少し古いけれど、割と綺麗に手入れされているマンションの一室に、奈美は住んでいる。
閑静な住宅街にたたずんでいる五階建てのマンションで、奈美の部屋は二階にある。
最上階の方が見晴らしがいいのに、と俺が言ったとき、二階は家賃が安いから、と奈美は言っていた。
そんなやりとりを思い出しながら、俺は二階へと続く階段を上った。二階なら階段を使った方が早いのだ。
来る途中に買ったケーキの箱が、手元でカサコソと、どこか怪しげな音を立てていた。
206……。奈美の部屋だ。突然の訪問を、奈美は迷惑に思い、門前払いしようとするだろいか。
それとも、本当は強がっていただけで、こうして訪ねてきたことを喜んでくれるのだろうか。
俺は後者であることを願いながら、インターホンを押そうと、手を伸ばした。
と、そのとき、中で子供が暴れているような物音がしたように感じた。
誰か来ているのだろうか。もしかして……。ふと嫌な予感が頭をよぎった。
あれだけ語調を強めて来るなと言っていたのは、他の男が来る予定だったからではないのか。
しかも、そいつが子連れの男だとしたら……。俺は激怒するだろう。奈美もそれは予想できていたはず。
背筋に、言いようもなく不快な寒気が走った。奈美はかなり均整のとれた顔立ちをしているし、艶やかで長い黒髪が顔の魅力を一層引き立てている。
男からの誘いは、彼氏がいる今でも少なくないのではないか。
嫌な予感が胸の内で膨らみ、次第に心を圧迫しだした。
ドアが開くのは待てない。入ろう。
俺は意を決して、ドアの取っ手に手をかけた。