【三題使って】 三題噺その2 【なんでも創作】

このエントリーをはてなブックマークに追加
429【夜明け】【船】【侍】 1/2
【夜明け】【船】【侍】

 いま俺は、交換留学が盛んな大学の学園祭『 日本文化研究会外国人部主宰コスプレ喫茶 』
なる場所にいる。目的は当然、外人さんのコスプレを見る、写真を撮るためだ。
喫茶店厨房スタッフの中には日本人がいるようだが、たぶん客としての日本人は俺だけのようだ。
 コスプレが好き。というより、露出度の高い服を着た姉ちゃんが好きな俺。
「 人前でそんな服着て、恥ずかしくないのか(にやにや)」と萌えるのがいいのだ。
25歳独身。このくらいの性癖は別に珍しくも何ともないはずだ。
 怪しい人と思われたくないので正攻法でいく。ミニスカメイド姿の金髪のお姉ちゃんに飲み物を
注文する。写真を撮っていいですか?とたずねる。イイデスヨ!とミニスカメイドは言う。
そして意味不明な言葉が俺の頭上を飛び交う。
 ……素晴らしい、素晴らしすぎる。俺は言葉を失った。6人のコスプレ外人が揃い踏みした。
ミニスカメイド、丈の短い浴衣女、振袖の女、ラムちゃん、サンバ女、不知火舞。
容姿が残念な人は一人もいない。ラムちゃんは若干太めだが、他の人がスタイルがいいだけで単独で
ならまったくもって許容範囲だ。素晴らしい。
 早速俺はデジカメで撮り始めた。外人さんたちはノリが良く、頼んでもいないのに勝手にポーズを
とってくれる。15枚ほど写真を撮ったところで1人2人と外人さん達は俺の席を離れていく。
サンキューありがとう。と言いながら手を振る俺、笑顔で手を振り帰してくれる外人さん達。
 アイスコーヒー1杯では申し訳ないので、ミニスカメイドにオレンジジュースを頼み、席で待つ。
ここにきて15分程度だがすでに大満足。ジュースを飲みきったら頃合をみてここを出ようと思って
いた所へミニスカメイドがやってきた。そして隣には相撲取りの琴欧州を細くしてさらにカッコよく
したような長身の男がいた。

 刀に脇差、着流しスタイル、しかも草履、長髪を後で束ねている。青い目と髪の色を除けば
立派な浪人風情の侍コスプレだ。大学の講師かなにかだろう。落ち着いた感じで学生には見えない。
何故か片手に日本酒の一升瓶を持っている。そして流暢な日本語で喋りはじめた。
「 拙者、サムライに憧れて仏蘭西から船で渡ってきたジャンと申す。ぜひ、ご一献お付き合い
 願いたく伺った次第でござる。お代は結構。ささっ、まずは一杯 」
え? いや、何? と動揺している俺に構わずニコニコしている2人の外人さん。そしてミニスカ
メイドが見るからに安物の小ぶりな升を俺に指し向ける。
「 ……。かたじけない 」
情けなくも笑顔のミニスカメイドに見つめられて思わず升を手にしてしまう俺。ジャンは俺の升と
自身の升に酒をつみ、嬉しそうに升を高々と上げる。
「 乾杯! 」「 ……乾杯 」
ジャンの勢いに負けて思わず乾杯してしまう。土日連休の初日だから飲んでも問題は無い。ただ、酒は
好きだが午前11時からのいきなり日本酒はきついものがある。ジャンは一息で升を空にしたが俺は軽く
口をつけた程度でごまかした。
「 よろしければ、お名前をば…… 」
「 あ、すまん。拙者、安藤と申す 」
ジャンの口調につられて俺も変な喋り方になる。ミニスカメイドがつまみを持ってくる。笹を敷いた
皿にサラミ、チーズ、クラッカーが乗っていた。日本酒のつまみじゃねーだろ。と心の中で苦笑する。
「 拙者、宮本武蔵に憧れておりまして 」
「 あー、カッコいいっすね 」
はっきり言って宮本武蔵のことは分からない。バガボンドを読んだのと有名な決闘のエピソードほどだ。
そんな適当な俺に対し、ジャンは熱く語ってくる。聞き上手と言うほどでもないが、適度の相槌、質問、
自分の考えを言ってれば、それなりに会話は続く。
 ジャンはぐいぐいと日本酒を煽っている。それでも表情はほとんど変わらない。俺はというと升酒
2杯目でほろ酔い状態だ。ジャンとの会話は別に苦痛ではない。ちょっとした勉強になる。
それよりもなによりも、ジャンと一緒にいるからかコスプレ外人さん達が気を使ってくれるのだ。
時々俺達のいるテーブルに座っては一緒に話をしたりする。サンバ女やラムちゃんは、目のやり場に
困るほど露出度が高いのに本人は平然としている。
ジャンありがとう。お主のおかげで姉ちゃんじっくり見ることができたよ。と不埒なことを考える。
430【夜明け】【船】【侍】 2/2:2009/09/01(火) 06:47:17 ID:fi4VUZ8r
 ジャンとの会話が途切れる。ここに来て1時間半程になる。そろそろ俺的にはお開きの時間だ。
ジャンも場の流れを察したのだろう、ゆらりと立ち上がり俺に言う。
「 安藤殿、日本刀に興味はござるか? 」
「 いや、俺、拙者はあまり…… 」
ちょっとだけジャンは寂しそうな顔をする。でもすぐに笑顔になり俺に言う。
「 安藤殿、拙者の模造刀を見てもらえぬか 」
そう言うなりジャンは俺に刀を差し出した。断る理由も無いのでおれは刀を受け取った。
日本刀は俺の想像よりもずっと重い物だった。ジャンに促されるまま鞘から刀を抜く。模造刀とはいえ
はじめて生の日本刀を見る俺にとって、それは異様なほど迫力のあるものだった。
「 ……凄いな。模造刀でも圧倒される 」
ずしりと重い刀を慎重にジャンに手渡す。ジャンはなれた手つきで鞘に収める。そして言う。
「 私も人のことは言えませんが、自国の過去の文化を知らない若い人が少なくないような気がします…… 
 新しい文化も大切ですが、過去の文化を学ぶのも、いけないことではないと思います 」
ジャンの言葉がちくりと刺さる。さすが日本文化研究会、こんなオチがあるとは夢にも思っていなかった。
ジャンが日本文化オタなだけだろ!と思いつつも軽く落ち込む。俺を見てジャンは明るい声で言う。
「 安藤殿、みんなで記念撮影しましょう! 」
ジャンが外国語で大声を出すとジャンと俺の周りにわらわらと人が集まってくる。俺はミニスカメイドに
デジカメを託しサンバ女とラムちゃんの肩に手を回した。ジャンもサムライ姿がウケているのか多くの人と
一緒にカメラに収まっていた。

 コスプレ喫茶を出た。最後にジャンに挨拶したかったがどこかに消えてしまったので諦めた。
当初の目的を遥かに超える収穫があった。女の子見放題、写真撮り放題。家に帰ったら早速パソコンで
編集だ。
そして、ジャンに言われたとおり、確かに俺は日本の文化、歴史を理解していない。一般常識レベルの
ことすら分からないだろう。だからといって、がむしゃらに文化歴史を勉強する気は無いが、月に
1回か2回は図書館にでも行って簡単な本でも読んでみようかなという気にはなった。

 とりあえずジャンが熱く薦める宮本武蔵「五輪の書」でも読んでみようか。と、ふらふら歩いてたら
「 安藤殿! 」
と背後から俺を呼び止める声がした。振り返るとジャンがいた。相変わらず侍コスプレだ。
「 あ、先ほどはどうも。いろいろ勉強になりました 」
喫茶店からの帰り際、挨拶できなかったので大げさにならないよう軽く礼を言った。
「 いやいや、こちらの方こそ感謝しております。ところで安藤殿、明日はお忙しいですか? 」 
「 えーと、忙しいといえば忙しいですが、暇だといえば暇です 」
俺は適当に言葉を濁した。暇という言葉に反応したのかジャンは笑顔で言う。
「 私は明日、夜明けとともに『 中国文化研究会外国人部主宰 飲茶倶楽部 』という場所にいますので
 ぜひ遊びにいらしてください。
 明日は紹興酒でも飲みながら、始皇帝や三国志について大いに語りあいましょう。それでは失礼します 」
( は? 何それ? )
言葉に出来ず、あんぐりと口を開けて固まってしまった俺を置いてけぼりにしてジャンは去っていった。
ジャンよ、お主は宮本武蔵命じゃなかったのか?日本大好きじゃなかったのか?ていうか単なる酒好きか?
いろんな思いが頭の中を駆け巡る。とりあえず開いた口をなんとかふさいで苦笑しながら俺は家に帰った。

 翌日、俺は『 中国文化研究会外国部主宰 飲茶倶楽部 』に突撃した。
昨日、俺のデジカメで撮った写真を一枚ずつプリントし、画像データーを焼いたCD7枚を持参した。
ちょいと「 誠実さ 」をアピールしたかったのだ。ジャンに会ったあとコスプレ喫茶に向かう予定だ。
そして当然、ジャンへの手土産も忘れない。ジャンが俺の手土産「 スーパーで売ってる普通の粒納豆 」
を肴に酒を飲めるようなら、俺はジャンを認めようと思っている。
「 ニーハオ 」
店内に入り見渡す。むこうも気づいたのだろう、いかがわしい仙人のような姿をしたジャンが俺を手招きした。


おわり