他に行き場所の無い作品を投稿するスレ2

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132創る名無しに見る名無し
今日は満月。月は夜空にぽっかりと白い穴を開けている。
雲は穴を横切るもののその存在を隠す力はなく、ただただ白い穴たちの王として夜空に浮かぶ。
「神はあの穴から地を見下ろす」
毛むくじゃらのそれは遠い昔から化物と呼ばれている。普段それは人の形をしており、今日のような日だけ化物になる。
人々はソレを【狼男】と呼んでいた。
「実に不快なことだ。我々は所詮神のおもちゃでしかないということか」
狼男は独り言を呟いているわけではない。丘の上。常緑を湛える木が一本生えたそこには二人の人がいた。
もう一人のほうはただ狼男の声を聞いている。月は高く、風はない。
「我々、いや、私は何のために存在する。なぜ月が昇るたびにこのような醜態を晒さなければならないのだ」
声だけが丘を行く。そのとき、少し風が吹き、雑草を揺らせた。やがて、木の葉も月の元、風と共に仄かに歌う。
「私は知らない」
もう一人の、少女の声をする影が月明かりの元に姿を晒す。
黒い豊かな髪を後ろで結び、黒く長い鞘を腰から下げる少女。
なぜかセーラー服を着ている。セーラー服と鞘。あまりにも不似合いなものだった。
「ひとつ聞きたい。なぜ私を恐れない」
「恐れる理由がない。むしろ聞きたい。なぜ恐れなければならない」
嵐が起きた。瞬間的な嵐。刹那、少女の首には狼男の爪がかかっていた。指を少し動かせば、喉に刺さる。
「自らの手ではどうしようもないソレを人は化物と呼ぶ。人は子にその化物を恐怖の対象として伝えていく」
少女は動じない。鼓動は一定のリズムを。視線は月を。まるでなにもないかのように。
やがて狼男は諦めたかのように爪を離す。少女と同じように月を見上げる。
「肝の据わった小娘だ」
「かつては山の神、大神と言われていたものの化身。知がなければ見た目がそのままの限り、人は寄り付かない。
 最も大神は私の国での話だけどね」
少女は視線を下ろし、丘を一人歩き始めた。狼男は彼女の背中に声をかける。
「少女、これからどこへ行くのだ」
「会わなきゃいけない人がいる」
「何ゆえに」
少女は振り返った。狼男が眼が合う。見てしまった。化物の目を。深遠の淵。闇の彼方。光の墓標。
ただそれは一瞬のことだった。次の時には化物の――少女の目には光があった。
「わからない。でも」
少女が再び丘を下りだす。月に照らされたそれは間違いなく少女の形をしていた。
「多分会えばわかる」
狼男はそれ以上聞かなかった。多分答えることも立ち止まることも振りむくこともないだろう。
少女が立ち去った後、狼男は木に寄りかかって月を見上げた。
神は相変わらず地を覗いていた。