THE IDOLM@STER アイドルマスター part2

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110風船のお家 1/2

 日の傾き始めたテーマパーク。オレンジ色に染まり始めた空の下、金髪をなびかせる美希の隣で俺は手元の
メモ帳で訪れた客の数を確認していた。数は上々。テーマパークのステージの上で行われた美希のライブイベ
ントには多くの人が訪れ、ライブ後のサイン会にも長い列ができていた。まだメジャーアイドルとまではいか
ずとも、今日のイベントで美希の知名度も上がってくれたことだろう。
「疲れたか、美希?」
「うん、もうヘトヘト……早くおウチに帰ってゆっくり寝たいの……あふぅ」
「ははっ、頑張ってたもんな、今日は」
 のんべんだらりとしていることの多い美希だが、今日は客の目が多かったこともあって、気を抜かずに頑張
っていてくれた。今日の客層に、自分よりも幼い子どもが多かったせいもあったのかもしれない。
「……ん?」
「あっ……」
 俺の耳が子どもの泣き声を拾ったことに気がついた瞬間、美希が前方を指差した。その方向には、紫色のト
レーナーを着た小さな男の子と、しゃがみこんで彼をなだめる母親の姿があった。天を仰いで泣きじゃくる子
どもの視線の先を追ってみると、上空に向かってふわりふわりと昇っていく緑色が見えた。
「風船が……」
「あの子、さっき、ミキの所に来てた……ねぇ、行こっ」
 遠めに見える少年に見覚えがあると思った途端に、美希がスーツの袖元を引っ張って俺を促した。あの子が
風船を無くしたらしいことは分かるが、イベントで風船はもう全て使い切ってしまっていたはずだ。
 代わりに風船を渡してあげることは、できるか分からないぞ。
 そのことを伝える間も無く、美希が大股で子どもの下へ歩み寄っていく。
「大丈夫?」
 美希が子どもの目の前でしゃがみこんだ。
「……ふうせん……ぼくの……」
 子どもの細い指が、茜色の天を指した。
「プロデューサーさん」
 美希が視線で訴えかけてくるが、俺には首を横に振る他無い。
「イベントが思った以上に盛況だったからな……。遊園地のスタッフが持っていれば、あるいは……だが」
 思い当たる節を頭の中で探るが、日の落ち始めたこの時間帯では、余り物も望み薄だ。
「すみません、先程この子がイベントで風船を貰っていたのですが……」
「うん、分かるよ。ミキがサインして、緑色の風船あげたの覚えてるから」
「あっ……そ、そういえば……わざわざ声をかけて頂いて申し訳ありません」
 ミキの姿を目に留めて、母親がお辞儀をした。美希に気がついたのは男の子も同じなのだろうか、彼の泣き
声がふっと止んだ。
「いえ、こちらこそ、足を運んでいただいてありがとうございます」
「すみません、この子ったら、さっきもらった風船を失くした途端に……」
「ふえ……」
 俺と美希と母親。三人の視線が互いの間に集中した時、泣き止んだと思った子どもがすぐにまたべそをかき
はじめた。座り込んだ美希が、困った表情で俺を見上げた。
「プロデューサーさん、どうしたら──あっ」
 翡翠色の瞳の奥が一閃したように見えた。何か思いついたらしい美希が、男の子の方へ視線を戻す。
「ミキのステージ、見にきてくれたよね。覚えてる?」
「うん、お姉ちゃんのお歌、聞いてたよ」
「あはっ、ありがとうなの。ねぇ、フーセン、失くしちゃったんだね」
 美希が優しく語りかける。
「うん……お姉ちゃんのフーセン、おウチに持って帰りたかったのに」
「そっか。……でもね、あの風船も、お家に帰りたかったのかもしれないよ」
「えっ? フーセンも、おウチに帰るの?」
「うん、そうだよ」
 突拍子の無い美希の言葉に、俺も母親も、息を呑んで成り行きを見守っていた。
「フーセンって、上に飛んで行くよね?」
 男の子は静かにうなずく。