>>317 かたや、亡国の王子。
かたや、廃嫡の皇子。
二人がまみえたのは湖に面して繁栄した街、ギッテルシ―シュタットだった。
アウストーレリッツに程近いそこは、今では成熟が進んだというべきか、
街として老いたというべきか、活気あふれる街とは言い難かった。
変化の少ない日常を過ごすこの街にも人は入り、人は出てゆく。
赤子として、あるいは旅人として、あるいは死人として。
街道筋へふと目をやった靴屋の親父は、そこに見慣れぬ装いの少年を見つけた。
黒い髪、風雨に晒されたか、やつれた衣服。
本職の目を引いたのは、くたびれたながらも高級な拵えのその靴であった。
荷物も少ない。
少年の名はハインリヒ=シュテインバウム。
隣国に祖国を侵略され、故郷を追われた彼は、
ボーハイミア王国の王子であった。
もちろん今ではなんの意味をも持たない事実であり、流浪に身を置いていた。
不安げな視線を辺りへ向け、彼は中央の教会がある広場の方へ姿を消した。
靴屋は仕事に戻った。機械的に木槌を振るう。
だが、木槌の音は再び中断することになった。
石畳の街路の角に、一人の青年の姿を認めたからだった。
金髪碧眼、眼光も鋭い。腰には細身の剣を帯びている。
身なりは整っていたし、その眼には光があったが、やはり寄る辺のなさが滲み出ていた。
青年はアレトルキア帝国の皇太子だった。
それも先年までのことであったが……。
その名をヨハネス=ペリオーデ=フォン=ゴーマイエル。
彼は廃嫡されたのだった。傾城の遊女の子として生を受けた身の悲しさ、政略には勝てぬ。
とはいえ、皇太子が一人である間は、ただ一人の皇子の座に座していられたのだが、
正妻に子が出来、彼は存在の意味を見失うことになる。
辺境の靴屋ですら、彼の出奔は耳にしていた。
もちろん青年がヨハネスその人とは知る由もなかったが。
アレトルキアは半年ほど前、隣の小国――名をボーハイミアといった――を広大な版図に咥えたことが記憶に新しいが、
皇子の廃嫡も大きなニュースではあった。
彼らが身を寄せたこの街の教区牧師のもとで、二人は顔を合わせることになった。
ヨハネスのほうは頭二つ分も背が高い。
「こちらはハインリヒ君。そしてこちらはヨハネス、アレトルキア皇国の元皇子だ」
ハインリヒはその国名にびくりと身を震わせる。
ヨハネスは「元」が気に障ったか、形の良い眉根をすこしひそめた。
だが別のことを口にする。
「ハインリヒ……?」
「ああ、ハインリヒ君はボーハイミアの王子だよ。元王子と元皇子というわけだな」
牧師の目に笑みはなかった。
やがてオイロペ大陸をその手中におさめる皇帝ヨハネスと、右腕ハインリヒの若き日の姿だが、
彼らの邂逅は祝福されたものとはとても言えなかった。
受難の日々はまだ、始まったばかりだった。
彼らはこの地に、千年帝国を築き上げることになるのだが、それはまた別のお話。