THE IDOLM@STER アイドルマスター part3
「……ふーむ」
私は自宅のキッチンで、お鍋を前に腕を組んでいた。
「なんでこうなるかなー」
目の前には野菜の煮物。いわゆる、けんちん汁。
古くは鎌倉の建長寺で作られたとか、中国の巻繊汁という料理名がなまったとか言われていて、
里芋や大根人参、ゴボウにコンニャク、野菜を美味しくたくさん食べられる秋の汁物の代表格。
いやいや、ネット検索で仕入れた知識はともかく。
もう一度意を決して、お玉で汁を掬って味見をしてみる。
「……うーん」
まずくは、ない。これにしたって分量はお料理サイトからの引き写しなわけで、おかしなものが
出来上がる可能性は限りなく小さいのだ。実は最後の調味前だが、このまま食べても充分いけると
思う。思う、のだけれど。
これを食べる予定の人物は、はたして美味しいと思ってくれるだろうか。
「プロデューサー、どんなのが好みなんだろ」
……そう。私はこれを、プロデューサーに食べさせるために、日曜の早朝から慣れない料理に
チャレンジしているのだ。
昨日、秋の味覚散策の番組があり、私はギャラとは別に山ほど野菜を貰って帰ってきた。どれも
採れたての新鮮なもので、分量も多かったので帰りがけに事務所に寄り、仲間におすそ分けをした。
そしてその時の成り行きで、私はプロデューサーにこの料理を差し入れすることになってしまったのだ。
『じゃあ明日、作って持って行きますね』
『マジか!うわあ、嬉しいなあ』
とろけそうな笑顔で応じるプロデューサーを見て私は調子に乗りすぎたのに違いない。家に
帰って一晩眠り、我に返ったときの一言目は「あああ、どうしよう」だった。
レシピを思い出してみる。大根、人参は5mm厚さのいちょう切り。ゴボウは皮をむいて、ささがき
ではなく拍子木切り。これを貰った農家のおばちゃん直伝だ。里芋は1cm厚、塩で揉み、ぬめりを
とって下茹で。豆腐とこんにゃくもおばちゃん風で、水を切ったら手でちぎる、うん。
「……で、鍋にごま油を引いて順番に炒め足していって、だし汁を入れて煮込んでアクを取りつつ
調味料を」
ふつふつと音を立てて煮えている鍋に、醤油の瓶を握り締めて立ち向かおうとした刹那、私の
すぐ横からひょいと顔が覗いた。
「あ、それもっと後でいいよ、律子ねーちゃん」
「きゃああっ!?」
「うわっ?」
不意に後ろから声をかけられ、飛び上がってしまった。相手も予想外だったようで一緒になって
驚いている。
「い、いきなりなにすんのよっ、涼!」
「ふわあ、びっくりしたあ」
料理中ではさすがにハリセンも持っていなかった。あればとっくにこいつの脳天に一発くれて
やってる。
「あんたねえ、家主に許しも得ず家に入ってくるのって不法侵入なのよ?いくら従兄弟だろうが
犯罪ですからね」
「なに言ってるのさ、声かけたでしょ?ねーちゃんだって返事してたじゃない」
今日は両親とも出かけていて、この家には私一人だった。この人騒がせが訪ねてきた時、どうやら
私は上の空で生返事をしていたらしい。
「へ?そうだった?」
「うん、ほらゆうべのメール、資料用にグラビア雑誌貸してって」
彼は秋月涼、近所に住んでる私の従兄弟だ。今は、私と同じようにアイドルとして活動している。
まだ新人の彼は、不文律の多い芸能界のあれこれを勉強する日々で、うちにもちょくちょく顔を
出していた。
そのメールも今ようやく思い出した。なにしろ私の頭の中は料理のことで一杯になっていたのだ。
「それで来てみたら、なんだかすごくおいしそうな匂いがしてるじゃない。僕、朝ごはんまだなんだ
よね、これちょっともらっていい?」
「だ、ダメよっ」
「えー」
「いやほら、だってまだ出来てないし、持って行くって約束しちゃったのよ」
「ふーん、差し入れ用かぁ、残念」