THE IDOLM@STER アイドルマスター part2
367 :
ねがい:
倦怠感を呼び起こす包み込むような微温。
薄っすらと肌にまとわりつく汗と、風物詩である蝉の輪唱。
春香は五感で夏を感じながら、神社の石段を登っていた。
「はぁ……ふぅ。私、体力落ちたのかな。あの頃より……」
石段を登りきると、鳥居の前で春香は膝に手をつき、軽く呼吸を整える。
外は炎熱の陽光が降り注いでいるが、森林の中に在る神社ではわずかながらの涼を体感出来た。
揺れる地面の木漏れ日を眺めながら、春香は“あの頃”を思い出した。
――アイドルを辞めてから一年。あの日最後に伝えた気持ちは今も変わらず、今も胸の奥を叩いてる。
駅の近くを通ると、夢を追っていた頃の自分の幻に足を止められる事もある。
プロデューサーと過ごした一年という月日の結末は、大きな前進もなく、失敗もなかった。
活動を続ける事も出来けど、私は不器用だった。今なら少し分かる。私たちが縮められなかった何か。
足りなかったもの。それは、勇気。互いに、相手の存在が自分の中で大きくなる感触が怖かった
――って、ちょっと期待度込めすぎかな。
新米プロデューサーとアイドル一年生。
地図をみながら手探りで駆けた日々の終わりは、未熟な二人なのに、二人とも大人ぶって笑っていた。
歌う事への未練はあったけど、後悔はしてない……ちょっとしか。いや、本当は凄く後悔してるのかも。
アイドルを辞める事で、プロデューサーに訴えたかった。そういう打算を確かにしていた。
伝えたかったのは、本気だったという事だけ。なのに、大好きな歌も歌えなくなって……私は馬鹿だ。
プロデューサーがいなきゃ何も出来ない。恋の一つも――へたくそだ。
お賽銭を投げ入れ、彼の為祈願する。一年ぶりに送られてきた彼からのメールは、
『今日は人生でいちばん大事なオーディションがある。春香にも応援してほしい』
とあった。直接現場に行く事はかなわないから、こうして地元の神社でささいな――といったら神社に失礼だけど
――応援をする。手を合わせ、黙祷し願う。彼の成功――幸せを。
あの頃より伸びた髪が風に揺れ肩にかかる。気付くと、涙をこぼしていた。
「あれ……私、どうしちゃったんだろ……?」
堰を切ったように止まらない涙に、自分自身でうろたえる。
いまさら、そんな事しなくても、分かるのに、と自分の涙腺に伝える。
今でも、彼の事が好きだと――。
「あはは。ヘンな私……。そうだ! 誰もいないし、久しぶりに歌おうかなっ。あ〜あ〜〜ドレミレド〜〜」
「――へたくそだなぁ」
声がする。あの日のように、後ろからふいに――。
「し、失礼ですね! たしかに、私、あんまり歌上手くないけど、これでもアイドルだったんですからね……!?」
勢いよく振り返る。そこには、懐かしい笑顔があった。
「知ってるよ――」
◆
壁にかけられた写真を見る。そこには仲間達に祝福されて笑う、二人の姿。
叶えられなかった夢があった。叶った願いがあった。遠回りでも――。
気の早い彼が買ってきたベビーグッズ。窓の外には揺れる向日葵。
忘れられない思い出の季節を、春香は新しい家族と、三人で向かえた――。