「なんやねん、これは…ワシの名前とちゃうで」
男は名簿を見つめながら、そう呟いた。殺し合いに巻き込まれたこと以上の怒りが、彼の顔を覆いつくす。
「ワシの名前はぎゃんぐ おぶ ふぉぉーとちゃう。ワシの名前はErich Gammaや。
なんで、ぎゃんぐ おぶ ふぉぉーになってんねん。これやから日本弁しか喋れん奴は困るんや」
コテコテの大阪弁。いや、彼の場合はエセ大阪弁というべきだろうか。
ともかくも、癖のある日本語を喋りながら、スイス人エーリヒ・ガンマは渡された名簿に怒りをぶつけていく。
その怒りは、命を懸けた戦い以上に熾烈を極めているといえよう。
「それにな、お前ら知っとるんか? Gang of Fourってなぁ、4人組っちゅう意味やぞ。
なんで、ワシ一人やねん。他の3人はどないした。なんで、一人だけでこないなゲームに巻き込まれなあかんねんや」
うでを組み、中年男のエーリヒ・ガンマの愚痴はさらに続いていく。
「あぁ……せや、GoFでRalph Johnsonって奴おるやろ? あいつヤな奴やねんで?
知っとるか? あいつな、ワシより年上の癖に、ワシの寿司隠れて食うてもうたんよ。
始めて日本に来たときや……楽しみにし取ったのになぁ……回転寿司。
ワシの目の前にくるはずやった寿司を全部前の席のあいつが取ってるんや。しかも中身だけ。
セコイことこの上ないんよ。50過ぎのええ年したおっさんがやで?
初めて行った国で、皿の上の飯だけ食うて帰りよる……店に人に説明するの苦労したんやで? 下っ端のワシらがな」
それは、日本でデザイン・パターン本を読んでる我ら読者にとって驚愕の事実といってもいい。
というか、回転寿司って、アンタらみんな一流企業でいい金もらってんじゃないのか。まともな寿司屋行けよ。
それとも、誰も日本の寿司屋を説明しなかったのか……
回転寿司はな、金のない中流階級以下の人間が食べるとこだよ。アンタらが行ったらダメなんだよ。
「それになぁ、あのオッサン。GoFの中で一番上やから、いっつも偉そうにしてんねん。
まったく……殺すならワシやのうて、アイツにせーや」
……
衝撃的な事実だが、どうやら、GoFのメンバーには回転寿司を食べさせないほうが良いらしいということが分かった。
それと、エーリヒ・ガンマとラルフ・ジョンソンは一緒にしないほうが良いだろう。混ぜるな危険と言ったところか。
「……あ、それと……」
エーリヒ氏の愚痴はとどまるところを知らず、
「あ、いや愚痴はもうええねんけどな」
? 愚痴はもういい?
「さっきから日本弁喋ってるお前は誰やねん。何でワシの心境を三人称視点で語ってるんや。お前の視点やろ、読者が混乱するやないか」
あ、バレた。
そうです。今までの語りは全て私の視点。この私、大学でこの本を読んでる俺の視点なのです。
特技は三人称視点の物真似。まるで本物の三人称視点かのように語ることができますが、俺の一人称ッス。
あー、私は大学でGoF本読んでもいますけど、本職はSS書きなんで。そこんとこヨロシク。
「あのなぁ、どうでもいいけど、俺か私で統一せーや」
「あいや、でも大学生で俺・僕・私を使い分けてる人ぐらい珍しくないっすよ?」
「んなもん知らんわ、ワシが混乱する。何でもええから統一せえ。
あぁ、それとお前の名前は何や? お前だけワシの名前しっとるみたいで不公平やないか」
確かに、私だけエーリヒ氏の名前を知っているのは不公平というもの。
それにこんな場所とはいえ、著名人のエーリヒ氏に出会えたのだ。名ぐらい名乗っても、おかしくあるまい。
しかし、私の名前は……
「な、名前ですか?」
「なんや、さっき一人称語りで色々言うとったけど、ゆえへん事情でもあるんか?」
「え、いや……名乗れないわけじゃないんですが、まだしばらくお待ちいただければと……」
「しばらくって何や、何時間何分何秒後や?」
「では、5時間6分7秒後で」
「なんやそれ、ふざけとんのか……まぁええわ。どうしても名乗りたないんやったら仕方ない。
しかし、お前はワシの名前を知っとるんやろ? どこで知った?」
「もちろん、有名な著作を勉強中にお聞きしました」
「ほう? Design patternの勉強しよるんか。関心やなぁ」
「えぇ、先生の教えを守るため色々と……まー、まだ簡単な唯一性を保障する方法ぐらいしかできませんけど」
「Singleton patternか? あれも難しいねんで。実装が簡単な分、使いどころを間違えやすい。
素人はみんなInstanceが一つやとSingleton patternやゆうて使いよる。
使うとこちゃうやろ、って言いたなるような場面でも使いよるんや」
な、なんと、成り行きに任せてGoFの一人に直接デザインパターンを教わることができるのか俺。
これって、まさかして……ラッキー? 殺されそうでラッキーってありえないけど、でも、ラッキーじゃね?
「で、では先生はシングルトンパターンをどのような場面で使うべきだと」
「ん? シングルトンパターン? 何言うとんねん。わしが言うてるのはSingleton patternやぞ?」
「え……ですから、シングルトンパターンですよね……インスタンスの唯一性を保障する……」
「唯一性を保障するんわSingleton patternや。シングルトンパターンとちゃうで」
「え……ですから、その……エーリヒ先生。いったい、何を……」
「あぁ、あとさっきからそのエーリヒって誰やねん。ワシの名前はErichやぞ。人の名前間違えんなや」
え? あれ……何いってんの?
「で、ですから…エーリヒ先生……」
「Erichや」
「エーリッヒですか?」
「ちゃう、Erichや」
「エリッヒ……ですか?」
「ちゃうわ……ぜんっぜんちゃうわ。何やお前、人の名前もよう喋らんのか?
これやから日本弁しか喋れへんやつは困んねん」
「いや……その……」
「ええかお前な。ワシはコテコテのSchweizerやぞ。なんで日本弁の発音で喋られなアカンねん」
え、でも……
日本人はカタカナで発音するしかないわけで……エーリヒさんで良いんですよね。
「よくないから何度もErichやゆうとるんやろ」
「……」
いい年して、へんなとこに拘り過ぎじゃないかこの人。
「それとな、さっきお前。シングルトンパターンとか言うとったろ?
Instanceの唯一性を保障するんわSingleton patternや。お前、何勉強しとったんや?」
「で、ですから……貴方たちが作ったデザインパターンを……大学で……」
「何やソレ? わしが作ったんわDesign patternやで、デザインパターンなんか知らんよ」
えええーええええ!!!
ひょっとして、この人カタカナ言葉大嫌いなのか!!
っていうか、ついさっきまで通じてたよね。カタカナ言葉通じてたよね。
「日本弁喋るやつは言葉も分からんから嫌いや……あぁせや、しゃーないからワシがDesign patternの日本弁訳作ったるわ」
「え、いや……その……」
「日本弁訳は……為五郎、タメゴロウでどや?」
「欠片もデザインじゃないし、パターンじゃないから。ってか、なぜ人名」
「Singleton patternは四十路の嫁無や。唯一性が保障されそうやろ」
「そんな嫌味な和訳聞いたことねーよ!!」
な、なんてことだ。
高名な先生が、こんな変態だったとは……だが、こんなことにこだわっていては、自身もシングルトンパターンになってしまうのではないか。
俺はエーリヒ先生に対して、そんな疑念がわきあがるのを止められない。
「……なんやワレ、何が言いたい?」
「……い、いえその……申し上げにくいのですが、先生は四十路突入時、どのような方だったのかと……」
「アァン? まさかお前ワシが嫁無やとか思うてんのとちゃうよな?」
「あ、いいえその……」
いい年して、妙なこだわりを持つ男がモテるとは到底思えない。それは古今東西どこでも同じはずだ。
ひょっとして、この人の独身はイミュータブルより固いんじゃ……
「あーーん? お前人に喧嘩売っとるんか???」
「すいません、失礼を承知で聞きます。先生の股間は彼女とアダプターパターンしたことがありますか?」
「……っ!!!!! 殺す、テメーは絶対に殺す!!」
あ、あれ?
おれひょっとして今、本気で失礼なこと言ってる?
刹那、エーリヒ先生からマシンガンのような何かが飛んでくる。
顔面に当たったソレが……
「わしの拳はimmutableより硬い!!」
拳だと気づいたのは、先生の発言を聞いたからだ。
「独身で何が悪い。ITを支えた基礎研究者がSingleton実践して何が悪い。
ワシの股間はAdapterしたことないけど、わしのPrototypeなら毎晩コピーしとるぞ」
本気で申し訳ないことを言った、そう思った俺に23の殺人パターンが決められたことは言うまでもない。
「Adapter patternが何や、あれを作るんは反対したんや。勝ち組のあほぉーーー!!」
叫ぶErich Gamma。
彼の魂の叫びは、実に日本人男性の6%が理解できるという。
そんな中、大学でこの本を読んでる俺の意識は、徐々に薄れていった。
【大学でこの本を読んでる俺@Java言語で学ぶデザインパターン入門 死亡】
【ぎゃんぐ おぶ ふぉぉー@Java言語で学ぶデザインパターン入門】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式は未確認
[思考]
基本:日本弁、カタカナ語を話す者全てが敵だ。彼女持ち嫁持ちはもっと敵だ。
1:Singleton patternを貫く。
備考:GoFの一人Erich Gammaが召喚されたようです。他の3人については不明です。