THE IDOLM@STER アイドルマスター part2

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87創る名無しに見る名無し
ばんそこ



 今日のイベントは大成功と言っていいだろう。駆け出しアイドル・天海春香としては
充分すぎるほどの客入りだったし、参加した子供たちは正真正銘大喜びだったからだ。
 とある遊園地での握手会である。デビュー曲『Go My Way!!』と事務所の先輩のカバー曲
を猛練習した成果もあり、春香も歌やパフォーマンスに磨きがかかってきた。この調子
なら来月にエントリーを考えているオーディションでも充分戦えそうだ。
「春香、お疲れ様」
「おつかれさまでしたっ、プロデューサーさん!」
 着替えた彼女がこちらに駆けてくる。
「大丈夫か?思った以上にギャラリーが集まったからな。手とか、痛くないか?」
「はい、大丈夫ですっ」
 にこにこと笑いながら、右手を顔の前で振ってみせる。
「いっぱいお客さん来てくれたんだから、文句なんか言ったらバチが当たりますよ。50人
くらいでしたか?」
「そうだな」
「今日みたいなコンディションなら、500人はいけますよ!・・・あ、でもサインはちょっと
大変かも」
 自信たっぷりの顔でそう言ってから、ちょっと考えて付け加える。
 今日のイベントは子供たちをターゲットとしたものだったので、春香は色とりどりの
風船にサインを書き、握手の時に渡したのだ。膨らんだ風船を押さえつけながら書くサイン
は結構大変だったと見える。しかもあらかじめ午前中から準備していたのは20個で、予想外
の客を見て本番前に急遽30個書き足してもらったのだ。
「ごめんごめん、あれは集客を予想できなかった俺が悪かった。次は普通のサイン色紙に
しようかな」
「あ、そんなわけじゃ。風船にサインって、かわいいですし」
「じゃあせめて、膨らます前にゆっくり書けるように手配しておこうか。それならもっと
前から準備できるから」
 反省会、という程ではないが、思いついたことを話しながら歩く。撤収は別働隊がいる
ので、俺たちはあとは事務所に戻るだけだった。
 と、その時。
「わあああん!あああーん」
 火のついたような子供の泣き声。俺も春香もびっくりして足を止めた。
「わああん、ぼ・・・僕の、僕の・・・っ」
「ああもう、しかたないわねえ」
 声の方を見ると小学校低学年くらいか、男の子が上を見上げて大声で泣いている。そばで
なだめようとしているのは母親だろうか、彼女もちらちらと上を見ては子供に視線を戻し、
と繰り返している。
「なんだ?転んだのかな」
「あ、プロデューサーさんあそこ!風船!」
 俺が子供に目を向ける間に、春香は彼の視線を追ったらしい。言われて指差す先を見ると、
青い風船が天高く舞い上がってゆくところだった。
「あー、手を離しちゃったのか・・・って、春香?」
「ね、キミ、大丈夫だった?」
「おっおい」
 視線を隣に向けた時には、そこにいたはずの彼女はもう男の子に向かって駆け寄っていた。
「ぐす、ぐすっ・・・ふぁ、歌のお姉ちゃん」
「え?きゃ、さっきの」
「あ、ども、天海春香ですっ。私の歌聞いてくれて、あの、ありがとうございました」
 親子は驚いている。そりゃそうか、マイナーとは言えさっきまで歌を歌っていたアイドル
が目の前に登場したら涙も止まるというものだ。俺も急いで近づいた。
「あ、驚かせてしまってすみません、春香の事務所のものです。先ほどは足を止めてくだ
さってありがとうございました」
「ああ、芸能事務所の方ですか。すみません、お騒がせして」
「坊や、春香の歌聞いてくれたのか。どうもありがとうな」
 男の子の前で膝をつき、笑いかけてやる。彼もとりあえず泣くのはやめにしてくれた
ようだ。間近で見ると片膝をすりむいている。転んだ拍子に風船の紐を離してしまった
のだろう。