THE IDOLM@STER アイドルマスター part3

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185ボクノメガミ(1/15)  ◆KSbwPZKdBcln
 それは、僕が中学2年になって少し経った、初夏の夕方のことだった。
 梅雨入り宣言はまだだったけれど、今日は朝からひどく胡散臭い天気が広がっていた。授業が
終わり、部活もないので帰ろうと校門を出たあたりで空は真っ黒になり、帰り道の半分を小走りで
行き過ぎたところで水を貯め込んだ雨雲がついに決壊した。
 これはいけないと目前まで来ていたショッピングモールに飛び込み、僕はしばらく雨やどりを
することにした。
「うわあ、傘もって来ておけばよかったなあ」
 モールの出入り口、似たような境遇のたくさんの人に紛れて小さく悪態をついた。あんな空模様
だったけど降水確率は10%だったのだ。モールの雑貨店はあわただしく雨傘のワゴンを店先に
並べ始めて、サラリーマンの人が諦めたようにそれを買いに歩き出すけれど、当然僕にはそんな
余裕はない。
 天気予報を信じるなら、この雨はいずれやむ筈だ。にわか雨なら30分くらいだろうし、多少帰りが
遅くなるくらいなら特に支障はない。
 そう決めて改めて暗い空を見上げていると、すぐ隣にピンクのキャミソールが翻った。
「まったく、ついてないわねー。それにしてもアイツ、傘一本にどれだけかかってるのかしら」
 振り向くと、ロングヘアーの女の子が僕と同じように空を見上げているところだった。
 背丈も年格好もクラスの女子と変わらない感じ。ピンクのシャツに同系色のロングスカート、黒と
いうより光を放つような栗色の長い髪を後ろになでつけて、細いリボンで留めている。
 勝ち気そうな瞳、意志のはっきりした眉。可愛らしい鼻筋、花びらのような唇は軽く紅を差している
のだろうか、鮮やかに赤く、つやつやと光る。
 ノースリーブの白い腕に小さなウサギのぬいぐるみを持っている。ウサギはまるでその腕に
しがみついているかのように、彼女が身を揺らすたびにふるふると足を振った。
 待てよ。
 綺麗な子だな、としばらく見とれて、それから僕は気付いた。僕はこの子を、知っている。
「……水瀬伊織?」
「え?」
 僕は思わず彼女の名を口にし、彼女はそれに反応するようにこちらに視線を移した。至近距離で
見る怪訝な表情は間違いない、あの水瀬伊織その人だった。
「うわ、本物――」
「わわっ、しーっ!」
 我を忘れて大声を出しそうになった僕を慌てて制し(僕より声が大きかったけど)、彼女は自分の
唇に人差し指を当てた。
 水瀬伊織。春にデビューした、僕と同い年のアイドル歌手だ。

****

 ここ数年、芸能界はアイドルのデビューラッシュが続いていた。いくつかの芸能プロダクションが
打ちだした『ユニットプロデュース』という手法も定着してきて、同一人物が別の芸名で再デビュー
するなんて事もザラになり、言わばアイドルの戦国時代とでも表現すべき状況になっている。
 水瀬伊織はそんな中、765プロダクションという事務所からデビューした、まったくの新人アイドルだ。
世間知らずのお嬢さま、というプロフィールで売り出したもののこんなご時世、受身主体のキャラクター
ではなかなか目立つのが困難で、デビューから2ヶ月が経過した現在も知名度はあまり高くないのが
実情だ。……と、これは芸能雑誌の評論の受け売りだけど。
 まあ、正直な話、本当にあんまり売れてない。
 そしてなぜそんなマイナーアイドルを僕が知っているかというと、……僕はそんな彼女の、数少ない
ファンの一人だからだ。それも、『大』のつく。
「ちょっとあんた、場所柄もわきまえずなんて声出すのよ!私のこと知ってるんならそこはもっと
奥ゆかしくつつましく、周りの人にバレないように小声で聞くのがマナーってもんでしょ?」
「ご、ごめん」
「まったくもう、こんなところに超人気アイドルの水瀬伊織ちゃんがいるなんてわかったら、全国1000万人
の私のファンが黙っちゃいないじゃないの」
「……超人気?」
「いきなりこんな雨に降られて、こっちは久しぶりの……じゃなかったタイトなスケジュールの中を無理
やり、仕方なく、断りきれなくて、なんとか入れた仕事が押してていらいらしてるのよ」