またまたまた落ちてたので立てました
過去のスレその他詳しい事は
>>2以降にて
作者「探し屋S◆hL8yvMjNJs」氏による注意コピペ
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読む前に注意
・この話のネウロは基本的に、というか9割方アニメ設定です。
アニメネウロは認めない!という人は読まないのが賢い判断。
・なぜかって、俺がアニメネウロから入った人間だから。
ちなみに原作も最近やっと読み始めたぐらい。
吾代の出番少なくね?
笹塚若くね?
・よって等々力女史や早坂ブラザーズが小説に登場する可能性は著しく低い。
「俺の志津香ちゃんが出てねぇだと?ふざけんな!」
「私のユキ様が出ないなんて!」
という人もやっぱり読まないのが賢明。
シッ…ク…ス?
・世界観は完全にコナンとネウロごちゃまぜ。
同一世界と考えてくれればよし。
前スレにて作者さんが「落ちたらマロンに立てる」とおっしゃっていましたが、
また落ちる可能性も高い為、自己判断で同じく前スレにて
>>12氏が挙げられていたこの板に立てることにしました
wiki等の作品集みたいなものありますか?
創作板へようこそ!
7 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2009/07/16(木) 12:59:47 ID:qZHooY4A
新スレ立てありがとうございますー
友人からの情報で見に来たらマジで立ってて俺歓喜。
創作発表板ということではじめての人も多いだろうと思われるので一応前スレまでのあらすじと簡単な人物紹介でも。
コナンは知らない人のが少ないと思うので、少し説明はしょってる。
【これまでのあらすじVer.2】
彗星の如く世に現れた女子高生探偵・桂木弥子によりめっきり依頼が減った毛利探偵事務所。
江戸川コナンこと工藤新一も、同じ高校生探偵として弥子に興味を抱いていた。
そんな中、毛利探偵事務所を二人の女性が尋ねて来る。
松田理緒、和辻美鈴と名乗った二人は、大企業氷室製薬会社の社長氷室武夫に仕えるメイドであった。
彼女たちが小五郎に依頼したのは、氷室家の長女にして末娘の伊織の調査をしてほしいというもの。
普段は明るく無邪気で穏やかな気性の彼女は、十か月前を境に突然人が変わったように暴れ回ことがしばしばあるのだという。
家人たちにも分からないその【発作】の原因を小五郎に解き明かしてもらいたいと言うのだった。
同じころ、桂木弥子探偵事務所に氷室修治と名乗る男性が依頼にやってくる。
修治の依頼は、『十四年前に自らの母親を殺したのは自分だと証明してほしい』という理緒たちに負けず劣らず奇妙なものだった。
こうして、コナンたちとネウロたちはそれぞれの事件の調査のために本土から離れた離島にある氷室邸へ向かうこととなった。
一足先に屋敷に辿り着いたコナンたち。
氷室家は至って模範的で平和な家族に見えたが、十四年ぶりに帰還した修治の言葉により場の雰囲気は一変してしまう。
そして修治の後ろには、他ならぬネウロたちの姿が。
かくして二人の名探偵は、ここに邂逅を果たしたのであった。
【登場人物紹介】
江戸川コナン:もはや説明不要の名探偵。
バーロー。
脳噛ネウロ:知名度こそコナンに劣るも、インパクトなら負けない魔人探偵。
魔界からやってきた正真正銘の魔人で、主食は『謎』。
桂木弥子:ネウロによって探偵役を演じさせられている女子高生。
度を越した大食いであることを除けば至って普通の女子高生だが、ネウロと行動を共にしてゆくうちじょじょにその慧眼が芽を出し始める。
毛利蘭:こちらもやはり説明不要。
新一とのなかなか発展しない恋にやきもきする読者が多いらしいが、あれだけ通じ合ってるなら十分じゃないかと筆者は思う。
空手の名手。
毛利小五郎:コナンの傀儡役で、通称『眠りの小五郎』。
いい年してアイドルに熱をあげてたり競馬や麻雀に打ち込んだりと典型的なダメ中年。
しかしなぜか憎めない。
元太・円谷光彦・吉田歩美:毎度お馴染み少年探偵団。
コナンたちが夏休みに離島のお屋敷に行くと聞き付けて無理やり付いて来る。
灰原哀:ミステリアス美少女。
彼女も今回の旅行に同行する。
吾代忍:まごうことなきチンピラ。
ある事件をネウロたちに解決してもらったことがきっかけで
探偵事務所の雑用としてネウロにこき使われることとなる。
現在は調査会社の副社長に収まっているが、ネウロの命令に逆らえないのは相変わらずである。
言動は乱暴だが、値はいい奴。
笹塚とは犬猿の仲。
笹塚衛士:警視庁捜査一課の刑事。
あまり感情を表に出さず常時ローテンションだが、有事の際の動きは素早い。
また体術や射撃にも長けているようす。
弥子に対しては態度をやや軟化させてくれるが、石垣には情け容赦ない両極端な人。
石垣筍:警視庁捜査一課の刑事。笹塚の後輩。
刑事としての能力はないに等しく、笹塚の頭痛のタネになっている。
職務中に趣味のフィギュアやラジコンを買ったり組み立てたりしては片っ端から笹塚に破壊される。
あかねちゃん:事務所の壁に埋まっている死体。
ネウロの障気により壁からはみ出ていた三つ編みだけが
生き帰り、以後事務所の有能な秘書として働くこととなる。
素顔は容姿端麗の美少女らしいが、詳細は不明。
【登場人物紹介・氷室家関係者編】
氷室武夫:56歳。
氷室製薬の社長にして四兄弟の父親。
年齢を感じさせないエネルギッシュさと誠実さを併せ持つ好人物。
氷室修治:32歳。
氷室家長男。ある『事故』をきっかけに家を出てから十四年間一度も帰っていなかった。
普段はホテルのバーなどでバイオリンやピアノを演奏して生計を立てている。
微妙にズレた感覚の持ち主で、不思議な言動をしては弥子やコナンを困惑させる。
氷室政隆:29歳。
氷室家次男。軽薄そうな外見とは裏腹に品行方正で礼儀正しい青年。
優しく温厚な性格だが、修治にだけは憎悪をむき出しにして接する。
氷室海斗:15歳。
氷室家三男。
寡黙で無愛想な現代っ子。
政隆のように表面には出さないが妹の伊織をいつも心配し、気にかけている。
氷室伊織:14歳。
氷室家長女。
文字通りの深窓の令嬢で、兄たちとは腹違いの妹にあたるが一心に愛情を受け純真無垢で明るい少女に育った。
十か月前から突然人が変わったかのように暴れ出す謎の奇病を発症している。
また本人に暴れている間の記憶はないらしく、自身が病気にかかっていることすらも彼女は自覚していない。
氷室なつめ:故人。
修治、政隆、海斗の実母で、十四年前の事故で亡くなった。
松田理緒:23歳。
氷室家に仕えるメイド。
はきはきとした性格の女性で、職務にはたいへん忠実である。
まだ若いながらも使用人としては非常に有能。
和辻美鈴:18歳。
氷室家に仕えるメイド。
理緒とは対照的におとなしく引っ込み思案だが、仕事に対する真面目さは理緒に劣らない。
料理の腕は一級品。
風間千佳:38歳。
氷室家メイド長。
職務に厳しく冷徹な印象を与えるが、女性らしい暖かみもきちんと持っている。
野添忠良:39歳。
氷室家執事。
細かいことにまで気配りを欠かさない執事の鑑だが、細かすぎて
マナーなどにうるさくなってしまうこともしばしば。
以上。
その他留意点としては、俺はPCがないので投下は常に携帯からになっちゃうこと、
不定期に忙しくなる仕事なので投下が小出しになってしまうということ。
まぁそんな訳でどうぞよろしく。
これは楽しみにせざるを得ない
>>7-11 説明乙です
>>5 残念だけどまだないんだ
でも、過去スレ名でググれば見れるページがあったはずだから今はそれで読むべし
これは超期待。そして保守。
期待。
前スレから張り付いてた俺が保守。
灰原と弥子と美鈴が可愛い
今日のコナン見てたら、眼帯した奴がなんとなく笹塚っぽい容姿だった
声優誰か調べようとしたけどコナンの現在の?「声の出演」ってEDじゃなくOPに出るんだねw
見事に確認し損ねました
てか前回見れば良かった
ほーしゅ
20 :
創る名無しに見る名無し:2009/08/10(月) 03:18:29 ID:f3auF9D3
これは気になる
21 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2009/08/16(日) 23:23:56 ID:+aaaJFN5
顔を上げる。
作業着姿の中年男が、突き出た腹を揺らしてえっちらおっちらと
バラ園を抜けてやって来るのが見えた。
おぼつかない足取りなのは立派な体型のせいだけではないだろう、濃厚なバラの香り
もかき消すほどの酒臭さが男の周りには漂っていた。
「おやおやおや!
伊織お嬢様も一緒ですかい!」
「こんにちは、坂吹さん」
「こんにちは、本日はお日柄もよく……へへへ」
「坂吹さん……。また昼間からお酒ですか?」
「は、は、は。つれねぇこと言うなよ理緒ちゃん。
俺にとっちゃ水みたいなもんでさぁ、これがないと死んじまうのよぉ」
坂吹と呼ばれた男はへらへらと笑いつつ、理緒の全身を舐めるような目付きで眺めた。
とりわけ胸に降り注がれる粘っこい視線から身を守るように、理緒はくるりと背を向ける。
すると今度は速やかに臀部に視線を下ろす。
実に分かりやすい男だった。
「いやぁ、今日もいい女だねぇ理緒ちゃんは。
涎が出ちまうよ」
「……ご用件はなんですか、坂吹さん。
確かこの季節のこの時間帯は、一番お忙しいとお伺いした気がするのですけど」
「いやいや、理緒ちゃんが丹精込めて育ててるバラがあんまりきれいなもんだからさぁ、つい引き寄せられちまって。
今年も綺麗に咲いたじゃないの」
言って坂吹は、ころころした右手を無遠慮にバラの茂みへと伸ばす。
「いけませんっ!」
刹那に鋭い声が飛んで、坂吹はもちろんコナン達まで危うくひっくり返りそうになった。
「り、理緒ちゃん?」
酔っ払いの坂吹よりも顔を真っ赤にした理緒は、すばやくバラと坂吹の間に身を割り込ませる。
花たちを守るように両手を広げ、
「まだ咲いていない蕾のものには触らないでくださいと、あれほど申し上げたじゃないですか!
バラは繊細なんです、そんなこと庭師のあなたが一番理解なさっているはずなのに―――ああもう、その酒癖の悪さをなんとかなさってください!」
可憐な笑顔でコナンたちに紅茶を淹れ、スコーンを用意してくれた理緒からは考えられないほどの剣幕だ。
ついには「だいたい坂吹さんは……」などと説教まで始めてしまう。
バラを育てることがいかに大変か、武夫がどんなにこのバラ園を
大切にしているか、そしてそのバラ園を任されたことにおける彼女の責任などを一から
滔々と説いていく理緒と、すっかり彼女の勢いに気圧されもともと小さい身体をさらに縮こまらせている坂吹と。
その光景に妙な既視感を覚えると思ったら、蘭と小五郎の日常風景にそっくりだと気付く。
「(ダメなおっちゃんってのはどこにでもいるもんなんだな……)」
今この状況でさえ、視線はちらちらと理緒の胸やら腰やらに
行ってしまっているのが更にそのダメっぷりに拍車をかけている。
セクハラ行為もここまで堂々としていると大したものだ。
「理緒はね、氷室家の中で三番目に怖いんだって政隆兄さまが言ってたの」
伊織がこっそりとコナンたちに囁きかけてくる。
「一番と二番は?」
「二番は野添さん、一番は風間さんですって」
やたら納得のいくメンバーだった。
少年探偵団の面々がこの三人の前で粗相をしないことを密かに願いつつ、コナンは二つ目のスコーンに手を伸ばす。
理緒の説教はまだ終わりそうになかった。
結局、坂吹が理緒の説教から解放されてバラ園を後にしたのはそれから十五分後。
薄ら笑いと千鳥足はそのまま、しかしどこか疲れた表情で去って行く坂吹の背中を理緒は最後まで見送らずに溜め息をついた。
「お騒がせしました、みなさん。
ああ見えても坂吹さんは優秀な庭師なのですが……ひたすらに酒癖が悪いのです」
使用人の中では風間や野添に次ぐ古株だという。
つまりはそれだけ武夫の信頼も厚いということだが、先ほどの様子を見るにどうも前述の二人と名を連ねるような男には思えない。
そんなコナンの思いを見透かしたように、理緒は苦笑する。
「悪酔いしなければ、本当に優秀な方なんですよ?
私にこのバラ園の手入れを教えてくださったのも坂吹さんですし」
言いながら、コナンたちのカップに紅茶のおかわりを注いでくれる。
「それにあの人、一度酔っ払ってワインセラーにあった武夫様の
お気に入りのワインを全部庭のお花に吹き掛けた前科がありまして。
あの事件で散々絞られましたから、あれでも多少は改善したほうなんです」
「お父様より誰より、風間さんがいちばん怖かったわ……」
顔を青くした伊織がぶるりと身体を震わせる。
「あんなに怒った風間さん、私見たことなかったもの。
坂吹さんの腕をがっちりと掴んで、どこかに連れていってしまって……」
「い、伊織お嬢様……。いけませんよ、あのことを誰かに話したなんて風間さんに知られたら……」
諫める理緒の額にも、うっすら汗が浮いている。
さすがは氷室家怒らせてはならない人物第一位。
二人をここまで震え上がらせる彼女の怒りは、果たして烈火のそれかはたまた絶対零度のそれなのか―――?
コナンたちは固唾を飲んで、伊織の次の言葉を待った。
「風間さんは……風間さんは坂吹さんを」
「―――あっ、伊織お嬢様。理緒さんも……」
張り詰めた沈黙の中へ突如として投げ込まれた女性の声に、比喩でなくその場の全員が飛び上がった。
スコーンを喉に詰まらせた元太、思わず椅子の陰に隠れる伊織、反射的に「申し訳ありません風間さん!」と頭を下げる理緒、といった具合に反応は様々だったが、一番困惑していたのは闖入者である美鈴だった。
「あっ、あの……みなさん、どうなされたのですか?」
迷子になった子うさぎのような目線で周りを見渡し
わたわたとする美鈴に、理緒はのろのろと歩み寄っていく。
そしてその細い体躯を、ひしと抱き締めた。
「美鈴……お願いだから、びっくりさせないでちょうだい」
「理緒さん?あの、ちょっと苦しいです……」
はぁぁ、と安堵と脱力の溜め息を吐き出した理緒は、腕に込めた力を更に強くする。
「あのっ理緒さん……本当に苦し」
「黙らっしゃい。私や伊織お嬢様たちをびっくりさせたお仕置きよ」
ぎゅむぅぅぅ。
問答無用で理緒は美鈴を締め上げる。
「ふえぇぇぇ」と情けない悲鳴をあげる美鈴だが、理緒は実に楽しそうな表情で“お仕置き”を続けるのだった。
みし、と何かが軋むような音がしたのは、気のせいだと思いたい。
「なぁ、コナン」
「なんだ元太」
「あれ、お仕置きじゃねぇよなぁ……」
「むしろ羨ましいですよねぇ」
すっかり目付きがとろんとなっている元太や光彦に、
「何ませたこと言ってやがる」と突っ込みつつも、否定できない自分がいた。
哀や歩美がコナンたちに向ける目線が、冷たくて刺さるほど痛いような気がするのも、きっと気のせいに違いない。
「……で、美鈴。
あなたはどうしてこんなところに?」
ようやく理緒から解放された美鈴は、酸欠でふらふらになりながらも「お客様の案内を……」とだけ呟いた。
「お客様?あっ、ひょっとしてあの探偵さんかしら」
「いえ、桂木様のほうではなくて……」
「いやぁ、素晴らしいバラ園でした」
鈴を転がすような澄み切った声は、しかしその穏和さに相反してコナンの背筋をひどく挑発的に撫で上げた。
この声は―――。
弾かれたように振り返ると、ひとりの美丈夫が優雅な歩みでバラ園から出て来るところだった。
「―――」
息を飲む。
胸の鼓動がひときわ跳ね上がるのがわかった。
「……おや」
柔らかな風に金の髪をそよがせて、彼は笑う。
その瞳は、他の誰でもなく、コナンだけを見つめていた。
25 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2009/08/16(日) 23:40:03 ID:+aaaJFN5
てなわけで本日分は投下終了。
小出しなのはわりといつものことなんだ。ごめん。
リアルに忙しさがとどまるところを知らない。
とりあえず創作文芸板での初投下でしたー。
次回はもうちょい早めに投下できると思うので、どうぞよろしく。
リアタイで見た。乙!
しかしいい所で終わらせましたな
焦らすの上手いな探し屋さんw
ぬ、ぬ、ぬ、ぬふぁーん!!
前回の続きからインターバルの途中まで、投下だ!キャサリン!
>>24 「あぁ、あなたは確か桂木様の」
「はい。桂木弥子先生の助手を勤めております、脳噛ネウロと申します」
「使用人の松田理緒です。滞在中に何か不都合がありましたらどうぞなんなりとお申し付けくださいね」
理緒が一礼するのを見て伊織も立ち上がり、
「氷室伊織です、はじめまして」
コナンたちにした時と同じように、伊織はスカートの端をつまんだ姿勢で小さくお辞儀をしてみせた。
考えてみればかなり大時代的な挨拶の仕方であるが、彼女が
やるとたいへん板についていて愛らしい。
ネウロもそれに応じて、胸に手をあて頭を下げる。
英国紳士さながらの優美な礼に伊織も頬を染めていたが、
コナンからすれば気障に映ることこの上ない。
「わぁ、あのお兄さん格好いいねぇ、哀ちゃん」
歩美までもがぽおっとなっていたが、複雑な表情をしている
コナンを見つけると何故だかひどく慌てた。
「あっ、コナン君!
でも大丈夫だからね!気にしないでね!」
「えっ?あぁ、うん」
既にネウロのことで頭の半分以上が埋めつくされているコナンは、そのあと歩美が
「私はコナン君が一番だからねっ」と小さく呟いたことなどにはもちろん気がつかなかった。
「どうぞお座りになっていてください、脳噛様。
足りない食器を取ってまいりますから。
じゃあ美鈴、あとは頼むわね」
理緒の姿がバラの茂みの中へ消えるなり、ネウロは美鈴が促すよりも早く席についた。
―――当然のように、コナンの隣へ。
「………」
「こんにちは、ボク」
思わず押し黙ったコナンに、相変わらずどこか安っぽい笑顔の
ネウロがフレンドリーに語りかけてくる。
コナンは一瞬だけ逡巡してから、目一杯の無邪気な笑みで応じてみせた。
「こんにちは、助手のお兄ちゃん。
ねぇねぇ、桂木探偵は一緒じゃないの?
ぼく、本物の桂木探偵とお話ししてみたいなぁ」
とりあえずまずは、当たり障りのない話題を振ってみる。
確かに後退りするほど異様な雰囲気を醸し出してはいるが、だからといって
何の考えもなしにこの男のことを探るのは得策ではない。
軽い気持ちで飛び込んでいこうものなら、たちまちのうちに
底なし沼まで引きずり込まれてしまうような―――オーバーな話かもしれないが、
それほどまでにこの男には計り知れない何かがある。
警戒するに越したことはないだろう。
30 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2009/08/18(火) 23:38:57 ID:EAGmmxt1
「先生ですか?
申し訳ありません、先生は慣れない長旅に少し
疲れてしまったらしくて、今は部屋でおやすみになっているんです。
でも大丈夫、お腹が空いたら出て来ますから」
「そっかぁ」
じゃあ夕食の時には会えるね、と言いかけて、コナンはその言葉を飲み込んだ。
ネウロがこちらを見ている。
なんということはない、彼は微笑んだまま、ただじっとコナンを見つめているだけ。
そんな些細なことがどうして、こんなにも自分を不安定にさせるのか。
彼の視線は麻酔だ。
コナンの目を通して脳まで流れ込み、急激にそこをふやけさせる。
正常な判断が、応答が、どろどろに融けて嫌な汗と一緒に額を流れ落ちていくのがわかった。
昔テレビで見た、ある生き物の捕食シーンを思い出す。
獲物を狩る際に麻酔をかけて身動きを封じ、間近に迫る
死の恐怖に震える獲物の姿を楽しみながら
じっくりと食事に取り掛かる。
無害な笑みをした捕食者の前で、コナンは目を逸らすことすら
許されない無力な獲物であった。
今まで数々の修羅場をくぐり抜けて来たコナンだが、ここまで
冷静さというものを殺がれる相手には未だ相対したことがない。
口を閉ざしたままのコナンに、微笑みを崩さないネウロ。
見つめあうこと数十秒、最初に動いたのはやはりネウロだった。
黒い手袋をはめた手が、やおらコナンに向かって緩やかに伸ばされる。
むろん彼がその場から逃げられるはずもない。
たとえその手がコナンを頭から引っ掴み、食そうとする捕食者の手であっても―――。
「……ところで、素敵な眼鏡をしていますね」
あっ、と声を上げる間もなかった。
気付けばコナンの眼鏡はネウロの手の中に収まっている。
「ほぅ、なかなかの美少年―――将来が楽しみだ。
よければお名前を教えていただけますか?」
「あ、ぼく……ぼくは……」
もう何度も口にしてきたもうひとつの自分の名前。
すっかり慣れ親しんだその名を紹介することが、とても
ぎこちないものになっていた。
「―――コナン。江戸川コナンだよ」
「そうですか。江戸川コナン、コナン君」
楽しげにその名を反芻しながら、ネウロは優しい手つきで
コナンの眼鏡をかけ直させる。
そして不意に、ぐっとその唇を耳元に寄せ―――
「ほんとうに?」
ぞっとするほど甘やかな吐息とともに、コナンの脳髄にその一言を流し込んだ。
【ガール・ミーツ・ガール】:インターバル
案内された部屋の中でひととおり荷物の整理を終えた弥子は、廊下に出してあるふたつのボストンバッグとにらめっこをしていた。
限界容量ぎりぎりにまで膨れ上がったバッグの中身は、前日のうちに買い込んでおいて事務所で詰め込んだ“おやつ”である。
「うーん、足りるかな……やっぱりもうひとつぶんあったほうがよかったかなぁ」
遠足や修学旅行と違って、自分一人の旅(正確にはネウロや吾代もいるものの)
のいいところはおやつをいくら持っていってもいいことだ。
学校で配られた遠足のしおりに『おやつはビニール袋一つ分以内:特に桂木』
『食料だけを詰めたリュックを持って来ない:特に桂木』などと書かれたことも一度や二度ではない弥子だ。
ちゃんとその日のうちに食べ切れますからと担任に念を押しても、「そういう問題じゃない」となぜか拒否されてしまうのだった。
「とにかく運んじゃおっと。よいしょ」
一息に力を入れてバッグを持ち上げる。
しかし途端に弥子の身体はバッグの重さでぐらりとよろめいた。
尻餅をつきそうになって、たまらずバッグを取り落としてしまう。
どすん、と腹に響くような音が静かな廊下にこだました。
「うぅ……なんでこんなに重いのー?
そんなにいっぱい入れてないのに」
このボストンバッグひとつで、弥子としては三日保つかどうかの量である。
ひとまず持ち上げることは不可能だと判断した弥子、仕方なく引きずって室内に入れることにした。
が、彼女の細腕ではこれも一筋縄ではいかない。
思い切り足を踏ん張って引きずらないと、まずバッグが動いてくれなかった。
しかもそれだけの力を要しておきながら、動いた距離はたった何センチ単位と来ている。
「はぁ……。となると、ここでちょっと減らしちゃうしかないか」
バッグの中からお菓子をいくつか取り出し、部屋で食べてしまえば必然的にバッグは軽くなる。
目的と手段が大きく逆転してしまった気がするが、そこは都合よく忘れることにした。
「じゃあ早速」
ボストンバッグのチャックに手をかけた瞬間、
「あの、大丈夫ですか?」
「へ?」
部屋を三つ隔てた先の廊下に、弥子と同じくらいの年頃の少女が立っていた。
長い黒髪を揺らしながらぱたぱたとこちらへやってきた彼女は、気さくな様子で弥子に語りかける。
「こんなところで屈みこんでたから、どうしたのかと思って」
言って少女はちらりと弥子のバッグに目をやる。
膨れ上がったそれを見て、彼女はすぐに事情を察してくれたようだ。
「ひょっとして重くて部屋まで持ち運べない、とか」
「お恥ずかしながら……」
「じゃ、手伝います」
弥子の答えを聞くやいなや、少女はさも当たり前のように
ボストンバッグの持ち手を握った。
弥子は慌てて制止する。
「あ、あの!それすごく重いんです、誰か男のひとを呼んだほうが」
彼女の腕やショートパンツから伸びたしなやかな足は弥子と同じくらいに細い。
腰だってしっかりとくびれていて、とてもあの重さに耐えられるとは思えなかった。
だが少女は弥子の心配をよそに、軽く言ってのける。
「大丈夫です。私、力には結構自信があるから」
「でも、でも」
「よっ―――と」
「あ……」
少女は実に軽々とボストンバッグを持ち上げてみせた。
「わっ、本当。結構重い。
中に何が入ってるんですか?」
「えっと、おやつです」
「おやつ?」
予期せぬ返答だったのか、少女は露骨に驚いていた。
弥子を凝視して、ぽつりと呟く。
「“大食い女子高生探偵”、本当だったんだ……」
「へっ?」
「ううん、何でもないんです。運んじゃいますね」
結局ボストンバッグは二つとも少女が運んでしまった。
あの細身の身体のどこにそんな力があるのか、荷物を運ぶ時の
彼女の足取りはよろめくどころかとてもしっかりとしていた。
「ほんとうにごめんなさい、私の荷物なのに全部運んでもらっちゃって……」
情けないやら申し訳ないやらでひたすら謝る弥子に、少女は
鷹揚に答えた。
「いいんですよ、私が好きでやったことですから。
気にしないでください」
「ありがとうございます、えっと……」
「蘭です。毛利蘭」
「蘭さん。助かっちゃいました」
「どういたしまして」
零れるような蘭の笑みに、弥子もつられて自然と笑顔を返していたのだった。
33 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2009/08/18(火) 23:47:55 ID:EAGmmxt1
投下終了。
改行がおかしいのは携帯クオリティってことでひとつ。
ネウロはコナンに興味がありすぎて引かれてる。多分。
ネウロの描写が毎回凄い
何この原作のふいんきをそのまま文章に直した表現力
乙です! 出来る事ならネウロの公式小説も貴方に頼みたかったorz
ネウロが謎より先にコナンに興味を引かれてるというのは納得いくような気が。
身体変化という意味ではXIレベルのとんでもなさで、
人間の進化と可能性という意味では弥子レベルの興味深さだろうし。
乙です。いつも楽しみに見てます!
>>35何よりコナンは巨大な謎の香りがプンプンしてそうだな。
>>37 おお!
お忙しいだろうに乙です
さっそくお気に入りに登録しました
とりあえず探し屋氏、くれぐれも無理すんなよ!のんびり更新待ってるよ!
無理だったら時間を置くか自分達に言うんだ、できる事ならやるよ!
>>37 探し屋Sさん本当に乙です!
初代スレからいる者ですがここまで来たら是非完成まで見届けなくては…!
今回も面白かった!
無理しないで続けていって下さい。
す、素晴らしい小説が!!
ありがとうございます、いつまでも応援しています!!
無理をせずに…
美鈴の声がゴトゥーザ様で再生されるのは自分だけですか?
ここのネウロはやたらと妖艶だなww
助手キャラなせいもあるだろうが某黒執事みたいだ
今まで全くスルーしてたんですが・・・ 何コレ? おもしろそう?
コナンとネウロが共演してる同人小説と思えば読めるんじゃない?
コナンはあまりに続くので、途中で買うの挫折しましたが、とりあえず映画は皆勤なワタクシ
どっちの作品も好きな者としては、楽しみにしてますw
ここに投下された作品に惹かれて、まとめを一気読みしてしまいました
これは面白い
ここまで違和感なく両者を溶け込ませるとは。
弥子の大食いに対してのコナンの真面目なツッコミが面白いw
続き期待してますー
気付いたらカウンターが結構回っててびっくり。
マジでありがとうございます。
実際数字で出て来るとすげー嬉しいもんなんだね。
しかし見返せば見返すほど素っ気ないサイト。
友人から「パッと見何のサイトだか分からねー」とまで言われる始末。
で、早速
>>38の言葉に甘えてお願い。
サイトの、特に上のスペースがそこはかとなく寂しいのでせめて何か画像でもと思ったんだけど俺にはちょっと無理だった。
画像加工が出来ないし、イラストなんてもってのほか。
そんなわけで何かトップによさげな画像があればBBSに貼ってやってください。
よろしくお願いします。
48 :
創る名無しに見る名無し:2009/08/27(木) 23:13:05 ID:gGs77rxC
あげ
トップ絵ktkr
50 :
創る名無しに見る名無し:2009/08/28(金) 22:09:50 ID:pM9Z5wbe
トップ絵雰囲気が毒々しくていいな。
誰かが死ぬのはとりあえず分かるんだけど、一体誰なんだかがわからないな。
コナンとか誰が死ぬのか出て来た時点ですぐ分かるのにww
TOP絵w 逃げて! コナン逃げてえええええええええ!!!
>>52 うひょーGJ
線の綺麗な美鈴だ…
絵が描ける人ってすげーなホント。
よければギャラリーに飾りたいんですがよろしいでしょーか?
まじっすか
こんな絵でよければどうぞ…!
56 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2009/08/31(月) 17:42:41 ID:LgTCkquW
とりあえず、前回途中で区切ってしまったインターバルにひとくぎりつけようと思います。
荷物を運んでくれたお礼にと、弥子は蘭に持参したお菓子と麦茶を振る舞うことにした。
「はい、麦茶。よく冷えてるからおいしいと思いますよ」
「ありがとう」
「……ところであの、蘭さんってひょっとして毛利探偵の?」
「あぁ、うん。娘よ」
「じゃあ他の子供たちは」
「知り合いよ。
眼鏡の子……コナン君だけはいろいろあってうちで預かってる子なんだけど」
麦茶を一口飲んで、蘭はほうっと息を吐く。
弥子は順調に一箱目の『有袋類のマーチ』を空にしつつあった。
「桂木さんも、事件の調査でこの島に来たのよね?」
「“も”ってことは、やっぱり毛利探偵も?」
「うん。でも桂木さんたちが調べにきた十四年前の事件っていうのとはまた別みたい」
やはりネウロの言った通り、修治の一件以外にもまだこの家には謎が眠っているらしい。
彼がご馳走を前に黙っているはずもない、いずれその謎の方も
調べることになるであろうことは明白だ。
そうなればしぜん、毛利小五郎の捜査を妨害するかたちとなるに違いない。
ネウロは何より自らの食事が邪魔されるのを嫌う。
名探偵と称される小五郎は、彼にとって自分の食事を奪う可能性のある天敵なのだ。
その小五郎の娘である蘭を前にして、弥子の胸中ではもやもやとした罪悪感が疼きはじめていた。
「そっか……他にもまだ謎があるんだ……」
「そうみたい。ここの娘さん、伊織さんに何か問題があるらしくてね……」
「わっ、わっ、ちょっと待って蘭さん。
いいの、私にそんなこと話して!」
「どういうこと?」
「だ、だって!」
弥子は決まり悪そうに俯いた。
「私、一応探偵だし……。
言うなればほら、蘭さんのお父さんの商売敵になっちゃうから」
蘭は一瞬目を丸くしたが、すぐにあっけらかんと笑い飛ばしてみせた。
「なんだ、そんなこと。
気にしないで、ここにいればきっといつかはわかっちゃうことだし。
隠しても仕方ないもの」
「そうだけど」
「それにね、桂木さんの推理を一回生で見てみたかったんだ。
犯人を指差す時はまるで探偵の神様が乗り移ったみたいだ、って
雑誌に書いてあったよ」
実際には神様より数百倍は質の悪い魔人が乗り移っているわけ
だが、もちろんそれを口に出来るはずもなく、弥子は引きつった笑いで答えるしかなかった。
「そんなわけだから気にしなくて平気だよ。
あ、でもお父さんにはあんまり近付かないほうがいいかも。
桂木さんに対抗意識燃やしちゃってるみたいだから」
「うぅ、やっぱりかぁ……」
「いいのいいの!
最近お父さん遊んでばっかりだったし、気を引き締めるにはちょうどいいと思うわ。
だから桂木さん、お父さんに遠慮しないでばしばし調査してね」
そうして蘭は、小五郎がこの島へやって来た理由を教えてくれた。
氷室家末娘の伊織は突然暴れ出すと言う奇病を患っていて、家人たちは心を痛めていること。
そして小五郎は彼女の病気の原因をつき止めてほしいと依頼され、氷室家にやってきたこと。
聞けば聞くほど、修治の依頼に負けず劣らずの奇妙な事件だ。
改めて氷室家が抱えた謎の深さを痛感する。
氷室伊織……姿を見たのは食堂でのほんの数分間だけ
だったが、遠目からでもわかるほど可愛らしい、人形のような美少女だった。
政隆が修治を怒鳴りつけた時、隣の少年にしがみついて
震えていた姿が痛々しくてよく印象に残っている。
だがその彼女のことで小五郎が調査に来ているとまでは思わなかった。
あの大人しそうな少女の中に、いかなる謎が内包されているのだろうか―――。
「ありがとう蘭さん、いろいろ教えてもらっちゃって」
「もー、だからいいってば。
これも私が話したくて話したことなんだから」
それから二人は事件になどまるで関係のない、至って普通の話をした。
学校のこと、好きな教科や苦手な教科、友達の話題や近所にあるおいしいケーキ屋の話―――他愛もない話はその分つきることもない。
蘭と話を続けるうちに、わかったことが三つある。
一つ目は、蘭は最初の印象通り気さくで優しい少女だということ。
二つ目は、彼女は弥子を特別扱いせず、ごく自然にひとりの女子高生として向き合ってくれていること。
三つ目は、そんな蘭に弥子はすっかり好意を抱き始めていることだった。
「そうしたらね、吾代さんが……」
「あはは!あんな怖い顔してるのに、可愛いところあるのね」
ひとしきり笑って喉が乾いたのか、蘭はごくごくと一息に麦茶を飲み干した。
すかさず弥子がおかわりを注ぐ。
「……ふふっ。なんか安心しちゃった」
「安心?」
「うん。天才女子高生探偵だってテレビとかでしょっちゅう言われてたから、きっとあいつみたいに事件にしか興味ない推理オタクだったりして、なーんて思ってたの。
でも桂木さん、すごく話しやすかったからよかったなって」
「あいつ?」
「うん……私の幼馴染みもね、探偵やってるの。
ほんとにただの推理バカで、いつも何かしら事件を追ってて、キザでかっこつけやでさ。
連絡ひとつまともにして来ないの。やんなっちゃう」
そう言う蘭の表情は嬉しげで誇らしげで、同時にどこか寂しげだった。
それだけでも“あいつ”が蘭にとって、とても大切な人物なのだと察することができる。
何より、その幼馴染みのことを話す彼女の顔は今まで一番、少女めいた色をしていた。
切なそうに溜め息をつき、かと思えばぽうっと頬を赤らめてみたり、うっとりと遠くを眺めてみたり。
乙女なオーラ全開の蘭を見て、弥子はひとり胸中で納得した。
叶絵から散々「あんたはこの手の話題に鈍すぎる」と
つっこまれていたけれど、やっと自分にもわかった気がする。
ひょっとしたら蘭が分かりやすすぎるだけかもしれないが、
何はともあれ、『これ』がつまりは『あれ』なのだ。
「……好きなんだね。その人のこと、すごく」
「へぇっ!?」
すっ頓狂な声を上げた蘭は、たちまち顔全体を真っ赤に染める。
なるほどなるほど、こうなってしまえば苦手な数学の方程式より簡単な問題だった。
「(わかったよ叶絵……これが恋する乙女、ってやつなんだね)」
「な、ななななな何言ってるの弥子さん!
誰があんな……新一みたいなミステリーオタクとっ!」
「へぇ、新一さんって言うんだ」
「わわわっ!?
違う、違うの!私は、その、新一とは本当にただの幼馴染みで!
別に恋心とかそういう感情はぜんぜん」
「ははぁ……。蘭さん、嘘つけないタイプでしょう」
真っ赤な顔で百面相をしている蘭は、先ほどの頼りがいのある
イメージからは一転して、慌てふためく小動物のように愛らしかった。
「(私も恋とかしちゃったら、このぐらいわかりやすいんだろうなぁ)」
弥子も年頃の娘であるから、そういった想像は折りに触れ何度も巡らせている。
きっと叶絵はすぐ見破って、からかいつつも応援してくれるだろう。
しかし真に恐ろしいのはなんと言ってもネウロである。
「我輩がキューピットになってやろう」などと言い出して、口にするのもおぞましい厄介事を次々引き起こすに違いない。
ひょっとすると彼がいる限り、自分に高校生らしい甘酸っぱい恋愛など望めないのではないだろうか―――そこまで考えて弥子は身震いをした。
それが、あまりにもありそうな話だったから。
「とっ、とりあえずこの話は終了!
それより桂木さん、ひとついいかな」
「えっ、うん。どうぞ」
「蘭さん、じゃなくて蘭、でいいよ。
その代わり私も弥子ちゃんって呼びたいの」
「……うん!わかったよ、蘭ちゃん」
「じゃ改めてよろしくね、弥子ちゃん」
蘭の笑顔が何しろたいへん魅力的だったものだから、弥子も負けじと満面の笑顔を返してみせたのだった。
投下終了。
蘭と弥子のやり取りについては、構想だけかなり初期のころからあったもの。
もっと可愛いらしく、今時っぽく女性陣の描写が出来るようになりたいもんだ。
ネウロのキューピッド姿を思わず脳裏に浮かべてしまったw
ネウロ連載前の初期設定は謎じゃなくて愛を喰う魔人だったらしいから
キューピッドネウロはありえたんだよな、恐ろしい事に…w
蘭と弥子が会話を・・・!! その場にいたいなw
ところでココはどっちの作品も知ってる人が多いのか?
それともかたっぽだけ? と思うたが、今時コナンを知らん人こそ少ないだろう
ネウロはマイナーな方だったとはいえジャンプ漫画だったし、アニメ化もしたからそこそこ知名度はあるんじゃない?
コナンはもう国民的推理漫画みたいな感想だし。
ジャンプをなめるなよ☆
俺はネウロの方が好みだな
コナン全巻持ってるという猛者はいないのか?
>>67 4○巻まで頑張って集めたけどなあ、やめちゃったw アニメも
映画だけは、1作目から皆勤で行ってるけど
だれるよ・・・
続き楽しみすぐる
蘭×弥子なのか弥子×蘭なのか
それが問題だ
時間があれば蘭や弥子やその他イロイロ描きたい
探し屋も忙しいだろうが、時節柄インフルとか気をつけてな!
続き楽しみにしまくってるよ!
乙&GJ。
色がなくても、これはこれで黒白のコントラストが利いてていい味出してると思う。
確か小説ページのトップにも画像貼付け可能だった気がするので飾ってくるよ
インフルは一回(新型じゃないけど)にかかってわりと本気で地獄を見たので
今はすげー気を配ってます。
手を洗うのに一分ぐらいかけてる
蘭や弥子も楽しみにしてるぜ。
応援ありがとう。
ネウロ2話の扉絵オマージュか。これだけ描けるのになぜjpg変換知らんのw
たぶん一番簡単なやりかた(winの場合)
デフォで付属してるペイントでbmp開いて、名前を付けて保存の時に
ファイルの種類でjpg選んで保存。
探し屋Sさんもbmpのまま貼らないとは思うけど一応。
画像といえばスレ1.7でやってた
縦に「名探偵コナン」横に「魔人探偵脳噛ネウロ」で
「探」の字がクロスっていうの、画像でやったらいいんじゃない?
それこそペイントでも作れる筈。
75 :
71:2009/09/07(月) 18:47:20 ID:bPKRNqPY
>>74 わかった、やってみる。助言thx
>>73 探し屋S氏
てわけで、前スレのアイデアをお借りしたいんだが、
貼り付けはちょっと待ってもらえるか?
明日明後日までにはあげられるとオモ
もう作業に手つけてたらスマソ
つかいま
>>72見たら探し屋SのSがない、
重ねてまじスマソ
了解しました
そんなわけでちょいとサイト説明ページの絵を降ろしてくる
楽しみにしてるよー
小説のほうも9月14日ぐらいには投下できそうな感じなので
いつも通りのんびり待っててくれ
77 :
71:2009/09/10(木) 01:01:40 ID:WWT7iLeR
ほしゅ
保守
放置プレイとはなかなかやるなお主!!
ほしゅ^ω^)
保守ついでにふと思った
コナンと同一世界ってことは、石垣は仮面ヤイバーとか見てるのだろうか
探し屋S氏、このスレいつも楽しみにしてるが無理はしないでなー
【Discord】
理緒が戻るまでのたった数分が、コナンには気が遠くなるほど長く感じられた。
視線、態度、動作、ネウロの一挙一動すべて、吐息のひとつひとつまでもが強固な糸になってコナンをきつく縛り上げる。
『―――ほんとうに?』
コナンの“自己紹介”を聞いた上で、彼は確かにこう囁いた。
それはつまり、彼がその名に隠した大きな嘘を―――すなわち
“江戸川コナン”は彼の本当の名ではないことを指しているのではないだろうか。
だとしたらこの男は、目の前の少年が“江戸川コナン”ではなく“工藤新一”である
という、コナン自身が抱えた謎の核心に踏み込んでいることになる。
彼の正体を知る人間は数少ない。
阿笠、哀、服部―――そして“新一”を“コナン”にした張本人、黒の組織。
「(こいつ、まさか……!)」
自らの推測にコナンは全身から血の気が引くのを感じた。
この異様な男が、コナンや灰原を追って来た黒の組織の一員だとしたら。
思わず哀のほうを見た。
彼女は黒の組織の気配に敏感だ。
もしネウロが組織の人間ならば、哀にも何らかのリアクションがあるはずである。
しかし、視線の先にいる哀にそのような素振りはいっさい見えなかった。
紅茶を片手に伊織や歩美の話に耳を傾け、時折相槌を打ったり、微笑んだりしている。
ネウロのことなどまるで気にしていない様子だ。
ではこの男は何者なのか。
組織の人間でないなら、コナンに対して必要以上に威圧をかけてくるその意味は。
いや、そもそも『この男は江戸川コナンが自分の本名でないことを知っている』という前提自体が間違いなのかもしれない。
ただ単純に、『脳噛ネウロ』と同じくらい奇妙な『江戸川コナン』という名に興味を示して「ほんとうに?」と聞き返した可能性だって否定はできないのだ。
しかしそれではこの威圧感の意味が―――。
一度迷い込んだ思考の迷路は、巧妙に張り巡らせた蜘蛛の巣のように、二度とコナンを離すまいと絡み付いてくるのだった。
「お待たせしました」
新しいバスケットを提げて、理緒がバラ園に戻ってきた。
彼女の後ろには野添の姿もある。
「先ほど掃除を終えたところを見掛けたから、お茶はどうですかってお誘いしたの」
「あっ、じゃあ早速紅茶淹れますね」
「すまないね、美鈴くん」
美鈴が野添の紅茶を用意しているあいだに、理緒がネウロのカップに紅茶を注ぐ。
「脳噛様は、お砂糖はおいくつですか?」
「僕は砂糖は結構です。いや、いい匂いですね」
そう言うわりに、ネウロは一向にカップに手を付けようとしなかった。
カップからゆるやかに立ち上る湯気を眺めて、何をするわけでもなく座ったままでいる。
ただ時折紅茶の薫りを楽しむように目を細めては、深くその薫りを吸い込み、陶然と息を吐いていた。
しかしその視線は、カップの中で渦巻く紅茶ではなく―――コナンに向けられていた。
「あぁ―――本当に、いい匂いだ」
「(なんでそこで俺を見るんだよ……)」
「そうだわ美鈴、そのカップを扱う時は気をつけてね」
紅茶を注ぎ終えた美鈴に、理緒が声をかける。
「はい?」
「そのカップ、武夫様のお気に入りなのよ。
だから落としたりしたら大変」
美鈴が身体を強張らせた。そろそろと自らの手にある、青いストライプのカップに目を落とす。
“武夫のお気に入り”という重い肩書きを得たカップは、美鈴の手を緊張に震えさせるのには十分すぎる威力を持っていた。
これでは野添へのたった何メートルしかない距離を無事歩ききれるかも怪しい。
あと一歩というところで盛大につまずいて、カップを見事に割ってしまう姿が目に見えるようだ。
「ちょっ、美鈴!言ったそばから危ないわよ!?」
「どうやら警告は逆効果だったようだね、理緒くん。
そのままでいてくれ美鈴くん、私が取りに行くから」
「はいぃ……」
カップを持つ際に手が滑るのを防ぐためか、野添はしっかり手袋を外してテーブルの上に置く。
無造作に放り投げて置くわけではなく、きちんとまとめてから置いておくあたりにベテランの執事らしい品の良さを感じた。
先ほどの坂吹ならまずこうはいかないだろうと思う。
ソーサーの上で危なっかしい音をたてているカップを野添はそっと取り上げて、穏やかに言った。
「一人前への道は遠いな」
「すいません、野添さん……」
「謝ることではないよ。頑張りなさい」
「……はい!」
よろしい、と頷く野添。
ふとカップに目を落として、彼は感慨深げに息をついた。
「懐かしいですね。確か武夫様となつめ様と修治様、それに政隆様がフランスへ家族旅行に行かれた際のものだ。
まだ修治様は六歳、政隆様は三歳でした」
「いいな、兄さまたち……。私も家族旅行、行ってみたいわ」
うなだれる伊織に、野添は穏やかに微笑みかけた。
「伊織様ももう少し大きくなって、もっとお身体が丈夫になれば必ず武夫様が連れて行ってくださいますよ」
「本当?ねぇ、その時は修治兄さまも来てくださるかしら?」
「えぇ、きっと」
伊織は目を瞑って、さっそく楽しい家族旅行について思いを馳せはじめている。
ところが再び彼女が瞼を持ち上げた時には、大きな瞳が今にも泣きそうに潤んでいた。
「伊織様―――」
「けど……政隆兄さまと修治兄さまはあまり仲がよろしくないみたいだし……やっぱり、だめなのかしら。
どちらかが来てくれなかったら、家族旅行じゃなくなっちゃうのに……」
「伊織様」
そうして再び俯いてしまった伊織の髪を美鈴がいたわるように優しく撫でる。
カップをテーブルに置いて、野添も伊織のそばへやってきた。
「……ご安心ください伊織様。政隆様は少し心の整理が出来ていないだけなのです。
時間が経てば必ずまた、昔のように」
「野添さん……」
「そうだわ、伊織様。私から提案があるのですけれど」
ぱん、と暗い雰囲気を払拭するように理緒が両手を叩いて明るく声をあげた。
「伊織様、修治様のお部屋に遊びに行かれてはいかがですか」
「修治兄さまのお部屋に?私が?」
「えぇ、修治様も可愛い妹の姿を見たいに決まっていますもの。
けれどずっと家にいなかった自分から尋ねて行くのも少々気まずいと思っているかもしれませんし……伊織様からお尋ねになったらきっと喜びますよ」
理緒の提案に、野添や美鈴も次々と賛同した。
「伊織様が間に入れば、修治様と政隆様のやり取りも少しはスムーズになるやもしれません」
野添の一言が決定打となった。
修治への手土産にと理緒にスコーンをいくつか包んでもらい、伊織および少年探偵団はかくして十四年ぶりに帰って来た氷室修治の部屋へ赴くことになったのである。
「コナンくん、早く行こっ」
「あ、うん……」
歩美に急かされてコナンも立ち上がる。
横を見ると、至極当然のようにネウロがこちらを見つめていた。
―――脳噛ネウロ。
これから嫌と言うほどに頭の中で渦巻くであろうその名を、コナンはゆっくりと噛み締めた。
伊織たちを見送ったあと、美鈴もそろそろネウロを別の場所に案内しようと彼のほうへ振り返る。
「脳噛さま……?」
いない。
ネウロの姿は忽然と、まるで白昼夢さながらに消え失せた。
一口たりとも口がつけられていない紅茶だけがテーブルに残されて、ただ冷めゆく時を待っていた。
あてがわれた部屋のベッドで張り付くように眠っていた吾代の背中を、ネウロは勢いよく踏み付けた。
「ぐえ」
「起きろ雑用。仕事をくれてやる」
襟元を引っ掴んで、強引に吾代の身体をベッドから引きはがす。
ようやく得られたささやかな休息をぶち壊された吾代の
不機嫌メーターは一瞬にして最高値を振り切った。
「てめぇ……今何ぬかしやがった?」
寝起きのせいかますます悪くなった目付きをネウロに向け、件の地を這うような声を喉から絞り出す。
美鈴が見たら一瞬にして卒倒するであろう気迫だった。
が、いま吾代の目の前にいるのはネウロである。
髪の毛の一本さえ動じた様子もなく、
「起きろ雑用。仕事をくれてやる」
「ご丁寧に一言一句そっくりそのまま繰り返しやがってっ……!」
「貴様が我輩に何を言ったのかと問うてきたからではないか。
まったく貴様の脳はどこまで退化しきっているのやら……鶏だって三歩歩かなければものを覚えていられるというのに、貴様は鶏以下か。
……ん?あぁ、すまん、そういえば貴様はゾウリムシだったな。もとより鶏などと肩を並べられる存在ではなかった」
「黙れテメェ!
だいたいここは俺の部屋だろうが、勝手に入ってくんじゃねぇ!
プライバシーの侵害だコラ!」
今更ネウロという不条理の塊になにを主張したところで
片っ端からへし折られるのは目に見えているのだが、それでも抵抗(悪あがきとも言う)せずにいられないのが吾代という男である。
どうせ「奴隷にプライバシーなどあると思っていたのか」だのと
鼻で笑われるのが関の山だと思っていたが、ネウロは吾代の予想の斜め上を行く答えを寄越してきた。
「ここは我輩の部屋だぞ?」
「……あ?」
「ここは正真正銘、我輩の部屋だ。
メイドから聞かなかったか?」
そんなはずはない、と吾代は寝起きの頭をフル回転させて記憶を引っ張り出す。
あの気の弱そうなメイドは、ここに自分を連れてきたときなんと言ったか?
『それではこちらが……その、吾代様のお部屋になります……』
か細い声ではあったが、確かにそう言ったのは聞こえた。
「……てめぇこそ頭イカれたんじゃねぇのか。
あのメイドは俺の部屋だって」
「違う」
さながら聞き分けのない子供を諭すように人差し指を立て、ネウロは吾代の鼻先にそれを突き出した。
「貴様と、我輩の、部屋だ」
「……………な」
認めたくない現実がいやおうなしに頭から浴びせられる。
それがどういう意味なのかを理解した瞬間、吾代は喉の奥から絶叫の限りをほとばしらせた。
「こ、こ、こ、この化け物とっ、ど、どどどど同室だと……!?」
「何か問題が?」
「大ありだ!冗談じゃねぇ、ここは、ここは……」
「貴様は疲労で頭が朦朧としていたから聞き逃したのだろう。
メイドは確かに我輩たちの部屋だと言ったぞ?
だいたい周りを見てみろ、一人用の部屋にベッドが二つもあるものか?」
言われて室内を見回してみると、吾代の隣にはもうひとつベッドが据え付けられている。
部屋に入ってすぐわき目も振らずにベッドへ倒れ込んだ吾代は、その存在に気がつかなかったのだ。
疲労で半分意識も朦朧としていたので、部屋の様子に気を払う余裕などなかったのである。
「マジかよ……洒落になんねぇ」
「なんだ貴様、そんなに我輩と一緒の部屋なのが―――」
頭を抱えて呻く吾代に、突然ネウロは眉を下げてわざとらしい困り顔をしてみせた。
更に小さく首を傾げて、弱々しく一言。
「ヤなのか?」
「―――!」
本能的に命の危機を感じた吾代は、思考するより先に首を横にぶんぶん振ってしまっていた。
「ならばいい。
では仕事の話だ。
今すぐメールか何かで貴様のダメ上司に連絡を取れ」
「おっさんにか?」
「調べてもらいたいことがある」
渋々ながらも吾代はポケットから携帯を引っ張り出した。
「で?何聞きゃいいんだ?」
ネウロはわずかに唇の端をつり上げ―――そして吾代の知らない名前を、歌うように告げた。
「高校生探偵、工藤新一についてだ」
投下予定日から大幅に遅れてしまった、申し訳ない。
仮面ヤイバーは石垣も見てると思います。
フィギュア買って改造して笹塚に気持ちよく壊されてると思います。
>>72 おお、バージョンアップしとるww
格好いいイラストをありがとう。
サイト説明のとこに飾らせてもらいます。
久々に、なんとなくかけてたBGM一覧
(`曲´)
Nest
(ネウロとコナンのシーン)
いずれもkiller7オリジナルサウンドトラックより
Lemurianische Ruine
(弥子と蘭)
Wiser Hund
(バラ園にて)
いずれもEver17より
度重なる保守・支援ありがとうございます。
これからも頑張ります。
88 :
!:2009/09/19(土) 02:18:32 ID:1ooQi4g9
投下ありがとうございます。
最近知って読ませてもらっていましたが、ネウロ・コナン双方の味か出ていて楽しく読ませてもらいました。
今後も気長に作品の投下を待たせていただきつます。
89 :
創る名無しに見る名無し:2009/09/21(月) 02:44:59 ID:D4tsViPP
今までのところネウロに圧されっぱなしだなコナンwww
巻き返しに期待age
あれ、モバイル保管庫トップページ内のリンク死んでない?
PCからなせいか見れない…
91 :
90:2009/09/22(火) 20:47:50 ID:EO+iqRbB
ごめん、見れるようになってた
ほっしゅ!
考えてみれば周りにあれだけ人がいるのに、弥子を「弥子ちゃん」と呼ぶのは笹塚だけだったから、蘭の弥子ちゃん呼びは結構新鮮に聞こえる
弥子はけっこう色んな呼び方されてるからなぁ。
というか、ほぼ一人につき一つの呼び名があるんだよな…
ヤコ=ネウロ、弥子ちゃん=笹塚
桂木=ヒグチ、探偵=吾代、石垣
探偵さん=アヤ、お姉ちゃん=睦月、
あと常にフルネーム呼び=早坂兄弟、HALとか。
ほしゅ
ところで探し屋氏、原作ネウロは読み終わったんですかい?
96 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2009/09/30(水) 21:16:19 ID:SzQT8TcP
>>95 読んだ。
最終回の弥子に時代の流れを感じたよ。
あと笹塚退場には純粋にびっくりした
アニメに続きがあったら、やっぱり笹塚ああなっちゃうんかねーと友人に聞いたら
「アニメ笹塚と原作笹塚はだいぶ違うから死なないんじゃない?
そもそもアニメ自体原作とは違う路線行っちゃってるし」
「よくわからん、どんくらい違うの?」
「ゲーム版ギャラクシーエンジェルとアニメ版ギャラクシーエンジェルぐらいだ」
「理解した」
とりあえずコナンvsネウロ以外になにか気の利いたタイトル考えたかったけど
『2chサスペンス劇場
名探偵邂逅す!美しき四兄妹(一部例外含む)に隠された真実…赤きバラはウィスキーの香り』
これしか出なかった。
俺はたぶん二時間ドラマの見過ぎなんだろう。
題名長すぎるwww
このスレタイでよかったよw
>美しき四兄妹(一部例外含む)
はっきり美形描写があるのは伊織だけじゃないか
一部どころじゃねぇw
題名見た途端に、火曜サスペンス劇場のテーマがリアルタイムで脳内再生されたw
エンディングは歴代の中ではどれが似合うかな…
個人的に「聖母たちのララバイ」を推したい所だが、合わなすぎるなwwww
ハナミズキが妥当か
ルパンvsコナンみたくアニメになるとしたら、
OPやEDはおまいらどんな曲がいい?
OPはルパンみたいに、歌詞が無いテーマ曲か、英語の詞の歌。
EDはバラード調の歌か、シックなJazz
そんな酒の似合う大人のイメージで一つ頼みたい
ていうかそれルパンのイメージじゃね
OP:ギリギリChop
ED:孤独のヒカリ(ちゃんと一番フルで)
がいいかな
探し屋氏が使ってるBGMが欲しいんだけど見つからないわ
それ流しながら一度聞いてみたいんだけどねェ
ネウロファンのことだからそのうち
本格的なのが作られたりしてww
ほーしゅ
EDはアリプロの「汚れなき悪意」がいいなーと思ったけど
コナンには合わないかな…?
この歌、アヤさんが歌ってるように聞こえて仕方ないんだよなー
あと、この曲名でググって一番最初に出たページの画像のキャラが一瞬ネウロに見えて焦った
>この歌、アヤさんが歌ってるように聞こえて仕方ないんだよなー
それ思いっきり某動画の影響じゃあ?ww
OPを万象の奇夜って曲でイメージしてる奴も某所別スレにいたな
探して聴いてみたが、ちょw曲調荘厳すぐるww
いったいどんなイメージなんだ
110 :
108:2009/10/12(月) 19:38:42 ID:u5RRTLG0
いや、違う。2ch内だ。書き方が悪かったな。
ここじゃない、某板の某スレって意味に取ってくれ。
ほしゅー
保守してあげないからねっ
実写化したら
コナン→子ども店長の子
ネウロ→谷原章介
で決まりだな
なぜ谷原
助手モードの胡散臭さだけならともかく
奴にネウロの異様さが表現できるとは思えんが
115 :
!:2009/10/27(火) 10:49:22 ID:vL+GLRDH
海老蔵はどうだろ
ネウロは意外に童顔というか、顔が丸いからな…
117 :
創る名無しに見る名無し:2009/10/31(土) 19:13:21 ID:9RnaIvs4
今のコナンのオープニング、高木と佐藤が互いに警察手帳を出す場面で
高木の隣に石垣、佐藤の隣に笹塚を脳内配置して楽しんでるw
ちなみに石垣の警察手帳には萌えなトレカが入っていて笹塚に睨まれる
なんという良スレ
続きが楽しみだ
>>116 ネウロはCG。これ最強。
キャラ紹介見直したが長男と長女で18歳以上年が離れてるってのもどうよ
次男と三男も間空きすぎではなかろうか
三次元のネウロはフィギュアで十分
保守
121 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2009/11/10(火) 22:00:20 ID:E1vrmJX+
お久し振りです探し屋です。
事情により前回投下から一か月ほど経ってしまったが、なんとか再開。
【Discord/Consonance】
いざ修治の部屋の前までやってくると、緊張のあまり伊織は尻込みしてしまい部屋のドアをノックすることすらためらった。
伊織が生まれるより前に家を出て行って、数時間前までは写真の中でしか存在を知らなかった兄。
まず何を話しかけたらいいのか、どんな態度で接したらいいのか―――伊織はそんな不安を口にした。
その上、あの一悶着を見てしまっては、兄の帰還にただ喜んでばかりいられるはずがない。
「大丈夫だよ、伊織さん。
野添さんたちだって言ってたじゃない、きっと修治さんも伊織さんに会いたいはずだって」
コナンの励ましにもまだ不安げな伊織にしびれをきらしたのは元太だった。
「もー、じれってぇ!男は根性だぞ姉ちゃん!おじゃましまーすっ!」
「あっ、ちょっと待て元太……!」
コナンの制止も聞かず、元太は勢いよくドアを開けてずかずか中へ踏み入っていく。
開いたドアの隙間から柔らかな音が流れ出して来て―――ふつりと途切れた。
「兄ちゃん、伊織姉ちゃんのアニキだよな?
伊織姉ちゃん連れてきたぜっ!」
すかさず光彦と歩美が伊織の背をぐいぐいと押す。
突然のことに虚をつかれぽかんとしている修治の目線と、伊織の目線がぶつかった。
「あ」
先に声をあげたのは修治だった。
左手に携えたバイオリンからするに、先ほどの音色は彼の奏でていたものだったのだろう。
紅茶を引っかけられたTシャツから清潔な白のポロシャツに
着替え、少し長めの後ろ髪をうなじのあたりでちょこんと結んでいたが、やはりどうにも冴えない印象がついてまわる。
深い飴色をした、いかにも高価そうなバイオリンとの
ミスマッチさがそれに拍車をかけていた。
「えーっと……とりあえずはじめまして、かな。
一応きみの兄貴の修治です」
「い、伊織です!はじめまして、修治兄さま」
「そして俺たちが少年探偵団!」
「あ、氷室修治です」
紙人形のように細い身体を折り曲げ、修治は元太たちに一礼する。
「ねぇ、さっきバイオリン弾いてたのお兄さん?
すてきな演奏だったねえ!」
歩美が修治のバイオリンを示す。
「数少ない商売道具だからね。
一応音楽の他に手品も出来るよ、みかん浮かせたり親指取り外したり」
「(そりゃすげぇや)」
思わずがくりと肩を落とすコナン。相変わらずどこかずれた男である。
「修治兄さま、音楽のお仕事をなさっているの?」
おずおずと尋ねる伊織に、修治は軽く頷いた。
家を空けていた十四年、彼はホテルのラウンジやバーでの演奏で生計を立てていたのだという。
すると何故か伊織は目を輝かせはじめ、その頃の話がもっと聞きたいとせがみ始めた。
十四年前、母・氷室なつめの事故死(事故死、と言った時に
なぜか修治にためらう様子があったのが気になる)を期に、彼は屋敷を離れて本土で暮らし始めた。
ここまではコナンも理緒から聞かされて知っているし、伊織も武夫あたりから聞いているだろう。
さて、屋敷を出て本土にやってきたはいいものの、当時ほんの
十八歳の子供であった修治に日々のあてなどまずなかった。
荷物は着替えといくらかの小遣いが入った財布、そしてバイオリンだけ。
氷室の屋敷でお坊ちゃまとして育った世間知らずに生来の
楽天家ぶりが拍車をかけた結果、修治はものの数日で路頭に迷うはめになった。
本土には親戚も知り合いもいたが、それに頼る気は毛頭ない。
そこで修治は、昔見たアニメのワンシーンを思い出したのである。
道端でバイオリンを弾いて日銭を稼ぎ、猿と一緒に旅する男の子の話。
彼はすぐさまそれを実行に移した。
夜になるとなるべく人通りの多そうな場所を選んで、何曲かのクラシックを演奏することにしたのだ。
毎日の食費が稼げればいいかな、俺少食だし、とのんきなことを
考えていた修治だが、すぐに食費どころの話ではなくなった。
修治が演奏を始めるやいなや通行人は次々に足を止め、一曲目を
弾き終えると割れんばかりの拍手が彼を包んだ。
好調すぎる滑り出しに不思議そうな顔をしている修治に声を
かけてきたのが、今勤めているジャズクラブのオーナーだったのだという。
三才の頃から受けて来た音楽の英才教育が、ここまで大いに
役立つとは修治自身夢にも思わなかったに違いない。
武夫が聞けば間違いなく嘆くだろう。
しばらくはそのジャズクラブで働きながら寝泊まりし、時間が
ある時はさらにホテルや別のクラブでもピアノやバイオリンを弾いた。
だいたいの職場の人間は修治の身分を詮索することもなかったので、気楽だった。
ほどなく修治は都内のアパートを借りるだけの金を得て、少ない荷物とともにそちらへ移り住んだ。
それから先は周知の事実である。
かようにして修治は実に十四年間、実家との交流を一切断ち切ってひっそりと暮らして来たのだった。
「修治兄さまは、すごいのね」
修治が語り終えるころには、伊織の瞳はすっかり修治への
尊敬の念できらきらとなっていた。
「すごくないよ。親父たちからしたらただの不良息子じゃないか」
「だって修治兄さま、十八歳からずっとおひとりで生活なさってきたんでしょう。
自分でお金を稼いで、ご飯を作って……。
私にはとても出来ないもの。
それどころかすぐに熱を出してみんなを心配させてしまうのよ」
「心配かけさせた度合いなら、俺のほうが遥かに勝ってると思うけど」
苦笑しながら、修治は弓に松脂を塗る。
その作業を伊織は興味深そうに見つめていた。
「伊織さんは、何か楽器は習ってないんですか?」
目が痛くなりそうなほどぎっしりと音符が並ぶ楽譜から顔を上げ、光彦が問う。
伊織は恥ずかしそうに、
「お歌を、ちょっとだけ」
「歌なら俺だって歌えるぜ!かーえーるーのうーたーがぁ」
「声楽ってことね?」
調子はずれの元太の歌声を無視して、哀が割って入る。
「へぇ、伊織は声楽か。親父とおふくろの趣味で、俺たち兄弟は全員音楽をやらせるって決めてたから」
「そういえば海斗兄さまもフルートをやってらっしゃるわ。
でも『恥ずかしいから』ってクリスマスやお正月ぐらいにしか吹いてくれないのよ」
「海斗が生まれたばかりのころは親父、トランペットをやらせるんだって譲らなかったんだけどなぁ。
そういや政隆は?
あいつも俺と同じで、ピアノとバイオリンやってたはずだけど」
「政隆兄さまは海斗兄さまとは大違いよ。
私がお願いするとすぐになんでも弾いてくれるの。
本当に優しくて……あっ」
そこで伊織はしまったと言わんばかりに口を両手で押さえた。
修治の前で気軽に政隆の話をするには、ふたりの間には大きな
溝がありすぎるということをつい先ほど彼女は自分の目で確かめたばかりだというのに。
伊織の気まずさを察したのか、修治が気にしないでと声をかけた。
「話を振ったのは俺だし。
そっか、政隆は優しいんだ。じゃあよかった。
って言ってもあいつ、昔から優しいし、俺の何倍もしっかりしてるから大丈夫かな」
「修治兄さまだって十分しっかりしてるわ」
「ありがとう。お礼と言ってはなんだけど、一曲プレゼントするよ」
バイオリンを持って立ち上がった修治に、伊織と歩美が歓声をあげた。
コナンたちも拍手を送り、修治がバイオリンを構えたその時、控え目なノックが聞こえた。
どうぞー、と間延びした声で修治が応じる。
「あっ、でも新聞なら間に合ってます」とその後大まじめに付け加えたのをコナンは聞き逃さなかった。
「修治さん、お菓子食べませんか……あれ?」
「あっ、コナン君!なんでここにいるの?」
「らっ、蘭姉ちゃん……?」
やって来たのはあまりにも意外な組み合わせの二人組―――蘭と弥子だった。
さしものコナンも一瞬混乱した。
修治の依頼主である弥子が修治を尋ねてくるのならばまだ
自然な流れだが、それに加えて蘭が、しかもまったくの初対面で
あるはずの弥子と並んでやって来るというのは不自然極まりない話である。
「ねぇ、ひょっとしてあの子がコナンくん?」
「うん。可愛いでしょ?」
「んー、なんかすっごく頭良さそうな子だね。まだ小学生なのに」
「あ、わかる?コナン君ね、妙に大人びてるのよ」
しかも物凄く打ち解けている。
コナンはたまらず声をあげた。
「蘭姉ちゃん、どうして桂木探偵と一緒にいるの?」
「弥子ちゃんが修治さんと話がしたいって言うから、ついてきちゃったの」
「(弥子ちゃん!?)」
「そんな大した話じゃないもん。平気だよ蘭ちゃん」
「(蘭ちゃん!?)」
弥子と修治の会話にも興味はあるが、今はそれよりいつの間にこの二人が弥子ちゃん蘭ちゃんなどと呼び合う仲
になったのかがコナンにとっては真っ先に知りたい問題であった。
「修治さん、これどうぞ。北海道限定『芋畑キャラメル』です」
「あ、これうまいって話ですよね。
どうも」
「すげー!桂木弥子だっ!本物だぁっ!」
途端に元太たちが弥子のもとへどっと押し寄せる。
哀は歩美に、コナンは光彦にそれぞれ手を引かれ、横一列に並ばせられた。
「俺、小嶋元太!」
「円谷光彦ですっ!」
「吉田歩美でーす!」
「……灰原哀」
「江戸川コナンです」
『五人合わせて、少年探偵団!』
お決まりのキメ台詞を元太と光彦と歩美がユニゾンする。
子供ならではの勢いに最初は目を白黒させていた弥子も、その微笑ましさに笑みを零した。
「はじめまして、少年探偵団さん。
お近付きのしるしにお菓子でもどうぞ」
屈みこんだ彼女はどこから取り出したのか色とりどりの
棒つきキャンディをコナンたちひとりひとりに手渡す。
キャンディを渡されてから、コナンは他の三人がそうしたように彼女に握手を求めた。
コナンの小さな手に、照れくさそうに笑う弥子の手が触れる。
しっとりとして柔らかい、女の子の手だ。
少しつめたい弥子の指先を感じ、コナンは幾度となくその
人差し指が解決してきたであろう事件に想いを馳せた。
名探偵の人差し指は、手よりもひんやりとして、かすかに甘い匂いがする。
きっとここに来る前にお菓子を食べたのだ。それも大量に。
年頃の少女の例に漏れず、彼女も甘いものが好きらしい。
唯一普通の少女と違うのは平らげる量だけだ。
爪はきれいに磨かれていて、ぎざぎざと尖っていない。
そんなことにいちいち気がつくたびに、想いを馳せていたはずの
事件の数々が急にふわふわと揺らぎはじめる。
繊細で、どこまでも女の子であることを主張する彼女の手の
せいであることは容易に想像がついた。
「ありがとう、桂木探偵」
お礼を言うと、どういたしましてと困ったようにはにかむ。
「(……参ったな)」
これでは彼女は、桂木弥子はほんとうにただの女の子ではないか。
弥子の存在が近くなる度に感じる違和感は、コナンの中にまた新たな疑問の一滴を垂らして行く。
頭の中でマーブルのように混ざりあう疑問たちは、片方は
毒々しい緑色で、もう片方はふわふわしたピンク色というおかしな組み合わせである。
けしてどちらの色に偏ることもなく両者はぐるぐると
回り続け、完全に混ざりあうことはないように思えた。
投下終了。
前回ネウロ対コナン、今回は弥子対コナン。
コナン、今度は弥子に困惑するの巻。
散々気になっていた相手なので、いちいちいろいろ気になってしまう。
ネウロは気になるとかそういうレベルじゃなく、勝手にコナンの心に入り込んできてる感じ。
乙です!
ちょこちょこチェックしてたが、まさかリアルタイムで投下に遭遇できるとはw
続き来た!
これからも応援してます!
弥子がくれたキャンディを舐めながら、コナンはしばし修治の演奏に耳を傾けた。
多くの音楽家がそうであるように、演奏をする修治のようすはまるで別人のようにきりりとしている。
バイオリンから紡ぎ出される音色は優美で透明感があり、心地よく身体に染み入った。
かすかな余音が空気を震わせ、演奏が終わる。七人ぶんの拍手が盛大に鳴り響いた。
曲目はバッハの代表作『メヌエット・ト長調』。音楽に疎いコナンも知っているメジャーな曲だが、伊織だけは知らないと見えて演奏が終わったあとに修治に曲の名前を尋ねていた。
「ジャズの技巧とかもちりばめて自分なりにアレンジしてみたんですよ。
あのまま屋敷にいたら間違いなく出来なかったことのひとつですね」
家族との断絶という大きな代償と引き換えに得たささやかな技を、修治はほんの少しだけ得意気に話した。
ただ断絶、といっても結局住所も自宅の電話番号も武夫に調べあげられて定期的に手紙を送られていたようだし、電話での連絡も彼が電話を壊すまでは回数こそ少ないが確かにあった形跡が伺える。
彼の話から推測するに期間にしておよそ一年近くは、修治と氷室家にはか細いながらも交流の糸があったことになる。
するとコナンの脳裏にある疑問が再浮上して来た。
なぜ修治は、武夫の再婚に関して何も言わなかったのか。
いきなり自分を兄と呼んだ初対面の少女をすぐ妹と認識し適応するまでの早さから察するに、伊織のことも聞いているはずだ。
やはりこの家は、伊織の病気以外にも何かを抱えている。
そしてそれを指し示すキーワードこそが、
「(……十四年前の、“事件”)」
修治は一度“事故”、と言ったあとにわざわざ“事件”と言い直している。
この意味はたったひとつ、それが事故ではなくあくまで人為的に起きた事件であることを強調するためだ。
修治の言葉に凍り付いた雰囲気、明らかな動揺を見せた古株の使用人二人と武夫、そして政隆。
十四年前の事故、言われれば真っ先に浮かぶのは不幸な事故によって亡くなったという氷室なつめのことだ。
「(あれが、“事件”だったって言うのか……?)」
自問するまでもない。
武夫たちの狼狽ぶりが、その事実を物語っている。
―――すなわち、あれはただの事故ではなかったと。
十四年前の事故(修治曰く事件)の再調査、それはこの氷室家のタブーとも言うべき領分に踏み込むものなのかもしれない。
「(あるいは、伊織さんの病気との関係も……)」
修治からもう少し詳しい話が聞きたくなったコナンだが、
「すごいわ修治兄さま!私、もう一曲聞きたい」
「ははは、アンコール?」
「だって何曲だって聞いていたいもの。そうだわ、この曲がいい」
「アメージンググレースか。だったら伊織もアカペラで参加してよ」
「えぇっ!?」
「伊織が参加しないんじゃ、兄さまも弾かない」
「うぅ、修治兄さまも意外といじわるなのね」
そう言う伊織の顔は嬉しさにほてり、頬はいよいよみずみずしく赤みを増していた。
修治はそっと伊織に手を伸ばす。
一瞬だけ躊躇してから、ゆっくりと彼女の頭を撫でた。
「……?どうなさったの、修治兄さま」
「ううん、なんでも。
伊織はきれいな髪をしてるね」
「(……この雰囲気じゃ、聞くのは気が引けるしな。ま、後で聞きゃいいだろ)」
和やかな兄妹の時間に割って入るほどコナンも無粋ではない。
弥子もコナンと同じ考えらしく、修治と伊織の様子を暖かく見守っているだけだ。
修治が空いた自分の左手をきつくきつく握り締めていることに、二人とも気付かぬまま。
「(ん?)」
ふと、背中のあたりに熱心な視線らしきものを感じてコナンは振り返る。
目を凝らす。ほんのわずか開いた部屋のドアの隙間から、誰かが室内を覗き見ている。
「ねぇ修治さん、ドアの外に誰かいるみたいだよ?」
「えっ?」
修治がそちらに目を向けると、ドアの外の気配があからさまにたじろいだ。
それから逡巡するような間が何秒か続き、やがてドアがためらいがちにのろのろと開く。
現れたのは線の細い美少年―――氷室海斗だ。
「海斗兄さま!兄さまも修治兄さまに会いに来たの?」
「……まぁ、そんなとこ」
伏し目がちな彼の右手には、黒い革張りのケースが携えられていた。
「それ、フルートだよな。
俺に聞かせに来てくれたの」
修治の問いに、海斗はほとんど日焼けのない白い肌をほんのりと赤くする。
わかるかわからないかの微細な動きで首を上下させると、
「人に聞かせるような腕でもないんだけど」と照れ隠しのように付け加えた。
「ちょうどよかった。
今伊織と二人でアメージンググレースやろうか、って話になってたんだよ。
海斗も一緒にセッションすればいい」
海斗は驚いた様子で十四年ぶりに見る兄の顔を見返した。
修治が家を出たのはまだ彼が一歳になるかならないかの頃で
あったから、兄弟とはいえ海斗はもちろん修治も互いのことはほぼ知らないといってもいい。
それがこんなにすんなりと受け入れてもらえるとは、海斗自身思わなかったのだろう。
海斗はまた、わかるかわからないかぐらいの、けれど確かに
小さな笑みを口の端にのぼらせた。
「あれ、ずいぶん海斗は大きくなったなぁ。
昔は俺でも抱っこできたのに」
「兄さんが出てってからもう十四年も経つんだ、俺だって成長するよ」
「しみじみ時間の流れを実感したよ」
「修治兄さまったら、おじいさんみたいよ」
こうして氷室家三兄妹の即興コンサートは、コナンたちの盛大な拍手を受けて幕を開けた。
音楽の力というものは実に偉大である。
複雑な事情を抱える兄と弟と妹をいとも
簡単に結び付けることが出来るのだから。
「(………あれ?)」その時、またしてもコナンは全身に奇妙な視線を感じた。
振り返ってもドアは今度こそぴったりと閉じているし、周りは
みな三人の演奏に聞き入っている。
「(気のせい、だよな)」
あの脳噛ネウロなる人物に会って以来、どうにも過敏になっている自分がいた。
気を取り直して再び音楽に意識を向ける。
コナンはまた、気付くことが出来なかった。
自らの背後で、目には見えないものが蠢いていること。
ましてやそれが、アンモナイトに目玉や羽が大量に付いた世にも
薄気味悪い生物であるなどと―――コナンは気付けるはずがなかったのである。
小五郎は、武夫の部屋に招かれていた。
広大な洋間には大がかりなオーディオセットやCD類、それに
趣味で撮っているのだという風景写真が目立つ。
人当たりこそいいものの、基本的には先代同様あまりすすんで
人前に出たがらない武夫は、この部屋のパソコンを通じて本土にある会社と連絡を取り合い、会社を経営している。
いろんな雑事は側近がやってくれるから実に楽ですよ、と武夫は冗談混じりに語った。
小五郎がこの部屋に呼ばれた理由はもちろん伊織についての
ことに加え、修治についても話しておきたいという武夫の強い要望からであった。
そして小五郎は聞いた。
十四年前、旧別館の屋上からなつめが転落死したことも、混乱した修治が自分が母親を
突き落として殺したと思い込み、心を病んで家を飛び出したことも。
「そうでしたか、そんなことが……」
「実の母親に目の前で死なれてしまっては、あんな精神状態になっても無理はないのでしょうね。
あいつはしきりに俺が殺した、俺がお袋を殺した、と」
冷めつつあるコーヒーを一口、小五郎は旧別館について
尋ねた時の理緒の言葉を思い出した。
あれはつまり、こういうことだったのだ。
「ですが氷室さん、修治さんの住所を知っていたのなら、なぜ直接会いに行かなかったんです。
言葉は悪いが、無理やり連れ戻すことだって出来たはずでしょう」
突然、武夫の顔に暗い影が差したように感じた。
柔和な笑顔の裏に隠れた自嘲がはっきりと浮かび上がって、小五郎ははっとなる。
「連れ戻す……ですか。
それが出来たらどんなに良かったでしょう」
「あの―――」
コンコン、とノックの音がした。
武夫はすぐさま自嘲の色を引っ込めて、平生の安穏とした表情
を浮かべる。
「誰だい」
「篠崎です、よろしいですか旦那様」
「あぁ、入りなさい」
入ってきたのは、先ほども小五郎たちにケーキを運んできた
氷室家の料理人、篠崎清太郎だった。
料理人というとしゃれた響きだが、篠崎はそんな雰囲気とひどくかけ離れている。
まずはその図体だ。
背はそびえるように高く、肩幅などはアメフト選手のそれだ。
小五郎も大柄なほうであるが篠崎はさらに大きい。少なくとも
百九十強、間違えば二メートルは超えているであろう。
さながら小山のような体躯は、ドアをくぐるのも窮屈そうだ。
「失礼」とのれんをくぐるかのごとき動きで部屋に入ってくる。
「もうすぐ夕飯の準備が出来ますが、どうします」
見事なスキンヘッドが部屋の明かりを受けてひときわつやつやと輝く。
コック服さえ着ていなければ、誰もこの男が料理人だとは思うまい。
「おや、もうそんな時間かい。
他のみんなは?」
「風間と理緒ちゃんは坊ちゃんたちやお客様がたを呼びに行ってます。
野添と美鈴ちゃんなら厨房にいますよ。
今日はお客様も多いし、大食い女子高生さんとやらもいるし、何より修治坊ちゃんがお帰りになってますからね。
厨房も気合い入ってますよ」
ぐっと太い親指を突き出す。
この海外製葉巻を思わせる指が、今し方食べたフォレ・ノワール
とか言う恐ろしく繊細で可憐なチョコレートケーキを作り上げたという事実がいまだに信じ難い小五郎である。
「それじゃあ私たちも行きましょうか、毛利さん」
「はぁ」
色々と腑に落ちないものを拭いされぬまま、小五郎は武夫の後に
付いて部屋を出た。
【ある父子の記録】:インターバル
《通話記録》
もしもし。あぁ、親父。どうしたの。
『何が「どうしたの」だ、この不良息子。
私がお前に電話をかける理由なんて、ひとつしかないだろう』
家が雨漏りになったとか。
『……まぁいい。
修治、私は何度でも言うぞ。家に戻るんだ。
お前がここを出ていってからもう半年以上経つ。
みんながどんなに心配しているか』
悪いけど親父、俺も何回だって同じ答えしか言わないよ。
『………』
ごめん親父、もうすぐ仕事なんだ。
まだ用事があるなら手短に頼むよ。
『用事、か。そうだな、ではひとつだけ。
……再婚しようと思っているんだ』
再婚?親父が?
そう……。いいんじゃないかな。
『ずいぶんあっさり答えるじゃないか。反対しないのか?』
だってする理由がないよ。
『そのほら、いくらなんでも早すぎる、とか。
母さんはどうなるんだ、とか。
言いたいことがあるんじゃないか?
遠慮することはないんだぞ』
だからないって。
俺にとやかく言う権利があるわけないんだから。
まして反対なんて出来ないよ。
だって母さんを殺したのは俺なんだから。
『修治!お前はまだそんな馬鹿を……!』
親父から奥さんを奪ったのは俺だし、政隆と海斗から母親を奪ったのも俺だ。
ごめんね、親父。
再婚するって聞いて安心したよ。お幸せにね。
『お前、笑ってるのか?修治―――』
あ、もうこんな時間。
じゃあね親父。身体には気をつけて。あんまり風間さんたちに心配かけさせちゃだめだよ。
『おい、修―――』
《留守番電話に残されていたメッセージ》
『修治、最近めったに電話に出ないな。
仕事が忙しいのかい?
そもそも何の仕事をしているかさえ、お前は教えてくれないけど。
それはあとでじっくり話し合うとして……。
修治、お前に弟か妹が出来るぞ。
もうずいぶん前にわかっていたことだから、本当は前の電話の時に言うべきだったんだが……どうにも言い出し辛くてね。
もうすぐ生まれる予定だから、お前も一度帰ってくるといい。
弟、いや妹かな。顔が見たいだろう?
彼女のことも紹介したいしね。
また連絡する』
《読まれなかった手紙》
この手紙にお前が返事を書いてくれることを節に願う。
あれから十四年が経とうとしている。そして私がお前に言うことはいつも一つだ。
帰ってくるんだ。
もういい加減、お前はあの過去と手を切るべきだ。
お前はなつめを殺していない。
お前は何の罪も犯していないんだ。
(中略)
それから話しておきたいことがもうひとつ。
お前の妹、伊織のことだ。
あの娘はこの十三年、生まれてすぐ母親に捨てられたにも
関わらずとてもまっすぐに育ってきた。
だが、彼女は心を病んでしまった。ほんの何か月前の話だ。
突然人が変わったみたいに、伊織は暴れ出す。何の脈絡もなく、発作のようにね。
私も最初は悪い夢かと思ったが、残念ながら現実だったよ。
原因は目下不明。
私も家のみんなも、どうすればいいのか皆目検討がつかない。
修治。情けない話だが私は今かなり参ってしまっている。
帰ってきてはくれないか。
もしお前が帰ってきたなら、(この先は一度修正液で塗り潰した跡がある。何と書いてあったのかは読めない)
私はきっと救われる気がする。
頼む。帰ってきてほしい。
良い返事を期待する。
父より
【回り出す歯車】
三人の演奏のあとは、修治が仕事で出会った面白い人物や
弥子がこれまでに解決した事件の数々がもっぱら会話の華となった。
おいしいスコーンや弥子持参のお菓子も手伝って、場は終始
和気藹々とした空気に満ちていた。
弥子の話が『ぶっちゃけ願望』のある傍迷惑な爆弾魔の話に
差し掛かったところで、理緒が部屋を尋ねてきた。
「あら、みなさんこちらにいらしてたんですね」
「気付いたらいつの間にかこんな大所帯になってて」
「ふふ、賑やかでよろしいと思いますよ。
そういえば修治様にはお初にお目にかかりますね。
メイドの松田理緒です。理緒とお呼びくださいね、修治様」
「はぁ、親父も俺がいない間に二人も若い女の子雇っちゃって。
隅に置けないな」
理緒はくすくすと笑いながら、
「もうすぐお夕飯の準備が出来るそうですよ」
夕飯、と聞いて真っ先に目を輝かせたのは元太と、そして弥子である。
「夕メシッ!メイドさん、その準備ってあと何分ぐらいで終わるんだ?」
そうですね、と理緒はエプロンのポケットから何か取り出した。
それは女性が持つにはいささか渋いかもしれない、けれども
趣味のいい金の懐中時計である。
「あと十五分ぐらいでしょう。
みなさん、お昼を食べた食堂にいらしてくださいね」
その後理緒は準備を手伝うと言って去っていった。
部屋を片付けてから食堂へ向かうこととなったが、コナンは途中トイレに行くと言って一行から外れた。
用を足してから階段を下り、さて食堂へ続く曲がり角を曲がろうとした所で、
「美鈴。風間さんの言ったこと、忘れてないわよね?」
いつにもまして真剣な理緒の声が、曲がり角の先から聞こえてきた。
質問と言うよりは慎重に念押しをするような口調である。
抑えた声音からすぐさまそれが何か深刻な話であると察しが付く。
こういう時反射的に壁に身を張り付けて聞き耳を立ててしまうのは、探偵としての性であり、悪い癖である。
覗き込んでみると、食器を抱えた理緒と美鈴が二人で話し合っているのが見えた。
「はい、理緒さん」
「修治様は、十四年前の事故で少し心を病んでいらっしゃるらしいわ。
だからあまり不用意に昔の話をしてはダメ。
なつめ様の話はもってのほかよ」
「心の病……。修治様も、伊織お嬢様と同じなのでしょうか」
「武夫様から少し聞いた話だけど、修治様はなつめ様の事故は
自分のせいで起きたんだと思い込んでいらっしゃるみたい。
よっぽど事故のショックが大きかったんでしょうね……」
美鈴が悲しげに目を伏せた。
「だから、私たちは修治様が少しでもリラックス出来るように明るくしましょう。
昔の話はしない、なつめ様の話はしない。
忘れたらキャメルクラッチよ。
あぁ、フロントネックチャンスリードロップがの方がいいかしら」
「ふえぇぇ……」
「嫌ね、冗談よ」
涙目になっている美鈴に理緒はころころと笑った。
理緒としては美鈴の気を和ませるためのジョークだったのだろうが、当の美鈴は本気にしてしまったようだ。
キャメルクラッチとやらもフロントネックチャンスリードロップ
とやらもコナンは知らないが、おそらくことごとく不吉な単語に違いない。
昼間バラ園で笑顔のまま美鈴を酸欠寸前に追いこんだ理緒を
思い出し、コナンは冷や汗を禁じえなかった。
そして中途半端に切ってみる。
物語がようやく最初の山場に近付いてきました。
前回から今回にかけていろいろ氷室のあれこれを書き連ねているのもそのため。
【ネウロの魔界道具】
ネウロ読者の方なら今回ピンと来たと思うけど、『イビルストーカー』出してみました。
最初『イビルフライデー』にしようと思ったんだけど、ウィキペディア見たらイビルストーカーのが適任だったので。
フライデーよく見りゃ可愛いよね。
今になって初めて見つけた
面白すぎる…!!
乙。超乙。
ところであかねちゃんは来てないの?
143 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2009/11/19(木) 09:51:13 ID:KUtzuTJT
>>142 あかねちゃんは今回留守番ということで。
本当は弥子の携帯にくっつけて出したかった。
144 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2009/11/23(月) 22:02:54 ID:gglFa28Q
コナンが食堂に入ると、もう全員が席についていた。
風間と野添がワゴンに載ったさまざまな料理を卓に並べていく。
理緒と美鈴がいないのは、おそらく厨房の手伝いに行っているからだろう。
座席はいくつかの変更点を除きほとんど昼間と同じ構図である。
上座に武夫、彼から向かって右には政隆、海斗、伊織、そしてその隣に修治。
これがまず一番目の変更点だ。
氷室四兄妹と向かい合うかたちで小五郎、蘭、第二の変更点である
弥子と赤シャツの非常にガラが悪い男(吾代とか言ったか)に、元太、光彦、哀。
昼間と同様コナンは哀の隣に腰を下ろそうとしたが、そのまた隣に据えられた新しい席を見て彼は思わず躊躇した。
第三の変更点。コナンの隣にネウロがいる。
「(おいおいおい……何なんだよ今日は)」
しかし用意された空席はあとひとつだけだ。
覚悟を決めて座るほかない。
一気に疲れ切った顔のコナンが席に着くのを見て、哀が怪訝な目を向けた。
ところがコナンの予想に反して、ネウロは何のアクションも起こしてこなかった。
隣に座ったコナンにあのうさんくさい笑いで応じるでもなく、その緑の目でじっと向かい側の修治たちを観察している。
観察、と言ってもネウロの目はおよそ同じ人間を見る時の“観察”のまなざしではない。
まるで檻の中にいる動物を見つめる時の、無感動にして淡々とした目線なのだ。
そこに修治たちひとりひとりに対する興味などは微塵も見受けられない。
もっと別の、彼らの背後にある大きなものを見ているような―――。
一通り料理が並べ終わり、各々のグラスに赤ワインが注がれていく。
むろんコナンたち未成年はジュースだが、気分だけでもということで
中身はぶどうジュースだ。
「では、名探偵毛利小五郎氏に―――乾杯!」
『乾杯!』
武夫の乾杯で始まった夕食は、至って平和に進むかと思われた。
だがそのわずか数十秒後、テーブルに付いた人々は一様に思い知ることになる。
この夕食の席に、とんでもない“魔物”を招いてしまったことを。
「すいませーん!このお魚、もっとおかわりありますかぁ?
あとこのサラダすごくおいしいです!
よかったらこれもおかわりください!
あっ、でも少しでいいですよ、ボウル一個分くらいで結構ですから。
ううん、それにしてもこのミートローフ絶品……」
弥子の目の前にあった料理の数々は、魔法のようにその姿を消していく。
おかわりを運ぶために風間と野添が次々に皿を下げて行くが、それすらも間に合わない。
弥子が空の皿を積み上げていくスピードのほうが遥かに早いのである。
コナンが先ほど目にした『普通の少女』であるところの
桂木弥子は、ひょっとしたら幻影もしくは人違いだったのかもしれない。
普通の少女は食事開始五分でローストビーフを十皿も食べないし、スープを十三杯も飲んだりしない。
何たることだろう。
桂木弥子。彼女はやはり普通の少女などではなかった。
フォークとナイフを手足のように扱い、料理を口に運び、舌で転がし味わいつつ咀嚼、いとおしむように咽下する。
これらの動作がほぼ一瞬のあいだに展開され、皿はいつの間にか空になる。
これを魔法と呼ばずしてなんと呼べと言うのか。
「篠崎君!シーフドマリネ追加、それからオムレツがもうなくなりそうよ!」
さすがに普段の冷静さも乱れている風間が声を張り上げると、
食堂と地続きになっている厨房から「なにィ!?」と野太い声が聞こえた。
「野添さん、追加のブイヤベースどうぞ!」
「ありがとう、しかしこれで何秒持つか……」
「すいませーん、このハンバーグおかわりー」
「……」
「の、野添さん!しっかりしてください野添さん!」
小五郎の来訪を祝うはずの夕食の場はたちまちに戦場となり、武夫たちもさすがに目を見開いて弥子を凝視していた。
小五郎に至っては見ているだけで胸焼けがしてくるらしく、
口元を押さえて目を逸らしていたが、吾代はもう慣れていると見えて平然と食事を続けている。
恍惚の境地とも言うべき弥子の目は、さながら腹をすかせた獣である。
ただの獣ではない、捕らえた獲物を骨の髄までしゃぶりつくし、
その味に酔う絶対無二の百獣の王、獅子の目だ。
なるほど、とコナンはひとり納得する。
ならばいかに有能な使用人を並べたとて、叶わぬのが道理。
飢えた王者の前では何者も無力―――!
「(なーんて、な。
にしてもすげぇ食べっぷり……なんだか俺も胸のあたり気持ち悪くなってきた)」
このままではコナンまで腹一杯になってきてしまいそうだったので、それ以上弥子を見るのはやめた。
代わりにと言ってはなんだが氷室一家に観察の対象を移す。
修治と伊織は相変わらず楽しそうに談笑している。
兄妹ではあるがかなり年の離れた二人なので、兄と妹というよりは叔父と姪のようだ。
年の違いは政隆にも言えることだが、修治を取り巻く独特の
倦怠感が更に伊織との年の差を際立たせるのだろう。
「修治兄さま、本土にはもう戻らないの?」
「え?うーん、考えたことなかったなぁ」
「私、修治兄さまにはずっとこちらにいてほしいの。
ねぇいいでしょう修治兄さま、きっと父さまだって賛成するわ」
すっかり修治に甘えきって可愛くおねだりをする伊織だが、修治はただ曖昧に笑ってぽりぽり頬を掻く。
「ここにいるのはちょっと難しいかな」
「どうして?ひょっとして、お仕事のこと」
「そうじゃないけど」
修治は今度こそはっきりと笑ってみせた。
けれどそれは依然として中身のない笑顔である
。政隆に怒鳴り散らされていた時も彼はこんな表情をしていたのをコナンは思い出した。
「俺、ここの他に行かなきゃいけない場所があるんだよ」
悪いことしちゃったから。
そう小さく修治が付け加えたのは、コナンはおろか伊織の耳にも届かなかった。
さて他の面々だが、まず海斗は非常におとなしく食事をしていた。修治と伊織の会話に自分から積極的に加わろうとはしないが、それでも
二人の話に時折相槌を打ったり、何やらふむふむ頷いているのを見るに、単に根がシャイなだけなのだろう。
武夫と政隆は小五郎から大幅に誇張された探偵憚を聞いている。
互いにそろそろワインが回ってきているのか、陽気な笑い声が度々聞こえた。
武夫は折りに触れ修治を伺い見ているが、政隆は徹底的に
修治をいない者として扱う方針で行くと決めたようだ。彼のほうを見ようともしない。
「食べないのですか?」
突然、コナンの鼻先にネウロの笑顔が現れた。
息を飲み、コナンは思わず顔を引く。
眩く美しいが同時にひどくそらぞらしい笑顔は、コナンに絢爛な造花を思い起こさせた。
「あ……な、なぁに?助手のお兄ちゃん」
「いえ、先ほどからまったく食事に手をつけていらっしゃらないので。
どこか具合でもよくないのですか」
「そんなことないよ?
ちょっと考え事してただけだから」
慌ててローストビーフにフォークを突き刺し、口に運ぶ。
美味だ。しかしそれをしみじみ味わうだけの余裕は今のコナンにはない。
と、ネウロの前に並べられた料理がまったく手をつけられていない状態であるのにコナンは気付いた。
そういえばバラ園でもこの男、紅茶にもスコーンにも手をつけていなかった。
「助手のお兄ちゃんこそ食べないの?」
「僕はいろんなアレルギーを持っていまして」
さらりと言ってのけるネウロだが、もちろんそんな言い分を
鵜呑みにするほどコナンはおめでたい頭の持ち主ではない。
だがどうにもそれに深く突っ込む気にはなれず、コナンは黙々と食事を続けることを選んだ。
地下のワインセラーに赴いていた風間が新しいワインを持って帰ってきた。
武夫のグラスにそれらを注いでいる間に、デザートであるプリンアラモードが運ばれてくる。
するといきなり、何を思い付いたのか武夫がいたずらっ子めいた笑いを浮かべた。
今し方風間に注がせたワインを飲むわけでもなく、なぜか厨房にいた野添を呼び付ける。
すぐに、忙しく手袋をはめ直しながら野添が現れた。
「野添、久々にお前の特技が見たい」
唐突に話を振られ、一瞬不思議そうな面持ちをした野添だが、
武夫の手にあるワイングラスを見つめて納得が行ったようだ。
「君、このワインのボトルは見てないだろう?」
「さっきまで厨房で理緒君とフルーツカットをしておりましたから」
「よろしい。では頼むよ」
「かしこまりました」
野添はソムリエの資格を所有しているらしい。
そこで武夫は、彼にささやかな余興としてこのワインを
テイスティングさせ、そこから見事銘柄を当ててみせろと言うのだ。
武夫からグラスを受け取った野添、さすがマナーに厳しいだけあってテイスティングの手順は完璧かつ優雅だった。
グラスの中に揺れる鮮やかな赤をひとしきり眺め、それからグラスを回して芳醇な香りを楽しむ。
彼がワインをひとくち含み、その味を吟味するのを、一同は妙な緊張感でもって見守った。
ややあって、
「……フランス産、シャトー・ラトゥールの千九百九十三年ものですね」
「正解!」
わあっ、と拍手が沸き起こる。
武夫はにこにこしながらボトルを掲げ、みんなにそれがまさしく
野添の言った通りのワインであることを示した。
「お見事だ、野添。
やはり君の舌は鈍っていないな」
「光栄です。久しぶりなもので、実は少々緊張していたのですが」
「いや結構結構。
さ、君も遠慮せず飲むといい。
理緒、野添のグラスにワインを注ぎ足してあげなさい。私は別のグラスを取ってくるから」
「では私が」
支援
すかさず風間が厨房の方へ姿を消す。
武夫はその間にプリンアラモードをつつきはじめ、弥子は
プリンアラモードのおかわりはあるかと美鈴に尋ねて困らせていた。
テーブルから離れた部屋の隅のほうで、理緒が野添にワインを注いでやっているのが見える。
会話の内容までは遠くてコナンには詳しく聞き取れないが、さっきの利きワインの話であるようだ。
理緒が何事か言い、野添も笑ってそれに答える。
理緒は坂吹を相手にしている時とはまるで別人のように愛想がよく、チャームポイントの明るい笑顔も三割増しの大サービスだ。
野添と坂吹、両者の人柄を比べれば当然かもしれないが、理緒の
頬が少しだけ赤いのを見ると、どうやら理由はそれだけではないようだ。
ようやく戦場から正常に戻った晩餐会に、コナンは心中ほっとしてプリンを掬う。
気付かれぬようネウロの方を見ると、やはり彼はデザートにも手をつける素振りがない。
しかしなぜだろう、彼の横顔には先刻のものとは比べものに
ならないぐらいに美しく、そして満足そうな、心からの笑みが浮かんでいた。
「(いや、満足というよりはむしろ―――)」
刹那、ぞわりとコナンの背筋が粟立った。
青白く光るナイフの刃に素肌を撫でられるかのような、ひどい
不快を伴う本能的な危機感。
脳噛ネウロ。
この男に、ネウロに声をかけなければならない。
『満足』というよりは、これから起こることを『期待』するような―――その笑みの真意を。
息を吸い込み練り上げた呼び掛けは、しかし突如として響いた大きな音によって不発に終わった。
咄嗟にコナンは辺りを見回す。音の出所はすぐに見つかった。
野添と理緒が立っていた場所、その床に割れたワイングラスが落ちている。
白いカーペットがたちまち赤い色を吸っていくが、コナンはもちろん、その場の全員はそこで起きているもう一つの事態から目を離せなかった。
「の、野添さん?野添さんっ!?」
「が……ぐぅっ……!」
喉を押さえ、野添は地に膝を着いた。
喘ぎ喘ぎ何か言葉を発そうとするも、彼の声帯はもはや苦渋の
呻き声しか作り出すことが出来ないらしい。
理緒と近くにいた美鈴が急いで駆け寄って来て、二人して懸命に彼の背中をさすったが、無意味であった。
激しく咳き込んだ彼の口から、どす黒い血が吐き出される。
美鈴が悲鳴を上げ、小五郎が椅子を蹴って立ち上がった。
小五郎と野添との距離はほんのわずか。だがそのわずかな時間は、野添の息の根を止めるに十分な余裕があったのだ。
小五郎が彼のもとに辿り着くより早く、野添が床に倒れ込むほうが早かった。
しばし痙攣した彼の身体は数秒の後に完全に動きを止める。
あまりにも、呆気なく。
「あ、ああ……!」
理緒と美鈴がぺたりとその場に座り込む。
二人の手は小刻みに震え、それらはやがて全身へと伝播していく。
小五郎が野添の首筋に手を当て―――くそっ、と憎々しげに呟いた。
「誰か救急車……それに警察に連絡を!」
嵐のように吹き荒れる混乱の中、倒れた野添の身体を、伊織が微動だにせず食い入るように見つめている。
何が起こったかわからず、目の前にあるのものがいったい何なのかもわからない―――そんな目。
「伊織!見るんじゃない!」
悲痛な声とともに政隆が彼女の両目を手で覆った。
「政隆兄さま、野添さんは」
「伊織……!」
騒ぎを聞き付けて風間と篠崎がやって来る。
武夫は電話へ走って行った。
「野添さんは、どうなさったの……?」
氷室家を揺るがすおぞましい事件の幕が開く。
その中心となる二人の探偵は、かたや驚きながらも反射的に
表情を引き締め―――かたや待ち兼ねたご馳走がようやくその姿を現わしはじめたこと
に、快心の笑いを見せていた。
投下終了。ようやくミステリーぽいシーンが書けた気がする。
とりあえず言及しておくと、自分はミステリーというジャンルはこれが初挑戦です。
よってすぐ犯人やトリックがわかってしまうかもしれません。
そんな時は書き込みたい気持ちを抑えて、どうかまとめのほうのメールボックスから俺に直接、こっそりと教えてください。
本当は弥子対元太とか弥子の食欲大魔神ネタでもっと書きたかったけど、どんどん本筋から外れたのでボツにした。
機会があればまとめに加筆したものが上がるかもしれない。
【何となくまたBGM一覧】
Angel's Despair:killer7サウンドトラックより
次いってみよう、次!:サクラ大戦熱き血潮にサウンドトラックより
乙です!
弥子の食べっぷりがww
続き楽しみです!
わくてか!
>>弥子対元太
うわ見たいかもw
余裕があったらでいいので是非お願いします
ついに事件が…!
続き楽しみに待ってます
被害者は野添さんか…惜しい人を亡くした(黙祷
乙です!
続きが楽しみ
ところでここって投下はOK?
探し屋S氏に触発されてネウロとコナンと金田一のクロスオーバーの話を書きはじめたんだけど
人間ひとりひとりにはまったく興味がないってことは、
この作品でのネウロのキャラクター性は初期仕様なんだな
それともアニメは徹頭徹尾人間に興味を持たないキャラなのか?
アニメ見てないからとんちんかんなこと言ってたらスマソ
160 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2009/11/24(火) 22:43:55 ID:hm9pEWyJ
【役者、ここに揃う】
救急車と警察の到着を待つまで、食堂から動く者は誰一人いなかった。
風間から携帯で呼び出された庭師の坂吹は、極力野添の遺体を
見ないよう食堂に入って来た瞬間から目を逸らしたきりだ。
坂吹も他の使用人同様屋敷に住み込みであるが、彼は屋敷の部屋を
使わず中庭に小屋を建ててそこで寝起きや食事をしているという。
使用人たちの食事は各々好きな時間に取るようだから、庭師の坂吹が夕食の席にいなかったのは当然とも言える。
やがて警察がやって来た。
救急車のほうはただでさえ屋敷から離れた場所に病院が
ある上に、この山道をやって来るのに時間がかかっているらしく
到着が遅れているらしい。
しかも警察、と言っても実際にやって来たのは自転車に乗った
島の駐在らしき年配の男が一人だけ。
遺体を見るなり腰を抜かすほどに驚いて、がたがた震えながら
手を合わせていた。
食堂にいた全員が微妙な顔色をしているのに気付いたのか、彼は
「私の他にもあと二人いますから」と慌てて付け加えた。
「二人?」
「えぇ、何でも本土のほうの刑事さんとかで。
四日ぐらい前から島に滞在してらっしゃるんですがね、事件が起こるからとかなんとか妙なこと言って……。
そしたら本当に事件が起こっちまうんですから、やっぱデカの
鼻ってのはすごいもんだと実感しちまいましたよ」
「事件が起こるから……?」
小五郎が眉を顰めた。
感心しきった顔の駐在から彼が詳しく話を聞き出そうとした
ところへ、食堂の外の廊下から出し抜けに明るい声が聞こえた。
清々しいまでに場違いなその声は、まだ若い男のものである。
「せんぱーい!食堂はこっちですよこっち!
俺の第六感がそう告げてますよ!」
二人分の足音がどんどん近付いてくる。
食堂のドアが開かれ、緊張に満ちた全員の視線を一斉に浴びつつ
現れたのは、二人組の男だった。
あっ、と弥子が声を上げ、コナンも胸中で弥子と同じ声を上げた。
弥子にとってはすでに馴染みの顔であり、コナンにとっては一瞬だが見覚えのある顔だ。
両者に共通するのは、まさかこんな場所で出会うとは思わなかった、という驚きである。
年は二人とも若いほうだろう。
いかにものんきでお気楽そうな(先刻の声も彼だろう)、二十代前半の青いスーツの男。
コナンが本屋で目撃した、苦労の末に手に入れたフィギュアを壊されてしまった哀れな若者だ。
それからもう一人、背の高い三十代そこそこの男。
グレーのスーツに身を包んだ彼は、顔色がすこぶる悪く、全身
から滲み出る気怠げな空気と顎にうっすら生えた無精髭がいささか覇気に欠けた印象を与える。
しかし部屋に入った瞬間、無感情にも見える目に走った冷徹な
眼光はコナンの見間違いではないだろう。
少なくとも前述の極楽とんぼよりは、数倍切れ者のはずだ。
そしてこの男こそ、哀れな極楽とんぼ君のフィギュアを壊した張本人でもあった。
「誰だ、あんたら」
突然の登場人物に訝しげな顔をする小五郎の問いかけに、背の
高い男は無言でジャケットの内ポケットから取り出したものを突き出した。お気楽青年も彼にならう。
二人の手の中にあったのは、コナンたちにはすっかり見慣れてしまった警察手帳だった。
「警視庁捜査一課、笹塚衛士」
「同じく、石垣筍!」
警視庁、の言葉に場がどよめく。
みなの動揺をよそに、笹塚と名乗った背の高い刑事が、低温かつ
低音な声で告げる。
「ここから先の捜査は私たちの指揮下となります。
現場検証のあと皆さんに事情聴取を行いますから、そのつもりで」
「ちょ、ちょっと待てあんた。警視庁?
なんで警視庁の人間がここにいるんだ?」
小五郎の疑問はもっともである。
警視庁の、しかも捜査一課の刑事がこうも都合よく、こんな
辺鄙な島に居合わせるのは偶然にしてはあまりに出来過ぎている。
よりにもよってこの島まで、バカンスを楽しみに来たとは到底思えない。
「……あなた、毛利探偵ですか?」
「あぁ。いかにも俺が毛利小五郎だ」
「目暮警部から、お話はかねがね」
「……」
「……」
「おい」
「はい?」
「だから、俺の質問に答えてくれ。なんで警視庁の人間がここにいる?」
「あぁ……。
その話でしたらのちほど」
凄まじく事務的な口調で切り捨てられ、見事に肩透かしを
くらった小五郎はぎりぎりと歯ぎしりをした。
無理もない、今まで出会った刑事ならば、小五郎が名乗れば大いに驚き、畏敬のまなざしで彼を見つめたのだ。
が、この笹塚刑事にはまったくそんな気配はない。
それがまた、小五郎を苛立たせる一因だった。
「うはー!毛利小五郎探偵、本物だよ!
あの“眠りの小五郎”ですよ先輩!
うわどうしよう俺色紙持って来てないや、すいませーん、この
警察手帳の適当なとこにサインお願いしまーす!
あ、“石垣筍君へ”ってのもお願いします!」
極楽とんぼ君こと石垣が、ミーハー精神全開の弾むような
足取りで小五郎に駆け寄ろうとする。
次の瞬間、目にも止まらぬ速さで笹塚の左脚が動いた。
格闘技の教科書に載りそうな、理想的にして華麗な回し蹴りが
石垣の鳩尾に炸裂する。
くの字に折れ曲がった彼の身体にとどめと言わんばかりの肘鉄を
くらわせ、数秒にして笹塚は石垣をノックアウトした。
蘭が思わず感嘆の息を吐く。
彼女の隣にいたコナンはその感嘆のわけを考えて、不吉な胸騒ぎを覚えるのだった。
「笹塚さん」
「やぁ、弥子ちゃん。
今回も災難だね」
「あはは……もう慣れてますから」
どうやら笹塚は弥子の顔見知りのようだ。
両者の親しさの加減は、弥子のどこか安心したような声音と、笹塚のわずかに緩んだ表情から容易に察することができる。
小五郎にとっての目暮のような関係なのだろう。
「でも偶然ですね。笹塚さんもこの島に来てたなんて」
「偶然……?弥子ちゃん、きみが俺たちを呼んだんじゃないか」
「え?」
「なにィ!?桂木弥子がか?
おい本当か、あんた!」
「ええっ!?わ、私は何も……」
弥子よりも小五郎のほうが驚愕している。
そのままこちらへずずっと詰め寄ってくる小五郎の迫力に、弥子
は音がしそうなほどぶんぶん首を振った。
「それは僕から説明しましょう」
ネウロが小五郎と弥子の間に滑らかに身を割り込ませる。
こんな状況にも関わらず、にこにこと穏やかに笑っているのは
彼ぐらいのものだ。
しかも心なし、事件が起こる前よりも表情が生き生きしている
気がする。
「一週間前、先生は氷室修治さんから依頼を受けてこの島に赴く
ことになりましたが、鋭い先生はなんとすでにこの屋敷に渦巻く不穏な空気を察知していたのです。
『あの島で必ず何かが起こるはずだ』と先生はおっしゃいました。
そこで先生は僕に、もしもの時のために笹塚刑事と石垣刑事を
前もって島に向かわせるよう頼んでほしいと命じたのです。
顔見知りの笹塚刑事たちがいてくれた方が、先生の捜査もスムーズに進むと思ったのですが……」
と、それまで役者のごとき澱みなさで話をしていたネウロは、急に言葉を打ち切って、整った眉根をすっと下げた。
いかにも気の毒そうに小五郎のほうを伺いながら、
「まさか毛利探偵がいらっしゃるとは思いませんでした。
これはフェアではありませんでしたね。
毛利探偵も、先生に気を使わずどうぞ助っ人をお呼びになってください。
先生ばかりご活躍になっては毛利探偵も気分が悪いでしょう」
「なんだとぉ!?」
「お父さん落ち着いて!」
慇懃無礼なネウロの言葉に、小五郎は怒りのあまり真っ赤になった。
今にもネウロに掴み掛かりそうな勢いの彼を、蘭が必死になってなだめる。
娘に鎮められた小五郎はばつが悪そうに咳払いをして、笹塚のほうに向き直った。
「あー、ごほん。
ですが笹塚刑事、あなたが警視庁の人間ということは、本土から応援を要請することは出来るわけですね。
いやね、別に目暮警部を呼んでくれなんて言うわけじゃないんですが」
「無理です」
「そう、無理……無理!?」
「はい」
あっさりと笹塚は頷いてみせる。
いつの間にか復活していた石垣が、「これ見てください」と
ごちゃごちゃとストラップのぶらさがった携帯電話の液晶を小五郎に示した。
表示されているのはニュースサイトのページで、トップニュースはこうである。
『米花銀行本店立てこもり、いまだ膠着状態』
「た、立てこもり!」
「今日の正午に起きた事件です。
目暮警部や他の刑事はみんなこっちの事件で大忙しで、とても本土を離れられる身ではありません。
俺と石垣は弥子ちゃん、いえ、桂木探偵からの連絡を受けてからすぐに有給を取ってこちらに向かったので、収集はかからなかったのですが」
「ずいぶん桂木探偵を信頼してらっしゃるんですなぁ。有給までお取りになるとは。
何もなかったらどうするつもりだったんです?」
もはや嫌味たっぷりの態度を隠そうともしない小五郎に、笹塚はあくまで毅然としていた。
ちらと弥子の方を見てから、静かに言い放つ。
「えぇ。彼女の言葉を信じて間違ったことが、まだ一回もないものですから」
「ぐ……」
「笹塚さん……」
逆に言い伏せられてしまった小五郎の横で、弥子が感動に目を潤ませている。
「いい人なんだね」
蘭がこっそりと弥子に耳打ちをした。
弥子が嬉しげに頷く。
「なに嬉しそうにしてるんだよ探偵!
俺なんかせっかく有給もらったと思ったら、こんなアニメイトもメイドカフェもない島に連れてこられたんだぞ!
本当だったら今日は“AKB108(アッカンベーワンオーエイト)”
のライブでフィーバーする予定だったのにゲフッ」
再び笹塚からの肘鉄を、今度は顎にくらって石垣は悶絶する。
またも蘭がほぅと溜め息をついていたが、コナンは聞かなかったことにした。
「こちらの駐在さんに事情を話して、島に来てから四日間は旅館に泊まっていました。
そして今夜、駐在さんが氷室氏の屋敷より連絡を受けたので我々もこちらに来たのです」
「なんてこった……じゃあ当分本土からの応援は」
「ないと考えていただいて結構です。
ですから最初に、“ここから先の捜査は私たちの指揮下になります”と申し上げました」
言って笹塚は、自分たちとあからさまに距離を取っている
氷室家の人々と、床に横たわった遺体を見回す。
小五郎の配慮で遺体の上半身は彼の背広で覆われているが、ここ
にいる全員が彼の死に様を目の前でまざまざと見せつけられている。
よってその配慮も大した気休めにもならなかった。
「では現場検証に移りましょう。申し訳ありませんが、まだみなさんは食堂から出ないでください。
現場検証が終わり次第、場所を変えて事情聴取を行います」
笹塚と石垣が遺体の方へ歩み寄り、背広を取り払う。
野添の顔を見た瞬間、美鈴が口元を押さえた。
足下がよろめき、今にも崩れ落ちそうになるのを、風間が慌てて
遺体の見えない位置に連れて行く。
これで遺体が見える位置にいるのは笹塚と石垣と駐在、小五郎と
弥子とネウロ、そして小五郎の足の陰に隠れてそっとそれを覗き込むコナンだけとなった。
弥子はさすがに場慣れしているのか、遺体を見ても痛ましげに
顔をしかめるだけで、特別動揺はしていない。
「(本当は慣れてほしいもんじゃねーけどな……特に女の子には)」
らしくもない感傷までコナンは覚えた。
「ワインを飲んだら苦しみ出したと」
「あぁ。さっき匂いを嗅いでみたが、青酸カリで間違いねぇ」
「毒殺、ですか……。
ワインを持って来たのは誰ですか?」
「私でございます」
笹塚の問いに、風間が臆することなく手を挙げた。
「武夫様が、ワインセラーからこのワインを持って来なさいと言うので取って参りました。
一番最初に武夫様に注いだのも私ですわ」
「では最初にワインを飲んだのは被害者ではないのですか?」
「いや、野添だよ」
今度は武夫が声をあげた。
「風間にワインを注いでもらったあと、私が彼に頼んだんだ。
ワインをテイスティングして、銘柄を当ててくれと」
「自分のグラスに注いでもらったものをですか?なぜわざわざそんなことを」
笹塚の質問には躊躇がない。さすがの武夫も言葉に詰まってしまった。
「それは……単なる思い付きだったのだが……」
「……質問を変えます。
なぜそのようなことを思い付いたんですか」
「刑事さん!」
金切り声で横槍を入れたのは風間だ。
吊りがちの目を更に吊り上げ、彼女は笹塚をきっとねめつける。
「もしやとは思いますが、あなた武夫様を疑っていらっしゃるのですか」
「被害者がワインを飲んで苦しみ出したとなれば、最初にワイン
を勧めた人間に詳しく話を聞くのが道理でしょう」
「まぁ……!」
瞬時に風間の顔が真っ赤に染まった。
肩がぶるぶると怒りにうち震えている。
「あなた、よくもそんなこと―――武夫様が、野添君を殺したですって!?
自分が何を言っているのか、よくわきまえていただきたいですわね!
なんと、なんと無礼なことを―――!」
風間はそれを自らの主人に対する冒涜と受け取ったようだ。
そしてそれは、彼女がもっとも許せないことのひとつであるらしい。
平生の冷静さをかなぐり捨ててヒステリックにわめき散らす風間を、篠崎が抑えた。
「落ち着け千佳ちゃん。刑事さんは何も武夫様が犯人だとは言ってねぇだろうが」
「言っているのと同じよ!」
「風間ぁ、やめたほうが」
「お前は黙ってなさい、坂吹!」
「ひぃぃっ!」
そしてまた中途半端に切る、これが小出し投下クオリティ。
笹塚と石垣が登場し、まさに題名通り役者は揃いました。
笹塚の口調が難しい。
>>158 ばしばし投下してくれ。スレが賑わうのは良いことだ。
>>159 本編以外で言及してしまうのは物書きとしてアレなんだが、アニメ版のネウロもちゃんと人に興味持つようになってます。
ただ、人間の持つ可能性と言っても弥子など限られた人間のものしかネウロは認めていない、もしくは気付いていない。
この話が進むごとに、ネウロさんも弥子やその他以外の、ごく普通の人間の可能性にだんだん気付くようになってく予定です。
最近投下早くて嬉しいなあ。GJ
石垣はやっぱりとことん空気読めない事してしまうのかw
それとも今後思わぬ活躍をして、今のところ呆れてるっぽい蘭達に見直されたりして…
前者でも石垣らしいからいいけれど、割と好きなキャラだから敢えて後者と予想してみる
>>158 wktk
つい昨日やって来て一気読みさせて頂きました
凄いなー! こんな素敵な物を一気読みさせて頂いて勿体ないw
スレタイからは外れてしまうけど、 色々な方の探偵異種格闘技戦が読めたら嬉しい
余りの素晴らしさに、ミステリを考える頭がないなりに
謎解きの殆ど絡まない番外話とかを自分でも書いてみたくなってしまうw
探し屋S氏いつも乙!
今回のは読んでてネウロになぜか殺意を覚えた
「他人の不幸をこんなに喜んで、何こいつ最悪」
とか思っちゃった。我ながら今更すぎる
なんでだろう、原作読んでてもアニメ見てても
一度もそんな風に感じたことなかったのに
>>170 それは書き手の力量によるのです。
そもそも松井先生本人が書いてるわけではありませんから。
>>170 今回は読者=コナン側の目線に近いから、そう感じて正解。
というか、書き手はまさしくそう感じさせる事を狙って書いてると思う。
コナンからすれば、ネウロの「犯罪が起こる事を待ち受ける」ってスタンスが相いれないわけだから。
>>170 ネウロの場合コナンと違って、最初から死ぬ奴が大体分かってるからって所もあるかも
だから読者も殺される側に余り肩入れしないで読むし
作者も意識して、人が死んだ『後』に人間関係や被害者を掘り下げる構成にしている所がある気が。
今回主はコナン的に掘り下げて書いてるから、被害者に感情移入する余地や余裕があったせいかも
>>170 つかネウロに人間の生き死について何かしら期待するほうが無駄。ネウロは人間を田んぼの稲(=食料)ぐらいにしか思ってない。
>>174 まあ原作ラスト近くになると、ネウロ自身がその考えに疑問を感じてるけどな。
本当にそれだけなのかって。
>>175 でも今書かれているネウロはアニメのネウロだからどうなんだろうか。
初期の人間に対して何にも興味ないネウロだよね…
177 :
!:2009/11/27(金) 18:35:56 ID:rfR62Cc0
アニメネウロだろうと漫画ネウロだろうと、スレの小説は読んでいて面白い。
違いを語るなら他にいかれたら?
アニメ版と原作版の違いについて語るのも、小説の話題からあまり乖離しない限りはスレチにはならんだろう
原作ファンとアニメの間には色々あったから、少し神経質になるのもわからんではないが、そうつっかからんでも
原作では弥子はあくまで普通の、一般的な女子高生であって、ネウロははじめ成行き上弥子とタッグを組んだだけだったが、
アニメでは最初からネウロが弥子に、ある種特別の資質を見出して探偵に選んだというストーリーになってるからな
原作ネウロにとって弥子の可能性を信頼すること≒人間一般の可能性を信頼すること って構成があったが
アニメネウロではそれが成り立たない。
探し屋S氏がどうやってアニメネウロに人間一般への興味を持たせていくのか、楽しみにしてるよ
179 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2009/11/28(土) 00:35:07 ID:qhno2g9N
今の時点でこれ以上武夫に話を聞くのは、風間をいたずらに刺激するだけだと判断した笹塚は、さっさと現場検証に戻ってしまう。
石垣にデジカメで現場写真を撮らせたあと、割れたワイングラスの破片を検分していた
笹塚に、小五郎がおもむろに声をかけた。
「笹塚刑事、だったか。初対面だよな?」
「私の記憶の限りでは」
「どーも俺ぁ、あんたをどっかで見た気がするんだよ。
本当に初対面か?」
「よくいる顔ですから」
どこまでも素っ気なく笹塚は答えたが、小五郎はまだ疑わしげに
色々な角度から彼を眺めて回っている。
笹塚の指先で、ワイングラスの破片がきらめく。
それから笹塚はワインと血によって赤黒く染まったカーペットに視線を移し、僅かに眉を寄せた。現場の状況
と先ほどの風間や武夫の話を照らし合わせて、何か釈然としないものを感じたらしい。
それを待ってましたとばかりに、コナンはひときわ無邪気な声をあげた。
「あれれー?なんか変だなぁ」
コナンを除く全員が、そこではじめて小五郎の背後に隠れていた小さな少年の存在に気がついたらしい。
反応に大小の差はあれど、五人が各々驚いているのは確かだった。
ちなみにネウロだけは、コナンを見つけても依然として人を
食ったようなにやにや笑いだったので、驚いていた人間の勘定
には入らないことを追記しておく。
「青酸カリって、すごく怖い毒なんだよね?
飲んだらすぐに苦しくなっちゃうのに、野添さんは―――いてっ!?」
コナンの言葉は終わりを待たずして、頭上から振って来た小五郎の拳骨に阻まれた。
慣れてはいるがやはり痛い。
「くおらっ、コナン!おめーはまた、捜査に首突っ込んで……」
そのまま猫の子のごとく現場検証からつまみ出されそうになるのを、しかし笹塚が止めた。
頭をさするコナンと目線を合わせるようにしゃがみ込み、真正面からコナンの目を見据えてくる。
「……どういうこと?
よかったら俺に、教えてくれる」
そう問うてくる笹塚の目には、子供だてらにとコナンを侮るような色はなかった。
目撃者の話は何であれしっかりと耳を傾ける、真摯な刑事の目である。
「いてて……。うん、いいよ。
あのね、野添さんは僕たちの前でワインの銘柄当てをしてくれたんだ」
「それは聞いた」
「うん。でもさ、そしたら変じゃない?
もし毒がワインの中に入ってたなら、野添さんはテイスティングの時に毒を飲んだ、ことになっちゃうよ。
でも一口目を飲んだ時は、野添さんぜーんぜんへっちゃらだったもん」
「そこ、俺も気になるんだ。
でも次にワインを飲んだ時には、被害者はすぐに苦しみ出した。
つまり、毒は被害者がテイスティングをしたあとから、二口目のワインを飲むまでの間に仕込まれたことになる」
そこへすかさずネウロが口挟んだ。
「確か二口目を野添さんのグラスにお注ぎになったのは、松田さんでしたね」
「えっ……?」
理緒は一瞬、自分が何を言われているのかわからなかったようだ。
彼女らしからぬぼんやりとした表情がまず現れ、直後に愕然と血の気の引いた表情に立ち替わる。
ネウロの言葉の意味を理解したのだ。
「そ、そんな!私……私……」
胸元のあたりで組合わされた華奢な手の中に、金の懐中時計が見える。
無言で理緒の次の言葉を待つ笹塚の視線に、彼女はいっそう
懐中時計を握り締める力を強めた。
すっかり笹塚に敵愾心を燃やしている風間が進み出て、その視線
から理緒をかばうように立ちはだかった。
「理緒じゃないよ」
風間に続くように、意外な方向から理緒に助け舟が出された。
氷室海斗である。
「理緒は父さんに頼まれて二口目を注いだだけ。偶然です。
理緒がワインを注ぐ所は俺の席からよく見えましたけど、理緒は何もおかしいことはしてませんでした」
と、刑事である笹塚や、名探偵と呼ばれる小五郎や弥子に対しても
気後れすることなく海斗は述べた。
この中性的で人形めいた美少年、見た目に似合わずなかなかに肝が座っていると見える。
修治の前ではにかみながらフルートを吹いていた、あのシャイな
少年のまだ知らない一面を、コナンは垣間見たような気がした。
「君はどこに座ってた?」
「そこの席に。
政隆兄さんからも理緒の様子は見えたろ?」
ネウロのアニメも原作も好きだから、多少なら違いを語るのも面白いと思うけど
ナチュラルにネタバレしちゃう人もいそうな気がするんでそこんとこ注意してほしいな。
何はともあれ今後の展開も楽しみにしてます!
「あ、あぁ……。
確かに弟の言うとおり、僕の席からも見えました。
妙な動きはありませんでしたよ。理緒はふつうにボトルからワインを注いだだけです。
そもそも理緒が父からワインボトルを受け取って、野添に注ぎに
行くまでにはほんの何秒かの間しかないし、こんな大勢人がいる中でまたワインの
コルクを抜いてこっそり毒をいれるなんて大胆な真似はほぼ不可能でしょう」
普段無口な弟に突然話を振られた政隆はややうろたえながらも、
さすがと言うべきか理路整然とした答えを返した。
その腕の中には未だ伊織がすっぽりと収まっており、彼女は
ぴくりとも動かず兄の腹のあたりに顔を埋めているため、表情を知ることは出来ない。
しかし時折、思い出したかのように狭い肩が小刻みに震え、その
度につけ政隆は伊織の髪や背中を懸命に撫でてやっていたのだった。
先ほどの凄惨な光景が、いかにこの純真な少女にショックを与えたかが痛いほどに伝わって来る。
さて、海斗と政隆の証言を信じるならばいよいよ話はややこしくなってくる。
風間が注ぎ、武夫が野添に差し出したワイン。
しかし野添がこれを飲んでも何事も起きなかった。
異変が起きたのは理緒が注いだ二口目だが、彼女に毒を入れる十分なチャンスがあったとは言い難い。
海斗の言うとおり、武夫が理緒に二口目を注ぐよう指示したのはまったくの偶然だったのだ。
もし近場に美鈴がいれば彼女にやらせただろうし、自分に注いだ
ついでにと風間に注がせる可能性だって大いにある。
では一体、誰が、いつ、どのような方法でワインに毒を盛ったのか。
笹塚は顎に手を当て、しばし思案の仕草を取る。
やがて、
「……わかりました。
現場検証はひとまず一旦打ち切ります。
まずはみなさんの話を十分に聞いたほうがよさそうですから」
ようやく血なまぐさい現場から出られることに、みな少しだけほっとしたようだった。
しかしこの直後に、彼らには更なる混乱と、特に何人かの者にはそれ以上の恐怖が降り懸かることとなった。
一番はじめにその存在に気付いたのは、遺体を見つめていた弥子だった。
「笹塚さん。あれ、なんでしょう?」
弥子が細い人差し指で指し示した先を、笹塚だけでなく小五郎やコナンも追った。
目を凝らすと、野添が着ている黒いジャケットのポケットから
ほんの少しだけ、何かピンク色のものがちらりとのぞいている。
笹塚がジャケットのポケットに手を入れ、摘みあげてみると、はらはらとそのピンク色が何枚か落ちてくる。
薄紅色のそれはどうやら花びらのようで、色こそ桜にそっくり
だが大きさや形があまりに違う。
「これは……」
「花びらみたいだな。けどいったい何の花だ?」
「あぁ、これはバラですね」
ちゃっかりとネウロが床に落ちた花びらのうちの一枚を拾って、小五郎の疑問に答える。
コナンもこっそり手近な一枚をハンカチを使って拾いあげ、軽くその匂いをかいでみた。
途端に、昼間バラ園で嗅いだものと同じ、かぐわしい香りが鼻腔いっぱいに広がる。
だがなぜこのようなものが、野添のポケットに入っていたのだろう。
この花びらで何かするつもりだったのだろうか。
その時、ネウロの長い指先に摘まれた花びらを見ながら、弥子が何気ない口調で言った。
「珍しいね、桜色のバラなんて」
ガタン!と大きな音がして、すわ何事かとコナンは振り返った。
坂吹が、後ずさった拍子に背後にあった食堂のドアに思い切り
背中をぶつけたのだ。
小さい瞳を限界まで見開き、唇はわなわなと震え、額には脂汗
まで浮かんでいる。尋常でない怯え方だ。
「さ、さ、さ、桜色の、バラだって……!?
冗談よしてくれよ、なんだって、なんだってそんなものが―――今ここにあるんだよ……!」
あえぎあえぎ、ほとんどうわ言のような調子で坂吹は言葉を紡ぐ。
「しかもよ、よ、よりにもよって野添のポケットからそんなものが出てきやがるなんて!
それじゃ、本当に」
言葉はそこで途切れ、坂吹はぶるりとひときわ激しく身震いをした。
血色のいいつやつやとした肌がみるみるうちに土気色になっていく。
明らかに異様な坂吹の反応にほとんどの人間が言葉を失う中、
ネウロは涼しげな顔で理緒に尋ねた。
「松田さん、こちらのバラ園でこのような桜色のバラはお育てになっているのですか?」
「いいえ……。
あそこで育てているバラはすべて把握しているつもりですけど、
そういう色をしたバラはなかったと記憶しています」
「……武夫様」
篠崎が、一瞬にして顔色を失った武夫に呼び掛ける。また彼自身も、ひどく狼狽していた。
「武夫様、桜色のバラって、ひょっとして」
「まさか……そんなことが」
「でも、あのバラは確かにあの子の―――桜子ちゃんの」
「篠崎君ッ!滅多なことを言わないで頂戴!」
聞き慣れぬ名前が篠崎の口をついて飛び出した瞬間、風間が凄まじい剣幕で彼ににじり寄った。
この雰囲気に何かただならぬ気配を感じたのか、政隆は
武夫に「何があったんだい?」と控え目に問う。
しかし武夫が息子に返答をよこすことはついぞなかった。
コナンはこの雰囲気に覚えがある。修治が帰って来て、
十四年前の事件を調査してもらうと武夫たちに宣言したあとの、凍り付くように冷ややかな雰囲気。
もう一度、コナンは美しい薄紅色の花びらを見下ろしてみる。
この可憐な花の何が、武夫たちをうろたえさせ、とりわけ坂吹を恐怖させたのか。
コナンがその理由を知るのは、ずっと後の話である。
遺体がかなり遅れてやってきた救急車で運ばれて行ったあと、リビングではさっそく笹塚と石垣による事情聴取が始まった。
コナンや少年探偵団といった子供たちを除いて、原則全員が
取り調べを受けることとなっていたが、伊織への事情聴取だけは氷室家の全員が
頑として認めなかった。
今の彼女はとても冷静に事件のあった時のことを話せる精神状態
ではないし、あのように悲惨な出来事をわざわざ思い出させるような
真似はしたくないというのが彼らの言い分である。
それにおそらく―――彼らは伊織が例の“発作”を起こすことを
危惧している。笹塚たちは知る由もないだろうが、このように
不安定な状況ではいつその発作とやらが起きてもおかしくない状況である。
彼女の病気はこの氷室家がもっとも伏せておきたいタブーのひとつなのだ。
懸命な説得の末、笹塚はもう少し彼女が落ち着いてから事情聴取は必ず行うという
条件付きで、今夜の事情聴取から彼女を外すことを認めてくれた。
理緒と美鈴に付き添われて自室に帰る伊織の足取りは、さながら夢遊病患者並みのおぼつかなさだった。
春霞の向こうにぼんやりと揺らめく人影のように、彼女の気配は
ひどく希薄になっていたのだ。
それからもう一人、特例として事情聴取から外された人間がいた。
「待てテメェ。
さっきから気持ちいいまでに俺の存在をスルーしやがって、ずいぶんご挨拶じゃねぇか?
あぁ?」
リビングに入ろうとする笹塚の肩を掴み、振り向いた彼の鼻先に吾代が物凄い形相でぐぐぐと顔を近付けた。
並みの人間ならばすっかり怯えてしまうところを、笹塚は
心底からうざったそうに、
「なに、いたの?」
「おー、ずっといたよ!いちゃなんか悪ィかオイ!?
それなのにテメェ、事情聴取から俺を外しやがるとは何事だ!?
俺だって貴重な目撃者の一人だってのに、こりゃアレか?
職務怠慢ってヤツかこの税金泥棒!」
「お前から事情聴取したところで時間の無駄。チンピラ一人のために割く時間なんてないから」
冷水を浴びせるかのようにぞんざいな笹塚の口調は、逆に吾代の
怒りを熱く煮えたぎらせるらしい。
目を剥いて、彼はますます笹塚に食ってかかる勢いを強くする。
「言ってくれるじゃねぇか……!
俺だってなぁ、その気になりゃ事情聴取のひとつやふたつ」
「……名前は?」
「ああん!?何ふざけてやがんだテメェ!
人のこと散々フルネームで呼び付けといて」
「名前」
「あー畜生!吾代忍だよ!ご・だ・い・し・の・ぶ!」
「……そう。年は?」
「二十五歳」
「職業」
「情報会社副社長」
「……はい、事情聴取終了。お疲れさん」
「コラァァッ!!」
血管が音を立てて切れそうなほどに猛り狂う吾代を尻目に、笹塚はぱっと自分の
肩に置かれていた手を振り払う。
そして彼はハラハラしながらなりゆきを見守っていた少年探偵団の方を向き、ひどく真面目な様子で、
「君達、ちょっと事情聴取の間だけこのかわいそうなお兄さんの監視をお願いしていいかな。
絶対こいつをリビングには入れないで。
奇声を発して暴れたりしたら、すぐに大人の人呼んでいいから」
「りょ、了解であります!」
元太たちは思わずかしこまって、びしっと敬礼を返す。
本職の刑事に頼みごとをされたのが嬉しいらしく、三人は喜色満面の顔を見合わせた。
「任せろ刑事のおっさん!俺たち少年探偵団が、責任持ってこの
かわいそうな兄ちゃんを見張るぜ!」
「ん、よろしく」
「さーさーづーかァァァァ……!テメェ………!」
「じゃあな、吾代忍年齢二十五歳職業チンピラ。弥子ちゃんに迷惑かけるなよ。あと駐禁払え」
そして笹塚はすたすたリビングに入って行った。
どうやら弥子だけでなく吾代も、笹塚とは浅からぬ因縁があるようである。
弥子のそれとはまるきり正反対の性質らしいけれど。
ばたん、とドアが閉まり、笹塚はリビングの中に消える。
「待ちやがれこの―――!」
『させるかぁーっ!』
「ぬおっ!?」
あくまでリビングに突入しようとする吾代の左足に、元太と光彦と歩美が一斉に飛びついた。
子供の力とはいえそれが三人分、しかも完全なる不意打ちとなれば、
さすがの吾代もバランスを崩してよろめいく。
「何しやがるガキ!放せコラ!」
「だめだー!かわいそうな兄ちゃんはリビングに入るの禁止ー!」
「かわいそうなお兄さんは僕たちとこっちです!」
「キャンディあげるから歩美たちの言うこと聞いてっ、かわいそうなお兄さん!」
「“かわいそうなお兄さん”を連呼すんなぁぁぁ!」
どこか悲愴な吾代の叫びは廊下中に響き渡り、反芻する。
広い廊下のおかげでエコーがかかって帰ってくる叫びは、また
哀れっぽさもひとしおである。
コナンは乾いた笑いを浮かべながら、哀は冷めた目付きで、それぞれ
吾代と少年探偵団との息詰まる攻防戦を眺めていたのだった。
投下終了ー。
なんか最近の流れを見てるとみんなネウロに並々ならぬこだわりがあるみたいで、見てておもろいしためになります。
俺のDSはほとんどFEと逆転裁判専用機になってるんだけど、
>>169の書き込みを見てたら以前に出たという金田一とコナンのゲームが欲しくなってきた。
ミステリーものだけでもやりたいクロスオーバーが多いぜ。
189 :
181:2009/11/28(土) 01:17:34 ID:g8lRCQgT
うぁ割り込んじゃった、すんません>探し屋S氏
でも投下ペース早くて嬉しい。
吾代はここでも可哀相なのか。最後のコナンと哀の表情も目に浮かぶw
181について、パロディ物でネタバレもへったくれもねーだろって意見もあると思うけど
そのうちアニメ観てみようとか、ネウロ原作完結したから読んでみようって奴が自分の
周りは結構いるんだよ、と補足しておく。
190 :
158:2009/11/30(月) 01:14:26 ID:Ei/105eg
書きあがったプロローグを投下してみる。
今トリック考えているんだけど難しいorz
読む前の注意
・金田一、コナン、ネウロは同一世界でどれも原作設定。
・時間軸としてはコナンと金田一は最新の単行本、ネウロは12巻最後(狸屋編と蛭編の間くらい)。
・現在出ている単行本の話を参考にしていたり、下敷きにしているのでネタバレを大きく含みます。
・トリックについては今製作中ですが、他作品のと被る場合があります。
「んんーまい!」
オムライスを口に含め、少女は絶叫する。
その声の大きさに周りの人間は少女に注目する。
というより、店に入ったときから少女は注目されていたといったほうが正しいか。
「この卵の焼き加減が絶妙なんだよねぇ……。究極のとろとろなのに生でもないし、色もいいし最高だよ!!」
グルメレポーターのような解説をしながら、オムライスを食す少女。
しかし、驚くべきはその量とスピードである。
彼女の前に積まれている皿は、とうに2桁を越えている。
完食した少女が何度目かわからないメニューに目を通すのを見て、友達と思われる少女は大きな溜め息をついた。
「あんた、次は何?」
もはや慣れきっているのか、その行為を咎めようとはしない。
「次はデミグラスハンバーグとトマトペペロンチーノの大盛りかなー。あと少しでメニュー制覇だ!」
少女は無邪気に笑いながら店員を呼ぶ。 何度ここと厨房を往復したか分からない、疲れきった顔の店員が、端末を手に注文をとりに来た。
開店したてのこの店がセールをやっているので、味を確かめたい少女に連れられてやってきたが、これでは明日からしばらく休業になるだろう。
少女の親友は、ふらふらとした足取りの店員の後姿を見て、そんな思いをめぐらし、密かに彼らに同情した。
「まさに完璧レベルだね。あともう少し素材の味を引き立てたほうがいいんだけど……」
「完璧ねぇ……」
「でも本当に完璧な料理ってあるのかな……」
「知るか」
もはや少女の講義には付き合う気はなくなったようで、少女の親友はケータイのみを見ながら返事を返した。
しかし、少女はなぜか『完璧』という言葉が引っかかり、最後のアラビアータを口にしながら長い間そのことを考えていた。
一方その店の前では
「はああああっ! マジかよー!!」
日が一番高い時刻にもかかわらず、店の前に掲げられた『本日は閉店しました』という看板を見て、盛大に溜め息を就いた少年がいた。
「残念だったな。まぁさっき見かけたうどん屋にでもいくか」
神戸をたれた少年の肩をたたく中年の男。その横には少年と同じくらいの少女の姿もある。
「でも幾らオープンしたてだからって、こんなに早く閉まることなんてあるのかな…」
興味半分といった様子で少女はつぶやく。
「知らねー。単に満員になっただけじゃねーの? せっかくオッサンが金一封入ったから美味い飯奢ってくれるはずだったに、また素うどんかよ…」
「そういうな。俺だって家のローンやら何やら色々あってだな…」
男は内心ほっとしたのが、顔からにじみ出ていた。本来ならば最初から安い店で済ませるはずが、少年と一緒に少女がいたため、彼女が行きたがっていた少し高級なこの店に行く羽目になったのだ。
「まァこんなことがあるようじゃ、この名前も台無しだな……」
「とにかくさっさと他の店に行こうぜ。 俺腹減ったよ」
看板を見上げる男と少女に背を向けて、少年は1人勝手に歩き出した。
その手には、店のチラシがある。 なぜか分からないが、チラシの中のある言葉が異様に気になるのだ。
「洋食レストラン“Perfect”か……」
「“Perfect”ね……」
駅前で配られていたチラシを、ランドセルを背負った眼鏡の少年が見ていた。
「随分ご大層な名前をつけたもんだな」
「あら、名探偵さんも事件とサッカー以外のことに興味があったのかしら」
同じくランドセルを背負った茶髪の少女が返す。
「何だオメーは。俺がそんな奴だと思っていたのか?」
「それ、恋人との喧嘩で口にする言葉じゃない?」
「バーロ。そんなんじゃねぇよ」
小学生と思えない会話をする二人。本来ならばこの場がもっと騒がしくなるはずだが、今日はその原因を作る3人は個々の事情で揃って休みだ。
「今日は私も探偵事務所に寄ろうかしら。 あの大阪の少年が来ているのでしょう?」
「ああ…。」
少年は、昨日の大阪の少年との電話の内容を思い出した。
そしてそれを話すやけにうきうきとした様子も。
また何か起こらなければいいが…と、手にしていたチラシに目をやる。
たまにはこういった始めての場所でゆっくりと食事を取りたい。そんな願いを込めて、やっぱり名前が引っかかるまだ見ぬ店に思いを馳せた。
少し離れた場所で、世間から探偵と呼ばれる人間達が、同じ場所・言葉に関わったのはこれから起こる惨劇、そして邂逅の始まりに過ぎなかった。
194 :
158:2009/11/30(月) 02:02:47 ID:Ei/105eg
投下終了。
次回からメモ帳に書いてから投下します
>>194 新作来た!!
マジ乙。ついに金田一参戦か。
コナンとは一度共演したけど、ネウロとはどんなやり取りになるのやら。
すげー! GJGJ!!
まさかコナンも出て来るとは思わなかった。推理パートに期待!
所で、青年版の夢幻紳士って探偵に分類していいのだろうか?
自分が書けそうな探偵は誰だろうと考えたら、コレとはやみねかおる作品くらいしか思い付かなかった
これじゃ誘い受けだな……何か短い話をゆっくり考えてみる
>>196 夢幻紳士か…! ネウロスレでちょくちょく名前も出てたし、全然問題ないと思う。
事件もちゃんと解決してるし。
ネウロ側から大人の美女を出せばめんどうくさがりの夢幻氏も動いてくれそうだ。
魔実也とネウロの絡みとか想像しただけで胃が痛くなりそうだなw
>>198 想像して吹いたwww
画面が凄い事になりそうwww
ネウロflashスレで面白い事が起りそうなの知ってるかおまいら
202 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2009/12/17(木) 17:43:11 ID:eYTUpwrk
やがて吾代も怒ること自体に疲れたのか、渋々ながらも少年探偵団たちと手近な部屋に入った。
その部屋にダーツセットがあるのを見つけ、吾代は少しだけ機嫌を持ち直したらしい。
鼻歌などひねりながらさっそく矢を何本か取り出しはじめている
吾代を、元太と光彦と歩美は警戒を緩めることなく監視している。
笹塚の教えを律義に守る気のようだ。
哀は監視には加わらず、長椅子に座っていかにも手持ち無沙汰げだった。
瞬間彼女と目が合い、退屈だからなんかしなさいよ、という無言
の訴えにコナンは気付かぬふりを決め込んだ。
コナンとしては、ひとり冷静に考えをまとめる絶好の機会なのだ。
彼女の相手などしていられない。
「(まずは……そう、犯人はいつ毒を盛ったかだ)」
もっとも謎が多い部分である。
ワインは風間が、武夫から銘柄の指定を受けて持って来たものだった。
ならば真っ先に疑うべきはやはり武夫である。
前もってワインに毒を混入しておきさえすれば、あとは風間に
それを持ってこさせて、野添に指示を出すだけでいい。
「(……って、話がここまで単純ならいいんだけどな)」
そう、この話はそこまで単純ではない。
ワインのテイスティングから野添の死までには、ほんの数分だが決定的なタイムラグがある。
テイスティングの際に彼が間違いなくワインを飲んだのは、あの時食堂にいた者なら
全員が目撃しているのだ。
あの時点でワインに毒が、しかも青酸カリという猛毒が盛られて
いたなら、野添はもっと早くに苦しみ始めたであろう。
二口目を注いだ理緒も、海斗と政隆の証言によればおかしな
動作はしていなかったという。
もし二人が野添たちの方を見ていなかったとしても、あの時の
立ち位置からして理緒はかなり野添に接近してワインを注いでいた。
203 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2009/12/17(木) 17:47:49 ID:eYTUpwrk
おそらく野添はワイングラスを持ったまま、理緒に二口目を
注いでもらったのだろう。
だからもし理緒がワインに何か入れたなら、まず野添が
気付くはずなのだ。
そこで、コナンの脳裏にある疑惑が浮かんだ。
「(……待てよ。犯人の狙いは本当に野添さんだったのか?)」
そもそも、野添がワインの銘柄当てをすることは武夫の完全な思い付きだった。
自然な流れでいけば、あのワインに最初に口をつけるのは
武夫だったはずである。
犯人の狙いは野添ではなく、武夫にあったのではないか。
しかしこの推理も、コナンは瞬時に打ち消さざるを得なかった。
野添と武夫、どちらがワインを飲んでいても、最初の一口には
毒が入っていなかったのには違いないのだ。
犯人がいかにして毒を盛ったか、そのトリックを見抜かなくては
結局先には進めない。
論理の道筋はそこでぴたりと行き止まりとなってしまった。
今のコナンには手掛かりが、情報が、あまりにも少なすぎるのである。
こんな状況では仕方ないかと頭の中では理解しつつも、なお
抑えきれない歯痒さにコナンは頭を掻き回した。
「(これだけじゃねぇ。野添さんのポケットから出て来た、あの桜色のバラ……。
それを見た時の武夫さんたちの反応……)」
驚愕のあまり一瞬にして凍て付いた空気は、まるで修治が
十四年前の“事件”のことを口にした時と同じだった。
違っていたのは、政隆や海斗やメイド二人、ついでに修治も
桜色のバラに対しては別段驚いた様子がなかったことだ。
反対に、異常なまでに怯えていた坂吹は当然、武夫や篠崎や
風間は少なくともあの桜色のバラが意味するところを知っているに違いない。
そして、
「(“桜子”……)」
桜色のバラを見て、篠崎が口にした名前。
その後彼がなんと言いかけたかは、風間の怒声によって
聞くことはかなわなかったが、その桜子なる人物が桜色のバラに
深い関係があることは確実である。
今のところはこんなものだろう。
前述の通り、今のコナンには情報が少な過ぎる。
現場を調べるなり話を聞くなりして情報を集めなければ
ならないが、どちらにせよ事情聴取が終わったあとでなくては
自由に動くこともままならない。
ならば今は、今しか聞けないことを聞いておこうと、コナンは
ダーツに夢中になっている吾代のほうを見やった。
事件の他にも知りたいことはやまほどある。
例えばそう、桂木弥子や脳噛ネウロについて。
「ねぇねぇ」
「あん?」
矢を放った瞬間を見計らってから、コナンは吾代に声をかけた。
矢は中心からわずかに逸れたものの、それでも小気味いい
音をたてて高得点のゾーンへと突き刺さる。
「……なんだ、チビメガネ。
俺に何か用かよ」
「チビメガネじゃないよぉ。
僕は江戸川コナン。
お兄ちゃん、桂木探偵の助手さんだよね?」
「助手なんて大層なもんじゃねーよ。
色々あって時々手伝ってやってるだけだ。
……オイ、まさか話はそれだけか」
「違う違う。
僕、桂木探偵のファンなんだ。だから、桂木探偵ってどんな人か教えてほしいなぁって」
コナンの問いには答えず、吾代は的のほうに向き直ってしまった。
狙いを定めて―――。
「……普通のガキだよ」
「えっ?」
シュコン。吾代の放った矢は、今度こそ的の中心に命中した。
なかなかにダーツの腕は立つらしいが、それに感心する余裕もなく、コナンは吾代の言葉に首をかしげた。
「だから、普通のガキだ。
人よりアホみたいにメシを食うことを除けば、至って普通のガキ。
いじられやすくて、脳天気で、特別頭がいいわけでもねぇし、ケンカが強いわけでもねぇ。
そのくせ意外と根性は座ってやがる。いや、頑固っつーのか?
一回こうだって決めたら、何がなんでも動かねぇ―――そういう奴だ」
この話を聞くまで、コナンは吾代という男を誤解していた。
コナンが最初に見た吾代は大量の荷物に押し潰されそうに
なっていたあの惨めな姿である。
なんだか助手というより雑用のごとき扱いをされていたもの
だから、吾代は致命的な弱みでも握られた上で桂木弥子の
助手をしているのかと思っていたのだ。
そもそも吾代のような、明らかに堅気ではない人間が弥子の
もとにいる時点で、そこには何か並々ならぬ事情があるのではと
勘ぐってしまうのが自然である。
そしてそんな事情があるのをいいことに、年上の吾代を
助手として使う女子高生探偵。
吾代の性格からして、彼女は恨みの対象にしかならない―――コナンの頭の中では、そんな図式が
勝手に出来上がっていたのだ。
けれど、弥子のことを語る吾代の表情を見て、コナンは自分の思い違いに気付いた。
吾代の口調は相変わらずぶっきらぼうで、その横顔は不機嫌そう
にしかめられたままだったけれど、どこかほのぼのと暖かい、妹
を自慢する兄の照れくささがあった。
ましてや弥子に対する悪意など、微塵も感じられない。
「オレの人を見る目もまだまだってことか……」
「あ?」
「ううん、なんでもなーい。ね、もうひとつ質問いい?」
「んだよ」
「もうひとりの助手のお兄ちゃん―――脳噛さんってどんな人?」
尋ねた直後に、コナンの頭を後悔の念がよぎった。
脳噛、の名前が出た途端、吾代の身体は雷にでも打たれたかのように打ち震え、そして硬直した。
「おいチビ……江戸村っつたか……」
「いや、僕は江戸川……」
「どっちでもいいッ!」
肩をいからせ、吾代は吠えた。
目測百九十センチ以上はあるだろう吾代の体躯が、怒りによって
更に一回り大きくなったかのような錯覚さえ覚えるほどの迫力である。
脳噛ネウロ―――氷室の人々に十四年前のことがタブーであるのと同様に、吾代にあの
地平の彼方までうさん臭い男の話はタブーであるらしかった。
「いいかチビ……!
俺の前で二度と!二度とあの化け物の話をすんじゃねぇ!」
「ば、化け物?」
「あぁ化け物だ!アイツが化け物じゃなけりゃ一体なんだってんだ!?
あいつは、あいつは……うがああああああ!!」
再び吠えはじめた吾代に、すかさず少年探偵団が立ち上がる。
「あー!かわいそうな兄ちゃんが暴れ出したぞっ!」
「だ、だれか大人のひと呼ばなきゃっ」
「いえ歩美ちゃん、やっぱりここは僕たち少年探偵団が食い止めないと!」
勇敢なる我らが少年探偵団が吾代に突進していく様を眺め
つつ、コナンは目の前で猪のごとく暴れる男に、しみじみと
湧き上がる憐憫の情を禁じえなかった。
【刑事探偵不可思議方程式】:インターバル
『そうか、毛利君も……。まったく、あの疫病神にも困ったものだ。
彼の存在自体が事件を引き寄せているんじゃないかと何度思ったことか』
「お察しします」
『すまんな笹塚君、
君と石垣君に任せきりにしてしまって。
本来なら私もすぐそっちに駆け付けたいところだが、この状況ではそうもいかない』
「いいえ、謝るのは俺の方ですよ。
そちらは大変なようですから……」
立て籠もり現場の慌ただしい物音が電話口からもはっきりと聞き取れる。
刑事たちの怒鳴り声、機動隊のものものしい足音。
膠着状態が続いているとはいえ、向こうは向こうで大変であるらしい。
『構わんさ。しっかりな』
「……感謝します、目暮警部」
一通り事情聴取を終えたあと、笹塚がまず行ったのは本土にいる
上司、目暮への報告だった。
旅館に置いたままだった荷物はすぐに駐在の使いの者が屋敷まで
届けにきてくれたので、あてがわれた客室の中で笹塚はゆっくりと目暮に事の次第を伝えることが出来た。
その目暮、事件現場に毛利小五郎がいるのを知るやいなや、
「またあの男か」などと複雑な溜め息を漏らしたのだった。
『そういえば君、毛利君と捜査をするのは初めてじゃないか』
「ええ、俺はいつも弥子ちゃん、いえ、
桂木探偵と鉢合わせすることが多いですからね」
今回は鉢合わせではなく前もって弥子側から連絡があった
のだが、そのことは目暮には伏せておく。
しかし小五郎の存在だけは完全に笹塚の予想外だった。
今やすっかり有名人となった二人の名探偵が揃って同じ場所に
居合わせたとなると、この氷室家には相当にのっぴきならぬ事情があるようだ。
『毛利君はまぁ、見てのとおり普段はちゃらんぽらんな男だが、
一度スイッチが入れば頼もしいぞ』
「はぁ、スイッチですか」
笹塚は事情聴取の間中、こちらをじろじろと眺めては首を捻っていた小五郎の姿を思い出した。
事情聴取には小五郎と弥子、それに彼女の助手であるネウロも
同席したのだが、この小五郎が実に厄介だった。
無遠慮にこちらを見るのをやめたかと思えば、勝手に証人たちの
話にあれやこれやと口を出す。
そのくせ弥子が何かしら質問しようとすると、すぐさまそれに
いちゃもんをつけにかかる。
証人が女性の時にだけ、笹塚を押し退けてぐっと身を乗り出す
のも邪魔くさいことこの上なかった。
途中何度、あのにやけた中年男をリビングから追い出そうと思たことか。
果たしてあの男が頼もしくなる局面などあるのか怪しいもの
だが、彼と付き合いの長い目暮が言うのなら、そういう時もあるのだろう。
『ああ、それからもうひとつ。
眼鏡をかけた少年が毛利君の近くにいたろう。
毛利君の家で預かっている子で、コナン君と言うんだが、彼はなかなかに鋭いところがあるぞ。
時に毛利君より捜査の役に立つ。彼の言葉には注意するといい』
「眼鏡の……そうですか、あの子がコナン君」
『うむ?もう何か、コナン君に助けられたかね』
「はい、まぁ。
ところで警部、俺なんかと長く話していて大丈夫ですか?
こちらからかけておいてなんですが」
『なぁに、心配いらん。……それにだな、笹塚君』
辺りをはばかるかのように目暮が声をひそめるのを聞いて、笹塚
も咄嗟に携帯を強く耳に押し当てた。
『……この膠着状態を打破したところで、この事件は終わらん。
もっと何か、別の事態が起こるのではとワシは睨んどる』
「と、言いますと?」
『……現場に、あの二人が来ている。しかも何やら嗅ぎ回っているようだ』
人並み以下に乏しい笹塚の表情に、ほんの一瞬だが純粋な驚きが走った。
つい彼まで声をひそめてしまい、
「あの二人が……。そうですか。
ならきっと、警部の言うとおり何かあるんでしょうね」
あの二人が関わった事件は、どんな小さな
事件に見えても必ず大きな波乱を抱えた事態へ発展する。
あの二人―――こと、風変わりだが凄まじく頭が切れる警部のほうの事件に対する
『嗅覚』には、笹塚さえそら恐ろしさを感じるものがあるのだ。
事件への『嗅覚』―――何気なく使った表現ではあるが、笹塚は
その言葉でほとんど反射的に弥子を思い出した。
ひょっとしたら、一見物腰柔らかな紳士の体をした変わり者の警部も、弥子や小五郎といった探偵側に近い人間なのかもしれない。
事件を嗅ぎ付け、そして引き寄せる不可思議としか言い様がないその力。
常に事件を後から追う側の人間である笹塚には、探偵側の人間の神秘的引力はいつまでたっても理解できそうになかった。
そしてそんな彼が、銀行立て籠もりという大事件に首を
突っ込んで来たという。
ならばいったい事件はどこまで大きく
なってしまうのか―――この先の目暮たちの苦労が忍ばれる。
本土に帰る時には、目暮への土産に焼酎でも買っていこうと
笹塚はこっそり決意するのだった。
と、にわかに電話口の向こうがいっそう騒がしくなり出した。
『犯人側に動きがあったようだな。
ワシも行かないと……あー、笹塚君。最後にひとついいかね』
「なんでしょう」
『いやなに、大したことじゃあないんだが。
笹塚君、この仕事を続ける限り我々は探偵という奴等と
どこまでも深く関わらなければならない。
好む好まざるは別としてな。
刑事の宿命といってもいい。
探偵と刑事、普通なら相容れぬ存在ではあるが、刑事と探偵がいてはじめて事件が動く、というか……。
つまりなんだ、刑事は探偵の理解者でなくてはならないと
いうか……いかん、自分でも何を言っているのかわからなくなってきた』
「いえ、警部のおっしゃりたいこと、俺もなんとなくわかります」
世辞などではなく、本心だった。
探偵がいようといまいと、刑事としての己の職務は変わらない。
むしろ探偵などいない方が本来はいいはずなのだ。
けれどなぜだろう、弥子と関わりあうようになってから、彼女がいないと、時折刑事
としての自分が立ち位置からぶれていくような錯覚に陥る。
桂木弥子という『探偵』がいたほうが、笹塚衛士は『刑事』
らしくいられるのではと、そんな考えが頭をよぎるのだ。
笹塚はかねてから、弥子にはあまり事件に関わって欲しくない
気持ちがある。
けれど同時に、探偵である彼女の隣で刑事を続けるこの状況を
当たり前のように感じる自分がいる。
切っても切れない仲―――まさしく自分たちのようだと、笹塚は
我知らず苦笑した。
この両者の関係は、言葉では語り尽くせぬほどに不可思議な力で結び付いている。
だから目暮がその関係を宿命と表現し、また、刑事は探偵の
理解者でなくてはならない、と語ったのも、笹塚は頭ではなく刑事としての本能で理解していた。
「俺にとってはその『宿命』の探偵が桂木探偵というわけですね」
『そしてワシが毛利君と。
やれやれ、あの男とは刑事をやめん限り死んでも離れられそうにない。
さて、いい加減ワシも行くか』
「お気をつけて」
『ありがとう。笹塚君も頑張りたまえ。
それから、煙草はほどほどにな』
テーブルに置いた煙草の箱へ伸ばしかけていた手が、思わず止まる。
逡巡したのち、笹塚はゆっくりとその手を引っ込めた。
「……了解しました」
『うむ、では』
電話は切れた。
屋敷の見回りやより詳細な現場検証、この後やることは山積みだ。
こちらには刑事が二人しかいないが、それで十分だ、と笹塚は思う。
なぜならこちらには弥子がいる。
名探偵としての力云々ではなく―――ただ、彼女がいること。
それだけで自分には十分なのだろうと、上着を羽織りながら
笹塚はそんなことを考えた。
しばらくインターバルが続きます。
相変わらず笹塚が思った通りに動かない喋らない。
『やっぱ探偵小説には刑事がいないと締まんないよねー』みたいな話がしたかっただけ。
笹塚と目暮がいかにも意味深な話をしているくだりがあるが、結論から言うと本筋にはまったく関係ないです。
単なるお遊び。
だからあんまり気にしないでくれ
Flashスレ、なんだか凄いことになっている…。
夢か?こりゃ夢なのか?
誰か五万貸してくれ。
乙です!
警視庁って濃い所ですね
>>213 178氏、わざわざありがとうございます。
そりゃもうもちろんOKです。ばしばし作ってがんがん見せてください。
向こうのスレで伊織や修治を見てちょっと、いやかなり興奮したので、動画なんか来た日にはこの心臓や血圧その他諸々は一体どうなるのかと。
カラーになるとやっぱいいですね、陰影の付け方がすごいの一言。
自分の文を読み返したら外見の描写が不十分なキャラが結構いるので、あとでflashスレのほうに各キャラの簡単な外見だけでも書いてきます。
俺も頑張るぞー。
てすてす
おお、相変わらず面白い!
これからも期待
応援保守
僕らはやさしく見守る…
220 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2010/02/11(木) 10:05:06 ID:dO/EFHz4
携帯規制解除、ということで久々に投下。
また規制されたらたまらんので、一応一通り書き上がったところまで。
よって中途半端な場所で切れます。いや、いつものことか。
注意)この先は携帯規制により保管庫に投下した【天使は戦う:インターバル】の続きとなっています。
まだ保管庫投下のものを未読の方はそちらを先にどうぞ。
笹塚の話は大体こうだ。
詳細な現場検証を行うために用意をしてリビングに向かっていたところ、蘭たちも
泊まっている部屋のある棟からリビングのある棟を繋ぐ渡り廊下、これが中庭を横切る形で伸びているのだが、その渡り廊下を
歩いていた笹塚は中庭に佇む蘭を発見した。
とはいえ暗い中でのこと、笹塚自身も蘭とは気付かず、その時はただの人影だと思ったようだ。
何度か声をかけても返事がなく、その上何やら力なく俯いている
様子から、笹塚はどこか具合でも悪いのかと心配になって近付き、腕を掴んで―――あとはご存じの通りだ。
あらためて思い返せば、確かに誰かの声らしきものが聞こえた気がする。
しかしその時の蘭は完全にネガティブな思案の世界に浸っていた
最中だったから、彼の声は無意味なノイズとしてしか受理されなかったのだ。
「(心配してきてくれたのを不審者だって勘違いして、回し蹴りまでしちゃったし……)」
蘭は恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤だ。
穴があったら入りたい、むしろ蘭が穴を掘ってそのまま入ってしまいそうな勢いである。
「ひょっとして男の人、苦手?
だったらごめんな。急に腕掴んだりして」
「違います、違います!男の人が苦手とかじゃなくて、私の勝手な勘違いで」
気遣わしげな笹塚の口調が、また蘭の罪悪感をひどく煽った。
「私、ろくに確かめもしないで絶対変な人だって思っちゃって……。
い、いきなり回し蹴りなんかして」
「まぁ確かに、あんまり普通の人にはやらない方がいいかもね。
あの回し蹴りは見事だった」
石垣もあのぐらい動けりゃな、とため息をつく笹塚に、蘭はおそるおそる声をかけてみる。
「えーと……そうだ、あの、笹塚刑事は、どんな格闘技をなさってたんですか?」
「ん?」
予想外の質問だったのか、笹塚は軽く目を見開いてしげしげと見つめた。
事情聴取の際にも蘭は彼にこうしてじっと見つめられたが、今の
笹塚の目線は何かを探るようなものではなく、純粋に興味を抱いている風が伺えた。
まずい、と蘭の頭はいよいよパニックの極みに陥った。
気まずさを少しでも払拭しようと、とりあえず思い付いたままに話を切り出してしまったが、いきなりその話題が格闘技についてというのはいかがなものか。
いきなり蹴りを繰り出してみたり、格闘技の話をしてみたり、自分
はひょっとしてかなり暴力的で危険な子に見られてしまうのでは……と蘭は青くなっていたが、笹塚は彼女が思うよりも鷹揚な人物であるらしい。
あまり気にする様子もなく、
「基本は合気道かな」と答えた。
普通に返答が返ってきたことに蘭は驚いたが、ならばと先ほどから気になっていた質問を投げかけてみる。
「でも、最初石垣刑事にくらわせてた回し蹴り、あれは空手の型でしたよね」
「空手もそこそこやったから」
「いいえ、そこそこなんて!すっごく綺麗な蹴りでした!予備動作にもまるで無駄がなかったし。あっ、事情聴取の時にやった締め技は柔道の応用じゃないですか?」
「詳しいね。君も何かやってるみたいだけど」
「はい、私も空手をやってるんです」
「ああ、どうりで……。そうだ、俺からも質問していい?
弥子ちゃんと随分親しげだったけど、二人は前から知り合いなの」
「いえ、今日がお互い初対面なんです」
「そう?さっきの事情聴取の時も、なんだかとても仲良さそうだったから。そっか、初対面……。
女同士は打ち解けるの早いからな」
ひとりでうんうんと頷く笹塚。
それがあまりに、事情聴取で真正面から蘭を見据え、冷徹に目を
光らせていた彼からは考えられないほどに親しみの湧く仕草だったので、蘭は思わず吹き出してしまった。
小五郎は露骨に敵視していたが、やはり彼は悪い人間ではないのだ。
くすくすと笑っている蘭に気付いた笹塚が、不思議そうに彼女を見返した。
「どうしたの?」
「あ、いえ、なんでもないです。
笹塚刑事は、弥子ちゃんと付き合いが長いんですよね?」
「そんなに長い、ってほどでもないけどね。
現場ではよく会うよ」
本当はあんまり首突っ込んで欲しくないんだけどね、と笹塚は溜め息混じりに付け加える。
「危険な事件とかも多いし、現にあの子自身、何度かかなり危ない目にあってるし。
心臓に悪い」
「でも、信頼してるんですよね?弥子ちゃんのこと」
「うん」
軽く頷いた笹塚の肯定には、それが当然だという言外の響きが含まれていた。
それを感じ取った蘭は、自らが発した『信頼』の言葉にまたずきりずきりと胸の痛みを覚えた。
たとえ他人に打ち明けられずとも、幼馴染みの自分にだけは話してくれる―――蘭はずっとそう思っていた。
だがそれはとんでもない間違いだった。
現に新一は何も言わずに消えた。『探偵』でない自分は、彼の信頼に足る人物になれなかったのだ。
他の誰より側にいると信じていた。
けれど、ふと気付けば蘭と新一の間にはくっきりとした境界線が引かれている。
そして蘭は、どんなに頑張ってもその線を超えられない。新一の姿がどんどん遠ざかっていくのを、ただ見ているだけになる。
彼の探偵としての心に、蘭の心は近付けない。
「―――でも、よかった。弥子ちゃんと君が、仲良さそうで」
「……え?」
不意打ちのような唐突さでかけられた笹塚の言葉は、けれどその唐突さゆえに蘭の心へするりと滑り込んで来た。
気付けば、それまで無表情で押し通していた笹塚の顔に、静かな笑みがたたえられている。
「俺は、事件現場で探偵やってる弥子ちゃんしか知らないから。
君みたいに同じ年頃の女の子と仲良くしてるのを見ると、変な話、弥子ちゃんもちゃんと普通の女子高生してるんだって安心する。
……なんだかんだ言って、俺はそっち側の弥子ちゃんには踏み込めないし」
「そっち側、って?」
笹塚はしばらく言葉を探しているようだったが、少しして、説明が難しいんだけどと前置きをし、
「はっきり言って俺は、“女子高生探偵”桂木弥子の支援は出来るけど、“女子高生”桂木弥子の支えにはなれない。
弥子ちゃんに事件の情報を教えてあげることは出来ても、悲惨な
事件をたくさん見て、いい加減もういっぱいいっぱいになってる
弥子ちゃんの気分を和らげることは出来ない」
蘭はようやく、笹塚の言葉の意味を理解した。
そしてその言葉が、今まで長らく蘭が悩み続けて、それでも
答えの出ないまま苦しんでいた問題の核心であるのにも気付く。
蘭の心の中で今もっとも脆く柔らかく、だからこそ奥深くに
しまいこんだはずのその想いを、出会ったばかりの笹塚がいとも簡単に触れて来る。
「(そっか……笹塚さんも、きっと)」
「俺は“刑事”で、あくまで“探偵”としての弥子ちゃんの側にあるものだから。
“女子高生”の弥子ちゃんが悩んでいても、俺は助けられない。
“刑事”だから、俺はあの娘の日常には踏み入って行けないんだよ。どんなに助けてあげたくても。
……時々、すごく歯痒い。自分の立場が」
「……似てますね」
「同じ?」
「はい。私と笹塚さん、すごく似てます」
狙ったような正確さで蘭の心の深くに触れてくるのは、きっと笹塚が蘭と同じ立場だからだ。
けして手の届かない境界線の向こうにいる相手を、どうすることもできずに眺めている自分。
「私も、どんなに頑張っても助けてあげられない人がいるんです。
笹塚刑事は、それでも刑事としてちゃんと弥子ちゃんを助けてあげてる。
私は……私は、何も出来なくて」
去り行く背中をただただ見送ることしか出来ずに。
「私は、ただの役立たずなんじゃないかって……」
胸の前で握り締めた拳に、更に力を込める。
爪がてのひらに食い込むのも構わず、ひたすらに強く強く、やりようのない想いを押さえ付けるように。
投下終了。
もうあと少し、このふたりの会話が続く。
乙です
まとめサイトの投下気付かなかったから慌てて読んできたw
携帯でここまで書けるのがすごい。会話に引き込まれる文章が好きです。続きも楽しみにしてます。
鉄製のドアも蹴りでヘコませる蘭を圧倒できるとか笹塚はどんだけつおいんだよ
>>228 笹塚は強いよ。詳しく説明すると原作バレになるんで無理だが、
一刑事の鍛え方じゃなくて、個人的に対テロリスト用の特訓積んでるから
>>229 そうなのか。それは強いわけだ。
しかし出会い頭に格闘戦やってから「笹塚さんは私に似てる」って、流れがなんかバトル少年漫画っぽいぞwwwww
>>227 そちらこそいつも乙です。
影がないとやはりまた違った感じがしますね。
二人とも前のイメージイラストよりも、かなりこちらのイメージに近くなったと思います。
232 :
創る名無しに見る名無し:2010/02/23(火) 04:40:09 ID:7l28Zgjh
祝! 16月344日
記念保守
ほーしゅ
続きが楽しみです
a
236 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2010/03/30(火) 19:37:41 ID:nfGyRBoz
お久しぶりです。
携帯規制、終わりが見えない。
仕方ないのでいろいろ頑張って、少しの間だけ携帯からも書き込めるようにしました。
そんな訳で長らくお待たせしていたインターバル完結です。
呟いた蘭の声はか細く、静謐な夜の空気にあっけなく呑まれてしまうほどに頼りない。
初対面の、しかも重大な事件の捜査に忙しいはずの笹塚に、ひとりよがりな自己嫌悪を
吐き出してしまったことを蘭は心底から申し訳なく思った。
けれどそれを後悔する気持ちがあまり沸いてこないのは、ずっと自分の
胸の内で抱え込んできた想いをやっと自分以外の誰かに吐露できたからかもしれない。
父親の小五郎でも親友の園子でもなく、出会ったばかりの、けれど限りなく自分と似た場所に立っている笹塚に。
笹塚は何も言わない。
しかし黙ってはいても、蘭の気持ちを無視することはけしてしなかった。
次の瞬間、何を思ったのか、彼は口を閉ざしたまま蘭の目の前から一歩、
二歩と後ろ歩きをはじめたのである。
「さ、笹塚刑事……?」
さすがに呆気にとられている蘭に構わず、笹塚はどんどん蘭の前から遠ざかる。
一メートル半も離れたあたりで、笹塚はようやく足を止めた。
わけがわからず立ち尽くしている蘭に「手」と一言告げる。
「えっ、手?」
「そこから手、伸ばして。俺の腕掴んでみてくれる」
「ここから、ですか」
ますますわけがわからない。
困惑しながら蘭は笹塚と自分の足元を何度も見比べた。
両者の距離はどう贔屓目に見ても、一メートル以上は離れている。
たとえ精一杯手を伸ばしたとしても、笹塚の腕など掴めるはずもなかった。
笹塚の真意がさっぱり見えない。
彼はじっと蘭を見つめたまま、彼女が腕を伸ばしてくるのをただ待っていた。
その視線に吸い寄せられるように、蘭はすうっとしなやかなその腕を笹塚へ伸ばした。
だが当然のごとく笹塚の腕には届かず、指先は虚空を掻く。それでも
なんとか身を乗り出してみたが、
「あ、そこから動くのはなし」
「ええっ!?」
蘭の腕がゴムのように伸び縮みでもしない限り、この位置から動かずに
笹塚の腕を掴むのは、考えるまでもなく物理的に無理である。
腕を伸ばしたまま、蘭は途方に暮れた。
「それじゃ無理ですよ、笹塚刑事」
「どうして?」
「だって私が動いちゃいけないなら、笹塚刑事がこっちに来ないと届かない―――」
はっとなって、蘭は続く言葉を飲み込んだ。
笹塚の言わんとしていることを、朧気ながら悟ることが出来たからだ。
「……うん、その通り。
君がその位置から動けないなら、俺が自分から動いてそっちまで
行かないことには君の腕は届かない。
―――要するに、そういうことなんじゃないか」
助けるための手が届かないなら、相手が歩み寄ってくるのを待てばいいのだ。
こちらからは越えられない境界線のぎりぎりまで手を伸ばして、
いつやって来てもその手をちゃんと掴むことが出来るように。
「大事な人の隣にいつもいてあげたいと思うのは自然なことだけど、どうしても届かない場所だってある」
言って、笹塚はゆっくりと蘭に向かって歩き出す。
「人間前に進むだけじゃない。時々後ろを振り返ったり、キツくなって後戻りしてみたりする。
そういう時、後ろに誰かしっかりと寄りかかれる人がいたら……安心すると思う」
「寄りかかれる、人……」
蘭はこれまで、新一をただ待っているだけの日々を、何も出来なかった自分に対する罰なのではないかと密かに思っていた。
けれどひょっとしたら、これは罰などではなくて、もっと大切な―――例えば蘭にしか出来ないことなのではないか。
胸の奥に芽生え始めていた予感を後押ししたのは、笹塚の言葉だった。
「変わらずに自分を待っている場所や人があるっていうのは、すごく
幸せなことじゃねぇのかな。
だとしたら、君が大事な人を心配しながら待ち続けるのは―――それだけで十分に意味のあることだ」
いつの間にか笹塚は蘭の目の前まで戻ってきていた。
彼女を見下ろす瞳は相変わらずひんやりとした色合いをしていて、
わずかな感情の揺らぎも見えない。
もう一度、手を伸ばす。
いっぱいに伸ばしきらずとも、蘭の手はたやすく笹塚の腕に触れることができた。
「それでも、自分は役立たずだって思う?」
「……いいえ」
唇をきつく噛みしめたのは、そうしないと泣いてしまいそうだったからだ。
彼の言葉に触れた場所が、ほのかに暖かくなっていくのを感じる。
泣きたい気持ちを追い払うべく、蘭は必要以上に明るい笑顔と声音で、笹塚に問うた。
「笹塚刑事にもあるんですか?
笹塚刑事を待っている場所や人が」
「俺?」
ほんの少し目を見開き、笹塚は想いを巡らせるように視線を向こうのほうはへやったあと、
「ずいぶん昔に、そんなものはなくなったと思ってたんだけど」
一旦そこで言葉を切った彼は、珍しくためらいの様子を覗かせた。
しかし最後には、いつにも増して静かな声でこう告げた。
「ひょっとしたら、って心当たりならいくつか」
都合のいい勘違いかもしれないけど、と付け加える笹塚に、蘭はかぶりを振ってみせた。
「勘違いなんかじゃありませんよ。
きっとその人たちだって、笹塚刑事が手の届く所まで来てくれるのを待ってると思います。
手を取って、優しく迎えてあげたいって、そう思いながら笹塚刑事を待ってるはずです」
蘭が新一に対して、そう想うのと同じように。
笹塚は、蘭の黒い瞳を事情聴取の時以上に
じっと見つめた。蘭もまた、彼の瞳から目を離さなかった。
ややあって、笹塚の瞳にかすかな感情が生まれる。
「……ありがとう」
本当ならば、お礼を言うのはこっちですとすぐ返すべきだし、もちろん
蘭はそうしたかったのだが、その前に驚きで声が出なかった。
眼前の笹塚が微笑を浮かべている。
微笑といっても、近距離から目を凝らしてみてやっとわかるかわからないかのごく小さなものだ。
人によってはこれを微笑とは言わないかもしれない。
けれどそれは、笹塚と出会ってから始めて蘭が目にした、心底から穏やかな表情だったのだ。
まるで冬のようだと蘭は思った。
事情聴取の時の身の引き締まるような冷たさも、冬の日の陽光の
ように、わかりづらくもやわらかな笑顔も、きっと全部が彼の本当の顔なのだろう。
そうすると弥子は春だろうか。
思い返せば彼女の笑顔は、見る者の気持ちも和やかにするのどかな笑いだった。
春と冬―――いささか詩的すぎる比喩であるにしても、弥子が笹塚を、また笹塚が弥子を十分に信頼する理由はわかったような気がする蘭である。
「さて、と……。じゃあ俺、そろそろ行くから。
現場検証やらないと」
そう言った笹塚は、もうすっかりいつもの無表情に戻っていた。
踵を返そうとする彼に、蘭は慌てて詫びる。
「あっ、ごめんなさい!
忙しいのに長いこと引き止めちゃって」
「別にいいけど。
そういや、君もあっちの方に用事があるんじゃないか?
眼鏡の子……コナン君を迎えに行くんだと思ってたけど」
「そうだ、コナン君!
早く迎えにいってあげなきゃ。笹塚刑事、私も途中までご一緒していいですか?」
「ん」
素っ気ない返答も、どこか心地よい。
彼の後を追って歩き出しながら、そういえば自分はコナンのことを
笹塚に教えただろうかと蘭は一瞬不思議に思った。
241 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2010/03/30(火) 20:01:17 ID:nfGyRBoz
いい加減章ごとのタイトルが浮かばなくなってきた。
今回だって、『刑事・笹塚兄貴の人生相談〜人情編〜』にしようかと三割ぐらい本気で考えてた。
笹塚は放任主義に見せかけてわりと世話焼きだと思ってます。
そして蘭は多分この一件から、笹塚を格闘技と心の師として仰ぐ。
投下が遅いにも関わらず暖かく待ち続けてくれる皆さんには本当に感謝。
月並みだけど、これからも頑張ってきます。
乙乙!
つくづく思ったけど、それぞれ違う作品のキャラなのに
そのキャラらしさが出てて凄い
これからも投下まってます
待ってました!
ほすほす
庭師死亡フラグ立ってね?
246 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2010/04/23(金) 23:11:07 ID:SXorQE1h
【捜査開始】
事情聴取を終え、一度弥子は自室に引き返してきた。
ベッドに座って一息つく。振り返れば激動の一日であった。
過去を語る修治の横顔、激昂する政隆、血を吐いて倒れた野添。それらを順々に思い出しながら、弥子は今更ながらに
この家の抱える闇に背筋が寒くなるのを感じた。
母親を殺したと主張し続ける修治の謎、これは直接見たわけではないが
突然狂ったように暴れ出すという末娘伊織の謎、それにもう一つ、新たな謎が生まれてしまった。
どうりでネウロが強く惹かれるはずである。
先ほどの事情聴取では、特にこれといって真新しい情報は得られなかった。
というのも考えてみれば当たり前で、事件が起こった際には坂吹を
除いた全員が食堂にいたのだ。
弥子は食事に夢中になっていたし、氷室家の面々や小五郎たちも歓談に勤しんでいた。
使用人たちが弥子へ料理を運ぶために厨房と食堂を行ったり来たりしていたのだって、食堂に
いた者ならば誰でも知っている。
あの時唯一食堂にいなかった坂吹は中庭にある宿舎で酒を飲んでいた
そうだが、今日一日は誓って食堂にもワインセラーにも近寄っていないと言う。
ワインセラーに入るにはシェフの篠崎から鍵を借りなければならず、また篠崎自身も、この鍵は坂吹が武夫のワインを勝手に飲んでしまった事件以降、肌身離さず身につけていると証言した。
加えて今日ワインセラーの鍵を借りていったのは、夕食時の風間ひとりだけということも。
そもそもの話、ワインに入れられた毒は笹塚やコナンが指摘した通り、野添がテイスティングをした後である可能性が高いのだ。
「(ううん、毒はやっぱり最初から入ってたけど、野添さんが一口目を飲んだ時には何かの理由で口に入らなかったとか)」
考えてから、これはあまりに都合のよすぎる話だと弥子は自らの思考力に呆れた。
深く考えるほどにずぶずぶと思考の底なし沼に足を絡め取られていくようで、最後には結局推理を断念せざるを得ない。
しかしもともと自分が論理的な思考に不向きであることは重々承知しているので、彼女の切り替えは早かった。
勢いよく立ち上がると、自らを鼓舞するように、
「とにかく現場に戻らなきゃだよね」
と呟いた。
最初こそネウロの隠れ蓑として仕方なくやっていた探偵役だが、様々な事件や人物に触れて
いくうち、次第に弥子にも探偵としての自覚や、彼女自身も知らないところで眠っていた鋭い
洞察力、そして何よりも、真実を求める気持ちが目覚めつつあった。
自らの中に生まれたそれらの可能性を、弥子は『傀儡の探偵』としてではなく、
この世にたったひとりの『桂木弥子』として育てていきたいと強く思う。
その想いは、南米の事件で去りゆくネウロにかけられた
言葉に少なからず由来しているのも、彼女は自覚していた。
何もかもがまるで正反対の位置にいながら、誰よりも弥子に近い関係。
どんな爆弾よりも危険で、しかし何よりも安心して背中を預けられる、そんな存在。
「(……相棒、か)」
心に浮かんだその言葉を何度も繰り返す。
自分は彼の相棒たる存在であるだろうか。
「(全然まだまだだよなぁ……)」
自然、苦笑が漏れる。
ネウロの隣を歩くにはほど遠く、彼の背を必死になって追いかけているだけのような気がする。
けれどいつか。
彼が背中を預けられるような、彼の隣を胸を張って歩けるような、そんな自分になりたい。
ならば今は自分に出来ることを全力でやり通すだけだ。
どんな些細なことも吸収して、もっともっと成長してみせる。
それがきっと、弥子が彼の相棒であるための一番の近道だ。
しばし自らの決意を噛みしめるように目を閉じたあと、弥子はベッドから立ち上がっる。
自室のドアを開ければ、当然のように外で待っていたネウロと目が合った。
彼が外にいるのはなんとなくわかっていたから、さして驚かない。
むしろ部屋に無理やり突入された挙げ句に頭を掴まれ、そのまま
現場まで引きずって行かされずにすんだだけ、昔よりはましになった
かもなどと寂しい感慨すら抱いてしまうほどだ。
「遅い」
「ごめん。行こう、ネウロ」
「ふん、早くしろ。馳走を前に足踏みしている我輩ではない」
言って返事も待たずに廊下を歩き出したネウロの後を、弥子は急いで追う。
いつもと何ら変わらぬ、二人の捜査開始の風景であった。
食堂に続く廊下を歩いていると、突然弥子の視界の端を小柄な人影が通り過ぎっていった。
蘭の家で預かっているコナンという少年だと
すぐ気づいたものの、弥子が声をかける前に彼は曲がり角の向こうへ消えてしまった。
「ほぅ」
弥子の視線の先を見て、ネウロはひどく愉快そうに唇の端を吊り上げてみせた。
「ヤツも動き出したか」
「ヤツって……コナン君のこと?」
弥子の問いには答えず、ネウロは更に笑みを深くしただけだった。
その笑いがまた、弥子の不審感を煽る。
彼が普通の人間に対して興味を示すことは、一部の例外を除けば皆無に等しい。
加えてその興味の相手はあの小さな少年であるとくれば、ネウロの本性を知る身からしたら気にするなという方が無理な話である。
「(確かに、不思議な子だけど)」
先刻の現場検証で、あどけない顔をして鋭く事件の矛盾を突いたあの少年。
眼鏡の奥の無邪気な瞳に、一瞬年齢不相応なほど研ぎ澄ました光を見たのは、果たして気のせいだったろうか。
氷室家のものとはまた違う、釈然としない気持ちが弥子の胸中で
くすぶっていたが、気を抜くとすぐネウロに置いて行かれそうになるためいつまでも気にしてはいられない。
けれどあの少年のことは、必ず心のどこかに留め置いた方がいいと、弥子はほとんど直感的に察知した。
食堂には先客がいた。
死体のあった辺りに三人の男が背を向けて屈み込んでいる。
石垣と、笹塚と、それから小五郎。どうやら現場検証が始まっているようだ。
弥子が声をかけると、笹塚が立ち上がってこちらをゆるやかに振り返る。
「……弥子ちゃんか。現場、調べに来たの?」
「えっ、はい……。それよりあのぅ、笹塚さん。
その格好は……」
「捜査の一環」
思わず目を見張って笹塚の格好をまじまじ眺めている弥子に、彼は至極冷静に答える。
しかし簡潔な笹塚の返答も、この時ばかりは弥子をますますぽかんとさせる他なかった。
当然である。
いったいどこに、現場捜査の一環として派手な色付きサングラスなどを装着する刑事がいるのか。
明るいオレンジ色のカラーグラスは、南国のビーチでバブリーな休暇を楽しむ
社長やら、バイクで道路を駆けずり回るやんちゃな若者あたりがかけるぶんならまだしも、殺人
事件の現場検証で刑事がかけるにはあまりに浮ついた代物である。
しかもこれをかけた笹塚がひどいの一言に尽きる。致命的なまでに似合っていないのだ。
「吾代さんとかならしっくり来るのに……」
そもそも笹塚よりこのカラーグラスが似合わない人間が存在するのか。
そんなことを真面目に考えそうになるほど、いっそ気持ちいいまでの不釣り合いっぷりであった。
「じゃーん!見ろ探偵!俺もお揃いだ、うらやましいだろー?」
続くようにして振り返った石垣と小五郎も、笹塚とまったく同じものをかけていた。
笹塚ほどではないにしろ、やっぱり似合っていない。
「けっ、大食らい女子高生か」
弥子の姿を見るなり、小五郎は苦虫を噛み潰したような顔をした。
昼間の蘭の言葉通り、彼の弥子に対する対抗意識は並大抵のものではないようだ。
それにネウロが余計な挑発をしたものだから、ますます火に油を注いでしまう結果になってしまった。
おかげで先ほど弥子たちが立ち会った事情聴取は小五郎に横から妨害
されてばかりで、あまり突っ込んだ質問などが出来なかったのだ。
あの時篠崎が口走った『桜子ちゃん』という人物について訊く機会を失ってしまったのは
特に痛手であったが、小五郎が口を挟む度にネウロの機嫌が凄まじい勢いで悪くなっていくのを
弥子は感じ取っていたがために、いつネウロが小五郎に対し実力行使に訴え出るかと内心冷や汗ものであった。
これ以上、小五郎とのいざこざをなるべく避けたい弥子としては、
敵意に満ちた視線も甘んじて受けるほかない。
弥子自身の精神衛生上にも、何より小五郎の身を案じる意味でも。
「で、笹塚さん。そのサングラスで一体なんの捜査をしてたんですか?」
「これ」
言って笹塚は、肩に提げた大きなトートバックから見たことのないスプレー容器を取り出してみせた。
「なんですかこれ?」
「ルミノール試薬。名前ぐらいは聞いたことあると思うけど」
確かに、サスペンスドラマやミステリー小説などでたまに聞く名前だ。
が、何に使う物だったかいまいち思い出せない弥子に代わり、ネウロが答えた。
「血液反応を調べる試薬ですね」
血液は完全に拭き取ったつもりでも、目には見えない成分がこびりついている。
こういった見えない血液にルミノールを加えると化学反応を起こし、
見えなかった血液が青白く発光する仕組みだ。
科学捜査でもとりわけメジャーなもののひとつである。
「ん。このサングラスには特殊な加工がしてあってね、わざわざ部屋を暗くしなくても反応が視認できるんだ。
……一番安いのがこの色しかなくて」
弥子に最後のひとつだと言うサングラスを差し出しながら、笹塚がばつ悪そうに後ろ頭を掻く。
やはり彼もこれをかけるのには多少の抵抗があったようだ。
遺体のあった場所は、すでに笹塚と石垣によって白いテープで縁取られている。
絨毯には割れたワイングラスとその中身が飛び散り、アルコールの匂いに混じってかすかに血の匂いがした。
しかし絨毯に広がった赤ワインのせいで、どれが血液でどれがワインなのか判然としない。
再び笹塚が屈みこみ、弥子と石垣と小五郎がそれにならう。
ネウロだけが三人からは少し離れた位置で、テーブルに置かれたままの皿やワイングラスをじっと眺めていた。
「足下に気を付けるのと、それからサングラスもかけといて。
万が一目に入ったら失明ものだから」
急いで弥子がサングラスをかけるのを確認し、笹塚は件のスプレー
を赤ワインの染み込んだ絨毯に二、三度吹きかける。
効果はすぐに現れた。
視界一面のオレンジ色の中に、ぼんやりと光る青白い斑点がいくつも浮かび上がってきたのだ。
赤ワインと血痕の違いは、これではっきりしたことになる。
ほぼ間違いなく、血液の持ち主は倒れる寸前に吐血した野添であろう。
「こんなもんかな。鑑定は解剖が終わるのを待つにして……石垣、ガイシャが使ってたグラス持ってこい」
「了解でーす」
床に転がっていたワイングラスの破片を、石垣がハンカチにくるんで慎重に運んでくる。
縁から三分の一あたりがきれいに欠けたというのもあって、割れたといってもおおよその原型はかろうじて留めていた。
笹塚はまたしてもトートバックをごそごそやって、こまごました備品をいくつか取り出した。
白銀色の粉が詰まった小さな瓶と、先端に丸く綿の付いた棒。
今度は弥子もどんな用途で使う道具かすぐにわかったが、同時、当然の
疑問が口をついて出てくる。
「それ、指紋検出に使う道具ですよね。
でもどうして、鑑識の人じゃない笹塚さんが持ってるんですか?」
先ほどのルミノールスプレーにしろこの指紋検出に使うアルミ粉にしろ、刑事ではなく鑑識の必需品である。
そう簡単に手に入る品々ではないし、そもそもの話、血痕調査や指紋検出は本来鑑識捜査の領分だ。
「君から―――っていうか君の助手さんから電話があってこっちに来るとき、多分何かあるだろうと思って知り合いの鑑識に融通してもらった。
こんな島じゃ応援の鑑識が来るのも時間がかかるだろうし、それまでに自分で一通りの現場検証ぐらいやっとこうと考えたわけ。
……まさかその応援も当分来ない事態になるとは思わなかったけど」
サングラスを外し、笹塚は皮肉げに呟く。
先ほど弥子も自室に帰った際にテレビを見たが、どのチャンネルも本土の立てこもり事件の映像を延々映していた。
もし今日中に犯人が逮捕されたとしても、その後のごたごたを考慮すれば最低でも二日、悪くて三日のあいだは応援は望めまい。
都内ならばともかく、ここは本土からも離れた小さな島であるから尚更だ。
「悪いね。こうなるのがわかってたら道具ももっと本格的なもん借りてきたのに。
こんな色眼鏡かけなくても、ライト当てれば一発で血液反応わかる便利なやつとかあったんだよ。失敗したな」
「そんな、笹塚さんのせいじゃないです。
誤るのはこっちですよ。有給まで取ってもらって」
事前にネウロからの電話があったにしても、事件の発生や応援の遅れを見越して科学捜査道具一式まで持ち込んで来た笹塚の先見の明にはむしろ感謝するべきだろう。
「弥子ちゃんが『何かある』って言ったから、多分何か大きなことがあるんだろうって予感がして来ただけだ。
ほとんど刑事のカンで動いた結果だから、気にしなくていい」
「でも、それって信じてもらえってるってことですよね?」
「まぁ、そういうこと……てかこれ、さっきも毛利探偵に言った」
笹塚の表情がほんの少しだけ緩む。
たとえそれが、ネウロが都合よく捜査を進めるために用意した偽りの
言葉であっても、笹塚が信じてくれたのは他でもない『弥子の言葉』である。
だからこそ、彼は遥々ここまで来てくれたのだ。
そんなシンプルな事実が、弥子には何にも代え難く嬉しかった。
「あー、おほん」
仰々しい咳払いに、弥子ははっとなってそちらを見た。
腰に手を当てじっとこちらを見据える小五郎と目が合い、たまらず
弥子は現在の状況の気まずさにうめく。
たった今、笹塚と弥子の親密さをかいま見た
小五郎からすれば、笹塚が捜査の情報を弥子だけに教える可能性はすぐ思い至るだろう。
小五郎を馬鹿にしようなどという気は弥子には毛頭ないのだが、結果として事態はそういう方に転がってしまっている。
けれどそれは弥子の意志ではなくネウロの意志なのだからもうどうしようもないのである。
前述の小五郎の身を案じる意味もあわせて、やはり多少の非難は受け止める他ないのだと弥子はあっさり割り切った。
ネウロと共にいると、この辺の割り切りの良さは自然と身につく。
それを喜ぶべきか悲しむべきかはまた別として。
「指紋の検出はなさらないんですか、笹塚刑事」
「……失礼。すぐに」
ひどく苛立たしげな小五郎に、対する笹塚は平然としたもので、石垣から受け取ったグラスに手早くアルミ粉を振りかけ始めた。
かわりに小五郎は、気まずさにすっかり縮こまっている弥子に鋭い目線を向ける。
居たたまれずに引きつった笑いで答える弥子に彼は一言、
「くそっ、また高校生探偵かよ……」
と、口にした。
「(また?)」
よほど不思議そうな顔をしてしまったらしい。
石垣がつっと弥子のほうに寄ってきて、彼女にこう耳打ちした。
「ここだけの話、毛利探偵ってちょっと前までは全然無名の私立探偵だったんだよ。
なんてったってほら、あいつがいたから」
「あいつって?」
弥子がますます首を傾げるのを、石垣は信じられないものを見るような目で見た。
「うっそ、探偵お前知らないの?
高校生探偵の工藤新一」
「工藤、新一……」
どこかで聞いたことのある名前だ。
昔新聞やニュースで見聞きしたのかもしれないが、もっと最近に、その名を誰かの口から聞いた気がする。
「いやー、すごかったよな工藤新一。
希代の高校生探偵とかって毎日マスコミで取り上げられてさ。
初めて事件を解決したのはアメリカ行きの飛行機の上で、しかもなんと中学生の時!
ほんと、漫画の主人公みたいなやつだったよ」
「“だった”……?
石垣さん、その工藤さんって今は何してるんですか?」
石垣は唇をアヒルみたいにとがらせて、
「それがわかんねぇの。
どっか海外で事件を追ってるらしいけど、日本にその話も入ってこないし……。
あっ!ひょっとしたらなんか表沙汰に出来ないヤバい裏組織でも追っかけてたりして!
いやいやそりゃないか、母親が名女優の
工藤有希子で父親がベストセラー作家の工藤優作で、スポーツ万能で頭も切れて名探偵で、おまけに裏組織まで追っちゃったりなんかしたらそれなんて中二設定だよって感じだもんなー!
いやでも事実はラノベより奇なりって言うしやっぱりさ」
熱の入った石垣のミーハートークを右から左に聞き流しつつ、弥子は工藤新一の名の心当たりを脳内で探した。
ややあってから、弥子の頭に艶やかな黒髪の少女が浮かび上がる。
。
「(……そうだ。私、蘭ちゃんの話で聞いたんだ)」
昼間に蘭と交わした会話の中で、彼女は自分の幼なじみも探偵をしていて、今はどこにいるかもわからないと語っていた。
彼のことを話しながら頬を染め、夢見るような瞳で遠くを見ていた蘭は、その想い人の名を“新一と口走ってはいなかったか。
「知名度で言ったら関西あたりで幅聞かせてる服部平次とどっこいどっこいだったんだ。
今はお前と毛利探偵みたいになっちゃってるけど。
ま、せっかく自分の時代が来たと思ったら横からまた高校生探偵なんかが出てきちゃって、毛利探偵もいい加減にしろって感じなんだろうな。
ご愁傷様、探偵」
中途半端ながら投下終了。
科学捜査についてはあまり細かくつっこまないでくれるとありがたい。
乙です!まさか分単位で投下に居合わせられるとは…!
いつもながら面白い、かつ、二作品のキャラ像に違和感が全然無さ過ぎて凄い。
気が早いですが次の投下楽しみにしてます。
おお、いつも乙です。
次回も正座して待ってます。
新作きたあ
258 :
創る名無しに見る名無し:2010/05/10(月) 20:01:41 ID:ZiCiZ8U2
久々に見たら来てた
保守せずにはいられない
面白い。続き気になる!楽しみにしてます
261 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2010/06/02(水) 23:05:00 ID:mS9j1WDs
au携帯規制が解除されたようなので投下。
もう今年に入ってから規制何回目だよ…いい加減疲れてきた。俺が何をした。
保守してくれた人、ほんとありがとう。めっちゃ助かる。
「……おいそこ、さっきからなーにぐだぐたこそこそやってやがる」
小五郎から刺すような目線を向けられ、石垣はひえっと情けない声を上げながら弥子のそばを飛び退いた。
「な、なんでもないっすよぉ、毛利探偵。
えっとほらその、アレですからアレ!うん!なっ、探偵!」
「へっ!?あ、あぁ!
はい、アレですよね、アレ!」
「訳わからん……。たく、最近の若いのは」
あはははは、と乾ききった弥子と石垣の笑い声。
「……妙だな」
なんともそらぞらしい雰囲気の中、珍しく困ったような笹塚の声があがる。
右手にルーペを携えた笹塚は、眉を顰めて一枚の紙をじっと見つめていた。
「何が妙なんだ?」
怪訝な顔の小五郎に、笹塚はグラスから採取した指紋と、事情聴取の際に全員から採取した指紋を順に示してみせる。
弥子と石垣も小五郎の横からそれらを見比べる。
「グラスから採取された指紋は二つ。ひとつは風間さんの、もうひとつは氷室武夫さんのものでした」
あえて、笹塚は何が妙なのかを直接口にしなかった。
しかしその意味は弥子にも小五郎にもきちんと伝わったらしい。
石垣だけがよくわかっていないらしく、穴の開くほど関係者の指紋が捺印された用紙を見つめている。
彼の察しの悪さはいつものことであるし、笹塚も弥子も今更彼の思考がこちらに追いつくのを待つ気はない。
今重要なのは、グラスから検出された指紋のほうだ。
「被害者の……野添さんの指紋がないじゃねぇか」
風間でも武夫でもなくまず彼の指紋こそが、グラスに残っていなくてはおかしいはずだ。
他でもないこのグラスから毒を煽って、野添は倒れたのだから。
「じゃあ、どうして……?」
「そんなの簡単だよ」
弥子の独り言にあっさりとした調子で答えたのは、笹塚でも小五郎でも、ましてや石垣でもなかった。
今の状況で一番口を挟んできそうなネウロでもない。この声は、あまりにも場にそぐわぬ無邪気で幼い声だった。
みなの視線が一斉に声のほうへ集中する。
食堂の入り口に、意外な―――けれどもこの場の誰もが心の片隅で、ひょっとしたら彼ではないかと予感していた人物が立っていた。
弥子の半分もない小柄な身体、あくまで子供っぽい利発さを感じさせる眼鏡、手も足も細く小さく、成長過程のそれですらない。
頭の上から爪の先まで殺人現場には不釣り合いすぎる風貌の少年は、しかし無視できないほどの存在感をその場に落とす。
まるで子供らしくない悠然とした笑みが、弥子にふと、昔読んだ探偵小説の主人公を思い出させる。
いわく、世界一の名探偵、シャーロック・ホームズ。
探偵でもないはずの彼が纏う空気は、しかし弥子よりも小五郎よりも、探偵らしい聡明さに満ちていた。
弥子は改めて実感する。
この少年は―――江戸川コナンは、きっと自分が思う以上に大きな存在なのだと。
【小さな巨人】
「グラスに野添さんの指紋が残ってないのは、野添さんがワインを飲むとき手袋をしてたからだよ。
僕覚えてる」
突然の乱入に驚く周囲をよそに、コナンはすたすたこちらにやってきて、いきなり石垣のスーツのポケットに手を突っ込んだ。
「あっ!こらっ、何するんだよ!」
石垣がふりほどくよりも先に、コナンは彼のポケットからデジタルカメラを引っ張り出してしまった。
事情聴取の前に行った現場検証で、石垣が現場の様子を納めていたカメラである。
コナンは手早くいくつかの操作をし、「ほら」と弥子たちにカメラの液晶を向けた。
画像は倒れ伏した野添を映したもので、コナンの言うとおり彼の両手には真っ白な手袋がはめられていた。
その後発見されたバラの花びらや、それを見た氷室家の人々の反応の印象が強かったせいで、誰も手袋の有無までは覚えていなかったというのに、この少年は現場の細部まで脳に焼き付けていたようだ。
「なるほど手袋か……失念してた」
笹塚は感心したようにコナンを眺めた。
その視線を受けて、コナンは得意げに「えへへ」と笑ってみせる。
「あっ、それからね笹塚刑事。僕、もうひとつ気になってることがあるんだ」
「コナン!事件に首突っ込むんじゃ―――」
「……気になることって?」
小五郎の叱咤を遮って、笹塚がコナンに先を促す。
「野添さんのジャケットのポケットから、ピンクのバラの花びらがいっぱい出て来たでしょ?
でも、お屋敷のバラの花を育ててる理緒さんはピンクのバラはここにはないって言うし……。
だったらどうして、野添さんはあのバラを持ってたのかなぁ」
「なんかに使うつもりで、町の花屋で買ってきたんじゃないか?
ほら、薔薇風呂とかあるじゃん」
こんな時でもどこか能天気な石垣の答えを、コナンは首を横に振って否定した。
「野添さんは、とっても几帳面な人みたいだった。
そんな人が、生花の花びらを何にもくるんだりしないままポケットに突っ込んでおくのは変だと思うな」
純粋な疑問というよりも、言外にここから本意を汲み取ってほしいというような口ぶりだ。
まるで子供らしくない物言いだが、この少年に限っては妙に様になっている。
と、弥子がコナンの言わんとすることに気付いて、「あっ」と声をあげた。
「ひょっとして、誰か違う人が野添さんのポケットに花びらを入れたんじゃないかってこと?」
「正解。
問題はいつ入れたかだけど、これは簡単。
桂木探偵、野添さんが倒れた時のこと、覚えてる?」
「えっ?ちょっと待って、うんと……」
ワイングラスを取り落とし、膝をついた野添。
理緒と美鈴がすぐさま駆け寄っていって、その背中をさすり―――。
「気付いた?」
いたずらっぽく微笑むコナンに、弥子は思わず大きくうなずいていた。
「そっか……!あの二人、理緒さんと美鈴さんなら野添さんのポケットに花びらを入れられたかも」
あの二人は野添が倒れてからも、しばらくその場に座り込んで震えていた。
言い換えれば、事件の直後、遺体の一番近くにいたということになる。
あの混乱に乗じて、こっそりと花びらをジャケットのポケットに仕込むくらいならば出来たかもしれない。
「理緒さんや美鈴さんだけじゃない。さっき風間さんに聞いたんだけど、野添さんは今日の夕食の支度も手伝ってて、調理をしてるあいだはずっとジャケットは脱いでたんだって。
そこの―――」
コナンは食堂の入り口近くの壁を指差す。
あくまで目立たぬよう、少し低い場所に上着をかけるためのスペースが設けられているのである。
「ハンガーのひとつに、ジャケットをかけてたみたいだよ。
つまり、理緒さんと美鈴さん以外にも花びらを仕込むチャンスはあったんだ。
厨房で調理をしてた篠崎さんや、そのお手伝いをしてた風間さん。
それからもちろん、夕食の準備が始まってからも食堂に自由に出入りできた人」
笹塚がすかさず手帳を取り出し、ページを繰った。
「……夕食の準備が始まったのは午後四時ちょうど。その時には篠崎氏と被害者と和辻さん、風間さんが厨房に揃っていた。
風間さんは何度か食堂から出ているが、基本的には食堂と厨房を行き来してたみたいだな。
政隆氏は三時半ごろからひとりで自室にいて、夕食が始まる六時二十分まで仕事をしていた。
海斗君も三時前後には自室にいたが、五時三十五分ごろには兄の修治氏を訪ねて彼の自室に行っている。
修治氏は三時ごろ屋敷内を散歩していて、三時十分には自室に戻ったというが目撃者はなし。
その後四時十分まで自室でバイオリンを弾いていて、それ以降のアリバイは―――」
「うん。僕たちが保証するよ。
それから伊織さんはお昼ご飯が終わってからずっと僕たちと一緒だったから、こっちも僕たちが保証する」
「武夫氏は四時から夕食まで毛利探偵と一緒に自室にいて、またその際席を立つこともなかった。
完璧なアリバイがある武夫氏と伊織嬢は除外するとして、夕食の準備時にポケットに花びらを仕込める可能性があったのは、政隆氏、海斗君、風間さん、篠崎氏、和辻さんと、二時過ぎからずっと自室で呑んでいたというがやはり証人のいない坂吹氏。
夕食の準備には参加しなかったが、今弥子ちゃんが言ったように、松田さんにもチャンスはあった」
「なんてこった」
笹塚が手帳を閉じるのと、小五郎が苦々しく呟くのは同時だった。
「ほとんど全員にチャンスはあったってことじゃねぇか。
大体なんだって、被害者のポケットにバラの花びらなんかを入れたんだよ?そもそも花びらを入れたのが犯人と決まったわけじゃ」
「犯人だよ」
はっとするほど強い語気で、コナンはそう言い切った。
声のトーンすら幾分低く冷静なものへと変わり、先ほどまでの無邪気さは消え失せている。
精悍にさえ見えるその横顔こそ、あるいは少年の本当の顔なのかもしれない。
これまで弥子たちの前に立ちはだかった犯人たちは、追いつめられると往々にして隠された狂気の表情をむき出しにして襲いかかってきた。
『豹変』と弥子は密かに呼んでいる。
しかし、豹変するのはなにも凶悪な犯人ばかりではないことを、弥子は十分に理解していた。
豹変しない人間など、いない。
かく言う自分だって食べ物を前にすれば豹変してしまうのだから、さもありなんだ。
先ほどのコナンは、静かながらも弥子からすれば確実に『豹変』を遂げていた。
あどけない仮面の下から現れる、ひどく落ち着き払った表情。
弥子が彼から感じていた探偵の影はここにきて確実なものとなった。
「(この子―――)」
「彼には、何か考えがあるようですね」
穏やかな声が場に響く。
コナンが現れてから、ずっと無言を守っていたネウロであった。
刹那、示し合わせたかのごとくネウロとコナンの視線がぶつかる。
すぐにどちらからともなく目線は元の方向へ戻されたが、あの一瞬の間に彼らが繰り広げた濃密な探り合いを、弥子はわずかながら感じ取った。
「野添さんのジャケットのポケットに花びらを入れた人物と、この事件の犯人は多分同じ。
あの花びらが見つかった時、過剰に反応をした人たちがいたよね。
中でも坂吹さんはひどく怯えてた。
その時坂吹さん、こう言ったんだよ。
『よりにもよって、野添のポケットからそんなものが出てくるなんて』って。
まるで、ピンクのバラだけは野添さんが持ってちゃいけないみたいな言い方だった。
つまり、野添さんとピンク色のバラ―――この二つが揃ってはじめて、何らかの意味が生じるんだ。
氷室家の人たちには特別な意味を持つ何かがね。
犯人はそれに気付かせるために、わざわざ野添さんのポケットに花びらを入れた」
「なるほどな……。そこで“桜子ちゃん”か。
結局事情聴取では詳しく聞き出せなかったな」
ため息をつき、笹塚は小五郎を横目で伺う。
こころなし、睨みつけているようにも見えた。
268 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2010/06/02(水) 23:35:05 ID:mS9j1WDs
投下終了。
しばらくコナンのターン、のはず。
ネウロと弥子とコナン、個人差はあれど、それぞれが互いを何か特別な存在と感じはじめた、そんな雰囲気が伝わればいいです。
タイトルの「小さな巨人」はアニメコナンで実際使われているBGMで、主にコナンが簡単なトリックなどを説明する時に使われている軽快な感じの音楽。
園子や少年探偵団など、コナンが物事を理解させるのに多少手こずる面々への解説に使用されることが多かった。
地味に困ったのが笹塚の事件関係者に対する呼称。
「海斗君、伊織嬢」は他にいいのがなくて苦渋の選択。
投下乙です!
相変わらず文章が上手いというか、続きが気になります
しかし規制凄いですね…自分もauなんでわかります
乙です、楽しみにしてました!コナンかっけえ!
もうこれ本にしてほしいわー。
271 :
!:2010/06/04(金) 02:41:14 ID:h15XV+ir
読みやすく面白く続きが気になります。いつも投下ありがとうございます。
272 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2010/06/04(金) 23:31:16 ID:rxV5F98W
昨日事情により投下できなかったぶんを投下します。
273 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2010/06/04(金) 23:35:22 ID:rxV5F98W
あからさまに桜子という人物と事件との関係性が浮上した以上、事情を知っていそうな人間から彼女について聞き出すほかないのだが、あの様子ではそう簡単に情報は引き出せないだろう。
件の怯えようを見るに坂吹は絶対に話しそうにないし、風間も知らぬ存ぜぬを決め込みそうな気配だ。
思うに、彼女にとって“桜子”とは、氷室家に不利益をもたらす不吉極まりないキーワードなのではなかろうか。
だからこそ、篠崎がその名を口にした際にあれほど憤慨したのだ。
すると話を聞き出せそうなのは、自然、篠崎か武夫かに絞られてくる。
だが、それはあくまで先に挙げた二人よりはまだましな情報を得られるという意味でしかない。
おそらくこの二人でさえ、桜子に関しては必要最低限のことしか語らないだろう。
弥子はだんだん気が重くなってきた。修治の事件といい今回といい、なんと秘密の多い家なのか。
「そういえば笹塚刑事。
結局毒物はどこから検出されたの?」
「あっ、それは私も気になってました。笹塚さん、調査しましたか?」
「……悪い。毒の検出はやってないっていうか、できない。
毒性検査のキットは持ち出せなかったから」
ぎっしりと中身が詰まって見えるトートバッグにも、足りないものはあるらしい。
この事件のポイントは、いつどのようにして、毒が仕込まれたかだ。
被害者がどこから毒を摂取したかがわかれば、最も重要である『いつ』の捜査の足がかりにもなるのだが。
「他のものなら色々あるんだけどな……。
石垣、一応訊くけどお前何か持ってたりしないか」
「やだなぁ、先輩が持ってないもの俺が持ってるわけないじゃないですか。
あっ、でも期待の新人アイドル・りせちーのサイン入りブロマイドなら常に五枚ほど持ち歩いて」
「弥子ちゃん、わりと強力な携帯型火炎放射器があるけど使う?ほら」
「ああああああッ!!りせちーが一瞬にして消し炭にぃぃぃぃ!?」
「ちなみにここのスイッチを押すと放射範囲が広がる」
「熱っ、あぎゃ、燃えます先輩!俺の髪が燃えますあっづう!?」
「待って笹塚さん!写真が一瞬で燃える時点で『わりと強力』の域じゃないと思う!」
「その前に携帯型火炎放射器は鑑識道具じゃないことにつっこもうよ、桂木探偵……」
ともかく、これで毒の出所を特定する手段はなくなってしまったわけだ。
弥子は改めて、食堂の大きなテーブルを見渡してみた。現場保存としてテーブルの上の料理や飲み物、食器などはそのままにしてある。弥子はとりわけ、ワイングラスなどを入念に見て回った。
最後に、風間が持ってきたワインの瓶をのぞき込んでみる。
アルコールと葡萄の芳醇な匂いが鼻をついた。
本来このワインの色は鮮やかな赤色だが、瓶に入った状態だとガラス瓶の緑色を反射しているために絨毯に広がったものよりも少しだけ色味は暗い。
使われた毒は青酸カリだという。もしワインに毒が仕込まれているなら青酸カリ独特のアーモンド臭がするかもしれないと弥子は自慢の嗅覚をフルに働かせてみたが、アルコールの匂いが強すぎて、判別は不可能だった。
「でもなんだか、焦げるような匂いが」
「それは石垣刑事の髪の匂いだと思うよ」
反対に、コナンのツッコミは冴え渡っていたようだが。
投下終了。
>>269 au規制仲間がいたようで嬉しいです。ほんと、自分の常駐スレに書き込めないほど辛いことはないよな。
これっきりにしてほしい。
>>270 楽しみにしてくれてどうもありがとう。毎度お待たせしてすみません。
本は難しいですが、まとめサイトがあるのでそちらをどうぞ。
>>271 身に余る賛辞の嵐に今俺は柄にもなく照れている。
ご丁寧にありがとうございます。これからも応援よろしくお願いします。
インターバル投下。
今回は氷室家オンリーです。
277 :
探し屋S ◆hL8yvMjNJs :2010/06/06(日) 22:35:04 ID:QeFxKsWy
【メルティ・ギルティ:インターバルT】
たくさんのぬいぐるみや人形、その他少女らしい意匠の家具が並ぶその部屋の奥には、ひときわ大きな寝台がある。
華奢な少女ひとりが使うにはいささかサイズが余りすぎているが、幼いころからベッドで過ごすことが多かった彼女が少しでも快適に過ごせるようにという、武夫のせめてもの思いやりの証でもあった。
そのベッドの上で、寝間着姿の伊織は上半身だけを起こしてぼんやりと虚空を見上げている。
部屋には灯りが煌々と点り、室内をやわらかく照らしているが、それがいっそう暗く陰った伊織の表情を際立たせていた。
「まだ起きていたのかい、伊織」
青ざめた妹の横顔に、戸口に立った政隆は静かに声をかけた。
そこに窘めるような響きはない。むしろ穏やかにだめて落ち着かせるような、優しい調子の声だ。
「……政隆兄さま」
「勝手に入ってごめん。一応ノックはしたんだけど返事がなかったから、もう寝たのかと思って様子だけ見に来たつもりだったんだよ。
そっちに行ってもいいかい」
伊織が小さく頷くのを見届けてから、政隆はゆっくりと彼女のほうまで歩いて行って、ベッドの端に腰を下ろした。
ちらりとヘッドボードの脇あたりへ据えられたナイトテーブルを見ると、グラスに注がれた水と錠剤がふたつ置いてあるのが目に入った。いつもの精神安定剤だが、今日は一錠でなく二錠になっている。
この薬を出すのは理緒の担当だ。普段なら了承もなしに薬の量を勝手に増やすなどしないが、彼女なりに伊織の精神面を案じた結果だろう。
、
「だめじゃないか、ちゃんと薬を飲まないと。
おまえはすぐ体調を崩すんだからね」
伊織自身には、この薬は栄養サプリメントだと話している。だから彼女も、今日までなんら怪しみもせずこれを服用してきた。
もっとも、伊織の発作が完全に治まらない以上、この精神安定剤もなかば気休めのようなものだった。
「……政隆兄さま」
「なんだい」
兄を呼ぶ伊織の声はか細く、かすかに震えていた。
「私……私……こわいの、政隆兄さま……。野添さんが、あ、あんなふうに苦しんで、倒れて……もうお話も出来なくなって、血が、あんなにたくさん―――!」
「落ち着いて、伊織」
がくがくと震えだした伊織の身体を、政隆はそっと抱き締めた。
「……大丈夫。あんな惨いことをした犯人は、すぐに警察や毛利探偵が捕まえてくれる。きっとだ。
だから伊織、お前はなにも心配しなくていいんだよ。今夜はもう寝て……なるべく早く、今日見たことは忘れよう」
「兄さま……」
弱々しく背中に回された手を感じ、政隆は伊織の耳元で何度も大丈夫、大丈夫と言い聞かせてやる。
目の前で人が死ぬ。
しかも毒殺というむごたらしい方法で、苦しみ抜きながら死にゆくさまを、まざまざと見せつけられたのだ。
普通の人間でもトラウマになりそうな光景だ。無垢な伊織が受けた傷は計り知れない。
「……どうして」
「伊織?」
「せっかく、修治兄さまが帰ってきたのに……どうしてこんなことに……」
「……」
政隆は答えず、ただ伊織を抱き締める腕に力を込める。
伊織からは伺い知れないその表情は、悲壮な決意の色が滲んでいた。
「さぁ、本当にもう寝なさい。今日だけ特別に薬も飲まなくていいから」
「え?お薬、いいの?」
「ああ。そのかわり、これを食べるんだ」
政隆はポケットから小さな丸い缶を取り出した。
と、ほんの少しだけ伊織の口元がほころぶ。
缶の蓋を開けると、たちまち甘い匂いが漂った。
色とりどりの包み紙にくるまれたチョコレートが宝石のようにきらめく。
「政隆兄さまからこれをもらうの、久しぶりね」
「伊織は本当にチョコレートが好きだなぁ」
「ううん……。
ただのチョコレートだったら、こんなに嬉しくないわ。
政隆兄さまがくれるから、好きなんだもの。
私が泣いていたり、眠れなかったりするといつもこれをくれた」
しばし思い出に浸るように目を伏せる伊織の手に、政隆は缶の中から赤い包み紙のチョコレートをひとつ取り出して、握らせる。
「ありがとう、兄さま。……おやすみなさい」
「おやすみ。でも伊織、きちんと鍵をかけてから寝るんだぞ。
何かあったら、すぐ僕か父さんに連絡するんだ、。いいね」
「はい」
「大丈夫。何があっても、伊織は兄さまが守るから」
伊織の髪を愛おしげに撫で、政隆はベッドから立ち上がった。
部屋を出て、伊織が鍵をかけるのをしっかりと確認してから振り返る。
―――と、今まで穏やかだったその顔が、一瞬にして歪められた。
目の前に、所在なさげに立ち尽くす修治を見つけたからだ。
「……何をしてる」
もともとの目つきが悪いため、政隆が本気で人を睨むと視線の鋭さだけで人を射殺せそうなほどの気迫が生まれる。
修治は伊織の部屋の扉を一瞥してから、やや言いづらそうに口を開いた。
「いや……伊織が、気になってさ」
「気になる?笑わせるな。半日一緒にいただけで兄を気取るつもりなら、随分めでたい頭をしてるじゃないか。
伊織が生まれても一度も帰ってこないまま連絡も寄越さなかったくせに、今更心配だって?
図々しいのも大概にしてもらおうか」
「……返す言葉もないよ」
睨みつける目線はそのまま、政隆は伊織の部屋の扉を守るようにして修治の前に立ちはだかる。
「帰れ。お前がいていい場所じゃない」
「伊織は大丈夫なの」
「関係ないだろう」
「でもさ」
「帰れって言ってるだろう!この疫病神!」
政隆の怒声が、しんと静まり返った廊下の空気を震わせる。
「お前が、お前さえいなければ……うちはずっと平和でいられたのに!
十四年前も、今日も……ずっと、ずっと!」
「……わかった。今日はもう帰るよ。ごめん」
ゆるやかに踵を返した修治の背からは、残念さも悔しさも、何一つ伝わってこない。
あらゆるものに絶望しきって、やがて自分の存在そのものにすら倦んだ、人間というにはあまりに虚ろで薄っぺらい後ろ姿。
「海斗や伊織に近づくな。
もしあの子たちに何かあったら―――俺がお前を殺してやる」
ぴたり、と修治の足が止まる。政隆へ振り返った口元は、わずかに笑っていた。
「殺されるのはちょっと困るよ。……今はまだ」
修治の姿が廊下の曲がり角に消えていくのを見届けてから、政隆はいつでも修治に殴りかかれるようにと握り締めていた拳を開いた。
そっと壁にもたせかかったかと思うと、誰もいないはずの方向へ声をかけた。
「理緒、美鈴。いるのはわかってる。怒らないから出てきてくれ」
返事はなかった。しかしややあってから、修治が去ったのと反対方向の曲がり角からおずおずと二人のメイドが姿を現す。
修治と政隆のやり取りを一部始終聞いていたらしく、ひどくばつが悪そうだ。美鈴に至っては肩が小刻みに震えている。
立ち聞きしていたことを叱られるのを恐れているのか、先刻の政隆の剣幕を恐れているのか―――おそらくは両方だろう。
「……申し訳ありません」
「お聞きするつもりはなかったんです……」
「もういいよ。聞いてしまったものは仕方ないからね。どこか行くのかい」
「あ、はい……。風間さんに呼ばれていまして」
「そうか。あまり無理はしないでくれよ。あんなことがあった後だからね。
……野添のことは、本当に残念だよ。僕が小さな頃からこの家に仕えていて、もう家族みたいなものだったから」
「それは……私たちも同じです」
俯いて呟く美鈴も、沈痛な面持ちでその隣に立つ理緒も、野添から使用人としてのいろはを教えられ、長くこの屋敷での時間を共にしてきたのだ。
彼を失った痛みは平等に、そして確かに、三人の胸に大きな傷跡を残していた。
しばし、沈黙が流れていく。
「そうだ。君たちにもこれをあげるよ」
暗い雰囲気を払拭するように、政隆はややわざとらしく聞こえるぐらいの明るい声をあげた。
例の缶を出し、チョコレートをふたつ取り出した。が、伊織にあげた赤い包み紙のチョコレートではなく、今度のものは緑色の包み紙でくるんであった。
理緒が軽く目を見開いて、チョコレートと政隆の顔を交互に見比べる。
「よろしいのですか?これはいつも伊織様にお渡ししているようでしたが」
「構わないよ。出来れば寝る前に食べたほうがいい。
チョコレートには安眠効果があるらしいから」
「すみません……なんだかご心配をおかけしてしまって」
大事そうにチョコレートをエプロンのポケットにしまう理緒の横で、美鈴も申し訳なさそうに縮こまっている。本来ならば使用人が主人を気遣うべき状況であるのを、逆に自分たちメイドが主の政隆に心配をかけさせてしまったのが心苦しいのだろう。
しかしいくら有能であるとはいえ、二人はまだうら若い女性なのだ。事件のショックで話が出来ない状態になっていてもおかしくないのに、こうして懸命に職務をまっとうしようとしていること自体、すでに使用人の鑑とも言えた。
それでも、自室に帰れば二人は先ほどの伊織のように事件の記憶に怯え、姿の見えない犯人への不安に身体を震わせ、なにより野添を失った悲しみに泣き崩れるに違いない。
「自分に仕えてくれる人を気遣えないようじゃ、氷室製薬次期社長なんて到底名乗れないよ。
とにかく二人とも、くれぐれも無理はしないように。戸締まりには気をつけるんだよ。警察の人がいるとはいえ、殺人犯がまだこの近くにいるかもしれないんだから」
はい、とメイド二人が神妙に頷く。
ふいに、政隆が理緒の顔をまじまじと見つめた。
「……理緒。大丈夫かい?」
「えっ?」
「いや、こんなことは今言うべきではないのかもしれないけど……。
君は、野添のことが―――」
「政隆様。
……お気持ちは嬉しいですが、どうかそれ以上はおっしゃらないでください。
私情で仕事をまっとう出来なくなるようでは、それこそ野添さんに叱られてしまいます。こんな時だからこそ、しっかりしなくては」
背筋を伸ばした理緒の言葉はそれこそ凛々しく頼もしかったが、その左手にいつの間にか握られていたものを見てしまった以上、政隆にはその言葉は強がりにしか聞こえなかった。
他人の感情の動きに機敏な美鈴は、理緒の真意などとうに気付いているらしく、不安げなまなざしで彼女を見つめている。
小さな美鈴の手は、今にも理緒の手を握りたそうな様子でさまよっていた。
「……そうか。すまないね、理緒。僕もだいぶ混乱してるみたいだ。おかしなことを言ってしまって……。
そういえば君たちは風間に呼ばれているんだったね。引き止めて悪かった」
理緒と美鈴がさっと頭を下げる気配を返した背中に感じつつ、政隆は「おやすみ」と二人に向けてひらひらと手を振る。
声音こそいつもの政隆らしく優しいものだったが、果たしてその表情が声に見合うほど穏やかだったかは、理緒たちには伺い知れなかった。
投下終了。
まとめ保管時には結構加筆が入ると思います。
保守
ほ
286 :
!:2010/07/09(金) 13:18:28 ID:9yY13q61
あ
完結するまで保守係