連作小説『炭焼ホルモンの脂』

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1創る名無しに見る名無し
それは都内マンションの屋上、時は夕刻。夕日と炭火に上下を照らされたマルチョウはさらに美しく、二人は箸を操るももどかしく、あたう事なら手づから口腔へ放り込みたい衝動を抑えるのに必死にみえる。
2創る名無しに見る名無し:2009/07/18(土) 20:19:28 ID:8u8ZqZUB
時折脂が赤熱した炭へ落ち、辺りを香ばしい煙で満たしてゆく。空斬る箸先は矢も楯もとまらぬ勢いをみせる。動きを止めない二人の横顔は、今やスカイラインの向こうへ落ちようとする夕方の太陽よりも赤くかがやいていた。
3創る名無しに見る名無し:2009/07/18(土) 20:28:23 ID:kUmGYk54
「ひひひ、肉なんて何年ぶりだろうなあ」
「お前さん、涎が」
「おっと、いけねえ。へへ、へへ……」

会話の節々から、どうやら二人は夫婦であることが察せられた。
疾うに還暦を過ぎたと思わしき、ほっそりとした老躯。
しかしその風貌は、まさしく乞食のそれであった。
垢で汚れた服は異臭を放ち、その下の肌は病的なまでに黒い。
4創る名無しに見る名無し:2009/07/18(土) 20:38:47 ID:12MZRNuM
「七輪で焼くホルモン美味いよな。」男は何気なさを装いつつも、視線をはしらせ、女が、あとどれだけホルモンを咀嚼し続けるつもりなのかを確認する事を怠らない。分厚い女の唇は良質な動物性油分に塗れ、妖しい光彩を放っていた。
5創る名無しに見る名無し:2009/07/18(土) 20:49:09 ID:E/NEtcqW
その二人の背後の席では、一人の男が黙々と網に箸を伸ばしていた。
置いては焼き、焼いてはつまみ、つまんでは食い、咀嚼する。
噛むたびに染み出てくる味に、男の口の中はよだれで満たされていき、やがてそれが
染み出てくる味を薄める段に至って、男は初めてごくりと喉をならし、咀嚼していたもの
を嚥下する。その瞬間にもまた、舌ではなく、喉で味わう事を忘れずに。
6創る名無しに見る名無し:2009/07/19(日) 17:58:42 ID:OBPSgxd8
その時、余人をして日常を異化せしめる事態が招来した。女は卒然、手持ちのバックをまさぐると、漬け物壺をいだしはじめ、中空を一度睨みつけたかと思うと、次の刹那、チャンジャを男に向かって投げつけ始めた。
7創る名無しに見る名無し:2009/07/19(日) 18:14:26 ID:3OpfdNIA
さりとて動じる様子もなく、男は飛来するチャンジャに喰らいつく。ホルモンを操る手さばきはみじんも衰えをみせてはいない。
8創る名無しに見る名無し
女は自己の珍妙な行為が、男に何らの影響も与え得ない事に苛立ちを覚えたのか、バックの内容物を次々と放擲し始める。「これならいかが?」
両手一杯に掬い、「ほうれ。」の声と共に投げつけられたすりおろしにんにくは、どんぴしゃりと男の顔にへばりついた。