THE IDOLM@STER アイドルマスター part2
あちらのアトラクションへ、こちらのカフェへと慌しく駆け回っていた人々の足並みも帰路へ落ち着き始め
た頃、ステージショーの司会進行とライブを行っていた律子も撤収を終えてステージ脇へ戻ってきた。トーク
への食いつき、遊園地という場所を考えると十分といえるライブの盛り上がりを考えると、今日の仕事は成功
だった。これから先へ繋がる大きな一歩になるかもしれない。
笑顔を隠しきれない様子でこちらへ歩み寄ってくる律子の表情も、そのことを物語っていた。
「プロデューサー、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ様。随分と楽しそうだったな」
「ええ、今日は気分も乗ってましたし、ステージの前の方にいたチビッ子がもう可愛くって、うふふ」
声を弾ませて、スキップになりかけの軽い足取りで律子が俺の横に並んだ。ステージの脇から見ていた俺も
俺でまだ興奮冷めやらぬ所だが、張本人はそれ以上のようだ。
出口に向かって歩いていく人の流れに逆らうようにして歩いていると、ふと一人の少年が目に入った。パタ
パタと元気良く、人の合間を縫って走る彼の手には紐付きの風船が握られている。
ああ、あれは律子がイベントの時に配っていた──
「あ……」
俺が少年の手元を見た瞬間その手がふいに開かれて、重力に縛られていた風船が宙に浮かび上がった。
風船と空との境目には、何も無い。このまま放って置けば、風船は空の彼方へと消え去ってしまう。
何か言葉をかける前に飛び出し、思い切りジャンプする。
どうやら間に合ってくれたようで、俺の手には風船の紐がかろうじて引っかかるようにして残っていた。
「ほい、これ」
「……ありがとう」
見開いた目を落ち着かせてホッとした、しかしまだ呼吸の整わない彼の手元に、風船が戻る。胸元に刺繍さ
れたワッペンには『ニシヤマ タケル』と、彼のものと思われる名前があった。
「あ、さっきのおねえちゃんだ」
俺の隣に立つ、まだステージ衣装のままの律子に、男の子が気付いた。
「ステージ見に来てくれてたよね、ありがとう」
そう返事する律子の顔は、素直に嬉しそうだ。
「おねえちゃん、この風船、すぐ飛んでっちゃうよ」
幼い瞳が律子を見上げた。さっきも、二、三回ほど風船を宙に放ちかけたらしい。その時は自力で掴めたよ
うだが、この調子だとその内失くしてしまうかもしれない。
「この風船はヘリウムが入ってるから、どうしても浮かんじゃうのよね……」
さてどうしたものか、と俺が──恐らく律子も──思った時、ポケットのままに入れたままの、膨らませる
前の風船の存在を思い出した。
「よし、ならタケルくん、お姉ちゃんに何とかしてもらおうか」
腰を屈めて男の子に語りかける。
「えっ、お姉ちゃんが?」
「ああ、今からお姉ちゃんが魔法を使って、風船が勝手にどっか行かないようにしてくれるから」
「ちょっ、ちょっと、プロデューサーっ!?」
突然の俺の言葉に面食らった律子が横から割り込んでくる。その手に、膨らませた風船と膨らませる前の風
船の両方を握らせて、
「少しだけ席を外してこれを、頼む」
と、すばやく耳打ちした。
「え? そ、そんなことを突然言われても……」
「ほら、中身がヘリウムだからマズいんだよ」
ヘリウム、という単語を聞いて律子はピンと来たようで、得意顔になって頷いてくれた。
「なるほど、そういうことね、了解しました。任せてちょうだい」
小走りに律子が駆け出した。
丁度俺達の視界を塞ぐようにして立っている大きな看板の裏に隠れた律子が『魔法』をかけ終わるのを、タ
ケルくんとじっと待つ。