THE IDOLM@STER アイドルマスター part2
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俺的千早。
@風船
「こういうイベント、懐かしいですね。如何でしたかプロデューサー。私、あのデパートでの
仕事の時より、上手く笑えていましたか?」
「はは、そうだな」
肩越しに、見上げるように視線を投げよこす千早の表情をみて、俺は言葉を選ぶ。帰り支度
を終えて、ドラムバッグに詰めこまれたステージの余韻が、千早の肩とストラップの間から漏
れ出していた。その自信ありげな空気を嗅いで、俺は、ちょっとからかってみたくなった。
「うん、まるでダメだった」
「ええっ。ど、どうダメだったのでしょう?」
俺の言葉面とはまったく逆の笑顔をみて、千早は目を白黒させている。意表を突かれた、と
いう顔に俺は安心した。良かった。テンションは完全に復調したな。次のオーディションは万
全の状態で臨めそうだ。
「上手いか下手かの評価で、だよ。今日の千早は、心から笑っていたからな。笑顔を作る技術
については零点。仕事の評価なら満点だ。聴く人を元気にする、最高の笑顔だったよ」
「も、もう! 紛らわしい言い方しないでください。でも、ありがとうございます。ふふっ、
確かに今日は楽しく歌えました。アニメの主題歌も悪くないですね。あの子達にとっては、
私の歌も大好きなアニメの一部であり、切り離せないもので……とにかく、大好きなんだっ
て気持ちが、ひしひしと伝わってきました」
「そうだな。聴く人があっての歌だ……おや? あれは……」
夕焼け空を見上げ、涙目で鼻をすする男の子と、しゃがんでそれを宥める母親らしき女性。
視線を追った先には、茜色の雲の間を往く空色の丸いものがひとつ。さっきの風船だ。
「……手を離しちゃったんだな」
男の子には見覚えがあった。歌の時に、一番前の列ではしゃぎすぎて、帽子が飛んじゃった
子だ。ちょうど2番サビを歌いきった千早が、ステージに落ちたそれを拾ってスタッフに渡し、
男の子に手を振ると、真っ赤になって手を振り返してしたのが印象に残っている。
「あの、プロデューサー。風船の予備は、ないのでしょうか」
「あるはずだけど……。機材はもう、あらかた撤収が終わってる。今からは流石に」
「そうですか……」
「ほら、あきらめて帰ろ。晩御飯、ハンバーグにしてあげるから」
「だって、だって、アスコルタの、ふうせん」
施設の運営事務所によって挨拶してから帰るつもりで、ここを通ったが……。このまま知ら
ぬ顔で、泣き止まない彼の脇を抜けるのは(俺は良くても)千早に拙い。
「千早、ちょっと俺、スタッフに頼んでボンベと風船だけ――って、おい、千早?」