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555HANA子 ◆c6PZzYalbM
「ペンギンを捜して欲しいんです」と事務所に入ってくるなり、その女は俺に向かって言った。
「ペンギンなら動物園にいくらでもいるんじゃないかな、マダム」
「そのペンギンではありません!」と不満気に女は言葉を続ける。
「いなくなった、私のペンギンを捜していただきたいのです!」
俺は冷静に問い返した。なんで俺にそんなことを頼むのか、と。
「だって貴方、有名な“動物捜し屋”さんなんでしょう?」
違う。断じて違う。俺は私立探偵なのだと、俺はハードボイルドっぽく、呻いた。

話を要約すると一月程前に行方をくらませた番いの温帯ペンギンを捜してほしい、ということだった。
「警察はマトモに相手さえしてくれませんでしたわ」
「でしょうね」
「あの子達は私の家族も同然だというのに!」
「それはそれは」
車の中に彼女の恨み節は続いた。だが、それ以上にペンギン夫婦を心配する言葉が続いていた。
愛車キャロルの中に品のいい香りが満ちる。趣味のいい香水だ。シャネル……アリュールあたりだろうか?
「もう、私にはあの子たちしかいないのです」
「あの子たちしか、とは?」
「私にとって、彼らが暖かい日々の思い出の残滓、遺された最後の家族だということですわ」
なるほどと俺は首をすくめ、俺の失礼な仕草を見咎めた彼女の瞳に険が混じる。
「いえ・・・・・・、要するに──」
右手でハンドルを握り、左手でポケットを探る。あった。一本を人差し指と親指で取り出して咥える。小指と薬指はライターだ。
あぁ、やっぱりタバコはベルメルにかぎる。
「要するに、周りにしつこく反対され、イヤミと文句に満ち溢れた結婚ではあっても貴女達は幸せだった。長くは続かなかった日々だったとしても」
「私の主人のこと、ご存知だったんですか?」
「新聞のお悔やみ欄には必ず毎日目を通すことにしているんでね」
「職業柄、ということかしら」
「いや、単なる趣味さ」
嫌な趣味をお持ちなのですね、と言って彼女はようやく静かになった。

屋敷は想像通りでかかった。こちらですと俺を案内しようという彼女を俺は制止する。
結構と言う俺に彼女は「え?」と短く驚きの言葉を吐いて振り返り、俺を見返した。
「案内するのは俺の仕事さ。そのために俺のところに来たんでしょう?」
「えぇ、でも・・・・・・」
「答えはもう見えている。あんたはそれに気がついてないだけさ」
屋敷の正面玄関に止めた愛車から降りて、俺はスッと歩き始めた。俺は振り返らない。
ヤレヤレ、正に別世界だぜ。思ったとおり東側に林があった。藪が茂りつつあるがいい林だ。
「こんなところに何が?」
俺は答えない。答えを見出すのは彼女自身だ。日の差す場所、木の間隔、落ち葉、地面の傾斜・・・・・・あの辺りか。
俺は手を差し伸べ、彼女の視線を目当ての場所へと誘った。
「ここからでも見えるはずだ。・・・・・・あの大きめな木の根元の部分。洞のようになってる、そこだ」
「あの子たち・・・・・・」
それは大木の洞を守るペンギンの姿だった。
「温帯ペンギンの種類には森の中で産卵と子育てを行うものがいる。1月から3月──ちょうど今の頃に」
俺はしゃがんで土を握った。
「いい土だ。木々もいい。手入れがしばらく滞っていたのが却って彼らには良かったんだろう。巣を作るのにはいい環境だ」
「でも、屋敷の飼育室の方が環境はもっとずっといいはずなのに・・・・・・」
「どうかな」
俺は再びベルメルをポケットから出し、火を点けようとして──やめた。
「それは自分で決めることだ。幸せか不幸せなのか、なんてことを決めるのも自分自身だってことと同じに」
身を翻す。どうやら仕事は終ったようだ。
「彼らは自分達が明日を過ごす居場所を決めたらしい。彼らを家族だと言っていた、あんたはどうなのかな」
「私・・・・・・?」
「さぁて、生きることは辛いことだとか訳知り顔に言う奴は多いが・・・・・・生きていくってのはそう悪いモンでもないはずさ」
なぜなら、と俺は言った。喋りすぎだった。ちくしょう、やはり俺はまだハードボイルドには程遠い。
「あんた自身が言ったことだ。あんたには見守るべき家族がいるじゃないか。まだ、あそこに」
「私の家族・・・・・・」
「家族を見守るってのは、明日の喜びを見出すには十分な理由なんじゃないかね?」
返事はなかった。ないのが返事だった。
ヤレヤレ。心配は必要ないだろう。彼女の目には強い光が灯っている。
俺は私立探偵、人生相談は柄じゃない。ただ、たまに“動物捜し屋”として借り出される──それは意外と板についてるようだった。