THE IDOLM@STER アイドルマスター part3
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「また泊まったんですか?」
「え、ええ」彼はばつが悪そうに、音無小鳥の質問に答えた。クリーニングから帰っ
てきたばかりで、ぴしっと折り目のついたスラックスを穿き、糊の効いたワイシャツ
を無頓着に腕まくりして着ている姿は、いつもの彼そのものだった。起きたばかりと
はいえ、靴下をはかずに素足にスリッパというのが、ずぼらな彼らしくもあった。
だが、バイタリティ溢れるその見かけとはうらはらに、どこか青年らしさを欠いた
疲労の色があるのを小鳥は感じていた。無理もない。アイドルを数人抱えているにも
かかわらず、この会社には彼しかプロデューサーがいないのだ。若いエネルギーに
だって限界はある。
「会社は宿泊所じゃありませんよ。ちゃんとご自分の部屋へ帰って、きちんと睡眠を
とってください。日中だって、それほど休憩時間があるわけじゃないでしょう。そん
なことをしていると、いつか入院なんてことになっちゃいます」最初は規律を守りな
さい、というようなきびしいものだった小鳥の表情は、だんだんと悲しそうなものに
変わっていた。
「すいません、部屋へ帰る時間が惜しくて、つい…」心配そうな小鳥の顔を見て、さ
すがに悪いと思ったのだろう、彼も神妙な顔つきになった。
「この間なんか、私が出社してきたとき、イスに座って寝てましたよね。あれじゃ体
も痛くなりますし、健康にもよくありません。面倒だとか言わないで、帰れる時はき
ちんと帰ってくださいね。約束ですよ」
いつもの優しい小鳥の口調に戻って、彼はほっとした。小鳥を悲しませるというこ
とは、彼女のことを秘かに想っている彼にとって、最大級の苦難といっていい。ほっ
として気が緩んだ彼は、小鳥への気持ちを控え目に発言した。
「でも、ここなら朝イチで小鳥さんに起こしてもらえますから」
「もう、何を言ってるんですか」小鳥は怒ったような口調とはうらはらに、うれしそ
うにそわそわした。「自分のおうち、って大事なんですよ。安心して眠れる場所なん
ですから」小鳥は机の上にあった、彼のネクタイを手に取り、結んであげようかどう
しようか迷っているように、小さな輪をくるくるといくつも作った。
「まあ、ホントはそうなのかも知れませんけど。これが帰ったら『おかえりなさい』
とか言ってくれる人でもいれば別ですけどね。帰ったってメシ…ご飯ができてるわけ
でもないですし、時間を節約しようと思ったら、ここにいた方が便利ですし、第一通
勤しなくていいから、気楽といえば気楽ですよ」彼は手を差し出し、小鳥からネクタ
イを受け取ると、しゅるしゅると首に巻いて、器用に細い結び目を作った。
小鳥は半分冗談のような彼の言葉の中に、一抹のさみしさを見つけた。本当は彼
だって、大切な人が待つ暖かい部屋があったら、会社に泊まったりはしないに違いな
い。疲れた体を癒やしてくれる、自分だけの大事な場所に必ず帰るはず。小鳥は、そ
の待っている人の役を自分がしてあげられたら、と思わずにはいられなかった。だ
が、彼とは単なる会社の同僚でしかない今の自分には、まだその資格はない。それで
も、その暖かさの何分の一かでも彼にあげることができないだろうか…そう小鳥は
思った。彼が仕事へ出かけた後も、彼女はそのことをずっと考えていた。