THE IDOLM@STER アイドルマスター part2

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281愛の人(1/3) ◆DqcSfilCKg

耄碌してからの祖父を伊織は嫌いだった。
息子に家を任せた後、まるで気の抜けた風船のように丸くなった背中。
緑と花に彩られた邸宅の庭で使用人の押す車椅子におさまり、仏頂面とも違う感情の無い顔で日々を過ごす。
厳然という言葉をそのまま背負っていたような祖父を知っているだけに、伊織はどこか罪悪感とも違う、チクチクとした思いを抱えながら声をかけた。

おぉ―――。

伊織の姿を認めると、今や食事も上手く飲み込めずにボロボロとこぼす口から声が漏れる。
けれど、その口はいつも伊織ではなく自分の妻の名前をこぼすばかり。
伊織の祖母は伊織が生まれるひと月ほど前に亡くなっており、当時としては珍しく恋愛結婚だった祖父は事あるごとに、若かりし頃の祖母と伊織は似ていると豪胆な笑い声と共に家の者に話していた。
息子と兄二人には厳しかった分、孫娘は目の中に入れても痛くないほど可愛がった。
伊織自身も、そのしわくちゃで節くれ立った手で撫でられるのは大好きだったし、殆ど家にいない両親の代わりに与えて貰った愛情には感謝さえしている。
だからこそ今の祖父の様子には失望、落胆とも違う感情が渦を巻く。
使用人が慌てて訂正するが、その頃にはもう口を硬くつぐんだだけの祖父がぼんやりと中空を見つめていた。
代わりに頭を下げる使用人ごと無視すると、祖母が生前に好きだったという花菖蒲が目についた。
まだ花もついていないそれを見ないように、伊織もまた視線を中空に泳がせた。

事務所に行くと、あずさがソファに座っているだけで他のアイドルは出払っていた。
小鳥も事務業務に追われているらしく、伊織は給湯室から持ってきたペットボトルの紅茶片手にあずさの斜向かいになる形でソファにもたれかかった。
何となく正面に座るのがイヤだっただけの伊織に、あずさは小首を傾げた。
「何かあったの?」
普段はイライラするぐらい鈍いあずさは、こういう時だけはやっぱりイライラするぐらい鋭い。
別に、と自分でもそれはないだろうと思うぐらいの言葉を吐いてペットボトルの封を開けた。
それ以上、あずさは何も言わずにいつもの笑みを浮かべている。それがまた伊織をイラつかせる。
わざとやってるんじゃないか、とすら思えた。
お爺様のことよ、とボソリと呟いて伊織は続ける。
「私のことをお婆様の名前で呼ぶの。孫の顔も忘れたのかって、少し落ちこんでたところよ」
落ち込むというよりも苛立ちに近かった。
あれだけ可愛がってくれた愛情は嘘だったのか。
それこそ、自分への愛情は早くに亡くなった祖母の代わりなのか。
兄二人への祖父の厳しさが、期待の裏返しだと気づいたのも苛立ちを加速させた。
考えても仕方の無いことを引きずるあたり、祖父への思いが純粋なことを物語っているのだが、かえって伊織を混乱させた。
もういっそのこと早く。
祖父の無様な姿を思い浮かべ、そんなことまで考えてしまった自分を頭を振って戒めた。