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「ほらぁ、早く来ないと置いてくわよっ!!」
まるで子供のようですね──喉まで出かかった言葉を僕は危ういところで飲み込んだ。
こんなこと、口にでもして、もし聞かれでもしたら大事になってしまうに違いない。
それにしても……、
「元気ですねぇ」
「あったりまえでしょ!」
姫様の返事は単純明快だ。
「祭がわたしの優勝を今や遅しと待っているのよ!」
やれやれ。まだ始まってもいない祭に、もう優勝した気になっておられるのか。
とはいえ、そのお言葉は非常に簡潔に──まったくもって的確に──姫様のお人柄を説明しているようなものだ。
「さぁ、今日中に次の次の宿場街までは足を伸ばすんだからね! 若々しくサクサクと駆け足で行くわよっ!」
荷物が満載のバックパックを背負い直し、待ちきれずに駆け出した姫様を追いかける。
そうしながら、僕はあの日のことを思い出していた。ほんの五日前のあのことを。

「お召しと伺い、参上いたしました」
目の前の方はよく来てくれました、と丁寧にお出迎えしてくれた。それだけでなく、自ら手をとって応接間へとお誘いくださったのだ。
誰あろうこのシュベルトラウテ王国、我が祖国の国母様が、だ。
「勉強は進んでいますか? 確か飛び級で王立大学院に進んだと聞きましたが」
「はい、おかげさまをもちまして。毎日修練と勉学に励んでおります」
ティーセットを持ってきた侍女を下がらせると、王妃様はそっとお茶に手をおつけになった。
美しい方だった。側の花瓶に生けられたティベリアの花の瑞々しささえ色あせて見える。
どんな人間であろうと、お力になりたいと思わずにはいられない美しさだ。
そうだ、僕は例えどんな難題であろうとも“お力になろう”と決意して参内したのだ。
「なぜ、私が貴方を呼び出したのか……明晰な貴方なら見当はついているのでしょうね」
はい、と頷いて僕もティーカップを置いた。いい香りだ、アトン産のホンブロウだろうか。
王妃様は少し気が進まないかのように瞳を伏せて憂いの色を浮かべた。
「一ヵ月後に迫ったヴァルキュリウルの聖誕祭に関してでしょうか」
より一層憂いの色を濃くした王妃様の様子に僕は自分の予想が間違っていなかったことを確信した。
「つまり、姫様が」
王妃様の頭が縦に振られた。

それは300年前のイスカリオの受難に端を発する祭だ。
地獄から這い出してきた鬼を追い返した16人の戦乙女たちを称える大きな祭。大陸交易の中心、水の都アリスで4年に一度行われるその祭のクライマックスは戦乙女たちの戦う姿を神殿に奉納することで迎える。
つまり、大陸各地から集まった選りすぐりの力自慢の女性たちが最後の戦乙女「ファルフェルール」の称号を受ける……要するに優勝することで終るというわけだ
参加要件は女性であることのみ。
「少年老いやすく、一瞬の光陰軽んずべからずよ! さっさと走る走る!」
この、元気に人の皮を被せて生まれてきたような姫様が見過ごすようなイベントではないというわけだ。
それにしても、と思う。

「しかし、此度の聖誕祭には暗い影が見え隠れしているのです」
王妃様は仰った。
「東の都市国家連合の大商人たちだけではありません。北のベルゲルミア、南方諸国、西の共和主義者も何かしらの動きを見せています」
それならば聖誕祭はともかくとして、ヴァルキュリウルの奉納試合は中止にするべきでは?
王妃様はかぶりを振られた。
「それはできないのです。なぜなら──」

「はやく来なさーい! あと十秒で追いつかなかったら死刑だからねっ!」
やれやれと言わざるを得ない。とはいえ死刑にされては堪らない、僕は少し駆け足を早めた。
──参加者の側からアリスに入り、聖誕祭の影にうごめく陰謀を未然に阻止すること。そして、できることであるならば……。
その時、僕は最後まで王妃様の言葉を聞かなかった。王族の方の言葉を途中で遮るだなんて不敬もいいことなんだけど。
「ほら三十秒の遅刻。これはもう死刑確定よねっ」
笑う姫様に僕はやれやれと苦笑した。
まったく人の苦労も知らないで、とは言わない。貴女に僕の苦労だなんて気がついてほしくはないのだから。
それが僕の使命だ。王家に仕える騎士でもなく、神に仕える神官戦士としてでもない、僕自身が決めた僕の使命。
『王妃様、自分は誓い申し上げます。姫様を守り、聖誕祭の影にうごめく陰謀を未然に阻止することを』
祭まであと一月。前途に漂う暗い影にとうの姫様は気付いていない、僕は知っている。だから、
「死刑でもなんでも、何があろうと僕は姫様のお側に」
それが、戦乙女ならぬ僕の戦いなのだ。