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325 ◆c6PZzYalbM
人は、失ってはならないものを失ってしまった時、どうなってしまうのだろうか。
目を背けることすら許されない罪を負ってしまった時、人はどうすればいいのだろう。

「兄さま、寒い。とても……寒いの」
込み上がる自身の熱とは裏腹に、その小さな体はどんどん、どんどんと体温を失っていく。
「兄さま、どこにいるの? 兄さま──どこにもいかないで」
抱きしめる以外に何ができるだろう。その名前を呼び続ける以外に何ができただろう。
息がつまる。鼓動が高鳴る。喉はもうずっとカラカラだ。頭の芯が凍りついたように痺れていた。
寒くて、熱かった。
苦しい、痛い、苦しい、痛い、痛い、痛い──耐え切れない痛みにこうも苛まれているのに、なぜ僕はまだ生きているのだ。
「兄さま……」
言葉はそこで途切れた。
「あぁ……」
兄に何と伝えたかったのだ? 彼女は何も答えない。彼女はもう、何も答えない。
これが報いか。これが僕の犯した罪への罰か、報いなのか!
「あぁ……」
炎の蛇が舌をめぐらし、総てを緋色に染めていく。
崩れ行く尖塔が、押し潰される庭園が、突き崩される城壁が緋色の染められていく。
見ているしかなかった。見ていることしか出来なかった。
僕は!
「うわああああああああああ──────────ッ!!」

宝暦1244年、大陸交易の中心に位置するイスカリオ王国は突如出現した“異界のモノ”によって一夜にして消え去った。
麗しき水の都、女神の祝福を受けた王都アリスの今の姿を語る者はいない。
分かっていることはただ一つ。
尊厳者の月(8月)2日の夜に何かが起きた。
ただそれだけ。
王都に住まう数万人の人々は?
イスカリオの国王は? 王妃は? 王女は? そして、王国200年の歴史において、最も愛され、最も慕われた王子。
彼は、今、どこに。

酒場の隅で銀のブローチをいじる男──フードを目深に被っていても、それはまだ少年らしさを残した若者だということがわかった。
ガタン。
立て付けの悪い扉を蹴飛ばすように飛び込んできた男は一直線に若者の元へと走る。
「わかりました。この街より20里、白龍山脈はテロン山の中腹に庵があると」
壮年の男は他に客がいないにも関わらず、相手以外には誰にも聞き取れない小声でささやくのだ。
「テロンか──天険の地と聞くが、どうか?」
「案内と荷物持ちに強力を幾人か雇わずばなりませぬ。が、しかし……」
何も言わず若者はローブの下から手に握った銀のブローチを差し出した。
「売ればそこそこの金にはなるだろう。よしなにせよ」
「しかし──!」
反論しようとする男を若者は尋常でない威厳で二の句を告げさせない。
「よいのだ、亡くなってしまった国の継承の品。今となっては金以外の価値などはない」
若者は悔し涙を流す彼の忠臣の姿をただ、見ていた。
こうなってしまってもなお忠義を示す。その存在はありがたかった。
だけど、それ以上に辛かった。
「行こう、辺境伯」
席を蹴って若者は立つ。
“あれ”から三ヶ月。目的と手がかり、わずかな指標はその手に出来た。ならば行くのみ。
罪深き亡国の王子。
その旅が始まったのだ。