THE IDOLM@STER アイドルマスター part2
四条貴音の765プロ・デビューイベントはあいにくの空模様となってしまった。
新人アイドルとして再スタートを切ったのは遊園地の野外ステージで、こういう場所柄と
今シーズンのプロデュース方針『歌のお姉さん』を考慮した風船つきの観覧チケットも
傘の下で窮屈そうだ。
貴音の髪とお揃いの銀色の円盤風船。晴れた日であれば太陽の光を反射し、さぞきらびやか
であろうそれらも、雨天の地上では雨雲の手先であるかのようなくすんだ色に見えた。
「ラストソングか、もう一息だな」
「はい」
「せっかくの再デビューなのに雨とはついてなかったな」
俺はタオルを被った貴音に声をかけた。
「こんなことなら狭くても屋根のあるイベント広場にするんだったよ、すまなかった」
「プロデューサー殿、雨の中でさえ新人のわたくしに会いに来てくださる方がこれだけ
いらっしゃいました。もし狭い方のステージを手配なさっていたなら、あなた様はやはり
わたくしに頭を下げたと思いますわ」
「う」
柔らかな笑顔で言い返され、俺はぐうの音も出ない。
「それに、雨はもう止みます。ファンの皆様は満足して帰途につかれることでしょう」
「……俺にはそうは見えないが?」
貴音はそう言ってタオルを俺によこしたが、彼女に釣られて見上げる空には雨雲以外の
なんの兆候も見られなかった。
「雨は地上に潤いをもたらしますが、地にはいずれ光の恵みも必要となります。そうあれかし
と願えばそうあるように、雨は空からではなく、雲から降るのですよ」
「雲から、ね。そうだな、ひと風吹けば天気も変わるか」
「しからば、行ってまいります」
「うん、頑張れ」
こちらが地なのか前の事務所にいた頃よりは物腰こそ柔らかいものの、相変わらず難解な
言い回しを残して貴音は舞台のステップを上って行き、やがて軽快な伴奏が彼女を包んでゆく。
例の車のCMソング、そして前シーズンのラストシングル『フラワーガール』を聴き、高木社長は
貴音を低年齢層に売り込むアイデアをぶち上げた。プロジェクトフェアリー3人をセットで売るなら
クール&ミステリアスは強力な武器だが、一人のアイドルとしてはその甘い声質と優しいトーンを
前面に押し出して損はない。包容力のある物腰や謎含みの微笑は、あずささんややよいとは
別次元の癒しを小さなファンに与えられると判断したのである。
「さあ、みなさま」
貴音は声を張り上げた。マイクの力を借りているとはいえ、あのアルカイックスマイルの
ままでよくあれほど声が通るものだ。
「御難をおかけした宴も残された時間は僅かです。天を仰げば芳醇たるしたたり、地には民、
時はいずれ風を呼び雲を払い、皆様のこうべはまもなくまばゆき光をいただくこととなり
ましょう。いざゆかん、蒼空の彼方へ」
貴音のMC――口上と言った方がそれらしいか――はステージの最初からずっとこうだった。
保護者の顔には終始?マークが浮かんでいたが、子供たちは大喜びである。わあっ、と
歓声を上げると、親の傘から飛び出して行ってステージ下に集まってくる。雨は続いて
いるが、傘をささなくてもなんとか我慢できる……そんな微妙な頃合で、親たちも強くは
子供を叱責できずにいた。
揃いの銀色の風船を持ち、熱に浮かされたような喜びの表情で続々舞台を目指す姿は
さながらちょっとした宗教団体、貴音は教祖、子供たちは信徒……とそこまで考え、
アイドルとは偶像の意であったといまさら思い出した。彼女は間違っていない。
「時は今、この地この舞台にてみなさまは大いなる喜びに包まれるでしょう。わたくしと
ともに集い、歌い、踊り、その心を合わせれば願いは聞き届けられるのです」
それに、貴音は実は難しいことを言っているわけではない。普通の歌のお姉さんなら、
『さあ、みんなで一緒に歌って、雨雲なんか吹き飛ばしちゃおう!』とかいうレベルの文脈だ。