学園にほど近い丘にある長い石の階段。
その階段を登りきるとそこには神社が建っている。
早朝、学園が始まるかなり前、その神社の前ではザッザッと箒で掃く音が響く。
箒で境内を掃いているのは巫女装束を着た一人の少女。
森のような生い茂る碧の木々の隙間、石畳をゆっくりと掃く紅白の少女のコントラストは、
朝特有の清々しい空気とともにある種幻想的な風景がそこにあった。
少女はふと階段の方へ振り返る。
そこから幻想的なその光景をぶち壊す怒号が聞こえた。
そこには一組のカップルが一人の男に絡まれているところだった。
「おうおう! こんな朝っぱらからいちゃついてるんじゃねーよ!!」
カップルの方はどうやらその剣幕に怯えているようでその場から動く様子がない。
モヒカン頭の不良が、そのカップルにさらに怒鳴りつけている。
「またやってる……はぁ」
巫女少女はため息を一つ吐くとその三人へと近づいて行った。
「ええっ! なんとか言えッつーんだよ!!」
「ひぃぃ」
相変わらず何か大声で言っているモヒカンが見える。
絡まれているカップルの方は完全にへたり込んでいる。
怒号だけで手は出されてないが、十分おびえている様子がわかる。
「ビビってるだけじゃ何もでねーぞ!!」
「はいはい、やめなさいね」
「げっ。 姐さん!」
とりあえずモヒカンを止めるために声を掛ける。モヒカンは巫女少女を確認すると露骨に顔を顰める。
しかし気を取り直したようにモヒカンは巫女少女を見る。
「姐さん。これは俺達のライフワークだ。 いかに姐さんでも止めることはできん!」
「それで迷惑被るのは主に美術部よ。部長として見逃すことはできません。
それに姐さんって呼び方は止めて。同学年なのにおかしいから」
「姐さんを姐さんと読んで何が悪い?! それとも巫女さんって呼んでもいいぞ」
「ん、姐さんと巫女さんならまだ巫女さんの方がいいかも」
「OK。なら姐さんのままだ。不良が素直に応じると思ったか! 馬鹿め!!」
「……なぐるよ?」
巫女少女はつかつかと近づくと箒の房の部分をモヒカンの後頭部に向けて突く。
しかし、モヒカンはその突きを右方向に回避する。
「はっはっは! 甘い! そういつもやられてばかりじゃないぜ姐さ――」
モヒカンはその言葉を言い切ることなく、くるりと縦に半回転。
石の階段へ額を強烈にぶつけ沈黙した。
巫女少女としてはよけられた瞬間、箒の軌道を変更し、
箒でモヒカンの足元を掬っただけだが、思った以上の効果が出てしまいやはり沈黙した。
カップルは状況の急激な変化に何が起きたか分からず沈黙した。
沈黙が支配する時間が結構過ぎただろうか。
巫女少女がぎこちなくカップルに向け言葉を向ける。
「ま、まあ今のうちに帰りなさいな」
その言葉に金縛りが溶けたようにカップルが動き出すと、お辞儀をしながら慌てて去って行った。
残されたのは、目を見開いたまま仰向けに転がっている不良と巫女少女のみ。
「さて、この不良部員をどうしましょうか」
巫女少女――神柚鈴絵は箒を手に持ち、頬に左手を軽く当て、不良――中型那賀を見降ろしながら一人呟く。
「この状況だと救急車ね……。あ、携帯置いてきちゃった。取りにいかない――」
「うおー! いてー!!」
鈴絵が急いで携帯を取りにいこうと動き出す瞬間と、那賀がガバッと起きる瞬間が重なった。
那賀の腕が鈴絵の袴に引っかかる。
――重力に逆らい翻る袴。
再び硬直する時間。
顔全体を真っ赤にし、体も何やらプルプル震えてる鈴絵と、なにやら神妙そうにしている那賀の沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは那賀だった。
「……巫女さんがはいてないってのはウソだったか」
「…………」
「……姐さん。いくらなんでも高等部になって水玉模様はないで?」
「…………」
「っちょ! 待て! 無言で箒握りしまたまま振りかぶるのは反則や!
まじ怖いから! ってだからって牙突に変更はもっとやばい!
それマジ死ぬから! 剣道でも素人が突き禁止なのは知ってるか!?
ええい、今度こそ避けてやる! 全神経を研ぎ澄ませ! 俺! 気合いがあればなんでもできる!!
気合だ! 気合だ!! 気合だ!!! 気合だ!!!!
――オアァァァァアアアアアアアアアア!!!!!」
「ぶべらっ」
――今日も柚鈴天神社は平和である。
ちょっとだけ続くかも。