THE IDOLM@STER アイドルマスター part3

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「ら、らぶれたー!」
 雪歩は思わず叫んでしまった。学校の中とはいえ、土曜日の放課後ともなれば、もう
昇降口にもあまり人影はなかったが、下校中の何人かが、何だろうと雪歩の方を見ていた。
視線に気づいた雪歩はハッとし、あわてて靴を履きかえると、平静を装って校舎を出て行った。
 学校を少し出たところで街路樹が見えてくると、雪歩は早足になり、一番大きな樹の陰に
ぴったり貼り付いた。あたりに知っている人がいないのを確認し、ゲタ箱に入っていた
一通の手紙をカバンから取り出すと、震える手で開けてみた。
「萩原雪歩様」で始まるその手紙は、まさしくラブレターに違いなかった。相手は知らない
同学年の男の子だった。「好き」という字が何度も書かれているのを見て、雪歩はどうにも
落ち着かなくなった。
「好きだなんて言われたの、は、初めて……あれ?……初めてだよね、私」
 彼女はデビュー半年の、現役のアイドルだ。といっても、まだそんなに有名なわけではない。
それでもたまにテレビで見かけたりする女の子を、男子生徒が見過ごすはずもなく、彼女の
家あてにラブレターが送られることも何度かあった。だが、それは全て雪歩に届く前に、
父親の手で処分されていた。幸運にもゲタ箱に入れられたこのラブレターは、その検閲を
逃れることのできた、初めてのものだった。
 手紙には、学校で呼び出したりすると、アイドルとしての雪歩に迷惑がかかりそうなので、
こういう形にしたと書いてあった。返事も、自分のゲタ箱に、ダメとかOKとか書いて
放り込んでくれればそれでいい、もしダメでもつきまとったり、迷惑をかけるようなことは
決してしない、とも書いてあった。
 この男の子は、きっとマジメで、まっすぐな人なんだ、雪歩はそんな気がした。そして
ラブレターを出せるだけの勇気をうらやましくも思った。
「でも……」雪歩はラブレターをカバンにしまい、困ったようにつぶやいた。「私は……」
 雪歩には好きな人がいた。他ならぬ、彼女のプロデューサーだ。
 プロデューサーには付き合っている人はいない。少なくとも、雪歩は知らない。だからと
言って、仕事で一番多く時間を過ごしているはずの自分が、恋愛対象になっているのかと
言えば、それは多分ノーだ。歳だって離れているし、向こうは社会人で、こっちは高校生。
今、好きだと告白したところで、真剣に聞いてもらえないのはわかっている。早く自分が
高校を卒業して、大学生か社会人になれたらいいのに。そうしたら、子供みたいに扱われる
ことなんて、きっとなくなるはず。
 自分がそうなるまでの何年かの間、どうかプロデューサーに恋人ができませんように、誰か
他の人を好きになったりしませんように、雪歩はいつもそう願っていた。勝手なお願いなのは
わかっていたが、どうしても、そう思わずにはいられなかった。
 雪歩はそのまま家に帰らず、電車に乗った。明日の仕事の打ち合わせのために、事務所に
寄ることになっていたからだ。彼女は電車の中から、外の景色を見ながら考えた。もし、
ラブレターをもらったことをプロデューサーに話してみたら、どういう答えが返ってくるだろう。
「あの、プロデューサー、実は……」
「うーん、アイドルとしては、誰かとつきあうとかいうのはちょっとマイナスポイントだなあ」
 まあ、これは普通に仕事上の立場での答えだろう。
「あの、プロデューサー、実は……」
「なに!そんなのだめだ!雪歩はいずれおれが必ずもらうんだから!」
 雪歩は自分の想像にぼおっとなった。そんなことになったら、どんなにうれしいだろう。
でもそうなる可能性はゼロに近い。
「あの、プロデューサー、実は……」
「ああ、彼氏か?まあ、おれがどうのこうの言うような話じゃないし、別にいいんじゃないか?
でも、ファンにはバレないようにしてくれよ」
 想像終了。これが一番ダメージが大きい。