ねぇ、わたしのこと、すき?
わたしのこと、ほんとうにすき?
ぜったいに、すき?
「あぁ、大好きさ」
そこは、約束の地、だった。
湧き上がる歓声は彼らの主を称える歌であり、
曳かれてくる生贄を迎える鎮魂歌であった。
「お時間です」
そう言って扉を開け放った男の顔には見覚えがあった。
「君か」
最敬礼をとろうとする彼を制して、僕は両の手を差し出した。
「さぁ、手枷をしてくれたまえ」
「閣下に手枷など必要ないでしょう」
「必要はあるさ、私は罪人だ」
「そんなこと……ッ」
こらえきれない様子で彼は目を逸らした。その仕草には演技などは感じられなかった。
あぁ、そのように思ってくれる人間もいてくれるのか。
ならば、なおのこと思い残すことはない。
「よいのだ、私は国家に弓引いた国賊である。君も軍人ならば職務を果たしたまえ」
鉄の手枷は思っていたよりも重く、手首に酷く食い込んだ。
牢からの地下道は暗く、狭く、ジメジメとしている。
そこを一歩進むごとに声が大きくなってくる。
不思議なものだ、数多の戦場を駆け巡ってきた自分がその歓声に恐怖している。
この先に、自分の死を歓呼の声で待っている者達がいる。
それを思うと心が折れそうになるのだ。
出口の光が大きくなるたび体がすくむ。
「……だけど」
ついこぼれてしまった言葉に先導する彼が振り返る。
なんでもないさ、そう微笑むと不思議に脚の震えが少し収まった。
この道の先には彼女がいるのだ、もう少しの辛抱だ。
彼女の事を思うといつも力が沸いてきた。
彼女の笑顔は優しかった。
彼女の歌はとても素敵だった。
彼女は勇敢だった、けして涙をみせなかった。
彼女は僕のようには逃げ出さなかった。
僕は彼女に恋をしていた。
地下道を抜け、僕は約束の地に立った。
歓声はまるで棍棒のように僕の身体を叩きのめす。
僕を待つのは真新しい断頭台。
立ち止まらずにあそこまでいけるか? 叫び声をあげずにあそこまでいけるか?
心配はいらない。
コロッセウムの上座の頂点、そこに僕は彼女の姿を見つけていたから。
ねぇ、わたしのこと、すき?
わたしのこと、ほんとうにすき?
ぜったいに、すき?
「あぁ、大好きさ」
視線が絡んだ一瞬、その一瞬僕たちはあの頃に戻っていたようだった。
彼女が手を上げる。
僕は顔に被せようとされた黒布を拒んだ。
見つめていたかったのだ、彼女を。
その手が振り下ろされる、最後の一瞬まで、彼女を。