特徴
親に虐待を受けていた、
怒ると何をするかわからない、
肌が汚い
先生は教壇に立ち、咳払いをひとつした。
「突然だが、みんなに転校生を紹介する」
その言葉に、教室中がどよめく。
「あー、そんなところにいないで、入ってきなさい」
先生が声をかけると、戸がゆっくりと開き、
一人の少女が顔を出した。
顔立ちは可愛いらしかったけれど、
僕の席からでもはっきりとわかるくらい、彼女の肌は荒れていた。
それが僕とルミコとの出会いだった。
最初のうちこそクラスメイトにちやほやされていたルミコだったけれど、
まもなく一人、また一人と彼女から離れていった。
彼女は話しべたで、表情が乏しかった。一緒にいてもつまらない人間だと思われたのだろう。
僕はそのあいだ、ずっと彼女を遠くから見ていた。
彼女はふたりほど友達を獲得したようだったが、
それでも基本的には寂しげな毎日を送っていた。
そのあたりは、僕とまったく同じだった。
ある朝、僕とルミコは下駄箱でばったりと出会った。
小声で挨拶を交わした後、僕はつい彼女の顔をまじまじと見た。
見れば見るほど、その肌の荒れ具合には驚くほかなかった。
クラスメイトの中には肌荒れがひどい者が何名もいるが、
ルミコの荒れ方は一味違う。
これはいったい……?
それにしても、なんて勿体ないのだろう。
肌さえ綺麗なら、きっと可愛いのに……。
……気づくと、ルミコはこちらをにらみつけている。
「最低」
ルミコはぼそりとそう言うと、大またで歩いていった。
見ていたのはほんの数秒間だったはずだが、よほど気に障ったらしい。悪いことをした。
支援?
それからしばらく経ったある日、昼休みの教室でいさかいが起こった。
クラスのリーダー的存在の女の子、山田さんが、ルミコにいちゃもんをつけ出したのだ。
ルミコと山田さんの席は離れていたが、
山田さんはルミコに聞こえるように、わざと大きな声で悪口を言い始めた。
彼女の性格をけなし、肌の荒れ具合をけなした。
僕はあまりに突然のことに驚くほかなかったが、
一匹狼的性質を持つルミコのことを、山田さんはもともと嫌っていたのだろう。
教室中が凍りついた。
その悪口はあまりに一方的だった。
僕はルミコを見た。
彼女は一人うつむきながら、自分の席で固まっている。
と、そのとき。
ルミコが弁当箱を持ちあげ、突然立ち上がった。
そして、山田さんの席へと歩いてゆく。
山田さんは口を止め、ルミコをぴたりと見据える。
ルミコが山田さんの前に立った。
「ムキーーー!!!」
突然、ルミコは弁当箱を山田さんの顔に押し付けた。
弁当箱から、白米がこぼれ落ちる。
その米を、ルミコは手でつかみ、さらに山田さんの顔に塗りつけた。
「ムキムキムキーーー!!!」
「ぎえー!!」
ルミコと山田さんの叫び声が教室にこだまし、騒然となった。
大暴れするルミコを、クラスの人間が押さえつける。
ルミコは奇声を上げながら、ありったけの力でそれをふりほどく。
そんなことが何度も繰り返された。
その間中、僕はただ見ているだけだった。
……てんやわんやの騒動の末、なんとか事態はひと段落した。
教室の真ん中にいるルミコ。
それを遠巻きに取り巻くクラスメイトたち。そして僕。
倒れた椅子、机。
壁際で座り込む山田さん。
廊下にはたくさんの野次馬。
中腰の姿勢で、指を鉤爪のように折り曲げ、激しく呼吸を繰り返すルミコの周りには、
誰も寄ろうとしない。
だが、すでに落ち着いてきたように見える。
「彼女はもうきっと無害だ」、そう僕は思った。
言葉使いがよくない、
ジャンプ力がある、
声が大きい
ヒャッフー!キノコ好きのおっさんですか
僕はこのとき、ルミコに同情していた。
そんなのは僕だけだっただろう。
他の全員はきっと、ただ彼女を恐れているだけだったはずだ。顔を見れば、それはわかった。
自分でもなぜかはわからないが、僕は彼女に近づいていった。
そしてよく覚えていないが、「一緒に保健室にでも行こう」というようなことを言った。
そしてルミコの手を引いたのだ。
その瞬間、急に彼女は我に返ったかのような表情になった。
と思うや否や、今度は泣きそうな顔になり、ふらふらと僕のあとについてきた。
廊下の野次馬たちが、いっせいに道を開けた。
僕たちは保健室には行かなかった。
校舎を出て、誰にも見つからない木陰にすわり、話をした。
……彼女は僕に感謝の言葉を告げたあと、ぽつりぽつりと自分の話をしだした。
自分があのように大暴れしてしまうようになった、その理由を。
彼女の母親は、ガングロメイクの信奉者だった。
朝から晩までガングロだった。
そしてある男性と恋に落ち、結婚し、ルミコを産んだ。
それからもガングロだった。
そして母親は、わが子にまでガングロを強要することを思い立った。
乳児のルミコにガングロメイクをほどこし、日焼けサロンに連れて行った。
何もわからないルミコは、ただそれを受け入れるしかなかった。
そしてルミコが8歳のとき。
何人かの大人が家にやってきて、母親を連れて行った。
のちに知ることになるのだが、母親は精神病院に入れられたのだった。
ルミコはやっとガングロ地獄から解き放たれた。
しかしその頃には、彼女の心はずたずたに引き裂かれ、
肌はこの上なく汚くなってしまった後だった。
それから彼女は、怒ると心のタガが外れてしまうようになった。
彼女は母親もガングロも愛していたつもりだったが、実際はそうではなかった。
心の底では激しく憎んでいたのだ。
だから、一度リミッターが外れると、その憎しみが解き放たれ、黒いものを白くしたくなる。
この世界から、ガングロをすべて排除したくなる。
山田さんの顔に白米を押し付けたのも、そういう理由からだった。
運動で日焼けした小麦色の肌を、白く塗りつぶしてやりたかったのだ。
ルミコはそれらの記憶を一気に吐き出すと、向こうを向いて寝転がり、
それきり何も言わなくなった。
僕たちはこの日、残りの授業をサボった。
翌日、僕たちは先生にこっぴどくしかられた。
でもそんなことは大した問題ではなった。
というのも、僕とルミコの間には不思議な連帯感が芽生え、
つまらなかった学校生活がこれで少しは楽しくなる予感がしていたからだ。
しかし、それも束の間。
その次の日の昼休み、ルミコは先生に呼び出された。
僕はなんだか胸騒ぎがして、そのあとをつけていった。
行き先は職員室。
廊下から様子をうかがってみると、ルミコはさらに校長室へと連れて行かれたようだ。
もはやここからでは何もわからない。
僕は外に出ることにした。
校長室の窓の外から、聞き耳を立てるのだ。
僕は外から、校長室をこっそり覗いた。
見れば、校長、担任、ルミコ、そして謎の女性が一人いる。
ものすごい剣幕でなにかを叫んでいる。
漏れ聞こえてくる声で、すぐさま事情がつかめた。
女性は山田さんの母親らしい。
先日の件のことで、ルミコに会いに来たのだ。
「とんでもない小娘ざ〜ます!!」
女性のめがねがきらりと光る。
「うちの娘と同じクラスにこんな女がいるなんて信じられないざ〜ます!!」
ルミコは耐えていた。
僕もまた、どうすることもできない。
山田母の罵詈雑言は続いた。
窓越しに見るルミコは顔面蒼白だった。
先日の事件と同じ展開だ。
このままでは、いつ彼女が爆発するかわからない。
そうなれば、いったいどうなってしまうのか。
あいにく、山田母は焦げ茶色の洋服を着ている。
ルミコがもっとも嫌う色ではないか。
いよいよ恐ろしい。
まだ罵詈雑言は終わる気配を見せない。
ルミコがいつまでもつか……。
そして僕自身、あまりにも酷い罵りの言葉に、もはや我慢の限界を迎えつつあった。
山田母はひときわ力を込めて、吐き捨てる。
「こんなにもイカれた小娘、精神病棟にぶちこんどけばいいんざ〜ますっ!!」
そのとき、ルミコが切れたのがはっきりとわかった。
完全にプッツンきた。
それと同時に、僕は窓を勢いよくあけ、校長室の中に飛び込んだ。
突然の出来事に、校長室の中の面々は完全に固まったらしい。
その隙に、僕は行動に出た。
……もしもルミコに暴れさせては、怪我人が出るくらいではすまないかもしれない。
それを防ぐためには、策はひとつしかない。
僕は、自分が着ていた上着とTシャツを、一度に脱いだ。
そしてすぐさま、その白Tシャツを山田母の頭から無理矢理かぶせた。
「おらっしゃああああぁぁあ!!」
「ふぎゃー!!」
山田母が絶叫する。
なおも手をゆるめず、僕はきっちりとTシャツを下まで引っ張る。
一瞬後には、かつて焦げ茶色だった山田母の上半身は、すっかり白色に変わっていた。
ルミコのほうを振り返ると、彼女は白色の山田母を見て、我に返ったようだった。
ターゲットの焦げ茶色が消え去ったことによるショックだ。
「よ、よかった……」
僕はそれだけ言って、地面に崩れ落ちた。
百分の一秒を争う早業をなしとげたことによる疲労が、一気に襲ってきたのだ。
声が聞こえる。
しかしそれはどこか遠いところから響いてくるようで、あまり現実感がない。
僕の視界はだんだんと暗くなってゆく。
そして、声も遠のいてゆく。
白米押し付け事件とTシャツ被せ事件のせいで、
ルミコと僕は危険人物としてチェックされるようになった。
もともと孤独だった僕たちは、精神異常者というレッテルを貼られ、
さらに孤立することになった。
初めはへこんだけれど、慣れるとたいしたことはなかった。
何より、同じ状況を分かち合える相手がいるのだから。
中途半端な嫌われ者ではなく、変人に認定されたことで、
ルミコの悪口を言うものはいなくなった。
なにしろ、「言っても仕方がない人」なのだ。
……精神異常者同士、ウマがあったのか、僕たちは付き合い始めた。
ルミコは僕が思っていた以上に不安定な子だった。
日常生活で嫌なことがあってピリピリしているときなど、
急に例の発作が出ることもあった。
チョコレートケーキが生クリームまみれにされていたり、
暗色系の服に牛乳がぶちまけられていたり、
ギターに白色の絵の具が塗りたくってあったり、
それはそれは大変だった。
しかし、彼女自身苦しんでいることは知っていたから、
僕がそれをとがめることはなかった。
「彼女がガングロを憎む気持ちは、一生のあいだ癒えることはないのだろうか?」
かつてはそう思わざるを得ない僕だったが、
近頃は目に見えてルミコの様子が安定している。
やはり落ち着いた日常が続けば、それだけ良くなってゆくのだろう。
僕とすごした学生時代があったからこそ、そして今も一緒にすごす週末があるからこそ、
彼女は良くなってきているのだ。
そう思いたい。
……長々と思い出に浸ってしまった。
さて、明日。
いよいよ明日だ。
明日はどんな日になるだろう。
ルミコが久しぶりに何かやらかすなんてことには……まずならないだろうな。
何しろ、順調な毎日が続いてる。
もちろん、明日の準備も万端。
加えて、久しぶりに会える友達もいる。
おまけに、天気は快晴らしい。
ましてや、彼女の着る服が、真っ白なドレスなら。
(終わり)