ。
 だが、日記を書けば、アンテナの感度は極限まで増幅され、些細な事柄でも見逃さないようになれるのさ。
 つまり……だ。日記というものは過去じゃない。現在と未来を作り出す前向きな要素なのさ」

 言動自体に嘘は付いていないが、竹を見るまで過去に目を向けるとちょっと危うかったのは黙っておく。
 恐らく紫は意思疎通の手段である日記を執筆する口実が欲しかっただけだろうし、問題はあるまい。

「考慮しておくわ。最後に八意永琳の部屋をもう一度探索してくるから書き終わったら来なさい」

 そう言って縁側から腰を上げた紫は、しばらく静かに、遠い眼差しを竹の花に投げかけ。

「……――――」

 寂しげな微笑を堪えながら、ぽつりと儚い淡い想いを吐露した。
 静寂であっても聞き逃しそうなあまりにも小さい声で、内容までは聞き取れない。



 彼女の言葉に籠められた想いを図る術はない。
 反応していいのかを迷っている間に、静かに音もなく、八雲紫は去っていった。



 ◇ ◇ ◇


 ………………さて、議論は纏めた。そろそろいこう。


 その想いを最後に、縁側から腰を上げ、部屋に戻ろうとすると――障子に掛けた手が止められた。
 竹の花が一片、風に救われて重力に引かれ、僕の手元へと吸い込まれるように不自然に舞い込んできたためだ。


 まさかと思い、能力を使用してみると……。

 名前 竹の花の栞。
 用途 頁と頁の境界線。
20無無色の竹林 ◆gcfw5mBdTg :2009/07/29(水) 12:49:37 ID:KU2tfKaH


 この竹林……妖怪竹だったのか。

 木は人間より、時には妖怪よりも遥かに長く生きており、幻想郷には妖怪と化す植物だって少なくはない。
 桜などは代表的なものであり、人を引き寄せ死に誘う不可思議な魔力を持っている。

 では、竹はどうなのだろうというと、これもまた妖怪になれる素養はあるといえる。
 竹とは日本でも有数の信仰を受けている植物だ。
 冬でも緑を保ち雪にも折れることないということで無事を表し、松竹梅と崇められている。
 日本最古の物語「かぐや姫」では、かぐや姫を内包する光る竹が登場するし、七夕では願いを叶える媒介として活用される。
 なにより、ここの竹林は迷いの竹林と称されるほどの特殊な竹なのだ。妖怪だったとしてもありえなくもない。
 もしかすると、障子を鳴らし僕を縁側に呼んだのも、この妖怪竹の仕業だったのかもしれない。




 …………ちょっと待てよ。
 ここは幻想郷でもあるが、幻想郷ではない創造された空間のはずだ。恐らく六十年も経ってはいないはず。
 妖怪になるにも花を咲かせるにも時間不足だし、この空間に参加者以外の妖怪がいるとも思えない。
 そもそもだ。地下茎で繋がっている竹の花が一部分だけ咲くなんてのは考えにくいだろう。

 なによりだ。――竹林が栞の存在を知っているのか?



 と、そのとき、僕に心当たりが浮かんだ。



 永遠亭への道中のことだ。僕達は二人の死体を見つけた。
 一人は竹林内、一人は竹林外。

 竹林内の死体は星熊勇儀。死体は火事の影響で原型があまり残っていなかったが、放送の内容と角、体格から紫がそう判断した。
 近くにはM2火炎放射器という名前の武器の残骸。

 竹林外の死体は風見幽香。
 名簿内では指折りの実力者であり、僕の作成した傘の持ち主である――花の妖怪。


 僕達が想像した結末は二つ。
 一つは勇儀との戦闘中だった幽香を助けるために第三者が放火したが、幽香は手遅れ、もしくは手違いで死んでしまい、死体だけでも竹林外に運んだというもの。
 もう一つは戦闘中の勇儀と幽香を第三者が火災に巻き込み殺そうとしたところを、第四者が幽香を竹林外に運んだというもの。

 つまりどちらにしろ幽香は星熊勇儀と同じ場所、つまり永遠亭の近くの竹林で生を終えた可能性が高い。
21無無色の竹林 ◆gcfw5mBdTg :2009/07/29(水) 12:53:03 ID:KU2tfKaH





 全ての事象から考察した僕の結論は――幽香の花を操る能力の残光が一番生命に満ち溢れていた近くの竹林に流れ込み、花を咲かせたのではないかということだ。



 紫が去り際にぽつりと漏らした言葉も今にして思えば不自然だ。
 僕に伝えるならば、もう少し声量をあげればいいだけであるし、伝えたくないのならば一人の時に言えばいい。

 つまり紫は、僕にではなく――竹林に言葉を紡いだのではないだろうか。





 もちろん全ては空想でしかない。真実は神のみぞ知る、だ。



 けれど、あの花を愛する妖怪なら、彼女なら。少なくとも僕は信じてみるとしよう。



 たしか竹の花言葉は、節度、節操、神秘、清節……だったか。
 言われなくなって分かっているさ。元々、生き急ぐのも死に急ぐのも僕の趣味ではない。



 ――できるならば、またいつか転生し巡りあえる日を願う。


 別れを告げた僕は、花の妖怪の忠言である竹の花の栞を日記に挟んだ。

【F-7 永遠亭 一日目 昼】
【森近霖之助】
[状態]正常
[装備]SPAS12 装弾数(7/8)バードショット・バックショットの順に交互に装填、文々。新聞
[道具]支給品一式、バードショット(8発)、バックショット(9発)
    色々な煙草(12箱)、ライター、箱に詰められた色々な酒(29本)、栞付き日記
[思考・状況]基本方針:契約のため、紫についていく。
[備考]この異変自体について何か思うことがあるようです。


【八雲紫】
[状態]正常
[装備]なし
[道具]支給品一式、不明アイテム(0〜2)武器は無かったと思われる、酒1本
    八意永琳のレポート、救急箱、日記
[思考・状況]基本方針:主催者をスキマ送りにして契約を果たす。
 1.八意永琳との接触
 2.自分は大妖怪であり続けなければならないと感じている
[備考]主催者に何かを感じているようです。
 ※手が爛れています。痺れがある。治療はしたが、完全な回復はしていない。
22創る名無しに見る名無し:2009/07/29(水) 12:54:34 ID:KU2tfKaH
投下終了です。
何故、破棄した後のほうが、執筆速度上がるんだろう。
予約期限破ってしまい、申し訳ありませんでした。
23創る名無しに見る名無し:2009/07/29(水) 21:21:06 ID:ATceNgl8
何食ったらこんな流麗で雅趣に富む作品が書けるのでしょうか。
竹の花に心打たれる霖之助の心景描写。
それが花の妖怪の残滓と結論した時は、思わず「おお……」と唸ってしまいました。
今回も脱帽して投下乙です、と言わせてもらいます。

……でも、このロワの時期って立春だったんですね。
自分はてっきり立冬だと思っていました。後で過去作修正しよう。
24創る名無しに見る名無し:2009/07/29(水) 22:06:22 ID:pENLkJ6w
冬から春にかけての短い間って設定だったと思う
桜が咲きそうで咲かないくらいの
25創る名無しに見る名無し:2009/07/29(水) 22:10:56 ID:pENLkJ6w
感想付け忘れた
永遠亭前の竹林火災は沈静化したみたいだね
風景がきれいに描写してあって目を閉じればその風景が浮かんでくるようでした
こういう風景があるこそ日本はいいところで東方がいいなと思うところかなーっと
少し大げさかと思いますが清少納言のようでした。乙です
26創る名無しに見る名無し:2009/07/29(水) 22:47:41 ID:VvxNTiJO
乙です
竹の花見た事ないのに綺麗だなーって思ったよ。想像なのにね。
この二人独特のちょっとピリッとした空気が感じられて素敵でした
27悪石島の日食◇30RBj585Isの代理投下:2009/08/03(月) 23:16:04 ID:Adjew+DV
「よっこいしょ・・・っと」
人里に着いた蓬莱山輝夜は、そこらへんにある民家で休息をとることにした。
輝夜は、開始して間もない頃に繰り広げた水橋パルスィとの戦いに加え、その後の誰かに追跡されているような感覚がしたりして身体共に疲労が溜まっていた。
動けないわけではないものの、少しでも体力は万全に整えておくに越したことは無いだろう。
しばらくの間は自分は動かない。ゆえに参加者を探し回ることが出来ない。
だが、焦る必要は無い。ここは人里だ。戦場の中心に位置し、比較的目立つところである。
だから、焦らずにジッとするだけで誰かとぶつかることだろう。

ずっと、体力を回復させながら時が経てば・・・
「・・・早速、お客さんが来たわ。ひい、ふう・・・4人か」
ほら、来た。
思ったとおり。場所を選べば、わざわざこちらから探す必要が無いのだ。

「ルナ、準備はいい?」
「・・・!・・・!」
輝夜の支給品として利用される月の妖精・ルナチャイルドは答えない。いや、答えられない。嫌がっている表情からして何が言いたいのかは分かるが、どうでもいい。
ここは誰かが集まりやすい場所だ。こんなところで暴れたり騒がれたりしたら大変なことになる。
そのため、輝夜は人里に着くなりルナの自由を再度奪った。
これで彼女が余計なことをする心配は無い。そういった意味では、輝夜の言う準備はある意味でOKだろう。

輝夜は窓越しから4人の来客者を見る。
「さて、どのような難題を課そうかしら。相手は4人・・・慎重にいかなくちゃ」
右手に銃、左手にルナ、懐に手榴弾を構えながら彼女は言う。







伊吹萃香、河城にとり、レティ・ホワイトロック、サニーミルクの4人は紅魔館へ向けて足を進めていた。
あそこでは悪魔の妹、フランドール・スカーレットと落ち合うことになっている。
彼女がどのような方針で動いているかは詳しくは分からない。だが、少なくとも潰すべき者が一緒であることは確かだ。それは
―――八意永琳。この殺し合いの元凶である。
奴を倒すには生半可な戦力では太刀打ちできない。
戦力が、殺し合いに反対する同志が必要なのだ。それを得るために4人は紅魔館へ向かっている。



「ここが人里だな。長い道のりだったよ」
なお、紅魔館へ向かう道中では人里がある。戦場の中心に位置し、ひときわ目立つ場所であるそこは多くの参加者がいると踏んでいた。
今は一人でも多く、同志が欲しい。全員が一致しているその願いを叶えるには、この場所は避けるのは勿体無いだろう。

「でも、気をつけないといけないよ。人里にいるのはみんなレティみたいに殺し合いに乗っていないとは限らない。
中には霊夢みたいな奴だっているかもしれないから・・・」
だが、多くの参加者がいる場所に居るならば、それだけゲームに乗っている者に出会う可能性もある。
にとりの意見は確かにその通りだ。萃香はそう思う。
28悪石島の日食◇30RBj585Isの代理投下:2009/08/03(月) 23:18:44 ID:Adjew+DV
それに・・・
「そうねぇ。いざとなったらサニーの能力でずっと姿を隠すという手もあるけど・・・」
「流石にずっとは無理かも・・・。いつも私達は人間が近づいてきた時だけ能力を使って悪戯しているんだもん。
それに、これだけの人数で私よりも大きい人が多いし・・・思ったほどよりも時間は短いよ?」
サニーが言うには、この状況下ではずっと姿を隠すことは出来ないようだ。
そのため、襲撃者に備えて慎重に行動する必要がある。
戦場で慎重に行動するなんて、鬼の性分ではない。だが、そんな理屈を言っていられない状況であるゆえに仕方がない。




「・・・なるほど。じゃあ、普段は姿を隠さずに、必要になった時に使う。ってことでいいかい?」
4人がしばらく考えている時に、萃香は意見を言ってみる。
レティに見せてもらったサニーミルクの説明書によると、サニーは今のような太陽が出ている時間帯に妖力を充電できるらしい。
とはいえ、姿を隠して行動できるサニーの能力は太陽が出ているこの時間帯でも長続きはしないとのこと。
更に、この大人数の姿を消すとなるとそれだけ彼女の負担も大きくなる。にとりの光学迷彩は定員1名なので負担を軽くする程度でしかない。
このことから、サニーの能力は無限に使えるわけではないようだ。
お酒に例えるならば、自分は毎日5升(約9リットル)の酒を飲みたいのに1日で補充される酒の量は4升だけ。
これでいつもどおりに飲み続けていると、やがて1日で飲める量が5升を切るということだ。
更に、人数が増えるならばそれだけ飲まれる酒の量も増え、尽きるまでの時間も早くなる。
そう考えると分かりやすいだろう。

お酒の例の様にサニーの能力を枯れるまで使い切って、その後に本当に必要な状況に出くわしたら目も当てられない。
お酒だって本当に飲みたいときに限って無いとなると、一暴れしたいくらいに腹が立つ。それと同様だ。
そうなるくらいなら、普段は能力を使わずに必要なときに使ったほうがはるかにいい。それが萃香の考えだ。

「・・・確かにそうだね。いつ襲われるか分からないのは嫌だけど・・・本当に襲われたときに対抗できない方がもっと嫌だな」
「私も、にとりと同じ考えね」
萃香の言った意見は、全員賛成しているようだ。
彼女らも自分と同じ考えのようで、必要なときに使えるということがどれだけ重要なことかがよく分かっているようでなによりだ。
(もっとも、お酒を例にして考えるなんて私だけだろうな)
と、萃香は苦笑する。


「こんなとき、スターがいればよかったんだけどなぁ・・・。もったいないことしたね」
サニーが呆れと淋しさが混じったような声で呟く。
スターとはスターサファイアのことで、サニーミルクと同じ三月精の一人である。
彼女は周囲の生き物を感知する能力を持っている。相手の場所を知るその能力は、この状況下では喉から手が出るほどに欲しいものである。
「まぁ、ね。あの時にフランから借りれば仲間を探すことも永琳を追うことも楽になったかもしれないし」
サニーの一言に関してはにとりも納得せざるを得ない。
あのときは永琳のことで頭がいっぱいだったとはいえ、その永琳を追う能力を持っていた者が目の前にいたことを失念してしまうなんて。
そうなると、本当にもったいないことをした。そう思い、にとりは後悔する。


「過ぎたことを悔やんでも仕方がない。今は紅魔館に行くことを考えたほうがいいさ。
あそこに行けば、そのフランと合流できる。その時に借りればいいんだよ」
後悔するにとりの様子を見て萃香は言う。後悔するな、と言わんばかりのやや強い口調で。
「・・・うん、そうだね」
「・・・にとり?なんで、そんな意外そうな目で私を見て・・・」
「いやぁ・・・ついさっきまでは後悔の理念の塊だった萃香がこんな事言うなんて意外だなと思っただけだよ」
「むぅ・・・!これはこれ、それはそれだ!」
ぷんぷんと怒る萃香をにとりは笑いながら謝る。
その様子はまさに漫才のようで、いつの間にか4人の間には笑顔が溢れていた。

「でも、萃香が元気になってよかった・・・。本気で心配していたんだからね」
安堵と笑顔が入り混じったような表情でにとりは言う。
「ま、心配をかけたのは自分でも分かってたし、悪かったよ。
吹っ切ったってわけじゃあないけど・・・もうあんな無様な真似はしない。嘘をつかない、鬼の名の元に誓う。
そして・・・今度こそ永琳を捕まえてとっちめてやるよ!」
萃香は拳を力強く握り、気合を入れながらそう誓った。
29悪石島の日食◇30RBj585Isの代理投下:2009/08/03(月) 23:22:48 ID:Adjew+DV





「永琳をとっちめる・・・ですって?」
怒りがこみ上げた口調で輝夜は言う。
萃香たちが輝夜が休んでいる民家の近くを通りかかるときに、輝夜はその言葉を聞いていた。
以前から萃香たちが何やら真剣な顔で会話をしているので何のことかと気になったが、まさか永琳のことだったとは。
しかも、言葉からして明らかに永琳を敵視している。奴らをこのままにすると、永琳に何らかの害を与える可能性が高い。
そんな災いの芽は直ちに摘まねばならない。そう思い、手榴弾を手に取ろうとするが・・・

「そういえば・・・あの鬼は確か、『今度こそ』って言っていたわね。ということは・・・」
輝夜はしばらく黙る。
「・・・ふむ、だとすると・・・あの手を使おうかしら」
何かを思いついたのか、輝夜はうんうんとうなづく。
そして萃香たちが民家を通り過ぎ、窓越しから彼女らの背が見えるのを確認した後・・・
「さて、ルナ。協力してもらうわよ」
輝夜はルナに何らかの処置を施し
「そこの妖怪たちよ。この難題の創造者、蓬莱山輝夜が課す難題を・・・」
銃口を4人の方に向け・・・
「あなたたちは解けるかしら?」
無音の銃弾を解き放つ。






「・・・ん?」
萃香はふと立ち止まり、辺りを見渡し始めた。
「どうしたの?」
その様子ににとりは思わず疑問を口にする。
「いや、禍々しい空気を感じたような気がしたんだ。気のせいかもしれないけど・・・」
「鬼が言うと、妙に説得力があるわね・・・」
だが鬼の萃香が言うからか、誰もが嫌な感覚を覚える。
萃香はともかく、他の3人はここから離れたい。そう言いたげな表情だった。
「とりあえず、萃香。ここから離れたほうがいいんじゃ・・・」
にとりはそのことを言おうとし、萃香を見る。
そのときだった。


「う・・・く!?」
「萃香・・・?」
突然、萃香が膝を地面に付けた。
何やっているんだろう。そう思い、にとりは萃香に近づこうとしたが・・・
ボフッ
「・・・え?」
突然、にとりの帽子が吹っ飛んだ。風でもないのに。
一体、何が起こったのだろう。にとりがそう思っていると・・・

「萃香・・・っ!それは・・・!?」
レティが突然、震えた声で悲鳴を上げた。
その声ににとりは即座に反応し、萃香の方を見る。なんと、その彼女は・・・
バスッ
「があああああああっ!!?」
体の所々に撃ち付かれたような傷を発し、悶えていた。
30悪石島の日食◇30RBj585Isの代理投下:2009/08/03(月) 23:24:10 ID:Adjew+DV


「萃香っ!?」
いったい、何が起こったのだろうか。にとりは思った。
何かの弾幕?呪いのわら人形?天狗のマクロバースト?
さっぱり検討がつかない。いったい、どんな手を使えばこんなことが出来る?
この不可解な状況に、もはやにとりは何が何だか分からなくなり呆然とするしかなかった。

「とにかく、ここから逃げないと・・・。サニー、私達の姿を消して!」
「う、うん!」
レティの呼びかけにサニーが反応する。それを聞いたにとりもハッとなり、ほんのわずかであるものの落ち着きを取り戻した。
「萃香、逃げるよ!」
にとりは萃香の元に寄り、自分の肩を貸すように担ぐ。
萃香は荒々しい息をするだけで返事はない。ただ、にとりの呼びかけにこくりとうなずくだけだ。
それでも、萃香もここからは退きたいと思っていることは理解できた。





だが・・・
「もう遅いわよ。あなたたちはもう、私が課す難題からは逃れることは出来ない」
突然、何者かの声が聞こえた。4人全員は声に反応し、その方向を見る。
「あんたは・・・」
見たところどこかの姫様なのだろうか、高貴な女性だ。その女性が黒い塊をこちらへ向けて立っている。
見た瞬間、全員が理解できた。こいつは殺し合いに乗っている、と。

全員が動けない空気であろう、そんな中で必死に呼びかける者がいた。
「ルナっ、ルナでしょ?返事をして!」
意外にも、サニーが必死になって向こうの相手に向けて呼びかける。
それもそうだろう。銃を持った女性は誰かを抱えている。
それは月の妖精、ルナチャイルド。サニーミルクと同じ三月精の一人であり、大切な親友なのだ。
(サ、サニー・・・?)
ルナもサニーの声に反応する。だが、それだけで口も利けないし体も動かせない。
これでは感動の再会どころではない。下手すれば・・・サニーが殺されてしまう。
それなのに、自分ではどうすることも出来ない。道具として輝夜に使われ、殺人の肩入れをさせられる。ただそれだけだった。

「そこの妖精は黙りなさい。さもないと、そこの鬼のような目に遭うわ」
「ひっ・・・」
やたらうるさいサニーを輝夜は銃口を彼女に向けて威嚇する。
銃というものを理解していないはずのサニーでも、今の輝夜の気迫を前に退いてしまう。
恐らく、ルナも自分やスターと同じく支給品としてこの戦場に来ている。サニーはそう思った。
そのルナは返事も動きも無い。ただ辛そうな表情を見せるだけである。
そういえば、自分の首輪の機能には動きや口を封じるものがある。もし、それがルナにも付いているとしたら・・・彼女はまさしく、それらを封じられているのだろう。
でも、理解したところで何が出来る?4対2なのに全然勝てる気がしない。サニーはそう思えてならなかった。


「あんたは誰だよ!なんでこんなゲームに乗っているの!?」
とても怖い。すぐに逃げ出したい。そんな恐怖を押し殺してでも、にとりは怒り口調で輝夜に問う。
「今はあなたたちには何も教える義理はない。もし、知りたいのなら・・・」
だが、輝夜はそれに答えるつもりは無い。
何故なら、彼女はある目的があるのだ。それは・・・

「蓬莱山、輝・・・夜・・・!」
だが、その前に萃香が何やらブツブツ言っている。
そしてゆっくりと立ち上がり、怪我を押しながら輝夜を睨みつける。
そう見えた瞬間には・・・
「奴は・・・永遠亭の姫。そして・・・主催者、八意永琳の主・・・!!」
鴉天狗に勝るとも劣らないものすごいスピードで輝夜に向けて突進し、拳を振り下ろした。
31悪石島の日食◇30RBj585Isの代理投下:2009/08/03(月) 23:25:08 ID:Adjew+DV

「なっ・・・!」
だが、その拳が輝夜に命中することなく、彼女の目前でピタリと止まる。
別に萃香は何もされたわけではない。とはいえ、殴りたい目標は目の前にいる。
だが、その2人の間にはルナがいた。そう、輝夜は彼女を萃香の攻撃の盾になるように目の前に突きつけたのだ。
蓬莱人でさえ重症を負わせる自信のあるパワーで妖精を殴ったらミンチ肉にしてしまう。
そう思うと、反射的に拳が止まってしまうのも無理は無い。
だが、拳をプルプルと震わせてこう着している間が大きな隙になったようで・・・
「しまっ・・・」
銃口を向けられたことに気付くのが遅すぎた。
避ける、という思考を脳が導き出す、その瞬間・・・
ドバァン!
大きな銃声とともに、弾丸が萃香の体を貫いた。



…ドサッ
「「「萃香ああああぁぁぁぁ!!」」」
後ろに吹っ飛ぶように倒れた萃香の元に、思わず3人が駆けつける。それと同時に輝夜は3人にも銃を向け・・・撃つことはせずに距離をとる。
その様子を、萃香はまさに鬼の形相で睨みつける。なんと、彼女はあれだけの傷を負っていながらまだ生きているようだ。もっとも、もはや起き上がるので精一杯だろうが・・・

「ふん、私の正体をすでに知っている者がいるとは少々想定外だったわ。こうなれば、隠し事は無しね。
私はそこの鬼が言うとおり、永遠亭の姫、蓬莱山輝夜。八意永琳の主にあたる者よ」
輝夜は堂々と、迫真の態度で4人の前で名乗り出る。
永琳の主。それを聞いたとき、萃香を除く3人は驚いた表情になる。
「永琳の主だって・・・?そんなあんたがなんで殺し合いに乗っているんだよ!まさか・・・まさか、グルなのか!?」
「さぁ、どうかしら。それ以上の事は教える必要は無いでしょう?」
答える必要は無い、ということか。にとりは歯ぎしりする。

「そんなことよりも、私はあなたたちに聞きたいことがあるのよ」
チャキ、と拳銃を構えながら輝夜は逆に問う。
「な、何だって・・・」
にとりは思わず体を震わせた。聞きたいことって何だ?そう思っていると、
「もしかして、永琳の事・・・かしら」
レティが答えを聞いてきた。何かを予想し、悟ったような表情で。
そして、輝夜はその言葉に薄ら笑みを浮かべながら、
「そう、察しがいいわね。まさしくその通りよ」
そう答えた。

「あなたたち、その永琳を見かけなかったかしら?良かったら教えてくれると助かるわ」
「永琳を・・・?」
確かに見た。
レティの場合は、遠目だが魔理沙と何やら話している光景を。
そして萃香とにとりの場合は、見たところか本人と対峙した事を。
だが、そんなことを馬鹿正直に輝夜に言って何になる。彼女がそれを知って何になるというのか。
目的は分からない。ただ、一つだけ言えることはある。
こんな殺し合いに乗るような奴だ。どうせ、碌なことではない。
そんな奴に与える情報など、全く無い。
32悪石島の日食◇30RBj585Isの代理投下:2009/08/03(月) 23:26:30 ID:Adjew+DV

「・・・知らないよ。永琳のことなんて、何も知らない」
にとりは怯えた口調で輝夜に言う。
もちろん嘘。こんなことを言っていいのかと思ったが、片膝を付いてうつむいている萃香は『よく言った』と言わんばかりの笑みを浮かべていたので良しとしたい。
「そう・・・分かったわ」
答えを聞いた輝夜は何やら諦めたような表情でため息をする。
銃口はこちらに向けたままとはいえ、ついさっきに比べると隙があるように見える。
何とかして奇襲を仕掛けられないか、誰もがそう思っていると・・・
「そこの河童、あなたは嘘吐きね」
「!?」
突然、自分の事を呼ばれたにとりは思わず動揺する。しかも、銃口を自分の方へと向けてきたではないか。
確かに嘘は吐いたが・・・だからといって、すぐバレるような言い方だったか?
そう思っていた時・・・
「私はね、あなたたちが私と対面する直前に言っていた会話を聞いたのよ。確か、『今度こそ永琳をとっちめてやる』だったかしら」
にとりは、顔が髪の色のように青くなる感覚を覚えた。
「今度こそってことは、あなたたちは以前に永琳を捕まえかけたような言い方ね。それなのに、知らないと答えるなんてどういうこと?」
「そ、それは・・・」
嘘の発言者、にとりは口ごもる。
何かいい言い訳は無いか?どうやって嘘を貫き通す?
考える時間があっても何も思い浮かばない。ただ、嫌な汗がだらだらと流れていくだけだった。
「もういいわ、あなたが嘘を吐いたことは分かったから。
それにしても、こんな立場に置かれておきながら私を騙そうとするなんてね」
輝夜はそう言い、銃を持つ手に力を入れる。
「ま、待って!にとりは・・・」
レティが必死に執り成そうとするが、輝夜は聞く耳持たず。
その輝夜が持つ銃が怪しげなオーラを放ち、それがにとりの体を蝕むような感じがした。
これから自分は何をされるか悟ったにとりだが、動けずにただ呆然とするのみ。
そして
ドバァン!
もう一発、銃声が鳴り響いた。

(ああ。私、今度こそ死んじゃった。だって、鬼の萃香だって何も出来なかったもん。
そんな相手に狙われて助かるわけないよ)
にとりはそう思い、目を閉ざして力を抜いた。
…だが、撃たれたはずなのに、痛みは何故か感じない。
痛みを感じる間もなく死んでしまって、もう死後の世界にいるのかとも思ったが・・・
そういえば、これと似たようなことがあった。霊夢に襲われて殺されそうになったところを萃香に助けてもらったときの事だ。
妙なデジャヴを覚え、にとりは再び目を開く。すると・・・

「すい・・・か?」
にとりの目の前には萃香が立っていた。もう、立つ力すら残っていないはずなのに。
とすると、自分は萃香のお陰で助かったということか?
でも、どうやって?
だって、自分は確かに撃たれた。それなのに、何故無傷でいられる?
まさか・・・自分を庇って!?
「萃香・・・。何で、こんなこと・・・」
にとりは萃香に対して何かを言いたげだった。
だが、それを言おうとした時にはもう遅く・・・
…ドサッ
萃香は力尽き、前のめりに倒れた。
…そして、そこから動くことはもう無かった。
33 ◆30RBj585Is :2009/08/03(月) 23:36:17 ID:zhlIfjWY





「嘘を吐くからこうなるのよ。これに懲りたら、今度こそ本当のことを言う事ね」
「そんな・・・萃香・・・っ」
「嘘だ・・・。嘘だと言ってよ・・・」
幻想郷最強の種族である鬼は死んだ。こうも、あっさりと。
だが、そんな現実は誰もが信じたくは無かった。
そんな残された3人は、ただ呆然とするだけだった。

「もう一度聞くわ。あなたたちは、永琳とどこで何をしていたのかしら」
それに対し、輝夜は萃香の死には目もくれずに再度質問を始める。
だが・・・
「・・・・・・」
「どうしたの?早く答え・・・」
にとりは口を利かない。というか、こっちを向こうともしない。
どういうつもりなのだろうか?
「う・・・」
「う?」
にとりは何やら唸っている。輝夜はなんだろうと思い、彼女の方へと注目しようとした。
その時
「う・・・うわあああああああああああ!!」
「・・・っ!?」
にとりは叫び声を上げながら手元に弾幕を生成し、それを輝夜へと投げつけた。
誰がどう見てもヤケクソにしか見えない行動だが、輝夜にとってそれは予想外の出来事だったのか、驚いた表情をしている。
「く・・・!」
すぐさま反撃に出ようと思った輝夜だが、時すでに遅し。
量が非常に多いにとりの弾幕は、避けようと思ったときにはそのほとんどが目前まで迫っており、まともに回避できるものではなかった。
ドバッ、ドバッ、ドババババババッ!!
そのため、輝夜はなす術も無く、弾幕を食らってしまう。

「や・・・やった!?」
にとりの突然の攻撃にはレティやサニーも驚いていた。
レティたちは、鬼が死んだ状況の中で何も出来ずにいた。もうどうしようもない絶望が彼女たちを動けなくしていた、そんな心境でのことだった。
それだけに、あまりにも突然の好機に少しだけ希望が沸いてきた。
それに、あれだけの数の弾幕を打ち込んだのだ。さっきの萃香と同様いやそれ以上にただではすまないはず。
せめて、輝夜のそばにいたルナだけは無事でいてほしい。強いて高望みするとしたらこれくらいだろうか。
以前、弾幕でリリーホワイトを殺害したことがあったレティはそう思っていた。
34 ◆30RBj585Is :2009/08/03(月) 23:41:23 ID:zhlIfjWY



「・・・これはびっくりだわ。まさか、この期に及んで攻撃を仕掛けるなんてね」
「なっ・・・効いてないの!?」
だが、何故か輝夜には効いている様子が無い。リリーの時と全然違うではないか。
不公平だ、理不尽だ。これではまるで主催者・永琳が輝夜を贔屓しているようにしか・・・
「ダメだ・・・。やっぱりダメだったんだ・・・」
ここでにとりが弱音を吐いた。しかも、まるでこの結果を予想していたような態度でだ。
まさか、手加減していたとか?ルナもいたからとはいえ、ヤケクソになっているときにそんな配慮をする余裕なんて無いだろうに。

「当たり前でしょう。ただの水をぶつけただけでどうにかなると思っていたの?」
「み、水・・・?」
レティは意外そうな顔で輝夜を見る。そういえば彼女の服や肌は確かに濡れているし周囲は水浸しになっている。
「そうだよ、私は水を操る能力を持っている・・・。でも、それだけだよ!
水は沢山出せても威力はまるで無いんだ!弾幕ごっこなら強くても、こんな殺し合いじゃまるで役に立たない!」
にとりは泣き顔になりながら四つん這いになり地面を殴る。
もう敵対する輝夜を睨むこともしなくなった彼女は、完全に諦めているような雰囲気だった。

「もうおしまいだ・・・。萃香でさえ歯が立たない相手なんだ。倒すどころか逃げることも出来ないに決まっている!
こうなったら、こいつに永琳のことを話して見逃してもらうしか・・・!」
「その通り。最初からそうすれば、そこの鬼も死なずに済んだのよ。
さ、そうと分かったのなら早く話しなさい。内容次第では見逃してあげるから」
「分かった・・・分かったよぉ・・・。話すから、助けてよぉ・・・」
にとりは輝夜の強さに屈服したとしか言い様がない感じだ。
それはまるで、頼りになる仲間を失い命乞いをするだけの哀れな子犬のようだった。
35 ◆30RBj585Is :2009/08/03(月) 23:43:19 ID:zhlIfjWY




(どうやら河童は降参したようね。上手くいってよかったわ)
泣き崩れるにとりを見て輝夜はそう思った。ここまで来るのに、自分は良く頑張ったと思う。
そもそも、人数的に不利な上にその中に鬼がいる軍団を相手にするのは危険な行為だ。
普通なら諦めるところなのだが、奴らは永琳と敵対しているのだ。放っておくわけにはいかない。
とはいえ、ここで脅威となるのが鬼の存在だ。正直、1対1でも勝てる気がしない相手だ。
手榴弾を使えば一掃できるかもしれないが、確実かどうかは怪しい。仮に鬼が生き残っていたら、仲間を殺された怒りで何をしてくるか堪ったものではない。
鬼だけは確実に抑えなければならないのだ。ならば、確実な手段で仕留めるのが一番。
輝夜の支給品、ルナチャイルドは音を消す能力を持つ。その能力を発砲とともに用いれば、音のない銃撃が可能だ。
普通、銃を撃ったら銃声で気付かれてしまう。だが、その音を消してしまったらどうなるか?
狙われた相手は当たるまで気付くことはないだろう。現に、奴らは鬼が負傷するまでは自分たちが狙われていると気付いていなかったのだから。
まぁ、結果としては鬼を殺す前に気付かれて逃げられそうになったが・・・そこはあえて自分の姿をさらけ出すことで防げた。
その所為で鬼に殴られそうになるわ河童に攻撃されるわで大変だったが、それでもここまで来れたのだ。結果がよければ細かいところはどうでもいい。
贅沢を言うならば、自分の狙ったとおりに銃弾を当てられるような技術が欲しいところだろう。そう考えると、ついさっき鈴仙を仲間にしなかったことを少し悔やんだ。

(さてと、後はこの河童から永琳の情報を聞くだけね。必死に命乞いをする様は、まさに鈴仙そっくりだわ。
まぁ、それだけに、もう嘘は吐くことはないでしょう。なんたって、鈴仙と同じく嘘を吐いても顔で分かる性質だからね。
もっとも・・・彼女の時と違って、どんな事を言おうが見逃すつもりは無いけど)



「水・・・」
にとりが泣き崩れているその傍らで、レティは考え事をしていた。
にとりが言う水とは何だろう。やっぱり、どこにでも存在するあの液体だろうか。
雪が融ければ水滴になる。白い霧は細かい水滴の集まりだ。その水なのだろうか。
だとしたら・・・
(ああ、そう・・・そういうことね。どうして、今まで思いつかなかったのかしら)
この状況を切り抜けるにはどうすればいいのか?
答えは簡単だった。
(にとりの弾幕が水だというのなら・・・いけるはず!)
その答えは、レティの手中から繰り出された。
36 ◆30RBj585Is :2009/08/03(月) 23:44:38 ID:zhlIfjWY



輝夜からは、突然レティが右腕を上げたように見えた。
弾幕を撃つのだろうか。でも、もう無駄だ。ついさっき、にとりの突然の攻撃の件で用心深くなっているのだから。
少しでも不審な動きを見せたら撃つ。腕を上げるだけでも許容できない。
だから撃つ。急所をぶち抜いて即死させてやる。そうすれば、残りは河童と妖精だけになり、より深い絶望を与えられる。
…そのはずだった。

「な・・・っ!?」
突然、レティの手から風が発生し輝夜を襲う。
別に吹き飛ばされるほどの強いものではない。そもそも、ただの風だったらそんなに慌てる必要は無い。
だが、レティが起こした風は普通の風とは違う。
「これは・・・さ、寒い・・・!」
そう、彼女は寒気を輝夜にぶつけたのだ。
レティは寒気を操る能力を持つ。雪を、場合によれば雷を呼ぶそれは、制限を受けているであろうとはいえ氷よりもはるかに冷たい空気だ。
そんなものをまともに受ければ全身の体温をあっという間に奪われ、体が思い通りに動けなくなる。しかも、輝夜はにとりの水弾幕で濡れているため、効果は倍増だ。
それでも輝夜はウェルロッドの引き金を引こうとする。だが、腕に力が入らない所為で照準が合わない。こんな状態で撃っても外すだけだろう。
ならば手榴弾を・・・と思ったが、ピンを引く力があっても投げる事に不安があって出来そうにない。
しかもあまりの低温で白い霧が発生したようで、前が見えない。こうなっては狙いをつけるどころか目標そのものの場所が分からなくなる。
このままではまずい。凍死するというよりは動けなくなったところを捕まえられてしまう。
輝夜は嫌な予感がし、寒さゆえに冷や汗が出ない代わりに身を震わせていた。

「・・・ん?」
だが、幸いにもこの極寒地獄は長くは続かなかったようで、10秒もしないうちに寒さは和らぎ、白い霧も無くなって視界が晴れてきた。
五体満足、襲ってくるような気配も無い。つまり助かったということだろうか。
もっとも、助かったということは、逆に言うならば・・・
「・・・どうやら、逃げられてしまったようね」
つい先まで正面にいた3人の妖怪たちが姿を消していた。
輝夜の周りにいるのは・・・未だに寒がっているルナと道の真ん中で転がっている鬼の死体だけだった。



【D−4 人里(辺境にあたる) 一日目 昼】
【蓬莱山輝夜】
[状態]疲労(体が寒い)
[装備]ウェルロッド(不明/5)
[道具]支給品一式×2、ルナチャイルド、ウェルロッドの予備弾×不明(45以下)、破片手榴弾×1
[思考・状況]優勝して永琳を助ける。
[行動方針]にとり、レティ、サニーを見つけ、永琳の情報を得る(そして殺す)。だが、休むことも考えたい
※ウェルロッドの予備弾は45以下。萃香たちと顔を合わせるまでに何発撃ったかが不明。1発で仕留められないほど技術が低いのか?
37 ◆30RBj585Is :2009/08/03(月) 23:46:11 ID:zhlIfjWY






「はあっ・・・はあっ・・・」
レティが輝夜に寒気をぶつけた後、すぐさま3人は輝夜から逃げ出した。それも、サニーの能力を使って見失いやすいようにするほどに念入りにだ。
なぜなら、そうでもしないと輝夜に捕まって殺されてしまう気がしてならなかったからだ。それくらい、彼女に対する恐怖心が強かった。
更なる攻撃を仕掛けようとはこれっぽっちも思ってない。鬼をも殺す道具を持った相手に勝てる気がしないからだ。
せめて、輝夜が連れていたルナを奪えたらよかったが・・・あの状況ではそう簡単にはいかなかっただろう。
「私たち・・・助かったの・・・?」
にとりは信じられないような顔でレティを見ながら尋ねる。
「ええ・・・。何とかなってよかったわ」
それに対し、レティも息を切らせながらもにっこりと答える。

「それにしても信じられない・・・。レティのあの攻撃だけで逃げられるとは思ってなかったから・・・」
「私も思ったよ。ただ透明なって逃げるだけじゃ絶対に殺されるって思ってたし・・・」
「それはどうも。でも・・・」
大したことではないとレティは思う。
大体、寒気をぶつけたのは賭けだったし、逃げるのだって命がけでやったことなのだから。
寒気で動きを鈍らせ、霧を発生させて視界を奪った隙を狙って、サニーの透明化の能力を使って逃げる。これがたまたま上手くいっただけにすぎないのだから。
まぁ、強いて言えば・・・

「逃げることが出来たのは、にとりのお陰でしょうね」
「・・・えっ?」
にとりは思った。自分は何か特別なことをしただろうか?思い当たる節はなかったが・・・
「あなたの水の弾幕は、私の寒気の効果を高めたのよ。
水がばら撒かれたことで、相手の体温が奪いやすくなり霧を発生させるきっかけにもなった。それらの要素が欠けていたら、どうなっていたか分からなかった。それに・・・」
「それに?」
「萃香が殺されたとき、私はどうすることも出来なかった。その状況の中、あなたは動いてくれた。あれが無かったら、私は何もすることもなく終わっていたでしょうね」
萃香が殺されたとき、にとりは輝夜に弾幕で攻撃した。これのことである。
「・・・あれか。ヤケクソで攻撃したつもりだったけど・・・それで私たちが助かったって言うのなら、ちょっぴり嬉しいかな」
まさかの行動が福をもたらしていたとは。そう思うと、少し照れくさくなる。
38 ◆30RBj585Is :2009/08/03(月) 23:48:48 ID:zhlIfjWY


でも・・・
「でも・・・助からなかったのが一人、いるよ・・・」
「ええ・・・。まさか、こんなことになってしまうなんて・・・」
幻想郷の鬼、伊吹萃香は死んだ。輝夜に襲われたとき、何も出来なかった不甲斐ない自分たちを最後まで助けてくれた、そんな頼れる存在を失ってしまった。
「ね、ねぇ・・・萃香ってさ、鬼なんだよね?よく分からないけど、鬼ってあれくらいで死んだりしないんだよね?」
「・・・」
「・・・・・・」
サニーの問いには誰も答えない。いや、答えられない。
それは誰だってそうだと思いたいが、実際に見てしまった。萃香は死んだのだ。
「・・・っ、萃香ぁ・・・」
「にとり・・・」
レティは、泣き出すにとりをなだめようとする。
だが、そんなレティだって泣いている。そんな身分で誰かを慰めることなど出来ようか。
「私たちを守るって言ってたのに・・・永琳をとっちめてやるって約束したのに・・・」
「・・・・・・」
にとりの涙は止まらない。その涙が自身の能力で弾幕になるのではないかと思わんばかりに。
「何で!何で死んじゃうんだよ!萃香ぁ・・・!!」
そんな彼女には、数時間前での宣言通りに、地面を殴りながら泣き叫ぶしか出来ることがなかった。



【D−4 人里(辺境にあたる) 一日目 昼】
【河城にとり】
[状態]疲労、激しい精神疲労
[装備]光学迷彩
[道具]支給品一式 ランダムアイテム0〜1(武器はないようです)
[思考・状況]基本方針;不明
1.紅魔館へ向かう。ある程度人が集まったら主催者の本拠地を探す
2.皆で生きて帰る。盟友は絶対に見捨てない
3.首輪を調べる
4.霊夢、永琳、輝夜には会いたくない
※首輪に生体感知機能が付いてることに気づいています
※永琳が死ねば全員死ぬと思っています
※レティと情報交換しました

【レティ・ホワイトロック】
[状態]疲労(足に軽いケガ:支障なし) 、精神疲労
[装備]なし
[道具]支給品一式×2、不明アイテム×1(リリーの分)、サニーミルク(S15缶のサクマ式ドロップス所有)
[思考・状況]基本方針:殺し合いに乗る気は無い。可能なら止めたい
1.紅魔館へ向かう(少々の躊躇い)
2.この殺し合いに関する情報を集め、それを活用できる仲間を探す(信頼できることを重視)
3.輝夜の連れのルナチャイルドが気になっている
※永琳が死ねば全員死ぬと思っています
※萃香たちと情報交換しました
39 ◆30RBj585Is :2009/08/03(月) 23:49:57 ID:zhlIfjWY



気が付けば暗闇の中をさまよっていた。
ここはどこだろう。何故こんなところにいる。暗闇の中でたたずむ萃香は思う。
…いや。そんなことは、実は思うまでもなく分かっていた。
(ああ、そうか。私は・・・死んでしまったんだね)
体が軽い感覚と力が抜けていく割には心地よい感触が萃香の体を支配する。
もし、このままでいたら・・・多分、死んでしまうのだろう。
でも仕方ないことだ。生死の理を曲げるなんて最強の種族の鬼だって出来やしない。
(にとり、レティ、サニー、ごめん。私は・・・)
だから、このまま生者必滅の理を受け入れよう。萃香はそう思い、何もしないことにした。


そのときだった。
『どうしたんだ、だらしないねぇ』
誰かの声が聞こえる。
(誰・・・?)
ここには自分以外の気配が感じられない。それなのに、どこから聞こえてくるのだろうか。
『誰と言うか。つい前は声だけでも合わせたばかりというのに、寂しいものだよ』
また声が聞こえる。だが、今度ははっきりと分かる声だ。
今なら分かる。その相手は自分が最も見知った仲間なのだから。

(その声は・・・勇儀?)
姿は見えない。気配も感じない。ただ、それでも勇儀がここにいるということは感じることが出来た。
『そうだよ、やっと気付いてくれたか。さっきから私はずーっとあんたを呼びかけていたというのに』
(そ、そうだったのか?それは悪かったよ。てっきり、私一人だけだと思っていたからさ)
勇儀は何となくだが呆れているような感じで話していた。
いや、呆れられても仕方ないだろう。何せ、自分は仲間を守ると言っておきながらこんな志半ばで死んでしまったのだから。正直、自分でも呆れている。
そのためか、萃香はついばつが悪そうな顔をする。

(それにしても、勇儀がここにいるってことは・・・やっぱり私は死んじまったんだね)
勇儀は第一放送の時に名前が呼ばれていた。すなわち、彼女はすでに死亡している。
そんな彼女がここにいるということは、やっぱりここは死の空間なのだろう。
普通、死後は三途の川に渡った後に閻魔の裁判次第で冥界なり地獄なり行くのだが・・・
そんなことは、この戦場では関係ないのだろうか。
『そう、死んじまったのさ。だから、お前さんはこんなところにいるんだよ。辺りに何も無い、無の空間に・・・』
ああ、やっぱり。流石は月の頭脳と呼ばれる八意永琳。死後の世界も作ることもお茶の子さいさいと言ったところだろうか。
それが分かればもういい。これ以上はどうしようもないことだから。
自分は死んだ。これだけはどうやっても変えることはできないのだから。
(そう、か・・・。そうだよね。ということは・・・これで私もめでたく勇儀と同じところに行けるってことだね・・・)
だから、おとなしく死を受け入れよう。そう思うことにした。
40 ◆30RBj585Is :2009/08/03(月) 23:51:14 ID:zhlIfjWY

『何、勘違いしている?』
(えっ?)
だが、突然勇儀が思考を中断させた。それも剣幕な口調でだ。もしかして、怒っているのだろうか。
理由がさっぱり分からない。特に間違ったことは言ってないと思うのだが・・・
どういう意味で勇儀はそう言ったのか、それを聞こうとする。
だが、勇儀はその思考を読んだかのように言葉を続けた。
『まだお前さんの戦いは終わってないじゃないか!?』
(私の戦い・・・?)
自分の戦いだって?どういうことだろうか。
しばらく考えてみたが、何が言いたいのかさっぱり分からない。そう思っていると・・・
『・・・言い方が悪かったね。お前さんはこれで未練は無いのかい?やりたいことはもう無いのかい?私が言いたいのはそれさ』

(・・・!)
勇儀の言葉に萃香の体に電撃が走った。
このまま死んでしまったら仲間を殺し合いから守ることが出来ない。霊夢の件だってほったらかしだ。そして、何より永琳をとっちめることが出来ない。
そう。勇儀の言うとおり、未練が山ほどある。それを丸投げのまま死ぬことなんて出来ない。
そう思うと、このまま死を受け入れるなんてしたくない。何が何でも生き延びてやる。その気持ちでいっぱいになってきた。
(私は・・・まだ死ぬわけにはいかない。やるべきことは沢山ある・・・!だから、私は・・・!
萃香は、ここまで来て出てきた本音を告白する。
もう死んでしまった身だ。どうにも出来ないと分かってはいるものの、それでも足掻けるならば足掻きたい。そう思ってのことだった。
『・・・そうか』
萃香の言葉に対し、勇儀はしばらく黙る。
改めていうが、姿が無いゆえ表情は全く分からない。ただ・・・それでも萃香には勇儀が安心そうな顔をしていると感じた。

『それが聞けただけでも安心したよ。だったら言ったとおり、生きてやりたいことをやりな。あんたにはその資格がある』
(えっ?私は死んだはずじゃ・・・。勇儀だってそう言っただろ?)
『ああ、言ったね』
(も、もしかして嘘をついたのか!?鬼のクセに!!)
『ウソは言ってないよ。ただ・・・』
(ただ?)
『鬼が戦いを止めた時、それがすなわち鬼の死だ。答えはそこにあると思ってくれたまえ』
(それってどういう意味・・・)
『おっと、悪いけど私はこれでお別れだ。それじゃあ、頑張りな。健闘を祈ってるよ』
(なっ、ちょっ・・・待ってよ!ゆう・・・)
徐々に勇儀の声が小さくなっていく。注意深く耳を澄ましても、音を萃めようとしても無意味だ。
そして、とうとう・・・勇儀の声は聞こえなくなった。
41 ◆30RBj585Is :2009/08/03(月) 23:53:58 ID:zhlIfjWY
にとりたちが輝夜から逃げ、その輝夜もどこに行ったのだろうか。彼女らの戦いがあった場所では鬼の死体があるのみだった。
…いや、はたしてそうなのだろうか?
視点を鬼に移してみると・・・
「ぐ・・・・・・ぅ」
なんと、鬼は生きていた。体中を銃で撃たれ、傍から見ればこちらが死んでしまいそうな有様であるはずなのに。
流石は幻想郷最強の種族といったところか?

「今のは・・・夢だったのか・・・?」
意識が戻った萃香はついさっきの出来事について考えていた。
何故、あんな夢を見たのだろうか。何故、勇儀があの場に出てきたのだろうか。
…考えようとしても、理由は分からない。
ただ、一つだけ分かることはある。それは・・・
「私はまだ死ぬわけにはいかない・・・。やるべきことがあるんだ!」
やるべきことのために、地獄の底から蘇ったということだ。





ところで、萃香は何故生きていたのか。
現に、彼女は全身に大きな怪我を負っている。普通の人妖ならばそれで死んでしまってもおかしくない。
だが、それは鬼だからという理由で通用する。ただの妖怪とは体の強さが違うということだ。
ただし、その場合は怪我による出血が問題となる。これだけは鬼だろうが神だろうが生きる者全てにおいて言えること。ある程度の血を失えば、その生命は終了するはずだ。

だが、萃香はそれはクリアーしている。
理由は何故か?それは彼女の能力にある。
萃香は疎密を操る能力を持つ。ここまで言えば分かるだろう。
そう、彼女は傷口から流れ出るはずの血を萃めることにより、体内の血液を失わずに済んでいるのだ。
生きている限りこの能力を使い続ければ、萃香は妖力が尽きるまで失血で死ぬことは無い。
萃香が生きている理由はここにあったのだ。

ただ、萃香はそれに気付いていない。そもそも、自分が能力を使っていることにすら気付いていない。もはや、闘争本能だけで彼女の能力は発現しているのだ。
原因はただ一つ、『鬼が戦いを止めた時、それがすなわち鬼の死だ』という言葉にある。
現に、萃香の戦いはまだ終わっていない。
やるべきことやる、その執念が彼女の能力を発現させた。そう捉えると、戦いを止めるすなわちやるべきことを諦めていたら、彼女は本当に(失血で)死んでいただろう。
あの言葉はそういう意味だったのである。

とはいえ、あの言葉は夢の中で出てきたことだ。
所詮、夢は見た本人の幻でしかない。それなのに、何故あの言葉が出たのだろうか。
その原因は・・・何なのだろうか・・・?



【D−4 人里(辺境にあたる) 一日目 昼】
【伊吹萃香】
[状態]重傷 疲労 能力使用により体力低下(底が尽きる時期は不明。戦闘をするほど早くなると思われる)
[装備]なし
[道具]支給品一式 盃(輝夜は、役に立たないと判断して放置したと思われる)
[思考・状況]基本方針;命ある限り戦う。意味のない殺し合いはしない
1.にとりたちを捜す
2.紅魔館へ向う。ある程度人が集まったら主催者の本拠地を探す
3.鬼の誇りにかけて皆を守る。いざとなったらこの身を盾にしてでも……
4.仲間を探して霊夢の目を覚まさせる
5.酒を探したい
※無意識に密の能力を使用中。底が尽きる時期は不明
※永琳が死ねば全員が死ぬと思っています
※レティと情報交換しました
42創る名無しに見る名無し:2009/08/04(火) 01:29:40 ID:dDrqXacc
乙です!
勇儀の台詞で某王様の「何勘違いしてるんだ、まだ俺のバトル(ry」を想起したのは俺だけじゃないはず
43創る名無しに見る名無し:2009/08/04(火) 02:14:59 ID:pRwaRyZ3
>無無色の竹林
相変わらず綺麗な風景と色鮮やかな描写で魅せてくれる
話の纏め方が本当に上手い
いやはや、毎回脱帽させられます……

>悪石島の日食
にとりがヘタレ道を歩み始めたぞ!
レティさんがしっかり支えてやれればいいけどなぁ……
44 ◆27ZYfcW1SM :2009/08/06(木) 06:42:36 ID:GAOjVqZi
書き終わってたぶん問題なさそうなので投下します。
日光を遮るものはこれでよかったのかな? だめだったら別のもの考えます
タイトルは『Interview with the Vampire』でお願いします
45創る名無しに見る名無し:2009/08/06(木) 06:43:47 ID:GAOjVqZi
ばさばさと山風がレミリアの服の袖を揺らした。
巻き上がる上昇気流をその身に受けながら崖から下を見下ろした。
「そこか……」
レミリアの視線の先には貫禄がある城が1城佇んでいる。

神槍「スピア・ザ・グングニル」

空中に赤い粒子が漂い、一瞬で収束する。
空に向かって掲げた右手の中には一条の投擲槍が現れた。

レミリアはそれを構え、一切の躊躇いも無く、一片の悔いも無く、城に向かって投擲した。
巨槍が唸りを上げて城に迫る。

しかし、城には結界があった。
槍の先端が結界に触れた瞬間、結界から青紫色のプラズマのような光が溢れた。
そして槍が強い圧力で潰されるかのようにひしゃげると、今度はこちらに向かって再構築された。

再構築された神槍はまるで不可視のクロスボウかバリスタにセットされていたかのように突然動き始める。
ベクトルは入射角と同じ角度。レミリアの右手を目指して寸分の狂いも無く、宙を滑った。

レミリアはあらかじめ予想していたのか、大して驚きもせず、冷静に自分のオーラで作られた槍を分解する。
澄んだ青空に赤い粒子が舞った以外、レミリアが神槍「スピア・ザ・グングニル」を使う前とまったく同じ状態に戻った。レミリアは傷一つ負わず、城もヒビ一つ入らなかった。

レミリアはこの状況に辛気臭い表情を浮かべる。
「だから嫌いなのよ。結界ってのは……妙な奴しか使わない術だから」

はぁと小さくため息をつくと、くるっと180度反転し、言った。

「これは宣戦布告よ。吸血鬼を敵に回して楽に死ねると思うな。
 私が生きているうちは一匹たりともその城を出ることはできないと思え」


「まぁ……出たければ出ればいいわ」

「その城がカンオケになるか、この地面に埋葬されるか、それだけの違いだけだからね」


太陽の光を遮る岩陰に腰を下ろした後、食事と傷の手当の準備をする。
手負いの吸血鬼は力を溜め込むことにしたのだった。


レミリア・スカーレットがこの投擲ポイントまでに到達するまでの経緯は下記のとおりだ。

紅魔館で、レミリアは自室に入って唖然とした。
なぜか自分の部屋が『物置』に成っていたのである。

紙でできた箱や不思議な壊れそうだけど硬くて軽い金属じゃない物質の箱が何個か置いてあったのだ。その箱の代金のつもりか、代わりに何個か備品が減っているようだ。ティーセットやら私の愛用の傘やらがなくなっている。

これも『主催者』とやらがやったのかしら? いや、そうに違いないわ。
足元にあった一つの箱を蹴り上げる。
さっきも言ったとおり、自分の愛用していた傘がなくなっている。
私にとって日光、特に昼の日差しは『死ぬほど嫌い』なもの。
なんとしても避けたいもの。だけど、それを遮る一番使いやすい道具がここにあるはずなのに無い。
はぁ……ため息もつきたくなる。
頭に手を当ててどうしようか考えていると、先ほど蹴った紙でできた箱から何かが出ていることに気がついた。
主催者が用意したものと考えると気が乗らなかったが、それを手にとって見ると服であることに気がつく。
46創る名無しに見る名無し:2009/08/06(木) 06:45:43 ID:GAOjVqZi
深いオリーブ色(OD色)の私があまり好まない地味な色のコートだった。
フードが付いていて、おまけに長袖。サイズは大きめなのでかなりぶかぶかだが、その代わりにしっかりと足までを遮光してくれる。

「服で日光を防ぐのは盲点だったわ」

レミリアは地味な色のコートを放り投げる。
なら、自分が持っている服で遮光できるものをきればいい。
あんな地味なのは嫌よ。

いそいそとクローゼットをひっくり返すレミリアの姿があった。

数十分後……本当にクローゼットをひっくり返したレミリアの姿があった。

ベッドに並べられた衣服の数々。
赤いドレス、黒いワンピース、いつもの服……服の種類は多種多様だ。
レディは常に華麗でなければならない。
その理念どおり、どれもこれもレミリアが着たら思わず「かわいい。似合ってる」と絶賛したくなるような服ばかりだ。

だが、レミリアの趣味と、その理念が災いしているのが現状だ。

遮光には程遠い。どれも半袖やノースリーブ。ミニスカートなどなど。レミリアの白い肌をアピールするものばかり。

ハッと何かの気配を感じて振り返ると先ほど投げた地味な色のコートが落ちていた。
まるで「早く着ろよ」とでも言っているようだ。これは流石に私の想像だと信じたい。

数分後、レミリアの部屋のドアがゆっくりと開かれ、OD色のレインコートを着た膨れ面のレミリアが中から出てきたのだった。

レインコートを着たレミリアは館から出て、キスメの桶を探しに向かう。
探し当てた後は何をしようか。そんなことは考えられなかった。
表面上では知的で神速の吸血鬼であるが、考えることを放棄している私は屍鬼(グール)と大して違いはなかろう。

ただ「行く先に桶があればいいな」と、本気で探している人がいるのなら怒られそうな気持ちで探していた。
でも、そのときはそれで正しいと思っていた。

レインコートのおかげで遮光率はずいぶんと高く、肌が焼ける気配はまるで無かった。
それのおかげで歩いていることすら忘れかけていたときだった。

またもや嫌な気配を感じ、顔を上げると城が聳立していた。
幻想郷にこれまでこんな城は無かった。紅魔館ほどの建築物などあるはずが無かった。

気に入らない、気に入らない。
この『主催者』がすることすべてが気に入らない。
この私よりも大きな存在だと言っているような、そう、神にでもなったような態度を取る『主催者』が気に入らない。

そのとき、城の天守閣で一瞬光が瞬いた。何か鏡のようなもので太陽光を反射したのだろう。

私はすぐさま視線を向ける。そのものも私に気が付いたのだろうか、すぐに中に隠れてしまった。
愚弄。愚弄だ。
隠れて観察とは私を馬鹿にしている。
それに上から見下ろされることも気に入らなかった。

だから、レミリアは山に登った。
レミリアは今はあの城の中に攻め入ることはできないと既に悟っていた。
入れないから殺せない。殺せないからこの苛立ちをとめることはできない。
47創る名無しに見る名無し:2009/08/06(木) 06:47:45 ID:GAOjVqZi
でも全部負けるのは許せなかった。
だからせめて高さだけでも勝つことにした。


高さだけ勝っても主催者にとっては痛くもかゆくも無い。むしろそんなことで勝った気になっているレミリアをみて腹を抱えて笑うかもしれない。

だが、それでいいのだ。
吸血鬼の生きる理由は何だ。
吸血鬼の繁栄? No 吸血鬼は自分こそが最高と考える。他者なぞ自分以下の存在でしかない。
優雅な生活? No 娯楽遊戯は人並みに楽しむが、それを人生にするような遊び人ではない。

吸血鬼は闘争だ。
戦いあっての吸血鬼。他者を従え、自分の手の内に世界を握る。気に入らないものは撃ち落し、反逆を頭の底辺にも考えさせない絶対支配。
吸血鬼は一種の戦闘狂なのかもしれない。


戦争に負けた一人の吸血鬼。
また負けることに恐怖を抱いた吸血鬼。
戦うことをやめた吸血鬼は屍鬼か、それ以下だ。
腐りかけた吸血鬼。

それを生き返らせたのは小さな勝利だ。このちっぽけな勝利だった。
『主催者』はまだ知らないのだ。
一回でも勝利の味を覚えた吸血鬼は骨の髄まで勝利を吸い尽くすほどの力を持った種族であることを。

日光を嫌い、岩陰に隠れて撃たれた銃創と腕の切り傷に切った布切れを巻くこの永遠に紅い幼き月の瞳には先ほどの死んだ魚のような目ではなく、紅蓮の炎が宿っている。

【D‐2 城の近くの山-山頂・一日目 昼】
【レミリア・スカーレット】
[状態]腕に深い切り傷(治療済)、背中に銃創あり(治療済)
[装備]霧雨の剣、戦闘雨具、キスメの遺体
[道具]支給品一式
[思考・状況]基本方針:威厳を回復するために支配者となる。もう誰とも組むつもりはない。
            最終的に城を落とす
 1.キスメの桶を探す。
 2.映姫・リリカの両名を最終的に、踏み躙って殺害する

 ※名簿を確認していません
 ※霧雨の剣による天下統一は封印されています。
 ※元気が出てきました
 ※紅魔館レミリア・スカーレットの部屋は『物置』状態です
48 ◆27ZYfcW1SM :2009/08/06(木) 06:55:54 ID:GAOjVqZi
投下完了です。
レインコートは完全に私の趣味でした
何か不備がありましたらよろしくお願いします
49創る名無しに見る名無し:2009/08/06(木) 23:00:44 ID:dO8ZWkHn
投下乙ー
復讐心に滾ったお嬢様は怖いぞ……妹様とは対照的だなぁ
50創る名無しに見る名無し:2009/08/06(木) 23:54:34 ID:XVN0zcst
反撃ののろしと言うか、そのちっぽけな勝利がなんかすごくいい感じ。
あとレインコートのレミリアを想像するとちょっと可愛かった。
せっかくお絵かき掲示板が出来たのだし誰か描いてくれないものかw
51創る名無しに見る名無し:2009/08/07(金) 10:00:46 ID:etoyMwWU
あれ、レミリアはえーりん以外の主催者の存在に気付いたということか。
全ての参加者にとってラッキーには違いないな。
52創る名無しに見る名無し:2009/08/07(金) 21:27:51 ID:MwSkI6W5
>>51
レミリアはまだえーりんと遭遇してないんだし
えーりんが城に居るって思っているんじゃない?
 僅か数間先の立ち木も判別出来ないほどの濃厚な蒸気霧。
 霧の湖という二つ名を冠するとはいえ、これ程の濃霧は久しくお目に掛かった事がありません。
 超常現象とまでは言わないですが、何か作為的なものが感じられますねー。
 ま、これは私の勘なんだけど。真実を的確に追い求めるには、それ相応の嗅覚と鋭敏な感性が必要不可欠なのです。

 と、いうわけで皆さん御機嫌よう。
 毎度お馴染み、清く正しい辣腕リポーターこと射命丸文は、ただ今霧の湖を探検しております。

 ……ん? 何故ここにいるのかって?
 やだなぁ。別に深い意味なんてないですよ?
 ここに来てからというもの、飛行する度に体力を大きく消耗するので、大胆な移動が困難なのです。
 だから、力を小出し小出ししながら、近場でネタを集める方針を取らざるを得ないわけですよ。
 そこでとりあえずの目的地として定めたのが、吸血鬼の根城である紅魔館。
 彼女たちの時間である夜が明けた以上、手篭めにされる危険性も少ないかな、と英断してのことです。
 多少のリスクで及び腰になっているようじゃ、とてもとても新聞記者なんてやってられませんからね。

「……尤も、今の私は記者でも何でもないけどね」

 情報収集も不特定多数の購読者の為じゃない。自分が優位に立つため、生き残るために集める。
 だからこそ必死にもなるし、手段を問うつもりも更々ない。
 手段といえば、……藤原妹紅はそろそろ人間の里についている頃合だろうか?
 巫女の情報を与えて彼女の正義感を煽り、相対するようけしかけた。いわゆる二虎競食の計というやつだ。
 嘘はついてないし、彼女も意気揚々と自分の信念に赴いた。そこに『ぶれ』なんか何一つとして生じていない。
 とりあえずの結果は、次の放送までのお楽しみということで置いといて、今は妹紅さんから得た情報を少し整理してみるとしましょうか。

 得られた情報は大まかに分けて二つ。
 一つは、妹紅さんから不死の力が消えてしまったかもしれない、という事。
 これは私自身にも心当たりがあるし、然程驚く事でもない。参加者全員の力が制限されている裏付けが取れた程度ね。
 もう一つが、化け猫の首なし死体を見つけた事。放送から鑑みて、八雲の猫のものに間違いないでしょう。
 そしてその下手人と思われる人物が、桃を飾った特徴的な帽子を被っている蒼髪の少女らしく。
 何度か取材した天人が、確かそのような外観だったと記憶しているけど、果たして真相は謎。
 ……結局、大きな収穫はなかったってオチなんだけど、贅沢を言ってられる状況でもないし、こればかりは仕方ないわね。

 それにしても本当にひどい霧です。
 前は碌に見えないわ、服は湿気でベトベトするわでいい事なんか一つもありません。
 あまり目立ちたくはないけど、ここからは空を飛ぼうかな、と迷っていた矢先。
 うっすらと、何か大きな影のようなものが、私の視界に入りました。
 森の湖畔にはおよそそぐわない、不自然なまでに隆起した岩山と、その傍にポツン、と置いてある一台の荷車。
 こ、これはアレですよ。ネタの匂いですよ。きっと山の神様の思し召しです!
 やっぱり日頃の行いが事の明暗を分けるのです。清廉潔白に生きている私には、それ相応の見返りがあるという道理なんですね!
 ひゃっほー、と歓声をあげながら、私は事件現場に向かって羽のように軽くなった足を速めました。





「……ぁ〜」

 テンション暴落。だだ落ちだわ。いや、別にそんな気に病むことでもないんだけどね。
 謎の岩山はいいんですよ。
 誰が作ったのかは大方見当がつきますし、中に人の気配があるから篭もったまま気絶しちゃってるのかもしれません。
 問題は荷車の方。というよりそれに積んである死体がよろしくないのですよ。私の精神衛生上。
 神社の倒壊事件の時に取材した竜宮の使いと、私の同僚である哨戒天狗の死体。
 竜宮の使いの死は、放送で聞いてたからそれほど驚きませんでした。第一、仕事上いくつか言葉を交わした程度の関係ですしね。

 でも椛は、……破損が酷過ぎて最初誰のものなのかわからなかったくらい、酷い有様だった。
 あーあ、何やってんのよもう。そりゃ誰が死のうと知ったこっちゃないけどさ。
 こんな形で顔見知りと再会するのはやっぱ、ね。それなりに堪えるわけですよ。私にだって情くらい通ってるんだし。
 とりあえず胸ポケットから小銭を取り出し、椛に向かって放っておいた。六文銭。意味のない手向けだけど、これで迷わず成仏しときなさい。

 今のところ特に危険な気配は感じない。でも霧で視界は悪いし、あまりここに長居するべきではないかもしれない。
 ……はぁ。客観的に状況を見据えるのが記者の基本だというのに、こんな事で揺れないでよ自分。
 地に足がついていなければ、歯車は安定して回らない。そして、機能しない歯車の末路があれだ。私はああはなりたくない。

 椛のことを頭から追い出して、手早く荷車の中身を調べることにする。
 死体の他には何もなかった。あわよくば支給品の一つでもと思ったけど、世の中そんなに甘くはないみたい。
 本当だったら、このまま紅魔館に向かうのが一番得策だとは思う。
 当事者がいないことには、ここで唸っていても得られるのは事実だけ。真実を知る事が出来ない。
 時間はあくまで有限。その限られた猶予を効率良く、有効に活用するのが、この殺し合いにおいて掲げた私のモットーのはずだ。

「……でも」

 同時に知りたい、と願っている私がいる。
 ここで何があったのか。誰が椛を殺したのか。
 ……え? 敵討ち? あやややや滅相もない。でもまぁ、顛末を知って納得したいという気持ちはあるんですよね。
 単なる興味本位、天狗の好奇心が起こした気紛れとでも思っておいてください。
 それに、真相の手掛かりなら簡単に手に入れる事が出来るのです。
 何しろ私のすぐ隣には事件の生き証人が眠っているわけですし。……引き篭もってますけど。

 しかし問題は、どうやってこの岩の壁を取り除くか。
 全力で弾幕を行使すれば壊せない事もないけど、それだと中の人まで被弾する恐れがあるし、体力はなるべく温存しておきたい。
 もしかしたら、巫女のような危険人物かもしれないですしね。
 と、いうわけでまずは外側から声をかけて、覚醒を促してみることにしました。

「起きてくださーい! 朝ですよー!」
「……」

 返事がない。ただの……って、まだ生きてるわよね?

「もう、さっさと起きてくれないと困ります。ここ霧が濃すぎて居心地が悪いんですよ。
 ねぇ聞いてくれてます? あ、申し遅れました。私、鴉天狗の射命丸文と申します。
 何の因果かこんな殺し合いに巻き込まれ、途方に暮れていたところ、追い討ちを掛けるかのように同族の死体を発見してしまってですね。
 ―――嗚呼無惨! 聞くも涙、語るも涙の物語! 孤独に震え、悲嘆にくれるこの卑しき妖怪を少しでも哀れむ心があるのなら!」
「……煩いわね」
「あ、おはようございます。ご無事のようで何よりです」

 どうやら私の悲壮感溢れる独白に心打たれてくれたらしい。最後まで言えなかったのが少し残念。
 私の声で起きたのか、私が来る前から起きていたのかは定かじゃないけれど、話ができるならどっちでもいいや。





「ところで『天人様』は、私のことを覚えててくれてます?」
「……呼ばれもしないのに湧いてくるブン屋でしょう? 食えない所は相変わらずのようですわね」
「いやぁ、何となく要石を連想しただけで。確信したのは声を聞いてからですよ?」
「私は今休憩中よ。放っておいてくれないかしら」
「駄目ですよ。そうやって自分の殻に閉じこもってると、相手との向き合い方を忘れてしまいます。何より私が取材しにくいじゃないですか」
「……」

 あーあー。また厄介なのに絡まれたこと。
 寝起きの頭にガンガン響く、その鬱陶しい口を黙らせてやりたい衝動に駆られるけど、ここは我慢我慢。
 左肩腕の決して小さくない負傷、力の多用による極度の疲労。そして、無茶を重ねた代償なのか、割れるような錯覚を伴う酷い頭痛。
 今の私―――比那名居天子―――のコンディションは最悪もいいところだわ。
 幾らなんでもこの状態でまだ戦えるなどと思うほど、私の頭はお目出度くない。
 幸いなことに、最後のいたちっ屁で作った岩のシェルターはまだ効力を失っていないらしく、とりあえずの安全は確保出来ている。
 ……しかし、相手は天狗。 天狗にもピンキリはあるし、彼女とは実際に戦ったこともない。
 それでも目の前のブン屋が、このゲームの参加者の中で上位に位置する実力者であるのは、私にもわかった。
 得体の知れない相手に、こうも無防備に話しかけるなど、よほどの自負心がなければとても出来ないだろう。
 先ほどの猫耳と同等か、或いはそれ以上。……あ、やば。何だかすごくワクワクしてきた。

 私、今大ピンチじゃん。命の危機ってやつに瀕してるんだ。

 思考を巡らせ、現状を理解すればするほど、私の口元が三日月のように吊り上がった。
 死に対する不安や恐怖は当然あるし、どうやったら助かるかと錯雑もしている。
 だけど、それ以上に高揚した!
 退屈とはおよそ無縁の非日常が齎す興奮は、私に生の実感をこれ以上ないほど与えてくれた。
 ……なんて楽しい、素晴らしい『お遊戯』なのかしら。
 世俗のしがらみから解脱した天人ですら生死に怯え、少しでも永らえようと抗うこの世界では誰もが平等。
 これこそが摂理。愛だの弾幕だのといった不純物を一切取り払った、生物間のあるべき姿なのよ!
 さぁ足掻きなさい私! もっともっと楽しむために、もっともっと生の刺激を得るために!

「……取材、ですって? 今の所、戦う意思はないと受け取ってもいいのかしら」
「そうですね。勿論、天人様の出方次第ですけど、私から仕掛けるつもりはありませんよ」
「貴方、……何が目的なの?」
「私は真実が知りたいだけなんです。喧嘩は嫌いですし、なるべくなら揉め事は起こしたくありません。
 長い物には巻かれつつ、参加者の皆さんの情報収集に勤しむ。これが私のスタンスです。
 ……そういうことですので、よろしければお話を聞かせてもらえませんか?」

 とりあえず、会話を長引かせて少しでも回復の時間を稼ごうと思ったんだけど……。
 さて、一体どこまでが本心なのかしらね。
 話を聞きたいという姿勢に嘘はないだろう。そうでなければわざわざ私を起こそうとしたりはしないはず。
 でも、彼女の話からは『生き残りたい』という願望が曝け出されてない。具体性もない。本音に近い事を言って誤魔化しただけ。
 私の見立てでは、この天狗も殺し合いには肯定的。
 それも、どこまでいけるか自分の力を試したいと考えてる、私と同じ無差別タイプの参加者だわ。
 ……本当に残念な話。私の体調さえ万全なら、さぞ血湧き肉踊る戦いが楽しめたでしょうに。
 ま、叶わないのならば仕方ない。ここは弱みを見せない程度に話を合わせて、見逃してもらうとしますか。
 人減らしよりも聞き込みの方を重要視するという事は、彼女なりの優先順位があるのでしょう。
 私もブン屋の情報とやらには興味があるし、ね。
「そこにある荷車は、天人様のご趣味ですか?」
「……。それは猫の妖怪の持ち物よ。私もコレクションの一つにされかけたってわけ」
「はて、猫? 猫はもう死んで……ああ、地底にいた火車の方ですか」
「知ってるの?」
「いえいえ。どこへ行こうとやる事が変わらない、私みたいな妖怪がまだいるってだけの話です」

 話に応じるとはいっても、私が持っている情報など高が知れている。
 猫二匹と不死者に会った。話せることといえばそれくらいだし。
 何を思ったのか、ブン屋は少し調子を変えて、冷たい声色で次の質問を投げ掛けた。

「……で、その猫はどこへ?」
「さあ? ご存知の通り、さっきまで気を失っていたもので」
「ふむ……。ではぶっちゃけた質問してもいいですか?」
「どうぞ。私に答えられることならね」
「八雲の式の式を殺したのは貴方ですか?」
「ええそうよ。……それがどうかしたの?」
「あらあっさり。もっと動揺してくれても良さそうなものですのに」

 私からすれば貴方の反応の方が意外よ。このゲームの意味をちゃんと理解しているのかしら?
 事実確認だけが目的らしく、天狗はそれきり何も追及してこなかった。
 そして、これ以上私から引き出せる情報はないと判断したのか、天狗は次に自分の持ち札を提示した。
 と言っても教えてくれたのは二つだけ。
 博麗の巫女が人間の里で参加者を殺していた事と、不死者がその巫女を止めに向かったって事くらい。
 ふーん、くらいの感想しか湧かないけどね。
 巫女の事はそんなによく知らないし、不死者も勿体無い気はするけど、代わりなんて幾らでもいるからそこまで執着する気もない。
 でも、それを知った時の八雲紫の顔は見てみたいかも。……ふふ、想像したら可笑しくなった。相当ショック受けるだろうなぁ。



「―――ま、こんなとこかな。
 では、私はこれにて失礼しますね。応対してくれてありがとうございましたっ」
「……ちょっと待って。貴方、本当に私をこのまま見逃すつもり?」
「はい? 殺されたいんですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「だって私には、天人様の行動を止める理由が何一つありませんもの。ですから―――」
「―――精々、ご奮闘なさって下さいね♪ もちろん、私のいないところで」


 ……そういうコトかよ。やっぱ性質悪いなぁこいつ。
 前言撤回。こいつは来るもの拒まずの獅子ではなくただのハイエナだ。漁夫の利狙いで勝ち残るつもりなのね。
 私と雌雄を決したければ、戦って生き残りなさいってか。
 上等。八雲紫の次は貴方よ、―――射命丸文。その名前覚えといてあげるわ。

 天狗がどこかへ飛び立つ音を聞き届けてから、ようやく岩の壁を引っ込めた私はふー、と息を吐いて近くの幹に寄り掛かり腰を下ろした。
 天人五衰というものがある。半不死であるはずの天人が、最期を迎える直前に生じる五つの兆しのことだ。
 小の五衰の生じている間は、死を転ずる事も全く不可能ではないけど、ひとたび大の五衰が生じた上は、最早死を避ける事ができない、とされている。
 服は泥や血で薄汚れちゃってるし、汗もかきまくってて気持ち悪い。これって要するに、死刑宣告を受けてるってことよね。
 私に終止符を打ってくれるのは、果たして誰なのかしら。
 八雲紫? 巫女? 不死者? ……それとも先ほどの天狗?

「……あは。は、ははははははは!」

 笑いが止まらない。何が可笑しいって、私があいつらにやられる姿が想像出来ない。
 試しに何度シミュレートしてみても、勝利の美酒は当然のように私のモノ。最後に笑うのはこの比那名居天子と確定している。
 殺せるものなら殺してみろ!
 この非想非非想天の娘を止められる自信があるというのなら、止めてみるがいい!
 死の恐怖もまた乙なもの。一歩間違えれば踏み越えかねない死線ギリギリの緊張感は、私にとって有頂天のスパイスよ!!
 休息を求める身体がもどかしくて堪らない。こんなにも、こんなにも心は火照っているのに!

「人間の里……か。人心地ついたら行ってみましょうか。甘露甘露。本当に『ここ』は退屈しなくてすむわァ」

 逸る心を抑えて私は待つ。ひたすらに次の相手を想像し、次に待ち構えるスリルを夢想しながら。



【C-3・霧の湖南西部周辺の森・一日目・午前】
【比那名居天子】
[状態]能力発動による疲労(極大)左肩に中度裂傷、左腕部に重度打撲 頭痛
[装備]永琳の弓、 朱塗りの杖(仕込み刀) 矢*12本
[道具]支給品一式×2、悪趣味な傘、橙の首(首輪付き)、河童の五色甲羅、矢5本
[思考・状況]
 1.ひとまず休憩。動けるようになったら人間の里に向かう。
 2.八雲紫の式、または八雲紫に会い自らの手で倒す。
 3.残る幻想郷中の強者との戦いを楽しむ。第一候補は射命丸文。

 ※橙のランダムアイテムは河童の五色甲羅でした。
 ※燐の鉄球を防御した後、スキマ袋は開けていません、中の道具が破損している可能性があります。





 辺り周辺に覆われた、雲のような濃霧を自慢の翼で突き抜けて。
 私は眼下に広がる透明色の湖を見下ろしながら、先程までの邂逅を思い返していました。

 くわばらくわばら。
 あの方はおっかないですね。巫女とは別の意味で頭の螺子が飛んじゃってます。
 殺戮に躊躇がない。それは巫女も一緒ですけど、それでも彼女は心を凍てつかせて、機械のように遂行いる感がありました。
 でも、天人様は違います。奪うことを忌避とせず、自分の行いが絶対の真理であると確信してるのです。
 蝶の羽を無邪気に?ぎ取る子供のような、穢れなき加虐心。迷いがない分行動も早いでしょう。
 記事の見出しは、『悪逆非道! 残酷な天人様はやはり格が違った!!』ってトコですかね。
 今は運良く弱ってくれてたみたいだけど、立て直されたらどれだけ被害が及ぶか想像もつきません。

「だからこそ、生かしておく価値もあるんですけど。私は応援してますよ。『同志』としてね」

 あのタイプは沢山の参加者を殺すでしょう。しかし、長生き出来るかと言えばそうでもありません。
 生きて再び会い見える事になれば、それはそれで楽しい事になりそうですが、はてさてどうなる事やら。
 一応、人間の里に興味を持ってくれるよう仕向けたつもりですけど、あの方の考えはイマイチ理解出来ませんしね。
 ですが、天人様を通じて、私の素性が言い触らされる心配はないでしょう。
 あの方はそういうせせこましい事は考えないと思いますし、第一殺人鬼の言う事です。誰も信用なんかしてくれませんよ。
 というわけで結局、彼女との話を通じて得られたものといえば。

「……火焔猫燐、ねぇ」

 是非、お話を伺ってみたい参加者が一人増えてしまいました。
 私と会うまで生き延びていて下さいね。
 どういった経緯で椛の死体を手に入れたのか、根掘り葉掘り聞き込ませて頂きますから。
 もし、もしも貴方が椛をあんな姿にしたというのなら、その時は……。

 ……ってあれ? 私、何熱くなってんだろ。
 別に彼女をどうこうしたいわけじゃないのに。ただ話を聞きたいだけの……はず……なのに。
 や、やだな。一時の感情に流されたら、きっと碌なことにならないよ。忘れろ私。さっさと忘れちゃえ。……うん。
 冷静に、真下にある湖を眺めるように、俯瞰視点でこの殺し合いを見届けなさい。
 組織の歯車として傍観者に徹する。それこそが、狂った日常に対する私の自衛手段。私の道よ。
 なのに、どうしてこんな時に椛の笑顔を思い出すの?
 この湧き上がるような感情は一体何だろう。抑え難い。抑えたくない。

 よくも椛を! (あんな間の抜けた子、どっちにしても生き残るなんて土台無理な話だったわよ)
 椛なんか別にどうだっていいじゃない(必ずや私の手で制裁を下してやるわ……っ)

 相反する二人の私が、こころの内で言い争っているような……気がする。
 どちらも紛れもない自分の本心だというのがまた、難儀で困る。こんなの全然いつもの私じゃない。
 もしかしたら私も、知らず知らずのうちに、ここの空気に当てられてしまったのだろうか。
 それともこれも制限? 身体だけでなく心にまで影響を及ぼしているという……の?

「……馬鹿馬鹿しいッ」

 その一言で切って捨てた私が俯いていた顔を上げると、視線の先に紅い洋館が見えてきた。
 下らない葛藤している間に、どうやら目的地のすぐ近くまで辿り着いていたようだ。
 とにかく今は、椛のことも火車のことも忘れなきゃ。自分のペースを取り戻さないと。
 そうしなくては自分を保てそうにない。この先、生き残ることが……出来ない。

 ―――というわけで皆さん。お見苦しい所ばかりお見せしてすいませんでしたー。
 以上をもちまして、清く正しい射命丸文の『霧の湖現地レポート』を終了とさせて頂きますね。
 またいつか、お会い出来る日を楽しみにしています。ではでは〜。



【C-3北端 霧の湖上空 一日目 午前】
【射命丸文】
[状態]健康
[装備]短刀、胸ポケットに小銭をいくつか
[道具]支給品一式、小銭たくさん
[思考・状況]情報収集&情報操作に徹する。殺し合いには乗るがまだ時期ではない。
1.情報収集のため紅魔館に行く。
2.燐から椛の話を聞いてみたい。
※妹紅、天子が知っている情報を入手しました。
※本作中は、昼(10時〜12時)に限りなく近い午前となっています。
代理投下完了。
感想は仮投下のときに書いたので省きます。
今後の文の動きがとても楽しみです(主に情報操作)

仮投下のやつをそのまま貼り付けたので、みすちーの袋関連の修正はしてません。
wikiに載ったらSftv3gSRvM氏はそれの修正をしてください。
61創る名無しに見る名無し:2009/08/08(土) 01:11:12 ID:WJobOAH/
代理投下乙。

天子全開だなぁw
この分だと、人里の波乱はまだまだ続きそうだ。
そして情報操作に勤しむ一方、心中で意外な一面を見せてくれた文だが、さてどうなるか。
相変わらずSf氏の書くSSはキャラが生き生きとしてて良いね。
62 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 02:44:51 ID:Dal5x3PY
投下乙ですー
あやややは卑怯道を貫くか、仲間の敵討ちくらいはするか……

こちらも投下します。長いので、宜しければ支援をお願いします
63 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 02:45:44 ID:Dal5x3PY
 竹林から見上げる夜空は自分が思っているよりも明るく、真っ直ぐに伸びきった竹の筋一本一本までが見え、
 笹の葉の生命力に満ち満ちた濃い緑色がはっきりと窺える。
 恐らくはまだ成長を続けているのだろう。天まで高く。月まで目指せと言わんばかりに留まるところを知らない彼らは、
 ただ希望を信じているもの。生きているものの姿に見えた。

 月は人を狂わせる。そう言われているが、それは違うのではないかと思う。
 きっとみんな、憧れるのだ。あんなに美しい存在に、孤高の美として存在する月を間近で眺めたいのだ。

 けれども月に手は届かない。ゆめまぼろしのように、手を伸ばしても遠くへ逃げられる。
 だからみんな狂ってしまうのだろう。追っても追っても届かないから。

 そういえばこんな物語があるそうだ。
 月を手に入れたいと願ってやまない一匹の猿が、水面に映る月を見かけた。
 ゆらゆらと不安定に揺れるそれは、しかし確かにそこに存在しているようにしか見えなかった。
 猿はたゆたう水面に飛び込んだ。水面の月を手に入れんと欲した。
 だが手に入れること叶わず、猿は溺れ死んでしまった。……俗に言う、猿猴促月図である。
 身の程を知れという意味合いがあるらしいが、それほどまでに手に入れたくなるものなのだろう。
 そこに潜む、永遠という幻想を知ろうとして……

「妹紅」

 ぼーっとしていたからか、いつの間にか隣に座っていた上白沢慧音が妖怪の姿をしたままに微笑んでいた。
 間が少し空いているのは、角が当たってしまうからだろうか。藤原妹紅はそんなことを考え、「なに?」と返した。

「綺麗な月だな」

 いつも真面目な彼女が言うので、妹紅は意外なように思った。
 他愛ない世間話。不死の身体を持ち、常に異形の我が身と隣り合わせの妹紅からすればあまりにも新鮮なように思えた。
 今夜は満月。煌々と輝く空の黄金色に、慧音も雅を刺激されたらしい。

「そうね……眺めることしか、できないけど」
「どうだろうな。案外、そう遠くない未来にでも月には行けるのかもしれないぞ」
「少なくとも、私は行けないわよ」

 溜息交じりの言葉は、今の妹紅の身分貴賎から来る言葉ではなく、
 同じ永遠を有しながらも対極にあり過ぎる己の姿を顧みた言葉だった。
 こんなにも人を惹き付ける月に対して、自分は人から疎んじられ、隠れ、逃げている。
 そんな状況にも慣れ、諦観を含んだ生しか送れなくなった卑しい有り様。
 自分の身を振り返るのに嫌気が差した妹紅は、「それより」と話題を切り替えた。

「夜分遅くに呼び出して済まないわね」
「構わないさ。まだここに慣れちゃいないのだろう?」

 遠慮も気遣いもなく、実直に接してくれる慧音には不思議と心を許せるなにかがあった。
 正体が分からないのは、あまりにも自分が人との交わりを絶ちすぎていたからだろうか。
 ぎこちなく笑みを返して、妹紅は慧音に紙袋を差し出した。

 常日頃から慧音には色々と良くしてもらっている。食事に、様々な土産物、よく分からない見世物品までくれる。
 世話になりっ放しでは気が引けたので、妹紅なりに考えて謝礼をしようと思ったのだった。
 もっとも、その品を包む紙ですら、元は慧音が持ってきたものであるのには自分でも情けないと思うのだが、
 隠れるようにして生きてきた妹紅が人里に出るには、もうしばらくの時間が必要だった。
64 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 02:46:40 ID:Dal5x3PY
「……くれるのか?」
「今日の慧音が、あんまりにも無骨だからね」

 素直に頷けず余計な言葉を挟んでしまうのは、距離を取ろうとする習い性だった。
 結局のところ、こんな風なのだから疎んじられるのかもしれない。
 その気になりさえすれば、こんな生き方をせずに済んだかもしれないのに……
 スッと心に影が差し込むのを、慧音の柔らかい笑みがかき消した。

「ありがとう。嬉しいよ」

 たったそれだけの言葉が、それまで滞っていたように思われる体内の血を良く巡らせ、芯から熱くなるような感覚があった。
 自分も嬉しいのだと気付いた妹紅は、今度は何の言葉も挟まなかった。

「開けてもいいか」
「うん」

 子供のように無邪気に顔を綻ばせる慧音の姿は微笑ましい。
 この瞬間だけは、自分の内奥に潜む余計な芥を感じずに済む。いま、この時を純粋に楽しんでいる自分がいる。
 竹林がざわざわと揺れた。自分たちを囃し立てているように思え、
 少々照れ臭くなる思いで、妹紅は慧音が取り出す自分の贈り物を見つめていた。

「これは?」

 慧音が取り出したのは真っ赤な布だった。布とはいっても細長いそれはどちらかというと帯なのかもしれなかったが、
 そんなことは些細なな事柄だった。「貸して」と言って慧音から布を受け取り、頭へと手を伸ばす。
 正確には頭の角だったが。触られたのを察して慧音が体を浮かせたが、すぐに収まった。どうやら慣れていないだけのようだった。

「ここを、こうして……ほら、できた」
「何をしたんだ?」
「慧音の角にお洒落をしてあげたのよ」

 慧音が頭に手を伸ばし、どうなっているのか確認する。すぐに気付いたらしい慧音は苦笑して、「似合うのか」と尋ねた。

「私には似合うと思うけど」
「……そうか。鏡を持ってくるべきだったか」

 さも残念そうに肩を落とした慧音を見て、妹紅は何故だか可笑しさが込み上げた。
 可愛らしいちょうちょ結びが慧音の角に結ばれ、ひとつの花を添えている。
 普段堅苦しい彼女が愛らしくなったというのに本人は残念そうで、
 意地悪な気持ちからではなく、その姿がただ可笑しくて妹紅は笑った。
 笑って、笑って、久しぶりに笑い疲れた妹紅は、ふとこんなことを思った。

 もう、いいんじゃないだろうか。

 妹紅は知っている。この先にある自分の結末も、慧音が知るべくもない自分の結末も。

 これは、夢なんだ。

 記憶では、自分は笑えなかった。可笑しいと思いはしながらも声に出して笑うことはできなかった。
 あのときはまだ、変な意地があったのだろう。
 それとも今笑っているのは、自分が楽になれたと思っているからだろうか。
65 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 02:47:33 ID:Dal5x3PY
 つまるところ、藤原妹紅は何も変わりはしていない。
 自分の生にも死にも鈍感で諦めることしかできない。
 だからもういいんだ。
 ここまで来られただけでいい。その先を知る資格なんてないのだ。

 色鮮やかだった世界が急速に色を失う。色づいているのはただまん丸で黄金色のお月様。
 虚無が体の周囲を取り巻き、何もかもを見えなくさせていく。

 ああ、これが夢の終わりなのだと――そう、藤原妹紅は思っていた。

     *     *     *

 遮蔽物は皆無。
 視界の両端には民家がずらりと並んでいるが、それは障害物の用を為さない。
 逃げも隠れもできない、一騎打ちの状況。

 上等だ、と己を一喝して妹紅はナイフを持った手とは反対の手から炎を生成する。
 ゆらと風に靡いたこぶし大の炎の塊は、妹紅が長年の間に身につけた妖術の一種だ。
 外敵から身を守るために、というのもあるが、それ以上に火という媒体を選んだのにはもっと簡潔な理由があった。
 火は調理に使える。肉を焼き、水を沸騰させ煮たり茹でたり。
 不死の体は空腹で死ぬことはなかったが、死ぬほど苦しむことではあった。
 幾度も復活する肉体と炎の術から不死鳥・フェニックス・鳳凰などと評する者もいるが、実際はこんな所帯じみた理由だ。

 そんなことを思いながら、妹紅はゆっくりと前進してくる博麗霊夢へと炎を放った。
 同時、霊夢が加速する。簡単に軌道を読まれ、少し横に逸れただけで避けられる。
 相変わらず掠り(グレイズ)の精度は一級品だと感心しつつ、今度は放射状に広がる炎を散らす。
 これも結果は一緒だった。最初から分かっているかのように移動し、足止めすることもできない。

「私に、弾幕は通じないわよ」

 一言そう告げた霊夢は既に刀を抜いていた。
 ちっと舌打ちしながら妹紅もナイフを振りかざす。
 刃と刃がぶつかる。しかし刃渡りの短いナイフと戦闘用にあしらえられた刀とでは武器の性能差は覆しようもなく、
 押し込まれたところを返す刀で斬りつけられる。

 腕に鋭い痛みが走り、赤い線が妹紅の肌に刻まれる。咄嗟に体を後ろにずらしたからか掠った程度で済んだ。
 あまり回避行動を得手としない自分にしては中々上出来だった。今回ばかりは『リザレクション』が通用しない。
 死ねばそこまで。たった一枚の命の札を賭けて戦う。実際のところ、妹紅は初めて殺し合いというものの恐ろしさを実感していた。

 一瞬でも気を抜けば、待つのは敗北と途切れる意識。
 次などありようはずもない、もう二度とやり直せない命。
 体が緊張する一方で、これが死の甘美さか、と惹かれている己がいるのにも気付く。

 自分を孤独から、絶望から、永遠から解放してくれる唯一の救世主。
 そこに身を委ねれば、後は勝手に向こうが連れていってくれる。
 もう苦しむことはない。あるべき姿に戻れるというのなら……
66 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 02:48:35 ID:Dal5x3PY
「遅い」

 そんな感慨に囚われた隙をあの霊夢が見逃してくれるはずはなかった。
 どこまでも合理的に、的確に、霊夢は最適な間合いから刀を振っていた。
 全身の筋肉を総動員させて飛び退く。避けたと感じたのは一瞬だった。

「霊符『夢想妙珠』」

 霊夢の周囲に出現した光弾が一直線に妹紅へと向かってきた。単調な動きながらも早い上に回避直後で身動きが取れない。
 光弾の直撃を受け、妹紅の体が衝撃で吹き飛ぶ。蓬莱人の体は頑丈にできているのか、それとも霊夢が威力を抑えたのか、
 骨が折れることも内臓が破裂することもなく、体を民家の壁に打ち付けただけで済んだ妹紅だったが、
 衝撃の総量は無視できるものではなかった。

 全身に鈍痛が回り、意識が朦朧とする。気絶しないだけマシだったが、吐き出したくなるような気持ち悪さはいかんともしがたく、
 不死であったこと以外は人間の体なのだなと妹紅は今さらのように思った。

「悪いけど、こっちも本調子じゃないのよね。さっさと決着をつけさせてもらうわ」
「……速戦即決ってわけね」

 正しい判断だ、と場違いに感心する。元々死なないのをいいことに回避も戦闘技量も磨いていない、
 『死なないだけの人間』の妹紅の実力は大したものではない。耐久力だけは凄まじいけれども、この場ではなくなっているも同然。
 一度戦っただけで自分の性質を見抜ききっている霊夢は、流石に博麗の巫女の風格があった。

 案外分の悪い勝負かもしれない、と思ったところに、甘い芳香がたち込めた。
 湿気のように肌にまとわりつき、べた付くそれは死の匂い。自分を今も尚誘い続ける虚無の香りだった。
 鼻腔をくすぐり、意識を溶かそうとするそれに嫌悪感を覚えながらも身体は反抗の意識を示さない。

 当然だ。未だ惹かれているのだ。自分は、この期に及んで死を受け入れようとしている。
 不死の体が苦しいから、辛いからというだけで諦めに浸り、逃げ続けてきた過去の己が先導して、楽な方向へと流そうとしている。
 堕落し、腐りきった人間の姿。命の価値を捨ててしまった、唾棄すべき存在があった。
 こんな人間のために、あの化け猫は死んだのか。

 自分などよりもよほど生を謳歌していたはずの彼女を犠牲にしてまで、なぜ自分は生きているのだろう。
 暗い疑問が鎌をもたげ、首筋に突きつけられるのに合わせて、香りが強くなった。
 香りは既に色を帯び、甘ったるさを具現したかのような薄い赤色を纏って妹紅の周囲に蔓延している。
 ふざけるなという思いよりも、しょうがないことなのかもしれないと考え始めている自分がいることに気付く。
 生きるということの意味も忘れ、長い間諦めに浸り続けてきた我が身が簡単に変えられるはずもなかった。
 それだけのことなのだろうと思う頭は死を納得し、それまであった決意をどこか遠くに押しやっていた。

 もういい。殺すなら早く殺してよ。

 抵抗さえしなければ速やかに、痛みに苦しむこともなく死ねる。
 民家の壁に背をもたれさせ、妹紅は目を閉じた。死が、自分を楽にしてくれると信じて。

 私なんて、生きている価値もないのよ。
 不死の人間なんて、存在していてはいけないんだ。
 死なないだけで、誰の役にも何の役にも立てない化け物なんて、いちゃいけないんだ。
 だって、そもそも、私の居場所なんて、どこにも――
67 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 02:49:37 ID:Dal5x3PY


「死ぬなっ! 生きろ!」


 怒声が耳元で弾け、妹紅はそれに衝き動かされるように体を逸らした。
 霊夢が振り下ろしていた刀が耳元を掠め、ぱらぱらと白髪の一部を散らす。
 呆気に取られた霊夢の顔を見ながら妹紅は思い切り蹴飛ばす。
 思いの他体重が軽かったらしい霊夢の体が浮き、やや離れた地面を転がってゆく。
 妹紅はその間に立ち上がり、しっかりと地に足をつけて走り出す。
 死ぬな。生きろ。鼓膜を震わせ、脳を根底から揺さぶった声は上白沢慧音の声だった。

 そうだ。
 諦めのまま目を閉じ、
 見ていた夢には続きがあった。
 慧音を彩ってあげたあの日には、まだ。

『私が生きている間は、ずっと藤原妹紅の友達であると約束する。
 この姿でいるときはずっとこの贈り物をつけていると約束する。
 だから、その間だけでいい。――生きてくれ』

 私は、そのとき、心の底から『生きていたい』って思ったのに。
 なんで忘れてしまっていたんだろう。

 まとわりついていた霧を払うかのように、あの化け猫が前を走っている。
 その隣では先導するかのように慧音が時折こちらを振り向いてくれている。
 慧音であり、化け猫である形をしたそれが死の芳香を霧散させ、妹紅を現実へと引き戻させた。
 もう、死には憧れない。

「生きるんだ、私は」

 あの臭気も、色も、もう何も見えない。
 見えるのは煙。
 どこまでも高く、高く昇ってゆく灰色の煙だ。

「凱風、快晴……!」

 ありったけの妖力をつぎ込み、収束させる。
 狙うは霊夢ただ一人。死ぬために死ぬのではなく、生きるために生きる。
 なぜ。何のために。そんなことは些細なことだった。生きたいと思ったから。それだけのことだ。

「フジヤマ、ヴォルケイノッ!」

 放たれた火球は霊夢のいた地点に着弾し、更に熱を膨張させ熱風を吹き荒れさせた。
 民家の瓦造りの屋根が揺れ、障子のいくつかが吹き飛ぶ。
 火球の付近にあった可燃物は炎に包まれ、既に炭化を始めているものさえあった。

 威力は十分過ぎるほどだった。普段より範囲が狭いのは、恐らく蓬莱人としての力が弱まっているせいだろう。
 霊夢のことだ、この程度で焼死するような奴ではない。
 それでも最大限の力で放ったフジヤマヴォルケイノの衝撃波には巻き込まれたはずで、
 どこかで気絶している可能性くらいは期待しても良さそうなものだ。
68 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 02:50:42 ID:Dal5x3PY
「だから、言ったでしょう」

 だが、そんな淡い期待はあっけなく打ち破られた。
 どこか淡々とした、これが当たり前と断じているかのような、霊夢の声によって。

「私に、弾幕は通じない。パターン化しているから」
「上……っ!」

 ハッとして見上げると、そこには宙に浮きつつ弾幕の反撃に転じていた霊夢の姿があった。
 冗談じゃない、と思う。あの一瞬でフジヤマヴォルケイノを避けるために飛び上がっていたというのか?
 使うことを予期していたのではなく、一瞬のうちに対処に移った霊夢の冷静さにおぞましさすら感じる。

 これが博麗の巫女だというのか? 弾幕では勝てないと言った霊夢の言葉が圧し掛かり、恐怖となって知覚される前に、弾幕が直撃した。
 先ほどと同じ『夢想妙珠』だが広範囲用に調整されたそれは弾幕の散弾となって妹紅付近の地面を抉り、足を奪った。
 身動きが取れない。霊夢が接近する気配があった。最後は近距離で仕留めるつもりなのか。

「く……そっ!」

 苦し紛れにナイフを投げてみたが軽く弾かれた。弾いたと同時、地面に着地した霊夢が横薙ぎに切り払った。
 切り裂かれた腕の切り傷は先ほどとは比べ物にならず、痛みが全身を突き抜け悲鳴を上げるほどだった。
 続けて霊夢が袈裟に切りかかろうとする。間違いなく止めの一撃だろう。
 死んでたまるか。生きたいという思いを全身に漲らせている妹紅はただそれだけを考え、最後まで体を動かそうとする。
 しかし、間に合うはずもなく――

「っ!」

 斬られる、と覚悟した瞬間、霊夢が急に動きを止め、その場から飛び退いた。
 なんだと思う間もなく、妹紅はその理由を知ることになった。
 新たな弾幕の群れが妹紅に迫っていたのだった。

     *     *     *

 アリス・マーガトロイドが炎が爆ぜる音を聞きつけたのは、人里から紅魔館へと歩いていた途中のことだった。
 結局、アリスは近い距離にある紅魔館へと向かうことを選んでいた。
 そもそも自宅は遠いものだし、誰かが既に侵入している可能性もあった。
 我が家に忍び込んではマジックアイテムを盗んでいく魔法使いの姿を脳裏に浮かべ、アリスは嘆息する。

 無論紅魔館にだって誰かがいないわけはないだろうし、魔道書も持ち去られている可能性もある。
 だが蔵書の量が自宅とは桁違いだ。パチュリー・ノーレッジの一週間魔法は図書館の蔵書によって形作られたものだと推測している。
 アリス自身はよく人形を媒体とした上での魔法を得意とするが、通常の魔法が使えないわけではない。
 人形を行使した魔法を使うのはあくまでも見栄えと優美さを重視したからに過ぎない。

 実力ではなく弾幕の華麗さ、美しさを競い合うスペルカードルールにおいて、アリスが選んだのは広範囲に人形を散らし、
 その人形から弾幕を形成するという手段だった。
 面倒極まりなく、その上人形に魔力を媒介するので威力や速度などは直接魔法を使うよりも悪くなってしまう。

 それでもアリスはこの魔法に拘り続けた。
 一人で生成できる弾幕量には限界があるが、人形を用いるならば話は別。
 大量の弾幕を生成できる上人形によって調整も行えるので色や形を自由に変化させることが可能なのだ。
 まさしくそれは弾幕という名の芸術。戦いの中にも一つの華を添える人形魔法は、アリスの美学、美徳と見事一致するものだった。
 どんなときでも、余裕をもって戦いに望む。本気を出さないのはそういうことなのだ。
 だから、私は人形を使い続ける。それが私の美徳なのだから……
69 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 02:51:51 ID:Dal5x3PY
「どうしたの、アリスさん」

 明後日の方向を見据えたままのアリスに、古明地こいしが尋ねる。
 今のアリスの『人形』。こちらの思い通りに動きながらも、ただそれだけではなくこちらの期待通りにしてくれる人形。
 現時点ではほぼ目論み通り。自分に懐き、陶酔しているこいしに足りないものは殺人の経験と殺人に慣れる経験。
 後一押しでこちらの望む形の人形になってくれるだろう。

 つい先日までは自分だって人を殺したこともなかったのに。
 殺人人形へと仕立て上げようとしている自分の思考を眺めたアリスは、なぜこうまでしてこいしを育てようと思っているのかと考えた。
 そもそも、どうして殺し合いに参加すると決めたのだろう。
 永江衣玖を殺害した瞬間の自分の思考は霞がかかっていて、もうはっきりと思い出すこともできない。
 こうなってから遥かに長い年月が経過したようにさえ感じられる。

 いや、どうだっていい。
 既にこの道を歩み始め、変えることは許されるべくもない。必要なのはいかにして自分が生き残るかを考えること。
 そのためにならどんな手段を使っても構わない。これは殺し合いなのだから。

 ――ならば、それは私の美徳に反するんじゃないか?

 ふと生まれた自分の考えに苦い薬を飲んだかのような気持ち悪さを覚えたアリスは、そんなはずはないと言い聞かせた。
 私はちゃんと、人形を使っているじゃない。
 自らの美学の結晶である人形。自分の生き方と切っても切れない宿縁を結んだ存在を忘れてなどいない。
 どこもおかしくなんてない。アリス・マーガトロイドは人形使いの魔法使い。その生き方を貫くだけだ。
 内奥に生まれた未知の物質から目を逸らすようにして、アリスはこいしとの会話に集中することにした。

「いや、どうもきな臭いように思ってね」
「……何も匂いなんてないけど」

 ふんふんと匂いを嗅いでいるこいしに思わず苦笑してしまう。
 何も知らぬ、純真無垢とはこういうのを指すのだろう。だからこそ最高の素材と言えるのかもしれない。
 自分次第で白にも黒にも染まる。
 嗜虐心を覚えたつもりはない。ただ彼女の分岐点は自分が握っているのだという思いがあるだけだった。
 未知の物質がまたざわめき立つのを感じ始めたアリスは「そういう意味じゃないけど」と会話に集中する。

「多分、誰かが戦っているのでしょうね。……こいし、私の言ってることが分かるわよね」
「う、うん……アリスさんのために、戦う……」

 上々だ。まだいくらかの躊躇いは見受けられるが、
 緊張の中にも「やるのだ」という生硬い意思を押し込めた瞳の色は信用しても良さそうだった。
 そう、誰かの命を奪うのには理由さえあればいい。
 誰かのため、自分のため、信念のため。何だっていい、正当化する理由さえあれば容易く一歩は踏み出せる。
 自分のように。

「私がここから真っ直ぐ、あちらの方に行くわ。あなたは向こうから回り込んでくれないかしら」
「どういうこと……?」
「私が先に戦う。あなたは機を見計らって私を援護すればいい」
「でも、それじゃ」
70 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 02:52:55 ID:Dal5x3PY
 アリスさんが危ない、というのを制して、アリスは真剣な口調でこいしに言い聞かせる。

「確かに危ないかもしれない。あなたが助けてくれなければ、死ぬかもしれないわね」

 死ぬ、と言ったアリスの言葉にこいしの顔色が変わり、青褪める。
 喪失の恐怖を知り、依存することを覚えてしまった少女の姿だった。
 憐憫の意思も哀れだと感じる意思もなかった。ただ、ほんの少しだけ何かが傷んだ。
 傷つけられたのは、何なのだろう?

「でも、あなたが助けてくれればいい。あなたの強さを信じているわ、こいし」
「私の、強さ……」

 殺せとは命じなかった。そうするのはこいし自身が選ぶことであり、自発的に選ばせることが重要だった。
 こくりと頷いたこいしからは恐怖の色が消え、決然としたひとつの感情だけがあった。
 いい子ね、とこいしの頭を撫でてアリスは人里の中央部へと向かい始めた。

 愛用の上海人形と蓬莱人形はない。必然、人形なしの通常魔法で戦わなくてはならない。
 とはいっても鍛錬を怠っているわけではないし、何よりも、自分は普通の魔法で戦うのではない。
 戦うのは、人形なのだ。

     *     *     *

 全く、どうしてどいつもこいつも倒されるということを知らない連中ばかりなのだろうか。
 最後に自爆した秋穣子といい、この藤原妹紅といい。

 フジワラヴォルケイノを回避し、妹紅に最後の一太刀を浴びせようとした霊夢が思ったのはそんなことだった。
 殺人への感慨もなく、侮蔑の情もなく、ただ不思議とだけ思っていた。
 霊夢にとって自分がこうするのも、自分が勝つという結末も既に用意されたものであり、いつも通りだという実感しかなかった。

 だが違うのは敵の抵抗の仕方だ。どいつもこいつも直前で戦法を変えてきたりする。
 スペルカードルールに慣れきり、単一的な攻撃方法しか知らなかった連中が、なぜ。
 妹紅に聞いてみようかと思ったが、その質問はあまりに場違いであることだし、聞いても答えてはくれないだろう。
 ひとつ分かるのは、妹紅もまた死にたくはないらしいということだった。
 よく分からないと思う。霊夢からすれば不死の体でい続けることなど死んでもお断りだった。
 未来永劫、何の目的もなく生かされ続けるなど。

 まあ別の奴にでも聞けばいいかもしれないと結論しながら止めの一突きを繰り出そうとして、霊夢の耳が聞き慣れた弾幕の発射音を捉えた。
 このまま妹紅を貫けば刀を抜く前に巻き込まれると即座に考えた霊夢は妹紅への攻撃を諦め、大きく跳んで民家の屋根へと上る。
 直後、円形の光弾が水中を泳ぐ魚の群れのように押し寄せ、当然逃げ遅れていた妹紅を巻き込んだ。

 自分と妹紅の両方を目標にしていたそれは地面や民家にも当たり、
 土煙や塵などを巻き上げて『夢想妙珠』や『フジワラヴォルケイノ』以上の破壊をもたらした。
 恐らくは遠距離からの広範囲射撃だろう。数撃てば当たる、という弾幕の基本に忠実な戦法。
 オーソドックスだが確実な攻撃法だ。その代償として民家の一部は散々なことになっている。

 壁がへこんでいたり、窓枠が破壊されていたり、玄関が吹き飛んでいたり。
 弾幕の威力はやはり押さえ込まれているらしく、精々がこの程度の被害に留まるらしかった。
 妹紅の姿は土煙に紛れて確認できない。流石の霊夢も正確に気配を読み取ることはできなかった。
 仕方ないと断じ、意識を乱入者へと切り替える。そこにはつまらなさそうな表情の魔法使いがいた。
71 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 02:54:01 ID:Dal5x3PY
「何のつもり? 邪魔をしないで、アリス」
「ふん。博麗の巫女が異変解決もせずにゲームに興じているなんて、呆れたわ」
「私は異変解決に動いているわ。あなたこそ殺し合いに乗っていたとはね。
 あなたなら誰かを殺すより先にこの異変を起こした犯人を探るかと思ってたけど」
「その言葉、そっくりお返しするわ。……でも、本当のところもう分かってるんじゃない? 私と霊夢は似ているもの」

 確信しているように明瞭に通るアリスの声に、霊夢は高みから見下ろすのをやめてアリスと同じ地面へと降り立った。
 空を飛ぶ程度の能力を持つ霊夢にとってこれくらいの高度はどうということもなかった。

「そうね。まあ、アリスに言っても分からないと思うけど……」
「ああ、いいわ、言わなくても。どうせ直感でしょ? お互いにね」

 実際のところそうではなかったのだが、直感的に予感したのは同じことだった。
 説明して、納得はできても理解はできないだろうと思った霊夢はそれ以上言及するのを止めた。

「それに」

 それと。

「どうせ戦うのだから、私達は」

 アリスが拳銃を取り出す。弾幕で来るだろうと予想していた霊夢の勘が久々に外れた瞬間だった。
 即座にサイドステップして回避運動に移る。拳銃だろうが弾幕だろうが射撃という点では同じ。被弾するとは思わなかった。
 発砲音が数回鳴り響くが、内臓や骨、筋肉系統に異常はない。どうやら全部外れたようだった。
 そのまま接近しようとするが今度は生成していた弾幕に阻まれる。

 円心状に動くそれは接近させることを許さない、範囲は狭くとも密度の高い弾幕だった。
 流石にこれをグレイズしながら接近する術はなく、霊夢は弾幕が切れるのを待つほかなかった。
 アリスは手馴れている。確信が霊夢の中を過ぎり、速戦即決というわけにはいかなくなったと思わせた。
 撤退も思考の隅に入れたところで、弾幕を消したアリスが再び発砲を始めた。

「あなた相手に弾幕だけで戦うのはバカらしいからね。……今度は外さない」

 撃ち方を覚えたらしいアリスが拳銃を両手保持して先程より早い間隔で連射してくる。
 これはたまらないと霊夢は舌打ちしながら霊夢は近くの民家へと転がり込む。
 異変を解決してきた者同士、今までのように容易くはいかないようだという結論に至った霊夢は、自身に拳銃がないことを改めて悔やんだ。

 持ち物の内容を思い出す。トランペット、桶、故障したカメラ……楼観剣以外がまるで役立たずだ。
 トランペットは恐らくメルラン・プリズムリバーのものだろう。
 上手く使えば『躁』の音色を出すことだって出来るかもしれないが、音が聞こえるということで自分にも効果が及ぶ。使えるはずもない。
 桶は振り回すのがせいぜいだろう。カメラは論外。上手い使い方など望むべくもなかった。

「……仕方ないわね」

 ここは逃げるしかないだろう。逃亡するのは悔しいが、別にリベンジはいつだってできる。
 アリスが『弾幕はブレイン』と言うのと同様、戦略はブレインなのだ。
 さっさと方針を決めた霊夢は家の裏手から逃げ出すべく室内を駆ける。

 と、居間を通り過ぎようとしたところで台所が目に付いた。
 いくらか明治の面影を残しているそこには果物が数種類置かれてあった。
 急ぐ足が止まる。向きが変わる。いそいそと果物を回収する。
72 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 03:00:28 ID:Dal5x3PY
 なんと緊張感がないのだろうと霊夢は我ながら呆れたが、アリスがこちらに侵入してくる気配はなかった。
 本気を出さない彼女らしいと思う。本気で殺しには来ず、隙を見て最善最適の手段で勝利をもぎ取りにかかってくる。
 だが、余裕だけで殺しが出来るほど事は簡単なものではない。
 勝てばいいのではない。殺さなければならないのだ。それが自分とアリスの決定的な違いなのだと霊夢は思う。

「だとするなら、私は余裕がないのかもしれないわね」

 アリスは余裕のある自分を維持するのに拘り、自分は役割を演じるのに拘っている。
 似ていて、やはり似ていない。所詮アリスも幻想郷の住人でしかないという、どこか空しい気持ちを覚えながら、
 霊夢は最後に、籠に突っ込まれていた果物ナイフを手にした。
 何のことはない。こんなものでも色々と役には立つかもしれない。直感的にそう思ったからだった。

 裏の勝手口から飛び出し、そのまま離脱しようとした霊夢は、しかし急に足を止めた。
 余裕を信条とするアリスだが、逃げる相手をそのまま逃がすか?
 余裕というのは慢心ではない。常に一歩引いた視線から客観的に物事を見ることを余裕というのである。
 それを為せるアリスが、見つけた獲物を逃がす。不自然に過ぎると思った霊夢は勝手口へと取って返し、再び玄関に出ようとした。

 その瞬間。ひゅっ、と風を切る音と共に数本のナイフが飛来した。
 まるで罠のように設置されていたナイフはそれまで霊夢のいた場所を突き抜け、地面へと刺さっていた。
 十六夜咲夜を思わせる芸当に霊夢は感心半分腹立ち半分の意を込めて舌打ちした。
 恐らくは魔法糸で操作し、出てくると同時に操ったのか。人形が操作できるアリスならそれくらい容易いだろう。

「やっぱ騙しは通じないか。相変わらず化け物のような勘よね!」

 屋根に上り、そこから魔法糸でナイフを操っていたアリスがすとんと飛び降り、ナイフを操作して霊夢へと突き刺そうとする。
 室内では弾幕による反撃は無意味だと判じた霊夢はそのまま駆け、襖を盾にしながらアリスの追撃から逃れる。
 もしかすると玄関の方にもナイフが設置されているかもしれなかったが、そのときはそのときだ。
 アリスだって空間を全て把握しているわけじゃない。遠隔操作したところで簡単に突破できる。

 玄関から外に飛び出すと、思った通り事前に設置されていたナイフが霊夢へと飛来する。
 だがいくつかはてんで的外れの方向に向かっており、残りも簡単に弾くことができた。
 そのまま真っ直ぐに駆け出そうとして、またもやアリスが現れた。

「残念。私の包囲網からは逃げられないわ。あなたは今や蜘蛛の巣に引っかかったも同然なのよ」

 アリスが指先を動かし、前後からナイフで霊夢を狙う。
 真っ直ぐに、曲線を描くように、斬り上げるように、斬り下げるようにナイフが迫る。
 この程度、十六夜咲夜との戦いで慣れている。

 利き腕に楼観剣、反対の腕で果物ナイフを持って、器用にナイフを弾き返してゆく。
 だが弾いても弾いても執拗にナイフが再度動き、霊夢を突き刺そうとする。
 しつこい。弾きながら霊夢が思ったのは、アリスの意外な執念だった。

 旧知の間柄であり、その実力も知悉しているアリスからすればここで霊夢を仕留めたいと思うのは当然のことなのかもしれない。
 しかし、だからといってここまでするだろうか。霊夢の知るアリスはほどほどに戦い、余裕を感じられなくなれば引く奴だ。
 見当違いかもしれない。アリスも穣子や妹紅のように変質を始めており、本気を出すことを覚えたのかもしれなかった。
 ならば、自分も本気を出すべきなのだろうか……
73 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 03:01:27 ID:Dal5x3PY
 そう考え、霊力を集中させようとした矢先、霊夢は口の端を僅かに吊り上げ、ニヤと笑ったアリスの顔を見逃さなかった。
 あの笑みを、霊夢は知っている。自分の得を予感したときの表情。
 表層的な部分が似ているからこそ分かる、自らの利益を確信したときの表情に相違なかった。

 ならば考えることは絞られる。なぜアリスは笑ったか。
 彼女は何も変わってはいない。いつも当たる己の勘を信じて、霊夢はひとつの戦略を打ち立てた。
 もはや何度目かも分からないナイフを弾き返したあと、真っ直ぐアリスに向かって直進する。
 魔法を使っているアリス自身の動きは鈍く、自身の反撃手段は皆無だ。これだけのナイフを操っているのならば、尚更。
 そこを狙い、至近距離で攻撃を仕掛ける。本体を狙うという単純な発想。
 だがそれが有効だということを霊夢は確信していた。それに――

「今よ、こいし」

 霊夢が次の思考に移る前、遮るようにして、どこからともなく妖怪が現れる。
 古明地こいし。地霊殿に住む、心を閉ざしたサトリ。
 ほぼ目の前に現れた彼女は……アリスと同じ、鈍く光る銀色のナイフを握っていた。

     *     *     *

 古明地こいしは霊夢とアリスの戦いを見ながらひたすら機会を待っていた。
 無意識の権化とも言える彼女にとって気配を悟られることなどあるはずがないことだった。
 実際、霊夢も自分を送り出したアリスもまるで自分に気付くことなく戦っている。
 傍目にはアリスの方が有利なように見えて、こいしは改めてアリスの強さを実感していた。

 あの巫女に対して互角以上に戦っている。
 それだけに役に立たなくてはという思いは強くなり、ここでやらなければという重圧も強くなった。

 もう、ひとりはいやだ。

 今のこいしを動かすのはたったそれだけの……しかし、誰よりも強い願いだった。
 サトリは生まれたとき既にして孤独を宿命付けられる存在である。
 理由は言うまでもない。心を読み、否応なく内奥の全てを曝け出すサトリという種族と前ではどんな取り繕いも意味がない。
 まして妖怪はプライドが高い。誰にも知られたくない思いがサトリの前では露になってしまう。
 それだけでこいしが疎遠になるのは当然のことだった。
 これに留まらず、陰口を叩かれることも多かった。

 『あいつがいるだけで空気が悪くなる』
 『あいつなんかと喋るだけで嫌だ』

 心の声はこいしに届く。元来、こいしはサトリの中でも強い読心能力のある存在で、遠くにいる妖怪の思考さえ読めた。
 聞こえるのはひどい中傷の声。自分を傷つける声。必要としていない声。
 姉のさとりはそれらの声に対して諦めているようだった。
 これは仕方のないことだと、サトリに生まれた宿命なのだと断じて、嫌われ者であることを受け入れているようだった。

 こいしにはそれが理解できなかった。嫌われ者でいて、何がいいのかさっぱり分からなかった。
 だから自分が抱える悩みについて相談できるはずもなかった。怪訝な目で見られるだけだと、心を読まずとも想像することができた。
 サトリでいることがひたすら辛いのだと。嫌われ者はいやなのだと、誰に伝えればいいのだろう。
 自分の意思に関係なく、他人の意思は伝わってくるというのに……
74創る名無しに見る名無し:2009/08/08(土) 03:02:07 ID:Md4LBvYa
支援
75 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 03:02:54 ID:Dal5x3PY
 ひとりで考え、考えた挙句、こいしは一つの結論に至った。
 心を読む能力があるのなら、それをなくしてしまえばいい。
 そうすれば心を読めるからと嫌われることもなく、平和に暮らすことができるはずだった。

 こいしはこうするしかないと思った。もう限界だった。
 姉と違って自分にはサトリのプライドなんてないし、これが宿命だと諦めることができなかった。
 なにより……苛められるのが辛かった。善意も悪意も関係なく、サトリというだけで嫌われる。仲良くもできない。
 徹底的に付き合いを絶たれることがあまりにも過酷に過ぎた。
 だからこいしは心を閉じた。サトリですら心の読めない『無意識』を手に入れて。

 けれども、待っていたのは望んでいた未来ではなく、何一つとして変わらない現実だった。
 心を閉ざした代償に、嫌われることはなくなったが好かれることもなく、動物達とも心を通わせられなくなった。
 誰からも気にされず、誰からも無関心でしかない。寂しさを埋め合わせることなど到底できなかった。

 そればかりか、姉のさとりからは心を閉ざしたことを徹底的に責められた。
 何故心を閉じた。何故逃げるような真似をしたのか。何故私に言わなかったのか……
 既に反発はなかった。そうしても無駄だと知っていたし、もうこいしにはどうしようもないことだった。
 ひとつ分かったのは、これで自分は姉からも隔絶されたらしいということだった。

 思えば――あれは悲しみで、孤独になった悲しみだったのかもしれない。
 結局のところ、以前にも増してひとりになってしまったのだ。
 心を閉ざしていたので、もう辛くはなかった。

 しかし、その奥底では……心が、悲鳴を上げ続けていた。
 アリスがそれを分からせてくれた。アリスだけが苦しんでいた自分を理解してくれた。
 だからアリスに認めてもらわなくてはならない。

 必要とされたい。
 嫌われたくない。
 ひとりは……いやだ。

 ひとりにならないなら、もう誰もいらない。
 お燐もいらない。
 お空もいらない。
 お姉ちゃん、だって……

 地霊殿の仲間の顔を思い出した瞬間、こいしはこんなことをしていいのか、と思った。
 本当に嫌いで、いらないと思っているのならさとりはペットを寄越してくれただろうか。
 何不自由ない生活をさせてくれていただろうか。
 まだ自分は逃げ続けていて、さとり達と向き合うのを恐れているだけではないのか。
 誰かを殺してしまったら、今度こそ取り返しのつかないことになってしまうのではないか。
 妖怪でありながら争いを好まず、極力命を大切にしてこようとしたさとりが、こんな自分を許しておくだろうか。

「でも、お姉ちゃんは何も分かってくれなかった……」

 心を閉ざした理由も、悩んでいたことも。
 何も知ろうとしてくれなかった姉に、どれだけの価値があるというのか。
 家族という建前だけで、他人同然の付き合いしかしてこなかった姉に……

 何も考える必要はない。ただアリスのために人を殺せばいいのだと断じて、こいしは『心を閉じた』。
 蓋をした瞬間、聞こえてきた声から顔を背けるようにして。
 体の中から空気を搾り出すように思考を追い出し、空虚を己の中に蓄積させる。
 そうして無意識と一体化し、ふらふらと戦っている霊夢へと接近する。
76 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 03:04:09 ID:Dal5x3PY
 それを目撃したらしいアリスが笑う。
 よくやった。後は気付いていない霊夢にナイフを突き刺すだけ。できるわよね、こいし?
 できる。期待の眼差しを向けたアリスに、ちょっとした嬉しさが紛れ込んでしまった。

 認めてくれる――たったそれだけの思いが、しかし致命的な間違いだと気付いたのは、霊夢の視線が自分と合ったときだった。
 無意識と同化している自分ならば、ナイフを刺すその瞬間まで相手は気付かない。
 そのはずであったのに、霊夢の腹部までいくらもないところまで接近したところで、気付かれた。
 既に知っていたと言わんばかりの目が、どこまでも冷淡で自分以上の虚無を感じさせるような色のない瞳が合う。

 そんな馬鹿な、と思った瞬間、こいしの体が吹き飛び、後ろへと弾き飛ばされた。
 霊撃――そう頭が認識したとき、硬いような柔らかいような感触が背中に当たり、押し倒しながらごろごろと転がる。

「やっぱりね。誰か仲間がいると思ったわ」

 土臭い味を口内に感じながら、こいしは霊夢の声を聞いた。
 その隣では巻き込んでしまったらしいアリスが苦痛に歪んだ表情になっている。

「アリスが勝てないかもしれない戦いを続けるわけがないもの。だったら、勝てる要因がどこかにある。
 それがあなたよね、古明地こいし。確かにあなたがここがいることには気付かなかった。だから私はこの体に意識を預けた」
「……自分の体が覚えていることを期待した、ってわけね。冗談じゃないわよ……無意識ですら奇襲は通用しないなんて」

 アリスの苦しげな声は、単に痛みによるものだけではないのかもしれない。
 ごめんなさい、とこいしは言おうとしたが、そうしてしまえばアリスが自分を捨てるような気がして、口が重たくなって動かなかった。
 役立たずの一語が頭に浮かび上がり、空虚の代わりに絶望の暗闇が支配してゆくのを感じた。

 殺されることより、見捨てられることの方が怖い。孤独は嫌だと叫ぼうにも、しかしどうすればいいのか分からなかった。
 澱んだ思考は完全に止まり、思考の全てが機能を為さず、放棄しきっているように感じられた。

「アリスが笑わなければ、気付かなかったかもね。あなたは勝負に勝とうとした。私はあなたを殺そうとした。……それだけの違いよ」

 霊夢の言葉にアリスの顔が引き攣り、やがて失笑となって吐き出されるのが見えた。
 ただ自分に呆れ、偶然などではなかった敗北を噛み締めた者の顔だった。
 もうアリスが何も言い返さないのを見た霊夢が刀を持ち直して走る。その視線はこいしへと向かっている。
 理由はないのだろう。ただこいしの方が霊夢に近かったから標的に選ばれた。その程度のものなのかもしれなかった。

 だがそれでいいと思う。せめて捨石になるくらいのことをしなければ、永遠に自分は一人だ。
 孤独の恐怖に呑まれ、死ぬくらいなら、同じ死ぬのでも誰かを守って死んだほうがいい。
 こいしは最後に残された希望を掴むべく、アリスの盾になるように前へと躍り出た。

 前に出る瞬間、アリスの目が驚愕に見開かれたように思われたが、恐らく己の願望が生み出した幻影なのだろうと思う。
 だって自分は役立たずだから。理解してくれたアリスのパートナーどころか剣にすらなれなかった無様な妖怪なのだから。
 多分、霊夢が自分に気付いたのは、無意識の中にほんの少し、感情を紛れさせてしまったことがあるに違いなかった。
 死んで当然。所詮はその程度の妖怪だ。

 でも、死んだ後の一瞬でいい。私のことを心に留めておいてください、アリスさん。
77 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 03:05:32 ID:Dal5x3PY
 霊夢が刀を振る。こいしは目を閉じた。そのまま開かれることはないのだろうと思いながら。
 しかし、その前に……ぐいと体が押される感覚があった。
 目を閉じていたこいしは気付かない。何があったのかわからなかった。
 ぷしゅ、と何かが切れて、生暖かいものがこいしの頬に飛び散った。
 だが痛くはなかった。斬られたはずなのに、痛くないなんておかしい。それに……死んでいない。
 こいしは目を開ける。そうしてしまうと何か取り返しのつかない予感がしたが、開けないと何が起こったのか確かめられなかった。

「――あ」

 アリスが隣にいた。今までにないような、穏やかでやさしい笑顔を浮かべながら。
 霊夢の刀をその身に受けながら。
 刃をしっかりと掴んで離さず。
 ただ、笑っていた。

 自分は、きっと。

 希望から見放され続けているのだと、そんな感覚だけがあった。

     *     *     *

 負けた。今回も霊夢に負けた。
 結局一度として勝利できなかった事実を思う一方で、このように勝負に拘っていたから負けたのかもしれない。
 だがそうではない、と内奥から滲み出る声がアリスの弱気をかき消した。

 殺したかったと本心で思っていたわけではなかったのだと、どこかにいた自分が告げている。
 本当はただ、こうして弾幕戦をして、霊夢に土をつけたかっただけなのかもしれなかった。
 そう思うと、今まで殺しに回っていた自分の姿があまりに浅ましく感じられ、美徳の欠片もない醜い生き物のように思えた。
 殺し合いという糸に縛られ、自分さえ見失っていた哀れな人形……

 そう、人形なのはアリス自身だった。
 そんな現実すら見えていない自分は負けて当然。信念を失った己は存在価値を失くしたも同然に違いない。
 急速に腹の底が冷え、もうどうにでもなれという自棄になった心が固まり、ただアリスは笑うしかなかった。

 こいしがアリスを庇うようにして前に出たのはそんな時だった。
 瞳は恐怖に揺れていた。あんなに死を恐れているのに、彼女は自分を守ろうとしていた。
 馬鹿な奴、とは思わなかった。彼女はただ純真無垢なのだ。

 自分を仲間だと信じ、自分を正しい行いができる者と信じて盾になろうとしているだけだった。
 自らの全てを放棄し、何もかもを失くしたと気付いた女を守ろうとしている。
 人形としての使命感からではなく、自ら選び取った意思で。

 意思を持たせようとした結果はあまりに皮肉なものだった。
 同時に、そんなことをさせてまで生き延びようとしている自分がひどく情けなくなった。
 誰かに頼らなければ生きられないほど弱々しい女だっただろうか。

 そんなことは許されるはずがない。魔法使いは誇り高い存在で、孤高を誉れとする存在であるはずなのに。
 人形になってしまったからだ、というのなら、そうなのだろう。
 だからこそ意地を張ってみせなければならなかった。
 噛み付いてみせねばならなかった。
 誇り高い自分を人形へと貶めた、この殺し合いそのものに。
78創る名無しに見る名無し:2009/08/08(土) 03:05:49 ID:N6R3Dmbg
支援
79創る名無しに見る名無し:2009/08/08(土) 03:06:09 ID:Md4LBvYa
援符「がんばれ書き手さん」
80 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 03:06:54 ID:Dal5x3PY
 その瞬間には失望も絶望もなく、ただやらなければならないという思いに衝き動かされて、アリスはこいしの背中を押した。
 こいしの目前まで迫っていた霊夢の刀が、自分が押し退けたこいしの脇を通過し、体を刺し貫いた。
 鋭い痛みが肺から喉へと突き上げ、鉄錆の味が広がってゆくのが分かった。

 霊夢の目が初めて驚きの色を宿す。
 あの霊夢を驚かせた。その事実が痛み以上の喜びをもたらし、
 最後の最後に一泡吹かせてやったという優越感がアリスにもう一度力を行き渡らせた。

 素手で刀を掴む。指が切れ、感覚がなくなっていったがもう関係のないことだった。
 刀を掴んだアリスはそのまま自らの体へと突き刺してゆく。
 深く、深く、抜かせてたまるものかと『本気』の意思を交えながら。

 それは美徳も余裕も失ったと自覚していたからできたことなのかもしれない。
 滑稽だと思う一方、こういうのも悪くないと思う自分がいた。
 何もかもを放出しきる、霧雨魔理沙のような一直線な生き方も。
 真意に気付いたらしい霊夢は刀を引き抜こうとするが、もう遅い。力が残っている限りは抜かせない。

 ざまあみろ、と言ってやりたい気分だったが、もう口の中は血だらけで言葉を搾り出すだけの空気もない。
 だから心中でアリスは愚痴を言い連ねてみた。

 霊夢。これが殺し合いに縛られた奴の結末よ。覚えておくことね。
 魔理沙。あんたの滅茶苦茶理論、ちょっとだけ分かったかも。やりたくもないけど。
 永江さん。悪いことをしたわ。地獄で殺されてやるから待ってればいいわ。
 こいし。多分、私はあなたを死なせたくなかったのかもね。いまさら、偽善者の言葉だけど。

 それと、私。こんなところで死んで、どんな気分?
 さぞ悔しいでしょうね。あんな妖怪を助けて死ぬなんて馬鹿みたい。
 空しいでしょう? プライドもなくなって、人形に助けられて、自分が人形になって。
 どうしてこんなロクデナシになってしまったのかしらね。知らないわよ、馬鹿。

 薄れゆく意識の中で自問自答するのが可笑しく、アリスは血を吐き出しながら笑った。
 ぼんやりとした景色はいつしか見慣れた幻想郷の人里の風景に変わり、祭りの喧騒でざわめいていた。
 アリスはそんな祭りの中を歩いていた。
 買い物に来ていたアリスはついでに、と祭りを見物していくことにしたのだった。

 普段と違う着物に身を包み、町を闊歩する人の群れ。
 中央の広場から聞こえる太鼓と笛が奏でる祝いの音楽。
 かがり火が夕暮れ近い町を照らし、薄闇を帯び始めた空を温かなものにしていた。
 祭りそのものの輪に入る気はなかったが、この雰囲気は楽しめるものだった。

 なんとなく気分のよくなったアリスは近くの店でいくつか団子を買い、食べながら町を往く人々を眺めていた。
 するとそこに泣きながら歩く子供の姿があった。どうやら女の子で、誰かとはぐれてしまったようだった。
 時折「おかあさ〜ん」と鼻声交じりに言うので、なんとなくいてもたってもいられなくなって、アリスは女の子に声をかけていた。
 泣きながらだったので中々聞き取れず、どうにか迷子で一緒に来た親と離れ離れであるということが分かるくらいだった。
 とりあえず泣き止まないことにはどうしようもなかったのだが、生憎と団子を食べきってしまった後であり、
 会話で紛らわそうにもアリスはそこまで口が上手くはなかった。下手に何か言って傷つけてしまうのではとさえ思っていた。

 声をかけたはいいもののどうしようもなく、アリスは呆然と立ち尽くすしかなかった。
 何かいいアイデアはないのかと周りを見回してみると、団子屋の椅子に置いてきた荷物の中から人形が顔を覗かせていた。
 あれを使って、何とかできないだろうか。「ちょっと待っててね」と女の子をその場に待たせ、人形を取って戻ってくる。
 人形を使った魔法は元々美しさと広範囲攻撃の両方を会得するための技術だった。
 故に人形を動かす技術も必然高まっており、簡単な人形劇くらいならできるかもしれないと考えたのだった。
81 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 03:07:57 ID:Dal5x3PY
「いい。この人形さんが動くから、よく見ててね」

 幸いにして悪趣味ではなかったので、可愛らしい人形に目を引かれたのか、女の子はぐすぐすと鼻を鳴らしながらも頷いた。
 少し微笑んでから、アリスはいつものように人形を動かした。魔法の糸によって操作される人形はまるで生き物のように動き、
 てくてくと歩き、ふわふわと飛んだ後、女の子の頭をゆっくりと撫でた。

 女の子が笑った。不思議な力で動く人形がよほど面白いらしく、先ほどまで泣いていたのも忘れたかのようにきゃっきゃっとはしゃいでいた。
 それが少し嬉しく、アリスは柄にもなく人形を無心で動かしていた。
 しばらくすると、ずっと探していたらしい女の子の親がやってきて、何度も礼を言われた。

 別れ際、女の子が手を振りながら「またみせてー」と言っていた。
 手を振り返しながら、ああ、それも悪くないかもしれない、と思ったのだった。
 人里に人形劇を披露しに行くようになったのは、それからだ。

 ……そういうことか、とアリスは思う。
 なぜこいしを庇ったのか、改めて理解したような気がした。

 きっと、私は……

 どうしようもなく、お人好しだったのだろう。
 最後の最後で詰めの甘い、どうしようもない愚か者。
 霊夢を殺せなかったのも、こいしを人形にさせきれなかったのも。
 恐らくは、そういうことなのだろうとアリスは納得して……意識を閉じた。

     *     *     *

「っ、くそ……」

 げほげほと咳き込みながら、妹紅はむくりと起き上がる。
 生きているところを見ると、死んではいないようだ。
 いきなり弾幕の雨に晒されたものの、殆ど直撃はなく衝撃波によって吹き飛ばされたくらいだった。
 相変わらず蓬莱人の体はそれなりに頑丈であるらしく、若干ふらつきながらも立ち上がることができた。

 状況はどうなった。霊夢はどこだ。

 散発的な疑問を浮かばせながら妹紅は周りを見回す。
 いくつかの建物が破損しており、恐らくは先ほどの弾幕によるものだと想像がついた。
 そうだ。弾幕に巻き込まれたということは、乱入してきた奴がいるということではないのか。
 自分を助けようとしてか、それとも両方とも殺そうと思ったのかは定かではない。
 それでもあのお陰で助かったのには違いないと思いながら、妹紅は援護に向かうべく走り出す。

 律儀に過ぎるなあ、と自分で失笑しながらも、恐らく自分の代わりに戦っているであろう人物のことを思うと、
 そうしなくてはならないような気がした。誰だっていい。生きていることに、自分は今感謝しているのだから。
 しばらく駆け、民家の角を曲がったところで、妹紅は目の前の光景に息を呑んだ。

 そこには三つの人影がある。ひとつは霊夢。ひとつは見知らぬ少女。ひとつは……倒れている、アリス・マーガトロイド。
 遅かったかという思いと、自分がいながらまた誰かが殺されたという怒りがない交ぜになり、妹紅は血が滲むくらいに拳を握り締めていた。
 そして、アリスの体から刀を引き抜いた霊夢は何事もなかったかのように、次の標的をもう一人の少女に定めようとしていた。
 鋭い怒りが妹紅の体を衝き動かし、既に殆どなくなっていたはずの妖力が手に集まるのを感じた。
82 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 03:09:05 ID:Dal5x3PY
「霊夢ッ!」

 衝動のままに叫んだ言葉は一発の光弾と変わり、霊夢へと直進する。
 気付いた霊夢はしかし難なく回避し、そのままこちらを一瞥すると、顔を背けて駆けて行った。
 その後ろ背を追う気にはなれなかった。今のが正真正銘最後の妖力であったらしく、しばらくは炎も出せそうにない。
 しかも今気付いたのだが、体中が痛い。走ったところで霊夢には到底追いつけそうもなかった。

 だが決して霊夢を放っておくわけにはいかないという思いは残り火となって内奥で燻り、消えることはなさそうだ。
 どうやら自分には僅かな正義感とやらがあるのかもしれないと考えながら、呆然とアリスの側で座り込んでいる少女へと目を移す。
 石のように動かなくなっている彼女にどう声をかければいいのだろう、と逡巡する。

 取り残された者。大切な者を失ってしまった者に、どうしていいのか全く分からない。
 自分がそうであり、幾度となく経験してきたはずであるのに。
 アリスを救えなかっただけでなく、生き残った少女に対して何もしてやれない我が身の無力を思いながらも、
 それでもこうしているわけにもいかず、近寄っていこうとしたところ、少女が妹紅へと振り向いた。

 歩みを進めていた妹紅の足が止まり、何とか搾り出そうとしていた言葉も失う。
 笑っていた。目の前の幼さを残す少女は頬にべっとりと血糊をつけたまま、ただにこにこと笑っていたのだ。

「ねえ」

 声はひどく恬淡としていて、笑顔とは裏腹の怖気を覚えるような声だった。
 空虚。自身がかつてもっていたそれとは違う、感情そのものを置き去りにしたような少女が妹紅を見つめている。

「あなたのせいで、アリスさんが死んじゃったよ?」

 見当違いな言葉にも、妹紅は何も言い返すことが出来なかった。
 そうさせないだけのおぞましさが溢れ出ていた。

「私、許さない。あの巫女も、あなたも――」

 スッ、と持ち上げられたのは妹紅が持っていたのと同じような形をした物体。
 拳銃と脳が認識するよりも先に、ぱん、ぱんという乾いた音が響き渡った。
 意味がないと分かっていながらも体を抱える。だがどこにも異常はない。
 外れたのかと安堵すると、今度はカチ、カチという音がした。

「あれ? あれ? おかしいな、弾が出ないなあ?」

 相変わらず張り付いた笑みを浮かべたままの少女が壊れた機械のように拳銃の引き金を引き続けていた。
 もはや正視を続けることも苦痛に思え、妹紅はどうしようもなくなって、少女から目を逸らした。
 私は、もう一人も助けられなかった――

「ああ、そうだ。だったら、刺し殺せばいいんだ。アリスさん、殺したら褒めてくれるよね?」

 次に少女が手にしたのは銀色のナイフ。ぎらぎらと輝くそれは、少女の濁った瞳と対比となって、あまりに危ういもののように見えた。
 ゆらゆらとこちらに近づいてくる。妹紅は何をする術も持てず、身を翻して逃げるしかなった。
 そうしてしまえば少女を止められなくなるかもしれないと知りながらも。
 妹紅は自らの無力を呪った。

 生きたいと思っても、何も出来ないのでは意味がないじゃない……!

「私は……これで良かったの? 慧音……」

 ズキズキと痛む胸は、体の痛みではなかった。
 あまりに悔しく、あまりにも無様で、妹紅はただ、空を仰ぎ見ることしか出来なかった。
83 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 03:10:08 ID:Dal5x3PY
【アリス・マーガトロイド 死亡】 
【残り 34人】



【D−4 人里 一日目・午前】 


【藤原 妹紅】 
[状態]妖力を大幅に消費(6時間程度で全快)
[装備]水鉄砲 
[道具]基本支給品、手錠の鍵 
[思考・状況]基本方針:ゲームの破壊及び主催者を懲らしめる。「生きて」みる。
1.無力な自分が情けない……
2.慧音を探す。 
3.首輪を外せる者を探す。 
※黒幕の存在を少しだけ疑っています。 
※再生能力は弱体化しています。 



【博麗霊夢】 
[状態]腕や足に火傷、及び擦り傷。 またそれらによる疲労。霊力を消費(数時間休憩で回復)
[装備]楼観剣、果物ナイフ
[道具]支給品一式×4、メルランのトランペット、魔理沙の帽子、キスメの桶、 
文のカメラ(故障)、救急箱、解毒剤、痛み止め(ロキソニン錠)×6錠、賽3個、拡声器、数種類の果物
[思考・状況]基本方針:殺し合いに乗り、優勝する 
 1.力量の調節をしつつ、迅速に敵を排除する 
 2.お茶が飲みたい 
 ※ZUNの存在に感づいています。 
 ※解毒剤は別の支給品である毒薬(スズランの毒)用の物と思われる。 


【古明地こいし】 
[状態]健康 疲労(小) 情緒不安定 
[装備]銀のナイフ 水色のカーディガン&白のパンツ 防弾チョッキ 銀のナイフ×8 ブローニング・ハイパワー(0/13)
[道具]支給品一式 リリカのキーボード こいしの服 支給品一式×2(中にブローニングの予備マガジンがあるかもしれない) 詳細名簿 
[思考・状況]基本方針:アリスを殺した奴を許さない。他の連中も……
1.霊夢と妹紅を絶対に殺す
2.地霊殿のみんなに会いたくない 
※寝過ごした為、第一回の放送の内容をまだ知りません 


【その他:アーミーナイフ(VICTORINOXスイスチャンプ)は人里のどこかに落ちています】
84 ◆Ok1sMSayUQ :2009/08/08(土) 03:13:06 ID:Dal5x3PY
投下終了です。
タイトルは『朱に交わる/切れた糸』です。
分割点は>>70

*     *     *

を境に前半と後半に分かれます。

それと支援してくださった方に、心からの感謝を
85創る名無しに見る名無し:2009/08/08(土) 17:02:32 ID:WJobOAH/
投下乙。

ああ、こいし……アリスは大変な殺人人形を生み出して逝きました。
燐と言いこいしと言い、地霊殿一家の行く末を想像すると鬱になるわ……。
そして相変わらず霊夢強すぎワロタw
果たしてこのチート巫女を倒せる猛者はいるのだろうか。
力無き正義は無力なり……妹紅、頑張れ。
86創る名無しに見る名無し:2009/08/08(土) 18:07:07 ID:bEfAeXWX
霊夢に弾幕は効かないだろうし、接近戦では楼観剣がある。
改めて思ったが、相当厄介だなこれは。剣の熟練度は低い
だろうから、付け入る隙はその点かな。ただ、肉弾戦で萃
香をも圧倒してたから死角と言えるのか分からん・・・
87創る名無しに見る名無し:2009/08/08(土) 20:33:18 ID:D4ms6GW0
どうも、こんばんは。ちょっとトリップがありませんが
「バトルロワイアルパロディ企画スレ交流雑談所(以下交流所)」の方でラジオをしているR-0109と申します。
現在、交流所のほうで「第二回パロロワ企画巡回ラジオツアー」というのをやっていまして。
そこで来る8/15(土)の21:00から、ここを題材にラジオをさせて頂きたいのですが宜しいでしょうか?

ラジオのアドレスと実況スレッドのアドレスは当日にこのスレに貼らせて頂きます。

交流所を知らない人のために交流所のアドレスも張っておきます。
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/8882/1243687397/ (したらば)
ttp://www11.atwiki.jp/row/pages/49.html (日程表等)
88創る名無しに見る名無し:2009/08/09(日) 00:42:23 ID:d1hAXDwo
皆さん投下乙です。
投下ペース速いなー。

>>◆30RBj585Is氏
死者の夢は乱用はできませんけど、いいものですよねぇ。
なんとか生き延びたが、まだまだ危険だな、萃香。

>>◆27ZYfcW1SM氏
レミリア、すげぇかっこいい!
だけど、レインコート着てる姿を想像すると、かわいさのほうが先に来てしまうw

>>◆Sftv3gSRvM氏
相変わらずうまいなぁ。
迷いは文を生かすか、殺すか。

>>◆Ok1sMSayUQ氏
最初から最後まで魅せてくれるなぁ。
こいし、糸が切れたのに、更にやばくなるとはw

>>87
ラジオ、楽しみにしてます!
89創る名無しに見る名無し:2009/08/09(日) 11:42:19 ID:/ZAVvx0X
ラジオktkr
90どんつー教:2009/08/13(木) 20:33:33 ID:EWhYGXdd
投下乙

アリスが死んだのは残念。ニコロワでも死んだから、優勝させてあげたかった。

チート巫女うざい。これは、是非けーねに生き残ってもらって歴史を
変えてもらいたいな。  というか、俺もアリスの血を浴びたかった。

91どんつー教:2009/08/13(木) 21:01:04 ID:EWhYGXdd
けーねの能力もチートすぎるから制限されるだろうなorz

でも、アリス好きとしてけーねの能力が完全に制限されないことを祈っています。
92創る名無しに見る名無し:2009/08/13(木) 22:33:59 ID:aP4tmp7/
なんだこいつ…
93どんつー教:2009/08/13(木) 23:00:23 ID:EWhYGXdd
<<92

多田野パロロワ板住み着きの者です。
94どんつー教:2009/08/13(木) 23:02:10 ID:EWhYGXdd
>>92の間違いでした。住み着きっていうのも間違ってるかも・・
95創る名無しに見る名無し:2009/08/13(木) 23:12:56 ID:tVKRk/SC
もう数年程人生経験を積んでから書き込んでいただけるととても助かります
96創る名無しに見る名無し:2009/08/13(木) 23:24:08 ID:3TxlSTkO
パロロワ板?
97どんつー教:2009/08/14(金) 10:00:37 ID:qClpdNWd
>>95様 すみません。

>>96様 パロロワ板っていうのはパロロワ関連の板を略した言葉です。
    昨日ウイルスバスター2009をいじっていて、ただでさえ動作の遅い夜
    にさらに重さがかかってどうしても略さざるをえませんでした。 マジで本当です。
98どんつー教:2009/08/14(金) 10:23:49 ID:qClpdNWd
板じゃなくてスレッドの間違いでした。本当に俺は馬鹿です。無視して下さい。
99どんつー教:2009/08/14(金) 10:53:39 ID:qClpdNWd
まとめ

寝ぼけてスレッドと板を同一視→動作が遅い→略語をして誤解を招く
→急いで謝罪→無駄レスのしすぎだと思うようになる→負け組板逝ってきます
100創る名無しに見る名無し:2009/08/14(金) 11:07:12 ID:vQAMWlGo
ちょ
age過ぎ
101創る名無しに見る名無し:2009/08/14(金) 18:04:55 ID:XSacx/M6
一作者として指摘させていただきます
まずパロロワのスレッドを見てきたならわかると思いますが、こういったネタに嫌悪感を抱く人もいます
ageれば必然的にそういった人たちの目にも留まりやすくなり、それが元で荒らされてしまうかもしれません
好意でageているのかそういったことを見越してageているのかは知りませんが、はっきり言って迷惑です
もともと鼻つまみ者なジャンルなのでsage進行遵守でお願いします


それと名前欄に固定ハンドルネームを入れるのもやめてください
これはどうという問題があるわけではありません
しかしこういったスレでは投下をする際の作品名、および作者トリップを名前欄に書き込むのが一般的でしょう
ただ、予約なしで投下をする人はトリップをつけずに投下することもあります
そういった際に見間違ってしまう可能性もありますし、ほかの楽しみたい人からすればそういった行動は目障りなだけ
本当にパロロワのスレを回ってきたならわかるはずです
固定ハンドルネームをつけて感想を書いてる人が居ましたか?
注目してもらいたいならトリップをつけて作者デビューをお勧めします


そして感想についてもいくつか指摘を

>ニコロワでも死んだから
ほかのロワを引き合いに出されても困ります
ここはここ、向こうは向こう。まったくの別物なので『向こうでは死んだからここでは』なんて言われても知ったこっちゃありません

>チート巫女うざい
これは感想ではなく暴言です
暴言は毒吐きスレでお願いします

>けーねの能力
けーねの能力は歴史を隠す
肝けーねの能力は歴史を作る
事実を無かった事にはできないけーねの能力ではアリス復活は無理です

>アリスの血を〜
oh……

感想をいただけるのは感謝のきわみですが、ここまで突っ込み所(一番最後はアレですが)が多いとどうも気になってしまいます


ただ、最近感想は少なめだったので感想が書き込まれているのを見るとたとえそれが他人の作品でもうれしくて仕方がありません
これからは上のことを少し気にして、一緒にこのスレを盛り上げていってください
あと、死者スレでアリスは絶賛活動中です、アリス好きならそっちに書き込んでみるのもいかがでしょうか?

以上、長々と申し訳ありませんでした


作品書き上げなきゃいけないのに他人の粗探しとか何やってるの俺馬鹿なの死ぬのむしろ死んで死者スレでスターをよくやったと誉めつつ抱きしめたい
102創る名無しに見る名無し:2009/08/14(金) 19:00:00 ID:eYo2BtSV
構うと付け上がるからほっときゃいい
103R-0109 ◆eVB8arcato :2009/08/15(土) 20:54:30 ID:43cHLC7I
104 ◆Sftv3gSRvM :2009/08/18(火) 23:45:50 ID:xCjcuCjg
投下乙です。
アリスの死に目が本当に美しくて、安心と残念な気持ちで一杯です。
こちらも初の本投下をしたいと思います。
そこそこ(無駄に)長いですので、よろしければ支援お願いします。
105亡き少女の為のセプテット ◆Sftv3gSRvM :2009/08/18(火) 23:48:19 ID:xCjcuCjg
「……そ、そんな! ……そんなぁ」

 力なく頽れた少女は、厳寒に耐えるかの如くその細身を掻き抱き、弱々しく震え続ける。
 とんび座りで俯けた顔を両手で覆い、くぐもった嗚咽を漏らす哀れな少女に対して、二人は沈鬱とした表情でただ立ち尽くす事しか出来なかった。
 一体、どんな言葉を掛けてやれば良いというのだ? 家族を、半身を引き裂かれた痛みなど、彼女たちには知る由も無い。

「静葉、さん……」

 貰い泣いて抱き締めた所で何の救いにもならない。自分の腕に走る痛みなど、少女が受けた心の傷に比べれば微々たるもの。
 紅美鈴の噛み切った唇から一筋の鮮血が零れる。ぶるぶる、と震える拳は当て所を見失ったまま、やがて無気力に垂れ下がった。

「……穣子。―――いやああああぁぁぁっ!! 穣子っ! みのりこぉぉぉぉぉっ!!」

 号叫。
 新たな同伴者から与えられた情報は、紅葉の神、秋静葉にとって致命的なまでに残酷な事実だった。
 それは最愛の妹―――秋穣子―――の死。
 そして、その訃報を知らせ、今は少女の涕泣に黙って耳を傾ける鈴仙・優曇華院・イナバの紅い瞳は、ただただ虚ろにくすんでいた。






 目に映る全ての景色が色褪せている。
 暑いとも寒いとも感じない。耳が痛かったほどの無音も、今となっては何の心持ちも抱けない。
 自分は今歩いているのか、それとも痛む脇腹を押さえながら未だに蹲って泣いているのか。
 曖昧模糊とした鈴仙の意識では、それさえもはっきりと認識することが出来なかった。

 ……帰りたい。

 茫々たる思考の海の中で、辛うじて見出せる想いは僅かそれだけ。安楽に手を伸ばそうとする寂寥の念のみであった。
 でもどこに帰ればいいのかがわからない。
 自分にとって幸福を感じられた時間は、永遠亭での毎日だったのか、それとも月にいた頃の生活だったのか。
 大切にしまっていたはずの思い出のアルバムは、いつの間にか黒く濁った泥水の中にぶちまけられた。
 自慢の師匠の微笑も、優しい主人の澄まし顔も、元主人の憂いを帯びた表情も、悪戯好きの同僚が元気に跳ね回る姿も、汚水に浸かり滲んでしまって思い出す事が出来ない。
 代わる代わる脳裏に浮かぶのは、師匠や主人の冷徹なる死刑宣告。死にたくなければ殺せ、という下卑た哄笑だった。
 結局、居場所なんか最初からどこにもなかった。帰る所などとうの昔に失われていたのだ。
106亡き少女の為のセプテット ◆Sftv3gSRvM :2009/08/18(火) 23:49:24 ID:xCjcuCjg

 ―――『ま、深いことは考えないの。私の言うとおりに動けば間違いないから』

 弱くて愚かな自分は、強者の意向に沿って道化のように踊り続ける以外に術は無い。
 輝夜の脅迫に、その存在に屈した自分が彼女から逃げ切る事など到底不可能。
 生き残りたければ、本当に助かりたいのならば、何も考えずに誰かを殺すしか―――

「―――穣子さん……」

 ……だが、恩人との約束を反故にしてまで命を拾ったとしても、その後の人生は暗い悔恨に耐え続けなければならないだろう。
 死にたくない。自分に嘘を吐きたくない。どうしてこんなささやかな望みさえ両立することが叶わないのか。
 蓬莱山輝夜が課した難題は、鈴仙にとってあまりに難しく、そして無視し難い壁であった。

「……許して下さい。あと三人だけ。三人だけなんです。それさえ済めば、私は解放してもらえる。貴方との約束も果たせます、から……」

 空虚に濁った瞳には何の光を宿すこともなく、言い訳じみた謝罪の言葉を繰り返し呟きながら。
 痛めた肋骨など意にも介さず、鈴仙はフラフラと覚束ない足取りで歩き始めた。
 だが、それでも輝夜の言葉は一言一句漏らさず記憶に植えつけられているのか、鈴仙は決して人間の里の方には向かおうとしなかった。
 進路は東。魔法の森である。小心な月兎は最終的に、主人の命令通りそこにいる参加者の命を奪う道を選んだ。

「なんで。どうして私だけこんな目に。私は何も悪くないのに。死にたくないなんて、誰だって思う当たり前の願いなのに」

 鈴仙の呟きは止まらない。
 その様はさながら夢遊病者のようであったが、裏腹に軍用小銃であるアサルトライフルFN SCARを扱う手付きだけは淀みなかった。
 無骨なフォルムを有する、全長1m前後の凶器をスキマ袋から取り出すと、セーフティを解除していつでも引き金を引けるよう備えた。
 同時に、残り二つの破片手榴弾を懐の中に忍ばせる事も忘れない。自分程度の相手なら、三人殺してお釣りが来るほどの重装備である。
 手段は整っている。ならば後は覚悟のみ。再び奪う側に回ってみせる自身の覚悟さえ固めれば……。

(……死角はない。私の手は既に汚れている。だったら一人殺すも三人殺すも変わらないじゃないッ)

 自分は最早、神殺しという名の咎人に成り下がっている。
 それ即ち生きたいと願う事こそ罪。生の渇望を法が許さないのならば、罪を重ねるしか助かる道はない。
 道徳も約束もプライドも、命あってこその賜物。口だけのお題目など、生きたいという欲求の前では何の抑止力にもならないのだ。

「思い出せ。私は殺人者。血も涙もない気が狂った外道なのよ。殺せる。次に会った奴は殺す。私ならやれる私なら……」

 その時だった。垂れ気味の鈴仙の細長い耳がピクリ、と何かの物音に反応した。
 自分に言い聞かせる事で心の準備を済ませていた鈴仙は、即座に近場の遮蔽物に身を屈め音の方向に銃を構える。
 遠目から見て、音の正体は二人の参加者の足音だった。
 まるで何かに追われているかのように忙しない足取りで、手を取り合いながら息急き切って走っている。
 持ち前の聴力のおかげか、先に感知したのは鈴仙だった。二人がこちらに気付いた様子はまだない。
 鈴仙が潜んでいる地点とは少しズレた方向に向かって、一心不乱に前を目指しているのみであった。
107亡き少女の為のセプテット ◆Sftv3gSRvM :2009/08/18(火) 23:50:31 ID:xCjcuCjg

 これはチャンスだ。この状況では、鈴仙でなくともそう思うだろう。
 鴨がネギしょって現れてくれた。逃げ惑うという事は実力的に見てそう高いはずもなく、しかも二人。
 彼女たちを仕留めれば輝夜に課せられたノルマに大きく近づける。
 十分射程内であり、動くだけの的を射る事は訓練を受けた鈴仙にとってそう難しい事ではない。
 腰を落とし銃身を構える。殺せ。二人とも。こんな機会は二度とない。ここで殺さなければ、自分が主人に殺される。

『……止めて、あげて』

 ……考えるな。今思い出していい事じゃない。迷うな。お願いだから。

『貴方が……この殺…し合いを止める…の。他の……誰でもない……あなたが』

 お願いだから出てこないで。私の邪魔をしないで! ……お願いします! 後生ですから見逃して下さいっ!!

 声にならない叫びと一緒に、涙が勝手に溢れ出てくる。視界がぼやけては上手く照準を定められないのにそれでも止まらない。

 正義の味方にも悪の手先にも成りきれない、どっち付かずの半端者。
 亡霊の世迷い言に囚われて、まともに引き金を引く事も出来ない腰抜け。
 我が身可愛さの余り、生き残る為なら誰にだって媚び諂い尻尾を振る駄犬。……もとい駄兎。

 次から次へと悪し様に自分を責め立てる侮辱の言葉が、鈴仙の脳裏に浮かんでは消えた。
 口にするのは殺人を強要した輝夜であったり、自分が殺した雛であったり、殺しの濡れ衣を着せてしまった燐でもあった。
 その後ろでは永琳や穣子も冷淡な表情で、真っ青に染まった顔(かぶり)を振る鈴仙を見つめている。
 二人の眼差しは、侮蔑、憐憫、失望、諦観。様々な悪性の感情が入り混じった酷薄な瞳だった。
 数多の譴責、冷たい視線に晒された鈴仙の銃を持つ手が震え、半開きになった口から「ごめんなさいごめんなさい」と埒もない呟きが漏れる。
 そう簡単に開き直れるはずもない。穣子たちに対する罪悪感は、本人が考えている以上に心の深い場所に根を下ろしていた。
 そうこうしている内に彼我の距離は縮まっていき、鈴仙は初めて相手の顔をはっきりと視認した。

「―――!!」

 緑の人民服に似た衣装を纏った紅髪の少女と、紅葉を模った髪飾りやツーピースを身に付けている金髪の少女の二人組。
 金髪の方を見た鈴仙が驚愕に目を見開く。直感的にではあるが、その顔に自分の恩人である少女の面影を見たからだ。

「に、似てる……? まさ……か、まさか……彼女が、穣子さんの……」

 もしそうだと言うのなら、運命は一体どこまで自分を弄べば気が済むのか、と鈴仙は思った。
 殺人を決起した矢先に、探していた守るべき少女と出会う。これを皮肉といわずして何と言う?
 確認しなければならなかった。罷り間違って穣子の家族を誤殺したとなれば、鈴仙はもう一生、自分自身を許せなくなる。
 銃口を下げた鈴仙は、身の危険も顧みずに伏せていた身体を起こし、走り去ろうとする二人を大声で呼び止めた。

「あ、あのっ!」
「ひっ!」
「静葉さん、私の後ろに! ……誰だアンタはっ!」
108亡き少女の為のセプテット ◆Sftv3gSRvM :2009/08/18(火) 23:51:35 ID:xCjcuCjg

 突然声を掛けられた事で金髪の肩がビクリ、と竦み上がり、それを庇うように中華風の少女が一歩前に出て、険しい表情で独特の構えを見せた。
 その腕には痛々しい裂傷が刻まれており、今もドクドク、と多量の出血をきたしている。
 恐らくゲームに乗った参加者に襲撃されたばかりなのだろう。神経過敏になり、荒々しい素振りで警戒するのも無理なかった。
 二人の視線が自分の持つ銃に集中している事に気付いた鈴仙は、慌てて武器を足元に落とし、バッ、と両手を挙げて降伏の意を示した。

「おっ、落ち着いて下さい! あ、貴方は秋静葉さんで間違いないんですね?」
「そ、そう……だけど、貴方は……?」
「貴方がたに危害を加えるつもりはありません。ど、どうか私の話を聞いてくれないでしょうか」

 恐怖による身体の震えをひた隠しながら、鈴仙は出来る限り真摯な態度で懇願した。
 今になって己の迂闊すぎる行動を呪っても仕方ない。主人にも言われたではないか。
 自分にとって都合の良い物事を、たいして疑いもせず受け入れてしまう傾向がある、と。
 だが果たしてこの状況が、鈴仙にとって都合の良い展開であるかどうかは、彼女にもまだわからなかった。






 三人は簡単な自己紹介を済ませた後、お互いの情報交換を行う事となった。
 参加者との初の交戦という危機から脱し、ようやく落ち着いた静葉の治療を受けながら、美鈴は身に降り掛かった今までの出来事を手短に伝えた。
 冥界の管理者である西行寺幽々子と行動を共にしようとしたがはぐれてしまい、その直後に宵闇の妖怪に襲撃された事。
 危険だから今は森に行かない方がいい、という美鈴の忠告を受けて、鈴仙は密かに『殺してもいい参加者』の候補にルーミアを定めた。

 鈴仙からまず伝えるべき情報は決まっている。それは、霊夢の暴挙でも輝夜の危険性でもない。
 あと半刻もすれば放送によって周知の事実となるであろう、秋穣子の死。静葉にとって最も辛い身内の悲報だった。
 どちらにしろ知る事を避けられないのならば、師匠の冷酷な放送からではなく、自分の口から伝えてあげたい。
 だが、……どうしても躊躇われた。
 心の傷痕、それも一生物の悲しみを背負わせるとわかっていながら、それを告げなければいけないジレンマ。
 そして、「誰が殺した?」と二人に問い詰められる光景を、想像した時の恐怖。
 間接的にとはいえ、穣子は自分が殺したようなものなのだ。ポーカーフェイスが壊滅的に下手な鈴仙は、それを隠し通せる自信がなかった。

(……こんな時まで自分のことばかり考えて。私ったら本当に……最低ね)

 最低な臆病者でも、臆病者なりの義理を見せよう。心の封殺に徹し、都合の悪い箇所さえ伏せれば被害者を装う事も出来るはず。
 腹を括った鈴仙は、表情を悟られないよう顔を俯けながら、ゆっくりと口を開いた。

「……私が何故、静葉さんの名前を知っているのか。それは、貴方の妹である秋穣子さんと出会ったからなんです」
「……え?」

 その言葉に、悄然と佇んでいた静葉が掠れた呟きを漏らして反応する。

「ど、どこ? 穣子は今どこにいるの!?」
「それ、は……」

 …………

 それは余りにも残酷な空白。一秒が一分にも一時間にも感じられる、奇妙な間であった。
 恐々と俯伏して口籠もる目の前の兎を見れば、勘の良い者ならすぐに何を言いたいのか察する事が出来る。
 まず美鈴が心苦しげに瞳を伏せた。そして、その悲哀に満ちた様相を見る事で静葉の顔からみるみる内に血の気が引く。
 まるで産まれ立ての小鹿のようにブルブル、と震えながら、静葉は鈴仙の両肩を乱暴に掴み上げた。
109亡き少女の為のセプテット ◆Sftv3gSRvM :2009/08/18(火) 23:53:01 ID:xCjcuCjg

「ね、ねぇ……。黙ってちゃわかんない。い、妹は……! 穣子は今どこに―――」

「―――彼女は亡くなりました。私を庇って」

 明かした瞬間。肩に置かれていた静葉の両手が、そのまま鈴仙の細首に掛かった。
 力任せに締め上げようとするも、鈴仙には何の苦痛も感じない。力などまるで入っていなかった。
 弱々しく震える両手は、締めるというよりも縋るように。ポロポロ、と零れる涙に構わず、静葉は哀願に近い否定の意を口にした。

「うそ、……でしょ?」
「……穣子さんは最期まで貴方の無事を祈っていました。私も彼女に助けられたんです。
 傷ついた身体を呈して、私を守るために……その、立派に……」
「い、嫌……」
「彼女は私に静葉さんの事を託して逝きました。命を救ってもらった恩に報いる為に貴方を探していたんです。
 よろしければ、私も貴方がたの一行に加えては頂けませんか? 必ず、お役に立ってみせますから」
「……そ、そんな! ……そんなぁ」

 思った事がすぐ顔に出る、鈴仙の沈痛な面持ちを見れば、嫌でも妹の死が現実味を帯びてくる。
 最後の支えを失った静葉の腰が抜けた。
 その場に尻餅をつき、さめざめと声涙あわせくだる紅葉の神の小さな背中を見て、美鈴は痛みなど厭わず下唇を思い切り噛み締めた。

「静葉、さん……」

 ……結局、自分には何も出来なかった。
 気の持ちよう一つで世界の流れは変えられる。気を使う東洋の妖怪である美鈴らしい発想であり、また本人も心底からそれを信じていた。
 だが無情な現実は、それがまやかしである事を容赦なく二人に突きつけた。
 今となっては、静葉にどんな慰めの言葉を掛けようと気休めにすらならない。

 納得がいかなかった。
 心優しい善の神が、これ程までに苦しまなければならない理由が一体何処にあるというのか。
 許せなかった。
 こんなにも人を殴りたいと思ったのは生まれて初めてかもしれない。鈴仙にではなく、自分たちをこんな殺し合いへと導いた主催者をだ!

「……穣子。―――いやああああぁぁぁっ!! 穣子っ! みのりこぉぉぉぉぉっ!!」

 耳を塞ぎたくなるような痛々しい号叫が、森と人里を繋ぐ街道に木霊した。
 今はただ自身の無力を痛感し、せめて目を背けずに少女の泣き叫ぶ姿を見届ける以外、二人に出来る事は何もなかった。






「―――美鈴……さん……」

 あれから、どれ程の時間が経過したのだろうか。
 声が枯れ果てるまで泣き通した静葉が不意に、信頼出来る友人の名を呟いた。
 それに反応した美鈴が、目尻に溜めていた涙を拭って、慈しみ深い微笑で静葉の元へと駆け寄った。
 温もりが恋しいというのならいくらでも背中を貸そう。自分なんかでよければ、静葉が望むまで傍にいさせて欲しい。
 だが、次に静葉の口から出た言葉は、美鈴や鈴仙の予想だにしない内容であった。
110亡き少女の為のセプテット ◆Sftv3gSRvM :2009/08/18(火) 23:54:24 ID:xCjcuCjg

「私を、殺して」
「……え?」
「もう楽になりたいの……。これ以上、貴方の足手纏いになりたくないのよ」
「なっ、何を……?」
「―――お願いよっ! まともに戦うことも出来ず、貴方に余計な負担を掛けてばかり!!
 穣子だってもういない。お荷物の私が生き残る理由なんか何一つ残ってないわっ!
 私のせいで貴方にまで死んで欲しくないの! だ、だからお願い。貴方の手で、私を妹の所に送って頂戴!!」

 愕然とする美鈴の袖に縋り、静葉はあらん限りを声を振り絞って、心奥に秘めていた暗い願望を曝け出した。
 ルーミアとの戦闘の際、己の不甲斐なさによって美鈴を傷つけてしまった負い目が、穣子の死によって爆発した結果だった。
 自分では何も成せない。誰も救えない。むしろ集団の穴となって自分以外の誰かに迷惑を掛け続ける。
 それならいっそ、ここで全てを終わらせて欲しかった。
 手前勝手な屁理屈だ。美鈴に辛い思いをさせているのは重々承知の上だが、今の静葉にそんな事まで気を回すゆとりがあるはずもない。
 涙と鼻水と涎で顔を濡らし、ぐずぐず、としゃくり上げるその姿に、かつての神たらんと気丈に振舞っていた面影はどこにもなかった。
 絶望極まった美鈴は、堪えていた悲憤の涙を再び浮かべながら静葉の両肩を抱き、正気を取り戻そうと少女の上半身を激しく揺す振った。

「気を確かに持って下さい! 私は静葉さんを疎ましいだなんて思った事は一度もありません!
 貴方のお陰で私は私のままでいられるんです。だからそんな……そんな悲しい事言わないで下さい!!」
「お願い……お願いだからぁ。もう嫌なの、疲れたの。だから……はやく」
「静葉さんッ!!」

 悲鳴に近い美鈴の掛け声が続く中、彼女たちの耳にカチャリ、とこの場にそぐわない異質な機械音が鳴り響いた。
 美鈴が反射的に背後を振り向くと、そこには胡乱な光を宿した紅い瞳の兎が、スキマ袋に納めていたはずのアサルトライフルを構えていた。
 呆然とした体で、自分が何をしようとしているのか自覚出来ていないまま鈴仙は緩慢な動作で、静葉の額の高さまで銃口を持ち上げる。

「……?」
 きょとん、と。状況がまるで飲み込めていない静葉は、不気味に黒光りする銃口を茫然自失と見つめ、

「や、やめ……」
 瞬きすら許されない、突如目の前に現れた絶体絶命の危機に、美鈴は縺れる舌を必死に動かして―――


「し、死にたい……んでしょ?」
「―――やめろォォーーーッッ!!」


 蚊の鳴くような鈴仙の小さな呟きは、美鈴の絶叫によって完全に掻き消された。












111亡き少女の為のセプテット ◆Sftv3gSRvM :2009/08/18(火) 23:57:29 ID:xCjcuCjg
 ―――結論から言うと、鈴仙は撃たなかった。

 美鈴の声によって我に返った鈴仙は、ハッ、と銃をスキマ袋に慌てて仕舞い込み、二人に何度も何度も頭を下げて謝罪した。
 自分でも何をしようとしていたのかよくわからなかった、という愚にもつかない言い訳に対し、美鈴は嫌悪に顔をしかめた。
 冗談にしてはタチが悪すぎ、本気だったのなら目の前の兎は、いつ手の平を翻すかわからないまさしく危険な存在である。
 行動を共にしたいと言っていたが、果たして信用してもいいのだろうか、とお人好しな彼女にしては珍しく猜疑の迷いを見せる美鈴。
 その隣では、意気消沈の体でにべもなく項垂れた静葉が、面目を失い肩を震わせている鈴仙の顔をジッ、と見つめていた。
 まるで何かを問いかけるかのように。
 それは銃口を向けた事に対してなのか、それとも殺さなかった事に対してなのか、その答えは静葉にしかわからない。
 先程の騒動で今は一時的に大人しくなってくれている。
 しかし、まだまだ危うい影を落としている静葉が何処かへ行ってしまわないように、美鈴は静葉の手をギュッ、と握った。
 彼女の傷口に塩を塗るような真似はしたくないが、鈴仙から聞きたい事は未だ山ほど残っている。
 僅かでもいい。それが静葉の希望に繋がるかもしれない、と一縷の望みを託して、美鈴は改めて鈴仙の持つ情報を訊ね直した。

「……鈴仙さん、でしたよね。貴方はどこで穣子さんと出会ったのですか?
 実際に、彼女が息を引き取られる所をその目で確認したのですか? その時の状況を詳しく教えて下さい」
「……」

 口調こそ丁寧だが、まだ先の凶行を引き摺っているのか、鈴仙を見る美鈴の目は険しい。
 ただでさえ信用を大きく落とした上に、核心への言及を求められた。
 もうミスは絶対に許されない、と鈴仙は大きく深呼吸をし、出来るだけ平静を装って事の次第を明かし始めた。

「……穣子さんと出会ったのは、人間の里のとある民家でした。
 穣子さんだけでなく、そこには厄神や地底の妖怪などもいて、私も含めて当初は穏やかに話し合いを進めていたのですが」

 厄神という言葉に、静葉の肩がピクリ、と僅かに震える。
 目は心の窓という。ここからは虚偽も含めなければいけない為、鈴仙は瞼を閉じて、感情を表に出さないよう努めながら続きを紡いだ。

「……その中に殺意を抱いた参加者がいたのです。彼女は懐に隠し持っていた爆弾を使って、私たちを皆殺しにしようとしました。
 私はパニックに陥りながらも、何とか難を逃れる事が出来ましたが、逃げ遅れた穣子さんは……」
「……その参加者の名前は?」

 火焔猫燐……と、言おうとして思い留まる。これ以上、彼女に負い目を作りたくなかった。

「ッ……。わ、わかりませ、ん。あ、あの時は私も逃げるのに必死でした、から」
「……」

 だが、その訥言混じりの返答が拙かった。美鈴の視線が更に冷たくなったような気がして、鈴仙は所在なさそうに身を縮込ませた。
 もし弾みで鈴仙の懐にある爆弾が零れ落ちでもすれば、彼女は疑いの余地もなく、殺人の実行犯と見做されていただろう。
 針の筵の上で綱渡りをさせられている気分だった。ドッ、と滝のような汗が伝い落ちる。
 やはり主人の言う通り、どんなに気張っても自分は嘘一つ吐き通せないのか、と鈴仙は途方に暮れた。
112創る名無しに見る名無し:2009/08/19(水) 00:35:01 ID:42s17Ue+
 
113創る名無しに見る名無し:2009/08/19(水) 00:36:02 ID:42s17Ue+
  
114創る名無しに見る名無し:2009/08/19(水) 00:37:12 ID:42s17Ue+
 
115創る名無しに見る名無し:2009/08/19(水) 00:38:41 ID:42s17Ue+
   
116創る名無しに見る名無し:2009/08/19(水) 00:41:06 ID:42s17Ue+
  
117亡き少女の為のセプテット ◆Sftv3gSRvM :2009/08/19(水) 00:42:08 ID:z9hie5sH

「……鈴仙さん」
「まっ、まだこの話には続きがあるんです! 逃げ延びた後、私は穣子さんと再会出来ました。
 彼女は爆発に巻き込まれ重症を負っていましたが、まだ生きていて、そこで私は穣子さんから姉を守って欲しいと頼まれたんです」

 美鈴の疑惑に満ちた言葉を遮るには、多少強引にでも話を進めるしかなかった。
 その内容に大きく反応した静葉は、俯いていた顔を上げ、身を乗り出して妹の安否を確かめた。

「穣子は……穣子はまだ生きているの!?」
「……い、いえ。言いにくいですが、傍目から見ても明らかな致命傷でした。今から四、五時間以上も前の話なので、今はもう……」
「ちょ、ちょっと待ってよ。……それって何? 貴方、穣子の最期を看取ったわけじゃないのね?
 まさか、死に掛けの穣子を見捨てて、自分だけ逃げ出したっていうの!?」
「し、静葉さん、落ち着いて下さい!」

 情緒不安定に陥っているのか、突然癇癪を起こし鈴仙に掴みかかろうとする静葉を、美鈴が慌てて押し留める。
 そして静葉の今の詰問は、鈴仙にとっても逆鱗に触れるものだった。
 あの時の光景を鮮明に思い出し、ボロボロと泣き出した鈴仙は、今までの弱腰な姿勢も自分の立場も忘れて大声で静葉に怒鳴りつけた。

「私だって好きで見捨てたわけじゃない! 何も知らないクセに勝手なこと言わないでッ!!
 ……仕方がなかったのよ。刀を持った霊夢にいきなり襲われたんだもの! 穣子さんがいなかったら私だって彼女と一緒に死んでいたわ!」
「霊夢って、……ま、まさか、紅白の巫女が殺し合いに乗っているんですか!?」
「霊夢だけじゃないわよ。私の主人である蓬莱山輝夜様も嬉々として殺し回っているわっ!
 それ相応の強者が奪う側に回っているの。たった数時間で14人もの参加者が殺されているのが何よりの証拠じゃない!」
「そ、そんな……っ!」

 ありえない、と反論しようとして、そこで美鈴は我が主である紅い吸血鬼、レミリア・スカーレットの顔を思い浮かべた。

 お嬢様は……レミリア様はどちら側についているのだろうか?
 奪われる側というのは考えにくいけど、あの方は聡明だし、無益な殺生などはされていないはず。
 ……でも、本当にそう言い切れるの? あの紅白ですら殺人を犯しているかもしれないのよ?
 お嬢様だってパチュリー様のご不幸に逆上し、誰かを血祭りに上げていても何らおかしくない。
 そして、お嬢様が殺す側に回ったのなら、咲夜さんも絶対にそっちにつく。これは断言出来る。
 フランドール様は? まだ誰一人殺してないと胸を張って言える? 信じきる事が……できる?

 出口のない迷宮に迷い込んだかのように、美鈴の思考がグルグル、と空回る。
 そもそも自分は何故、紅魔館の住人であるにも関わらず、彼女たちと合流する事を忘れて人助けに精を出しているのだろうか?
 強者である彼女たちには自分の力など必要ないから? 捨て駒扱いされるかもしれないから?

(……違う。これはお嬢様たちを貶めたくないから咄嗟に作った理由。言い訳だ。
 本当は、怖かったんだ……私は。
 もし、お嬢様たちが殺し合いに乗っていたのなら、私もそれに加担しなくちゃならなくなる。
 参加者を殺さなくちゃいけない立場に陥るのが、……堪らなく嫌なだけだったんだ)

 つまり、美鈴は紅魔館メンバーの総意を、『皆殺し』だと無意識の内に決め付けていたのだ。
 気付いてしまえば当然とも言える。この状況において、吸血鬼に人を襲うななどと諭す事がどうして出来ようか。
 美鈴はただ逃げていただけだった。
 殺したくはないけど、逆らって殺されたくもない。知らない誰かを支える事によって日常を繋ぎ止めようとしている。
 ……その結果がこれなのか。本当にこのままでいいのか。自分に出来る事など何一つないというのか。
 美鈴は、涙を流しながら息を荒げる鈴仙を見て、彼女に奇妙なシンパシーを感じた。
 きっとあの兎も自分と同じなんだ。身内を信じきれず、大切なものから目を背け、死にたくない一心でひたすらに逃げている。
 そんな哀れな少女に同情すると同時、美鈴の心に湧き上がる思いはただ一つ。

(私はもう、―――逃げたくない!)
118亡き少女の為のセプテット ◆Sftv3gSRvM :2009/08/19(水) 00:43:43 ID:z9hie5sH






「……鈴仙さん。最後に穣子さんと出会ったのはどこですか?」
「え? 人里の東外れだったと思うけど……」
「そうですか。……静葉さん、人間の里に行きましょう。穣子さんを……探しに」
「……美鈴さん?」
「なっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! 私の話を聞いてなかったの!? 里は危険だってさっき言ったばかりじゃない!」
「……じゃあ、どこなら安全だと言うのですか?
 そんな場所はもうどこにもありません。それなら私は静葉さんを妹さんに会わせてあげたい。
 もしかしたら誰かが彼女を介抱してくれて、まだ無事でいるかもしれないじゃないですか」
「ありえないわ! すでに手の施しようがなかった状態だったもの! あれほどの怪我、師匠でもない限り助けられるはずがない!」

 再び肩を震わせる静葉を抱き締めた美鈴は、真っ青な顔で必死に力説する鈴仙を睨み付け、一喝する事で黙らせた。

「そんな事はわかっています! でも希望を捨てて、諦めて泣いてるだけじゃ前に進めないんですっ!
 ……それに静葉さんは私が守ります。もう決めたんです。
 例え相手が巫女であろうと、……お嬢様であろうと私は決して譲らない! 自分が正しいと思う道を最後まで貫いてみせる!!」
「……や、やめて。あそこには姫様だっているのよ。私は行けない。行きたくない! 出会った瞬間に殺されちゃうよぉ」

 美鈴の瞳に灯る強い決意の光に圧されたのか、鈴仙はヨロヨロ、と後ずさりして目を背けた。
 静葉も、何か眩しいものを見るかのように目を細めて、美鈴の手を握り返し、俯けていた顔を決然と上げる。

「わ、私も……私も穣子に会いたい! 駄目でもいい。自分の目で見て納得したいの!」
「決まりですね。私じゃお供としてはちょっと頼りないかもしれませんけど。あはは」
「そんな……。貴方にはもう何度助けられたか。……本当に、本当に……ありがとう。
 私の方こそまた足を引っ張るかもしれないけど、もうちょっとだけ……もうちょっとだけ頑張ってみるから……だから」
「ええ! これからも宜しくお願いしますね、静葉さん!」

 ニコッ、と快活に笑う美鈴を見て、少しだけ自分を取り戻した静葉もぎこちなく微笑み返した。
 それは今まで培ってきた友愛の情。この殺伐とした状況の中で互いを支え合おうとする、家族にも近い強い絆だった。
 だが、置いてきぼりにされ、勝手に話を進められた鈴仙には堪ったものじゃない。
 そのまま人里に向かおうとする二人の行く手を、鈴仙はバッ、と両手を水平に広げて立ち塞がった。

「お願いです! どうか考え直して下さい! 殺されるとわかってて、みすみす行かせるわけにはいきません!
 わ、私だって静葉さんを守らなくちゃいけないのに! それが穣子さんとの約束なのにっ!!」
「……その静葉さんに鉄砲を向けたのは誰ですか? 貴方の思いは本物かもしれませんけど、失礼ながら私は貴方が信用しきれません。
 行きたくないのなら無理についてこなくてもいいですよ。静葉さんは私が命を懸けて守りますので」
「そ、そんなっ!」

 先程とは打って変わって冷たい言葉を投げ掛ける美鈴に、鈴仙の心が絶望に染まった。
 僅かな期待を込めて、保護の対象である静葉の方に顔を向ける。
 静葉は少し迷ったように目線を泳がせていたが、無理についてこなくてもいい、という美鈴の考えには同意見のようだ。
 まさか自分の情報によって、こんな事になってしまうとは夢にも思わなかった鈴仙は、頭を抱えたくなる程の後悔に襲われるしかなかった。

(どうしよう。どうしようっ! 私は一体どうすればいいの!?)
119亡き少女の為のセプテット ◆Sftv3gSRvM :2009/08/19(水) 00:45:02 ID:z9hie5sH

 静葉に危険な目にあって欲しくない。三人の参加者を殺さなくちゃいけない。そして、何より死にたくない。
 全てを都合よく叶える事など出来るはずがなかった。

 二人について人里に赴けば、霊夢や輝夜に出会う可能性が高くなる。そうなれば鈴仙は今度こそ死ぬしかない。
 かと言って、それで説得できる程の信用は今しがた失ってしまった。美鈴たちの決意は固い。
 保身を第一に考えるのならば、ここは一旦別れた方が賢明かもしれなかった。
 だが、もしも次の放送で静葉の死を聞いたりでもしたら、自分はまた見捨ててしまった事になる。
 これ以上自分を嫌いになりたくないという理性と、生に執着する本能が、鈴仙の内で激しく葛藤する。

 迷っている時間はない。美鈴は静かな口調で決断を促した。

「それで、貴方はこれからどうするんです?」
「わ、私は。私は―――」



【E-4 一日目 昼】
【鈴仙・優曇華院・イナバ】
[状態]疲労(中)、肋骨二本に罅、精神疲労
[装備]アサルトライフルFN SCAR(19/20)、破片手榴弾×2
[道具]支給品一式×2、毒薬(少量)、FN SCARの予備弾×50
[思考・状況]基本方針:保身最優先 参加者を三人殺す
1.選択の時。次の書き手さんにお任せします
2.静葉とこいしを見つけて保護したい
3.永琳や霊夢には会いたくない だけど穣子の言葉が頭から離れない
4.穣子と雛に対する大きな罪悪感
5.燐に謝らないと ……でも怖い
※美鈴達と情報交換をしました。殺す三人の内の一人にルーミアを定めています。



【紅美鈴】
[状態]右腕に重度の裂傷(治療済)
[装備]なし
[道具]支給品一式、インスタントカメラ、秋静葉の写真、彼岸花
[思考・状況]静葉を守る
[行動方針]
1.穣子を探しに人間の里に行く
2.静葉を守る為なら戦闘も厭わない。だが殺しはしない
3.幽々子や紅魔館メンバーを捜すかどうかは保留
4.主催者に対する強い怒り
※鈴仙と情報交換をしました。



【秋静葉】
[状態]頬に鈍痛
[装備]なし
[道具]支給品一式、紅美鈴の写真、不明支給品(1〜3)
[思考・状況]妹に会いたい
[行動方針]
1.穣子を探しに人間の里に行く
2.情けない自分だが、美鈴の為にももう少しだけ頑張りたい
3.幽々子を探すかどうかは保留
※鈴仙と情報交換をしました。
120 ◆Sftv3gSRvM :2009/08/19(水) 00:50:28 ID:z9hie5sH
以上です。支援して下さった方、本当にありがとうございました。
諸事情でしばらく書き手としては活動出来なくなりますが、このロワの今後の繁栄を祈りつつ。
ご意見、感想お待ちしています。
121創る名無しに見る名無し:2009/08/19(水) 00:58:04 ID:42s17Ue+
ちょ、このタイミングで抜けるとかw
最近破棄も多いし、本格的に過疎るのかねぇ

それはともかく。
逃げ続けているヘタ鈴仙と逃げることをやめためーりんか……
上手く対比を演出していていい構造。里にはまだ問題が山積みなんだが……w
122創る名無しに見る名無し:2009/08/19(水) 07:33:42 ID:G/cPJgfN
乙です、相変わらず引き込まれるなぁ
美鈴と静葉の関係が綺麗な分、鈴仙…
123創る名無しに見る名無し:2009/08/19(水) 16:08:46 ID:hMa6Ird/
投下乙です。
美鈴と静葉の決意は美しいが……もう穣子は……。
鈴仙の決断の時といい、これは続きが気になる。
124 ◆30RBj585Is :2009/08/20(木) 19:32:14 ID:j27aYNdA
やっと作品が出来ました。
いろいろあったとはいえ、約1週間にわたって皆さんを待たせてしまい申し訳ありませんでした。

題名は「早朝以降の愚かな選択」です。
125 ◆30RBj585Is :2009/08/20(木) 19:33:43 ID:j27aYNdA
(まずいことになったわ・・・)
せっかく捕まえた捕虜が逃げようとしている。この失敗に八意永琳は焦っていた。
実験用のカエルが逃げ出したとかそういう甘いものではない。あれを放っておけば間違いなく自分と輝夜の情報をばら撒くだろう。
自分はまだいい。どうせほぼ全ての参加者から目をつけられている状況なのだから、今更何を言われようが立場は変わらないだろう。
だが、輝夜はどうなる?彼女の居場所を聞くためとはいえ、そのために彼女の容姿を、そして自分が彼女を捜しているということを相手に教えてしまった。こうなるとあの神様は間違いなくそのことを言いふらすだろう。
そうなったら輝夜まで狙われる可能性がある。(何も知らないのに)拷問で口を割らせられるなり人質にされるなり、何らかの形で危害が及ぶだろう。

輝夜が今の自分のように全員から敵視されることになったらどうなるか?仮に以前に鬼や吸血鬼と対峙したときのようなことになったらどうなるか?
自分の場合は持ち前の頭脳で短期間の間に最善の策をシミュレートしてそれを実行できたから何とかできることが出来たが・・・
失礼ながら、輝夜には自分のような機転を利かせるほどの頭脳は無い。
長年続いた妹紅との殺し合いで培った戦闘経験があるとはいえ、それだけでは生き残れないのがこのゲーム。このまま放っておけば必ず訪れるだろう、数の暴力に勝てるはずが無い。
もしそうなったら輝夜は・・・そして自分は・・・
(そんなこと、させてたまるものですか。月の頭脳と呼ばれし賢者、八意永琳の名において!)
今は考え事をする時期ではない。
とにかく、あの神を捕まえることを考えねば。そう思い、永琳は全力で諏訪子の後を追い走っていった。

ふと、永琳は諏訪子がいるであろう場所を見る。
(案の定、距離が離されているわね・・・)
諏訪子は何やら変な乗り物に乗って走っている。あれに関しては見ただけではよく分からない道具だが、少なくとも走るよりも速く移動できることは分かった。恐らく、あれに乗っている間は追いつくのは無理だろう。
だが、あの道具には欠点がある。これは見ただけで分かった。
その欠点は何か?
それは・・・すぐに分かることだ。
現に今、諏訪子はそれで硬直状態になっているのだから。
126 ◆30RBj585Is :2009/08/20(木) 19:35:26 ID:j27aYNdA


◆   ◆   ◆


「しまった・・・」
洩矢諏訪子はとある地点を前に、動けずにいた。
それもそうだろう。何故なら、彼女の目の前にはあれがあるのだから。
「神社の階段の事、すっかり忘れていたわ・・・」

地を這う自転車で階段を下りるのは至難の業だ。
もし、バランスを崩して転んでしまったら・・・。そう思いながら諏訪子は階段の右側を見る。
「見事に崖になってるわね。こんなところで転んで落ちてしまったら・・・」
なんでこんな悪地形になっているのだろうか。無駄に階段は長いし崖際は危ないし・・・
博麗神社にはお賽銭が入らないというが、その理由がよく分かるほど酷い地形である。
ここでふと永琳がいる方を向くと、彼女がどんどんこちらとの距離を縮めて向かってくるのが見える。十数秒もあれば追いつかれるだろう。

(どうする、ここで戦うか?)
正直なところ、このまま逃げるのではなく、自分が直々に永琳を叩きのめしたいところである。
ただ、相手はこのゲームの主催者だ。それも、あらゆる人妖を集め力を極限まで制限することが出来るほどの者である。
そんな相手とサシで戦って勝てるのだろうか?はっきり言ってゼロに近い。
「くぅ、駄目だ。何となくだけど、私一人じゃあいつに勝てない気がする。神の勘がそう告げるんだ。
早苗、神奈子、みんな、ごめん・・・!」

ならば永琳とは一旦距離をとるまでだ。逃げるんじゃない、戦略的撤退だ!
それに、永琳のあの焦り様・・・。まるで自分が逃げると彼女にとって不都合なことがあるみたいだった。
もう最初から忌み嫌われし立場にあるというのに今更何を恐れているのだろうか、それはまだ分からない。
だが、今の自分の行動であいつが困るというのなら喜んでやってやる。
そう思い、諏訪子は
「このまま突っ切るのみよ!」
なんと、自転車に乗ったままで博麗神社の階段を下ったのだった。
127 ◆30RBj585Is :2009/08/20(木) 19:37:09 ID:j27aYNdA



…いや、諏訪子は『階段』は下りない。大体、自転車で段差の激しいところを走るなんてまず不可能だ。
そこで、諏訪子は階段の外側を走った。そこならば比較的凸凹の少ない坂になっていて階段よりも幾分マシになる。
「うおおおぅおおおぅおぉぉお!?」
だが、それでも悪地形であることには変わらない。凸凹の地面を這う自転車がガタガタと振動し諏訪子の体を刺激する。少しでも気を抜けばすぐにでもバランスを崩して転んでしまうだろう。

ズキッ
「うっ、肩が・・・」
諏訪子の肩が悲鳴を上げている。そういえば、左肩は永琳にやられたのだ。何もしていなくても痛むその部分が更に痛むのが分かる。
だが、これしきのことで怯んではいけない。こんな痛み、あのときに助けて上げられなかった金髪の妖怪が受けた痛みに比べれば、自分と別れたルナサと阿求が受けただろう痛みに比べればはるかに軽い。
「負けて・・・たまるかぁっ!」
そう思い、諏訪子は気合を入れた。


階段を自転車で下りるという無茶苦茶な行動とはいえ、それのおかげで永琳との距離を更に離すことはできた。
後はこのまま突っ切るのみだが・・・
「あいつはこのまま私を逃がすか?
いいや、逃がさないだろうね。だとするとあいつは・・・」
しばらくして体が慣れたときに後ろのほうを見る。
「やっぱり、攻撃するよね・・・」
案の定、弾幕が諏訪子に目掛けて飛んできた。あれで自分を怯ませようと算段しているのだろうか。
だが・・・

「そんなモノで怯むと思うな!
コバルトスプレッド!蛙よ、私を護れ!」
どんな攻撃をしようが無駄だ。そう言わんばかりの覇気で弾幕を繰り出した。

ドカン!ドカン!
コバルトスプレッド(通称・カエル弾)は衝撃を受けると爆発して周囲を巻き込む。
弾幕を撃とうが小石を投げようが、自分へのあらゆる攻撃はカエルの爆発が遮断する。
この爆発が自分と相手の間で連鎖すれば、もう自分への直線状攻撃は無いといってもいいだろう。現に、永琳が飛ばしている弾幕は自分に当たることなく爆発で消滅している。
「もう私に攻撃を当てることは出来ない・・・!
そして・・・このまま撤退して、あんたとあんたの探し人の情報を暴露してやるわ!ざまぁみろ!」
後は定期的に弾幕を出しながら逃げるだけだ。
勝った。いや、逃げる時点で負けなのかもしれないが、この行動で相手を困らせるというならばこれで良いと思う。
つまり、試合に負けて勝負に勝ったようなものだ。
128 ◆30RBj585Is :2009/08/20(木) 19:38:52 ID:j27aYNdA


…そのはずだったが
ヒュン
「ん?」
諏訪子の頭上から何かが通り抜ける音がした。
何だろう?そう思い、ふと上を向くと・・・
「あれは・・・ビン!?それも、見覚えのある・・・というより、私のもう一つのアイテムじゃないの!
あいつ、いつの間に私の袋の中をあさって・・・いや、それよりもあれであいつはいったい何を・・・?」

確か、ワインが入っていたと思う。
でも、そんなもので何が出来るのか?自分の頭上に落として攻撃しようとでも思ったのか?
だとしたら、それも無駄に終わる。だいたい、あの投げられたビンは自分に当たるどころか、狙いを大きく外れているではないか。
馬鹿馬鹿しい。弾幕が通じないからということで最後の足掻きがこの程度か。
アイテムを無駄に使いやがって。あのワイン、とっても紅くて美味しそうだったんだけどなぁ。


そう思っていたときだった。
ボンッ!
「えっ!?」
諏訪子の目の前を飛んでいたビンが突然爆発した。
すると、その爆発によりビンの破片が、そして中身が全方位に向けて発射される。
あまりにも突然で予想もしない攻撃を前に、諏訪子はそれをもろに受ける形になってしまった。

ビチャッ!
周囲にワインの液が飛び散る・・・と同時に、その一部が諏訪子にも掛かってしまった。
「うわっ!め、目が・・・目がっ!?」
もろに液を顔面から浴び、それにより視力を奪われる。
「って、しまっ・・・」
いや、それだけではない。
今の出来事に怯んだ所為で、完全に自転車のバランスを崩してしまった。
こうなると、その後の運命は誰でも想像がつくだろう。
ガシャン!
「うわあぁーっ!?」
諏訪子は自分に何が起こったのか、それはよく見えなかった。自分が自転車から転び、宙に投げ出されたことくらいしか自覚できなかった。
そしてしばらくの間、自分が空から落ちていく感覚を覚えながら・・・
ガキン!
「ぐえっ!」
諏訪子の意識はここで途絶えた。
129 ◆30RBj585Is :2009/08/20(木) 19:41:15 ID:j27aYNdA



◆   ◆   ◆



「即席で作った爆弾・・・思った以上の効果ね」
諏訪子本人は、ビンの爆発から後は自分に何が起こったのかは分からなかっただろう。
だが、彼女の様子を遠くから見ていた永琳にはその始終を全て知っている。

諏訪子が階段を下り始めた最初は、弾幕を放って怯ませようとした。だが、それが通じないということが分かると、即座に攻撃方法を切り替えた。
それに使ったのは予め諏訪子からこっそり盗んでおいた、見た目からして紅魔館の物だろうか血のような紅いワイン瓶だ。
あれに弾幕を封じ込めてから投げつけることで、諏訪子の近くまで飛んだら爆発させる。これにより諏訪子に瓶の破片や瓶の中身を浴びせて怯ませる・・・という狙いだったのだ。
これならわざわざ正確に相手を狙う必要は無いため、直接弾幕で攻撃するよりも成功率が高い。
「『瓶中の紅酒』とでも名づけようかしら。うーん、ちょっと語呂が悪いかも」

結果、予想通りに諏訪子は怯んでバランスを崩した。
ただ、崩れ方が非常に激しかったようで、転ぶどころか大きく吹っ飛んでそのまま崖から転落してしまったのが小さな誤算だった。
まぁ、あの高さから落ちたのだ。死にはしないだろうが、かなりの痛手になるだろうからそう遠くまでは逃げられまい。
あとは森に落ちただろう諏訪子を探し出し、情報を搾り出させた後に始末すれば良いだろう。
そうと思えば、すぐさま実行に移すべき。
そう思い、永琳は諏訪子が落ちただろう森の地点をしっかりと目に焼き付けながらこの場を去っていった。


永琳が階段を下りた後のこと、土色の帽子が空をフワフワと漂いながらゆっくりと落ちてきた。
そして、それはそのまま瓶が割れて出来た血溜まりの上に着地する。
その光景は・・・まるで、ここで流血の惨劇が起こったかのようだった。
130 ◆30RBj585Is :2009/08/20(木) 19:42:29 ID:j27aYNdA




「それにしても、あれが冷静さを失った神の結末・・・といったところかしら。無様なものね」
諏訪子が階段の前で硬直していたのを見たときは再度捕まえるチャンスだと思った。今ここで諏訪子を逃がさずにおけば、改めて輝夜の情報を割らせることが出来るからだ。
…そのはずが、よりによって変な乗り物に乗ったままで階段を下りるという予想外の行動に出たときは焦りを隠せなかった。
…だが、冷静に考えると、あの行動はいかに愚かであったか。それがよく分かる。
あの悪路をあの乗り物で走るなんてリスクが大きすぎる。自分との距離を離すためとはいえ、あの行動は正気の沙汰じゃない。それよりも乗り物から降りて自分の足で走るなり最初から崖から飛び降りるなりの方がまだ安全なのに・・・
その結果、見事に裏目に出て自らを追い込む羽目になってしまった。哀れなものである。

だが、あのときの諏訪子に関して永琳はとても強い親近感を覚えた。
諏訪子が神社に来てすぐに何回も叫んだ名前――早苗だっただろうか。あの振る舞いからして、諏訪子は早苗がここにいることを最初から知っていたかのようだった。恐らく、真夜中のときに見た明るい星と関係が強い者だろう。
まるで我が子を必死に心配するかのようなそんな挙動は、まさに自分が輝夜を心配しているそれと同じものだ。
だが、そこから生まれるものは『心配』、『不安』、『焦り』など、負の感情ばかりだ。
これらの要素があらゆる場において思考を鈍らせる・・・そのことは自分が嫌と言うほどに経験した。
鬼たちに襲われたときもっと有効な打開策があったはずだとか、諏訪子から情報を引き出すときにもっと穏便に済ませられなかったのか、など明らかに自分の思考が鈍っていた。
もっとも、それらのことは自分の事ゆえに主観的に自分を見るしかなかったため、気付く機会が無かった。
だが、今回は諏訪子を通じて自分の姿と言うものを客観的に見ることが出来た。あの醜態をこの目で見て、自分が今までとった行動がいかに愚かな事だったか、それが痛いほどに分かった。
そして、今のままではまさにあのようなことに自分がなってしまう。そんな気がしたのだ。

「私もこうならないよう、気をつけないとね」
あのようになって二の舞を演じるようなことは避けたいところ。
そう思い、永琳は長く続く階段を下りていった。
131 ◆30RBj585Is :2009/08/20(木) 19:44:23 ID:j27aYNdA



【G−4 博麗神社の階段 一日目 午前】
【八意永琳】
[状態]疲労(小)
[装備]ダーツ(24本)
[道具]支給品一式
[思考・状況]行動方針;諏訪子を見つける
1. 諏訪子に輝夜の情報を割らせ、後の憂いの種にならないよう殺す
2. 輝夜の安否が心配
3. 真昼(12時〜14時)に約束の場所へ向う
※この場所が幻想郷でないと考えています
※自分の置かれた状況を理解しました
※この会場の周りに博霊大結界に似たものが展開されているかもしれないと考えています
※腹の痛みはほぼおさまっています





一方、森へと落ちていった諏訪子はどうなっているだろうか。
結論から言うと彼女はまだ死んではいない。落下の衝撃を受けて気絶しているだけだ。
そして幸運かどうかは分からないが、彼女が気を失っているのは地面ではなく木の上だ。落ちたとき、偶然にも幹にぶつかったあとに木の枝でうつ伏せになって倒れているようだ。
生い茂る木の上にいるために、誰かに見つかる可能性は地面にいるよりは少ないだろう。

だが、こう気絶している間にも永琳は根掘り葉掘り探し出そうとしてくるだろう。
それを無事に乗り越えられるかどうか・・・?
答えは運命の神様のみぞ知る。



【G−4 博麗神社の崖付近 一日目 午前】
【洩矢諏訪子】
[状態]気絶中(目が覚める時期は不明)、左肩に脱臼跡(半日ほど痛みが残るものと思われます) 、全身に打撲および頭に強い衝撃、服と顔が紅ワインで濡れている
[装備]なし
[道具]支給品一式
[思考・状況]行動方針;永琳を打倒する策を考える
1.永琳と輝夜を殺す
2.殺傷力の高い武器を探す
3.早苗と神奈子の無事を心から願っている
※永琳を憎むと同時、彼女の主催者としての在り方に僅かな疑問を抱いています


※博麗神社の階段では紅ワインで濡れているところがあります。その地点には諏訪子の帽子が放置してあります
※折りたたみ自転車は神社の崖付近に転がっています
※諏訪子のもう一つの支給品はパチュリー特製紅ワインでした(もしかしたら、成分に血液が含まれているかも?)
132 ◆30RBj585Is :2009/08/20(木) 19:54:42 ID:j27aYNdA
投下完了です。
・・・が、やっぱり題名を訂正します。
題名は「早朝より始まりし愚かな選択」です。
この2人は早朝からの自分の行動について後悔しているんじゃないかと思ったので
わざわざ題名の訂正をしようと思いました。まぁ、このままでも問題は無いんですけどね。些細なことでした。


>>亡き少女のためのセプテット
静葉の心境がとても痛いです・・・
妹の死を知り、更にそれを目の当たりにした鈴仙との会話は重苦しく感じました。
そして鈴仙、結局はヘタレに戻るのねw
133創る名無しに見る名無し:2009/08/20(木) 23:13:15 ID:QtV0su1i
投下乙です。いやマジで
多分トップクラスで難易度高い二人をよく纏められたなと感心しました。
永琳が冷静になっちゃったから今後更にハードル上がりそうで不安だがw
諏訪子はこのまま為す術なく終わってしまうんだろうか…

134創る名無しに見る名無し:2009/08/21(金) 01:40:27 ID:tcm4Arn5
ワインの赤色に染まったということは、これは新しい誤解フラグ……!
いやあ、どんどんえーりんが窮地に追い込まれていきそうな、そんな気がするw
135創る名無しに見る名無し:2009/08/21(金) 17:09:31 ID:tycVXIVq
いつもながら物語進行やまとめ方が上手で驚きます
自分も書き手のひとりとして見習いたい
使いやすそうな複線も多く貼ってあって今後の展開もすごく楽しみだ
136 ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 00:47:43 ID:x6x3shBf
予約期限を超過してしまい申し訳ありませんでした。
作品が書き上がりましたのでこちらに投下したいと思います。
タイトルは『Gray Roller -我らは人狼なりや?-』です。
137Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 00:50:04 ID:x6x3shBf
 目に映る世界は目まぐるしくその色を変えてゆく。
 
――14人、死んじゃったんだね
 
 みんなの何が変わったのだろう。
 私も何かが変わったのだろうか。
 
 みんなは何か変わったのだろうか。
 それは幸せなことか不幸なことか。
 
 
「つまり端的言って私は、因幡てゐを殺すべきだとそう思うのです」
 
 伏し目がちになりながら、やたら低いトーンでさとりが言った。
 話し合いがとてもスムーズに、そして希望溢れる良い方向へ進んでいた最中の事だったので、その空気の変化は少々恐かった。
 いや、言い訳は止めよう。 実際は“やはりそうなのか”という思いが強かった。
 話し合いがやたら円滑に進んだのだって、きっと皆がソレから目を逸らしたがっていたからだろうし……
 理想論に傾倒していながら肯定的に話し合いが進んだのも現実から逃げる口実代わりだったんだと思う。
 
 ……そう、わかっていながら、
けれど、私はやっぱり認めることが出来ないんだろうなぁと、半分諦める様に思った。
 
 せっかく脱出の糸口が見つかったんだ。
 もう誰も殺し合わないで済む方法が見つかったんだ。
 後は皆で協力し、計画実現に向けて全力を尽くす。
 ……それでいいじゃないか。
 それだけじゃ駄目なのか? それで万事解決じゃないのだろうか?
 
 私達の間で、空気が落ちてゆく音が聞こえる気がした。
 
 
 
※※少し前※※
138Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 00:52:16 ID:x6x3shBf
 
 
 
――呼んでいるのが『殺して廻る側』だったらどうするの?
 
 始まりは罪悪感からだったかも知れない。
 “おそらくその可能性は薄いだろう”私がそう答えて、そしてパチュリーは死んだ。
 
 もし私がパチュリーの疑問にもっとちゃんと向き合っていたら?
 もし私があの家からパチュリーを連れ出したりしなければ?
 パチュリーも同意していた。
 そう言い訳は出来る、だがそんな苦し紛れの言い訳に何の意味があるのか。
 私が原因の一端を担っていた事実は変わりはしない。
 そして当然にパチュリーが生き返ってくる訳でもない。
 こんな、言い訳なんて……自分が感じる罪を減らそうっていうだけの浅ましい行為だ。
 
――ここにパチュリーをおいていこう
 
 私は……何だ?
 何様なんだ?
 流されてしまった、自分が死ぬ可能性を削りたいと思ってしまった。
 悪い考えではないのだろうが、けれどそれはきっと卑怯な思考だったと思う。
 だから、その重苦しい罪悪感を紛わす為に私は一層仇討ちに必死になった。
 ああ、始まりは確かに罪悪感からだった。
 己の身に積もる罪をひたすら憎しみに変換し続けた。
 
 そう……私、上白沢慧音はその時から、深い怒りを、憎悪を抱き続けていたんだ。
 私達を騙し、パチュリーを撃ち殺したあの巫女を……
 こんな馬鹿げた殺し合いに乗って他者を傷つける、そんな自分本位な考え方しか出来ない馬鹿共を……
 私は確かに、殺してやりたい程に激しく憎んでいた筈だった。
 ……その筈だったんだ。
 
 けれど皮肉な事に、ああ、本当に悲しい事に……
 私の頭の中を支配していた、その刺々しい憎悪の塊を打ち砕いてくれたのは……
 
 因幡てゐ、彼女の行いだった。
 
 今思うと本当に虚しい、実にどうしようもない只の錯覚みたいなものでしかなかったが、
私はてゐに対して一種の尊敬の念みたいなものさえ抱いていたんだ。
139Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 00:55:02 ID:x6x3shBf
 
 私は此処を酷薄な弱肉強食の世界だと思っていた。
 強者だけが生き残り弱者はただ淘汰されるだけの、そんな極悪なルールが支配する場所だと思っていた。
 けれど、てゐが私に教えてくれたんだ。
 この世界では強い者だけが生き残るんじゃない。
 それがこの世界の“悪”なのではないんだと……
 受け入れることの強さ、幻想郷や皆を信じる心を……
 そんなキラキラとした素晴らしい精神を確かにて学び取った様な気がしたんだ。
 
 ああ、強さって何だ? 簡単に他人を殺せる事か?
 てゐはどうだ、あの第一放送の時……
 私が白楼剣を強く握りしめ、てゐを殺そうと考えたあの時、一体何をした?
 何も……そうだ、てゐは何もしなかった。
 
――その剣、なんなら抜き身のままでもいいよ
 
 気づいていなかった訳ではない。
 私が剣を振り下ろす訳がないと、そう私を“信じて”くれていたんだ。
 素晴らしい精神力だと思う、殺されそうになりながらも……
 死ぬかも知れないというのに“それでも”他人を思いやる事の出来る強さ。
 半分、もうそれは狂気だと言っていい。 普通は無理だ。
 
 ああ、そうだよ此処は弱肉強食なんかじゃない。
 生き残ってしまうのはきっと心が弱い者ばかりだ。
 心の弱さ故に他人を蔑ろにしてしまった可哀想な者達だ。
 きっと死にたくなくて、救われたくて、足掻く事しか出来なかった者達だ。
 
 思えば、私は何だかんだと後ろ向きに考えすぎていたのかも知れない。
 きっと殺し合いの場という事を意識し過ぎていたんだ。
 ああ、そうさ、皆幻想郷の仲間じゃないか。
 冷静なつもりでいたが、結局私もこの世界の空気に毒されていたのだろう。
 相手が乗っているか乗っていないか、善人か悪人かなんてそんな二極化した物の見方しか出来ず、
排他的になって疑心暗鬼に振り回されて、全くそれでは“乗っている連中”と同じではないか。
 いや、連中には“生きる為”という絶対的な理由が在ったが私にはそれさえ無かった。
 自分勝手な正義感を振りかざして行為を正当化していただけだ。
 
 善悪の判断を、この法も秩序も奪われた世界で、閻魔ですらない私が決める?
 人妖の命の価値を、善悪を、私なんかが決めて良いのか?
 違うだろう。 間違っているだろ。
 
 私達は……幻想郷は違った筈だ。
 相手なんて関係なく皆が好きに生きて、それでもちゃんと信頼関係が成り立っていた。
 異変を起こした側も起こされた側も最終的には仲良くなれる、そんな関係を私達はずっと築いてきたじゃないか。
 命名決闘法の意味は……スペカルールは一体なんだったんだ?
 
140Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 00:57:56 ID:x6x3shBf
 
 14人、それは確かに死んだのだろう。
 けれど悲観する必要なんて無いはずだ、猜疑心を広げる必要は無いはずだ。
 きっと皆はただ“生きたい”って思っているだけの筈なんだ。
 そうさ、迷子みたいなものさ。
 
 教え子が、誰かが間違ったのならそれを正す。
 そして正解へと導いてあげるのが“先生として”私の在るべき姿ではないのか。
 それこそが心半ばに命を失った者達が望んでいることではないのか?
 パチュリーより私に引き継がれたこの“工具箱”の意味ではないか?
 生きる為の道を探して彷徨っている皆に、
『ほら、もう殺し合う必要なんか全くないんだ』って教える為の……
 乗ってる者も乗っていない者も皆を救う為の、その為の物ではないのか?
 
 それが一番正しい、“先生として”私が歩むべき道じゃないか。
 
――その剣、なんなら抜き身のままでもいいよ
 
 あの言葉を受け白楼剣を鞘に収めたあの時、同じく胸中の尖った感情も溶かされていた。
 
 てゐが犯人だと解った今でもその想いが間違いだったとは思わない。
 てゐの行いの全てが嘘偽りで、打算に満ちた演技だったとしても……
 全部が私の勘違いが生み出したちっぽけなただの幻想だったとしても……
 それでも私は確かにその時、感動に打ち震えていたんだ。
 てゐを通し錯覚でも幻想でもない“何か”を確かに私は学び取った筈なのだから。
 
 ……だから、もういいじゃないか。
 
「慧音! 早苗だ! パチュリーを殺した早苗だ」
 
 さとり達に言い寄られて必死に、まるで怯える様にてゐが叫んでいた。
 私が振り上げた殺意に確固とした信頼を以て答えてくれた“あの”てゐが……
 まるで焦っているみたいに、汚い本心が透けて見える様な杜撰な演技で、
“さとり達を殺してくれ”と、そう私に訴えていた。
141創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 00:58:20 ID:EgMgj0IQ
 
142Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 00:59:08 ID:x6x3shBf
 
 そうさ、解っていた。
 ああ、解ってはいたんだ。
 けれど、でもそれでもやはり“そう”だったんだと再確認してしまって、私は途端に悲しくなった。
 なんでこうなってしまうのだろう。
 てゐの嘘なんて、もうどうでも良かったのに……
 ちゃんと言ってくれたなら、そしたら受け入れてやれたかも知れないのに……
 
「――もうやめないか?」
 
 幻想の砕ける音を遠くに聞きながら、私はてゐのその呼び掛けを拒絶した。
 
 するとあっけなく、ほんとにあっけなく問題は解決してしまった。
 小町の乱入こそあったが、それでも大きな変化は無く。
 てゐは私の庇護を受けられず捕まり、私と早苗の間の誤解やわだかまりも氷解した。
 そうして事件はあっさりと解決へ向かい始めた。
 
 はぁ……溜め息が出てしまうね。
 何だろう、万々歳といった所なのに不思議な倦怠感が身を包んでいる。
 疲れてしょうがない。
 動くのも億劫な……張り詰めていた糸が切れてしまった感じだろうか。
 まだ殺し合いは続いている。
 気を抜くには早すぎると、そう頭では解っているんだがね。
 まったく、これは一体どうしたものか。
 ああ、ほんと活力が沸かない。 どうにも“心に”力が入らないよ。
 危機感やら何やらがすっぽ抜けて、心に穴でも空いてしまったのだろうか?
 果たして心と言うのは、風船みたいに萎んでしまう物だったのだろうか?
 
 ……まぁ、別にいいのか。
 元より1日中ずっと気を引き締めてはいられないんだ。
 なに簡単なことさ、気苦労が多くてちょっと脳髄が休息を求めているだけのことだ。
 少しすればまた冷静な自分に戻れる筈だ。 そうさ、すぐにいつもの自分が戻ってくる。
 そう考えて私は、今自分がやるべき事に集中することにした。
 
 私はスカートの端を破り取り縄代わりとして、てゐを後ろ手に固く縛る。
 そして、ちゃんと自由が奪われている事を、近くさとり達に見せた後、
早苗の事を殺人犯だと誤解していた事を深く謝罪した。
 
 そうだ、きっとこれから先は色々な物事を“4人で”乗り越えていく事になる筈……
 些細な蟠りも解消しておきたい。
 もう私は旧知の者達と争ったり、憎しみ合う姿は見たくないんだ。
143創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 00:59:23 ID:EgMgj0IQ
  
144創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:00:07 ID:EgMgj0IQ
   
145Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 01:00:34 ID:x6x3shBf
 
 謝罪は笑顔を以て受け入れられた。
 寧ろ“私の方こそ誤解されるような事をしてすみません”といった感じで、
早苗は謝った私以上にオロオロと申し訳なさそうな顔をしていた。
 何というか、こんな僅かなやり取りの中でも、早苗の人の善さみたいなものが伝わって来て、ほんのり胸が温かくなる。
 
 ああ、きっとまだ大丈夫だ。
 私達なら今度こそうまく行く。
 
「なぁ、今後の事で話し合いたい事があるんだ……」
 
 博麗神社へ向かう道すがら、私達は今後の方針等を話し合う事になった。
 
 パチュリーの死。
 出だしこそ悲しいものであったが私達はこうして和解することが出来た。
 これを犠牲の上に成り立ったものだとは思いたくない。
 大丈夫だ、きっと話し合いは良い方向に進むだろう。
 
 何となく、早苗の笑顔を見ているとそう思えた。
 
 
 
※※※※
 
 
 
 起点となったのは早苗の素朴な疑問だった。
 広げられた地図を眺めながら、早苗が『そういえば』と地図の一点を指さして疑問の声を漏らす。
 
「他は全部山に囲まれているのに、どうしてここだけは無いのでしょうか?」
 
 指さされた場所はA−1、彼岸と記された場所だった。
「山の代わりに川があるからでしょう」
「でも川なら簡単に渡れるんじゃないですか?」
 さとりと早苗の間で軽い会話がなされ、そこで知識に長ける慧音がその疑問に答えを出す。
「その川は三途の川だから生きている者にはどうやっても渡れないのさ」
 そこでまた『あれれ』と早苗が疑問の声を上げる。
「三途の川ってことは、あの、死んだ人が渡るってあれですか?」
 その通りだと答えながら、慧音は何処に疑問点が在るのかと不思議そうに首を傾げた。
 しかし一方早苗の方は何やら得心がいったらしく、満足そうにその次……
 慧音、さとりにとって聞き流せない事を口走った。
146Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 01:01:51 ID:x6x3shBf
 
「へぇ、あの世……彼岸って幻想郷に在ったんですね」
 
 外の世界から幻想郷にやって来た早苗だからこそ出てきた言葉。
 本人してみれば幻想郷での新しい発見と言う程度の軽い言葉だったのだが、
その言葉は投げ掛けられた慧音やさとりに大きな衝撃をもたらした。
 
 彼岸は果たして幻想郷の一部なのか?
 答えは否、彼岸は幻想郷とは別の世界である。
 では果たして“此処の彼岸は”この世界の一部だろうか?
 答えは出せない、分からない。
 だが仮に“此処の彼岸も”幻想郷と同じように別の世界なのだとしたら、
この世界と元の幻想郷は三途の川を跨ぎ、彼岸で繋がっているのではないか?
 
 確証は無い、ただのそれは想像でしかなかったが、しかしそれは重要な事であった。
 何故なら、もし繋がっているのなら“三途の川を渡る方法”さえあれば元の幻想郷に帰れるやも知れないからだ。
 さとりと慧音は、早苗の発した一言から同じくその考えに至る。
 そしてまた同じようについ数分前の出来事を思い出し、同時にその“方法”に思い至った。
 
 三途の川渡し、死神“小野塚小町”の存在。
 
 慧音はずっと薄暗く感じていた魔法の森が一瞬明るくなった様な錯覚を受けた。
 絶望的だと思っていた脱出に希望が見えた気がしたのだ。
 それから慧音もさとりも堰を切ったようにあらゆる可能性を検討し、話し合った。
 当の早苗は自分の言葉から始まった筈なのに話について行けず、だたぽけりとしていた。
 だが、そんな早苗でも遂に物事が良い方向に動き始めたのだと雰囲気的に分かった。
 つい先程まで両耳をぴってりと垂れ下げ、死刑宣告を受けたかのように項垂れていたてゐもまた、
うって変わって明るく朗らかな顔で話し合いに混じっている。
 
 慧音はその話し合いを包む和気藹々とした空気に言い知れない喜びを感じた。
 
 ああ、やっぱりそうなんだ。 皆、殺し合いなんかを望んでいないんだ。
 ちゃんとした方向さえ見つかれば、助かる方法さえ分かれば誰も争ったりしない。
 そうだよ、ははっ、皆協力出来る。
 助け合えるんだ。
 
 脱出の話し合いは、終始ほぐれた明るい空気の中で行われた。
 せっかく灯った希望の光を誰もが消したくないと思ったのだろう。
 内実打算に満ちた思考を回していたてゐでさえそう考えていたのだから、他の者達は尚更である。
 ただそれだけに、話し合いが盛り上がれば盛り上がるほど、
冷静沈着な態度を崩さず、ずっと仄暗い空気を纏い続けているさとりの様子は周りから浮いて見えた。
147Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 01:04:19 ID:x6x3shBf
 
「さて、それでどうやって三途の川を渡るかだが……」
 歩きながら、やたら嬉しそうに身振り手振り大きく慧音が切り出した。
 慧音が出して来た案は幾つか有ったが、その中でも特に有力なものとして以下の2つが選ばれた。
 1、小野塚小町の協力を得て、死神の船を使う。
 2、八雲紫の協力を得て、境界を操る能力を使う。
 
 そしてそこから派生するように話し合いは進行し、
それぞれの案を成功させる為に重要な事は何かと言う話へと発展した。
 そこで1の案を成功させる為に話し合われた重要な事柄は次の3つ。
 小町の協力を得られる事、小町が距離を操る能力が使える事、そして死神の船を手に入れる事である。
 ひょっとすれば死神の船は小町以外にも扱える可能性はあったが、
例え扱えたとしても、どれだけの距離があるかも分からない三途の川を渡るには、
どうしても距離を操る能力が必要な為、やはり小町の協力は絶対条件であった。
 
 しかし、この案で一番の問題は小町の事ではない。
 寧ろそれより死神の船が手に入るかどうかの方が不安要素が多かった。
 何故なら、小町の能力制限に関してはうってつけの“制限解除装置”が既に手元にあり、
小町の協力を得る事に関しても、つい先程の会話から小町が確りとした意志の元動いている事が分かっており、
また、少なくとも古明地さとりに対しては協力的な姿勢を見せていたからだ。
 故に消去法でいって、一番の問題点は死神の船の調達となった訳だ。
 それに何より、この世界が主催者によって創られているとすれば、
そんな脱出の助けになるような道具を残しておくとは考えにくかったというのもある。
 
「やはりこの世界は誰も脱出できない様に出来ているのでは無いでしょうか」

 さとりのその疑問は誰もが思っていながらも口に出来ずにいた、所謂“公然の問題点”であった為、
間を挟まず、すぐさま打ち消すようにして慧音が反論する。
「いや、大丈夫だろう。 何より悪い方向にばかり考えても仕方がない。
 不可能かどうかを論じるより、今は可能性を少しでも広げるべきじゃないか?」
 制限解除装置や首輪を外せるかもしれない工具箱が支給品として配られているのだから脱出用の船だってあるかも知れない……
 ああ、所詮は予想に過ぎない。 勿論に無い可能性だってある。
 確かにさとりの言う様に、この世界が絶対に脱出不可能という事も有り得るだろう。
 けれどそれは神社に辿り着き皆と合流し、首輪の解析を進める中で最終的に分かることであり、何も今結論を出すべき事では無いんじゃないか?
 
 船の事も、脱出そのものについても前向きに検討すべきだと、慧音はそう強くさとりに説いた。
 それに船の件に関しては絶対条件でも無いのだ。
 何故なら2の案である紫の境界能力を使う場合には、必要なのは制限解除装置だけであり死神の船は必要無い。
 故に、取り敢えず脱出に関しては2の案をメインに進め、1はその代案……
 何らかの事情にて、そう、余り考えたくは無いが紫が死んでしまった場合等に推し進めていけば良いのではないか。
 
148創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:05:45 ID:EgMgj0IQ
     
149Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 01:06:22 ID:x6x3shBf
 
 討論の末、脱出方法に関する話し合いは、概ねその慧音の案に沿う形で決着した。
 しかし当然、誰もが諸手を挙げてその案に賛成した訳ではない。
 現段階では余りに情報が少なく、脱出案の拠り所、その殆どが想像と仮定によって成り立っていたからだ。
 けれどしかし、あの懐疑主義的なさとりでさえ脱出案そのものにはあまり反対意見を述べはしなかった。
 それは現段階でそれらを根拠不十分として切り捨てるのは早急であると言う、慧音の意見があったが故である。
 
 慧音は実に多くの脱出案、その可能性を示してはくれたが、
さとりにとってその殆どは最早“脱出案”と名付けるのもおこがましい荒唐無稽なものばかりであった。
 案を否定はしない。 否定するにも情報が不足しすぎているのも確かである。
 ……が、しかし流石にこれは問題であろうと考え、
どの案も一応は頭に留めておくがその代わり、行動に移すのは最低限実現可能なレベルの案だけに絞るべきだと……
 つまり、他の団体との交流の中で実際に“脱出案”として言明するのは、最も無難な2の案だけに留めるべきだとさとりは提案した。
 
 慧音はそれに強く反対する。
 脱出案をひとつしか伝えないでいれば、その可能性が潰えた場合に皆の希望がなくなってしまう。
 さすれば対応の遅れ如何によって、皆がまた恐怖に駆られ望んでもいない殺しに走ってしまう事も有り得るのではないか?
 それを防ぐ意味でも、確実性の有る案だけでなく考え付く限りの案を皆に伝えるべきだ。
 それにさとりは確実性だとか実現不可能だとか言うが、それは私達の主観に過ぎず……
 私達にとっては達成が難しく思えても他者にとってはそうではない場合もあり、
現在では達成困難な案も、多くの者に伝わり賛同者が増えれば実現し得るのではないか。
 ……と、そんな風に慧音はさとりを説得試みる。

 しかしさとりも中々折れはしない。
 慧音の意見は伝聞によるリスクを考慮していない、不確定要素を濫りに増やすべきではないと反論する。
 そも、物事とは例えどんな小さな事であれ口外すれば幾らかのリスクを伴う。
 特にこういった、情報を受ける側の理性的な対応が望めそうに無い場合には尚更である。
 恐らく此処で無責任に情報をばらまく行為は多大な被害を生み出すだろう。
 例えば、達成困難な半ば妄想に近い様な案を誰かが信用し、またそれが他者に伝播し、
結果、私達の預かり知らぬ所で、多くの者を巻き込んで悲惨な失敗をする。
 その様な事だって普通に有り得るのだ。
 しかもその場合、その問題はその者の失敗それひとつでは終わらない。
 被害に巻き込まれた者達が、その原因……
 脱出案の出所である私達に怨恨を抱く可能性もあり、
またその案の失敗を受けて芋ヅル式に他の案の信用性が下がり、
結果また疑心暗鬼が蔓延し、皆を巻き込んで殺し合いが勃発する事も有り得る。
 
 両者は中々に意見を曲げなかったが、早苗やてゐの仲裁を受け最終的にはお互いが少しずつ歩み寄る事によって合意した。
 “死神の船という不安要素を抱えているが一応1の案も他言を認める”という、さとりの妥協の末の合意である。
150創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:06:33 ID:EgMgj0IQ
     
151Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 01:07:47 ID:x6x3shBf
 
 そうして脱出それ自体の手段、方針が定まり。
 次に議題に挙がったのは首輪であった。
 特にその解除法や技術者について深く話し合われた。
 進行はやはり脱出案の時と同じ様に、慧音が主に可能性を広げ、多彩な案を出す事に従事し……
 逆にさとりは可能性を狭め、出た案を厳選し優良なものを残す事に従事し……
 残る早苗とてゐは二人の仲裁や補完といった、中立的立場からの意見を出すことに従事した。
 最初で役割分担を話し合った訳ではない。
 それは個人個人が自然と自分にあった役割に填っただけのことである。
 対極的な意想を見せるさとりと慧音は言わずもがな、
残る中立的な立場の早苗とてゐにしてもその立ち位置には理由があった。
 早苗は性格上言い争うという行為が苦手であり、また皆が言い争う姿も見たくなかった為、
どうにか穏便に話し合いを進めようと努めた結果、それが仲裁、中立的立場に落ち着いたのである。
 てゐも似たようなものだ。
 パチュリー殺害という前科持ちであるが故大きな発言権が得られず、
けれどそれでもどうにか話し合いを誘導しようと、舵を取ろうと術策を巡らした結果が、
話の補完による印象操作という援護支援的な立場であった。
 
 慧音とさとりの影に隠れて早苗やてゐの意見はぱっとせず余り目立たないが、
実際にこの完全な対立構造において一番影響力を持っていたのはそういった中立的立場の発言であった。
 勿論立場的な意味合いを無視しても、彼女らの意見には慧音達に劣らず素晴らしいものがあった。
 例えば早苗はメンツ唯一の外来人という事もあり、在住の者達に比べ意見が非情に奇抜かつ柔軟であり、
有用性こそ低めだが、時には皆を暫く唸らせる様な確信を突いた意見を言う事もあった。
 
 てゐにしても幻想郷において五本の指に入ろうかという古株である。
 このメンツにおいては最も多くの経験や知識を有しており、話し合いにおいても有用な情報や意見を多数もたらした。
 そう、てゐの情報には確かに有用なものが多くあった。 それは誰もが認めざる得ない。
 けれど残念な事に“パチュリーを殺している”という事実は彼女のもたらす情報を歪め、その印象を大きく損ねた。
 案そのものは非常に有益なものであるにも関わらず、その殆どが確り取り合って貰えず無視されたのである。
 さとりはてゐの情報に耳を傾ける事で騙され、誘導に引っかかって罠に嵌められる事を極端に怖れたが故に最初から取り合わず。
 どちらかと言えばてゐに寛容であった慧音でさえも、てゐの意見に耳を貸し引用こそしたが、
それは“殺人者であれ認められる、信じられる”という事をさとりに見せつける為の言わばポーズとしての意味合いが強く、
実際に提案を取り入れる事は少なかった。
 
 これは話し合いの体裁を取り繕っただけの言葉のぶつけ合いである。
 議論が進行するにつれ膨らんでゆく奇妙な雰囲気を誰もが感じていた。
 恐らくその渦中の人物であるてゐは特に、既にしてもう明確な予感があったと思う。
152創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:08:19 ID:EgMgj0IQ
     
153Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 01:09:42 ID:x6x3shBf
 
 今すぐにでも逃げ出したいその空気の中で、けれど拘束されたてゐにその選択肢は無い。
 いや、実際には彼女程の演技力と明晰な頭脳があれば、
話し合いを掻き乱し逃げ出す為の隙を作る事は不可能では無かったであろう。
 しかし現実として彼女はその策を実行に移したりはしなかった。
 普段は大胆に詐欺や悪戯を敢行する彼女が、どうして今回に限っては余りにこじんまりとした印象操作に徹しているのか?
 理由を挙げるとすれば、それは今現在の彼女の精神状態にこそある。
 
――その剣、なんなら抜き身のままでもいいよ
 
 そう、始まりはてゐ自身の誤解からであった様に思う。
 “いや、遠慮させてもらうよ。悪かったな”
 そう答えた慧音の申し訳なさそうな表情の意味に気付いていたならば起こり得なかった事。
 
 てゐは誤解していた。
 慧音は自分を信じて疑いもしない実に“甘い”思考の持ち主なのだと。
 実際に“てゐを殺すつもりはない”という一点においてはその考えは間違いでは無かったのだが、
それも含めて、てゐはずっと誤解していたのである。
 そんな誤解の上で幾つもの幸運に助けられ生き延びながら、
てゐは“こんなぬるい相手なのだからもっと上手く行く筈なのに”と寧ろ自分の不運を嘆いた。
 そしてあろう事か、“そんな不運の中で”自分がまだちゃんとやっていけているのは一重に才能なのだと、
自らの策謀や演技力に因るものなのだと自惚れた。
 その自信は間違いでは無い、間違いでは無いのだがそれはそれとして自惚れの代償は直ぐに払わされた。
 
――もうやめないか?
 
 膨らんだ自信は稚拙さを招き、ここ一番という所で演技を誤った。
 予想にも予測にも無い、慧音の想定外の反応を前にてゐは自らのミスを痛感した。
 けれど諦め悪く打開の光明を探すてゐは、慧音に自らを殺す意志が無いと言う発言を受けて安堵した。
 生かされているのならばチャンスはまだ在る筈だと。
 この時点では“まだ”てゐは自らの手腕への自信を滾らせていた……
状況は最悪に向かっている、けれど自分ならば何とか出来る、とそう思っていた。
 
 てゐが誤解に気付いた時、けれど既に新たな誤解が生まれていた。
 
 いや、ちょっと待ってよ。 慧音に私を殺す意志が無いとして、それは“いつから”だ?
 もしかしたら、そう、もしかしたらあの時に慧音が手にした白楼剣の意味は……
 慧音が剣を抜き鞘に収めるまでの間、その前後に何があった?
 まさか既に? もしかして更に以前から?
 
 ひとつの誤解が氷解した時、不運を実力で乗り切ったという自己評価は完全に反転していた。
 身を拘束され自身の状況と照らし合わせて、てゐの今までの自信や境遇への考えは崩れた。
 
 実はずっと見え透いた嘘ばかりを吐いて居たのではないか?
 相手が慧音以外であったなら既に死んでいたのでは?
 だって私は今の今まで、内心を読まれていた事にすら気付けていなかった!
 
 恐怖が襲った。
 自信もへったくれも無い。
 何だか全てを見透かされているような、そんな怖さが常に付きまとった。
 
 故あって……話し合い、口八丁な詐欺師てゐの得意分野においても彼女は大胆な行動を取る事は憚られた。
 長年の勘が大丈夫と言っているにも関わらず自らの力量を信じ切れなかった。
 自信喪失、詐欺のスランプ中とでも言おうか……
 
 それが現在、因幡てゐが大人しい理由であった。
154創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:12:38 ID:EgMgj0IQ
       
155Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 01:13:13 ID:x6x3shBf
 
 
「……という理由から考えて、能力制限は首輪の持つ力では無いと予想しています」
 因幡てゐがいずれ訪れるであろう審判の日を前に戦々恐々として居る合間にも、
さとり達の話し合いは進んでいた。
「やはり世界そのものが持つ力場とでも言いますか……
 能力制限はそう言ったモノの影響、もしくは主催者本人が持つ力に因るものだと思います」
 
 首輪を外しただけでは能力は解放されず、大した解決にもならない。
 さとりの意見はそう言ったモノであったが慧音はそこまで絶望を覚える事は無かった。
 理由は解っている。
 その状況すら打開し得る制限解除装置が既に手元にあるからだ。
 故に慧音にとってその意見はその重要性を再確認する程度の意味合いしか無かった。
 
 しかしそうは思えど、やはり何もかもが主催者の掌の上に在る様で気味が悪い。
 脱出の要となる物は全て“用意された”物である。
 そこから慧音はひとつ主催側の意図というものを推測してみた。
 
 そう、これは一種の挑戦なのではないか、実験なのではないか。
 幻想郷の皆を敢えて最悪の状況に叩き込み、その中で全員が協力し最善の選択肢を見事選び取れるか見ているのではないか。
 永琳だって幻想郷に住む者だ。
 皆への愛着もきっとあるだろう、悪意だけの存在なんて在る筈がない。
 そうさ、きっと私達は試されているんだ。
 
 ……楽観論過ぎるか?
 
 思い付きはせよ口には出せなかった。
 さとりに厳しく反論されるのは目に見えて居るし、推測が事実だろうが間違っていようが……
 脱出が、用意された逃げ道が本物だろうが罠だろうが……
 どちらにせよ私達はそこに縋るしかないのだ。
 ならば私は心に希望を持ちたい、この希望をわざわざ口に出して否定されたくは無い。
 
 弱気になって居るなぁ、と思いつつも想いは変わらない。
 私はただ全力でこの希望に賭ける。
 
「さあ、首輪の持つ力についてはもういいだろう。
 今度はそれぞれ首輪を解除し得る技術者について候補を挙げていってくれ。
 少なくとも私は6人は知っているぞ」
 
 慧音は落ち込みがちになっていた自分を励ますつもりで、議題を明るく前向きなものへと切り替えた。
 
 技術者という事で真っ先に候補に挙がったのは河童、河城にとりであった。
 慧音の持つ工具箱にしても元は彼女の持ち物という事もあり、期待は十分である。
 次に名前が挙がったのは香霖堂の亭主、森近霖之助。
 物珍しい道具を多量に扱った経験がある事も含め、
特に“道具の名前や用途を知る”という首輪解析に役に立ちそうな能力から候補に挙がった。
156創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:14:53 ID:EgMgj0IQ
       
157Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 01:15:15 ID:x6x3shBf
 
 その話にはさとりが並ならぬ興味を示した。
 霖之助が参加者唯一の男性である事実が例の男性の声と関連付いて怪しく思えたのだ。
 勿論、偽名を用いてさとりの性を隠している手前……
 自らが霖之助を疑っている根拠、永琳の心の声に触れる事は出来ない。
 さとりは胸中の不安を伝えられない歯痒さを感じながら、
ただとにかく首輪解析の候補者として聞き出せる限りの情報を聞き出した。
 
 せめて霖之助が主催側であるという“可能性”の話だけでもするべきかと悩んだ。
 理由は曖昧にして、ただ“可能性”を述べるだけなら大丈夫ではないか?
 
 悩みはしたが、さとりは結局その際に自らが負うだろうリスクを考え、思い留まった。
 勿論、最悪の状況を避ける意味でもこの情報は共有した方が良い事はさとりも解っていた。
 自分の考えが酷く利己的で自分勝手なものだと言う事もまた解ってはいたのだ。
 けれどじくじく痛む気持ちを誤魔化しながら“それでも”と考えるさとりは、
それが後々自分苦しめるだろう事も解っていてただ先延ばしにしたのだ。
 
 そんなさとりの心境を知ってか知らずか、
その後も何事も無かったかの様に緩やかに話し合いは進行した。
 
 まるで霖之助の事などどうでも良い事であったかの如く進んでゆく話し合いを見て。
 “ああ、もっと言及されたなら私も洗いざらい話さざる得なかったでしょうに”と、
 さとりは若干残念に思った。
 それが慧音達の責任で無い事は当たり前に身に染みて解っている。
 残念などと思うその思考自体が自己中心的な、独善極まる幼稚な思考だと、
自身を顧みて、そのどうしようも無さに嫌悪感を募らせた。
 
 さとりの想いと裏腹にやはり話し合いは進む。
 候補者は増えていったがさとりの心は晴れなかった。
 
 月の進んだ技術を持ち、また主催者である八意永琳に一番近い人物だとして、
蓬莱山輝夜、及び鈴仙・優曇華院・イナバが候補に挙がる。
 主催者である永琳自体も候補には挙がったが、接触困難かつ危険多数という事で彼女は可能性から外す事となった。
 
 しかし、ならば同じ永遠亭の輝夜や鈴仙にしても主催側の息が掛かっているのではないか?
 そう、参加者の中に主催者自身が居るのだ。 協力者が紛れ込んでいてもおかしくない。
 
 そんな風にさとりが疑惑を投げ掛ける。
 実際さとりは、てゐが殺しに乗っている裏にも主催側の思惑が在ったのではないかと疑っていたのだ。
 それとまた別に、これは霖之助について話せずにいる弱い自分の足掻きみたいなものであった。
 
 しかしそんなさとりの言葉はすぐに因幡てゐによって否定される。
 
「永遠亭だからといって一枚岩とは限らないでしょ?
 少なくとも私にお師匠様からの言葉はなかったよ。
 ……まぁ、こんな状態でまだお師匠様ーなんて呼んでいいのか分かんないけどさ。
 でも身内の誰かが間違いを犯してるなら寧ろ止めたいって思うのが普通じゃないかな?
 こんなの保身に走った私が言う事じゃないんだろうけど、やっぱり鈴仙達まで疑って欲しくないよ。
 それに、悲しいけど今のお師匠様に着いていく協力者が居るなんて思えないよ。
 ほら特に皆“一人しか生き残れない”って言われて此処に連れて来られて居るんだし」
 
 てゐはそう言って俯いた。
 耳もぺとりと垂れ下がりその姿はいつもより小さく、さとりにはそれが憐れに思えた。
 言葉それ自体は全然信用出来ていないというのにそう思えてしまうのだから不思議だ。
 大別すればこれはきっと同情心に含まれるのだろう、
けれどさとりには自身の感情がもっと汚いものに思えてならなかった。
158創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:16:17 ID:EgMgj0IQ
        
159Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 01:17:14 ID:x6x3shBf
 
 そしててゐは、そう、やはり全て演技であった。
 言いながらも“一人しか生き残れない”という自分の言葉を全く信じてはいなかった。
 元より不死者、蓬莱人が参加する様な殺し合いだ。
 前々から考えていた通り最低でも三人……
 主催側の気紛れ次第で更にもっと多くの生存者が出てもおかしくないと、そうてゐは考えていた。
 だとすれば“参加者の中に協力者が居る”という話も強ち否定できるものではないだろう。
 そこまで考えてしかしてゐは……
 そう、確かにさとりの話の妥当性に気付いておきながら、
けれどその情報が自分に何の利ももたらさず、寧ろ今現在に一番不利になるのが自分だと解っていたが故に否定したのだ。
 
「そうだよ、誰もが殺し合いを望んでいるなんて考えにくい。
 必ずこちらに協力してくれる者はいる筈さ。
 それに仲間内に裏切り者が居るなんて考え方は良くない、集団に疑心暗鬼を生んでしまうからね」
 
 これはてゐの読み通りに、慧音が賛同する形で声を上げた。
 この意見には早苗も賛成的な様子で、半ば数に押し切られる形でさとりは黙り込む。
 自業自得とは言え“協力者”の疑惑を打ち明けられないさとりは辛かった。
 「それで、候補者最後の1人は誰なんですか?」
 思いを紛らわすつもりでさとりは慧音を急かす。
 慧音は『あー、うー』と歯切れ悪くなんだか微妙な、バツの悪そうな顔をしていた。
 それで最後には笑いながら、最後の1人、候補者の名前を読み上げた。
 
「東風谷早苗、外来人だ。 外から来た人間だけあって外の進んだ技術や知識を有している筈……」
 
 ……!!
 
 急に自分の名前が呼ばれてドッキリびっくりした早苗さん。
「わわ、私はそんなすごい知識なんて持ってないですよっ!」
 あたふたと手を振って、上がり気味に慧音さんの言葉を否定します。
 その慌てた姿が余りに可笑しく、また可愛らしかったので、
思わずさとりさんも気が弛み、クスリと笑みを零しました。
 そして……
「ふふっ、なんだ早速“候補者”が1人減ってしまいましたね」
「そうだね、いきなり可能性が1個減っちゃったね」
「ああ、全くだ。 これは困ってしまったな」
 みんな一緒に笑いながら冗談のように言って早苗さんをからかいます。
「あうう、すみませんー」
 早苗さんはちょっと申し訳なくなって恥ずかしそうに頭を下げますが、
みんなは“気にしなくていい、最初から誰も期待してなかった”などと、
とんでも無い事を言って可笑しそうに笑いました。
「そんなっひどい、それはちょっとあんまりですよっ」
 軽くぷくーと頬を膨らませて拗ねる早苗さん……
 不機嫌そうに振る舞っていますが、けれどこの些細な会話によって場の空気が軽くなった事に気付いていて、
その表情は何だかにやにやと喜びを隠しきれずに弛んでいました。
 
 暫くは仄かに明らんだ空気の中、他愛ない談笑が続けられていた。
 しかしその中でさとりの笑い声だけが少しずつ乾いたものへ、曇った笑顔へと変わっていった。
 
 因幡てゐも当然に予感はしていたのだろう。
 でなければ話し合いの中、彼女の誘導は意味を成さない。
 さとりも解っていた……
160創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:18:58 ID:EgMgj0IQ
   
161Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 01:20:17 ID:x6x3shBf
 
 チラリさとりが視線を送ると、てゐはさとりにだけ見える様ににやりと笑った。
 ああ、ほらやっぱり……解っている、彼女も気付いていた。
 もう既にさとりも話し合いの中、慧音が奇妙な空気を発している事に気付いていた。
 彼女の発言の裏側も、その心に巣くうモノの正体も……
 それを因幡てゐが利用しようと企んでいる事も既に解っていた。
 てゐもとっくの前に私に対する演技は止めている。
 私は騙せないと、騙す必要が無いと向こうも既に解っていたのだ。
 
 ああ、そうですね……やはり“今”なのでしょう。
 情報交換も済み、脱出の話し合いも決着しました。
 後は神社へ向かい皆と合流するだけです。
 だから、もういいでしょう。
 そう、私達の仲が決定的に“こじれる前に”聞き出せるだけの情報は貰いました。
 
 そしてさとりはこのぬるい空気を終わらせる為に、敢えてその話題を切り出した。
 
「もういいでしょう、脱出の件も一段落しました。
 和気藹々と会話に花を咲かせるのも結構ですが、私達にはまだ解決すべき事があるんじゃないですか?」
 
 皆の声がぴたりと止み、一瞬で場の空気が静けさの中に落ちる。
 早苗の顔にはまだ笑みが居残っていた。
 慧音は複雑な心境でさとりから顔を背ける。
 てゐは多くの策謀を胸に秘め、不安そうな演技をしながら……
 けれどただ真っ直ぐにさとりの眼を見ていた。
 それを同じく真っ直ぐに見返しながらさとりは告げる。
 
「パチュリーさんを殺害した因幡てゐ、その処遇がまだ決まっていないでしょう?」
 
 慧音は自分の中で、やっと、今頃になって何かが完全に崩れたのを感じた。
 さとりはずっと冷めた表情をしている。
 皆、秒という感覚がどんどんと長くなるのを感じていた。
 
「確かに今から私が提案することは、酷く道理に反した、残虐な事に聞こえるかも知れません。
 けれどこの殺し合いの中いつ裏切るかも分からない人物を連れ歩くリスクを考えれば、
選べる選択肢はもう少ないとは思いませんか?」
 
 この一言から、再びさとりの戦いが始まる。
 
「つまり端的言って私は、因幡てゐを殺すべきだとそう思うのです」
162創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:21:04 ID:EgMgj0IQ
     
163創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:22:08 ID:EgMgj0IQ
   
164創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:22:54 ID:e4MPTzPh


165創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:24:22 ID:e4MPTzPh

166創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:25:59 ID:e4MPTzPh

167創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:26:19 ID:EgMgj0IQ
   
168創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:26:59 ID:e4MPTzPh

169創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:27:50 ID:e4MPTzPh

170創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:28:04 ID:EgMgj0IQ
    
171創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:29:10 ID:e4MPTzPh

172創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:31:00 ID:e4MPTzPh

173創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:33:13 ID:e4MPTzPh

174創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:36:55 ID:e4MPTzPh

175創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 01:39:18 ID:e4MPTzPh

176Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 03:06:33 ID:x6x3shBf
 
 
 
※※※※
 
 
 
 魔法の森の中で2人の女の子がもくもくとお食事をしていました。
 それはほんのちょっぴり、ほのかにあったかくなるみたいな……
 おなかだけじゃなくってココロも何かでいっぱいになるみたいな、そんな食事。
 
 ぱくり、むぐむぐ、んぐんぐ、ごくん。
 
 女の子は味を楽しむみたいにゆっくりとごはんを食べています。
 ことあるごとにココロの中を走りまわる、そのむつかしいキモチを音に移して、
「おいしいよ、おいしいね」って、なんどもくり返しながら、
そのひとくちの度、ココロを色んな気持ちで満たして……
 また、目の前の女の子にしゃべりかけるみたいに笑っていました。
 
 バリバリ、グシャグシャ、バキバキ、ゴクン。
 
 けど、やっぱり目の前のパルスィちゃんはなんにも応えてはくれません。
 あんよがなくなって、おててがなくなって……おなかとせなかがくっつきそうになっても、
それでもパルスィちゃんはただルーミアちゃんをぢっと見つめたまんまでした。
 
 ルーミアちゃんはそれをちょびっとざんねんに思いました。
 けれどしかたがないのです。
 だってそのパルスィちゃんは、もうただのヌケガラさんだったのですから……
 
 
 
※※※※
177Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 03:07:27 ID:x6x3shBf
 
 
 
 目に映る世界にはいつもと変わらずただ悪意が溢れていました。
 
――人を信じ、るというのは…………間違ってい、るのでしょう、か
 
 みんなの何が変わったのでしょう。
 私も何かが変わったのでしょうか。
 
 みんなは何か変わったのでしょうか。
 果たしてそれは幸せな事でしょうか不幸な事でしょうか。
 
 
「おいおい……因幡てゐを、そんな……殺す、だって?」
 
 慧音が驚いた様な声を上げています。
 
「なぁ、私達は今まで何を話し合っていたんだ?
 皆で助かろうって、皆を救おうって……
 今までのはその為の話し合いじゃあなかったのか」
 
 私は何も答えません。
 心は冷え切っています。
 
「なぁ……いったいなんだったんだ?」
 
 落胆した様に呟くその慧音の言葉に続いて、てゐも辛そうな表情で私に訴えかけます。
 
「私は確かにパチュリーを殺したよ。 悪い事をしたっていう事は解ってる。
 でも私はどうしても死にたくなかったんだ。 怖かったんだよ。
 でも、もしあの時に助かるって分かっていたら……
 脱出が出来るって知っていたなら、あんな馬鹿な真似は絶対にしなかったよ。
 そりゃ確かに私も嘘吐きな詐欺してばかり嫌われ者だけどさ……
 今更に信じて貰えるとは思わないけど、この気持ちは本当だよ。
 ねぇ、私は生きてちゃいけないの?
 私にはみんなと一緒に幻想郷に戻る資格はないのかな?」
 
 その言葉からは酷く憐れな、今にも崩れてしまいそうなそんな印象を受けました。
 まったく見事な演技力だと思います。
 こんなに見え透いているのに、けれど私以外には効果が抜群の様です。
 てゐの言葉に続いて“殺しなんていけない”と声を荒げています。
178Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 03:08:09 ID:x6x3shBf
 
 彼女達は何にも分かっていないのです。
 これは何なのでしょう? 物凄くあべこべに感じます。
 まるで下手な演劇を見ている様な……
 役者が皆自分だけを残して内訳だけで劇を回しているみたいな……
 何よりその舞台の中に自分も立っているという奇妙さが、尚一層に不自然さを際立たせます。
 
 誰もホントは、本当に心からてゐを信用してなんかいませんよね?
 まさかこんな事で簡単に人妖が改心するなんて思ってませんよね?
 心を読んでしまえばすぐにその“調子の良さ”なんてバレてしまうのですよ?
 
 もし本気で言っているのだとしたら呆れてしまいます。
 だって感情でなく、ちゃんと頭で考えればすぐに分かることなんですよ?
 一緒に居た所でどうせ持て余すに決まっているのです。
 裏切りに怯えて監視を続ける心的疲労。
 拘束した者を連れて歩くことによる移動の制限、肉体的疲労。
 法的機関は無く正義も秩序も失われたこの場所で、殺人犯ひとり連れ歩くのがどれ程の労力を必要とするのか……
 これは負傷者にも同じく言える事ですけれど、
生き残りを考えていくなら、そういった“切り捨てるべきもの”は必ず出てくるのです。
 たった一人の為に全体が不自由を強いられる。
 皆に迷惑をかけてまで裏切り者を助ける事は正しいのでしょうか?
 私達はこれからも殺し合いの中を生き延びていかなくてはならないんですよ?
 まさかてゐの事だけで全てが解決したつもりになっている訳でもありませんよね?
 
 私の説得にけれど慧音はどうしても頷いてくれません。
 知慮に長ける彼女です。 本当は解ってはいるんだと思います。
 ただ少し意地を張っているだけでしょう。
 夢物語に縋っているだけの……そう、子供のワガママみたいなものです。
179Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 03:09:01 ID:x6x3shBf
 
 それからも説得を続けましたが意固地になっているらしく聞き入れません。
 そして慧音はとうとう耐えきれなくなったのか、
吹っ切れた様に『うるさい』と叫び、私の話を完全に打ち切りました。
 
「大体そっちが言っているのは“そうなるかも知れない”っていう可能性じゃないか。
 どうして悪い方向にしか考えられないんだ?
 そんなの皆を勝手に疑って不安になっているだけだ。
 はっ、馬鹿らしいじゃないか。 ホントなんなんだこれは?
 落ち込んだって何も良い事は無い、そうさ前向きが一番なんだ。
 前を向いているって事は正しいって事なんだ、そうでなくてはおかしいんだ。
 そうだよ、悩む必要なんか無いさ、疑うのが嫌なら信じればいい……
 殺し合いが嫌なら殺さなきゃいいんだ。
 どうだ実に簡単な問題じゃないか。
 こんなにも分かりやすくて容易い事じゃないか。
 私は可笑しいか? 当たり前の事だと思っていたのにそんなに変か?
 別に皆で自殺しようって言っている訳じゃないんだ。
 てゐの事を信じてみたいって、皆を信じてみたいってそう思っているだけなんだ。
 それがそんなにいけない事なのか?
 いいじゃないか、疑い合ってギスギスするよりよっぽど良い。
 “最善”に向けて行動した方が駄目になった時も諦めが着くってものさ。
 なぁ、そうだろう? 違うのか?
 疑いながら生きるより、信じたまま果てる方が綺麗ってもんだ。
 ああそうさ、そうに決まってる。
 寧ろ誰かを犠牲に生き延びるなんて、それで助かって笑い合うなんて想像するだけで気持ち悪い限りだよ。
 なぁ、さとりだって本当は誰も殺したくはないんだろ? それでいいじゃないか。
 もういいじゃないか、まったく、考える度に疲労する一方だよ。
 起こってもいない事をあれこれ考えるより、たった今を最善案で駆け抜ける方がよっぽど楽さ。
 なぁ、さとりは私が狂っているってそう思うのかい?」
 
 捲し立てる様に一方的に喚き散らし、そして慧音は私を見た。
 けれど私が何も答えずにいると一人で勝手に納得し、
さも可笑しそうに『くくっ』と笑った。
 
「ああそうさ、解ってる。
 私だってホントは脱出にそこまで期待なんかしてないんだ。
 信じたくて心細くて、ただ縋っているだけさ。
 くくっ、いやはやまったく、私達も本当に運がないもんだなぁ……
 こんな殺し合いに巻き込まれて、仲間同士で言い争って、ホント酷いもんだ。
 ああ、でもこんな言い方をしてしまったら阿求に悪いかな? やはり悪いだろうな。
 だってそうだろう? 彼女なんか一般人で、その上もう死んでしまっているんだからね。
 まぁ、だけど許して欲しいよ。
 私達だっていつ死んでしまうか分からないこんな地獄にいるんだ。
 彼女に負けず劣らず十分に可哀想じゃないかな。 違うかな?
 くくっ、いやいや、やはり物事悪い方向にばかり考えちゃいけないな、ああ、自分が言っていた事だ。
 やはりネガティブな思考はいけない。 皆を、何かを信じるってのは大切な事だからね。
 ああ、そうだとも! こんな殺し合いの中でもねっ!」
180Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 03:09:46 ID:x6x3shBf
 
 私には笑いながら喋り続けるその姿が痛々しくて見ていられませんでした。
 けれど目を逸らすのはそれ以上に怖く、もう戻って来れなくなる気がしたので必死にその言葉と向き合います。
 慧音は相変わらず返事を求める事もなく一人で喋り、自分を痛めつけていました。
 
「ああ、私は絶対に反対だ。 死んでも認めるものか。
 何があっても、少なくともこんな馬鹿げた理由でてゐを殺させたりはしない。
 なぁ、さとりは私から全部を取り上げようって言うのか?
 ずっとそうだったんだ。 考えるまでもなくずっと正解だったんだ。
 寺子屋で、道徳の授業で今まで私はずっとそう教えてきたんだよ。
 “みんなでなかよく”あれさえ嘘だったって言うのか?
 私が守ってきたモノは下らない敵だったって言うのか?
 私はじゃあ此処で、この地獄の中でいったい誰を守っていけばいいんだ?
 なぁ、教えてくれよ。 お前なら知っているんだろ?
 私はどうやって自分を保っていればいいんだよ。
 てゐは絶対に殺させない。 殺させるもんか。
 どうしても殺したいって言うのなら、まずは私を殺してみろ」
 
 そこまで言うと急に真顔に戻り、項垂れる様にその場にしゃがみ込んだ。
 
「なぁ……なら私を殺してくれよ」
 
 掠れた声で呟くその姿を見ても、私はもう何も感じませんでした。
 ただ、ただ残念に思うばかりです。
 結局そんな言葉では何も変わりません。
 説得はもう諦めました……いえ、最初から期待していませんでした。
 
「貴方を殺したりなんて出来ませんよ。
 ええ、わかりました。 てゐを殺そうなんてもう言いません」
 
 そして私は“最初から”用意していたその妥協案をただ冷たく言い通します。
 
「てゐの事は全て貴方に任せましょう。
 けれどやはりこうなった以上、貴方と共に行動は出来ません。
 工具箱をこちらに渡して下さい、神社へは私達だけで行きます。
 脱出も私達が成功させます」
181Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 03:11:48 ID:x6x3shBf
 
 てゐにはずっとこうなることが分かっていたのでしょう。
 言い訳はしません。 私だってそうです。
 私と慧音では物事の考え方が違います。
 最初から解り合える等と思い上がってはいませんでした。
 ええ、これがきっと一番キレイな形なんでしょう。
 
 てゐがこちらにアイコンタクトを送ってきました。
 ……まったく、ええ、ちゃんと分かっていますよ。
 最初から私にてゐが殺せる筈が無かったのです。
 
――私も嘘吐きな詐欺してばかり嫌われ者だけどさ
 
 わざわざ確認しなくても気付いていましたよ。
 露骨な誘導ばかりでしたからね。
 嘘吐きな貴方にも私にも、幻想郷に帰る権利は間違いなくあるんでしょう。
 
「つまらないもんだ」
 そう、慧音が小さく声を漏らしました。
 
「てゐを許してやるから私は降りろ、か……
 なぁ、現実って言うのはつまらないものだよな。
 脱出計画を推し進める事は皆を救う事なんだって、
その為に努力する事はとても素晴らしい事なんだって、
ずっとそんな風に思っていたんだがなぁ……
 なのに実際には何も出来ない。
 何の為に頑張るのかさえ酷くあやふやだ。
 ああ、まったく本当につまらない」
 
 呟いて、慧音はこちらに工具箱を放り投げて来ました。
 私もその言葉には概ね同意しますよ。
182Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 03:12:33 ID:x6x3shBf
 
「お前が脱出を成功させてくれるんだろ?
 じゃあ出来る限り私も頑張ってやるよ。
 神社に全員を集めればいいんだな? 簡単さ。
 そいつらが信用できるかどうかなんて、そっちが勝手に決めればいい」
 
 そう言い放つ慧音の態度は明らかに投げ遣りなものでした。
 小町の事だってあると言うのに、彼女はこれから大丈夫なのでしょうか?
 心配ですけれど口には出しません。
 彼女を心配する資格なんて私には無いのですから。
 きっとてゐが何とかしていくのでしょう。
 もしかしたら武器だけ奪って……だとしても結論は出た後です。
 私はてゐを見逃し、てゐは私達を邪魔しない。
 
 ああ、本当につまらないものですね。
 平穏に事を進めたいのであれば厄介事を全部切り離してしまえばいい。
 そう、以前に私達が地上を去った様に……
 認めがたい所はありますけれど、それがやはり真理なのでしょう。
 考えが合わぬ者同士、無理して一緒にいても疲れるだけです。
 
「まっ、待ってください」
 
 去ろうとしている慧音達を何故か早苗が呼び止めました。
 ああ、彼女はまだ納得出来ていないのでしょうか?
 こんなにも私は疲れ、罪悪感と戦っているのにまだ足りないのでしょうか?
 
 そう思った私に、けれど早苗は意外な言葉を投げ掛けます。
 
「あのっ、何か、何処からか変な物音が聞こえませんか?」
 
 その言葉を聞いて鳥肌が立った。
 そうだ、此処は殺し合いの場、慧音があんなに叫んで誰も聞き付けない筈がない。
 
 カサカサ、ずるずる……
 
 何で気付けなかったのでしょう、あまりに話し合いに熱中し過ぎた。
 耳を澄ますまでもなく確かに物音が近付いて来ているのが分かります。
 逃げるべきでしょうか? いえ、もう間に合わないでしょう。
 
 誰もがその接触に怯える中、けれどてゐだけが笑顔でした。
 なるほど……そういうことですか、因幡てゐ。
 恐らくもっと以前から彼女は気付いていたのでしょう。
 それでいて敢えて無視していた、いえ、呼び寄せた。
 騙されたものです。
 ずっと話し合いを有利に進める為の演技だと思っていました。
 まさか話し合い自体が私達の気を逸らす為の罠だったとは……
183Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 03:13:13 ID:x6x3shBf
 
 ガサガサ、ずちゃずちゃ……
 
 草木を踏み締めて歩く誰かの足音と、その誰かが“別の何か”を引き摺る音。
 そんな“あからさまに嫌な音”が直ぐ近くまで迫っていました。
 そして……
 
「こーんにちわっ」
 
 鼓膜を滑り抜けた明るい音声とその後に訪れた映像との不一致。
 現れたひとりと“三分の一”に対して、その場にいた誰もが一瞬凍り付きました。
 真っ先に目を貫いて来たのは、ただ赤色です。
 塊と、ソレからの分泌液を顔中に塗りたくった少女と……
 とにかく脳が痺れてしまう程の赤色でした。
 
 余りの衝撃の大きさに誰もが動きを止め、目の前の光景に現実を奪われていました。
 皆が意識を赤く焦がされた一瞬……
 その決定的な隙を攫って、てゐが慧音から白楼剣を奪い取る。
 拘束されていた筈の両手はいつの間にか自由になっていました。
 きっと無理な外し方をしたのでしょう、その手首は所々皮が剥け血が滲んでいます。
 
 予測しておきながら、けれど立ち位置的にどうしても慧音の存在が邪魔となってしまい、
私もてゐの行動を止められませんでした。
 まさに脱兎の如く、てゐはそのまま止めようの無い速度で逃げ去って行きます。
 “してやられた”その思いは私も慧音も同じでしょう。
 けれどてゐを取り逃がした慧音の表情は、何故か安堵している様に見えました。
 ああ、本当につまらない限りです。
 綺麗事を並べていても、やはり内心てゐの存在を重荷に思っていたんですね。
 
「あれれ、こんにちわじゃなくて、おはようだったのかな?」
 
 現れたその少女は訳が分からず、自分が何か悪い事をしたのかと首を傾げていました。
 どうやらこちらで起きたいざこざを自分の所為だと思ったようです。
 そして私達の視線が自分の持つソレに集まっている事に気付くと、わたわたと手を振って弁解しようと慌てます。
 
「あ、違うよ。 この子は食べていい子だったんだよ。
 あっちの方で拾って、確認だってしたんだから。
 ホントはもうお腹いっぱいだったんだけど……
 やっぱり勿体ないし、お残ししたらいけないと思ってお弁当にしたの」
 
 そう言って少女は無邪気に笑いました。
 自分がやった事を何一つ理解していない様です。
 そして私はそれでもこんな事が出来てしまう残酷さに……
 その透き通る様な深い闇に飲み込まれそうになって怖気立ちました。
 理性的にも、直感的にもこの少女は危ないと感じ取り。
 私は先制攻撃を決めるべく右手に力を込め、弾幕を生成する。
 そしてそれを彼女に投げ付けようとした所で慧音が私を止めました。
 
 まさか、貴方はこの状況でも……
 
 見れば、やはり慧音は必死に笑顔を作っていました。
 とても理解できない。
 いったい何のつもりでしょう。
 
「ルーミアは“拾った”と言ったんだ。 殺した訳じゃない。
 それなら私はまだ信じてやらないといけないんだ」
 
 慧音は私に向かってそう告げると、ゆっくりとルーミアに近付いて行きました。
 引き留めましたが『それが自分の役割なのだ』と言って聞きません。
 心を覗けば簡単に心的矛盾を発見出来たのかも知れません。
 彼女の小綺麗な言葉なんて簡単に否定出来たのかも知れません。
 けれど私は彼女の心をこれ以上抉ってまでその行為を止めようとは思えませんでした。
 どう見ても分の悪い賭け、まさに自殺行為。
 そうです、そうして私は慧音を見捨てたのです。
 
 近く慧音を見てにっこりとルーミアがほほ笑む。
 笑顔はやたらと可愛かった。
 そして当然……
 
「ねぇ、あなたは……」
 
 その次、当たり前の光景に誰よりも早く私は反応した。
 “自暴自棄になっている”慧音を助けようとルーミアの側まで一気に駆け寄る。
 直接押さえ込むのでは間に合わない、なら、さっき作ったこの弾幕を使って……
 
 ……と、そこで冷静なもう一人の自分が語りかけてきた。
 
(ああ、なるほど流石ですね、この状況で良くそんな事を思い付くものです)
 
 私はその声を無視しました。
 一刻を争うのです。
 あっちは指をちょっと動かすだけ、私は腕を振り抜いて段幕を撃ち込まなくてはいけない。
 ただでさえ不利なのですから、迷っていられる状況では無いんです。
 
(ええ、その通りですよ、間に合う訳がないでしょう。
 良かったじゃないですか、無事に不安要素を切り捨てられて。
 慧音が撃ち殺され、少し遅れてその犯人を貴方が撃ち殺す。
 ほんとに見事なものです。
 仕方がなかった、努力はした……状況も完璧です。
 早苗も疑ったりしないでしょう。 寧ろ逆に慰めて貰えると思いますよ?
 燐さんは“出来る限りの事”をやりましたって)
 
 振り抜いた右腕、ルーミア目掛けて真っ直ぐに放たれる弾幕。
 
 間に合うはずがない?
 それでも慧音を助ける為に?
 
 しかし、やはり着弾よりも一瞬速く絞り込まれる引き金。
 連動して撃鉄が雷管を強く叩き……
 火薬が爆ぜ、銃先から勢いよく弾が飛び出す事などありませんでした。
 
 ……え?
 
 そして小さな金属音だけを残して、ルーミアは私の放った段幕に吹き飛ばされました。
 服が破れ皮膚が裂け、真っ赤な飛沫を散らしながら、ただ彼女だけが……
 
 まさか、銃は……そんなっ……ニセモノ、だった?
 
 どさり、と少女が地面に叩き付けられる音がやたらと大きく聞こえた。
 
 
 
※※※※
 上白沢慧音を決意させたのは、ただちっぽけな可能性だった。
 
 ルーミアは“拾った”と言ったんだ。
 
 この殺し合いに巻き込まれてから、私はずっと皆を救う為に立ち回って来た。
 その中で怯えたり、憤ったり、誤解したり、争ったり、色々な事があったものだ。
 まだ一日も経過していないのに随分と長い間ここにいる様な気がする。
 ああ、本当に色んな事があった。
 けれどそれももう終わりだ。 終わりにするんだ。
 何と言われようと“全員で”幻想郷に帰るんだ。
 
 ルーミアの手元、赤黒い内容物を垂れ流す“お弁当”を見る。
 怖れてなんていないさ、元より妖怪とはそう言う存在だったんだ。
 ああ、幻想郷は平和だった。
 けれどそれは私達の“代わりに”外の人間が喰われていただけなんだ。
 犠牲なんていつでも何処でもただ当たり前みたいあった。
 
 けど“その程度の事”じゃあ幻想郷は崩れたりしなかった。
 
 ちゃんとルーミアの目を見て、その闇に飲み込まれない様しっかりと意志を保つ。
 私の足はもしかして震えていないか?
 笑顔は引き攣ってはいないだろうか?
 ……ああ、どうやら大丈夫の様だ。
 
 ルーミアが恐怖に怯えているなら宥めてやるんだ。
 何も分かっていないならちゃんと教えてやるんだ。
 
 だって私はこれでも先生なんだから。
 
 私が手の届く程に近付いてもルーミアは何もしてこなかった。
 ただポケリと不思議そうに私を見つめているだけ……
 どうやらこちらを襲う意志は無い様だ。
 
 なんだ、本当に安心した。
 大見得切ってはみたが、実は殺されるんじゃないかと内心びくびくしていたのだ。
 しかし、殺し合いに乗っていないと分かったのならもう大丈夫だ。
 ルーミアは演技したり嘘を吐ける様な妖怪じゃない。 信用しても良いだろう。
 そう思った私は脱出についてルーミアに話してみた。
 
 話を聞きながらルーミアは終始楽しそうにウンウンと相槌を打っている。
 特に、神社で沢山の人妖と合流する予定を話した時はとても嬉しそうだった。
 そして話の最後に私とさとりは軽く話し合い、それからルーミアに聞いてみた。
 
「ルーミア、お前もここからの脱出に協力してくれないかな?」
 
 ぱぁっとルーミアの顔が華やぐ。
 
「うんっ、おもしろそー、私も協力する」
 そう、ルーミアは満面の笑みを浮かべ大きく何度も首を縦に振った。
 
 
 
 上白沢慧音は一瞬そんなまぼろしを見た。
 
 
 
※※※※
 
 
 
「あ、安心してください燐さんっ! 大丈夫です、生きてますっ!」
 
 『軽傷でした』『良かった』などと“火焔猫燐”に向けて叫ぶ早苗の声が、
何故かさとりには酷く聞き取りづらく、壁一枚越しに聞いている様な不明瞭なモノに聞こえた。
 このさとりの感覚をどう表せばいいのだろうか。
 疎外感とも違う、今までずっと繋がっていたひとつのイメージから隔絶された様な……
 水が高い所から低い所へ移ろう様な、答えを無視して数式を解こうとしている様な……
 一カ所だけが欠けたジグソーパズルに最後のピースがどうにも合致しなかった様な……
 
 事態の奇妙さに唐突さに我を失っている訳ではない。
 理由や原因なんてモノは幾らでも脳内に沸いている。
 
 制限のお陰でルーミアに死傷を負わさずに済んだ?
 私はこれを喜ぶべきなのでしょうか?
 そもそも何故、銃から弾が出てこなかったのか?
 偽物? 偶然? 意図的に?
 最初から護身目的のフェイク?
 ならどうして引き金を引いた? 私達を試す為?
 本当に彼女にそこまでの考えがあった? リスクを無視してる?
 それともやはりただの偶然? 私達は運が良かっただけ?
 ならどうして出会った瞬間に襲ってこなかった?
 私達の利用価値を計ってた? リスクを?
 解らない、分からない、わからない?
 なら私は……?
 
 ああ。
 
 とにかく私はルーミアを殺すつもりで弾幕を放った。
 これは事実?
 
 早苗がルーミアを介抱しようと慌ただしく動いていた。
 私も慧音もただぼんやりと掴み所の無いその現実を取り逃がしていた。
 棒立ちに立っていて、早苗から見たら邪魔なのではないかと頻りに思った。
 けれど脳髄が鉛になったかの様に動けません。
 それならいっそ消えてしまえたなら楽なのに、私はまだ図々しくもこの場に存在しています。
 鈍い動作で慧音を見ると、その顔は薄ら笑いをこびり付かせていて何だか妙な親近感が沸きました。
 私もひょっとして似た様な顔をしているのでしょうか?
 
 ああ、本当に私達はつまらないものなのですね。
 
「ねぇ、早苗さん慧音さん……
 人妖の心というモノは本当に不可思議なものだと思いませんか?」
 
 突然に意味の分からない事を口走った私を不思議そうに皆が見つめています。
 憐れみがかった、心配そうな表情……
 もしかして狂ってしまったとか思われているのでしょうか。
 だとしたら馬鹿げた事です。
 私達はそう易々とは逃げられないのですよ。
 狂ってしまえたなら楽なのに、寧ろ頭は冷え切っていて、
こんなにも私は冷静に物事を見ているのです。
 
「きっと、心というモノは酷くいびつで醜い形をしているんじゃないかと思うのです。
 けど見る角度によってはとても素敵なモノに見えたりして私達を騙すのです。
 ねぇ、そうであったなら良いと思いませんか?
 皆が綺麗な心を持っていて、その結果がコレなんてあまりに残酷じゃないでしょうか?」
 
 誰も何も答えてくれません。
 きっと私が錯乱していると、その程度の戯言に聞こえているのでしょう。
 ええ、そうです、所詮は戯言ですよ。
 
「早苗さん……神社に行くのは止めにしませんか?」
 
 何処かに隠れて、ひっそりと皆が死に絶えるのを待ちませんか?
 きっとそれでも襲われたり、色々な人物と遭遇すると思いますよ?
 それで運が良かったら、物事が良い方向に転がったなら、その時に脱出を試してみれば良いじゃないですか。
 
 思ったけれど、その提案は口に出せなかった。
 だって私が口にした言葉だけでも十分、早苗達は絶望的な表情をしていましたから。
 
 長く沈黙が続いた。
 反論を躊躇っているのか、肯定するのが怖いのか。
 ただ早苗は悔しそうに唇を噛み、慧音は相変わらず薄笑いを貼り付けていました。
 
「私は……嫌です」
 
 静寂を破って早苗が必死にただそれだけを口にした。
 分かっていましたけれど、無性に残念に思えて仕方ありません。
 
「そうですか……でしたら私が去りましょう。
 この中で一番脱出の邪魔になるのは私なのだと思います」
 
 “そんな”と早苗は驚きに目を見開き、けれど何の言葉も送っては来ませんでした。
 最後に何か話したかったのですけれど……
 考えてみれば私自身そんな言葉なんて持っていない事に気付いてしまいました。
 ならせめてルーミアが起き上がる前にこの場を去ろうと思い、
足下に工具箱を置くと早苗に背を向け、ゆっくりと歩き出しました。
 
 その時ちらと見たのですが、どうやら気休めでは無くルーミアは本当に軽傷だった様です。
 ああ、本当に良かった。
 心から何かを喜んだ事は此処に来てから初めての様な気がします。
 けれどルーミアを助けたのが私達に架せられた制限だと言うのは何とも皮肉です。
 協力は出来そうにありませんけれど、それでも試みが成功する事を心から祈ります。
 これでようやく“火焔猫燐”は貴方の中から消えるのでしょうね。
 お燐に失礼でしたからね、私は嫌われ者の古明地さとりなのですから。
 
 脱出を三人に託して、私は未練を拭いながらゆっくりとそこから離れます。
 
「こんなのっ……そんな、オカシイですよっ!!」
 
 後ろから早苗の叫び声が聞こえます。
 オカシイのでしょうか? 正しいのでしょうか?
 私にはよく分かりません。
 ただ随分と気持ちが楽になったことだけは確かです。
 
「みんな頑張ってたじゃないですかっ!
 必死に話し合っていたじゃないですかっ!
 誰もなんにも悪いことなんて無かったじゃないですかっ!!」
 
 早苗が必死に叫び続けていました。
 けれど私の足は止まりません。
 そして彼女も追い掛けて来ないので距離はどんどん開いて行きました。
 
「こんなのイヤですよ。
 みんなが必死になったのに、こんなのヘンです。
 燐さんがいっしょでも脱出は絶対うまくいきますよ。
 だってあんなにやさしかったじゃないですかっ!
 そして……それで……
 そう、私達がいっしょに頑張れば全部なにもかもキレイに解決します。
 神社に行けば星を見て集まった人達がいっぱいいるんです。
 そしてその中には河童のにとりさんや、えっと、紫さん……
 みんながいて……それであっという間に首輪なんて外せてしまうんです。
 脱出だって簡単にできるってわかっちゃって、何かもうみんな和んでしまって……
 あ、あの時に悩んでいた事や、不安に思っていたことなんて何でも無かったんだって、
もう冗談にで……きて、そう、笑っ……なが、ら話せてしまう、んです。
 小町さんも、てゐ……さんも、あ、あの時はごめんって謝って、みんなも笑って許して、
そ……なるんですっ!
 な、んも問題なく、なって……みん、なで幻想き……帰るんです」
 
 後半は既にちゃんとした言葉になっていませんでした。
 泣いているのかと思って少し振り返りましたけれど、意外な事に涙は流れていませんでした。
 目元は潤んでいて今にも泣き出しそうなのに、早苗は必死にそれを抑えていました。
 ああ、つまらないものです。
 あんなに辛そうな顔をしているのに無理をして、感情に抗って……無意味ですよ。
 泣いてしまったら何かに負けてしまうとでも思っているのでしょうか?
 貴方はそんな背伸びなんかする必要なんて無いのに……
 いつか“ソイツ”と折り合いをつけてしまって、つまらないモノばかりが心を埋めてしまう前に……
 立場とか、他人の視線だとか見栄だとか、そんな理由で涙を流せなくなる前に……
 誤魔化しで笑い顔を作る様になる前に……
 今、泣ける間にいっぱい泣いていた方がいいのに……
 
 ああ、それをさせているのが私なのですね。
 
 つまらないなぁ、と思いながらそれでも私は少しずつそこから離れて行きます。
 声が枯れたのか心が枯れたのか、いつの間にか早苗の叫び声も止まっていました。
 もう振り返ることも無いでしょう……そう思った矢先の事です。
 
 後ろからトントンと肩を叩かれました。
 仕方なく嫌な気分を引き摺りながら振り向くと、
傷だらけのルーミアが工具箱を手に持って私を見上げていました。
 
 
【F-4 一日目 昼】
 
【因幡てゐ】
[状態]やや疲労
[装備]白楼剣
[道具]なし
[基本行動方針](保留:優勝狙い、最終的に永琳か輝夜の庇護を得る)
[思考・状況]1,永琳か輝夜の庇護を得る為に永遠亭を目指す
       2,出来るなら他の参加者(永遠亭メンバーがベスト)と組みたい
[備考]
 
 
 
※※そして※※
 
 
 
 ルーミアを新しく一団に加え“4人”は神社に向かって歩いていました。
 
 先頭には早苗、その隣にルーミア……
さとりと慧音は酷く疲れた様子で、その二人に率いられる様にして歩いていました。

 
 くるりくるりと、両手を広げてやたら楽しげに回転しているルーミアに、
早苗は『いったい何をしているんですか』と声を掛けました。
 するとルーミアはその両手は広げたまま早苗に向き直り……
 
「“聖者は十字架に磔られました”っていってるように見える?」
 
 そう、楽しそうに尋ねました。
 早苗は一瞬あっけにとられ、それから少し悩んで……
 
「んー、どちらかと言えば、昔見た船の映画のワンシーンに似てる気がしますね」
 ほらアレですよ、タイなんとかって言う……
 
 それを聞きルーミアは首を傾げ『それって面白いお話だったの?』と尋ねましたが、
早苗は困った顔をして……
「ごめんなさい、忘れてしまいました」と苦笑しながら答えた。
 
 そうなんだー、とそれでもルーミアは楽しげに笑っています。
 つられて早苗も笑いました。
 そんな二人の姿を見て、慧音もさとりも小さく笑い声を洩らしました。
 仄暗い魔法の森に笑い声が響きます。
 
 問題は何一つ解決していません。
 事態は何一つとして好転してはいませんでした。
 ルーミアの持つ拳銃に籠められた実包は4つに増えていました。
 早苗達はまだそれに気付いてもいません。
 
 それでも皆笑っています。
 問題を何もかも先送りにしながら……
 ただ仄暗い森を更に奥へ、博麗神社に向けて歩いていました。
 
 みんな一緒になって向かっていました。
 
 
 
【G-4 一日目 昼】

【上白沢慧音】
[状態]疲労(中)
[装備]なし
[道具]支給品一式×2、魔理沙の箒
[基本行動方針]対主催、脱出
[思考・状況]1.早苗、さとりと一緒に人妖を集める、一応さとりの護衛も考える
       2.1が失敗した場合には永遠亭に向かい、情報や道具を集める
       3.主催者の思惑通りには動かない
 [備考]


【古明地さとり】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、咲夜のケーキ×1.75、上海人形、にとりの工具箱
[思考・状況] 基本行動方針:殺し合いには乗らない
       1.早苗と一緒に人妖を集める。ただし自分に都合のいい人妖をできるだけ選びたい。
       2.空、燐、こいしと出合ったらどうしよう? また、こいしには過去のことを謝罪したい
       3.魔理沙を探すかどうか迷う、上海人形を渡して共闘できたらとは思っている
[備考]
※ルールをあまりよく聞いていません(早苗や慧音達からの又聞きです)
※主催者(八意永琳)の能力を『幻想郷の生物を作り出し、能力を与える程度の能力』ではないかと思い込んでいます
※主催者(八意永琳)に違和感を覚えています
※主催者(八意永琳)と声の男に恐怖を覚えています
※森近霖之助を主催者側の人間ではないかと疑っています


【東風谷早苗】
[状態]軽度の風邪、精神的疲労
[装備]博麗霊夢のお払い棒、霧雨魔理沙の衣服
[道具]支給品一式、制限解除装置(現在使用不可)、魔理沙の家の布団とタオル、東風谷早苗の衣服(びしょ濡れ)、人魂灯
[思考・状況]1.火焔猫燐(さとり)と一緒に人を集め、みんなに安心を与えたい
       2.燐さんを守らないといけないみたいですね……
[備考]
※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違いしています


【ルーミア】
[状態]:懐中電灯に若干のトラウマあり、裂傷多数、肩に切り傷、
[装備]:リボルバー式拳銃【S&W コンバットマグナム】6/6(装弾された弾は実弾4発ダミー2発)
[道具]:基本支給品(懐中電灯を紛失)
    張力作動式跳躍地雷SMi 44残り1つ
    .357マグナム弾残り7発、
    不明アイテム0〜1
[思考・状況]食べられる人類(場合によっては妖怪)を探す
1.面白そうなのでさとり達に着いていく
2.それが終わったら地雷がどうなっているか確かめに戻る
3.日よけになる道具を探す、日傘など
[備考]
※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違いしています
代理投下終了。
乙です。
感想は後で纏めて書こう。
194創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 08:42:57 ID:FKSGyoi8
投下乙です
ルーミアGJ……なのか?
さとりと慧音、二人の意見の相違からドンドン捩じれていく皆の心理描写をうまく纏めてあり、とても読みやすかったです

やっぱりここの作品ってレベル高くて面白いよホントに
195創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 10:51:52 ID:4NBasRm3
投下乙です。うあー、とうとうカニバリズムきたぁー…
死者は出なかったけどある意味死亡話より心に残る話でした
話し合いを通した心情の変化をさとりならではの表現で上手く描いていると思いました
ところで慧音は偽名を使ってるはずの燐をさとりと呼んでいましたのでこれは修正するべきでは?
196創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 12:03:51 ID:OCkr82j1
途中抜けてる?よね?
197 ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 19:51:42 ID:x6x3shBf
支援、代理投下、ありがとうございました
感想も沢山いただいて思わず小躍りしたくなる程うれしかったです
あと代理投下して頂いた手前申し訳ないのですが
ラストシーンが抜けていたので投下したいと思います
198Gray Roller ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 19:52:56 ID:x6x3shBf
 
「これ、落としたよ?」
 
 無邪気なその笑顔が今はただ辛いです。
 どうやって言いくるめようか思索していると、
何やら思い出した様に『あっ』とルーミアが声をあげました。
 
「あの時ケーキをくれたお姉ちゃんだよね?
 ありがとう、あのケーキすっごくおいしかったよっ」
 
 そう言ってぺこりと頭を下げると、にこりと私に笑顔を向けてきました。
 その姿はこぢんまりとしていてとても可愛らしく……
 まるで夜空に浮かぶ月の様に仄かにきらめいて見えました。
 
 その感謝の言葉はするりと容易く、私の心に入り込んできました。
 同時に沸々と苛立ちに似た感情が沸き上がってきます。
 だってこんなことに何の意味も無いのです。
 感情なんて此処では意味が無いのです。
 事実、そんな言葉を受けても少しも事態は好転していません。
 ええ、何の解決にもならないのですよ。
 
 こんなものは……
 こんなことは……
 
 ああ。
 
 これは、なんなのでしょう?
 なんでなのでしょう?
 早苗もルーミアも変な顔をしてこちらを見ています。
 疑問に思い尋ねようとしましたけれど、何故か声が出せません。
 おかしいですね、喉に何か張り付いている様で呼吸さえ上手く出来ないのです。
 空気というものはいつの間に固形物になってしまったのでしょうか?
 どうにか息を吐き出そうと努めますが、喉が痙攣するばかりでどうにもなりません。
 いったいこれは何なのでしょうか?
 
 えぐえぐと醜い音を洩らし、肺の中を空気が暴れ回っている様な感覚と戦って。
 寒さとも熱さとも解らない何かが気管を駆け抜けて……
 ああ、なんで?
 
 私はそこで初めて自分が泣いていることに気付きました。
199創る名無しに見る名無し:2009/08/25(火) 20:07:53 ID:EgMgj0IQ
こんな形でまとめてくると思わなかった……
死者を出さずにここまで崩壊させられる手腕はさすがとしか言いようがない
さとりがルーミアを撃ったシーンからの緊張具合が凄まじかった
200 ◆ZnsDLFmGsk :2009/08/25(火) 21:13:55 ID:x6x3shBf
慧音の台詞、指摘いただいた部分を修正しました。
テーマ自体に絡んでくるかなり重要な事だったので指摘頂き本当に助かりました。
ありがとうございます。

独白の中でさとりの本名を言っている点に関しては、
私は慧音とてゐはさとりの事を知っているという前提で書いていたので、
できれば修正したくないと思っています。

気付きながら敢えて言わない慧音と、脅しとして利用するてゐ、
てゐと裏取引を終えていながら説得に必死になるさとり、
そこら辺に関わる重要な事なので。
201 ◆BmrsvDTOHo :2009/08/25(火) 23:45:10 ID:qHUw7+eI
大幅に予約期限過ぎてしまい真に申し訳ありませんでした。
なんとか書き上がりましたので投下したいと思います。
タイトルは【涙が頬をぬらす時−Is It Hurting You?−】です。
202 ◆BmrsvDTOHo :2009/08/25(火) 23:46:40 ID:qHUw7+eI
燦々と輝くお天道様は全ての生命に隔たりなく温かな恵みを与える。
草木はその艶やかな葉を存分に広げ、巨大な市を形成しようと躍起になっているし
普段なら里の人間達もこの日照りにより、農作物の成長を左右されるとあってその変化には敏感だ。
尤も、私の主にとっては例外的に恨めしい存在なのでしょうけど。
空に浮かぶ雲は穢れを知らない無垢な白さで広大な遊び場を彩る。
時折その切れ間から差し込む光はまるで神の思し召しだ。

こんなに良い日差しならお洗濯物が直ぐに乾きそうね、と
そんな太陽とは対照的な名前を持つ、十六夜咲夜はのん気に考えていた。
白い白いその肌はまるで夜空に凛と輝く月の様であり、触れば崩れてしまいそうな儚さを漂わせる。
最も澄み渡っている空と海との境の蒼さを持つその瞳は冷酷な表情と暖かな包容力の二面性を想像させる。
そんな麗しい面貌を備えながらも幻想郷の少女特有の“らしさ”を備えているのだから、人は見目では判断出来ない。

殺し合い、と言われても全く実感が沸いて来ない。
本来ならば他の参加者と数度遭遇していても良い時間帯だが
咲夜が会ったのは間抜けな氷精一匹に、会って即気絶した騒霊一人、これで実感を抱けと言う方が困難だ。
また開始地点も悪い、会場の際からスタートし同じく際を回るように動いてきた。
更に持ち前の蒐集癖が祟り、出店での一時。
これらの要因全てが重なる事で幸か不幸か殺し合いは経験していない。
支給品は花異変の時の死神の鎌に、前者とは方向性の違う不殺の武器のフラッシュバン。
恐らく支給品には恵まれているほうだろう、まともに戦える武器が二つあるのは幸運と言えた。
使用機会に恵まれていないのは幸運と言えるのだろうか……。
そんな事を考えつつ咲夜は歩を進める。
背負ったリリカが目を覚ます気配は未だない。
見通しの良い平野のため周囲をそれ程警戒する必要もないので。
何時もと変わらぬ調子で物思いに耽つつ紅魔館を目指していた。
目的地の凄惨な状況も知らずに。

叢生と生い茂る青い木々は低俗な下衆の視線から
門番が手入れする瑞々しさを帯びた七色の花々はその愛嬌溢れる笑顔を誰に向けるわけでもなく咲き誇る。
全ては館の紅さを引き立てるためでありながらも、目撃される事は少ない。
洋風の館は今日も威厳漂わせつつそこに存在した。
館はいつも笑っていた。
例えその身が濃霧に包まれようと。
例えその身が強い日差しに照り付けられようと。
それら格下は相手にしないといった調子で。
過剰なまでに隅々が血の様な紅色を基調として彩られた館は
見る者に一目で畏怖の念を抱かせるには効果的であり
遠方から見て恐れ忌避するには良い目印になる。
悪魔の住処としてこれ以上相応しい建物は存在しないだろう。

センスが良いかは別としてもだ。

木々を掻き分け、門の前にたどり着くが。
誰一人いない。
そこには唯、悪意の進入を防ぐ守り手が一人、無言で構えていた。
まあ空には無力なので美鈴とセットで初めてその機能を発揮するのだが。

いつもならば美鈴がその門の守りを固めているところだけど……。
今現在その姿は見受けられない、サボりとして銘記しておきましょう
尤も、昼寝をして侵入者を許してるくらいだから、これくらい加わっても大差ないでしょうけどね。
咲夜はその聡明な頭の片隅に、美鈴の失態について書き留めた。

堅牢な鉄製の門が独特の金属音と共に開く。


紅魔館の正面入り口は、開け放たれていた。

エントランスロビー。
壁も床も天井も外装と同じ紅色を基調としてきつい配色で染め上げてある。
元々窓の少ない構造のため光が殆ど差し込まず、内部にいてもその紅色に目を傷める事はない。
その紅は何時見ようとも、どこか気品を持った紅色であり。
また一方では落ち着きのなさをありありと呈している。
館主の性格を良くも悪くも全て反映したものだった。
ロビーはお嬢様の“御戯れ”にも耐えられる様頑丈な造りであり、先の天界の異変、
博麗神社倒壊事件の際でも何度か会場にもなっているが、大きな損害は出ていない。
当然ながらそれらの後片付けは全て私の仕事であったが……。

それが今はどうだろう、壁も床も天井も赤黒い血肉がこびり付いている。
壁には穴が穿たれ、曇りなき紅に影を落としている。
まるで館主の威厳を踏み躙るかの様に。
血溜まりの中心には死体が一つ、秋に越して来た山の神、八坂神奈子だったろうか。
肉は抉られ、身体に空いた数多の穴々からは血が流れ出た形跡が見られる。
肺を破り気管を通り溢れ出る血が口元から滴り落ちる。
見るも無残な姿だ、これが銃の威力なのでしょうね。

これの掃除も私がやるのよね、と思うと多少気が滅入る。

死体から視線を移しぐるりと辺りを一望してみるが、人の気配はない。
一部屋一部屋調べていっても良いのだが、先ず背負ったこの子をプリズムリバー邸に届けてからで良いでしょう。
幸い地図を見る限り、プリズムリバー邸は同範囲に区画されているようだ。
距離もそう遠くはなさそうなので、大した時間もかかるとは考えにくい。
そう結論付けると咲夜はつい先刻、主不在となった紅魔館を後にした。




------------------



あの場に八坂神奈子が居たのは何故だろう。
神の名を冠する者だ、この制限下においても並程度の参加者とは一線を画する事は想像に難くはない。
やはりその力量差を埋め合わせるための「銃」なのでしょうね。
銃を使えば、能力制限下であれば恐らく紅魔館で雇っている凡庸な妖精メイド達であろうとも
神クラスの参加者を撃退、もしくはあのように殺害する事も可能なのだ。
開始前の試技でしか見た事はないがあの速度だ、目視での回避は不可能だろう。
私の能力下での発砲なら話は別でしょうけど。
そういえば能力には如何程の制限が掛けられているのだろうか。
参加者により程度に差はあるようだが、時を止める事は出来ないと考えて良いだろう。


幻想郷に於ける弾幕勝負とは自らの持てる力を篤と発揮し、弾に籠めた思惑をより雄渾に披露した者に勝利が訪れる。
その原点は幻想郷内での人妖の均衡の保持であり、突き詰めていったとしても“勝負”でしかない。
均衡の天秤の一方への過剰な傾きは直接、幻想郷の崩壊へと繋がる。


弾幕が最も洗練された決着手段であるとするならば、銃は真逆の、最も野蛮で醜悪な手段と言える。
その弾に籠められたのは信念でも信条でもない、悪意と殺意のみだ。
真鍮の衣を身に纏った鉛の怪物は、対象の皮膚を切り裂き、肉を引き千切り、内部組織をズタズタに引き裂いた後活動を停止する。
如何にして負傷を負わせるか、対象の爾後など考えない。
いや、寧ろ其処で生を終えさせる事に眼点を置いているのか。
改めてリリカから接収したナイフ、もとい銃を手に取る。
更にはこの様にしてナイフに隠匿してまでも相手を殺傷しようとする。
何処まで品位を堕とせば気が済むのでしょう、外の人間は。
(極力この機能には頼りたくないものね)


これらが幻想と化すれば幻想郷の均衡は大きく崩れる事となるだろう。
そんな事がありえれば、の話だが。
外の人間が全て殺し合いで死に尽くせばありえるかもしれないけど。

何時もと変わらぬ表情で内心暇つぶしがてら幻想郷のありえた可能性を考える。


荒涼とした平原を抜け、人の背の高さまで良く育った名も知れぬ植物を掻き分け
雄大な年月を過ごして来た事が伺えつつも未だ衰えぬ老躯を持つ木々。
一体何時頃から人の訪れが途絶えているのだろうか、道らしい道も見当たらず獣道の痕跡すらない。
齢数百年は優に超えているだろう森の宿老方に道を尋ねつつ、それらしい館を探す。
やがて陰鬱とした森林から一転、空が開かれている平野に出る。


現れたのは噂に聞いていた廃墟。
と言い切ってしまうにはあまりにも惜しい館
紅魔館と同等かそれ以上の洋館である。
白漆喰で縁取られた窓は未だその透き通った輝きを失っておらず、その身に移り込む雄大な景色を反射している。
正面を見渡す限り割れている箇所等存在しない。
外壁の赤レンガにも経年劣化の跡は見られず、雨風に耐えている多少の汚れはあるが色落ちの様子すらない。


玄関の扉を開け放ちプリズムリバー邸へと立ち入る。
内部は紅魔館と違い落ち着いた色遣いであり、我が家に帰ったかのような柔らかな安堵感を来客者に与える。
赤絨毯が奥にまで敷かれており白と茶を基調とした内装に一抹のアクセントを加えている。
寄木張りの床は差し込む日光を照り返して輝いており、未踏の奥地にある洋館とは思えない程手入れは行き届いている。
塵埃ひとつすら落ちておらず、その輝きには一点の曇りもない。
漆喰造りの壁には煤や蜘蛛の巣が張っているわけでもなく皹が入っている箇所はない。


紅魔館の使用人、という立場からしても此処の手入れは行き届いている。
ふと、天井を見上げてみると吹き抜けとなっている天井に四人少女の鏝絵が描かれている。
内三人は見覚えがある、服装は異なっているがプリズムリバー三姉妹で間違いないだろう。
残る一人は……プリズムリバー四姉妹“だった”という事なのだろうか。
整った顔立ち、陽炎の様に何処か憂いを帯だ表情。
鏝絵からは見続けていれば吸い込まれしまいそうな深さを感じる。
石柱に寄り掛るようにして配置されている振り子時計は時を刻むのを止めていた。
まるでそこだけ時間が止まっているかのように。
一先ず右手に見える応接間のソファーにリリカを横たえる。
些かの不安も感じさせないその表情は、怯え切っていた事など忘れさせてくれるが
内に秘めた心までは私の眼を持ってしても見透かすことが出来ない。
無理に揺り起こし情報を聞き出す、という手も無くは無いが、また錯乱されては色々と面倒だ。
少し時間が経ってから戻ってきてみようかしら、一度紅魔館をきちんと探索しておきたいという事もあるし。
やれやれ、といった様子で顔を上げると咲夜は踵を返し入り口へ向かった。


------------------------

暗い。
人里の灯りも、星の光も、月の光も、何物の光明もない
辺り一面360度無明の闇に包み込まれている。
その中にリリカは浮かんでいた。
形容ではなく、浮かんでいた。
母の胎内に浮かんでいるかのように、体を屈折した姿勢で。

意識が今引き戻された。
無論、現実にではない事に気づいてはいない。
(ここは……。)
リリカは拠り所を欲した。
地が形成される、暗闇に浮かぶのは一枚のガラス。
元々“そこ”にいなければある事にすら気づかない。
地に足が着いている。
何て事のない日常の動作が望まないと生まれない。



リリカは光を欲した。
上方に生まれたのは赤い紅い月、紅い赤い太陽。
どちらもか細く頼りない光量しか生み出していない。
照らし出されるのは血痕の様な赤い点。
降り注ぐ月の光も赤く本来の点が赤なのかすらも判別出来ない。
手の届く距離に一つ 
奥へ 奥へと誘うかのような配置で延々と続いている。
リリカは炎に魅せられた蛾の如く、盲目にその点を辿って行く。
何故、という理屈では説明し難い。
たとえそれが自身を破滅に導いている悪魔の誘引であったとしても
その歩みを止める事はない。
脳の最も原始的な部分が告げているのだ、進めと。
歩くたびに足場のガラスは誕生し
生まれてきた意味を失った後方の硝子は音も無く崩れ去る。
気にも留めずにリリカは歩を進める。
現在の置かれた状況が砂上の楼閣であろうと、与えられた配役に不服を申し立てる事など出来ない。
それは“神”に対する叛意であり、駒である者にそのような権利はない。
故に進むのだ。


目的物となりそうな物が視界に入ったとき
既に遥か上の月は三日月へと形を変えていた。
時間の感覚など当初から無かったので
既に朔をも通り越したのか、程度にしか捉えていなかった。
眼前に広がるのは壮大な川。
流れは穏やかであり、その透明度は川底の枯れ木までもが見える程だ。
やはり此処にも水生生物の姿は見られない。
死の川、と言うべきではないだろう。
他の生命が存在しなくとも、川自体は生きている。

拠り所となっていた最後のガラスも冷徹に崩れ去り
川への着水を余儀なくされる。
腰程度までの水位しかなくとも、その水温は恐ろしく冷たかった。
不思議な事に服が濡れる事はない、が体温は着実に奪われていく。
じゃぼじゃぼと音を立て一歩、また一歩と進んでいく。
対岸へ渡りきった時、その先にはまた闇が続いていた。

リリカは到達点を欲した。
もういい、私は疲れたんだ。
望みを叶える神らが差し向けた。
正面へと現れたのは扉。
鎖は錆付き南京錠は既にその役目を為してはいない。
それらを手で払い除け、握りに手を掛ける
思ったよりもそれは硬く、力任せにまわす。
鈍い音がし扉が開くと同時にその握りは水へと還った。
眩い光が差し込む。
暗闇慣れした目には強烈な光に感じられるが留まるわけにはいかない。
扉に体当たりする形で雪崩込む。
途端、砕けた月の欠片が後方に降り注ぎ、燃え尽きた太陽は地へ堕ちる。
河の水は真っ赤な血へと変わる。
扉は消え失せ、後には何も残らなかった。
何も。

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扉の先に現れたのは鏡。
巨大な巨大な三面鏡。
やっとここから開放されるのか、と考えた私が阿呆だった。
光の反射で映し出されるは四人のリリカ。
四人が四人、当然ながら同じ表情をしていた。
なんて窶れ切った顔をしているのだろう。
服はナイフによる刺傷で血に濡れ、目は虚ろで焦点が定まっていない。
口は締まりがなく開き、髪は返り血で固まっている。
ああ、なんて

「酷い有様なのかしらね。」

え?
私は心中で呟いただけだ。
声に出してはいない。
こちら側の混乱など蚊ほども気にせず。
右の鏡の中のリリカは続ける。

「ケガはしてるし、頭の中は負の事ばかり考えているし、負け犬根性ここに極れりね。」

五月蝿い黙れ。
正面のリリカがこちらを見据え言葉を続ける。
「それで?そうやって逃げ続けてどうするの?助かると思ってるの?」
左のリリカが蔑む視線をこちらに投げ掛けてくる。

「苦しい事からも、痛い事からも、死からも、己の罪からも逃げて。」

「「「逃げて逃げて一体何が残るの?」」」

五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ
お前達に何が分かるんだ。
何の綻びもなかった篭城作戦が悪魔の出現で破られ。
救いの手を差し伸べてくれた優しい神様は悪魔に殺され。
姉達はこの殺し合いでその命を絶たれ。
信頼という絆は儚くも凶刃により打ち砕かれ。
残ったのは己の身の一つに深く刻み込まれた絶望感のみ。

これ以上私に何を求めるというの?
私はもう十分頑張ったじゃない、危険に身を晒すなんて柄じゃないのよ。
そうよ逃げに徹すればいいのよ、また巫女が解決してくれるに決まってるそうに違いない。
私は何も悪い事はしてないんだし胸を張ってればいいのよ。

「ヤマメを殺した事から逃避するつもり?」
違うあれは事故だ決して故意じゃない。
そもそもあの位置を覗き込んだヤマメが悪かったんだ。

「私のせいだって?」
右手のリリカ……ではない。
張り付いた様な笑顔を持ったヤマメは続ける。
その表情だけは健康そのものとしか見えない。

「あんたが指差してその箇所を見るように仕向けたのにかい?」

左目はあるべき窪みから今転げ落ち、床をコロコロと転がる。
眼孔に出来た血の湖は堰を切ったかのように止め処なく溢れ続ける。

「それならば私は一体誰に殺されたのか説明してくれな」

言い切る前に鏡に拳を放つ。
手には血が滲み激痛に顔が歪む。
鏡像のヤマメはひび割れた破片となりその姿を失くす。
私は見た、しっかりとその口がある言葉を呟いたことを。

「        」

砕けた破片をも踏み砕く
何度も。
何度も。
何度も。
狂気に囚われたリリカの足は止まらない。
「そしてあなたの気の緩みが私を殺した。」
左手のリリカ、ではない。
大きな注連縄を背後に付けた貫禄溢れる神様、八坂神奈子が続ける。
「低級妖怪とは言えあなたの警戒さえしっかりとしていれば、あんな事にはならなかったはずよね。」
ヤマメ同様その体が崩壊していく。
服の裾からは血が滝の様に流れ出で、顔にも幾つもの銃弾により穿たれた穴が形成され、肺に溜まりきった血液が口からあふれ出す
吹き出る血は致死量だという事が一目で分かる。

「協力による恩恵を享受しておいて、その役割すら果たせないなんて。」
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
私は精一杯頑張ったんです
どうしようもんかったんですあの時は。
「私には守りたい人が居ると、それまでは死ねないと言ったのに。」
もう嫌だなんでこんな言葉ばかり聞かされなくちゃならないの?
あなたなんて壊れてしまえばいい
これ以上私に仇視の念を向けないでください。
もう死んだあなたには関係ないでしょう。

そうだコレも壊してしまえばいいんだ。

優しかった神様の幻が映った鏡に向かい
リリカはなんの躊躇いもなく足蹴りする。

私の目の前で神様は殺されたのだから
生きているはずがないのこれは幻覚。
哀れむような眼をした虚像の最期の表情も、もはや過去。
うふふふふ、なんて面白い。

「聞きたくないモノには耳を塞ぎ。」
正面の鏡像のリリカは淡々と述べる。

「見たくないモノには目を塞ぎ。」
鏡の破片に反射した数多の鏡像リリカがじっとこちらを見据えてくる。

「知りたくないないモノには心を塞ぐ。」

「もう一度聞くわ。」

「あなたはこの戦いで何を目指すの?」

氷の様な冷たい言葉がリリカの心に深く棘の如く突き刺さる。
虹のような輝きを持つこともなく洪水の後の澱みきった色を持つ河に投げ入れられた小石は大きな波紋を作り上げた。
其れが既に彼方此方に解れが出来始めていたリリカの心の突堤を崩すには十分過ぎた。
口角が異常なまでにつり上がり、目からは光が消える。
矜持は粉々に打ち砕かれ、理性は疾うに亡失した。
狂気と阻喪に堕ちた口から紡がれる言葉は聞き取る事が出来ない。
フラフラと亡者の様に歩き手に取るは鏡の欠片。
リリカはそれを首筋に当てると。

満面の笑みで躊躇いもなく引いた。
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目覚めた所はソファーの上であった。
全身は汗に濡れ、心臓の鼓動は時化た北海のように荒れ狂っている。
リリカは起き上がり咄嗟に周囲を見回す。
目に飛び込んできたのは見慣れた我が家の風景であった。
夢からも逃げ出してきたリリカにはもはやそれすらが恐怖。
何故咲夜が親しくもない私をここまで運んできたのか。
何故殺せたであろう私を置き去りにして立ち去ったのか。
疑問は山のように降りかかってくる。


逃げの蜜の味を覚えた脳は思考を停止し、唯ひたすら逃避手段のみを思案する。
死にたくない、切なその願いがリリカを突き動かしていた。
その情動は屋敷の奥へ、奥へと足を忙しく動かさせた。
少しでも入り口から遠く、外部からの情報を遮断しようとしての行動であった。
こういう時、見知った我が家の勝手が酷く複雑なモノに感じられた。
普段ならば気にも止めないであろう階段の段数が一段一段踏みしめる毎に数えられる。
廊下の華に、と置かれた花瓶の中の花々がこちらを嘲笑する。
それらを無視しつつリリカの歩みは唯一点を目指していた。

器具庫。というよりは雑多な収納部屋と化している倉庫。
棚に乱雑に置かれたスコアや雑貨で埋め尽くされている。
それらの中には一体何時からあるのか分からない
東洋西洋問わない魔術用具や魔導書が混ざりこんでいた。
勿論中には贋物や土産品等全く効果の無い物も含まれていた。
くすみきった銀の聖杯や
いかにも土産屋で売られていそうなマカバペンダント。
スクライング用の古びた龍の土台が付いた水晶玉。
霊でないアンティーク楽器も幾つか置かれている。



その扉の前に辿り着いた時、底知れぬ安堵感を感じた。
向こう側から発せられる空気、匂いだけがいつもと変わらぬ日常を思い出させてくれる。
重く頑丈な鉄の扉を開き、リリカはその楽園に身を置いた。
ここには誰もいない、なんの音も聞こえない。
世界が私以外を残してみんな滅んでしまったような気分だ。
残るは旧き友人達と私達の残してきた数々の足跡。
刻み込まれ、時間の流れから切り取られた数多の情景。
それぞれが作曲家の言伝や言い分を一身に引き受け
次世代へと伝えていくための信号となっている。
リリカはそれらの楽譜を感慨深げに眺めていた。
全てが全て自分達が書いたものではないが
これらひとつひとつは全て思い出の一欠けら。
嬉しい日も、悲しい日も、怒っていた日も、泣いていた日も、笑っていた日も。
私達姉妹は音楽と共に歩み、音楽と共に生きてきた。
譬えどんな苦難の日が訪れようと、その身に染み付いた音楽の声が消えることはない。
211創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 00:14:10 ID:CzYo3EAB
すげえ投下ラッシュだw
支援
リリカは一枚の楽譜を手に取ると奥で眠りについている友の許へ向かった。
木製のアップライトピアノは光沢のある黒でなく、地のままの木の色が使用されており
ここに来た当時から既に此処に居た。
無論調律はされておらず、良い年となっているのと相俟ってそのピッチは大きく外れてしまっている。
しかし騒霊であるリリカにそのような事は関係なかった。
楽器はあくまで具象化されたイメージでしかなく、音を奏でるのは騒霊の心だったから。
友の声が聞こえる、久しく聞いていなかった声だ。
長年薄暗いこの部屋に閉じ込め続けていた私を非難する事も罵倒する事もなく
温厚な祖父のような声でただ一言、優しく呟いた。
「おかえり。」と



椅子の埃を払い、丁寧に友の全身の埃を払い落としてやる。
一体いつぶりだろうか、この姿を見るのも。
もはや置物と化していたそれは今また楽器としての日の目を見た。
格式高い工房により作成されたソレは
この世に存在したどんなピアノよりも柔らかな音を奏で、人々の心に響き渡る何かを感じさせるものであった。
外の世界の時代の要望の変化に従い、古めかしく時代遅れな工房は姿を消し何時しかその姿も、音も忘れ去られ。
誇り高き鷲の象徴を持ちながらも今や幻想と化したそれは唯一台、ここに存在した。


観客はゼロ、いや。
この部屋にある万物が観客だろう、楽譜も、道具も、楽器も、そして私自身も。
話し声一つなく、今か今かと開演を待っている状態といったところか。
では皆々様お待たせいたしました。
只今よりリリカソロライブを開始致します。
最初で最後の曲目は幽霊楽団。
楽団の名を冠しながらもスコアは鍵盤楽器単体で演奏できるように変更されています。
力強く響き良い金管アンサンブルや静かで落ち着いたヴァイオリン属の音がなく幻想の音のみで構成されます。
何時もの幽霊楽団とは一味も二味も違った旋律を心行くまでお楽しみください。
リリカは誰に語るわけでもなくただ心に浮かんできた謳い文句を一人呟いた。



奏でられるは幻想の音、決して鍵盤楽器だけでは出せないであろう音もが自在に作り出される。
幻想、とは既にその存在が忘れ去られたモノ、未だ世にその姿を見せていないもの。
そして既にこの世に無い物。
幽霊楽団の序盤は祭の前の人々の口走る独特な喧騒や、嵐が到来する前の静けさに似ている。
逸る気持ちを抑えようとしているが漏れ出す活気は抑えきれない。
曲が生きている、と言っても過言ではないだろう。
何時しか演奏に没頭していた、周囲の様子は気に留まらず唯意識は演奏にのみ集中していた。
そんな状態が引き起こした、神様の小さな悪戯、いや奇跡のお話。
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適度に温い気温と穏やかに吹き付ける風はひしひしと春の特徴を五感に伝える。
春風と共に気流を漂い運ばれてくる春の花々の甘い匂いは安息と好転の予感を感じさせ
それらに混ざり蜜を求め舞い乱れる多種多様の配色を持つ蝶達は
つい景色に目を奪われ呆けたままにならないように視覚的刺激を与えてくれる。

「……」
懸命に誰かを呼びかける声が聞こえる。

「……リカ」
私の事を呼んでいるのか。
聞きなれた、そして何故か悲しい声だ。

「リリカ、聞こえてる〜?」

「うわぁ!」
突如額がぶつかるかと思う程の距離に現れたメルラン姉さんに驚かされ素っ頓狂な声を上げてしまった。
心配してくれるのは有り難いがもう少し方法を考えて欲しい所だ……。

「大丈夫?いきなり凍り付いちゃったけど。」
メルラン姉さんの肩の横からひょいとルナサ姉さんが顔を覗かせた。
不安そうにその緑色の眼がこちらを見つめている。

「大丈夫、ちょっとボーっとしてただけだから。」
無理やり笑顔を作り、強がった声で答える。

「なら良いわ、じゃあ続きを始めましょうか〜。」
笑顔でメルラン姉さんが声を高揚させる。
ああそうだ、私は今ライブ中だったのか
サプライズによる移動で向日葵畑から紅魔館へ。
その日のライブの締めの曲、何時ものライブの締めの曲。


「では多少のアクシデントもありましたがお待たせしました!」
「本日のプリズムリバー楽団演奏会IN向日葵畑、もといIN紅魔館前!」
「最後の曲となってしまいましたが皆さん存分にお楽しみください!」
「御馴染みのこの曲でのお別れとなります、幽霊楽団!」」

メルラン姉さんによるMCが終わり、演奏へと移行する。
会場の熱気が手に取るように伝わり、最後の曲への期待感が具現化している。
これ程演奏する事が気持ちよかった事があっただろうか。
手を掛ける鍵盤の跳ね返り一つ一つがまるで心の躍動感を表すかのようだ。
そういだ、私が望んでいたモノはこれだ。
ルナサ姉さんの奏でる欝音を持つ柔婉で壮大な弦楽器の音。
メルラン姉さんの弾ける躁の気分の高まりが顕現したブラスの躁音。
相反し打ち消しあうその音は唯無益に空へ帰しているわけではない。
私達三姉妹による三重奏いや、多重奏は喜びを与えられる。
決して私一人では出せない。
ここまで人に喜びを与える音を今は出せない。
姉達の想いが篭っている音だからこそこれ程の質が出せるのだ。
どう足掻こうと一人で三人分の想いを出すことは出来ない。
214創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 00:18:54 ID:4l/1WfEF

観客は皆口々に感想を言い合いながら帰っていった。
耳につく分だけでもその中に不満を持った感想は聞こえない。
今回のライブも大成功と言って過言ではないだろう。
熱気収まらぬ会場の中、私達三姉妹は帰路に着いていた。
夕日で紅く染まる大地、妖しく揺れ動く木々の影の中。
伸びきった姉達の影に向けてリリカは口を開いた。

「姉さん……?」

もしこのまま聞かなければ消えぬ幻になってくれるのかもしれない。
覚めぬ邯鄲の夢だとしても。
だがこれだけは聞かなければならない。

「姉さん達はまだ生きているの?」

木々が激しく騒ぎ。
風が強く吹いた。

メルラン姉さんとルナサ姉さんが振り返る。
夕日による逆光でその表情は読み取ることが出来ない。
二人からの返事はない、ただじっと私の眼を二人が見つめる。
私の心を射抜く様な鋭い視線、一緒に生まれ育ってきた二人だからこそ胸がズキズキと痛む。
交差していた視線が外れ、二人は静かに目を伏せる。
静かにそっと、それでありながら毅然とした口調でルナサ姉さんが語り始める。

「リリカ」
「私とメルランはもう死んでいるわ。」


いつも嬉々とした表情を浮かべているメルラン姉さんも今日は真摯な表情をして語る。
口調は何時もからは考えられないほど落ち着き払っており、聞く者に高揚感を与える事は無い。

「でもね、リリカあなたはまだ生きている。」
「プリズムリバー楽団はまだ解散には至っていないの」
「あなただけでもプリズムリバー楽団は作り上げていける。」
「ルナサ姉さんの様に無理に人を感傷に浸らせたりする音でもなく」
「私の様に陰鬱とした気分を無理に高揚させる音でもない」
「あなたの音だからこそ純粋に人を感動させることが出来るの。」


最後に笑いながらメルラン姉さんらしい一言を付け加えた。
「まあ、尤も一人じゃ楽団じゃないのだけれどね」

「でも私達の事は忘れないで欲しいな」

ルナサ姉さんがボソっと一言漏らす。

「リリカ、あなたはまだ此方側に来ては駄目よ。」
「その手を故意に汚す事もしては駄目。」
「私達の分まで生きて、お客さん達に笑顔を与えてあげて頂戴。」

「「それが私達の励みになるから。」」
216創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 00:20:40 ID:CzYo3EAB
 
笑顔を浮かべながらもルナサ姉さんとメルラン姉さんの頬がキラリと光ったのを私は見逃さなかった。
二人とも悔しいのだ、もう演奏出来ない事が、人を喜ばす演奏が出来ない事が。
それなのに私は一体何をしようとしていたのだろう……。

二人がクルリと振り向き再び顔を隠す。
「残念だけどもう時間みたいね。」
嗚咽混じりの声でルナサ姉さんが続ける。
見れば二人の背中は血に塗れている、生々しい傷跡は最期の傷、二人の希望の路を断ち切った溝。

「最期にワンフレーズだけ演奏しましょうか。」

「誰が為でもなく、私達の為。」

今この時まで存在しなかった筈の私愛用の鍵盤。
何時の間にか二人の手にもトランペットとヴァイオリンが握られている。
幽玄な音の調べは今までのどんな幽霊楽団よりも華美で雅であり
そして今までのどんな幽霊楽団よりも儚く幽愁に満ち溢れていた。
三人共一音一音を噛み締める様に演奏した、持てる全てを出し尽くすつもりで。
演奏が終わった時、三人全員が涙を流した。
離れたくない、と強く願っても離れていってしまう姉達。
目を伏せ、せめてこの一瞬が少しでも永く続くようにと三人で抱き合った。
自然と抱きしめる腕にも力が入る、が突如その腕は空を切る。
頭では分かっている、しかし目を開けてしまえばそこには既に幻影はいないのだろう。
でも私は目を見開き生きていかなければならない、姉達の最期の願いを果たす為。
目を開くと、眩い光が飛び込んできた。
もう逃げない、そう誓いたくなるような神々しい光だった。
幻想の奏でる音が見せる幻想を視る夢。

--------------------



リリカは鍵盤に突っ伏す形で気を失っていた。
埃臭い部屋、そこは紛れもなくプリズムリバー邸内の倉庫室であった。
あれは夢だったのか、夕日に燃える平原はどこにもなく姉達の姿もない。
しかし確かにリリカの頬は涙に濡れていた。
その腕にはまだ姉達の感触がありありと残っていた。
夢とは信じがたいものだった。
リリカ・プリズムリバーの能力「幻想の音を演奏する程度の能力」
幻想の奏でる音は既に亡き死者の声さえも奏でたのか。
それともリリカの心の奥底の幻想の声を奏でていたのか。
彼の世の音達は何も答えない、その存在は不確実なモノ。
不確実でありながらもその音は無尽蔵、何を引き起こすかは全く予想がつかないモノ。
リリカは立ち上がりピアノに静かに蓋をする。
心に落ち着きと平穏を取り戻させてくれたこのピアノには感謝しないといけない。
やはり騒霊、音楽との相関性は否定出来ないのだろう。
リリカは深々と一礼した後一言、ありがとうと呟いた。
218創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 00:24:13 ID:CzYo3EAB
 
219創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 00:24:29 ID:4l/1WfEF

今までの私はもういない、生ける屍の様にフラフラと生きる理由を探し彷徨い歩いていた私はもういない。
私にはこれから生きていく、という生きる理由が出来た。
人々に語ってみれば笑うかもしれない、なんて漠然とした理由なんだと。
だが私は今ならば胸を張ってこの理由を誇ることが出来る。
姉達が与えてくれたその理由を。


生き延びるためにはこの殺し合いから脱出するしかない。
力を持つ者に協力して、少しでも終わらせる可能性を高めるのだ。
となるとやはり霧雨魔理沙だろうか。
冥界の西行寺幽々子様が引き起こした長引く冬の異変の時、冥界の門で戦ったあの魔法使い。
疑う余地もなく実力は折り紙つきだろう。
性質からして殺し合いに乗っているとは思えない。
先刻出会った十六夜咲夜も確かに実力者である。
私を殺していない事から乗っていないと見ても良いだろう。
しかしあの悪魔、レミリアのメイドだ。
可能ならば又接触する事は避けたい。
博麗霊夢は怪しい所だ、掴み所がなく内心何を考えているかもわからない。
この殺し合いに乗り脱出を目指している可能性もないとは言い切れない。

霧雨魔理沙だ、霧雨魔理沙を探そう。
彼女ならばきっと、きっとこの殺し合いを終わらせてくれるはずだ。

この殺し合いを乗り切って再び皆に笑顔を与える演奏をするため。
リリカソロライブ、この言葉はもう使うことはないだろう。
プリズムリバー楽団定期演奏会、たとえ一人であろうと私の心には姉達がいる。
一人でも立派に作り上げてみせよう、だからもう少し待っててね姉さん達。
私がもし其方に行くような事があればまた一緒に演奏しましょうね。
その時は姉さん達が驚くくらいに腕を磨いていてみせるから。

一度地平線下へと沈んだ太陽はまた昇り始める。
月の柔らかい光があったからこそ、星の瞬きも美しく感じられる。
太陽の光があったからこそ、夜の星のまた違った趣が感じられる。
私は今日から小さな光の星だけでいては駄目なのだ、眩しき昼間を明るく照らす太陽となり、暗き夜を優しく照らす月ともなる。
並大抵の事ではない、自分でもそう思える。
そのためには強く、そして自身の持つ音の質を更に高めていかなければならない。
心も力も弱かったリリカ・プリズムリバーはもう死んだんだ。
体は小さかろうとその身体には三人分の想いが込められている。
プリズムリバー楽団、団長としての責務を果たす為。
リリカはその行動を開始した。

【C-3 西部 プリズムリバー邸器具庫・一日目 昼】

【リリカ・プリズムリバー】
[状態]腹部に刺傷(大よそ完治)
[装備]なし
[道具]支給品一式、オレンジのバトン、蓬莱人形
[思考・状況]生き延びて姉達の遺言を果たす
[行動方針]
1.使えそうな武器を邸内から探す。
2.姉達の面影を見出せる物を持ち出す。
3.霧雨魔理沙を探しその動向が脱出であれば協力する。
4.出来るならば姉達とヤマメを弔いたい。
--------------------

咲夜は唖然としていた。
紅魔館に入り真っ先にお嬢様の部屋を目指したのは良かった。
しかしその部屋の状況はまさに物置と言う惨状だった。
こんな芸術的に散らかせるのはお嬢様しかいない。
全くこの我侭っぷりには溜息しか出ない、よくもまあここまで散らかせるものだ。
その部屋をこうやってコツコツと片付けている自分にも惜しみない拍手を送りたいくらいだ。
服をクローゼットへと収納し、乱れたベットを整え、あちこちに散乱している小物を戸棚へと仕舞い
テーブルと椅子を綺麗に並べる。


普段から館中を時間停止で掃除し片付けている咲夜にとっては
時間操作さえ使えればこの程度の量大した事ではなかったのだが。
無為に力を使い気力体力を浪費するわけにはいかない。
やっと半分、といった所だろうか、目に付く所は片付け終わったが細部はまだまだ散らかっている。
そんな状態でこうしてキッチンに立っている私もどうかしているかもしれない。
割り当てられている自分の部屋に戻ったはいいが愛用のナイフが丸ごとなくなっていたので
代用として食事用ナイフとフォークをこうして集めているのも滑稽な様だろう。
どうやらお湯も沸いたようだ、独特の甲高い音が部屋に響く。
火に掛けていたヤカンからお湯を支給品のティーカップへと注ぐ。
お嬢様用の血液入りの紅茶。
クッキーを添えトレイに乗せお嬢様の部屋のテーブルへと置く。
時間停止、しようとしたがやはり使えない。
そのテーブル上の空間だけへ時間操作を掛ける、何時その部屋に戻ってきても熱々が飲めるように。

「お嬢様、私は信じていますわ。」
その部屋に鍵を掛けるように咲夜は静かに扉を閉めた。

真上に来た太陽の光は眩しい。
この紅魔館が有り触れていた日常に戻る事はもうないだろう。
お嬢様がこの惨状を見たら一体どう思うのだろうか。
真っ先に私が呼び出されるのは目に見えてるけど、と咲夜は苦笑する。
侵入を防げなかった美鈴も叱ってやらないと。
パチュリー様はもういない、あの莫大な量の蔵書はこれからも永久不変なのだろう。
小悪魔は呼び出されていないようだった、それだけがせめての救いかもしれない。
フランドールお嬢様はどうしているだろうか。
あのお方の力は絶大なモノだがお嬢様と同じく日光や雨に弱い。
体良く振舞えていれば良いが、鎖の無い今は信じるしかない。

もし、お嬢様が殺し合いに乗っていたら。
従者である私は主に反旗を翻す事は出来ない。
お嬢様が是と言えばそれは是なのだ。
殺し合いを是、としていない事を願うばかりだ。
再び先程歩んできた道程を辿りプリズムリバー邸を目指す。
222創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 00:30:47 ID:4l/1WfEF

223創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 00:34:35 ID:4l/1WfEF

224創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 00:35:01 ID:CzYo3EAB
さるった?
225◇BmrsvDTOHo氏 代理:2009/08/26(水) 00:35:35 ID:4l/1WfEF
土の匂い、水の匂い、木々の匂い、森羅だけは何時もと変わらない。
変わってしまったのは其処に住む人々。
変えてしまったのはこの理不尽な状況。

私は主催者を許せない。
何気なくも幸せだったその日常を壊し、血生臭い日々へと変えてしまった。

きっと泣いているのだ、私は。
表面に現れる肉体的な涙ではなく。
胸の奥を蝕む心の涙を流しているのだ。
戻らない日々に想いを馳せる事で出来るその傷の膿が。
無碍にされた今までの均衡への怒りが。
もしお嬢様が是と言った時、それに即座に賛同出来る自信が薄まった。
何も考えなければ楽でいいのだろうか、成り行きに身を任せ恩も忠義も空へ帰せば何者にも縛られない。
それが出来ないのが私の弱さだ。
結局紅魔館という拠り所を失うのが怖いのだ、宙に浮くのが怖いのだ。
お嬢様という護るべき、仕えるべき対象を失うのが怖いのだ。
奉仕する理由が自分自身の保身のためとは愚かで陋劣な理由だろう。
そうだ、人間は弱く、怯懦な生き物なのだ。

里の人間の様になんの能力も持たず妖怪に対抗する術がない人間であろうと。
私や霊夢、魔理沙の様に能力を持ち妖怪に対抗出来る人間であろうと。
本質が変わることは無い。

相変わらず照りつける太陽の中、咲夜は半ば妄信的に信じる路を歩んでいた。
路が失われた時の事など考えてはならない。



【C-3西南西部 平原・一日目 昼】

【十六夜咲夜】
[状態]健康
[装備]NRS ナイフ型消音拳銃(1/1)
[道具]支給品一式、出店で蒐集した物、フラッシュバン(残り2個)、死神の鎌
    NRSナイフ型消音拳銃予備弾薬17 食事用ナイフ・フォーク(各*5)
[思考・状況]お嬢様を探さないと
[行動方針]
1.プリズムリバー邸に向かいリリカから情報を集める。
2.お嬢様に合流し、今後の動向を聞く。

※出店で蒐集した物の中に、刃物や特殊な効果がある道具などはない。
※食事用ナイフ・フォークは愛用銀ナイフの様な切断用には使えません、思い切り投げれば刺さる可能性は有
226創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 00:41:21 ID:CzYo3EAB
ああ、やっぱ逝ってたのかw投下&代理乙です。
三姉妹の演奏がホント切ない。リリカには頑張って欲しいなぁ。
咲夜も微妙にフラグ立てたし、お嬢様と会うときが楽しみだ。
227創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 01:07:19 ID:eTA301z2
投下、代理投下乙です
最初も後もリリカの夢がすごく好きだ
あと、些細な風景描写というか物語の肉付けというか
そういったのが上手すぎる
228 ◆60OsUpZG9Y :2009/08/26(水) 02:21:31 ID:QU1pwo7N
代理投下、支援、感想有り難うございます。
感想も支援も一書き手として大変な励みになります。

229 ◆BmrsvDTOHo :2009/08/26(水) 02:22:23 ID:QU1pwo7N
あれ…トリ間違ってる。。
230創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 02:46:03 ID:pZ90GkLH
トリ間違うなw
お茶目かwww
いやー、三姉妹の最後の演奏は泣いたー
切なすぎる
231創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 03:01:11 ID:uj/RWgC/
リリカの心の葛藤を夢という形で分かりやすく、それでいて非常に深い表現でまとめられていて・・・・この技量に脱帽しました
凄いなぁ・・・
232 ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 16:35:55 ID:+yXyoTks
皆さん投下乙です。

>>◆30RBj585Is氏
永琳、冷静さを取り戻したか。こうやって纏めてくれるのは助かるなぁ。
そして赤ワインやばい、まじやばい。神社付近って場所が、更にやばい。

>>◆ZnsDLFmGsk氏
慧音とさとり、どっろどろだ……。
なんとかするには、ルーミアと早苗しかいない! ……底無し沼になるような気もするけど。

>>◆BmrsvDTOHo氏
三人の演奏で、まじ痺れた。
いいなぁ、これ。



そして、お待たせしてすいません。投下開始します。
よければ支援下さると嬉しいです。
233精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 16:38:46 ID:+yXyoTks

 『霧雨魔理沙』



 窓から空を仰げば、流れ星が次々に流れる夜空。

 ――すごいぜ。本当に百個ぐらい降りそうだな。

 天龍の鱗が剥がれ落ち、光り輝いた最終形態。
 星座を散りばめた宇宙で、一瞬で流れて消える一番目立つ夜空の主役。
 同じ動きしかしない他の星に逆らい、大きく強く光ってはすぐ消える。
 時には隕石となって地上まで届き、甚大な被害を齎す力強さも持つ。

 そんな流れ星が降り注ぐ流星群が、私の心をどんどん魅了していく。




 だけど夜は永遠には続かない。

 どんな希望の世界も、いつかは終焉を迎える。


 ◇ ◇ ◇




 …………さて、夢の世界から戻ったわけだが……これは一体どういうことなのだろう。

 私の起き抜けの状況は奇妙なものだった。

 どーんと視界一面に、黄金の髪と、見覚えのある特徴的な帽子が広がっている。
 驚くことはそれだけでなく、なぜか私の身体は、帽子の持ち主の背中に乗っかって運ばれているようだ。


 えーと、これらを総合すると……どうやら私は藍におんぶされているらしい。



 って、おんぶ? なんで藍におんぶなんかされてるんだ!?
 動揺で身じろぎした私に反応したのか、藍がくるりと顔を回し、横顔を私に見せる。

「おはよう、魔理沙。
 まだ寝惚けているようだな。眠いのならまだ寝ていても構わないぞ」

「……頼むから降ろしてくれ」

 顔を赤らめながら懇願すると、藍は幼子を扱うように丁寧に私を降ろした。
 ……これじゃ私が子供みたいじゃないか。橙と同じ扱いってのはどうかと思うぜ。

 あー、うー。どうしてこうなったんだっけか?
 ……宴会、実験、弾幕ごっこ。このあたりの後始末だろうか。
 倒れるような事態にはならないよう、注意してるつもりなんだけどなぁ。
 心地よい眠気を手放すのは惜しいが、この年になっておんぶされるなんてのは、ちと恥ずかしい。
 寝惚け頭も、ようやく快活に作動し始めてるし、昨日の出来事を振り返ってみるか。
234精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 16:41:40 ID:+yXyoTks




 あー、昨日の私は…………。



 ――――嫌な事を思い出した。

 思い出したくもないが、思い出さなきゃならない大事な記憶が段々と蘇ってくる。

 ……そうだ。さっきまであった眠気すら、既にどこかに逝っちまったほど不愉快な昨日、いや今日だったんだ。


 変なとこに呼ばれて、知らない妖怪が一人殺された。
 で、こうなりたくなけりゃ、殺し合いしろと永琳に上から目線で命令された。
 ……私はそれを冗談だと思ってたんだよな。

 だからリグルに怯えられて、霊夢の白刃に晒してしまった。
 私のせいでリグルが――死んだ。 私も――霊夢に殺されかけた。

 …………霊夢から逃れて……永琳と会って……。
 あー、そういえば永琳との約束どうするか。
 まず今は何時だ。時計、時計。えーと……ここから人里が見えてて、時間がこれだと……ちょっぴり厳しいな。
 今からなら間に合う時間なのは幸いだが、人里や紅魔館で仲間を集めてからなんて言ってられる余裕はないぜ。
 ……まぁ、まだ余裕はあるから、とりあえず今は後回しにして、現状把握に努めるか。

 たしか、永琳と会った後は……家に帰ろうとして……そうだ、途中で南の火災をなんとかしようとしたんだ。
 でも魔法の森の地面に爆弾が埋まってて…………あのへんの記憶がちょっくら曖昧だが、藍に蓬莱の薬で助けられたんだ。

 んで、藍と同行することになってちょっと歩いたら、フランやスターも加わって、放送を聴いて。

 次は――。

 額に突然汗が流れる。
 なんで――こんなに緊張してるんだ。

 記憶だけは既に大半が蘇っている。
 でも私の心が、記憶を信じたくないと叫んでいる。


 香霖堂で  妖夢と   幽々子に   出会った。

 途中で 妖夢が フランに  襲い掛かって。

 ――スターが フランを  庇って   死んで。 

 ――――妖夢が  幽々子に  殺されて。

 ――――――幽々子の心が  死んだ。


「……幽々子はどうした」

 脳裏に浮かんだ疑問を即座に口にする。
 力強く問い詰めたつもりだったが、予想以上に弱弱しい声音になってしまった。

 なぁ、藍。
 殺したとか……言わないよな? 頼むから言わないでくれよ。
235精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 16:44:01 ID:+yXyoTks


「……幽々子様は無事だ。
 香霖堂を去ってからは知らないが、私達は手を出していない」

 ほっと胸を撫で下ろす。
 これで私が始末したとか言われちゃ、もうどうしていいかわからなくなってただろう。
 放送で発表される以上、誤魔化しは効かない。嘘じゃないはずだ。
 不幸中の幸いではある……けど、幽々子の不幸はまだ継続している。

 こうしちゃいられない、と幽々子の元へ急いで転進しようとする、が。

「――やめておけ」

 疾走直前の私の肩が突如掴まれ、静止を強制された。
 力強く掴んだ手の持ち主は、覚悟を伴う目を私に向ける九尾の狐、八雲藍。
 ああ……やっと完全に思い出せた。私を気絶させたのは藍だったな。

「……放せよ」

 私は目尻を吊り上げ、一歩も譲らないと顔に書いてある藍を睨む。
 生真面目な奴が強情を張ると始末に終えない。

 いっそ強硬手段に出ようかと迷っていると――――私の背中に、なんらかの圧力に満ちた小さな掌を当てられた。
 これは藍じゃない。

「フラン――か。お前も……私を止めるんだな」

 怪しく煌く紅の凶眼に、虹色の羽が特徴的な吸血鬼、フランドール・スカーレット。
 あー、そりゃいるよな。ずっと一緒だったもんな。

「ええ。私はスターやパチュリーのためにも、ゲームを壊さなきゃいけないの。
 あの女に構うなんて無駄な遊びに付き合うつもりはないし、無闇に勝率を下げるつもりもないわ。あの女を殺すつもりならいいんだけどねぇ」

 一人ならまだしも二人を相手にしたら、どうなるか。答えは簡単だ。
 強引に振り切るとしても物理的、精神的に重大な傷跡が私達に残る破目になる。下手をすれば永遠の別れすら訪れるかもしれない。
 それをわかっているからこそ、こいつらは本気で私を止めるのだろう。私が抵抗は無意味と判断すると思って。
 …………その通りだよ。こうされちゃあ抵抗なんてできるもんか……。

「……やめりゃいいんだろ」

 降参の証として首を振り、抵抗の意識を霧散させる。
 藍とフランもそれに呼応し手を離した。警戒はいまだに解いていないようだが。


 ……私だってわかってるさ。
 我侭を、綺麗事を喚きたててるだけでしかないって。
 私が幽々子を慰めたところで解決になんてなりやしないって。

 だけどなぁ……それで納得できるわけ……ないだろう。
 ……無力な自分がほんと嫌になってくる。

「……なぁ藍、答えて欲しいことがあるんだが」


 これからする質問は聞く意味なんてない質問だ。だけど口から出るのをもう抑えきれない。
236精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 16:46:19 ID:+yXyoTks


「――私は正しいのか?」


 込み上げるものに執拗に押され、躊躇いがちに、やりきれない思いを吐き出した。


「…………香霖堂へと舵を取ったことか、それとも妖夢や幽々子様を静止できなかったことか。
 どちらにもお前には責任と呼べるほどのものはないさ。 不幸な事故だったと無理にでも思い込め」


「私が悪くないんならさ……あんなにがんばってた妖夢や幽々子が悪いっていうのか?
 それに……香霖堂での件だけじゃないんだぜ。
 リグルだって、私が馬鹿みたいな勘違いしなきゃ、ここにいたかもしれないんだ。
 霊夢だって私には止められる機会はあった。蓬莱の薬だって間抜けな私がいなきゃ、別の誰かを救えたんだろうな。
 まだある。なんと私はお前らに会ったときから隠し事してるんだ。あはは……笑えるだろ……。
 なぁ……これでも、私が正しいって言えるのか? も、っとやりようが、あったんじゃ……ない、か?」

 第二放送はもうじきだ。
 第一放送と同じペースだったとしたら、参加者は半分に近いだろう。

 だというのに私はなにをしていた?


 全てを救うなんてできっこない。

 正しいからといって念願が成就するわけじゃない。


 そんなことはとっくにわかってる。


 だけどさ、たったの一人も救えていないなんて。

 それどころか被害の拡大にしか貢献していないなんて。



 そんな人間が……正しいわけ……ないよな。




 せめて私個人への不幸なら我慢だってできた。
 だけど……私のせいで、誰かが死ぬなんて悪夢にはとても耐えられない……。

 罪を自覚した途端、視界が涙で滲む。
 必死で耐えようとしたけども、たかが涙を抑える術すらなく、自分の涙にすら太刀打ちできなかった。

 胸がジクジクと痛む程高鳴る。
 罪の圧力で、支える力を失った私の両膝が折れる。
 立ち上がろうとしても足が動かない。抗いようがない程に身体が重い。



 それからどれだけ時間が経ったのか。

 浅ましく嗚咽し、咽び泣いている私の背中が誰かの暖かい手にさすられた。
237精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 16:48:35 ID:+yXyoTks

 心遣いは嬉しい。涙がより零れそうだ。
 けど、身体が動いてしまえば、また誰かを死に追い込んでしまいそうで。

 ……今はなにも考えたくない。
 いっそ、眠ってしまおうか。そうすれば、なにもかもを忘れてしまうかもしれない。



 しかし……そうはいかなかった。


 意識を手放そうとした瞬間。



「――霊夢に負けていいのか」


『霊夢』という単語が私の意識を僅かに覚醒させた。


「やりたいことがあるのだろう。成したいものがあるのだろう。
 諦めていいような小さいものなのか、よく考えてみることだな」


 ――魔理沙。あんたは何も分かってないのよ。


 霊夢と交わした言葉について思いを馳せた。

 あいつの目に、私はどう映っているのだろうか。

 あれだけの啖呵を切った私の無様な姿を見たら、どう反応するだろうか。


 想像してみると容易く思い浮かんだ。


 あいつは私を見下すだろう。

 私の言ったとおりでしょう、ってな。



 ――――嫌だ。それだけは許せない。



 あいつよりも先に膝を折ってしまってどうする。
 絶対に認めたくないあいつを私が肯定しているようなものだ。
 あいつに見下されるなんて、私のためにも、霊夢のためにも、絶対に……あっちゃいけない。

 ミニ八卦炉を手の中に収めている拳を、想いと共にぐっと固める。
 熱くなった私の身体に呼応するように、ミニ八卦炉も熱量を増幅させていく。

 ……ああ、お前も私に付き合ってくれるんだな。


 どこまで耐えられるのかは分からないけど……あいつの足元にいつまでだってしがみついてやる。
238精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 16:50:36 ID:+yXyoTks








 あ、そういえば……………さっき私が自白してしまった隠し事はどうしよう……。

 スルーというわけにもいかない。
 藍なら事情を察してくれるかもしれないが、フランあたりはザクッと話題を切り出してきそうだ。
 もう……話すしかないか。きっと大丈夫だ。多分……。

「なぁ、二人とも。 私がさっき口走った隠し事なんだけど――」

 しかし、ちょっと冷静に戻ってみると……隠し事をぽろっと漏らしたり、泣き言喚いて倒れ伏したり、私はなんつー恥ずかしい姿を曝してたんだ……。
 おんぶといい、あー、もう。早く忘れたいし、忘れてほしいぜ。


 ◇ ◇ ◇


 『八雲藍』


「私が悪くないんならさ……あんなにがんばってた妖夢や幽々子が悪いっていうのか?
 それに……香霖堂での件だけじゃないんだぜ。
 リグルだって、私が馬鹿みたいな勘違いしなきゃ、ここにいたかもしれないんだ。
 霊夢だって私には止められる機会はあった。蓬莱の薬だって間抜けな私がいなきゃ、別の誰かを救えたんだろうな。
 まだある。なんと私はお前らに会ったときから隠し事してるんだ。あはは……笑えるだろ……。
 なぁ……これでも私が正しいって言えるのか? も、っとやりようが、あったんじゃ……ない、か?」

 魔理沙に似合わぬ弱々しい一面。
 幾粒もの涙の粒が零れ、魔理沙の服を濡らしていく。
 私が返事に窮していると、魔理沙は、地面にひれ伏すかのように膝を折った。
 いつもの飄々とした雰囲気は、まるで見られない。


 無理もないな……。
 壊れた世界の法則を長時間経験すれば狂わずにはいられまい。

 理性の皮は剥がれ、本性を露とし。
 拒絶を許さず、逃避を許さず、休止を許さず。
 安堵した次の瞬間には、絶叫と血飛沫が舞い上がらせる。

 悪意が踊る。絆が千切れる。安らぎは餌。狂気こそ正気。
 魂は、儚く、削れ、砕かれ、辱められ、薄れ、消失する。
 悪意咲き乱れる世界の胃袋は、更なる悲劇を、絶望を、無限に要求する。

 しかも私達が先程経験した惨劇はその殺し合いの中でも極上の惨劇だ。

 きっと主催者は、我々の滑稽さを嘲笑っているのだろう。
 人妖の業をこうも見事に見せ付けられるとは、きっと想像していなかったはずさ。

239精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 16:52:26 ID:+yXyoTks

 なにしろ……誰にも悪意がなかったのだ。

 全員が異変の解決を前提としていたのに、無残にも、二人が死に、一人が狂った。
 加害者であり被害者であるである妖夢と幽々子様でさえ、従者が主を守ろうとし、主が従者を守ろうとしていたに過ぎない。

 誰一人、得せず、救われず、望みも叶わない不毛の惨劇。
 罪や悪や責任を押し付けて憤りを晴らそうにも、直接の切欠である妖夢は既に故人。
 更には守ろうとしていた主に殺されるという最悪の末路。誰だって責任を追求しようなどとは考えられまい。

 あんなものを経験し、責任はなくとも一因を担っているとなれば正常な判断力を奪われるのも当然さ。魔理沙のように抱え込むような性格ならなおさらだ。
 冷たいと自覚してる私ですら、いまだに目に焼きついているよ。仮に幽々子様や妖夢が橙や紫様だったとしたら私も魔理沙のようになっていただろうね。





 さて……魔理沙をどうしようか。

 魔理沙の後悔の内容は正しい。
 確かに過去の行動如何では、誰かを救えただろう。
 香霖堂へ行こうと言い出さなければ、幽々子様も妖夢も別の道筋を歩んでいたに違いない。

 だが、正否で言えば正であっても、必要か不必要で言えば不必要。
 反省は未来を生み出すが、過度の後悔は何も生み出さない。

 後悔は過去との闘争を意味する。
 しかし、過去とは永遠に固定された存在。
 永遠相手に抵抗していても、いつか心が折られてしまう。
 最適の実利を求めるならば、多少の罪程度は最善の行動をしたと図々しく思い込まなくてはならない。
 後悔しているだけでは餓鬼に魂も肉体も貪られて――死んでしまう。

 それだけは防がなくてはならない。
 魔理沙に死んでほしくないというのもあるが、私には魔理沙を必要する理由がもう二つある。


 魔理沙は私が持っていないものを持っている。


 私、八雲藍は、妖獣であると共に『式』でもある。
『式』とは計算式を組み、セオリーに則り、法則と命令への従事により能力を発揮できる計算能力に特化した存在。

 計算でならば主である紫様以外に負けない自信がある。
 だが計算は万能ではない。 事前に用意されている法則、数値を必要とする。

『∠x∫凵{[ω‡Σy℃=∨∬z』といった数式が仮に殺し合いを表す数式だとしても、法則と数値の意味を理解していない私では絶対に解き明かせない。

 上記の計算式を解き明かすには法則と数値の割り出しが必要となる。
 そして割り出しに必要なものは、天才、不規則、狂気、カオス、電波といったものを基礎にした常識に捕らわれない閃き、直感、アイデア、理解力。

『式』の欠点はそういった要素の欠如だ。
 以前、紫様の質問に計算に基づき理性的な回答した時、『つまらない』という評価を貰ったことがある。
 当然だ。紫様は私より数百段は計算力に優れている。
 私程度が計算で求めた結果など、とうの昔に解き明かしているに決まってる。
 それでも私が提出したのは、別の答えを用意することができなかったから。ただそれだけだ。

『式』の特性上、常人より思考スピードと知識に優れている分、既にあるものを計算したり求めたりというのは得意分野ではあるが、新しい発想を生み出すことに長けていない。
 思考と同時に超スピードで計算し、考えるよりも先に安易な結果を理解し、思考をストップさせてしまう。
 一度でも結果を理解してしまえば、結果は脳裏に焼きつき、別の結果の導きに多大な労力を要してしまう。
 数億桁の乗算をこなせても、何千式にも及ぶ方程式を解けても、1+1=田と柔軟性に優れた答えを求められるかは別問題ということだ。
240精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 16:55:13 ID:+yXyoTks


 魔理沙はその点において優れている。

 博麗の巫女や現人神といった特殊な事情には一切関係のない道具屋の娘として生誕。
 零から魔法を学び、理解し、吸収し。人間に害を為す魔法の森に強引に陣取り。
 時には研究に打ち込み、時には他人のスペルカードを参考に、時には実戦で実力を磨いた。

 その結果、スペルカードルールの恩恵込みとはいえ、普通の十代の人間の少女が千歳を超える妖怪を下すまでに至った。
 性質上停滞しがちな妖怪や神には決して真似できない驚異的な成長スピード。
 他者のスペルカードをも応用し、己の力とする理解力と飲み込みの速さ。

 少なくとも私よりは異変解決に向いているだろうね。

 まず、これが第一の理由。



 次に第二の理由。

 この殺し合いの打破は個人では不可能。
 ……現実的に計算すると集団でも打破は不可能だが……それは置いておく。

 そして集団には必要なものがある。

 纏め役、つまりリーダー。

 今は三人程度の少人数だから必要は無いが、人数が多くなれば、その役目を担ってもらおうと思っている。

 交友関係、人脈の広さ、明るさ、懸命さ、頭の良さ、裏の無さ。
 リーダーの資質としてまだまだ足りないものはあるが、即席の少数集団に必要な要素をこれだけ持っていれば十分だ。
 リアリスト揃いのメンバーでも無い限り、十分やっていけるだろう。

 こういったものは妖怪には向いていない。

 妖怪の本質は恐怖、猜疑心、困惑、未知といったネガティブな要素。
 妖怪がリーダーと成った場合、軍勢の指揮には有能であっても、即席の少数集団では害を招いてしまう。
 特に、紫様などは……立場上、言いにくいことではあるが、他の人妖から……その……嫌われている。紫様の式である私もそれほど信用はされていない自信がある。

 ――使い捨てられるのではないか。

 ――見捨てられるのではないか。

 制限により力量差が縮まった今ならば、上記のような思考の末、凶行に走る輩が現れてもおかしくない。
 事実、それも間違ってはいない。
 私や紫様は、状況によっては必要悪として卑劣な方策を実施するだろうね。

 人間である魔理沙にそういったものが足りないが、リーダーならばそれでいい。
 即席の小集団のリーダーが一度でもメンバーを見捨てれば、集団はいずれ壊滅する。

 必要となる時が、もし訪れれば――――私が独断で必要悪を行使すればいいのさ。…………幽々子様を殺そうとした時のように。

 監督不届きにはなるが、リーダーが直接恨みを買うという危機に比べることはできない。
 魔理沙は感情的ではあるが馬鹿ではない。表面上は不満を露にしても内心では真意を渋々と認めてくれるはずだ。
 メンバーにもよるが、最悪でも私に単独行動を強いる程度で済むだろう。
241精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 16:58:44 ID:+yXyoTks



 魔理沙を立ち直らせる理由としてこんなものだ。
 わざわざ取り繕っても意味はないし、しっかりと答えよう。


 ――――私は魔理沙を利用している。

 無為に過ぎて行く時を過ごすというのは、そう悪いことばかりでもない。
 プラスからマイナスへの減法は数字以上に精神に影響を受けるが、マイナスからマイナスへの減法による精神への影響は数字以下の些細な影響に過ぎない。
 仮に誰かが無抵抗の魔理沙を殺しにきても、相手が嗜虐思考で無ければ恐怖も痛みも一瞬で済むだろう。

 過度の後悔は永遠の停滞と死を待ち受ける運命に至るのみではあるが。
 正常な精神を維持したまま主催者へ抵抗するという至上の苦難を考えれば天国に等しい。

 なのに私は、十代の少女を、身勝手にも無理矢理立ち直らせ、誇大な期待を背負わせ、地獄に何度でも導こうとしている。
 紫様の為に、橙の為に、幻想郷の為に、私の為に。
 これを利用していると言わずしてなんと言えようか。






 ……そろそろ魔理沙は立ち直っているだろうか。

 確認の為、魔理沙へ目を向けると……いまだに普段の勝ち気さが失せた不穏な瞳。

 時間経過と思考の埋没による自力での立ち直りは失敗したようだ。
 フランドールは魔理沙を眼中にいれず物思いに耽っているし、私が何とかしなきゃいけないみたいね。

 親が我が子にするように、目線を合わせ。
 震える背中を、努めて優しく、暖かさが通じるように撫でる。撫で続ける。



 …………どうやら失敗らしい。重苦しい沈黙が立ち込めるのみだ。

 …………橙なら、こうすれば泣き止んだのだけどね。
 仕方ないか。真の意味で心の篭もっていない私の傲慢な慰めでは届くはずも無い。



 ふむ、次はどうしようか。

 善人を相手にするならば、誰かのために、というのが基本ではあるが。
 助けられなかったと罪悪感で潰されている人物相手では、逆効果にしかならないだろう。

 なら、どうすればいいのか。

 ……幾つか思いついた。

 まず一つ目。

「――霊夢に負けていいのか」


 罪悪感を願望で覆い隠す。
242精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 17:01:46 ID:+yXyoTks


「やりたいことがあるのだろう。成したいものがあるのだろう。
 諦めていいような小さいものなのか、よく考えてみることだな」

 人間も妖怪も本質は自己中心。
 自分の為に、というのが一番パワーを発揮する。

 以前に霊夢が殺し合いに参加しているという話題に上った際、魔理沙の目の色が変わったのを私は見逃していない。
 その情報に、親友やライバルといった関係を加味して、刺激してみたが……思いのほかうまくいったみたいね。


 魔理沙の瞳は、絶望に沈みながらも希望を求めて光を僅かに取り戻す。
 無理に作った人好きのする笑みを見せて、重い体を引き摺るかのように、震える頼りない両足を、ゆっくりと動かしている。


 所詮は、絶望を願望で覆い隠しているだけの一時的な処置。
 まだ無理をしているのがよくわかる。本人は気がついていないのかもしれないが。

 まぁ、先程のような極上の絶望がそうそう転がっているわけではないだろう。
 怒りや憤りの矛先さえちゃんとあれば、人間も妖怪も心はそう簡単に壊れるようなものじゃないさ。



 残る問題は後一つ。
 魔理沙が勢いで漏らした隠し事の件だ。

 とりあえずは待とうか。
 今の魔理沙なら、心の準備さえ終えれば、向こうから言い出してくるはずさ。
 こちらから言い出して拗れるような事態は困る。

 そんなことを思っていると。

「なぁ、二人とも。 私がさっき口走った隠し事なんだけど――」

 魔理沙が分かりやすい性格をしているのか、私の予想が優れていたのか、予知のように実現した。
 内容は半ば予想できなくもないが…………詳細によってはリーダーは任せられない事態になるかもしれないな。
 できる限り重荷は取り払ってやりたいが、私が完全に信用しているのは紫様と橙のみ。無条件の信用は破滅を招く。 
 あぁ、散々利用しておいて完全には信用していないなんて、私はどれだけ罪深いのだろうね。

 ……魔理沙、殺し合いさえ終了すれば恨んでくれて構わないよ。
 私を死に堕としたいと望んでも……甘んじて受け入れようじゃないか。


 ◇ ◇ ◇


 『フランドール・スカーレット』


 魔理沙が泣いた。

 いつも活発で明るい魔理沙が、触れてしまえば砕けそうな儚さを露にしている
 人間ってほんと、感情に長けた生物なのねぇ。


 慰めてあげようか、と思ったけれど、やめておいた。
 自分の心すら理解できない私が他人の心の機微なんて理解できるはずないし、必要なら狐の式がやってくれるよね。

 そう思った私は、涙は他人に見られたくないものというどこかの本で読んだ知識に従い、背を向けた。
243創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 17:04:31 ID:A4Uucu7Y
244精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 17:05:18 ID:BfOASpkS


 魔理沙を襲っているのは、多分『悲しみ』。
 大切ななにかを失ったりした時に、涙を流す感情というのは知っているけど、私が理解したことはない。

 そうね。魔理沙が立ち直るまで暇だし。
 感情豊富な姉を見習うためにも、まともになるためにも、魔理沙をお手本に、ちょっと『悲しみ』を学んでみようかしら。


『悲しみ』は心の成長が重要だというのは知っているわ。

 私の胸に手を当てれば、そこにはトクントクンと脈動するハートがあるけれど。
 これを成長させれば、私にも涙を流せるようになれるのかねぇ。

 成長させるためには……まず魔理沙が泣いた理由を考えてみよう。
 多分……スターやあいつらが死んだから泣いたんだと思う。
 でも、近くにいる人が死ねば必ずしも泣けるわけではない。
 狐の式も私も、それを証明するかのように泣いていないしね。

 魔理沙との違いはなんだろう。



 そうだ! 重要なものを忘れていたわ!


 ――『友達』『家族』『恋人』


『悲しみ』ってこの三つが重要なんだって、確かどこかに書いてあった。

 魔理沙が泣いているのも、きっとそれだ。
 魔理沙には霊夢とかお姉様とかパチュリーとか、私が知ってるだけでも沢山の『友達』がいた。
 あいつらやスターも、きっと魔理沙の『友達』か『家族』だったんだ。だから泣いてるんだ。


 早速、『友達』『恋人』『家族』を私の周りの人妖に当てはめてみよう。
 私に『恋人』はいないけど、『友達』や『家族』ってどれぐらいいたかな?

 パチュリーや咲夜や美鈴は大事だけど、『友達』とは、なにか違うような気がする。
『家族』……なんだろうか。同じ家に住んではいるし。たしか『家族』は血が繋がっていなくてもいいらしいし大丈夫よね。

 魔理沙は……『友達』ね。一緒にいると面白いし。
 多分、魔理沙からは『友達』と思われていないだろうけどね。
 紅魔館に泥棒しにくる時にたまたま出会っても、なにかと煙たがられるし、遊んでって言ってもあまり遊んでくれないし。
 こうして一緒に行動しているのだって、ただの成り行き。私が死んでも『友達』じゃないから多分泣かないんでしょうね。

 お姉様は『友達』じゃなくて『家族』。これだけは断言できるわ。
 もし、お姉様が死んだら、私は泣けるのかしら。 あんまり考えたくはないけれど。
245創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 17:06:28 ID:A4Uucu7Y
246精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 17:07:10 ID:BfOASpkS
 次は……じゃなくて最後の一人ね。

 ――スター

 改めて考えてみると一番の『友達』に相応しいのは、スターだったのかもね。

 十時間程度しか一緒にいなかったけど、『フランドール』という個人に一番接してくれた存在のような気がするわ。

 会場に降り立って始めて出会えた妖精。無粋にも斬りかかってきた女の接近を感知してくれた。

 八意永琳と戦ったときにも、スターがいなくちゃ私は危うかった。

 さっきのお店でも私の身を挺して守ってくれた。

 気が触れている私から見ても、いい子だと思う。

 ぽっかりと穴が開いたみたいな空白感もあるし、スターより『友達』に相応しい奴なんていないわよね。



 ――――あれ? 


 でも……私から見て『家族』であるパチュリーや『友達』であるスターが死んだのなら、『悲しみ』の条件は満たしてるんじゃない?

 なのに……私はスターやパチュリーが死んでも泣けなかった。
 どういうことなんだろう。


 うーん…………。


 あー、そうか。
 やっと理解できた。



 ――――『友達』や『家族』になるには、自分だけでなく相手からも認めてもらえないといけないんだ。



『恋人』だってそう。
 双方が認め合わなければ『恋人』ではなく『片思い』でしかない。
『友達』や『家族』だって双方が認め合っていなければ、別の単語に変換されるんでしょう。
 双方が認めあえば、『友達』『家族』『恋人』と正式に認定され、ハートが成長して『悲しみ』の許可が下りるんだ。

 でも、これが正しいんだとしたら…………私はスターやパチュリーから……『友達』『家族』と思われていなかったということになってしまう。
 あまり信じたくはないけど……よくよく考えれば、それもそうよね。
 気が触れている私を『友達』『家族』と認める奴なんて少ないに決まってるわ。

 パチュリーが私に優しくしてくれたのも、私が『スカーレット』であり、『お姉様の妹』だからなんでしょう。
 私がどこかの野良吸血鬼なら、ここまで親身になってくれていない。

 スターだって支給品として十時間一緒にいた程度で友達と思ってくれるなんて普通に考えれば虫のいい話だしね。
 助けてくれたり庇ってくれたり理由はよく分からないけれど……いつか死んだスターに聞いてみたいなぁ。
 安心して。貴方に『友達』って思われてなくても、私は『友達』だって思ってるから。ちゃんと貴方とパチュリーの仇はとってあげるわ。
247創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 17:07:38 ID:A4Uucu7Y
248精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 17:09:21 ID:BfOASpkS

 幻想郷に帰ったら『友達』の一人でもつくってみよう。
 スターみたいに私と一緒にいてくれる奇特な人妖でも見つけて、十時間より長時間一緒にいれば私を『友達』と認めてくれるかもしれない。


 そうして一区切りがついた私が魔理沙の様子見に振り向いてみれば。

「なぁ、二人とも。 私がさっき口走った隠し事のことなんだけど――」

 涙を拭いた魔理沙が、なにかよくわからないことを言っていた。隠し事ってなに?
 あー、そういえば魔理沙が泣いたとき、なにか言ってたっけなぁ。


 ◇ ◇ ◇

「――――――――。……隠し事はこれで全部だ。
 要は永琳と会って色々と話して、時間が経ったら落ち合いましょうってことだ。
 永琳が白か黒かどうかは……んー、よくわからん。
 あのときは霊夢との会話もあわせて多分白だなーって判断したけど、フランの話聞いてからは怪しくみえてきたんだよなぁ。
 とりあえず、ここまでで何か聞きたいことはあるか?」

 霧雨魔理沙は罪の懺悔を終えた。
 罪悪感をこれ以上抱え込みたくなかったのだろう。表情は僅かに明るくなり、どこかすっきりしているように思える。

 清聴していた藍がまず質問を投じる。

「判断は保留するとして、まず話に出てきた手紙を読ませてほしい」

「そういや私もまだ読んでなかったなって、なんだこりゃ。
 あー、そういや水浸しになってたんだよなぁ。中身は……読めなくはないってとこだぜ……」

 塗れたスキマ袋から、水で濡れた手紙を取り出し、藍へと手渡す魔理沙。

「結構な箇所が滲んでいるな。筆跡は……永遠亭でのレポートと同一と判定。
 ああ、そうだ、魔理沙。その袋じゃ不便だろうから予備をやろう。風見幽香の遺品だ」

 受け取った魔理沙がスキマ袋の中身を移し変える。
 どうやら手紙以外は無事だったようだ。

 今度はフランが質問を投じる。

「私からも質問するわよ。
 魔理沙はこれからどうするの?」

「まぁ……できたら行きたいところだな。
 あまり約束破りたくないとか霊夢の情報目当てって私的な事情もあるけど、それ抜きでも会う価値はあると思うんだ。白でも黒でもな。
 ……問題は、約束をすっぽかされたら大損ってのと、輝夜の情報がさっぱりないってとこだが」

「……うーん、私はどうするべきだろうねぇ」

 フランドールが悩む中。
 手紙を読み終えたのか、藍は手紙と反応を魔理沙に返す。

「白でも黒でも価値はある、か。うん、確かにそうだな。
 交渉に同席するかは後で決めるとして、私も同行を願おう。
 魔理沙、お前は白寄りの視点から八意永琳を見極めろ。私は黒寄りの視点から見極める。
 それと香霖堂には近寄らせないぞ。南寄りのルートで向かう。具体的に言えばE-5、F-5、G-5だな。隠し事の罰だと思っておけ」

「あー、あー、わかったよ。諦めてはないけど、今はそっちを優先してやるさ。
 藍、悪いな、私の勝手な約束に付き合わせて。しかし黒寄りって大丈夫なのか、危ないだろ」
249精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 17:11:42 ID:BfOASpkS

「安心しろ、私はお前じゃない。事は慎重に運ぶさ。
 仮に黒だとしたら、下手な行動は自殺行為でしかないからな」

「一言多いんだぜ。まぁいいけどさ……。
 フラン、お前はどうする? 紅魔館か、私達と行くか」

 フランドールは人差し指を顎にあてながら、うーんと悩み。

「そうねぇ。――――――」


【D-4 東端 一日目・昼】

【フランドール・スカーレット】
[状態]頬に切り傷
[装備]レミリアの日傘
[道具]支給品一式 機動隊の盾(多少のへこみ)
[思考・状況]基本方針:まともになってみる。このゲームを破壊する。
1.紅魔館に向かうか、魔理沙についていくかどうしよう?
2.殺し合いを強く意識。そして反逆する事を決意。レミリアが少し心配。
3.永琳に多少の違和感。本当に主催者?
4.パチュリーを殺した奴を殺したい。
※3に準拠する範囲で、永琳が死ねば他の参加者も死ぬということは信じてます



【霧雨魔理沙】
[状態]蓬莱人、帽子無し
[装備]ミニ八卦炉、ダーツ(5本)
[道具]支給品一式、ダーツボード、mp3プレイヤー、輝夜宛の濡れた手紙(内容は御自由に)
[思考・状況]基本方針:日常を取り返す
1.『真昼、G-5』に、多少遅れてでも向かう。
2.仲間探しのために人間の里へ向かう。
3.幽々子を説得したいが……。
4.霊夢、輝夜を止める
5.リグル・パチュリー・妖夢・幽々子に対する強い罪悪感。このまま霊夢の殺人を半分許容していていいのか?
※主催者が永琳でない可能性がそれなりに高いと思っています。


【八雲藍】
[状態]健康
[装備]天狗の団扇
[道具]支給品一式、不明アイテム(1〜5)中身は確認済み
[思考・状況]紫様の式として、ゲームを潰すために動く。紫様と合流したいところ
1.E-5、F-5、G-5ルートで八意永琳との合流場所へと向かう。
2.八意永琳の件が済んだ後、会場のことを調べるために人間の里へ向かう。ここが幻想郷でない可能性も疑っている。
3.霊夢と首輪の存在、魔理沙の動向に関して注意する。
4.無駄だと分かっているが、橙のことが諦めきれない。
5.幽々子様を始末すべきだったのに、……私もまだまだ甘いな。

※F-4(香霖堂居間)に、妖夢とスターの死体、妖夢のスキマ袋が放置されています。
※藍達は忘れていますが、六人分の情報を記したメモ帳と筆談の筆跡も落ちています(内容はお任せ)




 ◇ ◇ ◇

 『博麗霊夢』
250創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 17:12:18 ID:A4Uucu7Y
251精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 17:14:54 ID:BfOASpkS


 此処は人里の民家、その二階の和室。

 光源は、窓から僅かに漏れる光のみ。風音以外は一切聞こえない静寂。
 博麗霊夢は、不気味な薄暗闇に包まれながら就寝の準備をしていた。


 ――あー、もう。眠いったらありゃしないわね。なんで零時なんかに始めるのよ……。


 零時開始というのは、夜をメインとする妖怪ならばいざしらず、人間にとっては明らかに不利な開始時間である。
 殺し合いはハイペースを維持し続けても一日以上継続する長丁場。
 眠気を意思で抑え続けても、人間である以上、本能には逆らえず、集中力の低下は免れない。
 ベストコンディションを維持し、最後の一人に到達するには、隙を作る行為をしてでも、眠らなければいけない。

 民家は寝床としては及第点の場所である。
 人里はそう大きくないとはいえ、民家の数は三桁。
 皆殺しを信条にしている人妖がいたとしても、民家の一つ一つを隅々まで家捜しするといった非効率な行動をするとは考えにくい。
 気まぐれや偶然という弱点はあるが、霊夢ならば例え睡眠中であっても、物音、敵意、悪意といったものが接近すれば即座に覚醒できるだろう。







 ――あ、寝る前にやることはやっとかないとね。

 霊夢は壁にもたれ、瞑想するかのように目を瞑る。
 血塗られた戦場の記憶を想起し、再生し、没頭し、パターン作りごっこの応用で経験を深く溶け込ませる。
 所謂『リプレイ』と呼ばれる行為である。



 …………。

 居並ぶ人妖全てに心中で別れを告げ、生き残りを決意した。

 会場へと転送されてからは、深夜の森林で出会ったリグル・ナイトバグを楼観剣で切断し――霧雨魔理沙と相対した。

 河城にとり、伊吹萃香を追い詰めながらも取り逃がし。

 稗田家にて、稗田阿求、ルナサ・プリズムリバーを殺害。

 人里で、鈴仙・優曇華院・イナバの殺害を目指すが、秋穣子の妨害により阻止。秋穣子はその後自爆。

 休憩しているところに、藤原妹紅の接近を感知し迎撃。
 その最中にアリス・マーガトロイドと古明地こいしの奇襲。
 纏めて迎撃しアリス・マーガトロイドを返り討ちにする。


 ――それで妹紅とこいしを……ああ、私、なにしてんのよ。


 妹紅、アリス、こいしとの闘争をリプレイしている途中。
 霊夢は突如、リプレイを中断し、自分への呆れで、げんなりと畳にうつ伏せに倒れこむ。


 憤りの原因は――藤原妹紅と古明地こいしを殺せなかったこと。
252精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 17:17:03 ID:BfOASpkS

 こいしを庇ったアリスを刺し殺した後。
 全身全霊を使い果たし抵抗すら碌にできない妹紅、心神喪失していたこいしが霊夢の前にいた。
 楼観剣を二度切り払うだけで全てが終わる。それほどまでに優位な状況だった。霊夢も当然それを理解していた。
 外部要因もなく、後顧の憂いを断つ為にも、霊夢の目的からしても、見逃す要素はどこにもない。


 なのに…………妹紅の最後の抵抗を切欠に逃亡し、アリスの銃もスキマ袋も拾わず、むざむざ全ての獲物を見逃してしまった。





 妹紅とこいしを殺せなかった原因は霊夢も自覚している。


 アリス・マーガトロイド。

 主催者の意向に沿い、皆殺しを決意した魔法使い。
 氷のように冷たく冷静で、他者を傀儡にしてまで生存に殉じていた。

 なのに―――アリスは突如、己の傀儡であったはずのこいしを庇い死を望んだ。



 アリスは霊夢が初めて出会った生き残り目当ての参加者。
 目的の細部は異なるし、一片の譲り合いもできない関係ではあったが、僅かな共有感を有していたのは否めない。

 だから霊夢を嘲笑うかの如き豹変に、咄嗟に対応できなかった。


 アリスの、精神的な高みから見下ろしているような愉快さを含んだ憐れみの視線が。
 怒りでも、憎しみでも、世を儚んでいるのでも、死への恐怖でもない、勝ち誇った不敵な顔が。

 ――――貴方にはできないことを、私はこうも簡単にやってのけたわよ。

 そんな無言の意思の針が、霊夢の心に小さな穴を開けたのだ。




 霊夢は自分の根底にあるものに絶対の自信を持っている。
 アリスの心変わりは、確固たる意思の持ち主ではなかったからだと理解している。
 それなのに、心の底から理解しているはずなのに、薄いもやのようなものが、いまだに霊夢の意識にまとわりついている。

 ――――アリス、最期の最期で面倒な呪いを残してくれたわね。
       藁人形の件といい、あんた、魔法使いより呪術師の方が確実に似合ってるわよ。


 一度でも意識したものの完全消去は難しい。
 一時であってもアリスに気圧された結果に変化は生じない。
 まさに呪いというに相応しい症状である。

 とはいえ、呪いの大半を占めているのは驚愕という要素。
 驚愕は時間がたてば薄れるものであり、呪いの効力も大部分は消失している。
 霊夢に残っている雑念は残りカスのようなものだ。
 多少の雑念程度ではいくら燻っていても、異変解決の決意には一片の曇りも見えない。


253精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 17:19:44 ID:BfOASpkS






 霊夢は眠気によるだるさが圧し掛かり、身体が傾げ。
 大きなあくびをして目をぐしぐしと擦る。

 ――……我に返ってから妹紅とこいしを殺しに戻っても、もういなかったし……さっさと寝よう。

 眠ると決めてからの行動は素早かった。
 楼観剣を布団の隣に置き、布団にうつ伏せに倒れこみ、速攻でまどろみに身を委ねる。
 目を閉じ、数十秒もたてば、夢の世界へと……旅立っていた。


 ◇ ◇ ◇


 真の意味で束縛から解放される事象、夢に囚われた霊夢は幸せそうに眠っている。
 良い夢を見ているのか、四人の人生を絶ったとは想像できないほどに、あどけなく、安らかに、頬が緩んでいる。


 …………。


 ――あ……十六個目。えーと……呪い呪い呪い……。

 そんな寝言を最後に、博麗霊夢は夢見の旅路を終え、現実へと舞い戻る。
 のそのそと上半身を起こし、名残惜しげに意識を覚醒させる。

「どんな夢見てたんだっけ……? まぁ……いいか。
 ……えーと、時間は……うん、放送はまだね」

 短時間の中途半端な睡眠ではあっても、強靭な意思を持って眠ったせいか、先程までに比べると随分と眠気は治まっているようだ。


 ――さて、どこにいこうかしら。

 人里にずっと留まるという選択肢は無い。
 あまりにも人が多すぎる場所では、妹紅戦でのアリス、こいしのように不確定要素が途中で乱入してしまう。
 他にも文、鈴仙、妹紅、こいしといった霊夢の存在を目視した人妖からの情報提供により、霊夢を獲物としたい者が人里に終結すれば厄介なことになるだろう。
 六時間で十四人というハイペースと、禁止エリアが埋め尽くすまでというゆとりのある制限時間を考慮すれば、無理してでも急ぐ必要もない。


 ――んー、せっかくだし、これでも使ってみましょう。

 目的地に悩んだ霊夢がスキマ袋から取り出したのは、ペンデュラム。
 先端部分の藍色の水晶と吊り下げる為の銀のチェーンが神秘的な空気を醸し出していている。
 アリスを殺した後、たまたま見つけた近場の爆発現場のスキマ袋に五つの難題(レプリカ)と共に入っていたものだ。


 名をナズーリンペンデュラムという。

 同封された説明書によれば、探し物にも攻撃にも防御にも使えるらしい。
 しかし、人妖を探し出すことはできないと書いてあったり、使用方法がさっぱり書いていないと中途半端なものである。
254創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 17:21:50 ID:A4Uucu7Y
255創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 17:22:52 ID:L4JYrJwJ
256精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 17:23:09 ID:BfOASpkS

 霊夢は右手で紐をもち、ペンデュラムを吊り下げ。

「貴方、私がどこにいけばいいのかわかる? 私の欲しいものでも必要なものでもなんでもいいから適当に導いてちょうだい」

 ――マジックアイテムでしょうし、適当な使い方でもきっとなんとかなるわよね。失敗したら失敗したらで構わないし。

 と間違ったペンデュラムの使用方法を行使し、楽観的に眺めていると……霊夢の予想があたっていたのか水晶が反応を見せ始める。
 僅かな揺れから始まり、やがて穏やかな弧を描き、空気を掻き混ぜながら、緩やかに回転していく。

 しばらくじっと眺めていても、ペンデュラムは廻り続けているだけで、まるで進展が見られない。


 ――いっそ床に落として、転がった方向にでも行きましょうか。


 霊夢がそんな不穏なことを考えていると…………突如、変化が発生した。



 曇り空の上、日当たりが悪く、灯りを点けておらず、窓も閉まっていると四拍子揃った仄暗さ。
 しんと静まり返った喧騒とは無縁の安穏とした薄暗闇の和室にて。

 回転を続けている藍色の水晶が……淡い光を放ち始める。

 ……透明で綺麗な水晶が、光の粒子を振り撒きながら、夜空の星の如く燦爛と煌いている。


 ――あー、なんかちょっと前に見たような……。

 霊夢はその酷く幻想的な光景に不思議と視線を外せず魅入っていた。



 …………。



 そのままぼーっと静かに没頭していると、やがて回転が止まり、ゆらりとチェーンが動き、ペンデュラムが水平に伸ばされる。

 ペンデュラムが指し示した方向は――東。

 役割をこなしたからか、カランと甲高い音を立てて畳に落下した。






 ――結局、思い出せなかったけど……ま、いいか。

 名残惜しげにペンデュラムを拾い、首に掛けた霊夢が、二階の窓を開く。
 そして外界の東方を見遣ると。


 視線の先には――幾つかの人影。
 千里眼でもなければ完全な目視は不可能な距離。
 だが付き合いの長い霊夢には一人だけ判別できる。
257精神の願望/Mind's Desire ◆gcfw5mBdTg :2009/08/26(水) 17:24:32 ID:BfOASpkS


「……運命は定められている、なんてくだらない妄想信じたことなんてないけど。
 こういう時に運命って口にしたい心情は理解できるわね、『魔理沙』」

 人影の一人は霧雨魔理沙。
 博麗霊夢の親友にして敵。


 霊夢はペンデュラムの啓示を後回しにし、魔理沙達が先決と予定を定める。


 魔理沙への対応に選んだ選択肢は――――尾行。


 霊夢が得意とする弾幕ごっこは一対一。
 連続戦闘は幾度も経験していても、複数相手の戦闘経験は少ない。
 負けはしなくとも、確実に殺せるとも重傷を負わないとも断言はできない。

 だからこその尾行。
 時勢、地勢、天候、参加者の動向といった要素を見極め、機先を制し、事を有利に運ぶ算段だ。

 参加者がより集まるという懸念もあるが、見方を変えれば、完全なマイナス要素というほどではない。
 人数と戦力が整えば、誰しも外部への警戒は薄れる。
 不信の一つでもあれば、内部の警戒へと心は移行する。一人になる時間だって必ず生まれる。







 ――そろそろ魔理沙も厳しさを知った頃合でしょうね。確かめてあげるわ。

 博麗霊夢は、すぅ、と目を細め、小さく皮肉げに笑い。
 風に玩ばれる黒髪をそっと手で抑え、霧雨魔理沙の帽子を深く被り直した。


【D-4 人里 一日目・昼】

【博麗霊夢】
[状態]腕、足の火傷と擦り傷(治療済み)、霊力消費(小)
[装備]楼観剣、果物ナイフ、ナズーリンペンデュラム、魔理沙の帽子
[道具]支給品一式×4、メルランのトランペット、キスメの桶、文のカメラ(故障)、救急箱、解毒剤
    痛み止め(ロキソニン錠)×6錠、賽3個、拡声器、数種類の果物、五つの難題(レプリカ)
[思考・状況]基本方針:殺し合いに乗り、優勝する。
 1.魔理沙達を尾行し、機を窺い襲撃する。
2.1が済めば、D-4からG-4までを適当に見回り、敵を探す。
 3.力量の調節をしつつ、迅速に敵を排除する
 4.お茶が飲みたい
 ※ZUNの存在に感づいています。
 ※解毒剤は別の支給品である毒薬(スズランの毒)用の物と思われる。
 ※ナズーリンペンデュラムと五つの難題(レプリカ)は鍵山雛のスキマ袋に入っていたものです。
258創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 17:24:49 ID:L4JYrJwJ
259創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 17:25:17 ID:BfOASpkS
投下終了です。支援ありがとうございました。
260創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 17:35:08 ID:A4Uucu7Y
お疲れ様です。
中心格のメンバーに無差別マーダー霊夢…どう転ぶのか楽しみです
261創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 19:45:58 ID:AM3cuWvR
何かシンクロニシティみたいな勢いで続々投下されたなーw
先週なんかお通夜みたいな空気だったし、いい傾向ですね。
投下乙です。上手い具合に展開を運んでいくその手際は相変わらずお見事。
ある意味前回の足りない部分を補ってくれたように感じます。
リプレイという発想はマジでなかったwメタなのに笑ってしまう不思議ww
それとフランに一言。
スターだってお前のことを友達だと思ってるから庇ったんだぞー!と教えてあげたい;
262創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 21:30:23 ID:eTA301z2
投下乙です
魔理沙と藍の会話もさることながら
霊夢のアリスに対する解釈がまた凄くいい
今後霊夢と魔理沙の直接対決があるのかと思うとワクワクします
本当にお見事です
263創る名無しに見る名無し:2009/08/26(水) 23:40:10 ID:ttmSKbLW
>涙が頬をぬらす時−Is It Hurting You?−

ふむ、リリカるカワイソスからは脱却か
だが近くにはまだまだ危険人物がいっぱいいるぞ……


>精神の願望/Mind's Desire 

四人それぞれの心情がそれぞれの方向に伸ばされている、いい繋ぎだ
藍は必要悪になろうとしている時点で、さとりのようになりそうな気がひしひしと……
若干勘違いしている部分もあるし、完全に理解しあったわけではないんだよな
264 ◆27ZYfcW1SM :2009/08/30(日) 23:47:12 ID:IUNfZmMm
うむむ……書き終わりましたので投下します。
タイトルは「エスケープ・フロム・SDM」
あまりネタに走ることができなかったorz
265創る名無しに見る名無し:2009/08/30(日) 23:49:11 ID:IUNfZmMm
不味い事になったわね。ええ……

幻想郷に建物は少ない。人里が一番多く、それ以外が存在しない。後は大抵一軒屋がぽつぽつとあるだけなのだから。
それゆえに、人里はなれた一軒屋には人が萃まり易い。
人だけじゃなく、鳥や虫や妖怪だって萃まり易いわけだが……

かという私、射命丸文もその一人なんですがね。

特に私が今居る紅魔館はひときわ目立ちやすい建物だろう。
例えるなら灯台くらいでしょうか? 私は灯台を見たことないのけど、大きな灯火を灯して遠くから見えるようにする建物らしい。だったら例えは間違っていないと思う。

今はみんな宿無し状態。おまけにどの家も自分勝手に踏み入るのが自由ときた。
自分で言うのも癪なんだけど、が幻想郷には図々しい者が殆どだ。かという私、射命丸文もそうですがね。

こんな灯台の家の中に居たらいつ誰が来てもおかしくは無い。
今はまだまだ人数が多く、力を持った者もまだまだ疲弊していない。ゲーム進行率30%程度かな? まだ事を起こすには早すぎる。
下手にゲームにのっている人に遭遇して殺してしまうのは勿体無いというものだ。
ゲームにのっている人たちにはもっともっとがんばってゲームをクリアしていってもらわないといけませんからね。
ゲームにのっていない人が来ても偽情報とか危険人物マップは既に用意済み。これを当ててやる事にしよう。

後者はどうにかなる。でも、前者は私が見つかったら見つけた者を殺さないといけないという強制イベントが発生してしまう。
ああ、新聞記者に逃走はないのだ。なのよ。
スピードには自信があるけど、下手に背中を見せるのは死への予兆でしかないからね。
相手が本気で殺しに来るのならこっちも本気。逃げようなんて甘い考えを捨てないと死ぬのは私に決まっている。本気でも博麗の巫女に勝てるか分からないのだから。

もちろん、逃走が確実にできるという戦況が生まれたのなら逃げるに越したことはないけど。

まあ、一番は見つからないこと。見つからなければ前者も後者も選択可能。一石二鳥ね。石で天狗は殺せないと思うけどなぁ。

大きな屋敷に誰にも見つからないように情報を集める。まるでスパイのようだ。新聞記者でありながらスパイとは……誰かが私を題材に小説とか書いてくれたらベストセラーになったりしないかな?

そんなことを考えているうちに地下への階段を発見する。
地下への階段を下りるとそこには図書館が広がっていた。
天井は見上げるほど高く、天井に届きそうなくらい高い本棚が迷路の壁のように並べられている。これは組みあがっているといっても過言ではないだろう。

本は最高の情報媒体だ。
誰が見ても素直に情報を教えてくれるし、情報を無視したって怒らないし、何回見たって同じ事を言ってくれるから。
ただ……ここの本は多すぎる。

本は素直に情報を教えてくれる。大変ありがたいことだ。だけど、知っている情報しか教えてくれない。
人も同じだけど、本は人よりも情報の好き嫌いが激しい。数式の本に文字の意味を聞いても1単語すら分からないのだから。

私が知ろうとしている『ゲームについての情報』を知っている本は一体どこで眠っているのだろう。
図書館なら司書さんくらい居るんでしょ? 司書さーん! って居るわけないか……
居ても困るんだけどね。

仕方が無い。適当に調べて回りますか。

266創る名無しに見る名無し:2009/08/30(日) 23:50:19 ID:IUNfZmMm
えーっと何々……? 『ウロボロスの偽書』? パチュリーさんが好みそうだ。
次は……『エイリアン妖山記』、『HELSING』、『エメラルド・タブレット』、『八つ墓村』、『夜鳴きの森』……
『狂気―ピアノ殺人事件』、『エノク書』、『シュレーディンガーの猫』……

私は今まで本棚には本を並べるものだと信じていたんだけど、その意味は違ったようだわ。

とりあえず、この本棚に私の求めている本は無いと思う。むしろ、他の本棚もこのようだったら司書と持ち主が居ない今はこの図書館から本を探し出すのは森から木の葉を見つけるようなものかもしれない。

半ばあきらめかけたときだった。
バタン……

かすかであったが、扉が閉まる音。
誰かが来た。図書館の扉の音ではない。おそらく正面扉。
人数は不明。ゲームにのっているか否かも当然不明。
不味い事になったわね。ええ……誰も来ないことが一番だったのに……

兎に角、図書館に留まるのはいい選択ではない。紅魔館から脱出するのが最善かと。
手早く荷物をまとめる。
ついでにお土産代わりに本棚に納められている本を一列隙間袋に押し込んだ。
『影の書』、『明け星を見上げて』、『クライマーズ・ハイ』、『腹腹時計』……
どれも役にたたなそうな本ばかりだ。燃料とか防刀くらいにはなるかな。

つめ終わるとすぐに扉を出る。地下は逃げ場は少ない。追い詰められたら御仕舞いだ。

1階に着くとできるだけ身を隠すように壁の出っ張りなどの死角を利用して正面扉へ向かう。
新聞記者として、そして好奇心旺盛な私として、侵入者の顔くらいは見ておきたかった。好奇心は猫をなんたらはこの際考えないとする。

(いたっ!)
侵入者はいとも容易く発見することができた。
青のメイド服。そう、射命丸がゲーム開始から一番初めに見た参加者、十六夜咲夜。
侵入者ではなかった。家の持ち主だ。侵入者は私のほうだった。

あー不味いね。ほんと。
彼女がゲームにのっていないことは既に分かっている。
だけど襲ってこないかといえば、そうではない。
彼女は紅魔館は私の主人の家だと主張して私を追い出そうとするだろう。つまり戦闘発生。私は不幸(アンラッキー)。

これは速やかな退避こそが最善の選択だと疑う余地はない。

偶然にも再び館の外にメイド長は出て行ったので、その隙に速やかに、されど音は立てず脱出する。
きわめて地味な作業であった。

湖のほとりまでやってきてようやく胸をなでおろす。
苦労をして紅魔館に潜入して手に入ったものは役にたた無そうな本が1列分とメイド長、十六夜咲夜がとうとう得物であるナイフを手に入れたことということ。
背負っていたプリズムリバー姉妹、最後の一人リリカ・プリズムリバーとの関係は不明。生死も不明。

咲夜の情報はうれしい。だが潜入の代金としてあの本たちは割に合わない仕事だった。

「まぁ、捨てる紙あれば拾う神ありってね」
本を必要としている人に売りさばけば案外いい代金に化けるかもね。

さて、次はどこに行こうかしら?


267創る名無しに見る名無し:2009/08/30(日) 23:56:13 ID:IUNfZmMm

【C-2 紅魔館周辺 一日目 昼】
【射命丸文】
[状態]健康
[装備]短刀、胸ポケットに小銭をいくつか
[道具]支給品一式、小銭たくさん、さまざまな本
[思考・状況]情報収集&情報操作に徹する。殺し合いには乗るがまだ時期ではない。
1.プリズムリバー亭にでも行きますか。
2.燐から椛の話を聞いてみたい。
※妹紅、天子が知っている情報を入手しました。
※本はタイトルを確認した程度です


投下終了です。
268創る名無しに見る名無し:2009/08/31(月) 21:51:41 ID:9GDUtnmu
投下乙です。
なんだかまた紅魔館で事件が起きそうな感じがw
269創る名無しに見る名無し:2009/08/31(月) 21:55:29 ID:9GDUtnmu
あ、いや違う。
時間的にこれは過去か、咲夜さんはもう紅魔館から移動してるね。
問題は腹腹時計か
270◇CxB4Q1Bk8I氏の代理投下:2009/09/01(火) 01:18:57 ID:2RMYqB+F
CxB4Q1Bk8I氏の作品
「ブラクトンへの伝言」を代理投下したいと思います
271◇CxB4Q1Bk8I氏の代理投下:2009/09/01(火) 01:19:49 ID:2RMYqB+F
 闘争本能、という言葉ではあまりに陳腐かもしれない。
 しかし、比那名居天子が内に秘めた闘争への欲求とは、それに通じるものがある。

 戦うことは手段ではなく目的、生き残る事は目的ではなく結果。
 如何な強者とも渡り合い、その結果に勝利を手にする。


 ――素晴らしいじゃない。

 このゲーム、生き残れば勝ち。“ルール”にはそう決められている。
 でも、戦い抜いて勝利することが一番望ましいに決まってる。
 頂点を望むわけじゃないけれど、それは相応しい者に与えられるべき称号だ。
 当然、私はそれを目指す。戦って戦って、最後に残るのが私。

 私にとってルールなんて、与えられた切欠でしかない。守るべきもの、縛るものなんかじゃない。
 全ては、私が楽しむために存在するんだから。
 勝手にこんなところに押し込まれた不満もあるけれど、それ以上にここは素敵だわ。
 
 私は、私の思うままに在り続けるだけだ。


 射命丸文との別れの後、天子の心は昂ぶっていた。

 強者でありながら自ら戦うことを避ける天狗。
 おそらく彼女自身は、私とは違う形では戦ってるつもりなんだろう。
 情報を操り、他者を闘争に巻き込むことで自身の勝利を目指す、それを否定することは無い。

 でも私はそうじゃない!
 それでは満足できないのよ。勝ったという快感を得ることが出来ない。
 今はこうやって身体を休めているけれど、私は熱く燃える闘いの中でこそ勝利を掴む!
 

 …と熱くなるのはいいんだけど、この頭痛と疲労、どうにかならないかしら。
 疲労と負傷は身体能力を著しく低下させる。
 戦いにも害となるし、何より不快なのだ。
 頭痛も、思考が不明瞭になるような感じはないけれど、やっぱり無視できない。
 
「はぁ、んー…っ」

 大きく深呼吸してみる。
 苦痛を誤魔化すには随分とお粗末な方法だが、何もしないよりはマシだろう。
 濃霧の中多分に湿気を含んだ空気は、あまり良いものではなかった。
272◇CxB4Q1Bk8I氏の代理投下:2009/09/01(火) 01:20:33 ID:2RMYqB+F

 背を預けた木の幹を撫ぜながら、天子は今、ひたすらに待っていた。

 置きっぱなしのリヤカーにある二つの死体は、興味の対象からは既に外れている。
 一度探って結果を得られなかったそれは、もうただの置物程度にしか価値が無い。
 過去に興味は無い、あるのは未来に起こることだ。
 どこぞの不死の姫がそんな風に言ったようだけど、天子もそれには同感だった。

 死者の出番は死んだ瞬間に終わり。亡霊のように未練に任せて存在するのは、過去に囚われているだけ。
 半不死たる天人、未来が面白い方が嬉しいのは当然だもの。

 心は燃え滾っている。こんなにも火照って熱いのよ。
 身体は疲れているけれど、心は早く戦いたくてウズウズしてる。

 あの時、異変を解決しに誰かがやってくるのを待ち侘びていたあの時。そう!その気分!

 さぁ、八雲紫!或いは他の強者達!

 身体さえ、元の通りになれば、
 今すぐにでもこちらから――




「……」

 ガサガサと、草を掻き分ける音が聞こえた。
 誰かが近づいてくる。
 そう感じた瞬間、あらゆる思考より真っ先に、天子は立ち上がっていた。

 弓に矢を番える。
 身体の重さに少し顔を歪めた。
 
 音のする方向へ弓を向ける。
 腕が悲鳴を上げそうなほどにギリギリと痛み出す。
 視点が定まらない。まるで幻覚に囚われたかのよう。
 二三度瞬きをすると、背を再び木に預けて空を仰いだ。
273◇CxB4Q1Bk8I氏の代理投下:2009/09/01(火) 01:21:27 ID:2RMYqB+F
 ああ、やっぱり、戦いたいのよ、私。
 休みたい、痛い、疲れた、なんて愚痴を言いながら、私の身体は先走った闘争心にこんなにも付いてこようとしてくれる。
 大分、無理をさせてしまったというのに。今もって戦えるには程遠いというのに。
 戦いたいという感情に、身体は正直だった。

 でも、やっぱり今のままでは戦えない。
 誤魔化しきれない。悔しいけど、強者と戦うには不十分だ。

 弓の構えを解いて嘆息、一息つく間に状況を確認する。


 誰か、は真っ直ぐにこちらに向かっているみたいね。
 大方、さっきの隆起させた岩壁を見られたか、それとも、あの天狗に教わったか…そんなところかしら。
 あの猫の可能性もあるけど、そんな感じには思えない。
 どちらにしても、私やリアカーを見つけるのは時間の問題。
 霧が濃いとは言っても、広く視界を遮るほどではない。盲目でもない限り、気付くことだろう。
 

 ところで、天子の勘が優れているのは当然の事だが、今接近する者に気付いたのはそのお陰ではない。
 明らかに音の主が、その気配や音を隠そうとしていないのだ。
 草を掻き分ける足音が、どんどん大きくなってきている。

 
 それにしても無警戒な人。
 何を考えているのか知らないけど、身を隠す気は無いのかしら。
 こんなに音を立ててたら、私でなくても気付くに決まってるじゃない。
 先制攻撃されてもいいの? 奇襲されて立ち回れるの?
 私の手には弓がある。運が悪ければ一撃で冥界へご招待。
 何も出来ぬままに殺されちゃっていいのかしら?

 …まぁ、私はそんな無粋な真似はしないけど。
 八雲の猫の時のような“うっかり”はもう勘弁。
 奇襲は下手をすると何も楽しめないまま終わってしまうわけだしね。
 
 それに、もし相手が戦う気がないのなら、別にこちらからは仕掛けない。
 心は熱く火照っているけれど、私はちゃんと考えてるのよ。
 闘争への本能は、理性で抑えることが出来る。
 今戦うことが得策で無いことくらい、妖精にだってわかるわ。
 
 でも相手が戦う気なら、それを断る理由は無い。
 私の心は、きっと身体を言い含めて、売られた喧嘩を買う筈よ。

 そして頭のどこかでは、そうなる事を望んでいる。
 それを否定する材料は身体だけしか無いのだから。
274◇CxB4Q1Bk8I氏の代理投下:2009/09/01(火) 01:23:00 ID:2RMYqB+F


 そうして、彼女が姿を現した。
 緑の髪に大仰な帽子、手には大きな得体の知れないモノを持っている。
 あれは多分武器、銃という奴かしら。異様に黒光りして、見ただけで危険な匂いがする。
 知識では知っているけれど、見たのは初めてだった。
 高い殺傷力を誇るものだという。天子に興味を抱かせるに十分な存在感を誇っている。

 そして、本人は堂々とした態度を崩さずに歩いてくる。
 その振る舞いは多くの者の上に立つ存在なのだろうと感じさせる。
 彼女は天子に気付いた様子で、足を止めた。

 その相手の持つ高い実力を、天子は感じ取っていた。
 燃え上がった闘争の炎を心の底に隠し、一旦冷静で柔和な表情を作り上げる。
 背の木から身体を離し、背を伸ばし貴き佇まいを試みる。
 相手が相手だ、相応の振る舞いと言うものがある。
 今は戦いを避けたい打算もある。身体もそうだし、武器にも差が大きいだろう。
 普段どおりならその障壁も歓迎なのだが、流石に今は自分に不利である事を十分に理解している。
 相手の態度次第だが、振る舞いからして戦闘狂や暗殺者などでは無いだろうと考えていた。
 そのため先ずは、自分が無害であるように見せねばならない。
 それでも、猫殺しの自分が猫を被るなんてお笑い種だと、心の中で自嘲した。
 
「こんにちは、お初お目にかかりますわ」
「これは、始めまして」

 天子が優雅に一礼すると、相手は丁寧に礼を返してきた。
 傷口がずきりと痛む。
 …私も大概だわ。優雅に一礼、なんて余裕のある身体じゃないのに。
 それにこの薄汚れた姿では見栄えも良くないだろう。
 若干歪んだ表情になったが、笑顔は保てている筈だけど。

 相手は一切表情を変えない。愛想も無く冷たい印象さえ受ける。
 
 まぁ、先ずは想定どおり。
 出会った相手を即座に殺害するタイプではなかったようだ。
 頭が良く冷静な判断が出来る存在。
 近づいてくるときの無警戒はどうかと思うけど、ね。
 
「私は天子。天より地を見下ろす比那名居の人。以後お見知りおきを」
「…天人ですね。私は四季映姫。――四季映姫・ヤマザナドゥです」

――ヤマザナドゥ!

 その名を聞いた瞬間、僅か数秒前に抑えたはずの闘争の炎が再び首を擡げるのを感じていた。
 知っている。この名前が、閻魔のものであることを。
 地獄で死者を裁く、かの八雲紫さえ苦手とするあの閻魔!
 ああ、幸か不幸か。
 この不完全な身体でなければ、今にでも闘いたい相手!
275◇CxB4Q1Bk8I氏の代理投下:2009/09/01(火) 01:24:18 ID:2RMYqB+F


 天子の内心の変化を知ってか知らずか、映姫は次の言葉を繋げた。

「私は貴女を害するつもりはありません」

 …まぁ、そうよね。閻魔の立ち位置くらいわかってるわよ。
 正義なんていう一文の、いや一点符の得にもならないものに縛られてる。
 どうせ今も、殺し合いを止めるために動いてるとかそんな感じでしょ。
 先ずは意思伝達で安全確保、次いで仲間に勧誘、殺し合いに乗る人間を減らしていく。
 セオリー通りと言ったところかしらね。

 でも、それじゃあ、退屈じゃない。


「ええ、私も『今は』貴女と戦う気はありませんわ」

 今は、と強調して相手の反応を見る。
 挑発めいた言葉は、相手を見極めるのにとても有効。
 閻魔ほど頭の回る方でなくても、この違和感には気付くだろう。

 しかし映姫は表情一つ変えず、言葉に反応した様子も無い。
 そうですか、と一言だけ呟いた。


 天子は少し首を傾げる。
 今までの閻魔のイメージとは少し違う気がしていた。
 安定感、威厳は感じるけど、どこか上の空なように見えたのだ。

 八雲紫や西行寺の亡霊のような胡散臭さ、捉えどころの無さとは違う、一切の誤魔化しを許さない態度。
 常に絶対の真実を見極め、正義という名で全てを規律する存在。
 閻魔を苦手とする妖怪が多い理由はそこにあると思っていたのだが、どうも肩透かしを食らった気分だった。



「では――」

 これからが本題、というように映姫は語調を強めた。

「貴女は、この殺し合いをどのように思いますか」

 天子の目を強く見据えている。
 先ほどまでのどこか上の空の彼女から、一気に閻魔たる四季映姫の表情に変わっていた。
276◇CxB4Q1Bk8I氏の代理投下:2009/09/01(火) 01:25:14 ID:2RMYqB+F


 …ふーん、随分とストレートじゃない。
 もっとじらしながら聞き出したり、他の話題から失言を待ったり。
 相手の真意を知るためには、それくらい出来ないと、生き残るのは難しいんじゃないかしら?
 ま、閻魔って言葉飾るの苦手そうだし、装飾なんて無意味だってことも判ってるのかしら。
 多分変な使命感があるんだろうし、それに従うってことなら納得も出来るけど。

 それなら、私も返答は直球で。嘘を吐いたところで閻魔には通じなさそうだし。
 誤魔化すのも、見逃してもらうように猫を被るのも、やっぱり私には無理だったわ。
 あの時と同じで、飾ったところで無意味だったのよ。
 なによりも、その反応を見てみたいという好奇心が勝ってるから。

 そう、自分に正直である方がいいに決まってるわ。


「楽しいですわ。私の欲望をかなえてくれるもの」
「…と、いうと」
「乗ってるってこと。私は殺し合いを楽しんでいるのよ。今は身体を休めているけど」

 極めてそれが当然であるかのように、天子は言い切った。
 口先で何かを覆い隠そうとするより、それはずっと快感だった。
 

 さぁ、どう出てくる。
 閻魔らしく説教してくる?私が、貴女の言う正義に戻るように?
 それはお笑いだわ。有頂天に地の底の論理を持ち込むなんて馬鹿げてるじゃない。

 それともその手にした無骨な武器で私を地獄に送ろうとする?
 もしそのつもりなら――勿論、戦うわ!
 身体は万全じゃないけれど、かの閻魔との闘いなんてそうある機会じゃない。
 ここまで熱くなった私の心は、今にでも貴女を――!



「そうですか、それは良かった」

「…えっ?」

「貴女の行いは正しい。そのまま法に従いなさい」


 予想外の反応に言葉を失ってしまった。
 さっきまでの作り笑顔はもう崩壊してしまっていることだろう。
 頭の中で映姫の言葉を繰り返す。
 
 閻魔が、殺し合いを肯定しているというの!?
277創る名無しに見る名無し:2009/09/01(火) 01:34:54 ID:Laq/K/QP


278創る名無しに見る名無し:2009/09/01(火) 01:39:23 ID:Laq/K/QP

279創る名無しに見る名無し:2009/09/01(火) 01:43:33 ID:Laq/K/QP
 
280◇CxB4Q1Bk8I氏の代理:2009/09/01(火) 01:48:57 ID:dRCu1vsD


「…私を、裁かないのね」
「法に従ってる貴女を裁く理由はありませんし、裁くつもりもありません」
「…法って何よ」
「ルール、秩序。この世界を規定する規律です。即ち殺し合いを続けるべきであり、貴女はそれに従っているのです」


 なによ、それ。
 法に従わない私に、法に従うように説くのならば、それを受け入れるかは別として、理解できる。
 しかし、そうではなく、私自身の行動を、“誰かに”定められたものだとしてしまった。

 確かに、今与えられたフィールドは主催者によるルールの下にあると言える。
 首輪という拘束、ルールという制限、禁止エリアという規制。
 それらはフィールドを、私を、取り巻く主催者の意思。法、或いは規律であるかもしれない。

 しかしただ従うということは退屈で、天子はそれが大嫌いだった。

「悪いけど閻魔様、私は規律になんて従ってるつもりはないの」

 それ故に、認めることが出来なかった。
 
 私の行動を決めるのは私だ。
 何かに従っているわけじゃない。
 自分で考え、自分の望むままに、在る。

 映姫が何か言おうとしたが、天子が睨むと押し黙った。


「法に従うなんて冗談じゃないわ。考えるのも決めるのも行動するのも、全て私の自由よ。
 このフィールドは“偶々与えられた、ただの切欠”よ。私はそれに便乗して、殺し合いを楽しむだけ」

「ですから、他者を殺め勝利を目指す事は、法が認めた真理。故に貴女は正しいのだと――」

 正しい?そりゃ、閻魔様はそれが大事なんでしょうね。
 でも私はそういうことは望んでいないのよ。
 閻魔のお墨付きなんて、私は、欲しくない。
 
「貴女の言う事とは違う! 誰かに決められたままに動くんじゃない。私は私の思うままにいるだけよ!
 誰に強要されるわけでもない!正しさや規律なんて無意味だわ! 
 ――さぁ、閻魔!貴女が殺し合いを認めるというのなら、今すぐ私を殺してみなさいよ!
 全て自分で決めた私は、規律に縛られる貴女に負けはしないわ!」
281◇CxB4Q1Bk8I氏の代理:2009/09/01(火) 01:50:26 ID:dRCu1vsD



 手に持ったままだった弓を再度構える。
 頭痛や疲労は滾る心に追いやられ、身体はそれに同調するように反応した。
 痛みはあった。しかしそれを抑え込む程に感情が勝った。
 至近距離で相手は不動、得意で無いとは言え身体のどこかには確実に撃ち込める。

 もう限界だわ。
 
 自分は自由であり、またそうでなくてはならなかった。
 自分を縛る全てが退屈で、常に新しいものを探していた。
 今こうしていることも、全て自分で望んだこと。

 それすらも規律の下にある、そう断言されることは、奔放な天子には許容し難いものだった。


 猛る天子と対照的に、映姫は僅かにも表情を崩さない。
 

「私は、この法を肯定します。殺し合いは望まれて行われるべきなのです。
 それが今この場での規律であり、私達は法に縛られる存在。
 それは例外なく、貴女は実際その通りに動いている。
 貴女がどう思おうが、それが法の範疇である事に変わりはありません。
 それは勿論私にも言えること。
 ――ですが、私の内なる正義が許さないので、私自身は手に掛けることはありません。
 私は真実を説くだけ。それが閻魔としての役割です」


 なによ、それ。

 熱く滾っていたはずの映姫への闘志が、急速に熱を失っていくのを感じた。
 行き場の無い苛々と怒りが、代わりにとばかりに沸々と湧いてくる。

 それを怒りというのなら、それは身勝手な怒りだろう。
 しかし天子は、身勝手であるという事を否定しない。
 
 常に自分の在るがままでいられた天子には、身勝手である事を許されないが為に矛盾を抱え込んだ映姫の思考を認められなかった。
 ただ彼女の今の思考が、決定的に自分とは相容れない事を悟った。
282◇CxB4Q1Bk8I氏の代理:2009/09/01(火) 01:51:32 ID:dRCu1vsD


「…貴女、どうせ、自分が法を説いて他者を導くべきだ、とか思い込んでるんでしょ」
「ええ、私は閻魔ですからね。規律の番人であり――」

「いいえ、貴女勘違いしてるわ。法を説くとか言って、貴女は閻魔という立場に縋ってるだけ!
 立場に縋るが故に自分の思う規律を他者に押し付けて自分は逃げてるに過ぎない!
 自分でも納得できてないくせに、規律という名でそれを無理矢理消化しようとしているだけ!」

 吼えるように天子は叫んだ。
 対する映姫は冷静なまま言葉を返す。

「閻魔の役割、それは第三者として真実を見出し、秩序を守ることです。
 私は真実を悟りました。故に、それを説くべきなのは当然のことです。
 私が閻魔である以上、そうしなければならないと結論付けたに過ぎません」

「違うわ!勝手に自分で結論付けて、あまつさえそれを法として説いているだけじゃない!
 私に正義が無いように、貴女だって自分勝手な一人に過ぎないって言うことに気付いてない!
 何が閻魔よ、何が規律よ、ふざけるのもいい加減にしなさいッ!!」


 天子は、溢れる言葉を感情の任せるままに吐き出した。
 そうしなくては、感情を押さえ続けることが難しかった。
 闘いを求めた心が暴走すれば、いずれ身体は保てなくなるだろう。
 感情を抑えず顕にするのは、天子が無意識に取った生存への本能であった。

 対照的に、映姫は表情一つ変えない。
 手の武器は下ろしたまま、天子を色の無い顔で見つめていた。


「仰りたいのはそれだけですか。
 一見論理的なように見えて、全く貴女の中でしか完結していない言い分。
 ただ貴女が思ったことをそのまま口にしただけに過ぎない。
 それが何も生み出さない事を理解しているというのに。
 そう、貴女は少し感情に任せすぎる」

 諭すように映姫は話を繋ぐ。
 天子が如何な表情を見せようとも、それは映姫の瞳には映らない。

「良いですか、物事を見極めるために冷静になりなさい。
 一時の感情に任せていては正しい結論は導き出せない。
 私は一時の感情ではなく、勿論自分勝手でもなく、確実な世界の真理を説いているのです。
 それは貴女を含め全てが従うべき規律。即ち先程の――」
283◇CxB4Q1Bk8I氏の代理:2009/09/01(火) 01:52:26 ID:dRCu1vsD


「…ッ、もういいわ!」

 激しい怒りを隠すこともなく、天子は映姫から顔を背けた。
 自分の言葉がまるで届いてないのだと感じていた。
 冗談じゃない、閻魔ともあろう者が、闘争心すら無くしてこの様なんて。

 戦いの中でこそ、私の心はあんなにも昂ったのに!
 先ほどの天狗との遭遇のあと、私はこんなにも次の闘いを楽しみにしていたのに!
 それがどうして。無意味な説教されて何が得られるというのかしら!!


「教えてあげる!貴女は今、腑抜け同然よ!戦う価値も無いわ!」

 もし八雲紫や他の強者が貴女のようになっているなら、私はその腐った心を撃ちぬくだけ。
 つまらない結果。そんなもの、私が望むわけ無いじゃない!
 

 腑抜けという言葉でさえ、映姫の仮面のような表情を崩すことは出来なかった。
 相も変らぬ冷たい表情のまま、奥の見えぬ瞳で天子を見ていた。

「精々、貴女の思う下らない正義のために頑張ることね!私は御免だわ!さよなら閻魔様ッ!」

 捨て台詞を吐いて、弓を仕舞うと、覚束ない足取りで天子はその場を後にした。
 足元に神経を払い、痛めた身体を働かせ、一切動じない閻魔の元から離れていく。



 映姫は去り行く天子を冷めた目で見届けると、何事も無かったかのように視界の端に映っていた荷車へと足を運ぶ。
 覗き込むと、二つの屍が無造作に放り込まれていた。
 それが天子の仕業かは不明。尤も、映姫にとってどちらでもよかった。

「願わくば、安らかに」

 ただそう呟いて一礼し、その場を後にする。
 残されたそれは、既に持ち主不在の投棄物と化していた。

 最早誰かに見止められる事も、無いかもしれない。



284◇CxB4Q1Bk8I氏の代理:2009/09/01(火) 01:53:08 ID:dRCu1vsD


 ああ、苛々する。

 私は私の思うようにやりたい。それだけだ。
  
 それなのにあの閻魔は、自身の勝手な思い込み論理を全て私に押し付けようとした。
 規律という言葉で全てを縛り、白と黒の二色でしか世界を見ることのできない存在。
 

 嘗ては、閻魔としてそれが正しかったのかもしれない。
 しかし今、彼女の白が白である根拠はどこにもない。
 彼女は見失った正義に何かの影を重ねているだけに過ぎない。
 内に二色の反する正義を抱えて、くだらない正当化を繰り返してるだけだ。

 まぁ、尤も私は正義なんかに従う気なんて無かったけどね。

 この殺し合いのルールは、極めて自由だ。
 だから、私は楽しむ事にした。それだけの話だ。
 

 映姫が見えなくなるまで歩いた後、手頃な木の傍に腰を下ろす。
 相変わらず濃い霧が不快な上、無理を重ねたせいか余計な疲労を背負ってしまった。
 
 沸々と湧き上がる感情を宥めるだけというのは退屈だ。
 それでも今、これ以上動くことは得策ではないことは理解している。
 

 あーあ、またとない機会だと思ったのに。
 閻魔との遭遇、幸運が自分に味方したと思ったのに。

 感情は負に振れ、身体は疲労を重ね、新たな情報も無い。最悪の結果だった。

 
 映姫がこちらに近づいてくる気配も無い。
 小さく嘆息すると、木に身体を預け精神の安寧を試みる。
 次の放送まで間もない、やはり暫くは待つべきだろう。
 目を閉じると、いずれ訪れる戦いに備え、再び休息に入った。


【C‐3・霧の湖南西部周辺の森・一日目・昼】
【比那名居天子】
[状態]能力発動による疲労(極大)左肩に中度裂傷、左腕部に重度打撲、頭痛
[装備]永琳の弓、 朱塗りの杖(仕込み刀) 矢*12本
[道具]支給品一式×2、悪趣味な傘、橙の首(首輪付き)、河童の五色甲羅、矢5本
[思考・状況]
 1.放送まで休憩。放送後、動けるようになったら人間の里に向かう。
 2.八雲紫の式、または八雲紫に会い自らの手で倒す。
 3.残る幻想郷中の強者との戦いを楽しむ。第一候補は射命丸文。

 ※燐の鉄球を防御した後、スキマ袋は開けていません、中の道具が破損している可能性があります 。
 ※リヤカー{死体が3〜4人ほど収まる大きさ、スキマ袋*1積載(中身は空です。)}はC-3南西部の森湖畔沿いに安置されています。
285◇CxB4Q1Bk8I氏の代理:2009/09/01(火) 01:55:01 ID:dRCu1vsD


 貴女は私を殺さなかった。
 殺し合いを肯定しているというのに。
 私はそのとき無抵抗で、私を殺すことが如何に有益か、考えればわかることだったというのに。
 そしてそれこそが、正しい選択であった筈なのに。

 やはり貴女もレミリア・スカーレットも、自己満足の世界でしか生きていないのですね。
 判断基準は公に無く、価値観は独自のもので、全て自らの心の中に持つ。
 どうすべきかではなく、どうしたいかで全てを片付ける事ができる。

 愚かにも、それは羨ましいと、思えてしまう自分が、憎らしい。

 貴女達は、それで自己完結すればいい。
 私が抱いてしまっていたつまらぬ白と黒の基準より、よっぽどこの世界に相応しいことだろう。

 嘗ては私もそうだったかもしれない。
 私の独自の価値観は即ち正義であり、規律であった。
 ただ心の向くまま、閻魔という職に付随した正義、善の赴くままでよかったのだ。
 己が中にあることこそ絶対の真実であり、あらゆる基準であったのだ。
 それに悩むことも疑問を持つことも無く絶対で、それ故私は閻魔であった。

 今は悩み、疑問を持ち、犠牲を出しながら真実を悟った。
 正義は自分の内面に存在するものではなく、個々夫々の内部に持つものだ。
 閻魔の役割は、正義を実現する事ではなく、規律を守ることであった。
 そして今、規律は自己の正義とは明確に違っている。

 内心と乖離した皮肉な矛盾は、我が身可愛さに他者を殺めた瞬間に肯定されたのだ。
 矛盾を内包した中で、閻魔は結論を出したのだ。
 いや、出さざるをえなかったのだ。

 殺し合いという規律を認めること。映姫が望まぬとしても、閻魔はそう判断した。それだけの話だ。
 

 このゲームの主催者たる八意永琳すらこの世界に降り立ち、規律と法の下で“殺し合い”しているのだ。
 規律を規定した存在はそれより遥か高みにいて、きっと真っ黒に染まった大地を見下ろしているのだろう。

 そうして作られた秩序を広く知らしめることは当然の帰結。
 私は閻魔なのだ。世界を導く番人なのだ。
 真実は広く還元せねばならない。


 ならば自己の死は、と一時は疑問にも思った。
 閻魔は殺し合いという規律を肯定する。そして四季映姫は誰も殺さぬのだから、誰かに殺されねばならない。
 他者の殺害という自己の正義に反する行動の犠牲として、或いは規律に背くが為の罰として、それを受け入れるべきなのだろう。
 それは罪人となった自己の贖罪、法に従うことを拒否した四季映姫の、唯一の善行なのだ。

 閻魔も四季映姫も、自己の死までを法に組み込むことに躊躇いはしなかった。
286◇CxB4Q1Bk8I氏の代理:2009/09/01(火) 01:55:52 ID:dRCu1vsD




 彼女は道の上を歩いている。

 霧の湖より南、道を辿れば東西へと分岐し、人里か妖怪の山へと続く。
 周囲の草原と違い、人の手により真っ直ぐと引かれた道。
 足場はしっかりと踏みしめられており、僅か小石が転がっている以外は綺麗なものだ。

 彼女は道の上を歩いている。

 超然、威圧。あらゆる存在を導き、常に正確な判断を下す者。
 地獄の最高裁判長、四季映姫は極めて閻魔に相応しい存在であった。
 その眼は尚、常に正しいものだけを見極めているかの如くに揺れず、ただ前を見据える。

 彼女は道の上を歩いている。

 視界は開け、進むべき先がはっきりと見て取れる。
 それは異様に魅力的で、映姫は満足げに微笑んだ。




【C‐3 霧の湖南部の道・一日目・昼】
【四季映姫・ヤマザナドゥ】
[状態]健康
[装備]MINIMI軽機関銃(?/200)、携帯電話
[道具]支給品一式
[思考・状況]基本方針:参加者に幻想郷の法を説いて回る
 1.道に沿って南下。
 2.殺しはしない。しかし、殺害することを否定もしない。
 3.自分が死ぬこともまた否定しない。
287創る名無しに見る名無し:2009/09/01(火) 02:04:50 ID:dRCu1vsD
代理は以上です
>エスケープ・フロム・SDM
氏が面白いと思った本が作中に出たって感じかな
本の内容はよくわからないけど、フラグになればいいなぁ

>ブラクトンへの伝言
色んな意味で対極の二人が出会いましたね。興味深い会話でした
この二人がこれから本流にどう絡むかが楽しみですね
288創る名無しに見る名無し:2009/09/01(火) 06:57:37 ID:+FRlTc7R
皆さん投下乙です。

>>◆27ZYfcW1SM氏
聖書に量子力学に錬金術に推理小説に漫画。
一列だけなのに、なんというカオス。流石、パチュリーの図書館。

>>◆CxB4Q1Bk8I氏
映姫様、奈落に続く下り坂を平然と歩いているみたいな感じだなぁ、怖い。
289 ◆BmrsvDTOHo :2009/09/04(金) 18:26:17 ID:0uhZ2zmV
なんとか形になりましたので投下します。
文章量自体はそれ程でもないのですが
タイトルで難儀してました…。
と言う事でタイトルは「哀之極」です。
290哀之極 ◆BmrsvDTOHo :2009/09/04(金) 18:27:00 ID:0uhZ2zmV
あるところに一人の少女がいました。
その真珠のように白くか細い指の繊細な動きから作りだされる人の形。
眼も、肌も、腕も、脚も、大きさ以外寸分の狂いなく一般的な人間と変わりはありません。
命令に忠実に動き、どんな冷酷な扱いであろうと文句一つ垂れずに遂行する。
しかし少女は長い間解消されない、一つの問題に煩悶としていました。
如何に忠実に動くと言えども、自ら判断し、動けないようでは汎用性に欠ける。
不測の事態が起きようとも、事前の指令通りに動く、兵器としては致命的な欠点だ。
つまり動きが読まれてしまった後はもう成す術がない。
弱点の解消のため長年、自立人形の開発に少女は取り組んでいた。
メディスン・メランコリーのような自立人形を目指して。


結果から言えばこの殺し合いの中で少女は自立人形を手に入れたのだった。
操者の命令どうりに動き、人間大の体を持ち、そして感情をも持ち合わせる“人形”を。
長年の研究と努力でも達成出来なかった悲願は今此処に達成されたのだ。
少女の命と引き換えに。
糸の切れたのが普通の人形であればその動きは止まる。
しかし、今少女が持っていた“人形”は自立人形独自の機能、感情に従い動くはずだった。
自立人形の製作経験がなかった少女は知らなかった。
人との関わりを極力避けようとしていた少女には知る術もなかった
もしもこれが素材から作り上げられた人形であれば少女の予見通りに動いたのかもしれない。


無から作り上げた心ではなく、有の心の壁を情で篭絡し、自らを盲信させる事で得た心。
他者からの拒絶経験の恐怖に怯える心、自ら逃避に走り第三の眼を閉ざす弱さ。
ココロヲヨムナンテキモチワルイヤツダ。
ソレイジョウチカヨルナバケモノ。
そんな人形候補を洗脳するのは容易く、時間もかからなかった。
だが脆い仮初の心が大きな衝撃に耐え切れるはずがなかったのだ。
少女は気づいていなかった、これが当初自分が望んでいた人形ではない事を。
今まで自ら美徳としていた人形とは違う、薄々感づいていたはずだった。
これが異様と言明出来る殺戮と血生臭い空気に中てられ、生き残る事を第一にした結果だった。
その大きな過ちが少女の身を滅ぼすことになった。
結局、自ら一から作り上げたわけではない“人形”に幾許の情を抱いてしまったのだった。
少女はもう何も語らない。
遺作となった“人形”はその死を悼み、その恩に報いようと動く。
少女が冷え切った心に与えてくれた温かな光の恩に。
291創る名無しに見る名無し:2009/09/04(金) 18:27:50 ID:3ZRKIe4J
 
292哀之極 ◆BmrsvDTOHo :2009/09/04(金) 18:27:56 ID:0uhZ2zmV
---------------------

妹紅の跡を追いこいしは里の外れにまで来ていた。
跡を追う、と言いながらも痕跡があるわけではない。
ただ、第六感の働くままこっちに居そうだな。程度の認識で動いてきた。
今居るのは農具や干草等が収納されている付近の倉庫。
干草独特の鼻を衝く匂いと埃臭さが入り混じった農地が持つの匂いの中、こいしは唯そこに居た。
見失ったというよりも元々追えるはずがなかったのだ。
こいしの心は箍を失い、思考は有らぬ方向へと導かれていた。
アリスによって塗り固められた脆い壁は打ち砕かれ。
欠片は胸の奥の心に深々と突き刺さり紅い血を流し続ける。
アリスという拠り所を失った時、その良心は檻へ囚われた。
点を定めぬ虚ろな眼、服に付いた返り血、苦心に満ち歪みきった表情。


激情に身を任せ、霊夢と妹紅に襲い掛かろうともアリスへの恩を返す前に自身が殺される。
終始私の事を気遣ってくれたアリスさんは最後まで二人残った後はどうしたのだろうか。
私を殺して優勝する?
それならば私には何の無念もない、アリスさんが私に与えてくれた恩が返せるのなら死をも厭わない。
其れ程までにアリスの存在はこいしの心中の大部分を占めていた。
洗脳調教の結果はアリス亡き今にまでも良く響いていた。
寧ろ皮肉な事にアリスが死亡した事により、その嘘が明らかになる事はなくなり絶対的なモノとなった。


ドサリと干草のベットの上に大の字に倒れこむ。
内側は暖かくふかふかとした感触に一時の安息を感じる。
胸に手を当ててみれば今も鼓動を刻む心臓。
本来ならばこの鼓動は先の人里で止まっているはずだった。
覚悟は出来ていた、何も恐れる事などなかった。
確かに死ぬ事が恐ろしくないわけではない
差し迫る白刃は恐怖を想起させるし、嫌でも想像出来る痛みは耐え難いものだろう。
しかしそれでも、それでも拒絶・孤独の絶望感に比べればどれだけマシなものであろうか。
死に至る病、そう形容されるのも無理はなかった。


スキマ袋内から引き出されるのは軽く光沢のある金属製の入れ物。
中には明瞭簡素化された解説文と共に予備の銃倉が収められていた。
空となった銃倉を開放しスキマ袋内に無造作に放り投げ、内から一つを手に取りその銃床部から押し込む。
小気味の良い音と共に銃倉が固定される。
妖しく黒色に輝くスライドを力を入れ手前に引き、初弾を装填する。
起きた撃鉄を押し戻し安全装置を掛け、予備銃倉と併せて太腿のホルスターへと収納する。
白く煌く銀のナイフはホルスターのナイフ用ポケットに一本のみ挿し、残りは元々のケースに収める。
恋慕っていた者がこいしに残していった物は幸いにも恩義に報いる事を可能とするものばかりなのだ。


……優勝者に相応しかったのはアリスさんだけ。
そのアリスさん亡き今他に相応しい者がいると言えるだろうか?
ならば他者が優勝する事はあってはならない、私を含めて。
293創る名無しに見る名無し:2009/09/04(金) 18:28:41 ID:3ZRKIe4J
 
294哀之極 ◆BmrsvDTOHo :2009/09/04(金) 18:29:10 ID:0uhZ2zmV

の中の盲目の獣が吼える、全てを壊し尽くせと。
鋭く輝く犬歯を剥き出しにし狂気に満ちた笑顔と声で野獣は叫ぶ、忠義を尽くせと。
いいだろう、その本能に応えてやろうではないか。
もはや矜持など必要ない。
乾坤の欠片すら残さず消し去ってやる。

“少女”は手を強く噛み傷口を作り血を流す。
野獣が血の臭いを嗅ぎ付け重い足音を響かせにじり寄って来る。
その大きな手で少女の体を掴み口元まで持ち上げると
その鋭利な牙で柔らかな身体を噛み砕いた。
ばたばたと血は流れるが、悲鳴一つあげない。
口周りを真っ赤に染めた野獣はそのまま少女を一飲みにした。

「あははははははは!」

古く埃臭い納屋に甲高い笑い声が響き渡った、遂に堰は壊れた。
天空に向け雄叫びを上げた野獣は藁の海から跳ね起きる。
そう、私はアリスさんの“人形”。
忠実な人形。
恩義に生き此の命尽き果てるならそれも致し方無し。
アリスさんを殺したこの世界のモノなんて全部壊れてしまえばいいんだ。
足が吹き飛び、腕が切断されたならば歯で噛み殺せば良い、頭を使って殴り殺せば良い。
歯も折られたのならばこの毅魂が一滴残らず空になるまで弾幕を放てば良い。
心躍る大虐殺。

スキマ袋をその肩に担ぎ納屋の扉を押し開けアリスの“人形”は眩い光の中へ消えていった。
狂気を内部に孕む“人形”は満面の笑みのままだ。
崩壊した壁の瓦礫だらけの建物の中に爆弾が一つ置かれている。
ちょっとやそっとの衝撃では起爆しないだろう。
爆発するのは何時の事になるだろうか。




閉められた扉により納屋には再び暗闇が戻った。
そこに置き忘れた大量の“忘れ物”に気づく事はもう永遠にないのだろう。
永遠に。


【古明地こいし E-3南南西部 平原 昼】
[状態]身体面:健康 精神面:狂疾
[装備]銀のナイフ 水色のカーディガン&白のパンツ 防弾チョッキ 銀のナイフ×8 ブローニング・ハイパワー(13/13)
[道具]支給品一式*3 リリカのキーボード こいしの服 予備弾倉2(13*2) 詳細名簿
[思考・状況]基本方針:殺せばアリスさんが褒めてくれた、だから殺す。
1.全てを壊し尽くす。

※寝過ごした為、第一回の放送の内容をまだ知りません
※地霊殿組も例外に漏れませんが、心中から完全に消し去れたわけではありません。
295哀之極 ◆BmrsvDTOHo :2009/09/04(金) 18:33:02 ID:0uhZ2zmV
約3000文字、投下終了です。
これで地霊殿組マーダー二人目となりました。
そういえばこのロワで自動拳銃って初めてですね。

支援ありがとうございました。
296創る名無しに見る名無し:2009/09/06(日) 10:59:38 ID:xwMokZG4
投下乙
なるべくしてというか、こいしはやっぱり狂マーダーになったか
存在を気取られない無差別型ってこわくねw
297創る名無しに見る名無し:2009/09/06(日) 11:56:09 ID:bgDN2w8I
>エスケープ・フロム・SDM

変な本幻想郷入りしすぎw
腹腹時計がどうなるかだけが気になるな

>ブラクトンへの伝言

えーき様が最高だ……
こういう風に参加者をかき回してくれるとはねー
うん、こういうキャラは稀に見るタイプのキャラなんじゃないだろうか

>哀之極

あぁ、こいしぶっ壊れた……
さとりもさとりで大変なことになってるし、地霊殿組は本当地獄だぜ
お空ー! 早く来てくれー!
298創る名無しに見る名無し:2009/09/06(日) 14:24:01 ID:27xyJ1Kh
遅ればせながら、投下乙。

こいしは元々猟奇的なキャラだしねぇ……。
果たして暴走した想いは止めることが出来るのか。
さとりも精神的に参っている今、地霊殿組で最後の希望はもう一人しかいない!
空頑張れ、超頑張れ!
299創る名無しに見る名無し:2009/09/06(日) 17:14:09 ID:5nnXwYNl
投下乙です。
あああ、こいしがスーパーエゴ全開に……
この状態でさとりと会っちゃったらどうなるんだホント

>>296
んー……多分、今のこいしは無意識操れないと思います。
あれは意図を持たない(てか、こいし本人も何をしているか判らない)から可能となっている能力ですし。
300創る名無しに見る名無し:2009/09/06(日) 23:15:02 ID:yduQH/pR
>>299
心理学用語的にスーパーエゴ全開だと理性的になっちまうよw
イド、エゴ、スーパーエゴは全く違うものだし、間違えると厄介だから
こいしの弾幕の元ネタだけでも意味を確認することをオススメするぜ。
301創る名無しに見る名無し:2009/09/07(月) 00:26:41 ID:P1R63/GZ
あら、恥ずかしい……
ご忠言通り、ちょっと勉強してきますわ
302 ◆30RBj585Is :2009/09/08(火) 19:38:14 ID:LNXnYSFt
やっと書き終わったので、投下します。
期限破りの連続で本当に申し訳ありません。

タイトルは「寝・逃・げでリセット! 〜 2nd reincarnation」です。
303 ◆30RBj585Is :2009/09/08(火) 19:39:32 ID:LNXnYSFt
皆は嫌な出来事があったら何をして気分を紛らわす?
内容にもよるが、多くは
食べる、呑む、遊ぶ、休む、と様々な手段があると考えられる。いわゆる気分転換だ。
そうやって自分を休ませ精神的に落ち着いたら、嫌な出来事をありのまま受け入れる。人は皆、そうやって生きているはずだ。
嫌な出来事を忘れろとなると無理があるだろうが、だからといってそれをいつまでも引きずっていると、その先に待つのは絶望のみ。
特にこの殺し合いでは嫌な出来事など無数のように起こる。それら全てを頭に抱えることなど誰であろうが出来やしない。

例えば、殺し合いにおける『嫌な出来事』の筆頭であるだろう、『死』。
ここで、ある女性について注目しよう。
名は西行寺幽々子。白玉楼の姫であり、冥界に住む幽霊の管理者でもある。
故に、彼女は多数の人の死に出会っている。死に至るまでの過程は?心境は?そういったものなどは当たり前のように見てきている。
生物が死を迎えるのは当たり前のことだ。ゆえに誰が死のうが、悲しみの感情が湧くことはない。湧く理由がない。そういうのはいつも見ているのだから。
…しかし、そんな彼女もまた例外ではなかった。



―――時間は12時直前。場所は香霖堂

幽々子はこの場所で、まるで死んでいるかのように静かに眠っていた。
そして、その傍らには2人の死体がある。
片方は星の妖精、スターサファイア。そしてもう片方は・・・白玉楼の庭師、魂魄妖夢。
何故、このようなことになっているのか?
それは今から2〜3時間ほど前の事。この場所である惨劇が繰り広げられたからだ。
304 ◆30RBj585Is :2009/09/08(火) 19:40:51 ID:LNXnYSFt


『幽々子様、ご壮健で何よりです』
『貴方もね、藍。その様子だと紫はまだ見つかっていないのかしら』
殺し合いに反発する者達が合流を果たした。その数は6人という大人数で、その大部分が幻想郷では名の知れている実力者たちだった。
傍から見れば誰もが思う。この団体は、ゲームが始まってから今までの軍団の中では最も強力なものとなる、と。
…そう、そうなるはずだった。

『魔理沙や霊夢はいいわよ。異変解決の為に沢山の幻想郷の住人と関わってきたんですものね。
 皆と力を合わせるって、参加者のほとんどと顔見知りだからこそ言える台詞だって自覚しているの?』
だが、その中の一人である妖夢は、ある人物がどうしても信用できなかった。
その名はフランドール・スカーレット。あの悪名高い紅魔館の主、レミリア・スカーレットの妹にあたる。
妖夢にとっては、あの紅魔館の住民というだけで悪印象しか持てなかったのだろう。その考えゆえに
『うおおおおおおぉっ!!』
『……ぇ?』
フランと再会し周の者たちからの執り成しで休戦したにも関わらず、妖夢は再度奇襲を仕掛けたのだ。
『―――シネエエエェェェッ!!』
『―――おおおおおぉぉッッ!!』
だが、実行は失敗に終わった。それどころか、何の罪もない妖精を殺害してしまい、それがフランの怒りに触れてしまった。
突然の仲間同士による殺し合いに、誰もが困惑しただろう。とにかく戦いを止めねば、誰もがそう思っていた。
そんな中、幽々子は言った。
『お願い。……お願いだから……―――誰かとめてえええぇぇぇっ!!』

結論から言うと、幽々子の願いどおり二人の戦いは止まることができた。
…だが、その過程は最悪なものだった。
戦いを止めたいと願う幽々子が無意識に発動した死蝶・・・それが妖夢に命中してしまった。
当然、それを受けた妖夢は死亡。そしてなお暴走を続ける死蝶を前に、フランはもとより、仲裁に入った魔理沙や藍も恐怖した。あのような悲惨なことを突然目の当たりにするとは思わなかっただろう。

だが、幽々子はそれ以上に悲惨なことだということも忘れてはならない。
幽々子にとって、妖夢は娘同然だった。その妖夢をよりによって自分の手で死に追いやってしまった。
妖夢を失った悲しみはもとより、それ以上に妖夢を殺したという事実に罪悪感や後悔念で襲われることだろう。
幽々子のことをよく知っている藍でさえ思っている、悲しみや嘆きによる精神の崩壊。それはもはや時間の問題となるはずだ。
305 ◆30RBj585Is :2009/09/08(火) 19:42:02 ID:LNXnYSFt


さて。ここで、簡単そうでとても難しい質問をする。
嫌な出来事を前にしたら、どのように振舞う?



□ □ □



「う・・・」
眠りからようやく覚めた幽々子がうめき声を上げた。
「ここは・・・。どうして?私は・・・?」
だが寝起き直後だからだろうか、やや錯乱気味のようだ。今の状況をすぐに呑み込むには時間がかかるだろう。

「私は・・・森の中で妖夢と会えて、それで・・・」
ここで幽々子はハッとする。
「そうだわ!妖夢!妖夢は何処!?」
いつもなら目覚めと共に妖夢が声をかけてくれるはずなのに、それが無い。
妖夢は自分のそばにいたはずなのに・・・。そう思い幽々子は辺りを見渡そうとしたが、目的の彼女はすぐに見つかった。

「妖夢!私よ、幽々子よ!起きてちょうだい!」
だが、彼女は床に横たわってぴくりとも動かない。呼吸音も聞こえないし、体内の鼓動も感じ取れない。
そして、何より半人半霊の象徴である半霊が無い。半霊が無いということはすなわち、その体に魂が宿っていないということ。
ということは・・・
「嘘・・・嘘よね、妖夢・・・?
お願い、返事をして・・・。ねぇ、妖夢ったら」
妖夢は死んだ。死という概念に詳しい幽々子ならば、すぐにでも分かることだった。
その事実を知った途端、幽々子の顔が死人のように青ざめる。それと同時にわなわなと体を震わせ、あふれ出る涙を抑えることが出来ずに妖夢の死を悼み嘆いた。
「妖夢――――――――っ!!」
藍の言うとおり、このまま幽々子の精神は崩壊してしまうのだろうか?



「誰が・・・誰がこんなことをしたの・・・!」
幽々子は唇を噛み締めながら怒りを露にした。それは、普段の温厚な雰囲気が微塵も感じられないほどだった。
…だが、『誰が殺した』とは?妖夢を殺したのは結果はどうであれ幽々子自身のはずだ。
それなのに、何故彼女はこんなことを言う?

「確か、私は妖怪に襲われた妖夢を助けた後・・・」
幽々子は、自分たちに何があったのか。それを懸命に思い出そうとする。
だが・・・
「・・・どうも記憶に無いわ。私たちに何が起こったのか・・・」
全く頭から出てこない。何故妖夢は死んでしまったのか。そんな状況で何故自分は呑気に眠っていたのか。それが全く分からない。
「ねぇ、妖夢。教えてちょうだい。私たちに何が起きたのか、あなたに何が起きて死んでしまったのか、答えてちょうだい」
妖夢の死体に聞いてみても全く意味が無い。死人に口なしというか、制限による死体との会話の阻害によるものか、亡骸となった妖夢が教えてくれることは無かった。

傍から見れば、死体相手に教えて教えてとせがむ幽々子が精神的に狂っているように見える。
だが、当の彼女は正気でいるつもりだった。だって、本当に彼女は何も知らないのだ。
…妖夢と出会ってから、それ以降の経緯を全てをだ。まるで、痴呆を起こした老婆のように、記憶が無いのだから。
306 ◆30RBj585Is :2009/09/08(火) 19:43:32 ID:LNXnYSFt



そう、幽々子は妖夢に会った後の記憶を全て無くしたのだ。
解離性障害という症状がある。何らかの原因で受けた心的外傷への自己防衛として、自己同一性を失う神経症の一種である。これにより、その心的外傷と関係のある記憶が一部または全てが失われるのだ。まさに今の幽々子はその状態である。
妖夢の死、そしてそれを起こしたのが自分自身という理不尽且つどうしても受け入れることの出来ない事実を、全て無かったことにしたかのようにリセットしてしまったのだ。

そんなことをしても、妖夢の生死は変えることはできない。だが、少なくとも『自分が殺した』という耐え難い真実を無かったことにはできる。
これにより藍が恐れていた精神崩壊は、解離による自己防衛によって免れたということだろう。

だが、自己防衛とはいえ、解離は一種の記憶障害だということを念に入れておかねばならない。
記憶の阻害は後に様々な支障をきたす。普通では考えられないようなことが当たり前のように起こるだろう。

となると、幽々子の場合はどうなってしまうのだろうか?


□ □ □



「妖夢・・・」
この妖夢の状態・・・
応急処置はしてあるとはいえ、肩や胸に酷い外傷があり見ているだけでも痛々しい。
それでも、急所は幸いにも外れている。この程度では命に関わるようなものではないはずだ。
それなのに何故?何故死んでいる?まるで、魂が抜けたかのような状態になって・・・まるで、死を操る能力を持つ自分に殺されたかのように・・・。

まさかと思い幽々子は手に霊力を集中させ、死蝶を出そうとする。
だが・・・
「死蝶が・・・出ない?」
出る様子は無い。やはりというか、そんな感じはした。
触れるだけで死ぬような危険な弾幕を主催者が許すはずが無い。そう考えると、死蝶が出ないのは当然といえよう。
「そうよね。簡単に死に追いやるような力をここで使えるなんて、反則以外の何物でも無い」
ということは、妖夢は死蝶で死んだわけではない。そう思うと、心底でホッとした。
となると、妖夢の死因は何なのか。外傷を加えずに殺す方法なんて、死蝶以外に何がある?


「あら。これは・・・?」
ふと、妖夢のそばに落ちていたメモ帳に目が行った。それはただのメモ帳ではなく、何者かの筆跡が加えられている。
つい手にとって、そのメモを読み始める。すると、それが誰の手によって書かれたものなのか、幽々子はすぐに分かった。
「・・・藍の字だわ」
幽々子は、メモの内容よりもまず先に筆跡のことで驚いた。
これがここにあるということは、藍がこの場所に立ち寄ったことがあるということだ。

「そう、確かに藍とも会えたはず・・・」
そういえば、確かに自分たちはこの場所で藍を見かけたような覚えがある。そのときは壮大に喜んだはずだ。
だが、その藍はこのメモ帳を残して去っていった。何故かは分からないが、それはメモの内容を読めば分かるはず。
そう思い、幽々子はメモ帳に記された字を読み始めた。
307 ◆30RBj585Is :2009/09/08(火) 19:44:44 ID:LNXnYSFt



結論から言うと、藍が書いただろうメモ帳を読んだところで幽々子の記憶は戻ることはなく、彼女はただメモ帳に書かれてある内容をそのまま受け入れているだけだった。
主催者や霊夢に関する情報を頭に入れ、首輪や小町といった何故自分たちの情報がこのメモに記されたのかを疑問に思う。それだけだった。

…いや、その中でどうしても腑に落ちないことがあった。
「フランドール・スカーレット。何故、藍と一緒に・・・?」
確か、妖夢が深夜のときに襲った相手が彼女だったはず。
更にメモを読む限りでは、その彼女がいろいろあって藍たちと行動することになっているようだ。
そして、メモの内容・・・。それは藍たちの情報だけでなく、自分や妖夢に関する情報まで丁寧に書かれていた。こんなことが書けるなんて、直接自分たちが情報を提供しない限りはありえないことだ。
ということは・・・
「そして、私たちも藍と会ったということになるでしょうね。こうなると、妖夢はフランドールと再会したということになるのかしら」

妖夢が襲ったフランが藍といる。そんな状況で自分たちが藍と会ったらどうなるか。
藍や一緒にいただろう魔理沙は問題無いだろうが、フランは妖夢に対して何らかの遺恨があってもおかしくない。
レミリア・スカーレットを代表とする、紅魔館の悪魔は基本的に気まぐれな性格だ。もしかしたら、襲われた恨みを込めて、何かを仕掛けてくる可能性だってある。
何より、フランは破壊の能力を持っているはずだ。この能力ならば、むき出しになっている妖夢の半霊を破壊する事だって出来る。
妖夢の半人部分に異変が無いのに死んでいるということは、半霊部分に何かがあったということ。
もしフランの能力で半霊部分を破壊されたとなれば、妖夢は・・・


「・・・そう、そういうこと。よく分かったわ」
簡単なことだった。
半人半霊を傷つけずに殺すならば、半霊部分を攻撃すればいい。
もちろん半霊部分に物理攻撃は通じないが、それそのものを破壊されるとなるとどうしようもない。そう、妖夢をあの状態にして殺せるのはフランだけだ。そう考えると、彼女が犯人の可能性が高い。
恐らく、フランは何かがきっかけで暴れ出してその拍子に妖夢が殺され自分は気絶した。そのフランがここにいないのは、藍が何とかしてこちらから引き離してくれたからだろう。そう考えると辻褄が合う。
308 ◆30RBj585Is :2009/09/08(火) 19:48:38 ID:LNXnYSFt

―――あの悪魔が妖夢を―――

ふと、無意識に右手に霊力がこもった。その右手は出ない死蝶を出さんとばかりにうずいている。
「・・・もう、何を考えているのかしら」
ハッとした幽々子は右手を振り払う。
もしかして、自分は何やら邪な念に囚われているのではと思った。そう思った幽々子はその考えを無理にでも否定する。こんなこと、何の特にもならないことくらい分かっているのだから。
「・・・敵討ちなんてらしくないわ。そんなことをしたところで妖夢が帰ってくるわけではないのだから」

幽々子はここで一呼吸おく。そして目をつむり、悟りを開くかのように黙り込んだ。
すると、しばらくして彼女は目を開け、自分に言い聞かせるように言う。
「そう、これは皆を助けるため・・・。これ以上の被害を防ぐため、可能性のある危険を取り除くことなのよ」
妖夢の敵をとるため?
断じて違う。そう思いたかった。



そう、最初から目的は変わらない。
誰が犠牲になろうが、自分に何が起ころうが変わる事はない。

全てはこの殺し合いを止めるために、理不尽な死の運命を断つために・・・



【F−4 一日目 香霖堂 昼】
【西行寺幽々子】
[状態]健康、親指に切り傷、妖夢殺害による精神的ショックにより記憶喪失状態
[装備]64式小銃狙撃仕様(15/20)
[道具]支給品一式、藍のメモ(内容はお任せします)、不明支給品(0〜2)
[思考・状況]妖夢の死による怒りと悲しみ。妖夢殺害はフランによるものだと考えている。
[行動方針]フランを探す。態度次第ではただでは済まさない
[備考]小町の嘘情報(首輪の盗聴機能)を信じきっています
※幽々子の能力制限について
1.心身ともに健やかな者には通用しない。ある程度、身体や心が傷ついて初めて効果が現れる。
2.狙った箇所へ正確に放てない。蝶は本能によって、常に死に近い者から手招きを始める。
制御不能。
3.普通では自分の意思で出すことができない。感情が高ぶっていると出せる可能性はある。
それ以外の詳細は、次の書き手にお任せします。

※F−4(香霖堂居間)に、妖夢とスターの死体、妖夢のスキマ袋が放置されています。ようむのスキマ袋は拾うと思います。
※幽々子は妖夢に会ってから以降の記憶を失っています。そう簡単には治らないと思います。
 藍たちを見つける頃まではかすかに頭に入っているかもしれませんが、それ以降は(特に妖夢殺害の件)全く覚えていません。
※藍と一緒にいただろう魔理沙は今のところは保留です。
309 ◆30RBj585Is :2009/09/08(火) 19:50:54 ID:LNXnYSFt





解離(かいり)とは起きた出来事が自らの認知の枠組みの囚われに合致しない場合にそれにまつわる観念や感情を無意識的に切り離すために起こる現象である。
性的虐待など激しい心的外傷の結果防衛機制として働く機能である。
参考資料:ウィキペディア フリー百科事典


簡単に要約すれば、受け入れ難い出来事に囚われないために記憶を閉ざすということだ。
つまり、事実から逃げているだけである。
今の幽々子の場合、『自分が妖夢を殺した』という事実から逃げているということだ。

実は、このようなことは初めてではない。幽々子は亡霊になったときに生前の記憶を無くしているという過去があるのだ。
記憶を無くした理由は分からないが、この記憶喪失を今回の件と同じようなものと考えてみるとどうだろうか?

生前に幽々子は死を操る能力を持ってしまい、彼女はその能力を疎い自尽した。だが、彼女はそれで消えることなく亡霊として留まってしまった。
せっかく死の能力を持つ自分が消えたと思ったのに。自分で自身の命を断つという大罪を犯してまで行ったことなのに。
結局はどう足掻いても自分は消えないということになる。もちろん、幽々子はそんなことは認めないだろう。
そこで幽々子が本能で行ったのが記憶を閉ざすこと。そうそれば、生前の自分は記憶という形が消えることになり、結果的に生前の死の能力を疎む自分は消えたということになる。

こうして、幽々子は生前の嫌な出来事から逃げることが出来た。と、このような考察が成り立つ。
もちろん間違っている可能性が高いだろうが、不自然な点はあるまい。
だが、記憶を失うからには、大抵はそれなりの大きな理由があるということを失念しないようにしよう。



それともう一つ。
どんな事柄であろうが『逃げる』という行動は別に悪いことではない。
特にこのような殺し合いにおいては、生き残るためにひたすら逃げるという手も有効なのだから。

だが、逃げるという行為に走る場合は『追い詰められて逃げ場を失う』ということを念頭におかねばならない。
例えば、月の兎の鈴仙・優曇華院・イナバは月で起こる戦争から逃げ出して幻想郷に来たのだが、その彼女も今はこの殺し合いに巻き込まれている。
死の隣り合わせな戦争から逃げ出しておいて、今の殺し合いという戦争よりも危険な世界に追い詰められて逃げ場を失ったのだ。哀れなものである。

もちろん、幽々子も人事ではない。
今は無事に『妖夢殺し』の事実から逃げているものの、何らかのきっかけでそこから逃げられなくなり追い詰められることがあるかもしれない。
もし、そうなった場合は・・・そのときが彼女の精神が崩壊する時だろう。

逃げ場を失ったとき
ヘビに睨まれて動けなくなるカエルになるか。ネコを噛んで乗り越えるネズミになるか。
幽々子はどちら側になるのだろうか。
310 ◆30RBj585Is :2009/09/08(火) 19:56:52 ID:LNXnYSFt
投下完了です。
死者スレのパチェが「ただの狂い人にならないかも」と言っていたので、それを参考にしてみました。
投下後に気付いたのですが、ゆゆ様の落ち着きが無くなっているような気が・・・。妖夢が死んだからということにしてください。
311創る名無しに見る名無し:2009/09/09(水) 00:11:07 ID:AYZIo9xm
投下乙。

うおお、まさか記憶喪失とは……。
幽々子はそれだけ妖夢を殺してしまったことがトラウマになってるんだろうなぁ……。
再びフラン達と出遭ったらどうなるか、想像するだけでも鬱になりそうだ。
難しいと思われるこのパートで、相変わらず見事な繋ぎ技。流石と言いたい。
312創る名無しに見る名無し:2009/09/09(水) 17:10:23 ID:hB0yIiSH
投下乙
まあ事実を受け止められない以上、こうなる可能性も十分だわな
問題の先延ばしのような気がしなくもないが…
決着は第二放送以降。因縁交わる中盤戦が非常に楽しみだ
313創る名無しに見る名無し:2009/09/09(水) 23:45:55 ID:XdftU+cc
うーん、ゆゆ様逃げに走ったか…こうなるとさとりでも読めなくなるか?
まあ誰かがきっと無理矢理思い出させて絶望のどん底に落としてくれると信じて(ry
314創る名無しに見る名無し:2009/09/10(木) 00:57:50 ID:xz9y3UQq
さとりってトラウマ読めるから…でも制限あるから結局見えないかも。
お空のは頭の記憶容量が理由だと思うぜw
315 ◆ZnsDLFmGsk :2009/09/15(火) 01:41:58 ID:bW1OWilO
お燐の話が書き上がりましたのでこちらに投下したいと思います
タイトルは「夢よりも儚い砕月」です
316 ◆ZnsDLFmGsk :2009/09/15(火) 01:43:34 ID:bW1OWilO
 霧の湖の畔で大木に背を預け座り込み、湖畔を見つめる猫が一匹。
 昼間の霧の湖はよく霧に覆われていると言うが、それにしても薄気味わるい霧だった。
 降り注ぐ陽射しは薄霧に遮られ減衰し、優しげな薄明かりとなって湖上を照らす。
 そうして、そこにひとつの矛盾があった。
 本来ならば頭上より照り付けるものと、鏡面の様に湖に反射するものと、
とにかく溢れんばかりの光に満ち溢れているだろうこの空間を……
 けれど今支配しているのは、ただぼんやりとした薄闇であった。
 真っ昼間でありながらも夜の浸食を受けたその綻びた空間に、
猫は違和感と安心感を混ぜ込んだ奇天烈な感想を抱いた。
 しかし精神面と反して肉体がそれに動じる事は無い、
火焔猫燐はぴくりともせずただ死体の様にぢっと、ゆらゆらと揺れる湖面を見つめていた。
 
 そこには薄く白く朧気に、歪んだまぁるい影が映っていた。
 
 アハッ、アハハ……
 オカシイね、とってもヘンだよねぇ?
 
 いつの間に月が昇っていたんだろう?
 呆れる程に容易く、その馬鹿げた疑問が脳裏に浮上した。
 波に歪み、ぐにゃぐにゃと形を変えるその朧月が、猫には可笑しくて、また救われている様に思えた。
 
 世界にはキチっとした法則やルールがあるって何処のどいつが言ってたっけ?
 それってあたいがちょいと眼を離した程度で破綻する様なもんだったのかな?
 
 アハッ、おっかしいねぇ……
 もしかしてあたいを頭蓋骨ごと裏返して、現実と妄想を取り替えちゃったのかなぁ?
 うんうん、だったらこの優しい月明かりも納得だよ。
 世界が全部あたいの妄想ならあたいに優しいのは当然だもんねぇ。
 それならこの気味の悪さだって我慢できるってもんだよ。
 
 ケラケラと渇いた笑い声を口の端から溢し、虚ろに湖面を見つめるその猫の姿は本当に死体の様であった。
 傷だらけであちらこちらから血液を垂れ流し、右の眼窩を空気に晒しながら……
 木の根元で事切れた様にだらりと四肢を伸ばし、ぐったりして動かない。
 ただ時折ぴくりと痙攣したように釣り上がる口端と、やたらギラギラ不気味に輝く左の瞳だけが生き物を主張していた。
 
 ノルアドレナリンの分泌異常。
 ドーパミンの分泌異常。
 
 痛覚なんてとっくに死んでいた。
 もしかしたら他にも色んなものが死んじゃってるかも知れない。
 アハ、もしかしたらもうすぐあたいは死体になちゃうのかも。
 ひょっとすりゃ死体なのに生き長らえてるだけかもね。
 意識はそれなりにハッキリしてて、思考だってぐるんぐるんと忙しなく走ってる。
 うん、むしろ壊れる前のちゃんと生きてた頃より明瞭に考えられる事だってある。
 例えばこの世界の仕組み、だとか……
 今のあたいがどれだけ狂っているかとかね、アハハ、アハ……
317夢よりも儚い砕月 ◆ZnsDLFmGsk :2009/09/15(火) 01:45:44 ID:bW1OWilO
 
 ゆらゆらと揺れる朧月もまるであたいを笑ってくれているみたいだった。
 
 ああ、きっとあたいはこうやって内側から剥がれ落ちていって、
何もかも無くなって、内の腑から腐り落ちて死んじゃうんだろうなぁ。
 
 ケラケラ、ケラケラ。
 
 きっとそれはおぞましくて恐ろしい事なんだろうけれど、
なんだろうね、感覚がちょっと麻痺してる所為かなぁ、よく分からなかった。
 なんだか薄い膜の様なものが脳をべったりコーティングしているみたいで、
自分の事なのに酷く鈍く感じて、まるで自分が第三者になった様に遠くに思える。
 アハッ、こりゃあいいっ。
 じゃあこのままあたいが死んだら、あたいの死体をゲット出来るって事かな?
 自分の死体なんてそうそうお目にかかれるもんじゃ無いよね、ラッキーだよねぇ?
 
 ケラケラ、ケラケラ。
 
 ゆっくりとした動作で薄暗い空に右手を翳す。
 持ち上げた腕はアルコール中毒を起こしているみたいにぶるぶると震えていた。
 なんだかなぁ、いったいいつの間にこんな風になっちゃったんだろうねぇ?
 
――あなたは最低の猫よ。私の親友をこんな毒で殺して
 
 ホントわっかんないねぇ、ククッ、アハ、アハハ……
 なんだか本当に可笑しくって、吹き出すみたいに息を吐いた。
 ずっと口を開けてぼーっとしていた所為かな?
 口が酷く渇いてて上手く笑いを吐き出せず、漏れ出たのは咽せる様な渇いた声だった。
 同時に、渇き唾液が失われた口内から鼻をつくみたいな悪臭が立ち上っている事にも気づく。
 アハハ、酷すぎて笑っちゃうね、こりゃあんまりにあんまりじゃないかなぁ?
 
――そこまでよ。この大嘘吐き
 
 嘘だったのは今まで生きてきた全部かな?
 それともこれから生きていく全部なのかな?
 
 ケラケラ、ケラケラ。
 
――お燐。どうして、こんなことを
 
 脳裏にしがみついて離れないあのこいし様の表情が、何故か昔のさとり様達の笑顔と重なった。
 引き摺られる様に様々な事が想起された。
 嫌なことも楽しかったことも……
 けれど今のあたいのコーティング済みの脳みそでは、それらはぜんぶぼんやりしてて、
遠すぎて、とにかくぐちゃぐちゃだった。
 アハハ……
 
 くちゅりとお燐の聴覚が湿った音を捉える。
 同時に鈍くなっていた感覚が弾ける様な刺激を受け、再び活性化する。
 気でも違ったんだろうね、あたいは抉られたその右の眼窩に指を突っ込んで掻き回していた。
 ビリビリと神経系を焼き切る様な稲妻が迸る。
 喘ぐほどの激痛……は無い、過剰に分泌された脳内物質は全てを快楽で塗り潰してしまう。
 そう、即ち訪れたのはびくりと身を震わせるほどの多幸感、充実感。
 冷静になって振り返えれば実に馬鹿馬鹿しく思うけど、この時のあたいは……
 ゴミ同然の右眼球の残りを拭い取るというその自身の行いを、とても有意義で合理的なものに感じていた。
 そう、自身の過去が朧気なものに変わりつつあると気づいた時、あたいの中でいびつな使命感の様なものが沸き上がったんだ。
 
 まぁ、どっちにしろあたいはもう狂っているんだし、
狂ってるあたいが狂った事をしても別にふつーだよねぇ?
318夢よりも儚い砕月 ◆ZnsDLFmGsk :2009/09/15(火) 01:49:47 ID:bW1OWilO
 
 眼窩から指を抜くと、我慢しきれなくなってあたいは立ち上がった。
 立ち上がり、そして大声で笑った。
 とてもシアワセで、頭蓋骨の中で花火でも上がっているみたいに全てが鮮明だった。
 
 アハハッ、そうだよっ、あたいはコレを欲っしていたんだよ!
 脳みそを覆っていた膜は一瞬ではじけ飛んだみたい、とにかくスッキリしてる。
 霞みかけていたさとり様やお空の笑顔もキレイに思い出せる。
 アハ、アハハハ、やっぱりあたいはじっとしてちゃいけなかったんだ。
 あたいの内側から滲み出るものなんてきっと毒みたいな何かしかないんだよ。
 やっぱり外からの刺激がなきゃダメなのさ、じゃないとたぶん腐っちゃうんだよね。
 
 半刻に満たない休憩だったけれど、それなりに疲れは取れていた。
 見れば腕の震えだって収まっている様に思える。
 んー、いや違うかな、何だか目がチカチカしてるし、それは見間違いか気のせいかもね。
 アハッ、とにかくやる気とか色々が全身から溢れ出してしょうがないよ。
 実際がどうだろうと、あたいはこんなに元気いっぱいなんだ、早く死体集めを再開しないとねっ!
 
 どれだけ元気かを証明しようと、ぴよんぴよんと跳ねてみる。
 そして3、4回程跳ねた所でかくんと右膝から崩れ顔面を地面に強打した。
 
 ククッ、アハハ……でもぜんぜん痛くない。
 きっともうあたいを傷付けられるものなんて無くなっちゃったんだ。
 なんだかこのままなら何だって出来そうな気がする。
 とても愉快な……そう、ユメの中にいるみたいな感じだ。
 まぁ実際なぁんも痛くないし、ひょっとするとこれはユメなのかもしれないけどね、アハハ。
 
「ねぇさとり様、ほめてよ! あたいはこんなに無敵になったよ!」
 
 アハ、アハハ、また妖怪として格が上がっちゃったかな。
 もし生きるって事がシアワセになる為のものだとするならさ、
きっともうあたいは辿り着いちゃったんだろうね! まったく最高だねっ!
 
 ケラケラ、ケラケラ。
319夢よりも儚い砕月 ◆ZnsDLFmGsk :2009/09/15(火) 01:53:00 ID:bW1OWilO
 
 もっと死体を集めるんだ、死体コレクションをいーっぱい増やすんだ。
 アハハ、お空はなんて言うかなぁ。
 ん? んー、いやぁ、ダメだよ炉に焼べるなんてとんでも無い。
 これはあたいのコレクションさ、絶対保存用だよ。
 さとり様もびっくりするだろうなぁ。
 あー、えーっと……それでさとり様に会ったらどうすればいいんだったっけ?
 とにかく殺せば、良かったのかな?
 いけないねぇ、また頭がぼんやりしてきたよ。
 早いとこ新しい死体を探さないとね。
 
 死体運搬用の代理用猫車は……まだいいか、また桃のお姉さんと鉢合わせたら困っちゃうしね。
 ……いや、困らないかな? でも本意じゃないよねぇ。
 ウンウン、やっぱり初志貫徹といこうじゃないの。
 狙いはあの怪しい洋館にけってーい、なんだかあたいのレーダーがピクピク反応するしね。
 がんばろー、と腕を振り上げ景気づけると、
あたいは朧に見えるその洋館目掛けてふらふらと歩き出した。
 
 とにかく沢山の死体を見つけなきゃいけない、上質の死体を集めなきゃいけない。
 そうすれば、そうしたら、きっともっとシアワセになれる。
 そして……
 
――本当に救えないわね
 
――あんたは悪魔だわ。吸血鬼なんかよりも、よっぽど悪魔らしい
 
 きっとこいし様達にも見直して貰えるんだ。
 アハハ、そうだよねっ、そうだよね?
 
 襲われる事に対する恐怖なんて、そんなモノはとっくにどっかに落っことしていた。
 あの天狗のお姉さんを手に入れたあの時から……
 あたいは恐怖する対象から、恐怖を与える存在へとランクアップしたんだからね。
 
 もっと死体は増える。
 あたいはもっともっと強くむてきになれる。
 
 ねぇ、誰か褒めてよ。
 
 
 
【C-2 紅魔館周辺の森林 一日目・昼】
 
【火焔猫燐】
[状態]右目消失、頬にあざ、左肩に中度の刺傷(出血)、
   脳内物質の過剰分泌により何らかの精神病を発症しかかっている可能性があります
[装備]洩矢の鉄の輪×2 
[道具]支給品一式×2、首輪探知機、萃香の瓢箪、気質発現装置、東のつづら 萃香の分銅●
[思考・状況]基本方針:死体集め
1.したいあつめはたのしいな〜
2.もう誰も信用しない
3. うさぎさんに“お礼”をする。

※C-3の南西部は気質発現装置により濃霧に包まれました、正午には解除されます。
※【気質発現装置】は現在居る1ブロックの一部の天候をランダムに変化、4時間で解除されます。12時間使用制限。
※リヤカー{死体が3〜4人ほど収まる大きさ、スキマ袋*1積載(中身は空です。)}はC-3南西部の森湖畔沿いに安置されています。
320 ◆ZnsDLFmGsk :2009/09/15(火) 01:58:12 ID:bW1OWilO
以上で投下完了です
なんて言うのか、狂っているキャラはやっぱり非常に難しいですね
321強く儚い、貴女達。◇m0F7F6ynuE氏の代理投下:2009/09/15(火) 20:31:17 ID:3A69Mzi3
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夢を、見ている。
だって、この光景は外の世界にいたときのものだもの。
今いるはずの幻想郷には、神奈子の御柱はあっても電柱は一本もない。
高層ビルもアスファルトも、あの世界にはないものだ。

縁側に腰掛けて、足をブラブラとさせながら流れる雲を眺めている。
存在が薄れて、現実のものに干渉する力を失ってから何もすることができず、こうして毎日をつぶしていた。
同じように空を眺めている神奈子の言うに、変わらないように見えるこの空も、随分薄汚れてしまったのだそうだ。
変化がわかるだけいい。
私の愛する諏訪の大地は、燃える水の残りカスで、ふさがれてしまった。

早苗はどうしたの。
「さっき、学校に行った。」
そう。最近早苗、忙しそうだったね。
「試験があるそうよ。昨日も夜遅くまでやっていたみたいで、眠そうな目をしてたよ。」
そんなに頑張ってたのか。帰ってきたら、うんと褒めてあげないとね。
「そうねぇ、でも少し頑張りすぎないように言わないと。放っておくとやりすぎて倒れそうで心配だわ。」
神奈子は過保護だなぁ、相変わらず。
「なによ、神様が自分の風祝の心配しちゃいけないって?」
違う違う、そういうんじゃなくてさ。
神奈子は少し心配しすぎ。早苗はもう子供じゃないんだから、大丈夫だよ。



場面が変わる。
あぁ、今度はちゃんと幻想郷だ。
ほとんど枯れ葉が散っている。多分、こっち側に移ってからしばらく経ったころ。
黒い影がいくつか通り過ぎて、読みもしない烏の新聞が鳥居のそばに小さな山を作った。
早苗がよくわかっていないのをいいことに、さまざまな烏共がやってきて、次々と新聞の契約書に判を押させたのだ。
でも、どれもほとんどお金を取らないというのは幸いだった。これで、苦労してたくさん薪をとってこなくてよくなったんだから。
新聞を紐で束ねる。その時、誰かが神社の石畳を登ってきた。

参拝者かな?
「守矢神社はこちらですか?」
そうだよ。おや、妖怪兎か。よくここまでこれたね、烏共に邪魔されなかった?
「姫様達が、山の妖怪とうまく話をつけてくださったので。申し遅れました、私は永遠亭の薬売りです。」
永遠亭の姫って、あぁ、あの銀髪の人連れてた女の子ね。宴会で見かけたことあるわ。話したことないけど。
それで、薬を売りに来たって?
「はい、私どもは里を中心に薬を売って回っております。このたび新たな神々が山に降りられ、人間の巫女様もご一緒とうかがいまして。」
あー、早苗のことね。…確かに薬は必要かも。自分に必要ないもんだから考えてなかったなぁ。
「もしかして、この神社の神様であらせられますか?これは幸いでした。よろしければ薬の説明をいたしましょうか?」
うん、お願い。何があるの?


その兎の持ってきた薬は、副作用が少なかったり、一回に飲む量が少なく済んだりと、飲む側のことをよく考えたものばかりだった。
置き薬のセットというのも、中を見せてもらうと、年頃の女の子のことを考えた構成になっていた。さらに言えば、二日酔いの薬が多めに入っていた。
誰からか聞いたのだろうか。まさしく早苗のための薬箱、という中身だった。
322強く儚い、貴女達。◇m0F7F6ynuE氏の代理投下:2009/09/15(火) 20:32:23 ID:3A69Mzi3

よく考えてあるなぁ。
「永琳様が、これは守矢神社用セットだとおっしゃってました。」
へぇ。これ全部作ったの、その永琳って人かな?
「そうです。永琳様はどんな薬も作ることができる方です。先ほどおっしゃった、姫様の傍にいた銀髪の方が、永琳様ですよ。」
あの人か。落ち着いた感じの人だったな。なるほど確かに頭がよさそうだし、気配りもできる大人の女性の雰囲気があったわ。
麓の巫女と、巫女の愉快な仲間連中とは、明らかに違うタイプだね。
「永琳様はとてもお優しい方ですよ。私のような力の弱い妖怪兎でもよく用事をこなせるように配慮してくださいます。
 それに、人間の里で流行り病や大病を患った人間が出たら、すぐに病に合った薬を作って、ほぼ無償で里まで届けていらっしゃいます。」

へぇ、そんな人格者なんだ、そんな人間久しぶりに聞いたよ。早苗が寝込むようなことがあったら、頼ってみようかな。
でも、何か忘れてる気がするな。なんだろ、記憶力悪くなったかなぁ。

うん。
何か忘れてる。
何か思い出せない。
何か出てこない。
何か。


何?



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日の光もほとんど届かない、魔法の森。
八意永琳は、洩矢諏訪子が落下した付近をくまなく探索していた。
微かな葉擦れの音も聞き逃さず、木々の隙間に目を凝らし、五感をすべて使って諏訪子の気配を探していた。
博麗神社の大階段と入り組んだ森のせいで、永琳はここにくるまでに大幅に時間を食ってしまっている。
しかも、道を外れて奥へ進むたび、森の瘴気が徐々に濃くなっていく。
命を奪うほどではないものの、疲労と焦りで呼吸数が増え、普通に通り過ぎるよりも深く瘴気を吸ってしまった永琳は、若干の眩暈を覚えつつも、それでも歩みを緩めない。
深く茂った草木をかき分けて進む。その時、わずかに指先に痛みを感じた。
永琳は、ようやく立ち止り、自らの指先をじっと見つめた。
草で指の薄皮が切れ、血が出ていた。


今朝、鬼と吸血鬼の一撃をくらったときに、軽く頭から出血した。幸いに傷は軽く、逃げる最中に塞がってしまった。
今、まじまじと自分の指を見る。今までなら一瞬で塞がるはずだった傷から薄く血がにじむ。

刹那、永琳は幻影を見た。
四肢を裂かれ、血を吐き、地に倒れ伏す、主の姿を。

全身が逆毛立つ。が、それも一瞬だった。
すぐに妄想を振り払い、永琳は目線を森へ戻す。

そうさせないために、私は今、歩いている。
そうさせないためなら、神殺しも成してみせる。
323強く儚い、貴女達。◇m0F7F6ynuE氏の代理投下:2009/09/15(火) 20:34:32 ID:3A69Mzi3
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そうだ。
これは、私の記憶。永く生きてきた時間の中に埋もれた瞬間たち。
そして、夢が終わる。見たくない現実が目の前まで来ている。
弱い陽射しが、かすかに顔に当たってる。

ねえ、神奈子。
きっとあんたのことだからさ、早苗のこと、探し回ってるでしょ?
どうやらね、この薬屋もお姫様の事を死に物狂いで探してるみたいなんだ。
あんたたち、良く似てる。過保護具合がそっくりだ。
キツそうに見えて実は優しいってとこも。

でも、やっぱり神奈子は、違うよね。
神奈子は、こんなことしないよね。
だって、神奈子、あんただってさ、
この世界の事、愛してたでしょう?
私らと早苗が、共に在ることの出来る、この幻想郷を。
私だってそうだよ。だからね、私は許さないよ。

この幻想を終わらせて、私達の幸せを壊そうとする、このゲームを。
このゲームの、主催者を。


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どれほど歩き回っただろうか。
永琳は微かに、水滴がぽたんと垂れる音を聞いた。
見れば、赤い水滴が草に滴っている。
見上げると、高い木の枝に、小さな蛙神がひっかかっていた。水滴は、自分が投げた赤ワインのものだった。
永琳は思わず唇をかんだ。この場所は少し前に通っていたのに!体躯の小さな神だからと、集中を地面にばかり向けていたのが仇になった。

木を仰ぎ、永琳は悩んだ。諏訪子がいるのは手の届かない高さなのだ。気絶でもしているのか、諏訪子は全く動かない。
登れない高さではないが、無防備に木登りなどしていては、偶然通りかかった第三者のいい的になってしまう。
起こそうと下手に声をかけて、反撃されると厄介だ。

永琳はどの手段をとるか、頭の中で考えを巡らせた。その時、木がわずかに揺れた。
「う…あ…?」
諏訪子が目を覚ましたのだ。
だが、まだ頭の中がぼやけている諏訪子は、うっかり用心もせず身を起こしてしまい、
「ん…うわ、うわあああああああっ!!!!」
バランスを崩し、どすん、と木から落下した。
「っつー…おしり打った…」
うまい具合に茂みに落下し、怪我らしい怪我もしなかったが、目の前には先ほどまで対峙していた、ゲームの主催者。
「ようやく見つけたわ、蛙さん。随分とてこずらせてくれたわね。」
今の諏訪子には、武器となるものは何もない。大木を背にしているので逃げ場もない。
頭を強く打ちすぎたのか、視界が揺れて弾幕の狙いも定まらない。そもそも腕が痛くて上がらない。
ここまでか、と諏訪子が覚悟を決めたその時、





二回目の放送が、二人の耳に飛び込んできた。

324強く儚い、貴女達。◇m0F7F6ynuE氏の代理投下:2009/09/15(火) 20:36:06 ID:3A69Mzi3
【G−4 魔法の森・博麗神社の崖付近 一日目 昼】



【八意永琳】
[状態]疲労(中)
[装備]ダーツ(24本)
[道具]支給品一式
[思考・状況]行動方針;諏訪子から輝夜の情報を手に入れる
1. 諏訪子に輝夜の情報を割らせ、後の憂いの種にならないよう殺す
2. 輝夜の安否が心配
3. 真昼(12時〜14時)に約束の場所へ向う
※この場所が幻想郷でないと考えています
※自分の置かれた状況を理解しました
※この会場の周りに博霊大結界に似たものが展開されているかもしれないと考えています
※腹の痛みはほぼおさまっています
※森の瘴気を吸い、少し体調を崩し始めています


【G−4 魔法の森・博麗神社の崖付近  一日目 昼】
【洩矢諏訪子】
[状態]左肩に脱臼跡(半日ほど痛みが残るものと思われます) 、全身に打撲および頭に強い衝撃、服と顔が紅ワインで濡れている
[装備]なし
[道具]支給品一式
[思考・状況]行動方針;なんとか永琳から逃げるチャンスを作り、体勢を立て直す
1.永琳と輝夜を殺す
2.殺傷力の高い武器を探す
3.早苗と神奈子の無事を心から願っている
※永琳を憎むと同時、彼女の主催者としての在り方に僅かな疑問を抱いています
325創る名無しに見る名無し:2009/09/15(火) 21:34:12 ID:GohXeiT0
おお、お疲れさまです!
>夢よりも儚い砕月
怖っ!
もう何も怖くないのかお燐さん…
次どこに襲いかかるのか戦々恐々です

>強く儚い、貴方達。
あ。って感じをまず思い描いてしまった
放送がいろんな意味でどう転ぶのやら
…あっさりやられてしまう可能性がないこともないのが何ともなぁ…
326創る名無しに見る名無し:2009/09/16(水) 01:36:34 ID:aoG3VNoD
皆さん投下乙です。これで百話到達か。

>>◆BmrsvDTOHo氏
やばいのがうまれたー。
アリスの願いは叶ったけど叶わず……か。

>>◆30RBj585Is氏
うん、辛いことは忘れるのが一番だ。……思い出さなければ、今後に影響しなければだけど。
そして妖夢……死に際を主に忘れ去られるとは不憫な子だ。

>>◆ZnsDLFmGsk氏
こいしに続いて、こっちもやべー。
も、もう正常に帰れないな、これは。
妖怪というより魑魅魍魎のほうが相応しい有様だw

>>◆m0F7F6ynuE氏
創作過去話いいね。
そろそろ決着つくかと思ったら、いいところで切りか。続きがどうなるんだ。
327守るも攻めるも黒鉄の ◆60OsUpZG9Y :2009/09/16(水) 03:58:17 ID:4yAE7de0
空を仰ぎ見れば燦々と太陽が輝く。
あまりの眩さに思わず目を細め手をかざす。
日光に透けた皮膚の下には赤い血管が流れている。
今ならば容易に止められるこの流れ。
そう考えると体中隅々までに行き渡る血、一滴一滴が途轍もなく愛おしいものに感じられる。
本来命は投げ捨てるように軽い物ではない、人は口々にそう言うだろう。
しかし私にとってはそんなもの戯言にしか聞こえなかった。
例えば刃物で切り刻まれ肉塊と血の池にされようと、表皮を剥がれ血達磨にされようと。
残るのは痛覚だけであり命は失われないはずだった。
もしも不死だったならば霊夢を止める事も叶っただろうに。


土埃に塗れた私を励ますかのような暖かな光。
たとえ私に向けられているものでなくても良い、その眩さは落ち込む私の心の闇を掻き消すのには十分だった。
改めて殺し合いを止めたいという願いと自身の無力さに葛藤する。

----------------------

妹紅は里を逃げ出す形で離れ、里外れの民家へと身を潜めていた。
気配を殺し音を極力立てないようにして室内を見回ったが人影は見られなかった。
とりあえずは安全なようだ。
甕の中の水を使い気付けのため顔を洗う。
透き通った冷たい水は先の衝撃で呆け切っていた頭を現実へと引き戻した。



また私は誰一人として救えなかった。
その事だけが私の胸の中をグルグルと駆け巡り
ドス黒く鉛の様なソレは永い時を生きてきた錆びた心に重く圧し掛かる。
ギリギリと悲鳴を上げ赤錆色の水が漏れ出す心。
歪んだフレームに収まった内部機構は耐用年数など疾うに超えている
未だ駑馬に鞭打つかのよう半ば強制的にその鼓動は刻まれ続ける。
望む望まぬに関わらずである。
体が生き永らえようとも人の心はそう簡単なものではない。
幾度となく降り掛かる、憎悪、嫉妬、怨恨、醜悪な感情共。
旱魃や飢饉、疫病や争乱が引き起こす人の死。
響き渡る怒号、悲鳴、断末魔。
それら多くの負の念が心や精神に及ぼす影響は計り知れないものだった。
精神のキャパシティを大きく超えて溢れ出す穢れ。
常人ならば心を病み、或いは狂人となり荒野を駆ける事になるだろう。
途方もなく大きな闇を妹紅は胸に抱えていた。
その小さな身体にはあまりにも艱苦な出来事ばかり。
正気を保っていられるのも将に奇跡としか言えない。
328守るも攻めるも黒鉄の ◆60OsUpZG9Y :2009/09/16(水) 03:59:33 ID:4yAE7de0
人の仮面を被る人にあらざる者。
人里に住みたいという願望も不死になった当初はあった。
可能ならば同属集団と共に過ごしたい、動物としての性は否定出来ない。
共存を詠う歌など数多ある。
しかし世界は歌の様に優しい物ではなかった。
人は異端を極度に恐れる動物だ。
周囲に斉一で無い物、同調出来ない物、全てを均一化するためにそういった凹凸は排除される。
容姿も変わらぬ、年も食わぬ、そんな私に疑念の目が向けられるのにそう時間はかからなった。
集団心理を帯びた人々の行動は恐ろしい。
個々で存在する時には歯止めが効き決して出来ないような所業をも可能とする。
其の先は凄惨の一言に尽きた。

何時になるだろうか、此の機械がその働きを止める事になるのは。




先刻の出来事もそうだ。
目の前で壊れ行く少女を引き上げてやることも、道を閉ざす事もしてやれなかった。
それがどんなに残酷な事か、どんなに罪深い事か分かっていながらも。
少女は無明の闇、奈落の底へと進んでいく。
最早その歩みを止める願いは叶わない。
手の届かないところへと堕ちていくだろう。
虚ろな眼へと映りこむのは虚像・虚構の世界。
現実との僅かな差が生み出すのは大きな溝。


霊夢も止め損なった。
異変解決、唯それだけを目指している、過程はどうであろうと蚊ほども気にしていない様だった。
純粋無垢である凶悪な其の力による犠牲者はまた増えるのだろう。
14人への贖罪?もし他者が私のこの有様を見てその言葉を聞いたら嘲笑されることだろう。
被害者を増やしただけではないか、何の解決にも至っていない。
大きな手傷を負わせることも出来ずに見す見す逃してしまった。
武器と呼べた唯一のナイフを落とした所も加えれば充分な御笑い種となるだろう。
後は水鉄砲に手錠の鍵、此れで日本刀を持った霊夢と戦えるとも思えない。
では最後の頼みの綱となる弾幕はどうかと問われればそれも不可だろう。
今は息を潜めて機を伺う事しか出来ない自分に嫌気が差す。
329守るも攻めるも黒鉄の ◆60OsUpZG9Y :2009/09/16(水) 04:01:10 ID:4yAE7de0
結局こうして隠れ潜んでいるのも我が身可愛さのためなのだろう。
でも死ぬには私にはこの世界に大事なものが多すぎた。
炎に魅せられその身を滅ぼす蛾の様に簡単に死ぬ事はもう出来ない。
揺ら揺らと死に引き寄せられてはいけないのだ。
唯漠然と生きるわけでなく、誰かの為に生きる。
脳裏に浮かぶ姿は昏黒の空に照る黄金の月明かりと星の瞬きの下、風に靡く美しい白銀色の髪を持つ友人の姿だった。
その眼が見つめる先には人里の灯が幻想的に灯っていた、人々の営みの証。
何も語らずともその横顔には強い決意の表情が見て取れる。
それは譬えるなら子を慈しむ母の様だった。
そうだ、私はこの景色を絶やさない為に生きるのだ。
この表情が涙で曇るところなんて見たくない。
たとえ一時の目途でも良い。


想いだけでは駄目なのだ。

力だけでは駄目なのだ。

僅かな間でいい、この争いを断ち切る力が欲しい。



【藤原 妹紅 E-4南部 人里外れの小屋 】
[状態]休憩中  ※妖力消費(後4時間程度で全快)
[装備]なし
[道具]基本支給品、手錠の鍵、水鉄砲
[思考・状況]基本方針:ゲームの破壊及び主催者を懲らしめる。「生きて」みる。
1.守る為の“力”を手に入れる。
2.無力な自分が情けない……
3.慧音を探す。
4.首輪を外せる者を探す。

※黒幕の存在を少しだけ疑っています。
※再生能力は弱体化しています。
330 ◆BmrsvDTOHo :2009/09/16(水) 04:03:15 ID:4yAE7de0
投下終了と思ったらまたトリ間違ってた……。
御免なさい上三つも私です。
331創る名無しに見る名無し:2009/09/16(水) 22:07:22 ID:gswAM/0C
なんておちゃめさん!お疲れさまですー

寂寥感漂いまくりだなーもこたん。
優勢に立つ武器なし、これからが大変だ
願うだけから脱却できることを祈ります
近くの組とはどうなるのかなぁ

○-4のラインに期待しちゃうぜ
332 ◆27ZYfcW1SM :2009/09/16(水) 22:59:42 ID:jWqQmXE2
放送を投下します
これから中盤〜終盤へ加速していくことを願って
333創る名無しに見る名無し:2009/09/16(水) 23:00:52 ID:jWqQmXE2
城の中の一室。本来なら殿様が居座るべき場所に男は座っていた。
その風景は異色。
畳の上にキャスター付きの椅子が置かれ、その横には肘の高さ位の高さで直径が1メートルくらいの小さな円形のテーブルが置かれている。
真っ白なテーブルクロスが掛けられ、テーブルの上には焼き鳥やモツ鍋、大根のサラダなど、居酒屋で出される料理と1つのビールジョッキが置かれていた。
ビールジョッキには既に黄色い液体は無く、白い泡だけが浮かんでいた。

男はうーんと唸り、考える。
いまさらながら考えが足りなかった。
沢山つまみを出しておきながら、ビールの量が少なかった。
1杯目のビールを半分ほど飲んだときに気がついた。
とき既に遅し、ビールの残量は少なく、おなか一杯になるほどのおつまみだけは残った。

事前に準備はしていたためビールは出そうと思えばいくらでも出すことができる。しかし、2杯目に手をつけるか悩んでいるのだ。この男は。
現代科学の最先端で作った首輪を全員にしているのだからここは安全である。
だが、かといって酒に酔っていいのだろうか? っと。
このゲームの準備に追われ、最近は飲酒量が減っていた。ゲーム開催でようやく酒が飲めると思ったら、やっぱり飲めないとなると、これから先を完遂できる気がしない。
自衛隊の訓練でこのような話を聞いたことがある。50キロだか100キロだったかは忘れてしまったが、その距離を走り終え、ゴールに着いたときに教官は言う。
「よくやった、では、後10キロでゴールだ」っと。

そういうと10キロの数倍走ったはずの自衛隊員が次々と脱落していくらしい。
目標があって人はがんばること、または我慢することができる。その目標に手が届く……そう思った瞬間に目標が遠ざかってしまったら人はやる気というものを失ってしまう。
このゲームには『目的』と呼べるものはもちろん存在している。
その目的のために努力と我慢を続けてきた。そして、目的を達成するのはゲームが終ったとき……
お酒を飲むことができなくても、きっと彼はこのゲームを見守り続ける仕事をするだろう。
「恥ずかしすぎて死にそう」って言うが実際に恥ずかしい目にあっても死にはしないだろう。それと一緒のこと。

仕事は完遂する。違う点はただ一つ、最後に残るガッツだ。
ZUNはビールジョッキを持って立ち上がる。向かう先は業務用のビールサーバーだ。
畳の上に置かれた業務用のビールサーバーは奇妙の一言といえよう。
彼はそのミスマッチを特に気にする様子も無くジョッキを注ぎ口に近づけると、一気にレバーを引いた。

ガッツ、またを志気ともいける。
お酒は注意力が散漫になると国土交通省が口をすっぱくして言っているが、彼の場合はお酒は気力回復のキーアイテム以外の何物でもないのだろう。

2杯目のビールを注ぎ終え、椅子に座ろうとしたとき、机の隅に置かれていたノート型パソコンからサウンドが流れ始める。
月時計 〜 ルナ・ダイアル
一日目、昼の放送の準備に入るためのアラームだ。デスクトップの時計は11時30分を示している。

ZUNは放送の原稿を作るために一度机の上を片付けるとノート型パソコンの前に腰を下ろした。

334創る名無しに見る名無し:2009/09/16(水) 23:01:47 ID:jWqQmXE2
程なくして原稿は出来上がった。
死者が前放送よりも少なかったこともあって数分で出来上がってしまい、放送をするまでの時間はだいぶあまることとなる。
そこでZUNは『箱庭』の機能の一つ、リプレイ機能を発動させた。
リプレイはその名の通り、過去に行われたプレイヤーの動きをそのまま再現する機能である。
いくら多才のZUNでも一人で5、60人近くのプレイヤーの全てを知ることはできない。
参加者の会話も同じ時間軸では1人か2人が限度だから9割近い会話は盗聴されていない。ただ録音されているだけだ。
このままでは絶対の結界があるとしても万が一が発生する可能性は跳ね上がってしまう。
そこでこの機能が活躍する。
見直す、聞きなおすことによって不穏分子を見つけ出す。
単純にして強力な機能だ。

真っ先に再生を選択したキャラクターはもちろん博麗霊夢だった。

箱庭の小さな霊夢は男の期待に応える動きを見せる。
アリス・マーガトロイドの凶弾を華麗にグレイズし、古明地こいしの奇襲を流す。
ハリウッド映画顔負けのアクションだとZUNは思った。
美しく、華麗に、そして強く……

惚れ直すという言葉が妥当な感情を抱く。
是非ともこんな『デジタル』としての存在ではなく現実の姿を持って自分の前に立ってほしいものだ。
ZUNが神主で霊夢が巫女。
同じ立場のようで少し違う。
ガラスのような壁だけが今の二人を遮っているのだった。

霊夢のリプレイを見終わった時は放送の2分前だった。

あわてて原稿を引っ張り出す。
えーっと軽い発声練習を行った後、ZUNは箱庭へと声を投げかける。

「皆様、お体の具合はいかかで? 私でも死んでしまったら蘇生の薬は持っていませんからね。
 一つの命を大切に……
 でも、大切にしないといけないのは自分の命だけ。第一回の放送のときよりペースが落ちています。
 もっと元気よく殺し合いをしましょう。何事も元気が一番ですもの。
 それでは死んでリタイアとなった方々のお名前を発表しますわ。

秋穣子
犬走椛
キスメ
八坂神奈子
魂魄妖夢
アリス・マーガトロイド

以上、6名。残り34名。力を持った者も数でぶつかれば勝てるかもしれないわね。でも、生き残れるのは一人ってことを忘れちゃ駄目よ。今は協力しているふりかもしれないから気を抜いたら寝首をかかれるわよ。
自分の命よりも重いものって何かしら? それが思いつかなかったら優勝を目指してみては?

335創る名無しに見る名無し:2009/09/16(水) 23:03:27 ID:jWqQmXE2
次に禁止エリアの発表を行いなす。一度しか言いませんから聞き逃すことのないように。

15時にB−4、18時にF−5、禁止エリアはちゃんと迂回しないと首輪は爆発するから地図はちゃんと見ることをお勧めするわ。
では、次の放送を聴けるようにがんばりなさい」

ZUNは放送を終えると、テーブルに置かれたビールを飲むと大きくため息をついた。
既にこの時点でZUNは一つの大きなミスを犯した。あえて制限をかけた八意永琳を大きく手助けする大きなミスを……

恋は盲目。
どっちにしろ放送はしなければならなかったが、八意永琳は午後0時の現時刻、敵対しているはずの洩矢諏訪子と対面しているのだ。
八意永琳を主催者としてだまし続けるためには声を変える、または『この放送は事前に録音している』などのフォローが必須だったはず。
なのにZUNはそれをしなかった。ほかならぬ霊夢のリプレイを時間ギリギリまで観ていたせいだ。

愛が裏目に出た瞬間である。
一方通行の愛ほど辛いものは無い……


【E−2・一日目 午後0時】
 【のこり34人】
336 ◆27ZYfcW1SM :2009/09/16(水) 23:05:42 ID:jWqQmXE2
投下完了
禁止エリアは完全に独断だったのでここがいいって事があれば変更でかまいません
予約戦争ってあるのだろうか……
337創る名無しに見る名無し:2009/09/17(木) 04:55:59 ID:VjsEWLcm
普通放送は最初に仮投下スレで何人かで投下してから、投票スレで決めるんじゃなかった?
予約もまだ入るかもしれなかったのに、独断専行すぎだと思う
何より内容がつまらん
338創る名無しに見る名無し:2009/09/17(木) 09:07:32 ID:v7yYt33U
お疲れさまー
何やってんだ主催者。酒はやめとけ酒は。

放送案はほかの案があるのかな、第二回放送投下は前から言ってたし
別案なしならこのまま通過でもいいとは思うが
ただニアミスえーりんにこの放送が「手助け」になるのを確定させるのはどうだろ
主催宣言の話もあったのだから、このまま良好になるか止めを刺すかは次に期待だったのだが
339創る名無しに見る名無し:2009/09/17(木) 12:28:43 ID:o6gQOgb0
少々刺々しい意見もあるが俺は好きだな。
勿論代替案出してくれる人が、居るならそっちも期待するけど
340創る名無しに見る名無し:2009/09/17(木) 22:59:40 ID:t0jtJ8/x
もうすぐ連休だし、その辺りで決着をつけたいね。
とりあえず、今週の土曜辺りまでに代替案や禁止エリア要望が無ければ通しってことでいいかな。
何か案などがあるならば、その日までに書き込むこと。放送に関しては『案があるから書きます』というような宣言だけでもいい。
341創る名無しに見る名無し:2009/09/18(金) 00:55:38 ID:hStwwG0p
まぁ不満だけで代案がないならこれで通しが妥当だろね
>>340が言うように19日の0:00までに放送SSの予約or代案の書き込みがなかった場合↑のSSをwikiに掲載って流れか
神主の難易度は間違いなく全キャラぶっちぎりのナンバーワンだな
構想はあるけど纏める自信がないから俺は異議なし。よくも悪くも無難な流れだし
342創る名無しに見る名無し:2009/09/18(金) 01:17:56 ID:XixHI40P
いや、土曜までじゃなくて土曜で決着つけようって事じゃない?
期限もうけるなら日曜までにだろう
343創る名無しに見る名無し:2009/09/18(金) 01:31:00 ID:hStwwG0p
>>342
あーそっか。読解力なくてスマンorz
どっちにしろ今日明日“辺り”と期限は濁すべきだったな……
はっきり指定して何様?と突っ込まれたら何も返せねーw
344創る名無しに見る名無し:2009/09/18(金) 22:18:28 ID:USfx4rBX
今日の日付が変わったら通しってことでいいのか?
だったら予約可能時刻は0時か?
345創る名無しに見る名無し:2009/09/20(日) 00:06:22 ID:kL7Qfi1q
もう予約出来るの?
346創る名無しに見る名無し:2009/09/20(日) 01:22:37 ID:qSpb8sx5
いいと思うよ
347創る名無しに見る名無し:2009/09/20(日) 16:09:27 ID:8lLs5U1y
お、新人さん来てるのか。
この頃多くていいね。
348創る名無しに見る名無し:2009/09/25(金) 20:26:35 ID:nzWaNaIP
種のセリフが所々入っててガノタの自分はワクテカしてたw
もこたんはキラ様みたいになったりするのかな?
349創る名無しに見る名無し:2009/09/26(土) 03:39:01 ID:ay10D0ew
◆Ok1sMSayUQ氏の代理投下を始めます
350◇Ok1sMSayUQ氏の代理投下:2009/09/26(土) 03:40:19 ID:ay10D0ew
「やっぱり、あなた達についてくわ」

 紅魔館に行くか、自分達についてくるかと霧雨魔理沙に問われ、フランドール・スカーレットは少しの逡巡の末にそう言った。

「そっか。それじゃ、しばらく頼むぜ」

 ニッと笑った魔理沙に曖昧に笑い返し、八雲藍にも同様の笑みを向けた。
 藍にしてみれば元々はどちらでも良かったのだろう、無表情に頷き返すと、さっさと先を歩き始めた。
 ついてゆくことに深い理由はなかった。寧ろ打算や利害の一致という点が大きいと言うべきだった。

 日中は吸血鬼であるという性質上大きく行動の制限を強いられる。
 一人で出歩くよりも魔理沙や藍がフォローしてくれることを期待するのもあったし、
 向こう側にとっても幻想郷最強の一角を担っている吸血鬼を護衛につけられるのは利益にもなり、こちらは恩だって売れる。
 それに自分自身は幻想郷の地理に詳しくはない。単独行動はリスクが大きいと判断しての結果だった。

 本当に吸血鬼らしくもない、とフランは内心に失笑する。
 八意永琳になす術もなく手玉に取られた事実、西行寺幽々子の死蝶を前にして、
 自らの『あらゆるものを破壊する能力』でさえも所詮は一介の能力であり、
 絶対征服の力足り得ないというのが分かってしまったということもある。
 しかし己の力に自信も持てず、同族をリスクと天秤にかけて取捨選択をしたフランドールという吸血鬼は、吸血鬼ではないのだろう。

 それは多分、自分の気が触れているからで、感情を理解はしても同調させて考えることはできず、
 まるで他人事のようにしか考えられなくなってしまったから。
 結局のところ、自分の中には『そして誰もいなくなってしまった』のだ。

 空虚の闇を纏い、閉じ込められた檻で茫洋と対岸を眺めることしかしなくなった吸血鬼は、一体何者か。
 友達を作ってみようか、と思いついたことが遠すぎるもののように感じられ、フランは決して外せない鎖があるのかもしれないと思った。
 私は所詮、出来損ないの吸血鬼……

 だからこんな歪な羽があって、地下に閉じ込められて、スカーレット家の面汚しと蔑まれ続けてきたというわけか。
 レミリアだって、実は家族だなんて思っていないのかもしれない。
 建前上同族殺しをするわけにもいかず、面子を保つために生かしておいただけで実際のところ邪魔者でしかない。
 フラン自身レミリアを家族の枠に当て嵌めているだけで、それ以上のものなど持ち得ようもなかった。

 だから、私は逃げた……?

 自分が家族だと思っていても、向こうがそう思っていないことを確かめるのが怖いのか。
 邪魔者だと言われ、排除されることを恐れた本能がそうさせたのか。
 何も知らない。ふとそのことが大きすぎる恐怖として感じられ、自分の中に澱みを為してゆくのが分かった。
 確信に至れない。どこまでも推論を重ねるしかなく、なにひとつ断言できない自身がたまらなく惨めだった。
 自分の考えさえ信じられず、近くにいた人妖でさえどんな関係かと確かめることもできない私は――

「ありがとな」

 沈みかけた思惟を拾い上げてくれたのは、頭に手を置いてぐりぐりと乱暴に撫でてくれた魔理沙だった。
 突然の行為に動転してしまい、フランは強い調子で「な、なによ」と言ってしまっていた。

「いや、あの時の礼を言ってなかった気がしてな。助けてくれたんだろ、一応さ」
「あれは……」
351◇Ok1sMSayUQ氏の代理投下:2009/09/26(土) 03:41:18 ID:ay10D0ew
 違う。魔理沙を死蝶から引き離したのは単純に幽々子の力が強大であったからだし、藍も撤退を選んでいたから。
 そもそもああなったのは自分と魂魄妖夢とが戦ってしまったからで、
 それもスターサファイアが殺され、フラン自身でも分からない情動に引っ張られてのことだ。
 いや元を正せば、ゲーム感覚で妖夢を叩きのめしてしまったのが原因だ。

 幽々子を狂わせたのも、妖夢を駆り立てたのも、スターを殺してしまったのも自分……
 辿っていけば、いかに馬鹿げたことをしてきたのだと思わせられ、窮地を作ってしまっていたという事実に愕然とする。
 死自体はどこにでもありふれている。殺すことも、殺されることも、自然の摂理であって否定すべきものでもない。
 だが自分は死と隣りあわせだ。意思一つで容易く壊してしまう。自分が、そうは意思していなくても。
 ここの空気だけではない。自分の中に宿る狂気が、常に誰かを追い詰めてゆくのではないのか。
 そうして、スターが死んだように。

「ああなったのは、元は私のせいよ。私が魂魄妖夢を挑発しなければ、スターは死ななかったかもしれないのよ。
 私は何も分かってなかった。当たり前のように戦おうとして、それがどんな結果を招くかなんて知りもしないで。
 情けないにも程があるわ。お姉様から言わせれば、私こそ躾がなってないって言うでしょうね。
 状況も判断できず、どんな気持ちかなんて考えもしないで行動してたんだから、私は」
「だとしても、私は死ななかった。お前はあの時助けてくれたんだ」

 そうだろ、と問いかけられる目が向けられ、フランはあまりの真っ直ぐさに視線すら逸らすことができず、頷き返してしまっていた。

「なんで私が嬉しいか、分かるか?」

 唐突な質問に反応できず、フランはしばらくの間、魔理沙の言葉を頭の中で泳がせた。
 嬉しい、と言ってくれている魔理沙。これまで使ってこなかった頭の考える部分が急激に回転を始め、
 フランは思ったよりも必死に言葉を手繰り寄せていることに気付いた。

「……助けてくれたから?」

 精一杯の気持ちで口にした言葉は、ひどく拙いものだった。
 相手の言葉を弄ぶ普段の会話とは違う、相手の意思を汲み取る会話は難しく、また新鮮だった。
 今までやったことのないことをしているからか、体の芯が熱を帯び、ハートが強く鼓動しているのが分かる。
 スターの正直に過ぎる言動が思い出され、彼女もこんな暖かさを感じていたのだろうかと思う。

「半分正解。ただ誰かを助けるってんなら、それこそ利害の一致とかでもいいって話だ」
「じゃあ、どうして?」
「友達が、助けてくれたからだよ」

 友達、と強調された声がフランの耳朶を強く打ち、熱を帯びた体が不思議な心地良さへと変わってゆく。

 ああ、私は。
 思っているよりは、優しくされているのかもしれない。

 いなくなる寸前のスターの笑顔、パチュリーの本を紹介してくれるときのどこか誇らしげな表情が脳裏に浮かび、
 彼女達は確かに友達だったという遅すぎる確信がフランを満たした。
352◇Ok1sMSayUQ氏の代理投下:2009/09/26(土) 03:42:19 ID:ay10D0ew
「ま、それに私達についてきてくれてるしな。レミリアに比べたら頼りないからなのかもしんないけどさ」
「おい、私の立場はどうなる」
「おお忘れてた。……でもさ、大妖怪の式、って微妙に格が落ちると思わないか? 足蹴にされてるし」
「……ほう」
「だー! 待て待て待て、団扇で煽ろうとすんな! キャー藍様格好いいですー!」
「気持ち悪い声で言うな」
「痛っ! 蹴ったなこのやろ!」
「蹴りだけでマシだったと思え」
「……ふふ」

 我知らず、フランは作り物ではない、心からの笑いを浮かべていた。
 目の前で繰り広げられる人妖漫才がただ可笑しかった。

 ……嬉しいって、こういうことなんだ。

 体の芯が暖かくなったあの感覚は、今は少し冷めてしまっているが、記憶に強く焼き付けられて忘れることはなかった。
 ひょっとすると、レミリアとも分かり合えるかもしれないという思いが生まれているのだから現金なものだった。
 たったひとつのことで、こんなにも変容する。

 それが、心なんだ。

     *     *     *

 とりあえず和やかな雰囲気となり、灰色で重たく圧し掛かっていた空気が一掃され、魔理沙はホッと一息ついた。
 フランも味方してくれることになり、ひとまずは博麗霊夢に対抗できそうな戦力が揃ったのには違いない。
 そんな打算もあったが、魔理沙自身フランと一緒にいたいという気持ちは確かにあった。

 放っておいたら何をしでかすか分からない、という不安があるのが理由のひとつ。そしてもう一つは……
 実のところこちらが理由の大半であるのだが、案外我が侭でもなければ高圧的でもないというのがあったからだ。
 要するに、姉のレミリアと違って話しやすいことが分かったのだ。

 今までは弾幕ごっこばかりせびられて正直鬱陶しいものがあり、それ以外のフランを見たこともなかった。
 連れ出すこともできなかったし、そもそもそんなことをすれば紅魔館総出で連れ戻しに来る。
 単に過保護なのかフランを外に出すことは危険なのかは判断のつかぬところだったが、
 今ここにいるフランは素の状態に近いフランであることには間違いがなかった。

 無論、尋常の状況ではないここの空気に触れ、多少なりとも変化している部分はあるはずだった。
 自分とて笑って受け流せるようなことを笑えず、そればかりか泣いたり落ち込んだりしている。
 だがそういう部分を差し引いてもフランの姿は想像とは違うようなところが多かった。
 妖精と仲良くしていたり、お絵かきして遊んでいたり。

 ……しかし、スターは私が奪ってしまった。

 もうちょっとやりようはあったはずなのに。もう少し観察していれば、妖夢がおかしかったことにも気付けたはずなのに。
 あの時会話を打ち切って誤魔化していなければ、妖夢を或いは説得できていたかもしれないのに。
 本当ならここにはスターも幽々子も妖夢もいて、人妖一体となって異変を解決する策を考え合っていた。
 そんな想像が頭を過ぎり、魔理沙の心に暗い重石となって落ちる。

 だから、私は責任を持たなきゃいけないんだ。

 今までのように誰かが何とかしてくれる、自分が失敗してもどうにかなるという他人ありきの思考ではなく、
 自分の一挙手一投足を見つめ、本当に正しいのか考えながら選び取ってゆく。
 リーダーになれるような柄じゃない、と魔理沙自身は考えていたが、幻想郷の連中に対して顔が広いのも確かなことだ。
 そういう立場を利用して解決策を練ろうとしている藍がいることも、魔理沙は薄々気付いていた。
 考えてみれば、狙ったかのようなタイミングで出された藍の言葉は自分に対抗心を燃やさせるためのものだったと考えることもできる。
 本当に自分を案じているなら霊夢なんて引き合いに出すはずもないからだ。
353◇Ok1sMSayUQ氏の代理投下:2009/09/26(土) 03:44:23 ID:ay10D0ew
 だが、それでいい。
 利用しようが何だろうが、それで事件が解決するならそれでいいのだし、相応のツケだって溜め込んできた。

 いいぜ、乗ってやる。こっちが勝つまで、続けてやる。

 まあとにかく、そういうものがあるから、フランとも離れたくないのかもしれなかった。
 だが友達という言葉も、自分の立場を抜きにして自然と紡ぎ出されたものだとも信じたかった。
 藍は簡単に信じてはいけないと言ったけれども、計算や利害だけの上に成り立つ関係なんて、寂しすぎるから……

「……あぁ、そうだ。フランに一つ頼みごとがあるんだ」

 藍に蹴られた尻は未だに鈍い痛みを発しており、さすりながらという中々に情けない格好のまま魔理沙は言った。
 なぁに、とフランは心持ち穏やかになった声で聞き返す。これだけ聞けば、見た目相応の幼い子供そのものなのだが。

「私達についてくるってことは、永琳に会うかもしれないってことだ」
「うん」
「だからさ……もし永琳に会っても、早まった行動や下手な挑発の言葉を言わないで欲しいんだ。
 勝手なことを言ってるし、フランを信用してないって思われるかもしれないが……頼む」

 ぱん、と両手を合わせて頭を下げる。
 つまりは会話に口を挟むな、と言外に言っていることになる。
 気分を害することになるのは確実だったが、そうしなければならないのが今の魔理沙の立場だった。
 ひょっとしたら嫌味の一つか二つ言われるかもしれないと予想した魔理沙だったが、フランの返答は存外柔らかいものだった。

「いいよ。分かってるもん。私、思ったことしか言えないんだってこと。
 ……だって、何を考えて相手が話してるかなんて、考えたことなかったから」

 顔を上げてみると、フランは声の調子とは打って変わっての真面目な顔で、しかしどこかに寂しさを含ませた苦笑を浮かべていた。
 瞳の真紅が少しだけ揺れ、泣きそうなように感じられたのは、気のせいだろうかと魔理沙は思った。
 フランもフランなりに何かを考えようとしているのかもしれないという理解が染み渡り、不思議な安心感が伝わる。

「大丈夫。口は出さないよ。でも……もしあいつが魔理沙を傷つけようとするなら、そのときは何するか分からない。
 壊しちゃうかもしれない。魔理沙がそう望んでなくても、私は友達だって言ってくれた人といたいから」
「フラン……藍がいないぜ」

 余計な言葉を挟んでしまったのは、友達である自分を守ると言ってくれたフランに対する照れがあったからだった。
 フランは一瞬きょとんとして、クスリと笑いながら「あ、そういえばいたわね」と付け加えた。

「お前らな」
「あんたは守らなくても強いんでしょ?」
「そーだそーだ。大妖怪の式のくせに」

 さりげなく自分が弱いように言われている気がした魔理沙だったが、この面子の中ではしょうがないのかもしれなかった。
 ならばせめてもと藍を弄り倒すことに決めた。自分を乗せたという手前、少し腹立たしいものもあった。

「さっきは格が落ちるとか言ってなかったか、お前は」
「待て待て待て、なんで私だけに矛先を向けるよ」
「五月蝿い。調子に乗るな」
「あいてっ! また蹴りやがったな!」
354◇Ok1sMSayUQ氏の代理投下:2009/09/26(土) 03:45:23 ID:ay10D0ew
 しかも同じ場所だ。尻が腫れたらどうするんだと抗議するつもりだったが、藍はふんとそっぽを向いてしまった。
 フランはくすくすと笑って尻をさするのを眺めている。この悪魔め。
 だが、しかし。
 藍も案外面白い式神なんだな、という感想が頭の中に広がり、少しは今の仲間を理解出来ているはずだと自然に思えた。

 魔理沙は空を見上げる。
 そろそろお昼時だった。
 いつもなら飯の時間だなぁ、などと考えている頃合いだったが、今は違う。

 もう少しで放送。
 霊夢が殺したかもしれない。はたまた他の誰かが殺したかもしれない名前が、また読み上げられる。
 その中には妖夢もいるはずで、ひょっとしたらスターだっているかもしれない。
 先程永琳に関する話を持ち出したから、少しは疑いを持ってこの放送を受け入れてくれるはずだろう。

 そうだ、ここからだ。見ていろ霊夢。私は私なりの方法で、異変を解決してみせる。
 出来ればいいな、じゃない。絶対にだ。

 音が聞こえる。それは以前と聞いたときと同じ、八意永琳によく似ている声だった。

 ――いいぜ、乗ってやる。こっちが勝つまで、続けてやる。
355◇Ok1sMSayUQ氏の代理投下:2009/09/26(土) 03:47:54 ID:ay10D0ew
【E-5 北部 一日目・昼(放送前)】


【フランドール・スカーレット】
[状態]頬に切り傷
[装備]レミリアの日傘
[道具]支給品一式 機動隊の盾(多少のへこみ)
[思考・状況]基本方針:まともになってみる。このゲームを破壊する。
1.魔理沙についていく
2.殺し合いを強く意識。そして反逆する事を決意。レミリアが少し心配。
3.永琳に多少の違和感。本当に主催者?
4.パチュリーを殺した奴を殺したい。
※3に準拠する範囲で、永琳が死ねば他の参加者も死ぬということは信じてます



【霧雨魔理沙】
[状態]蓬莱人、帽子無し
[装備]ミニ八卦炉、ダーツ(5本)
[道具]支給品一式、ダーツボード、mp3プレイヤー、輝夜宛の濡れた手紙(内容は御自由に)
[思考・状況]基本方針:日常を取り返す
1.『真昼、G-5』に、多少遅れてでも向かう。
2.仲間探しのために人間の里へ向かう。
3.幽々子を説得したいが……。
4.霊夢、輝夜を止める
5.リグル・パチュリー・妖夢・幽々子に対する強い罪悪感。このまま霊夢の殺人を半分許容していていいのか?
※主催者が永琳でない可能性がそれなりに高いと思っています。



【八雲藍】
[状態]健康
[装備]天狗の団扇
[道具]支給品一式、不明アイテム(1〜5)中身は確認済み
[思考・状況]紫様の式として、ゲームを潰すために動く。紫様と合流したいところ
1.E-5、F-5、G-5ルートで八意永琳との合流場所へと向かう。
2.八意永琳の件が済んだ後、会場のことを調べるために人間の里へ向かう。ここが幻想郷でない可能性も疑っている。
3.霊夢と首輪の存在、魔理沙の動向に関して注意する。
4.無駄だと分かっているが、橙のことが諦めきれない。
5.幽々子様を始末すべきだったのに、……私もまだまだ甘いな。


※F-4(香霖堂居間)に、妖夢とスターの死体、妖夢のスキマ袋が放置されています。
※藍達は忘れていますが、六人分の情報を記したメモ帳と筆談の筆跡も落ちています(内容はお任せ)
356創る名無しに見る名無し:2009/09/26(土) 03:51:23 ID:ay10D0ew
以上で代理投下完了です
タイトルは『思い通りにいかないのが世の中なんて割り切りたくないから』
あと冒頭で言い忘れていましたのでここで一言、投下乙です
感想は後ほど
357創る名無しに見る名無し:2009/09/26(土) 06:28:38 ID:pK+e0R+N
イイハナシダナー・・・
358創る名無しに見る名無し:2009/09/26(土) 18:39:26 ID:+KJ9hnc4
いいなー。
なんかあったけえや
359創る名無しに見る名無し:2009/09/26(土) 20:40:44 ID:836kHK3C
最後の原作台詞はグッと来るなぁ……
この3人には頑張って欲しい
360創る名無しに見る名無し:2009/09/26(土) 22:26:41 ID:gnldif0S
乙です
ちょっとフランが後ろ向きすぎなのが気になったけど
魔理沙との絆の前ではどうでもいい事にも思えるね。不思議!
あと次スレ建てといたんで誘導します

東方projectバトルロワイアル 符の伍
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1253970854/
361創る名無しに見る名無し:2009/09/27(日) 06:47:42 ID:Uv7vVAYj
投下乙です。
あったかいなぁ。いい雰囲気だ。
絆は創るのも壊すのもいい。

>>360
スレ立て乙です。
362Never give up ◇QBpDZHAYRc氏の代理投下:2009/09/29(火) 00:41:36 ID:r8CIwip+
魔法の森と呼ばれ、薄暗くじめじめした原生林。
 妖怪にも忌避される瘴気に満ちた木々の間に二人の少女、洩矢諏訪子と八意永琳が対峙していた。
 いや、正確には永琳が諏訪子を追い詰めていた。
 
 
 諏訪子は揺れる視界を八意永琳になんとか定めながら放送を聞こうとした。
 彼女は今の状況に生き延びることを半ば諦めていた。
 だから、彼女が放送を聞く理由は死ぬ前に愛する人たちの無事を確認するため。
 東風谷早苗と八坂神奈子のため。




『皆様、お体の具合はいかかで?私でも死んでしまったら蘇生の薬は持っていませんからね。』
 

 (・・・おかしいよね?)
 しかし、放送が始まると諏訪子は永琳に意識を奪われていた。
 永琳の顔に浮かんだ表情は怒りと不安。
 彼女も隠す気は無いのだろうか、はっきりと出ていた。
 いぶかしんだ諏訪子はいまだぼんやりしている頭を必死に働かせた。
 目の前の永琳が放送していることに疑問を持たないわけではないが、河童や外の技術でどうにでもなるだろう。
 録音も諏訪子が寝ていた時になんとかできるだろう。
 だが、彼女がこの放送主と同一人物であるならその表情は興奮や期待、喜びに歪むはず。
 少なくとも、嫌悪感を抱くはずがない。
363Never give up ◇QBpDZHAYRc氏の代理投下:2009/09/29(火) 00:44:06 ID:r8CIwip+


 疑念が疑念を呼び覚ます


 (そういえば、境内でも・・・)
 永琳は早苗を求めて叫んでいた諏訪子の不意をつき、拘束した。
 参加者全員から仇にされていたのなら、安全のための強引な行いも理解できる。
 命までとらないといったのも、本当にとる気が無かったから。
 そして、自ら巻き込んだはずの人を心配してさがし求めていた。
 自らが死地へと追いやったはずの少女に、どうして固執するのか。
 

 疑念と疑念がつながり、思考に築かれた壁にひびを入れていく


 (もしかして・・・)
 永琳の振る舞いは演技かもしれない。諏訪子をだまして利用するために。
 月の頭脳と呼ばれた天才、八意永琳ならそのくらいたやすいだろう。
 しかし、夢から永琳の評判や所業を思い出した諏訪子には、その推察が正しいものに思われた。
 さっきほどまでぼんやりしていた頭を覚醒させるほど、めまぐるしい思考が諏訪子を結論へと導く。
 


 八意永琳は主催者ではない
 
 しかも、殺し合いに反対している 



 壁が崩れた
364創る名無しに見る名無し:2009/09/29(火) 00:45:53 ID:smYGZ41g
支援
365Never give up ◇QBpDZHAYRc氏の代理投下:2009/09/29(火) 00:46:25 ID:r8CIwip+
 諏訪子は衝撃的な結論に愕然とした。
 考えてみればあたりまえのことである。
 むしろ、その可能性に気づいて問いただすことができたはずだ。
 だが、諏訪子は早苗を心配するあまり不安に駆られ、アンバランスな精神のまま、遭遇した永琳に激情をぶつけてしまった。
 もし、不安や焦りなど、負の感情にとりつかれず、冷静になって物事を考えることができれば、永琳と争う必要は無かったのかもしれない。
 諏訪子は自らの至らなさを悔しがりながらも、状況を打開するために永琳に意識を戻した。


『八坂神奈子』
 
 
 え?

 今、神奈子って?

 放送で呼ばれたってことは・・・・・・死んだってこと?

 あの神奈子が?

 死んだ?

 神社に戻ってもいないの?

 もう、会えないの?

 今までずっと一緒にいたのに?

 早苗を残して、私を残して。

 死んだ?

 神奈子が・・・・・死んだ?
 

 諏訪子の全身に不快なものが蛇のようにまとわりつき、悪寒が駆け巡る。


 そんなこと・・・信じられない。

 信じられるはずない。

 ・・・・・・嘘だ。

 そうだ、嘘だ。

 神奈子が死ぬはずないじゃん。

 嘘に決まってる。

 そうだ、嘘だ、嘘だよ。

 神奈子はとっても強いんだから。

 死ぬはずないじゃん。

 そうだ、嘘だ、嘘だ、嘘だよ。
366Never give up ◇QBpDZHAYRc氏の代理投下:2009/09/29(火) 00:48:22 ID:r8CIwip+

 神奈子が死んだなんて。

 そうだ、みんな嘘だ。

 全部、嘘だ。

 なにもかも、嘘だ。

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。

 
 そう、殺し合いだってーーーーーーーーー




 ガシッ


 スパァーーーン

 


    *     *     *



『では、次の放送を聴けるようにがんばりなさい』
 

八意永琳は深いため息をついた。
 それには二つの感情がこめられていた。
 一つには安堵。
 主の輝夜はもちろん、鈴仙、てゐも無事なのだ。
 すでに四割近い参加者が死亡していることを考えると、非常に幸運なことである。
 もう一つには落胆。
 第一回放送の時と同じく、永琳を利用し続ける主催者。
 どこまで、自分を陥れようとするのか。
 ふざけた主催者への激しい憤りを、ため息をつくことで何とか抑えているのであった。

 
 結果、ため息は永琳の精神を安定させ、彼女に余裕を与えた。
 (今のところ、状況は好転も、暗転もせず、か。いや、魔理沙を考慮するとわずかに好転かしら?最悪のスタートだったわりには良い方ね。)
 これまでの成果に少しだけ安心する。
 (でも、輝夜が乗っていることを考えると、いつ悪いほうに転がるか分からない。悠長に構えている暇は無いわね。)
 永琳は気を引き締めると、目の前にうずくまる少女に向き直る。
367Never give up ◇QBpDZHAYRc氏の代理投下:2009/09/29(火) 00:49:41 ID:r8CIwip+


 うずくまる少女、洩矢諏訪子はうつむいてしまい、永琳からその表情をうかがうことはできない。
 だが、その小さな体からは、永琳に宣戦布告した時のような迫力は微塵も感じられなかった。
 その様子は突然殺し合いに放り込まれ、戸惑い、疲弊し、精神を磨耗してしまった、見た目相応の少女にしか見えない。
 (おそらく、先ほどの放送のせいでしょうね。)
 
 八坂神奈子
 守矢の二柱が一柱
 最近、外の世界からやって来て、洩矢諏訪子とともに妖怪の山に君臨する神。
 
 彼女たちの関係について、永琳はよく知らないが、親友、あるいは家族のようなものだったのだろう。
 (大切な人に先に逝かれ、取り残される。職業柄よく見たものだけど、いつ見てもひどいものね。私だって輝夜においていかれたら・・・・。)
 
 永遠亭。
 いつもいるはず姿がない。
 部屋、縁側、診察室・・・。
 どこをさがしても見つからない。
 どこにもいない。
 
 安定したはずの精神がぐらりと揺れ動く。
 (いけない!だめよ、落ち着きなさい、八意永琳。恐怖にとらわれてはいけないわ。
 まだ大丈夫、大丈夫なのよ。まだ、ふたりで戻れる。)
 強引に不安を振り払い、崩れかけた精神を何とか元に戻す。
 (大丈夫よ・・・・。そう、そのためには輝夜を早く見つけなくてはならない。
 なら私がするべきことは輝夜の情報を集めること。)
 永琳は乱れていた視線を諏訪子に向けた。
 
 
 諏訪子は先ほどと同じようにうずくまっていた。小刻みに体を震わせながら。
 (少し立ち直ってもらわないと聞きだせそうに無いわね。しかし、こんなに震えて。まるで、自分の遠くない未来を見ているみたいだわ。・・・・苛立たしいわね。)
 所詮、ふたりは赤の他人だ。面識だってほとんどない。永琳もそれくらいわかっている。
 だが、彼女は諏訪子に同情してしまい、その姿に自分を見てしまった。
 だから、その姿を許すことができない。
 永琳は諏訪子の胸倉をつかみ上げ、木に押しつけ、その頬を張り飛ばした。




 ガシッ


 スパァーーーン
368Never give up ◇QBpDZHAYRc氏の代理投下:2009/09/29(火) 00:50:53 ID:r8CIwip+
 


    *     *     *

「どう?現実に戻ってこれたかしら?戻ってきたのなら、さっさと姫の情報をはきなさい。」
 洩矢諏訪子は永琳の言葉をぼんやりと聞いていた。まだ、ショックから完全に回復しきれていない。
 しかし、永琳の平手打ちは諏訪子に確かな影響を与えていた。
 
 
 神奈子が死んだ・・・。
 そっか、神奈子死んじゃったんだ。
 まあ、ありえたことだよね。
 力を制限されて、こんなところに放り込まれたら。
 現に、私だって殺されそうになってる。
 でも、まさか神奈子がね・・・・。
 
 諏訪子は目を閉じて昔を思い出す。
 
 最初は敵同士だった。
 紆余曲折を経て、一緒にいることになって。
 喧嘩ばかりしていたけど、実はお互い大好きで。
 毎日が楽しかった。
 でも、信仰が減って、私は人にも見えないぐらいになってしまって。
 早苗が生まれて。
 幻想郷に来た。
 これから、新しい生活が始まって。
 また、楽しい日々が続くはずだった。
 なのに。

 もう、神奈子に会えないんだ・・・・。
 ずっと一緒にいたのに。
 あの、えらそうな顔が見れないなんて。
 寂しいな。
 
 神奈子も悔しいだろうね。
 せっかく外から幻想郷に移って来て。
 信仰ももらえて。
 三人で一緒にいれて。
 やっと手に入った幸せなのに。
 こんなところで。
 私を残して。
 早苗を残して。
 死んじゃうなんて。
 悔しいよね。
 
 でも、大丈夫。
 私が守るから。
 このふざけた殺し合いを始めた主催者から。
 早苗を。
 幻想郷を。
 私らが求めた理想郷を。
 神奈子が愛した幸せを。
 守るから。
 だから、安心して。
 あっちでのんびりしてなさい。
369創る名無しに見る名無し:2009/09/29(火) 00:52:01 ID:smYGZ41g
   
370Never give up ◇QBpDZHAYRc氏の代理投下:2009/09/29(火) 00:52:24 ID:r8CIwip+



 
 さようなら
 
 
 神奈子





    *     *     *

 胸倉をつかまれて、木に押し付けられている。
 その手は八意永琳のもの。
 主催者である・・・はずの女性。
 どうも、私はこいつのビンタで目覚めたらしい。
 今までのいさかいを考慮すると、非常に腹立たしい。
 仕返しに殴ってやりたいぐらいだ。
 だが、そのおかげで私は絶望の淵からよみがえったのも事実。
 あそこでこいつがいなければ、多分、私は・・・・・・壊れていただろう。
 私のためではないだろうが、少しだけ感謝してやろう。
 さて、主催者を倒すために私がしなければならないことは、と。
 まずは現状を打破することね。


「ねえ。」
「やっとね。あやうくもう一発お見舞いするとこだったわ。で、姫はどこにいったの?」
 永琳は冷たい口調で尋ねた。
「ひとつ聞いてもいい?」
「つまらないことなら、指もらうわよ?」
「冗談は嫌いじゃないけど、場はわきまえるよ。それにあなたのためにもなるかもしれないのよ?」
 急に冷静になり、軽口をたたく諏訪子を不審に思いながら、永琳は返答を返す。
「ふん。なにかしら?」
「あなた本当に主催者なの?」
 永琳はわずかに驚き、すぐに納得した。
 放送をしているはずの者が目の前で黙って立ち、放送に不快感を示していたのだ。
 うたがって当然。
 だが、永琳から逃れるために言っているのかもしれない。
「なぜそう思ったのかしら?」
「いろいろあるけど、あなたが放送に不快そうな顔していたこと。それに昔、聞いたあなたの人物評があてはまっていたからだね。
 正直、放送者と同一人物だとは思えなかった。」
「さっきまで対立していたのよ。そんな相手の言葉を信じられると思う?」
「嘘はついてないよ。」
 そう言って目をひらいた諏訪子見て、永琳は驚愕した。
 その目には不安、焦り、諦め、絶望、とさっきまで満ちていた負の感情がまったくなかった。
 そこにあるのは揺らぐことのない強い決意を秘めた瞳。
 決して嘘をついている者の目ではない。
 ならば、永琳がすることはひとつ。
「・・・そのようね。あなたの言う通りよ。私、八意永琳は主催者ではないわ。」
 ふたりはついに和解した。
371Never give up ◇QBpDZHAYRc氏の代理投下:2009/09/29(火) 00:53:39 ID:r8CIwip+



    *     *     *


 諏訪子と永琳はその場でひさしぶりの食事を取りながら、情報交換をすることにした。
 しかし、ジメジメした森の中でのピクニックは気持ちのいいものではない。
 それでも、今まで、ふたりともろくに休憩を取っておらず、疲れがたまっていたため、気の乗らない森林浴をすることにした。


「手短に説明するわよ。こっちは先を急いでいるの。」
「手短にするのはいいけど、短くし過ぎないでよ。わたしはあなたほど頭が良くはないからね。」
「天才は理解されたから天才と呼ばれるのよ。説明が下手なはず無いわ。」
「おお、すごいすごい。」
「減らず口はいらないわ。」
 何か吹っ切れたのか、以前とは打って変わって余裕シャクシャクになった諏訪子に呆れながら、永琳は自分が見聞きしてきたことは話し始めた。
 主催者と、手紙のこと。
 魔理沙と出会ったこと。
 魔理沙から聞いた霊夢のこと。
 吸血鬼と妖精、河童、鬼と戦いになり、主催者だと名乗ったこと。


「楽園の素敵な神主≠ヒえ。あいにく、うちにはそんな真似できそうな奴はいないよ。」
 諏訪子は手に持ったパンを振りながら言った。
「そう。まあ、別に期待してなかったわ。守矢より博麗の方が怪しいのでね。」
「しかし、あの霊夢が殺し合いに乗るとはね。」
 諏訪子は霊夢の行動に素直に驚いた。異変だと言って、真っ先に主催者に盾突くと思っていたからだ。
「霊夢が生きていれば、博霊大結界は維持される。だから、霊夢は自らが優勝することで幻想郷を守ろうとしているのだと思うわ。」
「ふーん、なるほどね。」
 諏訪子妙に納得した。妖怪を圧倒するほどの力を持っているが、中身はまだまだ未熟な少女なのだ。
 だから、今までより、はるかに強力な力を持った主催者に屈してしまったのだろう。
「私からは以上よ。さあ、あなたの番よ。」
 永琳が催促する。
「わたしが教えられるのはあなたの探し人が人里に向かっていたことぐらいよ。・・・・人を殺して。」
「・・・・そう。私はすぐに人里に向かうわ。魔理沙と約束していたのだけれど、姫が優先だわ。あなたはどうするのかしら?」
 永琳は残りのパンを袋にいれ、返事も待たずに立ち上がった。
「そうねぇ。」
372Never give up ◇QBpDZHAYRc氏の代理投下:2009/09/29(火) 00:55:30 ID:r8CIwip+
 
 
 諏訪子は考える。第一目的は主催者を倒すこと。
 早苗も探したいが、手がかりが無いので後回しだ。早苗も強いのだから大丈夫。今は信じよう。
 主催者を倒すにはまず、首輪をはずさなければならない。
 そのためには技術を持つ者と接触しなければならない。ならば河童が一番だろう。
 だが、永琳が言うには鬼と一緒にいるらしい。吸血鬼もいるそうなので、襲われても後れをとりはしないはず。
 なら、首輪の解除に役立てない諏訪子が会う必要はまだない。
 そうすると、次は主催者の居場所を発見することだ。会場にはいないのかもしれないが、これほどのことしでかす者だ。
 慢心して、手の届くところにいるかもしれない。


「私は主催者の居場所を探す。そうね、うちの神社もあるから北の方をを探索してみるよ。神社で早苗に会えるかもしれないし。」
「なら、私も姫と合流できたら守矢神社に向かうわ。」
「わかった。」
 それを聞くと、永琳は輝夜への手紙を差し出した
「あと、これを持って行って、会ったら姫に渡してちょうだい。姫を殺さないでよ。」
「もうそのつもりはないよ。」
 諏訪子は口ではそのように言ったが、簡単にやられるつもりはない。いざという時にはためらわないだろう。
「そう。それじゃあ、健闘を祈っているわ。」
 永琳はそう告げると森の中に消えていった。

 

 諏訪子も森の中を歩きはじめた。
 まだ、体中だ痛いがやすんでばかりもいられない。
 痛みに少しだけ顔を歪めながら、主催者のことを考えていた。 


 楽園の素敵な神主≠ゥ。
 吸血鬼、鬼、閻魔や神までを手玉に取り、こんな会場まで造り出すほどの力。
 正直、私ひとりでは勝てそうに無い。霊夢が諦めてしまったのもよくわかる。
 だが、そんなのは関係ない。
 幻想郷は私らを受け入れて、人妖は信仰してくれた。幸せをくれたんだ。
 それをこいつは壊そうとしている。そんなこと、許すわけにはいかない。
 私は神だ。だから、幻想郷をおびやかす主催者に神罰を下す。
 信仰に報いるために。
 
 

【G−3 魔法の森  一日目 真昼】

【洩矢諏訪子】
[状態]左肩に脱臼跡(半日ほど痛みが残るものと思われます) 、全身に打撲および軽い頭痛、服と顔が紅ワインで濡れている
[装備]なし
[道具]支給品一式 、輝夜宛の手紙
[思考・状況]行動方針;主催者に神罰を下す
1.北を探索(主催者の居場所を探す)して、守矢神社を目指す。そこで永琳と合流
2.早苗と合流
3.輝夜に会ったら手紙を渡す
※永琳と情報交換をしました。
※永琳が主催者ではないとをほぼ確信しています。
※この場所が幻想郷でないと考えています。
373創る名無しに見る名無し:2009/09/29(火) 02:28:12 ID:VCIquhDC
 


    *     *     *

 永琳は人里に急ぎながら別れた神について思い出していた。
 彼女は大切な人を失った。そのショックは大きく、明らかに取り乱していた。
 だが、彼女は立ち直った。以前よりも強靭になって。
 なぜだかははっきりしない。
 しかし、ひとつだけわかる。
 わたしには真似できない。
 わたしは輝夜を失うなど考えられない。
 もし、輝夜が死んでしまったら・・・・。
 私は――――――――――――――


【八意永琳】
[状態]疲労(中)
[装備]ダーツ(24本)
[道具]支給品一式
[思考・状況]行動方針;人里に行って輝夜を探す
1. 輝夜と合流後、守矢神社で諏訪子と合流
2. 輝夜の安否が心配
3. 真昼(12時〜14時)の約束は無理そうね
※この場所が幻想郷でないと考えています
※自分の置かれた状況を理解しました
※この会場の周りに博霊大結界に似たものが展開されているかもしれないと考えています
374創る名無しに見る名無し:2009/09/30(水) 19:08:10 ID:tXBqHnBC
代理乙です
あああ、和解できたのはいいけど永琳は約束果たせない流れか…
輝夜優先だし仕方ないけど
永琳の戦いは報われるのか続きが気になるところ
375創る名無しに見る名無し
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