故郷の火山が活性化したと人づてに聞き、ようやっと故郷へ帰ったのは三月中旬の事だった。
実家は妹夫婦だけが暮らす簡素なものであるが、もしも噴火が避難の必要な規模であれば援助が欲しいはずだ。
最低限の旅荷を抱えながら、なだれ込む勢いで実家の扉を開けた私の目に最初に入ったのは、おかしな格好をした旅の男であった。
「……どちらさんで?」
「……そちらこそ」
どちらからともなく睨み合う形になった。見れば見るほど怪しい男である。
年齢は三十代半ばほどであろうか。額は広く、落ち着いた理性的な目をしているようにも見える。
おかしな格好と表現したのは、その服装の色使いの感性を示したものだったのだが。よく見ればそれは知識階級風の――しかもかなり上等の誂えだ。
こんな田舎町に、知識階級風の旅装の男。不自然だ。怪しいにも程がある。
「…………」「…………」
そんな私達の竦みを解いたのは、呆れたような妹の声だった。
「……兄さん。帰って来てくれたと思ったら、何やってんのよ……」
「おお、ただいま妹よ。
そんな事より、この男は何者だ?」
「何者かとは失礼な! 私は今まさに噴出する彼の火山を個人的に調査しに来た者だ!」
「なるほどな。だが、お前には聞いてない!」
「何を!」
「二人とも静かにしなさい!」
妹に一喝されてしまった。
どうやら、この噴火で町の宿が軒並み閉まってるらしく、そこでしばし部屋を貸しているらしい。
しかし……どうもこいつは子供が出来てから気が強くなった気がする。
「ですがこの感じ――実に懐かしい。
いやぁ、妹というのは良いものですなぁ」
「一応言っておくが、お前の妹じゃない」
「わかっております。実は私にも妹がおりましてね」
「ほう。それは良かったじゃないか」
「ですが……十年ほど前に先立たれまして」
「うわぁぁぁぁん!
妹よ! この哀れな方に食事をお出しするのだ!」
「この……シスコンども……」
私と男は一晩中、至高の妹について語り明かした。
あたかも数十年来の友と再会したような心地であった。
「妹は素晴らしい!!」
「妹最高!!」
「……ですが、姪っ子もそれはそれで良いものだと思いませんか?」
「このロリコンめ!! だが、我同意せり!!」
妹一家が同じ屋根の下にいるのも忘れて盛り上がった。
次の日、家を追い出された。
「いやあ、はははははは! ……はぁ」
「正直はしゃぎ過ぎました……申し訳ない」
「だが! これで俺とお前は親友になったんじゃないか!!
……と、そういえばまだ旅人さんの名前を聞いていなかったな」
「ああ、そうでしたね。私は……」
「……ゲーテ。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテと申します」
それは1787年3月の事。『イタリア紀行』では語られざる、旅の小さな一幕である。