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332 ◆c6PZzYalbM
ねぇ、わたしのこと、すき?
わたしのこと、ほんとうにすき?
ぜったいに、すき?

「あぁ、大好きさ」

そこは、約束の地、だった。
湧き上がる歓声は彼らの主を称える歌であり、
曳かれてくる生贄を迎える鎮魂歌であった。

「お時間です」
そう言って扉を開け放った男の顔には見覚えがあった。
「君か」
最敬礼をとろうとする彼を制して、僕は両の手を差し出した。
「さぁ、手枷をしてくれたまえ」
「閣下に手枷など必要ないでしょう」
「必要はあるさ、私は罪人だ」
「そんなこと……ッ」
こらえきれない様子で彼は目を逸らした。その仕草には演技などは感じられなかった。
あぁ、そのように思ってくれる人間もいてくれるのか。
ならば、なおのこと思い残すことはない。
「よいのだ、私は国家に弓引いた国賊である。君も軍人ならば職務を果たしたまえ」
鉄の手枷は思っていたよりも重く、手首に酷く食い込んだ。
牢からの地下道は暗く、狭く、ジメジメとしている。
そこを一歩進むごとに声が大きくなってくる。
不思議なものだ、数多の戦場を駆け巡ってきた自分がその歓声に恐怖している。
この先に、自分の死を歓呼の声で待っている者達がいる。
それを思うと心が折れそうになるのだ。
出口の光が大きくなるたび体がすくむ。
「……だけど」
ついこぼれてしまった言葉に先導する彼が振り返る。
なんでもないさ、そう微笑むと不思議に脚の震えが少し収まった。
この道の先には彼女がいるのだ、もう少しの辛抱だ。
彼女の事を思うといつも力が沸いてきた。
彼女の笑顔は優しかった。
彼女の歌はとても素敵だった。
彼女は勇敢だった、けして涙をみせなかった。
彼女は僕のようには逃げ出さなかった。
僕は彼女に恋をしていた。

地下道を抜け、僕は約束の地に立った。
歓声はまるで棍棒のように僕の身体を叩きのめす。
僕を待つのは真新しい断頭台。
立ち止まらずにあそこまでいけるか? 叫び声をあげずにあそこまでいけるか?
心配はいらない。
コロッセウムの上座の頂点、そこに僕は彼女の姿を見つけていたから。

ねぇ、わたしのこと、すき?
わたしのこと、ほんとうにすき?
ぜったいに、すき?

「あぁ、大好きさ」

視線が絡んだ一瞬、その一瞬僕たちはあの頃に戻っていたようだった。
彼女が手を上げる。
僕は顔に被せようとされた黒布を拒んだ。
見つめていたかったのだ、彼女を。
その手が振り下ろされる、最後の一瞬まで、彼女を。